串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】 (カリーシュ)
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第1章 鋼鉄製浮遊城アインクラッド
1 串刺し公、始動す












 

 

――転生、という言葉を聞いてどう思うだろうか。

 

一般的には仏教の言葉で、超絶ざっくり言えば死んだ生物の魂を次の生物に入れるという、おそらく人類史上初のリサイクル活動だろう。

 

だが、一部の人種にとっては違う。

トラックやら病気やら通り魔やら、原因は違えど御臨終した人間を、ミス、暇潰し、果ては道楽と理由を付けてチート込みで異世界に放り込み、世界最強になったり原作フラグをへし折ったりハーレムを作ったりする。 それが一部の人種――

所謂オタクの言う『転生』だろう。 異論反論は認める。

 

 

さて、こんな話をしている以上、察しの良い人は『あ、コイツも転生したんだろうな』と思うだろう。 ビンゴだ。 ただちょっとパターンが珍しかった。

まず第一に、俺はそもそも(記憶のある限りでは)死んだ覚えは無い。

二つ目に、俺は神と自称するハゲジジィにもロリにも会ってない。 声も手紙も無い。

三つ目に、俺が明確に異世界転生したと気付けたのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何故、今なのだ………ッ!」

 

 

――ソコソコ歳喰った後だった。

 

 

いやね? 最初こそ昨日まで高校生やってたのにいきなりガキンチョ(当時1歳)になったときは混乱もしたけど嬉しかったさ! 俺自身オタクに腰まで浸かってたし、周りは知らない言葉で喋ってるし、『うわーやったー異世界転生だー』ってマヌケ顔晒したさ!

だが、ンなふざけた幻想は、3、4歳になって周りの状況が分かるようになってくれば、飴細工よりも簡単にブッ壊れた。

 

前世と何ら変わらない世界地図。

まったく聞こえてこない異能や異形の噂。

年代すら殆ど変わらない。 ちょっと過去に逆行こそしていたが、約30年だけ過去に戻って何が違う。

 

そして、肝心のチートは、自分自身の名前を理解してすぐに察した。

 

 

 

 

 

 

 

―――『ヴラド十五世』。

 

それが、第二の人生で与えられた、()の名だった。

 

 

……地位チートとか踏台あるあるじゃないですかヤダー。

ルーマニアは共和制と君主制がごっちゃになった政治形態してるもんだから、所謂『貴族』がいて、税金から生活費+αが丸々出ている家すらある。

しかもウチの家はだいぶ廃れてこそいるが、かの救国の英雄『ヴラド三世』の家系ときた。 ぶっちゃけ元庶民の感覚で贅沢しても普通に生きていけるだけの金は入ってきてる。

 

つまり、死亡フラグが立ちまくってる。 あの金と地位に胡座かこうもんなら主人公(誰だかは知らんけど)に一瞬で蹴散らされるザコ敵Aにされる。 即堕ち2コマにしゃりぇる! しょんなのりゃめぇぇぇぇぇ!

 

……ゴホン。 失礼しました。

とまあ、そんなこんなでフラグを折るために色々やったもんだ。 貴族の仕事なんて何それ美味しいの状態なのを試行錯誤したり、何をトチ狂ったか唐突に槍術を習い出したり、旅行が趣味の両親についてビック・ベン(時計塔)まで行ったり、吸血鬼の家系と後指指した馬鹿を物理で黙らせたり、槍の特訓を始めたり、世界中のニュースをかき集めたり、刺繍を始めてみたり、槍投げにも手を出したり。

 

……気がついたら槍振るってばっかだな、おい。

 

閑話休題(それは兎も角)

 

そうこうしている内に時は過ぎ。

2021年11月10日。

主人公らしき人物に会うこともなく、地球外生命体や核の申し子が侵攻してくることもなく、大地を足で闊歩する戦車が産まれる事もなく。

今日で34歳(未婚)の誕生日を迎えた朝。 髭を整え、何時もの黒い正装を着、朝の一杯を味わいながら惰性で続けている世界規模でのニュースの確認をする。

まぁ、どうせ今年も変わらんさ。 それよりも下町のクリスマスイベントの企画案に目を通すか。

そう思ってバァーっと目を通す。

 

………

 

 

 

 

 

………………

 

もう一度、バァーっと流し読みする。

深呼吸して、コーヒーを飲み干して、3度目を、嘗ての故郷、日本の新聞に通す。

そこには確かに、こう書かれていた。

 

 

 

 

 

――『期待の最新VRゲーム機! 『ナーヴギア(・・・・・)』 本日発売!』

 

 

 

 

 

………あの、いや、ここ、

 

「『ソードアート・オンライン』の世界だというのか……!?」

 

転生して34年、今更分かった世界線に眩暈がして、頭がくらくらする。

取り敢えず顔を洗おうと洗面まで歩き、鏡を覗き込む。

 

 

ウェーブのかかった銀髪。

青白い肌。

薄青の瞳。

薄く生えた髭。

30歳代にしては老けていると言われる顔。

 

 

 

 

――『Fate』という作品において、『黒のランサー』と呼ばれた男と同じ顔をした人間が、俺を覗き返していた。

 

 

………苦節30年。 あれだけした苦労は、無駄だったのだろうか?

 

己の顔が記憶にあるサーヴァントと同じものだと気付いた時点で、(結果こそ違ったが)ここはFateの世界線だと思った。

だからこそあれだけ不自然な爆発事件には警戒したし、先祖代々の類の品の管理を徹底した。

 

だが、ここがSAOの世界だとすると、話は全く変わってくる。

SAOは基本的に日本国内で話が纏まっている作品だ。 精々アリシゼーション編でアメリカが出しゃばってくる程度か?

どちらにせよ、今俺がいるのはルーマニア。 作中には全く出てこないし、そもそもルーマニアと日本では国交も少ない。

俺に出来ることは、何もない。

そう、何もだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………本当に、そうなのか?

 

 

部屋に戻り、武人でもあったヴラド三世が振るったと伝わる槍を手に取る。

ポーズを取り、姿見を見れば、其処に佇むはまさしく画面で見た串刺し公。

 

 

―――こんな贋作未満の偽物にも、出来ることはあるんじゃないか?

 

 

「――シッ!」

 

槍を突き出し、素早く戻す。

二段目の突きを引き戻すと、その勢いを使って一回転、穂先を叩きつける。

地面スレスレまで下がった槍を逆袈裟に振り上げ、バツの字に目の前を切り裂く。

 

 

―――そう、例えば、――

 

 

手に馴染んだ槍を手首のスナップだけで一回転させ、右手に下げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――鋼鉄の浮遊城に、モンスター共の串刺しの林を再現するとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フッ………

………ククク…………

ふはははははははは!! よかろう!」

 

そうと決まれば、やる事は多い。

先ずはナーブギアの入手だ。 VR酔いでダウンなど、醜態を晒す訳にはゆかぬ。 目を慣れさせなきゃならない。

あれこれと浮かぶ予定を胸に、部屋を飛び出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――これは、魔術師の物語ではない。

 

――これは、サーヴァントの物語ではない。

 

――これは、聖人の物語でもない。

 

 

これは、仮想世界にて復活した、

 

 

 

 

串刺し公(カズィクル・ベイ)の、物語だ。

 

 

 

 

 



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2 串刺し公、大地に立つ

今朝

賽銭箱「さて、そろそろ投稿するか。 メインの奴はっと。
UA1723、お気に入り11、と。 いつも通りだな。
で、SAOは、
UA6844、お気に入り479。

…………………な ん で さ ???」

ヤバイ、期待が怖い。
取り敢えず、投稿します。

あ、誤字報告と評価してくださった皆さん、本当にありがとうございます。

では、どうぞ。







 

 

 

 

 

――触覚、視覚、聴覚、味覚、嗅覚の順に五感へとリンクし、五つのOKマークがでる。

 

Language(言語)は日本語で設定。

 

Log in(ログイン)画面でアカウントとパスワードを打ち込み、キャラクター登録を始める。

性別は当然Male(男性)。 後はアバターとネームをちゃちゃと決めて、と。

 

確認画面で《yes》をポチッと押すと、奥から光の奔流が溢れ――

 

 

 

《Welcome to SwordArt Online!!》の文字が浮かび上がる。

 

 

 

 

 

直後暗転した世界で、感じる筈の無い頬を撫でる風を感じとってから、ゆっくりと、目を開ける。

視界に飛び込んでくるのは、中世ヨーロッパを意識したと思われる街並み。

視界の左端には緑色のHPバーと、『Vlad』という本名まんまのプレイヤーネーム。

装備こそ代わり映えの無い初期装備だが、鏡になっている近くの建物のガラスの前に立てば、現実と同じ顔――黒のランサーと同じ顔が映る。

 

……遂に、この時が来たか。

文字か画面の向こう側でしか見れなかった奇跡に、全身の鳥肌が立つ。

が、あまりゆっくりしている時間はない。

 

感動するのもそこそこに、少なくない数のプレイヤーのが走っていく裏路地に入る。

1分も歩かない内に剣のマークが書かれた看板が吊り下げられた店に辿り着き、最安値の両手槍『ロングスピア』を複数本購入し、装備するついでにその場で『索敵』と『槍』スキルをセットする。

これで準備は整った。 後は実戦あるのみだな。

 

 

 

 

 

串刺し公移動中(なぅろーでぃんぐ)

 

 

 

 

 

――始まりの町を出ると、視界一面に草原が広がる。

所々に青い猪が現れ(ポップし)、それとちらほら見える人影が戦闘を始める。

 

 

……成る程。 これは確かに息を呑む程美しい景色だな。

 

「惜しむべくは、じっくり眺めるには些か騒がしいことか」

 

近くに(フレイジーボア)がポップし、向こうが戦闘態勢に入ったのか、相手のHPゲージが映り込む。

 

では、実験に取り掛かるとしようか。

 

 

――原作SAOにおいて、アスナがあれだけのスピードと正確さでレイピアを振るえたのは、現実でもフェンシングの経験があったから、という描写があったと思う

……ツッコんでくれるな。 何せ数十年前に読んだっきりなのだ。

話を戻そう。 つまりは現実での経験を活かせば、スキルのブーストが可能だということだ。

というわけで、さっそく試すとしよう。

使用スキルは『ツイン・スラスト』。 文字通り二段突きだ。 先ずはスキル単体で使う。

愚直な猪の突進を躱し、背後から青い煌めきを纏った穂先が二度、奴の腰辺りと後足を捉える。

 

「プギィィィ!?」

 

ふむ。 槍そのものが火力の低い武器だからか、あまり削れないな。 いいとこ二割弱か。

では次だ。 スキルは同じ『ツイン・スラスト』。 今度はスキルの動きに合わせて身体を捻り、槍を突き出す。 偶々だが奴の突進にカウンターのように脳天に突き刺さっ――

 

「ブギィッ?!」

パリンッ!

 

……………ぇぇ??

い、一撃て……予想ブースト+クリティカルとはいえこのダメージて……

ま、まあいい。 やはり何らかのブーストは入るようだな。

さてと、他にも色々試してみるとしよう。 何せβテスト逃したからな! 流石にデスゲーム化後にチンタラやってる暇ぁ無いからなチクショー!

 

……そもそもの話として、SAOのデスゲーム化を止める事は早々に諦めた。

ルーマニアの一貴族でしかない俺と茅場含むアーガスじゃ、接点がなさ過ぎる。 財力にモノを言わせて株を買い占めればワンチャンと思ったが、それは世話係に止められた。 クソゥ。

ま、仮にやったとしても、ソードアート・オンラインは最新鋭フルダイブゲーム初のMMORPG。 期待も当然デカイし、開発者はナーヴギア同様茅場だ。 ハード発売一年後に出した点から見てもほぼ完成していただろうし、結局は阻止出来なかっただろうな。

 

あ、因みにこっちでの俺の両親は元気だ。 家は俺が継いで隠居状態とはいえ、充分な貯蓄があるらしくてな。 俺の所の世話係もあっちで仕事出来るように手を回しておいてある。 既に十二分に迷惑かけているだろうが、これで万が一やらかしてもかける迷惑は最低限で済むだろう。

つか寧ろこれ幸いと追放されるかも分からんな。 母方の方で従姉妹の2人目が生まれたって聞いたし。 ふっ、何時だって権力者は敵塗れよ。 ヴラド三世(ご先祖)も裏切りで死んだらしいしな。

……あれ? 俺、大丈夫だよな?

 

………………あっるぇ??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――辛すぎる現実から目を背ける様に猪を血祭りにあげる。 人これを現実逃避と言う。

でもここがデスゲーム(ある意味現実)になるってんだから、これもう分かんねぇな。

時刻は17:25。 後5分もしたらリスポン不可になるな。 今まだ出来るのかは知らんけど。

取り敢えず、実験結果としては、

 

・スキルに合わせて正確に身体を動かすと、ダメージとスピードが上昇する。

・スキルのモーションはある程度身体の動きで調整可能。 但し上記のバフ、特にスピードとの両立は不可能。

・完全にスキルに逆らうように動くと、ダメージ量とスピードに正確性まで下がる。

・スキルそのものにダメージボーナスがあり、各ソードスキルにもボーナスが存在。

・武器の耐久値は、攻撃<カウンター・受け流し≦防御・パリィの順に減る。

 

……四つ目が想像以上にウゼェ。

普通のゲームの縛りプレイならまだしも、一回のミスが文字通り命取りになりかねないSAOでダメージ量低下は痛い。

好き勝手武器を振り回して味方を傷つけかねない素人は兎も角、既に癖がついている武器を振り慣れた人にとっては、時にソードスキルは邪魔になりえる。 事実、Fateのヴラド三世を真似た槍捌きを練習した俺にとっては、ツイン・スラストの上位スキル『トリプル・スラスト』は少々扱いにくい。 どうしても一番威力のある三撃目に腰が入らないのだ。

だからと言ってスキルを使わなければダメージを出せない。 本当によく出来ている。

まぁ、ゲームの対象は主に日本人のインドア派。 一体どれだけの人が武器を軽々とブン回せるかって話だがな。

 

 

 

 

 

――さて、そろそろか。

現実の顔そっくりにアバターを作ってある以上鏡イベントはどうとも思わないが、下手に逆らう必要もない。

大人しく従うとするか。

 

 

 

 

 

 

 

……………尤も、いずれ余自ら極刑に処すがな。

 

 

 

フィールド中に響き渡る鐘の音と、身体を包む青い光(転移時のエフェクト)に包まれながら、

 

改めて、今、自分が何処にいるのかを実感した。

 

 

 

 

 

 

 

――この後の事は、特筆する必要は無いだろう。

 

赤ローブ(茅場)による、『ソードアート・オンライン』正式サービス――という名のデスゲームの開始宣言。

 

鏡によって変えられる(戻される)アバター。

 

HP0=現実の死、という事実。

 

 

――『これはゲームであっても、遊びではない』

 

 

 

案の定と言うべきか、知ってたと言うべきか、始まりの広場は怒号と悲鳴と嗚咽に溢れかえった。

態々付き合う道理もないしキャラでもないから、さっさと武器屋のある裏路地に逃げ込み、ドロップアイテムの換金と槍の補充をする。

 

さて、原作キリトも言っていたが、始まりの町周辺は直ぐにリソースの奪い合いになる。 さっさと次の町に向かうとしよう。

次の町は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………何処だっけ?

あり? よくよく考えてみれば、俺の武器は槍。 剣装備のキリトの通りに胚珠クエを受けても旨味がない。

そして、只でさえ記憶があやふやなのに俺が前世でSAOに触れたのは小説とアニメだけ。 しかも小説はプログレッシブ読んでない。

 

 

 

 

 

…………………軽く詰んでね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇足だが、その後スゴスゴと広場に戻る外見年齢50歳前後のオジサンの姿があったとかなかったとか。

 

 

 

 

 



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3 串刺し公、覚悟す

 

 

 

 

――マズイ。 非常にマズイ。

 

始まりの広場の端、段差に腰掛けながら深い溜息を吐く。

余りにも情報が少ない。 いや、情報そのものはある程度経てば鼠のアルゴらβテスターによって攻略本という形で配られるのだろうが、それでは決定的に出遅れる。

SAO開始前に調べておけよとも思うが、それには情報規制がかかっていた。 公式HPを見る限り、β版の情報漏洩には相当気を付けていたようだった。 原作を思い返してみれば、第一層フロアボス攻略会議でイガグリ頭(名前忘れた)が、『βテスターがニュービーを見捨てて情報を独占、結果死者大勢でた』とほざいていたが、開始前にβ版の情報があったと仮定すれば、理論が前提から破綻する。 おそらく、原作でも情報規制はあったのだろう。

 

……とすると、本格的にマズイな。

βテスターたちも情報面でのアドバンテージがあるとはいえ、それがイコール生存に有利とは限らない。 寧ろそれが油断や慢心を生み、死へと直結しかねない。

ベストなのはβテスターとニュービーが手を組み、情報確認とリスク軽減を両立することだが、悲しいかな、これはMMORPG。 おててをつないでみんななかよくの精神で攻略していけば、死亡率こそ下がるだろうが、攻略ペースは牛歩どころか芋虫の歩みと化す。 まずタイムリミット(現実の肉体の限界)には間に合わないだろう。

その肉体の限界以前に、焦れたり自棄になった狂人や数千人の寝たきりの人間の管理の資金不足、災害、最悪現実の人間が攻略不可能と判断すれば、ナーヴギアの強制解除、或いはサーバーの物理的破壊で全滅エンドもあり得る。 原作で二年も保ったのは軽く奇跡なのだ。

逆に少数精鋭ならば、と思うが、それはそれで今度は人手不足で詰みかねない。 一回死んだらそれでアウトなのだ。 一度攻略組が壊滅すれば、立て直しできずに終わる。

 

……ダメだ。 幾ら頭を回しても良い案が出ない。

だが立ち止まるのは論外だ。 こうなったら下策だが、始まりの町を拠点にレベル上げに専念する他――

 

 

 

 

 

「――おいオッサン。 大丈夫か?」

 

「余はまだおっさん呼ばわりされる歳ではない!」

 

急に声をかけられ、思わず反応する。 誰じゃ人のことオッサン呼ばわりする不届きモンはぁ! 俺ぁまだ30代じゃあ!!

軽くキレながら顔を上げれば、

 

 

 

 

 

 

ポカンとした野武士面の男が見下ろしていた。

……あれ? 何かこの顔、見覚えが――

俺が首を傾げている間にも、馴れ馴れしく話しかけてくる。

けど不思議と不快とは感じないな。 この男はカリスマスキルでも持っているのか?

 

「そ、それだけ元気なら大丈夫そうだな。 オレぁクラインってんだ。 お前さんは?」

 

あやっぱカリスマスキルだわこれ。

 

 

 

――『クライン』。

SAOを語るにおいて、決して忘れられないキャラの一人。

キリトの友人で、数少ない男性キャラの一人。 彼が居なければ、キリトはヒロインらに会うまえに潰れていた可能性すらある、まさに頼れるアニキ。

何より特筆すべきは、攻略組の小規模ギルド『風林火山』のリーダーにして、ギルドメンバーから唯の一人も犠牲者を出さなかった(・・・・・・・・・・)優秀さだろう。

………今はまだ、ニュービーの一人でしかないが。

 

 

「あ、あぁ。 余はヴラド。 心配をかけさせたようですまぬな」

 

スゲェ凝ったロールプレイだな……

 

ボソッと漏れたのが耳に入る。

言わんといて! つかこの顔でメッチャラフな口調とかそれはそれで怖いだろ!?

 

「して、何用だ?」

 

「おぉっといけねぇ。 実は次の町に行くのに人手が欲しくてな。 落ち着いてそうなヤツに声かけてまわってんだ」

 

……次の、町?

 

「……道は分かるのか?」

 

「おうよ! キリ――先に行ったダチがメールでマップを送ってきてくれたヤツがあるぜ!」

 

そっか、そういえばそんな会話があった気も――

……………

 

 

 

……情報、あるやん。

この誘いに乗らない手は無い。 後の風林火山のリーダーなら無茶な采配はしないだろうし、まさに千載一遇の好機。

 

「了解した。 手を貸そう、クライン」

 

「おう! サンキューな!」

 

……そういえば、クラインは今一人だ。 他のメンバーはどうしたのだろう?

 

「……人手を欲している、と言ったが、他の者は如何した?」

 

「あぁ、他のヤツに片っ端から声かけてもらってるよ。 見捨てる事なんて出来ないしな」

 

うわ、流石性格イケメン。 そこに痺れる憧れるぅ!

これで女性を前にした時鼻の下伸ばさなきゃ完璧なんだがな。

 

「……とは言っても、さっきあんな事があったばっかりだからなぁ。 正直、オレたちだけで行くことになるかとおもっていたんだ」

 

……それもそう、だな。

考えてみれば、そこいらの連中みたいに絶望に打ちひしがれている方が普通なのだ。

逆に言えば、こうやって直ぐ動ける人の方が異常なのだろう。 俺みたいに予め知っていなければ、キリトみたいに先の事を危惧したり、クラインのように強い意志を持っていなければ、期間は兎も角、安全圏に引き篭るという選択をするだろう。 クラインの台詞から察するに、協力を約束したのは今の所俺だけっぽいし。

生きている以上、誰だって死は怖い。 そしてここは、少なくともモンスターに襲われる心配のない場所。 ()の拠り所。

だからこそ、75層まで開放されてもまだ留まり続ける人々がいた。

 

……それ自体は間違いだとは思わない。 立派な生存戦略の一つだ。

しかし、

 

 

 

――それは、生きていると言えるのか?

ここは現実であると同時にゲームの世界。

極端な例を挙げれば、一切飲まず食わずでも生きる事は出来る。 腹は満たされないが、現実の肉体には点滴で栄養を与えられているからな。

 

 

……まあ、だから如何したという話だが。

何時だって選択するのは自分自身。 彼らが意識を変えない限り、どうやったって状況は変わらない。 奇跡(救い)を座して待つのみ。

俺には、如何することも出来ない。

 

何故なら、俺は王ではないからだ。

誰かを率いたり、鼓舞した経験なんて当然ない。 つーかぶっちゃけしたくない。

大層な名前を背負っちゃいるが、俺は所詮十五世(一般人)。 かの三世(極刑王)のような、民や国の為にドラクル(悪魔)と、串刺し公と汚名を被り続けた王とは違う。

 

 

 

 

 

………………だが、

 

「? ヴラド?」

 

 

 

 

――その背中を目指すのは、別に構わんだろう?

 

 

俺は、征服王のような覇道を持っていない。

 

俺は、騎士王のような誇りを持っていない。

 

俺は、英雄王のようなカリスマ性を持っていない。

 

まさしくただの一般人。

だが、憧れることは出来る。 例えハリボテでも、マネすることは出来る。

何より、ここにあの英雄たちはいない。 あの王道を目にし、この先の絶望を知るのは、ただ一人。

ならば覚悟を決めよう。 俺だけの『王道』を示そう。

悲劇を減らす為に。 絶望を払う為に。 その為の布石(ノーリターンポイント)を打とう。

ちと早過ぎる気もするが……

 

 

――これが、俺の、運命(Fate)だ。

イメージしろ。 目的を明確にしろ。

俺はヴラド。 道中には我が領土を荒らす蛮族(ポップしたモンスター)

目標は、次の町。 ここにいては、いずれ詰む。

これより先は死地にして、生きる為には進む他無し。

ならば武器をとり、立ち上がろう。

 

………なぁ、俺。 道化になる覚悟は出来たか?

 

 

 

 

 

「――聞けぇぇぇぇぇ!!

 

 

 

――余は、出来たぞ。

 

 

腹の底から声を出したことで、僅かなりとも視線が集まる。

怯みそうになるが、それを根性で抑え込む。 ナーヴギアを使っている以上、感情が表情にダイレクトに反映される。 ビビってると思われるな。 完璧を目指せ。

かの王たちは、一度でも己の王道を疑ったか?

否。 否! 否ッ!!

 

「余の名はヴラド! これより我らは次の町『ホルンカ』へと進む! 我こそはと思う者は付いて来い! 死の恐怖に震える者は留まるがいい!

だが、これだけは言っておこう――

ここで脚を止めた者は敗者である!

あれらは蛮族。 我らの道を穢し、不遜に下劣に喰らう事しか頭にない愚者どもだ。

それらに屈服すること、それ即ちこの世界への降伏である!」

 

途中どうしても台詞が思い浮かばずに黒のランサーの台詞をパクって、そのクセ短い。 というか勢いで言ったから意味なんてろくすっぽ考えてねぇ。 揚げ足を取られたり『何言ってんだアイツ』扱いされたらジ・エンドじゃねぇか。 こんなのでマトモに付いてくる奴なんているのか?

だが、出来ることはやった。 反応が返ってくる前にとっとと退散するか。

 

………ところでホルンカ(次の町)あるのってどっちの方角だ?

取り敢えず適当に西に進むか。 丁度向いてた方角が西だし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――とまあ、そんなこんなでざっと一時間後。

奇跡的に方角は合っていたらしく、諦めずに声かけを続けていたらしく後から来たクラインには特にツッコまれなかった。

さて、今は、将来的に風林火山のギルメンになる人たちを待っているところだが、丁度いい。 記憶を思い返す時間とするか。 覚えている範囲の知識を確認しよう。

先ずは死者の出るイベント。 第一層のフロアボス。 原因は確かβ版との情報の違い。 後は第七十五層のボス戦とラフコフ戦と………クリスマス系のイベントで何かあったっけか? 一瞬クリスマスソングが脳裏を過った気がしたが。

ALOとGGOの件は一旦保留。 特にALOはアインクラッド時点で手を出せる事はない。

次いでモンスター。 雑魚のデータは兎も角、劇中で明確に描かれたボスモンスターは、『イルファング・ザ・コボルトロード』、『ザ・グリームアイズ』、『ザ・スカルリーパー』、後一層地下の隠しダンジョンの死神、計四種。 やはり今一番警戒すべきは直近のコボルトロードか。 レイドを率いていたあの男(名前忘れた)、はて、どう救うか……

 

思考を巡らせている間にメンバーが集まったのか、複数人の足音が聞こえる。 チラリと横目で見るが、

――集まったのは、10人ちょい程度の人数だった。

 

………失敗、か。 正しく道化だな。

フッと片頬だけで皮肉気に笑う。 ま、所詮は一般人だという事か。 むしろ安心したな。

 

 

さて。 幾らか肩の荷が降りた、というか肩透かしを喰らった気分とは言えど、後の風林火山のメンバーを減らす訳にはゆかぬ。

この初陣にて俺が磨いた護国――国ではないな。 護りの槍、試してみるとしよう。

 

 

「――ではクライン。 道案内を頼むぞ」

 

「おうよ! 行くぞ、テメェら!」

 

 

――薄暗い草原に一歩、戦士が足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……後々、「この時の自分をブン殴りたい」とヴラドに思い出させる行軍が、始まった。



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4 串刺し公、暴れる


すまない。 今日ハロウィンだからイベ回にしようと思ったけど、ストーリーが全然進んでなくて、書けなくてすまない。

取り敢えず、本編、どうぞ。





 

 

 

 

始まりの町を出て早十分。

 

現実とリンクでもしているのか、やけに早い日没に焦りながら、もう飽きる程見たフレンジーボア……長いな。 猪でいいや。 猪の鼻面に槍を刺し、怯んだ所で蹴り上げ→振り下ろしで叩き潰す。

あっさり吹っ飛んだゲージを眺めながら、内心深々と溜息を吐いた。

 

 

――ヤベェ、極振りし過ぎた。

 

 

原作(Fate)のヴラド三世のステータスは、筋力A 耐久A 敏捷C。

だからアルゴとは真逆、STR(筋力値)に極振りしたんだが。

うん。 あれだ。

 

致命的に足が遅い。

 

両手槍をモンスター刺さったままブン回せた時はちょっと心躍ったが、穂先を余計なモン(モンスター)が包んでる所為でダメージ出ないからほぼ牽制だし。

これならちょっとはAGI(敏捷)に振っとくべきだった。 どう考えてもこれ俺が原因で遅れてるよね? だから『どぞ』みたいなノリで俺が矢面に立たされてるんだよね?! 中途半端に逃げようとした所為で前から横から後ろからモンス来てるし!

そいえばヴラド三世はウロブチランサーだったネ! ちくしょう不幸(幸運E)だ! 耐久系にもろくすっぽ振ってないからガードの上からガリガリ俺のHP減ってるし! さっき飲もうと思って出したポーション落っことして一個無駄にしたし!

パッキーン言って中身が地面に沁みてった時のなんとも言えない虚無感が、貴様らに分かるかぁぁぁぁぁ!

気がついたら奥の方にバイオに居そうなキモイ植物(リトルネペント(だっけ?))が混ざってるのが見えたから、手前にいた猪の額に槍ブッ刺して操虫棍よろしくジャンプ、体重掛けるついでにグリグリと額を抉ってオーバーキルして、高所からのバスターで草野郎の胴体の細い茎ごと上から真っ二つにする。

ハッハー! 一瞬実付き花付きがどーのこーのって記憶が戻った気がしなくもないけどワンパン出来るならカンケーないな! うん! 決してコペナントカサンのこととか思い出して罪悪感マッハだとか、そんなことは――

 

 

…………ちゃんとAGI(敏捷)にも振っとこう。

というか言い訳みたいになるが、なんでわざわざ敏捷値を上げないと素早さが上がらないんだ? 『そういうシステムだから』と言われればそれまでだが、現実では速く走るには当然相当な筋力が必要だ。体力にしろ筋力にしろ敏捷にしろ、それぞれは密接に関わっている。 何かしら、例えば一定値ごとに全ステ数値上昇とかのボーナスでもあったりするのか?

 

……ここで考えても仕方ないな。 まずは自分たちがこの状況を生き残らなければ。

さっきのキモ植物は森以外ではレア敵扱いなのか、視界に映るのは猪と狼だけ。

いつの間にか赤一歩手前まで減ってたHPゲージに軽くビビりポーションを取り出すも、さっきのパッキーン事件(今命名)のトラウマが蘇る。

でも狼も飛び掛かりの溜めに入ってるし………えぇい! まず貴様から片してくれるわぁ!

飛び掛かりをパリィするのにと、両手をフリーにする為に手に持ってたポーションを咥えるべく口元に放r

 

パキッ

 

イテェェェェェェェエエエエエ?!? 何事?! 敵襲!? てか敵前前前!!

完全にパニックになりながらも石突きで跳ね狼の顎を打ち上げ、ついでに後ろで順番待ちしてた猪の両目をム○カ()して槍を戻したら、顎打った狼が穂先にジャストフィット。 木っ端微塵になる。 あーたどんな跳び方したのさ? つか俺氏の口元ォ!

鏡代わりに槍の穂先に写し――

耐久値がもう無いのか曇ってたから『目がぁぁ』してる猪のドタマにブチ込んで、新しいのをストレージから引っ張り出して確認。

うわダメージエフェクトで真っ赤やん。 また瓶割れたんか。

でも結果論だけど、回復ポーションは中身さえ摂取しとけば方法問わずみたいだな。 それが知れたのはラッキーだ。 いざって時は味方の顔面にポーション投げつければそれだけで援護になるってことだからな。

 

 

――さてと。 なんやかんや精神的に非常に疲れたが、ホルンカの町はもう見えている。

敵も槍ブンブンしてる間にパッと数えられる程度しかいなくなってるし、とっとと片付けるか。

 

猪の突進を極振りSTR値に任せて足で止め、槍で一閃、現実なら延髄を垂直に切断してポリゴンに還し、噛み付いてくる狼は右袈裟斬りにして怯んだ所に踏み込み、左袈裟斬りで心臓部斬って始末。

背後の面子にグロ植物(本日二体目)が溶解液吹いてるのを投擲で撃墜、そのまま奴に刺さったから掌底で深く突っ込んでやってトドメ。

さて次はと振り返れば、残りはクライン達が十数人掛かりでボコったらしく、全滅してた。

……一人くらいこっちの援護にまわしてくれてもよかったんだぞ?

 

内心ちょっとショックを受けながら、ホルンカの門を潜ると、「疲れた」等の呻き声を上げながら座り込むメンバーたち。

すまない。 敏捷値がクソで本当にすまない。 アレ多分普通に振ってれば三十分ちょいで着く距離だったね。

 

……ま、メンバーから死人は出てないし、その分モンスと戦えて経験値やアイテムが手に入ったんだから、よしとしとくか。

 

「……皆、よくやってくれた。 汝らの奮闘が、この結果をもたらした」

 

「あー、それはいいんだけどよ。

その、口元……」

 

あ、忘れてた。

さっきと同じように穂先を鏡代わりにぷっちぷっちとガラス片を引き抜くと、圏内なのもあって直ぐに元通りになる。 あってよかったペインアブソーバー。 無ければ拷問だった。 つか継続ダメージ扱いだったんだアレ(ガラス片)。 変な所でリアルだな。

 

微妙に締まらない空気の中、目的を達成したのと、普通に遅い時間帯なのもあって、自然解散となった。 クラインとフレ登録出来たのが今日一番の収穫だな。

取り敢えず今日は俺も休むとするか。 試してみたいこともあるし、泥素材の換金やステ振りはその後でもいいだろ。

それでも一応流しでは見るかと、ストレージを開くために右腕を上げかけた所で、声をかけられた。

 

 

「すぃまっせ〜ん。 アンタが『ヴラド』ですかぁ?」

 

………誰? この一通(セロリ)モドキ? HDDのフリード神父の方が近いか。 後ろには線の細い中性的な少年(ただし目が死んでる)もいる。

後ろの奴は兎も角、手前のフリード君(仮)は性格ブッ飛びキャラに似てるのもあって、念には念をで槍を握る手に僅かに力を加えながら応対する。

 

「………貴様らは?」

 

「オレは『ジョニーブラック』。

んでコイツが『ザザ』。 なんでも、オタクの演説が効いたらしくてよぉ」

 

「…………………」

 

「ぁ? もしもーし?」

 

 

……あぁ、フリード君(仮)じゃなくて、(オブラートに包んで)フリード君だったか。

こりゃ失敬、HA☆HA☆HA!

 

………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで貴様らやねん。

 

思わず思考が止まっちまったじゃんか。 どうやら神サンだかアラヤだかはよっっぽど俺が嫌いらしい。

つかなにこの急展開。 ここでこいつらコロコロしろって啓示なの? 殺っちゃうよ? 色々連チャンで来すぎてテンションがハイになってる今のオジサンならつい殺っちゃうよ??

待て待て待て待て。 ヘタにコロコロすると後の展開が読めなくなる。 特にGGOとUW編はコイツらが原因で物語が始まる訳だし、それに確かメイビーコイツらの殺害人数は足しても50前後程度だったハズ。 後を考えればワンチャンもっと死者が出てもおかしくぬぇ。 超アバウトケリィ式天秤でコイツらは見逃しケッテー!

よしとりまラフコフに目つけられることだけは何がなんでも避けねば! 幸いボスのPoHはまだログインすらしてないハズ! まだ逃げ切るチャンスはある!

 

「ちょっとー、オッサン聞いてるかー?」

 

「あ、あぁ。 どうやら余も疲れているようだな、少々惚けていたようだ。

して、何用だ?」

 

「それはな――」

 

場合によっちゃ圏内でも衝撃は通るのを利用して距離を稼ぐのに、薙ぎ払いが打てるようにさり気なく槍を長く持って肩に乗せる。

さぁ、どう出る?

 

 

 

 

 

「――どうやったらあんな風にバッサバッサ敵吹っとばせるんだよ?! オッサン戦国バ○ラの人?! なあオレにもやり方教えてくれよぉ〜」

 

 

 

…………………は? なんか違く――

あ、そうか。 『PoHはまだログインすらしてない』んだ。

元々サイコっぽい感じはあるようだが、まだ彼らはただの一般人、それも見たところ中高生くらい。 いきなり他人を殺しにかかるようなレッドプレイヤーじゃない。

警戒するのが馬鹿らしくなってきたから、全身から力を抜く。

 

「……STR(筋力値)に極振りしたらこうなった。

言っておくがお勧めは出来んぞ。 力だけあっても相手に追いつくことが出来ん。 回避もままならない。

後は、そうだな。 実戦だけでなく素振り等、基本的な修練を積むがよい。 人間の骨格や筋肉の位置や付き方を考慮すれば、力の入る動きは必然的に絞られる」

 

「おぉ〜?」

 

「………素振りや、効果的な武器の扱いを考えよ」

 

「オッケェィッ!」

 

グッ! じゃねぇよグッ! じゃ。 親指ヘシ折ったろかコノヤロウ。

「じゃ〜な〜」と元気よく村を飛び出していくジョニー。 ……俺の言ったこと分かってんのかな、なぜ圏外へ行く? まあどうでもいいか。

今度こそ宿を探そうと、特に当てもなく村を歩く。 あぁ〜寝床が俺を呼んでるんじゃ〜。

 

「……………」

 

「……………」

 

 

あ、クラインsみっけ。 これからクエ? そっか片手剣クエの民家はあれかぁ。

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 

今度は黄色フキダシのNPCか。 なになに、『逆襲の雌牛』……あぁ、バター入手クエか。 今度受けよう。

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 

お、やっと宿屋見っけ。

………ところでさぁ、

 

「何故付いてくる?」

 

何時からザザはRPGの仲間NPCにジョブチェンジしたんだ? 無言で後ろを付いて回るから気になってしょうがない。 ついでに言えば、こいつGGOで出た弟に似て女顔だから目立つし。

 

「……………」

 

「………黙りか」

 

案内してとか言われても俺だって分からんし、パーティー組んでとか言われようもんなら拒否がメンドイ。 とっとと退散するか。

 

「――どうやったら……………」

 

ん? やべ、遅かったか?

 

……いや、違うな。 どうやら、別ベクトルの面倒事みたいだ。

 

 

 

「……どうやったら、アンタ、みたいに、堂々と、していられるんだ?」

 

「………堂々と、か」

 

 

自分で言うのも何だが、今の俺は結構美形だと思う。 腐っても貴族階級の人間だし、しかもウチの家の現当主だから、ナヨナヨしてられなかった。 何より、死亡フラグがそこらへん散歩してるFateの世界だと思ってたから、デッドエンドを避ける為に積極的に動き回っていたら自然とこうなっていた。

 

………よく思い返せばコイツ(ザザ)に関しては、エストック使いという事と、弟がGGOでやらかす、という事しか知らない。

 

 

 

 

 

……もしかしたら、余地(・・)があるかもしれないな。

後の事を考えてとか言い訳しつつ、コイツらに殺される人を見殺しにするも同然の判断をしておいてこの掌返しはないだろと、自分でもツッコミたいが、まぁ、

 

 

 

 

 

 

 

――さっきまで死んだ魚の目をしてた子供が、大人を頼ってきたんだ。

突っ撥ねるのも大人気ないだろ。

 

「……お前がどんな答えを求めているのかは知らぬ。

だが、一つだけ言うならば、自信を持て。 ここ(SAO)は現実であるが、同時にロールプレイング(・・・・・・・・)ゲームの世界でもある。 現実での優劣は無きに等しい。 言うなれば、ほぼ全員が同じスタートラインに立っている。

であれば希望せよ。

己が求める己自身(・・・)を目指すことに、一体何の異議がある?」

 

要約すれば、『ここって所謂異世界だし、一旦現実のこと忘れて行こうぜ!』である。 無責任甚だしいなオイ。 しかもスタートライン云々は対象年齢無視したチビッ子やVR不適合者をガン無視してるし。 ナイワー、我ながらそれナイワー。

 

が、こんなんでもザザにとっては聞く所があったらしい。 オジサン君が騙されないか心配になってきたよ。 あ、騙された結果が原作(ラフコフ加入)か。 とりまPoH見かけたらカズィっとこう。

 

頭の中で某ポンチョをギッタギタに処してると、何を決意したのか、「……分かった。 やって、みる」と返事があった。

何が分かって如何するのかは非常に気になるが、この意味不テンションで聞いても余計拗れるだけだろう。

……続きは今度にしよう。

心のなかでそう締めくくると、NPCのスタッフに話しかけるのだった。

 

 

 

 

 



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閑話 血塗れ王鬼、覚醒す



折角の祭日なのに、普通に一話投稿するだけじゃつまらないと思ったので、予告無しにもう一話投稿しました。
〆切に追われるアンデルセンの気持ちがちょっとだけ分かりました(苦笑)。



 

 

 

 

――『彼』は、不幸な人間だった。

 

医者の息子に産まれながらも病弱で、入退院を繰り返しているうちに留年。

両親からは見放され、弟にプレッシャーが集中している現状からくる罪悪感からも逃れるためにゲームにのめりこんでいった。

そして、辿り着いてしまったのは、鋼鉄の浮遊城だった。

 

 

 

 

 

――デスゲーム開始が宣言され、真っ先に心に思い浮かんだのは、『恐怖』だった。

 

『死にたくない』という、生命として当たり前な『死への恐怖』。

 

残してきてしまった現実の心残りである弟のこともある。

 

 

――進まないといけない。

 

 

直勘的にその考えは浮かぶが、過去の失敗の経験や、ゲーマーだからこそ分かる、アインクラッド(VRMMORPG)を一度も死なずにクリアすることの難しさが、その決心を鈍らせる。

それに、仮にクリア出来たとしても、自分にはもう、現実の居場所は無い。

………だったら、いっそ、――

 

 

思考が危険な方向(本来の運命)に傾き――

 

 

 

 

 

 

「――聞けぇぇぇぇぇ!!

 

 

 

――きる前に、運命は、変わった。

 

 

突然の大声に驚いて目を向ければ、そこにいたのは、おそらく外国人であろう長身の銀髪の男性。

 

 

「余の名はヴラド! これより我らは次の町『ホルンカ』へと進む! 我こそはと思う者は付いて来い! 死の恐怖に震える者は留まるがいい!

だが、これだけは言っておこう――

ここで脚を止めた者は敗者である!

あれらは蛮族。 我らの道を穢し、不遜に下劣に喰らう事しか頭にない愚者どもだ。

それらに屈服すること、それ即ちこの世界への降伏である!」

 

 

それだけ叫ぶと、さっさと町の出口へと歩いて行ってしまう。

――嵐のように叫び、嵐のように去る。

その反応はまちまちだった。

 

 

勢いと激しい言葉使いに押されたのか、俯いたままその日の宿を探しに歩む者。

 

何かに触れたのか、大急ぎで武器屋やアイテムショップに向かう者。

 

異端者を見るような目でそれらを見送る者。

 

あの男とは別にパーティーを組み始める者。

 

 

そして、彼は、

 

 

 

 

 

……………追おう。 あの人を。

 

 

 

 

 

惹かれた側の人間だった。

 

リアルは今まで負けっぱなしだった。 期待されることなんてなかった。

だからゲームにのめりこんだのに、そのゲームですら負けたくはない。

 

……それに、何より。 あの人と一緒なら、『ナニカ』が変わる気がする。

それを願って、暗くなり始めた町を歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武器は……レイピアのままでいいだろう。 後はアイテムだな。 同じ町のNPCショップでも、値段が違っていることはよくある。極僅かな差でも、小金しかない今は、その差は大きい。

マップを開いて、アイテムショップのマークを頼りに向おうと路地に足を踏み入れ、

 

「っ!?」

 

途端に壁にぶつかったかのような衝撃が身体を打つ。

咄嗟に前をみれば、同い年位の白髪の少年が大袈裟に呻いていた。

 

「うお〜、痛って! マジ痛って! さっすがVRゲー!」

 

「すまない、前を、見てなかった。 大丈夫、か?」

 

ナーヴギアにはペインアブソーバーが付いていて痛みは無い筈だから、習慣や反射のようなものだろうとはいえ、一応、声をかける。

 

「……と思ったけどアレ? そんなでも無いな?

ま、いいか! それよりオタク、もしかしてこのゲーム慣れてる?」

 

「いや、初めて(ニュービー)だ。 ただ、別のVRゲームを、やってた」

 

「なーるほど、それで……」とジロジロ上から下まで眺められる。

それに僅かにイラついたころ、ヘラヘラしながら手を差し出してくる。

 

「じゃあ、オレたちパーティー組まないか? なんっか合いそーな気がするぅんだよな、オレたち」

 

……何が『じゃあ』なのか分からないが、一人よりかは安全だろう。

渋々ながらもこちらからパーティー申請を送り、すぐに自分のHPバーの下にもう一人分、名前とゲージが表示される。

 

 

「そいじゃ、よろしくな『ザザ』!」

 

「あぁ、『ジョニー・ブラック』」

 

 

 

 

 

――改めて聞けば、ジョニーはVRゲーこそ初めてだが、旧作のMMORPGのプレイ経験はあるらしく、同じような理由で路地にいたらしい。

町中心近くの店で回復ポーションを買えるだけ買って、町の西に向かう道すがら、ふと何でジョニーはオレより早く動き出せたのか聞いてみれば、

 

「だってよ、まるで異世界転生モノみたいじゃん! オレTUEEEEしないともったい無いじゃん!」

 

とまあ、わりとふざけた答えが返ってきた。 武器はナイフ(攻撃値最低)なのに。

………本当に大丈夫なんだろうか、コイツ。

 

早くも後悔し始めてきた頃、漸く町の出口が見えてきた。

もう既に何人か集まっていて、その中心には、腕を組んで門の支柱に寄り掛かる、あの男の姿があった。

もう出発するのかと、慌てて最後尾に混ざると、男の目がオレたち全員を見渡して、

 

 

「――行くぞ、テメェら!」

 

 

隣にいた野武士顔の合図で、一斉に夜の道へと、踏み出した。

 

 

 

 

 

――当然、一分としないうちにモンスターが湧いた。

いくらここが最下層、最初の町のすぐ外とはいっても、ゲームは始まったばかりでプレイヤーのレベルは低く、ステータスも低い。

前や横にポップしたモンスターを引き剥がすことも出来ず、すぐに乱戦になる。

 

 

 

………そう、思っていた(・・)

 

 

 

パーティーの前列。

襲い掛かるほぼ全てのモンスターが、そこで殲滅されていた。

五人前後のプレイヤーがソードスキルとスイッチを駆使して立ち回っているのもすごいことだけど、

 

 

――アレには、敵わない。

 

 

 

 

 

―――ダメージエフェクト(血飛沫)が舞い上がると同時に、狼の体躯がカチ上げられる。

それが見える頃には槍が首に突き刺さり、貫通ダメージを与えながら前方の狼や猪に叩きつけ、三体まとめてポリゴン片に砕く。

相手からの視線が途切れたその一瞬で逆手に持ち替えて一直線に突進、猪の額に突き刺さすと棒高跳びの要領で跳び、体重をかけて槍をより深く突き込んで止めをさし、高所からの振り下ろしで初めて見る植物型モンスターを幹竹割りに真っ二つにする。

飛びかかる狼を、槍を一回転、石突きで撥ね、奥のモンスターの眼部を二段突きで潰し、落ちてきた狼を槍の穂先を掲げる事で串刺し、仕留める。

槍の耐久値が下がれば、敵の急所を貫通させて大地に縫い付け、経過ダメージで殺す。

 

一切ソードスキルを使わず、硬直時間零で槍が縦横無尽に振るわれ、モンスターを突き、裂き、砕き、跳ね、蹂躙していく。

 

 

流石に完全に無双とはいかず囲まれてダメージを受けることこそあれど、一々呷る間も惜しいとポーションを瓶ごと噛み砕いて飲み干し、再度蹂躙が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――月を背後に、青白い顔の口元を(ダメージエフェクト)で紅く染めたその姿。

 

――ホルンカに辿り着くまでの一時間超、常に最前線に立ち続けたその体力。

 

――モンスターすらを軽々と振り回す力。

 

――執拗に首と心臓(急所)を狙い、敵の半数以上を易々と蹂躙した攻撃性。

 

――まるで永い時を生きた様な風貌や威厳と、何処か時代錯誤な言葉使い。

 

 

誰かが、こう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――まるで、『ドラキュラ』だ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ホルンカに着く頃には、無限に思えたモンスターの群れは全て殲滅されていた。

長時間に渡る連戦、乱戦で疲弊しきり、全員が地に伏せているのに、その男だけが立っていた。

 

――それが当然だとでも言うように。

 

――寧ろ、血が、生贄が足りぬとでも言うかの様に。

 

 

男は(ダメージエフェクト)に染まった口元を拭い、その場をゆっくりと後にする。

 

 

ま、待って、くれ――」

 

咄嗟に呼び止めようとするも、声が掠れてでない。

その間にも、闇の中に蝙蝠に化けて消えそうな背が遠ざかる。

 

「……アイツがザザの言ってた奴なんだよな?」

 

「あ、あぁ」

 

「ふーん…… おし、行こうぜ!」

 

ひょいと立ち上がると、スタスタと近づいていく。

置いて行かれない様に慌てて後を追うと、丁度ジョニーが話しかける所で追いつけた。

 

「すぃまっせ〜ん。 アンタが『ヴラド』ですかぁ?」

 

「………貴様らは?」

 

振り向いたその顔は、暗い夜なのもあってか、顔の青白さと青い瞳が、月や銀のような鈍い輝きを放ってオレたちを貫く。

 

「オレは『ジョニーブラック』。

んでコイツが『ザザ』。 なんでも、オタクの演説が効いたらしくてよぉ」

 

「…………………」

 

「ぁ? もしもーし?」

 

ジョニーが名乗ると、ほんの一瞬目が細まり、僅かにプレッシャーが増す。

気が付いていないのか、ジョニーは変わらず話しかけ続ける。

 

「ちょっとー、オッサン聞いてるかー?」

 

「……あぁ。 どうやら余も疲れているようだな、少々惚けていたようだ。

して、何用だ?」

 

「それはな、どうやったらあんな風にバッサバッサ敵吹っとばせるんだよ?! オッサン戦国バ○ラの人?! なあオレにもやり方教えてくれよぉ〜」

 

どうやらジョニーは、人間程の大きさのあるモンスターを文字通り吹き飛ばした力の方に興味があるらしい。

……そういえば、『俺TUEEしたい』とか言ってたっけ。

 

何かに警戒していたのか、増していたプレッシャーが緩み、質問に応答する男。 その応えも、現実で武術を習った事があるのか、ひたすら戦闘経験をつませるのではなく、基本を押さえたものだった。

満足したのか、「じゃ〜な〜」と元気よく村を飛び出していくジョニー。 ただしちゃんと理解しているかどうかは不安だ。

 

似たような事を考えていたのか、男も小さく溜息を吐き、村の奥へと、何処か幽鬼のようにフラフラ歩むその背を、無言で追う。

月光に照らされる道を、道中一緒だった他のプレイヤーやNPCと二言、三言話しながら村を半周程進んで宿屋の前に辿り着く。

 

そこまできて、オレは焦っていた。

村を回っている間中、一度も話しかけられなかった。 それが、無視されているようで。 その姿がリアルでオレを見捨てた親にだぶって――

 

 

「何故付いてくる?」

 

 

はっと顔を上げれば、青い瞳がオレを見下ろしていた。

ただそれだけで幻影が搔き消える。

 

「……………」

 

「………黙りか」

 

自分でも何か言いたくて、でも喉に詰まってしまう。

かろうじて漏れ出たのは、

 

 

「――どうやったら……………

……どうやったら、アンタ、みたいに、堂々と、していられるんだ?」

 

 

そんな、とても抽象的なものだった。

当然、慌てた。 これだけじゃ伝わらないし、リアルが絡んだ内容だ。 分かってくれるはずが、ない。

 

 

………だけど、

 

 

「………堂々と、か」

 

 

薄っすら髭の生えた顎に手を当て、少し考えてから、

緩く、片頬を上げてワラいながら、こう答えた。

 

 

「……お前がどんな答えを求めているのかは知らぬ。

だが、一つだけ言うならば、自信を持て。 ここ(SAO)は現実であるが、同時にロールプレイング(・・・・・・・・)ゲームの世界でもある。 現実での優劣は無きに等しい。 言うなれば、ほぼ全員が同じスタートラインに立っている。

であれば希望せよ。

己が求める己自身(・・・)を目指すことに、一体何の異議がある?」

 

 

――自分が求める、自分自身。

 

そんなものに、オレはなれるのだろうか。 誰にも期待されなかった、このオレに。

 

『自分には無理だ。』 そう言おうと顔を上げれば、

 

 

 

 

 

――(異形の瞳)が、オレを見下ろしていた。

 

 

 

 

この瞬間、察した。

 

 

この男は、『支配者』であると。

 

異形の狂気と死の恐怖すら捩伏せる、『夜の王(ドラキュラ)』だと。

 

そして、王の目の前に立ったオレに、そんな弱音を言う事は赦されないと。

 

 

 

 

 

「……分かった。 やって、みる」

 

 

気が付いたら、オレの口はそんな事を言っていた。

それを聞いた男は、当然だとでも言うかのように嗤い、建物へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――アインクラッド最初の夜。

 

白く、柔らかい光を放っているはずの月が、

確かに、ほんの一瞬、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――紅く、輝いた。

 

 

 



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6話 串刺し公(血塗れ王鬼)、ドン引く





 

 

――ホルンカに到達して、あれから約一ヶ月後。

俺たちは、迷宮区に潜っていた。

 

……え? ザザとはその後どうしたかだと?

下手にPoH邂逅イベとかあったら目も当てられない、というのもあるが、コイツはちゃんと努力すれば結構強くなるハズなのだ。 何せソードアート・オンラインシリーズ中の敵で数少ない、実力のみでキリトを追い詰めた人物の一人だ。 期待は大きい。

と云う訳で、何故か向こうからパーティー組む提案をしてきたから、その場で即決した。 この判断が吉と出るか凶と出るかは分からないがな。 キチ(原作ルート)と出る可能性だってある。

後ジョニーはどこかに行った。 メッセ送っても『オレは孤高に生きるぜ(キリッ』としか返ってこないから諦めたとも言う。

 

 

……まぁそんなこんなで、順調に攻略を進めている。 今はポップしたコボルトをザザがタイマンで相手しているのを眺めている。

俺たちの武器は、揃って刺突系だ。 隙間に突っ込んで抉れば終わりな鎧を纏うコボルトとの相性はいい。 そもそもここは、良くも悪くもまだ第一層。 ソードスキルがクリティカルすれば、雑魚は大体ワンパン出来る。

現に今だって、リニアーが鎖骨に当たってゲージが空になったコボルトがポリゴンに爆散した。 やはり脆いな。

 

「終わった」

 

「うむ。 大分良くなってきたのではないか?」

 

ザザ、最初は酷かったからな……

棒立ちでフェンシングっぽい動きをやろうとして、微妙に笑いを誘うナニカになってた。 それが今じゃ、ソードスキル無しでもパリィが出来るようになって俺が手を出す事もほぼ無い。 ちゃんと動く急所にピンポイントで攻撃を当てられるようにもなったから、一体当たりの戦闘時間も減ってる。

ズブの素人が一ヶ月でここまで来たんだぞ? 普通に才能の域だ。

……俺の時はな…………色んな意味でもっと酷かったからな………

 

あれこれ思い出して微妙に憂鬱になってると、「マスター?」と首をコテンと傾けて聞いてくる。

………これが後の髑髏マスクの中身になるとか、全く想像出来ん。 マジでPoHは何やったんだ??

それ以前にマスターってなんなんだ。 何時からここは冬木市になった? 前に理由を聞いたら『マスターは、マスター、だろ』と返ってきた。 ……頭痛い。

 

 

「……む、大事ない。

そろそろ正午か。 昼食としようか」

 

「はい」

 

それは一先ず置いといて、定番のクリーム付き黒パンを食べる為に安全圏へと向かう。 道中コボルトと狼が襲ってくるが、律儀に威嚇動作をしてる間に刺殺する。 戦闘描写して欲しくば、この三倍はもってくることだな。

 

「……二対一で、五秒、かからないって………」

 

「何か言ったか?」

 

「いや、何も」

 

? まぁいいか。

薄い半透明の膜をすり抜け、小さな広場に到着する。 ザザがついて来ているのを確認してからウィンドウを開くと、メール欄に新着を示す赤いマークが点滅していた。

メール? 誰からだ?

その部分をタップして開くと、Klein(クライン)からのだった。 内容には、第一層フロアボス攻略会議への誘いと、自分たちは見送る旨が書かれていた。

……彼奴らは不参加なのか。 そういえば原作にも描写がなかったな。

空気の読めない連中が混じっているから少々不安だが………

 

「ふむ。 ザザ、今レベルは幾つだ?」

 

「レベル? 16、だ」

 

「最低限のマージンはある、か」

 

クォーターボスを相手取るならもう五は欲しいな。

今朝町で配られていた案内本によれば、敵は『イルファング・ザ・コボルトロード』。 武器は片手斧に丸盾(バックラー)、ラスト一本のゲージがレッドゾーンになるとタルワールに持ち替える。 取り巻きは四体。 ゲージ本数が減る毎にリポップ、か。

俺が参加するのは決定だとして、コイツ(ザザ)はどうするか。

 

「……マスター?」

 

「……………ザザ、町に戻るぞ。

愉しい舞踏会への招待状を受け取るとしよう」

 

――ま、問題無かろう。 レベルに関しては、圏内でも模擬戦をしているから武器熟練度でカバー出来るだろうし。

 

置いて行かれると思ったのか、急いでパンを口に詰め込むザザが落ち着くのを待ってから休憩ポイントを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――マスター(ヴラド)に付いて行って、最前線の町『トールバーナ』まで戻る。

迷宮区奥に出現する蝙蝠型小型mobから低確率でドロップする黒いローブの裾を追いかけながら向かった先は、町の中央から少し外れた野外劇場。 そこには四十人程のプレイヤーが集まり、中央の舞台には染めた(カスタマイズした)のか、青髪の男が立っている。

 

 

「――はーい、それじゃあそろそろ始めさせてもらいます!」

 

 

「間に合ったようだな」と小さく呟いたマスターが、癖なのか建物に背を預けて腕を組む。 移動中に聞いた話だと、ここで攻略会議をするらしい。

 

「今日は、オレの呼び掛けに応じてくれてありがとう。 オレはディアベル。 職業は気持ち的にナイトやってます!」

 

爽やかな笑顔でSAOに実装されていない職業システムを口にし、それに対して周りがツッコむことで笑いが出る。 本能から伏せさせるマスターのとは別のカリスマ性か、全体的にあの男がリーダーの様な雰囲気が現れる。

 

「今日、オレたちのパーティーがあの塔の最上階で、ボスの部屋を発見した!

オレたちはボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームもいつかきっとクリア出来る事を、始まりの町で待っているみんなに伝えなきゃならない! それが今この場にいるオレたちの義務なんだ!

そうだろ、みんな!」

 

拳を振り上げながら力説する。

その熱は伝播して、会場から拍手と喝采が溢れた。

 

「オッケー! それじゃあ、早速だから攻略会議を始めたいと思う。 まずは六人のパーティーを組んでくれ!」

 

その号令に合わせて、観客席に座っていたプレイヤーたちが動き出す。 オレも動こうとして、

マスターが微動だにしていない事に気がついた。

 

「……マスター? パーティーを、作らない、と、」

 

「必要ない。 余とお前で十分だ。

こんな手法で作られたレイドなど、すぐに崩壊する」

 

「!? それって、どうして、」

 

腕を組んだまま一息空けると、マスターは呟く様に続けた。

 

「ある程度大規模の部隊の中で人員を分ける時は、それぞれの役割を全うさせる為に似た能力を持った者を纏めるものだ。 まだステータス差が大きくないとはいえ、各個の性格、武器の特性、胆力。 幾らでも分ける要素はある。

……会議が終わり次第スイッチの練習をするぞ、ザザ。 即席混成パーティー対策だ」

 

「は、はい」

 

そんな会話をしている間に大体のプレイヤーがパーティーを組み終わったのか、ディアベルが話を続けようとする。

 

「よーし、そろそろ組み終わったかな? じゃあ――」

「ちょぉ待ってんか!」

 

それを遮る様にオレンジ色のトゲを何本も生やした男が肩を張りながら舞台の前に現れる。

……あの髪型、一瞬鉄腕ア○ムを想像して吹き出しかけたのはオレだけだろうか?

 

「君は?」

 

「ワイはキバオウってモンや。 ボスと戦う前に、言わせてもらいたい事がある。

こん中に、今まで死んでいった二千人に、詫びいれなあかん奴らがおる筈や!」

 

その言葉に、周囲が騒つく。

 

「キバオウさん。 君の言う奴らとはつまり、元βテスターの人たちのこと、かな?」

 

「決まっとるやないか! βあがりどもは、こんクソゲームが始まったその日に、ビギナーを見捨てて消えよった。 奴らは美味い狩場やら、ボロいクエストを独り占めして、自分らだけポンポン強なって、その後もずーっと知らんぷりや。

こん中にもおる筈やで! βあがりの奴らが!

そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やアイテムを吐き出してもらわな! パーティーメンバーとして、命は預けられんし、預かれん!」

 

大袈裟な身振り手振りでそう叫ぶキバオウ。 雰囲気も何処か不穏なものへと変わり、殺気立っていく。

悪意が膨れ上がり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ、あの!」

 

 

――一人の少女が、その膨張を止めた。

 

 

 

「あ? なんやお前?」

 

キバオウが少女を睨みつける。 この空気の中出て行けば当然の反応だろう。

会議に参加しているプレイヤーの注目が少女に集まるなか、逡巡するように目を伏せさせると、右手でウィンドウを開いて、足元にポーションや武器などが現れる。

 

「……………へ?」

 

「わ、私、元βテスターだから、その、アイテムとコルと、

あ、装備も」

 

「ちょ、待、ストップ! ストォォォップ!!」

 

涙目で装備すら外し始めた少女の手をキバオウが死に物狂いで止めようとする。

さっきまではキバオウを中心にβテスター狩りが始まりそうな雰囲気だったのが、気が付いたらキバオウ狩りが始まりかけていた。

 

「え……?」

 

「う、ぐ、

わ、ワイが悪かった。 ディアベルはん、邪魔してスマンかったな……」

 

社会的に死に掛けたキバオウがヨロヨロと観客席まで戻り、深々と溜息を吐く。

その間にいそいそとアイテムを戻した少女が、同じように観客席に座る。

 

 

「――あ、そ、それじゃあ、再開しようか!

今朝、攻略本の最新版が配布された! フロアボスについてのものだ!」

 

 

少ししてやっと再起動したディアベルが攻略会議を再開する。

 

い、今のはなんだったんだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――キバオウを黙らせた少女。

その顔を見た瞬間、冷や汗が出た。

別にトラウマがあるとか、そういう訳ではない。 問題なのは、件の少女がいる筈の無い人物(・・・・・・・・)ということだ。

いや、他人の空似という可能性もある。 うむ、きっとそうに違い無い。

 

 

アイテムをストレージに戻し終えた少女が、かなり美形の男の隣に座ると、

 

 

 

――ニヤァと、嗤っていた。 その目は、完全にキバオウを嗜虐対象としか見てなかった。

 

 

 

 

 

 

 

……………ジーザス。 どんな改変が起きればこんな事態になる?!

まぁ、ハンガリーに住むじゃじゃ馬娘に勧められて見たブログに載ってた顔写真にそっくりだったから、気が付けてしまった訳だが。

 

 

 

「――よし、明日は、朝十時に出発とする。

では、解散!」

 

ディアベルが解散の号令をかけ、プレイヤーが一斉に移動を始める。

ザザに「用事が出来た」とだけ伝え、二人(・・)を追いかける。

むぅ、黒歴史(演説)を聞いたプレイヤーに指摘されない様に目立たない場所に立っていたのがアダになったか。 中々追いつけん。

 

競歩に切り替えてスピードを上げ、角を曲がり、

 

 

 

「――ほーら、やっぱり私の言った通りだったでしょ?」

 

ビシッと此方を指差した先程の少女が、ドヤ顔で隣の男に話しかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……その声。 やはり『神崎エルザ』か」

 

「あり? あっち(リアル)の方のファンだったかー。 因みにこっちじゃピトフーイって名前だからヨロ!」

 

「いや、余はそういう訳では、」

 

「あっはは、照れちゃってもー! 別に私はオッサンでもオッケーよー?」

 

「……………もう、勝手にしろ」

 

ダメだ此奴話が通じん! というか止めんかエム(阿僧祇 豪志)(多分)! 貴様が懸念している事は起きんから睨むな!

 

 

 

 

 

――神崎エルザ。

SAOシリーズの番外編『ガンゲイル・オンライン』に登場する、ピトフーイ(毒鳥)の名を冠するキャラクター。

プレイヤースキルはかなり高く、作中では弾丸斬りこそしていないが、銃を装備した集団相手に徒手空拳やフォトンソードで無双する実力を持つ。

元βテスターだが、リアルの都合で正式サービス(デスゲーム)には参加出来ない、その筈だったのだが……

 

 

 

 

 

「――さて! 冗談はそれくらいにしておいて!

私に何か用?」

 

……流石本性を隠しているアイドル。 演技力は凄まじいな。 もっと狂ったキャラだと思ったが。

で、用か。 此奴が原作では未登場のSAO失敗者(ルーザー)に見えて、と言うのが本音だが、そう言う訳にもいくまい。

 

「……先程の攻略会議。 何故あそこまでやった?」

 

「やっぱバレた? こうやって話してて驚かなかったから、そうじゃないかなーとは予想してたけど。

んで、あのモヤットボールをからかった理由? 愉しそうだったからに決まってるじゃない!」

 

「…………哀れな」

 

キバオウに対しては良い印象は無かったが、思わず哀れんでしまった。 が、まぁ、うむ。 ラフコフに絡まれるよりはマシか。 物理的に殺される事はないだろう。 社会的にと精神的にはアウトだろうが。

黙祷はそこそこに俺も逃げないとな。 どんな経緯で狂ったのか、或いはもう狂っているのかは知らぬが、関われば面倒なのは確実だ。

 

「……はぁ。

精々、死なぬ様にな」

 

「オッサンもねー!」

 

頭を抱えたくなるのを我慢しながら元来た道を戻る。

あぁ、これ原作どうなるんだ……? もう俺居なくても既にかなり変わっているような………

……考えても仕方ない。 さっさとザザと合流してスイッチの練習をするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――へぇ。 アレが噂の『ドラキュラ』ヴラドかー。 大分ブッ飛んだヤツって聞いてたから話してみたかったけど、まさか最初から見破られてたなんてね。

 

 

「……エルザ、明日のボス戦はグフゥッ!?」

 

「あーうっさい。 それにこっち(SAO)じゃピトフーイだって言ってるでしょ?」

 

私に対して反論しかけたエムの股間を蹴り上げて黙らせる。

 

 

さ・て・と。

 

「――かなり面白そうじゃない、この世界。 よーし! 明日も、明後日も、明々後日も! 戦って、戦って、戦いまくるわよー!」

 

 

性格とは真逆に綺麗に澄んだソプラノボイスが、青空に吸い込まれて行った。

 

 

 

 

 

 

 




お待たせしました、叔父様が空気な第6話でした。 次回か次々回では(多分きっとメイビー)活躍するといいなー。
感想欄で指摘された点を踏まえて書いてみましたが、如何だったでしょうか?
それでは、また次回お会いしましょう。


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7話 串刺し公、後悔す






 

 

 

――デスゲームが始まって、一ヶ月。

 

二千弱の犠牲者を出しつつも。

 

今日、この時。 第一層のボス攻略が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

「――聞いてくれ、皆!」

 

 

重圧を放つ鉄扉――ボス部屋の前で、抜剣したディアベルが声を上げる。

 

「オレから言う事はたった一つだ。

―――勝とうぜ!」

 

重苦しい両扉が鈍い音を立てて開いていく。

手前側から設置された松明に青い炎が灯り、奥に待ち受ける巨体を照らし出す。

 

『ソレ』を注視すると四本のゲージと、その上にロード()を冠する名前が表示される。

 

 

 

 

―――【Gill Fang The Cobalt Load(イルファング・ザ・コボルトロード)

 

 

 

 

 

 

 

『――GoAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaa!!!』

 

左手に盾を、右手に斧を持った異形が咆哮し、文字通り空気が震える。

呼応するように通常のコボルトより重装備のルインコボルト・センチネルが現れ、此方も斧を構える。

 

誰しもが怯むなか、先頭に立つ男が剣を掲げ、

 

 

「――攻撃、開始!」

 

『『『うぉおおおおおお――っ!!!』』』

 

振り下ろすと同時に、四十に辛うじて届かないプレイヤーが突撃し始める。

 

 

「――では、我らも征くとしようか」

 

その後ろから、俺の横に立っていたマスターが槍を右手に提げ、歩み出る。

先に進んだプレイヤーが取りこぼしたセンチネルが斧をライトエフェクトで輝かせながら突進するが、何でもない様に右肩に矛先が突き込まれる。 関節に異物を叩き込む事で動きが阻害されソードスキルが強制停止し、硬直時間によって一切の抵抗が出来ないまま無惨に爆散させられる。

 

青いポリゴン片が収まり、歩み出した先には、――二体のセンチネル。

 

「!? 他のメンバーは、何を、」

 

「……如何やら再出現速度が弄られている様だな。

ザザ。 常に一対一で戦え。 囲まれれば少々面倒な事になる」

 

「はい」

 

オレが返事をすると、マスターは左側のセンチネルの喉元を石突で突いてノックバックを発生させ、強引に離れていく。

相変わらず化物染みているSTR値に目を疑っていると、残されたもう一体のセンチネルが斧を振り下ろす。

 

「っと、こんな姿、見せられない、な」

 

何とかレイピアで受け流し、意識を切り替える。

相手が体勢を崩した隙に手首を返して切先を喉元に向け、

肩を、肘を、手首を、真っ直ぐに伸ばした。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

唾を撒き散らしながら斧を振り被るセンチネルの肘の内側を斜めに裂き、振り切った先で右手の力を抜き左手で真横に奴の顔面を斬りつける。

絶叫と共に分かりやすく怯むセンチネルの鎧の隙間にツイン・スラストを叩き込み、多分十体目のセンチネルを始末する。

 

……『一撃で殺せない敵は、まず抵抗手段を奪うこと』、か。 今までは実感が無かったが、中々合理的だな。

 

 

……………だが、

 

「茅場め。 難易度を上げよって」

 

β版ではリポップのタイミングが決まっていたらしいセンチネル。 だが制限を取ったのか、今回は斃せば斃しただけ湧いていた。 最大数は変わっていないのか、キリトたち、ザザ、ピトの所に一体ずついる。 β経験者が異変に気付いてコボルトロードに注意していればいいが、嬲り殺して(愉しんで)いるピトは論外にしろ、キリトも安全第一に立ち回っている所為か、違和感は感じている様だがコボルトロードの方は見ていない。

 

チィ、やっかいな状況だ。 このまま行けば確実に死人が出る。

ゲージは三本目が尽きようとしている。 時間も無い。

現時点でのコボルトロードのモーションには変更が無かったのか、若干緩い空気がボス対象組から流れている。

 

はて、如何するか。

 

リポップしたセンチネルが、今度は横薙ぎをしてくる。

バックステップで躱し、口内を上向きに突き刺してそのまま吊るす。 Mobは自身に刺さった継続ダメージ系武器は直ぐに引き抜くが、足が浮いて踏ん張りが利かなければ抜こうにも抜けないだろう。

ジタバタもがく手足が当たって地味に減るHPをポーションで誤魔化しながら、再度思考する。

 

む、暴れるのをやめんか。 回復したそばから体力が減るだろう。 治療した意味が―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………治療(・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――GoOOOOOooooooo!!』

 

咆哮。 そして重い金属が落ちる音。

ハッと振り向けば、野太刀を引き抜くボスの前で青い髪の男が呑気に立ち止まったままソードスキルを発動させていた。

 

「――駄目だ! 全力で後ろに跳べ!!」

 

出来れば聞きたく無かったキリトのセリフが此処まで届く。 が、結果を急ぎ、ソードスキルを発動させたディアベルには届かない。

 

「―――おのれ戯けがッ!!」

 

迷ってる暇は無い。 一か八かだ!

センチネルが刺さったままの槍を手元で回して振り落し、槍投げ(・・・)の体勢に入る。 センチネルは殺しきれなかったが、無視。

最大の懸念はソードスキルの補助が無い事で外すことだが、そんな考えは頭の外に追いやる。 狙うは一瞬、ただ一点!

最早躊躇わん。 殺してでも救う(治療する)

 

 

 

――さぁ。

 

 

 

 

 

 

血塗られた我が人生をここに捧げようぞ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

コボルトロードが大きく跳ねる。

記憶にない動きに驚き。

そして、その手にある武器がタルワールではなく、見た事のない武器だと今更ながら気付く。

反射的に足が止まり、

 

 

 

――ソードスキルが強制停止し、硬直時間が身体を縛る。

 

 

「あ――」

 

完全にただの的になった自身に、光り輝く刀身が振り下ろされる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ガァンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――より先に、盾の内側を抉る軌道で槍が飛び、身体ごと吹き飛ばされる。

何もない地面を斬った事で初撃が外れ、ソードスキルが不発に終わり、コボルトロードが怒りに吠える。

 

……た、助かった……のか?

一体誰が――

 

咄嗟に見渡せば、倒れているセンチネルの首を踏みつぶし殺したプレイヤーのカーソルが、オレンジ(・・・・)に染まっていた。

 

通常、プレイヤーカーソルは緑だが、それは時にオレンジに染まる。

それは、

 

 

 

 

 

 

―――プレイヤーを、攻撃した時。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふぅ。 やはりこうなるか」

 

Mobがすぐ近くにいるにも関わらず、無手で佇む男。

 

やっと状況が飲み込めたのか、周囲のプレイヤーが騒ぎ出す。

 

「な、な……テメェ! 何でディアベルさんを攻撃した!?」

 

「そうだ! 一体何の為に!?」

 

「ラストアタックボーナスや! きっとソイツもβ上がりで、ラストアタックボーナスを狙ったんや!」

 

「だから……だからディアベルさんを殺したのか?!」

 

まだボスがいるのに、怒りと混乱のあまり武器がプレイヤーに向けられる。

違う。 そうじゃない。 それ以前に勝手に殺すな。 そう声をあげようとして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――静まらんか、貴様ら」

 

ドスの利いた低い声がボス部屋に響き、未だ硬直していたコボルトロードすら怯む。

 

「何時までもみっともなく喚くな。

貴様らは全ての者に希望を齎すのではなかったのか?

この世界はいずれ終わるのだと示すのではなかったのか?

それがこの様とは………フン、聞いて呆れる」

 

「な、なんやと!?」

 

キバオウさんが噛み付くが、一睨みで黙らせられる。

 

「――貴様らは覚悟を決めたのだろう。 ならば為すべきことはただ一つ。 自明だ。

これ以上分かりやすい命はないだろう」

 

ストレージを開き、一本の槍を実体化させる。

馴染ませる様に右手だけで一度回し、石突でボス部屋の床を突く。

隠れて見えなかった青い瞳がその時にようやく見えるようになり、

 

 

 

――そこに、『狂気(カリスマ)』を見た。

 

 

 

「―――殺せ。 鉄クズを振り回すしか能のない駄犬如き、蛆の様に踏み潰せ。 殲滅しろ。取り巻きすら一体たりとも逃すな。

所詮決まった動きしか出来ぬ木偶人形に恐怖を刻め! この城は我々人間のモノだと証明しろ!」

 

日本人離れした顔で嗤い、吼えたてる。

 

一切のダメージもデバフも無いのに、人もモンスターも圧倒するその様は、まさに怪物。

 

ようやくスキル後硬直から解放されたコボルトロードが吼えるが、その叫びは、

 

 

 

 

 

 

 

「―――さぁ。 闘いを再開しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

――悪魔に命乞いをする、生贄の様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

ディアベル助けたら何故か罵倒されたのだが、如何すればよかったのだろうか?

まぁ自分でも何故某クリミアの天使(発狂婦長的)な発想に至ったのかは分からんが、一番現実的な方法はコレだろう。 コボルトロードの攻撃を防ぐには軌道が分からず、仮に分かるとしても、相手は手負いの獣だ。 完全に防ぎきれる火力の攻撃とは思えん。 防げると断言出来るだけのステータスがあるならさっさと奴を始末する方が楽だろう。

 

 

閑話休題(それは兎も角)

 

 

格好付けて発破をかけたとはいえ、多くのメンバーは未だ思考停止中。 半分復活するのに、早くて一分といった所か? だと言うのにコボルトロードは復活済み。 うむ、相変わらず状況は最悪だ。

刀の振りなんぞ、碌でもないことしか覚えてない前世の学校で習った程度だ。 通常攻撃を凌ぐだけなら何とかなりそうだが、ソードスキルを使われると分からん。 無双するにはステータスが足りん。

 

とすれば、だ。 俺の為すべき事はただ一つ。

 

 

「――ピトフーイ! 奴のスキルは分かるか?」

 

「大体は。 アタシ、刀スキルはあんま見なかったし」

 

ある意味での原作再現。

動きを読める奴(トップクラスβプレイヤー)を指令に立て、タンクで防ぎ、ソードスキルで幕引きを図る。

不安要素は、現時点で使い物になりそうなのはピトと腰巾着(エム)、ザザだけという事か。

働け主人公(キリト)

 

「よかろう。 分かる範囲で伝えよ!

ザザ! 貴様はリポップしたセンチネルを引け!

エム! 余が防ぐ! 貴様は斬れ!」

 

叫びながら振り下ろしを放ってくるのを切先で誘導して地面を切らせる。 体格差故目測を間違えたか僅かに腕が痺れるが、気合いで押さえ込んで槍を構える。

地面との摩擦で火花を散らせながら刀が腰に巻きつくように引かれ――

 

「! 逆袈裟!」

 

居合切りの様な動きで放たれたソードスキルを矛先を突き出すことで長い柄を滑らせて大きく逸らす。

 

「スイッチ!」

 

「おぉぉおおおおおおお!!」

 

振り切って隙を晒したコボルトロードにエムが走りながらソードスキル『スラスト』を発動させ、ビール腹に一撃叩き込む。

既に赤く染まっていたHPバーが削れ、

 

 

 

 

 

――僅かに、光が残る。

 

 

「ッ! ピトフーイ!」

 

「ガッテンしょうちィ!!」

 

何処から取り出したのか両手剣を手に突進するが、コボルトロードの復帰が想像以上に早い。

しかも、発動スキルはディアベルに対して使ったのと同じスキル。

大きく跳ねられ、ピトフーイの攻撃が外れる。

 

慌てて槍を投擲()げる為に逆手に持ち、

 

 

 

 

 

 

 

「――はぁぁああっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

――栗色の閃光が、空中で回避行動の取れないコボルトロードを貫き、トドメを刺した。

 

 

 

 

 

 

 

……成る程。

 

「英雄は遅れてやって来る、か」

 

振り返れば、バットをフルスイングした直後のポーズのキリトが、バランスを崩して転ぶのが見えた。

全く、お前らは何処の騎士王と輝く貌だ? 剣を射出台にするヤツがあるか。

 

ボス部屋の中空に浮かぶ『Congratulations!』の文字を尻目に、取り留めもない事を考えて緊張を解くのだった。

 

ディアベルは救った。 全員生存したままボスは斃した。

センチネルのタゲを引いてくれていたザザをせめて労おうと探したら、エギルを中心としたタンク系プレイヤーに褒められ、照れていた。

うむ。 良い兆候だろう。

 

完全に、気を抜いた。

 

 

 

 

 

 

――だからだろうか、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なんでだよ!?

なんでディアベルさんを見殺しにしかけたんだよ!?」

 

 

その叫びへの対応が、遅れた。

 

 

 

 

 

「見殺し?」

 

原作で『ビーター』を生み出す原因の台詞に、よりにもよってピトフーイが反応する。

 

「そうだ! お前ら、βテスターなんだろ?! だからボスの使う技を知ってたんだろ?! お前らが事前に事前にディアベルさんに伝えていれば、こんな事にはならなかったんだ!」

 

「……? どゆこと?」

 

ピトフーイは本気で分からないと言いたげに首を傾げる。

それもそうだろう。 ディアベルは生きてる。 なのに、まるで死んだかの様に糾弾されれば誰だって驚く。

……だがそれよりマズイのは、彼奴がβテスターと疑っているのはキリトだけではない。

ボスのスキルを知っていたキリトとピトフーイ。

LAB(ラストアタックボーナス)を取ったアスナ。

其奴らを率いた俺と、この状況下でも動けたエム。

 

三分の一は事実βテスターだから、否定材料が少ない。

手っ取り早いのはディアベルもβテスターだと信じさせる事だが、疑惑の目で睨まれている今言っても逆効果だろう。 ディアベル本人が声をあげても、『咎人すら庇う英雄』とか祭り上げて糾弾の手を緩めない可能性が高い。

 

「だからボスの攻撃パターンとか、上手い狩場とか、全部知ってて隠してるんだ!

このっβ上がりどもがッ!!」

 

「はぁ? アタシたちもこのボスが刀スキル使うなんて初めて知ったわよ」

 

「!! 皆、聞いたか! この女、自分たちがβテスターって認めたぞ!!

他にもいるんだろ! 出てこいよ!!」

 

「いやその理屈はおかしいでしょ」

 

あぁぁピトフーイ貴様はもう喋るな! 狂気の中では正気こそ狂気だと知らんのか!? 崖を転がるアルマジロか何かか貴様は!?

もう二人とも物理で黙らせたくなる。 下手すればボス戦以上の殺気が漂い、気の早い連中は剣を抜いている。

演説(笑)で押し切ろうにも、あの手のものは明確な敵が定まっていなければ効果が薄い。 最悪暴走を引き起こす。

マズイ、本格的に、打つ手が無い………

 

それが意味するのは、つまり、

 

 

 

 

 

 

「――あっははははははは!」

 

険悪な雰囲気の中、哄笑ともとれる笑い声が響く。

 

 

「……元βテスターだって? オレをコイツらみたいな素人連中と同じにしないでほしいな。

SAOのβテストに当選した千人の内の殆どはレベリングの仕方も知らない初心者だったよ。 今のアンタらの方がマシさ。 でもオレはあんな奴らとは違う。 オレはβテスト中に他の誰も到達出来なかった層まで上がった! ボスの刀スキルを知ってたのは、ずっと上の層で刀を使うモンスターと散々戦ったからだ。 他にも色々知ってるぜ? 情報屋なんか問題にならないくらいな」

 

「チートだ! そんなのチートじゃないか!?」

 

自ら泥を被ったキリトに、糾弾の声が殺到する。

 

 

………もう、見ていられん。 だが俺に出来ることは、

 

もう、何も、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……どれだけ、そうしていただろうか。

 

「――マスター」

 

「……………ザザか。

………他の者は如何した」

 

「あの四人は、上に行った。 他の連中は、町に、戻るそうです」

 

「そうか」

 

待っていてくれたらしいザザの声で、意識が戻ってくる。

 

 

………世界の修正力だか何だかは、余程強力な様だな。 結局、何も変えられなかった。

 

 

「………()こうか。 第二層」

 

 

コボルトロードの攻撃をモロに受けて刃毀れした槍を別の物に交換し、ボス部屋の奥へと足を向ける。

 

それを、ザザが引き留めた。

 

「あ、それと、ディアベルから、伝言です」

 

「……?」

 

「『第二層には、クエスト報酬にカルマ回復アイテムがあった。 必ず届けます』、だ、そうです」

 

「カルマ回復……あぁ」

 

そう言えば、ディアベルに投擲槍(ジャベリン)当てたからカーソルがオレンジになってたな。

 

……………

 

 

「…………………クク」

 

「? マスター?」

 

「なに、大した事ではない」

 

そうか。 怒涛の展開で頭から吹っ飛んでいたが、ディアベルの救出には成功していたな。

 

 

―――これが、何処まで大きな差になるかは分からないが、一羽の蝶の羽ばたきが遠い地でハリケーンを起こすとも言う。

 

 

 

――なら、運命(原作シナリオ)に抗ってみるとするか。

 

 

 

 

 

そして、今度こそ。

第二層へと続く階段に、足をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





今回の話、批評が多そうなので先に言い訳を。

この作品のオリ主『ヴラド十五世』のチート要素は、あくまで『黒のランサー(ヴラド三世)の子孫である』という点だけです。 プレイヤースキルで対人なら最強クラスですが、異形系モンスター、特に大幅に人間離れした体躯や骨格の相手ならキリト以下の実力しかありません。 よって無双シーンは少ないです。
付け加えれば、あまり原作フラグを折り過ぎると原作キャラの成長に影響を与えかねないので。





次回はみんなのトラウマ『赤鼻のトナカイ』編です。




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8話 歌姫

 

 

 

―――第一層が攻略され、あれから早五ヶ月。

時折問題こそ起きれど、順調に階層を登って行っていると言えるだろう。

そんな、ある日の事。

 

 

 

 

 

――窓から射し込む夕焼けの日差しに一瞬意識を持っていかれそうになり、いかんいかんと手元の布に集中する。

全く、あの二人は人使いが荒いと言うか……雑と言うか………趣味と実益を兼ねているからと承諾したのは失敗だったか?

心の中で多少愚痴を零しながらも、最近熟練度が半分を超えた裁縫スキルで依頼された衣装を仕立てる。 やはり大物を一から作るのは少々キツいものがあるな。

そんなこんな、チクチクとスキルを使い続けること約一時間。 スキルチェックに失敗して手に針が刺さり茅場キサマ裁縫スキルカンストさせる気ないだろと悪態を吐くことを何度か繰り返し、進んだ分をタンスに入れて伸びをする。 次いで道具一式をストレージに戻そうと右手を振り下ろすと、端の方でメールの受信マークが付いていた。

送り主は、『ピトフーイ』。

 

 

…………………………よし。 見なかった事にするか。

無言でアイテム欄だけ開き、さっさと閉じ

 

……ようとしたら、またメールが着信した。 今度の送り主はキリトか。

一個下のメールには触れないように細心の注意を払って、タップする。

さて、内容は。

 

 

『キリちゃんからのメールだと思った?

残念! ピトさんでした!』

 

「おちょくってるのか彼奴はァ!」

 

つい衝動的に叫ぶ。

画面を閉じたくなるが、エムを除けば奴が他人のアカウントからメールを送ってくるのは初めての事だ。 一応見てやるか。

 

何々、会わせたい者達がいる………?

 

 

…………………………怪しい。 十中八九また面倒事だろう。

が、前回はなんだかんだ大事になる前に収まった。 似たような事態かもしれぬし、気分転換も兼ねて出向くとするか。

 

軽く身支度を整えてから部屋を後にし、十分程歩いた所にある街の転移門から指定された階層に跳ぶ。

 

はてさて、鬼が出るか蛇が出るか。

……(ピトフーイ)が絡んでいるのに、それを疑問に思うのは野暮だったな。

 

バレたらボコられそうな事を考えつつ、転移エフェクトの向こう側にメールに書かれていた『会わせたい者達』の名前を思い浮かべた。

 

 

……妙に記憶の底をさいなむ、その名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――『月夜の黒猫団』、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、第十一層。

 

 

「……おいピト、本当に大丈夫なんだろうな?」

 

「何よー、なんか不安でもあるワケ?」

 

「本気で言ってるのかお前」

 

 

 

――事の始まりは、大体一ヶ月前のことだった。

剣の強化に必要な素材を集める為に下層にいたオレは、ひょんな事からMobの群れに手こずっていたギルド『月夜の黒猫団』を助け、その事が切っ掛けでギルドに誘われた。

パーティーも5人だけで、バランスも悪い。 そんなギルドに。

正直、彼らの穏やかで、和気藹々とした空気は過ごしやすかった。 長いことソロだったオレには、尊いものに見えた。

 

 

……だから、思い込むことにした。

自身は、彼らにとっての『英雄』だと。

他人のリソースを奪って強くなることが、必要な事だったのだと。

夜中に最前線でレベリングして、貢献は最低限しかしないのは、裏切りではないと。

 

 

 

 

 

………一ヶ月。 そうやって自分を騙してきた。

そんなある日。

 

ギルドメンバーと一緒に潜っていたダンジョンで、非常に運の悪い事に、偶然同じダンジョンに潜っていたβテスト時からの知り合いのピトフーイたちとばったりエンカウントしてしまったのだ。

普段ならダッシュで逃げるだけで済むのだが、黒猫団のメンバーと一緒にいたのと、なぜかピトフーイが『神崎エルザ』という名前で下層プレイヤーに人気があったのもあって、何故か晩飯にコイツも参加することになった。

 

 

……これだけで終われば、後から『あの時は不幸だったな』と笑い話に出来た。 空気を読んでくれたのか、ピトがオレが攻略組であることも黙っていたし。

だが間の悪い事に、月夜の黒猫団のリーダー・ケイタが、黒猫団の近状やら、サチを後衛の槍使いから前衛の剣使いに転向させようとしている事まで全部話し、挙句「この調子でいけば、攻略組最強のギルドと肩を並べることだって出来る!」と言ったのだ。

外見だけは良い少女(ピトフーイ)が聞いているのもあって、気が大きくなったのもあったのだろう。 今にして思えば、意地でも止めるべきだった。

 

なにせ、最後まで静かだったピトが

 

 

「――ウチのギルドがどうかしたー?」

と、爆弾を放り込んだのだから。

 

 

 

 

 

 

 

――ピトフーイのいるギルド『DK』。

正式名称『ドラクル騎士団(Dracul Knight)』。

裏じゃ『ドラキュラ軍団』とか、『西洋版百鬼夜行』とか、『本家DK(ド○キーコ○グ)もバナナを捨てて逃げるヤベー奴ら』とか、『ヘルシング機関(アインクラッド支部)』とか散々な言われようだが、これでも攻略組最強ギルドである。

 

そして、同時に最強のアンチオレンジ(・・・・・・・)の集りだ。

二十五層で大打撃を受けて前線を退いた『アインクラッド解放軍』が治安維持を始めるまでは、犯罪者プレイヤーやギルドを幾つも黒鉄宮送りにしたトンデモギルド。 最悪のレッドギルド『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』の一人が全身ハリネズミの瀕死状態で黒鉄宮送りにされたという噂は、アインクラッド中に知れ渡っている。

 

そんな評価だからか、攻略組にDKに入りたいというプレイヤーはあまり多くない。 時々いても、加入条件が『ギルマスとの決闘(デュエル)で判断する』と厳しく、フルボッコにされたプレイヤーが逃げ帰ったという噂も聞く。

 

 

当然そんなラスボス系トップギルドが相手だから、ピトが面白半分でギルマスを呼んだ時はガチビビリしていた。 ついでに神崎エルザの正体が『鬼畜幼女』の異名を持つピトフーイだと気がついてケイタが白目を剥いて気絶した。 それが大体二十分前。

 

『反応がねぇ! キリト! アカ貸して! でなきゃエムにストーキングさせる!』

と新手の脅迫をされて、ピトの素材集め(本来の用事)の為にダンジョンに置いていかれたイケメンに合掌しつつ渋々メールを打たせたのが十分前。

 

 

できれば来ないで下さいと祈る事さらに五分。

宴会をしていたNPCレストランに、真黒な貴族服を着こなした中老の外国人風の男が入ってくる。 カミサマナンテイナカッタ。

 

 

「……すまぬ、遅れた」

 

「遅い!」

 

「………貴様の依頼品を作っていたのだが………まあいい。

それで、此奴らがそうか?」

 

自前なのか、キャラメイクしたにしては自然な青い瞳が月夜の黒猫団のメンバーの顔を一巡し、震えているサチで止まる。

その眼は、見定めているようで……

――ッ! あのやろ、そんな細かい事まで送ったのかよ!

 

「ッ、待てよヴラド。 サチは、」

 

「皆まで言うな、目を見れば分かる。

その小娘に限らず、此奴らは闘いには向かぬ」

 

サチから目を離したヴラドが小さく息を吐くと、腕を組んで椅子に座る。

その姿に緊張が緩む。 ピト同様戦闘狂(ウォーモンガー)なヴラドがデュエルを仕掛けたら代わりに受けるつもりだった。

だがそこは攻略組最強ギルドのトップだからか、普通に判断出来るみたいだな。

 

おそらく190はあるだろう高身長が座った事でプレッシャーが薄れたのか、判断に不服なケイタが反論する。

 

「ま、待って下さい!

