Princess Principal ~Gearing BUILD and CROSS-Z~ (ポロシカマン)
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caseX-1 Encountering "much the best"
1-①


 

 ―――――『うさぎとかめ』という物語をご存じだろうか。

 

足は速いが怠け者な兎と足は遅いがマジメな亀が競争し、能力に慢心し眠ってしまった兎を堅実に歩を進めていた亀が負かすという、あの話である。

 

この物語が読み手に伝えようとしている教訓とは、まぁズバリ、『真面目にコツコツ頑張れるヤツが偉い』ということだろう。もちろん、そんなことは当たり前の話なのだが、この亀のような生き方を日々の生活で実践できている人間なんてきっと一握りだろう。ほとんどの人間はどこかで怠けや油断が入り、兎のような失敗を経験しながらも、それを糧として自分に合った頑張り方を構築していくものだ。

 

この持論を踏まえるなら、世の中の人間は「兎」と「亀」、大きく2種類の頑張り方をしていると言えるだろう。

 

そしてこの俺……『桐生戦兎』は、ここでいうところの「亀」の方だと自認している。名前は兎だけどな。

 

物理学を修め、数々の発明品を創造し、かけがえのない仲間たちと共に愛する地球を救うことが出来たのは、ひとえに自分が積み上げてきた努力が一つの要因だと思っている。

 

……もっとも、その努力の大半は記憶を失う前の俺、『葛城巧』が行ったものであるという自覚を忘れてはいない。

 

彼のおかげで今の俺があるのも事実で、感謝もしている。

 

自分で自分に感謝するっていうのも変に聞こえるかもしれないが、これが俺の素直な気持ちなのだ。

 

彼が俺の中から消えてからここ数ヶ月、特にそう思うようになった。

 

自分の中の大切な物がすっぽりと消えてしまうようなあの時の感覚は、まだこの胸に残っている。

 

だからこそ俺は、万丈と共に彼の生き様をきちんと『記録』に収録した。

 

いつか多くの人に彼の苦悩と、『亀』のような努力を俺たちが父さんから受け継いだ『ラブ&ピース』の精神をもとに伝えていきたい。

 

そして、俺は『桐生戦兎』という一人の人間として、『仮面ライダービルド』としてだけじゃいない新しい自分を、これから地道にコツコツ創り上げていきたいと、そう心に誓ったのだ。

 

 

 

誓った、のだが。

 

 

 

「――いたぞ!!『セント・キリュー』だ!」

「追え!!……絶対に逃がすなよ!!」

 

「あぁもう!どうしてこうなるんだよぉおおおお!!!」

 

 

19世紀イギリスに似たどこかで見たような『壁』のある、歯車と霧の都。

 

――――『アルビオン王国』。

 

この国はそんな自分が生きるには、今は厳しすぎた。

 

新世界にて、最上魁星の研究の手伝いをしていた俺と万丈は実験中の事故でこの摩訶不思議な世界に迷い込んでしまったのだった…………。

 

 

 

 

 

―――数時間前。

 

 

 

「ほら見ろよ戦兎これ!!今日もちゃぁんと、稼いできたぜ!!」

 

「はぁ……」

 

 

大通りから少し歩いた脇の道に、ひっそりと居を構えている大衆食堂がある。

 

そこでイマイチ味がぼやけている紅茶をしばきながら、俺は万丈がボクシングで稼いできたファイトマネーを見せびらかすのを横目に、街を行きかう人々を眺めていた。

 

 

「なぁんだよ、テンション低いな…ほらパン食えよ。うめぇぞ」

 

 

「ありがとう」

 

 

味がない癖にやたら固いパンをちぎって口に放り込む。 

 

この世界に迷い込んでから数日、俺達はいかに現代日本の食文化が恵まれていたのかという気付きをこのパンと共に噛み締める日々を過ごしていた。万丈はもうとっくに慣れたのかバクバク食べて紅茶で流し込んでいる。

 

しかしこれでも迷い込んだ当初よりは幾分かマシな生活ができている。暴漢に襲われたり物を投げつけられたりと正直あの時のことは思い出したくもない。まぁ見慣れない格好の日本人がこのいかにも治安と衛生が悪そうな街で歩いていたらこうなるだろうとは思うが。

 

運がいいことに、襲いかかって来た酔っぱらいの一人が近々試合を控えていた人気ボクサーで、出場できなくなった埋め合わせにそれをK.O.した万丈が急遽代理選手として出場することになったのだ。

 

 

『大丈夫だって!!元格闘家のボクシング、見とけよ戦兎!!』

 

 

そして、試合当日…まさかの日本人ボクサー登場の噂を聞きつけた住人たちによって会場は空前の大盛況(始めて来たので普段の客入りなど知らないが)。

しかも万丈が繰り出す現代ボクシングテクニックの数々と、見事なK.O.フィニッシュに観客は大盛り上がり、万丈は一夜でこの街のスターとなってしまった。

 

このレストランも万丈のファンになった店主が格安で料理を提供してくれるし、倉庫だが部屋として貸してくれていた。

 

因みに『マケルキガシネエゼ!!』は今や街の住人たちのホットワードとなっている。

 

 

「いやぁ、言葉が通じなくてもよ!気持ちってのは拳で分かるもんだな!!どいつも色んな事情でリングに上がってるけどよ、拳を交わす間はそんなこと忘れて純粋に楽しんでんだよな……デビューしたての頃みてぇなこの気持ちも色々あって忘れちまってたけどよ、こうして戦ってると今すっげぇ充実してるって感じなんだよな……おい聞いてんのか戦兎?」

 

「ごめん、今グルタミン酸のこと考えてた」

 

「いや聞いとけよ!!」

 

 

だってその話昨日も聞いたし、なんなら一昨日もその前の日も聞いた。

 

多少単語は異なっていても内容は全く変わってないので、聞くだけ損した気分になる。なってる。

 

あぁ、今すっごくアジの開きが食べたい。それとほかほかの白米。どこかに日本食を食べられるところはないものだろうか。

 

「なんか、お前なら身一つでアマゾンの奥地でもやってけそうな気がするよ…」

 

「いやいや流石に無……あ、でもピラニアとかワニとか食えるもんたくさんありそうだし、意外といけっかもな!!」

 

 

………なぜかその気になって笑っているこの筋肉バカと日本食は置いといて、俺は今後の生活について思案することにした。

 

今は万丈のファイトマネーでなんとか食いつなげているが、それも恐らく長くは持たないだろう。

 

現代日本でさえ格闘家の、特にトップクラスではないマニアでなければ名前も聞かないような者たちの金銭のやりくりはとても厳しい物があると聞いていたし、この短い期間で万丈の付き人と言う名の通訳をしている中でも(英語が通じてマジ助かった)選手が何時の間にかいなくなっていたというのは何度かあった。

 

長い目で見れば、より安定した食い扶持を見つける必要があると言えるだろう。

 

そんな山積みの問題を想うと気が滅入るし、ありもしない日本食に現実逃避するのも許してほしい。

 

それに何より、

 

 

「なぁ戦兎……」

 

「……なんだよ」

 

「別に焦んなくても俺が稼いでやっからさ。ゆっくり探そうぜ?お前の仕事!」

 

 

現在、天才物理学者桐生戦兎が『無職』という重大事件の真っただ中にあるのだった。

 

 

「わーかってるっての!!…あー、もうお前に心配されると凹むんだよこっちは!!」

 

 

それに加え、本来は自分の方が社会的優位性が高いはずの自分が、格闘家の稼ぎを頼っている実質『ヒモ』状態であるという現実だった。

 

自分でも今更これまでの万丈との関係を踏まえても、いささか驕っているとは思う。でもこれはプライドの問題なのだ。自分だけが仕事をしていないというこの状況に、万丈だけを働かせている今の自分に耐えられない。

 

 

「そっか…わりぃ。焦らすようなこと言って」

 

「…………」

 

 

しかも、そんな自分の感情を万丈が慮ってくれているということが……とても、とても悔しいのだ。

 

本当は逆の立場でありたいという、そんな自分の勝手な感情を自覚してしまう。

 

頑張ってる万丈の前で、そんなことは絶対に口にしたくなかった。

 

 

「……外出て来る」

 

 

気分を変えたい。それに、ここにいても心にもないことを言ってしまいそうな気がした。

 

 

「ほぉ、ひぃふへへな(おう、気ぃつけてな)」

 

「あぁ」

 

 

ワイルドにパンをかじる万丈の声を背中に感じながら店を出る。無職は仕事を求めて大通りへと繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つかんねぇなぁ……」

 

 

結局、身元不明の日本人を働かせてくれる優しい仕事場は無く、俺は公園の原っぱで寝そべり途方に暮れていた。

 

まぁよく考えなくても、自分のようなヤツを働かせてくれるような職場など、明日の命もあるかどうか分からないような危険なものしかないだろう。

 

でも、一つくらい、一つくらいはそんなことない、迷い込んできた異世界人を手厚く迎えてくれるような仕事があってもいいと思うのだ。

 

しかし現実は非情である。そんな都合のいいものはなかった。ちくしょう。

 

 

「最上さんってめちゃくちゃいい人だったんだなぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

俺と万丈が創った『新世界』で、色々あって頼ることとなったかつての敵、『最上魁星』……その別の可能性。

 

新世界での彼はあの事件で出会った二人とは似ても似つかない、温厚だがどこか人とズレた思考をするしがない大学教授で、身元の分からない、しかも有名人にそっくりな自分たちを受け入れてくれるほどのお人好しだった。

 

初めて会った時の彼が淹れてくれたコーヒーの味は、今でもはっきりと覚えている。

 

彼と過ごした時間は俺にとっても有意義で、万丈と論文の推敲に徹夜で付き合わされたり(万丈は飯炊き係)、そのお礼にと自分たちの『記録』の構成を手伝ってくれたりもした。

 

………だからこそ、あの日の事故が悔やまれる。

 

『エニグマ』による並行世界の自分との融合とは違う、特殊な装置が付いた大きなリング…『並行世界接続装置(仮)』により並行世界からそのエネルギーを取り出し、エネルギー問題を一途に解決するための、人のための正しい研究だった。

 

理論上完璧だった装置は何故か暴走し、謎の『緑の光』に吸い込まれ、俺と万丈は何時の間にかこの世界に倒れていた。

 

 

 

 

 

 

最上さんにさよならも言えないまま……俺と万丈は何もお返しが出来ていない。

 

だからこそ、俺たちはできるだけ早くあの『新世界』に帰らなくちゃいけない。

 

それに『記録』だってまだあらすじの録音を録り終えてない人が残ってるし、マスターや美空、他のみんなも俺たちの『記録』…『仮面ライダービルド』の完成を心待ちにしてくれているのだ。

 

 

「こんな形で裏切るなんてことは、絶対にしちゃいけない。」

 

 

日々の生活費を稼ぐ中で、仕事のない俺は元の世界へと帰る方法を模索するために、今いるこの世界について調べていた。

 

それで分かったのは、この国は元々重力を操ることのできる力を持った物質、『ケイバーライト』を用いた空中艦隊を保有していた『アルビオン国』という一つの国で、それが10年前の革命により、今自分たちがいる『王国』と壁の向こうにある『共和国』に分けられ、二つの国を隔てる『壁』の周辺地域は各国の工作員が暗躍する『影の戦争』の最前線と化しているということだった。

 

 

「ちょっとどころか、結構似てるよな……あの日本と。」

 

 

10年目に起きた事件により国が分かれてしまったこと。

 

軍事産業が国家資金の多くを使っている事。

 

それに……街を行き交う人々の目が、戦争中の東都の人々のそれによく似ていた。

 

 

「…この国は、きっと近いうちに戦争を起こす。」

 

 

科学の発展はいつだって戦いを齎した。

 

しかしこの国はなんとかその火種を抑え込めている。

 

しかしそれもきっと時間の問題だ。この国の人たちがどれだけ不満をため込んでいるのか、少し周りを見渡しただけでもよく分かる。

幸せそうに笑ってるのは立派なレンガ造りの家に住む瀟洒な服を着た一部の上流階級の人間だけ。

彼らは道の端でうづくまる者たちのことになど目もくれない……自分たちが殺意の乗った視線に曝されているとも知らずに。

 

もう限界なんだろう。この国は。

 

 

――戦争なんて止めたい。

 

 

……しかし今の自分たちじゃとてもじゃないが戦争の開始を止めらえるような力も立場もない。

 

でももし、今ここにいる街や俺達に優しくしてくれる人たちが戦火に巻き込まれるようなことがあれば、俺は……

 

 

「俺たちは……その時こそ、この力を使う。」

 

 

俺は懐から『ラビットフルボトル』を取り出して、そう強く思う。

 

今持ち歩いているのはこのボトルだけ。『ビルドドライバー』や『ハザードトリガー』、万丈が持つ『ドラゴンフルボトル』以外のその他のボトルやマシンビルダーのようなアイテムは、今の仮住まいに厳重に保管してある。

 

何故なら『ネビュラガス』に連なる技術が存在しないこの世界で、何かの拍子でこれらの技術が渡るようなことは何としても阻止しなければならないからだ。

 

物理学を冒涜するかのようなこの国の巨大な飛行船は、今もどこかの国の空を飛んでいるのだろう。

 

ボトルの力がこの国の軍人や政治家に知られたらどうなるか、容易に想像できる。

 

 

『パンドラボックス』が無くとも人は強く争いを求めることができると、難波重工との戦いで俺たちは嫌と言う程思い知った。

 

 

だからこそ、安易に強い力を手に入れることがどれだけ危険な事か、そして強い力を得た者の考え方と責任の重さを、俺と万丈は『記録』の中で自らの体験に添えて強く、メッセージとして届けたいと考えていたのだ。

 

 

「………メッセージを、届ける?」

 

 

今、何かが閃きそうな気がした。

 

ビルドのアイテムの開発三昧だったあの頃ではよく覚えた、あの感覚。

『フルフルラビットタンクボトル』の構想を思いついた時にも似た、あの感覚。

 

 

メッセージを届ける……伝える。

 

自分たちの感じた思いを、体験を……

 

 

 

『体験』。

 

 

 

「……そうか、そうだよ!あーー!!この手があったんだった!!」

 

やっと見つけた!!俺の仕事!!

 

戦争を止められそうな方法!!

 

早く、万丈にも教え……

 

 

 

 

 

「――ほう、なんの手だ?」

 

 

立ち上がっていた俺の方に、黒い手が乗っていた。

 

 

「え……………誰?」

 

 

背後に目を向けると、そこには黒いスーツに同じ色の帽子を被った体格のいい男がいた。

 

さらに周りを見渡すと、似たような男たちが自分を取り囲んでいる。

 

 

「『セント・キリュー』だな?強盗殺人容疑で逮捕する。」

 

 

そう言うと同時に、男は俺の腕を掴んだ。

 

 

「……は?」

 

「抵抗は無意味だ。来い!!」

 

「いや……いやいや、え、ちょ、離しなさいよ!!」

 

 

俺は男の手を振り払い、

 

 

「貴様ァ!!……捕縛しろ!!」

 

 

一目散にその場から全力で走り出した。

 

 

「……なんっでこうなるのぉーーー!!??」

 

 

ハザードレベルのおかげで身体能力が上がっていた影響か、意外にも追跡のプロである警察?から捕まらずに走り、壁をよじ登り、屋根の上を飛んだりと『ビルド』の力無しでこうも想像以上の動きができる自分に若干驚きながら、俺は1年とちょっと前の、あの日のアイツを思い出していた。

 

 

「ハァーー………嘘だろ……?

ハァー……今度は、ハァッ、俺が殺人犯かよ……」

 

 

あの時のような二人じゃくて、俺だけの逃避行。しかも着の身着のまま、『ビルド』無しのマジの自分だけ。

 

 

「……万丈」

 

 

アイツの顔が否応なしに浮かんでくる。

 

 

「――おい!いたぞ!!」

 

「うぉやっべ!!」

 

 

銃声が鳴り響く中、狭い路地を俺は走った。

 

そして、意識したわけでもないのに、あのセリフが口からこぼれる。

 

 

「俺は!!誰も!!殺してねぇえええええーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始めさせないわ戦争なんて。絶対に―――」

 

走る戦兎を見つめる視線があった。

 

黒いマントがはためいて、緑の光が淡く揺らめく。

 

銀髪の少女は金の望遠鏡から視線を外し、夜のロンドンの町を翔けた。

 

 

 

 

 

 

 

 




万丈「戦兎のやつおせぇな……どこまで行ってんだよアイツ」

???「ここかなぁ……お、あれかな?」

???「あ、はい!あの人ですよ!『Dragon☆Banjo⇒』!!」

万丈「おん?…お、何だ俺のファンか?サインなら」

???「いや、それには及ばん。」

万丈「え?…うぉすげぇ!日本刀じゃん!本物かよ!?」

???「はいはい、そういうのいいから……で、ちょっとあんたに来てほしいところがあるのよね」

???「その…あなたのお友達が大変なことになっていまして…」

万丈「仲間……戦兎になにかあったのか!?」

???「うむ。あの者を助けるのに其方の力が必要なのだ」

万丈「!!…今すぐ連れてってくれ!!」

???「勿論。そこで、私共がご案内させていただきます」

万丈「あれ?ていうかあんたら何なんだ?」

???「チーム白鳩――スパイです。」


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1-②

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――時間は戻る。

 

 

 

 

「くっそ……どうすりゃいいんだよ…」

 

警察の包囲網を掻い潜りながらロンドンの街をネズミのように逃げ回っていた俺は、何時の間にか警察の検問に囲まれ逃げるように平民街の家と家の細い隙間に隠れ潜んでいた。

 

気付けばとっくに太陽は西に隠れ、街灯の光だけが街を照らしている。

 

夜闇に紛れて警察を撒こうにも、まだ土地勘の薄いこの街ではどこに逃げればいいかも分からずにこの小汚い道とも呼べない空間で途方に暮れていた。

 

「はぁ……まさか現実でアレをやることになるなんて…」

 

ロンドンで警察といえば、過去に俺は美空と万丈、そして『石動惣一』とともに興じた『スコットランドヤード』というゲームを思い出す。一人が犯人役、残りが警察役として制限時間内にロンドンのどこかに隠れた犯人をその足取りを頼りに見つけ出すというボードゲームだった。

 

………そういや一度も捕まえられなかったな、あの野郎。

 

「ってそんなの今思い出してどうすんだよ」

 

ていうか状況的に考えて『ブラッド』の事件の方が近いだろ。

『奴』との最終決戦の前に勃発した、三人のブラッド族との戦い。

奪われた万丈を巡っての伊能との対決。

その時に万丈と変身した『クローズビルドフォーム』。

 

それに、

 

 

「『仮面ライダー』として戦い続けることが出来たのは、あの姉弟みたいな人たちのおかげだ。」

 

 

『スマッシュ』に襲われていた姉弟、あの事件の後俺にお礼を言ってくれた時はとても嬉しかった。

 

見返りが欲しくて助けたわけじゃなかった。

 

助けてもスマッシュの仲間だと勘違いされて俺から逃げる人だって少なくなかった。

 

感謝なんて期待していなかった。

 

それでも………やっぱりお礼を言われた時は、嬉しかったのだ。

応援されたのは、嬉しかったのだ。

 

幻さんが最後まで『仮面ライダーローグ』として戦えたのも、きっと国民の思いを背負う喜びがあったからだと、俺は思う。

 

 

でも、この世界にその人たちはいない……『新世界』以上に面影の無い、俺と万丈が完全に孤立した世界。

俺たちを応援してくれた人たちに感謝を伝えることもできない完全な『別世界』なのだ。

 

 

「会いてぇな……みんなに…」

 

 

『新世界』で『記録』を創っていくなかで親交を深めていた、かつての世界とは別の人生を歩んだ俺の仲間たち。

美空、マスター、紗羽さん、一海、幻さん、内海さん、勝、聖吉、修也さん……

 

 

修也さん……青羽。

 

そうだ

 

 

「俺は誰も殺してない……わけねえだろ。」

 

 

東都と北都の戦争の中で、俺が初めて『ハザードトリガー』を押した日、

 

俺は確かに、彼の『命』を奪った。

それは紛れもなく………殺人だったじゃないか。

 

彼は、兵器じゃない。仲間と故郷の為にその身を捧げて戦っていた、紛れもない心ある人間だったじゃないか。

 

 

この国で俺は確かに誰かを殺したわけじゃない、冤罪だ。

それに抗うことは当然だ。

 

それに、俺はまだ彼の命を奪った罪を償いきれたとは到底思っていいない。

二度と彼や他の三羽烏、西都の兄弟、内海さんのような人間を生まない為にも、俺たちはあの『記録』を完成させないといけない。

 

そして、この国の人たちにも伝えるんだ。俺たちの思いを響かせるんだ。

 

 

「だからこそ……こんな所で足止めを食らってる場合じゃない!!」

 

 

立ち上がり、屋根と屋根の間から覗く赤い月を見上げ、俺はその明かりを頼りに壁に足を掛けた。

 

 

 

 

「いたぞ!!脚を狙え!!!ヤツにこれ以上走らせるな!!」

 

「うぉおおお!……おぉい!街のど真ん中でドンドン撃つんじゃないよ!!あんたらそれでも市民の味方か!?」

 

「黙れ殺人犯!大人しく捕まれ!!」

 

「だーかーらー!!冤罪なんですぅ!!今日の昼過ぎまでのアリバイを証明できる人がいるから!!そいつ連れて来るま…うぉわ!!…連れて来るまではちょっと待ってなさいよぉ!!」

 

俺はその証人……万丈とレストランの店主のいるあの店に向かって走っていた。

 

だがその旨を懇切丁寧に(弾を避けながら)説明するも、頭に血が上ったポリスメンはまるで聞く耳を持ってくれていなかった。

おかげでまたしたくもない逃亡劇を繰り広げてしまっている。

 

 

 

でも今の俺は至って冷静だ。これからやるべきこと、その道のりがはっきりと見えているからだ。

 

どんな困難にも決してめげたりしない夢が、俺の全身を動かす原動力となり、この足を走らせる。

 

 

―――待ってろよ万丈!!今の俺には、お前が絶対必要なんだ!!

 

あと十数メートル、もう少しであの店にたどり着く。

 

俺の夢を守ってくれ、万丈!!!

 

 

 

前方に差し込める街の光を見つめ、俺はこの長く暗い路をついに抜けた―――。

 

 

 

「残念だったな。ここが終点だ」

 

 

 

街の明かりだと思っていた光は、昔の刑事ドラマで見たような大きな照明だった。

 

 

「もうどこにも逃げられんぞイエローモンキー…フッ。屋根の上にも武装警官を配置してある。お得意のアクロバチックもこれで役立たずだなぁ。おっと、下手な動きをしてみろ…お前が凶器を取り出すよりも早く、ワインセラーにしてやっからよ。」

 

 

顔の厳ついこの場のリーダーらしき男が、拳銃を俺に向けながらペラペラと喋る。

その後方には数十人の棒状の武器を構えた警官がにじり寄ってきている。

背中からも、追ってきていた警官たちが俺を取り囲んでいた。

 

 

「これでてめぇは終わりだ。…ハハッ、運が無かったなぁ東洋人!!バカやった分、この国の為に文字通り馬車馬になってもらおうか!!」

 

 

男が下卑た笑みを浮かべながら、銃を手で弄びながら近づいてくる。

 

コイツだけじゃない、周りの警官たちも、まるで賞金付きの害獣を見つけたかのように、舌舐めずりしながら俺に近づいてくる。

 

俺はマングースやアライグマじゃない。

 

桐生戦兎だ。

 

 

「―――嫌だ。」

 

 

俺には、まだやるべきことがたくさんあるんだ。

 

この世界で生き抜くための仕事を見つけたばかりなんだ。

 

 

「俺は、俺たちはまだ戦わなきゃいけないんだ―――。」

 

 

『おはようセント!朝飯出来てるぞ!!今日のバンジョーの試合絶対見にいくからな!』

 

『セントー!なおしてもらったこのひこうきすごいよ!あぁーんなとこまで飛んでったんだぜ!』

 

『ほら、このシャツ私が仕立てたの!よかったら着てみてよ!ハンサムだからきっと似合うわ!』

 

『……東洋の人はまだ色々と大変だと思うけど、きっと今にいい国になるわ。…だから、この国の事まだ嫌いにならないでね?』

 

 

何も分からないこの世界でも、俺たちを迎えてくれた人たちがいたんだ。

 

 

『なんか……思ってたよりいいとこだよな、ここ。結構寒ぃけど』

 

『まぁまだ春先だしな。なぁ万丈……この国の人たちは苦労しながら日々の楽しみを大切にしてる。だから見せてくれる笑顔が凄く温かいのかもな。』

 

『それな!!そうだよなぁ!!……ずっと、笑っててほしいよな。あいつら』

 

『あぁ。』

 

 

 

本当に、心からそう思えるんだ。

 

 

だから。

 

 

―――だから俺は!!

 

 

「この世界の人たちも、守りたいんだぁあああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ならまずは、私があなたを守らせてもらうわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緑の光が、突然空から舞い降りる。

 

 

 

 

「な、何者――ぐあぁッ!?」

 

 

その次の瞬間、俺の視界は煙の灰色に包まれた。

 

 

「げっほ!!え、煙幕!?」

 

「なんだ何があっ…ぐへぁッ!?」

 

「お、おい!?何がどうし…ぶはッ!?」

 

 

俺を囲んでいた警官たちのものだろうか、男達が次々と何者かに倒されていく様子が煙のスクリーンに映し出されている。

 

「あれは………」

 

眼をこらし、警官たちを伸していく謎の黒いシルエットを注視する。

まるでアスリートのような身のこなしでバッタバッタと武装した警官たちを地面とキスさせていくその存在。

やがてそれ以外動くものが見えなくなると、徐々にこちらに近づいて、そいつは俺にその異様な姿を見せた。

 

 

「………え?」

 

 

黒いシルクハットに、同じ色のマントと口を覆う布。そして少しの銀髪と綺麗な青い瞳が覗く。

自分より頭一つ分くらい低い等身、まるで映画や小説の中でしか出会えないような出で立ちをした少女が、目の前に立っていた。その姿は、まるで………

 

 

「まさか…………怪盗!?」

 

「泥棒と一緒にしないで」

 

 

顔に布を被せられた。

 

 

「ンーーッ!!?」

 

「はしゃがないで。」

 

 

真っ暗になった視界が、ほのかに緑色を帯びる。ついさっき見た物と同じ光だった。

 

いや、この光は………ずっと前にも、見たような……

 

 

「!?」

 

 

思考を砕く圧迫感が、腹部を襲う。

そしてかつての戦いの中で何度も味わった、空中に吹っ飛ばされた時の、脳が揺さぶられるあの感覚。

 

まさか……『飛んでる』のか?

それに、担がれてる!?

 

 

「………撒けたようね。」

 

 

少女の声が聞こえる。凛とした、美しいがどこか超然とした、まるで遠くの人間に話しかけているような声。

でも、確かな信念を感じるような熱い声だ。

 

 

「手荒な真似をしてごめんなさい、こちらもちょっと立て込んでいるの。……そのまま聞いていて。先ずはあなたに知っていて欲しいことがあるから。」

 

「……?」

 

「あなたの顔と名前を使って、悪事を働いた輩がいる。それも今回が初めてじゃない。今まで何人もあなたのような身元不明の人間に化けて逃げおおせてきた、凶悪犯罪者よ。」

 

 

…………そして彼女は語り始めた。

そいつは没落貴族の元子弟で、一部の上流階級に顔が利くこと。

貴族と繋っているある政治家の汚職の証拠を盗み出し、それを脅しの材料にして自分の悪事の数々を見逃させている事。

自分はその汚職の証拠を取り戻すために、件の犯罪者の居場所の手掛かりが必要だったこと。

 

 

「その手掛かりがあなたよ……『桐生戦兎』。」

 

 

緑が視界から消え、腹部の圧迫感も消える。その代わりに足に地面の感触が戻った。

そして被せられた布も、最後に俺から離れた。

 

 

「ここは……」

 

 

すぐに今俺がいる地点の周りを見渡す。

強い光を感じた右方を見ると、そこはガレージのような場所で、その中に綺麗なこげ茶色とミルクティー色のクラシックカーが鎮座している。さらには用途不明だが洗練されたデザインの何かのアイテムの数々が目に付く。

 

まるで何かの組織の秘密基地のようだった。

 

………いや、それよりも

 

 

「えぇっと………怪盗じゃないなら、君は何者なんだ?」 

 

 

シルクハットの少女に問いかける。

少女は俺を一瞥した後、ハットと口の布を取って、こちらに向き直った。

 

 

「私の名は『アンジェ』、見ての通りスパイよ。今日からあなたの護衛をさせてもらう。」

 

「……はい?」

 

「そしてこの国の……プリンセスの為に、力を貸してもらうわ。」

 

 

 

 

 

 

―――俺たちの新たな戦いの日々は今日この夜、始まった。

 

 

 




万丈「もう待てねぇ!!!!俺に戦兎を助けに行かせてくれ!!!」

???「こら落ち着け!もうすぐ私たちの仲間が連れてくる。それにまだぬか漬けがこんなに…」

万丈「落ち着いてられっかよ!!漬物はたくさんあっけど戦兎は俺のたった一人の、俺の大事な相棒なんだよ!!行かせてくれよ!!」

???「ご安心くださいミスター万丈」

万丈「…どいてくれよ」

???「彼女なら、アンジェなら絶対に貴方の相棒様を連れてきてくれますわ」

万丈「あんたに俺とアイツの何が分かんだよ!」

???「分かりますわ」

万丈「んだと?」

???「あなた!姫様になんて口を……!」

???「…待ちな!」

???「っ、でも…」

???「いいから見てなって…ほら」

???「あなたのその人を大切に思う気持ちは、私には痛いほど分かりますから。私もね、本当は彼女の事が凄く心配。でもそれで彼女を縛ることはもっと嫌ですから……。だから私も、彼女が頑張るのと同じくらい頑張って待つの。彼女が帰って来た時に、精一杯の『お帰りなさい』をしたいですから。」

万丈「…………そうなのか。」

???「はい!」

万丈「………」

???「………」

万丈「んじゃ俺も待つわ。俺もアイツに、かっこわりぃとこ見せたくねぇからな。」

???「フフ♪……あ、でももう待つ必要は無いみたいですよ?」

万丈「え?」

???「緑の星が見えましたから。」


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1-③

今回からがっつりプリプリ組と戦兎&万丈が絡んでいくのでご注意ください。

では、どうぞ。


  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァーーッ……ハァーーッ……」

 

深い霧に包まれている夜のロンドン郊外、黒いコートの男は大きく口を開け息を荒くしのろりのろりと歩いていた。

 

深緑色の鍔付き帽子を前よりに被り、襟元を立たせて顔を隠している。

しかしそれが逆に、彼の真っ赤に充血した双眸を大きく目立たせていた。

時折彼とすれ違う通行人には、まるで血に飢えた吸血鬼のように見えているのか、見なかったことにして足を早める。

 

 

「クソッ!!…『ヤツ』に逃げられた!!一体"あ"んなんだったんだアイツはァ!!」

 

 

勿論彼は吸血鬼ではないし、れっきとした人間である。

だが、実は彼には吸血鬼と共通するものがある。

 

彼は『鬼』である。

厳密には『殺人鬼』である。

 

自らの欲望を満たすため、何十人もの無辜の命を奪って来た『連続殺人鬼』である。

 

 

「それに……"あ"だ足りねぇ……この程度の『力』じゃあ、(おく)満足(あんぞく)できねぇ…『ヤツ』を(おお)い通りに刻めねぇ!!」

 

 

人は殺人鬼と聞いて、まず誰を思い浮かべるだろうか。

 

ジャック・ザ・リッパー?

 

ソニー・ビーン?

 

H・H・ホームズ?

 

彼らの猟奇的な殺人は有名過ぎる程に有名である。その手口を知る者も多いだろう。

鋭い刃物や毒ガスを、彼らのような殺人鬼たちは好んで凶器として活用した。

 

だがそれらは、言ってしまえば所詮外付けの道具でしかない。

殺人的なまでに高められた武術や話術のような、殺人者自身が習得した能力とは別に用意しなくてはならない物だ。故に、それらは彼らの凶行の証拠品として、時に彼ら自身を追い詰める諸刃の剣となることもあっただろう。

 

だが、彼の場合は少し特殊だった。

彼の凶器の一つは、『人の顔』であった。

 

自分と背格好の近い男を見繕い、その顔を観察し複製し、『仮面』を作る技術があった。

その仮面は彼を完全な他人へと『変身』させるのだ。

変身された者に罪を押し付け自らの生贄とするために彼が磨いた『凶器』である。

 

彼に唇は無かった。

鼻も耳も無かった。

眼球はあっても瞼がなかった。

吸血鬼ではなくとも。仮面を外した彼の本当の顔は正しく『怪物』と呼ぶにふさわしかった。

 

しかしその顔とも呼べぬ顔を、彼はあらゆる人間に変身するのに最適だとし、むしろ歓迎していた。

多くの顔になることが出来る彼にとっては、本当の自分の顔になどまるで興味はなかった。

 

しかし、『仮面』はあくまでも彼の殺人の準備とその後始末のための『凶器』である。

肝心の、彼が人を殺すための凶器は別にあった。

 

それは――。

 

 

「――よぉ、お勤めご苦労じゃな。」

 

「ハハァーッ…探したぞ、『博士』!」

 

 

博士と呼ばれた、トランクを脇に下げた『老人』はにやにやと気色の悪い笑みを浮かべながら、殺人鬼の前に現れる。

その豊かに蓄えられた顎髭を手で弄りながら、博士は殺人鬼を頭の先からつま先までをじっと観察する。

 

「んん~~…ほっほ、だぁいぶ馴染んできたようじゃないか。どれ、見せてみぃ」

 

「あぁ……」

 

右腕の袖を肘まで捲り、上腕に力を込める。

 

すると――、

 

 

ズゥオン!!

 

 

右腕から噴出した蒸気圧により、土埃が舞い上がる。

そして彼の右腕に、ある変化が起きていた。

 

 

「んん~……やはり見事なり我が『業』。儂特製の『鋸鎌』よ。」

 

 

鋸鎌……そう、鎌。

彼の右腕に、大きな鎌が生えているのだ。

カマキリのように、刃に鋸状の突起が無数に付いた大きな鎌が彼の右腕から生えているだ。

 

 

「――シッ」

 

 

殺人鬼はおもむろに右腕を振るう。

 

音もなく、彼のそばに立っていた街路樹が伐採された。

 

 

「ほっほ、素晴らしい!もうここまで使いこなせとるとはの!流石に『彼』が紹介してきただけの事はある。」

 

「どうだ……"お"っと『改造』してくれるのか?」

 

「無論!そのつもりでお前さんを呼んだのじゃ……ここまで仕上がっとるなら、もうその子を完成させてもいい頃合いじゃろうて。」

 

「ハハァ――ッ!!助かるぞ!!」

 

 

殺人鬼は手首をスナップさせて鎌を収納すると、興奮した大型犬のように息を荒くして歓喜する。

 

 

「これで!……これで(おく)は"お"っと多くの人間を刻"ん"ことが出来る!!(おく)は"お"っと幸せになれる!!アッハッハ………アーーーッハッハッハッハ!!」

 

 

―――夜のロンドンに、怪物の笑い声が隅々まで木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

「万丈………?」

 

 

アンジェと名乗った自称スパイを問い詰めようとしたのを無理やり止められ、ほとんど力づくで連れて来られた部屋で俺の目に最初に映ったのは、なんと万丈だった。

 

 

「よう!遅かったな戦兎!」

 

 

しかも畳(!?)の上で胡坐をかきながら……何故かきゅうりを齧っている。

 

 

「いや……いやいやいやいや!!……え、何!?え、なんでいんの?ていうか何できゅうり!?」

 

「あ、これ?ぬか漬けだよぬか漬け。おめぇも食え!うめぇぞ!!」

 

 

そう言って俺に、ちゃぶ台の上の皿に乗っているきゅうりのぬか漬けを渡して来る万丈。

 

 

「うわ臭ッ!!」

 

「んだよそんな臭くねぇよ!いいからほら!食ってみろって!おめぇの大好きな日本食だぞ?」

 

 

いや好きだけどさ日本食…でも俺はアジの開きが特別大好物なだけで、他はまぁそこまで大好きじゃないっていうか……う~んでもこの臭みなんかすっごい懐かしい。なんか、故郷(ふるさと)の匂いがするっていうか……ボリっと。

 

 

「あ、うまぁい!!」

 

「だろォ!?」

 

「あー、すっごい美味い…この絶妙な塩分量がこう、ミネラルとして疲れた肉体の隅々まで伝わってきて最っ高の癒しを齎して……って和んでる場合かよ!!」

 

 

すかさず自分自身にツッコミを入れる。きゅうりが美味すぎて我を忘れるところだった。

 

 

「だからなんでいんの!?」

 

「あー……いや何かな?ここのやつらがお前を助けんのに俺が必要だっつって突然車でここまで連れてきたんだよ。それでお前を待ってる間腹空してたらこれくれてよ。あ、くれたのはそこにいる『ちせ』って髪に花付けてるやつな。」

 

「『藤堂ちせ』という。よろしく頼む」

 

「うぉわぁ!?あ…すんません、お邪魔してます…」

 

 

万丈が手で示した方を見ると、そこにちょこんと和服を着た黒髪の女の子が座っていた。

泰然とした雰囲気を纏い、綺麗な姿勢で湯呑を口にしている。

俺はそんな彼女が急にちゃぶ台の向かいに出現したものだから、ビックリして思わず叫んでしまった。

 

 

「お主が『桐生戦兎』か。」

 

「あ、はい。てんさ、んんっ……桐生戦兎です。よろしくお願いします。」

 

 

幼げに見える容姿とは真逆に、まるで武士のような…いや、奥に立てかけてある日本刀のことを考慮すれば、もしかしたら本当に武士の家系の者なのかもしれない彼女の言葉遣いに、俺は思わず堅苦しく敬語で応対してしまう。

それだけ物々しい、一般人とは大きく異なる雰囲気を醸し出していた。

 

「これ(きゅうり)勝手に頂いちゃってよかったんですか…?」

 

「構わんぞ。それはここの者には口に合わぬのか、漬けてもよく余ってしまうのだ…お主らで良ければ、あるだけ食してくれてよい、同郷のよしみだ。」

 

「同郷……」

 

 

少女は小さくにこりと笑みを浮かべ、そしてまた湯呑に口を付けた。

そうか……やはり、彼女は日本人なのか。

 

 

「……ありがとうございます!いただきます!!」

 

 

家主の許可も出て、俺は久々の日本料理を堪能した。

美味い。本当に美味い。

そこまでぬか漬けに詳しくない自分にも、これがどれだけの手間をかけて漬けられたものか、味覚で理解できた。

万丈も無心でボリボリと小気味良い咀嚼音を響かせている。

 

ふと、これがジャガイモ以外で久々に口にした野菜だと思い出す。

それが関係したかは知れないが、目尻に温かい感触を覚えた。

 

 

「す……すごい…泣きながらアレを食べちゃってますよあの人たち…」

 

「ハハハ、ほんとだ…いや、日本人にしちゃちょっと態度がこっちよりすぎて若干疑ってたけど、あの舌は間違いなく日本人だな。ん……ぷはっ」

 

「あらドロシーそのお酒、結構高価なものじゃなかったかしら?」

 

「ふっふ。いやぁ、今回の報酬結構凄いじゃないですか。だからまずは景気づけにパーっと呑んじゃおうかなぁ~?と思いまして。」

 

「はぁ……発想がオジサンのそれね。」

 

「あぁん!?あたしのどこがオジサンだってぇ!?」

 

 

と、咀嚼音に混じって部屋のどこからか女の子たちの話声が聞こえる。

 

 

「んん…………?」

 

 

その方向へ首を動かすと、そこに丸テーブルを囲むように座る四人の少女がいた。

 

 

「お、漬物はもういいのかい?」

 

「あんたは……?」

 

「あたしは『ドロシー』。『セント・キリュー』でいいよね?短い間だけどよろしく~」

 

 

四人の内、初めに俺に声を掛けた少女は自らをそう名乗った。おひらひらと手を揺らしながら酒らしき物をぐびぐびと飲みつつの挨拶。確かに『オジサン』然とした陽気な雰囲気だが、気のせいだろうか、俺は彼女のその姿にどこか哀愁を感じた。

 

 

「あ!…えっと、初めまして『ベアトリス』です!よろしくお願いします!!」

 

 

間髪入れず、次に声を上げた少女は突然の自己紹介タイムの開始に慌てふためいたのか、勢いよく立ち上がって大きくお辞儀をした。彼女は髪を大きく二つのお団子に纏め、また、くりくりとした大きなブラウンの瞳が特徴的でありまるで愛くるしい小動物を思わせる容姿をしている。……だが気のせいだろうか?彼女のよく通る少女特有の高い声に、なぜか機械的なノイズが混じっていたように聞こえた。

 

 

「………あぁ!俺は桐生戦兎。天っ才物理学者だ!二人ともよろしく!」

 

 

思考に埋没しかけるのを寸でで押しとどまる。

そうだ、今はまず彼女らと新しい関係を構築にするのに専念しよう。詳しいことはそれからだ。

 

そして俺もいつものように、元気に初対面の挨拶を決める。

これには俺が『科学に与る者』であると同時に、『科学を預かる者』であるということの自己アピールと、俺はその道を決して違いませんよという思いを込めている。

そしてこれは、いついかなる時も俺の科学は人の為にあるという意思表示なのだ。

ちせの時は彼女の雰囲気に気圧されてしまったが、今度はバッチリ決まっ…

 

「ふぅん…ちょっと意外」

 

「失礼ですけど、あまりそんな風には…あはは…」

 

「………がーん。」

 

 

てなかった。スベってた。

何でだ……やはりこの顔のせいか?葛城巧の顔をしていればもっとちゃんとしたのか?

…って駄目よ周りのせいにしちゃ。きっとまだまだ俺に天才物理学者としてのオーラ的なアレが足りてないってことだろう。そうに違いない。もっと実績を積まなきゃなぁ……日々是精進、しないとな。

 

……っとそうだ。いかんいかん

 

 

「えー、君は……」

 

「『アンジェ』よ。さっき名乗ったばかりでもうお忘れかしら、天才物理学者さん?」

 

「いやいや、これからよろしくお願いしますって言いたかっただけよ。護衛(まも)ってくれるんでしょ?俺を。」

 

「ええ。それが今回の私の任務だから」

 

そう言って彼女は俺から目を離した。

……ありゃま、そういう感じで来ちゃいますか。

なんというか……あからさまにこっちと『壁』を作りにきてる感じがビンビンしている。

まだ見た目年若いくせに、このどこか達観したような雰囲気と視線はこちらに向いているのにここじゃないどこかを見ている瞳の少女、アンジェ。

きっと彼女には人の創造の及ばない暗い境遇があるのかもしれないが、今俺がそれを聞きだそうとは思わない。人には人の事情があるのだし。

 

 

「ごめんなさいミスター・キリュー。この子こんな風に素っ気ないけど、ホントは誰よりも思慮深いとってもいい子なのよ。誤解しないであげて?」

 

「あ、そうなんですか?」

 

「ちょっ、プリンセス!?」

 

「あ、マジなんですか!?」

 

「黙りなさい!!」

 

「オー、ソーリー……」

 

 

めっちゃキレられた。なんかネジのついた変な球体?まで出してきたし、なんだろう、スパイの秘密アイテム的な奴だろうか。

スパイ…そうか、もしかしてここにいる女の子みんなアンジェと同じスパイなのか?

