なのはクローンのたくらみ (もぬ)
しおりを挟む

エピローグ1

 きっかけは、ヴィータ副隊長の一撃を脳天に喰らったその時だ。

 オレの頭の中を、雷鳴の様なひらめきが迸ったのである。

 

「お、おい……その、なんだ……大丈夫か、セリナ? ちゃんと防御できたのか?」

「……くだ……しょくだ……」

「ん? なんて?」

「寿退職だ!!!!! ウオオオオオオ」

 

 

 セリナ・ゲイズ二等空士には、人に言えない3つの秘密がある。

 

 1つ。前世で男性だった記憶があり、さらにここがアニメの中の世界だと覚えていること。

 2つ。自分が高町なのは一等空尉のクローン人間であるということ。

 3つ。本当はめっちゃ働きたくない。

 

 1つ目と2つ目は、まあよくある話である。今重要なのは3つ目だ。

 この機動六課で過ごした1年間を振り返る。エースオブエースのハードオブハードな訓練、24時間勤務、命を懸けた戦い。それらはやる気も使命感もない若者に転職を決意させるには十分なものだった。

 JS事件が終息してからの数か月間、一年期限の部隊である機動六課をキャリアとして同僚たちが進路を決めていく中、オレは毎日家でゴロゴロしているだけでお金が入ってくる仕事を探すなどしていた。

 そんな都合のいい話があるはずもなく。

 そうして、そのまま今日という日――機動六課が解散する日を迎えたのである。

 

 とりあえず、次に所属する部隊は対外的には決まっている。今回の事件を経てレジアス・ゲイズの養子というステータスはプラスからマイナスに変わってしまったものの、奇跡の部隊・機動六課のネームバリューと隊長陣の人脈は、進路決定の大きな助けとなった。我ながらしょうもない人材だが、大事件解決の中心にいた部隊の前線を1年勤めたのだ。他の部隊員たちと同じようにそれなりにお声はかかる。

 しかし、そうじゃない。そうじゃないのだ。こちとら働きたくないのである。武装局員はもちろん事務方も嫌です。

 そういうわけで、新部隊へ正式に配属される前にひとまず、しばらくの間休職することを申請した。この間に転職先を探すハラであり、働くのを先延ばしにする逃避でもある。

 

「――みんなと一緒に働けて、戦えて、心強く嬉しかったです」

 

 先行きに不安を抱えたまま、オレは機動六課隊舎で部隊長の挨拶を聞き流していた。

 

「次の部隊でも、皆どうか元気に、頑張って」

 

 八神部隊長の話が終わったのか、部隊員たちが一斉に拍手をする音で意識が引き戻される。

 前世の人生のいつと比べても、すごく濃い1年間だったのに。その終わりはなんだか、思っていたよりあっさりとしていた。

 

 

 

「スバル、セリナ。なによ辛気臭い顔して」

 

 今日で見納めになる隊舎の廊下で、ティアさんが言った。

 顔を上げてみれば、なるほど確かにスバルさんはいつもの元気さがない。

 

「ご、ごめん。なんか、いよいよ終わりかーって思うと、しんみりしちゃって」

 

 笑顔をつくるスバルさん。この人は表情によく考えていることが出るので、気分がこっちにも伝播してくる。ムードメーカーがしんみりしていたら、みんなしんみりするのだ。

 ティアさんが、あんたは? と問うように視線を向けてくる。

 

「わたしも、皆さんと離れ離れになるのがつらくて」

 

 なんてのは嘘だ。今後の人生に思いをはせていただけである。

 高町なのは11歳の顔のおかげか、出自がクローンの実験体だからか、機動六課の人々はオレに優しい。当たり障りのないことを言っておけば勝手に納得してくれるはずだ。

 でも、まあ少しだけ、本当に、命を預けあったみんなと離れる寂しさはあった。かもしれない。

 

「ああもう!」

 

 ティアさんがスバルさんの肩に腕を回し、反対の手をオレの頭にポンと置いた。

 

「今生の別れじゃないんだから、ちゃんと顔あげなさいっての」

「そうですよ。たとえば……休みの日にはきっと皆さんに会いに行きます。ね、キャロ」

「うん! それに通信で、顔だって見れますから」

「……そうだね。ごめん! 暗い顔しちゃって」

 

 たしかにその通り。大昔ならともかくこの近未来SFチックなミッドチルダである。人々の距離なんて無いようなものだ。きっと。

 エリオとキャロ、ティアさんにスバルさん。

 機動六課フォワードチームの少年少女は本当に良い子ばかりだ。この青臭いような、眩しいような会話も、今では心地よさを感じる。

 いけね、さっきまでなんとも思ってなかったのに……。

 

「あ、みんな、ちょっと」

 

 背後から、自分の声と同じくらい聴き慣れた声がした。

 

「なのはさん、ギン姉」

 

 そこにいたのは、高町なのは一等空尉。オレにとっては憧れの人で、恩師で、おこがましいことをいえば、二人目の姉のような人だった。

 一緒にいるギンガさんは……出向扱いの部隊員として、解散式にも顔を出していたようだ。

 

「二次会前に、フォワードメンバー……ちょっといいかな」

 

 訓練場に集合、とのことだった。なのはさんたちの後ろを追うように、オレ達は屋外へと向かって歩き出す。

 1年で歩きなれた道をいくうちに、見慣れない景色が目に入った。

 誰からともなく走り出す。

 

「うわあ……」

「この花、たしか……」

 

 訓練場の様子は、いつもと随分違っていた。

 陸戦を想定して森を再現したフィールドの、味気ない木々ではなく、視界いっぱいに広がるのは鮮やかな桜色。

 

「さくら、っていうの。私達の故郷で、お別れと、始まりの季節に咲く花だよ」

 

 こんなところで、こんな風景が見れるとは思わなかった。なのはさん達の故郷――地球の日本っていう国は、そう、前世のオレが生きていたところによく似ている。実際には違う世界だったんだけど……この景色に感じるのはやっぱり、郷愁というやつだった。

 

「フォワード一同、整列」

 

 ヴィータ副隊長が号令をかける。

 それからオレ達5人は、1年ずっと目をかけてくれた二人の教官から、最後の言葉を受け取るのだった。

 

「この1年、あたしはあんまり褒めることは無かったが……まあ、お前ら、随分強くなった」

「5人とも……もう立派なストライカーだよ」

 

 なのはさん達の言葉で、訓練場はまるで卒業式の日の教室みたいな雰囲気だ。フォワードメンバー達、そしてなのはさんとヴィータさんの目に涙が浮かぶ。

 オレも今までの日々を想うと涙が出る。つらさで。

 

「さて、せっかくの卒業、せっかくの桜吹雪――湿っぽいのはナシにしよう!」

「自分の相棒、連れてきてるだろうな」

 

 ヴィータさんが、シグナムさんが、次々と自身のデバイスを起動していく。しかも、グラーフアイゼンは何故かギガントフォームだった。

 えっ、なに?

 

「えっ? あの……えっと……」

「なんだテスタロッサ、お前は聞いていないのか?」

 

 対面でフェイトさんがあわあわしている。たぶんオレの顔も似たような表情になっているはずだ。

 戸惑うフォワード陣を前に、なのはさんまでもがレイジングハートを構え、さっきまでの涙を見せない勝気な表情で切り出した。

 

「全力全開手加減無し、機動六課で最後の模擬戦!!」

「ヒュッ……」

 

 一瞬で顔面から血の気が引き、のちに冷や汗。

 ちょっとまって。模擬戦って言った? しかも手加減無し? ……そういえばアニメでもそんなイベント、あったような、なかったような。

 他のメンバーたちは元気よく返事をし、なんだか盛り上がっている様子である。おい……マジなの……?

 な、なんとかしなければ。震える声で隊長たちに申し上げる。

 

「あ、あわ、わたしはちょっと、体調悪いんで……」

「嘘つけ。お前は強制参加だよ」

 

 パ……パワハラ! 自分より年下の女の子から!

 今可愛らしい声でオレを追い詰めたのは、スターズ分隊副隊長のヴィータさんだ。今になって振り返ると、なのはさんと同様に厳しくも憎めない、素晴らしい教官だった。

 まあ、憎めなさの半分は外見から来ている。この人は身体年齢11歳のオレよりちっちゃいのだ。

 なのはさんのクローンとしての身体がそうさせるのか、心の安寧を求め、自然とそのちょうど良い所にある彼女の頭に手が伸びてしまう。

 

「そんな……副隊長、そこをなんとか……」

「お~お~、今のうちに撫でておけー。始まったら真っ先にお前をぶっ潰してやるからな」

「………」

 

 その代償は重かった。

 鈍く光るグラーフアイゼンの凶悪なフォルムが目に入る。ベルカ式に物理ノックアウトされるのが一番怖い。オレは媚びるように笑顔をつくり、無言でヴィータさんから距離を取った。

 

「わたしとギンガは観戦してるよー。みんな、がんばってな」

 

 ズルい! これだから佐官は……!

 八神部隊長に恨みがましい視線を送ってみる。どこ吹く風だった。

 そうこうしているうちに、皆がバリアジャケットを纏い、デバイスを振りかざす。

 逃げられる空気ではないので、渋々自分も懐から赤い首飾りを取り出した。

 

「『ヴァーミリオンアイズ』、セットアップ」

 

 デバイスと己の間で魔力が循環し、戦うための杖と防護服を形成していく。

 一瞬で光が収まり、戦闘準備を終えた自分の姿を見下ろす。手にする魔導師の杖も、白いカラーリングの長いスカートも、やはりなのはさんと似ていた。

 最初にこれを着たときを思い出す。スターズの配置でなのはさんと似た魔力資質だからか、新しいデバイスもバリアジャケットも、彼女のものを模倣するように設計されていた。ツインテールと胸のリボンがどうしても恥ずかしかったので、そこだけ後でデザインを変えたらシャーリーさんに文句を言われたりもした。

 今の見た目は、エクシードモードのなのはさんを11歳に縮めて髪型をいわゆるサイドテールにした感じ。細部の意匠は違うが、一目で模倣だと分かる。

 憧れの人に近づけたこの姿は、正直気に入っている。スカートを着て空飛んだりするのはどうかと思ったりもしたが、今では慣れてしまっている自分がいてなんだか怖い。

 

「さて、お前達の成長、見せてもらうとしよう」

「こっちはリミッターも外れたことだし、最初から全力で来るこったな」

「えっと……ケガは無いように、無茶しないでね」

「ヒィ……」

 

 今情けない声を漏らしたのは誰だろう。オレだった。

 怖~~。圧がすごい。なのはさんなんて、JS事件の影響で無茶できない身体とは思えない迫力がある。全員が1つの部署でエースをやれる4人である。次元世界強い人ランキングの上から何番目までここに集まってるのかな。フフ。

 さて、今回もチーム戦。ティアさんの作戦では、オレのポジションはいつも通り『センターガード』だ。

 ティアさんと同じポジションということになるが、あちらが司令塔であるのに対し、オレは主にティアさんとキャロ、あるいは拠点を守る盾役であり、さらに前線を射砲撃で支援するという役割になっている。閉所だとあんまりできることはないが、今回の様な開けたステージならしっかり働けるだろう。

 だがちょっと待ってほしい。本気の隊長たちの矢面に立って仲間たちを守るとか、プロテクションより先に恐怖で心が砕けるんですけど。特にヴィータ副隊長のドリル。あんなもん人に向けていいはずがないのである。

 

「はあ~~」

 

 初動の位置取りを詰めるエリオとスバルさんの隣を抜け、開始位置について桜を眺めているとついため息が出た。

 カートリッジシステムに使う弾倉の数をチェックしていると、トコトコと目の前にヴィヴィオがやってくる。

 

「セリナおねえちゃん」

「ん?」

「がんばって」

「はあ~~~」

 

 さっきとは違うため息が出た。

 人間って、可愛い生き物に応援されると力が出るんだなあ。

 いつの間にかいたザフィーラの隣に戻っていくヴィヴィオに手を振って、気合を入れる。

 横目に、頼れる仲間たちを見てみる。

 すごいと思うのは、こっちのみんなも、負ける気は微塵もないんだって顔をしていることだ。

 チームの一人一人がこの1年でAランク以上の魔導師になった。そして全員が力を合わせれば、どんな困難な状況も打ち破れる。だからここにいるみんなは『ストライカー』なんだ。

 みんなと一緒なら、きっと――

 

「それでは、準備はいいですか?」

 

 ギンガさんの声に、全員が開始位置に着く。

 はやてさんと二人で、これから号令をかけるようだ。

 ……隊長たちと視線が交わる。

 今から見せるのは、あなたたちが育ててくれた力。一人前の魔導師になって、皆を守れるように。自分の我儘を押し通せるように。

 

「それじゃ、レディー……」

 

 というわけで、オレの答えはこれだ。

 

「「ゴーッ!!」」

「ディバインフラッシャーーーッ!!!」

 

 ――元の話通り、4対4でやればいいじゃない。私は逃げます。

 閃光と轟音。魔力ダメージのない目くらましの魔法だ。開始前からこっそり、相棒に発動させていたのである。

 全員にできた隙をついて、飛行魔法を使って離脱する。そのまま茂みに飛び込み地面に伏せた。

 

『セリナ~~~~~っ!!! あんた、どういうつもり!?』

『怖いので撤退します。あしからず』

 

 ティアさんから念話で罵倒が飛んでくる。他のメンバーからも困惑の旨が届いた。

 

『え~通信は以上です。かげながらおうえんしてます』

 

 そう締めくくり、通信を全遮断に切り替えた。

 切る寸前に入ったティアさんの怒号がこわい。

 

「こういうときのための魔法なんだよねー……っと」

 

 カートリッジを一発消費。ヴァーミリオンアイズに命令し、ティアさんから教えてもらった『オプティックハイド』を発動させる。視覚だけでなく、ある程度のセンサーも誤魔化す超すごい幻術魔法だ。

 身体を幻術スクリーンが覆うと、周りからは姿が見えなくなる。高度な迷彩である。

 精度を上げようとするとやたら難しい上に魔力消費が激しくなるのだが、処理を肩代わりするアイズが優秀なのと、魔力量だけはすごい身体なのでなんとか実用できているわけだ。今回はさらにカートリッジシステムを使い、光学迷彩の寿命を延ばしている。

 

『あー。参加者のみなさま、というか逃げた子にお知らせします』

「ん?」

 

 訓練場中にノイズ交じりの声が響き渡る。これは念話ではなく、オレに聞こえるようにこの一帯に放送しているようだ。

 八神部隊長の優しげな声が呼びかける。

 

『ただいまから、この模擬戦はチーム戦から個人戦に変更となります。バトルロイヤルです。わかったかな? みんなが血眼でセリナのこと探しとるよー。それじゃ、がんばってなー』

「は?」

 

 ムショにいるお義父さん、そして義姉さん。聞こえますか?

 わたしはもう、ダメかもしれません。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ2

 機動六課最後の模擬戦。それはリミッターのついていない隊長たちとのバトルという、聞いただけで卒倒しかけるようなイベントだ。

 なんとかその場から逃げ出し、茂みに隠れたオレに、八神部隊長からのお言葉が届く。それは、チーム戦から個人戦に変更したので安心してボコボコにされてね、という死刑宣告みたいなもんだった。ひどい。

 

 味方のいない戦場でしくしくと嘆く。

 チーム戦から個人戦のバトルロイヤルへ。それはすなわち、敵が倍に増えたということである。

 遠くから聞こえる魔法戦の音を聞き、みんなが潰しあってくれるのを祈りつつ、オレは茂みに隠れ続けた。

 それからしばらくして。

 

「……!」

 

 初めて戦闘圏内に誰かが足を踏み入れた。否応なしに鼓動が早まる。

 あれは……エリオ!

 視線の先にいる少年は、白い槍を携え歩を進めている。そこに隙はない。バリアジャケットに破損や汚れは少なく、戦闘による消耗は感じさせない。

 また、白い槍――彼の愛機であるストラーダの形状は、限定的な空戦を可能とするフォルム・ツヴァイ(正式な名前は忘れた)を維持していた。見つかれば逃げる手段はなく、即座に懐に飛び込まれることもあり得る。

 厄介だぞ。騎士っていう連中はセンスで迷彩を見抜いたりする。オプティックハイドの精度に自信はあるが……

 ともかく、現状のままやりすごす以外に選択肢はあるまい。

 

「ん?」

 

 油断ない顔つきで警戒するエリオだったが、何かに気付いたようだった。こっち……を見ているわけではない。一体何を……

 あっ。

 

「………」

 

 視線の先にあったのは、薬莢。身を隠すために魔法を使ったとき、オレのデバイス、ヴァーミリオンアイズが排出したカートリッジだった。

 めちゃくちゃいぶかしげな顔をするエリオ。そして地面に伏せているアホ。

 ……どうしよう。このままでは、何かアクションを起こさなければ、もう、えっと。

 

「ストラーダ」

《Form Drei, Unwetterform》

 

 槍が形状を変える。ジェットの噴射口からアンテナの様なものが伸び、電気をまとい始めた。

 あれは……ストラーダの第三形態! その役割は――

 

「サンダーッ……!」

 

 範囲技でこちらをあぶり出す気か!

 

「レイジ!!!」

《Protection》

 

 反射的に、身を守るべく杖を頭上に掲げた。

 辺りの身を隠せそうな場所、そのすべてに雷光が落ちる。……大丈夫だ、これくらいでオレのバリアは破れない。派手な光と衝撃に心臓はドキドキだけど。

 やがて、少し焦げるようなにおいを残し、辺りは静けさを取り戻した。雷撃は無事防げたようだ。

 ほっと息をつき、目線を少し上げると、エリオと目が合う。地面に伏せた状態で。

 

「………」

「………んんっ」

 

 そそくさと起き上がり服をパンパンとはたく。別に砂はついていなかった。ダメージは無いが迷彩はもうほぼ解けてしまっている。

 咳ばらいをしつつ、デバイスを構える。エリオのじっとりとした視線が痛い。

 

 さて……どうする?

 相手はガチガチの近接タイプ。装甲が薄く、スピードは飛びぬけている。また、フォワードメンバーは全員そうだが、陸戦屋なのに空戦に対応できる技を持っている。

 こちらはどう対応したものか。

 逡巡しているのは相手も同じようで、数秒の間だがお互いに出方をうかがい、にらみ合う形になった。

 ああ、頭の回転が遅い。単純に考えろ。敵は近接型でこっちは近づかれたら困る。なら、先に攻撃を仕掛ける方は――

 

「アイズ!」

《Divine Shooter》

 

 エリオが相手ならおそらく、適当な直射砲撃を撃てば簡単に避けられ、発射後の隙を突かれてしまう。

 こちらが勝つためには、射撃やバインドで相手の動きを止める必要があるわけだ。戦闘時間のほとんどが、必殺の状況を作るための牽制。砲撃型のセオリーを押し通してやる。

 

「シュートッ!」

 

 弾数は5。放射状に放たれたあとから、それぞれがエリオの方にカーブしていく弾道だ。並行して別の魔法を処理中なので、撃った後の弾を操作するのはナシ。

 先制攻撃は、当然――当たらない。余裕を持って回避される。

 だったら、物量作戦だ。

 

「アバランチシフト!」

 

 カートリッジを2発消費。魔力とデバイスの性能にモノを言わせて魔力弾の群れを作りだす。

 ……弾殻を形成するわずかな時間に、エリオなら飛び込んでくるはずだと警戒していたが、その様子はない。

 確かにオレの射撃魔法は練度が低いが、弾幕を張ってしまえばエリオの防御性能なら落とせるはずだ。こっちは遠慮しないぞ。

 エリオを中心とした小さな空間に着弾するように設定する。この魔法なら、すべてを避けることは出来ないはず。

 

「いけ!」

 

 赤い魔力弾が雪崩のように敵を襲う。一発をみると威力も命中精度も大したことはないが、これだけの数を撃ち込めば強力な攻撃になる。範囲も広く、エリオは大きく回避するしかない。

 やがて、魔力弾が進行方向に先に回りこんだことにより、常に動いていたエリオの脚が止まる。一度止まればこの魔法にハマったと言っていい。エリオは回避できなかったいくつかの魔力弾を槍で打ち払い、落としきれないと思ったのか、魔法陣を模した盾を作る魔法――ラウンドシールドで防御した。

 ……ここだ! オレの砲撃なら、防御の上からでも削り切れる!

 

「ショートバスターッ!!」

 

 最速で撃てる砲撃を放つ。赤い光が殺到し、エリオはそれを受け――いや、違う。砲撃はかわされた。ストラーダのジェット噴射を使って移動したんだ。今のガードは誘いだった?

 目の端にエリオの姿が映る。木を足場にしてさらに移動している。今、攻守は逆転した。やつはこちらの砲撃の隙を絶対に狙ってくる。それはわかっている。だけど、どこから攻めてくるのか? 右か、上か、それとも。

 

「でやああーーッ!!」

 

 答えは、オレの背面だった。

 そしてそれは……オレが、勝負に勝ったということだ。

 

「ッ!? これは……!」

 

 振りかぶった槍に、光のつるが巻き付いていく。

 設置型のバインド。攻撃の影で用意していた魔法だ。デバイスもオレの頭もオーバーヒート寸前だったが、この魔法に勝ちを賭けた甲斐はあった……!

 エリオの速度についていけなかった身体を動かし、しっかり後ろを振り向く。

 そのとき。

 バインドで固定したストラーダを――エリオは、手放した。

 まだ勝負は決まっていない。動きを止められたのはデバイスの方だけ、ならばそれを離した魔導師はどうなるか。

 やられた、としか言いようがない。

 地に足をつけた少年の右腕が、電気に似た魔力を帯び始める。タメの時間はほんの一瞬だったが、こちらにとって致命的な一撃になるだろうという予感がした。

 

「紫電、一閃」

 

 反射的に、手のひらを突き出した。

 目の前に魔法陣を象った盾が現れる。

 

「ぐっ……!」

 

 おそらく正解の反応だった。バインドの術式を任せていたヴァーミリオンアイズは、自動防御の発動に若干の遅れが生じていた。

 エリオもここで勝負を決めるつもりらしい。右腕に纏った雷がバリアジャケットの袖を焦がし、構築を解いていく様子から、かなりの魔力が込められているのがわかる。

 シールドがひび割れていく。オレの防御がそれなりに硬いとはいえ、こうも一点集中されるともたない。

 く、う……こうなったら……!

 

「あーーーっ!! あっちにあられもない姿のキャロが!!!」

「えっ!?」

 

 今だ!! なのはさんから教えてもらった必殺の魔法!

 盾として展開した魔法陣……ラウンドシールドの数か所から、鎖が伸びる。そのままエリオの腕を絡めとった。近接対策の武器、バインディングシールド……!

 もう逃さん。動きが止まったエリオから一歩退き、ありったけのバインドでぐるぐる巻きにしていく。

 地面に転がるエリオ。しばらくもがいた後、苦し気に息を吐きながら言った。

 

「参りました……」

「よっし!」

 

 ハッハッハッハッハ!! 勝負はあっというまだったな。エリオがオレに勝つなんて10年早いよ!! 嘘です。ごめんなさい。

 戦いが終わったという実感が遅れてやって来て、頭も身体もクールダウンしていく。

 ――勝ったんだ。

 

「……ふう」

 

 息をつき、地面に転がしたエリオに目を向ける。

 その表情を見ると、どうもふてくされたような雰囲気だ。なんだこら、オレの勝ち方が不満か。

 

「なんだい、その顔は」

「いえ……別に……」

「エリオはさ……あられもない姿のキャロと、あられもない姿のフェイトさんだったらどっちがいい?」

「ノーコメント」

 

 顔を赤くしつつ黙秘するエリオ。可愛い奴め。真面目な子なのでいじりたくなる。

 さて。

 ここからはこの模擬戦の話だ。エリオを砲撃で昏倒させず捕縛で済ませたのには理由がある。

 地面にしゃがみ、顔をエリオに近づけた。パンツが見えないように脚は閉じる。

 

「エリオ、聞いてくれ。わたしはこの模擬戦の勝ち方を見つけてしまった」

「え……?」

 

 興味があるようだな、エリオ。お姉さんにはわかるぞ。

 たっぷり間をおいて、息を吸って口を開く。

 

「それはな、倒した相手を仲間にしてしまうことだ」

「は、はあ。でもそれって、ルール的に良いんでしょうか? 模擬戦は個人戦のはずじゃ……」

「いや、八神部隊長はバトルロイヤルって言ってたよね。ルールもとくに制限していない。好きに手を組んで良いってことさ」

 

 というかタイマンで隊長陣に勝てるわけがない。こうでもしないとな。

 

「個人戦なんてくそくらえですよ」

「個人戦になったのはセリナさんのせいなんですけど……」

 

 そんなことはしらん。

 

「そして勝利の要となるのがキャロだ」

 

 人差し指を立て、エリオに作戦を説明する。

 ちょっとゲーム脳な考え方だが、支援役こそが戦いのカギを握っているのはどこの世界でも同じだと思う。どんな魔導師とも相性のいいキャロを、先に手中に収めたものがこの模擬戦を制するのだ。

 

「ということで、わたしに協力するなら解いてあげるけど、どうする?」

「はあ……わかりました」

「よし、賢いな、エリオくん」

 

 フルバック、センターガード、ガードウイング。3役揃えば勝ちの目も見えてくるだろう。あと、2人はオレより年下なので、このチームで勝てば最終的に2人を降参させてオレの優勝となる。先輩の言うことは絶対なのだ。あれ、局員歴は2人の方が長いんだっけ……?

 まあそんなことはいい。完璧な作戦だ……最初に遭遇したのがエリオで良かった。

 バインドを解除してやる。エリオは立ち上がり、身体をあちこち伸ばしてストレッチし始めた。

 ところで、エリオはさっきの戦いで右腕の袖だけが派手に破れ、中学生でも忌避する感じの奇抜なファッションになっている。はやく直せよ。

 

 その後、簡単なポジション取りや連携を確認し、戦闘準備が完了したため、キャロ確保に向けて移動することにした。

 訓練場は割と広い。陸戦魔導師があちこちで様々な訓練をしても鉢合わせにならない広さがあり、空戦でも充分な戦いができるほどだ。

 かなりお金かかってるんじゃないかなと思っている。八神部隊長が本局側のコネで作った部隊だって話だし、普通の地上部隊と比べて予算が潤沢だったのかもしれない。

 ……さて、キャロはどこにいるだろう。

 

「アイズ、近くに魔導師の反応は?」

《50m以内に2名。真っ直ぐこちらに向かって進行中です》

「近ッ! 言えよ!!!」

 

 しかももう相手に見つかってるし! 戦闘は避けられない。木や茂みのせいで人影に気付けなかったか。

 エリオが顔つきを変える。そうだ、もう始まっている。オレも臨戦態勢にならないと。

 ヴァーミリオンアイズの形態を、砲撃重視のカノンモードに変える。牽制をやってくれるエリオが仲間になったなら、砲撃を効果的に使える場面が増えるはずだ。

 杖の先を真っ直ぐ敵の方向へ向ける。

 やがてその人は木々の間から、オレ達の前に悠々と現れた。

 

「ほう。次はお前達か」

「ひぃ……お……お疲れ様です」

 

 で、出たー。やだーーーーー

 管理局員が選ぶ模擬戦で相手にしたくない人ランキング、1・2位を争う魔導師。手加減という言葉を知らないんじゃないかと疑っていたら後日手加減をしていたことが判明した女。チーム戦じゃなくなって一番喜んでそうな人――

 シグナム副隊長の登場だァーーーーッ!!!

 

「ああ、セリナ。お前には感謝しているぞ。団体戦も悪くないが、たまにはこういう趣向がなくてはな」

 

 いかにもバトル好きみたいなことを言うシグナムさん。この人何言ってるんだろうねと思ったので、適当に笑っておいた。

 

「シグナム副隊長! お、おろしてください」

 

 うわっ!

 そのとき、シグナムさんが脇に抱えていた尻が喋った。びっくりした。

 

「ん? ああ、すまん」

 

 失念していたと謝りながら、抱えていたものを降ろすシグナムさん。ありがとうございます、と言いながらその女の子は、やっと地面に足をつけることができたようだ。

 なんと、尻はキャロだった。

 気恥ずかしそうに顔を赤らめつつ、一応戦闘態勢に入るキャロ。

 ここでひとつ、違和感に気付く。

 

「あれ? フリードは?」

「その……はぐれました」

 

 そんなことある?

 

『エリオ』

『はい』

『キャロって……かわいいよね』

『はい』

 

 とはいえ、相手は召喚士。いざとなればこの場にいないフリードも呼び寄せられるだろう。油断はできない。

 しかし、くそ……キャロは既に誰かとチームを組んでいたか。そりゃそうだ。勝つための条件について先を越されたことに、悔しさと焦りを覚える。

 

「ふむ、フリードはどこかに落としてきたかな。悪いなキャロ」

 

 大丈夫かな、フリード。こんな修羅どもが暴れまわる戦場に、主人と離れて一匹だけで。

 

「まあいい、今なら、ちょうど2対2だ――やるか?」

 

 表情はクールだが、この人が現れてから気温が上がったかのような錯覚を覚える。うん……いや、あっつ! さっきから熱い気がする。ぜったい熱放ってるよあの人。炎熱系魔導師って夏は嫌われそうだな。

 こちらを鋭く見据えながら鞘に納めた剣――レヴァンティンの柄に手をかける副隊長。その一動作だけで、一気にこの場の緊張感が高まっていく。

 ……いや、ちょっと待ってほしい。

 タイマン大好きのシグナムさんと、ブースト魔法での支援を得意とするキャロ。ただでさえアホみたいに強い副隊長に、いままで未熟者のフォワードメンバーたちを前線でやっていけるように押し上げてきたキャロの支援魔法が乗る、ってことになる。

 この組み合わせ……手が付けられない強さでは……?

 

「ま……ま……」

 

 参りました。

 って言葉が喉まで出かかっている。

 

「シグナム副隊長」

 

 そのとき、横のエリオが一歩前に出て、静かに告げた。

 

「僕は副隊長と、1対1で戦いたいです」

「えっ……」

 

 対するシグナム副隊長は、エリオがそう言い出すのを待っていたかのように、不敵に笑う。

 

「いいだろう。ベルカの騎士として、受けて立つ」

「ありがとうございます! ……セリナさん、すみません。どうか、一人でやらせてもらえませんか」

 

 そう言ったエリオの顔は、なんというか、クサい表現だけど、男の子って感じの顔をしていた。

 ここにいるのは魔導師でも管理局員でもない。1人の騎士だ。六課を卒業する今日、彼がシグナムさんと戦うのはきっと、大事なことだった。

 ならオレも、かっこよく、エリオの背中を押してやりたい。彼のかっこよさに応えるような激励をしたい。

 

「え、え~~~~、そう? あ、じゃあその……ごめんね~なんかフフフ、頑張ってねエリオ」

 

 シグナムさんとの戦いを避けられるのが嬉しすぎてなんか変な感じになった。

 

「じゃあキャロはもらっていきますね」

「ああ」

 

 困惑するキャロの手を引いてその場を離脱する。

 

「ということだからキャロ、キャロはわたしのチームね」

「えっ? 戦わないんですか……?」

「やりません。二人で協力して優勝を目指すのです」

「は、はい。わかりました」

 

 あっさりうなずいてくれるキャロ。こういうところがやっぱり勝利のカギだなって思う。みんなが求める超便利パワーアップアイテム的な……いかん、最低な発想をしてしまった。

 十分に距離をとると、二人の騎士が戦闘をおっぱじめたようで、遠くから剣と槍のぶつかり合う音が聴こえてきた。頑張れエリオ。

 

「それじゃあキャロ、これからの作戦だけど――」

 

 そのとき、オレとキャロの間を、一筋の青い線が走った。

 

「はっ?」

「これって……」

「ひゃっほーーーー!!」

 

 高速で、何かが目の前を駆け抜ける。すると不思議なことに、さっきまで対面にいたキャロの姿が消えていた。

 

「ひゃあああああああぁぁぁぁぁぁ……」

「……ま、まてーーっ!」

 

 ひ、人さらい!!

 ようやく頭が回り始める。

 青い光の道――ウイングロードに乗ったスバルさんが、颯爽とキャロを掴んで去っていったのだ。

 そのままトップスピードでどこかへ……くそっ、飛行魔法を使わなきゃ追いつけない!

 

《Protection》

「おわ!」

 

 もたつきながらも飛び立とうとしたところに、魔力弾が飛んできた。オレより先に気付いたヴァーミリオンアイズが、バリアで守ってくれる。

 姿は見えないが、これは間違いなくティアさんの攻撃だ。周りを見渡しても、どこから狙われているのかわからず反撃のしようがない。なんて厄介なガンナーだ……!

 間髪入れず、木々の間を縫って朱色の弾丸が複数、こちらに殺到している。こうなったら、前面にバリアを集中して突っ切る――!

 

《マスター! 背後から攻撃です!》

「えっ!?」

 

 背中に衝撃。脚が勝手に膝をつき、地面に顔から突っ込む。身体が、身体がいうことを聞かない。

 

「はれ、なんれ……」

『ちゃんと後ろも警戒することね』

「しょんにゃ……」

 

 自分が、相手をスタンさせる弾をくらったのだと理解する。

 スバルさんを追いかけようとして、全周防御を使わなかったのが良くなかったか。

 ティアさんの念話が届き、こちらの敗北を悟った。まだキャロとの連携を確認すらしていないところに、あっというまの電撃作戦だった……。

 

 

 しばらくして痺れが解け、身体を動かせるようになる。残念だがもうキャロを取り戻すことはできないだろう。

 状況を確認する。

 スバルさんとティアさんのコンビにキャロが誘拐された。シグナムさんとエリオは一騎打ち。まだ遭遇していないのはヴィータさんとなのはさん、フェイトさんだ。

 

「かてねえ……」

 

 ミッドチルダの澄んだ青空の下にひとり、希望を失い大地にうずくまる少女がいた。オレである。

 もう降参。こっちがタイマンで出し抜ける可能性があるのはエリオとキャロ、スバルさんくらいであり、今の状況では彼らとの一騎打ちは望めない。

 やはりオプティックハイドで隠れてみんなが潰しあうのを寝て待つしかない。それが一番いいんだ。オレは缶蹴りのときは最後まで缶を蹴りに行かないタイプなのだ。

 

 

 

 

「よう、やっと会えたなあ」

 

 隠れられそうな茂みを探して数十秒ほど。仕事は迅速に済ませねばならないという当たり前のことを、オレは身をもって実感していた。

 頭上を見上げると、紅い人影……いや、鬼がいた。

 その人が視界に入った途端、深く考える前に、オレの口は白旗を揚げ始める。

 

「あのーヴィータ副隊長、わたし、降参しま……」

 

 その瞬間オレの真横の地面が弾けた。正確に言うと、副隊長の方から鉄球が飛んできた。

 

「悪い、聞こえなかった」

「……なんでぼありばぜん」

 

 生まれて初めてだった……涙が出るほど恐怖したのは……

 という感じの気持ち。今。

 チームを組みませんか? とか言っても絶対通用しない。誰か助けて。

 

「何ビビってんだ、ほら、教官サマから最後の激励だ。構えな」 

 

 呆れた顔をしつつ、ヴィータさんが地面まで降りてくる。そのままハンマーのような形のデバイス……グラーフアイゼンを構えオレと向き合った。

 隊長クラスを相手にすることの怖さは、この際忘れるしかない。こちらも杖を構え、戦闘態勢をつくる。すぐにヴィータさんは真剣な顔つきになった。……戦いが始まったのだ。

 この距離、さきほどのエリオとの戦いと同じで、まだミッドチルダ式のこちらが有利といえる。

 ただ、ヴィータさんの魔法には射撃魔法がある。近づかれないように撃ちあいをすることになるはずだ。

 ヴィータさんは動かない、先手を譲ってくれるらしい。それなら……全力全開でやってやる!

 敵に向けた杖の先端に、赤い光が現れる。まだ相手は動かない。だったら……

 カードリッジを2発消費。光が膨れ上がる。あとはこれをぶっ放すだけだ。

 

「ディバイン……バスタァァーーッ!!!」

 

 自分の視界すら遮ってしまう大きさの砲撃。当然、ヴィータさんは回避して、隙を突いてくるはずだ。そうならないよう、防御や射撃を準備して迎撃できるよう備える。

 

「火力は言うことなし……ッ!」

 

 砲撃を撃ち切ったあと、人影が大きく右に跳ねるのが見えた。すぐにそちらを杖の先で追う。

 こちらが弾幕を作りだす前に、ヴィータさんは地面を蹴って低空を飛んでくる。接近戦……! 砲撃は撃てない。射撃を……いや、もう遅い!