オレたちは攻略組に入りたいんだ! アインクラッドを攻略して、この世界から脱出する。 そして、全プレイヤーを解放する。

その意志の強さなら、攻略組にも負けない自信があるんだ!」

 

「ピトフーイ、この店のメニューは何処だ?」

 

「聞いて下さいよ!」

 

勇者なケイタがヴラドの肩を揺さぶる。

根負けしたのか、青い瞳が溜息混じりに再度ケイタを貫く。

 

「……貴様らと今の攻略組。

違いは何だと考える」

 

「勿論、意志の力だ!

オレたちは、レベルは足りない。スキル熟練度も、プレイヤースキルもまだ足りてない。

でも、気持ちじゃ負けていない!」

 

「……そうか。

 

 

 

――それで。それは、貴様個人の意志か? それともギルドの総意か?」

 

「え――」

 

途端、店全体の空気が凍る。

ついこの間斃したクォーターボス並の重圧が溢れ、不破壊オブジェクトのハズの建物が軋む幻聴が聞こえる。

 

 

「――確かに貴様らに足らぬのは意志の力だ。

だがそれは、そんな綺麗事(プレイヤーの解放)ではない。

生きたい。 強くありたい。 そんな一種の生存本能やエゴが、攻略組の大半が持つ『意志』だ。

綺麗事を糧に進むのは構わんが、他者を巻き込むな。 今の貴様は、正義の名の下に部下を死なせる暗将だ」

 

「ヴラド! 言い過ぎだ!」

 

「そうは言うが、この程度で折れる様なら此奴らはいずれ死ぬぞ?」

 

「……ッ!」

 

ボスモンスタークラスのプレッシャーを放ちながら厳しい言葉を掛けるが、逆に言えば、『その程度』なのだ。

攻略組は何時だって死と隣り合わせ。

攻略中に生死を分ける判断を直ぐにしなくてはならないことだってある。

そう考えれば、考える時間や失敗しても誰も死なない分、まだマシだろう。

 

 

 

「………分かったよ」

 

臥せっていたケイタが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――両手棍を突き付ける。

 

「――だったら証明してみせる。

オレたちの意志は本物だって。 間違っていないって!」

 

 

……………ハァッ!?

 

 

「正気かケイタ?! 相手はあの(・・)『ドラキュラ』だぞ!?」

 

「オレたちじゃ逆立ちしたって勝てない!」

 

「だったら逃げるのかよ?!

違うだろ! オレたちは、攻略組になるんだ!!」

 

勇ましくギルドメンバーを鼓舞するケイタ。

けど、噂もあってか、全員渋っている。

 

でも、

 

「――おーし、覚悟完了したわねー?

決闘システムに集団戦は無いから、圏内で模擬戦にするわよー!」

 

酒瓶片手のピトフーイが遠慮無く煽り、ルールを提案する。

ダメだコイツ、この状況を楽しんでやがる!

 

「なぁヴラド、止めろよ? お前が相手とかただの無双になるだろ」

 

「……キリト。残念だが、」

 

ならヴラドを止めようとするが、時既に遅く。

そもそも、禁句(・・)が出た時点で、止まるわけがなかった。

 

 

 

 

 

「――余を『ドラキュラ(吸血鬼)』呼ばわりした者を、タダで帰す訳にはゆかぬのだ」

 

 

 

イイ笑顔で、槍を引き抜いていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

……はて、どうしてこうなった?

 

人の事をドラキュラ(吸血鬼)呼ばわりした一団と相対し、頭の片隅で考える。

 

俺としては、妙に頭に残る小娘を鑑た率直な感想と、少々危ういギルドの方針に対して意見をしただけだったのだが。 それが何故武器を突きつけられたのか。

というか、腹が減った。 折角下層の飲食店まで来たのだから、夕食を済ませたかったのだが……

 

………暫く先になりそうだな。

 

 

元気一杯に振り下ろされた両手棍を柄の途中まで滑らせ、バランスが崩れ上体がつんのめった所で柄を振り上げ逆に仰向けにつき飛ばす。 本気でやると圏外まで吹っ飛びかねないので、無論かなり加減している。

矛先と剣先が丁度のタイミングで左右から襲い掛かってくるのを、手元で槍を回す事で絡め弾き、大回りして背後に回った男が横殴りにメイスを振るのを石突で受け止め、そのまま突く。

圏内故、どの攻撃も『不破壊物質(Immortal Object)』と書かれた紫色の障壁に阻まれダメージは無い。

が、目前で殺傷能力のある刃が振るわれ、自身の肉体に威力を伴った衝撃を受ければ大体の者は竦む。 躰を文字通り吹っ飛ばされれば、戦闘経験が少ない者や、一部のVR不適合者なら怯んで動けなくなることもあるだろう。

事実俺のギルドに一人いるし。 軽度のVR不適合者。 一体、幾度恐怖心を克服しようと足掻く奴と決闘をしたのか、もう数えきれん。

 

漸く立ち上がった両手棍使いが、雄叫びと共に得物を振り下ろすのを躰を傾けて避け、地面を打って跳ねたその先端を踏む。

 

「なっ――がぁっ!」

 

摺り足の要領で踵で武器を蹴り上げ、柄が持ち手の腹に刺さる。

 

 

……戦いになった理由は分からんでもない。 己が矜持を否定され心穏やかでいられる者は少ないだろう。 武器が手元にある故、他者に暴力を振るう心理的ハードルも低い。

 

だが、ここまで一方的な戦況で戦い続ける理由が分からない。 逃げることを思いつかないは論外。 妙な拘りなど命と比べれば軽い。

……なんにせよ、幾らレベルを上げ、装備を揃えようが、このままでは此奴らは何処かで全滅するだろう。

流石に死ぬと分かっていて見放すのは心苦しい。 ならば、――

 

 

 

……ここで、その矜持を折るか。

 

 

 

槍の握り方を僅かに変える。

突き出された剣先を受け流しながらさりげなく足を肩幅に開き、全身の力を抜く。

 

さて、さて。 余り気は進まないが、やるとしようか。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――何度目かの火花が散り、それらが人だと思えない程軽々と宙を舞う。

 

「どんなSTR値してるんだよ……ッ!」

 

そう呟きながら、ソイツを睨む。

 

 

 

 

 

――『ドラキュラ』ヴラド。

 

ギルド『ドラクル騎士団』のギルドマスターにして、攻略組最強。

長槍をメインアームに、ソードスキルをあまり使わず縦横無尽に振るい、その馬鹿げたSTR値でネームドMobすら吹き飛ばした過去を持つ。

普通のRPGの槍使いのセオリーから逸脱した『鬼将』。

 

 

黒猫団と一緒にいる時と同じように実力を隠したまま渡り合える相手じゃない。 あのSTR極とは思えない速度でぶん回される槍をパリィするのも無理だ。

………実力を隠したまま、じゃ。

 

背中に吊った剣の柄を握りながら、迷う。

――ここは圏内で死ぬ可能性はないんだから、わざわざ割り込む必要はない。

――相手が悪過ぎたとはいえ、現状の攻略組を知る良い機会だ。

そう、自分に言い訳する。

 

柄を握る手から力を抜いて――

 

 

 

 

 

「―――もうやめてっ!」

 

 

サチ!?

突然の事態に右往左往していたサチが、最近持ち替えたばかりの片手剣を握りしめて走る。

咄嗟に止めようと手を伸ばしても届かず、背後からの接近をこれまで通り敵と判断したのか、ヴラドが後ろを見ないまま槍を腰に巻くように横殴りに振るう。

 

クソっ! もう走ったんじゃ間に合わない。

 

 

「――うぉぉおおおおおっ!!」

 

 

――気が付いたら、剣を片手にソードスキルを発動していた。

使用スキルは『ソニックリープ』。 スキルとしては基本の技だが、ある程度均等に上げているAGIを全開にする事で強引にサチの前に割り込み、その矛先を真っ向から受け止める。

鈍い金属音と共に槍の軌道が変わり、オレたちの頭上を通り過ぎて、そこで止まった。

 

見上げれば、驚いた様に目を開いた青い瞳が。

 

「――らぁああああ!!」

 

何を思ったかは置いておいて、硬直時間から脱すると同時に切り上げる。 慌てて槍が振るわれ、柄で刃が受け止められる。 そのまま押されそうになるのを後ろに倒れこむように床を蹴り、距離を取る。

突きを放つつもりなのか矛先が真っ直ぐこちらに向けられる。 槍相手に距離を開けすぎることはまずいのは分かりきった事だから着地した体勢をそのままに再度突進。

突き出された矛先をパリィし、剣を振りかぶり――

 

――直感に従い、地面を転がると耳元を凄まじい風切音がする。

立ち上がると顎を打つ軌道で石突が迫る。 バク転で避け、スキル『ホリゾンタル・スクエア』発動。 空中で発動したことで足場無しでの突進を可能とし、敵の真横をすれ違うように斬りつけ後ろに回り一閃。 再度すれ違いざまに斬り、正面に戻って切先の軌道の内側全体を薙ぐ。

そんな最近発現したばかりのソードスキルは、

 

「ぬぅっ!」

 

 

――全て、防がれた。

流石に対応仕切れなかったのか、槍スキル『スピン・スラッシュ』が使用され、その最後の一撃とホリゾンタル・スクエアの最後の一撃である薙ぎ払いが衝突し、その状態で互いに硬直する。

 

まずい、スピン・スラッシュは割と初期のスキル。

硬直時間は、あちらの方が、短い!

STRの差で剣が手元から弾き飛ばされ、ガラ空きの胴体に矛先が叩き込ま――

 

 

 

 

 

「――はい、そこまでー!」

 

 

――れるギリギリで、槍が止まる。

場違いな程に響いたソプラノボイスの音源の方を見れば、渋い顔のピトフーイが此方を見ていた。

 

「………趣味の悪い女だ。 興が削がれた」

 

同じようにピトフーイの方を向いたヴラドが何かを察したのか槍を収め、さっさとその場を後にする。

闇同然の色の貴族服の裾が建物の影に消えたのを見て息を吐いてから、弾かれた剣を探そうと改めて辺りを見渡すと、

 

 

 

 

 

 

 

――思い詰めた表情の、黒猫団のメンバーがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……先に口を開いたのは、ケイタだった。

 

「……キリト。 何なんだよ、さっきのアレ」

 

『さっきのアレ』。

……間違いなく、さっきの戦闘のことだろう。

オレが伝えたレベルじゃ、どうやったって無理な、攻略組トップとの戦闘。

高い片手剣熟練度が必要なソードスキル。

 

「………あれは、」

 

「何なんだよっ!?」

 

 

――分かっていた。 いずれ、こうなる事は。

 

オレの本当のレベルが知られる日が来る事は。

 

覚悟はしていたはずだった。 なのに、口の中が乾いて、言葉が出てこない。

 

「…………………あれ、は、」

 

何も言えず、目をそらせる事しか出来ない。

 

「……思い出したぞ。 全身真っ黒の装備の剣士。

お前、『ビーター』だろ!」

 

真っ直ぐにオレを指す指。

その指は、怒りからか、震えていた。

ワグ、ワグ、と真っ赤な顔で言葉を探すように口を開閉して、最後に息を大きく吸い込むと、

 

 

「――『ビーター』のお前がオレたちに関わる資格なんてないんだ!」

 

「ま、待てよケイタ!」

 

 

……そう怒鳴ると、そのまま転移門がある方角に走り去っていく。

他のメンバーも後を追って、路地の向こうに消えていく。

 

 

……………これで、よかったんだ。 オレがいたら、きっと、無茶をやらせていた。

 

 

何故かつまらなそうな顔のピトの横を通り過ぎる。

………今日は、もう、誰とも会いたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

空腹を抱えたまま、コツコツと第十一層の町を進む。

さっさと帰って自炊する方が安上がりだから真っ直ぐ転移門に向かうのが最適解なのだが、思考の大半を占めている問題と方向音痴が相まり、何処かも分からぬ先へ歩いてしまう。

 

その問題というのは、さっき会った『月夜の黒猫団』についてだ。

あれこれ記憶の海をバタフライで三往復程した結果、辛うじて『赤鼻のトナカイ』という単語を思い出した。

……『思いだした』ということはつまり、彼らは原作キャラということだろう。 だがSAOシリーズに登場する男性キャラに彼らはいたか? 少女だけなら衛宮士郎レベルでモテるキリトに引き寄せられた内の一人と納得出来るが、だとすると尚更残りの男性メンバーの存在が疑問だ。

………うーむ。 ざっと40年前の記憶だと、流石に思い出せんか……

 

「………む」

 

あっちこっち歩き回っているうちに、見覚えのある場所に出た。

それが転移門ならよかったが、残念ながら食いそびれた飲食店の方だ。

……思い出せん事をいつまでも引きずっても仕方がない。 ここで夕食を済ませて帰るか。

 

アンティーク調の扉を開け、空席を探す。 こじんまりとした店は一つのテーブルを除いて全て空いていて、そのテーブルには、

 

 

「――ほら、やっぱり来た」

 

 

毒鳥が、先程とは打って変わってニヤけ顔でいた。 隣には、行儀正しく頭を下げた黒猫団の少女。

……………面倒事の気配。 やはり俺の幸運値はEのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――何も見えなかった事にして帰りたくなったのを堪え、話を聞く。

掻い摘んでしまえば、『キリトと仲直りしたい』というものだった。 他の男性メンバーはと聞けば、ギルドマスターの怒りを解くのに必死らしい。

 

思わず元凶を睨むと、某魔王はやたら上手い口笛を吹きながらそっぽを向いていた。 おい貴様。

 

何かに怯えているのか、青い顔で震える少女が「お、お願い出来るでしょうか……」と伺ってくる。

 

 

「……貴様の言う『仲直り』が、同じギルドに入る事だとしてだ。

結論から言えば、無理に等しい」

 

「そ、そんな……」

 

理由は簡単。 黒猫団といい、キリトといい、彼らは優し過ぎる(・・・・・)

それでなくても、片や攻略組トップクラスのソロプレイヤー、片や高く見積もっても中層ギルド。 同じ戦闘メインだというのに、文字通り住む世界が違う。 仕事仲間と割り切れるなら兎も角、無理に同じ枠組みに押し込めればいずれ破綻する可能性が高い。

それに、人の集団というのは、無意識的に異質な存在を排斥するものだ。 ましてや黒猫団は、聞けば元はリアルでも親交のある学生クラブだという。 尚更だろう。

丸く収めようとするなら、キリトが攻略組から抜けるか、黒猫団が攻略組入りするかだが、前者を選べるならこうは拗れぬ。 だが後者は、このギルドを見る限り難しいだろう。

戦力が無い事は兎も角、綺麗事だけでは攻略は進まん。 二十五層攻略(解放軍壊滅)時と同等の悲劇を目の当たりにしたら一生モノのトラウマ必至。 聖龍連合(半オレンジ)にしてみれば、人の良い彼らはいい鴨だ。

 

……これだけ延々連ねたら仲直りなど不可能に見えるだろう。 が、

 

 

「どうせ何か策があるのだろう? 勿体ぶらずさっさと吐け、ピトフーイ」

 

顔を伏せさせていた少女が、隣の外見だけ美少女に縋る。

 

「お、お願いします、エルザさん! 何でもしますから!」

 

「おし、言質取ったぁ!」

 

「……………え?」

 

 

……………やっぱり此奴(ピトフーイ)を仲間に引き入れたのは失敗だったか?

深い深い溜息を吐きながら、空腹とその他でキリキリし始めた胃をさするのだった。

 

あぁ、全く。

俺はあと何度指に針を刺せば(・・・・・・・)いいんだろうな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











――では無粋ながら、約半年後に、
『雪原の歌姫』から一人の少年に送られたメッセージの最後の一節だけを抜粋して終わるとしよう。





『――ありがとう。
















―――またね(・・・)


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9話 竜の騎士、回想す (余計なオマケ付き)

 

 

 

 

 

――年が明け、早二ヶ月。

今日は珍しく裁縫絡みの依頼も無く、久し振りにスケジュールも必要素材も気にせずにレベリングに励めた。

毎日これくらい気楽に過ごせればいいのだがな……

 

 

 

…………………うむ。 無理だな。

最近なぞアホ(ピト)が女顔女顔と弄りまくった所為でザザがマスク被るようになったし。 そんなくだらん理由で原作再現(赫目マスク)してくれるでない。

 

丁度目の前に立っていたゴブリン型の敵の攻撃を躱し、ストレス発散も兼ねて手首を掴んで全力で振り回す。 鈍い音を立てて床や壁に激突させてHPを削り、援軍が来た所で投げつけてやれば、敵の団体を薙ぎ倒しながら爆散する。

……幾ら雑魚敵とはいえ、せめて武器を抜かせろ、最前線。

まぁ流石に複数体相手に無手は危険だ。 さっさと片付けるか。

 

槍を片手に握り、地面を蹴る(真横に跳ねる)事で一瞬で距離を詰め、身体を捻りながら矛を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そんな具合に、それなりの数のMobにバスターチェインを叩き込んでレベルを幾つか上げてから、迷宮区を後にする。

しかし、マップデータは本当にありがたいな。 俺のような方向音痴でも複雑な洞窟で迷わずに済む。

 

「……故に案内は不要だと伝えた筈だが? ノーチラスよ」

 

だというのに、何故迷宮区を出た所にギルメンがいるのだろう? しかもPvEに一部まだ不安の残るお前が。

 

「そう言って、前に三日三晩ダンジョンを彷徨ったのを忘れたんですか?」

 

「む……」

 

ぐぅ、それを持ち出されると強く出れん……結局高価な転移結晶を使う羽目になったのも事実。

何処となくSFチックな紫色のラインが走るスーツを着こなす男が、額に手を当てて天を仰ぐ。

 

「――それは兎も角、ギルド宛に依頼が来ました。 オレンジ絡みです」

 

「……ほう。 続けよ」

 

索敵スキルを使用し、聞いている者がいないことを確認してから町の方に歩き、先を話すように促す。

 

「依頼者は中層ギルド『シルバーフラグス』のリーダー。 内容は、ギルドを壊滅させたオレンジギルド『タイタンズハンド』の黒鉄宮送りです」

 

オレンジ……というより、半レッドといった所か。 しかし、これまた何処かで聞いた事のある名が出てきたな。

 

「鼠から裏は取れています。

『タイタンズハンド』、リーダー名はロザリア。 グリーンが獲物を誘き出してからオレンジで襲撃する手口を定石にしています」

 

敵の特徴も薄れた記憶にあるものと一致する。

………以前オレンジギルドを片っ端から潰してまわってから時折この手の依頼が舞い込んで来るようになったが、まさかこの一件まで来るとはな。 まぁ来てしまったものは仕方ない。

さて、それ故オレンジ連中には異常に警戒されているからな。 顔が知られている俺やピト、ピトとセットのエムが表立って動けば隠れられてしまう。 かといってノーチラスに任せるのは少々不安が残る。

残るはザザのみか。 少数精鋭はこういった時に不便だな。

仕方なくメッセージを送ろうとウィンドウを開くと、まさにそのタイミングで索敵スキルが反応した。 振り向けば、

 

――迷宮区から出た所で「ゲェッ!?」と愉快な表情で固まっている黒の剣士と目が合う。

 

「………」

 

「…………」

 

 

「……………」

 

「………………」

 

 

「…………………」

 

「……………………」

 

しばらくフリーズしてから、剣士がギギギと油の足りてないブリキ人形のような動きで背を向けると、

 

「――三十六計逃げるに如かず!」

 

敏捷値全開で逃げてった。

 

「追え、ノーチラス!」

 

「はっ!」

 

が、短距離ならまだしも長距離ならSTR寄りではAGI寄りのノーチラスからは逃れられぬ。 特にユナに対しても何時も通りに接した(歯の浮くような台詞を吐いた)お前が相手ならノーチラスも遠慮無くやれるだろう。 この間丑の刻参りしようとしてたし。流石に止めたが。

こちらも人手が足りていないのだ、原作的にも貴様に丸投げして構わんだろう?

何故かガッコンガッコン鳴り響く金属音と、中性的な男の断末魔を聞き流しながら、原作を思い出す作業に集中するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――という訳だ。 頼めるか?」

 

「その前に何か言うことないのか?」

 

場所は変わり、第三十四層。

アインクラッドには多い中世ヨーロッパ風の街並みだが、この層は特に宗教色のある装飾が多い。

その一角。 最深部に潜むボスを斃す事で購入出来るようになるギルドハウスの一室で、ちょっとやつれたキリトに事の顛末を話す。

 

「ハァ………ザザに丸投げしちゃダメなのか?」

 

「それでもよいが、お前が丁度良い所に来たのでな」

 

「不幸だっ!」

 

何処ぞのウニ頭の様な事を叫びながら突っ伏す黒の剣士。

 

「無論こちらも手を尽くそう。 待ち伏せ(アンブッシュ)を主軸にする相手なら、釣り出した所を叩くのが定石なのは言うまでもないだろう」

 

俺が何を言いたいか察したらしく、唸りながらも首だけ動かして見上げてくる。

 

「うぐぐ………ロハじゃ無いだろうな?」

 

「貴様が余をどういった眼で見ているか是非聞きたいな」

 

ストレージを開き、昨日完成したばかりの黒コートを取り出す。

ボス戦に向けて自分用に縫った物だから、外見より性能重視で装飾は少なめ。 効果としては、基本の防御力上昇以外に隠密効果補助、低温デバフ無効、耐貫、耐毒、更に特定の場所にしか現れない毒蜘蛛系Mobからレアドロで手に入る体毛をふんだんに使う事で、六割程の確率で毒と麻痺を無効化するバフもある。 作りたて(初期ステ)でこれだ。 武器同様限界まで強化すればどうなることやら。

……自分で作っておいて何だが、強過ぎないか、これ。 タップして効果を確認したキリトの顔面が軽く形状崩壊している事だし、俺の感想は間違っていないと思うのだが。

 

「……………ヴラド、本気か?」

 

「断るなら別に構わんが」

「喜んで凸らせて頂きます」

 

「そ、そうか」

 

コートと黒鉄宮に通じる回廊結晶をそれぞれ一コルでトレードすると、凄まじい勢いでギルドハウスを飛び出していくブラッキー。

 

……さて、俺も支度をしておくか。 やる事は簡単だ。 プネウマの花を入手した帰り道に湧くオレンジを奇襲するだけだ。 まず手始めに、一番隠密効果の高い装備を探すとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……テイムモンスターが復活するという珍しい瞬間を目撃した日の夜。

非公式ギルド『鬼畜幼女被害者の会』繋がりでフレ登録していたザザから連絡があり、第一層にある教会に足を運ぶ。

 

「こんばんは。 誰かいませんか?」

 

ノックして声をかけてしばらくすると、女の人が内側から扉を開ける。

 

「何方様――あぁ、キリトさんでしたか?」

 

「夜分遅くすいません、サーシャさん」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

「どうぞ」と招き入れられて、低年齢プレイヤーの保護も兼ねている教会に入る。 時間も遅いからか、前に一度昼に来た時に比べれば静かな屋内に、場違いな髑髏のマスクを被った少年が長椅子に座ってストレージをいじっていた。

 

「……相変わらず趣味の悪いマスクだな。 変えたらどうだ?」

 

「ウルセェ。 しっくりくる、から、いいんだよ」

 

近くにあった椅子に腰を下ろし、ザザが座面いっぱいに広げたソレ(・・)をみる。

 

「……何時もながら、どっから仕入れてるんだ? そのマスク?」

 

座面いっぱいにある『マスク』を指差して言う。 やたら髑髏っぽいデザインばっかりなのはコイツの趣味に違いないだろうが。

 

「秘密だ。 全部、一個100コル。 持っていく、か?」

 

「チェンジお願いします」

 

 

 

――始まりは、何てことはない。

迷宮区でザザと会った時に見慣れない(ついでに軽くホラーな)マスクを被っていたもんだから、思わず突っ込んだのがキッカケだ。

曰く、ピトに女顔と揶揄われたから、それに抵抗してだそうだ。

それを聞いた瞬間、自分も似たような悩みを抱えていた(線が細いのを気にしていた)オレが、思わず「何処で買った?!」と叫んだのは悪くないと思う。

 

以来、時々この教会に集まって見せてもらっているのだが、……趣味全開の代物ばかりでいい具合の物がない。

 

「なぁ、ザザ。 もうちょっと他に無いのか? お前だって骸骨シリーズ一択は飽きるだろ」

 

「注文の多い、奴め」

 

流石に似たような物ばかりなのはギャグだったようで、次々と色取り取りのマスクが出てくる。

 

「これは?」

 

「カオ○シじゃねぇか」

 

「じゃあこれ」

 

「デ○プーマスクとか何の皮肉だよ」

 

「次は、コレだ」

 

「ミ○キーはダメェェエ!!」

 

「じゃコレは?」

 

「ムジュラァァァアアア!?!?」

 

「次」

 

「ニンジャァァア!? ナンデニンジャ?!」

 

ネタ率高っ!? 縁日の屋台か!? いや縁日の屋台でももうちょっとマシなチョイスするぞ?!

その後も出るわ出るわ、ロクでも無いマスクがポロポロ実体化する。

 

「……本当に、誰が作ってるんだよ……」

 

狂気を湛えた瞳のオレンジ色の髪をサイドテールに結えた少女(?)のマスクを手に取りながらボヤく。 DKの誰かだったりしてな。 ヴラド(ドラキュラ)ザザ(髑髏狂い)ピト(鬼畜幼女)ノーチラス(戦うマネージャー)と、ネジの足りてない連中の集まりだ。 作製系スキルカンスト持ちが居てもおかしくない。 事実オレが貰ったこのコートを作ったのはヴラドだし。

 

「因みに、お前が買わなかった奴の大半は、全部エギルの店に、いく」

 

「……エギルェ」

 

哀れ、エギル。 今度大人しくボラれてやろう。

 

「そこそこ売れてる、らしい」

 

前言撤回。 やっぱヤダ。

 

 

「……ん? 大半(・・)は?」

 

「あぁ。 時々、変な呪いが、あるのが交ざってる」

 

「マジかよ。 例えば?」

 

「お前が、今持ってる、ヤツ」

 

「…………………ゑ?」

 

視線を手元に落とすと、光の無い瞳と目が会う。

 

「………ち、ちなみに、どんなもので?」

 

「筋力、最大HPの大幅上昇」

 

何だよ、何処が呪いだよ。 ありがたいバフじゃないか。

そう言おうとしたら、

 

「ただし、泥率が最低に、なって、『ガチャァ』と『リヨ』としか、言えなくなる」

 

「うわぁぁぁぁぁぁああ?!?!」

 

どんな呪いだよ?! どんな呪いだよ?!?! ていうか何でそんな詳しいんだよ? 誰か確かめたのか? ピトか? そうかピトだな!(自己完結)

 

反射的に投げてしまった狂気そのものをザザがキャッチする。

 

「オイオイ、製作者に、失礼だろ」

 

「あ、確かにってソレはないだろ!」

 

「まあ、作った本人も、『それ持っていくの? 正気?』って、言ってたが」

 

「うぉい!!」

 

此奴らに足りてないのはネジじゃなくてネジで止めてる物の方だコレ?! ギルマスなんてタイタンズハンド(中層オレンジ)を追い込むためだけに近くの木をへし折って橋を塞ぐし!

 

「ゼェゼェ……お前らマジでどうなってるんだ? 最近新しくつけられたギルドの異名が『ラフコフにすら入団拒否られた狂人の集まり』だぞ?」

 

オレンジ絶許集団にこの異名を付けた奴のセンスもどうかと思うけどな。

ただ、冗談混じりに言ったら地味にショックを受けたのか、山積みのマスクをしまう作業をしていたザザの手が止まる。

 

 

………そう言えば、何でヴラドたちはあそこまでオレンジを目の敵にしているのだろうか。 ヴラドとザザだけなら正義感とか言われても納得出来るが、現状一番オレンジを潰してまわっているのは、何故か一番正義感とはほど遠いだろうピトフーイだ。

考えていたら、口から漏れていたのか「………長くなるが、聞きたいか?」と言われた。

勿論頷く。

 

 

「………そうか。

……あれは、第二層に上がって、すぐだったな―――」

 

 

 

 

 

 

 









(※以下オマケ)





――注意! 注意!

これより下はFGOAC新鯖実装に向けて『書いたら出る』を信じて書いたものです。

注意点は、
・ヴラドがまだリリィ時(約二十年前)の話のため、まだヲタの頃の思考が色濃く残っている。 つまりコメディ風。
・鍛える前だから弱い。
・一部無茶のある設定。
・ネタバレ。
・文字数的にこっちが本編で草。
・確定した今作三人目の英霊関係者。

となっております。
構わん、行け。 という方はどうぞ。




















――時は2000年。
転生(と言っても異世界じゃないっぽいけどなチクセウ)し、自身の家系に驚くあまり物理的にひっくり返って早十年。

只今俺氏はフランス、オルレアンにおります。 なんでや。


閑話休題。

何気にカカァ天下なウチの家は、両親、特に母親の方が旅行好きらしく、結構な頻度で家を留守にする。
普段は連れて行ってもらってないし、俺も俺で此処が何処の世界線か推測していて出歩きたくなかったからありがたかったのだが、この度半強制的に連れ出されました。 それとなく聞けば、俺の世話係(という体の目付役)が、俺が引き篭もりがちな事をチクったらしい。 おのれおのれおのれぇ!
が、静かにしておく。 確かに情報不足で手詰まり感はあったし、地位チートと書いて死亡フラグと読める状態の俺が、主人公候補(・・・・・)の意見に反論はそのままザキられてもおかしくない。

そんなこんな、紆余曲折ありながらも着いちまったオルレアン。 予定だと今日は一日この街を観光したのちにドムレミー村という所に行くらしい。 なんでも知り合いが迎えに来るとか。
取り敢えずガイドブックに定番ってあったマルトロワ広場、サント・クロワ大聖堂、グロロ邸は見てまわったが、分かっちゃいたがひたすらジャンヌジャンヌジャンヌだな。 ここはジル・ド・レェの町か? クトゥルフ案件は嫌なんだがなぁ。

一緒にいた両親は、その知り合いが予定より早く来てたとかで一足先に合流するそうで今は別行動。 同じくガイドブックにあった旧市街をのんべんだらりと散歩する。 因みに目付役はさっき撒いた。と思う。 彼奴いっつも気がついたら後ろに立ってるもんなぁ。 何時か刺されるんじゃなかろうか。
十五世紀当時そのままの景色が残っている(ガイドブック談)路地を片手にコツコツ歩いていると、小さな教会で目線が止まる。 まあこの町で教会なんて珍しくない。 ない、が、何処か気になる。
足を止めて、じっくり見てると、その違和感の正体はすぐに分かった。

ジャンヌ関連の装飾が少ない。

「……この町にしては、珍しいな」

信仰的にも観光スポットとしても、この町全ての教会にあるもんだと思ったけどな。
普段人が出入りしないのか、少し埃っぽい扉を押すと、ギギギと錆びた蝶番が歪な音を立てて開く。 覗き込むと、ステンドグラスから入った日光しか光源のない薄暗い世界が広がる。 奥にあるのは……ピアノか? これまた珍しいな。 普通教会に置いてあるのは、賛美歌を弾く為のオルガン。 教会の規模によってはパイプオルガンの所もある。
色々定石破りをしている教会に僅かながら興味が湧き、何か名か歴史でも示す物があるかと入る。 均等に並べられた椅子の間をコツコツと歩き、ピアノの鍵盤カバーに手をかけて持ち上げると、磨かれた跡のある白い鍵盤が顔を出す。
その内の一本に指を乗せ、丁寧に押すと、厳かな音がなる。 絶対音感はないが、大体合ってるようだな。
カバーを戻すと、手掛かりを探すべく振り返り―――





……椅子の背もたれの向う側から、銀色のアホ毛が生えていた。
む、誰か居たのか。 話を聞いた方が早いな。

「……そこに居る者よ、少しばかり尋ねたい事があるのだが」

が、返事はアホ毛が左右に揺れるだけだった。 頭隠してアホ毛隠さず。
もしかしたら装飾の一種かと思い、近付くと、

「――はぁぁぁあ!」

「うお!?」

次の瞬間、細い棒の先端が突き出され、咄嗟に身を捻って避ける。
転びそうになるのを椅子を掴んでなんとか防ぎ、次いで振り下ろされるそれを腕をクロスさせてガード。 二発目が来たタイミングでなんとか腕に絡めるようにして得物を掴む。

「ちょ、離しなさいよ!」

「誰が離すか! 危ないではないか!」

怒鳴り返してからよくよく見れば、同じくらいか少し下の歳の銀髪の少女がモップの反対端を握っていた。 え、つか力強くね? 俺の方が身体デカイよね?? あーれー。
あっさり奪取されたモップを頭上でクルクル回したのち、ジャンプしながら振り下ろす少女。 水滴が跳ねてるとか狭い室内で跳ねるなとかツッコミ所は満載だが、あれを真っ向からガードしたら骨逝くって!
急いで椅子の列の間に滑り込むと、モップの柄が肘掛を捉え、柄が途中で折れる。

「チッ、大人しく当たりなさいよ!」

んな理不尽な。
飛んでくる運動靴の底を何とかやり過ごし、その隙を突いて立ち上がって振り向くと今度は拳がカッ飛んで来た。 最近の女の子は喧嘩慣れしてらっしゃるぅ!?
肋骨に直撃し、一瞬息が詰まる。 おまけにそれで押されて、鉄棒か何かの様に背もたれを軸に頭から落ちる。
流石にそれは洒落にならんので強引に腕を下敷きにする。 ちょっとミシッつったけどセーフ!

「どーよ、参ったわね! さっさとここから出て行きなさい!」

若干呻きながらヨロヨロと立ち上がると、その娘っ子がビシッとこちらを指差しながらドヤ顔で宣言していた。
……さて、どうしよう。 流石にわざわざ勝ち目の薄い喧嘩をしてまで見る所がこの教会にあるとは思えないし、ここまで一方的にボコられる程実力差があるなら関係ないだろうが、異性相手に殴る等は気がのらない。
………大人しく引くか。

「分かった分かった。 出るとしよう」

「フン、最初からそうすればよかったのよ。 こんな寂れた場所になんて、来る価値ないんだから」

袖に着いた埃を確認してから、扉に向き直り――





「――ジャンヌ、ここにいるのでしょう。 出て来なさい」

「!」

ぐぇっ

扉の外から音がした瞬間、首根っこを掴まれて教会の一角、何故か窪んだ所に引き摺り込まれる。

「な、何を、」

「音立てたら、殺す。 オッケー?」

ウィ

一転して焦った様子の金色の瞳に睨まれ、取り敢えず同意しとく。 断じて彼女いない歴=前世も込みの年齢でチキったからではない。

透かす様に扉がある方を睨む彼女に合わせて俺も見やると、丁度扉が開いて目の細い、細身の男が入ってきた所だった。

「ジャンヌ、いるのは分かっています。 大人しく出て来なさい」

……ジャンヌ、だと?
そういえば、この娘っ子、背の高さとか、ある場所の膨らみが小さいとか差はあるけど、顔は見覚えがあるような――

「――あっ」

小さく声を上げたジャンヌ(仮)で意識が引き戻され、男の方に目を向け直すと、丁度折れたモップとその先端を拾い上げた所だった。
………うっかりェ。

「……………」

男の目がいっそう細くなり、周囲をジロリと睨むと、隣の少女が分かりやすくビクッと震えた。
…………………ったくよーもー。 俺に愉悦回路はないんだから。

溜息を吐き、タイミングを計る。
男の視線が完全に反対側を向いた時に窪みから音を立てて立ち上がる。


「ジャン―――
……君は?」

「通りすがりの観光客です。 この町にしては珍しい造りだったもので、この教会に」

「それは良いのだよ。 神の家は全ての迷える子羊を受け入れるのだから。
……ところで、この教会で銀髪の少女を見かけなかったかい?」

真後ろで小さく息を呑む音が聞こえる。

「………いえ、ありません。
私はこの教会に足を踏み入れた折、少々散らかっていた(・・・・・・・・・)故、掃除道具の一つでもないかと探していたのです」

「おぉ、そうかい。 それはとても良い心掛けだよ。 きっと神のおぼしめしがあるだろう」

それだけ言うと、男は朗らかな笑みで教会を後にする。


「ハァ……これで良いか?」

「………何が狙いよ」

同じように窪みから出て来た少女が、ブスッとした表情で睨んでくる。

「……どうせ分かってるんでしょう。 私が誰で、アンタが追い払ったのが誰か」

「いや、知らぬ」

「……………は?」

コロコロ表情の変わる奴だな。 今度は目口がOの字だ。
――ガチレスしても、この少女がジャンヌ・ダルクの子孫はないだろう。 火刑に処された筈だし、仮に処刑されたのが影武者か何かでも、それが真実なら世界規模のニュースだ。 ここまで町総出でジャンヌを讃えてるような土地だ。 酔狂な家が娘にジャンヌと名付ける可能性はなきにしもあらず。 イギリスもジャックやらエリザベスやらの名はやたら多いしな。

「さて、俺ももう行くとするか」

「ちょっと待ちなさい」

今度は何だよ。 こっちもこっちで人を撒いてフラフラしてるんだから、集合時間まであまり一箇所には留まりたくないんだけど?

再度こっちをビシッと指差しながら、その口から出た言葉は、――


「――アンタは、カミサマについてどう思う?」

……またえらく抽象的な質問だな、オイ。

その沈黙をどう受け取ったのか、人が答える前にさっさと続ける。

「……そうよね、大切よね。 なんせ我らがち
「どうでもよいに決まっておろう」
tぃ――
………は??」

生まれた家が家だから洗礼こそ受けているが、信じているかと言われれば微妙だ。 この世界線がハイ○クール○&Dか幼○戦記でもない限り、会ったことも、言葉を交わしたこともない、ついでに益にも害にもならないだろう赤の他人の事をマジマジと考えることなんてない。 前世も込みにすれば、試験の時に冗談半分でハスターに祈った事があるくらいだ(周りには引かれたが)。
そんな具合だから、俺の神への考えなんぞ一言で言えば『いたらいいね』程度だ。

「……う、嘘よ!」

「こんな嘘をついて如何する」

「じ、じゃあ、そうね。
なんか教えに背くことしてみなさい!」

何故そうなる??
つか如何すればいいんだよ。 無視は何となく可哀想だし、聖書なんぞ貴重なニチアサを消耗するミサでチラッと見た程度だぞオイ。
あぁもうメンドい! 適当でいいだろ! 丁度ピアノもある。 昔取った杵柄ってやつを見せてやらぁ!!
再度ピアノの前に座り、カバーを外す。 前世は小学生くらいまで楽器やってたし、こっち来てからもアニメの類は殆どオチ知ってて代わりの暇潰しに嗜む程度には触れてたし、大丈夫だろ!

息を小さく吸い込んでから、鍵盤に指を叩きつける。
弾く曲は、『U.N.オーエンは彼女なのか?』。 教会で悪魔(吸血鬼)を題材にした曲だ。 これでいいだろ! どうせ通じんだろうけどな!
若干の怒りも込めたせいか最終鬼畜風になった、割と不気味な曲を一息に弾ききる。 ふぅ、さて、反応は――

「………はっ!
えっと、い、色々と、変わった曲ね?」

……引いてらっしゃる。 知ってた。 つか反応的に聞いてなかったもありえるなこりゃ。

一つ溜息をつくと適当に挨拶を済ませて、その場を後にした。





◆◇◆◇◆◇◆







――そして、二十年の歳月が流れ。


小規模とはいえ元ダンジョンだっただけあり広く、家というより城といえるギルドハウスに初期配置されている家具類の一つ『グランドピアノ』に手を乗せて、ふと思い出した懐かしい思い出に浸る。

「……確かあの後は、直ぐさま世話係に捕捉されたのだったか」

その後は特に特筆すべきこともなく、フランス旅行は終わった。 精々が、あの細目の男が、彼の救国の聖女――の兄の子孫だという、中々反応に困る人物だったことくらいだろうか。
様々な観光地を巡ったというのに、最も印象深い出来事があれなのは何故だろう。

……あまり気に掛けても仕方ないか。


この後エムが、ピトのライブ曲の収録で使うと言っていたのを思い出し、軽く調弦だけ確認して、その場を後にした。







――部屋を出る直前、銀色のアホ毛がチラついた光景を、心にしまいながら。


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10話 Ⅵの座を司る者 前編

 

 

 

 

 

――第一層が攻略されてすぐ。

 

 

 

第二層に上がったは良かったが、マスターはディアベルをボスのソードスキルから逃すのに攻撃したからカーソルがオレンジになっていた。 だから住区の圏内に入れなくて、フィールドの安全圏を探す所から始まった。

 

それが大体、三日か四日続いたくらいの時だったか。

 

 

「――誰か来ているな。 三人だ」

 

いつも通り無双した後。 索敵スキルをとっていたマスターが東の方を睨んでいると、言った通り三人のプレイヤーが歩いてきていて、内一人には見覚えがあった。

 

「……ジョニー、か?」

 

「おっす! 久しぶりぃ、ザザ!」

 

第一層の初日に行動を共にしていた、白髪野郎。 フレ登録から生きていたのは知ってたけど、ホルンカ以来の再会だった。 マスターも覚えていたのか、警戒を解いて話しかけていたしな。

 

「久しいな、ジョニー」

 

「ダンナもお久!」

 

「だ……………まぁいい。 それで、其奴らは?」

 

マスターが視線をズラしたのに合わせて、オレもジョニーの後ろにいた二人に意識を向けた。

一人は、チャラい感じの奴で、モルテというらしい。

そして、もう一人は、――

 

 

 

 

 

「――へぇ。 アンタがあのヴラドか。 俺は『ヴァサゴ』だ、ヨロシク」

 

流暢だけど、何処か訛った喋り方をする、外人風の男。

 

「……ヴァサゴ、か。 訛りからしてヒスパニック(アメリカ人)か?」

 

「お、分かるか。 そういうアンタは、………イタリック系、ヨーロッパ人か」

 

「む、余も訛っておったか。

あぁ正解だ。 ルーマニアから参った」

 

「また遠いとこから、災難だな。

オレもジャパニーズばっかだからアウェーでアウェーで」

 

「ほう」

 

外人同士、通じるものがあるのか話が弾んでいる横で、オレも再会を喜んだ。

 

「暫く、連絡つかなかったから、心配したぞ」

 

「いやぁ、ワリワリ。 ヘッド――あ、今ダンナと話してる人な! あの人と合流してからもうずっと楽しくてさぁ!」

 

「そうか。

ところで、そっちは?」

 

そう言って、隣で欠伸していた男を指す。

 

「あぁ、コイツはモルテ。 コイツこう見えてβテスターでな! いやホント、情報大事超大事!」

 

「まあ、確かに情報は、大事だな」

 

一層で強力な武器を手に入れるのに配布された攻略本を何度も捲ったのを思い出しながら相槌を打つ。

 

……そういえば、町に入れないから第二層の攻略本は入手していないな。 モンスターは相変わらずマスターが一、二発で斃せるから身を守るだけなら問題ないけど、効率的なレベリングや、有効なアイテムの入手はちょっと厳しい。

 

「……そういえば、何だって、此処に?」

 

「あぁ。 モルテのヤツがディアベル、だっけ? のとこに居てな。 ダンナの補助に行かされたトコでオレたちが合流したんだよ! ほら!

……っていねぇ!」

 

ぎゃーすと騒ぐジョニーをスルーして左右に目を向ければ、一足先にヴァサゴに呼ばれたのか、マスターとあれこれトレードしていた。

後でマスターに聞いたら、カルマ回復アイテムはまだ集めきれてなくて、一先ず食料とかの消耗品と攻略本を届けに来たとのことらしい。 クリーム付き黒パンも美味しいとはいえ、飽き始めてきてたから本当にありがたかった。

 

二冊届けられていた攻略本をパラパラ斜め読みしていると、漸く口を開いたモルテが、攻略本にないクエストにオススメがあると言ってきた。

 

曰く、エクストラスキル『体術』を取得出来るクエストを受けることが出来るらしい。

 

 

「――ほぅ。 体術とな」

 

想像以上にスキルに食いついたマスターが受けることを即決し、すぐに移動を開始する。 「あんなアグレッシブな人――だったな、そーいや」とはジョニーの台詞だ。

 

 

道中は、……省略でいいか。 一度ジョーというプレイヤーにモンスターの群をトレインされかけたけど、マスターとオレで数分で片付いたし。

 

 

 

――運の悪い事に、オレたちがいたのはクエストを受けられる場所とは町を挟んで反対方向だったようで、移動にそこそこ時間が掛かって着いたのは翌日朝だった。

 

「ここが、そうなのか?」

 

辿り着いたのは、ポツンと建つ一軒家。

テンションの高いジョニーを先頭に扉をくぐっていく。 が、ギリギリでモルテが渋り、一旦別行動になった。

その反応に訝しみながら中に入ると、視界の端に安全圏に入ったことが表示され、警戒を緩める。

見れば見る程ただの民家で、室内にいるのは老人NPCが一人だけ。 クエストNPCである事を示す赤いフキダシが出ていること以外、何も変わった点が無い。

四人揃って首を傾げながらも、ジョニーが老人に話しかけて二、三話すと、急に老人が目で追いきれないスピードで腕を振り――

 

「ぷフォッ!」

 

「な……なんだこりゃぁ!?」

 

ジョニーの頬に落書きがされていた。 モルテが渋った理由が分かった瞬間、キレてナイフ片手に飛び出しかけたが、老人に一歩でも外に出たらクエスト失敗、落書きは消えないと伝えられて歯噛みしながらその場にとどまった。

まあその後結局全員顔に落書きされたんだけどな。 ヴァサゴとマスターは老人相手に数分格闘した挙句、筆で描かれていないのにシステム的に書かれた事になって凄く不服そうな顔だったけど。

 

「……速攻で片付けるぞ」

 

「……よかろう。 彼の非礼、贖わせてくれようぞ」

 

犬歯を剥き出しに危ない笑みを浮かべた二人が、クエストの内容――裏庭にある岩を砕けばいいという解説を聞いた瞬間飛び出し、一拍間を空けて轟音が二つ響いた。

 

慌てて追いかければ、四つ並べられた岩の内の二つをそれぞれ殴りまくっていた。 二人とも格闘技を習っていたのか、それともVR格ゲーをやっていたのか、手慣れた動きでヴァサゴが連撃を、マスターが一撃重視のストレートを叩き込んでいた。

 

……ていうか、二人共熱意がヤバイ。

ヴァサゴは「イエローモンキーがぁぁ!」と叫びながら蹴りまで入れ始めてるし、マスターは表面上落ち着いて見えるけど、間合いを取って息を整えて、一瞬で距離を詰めて右手で思いっきり突くを繰り返して、その一発一発が轟音を立ててる。

 

……あそこまでいくと、逆に壊れない岩の方が凄いな。

 

「……オレらもやりますか。 やる気起きないけど」

 

「……まあ、うん。 雨垂れ石を、なんとやらって、言うし」

 

「チクショー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――結論を言えば、一番最初に壊したのはマスターだった。

最初こそ連打重視(ヴァサゴ)一撃重視(マスター)でいい勝負だったのが、システム外スキルで反作用による移動――今で言う『真横にジャンプ』だな。 それに気がついたマスターが殴るペースが上がってからはすぐだったな。

その後ヴァサゴもあっさり砕いて、後はオレたちがクリアするのを待つだけになった。

 

マスターたちが暇を持て余すあまり料理スキルに手を出している横でペシペシ殴り続け、丸一日費やしてやっと砕けた。

 

「……手がイテェ」

 

「……手と言うか、心に、来るな、このクエスト」

 

今ならモルテのあの態度も納得出来る。 後で聞けば、あの岩は破壊不能オブジェクト一歩手前の代物だったらしい。

第二層に置くクエストじゃないだろとオレたちが愚痴り、それにマスターが「違いない」と苦笑しながら相槌を打ちながら小屋に入ると、数日ぶりに会うモルテが寛いでいた。 ジョニーに噛みつかれながらも聞こえた細切れになった台詞から、ディアベルから連絡があったことが知らされた。 曰く、『やっとアイテムが揃った』らしい。

これでマスターも、前線復帰出来る。

それを喜しい事だと思ったのはジョニーたちもだったようで、ヴァサゴの提案でこちらからも出向くことになった。

 

 

モルテを通して落ち合う場所を決め、その場所に向かうと、ディアベルともう二人、見覚えのあるプレイヤーが。

 

「――お! 見ないと思ったらやっぱりオッサンの所にいたわね」

 

「……何で、あんたがいるんだ。 ピトフーイ」

 

やっほーと片手を挙げる少女と、それに付き従うAPPの高い男。

話を聞けば、彼らも体術クエをクリアしに来たらタイミングで、偶然(・・)ディアベルと行動を共にしていたらしい。 なんでも二層の何処かで出るグローブ装備を使えば一瞬という情報が出回って、それを買い取るのに苦労したとのこと。 先に知りたかった。

 

それは兎も角。

 

ディアベルの方に意識を向ければ、マスターに頭を下げていた。

モンスターから守って貰ったのに、謝礼が遅れたと。 その所為で余計な手間を掛けさせてしまったと。

それに対してマスターは、

 

「――構わぬ。 電子の世界での野宿というのも中々に良いものだった」

 

「いや、でも。 オレの所為でヴラドさんには迷惑を……オレがあの時、もっとちゃんとしていれば――」

 

「よいと言っている。 あの件は余にも思う所があるのでな」

 

少し遠い目をしながら返した。

 

「……『ビーター』」

 

「うむ。 その態度から察するに、お前もそうなのだろう。

お前が真に謝罪すべきは、あの少年だろう。

……尤も、それは余にも言える事だがな

 

最後にボソッと零した言葉は届いたのかは分からない。 けど、その言葉には、

マスターの感情が煮詰まっている気がした。

 

 

 

 

 

「――まあ、過ぎたことなんだし、気楽に行きましょうよ!」

 

空気が悪くなった所でモルテが割り込む様に声をあげて、二層の街で買ってきておいたというカップ飲料を八人全員(・・・・)に握らせた。

 

「じゃあ、我らが英雄ヴラドの復帰を祝って! 乾杯!」

 

「……余はそんな人間ではないのだがな」

 

モルテの楽観的な姿勢に後押しされたのか、ディアベルは躊躇いなくそれを呷った。 何気にいいものなのか、ピトフーイとエムなんてシンプルに喜んでいたし、オレも全く警戒することなく口に含んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――後から考えてみれば、おかしな事だらけだったのに。

 

何故ディアベルと落ち合う場所は圏外だったのか。

 

何故偶然合流したピトフーイたちの分まで飲料が準備してあったのか。

 

何故ヴァサゴやジョニーはソレを飲まないのか。

 

 

違和感だって、その前からあったはずなのに。

 

 

「……? モルテよ、これはどの様な物なのだ?」

 

マスターは違和感に気付けたのに。

 

なのに、オレたちは、ソレを躊躇いなく飲んだ。 飲んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――It's Showtime」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――気がつけば、オレたちは倒れていた。

 

 

 

 

 

 

 



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11話 Ⅵの座を司る者 後編

 

 

 

 

 

――急な事に混乱する中、言うことを全く聞かない首を何とか動かすと、自分のカーソルに黄色のデバフマークが。

 

――『麻痺』?! そんな、なんで、

 

さらに周囲をみれば、倒れているのはオレだけじゃなかった。

立っていたのはマスター、それとジョニーとモルテと、ヴァサゴ。

全員、コップに口をつけなかった人だった。

 

「……モルテ、これは何の真似だ?」

 

そこから出る結論は簡単。

飲料を準備して、尚且つ口をつけなかったモルテが一番怪しい。

怒気を溢れさせながら、マスターが槍を抜く。 だと言うのにモルテはニヤニヤ嗤うだけで、何も答えない。

代わりに返事をしたのは、ヴァサゴと名乗った男だった。

 

「――なんの真似? 簡単な話だ。

全員分のコップに麻痺毒を仕込ませた。 ただそれだけだ」

 

「――っ」

 

「と、動くな!」

 

ニヤついていたモルテが、剣をディアベルの首に沿える。

 

 

「……貴様、余を虚仮にしているのか?」

 

人質を取られ、振るいかけていた槍はそのままに呻くように声を出す。

 

「あぁ、悪いな。 とっとと本題に入っちまおう。

 

 

 

――ヴラド。 俺と来ないか?」

 

ナイフを収めたまま、右手を差し出すヴァサゴ。

当然、まともな返事が返る筈もなく、マスターは拒絶した。

 

「ほぅ、余程命が惜しくないと見える。

……一服盛った者に付き従う愚か者がいるのか?」

 

ギリ、と、マスターの握る槍から柄が軋む音が聞こえ、それに合わせてジョニーが抜剣する。

が、ヴァサゴは抜かない。 手はそのままに、続ける。

 

「ま、普通ならあり得ないだろうな。 ―――普通なら、な」

 

「……何が言いたい?」

 

ヴァサゴはマスターの問いに答えず、投げナイフを手に持つと、

 

 

 

 

 

――それを、エムに投げつける。

一直線に飛んだナイフは肩に突き刺さり、赤いダメージエフェクトが溢れる。

 

その光景に響くソプラノの悲鳴を無視して、ヴァサゴが続ける。

 

「――お前は、俺と同じだからだ、ヴラド。

悪魔の名を名付けられた破綻者。

人型を傷付けることに抵抗のない、生粋のバケモノ。

でなけりゃ、躊躇なくジャベリン(投槍)を人間に当てられるのか? チキンな方法でしか他人を殺せない平和ボケ共とは違う。 俺たちは、同じだ。

 

……もう一度言うぞ、ヴラド。

俺と来い。 この城は、俺たちのモノだ」

 

不思議な魅力(カリスマ)を持った悪魔が、誘いの文句を口にする。

 

何拍か間を空けてから、マスターは、槍を下ろした。

 

「……確かに、我らは似ているやもしれぬな」

 

そう呟いて、片頬を上げ(嗤い)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――だが、違う。 我らには決定的な違いがある」

 

バキリと、槍の柄が握り潰される。 くの字に折れ曲がった槍が、ポリゴンの粒となる。

 

「余が破綻者? 認めよう。

余がバケモノ? 認めよう。

我はドラキュラ(竜の子)を継ぐ者であり、同時に異端者である。

だが、余はそれでも己が望に誠実であるつもりだ。 貴様の望への道がそれ(殺戮)しかないのであれば、余は赦そう。 赦して笑って、貴様を終わらせよう。

 

――されど、貴様のその様は、その瞳はなんだ?

貴様が内に抱えるモノは、憤怒でも、復讐でも、闘争への妄執でもない。 ただの醜い癇癪だ。 童の八つ当たりにすら劣る喚きだ」

 

「………そうかよ」

 

差し出した手を引っ込め、残念そうに肩を竦める。

 

 

「――じゃあ死ね」

 

その言葉を合図にジョニーが飛び出す。 その手には、薄く黄色にテカったナイフ。

その切先が、武器を持っていないマスターに――

 

「緩い。 案山子すら刻めぬな」

 

鈍い音を立てて、ジョニーが背中から地面に叩きつけられる。 正直、何が起きたか分からなかった。 後で聞いたら、「投げた」らしい。

 

「ジョニー!? テメ、動くな! コイツがどうなっても――ぶへっ!!」

 

その光景を見たモルテが剣を振り上げた隙に距離が詰められ、膝を蹴られる。 曲がらない方向に曲げられた膝では体重を支えられず、そのまま倒れる。

 

「……人質から武器を離すとは、素人にも程があろう。

――して、貴様は来ないのか?」

 

モルテの握っていた剣を彼方に投げとばしつつ、ついでと言わんばかりにヴァサゴを挑発する。

一瞬で二人を無力化したマスターに対して、ヴァサゴは無言でナイフを抜いた。

それを見て、マスターも足元にあったジョニーのナイフを蹴り上げ、掴む。

 

「―――では、始めようか」

 

轟音、土煙。 一瞬で姿が掻き消えた二人は、中間点でナイフをぶつけあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そ、それで、最後はどうなったんだ?」

 

髑髏マスクが語ったのは、噂では聞いていた笑う棺桶(ラフィン・コフィン)最初の殺人未遂の詳細だった。

 

 

「最後は、引き分けだった。 あらかじめ、モンスターをトレイン、してあったみたいでな。 そっちを対応してる間に、逃げられた」

 

「oh……」

 

まあラフコフならやりそうな手だな。 MPKなんて他のゲームでもよくある、手段、だし………

 

「……なあ、ヴラドって槍を持ってなかったんだよな?」

 

ヴァサゴ(PoH)相手にメイン武器ではなくナイフで切りあえたのも驚きだけど、戦闘中にMobに襲われたのならストレージのアイテムを取り出す暇なんてなかったハズだ。

とすると、PoHだけでなくモンスターの群すらナイフ一本で凌いだ事になる。

流石にない、よな……?

 

「あぁ。 オレも気になって、聞いた事がある、んだよ」

 

「で、なんだって?」

 

自分でもよく分からない期待も込めて聞けば、

 

「マスター曰く、マスターの師匠のメイン武器が、ナイフで、まずそっちを叩き込まれた、らしい。 ぶっちゃけ徒手空拳が、一番腕に自信があるって前に、言ってた。

飲み物の毒に気付けたのも、師匠の影響、だって」

 

「…………はぃい?」

 

これまたとんでもない答えが返って来た。

ナイフも使えることも驚きだけど、

あのヴラドの師匠って一体………

 

 

 

 

 

………うん、よそう。 想像が恐ろしい方向に飛躍しかけた。 現実にガチの吸血鬼はいない。 ハズである。

 

つか地味にアインクラッドの危機だったんだな。 もしヴラドがラフコフにいたら、被害者は今の数倍じゃすまなかっただろうし。

 

 

 

 

 

――それから後の事は、まあ想像通りだった。

後でラフィンコフィンの発足を受けて作られたギルドが『ドラクル騎士団』。

ピトがメインで暴れているのは、ザザの予想曰く復讐。 エムと結婚してるらしいs

「結婚?!」

 

「システム上の、だけどな」

 

もう何度目か分からない目眩がする。 エムも狂人だったか……

 

白目を剥いて気絶したくなった気分を落ち着けながら時間を確認したら、もう十時を過ぎていた。

 

「もう、こんな時間か。 キリトはこの後、どうする?」

 

エストックを腰に差し直したザザが、椅子の位置を直しながら聞いてきた。

 

「……ホームに帰るよ。 今日はなんかもう、疲れた」

 

だろうな、という軽い応えが返ってくる。

それを聞きながら教会の両開きの扉を、押し開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

――ギルドハウスで武器の手入れをしていると、ザザが帰ってきた。

別に一々報告しなくていいとは伝えているんだがなぁ。 まあリヨ仮面が出回らないならそれに越したことはないだろう。 あれは駄目だ。

 

まぁそれはさて置き。

 

 

 

「……『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』、か」

 

磨いていた投擲ナイフをスローイングするように刃を指の間に挟んで支える。

そのまま軽く真上に放り、落ちてきた所をホルダーで受け止める。

 

「―――次に相見えたなら――」

 

今度は、勝つ。

シンプルなデザインの短い柄を睨みながら、第二層での、あの時の屈辱を思い出した。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

―――ナイフの刃が真っ向からぶつかり、大きく弾かれる。

ヴァサゴはその衝撃を利用して腕を後ろに引き絞り、刃が輝く。

 

――ソードスキル。 詳細不明。

 

舌打ちしつつ、勢いを利用して一回転。 遠心力も乗せた一閃とシステムの加護を受けた一閃がぶつかり、今度は鍔迫り合いも起こらず左右にズレて滑る。 前に倒れる直前に思いっきり背中を丸め、前転気味に転がって距離を取りつつ間合いを開ける。

上下逆転した視界でたたらを踏む様子が見えたから、振り向きざまにナイフを投げつける。

 

「チッ――」

 

避けきれなかったのか、叩き落される。 その隙に跳ねて一瞬で距離を詰め、顔面に肘を打ち込み、怯んだ所で爪先で顎を蹴り飛ばす。

が、直前に察知され蹴りは躱される。 バックステップで逃げるのを見送り、ナイフを回収。 逆手に持って突進する。

突き出される刃を鍔で弾き、そのまま振り抜いて一撃叩き込む。

一撃加えたら手早く引く。 大振りの一閃を紙一重で躱し、真上から圧殺する勢いで振り下ろす。

が、大振りな一撃(バスター)は読まれていたのか柄の先で受け止められる。

 

 

「――へェ。 思ったよりやるな」

 

ナイフごと叩ッ斬るべく柄に食い込んだ刃に体重を掛けていると、若干余裕のなさそうな声が聞こえる。

 

「……何が言いたい」

 

「なに、俺がわざわざ本名を名乗った訳を察して欲しいなと思って、なっ」

 

奴がナイフから手を離し、こちらの体勢が崩れる。 倒れかけたところに飛んでくる蹴り。 無傷での防御も回避も不可能。

腹筋に力を込めてダメージを軽減させ、蹴り足を抱える。

 

「! チィッ」

 

少々不格好だが奴が軸足を切り替えたのを察知、そのまま投げる。 転がった奴が立ち上がるまでの間に息を整え直し、再度突撃。 蹴り上げ、に見せかけて奴からは見えないように拳を振り絞る。

予想通り転がる勢いを利用して回避と立て直しを同時にやるヴァサゴ。 さっきまで奴が倒れていた大地を踏み締め、右ストレートを放つ。

慌てたのか、それとも策でもあったのか、手で真っ向から受け止めようとするヴァサゴ。 案の定関節を砕いた感触が伝わり、奴の手首からダメージエフェクトが溢れる。 が――

 

「――捕まえたぜ。 今度は俺のターンだ!」

 

もう片方の腕で伸ばしきった俺の腕を押さえられ、体当たり気味に真横に倒される。 咄嗟に立て直そうにも足払いをかけられ、受身も取れず背中から落ちる。

咄嗟に引き抜こうにも脇で固定され、追撃の肘打ちを鳩尾にモロに喰らってしまう。

 

「ゴホッ!

――貴様、舐めるなァァッ!!」

 

極振りした筋力に任せ、腕一本で奴を持ち上げながら立ち、力任せに叩きつける。

そこまでは想定外だったのかアッサリ決まり、体力をレッドゾーンまで減らした奴が大の字に潰れる。

 

「フー………… 終わりだ、ヴァサゴ」

 

「……ハッ。 終わりだ? まだ始まってすらいないのにかよ?」

 

減らず口を叩く奴に、「最期の言葉はそれだけか?」と問いかけ――

一層で取っていた索敵スキルが警鐘を鳴らす。 ここまで派手に鳴るとなれば、数は相当。

 

「ぬ、此れは――」

 

タイミングが良過ぎる。 まるで誰かが、引っ張ってきたような、

 

「……まさか、先日の群は!」

 

「鈍い、鈍いぜ串刺し公(カズィクル・ベイ)

じゃ、精々頑張りな。 テメェは、俺が、殺す。

 

必ず、殺す」

 

何時の間にか回収したのか、ボロボロのジョニーとモルテを引き摺りながら離れていく。 御丁寧に隠密スキルまで発動したのか、不完全ながらもシルエットが朧げなものへとなっていく。

 

「――また逢おう。 ヴァンパイア」

 

「貴様! 待て――クッ!?」

 

追いかけようと一本踏み出した所で爪先を踏まれ、ナイフの反射光が目前を過ぎる。 目の前を一瞬で横切ったのは、予想通り、数日前にトレインを仕掛けてきた男。

邪魔を、するな!!

 

咄嗟にアッパーを放つ。 が、当たりこそしたがクリーンヒットとは言えず大きなダメージを与えられなかった。

 

「ぬぅ! おのれおのれおのれおのれ、おのれェッ!!」

 

そうこうしている内に、猪と狼の大群が到達する。 どんな絡繰か、ザザ達に盛られた異様に長い効果の麻痺毒が何時解けるか分からない以上、奴らを追う事は出来ない。

急いで近くに落ちていた、おそらく忘れていったのだろうジョニーとヴァサゴのナイフを逆手に構える。

 

 

――精々頑張りな、だと?

 

 

ほざけ。 皆殺しである!

 

先頭の狼が走ってきた勢いをそのままに顎を開く。

その下顎に左手のナイフを突き刺し、柔い口元から胴体を真っ二つに裂く。

 

群の全容は、見えなかった。

 

 

「おのれ―――殺戮の時間である!」

 

 

 

 

 



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閑話 浮遊城の日常(短編二話)

 

 

 

 

 

1. 竜の騎士道

 

 

 

――目の前を輝く両刃斧が畝り、髪を数本切り裂く。 僅かに反らせただけの上体を戻す勢いすら使った掌底で胴を打ち後退りさせ、右手で槍の重心を握りスナップを利かせてコンパクトに突く。

が、いい加減読まれているのか籠手で弾かれ、斧が地面を擦りながら振り上げられる。

ほぅ、力比べを所望するか。

矛先で受け止め、そのままSTRで押し切るべく力を籠める。 相対する男の鼻息は荒くなり、野太い腕に血管が浮き出る。

 

……ふむ。 ステータスは悪く無い。 が、技が足りておらんな。

 

踵を僅かに浮かせ、体重を一気にかける。 斧が地面にめり込み、矛先が弧を描く刃を滑る。 そのまま身体を捻って一回転、バスターを叩き込む。

轟音と共に鎧の肩を打つ。 ギリギリで打点をズラしたか。 急所に当たらなかったことで大ダメージは与えられなかったが、体力が勢いよく減り―――

 

 

 

――ブザー音が鳴り、視界の中央に『You、WIN!』と表示される。

それを見て肩の力を抜き、吹っ飛ばした大男に向き直る。

 

「大分良くなってきたようだな。 だが仕掛ける時にソードスキルを多用する癖は直せ。 無用な隙を生む」

 

「ぐぉぉ…… は、はい。 分かりました……」

 

ゆっくり立ち上がった大男が斧を杖代わりにヨロヨロと、ギルドハウスの中庭を後にする。

それとすれ違うように、普段俺がメインで使っている槍を持ったザザが寄って来る。

 

「お疲れ様、です」

 

「何、問題無い。 挑戦を受けて立つのも余の役割よ。

流石に奴は少々執拗いがな」

 

受け取った槍を決闘用の火力を抑えた物と取り替え、肩慣らしに軽く回してから背に固定する。

それにしてもあの大男、確かゴドフリーと言ったか。 ほぼ毎日挑んでくるのだが、あれだけ動けるのならば血盟騎士団の部隊長くらいにはなれるだろうに。 一体何が奴を其処まで掻き立てるのやら……

まあいい。

 

さて、食後の運動も済ませた事だ。 迷宮にでも潜るとするか。

 

「余はこれから攻略を進めてくるが、お前は如何する?」

 

「あ、じゃあオレも、行きます。 また迷われたら、大変ですから」

 

「おい」

 

俺の方向感覚、そんなに信用ないか。

…………無いよなぁ。 この間もやらかしたばかりだしなぁ。 おのれオレンジ共め、姑息な手を。

 

溜息を吐きつつ、ポーションや結晶の残量を確認する。 ふむ、暫く補充してなかった故、多少心許ないな。 エギルの店にでも寄るか。

……あ、アルゲードに行くなら先に始まりの町に行かねばな。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

――第一層 『始まりの町』

 

アインクラッドは浮遊城という特性上か、基本的に上に行けば行くほど面積が減っていく。 それに伴ってダンジョン、町の規模も減っていっている。

逆に言えば、下層に降りれば降りる程広い土地がある。 それにモンスターのレベルも低く、比較的安全だ。

 

まあ、何が言いたいかと言えば、戦闘に向かないプレイヤーを集めて生活スペースを確保するのが簡単だという事だ。

そんなこんなでDKは第一層にも仮拠点を持っていて、非戦闘プレイヤー、特にゲームの対象年齢以下のプレイヤーの保護をしている。

 

 

………細かい所にツッコミを入れれば、最初に活動を始めたのはDKとは何も関係ない、リアルで教職課程を取っていた人だった。 オマケに仮拠点と言っても実際はコルを消費して買い取った場ではなく町にある教会をそのまま使っているし、保護と言ってもその資金源はそこにいるプレイヤーが生産した物を売却することで賄っている。 正直オレたちDKがやった事と言えば、余った素材を届けたり、流通ルートを繋げたくらいだ。

 

が、これが意外と上手くいった。 ポーションや鍛冶系は流石に上層向けの物はまだ難しそうだけど、一部の娯楽品や装備品は、マスターが連れてきたアシュレイさんらのツテを使ってかなりいい物が出来るようになった。 例えばオレのマスクやマスターのマフラーはここで作られた物だし。

以前やけにその辺の手際がいいと思って訊いたら、

 

「余の地元では過去の政策の影響で浮浪児が溢れていてな。 小規模ながら孤児院のような物を経営していた故、ある程度であれば心得がある」

 

との返事が返ってきた。

……本当にこの人のリアルはどんな人なのだろう? 『考察ガチ勢』と名乗っているエセ情報屋ギルドの予想曰く、イタリア系アクション俳優が主説らしい。 本人に訊いたら爆笑されたから多分違うけど。

 

 

そんな適当な事を考えながら背中を追いかけていると、いつの間にか教会に着いていた。 以前キリトにマスクを売るのに来た時とは違って騒がしくて、金属同士を叩きつける戦闘音が――

 

 

………は?

 

急に明るくなった視点を前に向ければ、統一されたやたらゴツい鎧を纏ったパーティーをノーチラスが相手取っていた。 何で戦闘が、後マスターは何処に――

軽く混乱していると、いつの間にかマスターまで参戦、片っ端から武器を叩き落としていた。 対人相手だからマスターが負けるはずも無く、五秒と経たず六人全員の武装解除を済ませていた。 STR極振りって何だったんだろう。

 

………その後、興奮して何を言っているのか分からない状態だったノーチラスを、避難していたユナとサーシャさんと一緒に落ち着かせていると、鎧の集団を問い詰めてきたらしいマスターが戻ってきて、もう心配ないと言った。

 

………どういう事なんだろう??

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

……時は少し遡り。

 

俺の目の前には、件のすっとこどっこい共が転がっていた。

 

問い詰めてみれば、奴らの目的はリソースの公平な分配だそうだ。 詰まる所、連中の言い分に若干の悪意を混ぜて簡単に言ってしまえば、「未だ引き篭もってガタガタ震えている事しか出来ない大人がいて、その横で対象年齢以下の癖して大成功して三食満足に食えている大勢の子供がいるのはおかしい。 攻略に貢献出来るかもしれない俺たち大人にもリソースを割くべき」だそうだ。 思わずぶっ飛ばして壁で跳ね返って来た所を叩き潰した俺は悪くない。

 

……して、此奴らはどうしてくれよう。

一番いいのは連中の上司に届けてやる事だろう。 大分アレンジが加わっていたが、連中のカーソルの横には明らかにアインクラッド解放軍を意識しただろうギルドマークが浮かんでいた所からして、大体の拠点の予想は付く。 気絶中の此奴らに案内させるのも手だ。 いざとなれば、治安維持に力を入れているディアベルのギルドに突き出してやればそれで解決だろう。

 

……取り敢えず、起こすか。 一々運んでやる程俺はお人好しではない。 せめて自分の脚で歩いて貰おう。 肉体へのダメージは無いから直ぐに起きるだろう。

槍の石突きでゴスゴス突くと、予想通り直ぐに意識が戻る。

 

「―――う、うーん? ここは……」

 

「いい加減起きよ。 何時までも貴様らにかまけている暇は――」

「ゲェ!? きゅ、吸血鬼!?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――少し早めの除夜の鐘突きに興じた後、ディアベルに一報を入れ、さっさと教会に戻る。

そこで改めてノーチラスから話を聞けば、連中は納税と称して押し掛けていて、偶々ユナの定期ライブで来ていた二人とかち合ったとの事らしい。 取り敢えず連中の煩悩を叩き出しておいた事は伝えた。 うむ、嘘は言ってない。

 

 

閑話休題(終わった話は置いておいて)

 

 

 

教会の敷居を跨ぎ、中上層向けのアイテム類を時間を掛けて各個人から買い取る。 思春期真っ只中のプレイヤーもいるからと一本のパイプにせずに、木の根の様に細かくしたやり方は上手くいっているようだな。

 

良い兆候か、ザザもアニモ(animo)(確かイタリア語で心、だったか?)というプレイヤーネームの無表情系少女からマスク類を若干手古摺りながらも纏め買いしたのを眺めながら、買ったばかりのジュースで喉を潤した。

うむ、良きかな。

 

 

 

 

 

………辛ッ!? 何故?!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2. 霧夜の血塗れ王鬼

 

 

 

 

 

―――ピチャピチャと、足元から水音が響く。

自分の手元すら見えない程暗い、狭い道を走る。

 

感じられるのは一人分の水を蹴散らす足音と、身体にこびり付いた異臭、手に持った錆びたナイフの感触。

それと――遠くに見える、一点の光。

 

 

全く考えている通りに動かない身体を引き摺り、半ば転がる様に前に進む。

 

 

 

――……あそこまでたどり、つけば……

 

 

 

根拠の無い希望が心を包み、原動力となる。

 

 

 

――……たどり、つければ………!

 

 

 

何度も転び、その度に血と、汚泥と、死肉に汚れながら、走る。

 

 

――……あと、ちょっと、で、………――

 

 

 

そして、光に手を伸ばして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――返ってきたのは、銃弾と怒声だった。

 

『Acolo este!』

 

『Aresta-o!』

 

 

「っ――」

 

知らない言葉。 知らない言語。

必死に反対向き――暗闇の方向に逃げる。

前までは(・・・・)ロクに掠りもしなかった制服連中の鉛玉が、今度は皮膚を抉り、肉に喰い込み、血を噴き出させる。

 

栄養なんて他人の血液を雑に注射することでしか補給されていない身体はそれで壊れてしまい、豪快な水飛沫を散らしながら倒れ――――

 

 

 

 

 

 

 

『――よっと、うっわ軽。 この外見で見たまんまはナイワー』

 

――倒れる前に、受け止められる。

霞む視界で何とか見上げると、こっちもまた理解出来ない言語で「naiware(?)」と繰り返す、ボサボサ頭の、死んだ魚の様な目の、

 

 

 

――この間、わたしがナイフで刺した筈の少年が、斃れかけのわたしを受け止めていた。

 

『Tânar maestru?!』

 

『ぁ? あぁ。 Nu am raportat daune, nu? De ce o urmăresti?』

 

『Dar、』

 

『E destul! Obosit! dizolvare!』

 

銀髪を後ろで纏めた少年が何やら捲し立て制服連中(警官隊)を追い返すと、その高そうなコートが汚れるのも構わずわたしを抱え上げる。

 

「……あなた、は………?」

 

『? ……あ、英語か。 チッ、予想が当たってるっぽい事を喜ぶべきか嘆くべきか……』

 

話しかけると一瞬小首を傾げて、いきなり自虐的な苦笑いを浮かべながら何やら呟く。

 

 

……わたしは、帰りたい、だけなのに。 じゃま、するなら――

 

 

握ったままのナイフを手の中で回して、逆手に持ち直す。

ここでこの人を殺して、逃げて、――

 

 

「あー、嫌われたものだな。 まあ仕方無いか」

 

「? ……ことば、分かるの」

 

「少しは。 だから拙いのは勘弁してくれ」

 

目が覚めた時からずっと居なかった、言語の通じる人。 その存在に意外にも安心してしまったのか、ただでさえ疲労が限界に達していたのもあって強烈な眠気に襲われる。

 

 

……ねちゃ、だめ。 痛いのは、いや………

 

 

「………ねぇ。 なんで、助けてくれたの?」

 

途切れ途切れの意識を何とか繋いで、わたしを見つめる少年へ訊いた途端、今度こそ意識が沈んでいく。

かろうじて聞き取れたのは、前も含めて(・・・・・)聞いたことのない様な、

 

「んー、何て言えばいいか……

………俺の語彙力で一番近い意味を伝えるなら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――一目惚れ(Fate)、ってヤツかな」

 

 

かなり気障な言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――意識が戻ると、そこは夕焼けで赤く染まった病室。

 

 

………寝落ちしていましたか。 それにしても、また随分と懐かしい夢を。

 

 

座ったままで凝り固まった関節を、最小限のストレッチで伸ばす。 ずり落ちていた本の頁に変な折目が付いていない事を確かめ、栞を挟んでから棚に置く。

冷めてしまった紅茶を一息に飲み干し、貴重品を簡単に確認、『SAOサーバー? 物理で解体し(高電圧でショートさせ)てやるー!』とずっと息巻いているシェリー博士のメールに宥める為の返信を書く為にスマートフォンを立ち上げる。

何と書くか悩み、ふと顔を上げると、目を背けてきた病室のベッドが網膜に映る。

 

 

―――無骨なメット型の機械を被ったまま横たわる、パッと見五十代に見える長身の男性。

 

 

 

 

 

 

「……………本当に、何で私を置いて行ったんですか」

 

 

私なら、相手が何であろうと解体するのに。

 

ただ一言、『俺と来てくれ』、或いは『殲滅せよ』と命じてくれたのなら、私は躊躇いなく刃を振るうのに。

 

 

 

 

 

 

 

――二年(・・)と云わず、もっと少ない時間で終わらせられたのに。

 

 

「………本当は、誰よりも臆病なのに………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ナーヴギアのライトが点滅しているのを眺めていると、部屋の外からヒールの足音が聞こえる。

SAO対策課の誰か、ではないですね。 当たり障りのない事しか口にしない彼らなら、こんな高飛車な足音は立てないでしょうし。

 

携帯を鞄にしまい、懐中時計で時間を確認する。 もうすぐ面会時間も終わり。 こんな時間に見舞いに来る非常識者なんて……いるわね。 一人。 それも一年も遅刻するような女が。

 

静かな時間の終わりに溜息をついていると、背後にある扉が乱暴に開けられ、何の挨拶も無しにズカズカと入ってくる。 これは嫌味の一つも言っていいでしょう。

 

「……相変わらず礼儀がなっていないわね。 だから『突撃女』なんて渾名をつけられるのよ」

 

今更私が居ることに気が付いたのか、一瞬眉が跳ねる。

黙ってれば美人な彼女はアホ毛を揺らし(ついでに無駄に大きい脂肪の固まりも揺らし)、表情を歪めて煽ってくる。

 

「ハッ! 誰かと思ったらツギハギ女じゃない。 わざわざ遠くから行ったり来たり、その分の労力を身体に回したら? パ・ッ・ド・ちょ・う??」

 

……手が備え付けの果物ナイフを掴もうとするのを意思だけで捻じ伏せる。 この国に銃刀法がある事に感謝しなさい。

若干痙攣している口角を締め、息を整える。

 

「……はて、何の事やら」

 

「声が震えてるわよ」

 

「黙りなさいこのショタコン。 ジークでしたっけ? 前に聞いたのですが彼、小さい方が好みらしいわよ?」

 

Non(ウソだッ)!?」

 

憎たらしい笑顔で嗤っていた突撃女が面白い様に狼狽する。 やっぱこの人は突撃女ですね。 学習しない。いい加減スルーする事を覚えればいいのに、こんな反応だから何時までも弄られることを分かっていないのでしょうか。

 

「………い、いやいや。 もう騙されないし」

 

「キャラが壊れていますよ、せ・い・じょ・サ・マ??」

 

さっきの仕返しに全く同じ様に返してやると、アホ毛がプルプルと震える。

 

 

 

「――よし〆る」

 

「上等」

 

 

 

この後、見回りのナースに注意されるまで関節技を掛けあっていました。 本当にこの人何しに来たのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――SAOクリア(七十五層突破)まで、あと、約一年。

 

 

 

 

 



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SP ぐだぐだクリスマス inアインクラッド

 

 

 

 

 

――オレたちがSAOに閉じ込められて、ざっと一年経った。

 

 

 

 

 

黒猫団から抜けたオレは、遅れた分を取り返すために、

 

……ケイタたちに拒絶された過去から逃げるように戦い続けて、もう数ヶ月が経とうとしていた。

 

ほぼ一日中ぶっ通しで迷宮区に潜り、倒れる寸前で帰る。 そんな生活の繰り返し。

 

 

……これじゃあ、他人の事言えないな。

 

一層のボス戦でコンビを組んでいた少女と初めて会った時を思い出して、何とも言えない自嘲染みた笑いが溢れる。

 

 

 

 

 

――そんな生活を続けていた、ある日。

ポーション類の補給をする為にも町に戻ると、何故かそこかしこにモールが取り付けられて、SAOには無い筈の電燈で飾られていた。

理由が分からず、まあどうでもいいやと何時ものNPCショップに向かうと、その前に見覚えのある姿が見えた。

 

「――よっ! 久しぶりだな、キー坊」

 

「……アルゴか。 何の用だ」

 

「冷たいなーキー坊は。 オネーサン拗ねちゃうゾ?」

 

「………」

 

「分かった。 オレっちが悪かった。 だから無視しないで!?」

 

にゃハハとか笑ってたから嫌な予感を感じてスルーしようとしたら引き止められた。

こっちは疲れ切ってるってのに……

 

 

「……で、結局何だよ」

 

「コレを届けに来たんだヨ。 随分探したんだゾ」

 

そう言って手渡されたのは、丸まった黒竜のスタンプで封をされた一通の手紙。 表には『招待状』とあった。

 

……なんだコレ?

 

アルゴに聞いてみると、特にコルを請求される事なく答えが返って来た。

 

 

 

 

 

――十二月二十四日、二十四時。

第二十五層『迷いの森』の最深部にクリスマスイベント限定ボスが出現する。 その攻略への招待状。

 

 

「……そのイベントの噂なら聞いた事あるぞ。 確かまだ、出現位置は特定出来てない筈じゃないのか?」

 

「正式には出来ていなかった、だヨ。 元々沢山ある候補地のうち三箇所を血盟騎士団、聖竜連合、ドラクル騎士団でそれぞれカバーする予定で場所決めしてナ。 その時に即決したヤツがいたから、後でコッソリ訊いたんだヨ」

 

「……そしたら何て?」

 

何となく誰が言ったのか想像しながら相槌をうったら、なんのつもりか眦を両手で引っ張って目を細くした。

 

「『この中でモミの木が植わっているのは、迷いの森だけである』だってサ」

 

「……まぁ、行けたら行くよ。 招待主にはそう伝えておいてくれ」

 

何となく誰が言ったのか察し、適当に返す。 限定ボスなんて旨味の大きいイベントなら、もっと参加すべき奴がいるだろうに。

 

話は終わったと判断して、ショップに入…………

 

 

……入ろうとしたら、アルゴに袖を掴まれた。まだ何かあるのかよ?

そう思いを込めてジト目で睨む。

 

「……行けたら行く、じゃなくて、絶対行くって言うまで離さない」

 

普段のアルゴじゃ考えられないほど真剣な目で睨み返された。

 

「……何でそこまでやるんだよ。 お前は情報屋じゃなかったのか?」

 

「だからこそ、だナ。 今のキー坊は危なっかしくて目も離せないからナ」

 

「……………ハァ。 分かったよ。 行けばいいんだろ」

 

了承しなければとても離してくれそうに無く、仕方無く頷く。

「よし、約束だからナー!」 とAGI極の敏さで去って行くアルゴを見送って、改めて店に入る。

 

………イベント限定ボス、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――数日後、クリスマスイブ当日。

 

 

指定されたイベント開始十分前丁度に、最深部の一つ前のエリアに到着する。

エリア移動時のエフェクトが晴れると、雪が降り積もって白くなった世界にポツンと黒い線が浮かんでいるのが見えた。

 

「ふむ、時間丁度だな。 よく来たな、キリトよ」

 

「……やっぱりお前だったか、ヴラド」

 

腕組みを解きこちらに向き直る、アインクラッド最強の男。

 

――オレが、手も足も出なかった男。

 

 

「……なんでオレなんかを呼んだんだ。 お前のギルドならイベントボスくらい、簡単に斃せるだろ」

 

「うむ、認めよう。 確かにイベントボス如きであれば、ただ叩き潰せばよい」

 

「……じゃあ尚更、なんでだよ」

 

「それは余の話す事では無い」

 

「………は?」

 

オレに背を向け、奥のエリアに進むヴラド。 もうすぐボス戦のはずなのに肩の金具に槍を固定したままで、武器を手に取る様子はない。

……そういえば、何でここにはヴラド以外誰もいないんだ? 十分前集合だって、DKが集めたボス情報から作戦でも立てるのかと思ってたのに。

 

内心首を傾げながらも、本人に訊けばいいと結論付けて、後を追う。

 

「おいヴラド。 何でお前以外いないんだよ?」

 

「ふむ、何処まで話すべきか……

 

……時にキリトよ、『吟唱』と呼ばれるスキルは知っているか?」

 

「? ……いや、知らないな。 エクストラスキルか」

 

そこそこの距離があるマップを、積もった雪を踏みながら歩く。

 

「簡単に言ってしまえば、歌によるバフである。 効果は非常に高いのだが、歌っている本人はその場から動けぬ上、モンスターのターゲットを集めてしまうというデメリットが存在する」

 

……つまりボス戦が始まるまでの時間にそのバフ掛けを済ませるのに、早めに集まったのか。 そういえば、ピトが迷宮区のど真ん中で歌ってるのを遠目に見たことがあったな。 あれにはそんな理由があったのか。

微妙に気になっていた謎が解けた事で少し頭がスッキリした所で、遂にエリアの境界線を越える。

 

 

迷いの森特有の転移エフェクトに包まれ、景色が変わると―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ、キリト。 久しぶり……だね」

 

「………え?」

 

――クリスタルをイメージしたのか、透明感のある衣装を纏ったサチが、そこにいた。

 

 

「……サチ……? どうして、此処に――ッ!?」

 

 

いや、ここは二十五層のダンジョン。 ここ限定のMobから入手出来る素材もあるから誰が居てもおかしくない。

 

けど、今日に限っては、事情が違う。

 

 

「ッヴラド! 何でサチが居るんだよ!?」

 

――気が付けば、隣に立っていた大男の襟を掴んで怒鳴っていた。

 

今日、此処には、イベントボスモンスターが出現する。 調べていないからどの程度強い相手なのかは分からないけど、少なくともこの階層に見合ったレベルではないハズだ。 最悪、最前線のフロアボスクラスの可能性すらある。

 

そんな危険な場に、戦いの苦手なプレイヤーを呼ぶだなんて、どうかしている!

 

「答えろッ!?」

 

「まずは落ち着けキリト。 確かに彼ら(・・)をこの場に招いたのは余である。 が、それを望んだのは其処の娘である」

 

「何だって……?」

 

信じられない気持ちでサチの方に向き直れば、そこには他の黒猫団のメンバーが。

 

「テツオ、ササマル、ダッカー……」

 

 

そして、当然、

 

 

「………ケイタ」

 

「……」

 

押し黙ったままでいる『月夜の黒猫団』のギルドマスター。

 

 

 

 

 

――『――『ビーター』のお前がオレたちに関わる資格なんてないんだ!』

 

 

ケイタに言われた言葉が意識に浮かび上がり、目を逸らす。

 

……オレは、ここに居ちゃいけない。

 

そう思って、元来た道を戻る為に振り返――

 

 

 

 

 

 

 

「………キリト」

 

ずっと無言でいたケイタが、口を開く。

 

 

「……」

 

「……オレは、未だに何でお前が嘘のレベルをオレたちに伝えたのか分からない。 何でお前がオレたちの誘いを蹴らなかったのかも分からない」

 

ザク、ザクと雪を踏む音が、静かな空間に響く。

俯いた視界に爪先が入るほど近付いたケイタが、オレの肩を揺する。

跳ね上げられた視界に映ったケイタの顔は――

 

 

 

 

 

―――泣いていた。

 

 

 

 

「――知った時は裏切り者だと思った。 人が必死に戦ってる横で余裕で嗤ってる最低な奴だと思ってた。

 

……でも、それは違った。 もしそうなら、初めてオレたちが会ったあのダンジョンで、お前はオレたちを見捨てていただろうから。 なのにオレは、勝手にキリトをアテにして、いつの間にかキリトがいる状態での戦闘に慣れて、勝手にそれを当たり前だと思ってた! オレたちが強くなった訳じゃないのに、オレは、このパーティーなら最前線でも戦えるって思ってた! 足を引っ張ってたのは寧ろ、オレたちなのに……」

 

ポロポロと涙が溢れ、段々と話がゴチャゴチャになる。

一度大きく鼻をすすると、何時かと同じ様にワグ、ワグ、と真っ赤な顔で言葉を探すように口を開閉して、最後に息を大きく吸い込むと、

 

 

「―――あの時はすまなかったっ!!」

 

 

そう叫び、頭を下げた。

 

 

 

 

 

「……オレも、ごめん。 オレが最初から、素直に言っていれば………いや、」

 

――オレ自身が、彼らにとっての英雄なのだと、思い込まな(自分に嘘をつかな)ければ――

 

そう言いかけたタイミングで、テツオたちが割り込んでくる。

 

「おいケイタ! なに一人だけで終わらせようとしてるんだよ!」

 

「そうだぞ! オレたちにも言いたい事はあるんだから!」

 

「ちょ、押すな! 倒れる倒れる――ぐぁ!?」

 

そのまま男四人がべちゃっと団子状に絡まったまま、まるで組体操に失敗した後の様に潰れる。

 

 

その光景を見てクスクス微笑を浮かべたサチが、言葉を続ける。

 

「―――キリトがどう思ってるかは、私にも分からない。 でもね、キリトは私たちにとって、間違いなく、

 

 

 

 

 

 

 

 

――カッコいい、『英雄』だったよ」

 

 

 

 

 

「………ぁ」

 

その言葉を聞いて、急に視界が歪む。 目元が不自然に冷たくなって、しゃっくりが止まらなくなる。

 

「……違う。 オレは、オレは、――」

 

そんな大層な奴じゃない。 そう返そうとして、―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――鈴の音が、森の中に木霊する。

 

「……あちゃー。 十分じゃ足りなかったねー」

 

「言ってくれるな。 今余は己の読みの甘さを呪っている所だ」

 

 

「「「「「!?!?!?」」」」」

 

 

ついでにピトフーイとヴラドの気の抜けるやり取りも聞こえ、慌てて周りを見れば、DKのメンバーが全員揃っている事に気が付き、一気に恥ずかしくなる。

ちょ、お前ら、まさか――

 

「全部見てましたが何か?」

 

「ウワァァァァァァァア!??!」

 

イイ笑顔でピトが親指を立てる。 よりにもよって、一番最悪の奴に見られた。

 

「「忘れ、ろぉぉぉぉおお!!」」

 

片手剣と両手棍がマジキチスマイル鬼畜悪魔に殺到するが、「だが断るっ!」と両手剣で弾かれる。

 

 

 

「……お前ら、そろそろ気を引き締めよ」

 

溜息交じりに槍を手に取ったヴラドが、段々と大きくなる鈴の音に掻き消されない様に大声で指示を出す。

 

「吟唱持ちはエリアの端で待機! ザザ、エム、ノーチラス、ササマル、ダッカーはその護衛をせよ!