色々と込み入った事情がありそうな少女たちが集まっているのもこれで少し納得……

 

 

!!……いや、その前に…

 

 

「えぇっとあの、あなたさっきその、『プリンセス』って、呼ばれてまし…た?」

 

 

肝心なとこを聞き逃すところだった。

ある意味では、スパイよりも重要かもしれないその肩書。

普通ならただの女の子同士で冗談で使われるようなニックネームだが、この場でそう呼ばれた彼女は、そう呼ばれる説得力が異常なまでに高かったのだ。

 

 

「あぁ、そうでした……申し遅れましたご無礼をお許しください。ミスター・キリュー」

 

 

その浮世離れした声色に、俺は思わず背筋を伸ばしていた。

 

 

(わたくし)の名は『シャーロット』。このアルビオン王国で王女をしております。気軽に、『プリンセス』とお呼びくださいね。」

 

 

―――ドンピシャ。

 

天才物理学者、王族とお近づきになったってよ。

 

 

「マ……マジ?」

 

「なんと大マジ。どう?新聞で見たより美人だった?」

 

「いや新聞取ってないっす。」

 

「えぇーーーー!!??ま、まさ、まさかあなた、姫様のご尊顔を今の今までし、知らなかったんですか?」

 

「…………知らなくてすみませんでした!!」

 

 

プリンセスに心からDOGEZA奉る。

俺だって『今の日本の首相もちろん知ってるよな?』『知りましぇーーんwww』されたらキレるに決まってる。

心からのDOGEZAだった。

 

 

「ゆ、許されませんよ!?幾らちせさんと同じ日本人とはいえ、仮にもこの国で暮らす者が姫様のご尊顔すら知らないなんて!!」

 

「本当にすみません!!」

 

「落ち着いてベアト?ミスター・キリューはこの国にいらしてからまだ本の10日余りでこの国のことをよくご存じないのは致し方ないことだわ。……それに生活にも少し困っていらしたようですし。」

 

「え、なんでそんなこと知ってるんですか?」

 

「姫様とのお話で口を挟まないで!」

 

「すいません!」

 

「い、いえ構いませんよ?ベアトも、ね?………こほん、実は今回の件に関しまして、誠に勝手ながらミスター・キリュー、ミスター・ バンジョー御二人の事をそこのドロシーと共に一通り調べさせていただきました。」

 

「え………えぇ!?」

 

 

まさかの事実に驚きを隠せなかった。

いや、正直この流れだと不敬罪で首チョンパされるんじゃないかと思っていた。

が、まさかのプリンセス側からこっちのプライベート侵害のカミングアウト。

ドロシーの方へ疑いの目を向ければ、そこにはわかりやすく口笛を吹く彼女の姿が。

マジですか……

 

 

「あなた方がこの国に来てから少なくとも今日で10日。御二人がこのロンドンで暮らしていたのはこちらの御店ですね?」

 

 

そう言って、プリンセスは俺と万丈が倉庫を貸してもらっている店の写真を見せてきた。

紛れもない、俺と万丈が好意で倉庫を貸してもらっているあの店である。

 

 

「そうです……けど。」

 

 

自分でもどうかと思う程に掠れた声に、プリンセスは力強く頷く。

そういえば、彼女たちが万丈をここまで連れて来るのにどうしたのかと考えると、自然とこの店の存在に行きつく。そういうことだったのか。

その傍らでベアトリスが心配そうな眼差しで俺とプリンセスを交互に見つめているのが視界の端に映った。

……一体、彼女は俺に何を伝えようというのだろうか。

 

 

「では、次にこの男についてご存じありませんか?」

 

 

二枚目に見せてきた写真には、深緑色の鍔付き帽子を被ったどこにでもいそうな男が写っている。

だがその男は―――

 

 

「あれ………この人、前に絵のモデルになってくれって言われたような……」

 

 

数日前、戦兎はロンドンのとある広場で仕事探しの息抜きに散歩したことを思い出す。その時、その写真の男とそっくりな男に声を掛けられ、ハンサムだなんだと持てはやされ気を良くして小一時間時間を共にした記憶があった。

 

 

「……繋がりましたね。」

 

「……はい?」

 

「ミスター・キリュー、この男は絵の練習の為にあなたの顔を写し取ったのではありません。あなたの顔を使って、あなたに殺人の罪を着せるために写し取ったのです。」

 

「――――じゃあまさか!!」

 

「はい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「この男こそ件の連続強盗殺人鬼―――『マスクメイカー』です。」

 

 

 




万丈「英語だからアイツらが何言ってんだかさっぱりわかんねぇ」

ボリボリ。

ちせ「食べながら喋るでない!全くはしたない……」

万丈「わりぃ」

ちせ(むぅ…こやつが誠に日ノ本の男児なのか分からなくなってきた……)

万丈「あ、そうだ!なぁちせ、うまい和食屋知らねぇ?アイツアジの開きが大好物だからよ、ごちそうしてやりてぇんだよな……なんか最近元気なかったしよ、それでまた元気になってほしいんだ。頼む!この通り!」

ちせ「ふむ……

(日ノ本の男児としては少々あれだが、少なくとも人としては信に足る者ではありそうだ。)

良いだろう。飯処ではないが大使館の料理もそれなりのものだ。都合の良い日にお主たち二人をもてなすよう、私が取りなそう。」

万丈「それって……つまりメシ奢ってくれるってことか?」

ちせ「そう言っている。」

万丈「…マジで!?ありがとう!!」

ちせ(堀川公に、久々に良い土産話ができそうだ。)


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1-④

   

 

 

「『マスクメイカー』………」

 

 

こいつが、俺の顔と名前を使って強盗殺人をしたっていうのか?

こいつが、俺を死んでも足が付かない使い捨ての道具として利用した、張本人なのか……?

 

 

「はぁ…………最ー悪だ」

 

 

まさか一度絵のモデルになっただけでこんな事態を引き起こすとは思わないだろ。

しかも殺人鬼相手にノリノリでカッコいいポーズなんか取ってしまった。…過去の自分に嫌悪しかない。

 

こんなことならもっと早めに『仕事』を思い付いとくんだった……。

 

 

「心中お察しします……。でもどうか気を落とさないでください。これからは私たちがあなたを全力でお助けいたしますわ」

 

「そうそう。過ぎちまったことはしょうがないってことで、今は明日からの事を考えな」

 

「そうですよ!何の失敗もしない人なんていませんし、これからまた頑張ればいいんですよ!ね?」

 

「アッハハハ!ベアトが言うと説得力が違うね!!」

 

「…ドロシーさん!?」

 

「いやぁこいつもさぁ?最初の頃は姫様姫様~!ってプリンセスにべったりで、よくアンジェの足引っ張っては……」

 

「わーーー!?わーーーー!!!」

 

 

スパイ少女たちが俺を慰めてくれる。嬉しいけど、途中からベアトリス弄りに方向転換していったは何故だろう…

でもなんだろうな、彼女らの和気藹々とした賑やかな会話を聞いていると、かつての戦いを共にした仲間たちとの日常を思い出す。俺たちも傍から見たらこんな感じでバカみたいに楽し気で、かけがえのない物として映っていたのだろうか……。

 

そうだな。彼らとのことを思えば、やはりくよくよしてても仕方がない。前を向いて進み続けてこその俺、桐生戦兎なのだから。

 

 

「――あーはいはいはい!ユーたち落ち着いて!で、で……そういや思ったんだけど、俺にこの写真を見せただけで真犯人が分かったなら………なんで俺たちはここに連れて来られたんだ?」

 

 

収集が付かなくなりそうなドタバタを終了させ、新たに沸いた疑問の解決に取り掛かる。

さっきの簡単な質問で俺への用が済むなら、もう俺たちをここに置いておく理由も、ましてやアンジェが俺の護衛をする必要も無い。……もしかしたらまだこの殺人鬼についてなにか事情があるのではないかと俺は踏んだ。

 

 

「勿論それには理由があるわ」

 

 

沈黙を貫いていたアンジェが口を開く。

そして何枚かの新聞の切り抜きを俺に見せた。

 

 

「マスクメイカーには、殺人の際にあるルールを設けている。それは『強盗殺人を起こしてから48時間以内に、自分が顔をコピーした人間も殺している』というものよ」

 

 

見せれらた新聞記事には、どれも『逃走中の殺人犯が怪死』といった内容のものだった。

 

 

「じゃあ、俺も殺されるかもしれないってことか?」

 

「事実そうなりかけてたのよ。……あの時、あなたを追っていた警官隊の一人が殺されていたという情報が、さっきここに入って来た」

 

「……なんだって!?」

 

「あの場所にいたわね、間違いなく。あなたを捕まえて自分で殺すために」

 

 

アンジェが俺の前に降り立ったあの場所に、マスクメイカーが……

 

 

「じゃあ俺は、俺を殺人鬼だと思っている警察だけじゃなくその殺人鬼そのものにも狙われてたってことか…」

 

「流石に同情するわ……するだけだけど」

 

 

フォローになってないフォローをしてきたアンジェは用は済んだとばかりに再び椅子に腰を落ち着ける。

 

 

「………万丈を連れてきたのは、アイツも、殺人鬼に狙われてるから?」

 

「彼があなたを釣るためのエサとして、彼を利用する可能性はかなり高いから」

 

「……ありがとう」

 

「礼を言われる筋合いはないわ。……目的の為に彼を囮として利用しようとしているのは、私たちも同じよ」

 

「それでも構わない。…守って、くれるんだろ?」

 

「彼の場合はちせがね」

 

「なら俺からも彼女によろしく言っとかないとな!」

 

「………そう、でも私たちはスパイ。嘘つきなの。あまり信用しない方がいい」

 

「ふぅーん…」

 

「何よ?」

 

「本当の嘘つきは、自分の事を嘘つきだなんて言わない。……だってそうだろ?嘘つきが嘘になるんだから、つまりそいつは正直者ってことだ」

 

「……つまらない言葉遊びだわ」

 

「でもホントのことだろ?」

 

 

俺はアンジェの方へ歩み寄り、そして右手を差し出す。

 

 

「……俺は君を、君たちを信用する。これはその証拠だ」

 

 

その手をアンジェはじっと見つめ、

 

 

「そこまで言うなら…」

 

 

ゆっくりと、その右手を重ねた。

 

 

「改めまして、天っ才物理学者の桐生戦兎だ!よろしく、アンジェ!」

 

「……よろしく」

 

 

少し、ほんの少しだがアンジェの顔に笑みが広がったように見えた。

俺も釣られて笑えば、ぷいっとすぐにそっぽを向いて紅茶らしきものを飲み始めてしまったが。

……でも、ちゃんと通じたようで安心した。

この国でもやはり、握手はグローバルな挨拶なようだ。

 

 

「おっと、あたしらも忘れんなよ?よろしくな、セント!」

 

「もちろん、よろしく!」

 

「ふふん!よろしくお願いします!」

 

「あぁ、よろしく!」

 

「フフフ、では私も…」

 

「はい!よろし………あれこれ普通にやっちゃマズいパターンじゃない?」

 

 

ドロシーとベアトリスがずっこけた。

 

 

「おいおい……」

 

「いや、その通りですね!いい機会ですからここできちんとお作法を……」

 

「よろしくお願いいたします♪」

 

「姫様ぁ!?」

 

 

なんとプリンセス直々に先制されてしまった。しかも両の手で。

 

 

「こういうの、ちょっと憧れだったんです♪私も公務以外で殿方と触れ合うのは久しぶりなので…あら、なんだか胸の辺りがドキドキと…」

 

「ブふぉっ!?」

 

「うわアンジェ!?」

 

 

いやいやいやお転婆が過ぎますってあなた……

ベアトリス石になってるしアンジェが何故か某探偵張りの吹き芸を披露してるし……

こっちももう冷や汗が止まらないっす…

 

 

「……は!?い、いけません!!いけませんのですよ姫様!?」

 

 

あ、戻った。

 

 

「ほら!もう挨拶は済んだんだからさっさとあっち行っててくださいよ!!」

 

「御意。」

 

 

触らぬ髪…じゃなかった。神に祟りなしとも言うし。もうここらで女の子は女の子同士でワイワイしてもらいましょう。部外者は部外者同士でつるんできます。

 

 

「あ、と…そうそう。あんたら二人とも、今日はここで寝な」

 

「え、いいの?」

 

「当然さ。護衛対象の世話も任務の内だからな」

 

「万が一のことがあると考えて、私とちせで就寝中も周辺を見張っておくから安心するといいわ」

 

「仕方ないのでこのお部屋を貸してあげます。……汚さないでくださいよ?」

 

「そりゃ勿論。ホントに色々、ありがとな」

 

 

そうかそうだった。今はあの店に帰れないのだから別の眠る場所を探す必要があるのだった。

ここは彼女らの厚意に甘えるとしよう。

 

 

「と言いましても、もうミスターバンジョーはとっくにお休みになられてましたね」

 

「え!?……うわマジじゃん!!」

 

 

畳の方に首を向けると、なんとそこには和敷布団に包まれてすやすやと眠る万丈の姿が。

うわ、めっちゃいい寝顔……ってちせさんそれ何弾いてるの?三味線?安眠効果がある三味線なの?

 

 

「かぁーー……かぁーー……」

 

「ていうかアイツ…シャワーとか浴びてました?」

 

「うむ。そこは安心せい、こやつには身も心も清めてから床に就かせた。今宵はお主も疲れたであろう、ゆるりと過ごすとよい」

 

「はぁー……優しすぎるぅ」

 

 

あ、やばい、泣きそう。

っていかんいかん、気を抜きすぎちゃダメだ桐生戦兎!ここは大人の男として、毅然とした態度で…

 

 

「……朝食は、何がいい?」

 

「は!?……アンジェ、さん?」

 

「『さん』はいらない……オムレツなら自信あるんだけど、良かったら、食べる?」

 

「………いただきます!!」

 

 

決意が籠っていた筈の俺の涙腺は秒で決壊した。

 

そうしてプリンセスとドロシー、ベアトは女子寮に一旦帰ると言って出ていき、残る俺たちはこの部屋で夜を共にした。

 

 

 

 

 

     ~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

「あぁーーーーっ!!」

 

 

朝食後、アンジェの作ってくれたオムレツによる心地いい満腹感を楽しみながら新聞を読んでいたら、突然万丈が叫びだした。

 

 

「何だい万丈くん、そんな推しアイドルの生放送を見逃したドルオタのような声を上げて…」

 

「いやそれ一海じゃねーか……ってそれどころじゃねぇよ!!俺今日午後から試合だったんだよ!!」

 

「え?………あぁーーっ!?」

 

 

そうだった!!

今回のドタバタですっかり忘れてた!!

昨日と今日は万丈と別の町のチャンピオンとの交流試合だったのだ!

 

 

「あら………あなた達まさか自分の予定も忘れてたの?」

 

「あ……そ、そーなりますね、はい」

 

 

うわめちゃくちゃハズいなこれ……うぅ、そんな可哀想なものを見るような目で見ないでくれ

あれ、でも今の状況で外に出るのはマズいんじゃ…

 

 

「まぁ、そんなことだろうとは思っていたが。…これを使え」

 

「お……え?」

 

 

と、突然ちせから手渡されたのは、時代劇でよく見る虚無僧が被る編笠のような物だった。

 

 

「おい、何だそれ?」

 

「何だろう……覆面か?」

 

「そのような物だ。……まさか桐生、お主外を出歩くのにその顔を隠す気が無かったなどとは言うまいな?」

 

「え……外出ていいの!?」

 

 

まるで最初から俺たちの行動を把握していたかのように、準備万端と言った体で話を進め始めるちせとアンジェ。

この俺の顔による殺人が起きてからのこの短い間にそこまで調べ上げていたのか……。

 

 

「変にあなた達を長く引きこもらせたら、逆にヤツを刺激させて、無差別に人を殺し始めるかもしれない。ならいっそ、こちらから先に撃って出る方が得策じゃないかしら?」

 

「それにヤツの殺しは今までの傾向からして、必ず夜に行われていた。万丈を狙い、白昼堂々人目の多い『ぼくしんぐ』の試合会場で動く可能性は低い」

 

「確かに、俺としてもこんな事件はさっさと終わらせて日の当たる場所をこのままの顔で歩けるようになりたい……でも」

 

「あぁ、折角応援に来てくれる町のやつらを危険に巻き込むようなことはできねぇ」

 

 

俺たちのせいで誰かが傷つくなんてことは、もう金輪際ごめんだ。

 

 

「……気持ちは分かる、だが今日の試合を中止させるのはできぬ」

 

「悪いけどこっちも忙しいの。私たちもこの事件をできるだけ早く終わらせることを優先している。妥協は無しにね」

 

「妥協じゃねぇ!!」

 

「危険に曝されるのは俺たちだけで充分だ。俺たちは何も知らない人たちを態々事件に巻き込むのは…!」

 

「巻き込ませないわ」

 

 

そう言ってアンジェが懐から取り出したのは、あの時も見た、ネジのついた球体だった

 

 

「あん?」

 

「それって……」

 

「『Cボール』……国家の重大機密だから詳しいことは言えないけれど、これがあれば私は重力から解放され、そして対象を開放させることができる。桐生戦兎、あなたは実際にそれを体感したことがあるでしょう?」

 

「重力……そうか、そういうことだったのか!!」

 

 

だからあんな人の限界を超えたような動きや、空を飛ぶような跳躍ができたのか!

確かに、あの跳躍が宇宙飛行士が月面でやる高いジャンプのような動きの延長だったとすれば、納得がいく。

まさかこんな所で新しい科学技術に出会えるなんて!!

 

 

「それちょっと詳しく」

 

「絶対ダメ」

 

「お願い!!せめて見るだけ!!見るだけだから!!!」

 

「だからダメったら…『好奇心は猫を殺す』という言葉を知ってる?下手な事するとあなた、死ぬわよ」

 

「あ、死……」

 

「こんな形で任務失敗なんて絶対ごめんよ」

 

「はい……」

 

 

仕方ない、今は諦めよう。これから自力で調べればいいことだしな。

 

 

「あの目……なるほど、確かに学の者の目じゃ」

 

「あ、わかる?ああなるとめんどくせぇんだよなー…」

 

 

いや、それよりも

 

 

「なんで今それを見せてきた?」

 

「これを使えば、あなた達の心配をほとんど解消できる。私たちはプロよ。無駄な犠牲者を出すことなく、任務は遂行する」

 

「我らは護衛じゃ。護衛とは対象の安全は勿論、その生活や大切な物も同時に護り通すもの。決して、お主らの悪いようにはせぬ、安心せい」

 

「信用、してくれるんでしょう?なら、私たちに任せて。あなた達は、普段通りに過ごせばいい」

 

 

……そこまで言われてしまうと、俺も弱い。

彼女たちを信用すると言ったのに、俺からそれを破ることを言ってしまっていた。

でも俺は危険に曝されるのは俺たちだけでいいとも言った。

だがその危険を彼女らはそれが任務だと言って、代わりに背負おうとしてくれている。

強い瞳で、俺たちも町の人も護ると言ってくれる。

俺は……

 

 

「そうか……わかった。頼む」

 

「万丈!?」

 

「俺たちはここに来てまだ日も浅ぇしここのことを何も知らねぇ、できることも少ねぇ。ならここはコイツらに任せてみてもいいんじゃねぇか?何もかもしょいこもうとすんのはたまにはやめてみろよ、戦兎」

 

「…………そうか」

 

 

俺たちは護衛されるんだ。その自覚が、俺には全くと言っていいほど足りてなかったじゃないか。

 

 

「そうだよな」

 

 

俺は懐の『ラビットフルボトル』を握りながら、万丈の言葉を噛み締める。

この国での俺たちは『仮面ライダー』じゃない。

護る側じゃなく、護られる側だったのだ。

彼女たちを頼ることに、俺を何を躊躇していたのだ。俺がきちんと信じ切らないで、彼女たちが俺たちを真に護ってくれるはずがない。俺たちの大切なものを護ってくれるはずがない。

 

 

 

「アンジェ、ちせ……改めて、俺たちの護衛をお願いする」

 

「護り通すわ。絶対に」

 

「あぁ!」

 

「頼むぜ!!」

 

 

アンジェとちせの瞳の輝きが、また一段と強くなる。

万丈も大きく笑いながら『あ、そういやグローブもねぇ!!』と自分の心配を始めた。

俺はそんな万丈に『会場で借りればいいだろ?』と提案して、渡された編笠を装着する。

 

 

「――じゃあ、行こうか!」

 

 

そして俺は彼女たちに向かって、できるだけ気安く呼びかけた。

 

 

 

 

 

 

 




活動報告を投稿しました。良ければ目を通してくださると幸いです。


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1-⑤

少し遅くなってしまいました。すみません!

では、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぞお前らァアアアア!!!『負ける気が』ァア!?」

 

「「「シネェゼエエエエエエエエエエエ!!!!」」」

 

 

事件開始から翌日の今日、昼下がり、今まさに我らがスター"Dragon☆Banjo⇒"(命名:万丈)と隣町からやって来た同じくスターボクサー、"ベンジャミン・ザ・バッドニュース"の試合開始のゴングが鳴った!!

 

 

「調子づいてんじゃねぇぞガキャア!!!テメェ人間の言葉でしゃべりやがれチビザルァ!!」

 

「そっちこそ日本語喋れやデカゴリラァ!!オラいくぞオラァァ!!!」

 

「「「ワァアアアアアアアア!!!!!!」」」

 

「うぉお!?なんという轟音!!『ぼくしんぐ』とはここまで人を熱に狂わせるものなのか!?」

 

「ほらちせ、私たちも応援しましょう。静かにしてたら逆に浮くわよ」

 

「うむ、しからば。……すぅ」

 

「「頑張「ウォオオオオオオオオオ!!!!!行け万丈ォオオオオオオオオ!!!!!!!!」

 

 

折角来たんだ。編笠がなんぼのもの、自分の声が耳に埋まり切るほどの声量で、万丈にエールを届ける!

勝て!!勝つんだ万丈!!!

お前の拳に、俺たちの未来が懸かってる!!

お前のライダー魂を見せてやれ!!!

 

 

「オォルァァア!!!」

 

「フンヌ!?……オラ全然効いてねぇぞァン!!そんなもんかドラゴンってのはよぉ!?オォラァ!!」

 

「――――シュッ」

 

「(消えた)!?」

 

「――ッリャア!!」

 

「ッッッグゥウ!!」

 

(なんだ今の動きは!?まるで見えなかっただと!?……俺が!?)

 

「ッッラァ!!」

 

「ヌゥオ!?……ッチィ!!」

 

(どうなってやがる……俺ぁ一瞬だってアイツから目を離さなかった…だのに、何時の間にか俺の視界から消え、顎を狙える体制に入ってやがった!!)

 

「オラどうした来いよビビってんじゃねぇぞォ!!!」

 

(『避ける』と『狙い澄ます』――まさかコイツは、あの一瞬でそれを同時にやってのけたってのか!?)

 

「なんと!万丈め、あやつ無刀で居合の型を繰り出してきおった!」

 

「……どういうこと?」

 

「万丈は相手の拳が放たれた刹那、左足を後ろに引くことにより自らの重さに任せて腰を落とし、さらに、それを発条(ばね)とすることで拳に気を集中させたのじゃ」

 

「なるほど……その後は左骨盤を前に突き出すように上体を捻り、発条とした左足で地面を蹴ることで力を貯めた拳にさらに加速力を乗せることで、攻撃直後の隙をついた効果的な一撃を放てた。そういうことね」

 

「うむ…正しく居合、見事じゃ。」

 

(流水のように滑らかで無駄のない脚運びと拳筋、それに戦闘における的確な判断力とスピード……普段のどこかふわふわした雰囲気からは想像できないこの類まれな戦闘力……万丈龍我、万が一彼がプリンセスの作り直す新たなアルビオンの障害となるか、逆に大きな助けとなるかは…今はまだ判断できないけど、この任務が終わっても注意しておく必要がありそうね)

 

「いいぞ万丈ォオ!!!フィジックス!!今超フィジックスだった!!!もっといけフオオオオオ!!!」

 

「って何の応援よそれは…」

 

(クソ!!だがごちゃごちゃ考えても仕方ねぇ!!ボクシングは殴ってぶっ倒す!それが全て!!そんな手品なんざ押し切ってくれるわ!!)

 

「オリャオリャオリャオリャァアア!!!」

 

「む、ベンジャミンもまだあれだけの動きができたか!なんという気骨!あの気迫と動き、まるで歴戦の力士のようじゃ!!」

 

(ちせ、楽しんでるわね……流石は日本人、サムライの血が騒ぐのかしら)

 

「ほらほらアンジェもいい所なんだから盛り上げて盛り上げて!!ほら!!ほぉら!!!」

 

「分かった、分かったから!はぁ…」

 

桐生戦兎(こっち)は……どうなのかしら。彼とつるんでる以上、ただの自称天才物理学者とは思いにくいけど……)

 

『本当の嘘つきは、自分の事を嘘つきだなんて言わない。……だってそうだろ?嘘つきが嘘になるんだから、つまりそいつは正直者ってことだ』

 

(でも、今はまだ信じてみてもいいかもしれない)

 

「きゃぁーー!!バンジョー逃げてぇーー!!」

 

(疑うだけじゃない、信じることだって大切だって、あの子が脚を痛めてまで教えてくれたんだもの。)

 

「うぉはえ!?…へっ!でもそんな連撃はァ」

 

「オッル……ブア!?」

 

「大抵脇ががら空きになるんだよォ!!ッラアァアア!!」

 

「グゥオアアアアアア!?」

 

(なんで、おれのパンチが当たらねぇ!?なんでこいつは避けられる!!なんで……そこまで拳を恐れず、俺の懐に近づけやがる!?)

 

【ベンジャミン…おめぇにはあるか?守りたいもんが】

 

(!?)

 

【俺にはあるぜ、たくさん。両手で数え切れねぇほどにな。】

 

(これは……まさか、バンジョーの拳から伝わってきている、のか?)

 

【おめぇのパンチの重さは半端ねぇ。でもそれは自分の金の為、お前のためだけのパンチだ。それだけの拳じゃ、俺は倒れねぇ。】

 

(バンジョーの心が言葉じゃねぇ、感情で理解できる……そうか、この小せぇ拳がこんなに重てぇのは、きっと、いつもこんな気持ちを込めて撃ってやがったからなのか……!!)

 

【この世で一番強い拳ってのはな、『誰かの為に振るった拳』なんだよ。誰かを守るために、見返りすら求めずひたすら精一杯戦って振るった拳なんだよ!!お前らこの国の格闘家にも、そんな拳を振るってほしいんだ。】

 

(チクショウ……勝てねぇわけだぜ……)

 

【よろしく頼むぜ!!】

 

「ウォリャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

「ブァアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

(かっこよすぎだぜ………ドラゴン…バン…ジョー…)

 

 

万丈の拳に、ついにベンジャミンは沈んだ。

 

 

「ゥイナァア!!バン、ジョォオオーーー!!!」

 

「ッシャァアアアアアアアアア!!!」

 

「「「ッワァアアアアアアアア!!!!」」」

 

 

会場は笑顔と歓声に包まれた。

ベンジャミンも、そのサポーター達までもが笑顔で両者の健闘を讃える。

そして万丈とベンジャミンが固い握手と抱擁を重ねた。

 

「お前と戦えたことは俺の一生の誇りだバンジョー、お前ならもっとスゲェボクサーになれる!」

 

「俺もお前みたいな強ぇボクサーと戦えて最高だった!!へへっ、おめぇのパンチすっげぇ速ぇえし重かったぞ!!」

 

「へっへ、お前ほどじゃねぇさ」

 

「お、そうか?」

 

「ああ!ったくチビのクセに何食ったらそんなに強くなれたんだよ?」

 

「おう!やっぱプロテインだな!!」

 

「タンパク質?……おぉ肉とか魚のことか!!いやぁやっぱそれしかないか!!ガッハハハハ」

 

「うぉやった!プロテインで通じちゃったよ!!わっはははははは!!…あれ?この時代にプロテインあったっけ?」

 

 

バカがバカなことを言ってる間も歓声は鳴り響き、様々なプレゼントが両雄に投げ渡される。

二人はそれらを丁寧に拾い上げながら笑い合い、腕を固く組み合う。

 

今日の興行も、大成功のままにその幕を閉じた。

 

 

 

「どぉーーだ戦兎!!今日も勝って来たぜぇ!!」

 

「おう、お疲れさん。ほら水」

 

「はぁ、相変わらずドライだねぇ、ったく……っかーーーッ!!水うめぇ!!」

 

(こ、この男、試合中はあんなに盛り上がっといていざ帰ってきたらこの態度……)

 

(面と向かって喜びを見せるのが恥ずかしいんじゃろう、ほっといてやれ)

 

 

タオルで全身の汗を拭きながらがぶ飲みする万丈を横目に、俺は諸々の手続きを済ませて帰り支度を始める。

今日のファイトマネーはいつもよりも大分分厚く、これなら向こう2週間は特に金に困ることなく生活できるだろう。

……そうだな、これを元手にタイプライターなどの俺の仕事道具を買い揃えられるかもしれない。

この一件が終わったら、万丈に相談してみよう。

 

 

「あーー…戦兎ぉ、なんか腹減らね?」

 

「お、確かに……うん、そろそろいい時間だな。ちょっと早いけど夕食にするか。アンジェたちはどうする?」

 

「毒を入れられる可能性も考えて、私たちが用意する食事以外摂らないでほしいところだけど…まぁどこか食べに行くならそれでもいいわよ」

 

「うむ、我らが毒見すればよい話だしな」

 

「ど、毒見ぃ!?」

 

「あぁ、そういうこともあるのか…」

 

 

そこまでの発想はできなかった……やっぱりこの時代でスパイをやってるアンジェたちはそういう経験をたくさん積んでいるのだろう。俺たちの価値観で勝手に行動するのは慎んだ方がいいな。アンジェたちの提案に乗っておくのが賢明だろう。

 

 

「んじゃあの部屋に戻ってからにすっか?」

 

「そうだな、そっちの方がいい」

 

 

うん、万丈も大体俺と同じ考えのようだ。こいつは確かに普段は大が付くほどの筋肉バカだけど、こういう生命に関わる真面目な状況では驚くほどに頭のキレが良くなるのだ。そこには全幅の信頼が置ける。

 

 

「あ、そうだ!その前にあの店寄っとかねぇと!俺たちの『荷物』もあっちに移動させねぇと!!」

 

「!!」

 

 

そうだ!!ボトルとドライバーがまだあそこに置いたままだった!!!

マズい……この町じゃ盗難なんて日常茶飯事だ!もしかしたら無くなってるかもしれない!!

 

 

「悪い、一旦俺たちが住んでたところに戻っていいか?」

 

「何か忘れ物?大した物じゃないならこちらで用意しておくけど」

 

「いや、どうしても俺たちで取りに行かなきゃいけない物なんだ。代えなんてきかない色々と事情がある物なんだよ……頼む」

 

 

二人に頭を下げる。アンジェは少し見つめた後、懐中時計で時間を確認してまた俺の方を向く。

 

 

「いいわよ。」

 

「……ホント!?」

 

「私も電話交換局に行ってドロシー達と一度連絡を取ろうと思ってたところだし、あの店の辺りなら確か近くにあっただろうから、あなた達に荷物を運び出す時間程度なら作ることはできるわ。」

 

「ありがとう!」

 

「ただし、その間はちせの目の届くところにいてもらう。それが条件よ」

 

「もうそろそろ日も沈む。ヤツが活動を始めるころ合いじゃからな」

 

「十分だ!助かる!」

 

「そう、ならいいけど」

 

 

やった!これでライダーシステムを俺たちの手元に置いておける!

 

 

「話が終わったなら、さっさと移動しましょう。ここだと万丈くんのファンに囲まれて身動きが取れなくなる」

 

「あぁ!行けるか万丈?」

 

「おう!」

 

「うむ、では行こう」

 

 

そして町の人たちの笑い声の中を通り過ぎ、俺たちは住まわせてもらっていたあの店に向かった。

 

 

 

 

 

「しかしお主、一体どこであのような技を身に着けたのだ?」

 

 

店へと向かう道すがら、ちせが万丈に問いかける。

剣の達人らしい彼女は万丈のテクニックに興味を持ったのだろうか、訝しげにじっとこいつを見つめる。

 

 

「え?普通のジムだけど」

 

璽武(じむ)とな?うぅむ、初めて聞く流派じゃ」

 

「あぁ違くて!えっと…流派とかじゃなくて、道場の名前なんだよ!」

 

「ほう、道場か!なるほど、国に帰ることがあれば一度探してみるか。あのような実践的な武術を修められる場所は日ノ本では今日日少ないからな…」

 

 

いやないから明治の日本に!……とは流石に言えないのか万丈は口をまごつかせる。

ボクシングの歴史に詳しいわけでは無し、日本に伝わった次期は分からないがタイムパラドックス的なヤツが起きるとも限らないな。これ以上この話題を続けるのは危険かもしれない。

 

 

「お、あそこじゃないか?電話交換局」

 

「そうね。じゃあ私は行ってくるから、あの店で待ち合せましょうか」

 

「了解した。……む、店が見えたな」

 

 

ホントだ、この道からも行けたんだな。

 

 

「じゃあまたな!」

 

「えぇ、気を付けて」

 

「んじゃ!」

 

 

アンジェが別の道へ進み、俺たちは店の入り口に向かった。

昨日の昼までいた筈なのに、何だかすごく久しぶりに感じる。色々あったからだろうか。

あ、そうだ。店長にも色々と説明しないと!

きっと目ぇ丸くして驚くだろうけど、人のいいあの人の事だし、笑って済ませちゃいそうな気もするな。

 

「ただいま~……店長いる~?」

 

 

ドアのベルが鳴る、しかし

 

 

「………あれ?」

 

 

『いらっしゃいませ』が聞こえない。

それどころか、普段のこの時間は賑わっているはずの店内に、

客が一人もいなかった。

 

 

「おい何でこんな静かなんだ?今日って定休日じゃねぇよな?」

 

「あぁ……そうだけど…」

 

「!――妙な気を感じる。二人とも、私の後ろへ」

 

「…何?」

 

 

刀の鍔に親指を乗せながら、ちせが真剣な面持ちでそう告げる。

確かにおかしな気配だ……こんな雰囲気は、普通は有り得ない。

 

……普通じゃないってことなのか。これは

 

 

「なぁ、なんか聞こえねぇか?」

 

「………え?」

 

「いや聞こえんだよ!なんかこう……鉄かなんかを物に擦りつけたような…」

 

「私にも聞こえたぞ。これは……"大きな刀を研いでいる"のか?」

 

 

まだ聞こえていない俺は目を閉じ、耳を澄まして脳の感覚処理を聴覚に集中させた。

 

 

 

――キュイィイイ……キュイィイイ……

 

 

 

「聞こえた………厨房の方からだ!!」

 

「早まるな!!私が殿を務める、お主らは後に続け」

 

「……わかった」

 

 

ちせの言葉に従い、俺たちは厨房へとゆっくり歩を進める。

俺は脳裏に浮かんでくる最悪の想像を懸命に払拭しながらただ厨房への注意を続けた。

 

―――厨房に、着いた。

 

 

 

 

 

「おぉ、やっと来たか。遅かったじゃないか―――『俺』?」

 

全身に殴打痕を付けて厨房の床に横たわる店長。

 

そこら中に散らばった調理道具と食材たち。

 

そして―――それらの中心に立っていたのは、紛れもなく『桐生戦兎』だった。

 

 

 

 

 

「……………マスク、メイカー……!!」

 

「さぁ、"僕"に刻まれてくれ」

 

 

死神の鎌が、首筋に向け走った。

 

 

 

 



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1-⑥

 「させるものか!!!」

 

 

首筋に迫った凶刃を、ちせが刀で受け止めた。衝撃で被っていた編笠が何処かへと飛んでいく。

鈍い金属音をかき鳴らしながら、紅い火花が二人の間に飛び散った。

 

 

「ハハァ、硬い!!いい刀だなァ!」

 

「…ッ、ヌゥ!!」

 

 

上げ受けていた大鎌を上方へ飛ばし、マスクメイカーに蹴りを入れて下がらせる。

 

 

「ちせ!!店長が!!」

 

「わかっておる!!しかし、この間合いでは…!」

 

「グゥ…フフ、まさかボディガードを雇ってたとはなぁ『俺』?」

 

「俺って言うな!!殺人鬼のくせに!!こっちはお前のせいで腸煮えくり返ってんだよ!!」

 

「こんのパクり野郎が!!戦兎はここにいるコイツだけだ!!てめぇなんぞが『桐生戦兎』を名乗るんじゃねぇ!!」

 

「ハ!ブチギレちゃってぇ…ま、それも今の内さ。自分の顔したヤツに刻まれる恐怖ってのを、たっぷり味合わせてやるよォ!そら!!」

 

 

マスクメイカーが満身創痍で横たわっていた店長をこちらに投げた。

 

 

「ぐわッ!?」

 

「ぐ!まずい!!」

 

「ハァーーッ!!」

 

 

店長で視界をさえぎられた一瞬、マスクメイカーが大きく距離を詰めていた。

……ダメだ!避けられない!!

 

 

「…させぬと言ったァアア!!」

 

「ぐぉあ!!」

 

が、ちせが床に転がった大鍋をヤツに向かって投げる。

それがクリーンヒットしてヤツを転がせることに成功した!

 

 

「今じゃ逃げろ!!」

 

「あぁ!!」

 

「助かる!!」

 

 

ヤツがひるんでいる隙を突き、店長を抱えてすぐさま厨房から離脱する。

 

 

「早く、医者に診せねぇと!!」

 

「くそ!!何処だ病院!!」

 

「あーー!!時間がねぇ!!」

 

「…………バン、ジョー……セント…?」

 

「店長!?今はしゃべんな!!」

 

「ハッハ……無事、だったのか、セント……もしかしたら…お前もアイツに、やられたんじゃないかと……」

 

「しゃべんなって!!!話はあとでたくさんするから!!」

 

「お前が……殺しなんか……するわきゃねぇって……信じてたぞ……きっと、よく似た誰かの、仕業だって……いっつも誰かが困ってるのを助けてるお前が……強盗なんて……するわきゃねぇって…」

 

「そんなこといいから!!」

 

「町のみんなと…ポリ公の所に行って…何かの間違いだって、言ったんだけども…ハハ、悪ぃ、信じてもらえなかった……」

 

「頼むから……静かにしててくれよ!!」

 

 

涙が、溢れてくる。止まらなかった。

俺の知らない所で、色んな人が、俺の為に動いてくれていた。

それが、俺には…

 

 

「泣くなセント……俺の事はいいから……もっと遠くに、逃げ…………」

 

「店長?……店長ォオオオ!!!」

 

「いや!!まだ脈はある…痛みのショックで気絶しただけだ…」

 

「クッソ……なんで…!!」

 

 

万丈の全身が怒りで震えているのが伝わる。

俺も同じ気持ちだ。もう誰も、俺たちのせいで危険に巻き込まないと誓ったのに……結局大切なものを傷つけさせてしまった。その自分への怒りが俺の中でも燃え滾っている。

 

 

「病院を探そう!きっと近くにある筈だ!!」

 

「オォ!!」

 

「――待って!!」

 

 

声がした方へ目を向けると、そこにアンジェがいた。

 

 

「迂闊に動かないで。その人なら私が知ってる病院へ連れて行く。私の目の届かない所で勝手な行動はしないで」

 

「んなこと言ってる場合かよ!!」

 

「万丈!!……わかった。俺たちも行く」

 

「当然よ。…その人、マスクメイカーにやられたのね」

 

「あぁ、今ちせが足止めしてくれてる……あんまり時間ねぇぞ」

 

「わかったわ。ちせならきっと大丈夫……こっちよ」

 

 

アンジェの案内に従ってたどり着いたのは、町はずれにある小さな診療所だった。

 

 

「ここならワケアリの急患も融通が効くわ」

 

「手続きは任せていいか?」

 

「大丈夫」

 

 

そして店長をベッドに寝かせ、俺は今日のファイトマネーのほとんどを受付の人に渡す。

 

 

「この人を、よろしくお願いします」

 

「あ、ちょっとお兄さん!?いきなりこんなに…!」

 

「戻ろう。今度は俺たちがあの店を護る番だ」

 

「……オォ!!」

 

 

万丈が拳を鳴らして走り出す。俺たちもそれに続き、ちせがいる俺たちの"家"に向かった。

 

 

 

 

 

「フン!!」

 

「ふッ、やぁ!!」

 

「おぉっと!ハァーー、しっぶといなぁ…早く『俺』を刻みたいのに…」

 

「黙れ下郎!!貴様のようなヤツがいるから…!!」

 

「――ちせ!!」

 

「お前たちなぜ戻って…アンジェ!」

 

 

店に到着すると、店内は客席も含めてすべからく荒れ放題だった。戦闘による被害で椅子やテーブルは原型を留めている物は片手で数えられるほどしかない。

 

 

「おぉ!どこに行ったかと思ったぞ『俺』!さぁこっちに来て!一緒に楽しい時間を過ごそう!」

 

「万丈……」

 

「おう、倉庫は…くそ、アイツに邪魔されて通れねぇ」

 

 

マスクメイカーを無視し、俺たちは『アレ』がある倉庫への道筋を算段したが、どうしても進行ルート上でヤツの妨害に遭ってしまう位置だった。このままでは動けない。

 

 

「私も戦うわ。その様子だと、相当手強い相手なようね」

 

「ドロシー達と連絡はついたのか?」

 

「こういう時のためにこの店に合流するよう言っておいたけど…すぐには来れないでしょうね」

 

「そうか……」

 

 

ちせは再び剣を構え、マスクメイカーをその鋭い瞳で見据えた。

 

 

「上等よ。こうしてお主と再び共に戦えるだけでも、この身、力が漲るぞ。」

 

「そう…恥ずかしいけど、私もよ」

 

 

アンジェはメガネを外して俺に預ける。…彼女の瞳もまた、闘志で燃えていた。

下手に動いて二人の足を引っ張るわけにはいかない…ここはヤツから目を離さずに、ヤツから攻撃されない位置で身をひそめるしかない…!!

 

「ここに隠れるぞ」

 

「ちくしょぉ、それしかねぇか…」

 

(ちせ、ヤツの鎌は脅威だけど、逆にそれが弱点でもある…あの大きさの刃物をこのレストランの客席で無暗に振るえばどうなるか……あとは分かるわね?)

 

(そういうことか、了解した。)

 

「お、作戦会議は終わったかい?それじゃあ…」

 

「!!…行くわよ!」

 

「応!」

 

「真っ赤な"お花"にしてやるよォ!!」

 

 

マスクメイカーが跳躍、アンジェの方向へ鎌を振るった。

 

 

「くッ!」

 

アンジェは懐から取り出したCボールを操作、緑光に包まれ右方向への回避と同時に半分に割れている床の木製テーブル片をヤツに投げつける。

 

「同じ手が通じるかァ!」

 

しかしマスクメイカーはテーブル片をそのまま切断、機械音が響く中を大量の大鋸屑が舞う。

 

「せぇやっ!!」

 

「づおッ!!」

 

 

視界が削がれたヤツの死角へ、ちせが刃を振るう。だがヤツの鋼でできた右腕に弾かれ、脇腹を切りつけたものの致命傷とはならなかった。

 

 

「おぉーー痛ぇ……流石に二対一じゃ分が悪いなぁ……」

 

「仲間でも呼ぶ気?」

 

「いやぁそれほどじゃない…どうした、これで終わりか?」

 

「は!!」

 

「うお!!ハハァ、なんだよ!折角人も増えて盛り上がってるんだし楽しまないのか?」

 

「あなたと違ってこっちは仕事なの。さっさと倒されてくれるかしら…人のまねしかできない、おさるさん?」

 

「……『俺』を刻む前に、まず君の悲鳴を聞きたくなった…な!!」

 

「ふッ!!」

 

「大人しく刻まれろぉ!!」

 

「ほらこっちよ。ほら、ほら」

 

 

キレたマスクメイカーの攻撃をサーカスの曲芸師もビックリな身のこなしで避け、拳銃で動きを牽制しながらヤツの視界前方の位置を保ちながら店内を移動するアンジェ。

アンジェらしくない煽り文句とこの何処かへと誘導するような動き方…まさか、

 

 

「うぉら……あ!?」

 

「ふ……」

 

 

マスクメイカーの鎌が、店内の席を区切る囲い柱に深く食い込む。

ヤツの動きを、拘束した!

 

 

「今よ、ちせ!!」

 

「――ちぇすとぉおおお!!!」

 

 

ちせが原型を残していた数少ないテーブルを台にして跳躍、唐竹割りの構えだ!

これでヤツの右腕を切断――

 

 

 

「…そんな!?」

 

「マジかよ……」

 

 

 

 

「おいおい――誰が鎌は一つしかないって言った?」

 

 

 

できていなかった。

ヤツの左腕から生えたもう一つの『鋸鎌』が、振り下ろされたちせの刀を受け止めていた。

 

 

「フン!!」

 

「ぬわ!?」

 

「ちせ!!…ぐぅ!!」

 

 

ちせはアンジェの方へ向け投げ飛ばされ、それを受け止めたアンジェも大きく距離を取らされる。

 

 

「色々と小細工を弄して僕を無力化しようとしてたみたいだけど…残念、無意味だ。それと…」

 

 

食い込んでいた方の鎌も大きな駆動音を鳴らして柱を切断した。

 

 

「この程度で封じられるほどこっちの鎌もヤワじゃない、重ねて残念。これで分かったろう!君たちは僕に勝て…」

 

「最初から勝負なんてしてないわ」

 

 

アンジェがそう言った瞬間、店内は煙に包まれた。

ヤツの姿もまた包まれ、アンジェとちせがこちらに戻って来た。

 

 

「いつこんな仕掛けを!?」

 

「さっきちせを受け止めた時に。それよりまずはヤツの鎌をどうにかする手立てを練り直さないと」

 

「うむ、あれは生半な物で止められないからな。何か分厚い鉄板のような硬い物であればあるいは…」

 

「そんな切れ味ヤベェのかよ!?」

 

「硬い物か…」

 

 

硬い物といえばぱっとすぐに思いつくのは……

 

 

「ダイヤモンド…?」

 

「ちょっと、こんな時につまらない冗談はやめて」

 

「あぁいや…」

 

 

ダイヤモンドなら()()()()()。でも……

 

 

「戦兎」

 

「わかってる……使わない」

 

 

どんなに人間離れしていた力を持っているとしても、マスクメイカーは生身の人間だ。『アレ』を使うには危険すぎる。下手をすれば命を奪ってしまうかもしれない。……たとえ憎い相手だとしても、その一線だけは越えてはならない。

 

 

「お主ら、一体なんの話を……」

 

 

 

「あぁクソ、しゃらくせぇええええええええ!!!」

 

 

 

その時、俺たちの頭上でガラスの破砕音が鳴り響いた。

 

 

「――ヤベェ!!」

 

「危ない!!」

 

 

咄嗟に俺と万丈はアンジェたち二人に覆いかぶさって落ちてきた大量のガラス片から身を呈して庇う。

落下物が無くなった感触を感じると同時、アンジェたちの無事を確かめる。

 

 

「大丈夫か!?」

 

「バカ!!護衛される側(あなたたち)護衛(私たち)を護ってどうするの!?」

 

「うるせぇ!体が勝手に動いたんだよ!!…よし、ケガねぇな!?」

 

「!!……えぇい重い!助かったがどいてくれ!!」

 

「あ!悪ぃ…」

 

「何だったんだ今のは……ん?」

 

 

ふと横の道を方を見ると、何故か地面に刃だけの『小さい鎌』が刺さっていた。

それも一枚や二枚ではなく、何枚も。

 

 

「まさか……」

 

 

あれが店内からガラスを突き破ってあそこまで飛んでったから、こっちにガラス片が飛び散って来たのか?

店内…マズい!!