 思い切り振りかぶられた鉄槌を、バリアでなんとか防ぐ。ダメージはないものの、大きく後退させられる。

 準備していた射撃魔法を使い、追撃が来ないよう牽制する。難なく躱されるが、距離を開けることには成功した。

 

「防御もかなり硬い」

 

 追撃は……ない? 

 ヴィータさんはデバイスを肩にかけ、まるで訓練中のときのように話す。

 

「足りないのは自信だ。お前は本当に強くなったよ。隊長陣相手でも通用するはずだ」

「ヴィータ副隊長……」

 

 ……そうか。これが、ヴィータ副隊長から受けられる、最後の教導なんだ。

 今までの訓練と、戦いを思い出して、思わず何かがこみ上げてくる。オレは、オレはちゃんと、誰かを守れるくらい強くなっていたんだ。

 隊長たちのおかげで。

 

「けどな――」

 

 ヴィータさんの雰囲気が変わる。目つきが険しくなり今にもこちらをすり潰さんとばかりの眼光だ。

 あれ? 自信を持たせてくれるんじゃ……

 

「最後に教えてやる。大事なことだからな。……今この瞬間、お前が勝てない決定的な理由がある」

 

 ヴィータさんの足元にベルカ式の魔法陣が現れる。

 重厚な音と共に、手にする鉄槌から薬莢が排出される。

 ハンマーがその形態を、より凶悪なものに変えていく。先端は鋭利になり、潰すものから、削り貫くものに。反対側には、爆発的な推進力を溜め込んだ、ロケットに似た噴射口が振動して――

 

「一対一で……」

 

 ――来る!

 

「このベルカの騎士(あたし)と戦ったことだッ!!!」

 

 爆発、轟音。カッ飛んでくる赤い影。

 気迫にさらされ、身体が勝手に反応した。

 杖をまっすぐ前に突き出す。環状魔法陣――赤い光の環が杖の外側を回り出し、砲身の役目を担う。

 術者の意を組んだ愛機が、魔法の発動を手伝ってくれる。

 

「う……ああああ!!」

《Short Buster》

 

 相手がこっちに突っ込んでくるんだから、正面に撃った砲撃は直撃する……はずだった。

 目を疑った。ヴィータさんはそれを、空中で、躱したのだ。

 

「おらあああっ!!!」

 

 袈裟斬りのような軌道で襲ってくるハンマーの切っ先は、もう防ぐことができなかった。

 バリアジャケットが弾け、衝撃で後ろに吹き飛ばされる。

 致命的な攻撃を感知し、防護服が自動でパージしたのだ。だが、この一撃によるダメージは殺しきれない。

 

「惜しかったな」

 

 そうだ。がむしゃらに撃ったものの、タイミングはきっとカウンターとして上出来だったはずだ。

 ただ、相手が悪かった。

 ラケーテンハンマーという技の厄介なところは、決してただ真っ直ぐ突っ込んでくるわけじゃないことだ。推進中に、デバイスを持つ腕の動作で軌道を変えて敵の射線から外れる……普通の飛行魔法じゃできない。

 バリアジャケットの防御機能の多くを担っている上着部分は今はない。

 力が抜けて、こうして追い詰められているのを他人事のように感じる。今の状況は奇しくも、いつか映像で見た、子どもの頃のなのはさんとヴィータさんの対決に似ていた。

 

「……1年間お疲れさん。ま、お前にまだやる気があるなら、ちゃんと凌ぐんだな」

 

 グラーフアイゼンが巨大なハンマーに姿を変える。

 ベルカ式の使い手を相手にするといつも思う。それって人に向けていいんですか?

 

「あ――」

 

 振り下ろされる巨大な鉄の塊。これ絶対死ぬやつじゃん。なんかスローモーションになってるもん。

 クソーーーーまだやりたいこといっぱいあるのに! 働いてばっかりでまだミッドチルダの娯楽を楽しめてないし、恋人もいない。優しくて良い人たちとの出会いと仕事のやりがいだけの人生だった。あれ? 結構いい人生かも。そういえば恋人をつくるとしたら相手は男性になるのだろうか。まだ見ぬ男の影を思い浮かべてしまったが自分は精神的にも女性に近づいているのだろうか。もともとその気があったのか。それはおいといてやっぱり一般市民として夢は幸せな家庭である。立派な一軒家に子どもは二人くらいほしい。武装局員の給料ならかなり若くてもローン無しで建てられるんじゃないかな。いやミッドチルダの家がどのくらいするのかわからない。というか働きたくないんだった。どこかに養ってくれる年上の包容力ある人いないかな。ヒモになりたい。でも待てよ、ヒモって女の子に対して使う言葉じゃないよな。そうそう、今オレは女なんだった。しかも美少女である。なのはさんのクローンだからね。オレだったらオレみたいな美少女はほっとかない。しかもあと8年もすればあれになれるんだ、相手はより取り見取りに違いない。そう。あっ、グラーフアイゼンが……

 

 そのとき、オレの頭の中を雷鳴の様なひらめきがはしったのである。

 あるいは物理的に脳が揺れる衝撃と言い換えてもいい。

 

「……い……なんだ……大……か、セリナ? ちゃんと防……のか?」

「……くだ……しょくだ……」

「ん? なんて?」

「寿退職だ!!!!! ウオオオオオオ」

 

 

 このとき、自分が何を口走ったのかはよく覚えていない。奇声をあげたあとパタリと気絶してしまったらしく、目が覚めたときはやたらとヴィータさんに心配された。頭は大丈夫か……? じゃないよ。あなたのせいでしょ。罪悪感に付け込んで頭を火が付くほど撫でさせてもらった。

 だけど、結論は覚えている。死の寸前にオレは主人公っぽく覚醒をはたし、天才的な発想に行きついたのだ。

 そう……いわゆる『寿退社』そして『玉の輿』。この美貌で男をたぶらかし、自らは労働をせず他人の収入をすすって裕福な生活を送るのだ。

 フフ……クフフフ……

 

「アーーーーーッハッハッハッハ!!!!!」

「セリナちゃん回復したみたいね。2回目の模擬戦参加してくる?」

「いえ、いいです」

 

 医務室のベッドで高笑いしていると、シャマル先生がいきなり入ってきた。恥ずかしかった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ3

 機動六課・最後の模擬戦を終え、六課の職員たちは食堂を会場にした『お別れ二次会』へと移っているらしい。

 ちなみに、第1戦の勝者はキャロだったらしい。マジかよ……どうなってんの? あの手袋についてるゴツゴツ(ケリュケイオンのデバイスコア)でフェイトさんとかボコボコにしたの?

 オレはというと、数時間前に巨大な鉄の塊に叩きつぶされてから、医務室で養生しつつ模擬戦をサボっていた。身体に異常は無い。

 いつも不思議なのだが、ベルカ式の人たちは訓練でどうやって手加減をしているのだろう。目を覚ましたときに傍にいたヴィータ副隊長は、申し訳なさにつけこんで彼女の頭がハゲる勢いで頭を撫でたら、怒ってどっか行っちゃったんだよな。聞いとけばよかった。

 介抱してくれたシャマル先生の言うには、会場は食堂だそうだ。先生は後から参加するというので、一人で食堂へと向かう。

 

「ふう」

 

 もうできあがっているパーティー会場に入るのって、緊張してしまう。

 ひとつ深呼吸をし、うつむきながら食堂の扉を開けた。

 正直、こういう人の輪に入っていくのは苦手だ。ひとまず会場の隅っこを目指して、気配を消しながらそそくさと歩き出す。

 

「あら、セリナちゃん」

「模擬戦、みてたよ!」

「俺、セリナちゃんに賭けてたんだけどなあ」

 

 めっちゃ声をかけられた。

 何故だ……あれかな、背が小さいと逆に目立つのかな。あと、賭けはダメですよ。

 適当にあしらいながら人波をくぐり抜け、目的のポジションを陣取る。今のオレにはやることがあるのだ。

 そう――男どもの検分という大事なミッションが!

 

 女性の立場から見て、結婚相手に求めたいのは3つの「高」だという。高身長、高収入、あと1つなんだったかな。コウ……好青年? たぶんそんな感じ。

 管理局で働いている男は大体満たしている気がする。いや、わかんないな。オレの身長は140センチ代だから、エリオ以外みんなデカく見える。

 まあ身長はどうでもいい。元男なのでそんなの気にしない、いやさ、むしろ高みから見下ろされる方がムカつく。なのはさんの身長が160くらいだから、そこまで成長すると仮定しても大体の野郎に見下ろされるハメになるか。ふん。

 高収入……これは前線に出る人は満たしているはずだ。しかし命をはる仕事だからなあ、万が一を考えると事務方の人がいいかもしれない。あと出世コースから外れてそうな人もダメだな。

 

 視線を巡らせ、機動六課の男性陣を吟味する。

 グリフィス事務官……准陸尉だったかな。非魔導師でありながら十代で尉官に足を踏み入れているというのは、かなりの昇進スピードだと思う。仕事ができ、顔が良く、性格は穏やか、親は提督だったらしい。こんな優良物件がいつまでも空いているわけはなく、ロングアーチスタッフのルキノさんとできていると女子の間ではもっぱらのウワサだ。

 ヴァイス陸曹……ヘリパイか。パス。

 

「なんだか知らねえが今バカにしたな? お仕置きしていいか?」

「いてっ」

 

 いいともダメとも言う前にデコピンされた。

 突如目の前に現れたヴァイス陸曹に挨拶をする前に、心の中の品評が口から漏れていたらしい。

 

「なるほど……六課の目ぼしい男ね」

「はい」

「少し気が早いんじゃないかね。まだガ……キャリアを積みたい時期だろうに」

 

 いまガキって言おうとしたな。いつかボインのねーちゃんになるこのオレに向かって。

 

「そんな目で見るな。ま、六課は男女とも若手のホープ連中が多いから、いい目の付け所だと思うぞ。うん」

「では、ヴァイス陸曹からみて、いろいろと有望な方を紹介してください。わたしはあまり付き合いがなくて」

「オーケー、まかせな」

 

 ヴァイス陸曹は会場全体を睥睨したのち、手に持つグラスをあおる。それで彼の顔つきが真剣なものに変わった。やがて、静かに言葉を紡ぎ始める。

 

「俺の尊敬する、イチオシの男はな……ザフィーラの旦那だ」

 

 狼じゃん。

 

「寡黙でありながら、成すべきを成すその背中。守りに特化した魔法の腕。若い連中には口出しをせずに見守る態度。渋すぎるぜ……」

 

 いやまあ、良い人(狼)なのは知ってるけども。一度も人間形態見たことないし、オレにとっては頼めばモフモフさせてくれるお方でしかない。というか法律上、人の使い魔と結婚ってできるの?

 

「なんだその顔。ま、お前に旦那の魅力はまだ早いか」

 

 他に誰か思いついたら教えてやるから、もっと自分から色んなやつと話して来い。

 そう言い残し、ヴァイス陸曹は酒を補充しに行ってしまった。役に立たぬ先輩である。そんなこと言われたって、自分から声をかけるのは苦手だ。

 隅っこで、隊員たちを眺める作業を続行することにした。

 

 ……そして今になって気付くが、機動六課でオレと関わりがある人達の中に……男性が全然いない!!! いなさすぎる。八神部隊長の身内、女ばっかりじゃん。

 交代部隊や整備班の兄ちゃんたちしか候補がいないぞ。うーん、いくらもらってるのかな。

 もう女性でもよくない? それなら高収入の人や出世頭に心当たりがたくさんある。

 などと、迷走し始めたときだった。

 

「セリナ、何か悩み事?」

 

 話しかけてきたのは、なのはさんだ。

 

「いえ、特には……」

「でも、そういう顔してたよ」

 

 そういう顔、ときたか。なのはさんはあるのかな。自分の悩んでる顔を鏡で見たこと。

 

「他の人に言えないことでも、わたしにならどう? ほらその、私達、なんていうか……ね?」

 

 特別な関係だということを言いたいんだろう。なのはさんがこうやって、クローンであることにふれるのはほとんどない。オレの方がもっと気を遣うべきなのに、本当に良い人だ。近くにいられるのは最後かもしれないから、こうして話しかけてくれたのだろう。

 

「もうすぐ離れ離れになっちゃうんだし、力になりたいんだ」

「なのはさん……」

 

 その言葉に甘えて、じゃあ、と口を開いた。

 

「なのはさんに惚れてて、高官で、嫁ができたら束縛や夫婦の営みをせず家事もやってくれて月に武装局員の給与に相当するお小遣いをくれるただひたすら優しい男の人っていませんか?」

「は?」

「何の話~? 元部隊長も混ぜてえ」

「なのはさんの男関係の話です」

「いやいやいや。セリナ? ちょっと?」

「ほーーーーう。なのはちゃんの」

 

 高町なのはの男関係の話。それは、全次元の管理局員、いや、次元世界に住まう民たちが耳を傾ける話題である。

 雑誌で特集とか組まれるような、管理局の広告塔っていうかアイドル?だし。

 

「なのはちゃーん、最近ユーノくんとどうなん~?」

「えっと……そういう話なの? わたし、あんまり得意じゃないんだけど……」

 

 うわ! めんどくさ。酔ってる上司の相手ほど嫌なものはない。あれ、この人成人してたっけ? ミッドチルダってお酒何歳からなんだろう。ジュースで酔ってるのこの人?

 なのはさんが困った顔でこっちを見てくる。すみません。でも、なのはさんに惚れてる人の方がオレにとって狙いやすいターゲットになるはず。そして、出てきた名前が……

 ユーノくん……ユーノ・スクライア司書長か。なるほど。

 聞いた話とオレの記憶では、彼はなのはさんたちの幼馴染で、あの若さで無限書庫のトップだという。いかほどのお賃金を得ているのだろうか。線の細い優男で性格も良さそう。そして、なのはさんとの関係は。

 意を決して、勇気を振り絞るためにグラスの中身を飲み干す。あっ未成年なのでジュースだった。

 

「あの! なのはさんはユーノ司書長のこと、好きなんですか?」

「ええと、いや、ユーノくんとは……そういう感じじゃないっていうか……」

 

 表情をよく観察する。本当に恋愛感情はないような、それとも自分の中のそういう気持ちに疎いのか。なのはさん側だけをみると、どうも二人の仲はこれ以上の進展はなさそうに見える。

 ここで元のアニメの最新シリーズ、今より未来のことを少し思い出してみよう。うろ覚えだが、なのはさんとユーノ司書長の関係は現状のままだった気がする。それどころかフェイトさんと一軒家を建てて娘のヴィヴィオと3人で住んだりしてたような。ユーノ司書長どころか男の影が無い。

 フリーだというのか? こんな優良物件が?

 ……よし!

 

「じゃあわたしがもらってもいいですね」

「えっ?」

「なあに、セリナ。ユーノくんのこと気になるんか? 良かったら紹介してあげるけどー?」

「ぜひお願いします」

「いやいや、ちょっと待って。ねえ」

 

 すばらしい。これが人のつながりというものである。八神司令から紹介してもらえるなら、話が早い。

 

「セリナ、どういうシチュエーションでいく? もう本命にする? ユーノくんのこと狙ってく?」

「そうですね……」

「ダメ、分かった、待って! はやてちゃんが紹介するのはなんかダメ! ユーノくんのことは、わたしから紹介します」

「えー、面白そうなのに」

「面白くないっ」

 

 八神司令をあしらい、なのはさんはオレに目を向ける。

 そして少しの間、逡巡するそぶりを見せた。

 

「うーん、セリナ。休職するんだっけ」

「はい」

「今思い出したんだけどね、ユーノくんを紹介するなら、ついでにこんな話があるんだけど……」

 

 

 

 

 初めて入る場所・初めて会う人たちなので緊張する。

 制服の襟元を正す。無限書庫は時空管理局・本局の中にある施設・部署であるため、陸士部隊の茶制服を着ていると微妙にアウェー感がある。でも制服はこれしかねえ。

 頭の中でこの前のことを思い出しながら、無限書庫・一般開放区画へ続く扉を開けた。

 

 ――なのはさんの紹介。それは、無限書庫に異動しないか、という話だった。

 なんでも、JS事件において、無限書庫からのデータ提示が事件解決に役立ったことで、その有用性が証明され、仕事が増えているらしい。

 人員の強化もなされたそうなのだが……なのはさんの言うには、現在スクライア司書長は、前線で魔導師経験のある人材を求めているとか。

 

「おー……」

 

 中の様子は、普通の図書館や資料庫とそう変わらない。管理局員だけでなく、一般の人たちの姿もある。

 入ってすぐ正面には、受付の方が座っていた。キョロキョロとあたりを見回すという、田舎者っぽい様子を見られてしまった。

 

「こんにちは。どのようなご用でしょうか?」

「失礼します。えと、来期よりお世話になります、セリナ・ゲイズ二等空士であります。本日は挨拶に伺いました」

「ああ! お話は伺っております。ええと、スクライア司書長は司書長室か、管理室にいらっしゃいますよ。ご案内します」

「い、いえ。自分で行けますので、どうかお構いなく」

 

 受付の人たちに頭を下げ、その場を後にする。

 

「……ゲイズって、あの……」

「レジアス元中将の……」

 

 …………さて。まずは司書長室に向かおう。

 インテリジェントデバイスであるヴァーミリオンアイズに頼み、施設内の地図を表示してもらう。

 一般開放区画を進んだ先、関係者以外は立ち入らない場所に、その部屋はあった。

 よし。第一印象は大事だ。いずれオレの財布となる人である、失礼の無い振る舞いをしなければ。

 咳ばらいをし、心を落ち着け、扉をノックした。

 

「はーい……あっ!? あ!! あーーーーーー!!!」

 

 なんだ!? トラブルだろうか。やむをえず扉を開いて押し入る。

 中に人がいない。いや、いた。本の山から足が生えている。こんな光景が現実で見られるとは。

 ……いかん。救出活動に移ろう。

 

「あはは……助けてくれてありがとう。あやうく本に殺されるところだったよ」

「は、はあ」

 

 照れくさそうな笑みを浮かべて、彼は身なりを正した。

 淡い緑色のシャツと眼鏡、柔和な雰囲気。まさに学者といった風貌で、陸士部隊にいた頃はあまり関わらなかったタイプの人だ。

 この人が、ユーノ・スクライア。さっきの事故が面白すぎたのと、管理局の制服を着ていないせいかな。あまり目上の人という感じがしない。

 それとも……なのはさんの記憶の、せいだろうか。

 

「自分は、セリナ・ゲイズ二等空士であります。本日は、こちらに挨拶に伺いました」

「うん。……そんなにかしこまらなくていいよ。司書長のユーノ・スクライアです。よろしく」

 

 少し背を屈めて、スクライア司書長は手を差し出してきた。気さくな人だ。

 ……久しぶりに味わう、さっきまでアニメのキャラクターだった人が、目の前にいる感動。

 本当に女性みたいな声だとか、近くで見ると美青年だとか、色んな感想が出る。

 恐縮だが、差し出された手を握り返した。こちらが子供の身体だからだろうか、女性のようにも見えた彼の手は思ったより大きく、力強かった。

 

「……あ!」

「?」

「ごめん、馴れ馴れしくして。気を付けるね」

「………」

 

 そうですね、責任をとってもらいましょう。

 と思ったが、口には出さなかった。多分、なのはさんと同じ顔だから距離感が測りにくいのだろう。

 

「いえ、全く構いません。よろしくお願いします!」

 

 ま、こっちが狙うのはこの人の財産である。たくさん媚びを売って、この美少女の虜にしてやる腹積もりだ。なのはさんと同じ容姿は存分に活用させてもらおう。

 先ほど離したスクライア司書長の手を、今度はこちらから、両手で掴んでがっちりシェイクハンドした。

 ……やばい。自分らしからぬ大胆さである。なんか恥ずかしくなってきた。

 手を放して司書長の顔色を窺う。

 見たことあるな、この表情。

 ……子どもを微笑ましく見守る大人の表情だ。オレにメロメロになるはずでは!? 恥ずかし損か!

 

「? どうかした?」

「い、いえ……」

 

 目を合わせていられず、視線を泳がせた。

 おかしいな。美少女に生まれることができた時点で、恋愛上級者になっているはずだが……

 

「そうだ、今から時間はあるかい? 僕がここを案内するよ」

「えっ? しかし、スクライア司書長は、お忙しいとお聞きしましたが」

「大丈夫。ちょうど一区切りついて、休憩しようと思っていたんだよ」

 

 こっちが遠慮しようとすると、司書長は部屋からさっさと出てしまった。

 外から手招きされる。

 

「こっちへ」

 

 施設を進んでいくと、そこには普通の図書館にはないものがあった。大型の転移ゲートである。

 

「中の空間は無重力に近いよ。今から飛行魔法は使える?」

「はい、できます」

「よし。では……そうだな、古代ベルカ区画にでも」

 

 ゲートが光量を増し、転移魔法を発動する。

 景色の変化より先に、地面と重力が無くなる変化の方が、先に襲ってきた。

 

「おっとっと……」

「少しお手を拝借」

 

 自分の意思で浮遊するのと無重力空間に放り込まれるのは、少しだけ違ったみたいだ。

 バランスを崩し、空戦魔導師にあるまじき醜態を見せるオレを見かねて、司書長は手を差し伸べた。

 落ち着いて飛行魔法を起動し、この空間に合わせる。

 それを確認し、司書長は手を放した。少しだけ、なんだか頼れるものが無くなって心細い気分になった。一瞬だけね。

 ……そして。足場が無いことに慣れたら、今度は、その景色に圧倒されることになった。

 

「すごい……」

 

 見渡す限り、本棚。それは横だけじゃなくて、縦にも延々と広がっている。

 見上げて、魔導師としての目を凝らしても、この空間の果てを知ることはできない。まさに無限と呼ぶべき空間だった。

 

「仕事の内容については、事前に送った文書の通りだよ。あとで事務の方でも確認してね」

「はい」

 

 ひとしきり感動したタイミングを見計らったのだろう、少しして、スクライア司書長が声をかけてきた。

 無限書庫での業務は主に、書庫の整理や探索だそうだ。

 そう。探索、である。

 スクライア司書長の先導でしばらく飛行すると、やがて無限の本棚の中に、バカでかい扉が現れた。

 

「古代の書物庫を建造物ごと収集・再現してるみたいでね。この扉の中は罠やガーディアンでいっぱいの迷宮になってる」

 

 未整理区画の探索。それは古代遺跡の発掘と同じように、専門家を集めた調査チームを組み、内部の情報整理や危険の排除などを時間をかけて行う作業だ。

 なんでも、防衛のためのゴーレムや亡霊が出るのはザラだとか。強力な個体が現れて、調査がストップになっている区画もあるらしい。

 

「――それで、君みたいな腕っぷしの強い魔導師が必要でね。力のある魔導師は前線に配置されるのが当たり前だから、困っていたんだよ」

「――聖王教会の歴史編纂部署とか、色んな組織がここでは動いているんだけど、こっちで自由に動かせるチームが欲しくてね」

「――そういうわけでしばらくの間、僕の調査チームに君を迎えたいんだ。命の危険はあるけど、その点は綿密に対策する。迷宮を探索、踏破してお給料をもらう。ちょっとした冒険者みたいだろ?」

 

 なんとも特殊な部署だ。この世界に来て初めて、魔法の世界っぽいと思った。

 オレの魔法がこんなところで役に立つのかと思ったが、これなら、きっと。

 というか条件がいい。緊急出動もない、ガジェット相手に比べたら命の危険も少ない、24時間勤務じゃない。お賃金は減るが、十分な額を貰える。空いた時間は資格の勉強なんかに使っていい、とまで言われた。最終目的は働かないことだが、目標に向かって前進している気がする。

 それに。

 

「ここまで聞いて、どう思う? この仕事のことを」

「……なんだか、楽しそうです」

「僕はそう思ってる」

 

 その顔は、今日一番の笑みだった。

 スクライア司書長、こんな顔をするんだ。

 

「管理局本局ができるより、ずっと前からここにあったんだ。一生かけても踏破しきれない、巨大なロストロギアさ」

 

 そんなことを話す彼は、なんだか少年のような雰囲気だった。なのはさんの記憶にある『ユーノくん』と、彼が重なる。

 ユーノ・スクライア。ひとつこの人のことが分かった気がした。

 

「あらためて、よろしく。セリナさん」

「はい。スクライア司書長」

「……えーと、僕のことは、ユーノでいいよ」

「……じゃあ、その……ユーノ、さん」

「うん」

 

 ――わたしのことも、セリナ、と。

 そう口にする勇気は、まだなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ4

「あたりに結界を張った。セリナさん、お願い!」

「スターズ5、りょうか……じゃなかった。えーっと、撃ちます」

《Divine Buster》

 

 存分に溜め込んだ魔力をぶっ放す。侵入者に立ちふさがる守護者……巨大な鎧のようなロボットは、赤い光の奔流を受け、地面に沈んでいった。

 

「おわり。アイズ、ご苦労様」

《腕が錆びつきます》

「そりゃあいいことだ」

 

 しゅごーっ、と魔導杖から排出される、煙状の余剰魔力。不満げな言葉を聞いたせいで、ヴァーミリオンアイズのため息みたいに思える。

 こいつやっぱり戦闘好きだな。あと酷使されるの好きそう。マゾだな。

 

《何か?》

「いや、なんでも」

 

 無限書庫で外部協力者として働くことになって、数日が経つ。

 事前に講習などを受け、今回初めて現場についていき、先ほど出番があった。

 なるほどこれだけ強力なガーディアンが現れるなら、攻撃力のある魔導師がいないと厄介だ。役に立てるか不安だったが、今日でやっと給料をもらえるようなことをした。

 

「お疲れ、なの……セリナさん」

「お疲れ様です」

 

 お、今なのはって言いかけたな。

 どんどん間違えてくれていい。こっちは、あなたの中にある(と思われる)なのはさんへの好意に、つけこむつもりなのだから。

 

 さて。調査チームの仕事はまだ終わらない。進路を阻むガーディアンを倒し、我々はさらに迷宮の奥へと進むことができるようになった。

 そう、無限書庫の未整理区画の中身は、まさしく迷宮と呼ぶのがふさわしい。無限書庫が書物を収集・再現する際に、施設やその防衛機構にも機能を発揮し、あれもこれもと取り込んで、迷宮を創りあげてしまうのだ……という仮説を聞いた。スケールのでかいロストロギアは、適当さのスケールもでかいらしい。

 ガーディアンを倒した先には、次の部屋へ続く扉がある。

 調査チームのメンバーが、魔法を使って扉の様子を細かく調べ始める。オレは、すこし思い立って、待機状態にするのを忘れていたデバイスの先端を扉に向けた。

 

「砲撃でぶち抜きましょうか?」

「わあっ、ちょっ、ダメダメ!!」

「嬢ちゃん、ストップ!」

「す、すみません。冗談です」

 

 チームの人たちが慌てふためくのを見て、デバイスを下げる。講習でも勉強したので冗談なのだが、本気だと思われたっぽい。

 陸士部隊に所属していた魔導師がこんなことを言えば、冗談に聞こえないか。

 扉を調べている人……名前をまだ覚えていない……の言うには、トラップ等を警戒した安全な解放と、古代文明のものであればその意匠や機構の解析・記録、といった作業を行っているらしい。そういうわけで、これを吹っ飛ばすのはよろしくないようだ。扉と壁はぶち抜くものだという、なのはさんから学んだことが活かせないね。

 

 辺りを見回してみる。チームの人たちは、本来の仕事である書物の調査だけでなく、部屋のつくりや倒したガーディアンなんかまで調べていて、忙しそう。こうなるとオレは手持ち無沙汰だ。なにせこのチームでは、物を壊す専門である。

 うーん、どうにもアウェー感があるというか、そもそもオレはこのチームに必要なのか。さっきのガーディアンは強力だが、この人たちなら停止させる方法はいろいろあるのでは。

 

「オレ、役に立ってるのかな」

「何言ってるの。ここから先の調査ができるのは君のおかげなんだよ。ありがとう」

「え……っ、と」

 

 独り言が拾われてしまった。作業の手を止めて、ユーノさんが歩み寄ってくる。

 

「セリナさんが来てくれて本当に良かった。これからもよろしく」

「あ、はい、よろしくお願いします……」

 

 ……至近距離で笑顔をぶつけてこないでほしい。なのはさんやスバルさんみたいな人たらしの手口だ。そんなタイプの人だったのか? 記憶から受ける印象と、少し違う。

 笑みを向けてくるユーノさんは、オレが観察していたここ数日の中では一番機嫌良く見える。ありがとう、君のおかげ、来てくれてよかった――なんて、お手本のような賛辞だ。でも言葉に嘘はないのだろう。

 自分の口角が自然に上がってしまうのが、なんだか負けた気がして、口元を手で隠した。

 

 

 しばらく退屈だったので、次にゴーレム系のやつが出て来たらどう倒そうか、なんてシミュレーションしていた。

 さっきのは動きがのろかったから砲撃でさっさと仕留められたが、あちこち動き回るやつだったり射砲撃を撃ってくるやつなら、同じようにはいかないだろう。調査隊の人たちを守るために、広域防御を想定しておこうか。

 必要なら魔法が使えるユーノ司書長や隊の人たちが補助してくれることになっているが、書庫を守る結界を張るだけでも面倒な作業なんだし、荒事は一人でも片付けるつもりでいよう。でないと貢献した気分になれない。

 

「皆さん! 休憩時間にしましょう」

「お……」

 

 ……って、なんだ。休憩か。暇な時間がさらに伸びてしまった。しかし他の人たちにとっては貴重な時間だ、変わらず、大人しくしていよう。

 

 バカみたいに広いこの空間は、見たところ円の形をしていて、オレ達は周囲をぐるりと巨大な本棚に囲まれている。例えるなら、本たちが観客として集まったコロッセオのようだ。

 本たちが見つめる先では、人間たちが椅子やテーブルを組み立て、しばしの憩いの場を作り上げた。飲み物やレーションを持ち出して腹ごしらえをしたり、雑談や作業の続きをする人もいる。

 こうやって現場に休憩スペースを設営するのは、部隊にいた頃にもよくあったが、周りを本に囲まれた屋内で……というのはなんとも異様な光景である。

 オレは先ほど貰った、固形の栄養食を手早く食べる。これ地球にも似たようなものあったな。パサパサになった口の中を水で潤す。

 さっさと席を立って、本棚でも検分しようかな。これからお世話になっていくとはいえ、まだ打ち解けていない目上の人たちと同じ席に座っていると、息が詰まる。

 

「ここ、座ってもいいかな?」

「あ、どうぞ……」

 

 反射的に返答した後で、相手が誰かを知る。声をかけてきたのはユーノさんだった。

 なんだか申し訳なくなってくる。輪に入ろうとしないオレを気にかけているのだろうか。

 彼はオレのすぐ隣に腰掛けた。しかしこちらから話すことがすぐに思いつかない。攻略して好感度を上げるチャンスなのだが。ていうか既に距離が近くないか? いきなり距離を詰められるのも、あまり落ち着かないぞ……。

 やきもきしていると、ユーノさんの方が、先に口を開いた。

 

「ええと、さっきの魔法は見事だったよ。頼りになる、文句なしの砲撃魔法だった。まるで……」

 

 一瞬、言葉が途切れる。

 

「いや、とにかく、君に来てもらえてよかったよ」

 

 言い淀んだ内容は想像がつく。こういう場面にはたまに出くわしてきた。

 恐らくクローンのオレに気を遣っているのだ。セリナ・ゲイズという一人の人間として生きているオレを、高町なのはと同一視するのは失礼なんじゃないか、とか。そんなところだろうか。

 ただでさえこちとらコミュニケーションは不得手である。あんまり気遣われると会話がしにくい。

 なのはさんの知人と知り合ったときは、早めにこっちからネタにするようにしている。いちいち配慮するようなことではないと、伝えるのだ。

 

「わたしとなのはさん、似ていますか?」

 

 ユーノさんの表情が、少し硬くなったような気がした。

 

「似てる……って言ったら、どう思う?」

「嬉しいです。憧れなので」

 

 なんならもっと同一視してほしい。その方がオレの人生計画も、よりスムーズに進みそうだ。

 

「砲撃魔法だって、しっかりなのはさんに教え直して頂いて、鍛えてもらったんです。荒事はまかせてください」

 

 ちょっとした見栄を張ってみせる。

 オレ達に共通する話の種なんて、なのはさんが一番大きいに決まってる。これを禁句にでもされたら、いつまでも距離が縮まらない。

 ユーノさんに、こちらの意図は伝わったようだ。彼の雰囲気が和らいだ。

 

「さっきは呼び間違えてごめんね。バリアジャケットとか、魔法とか。よく似ている」

 

 そうでしょうとも。なのはさんの魔法を教えてもらっただけでなく、本人の記憶もほんの少し受け継いでいる。バリアジャケットは機動六課に入ったときに、分隊長のなのはさんの意匠を取り入れたデザインに(勝手に)変えられたが、気に入っている。世界中の高町なのはフォロワーの中では完成度の高い方じゃないかな、なんて自分では思っている。

 

「なのはさんの真似をしているので。……あの、ユーノさんがよければ、なのはさんの話、聞きたいです」

 

 少しドキドキしながら、話を振る。

 彼は笑顔で応えてくれた。

 こうやって誰かと雑談するの、ちょっと久しぶりだな。

 

「そのジャケットのデザインの大元は知ってる? それ、なのはの通ってた小学校の制服がモチーフらしいよ」

「へえ……」

 

 オレの着ているものはそうは見えないが、襟元とかそれっぽい。白が基調なところもかな?

 

「髪型は、少し違うね」

 

 髪か。バリアジャケット着用時のなのはさんはいわゆるツインテールだったが、正直あれは恥ずかしい。聞いた話では最近、着用時の髪型を変えたらしいが、20代に突入してちょっと恥ずかしくなったに違いない。娘もいるし。

 オレは普段のなのはさんを真似てサイドでひとつにまとめているが、長さは少し足りない。今の長さは、もっと短い方が楽だという気持ちと、憧れのなのはさんの外見をトレースしたいという気持ちの妥協点である。

 ……いや、でも、ユーノさんの関心を得るためには、昔のなのはさんと同じ髪型にするべきだろうか?

 自分のサイドテールの先を指でいじる。ふと思い立って、聞いてみることにした。

 

「ユーノさんは、どんな髪型が好みですか?」

「えっ?」

 

 間が空いた。

 

「考えたことないな……」

「そうですか」

 

 などと言ったが、これで終わりじゃだめだ。

 女子の側からこんなことを聞くのは勇気がいるというのに、収穫無しでは損である。

 

「なのはさん、フェイトさん、はやてさんだと誰の髪型が一番いいですか?」

「け、結構つっこむね」

 

 少しの間、逡巡する素振りを見せる。

 ま、なのはさんでしょ。

 

「えーっと、そうだな。フェイトの長くてきれいな髪は、さすがに感心するよね。見事というか」

 

 …………ふーん。

 髪、少し伸ばしたほうがいいかな。

 

 

 

 

「さて。皆さん、片付けと清掃をお願いします。図書室は綺麗に!」

 

 しばしの雑談を終え、調査隊は次の工程へ。

 

「では予定通り、今日はもう少し先へ進みます」

 

 そうして部屋から部屋へ。調査隊は迷宮の中身をつまびらかにしていく。

 ……が、やはり出番がないと退屈だ。というか居心地が悪い。社会で働いていると、自分でやることを探せ!なんて怒られることもあるし、周りが働いている時にやることがないと焦燥感を覚えるものだ。

 しかし、オレもサーチャーを飛ばして警戒はしているが、それ以外にやることがない。不意の奇襲にそなえて皆の位置を把握するくらいか。しかし侵攻しているのはこちら側で、相手は無機質な防衛装置。誰に奇襲されるはずもない。さらにトラップ警戒にもオレのほかに専門家がいる。

 何か、他の仕事を覚えたいな。

 

「うーん」

 

 ユーノさん、話しかけたら邪魔だろうな。

 視線に気づいたのか、ディスプレイを見ながら何やら打ち込んでいたユーノさんは、こちらに目を向けてきた。

 

「退屈?」

「い、いえ。とんでもない」

 

 仕事中にそんなことは言えないですって。

 

「ごめんね、今日は肩慣らしってことで。また別の仕事を頼むことも……」

 

 ユーノさんの顔つきが変化する。先頭の方が足を止め、合図をよこす。サーチャーからの情報を一緒に処理していたヴァーミリオンアイズが、オレに警戒を促した。

 

「いや、君の出番のようだね」

「はい」

 

 デバイスを戦闘状態にし、チームの先頭に出る。

 後続の位置をよく確認しつつ、次の広間へと足を踏み入れた。

 

「な……!?」

 

 チームの誰かが……いや、誰もが驚きの声をあげた。

 先ほどのフロアと似た構造の広間で、オレたち以外に動く反応が1つ。想像していたのは最初の様な、いわゆるゴーレム、ロボット、ガーディアン……無機物の防衛装置だ。

 今目の前に現れたものは、明らかに違った。

 脚は4本、背には大きな一対の翼。赤い体表はよく目を凝らせば、鱗が張り巡らされている。長い尻尾が起き上がり、ゆっくりと動く瞳は、こちらを既に見据えていた。

 

「竜だ……!」

 

 無限書庫、なんでもありか?