余とテツオ、キリトとケイタでスイッチを切り替えて征く!」

 

とりあえず、その指示に従う。 フロアボスをヴラドが仕切った事はあったし、それに改めて見れば、黒猫団の装備があの時より格段に良くなってる。 メンバーの振り分けも早かった。

 

………なんか少し、悔しいな。

 

でも、

 

 

「――ありがとな」

 

「はて、何の事やら。

……本来であれば、あの娘がお前の為に練習した歌を聴かせてから戦闘に移る筈だったのだがな」

 

「なんだそりゃ。 なおさらボス戦以外でいいじゃんか」

 

「まあ良いではないか。 それより、来るぞ。 先鋒はお前に譲ろう」

 

言われて、前に向き直る。 剣を何時ものように右下に構える。

 

遂にモミの木の上をソリが通った跡が走り、黒い何かが落ちてきて、ポスッと、人間一人分(・・・・・)の雪煙がボスを覆い隠す。

 

姿は見えないけれど、三本のHPバーと冠詞付きの名前が表示され――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――貴様らがプレゼントを狙う悪い子たちか。 いいだろう、踏み潰してやる。 祈りは済ませたか?」

 

「………女の子??」

 

……煙が収まった所にいたのは、足元に大きな袋を置いた、黒いサンタ帽を被った色白女の子。

 

思わず名前の所を見て――驚愕した。

 

 

 

「カーソルが、黒い――ッ!?」

 

 

――この世界では、全てのプレイヤー、NPC、モンスターにはカーソルが存在し、大まかに色によってそれがどんな存在か判別出来る。 大体はグリーン(通常プレイヤー)オレンジ(犯罪者プレイヤー)レッド(アクティブモンスター)に分かれている。

そして、問題の黒いカーソル。 これが意味するのは、レッド同様アクティブモンスター、つまり敵で、尚且つ――

 

 

 

 

 

 

――プレイヤーよりレベルが一定以上高い(・・)場合のみ。

 

オレの今のレベルを考えると、それはつまり、

 

 

「――引くぞ! コイツ、最低でも七十層クラスの敵だ!」

 

「はぁ!?」

 

なんでさ……なんでさ……

―――む、よ、よかろう!」

 

レベルの低い黒猫団を下がらせ、彼らがエリア外に出るまでの時間を稼ぐべく前に出る。

 

「ふん、順に潰すまで!」

 

赤い紋様の走った黒い剣が地を滑る起動で振り上げられるのを打ち下ろし弾くが、すぐさま切り返される。 がむしゃらに防ぎ、弾く。 けど、

 

「ぐ――」

 

やっぱりレベルの関係で、ガードの上からガリガリ削られる。

 

「この程度か。 ならば立ち塞がるな!」

 

「くっ、まだまだ―――ッ?!」

 

再度剣が振られ――剣先から黒い光が伸びる。 ギリギリで鍔迫り合いには持ち込めてるけど、まるで一方的に斬られているようにHPが減っていく。

 

 

まず、これ、

 

 

 

 

 

 

 

――死――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――」

 

「………む?」

 

――急に重圧が薄れ、HPの減少が止まる。

 

聞こえてくるのは、優しい唄。

 

声の聴こえる方に目を向ければ、サチが歌っていた。

 

「チッ、煩わしい!」

 

「! させるかっ!!」

 

ボスのタゲがサチに移った瞬間、力任せに剣を振り回す。 黒剣から光が消え、大きく後ろに弾かれるのを見て、

 

 

「――スイッチ!」

 

「任せよ!」

 

力一杯叫び、真横から振り下ろされた矛先が直撃してボスを大きく吹き飛ばす。

 

 

「――キリト、お前もサチを連れ退がれ」

 

「……あれを一人で抑えるのは無理だろ。 スイッチは助かったけど、なんでヴラドなんだよ」

 

高価な回復結晶を惜しみなく使い全回復しながら、隣の大男を見る。

STR極なんて、撤退時には真っ先に逃げるべきだろうに。

 

「ふ、年長者の意地よ。 それに、それを言うならお前こそ退がるがいい」

 

「……分かった。 絶対死ぬなよ!」

 

「なに、任せよ。

……あぁそうだ、キリトよ。 時を稼ぐのはいいが――」

 

 

アインクラッド最強の男は、獰猛な笑みを浮かべながら右手の槍を軽く回して持ち替え、矛先が斜め下に下げる――

戦闘時の何時もの構えを取り、

 

 

「――別に、斃してしまっても構わないのであろう?」

 

 

そう、宣言した。

 

……何故か非常に不安だが、オレもSTR型なのを指摘されて、なくなく走る。

ステータスにもバフが掛かってるのか、自分でも信じられないほどスピードが出て、直ぐに残っていた後衛と合流出来る。

よし、後はあいつだけだ!

 

せめて援護くらいしようと投擲ピックを数本引き抜きながら振り返ると――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ゴハッ!」

 

「ヴラドォォオ!?」

 

太い、反転した極光としか言い表し様のないビームがボスの剣から放たれ、派手に吹っ飛ばされてすぐ近くに落ちてきた。 幸いHPはギリギリミリで残っていて、フラフラになりながらも直ぐに立ち上がった。

 

「お、おいヴラド、大丈夫か?」

 

「………も、問題無い。 退くぞ」

 

エリアの境界線の側だったから、急いで走る。

一応チラッとボスを確認すると、こちらへの興味が薄れたのか、「煙突を探さなくては」とか言いながら袋を背負い直していた。

 

 

 

結局何だったんだよアイツは!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――あの後。

 

『月夜の黒猫団』は改めて力不足を実感したらしく(あれは間違いなく相手が悪い)、中層プレイヤーの育成に力を入れることにしたらしい。 自分たちも、誰かの助けになりたいと。

 

そして、サチからは「一人で聞いてね。 絶対だよ!?」と念押しされて録音結晶が渡された。

 

直後、「出来なかった分!」と、そういえばスルーしてたピトとユナがサチも巻き込んでクリスマスソングを歌いだし、そのまま朝までのどんちゃん騒ぎが始まり、結局何が録音されていたのかは聞きそびれてしまった。

 

 

 

 

 

そして今、オレは何時もの部屋で一人。

 

 

そのクリスタルを、タップした――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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14話 串刺し公、愉悦を知る

 

 

 

 

 

――Fateを語るにおいて、『愉悦』とは欠かせぬ単語であろう。

 

辞書によれば、本来の『愉悦』の意味は、なんて事の無い『心から喜ぶこと』だそうだ。 この意味であれば、彼の英雄王が語った愉悦も、成る程人生に於いて大事なものであろう。

が、AUOを部長とする愉悦部の内容を鑑みるに、正直正しい意味での『愉悦』かどうかは謎である。 いやまぁ彼らの性格も考慮に入れれば他人の不幸は間違いなく愉悦に価するのだろうが。

 

兎も角『愉悦』には、シンプルに『楽しみ喜ぶ』意の愉悦と、完全に『人の不幸を見て歓喜する』意の愉悦があると思うのだ。

 

 

……さて、何故俺がこんな長々と其れについて語ったかと言えば、それは俺が今置かれている状況に原因があるからだ。

場所は第五十層主住区『アルゲード』。 何処と無く某電気街を彷彿とさせる混沌とした街は、その印象通り、混沌とした店が並ぶ場所がある。 俺がいるのはその内の一店舗、六人掛けのテーブルだ。 此処までは何も問題無い。

問題なのは、同席している面子だ。

 

まず真ん中開けて左隣。 KoB団長にして、『アインクラッド最硬の盾』の異名を持ち、ユニークスキル『神聖剣』を使いこなす『ヒースクリフ』。 この時点で既に色々おかしい。

 

その団長の対席には、何故か鬼気迫る様子の、『攻略の鬼』、『閃光』の異名を持つKoB副団長『アスナ』。

 

何やら汗だくになってる黒いのを間に置き、さらにその隣、つまりは俺の正面に座っているのは、此方も何やら殺気立ってる、主に中層で歌エンチャンターとして活動している『雪原の歌姫』、黒猫団団員『サチ』。

 

 

……この状況を表すには、一言で充分だろう。

 

そう、修羅場である。 女の戦いである。 ぶっちゃけ俺とヒースの立ち位置がまるで娘に彼氏が出来たと聞いて見極めに来た父親である。 しかも、よりによってそのタイミングで浮気がバレた、のオプションも付く。

早い話、俺が今感じている愉悦が何方かもう分からないのだ。 どうしてくれるこの真っ黒黒助。

 

うむ、どうしてこうなった。

 

 

口角が上がりそうになるのを全力で堪えながら、話を纏めるとしよう。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

――始まりは何てことの無い。

出だしこそはぐらかされたが、昨日何やかんやあってアスナがキリトに一食奢る事になり、レストランに入ったタイミングで悲鳴が聞こえたとのこと。

慌てて飛び出してみれば、腹部に剣が突き刺さったまま塔にロープで吊るされた男が目に入った。 当然助けるべく手を打とうとしたが、時既に遅く。

アバターは無惨にも爆散し、ロープと剣だけ(・・)を遺して消えた。

 

……ロープと剣だけで、デュエルのウィナー表示も残さず。

 

 

此処までは聞いた俺の感想は、

 

 

 

 

 

………あー、『圏内事件』か。 薄っすら覚えている……ような気がするな、である。

 

正直その、カインズ? が生きているのは覚えているしトリックも推測出来ているが、だからと言ってそのまま喋る訳にもゆかぬな。 一先ず此処は流れに身を委ねるか。

 

 

「……ふむ。 事件の概要は把握した。 が、それが何故我らを招び出す事に繋がる。 まずその剣の調査を進めるべきではないのか」

 

「あ、それはもう済ませてある。

そこらへんの話も聞きたくて呼んだからな」

 

あ、ついでに状況も見えてきたな。

大方今朝になって俺を呼ぶ為にフレ登録しているサチを呼び出したはいいが、安定の言葉足らずだったのだろう。 だからサチが不貞腐れているのか。

キリトとフレ登録していないのは少々不便だが、この光景をもう何度か観れると思えばそれもまた一興かもしれぬ。

 

まあいい。 さっさと話を進めるとしよう。

 

「ほぅ。 して、何を訊きたい」

 

「グリムロックって名前に覚えがあるか? それと、貫通武器が刺さったまま圏内に入ったらどうなるのか知ってるか?」

 

グリムロック……知識にはあるが、アインクラッド入りしてからは聞いていないな。 貫通継続は――

 

「……待て。 グリムロックについては兎も角、何故余がそのような異常事態下での継続ダメージについて知っていると思うのだ?」

 

「え、だってお前のユニークスキル(・・・・・・・)ってそっち系(貫通特化)じゃん。

………それにあの意味不な状況もキチが犯人だとすれば説明が――

 

………うんごめん違いますよね知ってた知ってたさ知っていましただから許してぇェえ!?」

 

左掌から赤いダメージエフェクトを発生させると、キリトが手首のモーターを高速回転させた。

貴様……仮に疑っていたとしても本人の目の前で言うか、普通。

あとシステム面での質問なら、メタ視点から言わせて貰えば俺の隣で微妙な顔でアルゲード蕎麦(ラーメンモドキ)を啜っている奴に聞くが良い。

 

「………まあいい。 グリムロックについては知らぬ。

貫通継続については、ダメージ及びダメージエフェクトは発生せぬが、装備品の耐久は減るな。 以前圏内で装備のみ爆散する所を見た事が――

 

……なんだその顔は?」

 

気が付いたら三人組だけでなくヒースにまで引かれていた。 何故だ。

 

「いや、だってさ、」

 

「何で知ってるかって話よね……」

 

「……ヴラド君。 レッド狩りに精を出すのは構わないが、流石にそれは」

 

Taci(黙らんか)?! 余の所為では無いわ! 『レジェンド・ブレイブス』なるギルドがMobの串刺しを捧げてきた折に知ったのだ! 余は悪くねぇ!!」

 

「何やってんだネズハァ!?」

 

全力で無実を主張すると何故かキリトが頭を抱えた。 お前彼奴らと知り合いなのか。 ならもうあんなピトからすら正気を疑われるような代物を持ってくるなと伝えてくれ。 というか来るで無い。 連中の名前を聞くと胃が痛くなるんだ。

 

「ハァー……まあ良い。

それで、これから如何するのだ?」

 

「この後はヨルコさんに話を聞きに行く予定だそうです。 よかったら来てくれませんか? 最強の一角であるヴラドさんが来てくれれば、もしPKが現れても安心ですし」

 

「ふむ……」

 

何やら呻いている黒いのをスルーして、サチが話を進めた。

この層の迷宮探索はKoBに一任する事は決定しているし、レベルは吟唱のデメリット(Mobを誘き出す)を有効活用したからまだ余裕がある。 針師絡みの仕事はあるが、こちらもまだ時間はある。 特に断る理由は無いな。

……それに何より、この話が原作通り進むのであれば………

 

 

「――よかろう。 一食の礼もある故な。

折角だ、ヒースクリフ。 貴様も付き合うが良い。 どうせ暇であろう」

 

「……そうだな。 偶には良いだろう」

 

そこはKoB団長として攻略を進めるべきだと思うが、まあいいだろう。 此奴がボス戦とレベル上げ以外の目的で迷宮に潜る姿を一度も見た事がないし、やはり暇人か。

その判断に副団長も驚いたのか、原作メインヒロインとして如何なものかと問いたくなるような声が出ていたが、それは無視してやるのが吉であろう。 ついでにサラッと会計を黒いのに任せたからムンクが発生しているが、それもスルーで良いだろう。 俺『一食の礼もある』って言ったし。 ヒースは気がついてノッてくれたし。 付け加えれば、俺のユニークスキルは金食う(・・・)し。

 

 

さて、巫山戯るのもこれ位にして。

どう立ち回ったものか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――同層

 

広い食堂のような場所でヨルコさんと落ち合い、話を聞く事になった。

 

「ねぇ、ヨルコさん。 グリムロックって名前に聞き覚えある?」

 

「はい。 昔、私とカインズが所属していたギルドのメンバーです。

………と、ところであの、その、……

う、後ろの二人って……」

 

可哀想なぐらいガタガタ震えているヨルコさんの視線を辿れば、後ろ隣のテーブルに座る、アインクラッド最強の矛盾(ホコタテ)コンビと目があう。

 

「……あー、まぁ、気にしないで。

話を戻しましょう。 実は、カインズさんに刺さっていた黒い槍。 鑑定したら――」

 

アスナが質問を続けているのを聞きながら、最早伝説と化した五十層ボス戦を思い返していた。

 

 

 

 

 

――第五十層フロアボス。

 

クォーターポイントのボスで、尚且つ折り返し地点だというのもあって、二十五層同様、相当の苦戦が予想された。 事実、事前に情報収集を徹底し、サブクエストで弱体化までさせた筈なのに非常に苦戦した。

敵は千手観音像のようなシルエットの巨人で、多数の手から繰り出される一撃は重く、腕を切断しても数分で再生するボス。 しかもそれでいて俊敏で、スイッチで引いたプレイヤーに追撃される事すらあった。

一時間以上かけて如何にかラスト一本までHPバーを削り切った頃には、オレたちはボロボロだった。

 

 

……ただ二人。

 

 

 

『―――私は盾を担うが、君はどうする?』

 

 

 

最硬の盾(神聖剣)を持ったヒースクリフと、

 

 

 

『―――よろしい。 では、余は矛となろう』

 

 

 

最狂の槍(無限槍)を持ったヴラドを除いて。

 

 

 

……そこからは、一方的だった。

ヒースクリフが大楯で防ぎ、その隙にヴラドが他方から槍で地面を突くと、そこから直線状に紅い杭が生え、ボスの脚を串刺しにする。

動けなくなった所に左手に発生させた紅いジャベリンを投げつけ、深々と刺さった所で槍から紅い杭がまた生え、大剣ですらあまり減らなかったHPが一瞬で削られる。

間違いなくトップを独走している攻撃力と防御力を持つ二人にボッコボコにされたボスは、漸くダウンから復活した頃には完全に満身創痍で、全身に紅杭が刺さり、貫通継続ダメージでトドメが刺されかけていた。

 

 

――あまりにも圧倒的な力。

 

 

その様には、全てのプレイヤーの希望と畏怖が集まっていた。

 

方や、盾の後ろにプレイヤーを庇う英雄(聖騎士)として。

 

方や、立ち塞がる敵を総て処刑する怪物(吸血鬼)として。

 

 

 

 

 

 

 

………そんな二人が仲良く(?)お茶してるんだ。 そりゃ驚きもするだろう。

 

閑話休題(まあいいや。話に集中しよう)

 

 

つっかえ、吃りながらも語られた内容から分かったのは、亡くなった(あくまで仮定)カインズとヨルコ、グリムロックは元々同じギルド『黄金林檎』のメンバー。 グリムロックが犯人だと仮定した場合、動機になりそうなのは、半年前に起きた事件。

レアモンスターからドロップした指輪を巡り、使用か売却で売却が決定したが、後に売却の為に出かけたギルドマスターにしてグリムロックの奥さんでもあった『グリセルダ』が、何者かによって殺された。

そして、怪しい売却反対派の三人は――

 

ヨルコさんとカインズ、それと、シュミットという男だった。

 

 

「シュミット?」

 

「聖竜連合のタンクね。 呼んで、話を聞いてみましょう。 誰かフレンド登録してる人いる?」

 

アスナの問いに一応自分のフレンド欄を確認するけど、やっぱり無いな……

攻略組との繋がりの薄いサチは勿論していないし、アスナも持ってないみたいだな。

頼みの綱は後ろの二人だけど、ヒースクリフは兎も角、聖竜連合と敵対気味のDKのトップであるヴラドが登録してあるわけ

 

「あ、あったぞ」

 

「何でだよ!?」

 

……聞いてみれば、シュミットはアインクラッドで上位に入る防御ステータスの持ち主で、DKと聖竜連合との小競り合いが起きてデュエルで決着をつける時は、ヴラドが出ると問答無用でシュミットが差し出されるらしい。

 

「その様が余りにも哀れでな。 ギルド内で扱いが酷いと時折愚痴を言いに来る故プライベートでも少しばかり付き合いがある。 呼び出すとしよう」

 

……あまりにもあんまりな理由に思わず押し黙ってしまい、ヒースクリフが水を飲む音だけが虚しく響く。

 

その後、ヴラドが外出を拒否ったらしいシュミットをわざわざ五十六層まで行ってきて持って来るまで、非常に静かな時が流れた。

 

 

 

 

 

――十分後。

 

何故かフル装備のまま気絶した状態で連れて来られたシュミットを起こして事情を説明。

圏内PK(仮)と旧黄金林檎の一件の解決にアンチオレンジ(ヴラド)が本格的に介入することと、場所を変えることを条件に、知っていることを総て話すと約束した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






後書き

いつもこの作品を楽しんでいただきありがとうございます。 作者です。 普段書かない真面目な後書きなので、おかしい所があると思いますが、ご了承下さい。

今回後書きにてお知らせしたいのは、投稿ペースについてです。 誠に残念ながらうp主のリアルの都合上、最短でも一ヶ月ほど忙しくなってしまう事が確定してしまいました。 そのため、どうしても週一投稿が維持出来なくなる、出来ても文章量が少なくなる可能性が高いのです。
エタるつもりは全くありませんが、何時まで忙しいリアルが続くのか予想が付かない状況なので、暫くの間、迷惑をかける事になってしまってすいません。

一応、その代わりにはなりませんが、次回予告を書かせていただきます。 次回の内容が未定の場合は現在公開可能な情報を。

それでは、良いお年を。


注意
・今作で登場するFateキャラによる次回予告なので、場合によってはネタバレ。
・Apocrypha風次回予告。

以上のものが大丈夫な方はどうぞ。







日本のルーマニア市民よ!
……やはり余には似合わぬな。 まぁよい、次回予告である。

シュミットから旧黄金林檎での事件の真実を聞き出す事に成功した我ら。 罪悪感からか嗚咽と震えの止まらない男、その横でこれまた震えっぱなしのヨルコ。 正直詰んでいるが、どうするのだ? 気付いていないようだが、この中では誰もカインズが死んだと信じている者はおらんぞ。

一方その頃、圏内事件により指輪の一件が発覚するのを恐れたグラム……グリル……ぐ、ぐり……
えぇい面倒な! 奴などGではよいわ! 妻殺しの犯人であると悟られることを恐れたG! 嘗て席を共にした仲間の口を永遠に閉じるべくラフコフに殺害を依頼! その最期を見届けようとついて行けば、正にシュミットがグリセルダの墓の前で懺悔していた。 絶好のチャンスと襲い掛かる三人のレッド。
だがその行く手を、紅き杭が遮る。

次回、『血塗れ王鬼、呪いを夢想す』

……タイトルがこの上なく不穏なのだが。 よもや、またしても余の幸運Eが発動するのではなかろうな?






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15話 血塗れ王鬼、呪い(祈り)を想起す

 

 

 

 

 

――第十九層 十字の丘

 

 

何時も薄っすらと霧が掛かり、枯れ木が点在するフィールドで、一人の男が墓代わりの十字架の前で蹲りながら何やら叫んでいる。

それを、少し遠くからハイディングで隠れながら眺める。

 

「ヘッド〜、まっだでっすか〜?」

 

「少しは静かにするってことを覚えろ」

 

隣で毒ナイフを弄んでいるジョニーに小声で一喝する。 ちったぁモルテを見習え。

 

 

――ダサメガネ(グリムロック)からの依頼は、あそこでバカ騒ぎしているDDA(聖竜連合)のシュミットと、オマケで奴さんを嗅ぎ回っているらしいヨルコとカインズとかいう奴を始末してくれというものだった。

……正直、断りたかったんだがな。 そのオマケどもが圏内事件なんて茶番劇をやらかしてくれた所為で、この一件にDKとKoBが噛んできていやがる。いくら俺でも、ドラキュラとヒースクリフ(ユニークスキル持ち)が相手じゃ流石に分が悪い。

だが、だからと言って反故にしちまえば、ギルドに武器やアイテムを流すルートが一つ潰れちまう。 特に、Mob共に効果の薄いジョニーが使っているようなデバフ武器の研磨や強化をやるプレイヤー鍛冶屋が離れるのは少しばかり都合が悪い。

クソが、どいつもこいつも面倒クセェ。 このギルド(ラフィン・コフィン)もそろそろ潮時か。

 

暇潰しに面白いギルドの潰し方を考えていると、十字架の方で何か動きがあった。 フードを目深に被った男女が、エストックと結晶を片手に突っ立ってる。 彼奴らが例のオマケどもか?

近くに潜んでる傍観者気取りのダサメガネに確認のメッセージを送ると、肯定の返事が返ってくる。

 

「――hmm」

 

ウィンドウを開いたまま、街に何人か潜んでいるグリーンのメンバーにメッセを送る。

内容は、『ヴラドとヒースクリフの居場所について報告せよ』。

すぐに返事が返ってきて、ヴラドは第五十層のカフェで編み物中、ヒースクリフは十九層にこそいるが、主住区で何人かの団員と食事中らしい。

……これなら大丈夫そうだな。 仮にヴラドが転移結晶で十九層に来たとしても、奴のAGIならここまで十分はかかる。 ヒースクリフならGM権限を使えば間に合うだろうが、今更奴が俺たちを止める理由が無い。

一応、索敵スキルを作動させると、俯瞰図型のマップに、プレイヤーを示す緑色の点が俺たち以外に三つ見える。

 

――さて、と。 それじゃあ、感づかれる前に殺るか。

 

 

合図としてジョニーに肩を二度タップすると、歓声でも上げるんじゃないかとこっちがヒヤヒヤする程意気揚々と突撃していく。 つってもその心配は杞憂で、ソードスキル『アーマーピアス』であっさりと攻略組が麻痺に沈む。

「ワン、ダウンー!」とにやけた声で喜んでいるジョニーで安全を確認してからハイディングを解除する。 あとは中層レベル程度の雑魚が二人。 どうとでもなるな。

今更青ざめている連中の前に立ち、友切包丁(メイトチョッパー)を見えるようにホルダーから外す。

 

「さて。 取り掛かるとするか」

 

HPの多さからして、シュミットから殺した方がいいな。 そう判断して、武器を振り上げ――

 

 

 

 

 

――瞬間、手元に強い力が加わる。 友切包丁を手放さない様にバク転までして衝撃を受け流すと、目の前に見覚えのある黒衣が映る。

 

「チッ―――ブラッキーか」

 

「久し振りだな、PoH。 相変わらず趣味の悪い格好しているな」

 

「……テメェにだけは言われたくないな」

 

例の三人を背後に庇い、剣を構える黒の剣士。 ざっと戦力を確認して――三人掛かりで押し潰せば簡単だと答えを出す。

……だが、その答えは、邪魔をするのがアイツだけだったらの話。

 

「ど、どっから出てきた?!」

 

突然の事に動揺したのか、モルテが声を荒げる。

 

「すぐそばの木の上さ。 索敵スキルは、スキル使用時点で範囲内にいるプレイヤーや敵をマップ上に点で表示する。 だから高低差までは反映されないし、範囲外から来た訳じゃないからアラートも鳴らない」

 

ご丁寧にカラクリを吐いてくれるブラッキー。 成る程、オマケの片方に表示がダブるようにしたのか。

こいつはラッキーだな。 そのやり方は俺たちでも使えるし、ついでにこの場に潜んでいるプレイヤーの数も精々―――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………待てよ。 おかしくないか?

あのカラクリを成功させる前提として、ピンポイントであの場にシュミット共が集まる事を知っていなくちゃいけない。 プレイヤー表示がダブる程なら、それこそ打ち合わせだって必要だろう。

だがアイツは、ヨルコとカインズは死んだと思い込んでいたハズだ。 ヴラドやヒースクリフら一部の連中の動きを見張らせているメンバーからの報告だと、確かにアイツの目の前であの二人は爆散した。 それは確かだ。

つまり―――ハメられた。

誘導されたと考えるなら、此処は、間違いなく連中のキルゾーン!

 

察した瞬間、索敵スキルが警鐘をならす。 その向きに向かって我武者羅に友切包丁を薙ぐと、丁度紅いジャベリン(・・・・・・・)とカチあった。

 

「ッ!? チッ、Shit!」

 

「え?」

 

力任せに振り抜き、反作用も利用して何とか受け流すと、運の悪い事に矛先を逸らした先に突っ立っていたモルテに突き刺さり――

 

 

「――ぎゃぁぁあああああ?!」

 

「も、モルテ!?」

 

 

刺さった瞬間、ジャベリンから杭が何本も生えて、一瞬でHPが激減する。 残量は一割弱ってところか。

 

――こんな現象を起こせるバケモノは、アインクラッド中で、たった一人だけ。

 

 

 

 

 

槍が飛んで来た方角から馬の嘶きが聞こえる。 成る程、妨害を仕込んだ上で時間を稼ぎ、さらに馬を使ったなら確かに間に合いそうだな。

見れば、丁度馬から降りたところなのか、その男は何処か幾何学的なデザインの槍を片手にダラリと下げていた。

 

振り返った男の青い瞳と目が逢う。 その瞳には、憤怒に燃えていた二層の時とは違い、ただ、何処までも冷たい銃口の様だ。

 

 

「……なんだ、避けてしまったのか」

 

「当たり前だろ。 あんな強烈なのがルーマニア式の挨拶なのか?」

 

 

あらかじめポーションを飲んでいたのかシュミットが想定よりもずっと早く復帰し、ブラッキーと合わせて此方に武器を向けているのを視界の端で確認して、あまりの状況の悪さに軽く目眩を覚える。

何方にせよ、トンズラするのに最大の障害は目の前の男だ。

 

 

「余はアメリカ式のつもりだったがな。 彼方では目と目があったら殴り合うのだろう?」

 

「オイオイ、そりゃ何処のスラム街だよ。 これだから世間知らずの格式ばったヨーロピアンは」

 

「ふむ、そういうものか」

 

 

軽く軽口を叩き合っている様で、お互い隙を伺いながら近付く。

……如何にかしてコイツを退けて、結晶でズラかる。 モルテと、場合によってはジョニーも放置でいいだろ。

 

間合いが二メートル程の所で、お互い自然に足が止まる。

 

 

「……そういや、何時もの腰巾着共はどうした?」

 

「彼等ならKoBと組んでこの場を包囲している。 第二層と同じ手が使えるとは思うな」

 

チッ、やっぱりか。

 

援護は期待出来ない。 味方はジョニー、モルテ、グリムロックだけ。 だがモルテはもう瀕死で俺の目の前の男にビビって動けないし、グリムロックは戦闘じゃ一ミリたりとも役に立たない。 ジョニーはマヒらせてから嬲ってばかりだから、実力は微妙。 攻略組と真っ向から戦闘になれば、タイマンならワンチャンあるだろうが、この時点で数でも負けている。 なんだこのクソゲー。

 

嘆いていても仕方がねぇ。 情報を纏めよう。

流石にこっちの詳細な情報は出回っていないみたいだな。 その証拠に奴は、いるかもしれない俺の部下を警戒して、手下にこの場を包囲させている。 あくまで笑う棺桶(ラフィン・コフィン)を潰すことを優先しているらしいな。

なら、そこに隙がある。

 

十中八九、包囲網は徐々に縮められているだろう。

つまり、俺に残された活路はただ一つ。 連中が、ここには俺ら四人しかいない事を察知する前に如何にかするしかねぇ。

索敵スキルの効果範囲を考えれば、――

 

 

 

 

 

――五分と保たないだろう。

 

 

「……ハッ! ヴァンパイアが、たかだかギルド一つ仕留めるのに随分と大袈裟だな」

 

「………………貴様、ほざいたな?」

 

勝負を急ぐべく、ブラフを混ぜながら、男―――『ドラキュラ』ヴラドを挑発する。

分かりやすく怒りを露わにしたようで、その癖瞳は一切揺らがなかった。

だが、闘る気にはなったみたいだな。

暫しの間、睨みあい――

 

 

「――だぁあああ!!」

 

 

ついに自棄になったのか、ジョニーがブラッキーに襲いかかった時の絶叫を合図に、あの時(第二層)と同じように、槍とナイフがかちあった。

 

横薙ぎに振るわれた矛先を切り上げて逸らすと、返す手で振り下ろされる。 それを受け止めると、そのまま鍔迫り合いに持ち込まれる。

ヤベッ、此奴のユニークスキルは――

一歩踏み込まれ、左掌が俺に向けられる。 その掌からは、紅いダメージエフェクトが溢れている。

脳がそれを理解するより早く自分に足払いをかけて倒れ込み――

 

「――絶叫せよ!」

 

ギリギリ頬を掠りながら、血の色をした杭が奴の掌から突き出る。

その杭は、避けられた事をヴラドが察知すると即座に解除され、ダメージエフェクトとしてポリゴンと散る。

 

そして――ヴラドのHPが、攻撃を受けていないのに減った。

 

 

 

 

 

―――ユニークスキル『無限槍』。

 

五十層ボスの防御力を貫通して大ダメージを与えたスキルとして騒がれてはいるが、少し調べてみればデメリットもデカイスキルだ。

持ち主じゃない以上得られる情報は少ないが、分かった範囲だけでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

幾ら火力が高かろうと、自分で自分の首を絞める力だ。 正気なら使うのを躊躇うだろう。

 

が、まぁ――

 

 

僅か数瞬で十を超える回数打ち合い、その中で敢えて左腋を開けるとすぐさま紅い槍が生成され突き出される。

友切包丁の腹で受け流し凌ぐと、右手に元からあった槍が横殴りに振るわれ側頭部に鈍い感触が伝わる。

僅かに距離が開いた所で紅槍が投擲されたのをブリッジで躱すと背後の枯木に刺さり、さっきのモルテ同様無数の杭が槍から生えて悪趣味極まるサボテンアートと化す。

 

………遠慮無く連射するからなぁ。 自殺志願なら他所でやってくれ。

 

だが流石の吸血鬼もスキル効果をどうこう出来る訳では無く、HP減少率は寧ろ奴の方が上回っている。 戦闘時回復(バトルヒーリング)は持ってる様だが、デメリットが上回っているな。

意外とジョニーが頑張っているのか、背後からは未だ剣戟の音が聞こえることだし、ヴラドがスイッチをする味方はいない。 ちんたらポーションか結晶で回復しようとしたら首を落とせるのは互いに言える事だ。

 

投擲槍、二槍流、杭の打ち出しと、コイツは血を流し過ぎた。

此方は防戦一方だが、逆に言えばそれは焦っている証拠。 いつか息切れする。

――勝ち筋が、見えてきた。

何度も逃げるフェイントをかけてやれば、奴は間合の長い無限槍を使わざるを得ない。 そうすれば無理をして攻撃しなくても奴のHPは勝手に削れる。 槍で対応出来ない超至近と遠距離に攻撃を可能とする無限槍さえなければ、一発入れて殺すも逃げるも自由だ。

問題は、それまでにDKの連中が到着しかねないことか。

 

……ん? そういえば、あれから何分経った?

 

 

 

ふと思い浮かんでしまったその疑問に、嫌な汗が吹き出る。

チラッと画面端に浮いている時計に視線を――

 

「ほう、余を相手に余所見とは良い度胸だ!」

 

「ッ、しまっ――」

 

晒してしまった決定的な隙。

当然奴が見逃してくれるハズもなく、一回転して体重の乗った槍の矛が脳天に振り下ろされる。

 

ゴッ、と、鈍い音を立ててヴラドから急速に離れていく視界を見て、まるで他人事のように吹っ飛ばされた事を後から理解した。

やっとこさ確認する事の出来たHPは、――最早ドット単位でしか残っていなかった。 トドメにタイムオーバーときた。 クソが。

 

 

「……チッ。 バケモノ、が――」

 

 

奴に一矢報いる気か、それともただの意地か自分でも分からないが、朦朧とした意識で手放さないでいた友切包丁の柄を握り締めて立ち上がる。

不幸中の幸いか、吹っ飛ばされた所為で距離は離れた。 今なら、転移結晶を使えば間に合うかもしれない。

一類の望みを持ってポーチに手を突っ込んで――

 

 

「――ほぅ。 まだ立ち上がるか、不義なる男よ」

 

 

投げつけられたナイフがポーチの底を切り裂き、中身がぶちまけられる。

咄嗟に拾おうとするも、打ち出された紅杭に砕かれ、全ロスする。

 

「……テ、メェ、」

 

唯一失わなかった友切包丁の切っ先を向けるも、ヤケに嫌な感じがする妙な持ち方で保持していた二本の投ナイフを左右から挟み込むように投げつけられ、力の入らない手から弾き飛ばされる。

 

「……終わりだ、ヴァサゴ。

他の団員も到着した。 貴様に逃げ場はない」

 

丁度そのタイミングで隣に刺さっていた杭が砕け、視界を紅いポリゴンが覆う。

 

それは、まるで火の粉のようで。 その向こう側に一瞬消えたヴラドの銀髪だけが、朧げな意識を刺激する。

 

 

 

 

 

 

 

――人生で最初に見た、地獄の記憶を。

 

「……クソが。 これじゃ、まるで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――アリマゴ島(・・・・・)の再来じゃねぇか……」

 

それだけ呟くと、遂に限界が来たのか目の前が暗くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――死にかけの同僚(モルテ)を盾にするなんて外道戦法で抵抗してきたジョニーの顔面に一発打ち込み、シュミットが押さえ込んで強引に無力化するのに成功してからヴラドの方に目をやると、彼方も丁度終わったのか、PoHの身体は倒れたままピクリとも動いていなかった。

 

流石の彼奴でも最悪のレッドの相手は疲れたのだと思って、事実上のラフコフ壊滅を祝おうと、棒立ちしていた作戦立案者兼MVPの肩を叩く。

 

「やっぱスゲェな、ヴラドって。 こりゃ明日の一面は決まったな!

 

………? ヴラド?」

 

反応がない。

まさか、何か変な攻撃でも貰ってラグってるのかと前に回って、

 

 

 

「――ッ!? ゔ、ヴラド?」

 

「……あぁ、キリトか。 何だ?」

 

「え、あ、いや。 ただ、お疲れって……」

 

「ははっ。 確かに、少々疲れたな。 さて、罪人はきっちり捕縛するとしようか」

 

そう言って、何時もと何ら変わらない表情でPoHの方に歩いていく。

 

 

 

 

 

 

……あれは、見間違えだったのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――あの、まるで幽霊でも見たかのような、蒼白な表情は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








次回予告(CV:小山○也)

――幾つかの謎を残しながらも、悪は討たれた。
最悪のレッドギルド『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』のボスの逮捕に伴い残党狩りが行われる最中、少女は――

……ねぇジル。 これ、読まなきゃ駄目かい? 「駄目です」………
受ける仕事を間違えたかな……

……少女は、未だ整理のつかない己の想いを自覚する。
これは、圏内事件の裏側。 僅か数人以外には知られることの無い、少女の物語。

次回、『雪原の歌姫、祈りを自覚す』


……久し振りに奉山にでも行こうかな。






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16話 雪原の歌姫、祈りを自覚す

 

 

 

 

 

――第十一層 『タフト』 カフェテリア

 

 

……ラフィンコフィン壊滅に沸き立つアインクラッドに、プレイヤーの心象と真逆の雨がしとしとと降る。

ガラスに流れる水滴を何となしに眺めていると、正面の席に座っていたユナさんが話を切り出してくる。

 

「――えっと。 それで、話っていうのは?」

 

「はい。

……実は、相談したい事があって……

相談出来そうなのが、ユナさんだけだったんです」

 

 

その内容は―――私が、キリトに対して抱いている心について。

 

 

最初は、『安心感』だった。

戦うのが怖くて、死ぬのが怖くて、……

そんな中で、「君は死なない」と言ってくれて、すごく嬉しかった。 キリトが本当は強いんだって知った時、すごく安心出来た。

 

 

……その次に感じたのは、『孤独感』……かな。

あのレストランでの一件で、キリトはギルドから離れていっちゃった時は、本当に寂しかった。 ギルドは全体的にギスギスするようになっちゃったし。

クリスマスイベントの後はそういう事はなくなったけど、それでもキリトのいない夜に一人ぼっちでいるのは寒くて、寂しくて……

 

一緒にいる時に温かさを感じているだけ、一人の時がもっと寒くて……

 

 

「――今までは、自分でもよく分からないまま、その心に振り回されていたんです。 それでも私は、そのままでもいいと思っていました。

……けど、この間の圏内事件でキリトがアスナさんと一緒にいるのを見たら、不安になっちゃって……

キリトだって、きっとそのうち好きな人が出来て、結婚して…… そう考えたら、何だか、段々イライラしてきちゃって……

なのに、キリトがレッド討伐に選抜された時に、すごい不安になっちゃって……もしキリトが殺されたらどうしようって……

………私って、どこかおかしいんでしょうか……?」

 

「……甘いねぇ……」

 

「ぽぺっ」

 

私が一通り話し終えると、ひたすら苦い事で有名なコーヒーを一口飲んでからそんな返事が返ってきた。

ユナさんの頭の上に鎮座しているテイムモンスターのお空飛ぶまんじゅう(アインちゃん)も言いたい事があるのか、溜息のような鳴き声をあげる。

 

「……多分相思相愛なのに両方とも鈍感とか、どうコメントすれば……」

 

「?」

 

「ううん、なんでもない。

……ねぇ、サチ。 一ついい?」

 

「は、はい」

 

どこかお姉さんっぽい風貌のユナさんが真っ直ぐ私を見つめてきて、思わず背筋が伸びる。

 

「これはエー君――ノーチラス君が言われた言葉なんだけどね。

『この城では、誰一人として己に嘘をつくことが出来ない。 故にある者は己の闇を自覚し狂い、ある者は他者の変化に恐怖する。

だからこそ、この城では己の思い、己の根底を知り、受け入れ、発条にすることが出来る者が真の強者足り得る。

それが、たとえ怖れでも。 たとえ、――』……」

 

そこまで言って、ちょっと顔を赤くして「とにかく!」と強引に区切る。

 

「私が言いたいのは! サチの聞きたいことの答えは、きっともう、あなたの中で出ているってこと!」

 

「……私の中で、ですか?」

 

 

私が、キリトをどう思っているか……

 

友達? 命の恩人? お兄さん? ギルドメンバー? 英雄?

 

それとも―――

 

 

 

 

 

 

「……ねね。 折角だからさ、圏内事件で何があったのか詳しく教えてくれない? 団長ったらそっちの話はエー君にもしてなくってさー」

 

長く黙り込んでしまっていたからか、爛々と目を輝かせたユナさんがそう強請ってくる。 アインちゃんも興味があるのか、齧っていたナッツを頬張ってからこっちを見る。

 

「え? は、はい、分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――始まりは、朝届いたキリトからのメールでした。

内容は簡潔に、『今日、出来るだけ早く会いたい』というもの。

それで、テツオから揶揄われながらもおめかしして、キリトのホームがある五十層に向かったら………

 

 

「……ねぇキリト君。 これ、どういう事?」

 

「!? ま、待って! 待って下さい! お願いします!」

 

彼の隣に、攻略組として有名な『閃光』のアスナさんが立っていたんです。 しかも、大分親しげに。

 

「キリト……?」

 

「ち、違うんだ! ん?いや違うんだそうじゃなくてそう昨日実は色々あってそれを解決するのにサチの力が必要でアスナとは昨日偶々ホント偶々会っただけで何でもないんだ!」

 

「はぁ!? 昨日私の恥ずかしいところ(寝顔)を見ておいて何でもなかったですって?!」

 

「■■■◾︎◾︎ーーッ!?」

 

頭を抱えて叫ぶキリトを放って、抜いていたレイピアをしまいながら、赤面していたアスナさんが一歩踏み出してくる。

……その様子は、本当に親しげで……

なんだか、モヤモヤしたんです。

 

「ゴホン!

……け、血盟騎士団、副団長のアスナです。 貴女は?」

 

「あ、さ、サチって言います。 月夜の黒猫団で、歌エンチャンターをしています」

 

「成る程。

……で? どうして捜査に彼女の協力が必要になってくるのよ?」

 

アスナさんがジト目でキリトを睨むと、しどろもどろになりながらも「だってわざわざ串刺しにするなんて、アイツなら何か知ってそうだし」と返した。

 

「という訳で、ごめん! ヴラドにメッセージを送ってくれないか?」

 

「う、うん。 いいよ」

 

キリトに頭を下げて頼まれて、右手を虚空に向けて小さく振ってウィンドウを開いた。

 

……そう、だよね。 やっぱり、攻略組と私たち(中層組)だったら、攻略組と仲良くなるよね。 アスナさん、美人だし……

 

なんとなく、小さく溜息を吐きながらメッセージ欄を開いて、宛名をフレンド一覧から選んで――なんて送ればいいか分からなくて、そこで指が止まる。

流石に一言『キリトが呼んでるから来て下さい』だけだと失礼だと思って、それにさっきから『捜査』とか『串刺し』なんて物騒な単語が出てて気になったのもあって聞いてみたら、一瞬渋った後に、昨日の夕方に圏内PKがあった事が教えられた。

 

「け、圏内でPK?! デュエル……じゃあ、なさそうだね……」

 

「ああ。 だから、手口が分かるまでは一緒にいて欲しい。 何かあった時に、せめてサチだけでも守りたいんだ」

 

「キリト……」

 

 

その言葉に、胸の中に温かいものが溢れる。 真っ直ぐに向けられた瞳を見ていると、なんだか、さっきまであったよく分からない燻りが、スルスルと解けていって――

 

 

 

「……じゃあ私は守らなくてもいいってこと?」

 

「え"? いやだってアスナなら襲った方に同情するというか何というか」

 

その間にアスナさんが割り込んできて、ぼーっとしていた様な感覚が薄れた。

丁度そこでウィンドウがタイムアウトで閉じて、メッセージを送りかけだったのに気がついたんです。

 

……まあ、思い出してすぐに行動しちゃった結果が―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう。 これがラーメンという物か。

………なかなか独創的な味だな」

 

「……何故こんな店があるのだ。 認めない。 私はこんな物をラーメンとは認めない。

せめて、醤油さえあれば……」

 

どうしてかは分からないんですけど、ヴラドさんとヒースクリフさんが同じ場所に集まったっていう惨状を招いてしまったんです。

本当に、なんでアスナさんはあの場所にヒースクリフさんも呼んだんでしょう。 最終的には戦闘にならなかったので良かったんですけど。

 

私、ですか? 最初は、キリトの隣に座って、あの温かい感じがしてたんですけど、ヒースクリフさんが「両手に花か。 微笑ましい限りだよ」て言って、反対側にアスナさんが座っていることを意識し始めたら、なんだかつまらなくなってきちゃって……

 

そ、それはもういいんです! 話を戻しますよ?!

 

 

早めのお昼ご飯を済ませたくらいの所で、ヴラドさんが圏内事件についての概要をキリトに訊いたんです。

刺されたのはカインズさんで、貫通継続ダメージが死因。 ウィナー表示が出なくて、直前までヨルコさんっていう元々同じギルドメンバーと一緒にいたから、睡眠PKの可能性とかも無いって。

真実は、装備品の耐久値がゼロになって爆散するのがプレイヤーの死亡エフェクトと似ているのを利用した演技だったらしいですけど、それを知らなかったその時は本当に怖かったです。

 

その後ヨルコさんに話を聞きに行く予定があるのも知っていたのと、この時点でカインズさんが死んでいない可能性に気がついていたヴラドさんに同行を頼んだんです。 ヒースクリフさんまで来るのは意外でしたけど。

 

 

 

 

 

……それで、その後のヨルコさんと、彼女からの情報で呼び出されたシュミットさんとの話なんですけど……

その、可哀想なことになっちゃったというか……

 

ヨルコさんの話だと、彼女とカインズさん、シュミットさん、グリムロックさん、それと、半年前にPKされたグリセルダさんは同じギルドにいたそうなんです。

その半年前の事件の詳細は割愛しますけど、取り敢えずシュミットさんが怪しいということで、その人も呼び出して事情を聞くことになったんです。

結論から言っちゃうと、シュミットさんはグリセルダさんの一件だと、そのグリセルダさんが泊まっていた部屋に回廊結晶を登録しただけで、死んでしまうとは思っていなかったそうです。 ただ、事の発端になった指輪を取るだけだと。

ヴラドさんに強引に引っ張り出されて、全部喋るまでずっと無言で見下ろされ続けたシュミットさんはそこで力尽きちゃって………その、圏内事件の犯人より怖かったです。

 

ただ、この後もっとややこしい事になっちゃって…… 正直、私にも何がどうしてああなっちゃったのか分からないんです。

気がついたら、ヨルコさんがシュミットさんから真実を聞き出す為にした芝居があの圏内事件って事を泣きながら叫んで、グリムロックさんがグリセルダさんを殺した犯人かもしれないってことになって、

一連の裏にレッドギルドが関わっている可能性があってヨルコさんたちが狙われているから、本来のヨルコさんたちの計画をグリムロックさんも知っているからその計画通りに人を動かしてレッドギルドを釣り出すって話まで一気に進んで――

 

レッドギルドと真っ先に戦うメンバーにシュミットさんとヴラドさんと、

――キリトが参加するのが決まりかけたって事以外、全然話について行けなかったんです。

その話だって、キリトが立候補した時にやっと気付けたくらいで…… つい咄嗟に、引き止めようとしたんです。 行っちゃダメって。 危ないって。

 

……それで、何て返事がかえってきたか、ですか?

 

………「シュミットたちの方が危険な立ち位置にいる。 あいつらは放っておけない。 大丈夫、オレを信じてくれ。 絶対に帰ってくるから」って。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――大分長い話を一気に喋って、カラカラになった口をココアで潤す。

 

「えっと、この後は、」

 

「その後の話は大体知ってるよー。 ラフコフ討伐戦でしょ? 私も後衛で参加したもん」

 

ひっくり返って鼻提灯を膨らませているアインちゃんのお腹を撫でながら、ユナさんがチラッと一瞬私から目を逸らして、「それより、」と続ける。

 

「キリトとはどうなったのよー。 ちゃんと約束通り帰ってきたんでしょ?」

 

「はい。 何か気にかかってたみたいでしたけど、無事でし――」

 

 

 

――パシャッ!

 

 

 

「――よし! ベストショッ!」

 

「?! な、なんですか、それ?!」

 

ユナさんの質問に答えていると、急に彼女の手元からシャッター音がする。

それって記録結晶ですよね? どうしてこのタイミングでそんな物を……?

それより、ユナさんが凄く悪い顔をしている方が問題です。 具体的には悪戯を思いついた時のピトフーイさんみたいな顔してます!

ピトフーイさんの悪戯に巻き込まれた時ほど嫌な予感はしませんけど、悪戯に使われそうな気がして、手を伸ばす。

 

「まぁまぁ待ってよサチちゃん。 私が言った事は覚えてる? この城では云々かんぬんって」

 

「そ、それがなんですか?!」

 

「つまり―――こういうこと!」

 

「きゃああああ!?」

 

ユナさんの手元で小さな電子音が鳴って、私の顔を正面から写した写真が表示される。

――頬を赤く染めた、私の顔写真が。

 

 

「こ、これがさっきの話のどこに繋がるっていうんですか!?」

 

「……サチちゃんって、鈍いって言われる事ない? ま、いいや! 時間も押してるし、ストレートに言っちゃうね!」

 

写真をしまいながら私の手の届く範囲からステップで逃げきると、ビシッと私を指差して、

 

 

 

「――これは、『恋する女の子』の表情です!」

 

 

 

――そう、断定した。

 

 

 

 

 

 

 

「……恋する、女の子の、表情?」

 

改めて自分の口で呟くと、その言葉が不思議とストンと心にはまる。

 

「そう! あなた、キリトの話をしてる時はずっとこんな感じだったよ」

 

ユナさんの手元にある物も忘れて、無意識に座り込んでしまう。

 

………この心が、恋、なのかな……?

 

 

もう一度、その想いを口にする。

 

「………私は、キリトが、好き」

 

自分でもびっくりするくらい、その一文がスッと出る。

 

……そっか。 私が今までキリトに感じていたことって、全部、全部、―――

 

 

 

 

 

 

「――ユナさん。 私の相談に付き合ってくれて、ありがとうございました」

 

軽く微笑んでいるユナさんに、頭を下げる。

 

「ん。 答えは出たみたいだね」

 

「はい。 私は、キリトが好きです」

 

前までの私なら、恥ずかしくて絶対に言えない言葉が自然と口から出る。

 

「そっかー。 それじゃあ、頑張ってね!」

 

私の答えにニッコリとイイ笑顔(・・・・)を浮かべたユナさんが、その場でステップを踏むように一歩横にずれて、――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「」

 

「………へ?」

 

その奥のドアからちょうど入店したところでフリーズしている女の人の、栗色の瞳と目が合う。 ちょっとだけ視線を逸らすと、大爆笑したいのを全力で堪えてるみたいに震えてる鬼畜幼女の姿が見えた。

 

私とその女の人……アスナさんが呆然としていると、アスナさんの隣をすれ違って出たユナさんとピトフーイさんが「YU☆E☆TUゥ!」という叫びをドップラー効果も込みで残して走り去って行きました。 あと誰かが喀血するような幻聴がしました。

 

 

 

 

 

「……えっと、サチ、さん? い、今の言葉は……」

 

ピトフーイさんの叫びが聞こえなくなってからさらに数秒ほど経ってから復活したアスナさんが、おそるおそるといった具合に、口を開く。

その様子を見ていると、まるで、何処かの誰かを思い出すようで――

 

……そっか。 ユナさんには、私はこんな風に映っていたのかな。

 

 

「アスナさん。 私は戦うのが怖いです。 アスナさんと違って、美人でもありません。 でも――」

 

私が何を言いたいのか察したのか、耳まで真っ赤にしたアスナさんがまたフリーズする。

 

……私には、足りないものばっかり。 きっとキリトに似合うのは、アスナさんみたいな、強くて、綺麗な人だと思う。

 

 

 

 

 

……それでも。

 

 

私のこの意思は、本物だから。

 

だから――

 

 

 

「――私は、諦めません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









次回予告

コーヒー片手に失礼します。 ヴラド家専属従者、ジルでございます。
……いえ、皆様には『ジャック』と名乗った方が解りやすいでしょうか。
まあいいでしょう。 次回予告です。

舞台は遂に終盤、第七十四層へ。
ある方は相も変わらず無双し、ある者は浮遊城での日常への慣れに危機感を抱き、ある者は現実のタイムリミットを意識し始める。 そんな個々の思いも無視して、時計の針はただ淡々と時を刻む。
時間の流れは、傷心を癒すとも言います…… ですが、時には心を蝕む毒にもなりえます。
若様、貴方ならよく知っているでしょう。 人の持つ劣等感、人の持つ欲望は、どれ程恐ろしく、愚かなものかを。

次回、『串刺し公、悪魔を狩る』



……え? 恋の勝負はその後どうなったか、ですか?
ヘタレ、鈍感、原作より積極的なライバル。 以上から察して下さい。


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17話 串刺し公、悪魔を狩る

 

 

 

 

 

――第七十四層 迷宮区

 

 

――僅かに仰け反らせた鼻先を光る切先が通り過ぎ、数秒間動かなくなる。

その隙にエストックで喉元を突き、そのまま腕ごと捻るように横に払うと、元々少量に減っていたHPが完全に消し飛んで爆散。 視界の端に入手したアイテムや経験値が表示されたのを尻目に、他のリザードマンの攻撃に警戒する。

 

――オレが相手にしていたのは、七十四層迷宮区のMobでも結構強いリザードマン。 普通の攻略組でも、無傷で倒そうとすればタイマンでも少し時間がかかるMob。 さらにほぼ確定で三体以上の群れで現れるから、なおさら梃子摺る。

 

 

……の、ハズなんだけどなぁ……

 

 

チラッと横を見ると、両手それぞれでリザードマンの顔面を掴んだマスターが大暴れしていた。 抵抗として剣が振るわれるも、問答無用で無限槍の紅槍の矛先が後頭部から貫通して瞬殺された。

 

 

……アレを見ると、色々と自信を無くすな。 ていうかなんか斃し方がデジャビュ。

 

その後サクッと残りのリザードマンの群れをワンサイドゲームで殲滅すると、慣れた手付きで中途半端なマップを開く。

 

……うーん。分かっていたけどやっぱりオレたちだけじゃ効率が悪いな。

 

 

 

 

 

――現状、アインクラッド攻略組のトップギルドは三つに分かれている。

物量を重視している『聖竜連合』。

単騎での能力を重視している『ドラクル騎士団』。

数と質、両方のバランスが取れている『血盟騎士団』。

 

それぞれ一長一短で、ボス攻略や戦闘ではオレたち(ドラクル騎士団)にどれだけアドバンテージがあっても、絶対数が少ない関係上ダンジョン攻略や、経験値やアイテムの入手効率のいい狩場の情報収集だとどうしても数の多い聖竜連合と血盟騎士団には勝てない。

 

……最初は月一の定例会の度にドヤ顔晒すリンドにムカついて積極的なマッピングを提案したこともあったけど、マトモに取り合ってくれたのはマスターだけ……いやまあユナとノーチラスは色々あるから兎も角、ピトの『無視しちゃえ』はどうかと思う。

 

で、そのマスターとの迷宮区マッピングだけど……… あれだ。 時々マスターが自称してる『幸運E』の意味が凄い納得出来るな。 分かれ道を適当に選ぶと100%マッピング済みの場所まで戻るか行き止まりかトラップエリアにぶつかる。

トラップは物理(筋力値カンスト)で突破出来てるから問題無いけど、流石に何度も迷った挙句全然成果が無い、なんて事を何度も繰り返してる内にオレもどうでもよくなってきた。 リンドも、前のラフコフの一件で聖竜連合がほぼほぼ参加出来なくてメチャクチャ悔しそうな顔してたの見たらスッキリしたし。

 

……まあいいや。 もう終わった話だし。

マップを閉じて、水筒で自作コーヒーを飲んでいたマスターに声をかけて先に進もう。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

――そんなこんなで二時間ほど無双し続けた。

マッピングは予想通りの具合だけど、レベルは上がったし高価なアイテムも幾つか手に入ったから実質問題無し。

 

さて、この後はどうしようか?

特に予定は無いし、このまま迷宮区に篭ってもいいし……でも確かマスターは、今日の午後は針師の方の仕事があるらしくて帰るって言ってたしなぁ。

まあ、決めるのはもう少し後でいいだろ。 時間帯は昼飯時。 丁度良くこの近くに安全圏もあるし、そこで昼飯を済ませてからにしよう。

同じ地図を見ているのに何故か逆方向に歩き出したマスターの裾を引っ張って、安全圏に向かう。

………オレも街まで戻ろうかな。 色々と不安だ。

 

そういえば、つい最近になってやっとオレたちのギルドホーム――元ダンジョンだったその場所の最深部にいたボスの情報が少し分かったんだっけか。 初見なのにマスターが単騎で片付けちゃったし、元々フロアボス同様一体限りの特殊ボスだったし、雑魚Mobも条件を満た(ボスを撃破)したら出なくなる設定だったしであんまり興味がなかったからどうでもよかったけど。 というかギルドホームのある層で迷わないで下さい。 ヘルプを求められても反応に困る。

 

 

 

――そんな取り留めの無いことを考えながら歩いていると、後ろからガシャガシャと鎧を纏ったプレイヤー集団の足音が聞こえる。 振り返って見てみれば、白いフルプレートに青い装飾。 先頭の男の兜と鎧には、デカデカと青い竜のギルドマークが。

……聖竜連合か。

 

向こうの表情は兜とバイザーの向こう側に隠れて見えないけれど……まあ少なくともシュミットの部隊じゃないな。 シュミットなら一声かけるのに、一行はあからさまにこっちを避けて通路の左側に寄ってる。

ガチャガチャ五月蝿い金属音を少し煩わしく思いながらも、まあ何時もの事かとやり過ごした。

 

……ただ、連中の向かった先は、オレたちが行こうとしていた安全圏のあるスペースなんだよな。 流石に自分からギスギスした空気を作りに行こうとは思わないし。

内心溜息を吐きながら一行を見送ると、マスターに「ザザ」と声をかけられた。

顔を向けると、今日の昼食用に作ってきたサンドイッチが差し出されていた。

 

「マスター、これ、は?」

 

「少々面倒なことになったかもしれん。 食いながらついて来い」

 

オレがサンドイッチを受け取ると、マスターは槍で肩を軽く叩きながらゆっくり歩き出す。

慌てて一口頬張ってから小走りで後を追う。

 

ふぁ()ふぁすたー(マスター)ふぇんとうなふぉとっふぇ(面倒なことって)、」

 

「………聖竜連合は『数』に秀でたギルド。 故に指揮の迅速さを維持する為に各部隊の隊長格の兜には判別しやすいように特殊な装飾が施されている。 それはマッピングやボス部屋まで進軍する際に雑魚を相手取る役割を担う二軍、三軍の者にも言えることである」

 

それは聞いたことがある。 特定のユニフォームがないドラクル騎士団だと実感がないけど、似たような外見の装備を揃えていると一々頭上に表示されている名前で判断しなくちゃならなくて、二十五層の悲劇は解放軍指揮官の指示ミスが原因の一つだって言われたくらいだし。

 

でも、それとさっきの一行になんの関係が?

 

「だがあの隊長格の男……見覚えがないのだ。 装飾用の品は基本的に自由、故に個性が出る。 たとえ換えたとしても、大まかには予想がつく。

……だが、あの様にギルドマークそのものを誇示するような男は居なかった筈だ。 新しく攻略組に参加した者かもしれぬ。

そして、付け加えれば――」

 

マスターはそこで一旦言葉を区切って、

 

 

「………あの手の何かに酔った人間は、往々にして何かしらやらかすものだ」

 

言い終わるなり歩くスピードを落とすことなくストレージから投擲剣を十数本実体化させたマスターが、無限槍の使い過ぎでボロボロになった袖や懐に仕舞う。

あれと全く同じ動きは、何度か見た事がある。

 

――フロアボス戦と、PoHと決着を付ける(マスターが本気で戦う)、その直前。

 

 

「マジ、かよ」

 

これは走った方がいいのでは? そう言おうとした所で視界の端に安全圏に入った事を示すメッセージが表示される。

休んでいたりして、と僅かな期待を込めて見回すも、……誰もいない。

 

 

 

………いや、それどころか!

 

「マスター!」

 

「うむ。 行くぞ!」

 

遠くから悲鳴が聞こえる。 状況は全く分からないけど、急いだ方がいい事だけは確かだ。

優先して上げているAGIを全開にして走り出す。 マスターを置いていってしまいそうだけど、あの人はあの人でシステム外スキル『水平跳び』でかなりのスピードが出ている。 方向転換の融通が利かないのが難点らしいけど、先行するオレが分かれ道を先に伝える事で解決。

 

現実じゃあ自転車を使っても出せるかどうか分からないスピードで走っていると、すぐにプレイヤーの集団がリザードマンの群れと戦っている所に出くわす―――って、

 

「キリト!?」

 

「ッ、ザザか?! 丁度良かった!」

 

見覚えのある黒尽くめの剣士と、ギルド『風林火山』が。 聖竜連合の連中じゃないのかよ!

連中の話を聞くのにまずは邪魔なMobを一掃しようとエストックを引き抜き、近くにいたリザードマンが切り掛かってきた所でカウンターにスタースプラッシュを打とうと構えて、

 

「待て、ザザ! 確かお前、AGI型だったよな?!」

 

「それが、どうした!」

 

「この先のボス部屋に向かってくれ! あいつら、とんでもない無茶を――」

 

そこまで聞き取った所で轟音が鳴り響き、オレの目の前にいたリザードマンが文字通り木っ端微塵になって、代わりにマスターが現れる。

 

「……やはり不味い状況になったか」

 

それだけ呟くと、両袖から飛び出た六本の投擲剣が銀の軌跡を残しながら宙を舞い、未だ悲鳴の聞こえる方角の道に立ち塞がるリザードマンの眉間に突き刺さる。

 

「ヴラド!?」

 

「貴様ら先に行け! この場は余が引き受ける!」

 

さらに追加の投擲剣が弧を描きながら突き刺さり、あっという間にタゲがマスターに集中する。

その数、十二体。

 

マスターが負けるような相手じゃない。 でもここは最前線。 絶対は無い訳で―――

 

そんな逡巡を察知したのか、「ザザ! 征けい!」と一喝され、早速一体が槍に貫かれてポリゴンに還る。

 

 

「ッ―――無茶は、駄目だから、な!」

 

「はっ! 戯け、追いついてやるわ!」

 

青い鱗のリザードマンの所為で見え難くなったマスターからの力強い返事を聞いてから、キリトたちが走って行った道を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――走る事数分。

辿り着いたその場所は、まさに『地獄』と化していた。

 

炎の様に揺らめく青い瞳に、羊を模した形の角。

下半身は黒い体毛で覆われ、尻尾は蛇。

手に持つのは、ボスの身の丈ほどある歪な片刃の大剣。

 

絵に描いたような悪魔――

――『The Gleam Eyes』が、聖竜連合の部隊を一方的に蹂躙していた。

プレイヤー側のHPは――三割も無い。 普通なら撤退一択だ。

 

「転移結晶を使え! 早く!」

 

キリトが当たり前の事を叫ぶ。

 

 

だが、

 

 

「だ、駄目だ……転移結晶が使えな――」

 

そこまで言葉を繋いだ大盾を持ったプレイヤーが横殴りで吹き飛ばされ、HPが一瞬で激減する。

 

 

――状況は最悪。

 

装備からしてタンク職のプレイヤーのHPを、ソードスキル無しの一撃で大幅に削る馬鹿げた攻撃力。 それに加えて、結晶無効化エリア。

このままじゃあ、間違いなくあのパーティーは全滅する。

だがオレたちが助けに飛び込んだ所で、この少人数じゃあ無謀な事に変わりは無い。 最悪、オレたちまで死にかねない。 それが分かってるから、キリトも、風林火山のメンバーも突撃することが出来ない。

 

もっと嫌な事に、元々このボスは事前情報が無く、これはいい偵察の機会だという事実が存在する。 今のこの僅かな時間だけでも、ボスの攻撃パターンが幾つか分かった。

そもそもこの事態はたった一パーティーでボスに挑んだあいつらの責任でもある。

 

どうするべきだ。 無理を承知で突っ込むか、このまま傍観に徹するか――

 

 

オレがあれこれ悩んでいる間に動きがあって、如何にかパーティーリーダーが部隊を纏め上げるのに成功したらしい。

良かった、あのまま撤退してくれるならまだ援護のしようがある。

 

タゲ引きをしようとマスターに倣って持ってる投擲剣を取り出すと、何の偶然か、そのリーダーと一瞬目が合い―――

 

 

 

 

 

「ッ――巫山戯るな! 我々はトップギルドだ! 撤退の二文字は無い!」

 

「なっ!?」

 

何を思ったのか、自身を先頭に二列に隊列を組んでボスに突撃をし始めた。 あれじゃ撤退どころか、回避やパリィも難しい。

ボス戦は素人かよアイツ!?

 

案の定切り上げを喰らい、こんな状況下でなければピト辺りが「た〜まや〜」とか冗談を言いそうなほど盛大且散り散りに吹っ飛ばされる。

その飛距離たるや、最初あいつらはボスを挟んだ奥側にいたのに、うち一人はオレたちの目の前である入り口付近に落ちてくる程だった。

ギルドマークが要所々々に飾られた男――後にコーバッツという名だと知ったそいつは、ただ一言、「あり得ない――」とだけ言い残して、

 

 

呆気なく、爆散した(死んだ)

 

 

 

 

 

……攻略組にいる以上、今まで何度かプレイヤーの死ぬ所は見てきた。

だけど。 こんな、こんな意味不過ぎる死があって堪るか。

 

 

「――何が、『巫山戯るな』、だ。

ふざけてん、のは、そっち、だろうが!」

 

激情に任せてエストックを引き抜き、ボスに向かって突進する。

ボスも、当り所が良かったのか瀕死ながらも生存している残りの聖竜連合のメンバーでは無く、新しいターゲットであるオレを狙う事にしたのか、走り込んだ場所を狙って大剣が振り下ろされる。

 

――ここで雑学だが、アインクラッドの刺突剣には大雑把に『レイピア』と『エストック』が存在する。

二つの最大の違いは、斬撃属性の攻撃が出来るか否かであり、その点ではエストックはほぼ惨敗だ。

だが、今オレの前にいるボスのような強大な敵を相手にした時、斬撃属性の有無と同等か、それ以上に大事な点がある。

それは、『耐久性』。

そもそも刺突剣に限らず中世ヨーロッパで使用されていた剣は、一部の例外を除けば、堅いフルプレートの鎧や盾を突破する為に切れ味よりも耐久性が重視され、ローマなどでは両刃剣ですら刺突用と割り切られていた説すらあるほど切れ味は重視されなかった。

そしてそれに当て嵌らない例外とは、儀礼用、決闘用の剣――所謂『レイピア』であり、こちらは実戦で使われたことすら稀で、肝心の決闘であっても防御には短剣が必要なほど脆かったらしい。

 

つまり、何が言いたいかというと―――『生き残る為の戦い』には、エストックの方が向いているのだ。

 

 

 

ボスの振り下ろした大剣の刃に向けて、エストックで突きを放つ。

切先同士が正面衝突、なんてミラクルは起きず、刀身をボスの大剣が滑り、太刀筋がズレる。 当然手元にも強烈な力が加わるけど、その力に逆らわないで、寧ろ受け流しにかかる。

甲高い金属摩擦音に耳を痛めながらも流し、流し――反時計回りに一回転する頃にはボスの大剣は地面に減り込んでいた。

それでもって、すぐそばには伸びきって隙だらけのボスの腕。 見逃すわけもなく、手首と肘裏にソードスキル『ピアース・テリトリー』を発動。 範囲内のターゲットにそれぞれ三連撃を叩き込んで、ステップで下がる。

 

そこでHPバーを確認して――思わず舌打ちする。

自分でも結構しっかり受け流せていたと思ったのに、想像よりずっとダメージを受けていた。

一方ボスのHPも、手数メインの低ランクスキルを打ち込んだにしては減りが大きい。

ていう事はコイツは、一発一発が重く、速く、代わりに紙装甲なモンスター。 セオリー通りに攻略するなら動きを止める為に大勢のタンクかデバフ要員が必須だ。

撤退戦、それも動きの鈍いタンクが逃げる時間を稼ぐとなると、相性最悪の敵。

いっそHPが低い点を活かして袋叩きにするのもありかと思ったけど、ボスの常として範囲攻撃を持ってるだろうから現実的じゃないし、根本的に、現状ボスを相手取っているオレ、キリト、クラインじゃあ仕留め切るには火力が足りない。 風林火山のメンバー全員を加えても厳しいだろう。

 

まずい。 このままじゃあマスターが来る前に全滅する。

何か、何か打開策は――

 

 

防御と受け流しに専念していると、キリトが「ザザ、クライン! 十秒だけ持ち堪えてくれ!」と叫んだのが聞こえる。

何か切り札でも――いや、今は時間を稼ぐのに集中。

 

クラインがパリィしたのに合わせてアキレス腱の窪みを突き、薙ぎ払いながらこっちに振り返ったその顔面に投擲剣を二本投げ付ける。 払いこそ喰らっちまったけど、投擲剣はかろうじて狙い通りの場所――ボスの両目に突き刺さり、ボスは左手で顔面を抑え、咆哮しつつもその場に棒立ちになる。

視覚を潰されたMobの行動パターンは二つ。 短時間その場で動きが止まるか、長時間大暴れするかの二通りだ。

大暴れする奴は下手すると数十秒そこらじゅうを転げ回るから賭けだったけど、上手くいった!

レッド一歩手前まで落ちていたHPを回復させようとポーションを取り出すと、横を剣を二本装備したキリトが突撃していき、ソードスキルを発生させる。

 

ソードスキルは、一部の小型投擲武器以外の武器を両手に持っていると発動出来なくなる。 なのにあいつは出来てるって事は、ユニークスキルか?

 

 

 

「うおぉ――おおおおおおっ!!」

 

 

左右の剣が別々に動き、ボスのHPをあっという間に削る。 一本目が一瞬で消し飛び、二本目も順調に消える。 それでもまだ、連撃は止まらない。

こりゃあ決着がついたな。 仮に残ったとしてもミリだと判断して――

 

――ボスが高々と大剣を振り上げ、その刀身が光っている事に気がついた。

 

……まさか、動けるのか? 嘘だろ、怯みとかはどうなってるんだよ!?

退避させようにも、キリトの連撃はまだ続いている。 ソードスキル発動中は動きが大幅に制限されるから、躱すのは無理だろう。

投剣で妨害しようにも、そんなちっぽけなダメージで止まるくらいならとっくに止まってるだろう。

 

――クソッ、間に合え!

 

慌ててエストックを構えて走るも、大剣は既に振り下ろされ始めている。 駄目だ、間に合わない!

 

キリトが左手に持った青い剣が突き出されると同時に、その切先が振り抜かれる―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その直前、輝く槍がボスの大剣を横から強引に吹き飛ばす(・・・・・)

武器が手から弾けたボスは蹈鞴を踏み、その腹が刺し貫かれ、HPが零になった(ポリゴンに還った)

 

 

無謀に等しかったボス攻略が終わり、疲れからゆっくりと息を吐く。

ボスの一撃を防いだ武器が、期待通り見覚えのある魔槍(ドロップ武器)なのを確認すると、ボス部屋の入り口にその姿を見た。

 

「……マスター、遅い、です」

 

「すまぬ、あの後もわらわらと群れられてな。 赦せ」

 

どれだけ無限槍を使ったのか、さりげなく半分以下になっていたマスターのHPがじわじわ回復しているのを眺めながら。

そこには、確かな安心感があった。

 

 

 

 

 









次回予告

喜びなさい。 今回の担当はこの私よ。 何処かの誰かさんみたいにシリアス風に語ったはいいけど、蓋を開けてみればただの繋ぎ回でした、なんて事にはならないから安心なさい。
それじゃあ、始めるわよ。


突然の七十五層解放。 三人目のユニークスキル保持者。 揺れに揺れているアインクラッドで、三大ギルドの会合が始まる。
争点はたった一つ。 『三人目のユニークプレイヤーの処遇をどうするか』。 ふん。 争点もなにも、貴方達が決める事じゃないでしょうに。
ま。 やたらと執着している奴はいるみたいだけど。 私がこの男の立場ならブン殴ってるわね。
え? そういうアドリブはいらない? うっさいわよツギハギ女。 ああはいはい締めればいいんでしょう?

次回、『串刺し公、問答す』。






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18話 串刺し公、問答す

 

 

 

 

 

――第五十五層 『グランザム』

 

 

 

 

 

『連合の小部隊を全滅させた青い悪魔。 それを単独撃破した二刀流使いの五十連撃』

 

 

……おそらく青筋立ってるであろう眉間を揉み解しながら、斜め左前に座っている男に対して、ハッキリと分かるよう、そう書かれたアインクラッド新聞を大理石の円卓上に放る。

 

「――さて、リンドよ。 追加の申し開きはあるか?」

 

「……説明した通り、それは暴走した元解放軍の団員が仕出かした事だ。 その部隊の責任者も含めて解任も済ませてある」

 

若干挙動不審になりながらもいけしゃあしゃあと吐くパツ金鶏。 ザザを連れて来なくて正解だったな、絶対何かしらの問題を起こしていただろう。

 

 

 

――さて、血盟騎士団本部の会議室を三大ギルドの団長だけで占拠して話し合ってるのは、先日起きた第七十四層ボス攻略についてだ。

 

どう考えても自殺行為でしか無いたった一パーティーでボス攻略に挑んだ事、及びドロップ品や経験値の均等分配の為に抜け駆け禁止となっているフロアボスとの戦闘行為をした責任を追求している。

当然矛先は聖竜連合に向くのだが、コイツの吐いた言い訳は以下の通り。

 

 

当時あの場にいた部隊は最近入団した元アインクラッド解放軍の団員だった。 その事もあってかレベルや練度は総じて低く、圏外での任務に出る前には彼らの上官に当たる人物に行き先等を報告させる義務を負わせていたらしい。 その報告によれば、あの日はレベル上げ及びマッピング済みエリアのトラップ確認のみの筈。 彼らがボス部屋に突撃したのはあくまで彼らの責任であって、ギルドリーダーである自身の責任では無いとの事。

 

 

この説明を聞いた時、ただの責任逃れかと思ったし、事実説明時には時折ただの言い訳が交じっていた。

……が、まあ。 中途半端に根性の無い此奴のことだ。 たとえ幾ら『数だけギルド』だの『三大ギルドで唯一ユニーク持ちの居ない所』だの言われていても、そんなハイリスクローリターンな手は打たないであろうし、おそらく事実なのだろう。

付け加えれば、その報告義務のあったプレイヤーの名が某モヤットボールであったのも話の信憑性に拍車をかけている。 ピトが最近獲物の一人に逃げられたとエムをボコボコにしていたが、そんな所(聖竜連合)に避難していたのか。

 

 

閑話休題(トゲ頭には後で報いを受けて貰うとして)

 

 

わざとらしく溜息を吐くだけで震えるリンドの責任を更に追求したくはあるが、今は時期が悪い。

ただでさえトップギルドの改革となれば影響は大きいし、人間一度染み付いた思想というのはそう変えられん。 ザザから聞いたあの部隊長が吐いた台詞から察するに、相当確執が凝り固まっているであろうし、下手に聖竜連合に手を出すのは得策では無いな。 特にもう此処は第七十五層。 難関であるクオーターフロアであるし、付け加えれば物語最後の舞台でもある。

……此方も止むを得ない事態だったとはいえ、実質ボス攻略を抜け駆けした負目もある。 これだけ新聞でも取り沙汰されればリンドも再発防止に何らかの手を打つだろうし、この後の本件でもこれを再度むし返すことを考えれば、そろそろ勘弁してやるとするか。

 

 

 

 

 

――さて、そろそろ完全に観察者の立場に立っていた血盟騎士団団長(ヒースクリフ)にも参加して貰うとするか。

 

 

「ハァ……もうよい。 これ以上一件をこの場で追求したとて、事態は何ら好転せぬ。

――本題に入るとしよう」

 

その一言を切り出すと、リンドはあからさまに安堵し、ヒースクリフは漸く当事者の瞳に戻る。 ……その大根役者っぷりでよく終盤まで隠し通せると思ったな。

 

まあ、それを指摘するのは主人公(キリト)の役目。 俺が今騒ぎ立てた所で信じる者は少ない。

原作基準で奴の正体を晒すには、奴のHPを半分以下にする必要がある。 俺がやると仮定しても、圏内で真っ当に決闘を挑んだ所でHPが半分になれば不破壊オブジェクト機能が対象問わず発動する為証拠にならず、圏内では決闘を仕掛ける因縁を付けられない。

更に俺の無限槍は決闘向きでは無い以上、そもそも奴のHPが半分を切る前に此方のHPが削り切れてしまうだろう。

故に、俺がやるべき事は御膳立て。 ある意味での原作再現。

 

さて。 それじゃあ精々舞台装置に徹するとするか。

 

 

 

 

 

「第七十四層のボス部屋は結晶無効化空間となっていた。 これまでの第二十五、第五十層のボス部屋の絡繰のパターンを考慮するに、おそらく第七十五層も同一、或いはより凶悪化された罠があると考えてよいであろう。

下層にて確認された『連戦』、『特殊フィールド』、及び『閉じ込め』位は想定すべきであろうな」

 

ヒースクリフの片眉が一瞬痙攣し、リンドは顎に手を当てて唸る。

『閉じ込め』以外は過去のボス部屋で実際にあったギミックで、それもその後のクオーターボスでは実装されなかったシステムだ。 原作では結局初見殺しの不意打ち、閉じ込めと結晶無効の併用だけであったが、その位の警戒心は持つべきであろう。

ピンポイントで『閉じ込め』だけを指摘するのもおかしな話だしな。

 

「……しかし、閉じ込めまで警戒する必要はないんじゃないか?」

 

「ふむ。 何故だ?」

 

「いやだって……もしそうだとしたら、偵察出来ないってことになるだろ? 幾らデスゲームだからって、そんな理不尽な初見殺しがあるのかよ」

 

「あるだろうな」

 

俺の台詞へのリンドの反論を、ヒースクリフが遮る。

 

「なんでだよ?!」

 

「今君が言った通り、これは遊びで無くとも『ゲーム』である」

 

「付け加えれば、ソードアート・オンラインのジャンルはMMORPG……

攻略の前提として『死に覚え』が存在する。 逆に今までが不用心過ぎた程だな。

それに、こうも言うであろう?

 

――『ボス(魔王)からは、逃げられない』、と」

 

 

……そう考えると、今までのボス戦は本当によく逃げる余裕があったな。 RPGゲーのテンプレート通りなら全層脱出不可になっていてもおかしくなかった。

まあ結果論でしか無いが、今まではその余裕があったことで犠牲を最小限に抑えられたんだ。 野暮なツッコミは無しだ。

 

絶望し突っ伏すリンドは無視して、ヒースクリフに向き直る。

 

「さて。 偵察が不可能という仮説がある以上、事前準備は徹底せねばならん。 第七十四層同様結晶無効化エリアの可能性も踏まえれば、各種ポーションの用意の徹底は必須。 人員(・・)も多極的に対応出来るように再構成する必要があろう」

 

さあ、ここからが本番だ。

敢えて特定の単語を強調する。 二人とも俺が誰の事を指しているのか察したようで、リンドに至ってはゾンビよろしくガバッと起き上がった。

 

 

「………やはり本人に聞くのが一番じゃないか?」

 

ここでもやはり口火を切ったのは聖竜連合。 口では綺麗事を言っているが、目が全く逆の事を言っているな。 だが個々の戦力では最弱である以上、決闘で奪い合え、或いはキリトに決闘で勝ったギルドが、などという事になれば聖竜連合は真っ先に脱落する。

先程も思い出した彼らの渾名からも察せられるが、聖竜連合は『強力な一』という存在に飢えている。 現在判明しているユニークスキルはたったの三つで、内二つは他ギルドのリーダー故手出しが出来ない。

しかしここで三人目が、それも無所属のソロプレイヤーが現れた。 その正体も、一見地味な防御スキルでもなく、一歩間違えれば棺桶一直線な化物染みた攻撃スキルでもない、『二刀流』という至極真っ当で、シンプルで、しかも強力なスキルというオマケ付きだ。

 

当然欲しいだろう。 未だ払拭されぬ『ビーター』の悪名を打ち消して尚余る程、彼らにとっては輝く星そのものだろう。 それ故の綺麗事。 何かの間違いで彼らの元に来てくれるかもしれないという可能性に賭けているのだろう。

 

 

―――もっとも、そんな事は認めぬがな。

 

 

「……あぁそうだな。 だが、敢えて言わせて貰おう。

『どんな事情があれ、抜け駆けの責任は取らせるべきだ』」

 

今度はリンドの表情が引き攣る。

その一文が出た時点で、第七十四層ボス戦に大なり小なり加わった聖竜連合とドラクル騎士団は自主辞退が望ましい。

攻略組トップギルドとして権利を主張したところで、あくまで我々はプレイヤー。 何の権力も無く、したがって赤の他人の行動を制限する権利は無い。 七十四層の一件を持ち出そうにも、そこを突かれたら痛いのは聖竜連合とドラクル騎士団も同じ。

リンドもそれが分かってるから、先の理由もあって『本人に聞く』などと言ったのだろう。 俺が責任追及をあっさり止めたのも、同じものを求めているが故だと勘違いしたんだろう。 忙しい奴だ、顔色が目紛しく変わっているぞ。

 

……そもそも。 所属云々は黒猫団の一件に関わった身としては、キリト本人がソロプレイヤーを貫いているとはいえ、自陣の者と言うのは憚られる。 ヒースクリフの正体探りもあるとはいえ、だからといってKoBに放り込むのはどうかと思わなくも無いが………うむ、胃がじんわりと痛んできた。

 

まあいい。 あと少しの辛抱だ。

 

 

「……つまり、君はこう言いたいのかね?

『二刀流は、血盟騎士団が引き取るべきだ』と」

 

無表情ながらも、探る様にヒースクリフが喋る。 まあ、奴にしてみればこちらが何を考えているのか分からないのだから当然だろう。 キリトをトップ三ギルドの何れかに入団させる因縁など、ユニークスキルを求めた中小ギルド間での混乱を防ぐ為で十分だから、尚更。

 

その問いに、勿論肯定する。

 

「あぁ、そう言っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――第三十四層 DKギルド本部 客間

 

 

 

 

「………不幸だ」

 

現状置かれている状況に、ついそんなコメントが漏れる。

 

朝早くにアインクラッド新聞で二刀流について報じられた5分後にはホームにプレイヤーが山のように押し掛けて来て。 転移結晶まで使って逃げたら情報屋集団にストーキングされ。

這々の体で、殆どのプレイヤー達が近付きたがらないDK本部に逃げ込んだら、今度は一ミリも嬉しく無い外見だけ美少女に命的な意味で襲われ……

 

これが不幸でなくてなんなのだろうか。 思わずさっき零したのと全く同じ言葉が溜息交じりに出る。

 

 

「本当に、疲れきってる、な」

 

「……んぁ?」

 

項垂れていた頭をノロノロと起こすと、珍しくマスクを外しているザザが例の新聞片手に立っていた。

 

「………」

 

さっきまでの惨状を思い出して半目で睨むも、普通にスルーされ、対面にあった椅子に座って新聞を広げた。

……まあ、このギルドにこのギルドホームだからなぁ。 そりゃスルースキルその他も高くなりそうだ。

 

現実逃避に、このギルドホームの構造を思い浮かべる。

元々ダンジョン、それもホラー系ダンジョンだったらしく、迷宮区やアルゲードの裏路地程では無いにしろ入り組んだ作りになっていて、装飾もその時の名残か、所々不気味な物が残っている。

ちょくちょく手が加えられているのか、今いる客間や主要通路は西洋風の建物にしか見えないけど、結構前にギルドホーム設置祝いって言ってクラインと一緒に飯をたかりに来た時はもっと凄まじかった。 外周部は何故か駅の要素を混ぜ込んだ亜空間染みた所で、深部は何故か楽器が散乱しているというジャンルを変えての二段構え。 これは怖い。 噂じゃあ某副団長が訪ねた時にガチでビビってたって話があるくらいだし。

だからか、ギルドリーダーの異名が『ドラキュラ』なのに、このギルドホームはその手の吸血鬼繋がりの異名で呼ばれた事は一度も無い。

しかも、聖竜連合のギルドホーム設置祝いの席で聴いた話だと、旧ボス部屋はリーダーの趣味なのか当時のまま手付かず。 アイツの槍もそのボスのドロップ品らしいし。

 

……銘はなんだったっけか。 槍のくせに刀みたいな名前だった筈だけど……

 

 

なんとなく気になって、目の前で新聞を広げている奴に声をかける。

 

「なあザザ。 そう言えばヴラドの――」

 

「余がどうかしたか?」

 

噂をすれば何とやら。 気が付いたら本人が部屋にいた。

取り敢えず、悲鳴をあげたオレは悪く無いと思う。

一通り絶叫した直後に「そう言えばキリトよ。 後日ヒースクリフとデュエルして、負けたらKoB入りだぞ」と爆弾で追撃されてもう一度絶叫したのも悪く無いと思う。

 

「……ていうか、なんでいつの間にか決まってるんだ? オレ初耳なんだけど!?」

 

形式上(・・・)は、七十四層での独断行動についての処罰だ。 因みに当時あの場にいた聖竜連合の部隊及び直上の責任者は全員除名、余とザザ、クラインは数日間の圏外への外出禁止が言い渡された。

もっとも、外出禁止は今日からたった一日二日の話だがな」

 

じゃあ何でオレだけ違うんだよ。

そう言いかけて、遮られた。

 

「だから『形式上』と言ったであろう。

実際の所は、『二刀流』というユニークスキルを巡ってのギルド同士の混乱を避ける為にある」

 

「……あぁぁ」

 

脳裏に今朝からずっと続いている鬼ごっこが蘇る。

確かにあれが延々続くのに比べれば……

 

「いや待て待て。 だからって、何でKoBなんだよ。 ソロを止めればいいだけだろ?」

 

「拡大解釈すればそうであるが、そういう訳にもいかぬ。

ユニークスキルへの嫉妬や、最近ちらほら現れている攻略妨害者……所謂『笑う棺桶』壊滅後にその思想に感化された者がお前を狙わぬとも限らぬ。 トップギルドへの加入は、そういった者への牽制も含まれているのだ」

 

……言外に『月夜の黒猫団』に入る、という選択肢が塞がれた。

彼奴らを、特にサチを巻き込む事は出来ない。

 

「しかし、お前にとって理不尽な話なのも事実。 故に剣で決着を付ける事になったのだ。

まぁ、頑張るといい。 ヒースクリフを下せばこの話は白紙だからな」

 

「………一応聞くけど、拒否権は?」

 

完全に諦めて、それでも念の為に逃げたらどうなるか訊いたら、『吸血鬼と神父の(悪)夢の共演』というやたら長い異名の原因の投擲剣が奴の袖から手に飛び出た。

 

……何時もながらそれ、どうやってるんだろうな?(現実逃避)

 

 

 

 

 

 

 









次回予告


やはり交渉事や駆け引きの類は苦手だな。 真っ直ぐ往くのが俺の性に合って――
……む、これは失礼。 久しいな、余の番である。

舞台は着実に進み、重要な伏線であるヒースクリフとの決闘が始まる。
あの一件が無ければ、奴の正体を暴く手掛かりは激減する以上、余も見逃せぬ一戦だな。

次回、『串刺し公、思案す』


……ところで、何故余の番がこんなに早く回って来たのだ? まだ居るであろうに。
具体的には『白百――


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19話 串刺し公、思案す

 

 

 

 

 

右を見ても人混み。

左を向いても人混み。

 

……予想はしていたが、いざその場に立ってみると中々に圧巻だな。

 

 

――場所は第七十五層、円形闘技場の客席。

ここに集ったざっと五千人のプレイヤー。 その目当ては言うまでもないだろう。

 

『神聖剣』と『二刀流』――ユニークスキルを保有する二人のトッププレイヤーの決闘。

 

……だからといっても、集まり過ぎな気がするが。 規模こそオリジナルの一割程度とはいえコロッセウムの観客席が満員になるとはな……

まあダイゼンあたりがまた盛大にやらかしたのだろう。 俺は知らん。

暇潰しにこの闘技場に施された装飾を眺めて時間を潰していると、時間になったのか、中心にある闘技場に二人が現れた。

二、三話すといよいよ始まるのか、この場所の効果か通常より大きくデュエル表示が投影され、カウントダウンが進む。

自然に入る手の力を如何にか意図して緩めていると、とうとう運命の一戦がビープ音を合図に始まった。

 

 

――ヒースクリフの戦法はひたすら護り続け、相手が晒した隙を突くカウンターがメイン。

あの鉄壁を破る事は非常に難しく、かといって奴の防御が緩む攻撃時を狙おうにも、あの盾にも攻撃判定があり、生半可なガードでは押し切られるだろう。

故に、奴と決闘で戦う際に最も有効的な戦法は――

 

 

「うおぉおおおおお!!」

 

 

今キリトがやっているように、『ひたすら攻め続ける』だろう。

幾ら堅いとはいえ、なにも百パーセントダメージカット出来る訳ではない。

まあ攻めるのに、攻撃後に強制的に隙が生ずるソードスキルを使用した時点で相当厳しいだろうな。

 

 

……もっとも、それは普通のプレイヤー(・・・・・・・・)の話だが。

 

 

青い光を纏い常識外れのスピードで交互に繰り出される剣戟に、盾を構える速度が少しずつ間に合わなくなっていく。 それは、常人離れした反応速度を以てして初めて成り立つ連撃。

というかこの時点でスキルコネクトの原型が出来ていないか? スキル後の硬直がやけに短い気がするんだが……

 

原作主人公たる所以にこっそり驚嘆していると、ついに決着を付ける気になったのか、キリトの剣が二本とも燐光を纏う。

そして十六の激突音の果て、遂に右手の黒い剣が盾を大きく弾きガードが完全に崩れた。

その隙を左手の剣が逃す筈もなく、その刺突が迫り――

 

 

 

 

 

 

 

 

――盾がその一閃を防いだ。

 

 

ソードスキルを強制停止され硬直したキリトに一撃を入れて勝者となったヒースクリフに観客が沸き立つ中、俺は静かに息を吐いた。

 

……これでキリトも、ヒースクリフと茅場晶彦が同一人物である可能性に気付いただろう。 さて、後はどうなるか。

取り敢えず、フォローにでも行こうかと移動するべく足に力を込め、

 

 

 

 

 

『――続きまして、只今の勝者『神聖剣ヒースクリフ』対『無限槍ヴラド』の試合を開始します!!』

 

 

聞こえてきたソプラノボイスに膝から崩れ落ちた。

 

 

……ちょ、ちょっと待て。 さっきまで放送はKoBの団員がやっていたよな? なぜあの毒鳥に変わっている!?

 

唖然としていると、メッセージ通知が視界の端に。 無意識のままに開くと、

 

『スケジュールはこの私が組んどいてあげたから、後ガンバ ☆彡』

 

 

 

 

 

 

 

……………………は、

 

 

謀ったな、ピトフーイッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おいピト! あれはどういうつもりなんだ!?」

 

メッセを送ったついでにライブで使うマイク型拡声器をしまっていると、やっと控室に戻ってきたキリトが噛みついてくる。

 

「それはねー」

 

サチちゃんやアスナを放って真っ直ぐ来たもんだから、何となく揶揄いたくなって、私から更に顔を近付けて耳元で囁く。

 

 

 

 

 

「――最後のガード。 違和感無かった?」

 

 

 

 

 

顔を赤らめるなんて初心な反応をしながらも、表情は驚愕していた。

 

「お、おま、」

 

やっぱり、私の勘違いじゃなかったか。

何か勘違いした乙女二人に問い詰められているキリトを一旦放置して舞台の方を見れば、苦笑いしているヒースにギルマスが回復結晶を渡していた。

 

 

 

……さっきの不自然な動き。 もし私の予想が正しいなら、もう一度見られるかもしれない。

 

 

本音を言えば私が戦いたいくらいだけど、流石にそれだとヒースが連戦な事について何かしらのバッシングがありそう。

だけど、その相手がずっと論争が続いていたカードの対戦なら?