 

 

「ヴアァアアアアアアアア!!!!」

 

 

煙幕が晴れ、店内の様子が見えた。そこにいたのは、

 

 

「もうゲンカイだ……もう『オレ』じゃなくてもいい…おマエらゼンイン、このチカラでキザんでやるゥウウウウウウ!!!」

 

 

両腕だけでなく、上半身全てを酸性雨で溶けた銅像のような色の鋼で鎧覆ったマスクメイカー。俺をコピーしていた顔はカマキリに似た仮面で覆われ、両肩にも鎌が生え、胸部はミサイルハッチのように空洞になっている(丸鋸はあそこから発射された?)。……いや、上半身だけじゃない!下半身も今まさに金属がアメーバのような動きで体表面を這い、鎧になってヤツを包んでいっている。そして…

 

 

「そんな……全身、金属に……」

 

「あれは……」

 

 

その姿は、

 

 

「『スマッシュ』…?」

 

 

"同胞"に、よく似ていた。

 

 

「チらばれぇエエエエエエエエエエエ!!!」

 

 

マスクメイカーの胸部から、再び小鎌が発射された。

 

 

「くぅ、さっきのはあれの仕業か!?」

 

「こんな…!!あれはもう、殺人鬼で収まるようなちゃちなものじゃない!まるで」

 

まるで―――王国の新兵器か何かみたいじゃない!

 

 

「兵器……」

 

 

スマッシュ…ネビュラガスを注入されたがハザードレベルが足りずに肉体が変異して理性を失ってしまった悲しい怪物。兵器以上の価値を認められないまま報われずにいる、科学の発展の犠牲者の象徴。

 

――なら、あいつはどうなんだ?

スマッシュではないとしても、あの両腕に鎌を移植した技術は間違いなく外道の科学。

重ねた罪を抜きにして言えば、あいつも"科学の犠牲者"の一人と言えるのではないか?

 

 

「もしそうなら――俺が、アイツを止めないと」

 

 

破壊に狂ったアイツを止められるのは、きっと――

 

 

「――何ですって?」

 

「俺がアイツを止める」

 

「阿保を抜かせ!!お主に何ができる!?」

 

「できるよ、戦兎なら」

 

「万丈まで!?」

 

「……やるんだな?」

 

「あぁ」

 

 

万丈の問いかけに笑って答える。

 

 

「なら仕方ねぇ!俺らが足止めすっから取って来いよ」

 

「あぁ、助かる」

 

 

気付けば小鎌はもう飛んで来ていなかった。弾切れだろうか。

なら、最早ヤツに俺たちを止められる手段はほぼなくなったということだ。

 

 

「あそこ…ガラス割れて近道出来てるから行けそうだな…倉庫」

 

「ちょっと……さっきから勝手に話を進めないで」

 

「なぁアンジェ、お前は俺を護ってくれるんだろ?」

 

「えぇ勿論。で、何?」

 

「あそこに見える倉庫に、アイツを止められる道具がある。俺ならそれが使いこなせる。でも今あそこに行くにはちょっと危険だろ?だから、あそこに着くまで俺を護って!ください!」

 

 

できる限り、お気楽な雰囲気で頼む。こういう時こそ笑いを忘れちゃいけないって、そう思うからだ。

アンジェなら、多分――

 

 

「……いいわよ」

 

「助かる!」

 

「任務だからよ……任務じゃなかったら絶対許可しないわ、そんな無謀な提案」

 

「ホントに~?」

 

「引っ叩くわよ?」

 

「すいません」

 

 

ほら、俺を信じてくれた。そういう女の子だって、俺は信じてたからな。

 

 

「いいのか、アンジェ?お主らしくもない」

 

「こんな日もあるわ。臨機応変がスパイの鉄則、でしょ?」

 

「そうか、ならよい。……万丈、お主の腕が立つのはよくわかっておる。私もお主を全力で護る。それでも…完璧な命の保証は出来かねる。この足止め、命がけじゃぞ」

 

「わかってるよ!お前こそ"約束"忘れてねぇよな?死んだら、許さねぇからな」

 

「ふ、誰に言っておる。この程度の修羅場、飽きるほどくぐって来たわ!」

 

 

万丈とちせが互いを励まし合うのを横目に、俺は倉庫へと走り抜ける体制に入る。

 

 

「頼んだぞ、万丈」

 

「おう、任せとけ!」

 

 

ドラゴンボトルを見せ、笑う万丈。頼もしい笑顔だ。

今度は俺がお前達を護る。アイツも含めて!

 

 

「…ドコだァ、ドコにいるゥウウウウ!!!」

 

「アイツも限界みたいだな…」

 

「よし…3、2、1の後に俺とアンジェが『ゴー』でスタートするから、万丈とちせはそれと同時にアイツの足止めに行ってくれ」

 

「おう!」「了解した。」

 

「んじゃ行くぞ3、2、1……ゴー!!」

 

 

俺とアンジェはマスクメイカーの咆哮と万丈の雄たけびを聞きながら、倉庫に向け走りだした。

そしてテーブルや椅子、窓ガラスだったもので散らばる道を進み、たどり着く。

 

 

「――ここだ」

 

 

俺と万丈が住まわせてもらっていた物置小屋、倉庫。

そこの木箱の一つに何重にもして隠していた、『それ』。

 

 

「行こうアンジェ。俺達で、この事件を終わらせるんだ」

 

 

俺はそれらの中から今回マスクメイカーを止めるのに最適なものを選択し、取り出した。

 

 

 

 

「――ウォリャァアアア!!」

 

「グゥウウ…ヴァアアアアアアア!!」

 

「ハァア!!」

 

「おマエ、ウザいんだよォ!!!」

 

「ぐぁあ!!」

 

「ちせェ!!」

 

 

倉庫から出れば、万丈とちせがボロボロになって戦っていた。

全身をあざ塗れにしながら、大事そうにしていた刀をひび割れさせながら、

俺とアンジェに近づけないために、必死に。

 

――ありがとう。

 

今はそれだけを思い、手にした『それ』を握りしめた。

 

「……ぐおッ!?」

 

アンジェがマスクメイカーの背中を撃ち、俺たちに注意を向かせる。

 

「へ、来たか……行けェ!戦兎ォ!!」

 

「ハァアアー…『オレ』ェ……『オレ』ェエエエエ!!」

 

「もう"お前"から逃げたりしない。」

 

 

笑いながら力を振るうお前から。

それを見逃し逃げ続けた自分自身から!

 

 

「そして、救ってみせる!」

 

 

そして俺は『それ』を――

 

『ビルドドライバー』を腰に巻き付けた。

 

 

「……アァ?ナンだソレはァ…」

 

「"俺達"の発明品さ。お前みたいな道を間違っちまった奴等のためのな!」

 

 

懐から取り出した紅と青、二つのボトルを"振る"。

 

 

「な…なな、なんじゃ!?宙にあるふぁべっとがたくさん出てきおったぞ!?」

 

「ハハ!久々だってのにちっとも変わんねぇな」

 

「万丈、これは一体!?」

 

「あぁこれ?なんかよくわかんねぇ式」

 

「答えになっとらん!!」

 

 

これは凝縮されている成分(エレメント)の力を最大限(フル)にまで高めるために必要なシーケンスだ。

故にそのボトルは、『フルボトル』と名付けられた。

ボトルは栓を開放しドライバーに装填されることでその真価を発揮する。

これらは遠き宇宙より齎された禁忌の力を、かつてある男のイメージした『愛とそれを破壊するモノ』の形に固定したものであり、そして、争いのない平和な世界への懸け橋となったモノだった。

 

《ラビット!》

 

 

「覚えとけマスクメイカー(ニセモン)…本当の桐生戦兎(おれ)は――」

 

 

《タンク!》

 

 

人々を護る(ラブ&ピースの)ために戦う――」

 

 

――《ベストマッチ!!》

 

仮面ライダー(正義のヒーロー)だ!!」

 

 

ボルテックレバーを回し、プラモデルのランナーに似た変身フィールド『スナップライドビルダー』を展開させる。その中をボトルから抽出された成分が流れ、そしてスーツへと変換される。

 

 

「兎と、水槽(タンク)?ベストマッチって相性もなにも」

 

 

《Are you ready?》

 

 

傍らにいるアンジェのぽかんとした顔に、俺は笑顔でこう答える。

 

 

「ベストマッチは…ベストマッチだ!」

 

「えぇ…………え?」

 

 

そして両腕を、構えた。

 

 

 

 

「――変身!!」

 

 

 

 

 

「ナンだ……ナンナンだそれはァアアアアアア!!」

 

 

マスクメイカーが突進し、右腕の鎌を放つ。

しかし、

 

 

「………ナ、二…?」

 

 

直撃するはずだった鎌は"青い左手"に掴まれていた。そして、

 

 

「おぉ…りゃぁあああ!!!」

 

 

"紅い左脚"が膝でそれを根元から打ち砕き、

 

 

「カマが…ボクのカmブワァアアアア!?」

 

 

仮面を割るように、"紅い右拳"がマスクメイカーの頬を殴りぬけた。

 

 

 

 

《鋼のムーンサルト!"ラビットタンク"!!イェェエエエエイ!!!》

 

 

 

 

舞い上がる煙の中より現れたる紅と青の戦士。その名は、

 

 

「さぁ、久々の実験を始めようか!」

 

 

 

 

 

 

『仮面ライダービルド』

 

第49+1話 ベストマッチする世界 

 

 

 

 

 



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1-⑦

遅くなりまして申し訳ございません。
では、どうぞ。


 

 「勝利の法則は……決まった!」

 

舞い上がる土煙が晴れたと同時、ぶち折った鎌を足で踏んでおきながら久々のビルドの感触を確かめるべくいつものあれ…右複眼の一部である砲塔を模したアンテナ部をなぞり、閃きの象徴、電球が光る様をイメージしたジェスチャーを決めてみる。

 

おぉ~、これこれ!いや~やっぱこれがないと始まらない!

…でもまぁあれだ、今回は純粋な人助けのための変身だ。戦争阻止のためとか地球を守るとか複雑な事は抜きにして今は初心に帰って目の前にいる人たちの為に戦おう。それが、今の俺にできるただ一つのことだからな!

 

 

「――ねぇ、さっきから聞こえる変な声はな………は!?!?!?」

 

 

おぉすっごい驚き顔……ってあら?中々そんな、可愛い顔できるじゃないのアンジェさん?

もしやそっちが素だったりするのか?喋り方がどこか演技っぽいとは思ってたけど。

 

 

「誰!?」

 

「あ、どうも。改めまして桐生戦兎です」

 

 

いやいやあなたさっきバッチリ俺の変身みてたでしょ。うーん、仕方ない。ここはきちんとペコリと腰を曲げてお辞儀して、天才物理学者っぽくアピっとかないといけないか。

 

 

「………あ…兎」

 

「あぁうん。そう兎兎、これね複眼ね。よくできてるでしょ~?」

 

「……………そう、ね…そうなのね」

 

 

(ビルド)の全身をまじまじと観察しながらうんうん、と額に汗を滲ませ頷くアンジェ。

そして一頻り見終わった後、顔の方を見つめて強かな笑みを浮かべる。

 

 

「――姿は変わっても、どうやら…」

 

「………」

 

「私がさっきまで共にいた桐生戦兎で間違いないようね。だって…あなたの優しい雰囲気はそのままだもの」

 

 

なんだよ、

 

「へへ……」

 

嬉しいこと言ってくれんじゃん。

 

 

「な……ナン、ナンなんだおマエはァアアアアア!!?」

 

「!?」

 

 

おっと、いけない。肝心のマスクメイカーがほったらかしだった。あっちもあっちで俺の変身に滅茶苦茶混乱してるようだな。元々混乱気味だったのが更に顕著になってるし。よし、今の内に…

 

 

「――き、桐生は兎ではなく狐であったのかぁ!?」

 

 

ってそっちも混乱してるしぃ!

何だよみんな驚きすぎだろ!!そんなに仮面ライダーが珍し……あぁ、いや珍しいのは当然か。人が人の姿じゃなくなるなんてこっちの世界じゃそうあることではないし、そもそもさっきのマスクメイカーが全身金属になった時だってアンジェもちせもびっくりしてたもんな…あぁいけない、まだ前の世界の常識でモノを考えてるよ俺…気を付けないと…

 

 

「あー……おい戦兎ォ!!さっさとソイツどうにかしてくれー!!こっちは何とかすっから!」

 

「あ、おう!!任せた!!」

 

「…シツモンにィ…コタえろォオオオオオ!!」

 

「今の俺は『ビルド』、『仮面ライダービルド』だ。そしてそれが、今からお前を"救う"、正義のヒーローの名前だ!…覚えとけ!」

 

 

ビシッ!と指さしマスクメイカーに名乗りを上げた後、俺は踏んづけていたマスクメイカーの鎌を持ち上げる。

 

 

「いよぉ~……~おい、しょっ!とぉ!」

 

 

それを鼻をかんだティッシュを丸めるように、刃の部分を潰す形でボール状に圧縮。これで一先ずは誰が触っても安心だ。

 

 

「…僕の鎌アァアアアア!?」

 

「危険物をそのままにしておくわけがないでしょうが!刃物を捨てる時はこんな感じに人を傷つけないようにしておく…常識だぞ?」

 

「ッ……アァアアアアア!!!」

 

 

激昂したマスクメイカーが突進してくる。

それを感知した俺は持っていた鎌だったものをアンジェに投げ渡した。

 

 

「あー、これ!持っといて!」

 

「あ…ちょっと!」

 

「ッアァ!!」

 

「ほっ」

 

「ア"!?」

 

 

飛んできた左腕の鎌を左手で受け止める。そして、

 

 

「力を借りるぞ…一海!」

 

《ロボット!》――《Are you ready?》

 

「ビルドアップ!」

 

 

レバーを回転、そして軽快な音楽がドライバーから流れ、青かった半身は金属的な黒色へと置換。

『ラビット』と『ロボット』…ベストマッチでないボトルの組み合わせにより形成される『トライアルフォーム』が一つ、仮面ライダービルド"ラビットロボットフォーム"へと変身した。

 

 

「おぉ、さらに化けたぞ!!」

 

「――だからスゲェだろビルドは!あぁやってボトル変えて、色んな姿にフォームチェンジできんだよ!」

 

「ほぉほぉ…あの奇々怪々な姿はさながら狐狸妖怪のようではあるが、実際の所は透波(すっぱ)の使うような変化の類であったか。いやお主といい一体のどこの……」

 

「あー…(やべぇ、ちせの日本語が古すぎてわかんねぇ…まぁ取りあえずは納得したみてぇだしだまっとこ)」

 

「――よっ!」

 

 

そして左腕の鎌も、ロボットアーム型の拳…『ディストラクティブアーム』へと変化した左手の強靭な握力により根元から紙のように千切り取る。

 

 

「あぁ?…アァアアアアアァアアアアアァアア!?」

 

「万丈!ドラゴンを!」

 

「…おぉ!受け取れェ、戦兎ォ!」

 

 

万丈から投げ渡されたドラゴンボトルをキャッチ、装填。

 

 

《ドラゴン!》《ロボット!》――《Are you ready?》

 

「ビルドアップ!」

 

 

かけがえのない仲間たち、『二人のライダー』の力の一部を合わせた力、仮面ライダービルド"ドラゴンロボットフォーム"へと変身する。

 

 

「この手で変われ…悪しき科学の象徴よ!」

 

 

『ドラゴン』の成分の力の一端、あらゆる物を燃やし尽くす蒼炎を右拳に纏い、マスクメイカーの残るもう一本の大鎌を融解させながら、ディストラクティブアームにより安全性が高いボール状に固め直す。ハザードレベルが上がっていたおかげか何度かドラゴンの成分が入ったアイテムで変身したからか、以前のようなドラゴンボトル特有の暴走状態になるような感覚はない。キードラゴンじゃなくてもいけそうだ。

 

そして、二個目の今度は完全なボール状になった鎌を空中へ投げ、仕上げに別のボトルを取り出す。

 

 

《ダイヤモンド!》――《Are you ready?》

 

「ビルドアップ!」

 

 

トライアル、"ドラゴンダイヤモンドフォーム"となって高温で落下してくる鎌ボールを『ダイヤモンドボトル』の能力によって、大粒のダイヤモンドへと変えた。

 

 

「ほい、ビルド印の大玉ダイヤ…一丁上がり!」

 

「「は……はぁあああ!!??」」

 

「ナンでだァアアアアアアア!!??」

 

 

スパイ二人とマスクメイカーが揃って大驚き。こんなことだってできちゃうんだからスゴイでしょう、ビルド。

 

 

「(考察どころか、もう驚くのさえ無意味と思わせるほど由来不明で理解不能なデタラメなまでの能力!…なんで、なんであなたがそんな力を使えるの、桐生戦兎!!)」

 

 

「よ、よくも…ボクのカマを……アァ…アァ…」

 

「えー、気に入らないこれ?あぁんな物騒な物よりこっちの方がよっぽど世のため人のためになるのになぁ…あ!そうそう!ダイヤモンドってぇ、硬いから歯医者が虫歯の治療に使うドリルの」

 

「――ナゼだ!?ナゼそんなことをする!?」

 

 

はぁ……やっと聞いてきたか

 

 

「戦兎…そうかお前…」

 

「万丈、これが今の俺にとっての"勝利の法則"だ…待っててくれ」

 

「…おう」

 

「コタえろォ!!」

 

「あぁ…何故って、まずはお前に教えようと思ってさ。強い力に溺れるってことがどれだけ空しいことかをな」

 

「……ならどうしてダイヤなんかツクってみせた!?さっきのロボット?やらそのドラゴンの力で!ボクをイタめつけることだってヨウイにできたはずだろう!?…どうしてだ!!」

 

「確かに、お前の言う通りそうした方が簡単にお前に言うことを聞かせられたかもしれない。でも俺は敢えてそれをしなかった。何故だか分かるか?……人を傷つけることだけが、力の使い道じゃないからだ。」

 

「ナニ……?」

 

 

――戦いが力の全てではない。

俺があの戦いを通して、仮面ライダーとして戦い抜いて導き出した、『力を得た者の心得』の一つだった。

 

 

「桐生戦兎……ちょっとあなたまさか」

 

「頼むアンジェ、時間をくれ。これが俺の、ビルドのやるべきことなんだ。」

 

「こいつに説得なんて無意味よ」

 

「無意味かどうかはやってみなきゃわからないだろ?それに一々行動に意味を求めてたら科学者は務まらない」

 

「……勝手にしなさい。」

 

「させていただきます」

 

「フン……」

 

 

マスクメイカーから政治家の汚職の証拠の在りかを聞き出したいアンジェ側の目的を阻害するわけではない。むしろ説得により彼の心を開くことが出来ればそれを円滑にできるかもしれない。それをアンジェも理解してくれたようだ。

 

「なぁマスクメイカー…お前の鎌だって、破壊以外のずっと誰かの役に立つ使い道があった。例えば…伐採するのに人も時間も掛かるような大木を一瞬で()ったりとかな」

 

「フザケるな……そんなことシるか!ボクにとってはヒトをキザんでカネをウバうことだけがチカラのスベテなんだよ!!!」

 

「そっちこそふざけんな!!…そんなわけねぇだろ!!人を傷つけることだけが、お前の全てなわけねぇだろ!!」

 

「…ダマれぇエエエエエ!!」

 

 

俺の言葉に耳を貸さず、マスクメイカーは両肩の鎌を鎖鎌として射出、俺に叩きつけようとする。

それを、

 

 

《ドラゴン!ロック!ベストマッチ!!》――《Are you ready?》

 

「ビルドアップ……」

 

《封印のファンタジスタ…"キードラゴン"…イェイ!!》

 

「…ハァ!!」

 

 

左腕の巨大な鍵を模した装置、『バインドマスターキー』から鎖を射出して封じた。

ドラゴンボトルとのベストマッチによる効果でその拘束力は通常よりも向上し、マスクメイカーの鎌と絡ませて鎌の挙動を完全に掌握した。

 

 

「ハナせ!!ハナせぇえええええ!!」

 

「あの日、あの公園で、お前は俺の顔をコピーするのに俺に絵のモデルになってくれって頼んできただろ?そして俺はそれに応じてお前と時間を共にした。…さっきまではそれを後悔してた。でも、今は違う!」

 

「ナ二ぃ!?」

 

「人を傷つける以外のお前を知ることが出来たからだ!!…あの時、一心に絵を描いてたお前は、優しそうに笑ってただろ!!絵を描くことを、純粋に楽しんでただろ!!」

 

「!!!」

 

 

マスクメイカーの動きに乱れが生じ始める。

やっぱりそうだよ。闘争や破壊、それだけが人間の全てじゃない。

こいつにだって、人並みの喜びを感じる心があるんだ。それをここで証明して見せる!

 

 

「お前の描いた絵はすごく上手で…俺、見せてもらった時すごく嬉しかった!!お前は、人を笑顔にできるすごいヤツになれるんだよ!!」

 

「あ………」

 

 

 

========

『ねぇ、ショーン。あなたの絵は、きっと世界中の人に感動を与えられるわ。』

========

 

========

『だからいつか、私の他にもあなたの顔も、他の全部も受け入れてくれる人がきっと現れる。』

========

 

========

『その人にも、絵を描いてあげてね?……私の分も、あなたはその人と幸せに……生きて。』

========

 

 

 

 

 

 

 

僕は、姉様の分も幸せにならなくちゃ。

――ぶちっ

 

 

 

 

お金を、画材を買うお金を、稼がなきゃ。

――ぶちゅ、ぐちゅ、

 

 

 

 

父様も母様も死んじゃって、お屋敷から追い出されて何も無い僕でも、きっとお金を稼ぐ方法はあるよね?ねぇ、姉様。

――ぶじゅじゅじゅじゅじゅじゅ。

 

 

 

 

 

 

……あれ?僕は何で絵を描いてたんだっけ?

――初めて人の顔を剥いだ時、僕の顔はみんなと同じ顔をしていたのだと知ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁあああああああ!!!あああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

その時、

 

 

「――ヴアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

けたたましい蒸気音と爆風と共に、マスクメイカーの全身が血のように赤く発光した。

 

 

「!!………一体何が!?」

 

「わからない!!……なんだこの、光!?」

 

「!…ちせ!!」

 

「かたじけない…!飛ばされそうになるほどの風…彼奴に何が!?」

 

「……!!鎖鎌が!!」

 

 

拘束していた鎖鎌が独りでにどろりと融けて地面に落ちる。そして爆風が凪いだと同時に彼の下へと飛んで行った。

 

 

「そんな……」

 

 

彼がいた所に、彼はいなかった。

 

 

「お……おぉお…!?」

 

 

代わりに、そこにいたのは

 

 

「おいおいマジか…」

 

 

四本の鎖の絡まった『肢』、

腕の部分には一対の巨大なチェーンソーのような『鎌』、

ステンドガラスのように輝き、美しい女性のような意匠が見られる『(はね)』、

四つの大きな昆虫的『複眼』。

側面から紅い蒸気を噴き出す『腹部』

 

 

全長6メートルはあろうかという巨大な黒鉄(くろがね)の『カマキリ』が、ロンドンの町に出現したのだ。

 

 

[ぼくは、幸せにならなきゃいけないんだぁああああああああ!!!]

 

 

「ねぇ」

 

「どうした?」

 

「力を貸して。あれを……撃滅する」

 

「…いや、説得する」

 

「いい加減にして!!もうそんなこと言ってられる状況じゃないでしょう!?」

 

「いや、まだ言ってられる状況。アイツへの対処法はすでにこっちは確立済だ。あとはお前達がそれに乗るかどうかだけど……」

「やめて」

「――信じて、くれるよな?」

「それを言わないで!」

 

「うむ!やるぞ!!」

「…ちせ!?」

 

「まさか異国の地で妖怪退治の機会が巡って来るとは…!!武士(もののふ)の誉れを前に剣を抜かずいつ抜く?私は桐生に乗るぞアンジェ!」

 

「そんな……ダメよ…」

 

「アンジェよぉ…多分今すっげぇ気乗りしてねぇと思うけど、まぁ気持ちは分かるぜ?俺も最初はこいつのハチャメチャに振り回されてたからな」

 

「おい万丈、それだと俺が危ないヤツみたいに聞こえるんですけど?」

 

「実際そうだろうが。この期に及んで知らばっくれてんじゃねぇぞこの天才バカ!!」

「なんだとこの筋……真性バカ!」

「いや筋肉バカじゃねぇのかよ!!」

 

「――あぁもう!うぅるさぁあああああああああい!!!」

 

「「うぉおおう!?」」

「わかったわよもう!やればいいんでしょう!?やれば!?やってやるわよスパイだものね!?」

「おぉ、アンジェがいつにもましてえらく饒舌に……嬉しいやら悲しいやら…」

「ちせ……?」

「ひぃ!?」

 

「すぅうーー……はぁあーーー……ふぅ……で、どんな対処法なのかしら、天才『バカ』物理学者さん?」

 

「あぁまず…っておい!」

 

「!…戦兎ォ!!」

「! みんな避けろ!!」

 

 

突如放たれた巨大カマキリの横薙ぎを全員咄嗟に屈んで躱す。危なかったぁ!

 

[ぼくを、ぼくを幸せにしてくれよぉおおおおおお!!]

 

「仕方ねぇ…動きながら話す!万丈!」

 

「お…おぉ!?」

 

「ドラゴンボトルと『クローズマグマナックル』…今はそれで何とかしてくれ!」

「…上等だ!!何すりゃいい!?」

 

「肢全部折れ!以上!!…ちせもそれを頼んでいいか?」

「おっしゃ!やってくるぜ!」

「むぅ……不承不承ながら、了解した」

 

「アンジェはCボールで俺をアイツの顔に!」

「了解、行くわよ」

「頼む!」

 

差し出されたアンジェの手を取ると、全身が淡い緑光に包まれる。

やはりあの時と同じだ。Cボールには使用者が触れた相手も重力から解放されるはずだからな。

 

「よし……待ってろマスクメイカー!」

 

 

幸せになりたい…それがお前の、本当の願いなら。

 

 

 

《ラビット!タンク!ベストマッチ!!》

《"ラビットタンク"!!イェェエエイ!!》

 

 

「お前の、本当の夢を…お前が幸せになるための道を、俺たちが!創ってみせる!!」

 

 

――ロンドンの空に、月が輝いた。

 

 

 



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1-⑧

本作品がどのような構成で話が進められるのかこの回でお判りいただけると思います。

早い話が急展開です。

それでもいいという方……ありがとうございます!!

では、どうぞ!


 --ドロシー視点--

 

 

 

 「おいおいおい、どういう状況だこれ……!?」

 

 

 警察からマスクメイカーの捜査情報をすっぱ抜いたりなどの仕事も一段落し、ようやっと例の二人が住んでいた店に合流しようってプリンセス、ベアトを乗せて車を飛ばして来てみたたものの……

 

 

「ほっ……ハッ!!」

「…左から来るわ!」

「…うおっと!助かる!」

 

 

人語を喋るバカデカい黒いカマキリとこれまた妙ちくりんな格好をした怪人がアンジェと協力して戦っているというあまりにも現実離れした光景が広がって……あぁホントに何がどうしたってんだよ!

 

 

「うおりゃぁあああああ!!!」

「はぁああああああああ!!」

 

 

んでしかもその下でちせとバンジョーがデカ物の肢を執拗に攻撃して……いやいや下手したら死ぬって!!!何やってんだあいつら!!

 

 

「あ、あわわ、あわわわわわわ…」

「これは………マズい……」

 

[やめろ…僕の大切な物を…壊すなぁあああ!!]

「違う!お前が本当に大切に思ってたものはそんな人を傷つけるものなんかじゃない!それを全部取り除くまで我慢してくれ、マスクメイカー!!」

 

「え…ます、マスクメイカー!?…あれがですかぁ!?」

「『殺人鬼の正体が実は人間じゃなかった』…とかどっかの小説にありそうだなおい…」

「アンジェ、ちせさん、ミスター・バンジョー…あれ、ミスター・キリューがいない…?」

「あ……あの姫様、アンジェさんに掴まってるシマシマ怪人の声が…その、似てませんでしたか?」

「じゃあ、あの人が…!」

 

はははそんな…いや、ベアトが言うんだからそうなのかもな…

ちせといいあの時のジョーイローニンとかいうテロリスト共といい、日本人が分かんなくなってくるよ全く…

まぁそんなことはさておき、

 

「しょうがない、今は私たちにできることをしよう。」

「…はい!もちろんです!」

「うぅううう…(すっごく怖いけどこれも姫様のため姫様のため…)!」

「ドロシーさん!近隣の住民の方々の避難と誘導をお願いします!ベアトは私と人が立ち入らないようにバリケードを設置!!行きますよ!!」

「了解ぃ!!」

「は、はいぃいいい!!」

 

 

流石いい指示だよプリンセス!一皮むけたかな!

…あれ、でもこれスパイの仕事か?いや、んなもん気にしたってどうしようもないけどさ!!

 

――さぁて、もう一仕事頑張りますかね…!

 

 

 

 

 --戦兎視点--

 

 

 

 [来るな……よって来るなぁあああああ!!!]

「よっ……ハァアッ!!」

「くっ…ヤツの動きが速くなってきてる…!」

 

彼との対話のため、まず俺たちが行動に移したのは巨大鋸鎌や鎖付きの肢など、武装の破壊だった。

 

肢は万丈とちせが、それより上方の武装は過度な構造体の破壊を抑えるために俺のドリルクラッシャーとアンジェの銃撃で各部破壊する分担である。

今のマスクメイカーは合体状態の『ガーディアン』よりかは気持ちばかり小さいがそれでも巨大、しかも小ぶりでカマキリっぽい分小回りが利いてしまっているのもあって、『ホークガトリング』などの高速飛行形態で応戦すると不意な移動で彼の攻撃を誘発して市街地を危険に巻き込んでしまう可能性が大いにあるからだ。

だから俺はアンジェのCボールによる空中移動に頼ったのだ。彼女の操作なら無駄な移動をせずとも武装を破壊しながら最短ルートで彼の頭部に近づくことができる。

 

 

「よし、最後だ!!アンジェ!」

「…えぇ!!」

 

 

そしてドリルクラッシャーで破砕しておいた大鎌の装甲部の亀裂の中心をアンジェに銃弾で狙い撃ってもらうことで、過度な衝撃を出さずに彼の武装を解除させることができる!ビルドの力は強すぎて構造上おそらく存在するだろう彼の本体までをも攻撃してしまいかねないからな。これがベストの攻撃だ。

 

 

[あぁああ!うわぁああああ!!]

 

 

泣きわめく子供のようなこの声が、マスクメイカーのありのままの言動だったのだろうか、今は分からないがこれが彼の悲痛と苦しみで埋まってしまった心を表しているのは確かだろう。

 

 

「!…まずい、これ以上はボールが持たない!一旦下りるわよ!」

「え…あ、おい!」

 

なんてことだ…それ制限付きだったのか!

 

「また使えるようになるのは!?」

「…早くて三分。それが限度よ」

 

……長時間使用すると赤熱化し、そうなったら冷却しなければならず再度使えるようになるまでタイムラグができてしまう…まだまだ発展途上の技術なんだな。

近くの屋根に下り、アンジェはすぐに懐から液体窒素を入れるような容器にCボールを収納する。

 

さて腕の鋸鎌は破壊したし次は……

そうだ、万丈の方はどうなってるんだ?

ここからでも見えそうだな。どれ…

 

 

「ほ!……はぁ!!」

「――いよし、あと2本!ちせェ!そっちはァ!?」

 

お、順調みたいだな。スゴイなあの二人、息ピッタリじゃん。

この調子なら……いやまずい!!

 

「こちらも……!? 屈め万丈!!」

「お? うぉお!?」

 

折れたちせの刀の先端が飛ぶ!それを間一髪で避けた万丈が驚愕の声を上げた。

 

「っぶねぇ~…」

「すまぬ!!……くぉ!?」

「!…やべぇ!オルァ!!」

 

ちせを突き刺そうとした脚を万丈がナックルで受け止め、逸らした。

 

「大丈夫か!?」

「うむ、済まなんだ万丈……はぁっ!!」

「おぉい!?そんなボロいので無理すんじゃねぇよ!!」

「無理ではない!……たとえ剣が折れ果てようとこの身屈っすることなく最後まで戦い抜く!その心意気こそが武士なのじゃ!!……私は……私は!!」

 

折れた剣を支えに立ち上がり、万丈が受け止めていた肢を登る。そして付け根の関節へと昇り切ったちせは

 

 

――強くなったな……ちせ

 

 

父上(武士)の、娘じゃぁあああああああああああ!!!」

 

一刀両断!ちせの放った一閃は見事マスクメイカーの肢を巻きついた鎖ごと根元から斬り取った。

 

[あぁあああああああああああああああ!!]

 

そしてちせが着地すると同時、彼女の剣は、

はらりはらりと桜が散るが如くその身を崩れさせた。

 

(友よ、今までありがとう…)

「よっしゃぁあ!あと一本!」

 

だが、

その残る一本から黒い鎖が射出され、ちせを捕縛してしまう。

 

「ぬぁ!?」

「ちせェ!!」

「くっ…ここまでか。最後はお主に任せるぞ、万丈!」

「……分かった。そこで待ってろ!」

 

ちせの言葉に応え、怒りうねる最後の肢を見据えた万丈はナックルからドラゴンボトルを取り外し、

 

「(アイツを一発で倒すには、ちせみてぇに剣でいった方がいいかもな…剣ならあるぜ、俺にもよ!来い!)」

 

祈るように両拳を握り、気を集中させる。

……そうだ!今のお前なら、生身でもアレを使える!

 

――《ビートクローザー!》

「…っしゃきたぁ!!」

 

ドラゴンボトルから青と金のチューブが伸び、万丈の剣、『ビートクローザー』がその手に現れる。

 

《Special tune!》

「今の俺は……」

 

万丈はそれにドラゴンボトルを装填。柄のグリップエンドを一回引き、パワーを充填させた。

 

Hit parade(ヒッパレ)!!》

「最ッ高に!」

 

するとビートクローザーはドラゴンブレスの意匠が入った警告音のような待機音を鳴らしながら、蒼炎を纏わせ、東洋の龍の形として固定させ万丈の周りを旋回しながら現出した。

 

「負ける気がしねぇえええええええ!!!」

 

万丈の決め台詞と共に龍が剣身から放れ万丈を乗せる。そして浮き上がり最後の肢に向け飛び、

 

「うおりゃぁああああああああああ!!!」

 

万丈が肢の根元を叩き斬った!!

 

[あぁあ、そんな、足が、足がああああああ!!]

 

「へっへ、いやったぜぇ!!」

「おぉ…見事だったぞ万丈…龍が見えるほどに…」

「あー、あれ幻とかじゃなくてマジで出てたんだぜ?」

「なんと!?」

「…よっ!ほら立てるか?」

「う、うむ……(幻でない??)」

 

龍は既に消失し、降り立った万丈はちせの鎖を解いて肩を貸す。

 

「大きいケガとかしてねぇよな?」

「あ…いや!ふふ、大事無い。それよりよくやったぞ万丈よ。とにかく見事じゃった」

「いやお前こそ!よくあんなとこまで跳べたなおい!こうズバーー!ズバーー!!ってよ!」

「あっはっは!なんじゃその動きは!そんなへっぴり腰で斬っとらんわ!!」

「いや、お前ちびっこいのにあんなバンバン動けてマジすげぇよホント!」

「ち…!?」

「あ?……うぉお!何すんだよ!?」

「ゆ、許さん!さっきの誉め言葉ごと、叩き斬ってくれる!!」

「あ、おい!ビートクローザー返……うわやめろ悪かった!ガチで危ねぇってうおぉおおおお!!」

 

おいおい…ったく何やってんだよあいつら…ちょっと仲良くなるの早すぎない?

筋肉バカとひたむきな侍系女子、あぁ体育会系だから?

…いや単純すぎんだろ!

 

「ちょっと、いつまで遊んでるの…よ!」

「おぉ悪……何してんの?」

 

声に耳を傾け振り向くと、アンジェが近くにあった煙突に何やらワイヤーの様な物を括りつけている所だった。それによく見ると括りつけられた束から延びている一本のワイヤーが道を挟んだ向かいの家の煙突に繋がっているのが分かる(鉤か何かで固定してあるのだろうか)。

 

「さっきの『ロック』だかであなたがアイツの鎖鎌を防いでいたのを思い出して、ならアイツを『檻』に閉じ込めてやればいいと気付いたのよ…今、その下ごしらえが完了したわ」

「あぁ、なるほど!…ワイヤーガンかぁ、それすごいスパイっぽいな」

「……ほらこれ持って、あっちの屋根に飛んであいつをワイヤーの円の中に入れなさい。(ラビット)ならそれくらい簡単でしょ?」

「よし分かった!………いぃ、よっと!」

 

幸いマスクメイカーの視線が最早一本もない肢を動かそうと躍起になって下に集中している今がチャンスだった。左足に力を込めロンドンの空を走り跳び、マスクメイカーを囲む形でワイヤーを何重にも巻き付かせてグルグル巻きに。そしてワイヤーガンの持ち手を既に煙突の巻き付いてる方とは対角線上にある屋根の煙突に巻き付かせた。これでついにマスクメイカーを完全に拘束できた!

 

[あれ?う、腕も動かせない?な……なんだ、なんだこの糸はぁああああ!?]

 

「四つも大きな複眼があるのに私たちの動きに全く付いてこれないなんて…皮肉ね」

「それだけ周りが見えない程に錯乱してるってことだろ!大人しくなった今の内に説得する!」

「もう他に使える道具は、弾があと数発ってところね…私が協力できるのはここまでよ」

「十分助かったよ。あとは俺が何とかする!」

「……(こんな事態になってしまった以上、今のマスクメイカーから汚職の証拠を得るには未知の力を秘めている『仮面ライダービルド』に頼るしかない…不本意だけど任務完了まで頼らせてもらうわ、桐生戦兎)……頼んだわよ」

「あぁ!…アンジェは万丈たちを避難させておいてくれ!」

「了解」

「……よし。マスクメイカー!!」

 

アンジェが万丈たちの方へ向かったのを見届けて、俺は狼狽しているマスクメイカーに声を掛ける。

 

[!!……おい!!これを外せ!!ぼくを、自由にしろぉ!!]

「その前に、君に聞きたいことがある!」

[あぁ!?]

 

そしてまず彼の心の(うち)を知るべく俺は…いくつかの問いかけをすることにした。

 

「君はどうして、強盗殺人を犯してしまったんだ?」

[………覚えて、ない]

 

よかった…答えようとする気はあるみたいだ。

今の彼は恐らく『子供』なのだ。素直で周囲の景色に興味をあまり示さないが、その分掛けられる声に特に敏感なのだ。

優しい言葉で話しかければ、どんな形であれ反応を示してくれるとは思っていた。読みは間違ってなかったようだ。

 

「何が君を、そこまで人を傷つけることに悦びを感じさせるようにしてしまったんだ?」

[そんなの……わからない……]

「………質問を変えよう。」

[うぅ……]

「どうして、君はそうまで強く幸せになりたいと願ったんだ?」

[わからない……わからない!ぼくも知りたい!!知りたいけど!!……その前に!]

「!!」

[もっと刻んで、刻んで…同じだと感じたい!みんな僕と同じ…『カオ』なんてないんだって!!そう、カンジタインダヨォオオオオオ!!!]

 

マスクメイカーの咆哮と急激な動きでワイヤーを固定してある煙突に亀裂が入ったのが見えた。

 

「まずい!!あんなに上体を揺らしたら拘束が……!!」

「…………マスクメイカー!!教えてくれ!!君の……本当の名前を!!」

[!!]

 

動きが止まる。

 

「『マスクメイカー』ってのは殺人鬼である君の呼び名として周囲が勝手につけた名前だろう?…君の本当の気持ちを知るのに、それが必要なんだ!!本名は本当の『君』の大事な要素なんだ!!」

[ボクノ………ナマエ?]

「そうだ!頼む、教えてくれ!!」

 

 

僕の名前。

そうだ、僕の……名前は……

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

――ねぇ****、どう?描けた?

 

 

あ………あれ?あの人、誰だっけ。刻まれてるから見えないよ。

 

 

――わぁ、ちゃんと私だわ!本当に上手なのね、****( スク  カー)

 

 

僕の名前……そうだ、それが僕の名前なのに、なんで聞こえないんだ

 

 

――将来は大画家さんね。今の内にもっといろんな人に知ってもらいましょうよ。その方がマ*ス*メイ*ー*にとってもきっといい。幸せの第一歩なのよ。

 

 

教えてよ、『マスクメイカー』じゃない僕を。ねえ。

 

 

――どんな人にも幸せになる方法があるの。あなたの場合は絵がそうなの。だから……

 

 

教えて

 

   教えて

 

あぁ

 

行かないで

 

      消えないで

 

僕の大事だったはずの人

 

あぁ

 

    いない

 

僕の名前

 

わからないまま

 

    僕は

 

 

誰なの

 

 

    ねぇ

 

    

 

 

 

 真っ暗で

     

     何も

      

       見えないよ

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「戦兎ォオオオオオオ!!避けろォオオオオ!」

 

最後の質問の後がくがくと震えていた『彼』は、突如急激な動きで上体を揺らしワイヤーを引きちぎってしまった。

 

「いや、受け止める。」

 

こちらに倒れようとする彼の大きな体を、俺は立ったまま両腕でその頭を支える。

 

「俺は言った……お前を救うって!だから!」

 

彼の両腕で抱えられるほどの頭部を、抱きしめるように支える。

 

「君も、自分で自分を救え!!そうじゃないと君が本当の意味で救われない!!他の誰も君を救ってくれない!!君の未来は……君自身の力でないと、創りはじめられない!!!」

 

 

その時だ。

 

 

「!!」

 

 

俺と『彼』の間で紅と青の光が……溢れて、そして――

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

目を覚ますと、俺の変身は解除されていた。

 

「!?……夕方じゃない…」

 

景色は快晴で身の回りには色とりどりの薔薇が咲き誇り、遠方には小さな池とそこに橋が架かっているのが見えた。

 

「まるで金持ちの庭みたいだ……あれ?」

 

そしてその池の畔に、一人の防災頭巾の様な物を被った奇妙な子供が、スケッチブックだろうか、それに絵を描いている。

 

「あ……ねぇ君!」

「………」

 

近づいて声を掛けてみたが返事はない。それどころか、

 

「俺が……映ってない?」

 

池の水鏡に、俺の姿がなかった。

 

「一体、何がどうなって……」

「――ショーン!探したわよー!」

「!!」

 

後ろから女の子の声。見えたのは綺麗な金髪に、左手薬指に大きな青い指輪を嵌めている少女だった。

……もしかしたら『ショーン』というのはこの頭巾の少年の事だろうか。

 

「また来たの?いい加減にしてよ」

「ねぇ、絵を見せてったら。いいでしょう?お願い!」

「やだ…絶対やだ!!」

「なんでよ!こんなに頼んでるのに!」

「どうせ笑いに来たんだろう!!そんな人に見せたくない!」

 

少年は胸にスケッチブックを少女に見せないようにして抱える。

強い拒絶の意思が感じられた。

 

「アルバート兄様も、ベラドンナも!みんな笑った!僕みたいなのが描いた絵なんてしょうもないって!一生飼い殺しのくせに、無駄な紙を使うなって!!!」

「そんなことない!」

「え……?うわ!?」

「死んだお父様が言ってたわ…『この世に無駄なことなんてない。どんな経験も人生の大切な宝物だ』って。つまり、あなたの今描いている絵はあなたにとっての大切な宝物ってことよ。そして……」

「あ……返してよ!」

「『弟のものは姉の物。姉の物は姉の物』ってね!あ、これはお母様の言葉ね」

「……弟?何それ…君僕の兄弟の誰かの友達か何かじゃないの?」

「あら、聞いてなかったの?しょうがないわねぇ…」

 

少女は少年の手を取り、太陽のような笑顔でこう言った。

 

「ちょっと前にこの家に越してきたの。『ユーシェ・シュタインヴァルト』よ。そしてあなたは私の弟になったの。よろしくね!!」

「………『ショーン』です。よ、よろしく」

「わ、カッコいい名前ねぇ。その顔もカッコいいし!」

「え……えぇえぇ!?」

「何驚いてるのよ、だってそうでしょう。」

 

 

俺は、ここでようやくその可能性に思い当たった。

 

 

「――顔が『ない』なんて、これ以上ないくらい個性的でカッコいいじゃない?」

 

 

 

この庭は、マスクメイカーの『記憶』の世界なのだと――。

 

 



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1-⑨

遅れまして申し訳ありません。
多分今後もこのペースになると思います。ご容赦ください。

では、どうぞ……。


 

 

 

 

 

 

「なんだよそれ……カッコいいわけないだろ!」

 

「カッコいいわよぉ!」

 

彼の記憶の世界、心の中の世界……今俺が立っているこの場所が、そうだというのか?