 『書庫の整理』でフリードやヴォルテールの親戚に遭遇するなんて、想像できるだろうか。

 

「リンカーコアを持っている可能性が高い。捕獲を試みれば大暴れしそうだ……」

 

 後ろから声が聞こえる。生き物をこちらから先に攻撃するのには、ためらいがあるが――

 そのときだ。竜が口を開いた。

 咄嗟に、調査チーム9名全員の前に、魔法陣を象った盾……シールドを出現させる。

 閃光と、空気を切り裂く音、盾を強く押される衝撃から、自分たちが攻撃を受けたのがわかった。

 

「みんな! 無事か!?」

 

 後ろを振り向く。チームに……けが人はいない。ヴァーミリオンアイズの補助のおかげで、しっかり全員の前に盾を張れたようだ。

 前を向き直し、戦うためのスイッチを入れる。先ほどの熱線は、おそらく魔法だ。フリードとキャロのコンビと同じく、生物としての機能と魔法の補助を掛け合わせた攻撃。

 この手の魔法生物には、捕縛も長くもたないはずだ。保護するためには、魔力ダメージでノックアウトするのが手っ取り早いだろう。

 まず、ユーノさんとチームの人たちが、本を守るために結界を作るのを待つ。その間、バリアタイプの魔法で全員を守る。これがオレの役割だ。結界完成後、みんなを後退させてから、敵を倒す。

 もう既に作業は始まっている。結界はすぐにでもできるはずだ。ドラゴンは広間の大きさに対してあまりに巨体で、フリードのように飛んで動き回ることはないだろう。熱線もしのぐことはできた。十分な攻撃力さえあれば打倒できるはず。落ち着いて――、

 

《マスター!》

 

 身体の左側に強い衝撃。赤い何かが、オレを吹き飛ばしたのだと分かった。

 ……空中で制動をかけ、体勢を立て直す。無事なのは、ヴァーミリオンアイズが守ってくれたからだ。

 

「ありがとう」

 

 敵を捉え直す。ドラゴンは姿勢を変えていた。オレを叩き飛ばしたのは、ヤツの丸太の様な尻尾だ。

 防御役のオレが飛ばされ、結界を構築中のチームのみんなが無防備になる。まずい。すぐに駆けつけて――、

 ドラゴンが再び口を開く。やつが向いているのは、みんなの方ではなく……オレだ。

 反射的に、シールドを展開した。

 

「何!?」

 

 攻撃は熱線ではなく、炎。あれは炎だ。

 弾速は遅いが、範囲が広く、かつ流動的。弾いてそらすシールドタイプではダメージになる。防御の選択を誤った……!

 腕で顔を覆う。ただの炎ならばバリアジャケットでなんとかなるが、破壊力のある魔法ならば――、

 

「本を守る者が炎か。なんて思ったけど」

 

 熱気も衝撃も、来ない。代わりに、優しく落ち着いた声がすぐそばから聞こえた。

 

「見て、セリナさん。本が燃えてない」

 

 言われるままに辺りを見下ろす。結界の守りもなく、火にまかれたにもかかわらず、本たちはそこに佇むままだ。

 

「咄嗟だったから本の方は守れなかったけど、よかった。どういう仕組みの魔法かな。気になる……」

 

 チームのみんなも、淡い緑色の膜に守られていて無事だ。

 そして……オレを守ってくれた、ユーノさんが振り返る。

 

「さ、結界はできた。君の合図でこのバリアを解くよ」

 

 これで、オレの攻撃であたりが破壊されることはない。

 頷きを返し、ドラゴンを打倒するための一撃を選ぶ。

 

「ロードカートリッジ」

 

 命令を受け、ヴァーミリオンアイズが薬莢を吐き出す。彼女とオレの間で力が循環し、膨れ上がるそれを留め、眼下の竜に狙いをつける。

 ユーノさんに視線を飛ばす。彼はオレを守ってくれた魔法を解いて、オレの射線から退いた。

 

「エクセリオン……ッ!」

 

 竜が再び口を開くが、もう遅い。火を噴くのは、こちらの砲身だ!

 

「バスタァアーーッッ!!!」

 

 紅い光で、やつの巨体を薙ぎ払う。

 加減せずに撃ち放ったそれは、果たしてやつを倒すのに足る威力だったようだ。

 

 

 

「お……あったあった」

 

 排出したカートリッジを拾う。

 もう部隊所属じゃないから、カートリッジがすぐ補充できないかもしれない。無限書庫には必要ない備品だから、今までのように、黙っていても支給されるということはないだろう。装備部あたりに申請して取り寄せることになるのかな。あとで事務の人に聞いてみよう。

 ついでに、ゴミをここに残していくのもよくない。図書室は綺麗に。そういうわけで、使った分のカートリッジは任務後に拾って、暇なときに魔力を込めて再利用するのがいい。これはオレに限らず、陸戦魔導師ならよくやっていることだ。

 

 調査作業を進めるあの人を……ユーノさんを見る。

 彼はなんと言っていただろうか。咄嗟に本を守るより、オレやみんなを守った。そんなことを呟いていた気がする。

 そして、ドラゴンを倒した後、失態の謝罪や助けてもらったお礼を言おうとしてモゴモゴ喋ったオレに、こんなことを言った。

 

「君だって、僕らを守ってくれているんだ。そうやってこれからしばらく背中を預けあうんだから、いちいち畏まることないさ」

 

 調査隊の人たちも、オレに声をかけてくれた。みんなが言うには、今日は良い仕事ができたと。

 オレは……職場に、人に恵まれてるな。ここでも、機動六課でも、その前も、尊敬できる人たちとばっかり出会う。

 そしてユーノ司書長……ユーノさんは、きっと心から信頼できるようになる。今日の出来事は、そう思うのには十分だった。

 

「撤収します! ……セリナさん! 行こう」

「はいっ!」

 

 ならきっと、この人に心から信頼される人間を目指そう。

 今度はもっともっと、良いところをみせよう。

 そんなことを思ったりした。

 

 

 

 

「あ、あの、司書長……ユーノさん」

「? どうしたの?」

「お、おお昼ご飯とか、その、お召し上がりになられましたかっ」

 

 昼休みに司書長室を訪ねたオレは、汗を流しながら勇気を振り絞っていた。

 

「ごめん、これもうちょっとかかりそうなんだ。ゆっくりしておいでよ」

 

 

「フラれた」

 

 好感度が足りてない。一緒に飯を食うという定番のイベントすら引き起こせぬ。

 もう少し愛想を振りまく必要があるか……などと思う一方で、いや、あの人仕事多すぎない? とも思った。

 いつもあんな感じだけど、本当にちゃんと食ってるのかな? 男性にしては線が細いしさ。体格がいい人たちとエリオしか男性の知り合いがいないから、そう見えるのだろうか。

 

「はー」

 

 失意の中、管理局本局の中を、昼ご飯を求めてさまよう。

 本局内は一つの街になっていて、飲食店もいろいろあるらしい。そろそろ開拓しようかなとは思うものの、何もない日は部屋でゴロゴロしがちだ。もう訓練漬けの日々には二度と戻れんぞ。

 結局、無限書庫から一番近い食堂に足を運ぶ。もう行きつけの店になってしまった。

 

「おばちゃーん、Aランチください」

「おばちゃんって呼んだからダメ」

 

 厳しい。

 

「お嬢ちゃん、それ資料部の制服? 異動したの。司書は割引だよ」

 

 なんだと……?

 そういえば一昨日くらいから制服を、陸士の茶制服から書庫の人たちと同じものに変えたが、まさかこの店にそんな裏技が存在していたとは。

 

「陸士は本局にこんなしょっちゅう来ないでしょ。早く言ってよおばちゃん」

「ごめんねえ。じゃ、ちょっと局員証を見せてくれる?」

 

 懐からカードを取り出し、手渡す。超科学社会なのにこういうところが意外とアナログ。

 

「ん~セリナ・ゲイズちゃん、ごめんね。司書資格がないなら割引はナシ」

「なんだと……?」

 

 ぐぎぎ……バカな。上げて落とされた。

 結局いつも通りの額を支払い、お膳を持って空いてるところを探す。

 クソ、ずるいな、司書。

 

「ん?」

「お……来たか。ほれ、こっち来い」

 

 食堂の中で、知り合いと遭遇した。

 陸士部隊の制服を着て、かわいらしく手招きをする小さい人……ヴィータ副隊長だ。

 

「ヴィータ副隊長! お久しぶりです」

「ああ。いや、もう副隊長じゃないんだが」

 

 彼女は確か、地上部隊に腰を据えた八神司令の補佐に戻ったんだっけ。いや、なのはさんから教導隊に誘われてるって話も聞いたな。

 どっちにしろこの辺の食堂を利用することはないはずだけど。もしかして……

 

「ヴィータ……さん。わたしに会いに来てくれたんですか?」

「はあ? そ、そんなわけねーだろ。勘違いすんな」

「好感度が足りている……」

「ああ?」

「ヴィータ副隊長! 大好きです!!」

「あー、そー」

 

 古巣の上司の可愛さに触れ、感激で泣きそうになる。自然と身を乗り出し、ヴィータさんの頭に手がのびた。

 

「触るな。調子に乗るな」

 

 撫でようとした手をはたき落とされる。

 どうだろう、この気心の知れたやりとり。最初は思っていることを打ち明けられなかったり、ぶつかったり、色々あったものだ。

 やはり時間をかけて人は分かりあうもの。ユーノさんのことは、焦らずじっくり攻略しなければならないようだ。

 

「最近、調子はどうだ?」

 

 久しぶりに会った親戚とか、職場の外で会うときの上司っぽいことを言うヴィータさん。いや上司だった。

 ちょっと見栄を張っちゃおうかな。

 

「未整理区画の防衛機構相手にちょこちょこ働いてますけど、おかげさまで苦戦はナシです」

「ま、当然だな。そっちのことじゃなくて、その……」

「?」

 

 しばし言いよどみ、意を決したような顔で切り込んできた。小声で。

 

「お、お前、ユーノ……司書長のこと、すす、好き、なんだって?」

「いいえ」

「え! はやてが、お前がユーノのこと狙ってるって言ってたけど」

「んー」

 

 ヴィータさんが珍しくすっとんきょうな声をあげた。なんかかわいいな。オレもこう、ナチュラルに可愛い人間になりたかった。どうせなら。

 八神司令、どんな風に話したのだろうか。(財産を)狙っているというのは事実だが、ここに来てそう日が経ってもいないのに、恋心も何もあるもんか。

 真面目でうぶそうなヴィータさんには、あまり正直に言いたくないな。適当にごまかそう。

 

「まあ、そうですね。少しユーノさんのことが気になっています」

「そ、そうか」

 

 いつもより態度が変なヴィータさん。一つ咳払いをして、再度切り出した。

 

「今日は悩めるお前に、気になる相手の、お、落とし方を伝授しようと思ってだな」

「え……ヴィータさんが……?」

「バッカお前、あたしがお前の何倍生きてると思ってんだ。男の一人や二人、いたっての」

「本当ですか?」

「なんだその反応は。何か文句でも?」

「いえ」

 

 おかしなことを言い出したが、大方、八神司令がそそのかしたんだろう。面白いという理由で。仕事中でなければそういう人だ。

 この人が見た目に反してしっかり大人なのは、元部下として存じ上げているが、その。それって相手みんなロリコンってことだよな。

 いや待てよ……オレの外見年齢もまだまだ幼いし、相手は大人の男性。ヴィータさんの手練手管を聞く価値はあるのでは?

 

「お前が大人になるまで長いからな、うまくやらなきゃ誰かにとられるぞ」

 

 ずっと外見小学生の人が言うと、重い説得力があるな。

 

「たしかに……」

「それにあたしの思うに、やつは鈍感だ。もっとわかりやすいアピールしといたら?」

「いったいどうすればいいんですか?」

 

 割と真面目に聞く。セリナには恋愛がわからぬ。

 

「ボディタッチ」

「body touch.」

「とはやてが言っていた」

 

 何言ってんだあの人。

 自分だって彼氏いないのに。

 

「まだある」

 

 まだあるんだ。

 真面目くさった顔で、ヴィータさんは続けた。

 

「毎日……手作り弁当」

「毎日……手作り弁当……!?」

 

 むり。

 

「とはやてが言っていた」

 

 全部あの人の受け売りでは……?

 というか八神司令の得意分野ですよね。「その気になれば彼氏は作れる、今はその気がないだけ。」とか言ってそうな顔が脳裏に浮かぶ。

 

「あの、今まで戦闘と報告書書くこと以外したことなくて」

「セリナ。何事も挑戦だ」

 

 すべて伝えたといわんばかりに、すがすがしい顔をするヴィータさん。

 

「お前の未来……楽しみにしてるからな……!」

 

 教官っぽいことを言って、話の締めとされた。

 いやいや。はやてさんのバカ。ヴィータさんもバカ。絶対やりたくないぞ。

 

 

 

「できた……」

 

 わざわざ弁当箱を買い、ミッドチルダのよくわからん野菜や生物の肉を買い、朝早く起きて、デバイスにガイドさせながら作り上げた。

 それは、人生初の料理であった。父さんと姉さんにも食べさせてあげたかったという気持ちが、自然と湧いてくる。

 手提げの袋に入れ、通勤。第一種捜索指定ロストロギアを運ぶときのように、警戒しつつ慎重に司書長室へ持って行った。

 

「失礼します……あ」

「ん? やあ」

「セリナさん。こんにちは」

 

 咄嗟に、手提げ袋を背に隠す。司書長室には、既にお客さんの姿があった。長髪に白スーツという冗談のような格好が似合っている、ハンサムな男性だ。どこかで顔を見たような……。

 いや、とにかく今はオレはお邪魔だ。出直そう。

 

「失礼しました。また後ほど伺います」

「ああ、ちょっと待って。僕のことは気にしないでいい。遊びに来ただけだからね」

「遊びにって、アコース査察官……」

「君はユーノ先生への用をどうぞ」

「い、いえ……」

 

 来客者がいるのに弁当とか渡せるわけがない。

 だというのに、退散しようとすると、まさにこの人に止められる。

 

「まあまあまあまあいいからいいから」

 

 アコース査察官は――思い出した、たしかJS事件で六課に協力してくれた方だ――どうしてもオレを帰そうとしない。

 

『それを彼に渡しに来たんだろ?』

 

 全てを見透かしたかのように、ウインクと念話を飛ばしてきた。何者だよ。

 普通に渡すだけでも恥ずかしいのに、なんの辱めだこれは。良い性格してるなアコース査察官。

 く……仕方ない。ユーノさん、これでもくらうといい。

 

「ユーノさん、これをあげます。お弁当です」

 

 彼の眼前にブツを突き出した。ユーノさんはしばし固まる。ピュ~と口笛をアコース査察官が鳴らした。うるせえ。

 

「えっと……僕に?」

「はい」

「その……ありがとう」

 

 照れたような表情を見せるユーノさん。おお……作ってよかった。

 そしてアコースさんの顔がうるさい。

 オレはアコースさんの隣に座り、ユーノさんと対面した。ここまできたらヤケである。ユーノさんが食べるのを見届けるまで帰らんぞ。

 

「えっと、セリナさん?」

「お昼ご飯の時間です。どうぞ」

「え、いやその……」

「ユーノ先生、部下の好意は受けるべきでしょう」

 

 二人に押される形で、ユーノさんは弁当箱の箱を開けることになった。

 ……今、オレはあまりよくないことをしているのでは? アコースさんにのせられてしまったのでは。

 だが、美味しければ無問題。そうだ、すべてが解決する。何もかも丸く収まる。そうでなければ困る。

 そうして我々は、彼がセリナの手作り弁当を口にするのを見届けることになった。謎の状況である。めちゃくちゃやりにくそうだった。

 

「ウッ!」

 

 一口目を口に運んだユーノさんの顔が強張る。

 ……なんだ今のは? 家庭の味を目指した自信作なのだが、感想は……?

 

「お、おいしいよ」

 

 ユーノさんの顔を真っ直ぐ見つめる。とても美味しいものを食べた人の顔には見えない。

 

「失礼」

 

 マナー違反だが、緊急事態につき、弁当箱から同じものを自分の口に運ぶ。

 口いっぱいに味が広がる。濃い味が、なんかその、広がり、膨らみ……

 

「しょっぱ!! ゴホッ」

「おもしろいねこの子」

「はは……その、そうですね」

 

 人の嫁になるの、もしかして働くのと同じくらい困難なのでは?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ5(前)

 鏡の前に立ち、身だしなみを整える。

 ここに来てから伸ばし始めた髪は、そろそろ大人っぽさのアピールに貢献できる長さになっただろうか。わからない。正直あんまり変わっていない。

 頭の横で一つ結びにすると、なのはさんに随分近づいたように見える。これをフェイトさんクラスに持って行くとなると……

 無理だ。この長さでもケアに相当気を遣うというのに、フェイトさんの長さまでいけば狂気の沙汰だ。オレの想像だが、あの人は1日24時間のうち、4時間ぐらいは髪を乾かす時間になっているに違いない。

 サイドテールの先っぽを手で弄ぶ。

 曖昧な記憶だが、前世の自分は、ここまで髪を伸ばしたことはおそらくない。

 髪を伸ばすほど、手入れのしんどさと、理想の髪の長さの美少女に自分を育てていく楽しさを、大体6:4くらいで感じる。もはや1つの趣味みたいになっているかもしれない。

 いや、やっぱり7:3くらいかな。ユーノさんをこの頭の毛でたらしこんだら、いっそばっさり散髪してしまうのもいいかも。

 

 鏡を改めて注視する。顔は幼いが、薄目で遠くから見たら高町なのはだ。試しに、いつもの覇気のない表情を修正し、力強い目つきを意識して顔をつくってみる。……おお、かっこいい。不屈フェイスだ。己の内から主人公力が沸き上がってくるのを感じる。

 次に、なのはさんの笑顔を真似てみる。あれを修得すれば、ディバインバスター以上の必殺技だ。

 ――ダメだ。なんかキモいな。ニタァ……という感じになった。同じ顔のはずなのに。

 とまあ。このようにして修行で高町なのは度を高めるほど、ユーノさん攻略における攻撃力も上がっていくことだろう。ゴールの日は近いとみた。

 …………でも、

 

「……あんまり、なのはさんと同じすぎるのは……」

 

 なんだか、今日は、違う髪型でも試したい気分だった。

 理由は……そう、最近、サイドポニーが重くなってきて、頭の左側だけ重いと首が凝りそうだからだ。たぶんそうだ。

 

「お、いいな」

 

 後頭部の、けっこう上の方で一つ結びにした。ポニーテールってやつかな。不勉強な元男なのでこれとツインテールくらいしか思いつかない。

 まあ、なのはさんの顔なので多分なんでも似合うだろ。現に鏡の中のオレはじつに良い感じ。たまにはこういう手を試すべきだった。誰かと対峙したとき、何回も同じ攻撃を仕掛けていたら躱されちゃうからな。

 出来に満足したので、通勤カバンにしているリュックを背負って部屋を出る。

 

「行ってきます」

《お帰りをお待ちしています》

「お前も行くんだよ」

 

 一人暮らしでもたまに口をついて出るあの言葉に、デバイスのヴァーミリオンアイズが返事をした。こうして家族から返答があると、つい嬉しくなってしまう。

 最近たまにボケてくるようになったな。彼女の個性が形成されてきているのかもしれない。

 

 宿舎の一室を出て、目的地へと歩く。通勤時間が被っているご近所さんと顔を合わせれば、あいさつをする。

 機動六課にいたときは敷地内に寮があり、通勤の過程はないがとにかく訓練! 訓練!という毎日だった。今の職場である無限書庫は時空管理局・本局の中にある部署であるため、部屋を出ればすぐ職場、とはならない。

 次元の海に浮かぶ巨大な艦とでもいうべき本局。その住宅エリアに建つ宿舎で部屋をあてがわれている。これは賃貸ではなく、いわゆる官舎であるとか、社宅とかいわれるやつだ。よってご近所さんは大体管理局員である。

 通勤には、最寄りの駅から出ているリニアレールなんかを利用して管理局の施設に入り、そのあとはなんと、転移ゲートを使って無限書庫のある区画へ跳ぶ。職場にワープできたらな~という人類の夢が、ここではおおむね叶えられているのだ。

 そんなことができるなら、一家に一台転移ゲートがあればよくない? と思ったが、装置のコストがそれなりにかかるのか、どこにでもポンポンあるわけではない。というか管理局本局でしか見たことがない。

(そもそも転移魔法というものがありながら、自動車や列車、飛行機、次元航行船なんかが普及しているのはなぜだろう。制限をかけることで移動手段の需要を守ったり、地球のように出入国を厳しく管理しているから、といった理由だろうか。そういえば、管理外世界への渡航はとくに規制されている)

 

 さて。駅には管理局員だけでなく、民間企業に勤める方や、学生の姿もあった。ここで人々の生活が営まれている証だ。管理局のお膝元なので、訓練校や士官学校の生徒もいるかもしれない。

 やがて、やって来た車両に乗り込む。リュックを前に抱えて空いている席に座った。

 他の乗車客を眺めつつ、学生の身分なんて懐かしいな……と微笑ましく思ったところで、同じく微笑まし気な視線を向けられていることに気づく。

 おい、なんだ。オレはもうすぐ入局3年だぞ。一等空士だぞ。資料部の制服だけど。管理局に来る後輩は絶対こき使ってやるからな。

 

 いつものように、局員以外の人々の割合が、職場に近づくほど減っていく。

 窓から景色をみれば、降車駅となる屋内のエリアはすぐそこだった。

 今日は事務仕事を手伝ったあと、特にやることはない。午後は近くの訓練スペースで自主練か、無限書庫内部で、新しく覚えた読書魔法ってヤツを試してみるのもいい。

 どっちにするかは……新たな試作弁当が、ユーノさんの口に運ばれるのを見届けてから決めよう。

 味見はしていないが、今日こそはイケる気がする。なにせ髪型もちがうし。

 

 

 

 無限書庫内部・無重力っぽい縦長空間。

 司書さん達の目の届く範囲、かつ仕事の邪魔にならなそうな、マイナージャンルっぽい本棚の前。

 オレは、いわゆる読書魔法・検索魔法(本に書かれた情報をインプットしたり、書庫から目的の本を見つけて引き寄せる魔法)の練習なんぞをしていた。

 この頃は、近代次元世界と地球の文明の違いなんかに興味があるのだけど、このあたりの棚じゃないな。分厚くていかめしい歴史書でなく、フツーの学校の歴史の教科書とかでいい。

 そうだ、こういうときこそ検索魔法だ。いい練習になるぞ。おっと、その前に手元の本の山をあちこちに戻さなければ……。

 

「……ん?」

 

 この空間の入り口になるゲートから、ここでは見るはずのない、自分と同じくらいか、より幼く見える少女が入ってきた。

 目を凝らす。長い金髪に、いいとこのやつっぽい学生服が可愛らしい。さらにミッド式魔導師としての視力で顔を捉えると、その少女の瞳の色が、左右で異なっているのがわかった。

 

「ヴィヴィオ?」

「……あ! セリナお姉ちゃん!」

 

 機動六課で保護し、なのはさんの娘となった少女。高町ヴィヴィオがそこにいた。

 おお。うれしい。生で見るのは六課解散の日以来かも。

 

「ヴィヴィオ、久しぶり! 制服、似合ってるね」

「えへへ、ありがとう」

 

 無重力の空間で、手を取り合う。やはり小さい子は良い。自分が子供の身体でも気楽に接することが許される。生まれたときから出会う人間は目上ばっかりで、オレの癒しはヴィヴィオとエリオとキャロとザフィーラだけなのだ。こうしてふれあうだけでテンションがあがり、顔がにやけてしまう。

 

「そうだヴィヴィオ、高い高いしてあげよう! 無重力だから、無限高い高いだぞ」

 

 六課の時を思い出し、左腕を広げて見せる。お姉さんの胸に飛び込んでくるがいい。

 

「もう、お姉ちゃん。わたしそんなに子供じゃないもん」

「え……」

 

 あれからそんなに経ってないのに……?

 右腕に抱えていたはずの本が、フワフワと流されていくのを目の端で捉えた。

 ショックのあまりこぼしてしまったっぽい。

 

「あ……しまった」

「あらら」

 

 散らばっていく本に向けて、ヴィヴィオが手のひらをかざす。魔法陣が足元に現れ、本たちは次第にこちらへと戻ってきた。

 ウワサに聞いていたヴィヴィオの特別な魔力光を初めて目にしたが、いくつかの色が鮮やかに混ざっていて綺麗だ。これを虹色というのは、最初にそう表現した奴のセンスを感じる。

 

「はい、どうぞ」

「あ、どうも……ん?」

「んー?」

 

 どっさりと本を渡してきたヴィヴィオは、オレの顔を覗き込んでニコニコと笑う。

 ……いま、ヴィヴィオが本を引き寄せたときに使ったもの……オレが練習中の『読書魔法』じゃないか?

 

「ええと……質問しても良い?」

「どーぞ」

「ヴィヴィオ、なぜここに? さっきの魔法は? いまいくつ? どこ住んでるの? 学校楽しい? 友達できた?」

「質問が多いな~」

 

 ヴィヴィオの言うには、無限書庫にはときどき来ていて、なのはさんからの繋がりで、ユーノさんとはだいぶ前から知己らしい。

 思えば、ここ――無限書庫の本体部分には、許可がなければ立ち入りはできない。ここにヴィヴィオがいて、ちゃんとフワフワ浮いていることが、何度もここに来ている証拠だ。

 今は司書資格に興味があって、勉強中らしい。

 ……え!? その歳で!?

 

「読書魔法はユーノくんに教えてもらったんだ」

「ユーノ……くん……!?」

 

 オレでもさんづけなのに!

 

「ヴィヴィオは……ユーノさんとは、仲……いいの?」

「うんっ。この前なのはママと一緒に、学院の授業を見に来てくれたよ。はずかしかったけど……」

「授業!? 参観!? 娘の!?」

 

 夫婦じゃん……。

 

「バ、バカな……」

「お姉ちゃん? だいじょうぶ?」

 

 授業参観にも来た仲だって? 

 なのはさんはユーノさんに興味ないはずでは? 誰が見ても男女の仲なんだが?

 

「大丈夫。ふ、ふふ……」

 

 二人の仲を……引き裂かねば……

 

「あ、なのはママ」

「オワッッッ!!!???」

「ど、どーしたのセリナ。驚きすぎじゃない?」

 

 背後にいつの間にかいたのは、今まさにオレの脳内を埋めつくしていた、なのはさんその人である。

 はあ。マジにびっくりした。ヴィヴィオを迎えに来たのか。

 

「元気だった? ……って聞こうと思ってたけど、なんだかものすごく元気だね」

「お、おかげさまで」

 

 話を聞くと、二人はどうやら、仕事帰り・学校帰りにここで待ち合わせをしていたようだ。

 なのはさんの所属は本局だから、今日は本拠地で勤務しているんであれば、どっちかというとヴィヴィオが迎えに来た形になるのかな。

 

「ヴィヴィオ、どうする?」

「来たばっかりだから、少し練習したいな」

「オッケー。……セリナ、久しぶりに会ったんだし、ちょっと向こうでお話ししよ?」

 

 元教え子としては、この方に「お話ししよう」と言われると、ちょっとこわい。まあ六課時代みたいに真面目な話をするわけではないと思うけど……。

 

「ヴィヴィオ、いつものところで待ってるからね」

「はーい」

 

 

 

「で、その……どっ、どどど、どう? ユーノくんとの仲は」

 

 無限書庫の近くにある休憩所。テーブルを囲む椅子に腰を落ち着けたとたん、なのはさんはこう切り出してきた。

 さっそく本題に入られてしまったが、意外なことに、なのはさんはめちゃくちゃうぶっぽい感じだ。これでもかというぐらい目を泳がせている。

 元機動六課、もしや恋愛初心者しかいない?(部隊長は自称上級者)

 

「……えっと……」

「?」

 

 とくに進展とかはない。未整理区画の調査でうまく連携したり、たまに弁当を食わせて青い顔色を拝んでいるくらいだ。

 今はそんなことより……気になっていることがある。

 なのはさんも、実はユーノさんを狙っていないか? という懸念だ。

 などと考えていたら、気付けばオレは、恐れ多くもなのはさんの顔を、じろじろとねめつける形になってしまっていた。

 

「な、なにセリナ? 反抗期のときのティアナみたいな顔して」

 

 いや、そこまでは……そんなこの世の全てに対して反骨心があるみたいな顔はしていないはず……。

 ええい、聞いてしまおう。

 

「なのはさん、実はユーノさんと……こ……恋人だったりしませんかっ」

「え」

 

 意表を突かれた、という表情だ。この顔は……どっちだろう? 図星か、それともそんなことはないのか。

 

「どうしてそう思うの?」

「ヴィヴィオから、なのはさんとユーノさんが、仲が良いって聞いて」

「ふふっ」

 

 何かおかしかったのか、なのはさんはくすりと笑った。

 

「まあ、幼馴染だからね」

「それと、ヴィヴィオの授業も二人で見に来たって」

「ああ。あれはたまたま、ユーノくんが聖王教会に用事があって。ヴィヴィオが通う学校の場所が近いから、一緒に見学しただけだよ。アルフやシスターシャッハも一緒だったし」

「じゃあ……」

「セリナが思ってる様な感じではないかな」

「……なんだ」

 

 なんだか安心してしまった。……この安心は、その、なんだ。ユーノさんの財産をむさぼるのに、なのはさんが立ちはだからなくてよかった。ライバルはいない方がいい。

 ……でも、なのはさんはいいな。ユーノさんと気のおけない仲で。

 

「……んー?」

「なんですか」

「セリナ。もしかして、妬いてる? おもちを? お焼きに?」

「へっ?」

 

 なのはさんは席を立って、対面から移動して隣に座った。大人っぽい、いいにおいがする。

 表情を窺うと、彼女はニヤニヤと笑いながら、オレの顔に手を伸ばしてきた。頬を指でつつかれる。なにさ。

 

「セリナ、なんか変わったね」

「いや……そんびゃことわ……」

「なるほど、なるほどねー」

 

 なんか勝手に納得されている。

 安心することはあれど、嫉妬なんて。オレとしては、ユーノさんはあくまでパートナーにするのに都合が良さそうだから目をつけているだけだし、あとなのはさんを妬むなんて恐れ多い。

 

「セリナがそこまでユーノくんのこと気になってるなら、わたし応援したいな」

 

 ……まあなのはさんには勘違いさせておこうか。応援してくれるというなら、最大の障害がなくなってよろしい。優雅な生活のためなら憧れの人すら騙すとも。

 ちょっとした悩みが解消され、気分が落ち着いてきた。

 ……ユーノさんがなのはさんと恋人じゃなくて、良かった。

 なのはさんがご馳走してくれた、飲み物を口に運ぶ。甘い。

 

「……高町教導官の恋愛講座~」

「おお……!?」

 

 ジュースがそろそろ底をつく頃、いきなり何かが始まった。思わずぺちぺちと拍手をしてしまう。

 恋愛相談? あのなのはさんの……雑誌にも載った時空管理局のアイドル(そう呼んだら怒りそう)の……!? 絶対ヴィータさんのやつより役に立つアドバイスが聞けそう。

 

「20年間彼氏いないけど」

「おお……」

 

 ダメそう。

 というかそれは、フェイトさんあたりが彼氏っぽいから誰も寄ってこなかったんじゃないですか?

 

「そうだなあ。まず……セリナ、新しい髪型、似合ってるね」

「あ、ありがとうございます」

「わたしもね、中学生くらいの時になやんだなー。どんな髪型が可愛くてかっこいいかなって」

 

 そうなんだ。記録映像や記憶の中のアニメでは、小学生くらいまでなのはさんは可愛らしい二つ結びだった。あれは中学生の間に変えたのか。

 

「他のは試してみた?」

 

 首を振る。

 

「ちょっと変えちゃってみてもいい?」

「いいんですか?」

 

 なのはさんが手をわきわきさせながら提案してきた。

 巨匠の手でコーディネートしてもらえるとは。ありがたいの極み。

 

「んー……そうだな……何て言ったっけ。ペガサス昇天――」

「え゛っ」

「うそうそ」

 

 なのはさんの手がオレの髪に伸びる。憧れの人とここまで距離が近いと、さすがにドキドキしてしまう。

 

「ユーノくんはフェイトちゃんみたいな大人っぽい子に弱そうだからね。試しにオトナの雰囲気を目指そう」

 

 え、いやフェイトさんよりなのはさんの方が好きなのでは……いや。思い当たる問答があったかも。なるほど、さすが幼馴染だ。よく見てる。

 

「フェイトちゃんくらい伸ばすのはさすがに大変だから……はい、できた」

「ありがとうございます」

「鏡、鏡……」

 

 なのはさんは鞄から手鏡を取り出し、手渡してくれる。それを覗き込んでみた。

 今朝確認した自分とは、また違う雰囲気の少女がいる。

 髪型ひとつで、人間これだけ変わるのか。ちょっと感動して、思わず感想が口をついて出る。

 

「人妻感がすごいですね」

「ひと……!? ま、まあ、リンディさんやエイミィさんも似た髪型だしね」

 

 リンディさんやエイミィさんという方々には直接会ったことはないが、こんな髪型をしている人妻らしい。たしかアニメの登場人物としてなら見たことはあるが、こんな髪型だっただろうか。

 なのはさんが触れてくれた髪を見る。いつものサイドテールより、だいぶ下の方で髪を1つにまとめ、それを肩に垂らしている。

 

「へい相棒、この髪型は何?」

《ルーズサイドテールと呼ばれるものに近いようです》

 

 鏡でいろんな角度から自分を見る。

 いいな、これ。オトナっぽいと言うには、一足飛びして人妻に届いてしまっている気がしないでもないが。

 しかしユーノさんを攻略するには、自分の見た目は子供すぎると思っていた。やはりなのはさんは頼りになる。

 

「なのはさん、ありがとうございます!」

「ふふ。これだけ長かったらいろいろできるから、自分でも試してみたら?」

「はい。他にも相談に乗ってもらってもいいですか?」

「もちろん。任せなさい」

 

 なのはさんに至近距離で、笑顔で快諾されたら、なんだか酔っぱらってしまう。人間的魅力の度数が強すぎるんだと思う。

 嬉しくなって、オレは今までにあったことをたくさん、なのはさんに話した。

 

「――というわけで、どうしたらユーノさんをガッチリ掴めるのか、手探りな感じで。あ、この前ヴィータさんがアドバイスしてくれたんですけど、なんかいまいちでした」

「そう。…………まあその、待ってても絶対あっちからは来ない人だよ。セリナの方から積極的にいかないと」

「具体的には、どうしたらいいでしょう」

「うーん」

 

 二人して唸る。

 しばらくして、なのはさんはハッと何かに気付いた様子で、呟いた。

 

「スターライトブレイカーをぶつける……とか……?」

「……?」

 

??????

……?????????

