Fate/EXTRA ニトクリスと行く月の聖杯戦争 (くりふぉと。)
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とある自我を持ちかけた魂の戯言

まだ未熟者ですが、よろしくお願いいたします。
数あるFateシリーズの中でも、一番エクストラの世界観が好きで、不慣れながらも頑張って書いていきたいです。


 気持ちよく晴れた朝の通学路。

 急ぎ足のクラスメート。

 くだらないお喋りで笑い合う声。

 

 いつも通りの登校風景、と思いきや、

 今日は校門の前が随分と賑やかだ。

 

 どうやら登校してきた生徒たちが呼び止められているらしい。

 校門を取り巻くように人垣ができている。

 

 ——何が起きているのだろう?

 覗き込むとその中心に、生徒会長であり、友人でもある柳洞一成(りゅうどうせっせい)の姿が見える。

 

「おはよう!

 今朝も気持ちのいい晴天でたいへん結構!

 

 ん?どうした、そんなに驚いた顔をして。

 先週の朝礼で発表しただろう、今日から学内風紀強化月間に入ると。

 

 美しい規律は正しい服装から始まる。

 というわけで、風紀検査の陣頭指揮に当たっている次第だ。

 

 無論、長年の友人でもであろうと例外はない。

 面倒だろうが付き合ってくれ。

 

 では制服から確認するぞ。

 ……襟よし! 裾よし!

 ソックスも……よーし!

 次は鞄の中身だが……

 ……うむ。ノート、教科書、筆箱、以上!

 違反物のカケラも見つからん。

 

 爪もきっちり揃えられているし、頭髪も問題はない……と。

 

 うむ、実に素晴らしい。

 どこから見ても文句のつけようのない、完璧な月海原(つくみはら)学園の姿だ!

 

 お前のようなやつが、運営側に回ってくれれば、非常に頼もしいのだが……。

 

 む。いや無神経なコトを口にした。

 生徒会など無理強いしてまで入ってもらうものではなかったか。

 

 では教室に向かってくれ。

 今日も悔いのない、いい一日を!」

 

 答える間もなく、真面目な生徒会長は次の生徒の風紀検査を始めていた。

 

 話題に飢えた生徒たちは、教室に急ぎながら、さっそくこの朝のイベントをお喋りの種にしている。

 

 刺激の薄い、いつも通りの朝の風景。

 ささやかな記録の積み重ね。

 

 おだやかな一日中は、

 またこうして始まっていく。

 

 

 

 ◇

 

 

「……ふむ、君もだめか」

 

 そんな声と共に、意識を取り戻す。

 一瞬、失ってしまったのだろう。

 

 呼吸が……呼吸が苦しい。

 ……でも、状況を理解した。

 

 手も足もでなかった……

 僕には資格がなかったようだ。

 

 僕? 資格? そうか――

 今なら分かる。

 

 一寸たがわずに繰り返される日常に感じていた疑問。

 レオという少年の転校と、彼が発した言葉によってそれが崩れたのだ。

 

 視界を歪ませるノイズ。

 脳内にこべりつく違和感。

 

 この正体を知るために、真実を知るために、レオの後をついていった。

 その先は、一回の廊下の、突如出現した扉。

 もう、引き返せないという悪寒をも振るって進んだ先が。

 

 確かに真実は、ここに……

 

 だけど、もう……

 ああ……

 薄れていく……

 

 怖くはない。

 胸に残るのは悔しさだけだ。

 

 結局僕は。

 最後の最期まで、自分が誰なのかも、思い出せなかった。

 

 ああ……誰か。

 僕の名前を忘れない、で……



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繰り返される校門前のシーン

原作のここのシーンの柳洞に対して悪寒が生じました……


「――――は!」

 

 気がつけば、目覚めはいつも唐突だった。

 夢を見た感触もない。

 気がつけば通学路を歩いている。

 

 頭痛は日増しに強くなって行き、ついに警鐘のように脳に鳴り響いた。

 

 その日。

 あまりに強い痺れに、平時より2分だけ早く目が覚めた。

 

 朝の通学路を行く。

 午前7時半、雲一つない晴天。

 なのに季節感は曖昧だ。

 

 今が何月の何日なのかを考えようとすると、目まいで全てが真っ白になる。

 気を抜けば、昏倒して朝のベッドに戻っているかもしれない――

 そんな、益体のない想像を、これまでずっと抱いてきた。

 

 ――朝のベッドに戻る?

 どういうことだろう。

 まるで、ゲームでセーブポイントに戻るかのような……?

 

 急ぎ足のクラスメート。

 おしゃべりで賑わう通学路。

 いつも通りの投稿風景。

 

 何一つ変化がない。

 何一つ変化はない。

 

 深く考えると眩暈で視界が真っ白になりかける。

 

 今日も、校門の前は混み合っている。

 どうやら投稿してきた生徒たちが呼び止められているらしい。

 何が起こっているのかは――――

 

 校門には黒い学生服がひとり。

 生徒会長である/と記憶している

 友人でもある/と記憶している

 柳洞一成の姿が見える。

 

 この初体験は、既にわかっている。

 一成は視線に気が付くと、人並みをかき分けてこちらにやってくる。

 

 彼は初めて開示する情報のように、丁寧なチュートリアルを口にした。

 

 知っていた。

 知っている。

 この展開は知っていた。

 もう、幾度なく知っている。

 

 頭痛がする。

 眩暈で、一日の開始に戻されそうになる。

 その強制退出に、意識をかみ殺して堪えた。

 

「では、まずは生徒証の確認だな。

 言うまでもないが、校則で携帯する義務がある」

 

 おまえは誰だ、という質問。

 決まっている。

 いつもは眩暈で曖昧にされる質問に、はっきりと回答する。

 

「よろしい。

 天災はいつ起こるかわからんものだ。

 有事の際。身分証明が確かだと皆助かる」

 

 吐き気がする。

 気分が悪いのは自分の体調不良ではない。

 

 吐き気がするのは、自分以外のすべてだ。

 

 この世界そのものが、同じすぎて気持ちが悪い――――

 

「それでは制服へ移ろう……襟よし! 裾よし! ソックスもよーし!」

 

 どいてほしい。

 その繰り返しを辞めて欲しい。

 黒い制服を押しのけて先に進む。

 

 乱暴に押しのけられた彼は、

「次は鞄の中身だが…………うむ。ノート、教科書、筆箱、異常! 違反物のカケラも見つからん。爪もきっちり揃えられているし、頭髪も問題はない……と。

 

 うむ、実に素晴らしい。どこから見ても文句のつけようのない、完璧な月海原学園の生徒の姿だ!」

 

 誰もいない虚空に向かって、高らかに独り言を言っている。

 

 不気味、なんてどころの話じゃない。

 

 頭痛がする。

 悪寒をのむ。

 確信がある。

 

 ここは違う。

 ここは、決して自分の知る学校じゃない……!

 

 行かないと。

 早く目覚めないと。

 何もかも手遅れになる。

 

 目覚めは一体……誰の為に……!



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偽りの日常との決別

原作と同じ流れです。
削るべきかな?と思うところを削りつつ、違和感なく進行させたつもり……です。


 いつもの教室内。授業中にも焦燥感は消えない。

 先生である藤村大河、通称タイガーが教科書を片手に持ち授業をしている最中。

 

「藤村先生」

 

 一人の生徒が立ち上がった。

 授業中で、教師に指さされたわけでもなく唐突に。

 

 教室中の目が驚きと、これから始まる何かへの恐れを伴って彼に集中する。

 

 少年は周りの視線を受け入れ――

 

「それに皆さん。

 そろそろ僕は行く事にしました。

 これでもう会うことはないでしょうが、ごきげんよう」

 

 ――っ!

 何だ。

 頭が……頭が痛い。

 

 お辞儀だろうか、治作状態を預けると、それから教室を出ていった。

 止める暇もなく、速やかに。

 

「え、えーと?