 

『この世に醜い物は存在しない、存在してはいけない』!! このアホみたいな家訓のせいで!! 僕はもう一生この"ギプス"を外すことが許されないんだぞ!? 僕の顔は存在しなかったことにされたんだぞ!! こんな僕の、どこがカッコいいっていうんだよ!?」

 

「『短所は長所にできる』! ほら、海賊さんや軍人さんは眼帯や鉤爪の手になってもそれが勲章だぞ!って感じでカッコいいじゃない? あなたもそんな風に思われるような人間になればいいのよ!」

 

 あまりにも現実離れした目の前のこの"事実"に、俺は開いた口が塞がらないまま後ろ髪を掻き毟る。

 

『……なんだよ、これ…』

 

俺の声が自分たちすぐそばで発せられたというのにも関わらず、ショーンとユーシェはこちらを見向きもせずに会話を続けている。明らかに俺の存在に気付いている様子はなかった。まるで俺は空気だったのかと思うほどに。

いや、でもそうか……

 

『ここがマスクメイカーの…いや、『ショーン』の記憶の中なら、きっと彼があんな姿になってしまった経緯もこの"記憶の世界"を辿ることで分かるはずだ』

 

 今は『どうして自分がこうなってしまったか』よりも、 『今この状況で自分に何ができるか何をすべきか』を考えるのだ。

正直前者が気にならないわけではないが、それは今は置いておこう。

 

「そんな怖そうなのになりたくない! 僕が、僕がなりたいのは…」

 

「画家さんでしょ?」

 

「そう!どこか静かな場所でずっと絵を描いていられるような……!? なっ、何で分かるんだよ!?」 

 

「分からないわけないでしょう!こんなに素晴らしい絵を描いちゃうんだから。…あ、ごめんなさい。返すわ」

 

「あっさり返すくらいなら最初から取る…取らないでください。ユーシェ姉様」

 

「姉様はいらないわ。ユーシェでいいわよ固っ苦しいから」

 

「えぇ……」

 

「あ、嫌そうな顔」

 

「……何ですかそれ。 "顔なし"に、表情なんてないのに」

 

「あら、あるわよ?私には判るわ!だって…」

 

「…………」

 

「ショーンは、私の弟だもの」

 

 

 

ユーシェがそう言った瞬間、世界の全てが静止した。

 

 

 

『えっ!?』

 

 どういうことだ?どうして何も動かなくなった?

なんの前触れもなかったのに!?

 

『人も、風も、池の水の波紋すら止まってる……まさか』

 

 現実のショーンが思い出せる記憶が、ここまで

だから……そういうことなのか?

 

『そんな……なにか、続きに行ける仕掛けはないのか!?』

 

 どこかに、どこかにあるはずだ。

別の記憶へとアクセスできる方法が。

 

 人の記憶、特に自らの"思い出"に関するものは一つを想起すればまた別の関連した記憶が甦る、そういうものだと何時かどこかで聞いた気がする。

 

 そうだ、俺だって辛いとき投げ出したいときにいつも踏ん張ってこれたのは、仲間たちとの大切な他愛もない思い出があったからじゃないか。あの日々が、紛れもない"桐生戦兎"として過ごしてきた記憶があったからこそ、立ち上がってこれたじゃないか!

 

 大切な思い出ってのは、そう簡単に忘れられるものじゃない。きっと、ショーンの記憶も心のどこか深いところにあるはずなんだ!

 

『どこだ……どこにある!』

 

 探せ、行けるところの全部を。

見つけ出せ、それは必ずあるのだから――。

 

 

 

 

―――数十分程経っただろうか。

 

『見つからない……』

 

 いくら探してもそれらしいものは皆目見つからなかった。

 

『最悪だ……』

 

 折角いい所までこれたというのに、この始末。

奇跡か偶然かもわからないまま、今の状況をほったらかしたまま先に進もうとした弊害か。とうとう先に前進することすらできなくなった。

 

『いや……諦めるのはまだ早い。』

 

 まだやれることがある筈だ。

まだなにか、目を付けてない場所が…

 

『そうだあの二人! まだ調べてないぞ!』

 

 会話の途中で静止しているショーンとユーシェ。

二人にはまだ声を掛けてはいたが触れてはいなかった。

 俺が倒れてきた彼を抱き留めたあの時の光りが、俺をこの世界へと誘ったのだとしたら……

 

『ショーンの背中に……花?』

 

 探索から元居た場所に戻ると、奇妙な変化が起きていた。

真っ白の、キク科だろうか? 

一輪の花がショーンの背中にくっついている。

 

『仮説に仮説を重ねまくるのはホントはご法度だけど…今はこれしかない。頼むぞ』

 

 その花を取る。

 

『うおっ!?』

 

 ばっくりと、成虫が抜け出した後の蛹のような亀裂がショーンの背中が開いた。

その中は何も見えず、吸い込まれそうな黒が広がっている。

 

『……行ってみるか』

 

 ショーンを救う。その強い決意を胸に燃やして、俺はその穴に右手を差し込んでみた。

直後、あの時と同じ紅と青の光が穴から溢れだし……

 

 

『………やった…進めた!!』

 

 穴をくぐった先、景色はさっきの庭から別の場所へと変わっていた。

不確定要素ばかりの行動だったが、これが正解だったようだ。

今度は何処に来たのだろうか?

 

『見た感じ……公園か?』

 

 遊びまわる子供たちや風景画に勤しむ大人たちなど、現実の公園でも見たような景色が眼前にあった。

大きく時代が変わっている訳ではないだろうし、そう断定していいはずだ。

 

『近くにショーンがいる筈だ』

 

 また周りを見渡すと、左方の木の陰に頭部が特徴的な少年の姿が見える、ショーンだ。さっきの記憶よりも若干背は高くなっているがきっとそうだ。

 

『絵を描いてる、間違いない』

 

 彼は何度も何度も群衆とキャンバスの間で視線を変えながら、黙々と描画に勤しんでいる。

かなり集中力が高いのだろう。目の前で走る子供に目もくれず一心不乱に筆を走らせていた。

 

「――ショーン!! もう、勝手にいなくならないで!」

 

「姉様。もう用事は済んだの?」

 

「あ、こら! また姉様って呼んだ! いい加減名前で呼びなさいったら!」

 

 ショーンの後ろの林から聞こえる甲高い声は、ユーシェだろうか。

ドレスを持ち上げ、大きな帽子を押さえながら走って来た。

この子も外見的に成長して、大人っぽい出で立ちになっていた。

身長はドロシーより少し高いくらいだろうか。

 

「でも…姉様はやっぱり僕にとってたった一人の本当の家族だから。だから、"姉様"がいいんです。」

 

「………~~!!」

 

「わぷっ!ね、姉様!?」

 

「ホントいい子ね~!!あぁ、ショーン!!」

 

顔を真っ赤にさせてショーンを抱きしめるユーシェ。嬉し恥ずかしい気持ちが表れての行動なのだろう。二人の距離は大きく縮まっているようだった。

 

「こんな、こんないい子に嫌な思いばかりさせて!神様って本当に不公平だわ!他の家族たちに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい!!」

 

「く…苦ひいでふよぉ!」

 

「ふふ、ごめんね…あら、また一段と上手くなってるわね! 人が一杯なのにみんな丁寧で…」

 

「そんなことないですよ。奥の方の人はそれっぽい線で誤魔化してますし。その分近くの人は陰影を付けてハッキリさせてあげて全体のメリハリを……」

 

「う~ん…いや、とにかくすごい考えられてる絵なのね!! ショーンすごい!!」

 

いやお姉ちゃんもうちょっと聞いてあげて!

早いんだよ褒めるのが!!

 

「へへ……」

 

「うんうん、頑張って父様たちを説得して外に出させてあげた甲斐があったわ」

 

まぁ多少雑でもめそんな風にちゃくちゃいい笑顔で褒められちゃうと、不思議と褒められた方はすげぇ嬉しかったりするんだよな。わかるわかる。

 

「あ、そうだ。ショーン、いつも風景画ばかり描いてるけど人物画とかは描かないの?」

 

「人間は……好きじゃないです。題材にしようとは思えません」

 

「そっか…ごめんなさい」

 

「でも! でも……一人だけ、描きたい人はいます」

 

「! …誰なの!?教えて!?」

 

「…内緒です」

 

「えぇ~!?」

 

「いつか完成したら、一番に姉様に見せますね」

 

「あら……そういうことなら、楽しみに待ってるわね」

 

「はい!……あ、そういえば姉様の用事ってなんだったんですか?」

 

「ふふん、内緒♪」

 

「あ、真似しないでくださいよ!」

 

「なーいしょないしょー♪ふふんふふーん♪」

 

「あ、ちょっとぉ!!置いてかないでくださいよぉー!!」

 

 

 ショーンの声を最後に、記憶の再生は終わった。

 

 

『ショーンが誰かの人物画を描こうとしていること、ユーシェの謎の用事……それと、彼女の前で絵を描いている間だけはとても楽しげだったこと…か』

 

 ショーンの過去を紐解くのに必要な情報はまだ足りない。

数十年生きてきた人間の記憶だ、きっと桐生戦兎(おれ)のものとは比べ物にならない量の記憶、その世界を旅することになる。

 

『だとしても、俺は進む…ショーンの、未来のために』

 

俺は、二輪目の花を摘んだ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「それじゃあ行ってくるから、お留守番よろしくねショーン」

 

「はい。プリンセスのバースデーパーティー、楽しんできてください。姉様」

 

 

 大きな屋敷に住むもので、彼に話しかける物はユーシェ一人だけだった。

彼は一人でいる間、庭で野ネズミ等の食事を自分で調達するか、池の水で服を洗うかを繰り返す生活を送っていた。絵を描くのはその後だった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「父様……母様ぁーーーっ!!!」

 

「一体誰が……」

 

「壁の建設工事の視察中に、"共和派"の人間が撃ち殺したそうですわ」

 

「ふん、賤民も偶には役に立つ。これで名実共に私がこの家の主だ…」

 

「……けほっ、ゲホゲホ、げえぇエっっ、エっ、エぇっ!!!」

 

「ユーシェ……ユーシェどうしたの!? ……キャアアアアっ!!兄様ァ!!血、血を吐いてるわ!!汚らわしい!!」

 

「くそっ、この忙しい時に……おい誰か医者を!!」

 

「……姉様ぁ!!」

 

「!? おい!!なんでバケモノがここにいる!!……っアァ!放れろ!!汚いんだよクソッタレ!! おい!!誰か庭に戻しておけ!!」

 

「姉様!姉様ぁああああ!!!」

 

 初めてショーンの兄弟たちが記憶の中で姿を見せたが、案の定悪辣な人間たちだった。

両親の他界により彼の待遇は益々悪くなり、そのうえユーシェも流行り病を患ったせいで彼の彼女と会える時間もやがて少なくなっていった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ねぇショーン」

 

「なに、姉様」

 

「あなたが前に描きたいって言ってた人物画は……描けた?」

 

「……うん!描けた、描けたんだ!ほら見て!」

 

 床に臥せるユーシェは、まるで今にも消え入りそうなロウソクだった。

頬は瘦せこけ、美しかった髪はトウモロコシの髭と見分けがつかなかった。

死の気配が、彼女の全身を覆いつくしていた。

 

 

 瞳を潤わせ、ショーンは一枚の油絵をユーシェに見せる。

 

 

「あら……?おかしいわね……真っ白で……何が描いてあるのかしら?」

 

 

 描かれていたのは、最初の記憶の世界で見た――柔らかな笑顔の、健やかだった頃の少女。

 

 

「えぇとね、これは――」

 

「待って……当ててあげる。これは…そうだわ。きっと、あなた自身よ」

 

「いや、姉さ」

 

「お日様みたいな笑顔で、たくさんの人に好きになってもらえた、未来のあなた自身ね?」

 

 

 少女の絵を持つショーンの手は、震えていた。

 

 

「……………………………うん」

 

「あ…当たってた?やったぁ……」

 

 

 少年の頬を涙が伝い、窓からのぞく月の光を反射させる。

 

 

「ショーン、絵を見せてくれたお礼にね、プレゼントがあるの」

 

「え……………?」

 

 

 そう言って、彼女が震える腕でショーンに差し出したのは、大きな青い指輪だった。

 

 

「これ…でもこれ、姉様の大切なものじゃ…貰えないよ!!」

 

「いいの…あなたになら…」

 

「なんで……ぇぐっ…なんで…っえ…」

 

「どうしても自分の力で何とかできないことがあった時…その時あなたが一番信じられると思った人に…渡して。きっと、力になってくれるわ。」

 

「そんな人……姉様以外にできっこない!!」

 

「できるわ……ねぇ、ショーン。あなたの絵は、きっと世界中の人に感動を与えられるわ。 だからいつか、私の他にも………あなたの顔も、他の全部も………受け入れてくれる人がきっとできる。 その人にも、絵を描いてあげてね?……私の分も、あなたはその人と幸せに……生きて。」

 

「………」

 

「ショーン」

 

 彼女の手が、濡れる頬を優しく撫でる。

その手を、彼の手は優しく包みこんだ。

 

「あなたの姉様になれて………よかった」

 

「姉様?」

 

 

伸ばされた彼女の腕が、重力に引かれる。

 

 

「……………姉様ぁああああ!!!」

 

ユーシェは笑っていた。そこには感謝があった

 

俺は、泣き崩れるショーンの背中に花が現れてもすぐに触れることができず長い時間を立ち尽くした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 最後の記憶の世界を抜けると、そこは真っ白の何もない世界だった。

 

『これは……』

 

余りにも異様な空間にきょろきょろ周りを見渡していると、手の中で一杯だった白い花たちが突然空中で寄り集まり、何処からか紙やリボンが現れて、立派な装飾のある花束になった。

 

『そうか……これで、彼の忘れていたショーンとしての記憶の全てを、見終わったことになるのか』

 

 この花束は今までの記憶の傾向からして、恐らく彼がユーシェから貰った多くの"愛"が形となった物だろう。

 

 そして…古来より"花束"とは、死者生者問わず必ず特定の誰かに向けて贈られているものだ。

これの場合、その相手とは――

 

『………やっぱりだ』

 

空間の奥に、ショーンがいる。

 

『これを彼に渡せば……きっと現実での彼に記憶が戻るはずだ』

 

あまりにも整ったこの状況に、その確信が強く湧いた。

これで、これできっと――。

 

『ショーン!!』

 

 花束を崩さないよう歩み寄りながら、声を掛ける。

 

「………君は」

 

『初めまして、俺は――』

 

 

「――"セント・キリュー"だろ? 君の顔にも世話になってるよ」

 

『!!』

 

 少年の体躯に似合わぬ、しわがれた低い声。

小さな身体から黒い液体が流れ出て、少年の全身を覆う。

そしてどんどん巨大になっていく。

 

[ふぅーー…。人の心に勝手に踏み込んだ罰だ。]

 

現実でも見た、巨大な黒鉄(くろがね)のカマキリ……ではない。

一瞬その姿を見せたが、すぐに縮んでいき二メートル程にまで落ち着くとついにその形態は固定された。

 

[[君だと分からないくらいにまで細かく!!刻み込んであげるよ!!!]]

 

巨大になる直前の姿に、巨大化状態の特徴を全身にあしらわれたデザイン。

まごうことなくそれは怪物。連続強盗殺人犯……"マスクメイカー"の姿だった。

 

『そう全部が上手くは、行かないみてぇだな』

 

ビルドドライバーを装着する。

 

『これが最後だ………俺が、俺たちが、お前の未来への道を創ってみせる! さぁ、実験を始めようか!!』

 

 

 

すると

 

[[ぬあっ!?]]

『――うおっ!?』

 

突然、花束が光を放ち姿が変わり始める。

 

『これは……』

 

花束があった場所には、嘗て新世界創世のエネルギーの一つとして役目を終えた筈の力

 

『"ジーニアスボトル"……!?』

 

この手に再び、七色の輝きが戻っていた。

 

『マジかよ……ハハ、最ッ高だな!!』

 

[[また変なアイテムをォオ………!!貴様ァ!!]]

 

『変とか言うな。こいつはな…俺たちの思いが籠りまくった、ラブ&ピースの結晶なんだよ。』

 

《グゥレイトォ!》《オールイェイ!!》

《ジーニアス!!》

 

『お前の中のラブ&ピース、それがこいつになったってことは…』

 

《イーー!!》《イエーイ!!》

《イーー!!》《イエーイ!!》

 

『これは、怪物になっちまってる今のお前にそれを思い出してほしいっていう、過去のお前(ショーン)の願いそのものなんだ!!…行くぞマスクメイカー!!』

 

[[黙れ……いい加減黙れよォオオオオ!!!]]

 

《Are you ready!?》

 

「――変身!!!」

 

 

 

黒き鋼の大鎌と、七色の虹の拳が

 

 

《完全無欠のボトルヤロー!!"ビルドジーニアス"!! スゲーイ!モノスゲーイ!!》

 

 

――今、記憶の最奥で激突した。

 










「過去が希望をくれる」


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1-⑩

投稿が遅れてしまい、誠に申し訳ございませんでした!!
多分次話もこのペースでの投稿になります!(前にも行った)


では、どうぞ……


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「あ、ちょっとそこの人!」

 

「え……あ、俺?」

 

「はい! 

ちょっとお時間いただいてもよろしいですか? 

実は僕の絵のモデルになってもらいたいんですけど…」

 

「あー……いいですよ。

(仕事探してるけど見つからなくて)暇だったとこなんで」

 

「助かります! 

いやぁ東洋人の男性を探していたところに、

()()あなたのような最高のモデルとすれ違えるなんて!」

 

「うっは、最高だなんてそぉんな!! 

まぁ確かに?こんなイケメン天っ才物理学者は

そう世の中ゴロゴロいる訳じゃないですけど……むふっ」

 

「それじゃあこの椅子座ってもらえます?」

 

「(完スルーかよ……)

あ、取りあえずポーズとか付けます?

こういう感じの」

 

「うぅん…もうちょっとこう、

顔全体がはっきり見える感じで…

そうそう、そこです!」  

 

「よいしょ……

あれ、そういえばどうして

俺みたいな東洋人を描きたかったんですか?」

 

()()で必要でして」

 

「なるほど……でも珍しいですね、

屋外で風景画じゃなくて人物画を描くのって」

 

「いやぁ、ホントは換気の効いたアトリエとかがいいんでしょうけど、

僕は専らこの公園ですね。」

 

「おぉ、プロの拘りってやつですか?」

 

「拘り……というか、なんというか…

『人物画はここで描かなきゃいけない』って妙なルールがあるんですよ、僕の中に。

自分でも不思議なんですけど。」 

 

 

 

 

 

 

―――あの日、彼と出会ったあの公園。

今思えば、ここはある姉弟の思い出の場所であり、その時の彼の表情は、どこか助けを求めているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

[[アァ!!アァア!!

アァアアアアアア!!!]]

 

「………………」

 

 

 交錯するジーニアスとマスクメイカーの拳。

 鎌を掃いつつ隙を突いて攻撃。それを幾ばくか繰り返しながらもマスクメイカーは激しく刃を振るう。

 が、60本分のボトルの成分により視聴覚を極限まで高められた今のビルドの前にはスローモーションだった。全て避けられる。

 

 《ワンサイド!》

 

 レバーを小回転。左複眼が暖色の光を放ち、有機物ボトルのエネルギーが右手に籠る。

 

 《Ready go!! ジーニアスアタック!!》 

 

「ハッ!!」

 

 マスクメイカーの刃を屈み避け、その黒く覆われた腹部を打ち抜いた。

 

[[――ッッ!!アアアアアア!?]]

 

「……ん?」

 

 苦悶の声を上げるマスクメイカー。しかしその手で抑えていたのは一撃を食らわせた腹ではなく、何の攻撃もしていない頭部だった。腹部にはしっかりと攻撃の跡が大きなヒビとなって残っている。

 

[[やめろこんな……

僕はァアアアア!!]]

 

「何…?」

 

 疑問を感じたと同時、マスクメイカーの全身から小鎌が発射された。

俺の周囲を無秩序に旋回しながら全弾俺に狙いを定め飛来する。

 

「(避けきれるか…?)」

 

《ダイヤモンド》で覆えるのは一部分だけ。

ならば、"的"を増やして俺本体への攻撃を減らす!

 

 《忍者》の能力を発現。三体の分身ジーニアスを出現させる。

 

[[な……ッ!?]]

 

『フルボトルバスター!!』

 

[[アアッ!!??]]

 

『ハァアアアアアッ!!!』

 

 さらに分身も含めた四人のジーニアスの手に『フルボトルバスター』が携わる。飛来した小鎌はその悉くが黄刃の前に散らされた。

 

[[……んマダだァアアアア!!!]]

 

 マスクメイカーがさらに小鎌を発射。それらは全方位を覆うようにこちらに向かって軌道を描いている。

さらに第一波の三倍はあろうかという数。今のようにはいかないだろう。もっと強い力で対抗する!

 

《ラビット! タンク!》

《ドラゴン! ロック!》

《フェニックス! ロボット!》

《バット! エンジン!》

 

<<<<ジャストマッチデーース!!>>>>

 

 四人のジーニアスがそれぞれボトルをバスターに装填。

二本分のエネルギーを凝縮させ、刃状にして振るい、撃ち放つ。円状に重なったエネルギー刃の前に、数十枚はあった小鎌は全て消し去られた。

 

[[オォオオオオッ!!]]

 

 その爆風に紛れ、マスクメイカーが飛び掛かってくる。

 

「!」

 

 黒光りするその大鎌を外受け。ジーニアスの防御力ならこの程度の不意打ちはダメージにならない。

 が、その時――

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「やえ、やえてください……

痛い、痛いんだよぉ!!」

 

「黙れ化け物ぉお……!

人間の世界に、入ってくるなぁ…!」

 

「あぁ…ああああああああああ!!!」

 

 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

 

「………あれ? 蹴って、こない……」

 

「…………」

 

「死んじゃった?」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「―――――!?」

 

 脳裏に、砂嵐の如く現れたビジョン。

少年を蹴っていた男が、少年に抵抗に遭い転倒。そのまま動かなくなって……そんな映像だった。

 

「まさか……」

 

少年の声には、聞き覚えがあった。

 

「今のは、ショーンか……!?」

 

 だとすれば、さっきの映像は恐らく………

 

[[何人増えようと……

あァ! まただ!また……!!]]

 

 分身とは言え強力なジーニアスの攻撃を何発も受けながら未だ戦意の衰えないマスクメイカー。

  

 

[[僕は……もう、あの頃の僕じゃない!!

こんなに、こんなにも強くなったんだァ!!

もう僕は、虐げられるだけの存在じゃない!!]]

 

 

 彼が苦しんでいた理由は、

今の彼の発言の意味はからして……

 

 あぁ、そうか。そうだったのか

 

「自分の"過去"を見て、そんなに苦しいのは…

お前自身、今の自分が間違えているって本当は理解(わか)ってるからじゃないのか?」

 

 効果時間も切れ、分身が消える。

一つに戻ったジーニアス(おれ)はそう"彼"に問い掛けた。

 

「俺もお前の攻撃で、少し見えたよ。 

…お姉さんがいなくなってからの君を」

 

[[うるさい!!]]

 

 ショーンが姉から受け取った愛情の記憶の集合体――花束がボトルとなってそれで変身したのがこのジーニアスだ。その攻撃を通して、記憶の一部が殺人鬼となった彼の方に流れ込んだのだろう。

 そして、逆もまた然り。

 

「お前は……いや、

君は俺がショーンが殺人鬼となってしまってからの記憶の集合体なんだな。」

 

[[……だったらなんだ]]

 

 一歩、進む。

 

「教えてほしいんだ。

君の事を、もっと」

 

[[何のために…?]]

 

また一歩。

 

「決まってんだろ」

 

 ショーンだった彼に、歩み寄る。

 

「君を救いたいからだ!!」

 

[[……気持ち悪いんだよォ!!]]

 

 鋸鎌が大きく刃のチェーンを鳴らし、振るわれる。

俺はそれを――避けることはしなかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『追い出された』

 

       

 

 

  『僕は一人ぼっちになった』

          

 

 

     『絵を描く道具もない』

 

        

         『もう僕には何もない』 

 

『何も無い、空っぽだ』

 

             『空っぽな僕は』

 

 

  『どうやって、生きていきばいいんだろう』

 

 

      

 『……あの人なら教えてくれるかな』 

 

 

 

 

『痛い』

        

 

      『殴られた』

 

『痛い』 

 

      『蹴られた』 

   

 

『痛い』

 

 

『心も』

 

 

『身体も』

 

 

 

 

 

『空っぽな僕の中で、痛みだけが反響する』

 

 

 

『誰か』

 

 

               『誰か』

 

 

 

      『助け……て……』  

 

 

       

   

  

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

 

 

 

『死んでいた』        

 

『殺してしまった』

 

『人を、死なせてしまった』

 

『何をしても動かない』

 

『なら、見てみたい』  

        

『普通の人の』  

 

『ありのままの顔を』

     

 

ぶちゅり、ぶちゅり、ぶちゅり、ぶちゅり、

 

『綺麗な桃色だ』

      

にゅぶり、にゅぶり、にゅぶり、にゅぶり、 

 

『花が咲いたようだ』 

 

ぶちっぶちっ、ぶちぶちぶちり       

 

『もっと見たいな』

 

 

 

 

  

   

 

『ロンドンは死体で溢れていた』

 

 

『たくさん確かめて、安心した』

 

    

 

 

 

『あぁ、僕は』

 

 

    

 

『僕は、ただの人間だったんだ!』

    

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 血と肉の臭いが、実物もないのに鼻腔の中を充満してくように錯覚するほどの惨たらしい情景。

それが攻撃を受けた刹那の時間の中、ジーニアスの力で極限まで高められた思考回路の中で、何度も何度もリピートされた。

 

 今までに感じたことも無いほどの吐き気に俺の消化器官全てが支配される。

 

「…………!……!!」

 

 それを必死に堪え、ギシギシと鎧を鳴らす目の前のマスクメイカーを見据える。

 

「あれは……あの"黒い液体"は……」

 

[[黙れぇ!!]]

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『幸せだ』

 

『僕を追い出したあいつらに新しい顔を作って見せるたび』

 

『綺麗な絨毯が吐瀉物で汚れるのを眺めると』

 

『すごく幸せだ』

 

『おい逃げるなよ』

 

『見ないふりするなよ』

 

『お前らも』

 

『似たことをさんざ平民たちにやってきたじゃないか』

 

『同罪だ』

 

『同罪だ』

 

『言い逃れはできないぞ』

 

『だってここに証拠がある』

 

『お前らの方が、化け物だって!!』

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「捕まらないように脅してた上流階級ってのは、君の家族だったのか」

 

[[家族? 違う、道具さ。 

あんな豚共!その程度の価値しかない!!]]

 

「………彼らが野放しになってたことで、

お前のやったことが正当化されるわけじゃない」

 

[[あぁそうだなぁ!? その通りだよォ!!]]

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『僕はこの醜い顔に感謝した』

 

『誰でもあり、誰にでもなれるこの顔を』

 

『もっとたくさんの人間になりたい』

 

『もっと精巧な顔に』

 

『もっと美しい顔に』

 

『そのためには?』

 

『そうだ、"模造"だ』

 

『顔を観察して、それを模造する』

 

『完璧に、完璧にだ』

 

『あ』

 

『そういえば僕は』

 

 

 

 

『絵が巧いんだった』

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「君の罪は重い」

 

[[………あ?]]

 

「それでも…」

 

 

《ワンサイド! 逆サイドゥ!!》

 

 

「――それでも、君はやり直せる!!」

 

 

《Ready go!!

ジーニアス・ブレェエエエエイク!!》

 

 

 右足に寒色系の光を纏わせ、ひび割れたマスクメイカーの鎧腹部に蹴り込む。

大きくうめき声を発しながら、彼は後退した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『ねぇ姉様、欲しいものとかある?』

 

『…あら~! プレゼントのリクエスト?

嬉しいわぁ!』

 

『そ、そういうのじゃ、ないですけど…』

 

『ふふ……じゃあねぇ、

私あなたが幸せに笑ってる人生が欲しいわ』

 

『幸せに、ですか?』

 

『ただの幸せじゃないわよ? 

あなたが沢山の人に祝福されながら、

ずーっと笑顔でいる人生よ』

 

『………できるかな』

 

『できるわよ』

 

 

 

 

『あなたなら、できるわ!』

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

[[あぁ……

アァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!]]

 

「君の罪も、痛みも!

このジーニアスを形成する君への愛情の全てが!

……生きることを許してくれる!!」

 

「変わってしまった君の身体も! 

歪んでしまった心も!救ってくれる!!」

 

 

「人は生きていれば誰だって過ちを犯す!

誰かを傷つける!

誰かの願いを踏みにじる!

………命を、奪ってる!!」

 

「それでも…」

 

「どんなに苦しくても……」

 

「明日を生きていかなきゃいけない!!」

 

「苦難と戦わなきゃいけない!!」

 

「そのための"ラブ&ピース"なんだ!!」

 

「愛しあえることを願う心、

平和を祈る心なんだ!!!」

 

「もう誰も苦しまないように!

誰かの幸せを守るために!!」

 

「折れそうな心を真っ直ぐにするために!」

 

「争いのない未来を……創るために!!」

 

[[何を……何を言いたいんだよ!?

このマスクメイカーに!!

刻み!!脅し!!盗み!!

自分以外を嘲笑い続けたこの僕に!!

他に何があるって言うんだよ!?]]

 

「君にもある。

あったんだよ、ラブ&ピースがここに!」

 

 七色に輝くジーニアスボトル。

その光はひび割れたマスクメイカーの仮面から覗くショーンの瞳を美しく照らしていた。

 

[[……それは僕の……『僕』だったころの!!]]

 

「あぁ」

 

[[返して……僕の幸せを、

僕の人生を返してよぉお!!]]

 

「………わかってる。

本当の君は、誰かを思いやれる優しいヤツだもんな」

 

 

《ワンサイド! 逆サイドゥ!!

オーーールサイド!!!》 

 

 

「思い出してくれ……

君の願った"ラブ&ピース"を!!」

 

 "虹の旗"がジーニアスの胸部デバイス『フルビルドリアクター』から生成。

後方より出現した"虹の数式"と織り合わさり、ショーンを包み込むように放物線となる。

 

 そして背部『GNフルボトル』から虹色のエネルギー波を翼状に噴出、飛翔する。

 放物線のY地点に到達。ショーンのいるX地点へ向かう態勢は整った。

 

 

「また明日に向かって歩き出すための道!!

俺が、仮面ライダービルドが創る!!」

 

 

《Ready go!!!

ジーニアスフィニィイイッシュ!!!》

 

 

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ白だった空間は、いつしか一面の花畑になっていた。

 

 

「……どおして、(おく)を許してくれたの?」

 

「決まってんだろ」

 

 鎧が砕かれあらわになったショーンを抱き寄せ、告げる。

 

 

「お前が、ずっと仮面の下で泣いてたからだ」

 

 

 ショーンの顔にはもう、俺の顔はない。

あるはずの物がない、欠落で埋められた顔とは呼べない顔。

幼少期に強制されて付けたギプスも、狂気で作られた他人の模造品も被っていない、ありのままのショーンの顔。

 

 俺には、それが笑っているように見えた。

 

 

「そっか……はは、そっか…」

 

「……………」

 

「……ねぇ」

 

「ん?」

 

「姉様あ、(おく)を許してくれるかな」

 

「俺にはそこまで分からないさ。君が、自分で聞いてみたらいい。」

 

 変身を解除、ジーニアスボトルは元の花束へと還元された。

 それを、ショーンへと手渡す。

 

「これからの長い人生、君自身の意思でずっと歩いていくんだ。君ならきっとできる!

少なくともこの花は、お姉さんの愛は、それを望んでるはずだ」

 

「うぅ………うぅ!!」

 

 

 あぁそうだ。思い出した。

 

 エーデルワイス。

 

 それが、この花の名前だ。

 

 

 花畑が大きく風で揺れ、太陽が落ちてきたような光が、空間を満たす――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――きろ!!おい起きろよ!!戦兎ォオオ!!!」

 

 

 耳元で聞き慣れたがなり声。

 瞼を開ける。

 

 

「なんだようるさ………あれ万丈?」

 

「!!! 

……寝ってんじゃねえコノヤロォーー!!」

 

「うわ引っ付くな!………あれ?」

 

 

現実に、戻っちゃってるよ…… 

 

 

 

 

 



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1-⑪

 

 

 

 

 

 

「いやマジでびっくりしたぞオイ! 」

急にぶっ倒れやがって!

ちゃんと目ぇ醒めたからよかったけどよぉ……!」

 

「そうだな……へへっ」

 

 すごく久々に感じた万丈の声を聞いからか、マスクの中で思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「……なに笑ってんだよ気持ち悪ぃ!」 

 

「あ、俺変身したままじゃん」 

 

「オォイ!?」

 

 全身を覆う慣れた圧迫感を確かめて

次に顔を撫でると、やはり独特の硬質間。

現実では変身解除されないままだったのか。

 

 変身を解除し辺りを見る。

……最後に受け止めた筈の巨大カマキリの頭部は見当たらない。

これは一体……

 

「あら正義のヒーローさん、よく眠れたかしら?」

 

 浮かんだ疑問は霧消し、声のした方を見れば、そこには身体中(すす)だらけになったアンジェとちせが。

しかし感覚が戻ってくるにつれてアンジェがじっとりとした視線をこちらに向けていることに気付く。

口は笑っているが目で怒りが伝わってくるようだった。

 

「あ、いやその……すみません」

 

 すぐさま起き上がり腰を曲げて謝罪。

わざとでなくても女の子を怒らせてしまったのだから詫びるのが筋というものなのだろう。とあるネットアイドルと揉めた時も、よく万丈と一緒にこうして頭を下げていたものだ。

 

「何が? 意図が読めないわね?」

 

「はぁ……桐生よ、これの意地の悪さに一々取り合わんでよいのだぞ?」

 

 やれやれ、と言った風にため息交じり。

疲れの見えるちせだがその舌は渇いてはいないよう。

 

「しかしまぁ、これもお主に多少親しみを持っておる証拠じゃ。アンジェは優しい男に弱いからな」

 

「……名誉毀損って言葉、知ってるかしら?」

 

「図星なら知っておる」

 

 眼にも止まらぬ速さでちせをホールドアップしようとするも逃げられるアンジェ。

そのまま手押し相撲に発展、結果はちせが僅差で勝利。アンジェの顔が六月の曇りのようにどんより陰った。

 

「ともかく、目が醒めて何よりじゃ」

見事な働きであったぞ、桐生」

 

「え?……あ、ハイ」

 

 ちょっとくらいフォローしてやれよ……

うぅん、でもこれが彼女たちの日常であるなら俺が変にツッコむのもおかしいな(俺もちせと同じような事よくやるし)。

 

 でも……なんかいいなこういうの。

平和の中にいるって感じがする

 

「二人とも、今日はありがとな」

 

「…………え?」

 

「? どうかしたか?」

 

「いえ、別に……」

 

 きょとんとするスパイ二人。

何か変なことを言っただろうか?

ただのお礼なのに

 

「……あ、そうだ。俺がいない間に何かあったか?」

 

 他愛もない話は打ち止めにして、ここはきちんと状況確認しないと。

 何か重大な見落としがあるといけないからな。

 

「あなたが倒れるカマキリの頭を抱えた瞬間、

謎の光が発生してあなたが倒れて動かなくなった後、突然、カマキリが頭部も体も斬られた脚も全て霧状に崩れて散ってしまったわ。」

 

「後に残ったのはお主とそこに寝かせておるマスクメイカーじゃった」

 

 万丈に確認を取る。……間違いないようだ。

 てきぱきと説明してくれる二人にまた礼を言い、ちせの視線の先を見れば横に倒れていたのは全身の所々が黒く汚れた俺と同じ顔――ショーンだ。

 

「ショーン」

 

「――う…」

 

「大丈夫か?」

 

「あ………君は……」

 

 無理に起き上がろうとするショーンに手を翳し、そのままゆっくり()せさせる。

彼は見下ろす俺たちを順々に見つめ、そしてゆっくりと口を開けた。

 

「その声は……そうか、君が『セント』か」

 

「おう、そういえばちゃんと名前言ってなかったな。

俺は桐生戦兎! 天才物理学者だ!」

 

 顔の横でひょいっ、と指を振る。

 

「今はあんま無理すんな。とりあえず横になっとけ」

 

「なんでそんなに……親し気になれるんだ」

 

 ほんの軽い挨拶に返したショーンのその言葉は、酷く重苦しい声色だった。

視線は俺たちの誰にも合わせられない方向へ向いていく。

 彼の問いに対する俺の答えは、

 

「お前の、自分の罪を認め償いたいという本物の意思を、お前の心の中で感じ取ったからだ。」

 

 はっきりと、真実を伝えることだった。

 訝しむように眉間に皺を寄せる万丈。頭上に?マークが浮かぶのが見える。アンジェもちせも同様だ。

 

 しかしショーンは違った。

ハッとした表情になり俺を見つめる。

どうやら彼にはあの世界で俺と戦った感覚が残っているようだった。

 

「おい戦兎、お前急に何の話してんだよ?

てかショーンってなんだよ」

 

「ショーン……それが僕の、"マスクメイカー"の本当の名だ 」

 

「なんと!?」

 

「!? まさか……」

 

 つかつかとショーンの方に歩み寄るアンジェ。

歩を止め身を屈め、懐から一枚の紙を取り出しショーンに突き付ける。

それには一つの樹形図のような物が端から端までを使い丹念に描かれていた。

 

「これに見覚えはある?」

 

「……よく持ち出せたな、そんなもの。

あの家はもう大分前に没落した筈だけど」

 

「『ショーン・ウェルキウス・シーモア』……あなただったなんて」

 

「……!」

 

 その名を聞いた途端、ショーンは怒りの形相を見せた。

しかしすぐに平静な表情となり、アンジェから視線を逸らす。

 

「でもなんで……」

 

「おい、いきなり何の」

 

「……忘れたの!? なぜ私たちがコイツを追っていたのかを!」

 

「…………」

 

 あの夜、初めてアンジェと出会った時に聞いたこと。 

 

 ショーンは貴族の出で貴族と繋っているある政治家の汚職の証拠を盗み出し、それを脅しの材料にして自分の悪事の数々を見逃させていた。

 

 アンジェたち"チーム白鳩"はその汚職の証拠を取り戻すため、ショーン……マスクメイカーに狙われていた俺と万丈に接触してきたのだった。

 

「君は警察ではないな……おそらく共和国のスパイか」

 

「……えぇ」

 

「そうか。

なら欲しいのはこれだろう?」

 

 ショーンは上着のポケットから一本の鍵を取り出す。

ファンタジーや時代小説で見るような柄の長いタイプの物だ。

 

「あの家の地下室に行け。そこに君たちが求めるもの全てがある。

シーモアの家長が代々犯して受け継いでいた罪の証。

アイツらも僕と同じ外道だったことがそれでわかる。……血は争えなかったってことだ」

 

 ショーンは俺の方を見て微笑する。そして遠い目でロンドンの夜空を仰いだ。

 

「……何かの罠としか思えないわね」

 

「違う、ショーンはそんなことはもう」

 

「しない根拠がどこにあるの?」

 

 ぴしゃりと、アンジェは鞭を打つような声で俺に反論する。

 

「そもそもなぜあなたはこの男の本名を知っていたの?

しかも罪を償いたがっている? 

初耳だわそんなこと。

あなたが宣う"救い"というのは、犯罪者を無条件に赦してあまつさえそれを他者にも強要するようなそんな偽善的で都合のいい物だったというの?」

 

 さっきまでの会話の流れで俺が記憶世界で行動している間の現実での時間経過はほんの数分でしかないようだった。並行世界間で時間経過のスピードが異なっていたように物質と意識の間でもそのようなラグが発生しているとしてもおかしくはない。

 だからアンジェがこのように俺に捲し立てる疑問は当然の物だ。今の俺の考えはショーンの凄惨な過去と狂気のままに犯してきた罪を償いたいという彼の本心を記憶世界での戦いを通して知っているからだ。

 

「……ショーンの、マスクメイカーの罪は確かに重い。

殺人の動機もそれを思いつくに至った喪失と過去を、俺は眠っている間にショーンの心の中に迷い込んで見たんだ。触れたんだ。

だから自分の事のように分かっちまったんだよ!

こいつは狂気と優しさのせめぎ合う中で涙を流しながら戦っていたんだって!」

 

「……つまり、そいつの過去を眠っていた短い時間の中で実際に体感したとでも言いたいの?」

 

「あぁ」

 

「…………」

 

 アンジェはもちろん、ちせも何を言ってるんだこいつは、という目で俺を見る。

ただ一人、万丈だけはさっきまでの俺の発言の全てに納得がいったようでスッキリとした顔で頷く。

 

「彼の言葉は真実だ。

僕も彼と同じように自分の心の中にいたんだ。

彼のおかげで僕は……」

 

 ショーンが、言葉の中でおもむろに顔の皮を引っ張る。

 

「「「!?」」」

 

(おく)は、本当に大事な(おの)を取り(おど)せた。

忘れてはいけなかった(おの)を、忘れるべきだった(おの)を。」

 

 俺の顔を外し、ショーンはただ一つの"ショーン"の顔を見せる。

俺を除く三人は唖然として俺とショーンを見た。

 

「もう(おく)は何()隠さない。

()偽らない。

(すえ)てを曝け出しありのまま(ああ)の自分でこれからを生きる。

それが、彼の(みちい)いてくれたこれからの(おく)の人生だ。」

 

「罪を棚上げにして無責任にただ許す。

そんなことをしたいんじゃない。

俺はショーンに正しい裁きを受けて償う道を見せた。

そしてこいつはそこに進むことを選んでくれたんだ、自分の意志で!

それが、俺のやりたかったことなんだ」

 

「…………」

 

 アンジェは目を伏せた。

まだ何かを思案しているのか、指先でショーンから渡された鍵を弄ぶ。

 ちせが冷や汗を垂らしながら俺とアンジェを交互に見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「――彼に任せてもいいんじゃないかしら?」 

 

 夜闇の奥より響いた声、その主は黒いベールから金色の髪を垂らした女性だった。 

 

「「プリンセス!」」

 

「「「えぇ!?」」」

 

「ごきげんよう、みなさん」

 

 ベールを上げ、にこりと笑いかけたのは昨晩お初にお目にかかったプリンセス。正にその人だった。

 

「ドロシーとベアトも一緒?」

 

「二人は諸々の準備が整い次第合流するわ。

で、そのことなんだけど――」

 

 プリンセスの口から残りのチームメンバーについて俺たちが戦っていた間やってくれていたことについて詳しい説明がなされる。

 

「なぁ、ヒメさんなんつってんだ?」

 

「俺たちが戦ってる間に残ったチームメンバーでここら辺の人を避難させたり、入ってこないようにしてくれてたみたいだ」

 

「おぉ~! スッゲェ助かる!

プロの仕事って感じだな! テキパキしててよ」

 

 そのありがたい話に相変わらずの頭の悪い感想を漏らす万丈。でも全くその通りだ。ただ戦っていた身としてはとてもありがたいものだった。

 説明の後、プリンセスは続けてアンジェと会話と続ける。

 あれ、様子が少しおかしいな……

 

「――でもプリンセス、桐生戦兎は放っておけないわ。彼の力は……」

 

「大丈夫よアンジェ。」

 

 何かアンジェと俺の処遇について揉めているのだろうか。

 まぁ当然か。急に目の前で変身しちゃったもんな。

 

「だって……」

 

「だって?」

 

「あんなに頼もしい御姿をしてらっしゃったじゃない?」

 

 え……

 

「頼もしい姿だったって俺……」

 

「マジ? やべぇじゃん!」

 

「フゥーー!!」

 

 万丈と手を叩き感動を共有。

こういうのが堪らないんだよな。

ライダーやってると特にな!

 

「黙ってて!!」

 

「ハイ」

 

 怖い。

 

「……プリンセス、確かに彼の纏っていた"KAMENRIDER BUILD"はおべっか抜きで強力だった。

倍以上高さに差のある敵とほぼ無傷で戦えてしまう防御性。

俊敏性、ジャンプ力、掘削機型の銃剣、火球や強靭な鎖まで、変幻自在な能力で立ち回れる汎用性。

それに何より、これ程の戦力が拳銃のように個人単位で所持できるという携帯性。

悔しいけど、護衛していた筈の私たちが逆に護られる始末だった。」

 

「改めて聞くととんでもないな、お主……こんななのに」

 

「こん……!?」

 

 ……いや、ツッコむのは止そう。

そんなことよりアンジェの今言ったことだ。

 

「……あぁ、まぁそうだな」

 

 父さんが設計し、葛城巧()が完成させたこのビルドシステム。

 恐れられ疎まれ続けたこの力をここまではっきりと他人から評価された経験はほとんどなかった。

 でも俺が真に評価してほしかったのは力そのものではないのだ。

 ……複雑だな。

 

「でもそれは戦闘に限っての話よ。国を、人心をどうこうできるような代物じゃない。

力だけでは人々を真に導くことはできない。むしろ生半な力は扱う者をその周囲も巻き込んで破滅へと進ませる。

力を与えられ、その意味を深く考えることもない人間がどんな行動に出るか……あなただってわかるでしょ?」

 

 アンジェとプリンセスの瞳が潤んでいく。

 二人にだけ通じるものが、アンジェの言葉にあったのだろう。

 

「そうね……うん。

本当にそう思うわ……

でもねアンジェ、ミスター・キリューはきっとそんな人じゃないわ」

 

「……え?」

 

 意外な言葉だった。

 

「ミスター・キリューはショーン氏のことを真剣に考えてくれていた。

誰かの人生の為に一所懸命になれる人が罪のない誰かを傷つけるために力を振るったりはしないわ。

あなたみたいにね?」

 

「…………でも!」

 

「おぉ、そういえばアンジェ! 一流のホラ吹きと言うのは人が嘘を吐いてるかどうかがすぐにわかるらしいのだが……お主はどうなのだ、黒蜥蜴星人?」

 

「ちせ、あなた……!」

 

「人間味が増してくれたのは()いが、その分融通の利かなさも増したのが玉に瑕じゃな。

まぁだが、私はそんな今のお主の方が好きじゃ。ふふん、可愛げがある」

 

「……な!!」

 

 ぽっ、とアンジェの頬に赤みが注す。

 

「…………もういい、わかったわよ

まぁ、信じるって言ってしまったものね

信じるわ。あなたも……そこのショーンも」

 

 そう肩を落としながら俺の方に視線を合わせアンジェがぼそりと呟く。

 

「いいのか?」

 

「そう言ってるでしょ。

そこの彼の心の世界に入ったとかどうとかも、おそらくBUILDの能力なんでしょうし。」

 

「……優しい女の子だな、へへっ」

 

「全く口の減らない……

はぁ……なんだか今日だけで一生分驚いた気分だわ」

 

 こめかみを抑えながら溜息をつくアンジェ。

それを見て、憑き物が取れたようにショーンが安堵していた。

 

「……ありがとう」

 

「殺人鬼からの礼なんていらないわ

そんなことより自分の心配をしてることね。きっと死ぬよりも辛い目に遭うわよ、あなた」

 

「あぁ、それだけのことをやって来たんだ。

報復や中傷は全てこの身だけで受けきる。

それが、人の命を奪ったことの当然の償いだから。」

 

「……その通りね」

 

「それと……セント、バンジョー」

 

「ん?」

 

「んだよ」

 

「いつか絶対、あの店の店長に謝罪しに行くよ」

 

「おう、待ってる(万丈、↑だってよ)」

 

「(……おう。)お前絶対くたばんじゃねーぞ……店のリフォーム手伝ってもらわなきゃなんねーからな」

 

 ショーンに万丈の言葉(エール)を通訳する。

 

「………そうか。

あぁ……わかった!!」

 

 

 その言葉が聞こえてから少しして、遠方より車のエンジン音が聞こえてきた。

 

 

「大丈夫かお前らぁ!?」

 

「……あぁ、皆さんご無事でしたぁ!!」

 

 ベアトとドロシー。

それにその奥からぞろぞろと悪い意味で見慣れてしまった黒服の警官たちもやってくる。

ショーンを逮捕させに二人が連れてきたのだろう。……正直早く帰ってほしい。

 

「おぉ、来たか二人とも」

 

「いやいやちせお前落ち着きすぎだろ!