サプライズ風にしたのもあってか、観客のテンションは最高潮。 多少の文句ならノリで封殺出来そうだし、ヒースが負けても連戦云々でKoBの面目が潰れる心配はナシ。

 

 

まあそこら辺の後始末はギルマス(責任者)に丸投げするとして。

 

 

「おーい、いつまでやってんのさー?」

 

サチちゃんが拗ねだしてゴリゴリ精神力が削れているキリトを追い打ちも兼ねて強引に引っ張り出して舞台の方を向かせる。

 

 

 

丁度その先には、銀髪を微風に靡かせた初老の男性が、(渋々)槍を構えてカウントダウンが進むのを待っていた。

 

……あれだけ見れば、あのオッサン本当に大丈夫なのかとツッコミたくなる。 モンスターどころかマッチョ系の人相手にも完封されそうな細身の身体に、腕一本で槍を持っているだけなんだから。

 

 

 

―― 3 ――

 

 

 

 

 

――それが、切り替わる。

 

 

 

 

 

―― 2 ――

 

 

 

 

サーシャ(下層プレイヤー)に『人の良いお爺さんみたい』とすら言われた男から、

 

 

 

 

―― 1 ――

 

 

 

 

 

 

 

攻略組とオレンジから畏れられる

 

――『吸血鬼(ドラキュラ)』に。

 

 

 

 

 

 

 

―― 0 ――

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ブザーが鳴るのにワンテンポ遅れて右手に下げた槍を振り上げると、丁度突進(シールドバッシュ)で迫っていた盾の一撃を真っ向から受け、金属音ですらない轟音が鼓膜を襲う。

追撃で直剣が突き出されるのに合わせ、下がっていた左脚を一歩踏み出しカウンターで突き出した左手から杭が飛び出し強引にガードに持ち込ませる。 紅の切先が鼻先まで迫ったことで怯んだその一瞬を突き盾を筋力値全開で蹴り飛ばし、闘技場の壁まで吹き飛ばす。

土煙が立つがやはりと言うべきかダメージはほどんど無いようで即座に距離を詰めてくる。 ナイフで攻撃しようと袖を振りかけ――咄嗟に槍で受け流す。

 

 

まさかこんな事態になるとは思っておらず、ナイフは六本しか仕込んでいない。 ストレージにはもう何セットかあるが、ホルダーを持ってきていない所為で実体化した状態で保有出来る数には限りがある。

 

 

 

そんな訳もあってナイフはあまりばらまけぬ。 槍と無限槍で相手取らねばならないが、その無限槍(ユニークスキル)もあまり連発すれば自滅は必至。

つまり、槍一本であの鉄壁を突破しなければならない。

 

 

思わず舌打ちするが―――それに反して、何故か口角は吊りあがっていた。

 

 

戦いを愉しんでる? いや、違うな。

 

 

ならば、この感情は――

 

 

この世界には存在しないあるキャラクターが握るのと同じデザインの槍の矢印型の矛先の返しを盾に引っ掛け引き剝がしにかかると、盾の石突きを大地に押し付けて耐えられる。 その先端に足払いを仕掛けて盾に体重が偏っていた奴の身体ごとバランスを崩してやり、もう片方の手で押し潰すように張り手を突き出しおまけで無限槍も発動する。

残念ながらその杭は虚しく足場に深さ一メートル程の小さな穴をこさえるだけでヒースクリフは不恰好ながらもステップを踏んで一回転、遠心力を乗せた直剣で切りかかってきていた。 その時、ほんの一瞬、奴と目があった。

 

 

 

 

…………成る程。 この高揚感。 少し、分かった気がする。

 

あぁ、ならば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――本気で征こうか!

 

 

その一閃を防ごうにも槍は間に合わないと判断。 剣の腹を肘で打ち上げ軌道を跳ね上げて外させると、そのまま勢いで襲い掛かる盾を受けながらスナップで逆手に持ち替えた矛先で奴の背中を突き刺す。

互いにHPを四分の一ずつほど減るが、無限槍のデメリット分俺が不利か。

 

 

――だから、どうしたぁ!

 

 

後ろ回し蹴りを防がせ、何とか距離を空ける。

間髪入れずに二本だけ持ったナイフをカーブさせ左右から挟み込むよう投擲、槍を背後に振り絞りながら一跳びに突撃。 奴の集中が逸れた隙に槍の間合いまで詰め、身体を捻りながら矛先を叩きつける。

当然小細工など通用せずナイフは弾かれ、此方の足の遅さもあって振り下ろしも受け止められ、その盾を僅かに凹ませるに留まる。 無論反動は大きく、槍を握る右手が数瞬痺れる。

 

これ以上ないほど分かりやすい隙。 見逃す奴の方が圧倒的に少数派だろう。

奴も反射的に剣を突き出し――

 

 

「――なっ!?」

 

 

その切先を、握り潰す(・・・・)

勿論直に刃を握れば潰す前に指が切れる故、正確には、逃さぬ様指で刃の腹を抑えた状態で無限槍を発動させたのだが、細かい事はいいだろう。 肝心の結果は、更に一割強の体力と引き換えに奴の剣を、少なくともこの決闘中は使用出来ない程度には破壊出来た。

 

この結果がどう転ぶかは分からん。 少なくとも――

 

 

奴の右半身に向けてナイフを追加で二本投擲する傍ら、視線を一瞬だけ半分近くまで減った(・・・・・・・・・)HPバーに向ける。

 

 

……有利ではないな。 ちと無限槍を打ち過ぎたか。

奴の攻撃手段はまだ残っている。 流石にあの盾を無限槍抜きで破壊するのは不可能。 戦闘時回復(バトルヒーリング)も所詮気休めの域を出ぬ以上、盾の一撃を喰らえば敗北するのは此方。

 

だが奴の体力も俺よりは有るとはいえ六割前後。 直撃させる事が出来れば如何に最硬の壁戦士(ヒースクリフ)とて一撃で半分以下まで削り切れるだろう。

 

 

 

――つまり、次の一閃で勝負が決まる。

 

 

 

奴もそれを分かっているのか、ボロボロの剣を盾の裏に収刀しながら声を発する。

 

「……見事だ。 まさか、剣を掴んでくるとは思わなかった」

 

「ふっ。 幾千の刃を最前列で阻み続けている騎士にそう言われるとは、光栄だな」

 

 

 

……ゆっくりと息を吐き、槍は右手にぶら下げたまま脱力。 自然体に構える。

澄んだ思考で、盾のみを装備した敵の行動を推測する。 通常なら、そんな状況に陥った相手の取る行動など悪足搔きでしかなく、一々予測などせず押し切るだろう。

 

だが、奴も俺もそんな『普通』には当て嵌らない。

奴も何かしらのソードスキルを創ってあるだろう。 本来ありえない状態に陥ったが故の、初見殺しなスキルを。

 

だからこそ推測出来る。

俺にとって、『盾のみを装備した英雄』は見慣れたと言ってもいいだろうからな。

 

 

 

 

 

――気が付けば喧騒は収まり、異様な緊張感がコロッセウムを包む。

 

 

最早言葉は不要。

 

只々、武を競うのみ。

 

 

己こそが勝者だと。 己こそが最強であると証明する為に。

 

 

 

 

 

 

……数秒か、或いは数十秒か。

 

互いに睨み合い――

 

 

 

 

決闘の時間制限が迫っている事を知らせるブザーを合図に、同時に行動を開始した。

 

奴が選択した一手は、何処までも騎士らしい、盾を斜め右に保持しての愚直なまでの突進。

だが侮る勿れ、その勢いは『閃光』の副団長に匹敵するだろう。

 

 

ならば此方の一手は決まっている。

 

 

 

――我が全力をもって、迎え討つ。

 

 

 

動きが無い間に僅かながら回復した体力をギリギリまで槍に纏わせ、構える。

 

奴は既に間合の内。 ジャリッ、と足場の砂を踏み締める音と咆哮が響き、盾の振り下ろし(Buster)が迫る。

 

 

……だがまだ当たっていない。

素早く引き絞った槍を、各関節を総動員して絶叫と共に突き出す。

 

 

紅の矛先と盾は、ほぼ同時に激突し、

 

 

 

 

 

――不自然に増大した力(・・・・・・・・・)で叩き落とされ、ヒビが入る。

 

 

 

それを見たヒースクリフが勝者の笑みを浮かべ――

 

 

「まだだ。 まだ終わっておらぬッ!!」

 

 

敢えて、もう一歩踏み込む。

我ながら巫山戯た筋力値で再度地面に叩きつけられた槍は、矛先の根元で折れる。

だが完全に分断された訳ではない。 過去にも散々体力()を注いだ所為か、強化された外装が薄皮の様に繋がり、不安定ながらも、まだ振るえる。

 

武器としては十分。 そう信じて、柄を跳ね上げる。

奴はこの動作を足掻きと見たのか、そのまま力を掛けるのみだったが、もう遅い。

 

 

たった一箇所とはいえ、数十年前に画面の向こうで見たまま、意識を持った蛇か、或いは鞭の様な軌道で矛が奴の頸に喰らい付き―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ブザーが鳴り、歓声が轟いた。

 

 

 

 

 










次回予告


どうも皆様。 本当にお久しぶりです、ジルで御座います。
さて、今回の次回予告ですが……
此度は予告ではなく、エイプリルフールについてのアンケートを取りたいと思います。

幾つか用意してあるのですが、流石に本編が進んでいないのに番外編を、それも全く毛色の異なる話を複数投稿するのは憚られたので、勝手ながら、『シリアスルート』、『シリアルルート』、『コメディルート』。 以上三つから選んで頂きたいのです。

期限は、今月十九日まで。 それでは、皆様の意見をお待ちしております。





※期限となったので、アンケートは締め切らせて頂きます。 多くの投票、ありがとうございました。




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閑話 無辜の怪物

 

 

 

 

 

――第三十四層 DKギルド本部前

 

 

 

「ふぁ〜〜ぁ………ネミィ」

 

現在時刻は午前六時。 今日からKoB所属という事でヒースクリフから呼び出しを受けているオレなのだが、何が悲しくてこんな早朝からホラー感満載(まあ眠過ぎて全然怖くないケド)な他ギルドの本部に出向いているかというと、結構複雑な事情があるのだ。

だからと言って人に聞かれたら、『ピトに脅された』としかいいようがないのだが。 それで大体説得できそうなのが流石毒鳥クオリティ。 そこに痺れぬ憧れぬ。

 

 

……実際の所は、全く別だ。

昨日のデュエルの最中に起きた二度の『違和感』に気がついたピトは、奴の正体を疑ったのだ。

――『ヒースクリフ(最強のプレイヤー)の正体は、茅場晶彦(最悪のラスボス)ではないか』と。

 

確かにオレが勝つ寸前で感じた、あの『時が盗まれた』様な現象は、今分かっているスキルでは再現出来ない。 それにピトに言わせれば、ヴラドの槍が折られたのもおかしいらしい。 曰く、『STR極が延々ブン回し続けたのに耐えられたようなシロモノが、ヒースのステで、それもあんな不安定な状態で折れる訳ない』だそうだ。

 

更に、他にも根拠があるらしいが…… 何故かその場でははぐらかされ、この時間、この場所に来るように指定された。

 

 

 

 

 

されたのだが……

 

 

「……あのヤロー、自分で言った時間になっても来ないってどういう事だよ……」

 

かれこれ二十分くらい待っているのに音沙汰無し。 メッセを送ってもスルー。 かといって帰ると後が怖過ぎる。

泣く泣く待ち続けるも、あまりの暇さ加減に扉に寄り掛かってうつらうつらし始めてしまう。

何とか意識を保とうと、項垂れる頭を勢いよく起こして

 

「――おっ待たせー! 遅れてメンゴ!

………うん?」

 

これまた勢いよく開いた外開きのドアの縁に後頭部強打され、ついでに吹き飛ばされて顔面からダイブし、別の意味で意識がアイキャンフライしていった。

 

お、オレが何をしたっていうんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――十分後。

 

何とか意識を取り戻した後に案内されたのは、ボロボロの楽器がそこらじゅうに放置された倉庫らしき部屋だった。

メンバーはオレの他に、ピト(元凶)とエム、それと、見覚えのない、俯いたまま震えてる少女が一人。

 

どっから攫って来たんだ、オイ。

 

ピトにツッコんだら、「訳ありっ娘を拾った」との事。 もうコイツがラスボスでいいんじゃないかな。

 

閑話休題(それは一先ず置いておいて)

 

 

「それじゃあ、第一回『茅場攻略会議』をはじめまーす!」

 

相変わらず人格以外は完璧な美少女が、珍しくマイクを持たずに微妙に物騒な台詞を吐く。

 

――て、いうか。

 

「オイちょっと待て。 茅場攻略会議って、昨日の感じだと最有力候補はヒースクリフだろ? だったらなんでお前の所のギルマス(唯一ヒースを撃破した奴)も呼ばずにこんな会を開くんだよ」

 

素朴な疑問を突きつける。

ヴラドだけじゃない。 本気で茅場相手に証拠集めに走るなら、それこそもっと人手が要りそうだ。

そもそも、本当に茅場がプレイヤーとして参加しているかどうかも確証が無い。

 

だというのに、そんな疑問は、

 

 

「へ? そんなの、ギルマスも怪しいから(・・・・・・・・・・)に決まってるじゃん」

 

毒鳥の吐いた毒に、あっさり溶かされた。

 

 

「……は? だって、あの(・・)ヴラドだぞ? どこに疑う要素が、」

 

「ねえキリト。 この世界の初日に、あの赤ローブ(ゲームマスター)が最後に言ったこと、覚えてる?」

 

「……? 確か――」

 

台詞を途中で被せられるも、今まで見た事がないくらい真面目な表情のピトに押され、記憶を掘り返す。

 

確か――

 

 

 

 

 

『――この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。 この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。 そして今、全ては達成せしめられた』

 

……忘れる訳無い。 一万人のプレイヤーが、電子世界の囚人へと変えられた、あの赤い悪夢を。

 

 

「じゃ、思い出した所でもう一つ。

キリトはさ、他人のやってるRPGを傍から眺めていて、どう思う?」

 

「は? そんなの、詰まらないに決まって――― まさか」

 

ふと脳裏に浮かんだ考えに、戦慄する。

 

 

 

「――まさか、本当に『この世界を楽しむ為』だけに、このデスゲームを創ったのか?」

 

思わず、考えがそのまま口から出る。

 

 

「付け加えれば、SAOのシステム調節の為にも、『トップギルドマスター』の肩書きは都合がいいわよね。 何たって、ほっといても『攻略の為』に各Mob、各マップ、各システム内外のスキルの情報が入ってくる訳だし」

 

ペラペラと恐ろしい証拠を並べつつ、「この時点で有力容疑者は三人」と、指を三本立てる毒鳥。

 

リンド(成金チキン)は流石にポンコツ過ぎるから除外とするとして、残るのはウチとKoBのギルマス」

 

薬指を降ろし、数字の二を作る。

 

「さて、残りは二人なんだけど……

もう一度、茅場の動機を思い出してみよっか」

 

「……この世界を、楽しむ為、か? それがどうしたんだよ?」

 

「んじゃあ聞くけど………

似合い過ぎじゃない(・・・・・・・・・)?」

 

 

……何が、とは聞けなかった。

 

 

SAOの主住区は、その多くが中世からありそうな、ヨーロッパ風の建造物だ。

そんな中に佇む、古風な言葉使いで、オレンジやMob()を蹂躙する、絵に描いたような『騎士』の老人。

或いは、――

 

 

 

 

 

 

――西洋最強格の『不死身の怪物(吸血鬼ドラキュラ)』。

 

 

 

 

 

……最悪だ。 伏線としては十分だ。

 

攻略組トップの内半分以上が敵かもしれないと思うと、目眩がする。

流石のピトフーイも茶化さず、苦笑いを浮かべる当たりが絶望を加速させる。

 

 

 

「……お前がヴラドも疑ってるのは分かった。 それで、オレはどうすればいいんだ? わざわざ一晩明けてからこんな話をしたって事は、何かしら考えてるんだろ?」

 

「That's right!」

 

いっそ清々しくなるほど綺麗な発音で肯定すると、俯きっぱなしだった少女の肩をバシバシ叩きだす。

 

「この娘、ルクスっていうんだけどね。 一緒にヒースの事探って欲しいのよ。

あ、腕なら心配しなくていいわよ。 この娘が本気で隠れたら、私じゃ分からないもの」

 

「はぁ…… えぇっと、よろしくな」

 

「っ! は、はい! よろしく頼む。 ……頼み、ます」

 

少し調子が悪いのか、GM(仮)相手に諜報する事に緊張しているのか、顔が赤いルクス。 大丈夫なのだろうか?

体調を伺おうと顔を見つめたら、もっと赤くなってから忽然とその場で消えた。

ハイディングスキルか。 しかも完全に透明になってるところを見るに、カンストしてるのかよ。

 

「じゃあ、ピトはヴラドを探るのか?」

 

一先ず問題無さそうなのを察して、ピトの方に向き直る。

 

「まーね。 あの人、超が付くほどの方向音痴で、付いてくのに理由もスキルもいらないし」

 

「楽そうでいいなぁ」

 

……ま、うだうだ言っても仕方がないか。 KoBの方の集合時間も近いし、そろそろ行かないとな。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――キリトたちを見送った後、ギルドホームの中を堂々と進んでいく。

時間は七時前。

朝御飯までまだ少しあるのを確認してから、ギルメンの私室やダイニングがある、言うなれば主住区を通り。

私ですら薄ら寒いものを感じる、ここがダンジョンだった頃そのままの景色が残る深部も通り抜けて、その最深部――

 

 

 

 

 

 

――旧ボス部屋に、足を運ぶ。

 

 

 

 

 

――深海の様な深い青を基調にしたフィールド。

部屋の奥には、まるでステージの様に盛り上がった台座があって――

 

 

 

その手前に、あの男が立っていた。

 

何をするでも無く、ただただ、立っていた。

 

それでもボーッとしていた訳ではないのか、扉を開ける音に反応して振り向くと、声を掛けてくる。

 

「む、ピトフーイか。 此処に来るとは、珍しいな」

 

「ちょっち歌詞のアイデアが行き詰まっちゃってね」

 

そのまま近づいて行って、私も隣に立つ。

 

元々ボスが座っていた台座を眺めるヴラドは、無表情で……

 

 

 

 

 

 

 

『――()がやる。 お前たちは、手を出さないでくれ』

 

 

今と同じ様に無表情で、

それでも、今にして思えば『ヴラド(プレイヤーキャラ)』ではない、素の言動が漏れ出たんじゃないかと思える唯一の言葉を思い出した。

思い返してみれば、あの時は戦い方も何時もと違った。 一分一秒でも早く斃そうとしたのか、ロクに相手の攻撃も躱さずにひたすら槍を振り回して。

そのクセ、投剣や体術は一切使わないで。

ステージに座っていた、あの歪な鎧兜を纏った人――

 

 

 

 

「――余はもう行くが、お前らは如何する」

 

いつも通りの静かな声を掛けられて、急に思い出から引き戻された。

 

「んー、もうちょっとここに居るわ」

 

「そうか」

 

黒コートの裾を翻して、ボス部屋を後にするギルマス。

 

その表情は、いつも通りのギルドマスター(『ドラキュラ』ヴラド)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――気配が遠くに消えてから、取り留めも無くエムに話を振る。

 

「ねえエム。 どう思う?」

 

「……ヒースクリフは多分黒だな。

ただ、ヴラドの方は……」

 

「確かに分からないわねぇ……」

 

キリトにはああ言ったけど、実際の所は微妙なラインね。

時々ボス相手に、まるで最初から知っているかの様に動くことがあったし、茅場との何らかの繋がりはあるとは思う。

 

ただ、その程度が分からない。

 

茅場の協力者?

巻き込まれただけのアーガス社員?

それともまさか、AI? 流石にそれは無いか。

 

 

――一つだけ断言出来るのは、あいつが何かしら隠していることだけ。

 

 

 

「さてと! それじゃ、私たちも行こっか」

 

 

まあ、その内分かるでしょ!

 

 

 

 

 









次回予告

皆様どうも。 二回連続で次回予告を担当することになりました、ジルでございます。

さて、前回の後書き欄にてアンケートを取らせて頂きました『エイプリルフールネタ』についてですが、約千七百もの投票、誠にありがとうございます。
結果については、『シリアル』ルート一強だったので、その様に進めたいと思います。
それでは次回予告を、どうぞ。





──────────





――ザ・シードのネットワーク内に出現した謎の空間『UnKnown』。
そこは、様々な仮装空間が混在する、未知の世界。

菊岡らの依頼で『UnKnown』の調査を進めるキリト達。
――しかし彼らの前に、突如として見たことの無い、黒い靄を纏ったMobが立ち塞がる。
辛くも撃退には成功するも、更なる異常事態が彼らを襲う。


……迷い込んだのは、見渡す限りの地獄。
如何なる存在が暴虐の限りを尽くしたのか、雨が降る崩壊した街に放り出されてしまったキリトら。

そして、呆然とする彼らの前に。
同じように、けれど全くの異界から迷い込んだ一組の男女が現れる――





『ソードアート・オンライン ディープ・エクスプローラー
Episode of Apocrypha(外典の物語)】』







……これは、決して記録に残らない、外典にして、――


―――叛逆の物語






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Episode of Apocrypha(外典の物語)








 

 

 

 

 

――2027年 4月

 

 

――茅場晶彦が遺した世界の種子『ザ・シード』。 そして一月前にそのネットワーク内に出現した謎の空間『UnKnown』。

 

そこは、様々な仮装空間が混在する未知の世界。

オレたちは、その世界の探索を菊岡さんから依頼されて、攻略を進めていた。

『UnKnown』そのものは広大だが、その実態は小さなフィールドの集合体。 その各フィールド最深部にはネームドボスが存在し、撃破すると攻略完了。 これが、現状分かっている『UnKnown』の中身だ。 今の所、ただ一度を除いてこの原則が崩れた事は無い。

 

 

……そして問題は、その『一度』だった。

フィールドを走破し、ボス部屋に突入したオレたち。

最深部に居座っていたボスそのものは、ALO版アインクラッドでも倒した事のある、言ってしまえば攻略法が分かっている敵だった。

だから、危なげなく戦えた。 全員特にダメージを受けないままボスのHPバーを残り一本まで削り切って、後はソードスキルを叩き込むだけ。

 

 

 

 

 

 

 

……そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「――■■■■■■◾︎◾︎◾︎◾︎!!」

 

 

 

 

 

 

 

――フィールドの床をブチ抜いて現れた、黒い靄に包まれた大男が来るまでは。

 

「なっ、なんだあれ?!」

 

カーソルを合わせても、何も表示が出ない……イベント限定キャラなのか? 敵か味方かも分からない。

 

あまりに急変した事態にオレたちが動けないでいるも、ボスに『驚き』の感情は無く、その大男に攻撃を仕掛け――

 

 

 

――その顎は、その体躯からは考えられない程軽々と跳ねた大男を捉えられずに空を噛む。

そして攻撃後の硬直で動けないボスの頭に、一撃が――

岩から直接削り出した様な、斧とも大剣とも言える刃が振り下ろされる。

 

ソードスキルも何も使わない、純粋な筋力と質量による一閃。 それはボスのHPバーを一本丸ごと消し飛ばすだけに留まらず、暴風を起こし、破壊不可能なはずのフィールドの大地にすらヒビを入れた。

 

 

「……な、なんだよ、アイツ」

 

此方に背を向けているのに、なお漂う威圧感。 靄でシルエットすら見えないと言うのに、それでも分かる、その圧倒的な存在感。

 

そんな怪物が、ゆっくりと斧剣を持ち上げ、緩慢な動作で振り返る。

 

 

その瞳は、何処までも赤く―――

 

 

 

………それでいて、泣いているようだった。

 

 

 

「――■■■■■■■■■■ッッ!!」

 

「ッ!?」

 

漠然と頭に浮かんだイメージに気を取られている間に事態が進んだのか、再起動を果たした大男が天に向けて咆哮する。

空すらも吹き飛ばしかねないと錯覚する程の力強い雄叫び。 それは、床のヒビも深刻なモノに……

 

「って、マズッ! 逃げるぞ!」

 

気がつけば、ヒビ割れが足元まで広がっていた。 慌ててボス部屋の入り口まで掛け戻ろうと足を動かす。

 

 

だが、間に合わず。

 

件の大男が一歩。 力強く踏み締めるだけで、フィールドは呆気なく崩壊した。

 

「んな、嘘だろ!? う、うわああぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

一瞬で遠く離れていく視界に映ったのは、間に合ったのか、崖になった縁で必死に手を伸ばすアスナと、

 

声一つ上げない、まるで気絶しているかのように淡々と落ち続けている大男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「………ぐ、うぅ……

ここは……?」

 

頬を打つ冷たい感触に、目が醒める。

倒れたまま周囲に視線を走らせると、崩れたのか剥がれたのか、ボロボロに朽ちた洋城の屋根(?)があるだけで、遠くは霧に阻まれて見えない。

アスナたちも――あの大男も、いない。

 

妙に痛む頭を押さえながら立ち上がり、一先ず雨を凌ごうと、僅かに色ガラス片の残る窓枠から屋根裏部屋(仮)に入り込む。

一息ついて指を滑らせれば、ウィンドウは開いた。 でも、

 

「メッセージは使えないのか……」

 

メッセージ欄は灰色に染まり、タップしても反応がない。 フレンド欄も同様で、うんともすんとも言わなかった。

 

「ハァー。 どうするかなぁ……」

 

幸いアイテム欄は問題無く、HPバーも不思議と全く減っていないのを確認すると、壁に背を預けたまま座る。

ウィンドウや視界に浮かぶゲージから、ここが『UnKnown』内なのは確かだ。 だとすれば、問題はここが何処なのかだ。 それに、さっきの大男が何者なのかも気になる。

 

少なくとも真っ当なMobではないだろうし……

 

……何故だろう。 不思議と考えが纏まらない。 思考が痺れている様な……頭でも打ったか?

 

 

 

 

 

 

――パキッ

 

 

 

 

 

頭を押さえながら休んでいたら、外から枝が折れたような小さな音が聞こえた。

剣を手に転がり出て見れば、そこに広がるのは相変わらずの霧。

……聞き違いか?

 

首を傾げながら、屋根裏部屋に戻ろうとして―――首筋に冷氷が当てられた。 いや違う。 これは、殺気!

 

咄嗟に振り返ると、

 

 

 

 

 

――金色の瞳と目が合った。

 

「ッ!?」

 

それも、目と鼻の先だ。 ここまで接近されると、剣が上手く振るえない。 一旦距離を取らないと!

慌てて体重を後ろに移そうにも、相手はもう攻撃モーションに入っている。 躱せない事を察し、せめて急所には当てさせまいと首を捻り、

 

 

「――チェックメイト」

 

 

それを読んでいたとしか思えない軌道で迫るナイフが見えた。

 

駄目だ、これは避けられない。

 

死―――

 

 

 

 

 

「―――ジル、止めよ!」

 

 

 

 

 

ナイフが喉を切り裂く直前で、急停止する。

体勢の崩れていたオレはそのまま倒れるけれど、そのナイフの主――銀髪で、要所々が妙に分厚くなっているドレスエプロンチックな青い服に身を包んだ女性は、変わらずオレにナイフを突きつけたまま、それでも殺気は薄まり、声が聞こえてきた方向を向いていた。

 

「若様、何故止めるのですか?」

 

「何故、か」

 

その方向から霧を割いて現れたのは、これまた銀髪の、それでいて長身の老人。

その老人はスタスタとオレの側まで寄ると、手を差し出してくる。

 

「――味方に刃を向ける必要は無かろう。 そうであろう、キリトよ」

 

「あ、あぁ。 サンキューな」

 

その手を取って立ち上がる。 それで納得したのか、「すいません。 私の早とちりでした」とナイフを収める女性。

 

「……あー、所でさ。 聞きにくいんだけど、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンタ、誰?」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

窓の外に広がる、霧と雨。

その手前には、呆然と黄昏ている老人。

 

 

……なんと言うか、罪悪感がヤバい。

 

「えっと、その……

アレって大丈夫なのか?」

 

紅茶入りのコップ片手に温まっていたジルさんに聞くと、特に問題無いと返ってくる。

 

「元々第二魔法その他云々でSAN値が削れ気味だったからあんな風になっているだけで、放っておけば復活します。

……いざとなれば斜め四十五度で殴った後に起こせば直ってます」

 

「やめたげてよぉ!?」

 

想像の斜め上を行く発言に、『いや第二魔法ってなんだよ』とかの疑問が吹き飛ぶ。 扱い雑?! あの人電化製品かなにかなの!?

 

「勿論冗談です」

 

「だ、だよな。 よかったぁ」

 

 

そんな具合に五分くらい過ごしていると、漸くSANチェックから復帰したらしい老人が此方に向き直った。

 

「……手間をかけさせたな。 では改めて。

我が名はヴラド。

以前、アインクラッドにて槍を振るっていた」

 

アインクラッド…… SAOサバイバーだったのか。 だからオレを知っていたのか。

 

「オレはキリトだ。

さっそくで悪いけど、」

 

「うむ、この状況についてだな。

とは言うが、此方も把握している事は僅かだ。 何せ、我らも巻き込まれた故な」

 

「そうなのか……」

 

「……だが、手を貸すのは吝かではない」

 

不敵な笑みを浮かべながら槍を顕現させ、そう口にするヴラド。

 

「ジル、お前も構わぬだろう」

 

「無論、貴方が望むのならば」

 

ジルさんも、音も無くナイフを逆手に引き抜き、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

唐突だが、一つ告白しよう。

実は、このフィールドでの戦闘は全部オレがやろうと思っていたんだ。

二人とも結構強そうとはいえ、オレは二人が具体的にどれだけ強いのか知らない。 特にヴラドの方は、あんな老人が攻略組に居たら話題にならないハズがないから、おそらくそれ(攻略組)以下だろうと予測を立てていたのもある。

おまけに歩き回って見れば、見かける敵はスケルトン、アンデット、悪霊系と、AGIによるヒット&アウェイが基本のナイフや、刺突武器の槍だと相性の悪いMobばかりだったのもそれを助長した。

 

 

 

………それでも弁解させてくれ。

 

 

 

 

 

「フハハハハハハ! 余を斃したくば、この三倍は持って来るがよい!」

 

 

 

だからって素手で無双するヤツがあるかぁ!?!

 

スケルトンはアイアンクローで頭蓋骨が粉砕、ゾンビは蹴り一発で胴体が消し飛び、やたらカラフルな悪霊は掴み(からの)抜手でアッサリ撃沈した。

ちょくちょく囲まれてダメージを負うも、バトルヒーリング持ちなのか即回復していくし、挙げ句の果てには握り潰さずに掴んだスケルトンをブン回して即席武器にし、盾持ちはラッシュで何も出来ずに圧倒された。

 

うん、何処のD◯Oだお前。 そういえばヴラドってドラキュラの元ネタだっけーじゃあ仕方無いなー(現実逃避)

 

 

それに比べれば薄いとはいえ、ジルさんも中々ブッ飛んでいた。

敵集団に対し一瞬で二十本以上のナイフによる弾幕を張り、怯んでいる隙にすれ違いざまに首を落としていく。 流石に一瞬で全滅は出来ないようだけど、生き残ったところで残HPはミリだし、そんな状態の敵が次に相対するのはヴラドだ。 文字通り片手間で木っ端微塵になるMobに思わず手を合わせてしまったオレは悪く無い。

 

 

 

 

 

……とまあ、そんな具合に人間辞め人間の無双ゲーに対して何も考えない様にしていると、マップの最深部に辿り着いた。 分かりやすい事に、ここは一本道のフィールドだったみたいで迷わずにこれたし、大体探索も済ませられた。

だと言うのに、ボス部屋は巨大な瓦礫で塞がっていた。

 

「……これは、飛行船、でしょうか?」

 

「随分と焼け焦げているが、その様だな」

 

「なんでそんな物が、この仮想空間に……」

 

普通に考えれば、フラグ立てが足りないんだろうな。 飛行船を退かすとなると、信管のスイッチか、専用クレーンの電源か。

この黒焦げた骨組みだけの飛行船といい、ここに来るまでの道中に多く散らばっていた色取り取りのガラス片といい、この場所はGGOの廃墟エリアに近いものを感じさせる。 もしかしたら、この先のボスの情報がフラグになってるのかもしれないな。

 

しょうがない。 一旦戻ろうぜ。

 

そう言おうとして―――ソレ(・・)が耳に入った。

――ソレ(・・)が、視界に映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――死して拝せよ――」

 

 

 

 

瓦礫の山を塵の様に軽々と赤い暴風が吹き飛ばし、その奥が露わになる。

 

 

――それは、正しく地獄。

 

記憶にはないが、魂の奥深くに焼き付いているのが分かる、原初の星そのものの記録。 究極の一。

 

 

 

 

 

「――『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』!」

 

 

 

 

 

その一撃が、天に向けて放たれた。

余波だけで大地を揺るがし、深い霧は呆気なく吹き消される。 瓦礫は灰塵と化し、空間そのものにすら亀裂が走る。

 

出来る事は、ただ耐えるのみ。 身体を低くしつつ、暴風から顔を庇う事しか出来ない。

 

 

 

 

 

……しばらくして暴風が収まり、後に残ったのは、ボス部屋とその付近だけ。

それ以外の全ては、消滅した。

 

あまりにも圧倒的。

 

一体、どんな存在がこの地獄を創り出したのか。 恐怖のまま、部屋の中央に目を向ければ――

 

 

 

 

 

 

 

――そこに佇んでいたのは、『黄金』だった。

 

右手で天に掲げられた、剣にも杖にも槍にも見える異形の武器は、ゆっくりと虚空に浮かんだ金色の波紋に沈み、

 

――あの大男と同じ色、けれどその奥にあるものは全く違う赤い瞳が露わになる。

放たれるのは、威圧を超えた覇気。

ただそこに居る。 それだけで心が折れそうな圧力。

 

 

「ほう。 寄生虫駆除を終えたと思えば、これはまた」

 

 

カチャリと、金色の鎧が擦れる音を立てながら腕を組む『黄金』。

感情を感じさせない目をオレたちに向けて――その一角で、僅かに歪められる。

 

その視線の先は、銀髪の老人。

 

 

「………クク」

 

 

溢れるのは、笑い声。

 

 

「――ふはははははは! まさかこの様な形でまた出喰わすとはな、雑種」

 

「……? また(・・)?」

 

あれと知り合いなのかと、小声で脂汗を流しているヴラドに訊くと、その返事は黄金に向けて返された。

 

「英雄王。 何故貴方が此処に居る?」

 

「……む? あぁ、成る程」

 

けれど、言葉での返事は無かった。

代わりに現れたのは、黄金の波紋。 その数、約十。

 

「っ!?

備えよ、キリト。 来るぞ」

 

「備えよって何に!?」

 

「決まっていよう、この世総てに(・・・・・・)だ!」

 

浮かび出るのは、金色の切先。

剣、斧、槍、矢、棍、鎌、杖―― 多種多様で、それでいてパッと見ただけで伝説武器(レジェンダリィ・ウェポン)以上の代物だと分かる武器が、その矛先をオレたちに向ける。

 

そして、あれだけの武器を扱うのかというオレの予想を裏切り、

 

 

「ならば疾く消えよ、人形の成り損ない。 せめてその散り様で我を愉しませよ」

 

 

波紋は――砲門と化した。

 

 

「はぁ!?

っ――」

 

 

今日何度目か分からない、濃厚な死の気配が目の前まで迫る。

咄嗟に左手の剣で防ぐも、想像以上の衝撃にあっさり剣が折れ、身体ごと吹き飛ばされる。

だが、逆に言えばそれだけで済んだ。

 

「おいヴラド! ジル! 大丈夫か!?」

 

慌てて立ち上がって見れば、二人の無事な姿が見えた。

ただ――老人の手にあった槍は失われていた。

 

「何とか無事です。 ただ、今の掃射をもう一度撃たれると……」

 

何箇所か擦り傷を作りながらも、唯一武器を失っていないジルさん。 普通のMob相手なら囲まれても弾幕で対処出来る彼女でも、同じように弾幕を張る『黄金』の相手は難しいようで、困り果てた顔をしている。

 

 

 

――さぁ、どうする。

『黄金』は余裕の現れか、それとも武器を撃ち出すにはチャージが必要なのか、オレたちを冷たい目で見下ろしながらもその場で静かに立っている。 一見隙だらけだけど、仮にあれが余裕の現れなら接近した瞬間また武器の砲弾が降る。 スペルブラストと同じ要領で対応しようにも、あの砲弾だとオレの剣の方が保たない。

かといってこのままだとジリ貧――

 

 

 

 

 

――ピシリ

 

 

その時、あの嫌な音が周囲に響き渡った。 恐る恐る見上げれば、空、というよりも、空間そのものにヒビが広がっていた。

 

オイオイマジかよ!?

 

流石にエリアそのものが崩壊する場所に居続けた経験なんてない以上、何が起こるか全く予想がつかない。

 

………こうなったら、オレに出来ることは一つ。 無茶でも無謀でも、あの黄金をどうにかしてここを脱出するしかない!

 

チラッとヴラドたちの方も見れば、あっちも同じ事を考えていたのか、ジェスチャーで『任せる』と伝えてきた。

………信じるぜ、ヴラド!

 

 

「お――おおおおおおおおっ!!」

 

剣を思いっきり引き絞り、黄金に向かって突撃する。 発動スキルは『ヴォーパル・ストライク』。

ジェットエンジンのような轟音を立てながら突進するも、当然すんなりとは行かせてもらえず、黄金の波紋が広がり――

 

 

 

「血に濡れた我が人生を此処に捧げようぞ。

――『血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)』!」

 

「此よりは地獄。

殺戮を此処に ――『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』……!」

 

「おのれ、貴様ら!」

 

奴の頭上から巨大な赤い杭が、背後からはナイフによる一撃が放たれ、『黄金』の意識が一瞬そちらに逸れる。

確かにその隙は一瞬だったけれど、

 

 

「――貰ったぁっ!!」

 

「くっ、おのれぇ――!」

 

 

オレには、充分だ!

赤いライトエフェクトを纏った一閃が、奴の鎧に届き――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その直前で、遂に空間が崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「―――ト君。 キリト君ってば!?」

 

「うっ………アス、ナ?」

 

目が醒めると、元の場所に戻っていた。

いるのは、心強い仲間たちで、

 

……黄金の男も、銀髪コンビも、そこには影も形も無かった。

 

 

ユイに訊いてみても、オレはフィールドが自己修復された段階でそこで倒れていたらしく、余計に謎が深まった。

 

 

「………夢、だったのか?」

 

 

そうとしか結論付ける事が出来ず、如何にかアスナを落ち着かせてから、半ば癖で背負っている剣の柄を握ろうとして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――左手だけ、空を掻いた。

 

 

 

 

 

 









キャラステータス(SAOACver)

☆4:『血塗れ王鬼』ヴラド
身長:190cm
属性:混沌・中庸
性別:男性
イメージカラー:紅
特技:裁縫、楽器演奏
天敵:運要素
ステータス
筋力EX 耐久C 敏捷E 魔力B 幸運E

異なる世界のソードアート・オンラインに参加している銀髪の老人。 『無限槍』のユニークスキルを持ち、凄まじい火力を有するアタッカー。
何やら異常フィールドについて識っている様子だが……

攻撃スキル
・投擲:B
二対の短剣を弧を描く様に投げつける。 (特殊効果:クリティカルヒット固定)

本気狩る(マジカル)バリツ:C
目の前の敵にアイアンクローを決めた後蹴り飛ばす。 (特殊効果:人型特攻)

・無限槍:A
突き出した左掌から紅い杭を打ち出す。 (特殊効果:自身のHPが一割減少)

血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)
打ち上げた幾本もの杭を空中で合成、巨大な一本の呪槍で敵を頭上から串刺しにする。 (特殊効果:自身のHPが九割減少)

補助スキル
・カリスマ(偽):D
味方全員の攻撃力上昇。

戦闘続行(バトルヒーリング):B
一定時間、自身にHP回復状態を付与。



☆4:『解体聖母』ジャック
身長:164cm
属性:混沌・中庸
性別:女性
イメージカラー:銀
特技:解体
天敵:ジャ()ンヌ
ステータス
筋力C 耐久C 敏捷A+ 魔力D 幸運B

ヴラドと行動を共にしていた女性。 ソードアート・オンラインには参加していないようだが、その割には仮装空間への高い適性を持つ。

攻撃スキル
・投擲:A+
三対のナイフを弧を描く様に投げつけ、続けて六本のナイフを一直線に跳ばす。 (特殊効果:クリティカルヒット固定)

・気配遮断:A
気配を消しながら突進、すれ違い様に切り裂く。 (特殊効果:スキル発動中は敵の攻撃を自動回避)

解体聖母(マリア・ザ・リッパー)
相手に接近し、敵の器官を破壊しつつ体外に弾き出す。

補助スキル
・医療技術:C
味方のHPを大幅回復



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21話 雪原の歌姫、邂逅す

 

 

 

 

 

――ソロプレイヤーから、晴れて栄えあるKoB(エリート集団)に所属する羽目になって早一週間。

面倒臭いのにちょくちょく絡まれる事はあれど、まあレベルとしてはギルドトップクラス程度にはあるから難なくあしらえるし、元々最前線で活動していたのもあって、あまりソロ時代と行動スケジュールは変わらなかった。

バタバタした事と言えば、支給された装備が貧弱過ぎて、ソロだった頃のコートの染め直しを依頼したら馬鹿みたいな値段を吹っ掛けられたことと、――

 

 

 

 

 

 

 

……KoB本部で侵入者騒ぎがあったくらいか。 まあこれに関しては犯人も目的も知ってるし、寧ろ見失うように誘導したからオレも共犯だけど。

ていうか、『キリト君から知らない女の匂いがする』って怖ぇよ。 副団長の嗅覚どうなってるんだよ。

結果的には捜索の名目で本部の扉が開け放たれたから悠々と奥まで見れたから良かったけど、もうあんなダンボール無し縛りのリアルメタ○ギアは御免だ。

 

 

閑話休題(終わった話は置いておいて)

 

 

そんなこんなで、今日はKoBに所属するようになってからの初めての休日だ。 ゲームの中で休日とはこれいかにという気がしなくもないが、事実だから仕方がない。 結局何が言いたいかというと、今日一日はKoB団員として動く必要が無いという訳であり、つまり――

 

 

 

 

 

 

「――っと、ごめん。 待たせたか?」

 

「ううん。 私も今来たところ」

 

 

 

 

 

――他のギルドと活動しても問題無いという事だ。

 

集合場所は『月夜の黒猫団(彼ら)』のギルドホームがある第十一層『タフト』。

オレの所属こそソロだったけど、あのクリスマスの一件以来、大体月に3、4回くらいのペースで昔みたいに皆でダンジョンに潜ったり、Mobの出現率の低いフィールドを散策するようになっていた。

……時々劇物(毒鳥)その他が居る事もあって、若干ロシアンルーレット染みた所はあるけど、まあそこには目を瞑ろう。 オレとケイタの胃SAN値が削れるだけの話だし。

 

逆に目を瞑れないのは………

 

 

「……ところで、ケイタたちは?」

 

「え? えっと、今日も忙しいみたいなの」

 

「そうか……」

 

 

いつからか、サチを除く残りのメンバー全員が揃って参加しない事がちょくちょく起こり始めた事か。

 

……オレ、また何かやらかしたのだろうか? サチはこうして毎回会いに来てくれるから違うと信じたいけど…… 一緒にいる時のあいつらを見る限り、特に不快と思ってる様子は無さそうだし……

 

 

………ダメだ。 考えてもこれと言った理由が思いつかない。

一先ず、サチとのデート(と思いたい)を楽しむとしようか。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――第十一層 『タフト』

 

 

 

――懐かしい感じがする。

 

全く違う環境。 全く違う目標。 全く違う自分。

思い返す当時とは同じ所を見つけ出す方が難しい状況だというのに、これ(・・)をしている間は、その『昔』の感覚が有り有りと蘇ってくる。

 

 

……強いて、その感覚にノイズが混じる点を上げるとするならば、

 

 

「よしいけサチ! そのまま押すんだ!」

 

「そのまま、そのままいけば……

っ! あ“〜〜もう! 焦れったい!」

 

「おもがえが、ふぉへはぼっががへ!!」

 

 

ピトフーイの毒(団長曰く『愉悦部』)に侵食されでもしたのか、嬉々とした様子の三人と、+αの蓑虫(ケイタ)の存在だろう。

 

 

本当に、どうしてこうなった。

 

 

もう何度目か分からない無心に浸りながら、回想―― は、必要ないな。 単にピトがサチの想いを黒猫団にバラした結果がこれだし。 団長への疑惑が無ければ本人がこの場で笑い転げていただろう。 それでも観察を他人に任せている辺りはSAO解決を優先している、のだろうか?

 

………いや、ないな。 恐らく団長の運の無さを愉悦しに行っただけだろう。

もういいや。 観察に徹しよう。 隣でテツオがカンペとか取り出し始めたことだし。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「――ふぇ?!」

 

「? どうしたんだ、サチ?」

 

軒下で雑談していると、サチが急に一点を凝視したままテンパった声を出した。

そっちの方を注視しても誰も居ない様だし…… 念の為に索敵スキルを使うべきか?

ストレージを開こうと指を滑らせ――

 

「き、キリト! こ、こここれから二十二層に遊びに行かない?!」

 

「……二十二層?」

 

――ようとした所で、その指を止める。

二十二層か…… 確かあの層は迷宮区以外にMobは出現率が低いから安全だし、フラワーガーデン程じゃないけど景色が綺麗な場所だ。 ちょうど変わった噂も流行ってるし、いいかもな。

 

「よし! それじゃあ行こうか」

 

「うん!

……それにしても、何で二十二層……?」

 

それにしてもちょっと意外だな。 サチってホラーモノ大丈夫なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、第二十二層。

太陽は真上にあるのに、それでも尚薄暗い針葉樹の森。

足元にある草を踏む僅かな音だけがするなか、左腕の感覚から必死に意識を遠ざけながら震えている少女に声をかける。

 

「あのー、サチさん? そのー」

 

「………」

 

ギューっと左腕に抱きつき、そのまま震えている少女。

てっきり例の噂――二十二層に現れるという白衣の幽霊の噂を知ってる上での提案だと思っていたら、まさかのこの反応だし。

うーん、ここはどうするべきなのだろうか?

引き返すのが正解な気がするが、サチにその事を伝えると「わ、私は大丈夫だから」と返ってきたし…… 一応索敵スキルをフル稼働、武器も顕現させた状態でキープしてあるから、ボス級のMobでも出現しない限りは対応出来ると思うけど………

 

やっぱり引き返さないか?

 

再度そう提案しようと、視覚だけサチの方に向けて――

 

 

「……き、ききききキリト、あああああれあれ」

 

「? ……嘘だろ、おい」

 

 

サチの視線を辿ると、木の影に白いワンピースを着た少女が。

スゥと血の気が引く気がするが、何処かの誰かのお陰で付いたホラー耐性を振り絞り、正体を確かめるべく意を決して一歩踏み出し、

 

 

――トサリ

 

 

「………へ?」

 

 

その少女が、突然倒れた。

倒れる幽霊の話なんて聞いた事ないし……

 

――まさか、人?

 

慌てて駆け寄って起こす。

歳は十くらいか、気絶していて目を覚ます気配は無い。 一応確認しても、透けたりすり抜けたりする様子も無い。

ということは、幽霊の可能性は多分無い。

 

「だ、大丈夫?!」

 

「大丈夫そうだ。 けど……」

 

ただ、プレイヤーにしてはおかしい点がある。

このアインクラッドにおいて、人であればプレイヤー、NPC、敵Mobを問わず必ず存在する筈のカーソルが見当たらないのだ。

それに状況も変だ。 この少女があの噂の正体だとすれば、少なくとも数週間はこの層を彷徨っている事になる。 幾らMob出現率が低いとはいえここは圏外。 こんな小さな子供が、見るからに防御力皆無な装備で、それも一人で歩き回るには危険過ぎる。

かと言ってNPCだと仮定すると、こうやって触れられる事自体が異常だ。

 

………バグでカーソルが消えた、のだろうか。

 

 

「兎に角、移動しよう。 第一層に年少プレイヤーを保護してる教会があるんだ。 もしかしたらそこなら、」

 

「誰か、この子を知ってる人がいるかもしれないね。 急ごう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――第一層 『始まりの街』

 

 

筋力値の関係で俺が少女を抱えて転移門を出ると、そこそこ活気付いている街の光景が眼に映る。

この街に居を置いているプレイヤー数は約二千人弱。 居住区も広く最下層故にあらゆる物価も安く、オマケにここはディアベルが所属する『MTD』のギルド本部があるだけでなく、『DK(某ブッ壊れギルド)』のメンバーが頻繁に目撃されオレンジ連中は近付きもしないのもあって、ここは余裕の無いプレイヤーやギルドにとっては文字通りの『安全圏』だ。 攻略や戦闘には一切関係しない流行の殆どはここで発生する。 一時期流行った、両手を横に真っ直ぐ上げて「そーなのかー」と言う一発ネタもここ(第一層)で発生したらしいし。

 

「それで、その教会ってどの辺?」

 

「えっと、確か――」

 

季節(十月)に相応しく薄っすらと肌寒い風が吹く中五分十分ほど足を運ぶと、ちょくちょくザザと来る教会に着いた。

いつも通りに扉をノックすると、やはりと言うべきか、扉が開いて眼鏡の女性の顔が見えた。

 

「あぁ、キリトさんでしたか。 お久しぶりです。

今日のご用件は……」

 

俺の隣にいるのがザザではなくサチだからか、少し困惑した表情で尋ねてくる。

 

「二十二層で迷子を見つけたんです。 ただ、バグなのか少し様子がおかしくて」

 

「二十二層で、ですか?」

 

サーシャさんもその異常さに気がついたのか、「一先ず、中へどうぞ」と教会の扉を大きく開いた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――キリトがサーシャって人と話し込み始めてから暫くの間。 目が覚めた時に寂しくないように、クッションが敷かれた長椅子で眠り続けている女の子の側に座る。

時々ここに住んでいる子供たちが訪ねてきてくれるから、この女の子を知らない? と聞いてみても、返ってくるのは「見たことない」という返事だけ。

 

 

「はぁ……」

 

小さな寝息を立てている女の子。 その様子は、少し目を離しただけで消えそうな程儚くて。

 

……考えてみれば、この子は長い間、たった一人で薄暗い森を彷徨っていたんだよね。

一人ぼっちの寒さ、怖さ、寂しさは知ってるけど……この子は多分、もっと辛い目に遭ってきた。

 

「……もう大丈夫だから。 あなたはもう、一人じゃない」

 

私よりも細い、華奢な手を優しく握る。

柔らかくて、ほんの少しひんやりしている手を包んで――私の手が、本当に小さな力で握り返される。

 

「――え?」

 

思わず女の子の顔を覗き込むと、睫毛が微かに震えて、瞼がゆっくりと持ち上がり、黒い瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。

 

「き、キリト! キリト!! 目を覚ましたよ!」

 

慌ててキリトを呼ぶと、すぐさま飛んでくる。

取り敢えず背中を支えながら上半身を起こしてあげる。

 

「え、えっと…… 自分がどうなったか、分かる?」

 

どこか寝惚けているような視線で私を見上げていた女の子は、少ししてからゆっくり首を振った。

 

「っ…… じ、自分の名前は分かる?」

 

「なま……え……? わたし……の……なまえ……

 

………ゆ……い。 ゆい」

 

辿々しい、切れ切れの音が口から溢れる。

 

「ゆい………ユイちゃんか。 私はサチ。 この人はキリト」

 

「さ……ぃ。 き……ぃと」

 

……女の子の外見年齢は八、九歳くらい。 デスゲームが始まってからの時間を考えたら、多分十歳は超えている。

嫌な予感を感じながら、震える声で、決定的な質問をする。

 

「……ユイちゃん。 なんで、二十二層にいたの? お父さんか、お母さんは?」

 

暫くの間を空けて返って来た応えは――

 

 

 

 

「……わかん、ない。 なんにも………わかんない………」

 

 

 

 

――あまりにも、絶望的な答えだった。

 

 

 

 

 

 









次回予告

諸君、久しいな。 此度は出番の無かったヴラドである。
では早速次回予告に進もうと思うが……その前に二つ、報せがある。
一つは作者が携帯の機種変更をした故、僅かながら幾つかの記号がこれまでの物とは異なっている点だ。
そしてもう一つは、本当に今更の話なのだが、遂にソーシャル版FGOに手を出したことだ。 始めてまだ一週間しか経っていないこともあり、只でさえ遅い筆が更に悲惨な事となっているが……すまぬ、赦せ。

さて、白ける話は此処までとしよう。 次回予告である。


――キリトとサチが第二十二層で出逢った、記憶を失った少女『ユイ』。
果たして彼女は一体何なのか。

次回、『朝露の少女、笑顔を識る』





………話は変わるが、最近毒鳥が矢鱈と絡んできて地味に胃と頭が辛いのだが。 うむ、今日も余の幸運値は絶不調だ。
だから人が間食にと持って来た甘味を掠め取るのは辞めぬかピトフーイッ!?




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22話 黒衣の騎士、降臨す

 

 

 

 

 

――サーシャさんに淹れて貰ったカップを少しずつ啜るユイ。 その様子を視界の端に入れながら、離れたところでサチと今後について話し合うことにした。

 

「……ねぇ、キリト。 あの反応ってやっぱり……」

 

「記憶は、無いんだろうな。 それより、あの様子だと………精神にも」

 

「………こんなのって無いよ。 あんまりだよ……」

 

俯いたサチの眦が、薄っすらと光る。

……ハッキリ言って、状況はかなり悪い。

サーシャさんに訊いてみたところ、あの子の顔も『ユイ』という名前も聞き覚えがないらしい。 かと言って、この世界は、あんな小さな子供が一人で二年弱も生きていけるような優しい場所では無い。 誰かしらが面倒を見ていたはずだ。

つまり、あの子の親なり保護者なりが居たということで、それでいて、ユイが一人で彷徨っていたという事は――

 

 

――ユイの保護者は、既に死亡している可能性が高い。

 

 

「取り敢えず、ユイの記憶を直接引き出すのは後にしよう。 子連れのプレイヤーなら、きっと噂になってる。 直ぐに見つかるよ」

 

「……うん。 そう、だね」

 

一先ずの方針を固めてから、ユイが座っている長椅子の隣に座る。

 

「やあ、ユイちゃん。 ……ユイって、呼んでいいか?」

 

カップから顔を上げたユイが、こくりと頷く。

 

「そうか。 じゃあユイもオレのことを、キリトって呼んでくれ」

 

「き………と……?」

 

「キリト、だよ。 キ・リ・ト」

 

「……きいと」

 

舌足らずな口で頑張ったのだろう。 少し吃りながらも、近い発音が出る。

 

「ちょっと難しかったな。 何でも、言いやすい呼び方でいいよ」

 

そう言うと、ユイは目を瞑って深く考え込んだ。

見守っているこっちが不安になり始める程の時間が経った頃、漸く瞼を上げたユイは、俺の顔を見上げ、おそるおそる、口を開いた。

 

「………パパ。

さぃは………ママ」

 

「「っ!?」」

 

想像の斜め上どころか真上にカチ上げた呼び方に、思わずサチの方をチラ見する。

あっちもパニクっているのか、顔を真っ赤にしてキョドッていた。

 

「わわわ、私が、ママで、き、キリトが、ぱ、ぱぱぱ―――ふひゅぅ……」

 

デコ辺りから湯気を出しながらくたっと崩れ落ちるサチ。

 

……もしかして――

 

 

思わず幸せな妄想が浮かんでしまい、我ながらナイナイと頭を振って、ユイに向き直る。

ユイは、なぜ急にサチがダウンしたのか分からず、首を傾げていた。

 

「ママ………?」

 

「あーその、その呼び方は――」

 

「パパ………?」

 

不安そうな目で見上げられ、強烈な罪悪感が湧き上がる。

この子がオレたちを本当の両親と勘違いしているのか、或いは、もう居なくなってしまった両親を求めているのか――

どんな理由にせよ、この子を拒絶することは出来ない。 しかし万が一ピト辺りに知られれば、胃に穴が開く程度なんて可愛らしいと思える程弄られるのは確定どころか、話にわざとヒレどころかエラまで付けた状態で攻略組中に広まるよう仕組む恐れすらある。

自分よりテンパっている人を見た影響か、不思議と落ち着いている頭でウンウン悩み――

 

 

「………パパ…………?」

 

「――うん、そうだな。 もう大丈夫だからな、ユイ」

 

その程度、一層攻略直後の『ドラキュラ』より『ビーター』の異名の方が流行っていた頃に比べればマシか。

オレの返事を聞いたユイが初めて浮かべた笑顔を見て、その判断が間違っていないのを実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――サチをどうにか起こした後、道中で買ったピーナッツサンド(調理者匿名:小竜公)を三人で齧りながら過ごすこと数分。

身支度を整えてきたサーシャさんが、情報屋に捜索依頼を出すという事で、ユイに幾つか質問をし始めてすぐ。

突然教会前が騒がしくなり――金属音と、破壊不能を示すシステムタグの発生と共に鳴る、甲高い音が響く。

第一層主住区じゃあまず聞かないような音に慌てて出て見れば、白いフルプレート姿の集団が、銀色のポニーテールが特徴の女性と、見覚えのある連中(月夜の黒猫団)に向けてランスを構えていた。

 

な、なんであいつらが此処にいるんだよ?!

 

忙しいとかでここ最近見かけなかったメンバーがいる事に驚きながらも、一先ず援護しようとフルプレート集団の中でも一番装備のランクが高そうな奴をソニックリープで吹き飛ばす。

衝突音が鳴り止まない中で一際デカイ音が発生した事で注目を集めたのか、集団の視線がオレに集中する。

先ずは状況確認。 そう思って口を開きかけて、

 

「……く、『黒の剣士』だ!? 退け、退けー!」

 

突進(チャージ)直前の鎧集団が、大慌てで逃げ出した。 逃げる事そのものに手慣れているのか、咄嗟に追いかけようとしても散り散りになって裏路地に逃げ込んだ挙句転移結晶の作動音すら聞こえてきたし。

 

「……………」

 

一度に色々起きて、とりあえず剣は仕舞っておくか、と少し的外れな事を考えながら振り返った。

……これって、絶対面倒ごとだよなぁ………

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「――つまり、どういう事だってばよ」

 

テツオ曰く――

第一層に来ていた黒猫団男性陣&エムは、偶々あのフルプレート集団が例の女性プレイヤー……プレイヤーネーム『ユリエール』を追いかけている所に出くわしたとの事。

強引に割り込むも、何故か連中は一度逃走。 エムがそいつらを追い掛けに離れて直ぐに再度襲撃され、慌てて応戦。

何故か回廊に押し込まれそうになったり、転移結晶のワープに巻き込まれそうになったりしながらも、何とか教会まで逃げてきたところだったという。

 

うーん、相変わらず訳が分からない。

そんな感想は、サーシャさんに他のDKメンバーの行方を聞いているユリエールの話を聞いて、ある程度は把握出来た。

 

 

 

 

 

――『MTD』。 アインクラッド解放軍の前身のギルドにして、軍解散後に当時のツートップが所属した状態で復活した治安維持ギルド。

そのツートップであるディアベルとシンカーが、ポータルPKに引っかかったとの事。

犯人は、元アインクラッド解放軍のメンバー。 抵抗したものの、相手は最底辺ながらも攻略組程度の実力はあったらしく、彼女一人が逃げ出すのがやっとだった。

以来、ずっと逃げ続けていたらしい。

 

「……彼らは事が明るみに出るのが嫌なのか、執拗に私を追いかけて来て……幸い、フレンド欄でシンカーたちの無事は確認出来るのですが、生命の碑すら確認出来ないほどで……」

 

その後は、さっき見た通り。 見つかって襲撃された所でケイタたちが現れた、か。

 

「あの、無茶を承知でお願いします。 助けて下さい! 私では、シンカーたちが何処に転移させられたかすら分からなくて…… お願いします!」

 

涙目で頭を下げ、そう言うユリエール。

力を貸してあげたい。 それがオレの本音だ。 だが――

 

「確かに、助けたいとは思う。 けど、」

 

「……はい。 それは、分かっています」

 

助けを求めるフリをして誘き出し、襲撃する。 とても簡単で、――それでいて、強力な罠。 このデスゲームに於いて、その可能性は決して無視出来ない。

オレンジと見れば即見敵必勝(サーチ&デストロイ)なあのDKですら、事前の裏取りは徹底しているという。 それだけ感情で動くのは危険なのだ。

 

けれど、もしも本当の事だとしたら。

高い結晶アイテムを湯水の様に使う財力に、妙に圏内での襲撃・逃走に慣れている連中だ。 被害が拡大する可能性もある。

それに、ポータルで飛ばされた二人も心配だ。

……一応最低限の裏取りとして、こっそりディアベルに連絡を試してみたが、届かなかったの(エラー表示)を見るにダンジョンに居るのは確定。

 

ならば助けに行くと言いたいけれど、その判断を躊躇わせるのは、ディアベルたちが飛ばされた先が不明という事だ。

 

事態は一刻を争う。 けれど、この世界での経験が警鐘を鳴らしている。

 

 

その時、サンドイッチを静かに頬張っていたユイが、小さく喉を鳴らしてから言った。

 

「だいじょうぶ、だよ、パパ。 その人、うそついてないよ」

 

 

 

 

 

 

 

――恥ずかしながら、この瞬間の詳細はあやふやだ。 気が付いたら、何故かケイタが三人がかりで絞め落とされて、サチがまた気絶していた。

急変して即沈静化された状況に呆気に取られつつも、サチが抱き抱えていたユイを見つめながら「判るのか?」と聞くと、ユイは頷いた。

 

「……そうか。

よし。 ユリエールさん、手伝わせてください。 全力を尽くします」

 

その返事を聞いたユリエールさんは、涙目になりながら、頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――さて。 とは言ったものの、ディアベルたちの送られた先も犯人の居場所も不明だ。

前にDKとの取引でオレンジギルド狩りに付き合った事はあれど、その時は殆ど相手の情報は揃っていた。

唯一の例外と言えば――

 

「……囮作戦」

 

「? キリト、何を――」

 

手元にあるマップを総て広げ、ふと十九層にある子丘が目につく。

こう言っては何だけれど、今とあの時(PoH討伐戦)は状況が似ている。

『誰が』『誰を』狙っているのかが明白。

でも……

 

「……ユリエールさん、」

 

思い付いた提案を言い掛けて、けれど危険性から辞めようとして。

その訂正は、

 

「――いえ。 私も同じ事を思いつきました。

私が、囮になります。 彼らは必ず、私を襲うでしょうから」

 

決意の篭った空色の瞳に遮られた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――第三十四層主住区 裏路地

 

 

――中世ヨーロッパ調の石畳の路地を、金属で補強されたヒールの靴が踏み付け、駆ける。

追い縋るは、無骨な金属ブーツの集団。 怪しまれない様にか、その手に武器は無く。 側から見れば、場所によってはまあ稀に見られる、女性を追っ掛ける傍迷惑な男性プレイヤーと映るだろう。

ただしこの世界では武器が無かろうと圏内では『ブロック』や『ボックス』が可能な分、寧ろ武器を持たない悪意の相手の方が危険な事がある。

 

事実、入り組んだ裏路地を疾走する華奢な足は、人という垣に阻まれて立ち止まる事を強制された。

慌ててUターンしようにも、そこにも既に人が。

 

代表するかの様に、一際体格の大きい男が一歩踏み出す。

 

「やーっと追い付いたぜ、副団長副官サマよぉ。 教会でビーターと合流された時は肝が冷えたが……」

 

そこで自分たちが何処に居るのか思い出したのか、声を一段小さくして続ける。

 

「――普段表に出ないアンタが泣き付いた所で、信用が足りなかったって感じだな」

 

「くっ!」

 

女性が左腰の鞭をホルダーから外して構える。

しかし男たちの余裕は消えない。 不破壊オブジェクトを力付くで動かすには、鞭はあまりにも非力なのだから。

 

「なに、心配しなさんな。 ちゃんとアンタのシンカーの元に放り込んでやるよ。

ま、出迎えるのは男じゃなくて――」

 

 

――ただし。

彼らを動かしたモノは、一切の力を振るわなかったが。

 

 

屋根の上。 紅い夕暮れ時(トワイライトゾーン)の空にくっきりと浮かび上がるは、夜の闇よりなお暗い影。

それでいて満月の様に輝く銀髪。

顔こそ見えないけれど、そこに居るのは、彼らの様な日陰者が何よりも畏れる『夜の王(ノスフェラトゥ)』の姿。

 

まずその姿を目撃した男が硬直し、次にその様子を怪訝に思った集団が空を見上げ、思考が停止する。

その空白に浮かんだのは、見張り役への恨みか、大金を支払った後ろ暗い商品専門の情報屋への怒りか。

ただ一つ断言出来るのは、

 

 

 

――虎穴に入ったらそこはヒュドラの群れの巣穴だったという事実(絶望)である。

 

 

「……………て、撤退!! 撤退ぃーーッ!!」

 

「ど、どけ! 邪魔なんだよ!」

 

「ちょ、お前転移結晶蹴るな!?」

 

当然パニックが起き、統率が乱れる。

彼らが悪用していた犯罪防止コードが逆に彼らに牙を剥き、結果として互いに突き飛ばしあい、混乱が更に深まる。

 

けれど、その無秩序は長くは続かず。

 

不運(・・)にも外側に弾き飛ばされた男が再度宙を舞う轟音と、「動くな!ドラクル騎士団だ!」との怒声で幕を閉じた。

 

 

 









次回予告 (CV:大◯保◯美)

ハーイ! 第三話でフラグが立って七ヶ月。 やっと出演が決まった――

………え? まだ名前は言っちゃダメ? なんでよ!? 折角のアタシのアイドルデビューチャンスを邪魔する気!? だったら貴女でも容赦しないわよ!
違う? じゃあ何よ?
……………今一番流行りはお淑やか系? 元気っ子は下火なぅ?! うー………

(10分後)

――し、しょうがないわね。 ほら、原稿寄越しなさい。 お淑やかにやればいいんでしょ、お淑やかに! 少しなら付き合ってあげるわよ!
えぇふん!



無事情報を引き出すことに成功した一行。 指し示された先は、未踏の地下ダンジョン!
けれど、当然万事上手くいく筈も無く。
『死』が、彼らの前に立ち塞がる。

次回、(今度こそ)『朝露の少女、笑顔を識る』





ところでジル。 貴女、なんでさっきアタシが悩んでる時にアタシの写真撮ったのよ?

………? かりすまがーど? なによそれ?






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23話 朝露の少女、笑顔を識る

 

 

 

 

 

――第三十四層 DK本部

 

 

 

――少しばかり高かったアイテムを放り込んでからウィンドウを閉じ、疲れ切った顔にジト目でオレを睨んでいるノーチラスに向き合う。

 

「よくまぁ………よくもまぁ、こんな作戦を思いついたな。 しかも事後報告とか……」

 

口から溜息混じりに零れ出るのは称賛か文句か。 間違いなく後者だろうな。

 

「別に良いだろ、上手く行ったんだから」

 

「だからってな――」

 

ビシッとオレを指差し、若干の悲鳴混じりに叫ぶ。

 

 

ウチのギルマスに化ける(・・・・・・・・・・・)必要は無いだろ?!」

 

 

――あの犯人たちの一糸乱れぬ統率。

捕まえるのに一番厄介なそれを失わせる為の一手は、何よりインパクトのある手段が欲しかった。

しかし最適解(ヴラド)はと言えば、またダンジョンで迷子になっているのか作戦前にメッセを送っても無反応だった。

という事で次点の策として、ヴラドに化けた誰かを登場させることにした。

背丈の違いや体格差は、相手から距離を取ったり厚底靴とかで誤魔化せるし、髪は専用アイテムを使えば幾らでも弄れる。

服装も、以前オレがタイタンズハンドの一件で貰ったコート――ヴラドが元々自分用(・・・・・)に作ったコートがある。

あと必要だったのは、連中の索敵スキルで看破されないレベルの隠蔽スキル。

そういう訳で、一番隠蔽スキルの熟練度が高かったオレがヴラド役を請け負った。

 

ここまで来れば後は簡単。 連中がビビっている隙に、待機していた他のメンツで抑えるだけで片付いた。

 

「しかし、まさか顔見せるだけであそこまでビビるとはなぁ」

 

「まぁ『数こそパワー!』を信条にしてる奴からしてみれば、単騎で攻略組最強のウチのギルマスとか一番のヘイト対象だからねぇ」

 

HA☆HA☆HAと笑う毒鳥。 今日も愉悦部は絶好調だな、悲報だ。

――って、オイ。 何でお前が此処にいるんだよ? 今日はアイツ(ヴラド)と最前線に潜ってるんじゃなかったのかよ。

 

そう念を込めて睨んでやれば、『その話は後で』とでも言いたいのか手で制される。

 

「さて! 彼女持ちノーチラスクンが寝取り趣味に目覚め(私を呼び出し)た結果、ここに戻ってきた私なんだけど――」

 

コイツの毒吐きはスルー。 付き合いの長いオレたちは冗談だと分かっているので、初見のユリエールさん以外誰も動じない。

つかノーチラスからピトへの連絡が通じたって事は、迷子は脱したんだな。

 

「ぅぅ、最近反応が薄くてつまんない。

……アイツらとテキトーにお話したら、あっさり回廊の転送先をゲロったわよ」

 

「早っ」

 

さっき捕らえる事に成功した、あの元軍のプレイヤー。

とは言え、幾ら天下のDKと云えど他人のアイテムの強奪は出来ないし、ギルドホームに結晶無効化エリアも無い。

つまり、逃げられる前に連中からあれこれ聞き出す必要があったのだ。

……そういう意味でも、ピトが直ぐに戻って来たのはありがたいな。

 

脱出手段を持つ相手とどうお話(意味深)したのかは気になるが、触らぬ何とやらに祟りなし。 手早く本題に入ろう。

 

「そ、それで、シンカーは何処に?」

 

「第一層、『はじまりの街』」

 

「………え?」

 

「正確に言えば、はじまりの街中心部、黒鉄宮に入口がある地下ダンジョン。 て言ってもβ版には無かったから、多分上層クリアで解放される隠しダンジョンだね」

 

「マジかよ」

 

思わず呻いてしまう。

隠しダンジョン、しかも未踏破と来た。 そんな所を独占どころか秘匿してたとなると、相当儲かった事だろう。

後から知った事だが、今回の犯人はこの間七十四層でボスに特攻した一団とその上官だった。 仮にも最前線攻略ギルドに入れる程度の経験値と装備の出処が分かったと、ピトがエゲツない笑みを浮かべていた。 南無。

 

 

閑話休題(それはともかく)

 

 

「て事は、迷宮攻略か。 時間掛かりそうだな」

 

「実質一本道で難易度は六十層程度らしいから、今此処にいる面子だけで二人の救出“だけは”何とかなりそうだね」

 

「……あの、すいません。 救出だけは、というのは――」

 

妙な所を強調したピトフーイ。

その部分をユリエールに突かれ、僅かに微妙な顔をする。

 

「いや、アイツらの話を聞く限りなんだけどサ。 最深部にいるボスについて、なーんか隠してるっぽいのよね」

 

「ボス?」

 

「そ。 話を聞く限り、ボスも六十層相当らしいんだけど………

だとしたら、ポータルPKとしては弱くない? 非戦闘プレイヤーとかならともかく、仮にも武装した元攻略組や昔DKと関わったギルドのメンバーを、しかも集団で送ろうとした先の割には死地って程キツそうには思えないし、救出隊が送られれば六十層程度なら一日で制圧出来るっしょ」

 

「……確かに。 言われてみればそうだな」

 

「かと言って、ダンジョンのレベルそのものがもっと上なら、そもそもアイツらが回廊の出口を設定出来ない。

つまり、ボスだけ異様に強いダンジョンって可能性があるのよ。 流石にその相手はこの面子じゃ厳しそうだからね」

 

普段他人の胃とSAN値を苛め抜くか歌ってるかしかしていないピトらしからぬ推理に、黒猫団のメンバーからすら感嘆の声が出る。

 

「以上、説明終了! とゆーわけで、明日の早朝、生命の碑前で集合! 今日は解散!

あ、キリトは残ってねー」

 

無駄に綺麗な声で号令をかけ、帰宅を促す。

と言っても黒猫団とユリエールは大事を取ってDK本部に一泊することが決まっていて実際にDK本部を後にしたのはサーシャさんだけだったが。

 

 

 

 

 

 

 

「――で、何だよ話って」

 

黒猫団とノーチラス、ユナがユイに構っているのを傍目に、隣に来たピトに小声で話しかける。

チラッと顔を見れば、ここ最近妙に見覚えのあるレベルで真面目な表情で。

……そういえば、ユイについてはノーコメントだな。 ピトらしくない。

 

「……さっきは敢えて言わなかったけどさ。

ダンジョンの話、違和感ない?」

 

「違和感?

……いや、特には」

 

「『一本道のマップ』、『最下層に隠されたダンジョン』、でもって、『ダンジョンのレベル不相応なボス』。 これだけ並べても?」

 

「?」

 

本気で分からず首を傾げる。

 

数分程経っただろうか。 恐る恐るユイの頭を撫でたノーチラスにユナが爆弾発言をして軽く阿鼻叫喚と化した所で、「根拠の無いカンもあるんだけどね、」と呟きが聞こえる。

 

「単なるダンジョンなら、シンカーは知らないけどディアベルなら完全ステルスなり何なりで勝手に脱出するでしょ。 ポータルPKとして確実性を高めるなら、誰だってボス部屋の中かトラップエリアに出口を設定する。 それなら直ぐに殺せる。

でも、ディアベルたちはまだ生きてる。 それでいて脱出しているような兆しは無い。 つまり、ボス部屋、或いはトラップエリアのさらに奥に安全エリアがある可能性がある、けど……

――ボス部屋奥の安全エリアって何よ? 隠しアイテム入り宝箱っていうんならまだしも、アイツらの装備にも市場にも、そんなブッ壊れ級の代物は流れてない。 単にボスかトラップが強過ぎて取り損ねてるなら、やっぱり急にそんな所に放り込まれたディアベルたちが無事な説明がつかない」

 

「……何が言いたいんだよ。 キャラじゃないぞ」

 

ピトらしからぬシリアスな空気に耐えきれず指摘すると、

 

「じゃあ私の勘を言うわね。

―――システムコンソール。 もしくはそれに準ずる何かがある」

 

「………………は? いやいやナイナイ。 何でそうなる?」

 

「ボス単騎だけ(・・・・)が強いダンジョン、しかも一本道だなんて、ユニークスキル持ちなら余裕(・・・・・・・・・・・・・)じゃない?

最下層でβ版には無かったダンジョン。 生命の碑に隠された場所にあって、しかも解放条件は不明。

仮に最深部に辿り着けたとしても、そこにあるのは権限を持たないプレイヤーが触ってもうんともすんとも言わないただのオブジェクト。

実は最初から解放されてて、GMがこっそり一人で行き来してました、なんて考えられない?」

 

「……………考え過ぎだろ。 ここ最近茅場を探ってばっかりなんだからな」

 

GM候補――ヒースクリフとヴラドの実力を思い出し、ピトの勘を否定しながらも、その可能性を考える。 確かに彼らなら小さなダンジョンの一つや二つ、簡単に突破出来るだろう。 方向音痴も一本道なら関係無い。

 

「兎に角、その可能性がある以上、ヴラドにもKoBにも頼れない。 だから明日は期待しているわよ? 黒の剣士さん?」

 

毒を撒くだけ撒き、空気を切り替えてユイに突撃するピトフーイ。

変態軌道で突進する変態にユイが怖がり、サチの見事なカウンターで撃沈するのを眺めながらも、一抹の不安を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そして一夜明け。

第一層 はじまりの街

 

日が昇りきるかどうかと言う時間帯、黒鉄宮に入って直ぐの場所に、オレ、ピト、ノーチラス、ユリエール、そして月夜の黒猫団のフルメンバーとユイが集まった。

……ユイとサチは安全圏で待っていて欲しかったのだが、ユイは「一緒に行く」と言って聞かず、サチも「ユイちゃんが行くなら」と付いてきてしまった。 まあアインクラッドでも五本の指に入る実力者がオレ含めて二人いるなら、多分大丈夫だろう。

 

ついでにノーチラスのVR不適合だが、本人曰く『絶対にビビってはいけないドラクル騎士団二十四時 〜ガチモードヴラドによる決闘から暗殺まで〜』を一週間続けたら怖くなくなったそうだ。 ここまで名前と内容とのギャップが酷い企画はそう無いだろう。 因みにヴラドの隠密スキルは九百超えしているので、本気で暗殺者ムーブをし始めたらアルゴみたいに索敵スキルカンストでも無い限り手に負えないと断言出来る事をここに記しておく。

 

「……お前、苦労してるんだな」

 

「……本当にな。 今からでも所属を変えるか? 僕は前にKoBに居たから馴染みやすいだろうし」

 

「いやいいや。 オレの心臓に毛は生えてないんだ」

 

なんて取り留めもない雑談をしながら地下ダンジョンを進む。 敵? 蛙とか節足動物の群を見て目を輝かせたピトが奇声を上げながら粉砕し、ユイは無邪気に「おねえちゃんがんばれー」と応援し、さらにピトの狂化ランクが上がるの繰り返しだ。 無限ループ怖い。

つかピト、お前仮にも女性としてゲテモノ見てその反応はどうなんだ?

 

「最近エムを殺ってなくて溜まってんのよ!!」

 

そーなのかー。

 

 

 

 

 

 

 

――まあそんなこんな、一部ユイの教育に悪そうなシーンはあったもののサチのファインプレーで誤魔化しながら進む事一時間。

ダンジョンとしての難易度は本当に低く、あっさりとボス部屋前についてしまった。

 

「さてと。 情報通り、ここまで特に別れ道とかは無かったからこの先にいる事は間違いないわね。 キリト、準備は良い?」

 

「へーへー。 分かってるよ、出し惜しみはしないよ」

 

昨日の予測では、ここのボスはユニーク持ちがソロで勝てる程度の難易度だ。 過信は禁物だが、道中のMobのレベルを見る限り、予想より弱い事はあっても強い事は無いだろう。

そう思い、両手に剣を持つ。

 

 

 

 

 

――後から思えば、違和感を持つべきだった。

 

何故このダンジョンに飛ばされたディアベルたちが、こんな如何にもボス部屋な向こう側に行ったのか。

 

何故転移結晶を持ってるはずの彼らが、それで脱出しないのか。

 

 

深く考え過ぎていたオレたちは、そんな単純なことさえ見えていなかった――

 

 

 

 

 

 

 

――ピトが馬鹿高いSTRに任せて、不気味な光沢を放つ黒紫色の扉を蹴り開ける。

警戒しながらも部屋に踏み込むが………何もいない。

強いて変わった点を挙げれば、ダンジョンの途中から足元に薄く泥水(・・)が溢れていて、歩くとピチャピチャ音がするくらいだ。

 

「……何もいないな」

 

「んー、じゃああれはブラフだったのかな? こんな分かりやすいウソつくなんて、」

 

「思いっきり騙された奴が言うな」

 

念のため警戒を解かずにボス部屋を観察する。

と言っても、変わった点は足元の異変以外無く、ボス部屋の奥深く、五、六十メートル程の所に安全地帯か、光の洩れる場所があって、プレイヤーが二人見える。

 

「シンカー!」

 

遂に感極まったのか、ユリエールが駆け出す。 その呼び声が聞こえたのか、二人のプレイヤーが絶叫する。

 

「ユリエーールっ!!」

 

「今すぐに逃げるんだ、その通路は――」

 

 

 

 

 

 

次の瞬間――

 

 

索敵スキルが、背後からの敵襲に警報を鳴らした。

咄嗟に振り向けば、ボス部屋の扉が消滅(・・・・・・・・・)していて――

 

 

 

 

 

 

 

「――g@’f」

 

 

――『ソレ』が、サチたちに鉤爪を振り下ろそうとしていた。

 

「!? サチ、伏せろ!!」

 

「へっ?」

 

持てるステータスで出せる最大速で数メートルを詰め、鉤爪を全力で弾き飛ばそうとした。

しかし、鈍い金属音と共に弾かれたのは、オレだった。

 

グルグルと縦に回る視界。 たった一発、それも武器でガードしながら受けたというのに二割強削れるHP。 聞こえるサチの悲鳴。

 

背中から落ち、それでもなんとか手放さずに済んだ剣を杖に急いで立ち上がって見れば、――

 

 

 

 

 

 

――そこにいたのは、普段なら『出る作品間違えてませんか?』と冗談の一つでも言いたくなる程、生理的嫌悪感を催すバケモノだった。

 

辛うじて人型のシルエットを保ってはいるものの、テラテラ光る黒紫色の表皮を持ち、翼もある肩から生える腕は節足動物のそれで。

何よりも悍ましいのは、その顔。

――歯を剥き出しにした口が、九十度ズレた(・・・・・・)状態であった。

 

 

 

これまで確認されたアインクラッドの、どのMobとも似つかないモンスター。

しかもいつかのクリスマスボス同様、カーソルが黒ときた。

 

トドメに、敵の名前は―――『Bell・Lahmu fake』

 

そう――

 

「冠詞が付いてない……だと?! おまけにfake(ニセモノ)だ?! コイツ、これでも雑魚敵扱いなのかよ!?」

 

「みたいだねーあっはっは。 あキリトーちょいそれのうしろみてみー」

 

「なに言って……」

 

妙に力の抜けたピトの言葉通りに気色悪い哄笑を浮かべる敵の背後を見て見れば、

 

「……ピト」

 

「なーにー」

 

「………逃げていいか?」

 

「結晶無効化空間でにげられるならどーぞー」

 

全く同じ敵がプラス十体、意味不明な叫びを上げていた。 これはピトでも絶望したくなる。 誰か嘘だと言ってくれ。

 

無論相手は待ってくれず、襲い掛かってくる。

 

 

「iyg’y! ;zs$d(! b_r! bys@mb_r!」

 

「くっ!」

 

地面スレスレを飛びながら突進してくるのを、受け流すように防ぐ。

だというのに相手のふざけた力の所為か、またHPが目に見えて減っていく。

不幸中の幸いは、他の個体は今受け流した奴を指差してケタケタ嗤っているだけで、直ぐには攻撃してくる様子はないことくらいか。

 

 

「クソッ! オレが時間を稼ぐ、早く逃げろ!」

 

「逃げられるんならもうやってるっつーの!」

 

再度突っ込んでくる敵に大剣を叩きつけながら、ピトが叫ぶ。

 

「さっきも言ったけど、ここら一帯結晶無効化空間になってる! ディアベルたちの様子見る限り、多分安全地帯に連中が入れないだけであっちもそう! つまり――」

 

「コイツら全滅させないと、逃げる事も出来ないって事かよ!?」

 

容易くこちらの防御を貫く攻撃力に、さっきのピトの一撃でも五%程も減らない体力。そんなのが計十一体。

思わず変な笑いが込み上げる。

 

「……おいピト。 サチは?」

 

「もうみんな安全圏に逃がしたよ。 何人かは強引に放り込んだけど。 流石にこれの相手は死ぬでしょ」

 

「……お前は逃げないのかよ?」

 

「おや、イキリトクンは一人でクソゲーに散った英雄(バカ)として語られたいと。 そーかそーか、リアルに帰ったら一曲歌ってあげよう」

 

「なんだよその渾名。 つか死ぬの前提かよ――

――来るぞ!」

 

嗤いながら地面スレスレに突進する敵。

一先ず数を減らさない事には仕方がないと、揃ってカウンターでソードスキルを発動させ――

 

「g@v。 f@##t!」

 

「なっ!?」

 

「フ◯ッ◯ンこのエセテラフォーマーズ!」

 

 

――ソードスキルが当たる直前。

相手は翼を広げてブレーキをかけた(・・・・・・・・)

そのまま真っ直ぐ来るものだと思って発動したソードスキルは二人分揃って虚しく空を切り、発動後の硬直時間が課せられる。

 

当然、明らかに戦い慣れたAIを持つヤツがそんな隙を見逃してくれるハズもなく、鋭く尖った四肢で無茶苦茶に突いてくる。

 

またしても回る視界。 朦朧とした視界で自分のHPバーを確認すれば、無慈悲にも真っ赤に染まっていた(一割をきっていた)

それが意味するのはつまり、次の一撃は受けようが防ごうが、どうやっても死ぬということ。

 

 

「――キリト!!」

 

血相を変えたサチが走り寄って来るのと同時に、連中が「&+t@b_r! &+k&ma’!」と一斉に飛びかかってきた。

 

せめて、サチだけでも助けなければと、いつの間にか防御力デバフをかけられた身体を起こし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――だいじょうぶだよ、パパ、ママ」

 

この場に似つかわしくない、鈴を転がしたような声が聞こえる。

次に耳に届いたのは、昨日散々聞いた破壊不能オブジェクトのタグが発生する音。

 

慌てて目を向ければ、細い手足に長い黒髪。

ピトの手によって安全地帯にいる筈のユイが、十一体もの怪物の前に立っていた。

苛立ったような金切り声を上げる怪物の鉤爪は――一つたりとも、ユイを傷付けていない。

 

 

――【Immortal Object(不死存在)】。

圏内にいない限り、決してプレイヤーには付与される事のない、絶対防御。

 

 

全く予想していなかった事態にオレたちが唖然としていると、上下左右から突き続ける事で突破不可能だと判断したらしい怪物たちが揃って高笑いを始める事で自身にバフをかけていく。

 

そして、その内の一体が焼き消えた(・・・・・)

 

――轟音と共にユイの手元に発生した業火。

それは周囲の泥と、運の悪い一体の怪物を纏めて蒸発させながらも細長い形に纏まり、一振りの大剣へと姿を換えた。

 

同族が一瞬で溶けたからか、或いはそういう生態なのか、怪物たちは警戒しながらもけたけた笑い(・・・・・・)続け、中三体がさっきまでとは打って変わって猛然と襲い掛かる。

しかしその連携も、ユイが炎の剣を軽々と横に一閃する事で灰すら残さず消えていく。

三体同時に消えたことで逃げる事にしたのか、歪な形状の羽を広げて飛び立つ怪物たちだが、どうやら泥水の広がっていない所には進めないようで、天井スレスレを「zjoue! zjoue!」と叫びながら、狭い空間を人間より二回りも大きい怪物が七体も右往左往していた。

もうその姿に、さっきまでの恐ろしさは無く。

振り上げられた炎の切先が叩き込まれ、爆音を撒き散らしながらポリゴンの欠片へと散っていった。

 

 

「――ユイ……ちゃん……」

 

標的を焼却し尽くした炎の剣は、現れた時同様突然虚空に消える。

静けさを取り戻した洞窟で、サチの掠れた声が幼い少女に届く。

 

「パパ……ママ……

ぜんぶ、全部、思い出したよ――」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「――ふー。 ディアベルズは無事脱出。 まっさかあの泥が結晶無効化エリアを作ってたなんてねー」

 

ポーションを咥えながら、そう独言るピトフーイ。 その視線はオレたち同様、ユイの座る黒い立方体に向けられていた。

 

 

――全部、思い出した。 そう言ったユイは、躊躇いがちに、そして、丁寧な言葉で、彼女自身について語った。

 

――この世界。 『ソードアート・オンライン』と呼ばれるこのVRMMORPGは、二つのコアプログラムが互いにメンテナンスをしながら稼働する一つの巨大なシステム――『カーディナル』によって運営されている。

そのプログラムの何よりの特徴にしてコンセプトは、『人間によるメンテナンスの廃止』。あらゆるAI、アイテムバランスの制御・調整を始め、デバックすらシステム自身の手で直せるプログラム。

けれど、そんな『カーディナル』でも、ある一分野だけはカバーしきれなかった。

それは、プレイヤーのケア(・・・・・・・・)。 人間の精神性由来の問題だけは、同じ人間のスタッフが用意される、はずだった。

 

――しかしアーガスのスタッフたちは、悪く言えば傲慢で、良く言えば妥協しなかった。

彼らはプレイヤーのケアすらもシステム化すべく、カーディナルとは別のプログラムを書いた。

問題を抱えたプレイヤーを訪れ、話を聞く存在。 『メンタルヘルスカウンセリングプログラム(MHCP)』。 その試作一号、コードネーム『Yui』。

 

……それが、ユイの正体だという。

 

「プログラム……? AIだって言うのか……?」

 

信じられない。 確かにユイと一緒にいた時間は短いが、それでもユイの感情は、本物に思えた。

 

「わたしは、プレイヤーに違和感を与えないように、感情模倣機能が与えられています。

……偽物なんです。 全部………この涙も、全部……」

 

ユイの両目に涙が溜まる。

これが、偽の感情……

信じられない。

 

「ちょっと待って。 じゃあ記憶が無いって言ってたのは? あれもプログラム?」

 

「……話は、二年前。 正式サービスが始まった日に遡ります」

 

ピトフーイがずけずけと話を進める。

 

 

――二年前。 この世界が掛け値無しの地獄と化したあの日。 カーディナルはユイに対し、有り得ない命令を下した。

それは、『プレイヤーに対する一切の干渉禁止』。 本来なら混乱と絶望に陥ったプレイヤーの元へ赴く為に作られたというのに、その行動を禁止されたと言うのだ。

自身の存在意義、そしてそれに矛盾する命令。

唯々見守ることしか出来ない状況が続き、エラーを蓄積させていったユイは、遂に崩壊した。

 

「それでも、負担が軽い日もあったんです。

あるプレイヤーは、システムにすら拮抗する、『魂の在り方』としか言いようの無いものを持つ人で。 そのお陰で、短い時間。 システムに生じた僅かな不具合の合間を抜って、わたしは実体化出来たんです」

 

「それが、二十二層の、あの森だったのね……」

 

こくりと小さく頷くユイ。

 

「わたしは、カーディナルのバグが原因で漏れ出たプログラム。 コアシステムのセルフメンテナンスが始まるまでの間しか存在出来ないんです。

………その間にママたちに会えて、本当に良かった――」

 

そう言って精一杯の笑顔を浮かべるユイ。

その身体は、薄っすらと輝きを放ちながら透き通り始めていた。

 

「ユイちゃん!?」

 

「……ピトフーイさんがこの安全地帯に放り込んでくれた時、わたしは偶然この石――GM用の緊急コンソールに触れて、破損した機能を復元。 それと、『オブジェクトイレイサー』で守護モンスターを消去したんです。 その分、後回しにされていたわたしへの対応が早まりました。

……わたしは、直ぐにでも消去されてしまうでしょう」

 

「そ、そんな……そんなの……なんとか、ならないの……?」

 

ゆっくり、残酷に、ユイが首を横に振る。

 

「パパとママたちのそばだと、みんな笑顔でいました。 わたし、それがとっても嬉しくて……」

 

殆ど消えかけの、その手。

その手が、そっとサチの頬に触れる。

 

ほんの微かな声。 もう注視しないと判別出来ないほど薄くなってしまったユイの、最後の声が、微かに聞こえた。

 

 

 

 

 

―――ありがとう。

 

――――さようなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――ユイの消えてしまった空間。

サチのすすり泣く声だけが響くなか、唐突に何かを叩くような音が響く。

 

そちらを見れば、システムコンソールの表面を叩き、青白いホロキーボードを浮かび上がらせていた。

 

「け、ケイタ?」

 

「……オレには全然分からない。

なんか知ってるらしいそっちの事情も、なんで茅場のクソ野郎がこんなことを仕出かしたのかも、あの子(ユイ)を解放した誰かの事も、何も分からん。

―――だけどなあ。 それでも、あの子が消えたくなかったって言うことだけは分かる。 だったら、オレに出来ることをやるだけだ!