 じゃ、じゃあこの続きをですね……」

 

 何事もなかったかのように、ページをめくる音が聞こえる。

 何なんだ、これは。

 

 白昼堂々の、謎のエスケープ。

 それなのに先生は、追おうともしない。

 

 クラスの生徒たちも何も言わない。

 授業が滞りなく進められる。

 

 それはいつもと同じ、ありふれた日常の風景で――だからこそ、これ以上なく不自然だった。

 

 ◇

 

 突破口を見つけられないまま夕方になってしまった。

 

 あのエスケープした男子生徒の名前はレオ。

 今日、転校してきた生徒のことをすっかり忘れていた。

 

 レオの発言と、自分のこの日常に対する違和感は、間違いなくリンクしているはず。

 

 でも――どうすればいいか分からない。

 

 誰か説明してほしい

 この違和感の正体を。

 

 気が付けば、教室を出て、下に向かっていた。

 一階に降りた瞬間、強烈な違和感を感じる。

 

 紅い服をまとった生徒――先ほどの、転校生のレオだ。

 彼が視界にはいった瞬間に、締め付けられるような威圧感にくじけそうになる。

 

 そして追っていく生徒。

 あれは同じクラスの――

 

 そうだ、この学校を支配する違和感。

 レオからだけではない、思い起こせば様々な空虚感があったはずだ。

 

 思い出せ。

 いるはずもない人間、消えていく生徒。

 はがれていく世界観。

 

 眼を背けるな。

 ここにいる意味を

 この目覚めを裏切らないために。

 

 廊下の先で、生徒と誰かが話している。

 彼らに気付かれないように、廊下の角に身を潜めて聞き耳を立てる。

 

「――ねえ貴方たちはどう思います?」

 

 どきりとした。

 あなたたち、という言葉が自分がばれてるかもしれないと思わせたからだ。

 

 レオは続ける。

 

「こんにちは。こうして話すのは初めてですね。

 

 ここの生活も悪くありませんでした。

 見分の限りではありましたが学校というものに僕は来たことがなかった。

 そういう意味ではなかなかにおもしろい体験ができましたよ。

 

 ……でも、それもここまでです。この場所は僕がいるべきところではない。

 お別れです。寄り道はしょせん寄り道。いずれは本来の道へと戻る時が来る。

 それが今……」

 

 レオは(きびす)を返す。

 

「さようなら。

 ――いや違いますね。お別れを言うのは間違いだ。

 今の僕は理由もないのにあなたたちに再開できる気がする。

 だから「また今度」とでも言うべきでしょう。

 

 ――では、先に行きますね。貴方たちに幸運を」

 

 壁に向かったレオは――その場から消えてしまった。

 

 そしてもう一人の男子生徒も手をかけて消えてしまった。

 

 これは一体どういうことだ?

 

 ここが違和感の終着点なのか?

 いや、終着点への出発点。

 

 違和感の元を知りたい。

 知らなければならない。

 

 偽りの日常に別れを告げ、自らがあるべき場所へと進むんだ……!



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己の生きる意味

ふと、思ったのですがエクストラのアニメに「辺獄」「焼却炉」とありますが、あれって何で原作では触れずにアニメで出てきたんですかね。

突然、関係ない話失礼しました。


 異界の先――

 そこは、準備室、というのにふさわしい。

 

 理科準備室とか、音楽準備室とか、そんな感じ。

 部屋に照明はついておらず、廊下からの漏れた光が薄暗い空間を形成し、本棚やテーブルの周囲を書類や雑貨が散らばっている。

 

 奥には扉。

 と。

 

「うわっ」

 

 その傍らに。

 無機質な人形だ。

 誰かが潜んでいるかと思って、驚いてしまった……

 

 ただの人形でのっぺらぼうなわけだが、側面にオレンジ色の線が入っている。

 薄い金属で出来ているよう。

 

 すると。

 この人形は、この先で、

 自分の剣となり、盾となるもの……

 どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。

 

 これが、従者?

 分からないことだらけだが、何をすべきかは分かる。

 

 ギシリ、と、その人形は立ち上がり。こちらに追従しようと動く。

 非日常な現象も、今となっては受け入れるしかない。

 

 その、奇妙な従者とともに、新たに出現した扉へと足を踏み出す――

 

 ◇

 

 そこは、闇だった。

 闇を足元の線だけが目立つ。

 走り出す。

 

 怖さはあると言えばあった。

 でも、今更こんな異界への道を知ってしまった中、戻ろうなんて思わない。

 

 たぶんその方が後悔する。

 それなら、何が潜んでいるか分からない、この道の向こう側。

 この世界の真実を知りたい。

 

 かつかつ、と厚いガラスのような床タイルの上を、音を鳴らしながらひたすら走る。

 従者は一定距離を保ち後続する。

 

 と。目の前に淡く光る物体が浮かぶのを見つける。

 

「それは敵性プログラムだ。触れると戦うようになっている。……といっても、実際に戦うのは君ではない。先ほど与えた人形だ。人形が攻撃を受け続け、もし壊れるようなことがあれば……君を守るものはもういない。すなわち注意したまえ。戦闘の仕方だが……」

 

 男の声が続く。

 

 ブレイク、アタック、ガード。

 この三種類の命令を使い分ける。

 ブレイクがガードに強く。

 ガードはアタックに強く。

 アタックはブレイクに強い。

 それぞれが優劣の関係を持つ、三すくみのシステムというわけか。

 

 要領は分かった。

 

 先を進むと、球体の敵性プログラムと出会う。

 それぞれ、ブレイクしか使わないもの、ガードしか使わないもの、アタックしか使わないものと、こちらを学習させるためのチュートリアルですよ、といわんばかりで倒すのは容易すぎた。

 

 そして、広い間に出る。

 

「————!」

 

 人が倒れている。

 

 カタカタ、と。

 その傍らに崩れていた人形が音を立てて立ち上がる。

 

 何度か敵性プログラムと戦った今なら分かる。

 あれは、敵だ。

 

 人形が倒れていたのは何故か?

 あの死体を殺して、次の獲物が来るのを一緒に倒れて待っていたのか?

 

 それとも別の人形に倒されてたけど、新しい人間がやってきたらそれを殺すようにプログラミングされているのか――?

 

 様々な疑問点が一瞬で浮かぶも、考察している余裕なんて、ない。

 

 人形は、大きく体を振ったと思うと、そのままこちらに近づいてくる――。

 

 背筋が凍る。

 いきなりの、感情のない殺人鬼の登場に、あわてて自分の従者である人形をあてがう。

 

 しかし。

 こちらの目論見もほぼ看破されていたかのように、数秒後には従者は跡形もなく破壊される。

 

「――――っ!!」

 

 一瞬、意識が消し飛ぶ。

 それが戻ったのは、膝をつき床に上半身をぶつける自分の状態。

 

「……ふむ、キミもダメか」

 

 ……遠く、声が聞こえる。

 

「そろそろ刻限だ。

 まだ128名に揃ってはいないが、仕方あるまい。

 キミを最後の候補とし、その落選を以て今回の予選を終了としよう。

 

 ――さらばだ。

 辺獄の焼却炉にて、安らかに消滅したまえ」

 

「――――ぁ」

 

 突然、軋んだ視界に、土色の塊がいくつも浮かび上がった。

 

 いや、今になって見えただけで、元からそこにあったのかもしれない。

 それは、その塊は、幾重にも重なり果てた月海原学園の生徒たちだった。

 

 先ほどの彼だけではなかったのだ。

 ここまで辿り着き、しかしどうすることもできず、果てていった者たちは。

 

 それは自分でも理解できない衝動だった。

 死ぬのが怖くて諦められないのではない。

 

 むしろ楽になりたがっている。

 なのに、なぜ懸命に、体は力をこめて立ち上がろうとしているのか。

 

 その理由が分からない。

 なぜ殺されるのか分からない。

 どうして自分がここにいるのが————

 

 なら————分からない、で済ませてはいけない。

 

 否。

 

 自分は心を持って目覚めたのなら。

 分からないままで終わるのだけは、命がある限り許されない……!