町は怪物の噂でえらい騒ぎだったぞ!?

ホント大丈夫だったのかよ!?」

 

「まぁなんとかね」

 

「はぁ~~~、心配してたんですよもう……

ってそうですあのシ」

 

「セント・キリューがいたぞ!!

ヤツがマスクメイカーだ!!捕縛しろ!!」

 

「……え、俺!?」

 

「大人しくしろ!!」

 

「違う違う!!こっちこっち!!

俺は無実だっつーのー!!」

 

 だからなんでこうなるんだよ!!

おいィ何口抑えてんだアンジェ!!

笑ってんのか!?笑ってんのかお前!!

 

「おい待てよお前ら!!

こっちが本当のマスクメイカーだろうーが!!

よく見ろよオイ!!」

 

「そうだ!僕がマスクメイカーだ!!

僕の恩人に不当な扱いをしないでくれ!!」

 

「なんだお前ら……

うわぁああああ!?同じ顔が二人!?」

 

「……ショーン!万丈!」

 

 うあぁ感動……!

やっぱ持つべきものは戦友だ……!

おい目を逸らすんじゃないよ、そこの女子

 

「……なるほど、事情は分かった。

しかしあの悪名高い連続殺人鬼のこの落ち着きようはなんだ?んん?」

 

 あぁこの期に及んでまたこの下りか……アンジェみたいには説明できないけどどうしようか

 

「間違いなくその人がマスクメイカーですわ。」

 

「む、お嬢さんこんな夜に何……!!??」

 

「通りすがりのなんとやら……よろしくお願いしますね?」

 

「…………はぃいいいいい!!!」

 

 おぉ、プリンセスナイスゥ!!

すげぇな話が一瞬だよ。

王女直々に事実上の命令されてまぁこの人も大変だな。言っちゃなんだけど冤罪にされそうになった身からすれば少し腹の虫が収まったかな。

 

「よし、捕縛完了!」

 

「…………セント」

 

「どうした?」

 

「これを、君に渡しておこうと思う」

 

 そう言ってショーンが懐から取り出したのは、

 

「…………あぁ!」

 

 彼の姉が弟に託していた、あの大きな蒼い指輪だった。

 

「どうしようもなかった僕に、君は未来を創ってくれた。君に持っていて欲しいんだ。」

 

「ショーン……」

 

「姉様も、君にならそうしろって言うと思う。」

 

「……大切にする!!」

 

「頼む」

 

 そう言って、彼は警官達に連れられ、夜のロンドンの町へと歩き出した。

 

「……また会おう!」

 

「あぁ!……()た!」

 

 俺の仮面を外しありのままの顔で笑うショーンに、俺は見えなくなるまで手を振り続けた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、そうだ戦兎ォ!言い忘れてたんだけどよ!」

 

「ん?なんだよ」

 

 

 

「――お前、髪ハネてんぞ」

 

 

 

 え…………?

 

 

 

「あ」

 

「しかも二つ」

 

「…………」

 

 

(……っ!……っっ!)

 

(これ笑うでない!

でも……ぶふっ!)

 

「…………おい」

 

「あら気付いてなかったの?てっきり

わかってると思ってたけど」

 

「うそーん……」

 

「おっちょこちょいな男性って、可愛らしいですよね」

 

「プリンセス!?」

 

「え……これ何時から!?」

 

「朝餉の時からじゃな」

 

「なんで今まで誰も言ってくれなかったの!?」

 

「なぁ……俺今スッゲェ言いてぇセリフがあんだけど」

 

「イウナ。ゼッタイイウナ」

 

「『自分で気づけバーーーーーーカァ!!!!』」

 

「うわあああああああああああああ!!!!」

 

「ぎゃははははははははははははは!!

いつものお返しだバーカ!!」

 

「何やってんだアイツら……」

 

「さぁ……はぁ、まるで子供ですね」

 

「ベアトには言われたくないだろ」

 

「ドロシーさん!!」

 

 

 

 

 ――こうして、俺達の長い一日は終わった。

 

 ショーンの肉体はなぜ鎌まみれの凶悪な姿になっていったのか。

 あの記憶世界の正体に、その中で見た謎の黒い液体。

 そして黒い煙となって消えた巨大カマキリの鎧。

 まだよくわかってない疑問点も多く残っていたが、今は置いておこう。

 

 

 それに、

 

 

「でもまぁ取りあえず全員……生きててよかったわ」

 

「うむ!」

 

 

 狂おしいほど大切なことを、成し遂げられたのだから。




 次回、第一章エピローグです。
 よろしくお願いします。


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1-⑫

 

 

 

 数日後、俺と万丈は激しい戦闘により見るも無惨な状態となってしまった店の片付けに奮闘していた。

 

 

「――つかマジなのかよ記憶の世界に行ってたってのは。……さすがに現実味なさすぎんだろ!」

 

「俺だってなんであんなことできたのか未だによくわかんねーんだよ。

でもこの目でしっかり見ちまったんだからしょうがねーだろ」

 

 汗と木くずでザラザラべっとりな額を拭いながら気怠げに答える。

両手両脇に薪となってしまったイスやテーブルの詰まった麻袋を外の台車に積んでいく万丈は『さっぱりわからねぇ』と言いたげに首を傾げた。

 

「それにアレは紛れもなく俺とショーンにとっては真実だ。 ショーンも最後の戦いを覚えてたしな」

 

「別に疑ってるわけじゃねーよ。

ただ、今までのビルドと違い過ぎるっつーか……『人間の記憶の世界に行く』なんて能力聞いたこともねーしよ」

 

「確かにそうだ。あの時持ってたボトルの組み合わせでそんな能力は発現しないはずなんだ。そもそもボトルの効果はドライバーを仲介しないと十分には発揮できないからな。

アンジェにはなし崩し的に誤魔化しちゃったけど、本当はビルドに人の記憶の中に入る機能なんてないん……だ!!」

 

 ギシギシと音を立てて薪の束が台車一杯に積み上がる。これだけあれば一週間は家族キャンプができるのではなかろうかという量だった。

 親しくしてもらっている家一件ごとに一束ずつ配る感じなら、丁度よく捌けるだろう。

 

「これ運ぶのかぁ……まぁまぁいいトレーニングになりそうだな!」

 

「流石筋肉バカ、思考回路がバトルマンガの主人公」

 

「へっ!鍛え方がちげーのよ!!」

 

 万丈お得意の胸筋をバシバシ叩いての筋肉アピール。俺はもうすっかり見慣れてしまって最早飽きを通り越して風景と同化してしまっていた。

 

「んじゃ早速配りに……」

 

「――頼もぉー!!」

 

「おん?」

 

 どこからか聞こえてくる勇ましい挨拶。

 この声は、

 

「お、ちせェ!」

 

「おぉ~、いらっしゃい!よく来たな」

 

「うむ、お邪魔するぞ。二人とも息災で何よりじゃ」

 

 この間の戦いを共にした者の一人。

ちせが牛車(!?)に乗ってやって来てくれた。

 

「うわすげぇな牛だよオイ牛!」

 

「おぉ~スゴイな……生で見るの初めてだ」

 

「うむ、私も初めて目にした時は驚いたものじゃ。

日本の文化をこの国に知ってもらうため、先ずは敢えて古風な方式をというのが大使館の考えの一つでな。

恐れ多くも私のような者の足で汚すことを許してくれているのだ。」

 

「へぇ~……あ、そっか今そういう時代だったな」

 

 明治になって日本は欧米を初めとした諸外国と盛んに交流を行い国際化を推し進めていた、というのを日本史でやったことがある。葛城の記憶からそれが引き出された。

 俺たちの世界の歴史と違い、ブリテン島を統治する国は『大英帝国』ではなくここ『アルビオン』だった。それでもこうしてちせのような日本人が遣いとしてやってきていることを考えれば、あまりこちらの知る歴史と違いはないのかもしれない。

 

「時代……か、そうじゃな。今の日本が海外の列強諸国と渡り合えるほど強くなるためには、その技術と文化を取り入れていかねばならぬ時代にあるのは確かじゃ。」

 

「ん?なんか聞いたことあんなそれ……あ、わかった『富国強兵』だ!!歴史の授業でわぶっ」

 

「あーー猫さんがいたと思ったらいなかったぁ↑ーー!!」

 

 万丈から失言が出るギリギリのタイミングで道路にダッシュ、わざとぶつかる。

 

(ベッタベタかよお前!!

なんだよ授業で聞いたって! 

正体がバレたらどーすんのよ!!)

 

(いってー……あー、悪ぃ。そういやここ過去の時代だったっけ。あんま実感湧かねーけど)

 

「む、どうした?

どこか痛めたのか?」

 

「あー、何でもない何でもないっす。

あ……そうだ、今日は何か用があって来たのか?」

 

 変にツッコまれる前に話を軌道修正する。

何が原因で俺たちの素性がバレる分からないからな。安全を期して悪いことはない。

 もちろん、ちせを信頼してないわけではないが俺たちの素性を明かすということは明かした人間にも危険が及ぶ可能性があるということだ。どこの誰がライダーシステムを武力として奪いとろうとしてくるか分からないからな。彼女たちを護る意味でもまだ秘密にしておくのが賢明だろう。

 

「おぉ、そうじゃった。

お主ら、今日は暇か?」

 

「え? あぁまぁ急ぎの用事は無いけど」

 

「この薪も別に今日配んなくていいしな。

ちょっとくらい仕舞っといても腐んねぇだろ」

 

「店長もまだ入院してるからどのみちまだ店開けないもんな……というわけで今日はもう暇になりました」

 

「うむ。それで実はな、今日はお主たちにこれを渡しに来たのじゃ。」

 

 そう言ってちせが懐から取り出したのは、時代劇で偉い人が読んでるような上下の端を山折りされた手紙だった。

 

「……これは?」

 

「日本大使館への入館許可証じゃ。」

 

「日本大……日本大使館!?」

 

 え、これ貰っちゃったってことは……え、いいの!?

 俺たちただ日本人ってだけで実質身元不明の根無し草なんですけど!?

 

「つーことは……あ、まさか!!」

 

「ふっふ。万丈よ、約束を果たすぞ!」

 

「……マジか!」

 

「先日の感謝も込めて、お主たちを最高級の食事でもてなそう!!」

 

「……!!」

 

 日本大使館で食事……てことはつまり!

 

「……米!」

 

「味噌!!」

 

「醤油!!」

 

「やった日本食イィイイイイヤッホオオオオオイ!!!」

 

 万丈とジャンプ&ハイタッチ。

ついに、俺たちにも春が来たのだ!!

 

「おぉお、そんなに喜んでくれるとは……!!こちらも用意した甲斐があったというものよ!

ささ、乗ってくれ。時間が惜しかろう!」

 

「うーすお邪魔しまーーす!!」

 

「うわ中も豪華じゃん!ウルシだウルシ!!」

 

 テンションマックスで牛車にイン、久方ぶりの日本食に思いを馳せる俺たちを乗せて牛車がごとりと音を立てて走り出した。

 

 

 道中、現代でも有名なタワーブリッジやビッグベンなどが横窓から見えてちょっとした観光気分を味わっていると、不意にちせから質問を投げられた。

 

「ところでお主ら……結局あの"仮面らいだぁびるど"とやらは何だったのだ?」

 

「「!?」」

 

 ……あぁ、そういやあの後チーム白鳩全員から質問攻めに遭ったのを今度ゆっくり話すからと言ってはぐらかしたまんまだったな……

 いや、きちんと必要な所だけ話すつもりではあるけども。うぅんどうしたものか……

 

「……ちせ」

 

 突然、万丈が真っ直ぐな目でちせを見据え、その質問に答えた。

 

「前にも言ったろ、"正義のヒーロー"だよ。

困ってるやつがいたら助けるし、ワルがいればぶっ倒す。目の前の誰かのための戦士、それがビルドだ。」

 

 ――そうだろ?

 

 そう問いかけるような万丈の視線に、余計な考えで大切な物を見失いそうだった自分に気付かされる。

ビルドの、仮面ライダーの本質は何も難しいことはない、ただそれだけの事だったのだと。

 

「……そうか」

 

 ちせは一度目を伏せ、また俺たちに向き直る。

 

「いや、過ぎたことを訊いてしまったな。

すまない、二人とも。」

 

 そして額を床に付けた。

 

「い、いやそんな謝ることねぇよ!」

 

「いいのだ。

お主たちが何処で生まれ何処で育ち、何を成し何を笑い何に泣き何を捨ててきたか。それはお主たちだけの物じゃ。おいそれと他人が踏み入るものではなかった。」

 

「ちせ……」

 

 なんで、俺たちにそこまで

 

「お主たちがたとえ何者であろうと、共に戦ってその時私が感じた感謝の心は紛れもなく誠のものじゃ。……私には、それだけでお主たちを信ずるに足る証となった。」

 

 ……そうか、そうだよな。

やっぱり俺の考えは間違ってなかった。

人が人を信じるのに、大した理由はいらねぇんだな。

 

「それに……」

 

「それに?」

 

「"仮面らいだぁ"という言葉がな、とても気に入ったのじゃ。日本語と英語、異なる言語の混じり物なのに何故か妙にこう……"合う"のじゃ。日本とアルビオンも、この言葉のように佳き繋がりを持てるような気がしてくるというか……まぁとにかく私はとても好きなのじゃ」

 

 花が咲いたような笑顔だった。混じりけのない純粋な。

俺たちがずっと守りたいものだった。

 

「……何いい話してんだよ」

 

「ふふ。お主たちと話していると、なんだか日本に帰って来たような気分になってしまうな」

 

「牛車だしな」

 

 気持ちのいい笑い声が車内を満たす。

 

「で、まぁさっきのようなことをな?

大使館の長である堀河公に話したのじゃ」

 

「…………マジ?」

 

 笑顔から一変、顔面が驚愕に染まる万丈。

俺は先程渡された大使館入館許可証の封を開け、中身の一番左のハンコの上の文字を見る。

 

「あ、この名前がその……堀河さんか」

 

「うわよく読めんなお前」

 

 偉い人の達筆と言えばって感じの文体だ。巧過ぎて逆に読みずらいヤツ。でも確かにそこには「堀河」と読めそうな文字があった。

 大使館の運営を任されるほどの人物だ。きっと物凄く偉い人に違いない。

 国の偉い人と話したことがないわけではないが、氷室首相のような温厚な人である可能性は低い。下手な発言はしない方がいいかもしれない。

 

「日本大使館は国の要人が出入りすることの多い屋敷。日本人とはいえ一介の市民をそう易々と中に入れることはできぬ。ゆえに堀河公にお主たちの人となりとショーンとの戦いの仔細をお伝えした。」

 

「あ……そっかそうことか、悪ぃな気が利かねぇで……ってじゃぁさっき俺の言ったコトお前ちゃんと理解してんじゃねぇか!!」

 

「あ、当たり前じゃ!

さっきはその……堀川公にお主たちのことを勝手に話してしまったことをそれとなく伝えるための苦肉の策で……」 

 

「いーよそんなん気にするこたねーだろ!つーか折角美味いメシ食わしてくれんのにそんな細けぇことで一々怒ったりしねーよ!」

 

「私が気にするのじゃー!!」

 

「じゃあ気にしなきゃいいだろ!」

 

「それができたらこんな話しとらんわぁ!!」

 

 って人が真面目に考えてんのに何してんだよこの二人は……

 ……でもまぁ、こんな風に他愛のないケンカができるってのは、今が平和な証拠だよな……なんつって。

 

 

 

 

 そんなこんなで俺たち一行は日本大使館に到着。

「「おぉ……!」」

 

 見れば金閣寺のように池の上に屋敷が立ち、そこかしこに鹿威しがあるというなんとも"昔の日本らしさ"を全面に押し出したような設計だった。

 そこでは初春の日差しが水面を煌めかせ、またそこに棲む鯉たちの泳ぎで美しい波紋を何重にも描いており、古き良き日本庭園の姿が目の前に広がっている。

 

「お、スゲェ鯉だよ鯉!!

食パン千切って撒こうぜ!!」

 

「こんなとこで売ってねーよ。

あぁでも綺麗だねぇ……見事なこの体の線が水の抵抗を逃がすのに計算されてるというか……」

 

「なぁ、鯉の刺身は美味いってアレホントか?」

 

「罰当たりなこと言うんじゃないよお前は!

これ多分一匹500万とかするぞきっと!!」

 

「ウッソマジかよ!

nascitaの売り上げ何か月分だオイ!?」

 

「楽しそうじゃなお主ら……」

 

 そんな久々の日本の風景にまた興奮していると、寄り道ばかりの俺たちに呆れたちせが乱暴に俺たちを屋敷へと引っ張る。

 すると玄関に初老の男性が一人佇んでいているのが見えた。

 

「ただいま戻りました」

 

「うむ」

 

 恭しいちせの挨拶に口をぐっと結んで少し頷くこの男、もしかしなくてもこの人が……

 

「さて……お初にお目にかかる。

日本政府外交特使、堀河と申す。」

 

 やはりだ、一目見て分かる。この人からは只事ではないオーラの様な物を感じる。見た目の年代からして明治維新後の動乱期を生き抜いたからであろう、穏やかながらずっしりと重い物を背負った強い男の気風があった。

 

「そちらが桐生殿で、万丈殿か」

 

「あ、はい!

初めまして、桐生戦兎です。本日はお招きいただき誠に」

 

「はは」

 

「あり……?」

 

 え、笑い声?

 

「あぁ、いやすまん!

ちせから聞いていた話と違って随分と礼節を重んじた話し方をするからついな」

 

「えぇ……」

 

 ちょっちせさん?一体俺たちをどう紹介したんだよ!

 あ、こら、目ぇ逸らすな。

 

「あぁ、コイツの敬語とかあんま本気にしない方がいいっすよ、自分の事天才とか言って基本的に他人をナメてるんで。油断してっと金タカられますよ」

 

「嘘だろお前!?」

 

 え、何?お前まで俺を裏切るわけ!?

つーかパンドラタワー初突入の時のことまだ根に持ってたのかよ!!

 

「ふっざけんな!!ならお前だって基本的にタメ口じゃねぇかよ!敬語も使えないおバカさんには言われたくありませんー!」

 

「……はぁあ!?敬語くらい使えるし!!

葛城ん家行った時だってなぁ!きちんと敬語で……うわ俺お前に敬語使ってたのかよ恥っっっず!!!」

 

「今更かよーーー!!」

 

「――いい加減にしろっ!!」

 

「「()っだっ!?」」

 

 二人そろってちせパイセンからのローキック。膝裏はマジで痛いからやめて!!

 

「さっきから見ておれば下らぬことできゃっきゃきゃっきゃと……(ましら)かお主ら!!あぁ堀河公の御前でこのようなことして……恥ずかしすぎて顔から火が出るわ!!」

 

「ゴメンナサイ」

 

「モウシマセン」

 

「気持ちが籠っとらん!!」

 

「アァ痛い痛っってぇえ!!」

 

「膝裏はやめてやめアァアッ!!」

 

「ぶっふふ……ははははははは!!」

 

「ほ、堀河公!?」

 

 ――あやっべ!!ついいつもの調子でふざけちまってた!!

誰だよ下手な発言するなって言ったヤツ!!……俺じゃん。

バカ!!

 

「ははは……いや、久方ぶりに心の底から笑えたぞ。やはり鬱憤晴らしは笑いに限るな。」

 

 あれでも、意外と好感触……?

 

「やはり聞いていた通りの気持ちのいい男たちだったようだな、二人とも。

……うむ、中々によい面構えだ。少し感じは違うが、まごうことなき日本男児の顔をしておる。それに、さぞや多くの苦労をしてきたようだな。」

 

「!?」

 

 やっぱ只者じゃねぇなこの人……優しかった俺たちを見る目が一瞬で鮫か羆のように鋭くなった。

 

「あぁ、そうそう。日本人であるお主たちがなぜロンドンに居ついているかについては、大使館からは特に訊くことはない。安心して日々を過ごすがよい。」

 

「え、いい、いいんすかそれで!?」

 

「"おろしや"や"メリケン"では大昔に漂流してきた日本人の子孫だという者が結構いて、日本語学校で教師などをやっている……と、昔日本に来たプチャーチンだかハリスだかが言っとったらしい。ならばこの国にもいておかしくはあるまい?」

 

「…………わぁお」

 

「そういうことだ。よろしく」

 

 トントン拍子で話を進め、こちらの身分を保証してくれた堀河さんは、笑顔でそう言って右手をこちらに差し出してくださった。

 

「あ、よろ……よろしくお願いします!」

 

「うむ!」

 

「よろしくオナシャス!」

 

「うむ!」

 

 固い、大きな握手。大人物ってのはきっとこの人のことを言うのかもしれない。

 

「さて、必要な話は済んだ……ちせよ」

 

「はっ」

 

「実は席の支度が整うのにもう暫しかかる。その間、少し庭を歩かぬか。勿論、そこの二人も共にな。」

 

「それは……よいのですか?」

 

「よいよい、減るもんでもなし。久々の政の関わらぬ付き合いだ、羽を伸ばしたい。」

 

「わかりました。」

 

「なぁ戦兎……俺たちスゲェことしてるんだよな?」

 

「うん」

 

「全然そんな感じしねぇんだけど」 

 

「それな」

 

 などと言いながら歩き出す二人に付いていく俺と万丈。堀河さんの庭のオブジェクトに関する蘊蓄を聞きながら石の道を歩く。

 そこかしこで若草が芽吹いており、春の息吹感じる草むらを進んでいくと、やがて開けた場所に出た。そこには

 

「あ…………」

 

「おぉ………」

 

「うまく土に馴染んだようで、今日がた咲いていたのだ」

 

 

 満開に広がる――日本の桜があった。

 

 

「すげぇ……」

 

 

 たった一本の細い樹に俺たち四人をすっぽり覆えるほどに広がった桜。

 ……そういえば、海外でも桜の鑑賞が定着したのは、明治になって日本から使節を送られた国々からだという話を聞いたことがある。その国の一つにイギリスがあった。

 

「…………」

 

 万丈の頬を涙が伝っていた。

 

「……万丈?どうしたのだ?」 

 

「なんでもねぇよ……」

 

 鼻をすすって袖で目を擦る。

 

「ただちょっと……この国で見られると思わなかったし……ぐすっ」

 

 

――ねぇ龍我、一緒に、お花見しない?

 

 

「すげぇ……キレイだったから」

 

「…………そうか」

 

 ちせはそれ以上口を開かず、じっと万丈を見つめてから、また桜を見上げた。

 

「なぁ、堀河さん」

 

「どうされた」

 

「メシ……ここで食ってもいいかな。

みんなで、ここで。」

 

「ほぉ……」

 

 万丈の頼みを聞いた堀河さんはニヤリと笑って顎に手を添えた。

 

「それは良いな! よし、さっそく持ってこさせよう」

 

「ありがとございます」

 

 ペコリと頭を下げる万丈。それだけ、この頼みに本気だったのだと気付いた。

 

「珍しいな、お前がそんな風に人に頼むの」

 

「いいだろ別に、たまには」

 

「知らない内に立派になっちゃって……お父さん嬉しい!」

 

「誰がお父さんだよ! せめておじさんだろうが!」

 

「誰がオジサンだおい!」

 

「そっちじゃねぇよ!!」

 

 笑い声を響かせながら、運ばれてきた懐石や佐賀牛の鍋に舌鼓を打つ。

新しく知り合えた堀河さんともより打ち解けていき、ちせの学校での暮らしぶりや万丈のボクサーとしての活躍を肴にして、日が暮れるまでお花見会。

 春風の運んできた平穏の中、俺たちはただ今を楽しんだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、俺と万丈は店の屋根の上で星を見ていた。

ここは郊外。この時間まで明かりを付けている家は少なかったから、星々の光がよく見える。

小熊、大熊、獅子、小獅子、海蛇、山猫、猟犬、少し離れたところに蟹。ロンドンの夜空はまるで動物園のようだ。

 

「なぁ万丈」

 

「どした?」

 

「俺さぁ、仕事見つけたんだよ」

 

「マジ?」

 

「おう」

 

 寝っ転がりながら、隣の万丈に報告する。

 

 

「俺、本を出す。

俺たちの、"仮面ライダー"の戦いの全てを書いた本を。」

 

「……できんのかよ?

あのデータ向こうに置いてきちまっただろ」

 

「できるさ」

 

 きっぱりと断言する。

 

「俺たちちゃんと生きてここにいる。

そしてこれからもここで生きていく。

ま、いつかは向こうに還んなきゃだけどそれもわかんねぇし……」

 

「……本かぁ、それ俺の名前も載せていい?」

 

「キャラとしてなら」

 

「えぇ~、いいだろちょっとくらい!」

 

「じゃあお前文とか書けんのかよ」

 

「…………」

 

「いやそこは書いとけよ!」

 

 ふと、空に一条の光が差す。

 

「…………あ」

 

 見上げれば、大きな緑の流れ星が走っていくのが見えた。

 

 

 

 

 

caseX-1 fin.




 ようやく第一章を完結できました。読者の皆様には多大な感謝を申し上げます。
次章も大体今のようなペースで投稿していきたいと思っていますので良ければまた続きも読んでくださると幸いです。

 次章はベアトとプリンセス、そして万丈がメインのお話となります。ご期待ください!


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caseX-2 Tell me the meaning of this teardrop.
2-①


新章です。
では、どうぞ。


  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて、私の全てはある男に奪われた。

 

悪辣で下劣な、あの男に。

 

私の心を踏みにじり、豚の貯金箱のように壊して捨てた。

 

そして……知らない所で勝手に死んだ。

 

 

……許せない

 

……許せない!

 

……ユルセナイ!!

 

 

 だから今度は、私が壊す。

 

 あいつが愛した人を物を、その全てを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

「持って来たぞ戦兎~」

 

「おっ疲れさん!

いやぁ来た来た来た来ましたよ~宝の山が!」

 

 冬の寒さもすっかり失せて暖かい日が多くなってきた今日この頃、俺は執筆作業に没頭する間、万丈に頼んで町のみんなからジャンクをかき集めてもらっていた。

 

「なぁ、こんなもんがホントに役に立つのかよ?」

 

「立つよ立つ立つ!」

 

 はぁ……まぁ理解してねぇとは思ってたけど。しょうがない、ここはきちっと説明してやらねぇと。

 

「お前なぁ、ゴミだと思ってバカにしてるけどこういうこまごまとした金属製品もなぁ、きちんと錆びたとこ削って組み合わせれば、立派に新しい姿になって生まれ変われんだよ!

 例えばほらこれ!この針金!どんな形にも曲げられるし、絶縁体で覆えば機械部品の導線代わりにもなるんだぞ!最っ高だろ?」

 

「わかった!わかったから近ぇよ!ツバ飛ぶんだよ!」

 

 ったく……けっこう長い付き合いなのに未だに素っ頓狂なこと言うんだから。

 

「まぁ、お前のことだからなんかしら上手くやってくれんだろ?」 

 

「もちろんだ」

 

「なら頑張れよ!俺はまぁ……なんだ、コイツらの錆取り位なら手伝えっからよ!」

 

「おう、じゃあそん時は頼む」

 

「オッケー」

 

 でも万丈はこいつなりの長所があって俺には難しいこと簡単にできたりする。

だから俺は、安心して自分のやるべきことに打ち込めるんだよな。

 

「でもよくやるよなぁお前、コイツら使ってドライバーの調整する道具創ろうなんてよ」

 

 そう、それが今俺がやるべきことの一つだ。

この間のショーンのような力を持ったものが、ショーン一人だけだとはとても思えない。ほぼ間違いなく彼と同じようにこの国で異形の力を持った者が暗躍している。その確信がある。

 そして"ネビュラガス"の人体実験を行っていた秘密結社"ファウスト"のように、彼らに力を与えた者がいる可能性も考えられる。

 そいつらと戦う為にも、万全の状態で戦えるようにドライバーもアイテムもちゃんとしたメンテができる環境を整える必要があるのだ。

 流石にパソコンは創れねぇけど、アイテム達の設計図はちゃんと頭に入ってるから大丈夫だ。

 

「あとで後悔すんのだけは絶対しねぇように、時間があるうちにやれることはやっとかねぇと」

 

「……そうだな。」

 

 箱の中にある使えそうな金属製品をふるい分けする。今特に必要なのはさっきも言った針金と、あとはスパナや、クリップ代わりになる金属製の洗濯ばさみなどなど……お、この棒とかネジ取る方のドライバーに加工できそうだな、採用。

 

「そっちもいいけどよ、本はどうすんだよ」

 

「そっちは……今はちょっと保留な。最優先はこっち。

ま、作業しながらでも書く内容を考えるくらいはできるから問題ねぇよ」

 

「へぇ、そうなのか」

 

 論文もそうだけど文章ってただ座ってるよりも手ぇ動かしながらの方が脳が活性化されていい文が浮かぶことが多い。そういう意味でも道具創りはメリットがあるな。

 

「んじゃ俺買い出し行ってくるわ。夜メシなにする?」

 

「そうだな……堀河さんからもらった味噌がまだあるから……あ、豚汁とかどうよ?」

 

「お、いいなそれ!

なら豚と人参と、後は適当に野菜買うわ」

 

 おいおい肝心なとこ適当かよ……まぁ最悪豚肉さえあれば何とかなるか。豚汁だし

 

「よし、じゃあ行ってら」

 

「おう、行ってくらぁ!」

 

 豚汁……あ~やばい、待ちきれない!

やっぱこういう春先の寒い日は豚汁に限るよな。あとゴボウ食いたいゴボウ。あの素朴な味がな、豚のうまみと味噌に合うんだよ。……あれ、そういやゴボウ売ってんのかなこの国

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

--万丈視点--

 

 

「ウシ、買った買った~!」

 

 豚汁だからやっぱ基本の大根と人参は外せねぇよな~。一応戦兎の好きそうなゴボウとかも買ったし、これで問題ねぇだろ。

 この商店街、近くにメシ屋が多いから結構食いモンの種類充実してて助かるぜ。でも町のみんな安いジャガイモばっか買っててあんま他の野菜売れてねぇみてぇなんだよな。

 工場に働きに出てるおばちゃんは忙しすぎて料理する時間がねぇから茹でれば食えるこれで十分だっつってたけど……景気が悪いよなこの国。

 

「お、中華の屋台じゃん」

 

 珍しいな……あ、そういやここ最近インド料理の専門店とかも出来てたな。正直イギリスってマズいメシしかないイメージだったけど、意外と美味いメシ屋もあるもんだな。

 

「美味そうだなぁ……っと危ねぇ」

 

 危うくユーワクされるとこだった……!

節約しねえとやべぇって昨日戦兎と話したばっかなのに早速食欲に負けそうになってどうすんだっつの!

くっそ、さっさと帰んぞ!

 

「…………(ゴクリ)」

 

 あぁでも……!やべぇなんだあの麻婆豆腐のアカさ!?すっげぇ辛そうだなオイ!! くそ……めちゃくちゃ美味そうじゃねぇか……! あーあれ!!映画とかで見るなんか四角い箱!!もうこの時代からあったのかよ!! ダメだ!!あの手この手でユーワクしてきやがる!!さっさとずらからねぇと!!

 

「……ウッシ。抜けてやったぜ………ん?」

 

 おい待て。あの奥にある店……あのちっこいバケツみてぇなの、何売ってんだ?

えーーと……ぴー、あーる、おー、てぃー、いー、あい、えぬ……ヌードル?

 

「……あ!」

 

 あれもしかして、『プロテイン』って読むんじゃねぇか!?ヌードル……つまりラーメン!! 

間違いねぇ!あれは『プロテインラーメン』だ!

しかも……やべぇもうあと一個しかねえじゃねぇか!!

 

「……うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 こうしちゃいられねぇ!悪ぃ戦兎!!この分は後で働いて返すからよ!……今は許してくれ!!

 これを逃すわけには、いかねぇんだぁああああ!!!

 

「――すんません!」

 

「おう、いらっしゃい!」

 

 

 

「これ一個ください!」

「これを一つ頂けるかしら」

 

 

 

「……あん?」

「……あら」

 

 おいおい誰だよオレ以外でこれを食おうなんてヤツは……ってなんだこの女。白いコートにグラサンかよ。見ねぇ顔だな

 

「偶然、ですわね。なんというか」

 

「なぁ姉ちゃん、ちょっとここは……あれ?」

 

 こいつ今、日本語喋って無かったか?

 

「仕方ありません。RPS……いえ、ジャンケンで決めましょう」

 

「お、いっすよ」

 

 ……まぁいいか。別に日本語喋れる奴なんてこの国でも珍しくねぇし

 

「「最初はグー!ジャンケン、ポン!」」

 

 取りあえず俺的に一番勝率の高いグーで勝負。んでそっちは……チョキだ!

 

「っしゃ!」

 

「……うぅ、残念です」

 

 っと、いけねぇ。思わず喜んじまった……こういう時は静かに勝ちを喜ばねぇと。相手に必要以上に嫌な思いさせたくねぇしな。

 

「おめでとうございます」 

 

「おう、ありがとな譲ってくれて」

 

「いえいえ、当然ですから」

 

 潔いなこの人……物腰も柔らかだしよ。

同好の士としてちょっと嬉しいぜ。

 ……っと、そうだ早く買わねぇと

 

「へい、おっちゃんお金。」

 

「……なぁ兄ちゃん、悪いこたぁ言わねぇ。今なら間に合うからその人に譲っとけ」

 

「え、なんて?」

 

「また今度タダで売ってやっから!

今はその人に譲った方がいいってんだよ兄ちゃん!」

 

「あーすんません。俺アイキャンノットスピークイングリッシュ」

 

 なんだろ、なんとなくだけど『横のヤツに渡せ』って言ってんのかな……

いやでもジャンケン勝ったの俺だぜ?どういうこったよ

 

「い、いえ……大丈夫ですよ店長さん。

こんなことであなた達にひどいことなんてしませんわ」

 

「で、でもぉお嬢さん、あんたは……」

 

 姉ちゃんまでなんか言ってるな。

遠慮してる感じかこれ多分。 

 

「おい姉ちゃん、さっきから何の話してんだ?」

 

「あ……ミスター・バンジョー!これには訳が!」

 

「え?」

 

 その呼び方どっかで…… 

 

「……あ」

 

「この場ではあまり素顔を明かせないので……これでお判りになりますか?」

 

「あぁ!」

 

 グラサンがずれて……その顔!!

 

「挨拶が遅れてしまって申し訳ありませんでした。

お久しぶりですね。御壮健そうでなによりです。」

 

「…………うっそ」

 

 間違いねぇ……この人、ヒメさんじゃねえか!

 

「はぁ……兄ちゃんやっと気付いたか」

 

「あ、あの……ミスター・バンジョー?」

 

 ……うわ、ちょー気まずいんすけど!

ヒメさんじゃん!!ガチのヒメさんじゃん!!

色々と世話んなった人じゃん!!

何タメ口ききまくってんだよ俺ェ!!

 

「……サーセンした!!」

 

「あ、いえ!こちらこそさっきから失礼なことばかりで……申し訳ありませんでした」

 

 おい~~~気ぃ遣わせちゃってるよ~~~!!

俺も一時期はコスプレしまくってただろうがよ!!気付いとけやオイ!!

くっそ~~!!あぁもうスッゲェ恥ずいよぉ~~~!!

 ……あぁいやそれより!

 

「え、ちょ、こんなとこで何やってんスか!?」

 

「あ……それはその……」

 

 こっちの方が割と謎だろ。正直スッゲェ気になるしよ。

 

「実は私、こういった場所でのショッピングが趣味なんです。特に普段あまり目にしない珍しい物を探すのが好きでよく買い集めておりまして。」

 

「あ、そうだったんスか!」

 

「はい」

 

 へぇ~。ヒメさんって結構お茶目だな。

もっとお堅い人かと思ってたけど、案外親しみやすいっつーか。

 

「なのでそちらのプロテインヌードルも、最近スポーツ好きの方々の間で流行り始めているらしいと通っている学校で耳にして、欲しいなぁって思って来たんです。」

 

「あ~なるほどそういう」

 

 そんでミーハー気質な女子高生かぁ。

いい意味でヒメっぽくねぇのな。いや、むしろ好感度高ぇだろ。そんで顔もいいしよ。……スゲェ、無敵じゃん。

 

「……あ、そうだ!

なら半分ことかどうッスか?

このプロテインヌードル結構中身あるし、スナック菓子っぽいから分けられますよ」

 

「え……いいんですか?」

 

「モチっすよぉ!

滅茶苦茶忙しいらしいじゃないすか王女の仕事って。

そん中でわざわざ買いに来たのに俺みたいなのが全部横取りって……俺だったら許せねぇっすよ」

 

「ミスター・バンジョー……」

 

「あーそれと、ただの万丈でいいっスよ。呼びにくいっしょそれ」

 

 そう言って俺は店のおっちゃんから貰った紙袋にプロテインヌードルの半分を入れてヒメさんに渡した。

 

「どぞ」

 

「でも……」

 

「いいんスよ。好きなモンを好きな時に食えないヤツがいるってのは、見逃せないんス」

 

 小さな幸せでも無くなっちまうと結構人間を弱らせるからな……戦争中の東都の人たちがそうだったし。

それにこういうのは一人で食うよりも、人と分け合って食った方が美味ぇしな。

 

「……わかりました」 

 

「お」

 

 ヒメさんが、受け取ってくれた。

 

「そこまで言ってくださるのに頂かないなんて、逆に失礼に当たりますよね。……ありがとう、万丈さん。」

 

「へへっ」

 

 やっぱ……こういうのって気持ちいいな。

人と話してちゃんとお互いを分かり合えるってのはよ。

 

 

「――あ、いた!

見つけました~~!」

 

 おん?今度は誰だ?

 

「もう、勝手にいなくならないでくださいよ!!

前みたいに何か大けがでもするようなことがあったらって心配して……うぅ~~!!」

 

「あ、ご、ごめんなさいベアト!

つい先走ってしまって、本当にごめんね!」

 

 涙目になりながらヒメさんに髪を撫でられるちびっ子。あ、頭に団子ついてら。ってことは……

 

「あ……お前リス子か!」

 

「リ、リスぅ!?」

 

 そういやヒメさんの付き人やってるって、コイツらのアジトに邪魔した時に聞いたな。なんか団子の感じがリスのめっちゃ食い意地這ってる時の顔に似てるから取りあえずリス子って覚えてたけど……あれ、なんか違うっぽいな

 

「あら……言われてみればちょっと似てるかも」

 

「ちょ、ひ……何でですかぁ!?」

 

 すげぇ、表情(かお)がころころ変わってアニメみてぇだなコイツ。やっぱリス子だわ。リス子決定

 

「……ってさっきから誰かと思えばあなたこの前のチャンピオンさんじゃないですか!!

なんでこの御方と一緒にいるんですかぁ!?」

 

「ヒメさんこいつなんつってんスか?」

 

「バン"ジョーさ"ん"!!」

 

 やべぇ怒られてんのはわかるんだけど内容がわかんねぇ。

やっぱ昔ちゃんと英語勉強しときゃよかったな……今更だけど。

 

「ぬぬぬぬぬ……さっきから何ですかその無礼な態度は!許せません!

キリューさんもあなたも距離が近いんですよ距離が!弁えてください!」

 

「お、戦兎がどうかしたか?」

 

「ちょっと……ちゃんと私の話聞いてるんですか!?」

 

「ベアト、落ち着きなさい」

 

「あう!も、申し訳ございません……」

 

 うお、一気に大人しくなった。

やっぱなんか小動物っぽいんだよなぁ、雰囲気が。

 

「もう……万丈さんはまだこの国の言葉に不慣れで、そんな風に捲し立てたら困らせてしまうだけよ?他国の方にはそのお国の文化を尊重し、まずはそれに則ること。今日女王陛下に教えてもらったばかりでしょう?」

 

「はい……そうでした。うぅ……」

 

 あー、なんか空気悪くさせちまったかな……確かに俺ちょっとあんまきちんと空気読んだりとかしてなかったし、それで知らない間に変な事してたかも……やべぇ、国際問題とかになっちまうのかな……?

 

「……あ!ねぇベアト、確かまだあのパーティ、外賓用の席がまだ少し埋まってなかったわよね?」

 

「あ、はい。そうでしたけど……え、"姫様"まさか!?」

 

「あ、こら!」

 

「あ!すみません……つい口が滑って……」

 

 ん?何の話してんだろ……もしかして俺を牢屋にぶち込むとかそういう話か!?

 

「あの……万丈さん」

 

「ハ、ハイィ!!すみませんでしたしょっ引くなら俺だけ」

 

「ちょ、ちょっと落ち着きましょう?

多分きっと勘違いですから……ね?」

 

「……へ?」

 

 え、違うの? 

 

「万丈さんのおかげで今日は私、とても幸せな気分で眠れそうですから。それに貴方のような誠実な方とよく話せたのもとても。」

 

「あ……そうなんすか」

 

 これ褒められてるってことで……いいんだよな?……いいっぽいな!

 

「あ~!良かったぁ~!

もう俺ダメかと思ったッスよ~~!」

 

「純粋なんですね万丈さん。素敵です」

 

「いやぁそれ程でも……あるかなぁ~!」

 

「ふふふ♪」

 

「(なんか……一々動きが仰々しいですねこの人。舞台役者さんみたい)」

 

「あ、それでなんですけど万丈さん。今週の日曜日のご予定は開いておりますか?」

 

「日曜……は大丈夫だと思いますよハイ。」

 

「でしたら少し提案があるんです。

実はその日、この国で活躍している外国人移住者の方々をお招きした女王陛下主催のパーティーがあるんです。」

 

「え、パーティーッスか?」

 

「はい」

 

「へぇ、なんかダンスとかするんスか?こういうの」

 

 社交ダンスの腕を斜めに挙げてもう片方を相手の腰に据えるよく見るポーズをしてみる。

 

「そうそう、そんな感じです!

それで、そのパーティーに万丈さんもお招きしたいのです。どうでしょうか?」

 

「…………へ?」

 

 

 

 

 どうしよう。

 

 

 

 

 ……チョー美味いメシとか出んのかな?

 あ、戦兎も誘わねぇと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『仮面ライダービルド』

 

 

第49+2話 バカがゲストで召喚中

 

 

 



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2-②

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーわけで俺今度パーティ行くことになったから」

 

「………」

 

 待て待て待て待て……え、何!?なんで豚汁の材料買いに行っただけでそんなことになってんの!?

 

「でよ戦兎、そこでも通訳してくんねぇか?」

 

「いやお前、急にそんなこと言われてもよ……」

 

「頼む!」

 

 ……はぁ、仕方ねぇ。こいつ一人でそんなロイヤルな場所に放り込むとか何が起こるか分かんねぇしな……

 

「いいよ、やってやるよ通訳。」

 

「お、いいのか!?」

 

「当たり前だろ」

 

 ったく俺のいないとこで勝手に話進めやがって……

 ていうかプリンセスもなんでよりにもよって色々とめんどくさい事情を抱えてる万丈を呼ぼうなんて思ったんだよ。何か別の目的があるのか?

 

「ていうかもう最初にプリンセスから俺も来るように言われてんだろ?」

 

「あ、おう。そうだよ、せっかくだから一緒に来いってよ。まぁお前の事だから断るとは思ってなかったけど。」

 

 何だろうな、プリンセスから俺たちに何か用事でもあるんだろうか。もしかしたらビルドについての事かもしれないが、それだったらまた別にアンジェやちせから連絡が来るだろうし、多分別のだろう。……あんまいい予感しねぇけど。

 

「で、そのパーティっていつ――」

 

 お玉で鍋の豚汁をかき混ぜながら万丈に問いかけたその時、

 

――ドン、ドン

 

「ん?誰か来たな」

 

 手を打ち付ける音が建付けの悪い店の扉から聞こえてくる。

 

「見てくるわ」

 

「おう」

 

 俺は万丈の返事を聞きながらキッチンから出て扉へと向かう。

こんな時間に誰だ……?今日は誰か来るような用事は無かったはずだけど……

 

「はーいどちら様で……」

 

「よっ!」

 

「………あ」

 

 扉の前にいたのは、見覚えのあるワインブラウンを綺麗に伸ばした緑の帽子の女。

 

「……ドロシー!」

 

「ご無沙汰だな、天才物理学者殿。」

 

 通りのいい声とどこかオッサンじみた手の動きで挨拶してきた彼女は、先日のショーンの事件で知り合った隣国からのスパイ、"チーム白鳩"のメンバーの一人であり、そのリーダーである。

 しかし知り合ったと言っても俺も万丈も特に行動を共にしたわけではなく、あまり彼女については知っていることが少ない。強いて言えば酒好きでパンを焼くのが上手い、ということぐらいか。

 

「へぇ、男所帯にしちゃ意外と片付いてるじゃん」

 

「うお!?」

 

 って勝手に上がられてるし!