テツオ、ササマル、ダッカー! ボーっとしてないで手伝え!!」

 

テツオの怒鳴り声にハッとした三人が、いつの間に複数に増えたキーボードに飛び付く。

 

「お、おい! 出来るのか?!」

 

「元パソ研舐めんな!!! 一人しか心当たりの無いどっかの誰かさんに比べれば、この程度っ――」

 

息の揃った四人がかりが、高速でキーボードを叩く。

一つの画面に表示される膨大な文字列。

オレ一人ならずっと時間がかかっただろうその作業が、四倍どころではないスピードで進んでいく。

 

それに伴い、ユイの消えた空間に、再び、白いワンピース(・・・・・・・)が現れる。

次いで、黒い髪が。 細い手足が――

 

 

「――これで、終わりっ!!」

 

ケイタが最後のエンターキーを壊さんばかりの力で打ったのと、コンソールに浮かんでいたホログラムが消えたのは、同時だった。

カーディナルのシステム防御が働いたのか、コンソールから発生した衝撃で吹き飛ぶケイタたちが地面に叩きつけられて気絶する寸前に見たのは、

 

 

 

 

 

――「ママ! パパ!」

 

 

泣きながら笑う表情、それでもその雫の意味が全く違う少女だった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









次回予告――代わりの一発ネタ



sideクラディール


――この日、俺は思い知った。

「……………」

「あ、アスナさmヒィィィィィイ!?!?」

――本気でキレた女性が、どれだけ恐ろしいかを。



ただでさえこの数週間、彼女をあのビーターから俺に振り向かせようとあれこれ手を回したのは俺だが、こうなると分かっていれば殺してでも数週間前の俺を止めただろう。

崩壊の報せは、KoB内の被害者の会全員に送りつけられた一通のメッセージ。 送り主は、案の定『ド外道』ピトフーイ。
中身は、一枚の写真と短い一文。
たったそれだけで、七十五層ボス攻略会議場に恐慌をもたらした、その内容は――





――今日KoBを休んだビーターと、『雪原の歌姫』。 そして、何処となく歌姫に似た少女。
彼らが仲睦まじく過ごす写真。

一文は、『仕事人乙ww m9^o^プギャー』





――それから先は、地獄絵図だった。
アスナ様が写真を見つめたままフリーズし、黒い瘴気のようなものが溢れる。
不審に思った団長が尋ねると、アスナ様は殺気全開で、それでも声色だけはいつも通りに、写真をヒースクリフに見るよう促した。

結果、ヒースクリフは白目を剥いて気絶し、続いて何事かとウィンドウを開いたヴラドが写真を一瞥し、「あの戯け者」と呟いてからザザとエムを連れて脱兎の如く逃げ出した。

アスナ様がアレ(ビーター)に想いを寄せているのは被害者の会全員が知っていたので、内一人が恐る恐る「あ、アスナ、様……?」と声をかけると、


「――どうかしましたか? 会議の続きを始めましょう」

『『ハ、ハイッッ!!!』』


気絶していたヒースクリフですら飛び起きる程恐ろしい声で会議の続行を宣言した。

なお、碌に進まなかった会議の間中、アスナ様の背後に『ピトフーイボスコロス』と浮かんでいたのは見間違いだと思いたい。










「……ところでクラディール。 さっきサンザに聞いたのだけど、貴方最近色々と(・・・)頑張っているそうね?」

「」

あっ(察し


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閑話 四月二十七日(It is sunny today)

 

 

 

 

 

1.決戦前日

 

 

――第三十四層 DK本部

 

 

「――ちょっと待ってくれ!」

 

ドラクル騎士団フルメンバーに二人足したこの会議室に、個人的に猛反するも説得されて泣く泣く置いた木製アンティーク調の卓がかなりのSTR値で叩かれて軋む音が響く。

下手人はキリト。 冷汗級の紆余曲折の果てに何とか進んだ第七十五層ボス攻略会議の内容を伝えた結果がこれである。

……尤も、

 

 

サチを七十五層ボス戦に参加させる(・・・・・・・・・・・・・・・・)!? なんでそうなるんだよ?!」

 

 

前略した挙句、端的に伝えた内容が此れでは無理もないだろう。

 

「……此度の戦いは総力戦が予想される。

唯でさえどの様な罠が有るか分からぬと頭を悩ませていた時に、七十四層、そしてお前たちが先日出くわしたという一層地下迷宮にて確認された『結晶無効化空間』。

クォーターポイントたる今回も同様、或いはそれ以上のものとなっているであろう事は予期して然るべきである。

故に明日、攻略組総力を挙げての偵察戦を行う事が決定した」

 

 

――会議で決定した大まかな作戦はこうだ。

 

先ず部隊編成は壁戦士(タンク)を中心とした耐久型。

一定数のタンクによって前線で防御を固め、敵の攻撃モーション、タイミング、一部特殊攻撃の発動条件を探り、この時点で脱出が可能であれば徐々に後退。 アタッカーが連続スイッチでタゲを取りつつ撤退する。

 

そして肝心の、何らかの事情で撤退不可能な場合。

この作戦の要は、如何に敵を安全(・・)且つ迅速に(・・・)殲滅するかにかかっている。

 

過去のクォーターボスに共通する厄介な特徴は、体力の多さでも攻撃力でもない。

『猛攻』である。

圧倒的な手数。 それは、攻めるにしろ防ぐにしろ、一切の隙を見せぬ在り方。 言うまでもなく非常に厄介だ。

だが、彼らとてその姿形は球体ではない。 全方面に延々と暴力を撒き散らす事は不可能。

 

そして、それ故要となるのが『吟唱』スキルだ。

あのスキルの効果で得られる数々のバフも有難いものではあるが、尤も重要なものは、その『デメリット』。

――モンスターにダメージを与えずとも、ターゲットを自身に集中させる事が出来る。

ピト、ユナ、サチ。 前線を抑えている間に吟唱スキルを持つプレイヤーを三箇所に分散させ、順番に歌う。

これならばある程度敵の動きをコントロールすることが可能。 他部隊の立て直し等の時間を稼ぐ事が出来るだろう。

 

うむ。 提案者は俺だが、素晴らしい程原作切嗣(スケープゴート)的作戦だな。 我ながら却下したい。

だが、この作戦が今思いつく限りで最も安全な策であるのも事実。

……敵が原作通りあの骸骨百足だと確信があれば、俺とヒースで鎌を完封、あとは唯殴るだけの簡単な話だったのだが、何時ぞやのクリスマスボス(サンタオルタ)然り、この元ダンジョンのボス然り、妙な所で差異がある。 流石にクォーターボス相手に編成ミスは洒落にならぬ。

 

 

「……囮に使う気か?」

 

以上の事を最後の蛇足を除いて伝えれば、予想通り睨まれた。 流石最近父親してるだけあり、以前似た事をやった(クリスマス)時と比べ迫力が違う。 というか何故ユイが元気にしてるの? あの死神擬き自力で撃破したのか?

 

「無論防御は固める上、脱出可能であれば即退避するがよい。 その言質は各ギルドリーダーから既に得てある」

 

「……………」

 

押し黙るキリト。 ある程度なら自力で生存出来るピトとユナならば兎も角、サチ自身は戦闘向きではない。 彼女の命を他者に預けるなど、キリトからしてみれば当然容認し難い話だろう。

けれど、肝心の攻略が進まなければ『現実の肉体の限界』というタイムリミットが存在する。

 

 

「――私は、大丈夫」

 

そこに、僅かに震えた、それでも凛とした声が発せられる。

声の主にキリトが心配する目線を向けるが、彼女がその意思を曲げる様子は無く。

 

「………何かあれば、オレはパーティー全体よりサチを選ぶからな」

 

「よかろう」

 

――(英雄)もまた、立ち上がる事を決意した。

 

 

「――攻略開始は明日の午前十時。 集合場所は七十五層コリニアのゲートだ。

では、それまで解散とする。 各人自由にせよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.再戦、決着、

 

 

 

――第三十四層 DK本部

 

 

「……ザザよ。 余は先程、『各人自由にせよ』と言ったのだが」

 

「言って、ましたね」

 

 

「………ザザよ。 余は昨夜、この後予定があると言ったはずだが」

 

「言って、ましたね。 午後から、でしたっけ」

 

 

「…………ザザよ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

「――何故こうなった?」

 

「自分のSTR値、見てください」

 

場所はギルドハウス中庭。

いつも通り突っ込んでくるゴドフリーを真っ向から全力で殴り飛ばしさて出掛けるかと思えば、さっきの面子に子供が一人増え、何故か俺とDK男子組とキリトが初撃決着ルールで戦う事になった。 何故故?

 

 

「決まってるでしょ。 明日私たちをボスから守る肉盾人なんだから、せめてアンタくらいどーにかできるようになって貰わないと。 あとぶっちゃけアンタが一番ボスとステが近いから」

 

「本当にぶっちゃけたな貴様!?」

 

とまあ、気が付けばまた戦うことになっていた。 不幸(幸運E)である。

……一対多で袋叩きにされないだけマシだろうか。

 

仕方なく手持ちの槍やナイフを実体化させている間、彼方がじゃんけんで順番を決めた。

ノーチラス、エム、ザザ、キリトの順だそうだ。 ツッコミ忘れていたが俺連戦かよ。

 

思わず深い溜息が漏れる。

 

 

 

………尤も、負けてやる気はさらさら無いが。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

――五十層の端、月に一度の新月の晩にのみ出現する鼻周りだけピンク色の短い触手に覆われてるヒキガエルモドキ(ついてきたピトが珍しく悲鳴を上げてたのをよく覚えている。 流石に神話生物ベースのMob(ムーンビースト)はキツかったらしい)を斃すと確泥する槍を片手に、ノーチラスと向き合う。

 

「……そういえば、以前はお前とよくこうして戦ったものだ」

 

「その節はどうも。 お陰様でダンジョンで足が竦む事はなくなりました」

 

「そうか。 それはよかった」

 

決闘(デュエル)開始までのカウントダウンが進む間、和気藹々と話をしながら過ごす。

当然長くは続かず、すぐにカウントはゼロになりブザーが鳴る。

先攻はノーチラス。 先手必勝と言わんばかりに高いAGIを生かし突進する。 一瞬で間合いを詰められ刃が振るわれるが、そこに油断は一切無い。

 

――思い切りは良い。 力も技術もある。 が……

 

違和感を感じながらも槍の柄で受け止め、上方向に受け流す。 ガラ空きの腹か脚に一撃入れてやろうかと空いた左手でナイフを引き抜き――驚愕する。

 

「――お、らぁっ!!」

 

「ぬぅ!?」

 

上に流される勢いをそのまま、ノーチラス本人も柄に足を掛け跳躍。 真上から全体重を乗せた振り下ろしが迫る。 槍で防御、カウンターをすべく動かすも、跳躍の瞬間に蹴りを入れていたらしく、僅かながらイメージとの遅れが生じる。

その一撃はナイフを振り上げる事で防ぐ事には成功するが、打ち合ったのは一本限りの名剣と量産品の投剣。 あっさりと砕かれる。

 

「―――貰ったぁぁぁぁぁああ!!」

 

着地するなり地面スレスレで並行に構えられた剣から光が発生する。 構えと発光色から察するに、ソードスキル『レイディアント・アーク』。 ソードスキルとしては珍しい、発動前に行動制限のある技だが、その分火力が高い。

 

……この一年で、よくここまで強くなったものだ。 やはり彼の才能も本物だった。

 

 

――ただ、経験が足りなかっただけで。

 

身長故のリーチを活かし、跳ね上がる刀身を除けながら素手のまま持ち手を抑える。

圧倒的なSTR差で持ってソードスキルを力尽くで封殺。 スキル不発による硬直を強いられている隙に、掴んでいる手をそのまま持ち上げ放り上げる。

着地は完璧だったが、そこは無限槍のリーチで叩く。 対空砲の如く下投げで三本ほど投げつけてやれば防ぎきれず、判定は俺の勝ちだ。

 

……そのつもりで跳ばなければ姿勢制御もままならない空中で二本もガードした辺り、大分人間辞めてる気がするのだが。

ユナに慰められながら悔しがっているノーチラスがエムに次を譲っているのを尻目に、考えを改める。

 

 

 

………思ったよりも強い。 これは、俺も本気を出さざるを得ないかもしれぬな。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

――第二戦

 

 

ノーチラスに粉砕されたナイフの補給と無限槍の反動で減少した体力回復のみ済ませ、今後はエムとの決闘である。

相手の装備は肉厚の片手剣に盾。 まだ始まっていないというのに壁戦士らしく、堅実に盾を構えている。

 

対して俺の装備は変わらない。 槍とナイフ。 以上。

 

エムもあまり饒舌ではない性格な為、自然と静かな時が流れ――

 

 

――ブザーを皮切りに、『壁』が迫る。

タンクが、初手から打って出るか?!

 

ふとその光景にヒースクリフとの戦いを想起しながらも、盾を右足で蹴る。 同時に、自分が下手を打った事も理解する。

中央に靴の踵型の凹みを刻みながらあらぬ方向に吹き飛ぶ盾。 そこに持ち手は居らず。

 

「――盾を投げ飛ばす壁戦士があるか!」

 

「貴方にだけは言われたくない!!」

 

左手に持った剣でスキルを発動させているエムが。 このままバク転して体勢を立て直してもいいが、空中に浮いている間に追撃されれば詰みかねん。

 

舌打ちを一つ打ち、敢えて前方にバランスを崩す。 僅かながらも勢いがついたところで左の爪先に全神経を集中、身をカリスマガードの要領で縮こませながら強引に跳ねる事でエムの右肩を乗り越える様に躱す。 奴が信じられないものを見るような目で見てくるが、安心しろ。 もうやらん。 咄嗟にやってみたが、改めてやれと言われても出来る気があまり無い。 結局高さが足らずに肩に跳び箱の様に手を付いたし。

 

 

 

――ソードスキルのモーションにより、再び空いた間合い。 残念ながらこの後は一瞬で終わった。

エムは剣の才能は微妙だからな……性格的にも壁戦士一択………難儀なものよ。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

――第三戦

 

今度の相手はザザか。

 

………ザザかぁ。

 

ザザはこの中で俺との付き合いが最も長く、付け加えれば奴の剣の基本は俺が仕込んだ。

言うなれば、奴の戦闘面での思考は俺に近い。 読みやすいが、それは互いに言えることだ。

おまけに剣の才能はノーチラス以上。 年の功と経験量と日々の努力で才能の無さを誤魔化している俺などとは違い、正真正銘『天才』の域に片足突っ込んでいる。 キリト? 奴はノーカン。

 

兎に角、これまでの様に瞬殺することは不可能だろう。 奥の手(・・・)は次に取っておきたいが……

――それ以外は全開で征くか。

 

 

カウントダウンが進む中、珍しくマスク未着用のザザが一言だけ話しかけてくる。

 

「……マスター。 オレは、負けない」

 

その目には、一層で出会った頃のような揺らぎは無く。 ジョニーの目にあったような歪みも無い。

 

……本当に変わったな、ザザ。

であれば―――

 

「――よかろう。 ならば我が身我が技、乗り越えてみせるがよい」

 

――計画変更。 次が怖いが、出し惜しみは無しだ。

 

全身から可能な限り力を抜き、自然体に構える。

視覚は相手の行動予測。 聴覚はカウントダウンの音に集中。 左手を軽く待ち上げ、即座に投剣を装備出来る様にセット。

 

 

そして、三度目の開始ブザーが鳴り響く。

ほぼ同時に、投擲されたナイフが空中で激突する。

やはり読んでいたのか、ザザも初手は投げナイフ。 おまけに俺と同じ三本同時。 二本ばかり失敗したのか回転していたが、俺の投擲を防げた(命中させられる)ならば何も言うまい。

 

初手の結果もそこそこに、カウンター狙いで一歩右に踏み出す。 が、これも読みがダブりただの移動に終わる。

 

ふむ。 ならば――

 

再度抜剣、投擲。 精度重視で一度に二本の投擲を二振りし、四本の刃が両足、時間差を付けて両腕を狙う。 更に追撃で顔面に向けて突きを放つ。

これに対するザザの反撃は―― 冗談だろ。

 

「――見切、ったあ!」

 

――四点を突くナイフの切先。 その間の空中を、俺がさっきエム相手にやった空中回転で躱しきる。 しかも遠心力を乗せたエストックの一撃で矛先を打ち上げた。

 

予想外のタイミングと力で腕を跳ね上げられ、数瞬槍は使えないだろう。 ガラ空きの胴体にザザが突っ込んでくる。 投剣での先制で勝ちに行くことも考えたが、ソードスキル未使用、エストックという武器の特性、ザザの技量も考慮に入れれば、あっさり弾かれ悪足掻きにもならん。

 

……このままだと負けるな、うむ。 故に、少々無茶をする。

 

腰を捻り、投球フォームのイメージで右腕を振り下ろす。 それなりに重さのある槍の柄が迫るのを認めたザザは、即迎撃。 エストックの刀身を滑り、矛を地面に叩きつけてしまう。

反動で槍が振動しながら跳ね上がり、掴んでいれば腕が痺れただろう。 だが、それは分かりきっている事であり、なれば避けるのは容易い。 寸前で手を離し、上がった瞬間に左手に持ち替え、引き戻しながら半回転。 石突きで突き気味に薙ぎ払う。

この程度ではザザを止める事は出来ず、エストックで上向きに流される。 その勢いを利用し、再度身体の向きを入れ替えながら槍を縦回転させてやって漸くザザの突進を完全に止める事に成功する。

 

……強いな。 やはり反応速度がそこいらの攻略組と比べると段違いだ。

強引な動きで若干痛めた右肩を休ませるべく槍を左手に構え、睨み合う。

 

うむ、やはりこのまま続ければジリ貧だな。 であれば此方から攻めるとしよう!

 

全身を捻り、槍を振り下ろす。

嘗て敵Mobはおろか、敵と自身の武器すら一撃で圧し折って見せたバスター攻撃に、堪らず回避するザザ。 まあ一部の両手剣ソードスキル同様、真面に防げばそれだけでケリがついてしまうからな。

俺の背後を取るようにステップした奴は、ここで始めてソードスキルを使う。 選択スキルは『オーバーラジェーション』。 十二連撃スキル。 流石にこれはスキルでもって迎撃する他あるまい。

『スパイラル・ゲート』を発動。 スキルの補助もあり、全力で回しても暴走せずに破裂音同然の激突音を立てながら奴の攻撃を全て落とす。

だが、此方のスキルはカウンタースキル。 敵のスキルにタイミングを合わせなければ発生すら覚束ないが、反撃と防御を兼ね備えたものだ。 それを知っていた奴は、負けが確定したというのに、何故か安心したような顔をしていた――

 

 

 

 

 

残念ながら、オチは十二連撃目を防いだ時点で俺の槍が木っ端微塵に消し飛ぶという、何とも締まりの無いものだったが。 おのれヒースクリフ、以前貴様が折った槍返せ。 あれ以来二日に一本は駄目になっているのだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――オレの目の前で、ノーチラス、エム、ザザが連続で負けていく。

三人とも決して弱くは無い。 寧ろ、単騎戦なら最強クラスの狂人の集まるDKメンバーだ。 攻略組でも最上位に位置する。

そんな三人を、あっさりと下していくヴラド。 とうとう異名でもろに『某旦那』がついただけある。 というか武器を握り潰すって色々おかしいだろ。 ステの振り方次第じゃ頭を掴まれただけで死ぬプレイヤーが出るぞ。

具体的には耐久にロクに振って無い奴。

 

 

……あ、オレか。

 

 

「なあピト。 逃げていいか?」

 

「妻子に見られてもいいなら」

 

それじゃダメだな。

 

ま、まあ。 今までのアイツの動きを見る限り、多分即死攻撃(掴み技)は飛んでこな、い………

 

 

「……あの、ヴラドサン? 武器は?」

 

オレが二刀流のまま開始位置に立ったというのに、ヴラドは未だ無手のまま。

それどころか、左手を前に突き出したまま半身に構えていた。

思わず訊いたら、

 

「必要無い。 師やジルからは似合わぬから辞めろと言われているが、お前が相手ならば出し惜しみも油断も慢心も無い。 我が身をもって叩き潰す」

 

だそうだ。 SAOでオワタ式とか、オレは泣けばいいのだろうか。 そういえば、コイツは公式の対人戦じゃ無敗だったな。 誰だコイツに格闘仕込んだヤツ。 そしてジルって誰だ。

 

内心白目を剥きながらも決闘を受ける。 オレとヴラドの間に名前とHPバー、カウントダウンが表示され、無慈悲に減っていく。

……取り敢えず、相手に集中しようか。

 

ヴラドの武装は見るまでもない。 肉体そのものと、ナイフ、それに『無限槍(ユニークスキル)』。 槍を使わない分デフォルトのリーチは短くなっているが、バトルヒーリングを考えれば、連発しなければ高火力な槍六本程自在に発生させられる。 それを抜きにしても、本人があれだけ自信満々で言うんだ。 実力的には普段以上を想定すべきだろう。

……素手時のリーチ差を生かして、突き技主体で攻めるか、連撃スキルで行こう。 相手が素手なら武器による攻撃を防ぐことには相当集中しなくちゃならないだろうし、槍の生成も完全にはノータイムじゃない。 攻め続けている限りは安全なはずだ。

初手から二刀流スキルを全開でいくか。 幸いアイツに見せたのは、七十四層ボスとヒースクリフとの試合で使った『スターバースト・ストリーム』だけ。

それに、アイツは今までAGIの低さからかカウンターを重点に置いていたな。

――選択スキルは『ダブル・サーキュラー』。すぐに打てるようにギリギリで構える。 奴にとっては初見のスキルだから、動きを予測する事は不可能なはずだ。 GM云々の可能性は一旦置いておく。

 

けれど、一切構えの揺るがない相手を見ていると、勝てる気が――

 

 

「――パパ! 頑張れー!」

 

 

――アイツ特有の雰囲気に呑まれかけていると、ユイの声援が聞こえる。

 

……そうだな。 こんな弱気はオレらしくない。 行こう。 アイツだって、本物の吸血鬼じゃないんだ。 勝てる。

勝ってみせる!

 

 

「……良い顔をするな、キリトよ。 やはりお前は――」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「……なに。 ただ、ふと思い出すものがあっただけの事よ」

 

僅かに苦笑し、首を振るヴラド。 気配が一瞬緩むが、カウントダウンが三秒を切っているのを見て、寧ろより一層強烈なものになる。

 

そして、ブザーが鳴った。

 

 

 

――今だ!

間髪入れずにソードスキルを発動。 右手の剣で防御を崩すべく、駆け出す。 そして、その判断はある意味(・・・・)正しかった。

 

――オレが駆け出すと同時に搔き消えるヴラド。

次いで見えたのは、ソードスキルを読み切れなかったのか、ヒュゴッという音以外知覚できなかった拳が、オレの左耳を掠める。

 

……ガチ殴りじゃねぇか!! 殺す気か!?

 

ソードスキルはそのまま強行。 突進の勢いを利用して距離を開けて仕切り直す。

 

……仕切り直せたらよかったな。

 

靴底で中庭の床をポリゴン片に還しながら身体を横に捻るヴラド。 手加減ゼロの掬い上げるような回し蹴りが飛ぶ。

何とか腕を動かしてガードには成功するも、真上に数十メートル吹き飛ばされる。 流石にシステム側もこのレベルの事態は想定していなかったのか、ソードスキルの強制停止どころか硬直すら解かれた。

 

カチ上げ――高さこそケタ違いだが、このパターンはさっきノーチラスが負けたやつだ!

慌てて下からの投擲に備える。 だが、オレを見上げる奴の手にダメージエフェクト(槍発生の兆候)は無く――

 

瞬間、背筋と首筋が泡立つ。 『気配』というには強大過ぎる『覇気』を背後から感じ、ほぼ反射的に背中を守る様に剣をクロスさせる。 それと同時に、下から轟音。

手元と背中に、フロアボスの一撃をモロに受け止めた様な衝撃が走る。

 

「――勘の良い男よ」

 

やったのは、当然ヴラド。 ジャンプ一つで追い付いてみせた奴の踵落としは、剣の交差点にクリーンヒットしていた。

オレは打ち落とされ、奴は反作用で更に上がる。 着地の衝撃で僅かにHPが減るが、初撃決着モードでもケリがつく程ではない。 寧ろ無限槍の追撃を警戒して、勢いよく転がる。

 

それは正解で――同時に不正解でもあった。

確かに追撃はあったが、降ってきたのは数十本のナイフの雨。 ある種の古いシューティングゲームを彷彿とさせるレベルの弾幕が、明確な威力と迫力を持って降り注ぐ。

――いや、彷彿じゃない。 まさにその通りだ。 この弾幕には、逃げ道が用意されている(・・・・・・・・・・・)。 観戦組に配慮したのとは別に、不自然な、一箇所だけ空白がある。

……考えるまでもなく罠だろう。 HP減少のデメリットの関係上、一撃必殺を意識しなければならない無限槍ではなく、本数を予測出来ないナイフを使ってる辺りがその証拠だ。 隙間を潜り抜けて行ったところに強力な一撃が待ち構えている。

だが、留まったところでボーッとしていればナイフで串刺し。 雨を防いだ所で、行動に制限が掛かる以上槍で狙撃されて終わりだ。

………それに、――

 

チラッと、オレを不安げな表情で見つめるサチの方を見る。

 

 

――もう、負けられない。 一年半前の雪辱を晴らす。

 

相手が強過ぎる? 関係無い。

状況が詰んでいる? なら打開しろ。

どうせ模擬戦? だったら負けてもいいのか?

 

 

―――今度こそ、勝つ!!

 

 

「おぉ――おおおおおおおおおおっ!!」

 

敢えて隙間に飛び込む。 思った通り、奴はすぐに動いた。

その手には赤い血濡れた杭。 落下の勢いと本人の体重を全て乗せた一撃が、真っ直ぐに『落ちてくる』。

だが、言ってしまえばそれだけだ。 恐ろしいが、目に見えないスピードで振るわれる拳やコマ飛びするレベルの投げナイフに比べれば、対処の仕様がある。

 

片頬を釣り上げ、歯を剥き出しにして笑う。 吸血鬼どころか、ギルド名の通り『竜』が威嚇しているような笑みのヴラドの槍の降る空中に突っ込み、ソードスキルを発生させる。

それを見た奴は笑みを引っ込め、怪訝な表情になる。 当然だろう、角度こそ違うけれど、選んだスキルはあの時と同じ、『ホリゾンタル・スクエア』。

間も無く剣と槍が交差し、重い金属同士がぶつかる轟音が鳴り響く。

先ずは一撃。 擦れ違うような一撃を放つも、奴は小揺るぎもしない。

二撃目。 スキルの、『対象への命中補正』が発動し、落下分の補正も込みで再度槍に一撃叩き込む。 しかし不変。

三撃目。 一撃目とは逆方向への剣撃が飛ぶが、矛先の斜角に流される。

スキルのラスト、四撃目。真っ正面で、真横に一撃。 これまでで一番大きな音が鳴り――

 

 

 

 

 

 

――オレの剣は、届かなかった。

硬直するオレの身体。 一方スキルを使わなかった奴は、そのまま一撃を敢行する気だろう。 このまま、衝突までもう数センチもない地面に落ちれば、『オレの負け』という決着が付く。

 

―――今までのオレなら。

 

 

「――まだ、まだだっ!!」

 

オレの身体が、システムの定めたスキルの硬直を無視して動き出す。 正解には、システムに定められた硬直の強制を、システムに定められた行動の強制で塗り替える。

偶々、左手がそのスキルのタメモーションになっていた――それでいて、二刀流じゃなければ有り得なかった必然。 発動スキル、『ヴォーパル・ストライク』。

 

咄嗟にやった、失敗する可能性の方が圧倒的に高かった、『スキルコネクト』。 それによって発動した重単発スキルが、奴の顔面を狙う。

流石の奴も予想外だったのか、その手に握る槍の柄でスキルを防ぐも遂に槍が切り裂かれ、無限槍によって生成された槍特有のエフェクトと共に砕け散る。 防御を失ったヴラドは、腕をクロスさせてスキルを受け、吹っ飛んだ。

 

……吹っ飛んだ(・・・・・)??

 

 

 

鳴り響くブザー音。

今度こそシステム硬直に捕らわれながらも、視界の端にも映るデュエル表示は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――《You Win!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アインクラッドの誰もがもぎ取りたいと挑み、その無敗伝説に数えるだけだった怪物が。

遂に、膝を付いた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3. 真実、その一端《紅の幻影》

 

 

 

――その日、長閑な第四十八層主住区『リンダース』の街にある『リズベット武具店(あたしの店)』は、非常に微妙な雰囲気に包まれていた。

 

その発生源は、ついさっき来た客。

依頼内容は、破損した武器の修理。

 

そして、こんな空気になってる原因は――

 

 

「……直らん、か」

 

「えっと、はい……

……なんか、すいません」

 

何故か元々落ち込み気味だった客の持ち込んだ武器が、修復不可能な代物だったからだ。

……こういう事自体は、初めてじゃない。 目の前で落胆されることも怒鳴られることもあった。

 

けど、その依頼を持ち込んだのがアインクラッドでは知らない人のいない超有名人(伊達眼鏡に普段の印象とは違う青系の和服っぽい格好で簡単に変装している)で、しかもその武器は本人が入手してからずっと自分自身の手でメンテから強化までしていた代物(鍛治スキルは八百を超えていた)だったっていうのは流石に予想外だ。

あのヒースクリフの盾が本人お手製だと言われたら同じ様な気持ちになるだろう。 その盾に折られたことを考えると皮肉な例えだけど。

 

思わず、棚に置かれた辛うじて原型を保っている槍――そのポップアップメニューを見る。

最大耐久値は破損の影響で一層の初期槍と同等程度。 強化履歴を見る限り、プロパティは耐久極振りのクセしてスピード型とかいう頭の可笑しい代物だった。 カテゴリは見たまんまのロングスピア。 固有名は――

……何と読むのだろう。ちかかみこころよやり?

あと製作者の銘。 この男の武器()は全てモンスタードロップ品というのは有名な話なので期待していなかったけど、当然のように空欄だった。

 

「……まあ良い。 手間を掛けたな」

 

口調でバレバレながらも本人的にはオフのつもりなのか、噂で聞くよりも随分と感情豊かに別れを告げる男。

ただ、その感情はかなり寂しげなものだったが。

 

――マスタースミスの本音としては、意地でもドロップ品には負けたくない。

素材はある。 経験も、予想出来るあの槍のスペック以上の物を打てると言っている。 そもそも幾ら魔槍を強化し続けた物とは言え、三十四層でドロップした武器がそんなに高いスペックを持つはずがない。

 

……だけど、以前キリトにダークリパルサーを打った時に感じた感覚と勘が告げている。

 

 

――多分この人は、それじゃあ納得しない。

 

 

あの時の、インゴットを鍛えている時に感じた、剣に流れた思い。 勿論全く違うものだけれど、それに似た『熱』が、この槍からは感じられる。

 

憧れ……ちょっと違う。 それとも虚無感?

届かないと分かっている、或いは届くとしても自らに手を伸ばす資格は無い。 ……いや、

 

 

 

―――届かせてはいけない――?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そろそろいいだろうか」

 

「はっ!?」

 

気が付けば、幾度も刃毀れした跡のある三角形の矛先に掌を当てたままボーっとしていた。

謝りながら慌てて返すと、若干不審な目で見られながらも槍をストレージにしまい踵を返す男。

 

その手が取手に触れる寸前、ギィと扉が開き――

 

「あ、今日はヴラドさん。 早速で悪いのですが、

「ピトの行先なら知らぬ」

そうですか」

 

……何というか、笑顔が怖いあたしの友人が来店した。

ビジネスライク(?)な短い会話を終えると、いつも通りの気配に笑顔のアスナが「リズ、久し振りー」と声を掛けてくる。

………またピトさんがなんかやったのかぁ。 何であの人自重しないかなぁ。

 

 

 

何故か異様に輝きを失っていた、というより心なしか黒ずんで見えるレイピアを研磨する。

すっかりいつも通りの輝きを取り戻したランベントライトを手に工房から出ると、アスナしかいなかった。

時間帯も丁度お昼時だったし、偶にはアスナを誘って外食でもしようかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.真実を追う者たち

 

 

 

『――え? ヴラドをどう思うか? あー、アイツとは一層の時からの知り合いだけどよ。 キャラの濃い奴だよな。 酒の付き合いはちょっと悪いけどよ』

 

 

『――げ、ピトフーイ。 言っとくが、もう何時ぞやのナマモノ(リヨ面)の取り扱いは勘弁――あ? 違う? お前の所のギルドマスター? まあ、色々と察しの良い奴ではあるな。 ウチを贔屓にしてくれてるし』

 

 

『――あ、エルザさん!? 私ファンなんです! 出来ればサイン――ありがとうございます!

それで、話って一体……… ヴラドさん、ですか? 何というか、怖い噂ばっかりですね。 オレンジギルドを一人でいくつも解体したとか、ボスモンスターを殴って後退りさせたとか。

……え“。 全部本当?』

 

 

『――ヴラドさん? 感謝しても仕切れないよ。 一層での事もそうだし、軍が崩壊した後のオレたちの治安維持ギルドだって、今尚あの人がオレンジに対する抑止になっているからこそ、形骸化せずに成り立っていると思うんだ』

 

 

 

 

 

――アインクラッド中を周り周る少女。

()の一人と讃えられた少女が、一人の騎士と謳われる旧王族男性の影を追い続ける。 その姿は美しく映るだろう。 その実を知らなければ、だが。

 

余所見を止め、KoB本部内の全プレイヤーの位置、及び私を追う勇者たちの動向を一通り確認すると、ログを確認していたパソコンをスリープモードに切り替え客人に向き直る。

 

 

「……さて。 初対面な上、待たせた果てに申し訳ないが、私は君に何処から尋ねるべきかな。

――ジル・フェイ君」

 

青み掛かった女物のスーツを着込んだ銀髪の女性。

凛子君はエンジン音の類は聞こえてないと言っていた以上、山の奥に位置する此処に辿り着くには歩いてくる必要があるのだが、彼女の身には汗一つ、着崩れ一つとして無い。

その姿は凛としていて――例えるならば、月光を反射するよく研ぎ澄まされたナイフだろう。

 

 

「――貴方が私に尋ねるべき事、ですか。

はて。 私は貴方ではない故に、それにはお答えしかねます」

 

彼女は、此方の出した紅茶を一口含んでからそう言った。

素人目にはリラックスしているように見える。 事実、彼女はリラックスしているのだろう。 この場に彼女を害することの出来る者など居ない。 それに、私の考えが正しいなら――

 

「そうか。 では単刀直入に訊こう。

私を殺しに来たのかね?」

 

「さぁ? 一介の従者を前に、彼の茅場晶彦が随分と変わったことを訊くのですね」

 

 

可笑しいと、僅かに微笑む女性。

 

――彼女は、その技術を此処で振るう気は無いのだろう。 仮にその気であれば、態々こうして対談せずとも一切の気配を悟らせずに事を終えていた筈だ。

 

だからこそ、分からない。 彼女は一体、何をしに来たのだろうか。

 

 

 

 

 

――只々無言の時間が流れる。

考えを探るべく、その金色の瞳(・・・・)を覗き込むが、得られるのは、ただ其処に彼女がいるという確証だけ。

 

 

時折減る紅茶が、遂に底を隠す事が出来なくなった頃。 漸く銀の少女が自ら口を開けた。

 

 

 

「……私の主は―― 彼は、どう過ごしているでしょうか?」

 

 

漏れ出たのは、彼女のイメージとは異なる言葉。 まるで恋煩う少女か――

 

そこまで考え掛け、何故か急に全身にナイフを突き立てられる様を思い浮かばさせられた。 主従揃って察しが良い上に器用なものだ。 私は率直な感想を思い浮かべただけだというのに。

 

「……成る程。 君が気にするものは分かった。 だが、ナーヴギアは内側に埋め込まれた信号素子によって発生した多重電界でユーザーの脳と直接接続している。 電気信号しか回収出来ない以上、君の問いに答えを出す事は出来ない」

 

「………そうですか」

 

僅かに表面に出ていた感情が元通りに消え、銀色の少女は銀製のナイフへと戻る。

 

 

「では、私はこれで」

 

「――いや、少し待ちたまえ。 一つ訪ねたい事がある」

 

話は終わったとばかりにすっと立ち上がる彼女を留める。 小さく聞こえた金属音から、彼女が私に刃を向けない事は彼女個人としては不服である事を察しながらも、自分の疑問をぶつけた。

 

――カーディナルシステムには、自動でクエストを生成する機能が存在する。 攻略に直結する重要なものなどは例外だが、その多くはシステムがネット上の神話や伝承、都市伝説、映画等から創られたものだ。

 

だからこその、問いだ。

 

 

「――『ベル・ラフム』。 この名に心当たりは?」

 

 

私自身が設定した筈のモンスターが、全く別の存在に成り代わっていた。

私が設置したモンスターは何処へ消えたのか。 彼らは一体何なのか。 彼らは何処から現れたのか。

 

分からない。 そして興味深い。 ほぼ崩壊していたというのに膨大な情報量を有していた正体不明の存在もある。

 

だが、彼女の答えは、――

 

 

「ベル・ラフム……

ラフムであれば、メソポタミア神話に於いて創世の神ティアマトが最初に生み出した怪物ですが、ベル・ラフムは」

 

やはり、否。

実際のところは分からないが、知っていたと仮定してもこちらも彼女の問いに明確な答えを渡す事が出来なかった以上、明確な回答は得られなかっただろう。

 

「そうか。 引き止めてすまなかった。

……あぁ、そうだ。 暫くは彼の側に居るといい」

 

私の夢――文字通り、現実世界のあらゆる枠や法則を超越した世界が叶っていたと知る事が出来た彼らへのささやかな礼として、彼女に言葉を掛ける。

が、返答は無かった。

……ドアの開閉音はしなかったのだが。 本当に不思議な女性だ。

 

自らに淹れた紅茶を飲み干しながら、彼ら――特に、彼女への最後の感謝を送る。

 

 

――疑う事は出来た。

どうやらこの現実世界にも、まだまだ不可思議な謎はあるようだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



















4.永遠に遠き黒き月



――遂に負けた、か。


ギルドホーム内部。 俺個人に割り振られた個室にて、窓辺に置いた椅子に腰掛け夜空を見上げる。
けれど十五夜の空には何ら感慨浮かばず、意識は昼の一戦へと飛ぶ。

……まさかスキルコネクトとは、予想外だ。
少々投剣を振るい過ぎたか。 前腕部の鞘に中身があれば、あの程度の突きなぞ。
そも、初手の時点で遊びなぞ挟まず心臓を抉り取る気で打っていれば――


「……詮無き事よ。 よもや余がこの様な事に心乱される時が来ようとはな」

思考を強引に切り替える。
良いではないか。 あれだけの実力があれば、明日には無事ヒースクリフを下す事が出来よう。 根本的な話、魔王を斃す役(二刀流スキル)主人公(英雄)に与えられたのだ。
であれば、俺には最初から役などない。 強いて挙げるならば、英雄の手から零れ落ちたものを受け止める程度だろうか。

……我ながらくだらない。 『悔しい』などという感情が湧くなどと。
一層の折に実感した筈だ。 俺は一般人でしかなく、所詮道化であると。


…………あぁ。 だが、それでも、

「惜しいものよなぁ。 こんな戯言を口にしている時点で、王などとは程遠いというに」


今夜も月は遠い。 丸く輝く白い月に手を伸ばすが、この手はただ空を切るのみ。


――もし、次があるならば。


「今度、こそ―――








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25話 黒の剣士、突破す

 

 

 

 

 

――第七十五層 コリニア

 

 

――ギルドホームのある第三十四層のゲートを潜り、第七十五層へと跳ぶ。

時刻は十時一分前。 当然面子は既に揃っており、言うまでもなくDKのメンバーも全員いた。

 

無論、そこにはKoB団長の姿もある。

 

 

「――欠員はいないようだな。 よく集まってくれた。 状況は知っての通り厳しい戦いとなるだろう。

だが、諸君の力で切り抜けられると信じている――解放の日の為に!」

 

雄叫びと共に、多くのプレイヤーが武器を、或いはその握り拳を挙げる。 士気は充分だろう。

流石に状況が状況だからか切り替えている、昨日まで黒いのが漏れていた(オルタ化していた)女性を視界に入れないようにしつつ壁に寄り掛かる。

やがてヒースクリフがボス部屋前までのコリドー(回廊)を開き、プレイヤーたちがその奥へと進んでいく。

可能な限り最後尾にいることを意識しつつ、不思議な浮遊感を伴う転移門を潜っていくプレイヤーを見送っていくと、予めメッセージで話を付けておいた一人だけが残る。

 

……その警戒心の無さは如何かと思うが、それを指摘するのはまたの機会にしておこう。

 

そのプレイヤーが何かあったのかと尋ねてくる。

 

――なに、そう難しい話では無い。 ただの保険(・・)だ。

中身が一切見えない程度には規格の合っていないポーチを渡し、幾つか言い聞かせた後、俺も回廊に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――第七十五層 ボス部屋

 

 

 

 

――扉が開くなり大型の盾を構えたKoBのメンバーが突入し、一歩遅れてアタッカーと吟唱組(DK)が進む。

 

オレはボス部屋の扉近く、サチの隣で警戒していたが――最悪の予想が当たっていたのか、無慈悲にもボス部屋の大扉が閉まってしまう。 感覚的に結晶も封じられているだろう。 あらかじめヒースクリフとヴラドがこの可能性を警告していなければ、混乱が起こっていただろう。

これでボスを斃すか、オレたちが全滅するまでは、扉は開かなくなった。

 

 

………だが、肝心のボスが現れない。

何処から現れるか分からない以上、全員ゆっくりと部屋中央に移動する。

 

――そのまま一秒、一秒と過ぎていく。

不思議と、かかない筈の汗が頬を伝い、地面に垂れるような感覚に陥り――

 

――水滴が落ちる幻聴と同時に、真上から何かが動く音が聞こえた。

 

ギョッとして天井を見上げれば、そこには異形の百足としか表現の仕様がない怪物がいた。

サイズはクォーターボスらしく他のボスに比べても巨大。 シルエットこそ百足だが、よく見てみれば胴体は背骨、足は肋骨がウゾウゾと動いている様にしか見えない。 しかも頭部は頭蓋骨で、これも眼窩が四つあり、下顎は左右に割れたのが二重にあった。

そして何より目立つのは、肩らしき場所から伸びる一対の鎌。 カマキリとも全く違う、複数の異形の骨格を合成したようなモンスター。

名前は――『The Skullreaper(ザ・スカルリーパー)』。

 

 

「……なに、あれぇ」

 

ピトですら引いた声で呟かせた異形は、オレたちが呆然と見守る中、唐突に足を広げ真っ直ぐ落ちてくる。

咄嗟にサチを抱えて飛び退き、次いで「固まるな、距離を取れ!」というヒースクリフの一括で意識を取り戻したメンバーが慌てて走り出す。

だが、間に合わないプレイヤーもいた。 丁度真下にいた所為でどちらに逃げるか右往左往しているタンクが三人、それと――ヴラド。 ただしこっちはただ真上を見上げている。

 

「――何してる! こっちだ!」

 

慌てて叫び、漸くタンク三人が走り出す。 だが間に合わず、その頭上にボスが落下。 間髪入れずに片方の鎌が振るわれた。

落下の衝撃で吹き飛ばされた三人に、人の身の丈を軽々と超える刃が迫り――寸前で、轟音と共に止まった。

 

 

「……成る程、重い。 重いな」

 

 

食い止めたのは、アインクラッド最強と謳われる男。 両手で支えた槍の柄で鎌の一撃を防いでいた。

ボスの初撃を完封。 その事実に士気が上がりかけ――途端に凍りついた。

 

 

――盾では無いとはいえ、完全に防いだのにレッドゾーンまで落ちているHPバーに。

 

――ボスすら投げるあのヴラドが、力比べで押されつつある状況に。

 

 

現状でこそ拮抗しているが、今のアイツの武器は共に伝説を創り上げたあの槍ではない。 直に折れるだろう。

しかも、敵の鎌はもう一本ある。

 

黒い背中にその切先が迫り――そちらも圧倒的な防御力を誇る白い盾で弾かれる。

飛び込んだのはヒースクリフ。 剣をしまい両手で盾を保持し、鎌を弾き飛ばした。

 

だが危機は去らない。 とうとう耐えきれなくなったのか、仮にも攻略組最高峰の選んだ一品がポリゴン片に砕け散る。 嬉々とした咆哮と共に、体力の少ないヴラドともう片方の鎌に対処しているヒースクリフの背に迫り、

 

 

「――だが、それだけの事。 ならば、」

 

 

――遂に、『吸血鬼』がその本領を発揮した。

 

 

 

 

 

―――アインクラッド最強と言われる男。 なぜそんな男の異名が、『無限槍(ユニークスキル)』でも、『最強の男』でもなく、『吸血鬼』なのか。

第一層での噂の進軍? 切っ掛けの一つにはなっただろう。 レッド狩り? それもあるだろう。 けど決定的ではない。

 

数多の作品で扱われる吸血鬼(ドラキュラ)。 太陽、十字架、流水等々の多くの弱点を抱えながらも最強格の怪物として存在する、その最大の恐ろしさとは。

 

 

 

 

 

一部情報屋の挙げるヴラドのリアルの予想の一つ『スタントも熟す映画俳優』を裏付けるような、真上に向けて放たれた蹴り。 完璧なタイミングで放たれた一撃は、『鎌』という武器の形状上幅広い刃をしっかりと捉え、その軌道を直角に変更させる。

ステ振りに寄って増幅された身体能力と純粋な技能によって繰り出された蹴りは、ソードスキル以上の結果を叩き出しながらもシステムに縛られていない一撃である以上容赦なく連撃として続く。 左鎌はヒースクリフに向けられたまま右鎌を跳ね上げられたスカルリーパーは、その体勢を斜めに傾ける。 地面に擦るほど下がった下顎の左側に向けて、残像すら見えない踵落としが決まる。

 

そして、スカルリーパーが、自身がゲームのボスであることを呪うような連撃が始まる。

 

ダメージエフェクトで赤く染めながらも、砕けない下顎。 当然当たり判定は残っていて、その上には怪物の足。 オマケに左手で細くなっている上下の目の間の骨を掴み、文字通り目と鼻の先には、右拳を握る怪物(ドラキュラ)

ここまでくれば、あとは言わずもがな。

 

「――叩き潰すのは容易い」

 

――ボスを手足でその場に縫い付けたまま、急所に0距離でバーサーカーの連撃が叩き込まれ始めた。

 

 

 

 

 

――吸血鬼最大の脅威。 それは、純然たる『力』。

物によってはただ軽く片腕を振るうだけで人体を粉砕する力を持つと描写される程の力。

 

そしてSTR極という、ハッキリいって普通なら馬鹿にされるようなビルドにも関わらず、最強と言われた男。

モンスターすら圧倒する力を持ったからこそ、ついた異名が『ドラキュラ』ヴラド。

 

そんな力を持つとされる怪物の名で呼ばれる男が、体術スキルカンストプレイヤーですら手も足も出ないようなリアルスキルでインファイトに持ち込めばどうなるか。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎――!?」

 

「ふはははははははは! 地獄の具現こそ貴様の最期に相応しい!」

 

 

なんでオレ昨日勝てたんだろうと訊きたくなるような惨劇の出来上がりだ。 スカルリーパーの抵抗もヒースクリフが全部捌いてるし。

 

 

 

「……ていうか、また二人揃って思いっきり作戦無視してるよな」

 

ボス登場時とは別の意味で呆然としているフィールドに、クラインのボヤきが静かに響く。

DKメンバーとKoBの一部は慣れた様に、ピトとユナはボスの正面、攻撃が届かない所で歌い始めてるし、タンク組は尻尾の対処、アタッカーはソードスキルを横から連発してるし。 つかDK吟唱コンビよ、そのヴラドの背後で「無駄無駄無駄無駄(ry」て歌ってんの楽しそうだな。

まあ確かにあのホコタテコンビが作戦無視(バーサク)する事はちょくちょくあるし、そうなった時は完勝フラグが立ってるから気楽に行ける。 緩やかながら士気も上がってる。……厳しい戦いとはなんだったのだろう。 強引にあげるなら、ヴラドが足噛まれてるせいで吟唱バフと戦闘時回復入ってるのにHPが回復していない所か?

 

……場合によってはこの後あの二人と戦うんだよなぁ。

気分が真っ暗になりながらも大人しくボスの横っ腹に向けて二刀流スキルを連打する。 尻尾と鎌の主要武器は大勢いるタンクでほぼ完封出来ているので、あとは時折足踏みのダメージを喰らいながらもバフの乗った連撃を叩き込むだけの戦いだった。

 

 

……頼むからピトの予想が外れていてくれよ。 マジで頼む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――意外な事に、戦い……というより一方的な蹂躙(ワンサイドゲーム)は一時間弱にも及んだ。

原因は、スカルリーパーが異様に硬くHPの削りが遅かった(最大のダメージ源の無限槍が一度も発動しなかったし)のと、クォーターボスの意地なのか、HPゲージが最後の一本まで減った時に一度だけヴラドの抑えつけから逃れたからだろう。 吟唱のタゲ集中(システム)からは逃げられなかったのか、行動を読まれて速攻で捻じ伏せられていたケド。

 

想定よりずっと楽だったとはいえ、スイッチによる休憩無しの一時間ぶっ通しで戦った事で疲労困憊の皆が座り込む。 歓声は思ったより少なかった。

何となしにマップを呼び出し、光点を数える。

 

――死者は、いなかった。

 

 

「……はは。 完全なる勝利(パーフェクトゲーム)ってか」

 

 

だからこそ、絶望する。 危険なクォーターボスに対してこの最高の結果を叩き出した二人が、もしかしたら倒すべきこの鋼鉄の浮遊城のボスかもしれないのだ。

……この七十五層までは協力していたが、いつ彼らが裏切るか分からないのも怖い。 律儀に九十九層まで共闘するのか、或いはこの直後に離脱するのか。

 

そして、何より、

 

 

 

 

 

 

 

――あの二人のどちらか、或いは両方が抜けた状態でのボス戦は、どうなってしまうのか。

 

この先、ボス戦はより激化するだろう。 場合によっては、今回使われるはずだった囮作戦が実行されるかもしれない。

 

……もしそうなったら、サチはどうなる?

 

 

吟唱組のいる方向。 交代して歌っていたとはいえ相当喉が辛かったらしく、水筒を両手で抱えながら荒い呼吸をしているサチを見る。

 

確かに今回は無傷だ。 だけど次は? 次も無事だったとして、その次は?

ボス戦は終わったばかりだと言うのに、身体が恐怖で震える。 やっと見つけられた、一緒にいて心休まる人。 大切な人。 もしもサチの身に何かあったら――

 

 

 

 

 

……抜きっぱなしだった剣を持つ手に力が入る。 視線をずらし、共犯者に向け直す。

憎たらしい事に腐ってもプロ歌手だったのか、余裕そうな毒鳥が背負いっぱなしの大剣の柄をゆっくり握る。

 

首を動かし、再度視線を動かす。

散々ラッシュを打って疲れたのか、レッドゾーンのHPもあって一番満身創痍に見えるヴラドと、辛うじてブルー表示のヒースクリフ。

 

 

――思い浮かぶのは、最強の鉾と最強の盾が唯一激突した、あの戦いの結末。

あらゆる護りを貫く鉾こそアインクラッドに於いて最強だと決まった、あの戦い最後の違和感。

決着はヴラドの強攻撃がヒースクリフの背にヒットした事で決まったのだが、当時のヒースクリフのHPは六割。 ヴラドの強攻撃を受けて、HPがイエローゾーンにならない可能性は非常に低い。

なのに、決着は強攻撃だけ。 つまりあの二人のHPは、あの時どちらも半分以下を下回っていない(・・・・・・・・・・・・)のだ。

 

……ただの一度もイエローゾーンに陥ったことのない男、か。

 

 

ゆっくりと、ソードスキル『レイジスパイク』の準備姿勢に移る。 身体を動かす元気のある奴の意識はラストアタックを取ったプレイヤーに向けられ、オレの動きに気が付いたのはヒースクリフの正体を暴こうとしているオレたちと……サチ。

 

「キリト……?」

 

疲労の中に困惑の表情を混ぜたサチ。 だけどその時には、オレたち(・・)は同時に駆け出していた。

目標は――ヒースクリフただ一人。

 

ソードスキルの効果音に驚愕の表情を浮かべながらも、咄嗟に盾を構えるヒースクリフ。

流石の反応速度だ。 このままなら、わざとスピードを落としたオレのソードスキルは間違い無く阻まれるだろう。

予想通りオレの一撃は弾かれる。 神聖剣のスキルもあり、一切のダメージが通らなかった。

 

「キリト君、何を――」

 

突然のオレの攻撃に戸惑いの声が出る。 このまま事態が進んだとしたら、オレは攻略組トップの一人を攻撃したイエローとして責められただろう。

――気合いの入ったソプラノボイスと共に振るわれた大剣が、紫色のシステムメッセージと、そのシステムメッセージの内容を表示させなければ。

 

 

 

 

 

 

 

――【Immortal Object(不死存在)】。

 

本来ならプレイヤーには与えられるはずのない、絶対的な保護が、この場に暴露された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ピトフーイの振り下ろした大剣の切先を阻む様に出現したシステムメッセージが消滅するまでは誰一人として動かず、ただただ静かな時間が流れた。

 

紫色のウィンドウが消え、何秒経っただろうか。

 

BGMの流れない場所。 息を吸う音すらしなかったここに、漸く、声が響いた。

 

「……何故気付いたのか、参考までに教えてもらえるかな?」

 

「………認めるんだな。 お前の正体が、茅場晶彦だって」

 

「確かに。 付け加えれば、最上層で君たちを待つはずだったこの世界の最終ボスでもある」

 

音も無く、驚愕が凍り付いたままのプレイヤー間に広がる。

 

――そしてそれは、ヒースクリフに刃を向けたままのオレ、ピト、エムにとっても共通だった。

 

 

 

 

 

 

オレたちの計画。

それは、茅場晶彦たるヒースクリフの正体を暴くことと、その協力者――おそらくアーガスの社員――であるヴラドを同時に討ち倒し、奴が第一層で宣言したゲームクリア条件『最終ボス』の撃破を完全に達成すること。

 

……勿論、推理が間違っている可能性もある。 合っていたとして、茅場がその場で全員の口を封じてしまってもアウト。 仮に打ち倒せたとしても、厳密には『第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを斃す』という条件はクリア出来ていない以上、確実にクリアされる保証はない。

寧ろ確実性を取るならオレたちの推理は全て無視して、攻略の難所はさっきのスカルリーパーみたいにそれとなく丸投げしてしまえばいいだろう。

 

――だけどオレは、正体を暴く事を選んだ。

 

サチを、皆を。 いつ来るか分からないタイムリミットから守る為に。

 

 

………だというのに。

 

 

 

 

 

―――何で立たない?! ヴラド!

 

 

 

ヒースクリフ=茅場である事を、それこそ推理モノの探偵役の様に余裕タップリそうに理由を述べていくピトフーイ。

 

けれど、同じ内容を何度か聞いたから分かる。 あいつも困惑している。

驚愕も、困惑も無い。 無表情でオレたちはおろか、ヒースクリフすら見続ける『ドラキュラ』に対して。

 

 

 

 

 

「貴様……貴様が…… 俺たちの忠誠――希望を……よくも……よくも……」

 

ヒースクリフがその正体を自ら宣言したからだろう。 KoBの幹部の一人が、血走った目で斧槍を振り上げ、

 

「よくもーーーッ!!」

 

絶叫と共に振り下ろす。

だが、それに対する反撃は茅場本人によって行われた。

左手を振って出現したウィンドウを操作すると男は行動虚しく強制停止させられ床に崩れ落ちた。

HPバーを見れば、特徴的な毒々しい点滅色(麻痺状態)が。

 

茅場はその指を止めない。

そのままウィンドウを操作し続け、オレ以外の全員に麻痺状態が撒かれていた。

……その全員の中には、ヴラドも。

 

 

………まさか、本当に無関係、だったのか?

 

 

 

「っ、へいオッサン! まさかこの場で皆殺しにする気?」

 

「そんな理不尽な真似はしないさ」

 

不恰好に倒れながら噛み付くピトに返事をしつつ、茅場がオレの正面に立つ。

 

「君たちに私の正体を看破した報酬を与えようと思ってね。 チャンスをあげよう。

――今この場で、私と一対一で戦うチャンスを。

私に勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーがこの世界からログアウト出来る。

……どうかね?」

 

……一対一。 目前の男は、確かにそう言った。

 

――つまり、ヴラドは完全に白だった。 ヴラドが味方なら、わざわざ麻痺までして拘束しないだろう。 二対二で蹂躙出来る。

 

 

 

「……いいだろう。 決着をつけよう」

 

――どっちにしろ、賭けはまだ終わっていない。

賭け金はオレの命。 賞品はゲームクリア。

しかも、状況としては悪くない。 寧ろ懸念が一つ杞憂に終わった分良いだろう。

 

……さあ。 返して貰うぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぁ――」

 

痺れて動かない手足を、懸命に、動かして這う。

 

このままだと、キリトが死んじゃう。 それは、それだけは嫌。

 

……なのに。 なのに――

 

「……何で私、動けないの……?」

 

麻痺状態。 文字にしてしまえば四文字。

たったそれだけなのに、システムで『動けない』とされているだけで動けない自分の身体が恨めしかった。

 

キリトが死んじゃうかもしれない。 その恐怖が自分の死の恐怖を上回ったから、私は此処に立てたのに。

 

視界は涙でぐしゃぐしゃで。 満足に拭えないまま、一生懸命に這いずる。 キリトと、クラインさんたちの会話は、音としか聞こえなかった。

 

あぁ、なのに――

 

「……悪いが、一つだけ頼みがある。

簡単に負けるつもりは無いが、もしオレが死んだら――サチが、自殺出来ないようにしてほしい」

 

――なんで、そんな話ばっかりは聞こえてくるの?

 

数センチも進めていないのに、黒と紅の剣戟の音が聞こえ始める。

こうなってしまえば、もう私に出来ることは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――鋭い金属音が響く耳に、一瞬だけ、小さな、布を引き摺る音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ある。 一個だけ。

私が、あの戦いに介入する方法が。

 

右手に神経を集中させて、拡張ポーチに入れた『ソレ』を取る。

如何にか引っ張り出せたのは――私の掌よりずっと大きい、布の塊。 重さから、多分中身は短刀。

 

柄も刃も気にせず掴んで、倒れた身体で寝返りをうって無理やり振りかぶる。

 

 

 

 

 

『――よいか。 もし己か、お前の大切な者を脅かすモノがいたら、全力でそれを投げつけてやるがよい』

 

 

 

 

 

……あの戦いでキリトが勝つって信じられない私は、きっとひどい人なんだろうな。

 

 

 

 

 

『――こんな物で如何しろと、とでも言いたげだな。 ふむ。

とは言え、非常に、非っっっ常に不服だが、余にはそれ以上の代物は用意出来なんだ。

……だがなに、案ずるな。 余が察するに、お前がそれを投げつける相手ならば――』

 

 

 

 

 

神さま。 それでも、祈らせて下さい。

 

使うスキルは『シングルシュート』。

不思議と鮮明になった視界で、キリトが剣を赤く光らせながら切りかかっている相手を狙う。

そして――

 

 

 

 

 

『――その刃に篭るもの。 必ずや届くであろう』

 

 

 

 

 

――全力で、投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――『ジ・イクリプス』。

二十七連撃二刀流最上位ソードスキル。

 

それを、茅場に向けて放つ。 放って、しまった。

相手がスキルをデザインした男である以上、システムに規定された連続技をぶつけるのは最悪だと言うのに。

 

剣の軌道を完全に読んで小刻みに盾を動かし、これまで打ち込んだ攻撃を全て流す男。

まだ続く虚しい連撃を放ちながら、心の中で謝る。

 

 

……ごめん、サチ。 やっぱり、オレじゃあ――

 

 

二十五連撃目が弾かれ、二十六連撃目が奴に迫る。

勝利を確信した笑みを浮かべる茅場が、悠々と盾を動かし――

 

「――!? 馬鹿な?!」

 

その盾が、まるで戸惑う様に一瞬止まる。 結局二十六連撃目は防がれるが、その体勢は崩れた。

 

一体何が――いや、それは後だ!

 

「うおおおおぉぉぉぉおおおおおおっ!!」

 

茅場が見せた唯一の隙。

明らかに動揺する奴の防御の隙間に、二十七連撃目の突きを全力で叩き込む。

 

赤い切先が白い盾の縁を滑り、紅の鎧に突立ち、貫く。

茅場の顔に、その事実に対する驚愕が浮かび――全てに納得したような穏やかな微笑みが浮かんだ。

 

 

 

そして――

 

 

 

そして――――

 

 

 

 

 

 

 

そして――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ゲームは クリア されました】

 

【ゲームは クリア されました】

 

【ゲームは クリア されました】――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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26話 始まりの男

 

 

 

 

 

――気が付けば、空に立っていた。

いや、正確に言えば、空中に浮かぶガラス板に立っていると言うべきだろう。

少しばかり周囲を見渡せば、案の定と言うべきだろうか。 浮遊する鋼鉄の城が見えた。 予想と違う点を上げるとすれば、未だ崩壊の兆しは見えないところだろうか。

 

夕陽に照らし出された、世界中のあらゆる建築物の常識に囚われない縦長の城を眺めていると、俺のとは別の足音が聞こえる。

足音は俺の隣まで来て止まる。

 

 

「――ゲームクリアおめでとう、ヴラド君」

 

「……やはりお前か、茅場」

 

 

アインクラッドに焦点を合わせている俺の視界の端に、見慣れた紅の鎧を纏った男が映る。

 

「……その言葉はあの英雄に言うべきであろうに。 何故()をこの場に招いた?」

 

「言うまでもない。 あのナイフをサチ君に渡したのは君だろうに」

 

「………」

 

微妙な感情が浮かび、鼻を鳴らして誤魔化す。

 

「……驚いたようなら何より。 オレも手持ちの得物を全てインゴットに還してまで打った甲斐があったというものだ」

 

 

何しろ此奴が圧し折ってくれた槍の鉾を基礎に、最高級品のインゴットから打ち出したナイフを全て注いで打った一品だ。 ベースが槍だからか友切包丁レベルの大振りな物になったが、不意を突けたようならいい。

 

 

 

「……まあよい。

それで、楽しめたのか? あの世界、あの城での日常は」

 

下の方から緩やかに崩れ始めるアインクラッドを眺めながら、そう問う。 横から聴こえてくる息を呑む音は敢えて流す。

 

「……あぁ、楽しかったとも。

子供の頃から私は、空に浮かぶ鉄の城を空想していた。 広大な街。 どこまでも広がる草原。 地図を片手に潜る洞窟。 個々が生きている怪物。 それぞれの人生を精一杯生きる住人。

そして――」

 

そこで一旦区切り、

 

 

「――人々を鼓舞し、守護する人の『王』。

暗い洞窟を進み、絶望を斬り払う『勇者』。

最上層にて、そんな彼らを待ち受ける『魔王』。

そんな存在が、日々ドラマを創り上げる。 そんな世界を………」

 

そう、言った。

おそらく、心からの笑みを浮かべながら。

 

 

 

「……そうか。

あぁ。 確かにそれは、」

 

わざとそこで言葉を切った。

これ以上先を口にすると、これまでの感動が、ありきたりなものに成り果てそうで。

 

だが、伝わっただろう?

 

 

 

―――確かにそれは、楽しそうな物語だ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……幾つかいいだろうか。

何故私の正体に気が付けたのかね? それもおそらく、君から見れば初対面だったろう第五十層の時点で」

 

「なんだ、そんな事か?」

 

長い時を過ごした浮遊城から目を離し、未だヒースクリフのアバターを纏う茅場に僅かに向ける。

 

「『名は体を表す』。 日本の諺であったろう。

その人物の名前とは、名付けた者の願いや性格が出るものだ。 況してや自己の分身たるゲームアバターであれば尚更だろう。

本名ならば、その名に拘りを持つか、はたまたただの面倒臭がりか。

或いは――偉人や他者の名を借りるならば、その者への憧れか、その者の願い、望む在り方を反映しているものだ。

お前の名である『ヒースクリフ』。 その名を持つ男は―― ふむ。 いい加減長ったるしいな。シンプルにいこう」

 

僅かに息を吸い、ある小説の一節を読み上げる。

 

「――『Isn't it the end without even? After laughing and struggling, it would be funny to reach such a place?』」

 

何度でも言おう。

あの城は、あの物語は、本当に素晴らしく。

素晴らしく、お前自身を表していた(・・・・・・・・・・)

 

「俺は、狂おしい程に何かを追い求めた男を知っていた。 狂気に囚われて尚、他者を巻き込んですら己の(求めるもの)を追い求めた『ヒースクリフ』を知っていた。

茅場よ。 俺は、一万人もの無辜の民を巻き込んでまで投影した城。 四千人を殺してまで実在を証明した城。 それを追い求めた『ヒースクリフ』も知っていた。

……ただ、それだけの事よ」

 

「……そういうものか?」

 

「そういうものだ。 結局、きっかけなぞ下らない事が多いものよ」

 

仮に俺が忘れていたとしても、同じ理由で奴を疑っていただろう。 それほどまでのものだった。 うむ、我ながら馬鹿らしい根拠だ。

付け加えれば、隠し通していた筈のユニークスキルを初対面で看破したのも不味かったであろうなぁ。

 

 

 

「……もう一つ。 その時点で予測なり確信があったのなら、何故君は私を見逃した?」

 

「……………貴様、過去に『茅場は人の心が分からない』とか言われた事がないか?」

 

「?」

 

思わずジト目で睨んでやれば、本気で分からないと言いたげな顔をする茅場。 王は人の心が分からない……!

 

「何度も言わせるでない。

あの世界は、『ヴラド()』として茅場を誅すると誓ったのを覆すまでに美しかったのだ」

 

今までの俺のアインクラッドへの言葉はオブラートに包んだ虚言だとでも思っていたのか。 わざわざ一人称まで素に変えているというのに。

 

「……ゲームで死んだら本当に死んでしまう世界でも?」

 

「だからこそ、だ」

 

「…………そうか。

ああ―――」

 

心から安堵したように紡がれた言葉を側に、素人目に見ても復旧は不可能だと断言出来る程崩壊が進みつつあるアインクラッドへと視線を戻す。

一際外周が出っ張っている五十層が藻屑と消えるのを眺めていると、漸く隣に立つ者が動く気配が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

「……さて。 私はそろそろ行くとしよう」

 

こちらに背を向け、何処かへと歩き出す茅場。

その姿は数歩歩いた時点で消え去り、この場には俺だけが残った。

 

……いや、俺ももうそろ消えそうだな。 周囲一帯が光の粒子と消えつつある。

 

 

「………暫し然らばだ。 An Incarnating Radius(具現化する異世界)よ」

 

最後に、悠久に浮かぶ城を一目目に収め――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……次に瞼を開けると、俺の視界はただただ真っ白な光の奔流に包まれていた。

約二年ぶりに網膜を貫く光に、何度か瞬きをして慣らす。 だというのに俺の視界は未だに白いもので埋め尽くされ――

 

……その白いものの半分弱を占める銀色と、ジッと動かない二つの丸い緑がかった金色の正体に漸く気が付き、思わず呟く。

 

「………ちと近くないか、ジル?」

 

「いつまでも起きない貴方が悪いです」

 

顔を覗き込んでいたジルから少々辛辣な言葉がでる。 初っ端からこれか。 一応主従関係だよな、俺ら。

つかお前、実家の方はどうした?

 

「長期休暇を頂いてますが?」

 

そうかい。

 

 

 

手伝ってもらいながらもナーヴギアを外す。

元々長い髪が災いし少々手古摺ったそのヘルメット状のハードを膝の上に置き一息付いていると、「あぁ、そういえば」とジルが切り出すと、

 

 

 

「――おかえり、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」

 

 

 

――ジャックが、俺にとっての日常の象徴にして非日常の証明の女性が、

優しい微笑みを浮かべていた―――――

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ。 ただいま、ジャック」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









第1章 鋼鉄製浮遊城アインクラッド



――状況終了――









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第2章 混合北欧領域アルヴヘイム
27話 亡霊に成り損ねた者、亡霊だったもの


 

 

 

 

 

――2025年 9月26日

東京都内 病院

 

 

 

――はめ殺し窓の向こう側。 秋が始まりかけている気候の影響を受けてか、落葉樹の葉が僅かながら変色している。

けれど彼方側(・・・)とは違い、完全に変わりきってはいない――まだありありと残る夏の名残(緑色の部分)をぼんやりと眺めながら、ベッドの上で眠り続ける彼女に声をかける。

 

「……もう一週間経ったんだ。 そろそろ起きてくれよ………

――悠那(ゆうな)

 

 

 

 

 

 

 

――一週間前の、あの日。

ピトフーイとキリトによって茅場晶彦が撃破され、オレたちはSAOから解放された。

けれど、事態は何故かそれで収束しなかった。

……未だナーヴギアを被ったまま眠り続ける、約三百人のプレイヤー。 それに、今尚動き続けるSAOメインサーバー。

オレが目覚めた直後に息急き切って訪ねてきた総務省SAO事件対策課の人曰く、世間では茅場の陰謀の続きという説が一番有力とのことらしい。

 

……実際の所は、誰にも分からない。

単なるタイムラグの可能性も捨てきれないし、彼らだけがアインクラッドに取り残されたままなのかもしれない。

 

 

 

 

 

「……畜生」

 

思わず、ポツリと汚い言葉が出てしまう。

 

ナーヴギアは既に没収され、あの世界に行けるかどうか試すことすら出来ない。 タイムラグの類ならただ待つ事しか出来ないし、専門家が二年弱もの間頭を突き合わせても安全に解体出来なかったブラックボックス(SAOメインサーバー)に取り組むのは、悠那たちが危険過ぎる。

………結局、オレは待つことしか出来ないのか。

 

戦い方を覚えて。 恐怖の殺し方――具体的な方法は、まあ兎も角――を覚えて。

 

それでも、悠那を救い出すのは叶わなかった。

 

無力な今のオレに出来るのは、ただ、こうやって腐っていくだけ――

 

 

 

どんどん思考がネガティブな方向に転がっていると、病室の扉が開く音が聞こえる。

顔を上げると、何度か見覚えのある眼鏡を掛けた男性がいた。

 

「……重村さん?」

 

「鋭二君か。 君とも久し振りだね」

 

そこそこの大きさの箱を脇に抱えた重村徹大(しげむらてつひろ)さんは、まだ目覚める様子のない悠那を一瞥すると、備え付けの椅子に腰を下ろした。

 

……悠那には、こうやって待っている家族だっているのに。 これだったら、尚のことオレが悠那の代わりに目覚めないでいた方が……

 

 

「……あー。 その、なんだ。 元気かね?」

 

「……?」

 

――だからこそ、最初に感じた感想は、純粋な疑問だった。 何故今この人は、実の娘ではなく、オレなんかに声をかけたのだろうと。

 

「……まあ、元気ですよ。 リハビリ漬けではありますけど」

 

「そうか」

 

――だからこそ、気が付けたのだろうか。

色々と身を守る為、ついでに違和感から茅場の正体を当てた彼奴らへの対抗心か、自分でも無意識のうちにあれこれ観察するようになっていた視界が、重村さんがやたらと時計を気にしている事実に気が付いた。

事実上病院に軟禁状態のオレはまだ腕時計を付けておらず、壁に備え付けられている時計を見ると、時刻は十一時前だった。

 

 

「……鋭二君。 時間が無いから端的に言わせてもらう。 今すぐ成田空港に向かいたまえ!」

 

「は? え、重村さん?」

 

とうとう焦れた様子の重村さんは、持っていた箱をオレに押し付けるとそう叫ぶ。

 

「詳しい説明は私には出来ないし、する時間も無い。 ただ言えるのは、成田空港へ行け。 その道すがら、ニュースを見たまえ。 それだけだ。 頼む」

 

ただ戸惑うオレの背中をグイグイ押しながらそこまで一気にまくし立てた重村さんは、そこで一旦区切り、

 

 

「――悠那を、救ってくれ」

 

「!

――分かりました。 任せて下さい!」

 

その言葉を聞いて、走り出す。

途中で異変に気付いたらしい看護師に呼び止められるのも無視して、サンダルのまま飛び出す。

 

事態は全く読めない。

何が起きているのかなんて皆目見当も付かない。

でも、悠那を助けるチャンスがある。 それだけでオレが動くには、十分だ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――奇しく、或いは必然か。

 

タクシーに飛び乗り、今更財布の中身に対して血の気が引いているオレが。

オレ同様、絶望の縁に立っていた『雪原の歌姫』が。

数年ぶりに顔を合わせたある人から、衝撃の事実(脅迫)を受けた『閃光』が。

殴ろうとも蹴ろうとも反応を返さぬ相方に、人知れず泣くなんて珍しい反応を示していた『毒鳥』が。

 

そのニュースを見たのは、全く同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――次のニュースです。

一年十ヶ月に及ぶSAO事件に一週間前まで囚われていた、ヨーロッパ系企業ビジュテリエア・スフレトゥルイ社CEO、『ブライアン・スターコウジュ』氏が、本日正午発の便で帰国することが発表されました。外務省は――』

 

画面端に映し出されたのは、とても見覚えのある顔。 幾らか瘦せ、皺が増えているように見えるが、見間違いようがない。

 

ある人は、『老騎士』と慕い。

ある人は、『吸血鬼』と畏れ。

立ち塞がる総てを悉く粉砕し尽くした、最強の鉾。

 

……そして、窮地に陥ったユナと、フルダイブ不適合の所為で行く宛のなかったオレを救ってくれた、ギルドマスター。

 

 

――間違いなく、あの『ヴラド』が、そこに映っていた。

 

 

 

「………………………………………ふぅぉあぁッ!??」

 

しばらくフリーズした後、驚きのあまりスマホを持っていた腕を想像以上に脆かった膝の上に載せていた箱の中に突っ込む。 突然の奇声と奇行に運転手の目が細くなった気がして平謝りしながらも、重村さんがどういうつもりなのかを知るべく箱の中を探る。

入っていたのは幾らかの金と、二つのリングが並んだ冠状の見慣れない機械、一枚のメモ。

そして、『ALfheim Online』と銘打たれたゲームパッケージ。

……Alfheim(アルフヘイム)……であってるのか?

 

一先ず読み方はさておき、メモの方にも目を通す。 余程焦った状態で書いたのか、所々掠れ、用紙にも変な折目が付いていたが、辛うじて読む事が出来た。

内容は短くて、とても端的だった。

 

 

『悠那たち三百人を捕らえているのは、アーガスに代わりSAOサーバーを維持しているレクトの須郷という男だ。 世界樹の頂上にある研究所を襲撃してくれ。それでシステムプロテクトに穴が開く』

 

「……なんでこんなこと知って………あー、そういえば重村さん、アーガスの社外取締役だったんだっけか……」

 

二年前、オレが前日から並んで必死に手に入れたナーヴギアとソフトと同じ物をあっさり手に入れた悠那がドヤ顔で見せつけて来た時、そんな事を言っていたのを思い出す。

 

……そうかー。 あの頃からピトの悪影響を受ける(愉悦部の)下地はあったのかー……

 

SAO開始宣言と同レベルの怒涛の展開に思考がおかしな方向に飛んでいきそうになるのをどうにか引き留め、考えを纏めてる作業に入る。

 

悠那の事を本気で気に掛けている重村さんだ。 メモの内容はそのまま信じていいだろう。

となると、オレは何をすればいいのか。

シンプルに考えれば、世界樹の頂上なる場所に行けばいいのだろうが、果たしてそれだけで解決するのか。

 

そこまで考え、未だ処理仕切れていない爆弾を投下してくれたニュース番組が流している、空港(・・)入り口で警備員と押し合いへし合いを繰り広げている記者群の中継が目に入る。

 

……このレベルの騒ぎを起こせる人物を事件の中心部まで引っ張っていければ、それだけで注目を集められるだろう。 或いはもっとシンプルに、頂上にあるという研究所を破壊すればいいのか? 敵から見れば破壊の化身以外の何者でもないあのギルドマスターなら素手で余裕だな。

 

 

 

 

 

 

………それにしても煩いな。

外から人の怒鳴り声、叫び声が聞こえる。

こっちはまだ考え事をしているんだ。 ただでさえニュースサイトが煩いのに、全く同じ音(・・・・・)を外から追加で流さなくても――

 

 

「ッ、ここで降ります!」

 

空いている所を探してくれていただろう運転手を止め、その場で降りる。 因みに代金は箱に入っていた分丁度だった。

 

中身を元通りに戻した箱を抱えながら喧騒の中に足を踏み入れる。 空港の入り口は中継で見たまま、記者と警備員がごった返していてとても入る余地は無い。 それが分かっているのか、それ以外の人はオレの他に、詰まらなそうに騒ぎを見ている銀髪の女性(・・・・・)一人だけだった。

 

くそッ! どうすればいいんだよ!?

 

少し考えてみれば分かる事だった。 オレがここに着く前の時点でこの騒ぎなら、とてもヴラドに会いに行く事なんて出来ないだろう。 連れ出して研究所襲撃なんて以ての外だ。

 

「――チッ。 こうなったらヤケだ!」

 

我武者羅に人垣の中に突っ込む。

が、こっちは二年弱寝たきりだった身。 何処かで覚悟はしていたが、あまりに非力な身体は想像以上に軽々と弾き出され、寧ろ突っ込んだ時以上の勢いで転ぶ羽目になった。

辛うじて受け身が間に合ったが、身体が所々痛みに悲鳴を上げる。

 

「っ、ブライアンさん!」

 

もう届かない。 理性はそう告げるが、咄嗟に手を伸ばす。 これは悠那へ繋がる、細い糸だ。

 

尻餅を付いた格好のまま、懸命に手を伸ばす。

 

 

「――ヴラド(・・・)!!」

 

 

公表されていない、ギルマスのプレイヤーネームを叫びながら、手を伸ばす。

 

 

その時。 なんの偶然か、丁度自動ドアの上に取り付けられていた時計が、無情にも正午を指し示し。

 

 

そして――

 

 

 

 

 

 

 

「――問いましょう」

 

 

 

 

 

――運命は、確かにこの手に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――貴方が、『ノーチラス』ですね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









次回予告

どうも皆様。 今回より一時的にメインの立ち位置に入る事になりました、ジャックです。
待ちに待った方も多いかと思われるALO編、そのプロローグ。 少々短いですが、如何だったでしょうか?

明らかになった本来とは異なるメンバー。 手段の所為で自陣に既に敵のいる須郷伸之。
……地味に研究出来ている時間も極端に短くなってますし、始まった時点で崖っぷちとは。攻める側ですが、哀れですね。 まあ彼の所為で私は残ることになったので、容赦なく解体しますが。

ではそろそろ、次回予告に移りたいと思います。


何処か怪しいながらも助けを得たエイジ。
集まる嘗てのパーティーメンバー。 それとは別に動き出す二人の少女。
今此処から、難攻不落の要塞への攻略が始まる――

次回、『霧夜の瀟洒な従者』。


――さて。 では、私も暴れるとしましょう。

だってあの人は、本当に楽しそうでしたもの――






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28話 霧夜の瀟洒な従者、暗躍す

 

 

 

 

 

 

 

――最初、その女性が本当にオレに話しかけているのかどうかすら確信がなかった。

そりゃそうだ。 だって重村さんを含む極一部の例外を除けば、SAOサバイバーでなければ『ノーチラス』の名前は知らないはずだ。

けれど、目の前の女性は明確にオレ(鋭二)オレ(ノーチラス)だと認識して喋っている。

 

「……如何かしましたか?」

 

「い、いや。 何でもない。

ところで、あなたは?」

 

立ち上がるのを手助けして貰ってから聞くと、女性は一瞬記者群の方に目を向けてから「一先ず、場所を変えましょう」とオレの手を引いて歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さて。 では、何処から話しましょうか」

 

場所は変わり、女性の運転する車中。

一応オレは入院中に病院から飛び出した身だからか、そこまで移動する車の中で話をすることになった。

 

「……そもそも、あなたは誰ですか?」

 

まずは最大の疑問をぶつける。

今更だけど、この人はかなりの美形だ。 日本人離れした銀髪に、スラッとした細い体系をしている。 服も露出の少ない青系のカジュアルチックな物で纏まっているけれど、それでも凛とした雰囲気を醸し出している。 しかも正体不明でミステリアス。

ハッキリ言って、密室空間に二人でいるのは少し心臓に悪いレベルで美人だ。 そして、こんな人がアインクラッドにいたら、それこそ『閃光』並かそれ以上に確実に話題になる。 つまり、この人は確実にSAOプレイヤーではない。 だとするとその時の情報はどこから――

最悪の状況を考えていると、女性は簡単に答えを返した。

 

「私はジル・フェイ。 貴方方がヴラドと呼ぶ方の専属従者の様なものを務めております」

 

……なんだ、良かった。 ヴラドの関係者か――

「……ちょっと待ってください。 専属従者?」

 

「はい。 俗に言うとメイドかと」

 

「いやそこじゃなくて。 そこも気になるけどそこじゃなくて!」

 

今サラッと言ったけど専属のメイドがいるって何者だよあの人!? ニュースだと会社の社長とか言ってけど秘書とかじゃなくて従者?! 貴族か何かかよ!?

つか何でそんな人がまだここ(日本)にいるんだよ!?

 

「頼まれたからですよ。

未だ目覚めていない三百人。 彼らを救う為、世界樹の攻略をする貴方方を手助けしてくれないかと」

 

「え、――」

 

鏡越しに目があう。 緑がかった金色の瞳。

その瞳からは正気も狂気も読み取る事は出来ないけれど、

確かに、害意は無い気がした。

 

「……信じて、いいんですね?」

 

「ええ。 少なくとも、須郷伸之を仕留めるまでは、私は貴方の味方でありましょう」

 

……あぁ、この意味不明で思わせぶりな言い回しはアイツ(ヴラド)の関係者だ。

戻りきっていない体力で何度か走り回って疲れた身体をシートに沈ませながら、最後にするつもりの質問をする事にした。

 

「……そう言えば、何でオレがノーチラスだって気付けたんですか?」

 

「貴方があの人の事を『ヴラド』と呼んだからですよ。 マスコミ各社には伏せている情報でしたので」

 

あぁ。 SAOでの事は公表されてないんだったな。

現状SAO事件での訴訟は全て茅場晶彦とアーガスに向かっているが、SAO内では何度もプレイヤー同士の殺し合いが発生している。 そこまで行かなくてもオレンジ(犯罪)行為はそれこそ掃いて捨てるほど発生していたし。 そういった件でのプレイヤー間の訴訟を避ける為、だったか。

そう考えると、何でヴラドは元SAOプレイヤーって情報付きで顔写真、まで………

 

「……伏せている情報(・・・・・・・)

って事は、わざと流したのか?」

 

「おや、気が付きましたか。

ええ。 この方法が彼方でDKに所属していたメンバーを簡単に釣れると判断したので、彼是嗅ぎ回っていた記者を何人か捕まえて。

……まぁ、彼や私自身が直接動こうとしたら悉く情報を塞いできた対策課の皆様への意趣返しも含まれていますが」

 

うわぁ…… この人ピトと同じ嗤い方してるぅ……

 

「――だとしても、正直に申し上げれば賭けでした。 彼方側(対策課、外務省)も『もう面倒事は御免だ』と言わんばかりの対応でして。 間に合ったのは重村教授から話を聞いた貴方だけです」

 

「待って。 待って! あんた重村さんとも知り合いなのか?!」

 

とうとう敬語すらかなぐり捨てて突っ込む。

ヴラドも時々裏方に徹して気が付いたら全部終わってるみたいな状況作ってたけど! この人最初っから暗躍し過ぎ!

 

「アーガス本社跡の地下で偶然。 あぁ、今彼処に行くのも重村教授に連絡を取るのも御遠慮下さい。 絶賛細工合戦の最中なので」

 

「細工合戦って何!? あやっぱりいいです聞きたくない」

 

ツッコミの途中で猛烈に嫌な予感を感じて訂正する。 だがそこはピトと同類の匂いを感じさせるジルさん。 遠慮容赦が無かった。

 

「事の発端は須郷伸之がSAOメインサーバーのルーターに爆発物を仕掛けた事です。 私は重村教授がそれを如何にかしようと格闘している最中に出逢ったのです。 目的が一致した我々は、私は教授から情報を得、私はその手の物に明るいある人物を――」

 

「もう分かったから! もう分かったから!!」

 

いつの間に重村さんはそんな危ない橋を渡っていたのだろうか。 大体二時間前に会った時は全然そんな風に感じさせなかったのに。

一体どれだけの苦労をしているのだろうかと、その本人から渡された箱に目をやる。

 

……サラッと流しかけたけど、色んな思惑混みで警備が厳重だろうメインサーバーに接近出来て、爆弾に詳しい人とも知り合いで、多分、というか絶対他にも色々やれるだろうこの人って本当に何者だよ?

 

「ただの瀟洒な従者ですよ。 今も、これからも」

 

……おまけに読心術まで出来るらしい。

今更だけど、何でアイツ(ヴラド)がピトとかと上手くやっていけたのか納得出来た。 こんなメイドが居たらそりゃメンタルも鍛えられるよ。

 

 

 

「……結局ヴラドって何者なんだ? アンタみたいなメイドがいるくらいだ、ガチの貴族とか言われても驚かないぞ」

 

飛び出してきた病院が見えてきたあたりで、気になった事を呟く。 藪蛇な気もしなくはないが、今の所この人は聞いた事全てに答えてくれている。 案外簡単に教えてくれたり、何て浅はかな考えで聞いてしまった。

 

 

「――貴方が今、自分で言ったじゃないですか」

 

「?」

 

答えは予想通り、直ぐに帰ってきた。

クスリと、まるで悪戯が成功した子供を彷彿させる微笑みで、トドメの爆弾を投下しながら。

 

「先程も申し上げた通り、マスコミへ流した物は未完全。

あの人のフルネームは、ブライアン・ヴラド・スターコウジュ(Brian・V・Stacojiu)

ヴラドの名を今尚受け継ぐ家系の現頭首(十五世)です」

 

……『ヴラドの名』?

…………そう言えばいつだったか、ドラキュラの元ネタはヴラドって実在の王様だったって聞いた事があるなー。

 

…………ふーん………

 

「……つまり、元王族?」

 

「マスコミには一切伏せていますが、そうなりますね。 此度の帰国もスケジュール的には親族への顔出しが主だったものになりますし」

 

「…………じじ、じゃあ、あの何とかって会社の社長って肩書きは?」

 

ビジュテリエ・ア・スフレトゥルイ(Bijuterie a sufletului)社ですか? 今尚増えるチャウシェスクの落とし子たちの受け皿として作られたものなので、利益度外視のほぼNPO法人のようなものですね」

 

 

…………ほーん………

 

 

 

 

 

「――はっあぁぁぁぁぁああ!?!?」

 

「予想通りの反応ありがとうございます」

 

ALOにログインし、この人に見覚えのあるナイフ投げと槍術でボッコボコにされるまで後数十分。

突然明らかになった衝撃の真実の連続に、オレの意識は一度現実世界からすらログアウト(現実逃避による気絶を)するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――一時間前 正午過ぎ

 

都内 高度医療機関

 

 

「――ぶっははははははははは!

何これ?! ホント何コレ!? いやーコレやばいね! あのキャラを二年通すだけの事はあるよ! あっひゃっひゃ!」

 

スマホの画面に映るニュース映像を眺めながら大爆笑して転げまわる少女――に見える年齢不詳の女性。

また(・・)眦に水滴が溜まっているけれど、果たしてそれは笑い過ぎが原因なのか。

……深くは聞かないでおこう。 さっき見た号泣しているこの人を思い出すとどうも調子が狂う。 どうせ悪名高き愉悦部を、それもその筆頭たる毒鳥を名乗るなら、せめて殴り甲斐のある不敵な笑みを浮かべていて貰わないと。

 

どちらにせよ、この話はお互いにとって重要で急用だ。 一先ずにしろこの毒鳥と組むのなら、最低限の情報共有くらいはしないと。

 

「ねえ、話を聞いているのかしら。 神崎エルザさん?」

 

「はー。 あーうん、聞いてる聞いてる」

 

枕元に端末を放り投げ、やっと此方に向き直る外見年齢詐称少女。 こんなのが歌手として受けていたなんて、結局世の中外見なのだろうかと邪推してしまう。

 

「にしてもこんな偶然あるもんなんだねぇ。 まさか、明日奈ちゃんと私たちが同じ病院に運ばれてるなんて」

 

「……ええ、そうね。 おかげで変わったもの(・・・・・・)も観れたし。 ほんと、偶然って怖いわよねぇ?」

 

直ぐに視線が逸れた。 心なしか、冷や汗も垂れているように見える。

 

「………明日奈ちゃん、性格変わった?」

 

貴女の所為でしょう。

この一言を全力で飲み込み、「それより、」と本題を続ける。

 

「さっきも言った通り、キリト君たちは『アルヴヘイム・オンライン』ていうゲームの中心部、世界樹の頂上に閉じ込められてるわ。

それも、非道な実験の被験体として」

 

「……うーん、ちょっと待ってね」

 

眉間を揉みながら、ジェスチャーでも『待って』をするエルザ。

 

「これ以上何を待つのよ! 今直ぐにでも助けに行かないと!」

 

「うん。 それは私もそう思うよ?」

 

「だったら何で!? 貴女が、――」

 

さっき見せた涙は嘘なのか。 そう続けようとして、出来なかった。

……忘れていたから、とも言える。 あの浮遊城の世界で、あのバーサーカーを差し置いて一時期『魔王』とすら呼称された少女の異常性を。

 

「……私だって。 その場に居たら、絶対にその男をブチ殺してるよ。 いや、楽には死なせてやらない。 折れる骨は全部折って。 千切れる所は全部千切って。 感覚器官は全部潰して。 無様に喚かせて、一人ぼっちのまま、ゆっくり、ゆっっくり殺してやる」

 

狂気と、復讐心と、そして狂楽の入り混じった歪な光が瞳に灯る。

……オレンジ討伐戦で彼ら(DK)と組む事はよくあったけれど、よく死人が出なかったと今更ながら思う。 ヴラドかエムか、どちらかがいなければ、確実にこの女性は堕ちていただろう。

――そして、今。 そのどちらも、いなくなってしまった。

 

 

「……まあ、愉しい妄想(ifの話)はさて置いて。 明日奈ちゃんも落ち着いた?」

 

スッと狂気が隠れ、いつも通りの憎たらしい感じに戻る。 彼女が直接その歪さを前面に出すのは珍しいけど、やっぱり怖い。 しかも、この二面性が素らしいから尚更。

 

「……ええ。 お陰様で」

 

「じゃあ説明パートに入る、そ・の・ま・え・にぃ〜」

 

パッと見小動物系にも見える神崎エルザ。 素かキャラ作りか、多分後者だろうが「うんしょ、うんしょ」なんてあざとい掛け声をかけながらベッドから降りると、そのまま一直線に病室のドアに駆け寄って開ける。

 

「誰かいたの?」

 

「……いや。 私の勘違い、かな?」

 

「何で疑問形なのよ」

 

まるでピンポンダッシュかなにかを受けた様にキョロキョロと周囲を見渡すエルザ。 一応私も様子を見に行ったけれど、真昼間の病院というのもあって廊下には普通に人がいる。

強引に不審者を挙げるとすれば、妙に目に止まる変わった花の赤い花束を抱えているから誰かのお見舞いに来たのだろうに、その割には病院に合わないピシッとした暗い服の女性がいるくらいだろうか。

 

何がそんなに気になるのだろうかと内心首を捻っていると、いつの間にさっさと病室に引っ込んでいたエルザがまた携帯端末を弄っていた。

 

「……まあいいわ。 それで? 何がそんなに引っかかるのよ?」

 

「…………赤モクレン? あぁ、そういうことね」

 

「はぁ?」

 

画面を見ながらボソリと呟く少女擬きの姿に二面性どころか三面性まであるのかとツッコむのを堪えていると、エルザはニヘラと笑いさっきまでのテンションに戻る。

 

「いやね? もうあのオッサン何者だよって話。 まあそっちは考えてもしょうがないし、さっさとログイン済ませちゃおっか」

 

「え? は、え?!」

 

そしてテンションが戻ったと思ったらこれだ。 私が準備して持ってきたアミュスフィアを被ると、さっさと「リンクスタート!」と唱えた。

……あーもう! なんなのよ一体!