 

 

 

 まだ、生きたい……!



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サーヴァントの召喚

「――その強い疑問、聖杯の代行として聞き逃せません。

 

 貴方は、死に瀕しながら己が生に疑問を抱き、死に飲まれながら自らの不明を恥じた。

 

 ――よく言いました。

 ……その心の在り方を誰が見過ごせましょうか。

 貴方のその叫び、この私が聞き届けましょう!」

 

 清廉で優しい声。

 それが第一印象だった。

 

 そんな思考をかき消すかのように。

 ガラスの砕ける音がして、ともに部屋に光がともった。

 軋む体をどうにか起こし、頭痛に耐えながらあたりを眺める。

 

 部屋の中央には、いつの間にか、ぼうっと何かが浮かび上がりつつあった。

 

 紫のロングヘア。

 褐色の綺麗な肌が露出されている。

 にも拘わらず、清楚な印象をも伴っているのは、その瞳の輝きのせいだからだろうか。

 

 見惚れてしまう。

 今は、そんなことを考えている場合じゃない、と分かっていてもこんなことを考えてしまう。

 

「一応、念のため、問いましょう。貴方が私のマスターなのですね?」

 

 マスター……とは。

 正直な回答を言うと、分からない、だが。

 ここで違う、と言ったらどうなるのだろう。

 

 多分、ここは肯定していい流れ、いやしなければいけないのだと。

 そんな使命感に駆られる。

 

 こく、と彼女の目を見て頷いた。

 

 彼女はそれを、受け取ってくれた。

 

「ここに契約はなりました。貴方は瀕死の身です。頭を垂れない、不敬の態度には目を瞑りましょう。

 この邂逅(かいこう)が、ナイル川のように、肥沃で輝きある時間を共に過ごせる縁であらんことを」

 

 そう言い、人形と対峙し、彼女は杖を振り上げる――――

 

「いでませえぇい!」

 

 黒に近い、紫の何か。

 霊と言うのが適切だろうか。

 とにかく、霊が召喚される。

 それが、人形の周囲をうごめき突撃する。

 

 金属を砕く音が劈く。

 

 あっけなかった。

 あれだけ、この命を削る、恐ろしい存在であった人形はあっけなく散った。

 

「す……ごい」

 

 思わず声を漏らしてしまう。

 なんて心強い存在なのだろう。

 

「ほら、いつまで座っているのですか?」

 

 彼女に手を引かれ、立ち上がる。

 

「ぃたっ……!!」

 

 と、握られた手がわずかに発熱した。

 ……鈍い痛み。

 何かを刻まれたような。

 

「なんだ、これ」

 そこには、3つの模様が組み合わさった紋章にも見える、奇妙な印があった。

 入れ墨のように皮膚にしみ込んでいる。

 

「それは……」

 彼女が口を開く。彼女は既に知っているようだった。

 

 しかし、予め決まりごとだと言わんばかりに、どこからか先刻の男の声が響き出す。

 

「手に刻まれたそれは令呪。

 サーヴァントの主人となった証だ。

 使い方によってはサーヴァントの力を強め、あるいは束縛する、3つの絶対命令権。

 まあ使い捨ての強化装置とでも思えばいい。

 ただし、それは同時に聖杯戦争本線の参加賞でもある。令呪を全て失えば、マスターは死ぬ。注意することだ」

 

「では洗礼を始めよう————」

 

 何を言っているのか、もう意識で捉えることはできない。

 そんな状態の中、辛うじて聞き取ることが出来た言葉。

 

「さあ、聖杯戦争の幕開けだ——」

 




ニトクリスの言葉遣いに若干の自信がありません……どうぞ指摘・違和感などありましたらよろしくお願いします。


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保健室での説明①

説明回です。
ここを除いたら、設定ガバガバになるかと思ったので、適当に飛ばしながらニトちゃんとのやり取りをご覧ください。


 夢。

 夢を見ていたようだ。

 

「あ……れ」

 

 最初に聴覚を刺激したのは、小鳥の囀り。

 

 視界にまず入ってきたのは、白い天井。

 タイルを仕切る黒い線以外は、白い平面が広がっている。

 

 胸元には、軽い布。ベッド。

 そこに横たわっている自分。

 

 この雰囲気……保健室か。

 いつの間にか倒れて、誰かに運ばれたみたいだ。

 

「――――ってことは」

 

 あの違和感。あの未知への扉の先の世界。

 そして自らを殺しにかかった人形とか……サーヴァントは夢だった?

 

 ――全て、夢?

 

「ようやく目覚めたのですね。マスターが虚弱体質などこの先が思いやられますね……」

 

 え。

 

 ベッドの傍らの、何もない空間から、突然。

 声と共に、一人の女性が姿を現す。

 

「愚かですね……この私を数刻も放置プレイするなど身の程を弁えぬ、愚か者」

 

 こちらを見下ろす眼差しで、かつ耳ざわりの良い声で突然、罵倒してくる。

 これはこれで……いや。そんなことよりも。

 

 その姿は、忘れようもない。

 強烈な印象を残したその姿――

 

 褐色肌の、露出度の高い格好が特徴な女性。

 そして、頭の上には兎のような耳。

 そういう性癖・趣向な人格、とも受けとることができるが、恐らく違う。

 

 胸元、腰には薄い布に紫と黄金の装飾をあつらえた格好。

 これは、元々それが彼女の常識における、彼女たらしめる正装なのだと直感的に感じた。

 

 ……もっとも、外見や性別の判断はこの場合、意味がないのかもしれない。

 なにせ相手は人間ではないのだし。

 

「ですが、許しましょう。聖杯戦争の本選には間に合う。むしろこれからなのですから」

 

 良かった。

 と思ったが、それなら罵倒する必要なかったのでは……ただ愚か、と言いたかっただけではなかったんだろうか、この人。

 

「ところで、貴方は聖杯戦争のことはどこまで理解して参加しているのですか?」

 

「聖杯戦争?」

 あの時も聞いた言葉だけれど、いったいどういうことなのか、未だに分かっていない。

 

「な……なんと! 貴方は基礎中の基礎も知らないというのですか。よくマスターとして生き延びたものですね」

 

 彼女はショックを受けたり、ジト目したりと表情が豊かだ。

 罵られているはずなのに、不思議と不快感がない。

 

「……まあそれを手助けしたのも私ではありますが。

 差し伸べた手を途中で手放すほど、私は野暮ではありません。この私が教えて差し上げましょう。

 

 貴方、さすがに聖杯はご存知でしょう。

 尊き者の血を受けたとされ、あらゆる願いを叶えると言われるあれです」

 

 聖杯……というと、あの黄金の杯だろうか。

 西欧の伝承の端々にあらわれる何かしらのシンボル。

 

 アーサー王の探索単などでも有名な、奇跡を起こす聖遺物だ。

 

「もっとも真作の所在は定かではありません。世に出てくるものは贋作ばかり。人の世は愚かです。

 

 だが、それは問題ではありません。それが願いを叶える願望機としての能力を持っていれば、贋作であれども、それは聖杯なのです。

 

 かつて、そういった聖杯を巡る魔術師たちの儀式があった。

 それを聖杯戦争と言います。

 

 もっとも。

 アレは儀式とは名ばかりの生存競争。

 所有権を決める殺し合いに他なりませんでした。

 

 一方、この戦いは、その聖杯戦争を模した戦いのようです。

 

 そうでしょう?

 魔術の絶えたこの時代でなお魔術師と呼ばれる、最新の魔術師(ウィザード)よ」

 

魔術師(ウィザード)……」

 

 聞きなれない単語だが、どうも、自分はそういったモノとして認識されているらしい。

 それにしても聖杯戦争というのが殺し合いというのは一体……?