いやまぁいいんだけど……何か一言くらいあってもいいじゃないのよ。

 

「お~い戦兎誰が来……あぁ!あんた!」

 

「お、バンジョーだ。それに……お、なんかいい匂いするな。何作ってるんだ?」

 

 そう言ってけらけらと笑うドロシー。

その肩書とは釣り合わないまるで緊張感の欠片もない彼女の様子に違和感を覚えながらも急ごしらえの狭い客間に通す。

 とりあえず椅子に座って万丈が茶を淹れるのを待ちながら、彼女と話をすることにしよう。

 

 

「で……何しに来たんだ?」

 

「いやいや、噂の"怪人ストライプ"がどんな暮らしをしてるのか興味があってね。それでちょっと様子を見に来たんだよ」

 

「……"ストライプ"?」

 

 縞模様、シマ……あっ

 

「……ビルドのことか!」

 

「あぁ、ホントはそんな名前なんだっけ」

 

「え、噂になってるってマジ!?」

 

「マジマジ。多分、どっかであの戦いを見てたやつがいて、そっから色々と話が拡がったんだろうね。ほらこれ、昨日の新聞」

 

 ドロシーがカバンから取り出したそれを受け取って、中を見てみると、端っこの方に小さく何やら床屋の軒先に置いてあるあのオブジェをそっくり人の形にしたような何かのイラストが掲載されていた。

 

「……わーお」

 

「今日は何処行ってもこれの噂でモチキリでさぁ……で、丁度あたしその正体を知っちゃってるワケだし、折角だから色々オハナシさせてもらおうかな~って。それで……ん?」

 

 いや、いやいや……なんってコメントしたらいいんだこの絵……色遣いはほ同じなのにまるでヒーローに見えないってこれ……うわ、やべぇ超ショック……

 

「おいおいなんだどうした、頭痛か?」

 

「なんでもないっしゅ……」

 

「できたぞー」

 

 ……サンキュー万丈!

いいタイミングで来てくれたなオイ!

 

「おいほら見てくれよこれぇ!」

 

「おん?なんだこれ……床屋の前にあるアレか?」

 

 首を横に振る。

 

「俺俺、ビルド。」

 

「……あぁ~!なるほどなぁ!似てる似てる!」

 

「オォイ!どこがだよ!!そこは似てないってキレるとこでしょうが!!」

 

「そうか~?よく描けてっと思うけど……」

 

「…………。」

 

 っとそうじゃねぇや。

新聞にビルドが載っちまってるってことは、もしかしてアンジェたちもそうなのだろうか。

 

「……あぁ、あいつらは大丈夫だよ。こういうのってコツがあってさ、上手く顔がばれないように立ち回ってんの。ま、今回はこっちの方がインパクト強かったってのもあるだろうけど」

 

「そんなもんなのか」

 

「そんなもんだ」

 

 うぅん……はぐらかされてる気がしないでもない。そういや紗羽さんもこんな感じだったな。『知らない方がいいこと』は彼女らにとってもやはりあるのだろうか。あまり突っ込んで聞いても迷惑だろうな。スパイってそういうもんだろうし……あれ、そういやドロシーたちは何故スパイをやっているんだろう

 

「なぁ」

 

「ん?」

 

「なんで君たちは、スパイなんて危ない仕事をやってるんだ?」

 

「…………」

 

 口にしていた湯呑をテーブルに置いて、しばし黙考するドロシー。その表情はあまり晴れやかではなかった。

 やはりこういう質問はしい方がよかっただろうか……

 

「夢のため、かな」

 

 俺の心配をよそに、彼女は吐息交じりに語り始めた。

 

「昔は食ってくために仕方なくやってた、でも今は自分の夢のために頑張れてる。辛いこともたくさんあったけどね。あいつらもおんなじさ。みんな自分の夢の為に頑張ってる」

 

「夢……」

 

「あぁ。でも何の夢かは内緒だぞ?バラしちゃうと叶わないかもしれないからな」

 

「へへ、そっか」

 

「……何笑ってんのさ」

 

「いや、ドロシーがいい意味でスパイらしくなかったからさ。」

 

 笑顔で将来を語れるってことは、今を幸福に生きている証だからな。それだけでも目の前のドロシーが何かに追い詰められてスパイをやっているわけじゃないのが判った。彼女については今はそれで十分だ。

 

「うぅ~ん……あんたみたいな子供に褒められてもなぁ~、口説くならもうちょっと年食ってから出直してくれ」

 

「おい」

 

 誰が子供だよ。つーかそういう意味で言ったんじゃねぇし。……って俺こう見えても肉体年齢はもうすぐ27になるんですけど!!

 

「……えぇッ、マジ!?

うっそアンタ年上だったわけ!?…………かぁ~~~マジか!!」

 

「ちなみに万丈は……あ、お前年歳(とし)いくつだっけ?」

 

「23」

 

「だってよ」

 

「……その顔でぇ!?」」

 

「ぶふッ」

 

「おい何笑ってんだよ!?何言われたんだよ!?」

 

 やっば久々に壺った。

あぁでもそっか、俺たち日本人だもんな。身長も骨格も欧米人とは大違いだし、現代でも大人の日本人旅行者が現地人に子ども扱いされたってのはよく聞く話だ。 

 

「あぁーなるほど、そういやあのオッサンたちもちっこかったなー……ちせも年の割に色々細っこいのはそういう関係だったわけか……いや納得納得」

 

 本人が聞いたら袈裟斬りにしてきそうだなおい……

 

「っと、そうだ鍋見てくる」

 

「あ、万丈ゴボウ入れた?」

 

「入れたー」

 

 ……ならあと少し煮たら完成か。いいじゃないいいじゃない。

 

「あ、じゃあ折角だしドロシーも一緒に食べていかない?」

 

「え、いいのか?」

 

「いいよいいよ。こういうのは大勢で食った方が美味いからな」

 

「――戦兎ー、味噌いれてくれー」

 

「はいよー!……じゃ、少々お待ちを」

 

「よろしく~」

 

 味覚の人間離れ(ガチ)した万丈に味付けを任せるのが自殺行為だということをここ最近の限界自炊生活で思い知ったため、料理の最後の仕上げは全て俺が取り仕切ることになっていた。かくして数少ない生活の楽しみの一つである食卓の平和は守られ、突然の訪問にも安心しておすそ分けができるのだ。

 いやマジでヤバいんだよ万丈の舌。今にして思えば、幻さんの手料理をバクバク食いまくっていたことにもう少し早く気付いていればよかったのだが。

 

 とまぁそんなこんなで。

 

「はいできたできましたよ~~じゃん、豚汁!」

 

 鍋ごとテーブルにどーん!

火の通った豚肉のいい匂いがゆらゆら湯気に乗って鼻腔に届いていく!こいつは絶品ですよ奥さん!

 

「ほぉ~、見たことないスープだな

何入ってるんだこれ……うわなんだこの野菜の量!よくやるな~!」

 

 それを上から覗き込んだドロシーが驚きの声を上げる。確かに多少奮発したがそこまで驚くほどだろうか

 

「いやいや、普段からこんなたくさんの種類使わないって!下ごしらえの時間がもったいない!ジャガイモだって一々皮剥くの面倒だから切ってそのまま油で揚げちまうのにさ……ホント変な所こだわるよなぁ日本人(あんたら)

 

 あー、そういう感覚なのねここの人たちって……イギリス料理の評判がよろしくないのもそれなりに理由があったわけか。 

 

「ほい、皿」

 

「お、サンキュ……ほいっと。

あ、箸がないじゃない……ドロシー、フォークでいい?」

 

「いいぞ。こっちの方が使いやすい」

 

 万丈から手渡された深皿に豚汁を次々よそってテーブルに並べていく。さらに別の鍋で炊いた白米(これも日本大使館からのお土産)もよそっていく。

 

「おっほ、ツヤツヤだよ……」

 

「今日は失敗しなかったぜ~俺!」

 

「んナイス!」

 

 漬物も添えて……じゃん!簡素ながらしっかりとバランスの整った食卓の完成だ。

 

「「いただきまーす!」」

「イタダキマス」

 

 手を合わせて挨拶。

 ……あら、ドロシーも言ってたな今。ここの人にしちゃ珍しい。

 

「ちせもいつも言ってるからさ、覚えちまってんだ。"食材に感謝して大事に食べます"……って意味だっけ?これ。畏まるよなぁ日本人(アンタら)はホント」

 

「おぉ~……」

 

 なんかあれだな、これちょっとしたホームステイだな。

ドロシーもなんやかんや日本文化に好意的だしイイ感じに異文化交流しちゃってるよ俺たち。

 

「……ん……んん!?」 

 

「お……」

 

 早速豚汁に口を付けるドロシー。高校球児もかくやという勢いでがつがつと食べていく。口を離した隙に感想を伺ってみるか……

 

「どう?どうよ?」

 

「あーー……何味って言ったらいいんだろこれ……うぅ~ん……」

 

「(お、おい!大丈夫なのかよ!?)」

 

「(ノンノン、焦るんじゃないよ……こういうのは焦らされた分だけ感動がデカいんだから。待ちなさい万丈君)」

 

「(ウス)」

 

「……あ。」

 

「「!!」」

 

「複雑すぎてわからん!!」 

 

「「おぉい!!」」

 

 流石にそれはないでしょうよ!!いやグルメレポーターばりのコメントを期待してたわけじゃないけど……でも粘ってくれよそこは!!もう!!

 

「いや美味いよ!……美味いんだけどさ!

なんつーかこう……美味さの種類が一口の中に多過ぎてどれを味わったらいいのかわぁかんなくなっちゃってな!?あ、普段食ってんのが分かりやすいのばっかでさぁ……いや悪い!あたし食いモンに関しては貧乏舌なんだよな!」

 

 あ……そういうことね……

 この国の食に対する関心はが日本と違って大分薄いもんな。感染症予防のために食材は食えなくなるギリギリまで火を通してそこに塩や胡椒などの味の強い調味料で味付けする訳だからもう一々"味わって食べる"ってのが難しいのだろう。

 

「あはは、いやワインなら利きができるくらいには自信あるんだけどねぇ~」

  

 これはちょっとドロシーに申し訳ないな……彼女の口の合いそうな料理も食材も今はないし……あ、そうだ。あれがあるじゃん!帰るときにお土産として渡そう。

 

 

 

 

 

 

 

「――なぁ、こんな顔の女を見たことないか?」

 

 食事も終わり談笑していると、ドロシーが一枚の似顔絵を見せてきた。

 

 それはつり目に短髪の女の絵だった、明らかにカタギの雰囲気ではない、一度見たら嫌でも印象に残りそうな整った顔だ。

 

「いや……悪ぃ、知らない人だ」

 

「あー……俺もだ。見たことねぇ」

 

「そっか、ならいいや。見かけたら今度教えててくれ。」

 

 そう言ってドロシーはさっさとその絵をカバンに仕舞ってしまう。……仕草の雰囲気からして、もしかしたら彼女の仕事に関わる人物だったのかもしれない。

 

「……なぁ、その人が何かしたのか?」

 

 試しに、訊いてみる。

 

「いやぁ、ちょっとした人捜しでね。知り合いに頼まれちゃってさ」

 

 "頼まれちゃって"を強調した話し方。

 やはりスパイとしての仕事なのだろう。わざわざぼかして教えてくれたってことは、おそらくはこれ以上深入りするなよ、という警告だ。

 

「そっか。大変だな」

 

「ホントホント!大変だよ全くさぁ!パーティだなんだってこの慌ただしい時に……はぁ~……あ、やば足つった!」

 

「おいおい……」

 

 やってることは非日常的なのになんでこんなに週末のOLめいた雰囲気が出せるんだこの人……ある意味で大物なのか?

 

「あー……あ、そうそうパーティだパーティ。アンタら二人、プリンセスから直々に招待されてるんだってねぇ?」

 

「「あ」」

 

 そうだよすっかり忘れてた!

ドロシーも知ってたのか!……あ、いや同じチームなんだし当然か。

 

「おいおい大丈夫かよ……こりゃぁベアトがエキサイトするわけだわ」

 

「……万丈、パーティいつだよ」

 

「え?あぁ来週」

 

「……で、どんなパーティだって?」

 

「は?どんなってお前……パーティってみんなでワイワイ食ったり遊んだりするだけだろ?種類とかあんのか?」

 

 ……………。

 

「……だそうです。」

 

「窮地じゃねーか!」

 

 仰る通りです……万丈にロイヤルなパーティがどんなもんか知ってると期待する方が間違ってたよね!!絶対偉い人に失礼なこと言ってヤバいことになるね!?

 

「うーわ、間違いなく国際問題になるぞこれ……やっぱ様子見に来て正解だったな」

 

「申し訳ない!本っ当に申し訳ない!!」

 

「何謝ってんだ?」

 

「お前が万丈だからだよ!!」

 

「どういうことだよ!!」

 

 あぁ……仮面ライダーとして首相官邸によく足を運んでたあの頃、万丈がやっていたことと言えば……旗をバットにして遊ぶ、首相を巻き込んで落としたサイフを探す、首相室でプロテインラーメン食ってその臭いで部屋を充満させるエトセトラエトセトラ……氷室首相の人の好さで許されてたような数々の悪行をこの国のお偉方の前でやらかしでもしたらどうなるか……

 

「泣きたくなってきた……」

 

「大変だなぁアンタも」

 

 そうですそうなんですよ。だからお助け!!ヘルプミープリーズ!!

 

「あぁ大丈夫大丈夫、流石にプリンセスもズブの素人をいきなりパーティに放り込もうとは考えてなかったみたいだから、明日か明後日にウチの学校に来ていいってさ。簡単なマナー講座ってヤツだ。チーム白鳩総出で特別に教えてやるよ。どう?」

 

「……行きます!明日!」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 ぱちんとウインク。あぁ、ドロシーが天使に見える……!ありがたや~……

 

「――てことでお前気合入れて覚えろよ、マナー。」

 

「お、おう……わかった。誘ってくれたヒメさんの顔に泥塗るわけにはいかねぇからな」

 

 万丈にさっきまでのドロシーとの話を要点をつまんで説明する。ようやく自分のエチケット観のオッペケペーっぷりに危機感を覚えてくれたようだ。

 

「よろしくお願いします!!」

 

「おぉう、威勢がいいな……ま、その調子で頼むよホント。あ、そうそうイイコト教えてやるよ。これ、最近ベアトが食いたがってた新作のバタフライケーキなんだけど……持ってきてくれたら多少は優しく教えてくれるかもよ。多少」

 

「おぉ、あ、ありがとう……」

 

 ドロシーから受け取ったチラシにそれが売ってる店の名前と地図が記載されている。お菓子好きなんだなあの子……うん、そうだな。授業料として買っていこう。

 

「んじゃ、用も済んだしそろそろお暇しようかね」

 

「あ、送っていこうか?」

 

「いいよいいよ、そこらの男に押し倒されてやるほどヤワな鍛え方してないからさ。厚意だけ受け取っとくさ」

 

「おぉ、ユー強いじゃん」

 

「まぁね」

 

「……あ、そうだこれ」

 

「ん?」

 

「お土産。よかったら飲んでくれ」

 

「お、酒か!?何?何くれんの?」

 

「"3月生まれの雄鶏から作ったコックエール"だってよ。万丈の知り合いのボクサーがくれてさ、いっぱいあるからおすそ分けするよ」

 

「マジか!?うっわ超助かる!!」

 

「おう、色々教えてもらって助かったしな。ほんのお礼だ」

 

「はぁ~~!気が利いてるぅ~~!!好きなんだよなこれ~~!!」

 

 おぉ、滅茶苦茶嬉しそうだ。人にプレゼントしてこんなに喜ばれたことってあんまりないかも……こっちも嬉しいななんか。

 

「(なんかすげぇ酒好きみてぇだな)」

 

「(みたいね)」

 

「いやぁ人には優しくするもんだねぇ……今日は楽しかったよ、二人とも。またご馳走してくれよ」

 

「おう、こっちもありがとう!」

 

「またな~!」

 

「バーイ!」

 

 うん、色々と前途多難だけど、こういうちょっとした幸せがあるからまた明日も頑張れる。さて、片付けして明日の準備をしますかね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--ドロシー視点--

 

 

 夜道。

 

 街灯で照らされた道を進みながら、さっきまでの"観察対象"との接触について纏める。

 

 

"KAMENRIDER BUILD"

 

 その能力ははっきり言ってデタラメの一言だ。アンジェとちせからの報告を聞いた時は寒気がしたよ。今のあたしらでどうにかできる範疇を軽く超えている。

 ノルマンディー公のような政治的権力を持った相手なら交渉材料次第でまだ勝ち筋が見える。が、こいつは違う。能力の換装によりどんな状況にも対応してくる、ヤツは恐ろしいほどまでに効率化された"軍事力"の結晶だ。何処のどいつがあんなものを思い付いて開発したのかは知らないが、きっと相当にキマってる技術者に違いない。

 もし相手するとなれば、一国の軍隊並みの武力が必要だ。それだけ未知で強大なテクノロジーだからな。

 

 そしてその使用者の所見を正すため、あたしは今日ソイツの住居に突入したわけだったのだが……。

 

 

「なんか……普通にもてなされたんだけど」

 

 メシもご馳走になって?

 

 話も弾みまくって?

 

 特に予定してなかった助言までしちゃって?

 

「挙句の果てにこの土産……よりによってあたしのお気に入りだし」

 

 ……………………う~~~~~ん。

 

「ま、いいか。」

 

 考えるのやーめた。

 

 いやいやあんなどこにでもいそうな普通の兄ちゃんがさぁ?まさか街中で大暴れとかするわけないって!!

 

「あ、でも普通とはちょっと違ったな。

なんか優しすぎるよアイツ。気持ち悪いぐらい」

 

 

 

 それが、今あたしのセント・キリューに……KAMENRIDER BUILDに対する印象だ。取りあえず、今は特に問題ないだろう。

 

「それよりも……」

 

 キリューにも見せた"あの女"の絵。

見れば見る程イラっと来る顔だよホント

 

「あんた今何処にいるんだ、なぁ、"Z"さんよ。」

 

 もう春だってのに、まだまだロンドンの夜は寒かった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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2-③

 



 








投稿が遅れてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
できる限り更新頻度を上げていきますので、ご容赦してくださると幸いです。

では、どうぞ。


 

 

 

 

  ―――明くる日、良く晴れた午後。

 

 俺と万丈はとある場所へと足を運んでいた。

 

「おぉ、めちゃくちゃ兵隊いるな」

 

「そりゃあ国の要人が通ってるからな。いるだろ」

 

 クイーンズ・メイフェア校。

 

 朝店に届いていた招待状に集合場所として記されていたのがこの学校のとある一室だった。

なんでも彼女たちはこの学校に在籍し、そこでスパイ活動の拠点とするために使っている部屋らしい。

 

「警備が厳重な割には、ヒメさんから貰ったパーティの招待状見せたらパッ、とすぐ通してくれたよな」

 

「プリンセスがそうするように言ってくれたんじゃないか?

俺たちがたどり着きやすいように。」

 

「あそっか……ふ~ん。

お!ここ家庭科室じゃねぇか!?

見ろよ戦兎! クッキー焼いてるぜ!」

 

「窓にひっつくんじゃないよ恥ずかしい……」

 

 不審者に見られちゃうでしょうが!

 ほらもー、早速すれ違う生徒さんに変な目で見られたじゃん。

 

「クッキーなら後で好きなだけ買って食えばいいでしょうがまったく……ほら行くぞ!」

 

「おわっ!」

 

 いやしんぼドラゴンの襟をつかんで廊下を歩く。

それにしても昔の学校っていうからなんかこう、木造建築を想像してたけど、そんなことなかったな。セメントか?かなり頑丈そうな施工だ。それだけこの学校にかけられている期待が多いのだろうか。

 聞いた話によると、この学校は女王様の意向で人種や身分に関係なく、様々な生徒が通うことができるらしい。日本人であるちせが実際に在籍しているのだから確かだろう。

 ……でもこの国の世情を思えば、かなり挑戦的な校風ではないだろうか。俺たちの生きた時代よりもずっと強い差別意識が蔓延るこの国で、言葉と肌の色の壁を越えようというのは並大抵のことではない。人と人が理解しあえるというのは難しい。

 だからこそ、偶然とはいえ、それをなせる人材を育てようとするこの学校に招かれたことが、俺の心を温かくさせた。

 

「あ、そうだ。万丈これ」

 

「あん?……あれ、これお前のスマホと……なんだこれ、イヤホンじゃねぇか。どうしたんだよ?」

 

「そいつはお前専用の翻訳機だ。貸してやるから試しに使ってみろよ。そこの一番下のアプリを立ち上げてイヤホンに音声を聞かせるだけで、何語でもすぐに和訳して聞かせてくれる」

 

「え……マジで!?」

 

「相手に話すときはアプリを立ち上げたままビルドフォンに声を聞かせれば、少し時間は掛かるけど英語に変換してそいつが代わりに話す。これでお前もあの子たちと多少はマシな会話ができるようになるだろ」

 

「マジスゲぇ……ありがとな戦兎!!」

 

「壊すなよ?」

 

 流石にいつもいつも俺が万丈の通訳ができるとも限らない。だから万丈一人だけでも日本語の通じない人との意思疎通ができるように、"壁"を越えられるようにしておく必要がある。

 そこで俺の愛バイク兼スマホの『マシンビルダー/ビルドフォン』の出番ってわけだ。

 ボトルさえあれば充電の必要もないからどこでも使えるし、あと万が一の時にもバイクとして足にもなる。

 

 ネットも他の端末も存在しない世界でだって、こうして俺の発明はちゃあんと活用できるんだ。

 

「クッキー食いてぇ!!」

 

『クッキー食いてぇ!!』

 

「お、スゲェ!!英語が聞こえる!!」

 

 ……活用できるんだよ。

 

 

 

  ――そして歩くこと数分。

 

「お、ここだな」

 

 大きな校舎の隅っこにある、"部室"と書かれたこの部屋こそ彼女らの拠点。今日俺たちが招かれた場所である。

 

「イヤホン付けとこ」

 

 万丈が耳に装着し終わるのを確認し、静かに扉をノックする。

 

「『失礼しまーす』」

 

「――あ、は~い今行きますね~!」

 

 聞き覚えのあるこのほわっとした声は恐らくベアトリス。聞こえてからすぐに彼女の歩く音が近づいてきて、扉が開いた。

 

「こんにちは~!」

 

 可愛らしい笑顔で出迎えてくれたのはやはりベアトリス。所作と制服の感じからまるでメイドさんのように見えるが実際はもっとすごいプリンセスの侍女さん。俺たち平民からすればかなり偉い身分だ。今日からは粗相がないよう振舞わないとな。

 

「今日はよろしく、お願いします」

 

 デキる大人らしくピシッとお辞儀。平常心で緊張しすぎないように滑らかにやるのがコツだ。

 

「はい!こちらへどうぞ~」

 

『おう!お邪魔しまーす!』

 

「オイ万丈!もうちょっとていね」

 

  ――ベシッ!

 

「ッッッタァ!!?」

 

「……早速やってくれましたねバンジョーさん」

 

「!?」

 

「え……え、何今の!?

……何それムチィ!?」

 

 まさかの行動に度肝を抜かれた俺と万丈。なんとベアトリスが突然、馬用のムチ(!)で万丈のふくらはぎをぶっ叩いたのだ!

 

「部屋に入ろうとするなり私の案内を無視して一人で勝手に進もうだなんて……言語道断です!」

 

 ちょ、思ってたほうとは別ベクトルに厳しいんですけど!?

 

『怖っ!ちょ、こいつ怖いんですけど!』

 

 あ、細かいとこも英語で言えてる。

 ちゃんとアプリ使えてるな!よかったよかった……いやよかねぇんだけど。

 

「あれ?今その子から声が聞こえたような……」

 

『あぁこれ、翻訳機だよ翻訳機。

ここに日本語をしゃべると英語にしてくれてんだよ。

戦兎が創ってくれたんだけどよ、マジスゴくね?』

 

「はぁ……えぇ?」

 

 ムチを落とし、目を丸くして固まるベストリス。どうやら俺の発明品の素晴らしさをいち早く理解してくれたようだ。

 さて、ここは俺がちゃんと説明──

 

「す、すごいですね!わぁ、そんな便利な物が……へ、へえー……あはは」

 

 ……あれ、なんか微妙な反応。

 『感嘆』というよりは『残念』そうな感情が籠っていそうな驚き方だ。……何だろう、何か彼女に悪いことをしてしまったのか?

 

「……あ、それよりも!もうお勉強は始まってるんですよバンジョーさん!!」

 

 そんな俺の思考を遮るように声を上げるベアトリス。わざと大きく、高くしているような声色だった。

 

「まずは正しい挨さ、あたっ!」

 

「逸り過ぎじゃ」

 

 音もなく現れたちせが背後から軽い手刀。しかし叩かれたベアトリスはとても痛そうに頭を押さえる。

 

「~~何するんですかぁ!?」

 

「ムチはないであろうムチは……武術ならばともかく、礼節を教えるのにそんな指南の仕方は逆効果ではないか?」

 

「うぅ~~~……」

 

 落ちていたムチを没収するちせを恨めしそうに見つめるベアトリス。止めに入った理由が意外にも説得力の高いものだったが、もしかしてちせがそうだったのだろうか……

 

「万丈も……」

 

「へ?」

 

「はぁ……いや、何も言うまい」

 

「あ、おい!……行っちまったよ」 

 

 なんだ今の……視線でそう俺に伝える万丈。

 いや、俺にもわかんねぇよ。……多分、さっきのベアトリスの妙な反応と関係があるのかもしれないが、少なくともそれは俺から言うべきではないということは確かだ。

 

「……あ、そうだこれバタフライケーキ。一日限定20食のイチゴいっぱいのやつ。良かったらどう?」

 

「え!!!?」

 

 でもそれで何もしないのは俺としても本意じゃない。

なので早速ドロシーに薦められて買ってきたケーキを渡す。

 ベアトリスはゆっくりとケーキを取り、袋の中身を確認した。

 

「わ、これあの……あ……あり、ありりりありがとうございます!……あ、お茶淹れてきますね!」

 

 そう口を震わせながらお礼を言った彼女はそそくさと部屋の奥へと駆けこんでいく。

 どうやらドロシーが言っていたことは正しかったようだ。

 

『おぉ、めっちゃ喜んでんな』

 

「だろぉ?あたしの言ったとおりだ」

 

『お、ドロシー』

 

「お邪魔してます」

 

「はは、あぁ。ま、ベアトも悪気があってやってるわけじゃないからさ。勘弁してやってくれよ?」 

 

『おう。わざわざ教えてくれんのに文句なんて言わねぇって。……まぁちょっと痛かったけどよ』

 

「はは、男らしいじゃん。その調子で頼むよ。

……いやそれにしてもどうなってんだそれ? 

その耳のと……なんだ、そのちっこい……手鏡か?」

 

 万丈との会話もそこそこに翻訳機であるビルドフォンに食いつくドロシー。まじまじと観察しながら万丈に問い詰めはじめる。

 それに万丈はさっき俺が言ったことをぼんやりとだが伝えていく。

 

「はぁ~……こりゃまた、えらいもん作ったなぁあんた!

こんな便利なもん、特許でもなんでも取っちまえば一瞬で大金持ちじゃないか?」

 

「あー……」

 

 何と言ったらいいか……あ、そうだ。

 

「実はもう同じのが創れないんだよ。

ちょっと稀少な部品が必要で、それがもう『知ってる限りどこの国でも』手に入らない。」

 

「ありゃ」

 

『あとこれ多分戦兎にしか創れねえから、いっぱい創ったりとかはムリだぞ』

 

「あー……まぁそりゃそう簡単には作れないよなぁ。」

 

「残念ね」

 

「うおっ!?」

 

 背後から突然放たれた声、俺は驚きで飛び上がりそうになった。

 

「本当に貴方が造ったの?」

 

「もちろん。何なら仕様を説明しようか?

まず集音方法の原理は小さな金属板を……」

 

「興味深いけど後にしてくれる?」

 

「オウ……」

 

「アンジェ、プリンセスは?」

 

「一緒よ」

 

 そう言って体を90度横に向けるアンジェ。すると、誰かがこちらへ歩み寄ってくるのが視界に入った。

 

「ただいまーみんな……あら、キリューさん、バンジョーさん!いらしてたのですね!」

 

 そこにいたのは誰であろう、今日俺たちをここに招き入れたその人、プリンセスだ。

 彼女も他のチームの子たちと同様、この学校の制服だ。しかし彼女の持つ高貴な雰囲気は僅かも薄れてはいない。こちらに抱かせる緊張感はスパイ服と違って顔がはっきり見える分、数割増しで強まっていた。

 

 ここでもしっかり腰を曲げて挨拶しないとな。

 

「あ……ンンッ。

本日は、お忙しい中お招きしていただきありが  

 

「んちはー!!」

 

 ………………………………ちょ、

 

「(おま……この筋肉バカ!!

運動部じゃねえんだぞ! 変な声の伸ばし方してんじゃねえよ!!)」

 

「(あん?いやこれは別にヒメさんをナめてるとかそうゆんじゃ……)」

 

「("ヒメさん"もやめなさいよ! 王族は極道じゃねぇんだぞ!?)」

 

「ふふっ。お二人とも、お元気そうで何よりです。」

 

「──えぇ!?」

 

 今の不敬語、完スルーでいいんすかプリンセス!?

 

「急なお誘いにも関わらずいらしていただいて、ありがとうございます。」

 

「いやもー、全然問題ないっす!俺ら基本ヒマなんで!

あ、でもたまに試合とかあるんでそん時はちょっとムリなんすけど……」

 

「もちろん、お二人のご予定を最優先してくださるほうが私としても嬉しいです。

街のスターを独占なんてしちゃったら、きっと街の人たちに嫌われちゃいますから」

 

「そんなことねぇっすよそんな~

あ、翻訳忘れてた。ヒメさんメチャクチャ美人だから嫌われるわけねえっすよ~!』

 

「あら、お上手ですのねバンジョーさん。ふふ」

 

「ちょっとプリンセス」

 

「あ、そうだわ!ねぇアンジェ、今度一緒にバンジョーさんの試合を観に行きましょうね。アンジェもきっと楽しめると思うの!」

 

「いやだから……はぁ、わかったわよもう」

 

 えぇ……いや、いやいやいやいや

 

「(ほらな、大丈夫だろ?)」

 

 うるせーよお前……なにどや顔してんのよ。

 

「(……プリンセスが良くてもなぁ、絶対他の偉い人が怒るでしょうが!)」

 

「(それぐらいわかってるよ。大丈夫だって!な!

つーかよ、今日はそうゆー細かいことを教わりに来たんだろーが。忘れてんのか?)」

 

「(うっ!)」

 

「(お前は俺を馬鹿にしすぎなんだよ!

お前といりゃ、嫌でも頭使わされるっつの!!)」

 

 ば、万丈のくせに……!

くっそ、うまいこと言い返しやがってこいつ……!

 

「何をこそこそしておる」

 

「! な、なんでもないけど? なぁ?」

 

「お、おう!」

 

「はは……仲いいなぁあんた達」

 

「『そんなことねぇよ』」

 

「いやあるじゃろ」

 

「「………」」

 

「ぶふっ」

 

 くっそ……なんだかちゃんとしようとするのが馬鹿らしくなってきちゃったじゃないの。

 

 はぁ……分かったよ。俺も自然体で行くよ。なんか疲れてきたし。でも最低限敬語は外さないようにしないとな。そこはきちんと弁えよう。プリンセスが偉い人であることは紛れもない事実なのだから。 

 

 ……あ、でもプリンセスといえば、

 

「あのプリンセス、俺たちの呼び方、変えたんですか?」

 

「あ、はい。万丈さんから、あまり自分たちに堅苦しい呼び方をしなくていいと。」

 

「(……おい)」

 

「(え? 別にいいだろ?)」

 

「(よかねぇよ!)」

 

 あぁもう、何やってくれちゃってるのよこいつは……

 

「…………(あの子が本心から男と親しげに話してるだなんて、よっぽどこの万丈龍我という男が純粋だということかしら)」

 

 アンジェもなんか訝しげに見てくるしさ……いやこっちだって困ってるんですけど……でもまぁいいかこの際。下手にツッコんでも悪いしな

 

「お待たせしました~!……あ、姫様!お帰りなさいませ!」

 

 ベアトリスがティーセットとバタフライケーキを持って部屋の奥からやってきた。

彼女がテーブルにそれらを置きながらプリンセスと談笑している間に、俺たちはちせとドロシーが持ってきた椅子に座る。ちょっと狭めだが、テーブルはムリなく七人が座れる形になっていた。

 

「あら、ふふふ。

ではせっかくなので、まずはパーティらしいケーキの食べ方からお教えしますね。」

 

『お願いします!』

 

 こうして、万丈の『今更聞けない正しい王宮マナー勉強会』は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では次にフォークなどを床に落としてしまった時の……バンジョーさん! 脚を開きすぎって何度言ったら!!」

 

「あ」

 

「同じことを何度も注意させないでください! やる気あるんですか!?」

 

『あるある!あるって! つい!ついな!』

 

「あとその翻訳機って子も、ちゃんと使うときは相手の了承を取ってからですよ!相手によって何が失礼に当たるかわからないんですから!」

 

『おう!わかってる!』

 

「……そんなものがあるなら教えてほしかったのに」

 

「え?」

 

「~~! なんでもありません!

はい、ではフォークを落としてしまいました。そういう時は手を挙げて――」

 

 ベアトリスのキツめの教え方にも堪えている様子はなく、万丈は文句ひとつなくレッスンをこなしていく。

俺でもよくやっていると思うほどに万丈はとても真摯だ。

 

「向こうは大丈夫そうだな。……でもベアトリス一人に任せてよかったのか?」

 

「いいのいいの。こっちはチーム総出でやるっつったけど、正直ベアト以外のあたしらはそこまでこっちのやり方に従ってもらおうとは思っちゃいないさ。」

 

「女王陛下曰く、『自国の文化観を大事にしてほしい』そうだ。」

 

「付け加えると、陛下は大層な親日家なのよ。

必要以上にこっちに合わせられても、不興を買うかもしれないわ。」

 

「ですので、ベアトにお任せしました。

あの子たっての希望でもありましたので。」

 

 それと、万丈のような男と話すことで、ベアトリスの男嫌いも良くなるんじゃないかと思ったから、だそうな。

 

「なるほど……まぁ確かに万丈は裏表のない、考えるより先に口に出ちまうような奴だからな。」

 

「うむ。むしろそういう男のほうが、女王陛下には受けが良いと思う」

 

「ちせさんの言うとおりです。おばあ様も、きっとバンジョーさんを気に入ってくださると思うわ」

 

「……"も"?」

 

 アンジェは持っていたカップを置き、ゆっくりとプリンセスを見やった。

 

「あら、どうしたのアンジェ?」

 

「いえ、なんでも」

 

「ふふっ、アンジェ~、お前プリンセスがバンジョーに気をよくしてるのがもどかしいんだろぉ?」 

 

「……なんですって?」 

 

「理解ってるんだぞこっちは~、なぁ?」

 

「姉上が言っていた……『女子(おなご)の焼いた餅は正月でなくとも美味い』と。」

 

 あ、ウマい。

 

「……何見てるのよ……目を潰すわよ?」

 

「変身するから潰れない」

 

「くっ……」

 

 なんだよ、へへ、随分と可愛らしいじゃないの。

時代や国が違っても、人と人との"繋がり"ってのはあるもんだな。

 

「あ、そうだわ。……桐生戦兎、"アレ"は、持ってきているわよね?」

 

「(話しそらすのが)露骨だなお前」

 

 アンジェは何も言わず、すごいスピードでドロシーのケーキを奪って食べた。

 

「うげ」

 

「(感情が判りやすくなったなアンジェのやつ……)」

 

「ま、まぁ持ってきてるよ……じゃん!」

 

 何も見なかったことにして、俺はカバンから"それ"を取り出した。

 

「これこそこの仮面ライダービルドのマストアイテム……その名も、"ビルドドライバー"だ!!」

 

「「「……………おぉ~!」」」

 

 

 《仮面ライダービルドとは何か?》

 

 それを伝えることが、今日、俺が万丈と共にここに呼ばれた真の理由だった。 

 

 

 

 




ベアト「(き、気になる……気になる~~!!)」

万丈『お、休憩するか?一緒に戦兎の話聞こうぜ』

ベアト「~~~っ!!
    ダメです!!こっちを続けますよ!!」

万丈『そっかぁ、わかった!』

ベアト「(翻訳機だなんて、こっちの気も知らないで……
    せっかく頑張ってちせさんから日本語を教わったのに~!!
    おまけに体よく休もうなんて……これだから男の人は!)」

万丈「(めっちゃ戦兎の話聞きたそうなのに意思強ぇなぁこいつ……俺も頑張らねぇと 
   な!!)」




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2-④

今回は尺の都合でちょっと長めです。(リキ)入ってます。

では、どうぞ。


 

 

 

「それはあの時の……」

「うむ。マスクメイカーとの戦いで、お主が最初に持ってきたものだな」

「お、よく覚えてたな」

「当たり前でしょ?」

 

 プリンセスたち四人によく見えるよう"ビルドドライバー"をテーブルの真ん中に置く。

 

「そして、これだ。」

 

 次にポケットから『ラビット』と『タンク』の"フルボトル"をその横に添える。

 

「まぁ……」

「……んん?」

 

 その様子を、プリンセスとドロシーは奇怪な美術品を観覧するような面持ちで、じっくり舐めるように見つめていた。

 

「はー、また随分と妙なのが出てきたな……」

「本当……ねぇキリューさん、それは一体どのような物なのですか?」

 

 早速プリンセスから質問だ。……そういえば、この人にはアンジェ達以上にまだほとんどビルドについての情報を伝えていなかった。

 もちろん、この場でしっかりみんなにビルドについて知ってもらうつもりだから問題ない。

 

「このアイテムの名は"フルボトル"。架空も含めた過去と現在、そして――」

 

 でもそれは、

 

 

「"未来"の、この地球に存在するありとあらゆる物質の成分(エレメント)を凝縮させたものだ。」

 

 ビルドに関する全ての真実を伝えるということではない。

 

 

「「……は?」」

 意味が解らないと言うようにちせとドロシーが、

 

「……未来?」

「ですか?」

 キョトンとした顔で、アンジェとプリンセスが、

それぞれ俺を見る。

 

 訝しむのも無理はない。なぜなら今の俺の言葉は、ボトルの真実を歪めたものだからだ。

 

「あぁ、未来だ。」

 

 

 

 

 ――そう、俺たちの持つこのフルボトルには、まだ『この時代には存在していない物質』のボトルが含まれている。それはこれらが俺たちの世界……この世界の時代よりもずっと未来で創られた物からだ。

 

 俺たちが未来の異世界人であることをこの世界の人々に公表することは、この世界の歴史を歪めてしまう結果となりかねない。少なくとも技術的な混乱を招くことは確かだろう。

 

 そういう意味で、事実の捏造が必要だったのだ。騙しているようで心苦しいが、こればかりは隠すほかない。

 

 今日のために考えた精一杯の言い訳を、ここで述べる。 

 

「例えばこの"タンクボトル"。これがそうだな」

貯水槽(タンク)? それなら別に未来とか関係なく今もあるだろ」

「まぁ聞けって……ほら、このボトルの凸凹、よく見ろよ。」

「んん……?」

 

 ドロシーを始め、女の子四人が身を乗り出し寄せ合って、タンクボトルを観察する。

 

「なんだこの形……」

「少なくとも、我らのよく見るタンクとはまるで違うな」

「えぇ……たくさんのタンクを見ることがあったけど、こんな形のものはまだ見たことがないわ……」

「……あ」

 

 そんな中、何か閃いたのかアンジェが声を上げる。

 

「どうした?」

「そのボトル、あの時貴方がウサギのボトルと一緒にそこのビルドドライバーとやらに差していたものよね?」

「……あぁ。」

「そういえば確かに……言われてみれば同じ色をしておる」

「……ちょっと待ってて」

 

 すると突然、アンジェは何やら紙と鉛筆で絵を描き始めた。

 

 

 

「……あ、俺じゃん」

 

 数分後、描き上がったのは、紛れもなく"ラビットタンクフォーム"の顔。フェイス全体のフォルムや眉間部の"BLDシグナル"など、特徴をキチンと捉えた見事な仕上がりだ。

 

「おぉ、ストライプだ。そうそう確かこんな顔だったよなー……相変わらず絵ぇ上手いなお前……あ」

 

 さらにアンジェは、両の複眼部を丸く囲みだす。

 

「左目は兎の横顔をモチーフとしていることはすぐにわかったわ。こっちの右目は何を模していたのかは、ずっとわからなかった……でも」

 

 さらにアンジェは紙の余ったスペースに筆を走らせた。

 

「……あ!」

 

 やがて線と線は、ある物体を立体的に有らしめた。

 

「そのボトルのおかげでやっとわかったわ。タンクなんて紛らわしい名前で混乱させて……要は、これのことでしょう?」

 

 それは紛れもなく砲塔と履帯を持った、"戦車"の形をしていた。

 

「そのボトルが正面から見た図、"KAMENRIDER BUILD"の右目が側方から見た図として立体図にすると……およそこういう形になる。」

「これ……艦内砲を大きくした物のように見えますね……」

「あとどことなく貯水槽(タンク)っぽいっちゃぽいな。水がたくさん運べそうだ」

「……しかし、これでどうして、この"たんく"とやらが未来の物だと判るのだ?」

 

 当然の疑問がちせから向けられる。

 

 ……早いな。ここまで話が進むのにもう少し時間がかかると思っていた。

俺の予想以上に、アンジェの頭が柔らかいので、ちょっと段取りがズレたが。

いや、問題ない。ちせの疑問への回答は用意してある。俺はそれを答えるだけだ。

 

「――大砲系の兵器の発展の歴史の中で、この形態と一致する物が全く存在しなかったからだ。」

「なんと」

「タンクなんて変な名前が付けられるくらいだからすぐ見つかると思ったけど、そんなことを書いてある史料や本はどこにも無かった。そしてこんな形の兵器が実際に戦場で使われているという情報も無かった。」

 

 結びに、俺からちせに問いかけた。

 

「過去と現在に存在しない物質は、どこに存在すると思う?」

「未来しかあり得ない……か」

 

 "困惑"、そんな感情を湛えた視線が四人の中で飛び交っているのが分かる。

 

 ……ちょっと強引すぎただろうか。でも、これが真実をある程度保ったまま彼女たちにフルボトルを説明するには、この言い方が最善なんだ。

 

 

 "フルボトル"とは、石動惣一の娘への"愛"を利用して創り上げられた……惑星滅亡装置(パンドラボックス)起動のためのエネルギー回収装置である。

 

………この世界の人々にそれを知らせたところで誰が幸せになれる?