 

「あ、いやその、随分前に六課の子たちが変な話をしててね? ブレイカーを受けた子は、わたしとすごく仲良くなるジンクスがある……みたいな……」

「……なるほど?」

「……冗談だからね?」

 

 わかってます。

 

「あー、セリナお姉ちゃん、いいなー大人っぽい」

「お、そう?」

 

 練習を終えたのか、やがてやって来たヴィヴィオに、髪型を褒めてもらった。嬉しくなってなのはさんに目配せをすると、ウインクが返ってきた。ウッ!? なんだその技は。今度練習してみよう。

 今日でずいぶんレベルアップした気がするので、ユーノさんの命も風前の灯火だと思う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ5(後)

『やあユーノ司書長。早速だが三日以内に調べてほしいことがある。概要を君の端末に送る。それではよろしく頼む』

「あっ、ちょっ、クロノーーー!!!」

 

 司書長室に入った途端、なんだかユーノさんが面白い感じになっていた。

 どうやら誰かと通信していたようだ。さっきまで空間に浮かんでいた映像を思い返すと、相手はユーノさんと同世代くらいの男性のようだった。

 

「あいつめ~……」

 

 恨みがましい声を漏らしながら、ディスプレイを眺めている。送られてきたデータを検めているようだ。

 見たことのないタイプのユーノさんだった。しばし観察していると、部屋にいることに気付かれる。

 

「あれ、どうしたの? 今日は未整理区画の調査はないよ」

「それは、その……ユーノさんに会いたくて」

「へっ? そ、そう」

 

 少し恥ずかしがるそぶりをしつつ、上目遣いで媚びを売る。

 ……リアクションが薄い。うぎぎ……練習が報われなかった。

 目を逸らされるし、スベって静寂が訪れるし失敗だ。沈黙の長さに伴って本当に恥ずかしくなってきたので、話題を変える。

 

「あの、先ほどの方は、たしか……」

「ああ、見てたの? みっともないところ見られちゃったな、ははは」

 

 ユーノさんは照れくさそうに笑う。いい顔。

 

「セリナさんは会ったことはないのかな? クロノ・ハラオウン提督。君がいた機動六課の後見人で、フェイトのお兄さんだよ」

「ああ……お名前は、存じ上げています」

 

 色んな人の口から出てくる名前だった。それに……そうだ、アニメのキャラクターとしてなら知っている。

 そうか。役職を聞くとあまり接点が無さそうだったが、二人は長い付き合いだ。気心知れた仲のやりとりだったんだな。

 

「そのクロノ提督から、仕事の依頼みたいだね。緊急性が高い様子だから、しばらく書庫にこもることになるかな……」

「お手伝いさせてください」

 

 自然にそう言った後で、少し自分に驚いた。

 まあ、暇だし、ちょっとでも役に立って好感度を上げよう。ポイント稼ぎである。

 ユーノさんは……ユーノさんも、少し驚いたような顔をしていた。あれ、そんなに意外なことかな。基本働きたくないという本性がばれていたりするのだろうか。

 

「や、その、立ち入り許可証も発行して貰ってますし、こういうときに役立てないと」

「……君からそう言ってもらえるなんて、嬉しいな」

「あはは……ええと、そうだ、ユーノさんから貰った読書や検索の魔法も、ちょっと練習中で」

 

 気に入られようとして饒舌にいろいろ言ってしまったが、本当のことだ。

 読書魔法の練習をしていたのはなぜか。無限書庫での仕事とはどんなものか気になってはいたが、実際に魔法を組んでみようというほどではない。オレは自発的な努力や労働はしたくない。

 なのに練習をしてみたのは、これがユーノさんが送ってくれた術式だからだ。なんというか、折角もらったものを腐らせておくのも失礼だし、砲撃とかに比べてファンタジーな魔法みたいでおもしろそうだし。

 でも、ヴィヴィオの方が先に教えてもらったんだよな。

 オレだけが教えてもらったのかと思っていたけど……そんなわけないか。司書なら使うことになるのだし、司書長の愛用する術式を勉強させてもらった人もいるだろう。

 ちょっとだけ、残念かな。

 

「一人じゃ少し大変だと思ってたんだ。さっそく取り組もうか」

 

 頷きで返し、彼の後ろをついていく。

 ユーノさんの手伝いができる機会なんてそうそうない。役に立てるかどうかは不安だが、勉強させてもらう気持ちでいこう。

 だけどもしこの人の力になれたなら、そのときはきっと嬉しくなると思う。……達成感とかで。

 

 

 

 検索魔法を使ったり、地道に飛び回って見つけた資料をユーノさんのところに持って行ったり、必要な情報を文書にまとめたり。

 管理局がこの部署に求めている仕事というのを、存分に堪能させてもらった。

 やはり労働は悪だな。人間にこんな、突貫での仕事をさせるもんじゃない。部隊所属のときも、夜寝る前とかに出動のアラートが鳴ったりといった、日常生活に影響が出るような事態が一番嫌いだった。その仕事を選んだのは、オレだが。

 まったくクロノ提督という人は、アニメのイメージよりだいぶ悪い人だ。はやくユーノさんと結婚したい。

 

「おー疲れた。アイズ、君も本当にご苦労様、ありがと」

 

 まったく、久しぶりに真面目に働いたものだ。

 読書魔法・検索魔法の練度も上がったが、本務の司書の方たちの仕事ぶりに比べたら、派遣社員の域は出ない。

 まずは、ヴィヴィオに遅れをとらないように精進せねば。このままでは姉ポジションがキープできず、『なのはママの元部下の人』くらいになってしまう。いやだ……それは泣いてしまう……。

 しかし、検索の方はともかく、読書魔法はあまりうまく運用できそうにない。

 一流の司書は、一度に何冊もの本を高速で読む……といった芸当を可能とするようだが(ユーノさんが読書魔法を使っている光景は特にぶっとんでいて、本の群れで竜巻を起こす人になっている)、それには高度なマルチタスクが要求される。

 

 マルチタスクは、空や陸を動き回りながら魔法を起動させなければならない、魔導師という職業にとっては重要なスキルだが、はっきり言ってオレはあまり得意ではない。人はそう簡単に、コンピュータにはなれないのだ。

 これをどのようにして誤魔化しているかというと、優秀なインテリジェントデバイスである我が相棒にものすごく頼っている。これは読書魔法の行使についても同じことで、先ほどの作業でも、彼女を戦闘中並にフル回転させていた。あとで労わってあげよう。

 以前ティアさんが、優秀なデバイスに頼りすぎるのも良くない、などと言っていたが、あれは当たっている。オレはヴァーミリオンアイズがいないとろくに戦えないのだ。これではあらゆる状況を想定しなければならない魔導師としては、非常によろしくない。なのはさんやヴィータさんからも指摘されたことがあるが、改善できていない。

 やはり空戦魔導師は引退だな。

 

 ……無限書庫の司書っていうのも、やりがいを――という言葉は意識高い系管理局員みたいで嫌いだが、まあ、ちょっと感じてしまったので、アリかなと思ったけれど。能力的に適性はあまりなさそうだ。

 アイズには、オレが美味しいお弁当をつくるためのガイドさんとしての職務をお願いしよう。

 

《マスター。次に砲撃を撃てる機会はいつですか?》

「えっ?」

《えっ?》

 

 

 

 クロノ・ハラオウン提督からの依頼をこなし、数日が経った。

 

『やあユーノ司書長、先日はありがとう。しかしずっと無限書庫にいたら気が滅入るだろう。今本局に来ているんだが、気分転換でもどうかな? うん。よし、身体を動かす準備をしておいてくれ。いつもの訓練場で会おう。それでは』

「あっ、ちょっ、クロノーーー!!!」

 

 この人たち毎回これやってるのかな?

 

「まったく……なんで人の空いてる日を把握しているんだ、あいつは」

 

 文句を言いながらも席を立ち、外出の準備をするユーノさん。

 そうやって素直に言う通りにするところとか、気に入られちゃっているのでは。

 

「じゃあ行こうか」

「え?」

 

 見送るつもりでいたオレに、予想外の言葉がかけられた。

 

「――あ。そうか、ごめん。ここしばらく一緒にいたから、つい……」

 

 しばらく一緒にいた、か。い、言われてみればそうだな。毎日弁当を食べさせることに成功していた気もする。

 ユーノさんの言葉を反芻していると、顔が熱っぽくなっていく。

 

「改めて、一緒に行かないかい? 訓練に付き合わされるかもしれないんだけど、君のことクロノ提督に紹介しておきたいし」

「しょ……!?」

 

 紹介……? ユーノさんが、オレを?

 何故かはわからないが、心臓が、大きく跳ねた。

 

「行きましょう」

「なんか嬉しそうだね。魔法の訓練とか好きなの?」

「いえ、嫌いですね」

「あれ?」

「あ……うそです。好きです、訓練。はい」

 

 

 

 時空管理局本局。地上部隊と違って人材も予算も豊かなだけあって――いや、豊かというのは誤りか。地上に比べたら、というだけで、人手不足なのはおそらく同じだろう。

 ともかく、局の中ではエリートに数えられる魔導師たちの集う場所だ。訓練施設というのも充実しているらしい。

 たどり着いた訓練場は予約済みだったのか、自分たち以外に利用者の姿はない。休憩スペースの窓から、訓練室内部を覗く。そこは、大勢が同時に空を飛びまわれるほどの広大な空間だった。

 

「ユーノ、今回もありがとう。おかげで助けられたよ」

「うん。かなり危険なものを相手にしているみたいだね」

「ああ……戦力も足りない。僕が艦長になるのは早すぎたよ」

「そんなことないさ。君の指揮にこそ、みんなが力を預けてくれているんだから」

 

 ユーノさんの半歩後ろから、クロノ提督の顔を見上げる。自分の記憶をたどると、『クロノくん』は青年というより少年のイメージの方が強い。しかし今のオレからすると、目の前に立つクロノ提督は、立派な体格をした大人の男性だった。聞いた話では、奥さんと二人の子どもを養う、一家の大黒柱なのだそうだ。それにしても20代で提督とは、高ランク魔導師のキャリアがあったってそう務まるものじゃない。八神司令もそうだが、魔導師、指揮官、実務など、あらゆる分野の能力の高さで、実績を打ち立ててきたのだろう。

 いや、八神司令のはコネクションもあったかな。指揮官としての力を証明したのは六課が初めてか。

 ともかく、このクロノ提督という人は相当の傑物だ。『海』(時空管理局・次元航行部隊のこと)で仕事をしたいなら、顔を覚えてもらった方が良いだろう。

 ユーノさんとの挨拶は終わったのか、提督とこちらの目が合う。

 

「は、はじめまして」

「うん? 君とは初めましてになるのか。そうだったか」

「はい」

 

 クロノ提督は、すこし思い返すようなそぶりを見せた。

 例によって、小さい頃のなのはさんを知っている人との初対面は、こうなりがちだ。お初にお目にかかるはずなので、上官に対して失礼のないように、敬礼のかたちをとる。

 

「君の活躍はよく知っている。クロノ・ハラオウンだ」

「光栄です。セリナ・ゲイズ一等空士であります」

「ああ。よろしく頼む」

 

 意外にも、彼は気さくで柔和な印象だ。堅物な少年も、年月が経てば大人の笑みを身に着けるということか。

 

「良い部下を呼び込んだものだな、司書長」

「彼女はまだ僕の部下じゃないよ。外部協力者だ」

「そうか。まだ、ね」

「なんだよ」

「いや?」

 

 ユーノさんとクロノ提督。今の話はよくわからないが、どうもユーノさんをからかうクロノ提督、という構図が完成しているらしく、ユーノさんが普段見せない表情が見られる。

 聞いた話ではユーノさんの方が年下だから、可愛がられているんじゃないだろうか。オレから見ても、普段の彼とはギャップがあって、少年のようで可愛い。これだけでもついてきて良かったと感じるぞ。

 

「さて……ゲイズ一等空士」

「はい」

「……ゲイズ、というとお父上を呼び捨てにするようで口にしづらいな。セリナと呼んでも?」

「差し支えありません」

 

 あの人は元中将だから、クロノ提督よりは上官だったようだ。

 

「セリナ。実は今、君の力に興味がある」

「……?」

「そこで模擬戦をしないか? 相手は勿論、僕だ」

 

 ちょっとこれは聞いていない。ユーノさんの方を訓練に誘ったはずじゃなかったのか?

 道中聞いた話だと、ユーノさんはクロノ提督率いる部隊の訓練にたまに参加させられていて、今回もそうだろうということだった。

 ちらりとユーノさんを見る。

 こちらも困惑した様子だ。ですよねやっぱり。

 

「模擬戦の様子は撮影して持ち帰るつもりだ。君が良いと言えば、僕の部下たちにとっても良い教材になる」

 

 いやいや、元執務官でしょ? しかもアニメをみた記憶だと、バリバリ前線に出てきて、自分で捜査するタイプ。それで六課の隊長陣に匹敵する魔導師ときた。

 上官とはいえ、ボコボコにしていいですか? と言われて了承はできない。

 

「……僕たち、君の依頼のおかげでクタクタなんだよ。また今度にしないか?」

 

 乗り気じゃないのが表情に出てしまったのか、ユーノさんに断らせてしまう。よくないな、自分の口から言うべきだった。

 ところが、クロノ提督は意外と強引だった。

 

「そう言わずに。何も1対1でやろうっていうわけじゃない――」

 

 彼はオレの目を見ながら、ユーノさんを手で指し示した。

 

「君とそこの男のタッグ対、僕1人。というのはどうかな」

『え?』

 

 ユーノさんと声が重なった。

 ……一瞬思考が止まったが、クロノ提督の言ったことを反芻してみる。

 

「あ、ええと、しかし……」

 

 いや、意外とこの提案は、いいかもしれないぞ。ユーノさんは攻撃能力こそないが、その他の魔法に関しては非常に心強い。それこそ六課の隊長クラスだ。勝ちの目も生まれる。

 というか……間近でいいところを見せたい。同じ空間で戦い、華麗にユーノさんを守り抜くのだ。ゴーレムやら機械兵やらをボコるだけの魔導師じゃないってところを見せたい。

 

「やりましょう」

「ええっ」

 

 やはりオレの価値といえば、砲撃の腕。難敵であるクロノ提督に善戦し、有用さを証明するのだ。そうすればきっと、ずっと無限書庫で――、

 

「ありがとう。司書長、彼女は快諾してくれたが?」

「……わかったよ。せいぜい手加減してくれ」

「君ら相手に、無理な相談だ」

 

 二人のやたら小粋なやりとりを見届け、一旦解散になった。

 ……いや手加減はしてくださいよ。君“ら”って何? なんでこの人、オレを買いかぶっているんだろう。

 活躍は知っているとか言ってたっけ。あのことかな。局に離反したときに六課の隊長たちを退けられたのは、博士が仕込んだインチキドーピングのせいだと、報告書に載っているはずだが。

 

 ウォームアップののち、訓練室のスタート位置に集合する手はずとなった。

 柔軟体操をしながら、窓から室内を覗く。黒いバリアジャケットを着たクロノ提督には、歴戦の魔導師のオーラがあった。披露している空戦軌道も、リミッターを外した隊長たちと遜色ないレベルのものだ。

 ところであの肩に生えているトゲはなんだろう。タックルでもするのかな? センスを疑う。

 

「弱点? ないない」

 

 ユーノさんは、どこか呆れたような口調で言った。

 

「いや、あるのかもしれないけど……僕は見抜けていないよ」

 

 ユーノさんと情報を共有し、作戦を立ててみる。

 クロノ・ハラオウン提督。彼はミッドチルダ式の理想的なオールラウンダーで、提督となった今も力は衰えていないという。それは今目の当たりにしたばかりで、あれは普段艦長のイスにふんぞり返っているような人間の動きではない。1対1じゃあ勝ち目はないだろう。

 しかし今回はユーノさんがいる。彼の捕縛魔法の腕前は、魔導師で飯を食っていた人間から見てもプロフェッショナルな出来であり、一度捕らえた獲物は決して放さない。クロノ提督とて、解除には一呼吸以上の時間がかかるはずだ。ユーノさんの魔法は、砲撃特化のオレとの相性は抜群。これは結婚間近なのでは?

 クロノ提督がどれほどの魔導師だとしても、セオリー通りにバインド(捕縛)、砲撃の流れが決まれば倒せるだろう。しっかりチャージ時間が取れれば、大抵の相手は防御の上からでも落とせる。そうなれるように訓練した。

 ……そう上手くはいかないのが、対人戦というやつなのだが。

 

「作戦を立てるなら、君の方が専門じゃないか?」

「ユーノさんが捕縛をかけて、私が砲撃……くらいしか……思いつかないんですけど……」

「いいんじゃない。それが勝ち筋だっていうのは同じ意見だ」

 

 ユーノさんに肯定され、なんだかいける気がしてきた。

 気合を入れ直す。大丈夫だ。どんな射砲撃もなのはさんやティアさんより鋭くはない。どんな斬撃もフェイトさんやシグナムさんより速くない。打撃も、ヴィータさんやギンガさんより……突撃もエリオやスバルさんより……なんかオレ、ボコられてばっかりじゃないか? キャロにもボロ負けすることあったしな。

 

 

 

 ところ変わって、ここは訓練室の中。全員が空戦可能な魔導師ということで、シミュレーターが形成するフィールドも空戦を想定したものだ。見た目だけ似せた廃ビル群が、眼下に広がっている。あれらの構造物は、砲撃ならば非殺傷・スタンモードでも消し飛んでしまうように、現実のものよりだいぶ脆くできている。盾には使えないが、身を隠す遮蔽物としては使えるだろう。

 バリアジャケットを纏ったオレは、以前とは髪型を変えている。存外ポニーテールを気に入ったので、戦闘時はこれにしてみた。ヴァーミリオンアイズのやつに防護服のデザインを気にする心なんてものがあったのか、髪を結ぶ白いリボンは結び目が少し大きく、ずれなくしっかり整っている。妥協を許さない職人魂とかかもしれない。

 ユーノさん、髪型、気付いてるかな。

 

《マスター、命じてください。『エクシードモード』と》

「なんで勝手に盛り上がってるの?」

 

 エクシードモードなんてないじゃん。何言ってんだ。

 ヴァーミリオンアイズは、興奮しているのかなんだか知らないが、杖の先端にあるデバイスコアをちかちかと明滅させていて、視覚的にうるさい。鼻があったら鼻息を荒くしているんだろう。

 デバイスは持ち主に似るというから、クールキャラに育つんだろうなと思っていたのだが、最近様子がおかしい。普段は寡黙なのだが。

 久々の魔導師戦に喜んでいるみたいだけど、書庫ガーディアン相手の仕事の何が不満なんだか。

 もしや……人に向かってぶっ放すのが好きなのか……?

 

《相手に不足はありません。マスター、互いの性能を限界まで引き出しましょう》

「あ、ああ……」

 

 デバイスもオーバーヒートでハイになったりするのだろうか。

 彼女がひそかにレイジングハートさんに憧れ、なのはさんが出演する教導映像を保存しているというのは知っているのだが。

 レイハさんはきっとお前みたいにバトル好きじゃないぞ。実はベルカ式か? いつかのように、まだスカリエッティ博士の仕込んだ機能をオレに隠してないだろうな? いい加減罰されるぞ。

 

『とりあえず初手を悟られないように、デバイスモードで待機』

 

 念話で指示を出し、打ち気に……撃ち気に逸る様子でカノンモードになっている相棒を、基本形態である杖のモードに切り替えさせる。

 初撃はバスターを打ち込む予定だ。躱されて反撃されても、ユーノさんがカバーしてくれる。

 このタッグチームは、とにかく役割が決まっている。攻撃役と、防御・補助役。誰がどっちかは言うまでもない。それは相手にも割れている情報だが、残念ながらその意表を突くような奇策は、今回はない。

 

《試合が開始されます。カウントダウン、5》

 

 機械音声が室内に響く。オレは、杖を利き手で持ち、構える。ユーノさんはオレのすぐ近くで、カバーに入る準備をしているはずだ。

 対面のクロノ提督に隙は無い。初撃は躱されるだろうが、もし足を止めてガードするようなことがあれば、こちらが優勢になるだろう。砲撃を撃っていく意味はそこにある。

 

《4、3、2、1》

 

 開始のブザーが鳴ると同時に、杖をカノンモードに。左手で柄を持ち、出現したトリガーを右手で握る。

 

「エクセリオン……!」

 

 クロノ提督はすぐさま、右方向へ大きく旋回する。逃がさないよう杖の先で追いかけた。

 

「バスターッ!!」

 

 当たらない。赤い光は提督のすぐそばをすり抜けていった。予測していた着弾点より前で、相手が急制動をかけたのだ。

 しかしこれは2対1。相手の足が少しでも止まれば、どちらかがさらにたたみかける手はずだ。

 

「ストラグルバインド!」

 

 ユーノさんが設置していたバインドがはやくも発動する。翠色の光のつるが、クロノ提督の脚に巻き付いた。

 魔法のチョイスが良い……! ストラグルバインドは、相手の魔法行使を妨害する効果がある。捉え続ければ、手が空いていようと反撃もできまい。

 早くも勝ってしまったか?

 

「スティンガー」

「っ!」

 

 提督がトリガーワードを呟いた途端、視界に青い魔力弾が侵入し、こちらに殺到してきた。

 この軌道、すでに魔力弾を設置していたのか……!

 次弾のシークエンスを中断し、身を守る。見れば、もう一発がユーノさんの方にも行っていた。

 ストラグルバインドが、制御を必要とする高度な魔法であることが仇となる。ユーノさんが防御に意識を割かれたことで、提督に巻き付いたバインドは解かれてしまう。

 

「仕切り直しだな」

 

 こちらもあちらも、ミッドチルダ式。あちこちバインドや弾を仕掛けるのは得意らしい。オレは苦手だが。

 ともかく、今の攻防で相手の力量が少し想像できた。例えるなら……フェイトさん並の空戦ができる、ティアさん、ってところかな。

 ……ここまで考えて、自分にツッコむ。厄介すぎないか? それ。

 

 

 

「く……!」

 

 足を止めてガードをさせることができれば、オレの砲撃なら大きく力を削れるし、ユーノさんがバインドをかける大きな隙をつくれる。そう思っていたが……

 終始、攻められているのはこちらだった。こちらの行動1つ1つに丁寧に対処され、有効打を決められない。

 ミッドチルダ式魔導師として総合力が高すぎる。攻・防・速が高いレベルでまとまっているらしい。

 飛行中の軌道をとらえきれない。防御力が思ったより高く、これを削るほどの砲撃をチャージする隙が無い。こちらが隙を見せようものなら、死角から弾が飛んでくる。戦っている間に、気付けば上空に魔力刃の群れができていた。スティンガーブレイド・なんとかシフトとか言ってた。

 ……ユーノさんがいなきゃ勝負にならない。

 一番厄介だと思うのは、戦い方から見えるこの人の資質だ。オレやユーノさんのように、何かに特化しているタイプという感じではない。

 頭の回転が速いのだ。そして魔力に頼っているわけではなく、技巧派。おそらく普段は指揮に使っている脳みそを個人戦に使うと、こうなるんだろう。

 いやらしいな、この人。マジでティアナ度高い。

 

「……あっ!?」

 

 右脚が、青い光の環に締め付けられる。上空に目を彷徨わせると、クロノ提督がこちらに杖先をまっすぐ向けているのが分かった。さらに、杖の周りに環状魔法陣――おそらく、砲撃魔法を発動しようとしている。

 逃げられない。防御か? いや!

 こちらも、腕に自信のある砲撃を選択する。相殺、いや、むしろ相手にダメージを与えてやる……!

 

「ディバイン――え?」

 

 魔法が、発動できない。

 そうか、ストラグルバインド! あんなに動き回りながら使うなんて――!

 青い光が迫ってくる。思わず、衝撃に備えて身を硬くした。

 

「セリナさん!」

 

 衝撃は無い。しかし、オレの目の前で、砲撃が着弾したらしい。

 轟音と、煙で、ユーノさんの姿を確認できない。そうだ、彼がかばってくれたんだ。

 

「ユーノさん……!」

「とーう!」

「ん?」

 

 煙の中から、やけにテンションの高い声。飛び出してきた影は見慣れた人のものではなく、なんか小さい……動物? なんかヘンだ。

 小さな何かが、飛来してきて、オレの肩に着地した。

 

「ふう……危なかった」

「……ユーノ、さん?」

「うん?」

 

 その肩に乗った小動物……イタチ? からは、良く知る彼の声がした。

 えっと……あ、イタチじゃなくてフェレットだっけ。

 

「はっ! ごめん、勝手に肩に乗っちゃって。今降りるね」

 

 ハキハキしゃべるフェレットを前に、どこかに飛んでいた意識が戻ってくる。そうだ、この子はユーノさんが変身した姿だ。アニメで見た。

 何故今変身したのかはとんと分からないが……ガードしつつ爆風に乗って後退するため、とかだろうか。地味に神業じゃないか?

 というか、ナチュラルに肩に乗ったのか……可愛いな。普段は大人なのに、こんな小さい獣に変身するなんて。オレを悩殺したいのか?

 

「構いません、どうかそのままで」

 

 思わず、手の甲でユーノさんの身体を撫でる。さらさらの毛並みがとても良い。誰かに飼われてるなこりゃ。

 肩に小動物を乗せ、ついにセリナ・ゲイズは魔法少女として完成してしまった。

 しかし今は戦いの真っ最中だ。オレならともかく、クロノ提督は小動物相手に手加減などしまい。やはり元の姿に戻ってもらったほうがいいか――

 

「閃いた!」

「セリナさ……ぐえっ!」

 

 ユーノさんを掴み、バリアジャケットの襟を引っ張る。そこにユーノさんをつっこみ、襟元に前足をひっかける。ヴァーミリオンアイズに頼み、防護服の締め付けをすこし強め、ユーノさんが落ちないように固定した。

 

「ちょ! これは倫理的にまずい……! セリナさん、出して! ぼく逮捕されるから!」

「じっとしててください……!」

 

 インナー1枚隔てているとはいえ、そこで暴れられると胸元がくすぐったい。

 それより、クロノ提督の追撃が来る!

 

「ユーノさん! 防御を!!」

「っ、わかった!」

 

 殺到する青い光弾。これが翠色の障壁によって阻まれた。

 これを防ぐ間、オレは、提督に杖を向け、たんまりと魔力を溜め込む。

 

「ディバイイイン……バスターーッ!!」

 

 クロノ提督の攻撃を防いで、間をおかず高威力の砲撃。最高のカウンターだ。

 うまく隙をつけたのか、バスターが相手に届いたのが見えた。ガードはされただろうが、これは有効な一撃だぞ……!

 

「よし!」

 

 合体ユニット作戦。いろいろデメリットはありそうだが、これならこちらが防御と攻撃をする間に隙ができない。オレは攻撃に集中でき、ユーノさんはオレの位置を確認する必要がない。

 いけるぞ! 弱点……は自分ではわからんが、とにかく見つけられる前に攻める!

 

「フハハ……」

 

 ゆっくりとクロノ提督を追いながら、バカスカ撃ちまくる。こっちにできた隙は、全部ユーノさんが防いでくれる。バインドにかかっても、二人と一機でとりかかれば解除が早い早い。

 前から思っていたが、避けるとかほんと性に合わない。めんどくさいのだ。はっきり言って、マニューバの訓練が一番嫌いである。

 ユーノさんのバリアはすごい。無敵だ。ユーノさんの防御力とオレの攻撃力。合わさった今なら、機動力と射撃魔法以外はなのはさん並の戦力だ。ガハハ。……それはちょっと言い過ぎか。なのはさんの無双っぷりときたらこんなものじゃない……。

いずれ対策はとられるだろうが、今はこちらが攻める側に回れている。こうしてあちこち飛び回らずに、オレが攻撃に集中すれば、クロノ提督を追い詰めることも不可能ではない。

 

「セリナさん、楽しそうだね」

「っ……い、いえ」

 

 アホな笑い声を聞かれてしまった。ユーノさんはオレの喉元にいるのだから当たり前だ。

 

「この調子でクロノ提督をぶっ飛ばそう。たまには鼻を明かしてやりたいからね」

 

 ユーノさんも少し楽しそうな気がしないでもない。

 やがて、クロノ提督が脚を止める。この距離まで追い詰めたら、制圧も可能か……?

 

「彼はこちらを誘っている。警戒して!」

 

 胸元からユーノさんの声がする。どう攻めるのが正解だろう。

 躱されないように、弾幕を張って追い詰めよう。その間にユーノさんが相手を捕縛して、フィニッシュだ。

 アイズをデバイスモードに。ディバインシューターで……

 ――オレは、思考しながらクロノ提督を見ている。彼は、懐から1枚のカードを取り出した。

 

「奥の手を出させてもらおう」

《Start up.》

 

 カードが、白い杖に姿を変える。クロノ提督がここまで使っていたものとは対を成すような姿だ。

 マルチデバイス持ち――!

 

「凍てつけ!」

 

 様々な環境に適応できるバリアジャケットを纏ってもなお、気温が急激に低下したのがわかった。

 

「クソッ……!」

 

 足先が氷に覆われる。それだけでなく、氷はだんだんと身体を登ってきた。なるほど、この技には、防御しても意味がない!

 どうする。全身が凍れば、今度こそ負けだ。

 いま、自分が持つ手段を、すべて頭に並べていく。

 足元の氷を見ていると、ユーノさんのつぶらな瞳と目が合った。

 

「アイズ、モードリリース!」

 

 デバイスを待機状態にし、両手をフリーにする。

 左腕を、提督に向ける。氷結魔法を制御するとき、彼はその場から動かないようだ。

 

「だああーー!」

 

 放つ魔法は、ショートバスター。射程も威力も無いが、発射までの速度は一番早い。

 クロノ提督に着弾する。防ぐことは容易だろう。しかしこれは、目くらましだ。

 自分の胸元に目線を落とす。落ちないように健気にオレの襟に捕まっていたユーノさんを、むんずと掴んだ。

 

「ユーノさん、いきますよ!」

「え? 何?」

「口は閉じて!!」

「ちょ!? セリナさん!?」

「シューーート!!」

 

 利き手でユーノさんを、クロノ提督に投げつける。この距離ならば、届くはず!

 

「もがっ……!?」

「キュー!?」

 

 狙い過たず、ユーノさんはクロノ提督の顔面にへばりつくことになった。

 

「おい、ぐむ……離れろ、バカ!」

「いつも仕事増やしやがって……っ、この! この!」

 

 なんかケンカが始まってるっぽいが、ユーノさんは役割を忘れていない。彼らの周囲から、幾重もの光の鎖が出現し、クロノ提督を拘束し始めた。

 

「アイズ、ジャケットパージ! あとカノンモード!」

 

 バリアジャケットの上着部分を、魔力の爆発に変えて消費する。氷の檻を内側から吹き飛ばしてやった。

 装甲を犠牲に、呪縛から逃れることに成功。そのまま、上空へと飛ぶ。

 インナーのみの姿になったが、再構築はしない。この魔法で決めるのだから、防護服は必要ない……!

 

「集え、星の輝き――!」

 

 巨大な赤色のリング、環状魔法陣を出現させる。

 光の輪は乱回転し、その中心に、紅い、紅い光が生まれる。

 チャージには10秒以上。“本家”に比べて遅すぎる。

 だがユーノさんがクロノ提督を抑え込んでいる今なら、それは問題じゃない。

 ……やがて、その魔法が完成する。膨れ上がった砲弾は、まるで心臓のように、ドクン、ドクンと空間を揺らしていた。

 

『チャージ完了! ユーノさん、離れて!』

 

 念話と声を一緒に張り上げ、ユーノさんに呼びかける。

 

「くっ……ユーノシールド!」

「なに!? やめろバカ!」

「うるさいバカ! 死なばもろとも!」

「一部隊の長がこんな卑劣でいいのか!」

 

 全身を拘束されていると思ったが、さすがはクロノ提督。生きていた右腕で、なんとユーノさんを掴んで盾にしてきた。

 人質か。く……見通しが甘かったか。どうする。オレに残された魔力は、こいつを育て上げるのにほぼ使いきった。

 

《撃ちましょう。もう我慢が効きません》

「ちゃんと待ちなさい」

《カウント10から始めます》

「急かすな!」

 

 考えろ。何か手立てがあるはず。

 この戦いのゴールはすぐそこだ。良い所をみせて、ユーノさんをオレの虜にする。

 それを果たせなきゃ、意味がないんだ。

 

 

――スターライトブレイカーをぶつける……とか……?――

 

 

「まあいいや! 撃ちます!!」

 

 機動六課の誰か曰く。なのはさんのスターライトブレイカーで撃墜された者は、なのはさんと特に親しい仲になるという。

 

「え!? 僕ごと!?」

「アイズ! ファイアリングロック、マシマシだ!」

 

 非殺傷・スタンモードをしっかりかける。二人ともケガはさせない。

 人質ごと吹き飛ばせるんだから便利なもんだ。いやそんなことしたら市民から大批判・免職ものだが。

 未だわちゃわちゃしている二人に、狙いをつける。ヴァーミリオンアイズがカウントダウンを始めた。

 

「ん?」

 

 歴戦のクロノ提督がただ黙っているわけもなく、何重もの堅牢なシールドが張られる。あれ? 青いシールドに混じって翠色のやつもある。ユーノさん敵側になった?

 うーん、まあ……これもあなたを、オレのものにするためである。

 

《カウント、0》

「スターライト……!」

 

 悪いが、そんな盾でオレの―――は、阻めない。

 

「ブレイカーーーーーーッ!!!!」

 

 この魔法の強い反動が、あまり好きじゃない。だけどなぜだか、今は晴れやかな気分になれた。

 紅い光はユーノさんに、まっすぐに、一直線に届く。

 あとついでにクロノ提督も戦闘不能にした。

 

 

 

「セリナ、君の魔導師ランクは?」

「空戦Bランクですが」

 

 戦いを終え、身体をケアしたあと、オレ達は休憩所で話していた。

 

「B……? 最後に試験を受けたのはいつだ?」

「ええと、1年以上前です」

「ふむ……なるほど」

 

 JS事件が終わった後も、オレは色々とごたごたしていて、同僚たちのようにランク試験は受けていない。

 

「さてセリナ。あー、人質ごと撃ち落とすのは……どうかと思うが……」

 

 ですよね。

 うおーなんであんなことしたんだろう。今になって後悔している。好感度下がるに決まってるよな。

 なのはさんが変なこと言うんだもんな。なのはさんが悪い。

 

「セリナ、僕の艦に来ないか?」

 

 ……クロノ提督のいうことを理解するのに、しばしかかった。

 遊びに来い、ってわけじゃないよな。

 僕の艦……って、次元航行部隊じゃないか。普通オレみたいなのが行けるところじゃない。

 

「火砲支援を務められる魔導師が欲しくてね。どうだろう、武装隊に復帰するときに」

 

 本当に、スカウトされてる?

 なんだか六課に呼ばれたときを思い出すけど、部隊のエリート度がだいぶ違うぞ。機動六課もかなりのものだが、あれは部隊としては少々特殊なところがある。

 海の次元航行部隊。その中の、クロノ提督の擁する部隊ともなれば、出世コースの真っただ中と言っていい。

 過大評価だと思うが、この人に価値を見出してもらったのは、素直にとても嬉しい。

 でも。

 

「あーあー、ちょっといいかな。セリナさん、飲み物買ってきてもらってもいい?」

 

 彼が、話に割って入ってきた。……なんだか意外だ。どうしてだろう。

 オレは、ユーノさんからお金の入った端末を受け取った。言う通りに、自販機のある廊下へ向かうふりをして……曲がり角の向こう側に留まる。

 

「どうかしたか? 司書長」

「あー、なんというか、良い言葉が思いつかないな。ええと……」

 

 壁に背中を預け、二人の話す声を聴く。

 

「彼女はその、僕のとこで予約してるんだ。悪いね」

「っ―――」

 

 ユーノさんらしからぬ物言いだ。だけど。こんなことを聞いてしまったら、オレは。

 

「なるほど。えらく入れ込んでるじゃないか」

「茶化すなよ。そういうんじゃないさ」

「しかしだなユーノ……」

「なに?」

「年齢を考えると……手を出したら、逮捕だからな」

「バッ、おい! 人聞きの悪い!!」

 

 ばっちり聞こえてしまった。

 ユーノさんは、結構、なんというか、オレのことを見てくれているのかもしれない。

 

「では、また会おう。次回は集団戦がいいな」

 

 帰り道。ユーノさんの半歩後ろを歩く。

 さっきの会話を思い出しながらその背中を見ていると、自分の思っていることを、打ち明けたくなった。

 ユーノさんの手伝いをして、今日は模擬戦をして。

 ひとつ、やりたいことができた。

 

「ユーノさん」

「うん?」

「わたし、その……」

 

 間をおいて、息を吸って、少しドキドキする心臓を落ち着けてから、告げる。

 

「司書資格をとりたいです。それで――無限書庫で、働きたいです。これからもずっと」

 

 伝えながら、彼の目を、真っ直ぐに見た。

 ……うん、よし。

 色々と理由はあるのだけど、一番はやっぱり――、

 あなたのその顔が、見たかったみたいだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ6

まえがき
次回でおわり




 いつものように、無限書庫へと通う。

 今日も仕事を手伝った後で、試験の勉強でもするつもりだ。無限書庫に正式に配属されるには、司書の試験に受かることが一番の近道。

 地球の日本とは問われる教養が違っていて大変……だろうと思っていたが、異世界の一般教養や時空管理局の法律なんて、オレにとっては面白いに決まっている。魔法の習得と同じで、この学びに関しては、言っちゃ悪いがゲーム感覚だ。学習活動においてこの感じ方は、有利にはたらく。

 また、あのフェイトさんが2回も落ちたという執務官試験に比べれば、司書資格試験の難易度や倍率は低い。

 今の気持ちがあれば、そのうち合格できるだろう。

 

「おはようございまーす」

 

 毎日のように顔を合わせて仲良くなった、受付の二人に挨拶をする。

 

「おはよう、セリナちゃん」

「今日はどんなご用ですか? なんてね」

「今日もお仕事を手伝って、お昼ご飯を……食べて、勉強して、って感じです!」

 

 平和だ。六課にいた頃もそうだが、目標があるとなんとか労働や努力もできる。この二人や司書の皆さん、それにあの人と、肩を並べたい。

 

「おー、今日はお昼ご飯、うまくできた?」

「相変わらず司書長のこと大好きだねー」

「あははは……は?」

 

 お昼ご飯なら常に会心の出来だが……いや、そうじゃない。

 

「司書長……の、こと?」

「だいすきだねー、って」

「………」

 

 これ自体はなのはさんやヴィータさん(を介した八神元部隊長)にもいじられたが。なぜこの二人にまで、オレがユーノさんを狙っていることがばれている……?