 

「仕方がありませんね。

 互いに雌雄を決する以上は、敗北者は必然であり――死は避けられません。

 

 いいですか。聖杯戦争の仕組みは単純です。

 選ばれた魔術師はサーヴァントと共に戦場へ赴き、一騎打ちの勝負を行うのです。

 

 敗れた者は全ての令呪を失い、また、戦いの結果によっては命をも落とすでしょう」

 

「令呪……そういえば」

 

 思わず左手に目をやる。そこには紋章にも似た奇妙な模様が3つ、刻まれている。

 あの時の痛みは、今はもう無い。

 

「その勝負を繰り返して、最後まで生き残った者が聖杯へと至る――という筋書きなのでしょう。私も詳しくは知りません。

 

 細かなルールが色々あるようですが、つまりは勝利し続ける。それだけです。簡単なことです」

 

 それほど簡単な話じゃないだろうし、素直に納得もできなけれど、ひとまず話を進ませたい。

 

「うーん……わかった」

 

 とにかく、好む好まざるにかかわらず、その聖杯戦争とやらに参加してしまったのだ。

 

「……曖昧な返事ですね。まあいいでしょう。我が同盟者よ。言葉だけでは理解が追い付かないこともあります。



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保健室での説明②

説明会2段目。
こうやって自分で字を起こしてみると、長い……

やはり原作者はどれだけ偉大かがほんの少しだけ分かった気がします……

「ニトちゃんだったら、こうやり取りするだろう」と考えながら書くのは違和感を感じつつも楽しいですね。


 では、次です。

 サーヴァントとは何か知っていますか?」

 

「わからない」

 

「まさか、とは思いましたが。全く呆れたものですね……」

 

 彼女は、こちらを片目で一瞥し、呆れた顔を見せる。

 も、さして嫌がるでもなく話してくる。

 

「元々サーヴァントとはこの聖杯戦争でマスターを勝たせるために呼び出された過去の英霊です。生前に名を馳せた英雄は後の世までに信仰される、神仏的な存在――英霊となります。その存在を、聖杯の力によって世界に再現した姿がサーヴァントである。

 

 サーヴァントとは戦士。

 呼び出した魔術師を守り、導く役割。

 基になった聖杯戦争のルールに従って、呼び出されたサーヴァントは7つの役割に分けられます。

 

 セイバー、アーチャー、ランサー、バーサーカー、ライダー、アサシン。

 ……そしてキャスター。

 

 このクラスというのは、用途の一本化です。

 英霊のパーソナルを全て搭載しては要領が足りなくなります。

 

 クラスに応じた英霊のパーソナルだけを摘出し、カタチにするというわけです。

 クラス名そのものがサーヴァントの特性と考えて問題はありません。

 

 では唐突に問いますが、私のクラス名をあててみなさい」

 

 まさかのクイズに一瞬どもる。

 クラス名そのものが特性……か。

 

 これはぱっと見からの直観で答えるしかない。

 呪術的な装飾を施したいでだち。

 右手に手にする、長い杖。

 

「キャス……ター?」

 

「その通り。貴方、見所がありますね」

 

 珍しく褒められた。

 

「では、私の事は以降、キャスターと呼びなさい。

 呼び捨てで構いません。

 

 本来、貴方がこのファ……私のことを呼ぶ――それに呼び捨てでなんてことはあり得ないことですが」

 

 何だろう。何かごまかした。

 

「ええい! とにかく今は聖杯戦争という大事を目の前にともに同盟を結んだ同盟者なのです! 特別にその無礼を許しましょう!」

 

 なんか許された。

 

 ! そうか。英霊の話を聞いてなんとなく分かった。

 

 この……キャスターは頭の残念な子じゃなくて、本当にそれ相応の地位にいた過去の時代の人物が英霊化し――サーヴァントになったのだと。

 

 この短気そうで度量が狭そうな性格ではあるが……どこか憎めず、むしろ可愛らしいとさえ思う。

 

 それは人格として未熟であることも示しているわけなので、聖杯戦争なるものを前にしたらそれはそれで不安だが、でもこちらの味方として振る舞ってくれることは良くわかる。なんだかんだで丁寧にこうやって説明してくれてるわけだし。

 

 しかし……キャスターがこうしてサーヴァントとして登場しているなら、生前、活躍した英霊というわけだから……

 

「そういえば、キャスターってどの英霊なの?」

 

「私の真名ですか? それは……」

 

 その言葉の先を待つ。

 かなり気になるのだが。

 

「……そうですね。貴方から敵に我が正体が漏れてしまうのはよくありません。

 

 敵に名が知られても、私は私としての矜持・心の在り方が変わることはありません、がそれで戦いがすごぶる不利になることも見過ごせません。

 

 私の名前は、もう少し貴方を見極めた後に伝えることとしましょう。

 名は明かせませんが、もちろん潔白は同盟者としての行動で示します。

 

 貴方は不安だらけでしょう。未熟な同盟者よ。

 もちろん私にとっても、この世界と聖杯戦争はまだまだ未知の領域が過多あります。

 

 それでも、貴方がマスターとして、死の淵で願った想いを忘れずに己の存在を証明しようとし続ける限り――私も同盟者として、共にありましょう。

 

 この、殺戮が始まらんとする世界で、悔いのない時を生きましょう。

 この言葉・この誓いは、たとえこの世が冥界に堕ちようとも変わるものではありません。

 

 ……この言葉で貴方にとって安らぎを与えられるものかは分かりませんが――」

 

 彼女の表情には、どこか自信のなさげな様相が。

 キャスターのこんな顔を初めて見た。

 

 彼女の魂から導き出された言葉とは裏腹に、そんな感情が沸き上がったのだろうか。

 

「――いや。おかげて気持ち的に楽になった。ありがとうキャスター」

 

「――――っ!!」

 

 返事は言わずに、キャスターは姿を消した。

 しかし、まだ自分の近くに存在している事は感じる。

 

 用のない時は姿を消すことになるのだろう。

 敵に見られて、正体を悟られないための用心かもしれない。

 



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思い出せぬ記憶 間桐桜というNPC

ああ……!
早くオリジナルの展開に持っていきたい……です。


 ガラガラと音を立て、紫の足元まで伸びる長髪の、白衣の女性が入ってくる。

 間桐桜。彼女も前の学校で保健用務員として働いていた。

 彼女は――

 

「目が覚めたんですか?

 よかったです。身体の方は以上ありませんから、もうベッドから出ても大丈夫ですよ。

 

 それと、セラフに入られた時に預からせていただいた記憶は返却させていただきましたので、ご安心を」

 

 この世界を理解している様子。

 どうやら彼女も何かしらの役割を与えられた存在なのだろう。

 

「聖杯戦争に参加する魔術師は門をくぐるときに記憶を消され、「月海原学園の一生徒」として日常を送ります。……そんな仮初の日常から自我を呼び起こし、自分を取り戻した者のみがマスターとして本選に参加する――以上が予選のルールでした」

 

 なるほど。彼女は本選前の説明役のAI……といったところだろうか。

 

「そして、貴方も名前と過去を取り戻しましたので、確認しておいてくださいね」

 

「――ん?」

 

 名前と記憶を取り戻す……?

 それはおかしい。

 

 確かに名前ははっきりと口にできる、がいまだに自分の過去の記憶を思い出せない――!