 

 

その真実を知るのは、この世界で俺と万丈だけでいい。

 

だから、これでいいんだ。

 

「……わかったわ。そういうことなら、このボトルについてもう私たち以外に存在を知らせないほうがいい」

「!!」

 

 アンジェが思わぬ提案を口にする。

 

「"未来の兵器"なんてとんでもない力が、こんな片手で持てるほどに小さく在るだなんて、危険としか言いようがないから。」

「……そうだな。それにこちらの兎のほうも、桐生の戦い方を見れば、とても侮れるものではない。」

「遠めに見てもわかるくらいぴょんぴょん高く飛び回ってたもんなぁ……これのことを共和国軍にでも知られたら……なんて、考えたくもないよ」

「えぇ……あの巨大な怪物を、いとも容易く倒すことのできる力ですから。」

 

 酷く暗い面持ちで、プリンセスたち三人はアンジェの提案を支持する。

 

――そして、俺も。

 

「……そのことを伝えたくて、今日はここに来た。」

 

 四人の目が一斉に俺に向く。

 

「ボトルと、その力を解放させるビルドドライバーを始めとした装置、そして仮面ライダービルドの正体については……俺と万丈、そして君たちチーム白鳩の中だけの秘密にしたい」 

 

 立ち上がり、みんなに聞こえるよう、声を大きくして伝える。

 

「……頼む!」

 

 俺たちの持つ真実の全てを伝えることはできない。伝えるのは一部だけ。だからこそ、あの事件で俺のために動いてくれたチーム白鳩のみんなには"兵器"じゃない、"正義のヒーロー"としてビルドを解説したかった。

 

それが、俺からのこの子たちへの感謝の形とするために。

 

「……異議なし」

「右に同じく」

「当然、異議なんかないよ」

 

 みんなが口々に了承を示してくれる。

 

「私ももちろん、その提案に賛同致しますわ。

強い力はその使い方を誤れば、往々にして災いを起こす引き金となる……それは私どもも重々承知していますから。」

 

 最後に、プリンセスの言葉。

そこには"力"というものへの強い恐れの感情が含まれているように、聞こえた。

 

「……ありがとうございます!」

 

 頭を下げる。

 気持ちが、伝わってくれた。

 

 よかった……よかった……。

 

「あとでベアトにわたくしたちから説明するときに、改めてそのことを言っておきます。キリューさんの持つその力は、一国の運命すら動かすほどの物である、と。」

 

「あ……よろしくお願いします!」

 

「はい!」

 

 花が咲いたようなプリンセスの笑顔。

 

「……よし、じゃあ続きを頼むよ」

「珍しく乗り気じゃな、ドロシー」

「男が好きだからでしょ。あぁいやらしい」

「……ぶっ飛ばすぞ?」

 

 再び耳を俺に傾ける四人。

 

しっかりと、俺の意思がみんなに共有されたことを感じられた。

 

「じゃあ……説明を続けようか。」

 

「お願いします。」

 

 ドロシーとプリンセスが期待を込めた眼差しを送ってくる。それに答えるよう、俺はまた笑顔を向けた。

 

 

 

 

「――まず、ビルドの変身には、『ラビット』のような生物のボトルと、『タンク』のような非生物のボトル、それぞれ一本ずつが必要なんだ。」

「はい!!」

 

 ちせが大きく右手を挙げた。おぉ、なんだか学校っぽくなってきたな……

 

「はい、ちせ」

「あの時の戦いでは、確かその二本の他にももっと沢山の"ぼとる"を使っていたと思うのだが、あれらは一体どういう物なのだ?」

「あぁ、あれな!」

 

 そうそう。ボトルは何も"ラビット"と"タンク"だけではない。他にも沢山の種類がある。

 

「"ドラゴン"、"ロック"、"ロボット"、"ダイヤモンド"……そして"フェニックス"と"ゴリラボトル"。」

 

 カバンからのボトルを取り出してテーブルに並べる。

 

「実物があるほうが説明も分かりやすいと思ってな、持ってこれるだけ持ってきた」

「フェニックスって……あの、これはどういう?」

「あぁ、そのまんま不死鳥(フェニックス)のことですよ。」

「ゴリラが可愛く思えるわね」

「お、おい……キリュー」

「ん?」

「……ボトルってのは、これで全部か?」

「いや、ここにあるのも含めて……ボトルは全部で60本だ。」

「「「「……60本!?」」」」

 

 四人全員、血相を変えて俺を見る。

 

「こんなのが全部で……60本?」

「あぁ。生物と非生物でそれぞれ30本。合わせて60本だ。」

「……貴方、その中の一本でも盗まれたりしたら……」

「そこは問題ない。この"ロックフルボトル"の能力を使って、俺と万丈以外は開けられない箱に保管してある」

「あの時のように、この"ロックボトル"で変身して?」

「そう」

「……あ、それが『ボトルの換装による能力の交換』なのですね!」

「あれ、プリンセスご存じだったんですか?」

「えぇ、アンジェとちせさんからある程度は聞いてますから。」

「あたしも聞いてるよ。『生き物と物のボトルの二種類で変身して、それを状況と能力に応じて別のボトルに変えられる』んだろ?」

 

 そうそう!いやすごいなこの子たち……ほとんど自分たちでビルドの特性を理解してるなんて。

いや、スパイってメチャクチャ優秀じゃないと生き残れないもんな、これが当然なのか。

 

「……あれ?30本と30本ってことは、"900通り"の姿に変身できるってことじゃ……」

「「「!!」」」

「お、いいとこに気が付いたな!」

「な……お、お主、本当に900通りの姿に変身できるのか!?」

「あぁ。まぁ流石に全部のフォームに変身したことはないけど……」

 

 スパークリング缶やハザードトリガーについては……今は言わないほうがいいな。今日だけじゃ説明の収拾がつかなくなりそうだし。

 

「(ちせ……勝てるか?)」

「(この間までの私なら判らんが、替えのない、刀が一本しかない今の状態では……)」

「(ちょっとドロシー……!)」

「(想像するだけなら死にゃしないだろ!……お前だって内心考えてたんじゃないか?もしキリューを敵に回した場合、どう対処するかをさ)」

「(……二人とも、その話は後にしましょう?)」

「「(……わかった)」」

「……どうかしましたか?」

「いえ、何も。」

「……ならよかった。」

 

 …………まぁ何を密談してたのか、凡そ察しは付くけどな。

ここは俺が鈍いふりをしよう。俺から裏切らないって言ったところで安心する程度の心配なら、最初からしないだろうしな。

 

 力を持つってことは、恐れられることと不可分だ。

 世界が違ったって、それは同じなのだ。

 

「あ、そうそう!……もう一つ、ボトルの組み合わせについて説明したいことがあるんだ!」

「(急に機嫌よくなったなこいつ)」

「実は生物と非生物で……ボトルには相性がある」

 

 "ラビット"と"タンク"を拾い上げ、隣り合うよう置きなおす。

 

「相性、ですか?」

「ふぅん……なんか男と女みたいだな?」

「……はい!ここが面白いところなんですよプリンセス!」

「(へっ)」

「(ざまぁみなさい)」

「(こいつら……!)」

「で、一番相性のいいボトルの組み合わせのことを……」

 

 察しが付いたのか、ちせが(おもむろ)に声をあげた。

 

 

「俺は、"ベストマッチ"と呼んでいます」

 

 

Best match(ベストマッチ)……!」

 

 プリンセスが強く復唱する。

 

「はい!」

 

Best match(ベストマッチ)ですか……!」 

 

 そしてもう一度、その言葉を口にした。

 

「あ……やだ私ったらはしたない!ごめんなさいキリューさん、なんだかとてもいい言葉だったからつい……」

「いやぁ、俺も嬉しいですよ!俺も大好きですから。ベストマッチ!」

「まぁ……!ふふふっ!」

 

 自分の顔に笑みが綻ぶのを感じた。

俺たちにとっての特別な言葉が、ふるさとよりずっと遠く離れたこの場所で、一人の少女の笑顔を生んだことが、とても誇らしくて、嬉しかった。

 

「ねっアンジェ、ベストマッチなんですって!ベストマッチ!」

「そ、そうらしいわね……(こ、こんなとこで引っ付かないで!)」

「ふふふふふっ!」

 

 …………なんだかよくわからないが、プリンセスはいたくベストマッチを気に入られたようだ。

 

「あー……ごほん!」

「「!!」」

 

 ちせの咳払いで、姿勢を正し椅子に座りなおすプリンセスとアンジェ。普段もこんな感じでこの子たちは会話を弾ませているのだろうか。平和だねぇ。

 

「"べすとまっち"だと、具体的には何がいいのだ?」

「そうだな……双方のボトルの力を最大限に高め合ったり、バランスを保った安定性の高いフォームに変身することができるんだ。

 

 例えば……」

 

《ゴリラ!》

《ダイヤモンド!》

《――ベストマッチ!!》

 

「前者なら、この"ゴリラ"のパワーと"ダイヤモンド"の硬度がマッチした"ゴリラモンドフォーム"。」

 

「ふむ。」

 

《ドラゴン!》

《ロック!》

《――ベストマッチ!!》

 

「後者は、この暴走しやすく制御の難しい"ドラゴン"と高い制御能力を持つ"ロック"がマッチした"キードラゴンフォーム"がわかりやすいな。」

 

 おぉー、と感嘆の声が上がる。

 

「確かに……どっちもわかりやすく強そうな組み合わせだな」

「そして」

 

《ラビット!》

《タンク!》

《――ベストマッチ!!》

 

「これももちろん、ベストマッチだ!」

 

 最後に、俺の一番好きな組み合わせを装填し、ドライバーから手を離した。

 

「兎と未来の兵器もベストマッチ……と」

「能力が未知数な分こっちも相当だな」

「あ、言い忘れてたんだけど、どんな組み合わせがベストマッチなのかは、こうやってドライバーに装填して判別できる。……どう?」

「何がよ」

「凄いでしょ? 最っ高でしょ? 天っっっ才でしょ?」

「……はいはい」

 

 んだよノリ悪いなぁ……まぁアンジェはクールキャラだもんな。素はもうちょっと可愛げがありそうだけど。

 

「さて……」

「?」

 

 俺は彼女らに笑顔を向けながら、ビルドドライバーを再び手にした。

 

「アンジェとちせはもう見てるから知ってるだろうけど、ここで改めて見せようか。」

「……まさか」

「そのまさかだ。よく目に焼き付けてくれ。俺の……変身。」

 

 ピシっと、四人の顔が俺のほうに向く。

 

「(アンジェもちせもここだけは説明のしようがないっつってたけど……どんなトンデモが飛び出すんだ……?)」

「(変身……そう言うからには、きっと変装なんかよりもずっと凄い技術であの姿に変わるのね……)」

 

 それもそのはず、ここからが今日の本当のメインイベント。

俺も彼女たちも気の抜けないところだ。

だからこそ確実に、着実に、シークエンスを進める必要がある。

 

じゃ、行くぞ……

 

「まず、仮面ライダービルドに変身するのには、これをこう、しっかり密着させて装着する」

 

 鋭い機械音と共にへそ下に置いたドライバーのバックル部からベルトが射出され、ビルドドライバーは俺の肉体とリンクする。 

 

「!?」

「ここで驚いてたら後が保たんぞ」

「まぁ……そんなにすごいの?」

「えぇ。確実に二人の想像の遥か上を往くと思うから、そのつもりで」

「マジかよ……(初っ端からこんなとか聞いてないぞおい!?)」

 

 後のシークエンスのことも加味して、椅子から離れ部屋の広いところに移動する。

 

「そして変身に使うボトルを持って、上下に振る。」

 

 シャカシャカと、小気味良い音が部屋中に響く。

ここも地味に重要ポイントだ。その理由は……

 

「……なぜ振るのだ?」

「こうした方が変身した後に強い力を出せるんだよ」

「ほほぉ……」

「(いやどういう理屈だ……)」

 

 振り終わると、ボトルの栓を絵柄の見える前面にカチッと固定する。これで装填する準備は完了だ。

 

「(ちょっとやってみたいかも……)」

「(……って思ってる顔ね、アンジェったら。昔から音の出るオモチャが大好きだったものね)」

「そしてボトルを、ここの窪みに装填する」

 

《ラビット!》

《タンク!》

《――ベストマッチ!!》

 

 巨大な歯車に似た意匠のドライバー心臓部、"ボルテックチャージャー"が紅と青に発光し、ボトル識別音声と共に、工場機材の稼働音を意識した変身待機音声が鳴り響く。

 

「そしてレバーを、思いっきり回す!」

 

 回転による運動でドライバーがボトルの成分を活性化し解放。プラスチックのランナー状の装置、"スナップライドビルダーが俺の全身を囲むように展開され、

 

「…………!?」

 

「な……!?」

 

 その内部に"紅と青、二色の液体が充填される。

そして、それら液体は俺の前後でそれぞれビルドのハーフボディへと形成された。

 

「行くぞ……」

 

「「「「…………(ゴクリ」」」」

 

 敵を前にした気持ちで、体を横に。

 そして、腕を構えた。

 

「――変身!!」

 

 

 

《鋼のムーンサルト!"ラビットタンク"!! イェェエエエエイ!!!》

 

 

 体をちょいと左に傾け、左手を腰に添え、右手を"フレミング"に、物理学を前面にイメージした最っ高の決めポーズだ。

 そして"彼"への敬意と共に、この言葉を四人に贈る。

 

「これが仮面ライダービルド。"創る"、"形成する"って意味の……"ビルド"だ。以後、お見知り置きを。」

 

 久しぶりだったけど、ふっ、さっすが俺。完璧に決まったな……さて反応は……

 

 

 

 

 

 

「…………誰だ」

「ん?」

 

 始めに口を開いたのは、ドロシーだった。

 

 

 

「――そのベルトとボトル、どこの誰が発明した?」

 

 そして立ち上がり、とても涼しい顔で、そう訊いた。

 

 




ベアト「はぁ……まぁ流石にちょっと休憩を入れましょう。疲れちゃいましたよ、誰かさんのせいで」

万丈『悪ぃなぁホント……あ、紅茶に牛乳入れていいか?』

ベアト「ちょびっとだけですよ? 貴重品なんですから」

万丈「(紅茶の牛乳も満足に入れられねぇなんて……ヒメさんもビンボーなんだな。つーかこの国全体的に貧しすぎだろ……戦争中の東都の方がまだ飯のバリエ豊富だったぜ……あ、そうだよ!この国の奴らみんな腹いっぱいになれば、戦争も起きねぇんじゃねぇか!?)」

ベアト「(うぅ~……私から言い出したこととはいえ、ものすごく難敵ですよこの人!!
それになんでどこの馬の骨ともわからない日本の人が姫様とあんなにも親しげに………は!!こ、これって、もうすでにかなりまずい国際問題なのでは!?)」

万丈「(早くなんとかしねぇと!!)」

ベアト「(早くなんとかしないと!!)」


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2-⑤

  

 

 

 

 

「…………ドロシー?」

 

 昨日、豚汁を食べながら笑顔を見せていたドロシーは、ここにはいなかった。 

 

「何処の何奴(どいつ)が、"そんなもの"を作ったのかって訊いてんだよ」

 

 代わりにいたのは、見たこともない程に冷たく感情を殺した顔の彼女。

視線は鋭く、俺に向けられている。

 

「(……桐生、ドロシーを嫌ってくれるなよ。)」

「("ビルドドライバー"も"フルボトル"も、蒸気機関やケイバーライトとは全く異なる超技術……)」

「(なぜ今、その力をこの国に持ち込んでしまったのですか、キリューさん……)」

 

 他の三人は何も言わず、椅子に座ったまま俯く。

俺の位置からは、彼女たちの顔は見えなかった。

 

「(なんでベルトから服が生えてくる……なんでそんな力を持ってる……なんで、なんでそんな力があって……振りかざさないんだよ!!自分本位にならないんだよ!!……そこまで、優しい人間のままでいられるんだよ!!)」

 

 彼女の顔に、じわじわと怒りが染み込んでいくのが分かった。

自分で強く握りしめている彼女の手は、みるみる内に赤みを帯びていく。

 

 ……そうだ、なんで俺は考えなかったんだ。

 

 19世紀、この時代のこの国の人々にライダーシステムを開帳した『後に』、彼ら彼女らが抱くであろう『感情』を、どうして考えなかったんだ。

 

 自分の価値観では絶対に理解できない現象、法則、技術、思想、それらを目にしたとき、人は何を思う?

 

なんでそんなことをする。

なんでそんなルールを敷いた。

なんでそんなものが創れる。

なんでそんな発想ができる。

 

――そんなものがあるのに、どうして自分には……

 

 

そうだよ……『怒る』に、決まってるだろ。         

 

 

 

「答えるよ」

「!!」

 

 そうする他ない。

慎重に、誠実に答えるしかない。確かな真実を答えるしかない。

そうしないと、この子は納得できない。

 

 今、真実を伝えることだけが、この子のために、俺ができることだ。

 

 

 

 

「──このドライバーを創ったのは、俺だ。」

 

 ドロシーの目が見開く。

 

「やっぱり……」

「なんだ、わかってたのか」

「万丈くんの翻訳機、あれだけの物を造れるならもしかして……って」

「……そうか」

 

 アンジェは数秒ほど俺を見つめたあと、またすぐ、視線をテーブルに戻した。

 

「……ボトルは? ボトルは誰が造った」

 

 ドロシーは目を細め、ボトルを指差し問い叫ぶ。

 

「ボトルについては分からない。……ある人から、託されたんだ」

「…………そ。」

 

 これは真実だ。

俺たちの地球に"持ち込んだ奴"なら知っているが、創った者については今や知るすべがなかった。

 

「――なら誰に託された」

「このドライバーの、設計者だ」

「設計者……? 今あんたそれを自分で造ったって言っただろ」

「設計図から実物を創り、機能を拡張させたのは俺だ。……設計図も、ボトルと一緒にその人から託された」

 

ドライバーに触れる。

 

「――ドライバーの設計者は、俺の父親だ。」

 

 その言葉を口にした瞬間、四人の視線が、一斉に俺に向いた。

 

「あんたの……父親?」

「そうだ。父さんこそが、ビルドの正式な装着者だった。俺はそれを受け継いだだけだ」

「受け継いだって……そんなものを息子にやって、あんたの父親は今何してるんだよ!?」

「…………」

 

 ドライバーを指さしながら、ドロシーは叫ぶ。その声はさっきまでの物とは比べるまでもないほどに感情的だった。 

 

 ……真実だけが、この子のためになる。

 

「死んだ」

「!!!」

「俺の目の前で……ビルドを託して、死んだ」

 

 

『巧……また背、伸びたか?』

 

 

「……………そうか」

 

 ドロシーは視線を一度左右に揺らし、唇をきゅっと締めて俯く。そしてそのまま、ゆっくりと席に着いた。

 

「…………ごめん」

「ドロシー?」

「あたしからはもう、訊くことはない…………答えてくれて、ありがとうな………」

「…………本当にもういいのか?」

「……あぁ。

変なこと訊いて悪かった。」

 

 それっきり、ドロシーは口を開かなかった。

 

「……なら」

 

 ドロシーとは違う方向から、声。

 

「貴方の父親は、何のためにそのベルトを設計したの?」 

 

 アンジェは、俺の心の奥の奥まで覗き込もうとするように、とても強い眼差しでこちらを見ていた。

 

「マスクメイカーのような怪物と戦うため……ではないでしょう?」

 

 訂正したかったが、そこで自分を制する。

全ての真実を話すことはしないと、さっき俺が自分で決めたことだろう。

 

「ベルトを託された貴方は彼のことを何も知らなかった。もし知っていたのなら、貴方の性格上私たちに彼について何かしら警告をしていたはずだし、そうでなくとも私たちが接触する前にBUILDとして彼を倒した。……だから怪物退治がその力を行使する真の目的だとは考えづらい」

「……その通りだ。」

 

 本当に知っていたら、どんなによかったか。

 

「よく理解してるんだな、俺のこと」

「理解なんてしてないわ。事実を述べただけ」

 

 『もしショーンの存在を知っていたら』、店長に大けがを負わせたりアンジェ達チーム白鳩を戦いに巻き込むこともなかったかもしれない。

……いや、そんな仮定は無意味か。俺の人生に、後悔に使えるような無駄な時間はないのだから。

 

「……答えて。」

 

 アンジェの視線がより強まる。俺の顔を刺し貫くように、それは鋭く尖っていた。

 

「これは……」

 

 アンジェが期待している答えを、俺は既に確信している。

彼女たちの住むこの世界、この国、アルビオン。ここが何をして繁栄した?

 

戦争だ。

 

戦争による数多の国の植民地化、その国々の人や文化の吸収、それによる繁栄。

なぜ繁栄できた?

 

軍事力があったからだ。

 

"空中艦隊"という、この世界のあらゆる国のそれを凌駕した圧倒的な力。

 

つまりは――。

 

「"兵器"として創られた……そう言いたいんだろ?」

「えぇ。」

 

 確信は悲哀に変わる。

 

「それしか考えられない。」

「……!!」

 

 咄嗟に否定しようと口が動きかけたが、声を出せなかった。

 

この国にスマッシュはいない。

この国に他のライダーはいない。

 

この国に――、

 

 

 

『お前が全ての元凶なんだよ。お前がライダーシステムを創らなければ、仮面ライダーにならなければ、こんな悲劇は生まれなかったんだァ!

お前は……俺に作られた、偽りのヒーローだったんだよォ!!』

 

 

 

――あいつは、いない。

 

 

 俺は、この国の人たちに、自分が兵器でないとどうやって言い切ればいいんだ……。

 

 

 

 

「……ねぇキリューさん、貴方とバンジョーさんは、一体どこの国からいらしたのですか?」

 

 沈黙を保っていたプリンセスが、俺に問いかけてくる。猫に袋小路へと追い詰められた鼠の情景が、ふと脳裏に浮かんだ。

 

「……な、日本に決まってるじゃないですか!!ほら名前も見た目も……」

 

 言ってる途中で今の自分が変身してることに気付き、変身を解く。

そしてアンジェに向けて腹を見せるように両手を広げた。

 

「俺、どこからどう見ても日本人でしょう?」

「……どこがよ」

「え?」

「貴方の一体どこが、日本人だというの?」

 

 アンジェは、先ほどのドロシーよりもすっと冷たい声でそう言い放った。

 

「……どういう意味だよ」

「貴方たちは話し方もふるまいも、それにここでの暮らし方もただの日本人よりずっと、"私たち"に近いのよ。」

「…………!!」

 

 ドロシーとプリンセスは、目を閉じ俯いている。

 

 この時代は、19世紀。

俺たちが生きていたのは、21世紀。

 

俺たちは、この世界では日本人らしくない……そう言いたいのか。

 

「それは私もずっと感じていた」

「!?」

 

 な……そんな、ちせまで……

 

「桐生……私個人としては、ちゃんとお主のことを日本人として見ておる。

……でもな、お主を日本人として見れば見るほどなんというか……とても違和感を覚えるのだ」

「……なんだよ違和感って」

「見方じゃ」

「……見方?」

 

 ちせは頷き、言葉を続ける。

 

「この国の見方が、私や堀河公、他の使節たちとはまるで違う。我らはこの国に来てからずっとその技術力や景観の異様さに恐れ慄くばかりじゃった。……だがお主や万丈はどうだ? まるで京や東京を観光しているかのような目で、ずっとこの国を見ていたではないか!」

「……!!」

 

――――――――――――――――――――――

 

「おい戦兎!あのデッカイ時計、なんて名前だ?」

「ビッグ・ベンだよビッグ・ベン。全くそれくらい覚えときなさいよ恥ずかしい……」

 

――――――――――――――――――――――

 

「…………」

 

 ちせに大使館へお呼ばれしたあの日のワンシーンを思い出す。

 

「それに何より……今の日本国にその"びるどどらいばぁ"などを造れるような職人がいるなど聞いたこともない。お主の父親というからには、その者はまだ徳川幕府が健在だった頃に生きていた年代のはず……やはりあり得ぬ。そのどらいばぁの御伽噺のような力を理解し、操れる技術者など、到底輩出できたはずがない……」

 

 ……なんてことだ。

 

「……お主らは、本当に日本で生まれ育ったのか?」

 

 まずい、このままじゃ

 

 俺たちの、正体が――

 

 

 

 

 

 

「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 突然、窓の外から悲鳴が聞こえる。

ガタガタと音を立てながら俺を含む部屋にいた全員が声のした方へと走った。

 

「おいなんだ今のは!?」

「……! 皆、あれじゃ!!」

「!!!!」

 

 異変にいち早く気付いたちせが、声を上ずらせてそれを指す。

 

[nz:qc``]

[2{lyprq``]

[b\p heb\p]

「いや、いやぁああああああああああ!!!」

「来ないで……来ないでよぉおお!!」

「あ、いや、誰かぁああああああああ!!」

 

 そこには、濃いワインブラウンの髪に白薔薇のブローチの少女と彼女に縋るように抱きついているお団子とツインテールの二人の少女。

 そして三人に首を捻るように動しながらよろよろと老人めいた足取りで近づく、三体の黒光りしている謎の怪人がいた。

 

 そいつらは顎のハサミをギチギチと鳴らしながら、ゆっくりと、しかし着実に少女たちに近づいている。

 

[4jc4]

[4ic4]

[4ictu]

[4iex 6t3xyf4itzqzwezwq]

 

「あの色……まさか」

 

 あの時の、ショーンの纏っていた鎧と同じ……

 

「ひっ」

 突然、隣で見ていたプリンセスが、小さく叫ぶ。

 

 

 彼女の視線の先を見れば、怪物たちの後ろに赤い水溜りが……この学校の衛兵だった人が息もなく横たわっていた 

 

「……!!」

「待て!」

 

 窓から飛び出そうとするアンジェを抑える。

 

「何するの!!」

「俺が行く!!君はみんなを守れ……変身!!」

 

《ラビットタンク!》

 

「……あ!」

 

 俺は彼女の代わりに窓から飛び降り、蠢くそいつらの元へと向かって疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2-⑥

「……―――ハァアアアッ!!」

 

 "ラビットボトル"の特性の一つ、瞬発力を最大限に発揮。三体の怪人へ向け疾走する。

 接敵する直前の瞬間、『ドリルクラッシャー』を創造し、物質化されきったタイミングで真ん中の一体を攻撃する。

 

[h``3z11]

 

 怪人は倒れ伏し、ギュイギュイと耳障りな声を上げた。

 

「(……こいつらは一体……)」

 

 間近でよく見ると"、蟻"の頭部に目隠しされた人間の顔を象ったマスクを嵌め込んだように見える顔面、黒光りする肢体、肩からは昆虫の触覚のような物が伸びており、さらには全身には有刺鉄線を巻き付けていた。……嫌悪感でダイレクトに嘔吐中枢を刺激してくるデザインをしている。

 

 ……そして全体のカラーリングは本の数日前に見た"彼"のそれに、とてもよく似ている。

 

「(ショーン……なのか?

いや違う、彼は単独犯だった。それにこんな真っ昼間に堂々と開けた場所で行動するタイプじゃなかった)」

 

……なら、こいつらは何者だ?

 

「いや、考えるのは後だ」

 

 意識を目の前の敵に戻す。

 

 三体とも完全に女生徒たちを無視し、体をこちらに向けて俺に注意している。

 

「……早く逃げろ!!」

「ひ、ひぃいいいい!」

 

 三体をこちらに引き付けている間に、女生徒の一人に声をかけて戦闘区域から逃がす。

 それを見た一体が追おうとしたが、そこにクラッシャーで牽制、注意を反らさせないようドリル部を回転させ思いっきり殴り付ける。

 

「行かせるかよ!!」

 

 衝撃で倒れた一体を立ち上がらせないよう踏みつけながら、飛びきってきた残り二体もドリルの回転で薙ぎ払う。火花が散るのに混じって黒い煙が蟻怪人の鎧のような皮膚から噴出した。

 

「……よし、逃げてくれたみたい──」

[uyuyq``bez]

[b\dw7.]

[2``ab\dw7.]

「だ……うおっ!?」

 

 女生徒たちが逃げ切ったのを確認しようと蟻怪人たちから目を離した一瞬の間に、踏みつけていた方の足が突然、地面に沈んだ。

 

「うおぉ!?」

 

 片足だけ落とし穴に嵌まってしまったような感覚。沈んだ足の方を見れば、そこにはマンホールほどの直径の穴があって、足はそこに嵌まっていた。

 いやそんなことよりも……踏みつけていたはずの蟻怪人がいない!

 

「……まさか!!」

[bzaq``]

「!!」

 

 カラクリを理解した刹那、鈍い破砕音と共に件の蟻怪人が地中から飛びかかってきた。

 

「ぐッ!」

[f7eu]

 

 なんとか、間一髪て敵の拳撃を避ける。

くそ、危なかったな……

 

「そりゃ地面も潜れるよな……蟻だもんなッ!」

[h``g``7]

 

 隙を突いて素早く、ドリルクラッシャーを斬りつける。さらにドリル部をフル回転させ、蟻怪人の鎧を掘削、敵は金切り声のような悲鳴を上げる。

 

《タンク!》──《Ready go!!》

「───はぁあああッ!!」

《ボルテックブレイク!!》

 

 その勢いのまま、タンクボトルをドライバーから外し、クラッシャーに装填。『戦車』の突進力と砲弾の破壊力が籠った突きの一撃を食らわせる。

 

[h``g``7\\\\\\\\\!!!]

 

 爆散。眼前を炎が覆う。

それが晴れると、蟻怪人が立っていた場所から黒い煙が立ち上っていた。

 

「これもあの時と同じ……うおッ!」

 

 ショーンだった巨大カマキリが消滅した時の光景がよぎったが、すぐに残る二体が攻撃を仕掛けてきた。

 

「考えてる時間もくれない、か……――ハアッ!!」

 

 ドリルクラッシャーをガンモードに変形、俺は行動を牽制しつつ二体の蟻怪人に向け飛び掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--ベアト視点--

 

「姫様ぁーーっ!!」

 

 ものすごい悲鳴を聞きつけて、私はすぐさま姫様のもとへと走りました。

 声のした方は窓の外……でも姫様に危険が迫っていないとは限らない。そう思ったら、私の足は勝手に動いていたのです。

 

「姫様!」

 

 扉を開け、姫様のお姿を探します。

 

「ベアト」

 

 姫様です!

 窓の外に顔を向けていたのでしょうか、振り返るように姫様は私に目を向けてくださいました!

 

「あぁ良かった…………! ご無事でしたか!」

「えぇ、私はなんとも」

 

 ……お部屋からも危険な雰囲気は感じられません!

とりあえずは大丈夫そうです!……あれ?だとすると……

 

「あの、さっきの悲鳴は一体……」

「あそこからよ」

 

 疑問を口にすると、隣にいたアンジェさんが窓の外を指さしてくれました。

 

「ありがとうございます」

 

 場所を譲ってもらい、その方向を注視しました。すると、

 

「――ハアァーーッ!!」

 

 そこでは、紅と青の縞模様の怪人が、別の黒い虫みたいな二体の怪人と戦っているところでした。

 

「あ……あの人って!」

 

 あの時ちらりと見えた……

そうです、『ストライプ』です!!

 

「……あ、そういやベアトはまだ見てなかったっけか、キリューの変身。」

「え……」

「キリューだよ、あそこで戦ってるのは」

 

 そんな……じゃあまさか、

あの、KAMENRIDER BUILDのことは……

 

「アンジェさんが言ってたことは、本当だったんですか!?」

「当たり前でしょう」

「(いや説得力ねーぞ黒蜥蜴星人)」

 

 ストライプ……じゃなかった、BUILDの方をまた見ます。

 

ファンタジーのような見た目なのに、彼から発されるのは、ありふれた金属同士の打撃音。

しかし時折、紅い兎さんや青い砲台のような(!?)蜃気楼が浮かんでは消えたりと、繰り出されるのはまるでファンタジーのような攻撃。

 

目の前で繰り広げられるその光景は確かに現実、そのはずなのに。

 

「す……すごすぎる……」

 

 とてもキラキラしてて、幻想的だったのです。

 

「……!」

 

 ……って、なにを見とれているんですかわたしは!!

まずいでしょう!これだけの力が一個人の手でいいようにされているだなんて!!

 

「……うぅ」

 

 ちょっと、羨ましいと思ってしまいました。

私のような弱い女の子でも、あの力があればもっと姫様を……

 

 いや、いやいや、それは違うでしょうベアトリス。

無い物ねだりなんてするだけ損です。そういうのは、今持ってる能力を最大限活かせるようになってからでしょう

 

……でも、

 

あれだけの技術を自由自在に駆使してしまうキリューさんは、一体何者なのでしょうか。

 

そんな疑問がふと頭に浮かんだ、次の瞬間

 

「――ぴゃああああぁああ!?」

 

 ドカン!!と、

 

 戦っていた怪人さんの一人が、キリューさんの放った銃?弾に撃ち抜かれて……ば、爆発しちゃいました!!

爆風でみんなの前髪がぶあっとめくれ上がっておでこも丸見えです。とっさに姫様に覆いかぶさります。

 

「おいおい……やつら、爆弾でも隠し持ってたのか?」

「爆弾というよりは、内部が高圧になりすぎた蒸気機関が爆発するのと似ているような……」

「どっちみち危険だわ。

……ここも、あまり安全とは言えないわね」

「そうね。でも私たちは──」

 

 姫様の続く言葉を遮るように、ドアの開く音が強く響きました。

 

『──あんた達そんなとこでなにやってんだよ!?』

「わ!? バ、バンジョーさん!?」

『ここも危ねーぞ、早く逃げろ!』

 

 あわわ、そういえば置いてけぼりにしてしまっていました……。

う、ずかずかとこちらに歩み寄ってきます。

とてもお顔が怖いです。怒ってます。

 

「バンジョーさん、お気持ちは嬉しいのですが、申し訳ございません。私たちは今、ここから離れる訳にはいかないのです」

「……あん?」

 

 眉をひそめて私たちを見つめるバンジョーさん。

なんでこの人はこんなに怒って……

 

『……なら仕方ねえ、俺もここに残る』

 

 て、あ、ちょ、ちょっとぉ!?

なにを勝手に姫様の隣に!?なんてことを!!

 

「そんな、バンジョーさんだけでも安全なところに!」

『おいおい、女置いて一人で逃げられるわけねーだろ。これでも腕っぷしには自信あんだ。なんかあってもあんた達を守ってやれるからよ』

「ま、守るって……!!

余計なお世話です! 自分の身くらい自分で守れます!!」

 

 この人は何を勝手な!

私たちはスパイなんです!

ボクシングのチャンピオンだからって、思い上がりも甚だしいです!

 

『そうは言うけどよ、リス子、じゃああの黒いのとお前らだけで正面切って戦えんのか?』

「もちろん戦え──」

「難しいであろうな」

「ちせさん!?」

 

 な、なんであなたがこの人の味方を!?

 

「地面に潜ったり、奇怪な動きで間合いも読みにくいと中々てこずりそうじゃ。それに、今は一体だけとはいえ最初は三人もいたしな。……もしかしたらまだ他に仲間がいるやもしれぬ。

無傷で倒しきれるとは、思えぬな」

「う……」

 

 戦闘のプロが言うとものすごく説得力が……

 

「で、でもアンジェさんと一緒なら!」

「できないわ」

「えぇ!?」

 

 そ、そんなぁ!!

 

「戦えるかどうか考える前に、私たちはスパイなのよ。こんな日の出てる内に開けた場所で戦うなんて、リスクが大きすぎる。

それに、私たちが出しゃばらなくても十分戦える人がいるのだから、むざむざ姿を曝す必要もない」

「うぅ……」

「ベアト、目的を見失わないで」

 

 そう私に注意アンジェさんはずっと、戦っているキリューさんから目を離していませんでした。

 

「守ってくれるったって……あんたも私らと同じ生身の人間だろ?随分な自信だな」

 

 ドロシーさんが腕を組ながら、バンジョーさんの発言に指摘します。

そういえば確かに……

 

『ったりめーだろ! こえ見えて俺も──』

「!……みんな、外を見て!!」

「あ、おい!!」

 

 アンジェさんの声に、私たちはすぐに窓の外へと視界を合わせました。

そこでは……

 

《Ready go!!》

《ボルテックフィニッシュ!!イエェェイ!!》

「ハァーーーッ!!」

 

 何故か巨大な放物線が出現していて、怪人を捕まえており、キリューさんが破線の上を滑りながらそれに蹴りを食らわせるという……あまりにも予想外過ぎる光景が繰り広げられていたのです!!

 

「……えぇぇ……?」

 

 爆発。お庭の剥げが、また一つ増えてしまいました。

 

どんな法則が働いたら何もないところからあんな大きな放物線を出せるのか……気になって気になって仕方ない気持ちを圧し殺して、キリューさん観察を続けます。

 

「お、片付いたみたいだな」

 

 まるでこの一連の流れを見慣れているかのように、バンジョーさんは独り言。

 ま、まさか今みたいなことを何度もやってんですか……!?いやまさかそんな……

 

「──動くな!!」

「「「「「!?」」」」」

 

 な……え、衛兵さんです! たくさんの衛兵さんたちが、キリューさんに銃口を向けながら包囲していました!!

 

「……戦──!!」

「待って!」

「なんだよ!」

「彼の関係者だとわかれば、貴方も危険です!

まだ、動いてはいけません」

「あ……悪い」

 

 飛び出そうとするバンジョーさんを姫様が止めます。

 

 バンジョーさん……大事な人が大変な時に駆けつけたい気持ちはよくわかります。でも今はダメなんです。キリューさんとの関係は、姫様と私たちにはとっても致命的だから。

 

「おいおい、今さらノコノコやって来てやることがこれか?」

「……まずいわね。下手をしたら彼の力が王国に……」

「むぅ……派手に暴れていたせいか、かなり警戒されておるな」

 

 キリューさんは身動ぎせずに、両手を頭の上に乗せます。

 

「あのー……」

「……なんだ!?」

 

 おもむろに口を開くキリューさん。衛兵さんたちが銃を構え直します。

ちょ、ちょっと!?この状況で一体何を……

 

 

「さっき女の子が三人、ここから逃げてきたと思うんですけど……無事ですかね?」

 

 

 …………はい?

 

「はぁ!?バカかあいつ!?」

 

 ドロシーさんが本気で驚いてます。

無理もありません。私だって同じ気持ちです!!

 

「どういう神経してるのよ……!!」

 

 ほら、アンジェさんだってぷんぷんです!

一体何を考えて……!

 

「くく!……お、お主がそれを言うか!」

 

 ……ってあれ? ちせさん?

 

「……どういう意味よ?」

「ん? まさか自覚がなかったか? 」

「えぇ、この子ったらそうなんですよ」

「な……プリンセスあなた!!」

 

 な、なな、姫様まで!?

 

「うーん、筋金入りとはこのことか」

「そっくりですよねぇ」

 

 ひ、姫様!?何をちせさんと通じ合ってるんですかぁ!?

 

「(キリューさん……貴方もアンジェと同じ、自分じゃない誰かのためにその身を投げ出せるのですね)」

 

 うぅ……なんだか仲間外れにされてるような……私ってなんだかいつもこんな役回りのような……

 

「……ま、そんなもんだよな。アイツの印象って」

 

 バンジョーさんまでどこか訳知り顔で独り言を呟いてます。日本語なのでまだ完璧には分かりませんが、少なくとも絶対キリューさんのことを言っていました。

 

 

「(……おい、ヤツは誰のことを言っている!?)」

「(お、恐らくですが……ギャビストン家のお嬢さんとそのご友人のことかと……先ほど保護されているのを確認しました)」

 

 む、衛兵さんたちも戸惑ってますね。

アンジェさんから習った読唇術に依ると……あ、リリさんたちも巻き込まれてたんですね。あんなのに襲われて大丈夫でしょうか……

 

「あのー、ケガとかしてませんでしたー?」

「 黙れ!! その女生徒たちは無事保護されている!!」

「あ、ホントですか!?良かったぁ~!」

「だから大人しくこちらに……」

 

 あ、この流れはまず……!

 

「あ、じゃあ俺もう帰りますんで」

 

 そう言った次の瞬間、キリューさんはこの校舎よりも高く空へと跳び上がりました。

 

「「「「………………?」」」」

 

 え………………?

 

「に」

「「逃げたぁあ!?」」

 

 う、嘘でしょう!?

 

「なんで立ったままの姿勢で!?」

『あいつ囲まれた時からめっちゃちょっとずつ膝曲げてたぞ』

「あ、なるほ……なんでわかるんですかぁ!?」

 

 ていうか膝曲げただけじゃ絶対あんな高く跳べないでしょう!?

 

(ラビット)……ここまでできるのね」

 

 冷静に分析してる場合ですかアンジェさん!?

 

「クソ!! ヤツはどこに行った!!」

「方角は校舎の裏手です!!」

「チィッ! 三班に別れる!! 手分けして捜せ!!」

「「「了解!!」」」

 

「……方法はともかく、今のは大分ベストな切り抜け方だったと思うが……さて、キリューはどうするかね」

「あまり問題はないのではないか?

桐生……"びるど"なら、追っ手から逃れる術くらい百や二百は心得ていそうじゃ」

「ま、だよな」

 

 あ、そういえばあの紅と青の姿だけではないんでしたっけ。

 

 多種多様な色の小瓶をベルトに入れて、小瓶ごとに決められた能力を使えるって……あ、テーブルにあるあれらがそうでしょうか。……あんな小さいのに、すごい技術ですね。とても興味深ければ深いです。

 

 改めて考えると、なんだかとんでもない人と知り合っちゃいましたね私たち……

 

 あ、姫様たちが何やら作戦会議でしょうか。バンジョーさんに聞こえないようにこっそり話し合っています。

 

「(これではもう、彼もこの部屋には戻ってこれませんし、私たちも彼の行方がわかりませんね……)」

「(ある意味、私たちからも逃げたことになるわね)」

 

 意味深なアンジェさんの言葉に、四人は静まり返ります。

 

「(ちょっと!そんな言い方は……)」

「(でも事実よ)」

 

 姫様の声を遮るように、アンジェさんは声を大にします。

 

「(…………それは)」

「(ドロシーの質問も私の質問も、私たちのこれからのためにも絶対に必要だった。……たとえ彼も苦しめてでもね)」

「(あいつは苦しいから逃げたって?

……それをあたしらが糾弾すんのは筋違いだろ)」

「(それはわかってる。私が言いたいのは、今日のやり方では不十分だったってことよ)」

「(それは……まぁ、確かに)」

「(目標の半分も聞き出せなかったからな)」

 

 そうです。バンジョーさんの相手をする私以外のみなさんの今日の目的は、『桐生戦兎の素性と、彼の持つ力の正体を明かすこと』でした。

 

……結果は芳しくなさそうですね。

 

「(ま、今日が最後のチャンスってわけじゃないからさ。今度のパーティーでも会えるしな……気長にいこうぜ)」

「(……そうね)」

 

 女王陛下主宰のパーティー、正直言ってとても不安でしょうがないです。バンジョーさんについては最低限言葉遣いさえなんとかすればいいとしても、問題は……

 

「(でも今は彼のことよりも、あの怪人たちについてよ)」

 

 そう、突然現れたあの怪人たち。

 

「(一体、何が目的でうちの生徒さんを襲っていたのでしょうか……)」

 

 まるで何もわかりません。

 

「(殺し……にしては動きが堂々としすぎだったよな)」

「(アンジェよ……そういえば、似てなかったか?)」

「(あの巨大カマキリ、そうね。色合いとか似てたわ)」

「(マスクメイカーの事件と何か関係が……?)」

「(その可能性は高いわね)」

 

 怪人たちについては、まずはその線で調べることとなりました。

 

 ……見えないところで何か重大なことが動き出しているような、そんな朧気な不安が胸の奥で広がるのを感じます。

 

 大丈夫……ですよね?

 

 何かとんでもないことに巻き込まれているとか……ないですよね?

 

 私たちは……今……どこに……

 

 

 

 

『しゃーねぇ、俺も帰るか』

 

 ……あ!

そうでしたバンジョーさん!この人はどうやっ……あ、荷物をまとめてますね。もう準備万端みたいです

 

『バタバタしてる隙にこっから出ねぇと、なんか取り調べとかされそうだしよ。それに戦兎も心配だしな』

「そうね、その方がいい」

 

 アンジェさんがぶっきらぼうに答えます。

なんだか少しお疲れでしょうか、声に元気がありませんね

 

『今日はありがとなぁ、リス子』

「え……あ、はい!!」

 

 わ、びっくりしました!

まさか声を掛けられるとは思いませんでした……

 

『パーティーは俺なりにちゃんと気を付けるけど、多分なんかやらかすかもしんねぇ。そん時は思い切りド突いて注意してくれよ。その方が覚えられる』

「は、はい!! わかりました!!」

『おう!頼むな!』

 

 い、意気込みすごいですね……なんとかしなきゃってちょっと心配でしたけど、本人がやる気十分なら大丈夫かなぁ……あ、ちょ、勝手に頭撫でないでくださいよ!

 

『あー、それと……帰る前にあんたたちに言っとくことがある』

 

 チーム全員の視線がバンジョーさんに向かいます。

なにか伝言があるのでしょうか。

 

バンジョーさんの口が開きます。

 

『色々戦兎のことで理解できねーことがいっぱいあると思うけどよ、これだけは言っとく』

 

 体を正面に向け、彼はこう言いました。

 

『あいつは金とか誉められたいからって理由で戦ってるんじゃねぇ。心の底から、本気で、誰かを助けるためだけに"仮面ライダー"やってんだ。』

 

 開けっぱなしの窓から、風が、部屋を満たすように吹きました。

 

「KAMEN RIDER……?」

 

「あぁ。愛と平和を胸に戦う、正義のヒーローさ」

 

 正義の……ヒーロー……? キリューさんが?

 

『それだけは覚えててくれ』

「正義……?」

 

 アンジェさんが、バンジョーさんにすがるように問いかけます。

 

「彼の正義って……なによ?」

『うーん……強いて言やぁ、バカでもわかる当たり前のこと、か?……まぁいつかわかんだろ。じゃ、またな』

「あ……!?待っ」

 

 ドアが閉まります。

 

「なんなのよ……一体」

 

 さっきの爆発のせいでしょうか、窓から煙が風に流れてきます。

 

 それは少し焦げ臭くて、目が痛くて……

 

 

 

 彼は、一体……




VCINEXT、仮面ライダークローズ観てきました。
劇場で観るアクションシーンはやはり最高ですね。

クローズエボルもキルバスもモチーフの要素をふんだんに取り込んだ攻撃が見事でとても自分好みのライダーで素晴らしいと思います。

あ、実はこの作品の時系列は本編最終回とFOREVERの中間に設定しています。

あのボトルやアイテムが復活していた理由とか……とってもドラマになりそうだなぁ


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2-⑦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クイーンズ・メイフェア校での戦いの後、俺をとっ捕まえようと追ってきた衛兵たちから地面に潜ったり屋根の上を走ったりとあの手この手で逃げまくり、ようやく店に帰ってきた俺は、いつものように飯の買い出しを済ませて"本"の執筆に勤しんでいた。

 

「――たっだいまー」

「おう、お帰り」

 

 玄関の方から扉の軋む音がしている。万丈が帰ってきたようだ。

ドカドカと大股で歩いてきた万丈はそのまま俺の座る席のテーブルの上を覗き込んできた。

 

「お、早速書いてんのか。紙とか足りてんのか?」

「モーマンタイ。あ、悪いなボトル持って帰ってきてくれたのか」

 

 ペンを置き、万丈がテーブルの上におもむろに置いたバッグの中身を確認する。

今日あそこに持っていったものは全て無事に入っていた。

 

「……なぁ、あれ何だったんだろうな、あの黒いの」

 

 ボトルを整理していると、横から万丈がボソッと問いかけてきた。

当然の疑問だろう。俺だって知りたい。

……そうだな、現時点での俺の所感くらいはこいつと共有しておこう。

 

「ショーンの鎌や、あのデカいカマキリと似た雰囲気は感じた。」

「あー、確かに」

「でも雰囲気だけだ。

アイツらにも自我はあるようだったけど、ショーンと違って人間の言葉を最後まで発さなかったな。」

「めちゃくちゃバカってことか」

「ところがそうでもねえ」

「おん?」

「土に潜って奇襲を仕掛けたり、こっちの隙を突いた攻撃をしてきたり、結構闘い方が理にかなってた。

ても全体的な動きに知性は感じられなかったから、動物的な本能でやってたのかもしれねえ」

「あー、雑魚スマッシュみてえなもんか」

「大体そんな感じだった」

「……っし!」

 

 珍しく的を射たことを言えてドヤる万丈を眺めながら、またあの蟻怪人たちについて考える。

 

 誘拐か、殺人か……

結局アイツらは何をしに来た……?