文句や言いたい事は山ほどある。 あるけれど、次の世界にダイブしない事には何も始まらないと自身に言い聞かせ、同じ様にアミュスフィアを被った。

 

目標は――世界樹の頂上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――同時刻

 

都内

 

 

 

『――以上が手に入った情報です。 私としては、貴女が介入することは寧ろ悪手かと』

 

昔から変わらない凛々しい声で、それでいて思い出の中にはない完全に無感情な声が電話越しに聞こえる。

 

「うん。 私もそう思う」

 

『ならば待ち続けると?』

 

「……ごめんなさい。 それは、出来ません」

 

姉の様な女性。 その人が、錆びかけていた昔の伝手を使ってまで集めてくれたらしい情報は、決して無駄に出来ない。

 

それに、何より。

私は誓ったから。

 

「――私は、諦めません。 必ず、キリトを助ける」

 

『……そうですか。 なら止めません』

 

呆れながらも、何処か憧憬が混じった声の返事が返ってきた。

『気を付けて』という言葉を最後に、電話が切れる。

 

「……ありがとう。 あなたもね。

――舞弥さん」

 

通話の切れた携帯はサイドテーブルに。

代わりに手に取ったのは、華奢なデザインのバイザー状のシルエットの機械。

 

……最初からこれ(・・)を用意しておいてくれているあたり、私ってそんなに分かりやすいのかな?

 

今思い返してみれば、現実に戻ってから私の変化――好きな人ができた事に真っ先に気が付いたのは舞弥さんだった。 やっぱりバレバレなのかもしれないなぁ。

 

そんな事を考えながら、私――朔月 千佳(さかつき ちか)ことサチは、もう一度仮想空間に潜るべく、魔法の呪文を唱えた。

 

 

「――リンク、スタート!」

 

 

 

 

 

 

 



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29話 白百合の騎士、合流す

 

 

 

 

 

――フリーリアと名付けられた街の外れ。 橋一本でしか他の町のある大陸と繋がっていない絶界の孤島にある街の、更にそこから離れた所にある小さな小屋 ……の庭。

ALO世界にスプリガンとして登録された『ノーチラス(オレ)』は、そこで無様にひっくり返っていた。

 

 

 

「……不幸だ」

 

これに『幸運E』という読み仮名を付ければまんまあの狂王の口癖になる台詞を独言る。 まあこの言葉を吐く原因の一端ではあるんだからせめてこれくらい言わせろと、誰ともなく言い訳も添える。

事の始まりはヴラドのリアルショックに始まり、気絶していた間に女性、しかもオレより身長が低い人に軽々と運ばれ(途中で気が付いた時にはもう一度気絶したくなった)。 この時点でもう色々とボロボロだったのだが、そこは悠那を助けるべく気合で堪える。

問題はその後。

初期設定で何となくスプリガンを選んだまでは良かったのだが、その種族のホームタウンからゲームがスタートする筈が、突然発生したバグと思わしき何かに巻き込まれ、今いる庭の上空に投げ出されたのだ。

あわやいきなり一乙かと肝が冷えたが、幸い(?)にも半分弱程度の減少で済んだ。 顔から落ちた所為で地味に痛かったが。

 

鼻を強打した事で発生した痺れその他に暫く悶絶していると、背後から聞き覚えのあるジルさんの声で「……なにしてるんですか、あなたは」と呆れて混じりに話しかけられた。 自分がノーチラスであること、バグの事を伝えようと身体を起こして向き直り、

 

「…………………えっと、どちら様?」

 

「声は同じでしょう、ジルです。 此方ではジャックと名乗っていますが」

 

――そこに立っていた人の外見に、思わずフリーズした。

リアルのジルさんの外見は、160程の身長にキリッとした雰囲気の女性だった。

 

それがどうしてこうなった。

 

ALOのジャックの外見は一転して低身長、おそらく140に届かない、所謂ロリ体型と化していた。 服装も体型にフィットするタイプの黒い物で、雰囲気、声、瞳の色と髪くらいしかリアルとの共通点がない。

極め付けは、――

 

「? 私の顔に何かついてますか?」

 

――銀髪の中に半ば埋まってこそいるが、明確にピコピコと自己主張しているネコミミ。 これが強烈なギャップを作り出していた。

キャラ作成をする時に表示された種族一覧にあった特徴から、テイムと敏捷に優れたケットシーである事は分かった。 分かったが、だからと言ってこの目の前に出現した、絵に描いたようなギャップ萌えを体現する存在はどうすればいいのだろうか。

リアルの外見が再現されていたSAOでは体験しようのなかった感覚に戸惑っていると、ジル――ジャックは若干後退りながら、そっちの気のある人(ロリコン)をピトの相方と同じ沼に突き落としそうな目つきで睨んできた。

 

「……ノーチラス。 貴方まさか、ユウナという人がいながらルーと同じこと言い出すんじゃ、」

 

「待て待て待て。 誤解だ。 多分誤解だ! いやだってさっきまでとは全然違う姿だから驚いただけ! つかルーって誰だよ!?」

 

「……まあいいでしょう。 ルーに関しては後程紹介します。

それより、今私がすべきなのは――」

 

溜息ついでに目つきを戻したジャックはそこまで言うと、極細の糸が何重にも巻き付いた太めのバトンの様な物を取り出した。

腕を真っ直ぐに伸ばし、地面と水平になるように持ちながら糸を解くジャックは、不意打ちを警告する様に、ボソリと呟いた。

 

「――貴方の実力の把握です」

 

「ッ――!?」

 

次の瞬間、殺気が膨れ上がる。 気だけで圧倒しにくる様は、まさしくあの狂王を彷彿させた。

咄嗟に腰に装備されていた初期装備の剣を引き抜く。 ほぼ勘頼みで左側からの薙ぎ払いに対してガードを固めると、直後に衝撃が手に伝わった。

 

「……どうやら最低限は出来るようですね」

 

「アンタの御主人に散々ビビらされたからな……!」

 

流石に手加減はしていたようで、あっさりと弾ける。 直ぐに刀身を押していた重圧は退かされ、漸く相手の得物の全体像を把握出来た。

……正確には、未完(・・)の全体像だったが。

 

ジャックの手に握られていた得物。 両手でしっかりと握られたそれは、彼女の外見に似合わない『無骨』で『シンプル』としか表現しようのない槍。 ただし、そのシンプルさの中には彼女の戦闘への意識が随所に隠されているようだった。

低身長で通常規格そのままの長物を扱うのは不利だからなのか、取り回しに重点を置いた飾り一つ無い代物。 矛先すら金属棒の先端を削ったような具合で、まさに『ダメージさえ与えられればいい』という考えなのだろう。

しかし、『柄』は全くの逆。 装飾という点では相変わらず皆無だが、近接戦では不利になりやすい低身長を補うだけの工夫があった。

もう不意打ちをする気はないのか、目の前で槍をクルリと一回転させながら解いた糸を引っ張る。 みるみるうちにバラバラに分裂していた槍の後ろ半分が糸に誘導されて連結していき、二メートル程の槍が完成した。

 

――多節棍。 いや、矛先が付いている以上槍に分類されるのだろうか。

どちらにせよ、只でさえ攻撃方法が多用な槍が更に面倒くさくなったのには変わりないか。

 

 

「さて。 此方としましても、幾らあの人直々の推薦とは言え貴方の実力を無条件に信じる事は出来ません」

 

組み上がった槍を片手に、左手でウィンドウを弄るジャック。

間髪置かず目の前に初撃決着モードでの決闘依頼が表示される。

 

「……だから直接やり合う、か? 分かりやすくていいな」

 

勿論承諾。 自然体に構え、剣を持つ手はギリギリまで力を抜く。 今更手にあるのがあの城で振り続けた愛刀ではない事が不安になってくるが、先回りしたジャックに「ご安心を。 ちゃんと力加減はします」と言われてしまった。

……そんなに弱そうに見えるのか? オレ。

 

少しテンションが下がるも、相手を見据えて警戒は怠らない。

ジャックは自分の身長より長い槍を物ともせず片手にぶら下げるように持ち、右手は開かれたまま。

その構えに既視感を感じて、こんな場面ではあるが、オレはある意味で安心感を抱いていた。

何故なら。 持つ手やら色々と差異こそあるが、あの構えは――

 

 

――アイツ(ヴラド)と、同じだ。

 

 

ブザーが鳴ると同時に一思いに突撃する。

一瞬で間合を詰めて切り上げれば、予想通り(・・・・)上方向に受け流される。

が、二度目(・・・)ともなれば慣れたもの。 相手の持つ柄に爪先を引っ掛け跳ね、支えこそ無いが鉄棒の要領で上半身を勢いよく倒し、剣を振り下ろす。 しっかりと跳ぶ瞬間に槍を蹴り落とすのも忘れない。

だがオレの一撃は弾かれる。 記憶(・・)とは違い、防いだのはナイフではなく分解した柄の一部だったが、予想圏内。

敢えて剣の芯から外した部分を当て、刀身を滑らせる。 着地と同時に地面と水平に剣を構え、刎ね上げる。 ゲームが違うからソードスキルこそ発動しないが、動きは『レディアント・アーク』とほぼ同じ。

 

――つまり、このままでは負けるだろう。

 

あの時――七十五層ボス直前に挑んだ時は、このタイミングで馬鹿正直に胴を斬りにいった結果、軌道を読んだヴラドにソードスキル発動直前の手元を押さえられて強制停止させられて負けた。

事実ジャックの動きを確認してみれば、驚愕しながらも迷いの無い動きで、分解した槍の紐――光沢からして金属糸(ワイヤー)?をオレの手首に巻き付けようとしていた。 一瞬で辿れる範囲で追って見れば、一方は足元に。 このまま切り上げればまた動きを止められていただろう。

 

だから、更に一手先を読む。

僅かに軌道を手前に。 わざとこの一撃が相手に辛うじて届かない様に発動する。

 

結果、刀身に直接糸を巻かせる事に成功した。

幾重にも巻かれる前に強引に振れば、切断を警戒してか糸が撓む。 分裂した槍の各パーツも低い位置にあり、おそらくガードは不能。

 

「貰ったぁぁっ!!」

 

レディアント・アークの勢いそのままに身体を一回転捻り、バツの字に斬り上げる。 今度はしっかりと一歩踏み込み、必中の間合で剣を振り抜いた。 途中で直撃した槍ごと打ち上げる(・・・・・)事に成功し――

 

 

「――成る程。 あの人が認めるだけの事はあります」

 

けれど、勝敗が決した合図のブザーは鳴らず。 それどころか、不自然に重い切先から涼しげな声が聞こえた。

有り得ないと思いながらも振り上げた剣の先を見上げれば――そこには、片足で刀身の腹の上に立つジャックが。

 

「それだけの腕があるなら世界樹のグランドクエストでも死なずに済むでしょう。 では、次の用事を済ませるとしましょうか」

 

どれだけのバランス感覚に技術があれば出来るのかすら分からない技にオレが唖然としていると、「降参(リザイン)」と短く宣言して決闘を終わらせたジャックが剣の上から飛び降りた。

……手加減、されていたのだろう。 ヴラドの全力が無手から放たれるSTR極の一撃であるのと同様に、ジャックも何かを極めている。

今のは、そのほんの一端。

 

………悔しい。 オレがあの世界でユナを守る為に努力した二年は、何だったのか。

 

「待ってくれ! まだオレは、」

 

その感情のままに『まだ負けていない』、そう言おうとして。

 

――気が付いたら、首元にナイフの刃が突き付けられていた。

さらに右手に握っていた剣が、刀身を失った様に突然軽くなった。 柄がポリゴン片に砕けた感覚もあるから確定だろう。

 

予兆無し。 覇気も無し。 おまけに目の前にいるというのに、一瞬気を抜けば見失ってしまいそうな程気配を感じ取れない。

 

「なっ――」

 

まさに一瞬。 それだけの間に武器は切断され、急所には武器。

向こう(アインクラッド)にいたレッドや暗殺者系プレイヤー、それに近い動きをするMobすら霞んで見える程の異常な実力。

あの人が狂戦士(バーサーカー)なら、この人は正に『アサシン』と言うべきなのだろう。

 

 

 

――ゼロ距離で何の感情も浮かんでいない金色の瞳と向き合って、何秒経っただろうか。

まるでスイッチを切り替えた様に突然小さく微笑んだジャックは、ナイフを引っ込めた。

 

「――さて。 武器も壊れてしまったことですし。 装備を整えがてら、向かうとしましょうか」

 

「……向かうって、何処に?」

 

ついさっきまでナイフの刃が当たっていた首をぞっとしない気分でさすりながら問う。

 

「勿論、最終目標たる世界樹攻略、その布石の一歩目たる人物に会いに、ですよ」

 

やはり、答えは直ぐに返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ケットシー領首都『フリーリア』 中心部

 

 

……一つ分かった事がある。 ヴラドといいジャックといい、どうやらこの主従は取り敢えずヤベーヤツ認定されているらしい。

魔法と異種族間の事情について簡単に説明されながら街の門を潜ったのだが、行く道ですれ違ったプレイヤーの多くが二度見した挙句少し引いていた。 一体何をやらかしたら同族からすら引かれるのかと聞いてみれば、

 

「私がこのゲームを始めた頃、勝手が分からず片端から辻斬りして回ったからでしょう。

あの時は出会う相手を全員解体しましたから」

 

やはりというべきか、ぶっ飛んだ答えが返ってきた。 ていうかそんな大規模PKしたら確実に討伐隊が編成される気がする。 その事についても聞いたら、

 

「ええ。 多種族混合編成の部隊が。 サラマンダーの主力部隊が他種族と組んだのはあの時だけでしたね」

 

「……ちなみに、戦果は?」

 

さくっと『殲滅しました』みたいな返事を予想してみれば、「当時は顔バレしていなかったので、適当に撒きました」とのこと。 顔バレ後は稀に負ける事もあるらしいが、基本的には高難易度ダンジョンに誘い込んだり、夜間にリーダーだけを闇討ちして逃走を繰り返しているらしい。 戦果だけ見ればラフコフが霞むな。

 

 

途中で立ち寄ったジャックの行き着けらしい武器屋で武具を整え――隣で見覚えのある形状の投げナイフをダース単位で買い込んでいるのはスルー――た後、違いの分かりにくいレンガ造りで豆腐スタイル(四角形)の建物が多いフリーリアの中で、塔を除けば唯一旗が揚がっている建物に案内された。

勝手知ったる場所と言わんばかりに遠慮なく奥まで進んでいくジャックに着いていくと、明らかに重要な部屋に続くと分かる一際巨大な扉の前で初めて立ち止まった。

 

「ジャック……?」

 

「……いえ、何でもないです」

 

呆れたような諦めたような半目をしたジャックは、普通に扉を開けた。

 

そこにいたのは、ソファーに寝っ転がっている黄色い髪に褐色肌の少女。

当然ながら猫耳と尻尾が存在し、本人のリラックス具合を表しているのかゆっくりと揺れていて、部屋に入ったオレたちに気付かずに寝ている様だった。

 

「寝ているのか?」

 

「……アミュスフィアは脳波の変動を感知すると、自動的に接続を切ります。 つまり、」

 

左手で大振りなナイフ――オレの喉に突き付けた、刀身が紫色に染まった物を引き抜きながらスタスタと褐色肌の少女に近付き、

 

「――狸寝入りです。 猫なのに」

 

「だからっていきなりソレは酷くないかニャー?!」

 

躊躇いなく振り降ろした。 尤も少女の方も慣れた動きで避けていたから、よくある事なのかもしれない。 あれか。DK内でも頻繁にピトが他のメンバーを襲撃してたけど、あれと同じようなものか。

 

「ジャックちゃんの鬼ー、悪魔ー」

「煩いです。 人の目の前でイチャイチャイチャイチャしまくって! 表に出なさい!」

「自分から死ににいく趣味はないヨ!」

 

あれよあれよといつの間にナイフによる二刀流とサーベルの斬り合いに発展している少女の姿をしたなんかたちを適当に眺めながら、巻き込まれないように端の方で膝を抱えて落ち着くのを待つ事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――領地補正なのか幾ら斬っても互いの体力が減らない不毛な戦いが落ち着いたのは、想像より早く五分とかからなかった。

というより、最初から二人揃って本気ではなかったのか、ある程度斬り合うとスイッチを切り替えた様に武器を収めた。

一体いつから示し合わせていたのかと混乱していると、褐色肌の少女が座っていたオレに手を差し伸べてきた。

 

「あの、えっと、」

 

「あぁ、自己紹介がまだだったネ。 私はアリシャ・ルー! ケットシーの領主をやってるヨ」

 

「は、はぁ。

……領主?」

 

「それぞれの種族をギルドに見立てた場合、そのギルドリーダーに相当(あた)ります」

 

効果は分からないが、何かしらの魔法の詠唱を終わらせたジャックが補足してくる。

 

「それで? スプリガンのキミが、どうしてケットシーのジャックちゃんと?」

 

オレが立ち上がった辺りのタイミングに合わせて、無邪気そうな顔でそう聞いてくる。 はぐらかすべきか正直に言うべきか答えに困っていると、ジャックが尻尾をくねくねさせていたアリシャに対して意味の分からない言葉を言った。

 

「――ルー。 今日私たちは、シャルル(・・・・)に用があって来ました」

 

その言葉を聴くと、本人の内面を示すように動き回っていた尻尾がピンと貼ったまま微動だにしなくなった。

 

「……えっと、大丈夫ですか?」

 

「あー、うん。 大丈夫」

 

発した言葉も、さっきまでの遊びのあるとは違う。 凛とした、言うなれば『真面目な声』だった。

今日何度目か分からない混乱状態に陥っていると、ルーさん(?)がジャックに話しかける。

 

「それにしても、私に話があるなら最初からそう言ってくれればいいのに」

 

「すみません。 本来ならリアルで話すべきでしょうが、少々急を要する件なので」

 

「ジルがそこまで言うって事は、例の未帰還のSAOプレイヤーの件かな」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!? どうしてそれを?」

 

ルーさんの口からジャックのリアルネームが出た時点で、さっきジャックの言った『シャルル』がルーさんの本名な事と、そのルーさんのリアルに対して嫌な予感を感じとる。

 

 

「あのデスゲームにヴラドが巻き込まれていたのは知っていたからね。 その従者が日本に残って、そしてわざわざVRゲーム内で私に会いに来るって事はその辺りの件が絡んでると思ったんだ。 元々、レクトには怪しい所があったしね」

 

顔付きすら変わっていると感じるほど雰囲気が変化したルーさんに、今日一日だけで異様に鍛えられた警鐘が鳴り響く。

 

「と、所で、あなたは……?」

 

震える喉を痙攣らせながら、念の為に確認する。

その返答は――

 

「――私の本名は、シャルル・デオン・ド・ボーマン。

彼らとは以前から交友関係があるだけのフランス人さ」

 

ジャックとは違う、少し曖昧なものだった。

 

 

 

 

 

 



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30 絶剣無双

 

 

 

 

 

「――ねえアスナ。 私最近言ってみたい言葉があるのよ」

 

「へー。 どんなどんな? 聞くから言ってみなさいよ」

 

「それじゃあ、早速――」

 

ジメジメとした水気の多い大地に沼が点在する、まさに『ザ・湿地帯』なフィールド。

今にも超巨大なカエルでも出現しそうなそんな場所で、水色の髪と青味がかった黒髪の少女二人組は和気藹々としていた(・・・・)会話とは裏腹に、それぞれの脚で土を蹴りながら走って(・・・)いた。

 

 

 

 

 

「――不幸だっっ!!」

 

「私の台詞よバカフーイ!」

 

絶叫する二人が通り過ぎた地面を、上空から降る幾つもの火球が焼いていく。

表面に生える苔の様な植物が、仮根で張り付いていた地面に染み込んだ水ごと蒸発する音に更にスピードのギアを上げながら、並走する長身の外見のみ美女に向けて叫ぶ。

 

「ほら最初に相手切ったの貴女でしょ!? 誠心誠意焼かれてきなさいよ! ていうかSTR型の貴女がなんで私に着いてこれるのよ!?」

 

「気合と根性! 死なば諸共よぉ!」

 

「ホント貴女って人は! ホント貴女って人は!!」

 

事が始まった時点で不幸の嵐だった。

キャラ作成後にバグり、二人揃っていきなりフィールドに投げ出されたり――これは合流の手間が省けたからまだマシ――するわ、「現在地も分かんないし、取り敢えずパッケージに描かれてたのと同じあのそれっぽいの目指そう」と世界樹に向けて移動を始めれば全身真っ赤なパーティーに襲われるわ、如何にか撃退したと思ったら魔法で上から爆撃されるわ。 しかも私のアバターが殆ど変わってないのに比べて、ピトフーイのアバターは長身系になってるし。 ああもう今日は厄日よ!

 

「よし、こうなったら!」

 

「お、アスナ。 なんか思い付いた!?」

 

「空を飛んでいる相手を斃すには、私たちも飛ぶ必要があるわ。 でも私たちは飛び方を知らない。

つまり何方かがもう片方を打ち上げればいいのよ!」

 

「ナルホド! じゃ、アスナ。 ゴー!」

 

「は? 身長低くて飛ばしやすそうな貴女が逝きなさいよ」

 

「残念今は私の方が背が高いでーす!」

 

「なんでよ!」

 

アバターはランダム生成なので仕方がないと諦めるしかないので、八つ当たりで脳内の須郷をスタースプラッシュで蜂の巣にして溜飲を下げつつ、かなり絶望的なこの状況の打開策を考える。

 

さっきも言った通り、空を飛ぶ(三次元機動をする)相手にただ地面を走るだけ(二次元機動)では勝負にならない。 投擲武器を主軸に置いていたらしいレジェンドブレイブスのギルドリーダーとかならまだ話が違ったかもしれないけれど、無い物ねだりをしても仕方がない。

とすると、如何にかして相手を引き摺り降ろす必要が出て来る。 最初の襲撃時は相手も歩きだったことから、おそらく空を飛び続けるには何らかのデメリットが存在するのだろう。

問題は、どれくらいの間この爆撃を避け続けなければいけないかだ。 数分ならまだいいけれど、流石に数十分、数時間となれば無理がある。 或いは魔法を撃つのに必要だろうと思われるMPゲージが空になるのを待つのもいいけれど、どちらにせよ何時になるやら。

 

いざとなれば冗談抜きでピトフーイに打ち上げてもらい、強引且つ初見な空中戦に挑む覚悟を決めながらも走り続ける。 幸いな事に所謂『スタミナ』の類は設定されていないようなので、まだ脚は動く。

 

「一先ず目の前の山に登るわよ! 洞窟かなにかあれば、」

 

「まだ()りようがあるね!」

 

理由に関して思う所はあれど結果としては散々走ったからか、遠くに見える世界樹らしき巨木までの道を遮る山脈は目の前まで迫っていた。 傾斜は断崖絶壁でこそあるが、アインクラッドではシステム外スキルとして普通に壁走り(ウォールラン)があったから苦もなく駆け上がれるだろう。

 

相手は此方がスピードを落とすと思っていたらしく、集中砲火が緩んだ一瞬の隙を突いて湿地と岩肌の境界線をジャンプで超え、そのまま真っ直ぐ上に走り抜ける。 一ミリたりとも心配などしていないが念の為横目で隣の毒鳥の様子を伺えば、脳筋ギルドのメンバーらしく爪先を岩肌に叩き込んで足場の確保と跳躍を同時に行っていた。 そんなことばっかりやってるから人外認定されている事実に彼らは何時気が付くのだろうか。 それと私はここまで人間辞めていない。

 

すぐさま先程同様火の玉が降り注ぐ。 流石に真上に向けて走りながら蛇行で狙いを振り切る様な事は出来ず何度か掠るが、幸運にも中腹に巨大な洞窟が開いていたことであっさり逃げ切れた。 入り口周囲には人工的な装飾も飾られていたし、多分登り方以外は正規ルートなんでしょうね。

 

「はー。 走った走った!」

 

「貴女ねぇ。 ……もういいわ。 何言っても無駄な気がしてきた」

 

最後に入口を直撃した火球の爆風を受け流して、擬似的に感じる疲れのままに仰向けにひっくり返る。 天井までの高さを一瞥して確認し、万が一追って来たとしてもリーチ内であることを確認して――妙な静けさに気が付いた。

 

「……ねえピト。 なんか静かじゃないかしら?」

 

「? あー、言われてみれば確かにそうね」

 

追って来ないのは素直にありがたいけれど、だからといってあのプレイヤーたちの羽が発する金属質な音までいきなり聞こえなくなるものだろうか。

違和感に言及し始めたら、見るからにペラペラな初期装備二人をあそこまで徹底して追うのか? 数人屠った後の爆撃は兎も角、そもそも最初の地上戦では相手は明らかに舐めきっていたのに。 ゲームには初心者狩りなるプレイヤーもいるらしいからそこまで不自然ではないけれど。

気になって、右手でピト(肉壁)を引き摺って洞窟の外の様子を覗いて見れば、そこには誰もおらず。 さっきまで自分たちを追い回していた赤いプレイヤーたちは影も形も見当たらなかった。

……転移系アイテムか何かで帰ったのかしら?

 

何か釈然としないものを感じながらも、危機は脱したのなら先に進もう。 そう決めて洞窟の奥に進もうと一歩踏み出すと、突然左肩(・・)を叩かれた。 反射的に振り返るも、誰もいない。

 

「……ちょっとピト。 用があるなら普通に――」

 

「何よいきなり?」

 

こんな悪戯をするのは一人だけ。 真っ先に犯人に当たりを付けて注意すれば、返事は右側(・・)から返ってきた。 当然だ。 盾にしようとガッチリ腕を掴んでいるのだから。

 

……じゃあ、今のは、誰?

 

「ひっ――」

 

背筋が凍る。 弄られるのが嫌で悲鳴は気合で押し殺したが、一瞬で思い付いてしまった苦手なもの(オバケ)の想像までは殺せず血の気が引く。 尤もそういうモノに異常に鼻が効くピトには無駄な足掻きだった様で、「私、メリーさん。 今あなたの隣に」などとほざきかけていた。

殴ってでも止める。 止めても殴る。 寧ろ半殺しにするまで殴る。 恐怖心を誤魔化す為の贄になれと気合を込めて左拳を振り上げ――

 

再度肩を叩く手(・・・・・)によって止められた。

 

「ぴぃっ!?」

 

驚きのあまり思わず後ろに向けてピトをブン投げ、剣を引き抜く。 頼りなさ過ぎる剣の柄に縋りながら周囲を警戒するも、壁に背中を打ち付けて文句を垂らす毒鳥以外やっぱり誰もいない。

今度こそ気が遠くなり、あわやアミュスフィアの安全装置が働きそうになる、その直前。

 

「――ゴメンゴメン! ボク(・・)もそこまで驚かす気はなかったんだよ。 だからログアウトするのはまだ待って!?」

 

真っ赤なヘアバンドを闇色の髪に巻いた少女が突然現れて、意識を引き留めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

如何にかアスナを復活させてから数分。 漸く私たちは、ほぼ勢いで飛び込んだこの世界で漸く話の通じそうな相手に会うことが出来た。

正直に言えば、ビビりまくっていたアスナちゃんとは違って私は誰かが隠れていたのには気が付いていたけど。 まあアスナちゃんの反応があんなに面白かったのが悪いね! ……あの子の気配の隠し方が隠蔽スキル全開にしたときのアイツ(ヴラド)に似てたのも、敢えて言わなかった理由の一つだけど。

 

 

閑話休題(まあその辺りの事はおいおい聞くとして)

 

 

未だに可愛らしく震えて私の影に隠れているアスナちゃんに愉悦を感じながら、目の前の謎の少女に話かける。

 

「それじゃ、質問タイムの始まり始まりー!」

 

「イェーイ!」

 

少しテンションを上げていけば、以外と乗ってくれる少女に内心驚く。 DKのメンツはユナを除けば以外とこういうノリが悪かったのよね。 ボケてもツッコんでくれたの最初の頃だけだったし。

 

「私はピトフーイで、このビビリっ娘がアスナ!」

 

「誰がビビりっ娘よ! ゴホン!

初めまして。 アスナと言います」

 

「ピトフーイにアスナだね! 初めまして! ボクの名前はユウキ! よろしくね!」

 

元気という概念を具現化したような笑顔の少女――ユウキは、私が差し出した手をあっさりと掴んで握手に応える。

 

「それにしても凄かったね、さっきの!」

 

「ん? あぁ、アスナちゃんの反応? この娘ホラー系全般ダメでねぇ」

 

DKギルド本部ですらビビって一度しか来なかったくらいだし。 まあ私らも結構怖くて改築しまくったんだけどね。 何故にあの吸血鬼はケロッとしていたのやら。

「なな何言ってるのよ!? 全然平気よ! 後その言い方辞めなさい!」と説得力ゼロの訂正を試みるアスナちゃんをスルーしつつ、もしやこの子もまた愉悦の何たるかの理解者かとテンションを更に上げていると、ユウキ本人から「あ、そっちじゃなくて」とツッコまれる。

 

「さっきの壁走り(・・・)だよ! ねえあれってどこまで行けるの?!」

 

「……ふぇ? え、まさか見てた?」

 

「うん、バッチリ!」

 

予想斜め上を通り過ぎた台詞に、一瞬思考が止まった。

壁走り(ウォールラン)は見た目こそ派手だけれど、あくまで小技の域を出ない。 アインクラッドではそもそも壁走りが必要な程高さのあるフィールドはなかったし、何かしらの事情で高所に登る必要があったとしても、フィールドギミックで登る事が出来た。 一言で言ってしまえば『無くても困らないテク』。

しかもその割には難易度は高く、要求ステータス値も高い。 それに体力の消耗も激しい。 壁走りが出来る程のステータスなら素直に跳んだ方が余程安定する。 総評、ロマン技。

つまり何が言いたいかと言えば、この技が出来るということは、壁走りにロマンを感じてそればかり練習した変人か、そんないつ使うか分からない技を簡単にものに出来る程の実力者か。 しかもここはそんな技を使わずとも飛べるALO。 もっと便利でお手軽な方法があるのなら、そもそもそんな技の発想すらないのが予想出来る。

必然的に、後者の『実力者』に当て嵌まるけれど……

 

「真上なら体力の続く限り、横向きはざっと100メートルってとこかしら」

 

私は誤魔化さず、普通に答えた。 実力と装備が釣り合ってないのは、この間まで別のVRMMOをやっていてALOは始めたばかりで説明が付く。 流石にその『別のVRMMO』がSAOだと知られたら騒ぎになりそうだけど、隠すべきなのはその程度だろう。

 

「おー! ちょっとやってみよっと!」

 

という訳で私の記録を伝えれば、目をキラキラさせながら洞窟の壁で練習し始めた。

そんなユウキの姿に自分自身の練習を思い返していると、彼女が少し離れた事で話が一区切りついたと判断したらしいアスナちゃんが小声で呟く。

 

「ちょっとピト。 まさかあの人、巻き込む気?」

 

「はっはっは、まっさかー。 世界樹まで案内して貰うだけよ。 そこまでは行けなくても大まかな道は分かるでしょうし。

それに旅は道連れって言うじゃない。 きっといい事あるわよ」

 

「……もう、勝手にして」

 

諦めた様に項垂れるアスナ。

まあいいじゃん。 道中アスナの悲鳴で賑やかなのはいい事だよ。

 

 

 

……でも私のメンタルにまで攻撃仕掛けてくるのは予想外だったなぁ! なんで五分と掛からずに壁走り出来るようになってるの?! アスナちゃんでも数日掛かったのに!

 

 

 

 

 

 

 









次回予告

皆の者、久しいな。 此処くらいにしか出番の無くなったヴラドである。 尤も余が居たとて死体撃ちにしかならぬ事は容易に想像可能であり、余が離れる事でジャックが動き易くなるなら是非もないのだが。
まあよい、互いにこの後多忙になる事が確約されている身故、手早く済ませるとしよう。
次回予告である!

ユウキと一時合流する事に成功したアスナとピトフーイ。 危なげなくアルンには辿り着くが、果たして世界樹攻略を阻む敵を二人で打ち倒す事は可能なのか?

――何せ、最低でも『白百合の騎士』、『霧夜の殺人鬼』、『絶剣』の三人の行手を阻む程の難易度なのだから。


次回、『雷光の名を棄てたモノ』。

……はて、雷光の名とな? あの魔がミノス王の牛として現界した姿など存在したか(・・・・・)






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31話 雷光の名を棄てたモノ

 

 

 

 

 

――漸く慣れてきた随意飛行から意識を切り替え、羽を大きく広げてスピードを落としながら石畳の通路に着地する。

緊張からか飛行中の空気抵抗からか、無意識に詰めていた息を吐いて顔を上げれば、道中装備を整える為に立ち寄った、何処か色彩の偏りがあった中立域とは違い、星屑を撒いたように七色、いや、九色(・・)で均等に彩られた古代遺跡の様な街。

そして、中央に屹立する異様な巨大樹。

 

 

――アルヴヘイムの中心。 央都アルン。

 

 

「ここが、アルン……」

 

「ほえー。 結構賑わってるわねー」

 

あの須郷伸之がゲームマスターを務めているのだから、何処も彼処も山脈外周部の様に世紀末一歩手前な光景が広がっているのかと思えば、想像以上に和気藹々とした雰囲気が漂っていた。

 

 

 

「――さてと。 二人はこの後世界樹のグランドクエストに挑むんだよね?」

 

「ええ。 彼があの上にいるのは、間違いがないから」

 

「私も色んな意味でブン殴りたい奴らがいるからねー。 うん、嘘は言ってない」

 

「あ、あはは……

………ねえ、本当に直ぐに挑むの?」

 

道中あれだけ元気だったユウキが、何処か気まずそうにそう口にする。 多分、私たちの身を案じてくれているのだろう。

 

ガーディアンを退け世界樹のゲートを潜るというグランドクエスト。 ALOが始まってから一年経って、未だクリアされることのないクエスト。 おそらく難易度はSAOのクォーターボスすら軽く越えるだろう。

幾つもの伝説を打ち立てた、二度と実現される事のない矛盾(無限槍と神聖剣)コンビならいざ知らず。 私とピトフーイの二人ではクリアは限り無く不可能だろう。

 

――だとしても。

 

「失敗しても死ぬ訳じゃないわ。 だったらぶつかってみるまでよ」

 

ハッキリと覚悟を決めて、そう伝える。 性格的に茶化しそうなピトフーイはと言えば、覚悟完了を通り越して瞳孔が開き始めていた。 正直怖いが、殺る気満々のピトフーイが味方というのは心強い。

 

「……そっか。 分かった、気を付けてね!」

 

「貴女もね、ユウキ」

 

道中に聞いた話ではユウキは蝶の谷に用事があるらしく、彼女の助力を請えるのはここまでだった。

何度も此方に振り返りながらも空高く遠く離れていく少女を見送り――遠近エフェクトの果てに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――世界樹頂上へと続くドームは、それから殆ど間を空けずに見つかった。

アルンの中央。 クエスト入り口のあるテラスは、街が樹を軸に作られたのか、樹が街を侵食しているのか分からなくなるほど根が這い回っていた。 街を一望出来るほど良い景観なのに誰一人としてプレイヤーは居ないが、こんな装飾(・・)もあれば無理はないだろう。

 

――入口を塞ぐ石造りの大扉。 妖精の色合いを示しているのか九色に輝き、そしてその両側には見上げる程巨大な、白い妖精の像。 おそらく白色が、グランドクエスト達成報酬とされている『高位種族アルフ』を指し示す色なのだろう。 これだけで見れば、確かに華麗だ。

 

……けれど、どうしてもGMの性格から暗い意味を邪推してしまう。 あの男は昔から他人をこき下ろしてばかりだった。 猫被りも上手かったけれど、そういう性格だと分かって側から見ていれば、その言動の端々に性根が漏れていた。

そう、例えばこの扉なら――妖精(プレイヤー)を示す扉が、両隣の像より一回り小さい(・・・)

まるで、高位種族が妖精を見下しているように。

まるで、届きそうで届かない空へと手を伸ばしている様を嗤っているように。

 

 

――確かめようのない想像を頭を振って払い、大扉の前に立つ。

アインクラッドのボス部屋同様、押せば開くのかと手を伸ばしかけると、右側の像が重低音の声を発した。

 

『未だ天の高みを知らぬ者よ、王の城へ至らんと欲するか』

 

それと同時に目の前に現れる、グランドクエストへ挑戦するかを問うウィンドウが出現する。

勿論、迷う事なくイエスのボタンを叩く。

 

『さればそなたが背の双翼の、天翔に足ることを示すがよい』

 

無駄に延々と響くエコーが消えるよりも先に、大扉が鈍い摩擦音を立てながら開いた。

ドームの内側は、完全な暗闇。

その奥からは、無機質で――何処までも重苦しい気配が漂っていた。

 

「……一応聞くわ。 覚悟はいい?」

 

「ハッハッハ。 私以上にキマッてる目ぇしてる娘の言う台詞じゃないわよ?」

 

「…………きっとアレよ。 暗い所だと瞳孔が開く暗順応よ」

 

「えぇー?ほんとにござるかぁ?」

 

「殴るわよ」

 

そんなやり取りをしていると、目潰しでも狙っていたのかとツッコミたくなるほど唐突にドーム内に光が満ちた。 内側には、無機質さから滲む気味の悪さすら一周回ってどうでもよくなるほど真っ白なドームが広がり、その頂点には、輪っか状の装飾がなされたゲート。

そして、ゲート周辺の天井の一部分が盛り上がり、水滴の様に垂れる。 垂れた雫は落ちる事なく四肢と羽を備え、奇怪な咆哮と共に全身純白の鎧で堅めた騎士に似た何かに成る。 あれがガーディアンなのだろう。 数は十体ほど。

 

……それなりに距離があった筈だけれど、照明が点いた直後でここまで見えているとなると、暗順応の可能性はないなぁ。 いつの間にそこまで堕ちていたんだろう。

冷静な、感性が少女のままな『明日奈』がそんな事を考える。 尤も、最早どうでもいい事だけれど。

 

涼やかな金属摩擦音が二つ。 引き抜かれた大剣と細剣の切先は、一切の躊躇なく、寧ろ嬉々として振るわれる。

 

 

「さぁ――蹂躙するとしましょうか!?」

 

 

どちらが言ったか分からないその言葉を切っ掛けに。

一瞬で地面を置き去りにして、一番手前に居たガーディアンに向けて変則的な『リニアー』を捻込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「――ブッ飛びなぁ!」

 

重たい金属音と共に、両手剣を上段に振り上げたマヌケの腹を力一杯蹴り抜き後方で矢を番えていた一団にブチ当てる。 オマケに脚に体重を乗せるべく背後に振り抜いた大剣の柄が、忍び寄っていたガーディアンの顔面にクリーンヒット。

白いエンドフレイムで視線が遮られるが、衝動そのままに振り回し接近していた連中を数体吹き飛ばす。 手応え的に殺しきれなかったが、それは無視。

こっちの状態なぞ知ったことかと仕掛けてくるガーディアンの大群は、一々隙など伺わない。 その圧倒的物量でもって常に前後左右上下の六方向から攻撃してくるのを如何にか身体を捻って躱す。 しかし避けきれずに掠った刃がじわじわとHPを削る。

さっきまで緑だったバーの色が変わったことに舌打ちし、ほぼ密着状態のガーディアンの眼部に肘を叩き込んで強引に大剣を振るスペースを抉じ開ける。

如何にか真っ二つにしてやれば――眼前には、数えるのも馬鹿らしくなる程のガーディアンが。

 

 

――数が多過ぎる!

 

 

それが、戦い始めて五分で私の脳裏に浮かんだ弱音だった。

膨大な数の敵との戦闘そのものはアインクラッドで経験済みだ。 DKメンバーが揃っている時なんかは、吟唱スキルで呼び寄せた数多のMobを一度に相手取るという超効率即席狩場を楽しんだものだ。

……けど、あの時とは全く状況が違う。 アインクラッドの時は場所を選べる分、ただ目の前だけを気にしていればよかった。 吟唱のバフもあったし、最悪ヤバくなったらスイッチで他の面子と交代することも出来た。

 

なのに、今は、――

 

 

「……らしくないわねぇ」

 

胸に蟠る寂しさを、ガーディアン諸共剣で振り払う。

未だ遠い天井と、その周囲から蟻のように延々湧き出す白いのを睨み、その隙間を探る。

ガーディアンの大半は大剣を手に私たちを迎撃するべく降りてきている。 その分天井付近は連中の数は少ないけれど、その代わりなのか弓を持ってる奴や魔法を使ってくる無手の奴の割合が高い。

ガーディアン個々のステは低く、素手でも急所に叩き込めばワンパン出来る程度。 ただ気になるのは、そんな低HPの癖して振りが甘いと大剣の一撃では殺しきれない事がよくある事。 斬撃系の攻撃に対して高い耐性でも持ってるのかね? 幸い刺突耐性は並なのか、少し離れた所では連中が爆発四散する音が連続で響いてる。

それともう一つ、厄介な点が。

こいつら、数が取り柄の雑魚の癖して妙に良いAIを積んでる。 戦闘が始まった直後には私とアスナの間に割り込む様に突撃してきたし、こうやって分断された後も、私が無理矢理合流しようとすれば、正面の奴が防御を固めて後ろの奴が切り掛かるなんて連携までし始める始末。 まあ大分拙いし、ガーディアン同士の同士討ちも時々起きてるレベルだから高が知れている。 あ、斬撃耐性は同士討ち対策か。

謎は一つ解けたけど、事実合流に支障が出ているレベルで追い込まれかけているのは否定出来ない。

 

 

……アスナちゃんはまだ大丈夫だとして、私はどうするか。 いっそのこと連中を無視して、ゲートまで一直線で行ってみるのもありか。 とはいえ最短ルートはガーディアンが犇めいてるし、迂回しようものなら遠距離組のいい的でしかない。

大剣特有の刀身の幅を生かしてガードしたまま突撃すれば行けるかしら? いや、それよりも――

頭を回す。 確実にゲートに手を届かせる方法を模索する。

テンプレや分かりやすい手で突破できるなら、おそらく一年もクリア出来ていないなんて自体にはならないだろう。 なら飛びっきりの奇策がいる。

誰も予想しない、あのふざけた物量を突破する方法が。

 

「っと、危ない危ない」

 

しかしゆっくり考える間もなく、視界を埋め尽くす程のガーディアンが一斉に襲い掛かってくる。

流石に片手間で処理するには厳しいから、思考を目の前の敵に集中。 複数体纏めて殺すほどの勢いで大剣を振れば致命的な隙を晒す事になるから、武器は受け流しだけに使い、攻撃は格闘に限定する。

そうやってチマチマ一体ずつ処理していくけれど、相手の数は全く減らず。 ただ疲れと焦りだけが積もっていく。 突破する為の策も幾つか浮かんだけれど、どれもこれもあと一歩足りない。

……これはマジでゴリ押ししかないかな? HPもスタミナも足りないし、羽の方もそろそろ時間が無い。

下手に撤退しようにも、周りにはガーディアンがギッシリ鮨詰め。 生き残るだけなら最多で六体を同時に捌き続ければいいだけだからまあまだ保つけど、いい加減気力がキツい。 六体同時に戦う事よりも、斃しても斃してもそれ以上の数が湧き続けている事の方がキツい。

 

何はともあれ、一先ず無理にでもアスナと合流しよう。 背中を気にする必要がなくなる分、多少なりとも楽になる筈。

 

HPバーを見て、一、二発程度ならモロに喰らっても耐え切れる事を確認してからアスナの居る方向に向けて、全力で大剣を突き出す。

瞬時にそっちのガーディアンはその手に持つ両手剣に身を隠すが所詮雑魚。 刀身ごとガーディアンを一体串刺しにし、更にその後ろに控えていたのもエンドフレイムの爆風込みで数体吹っ飛ばす。

勿論そのままだと背後の奴に切られるから、寧ろそれを利用する。 背中に走る衝撃をわざと喰らって少しでも推進力を得る。 当然のようにそれだけだと包囲を抜けるには足りず、ノコノコ正面を埋めようとやって来たガーディアンの鎧兜の繋ぎ目に貫手をブチ込み、ダンスのターンの要領でさっきまで私がいた空間に投げ込む事で強引に突破する。

ワンテンポ遅れて投げたガーディアンから発生した爆風で申し訳程度の後押しも受け、漸く視界に連中以外のものが映るようになった。 とはいえ消耗と供給の釣り合いが完全に破綻しているこの場所に於いては何処に移動しようにも対して変わらず、寧ろ下手に空いた空間がある分もう見飽きた奴が勢いよくその隙間にスッ飛んで来る。

 

「いい加減、アンタらの相手は飽きた!」

 

また足止めを食らって囲まれるのは勘弁。 アスナを囲っている連中、その一番外側に貼っていた奴を掴んで突進してきた奴に投げつける。 途端にアスナを囲っている連中の一部が私に切先を向け、後方にはガーディアンの追加が山盛り。 考えないようにしていたけれど、気分はミツバチに包まれて熱死寸前のスズメバチである。

 

――まぁ、スズメバチはスズメバチでも、ちっぽけな蜜蜂(ガーディアン)が仕留めようとしているのは、相手が熊どころか竜すらを平然と刺し殺すヤベーヤツなのだけれど。

 

単騎での戦闘能力はユニーク持ち三人を除けば文句無しにアインクラッド最強クラス、しかも連中をワンパン出来る手段がステゴロのみの私とは違って、彼女の武器はガーディアンの防御に文字通り刺さるレイピア。 しかもダンジョン攻略に口を出さなかったヒースクリフに代わってKoBを率いていた分、大局を見極めるという点では間違いなく私を上回る。

つまり、何を言いたいかと言えば――

 

ガーディアン一色に埋まる世界。 その一方向から裂帛の気合と共に、鋭利な剣尖が私の顔面スレスレを掠める。 爆煙すらも引き裂いて現れたのは、青い『閃光』。 その一閃は、確かに純白のキャンパスにその爪痕を刻み込む。

 

 

 

「やっほいアスナン調子はどうだい!?」

 

「煩い! しつこい!」

 

「うん、まだまだ元気な様で何より!」

 

うーん、アインクラッドの時に弄り過ぎたかな? ガーディアン相手に大立回りをやってたとき以上の殺気を向けられたっていうかガーディアンごと刺し殺されそうだったんだけど。 このバーサクっ()め。

 

まあいいや。 一先ず合流には成功した。

アスナを囲うガーディアンが私にリソースを割いたなら、拮抗が崩れるのは当然。 それにあっちもあっちで似たようなことを考えていたのか、想像よりも簡単に合流出来た。 このペースなら――狙える。

 

 

幾許かの精神的余裕を取り戻した私は、未だ遠い天井と、その間を埋め尽くす連中を睨む。

ゴリ押しすると決めた以上は押し通る気しかないけれど、だからといってこの壁を突破するのは容易ではない。 ならどうするか。

実はその解答は、アスナの無双っぷりを見て一つ思い付いていた。

いや、正確に言えば、レイピアの切先が私を貫き掛けたのを視認した時、というべきだろうか。 白い鎧を連続で貫く細い金属片を見て私の脳裏に浮かんだ物。

 

それは――ライフル弾。

 

力強く、壁を貫く、一発の弾丸。

そして、私たちの勝利条件は、その一発の弾丸をあの頂きに撃ち込む事。

 

アスナの武器なら、充分な勢いさえあればいけるだろう。 レイピアの特性のままに、あの壁をブチ抜ける。 勢いも、私がSTR全開で振り抜けば初速は確保出来るだろう。

 

ただ、唯一の問題は、私の作戦をアスナに伝えられるかどうか。 DKの面子なら有無を言わさずブッ飛ばしても即座に対応してくれる確信があるけれど、アスナは分からない。 最悪無様にフレンドリーファイアをするだけで終わるかもしれない。

かといって、長々と説明する時間と余裕まではない。 一言でアスナに作戦を理解させる方法なんて……

 

そこでふと違和感を感じて、思考を逸らす。

そういえば、刀身に人を乗せて打ち出すやり方を最初にやったのは誰だ(・・・・・・・・・・)

 

 

「……なによ、簡単じゃない」

 

 

鼻で笑って、大剣を肩に担ぐ。

最早認識することすら飽きた剣筋が私を襲うが、この体勢からなら防御は無理だろう。 尤も防ぐ気も避けるつもりもないのだけれど。

両手剣の分厚い切先が腹を切り裂くのも放って、アスナに向けて掬い上げるような軌道で全力で剣をふりぬく。 流石の反応速度でそれを認識したアスナが避けようとするのを、叫んで止める。

 

「アスナっ! 第一層、フロアボス!」

 

「―――ッ!!」

 

予想通り。

それだけで回避行動を止めたアスナは、寧ろ膝を曲げて屈む動作をする。

その足の裏に向けて、刀身を思いっきり叩きつけ――

 

「いっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

そして、そのまま打ち抜く。

何処ぞの吸血鬼ほどではないにしろSTR偏重型が打ち出したのは、そのステータスを飛行という形で発揮出来るAGI型の閃光。

 

撃ち抜けない道理などない。

 

貫けない理由などない。

 

あの鋼鉄の城で磨かれたその輝きは、どれだけ歪もうと事実として明確な風穴を開けた。

 

漸くハッキリと見えた天蓋、ゲート。 それは近付くアスナを歓迎する様にゆっくりと開く。 妙に鈍い(・・・・)矢や魔法の追撃すらをも振り切って進むアスナが、遂にゲートの淵に手を掛けて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フヒヒ。 アァ……

――ウマソウダ!』

 

 

――ゲートから突如出現した、人の背丈ほどもある巨大な手に握り潰された。

痛覚が大幅に緩和されているVRゲーム内だというのに、聞いているだけで痛々しいボキボキという音が身体を握られたアスナの身体から聞こえる。

 

「アスナ!!」

 

思わず飛び出す。 反射的に行動を始めた後で気付いたけれど、不自然に攻撃を止めていたガーディアン供は、表情こそ兜で見えないけれど、確かに、嗤っていた。

まるで、全て無駄なのだと告げる様に。

 

「――その手ェ、離せ!!」

 

勝ち目の有無も気にせず突撃する。

邪魔が入らないなら私でも数瞬で詰められる距離を飛び、その手首ごと切り落とすべく刃を振り降ろす。

研がれた刃は、正確に大質量に私の筋力と体重を加算して手に食い込み、

 

 

出現した二本目の腕に、敢え無く撲殺された。

 

 

――一体、何が起きてる?!

 

 

混乱する思考。 無慈悲に輝く【You are dead】の赤い字の向こうで、漸く私たちの前に立ち塞がる敵の巨躯、その全貌が見えた。

 

 

 

――その身体はこのドームやガーディアンと同じ様にその端々まで白く、それでいて赧く。 節々に取り付けられた拘束具の残骸は、その身体を更に恐ろしい外見へと歪に彩る。

体高は確実に三メートルを超えているだろう。 五メートルはあるかもしれない。

 

何より目立つのは、頭部、こめかみの辺りから生える巨大な角。 それと、紅く輝く眼を持つ顔を半分隠す、鼻輪の付いた壊れた仮面。

 

その名前は――『Minotaur(ミノタウロス)』。 ギリシャ神話に語られる、迷宮に潜む怪物。

 

 

……ガーディアンの大群を退けたと思えば、今度はガチのバケモノが相手!?

 

 

声を出せない状況ながら絶叫する。 何よ、このふざけた難易度は!?

 

 

だが――絶望は、まだ続いていた。

 

 

ミノタウロスがアスナを投げ捨てる。 HPは限りなくゼロで、四肢も完全に折れているというのに、ほぼ気力だけで辛うじて高度を維持する事に手一杯なアスナの目の前で、ゲートが物理的に遠ざかる(・・・・・・・・)

 

もう驚く余裕すらない私たちの目の前で、ミノタウロスが、

 

――その『伝説』を再現する。

 

 

『ハテガナイゾ。 オワリモナイゾ。

万古不易の(ケイオス・)――』

 

ゲートが遠ざかるどころか、このドームそのものが再編される。

白い色はそのままに、壁は盛り上がり、凹み、新たなダンジョンを作っていく。

ガーディアンすら例外ではないのか、容赦なく飲み込まれていくが、斃れない。 寧ろ無傷のまま迷宮に放たれた猟犬として機能するのだろう。

 

入り口はあっても出口のないラビュリントス。 神話にすら紡がれた、脱出不可能の迷宮。

 

……こんなものを、どうやって攻略しろと??

 

挑んでみなければ分からないだろう。 案外迷路は簡単かもしれない。

けれどそれまでに、なんどこの絶望を味わえばいい?

あのガーディアンの大群を下し。 あの怪物を斃し。 果てはそこにあるの?

 

もしかしたら私たちは、永遠に終わらないダンジョンに迷い込んだんじゃ――

 

あまりの自体に呆然とするも、冷酷なアルゴリズムが刻まれた相手は待ってくれない。

最早一歩も動けない程ボロボロであろうと、生きているのなら殺すと言わんばかりに残ったガーディアンがアスナに襲い掛かり、

 

 

「――させない!」

 

 

その剣は何も裂くことなく、持ち主ごと四散した。

滑り込んで来た彼女(・・)は、私ですらまともに姿を見れない程のスピードでミノタウロスに接近すると、見たことのない連撃技を繰り出した。

 

右上から斜め左下に五連撃、続けざまに左上からバツの字を書くようにもう五連撃。 交叉点にトドメの一撃。

 

アインクラッドの細剣スキルで最も多い連撃を放つスター・スプラッシュを超える十一連撃(・・・・)は、怪物を後退りさせるのは十分な火力を有していた。

 

『グゥゥアアァァァァッ!!』

 

胴体を派手にダメージエフェクトで染めたミノタウロス。 迷宮の構成を一時停止し、痛みを堪える様子の怪物を一瞥すると、彼女は追撃する事なくアスナを抱き、(リメインライト)を掴んでドームの出口に駆け込んだ。

 

ふと当たりを照らす光が機械的なものから柔らかいものに変わり――

 

 

そこは、ドームの入り口の外だった。

 

 

 

 

 

 








次回予告

うむ、彼此三週間ぶりだろうか。 先ずは待たせた事を詫びよう、ヴラドである。
言い訳も兼ねた近状報告をするならば、イベントが忙しかったという他あるまい。 性格故か、全同人力百万越えや今年の夏に向けて七クラスの種火を保管庫に溢れる程集めたりと、まあそれしかやる事がないのかと言われる程没頭していた故な。
さて。 それでは次回予告といこうか。

最早隠す気のない悪意に迎撃された閃光と毒鳥。
原作を遥かに凌ぐ勢い――具体的には、元は秒間十二体が三十程に増えているペースで発生する敵に、門そのものを物理的に遠ざけ塞ぐ怪物。 そんな強大な敵を打ち斃すすべを求め、彼らは南西へと向かう。

次回、『妖精の騎士、収束す』



……あぁそれともう一つ。
ここ最近、またしても少々忙しくなりそうでな。 次回がいつになるか分からぬ故、待たせる分の埋め合わせとして幕間を書く事を決定した。
何時ぞやと同じようにアンケート欄を作っておく故、答えるがよい。 期限は今月末までとする。
では、また会おう。



※アンケートは終了しました。多くの投票、ありがとうございました。


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32話 妖精の騎士、収束す

 

 

 

 

 

――着地した石畳から薄っすらポリゴン片が立ち昇る程の急制動の背後で、重々しい音と共に大扉が閉まる。

 

目的地が遠ざかってしまったのに安堵してしまっている自分を自責するよりも先に一瞬の浮遊感が身体を覆い、次いで落下した。 肺に残った空気を一息に叩き出されたような咳込みをすると、

「ご、ゴメン! でもちょっと待っててね!」と慌てた様子の乱入者――ユウキが、あれでもないこれでもないと呟きながら高速でウィンドウをスクロールさせる。

待つこと数秒。

「あったぁ!」の掛声と共に小さな硝子瓶を実体化させると、その中身を左手に握っていた碧色の小さな火の玉に全部ぶち撒けた。 側から眺めている分には単なる慌てん坊の奇行にしか見えなかったけれど、たちまち高く上がった火の玉からピトフーイが現れたことで、それがアインクラッドでは存在しなかった蘇生アイテムだということを察する。

 

蘇生にはある程度のラグがあるのか、復活したピトが口を開くよりも先に動いたユウキが今度は回復ポーションを取り出して振りまく。

ドット一つ分ほどしかなかったHPが緩やかに回復すると同時に部位欠損のデバフマークが消え、折れていた左腕と両脚が元通りになる。

 

「……ありがとう、ユウキ。 でも、どうしてここに? 蝶の谷に行ったんじゃ……」

 

「え? あー、うーんとね。 それはそのー……」

 

「?」

 

冷汗のようなものを滲ませ、頬を人差し指で掻きながらそう言うユウキ。

 

ふと、今はもう閉まりきっている扉に振り向く。 その内側に閉じ込められている怪物たちの気配は一つとして察知することは出来ないけれど、その扉の分厚い質感が、

――ゲートから突如として伸びた腕に掴まれた感覚が、恐怖感を思い起こす。

 

勘は例え無謀でも今すぐに突撃するべきだと言っている。 いつか、決定的に間に合わなくなってしまうと。 けれどここを突破する事は事実として無謀。 無限に湧き出るガーディアンの大軍と、進むべきゲートの奥から現れるミノタウロス。 その両方を二人で突破しなければならない。

 

「……改めてありがとう、ユウキ。 でも行かなきゃいけないの」

 

震えを押し殺し、なるべく自然に微笑む。

これ以上彼女に迷惑はかけられない。 例え何度負けたとしても、私は――

 

そう覚悟を決め直し、踏み出した一歩は、

 

 

 

「実はまだ目覚めていないSAOプレイヤーがあの上で捕まってるのよ。 私たちはその救出に来たってワケ」

 

「ピトッ!?」

 

盛大にスリップした挙句転び倒れかける羽目になった。 確かにユウキ程の実力者が手伝ってくれるなら心強いけど、彼女は無関係なのよ!? こんな無茶に付き合わせていい筈ないわ!

 

如何にかピトフーイを止めようと口元に手を伸ばすも、単純な体術ならピトに分があるからか簡単に避けられる。

 

「ヘイ待った待ったお嬢さん。 ちょっと落ち着きましょうか?」

 

「何が落ち着きましょうか、よ! 何考えてるのよ!?」

 

真意を問い質すべく半ば怒鳴りながら問う。 落ち着くべきは貴女でしょうにこのバーサーカー!

問われた毒鳥は、宙を舞う葉の様に避け続けながらも腹が立つ笑みを浮かべながら応えた。

 

「何考えてるって? そりゃあのマジカル(本気狩る)な難易度のクエストの突破方法よ。

ぶっちゃけ私とアスナの二人じゃ無理。 とすると誰かにヘルプを頼む事になるけど、一年もの間プレイヤーの興味を惹きつけ続けて来たグランドクエストを、いきなり現れた私たちが理由も告げずに頼んだって怪しいだけ。 ならいっそ全部話すってのもありっしょ!

…… 何より、」

 

避ける事を辞めて、急に立ち止まったピト。 捕まえるつもりで動いていた私は当然ピトフーイにぶつかり、ほぼ密着状態になる。

 

――それを待っていたらしいピトフーイの、最後の呟きが聞こえる程近付いた。

 

「――私としても、いい加減形振り構ってられないのよ」

 

冷えているようで、僅かに焦燥感を感じる声色。 表情こそ見えないけれど、考えている事は分かる。

『何をしてでも、あの樹を突破する』。 どんな手を使ってでも。 今のピトなら、それこそ屍の山を積み上げようとも最短で登り詰めるだろう。

 

 

「そ、れ、にぃ。 そっちもそっちで何か知ってるんじゃないかしら。 ねえユウキ?」

 

呆然としてしまった私からするりと離れると、今度はユウキに絡むピトフーイ。

 

……いや確かに所々言い淀んでたからそこは気になってたけど、そこまでずけずけと遠慮なく聞くかしら?

呆れと諦めが混じった気分でピトが此方の事情をほぼ全て――それこそ、主犯の名前とかまで話すのを聞き流した。

………さっき私が決めた覚悟は何だったのかしらね。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――目の前にいる、真剣な表情で私の話に耳を傾ける少女。

正直、不安は拭えない。 精々会ってまだ半日程度の相手にリアルの個人を特定するには十分な情報をそう分かっていて伝えるリスクは勿論のこと、伝えた内容に対して彼女――延いては彼女から広がるだろう情報がどんな反応をするか、全く予想がつかないのだ。 それこそ主犯(須郷)に直結、なんて事になっても不思議とは思わない。 三百人ものプレイヤーの意識を拐い実験台にするなんて事を仕出かすなら、この世界の実験施設に感付かせない為の人員の一人や二人、放っていてもおかしくないだろう。 私もSAO時代、似たようなノリで訳アリとはいえ元ラフコフのオレンジプレイヤー(ルクス)とパイプを持っていたし。

 

とはいえ、眼前の障害は私とアスナだけで突破するのは不可能。 話す限りユウキ本人はALOの真実とは無関係そうだし、実力も信頼出来る。 それに――

 

 

ふと脳裏を過るのは、銀髪の狂王。

徒手、槍、投剣でのチートレベルの戦闘能力は勿論、家事全般プラス一通りの楽器を演奏可能とかいうギャップどころではない器用さすら持っていた、謎の多い人物。

 

……疑り深過ぎってのも、損かしらね。 第二層でPoHたちにハメられたのがそんなにショックだったのかしら? 未だに三十四層の一件は説明が付かないとはいえ、結局アイツは白らしいし。

 

「――と、いうワケで。 私たちはASAP(最短コース)で世界樹の上に向かいたいのよ」

 

「……なるほど。 そういう事かー」

 

大体の説明も終わり、腕を組んで少し唸る様な声を出すユウキ。

さて。 勢いで喋っちゃった感もあるけど、納得してくれるかしら。 証拠の類は無いも同然だから余り深く突っ込まれると困るのだけど……

 

 

注意深くユウキの反応を探る。 一分程経って、ユウキの口から明確な意味を持って発せられた文は、最初は意味不明だった。

 

 

「――一ヶ月くらい前かな。 その時はまだ、あのクエストってもっと簡単だったんだよ」

 

「ユウキ?」

 

「まあまあ、ちょっと聞いてよ。

あの世界樹のクエスト。 ガーディアンの数も半分くらいだったし、ミノタウロスなんて影も形もなかったんだ」

 

「……そんなに簡単なら、とっくにクリア出来るんじゃないかしら?」

 

アスナが気になった部分を突く。 ガーディアン単騎の性能は大したことはなく数も少ないなら、アルンに着くまでに見たユウキ程の実力があれば十分突破可能だろうに。

 

「あはは。 実は、その頃は種族間の戦力の偏りを防ぐ為にって、一部のプレイヤーは参加禁止になっててね。 ボクも入っちゃいけなかったんだ」

 

「何よそれ。 あーでも分かる気がする」

 

プレイヤー間の対立が起こりやすいMMORPG、しかも明確な区分としての種族制度。 さらにグランドクエストの報酬はその一種族だけ。 長期間クリアに詰まろうものなら足の引っ張り合いが始まる事は必至だった。

 

「それでもあんまりにも突破出来ないもんだからって、一度だけトップ勢だけのパーティーで挑んだんだ。 これで無理なら、攻略不可能だってレクトに改善要求を叩き付けるんだって」

 

一旦言葉を区切り、思い出す様にグランドクエストの門を見上げるユウキ。

 

「……突破は出来たんだ。 想像よりもずっと簡単に。 でも、ゲートが開かなかった(・・・・・・)んだ」

 

「えぇ!? でも、クエスト目標って、」

 

「うん。 ドームのゲートを潜ること。

その時は大変だったんだよ? 未達成のキークエがあるのかって、みんな目の色を変えて片っ端からクエストを受けて。 ヨツンヘイムのマッピング範囲なんて、一気に倍以上進んだし。 ボクなんて四六時中駆り出されっぱなしでさー。 姉ちゃんなんかそれ以来ALOやらなくなっちゃったくらいだし」

 

軽く笑いながら当時を語る。 ここで終わったのなら、まあ稀によくある話程度で済んだのだろう。

――あの怪物、ミノタウロスが現れなければ。

 

「何もかも変わったのは、クエストの手掛かりでも無いかって、ドームの内側も探すことになった日。

ちょうど直前にアップデートもあって、仲のいい数人でまた挑んだんだ。

その結果は、」

 

「――難易度の急上昇」

 

「うん。 ガーディアンの数も増えてたし、ゲートが開いてもそこからミノタウロスが出るようになったんだ。 しかも出現と同時に迷宮を造るから、ゲートの状況も分からない」

 

「うわぁ……」

 

思わず天を仰いてしまう。 アップデート前にゲートが開かなかったのも間違いなく仕様でしょうね。

 

「でも、ピトの話を聞いて納得したよ。 あのクエストは、クリアされる前提で作られてないって。

……うん、分かった。 ボクも協力するよ! そのスゴーって奴も許せないし、それに――

あ、そうだ!」

 

「? どったの?」

 

協力を取り付けられた事にコッソリガッツポーズをしていたら、肝心のユウキが何かに気付いたような声を上げる。

 

「ボクが蝶の谷で待ち合わせてた相手なんだけど、その人はグランドクエスト攻略をすごく頑張ってるんだ。 結構強いし、ボクもリアルの知り合いだから事情を話せば手伝ってくれると思う!」

 

「ほうほう。 それはいい事を聞いたわ。

よーし! じゃあ行ってみましょうか、蝶の谷!」

 

二人しておー!と握り拳を挙げた矢先、傍観していたアスナが呆れ混じりに「せめて明日に出発するわよ」とのお達しがあった。 時刻はもう十一時を過ぎ、あと数十分もすれば日付が変わるという頃。

暫く食い下がろうにも、結局私がゲンコツ一個貰ったのをキッカケに解散になった。 アスナは私の姉かいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――同時刻 フリーリア

 

 

 

――足音の鳴りやすい石畳の廊下を真っ直ぐに抜け、扉を開ける。

不用心故か、――或いは絶対的な自信故かはさて置き、無抵抗に開いた境界の先は、通い慣れた領主の執務室。 その中央に鎮座する卓に座るは、何やらウィンドウに打ち込むケットシー最高地位に位置する褐色の少女。

虚空に浮かぶ半透明のホログラムに目を落としたままの彼女は、此方を一瞥することもなく声を掛ける。

 

「どうだい、(ノーチラス)の調子は?」

 

「あのデスゲームに於いて二年弱もの間戦い続けてきただけのことはある、と言った程度でしょうか。 少々固いところや妙な癖はありますが、あのガーディアン程度なら鎧袖一触で片付くでしょう。

……尤も、私の知るスペックが、当時のままであれば、ですが」

 

そう付け加えれば、複数枚の紙束が投げ渡される。 ざっと目を通せば、内容はガーディアンの強化内容とその先の罠について。

 

「……大幅な斬撃及び遠距離攻撃への耐性付与。 湧出パターンの増加。 挙げ句の果てにはデバフ付きのダンジョンを形成するミノスの雄牛ですか。 ここまであからさまだと、いっそ清々しいですね」

 

一ヶ月前にあのクエストに挑んだ、私を始めとする四人の内三人の主武器の威力を軽減する防御の追加に、物理的に目的地を遠ざけるだけでなく、展開される度に地形の変わる迷宮を形成する人肉食(ある意味人間特攻)の怪物の配置。

……アステリオス(私の知るミノタウロス)ならばまだ懐柔のしようがあったかもしれませんが、撃破するしかないでしょうね。

 

私された資料を片手に再度ノーチラスの戦闘能力を測り直す。 結果は、彼単騎ではガーディアンすら突破不可能。 その事を手短にルーに伝える。

 

「それで、どうするつもりですか? 無限のガーディアン相手には貴女お抱えの竜騎士(ドラグーン)隊は相性が悪い。 かと言って先鋭による一点突破はミノタウロスの迷宮を走破するには人手が足りません」

 

「その程度なら簡単だよ。 ミノタウロスを引き釣り出した後の増援として配置する。

それに、あの迷宮のデバフは主以外に等しく降り掛かることが判明している。 狭い通路であれば騎竜を突進させるだけで大体の障害は押し潰せる。 何より、

 

 

――その程度の逆境、あの姉妹、特に()なら簡単に覆せるさ」

 

予想していなかった言葉に、思わず目を丸くする。

 

「……貴女のリアルを考えれば連絡そのものは容易いでしょうが、よく説得出来ましたね」

 

「寧ろ彼女から攻略班に入れろと言われてね。 キミからの情報は全部持っていかれてしまったけど」

 

苦笑するルー。 私たちの思い浮かべる人物の強さは、彼女と戦いになった(・・・・・・)私たちだからこそ実感出来る。

 

 

――ALO序列第一位。 多くのプレイヤーは彼女をそう呼ぶ。

 

あの黄金の双剣(・・・・・)使いを――

 

 

 

 

 

 

 








次回予告

皆様、お久し振りです。 『夏イベで我が王の出番キタァァ!』と発狂中の若様に代わりまして今回の次回予告とお知らせを務めさせて頂きます、ジャックです。
では、三週間程待たせた割には話の進まなかった32話の次回予告をどうぞ。

ケットシー領フリーリアとアルンを結ぶ中間地点にある蝶の谷。 遂に浮遊城から舞い降りた三人は揃うも、当然邪魔は入りますが…… まああの魔剣使い相手であればあの三人で勝てるでしょう。
斯くして偽りの王への反逆の準備は整う。

次回、『序列第五位、現る』





続きまして、前回実施したアンケートについてです。 早々にコメディ系が圧倒的な差を付けてしまったのか、少々張り合いが無いと言いましょうか。 面白味に欠けてしまったので、それぞれの話の内容を簡単に説明した上で期間を一週間延長したいと思います。 それとタイトルは仮決めなので変わる場合があります。
では、上から順に。


『シリアス』――時はSAO真っ只中。 伝説と化した第五十層ボス戦。 圧倒的な力を持つ異形に対し戦線は崩壊。 多くの死者を出し掛けたその戦い。 主人公は未だ少年でしかなく、
――故に伝説は、成り立った。
『最硬、最狂』


『コメディ』――舞台は同じくSAOの最中。 これがヒロイン補正なのか、DK本部によるSANチャックを乗り越えたサチがヴラドに料理を教わりに行きます。 そして互いの話にちょくちょく出る謎のケーキイーター! 正直私は一人しか心当たりがいません!
『ゔらどのパーフェクトお料理教室』


『ネタバレ』――此度もまたSAO内の話。
語られるは、片鱗のみを見せる三十四層のとあるダンジョン。 後にDK本部となる迷宮の攻略。 現状唯一ザザらの前で『ブライアン』としての在り方を零した、その一戦。
その最奥に潜むは、
『泡沫の夢、刹那の一幕』


『ifストーリー』――現在考えているプロット。 アンダーワールド編まで終了した段階のヴラドが、何の因果か第四次聖杯戦争に召喚されました。 無論破滅が約束された物語である以上さっさと脱落しようとするも、そうは言えない事情が出来てしまい……
『串刺し公、参戦す』
(※尚この話のヴラドのスペックはあくまで現段階で描いているアンダーワールド編の後半のものなので、変化する可能性があります。 予めご了承ください。)


『ウロブチ』――時は遡り、およそ十七年前。 本来であれば決して出逢う筈のない、誰よりも正義を志した少年と、誰よりも臆病な青年が邂逅する。
――それは、運命の物語。
本来ならば何一つ救いの無い、ゼロ(Zero)の物語。
『泡沫の夢、その運命を識る』




……それでは、また次回にお会いしましょう。


※アンケートは終了しました。多くの投票、ありがとうございました。



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33話 序列第五位、現る 前編

 

 

 

 

 

――何処までも青い空。

時折この景色が現か仮想の物か分からなくなる程澄み渡る天蓋。 その端を、背中に羽根の生えた人型の一団が飛んでいる事実が、この場が己の腕が全ての世界(アインクラッド)ではなく、妖精の世界(アルヴヘイム)だと実感する。

後付けで設置された長テーブル、その手前側の椅子にそわそわと落ち着かない様子で座っている領主と、自分の隣でバタフライナイフを弄っている脱領者(レネゲイド)にして猫妖精(ケットシー)切り札(ジョーカー)。 そして肝心の竜にこそ跨っていないとはいえ、上位数パーセントに食い込む猛者揃いの竜騎士(ドラグーン)が片手で数人、領主の背後で直立不動を貫く。

ALOに慣れろとの名目で、空中戦縛りとはいえ自分をボッコボコに打ちのめした――まあ約一名には地上戦でも勝てるビジョンが未だ浮かばないけど――面子が一、二人混ざってるから言えるが、この一団だけで旧アインクラッドの勢力図が大幅に書き換わると予測出来るだけの戦力。 それが行儀良く待機して出迎えた相手は、これまた雰囲気だけである程度以上の強者だと分かる、エメラルドカラーの翼を供える面々だった。

 

半径十数メートルの台地、その端に着地した集団の内、深緑の直毛を一本に纏めて背に垂らした女性は、他のメンバーが止める間もなくずんずんと真っ直ぐ長テーブルまで歩み寄る。

そして、――

 

 

「――久し振りー! 元気してたかナー!」

 

「ははは。 そちらは相変わらずのようで安心したぞ」

 

……アリシャとその女性が抱き合った。 それはもう、フィクションの外人がハグするよりも強烈に。

 

「……あの、ジャックさん? あれは、」

 

「慣れて下さい、とは言いませんが流して下さい。 アリシャ・ルー()少々大胆なので。

いえ、本質は結局のところ二重の意味で白百合なのですが」

 

若干死んだ目をしながら、最低限のフォローを試みるジャック。 ぶっちゃけその辺りはライブ活動時(猫被ってる時)以外のピトが普通に男女問わずちょっかい出しているのを知ってるだけに、というか特に思う所はないけれど。

 

それは兎も角、それなりに前からこの会談、ケットシーとシルフの同盟の話は持ち上がっていたらしく、領主どうしの仲の良さもあってアリシャ・ルーとサクヤ(シルフ領主)を中心にそれぞれの軍務担当を巻き込みながらトントン拍子に話が進んでいく。

 

スプリガンのオレの立ち位置としては、ケットシー側が雇った傭兵という事になっているらしい。 なんでもケットシーが多種族を取り込むのはよくある話だそうで。 けれど種族間競争の激しいALO、領主殺しのメリットが大きい以上、無名の傭兵と、嘗ての切り裂き魔はあまり歓迎されていないらしく。

 

「――あたしはリーファ。 よろしくね」

 

「……ジャックです。 こちらはノーチラス」

 

「え? この子が本当にあの……?」

 

直接そうだとは言われなかったけれど見張りが、それもあれだけの強さを持つジャックが、僅かとはいえ普段からは考え付かない程反応する相手が付いた。

ただ、警戒云々は向こうもしているらしく、注意は専らジャックに向けられている。 尤も直ぐさま戦闘に突入し兼ねないほど剣呑な空気ではなく、ジャックは分からないけれど、リーファからは困惑を感じた。

SAO時代の経験則からこの手のトップ同士の会談はけっこう長引くものだと知ってるし、この人とも共同戦線を張るだろうと考えれば、あまり緊張感漂う状況というのはよくないな。 感情を隠し難いVRゲーなのに無表情を貫けるジャックは何を考えてるか予想がつかないし、話し掛けるならリーファと名乗った少女か。

とは言え、どう切り出したものか。 反応を見るにジャックについて何かしら知ってるようだし、共通の話題なんてそれと世界樹くらいだろう。 ……ALOのヴラド(人外枠)が打ち立てた伝説に個人的興味があるのは否定出来ないけれど。

 

「リーファさん。 ジャックさんを見て何を言いかけていたんですか?」

 

「? あー、きみってもしかして初心者? えっと、ケットシーのジャックといえば――」

 

気さく、というか大らかな性格なのか、或いはあちらもこの空気をどうにかしようとしていたのか、すぐに話に乗ってきた。 話題の中心人物は無反応だったけど。

……尤も、内容は予め聞いていたものよりかなり凄まじいものだった。

 

「――ALO序列第二位。 ケットシー最後の切り札で、制御不能のアサシン(暗殺者)。 付いた異名はプレイヤーネームの『ジャック』もあって、」

 

チラリと、目を閉じて聞いているのか聞き流しているのか察する事の出来ない外見は可愛らしい幼女(中身は怪物の従者)に目を向るリーファ。 反応が無いのを確認してから、まるで怪談でも話す様な声色で、こう告げた。

 

 

 

「――『切り裂きジャック』」

 

 

――告げられたその名。

それは世界的に有名な殺人鬼にして、今尚正体不明であり続けているホワイトチャペルマーダー。 成る程、夜の王(ノーライフキング)の従者には相応しい異名だろう。

思わず沈黙を貫いている銀髪に目を向ければ、漸く溜息混じりに反応を示した。

 

「ALO序列の第一位から第五位までは全員に異名がつけられています。 勿論序列とは関係無しに渾名が流行っているプレイヤーもいますが、トップ五名はその戦闘スタイルから異名が名付けられているのです。

私の場合は武装と、辻斬りしていた頃に長期間顔を見られなかった(正体不明であり続けた)からでしょうね」

 

「はぁ……」

 

如何にもな返事に、言葉に詰まってしまう。 ここまで来ると逆に、一体どんな経緯でジャックがその正体が暴かれたのか気になってくる。 ジャックさんが第二位であるなら、おそらく暴いたのは第一位なのだろうけど――

 

……第一位って、どんなバケモノなんだ?!

 

考えてみよう。 基準はヴラドに匹敵する実力を持つジャック、とはいえこの人の本質は不意打ちやらを主体とするアサシン。 目の前にいるのに存在感を感じられなかった程の気配遮断のエゲツなさは、ジャックとの初戦、その直後に思い知っている。 つまり第一位の人は、ジャックの完全な不意打ちを防ぎ切り、尚且つ正面戦闘でも勝利を収められた人となる。

うん、紛う事無きバケモノだ。 ヒースクリフが霞んで見える。

 

騎士系魔王と悪魔系騎士と比較して尚想像すら出来ない強さを持つだろう第一位に顔色を無くしてしまう。

 

「ち、因みに、その人の異名は……?」

 

「あの人の異名は――」

 

ジャックがその小さな口を開きかけて――突如、そのまま固まる。

 

形の良い眉を僅かに歪め、首を傾げる幼き銀髪。 不審に思い話しかけようとして、

 

「――チッ、まだ合流前なのに。

各員戦闘準備! 敵数六十強! ルー、指揮は任せます!」

 

「あいヨー!」

 

ナイフを逆手に引き抜くとそのまま透き通る様に消える姿。 直前に発せられた警報に、しかし領主は明確に反応してみせた。

 

「戦闘準備って、敵って事ですか!?」

 

「まぁネ! 今こっちでも捕捉した!」

 

連れの竜騎士隊とシルフの護衛部隊が次々と白刃を晒す中、じっと一点を睨む領主の視線の先には、赤黒い、乾いた血溜まりの様な一団が見えた。

まだ距離があるように見えるが、此方が察知したことに気が付いたのだろう。 彼方の先頭も重圧感のあるランスを抜き放った。 赤い鎧に赤い翼。 シルフとは犬猿の仲のサラマンダーか!

三種の妖精が得物を手に睨み合い――

 

 

 

 

 

「――待て」

 

不自然な程よく通る声に、サラマンダー側からの殺気が弱まる。

急に霧散した威圧感に戸惑っていると、赤い一団が中央で上下左右に分かれる。 重鎧の集団の通路を悠々と通って現れたのは、たった一人の男だった。

それは、明らかに戦士だと分かる男。

全身を隙間無く覆う金属鎧で赤い眼以外の特徴は見て取れないけれど、その身から漂う自負と余裕は、それだけで並大抵の剣士ではないと分かる。

背には、比較的細身の黒い両手剣。

 

「……サラマンダーのユージーン将軍か。 一体何の用だ?」

 

サクヤが低い声で訪ねる。 一対一は打ち合ってみないことには分からないけれど、数では圧倒的に不利だ。 それに、此処には二種族の領主がいる。 今の所問答無用で攻めてくる様子は無さそうだから、出来る事なら話し合いで事を収めようとしたのだろう。

 

「我々サラマンダーの要求は、シルフ、ケットシー領が保有する資金、その四割だ」

 

「四割!? 貴様、巫山戯ているのか?!」

 

太めの男の言葉に、竜騎士の一人が吠える。 けれど男は怯みもせず、ただ淡々と続けた。

 

「巫山戯てなどいない。 俺たちサラマンダーが世界樹上の空中庭園に辿り着いた暁には、希望者にはアップデート五・〇のシステムを用いることを約束する」

 

……アップデート五・〇?

聞きなれない言葉に首を傾げると、隣にいたリーファが「転生システムが実装されるって噂があるんだよ」と補足してくれた。 何でも、膨大なユルドと転生先の種族領主の許があれば、他種族へ転生する事が可能になるとのこと。 つまり、どれか一種族がアルフに成り上がる事が出来さえすれば、理屈上は全てのプレイヤーの飛行制限を取り払う事が可能なのだ。

 

「……どうだろうか。 あまり武力的な手段は取りたくないのだが」

 

いっそ謙虚であるとすら感じる程の声色で言い放つ男。

聞く限り、悪くない話に思える。 そもそも世界樹上に空中都市があるのかすら疑わしい点を除けば、組織単位では最も戦力があるサラマンダーが攻略最有候補だろう。

 

――静寂が包む会談会場。 若干の浮つきがある空気を引き締めたのは、ハッキリと拒絶を示した、カリスマある二人の領主だった。

 

「――断るヨ」

 

「……何故かと訊いても?」

 

「簡単だ。 そもそも、サラマンダーが約束を守る保証がない。 それに、本気で交渉する気ならその部隊は大掛かり過ぎるし、メッセージを使えばいい。 それでは交渉ではなく脅迫だ」

 

「……確かに」

 

油断も容赦もなく、刀とレイピアの切先が男に向けられる。

 

「それに、この会談は秘密裏に計画されていたんだヨ。 その場にサラマンダーの大部隊が現れた時点で、もう怪しさしかないのサ」

 

黙々と、二人の指摘を受けるユージーン。 周囲のサラマンダーは殺気立ち始めているが、中央の男は微動だにしない。

 

暫くして、漸く動いたユージーンは、傍にいたサラマンダーのプレイヤーの方へ顔を向けて尋ねた。

 

「……お前ならどうする」

 

 

 

 

 

「――単純明快。 己の思うままに振る舞い、舞いましょう」

 

――それを合図にしたのだろう。

その瞬間、銀色の風が一つ。 赤い空に白い線を引いた。

続いて、悲鳴、絶叫。 線を引かれた――いや、鎧の隙間に沿って切り裂かれたサラマンダーたちが、腕を、足を、首を落としていく。

唯一度も視認を許さず。 刃の煌めきと血飛沫(ダメージエフェクト)のみが、その特異な技術を証明する。 こんな芸当が出来るのは、オレの知る限り一人だけ。

 

「……これが、第二位。 『切り裂きジャック』」

 

ものの数秒でサラマンダー部隊の二割を三枚に下ろしてのけた切り裂き魔。 早々に決着を付けるつもりなのか、敢えて敵陣のど真ん中で姿を晒したジャックは、ユージーンへ一騎打ちを仕掛けた。

 

――だが、オレは一つ失念していた。

序列とは、なにも絶対の実力順位ではない。

浮遊城の狂王ですら、土を付けられたことがあったという事を。

 

 

――肉を断つ音も、或いは叫びも響かず。 予想に反し鳴った音は、鋭い金属音でしかなく。

二振りの刃は、一瞬で抜き放たれた細身の剣によって防がれていた。

 

「なっ!?」

 

動きが、見えなかった。 剣を抜き、ナイフの軌道に添える、その一連の動きが。

いや、それは最悪どうでもいい。 問題なのは、他のサラマンダーが対応出来ていなかった一閃を真面に受け止める事が出来る実力者がいるという事だ。

 

裂帛の気合と共に小さな身体を弾き飛ばすユージーン。 ジャックもその程度ではダメージこそ受けないにしろ、仕切り直しも兼ねて大人しく距離を離していた。

 

「なあ、彼奴は一体何者なんだ!?」

 

「序列第五位のユージーン将軍だヨ。 異名は『魔剣使い』。 確認されている限りサーバーに十本ないレジェンダリーウェポン(伝説級武器)の内の一本、『バルムンク』の使い手!」

 

十メートル程の間合いを空けて睨み合う二人。 ヴラドがヒースクリフとの戦闘で主武器を折られた後に四苦八苦しているのを間近で見ていただけに武器のスペックの重要性は実感がある。 序列的にジャックが勝ちそうなものだけれど、DEX型のジャックが速攻を仕掛けない辺り、決着には時間が掛かるだろう。

それに、問題はそれだけじゃない。 十数人がリメインライトに還っているとはいえ、自陣の四倍弱の敵がまだ残っているのだ。

 

……こうなったら、一点突破で領主だけでも逃すか? 単騎での世界樹攻略が現実的ではないのは散々聞かされた以上、武器兵力を動かせる二人を優先して守るのが最短コース。 なら、オレのやる事は決まっている。

覚悟を決め、ルーに作戦を伝えようと警戒しながら近付き――

 

 

 

 

 

 

「―――ァァァあああああああ!?!」

 

「な、なんだ!? うわっ!?」

 

……次の瞬間、また覚悟を台無しにされた気がした。

北東方面から降ってきた黒い物体は、その情けない空気摩擦音(ただの叫び)を撒き散らしながらユージーンに直撃。 根はいい人らしいユージーンは咄嗟に剣を逆手に持って受け止め、受け止めきれずに諸共落下した。

台地の中腹に墜落、派手に上がる土煙。 爆音に痛む耳に届いたやり取りは、相変わらず精神も痛めた。

 

 

「ちょ、アスナ(・・・)、ステイ! ステイ! ピト(・・)が死んじゃうって!?」

 

「大丈夫よ、アレは殺した程度じゃ死なないわ!」

 

「だからっていきなりブン投げるヤツがあるかーッ!!」

 

「ぐふぅ」という野太い悲鳴を置き去りに一直線に上昇する黒い女性。 その先に浮かんでいた青い髪の女性とギャースカ言い争う。 間に挟まれた少女には悪いけど、あれでは一分と経たず斬り合いになるだろう。

取り敢えず着地台兼踏台と化した哀れなユージーン将軍に合掌し、唖然とする三種族に代わってツッこむことにした。

 

「――お前ら何やってんだよ!?!」

 

ウチのバカ(ピトフーイ)他所の人(アスナ)がご迷惑をおかけしました。 いやホントに。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――その後、彼女と一緒にいたユウキという少女に手伝ってもらい、どうにかピトとアスナの決闘は回避した。

未だ騒ぐ気満々だった外見が様変わりしたピトを黙らせ(物理)、その光景に天使の様に微笑んでいたアスナ(愉悦部(本人は否定))に背筋を震わせる頃には、サラマンダーの数以外は襲撃開始直後の状況まで戻っていた。

とはいえサラマンダーは未だ諦めるつもりは無いのか、再び気配を消したジャックを警戒して防御を堅めてこそいるものの撤退する様子はない。 ユージーンが完全に復帰すれば、再び戦端は開かれるだろう。 膠着状態に陥ってる今のうちに二人と情報を共有して、サラマンダーを撃退するしかない。

 

さてどうするかと、SAO時代はエム時々ヴラドに丸投げしてた作戦立案に思考を巡らせる。 サラマンダー部隊の相手のみであれば、戦力としては間違い無く一級品の『閃光』と『毒鳥』なら何とかなるだろう。 とするとやはり最大の障害はユージーンとなるが……

 

「――少々宜しいでしょうか」

 

「ッ!? じ、ジャックさん?」

 

悩んでいると、ジャックの幼い躰がオレの背後、丁度サラマンダーからは死角になる場所に現れる。

相変わらず一切の気配を察知させないその手際に戦慄していると、ジャックがその先を口にする。

 

「私がサラマンダー部隊を殲滅します。 それまでの間、貴方達三人でユージーンを引き受けて下さい」

 

「ゆ、ユージーンを!? やってはみるけど、勝てる保証はないぞ」

 

「御心配無く。 絶対に倒す必要はありませんから」

 

どういうつもりか、何か考えがあるのかと訊こうにも、その頃には当然のように姿が消えていた。

 

「……まったく、主従揃って一言足りない連中だ!」

 

疑問はある。 不安もある。 けれど立ち止まる暇は無い。

ユージーンも復活したのか、サラマンダー部隊からは再び殺気が立ち昇り始めている。

 

「ピトフーイ! アスナ! 真ん中のデカいのをやるぞ!」

 

 

――正眼に両手剣を構えるユージーン。

一も二もなく飛び掛かる二人の背を見送りながら、抜剣した片手剣を『ソニックリープ』の型に構えて突っ込んだ――

 

 

 

 

 

 



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34話 序列第五位、現る 後編

 

 

 

 

 

「――初撃は貰ったぁっ!」

 

遠心力を味方に付ける様に、円を描く横殴りの起動で大剣の刃がユージーンに振られる。 敢えて一歩遅らせた細剣の切先は、何の合図が無くとも敵の退路を串刺す位置に着く。

 

性格的には最悪の相性である『閃光』と『毒鳥』。

だがその実、いざ戦闘となれば『神聖剣』と『吸血鬼』同様相性が良いのがあの二人だ。 まあアスナは断固として認めないが。

不安といえば、この二人が空中戦に順応出来るのだろうかという不安があったが、これを見る限り杞憂だろう。 強いて挙げれば、アスナのリニアーの踏み込みが足りないくらいだろうか?

身体に染み付き、アシスト無しでも再現可能なソードスキルの軌道をズラし、万が一に備える。 ピトの一撃を避ければアスナの攻撃が、それさえ防ぐならば死角からの一撃で。

これを攻略するなら、それこそヒースクリフ並みの防御力かヴラド並みの火力が必要だろう。 それ程までに完全に噛み合った、必殺の布陣。

 

 

 

――だが。

 

鈍い金属音が響き、されどその体躯は動かない。 剣の腹で真っ向からピトフーイの一閃を受けたユージーンは、今度は吹き飛ばされる事なく踏み留まった。

ここまでは予想出来た。 当然、軌道を修正。

レイピアが喉元に差し込まれ、しかし、

 

「ハァッ!」

 

跳ね上げた剣で以ってその切先を打ち上げられる。 鍔でピトフーイの剣を弾くオマケ付きだ。 尤もただでは転ばない二人は同時に蹴りを入れ、オレの間合いにユージーンを押し込む。

 

まずは一撃!

気合いと共に剣を振り下ろす。 体勢の崩れたユージーンの背に吸い込まれ――

 

「っ!?」

 

――この一撃すら、剣で防がれた。

動揺している間に弾き飛ばされ、後退を余儀なくされる。 間髪入れずにアスナが突きを放つ。

しかし『閃光』の由来たる突きですら、細身の両手剣が一瞬叩いただけで逸らされる。 アスナは相当驚愕しているが、無理もない。 近付く小さな点(突き技)を弾いて防ぐのは、それだけ難しいのだ。 一度なら兎も角、今のは確実に狙ってやっただろう。

この事実に、さっき一瞬刃を交えた感覚から予想出来るスペックは、……パワーはピト並、アキュラシー(正確性)はアスナに比肩、剣を振るスピードは二人以上とかいうトンデモ剣士である。 ウソだろ?