 

「記憶の返却に不備がある、ですか……それは私には何とも。私はただ聖杯戦争の運営用AIですので」

 

 講義の声はあっさりと無視された。

 やはり、彼女の役割をこなすだけの仮想人格のようだ。

 

「それからこれ、渡しておきますね」

 

 彼女から、スマートホン型の何かを手渡される。

 

「これは……?」

 

「これは携帯端末機。本選参加者に与えられます。ステータス、マトリックス、装備、アイテムの4つの項目を確認できます。本選の参加者は、この端末に送られるメッセージに注意するように、とのことです」

 

 ステータスは、自分であるマスターやサーヴァントの能力の確認。

 マトリックスは……空欄が多くて分からない。

 装備は文字通り、装備しているものの情報。

 アイテムも文字通り、所持しているアイテムの情報。

 

 この4つの項目に分かれているようだ。

 

 分からないことが多い、この世界。

 聖杯戦争……本選……とにかく情報は重要だ。

 そのメッセージとやらを見逃さないようにしなければ。

 

「それでは、私からは以上です。厳しい戦いになると思いますが、頑張ってくださいね」

 

 保健室の扉を開く。

 

「ついに本選の開始ね。よく記憶を取り戻せたって自分でも思うわ」

「もし、敵同士になったら容赦はしないから――」

 

 廊下を出ると、マスターと思われる生徒たちの会話する姿が見受けられる。

 この校舎の中に128人もいるのだから当然といえば当然か。

 

 各々、意気揚々とした、そんな空気だ。

 この、セラフにやってくる以前の記憶があればこそなのだろう。

 

 逆に、偽りの学園生活を送る以前の記憶がない自分にとっては、未だに聖杯戦争というのが実感できない。

 

「私……もう対戦者が決まったみたい。いよいよ本選って感じ! 緊張してきたわ」

「ああ……僕も対決に向けて対策を練らないとな」

 

 対戦者?

 ……ああ。さっき保健室でキャスターが言っていた殺し合いをするマスターとサーヴァント同士による対決のことか。

 

 そういえば自分の対戦者は誰なのだろう……?

 重要なことだ。他のマスターに質問しても別に問題はないだろう。

 

「あのーすみません。対戦者ってどこで分かるんですか?」

 

「え……まだ対戦者が決まってない? 管理者の言峰神父を探してみたら?」

 

「ことみね……教えてくれてありがとう」

 

 礼を言って、踵を返す。意外にも親切に教えてもらえた。

 ことみね、という人名は聞きなれないが、探す他ないだろう。

 相手が分からなくて不戦敗になりました、なんてなったらシャレにならない。

 

 とにかく足を使ってこの世界のことを知らなければ。

 そんなかんだで、3階、2階、と探索していく中で1階に降りた瞬間、神父、という特徴に合致するそれらしき人物が目の前にいた。



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言峰神父

「本選出場おめでとう。これより君は正式に聖杯戦争の参加者となる。

私は言峰。この聖杯戦争の監督役をして機能しているNPCだ。

今日、この日より、君たちマスターはこの先にあるアリーナという戦場で戦うことを宿命づけられた。

 

この戦いはトーナメント方式で行われる。第一回戦から第七回戦まで勝ち進み、最終的に残った一人に聖杯が与えられる。

 

つまり128人のマスターたちが毎週殺し合いを続け、最後に残った一人だけが聖杯に辿り着く」

 

その神父は淡々と語る。

殺し合いという営みすら、さも当たり前のように行われるかのように淡々と。

 

「非常に分かりやすいだろう?

どんな愚鈍な頭でも理解可能な、実にシンプルなシステムだ。

 

戦いは一回戦毎に7日間で行われる。各マスター達には1日目から6日目までに相手と戦う準備をする猶予期間がある。

君はこれから、6日間の猶予期間で、相手を殺す散弾を整えればいい。

 

そして最終日の7日目に相手マスターとの最終決戦が行われ、勝者は生き残り、敗者にはご退場いただく、という具合だ」

 

「……なるほど」

 

確かに、分かりやすい。

何で、自分がこの境遇にいるのか。そもそも、自分は何者なのかすら分からないが、少なくとも死なないために、生き残るためにするべき方向性は見えてきた。

 

……相変わらず相手を殺す、ということには未だに肯定的に受け止められないが。

 

「何か聞きたいことがあれば答えよう」

 

「ああ、さっそくだけど対戦相手が決まっていない。どうすればいいのか教えてほしい」

 

「何?!」

 

冷静沈着が相応しい男にも関わらず、この反応。

どうやら想定外のことだったらしい。

 

「ふむ……少々待ちたまえ。――妙な話だが、システムエラーがあったようだ。君の対戦組み合わせは明日までに手配しよう」

 

それから最後にもう一つ。本選に進んだマスターには個室が与えられる」

 

そう言いながら右手を伸ばし、カード状のものを渡してくる。

拒否する理由はない。この神父は聖杯戦争を円滑に進めるために尽力するために動くNPCだ。信用していいだろう。

 

……素直に受け取ることにしよう。

 

「それはマイルームという個室に入室するための認証コードだ。君が予選を過ごしたクラスの隣、2-Bが入口となっているので、この認証コードを携帯端末にインストールしてかざしてみるといい」

 

携帯端末にそういう用途があったのか。

「ああ」

 

「さて、これ以上長話をしても仕方あるまい。アリーナの扉を開けておいた。ひとまずマイルームに向かうといい。アリーナに向かうならひとまずその空気に慣れておきたまえ。アリーナの入り口は、予選の際、君も通ったあの扉だ」

 

「あ……ああ」

 

異界……つまりこの世界に行くための、人形の殺戮に遭い、そして奇妙なキャスターと出会うきっかけになった、あそこか。

 

「それでは検討を祈る」

 

そう言い、彼は視線をこちらから外す。

自分の役割が終わったから、なのだろう。

 

NPC相手なら、感謝の念を伝えることも無意味……なのだろうか。

イマイチこの世界での振る舞い方がまだ分からない。

 

「はあ……」

 

思わずため息を吐く。

いや、本当はこんな悠長なことはしてられないのだろうが。

 

しかしキャスターの説明、間桐桜の話、言峰神父の話。

情報が多すぎだ。

 

一度「マイルーム」とやらで一息ついてから「アリーナ」に向かうことにしよう。

 

2階に上り、2-Bの教室の隣に足を運ぶ。

言峰から言われた通り、キーをインストールされた端末を、扉の近くに近づける。

 

すると。

視界が真っ白に潰れた。



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ネカフェ風マイルーム

マイルーム。
今回オリジナル要素です。
もっとマスターに合わせて独特のものにしてくれたらなーとか考えてました。


 真っ白だった視界が、徐々に元に戻る。

 

「……ふむ

 マイルーム……私が持っていた知識のものとは少々、趣が異なるようですね」

 

 そう言うキャスター。

 

 そこは茶色の基調の、薄暗い部屋だった。

 学校の教室とは、また大きく異なる空間だった。

 

 部屋に合わせた茶色い本棚、人がいるわけではないのに、入口付近に何故かカウンター。

 そして、リクライニングチェアが設置された個室。

 それにPCモニター一式まで。

 

「これは……ネカフェか?」

 

 ネカフェ。

 21世紀前半に、主に日本のカルチャーとして広まった漫画喫茶、もといネットカフェの一室だ。

 

「なんだか、落ち着くな。それになんだか懐かしい気がする」

 

「なるほど。貴女の心象がマイルームに反映される仕組みとなっているのですね。セラフも進化しているというわけですか」

 

 ?

 良くわからないが確かに、ここならシートもあるし寝転んで休憩することもできる。

 

「ああ……ここには浴室はないのですね。辛うじて水浴びは出来るようですが……いかせん狭い……」

 

 キャスターはシャワー室を眺めて、そう言う。

 

「ただ、文句ばかり言ってもしようがありません。リソースに還元して形を整えることは出来ますし……それに本来マイルームは聖杯戦争の合間の休憩を取る場所。その機能を十分に果たしてくれるでしょう」

 

「あ、ああ」

 特に否定する部分はなかったので、相槌を打つ。

 必要なものは購買部で買える、とのことなわけだし。

 

 ここは、NPCや他のマスターたちがいる場所とは隔絶された空間のようだ。

 ここでこそ、今後の作戦や方針を練るのに相応しい場所だ。

 

 ……それにしても、キャスターの身体に見惚れてしまう。

 

「なに私の身体を凝視しているのですか……不敬です!」

 

「いや……ほら、肌の部分が多くて目のやり場に困って……不可抗力ですよ?」

 

「それは、貴方の供給する魔力が貧弱で、最低限のものしか身に着けられない状態だからなのです!」

 

「そ!そうだったのか……ええと、それで……どうすればいいのかな?」

 