 

 あの三人の女生徒の中の誰か、又は複数人を狙っていたか。

はたまた誰でもよかったのか。

 

 ……ダメだ、まだ情報が足りねえ

これは一旦保留し

 

「あ、そうそうヒメさんたちがよ」

「あぁ!」

 

 ヤベェ完全に頭から抜け落ちてた!

 

「あぁー……どうしようこれ」

 

 悲鳴が聞こえて会話が止まってからすぐに戦闘で、そのまま直帰したから何も答えられてねえ!

絶対逃げたと思われてるよこれ……次会った時になんて言えば……

 

「おいどうしたんだよ」

「いやまぁ……俺たちはどっから来たんだって、ガチの質問されてさ……それに答えられなくてうやむやになっちまってる」

「へぇー」

 

 万丈は気の抜けた声を発しながら脇の下を掻いている。

……のんきしてる場合じゃねーぞおい!

 

「……なんか問題あるか?それ」

「はぁ!?」

 

 いやどっからどう見ても大問題でしょうが!

 

「お前状況分かってんのか!?

俺たちの正体が、ライダーシステムの真実がこの国のヤツにバレたら、どうなるか分かってんのか!?」

「わァってるよ!!」

 

 俺の言ったことに、万丈は殴るように答える。

 

「そりゃあんな変なデケェ飛行船やら、あとあのシーボール……だっけ?あんなのを創ってるようなヤツらに知られたら問題だってのは分かる。この国、色んなとこに戦争吹っ掛けられるくれぇ強ぇみてぇだし、下手したら"難波"よりヤベェこと考えてるヤツがいるかもしれねぇ。……でもよ」

 

 肩に、万丈の手が乗る。

 

「ヒメさんやリス子は……あいつらは絶対、そんなんじゃねぇだろ」

 

 ――ハッ、と気付く。

 

 

 

 

『本当の嘘つきは、自分の事を嘘つきだなんて言わない。……だってそうだろ?嘘つきが嘘になるんだから、つまりそいつは正直者ってことだ』

『……つまらない言葉遊びだわ』

『でもホントのことだろ?』

『……俺は君を、君たちを信用する。これはその証拠だ』

 

 

 

「くそ……」

 

 ――俺は、

 

「信じるって言ったくせに、全然信じきれてねぇじゃねぇか……!!」

 

 なんて傲慢。

 なんて恥知らず。

 

「信じてくれなんて、どうして平気な顔で言えたんだ……!」

 

 こんな体たらくで、どうして俺は愛と平和を語れるのだろう。

正義のヒーロー、仮面ライダーを名乗れるのだろう。

 

「最低だ……俺」

「それはちげぇぞ」

 

 え、と。声のした方を見上げる。

 

 万丈は立ち上がって、俺を見つめていた。

 

「今お前があいつらのことを心の底から信じられねぇってのは、何も間違ってねぇ」

「……それって、何が」

「お前が最初にあいつらを信じられるって思えたのは、なんでだ?」

「それは……」 

 

 始めてアンジェと出会った夜と、その次の朝を思い出す。

 

 アンジェは俺を、俺たちを――

 

「守るって、言ってくれたからだ。」

 

 それがなんだか……嬉しかったからだ。

 

「ならよ、今お前が信じてんのは"その"アンジェってわけだろ?

そんで、お前が信じられねぇのはそうじゃねぇ"俺たちのことを暴こうとする"アンジェだ」

「……どういう理屈だよ。どっちも同じアンジェだろ」

「ちげーって!」

 

 万丈がしゃがみ、視線が水平に重なった。

 

「心と体が同じ人間でもよ、やることと考えることが変わっちまったら、それは全く同じ人間じゃねぇんじゃねえか?」

「!!」

 

 そうだ……内海さん。

 

彼は"難波チルドレンとしての顔"と、"『あいつ』に忠誠を誓った悪の仮面ライダー、マッドローグとしての顔"を使い分けていた。

 

……アンジェだって同じじゃないのか?

 

"人を守る彼女"と、"人を追い詰める彼女"は全く別の顔……『仮面』じゃないのか?

 

そして俺が信じられると思ったのは守る彼女の方だった。でも……

 

「だから今はそっちのアンジェの信じられる方を信じたらいい。無理してあいつの全部を信じようとしなくてもいいだろ」

「……でもそれは!」

「嘘になるってか?ならこれからホントにすりゃいいだろ。あいつのことを信じたいなら、ちょっとずつでいい、ゆっくりでも信じていきゃいいじゃねぇか」

「…………」

「な!」

「……そっか」

 

 んだよ……カッコイイこと、言うじゃねーか。

 

「そうだな!……ったく、筋肉バカのくせに妙にもっともらしいこと言いやがって!」

「へへ!経験談だからな」

「経験談?」

「あぁ!……俺も、信じたくても人間を信じられない時があってよ……ま」

 

 

『俺はお前を信じた。ただそれだけのことだ。

――ホントのバカは、自分をバカなんて言わねーんだよ』

 

「今はダイジョーブだけどな」

 

 そう言って笑う万丈を見て、何故か照れ臭くなる。

この野郎!と掴みかかり埃が舞う店内を転がりながら、俺たちは日が沈むまでゲラゲラ笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

--ベアト視点--

 

 

 

 かちゃり、かちゃり、アンジェさんがティーセットを片付ける音が、部屋を満たします。

 

「今のところ判明した情報は以上よ」

「…………な、ななななん」

 

 そして私は、あまりのことに思わず席を立ってしまいました。

 

「なんってトンデモマシンなんですかそれはぁ!!!」

 

 姫様と、チームの皆さんから教えていただいた"KAMENRIDER BUILD"、そのシステムの特徴は、私の想像を遥かに、文字通り空の上へと飛び上がっていくものでした。

 

「ベアトでも、そう思うのか」

「それは……そうですよ。こんなすごい技術……」

「さすが、ベアトは理解が早いわね。」

 

 狼狽える私に、姫様は悲しげに笑みを向けてくださいます。

 

 "ドライバー"と"六十本のフルボトル"。

過去と未来を問わずありとあらゆる物質の能力を引き出し、鎧として身に纏う能力。

さらにボトルには生物と非生物で特に相性のいい特定の組み合わせがあり、それは"ベストマッチ"と呼ばれてるうんぬんうんぬんなどなどなどなど……

 

 まるで本当に御伽噺のような技術です。

 

「い、一体どこの国が、そんなものを……?」

「一番可能性があるのは……」

 

 ドロシーさんが、ちせさんの方を見ます。

 

「日本なんだよな」

「むぐ……」

 

 ドロシーさんの言い方が癪に障ったのか、不機嫌そうに眉をひそめるちせさん。

口早く言い返します。

 

「それは開発者が日本人である桐生の父君だからか?」

「それもある」

「……"も"?」

「アルビオンや他の列強の持つ技術力がどれだけあたしらの想定より高かろうが、あんなものを造ろうなんて思いつくとは、どうしても思えないんだよ。」

 

 どこから持ってきたのか、ドロシーさんはテーブルの下からワインを取り出し、グラスに注ぎ始めます。

 

「ほら思い出してみろよ!あの権力欲と保身で凝り固まって、自分の造った兵器でどれだけ人間を殺せるかしか頭になさそうなこの国の技術者の顔!

あいつらが『おーウサギの跳躍力は兵器に使えそうだなー』なんて発想、できると思うか?」

「思えぬ」

「そうだろ?」

「だが日本は長い間鎖国で完全に国際社会から孤立し、あのようなものを造り出せる技術など――!」

「ない……ってほとんどのやつは思うよな。――そこにつけこまれてるとしたら?」

「……まさか」

 

 ワインを飲み干し、とん、と。グラスを置きます。

 

「どこの列強国からもほとんど干渉されず、秘密裏に長い期間好き放題兵器開発できる場所……そんな都合のいい場所なんて、他にあるか?」

 

 強く言い放たれたドロシーさんの言葉に、ついにちせさんは何も言い返せませんでした。

 

「そんな……いやしかし……」

「こう言っといてあれだけどさ……別に今言ったことが真実とは限らないさ。」

 

 俯くちせさんに、ドロシーさんは肩を寄せます。

 

「ホントはもっととんでもないことが裏で動いてたりするのかもしれないし、逆にどーしようもないほどしょーもない真実が大げさになっちまってるのかもしれない」

「無責任なことを」

「そりゃそうさ。答えなんてわかりっこない問題に、どうやって責任が持てるんだよ。

わからないならわからないで、これからわかるようにすりゃあいい。責任を負うのはそれからでも十分さ」

「わかる日が、来ないとしてもか?」

 

 二人の視線が重なります。

 

「それこそわかんないだろ!

明日の命も保証できないあたしらだけどさ……明日の自分に期待するくらい、してもいいと思んだ。」

「ドロシー……」

「な?」

「酒臭い」

「わぶ」

 

 ドロシーさんのお顔を両手で押しのけるちせさん。あ、照れ隠しなんでしょうか。ちせさんのお耳がちょっと赤らんでますね。かわいらしいですね。

 

「こいつ、何しやがる!」

「顔を近づけるでないわ!

助兵衛が感染ったらどうする!」

「なんだよスケベって……スケベニンゲンの略か?」

「それこそなんじゃーー!」

「こら二人とも!ケンカしないの!」

 

 取っ組み合う二人と、それを止めに入る姫様。

 そういえば最近の姫様は、今のように積極的にチームの輪に入ろうとする振る舞いが以前より増えてきているように見受けられます。スパイになってすぐの頃のような、穏やかでもあまり表情の変わらなかった姫様も、カサブランカに行ってからでしょうか。よくお笑いになって活発さがマシマシになりました。なんだかとても楽しそうで、ベアトリスも嬉しいです。

 

「ふふふっ」

「……ねぇ、ベアト」

「はい?」

 

 御三方を見ていると、突然アンジェさんからお声がかかりました。どうかしたんでしょうか?

 

「貴方はKAMENRIDER BUILDを……桐生戦兎という男を、どう見ているの?」

 

 むむ、これはまた突飛な……珍しいですね、アンジェさんが他人の印象を訊いてくるなんて。

しかも当の大問題の中心、キリューさんのことです。

 

「どうって……まぁ出身はどこなのか、バンジョーさんとはどうやってアルビオンに来たのか、そもそもそのBUILDの力はなんなのか……気になること盛りだくさんの自称天才物理学者のめちゃくちゃ胡散臭い人だとは思いますけど……」

「けど?」

 

 聞き返すアンジェさんに、言葉を続けます。

 

「でも、悪い人には見えませんでした。」

「……人を見かけで判断しないほうがいいわよ」

「それはそうですね。まぁ確かに姫様のお顔も知らないような失礼な人でしたけど……でもやっぱりいい人なんだと思います。」

「なんでそう思うの?」

 

 碧い瞳に、私は覗き込まれます。その瞳の奥に隠れたアンジェさんの気持ちが、見えたように思います。

私は口の端を上げて、安心してくれるように、答え続けました。

 

「わたしのような者にもきちんと挨拶してくれましたし、それに……アンジェさんとちせさんを守ってくれたんでしょう?それだけでも私はあの人を、どこにでもいそうな優しいお兄さんみたいなキリューさんを、信じてあげてもいいと思います。」

「!!」

 

 アンジェさんは驚いたのか、眼をまんまるくして口を開けっ放しです。

 

「私はそんなこと……!」

「顔に書いてありますよ?

ホントはキリューさんを兵器で人を殺すような人だと疑いたくありませんーって」

「書いてないし……思ってない!」

「アンジェさんはお人好しだって、わからないニブちんじゃありません。

わたしも同じですよ。ホントは恐いです、彼の持つ力が。」

「なら」

「でも、力を持つ当人のキリューさんは、全然怖い人じゃないじゃないですか。

まだほんのちょっとしか会ってないですけど、これでも人を見る目はあるほうですよ?わたし。

だから大丈夫です。キリューさんは、アンジェさんが信じるに値する人ですよ。」

 

 私の言葉を最後まで聞いたアンジェさんは数秒ほど目を伏せ考え込んでから、またわたしに問いかけました。

 

 

 

 

「"愛と平和"って……何だと思う?」

 

 

 

 刺し貫くような視線。任務中のようなその視線は、本気の視線でした。

でもわたしはパッとすぐに答えられます。だって、決まり切ってることじゃないですか。

 

「姫様と、姫様が幸せに暮らせる世界です!」

 

 それだけが、わたしの願うことですから。

 

「……そう」

 

 アンジェさんの視線が、元の優しいものへと戻りました。

 

「ベアトはまっすぐね」

「えへへ」

「答えてくれてありがとう。……こっちのお皿も片してくるわね」

「あ、手伝います!」

 

 こうして、今日この日は暮れていき――。

 

 

 

 

 

 

「女王陛下の、ご入場である!!!」

 

 

 運命の日は、やってきたのです。

 



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2-⑧

すいません、今回はチーム白鳩の皆さんはパーティの準備が忙しくて出られないみたいです


 

「――着いたな」

 

 椅子から感じていた振動が止まる。乗っている送迎馬車が反比例グラフのX軸の右側に移動するようなゆっくりとした動作で停止した。プロの技というやつだろう、ただの馬車も現代の高級自動車と引けをとらないスムーズな停止だ。

 

「んー……ハァー……」

 

 背中を伸ばし、大きく深呼吸。

この日のために大枚叩いて用意した黒い礼服、その襟を正す。お互いに似合わないと爆笑したシルクハットも被りなおして、良く晴れた春の陽気、中天の太陽が照りつける下、俺たちは白く輝く敷石の上に足を着けた。

 

「ここがパーティー会場か!」

 

 晴れやかな気分だった。

 

「いやぁー、はは!

もうあの子たちも中にいるんだろうなぁ……」

 

 だがあれ以来アンジェ達チーム白鳩と会うこともないまま、とうとう本番の日が来てしまったことに思い至ってしまった。晴れやかだった気持ちに、ちょっぴり暗めの青色が混じる。

 

「うおぉおお!ヤッバ、超白いなこの城!!」

 

 ……さて、公共マナーという言葉をかなぐり捨てたかのような大声で小学生並みの感想を叫んだのは誰であろう。そう、何故か本日の主役になってしまった男、万丈龍我だった。

 

「しぃッ!声がデケえよ!!」

 

 誰がどこで見ているかわからねえんだぞ!

……ったく。まぁ確かにこのパーティー会場は思わず叫びだしたくなるほどに美しい白色だけどな。

しかし、いかに美しい外観だろうと中に入るのはこの筋肉バカなんだから、奇妙な巡り合わせだ。

そしてその顔は、もはや呆れるのを通り越して清々しいほどにグレートチャージでマグマも冷める間抜けっぷり。

一緒にいる俺までバカ扱いされないかと不安になってくる。

 

「なぁ!これもし近くでカレーうどん食ったらよ、真っ黄色の壁になんのかな?」

「どんな状況だよお前それ……絶妙に科学者心をくすぐる想像を働かせるんじゃないよ」

「あとで実験してみようぜ」

「うんー!!……って誰がやるか!するわけねえだろ!!」

 

 どんな脳細胞の繋がり方をしたらそんな発想ができんだよこいつは……バカすぎて一瞬乗り気になっちまったじゃねえかよ。

はぁ……この筋肉バカ流の思考回路は今日も今日とて無駄に冴えわたってやがるな。勘弁してくれよホント。

 

「――はぁー、しっかし中もスゲェなぁ。お、見ろよ!天使が描いてあるぜ」

「ん?……おぉ、フレスコ画だ。そういや生で見るのは初めてだ」

 

 万丈の指差したのは天井だった。腕を組み見上げてみると、淡いながらもはっきりとした色彩でラッパを持ったたくさんの天使や、髭を蓄えた血を流す痩身の男が天井の隅々にまで広がって描かれており、とても荘厳な雰囲気を醸し出している。

 

「すっげぇなおい。アートだアート。ゲージュツ的だぜ」

「ラッパの天使……世界の終末的なシーンなんだろうけど、なんでキリストもいるんだ?」

「なぁ、あんな高いところの絵、一体どうやって描いたんだろうな?」

「あー……建てる前に予め建材に描いておいたんじゃないか?パーツごとに区切って描いて、その後にパズルを完成させる感じで建築したとか」

 

 ここから天井までの高さは、ざっと見たかぎり10メートルはある。そんな高所で絵を描くなんてどう考えても危険すぎるからな。これが妥当な線だろう。

 

「へー、なるほどなぁ」

「――いやいやぁ、梯子使ってぇ、一から描いたんだよぉ?」

「んだよ戦兎ぉ全然違ぇじゃ……うおわぁ!?」

「おぉおぉお!?」

 

 びっくり仰天。思わず両手を上に挙げてしまった。

突然、何者かが背後より俺たちの間を通って現れたのだ。

 

「誰だお前!?」

「おっとぉ、たはははは。おどかしちゃったかぁ、ソリソリ」

 

 その人物は手を鼻先で合わせ、俺たち二人に向け頭を倒す。

 

「おいおいなんでガキがいんだよ。ここ結構エライヤツしか入れねえんじゃ」

「誰が子供かぁ!!」

「うぉわ!」

「ボクはなぁ!こう見えてもなぁ!立ーっ派なアッダァルトなんだぞおらぁ!」

「え……マジで言ってんの?」

「ほぉら見なさいよこの身分証明書をぉ。ここに28って、ちゃんと書いて!あるだろう!!」

「えぇー……っと」 

 

 よくよく様相を観察すれば、背は俺の鳩尾のあたりまでと、小学生並みの低身長に、血圧の低そうな白い顔貌。

羽織っているコートは煉瓦っぽい赤色で、その中には白いシャツ。また、大き目の黒いリボンが激しく胸元で自己主張をしながらキツめに襟を結んでおり、その横では服より赤い茜色の髪が三つ編みにされて後頭部から垂らされているのがわかる。そしてなんといっても特徴的なのは、頭をすっぽり覆っている服と同じ色の大きなベレー帽と、顔の面積の約半分を占める真円の縁なし眼鏡。その奥には今にも落ちそうなほどに重そうなじとっとした瞼と、髪と同じ色の瞳が覗く。

 

「どこ見てんだよ万丈、ここに書いてあるぞ」

「うわマジだ!!」

 

 全体的に赤が目立つこの人物、差し出された紙には年齢のほかに名を"ヴェイラ・ルヴァオーク"、性は"女"、出身国は"フランス"、職業は"建築家"とある。……うーん、これは見た目からじゃとても想像できないな。

 

「すんませんでした!!」

「はぁー……ま、いいよぉ。我が子を褒めてくれたからねぇ。特別に許してあげよぉ」

「あざす!!」

「いい声だねぇ」

 

 なんとも興味をそそられる人物だろう。しゃべり方も独特で、かなりの曲者の予感がする。普段着にするには少し硬すぎるその服装からして、もしかしたらと訊いてみた。

 

「あー、あの。ここにいらっしゃるってことはあなたも今日のパーティーに?」

「うんーそだよぉ。あ、てことは君らもそうなのかな?」

「はいっス」

「ほほぉ。あ、そういえば君らってさぁ、もしかしなくても日本人だよねぇ?」

「はい、そうですけど……」

 

 と、そういやまだ自己紹介してなかったな

 

「っと、初めまして。俺は桐生戦兎といいます。今日はこいつの通訳で来ました」

「万丈龍我っス。よろしくお願いします」

「戦兎クンに龍我クンか…変わった名前だねぇ。

あれ、その感じだと正式に招待されてるのは龍我クンの方なのかな?」

「そっス。ヒメさ…プリンセスに誘われて、楽しそうだから来ました!」

「おぉ!あのシャーロット姫にねぇ!すごいじゃんか君ぃ!」

 

 いやぁ~!と照れ笑いする万丈。確かに冷静に考えれば、俺たちって実はかなり特殊な形で招待されてることになるのか……

 

「はへぇ~、あ、二人はなにやってる人?」

「俺は格闘家……つーよりは今はボクサーっス。週末は大体、町のリングで興行やってるんで、よかったら観に来るといいっスよ!」

「ほほぉ、ボクサー……ふむふむなるほどぉ。戦兎クンは?」

「俺は見ての通り、天っ才物理学者です」

「ほぉ!」

「今はもっぱらこいつの通訳ですけど、本当は世のため人のために様々なアイテムの設計や開発、実験をしてまして、今度そんな俺の半生を綴った自伝『仮面ライダービルド(仮)』を出版する予定なんですよぉ。ははははは!」

「ほ、ほほぉう??」

「笑い方がキメェぞお前」

 

 そしてヴェイラさんもやはり目的地は一緒らしく、共に回廊を歩きながら詳しく彼女について話を聞いていると、建築家だというのにどうやら本当に天井の絵を描いた張本人らしい。

 

「――いやぁホントは有名な画家に描いてもらう予定だったんだけどねぇ、なぁんか気乗りしなくってさぁ。

ほら、ここって女王さまが特別な日に使う建物なわけじゃん?特別なモノ造るのに普通のやり方じゃあ特別にならないんじゃないかなぁー、とふと思っちゃったわけよぉ」

「あーそれすっっごい理解ります!!どうせ創るなら、他の人間が絶対やらないようなことしたいんですよねぇやっぱ」

「そぉそぉ!後で自分でも引くようなことをねー、してやりたいんだよぉ」

「それですそれ!完成した次の日とか、よくこんな音声入れようと思ったな!ふざけやがって!ってなるんすよねぇ~!」

「おい戦兎、お前それもしかして……あのドライバーから聞こえる声のこと言ってんのか?」

「でもその感覚がまた次の創造へのエネルギーになるっていうか」

「そうなのか?なぁそうだったのかよ!?おい!!」

 

 うるっさいなぁこの筋肉バカは……クリエイティブな時間を邪魔するんじゃないよ

 

「あれ、そういえばヴェイラさん、日本語わかるんですね」

「あ、そういやそうだな」

「たはは!そりゃぁわかるとも!なんたって去年まで日本で修行してたからねぇ!!」

「うえぇ!?マジかよ!?」

 

 おぉ、すごいな!

 

「どぉしても日本の城を生で拝みたくってねぇ。いやぁどれも美しかったよ!」

 

 そこからはヴェイラさんのマシンガントーク。明治初期の日本に関する現代人基準ではとても貴重な見聞がこれでもかと押し寄せてきた。

 

「はー……フィリップ・シーボルトがハマッちゃう気持ちもわかるってもんだぁ。薄汚れたヨーロッパの国々とは何もかもが違っていたよぉ。"黄金の国"とはよく言ったものだねぇ。まぁ私からしたらただの綺麗な金属より何億倍も価値があったけどたっははは!!」

 

 いやぁこの時代からこんなホットな外国人旅行客がいたんだなぁ。

まぁ確かに彼ら欧米人にとっては日本は正しくもっとも身近な"異世界"だろう。新しい文化の最先端を求め続ける彼女のような人々にはそれこそ垂涎の地なのかもしれない。

 

 と、歩き続けるうちにどうやら目的の部屋まで来てしまったようだ。

招待状いわく、ここはパーティが始まるまでの待合室らしい。部屋のドアに書かれている名前には、俺と万丈、ヴェイラさんの他に、知らない人物のものが記されていた。

 

「ここで待てばいいんだよな?」

「そうみたいだな」

「うぁれ?おっかしいなぁ……開かないぞこの扉ぁ!」

「えぇ……?」

 

 いやいやそんな、もうパーティが始まるまで一時間もないぞ?

 

「あれ?ホントだ……鍵が掛かってるな」

「のぉう……」

 

 おかしいな……ん?中でなにか物音が聞こえたような……

 

「おぉう!?」

 

 ゆっくりと耳をドアに当てると、突然部屋側に開いてしまった。

 

「あ……も、申し訳ございません!!」

 

 顔を上げると中には箒や雑巾など、一般的な掃除用具を持った使用人だろうか、オバサンが立っていた。彼女は俺たちの姿を視認したとたん頭を深く深く下げて侘びの言葉を上げる。

 

「あー、いやいやこちらこそ!掃除中にすいません!!」

「こ、この無礼はどうか!どうかご内密にぃいいい!!」

「ああああそんな畏まらなくてもいいですから!俺たちそんな偉くないんで!いやホント」

「あ、DOGEZAじゃぁん!ねぇそれどこで覚えたのぉ?」

「どこに食いついてんだよ!」

 

 ものすごい勢いで謝り倒すオバサンに押され、終始変なテンションでこの場は流れていった。

 

「なんなんだよ、ったく……」

「あーびっくりした……」

「んー……」

「あれ、どしたんスか?」

「いやぁ、掃除って普通部屋を締めきってやるかなぁ?って思ってさぁ」

「王族の所有する建物だから、あまり掃除する様子を外の人間に見せたくなかったんじゃないですかね?」

「んー……そうなのかなぁ」

 

 まぁ何はともあれ、これでひと段落だな。

 

「なんかノドかわいたな……茶ァ飲もうぜ」

「そうだな。あ、ヴェイラさんも飲みます?」

「うんー。昆布茶飲みたい昆布茶。梅味のやつ」

 

 いや紅茶の国で昆布茶は無いだろ……

 

「あ、でも玉露はあ」

 

 

「そんな貴方に塩味ラッシィイィイィイィイ~~~~~ッイ!!!!」

 

 

「「「うわぁあああああああああああ!!?」」」

 

 突如、ドアがものすごい風圧と共に開かれ、尋常じゃねぇ低音のビブラートが響き渡る。

 

「若しくはジョージアの天然水ィイイイイイイイ~~~~~ッイ!!!!」

「それ全部しょっぱい奴だろ!」

「てか誰だよ!!」

「ぎゃああああ!!でかい男だぁああああ!?」

「「驚くのそこ!?」」

 

「んッ、んんッ!ハァ……いやぁ驚かしてしまって申し訳ございません!!ワタクシはしがない貿易商を営んでいましてね!需要の匂いをスンッ!!かぎつけてしまうとついッ!!ウチの商品をおススメしてしまうんですよぉフッハハハハハハハハ!!」

 

 と、確かに二メートルはあろうかという長身で、褐色黒髪オールバック白スーツにド紫のシャツ~ネクタイなし胸元おっ広げを添えて~な男は、その顔よりも濃いキャラをこれでもかと見せ付けてきた。

 

「なんだこいつ……インドの№1ホストか?」

「それ」

 

 万丈の的確な表現に感心している間にも男は高笑いを続けている。

そしてヴェイラさんはというと、

 

「お、おい!!い、今すぐ出ていかないとお前!!あ、あれだぞ!!お前の家を、違法建築真ッピンクに建て替えてやるぞ!!」

 

 自分のできる範囲で精一杯抵抗していた。 

 

「おぉ!!君がもしかしてヴェイラ・ルヴァオークだね!?是非お願いするよ!!今ちょうど真ッピンクの家に住みたいと思っていたところなんだよねぇ!!フッハハハ!!」

「ぐぅう!!」

 

 これはぐぅの音も出な、出てたわ。

 

「つーか名を名乗りやがれ!!」

「あぁすまない!そうだったね!!……あ、ちょっと待って今名刺出すね」

 

 あれ……そういやこの男さっき自分のことを貿易商って……まさか

 

「不詳ワタクシは……こういうものです!!」

 

 まるでこれが常識だと言わんばかりに、名刺がフリスビーのように飛んでくる。

それをなんとか怪我しないようにキャッチしてその名前を見る。

 

 

 

"株式会社 Strain Vision 代表取締役"

サーマス・イニオン

 

 

「何か需要があればいつ!でも!声を掛けてくれたまえ!!……ンよろしくぅ!!」

 

 

 ここに来る前に抱えていた俺の中のちっぽけな不安は、目の前の巨大な不安に見事、塗りつぶされてしまったのだった。



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2-⑨


またまた新キャラ登場です。

では、どうぞ。


 

 

「二年ぶりにこっちに帰ってきたからね~~!!今日はハッスルしちゃ……ムン!?」

 

 名刺に書かれている肩書と、貿易商を名乗ったところから恐らくは貿易会社の経営者なのだろう。

 名刺を投げて渡してきたこのやたらにテンションが高い男、"サーマス・イニオン"というらしい。

 ちなみに会社の本拠は"デリー"とある。これはたしか"インド"の大都市だったはずだ。

 

「おやおやおやおやぁ……」 

 

 肩書と氏名の横に、男の顔がデカデカとインクか何かで描かれている。証明写真もないこの時代によくやるものだと感心はしたが憧れはしなかった。

 

「ちっくしょ、変なところ投げやがってこのやろぉ……ぐぬぬ、髪ん中入っちゃった」

「オォ~~君が天才ヴェイラ・ルヴァオークだね!?いやぁ~~まさかあの天才建築家がこんなに若い女の子だったとはねぇ~~!!ハハハハハ……予想外だぁ」

「うおぉう!?」

 

 そしてぬるりとヴェイラさんに近づいて彼女の正面で膝をつき、真剣そうな面持ちでそう語りかけた。

 

「な、なんだよぉ!こっち来んなよぉ!」

「女史!」

「んひぃ!」

「早速だけど月末の予定は空いてるかい??

ンー、せっかくの真ッピンク!普請するなら色がよく映えるスイスのツェルマットなんかいいと」

「ぎゃぁー!!冗談を本気にすんなぁーー!」

 

 涙目になりながら、切実そうに答えるヴェイラさん。心中をお察しする。

 

「おいよせよ!怖がってんだろーが!

何言ってるかわかんなかったけど、なんとなくナンパっぽいこと言ってんだろ?外でやれよ外で」

 

 お、筋肉バカが珍しくカッコいいことしてる。

 

「おぉっと失礼……フフ、ワタシとしたことがつい嬉しくって……ムン?」

「あん?……うわ今度はこっちかよ!」 

 

 ずずいっと早足で万丈に近づく褐色ノッポ。

 おいおいただの筋肉バカに何の用が……

 

「キミ、もしかしなくてもあの……"Dragon☆Banjo⇒"じゃないかい!?」

「……なんつってんの?」

 

 お、意外だな。

 

「『お前は"Dragon☆Banjo⇒"か?』って訊いてる」

「あー……そうだぜ!」

「オォ!?」

「イエス!!アイアムバンジョー!!」

「オォ~~~~!!」

 

 ロンドンのボクサーとして万丈に興味があったのか。

 

「いやぁハハハ!!ドアの名前を見た時からそうじゃないかと思ってたんだよねぇ~~ッ!!」

 

 万丈にイニオン氏の言葉を通訳する。

 

 ちなみにビルドフォンの翻訳機はやっぱりこういう不特定多数の大人数がいる場所で使うのは失礼かもしれないとベアトリスに言われたこととあとドロシーがそうしたように色々訊かれたりしてごたつくだろうということで、チーム白鳩の子たちしかいない場所でのみ使うことにしてあった。

 

「なんだよ俺のファンならさっさと言えよなぁ!ワハハハハ!!」

「オッホホウ!いやゴメンネ!ほらワタシ、人見知りだからフッハハハハハ!」

「どの口が言うんだどの口がぁ」

 

 苦手なのだろう高身長の男とのコミュニケーションから開放されたことで緊張が解けたからか、ヴェイラさんはまるで夏場の動物園のパンダのような雰囲気を醸し出しながらソファにぐったりしている。無防備すぎて、とても28の女性が人前でしていい姿ではない。

 

 もしかしなくてもこの人、自分から危険な状況を作り出してしまうタイプなのではなかろうか。変な男にモテる女の子ってこういうとこあるよな。

 

「オ、そして君は……」

 

 うお、俺か。やっぱ俺もそこそこ知られてきて……

 

「ンどちら様?」

 

 ……ないよなぁやっぱ。

はぁ、まぁしょうがねーか。対して名が売れるようなことまだしてないもんな俺。

 

「えーゴホン、初めましてMr.イニオン。俺は天ッッ才物理学者の、桐生戦兎です!」

「オォ学者!!そりゃあスゴイなぁ、キリュー氏!!いやぁ、お会いできて光栄だ!!改めて……ンよろしく!!」

 

 固く握手を交わす。しかしインドの貿易会社の代表取締役か……これまたすごい人と知り合いになっちゃったな。しっかしインドといえば紅茶大好きなこの国の人たちにすれば本気で国家レベルに重要な…… 

 

「おっ菓子ぃおっ菓子ぃ……をほぅ!チョコチップクッキーだぁ!いただき!!……うっを、んーまい!!」

 

 って放課後の小学生か!

 いや見た目と言動がまんますぎてガチに見えちゃうぞヴェイラさん。

 

「……ていうかもうすぐパーティーなのに今そんな食べちゃっていいんですか?」

 

 思わず日本語で問いかける。

 

「んぅ?だめなん?」

「いや駄目ってわけじゃないですけど……」

「食べたいときに食べる、それがボクの流儀さぁ~♪ばくり」

「お、だよなぁ!」

「ういえぇす♪」

 

 おぉう、食いしんぼ同士で共感してやがる……

 

「お、いい食いっぷりだね女史ィ!!」

「……んく、話しかけんなっつのぉ!」

「オ、そうだ――ヘイ!ヴィナスファアアイブ!!」

 

 すると突然、イニオン氏は部屋の外に向かって声を上げた。

 

「はぁ~いサー様!!いかがいたしましたかー?」

「「「!?」」」

 

 え、誰かいんの!?

 

「チョコチップクッキーに合うドリンク……キャモン!!」

「かしこまりましたー!!」

「……おい、今のだ」

「お持ちしましたー!!」

「早ッ!?」

 

 勢いよく扉は開かれ、そこから現れたのは――

 

「えぇえ!?」

「なんだただのメイ……うオォ!?」

 

 一人……ではなく五人のかわいらしいメイドだった。だが真に驚くべきはそこではない。

 

『淹れたてほやほや、ロンネフェルト紅茶でございまーす!!』

 

 19世紀がなんぼのもんじゃいと言わんばかり。五人全員、もれなく"ミニスカ黒ニーソ"だったのである。

 

「なん………だと………!?」

 

 これにはヴェイラさんも目を丸くしてビックリ。

 常識を疑うその視線は当然だろう。俺だってそうだ。まるで意味がわからない。

 

「い~~ね!センキューべリベリマッチだよヴィナスたちィ~~ッイ!!

……ア!!ン~~……最ッ高の香りだァ!イィヤッ!」

 

 パチパチと手を叩きながら五人に駆け寄り、手で仰いで紅茶を香りを吟味するイニオン氏。

そして五人のすばやい動きにより俺たち四人にカップが行き届いたのを見届けて、とりあえず一口。

 

「あ、美味い!」

 

 聞いたことのない名前の紅茶だったが、ほんのちょっぴり舌先に触れただけでその洗練された味がわかった。イニオン氏はこんないいものを毎日この子たちに淹れてもらっているのだろうか……いや別に羨ましくねーけど。

 

「……俺よりバカな奴がここにもいやがった」

「くぅ!……こ、このやろぉ、なんつぅ権力の使い方をしやがるんだぁちくしょぉめぇ!」

 

 五人とも上半分は本当にオーソドックスなメイド服なのだが下半分がなんというか……未来を先取りしてると言えばいいんだろうか。

 まさかこの時代のこの国で、某電気街のアトモスフィアを味わうことになるとは思わなかったな……

 

「紹介しよう!!彼女たちはワタシの専属メイドでね!!その名も――」

「はい!18歳長女、アニーです!」

 

 っと、間違えないようにちゃんと覚えとかねぇとな

 ショートボブでハキハキ活発そうなこの子が長女……と。

 

「ベニーでーす。あ、次女ね。年は17でーす」

 

 エアリーウルフのテンション低めな子が次女ね。

 

「三女!ケニーっす!!……16っす!!」

 

 サイドテールでめっちゃ元気もりもりな子が三女……うんうん。最後年言うの忘れてたのだろうか。

 

「四女♡デニーでぇす♡あ、ねえそこのお兄様ぁ♡」

「はい?」

「デニー、いくつに見える?」

「……15?」

「きゃー♡せぇかぁい♡」

 

 問題になってたんだろうかこれは……えっと、見事な縦ロールで艶っぽ喋りの子が四女か。

 

「……エニー……五女です14です」

 

 最後の一人、ワンレンで片目が少し髪に隠れているこの子が末妹、と……人見知りするタイプだろうか。

 

 そして五人とも桃色の髪に碧眼。顔はよく似ていて、まるで同じ人間の顔を身長順に並べたよう、服装も相まってかなり印象的な女の子たちだった。

 

「五人そろって!」

「うおぉ!?」

 

 長女アニーの掛け声、そして整列する五人。

 

『我ら、サー様専属スーパー親衛隊!!

……《ヴィナスファイブ》!!』

 

 ドカン!と、何故か五人のバックで爆発が起こったような幻覚が見えた。

 

「"スーパー親衛隊"?」

「そう!スーパーです!!」

「ただのメイドじゃあないんだなーこれが」

「ごほーしはモチロン、ごえーもしちゃう!」

「特別な親♡衛♡隊、なの♡」

「ごー、ごごー……五女だけに」

 

 お、おかしい……何が間違っているのかわからないのに何もかもが間違っている、そんな気がするのはなぜだろう……

 

「パねーなコイツら……逆に世界救えるんじゃね?」

 

 筋肉バカはまるで何も考えてない顔でボリボリとクッキーをぼりぼり。ホント美味しい性格してるよなこいつ。

 

「そしてこの方々こそ!今日!ワタシの友となった世紀の傑物たち!

手前から、"ダ・ヴィンチの再来"!ヴェイラ・ルヴァオーク女史!!」

「なんだその異名!?初耳だぞぉ!」

「"大天才物理学者"!セント・キリュゥーーー!」

「以後、お見知り置きを!……大?」

「"マケルキガシネエゼ"でお馴染み!!我らが!!Dragon☆Banjo⇒ォオオオオオオ!!」

「万丈龍我だ!!……あれ、俺にはイミョーねえの?」

「そしてワタシこそ!!"黒曜石の貴公子"!!サァーーーマ」

「いやもう知ってるわぁ!!」

「ン女史ィ!!」

 

 なんでこんな躁100%なんだこの人……

 

「"キコーシ"……おぉ、ヒビきいいな!」

 

 いや参考にしてんじゃないよ、後で俺が恥ずかしいことになるからやめろ!!

 

「おい……サー様よぅ」

「ン?なんだい?」

 

 お、ヴェイラさん、苦手そうにしてた割に意外とすんなりコミュニケーションが取れ……

 

「アニーちゃんとエニーちゃん、よこせ。」

「(紅茶を吹き出す音)」

「オーウ……そうきたかぁ……」

「家建ててやるから!!」

「ちょ……ちょっ、ヴェイラさん!?」

「なんだよぉ」

 

 いやなんだじゃねえよ!!

 何あんた、そういう人だったの!?

 

「あぁん!?キミなぁ、こんな趣味にぶっ刺さる女の子がいたら……欲しいと思わないのぉ?」

「思わねーよ!!あんた昼間になんのいかがわしいパーティをおっぱじめようとしてるんですか!!」

「う、うるせ~~~~ッ!!ボクにもあの流線美を堪能させろぉ~~!!至近距離で見せろぉ~~~!!」

 

 思わぬ人の思わぬ性癖が露になってしまった……。

 

「おー告白じゃん。どーすんの?お二人さん」

「女の子どうしかぁ……さすがアニ姉!大人だな!」

「やーん♡この人こわぁい♡」

「もー!みんなからかわないでよー!」

 

 いや余裕なのかよ!

 図太いなキミら!

 

「あー……ハハハ!!さすがは僕のヴィナスたち!!ンン~!チョコチップがテイスティィ~~~~~~~ッイ!!」

 

 ……なんか他の部屋から苦情が来そうだなこれ……。

 いやしかし今日だけで濃い人たちにめっちゃ会うな。さすがは国のトップが主催するパーティーってところか。

 

「バンジョー様……あーん」

「うめぇうめぇ。ほらお前も食えよほら」

「あむ……おうひいでふ」

 

 こいつ満喫してやがる……ま、でも。

 

「なんか、人がいっぱいいると楽しいよな。やっぱ」

 

 パーティー前だけど、俺もクッキー食べよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコン。

 

「お待たせしました!会場の方、準備が整いましたのでお知らせに参りました!」

 

 ミニお茶会を楽しんでいると、不意にドアを叩く音が聞こえた。

 

「これより開場のお時間となります、ご用意のほどお願い致します!」

 

 いよいよだな。さて、ここからだ……気を引き締めていかねえと。

 

「万丈、わかってると思うけどもう一度言うぞ」

「んだよ」

「絶っっ対に!偉そうな人にナメた口利くんじゃねえぞ」

「わぁかってるって!!何回言うんだよそれ!」

「ホントだな?絶対だぞ!?」

「おう!」

 

 返事はいいんだけどなぁ……いや、もう心配しても仕方ねぇんだけど……

 

「フンフン、二年ぶりのこっちのパーティー……いやぁ~~楽しみだなァ!!ハハ!!」

「ふあぁ~~ぁあ……あれなんか眠い……」

「ヴェイラ様大丈夫ですかぁ!?」

「寝る……」

「ダメよぉ♡」

「うおわ!!ちょ、どこ触ってんのぉ!?」

「起きた……ちょろいっすね……ぶふっ」

 

 むしろ心配すべきなのはこっちか……大丈夫かよこの人。

 部屋から会場までのこの道、他の参加者たちから奇異な目を向けられまくるな。俺がしっかりしとかねえと……!

 

「こちらになります!」

「ありがとうございます!」

 

 案内人さんに挨拶をして会場入り。

 さてどんな感じなのか……おぉ!!

 

「うお、きれーだなー……」

 

 まず目に飛び込んできたのは、外壁と同じく真珠のように美しい壁と床の白色。

そして瑠璃色と茜色を基調としたステンドグラスの窓、窓、窓。差し込める日の光がカラーライトとなって場内に煌びやかな光のモザイクを映し出している。

 

「オォ~~~~!!流石は女史!!素晴らしい作品だァ!!」

「たはは!だしょぉ?ナガサキの教会から着想を得たんだぁ。飛びっきりのいい子だよぉこの子はぁ!」

 

 そういえばそうだったな。このパーティー会場になってる建物はヴェイラさんが建てたものだった。

 

「わぁいもっと褒めてぇ~!」

「ヴェイラ様の作品、すっごく綺麗です!」

「ヴェイラ様スゴーイっ!!」

「たっははは!!やっぱ好みの子に褒められると違うなぁ!……ふとももきれいだね触っていい?」

 

 傍目じゃとてもそんなすごい人には見えねーけど……。

 

 

「――あら、皆さんごきげんよう!!」

 

 ん?……うおぉ。

 

「ヒメさぁん!ちわす!」

 

 プリンセス。それに、

 

「お久しぶりです。キリューさん、バンジョーさん!」

「おう!リス子も一緒か!!」

「ベアトリス!!デス!!呼べ!!ナマエチャんト!!」

「あー、悪……あれ日本語しゃべれんのお前!?」

「ふん!チョトダケデス」

 

 おぉ!!すごいなぁ!!

 

「オソワるました。ちせサン、カラ」

「あー、なるほどなぁ!」

「日本語はどう?」

「む、む……ムズカシイデス!……ヒラガナ、カンジ、モジ!オオスギ!!」

 

 あー……確かに。アルファベット26文字と比べたら日本語って常用漢字も入れたら2000文字以上あるからな……。やっぱ外国人にはそこがネックになるのか。

 

「でもちゃんと勉強してんだからすげぇって!!お前頭良さそうだし、今度は英語も教えてくれよ!」

「~~!!……アツカマシイ!!」

「おい、戦兎。今のどういう意味だ?」

「デリカシーがないってことだよ。

お前英語の前に日本語勉強しなおした方がいいぞ?」

「……うそーん」

 

 嘘じゃねえよ。バカ語で言うとリアルガチだよ。

 

っておしゃべりしてる場合じゃねーな……この二人がいるってことはもちろん……

 

「プリンセス!そろそろ壇上の方に……!」

 

 やっぱりだ。思ったより早く……

 

「お!ひさしぶ」

「あ……!あなたがバンジョー様ですね!?」

「おぉん!?」

 

 ……え?

 

 

()()()()()!わだす"アンジェ・ル・カレ"といいます!

町のスターにお目にかかれるなんて……嬉しいですぅ!!」

 

「お、おう。……よろしく?」

 

 あれキミそんな……わかりやすく明るいキャラだったっけ?

……少し訊いてみるか。

 

「(えっと……それは、スパイのカモフラージュなのか?)」

「(わかってるならちゃんと話を合わせて。今の私はインコグニアから来た田舎娘。そういうカバーなの)」

「(……なるほど)」

 

 冷静沈着なスパイ、感情豊かな普通の女の子、そして今のアンジェ。

 

 ……それも君の、"仮面"の一つなのか。

 

「あ、そうだ行かなきゃ……また後程お話しましょうね、キリューさん」

「!!」

 

 "お話"……まぁそうだよな。

 

「……はい」

「それでは皆さん、失礼いたします。」

 

 プリンセスとベアトリスは会場の奥へと戻っていく。

 

「……何から話せばいいんだ」

「キリューさん!!」

「!!」

 

 あ、アンジェ……の田舎娘フォームか。

 

「バンジョーさんも一緒に、色々お二人のこと知りたいです!……お聞かせくださいませんか?」

 

 ――『洗いざらい全部話せ。』

 

 そう聞こえたのは気のせいでは……ないよな。これ……

 



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