 ……まあいつものように、ごまかしておこう。本人の耳には入れないよう、お願いしなければ。

 

「ま、まあ、そんなことは、なくもない感じですね」

「お、認めたなー」

 

 二人は顔を見合わせて笑う。ぬう、なんか雲行きがあやしいな。

 

「いつも司書長といるとき、すごくいい顔してるもんね」

 

 心臓が、少し跳ねた。

 

「お弁当も作ってくるしね」

「よくついて回ってるし」

「司書長と話してるときは声音が違うしー」

「……な……え……!?」

「恋する乙女って感じ」

 

 左右から繰り出される攻撃に頭が追いつかない。その言い方だとまるで……、

 

「ちが……オレは、ユーノさんを……狙ってるだけで……」

「ふふーん、スタッフみんな知ってると思うよ」

「見てたらわかるからね」

 

 違う、そういうことじゃなくて。

 ずっとユーノさんを、自分の虜にしようとしているはずなのに、周りからそう見えるのなら。

 まるでオレの方が、ユーノさんのことを――

 

「うわ! 顔真っ赤だ」

「朝っぱらから、からかいすぎたかな。ごめんねー、セリナちゃん」

 

 その場を後にして、廊下を、早足で進んでいく。

 ……そんなわけあるもんか。オレのユーノさん攻略は順調にいってる。

 しょっちゅう持って行く弁当の反応もよくなってきているし、たまに勉強も教えてもらってる。手伝いをさせてもらうことも増えた。あと、この前だって、一緒にクロノ提督と戦って、スターライトブレイカーをぶつけてやったんだから。

 

「ゲイズさん、おはようございます」

「セリナちゃん、おはよー」

 

 資料部のみんなとすれ違う。

 なんだか、心の内を見透かされているみたいに感じて。

 入り慣れた、司書長室に逃げ込んだ。

 

「あ……」

 

 いつものユーノさんがいて安心したけれど、何故だろうか。いつもと同じに見えなかった。

 小走りでここまで来たからだろうか、心臓がバクバクとうるさい。

 ……後ろ手で、扉をロックする。

 こうなれば彼は袋のネズミ……袋のフェレットである。

 そうだ。きっと逃げ込んだんじゃなくて、攻め込んだんだ。

 

「ユーノさん」

「ん?」

 

 まったく、今日はおかしい。二人がおかしなことを言うせいだ。

 ユーノさんの姿を見ると、まるで現実感がない、不思議な感覚に頭が覆われる。

 

「わたし……ユーノさんのこと……」

 

 あれ? おいおい待て。今オレは何を言おうとしている?

 心と思考が離れている。心臓から送り出される血の熱で、身体が動かされている。

 鼓動がやかましい。オレは、深呼吸をして、彼に――

 

「セリナさん、良いところに! ちょうど今、連絡しようと思ってたんだ」

「っ……!」

 

 他ならぬユーノさんの声で、世界の音が戻ってきた。

 オレは今、何を……言おうとしたんだろう。

 

「目をつけてた遺跡の調査許可が出たんだ! 今日は忙しくなるよ」

 

 やたらとテンションが高いユーノさんに詰め寄られ、さっきの数秒が夢だったかのように思えてきた。

 顔が近い。無邪気に目を輝かせる様子は、まるで少年のようだ。

 

「……え? 今日行かれるんですか?」

「もちろん」

 

 まじか。よっぽど気になってたんだろうな。彼は立ち上がって、慌ただしく出かける準備をしている。どうやら今すぐにでも出発したいらしい。

 ちゃんと今日予定していたタスクは記録しているだろうか。期限は問題ないだろうか。他の司書たちには、オレから知らせておこうか。

 ……やれやれ。ユーノさんの頭の中で、オレは考古学には勝てない。さっきはとんだ勇み足をするところだった。

 いや、勇み足どころじゃないだろ。だめだぞ、オレの方からユーノさんに――――だなんて。

 頭をふり、余計な考えを追い出す。

 

「お帰りをお待ちしています」

 

 いつかのヴァーミリオンアイズを真似た台詞を口にする。

 離れるのが嫌だ、なんて声色になってないかな。周りからそうみえるのだとしても、そいつはちがう。認めない。

 離れるのが嫌なんてことはとにかく全くないのだが、それはそれとして、ユーノさんが出かけるとなると……今日の予定、狂っちゃったな。

 

「え? 君も一緒に行くでしょ? ほら、準備準備!」

「………」

 

 今日の予定、狂っちゃったな。

 

 

 

 あれよあれよ。

 次元港から船でよその世界へ。現地の管理局支部に寄ったり、ガイドを利用しつつ、気付けばいかにも古代のもの! といった外観の、遺跡の前にいた。

 

「うーん、やはりベルカの系譜だな。しかしいつの時代のものだろう……」

 

 ユーノさんはあちこちに目をやりながら、考えていることを口から漏らしていた。いつものスーツやシャツ姿ではなく、動きやすく作業に向いた服装をしている。あとはハットでも被れば、見事な考古学者ルックになるだろう。

 あのスタイルは、遺跡の調査というより『発掘』だ。無限書庫の未整理区画の探索とは、また違った作業を想定しているのだろう。

 オレもまた、フィールドワークということで動きやすいように、六課時代まで使っていた訓練着とジャケットを着ている。

 せっかくユーノさんと二人で出かけているっていうのに、色気も何もない格好である。

 

 そう、二人だ。ユーノさんが声をかけて、ここに連れてきたのはオレだけだ。

 誰か連れや助手が欲しかったのなら、外部協力者の暇そうにしているやつに声をかけるのは道理だが……

 そんな理由じゃないといいなって、考えてしまう。

 ユーノさん、オレのことをどう思っているんだろう。気になって仕方がない。ほら、順調に日々の成果が出ているのか、知りたいからな。

 そんなことで頭がいっぱいで、あまり目の前の、古代文明の息遣いとやらにはそそられなかった。

 

「ほら、中へ行こう! 色んな人たちがすでに動いているはずだ」

 

 そうなると必然、彼だけに目がいく。

 チームのリーダーとして無限書庫を探索している時とは、また違った表情。子供みたいだ。

 スクライアという一族は遺跡発掘を生業にしているというから、こういう場所にいるときのユーノさんこそ、自然体といえるのかもしれない。

 そんな顔も、もっと見ていたくなった。

 

「――さん! お久しぶりです」

「ユーノ先生! おお……いいところに!」

 

 『先生』……未整理区画の調査チームにも、彼をそう呼ぶ人がいた。ユーノさんのいくつかある顔のひとつなのだろう。

 考古学に関して、彼はある程度名が通っているらしく、今もいろんな人たちと挨拶を交わしている。想像するに、あの若さでそれなりの実績を重ねている、学士会の期待のホープといったところだろうか。無限書庫の司書長という肩書も大きそうだ。

 

 ……あまり関心は無かったが。彼をあそこまで惹きつけているのだと思うと、少しだけ、考古学というのがどんなものか気になった。

 考えてみれば、人の住む星がいくつも確認されているこの広い次元世界だ。地球1個を調べるだけでも永遠の課題だというのに、あまりに遠大な学問である。世界の記憶が眠ると称される無限書庫が、人類の手にあってなお、だ。

 次元世界における考古学とは、だいぶ巨大なジャンルなんじゃないだろうか。

 

「先生。この遺跡の奥に、古代ベルカの術式で封印されていたものです」

「……これは……!?」

 

 ユーノさんの斜め後ろから、話し相手のおじさんが指し示す先を、ぼんやりと目で追った。

 分厚いケース。発掘されたものを保存するのに使うものだろう。おじさんの助手らしき方が、ケースを開くと、中には赤いクリスタルが入っていた。

 

「……え!? これ、レリック……!?」

「さすがユーノ先生の助手さんだ。その歳でよく勉強しておられる」

 

 あっさりと肯定される。見覚えのあるこの赤い結晶体は、やはりレリック――機動六課と戦闘機人たちがこれを巡って戦っていた、超高エネルギー結晶体。捜索指定遺失物……ロストロギアに該当するものだ。

 調査許可の出たばかりの遺跡から、すぐにこんな危険なものが出てくるなんて。『海』の手も、人手不足では回りきらないということか。

 

「本当の名前は違う。これが興味深い話でね」

 

 ユーノさんが、オレに向かって語り始める。

 

「JS事件を終えて、ヴィヴィオが古代ベルカの王――聖王のクローンであるということや、聖王のゆりかご内部で起きたことの報告を受けて、多くのことがわかったんだ」

 

 レリック、聖王、聖王のゆりかご。スカリエッティの起こしたことは、思い返せば、考古学の世界にとっても非常に影響のある事件だったと言えるだろう。

 

「ベルカ諸王時代において、この結晶体は『聖王核』と呼称されていた。その機能は、聖王本人の力を拡張するためにある」

「聖王の……?」

「うん。この宝石は、聖王専用・高性能デバイス兼、魔力源兼、最終兵器の起動キーってところかな。いや、デバイスとは少し違うかな……」

 

 最終兵器……聖王のゆりかごのことだろう。アホみたいにデカい戦艦で、管理局の艦船が何機も出動してようやく消滅させられるものだった。

 あんなものを飛ばしていた時代の産物だ。この赤い宝石は、危険性のあるロストテクノロジーの塊……“ロストロギア”の定義通りの代物である。

 こいつらを相手に機動六課や協力者たちが成し遂げたことは、まさしく時空管理局がはたすべき使命を全うした例だろう。

 ……それは、それとして。

 元機動六課部隊員としては、割と見慣れた存在だ。六課の回収したものも、既に研究されているはず。今さら大した発見でもないのでは?

 などと、オレが失礼なことを考えたのを読んだのだろうか。ユーノさんは、すこし笑って、続けた。

 

「ドクター・スカリエッティから押収できたものも管理局に残っているが、このレリック……聖王核は、個体ごとに、内包された機能に差異があるんだ。歴代の聖王ひとりひとりに合わせて作られたものだから、という説がある」

 

 先に調査をしていた男性に向き直り、解説を締めくくった。

 

「こんなところに封印されていた個体だ。あまりに貴重な資料になる――すばらしい発見です」

「管理局や現地のチームによる調査では、みつからなかったようですからな」

 

 管理局や下請けチームの事前調査がダメだったのか、このおじさんたちのチームが有能だったのか。

 まあ、こうして、遺跡の発掘というのは丹念に、丁寧に、何回も何回も行っていくものなのだろう。しゃぶりつくすまで終わらない……というか、ずっと終わらないんだろうな。レリックの出土なんて序の口なのかもしれない。

 現にユーノさんも、はやく奥に行きたくて仕方ない様子だ。視線が遠くへ行っている。

 今日はせいぜい勉強させてもらおう。

 

「……ん?」

 

 大勢の人の足音に、振り返る。

 彼らは走って、遺跡の中に入ってきた。……どうも、雰囲気がおかしい。

 気になって表情を観察すると、どうやらユーノさんのように突如興奮し始める学者といった様子ではない。

 その中の、慌て切った女性が、声を振り絞ってオレたちに言う。

 

「た、大変なんです……みなさ、ひな、避難しないと……!」

 

 遺跡の入り口、いや、外が騒がしい。

 すぐに走って向かう。職業病だ。

 

「……な……!?」

 

 遺跡の外は、多くの機械兵器で埋め尽くされていた。

 ただの機械じゃない、完璧に見覚えがある。

 

「ガジェットドローン……!」

 

 スカリエッティが造り出した自律兵器。彼を逮捕し、一掃できたはずのやつらが、なぜここにいる!?

 いや、ここにきた理由なら明白だ。ガジェットはレリックの回収を目的として設定された兵器である。この遺跡のレリック……聖王核とやらに引き寄せられたに違いない。しかし封印処理が杜撰だったとしても、偶然生きのこった残党が、偶然この世界のここに到達するってことはないだろう。

 ……よく観察する。敵は、カプセル状のⅠ型に、大玉のⅢ型。何度も相手にした編成だが……細部の形状が、今までこの目で見たものや、報告書・映像で確認したどれとも異なっていた。

 そうなると、例えば……スカリエッティがよその犯罪者に売りつけて、独自に改造されたもの……か? 犯人は盗掘・密輸業者かもしれない。

 

「っ、危ない!」

 

 逃げ惑う学者の人たちに、Ⅲ型がこれ見よがしに、ポインタで照準をつけている。

 性格の良いような、悪いような兵器だ。おかげで、やつがビームを放つ前に割って入れた。

 シールドで背後のみんなを守る。……大丈夫だ。破壊力は今までのやつと変わらない。

 

「管理局です! 皆さん、遺跡の中に避難して! わたしが守ります!」

 

 あちこちに逃がすより、頑丈な場所で一か所に集まってもらった方が守りやすい。見た感じ、古代のものにしては頑健な構えをしている。

 ……いや、失敗だったか。やつらの目的は遺跡のレリックだ。みんなのことは、うまく外へ連れ出すべきだったか。

 いいさ、最悪の状況じゃない。攻撃される前にこいつらをぶっ壊してやれば、失敗なんてチャラだ。敵はガジェットだぞ? 戦闘機人のみんなでも、六課隊長陣が立ちふさがっている訳でもない。よゆうだ。

 今日ここに、オレがいる。なら、最悪じゃ、ない。

 

「『ヴァーミリオンアイズ』、セットアップ」

《テンション上がりますね》

「何言ってんだこいつ」

 

 赤い魔力光が溢れ出し、バリアジャケットが身体を覆う。

 数が多いな。これだけの数を相手にしたことは……あんまりない。

 それに、六課のフォワードのみんなと一緒じゃなくて、アイズとオレだけで相手にするのは……ちょっとだけ、怖い。

 

「大丈夫。ここは絶対通さない。なのはさんの弟子なんだから――」

 

 言葉を口にして、自分を鼓舞する。

 だけど。機械の癖に痺れを切らしたのか、やつらがこちらに、射撃装置となる黄色い“目”を、一斉に向けてきたのがわかった。

 

「じゃあ、僕の孫弟子だね」

 

 ……オレが防御魔法を出す前に。

 翠色の障壁が、守ってくれた。

 

「なんてね。僕がなのはの師だなんて、おこがましいけど」

 

 ああ。そうだった。一人じゃないんだった。

 

「君の前では、ちょっとかっこつけさせてね」

 

 鈴鳴りの様な、清涼な音が聞こえる。魔法陣が広がる音だ。

 朱く焼けた景色――この世界にも、夕暮れがあるらしい――が、封じられた空間に包まれていく。

 位相をずらし、被害を出さないように戦闘用の空間を作る、結界魔法だ。

 

「ガジェットは全機閉じ込めた。管理局にも連絡して、念のためみんなや遺跡にバリアも張っておいたし――」

 

 すぐそばで、声がした。

 

「防御は僕がやる。セリナさんは、攻撃に集中して」

 

 ……もう、負ける気がしない。

 隣に、彼がいてくれる。

 

 

 

《全機撃墜を確認しました。やはりマシン相手ではつまらない》

「はー、多かった……」

 

 ガジェットドローンという連中はクソだ。ほんとうに嫌い。

 やつらが従来の自律兵器と一線を画す理由は、『アンチマギリンクフィールド』という魔法にある。1機ごとに、魔力の結合を阻害するフィールドを展開する機能がついているのだ。魔導師にとっては天敵だ。おかげで、ふつうのロボを相手にするより高い出力や、工夫した戦い方を要求される。AMF状況下を想定した訓練をしなければ、手も足も出ないだろう。二度とこんな敵は現れないでほしい。

 

「おつかれさま。大丈夫?」

「つかれました」

「僕もだ」

 

 ユーノさんは笑って……地面に尻もちをついた。

 一瞬心配したが、照れくさそうに笑うのをみて、安心する。

 ……オレも、今日は疲れた。どれぐらいかというと、なのはさんの訓練で一番きつかった日くらい。

 

 つかれて、もう――自分の気持ちから、目を逸らすのも限界だった。

 

 足がふらつく。地べたに座るユーノさんに近づいて……

 座って、ユーノさんの背中に、自分の背中をくっつけた。

 

「ん、セリナさん。すこしここでクールダウンしよう。動悸が結構なものだよ」

「……はい」

 

 この鼓動は、戦闘のせいじゃないと思う。

 

「あ、なんか今、懐かしいことを思い出した」

「どんなことですか?」

「子供の頃に、今と同じように、二人で修羅場をくぐったときがあってさ」

 

 背中を合わせていると、ユーノさんの声が、自分の身体によく響くようだ。

 

「大事な友達でね。あの頃はよく連携していたんだけど」

 

 オレの心臓の音は、やかましくはないだろうか。

 

「大量の機械兵を前に、これからが大仕事だってときにね。『自分が戦えるのは、背中がいつもあったかいからだ』って言ったんだ。それが印象的でさ」

「詩的なことを言う人ですね」

「あ、わかる? その子、たまにそういうこと言うんだよ」

「む……女の子ですか?」

「え、あ、いや、まあそうだけど」

 

 というか……なのはさんだな、これは。言いそうだもの。アニメにもそんなシーンがあったような……なかったような。

 この雰囲気で他のひとの名前を出すなんて(出してない)、有罪ですよ? わかっているのかね、ユーノ被告。

 

「あ、いたた。な、何?」

「いえ」

 

 抗議の意を込めて、ひじで脇を小突いた。……大きなケガをしてるってことはないみたいだ。良かった。

 なのはさんとユーノさんが、強い絆で結ばれているのは知っている。だったら……

 ユーノさんにとってオレは、背中を預けられる存在になれただろうか。

 

「ユーノさんは、その……わ、わたしの……こと……」

 

 そんなことを思ったけれど、言葉にする勇気がない。これ以上は、声が出なくなった。

 ……帰ったら、またユーノさん攻略を再開しなきゃな。彼をメロメロにして、人生をオレのものにしてやるんだ。まずは試験に受かって、同じ場所で肩を並べて。それから――

 

「僕は君のこと……すごく……信頼できる人だって、思ってる」

「………」

 

 この人は、なんてことをいうんだろう。

 ユーノさんは悪い人だ。そうやって、オレの引き金を簡単に引く。

 ああ、もう。

 ここで、こっちのたくらみは頓挫だ。だってもう、想いを抑えきれないんだから。

 

「信頼できる人、じゃ嫌です」

 

 声が届くように、頭を彼の背中に預ける。

 空が見える。結界が剥がれていって、星の綺麗な夜空が現れた。

 

「わたし、ユーノさんのことが、好きです」

 

 ……言ってしまった。

 そうだ、もう認める。いつからかわからないけれど、オレはもう、ユーノさんとの勝負に負けてた。

 彼のことが愛おしい。働きたくないとか、そういう気持ちはあるんだけど、この人といられるなら、その話はもういい。

 

「………」

 

 数秒が経った。いや、数分かもしれない。

 ユーノさんからの返事は、なかった。

 ……目から、熱いものが垂れてくる。この世界に生まれ変わってから、本当の意味で泣いたのは、初めてだ。……これだから、女の子の身体は、困る。

 あれほどうるさかった心臓は、止まってしまいそうなくらい締め付けられている。

 それでも……背中は、温かかった。

 

「……?」

 

 背中がやたらあったかい。ポカポカだ。

 

「……すー……すー……」

 

 寝てるよこの人。うそでしょ。

 ここまで心を許してもらったと思うと、嬉しいけど……さっきの話、どこまで聞いてたんだろうか。

 このまま寝かせて、一緒に何事も無かったかのように無限書庫に帰るなんて。

 そんな鈍感ラブコメ主人公みたいなマネは、オレの前では許さん。

 

「……いだだだだ!」

 

 つねり起こして、正面から顔を覗き込んで、言ってやる。

 

「ユーノさんっ! わたし、ユーノさんのことが好きです。大好きです! ……け、結婚したいぐらい!」

 

 あ、顔が赤くなった。

 意外に可愛いところがある。そういうところも、いいなって思う。

 でも、今は、オレも同じような顔になってるはずだ。だって、こんなにも顔が熱い。

 それがなんだかおかしくて、照れくさくて。

 しずくをぬぐいながら、にっと笑った。

 

 

 




あとがき
魔力光でわかる性格占い
緑…控えめで思いやり深い
赤…情熱的でまっすぐ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグのエピローグ

「スクライアさーん、また明日ー」

「へーい、また明日~」

 

 スクールバスを降りて、真っ直ぐに家へ向かう。

 今日は楽しみにしてた番組がある。ここから家まではすぐだけど、走って帰ることにした。

 

「ただいまー!」

「おお、おかえり」

 

 いつものように、おじいちゃんの優しい声が迎えてくれた。

 今日も頑張りました。これから優雅なおうちタイムが始まる。

 

「ミライ、おやつでもどうかな」

「んん~~お夕飯前だから我慢します」

「そうか……」

 

 おじいちゃんはいつものように、何やら難しい本を読みながらおやつを勧めてくる。断ると、しょんぼりした。明日はもらうか。

 うちで言うおやつというのは、その辺のお店で買ってきたやつではない。おじいちゃんが直々に焼いたお菓子だ。

 おじいちゃんは、よその星にいるっていう『クマ』って生き物みたいに、でっかくてもじゃもじゃしている。あとやさしい。

 しかも、料理はママの100倍うまい。

 総合的に見て、おじいちゃんのことは大好きなのだが、わたしの体重を増やすのが喜びらしいところが、ちょっと良くないと思う。

 

「テレビテレビーっと」

「録画してあるのだから、着替えてからにしなさい」

「はーい」

 

 言う通りにしようか。階段を上がって、自分の部屋へ。部屋着を引っ張り出してきて、一瞬で着替える。魔導師のバリアジャケット展開よりわたしの着替えの方がはやい。

 洗濯物は脱衣所に。リビングへと参上し、モニターのスイッチを入れる。

 

「おお……! ヴィヴィオお姉ちゃん、今シーズン絶好調だ!!」

 

 最近わたしの中で流行っているのが、格闘技の観戦。とくに魔法アリのやつが好きだ。

 推し選手はもちろん、高町ヴィヴィオ選手。一緒に遊んでくれるときは、ほにゃほにゃしたお姉ちゃんなのだが、仕事となると人が変わる。本人いわく、たぶん今が全盛期なので試合を見逃さないように、とのこと。

 才能ありきの世界で、センスと反射神経を磨いてトップクラス入りしているところが最高だ。渋い。わたしの憧れの人だ。

 

「すごいなー。わたしもプロ選手になってみたいな」

 

 腕を動かして、ヴィヴィオお姉ちゃんのフィニッシュブローを真似してみる。

 ジムに通わせてほしいって、パパやママにお願いしてみようかな。いや、その前に、もっと欲しいのがあるんだった。

 

「な……!? ミライ、管理局の地上部隊に入るはずじゃ……」

「それは第二しぼう」

 

 物が床に落ちる音に振り返ると、おじいちゃんが読んでいた本を取り落して、わなわなと震えていた。そんなにショックか……?

 そこまでわたしを局員にしたいのか。おじいちゃんへの脅し文句に使える情報として覚えておく。

 

「はー、面白かった。若い選手もやばいな。時代を塗り替える気概をかんじる」

 

 興業映像を一通り見終わって、わたしは適当に感想を言った。

 時計に目をやると、気付けばいい時間だ。

 

「ミライ、そろそろお父さんとお母さんを迎えに行ってあげなさい」

「うん」

 

 靴を持って階段をあがり、わたしの部屋の、となりのとなりの扉を開ける。

 この部屋には転移装置があって、パパとママの仕事場へと直接繋がっている。

 べんりなものは好きだが、これを買ったせいでうちは貧乏だとママは言い張る。ので、この装置には愛情と憎しみがある。

 

 靴を履いて、装置のスイッチをあちこちいじる。

 溢れ出す光を、目を閉じてかわす。

 光がおさまれば、そこはパパとママのいる場所。時空管理局の中の、無限書庫のあるところだ。

 

「こんばんはー」

 

 みんなにあいさつをしつつ、二人の姿を探す。

 ……ううん、探さなくてもあっちからきた。

 

「へーい! 娘!!」

「へーいママ」

 

 相変わらずテンションが高い、家だけにしてほしい。

 ママは顔はわたしに似て美人さんだが、表情の種類が豊富すぎるのもアレだなという感じの人だ。

 

「よくお迎えに来てくれた。ご褒美にそこの無限書庫で、無限高い高いをしてあげよう」

「そんなに子供じゃないんだよなー」

「な……!?」

 

 わたしの返答の何がそこまでショックだったのか、ママは脇に抱えていたカバンを落とした。

 反応がおじいちゃんと似ている……似た物親子だな。

 ところでこれは内緒の話だが、無限高い高いは二度とされたくない。あんな怖い経験この世にあるか?

 

「ミライ、まだ7歳のはずでは……?」

「7歳はもう高い高いで喜ばないんですよ。ご存知ない?」

「は、はあ……寡聞にして……」

 

 しばらくママと話していると、もう一人の待ち人がやってきた。

 

「ミライ、今日の学校はどうだった?」

「たのしかったよー。パパのお仕事は?」

「もちろん、楽しかったよ」

 

 パパもママも、無限書庫の仕事は楽しいらしくて、わたしも結構興味がある。本読むの好きだし。

 おじいちゃんには地上部隊が第2志望だと言ったが、あれはウソである。第3だ。

 まあ、それはそれとして。

 今日の晩御飯だ。

 今日はおじいちゃんの担当日。つまりそれは、お夕飯が楽しみで待ちきれないということになる。

 わたしは、急いで二人を連れて帰りたかった。

 まずはパパの手を取り、引っ張る。

 

「な! ユ、ユーノさんの手を……」

 

 空いた手でママの手を引こうとすると、何やら変なことを言い始めた。

 

「小娘~、パパの1番はこのわたしだぞ!」

「もー、はいはい」

 

 このお母さん、あろうことか娘に対抗してくる。あまりにめんどうくさい。

 いつものことだが、あまりお外ではやらないでほしい。恥ずかしいから。

 

「あとミライの1番もわたし!」

 

 わがままか。

 やっぱりこの人、わたしやパパがいないとダメっぽいな。

 

「わかったわかった」

 

 両手で、大好きなふたりの手を取る。はやくみんなで帰りたくて、わたしは歩き出した。

 

 

 

 家族でテーブルを囲む。

 やはりおじいちゃんの料理はサイコーだ。若いとき美味しいものばっかり食ってたとか言ってただけある。

 

「いつもありがとうございます、お義父さん」

「父さん、これくらいわたしに任せてくれていいのに」

「いいさ、これが老後の趣味なんだよ」

「ママの料理はマズいしね」

「えっ」

「………」

「………」

《………》

 

 しまった。食卓を静寂が支配し、ママが泣きそうな顔になっている。

 しかたない、おだてるか。

 

「そういえばママ、この前超大型のガーディアンを倒したんだって? 司書の人がすごい成果だって騒いでたよ」

「……ま、まあね? わたしとパパが組んだら、無敵だからね、あれくらいはね」

「ユ、ユーノくん。新しい区画の調査はどうかね?」

「はい、順調ですよ。時空管理局も人材繰りがうまくなってきました」

 

 うまくごまかせた。

 しばらくの間、大人しく料理に舌鼓を打つ。

 ママの機嫌が良さそうなタイミングを見計らって、わたしは重大な話をすることにした。

 

「おねがいがあります」

「なんだね」

 

 おごそかにママが答える。

 

「自分のデバイスがほしいです」

「えー、だめ」

「はやい」

 

 やはりだめか。調べたところ、競技用に使えるデバイスというのはある程度の性能が必要らしく、最低限のものでもけっこうお高い。さらにいいものに手を出そうとしたら、わたしのお小遣いでは貯めるのに何年かかることか。

 

「うーん、どうだろうね」

「お前もこのくらいの歳のときに与えたはずだが」

「あれは今思えば過保護ですよ、いきなりハイエンドどころか違法改造されたやつ寄越すなんて……」

「いや……あれは、スカリエッティが勝手に……」

 

 ママは今のわたしくらいの歳でデバイスをもらったらしい。ずるい……と思わなくもないが、管理局員として戦うなら必要だったんだと思う。

 

「うーん。ヴァーミリオンアイズじゃだめ? おさがりになっちゃうけど、超高性能だよ」

「えー、アイズって性格がなんかママに似てて、口うるさいんだもん」

《心外ですね》

「わたしもだよ……ママはこんなに凶暴じゃないよ……」

 

 なにより、アイズはママの相棒だ。譲ってもらっても、ふたりみたいにはなれないと思う。

 

「基礎基本ができるまで自分のデバイスとかいらないって。もう少し、じっくり成長しなさいな」

「……はーい」

 

 ヴィヴィオお姉ちゃんが自分のデバイスを貰ったのは、10歳の頃だという。それよりあまり早くにもらっても、デバイスに振り回されるだけだとママは言う。

 ならばしかたあるまい……座して待つか。

 でもお小遣いも貯めておこう。そのときがやってきたとき、足しにするのだ。

 

「そういえばなんでデバイスほしいの?」

「格闘技選手になりたいから」

「え!? そうなの?」

「え、司書になるんじゃ……」

「地上部隊に入るんじゃ……」

《デバイスマイスターになるはずじゃ……》

 

 最近おもうことがある。妹か弟が欲しい。あと3人くらいいないとこの家族に対応できない。あとふつうに兄弟姉妹のいるお家がうらやましい。

 

「弟か妹がほしいな……」

「は!?」

 

 なぜか顔を赤くするママを見つつ、おじいちゃんのシチューを口に運ぶ。うーん……おかわりするか。

 ……わたしの家は、いつもこんな感じ。たまにオーリスおばさんや、ママとパパのお友達も遊びに来てくれて……大好きなみんながいるここが、わたしの一番おちつく場所だ。

 これを言うと調子に乗る人たちなので、言わないようにしている。

 

 

 

 

「じゃあいってきまーす」

「「いってらっしゃい」」

 

 あの子……ミライが、玄関を出るのを見送る。

 さて、我々も出勤だ。

 最近、ついに一家に一台転移ゲートを実現したことが嬉しくて、どうも毎朝テンションが上がってしまう。

 

「セリナさん、いくよー」

 

 あの人の声を聴いて、ふと昨日のことを思い出す。

 ……この頃は、あんまり手を繋いだりしてないな。娘成分はきっちり摂っているが、旦那分がエンプティかもしれん。

 二階で待っていた、彼の横に立つ。そっと、その左手をとった。

 

「わ、えっと……どうしたの?」

「たまにはいいでしょ?」

 

 光を放つゲートを前に、彼の手を引いた。

 ……うん、やっぱり、たまにはいいと思う。

 

「ちょ! いい歳して、こんなところ人に見られるのは……!」

「だいじょぶだいじょぶ。最初に誰かとエンカウントするまでです!」

 

 行き先はいつもの場所、無限に広がる世界だ。

 さて。今日はどこまでお仕事進めるかな。

 それと――ユーノさんを、どんなふうにからかおうかな。

 

 

 

 なのはクローンのたくらみ……おわり

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

GOD シークエンス1

【プロローグ】

 

 午前の業務が終わり、お昼休み。

 今日はわたしがお昼を振る舞う日。「毎日作ってもらうなんて悪いから、週に一度にしよう」という言葉に気遣いと期待を感じ、一週間分のパワーを込めて料理した自信作をひっさげ、今日も司書長室へ向かう。

 

「ユーノさん! お弁当ですよ!」

「ウッ……あ、ありがとう」

 

 儚げに微笑む顔がよい。

 ユーノさんを座らせ、机にお弁当を広げて、対面に座って彼を見つめる。

 甲斐甲斐しい嫁(予定)の姿に感動が隠せないのか、ユーノさんは震える手で、わたしの渾身の一品を口に運んだ。

 

「ウッ! ま……」

「『ま』?」

 

 眉間に力を入れてユーノさんの目を見る。

 

「うまい……です……」

「へへ」

 

 料理の才能ある気がしてきた。

 

「わたしもいただきます!」

「あ! あの……」

「まずい!!!!」

 

 

 わたしがユーノさんに気持ちを伝えてから、数年が経った。たしか3年くらい。4年かも。

 初めはやはり年齢を理由に断られたものの、暇さえあればしつこく耳元で求婚をささやき続け、ノイローゼ気味になったユーノさんから言質をとることに成功。

 わたしが20歳になってもまだ気持ちが変わらないならOK、というようなことを口走ったのを録音した。

 今の身体年齢が16歳だから……ユーノさんが結婚を承諾してくれるまであと4年か。……長い! 人生の目標が他になく、日々のお仕事や自分磨きくらいしかやることがない。あまり変わり映えのない日々だ。

 といっても、まあ、仕事の内容はよそより楽しい。

 司書資格を無事取得したわたしは、正式に無限書庫の配属になった。未整理区画の探索チームでも、できることがずいぶん増えたものだ。

 

「この辺はもう調査オッケーかな」

 

 わたしは隊のみんなからしばし離れ、調査済み区画の情報整理をしていた。書庫迷宮内部で今のように単独行動することは珍しいが、調査済みの危険が少ない場所ならば、こうして単独行動も許されている。

 みんなから信頼されているようで、少し誇らしい。

 迷宮の壁、いや棚にずらりと並んだ本に手を当てる。

 背表紙に書かれた文字は、古いベルカの時代のものだ。古代ベルカの区画は色んなところのチームがこぞって調査したがる。今回久々に一次調査の権利を勝ち取り、我が隊のみんなはやる気と好奇心に満ち溢れた様子だった。そんなみんながしゃぶりつくして……もとい、くまなく調べたあとをよく記録し、二次調査のためのしるべとしておくのも、重要な仕事だ。

 この部屋の記録はとった。調査隊が拠点とした安全な部屋へと戻ろう。棚の本の背表紙に当てた手を、次へ次へと滑らせながら、扉へと向かう。

 

「おっと」

 

 手が、変な感覚を覚えた。

 視線をそこに移すと、一冊の本が、棚の奥へと押し込まれてしまっていた。

 同時に、ガチン、という音。

 

「なんだ?」

 

 目の前の本棚が淡く光ったのち、動き出した。

 棚がひとりでに動くことなどそうそうない。壁からせりだしたり、横にスライドしたり、あらかじめ仕組まれていたのだろう機能を披露していく様を、気付けば口を開けて見ていた。

 やがて、先ほどまで本を収めていたその空間は、さらに奥へ続く通路に変わっていた。

 

「……おお」

 

 冒険心くすぐるやつ出たー!