 

思わず運命を呪いかけるも、バグった強さを持つ連中の戦いに踏み込んでいる以上そんな暇は無い。 片手で大剣の柄を握ったピトが剣の腹で殴り掛かる。 当然これも防がれるが、直後に反対の腹を蹴り付けて威力を上げた一撃に僅かに後退った。

ピトへの防御に集中している今なら、防ぎようがない。 そう判断して加速、鎧兜の隙間がある首元に刃を滑り込ませ、

次の瞬間、手首に不自然な負荷が掛かると同時に世界がひっくり返った。

 

三半規管が揺さ振られる感覚に気分を悪くしながらも必死に目を開いて追ってみれば、どうやらオレの攻撃を直前に察知したユージーンが鍔迫り合い中の剣を軸に、やたらアクロバティックな動きで避けようとしたらしい。 中途半端に刃が引っ掛かった所為で振り回された挙句に振り回されたようだ。

空中戦である事が幸いし、強引に体勢を立て直す事に成功する。

その僅かな間に、剣が通じ難い事を察して寧ろ嬉々として両手剣の間合いの内側に入り込んだ(武器を放ってインファイトに興じる)ピトと、ピトなら幾らでもFF(同士討ち)しても構わないとスター・スプラッシュを発動させるアスナ。

相手に欠けらたりとも攻撃するチャンスを与えず、雨霰と降り注ぐ拳と剣撃。 流石に防ぎきれるものではないと判断したのか、強引に剣を振り絞るユージーン。 一瞬で体力の半分が削れた赤い剣士は、手元で青白い光(・・・・)が瞬き――

 

 

 

 

 

それを認めた瞬間、意図せずとも動きが硬直し、

 

 

オレの目の前を、青白いレーザーの様な物が、焼き尽くした。

 

 

「なっ……!?」

 

久方ぶりに恐怖に固まる身体を強引に動かして見れば、空に浮かんでいるのはユージーンただ一人。 慌ててピト達を探すも空中にリメインライトは無く、地上は爆煙で見えない。

 

――まさか、あの二人がこうも簡単に墜とされたのか!?

認め難い状況に血の気が引く。 振り抜かれた剣に否応無く視線が集中する。

 

 

嘆息したユージーンは、ゆっくりと剣を下ろすと――おもむろに、背負った鞘に収めた。

 

 

「な、何を、」

 

「すまない。 想像以上の実力に、ついエクストラ効果を使ってしまった。 手加減はしてあるから死んではいないと思うが……」

 

その言葉を証明するように、二つの人影が煙を突き抜けて来る。

 

「……何のつもりだ?」

 

二人が無事だったことに安堵しつつも、相手の言葉を信じれば手加減されていた事が不可解で。 隙を探る意図も含めて問えば、ユージーンは数秒程考え込んだ後に口を開いた。

 

「お前達がオレに挑んだ訳が気になってな。 新顔に対世界樹戦の経験をさせるならオレの連れて来た彼らに突っ込ませた筈だ。 第二位と第三位が居るのなら尚更に」

 

そこでユージーンは一旦区切った。

周囲は不自然に静かで――淡々と何かを確認した奴は、完全に戦意を霧散させてから続けた。

 

「用心深いあのジャックの事だ。 何かしらの考えがあっての事だろう。

まだ戦うというのであれば、この剣を抜こう。 所詮我らは領主の命ずるままに武を振るうだけ。

……討たれた仲間たちの仇を取ろうとも思うが、毒霧を相手に拳を振るっても仕方ない」

 

「誰が毒霧ですか、誰が。 というか貴方、また腕を上げましたね?」

 

ユージーンの隣に姿を現したジャックが、発言にツッコミを入れる。

ピトとアスナは「誰アレ?」とハモった後にまた言い争いを始めてしまったので放置して、ジャックに説明を促す。

 

「サラマンダー部隊はこの男を除き、先程殲滅が完了しました。 会談に紛れ込んでいた虫も駆除が済んだので、これでもうモーティマー(サラマンダー領主)の耳目は封じた事になります」

 

「……つまり?」

 

妙に既視感のある、意味の掴み難い言い回しをばっさりカットして結論を急がせる。

何処ぞの狂王そっくりのポーズでわざとらしく溜息を吐いたジャックは、

 

「――ユージーンを世界樹攻略、延いてはSAOサバイバー奪還(・・・・・・・・・・)に協力させます」

 

喧嘩していたピトとアスナすら思わずフリーズするレベルの爆弾発言を、不意打ちで投げ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「……つまり? あの幼女はホントはAPP18の美少女で? しかもヴラドんトコのメイドで? クズ(須郷)に脅されてるユナのパパンとも協力してここまで来たと」

 

「いくつか言ってない要素が増えてるけど、概ねそうだな」

 

「よしギルティ」

 

「なんでだよ!?」

 

ジャックとアリシャ、サクヤ、ユージーンの四人が何やら話し合っている傍で、合流出来たピトと今更ながらの情報共有を行う。

オレからは、リアルで得た協力者について。

ピトからは、実際に世界樹に挑んだ経験を。

 

「それにしても、残機無限の雑魚とフィールドを作り変える大型ネームドボスの二段構えか。 難しいな」

 

「SAOにも似たようなのはあったけど、だとしても前哨戦の取り巻きは有限で、総数は兎も角一度にポップする数はレイド以下だったし、ボス部屋も変わったギミックは幾つもあったけど部屋を迷宮にするのはいなかったからねぇ」

 

「……つかお前、二人で世界樹登ってどうするつもりだったんだよ?」

 

「…………為せば成る!」

 

「つまり、ノープランだったと」

 

……SAOの頃の様に、ちょくちょく若干の毒を交えながらのやり取りに落ち着く自分がいる。

聞けばエムは昏睡組、ザザとは連絡が取れず、偶然同じ病院に運ばれていたアスナに今回の主犯たる須郷が脅迫した事であれこれ発覚。 殴り込みにいくつもりとのこと。

 

「まったく。 何時もながら無計画というか脳筋というか…… アインクラッドの時の警戒心はどうしたんだよ?」

 

「え? あぁ、それ? うん、もしかしてとは思ってたけど、ノーチラスの話聞いて確信したわ。 あんな回りくどいことするのはヴラドくらいだし」

 

「? どういう意味だよ?」

 

腕を組んで何故かドヤ顔するピト。 ランダムアバターが原因とはいえ抜かされた身長の所為で、地味に見下ろされている事にイラつきながらも答えを促す。

 

「アスナとその話をしてる時、なーんか視線を感じたのよね。 で、もしかして須郷の手先かと思って廊下みたら、お見舞いには似合わないような花木を持ってる女の人がいたのよ。

気になってググってみたら、花の種類は本来この時期には咲かない赤モクレン。 花言葉は、『持続性(そのままでいてほしい)』。

――季節外れの、それも本来病人がいる場所にそんな花言葉を持つのを持って来させるなんて手間のかかる事をするのはアイツくらいよ」

 

ケラケラと笑いながら推測を語る毒鳥。 種類を検索するついでに花言葉も調べるなんて乙女チックな事出来たんだなコイツ、なんて事を考えたが、流石に口には出さない。

漸く話に区切りがついたジャックさんたちが、「お待たせしました」と歩み寄ってきた。

ぼやかしていた部分の事情をユウキに説明していたアスナも戻ってきた事だし。

 

 

 

――さて。 そろそろ反撃といこうか。

オレたちの大切な人を返してもらうぞ、須郷信之!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」

 

走る。

ただひたすらに走る。

雪を蹴飛ばし、白い息を切らし、転びそうになる身体に鞭を打って脚を運ぶ。

 

月を星も無い、天蓋から垂れる氷柱が発する燐光しか光源の無い世界。

羽は使えず、魔法も使えず、武器はあれど自身の実力では満足に扱えず。

 

「五十メートル先のT字路を右です! 頑張って、ママ!」

 

「あ、ありが、せぇ、はぁ、はぁ、」

 

追いかけて来るのは、落っこちて来てしまったこの地下空間で辺りを把握する間もなく出会してしまった、トーテムポールの様な造形の大型モンスター。

彼方も咄嗟の事だったのか先に走り出すことが出来たのと、小さな妖精の姿をしている娘の案内のお陰で生き長らえてはいるけれど……

 

振り向くまでもなく、直ぐ後ろからエンジン音にも聞こえるモンスターの雄叫びが轟く。

もういつ追い付かれ、重機からそのままもぎ取った様な武器を振り下ろされてもおかしくない。 いや、もしかしたら、もうモンスターの間合いに入っていて、いつでも殺せる状況下での追走劇を愉しんでいるのかも――

 

泣き出しそうになるのを堪え、歪む視界の中で雪の塊に躓きそうになるのを必死に避ける。

 

諦めない。 そう誓った。

必ず助ける。 そう決意した。

 

だったら、例えあと数秒の命だったとしても走り続ける。

それくらいしか、私に出来ることはないから。

 

 

けれど。 運命は、どこまでも残酷で。

 

 

曲がり角が見えてきた辺りになって、先を飛ぶユイが叫ぶ。 プレイヤー反応があると。

 

「っ――」

 

「ママ?!」

 

左に曲がる。

世界樹への道ではない。 ただ、咄嗟に見ず知らずの人に擦り付けなんて出来ないと思ってしまったがための行動。

 

 

……私ってば、何してるんだろう。

 

 

遂に集中力が切れたのか、それとも運命か。 雪の中に埋まっていた氷を踏みつけて、転んでしまう。

結果として、私を追い掛けていたモンスターを見上げる形になって――まったく息を切らせず、それどころか笑う様に声を震わせている相手が映る。

私が座り込んでしまったのを見たモンスターは、わざわざ見せつける様に、ゆっくりと武器を振り上げる。

 

「ママッ!」

 

「ユイちゃん、――」

 

私とユイに、無慈悲な鈍い刃が振り下ろされる。

直ぐに降ってくる衝撃に身を縮こませながら、それでもユイだけでも攻撃から逃がそうと手を伸ばして――

 

 

 

 

 

 

 

「――なるほど。 妙に騒がしいと思ったら、こういう訳だったの」

 

爆音。 咆哮。 金属音。

幾つもの音が混じった轟音に、けれど訪れない死に、おそるおそる、目を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

――そこに佇んでいたのは、『黄金』だった。

 

金属質な光沢を放つ長めの金髪は二つに纏められ。 鎧は機動性を重視したデザインなのか、所々肌が見える程。

何よりも目を引くのは、真上に柄が突き出る様に両肩に収められた、二振りの双剣(・・)

 

 

『黄金』は余裕ある、自信に満ちた足取りでモンスターがいた筈の場所を通り、通り過ぎる。 どんな方法を使ったのか道の端まで吹き飛ばされたモンスターには一瞥すらしない。

 

そうして目の前まで歩み寄って来た『黄金』は、腰を曲げて私の顔を覗き込む。

 

「あ、あの、」

 

「見ない貌ね。 それに、私に反応しない。

……まあいいわ」

 

一通り睨んで何やら呟くと、顔を上げる。

そして、

 

 

「――危なかったわね。 でももう大丈夫」

 

 

ポンと、私の頭に手を乗せた。

 

「え? えっと…… ありがとう、ございます?」

 

「あら、礼を言うにはまだ早いわよ?」

 

混乱のあまり真っ白になった頭から必死に言葉を絞り出すも、斃されたはずのモンスターが怒号と共に起き上がり、恐怖がぶり返す。

 

なのに、『黄金』はリラックスした空気を崩さない。 モンスターの方を向いてこそいるけれど、両肩にある武器に手を伸ばさない。

 

「に、逃げないと、」

 

「問題ないわ」

 

パチリと指が鳴って――虚空から(・・・・)、剣が、現れた(・・・)

いや、剣だけじゃない。

 

刀が、槌が、鎌が、杖が、薙刀が、

矢が、棍が、斧が、槍が、短刀が。

 

しかも、一口に剣といっても片手直剣だけじゃない。 分かる範囲だけでも、レイピア、サーベル、バスターソード、フランベルジュと、いくつもの武器が、その切先をモンスターへ向けられている。

 

はぐれ(・・・)程度に無駄弾は使いたくないけど、この際それはいいわ。 だから、――」

 

私に背を向けて、腕を組む。 それを合図にして、宙に浮く武器が、

 

 

 

 

「――せめて、その散り様で我を愉しませよ」

 

 

 

 

総数約五十数本。 一本一本がそれぞれ一級プレイヤーの主武装すら超えかねない古代武器級(エンシェントウェポン)が、モンスターの全身を隙間無く貫き、今度こそトドメを刺した。

 

 

 

「……あ、あなたは、一体……?」

 

膨大な体積を持つモンスターがポリゴンへと変換され、広範囲に青い欠片をばら撒く。

その一片一片が光を放って、『黄金』を逆光で包む。

黒い人影としか映らなくなった『黄金』に、赤い瞳が浮かび上がる。

 

 

――はたして、返事は返ってきた。

 

 

 

「私はラン。 レプラコーンのラン。

 

さぁ、そう言う貴女は誰なのかしら? 特異な運命を背負い込んだ妖精さん?」

 

 

 

 

 



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35話 竜の騎士、到達す

 

 

 

 

 

「――で、オレたちに会わせたい人って誰なんだよ?」

 

 時は更に半日程流れ、場所は央都アルン。

 グランドクエストの門を前に早速挑むのかと思いきや、何故かその場で一時解散。

 オレとピト、アスナを除く全員――特にアリシャとユウキには、わざわざ買い物を頼む程徹底して遠ざけた後に切り出した話は、「会ってほしい人がいる」というものだった。

 

「御心配無く。 世界樹攻略に関して無駄手間ではありませんから。

寧ろ、この作戦の要と言える人物です」

 

「じゃあなんでわざわざアリシャたちを遠ざけたんだ?」

 

 そう聞けば、視線を逸らすジャック。 聞かれたことには言葉を濁す事はあれど、基本的に即答する彼女らしくない反応だ。

 

「……それは、その…… 少々二面性が激しい人なので、せめて第一印象くらいは取り繕おうかと……」

 

 別に、ピトとエムを見てれば第一印象くらい当てにならないってよく分かるんだけどな。 神崎エルザとか良い例だろ。

 

「まあそれはいいとして。 そいつは後どれくらいで着くんだ?」

 

「さて。 ヨツンヘイムは通り過ぎたと連絡があったので、さして時間はかからないかと」

 

「……頼む。 もうちょっと分かりやすく言ってくれ」

 

 ヨツンヘイムって何だよ。 さくっと『通り過ぎた』って連絡している辺り、門か何かかと問おうとして、

 

 

 

 ――嘗て似たものを浴び、けれど全く毛色の違う『王の覇気』が背筋を駆け巡る。

 ある意味殺気にも近いその気配がする方向に抜剣しながら振り向けば、そこには佇んでいるだけ――

 そう、ただ佇んでいるだけ(・・・・・・・)の、一人の『黄金』がいた。

 

 

「……悪くない。 うん、悪くないわね」

 

 ガチャリと、足回りを覆う具足が一歩踏み出したことで金属音を立てる。 何の変哲も無い、フルプレートの金属鎧特有の音。

 だというのに、まるでヴラドのナイフの鞘走りを聞いた様に身が引き締まる。

 

「でも最良とは言えない。 本気でこれを連れて挑むというのかしら? ジャック・ザ・リッパー(切り裂きジャック)

 

「実質貴女単騎でもミノタウロスまでなら突破出来る以上、今更に過ぎる議論です。

――違いますか?第一位『女帝』ラン」

 

 この空気の中、リラックスした態度を崩さないジャックが聞き逃せない一言を言い放つ。

 こいつが、第一位!?

 

 ランと呼ばれた女性は此方の剣の間合いまで近付く。 三本もの切先を向けられているのも関わらず、両肩から突き出る柄に触れる気配すら見せず、品定めする様にオレたちを見回す。

 やがて満足したのか、溜息交じりに言い放つ。

 

「いつまで剣を向け続けるつもりなのかしら? そう望むなら消し飛ばしてあげるのも吝かではないのだけれど?」

 

 暗に「今すぐ敵対するつもりはない」と言われ、気迫に忘れかけていたが、この人は世界樹攻略の要と言われた人。 確かに剣を向けたのは不味かったか。

 

 重圧に反応した剣をなんとか鞘に収めると、彼方の覇気もある程度薄まる。 ……第一印象を取り繕ってもこれって、取繕わなかったらどんな性格してるんだ?

 聞いたら間違いなく藪蛇になりそうな疑問は飲み込む。 少なくともジャックの言ってた人との初対面は終わった訳だし、これで攻略を始められる。

 

 

 ……けど残念ながら、騒動はこれで終わらなかった。

 短く鼻を鳴らしたランが此方に背を向ける。 オレたちから注意を逸らした事で完全に重圧から解放され、他所へ注意を向ける余裕の出来たオレたちの目に飛び込んできたのは、

 

「……ノーチラスさん?」

 

 黒髪の、儚い、強風が吹けばそのまま消え入りそうな少女。

 目元には、見覚えのある黒子が。

 

「……もしかして、サチか?」

 

「うわ、全然変わってないじゃない! あちなみに私がピトね! このアバター、どう思う?」

 

「え?! 凄く……伸びてます……」

 

「お前は何を言わせてるんだ」

 

 何時ぞやのクリスマスの一件以来、ギルドとしても懇意であった『月夜の黒猫団』。その中でも特に頻繁にDK本部を訪れていた『雪原の歌姫』との出会いには、懐かしさすら感じた。

 

「それにしても、どうして此処に?」

 

「義姉さんが何処からかそういう情報を持ってきてくれて、ログインした後は、」

 

「私が案内しました!」

 

 サチの装備にあるポケット状の隙間から、小さな妖精が飛び出す。

 サイズこそ遥かに小さくなっているけど、その変わらない顔は見間違えようがないし、隣の変態(ピト)のテンションの上がりようからみても間違いない。 元MHCPであり、彼らの娘のユイだ。

 聞けば、ALOのサーバーからはナビゲーション・ピクシーとして扱われているらしい。

 

 

 ……さてと。それじゃあ、現実と向き合うとするか。

 歌姫を冠するプレイヤー同士とその娘で和気藹々とする三人から、背後で静かに立ってる少女の顔色に視線を動かす。見なきゃよかった。

 何せそこにいたのは、完全な無表情――ジャックの無表情(ポーカーフェイス)とは全く違う、完全な『無』が顔に張り付いていた。 死んだ魚の目もあって完全にホラーである。 ボス撃破前のDK本部と同レベルで怖い。 これならいっそ般若顔の方がまだマシだった。

 

「……あー、アスナ? 一応言っておくけど、リアルでの刃傷沙汰は止めろよ?」

 

「…………大丈夫よ。 えぇ、私は大丈夫。 大丈夫……」

 

 ダウト。 第一層地下での一件の後、クラディールのハートをフルボッコにした愉悦部が言っても説得力が無い。

 まぁなんだかんだ言ってもSAOでアスナがサチを襲撃した事はないから、そこまで心配はしていない。 断じてブツブツと自己暗示モードに突入した元上司(KoB副団長)の対応をキリトに放り投げた訳ではない。

 

 もう完全に習慣付いてしまった溜息を吐きつつ、気配を感じて門前の広場へと続く階段の方を見る。 戻って来たユウキにランが抱き着いて頬擦りする場面を見てしまった。 ついでにランの真っ赤な瞳と目が合った。

 

 ……こういう不幸な目に合うのはヴラドの役割だった気がするんだけどと、ジャックがランの何を取り繕おうとしたのかを察しつつ、馬鹿げた量の武器が降ってくるのを眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――複数の武器に刺されて死亡という、ゲームでもそうそうない珍しい死に方を体験してはや数分。

 それなりに長かった道のりの果て、ついに、門が押し開けられた。

 

「では、状況開始!」

 

 ジャックの合図で飛び込む。 視界に映るのは、予め聞いていた通りの純白のドーム。 それと――ガーディアンの群れ。 まだオレたちの足は地についているのに、ポコポコと人型の異形が出現する。

 無限の数を持つ、天蓋の守り主の皮を被った、悪意の化身。 真っ向から突破しようとすれば消耗は必須だろう。 天井に近付けば近付くだけ難易度が上がる以上、悠長に撃破しながら天蓋を目指すのは悪手。

 

 だからギリギリまで飛ばず、けれど道を作る。

 方法は、――その両方を、オレはもう見た。

 

 

「――撃ち落とす、」

 

「――少々野蛮だけれど、これも立派な戦法の一つ」

 

 背後から青白い閃光がドームを照らし、幾つもの武具が実体化する音が響く。

 片や、ニーベルンゲンの歌に聞こえし竜殺しの魔剣が、

 片や、文字通り一騎当千、万夫不倒の火力を実現する武器の雨が、

 その力を、発揮する。

 

 

「――『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」

 

 

「――穿ちなさい。 『奉る王律の鍵(バヴ=イル)』!!」

 

 

 極光が一直線にガーディアンの群れを貫き、持手の居ない武器が穴を塞ごうとする個体を次々と狙撃する。

 その隙間――天蓋まで一直線に空いた空間をオレ、アスナ、ジャック、ユウキが駆け抜ける。

 

 ――これが、ジャックが立てた作戦その一。

 ユージーンとランでガーディアンの防御に穴を開け、その穴をDEX型が全速力で天蓋まで突撃。 グランドクエストの裏ボスを引っ張り出そうというのだ。

 勿論ゲートに近付けばガーディアンの出現ペースは上がるし、降下した個体に阻まれてランの攻撃は届きにくくなる。が、先行するのも下の二人に匹敵する剣士と暗殺者。行く手を阻むガーディアンには斬撃耐性があるにも関わらず、鎧袖一触でボロボロとガーディアンの首や手足が切り分けられ、四散する。

 

 横から飛び出してきた個体の顔面を刺し貫いて撃破しながらも、見上げた光景に、ふと思い出が蘇り、何とも言えない苦笑いが込み上げる。

 

 

 実質、たった四人。 たったそれだけの人数で、幾千幾万もの敵を突破しているのだ。

 ……SAO時代、DKは『単騎最強ギルド』とされたが、このような状況になった時、果たして彼らの様に振る舞えただろうか。

 

 

 大切な人を迎えに行ける程の実力も無い、このオレに。

 

 

「……ああ。 嫌な、でも懐かしい感じだ」

 

 ヴラドにも感じ、けれどいつしか慣れ、薄れてしまったこの感覚。

 KoBを追い出され、ユナの危機にも駆けつけられなかったあの時。

 

 ……あぁ。あの時と、そっくりだ。

 

 たった一騎のプレイヤーが、無限に思えた敵を全て踏み潰してみせた、あの時と。

 

 

「――一時撤退! ゲート手前まで引きますよ!」

 

 気が付けば、上空でジャックとユウキが反転、急降下してくる。その背後には、白い全身に、巨大な角。 壊れた仮面や用を成さない拘束具の残骸が、そしてある程度距離があるにも関わらず狂気を感じさせる赤い眼が、意識を完全に引き戻す。

 

「ハテガナイゾ。 オワリモナイゾ。

万古不易の迷宮・邪(ケイオス・ラビュリントス)』……!」

 

 怪物『Minotaur(ミノタウロス)』が、その伝説を再現する。

 ガーディアンをも巻き込みながらドームが再編される。 自分でも楽観的だと思うが、見た感想としては某魔法学校シリーズ第四作の最終競技のフィールドを連想した。

 もっとも彼方とは違い、この迷宮は入る者に大幅な攻撃力と防御力デバフを押し付けるが。

 

「アリシャ、サクヤ!」

 

「オッケー! 混成隊、進軍開始!」

 

 勢い余って門の外に出ないように着地をする一方、すれ違う形でシルフの精鋭部隊とケットシーのドラグーン隊が迷宮へと突撃する。

 異なる種族のプレイヤー。 装備の色も二色に隔てられている、が、唯一、鎧の背後、走る時に邪魔にならない位置に糸が結ばれている点は、全員に共通していた。

 

 ――『アリアドネの糸』。

 ギリシャ神話に於いて、英雄テセウスがミノタウロスを討った際に迷宮を脱出する為使ったとされている方法。 迷宮の入口にアリアドネから受け取った糸を結び、帰り道が分かるようにしたという伝承。

 これは、その伝承を利用した作戦だ。

 一人で何度も挑んだユウキと、とある伝手で(重村教授から)情報を得たジャックの話では、あの迷宮は一度形成されれば内部のマップは変わらないそうだ。 けれど、だとしても一々マッピングするのは手間がかかり過ぎる。

 そこでジャックが提案したのは、何本もの『糸』を使った攻略法。 編成したグループ毎に其々異なる色の糸を持たせて突撃、人海戦術でミノタウロスか、或いは出口を見つけるという作戦だ。

 

 

 今のところ支度は上々。放った使い魔でどの部隊が会敵したか特定しているアリシャとサクヤを除けば、僅かな休息時間がオレたちには設けられた。

 

 だが、けれど、

 

「……なあ、本当にいいのか」

 

 独り言のように問いてしまう。

 この上で非道な実験体として、SAOプレイヤーが捕らえられている。この事実は、今オレの手の届く範囲にいる全員が知っている。

 ……それはつまり、今迷宮に突入している彼らは知らないのだ。ただ領主の命ずるまま、飛行制限撤廃を悲願に空中都市を目指しているだろう彼らは。

 勿論、オレがユナを助けたいと思う気持ちが彼らの悲願を下回るとは思わない。だけど、こうも思ってしまう。『まだ他に手段はあったんじゃないのか』と。

 

 その可能性の象徴の一人は、今隣でウィンドウを弄っている。

 今世のワラキア公と、その従者。

 多くの技能を持ち、人脈にも長けている少女。

 

 無茶を言っている自覚はある。ヴラドは、アイツの故郷ルーマニアでの生活もある人だ。ジャックというこれ以上ない援軍を寄越してくれただけでも感謝の仕様がない。

 でも、想像は止められない。

 

 ――もしも。あの夜王が、今この場にいてくれたのなら。もっと、別の手があったんじゃないのかと。

 こんな、誰かを死地に突っ込ませて、ただ結果を待つだけなんて手段じゃない。怪物も迷宮も、それがどうしたと言わんばかりに踏み潰す、あの『吸血鬼』なら――

 

「おっと、そこでストップです」

 

 ウィンドウを睨んでいた筈のジャックから声がかかる。

 

「……なんですか?」

 

「いえ、見覚えのある表情をしていたものでしたので。

一つ言っておきますが、この仮想世界で感情を誤魔化すには貴方はまだ未熟過ぎます」

 

 聞き覚えのある言葉。あの時は、確か……

 

「――『この城では、誰一人として己に嘘をつくことが出来ない』、か」

 

「城?……あぁ、あの人ですか。

そうですね。己はおろか、他人にも嘘偽りを告げることは出来ない。それは時として仇となり、時として、

――益になる」

 

「気がついていますか?」と呟き、ユウキと一緒にアリシャのウィンドウを覗き込んでいるランを指す。

 

「細かい事情は伏せますし昔は知りませんが、ランは基本的に初対面の人間を信用しません。私も彼女とリアルで会うまでは、出会い頭にバビられたものです。

……まあ、私のプレイスタイルにも問題があったのですが」

 

 バビられ?と未知の造語に首を捻るも、これは無視された。

 

「重要なのは、彼女が、そして彼らが貴方を信用している事。

模擬戦とはいえ、貴方は竜騎士隊と剣を交え、アスナたちはユウキと打ち合った。ユージーンとも戦った。

私は戦い方の関係上、実感したことは一度しかありませんが……」

 

 一瞬だけ、悲しげに顔を歪ませるジャック。

 その変化はすぐに引っ込んでしまったけれど、――

 

「――あの姉妹曰く、『ぶつからなきゃ、伝わらない』だそうですから。

散々貴方たちと激突した彼らは、貴方が想像する程鈍くありませんよ」

 

 彼女のアバターの表情が変わる程のものだったのだと、

 その言葉に鼓舞や配慮もない、誇りと自信を持って事実を言っているのだと。

 

 ……あぁ。やっぱり、あんた達には敵わないな。

 

 そんな言葉は、アリシャの叫びに打ち消された。

 

 

 ――『出口とミノタウロスが見つかった』という叫びに。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 ――白い、無機質な床を蹴り付け進む。

 時折湧き出るガーディアンには飛び蹴りを叩き込みながら糸を辿る傍ら、余裕のある思考で運命の皮肉を嗤う。

 

 ――ミノタウロスは、迷宮の最奥。空中都市へと続く出入り口を律儀に守っている。

 そんな場所を探り当てたメンバーの中には、リーファがいるのだ。

 

 蝶の谷での会談の時、彼女がいる事には驚かされた。

 主人公と結ばれた少女がヨツンヘイムを彷徨っていたと聞いた時は、己の耳を疑った。

 

 偶然の、けれど不自然な類似点。

 まさか、この世界には修正力があるの?

 

 気配を察知し、ナイフを振るう。曲り角を飛び出したガーディアンの腕が落ち、後続のアスナが刺し殺す。

 

 あの人も、アインクラッドでは不自然な『調整』を感じ取ったと言っていた。

 ならば私だけでなく、『竜殺し』と『英雄王』、果ては『絶剣』すら揃った今のメンバーのまま研究所に踏み込めば、手痛い修正がある可能性も否定しきれない。

 事実として、本来ならば存在しない『雷光』とその迷宮が行手を阻む。この程度であれば私だけでも対処できる。けれど、この先にいるのは間違いなく、この世界の管理者ならば――

 

 

 

 

 

「――ウヒヒヒヒヒッ! シネェッ!」

 

 いつの間に辿り着いたのか、開けた場所に出る。

 複数のガーディアンとミノタウロスが耳障りな叫びを口にしながら、その手にある武器を振るう。

 先行している部隊は善戦こそしているけれど……デバフがキツイのか、既に半壊状態。ワイバーンの大きな影は見当たらず、ドロップ品として散らばる大型獣用の鎧が、その末路を物語っていた。

 

「チッ」

 

 思わず投擲ナイフに手が伸びるが、その奥に見えるゲートを確認して思い止まる。

 

 ――ゲート奥は本来プレイヤーに進む事は出来ず、システム管理者権限によって閉ざされている。

 作戦の時間を重村教授に予め伝える事で誰でも研究所に踏み込めるようになっているが、それも時間制限付き。須郷一味がその異常に気が付き再設定してしまえば、それまで。わざとレクト本社地下で騒動を起こして時間稼ぎをしているようだけれど、それもいつまで保つか。

 

 予想最低限(原作通りと仮定して)の難易度。タイムリミット。ミノタウロス撃破にかかる時間。ユウキたちをこの奥へと連れていく事で発生するかもしれないデメリット。それらを素早く天秤にかけて――

 

「ほらジャック。早く行きナ!」

 

 軽く、背中を小突かれた。

 

「……アリシャ?何のつもりですか?」

 

「だから、早く上に昇っちゃいなって言ってるのサ」

 

 数多の武器が降り注ぐ爆音の中でも、レイピアを引き抜く軽い音が耳に響く。

 『アスカ・エンパイア』というタイトルでも極力似た系統の武器を使い続けた事で経験に裏打ちされた彼女の実力は、その血筋の才もあって非常に高い。紺野姉妹との共闘も慣れている

 ……それに、いざとなれば――

 

「分かりました。後は頼みます」

 

「ン、頼まれた!」

 

 咆哮と共に両手の戦斧を振り下ろすミノタウロス。その刃の隙間を一息に擦り抜け、踏み出された右膝にナイフを突き立てる。

 流れる様に身体を捻り、傷を抉りながらナイフを引き抜く。スピードは落ちるけれど、真後ろまで捻られた右腕の先が傷から放たれ、居合の要領で左膝も切り裂き、勢いそのままに両脚のアキレス腱も一周する。

 

「ウグウッ!?」

 

 置き土産(援護)はこんなものでいいでしょう。

 「速えぇ……」と呟いていたノーチラスたちを急かし、膝を突くミノタウロスの横を通る。

 

 向かう先は、無機質で、先の見えない、

 ――盗まれた王座の元へと。

 

 

 

 

 









次回予告
ハロウィンイベントの合間を縫ってお久し振り。お馴染みのジャックです。
それでは手早く、次回予告といきましょう。


――遂にALOの闇へと辿り着いた私たち。
ユウキたちと別れた事に少々不安を覚えますが、とはいえやることそのものは原作の黒の剣士より容易いですね。例の研究室に突入、場合によっては――というより主目的としては、邪魔者を排除するだけなのですから。
万が一のバックアップも準備済ですし、さて。妖精王がどんな抵抗をするのか、見物と洒落込みましょう。

次回、『英雄の凱旋』




……所で、皆さまはお気付きでしょうか。私が予め手を回している割には、アルン周辺を行ったり来たり。妙に時間をかけている事に。
ここで大ヒントを一つ。日本からとある国までは、片道十五時間程かかるそうですよ。





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36話 英雄の凱旋

 

 

 

 

 

「――う、ん?ここは……」

 

 真っ暗なゲートを潜った直後。懐かしさすらある転移直後の感覚に近い余韻を、軽く頭を振って払う。

 メンバーが全員揃ってることを確認するついでに周囲を見渡せば、そこはなんとも形容し難い、のっぺりとした白い通路だった。外がファンタジーしていただけに、違和感が凄い。

 

 ……でも、なんなのだろう。その場違い感とも違う、この違和感は。

 

 

「ユイちゃん。ここが何処だか分かる?」

 

「……判りません。マップ情報そのものが、この場所には無いようです」

 

「御心配無く。既に侵入後の算段はあります」

 

 サチとユイとのやり取りにそう返し、先頭を歩き始めるジャック。

 無機質な、印一つない通路を進んでいる内に――一つ、違和感の正体に当たりが付いてしまった。

 

「……ねぇノーチラス。気が付いた?」

 

「あぁ。ここの構造、D()K()()()()()()()()

須郷の野郎、よりにもよってあの場所を真似るなんて……!」

 

 緩やかに円弧を描く通路。その両側にある扉。扉を潜った先に続く、同じ所に戻ったのかと錯覚する程似た円弧の通路。

 そして、その中央には、重要な場所。

 そっくりだ。あの場所に。ていうか奥への道筋すら同じだ。

 

 ――私があいつに対して疑いを持った、最初にして最大の疑問点に。

 

 ヴラドに対して純粋な恩しかないノーチラスは、押しの弱いアイツが最後まで拘り続けたDK本部のマップをパクられて憤慨しているけれど、寧ろ私は懸念が増えた。

 ユイはこの場所について、『マップデータが無い』と言った。この特徴はDK本部にも当て嵌まっていて、普通のダンジョンなら到達済の所までオートでマッピングされる筈が、あそこに関しては、ギルドホーム化した後でさえ『No Data』表示――つまり、システム上地図が存在しない場所だった。

 そんな場所をコピーして、こんな研究施設をプログラミングする?

 

 ……可能性としては幾つかある。

 一つは、あくまで閲覧不可だっただけであって、あの場所にはマップデータがちゃんとあって、それを偶然コピーした。

 二つ目は、あのダンジョンをプログラムした人と、この研究所をプログラムしたのが同一人物である事。

 三つ目は、――

 

 

 先頭を走る幼女の方を見る。あの少女は、ノーチラス曰くヴラドが寄越したメイドだという。その少女に導かれ、私たちは今、こうして須郷の牙城に潜入している。

 

 ……三つ目は、前にアインクラッドでも似たような疑いをして、そして否定された可能性。

 ――ヴラドが敵、という可能性。

 

 

「……ま、流石にそりゃないでしょ」

 

 思わず今リアルの自分が被っているのがアミュスフィアであることを記憶を遡って確認してから、その可能性を投げ捨てる。

 七十五層ボス戦の後、キリトと共にヒースクリフ――茅場晶彦と会話したサチによれば、ヴラドは完全にシロらしい。サチ本人はどうしてキリトがそんな事を訊いたのか不思議そうだったけど。

 というか、もし仮にそうだとしたら完全に詰んでる。アインクラッドの時とは違う、出口のない完全なチェックメイト。

 うん、いくら私でもそれは勘弁。殺し殺されならウェルカムでも、モルモットになる趣味はない。

 

 

 ……相変わらず結論の出ない謎は一先ず傍へと押しやり、目の前の事態に集中する。

 脚が覚えている、自分たちの昔の住処と同じマップなら旧ボス部屋への入口に当たる扉。なんの装飾もされていないそこは、開閉音すら設定するのを面倒臭がられたのか無音で開いた。

 その奥には――高さ一メートルくらいの円柱型のナニカが、ずらりと並べられていた。

 そして、その上に浮かんでいるのは。どう見ても、人の脳で。

 

「ひっ」

 

「……なに、よ、これ……」

 

 サチとアスナは後退り、ノーチラスも絶句していた。ユイも顔色が悪くなってる。そういう私も、流石に茶化す気にはなれない。

 

 唯一、ジャックだけはその光景を見てもケロリとしていて、平然とその空間に足を踏み入れていた。

 

「お気持ちは察しますが、今は堪えて下さい。システムコンソールを見つけない事には、どれが誰だかも判別出来ません」

 

「……そ、そうだ。キリト!」

 

 ジャックの言葉を聞いて、サチが弾かれた様に駆け出す。大体の目処は立っているのか、あっさりとサチを追い抜いたジャックは、左右を確認しながらも一直線に奥へと進んでいく。

 

 果たして、そこには予想通りの物があった。

 ディアベル達を助けに第一層地下ダンジョンに潜った時、その最深部にあったシステムコンソールと、色以外同じデザインの立方体のオブジェクト。

 

 よし、勝った!第三部・完!

 

 少し弄ることであっさりとメニュー画面を表示したコンソールに、思わずガッツポーズ。直前にあれこれ考えていた心配はこれまた完全な杞憂だったようで、多少行ったり来たりと危なげながらもプログラムを走らせている。

 

「これで此処の惨状が仮想課へと送り届けられる筈です。後は現実で須郷伸之の身柄を押さえてしまえば――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――僕が、なんだって?」

 

 次の瞬間。なんの前触れも無く、いともあっさりと私たちは床に叩きつけられた。

 

「は……?」

 

 慌てて飛び起きようとしても、全く手足が持ち上がらない。これは、まるで――

 四苦八苦している最中、コンソールのある方向から、下卑た嘲笑混じりの声が響いた。

 

「くっははは!君らには相応しい格好じゃないか。この妖精王、オベイロンを出迎えるなら、それらしい態度を取って貰わないとねぇ!」

 

 やっとこさ首を動かして見れば、そこにはいつの間にか悪趣味な長衣(トーガ)を羽織った男が立っていた。

 この重力が増したとしか思えない中で平然と立っているという事実は、一つの真実を指し示す。

 この男が黒幕。この男が――須郷伸之!

 

「いやあ、どうやらこの僕を王座から引き摺り落とそうとしていたみたいだけどねぇ。ざぁんねんでした!君がコソコソとゴキブリの様に動き回っていた事は、とっくに気が付いていたんだよ。

……そうだよ、特にお前ェ!!」

 

「ッ、」

 

 直前まで心の底から愉快そうに嗤っていたのに、突如として激昂して足元にいた幼女を踏み付ける。

 今まで散々蓋をしていた殺意のままにブチ殺したい、けれど、相変わらず腕は上がってくれない。

 ジャックもナイフを突き立てようとするも、鬱憤を晴らす様に執拗に踏み付けられ、鞘に手が届かない。

 

「やめなさい、この卑怯者!」

 

「……んー?」

 

 見ていられないとアスナが叫ぶ。その悲鳴染みた台詞を聞いて須郷は止まるも、暴行を辞めたというより、新しいサンドバッグを見つけたと目が言っていた。

 

「おやおや。このアマとそこのクソガキは把握していたけど、まさか明日奈君。君までこんな所まで来るとはねぇ。それに……」

 

 視線が更に逸れ、サチの隣で踠いている少女へと向く。

 

「カーディナルのプログラムか。詳細は分からないけれど、まさかそんな低位のIDで僕をどうにか出来るとでも?

まあ、その程度のプログラムを有難がるくらいなら君らの抵抗もたかが知れてたか」

 

「テメッ!!」

 

 重力で床に縛り付けられているのも忘れて殴り掛かろうにも、腕は一センチも上がってくれない。

 悪態を吐くしか出来ない中で、須郷は更にGM特権を行使する。

 

「システムコマンド!ペイン・アブソーバ、レベル五に変更!

追加でシステムコマンド!オブジェクトID《終末剣エンキ》をジェネレート!」

 

 仮想の痛みを現実に近付ける指令を発し、更に重ねてその手に一振りの武器が形作られる。

 

 

 ――それは、黄金の剣。けれど弓柄の部分以外が研ぎ澄まされた、異形の刃。

 ランが背負っていた双剣、その柄尻を合わせればあんな具合になるだろうか。

 

 

「須郷伸之、それは――ッ!」

 

 全てのプレイヤーが憧れ、同時に希望と崇める最強の武具が、たった一つのコマンドで複製され、容赦無く足元の少女を刺し貫く。

黒衣の少女は、呻き声すら発しない。

 

「くく、頑張るねえ君ィ。だけどまだツマミ半分だ。段階的に強くしてやるけど、どこまでその強情が保つか、楽しみだねぇ」

 

「い、いい加減にしろ!重村さんやジャックの仲間はもうアンタの悪行を把握してる!もう終わりだ!」

 

 ジャックとこの世界を旅してきたノーチラスが叫ぶが、須郷は焦らない。

 

「終わり?それは違うんだよ。

重村先生は娘を僕が抑えている限り、この事実を公表出来ない。それに、君たちが今被っているアミュスフィアは僕のレクトが設計したものだ。僕の研究に組み込むことは出来なくても、コンセントに繋いであれば遠隔で安全装置を外して君たちの脳を焼き切れるんだよ」

 

 下品な笑い声で勝利宣言を宣いながらも、その台詞の内容は洒落にならない。完全に生殺与奪権を握られた。

 

「ハハハ、アッハハハハハ!これで今度こそ分かっただろう!僕の勝ちだ!僕がこの世界の王だ!ここは、僕の世界だ!!」

 

 

 

 

 

「――それは、違う」

 

 ――弱々しい、声が聞こえる。

 須郷の暴虐が始まってから、一言も喋らなかった少女が、顔を上げて睨む。

 

「……何が違うんだ?何の能力も背景もない、ゲームですら満足に出来ない名無しが、モブが、何の力も持ってない小娘が、僕に反論するのか?」

 

「だって、間違えてないから」

 

 武器を振るう力もない。(神崎エルザ)アスナ(良家の令嬢)ジャック(貴族の従者)とも違う、普通の少女が、立ち上がる(・・・・・)

 

 ……ファ?立ち上がる?

 思わず二度見すれば、例の脳付き円柱に寄り掛かってるとは言え、サチはしっかりと立ち上がろうとしていた。

 

「……私に何の力も無いのは、自分が一番知ってる。

誰かが戦っている後ろで祈ることしかできないなんて事、自分が一番分かってる。

――でも、だからって諦めるのは間違ってる」

 

 支えの柱からすら手を離して。少女は、完全にその足だけで立っていた。

 

「矛盾していても、希望が薄くても、力が無くても。

誰かの為に頑張るっていう思いが、――間違いの筈がないんだから!」

 

 

「……で。それがどうかしたのかい」

 

 須郷は、ジャックの背に刺していたエンキを引き抜いて、サチに向けて振るう。

 あまりにも雑な攻撃に辛うじて避ける事に成功したサチは、それでもバランスを崩して、円柱オブジェクトをすり抜けて(・・・・・)倒れ込む。

 

「………は??」

 

 ……すり抜けた?

 あまりの事態の急変に、思わず須郷と台詞が被る。

 よくよく見れば色が薄まっている円柱は、より一層存在感が希薄になると――直後、ポリゴン片と砕け散った。

 

「な!?一体何が!?」

 

「……どうやら、間に合ったようですね」

 

 気が付けば、周囲の円柱も次々と砕けていく。その光景を見て、冷静な声を出したのは

 ――もう驚かない。ジャックだ。

 

「お、お前!一体何をした!?」

 

「貴方の予想通りですよ。ここに囚われていた約三百人のプレイヤー、そのログアウトが始まりました」

 

「う、う、嘘だ!だってそれには僕のIDが必要だ!僕より高位のIDなんて有り得ない!」

 

 須郷が狂った様に左手を振り回すも、もうその指先にシステムウィンドウは姿を現さない。

 そして、――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――愚かな男よ。偶々空いていただけの王座を簒奪しただけで、その主を気取るか」

 

 コツ、コツと、革靴のヒールの音が響く。

 

 敵対者にとっての災禍の化身の足音が、その終焉までの時を刻む。

 

 

 誰かが恐れた。それは怪物であると。

 

 誰かが讃えた。それは英雄であると。

 

 

 誰かが謳った。――それは、王であると。

 

 

「お、お前は、」

 

「自己紹介の必要はなかろう。そも、貴様なぞに名乗る気も無い」

 

 第十五代目ワラキア公にして、アインクラッド最強の『ドラキュラ』を冠する黒衣の王。

 ――ヴラドが、そこに立っていた。

 

 

「あ、有り得ない。有り得ない!お前は帰った筈だ!それに、どっちにしろお前程度に僕の世界を弄れる筈がない!」

 

「ふむ、確かに。だが『餅は餅屋』とはこの国の言葉ではなかったか?」

 

「まさか、重村先生……クソッ!

だけどレクトにあるSAOサーバーには爆弾が仕掛けてある!それに、この女がどうなっても」

 

 その先の台詞は無かった。またジャックを攻撃しようと刃を振りかぶった瞬間、一瞬で放たれた六本のナイフが須郷の関節に突き刺さる。

 

「が、あああああああああ!?!」

 

「煩わしい。暫しの間、口を噤むが良い」

 

 痛みに絶叫する須郷の顎を掌底でカチ上げ、ガラ空きの首を掴む。防御も回避も不可能になった須郷の鳩尾に完璧なアッパーが叩き込まれ、無駄に凝ったアバターが天井に打ち付けられる。

 数秒ほど天井に貼り付けになってから漸く落ちてきた須郷には目もくれず、黒衣の王は、その従者の下へと足を運ぶ。

 

「大事無いな?」

 

「ええ。それより、思ったより時間がかかりましたね」

 

「許せ。こう見えて最速で戻ったのだ」

 

 六十センチ近い身長差のある少女を躊躇いなく抱き抱える。外見的に犯罪臭しかしなさそうなのに、ヴラドのカリスマ性か、映画のワンシーンの様な雰囲気すらある。

 

「お、おま、お前、こ、の野郎……殺してやる……その首をすっ飛ばして、晒してやる……!」

 

 最早ただの広場になりつつある研究スペースで、須郷が往生際の悪い事にボコられに立ち上がる。

 一方的な蹂躙が始まるかと思いきや……ヴラドは須郷の方を見すらせずに、コンソールへと歩き出す。

 

「逃げるな!!」

 

「逃げる?違うな。貴様は既に極刑が決まった罪人よ。

ただ異なるのは――」

 

 ヴラドが指を鳴らすと、私たちを縛る重力の枷が消える。

 そして、

 

「――貴様を処するは余のみではない。貴様を討つは、英雄の役目でもある」

 

 ヴラドとすれ違うようにして、三人の男女が現れる。

 背に黒と薄青の剣を背負った女顔の少年が。

 盾を付けた長駆のイケメンが。

 白いコート、白い帽子に青いリボンで飾り付けた歌姫が。

 見覚えのある姿で、ここに集った。

 

 

「……はっ。起きるのが遅過ぎるわよ。私が呼んだら十分以内に来る事って言ったわよね?」

 

「あぁ。遅れてすまない、ピト――うぐぉ!?」

 

 敬語禁止と言った事も忘れてるドMの股間を蹴る。

 

 ――よかった。ちゃんと、反応がある。応えてくれる。

 

 悶えている相方に腰掛けながらみれば、黒の剣士と歌姫も再会を喜んでいた。

 ……約一名完全に目が死んでいたけれど。ついでに須郷はもう一度ヴラドに蹴り飛ばされていた。

 

 

「――さて!足りなかったり余計なのがいるけど、最後はドラクル騎士団らしく決めようか!」

 

 エムの背から降りて、そう声を発する。

 剣を引き抜いて、今更逃げ出そうと這いずっている須郷の鼻先に見せつけるように突き付ける。

 

「――小便は済ませたかしら?」

 

 察したキリトとノーチラス、エムが、困った様に笑いながら剣を構える。

 

『――神様にお祈りは?』

 

 完全に瞳孔が逝っちゃってるアスナが、一足先にレイピアを突き刺しながら絶叫する。つか知ってるんだこのネタ。

 

「部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はオーケー!?」

 

 

「ひぃぃ、た、助け、――」

 

 殺意と怒りのまま。背後からボソッと聞こえた「システムコマンド。ペインアブソーバをレベルゼロに」という呟きを合図に、剣を振るう。

 

 ――この空間から悲鳴が消えるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 



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37話 四月二十八日(It’s cloudy today)

 

 

 

 

 

1.一周年記念

ゔらどさんちの今日のごはん(デザート編)

 

 

 

――SAO開始から一年半程度

 

 

 ――転移エフェクトが収まった先には、ステンドグラス煌めくファンタジーな煉瓦造りの建物が広がっていた。

 ここは第三十四層。 アインクラッドの中でもガラスと楽器に関するNPCショップや、アイテムをドロップするモンスターがポップすることで有名な階層。

 

 ……でも、その煌びやかさに反して、プレイヤーの数は少ない。

 SAOだと、ガラスはホームに飾るか細かな装飾品の材料くらいにしかならない物だし、楽器は高価で演奏には専用の補助スキルかリアル技術が要求されるから需要が無いのもある。迷宮区がホラー要素満載だったのもその理由の一つだと思う。

 

 でも、何よりも。 大半のSAOプレイヤーがこの街を避ける理由は――

 

 

 転移門を抜けて、歩く事数分。 くたびれ、日焼けして、穴だらけの演奏会のポスターが所狭しと貼り付けられた路地に入り、その奥へと進む。

 分かれ道もない細い通路を突き当たりまで進むと、枠にサファイアの装飾が施された革張りの――例えるなら、コンサートホール入り口にある防音扉の様な大きな両開きの扉が、姿を表す。

 

 

 

 ――『ドラキュラ』ヴラドが率いる、アインクラッドでも最高格のプレイヤーだけが所属出来る、攻略組の憧れにして、最も畏れられている集団『ドラクル騎士団』。 この街には、その本拠地がある。

 

 昔はホラー系マップで、最深部のボスを撃破する事でギルドホームとして格安で買い取ることが出来た幽霊屋敷という(設定)のある『呪われたコンサートホール』というのは、その後情報屋が調べて出てきた話らしい。 その名残なのか、ただでさえ近寄り難いのに、未だ耐えない怪談話が人を寄せ付けない事に拍車を掛けてる。

 ……怪談の真偽は単なる噂としても、初期のギルドホームは本当にお化け屋敷だったみたいだからなぁ。 今でこそ改装が進んで内側はただのお城みたいになってるけど、キリトの話だとアスナさんどころかピトさんですら本気で怖がって泣きだすレベルだったみたいだし。

 

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 

 重たい扉を押し開けて、出来た隙間に身体を滑り込ませる。

 明かりの灯されたギルドの玄関口は、これまた通路。 しかも左右の壁には横に長い楕円形の鏡がずらっと十数枚並べられている。

 そんな不気味な通路を慣れた足取りで歩いて抜けると、今度は横向きの廊下に突き当たる。 今までのと違って今度の廊下はカーブがあって、円状。 円の内側、外側は等間隔で扉があって、それぞれ同じようなデザインの別の場所に繋がってる迷路になってる。

 ……まあ、扉にそれぞれ思いっきり道案内の張り紙があるから、誰かがイタズラして貼り替えない限り迷わないけど。

 

 ホラーも雰囲気も無視した親切な道案内に従って扉を開けて進む。

 目指す先は、キッチン。

 同じ場所に戻ってるんじゃないかと錯覚するほど似た(除:張り紙)円形通路を五回通り過ぎて。 最後に『キッチン』と書かれた扉を押しあけると、内側からコトコトと何かを煮込むような音が聞こえる。

勢いよく扉を開けると――

 

 

「む、サチか。 もうそんな頃合か」

 

 

 ――白いエプロンを着て、長い髪を後ろで束ねたアインクラッド最強が、鍋で料理をしていた。

 ……もう見慣れた光景だけど、それでいいのだろうか、最強。

 

 アインクラッド新聞を発行してる情報屋ギルドが見たら、一通り発狂した後「あややややや! スクープですよスクープ!! 号外だぁぁ!」と、別途個人で新聞を出してるギルメンがその記事を書いて追加で一悶着を起こしそうな光景は一旦置いといて。 アイテムストレージに入れてきた調理道具一式を出して、エプロンをセット。

 その間にヴラドさんは鍋の中身(聞いてみたら、サルマーレというヴラドさんの地元でよく食べられるロールキャベツっぽい家庭料理、を再現したものとのこと)を人数分盛り付け、ダイニングに運ぶ。

 戻って来るまでの間、後付けで設置されたコンロとかの大型器具の片付けをする。

 

 数分経ってヴラドさんが戻って来る。 綺麗になってるキッチンをざっと見回して、それからストレージを操作。 調理棚に材料が所狭しと置かれて、

 

「では、やってみるがよい」

 

「はい。 今日もよろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 ――ここは、誰もが怖がる怪物の巣窟。

その奥で今、少女の特訓が始まる――!

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ……特訓とはいったものの、実際はひたすらに料理スキルを使い続けるだけ。

 アインクラッドだと、料理は大幅に簡略化されたシステムスキルの一つでしかない。 リアルでどれだけ腕の良い料理人だとしても、スキル値が低いと失敗する確率が高い。 つまり、美味しい料理を作るには経験あるのみ。

 でも、この世界の料理は、料理を始めることそのものが難しい。 ちゃんとした料理が出来る機材は高いし、設置も買取済みのホームにしか出来ない設定がされている。

 今までは殆ど外食か、ケイタに頼まれた時に安くて設置の条件が緩いキャンプキット程度ので調理してたけど、キリトを振り向かせるには足りない。 アスナさんなんて、KoBの高給に物を言わせて全部買ったらしいし。 リアルの話だし性別も逆な気がするけど、先輩も遠坂さんたちの胃をガッチリ掴んでたし。

 

 そんな事情もあって、私は練習する場所を求めた。 勿論最終的には自分の台所が欲しいけど、まだまだとてもコル(お金)が足りない。

 女の子の意地でキリトに頼るのは最後の手段にしたくて。 でも中層ギルドの一員でしかない私にキッチンのアテなんてと困っていたら、悪魔――

 ……というか、また何かやって三食麻婆豆腐、という名のエムさんすら拒否するナニカの刑に処されたピトさんが手を差し伸べてくれました。

 具体的には、追ってきたヴラドさんにピトさんを引き渡した時に相談したら、練習前後にキッチンの掃除をするならと、なんと場所だけじゃなくて材料も貸してくれることになりました!

 そこまで頼る訳にはいかないと断ったのですが、「なに、愉快な見世物が観れる予感がした故な。 それに、財とはその用途によって価値がつけられる物。 食物を只々貯め込んで如何する」と押し切られてしまい……

 

 結局、テツオたちに後押しされたのもあって、ここでお世話になる事にしました。 それ以来、大体週に一回くらいのペースで此処に来ています。

 

 

 

「――それにしても、最初は驚きました。 まさかあのヴラドさんが台所に立ってるなんて」

 

「む、それ程にか?」

 

「少なくとも攻略組にリークしたら、何人かひっくり返ると思いますよ?」

 

「ふむ。特に隠しているつもりは無いのだがな」

 

 幾つもの料理を作っていく傍で、優雅に足を組んで手軽な料理を袋に詰めていくアインクラッド最強。微妙に似合ってるのもあってシュール過ぎる。しかもあの袋、飾り包装こそないけど第一層教会で売ってる奴……え、小竜公ってヴラドさんのことだったの?

 思い切って聞いてみれば、あっさりと返ってくる肯定の答え。

 

「何やってるんですかヴラドさん……」

 

「ふは、意外と此れが馬鹿にならぬ収入になるのよな」

 

「はぁ。まあ、事実美味しいですからね」

 

 最近食べたカップケーキの味を思い出して、口の中が湿っぽくなる。

 

 ……ケーキといえば、義姉さんはどうしてるだろう。

 ふとケーキから連想して、SAOにログインする前の事を思い出す。

 甘い物、特にケーキが大好物な義姉さん。義姉さんったら、ケーキバイキングとかがあるお店に似合う服持ってなくて、なのにそういうのを全く気にしない人で。時々一緒に行く時に困った事もあったな。

 

 ……数年前の事なのに、随分と懐かしく感じる。SAOがデスゲームに変わってからの事を考えれば仕方ないんだろうけど、それでも時々寂しさが込み上げる。

 

「――そうだ。折角だからケーキも作ってみよう」

 

 段々と暗くなっていく気分を多少強引に入れ替える。スキル熟練度も半分を超えたし、ケーキのレシピはある。マウント深山にあったお店の味も覚えてるし、ある程度は再現出来ると思う。

 そうと決まれば早速実行。台所の本来の主(ヴラド)がかなりの甘党なのもあって、ここでは甘味系の素材には事欠かない。当然の様に調理棚の材料に混ざっていた果実や卵、バター、砂糖――に、近いものを手に取る。

 

「……ほう。また珍しいものを。

しかしケーキか……」

 

「? どうかしましたか?」

 

 私が何を作るつもりなのか、材料を見ただけで当てたヴラドさんが呟く。

 NPCレストランのメニューからして味覚プログラムを書いた人がしょっぱいもの好きなのか、全体的に甘い物は少ない。それにキリトは結構辛めの味が好きらしいし。でも奉山麻婆だけは絶対再現しないし出来ない。

 段々手慣れてきたのか多少ならよそ見しながらでも間違えずに出来るようになったウィンドウ操作でボウルの中の材料を混ぜながら受け答えをする。

 

「なに、余の知り合いにもケーキ、というより甘味全般を好む娘が居ってな。ジルと揃って作れ作れと強請られた事もあったものだ。

……暫く会っていないが、はて。今頃どうしているか」

 

 過去を懐かしんでいるのか、何処か遠い目で呟くアインクラッド最強。外見もあって完全に昔の思い出に浸っている老人にしか見えない。それと思わず流しそうになったけど、ヴラドさんってリアルでも料理出来るんですか。通りでエプロンが似合う訳で。

 混ぜ終わったボウルのトロッとした中身を型に流し込んで、オーブンへ入れてタイマーをセット。第一線で闘う人らしく調理時間短縮のエンチャントが盛られた高級品だからか、リアルに焼こうとしたら絶対生のままの『5:00(後五分)』という時間が表示される。その間に生地に乗せるクリームを作る為に別のボウルを棚から出そうとすると、横から「ハイコレ」と差し出される。

 

「あ、ありがとうございます。ピトさん」

 

「ありー?気配は完全に消してたんだけど?」

 

 わざわざ隠密スキルバフ付きフードを被っているピトフーイが出しておいてくれたボウルを受け取って、氷水と生クリームを入れる。背後での「お前、もう散々食ったにも飽き足らずまだ食べるつもりか」「甘い物は別腹なのよん」ていうやり取りは無視……出来ないな。ユナとアインちゃんまで涎を垂らしながらスタンバってる。これ足りるかな?

 

 ――この後完成したケーキは、残念ながらあんまり美味しくは出来なかった。けど。

 いつか義姉さん――舞弥さんが美味しいと言ってくれるものを作ってみよう。そんな目標が、生きる理由が増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.真実、その一端《恐怖の影に潜むもの》

 

 

 

「……なあサチ。俺たち、遅れてない、よな……?」

 

「え、えっと…… うん。時間ぴったり」

 

 須郷の元から助け出されて早ニヶ月程。リハビリも終わり、SAO帰還者用に創られた学校での学生生活にも慣れた最近。あのALO事件にも関わった旧SAOメンバーだけとはいえ、忙しい何人かのスケジュールに都合が付き、かねてから企画していた『アインクラッド攻略記念パーティー』が行われることになった。

 提案したはいいものの、気が付いたらオレ抜きに進みまくっていた企画――まあ某ドラキュラの存在を始め、泣きついて来た菊岡さんに企画の一部を任せる事になったからある程度は仕方がないにしろ――流石にもう既にパーティーが始まっているのは予想外だ。

 『ダイシー・カフェ』の看板が無愛想に下げられた無愛想な扉。その扉の隙間からは既にBGM、それもあの鉄の城にあったNPC楽団が奏でていたアルゲードの街のテーマが漏れていた。見るからに防音性の高そうな木の扉なのに外まで聞こえてるとなると、ボリュームは押して知るべしだろう。

 まあきっと、やたらと騒がしい毒鳥が何かサプライズでも仕込んでいるのかと予想して、偶には大人しくサプライズされようと扉を開けた。

 『砲』としか形容しようがない超巨大特注クラッカーで物理的に吹っ飛ばしてくれやがった毒鳥は絶許である。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「ったく。まだイテェ……」

 

 アスファルトで転んだ所為で未だに痛む節々やらその他諸々でへろへろになったオレは、なんとかカオス極まってる宴から一歩引いた位置にあるカウンターに沈み込んだ。

 

「災難よな」

 

「そう思うなら止めてくれ。マジの危険物を危険人物に預けるなよ」

 

 隣のスツールに座っていた黒シャツ白髪の男の言葉に、思わず愚痴る。お前なら止められただろうに。

 

「ふむ。確かに余であれば止められたであろうが、それではつまらんであろう」

 

「おのれ愉悦部め」

 

「まあ、一応火薬の量は確認したから大丈夫だったろう?」

 

 僅かに喉を鳴らす男――ヴラド。本名ブライアン・スターコウジュ。

 更にその隣には、苦笑いでマグカップを持っている菊岡さんの姿も。

 ……うん、胃が痛そうだ。実際オレも微妙に緊張が抜けない。

 何せ、『ドラキュラ』の異名でコッソリ呼ばれている実年齢三十七歳のこの男の正体は、――

 

「しかし、よく来れたなお前」

 

「おっと、今はその話は止めよ。此処に居るは、嘗て戦場を共にした仲間よ」

 

 そう言って、まだ量が残っていたコップを呷るワラキア公。

 

「それに、今更無礼を指摘して如何する?お前らを犬の(エサ)にすれば良いのか?」

 

「やっぱこの話はやめよう、うん」

 

 愉悦の笑みを浮かべる極刑王。本気では無いだろうとはいえ、念の為にしっかり断って……

 その時、今のヴラドの台詞に、嫌な違和感があることに気が付いてしまう。同様の違和感を察知したエギルはオレに烏龍茶だけ寄越してそそくさと逃げ、気づけなかった菊岡さんはのほほんとコーヒーを飲んでいる。

 

「……な、なあヴラド?」

 

「如何したキリト。そんなに顔を青ざめさせて。まるで目の前でエレベーターがこじ開けられた様な表情だぞ」

 

 あ、これはオワタ。

 ヴラドを吸血鬼(ドラキュラ)と呼んではいけない事は、アインクラッドでは暗黙の了解となっていた。うっかり呼ぼうものなら、あらゆるモンスターを真正面から捻じ伏せる怪物の逆鱗に触れる事になると。

 悪意マシマシな勇者の犠牲の元、旦那等、ある作品を元にした呼び方ならバレないということでその手の異名が流行ったのだが……

 この反応は間違いない。確実にバレてる。まさか、わざわざ日本に来た理由って――

 

 思わず震え、手元に視線を落とす。いつ横から杭が飛んでくるかと怯えていると、隣から笑い声が発せられる。

 

「ゔ、ヴラド……?」

 

「ククク。全く、冗談を間に受けるでない。

そも余を茅場の手の者などと邪推している時点で不敬千万。それを見逃し、不問としたのだ。今更何を以て処すと言うのだ」

 

 うっわ、あることあること全部バレてる!?

 今明かされた衝撃の事実の内容に冷や汗が止まらないが、本人は愉快そうに笑っている。

 

 

「……キレない、のか?ヴラドからしてみれば、その、『ドラキュラ』って、祖先の忌名だろ?」

 

 気が付けば、疑問に思った事を口にしていた。多少オーバーな気がするが、今なら何故ヴラドが『ドラキュラ』呼びを禁句としていたのかは納得出来る。まず間違いなく殺気の一つは飛んで来ることを覚悟していたのだ。

 だと言うのに、現代の小竜公は穏やかな笑みを崩さない。再びコップを呷ると、少し間を開けて口を開いた。

 

「ふむ。そうさな。無知故の血を啜る化物(ドラキュラ)呼ばわりであれば、余はそれを如何なる手を以ってしても正そう」

 

 黒衣の男は一度そこで区切り、「だが」と続ける。

 

「同時に『ドラキュラ』――『竜の子(Drakulya)』は、我が祖が事実名乗った異名である。

領地を、民を、信仰を護るべく。有凡ゆる手を以って敵を討つべく名乗った異名こそが『小竜公』。キリスト教に於いて、悪魔と同一視される竜の子を名乗ったのである。

――なれば、余もそれに倣おう」

 

 コップの中身を一滴残らず飲み干し、ニヤリと挑発的に口角を吊り上げる。

 

「原典の内容すら満足に把握されていない小説の怪物よりも、立ち塞がるその総てを撃滅する戦闘狂が率いると思えば士気も上がろう。

……まあ多少なりとも不快ではあったがな」

 

 最後に付け加える様にそう呟いてから、恐る恐る戻ってきたスキンヘッドの店主にコップを返すヴラド。

 ……つまり、コイツは最初から全部分かってて、その上でキレたり見逃したりしてたって事か。

 

「……オレの寿命を返せ。どれだけビビったと思ってるんだ」

 

「ふははははは!経験が足らんのだよ少年」

 

 脱力してぐったりと突っ伏せば、隣から隠す気ゼロの笑いが聞こえる。

 他にもあれこれ聞きたい事はあったのだが、実は深読みのし過ぎで、本当は物凄い単純なことなんじゃないかという予想が出てくる。

 

「最後に一個だけ聞かせろ。ヴラドが三十四層のあのギルドホームに拘る理由ってなんだったんだ?」

 

「あぁ、魔女が奥に潜んでいたあの場か」

 

 ピトがヴラドを疑っていた、最大の根拠。

 方向音痴なヴラドが唯一一度も迷わず奥に辿り着き、わざわざ単騎で初見のボスに挑んでギリギリで勝ち。そしてそのままホームにし続けたダンジョン。

 今明かされるその真実は、

 

「……もう身分が知られている故言うが、実は余は私有地に、世界各国から集められるだけの英雄や伝承の遺物を集めた場所があってだな。

そういった物は殆どその国の財とされている故、持ち出せるのは大抵贋作とされている物や、呪いだのなんだのが染み付いているとされている物、或いは忌むべき代物として手放したがっている者から譲り受けた品でな。空気がそこと似ていたのだ。今度来るか?」

 

「誰が好き好んでリアルタ◯ーオブ◯ラーに行くか!」

 

 想像と全く逆ベクトルにブッ飛んだものだった。実はヴラドのリアルラックが低いのってそれが原因じゃないよな!?

 今度こそ力尽きたオレは、魂の叫び(ツッコミ)を最後にサチの方へ行くことにした。もうやだこのガチ貴族。

 

 

 

 

 

 

 

 ――それを狙ってやられたのだろう。

 何しろ、ヴラドの台詞にあった矛盾に。おそらくポロッと漏れてしまっただろう真実の切れ端に、気づけなかったのだから。

 

 

 

 

 

 










第2章 混合北欧領域アルヴヘイム



――状況終了――









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第3章 硝煙幻想鬼公ガンゲイル・オンライン
38話 串刺し公、参戦す


 

 

 

 

 

「――プッハー!うーん、命のやり取りも良いけど、この一杯も捨てがたいわよねー!」

 

「おいピト。明日はライブもあるんだ。その辺にしておいた方が」

 

「うっさいわねー。だからわざわざこっちで呑んでるんじゃない」

 

 ――薄暗い酒場。そこらじゅうから酒気と硝煙の香りが漂う広い酒場の一角には、平時であれば人目を引くだろうコンビがいた。

 片やこの世界ではよくある屈強なアバターの男性。片やどの世界でも珍しい高APPの女性のコンビは、彼らの詳細を知らないプレイヤーが見れば突撃するのもいただろう。

 実際の所、過去に突撃をかまされたし。もれなく全員血祭りにしたが。

 

 空になったジョッキを上向に投げ捨て、そのまま伸びをして天井を仰ぎ見る。なんの嫌味か、前回のBoBで人のドタマをブチ抜いてくれやがった野郎がドヤ顔でなんかほざいていたのとホロパネルごしに目が合った。

 

「……あぁ。そういや今日って『今週の勝ち組』とかいう番組の日だっけ?」

 

 ステ型も近いし、次は絶対殺したる。唸れ私のマネーイズパワーシステム。

 我ながらヤベー笑みを浮かべていると、普段ならそろそろ小言を言いそうな、なぜかジョッキを帽子にしている相方がボケッと別方向を見ているのが目に入る。

 

「……あん?」

 

 コイツに限って無いとは思うけれど、まさか他の奴に目を奪われたの?よしソイツもコロコロしなきゃと使命感を燃やしてそちらを向けば、

 

 

 ――妙な気配の男が、拳銃をホロパネルに向けて立っていた。

 男の周囲もそれに気がついたのか、酔っ払いテンションで騒いでいたのが訝しげな騒めきに変わる。不破壊オブジェクトにちっぽけな拳銃を向けたままフリーズしていれば、それは目立つだろう。無意味な行動であると。

 

 ……なら、なんなのだろう。この嫌な予感は。

 

 無意識のうちに実体化させた拳銃(スプリングフィールド)のグリップを握りながら、その進展を見張る。

 次の瞬間、

 

「ゼクシード!偽りの勝利者よ!今こそ、真なる力による裁きを受けるがいい!!」

 

 銃声が鳴り、ホロパネルからライトエフェクトが散る。行動の内容は兎も角、結果としてはシステムにプログラムされた通りの結末を迎えた。

 ……ここで、結末を迎えていれば、だが。

 

『……ですからね、ステータス・スキル選択も含めて、最終的にはプレイヤー本人の能力というものが……』

 

 ムカつく顔が急に歪み、心臓の辺りを押さえてから消滅する。

 酒場は静まりかえり、全ての視線がギリースーツの男に集中する。

 

「……これが本当の力、本当の強さだ!愚か者共よ、この名を恐怖と共に刻め!」

 

 拳銃を掲げ、声量としてはそこまでではないがやけに通る声で叫ぶ。

 

「俺と、この銃の名は『死銃』……『デス・ガン』だ!!」

 

 それだけ叫ぶと、自称デスガンは何事もなかった様にログアウトしていった。

 そして、番組が終わるまでの間どころかそれ以降も。ゼクシードの姿を見たものはいなかった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――つーことがあったんだけど、オタクどう思うよ?」

 

『先ずは貴様から絞めてくれようかピトフーイ貴様ァ……』

 

 あれから数日。ギルドリーダーに電話をかけて事のあらましを語って、最初に帰って来た言葉が殺意の塊だった。

 

「へいへい待て待て。なんで私が絞められなきゃいかんの?」

 

『今何時だと思ってるこの戯け者!』

 

「は?」

 

 横になっていた後部座席のシーツから身を起こして、運転席のデジタル時計を見る。

 

「午前十一時ちょい過ぎ」

 

『時差を!考えよ!』

 

「ああメンゴメンゴ。えっとそっちは……」

 

 豪志にさせた計算の結果、午前四時という割と恐ろしい時間が判明。そらキレるわ。

 

『全く。

……そも、そちらの時刻だとしても何故昼前などという中途半端な頃合に電話をかけてきたのだ』

 

「ついさっき菊岡襲撃してゲロらせた帰りだから。いやーリアル美少女は色々おトクですわー」

 

『……言いたい事は多々有るが、まあ良い。寧ろお前らしいわ。

それで?わざわざあの男を吐かせた上ならば、何かしら問題があったのだろう。何事だ』

 

 襲撃という単語はものの見事にスルーされ、ついでに時差無視も流された。声色に呆れが混じっていたけれど、大分今更である。

 

「流石話が早い。

実は撃たれたゼクシードなんだけど、どうやらマジで逝ってたらしいのよ。死因は心不全。で、問題はここから」

 

『撃たれた時刻と死亡推定時刻が一致した、か?』

 

「ビンゴ。おまけに同じ様な話がもう一件あるらしいのよ。

で、どう思うよ?」

 

『……下らぬ作り話、と一蹴したいが、二度起きたとなれば偶然と片付けるには些か気になるな』

 

 電話口越しに深い溜息が聞こえる。

 

『しかし、アミュスフィアの出力と過剰な程の安全性では、ゲーム内からの干渉ではプレイヤーの殺害は不可能だろう。お前はどう考えるのだ、迷探偵』

 

「それなんだけどさ。ヴラドって暫くヒマ?」

 

 直ぐに帰ってくる筈の答えは返ってこなかった。でもなんとなく電話口の向こうに気配を感じるのを良いことに捲し立てる事にする。

 

「いやーこの話を聞いたときにオマケで付いて来たんだけど、菊岡の奴キリトに凸らせるつもりらしいのよ。こりゃ纏めてブッ飛ばすしかないなと」

 

『――何を言いたい』

 

 漸く復帰したのか、耳に低い男の声が届く。

 

『お前の性格であれば、こんな所で長々と駄弁などせずに撃ちにいっているだろう。わざわざこの話を余に伝えた理由は何だ?』

 

 それと、コツコツという足音と扉を開け閉めする音が聞こえる。

 アンチオレンジ――あのデスゲームに於いて、夜闇を歩く犯罪者を絶望のドン底にダンク(叩き落と)した、暴虐の象徴たる夜の王(ドラキュラ)が動きだした事を察し、自然と頬が上がる。

 

(神崎エルザ)宛のファンレターの中に混じってたのよ。そのデスガンからのお手紙」

 

『……奴は何と?』

 

 ヴラドが立ち止まり、耳を澄ませる頃合いを測って。たっぷりと間を開けて手紙の内容を、二行しかなかった文章を、伝えた。

 

 

 

 

 

Dear Duke Dracula(拝啓 ドラキュラ公).

――From Count Dracula(ドラキュラ伯爵より).」

 

 

 

 

 

『――ククク。成る程成る程……』

 

 私が何を言いたのか察したのだろう。

 ――明らかにヴラドの逆鱗を、そこが逆鱗だと分かってタップダンスを踊る奴がいる。

 『吸血鬼から、串刺し公への挑戦状』

 うっかり創作の世界から迷い出た蝙蝠が、愚かにもオリジナルへ喧嘩を売っているのだと。

 

『……よかろう。明日の昼には其方に着く』

 

「おkおk。あ、ガンゲー(FPS)なんだけどこっちで得物準備しようか?」

 

『そうさな……頼むとしよう。物は追って連絡する』

 

 最後に軽く別れの挨拶をして、通話を切る。

 

「……よかったんですか?」

 

「何が?」

 

 携帯を半開きのポーチに放り込み、再びシーツに身体を沈めた頃に、運転席の豪志が声をかけてくる。

 

「あの人に伝えた手紙についてです。内容も少し違うし、差出人もデスガンではなく――」

 

「いいのいいの。アイツを呼ぶ為の釣り餌だし、それにこれでもヴラドが本気になってるかどうかも半々だし。

手紙について本当の事を話しても多分来ることには来るんだろうけど……どうせやるなら派手にやりたいじゃない。豪志も、

――それにアイツも。久し振りに見てみたいでしょ。『ドラキュラ』ヴラドの無双劇」

 

「……怒られても庇えませんよ」

 

 それだけ言って、運転に集中する豪志。

 それを後ろから眺めながら、さっきヴラドに伝えた手紙の内容を、

――本来の内容を、口の中で転がした。

 

「Dear Duke Dracula.

From ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「和人、ご飯出来たよ」

 

「オッケー、直ぐに行く。

……って、どうかしたか?」

 

 自室で軽く調べ物をしていると、サチ――本名朔月(さかつき)千佳(ちか)が昼食出来たと呼びにきた。

 直ぐに返事はしたが、しかし。パソコンに映っていた画面が、オレにしては分かりやすく変わっていたからか、彼女の興味を引いてしまったようだ。

 

「……銃?和人ってこういうのも好きなの?」

 

「いや、まあ嫌いって訳じゃないけど……昨日話した菊岡さんからの依頼の件。実は行き先がFPSなんだ」

 

「ああ、だから」

 

 偶々画面に表示されていたハンドガンの説明文を斜め読みしながら、オレは昨日の話を思い返した。

 

 

 

 

 

 ――菊岡さんから聞いた話の内容は、『死銃(デス・ガン)』と名乗る何者かにゲームの中で撃たれ、同時刻に死亡しているという事件。

 結局、話としては、ゲーム内からの干渉でプレイヤーの心臓を止めるのは不可能。死銃の銃撃と二人の心臓発作は偶然の一致、と合意に至った。その直後に件の死銃に撃たれてこいとの指示が出た時には本気で『お前の心臓がトマレ』と睨んだし、デマか後付け都市伝説との結論で帰ろうとしたのだが………

 

 

 ――今回の一件、実はワラキア公も動いているんだ。

 

 

 そう言われて思わず立ち止まり、素直に菊岡さんの言葉に耳を傾けてしまったが運の尽き。あれよあれよという間にそのゲーム――GGOに出向く事になってしまった。可能な限りヴラド(要人)を巻き込まないように、というおまけ付きで。

 

 

 

 

 

「……あのヤロウ。外務省に睨まれたくないからって無茶振りしやがって……」

 

「? 何か言った?」

 

「いや何も。さーてメシだメシだー」

 

 胡散臭さや愉悦の権化共とは違う、純粋な瞳を向けられ愚痴をすぐに止める。

 切り替えて一階リビングに降りてみれば、寒くなってきたこの時期にありがたい温かそうな肉じゃがとサラダが並んでいた。

 

「あ、お兄ちゃんやっと降りてきた」

 

「おう、お待たせ」

 

 箸片手に待機していた妹の直葉と軽いやりとりをした後、三人で食卓を囲む。

 直葉と千佳、というよりもっぱら千佳が桐ヶ谷家の料理の大半を引き受けている現状、オレも何か手伝った方がいいとは思うのだが……

 

「ん〜おいひい!」

 

 ガッツリ胃袋を掴まれている直葉の頬が溶けているのを見て、出番が無いことがよく分かる。なにせ母さんも最初の一品で堕ちたからなぁ。

 ――実は今年の夏休みに千佳と、義姉だと紹介された舞弥さんに半ば強引に彼らの故郷である冬木市を訪れたのだが…… まあこの話はいいだろう。ちょっと色々あって正確に思い出そうとするとSAN値がヤバイ。

 だが今重要なのは、料理出来ない奴は台所に入るべからず、という事である。何しろ、アルビノ系奥さんはおにぎりを劣化ウランに錬金したり、なぜかメイドと男子高校生が家事当番で争ったりする場所なのだから。

 台所ってなんだっけ。

 Die所の間違いじゃなかろうか。

 

 まあ、舞弥さんと衛宮さんから多少なりとも朔月についてシリアスな話もあったが……

 

 

「どうしたの和人?もしかして、舌に合わなかった?」

 

「ごめん、ちょっと考え事してた。とっても美味しいよ」

 

「そっか。よかった」

 

 

 ――千佳本人はあまり気にしていない様だし、一先ず後回しでいいだろう。

 取り敢えず今は、気が付けば自称ダイエット中の妹に半分以上食われていた絶品肉じゃがをもっと口にすべく、箸を伸ばした。

 

 

 

 

 



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39話 竜の少女、電撃参戦す

 

 

 

 

 

「―― Te Kanzaki Elsa vagy!Én vagyok a rajongója!」

 

「……あ、はい。私がエルザよ。よろしく………でいいの?」

 

 

 少し飛んで次の日。

 見た目はドラキュラ中身もドラキュラなオッサンをある事ない事言って呼び出した結果、何故か私は赤髪ゴスロリ衣装の少女に手を握られていた。自分でも何がどうなっているのか皆目検討がつかない。

 思わず、少女の背後に疲れ切った目で立っていたヴラドに目で助けを求めるも、当の本人は「弓エリ?マ?」などと意味不明な事を呟いていて気付いてくれない。

 

「Azóta rajongó voltam, mióta hallottam a dalt!Örülök, hogy találkozhatom!!」

 

「ハハ………

へいジャック嬢、状況説明ヨロ」

 

「阿僧祇氏宛のメールに、『貴女に『神崎エルザ』としてあって欲しい』と追伸しておいた人物です。

エリザ様、一端落ち着いて下さい」

 

 聞いた事のない言語でテンション高く騒ぐ少女の耳に入らないよう、コッソリと役立たず(ヴラド)の従者にヘルプを求めると、直ぐさま求めた答えが返ってくる。しかも少女を多少なりとも落ち着かせてくれるというオマケ付きで。これは有能。

 

 ……にしても、ジャック嬢が『様』付けで呼ぶエリザちゃん、か。うーん嫌な予感!

 

「Aー、ごめんなさい。アタシったらテンション上がっちゃって!

じゃあ改めて、貴女がカンザキエルザね!よろしく!アタシはエルジェーン。

バートリ(・・・・)・エルジェーン!気軽にエリザって呼んでくれると嬉しいわ!」

 

 はいビンゴ!そんで豪志クンこっそり吹かない!

 全力で表情を笑顔にしながら、さっきまでの外国語はなんだったのかと言いたくなる程流暢な日本語を喋り始めた少女の手を私から握った。

 

「アッハイ。えっと、随分日本語が上手ね」

 

 取り敢えずファンサービス用の笑顔で対応。尤もこの子がどこまで私の事を知ってるかにもよるけど――

 

「キャァァァァ!感激よ、カンゲキ!やっぱおじ様に頼んで大正解だったわ!

アタシ、貴女の歌を聴いてファンになってからずっっと日本語頑張ったのよ!」

 

 反応を見る限り、素はバレてない模様。まあバレても問題ないし、そもそもあのモヤットボールが『SAO事件記録全集』なんて本を出してくれやがったお陰でだいぶ広まってるし。

 つーかおじ様って。おいヴラド、アンタ自分が何で来日したか覚えてる?この子いたら攻略に支障が出る気がするんだけど。ほらこの子もこの子で「サインして!」って本を何冊か出してるし!

 

 

「……ところで、そこのオジサンが何で来日したのかは知ってる?」

 

 もう暫くアルバムは出さない、と実はそこまで慣れていないサイン書きをやっとこなしてからそれとなく(ストレートに)聞く。デスガン云々は兎も角、手紙の主の為にも数日後に開催されるバレット・オブ・バレッツ(BoB)にはヴラドを参加させなければいけないし。

 いざとなれば明日奈――は無理として、豪志か木綿季ちゃん辺りに丸投げする算段を立てながら返事を待てば、

 

「えぇ。GGOだったかしら?で調子乗ってるブタをやっつけにいくのよね。アタシも参加するわ!」

 

「ファ?」

 

 ……なんというか、想像以上に加虐的な台詞が飛び出してきた。

 

「ちょ、ちょっと待ってね。

――ちょいオッサン。どういう事ジャン?」

 

 エリザちゃんに一言入れてからヴラドの襟を掴んで目線を合わせて問い詰める。今更復活したらしく、やっと目に光が戻ってきたけど、んな事情は知らん。キリキリ吐け。

 

「……少し前に、あの鋼鉄の城での出来事を綴った本が出ただろう。あれを読んだらしい彼奴に事の詳細を訊かれてな」

 

「あーあれ?私も読んだけど、事件詳細はハッキリしてる癖に人物描写がめっちゃ悪意マシマシだった―――まさか」

 

「うむ。彼奴の知る(ブライアン)と本に書かれた(ヴラド)が乖離し過ぎていると、わざわざ国境を超えてまで訪ねてきてな。その折、ピトフーイがエルザである事を言ってしまい、以来出逢う度に会わせろと強請られていたのだ」

 

 そういう訳だから、彼奴はDK団員としての我々の関係は把握しておる。とヴラドが締め括る。

 

「……まあ、そういう事ならいいっしょ。

さて、エリザちゃん!ぶっちゃけ今回私たちがブッ飛ばすヤツは何をしてくるか分からないわ。護りきれる保証は無いけど、覚悟はあるかしら?」

 

Természetesen(勿論よ)!」

 

 絶品の笑顔で親指を立てる少女。そしてジャック嬢ナイス翻訳。プレイヤー主催のイベで外語を謎解きにブッ込んだ何処ぞのオッサンとは大違いだわ。

 

 

 

 

 

「……あの、あの人も貴族階級なんですよね?万が一死銃に出会したら危ないのでは?」

 

「ザ・シードパッケージのVRMMOをやっていたらしいが、あっさりとコンバートを決意した辺り、実力は大した事なかろう。予選落ちが妥当と見た故に連れて来たのだ」

 

 一歩引いた所でKY野郎二人がそんな事を言っていたけれど、都合良く聞こえなかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――所変わって、SBCグロッケン。

 念の為、もしもの時に強引にアミュスフィアを引っ剥がす要員としてエムを現実に残して一足先にログインした私は、今まさにコンバート作業を進めているだろう三人が現れる筈の初期キャラ出現位置に設定されている銀ギラドームの前で待っていた。

 アバターはランダム生成だから一目では誰が誰だか分からない以上、合言葉でも決めておくべきかと若干焦りもあったけれど、このゲームのプレイヤー層が(廃人)だからかドーム前には誰もいなかった。

 

「結果オーライとはいえ、リリースからまだ八ヶ月でコレたぁ寂しいモンがあるわねぇ。

……お、キタキタ」

 

 レンちゃんも絡まれたらしいアカウント転売人と軽く話したり(何故か、私の友人がログインするところだと言ったら即逃げた)、ジェーン(贔屓にしてるバイヤー)に装備一式を私のホームに転送するように頼んだりしていると、GGOでは数少ない転移エフェクトが発生する。

 

 ――現れたのは、純白の髪をバッサリとショートにしている幼女。ペラペラの初期装備とレンちゃん並みの低身長にも関わらず、冷たい黄緑色の瞳には圧倒的な強者――それも、ヴラドの様なカリスマ(威圧感)とは真逆の、刃と言い表せる気配を感じさせる。左目には痛々しい縫跡が目立つけれど、それが彼女の魅力を引き出している。

 

「……ジャック嬢?」

 

「……そう言う貴女はピトフーイですか?ALOのアバターと対して変わりませんね」

 

「ジャック嬢もネ。GGOらしくちょっと擦れてる感がするけど、うん。これはこれで」

 

 雰囲気から誰か当たりを付けて話し掛ければ、予想通りの大人びたロリ声の返事が返ってくる。背後のドームが鏡代わりになることを伝え、ジャック嬢が自己確認をしていると、再び転移エフェクト。

 ALOの炎っぽいものとは違う、近未来的なワープっぽいエフェクトにジャック嬢が見入っていると、内側からこれまた女性が現れる。

 今度のアバターは、ピンクブロンドの髪を腰より下まで伸ばした少女。体付きは辛うじて起伏が分かる程度でちょっと残念だけれど、勝気に輝く緑色の瞳は自信に満ち満ちている。

 ごく稀に起こる性別逆転設定(爆笑必須の事故)が起きていないとすれば――

 

「エリザちゃん?」

 

 思い当たる名前を呼べば、頭にハテナマークを浮かべながら反応する少女。私がエルザだと伝えると、

 

Elképesztő(すごいわ)!流石アタシの憧れの人ね!」

 

 と、ピョンピョン跳ねるエリザちゃん。

 VRMMOは既プレイ済らしいけど、一応念の為に此方ではピトフーイと呼ぶように言い聞かせていると、三度目の転移エフェクトが煌めく。

 

「おー、遅かったじゃんヴラ、ド……?」

 

「……………おい、なぜ黙る。凄まじく、本当に凄まじく嫌な予感がするが、どうなっている?」

 

 ――出てきたのは、リアルの私やジャック嬢のアバターとどっこいどっこいというレベルで身長の低い人物。髪は燻んだ白髪で背中の途中まで伸び、肌は病的なまでに白く、何も知らずに見たら幽霊かと思える程希薄。けれど、薄暗いグロッケンだからこそよくわかる朱い瞳からは、そこらの外見だけ屈強なアバターとは一線を画する内面の覇気が溢れている。

 一瞬チート級の無関係な女性プレイヤーがログインしたのかと思ったが、その予想は()から発せられた声に全否定された。

 

「……ロ◯カード色違い?」

 

 アッパーで殴られた。高いところから見るグロッケンの景色は綺麗でした、マル。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「いちち。いきなり思いっきり殴るだなんて、酷いなーもー」

 

 セルフフリーフォールを一往復分強制されてから、更に数分後。

 数値上のダメージは皆無とはいえ、ステ表を開いたら針が一本しかない時計みたいになってる奴(STR極)の筋力は、町中でのオブジェクト防護をブチ抜き人間大の質量を打ち上げるには余りある。そんな馬火力が炸裂した顎を摩りながら、コレクションした銃器がズラっと並んでいるガンラックの設定を変える。

 ちなみに当のヴラド本人はと言えば、課金でのアバター変更を強行するくらいの事は予想していたけれど、意外とそういった事はしなかった。なんでも、これまで散々ネタにされてきた所為か、もう諦めたとは本人談。

 ……まあ、エリザちゃんに「ジャックと兄妹みたい!」と言われてから文句が激減した辺り、アラフォーのアイツが未婚な理由が察せたけど。

 

閑話休題(このネタで弄るのは後にしてと)

 

 

「さて、エリザちゃん!まずは武器を選んじゃおうか!」

 

「え?この中から選んでいいの!?」

 

 入手と維持にリアルの住居一月分の家賃に匹敵する額を突っ込んでいるプレイヤーホームにて。フルフェイス装備にしようかとボヤくヴラドとジャック嬢を備え付けの更衣室に放り込んだ後、見えやすい様に壁一面に広げた銃器を背に両手を広げる(すしざんまい)。エリザちゃんはちょっと困惑気味だけれど、問題なし。寧ろ何丁か持ってっていーよ。あれこれとコレクションしたはいいけど量が量だからアップデートで銃が増えるペースにストレージ容量が追いつかないし、だからと言って売るのはなんか癪だし。

 

「やったぁ!

ねぇねぇ、ピトフーイはどんなのを使うのかしら?」

 

「そうねぇ。気分で変えるけど、特にどれを気に入ってるかと言えばAK系譜かしら」

 

 そこらの適当なプレイヤーショップ以上に数が揃っているだけあり、やっぱりエリザちゃんは目移りしている。そんな彼女の質問に答え、旧ソの銃を並べている一角を示す。

 

「へぇ〜。

……なんか、思ってたよりゴツいわね」

 

 ……尤も、リアルでゴスロリ衣装を着こなす令嬢の琴線には触れなかったようだけれど。

 ふとエリザちゃんのアバターを再確認する。身長こそあるけれど、フラットな体型に長髪ピンク。正直そんじょそこらの鉄の塊は似合わない。かと言って外見が銃器離れしている代物となると、クリス・ヴェクター、或いはFAMAS(トランペット)やP90なんかもいいかもしれない。

 ついでに銃用の塗装キットとかあったかしらと記憶を掘り返していると、正直ちょっと羨ましいレベルの美声での歓声が響く。

 

「これなんて良いわね!これってどんな銃?」

 

「うんうんこれはねー………

……………は??」

 

 意識を戻した私は、彼女の指さす先にある代物を見て思わず素で引きかける。

 何しろソレ(・・)は、レア銃として手に入れたはいいものの、あまりにもブッ飛び過ぎていて私でさえロクに使いこなせる気がしない得物だったのだから。ブッ飛び過ぎて出会す=戦闘なGGOなのに、ドロップでコレを引きたくないからと狙われなくなるレベルの代物でもある。

 その銃の名は――

 

「……TKB-059」

 

「てぃーけーびー?長いわね。ティーでいいわね!」

 

「……いやまあ、デザインで選ぶのは全然良いけど、だからってコレ……えぇ……」

 

 割とガチ目に今時の貴族の美的啓蒙の高まり具合にドン引きながらも、アサルトライフルと呼ぶには全方面に喧嘩を売りまくっているそれをガンラックから降ろす。久し振りに改めて手に持ってその異様さを再確認するが、これは間違いなく初心者向けの銃じゃない。反動リロード排莢その他全てが悪い意味で秀逸過ぎる。

 かと言って玄人向けかと言われればそうでもない。寧ろいきなりコレを渡されてさあ戦えと言われれば、私なら渡してきた相手の頭蓋をカチ割りにかかる。

 

「……もう一度確認するわね?本当に、コレでいいの?もっといいのあるわよ?」

 

 思わず声が震えるが、本人の意思は固い様で「これがいいわ。こう、ビビッと来たのよ!」とのこと。頭痛発症してないわよね?