「マスターとしての能力を上げてもらわないことには話になりません……まずはアリーナに行き、この世界でのことを知ることです。あの人形を倒せる程度ではこの戦いは勝てないでしょう」

 

 思い出す、あの死に最も近いた瞬間。

 自分の力では抗えない恐怖をもらたしてくれた人形など比較にならないほどの強さを持つというサーヴァント。

 

 もちろん、この目の前のキャスターもそうなわけだが、マスターである自分が未熟だったらその力は使いこなせないだろう——。

 

 そうとなったら迷っている暇はない。

 

「行こう」

 

 マイルームの出口に足を運ぶ。

 

 出る瞬間、耳元で音が軋む。

 特に不快というわけではなかったが、視界も光で眩しい————。

 

 数秒後、戻ってきた視界には、なんてことのない学校の廊下の風景があった。

 

 キャスターの姿は消えている。

 霊体化というやつか。

 

 もちろん、いつ誰が敵になるか分からないマスターたちが127人もこの学校にいるのだろう。自分の重要な情報であるサーヴァント、キャスターの情報を与えるわけにはいかない。

 

 確か、アリーナは、あの1階の左奥だったはず。

 この世界への入り口だった扉だ。忘れるはずもない。

 

 そして。

 その奥にある扉の前までたどり着く。アリーナは戦闘が許される場所らしい。

 油断したら、マスターと闘う前に死んでしまうなんてこともあり得る。

 

 それは絶対に許されることじゃない。

 

「心の準備は出来たでしょう。行きましょう」

 

 キャスターの言葉に背中を押され——中に入る。



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1回戦 VSライダー 水浸しの街

こんばんは。
今回はアニメ、Fate/EXTRA Last Encoreを意識して書きました。
やっぱり、サーヴァントに合わせたフィールドで戦う方が演出的にも熱いですし。

FGOでもお馴染みの、サーヴァント特有のスキルの解説も踏まえて書きました。


 エレベーターの個室が静止する。

 外はうっすらと海をイメージした背景に、レーザーの光が縦横直線上にあしらわれた世界なのだろう。

 

 そう思いつつ、足を運ぶ。

 エレベーターから出た瞬間に不意打ちをされないのか、を警戒しつつ外の景色を見やる。

 

「……!」

 

 意外や意外。

 高く聳え立つ城壁が、円周状に街を囲んでいる……!

 

「ヒュウ、これはまたそういう趣向できたのかい。たっぷり楽しまなきゃねぇ」

 

「……前回とは違いますね。これは……SERAPHもアップグレードしているのですか」

 

「キャスター、どういうことだ?」

 

「前回、私が顕現した時と比べて何かが違うと思いましたが……電子の海を思わせるような景色だった……だが今回は違う。何かが違うのです」

 

 何かが違う?

 決戦の前の不安要素は取り除いておきたい。

 

「いえ、今は気にすることはありません。それよりも目下の懸案を片付けてしまいしょう。些事とて、気を抜けば大事! たとえ浅い川下りでも一つ、二つと穴が出来れば船は沈むでしょう。油断は大敵! いいですね、同盟者よ!」

 

 些事だとか、浅い川、ときたか。

 さりげなくシンジをディスるキャスター。

 

 内面でクスリ、と笑う。

「ああ、処女航海、無事乗り切って進んでみせる!」

 

「処じょ……?! コホン。そこは普通に航海だとか初めての戦い、とかでいいのではないのですか?」

 

「? どうしたキャスター。動揺してるぞ 落ち着いて。動揺こそ危険だろう」

 

「……そうですね。私としたことが」

 

 そんなキャスターとのやり取りにシンジが茶々を入れる。

 

「さ、些事だと!? 馬鹿にしやがって。僕は天才ハッカーだぞ!? ……やっちゃえライダー!」

 

「ハッ、そういう小物キャラを貫き通すところもシンジ、お前と一緒にいて飽きないさね。いいだろう、来な!」

 

 と、そんな敵のライダーの叫びがスタートの合図になったのか。

 城壁の門が開き、轟音が大きくなっていく……?

 

 これは……!

 

「いぃね〜ぇ!」

 

 納得したような、そんなことを大きく呟くライダー。

 

 その門からは、大量の水が街の中心に向かって、高速で浸水していく。

 ヨーロッパにある、某水の都の様な風景が出来上がった。

 

「そォらよ!」

 

 まだまだライダーのターン。

 なんと、いつの間にか大きな船が出現している。

 

「シンジ、乗るよ!」

 

 そう言って、中央の巨大な船にジャンプして乗り込む。

 腕に抱えたシンジを乱暴に着地させて。

 

「いでぇっ ……おいライダー! もう少し丁寧に扱え! 普通に痛い!」

 

 はたから見たら、何だか微笑ましいやり取りだが、今はとてもできない。

 何せ、殺し合いがこれから本格的に始まるのだから。

 

「……流石に、今日より近い時代の産物だけあって狙撃・耐久の力は高そうですね」

 

 感心したように感想を漏らすキャスター。

 これからいかにも、この巨大な船群に圧倒されそうなのに大丈夫なのか……?

 

「来ます……!」

 

 ! 轟音だ。

 キャスターが言いきる前に、それは発射された。

 

 船団からの怒涛の砲撃。

 彼女の真名が、あのフランシスドレイクなら、あの砲撃の元は正真正銘のカルバリン砲……!

 

 緊張感がやまない。

 アレに当たれば死ぬ、と直感がそうさせる。

 

 死を予感させられた出来事はつい最近のことだ。

 あの偽りの学園生活を送らさせれらていた予選での、死。

 いや。死の直前、キャスターが助けてくれて一名を取り止めたわけだが、今度こそ死んだら、死ぬ。2度目はない。

 

「私の力では、対抗できそうにありませんね……!

 それなら……! こちらへ、マスター!」

 

「キャスター?! 水中に飛び込むのか? うわあ!」

 

 キャスターに手を引かれて、水面に衝突していく――――!



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1回戦 VSライダー 魔力供給

魔力供給……甘美な響き


 ざぶん、と音を立て水にぶつかる痛み、を感じるとともに、自分の平衡感覚を掴むのに躍起になる。

 いくらここがSERAPH――月の中にある霊子虚構世界であったとしても、この世界での死は、ムーンセルに接続する地上の肉体での死を意味する。

 

 このSERAPHに於ける酸素が尽きれば、死なのだ。

 サーヴァントとて、人類である以上水中での活動には限界があるはずだ。

 

「貴方が懸念していることは理解しています、が。策はあります」

 

 !

 脳内にキャスターの声が響く。

 水中で喋ることが出来ないため、魔力を使っての意思疎通方法というわけか。

 

 それよりも、敵を倒すための策が既に出来上がっているというのは頼もしい。

 

「敵のライダーの強さの根本は、ライダーの生来の活動から生まれた、スキルに依るものです。それを引き出す、あの小物なマスターも、愛称は抜群だった、というべきなのでしょう」

 

 慎二のことだ。

 確かに。あのキャラから軽く見られがちだが、天才ハッカーなのだ。元々魔術師としての素養はある。

 それに、慎二との行動がライダーの立ち回りを万全にしているとなれば、それはリスペクトすべきことなのだろう。

 

 しかし、その尊敬の念だけではどうにもならない。

 

 敵のライダーのスキル。

 星の開拓者。

 人類史においてターニングポイントになった英雄に与えられる特殊スキル。

 その時代の記述力ではあと一歩足りない難行を、人間力だけで乗り越える力。

 

 それは一握りの天才が持つ才能ではなく、ひとりの、どこにでもいる人間が持つ「誇り」を燃やし尽くす力でもある。

 

 そんな、ライダーの「星の開拓者」のように、もしくはそれを圧倒するようなキャスターにも何か挽回できるスキルを持ち合わせているのだろうか。

 

「皇帝特権……」

 

 皇帝……特権。

 そんな疑問に対しての答えであるらしい。

 

 それは。

 本来持ち得ないスキルを、本人が主張することで短期間だけ獲得できるというもの。該当するのは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、と多岐に渡る。Aランク以上の皇帝特権は、肉体面での負荷すら獲得が可能なシロモノ。

 

 まさか……?