 これをつくった古代ベルカ人、あまりにもわかっている。

 やっぱり隠し部屋のスイッチは棚の本じゃなきゃな。このテンプレ……様式美が、意外とこの無限書庫迷宮にはあまり無いのだ。書物関係じゃないと収集しないからかな。

 それにしてもこんな、誰かがいつか偶然見つけられるようなギミックは、隠しているというより誰かに見つけさせるものとも考えられる。実に興味深いぞ。

 隊のみんなに連絡しつつ、第一発見者の特権を使わせてもらおうかなっと。

 

 トラップを警戒し、迷宮探査用の機能を持たせたサーチスフィアを魔力で形成し、先に侵入させる。

 罠の類は無く、危険度は低い。部屋の中はさらに古い書物庫となっているようだ。

 書物庫の中に隠し書物庫を作るとは、ここの持ち主は真面目だな。わたしだったら金庫とか宝物庫とか、秘密基地にしてしまう。あるいはゲームなら、こんな部屋にはすごい装備品がある。古代ベルカの伝説のデバイスがあると見たね。すまんヴァーミリオンアイズ、我々は今日でお別れかもしれん。

 

《古代の伝説の魔導師がコールドスリープしているかもしれません。そのときは……あなたは今日まで、良いマスターでした》

「はー? お前はわたしにしか扱えないが??」

 

 インテリジェントデバイスが頭の悪いことを言うな。デバイスが主を乗り換えるとか聞いたことないぞ貴様。あ、うそ、めっちゃ聞いたことある。八神はやてさんが過去に所持していた『夜天の魔道書』がそうであるし、他には、レイジングハートさんなどは元々ユーノさんの手にあったという。

 無駄話はさておき。

 隊のみんなが来て狂喜乱舞する前に、どんな本が眠っているかちょっと見ちゃお。

 念のため防護フィールドを張って身体を守りながら、中へと足を踏み入れた。

 

 狭い隠し書物庫を練り歩き、本のラインナップを検分する。

 厚さや装丁の様子からして、歴史書か魔道書の類が多い。

 その中の一冊が、興味を刺激した。背表紙に刻まれたタイトルは……

 

「『夜天の』……!?」

 

 すごいぞ。先ほどもふれたが、夜天の書といえば、八神はやてさんの持つ魔導書型のデバイスで、古い歴史を持つものだ。アニメシリーズでは第二期の話のメインを張るロストロギアだった。

 そんな夜天の書に関する新しい発見があるかもしれない。八神家のみなさんが喜ぶ。

 手に取り、表紙にふっと息を吹きかけると、埃が飛んで題名が読めた。それは古代ベルカの言葉で、こう書いてある。

 

「『夜天の書』……『と』……『紫天の書』」

 

 紫天の書。読み間違いでなければそう記してある。聞いたことのない名前だ。

 こみあげる探求心のもと、わたしはおもむろに本を開いた。

 

 

 

【バトル1】

 

「へ?」

 

 瞬きをすると、景色、空気、足場、全てが変わっていた。

 わたしは、どこかの空にいる。

 

「おわあっ! もう!!」

 

 それがわかったのは、自分が“落ちていた”からだ。空戦魔導師として、なるべくならずっと味わいたくはない感覚。

 なんとか脳とリンカーコアを叩き起こし、飛行魔法を使って空中に留まる。……本に触れると、いきなり空中に投げ出されるトラップとは。たちが悪い。わたしが魔導師じゃなきゃ、海面に叩きつけられて死んでいる。

 眼下には海。周囲には船や島などは見えない。ここは一体、どこだろう。

 

「アイズ、まずセットアップして状況を……ん?」

 

 いつの間にか、そこには人がいた。

 認識した途端、背筋を冷たいものが流れる。さっきまで周りには誰もいなかったはずだ。この距離――高速射撃戦距離(ミドルレンジ)に来るまで、音もなく侵入しているなんて、「現れた」としか形容できない。

 そしてもうひとつ、ぞくりとする事実が。

 相手を観察する。

 ユーノさんと結婚できた日には切ろうと思っている長い髪をひとつ結びにして肩に垂らし、顔はなのはさん譲りの美貌。

 最近増量してきた腹周りや脚を、装甲厚めのジャケットとロングスカートで誤魔化すスタイル。

 すなわちそこにあったのは、年中無休、四六時中つきあっている、セリナ・ゲイズの姿だ。

 その手には、デバイスモードのヴァーミリオンアイズにそっくりな杖が握られていた。……つまり、向かいに佇むセリナは、戦闘可能な状態であるということ。

 

「アイズ、セットアップを」

 

 震える声で相棒を急かす。こちらの姿もすぐに、相手と同じように防護服をまとったものになった。

 

『……ああ……』

 

 その声もなのはさんと同じ。

 わたしの姿をした何者かが、薄暗い表情で、口を開く。

 

「働きたくない……働きたくない……」

「こ、こいつ!? なぜわたしの本性を!?」

 

 な、何者……! 誰にも知られていないはずのわたしの性根を、この偽物は何故!?

 一気に警戒の度合いが強まり、手に持つデバイスに力がこもる。

 鏡映しのそいつは、さらに言葉を紡いだ。

 

「ユーノさん……はやくユーノさんと結婚したい……会いたい……ユーノさん好き……」

「恥ずかしいことを言うなバスター!!!!!」

 

 何者か知らんが、もう撃つしかないよね。

 エクセリオンバスター。相手は死ぬ。

 

「何ッ」

 

 しかし抜き打ちにして必殺であったそれを、やつは紙一重で躱した。避けられる距離のはずは……!

 そして同じように、杖の先をこちらに向けていた。

 赤い光が迸る。急速で自分の位置を射線からずらし、肩を掠めるように飛んできた砲撃を観察した。

 魔力光の色も同じ。砲撃の威力も、おそらく。

 

「やるな」

 

 喧嘩を売ったのはそっちだ。……いや、わたしからになるかな? まあいい。

 ぶっとばしてからお話を聞くぞ。

 

「『ディバインシューター』……え!?」

 

 自分の声が重なって聞こえた。

 形成した弾殻は4つ。放射状に放ち、外側からカーブを描いて敵に着弾する軌道。

 どうもそれは、敵のセリナも同じようだった。ちょうど彼我の真ん中で、ディバインシューターは相殺されてしまった。

 思えば先ほどのバスターもそうだ。……手癖でやる戦法は、相手に網羅されていると思っていいだろう。

 ――なら、わたしの弱いところを攻めてみよう。

 

《Flash Move》

「だっ!」

 

 高速移動魔法を起動。一気に近接戦闘距離(クロスレンジ)へ飛び込み、杖を振りかぶる。

 制動は緩めでいい。このまま正面から殴る!

 振り下ろした杖は、杖で受け止められた。敵もわたしにしてはよく反応したな。

 硬い感触に腕が痺れるが、無視する。このまま鍔迫り合いをする気は無い。フラッシュムーブでついた勢いを利用して、相手を押し出した。

 体勢を崩したやつに、準備していた魔法の狙いをつける。

 

「クロスファイアー……ッ!」

 

 弾殻は、同時コントロールに自信のある4つだけ。魔力は十分に込める。

 

「シュート!!」

 

 この魔法の弾速なら、姿勢を崩したわたしが反応できるものか!

 突き刺さるように、赤い矢が叩き込まれる。防御もできずに喰らったのを確認し、次弾をぼこぼこ投入していく。

 敵は着弾時の煙に包まれていった。

 

「はっはっは。瞬殺」

 

 ティアさん直伝、ランスターの弾丸の味はどうだ。

 教えてもらったのはずいぶん前のことだが、最近また練習中。理由は、ヴィヴィオやその友達たちとの模擬試合に駆り出されたとき、戦法がワンパターンでよく負けてあまりに悔しいからである。今の戦法なかなかいいんじゃない? 次はナカジマジムのみんなをボコボコにしてやるからな。2つ年下のアインハルトがワールドチャンピオンになって年上として焦ってるとかそういうことは決してない。

 偽セリナはどうやら、最新のわたしには敵わなかったようだな。墜落していく彼女をバインドで空中に縫い留め、事情聴取に向かう。

 

「さあ、正体を曝け出してもらうぞ」

 

 突然現れたこいつは、今わたしがいるこの場所と何か関係があるはずだ。

 

『うう……週に休みは……4日はあるべき……』

「!?」

 

 偽セリナの身体が、崩れていく。

 崩壊は止まらず、あっけにとられている間に、そいつは光の粒子になって消えてしまった。

 

「これは、一体……」

 

 ……改めて、状況を整理しなければならない。

 深呼吸をする。戦闘で高揚した気分を落ち着け、冷静に努める。

 ここは危険かもしれないが、周囲に落ち着ける場所も見えない。その場にとどまり、わたしたちは現状を考えることにした。

 

 まず、ここはどこだろう?

 アイズが沈黙している。彼女ですら、現状を把握するのに時間がかかっているらしい。ひとまず自分なりに想像してみよう。

 考えられるケースはいくつかある。

 偽セリナの存在と、消え方がヒントになるだろうか。ああいう、魔導師をデータで再現したエネミーを、戦闘訓練で使うこともあると聞く。つまりここはシミュレーター空間か?

 あるいは……幻術のたぐい? あのとき開いた本が、ロストロギアだったとしたら。ここは本の内部空間かもしれない。昔、フェイトさんは闇の書の中に囚われ、そこではいないはずの人物が現れたという。それと同じケースかもしれない。

 

 で、あれば、こういう対処法を思いつく。

 ひとつ。

 シミュレーターの内部であれば、この空間には果てがあるはず。壁を探して砲撃でもぶち込んでみるのがいい。

 もうひとつ。

 人間を本のような小さい物体の内部に取り込み、さらに幻覚を見せるというのは、なかなかに高度な魔法だ。この「高度な」というのは、実現が難しいという意味。魔法という名の科学が牛耳っているこの次元世界で、うまいこと"魔法"をやっているといえる。

 しかし難しい術式は、内側から邪魔できるのならば脆いものだ。こちらがより強力な魔法を発動すれば、なんらかのほころびが生まれるはず。

 フェイトさんが闇の書の内部空間に囚われたときは、結界破壊機能をもつ魔法によって脱出に成功したようだ。その話も参考にしてみよう。

 ……つまり、そのへんに向かって砲撃でもぶち込んでみるのがいい。

 砲撃はすべてを解決する。

 

「アイズ」

 

 状況分析に努めていた愛機に声をかける。彼女は声は返さず、砲撃重視のバスターモードへと姿を変えた。主の意図がわかったのだろう。

 

「えーと、そうだな……」

 

 現状を打開するための魔法を選択し、名前を口にする。

 

「ディバインバスター・エクステンション・プラス」

 

 コマンドを受け、デバイスから術者への補助が始まる。

 魔法陣が足元に現れ、書き込まれた術式が物理法則に干渉。エネルギーが、真っ直ぐ前方に向けた杖の先に溜まっていく。

 狙いをつける必要はないので、そこの補助はカット。代わりに結界破壊の機能を盛り込んでいく。戦闘中ではないため、時間をかけて術式の処理を行うことができた。

 ……状況がわからない以上、カートリッジシステムは使わずなるべく弾を節約しておきたい。海上では回収も困難だ。しかし、結界破壊機能を付与するならば、それに足る出力も求められる。せめてチャージ時間を限界まで増やし、カートリッジの消費は一発に抑えよう。

 

「ロードカートリッジ」

 

 薬莢が排出される。再利用を考え、片手を伸ばしてキャッチを試みるが、空ぶった。カートリッジは海に吸い込まれていく。むなしい。

 気を取り直して両手でヴァーミリオンアイズを保持。砲身と化した彼女を強く握った。

 

《Divine Buster Extension》

 

 赤い閃光が、空を切り裂いていく。

 

 




「あれは……?」

 異常な反応を検知し、現場に向かっていた少女は、赤い光を見た。

「闇の欠片……なのかな。行こう、レイジングハート」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

GOD シークエンス2

【バトル2】

 

 ディバインバスターを撃ち放つ。

 赤い光が空を駆け抜け、どこかへ消えていく。

 ……壁にぶつかって打ち消された様子はない。

 シミュレーターじゃないのか? それで幻術系、でもないなら。どこかの世界に強制転移をさせられたということになる。

 通信は先ほどからアイズが試みているが、何故かどこにも通じないらしい。だとしたら、管理局で使われるSOS信号を飛ばしてみようか。

 そうだ、サーチャーであたりの様子を探るのも良い。

 いきなり戦いが始まったせいで混乱させられたが、帰還のために試すべきことはたくさんある。

 

「その前にもう一発うっとこ」

 

 なんかぶっ放し足りないよね。次は違う方向に撃ってみよう。

 

《マスター! 射線上に人がいます!》

「へ?」

 

 砲撃をぶっぱなす瞬間、警告が耳を打った。吐き出そうとした魔力が喉元でせき止められ、やや暴発しかける。アイズが発射機能にロックをかけたんだ。

 落ち着いて魔法を解き、エネルギーを霧散させる。敵かどうかわからない人に向けて撃つなど、あってはならない。アイズに感謝だ。

 やがて、わたしにも見える位置にその人物は姿を現した。同じように空を飛んでいる以上、相手は魔導師だろう。敵対行動を見逃さないよう警戒する。ゆっくりと近づいてくるその容貌は……、

 

「え……どういうこと……?」

 

 そう言ったのは、わたしではなく向こうだ。聴き慣れているものより少し高い声だった。

 白いバリアジャケットに、赤いリボン、金とピンクの杖。

 

「また偽物か。解除する必要はなかったな」

「わたしの闇の欠片、なの? でも、なんか大人だし……」

 

 髪型やバリアジャケットの意匠、手に持つレイジングハートさんからして、今度はわたしではなくなのはさんの偽物のようだ。しかも多分、小学生のときの外見。

 むむ、小学生の時のなのはさんを生で拝むのは初めてだ。当たり前のことだが、数年前の自分と本当によく似ていた。でもなんかオーラがあるよな。可憐さというか、強さというか、わたしには無かった雰囲気が。

 そんななのはさんをこれから撃つのは心苦しいが、まずは現状を切り抜けねば。

 デバイスをカノンモードに変え、華奢な少女に狙いをつける。

 

「……! レイジングハート!」

 

 奇しくも……いや奇しくもではないな。

 相手は、わたしと同じ構えだった。

 

『ディバイィィン……バスター!!』

 

 音と光と衝撃が、身体に響いた。

 撃ち切ったあと、すぐに位置を変え、体勢を整える。こちらにダメージはない。……相手も無傷だ。

 仕留めそこなった……どころの話じゃない。

 あのタイミングからわたしのバスターに射線を正確に合わせ、あまつさえ相殺しきった?

 訓練不足の日々でも、自分の武器たり得る砲撃だけは腐らせちゃいない。それが必殺技であり続けるように研鑽を積んでいるつもりだ。今のはノックアウトするつもりで撃った。

 手札を知っている自分の偽物なら、速射砲を避けられはするだろう。しかしあの切り返しはそれとはレベルが違う。本物のなのはさんクラスじゃなきゃできない芸当だぞ……!

 一流の剣士は剣を一度交えるだけで相手の実力を量るというが、まさに今それを体験した気分だ。ただし自分は一流でもなんでもないが。

 脅威の度合いを上方修正する。先ほどの弱っちい偽セリナのようにはいかないな。というかなんでわたしの偽物はクソザコなんだ? 悲しい。

 ……気合を入れ直せ。

 敵を見据えながら、デバイスを強く握りしめる。

 

《マスター》

「なんだ」

《彼女は先ほどのような幻術のたぐいではありません。会話を試みるべきです》

「………」

 

 えっ。

 

「あ、あの……」

「あ、ハイ……」

 

 対面の少女に話しかけられる。互いに武器を下ろし、わたしたちは自然と近づいていく。

 こちらから問答無用で攻撃したため、何の罪もないなのはさんのそっくりさんだとすれば、気まずい。基本目をそらしつつ、ちらちらと顔色をうかがう。

 ここまで近付くと、写真や映像でみた過去のなのはさんと全く同じ姿だとはっきりわかる。

 何と話しかけたものかこちらが悩んでいるうちに、やがて彼女は意を決したような表情になった。

 

「あの、ちょっと後ろを向いてもらっていいですか?」

 

 言う通りに180°回転する。……はっ! 何故従ってしまったんだ!? もしかしたら後ろから撃たれるかもしれない。

 思わず身を硬くしたところで、背中にぽすっと何かが寄りかかってきた。

 首をぐんとひねって横目で見るに、少女は何故かわたしに背中合わせで寄りかかり、片手で自分の頭とわたしの背中の高さをしきりに比べている。

 ……どうやら背比べをしているらしい。少女の頭はこちらのうなじにも届いていない。

 謎のひとときを終え、再び向かい合う。それにしてもなのはさんに似ている。

 

『あなたはまさか……』

 

 そっくりな声が重なる。まるでステレオだ。

 少女はわたしを指でビシッとさした。

 

「未来のわたし!」

「え!? ちがいます」

「え!?」

 

 わけのわからないことを言われたので、反射的に否定してしまった。今度はこちらが指をビシッとさす。

 

「なのはさんの新しいクローンの子!」

「え!? ちがいます」

「え!?」

 

 ちがうの!?

 

「未来……?」

「クローン……?」

 

 片や腕を組み、片や顎に指を当て、二人して考え込む。

 え、違うの? それ以外考えられなくないか?

 

「あ、あの……少し、お話しませんか」

「お話し……」

 

 それは、なのはさんのよく使う言い回し。

 彼女の言う通り。少なくとも今は、戦う場面ではないようだ。

 

 

「というわけで……今はシステムU-Dって子を捜索したり、闇の欠片を眠らせたり、未来から迷い込んだ人たちを保護したり……って感じなんです」

「ふーーーーん……」

 

 やべ、頭が疲れてきた。

 この話が本当なら、とんでもない異常事態だ。歴史に残るような事件かもしれない。

 だけどこんな話、知り合いの誰からも聞いたことがないし、前世の記憶にもない。

 リリカルなのはっていうのは色々メディアミックスがあったみたいだからな……ドラマCDのエピソードかな? あるいは、まだ読んでない方のコミックか……映画の新作かもしれない。ともかく、わたしの知識に無い出来事だ。

 さて。今の話が本当だとすると、自分の現状が見えてくる。

 つまりわたしは、いわゆるタイムトラベルをして、過去の海鳴市にいるということになる。

 

「なのはさんの言うことなら信じたいのですが……流石に荒唐無稽だ。時間を飛び越える魔法なんて、いくらなんでも聞いたことがありません」

 

 彼女には悪いが、まだ幻術空間である疑いは捨てきれない。

 

「あなたも、幻術や変身魔法で過去のなのはさんを象っている存在かもしれない」

「そんな……」

 

 偽物と言い切るには、ディバインバスターの威力はホンモノのそれだったが。

 

「とりあえずはあなたについていきますが、警戒する態度でいることをどうかお許しください」

「……わかりました」

 

 しゅんとした感じ。なんか心が痛い。

 

「その、あなたは未来のわたし……じゃないんですよね」

「はい」

「なら……あなたの、名前を教えてください」

 

 こちらの目を真っ直ぐに見て、そう言われる。

 優しい表情が、わたしの良く知るなのはさんと重なって、ドキッとした。

 

「セリナです」

「セリナさん! わたしは……」

「高町なのはさん」

「はいっ」

 

 可愛いなあ、小さいなのはさん。花の咲くような笑顔とはこういうもののことを言うんだね。

 先ほどはああ言いはしたが、正直目の前の少女にほだされつつある。

 このままこの海上に浮いていてもどうにもならないし、やはり彼女についていくのがいい、と思うんだけど、アイズはどう考えているかな。

 ちょうどそんなことを思ったとき、相棒が声を発した。

 

《魔導師らしき反応が2つ接近中》

「あ、それ、多分わたしの友達です。さっき通信で呼んで……」

 

 ヴァーミリオンアイズの警告に、なのはさんが答える。

 友達。ここが本当に過去の世界だとしたら、なのはさんの友達と言えば……。

 背後から、風を切る飛行魔法の音。誰かが来た。

 

「あっ、フェイトちゃん、ユーノくん」

「!!!!!!!!」

 

 そんななのはさんの声と視線につられ、首が180°回転した。

 

「え!? こわっ!?」

 

 顔を引きつらせた美少年がそこにいた。顔を引きつらせても美しいって何?

 やわらそうな金髪、翠色の瞳、美少女と言っていいその顔立ちに心臓が撃ち抜かれる。あと声。なんと可愛らしい音色だろうか。

 全身を見つめる。半ズボンで露わになった生足に目が行き、己の血流が加速していく。

 視覚と聴覚から得られる情報でわかる。この少年……ユーノさんだ。

 あと小さいフェイトさんもいた。お人形さんみたいでめちゃくちゃかわいい。

 

「は、その、すみません。失礼なことを……」

「ハァ……ハァ……ッ」

 

 なんだその、しおらしい態度……ちんまりして……存在が可愛すぎる……わたしを誘惑しているのか?

 

「もしかして、未来のなのは……?」

「ううん。その人はセリナさんっていうの」

 

 フェイトさんも、最初のなのはさんと同じようなことを言った。

 本当に過去の世界なのだろうか。

 

「いま、このお姉さんに現状を説明してたところなの。ふたりも手伝ってくれる?」

 

 そうして改めて、新たに現れたふたりの口からも、なのはさんの言うのと同じ事情が語られた。

 闇の欠片という、闇の書の残滓から生まれた偽物たちがそこら辺を徘徊している。

 闇の書の中に眠っていたという、システムU-Dと呼ばれる少女を保護したいが、まあハチャメチャに強い。トリプルブレイカー級の攻撃を受けて無傷。彼女が暴走すれば地球とその周辺の世界は消滅しかねない。

 今は未来から来た人達を保護しつつ、仲間たちと協力し、事態に当たっているとのこと。

 

「信じましょう。ユーノさんの言う事なら間違いない」

「ええーー!?」

 

 なのはさんが不満そうな声をあげた。

 思った以上にのっぴきならない現状である。トリプルブレイカーって、なのはさんとフェイトさんとはやてさんの合体技でしょ。あの星ごと吹き飛ばしそうな攻撃を受けて無傷って、ホラーか? 明らかに史上最強の敵だ。

 一応対抗策があり、今はその完成を待ちつつ、なのはさんの言ったように、闇の欠片を眠らせたりして回っているらしい。焦ってもやれることは変わらないようだ。

 ……わたしも時空管理局の一員だ。協力させてもらいたい。

 信頼してもらうため、こちらもある程度事情を話そう。自己紹介もしていない。

 

「わたしはセリナ・ゲイズといいます。なのはさんのクローンとして生まれた人間ですが、なのはさんにはとても優しくしてもらいました」

 

 そう話すと、3人はかなり驚いた様子である。反応したのはなのはさんのクローンという部分。そりゃまあ、驚くだろうなあ。

 こちらからすると、エースオブエースのような魔導師を量産するという違法な研究は、結構あちこちでやってるだろうなという感覚であるが、今はまだなのはさんは小学生だ。なぜ自分のクローンなんてものが生まれるのか、理由がわからないことだろう。

 それは聞かれれば答えるとして、今はもっと大事な部分を自己紹介せねば。

 

「あと、ユーノさんの将来の……」

「将来の?」

「でへへ」

「何? なんですか!? こわい!」

 

 やっぱり全部を言うのは恥ずかしいぜ。とりあえずこんなところで。

 おや、何やら落ち着かない様子だが、安心してください。きっと幸せな家庭にしてみせますからね。

 

「なのはの、クローン……」

 

 ……動揺した様子になったのは、フェイトさんだ。顔色が悪い。

 フェイトさんがこの手の話に敏感なのは当然だ。配慮が足りなかったか。わたしを生んだクローン技術はまさに、プロジェクトFATE――今彼女の頭をよぎっているだろう、フェイトさんの出生に関わる違法な研究だ。それがどこかで続いているかもしれないことは、大きなショックだろう。しかも親友のクローン。なんか存在していることが申し訳なくなってきた。

 せめて皆までは言うまい。

 

「フェイトさんにも、すごく良くしてもらいました。一番最初にあなたと出会えたから、今の自分がある」

「……そう、ですか」

 

 彼女も誰かのクローンとして生み出された人だからこそ、一番にわたしを保護しようと駆けつけてくれたことを、今でも忘れてはいない。まああの時は色々考えてオーリス姉さんについていったけれど。

 そんな感謝を込めて話しかけると、困惑しつつも微笑んでくれた。

 複雑そうな表情だ。聞かれれば答えるが、こちらからあれこれ伝えることはしないでおこう。

 話題を変えてしまうか。

 さっきから我慢していて、もう限界だ。

 

「ちょっと触ってもいいですか?」

「え、な、なにを!」

 

 手をわきわきさせて、ユーノさんをねめ回す

 うーん、余裕のない反応が新鮮でいいな。

 

「ダメですよ!」

「いいですか、フェイトさん?」

「どうぞ」

 

 許可が出たので、侵攻を開始。攻防の末、ユーノさんを背後から抱きかかえることに成功した。うーん、髪が良い匂い。

 ユーノ少年は身じろぎをして抵抗したが、わたしがぎゅっとすると緊張したように動かなくなった。横から顔を覗くと、少し赤らんでいる。よしよし。あててんのはわざとである。

 大人になる前の今の内からわたしに惚れさせるという狡猾な作戦だ。光源氏。

 

「ユーノさん。わたしのことはどうか、セリナお姉ちゃんと呼んでください」

「な、なぜ……?」

「呼ばないのなら、離しませんよ」

「……セ、セリナ、お姉ちゃん」

「ヌオオオオオオ!!」

「あ! ちょっ……ギブ!」

 

 何が起きているのかわからないが、今とても充実している。

 ハッ。もしや……いや、やはり、フェイトさんが囚われたという、自分の望む夢の世界へ誘う魔法を自分は受けているのだろうか?

 

「……むう」

 

 あっ、やばい。

 対面のなのはさんがなんか頬を膨らませているのを見て、戦慄する。瞬きの間にこれまでにないほど頭が回転し、冷や汗が出た。

 妬いてるっぽい顔だ。大人の方のなのはさんならともかく、このなのはさんはお年頃。あまり目の前でユーノさんにいつものようなことをやりすぎると、逆にユーノさんとなのはさんをくっつけることになりかねない気がする……!

 名残惜しいが、ユーノさんを解放することにした。

 

「ふう……」

「ふう……」

 

 ため息がふたつ。ひとつはユーノさん、もうひとつはわたしである。何か込められた意味が違うかもしれない。

 

「セリナさんは、その、わたしのあとに生まれたんですよね?」

「はい、もちろんそうですが」

「その、あの……なのはお姉ちゃん、って呼んでもらってもいいですか……?」

「ええ……」

 

 もじもじしながら言葉を紡ぐなのはさんは可愛らしいものだったが、言ってることがちょっとアレだった。

 さっきムッとしてたの、そんなこと考えてたの……?

 要求される側になってわかる恥ずかしさがわたしを襲った。いやあちょっと、それは。

 

「ふふ」

 

 くすりと、フェイトさんが笑った。

 

 

【バトル3】

 

 今の拠点は次元航行船のアースラだという。いざ転移をしようというときに、新たな人影が現れた。

 

「おや、あなた方は……」

 

 現れたその子のことを簡単に言い表すと、『黒いなのはさん』だ。

 今度こそ偽物だろう。デバイスを構える。

 

「シュテル!」

「ん?」

 

 知り合いか? 

 こんなそっくりさん、わたしの記憶にないが……。うーん、後で聞こう。

 というかなのはさん大丈夫かな。自分と同じ顔の人間に囲まれちゃったら、しんどい気分にならないだろうか。

 ちらりと様子をうかがってみる。

 

「きゅう~」

「ああっ、フェイトちゃん!」

 

 先ほどから静かだと思ったら、フェイトさんが目を回してしまっていた。そっちかー。

 いや無理もない。まだ心の整理をしている途中の時期だろうに、プロジェクトFが続いていることを示唆され、なのは顔が3人も揃ってしまったのだ。

 あまりわたしは近づかない方が良いだろうか。

 

「ふむ……」

 

 黒くてクールななのはさんと、目が合う。何やら考えるような間が空いた。

 

「ナノハ。師匠。先ほどぶりですね」

『師匠……?』

 

 なのはさんとわたしの声が重なり、間にいるユーノさんにステレオ音声を浴びせかけた。

 

「ナノハはともかくとして、なんでしょう、師匠。わたしというものがありながら、その女性は」

 

 なん……なんだと? え?

 

「ユユユユーノさん? 彼女とはどういう関係ですか?」

「そうだよユーノくん。いつの間に仲良くなったの?」

「いや! 話すのまだ2回目くらいなんですけど!」

「ほんとかなあ……」

 

 落ち着いたところで、少し話を聞いた。

 彼女の名はシュテルといい、姿はなのはさんのコピーだが明確に別人だという。闇の書の奥深くで眠っていた存在で、この事件の関係者らしい。

 より詳しい話はアースラで聞かせてもらおう。

 

「からかい甲斐のある方ですね。それでは、冗談はさておき」

 

 どこからどこまでが冗談なんだ……? わたしの第六感がこの少女を脅威判定しているんですけど。

 

「セリナ。ナノハの姉妹でしょうか」

「あ、ええと……」

「うん。セリナさんは、わたしの妹なの」

 

 妹にされている……!

 嬉しいけど、なんか恥ずかしい。

 

「彼女を保護するならば、あなた方は一度拠点に戻るのも良いでしょう。こちらはお任せを」

「シュテル、ありがとう」

 

 良い子っぽい。性格はちょっとファンキーだけど。なのはさんと同じ顔なのに、ギャップがあってなんともこう……魅力的に感じる印象がある。

 ここが過去の世界だとして……なのはさん達にこんな知り合いがいたなんて、聞いたことないんだけどな。いたらユーノさんをとっくにとられていておかしくない……。

 帰れたら、ユーノさんにこの事件のことを聞いてみよう。……帰れるのかな? 帰れるよね? でないと、ユーノさんが、わたしより年下になってしまう。

 ちらり。

 

「……? どうかしましたか、セリナさん」

 

 ……アリだな。

 いや! いやいや! だめだめ。あちらのユーノさんと……優しいひとたちと過ごした日々を、無かったことにはしたくない。

 あとあっちが年上じゃないとこっちから甘えにくいみたいなところあるじゃない?

 みんなの落ち着いた様子から、未来人については既に解決しているとみた。落ち着いた場所で改めて話を聞いてみよう。

 

「では、なのはとフェイトは、セリナさんをアースラへ。僕が転送するよ」

 

 え? ユーノさんは来てくれないの?

 シュテル氏とは二人きりにはしたくないんだが。

 

「さあ、一か所に集まって……ん?」

「待ってユーノくん、これは……」

 

 シュテルちゃんも含めて、自然と全員で一か所に固まる。

 新たな人影が現れたからだ。そしてそれは、今度こそ『闇の欠片』だった。

 なのはさんがさらに2人、出現した。表情には活力がなく、こちらをじっと見ている。いや訂正、5人だ。いや……、

 10人。20人。……待て待て。ストップ。

 気が付くと、数え切れないほどのなのはさんに、我々は囲まれていた。

 

「なんだよ、この数……!」

 

 思わず口調も荒くなる。こんなことがありえるのか? 

 これだけの戦力で対抗できる事件じゃない……!

 

「なのはさん、平気ですか?」

「う、うん。だいじょうぶです」

 

 よく見るとなのはさんだけではなく、わたしや、シュテルさんの偽物もいる。

 これだけ同じ顔が並ぶと……さすがにきついものがある。なのはさんは平気だというが、戦闘が始まればフォローに回ろう。……自分も同じ顔なので、良い気分ではないが。

 そうだ、フェイトさんは!?

 そちらの方に首を向けてみると……なんてことだ。あまりのことに、思わず口を手で覆う。

 

「し、死んでる……」

「ああっ、フェイトちゃん!!」

 

 フェイトさんは空中で白目を剥いて気絶していた。

 いや、シャレにならないこと言っちゃったな。デバイスが浮遊状態を保ってくれているのだろうけど、それがなければ海面に墜落してしまう。

 

「ユーノさん、フェイトさんをお願いします」

「はい」

 

 ユーノさんをフェイトさんのフォローに回し、こちらは残りの3人で対抗するしかない。

 最初に出会ったわたしの偽物もそうだったが、向こうからすぐに襲い掛かってくることはないらしい。だが、これだけの数に一斉に攻撃されたら、このメンバーでもひとたまりもないぞ。

 

「シュテル、なんでこんなにわたしたちの欠片が?」

「ナノハっぽい人物が一堂に会したのにつられて、集まってきてしまったのでしょう」

「そんな習性あるの!?」

「さあ……適当に考えました」

 

 あれ、関係者じゃないの……?

 

「あの子たちのことは良く知りません。年に一回、お年玉をもらうときにしか家に遊びに来ない親戚の子どもみたいなものです」

「うーん、それは知らないね」

 

 なんでそんな例えが出てくるんだ。なのはさんも納得してるし。君たちまだもらう側でしょ。

 

 さて……どうする。

 まともに相手するべきではないな。一旦逃げるべきだ。

 ユーノさんを見る。既に転移の術式を組んでいるようだが、間に合うか?

 もしその前に敵が動き出したら……やはり、二人の力が必要だ。

 そういえばシュテルのことをなんと呼ぼう。なのはさんには敬称をつけているわけだし、こっちもそうした方が良いかな。

 

「なのはさん、シュテルさん! 力を合わせましょう!」

「はいッ!」

「……!」

 

 む、返事がないが、ダメか? 協力関係ではないのか……?

 

「このシュテルさんにお任せください」

 

 心なしかドヤ顔に見える。気に入ってくれたっぽい。

 周囲を改めて確認する。頭上を闇の欠片たちが埋め尽くし、逃げ場は海中だけ。それも選択肢のひとつだろう。

 すぐに動けるように気を張る。

 ……なのはさんは強いし、シュテルさんも結構強そうな雰囲気だけど……今はわたしのほうが年上だし、局員としてのキャリアも上ってことになる。

 守らなければならない。

 

「まずい……!」

 

 ユーノさんの声がした。欠片たちが一斉に、杖をこちらに向けたのだ。

 転移は間に合わないのだと分かった。

 わたしはとっさに飛び出した。

 

「セリナさん!」

 

 なのはさんの声。力を合わせましょうなんて言っておきながら何も思いつかず無茶をするようなやつを、わたしの大好きな教導官は許さないだろう。

 闇の欠片たちの注意はうまく引けたようだ。数え切れない砲塔が、こちらへと向いた。

 頭の回転速度が急激にあがり、周りがスローモーションに見える。これは、やはり、判断ミスだったかもしれない。こちら側は防御力が売りのメンバーだった。4人で全開の障壁を張った方がよかったか――

 

「ママ! 危ない!!」

 

 知らないような知っているような、不思議な響きの声が、すぐ近くから聞こえた。

 ひどい炸裂音と閃光に、思わず目を閉じる。

 ……おかしいな。ダメージが無い。死んだか? わたし。

 

「……しまった。つい……」

 

 目を開くと、わたしを庇うように、ひとりの少女がそこに立っていた。

 ……誰だ? 声は似ているけど、なのはさんでもシュテルさんでもない。

 私達はイエローの防護膜で覆われていた。……今の一斉砲撃を、ひとりで防いだのか?