 キャスターは生きていたとき、皇帝だったのか?

 

「いいえ。そもそも皇帝という称号自体、私の時代には存在していませんでした。あれは後の時代に王という概念の更に上位のものを作り、支配の正当性を無理やり作るためのものに、当時の王が考案したもの。私には元来備え持つものではありません」

 

 横顔で、澄ました顔で、キャスターは続ける。

 水中のため、ゆらゆらと紫の長い髪を揺らしながら。

 

「……しかし、このSERAPHのシステムを借りて、擬似的な力を発揮することはできます」

 

 どういう……ことだ。

 

「私は、こんなのでも生来の女王なのですから」

 

 ◇

 

 キャスター。

 彼女は自分で、女王だと言った。

 

 褐色の女王、となれば相当の数を絞り込めるのではないか。

 いや、生来男性だと語り継がれている歴史上の人物も女体化……ではなくサーヴァントとして目にしてみたら実は女性だった、なんて事例もよくあるらしい。

 

「……何か余計な詮索をしているようですが、今はもっと集中すべきことがあるでしょう!」

 

 怒られてしまう。

 集中すべきことと言えば何か。

 

 一応、自分は魔術師だ。

 記憶を失っているとはいえ、自分は聖杯戦争におけるマスターだ。

 マスターは魔術師でしかなれないもの。

 なれば、魔術師としての知識は当然有している。

 

 この局面に於いてやるべきことと言えば、一つしかない。

 魔力供給だ。

 魔力供給とは。

 サーヴァントは自力で魔力を生成できるものの、その生産量は彼らの多大な消費量に追いつかない。

 マスターは自身の生体エネルギーを魔力としてサーヴァントに分け与えるもの。

 

 ……その方法は様々だが、接触による供給がもっとも効率がよい。

 

 気が付くと、キャスターは正面でこちらを見つめている。

 水の動きとともに、ゆらゆらと視界が揺れるように踊る。

 

 そんな彼女の姿は神秘的に映り、天からさすうすらな光が通る場所以外は、深淵という言葉が相応しいだろう。……そんな深淵にキャスターが酷く似合ってしまうのはなぜだろうか。

 

「同盟者よ。目を瞑ってなさい」

 

 眼をつむる……?

 

 キャスターの言葉の真意を探る余裕はなかった。

 

 ゴボゴボ、と口から酸素が漏れる。

 長く息は持たない。そろそろ上へ上がらないと、聖杯戦争以前に窒息死してしまう。

 

 そんな焦燥感をかき消すかのように。

 優しい熱を帯びた……指、が自分の指と交差する。

 ……キャスターの指。

 

 動揺して、ごぼ大きな泡の塊が漏れる。

 

「動かないでください」

 

 額と額で、ごっ、と静かに衝突の音が頭蓋骨に響く。

 

「早く、貴方の魔力をください」

 

 キャスターに緩やかに流れ込んでいくのが分かる。

 サーヴァントと契約している限り、無意識的に魔力は供給しているけれど……肉体接触による魔力供給は初めてだ。

 

 それは短いようで、長いようで。

 心地よい気だるさを感じる――――

 



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5回戦 決戦。VS アサシン

こんばんは。
またもや書きたいシーンから書いてみようということで、ユリウスに従う朱色のアサシンとの決戦です。
自分の中では李書文はひとまずカカ!と言わせておけばそれっぽいキャラになると信じています。




 目の前には、レオの従者である黒の外套を纏った5回戦の敵マスター、ユリウス。

 相変わらず、その瞳は冷たい。

 

 そして。

 情報マトリクスを整理した結果、判明した、あの今まで戦った中で間違いなく最凶の敵サーヴァントの姿が。

 

「カカ……今の今まで気付かなんだが……

 キャスターよ。お主からも同じ匂いがするぞ」

 

「……いったいどういう意味です?」

 

 キャスターの表情が曇る。

 彼女の瞳に携えるのは。

 次の答え次第では、問答無用で首元を狙うような、暗殺者のような目。

 ────暗殺者?

 

「キャスターというクラスで偽装しているかのようだが……敵を欺いて殺す、というのはどういう感慨だったのだ? ……生前、儂はあくまで、自分の武を貫き通したことで結果的に殺してしまうだけだった。卑怯な手を使いくびり殺したことなぞ無い。正々堂々と、熟練させた武をぶつけ合った結果がアサシンというクラスに至ったのは不名誉なこととも言えるが……」

 

 ぴく、とキャスターの耳触媒が動く。

 

「!……まさか」

 

 キャスターの過去を知っているかのような口振り。

 真名も知られてしまっている……?

 

「落ち着きなさい、同盟者よ。彼は……彼の凄まじい洞察力に依るものでしょう。カマをかけるというのは姑息ですが、まったくの当てずっぽうというわけではないでしょう。違いますか? アサシン」

 

「カカ! ぽんこつとは聞くが、意外と冷静なようだ! ユリウスよ!やはり今宵は楽しめそうだぞ!」

 

「……真面目にやれ。アサシン。遊びに来たわけでは無い。油断するな」

 

「カカカカカカカ!! この哮り、どう鎮めよう!

  ただ撃ち抜くだけでは足りぬ!

 この流れる刻一つ一つ楽しまなければならぬ!

 どうして感情を殺し、ただ勝利のみを求める作業に終始出来るのか!

 そうだろう! マスター!」

 

 彼のマスターであるユリウスの嗜める言葉すら覆し、自身から溢れ出す言葉を力強い声で述べるアサシン。

 表の世界で、ただ非情に徹し殺し屋をしていたユリウスとは在り方が正反対だ。

 

「さて、キャスターよ。貴様は己のマスターすら欺いてこの一戦に臨むようだが……自分の真の姿に向かえない英霊なぞ、マスターにサーヴァントして勝利をもたらすことが出来るというのか?」

 

 アサシンの問いに、キャスターは目を瞑り、黙る。

 黙る、ということは……まだ、何かしらの迷いがあるというのか────

 

「……確かに、私は不名誉な逸話を残しました」

 

 台詞と共に開かれた、その紫の瞳には一点の曇りのない、迷いない輝き。

 

「私にとって不愉快な者を殺し、しかしながら手に入れたいっときの王の座をも投げ捨てたました」

 

 ……!

 キャスター……。

 

「王、と来たか。カカ! 貧弱な王も世界には存在したものよ」

 

「……ええ。私にとっての敵を暗殺者の如く、殺しました。本来私はクラスとしてはアサシンが適切なのでしょう……でも私は……!」

 

 私は、と感極まって言葉に詰まる、なんてことはやめてくれよ。

 ……そう心配したことについては杞憂だった。

 

「私は! 正しい選択をした!

 たとえその時は、そんな環境、自分から逃げ出したいと願いましたが……少なくと

 も、今、この場で! 自らの行いに一切の恥の念は捨て去ります!