 彼女はぼそぼそと呟きながら、こちらを振り向く。ちらりと見せたその横顔は。

 

「金髪の……なのはさん……?」

 

 白を基調にしたジャケットとロングスカート。歳は自分と同じくらい。その顔は、さっきから気が狂うほど見ているものと、つくりが同じ。

 ただ、髪と瞳の色は……わたしやなのはさんではなく、わたしの大切な人によく似ていた。

 




あとがき
なのハーレム



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

GOD シークエンス3

「ええと、なになに……西暦2006年……」

 

 街中で見つけたニュースペーパーを注視し、今日の日付を確認する。

 人気の無い雑居ビルの屋上で、適当なところに腰を下ろしたわたしは、胸の首飾りに向かって助けを求めた。

 

「……って新暦何年?」

《新暦66年です》

「ずいぶん昔だねえ」

 

 証明はできないが、やはりここは過去の地球の可能性が高い。

 あまりこの星のことは詳しくないが、遊びに来たことはある。なのはさんやはやてさんの出身世界なのだ。一応、なのはさんとは親戚みたいなもので、ご実家に泊めてもらったこともある。

 さて。

 新暦66年といえば、わたしの生まれるだいぶ前だ。そしてこの時期、この世界にはもしかすると、あの人がいるかもしれない。

 

「若い頃のパパと会えるかもな」

《非推奨》

「わかってるって……」

 

 ここが過去の世界だとしたら、未来人があれこれ行動するのはご法度だ。どのタイムトラベルものでもそうなっている。

 あとなんか、知人の魔導師の偽物が大勢徘徊しているのだ。さっきシグナムさんの偽物に襲われた。ついに模擬戦では飽き足らず通り魔になったかと思ったよ。今、この街はそこそこ危険である。

 いったい何が起きているのか。事件の全貌がまったく見通せないが……お腹が空く前になんとかして帰りたいものだ。きっと家で、みんなが待ってる。

 わたしが一日でもいなくなれば、あの家族はやっていけまい。

 

《反応を検知》

「おっ。リオン、さすが」

《ナビゲートします》

 

 探させていたものを、相棒が見つけだした。

 それは、わたしがここへ転移したときと同様の転移反応履歴をもつ人間だ。すなわち、自分と同じように未来からやってきたと思われる人物。

 そんな人物がいるとしたら、自分と同様にこの事件の被害者であるか……そうでないなら、元凶だ。接触することで帰還のヒントを得られる可能性がある。

 では。緊急事態につき許可などは得られないが、飛行魔法を使おう。

 デバイスを戦闘可能状態へ移行。杖の形態となった相棒と、魔力を循環させる。

 母のものとよく似たデザインのバリアジャケットが、わたしの身を包んでいく。

 眼下の人々の目に映らないよう迷彩をかけ、屋上から飛び立った。

 

 

【バトル1】

 

「えッ……あなたは……なのはさん?」

『ううん、セリナさんじゃないかな?』

 

 反応を辿り、上空で出くわした人影はひとつ。聞こえる声はふたつ。

 見える姿は、自分と同年代……10代の半ばくらいの少年だ。銀の髪に、禍々しいデザインの防護服と剣を装備している。優男といえる顔立ちでありながら、肌のあちこちに刻まれた赤い文様がタトゥーのようで目を引く。

 こんな極悪人みたいな格好の知り合いは、ひとりしか思い当たらなかった。

 

 トーマさん、若っ。

 しかもへそ出しファッションだよ、センスやばいな。

 彼はおそらくトーマ・アヴェニール。そしてどこからともなく聞こえてくる女性の声は、彼と融合中のリリィさんで間違いないだろう。姿にも声にも面影がある。二人は特務六課で活躍していた、時空管理局のエース級魔導師だ。

 しかし二人の年齢を逆算すると、この時代に10代頃の姿なのはおかしい。転移反応のこともあるし、わたしと同様にいつかの時代から飛ばされてきたのかもしれない。

 

「でも髪の色が違う……ってことは」

『また偽物かな……』

「むっ」

 

 失礼な夫婦だ。わたしが母に似ているのではない、母がわたしに似ているのだ。

 ひとまず声をかけて情報交換でもと思ったが、気が変わった。

 それにわたしより過去の時代の人間だし、未来人としてあまり接触するべきではない。

 

「くそ、やれるか? ディバイドもうまく発動しないし……」

『偽物ならそんなに強くないはずだから、なんとかしよう』

 

 何、ディバイドが発動しない?

 ……チャンスか?

 このまま去っても良いが、日頃の恨みを晴らすまたとない機会な気がする。

 ボコるか。

 

「『ミリオンウェイズ』、ソーサラースタイルを維持」

《ナノマシンを起動しますか?》

「必要ない、トーマさんをボコボコにしたいだけ」

「今何か不穏な声が聞こえたんですけど!?」

「チッ……」

 

 耳が良いな。これだからエクリプスホルダーは。

 トーマさんは、エクリプスウィルスという兵器の保菌者である。

 このウィルスによって強化された人間は異常な耐久力や回復力を持つ。そして、その感染者のもつ最大の特徴が『分断(ディバイド)』というスキルである。

 これが実にクソみたいな、もとい、卑屈で陰険な技で、魔導師の使う魔法を無効化するのだ。攻撃も防御も。この時代のような、第五世代以前のデバイスや魔導理論では手も足も出ないだろう。それゆえ彼らは俗に『魔導殺し』などと呼ばれていた。

 アンチマギリンクフィールドが服着て歩いているようなものだ。憎たらしい。

 

「戦闘行動に移る」

《了承》

『トーマ、あの子に何したの!? ……エンゲージリアクト、スタートアップ!』

「心当たりがない! システムゼロ、ドライブイグニッション!!」

 

 魔導師の杖を握り締める。

 彼我の魔力が充実していく。戦いが始まった。

 

「シュートバレット」

 

 小手調べに直射魔法弾を全部で7つ、順番に放つ。イエローの魔力光が輝き、目標へと真っ直ぐ向かっていく。

 エクリプスホルダーはこんなもの、避けも防ぎもしない。大体のやつはそのまま突っ込んでくる。

 しかしトーマさんは律儀にひとつひとつ、躱したり剣で弾いたりと対応した。

 やはりディバイド機能に不具合があるようだ。わたしは思わずほくそ笑んだ。

 一か月かけて組んだ必殺魔法を「あ、つい……」とか言ってかき消されたあの日の恨み、ここで晴らさせてもらおうじゃない。

 

「アクセルシューター」

 

 誘導魔法弾。数も増やしていく。それをさばききれなくなり、トーマさんが焦れて隙の大きい攻撃をしかけてくるのを待つ。

 相手の得物が剣であるため、距離を取った射撃魔法で攻めている……そう思わせておく。

 誘導弾を制御しているふりをして、わざと攻撃に間をあける。それを見たトーマさんは、大型の剣を腰だめに構えた。

 

「シルバーハンマーッ!!」

 

 銀色に煌めく直射砲撃がこちらへ迫る。航空剣士と見せかけて、彼の保有魔法はオールレンジに対応していた。

 (というかエクリプスホルダーは大体そうだ。なぜならば、彼らの操る『ディバイダー』という武器は、銃剣型。遠距離攻撃にも適しているらしい。あの大剣もよく観察すると持ち手にトリガーがあり、刀身の芯は銃身にもなっている。)

 読み通りの一手に、用意していた魔法を起動する。

 デコイの魔力球をその場に残し、高速移動魔法を発動。着弾時の炸裂反応を利用しつつ大きく相手の視界から外れ、そして背後へと回り込む。

 ――このまま蹴り落とすッ!

 高速移動の勢いに身体のひねりを加えた、魔力付与打撃を放つ。狙うのは相手の腕だ。

 

「……!」

「ぐうッ……!」

 

 必殺のつもりで繰り出した蹴撃はしかし、頑健な剣に阻まれていた。

 咄嗟に攻撃を察知されたのか。無理な姿勢でこれを防ぐとは、さすがは未来のエース。同じくらいの歳なら楽勝だと思っていたがなかなかやる。

 しかし、脚を受け止められても、この腕と杖はフリーだ。

 

「ソニックシューター」

「ぐあっ!?」

 

 脚と鍔迫り合いをする剣を無視し、相手の身体に杖の先端を近づける。

 銃身と化したそこから、速射弾を数発叩き込み、トーマさんを吹き飛ばした。

 ……しかしどうやら、ソニックシューターでは大したダメージを与えられなかったらしい。

 

「今の、スゥちゃんと同じ技……ストライクアーツだ」

『ミッド式の子があんな格闘戦技を使ってくるなんて……』

 

 トーマさんは体勢を立て直し、こちらへと向き直る。その様子は、そう、ピンピンしているとでも表現しようか。

 せっかく接射距離まで持ち込んだというのに。今の攻防は、砲撃でも準備しておくべきだったかな。あるいはうまく顎に当てていれば……。

 ともかく仕切り直しだ。

 次の術式を頭の中で走らせる。わたしは杖を相手に向けた。

 

 

 開始から数分経った。わたしのいつもの勝ち方を考えると、あまりよろしくない経過だ。

 魔法戦の技術や経験は、おそらく自分の方が上回っている。

 負けているものがあるとしたら、身体の頑丈さや体力、つまりは継戦力だ。わたしに足りない能力ではあるが、相手も相手だ。トーマさんときたらこの時期からゾンビのようなしつこさである。

 ここまで決定打をうまくしのがれ、いつからか長期戦に突入していた。焦りや疲労を顔に出さないようつとめているが、もろに自分の弱点を突かれているような状況に、内心歯噛みする。

 実力では負けていない。相手の手の内も一方的に知っている。

 そのうえで自分からケンカをふっかけて、この体たらくだ。

 大人たちに言われているとおり、自分は未熟だった。

 

 ……だからこの戦いはきっと、自分の力につながる。

 トーマ・アヴェニール。彼は若い姿でも、自分にとってはやはり教官なんだと思った。

 

「クリムゾン……」

 

 トーマさんの発声を耳が拾い、身構える。

 

「スラーッシュ!!」

 

 剣を突き出しつつこちらへ肉薄する、突進術。

 だが遅い。カウンターの餌食だ。

 速射砲撃を装填。トリガーワードを口にすることで、イエローの太い光線が相手を飲み込む。

 

「な……!?」

「でやあああああっ!!」

 

 炸裂しない。

 気合と共に近づいてくる声。

 砲撃が……切り裂かれている!?

 放射を中止すると、敵がすぐ目の前に姿を現した。

 ここにきて、ディバイドを成功させた……文字通り、砲撃を断ち切ったのだ。

 

「リボルバァーーッ!!」

 

 だが、わたしも接近戦は望むところ。

 砲撃を切り裂くために上段から剣を振り抜いた姿を確認し、身体をひねりつつ身一つ分浮き上がる。

 ――リボルバー・スパイク!

 そのまま回転するように、蹴りを放った。

 

「く……!」

 

 また、この感触。

 硬いものに阻まれる、わたしの脚。

 しかし先ほどと違って、防いだのは剣ではなく……

 銀色に淡く光る、『本のページ』だった。

 

「いくぞ、銀十字」

 

 こちらに背を向けたまま、彼は低い声を響かせた。

 

「ううおおおおおおおッ!!」

 

 嵐に吹き飛ばされる。

 見えたのは一冊の本。そこから無数に現れたページが竜巻のように荒れ狂い、わたしの動きを妨害する。

 知っていた。強力なEC保菌者(エクリプスホルダー)は、魔導書型の支援機を戦闘に使用する。そのページは一枚一枚が盾であり、刃である。

 腕で顔を覆い、目をなんとか開き続ける。わたしを吹き飛ばしたページたちはやがて、いくつかの輪を作るように整列していた。

 これは、魔導師の環状魔法陣と同じ、砲撃魔法の威力や飛距離を伸ばす、砲身の役割を果たそうとしている。

 ……輪の向こうでは、やはり。

 彼がこちらへ、剣の切っ先を向けていた。

 

「――『ディバイド・ゼロ』ッ!!」

 

 極光が視界を埋めつくした。

 

 

「やった、か……?」

『トーマ、やりすぎじゃ……あの子、偽物じゃないみたいだったよ』

「ええっ!?」

 

 その通り。

 やってくれたな。

 乙女のバリアジャケットがボロボロだ。リリィさんに告げ口しよう。

 本人たちはやりすぎだと思ったようだが、ディバイド機能が付与されていなければ、トーマさんの必殺技もただの、ものすごい砲撃だ。わたしなら防いで見せる。魔力はずいぶん削られてしまったが。

 煙を引き裂き、最高速度でトーマさんへと墜落する。

 大技を受けたのだから、今度はこちらの番。そしてその次のターンはない。今こそが最初から狙っていた、大きな攻撃の隙!

 

「NMカートリッジ2番、ロードッ!」

《使わないはずでは?》

「うるさーい! 使う!!」

 

 相手がディバイドしてきたんだからこっちもズルして良いに決まってる。

 リオンがカートリッジを消費した。調整された魔力の波動が、体内のナノマシンに命令を与える。効果時間は数秒間のみだが、超高速戦闘を可能にする。

 トーマさんの眼前で急制動をかける。

 目が合った。呼吸を止めたような、息苦しい一瞬の間。それはわたしにとって何秒にも感じられた。

 杖を手放し、身体を沈めて拳を握る。

 

「!? しまっ――」

 

 腕を振り抜き、剣のガードを弾く。

 相手の腕を捕まえ、その場を中心にグルグルとスピン。放して投げ飛ばす。

 まだだ。

 投げたものより速く飛び、後ろへ回り込む。両拳で金槌をつくり、殴り飛ばす。

 回り込み、蹴り飛ばし、回り込み、また殴り飛ばす。残り5秒。何回でも。

 残り1秒。その辺に浮いていた杖を掴み、トーマさんへと向ける。この連続攻撃で頑丈な彼もさすがに動きが止まっている。目はこちらを捉えているが、これで最後だ……!

 ゼロ。

 今! 必殺の! あの日通じなかったわたしのオリジナル必殺魔法!

 

「アクセルディバインエクシードウルトラインフィニティミライスペシャルッッッ!」

「う、うわあああ!! なんかすごそう!!」

「スマッシャーーーッッッ!!!」

 

 全力全開の一撃。極大の砲撃魔法があたりの雲を吹き飛ばす。

 重い音が響く。わたしのデバイスが排出した余剰魔力の煙と炸裂した砲撃の効果で、一度真っ青になった空にまた、もやがかかっていた。

 

「ハァ、ハァ」

《ナノマシン効果時間終了。1時間以上の休息を推奨します》

 

 言われるまでもない。あとはトーマさんが墜落しないように助けるだけだ。

 煙が晴れる。

 

「あ、あれ……? ディバイドできた。ラッキー」

「……」

 

 …………。

 

「ストラグルバインドEC」

「うわ!? なんだこれ!?」

 

 微妙な空気の間が空いた隙に、捕縛魔法を発動。

 黄色い光のつるが五体満足のトーマさんをがんじがらめに縛っていく。

 

『トーマ、これっ、解除も分断もできない……!』

「な、なんでー!?」

 

 当然だ。対エクリプス感染者用に開発したバインドである。逮捕とかに使うやつ。

 動けなくなった相手の元へ近づいていく。

 

「あなたの負けです。これに懲りたら、少しは後輩への指導をやさしくすることです」

「は、はい……?」

『わかりました……?』

「ふんっ」

 

 杖をトーマさんの頭に振り下ろす。ゴンと音がした。

 

「ああっ、トーマ!?」

 

 捕縛を解くと、すぐにリリィさんが姿を現した。かなり美少女だった。若い。同じ年頃のはずだがわたしよりお姉さんみがある。

 こいつらこんな若いときからイチャイチャしてたのか。どんだけ長く新婚さんだ。

 治療と防護の小結界を、気絶したトーマさんとあわあわしているリリィさんを包むように施し、浮遊魔法を使って二人を人気の無い場所で降ろす。あとはリリィさんがいれば大丈夫でしょう。

 わたしは休憩がしたい。

 

「フッ……試合には勝って……勝負に負けた、か……」

 

 エクリプスウィルスはこの世から殲滅した方がいい。

 そう想いを新たにして、わたしはその場を後にした。

 

 

【バトル2】

 

 まさかこの人と出くわすことになるとは。

 わたしの眼前で警戒した様子を見せる少女を観察する。金の髪をサイドでまとめ、すらりと長い手足は隙を見せまいと強張っている。紅と翠、二色一対の瞳が、同じようにこちらを観察していた。

 間違いなく、高町ヴィヴィオ。わたしの憧れの人だった。

 そしてやはり、わたしの知る彼女より若い。またしても同い年くらいに見える。

 

「あなたは……なのはママかセリナお姉ちゃん? ……ううん、違う」

 

 この顔と今の状況だ、さきほどのトーマさんたちも含めて、わたしを偽物と間違えるのは仕方がない。

 それが誤解であることは、こちらが話せばすぐにわかるはずだ。

 彼女の目を一瞥する。

 わたしは下を見て、降下を始めた。

 眼下の街の、面積の広いビルの屋上へ降り立つ。

 

「も、もしかしてお話してくれる気になった?」

 

 追いかけて降りてきたヴィヴィオお姉ちゃんが声をかけてくる。

 そうだ。わたしたちが戦う理由は全くない。

 だけど……

 

 この機会を逃してどうする。

 

「封鎖領域」

 

 外部からの破壊に強いタイプの結界を張る。しばらく邪魔は入らないはず。

 自分が閉じ込められたことに気付いたお姉ちゃんは、警戒の色を強めた。

 それでいい。

 目の前の、わたしと同じくらいのときのヴィヴィオお姉ちゃん。

 そんな存在と戦える機会など、今このとき以外にありえない。

 この人は今、どれくらい強いのか。そこにわたしの力は通じるのか。確かめずにはいられない。

 偽物と勘違いしてくれたなら好都合だ。優しい彼女でも、きっと戦ってくれる。

 

「『ミリオンウェイズ』、ファイタースタイル」

「ファイター? 魔導師じゃない……!?」

 

 手の中にあった、魔導師の杖が消えていく。

 代わりに、手足を守る籠手や薄い装甲が、虚空から現れた。

 拳を、脚を、身体をぶつけ合うための装備。

 今は、あなたと戦うための姿だ。

 

《ナノマシンを起動しますか?》

 

 そこに、相棒が水を差した。

 ミリオンウェイズが言っている、NM(ナノマシン)カートリッジ。

 元はエクリプスウィルスに対抗して作られた装備だ。機能としては、強力な自己ブーストに加え、分断を無効化することができる。

 仕組みを簡単に言うと、カートリッジをロードすることで、あらかじめ設定した命令コードが魔力を介して体内のナノマシンへと送られ、特定の効果を使用者に与える。

 ロードするカートリッジの種類によってナノマシンの挙動は変わるため、自己ブーストの数値を細かく振ることも可能だ。防御力強化、近接戦強化、射砲撃強化など……その辺は一般的なブースト魔法と同じ。任務によって使い分ける装備である。

 今わたしの使っているものは、速度強化の割合が高い。また、カートリッジに振られた番号ごとに制限時間とブースト上限を決めてある。1番なら魔法一発分、2番なら数秒のブースト……といった具合。身体に負担を残さないことに重きを置いた設定だ。

 

 とまあ、一言でいえばドーピングだ。

 ならば、この勝負では当然。

 

「使わない」

 

 任務でもないし、ズルもしたくない。今は必要のないものだ。

 さて、こちらの準備は完了した。

 

「あの、あなた……なのはママでも、セリナお姉ちゃんでもない、よね? もしかして……」

 

 拳を握る。

 身体に魔力を漲らせる。半身を引いて構え、相手を、まっすぐに見る。

 それで、ヴィヴィオお姉ちゃんの顔から困惑が消えた。

 視線が交わる。わたしたちの勝負が始まった。

 

 

 何度も拳や脚をぶつけ合う。

 体感では、そろそろ3ラウンドめくらい。

 目の前の彼女はやはり、魔力も筋力も柔軟さも技も、未来の姿に比べれば未熟だ。ポイント制の試合ならば、ここまでの有効打の数はこちらが上回っているだろう。

 だけどその『眼』は常に、わたしの繰り出す手足を『見て』いた。

 カウンターヒッターに必要な資質、相手の動きを見切る眼と読みを、この人は拓きかけている。

 単調な攻めをしてしまえば、やがて逆転を許す。動きを徐々にこちらに合わせつつあるのが明らかにわかる。

 

 ……今だ! 腕が下がって、顔が空いている……!

 

「ッ――!?」

「ぐっ……!」

 

 ここにきて、はじめての衝撃にぐらつく。

 こちらの拳にも手応えがあった。でも、顔をしたたかに打たれた。拳によるクロスカウンターか、膝か。

 強打のぶつかりあいによるものか、気付けば互いの距離が開いていた。

 ――その間を、黄と虹が混ざり合うように輝く魔力スフィアが埋める。

 

「「ディバイン――!」」

 

 膝は付かない。

 揺れる脚と脳みそに気合を入れ、拳を振りかぶる。

 

「「バスターーー!!!」」

 

 二つの声が重なり、二つの拳が叩きつけられる。

 閃光の雪崩に、わたしは押し飛ばされた。

 

「こほっ、はっ、はっ」

 

 まだまだ、ダウンには早すぎる。

 体勢を立て直し、立ち上がって前を見る。

 ヴィヴィオお姉ちゃんも同じように、ゆっくりと、だけど力強く脚を地面に張った。

 そして、にっと笑った。

 

「………」

 

 わたしもきっと、つられて笑っていた。口の端と、心臓が変な感じだ。

 これは試合だけど、試合ではない。笑みを咎めるものはいなかった。

 

 ここからは第4ラウンド。

 格闘戦だけじゃ満足できない。いい頃合いだ、今の彼我の距離を使わない手はないだろう。

 足元の地面に、黄色く輝く魔法陣が張り付けられる。

 やがていくつかの弾丸が、わたしの周りに現れた。

 ヴィヴィオお姉ちゃんの対応は遅い。こちらから行かせてもらおう。

 

 弾丸が解き放たれる。それぞれが空間をジグザグに縫うように、相手へ殺到していく。

 ……その隙間をかいくぐるように、ヴィヴィオお姉ちゃんはあの眼とステップで、次々と回避して見せた。

 しかし。

 このクロスファイアーシュートは、あらかじめ設定した弾道を高速でなぞる。

 そうやって紙一重でかわすと――逃げ道は、わたしの決めた場所へ限定される。

 

「せえっ!!」

 

 ノックアウト狙い、大ぶりの蹴撃。それは彼女の腕を打った。

 決まらなかった。すこし驚く。いや、ヴィヴィオお姉ちゃんならこれくらい。

 ……受け止められたが、ダメージは与えられたはずだ。このまま攻め手に回る。

 腕を抑えつつも闘志を失っていない相手に、もう1度魔法弾を見せつける。

 

「ジェットステップ――!」

 

 二度は通じないか。

 もう距離は開けまいと、移動系の魔法で追いつめてくる。

 それは正解だ。接近戦に持ち込まれればもうそろそろ、わたしの動きなど見極められてしまう。

 だが、正解なのはこちらにとってもだ。

 勝負を決めるのは今。そう定める。

 

 距離を詰めてくるのは想定済み。この弾はさっきの技とはちがう設定にしてある。

 目の前の空間を八つ裂きにする弾道。全身メッタ打ちだ。

 

 ――息を呑む。

 弾丸が切り裂いた空間に、彼女の姿はない。

 踏み出した脚を起点に回転し、こちらの左側に回り込んでいた。

 まるでダンスのような一瞬だ。

 

 相手もここでこちらをノックアウトするためか、大きく拳を振りかぶっている。

 だけど。わたしが捉えている以上それは致命的な隙だ――!

 一発残していたシューターを解き放つ。

 ガードのない顔面を、弾丸が撃つ。

 

「っ……!」

 

 魔弾は、届いていなかった。障壁に阻まれたのだ。

 ――ピンポイントバリア!

 フィニッシュ足りえる魔力を注いだ弾を完全に防ぐような魔力は、ヴィヴィオお姉ちゃんには残っていないはずだ。

 これは、セイクリッドディフェンダー……! 本来なら防御魔力を身体の各部へ適切に割り振る魔法だけど、それを顔の前に一点集中したんだ。わたしがボディを攻撃していればここで終わりだった。

 こんな無茶な使い方を、彼女もしていたなんて。わたしには説教してたのに。

 

「アクセルスマッシュっ!!」

 

 様々な色が混じったような光が瞬く。その拳の煌めきは、いつかの誰かが虹色と例えた。

 この一撃で、決まる。

 ……やっぱりヴィヴィオお姉ちゃんが大好きだ。なんだか嬉しくなって、あとそれと、誇らしい。

 わたしたち、考えることは同じ、だったみたい。

 

 割ける魔力の多くを顔面に集中させて形成した、狭い障壁が彼女の拳を阻む。

 防御の硬さなら、きっとあなたにも負けない……!

 

「アクセル――」

 

 光が拳に集う。

 幼い頃にテレビの前で、何度も真似した技。

 

「スマッシュ!!」

 

 腰にためていた右腕で、あごを撃ち抜く。

 自分でくらったことはあまりないはずだ。

 ……相手が、膝をつく。

 立ち上がろうとしているのか、しばらく身体が震えていた。

 やがてふらりと、前のめりに落ちていく。わたしはその身体をそっと受け止めた。

 

 食らう寸前のお姉ちゃんはかなり驚いた表情をしていた。虚を突かれるほど意外だっただろうか。だけどこの技は必然だ。

 わたしはあなたの一番のファンで弟子。メインスタイルはカウンターヒッターなんだから。

 

「……ん?」

 

 少しの達成感を覚え、息を整えていると、腕の中のヴィヴィオお姉ちゃんが発光した。眩しくて目を細める。

 目を開けると。

 自分よりうんと幼い子どもが、腕の中にいた。

 

「?????」

 

 あとなんか、どこから現れたのか、可愛らしいウサギのぬいぐるみが慌てて少女を介抱しようとしている。

 もしかして。

 

「ヴィヴィオお姉ちゃん……?」

 

 わたしと同じ年頃ではなく。

 まだ初等部くらいの頃の、お姉ちゃんなのか?

 

『……!!!(たえまない やさしさ)』

 

 そしてこのウサギ、もしやヴィヴィオお姉ちゃんのデバイスのセイクリッドハートだろうか。

 こんな可愛らしいぬいぐるみを抱く年少の女の子を、わたしは無言でボコボコに……。

 

『……!(けんめいな いつくしみ)』

 

 罪の意識にさいなまれながら、ウサギと一緒に、気絶したヴィヴィオお姉ちゃんを膝枕しつつ治療していると、やがて新たな登場人物が現れた。結界を解いたので、反応を拾われたのだろう。

 ええと。あの碧銀の髪とオッドアイは、もしや……

 

「あ、チャンピオン」

「あなたは……ヴィヴィオさんに何を!?」

 

 ワールドランキング常に上位、常勝の覇王ことアインハルト・ストラトスさんの子どもの頃に間違いないだろう。

 今や強者揃いの流派として有名な覇王流(カイザーアーツ)の元祖といえばこの人だ。こんなお人形さんみたいに可愛い人が、あんな無敵ゴリラ人間になるのか……。

 わたしは武器を持っていないことをアピールしつつ手招きし、アインハルトさんを隣に座らせた。そしてヴィヴィオお姉ちゃんを、彼女の膝に預けた。

 

「えっ? えっ?」

 

 ふふ……もはや動けまい。わたしを追うことはできぬ。

 治癒結界を施し、わたしは悠々とその場を去った。

 ……お姉ちゃん、ゴメン。というかあの歳のお姉ちゃんと今のわたしで互角かあ……。

 帰れたらきっと、久しぶりに稽古をつけてもらおう。あまりに精進が足りないな。恥ずかしい。

 でも、楽しかったな。

 

 

【バトル3】

 

 ついに遭ってしまった。いや会ってしまった。

 わたしと同じくらいの歳で、顔もそっくりな女の子。

 本人はよくなのはさんと間違えられたなんて不遜なことを言っていたけれど、表情を見れば一発でわかる。

 ……ママだ。

 この時代、私と同じく生まれてもいないはずのママがそこにいた。

 しかも過去のパパやなのはさんたちとにこやかに談笑している。

 思わず頭を抱えた。こっちは迷彩で姿を隠して、探知にもひっかからないよう気を遣ってるっていうのに。この人はほんと考え無しだ。

 

 どうする。とりあえず連れ去るか? わたしがママと接触するのも良くないし、変身魔法で姿は変えた方が良いかな。

 会話を盗み聞きしたところ、みんなは拠点としているアースラという巡行艦に戻るらしい。ママはノコノコとついていく気だ。一挙手一投足が歴史を変えてしまうかもしれないことをわかってほしい。

 

「待ってユーノくん、これは……」

「なんだよ、この数……!」

 

 母親が間抜けなら、娘もまた……ということだろうか。

 彼女たちに近づいてうんうん頭を捻っている間に、わたしたちは多数の敵生体に囲まれていた。

 なのはさんの偽物の群れだ。可愛い顔なのはよく知っているが、これだけ並ぶと気味が悪い。脅威としても恐ろしく、冷や汗が身体を流れる。

 対応できるように、いくつかの魔法を準備する。できれば姿をさらさずに済ませたいが……。

 

「セリナさん!」

 

 誰かの声に反応し、あの人を見る。

 一斉に砲塔を向けてきた敵に対し、無策につっこんでいくバカ者の姿が目に映る。みんなを庇うためだろう。

 気付けば、声を張り上げていた。

 

「ママ! 危ない!!」

 

 通常のカートリッジを消費。準備していた4つの魔法のうち2つをキャンセル。

 今持てる魔力をつぎ込み、みんなを守る防護膜を展開した。

 ……間に合った。防御力には自信があるが、展開速度には限界がある。

 肩越しに後ろを見て、無事な姿に安堵した。

 安堵した。

 安堵すると、だんだん、現状が、襲ってくる。

 

「……しまった。つい……」

 

 素っ頓狂な顔をするママを見て、頭をかく。姿を見せてしまった。

 ………まあいい。あとでなんとかしよう。

 今は敵を退けることが先決だ。

 

「NMカートリッジ1番」

《了承》

 

 魔力をほとんど絞り出したはずの身体から、力が噴き上がる。

 そのエネルギーと出力で、ひとつの魔法を発動した。

 

「アクセルシューター・バーストシフト!」

 

 百を超える数の魔弾が、わたしの周りに並ぶ。

 一発につき一体、すべての敵生体をロックオンする。

 ヒートアップする脳と身体。魔法が完成し、わたしはトリガーを口にした。

 

「ファイアーッ!!」

 

 花火のように魔法弾が散っていく。

 貫かれた偽物たちが一つ残らず消滅するのを確認し、わたしはひとつ息をついた。

 

「あれ……」

 

 すこしふらつく。あまりしない魔法運用をした。

 空中で揺れるわたしを、誰かが抱き留めた。

 

「大丈夫?」

 

 顔を上げる。鏡で毎日見たような顔だった。

 だけどそれは鏡よりもずっと、何年も近くで見ていた人の顔だ。

 

「………」

「あいた!? な、なんで……!?」

 

 指でおでこを弾く。なんかむかついたので。

 それから少しの間、疲れを癒したくて、わたしはママにくっついていた。

 

 




人物紹介(新暦??年)

ミライ・スクライア
 金髪でジト目の高町なのは。
 頭の出来は父親似、一番得意な魔法は防御や結界のたぐい。
 時空管理局・地上部隊所属。武装局員、無限書庫司書、デバイスマイスターなどの資格を持っている。格闘競技選手の経験がある。
 憧れの選手の技を自分の魔法戦技に取り入れるのが好き。スポーツマンシップは無い。
 勉強のできる脳筋。
 デバイスは自分で作った。
 弟と妹がたくさんいる。

高町ヴィヴィオ
 ストライクアーツの名選手。上位選手との魔力量や筋力などの差を撥ね退けて勝利を獲る姿は、多くのファンを熱狂させた。

トーマ・アヴェニール
 あまりにも強すぎるオッサン。一生新婚。

セリナ・スクライア
 よく娘の姉と間違われるためか、自分のことを若者だと思っている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

GOD ファイナルシークエンス

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!






「……ん、んんっ」

「………」

 

 ここはアースラの休憩室。

 一緒にここへ通され、今は対面で椅子に座っている少女を、わたしは腕組みの姿勢でじろじろとねめつけていた。

 この子はさっき、強烈な魔法行使によって、闇の欠片に襲われるわたし達を救ってくれた子だ。感謝こそすれ責めるようなことにはならない。そう、責めてはいないのだ。

 ただこの子、先ほどから一切わたしと口を利こうとしない。その割には話したそうにもじもじしているのが見ていてモヤッとする。何度も声をかけているが、返事が返ってこないので、自然とこんな空気になった。まあ、もどかしそうな表情を見るに、何か事情でもあるのかもしれない。察してあげるのが大人ってもんかな。

 ……しかし、それにしても。

 先ほどからチラチラ合う深緑の瞳。優しい色合いのブロンドヘア。しかし顔はなのは系列……。

 何者なのか気になり過ぎる。

 それに彼女、思い返せば決定的な単語を口走っていた。我々が悪のなのは軍団に襲われ攻撃を受ける間際。誰かが「ママ、危ない」と言ったのだ。

 誰かさんを彷彿とさせるカラーリングと顔、この時代に集まりつつある未来からの来訪者たち、そしてママ。

 気になる。そう。

 ……ユーノさんと、一体、誰の子どもなのか……ッ!

 

「わー、ここがアースラかあ」

「ヴィヴィオさんのお母様たちと共に戦ったという、あの……」

「中は少し古いけど、ヴォルフラムと似てるな」

「同じ管理局の船だからかな?」

 

 沈黙を切り裂くように部屋のドアが開き、新しい人たちが入ってくる。

 管理局の人たちではない。4人の少年少女だった。というか、あの子たちは……

 

「あ! ヴィヴィ」

「「ああーーーッ!」」

「オッ……おう?」

 

 ヴィヴィオと、どこかで顔を見たことがある少年が、ふたりで大声をあげて指をさしてきた。わたしの目の前に座る少女に向かって。

 

「ひゅ、ひゅー」

「口笛が下手!」

 

 少女は顔を背け、くちびるをとがらせた。何かやましいことでもあったのだろうか? それにしても口笛が下手。実は面白いなこの子?

 混乱の予感がして、わたしは場を落ち着けるため、とりあえず口を開いた。

 

「ええっと。ヴィヴィオ、それにアインハルト。ごきげんよう」

「えっ……セリナお姉ちゃん!? どうしてここに……もしかして、一緒に未来から?」

「ヴィヴィオさんのお知り合いですか? え、ええと、あの……初めまして?」

「ガーン! 忘れられてる!?」

 

 変な雰囲気になってきたので、まずはあいさつを飛ばしてみた。

 しかしアインハルトが知らん人に会ったみたいな顔で返答する。なんで! 先月もチーム模擬戦したじゃん!

 

「セリナさん、ご無沙汰してます」

「無限書庫ではお世話になりました」

「……あーっと、どちら様だったかな? あはは」

「ええ!! 忘れられてる!?」

「一緒にお料理のお話とかしたのに……」

 

 続けて話しかけてきた美少年と美少女のペア。同年代くらいと見たが、ううむ。こんな知り合いがいたら忘れそうにないのだが。

 いやでもこの少年の顔どっかで見たことある気が……。しばし頭の中をぐるぐると探る。

 やがて誰かに見せてもらった、1枚の写真が頭に思い浮かんできた。

 

「……ああ! スバルさんのとこの、トーマくん?」

「おおっ! そうです、トーマ・アヴェニールですッ」

「思い出して頂けたんですね!」

「いや……そこの美少女はわからん……」

「なんでーっ!?」

 

 涙目になるロングヘアの少女。可愛い。

 実にいじり甲斐がありそうではあるが、これは不本意なそれである。本当に記憶がないのだ。少年の方は、スバルさんが数年前に保護し、それからずっとナカジマ家とつきあいのあるトーマくんだというのを思い出したのだけど。

 

「あ、あの」

 

 にわかに騒がしくなってきた部屋で、ついにあの子が口を開いた。

 遠慮がちに、しかし咎めるような口調で彼女は言う。

 

「それ以上話さない方がいい。皆さんは、自分が新暦何年からやってきたのか、わかっていますか?」

 

 全員が顔を見合わせる。

 

「新暦79年」

「80」

「82年」

 

 上からヴィヴィオ、わたし、トーマくんの言葉だ。

 ……なるほど。

 アインハルトから見ると、わたしとはまだ知り合っていない。トーマくんの連れの子には、わたしはこれから出会う未来があるのだろう。

 この時代に飛ばされたことで、互いにフライングしてしまったというわけだ。

 

「あなたは、いつから来たの?」

 

 皆が疑問に思ったことを、ヴィヴィオがあの子に問う。

 

「……言えません。未来が変わってしまったら、みんなとは会えなくなるかもしれない」

「じゃあ、ここにいるみんなとは、知り合い?」

 

 ヴィヴィオが重ねて聞く。少女は順繰りに顔を見て、最後にわたしの顔を眺めてから、頷いた。

 

「……なんだって! セリナお姉ちゃん」

「うむ。わかったわかった」

 

 大仰に頷いてみせる。ならば深くは聞かない。

 しかしまあ、自己紹介くらいはしてほしい。お互い何て呼べばいいか困るからね。

 

「わたしはセリナ・ゲイズ。みんなよろしくね」

「高町ヴィヴィオです! 押忍!」

 

 意図を察したヴィヴィオが続く。他の3人も、流れに乗ってくれた。

 名前の知らない美少女は、リリィさんというらしい。スバルさんに目をかけてもらいながらあんな可愛い彼女がいるとはな。トーマくんは罪な男のにおいがする。

 最後に、みんなの視線があの子に向いた。

 彼女はうんと悩み、最後にため息を吐いてから、口を開いた。

 

「ミライです。ただのミライ」

 

 良い名前だ。本名だとしたら、名づけ親は日本人だろうか。

 ミライは話した後で、頭を抱えてうつむいてしまった。過去の人間と会話をして、自分の時代に大変な差異が起きてしまわないかを気に病んでいるのだろう。

 その気持ちはわかる。

 

「大丈夫だってちょっと話すくらい。思いっきり未来の情報を与えるとかでもなきゃ、いつか出会う運命くらいは変わらんでしょ」

 

 これは個人的な考えだが、未来とは、思った以上に盤石である。それを変えるには強い意志と行動が必要だ。

 ……例えば、誰かが死ぬ運命。それをくつがえすために、自分がどれだけ苦労したことか。あのとき成し遂げたことは、わたしにとって最も誇りに思えることだ。

 それを思えばここでおしゃべりするくらい平気だと思う。

 

「……そこまでわかっておきながら、過去の人たちとがっつり接触を……?」

「いやまあ、ちょっと喋り過ぎたかなとは反省してる」

「もうっ。昔っからバカなんだから」

「な、なにおう……!?」

 

 わたしにだけ当たり強くないか? この子。

 

 

 

 そんな感じで互いに気を遣い、あまり弾まない会話が逆にくせになってきた頃。わたしたち未来人組はクロノ提督から、アースラの会議室に呼び出された。

 そこには彼をはじめ、母親のリンディさんや恋人のエイミィさんがいる。あ! いや、今はまだ恋人じゃないんだったかな。

 会議室の席に座ると、なのはさんたちやヴォルケンリッターの皆さんといった、すでに海鳴で行動しているメンバーへの通信窓が、空中に浮かび上がった。

 

「今回の事件の大きなファクターであるシステムU-D……その居場所を、シュテルという協力者が突き止めた」

 

 ひとつの空間ディスプレイが、新しく浮かび上がる。そこに映っていたのは……シュテルさんではなく、目つきの悪いはやてさん似の人だった。

 誰かが疑問に思って、聞く。

 

『王様? シュテルとレヴィは?』

『……ここにいる』

 

 王様と呼ばれた少女は、自分の胸を手で示した。その背中からは、3色の魔力光で構成された翼が生えている。

 ……そんな。シュテルさんは、やられたのか……!?