 この────」

 

 さも、事前に打ち合わせをしたかのように、彼女の右手を握る。

 一瞬、彼女の身体は振動する、も戦闘態勢は崩れない。

 

 一瞬で魔力を供給するコードキャスト。

 恐らく、次の彼女の言葉で殺し合いが始まる。

 

「この同盟者と共にあらば────自分を認め、前に進めるのです!」

 



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5回戦勝利後、マイルームにて

お久しぶりです。
更新サボり、申し訳ないです。
時系列通りにやるのが難しいと判断したため、書きやすいシーンをいきなりすっ飛ばしました。

書け次第、1回戦と5回戦の間の時系列のエピソードも挟んでいきます。


「私の宝具は既にお見せしました。

 ……改めて名乗りましょう。

 私の真名はニトクリス。

 

「ニト……?!」

 

「そう……ですよね。私なんて英霊としてはとても未熟者で……」

 

 確かに、その名前は他のファラオたちと比べるとマイナー過ぎる。

 でも。

 

「────なーんて、前から知ってたよ」

 

「な!?」

 

 予想外の答えだったのか、驚きの顔を見せる。

 いちいち一喜一憂する彼女。

 確かにこのやり取りだけを切り取れば、精神的に未熟さがあり女王としては疑わしいだろう。

 

 古代エジプト、第六王朝のフォラオにその名を遺す女王。

 後年の古代ギリシャ人、ヘロトドスの記録によると、ニトクリスの兄弟はエジプト王であったが、臣下たちは彼を殺し、妹であったニトクリスを王位をつかせた。

 

 ”たかが王の血を引くだけの女に何が出来る。自分たちの傀儡にしてやろう”という試みだったのだろう。

 

 しかし、日々、未熟な人格ながらも魔術師として研鑽してきたニトクリスはそれを見抜いていた。ファラオ以前に大事な肉親を陰謀で殺された。それに対する敵討ちを企図した。

 

 巨大な地下室を築いて落成式を行うとして多数のエジプト人を集め、秘密の管から水を流し込んでこれを虐殺した。

 

 そして事が終わると報復を免れるために自ら灰の詰まった部屋に身を投じて自殺した、とされる。

 

「このネカフェ風の部屋、本棚があるだろう?

 図書室から色んな文献があるけど、そのリソースを本という状態なら保管できるみたいなんだ。……SERAPHも粋な計らいをするよね」

 

 彼女は驚きの表情を緩めるも、理解にはまだ至っていない、という表情だ。

 

「それを利用して、君のことを調べた。もちろん気づかれないようにね。そうしたら大体絞り込めたんだ」

 

 あっけに取られるキャスター、もといニトクリス。

 

 うん。今ならいけそうだ。

 せーの……

 

「ええい!」

 

 ニトクリスにもたれかかる。

 

「ひぁっ!?」

 

 扇情的な声……!

 もといエロい声を出すニトクリス。

 

 ってかニトクリスって言いづらいな。

 

「な、ななななな……!」

 

 ベッドの上で覆いかぶさる。

 ぽふっという音が、布団に沈む瞬間に耳に入る。

 

「「!」」

 

 その瞬間。

 左腕が弾力性のある何かに触れ……?

 何かって?

 そりゃおっぱいだ。

 

 ああ。

 ……ああ。

 

「何を……しているのですか」

 

 一瞬、殺意を感じたが、それはすぐに消え、ただ疑問を孕んだ声が優しく響く。

 

「今まで、ただ座って見つめあって話すだけじゃ飽きたから、かな?

 ……でもさ、嫌がってないでしょ?」

 

「な、何を適当なことをっ……!」

 

「だって、本当に嫌だったら霊体になればいいだけの話でしょ?」

 

 そう。

 サーヴァントはNPCやマスターたちと違う。

 このセラフに於いて、特定の状況下を除き、自分の意思で霊体化したり実体化できるのだ。

 

「こ! これはつい……動揺して霊体化し損ねたのですっ!」

 

「へえ……動揺、したんだ?」

 

「〜〜〜っ!」

 

 断言する。

 誰がどう見ても、彼女の様子は冷静沈着から180度、乖離している。

 

 ぽんこつファラオ。

 でもそういうところが好きだ。

 

「わっ」

 

 流石に、羞恥心に耐えかねたのか、思い出したかのように霊体化する。柔らかい彼女の肉の感は消え去り、浮いていた状態からベッドに全身がぼふっとベッドに突撃する。

 

 くう。

 名残惜しい。

 

「なんと破廉恥な……!

 共に聖杯戦争を叩い抜く仲にも関わらず、性の欲に溺れるなど……!」

 

 やばい。

 結構怒ってらっしゃる。

 

「ち、違うんだ! キャスターは言っただろう? 絆を深めることが必要だと。それにただ(物理的に)寄り添って休憩しようとしただけじゃないか」

 

 必死に言い訳する。

 ここは何とか乗り越えなければ……!

 

「俺はキャスターと共に闘いたい。その気持ちに嘘偽りは、一切ない」

 

 すると。

 しばらくの沈黙の後「キィン」という、霊子が一点に収束する音と共に彼女は再び姿を表した。

 

「……分かりました。信じましょう」

 

「よかった。じゃあ仲直りの印に一つお願いがあるんだけどさ」

 

「仲直りしたら、貴方の要望を聞く……なんだか凄く都合のいい話ですね……」

 

「何言ってるんだ。あくまで2人にとって必要なことだよ」

 

「なんだと言うのです?」

 

 半信半疑の表情を見せるキャスター。

 それでも、怪訝な顔をしながら、今の言葉で半分信じてしまう彼女を目の前にして再び胸に飛び込みたくなる。

 

 そんなことを考えながら、さも重要なことを言うかのようにもったいぶって間を取る。焦らしすぎてもアレなのでちゃんと言おう。

 

「……キャスターのことを名前で呼ばせて欲しい」

 

「ま……また突拍子のないことを。真名を隠すためにクラス名で偽装しているというのに、貴方の頭の中にはタランチュラでも詰まっているのですか」

 

「照れなくていいよ、キャスター。もちろん聖杯戦争に於いて情報戦の重要性は痛いほど分かってる」

 

 情報マトリクスの多さで死闘の勝敗を分かつことは、これまで何度も経験したことだ。

 

 それでも。そのリスクが1%でも多くなろうとは言え、これは実現させたい。

 絆を深める……というものは都合のいい言葉だ。

 ただ単純に、キャスターとより心理的に近づきたいという願望。

 

 記憶を失っている中、自分は何が好きで何を望むのか、ということも知らない。

 そんな中、キャスターとの(色んな意味で)やり取りする時間こそ、自分にとって大事なことなのだ。

 

 単純な思考かもしれないが、近づけば近づくほど、離れてしまうリスクは減る。

 だから、もっと近づきたい。

 

 下らないことかもしれないが、こんな自分にとっては凄く大事なことなのだ。

 それはそれとして。

 

 ニトクリス……あまりにも長いし呼びづらい。

 ここはニックネームで呼びたい。

 

 ニト……ニトクリス。

「クリちゃん?」

 

「……なんだか下品味を感じるのですが」

 

 うん。それは自分も思った。

 それにいろいろ後ほど色々アウトになりそうだからやめとこう。

 それなら。

 

「じゃあニトちゃん」

 

「え」

 

「ニトちゃん」

 

 大事なことなので、2回言いました。

 ニトちゃん。妥協策、というかもうこれしかない。

 

 彼女は、なんだか納得がいかなそうな抗議の色を帯びた、そんな複雑な表情をしつつも、自分も真剣度が伝わったのか。

 

「むぅ〜……いいでしょう。この際下品味を感じる呼ばれ方よりはまだマシな気がします」

 

「決まりだね」

 

 やったぜ。

 了承の言葉をもらって心の中でガッツポーズをする。

 

「それと」

 

 そう。重要なことを伝え忘れそうになった。

 いけないいけない。

 

「別にニトちゃんがファラオとして実績と挙げられてない、とか自殺することで逃げたから、とかどうでもいいんだ。他の英霊に劣るとか全然気にしてない」

 

「それはいったい……?」

 

「単純に、手を伸ばして生きようとしている俺に手を差し伸べてくれた。

 それだけで十分だ。俺はニトちゃんと一緒にこれから先も戦いたい」

 

 聖杯戦争だから、敗北して消えるまでは行動を共にすることは当然なのだ。

 それを互いに承知の上で、言葉に出して伝えたかった。

 

 ……それは彼女にとって大ダメージだったのか。

 彼女は再び、ぽふっとベッドに顔を沈めてそっぽを向く。

 彼女の魔術触媒(と主張する)の両耳は本人の意思とは関係なく無造作に揺れている。

 

 そんな彼女の仕草は愛らしく、どうにかなりそうだったが。

 同時に眠りに陥るのにも十分な充実感が、自分の中を支配していた。

 

 そっぽを向く彼女の背から手を回したまま、意識は途絶えていく────

 



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