 

『なんだその顔は。死んでなどおらぬわ! 単なる活動停止中よ。……貴様らの手など借りぬが、位置情報くらいは送ってやる。用件は以上だ』

 

 ディスプレイが消える。向こうが通信回線を閉じたのだ。

 ……死んでいないなら、よかった。無事とは言い難いように思うが。しかし彼女ほどの手練れと、おそらくフェイトさん似のレヴィという人までいて、活動停止という状態にまで追い込まれてしまうとは。

 話に聞いたシステムU-Dという相手は、やはりこれまで以上に手ごわい相手のようだ。

 

「彼女はああ言ったが、当然放っておくことはできない。僕たちはこれから、現有戦力のすべてでU-Dの無力化を試みる。そして最終的には彼女……ロード・ディアーチェが、U-Dの制御権をつかむ」

「私達も手伝わせてください!」

 

 ヴィヴィオが奮起する。ここに集った巻き込まれ未来人たちは、気持ちをひとつにしているようだ。

 

「情けない話だが、その提案は正直ありがたい。君たちの実力は、これまでの闇の欠片戦などからモニターできている。その力でバックアップにあたってほしい」

 

 全員で頷く。あのクロノ提督……いや、執務官が猫の手も借りたいと言わんばかりの提案をするとは、いかにのっぴきならない現状であるかがわかる。

 突然巻き込まれたわたしにとって、そんな話はとんでもないと投げ出してしまいたいほどだ。部屋に引きこもっていても、誰も咎めはしないだろう。

 でも……。

 ディスプレイに映るユーノさんと、そしてなぜかあのミライという少女に、目が行く。

 自分にも帰る場所がある。ここにいるみんなもそうだ。

 なら、やるべきことは、決まった。

 

 

 

 

 地球の海上での任務など、もしかすると初めてかもしれない。

 ふよふよと空高く浮き、装備や魔力の調子を検める。カートリッジは無限書庫の探索に準備していた弾数がほぼそのままあり、決戦には十分な備えと言えるだろう。

 そしてもうひとつ。

 クロノ提督から手渡された、ひとつのプログラムカートリッジ。理屈はわからないが、これを使えば一発分だけ、U-Dに有効な魔力ダメージを与えることができるのだという。いやそれ、普通の魔法はまったく通らないってことだよね。

 ただしこれは劣化版だ。カートリッジの完成品は、未来では機動六課スターズ・ライトニングの隊長たちだった4人の手にあるという。また、同質のインストールプログラムを、デバイスにカートリッジ機構のないクロノ提督と八神司令も保持しているらしい。今自分の持つこれは、それらのあまりなのだそうだ。

 我々の仕事は、有効打を与えられる魔導師たちを守りつつ、敵の動きを妨害することだ。

 

 視線を“そこ”へ飛ばす。

 海の上に、大きな黒い塊があった。

 あれは結界魔法だ。中では、ロード・ディアーチェと呼称される少女と、例のシステムU-Dが一騎打ちを繰り広げている。

 話に聞いただけでも、あれとタイマンなど信じられない。助けに入ろうと試みているのだが、どちらが張ったのかわからないあの結界は、外部からの破壊に非常に強く、解除に時間がかかっている。

 周りを見渡す。結界を囲むように展開している魔導師は、そうそうたる顔ぶれだ。このメンバーが一個の事件に投入されることなど、私の時代ではもうありえないと言い切ってしまえる。総計魔導師ランクが、うちの父が思わず憤死しかねない数字になってしまうからである。

 なのはさん、フェイトさん、シグナムさん、ヴィータさん、クロノ提督、八神司令という、有効打を与えることのできる6人。それを守り補助するようにして、他のメンバーが散開している。

 この面子で一斉攻撃でもしかければ結界も易々と破れるだろうが、それをやってしまうと中のふたりごと蒸発させかねないと思う。それゆえの膠着状態だ。

 息を呑み、落ち着かない心臓を手でおさえて、そのときを待つ。

 やがて、黒い結界に、内側からのひびが入った。

 

「が、がはっ! ユーリ……!」

 

 すさまじい勢いで飛び出してきた――いや、吹き飛ばされた少女が、海面を水切り石のように跳ねてくる。

 ザフィーラがその身体を褐色の腕で受け止め、ユーノさんとシャマル先生が傷ついた彼女の治療に入る。

 ばらばらに砕け散る黒のドーム。その中心にいたのは……金の髪を持つ、幼い少女だった。その背には禍々しい、赤黒い魔力の翼が顕現している。

 あれがU-D……? 大人しそうな、ゆるふわウェーブ美少女じゃないか。

 しかし、彼女はディアーチェとの戦闘で、傷ひとつついていない。あちらは満身創痍のありさまなのにもかかわらずだ。力のほどがうかがえる。

 

『みんな、始まるよ』

 

 クロノ提督の号令が頭に響く。

 わたしは。私達は、魔導師の杖を、強く握りしめた。

 

 

 

 魔導師たちの短い夜は、絶え間ない光と音に彩られる。

 魔導師の少女高町なのは。そしてフェイト・テスタロッサ、シグナム、ヴィータ。それぞれが次元世界において並ぶもののない実力をもつ4人をして、全員でかかってもまだ上を行く存在が、ここにいる。

 シグナムの剛剣を、U-Dの防護膜が阻む。ならばと瞬時の連携から放たれた雷光の砲火を、さらに1枚重なった膜が弾いた。

 対物・対魔複合障壁。あの“闇の書の闇”にできたことで、“砕けえぬ闇”に出来ないことなど、ありはしない。そう主張しているかのようだ。

 だが、一度は打ち破ったそれに、ひるむような者は、ここにはいない。

 幾度かの攻撃を試み、得られる情報を見極める。U-Dのバリアはただの2枚だが、それぞれが対物理と対魔法とを瞬時に切り替えており、破るためには彼女の判断を上回る攻撃や、一瞬の間もないほぼ完全な、魔力と物理の同時攻撃が求められる。それも、二回。

 ふたりの幼い少女は、力こそ卓越しているものの、それをこなすにはまだ一歩及ばない。

 だが。今ここには、烈火の将とくろがねの担い手が存在する。その刹那を見切る者こそ、夜天の守護騎士たりえるのだ。

 

「テスタロッサ」

「はい!」

 

 閃光の戦斧が主の命令を受け、その姿を変える。斧から、黄金の剣へと。

 ふたりの剣士がその刃をもって、闇夜を切り裂く光をひらめかせる。

 

「疾風迅雷ッ!!」

 

 フェイトの振るう巨大な剣は、物理攻撃にも魔力攻撃にも転換できる半実体剣だ。しかしそれは、対魔属性の障壁によって防がれてしまうだろう。

 しかし、刃が壁に打ち付けられるその瞬間。鞘に刃を収めた姿勢で、それを待っている剣鬼がいた。

 

「――紫電、一閃」

 

 自身の魔法の名を呟いたとき、シグナムはすでに刃を振り抜いていた。

 炎雷ふたつの斬撃。その間断のない攻撃によって、一枚目の障壁が砕け散る。

 とはいえ、それはすぐに復活してしまうだろう。そのうえまだ一枚残っている。

 だから、次の二人は、火がついたように前へ出た。

 

「ハイぺリオン……スマッシャーーッ!!!」

 

 桜色の極光が、あたりを激しく照らす。

 必殺の魔力が込められたそれは、しかしやはりバリアを貫通できない。先ほどと同じく、純粋魔力攻撃を減衰してしまう属性に切り替わっていた。この後別の人間が攻撃を加えても、また属性が切り替わる。それが厄介なところだった。

 だが。

 魔力の放射が、終わらない。

 

「く……ううっ!!」

 

 堅牢な防壁を突破しうる大威力の砲撃魔法を、垂れ流し続ける。それはまるで寿命を消費しているかのようなひとときであり、強い負担がなのはの身体にかかる。

 それができるのは、彼女が高町なのはだから。

 そして、紅くて小さな相棒を、信じているからだ。

 

「ギガント!! ハンマアアアアッ!!!」

 

 大質量の鉄塊が、障壁ごと闇の少女を圧し潰す。

 バリアにひびが入る。それを確認したヴィータは、グラーフアイゼンを振り抜き、U-Dを海面へ叩きつけた。

 バリアは砕いた。ダメージも与えた。

 だが、それで終わるなら、砕けえぬ闇とは呼ばれない。

 

「被害は軽微……障壁の再構築、を……?」

 

 海から浮上する少女の身体を、涼風が撫でる。

 いや、涼風などではない。人体の知覚を乱すほどの、極寒の冷気が、U-Dの周囲を包み込んでいた。

 

「凍てつけ――エターナル・コフィン」

 

 永久凍結の魔法。

 クロノがある男から受け継いだ、強すぎる正義の象徴。氷結の杖、デュランダルを使って放たれる絶世の光だ。

 冷気は瞬時に少女を海ごと凍らせ、海域を白く染めていく。

 人間の姿をしたものに向ける技では、決してあってはいけない。これは封印の魔法だ。ひとたび使えば、対象は永い時間を氷の中で過ごすことになる。

 ……しかし。それを成してなお、魔導師たちは誰一人として、戦いの終わりを喜んではいなかった。

 静かに。氷に、亀裂が走る。

 

「いくよ、リインフォース、王様!」

『はい、我が主』

「やかましいッ、貴様が合わせろ小鴉!!」

 

 白い髪に瓜二つの顔をした少女たちが、天高くから眼下を見渡す。

 ここにいるのは2人だけではない。ほとばしる力の数は、5つあった。

 

「響け、終焉の笛――」

「我がもとに集え、雷と焔よ!」

 

 白と黒、相反するふたつの色が、それぞれの力を凝縮させていく。

 白は術者の元に。黒は対象の背後に。

 

「ラグナロク!!」

「ジャガーノートッ!!」

 

 反発しあう二色の魔力の塊が押し合いを始め、U-Dの身体を蹂躙する。

 苦しみ呻く少女を見て、ひとりが、つぶやいた。

 

「ユーリ……もう少しだ。もう少し耐えて……」

「うう……ああ!! ああああああっ!!!」

 

 少女の身体が震える。

 魔力ダメージに苦しんでいるにしても異様なその有様に、誰もが目を見張る。

 変化は一瞬で、劇的だった。白を基調とした騎士服が、血のように紅く染まる。

 加えて、二層のバリアが復活した。

 いわゆる、仕切り直しだった。

 

 はやてやクロノの指示が飛び、再び激戦が繰り広げられる。

 赤く染まったU-Dの猛攻は苛烈を極めた。対抗プログラムを使用し前線を務めていた4人へ、ダメージが累積していく。

 プログラムの稼働時間には限界がある。同じやり方ではバリアを割る事すらできない。

 趨勢が傾き始めたとき、そこへ。

 未来からの希望が、斬り込んでいった。

 

「硬いバリアなら、うちのアインハルトさんにおまかせを! 高町ヴィヴィオ、行きますッ!」

「あ……ヴィヴィオさん!?」

 

 高速で、文字通り、空を“駆けて”いくひとりの少女。鍛えたその追い脚で、相手との距離を詰めていく。

 迎撃するU-Dの翼は、禍々しい刃や砲弾となって少女を撃ち落としにかかる。それを彼女の、紅翠二色の瞳が捉えていた。

 かわすこと。高町ヴィヴィオにできることはそれだけだ。聖王の写し身として生まれたはずの彼女は、しかし、頑健な身体も、超絶的な魔力も備えてはいない。この場の誰よりも自分は弱い。そう思ってすらいた。

 しかしひとつだけ、彼女にもあった。

 “神眼”と称される武の深淵領域。その一端が、なんでもない少女の中に芽吹きつつあるのだ。

 

「っ……!」

 

 しかし、未熟。

 見えては、いる。しかしそもそも、ヴィヴィオは本来空戦魔導師ですらない。浮遊魔法と空を蹴る魔法を組み合わせ、空で無理やり陸戦をしている。

 だから彼女に躱せない致命的な一撃がいつか届くのは、仕方のないことだった。

 眼前に迫る凶弾。恐怖が心の中を侵してくる。

 だけど、その目を閉じることだけは、しなかった。

 

「……っ! と、大丈夫?」

「ママ! ありがとっ!!」

「え? ママって……」

 

 割って入った桜色の盾が、少女を守った。

 それだけで、高町ヴィヴィオの怖いものは、何もなくなる。

 自分を守る背中を追い抜き、前へ。ひとりでも立てると、約束した。

 狙うは、技を放った後の一瞬の硬直。高町ヴィヴィオがそれを見逃すはずはない。

 頬をかすめる血の弾丸に、ひるむ脚はもうない。打倒すべき相手の眼前、師と自分のつくりあげたカウンタースタイルが、少女の拳を虹色に輝かせる。

 ユーリの記憶に、ひとりの王の姿が浮かぶ。

 

「セイクリッド……ブレイザーッ!!」

 

 鮮烈な光の奔流がU-Dを飲み込む。

 しかし彼女が無防備に浮いていた隙を突いたとしても、その身はやはり強固な防壁に守られているのだ。

 一度限りの対抗プログラムは、ここで使った。それでもヴィヴィオの技は、硬いそれを破壊するには至らない。

 しかし。

 すでに少女の下方には、碧銀の覇王が立っていた。

 

「せいやあああっ!!」

 

 自分の魔力以上の出力を絞り出し、ヴィヴィオは砲撃でU-Dを押し出す。

 その先にいるのは、頼れる先輩であり、気になるひとであり……太古にその名前を轟かせた、覇王。

 碧銀の魔法陣が清涼な音を伴い、足元に現れる。

 これは足場だ。地から返る重み、脚から練り上げる力。それこそが覇王流の基礎にして、極意である。

 吹き荒れる風。それは少女のつま先から起こり、脚、腰、胴――練り上げた力は五体を伝い昇り、やがて拳に集い渦を成す。

 

「覇王――!」

 

 紺と蒼。見開かれた双彩の瞳。そこに映すモノは、魔導師たちの干渉を防ぐ壁。これを打ち砕くことが、人々の道を切り拓く王の務め。

 

「断」

 

 それは、空を断ち切る絶技である。

 振り抜かれる腕に、尾を引くように残る碧の軌跡。

 

「空」

 

 ただの少女を覇王たらしめるその一撃。それは遠い過去に、ベルカの地と空を統べた。

 ヴィヴィオの攻撃で対魔属性に切り替わっているそれに、鉄のように重い剛拳が叩きつけられる。

 

「拳ッッ!!」

 

 打倒し得ぬ敵など無し。“彼”が本当に勝ちたかった彼女は、もういないのだから。

 衝撃波となって突き抜けていく力のベクトル。夜の海を、一陣の暴風が駆けた。

 

「やたっ! さっすがアインハルトさん……うわっと!」

 

 粉々に破壊されたのは、表層の一枚のみ。例によって次の防壁が追撃を阻み、勇者たちを休ませない。

 フルラウンドを戦い抜いたような疲労にさいなまれながら、ヴィヴィオは翼による薙ぎ払いを大きくかわした。

 

「みんな! 射線開けてくれ!」

 

 はるか真下からの声を耳に捉え、前線の魔導師たちが撤退する。

 銀の淡い光が、標的を狙うように、大きなリングを何重にも並べ、バレルを形作っている。

 いや。それはよく見ると、砲身などではなく、いくつもの本のページだった。

 

「オレはできる、できる、今ならディバイドできる……」

『そうだよ! トーマはできる子だよ! ほら銀十字も応援してるよ!』 

《分断機能の不具合、一時的に修復。精神的要素の関与はなし》

「ほんとに応援してる? それ……」

 

 銀色の少年が、禍々しい剣を天高く突き上げる。

 それはすべての魔導を断つ退魔の光。未来を破滅に導くものなのか、希望を照らすものなのか、それはまだ、彼らにもわからない。

 ただ今は。この一撃が、皆を助けることだけを願い、トリガーを引く。

 

「こいつで全部ゼロにするッ!!」

 

 少年と少女。ふたりの声が、手が、絆が重なる。

 

「『ディバイドゼロ・エクリプス』ッ!」

 

 高く昇る光の柱が、暗闇を切り裂いていく。

 魔導師や騎士たちの攻撃をあれほど執拗に拒んでいた障壁が、まるで糸のようにほころび、ほどけていく。

 そのまま、U-Dの身体を、銀の柱が焼く。

 

「あ、が……戦闘機能、出力、大幅低下。障壁と躯体の復旧を――」

 

 ダメージは通っている。U-Dの動きがなまりつつある今こそが、決戦の正念場だ。

 魔導師たちは、各々が最後の一撃に向け、魔力を奮起させ始める。しかし消耗は激しく、彼らが決定的な威力を溜め込むには、実は時間が足りなかった。U-Dの修復速度はそれほどに驚異的で、まさしく不死身といえた。あの闇の書の闇以上だ。

 その“もう一息”を埋めるのは。

 人類を、星を守るために造りだされた、ふたりの姉妹。エルトリアのギアーズ、アミティエ・フローリアンと、キリエ・フローリアンであった。

 

「「アクセラレイターーッ!!」」

 

 まるで時を止めたかのような超加速。すべてがスローになった世界の中で、ふたりの持つ銃がカタチを変える。

 青い銃は双剣に。桜色の銃は大剣に。

 三つの刃が、砕けえぬ闇を切り刻んでいく。機体の限界を超えてなお、ふたりは身体を動かし続ける。アミタとキリエの動力は、きっと単なる物理的なエネルギーだけではなく、熱く鼓動を鳴らす人間の心だからだ。

 やがて、時間が動き出す。U-Dの周囲を埋めつくしている桃と青の弾丸は、まるで花火のように、夜の空を彩っていた。

 姉妹は背中合わせに空を浮く。ふたつの銃口が、少女を苛む胸の結晶へと、照準を定めた。

 

「エンドオブデスティニー」

 

 アミタとキリエ、どちらが発したトリガワードかはわからない。全く同時に重なったふたりの声が、ひとりぶんとなって周囲に聞こえたのかもしれなかった。

 弾丸の濃密な雨が、U-Dの身体を打つ。

 それで彼女は、人間としてわずかに保っていた意識を、失った。

 

「ああ……ウワアアアアッ!!」

 

 慟哭のような声が夜天に響く。

 あと一息。もう一撃。それでディアーチェの制御が、彼女に届く。

 誰もが確信したその事実は、しかし、簡単には叶わない。

 

「これは……やばい!」

『みんな! 防御態勢を!!』

 

 魔力だけで空間が震えることなど、通常起こりえない。それは『次元災害』というカテゴリーの現象だ。

 ならばあの少女は、身一つで、災害を起こす存在だということになる。

 極限まで圧縮した魔力。それをこれでもかと詰め込んだ風船に、鋭く小さな針が近づいていくイメージ。そんな間抜けな想像が、戦いの様子を見ていたセリナの頭に浮かんだ。

 そして。

 爆発的な決壊が、起きた。 

 

 

 

 世界がスローに見える。

 これはいわゆるあれである。死の危機が迫った瞬間の人間の脳が、限界以上の速度で回転し、これまでの経験から最善の回避手段を見つけようとする防衛機能。

 あれだよ。そう、走馬燈だ。

 U-Dの放った全方位攻撃は、無数の弾丸のような形をしている。ミッドチルダ式の得意分野だが、砲撃などに比べたら決定力に欠けるという見方もある。

 ところがあれは、一発一発がティアナさんやなのはさんの必殺のそれに匹敵する魔力が込められている。これには根拠はない。感覚で適当なことを考えている。だが、自分の全身は、こうして如実に危機を覚えていた。

 緩慢に死が迫ってくる世界の中で、誰かが、自分を守るように前へ出た。

 ああ。自分は今までに、何度こうして助けられただろう。

 走馬燈なんて役に立たないものだ。結局自分が助かる最善手は、彼に助けてもらうことなのだから。

 最後にその背中を目に焼き付ける。それは自分が知っているものより、なんだか、一回りほど小さかった。

 幼い翠色のひとみが、自分をちらりと見る。

 あれ? これ幻覚じゃなくて本物?

 

 耳をつんざくような轟音の嵐で、意識が引き戻される。

 自分と、そしてミライという少女は、幼いユーノさんの盾によって守られていた。

 今まで何度も自分を守るユーノさんの背中を見たけれど、年齢が逆転してもこうなってしまうとは。

 情けない。だけどそれ以上に、世界中に自慢したくて仕方がない。これがわたしの好きな人なのだと。

 

「さすがわたしの旦那さん!!」

「え!? なに!? なんですって!?」

 

 どさくさに紛れて告白したものの、激しい攻防のせめぎあいで聞こえなかったらしい。そりゃそうだ。ちょっと顔が熱くなる。

 いつの間にかそばにいた、ミライに小突かれる。口をパクパクさせていた。

 え~と……の・ろ・け・る・な。

 

「あ、はい……」

 

 そんなバカなやりとりをしている間も、U-Dの魔力攻撃がやまない。桁違いの魔力量だ……!

 まさか、無限なのか。さすがのユーノさんでも、死なないなら死ぬまで攻撃すればいいじゃないとでも言わんばかりのアレは、防ぎきれないかもしれない。

 わたしは、防御行動に参加しようとした。

 

『ふたりとも、ちょっと話を聞いて!』

 

 その声が、脳内にひびく。念話の主は目の前の少年……ひとりでプロテクションを維持し続けている、ユーノさんからのものだ。

 

『いいかい。周りを見てくれ。本来は防御に優れているなのはが、みんなに守られているのがわかるかい』

 

 目を凝らし、攻撃をしのいでいる仲間たちを見る。

 アルフやザフィーラといった守りの得意なメンバーが前に出ているのはそうだが、攻撃寄りのフェイトさんやシグナムさんも前に出て、なのはさんやはやてさん、あとついでにディアーチェとかいう子を守っている。防御力を考えるとふつうは逆のフォーメーションになるはずだが……。

 ひとつ気が付く。守られているメンバーは、いわゆる“火力”を持っている。

 

『多分みんな同じ考えだ。あと一息であの子を停止に追い込めるはずだけど、その一息が遠い。だけど、君たちの“あの技”なら……』

「あの技?」

『わかるだろ。あれほどの激戦でこの空間に散った残留魔力の量は、トリプルブレイカーの比じゃない!』

 

 空間に散った魔力。それはつまり。

 ミライと顔を見合わせる。この子は出来るのか? そう問おうとした。

 

「いけるよ。わたしのはママ直伝、なのはさん監修!」

 

 頼もしい。

 杖を固く握りしめる。わたしは装填中のマガジンを排出し、例のカートリッジを、ヴァーミリオンアイズの弾倉に詰めた。

 攻撃が、やんだ。

 

「行ってきます、ユーノさん」

「行ってくるね、パパ」

「うん! ……うん?」

 

 空を飛ぶ。視界の端で、ミライと、なのはさんが飛んでいた。

 魔力を放出した直後で動きが止まったU-Dの、頭上の空へ展開する。

 ……3人だけじゃ、あと少し足りない気がする。なにせトリプルブレイカー級のダメージを無視できる相手だ。ここらの魔力を吸い尽くすほどの砲弾を作り上げないといけない。

 せめてあとひとり、収束魔法を操れる人がいないと、この一帯の魔力を集めきれるかどうか……。

 そんなことを考えているときだ。

 右方向にミライ、左方向になのはさん。そして対面方向に、もうひとりが上がってきたのが見えた。

 あれは……あの子は、ディアーチェ?

 

「シュテル、交代だ。良いところをくれてやる。……ええい、うるさいぞレヴィ、例のキャンディ? とかいう菓子を後でやるから」

 

 彼女が何かつぶやくと、その全身が炎に包まれ炎上した。何事!? ダイナミック自殺!?

 炎の霧が晴れる。……そこには、黒い装束を身に纏った、静かな少女がいた。

 シュテルさん……!

 

「ミリオンウェイズ、4人のデバイスを同期して」

 

 ヴァーミリオンアイズが、ミライのデバイスから何かを受け取る。

 タイミングは一斉。準備は整った。

 カートリッジをロード。全身に、あの子に対抗するための力を漲らせる。

 なのはさんが、3人を見て頷く。私達は同時に、それぞれの杖を、空高く掲げた。

 光が、集まってくる。

 夜空にまたたくそれらは、まるで星の光のよう。いや、赤に、青に、翠に、金色。様々な色が花火のように輝いて、それは遠くにある惑星たちが、色彩が見えるほど近くまでやってきたかのようだ。

 光のつぶはやがて、回る4色のリングにからめとられて、ひとつになっていく。

 その中心。そこで育つ魔力の塊が、際限なく膨れ上がる。ひとりの扱える許容量を超えたその巨大な砲弾は、4人の使い手の色に染まっていく。桜色、赤色、朱色、黄色。さらにそれらが混ざり合う。

 そうして。

 できあがったそれは、星の輝きではあったけれど。

 どの星かといったら、まるで、太陽のようだった。

 

「ナノハ、皆さん。今回はあなた方に合わせます」

「おっけー! みんな、全力全開でいくよッ! ……せーーー、のっ!!」

 

 杖を振り下ろす。この輝きが、あそこで寂しそうにひとり膝を抱えている、あの女の子に届きますようにと、声を張り上げる。

 

『スターライト……ブレイカーーーーッッ!!!!』

 

 地球に穴が開くかと思うほどの熱量が、眼下の海を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 顛末を語ろう。

 あのあと、いくらなんでもさすがに動けなくなったシステムU-Dは、再度表に出てきたディアーチェさんが無事救った。

 彼女の胸の中にある、永遠結晶エグザミア? とかいういかにもやばそうなやつを制御し、支配下に置くことで、あの子を戦いから解放できたのだそうだ。

 あと、本名は、ユーリというらしい。本来はディアーチェ、シュテル、レヴィ、ユーリの4人で1チームの存在らしい。八神ファミリーみたいなもんだな。

 そしてユーリの持っている本の名前が、紫天の書。

 あのとき無限書庫の中で見つけた歴史書に、記されていた名だ。

 どうしよう。考古学に携わる者として、話を聞きたいのだが。なんか忙しそうで、結局あの子たちとは話せていない。

 

 というか、そう。よしんば話を聞けたとしても、あまり意味がないかもしれない。

 わたしはエルトリアのフローリアン姉妹によって、無事未来の世界へと返してもらえることになったのだが。

 未来に帰還するにあたって、記憶の封鎖処置を受けることになった。

 特に時間移動が起きたことについては厳重に。歴史をわずかでも変えてしまわないための策なのだそうだ。

 正直、切ない。

 ここでの出会いは、忘れたくは、なかった。

 

「じゃあ、平気かな」

 

 一緒に記憶封鎖の説明を受けていたミライが、安心したようにつぶやく。

 わたしに向き直って、ようやく、本当の名前を教えてくれた。

 

「わたしの名前は、その……ミライ・スクライアです」

「誰の娘!?」

 

 気になるのは本当にそこである。

 父親は確定だろう。では、母親は誰なのか?

 

「……ママ~」

「おお……娘よ」

 

 ミライ少女は、たまたまここを通りがかったシュテルさんに抱きついた。

 仰々しく抱き合うふたり。

 

「マジで!?」

 

 目の前が暗くなる。

 こんな……過去の世界に、真のライバルがいたなんて……。

 

「まあ、冗談はさておき」

 

 冗談なの? そこまでシンクロしているのは親子だからなのでは……?

 散々わたしを弄び、ミライがつぶやく。

 

「もうわかってるでしょ。……わたしのママは、あなたひとりだけです」

 

 

 

 お別れの日になった。

 実にあっけなく、その日はやってきた。

 紫天の少女たちとフローリアン姉妹は、未来の遠い遠いエルトリアへ。

 その道中で、わたしのような未来組をそれぞれの時代へ戻してくれる手はずになっている。

 その折に、記憶を封じられるということだ。

 

 管理局が地球に持っている、支部の屋上。

 そこでわたしたちは集まり、各々が別れのあいさつをしていた。

 それは、もう二度と会えない人へ送るようなものではない。またすぐに会えるかのような、気軽なやりとりを、みんなは自然と心掛けているようだった。

 わたしも何人かにあいさつをする。エルトリアへ去る人たちとは、結構別れを惜しんだ。いつか出会えると彼女たちは言うが、わたしにとっては本当にそうなれるか不安なことだ。

 そして、それは。

 あの子に対しても、そうだった。

 

「ちっちゃいなのはママ~♪」

「はぁい♪」

 

 見ろあの二人を。全然未来と変わらずいちゃいちゃしやがって。わたしも娘といちゃいちゃしたい。

 だというのに、結局あの子とは、あまり話さなかった。未来の情報をあまりにやりとりすることは、記憶の封鎖があったとしても、やはり歓迎するべきことではないと、キリエさんが言ったからだ。

 だからって、その、日常会話くらいはいいんじゃないでしょうか。あの真面目ったらしい性格は一体誰似なんだ。

 

 やがて、見たことのない模様の魔法陣から、光があふれる。時間移動の準備が整ったらしい。

 名残惜しいがもう、お別れだ。

 わたしは、ふと思い立って、もうひとりの心残りの元へと駆けつけた。

 

「ユーノさん」

「セリナさん。今回は、お疲れさまでした」

「ユーノさんも」

 

 身長が自分より低い彼を見下ろす。

 なんか、土壇場になって、気の利いた言葉が出てこない。

 

「ユーノさん」

「なんですか?」

「ええと。そうだな……浮気はナシですよ。あなたは、わたしがもらいますから」

「ええっ!? あ、いやその……実感がなくてなんとも……」

 

 ユーノさんはもう、あの子の両親が誰なのかを知っている。

 だというのに煮え切らないことを言うもんだ。その姿が、自分の知る彼と重なる。そういうところも、嫌いではないんだけど。

 周りを確認する。みんなそれぞれ最後の別れを多少は惜しんでいて、こちらを見てはいないはず。

 わたしは少し背を屈めて、ユーノさんの頬に手を当てた。

 顔を、額に近づける。

 金の髪から、良い匂いがした。

 

「え? えっ!?」

 

 額を抑えるユーノさんは、徐々に顔を赤くしていく。

 わたしは彼に、自分のものだというしるしをつけた。

 

「ふ、ふへ。唇はさすがに恥ずかしいから……」

 

 お姉さんぶって印象を残すつもりだったが、気持ち悪い笑い声が出てしまった。うまく決まらないものだ。

 困惑するユーノさんを前に、それ以上のことばが出てこなくなる。ああもう、このまま未来に逃げることになるのか。

 

「ちょっと。人前でいちゃつくなって、いつも言ってるのに」

「どわーーーーっっ!!??」

 

 横から新たな声がつっこんできて、ひっくり返る。

 心臓止まった。

 さすがに人がいるところで大胆すぎた。はやく記憶封鎖してくれ。

 顔を向ける。

 声をかけてきたのは……あの子だった。

 

「………」

「もう、何て顔してるの」

 

 ミライは、わたしの顔を見て苦笑いした。

 自分は今、よほどへんてこな表情をしているのだろう。

 何か言おうと考える頭を通り抜けて、自分の気持ちが、口から漏れる。

 

「せっかく会えたのに、もう、お別れだから」

「ふうん。やっぱり、わたしやパパたちがいないと、ダメなんだなあ」

 

 これまでの口ぶりからして、この子の母親は、どうにもダメなやつらしい。

 まったく、情けないものだ。説教してやりたいよ。

 

「……パパ!」

 

 ミライが、ユーノさんを呼び寄せる。慣れない呼称に苦笑気味にしながら、ユーノさんが目の前まで来た。

 

「ママも」

 

 彼女は片手でわたしの、もう片方でユーノさんの手をとった。

 

「えっと。あの」

 

 わたしたちの真ん中で、ミライが何かを言おうとしている。言いたいことが多くてまとまらない様子だけど、少しして、彼女は顔を上げた。

 

「今日のお夕飯、わたしが作ってあげる。約束ね」

 

 それは、とびきりの笑顔で。

 きっと、わたしたち3人だけが知る、秘密の約束だった。

 

「うん、約束」

「楽しみにしてるよ」

 

 魔法陣の輝きが強くなる。

 帰るべき場所へと導かれ、身体が宙に浮く。

 過去の世界で出会った人たちを眺める。きっとまた、すぐに会える。だから寂しくはない。

 最後に、ユーノさんの顔を見た。

 

「じゃあ、また」

 

 そう言ったのは、あの子か、わたしか、どっちだろう。声が似ていたから、なんだか曖昧で不思議だった。

 じゃあ、また。

 それは別れの言葉じゃなくて、まるで明日も会おうねと約束する、子どものあいさつのようだった。

 

 

 

 気が付くとわたしは、古めかしくて埃っぽい、書物庫の中に立っていた。

 手に持っていた歴史関係の古い本を、元の場所に戻す。

 そのタイトルは、『夜天の書と紫天の書』といった。

 

「セリナさん、無事? ……おおー、雰囲気のある隠し書庫だね」

 

 あの人の声を聴いて、振り返る。

 金の柔らかい髪に翠色の眼。かけている眼鏡がなんだか新鮮に感じた。

 さっきぶりのユーノさん。思わず腕に抱きつく。うーんこの匂い、落ち着くぜ。

 

「!? セリナさん、何を……」

「?」

 

 ……あっ。

 

「ごご、ごめんなさ、つい」

 

 子どもユーノさんにくっついたりしてた癖で!

 ……いや待てよ、別に離れなくてもいいのでは?

 わたしは一旦離れた距離を、巻き戻しのようにもう一度詰めた。

 

「……いや、なんでもう一回同じことを?」

「すみません、もうちょっとだけ」

「ちょ、ちょっと! これはダメだよ!」

「あと10秒!」

 

 大人の魅力があるユーノさんも好きだが、慌てる姿は子どものときとそう変わらない。そういう、なのはさん達しか知らないようなことがわかったのは、なんか、いいな。

 子どもユーノさんを抱きかかえるのも良いが、やっぱり見上げるとちょうどいいところに顔がある今の状態も良い。昔より身長が伸びて、顔の位置が近くなった。

 背伸びして、顔を近づける。

 至近距離で彼の息遣いを感じ、どきりとして、元の位置に戻った。まだちょっとそれは……はやい。

 

 隠し書庫を出て、チームの人たちの到着を待つ。

 その間、みんなのことを考えていた。

 シュテルさんにレヴィに王様にユーリ。アミタさんにキリエさんに、まだ出会っていない子達。

 そして……顔と名前は思い出せないけれど、きっと、可愛らしくて、やさしいあの子。

 これから忘れていってしまうのは哀しいけれど、でも、平気だ。

 わたしたちは約束をした。それはずっと、心のどこかに残り続ける。

 また、あの子に会える時まで。

 

「きっと、また」

 

 いつかの、未来で。

 

「ユーノさん」

「はい」

「子どもの名前はどうしましょうね」

「はい?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。