 

「な、ならいいわ。うん。

じゃあ次は防具とかサブ武器を買いましょうか」

 

 レンちゃんの可愛さが恋しい。若くは最初の頃の初々しいアスナちゃんでも可。そんな現実逃避をしていると、

 

 

「――ピトフーイッ!これはどういう事だ!?」

 

 朱コート姿(アー◯ードコス)ヴラド(ロ◯カード)がエグい拳銃片手に飛び出してきた。しまった、コートの色を白にしておくべきだった。

 取り敢えず、愉悦(精神安定)をくれたギルマスに親指を立てておいたらカッ飛んできた.600 N.E.弾が眉間に炸裂した。痛い。

 

 ……象の頭蓋骨を砕く弾丸より痛かった拳ってなんなんだろう?やっぱ貴族ってナチュラルサイコだと思う。

 

 

 

 

 

 









次回予告

ハーイ!とうとう出演出来たわ、あなたのアイドル、バートリ・エルジェーン改めエリザよ!!
ふふん。このアタシが出たからには、GGOの子ブタどもは皆アタシのファンに――
……え?時間が押してるから巻きで?ちょっとそれどういう事よ、もう!?

……まあいいわ、次回予告ね。ジル、原稿を寄越しなさい。
えぇふん!



多少のドタバタと共に、銃と硝煙の世界に降り立った一行。
一歩遅れた黒の剣士が最強を決める戦いの舞台に漸く上がった時、運命は彼らを玩ぶ。
狂気と暴力を混沌と混ぜ込んだ嵐が、喜劇の幕を吹き上げる。

次回、『(吸血鬼)(殺人鬼)







――で、この二枚目も読むの?はいはい。
えふん。

えーと、SAOAB配信を記念して、また幕間を書くわ。内容はアンケート次第!期限は一週間だそうよ。
お便り待ってるわー。あ、アタシ向けのファンレターでもいいわよ!それじゃあね〜!



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40話 (吸血鬼)(殺人鬼)

 

 

 

 

 

「つ、疲れた……」

 

 ――随分と神経を酷使したBoB初戦を終え、待機エリアへと戻される。

 圧倒的な弾幕を剣と体捌きだけで対処するのはランとの戦闘で経験があるとはいえ、彼女にエンキ(最強の双剣)を抜かせたジャックとユウキが第二位と第三位を独占している以上、そちらの結果はお察し下さいだ。ライフルの弾幕があれに比べれば遥かに薄いのがせめてもの救いか。

 二回戦までに少しでも休むべく、転送前のボックス席に座りこむ。なんとなく上を見上げれば、予選開始前にはカウントダウンの表示しかなかった巨大ホログラムが多種多様な戦場を映していた。同時進行している他の試合を映しているのか、画面上部には対戦中のプレイヤー名も表示されている。

 ふと、あの何処となく猫っぽい水色の髪の少女の姿か名前を探していると――

 

 

 ――『Jack VS Vlad』とかいう恐ろしいホログラムが浮いていた。

 

 

「……………は?」

 

 画面は直ぐに次の戦場に移ったからプレイヤーの外見までは確認出来なかったが、手元のウィンドウで特定の試合が見れるという説明を思い出し、慌てて確認する。

 はたしてそこに映ったのは、見覚えのある名前。見覚えのある顔。そして、余りにも掛け離れた外見。いやいやまさかと思うも、画面に映る少女たち(?)の黄緑と朱の瞳に爛々と灯る覇気は、ディスプレイ越しでも背筋が震える程の殺気は、見間違えようがない。付け加えれば、外見云々に関して俺は他人の事を言えない。

 それは、つまり――

 

 

 

 ――この戦いは、事実上の最終決戦と言っていいだろう。

 

 

「最初からクライマックスっていうレベルじゃねぇぞ……!?」

 

 思わず頭を抱える。依頼内容を考えるに、出来ることならジャックに勝って欲しいところだけれど、二人の実力はほぼ互角。銃器という未知の要素が混ざれば、オレにはどっちが勝つかなんて予想出来ない。出来るとすれば、あの二人を同時に相手取れるランレベルの人間辞め人間か、極々稀にヴラドの話に出る二人に格闘を仕込んだ人くらいだろう。

 

 

 ――二人は戦うこともせず、大陸間高速道なるフィールドの上で、ゆっくりと歩み寄る。その仕草に攻撃の前振りはないけれど、その一歩一歩が嵐の前触れとしか思えない。

 煙を噴き出すバスの横を通り、二人は更に近付く。

 五メートル――三メートル――一メートル。

 そして――擦れ違い、背を向け合ったタイミングで足が止まる。

 

 

 

 

 

 ……動きはない。だというのに、目が離せない。

 装備もステ振りも全く違う。似た所なんて身長と髪色くらいしかない二人は互いに背中を向けたまま、辛うじて画面で確認出来る程度に小さく微笑い、そのまま前に踏み出した。

 

 一歩進む。ヴラドらしき長髪――よく見ると赤目や髪色とかの特徴が近いイリヤに似てる?――が、コート裏から馬鹿デカイリボルバーを引き抜く。

 一歩進む。ジャックがヴラドのとは別種のリボルバーを二丁、腰のホルスターから抜く。

 

 一歩進む。

 振り返ると同時に銃声が鳴り響き、

 

 ――嵐が、吹き荒れ始めた。

 

 

 

 ――ヴラドはリボルバーを一発ブッ放すと同時に左腕を上げて顔を庇い、バックステップで距離を取る。

 一方ジャックはといえば、初弾をバク転で回避しながら両手のリボルバーを発砲。着地と同時に左の銃の残弾をバラ撒きつつ一息に距離を詰める。

 ほぼゼロ距離で右の銃で撃ちながらも左手は銃をホルスターにぶち込んでナイフを逆手に引き抜き、居合の流れで切り上げる。その動きを予想していたのかヴラドは首を傾けて斬撃を躱すけれど、銃撃は腹部に直撃――

 

「なっ!?」

 

 ――した筈なのだが、全く食らった様子がない。堪えているのかと思ったけれど、衝撃で後退させられたヴラドにはダメージエフェクトが発生していない。

 右のリボルバーをシリンダーごと取り替える事でリロードを済ませたジャックだが、それを撃つ事なく走り出す。直後ヴラドのリボルバーが火を吹き、ジャックの背後にあった廃車に命中。車のフレームに大穴を空けつつ吹き飛ばす(・・・・・)

 

 過剰演出なアクション映画ばりの光景に頬が引き攣るも、STR極が撃ってなお反動で腕が上がる拳銃という事で自分を納得させる。

 場合によってはこの何方かと戦う事になる可能性がある以上、手加減抜きの二人の実力や手の内を把握しておくべく画面に集中する。

 

 銃口から散弾を吐き出すリボルバー……リボルバーってなんだっけ? を連射しつつ、右手で四本の投げナイフをカーブをかけて投げつけるジャック。対するヴラドは、手近に転がっていた軽自動車のフロントバンパーに抜手を放ち、車体ごと振り回してその全てを薙ぎ払う。ター◯ネー◯ーでもそこまで人間離れしてねぇよというツッコミすらも未来の彼方までフルスイングして攻撃を防いだヴラドは、続けざまに車体をジャックに向けて振り下ろす。

 ただ、AGI極のジャックに対する攻撃としては大振り過ぎであり、余裕を保って回避しただけでなく車体に向けて発砲。給油口に命中した弾丸は爆発を引き起こし、車がヴラドごと炎上する。

 黒煙を吐き出しながら燃える車。これは流石のヴラドも一溜りもなかったかと短息しかけるが、そこへ両方の銃口を突き付けたジャックは――そのまま上空に向けて撃ち始める。何事かと思ったけれど、ベストアングルで試合を中継するカメラが、その場面を映してしまう。

 

 ――コートを所々煤けさせただけで大きなダメージを受けた様子の無いヴラドが、悪辣な笑みを浮かべながら例の化物拳銃片手に上から降ってくるというシーンを。

 

 

「は、え?待って。こいつ防御力おかしくないか?!」

 

 SAOで数少ない、本気のヴラドと互角の戦いに持ち込めたヒースクリフを想起する程の防御力に白目を剥きそうになるが、状況は待ってくれない。

 ジャックの撃った弾が腹や胸に当たるのも無視して着地したヴラドは、拳銃を持った手で殴りかかる。そこから始まるのは出る作品を間違えているとしか思えないガンカタ。一撃どころかその余波さえもが必殺技と化している打撃と銃撃を、ジャックが技術と素早さで以って弾き、逸らし、避け、時には反撃の弾丸を放つ。

 

 三発分の爆音と、六、七発分の破裂音の果て、付近のバスとトラックと乗用車数台を原型留めぬ鉄屑にするという被害を叩き出した二人の激戦は、引金を引いたヴラドのリボルバーから弾が出なかった事で収束を迎える。

 ヴラドの朱い目が見開かれるが、弾数を正確に把握していたジャックは平然と銃口を無視していた。再度二丁の銃から散弾を弾き出してノックバックさせると、拳銃をその場に捨て二振りのナイフを逆手に抜く。

 

 距離が空いた事で、(ジャックの銃を除けば)装填に時間が掛かるリボルバーよりも新しい銃を引っ張った方が早いと判断したヴラドが、ストックの無いショットガンを居合宜しく引き抜きながら撃つ。しかしそれは悪手でしかなく、テンポをズラしたジャックに全弾回避されたばかりか、ノーガードの左肩にナイフが食い込んだ。

 漸くヴラドからも鮮血の様なダメージエフェクトが漏れ出る。それを視認したヴラドは左肩を動かす事はせず、リボルバーを放った右手で対処しようと手を伸ばす。

 

 ……SAOの頃から言えた事だが、関節部に異物が挟まっている状況ではその部位は上手く動かす事が出来ない。貫通ダメージ系の攻撃を受けたMobはそれを抜く事を優先するから、その隙すらも利用したシステム外スキルとして多くの戦闘でDKメンバーが披露したものだったが――

 

 皮肉な事に、そのシステム外スキルを最も活用したヴラドが、同じ技術で斃れる直前まで追い込まれていた。

 肩に得物を突き立てたジャックは、その後も次々と関節部にナイフを突き立ててまわる。首筋、右肩、肘、手首、膝、脇――

 次々と突き立て、切り裂き、その瞬間の僅かな取っ掛かりのみでヴラドの全身を転げ回り、刻んでいく。AGI極のその動きは最早黒い鎌鼬にしか見えず、爆発が直撃しても傷一つなかった白コートが、遂に血の様な赤いエフェクトで染まっていく。

 

 普通に見れば、ジャックが圧倒的に有利と言える状況だろう。掠めた時のダメージが蓄積しているとは言え彼女のHPにはまだ余裕があるし、一方ヴラドの体力は最早ドット単位だろう。ヴラドの鈍い攻撃はジャックを捉えきれず、前半猛威を奮った鉄壁の防御は、今や見る影もない。

 

 ――けれどジャックは、未だ笑う。

 

 間違いなく、最大の山場はもう直ぐだ。

 なぜなら、ヴラドは。SAOでも五十層以降は、その猟奇的なユニークスキルのインパクトと圧倒的な筋力値の影響でヒースクリフに並ぶ強者として、あまりイメージはないとはいえ――

 

 

 

 ――遂に片膝を着いたヴラド。ゆっくりと、降伏でもするかの様に当の昔に武器を落とした両手を上げる。しかしその瞳からは闘志は消えておらず、――

 

 

 

 ――ヴラドは、その実何度も体力をレッドゾーンまで落としていた。幾度となく窮地に追い込まれ、そんな絶望的な状況を打破してきたのだ。

 人物像が改悪して書かれていたSAO事件記録全集ですら、『あの程度で死んでいるようであれば、あの怪物は英雄などと呼ばれなかっただろう』と記す程、あの人は最後まで足掻く。

 それが、『ドラキュラ(SAO最強)』。

 

 

 

 ――その両拳を地面へと思い切り叩きつける。トン単位の重量物を片手で振り回せるパワーは、一瞬だろうと極狭い範囲の大地を揺らすことすら実現させる。ましてや今彼らが戦っている場所は大陸間高速道(橋の上)。クォーターボスと真っ向から力比べをして勝てる、パワーだけなら実質ラスボスクラスの英雄が暴れるには寧ろ脆いくらいかもしれない。

 ……なにしろ――

 

 

「そ、そんな突破法ありかよ?!?」

 

 

 ――橋板を破壊(・・)したのだから。

 正確には巨大なクレーターを生成。亀裂が橋の幅両端まで広がり、今まさにガラガラと逝ってる状況だ。流石のジャックもこれは予想外だったのか、攻撃を中止して範囲外まで下がる。

 その一瞬の間があれば、ヴラドが状態を立て直すには充分過ぎる。AGIの低さを補う大股な歩法でジャックとは反対方向へ逃れると同時に橋桁も完全に崩壊。橋ぐいの間の道路が丸々消失し、ヴラドとジャックは分断された。

 

 

 

「……滅茶苦茶だ。知ってたけど滅茶苦茶だ。フィールド破壊って、アイツの拳は斬◯剣で出来てるのかよ」

 

 気が付けば詰まっていた息を意図して吐き出す。そういえばオレは休憩しようとしていたんだっけか。

 ……逆にさっきより疲れた気がするのは何故だろうか。

 

 周囲の「プファイファー・ツェリスカだとぉ!?」「レミントンニューモデルアーミーの二丁拳銃とか映画『ペイ◯ライダー』かよ。あの嬢ちゃん渋いな……」とかいうどの試合に対するコメントか分からない声を聞き流し、軽く肩を鳴らしてから改めて画面を見入る。

 

 あの二人が、どこかのマンガのラスボスと主人公を張れそうな二人が、たかが(・・・)足場が無くなった程度で戦いを止めるとは思えない。ジャックのアバターがALOからコンバートしたものであれば、筋力値からして恐らく武器はナイフと拳銃だけという予想も正しいはず。必ず何らかの方法で崩壊した橋を渡るだろう。

 

 

 

 堂々と橋の縁の真ん中に立つヴラド。偶然崩落を免れたのか、拾い直した大型リボルバーの弾丸を一発ずつ籠めているところが映る。

 五発分のリロードが終わったタイミングで、コート裏のホルスターに銃身を収める。比較的平和なシーンが十数秒続き、そろそろジャックの方もどうしているか気になり始めた頃になって――

 

 突然ヴラドが横っ飛びに駆け、その先にあったワンボックスカーを蹴り上げる(・・・・・)

 くの字に折れ曲がったまま斜め上の宙を舞う車体。浅い放物線を描くステンレスのフレームとエンジンという鉄塊の加工物は、橋の崩落部を数秒で飛び越え、――

 

 今まさに助走を付けようとクラウチングスタートで駆け出したジャックの目の前に落下しようとした(・・)

 した、というのも、ただ落下させるだけでは足りないと判断したヴラドと、降ってくる金属塊に対応しようとしたジャック。どちらも車、それも丁寧にエンジンブロックとガソリンタンクをそれぞれ撃ち抜いただけに飽き足らず、ジャックの弾丸は何を仕込んでいたのか大爆発を引き起こす。

 もう何度目か分からない真っ赤な花火が膨れ上がる中、撃って直ぐに走り出していたジャックが爆風を背に加速する。ヴラドが一発銃撃するも、右手で引き抜いたナイフであっさりと弾を切り伏せたジャックは一飛びで地表の見えない谷を超える。

 十数メートルを軽々と越え、危なげなく着地したジャック。確実に渡るだろうと信頼していたヴラドは、今度はバスの底を両手で掴んで槍投げ宜しく投げ飛ばす。

 今度はジャックが左右へと逃げる前に、轟音と共に路面を削る長方形の車体。だがまだ足りぬと言わんばかりにヴラドが駆け、右の拳を振りかぶる。事実ジャックはフロントガラスからバスの車内へと転がり込んでいたようで、ヒビ割れていた後部ガラスを体当たりで粉砕しながら飛び出してくる。けれど逃げ道が大幅に制限された事で、ヴラドの拳撃を回避する事は不可能。直ぐさま先制で一撃入れるべくナイフを左手に構え直す。

 

 ――一発でもモロに喰らえば斃れるヴラドと、一発擦りでもしたら斃れるジャック。

 真逆の構成でありながら、ほぼ互角の戦闘力を持つ二人の短い戦いは、次の一撃で決まる。そんな気迫が、二人から放たれる必殺の殺気から感じられる。

 

 

 ――拳とナイフの切先。ポリゴン片に変換されつつあるガラスの欠片が煌めく最中、それぞれが絶対の自信を寄せる攻撃が空中で交差して――

 

 

 

 

 

 ――ナイフが髪を、拳圧がバスを縁から突き落とした。

 

 

「く、クロスカウンター……っ!?」

 

 直ぐさま次の一手が動くのかと食い入るように見る……が。

 ジャックのナイフが閃くことも、ヴラドが拳を振るう事もなく。

 

 二人して仲良く『やれやれ』とでも言いたげに苦笑してから、その体勢のまま、結果の分かりきっている早撃ち勝負が始まり、そして一発で終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結局なんだったんだ、一体」

 

 決着が付いたからか、おすすめと称して他の試合を映し始めるウィンドウ。ピンクブロンドの少女が銃口が三つあるライフルをクルクル振り回して相手を泣かせながら退場させている映像を閉じ、目を閉じて息を長く吐く。

 それとほぼ同時に、二回目の浮遊感が身体を包む。どうやら今から二回戦が始まるらしい。

 

「……よし。取り敢えず、アレよりマシだと思うことにしよう」

 

 結局全く休めなかった休憩時間だったが、どうにか気持ちを切り替えていく事を決心する。今からそんな本戦の事を心配しても仕方がない。いざとなればヴラドを呼んだ張本人らしいピトも巻き込んでやる。

 

 

 

 

 

 ――尚、翌日知った事だが、当のピトフーイはシノンにヘッドショットされてあっさり予選落ちしていた事実が判明した。何がしたいんだよお前は!?

 最終兵器(ラスボス)を解き放つだけ放っといてあっさりフェードアウトしやがった鬼畜ロリに対し、もう何度目か分からない怨嗟の呻きをサチに聞かれてあれこれ心配されてしまうまで、後三時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――一方その頃。予選会場の薄暗いドームの端で、男は笑いを噛み殺していた。

 

 

 

「――く、は、」

 

 

 ――間違いない。

 

 

「―――はは、は、」

 

 

 ――姿は全く違うけれど、間違いない。

 

 

「――――は、フハははははは!」

 

 

 

 ――あの技術。あの覇気。あの殺気。

 間違いない。間違えようがない。

 オレの憧れ。オレの目標。オレの、オレたちの黒い月。

 

 確かにこうなるよう望んだのはオレだ。でも不安だった。

 あまりにも狭いコミュニティで。あまりにも違う、今までの人生で一番充実していた、あの時とは違う空間で。

 

 ――オレは、変わる事を決心した。

 知った時には全てが終わっていたと知ったあの日。漸く仮想空間に戻れた、戻れてしまったあの日。

 

 

「……『己が求める己自身を目指すことに、一体何の異議がある?』、か」

 

 

 ――ならば目指そう。

 例えそれが、どうしようもなく猿真似でしかないとしても。

 例えそれが、唯々憧れを穢す行為でしかないのだとしても。

 

 

「――さぁ。愉しい、舞踏会、と、洒落込もうか」

 

 

 丁度よく始まる二回戦。オレのいるブロックの連中の戦いは一通り観たが、全員話にならない。唯一面白そうなのは、旧ソの狂気をバレエ宜しく振り回す『Eliza』という少女だろうか。まあ何にせよ、当たるとしても決勝戦だ。

 

 

 転送された待機エリアで。大型ライフルの銃身とストックをギリギリまで切り落とし、強引な改造で何丁もの銃を駄目にしながらも、やっとの思いで作り上げた銃器――最早真っ当な『人』には扱えない代物になったハンドガン(ライフル)のグリップを握る。

 

 

 予選の目標はただ一つ。パーフェクトゲーム(完全なる勝利)

 数十もの敵を相手を踏み潰してみせたあの人の戦果に比べれば、この程度、造作も無い。

 

 

 

「――では、鏖殺する、と、しよう」

 

 

 

 

 

 ――新たなる世界で、新たな顔を手に入れた男は戦場へと向かう。

 

 

 ――赤いコートを翻し、異形の拳銃を手に、吸血鬼(・・・)と嘯かれた男が、その殺意を剥き出しにする。

 

 

 

 

 

 

 








次回予告――代わりのミニコーナー
銃器紹介編

レミントンニューモデルアーミー・ジャックカスタム
全長:300mm
重量:1100g
口径:44
装弾数:6

 ジャックがGGOに参戦する折に注文したカスタム拳銃。
 ベースとなった銃は、アメリカのレミントン社が1860年代に発表したパーカッションリボルバー。けれど先込め式(パーカッション)と侮ることなかれ。この銃の強みは、シリンダー(回転弾倉)を簡単に丸ごと取り外せるソリッドフレームのリボルバーという点である。
 今日のリボルバーでもシリンダーを取り外すのは難しく、戦闘中に試みるなど持っての他である。が、このニューモデルアーミーの場合は、モデルにもよるが、最短ワンタッチで取り付け取り外しが効く。これにより、予め弾を込めたシリンダーを用意しておく事で現代の最新リボルバーにも負けない程素早いリロードが可能である。
 更にこの銃は、前述の通り『先込め式』――つまり、後に発売されたコンバージョンモデルでもない限り、薬室にそれぞれ雷管、火薬、弾頭を一発ずつ装填しなければならないという宿命を背負っているが、逆に言えば、銃身さえ通れば(ついでにライフリングが傷付く事も無視すれば)、通常弾から散弾、果ては釘といった代物まで撃ち出す事が可能
 弱点らしい弱点といえば、古い銃である以上、素材や製造法は当時の技術で作られたものなので、当時のものとしては強固なソリッドフレームだとしても耐久性に難がある――あったのだ。
 肝心のジャックが依頼した改造内容とは、銃そのものの強度増加。ぶっちゃけ大まかなパーツが銃身とグリップしかないなのをいいことに銃の素材を丸ごと変更した。これにより、多少無茶な量の火薬を詰め込んでも問題なく作動するようになった。最早カスタムと言うより新造品と言えるレベルである。




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クリスマスSP 誰かに頼る、ということ

 

 

 

 

 

――2025年 12月24日

 

 

「――ほうほう。やっぱ伝説の城は凄いネ〜。もうクリスマスだっていうのに領資金がガッポガポじゃんジョン」

 

 ケットシー領フリーリアの最奥。良く言えば放牧的、悪く言えば泥とレンガと草しかない首都に唯一見栄えの良い尖塔と旗がセットで生えている領主館の最上階。

 そこが、(アリシャ・ルー)の、この世界での主な住処だった。

 ――三ヶ月ほど前の大型アップデートで追加された、彼のデスゲームの舞台『アインクラッド』。その知名度と集客性は抜群と言う他なく、古参は勿論、新規のケットシープレイヤーからの上納金も中々の額になっている。

 この調子なら前々から計画していた飛竜以外の大型種部隊も作れるかしらんと皮算用すべく、ウィンドウから電卓を呼び出そうと左手を振って――

 

「……うにゅ?」

 

 振るよりも先に、メッセージ着信という形で現れた通知に指が触れる。

 目の前に現れたその内容は、『領内で他種族が戦闘態勢に入った』という領主特権でシステムから送られてくる警告メッセージ。

 

「勘弁してくれニャー。今ジャックちゃんはルーマニアだし、竜騎兵組も大半アインクラッドにinしてるっていうのにー」

 

 文句を言いつつ、領内ならケットシーにダメージは入らないし、模擬戦かもだし、別に放っといていいかなー……と不貞寝しようにも、そうは問屋が卸さなかった。

 案外近い所でやっているのか、ケモ耳も含めて四つある耳が外から聞こえる戦闘音を聞きつける。ついでにどう解釈しても模擬戦とは思えない悲鳴と罵声もオマケだ。切実に要らない。

 こうなったら久し振りに戦うかと、重い腰を上げて空に飛び立つべく窓を開ける。

 

「――ぐぼぁっ!?」

 

 空からゴツいフルアーマーのノームが降ってきた。腹からは、白銀に輝く剣が生えている(・・・・・)

 

「……あー、察し」

 

 無情にも爆散するプレイヤーを無視して窓を閉じる。誰がどんな訳で戦っているのかと、その勝敗を察した私は、クールにソファーで寝っ転がって待つことにした。

 

 果たして数分後。

 降り注ぐ轟音に建物が破壊不能オブジェクトで良かったとこっそり胸を撫で下ろしていると、一際大きな爆音を最後に静かになる。思ったより時間がかかった事に心配して、もう一度窓から外を見ると、そんなものは所詮杞憂であると言わんばかりの黄金の女性レプラコーンがベランダに降り立った所だった。

 

 

「――少し手こずっていたようだけど、メタられたのかい?

それにいつもの事だけど、領主が積極的に外に出るってどうなのさ」

 

 光を反射する金髪に目を細めながら、本来の私(シャルル)として友達に話しかける。

 

「まあそんな処よ。

――全く。彼らだって態々ヨツンヘイムの隠し出入り口を探し出して張り込むなんてマネをする暇があったなら、素直に鍛えた方が建設的でしょうに」

 

 そんな私に合わせてか、彼女も、誰もが羨み、輝きに手を伸ばす『女帝(ALO最強)』からただの少女(ラン)へと切り替わる。

 

「久し振りね、シャルル」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それでさ。エリスったら例の世界樹攻略に参加出来なかったのがよっぽど悔しかったのか、『燃やしてやるわ!』ってあちこち襲撃してたらしくてさ。まあユージーンが随分と手を回していたようで、あまり被害は出てないけど」

 

 読みかけのメッセージやら資産表を片付け、彼女がリアルで好んで飲んでいる紅茶に近い味の物を淹れる。

 ――コップ片手に私の駄弁りを静かに聞くランとの関係は、概ねこんな具合だ。アリシャ()と女帝様としてならまだしも、シャルル()とランとしてなら尚更に。

 私が喋り、彼女はそれを薄く微笑みながら聴き続ける。ここに彼女の妹のユウキも加われば完璧だ。

 

 

「……そういえば、ユウキとは最近どうなのかしら?」

 

 そんな流れでアリシャとしてのサラマンダーの友人の話をしていると、珍しくランの方から話題を振ってくる。あのカップルの話に触発されたのだろうか?

 

「ここ数ヶ月はあんまり、かな。元々私たちが領主なんて立ち位置に就いてからは、一緒に冒険する機会も減ってたし。

……それに、新しい友達も増えたようだし」

 

「そう」

 

 ALOを初めてすぐの頃。三人で一緒に空を飛び回っていた頃の思い出に想いを馳せていると、だいぶ間を開けてからふと、「もう五年も経ってるのよね」という呟きが執務室に広がる。

 

「……そうだね。私と、キミたち姉妹が出会ってから、もうそんなに経つのか」

 

 ――忘れもしない、2020年の4月。

 私たちの運命が激変した、あの日の事は、――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はーい、それじゃあ自己紹介いってみよー」

 

 若干ふっくら感のある眼鏡をかけた女性教員の指示に沿って口を開こうとした。

 

「あっ……、あ、あああのっ、私、」

 

 けれど、長い期間他人と話す事などなかった――ましてや、三十人前後とはいえ大人数の前で喋る経験などなかった私は、緊張のあまり、盛大に吃りながらもなんとか自身のフルネームを告げられた。

 

「シャルル…… シャルル・ボーマン、です。

どうか……よ、よろしくお願いします……」

 

 貧血と緊張でクラクラしながらも、最低限自分の名前を口にする。そんな私に気をつかってくれたのか、はたまた色白金髪外国人の転入生の登場に色めき立つ生徒を落ち着かせようとしていたのか(直前に目玉焼きが云々と泣きながら語っていたのも、もしかして狙ってやったのだろうか?)、新学期が始まって直ぐにやってきた転入生の背景について、軽く補足した。

 

「ボーマンさんは心臓の病気でずっと日本の病院に入院していたの。みんな、仲良くしてあげてね」

 

 

 

 ……それから先に起きた事は、今の私には想像に難くない。髪が綺麗だとか、前は何処にいたのだとか、そんな定番の質問が波の様に押し寄せてくる。

 当時の私ではそんな彼らを受け流すことなど出来ず、子供特有の容赦の無さもあって圧倒され、パニックに陥っていた。

 生まれつき心臓の弱い私は、それだけの事で意識が遠のきそうになって――

 

 

「――はいごめんねー、ちょっと通してー!」

 

 ――そんな私に、手を差し伸べてくれた子がいた。

 集まったクラスメイトをどうにかして散らし、目の前が暗くなりかけていた私の手を引いて、廊下まで連れ出してくれた。

 

 

 

「あ、ありがとう、ございます……」

 

 全面ガラス張りの校舎だからか、目蓋を透かす光量は変わらず。けれど暖かい温もりが、四月のまだ寒い空気で冷えた私の手を包む。

 落ち着いた事で、漸くまともに見える様になった私が握る手の先を見上げると、そこには黒髪の二人の少女がいた。

 

「そんなに緊張しなくてもいいよ。ボクたち、クラスメイトなんだから」

 

 ――にっこりと、太陽の様に微笑む少女。

 その笑顔に照らされた時。私は、ボーマン家の中で、一番無能だと影で言われていた私は。陳腐な表現を使うなら、そう。

 

「――ボクは紺野木綿季!ユウキって呼んで!で、こっちは姉ちゃんの藍子(あいこ)!よろしくね、シャルル!」

 

 

 ――救われたのだろう。

 私を、ただのシャルル・ボーマン(一人の少女)として見てくれている彼女の笑顔に。私は、救われた。

 

 

 ――それからの日々は、大変だけど、素晴らしいものだった。

 長い入院生活の所為で勉強も大変だったし、体育なんて持っての他。準備体操だけで貧血で倒れてしまった。外見の物珍しさで多少男子生徒からは人気があったけれど、それだけ。寧ろそれが原因で一部の女子からは毛嫌いされる程だった。

 

 でも、木綿季たち姉妹は違った。いつだって私の味方でいてくれた。

 特に、活発で、誰とでも仲の良い木綿季が、なんであんなに私を気遣ってくれるのか。その時の私には、気付けなかった。

 ……気付く事が、出来なかった。

 

 

 

 

 

 ――そうこうしている内に季節は巡り、春の息吹は夏の猛暑に蹴落とされ、そんな暑ささえ薄まる秋頃。

 新学期が始まってから暫く経ったある日の事。唐突に、崩壊の兆しは現れた。

 

「……?なに、これ?」

 

 始まりは、小さな物だった。

 その頃の私は、フランスの実家が用意した部屋に住んでいた。幸い家事は、同じように実家の方で雇ったハウスキーパーがやってくれていたけれど、そんな所を友達に見られたくなかった私は、毎朝木綿季の家に寄ってから学校へ通っていた。

 

 ……だからこそ、気付いてしまった。いつもとは違う妙な気配が、木綿季の家を包んでいた事に。

 

「――ごめんごめん。ちょっと寝坊しちゃって。シャルル、おはよう!」

 

「え?あ、うん。おはよう……」

 

 でも、木綿季の笑顔からは曇りを感じとれなくて。藍子も眠そうに微笑むだけで。

 そこだけは、それから先も私が好きな日常のままだった。

 

 

 ……でも、運命というのは、時に何処までも残酷で。

 その違和感の原因は、直ぐに分かった。

 

 

 

 ――ねえねえ知ってた?あの紺野って子、エイズなんだって。

 

 ――あの姉妹には近付かない方がいいわよ。感染されちゃうから。

 

 ――エイズってあれっしょ?Hな事すると感染るんだろ?うっわ、あの姉妹サイテーだな。

 

 

 

 ……無知、或いは中途半端な知識からくる言われなき風評、偏見、差別が、あの姉妹を襲った。クラスの人気者は何処へやら、一転して彼女への評価は、クラスの嫌われ者となってしまった。影口や不謹慎な渾名、物を隠されるなどまだマシな方で、酷い時には――

 ……いや、これは思い出したくもない。

 

 有形無形問わず、小学校高学年の無邪気で無慈悲な頭から生み出される限りのあらゆる嫌がらせ。担任は必死に庇っていたけれど、それでも学校中が敵に回ってしまえば、そこまでだった。

 

 

 ――それでも私は、木綿季たちの味方で居続けた。

 木綿季たち姉妹の身長だと届かない場所に隠された物を探したり、話の通じるクラスメイトにエイズについて正しい知識を伝えたり。それと――

 

 

 ――エイズの治療について。どうにかならないかと調べまわった。

 優秀な妹ばかり見る実家の両親にも白い目で見られながら、何かないかと頼み込んだ。

 

 ……しかし、なんの進展もないまま。無情にも時は過ぎ去り、気が付けば12月になっていた。

 その頃には最早木綿季たちに近付く生徒はいなくなっていて、彼女たちの存在は徹底して無視されるようになっていた。

 私の努力の方も結果は虚しく、薬剤耐性型のエイズを完治させるだけの治療薬は無いに等しい。実家からも音沙汰無し。私に出来た事は、唯々、彼女たちを精神的に支える事だけだった。

 だというのに、木綿季の笑顔は絶えない。

 寂しいはずなのに。辛いはずなのに。彼女は何時だって、精一杯に生きていた。

 

 ……それでも。彼女がどんなに強く在っても。運命というものは、残酷で、どうしようもないものだった。

 

 

 ――冬休みに入り次第、転校する事になった。

 学校でこっそりとその事実を伝えてくれたのは、藍子だった。

 

「て、転校って、」

 

「木綿季が頑張ってるからって、母さんたちも耐えてたんだけどね。昨日、家でちょっとボヤ騒ぎが起きちゃって……いい加減、もう限界かなって」

 

 初めて会った時の優しげな微笑みはもう無くなり。それは、子供のしていいものではない、疲れ切った笑みでしかなかった。

 

 

 ――その後、どうやって帰ったのかは思い出せない。

 気が付けば、自室で泣いていたのだから。

 

 

 

「……なんで」

 

 ――暗い部屋の中で、唯々無意識に問いかける。

 

「…………なんで、木綿季たちがあんな目に遭うの?」

 

 何処までも無意味で、何処までも傲慢な問い。

 探せばありふれた悲劇なのだろう。どうしようもない悲劇なのだろう。

 

 ――だとしても、止まることは出来ない。

 何も出来ないのだと分かっていても。何かをしなければという使命感が、涙と共に溢れ出る。

 

 

 ……でも、どうすればいいのだろう。

 

 己は無能だ。何をやっても妹以下だったが故に、実家から遠ざけられた。

 そんな自分が、何を……

 

 

 

 そんな自己嫌悪と自問自答がループを繰り返す中。ふと顔を上げれば、カレンダーが目に入る。

 クリスマスの日付にはカラフルな花丸が描かれているが、それすらも、今は自身を嘲笑っているように感じた。

 

 

「……お願いします。どうか、誰か――」

 

 

 故に。私は、祈った。祈ってしまった。

 人の終わりをエゴによって否定し。別れを否定する。そんな願いを。

 彼女を救うかもしれない、星の瞬きの様な誰かを、否定し尽くす願いを、口にした。

 

「――誰か、助けて」

 

 

 

 

 

 ――そんな願いだからこそ、だったのだろう。

 

「……? メー、ル?フランス(実家)、から?」

 

 永久に知る事の無い事実だとはいえ。己が願いを棄てた亡霊が、底から押し出したのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――翌日の放課後。

 初めて学校をサボった私は、印刷したメールを握りしめながら、指定された駅の待ち合わせ場所で震えていた。

 

「……大丈夫。絶対大丈夫だから」

 

 血の気が失せている顔をマフラーで隠しながら、時計を数秒毎に確認する。

 相手が一秒でも遅れたら、正気を保っていられる自信がない。希望と恐怖、緊張と不安で、何度も意識が飛びそうだった。

 

 そして、秒針と長針が真上の方向に重なって――

 

 

 

「――十三時ジャスト。フランス人にしては時間に正確ですね」

 

 

 

 ――コツリと、硬質な革靴のヒールが、暗くなりかけた視界の端で音を立てる。

 

「あなた、は……?」

 

「私の名前は、ジル・フェイ。

ビジュテリエ・ア・スフレトゥルイ社社長補佐を務めさせて頂いております」

 

 ――遠くない未来、友人となる銀髪の女性が、私を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に、人生っていうのはどうなるか分からないものだね」

 

「? どうかしたのかしら、改めてそんな事言って」

 

 昔を思い返しての呟きは思ったよりも大きく響いたのか、ランが首を傾げながら訊いてくる。

 それに対して何でもないと返しながらも、今こうして彼らと居られる幸せを噛み締める。

 ――ジルから送られた薬は、彼女たちのエイズを未発症状態に抑えている。それどころか検査の度に検出されるウィルスの量も減っているから、完治も時間の問題だと倉橋医師に言われたらしい。

 

 ――だからこそ、だろうか。時折想像してしまう。

 もしも、あの年のクリスマスに、彼女たちを救う事が出来なかったとしたら。どうなっていたのだろうか。

 決して答えの出ない空想。けれど、後悔はしていない。彼女がいる世界に私が生きている。それで、充分だ。

 

 

 

「さてと。ラン、明日のパーティーはどうするんだい?」

 

「そうね。今まではリアルでやってたけど、今度はALOでやるのもいいかしら」

 

 ――気分を切り替えて、未来(明日)の話を藍子(ラン)に振る。相変わらず眠そうな目をしているけど、年相応に楽しそうな声色の返答に思わず頬を緩ませる。

 じゃあ肝心のユウキにどうするか聞こうかとメッセージ欄を開くべく左手を振って、

 

 

「……うん?」

 

 振るよりも先に、メッセージ着信という形で現れた通知に指が触れる。なんかデジャビュ。

 今度もまた通常のメッセージとは違い、届いたのは闇魔法の月光鏡の一種だった。ただし届いたのは基本的に夜しか使えない月光鏡とは違って、いつでも使える代わりに音声のみを、それも繋げるには相手側からの操作も必要な物であった。

 ……まあ結果的には、相手側を確認する事なく即承諾したのがよかったのだけれど。

 

 

『――アリシャ、聞こえてる!?』

 

「ユウキ?どうしたんだい、そんな切羽詰まった声で」

 

 慌てている様子のユウキの声と、その背後から聞こえる大騒ぎに、コップ片手に我関せずを貫こうとしていたランが細めていた目を開く(『女帝』としてのスイッチを入れる)。今にもエンキのエクストラ効果を撃ちそうなランを片手で制しながら、ユウキから状況を聞く。

 

『な、なんでかよく分かんないんだけど、急にアスナが『私がお姉ちゃんです』ってリズたちを殴って。ちょ、助けて』

 

「来たれナピュシュテムの大波よ!これが世界を滅ぼすという事だ!」

 

「ごめんユウキ意味が分からないからもう一回言って?! あとランはお願いだからエンキしまって!!私が泳げないの知ってるでしょ!?もう溺れるのは嫌だよ!猫的にも!」

 

 双剣の柄尻を繋げるランを必死に食い止めながら音声のみのウィンドウに叫ぶと、数度の風切り音に遮られながらもユウキの言葉が聞こえて来る。

 

『アスナたちと話してたらっ!クリスマスの予定の話題になってっ!アリシャを交えて姉ちゃんと過ごすって言ったら、『私も姉になればいいのね!』って。

……ところで、弓を絞ってるような音が聞こえてるんだけど。ねぇまさか』

 

「やっちゃえアーチャー」

 

『ストップ!ストォォーーーップ!!もっと穏便な方法でお願いします!!』

 

 何処までも騒がしいツッコミに破顔しながらも、指笛で呼び出した飛竜に飛び乗る。半分巫山戯て弓を構えていたランも、私たちにとっては馴染み深い細目で後ろに乗ったのを確認すると、飛竜の鎌首を上げさせた。

 

「目指すは空中都市!飛ばしていくよ!」

 

 

 

 

 

 

 









一方その頃

 ――唐突に脳裏に浮かぶは、グルグルお目々の金髪レオタード少女。
 妹に彼を取られたと宣う彼女は、握り拳を構えながらこう囁いた。

『なるほど。好きな人が他の女性と良い仲になってしまった。自分に振り向いて欲しいけど、彼の幸せを邪魔したくないのも本心、と。なら逆に考えればいいのです。
 ―― 家族にしちゃえばいいのだと(貴女が、お姉ちゃんです)

 ――斯くしてこの時、明日奈に(本当にどうでもいい)啓示が降って湧き、辺りは阿鼻叫喚の惨状と化した。
 具体的には、

ファミリーパンチ(貴女が妹です)!」

「そげぶ!?」

ファミリーパンチ(貴女も妹です)!」

「ふんむぐるい?!」

「イヤァァァァア!??」

 シリカとリズを秒殺、満面の笑みを浮かべた『閃光』がガタガタ震えるリーファ(キリトの妹)に迫っていた。誰がどう見ても事案案件である。これはひどい。

「――待った!」

 しかしいつの時代にも英雄がいた様に、現状登場話が二話しかないヒロインにも救いの手が差し伸べられる!

「――アスナ。ボクが相手
私もお姉ちゃんです(ファミリーパンチ)!」
だぅあ!?」

 だがしかし。天啓(狂化)を受けたアスナも止まらず、洗脳(物理)がスレスレを擦る。



 ――今ここに、当の昔に鬱フラグがへし折れているマザーズロザリオが幕を開ける!!――






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41話 竜の騎士、舞い降りる

 

 

 

 

 

「「――くーやーしーいー!」」

 

 ……一体なんなのだ、この状況は。

 予選決勝の相手の首から上を引き抜いてからログアウトして見れば、アミュスフィアのバイザー越しに外見のみ黒髪美少女とそのファンな赤ランサー(角は無い)が絶叫しながら転げ回っているのが見て取れた。

 正直ログアウトして早々にもう一度現実逃避したくなったが、面倒臭い二人(ピトとエリザ)の相手をジャックに丸投げすると後が怖い。泣く泣くアミュスフィアを頭から外し、携帯端末からGGOのサイトにアクセス。予選突破者の名簿を開く。

 

「……ねぇギルマス〜」

 

「断る」

 

「まだ何も言ってないじゃん!」

 

 猫撫で声で話し掛けてきたピトの提案を即却下し、一覧に簡単に目を通す。どうせ貴様仇を討ってとかいうつもりだろう?ピトが誰に負けたか分かった上で言わせてもらうが、絶対に嫌だ。原作ヒロイン、しかも俺のプレイスタイル(超近接型)と一番相性が悪いスナイパーの相手とか御免被る。

 

「ちぇーヴラドのケチー。あのリボルバーと装甲服、準備するのすっごい手間だったんですけどー?」

 

「……防具は兎も角、拳銃に関しては頼んだベレッタ(M93R)はどうした?」

 

 口を尖らせたピトが文句を言ってくるが、言い返したらすぐに目が泳ぎ出す。全く此奴は……

 

「――ねえおじ様!アタシの!アタシのティーを鼻で笑った挙句にアイドルの命()を撃った奴の仇を」

 

「今更極まるがまずお前は武装を考え直してくれ。それにお前の場合己の手で殺ればよかろう、本戦進出者」

 

 耳元でキンキンと叫ぶ小娘をどうにか退かし、形容し難い呻きを上げながら七転八倒するピトが一頻りエムをフルボッコにするのを待ってから、件の名簿を見せる。

 

「で、だ。ピトよ、余に挑戦状を叩き付けた死銃とやらに関してだが、奴らしき名は有るか?」

 

「……後で私と戦え〜。ついでに次のコミケに向けてロ◯カードコスの撮影会を」

 

「後ろ半分は却下だたわけ」

 

 床に崩れ落ちている相方並みの呻き声で尚も己の欲求を通そうとする奴に溜息混じりにそう返せば、端末を引ったくったピトが渋々と画面をスクロールする。

 

「でも死銃っぽい奴っつったってねぇ。知らない名前といえば、この『ペイルライダー』と『ノスフェラトゥ』って奴くらいだし……――あ」

 

 画面と睨めっこしていたピトが、あからさまに何か隠していますと言わんばかりの一文字を遺してフリーズする。

 

「……おい貴様。何を隠している」

 

 恍惚とした表情で意識を飛ばしているエムを除けば唯一と言っていい情報源を再起動させるべく、わざとよく聞こえる様に拳を握り込む。奴の目前で魑魅魍魎を散々粉砕してきた鉄拳の気配を感じ取ったピトが、慌てて復帰する。

 

「あ、いや、実は見覚えのあり過ぎる名前があってさ。ホレ!」

 

 そう言って突き返された画面には、確かに見覚えのある『Kirito』の名前が。

 キリトについて何も把握していないエリザにジャックがざっくりとした説明をしている傍で、チラチラと此方を見ながら安堵の溜息を吐くピト。

 ……分かり易すぎる程にわざとらしいが、まあよかろう。段々裏も読めてきた頃合だしな。

 

「……全く。彼奴の不器用な処は如何にかならんものかな」

 

 画面を閉じ、何となしに天井を見上げる。

 

 

 

 ――お前がそう望むなら、俺は全力で相手をしようではないか。 ザザよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――翌日 ISLラグナロク

 

 ――GGOにおいて、最強のガンナーを決める戦い『バレット・オブ・バレッツ』。その本戦が始まってから、かれこれ三十分が経とうとしていた。

 紆余曲折ありながらもどうにか不戦交渉を成立させられたシノンの隣で、今まさに始まろうとしているライフルを抱えた男とペイルライダー(死銃容疑者その一)の戦闘を待ちながらも必死に頭を働かせる。

 未だ正体の掴めない謎の殺人鬼、死銃(デスガン)。完全な手探りを避けるべくアタリをつける意味合いも兼ねて、シノンが知らないプレイヤーを教えては貰ったけれど……

 

 怪しいのは五人。接近している『ペイルライダー』と『エリザ』、『銃士X』、そして――

 

「……『Nosferatu(ノスフェラトゥ)』と『Dracula(ドラキュラ)』、か」

 

 ――ブラム・ストーカーの小説から発生した、伝説のアンデッドの名を冠するプレイヤーが二人。

 これだけなら特に気にならない。プレイヤーネームに有名な英雄や怪物の名前を使うのはよくある事だし、特に吸血鬼関連は、SAOでヴラドが無双の限りを尽くした影響でそれなりに頻繁に見かける。

 ……けれど、もし死銃が、本当になんらかの方法で人を殺しているのなら。わざわざゲームの中で殺す(・・・・・・・・)事に拘っているのなら。何より、そんな奴が、吸血鬼の名を名乗るのなら。

 

 ――そんな狂った連中を、オレは知っている。

 

「……死銃は、『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』の誰か、なのか?」

 

 SAO最悪の殺人(レッド)ギルド『ラフィン・コフィン』。異様なカリスマ性を持つPoHが率いた、たった一ギルドでSAOの全死者数の数パーセントを殺した最恐のギルド。

 そして、最狂のアンチオレンジたる『ドラクル騎士団』ですら潰すのに梃子摺った、最凶のギルド。それが、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)

 もしラフコフの誰かが、吸血鬼を名乗って殺人をしているのだとしたら。遠いルーマニアに居るヴラドがやって来る理由としては充分過ぎる。 ……まあ、だとしたらヴラドはどのプレイヤーが犯人かもう特定している事になるだろうから、流石に別の理由だとは思うけれど。

 やっぱりヴラドと連絡がつかなかったのが厳しいな。何かしらオレ以上の情報を持ってるのは確実な訳だが、日本に居るのは確実なのに何度電話を掛けても何故か繋がらなかった。

 

 ……もっとも、そもそも死銃の正体がペイルライダー、もしくは銃士Xなら、ここでの推測は全部ただの空想になるけれど。

 

「――ちょっと。もう始まるわよ!?」

 

 思考の海に沈んでいる内に動きがあったのか、シノンの声で意識がフィールドに引き戻される。慌てて握り締めていた双眼鏡の倍率を弄り鉄橋全体が視界に映る様にすると、対岸の奥から細身の男が現れた。

 プレイヤーネームの『青ざめた馬に乗った騎士(ペイルライダー)』をイメージしているのか、全体的に青白い迷彩服で身を包んだ男は、ライフルの銃口を向けられているにも関わらず自然体のまま橋に踏み込む。

 当然、ライフル男の方もただ見ていただけではなく、ゴツい銃が火を吹いたが。

 

 ――そこから先は、一方的な展開だった。

 大きく跳ねて橋を支えるワイヤーロープに掴まる事で射線を躱すと、やるゲームのジャンルを間違えていると言えるほど軽々とワイヤーからワイヤーへと飛び移る。

 この立体機動にはさしものライフル男も対応しきれなかったのかあっさりと距離を詰められると、至近距離でショットガンが炸裂。二度の破裂音、間を開けてのトドメの一撃でライフル男の身体をHPごと吹き飛ばされた。

 

「あの青い奴、強いな……」

 

 アレが死銃なら厄介だ。

 ヴラド並の理不尽的な強さは無いとはいえ、堅実な強さがある。銃口の前に躊躇いなく身を晒せる胆力はあるし、散弾は剣だと対応が難しい。剣の届かない高所に登られて撃ち下されるだけでもうほぼ詰みだ。

 

「あいつ、撃つわよ」

 

「……ああ、解った」

 

 ずっと伏せたまま構えていたシノンがそう呟き、手元で小さくカチッという音がする。あの戦闘を観終わるまで手を出さない、という約束で待っていてもらったのだ。止める理由は無い。

 アイツが死銃じゃない可能性も考慮して、残りの三人の居場所を探っておこうかと手探りでスキャン端末を取り出そうと手を伸ばして、

 

 

 

 ――この場にいる三人の物ではない銃声が一発、轟いた。

 

 

「なっ」

 

 ウェストポーチに伸ばしかけていた手を戻すのもまどろっこしく、急いで双眼鏡の接眼レンズを顔に押し付ける。

 少しズレた視界にもう一度鉄橋が映り込むと、さっきあれほどの実力を見せつけたペイルライダーの右腕が、握っていたショットガンごと千切れ飛んでいた。

 

「何があった?!」

 

「分からないわ。銃声からして多分、大口径拳銃(Mk.23)辺りだと思うけど、その射程距離には誰も――」

 

 シノンがそこまで言った所で、もう三度、銃声が響く。今度の銃撃も正確にペイルライダーの四肢を千切り、両腿と両腕に部位欠損デバフが発生したペイルライダーは仰向けに倒れ込む。

 逃げる事も反撃する事も出来なくなり、その場でもがく男。その傍、橋を支える鉄柱の陰から、五人目のプレイヤーが滲み出る。

 

 

「何だ……あいつ。いつからあそこに……」

 

 

 

 ――言うなれば、其奴は『闇』だった。

 空気に質量があったならば、窓一つない暗室の空間を直接切り取った様な暗いマントを羽織ったプレイヤー。シルエットすらあやふやで性別が分からず、ズダ袋の様な角張ったマスクで、辛うじて人だと分かる。

 そして、何より――

 

「……シノン、撃て」

 

「ど、どっちを?」

 

「あのボロマントだ。頼む!アレはダメ(・・)だ!」

 

 気配で分かる。

 アレは、狂気を理解出来てしまっている存在だ。目的の為に一切の手段を選ばない存在だ。

 ラフコフメンバーでPoHに唆されて暴れているだけの連中でも、自分の欲望だけで他人を傷付けている連中でもない。己の何処が狂い果てているか自覚している上で、その狂気に身を任せられる人間の気配だ。

 間違いない。アレが死銃だ!

 

 数瞬後、隣からの轟音が無防備な鼓膜を叩く。人間相手には間違いなくオーバーキルな火力の弾丸が、真っすぐにボロマントの背に突き進み、

 

 

 

 ――シノンがトリガーに指をかけた段階で、ボロマントがわずかに身動きした。マントが純黒が、逆に黒いソレを浮かび上がらせ、辛うじて拳銃だと分かる。

 その銃口が、聞き覚えのある咆哮を響かせるのと同時に、必殺の弾丸が放たれ、

 

 

 

 

 

 ――ボロマントの手前の空中で、甲高い音を立てて、弾丸が弾かれた。

 

 

「――はっぁああああああ?!?!」

 

 一時的にロクに聞こえなくなっている耳が、女性に有るまじき絶叫を聞き流す。

 シノンの気持ちも分かる。何しろあの男は、狙って弾丸を弾丸で迎撃(・・・・・)したのだ。剣でやろうとしてもあの難易度だ。小さな、それも高速で飛ぶ弾丸を弾丸で撃ち落とす事の難しさとか想像もしたくない。多くの創作ではよくある技術だが、ゲームでとはいえガチで出来る奴などいないだろう。

 あまりの光景に口を全開にしたまま呆然としていると、ボロマントの男は神業を実現した拳銃を握る右腕を引っ込め、代わりに左手一本で別の銃を引き抜く。

 仰向けに倒れた事で同じ光景を見てしまったペイルライダーがボロマントから逃げようと再度足掻くも、数歩で追いついたボロマントが片足で腹を抑える。

 

 瞬間、殺意が膨れ上がる。

 周囲に物理的な圧迫感すらを感じさせる気が、その銃と男から発生する。

 

「あっ……!」

 

 二百メートル先の光景に、今更身体を跳ね起こしかけるが、既に引金に指は掛けられていて、

 

 

 

 ――瞬間。

 朱雷が、ペイルライダーを貫いた。

 

「なっ!?」

 

 今まさに撃たれそうになっていたペイルライダーの頭部が丸ごと消滅し、心臓のある胸部すら跡形も無くなった。

 

 ――代わりに在るのは、赤い男。

 赤いコートに赤いテンガロンハット。極め付けは赤いレンズのサングラスと、迷彩効果など知ったことかと言わんばかりの赤尽くめの男が、ペイルライダーの頭と心臓を踏み抜きながら降って来た(・・・・・)

 これには流石の死銃も怯んだのか、それとも衝撃で吹き飛ばされたのか、大きく後退させられていた。

 

 

「もう今度は何なのよ!?弾丸を斬る!弾を弾で弾く!いきなり空から降ってくる!あんたたちホントに人間なの!?」

 

 オレは人間だけど他は吸血鬼なんじゃないか?でもって一番ヤバイのが多分都市廃墟にいます。

 あまりに覚えのある絶望的な外見と、懐かしい、けれど質の変わった覇気にそう言いたくなったが、連発する異常事態に半狂乱状態のシノンの精神にトドメが刺さりそうだから口を噤み、代わりにいつでも駆け出せるよう膝立ちになってから改めて双眼鏡を覗き込む。

 目の前で撃とうとしていた相手を踏み砕かれたにも関わらず、ボロマントは冷静に左手の銃を引っ込め、再度件の大口径拳銃を抜いてリロードする。その傍で赤コートは、悠々と、見覚えのあるモーションでショルダーホルスターからバカデカイ拳銃を引き抜く。登場のインパクトが薄れていくと共に、二人から同格の気迫が立ち昇る。

 そして、二人は一言、二言、僅かに言葉を交わし。

 

 銃声と雷鳴が、フィールドを揺らした。

 

 

 

「M82!?しかもパトリオットカスタム!?」

 

「知っているのかシノン?」

 

 謎の赤コートがボロマントに向けた銃を見て、シノンが悲鳴同然の叫び声を上げる。

 

「正式名称はバレットM82!弾丸は私のヘカートと同じ12.7ミリ×99弾を使う、セミオートの対物ライフルよ」

 

「あ、バレットなら聞いたことある。でもあの銃……」

 

 パッと見、幾ら大きいとはいえ、とても映画や漫画で引っ張りだこのスナイパーライフルには見えない。シルエットからしてもデカイ拳銃に見える程に小さい。

 オレの言わんとする事を察してくれたのか、シノンが補足してくれる。

 

「銃身とストックを切り落としてるのよ。しかもレールシステムも棄ててる。あんなのもうほぼ機関部だけよ! 確かに取り回しはよくなるだろうけど、当然命中精度や飛距離はガタ落ち。重量も軽くなってるからその分反動も強くなって、立ったまま、ましてや片手撃ちなんて無理……なんだけど……」

 

「……あの、フツーにバカスカ撃ってるように見えるんですが」

 

 赤コートはシノンの上げたデメリットなど無いかの様に、平然と爆音と閃光を伴う必殺の鉛弾をばら撒く。ボロマントも負けじと大口径拳銃で応戦しているけれど、もう音からして違う。

 

 「もうイヤァ……」という蚊の鳴く様な悲鳴を他所に、二人の戦闘は激化していく。

 銃口が互いを捉える度に引金が引かれ、コートかマントの端を消し飛ばし周囲の木々や鉄橋を削り、あとついでに不破壊オブジェクト扱いの死体がふにゃふにゃと吹っ飛ぶ。

 互いに致命打は無く、けれど時折反動で跳ねる銃身が死銃の横っ面に直撃したり、大口径拳銃の銃底が赤コートのサングラスを叩き割ったり等、それなりにいい一撃は時々入っている。

 

 このまま放っておけば死銃も退場、或いは相当な消耗を強いられるだろう。何時でも戦場に割り込める様に一足先に光剣のグリップを握り、スイッチに指を掛ける。

 そして、その時は呆気なく訪れた。

 

 防御(銃弾撃ち)にも使っていた分赤コートのバレットより先に弾が切れたのか、ボロマントの拳銃のスライドが下がったまま動かなくなる。

 それを見てダッシュで駆け出す。

 幾らオレがSTR寄りで、それも障害物の多い森とはいえ、だとしても距離はたったの二百メートル。SAO時代のものをそのまま引き継いだALOの『キリト』のステータスなら、弾倉を入れ替えてスライドを戻すまでの間に近距離戦の間合いに入れられる。例えオレが間に合わなかったとしても、あの赤コートならそのまま葬ってしまうだろう。それはそれで真実を把握する機会が遠のくから困るが。

 

 

 ――だが、年単位であのオレンジ狩り集団(DK)の手から逃れ続けた組織のメンバーなだけの事はあった。

 死銃が握る大口径拳銃、そのグリップから弾倉が落下する。

 ふと、落ちたその弾倉の底が不自然に膨らんでいるのが目に留まる。

 

「っ――」

 

 直勘に従い咄嗟に腕で顔を庇うと、直後に爆音と閃光が、感覚器官を蹂躙する。幸い視界は無事だったけれど、今度こそ聴覚は潰れ、思わず立ち止まってしまう。

 大丈夫だ。少なくともこの試合で死者は出ない。そう思いたかったけれ、ど――

 

 痛みすら感じる耳を無視して残りの距離を詰めるも、あの激しい銃火(マズルフラッシュ)は見えない。

 それどころか赤コートは左手で顔を覆ったまま僅かに呻いていて、ボロマントの姿は陰も形も見当たらない。

 慌ててスキャン端末を取り出すも、次のスキャンまではまだ数十秒もある。すぐそばには森があるから目視では追えず、足音を聞こうにも激しい耳鳴りでそんな小さな音は拾えない。つまり、

 

 ――逃げられた。

 

 

「……まさか、スタングレネード、とはな。

だが、彼処に仕込むなら、サイズ的に、合理的、か」

 

 至近距離で閃光と爆音が直撃した赤コートが、白手袋で覆われていた顔を晒しながら呟く。

 耳鳴りが収まり始めた耳に辛うじて届いたその声は、やっぱり、予想通りのものだった。

 

「――ザザ」

 

「…………お前、キリト(本物)、か?」

 

 

 SAO事件が終わってから一年以上。

 ずっと姿を見せなかった友人が、新しい力を引っ提げて、戻ってきた。

 

 

 

 

 









次回予告――代わりのミニコーナー
銃器紹介編 PartⅡ

バレットM82A1・パトリオットモデル
全長:400mm
重量:unknown
口径:50
装弾数:10+1
 ザザが用意した、文字通りの『取っておき』。
 ベースは世界有数の知名度を誇る対物狙撃銃『バレットM82』。それを、よりにもよってストックと銃身をマルっと取っ払っちまったイロモノ。それがこの銃器である。
 当然デメリットは多く、銃身が短くなった影響でライフリングがほぼ無く(実質滑空砲)なり弾丸が横回転するから命中精度は最悪。当然マズルブレーキなど無く、軽量化した所為で只でさえエゲツない反動が殺人的なものになり、リアルでやろうものなら数メートル先の的にもロクに当たらないと断言出来る。
 が、GGOの設定上、どんなにヘタクソに撃ったとしてもバレットサークルの内側に当たる以上近接戦の間合いで使うと割り切れば無視出来る程度のデメリットでしかない。寧ろ50口径弾ほど巨大な弾丸が横回転する分当たり判定が数倍に大きくなるわ、命中時も貫通性より破壊力が増えるわで、逆に未改造バレットで凸スナするよりもヤベー銃になっている。
 簡単に比較するなら、通常のバレットで肉塊を撃てば貫通するが、この改造バレットで撃てば着弾点が木っ端微塵に吹き飛ぶ。エグい。
 因みにこの改造だが、当初は上手くいかず数丁のバレットが潰れた所為でザザのリアルマネーが絶賛ピンチである事は秘密である。へるぷみーペン◯ッド卿(便利な財布)






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42話 竜の少女、咆哮す

 

 

 

 

 

「――ザザ。やっぱザザじゃないか!久し振りだな!」

 

 長い間会えなかった友人の大幅な様変わりに驚きながらも駆け寄れば、珍しくマスクをしていないザザが、分かりやすく驚愕の表情を浮かべながら拳銃をコート裏に納める。

 

「まさか、本当に、お前とは、な。オレは、てっきり、別人かと、思ってたが」

 

「なんでだよ」

 

「鏡、見ろ。閃光辺りが、完全に、壊れたと思ったぞ」

 

「………ソウダネ」

 

 グゥの音も出ない返しと、何時ぞやのファミパン騒動で否定しきれない狂気的予想にカタコトでしか返事が出来ない。

 

「そ、それにしてもどうしたんだよ。長い間噂すら聞かなかったぞ?」

 

 なんとか話題を強引にずらすべく、実際気になっていた事を訊く。SAOサバイバー、特に攻略組クラスともなれば、よっぽどイロモノなタイトルでもない限り確実に強プレイヤーとして多少なりとも有名になる。更にザザに限っていえば、オレたちとも違う独自の人脈のあるピトフーイやノーチラスが探し回っていた。

 だから直ぐに見つかるだろうとは思っていたが、その予想に反して。一年もの間、ザザは見つからなかった。

 ……いや、ピトなら見つけたとしてもサプライズとかほざいてその事を隠すかもしれないけど、少なくとも見つかったという話は聞かなかった。

 

「……ちょっとリアルで、色々あってな。

 それより、も、」

 

 答えは芳しくなく、言外に言いたくないと告げられる。

 短い会話の後、緩んでいた空気を引き締める様にザザが殺気を振り撒き始め、オレの背後を睨む。それと同時にその方向の茂みから身を表したシノンが、拳銃の銃口をザザに向ける。

 

「シノン、ストップ!ストップだ!ほら、ザザも落ち着けって!」

 

「また撃つなって言うの?」

 

「……あぁ」

 

 暫くオレを不服そうに睨んでいたシノンだったが、ザザが殺気を引っ込めたのを察してくれたのか、深々と溜息を吐きながらも拳銃を腰の後ろに突っ込む。

 

「……シノンよ。よろしく」

 

冥府の女神(へカーティア)、か。噂は、よく聞く。

 ドラキュラ、だ。だが、ザザの方、が、紛らわしくない、だろう」

 

 シノンが警戒心の高い猫っぽくぶっきらぼうに自己紹介を済ませると、キッとこっちに振り向く。

 

「説明!」

 

 ……まあザザもいるし、ある程度は大丈夫か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ザザに見張りを引き受けてもらっている間に、オレがどうしてこの大会に参加したのかを、所々端折りながら説明する。

 

 殺人鬼『死銃(デスガン)』の正体を暴くべく、この世界、この大会に潜り込んでいること。

 そして、もう既に死者が出ていること。

 

「……信じたくないわ。PKじゃなく、本当の人殺しをする人が、GGOに……VRMMOプレイヤーにいるなんて」

 

 半信半疑と言った具合に呟くシノン。それに対してオレは強く出れない。寧ろ当然だろうと思う。オレだって、SAOでオレンジやレッドプレイヤーたちと幾度も戦っていなければ、その存在を信じようとしなかっただろう。

 

「でも、いるんだ。あのボロマントは、死銃は。昔、オレのいたVRMMOの中で、何人も殺した。相手が本当に死ぬと解っていて剣を振り下ろしたんだ」

 

 だから、君は極力あのボロマントには近付かないでくれ。そう言おうと口を開きかけて、

 

 

「ふむ。そんな事情が、あったか。なら、寧ろ、へカーティア(シノン)は巻き込んだ方が、其奴の為、だろう」

 

「な、ザザ!?お前、なんて事を、」

 

 横から放り込まれた爆弾に、思わず絶叫する。いやホントになにしてくれたんだお前!?

 いつの間にやら復活していたサングラスを朱に輝かせながら、鋼鉄の城の夜の支配者に追随する覇気を漂わせる様になった髑髏狂い(赫目のザザ)は、悠々とマガジンに馬鹿デカイ弾丸を込めながら告げる。

 

「何も知らぬ、ならば、いざ知らず。何の、力もない、ならば、いざ知らず。

己が道を、阻む敵が、在り、そして、其を粉砕する、に足る、力がある。ならいっそ、巻き込むのも、手、だろう」

 

「……だけどなぁ」

 

 言動までそれ(・・)っぽくなっている友人の、けれど有無を言わさず頷かせるほどのカリスマ性はない言葉に、一先ず難色を示す。

 この気が強いシャム猫と出会ったのは昨日、しかも実際に会話をしたのは合計しても一時間超えない程度の関係とはいえ、逃げろと警告してもシノンが逃げないだろう事は分かる。実力も、少なくともピトフーイ(DKの実質No.2)を如何にか出来るレベルなら、それこそPoH本人クラスでもない限り負ける可能性は低いだろう。

 しかし、だからといって巻き込んでいい理由にはならない。もう十分巻き込んでるだろ、と言われればそれまでだが、それとこれとは話が違う。

 せめて本人の意思を尊重しよう。そう切り出そうとするも、歪な銃身に荒々しく弾倉を滑り込ませる音に掻き消される。

 

「そも。ヤツが、何処に、消えたか、見当がつかない、以上、この島は、何処、だろうと、死地に、成り得る。

 ……ただ二箇所。オレたちの側、と」

 

 そして、コートのポケットからサテライトスキャンの端末を取り出し、ある一点を指で撫でる。

 

「――近付く者。その一切合切を、有象無象の、区別、無く、薙ぎ倒す、災厄の化身の、側、ならば。いくら死銃、とて、事が済む前に、粉砕され、よう」

 

 ――都市廃墟エリア。

 そこが、ザザが触れた場所。

 そして、オレが死銃を探す時に、意図的に避けたエリア。

 

 近場だからと。漁夫の利を得ようと。多くのプレイヤーを示す点こそあれ、その悉くが死亡を示す別の色に変わっている場所。

 

 その中央には、スキャンの度にいつだって光点が一つ、輝いていた。

 

 

 

「……それは、そうだろうけど……」

 

 一瞬、これからまっ先に都市廃墟に乗り込んで本家本元(ヴラド)に協力を頼む事も考えたが、どうも妙な感じがする。あの男が、異常なまでの察しの良さとリアル地位故の情報網の広さを持つあの男が、しかもラフコフ絡みだと言うのに、妙に後手に回っている気がするのだ。

 ……これは、勘でしかないけど、あいつは――

 

「……死銃じゃない、誰かを待っている……?」

 

 隣のシノンが反応しない程度の呟きだったが。気のせいか、ザザの頬が吊り上がった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「さて。状況を、整理、しよう、か」

 

 腕時計がサテライトスキャンのタイミングを知らせたタイミングで、背を向けたまま顎を上げて此方を見る絶妙なポーズでザザがそう切り出す。因みに現在は、シノンも同行した状態でオレたち三人は鉄橋の西側、山岳エリアを進んでいた。

 なんでもザザ曰く、死銃が逃げたとしたらこの方角とのことらしい。鉄橋はマップのほぼ南端にある以上、行き先は北と東西のみ。だけど北に進めば都市廃墟エリアにぶち当たるから、必然的に西か東にしか進めない。

 だが、ザザは東の田園エリアから戦いながら南下してきたらしく、死銃と一戦交えたのも半ば偶然らしい。空から降ってきたのも、強引に離脱した結果だとか。その相手がまだISLラグナロクの東側にいるならという前提だが、死銃がそっちに行ったなら確実に戦闘音が鳴り響いてる筈だ。

 

「ところでザザ。死銃と何か話していたみたいだけど、正体って分かるか?」

 

 ペイルライダーは踏み殺され、PNドラキュラはザザ。オマケにザザの話だとエリザは女性、となれば、残りは銃士Xとノスフェラトゥかと考えながら話を振る。

 あの気配からしてラフコフは確定だろうけれど、あのレベルの殺気を出せるとなると相当数が限られる――どころか、逆に誰も当て嵌まらなくなる。戦闘スタイルから察しようにも、剣の世界(SAO)でガンカタが上手いやつ、など検索しても百パー見つからない。となれば、喋り方の癖や外見から一致する奴を探すほかないが、当然外見は当てにならない。全く当てにならない(誰だM九000番系とかプログラムした変態は)。喋り方も、ザザやヴラドみたいに個性の塊でもない限り特定は難しいだろう。『外道』ピトしか知らない攻略組が、うっかり『歌姫』エルザを見て、顔で分かりそうなものなのに心奪われた、なんて例もあるくらいだし。蛇足だが、その攻略組はしばらく後に無事愉悦部の餌食になった。

 とまあ、正直駄目元だった。まともな答えは期待してないし、それよりシノンの言う立て籠リッチーが近くにいそうでそっちに警戒心を割いていた。

 

 

「ジョニー、だ。ジョニー・ブラック。ヤツが、死銃のアバターの、中身、だ」

 

「………は?ジョニーって、毒ナイフ使いの!?」

 

 だからこそ、普通に名前が出た時には思わず大きな声が出た。ラフコフについて具体的な説明をしていないシノンには横目で睨まれたが、こっちは今それどころじゃない。

 

「でも、アイツって正面戦闘苦手じゃなかったっけ?」

 

「それについて、は、知らん。だが、あの物言いは、間違い、なく、ヤツだ」

 

 最悪だ。

 その言葉を聞いて、顔を顰める。

 

 ――ジョニー・ブラック。

 殺人ギルドの幹部にして、毒系のデバフ使いとしては間違いなくトップクラスの敵だ。スタイルとしては不意打ち、闇打ちが基本で、ナイフ戦闘術の使い手としては中堅クラスだが、初撃で麻痺毒を打ち込んでからの攻撃の『格上殺し』として警戒されていた。だが逆に言えば、アイテムなり装備なりで耐毒性を限界まで上げれば、少なくとも攻略組レベルなら一方的に勝てる程度の存在だったのだ。

 そんな奴が、DK団員と互角に渡り合えるだけの実力も着けてきたとなれば、下手すれば単独での脅威度としてはPoHを上回る。

 

 

「うそだろ……」

 

「ちょっと。もうスキャン始まってるわよ」

 

 実態の見えない相手が怖いからとライトを当ててみたら、逆にガチでヤベー奴だと藪蛇したことに顔を青くしていると、シノンに割と強めにど突かれる。

 慌てて端末を引っ張り出して、更新されていくプレイヤーの位置情報を示す光点を左からタップして名前を確認していく。

 エリアは草原エリアと山岳エリア。ギャレット、夏侯惇、リッチー、と続いて、自分たちを示す三つの点がある。そこから対して離れていない所に、二つの点が爛々と――

 

 

「ッ――東、距離五〇〇!」

 

 シノンが鋭く声を上げたと同時に伏射姿勢に入り、ザザも格好付けずに素早くバレットを抜く。それと同時に遠くから銃声が響き始める。

 腰に下げた柄を取りながらも、片手で握ったままの端末に意識の数割を傾ける。たまたまスキャンで近くにいる事に気が付いて始まった戦闘なのか、一方が片方を追い立てる形になっていた。逃げる方の名前は……トラデータ(Tradator)、だろうか?読み方がよく分からない。そして、追いかけている方は『エリザ』。

 

「なあザザ。確かエリザってやつとはもう戦ったんだよな。装備とか分かるか?」

 

 徐々に近づいて来る鉄の咆哮にフォトンソードの刃を起動しながら、必死の砲弾を幾発も撃ち出す鉄塊を右手一本で支えるザザに問いかける。

 

職業(クラス)、と、しては、よくある、アタッカー(アサルトライフル使い)、だ。だが、まあ、そうだな」

 

 情けない悲鳴――男の声、つまりトラデータだろう。それが銃声の合間を縫って聞こえてくる。二人の姿もぼんやりと見え始めてきたが、……そういえば、シノンはどうしたのだろうか?この距離なら十分射程圏内だろうに。

 どうしても気になってチラッと伏せているシノンを見れば、何やら悟ったような笑み(アルカイックスマイル)でスコープの蓋を閉めていた。

 そして一言。

 

「アレもあんたたちの友達?」

 

「は??」

 

 友達?どういう意味だ?

 本気で分からずに首を傾げると、見れば分かると、ザザが空いてる左手で単眼鏡を投げ渡してきた。

 なんだ、またえげつない技でも使うやつが出たのか?それともまさか例の小竜公が動いたのか?

 一応警戒しておきながら単眼鏡を覗いた。

 

 

「……なあ、ザザ?なんか角みたいなの見えるんだけど?あとなんか、銃口が(・・・)三つある(・・・・)ように見えるんだけど?」

 

 そして心の底から後悔した。

 

 

「安心、しろ。ああいう、デザイン、だ」

 

 シレッとそんな事を宣うザザ。

 

「……カスタム銃?」

 

「既製品、だ」

 

 世の中って広いね。条理を力業で乗り越える理不尽と二年以上付き合ってきたお陰で嫌でも高められたスルースキルで受け流す事にして、もう数十秒でオレたちを通り過ぎそうな二人をどうするか考える。

 死銃の『撃った相手を現実で心停止させる』トリックがわからない以上、つまりは撃った相手のアバターの状況を無視出来る可能性があるなら、無抵抗で撃てる死体にするにはリスクがある。一応、鉄橋の所で脱落した二人は死銃とザザの戦闘で吹き飛ばされて川ポチャしてたからこそ放置してきたし。かといってもう今からじゃ気付かれずにやり過ごすのは無理だろう。

 

「……撃退するぞ」

 

「撃破、じゃなくて、か。また、難しい、注文、を」

 

「またぁ?まあ、いいけど」

 

 手加減どころか相手次第ではオーバーキル待ったなしの対物銃を装備する二人には無茶振りだったが、片やコンパクトな拳銃を、片や刀身の短いエストックを手に構える。

 最後に消える直前の端末の光点をチラ見、付近にいるのはあの二人だけだと確認してから、改めて光剣の刃を伸ばす。

 

 そして――

 

「げぇ改めようシノン!ちょっとコイツどうにかしてくぐぇ」

 

「! あんた、予選の!さっきはよくも逃げてくれたわね!今度という今度は叩き潰してあげるわ!」

 

 オレたちの姿を見て慌てて銃を投げ捨てた男を容赦なく蹴り飛ばしたピンクブロンド色の髪をした少女が、三つ首の竜の咆哮を奏でた。

 

 

 

 

 

 

 









次回予告――代わりのミニコーナー
銃器紹介編 PartⅢ

TKB-059
全長:690mm
重量:4500g
口径:7.62
装弾数:90
バレル:3

 総評、頭お菓子成る銃。若くは重度の弾幕マニアが当時の技術で『一人で発動出来るスペルカード』を再現しようとして爆死した銃。それは果たして銃と言えるのだろうか?
 冗談はさておき真面目な解説としては、古今東西の銃設計者が制圧能力の高い銃、つまりは『連射性能の高い銃』を考えた時に出てくるアイデアの一つが、悪い形で実現してしまったイロモノである。
 そう――『銃口と機関部を倍にすれば火力も倍になるやん(なお弾薬消費量ももれなく倍になる事は無視する)』というアイデアである。どうしてそうなる。しかもこのゲテモノの場合三倍である。性能的にも生産国的にも銃身赤く塗っとけ。
 銃身が三つ並んでいるだけでも爆笑必須の迷銃であるが、このTKB-059は他の二丁銃身銃(この時点で頭おかしい)とはさらに一味違う。アイアンサイトがデカくてコーカサスオオカブトの角みたいになってるわ、(正確な和訳資料が無いため不確実だが)引金を引く度に銃の左右と前方に薬莢を排出する。つまり前方に向けて計四つの飛翔物が目標目掛けてカッ飛ぶのだ。設計者は一度ウォッカ抜いた方がいいと思う。
 一応カタログスペック上では、発射レートはあのミニガンの倍の分間6000発(ただし諸説あり。分間1500発程度とする資料もあるが、面白いのでこっちを採用します)とかいう結果を叩き出したバルカン砲かお前は(注.アサルトライフルです)とツッコミたくなる珍銃であり、また同時に当時の旧ソ軍正式採用の数歩手前まで漕ぎ着けた変態であるまあ敵が揃いも揃ってこんな色違いのキン◯ギドラみたいなモン担いでたらそれはそれでいろんな意味で士気が崩壊しそうだが。
 そんな馬鹿と冗談と阿保と理不尽とキチガイと樽とチャー研的サムシング(クリスマスとハロウィンとユニバース)が融合失敗したかのような代物だが、まあ、フルオート1.5秒で全弾撃ち尽くす高頻度リロードをどうにかして、尚且つ三倍に増えた反動をどうにかできるなら強いんじゃなかろうか。命中精度?制圧射撃に特化してるから最初から無いです。






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43話 血塗れ王鬼、蹂躙す

 

 

 

 

 

「――さぁ、派手に飛ばしていくわよ!」

 

 ストックの根本を軸に縦に一回転。

 それだけの短いモーションでリロードを終えた少女が、掛け声と共にトリガーを引きっぱなしにしながらなお突っ込んでくる。

 咄嗟に光剣で弾丸を弾こうと一歩前に踏み出す。が、――

 

「いや、どうしろってんだよ!?」

 

 一秒と保たずに、擦りまくる銃弾に思わず後退る。

 距離が近いから弾道予測線があまりあてにならないし、目を見ても『真っ直ぐ行ってブッ飛ばす』程度の感覚しか読み取れない。そもそも銃口が三つもあるせいでこっちの手数が圧倒的に足りない。命中精度があまり高くない銃だからか、幸い急所には当たってないけれど、それも時間の問題だろう。

 

「くっ、なら――」

 

 一旦距離を取る、という考えが脳裏を過るがそれを無視してこっちからも突っ込む。あんな禍々しいライフルとはいえ、銃という武器である以上銃口さえ如何にかしてしまえば一気に無力化出来るはずだ。

 オレと少女がそれなりに高いAGI値に任せて互いに突進すれば、五十メートルもない距離など一瞬で無くなる。光剣を身体の中心軸やや左に固定することで最低限の致命傷だけ防ぎながら、少女の半歩横に踏み出して、この際銃身を切り飛ばすつもりで剣を振るう。

 ジェット機のエンジン染みた爆音を発し、扇状の光の跡を中空に残しながら放たれた一閃は、しかしなにも切断することなく空を切る。

 

「へえ。面白い武器を持ってるわね。アタシもそれを使えばよかったかしら?」

 

「――なっ」

 

 短い柄から伸びる光線、それが銃身に届く直前、彼女は銃の持ち方を切り替えたのだ。

 グリップを握り、引金に指を伸ばす持ち方からそう――まるで、剣でも持つかのように。

 跳ね上げられた銃口に切先は届かず、しかし。これがALO(近接主体)なら致命的な隙であっても、GGO(遠距離主体)ならまだ挽回出来る。そう信じて急いで振り切った腕を引き戻す。

 けれど、BoBに紛れ込んだ第三のイレギュラーは、長い肩当ての()を握り、振り下ろした。

 

「そおれっ!」

 

「っ?!」

 

 反射的にバックステップを踏むが、それすら読まれたのか、真ん中の銃身の下に設置されている排莢管が強かに肩を打つ。

 

「避けちゃダメよ?」

 

 思わず怯んだ隙にそのまま力任せに横薙ぎに払われ、砂利と雑草の入り混じった地面に転がされる。直後、直感が背筋を刺す。全身に刻まれた細かな裂傷を無視して跳ね起きると、寸前まで自分が転がっていた場所を三発の竜の息吹(銃弾)が焼き焦がす。

 

「ああもう!なんで避けるのよー!」

 

 無茶苦茶言いながら癇癪を起こした様に弾をばら撒く少女から全力で離れる。

 銃と剣。得物が違えど、数合打ち合ったが故に断言出来る。

 この少女の間合いは、銃での中遠距離ではない。

 

 ――剣や槍といった武器を扱う、近距離戦闘こそがこの少女の領域(キルレンジ)――!

 

 

 

 ひたすら銃弾への対策に割いていた集中を、近接武器同士のPvPへと切り替える。

 武器の振り方からして、おそらく普段の武器は槍。その前提で挑めば、決して御しきれない程の実力じゃない。

 一方の少女もオレが伊達酔狂の剣士ではないと感じ取ったのか、無闇矢鱈と弾を撒くのを止めて間合いがあるうちにリロードを済ませ、右手一本でライフルを拳銃よろしく保持し左手を空けておく独特の構えをとる。

 

 ――互いに互いの異形の武器を警戒し、ほんのわずかな硬直時間が流れる。

 その空白を撃ち破ったのは、絶対の破壊を約束された銀雷だった。

 

 

「きゃっ!? 何よ!」

 

 雷が直撃したような衝撃波を撒き散らしながら直進する砲弾をその場で一回転するステップで躱した少女。その隙を突いて、血塗れのコートを翻す鬼が割り込む。

 

 

「――おい、キリト。大丈夫、か?」

 

「あぁ。シノンは?」

 

「あいつに、蹴り飛ばされた奴、と、知り合い、らしい。そっちに、いって、貰ってる」

 

「OK。あとは――」

 

 アレをどうにかすれば一先ずこの場は解決だな。そう続けようとして、そこらの銃声を軽々と凌駕する甲高い絶叫(ハイパーボイス)に遮られる。

 さっきのスタングレネードを思い出させる程の爆音に一瞬怯み、その間に少女の絶叫は続く。

 

「あ、あ、アナタ、アンタ、アナタ!!」

 

 怒り、興奮――詳細は兎も角、よくアミュスフィアの安全装置で強制ログアウトされないなと場違いな感想が出るほどテンション上がった少女は、その衝動のまま咆哮(銃声)をBGMに叫ぶ。

 

「予選じゃ、よ、よくも、よくも私を辱めてくれたわね!この赤コート!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おいザザ」

 

「覚えが、ないです」

 

 どうせオレが予選でシノンが言ったような事をやったんだろうな、と自分を棚に上げてグラサン野郎を睨めばスッと視線が逸らされた。心なしかシノンに銃口を向けられているような寒気を感じながらも、溜息を最後に気合を入れ直す。

 

「邪魔っ!」

 

 少女が怒りの絶叫のついででまた全弾吐き出したライフルのリロードを済ませ、再び突っ込んでくる。それを剣で迎え撃つと、意外と冷静な部分が残っているのか、罵声を吐き捨てながらも高エネルギーの塊である刃をパリィせず避ける。

 いつもならここで避けた相手の先を読んで次の一手を放つが、今は寧ろ少女が避けたのとは逆方向に身体を傾ける。

 

「スイッチ!」

 

「おお、よ!」

 

 オレの耳を掠めながら、砲門が突き出される。その弾丸で撃破されたことがあるからこそ、少女は驚愕に顔を痙攣らせながらも大袈裟に回避行動を取った。

 だが、元々体勢の崩れかけていた状態で更に強引に身体を捻ったせいで、完全に蹈鞴を踏んでいる。

 

 ――勝った!これであとは適度にダメージを刻めば!

 ザザを切らない様に一瞬縮めた光剣を再展開、身体に染み付いた動きでソニックリープを放つ。アインクラッドで何体もの相手を切り裂いてきた強撃は、手加減していたとはいえ確かに少女へと届く軌道を描き、

 

 

「――いい加減不愉快!返すわよっ!」

 

 銃身に腰掛けた(・・・・・・・)少女が、そのまま発砲した反動で後退するなんていう離れ技を前に、目前で炸裂した弾丸を裂くだけに終わった。

 その結果を見たザザが再度照準を合わせ直すが、少女はそのまま「覚えてなさいよー!」と叫びながら離れていく。

 

 

「……大分ぐだぐだ、だった、が、概ね、結果オーライ、と言った、具合、か」

 

 一秒そこらでけたたましい銃声が収まる頃には、少女の姿は見えなくなっていた。移動速度的にはまだ肉眼で見えてもおかしくないから、恐らく山岳エリアの小さな起伏にでも隠れたのだろう。

 あの銃で遠距離狙撃はまず無理だろうし、次は少女に蹴り飛ばされていたあの男の説得だな。死銃からは逃げるように言いくるめられたらいいけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――結論から言おう。説得は想像していたよりも遥かに呆気なく成功した。

 迷彩効果よりファッションを優先した茶色いマフィア風のスーツ――その実AGI型向けの防弾服としては結構良いものらしい――を纏い、トレードマークにはこれまた茶色の帽子を被った薄い褐色系の男性アバターのプレイヤー『トラデータ』。

 ぶっちゃけ外見に関してはザザが「トランプ使いそう(……伊達男?)」と茶化す程ネタ塗れで、しかもそのクセ武器はシノンとは別種のスナイパーライフルで……まあ、この辺りはどうでもいいだろう。

 重要なのは、死銃についての事情を信じて貰えるかどうかについてだ。これについては、トラデータがシノンとシュピーゲルの共通の知り合いだったというのと、リアルでは記者志望の学生だということもあって予めある程度死銃について掴んでいたのもあって、寧ろ彼から同行したいと提案された。

 

「いやはや。こう見えて私、実力としては中の下がいいところでして。予選直前に運良くL115A3(サイレントアサシン)がドロップしなければ、そもそも出場する気もなかった程で」とは本人の言葉だ。

 

 

「……これも結果オーライ?」

 

「オレに、聞くな」

 

 野郎二人、揃って溜息を吐く。悪くない流れとはいえ、別の意味で溜まる精神的な疲労を強引に誤魔化しながら、次の行動を考える。

 これまでのBoBの傾向からのシノンの予想では、残りのプレイヤー数はおよそ半分。十五人前後の生存者がフィールドを彷徨いている中、その三分の一ほどもの数が揃っているオレたちを嬉々として襲撃する奴はいないだろう。居たとしても、相手側も結託しなければ数の暴力で押し切れる以上暫くの間は安全と見ていいだろうし、結託されたらされたで死銃としても襲い難くなるはずだ。

 

「さて。じゃあ次はどうするか…… っと」

 

 目の前に突然現れた問題に一先ずの目処が付き一息つこうとするも、視界端に浮かぶデジタル表示が次のサテライトスキャンの時間が迫っている事を示した。

 どこぞのツインテールみたいな事をしないように、しっかりとした蓋付きのポケットに差し込んでいた端末を引っ張り出して縮尺を最大にする。

 

「キリト、アンタは南側。私が北側見るから、カッコ付けコート組は東西をお願い」

 

 同じようにポーチに突っ込んでいた端末を取り出したシノンがそう声掛けし、端から表示され始めた光点を片っ端からタッチしていこうとした。

 

 ……もっとも、蓋を開けてみれば、そんな割り振りは殆ど意味をなさなかったが。

 

 

「――な、」

 

「……ほぉほぉ」

 

「まぁ、それは、そうなる、だろう、な」

 

 表示された結果にシノンは絶句し、トラデータは驚嘆し、ザザは納得する。そしてオレは納得した側だ。

 

 ――シノンの予想ではまだ半分はいるはずのプレイヤー。その大半が、斃された状態で都市廃墟に集結していた。

 

「なんで、こんな……」

 

「漁夫の利、狙いが、集まった結果、だろう。なにせ、その中央に、座する、男は、普通なら、とうに、疲弊してる、だろうからな」

 

 ザザが愉快そうに笑う横で生存者を数えてみたが、オレたちを除けばあとは五人だけだった。プレイヤーネームは、リッチー、エリザ、闇風、そして――ヴラドとノスフェラトゥ。しかも死亡者の名前をタップしていけば、簡単に『銃士X』の名前が出てきた。

 つまり、死銃(ジョニー)のGGOでのPNはノスフェラトゥで確定した。場所も、草原と砂漠と都市廃墟、三つのエリアの境界線だと分かった。

 

 

「――よし。死銃の正体も、居場所も分かった。いくぞ、皆んな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――こんな事があってはならない。

 

 男はGGO初期から愛用しているSTM-556を身体に押し付けながら、その背後で繰り広げられる戦闘――否、虐殺から身を潜めていた。

 

「クソっ。ふざけるな。あのバケモノ。あの女の同類が」

 

 

 

 

 

 ――始めはロクに警戒すらしていなかった。

 己の実力を信じ、何時も通りに手近な所にいる敵を撃ち抜く。無理や深追いはせず、長期間のプレイングの中で培われてきた経験と勘、装備とステータスで堅実にここまで勝ち上がってきた。

 

 ……故に、それは必然だったのだろう。

 

 

 

 本戦が始まって約一時間。ずっととある一点に籠り続けるプレイヤーがいる事には気が付いていた。そして、多くの敵がそこに行き、撃破されていた事にも。

 

「スナイパー……いや、罠師(トラッパー)か?何にせよ、延々と一箇所に立て篭るなんてな」

 

 BoBにおいて、一点に留まり続けるのは悪手でしかない。弾丸の貫通性能が忠実に再現されているこの世界では、大半の遮蔽物は完全な防弾性能を得ていない。木、コンクリート、その他諸々、どれもこれもライフル弾数発で穴が空くのだ。例外といえる物もあるが、フルオートでワンマガジンも撃ち込めば確実に開通する。

 だからこそ、この試合では常に動き続ける事が要求される。どこに隠れても完全な安全は得られず。隠れようにも、十五分毎のスキャンの前にはメートル単位で位置が表示される。

 狙撃手なら何処に潜もうが割り出され、罠師だとしても、罠を無視すれば無力化したも同然。

 

 ――オレの他にもコイツを狙っている奴らはいる………漁夫の利を得るとしよう。

 

 その一点に集う複数の光点。それを認め、頭の中に叩き込んであるマップを参照しながら、他の敵より一歩遅れる形でそこに向かった。

 そして、その一歩が命運を分けた。

 

 

 

 

 

「――は?」

 

 オレがそこ――都市廃墟に辿り着いた時。

 突如として目の前に、人間大の異形のナニカが落ちてきた。

 

 

「――は?」

 

 

 そしてそれは、まごう事なき人間だった。

 ただし、腹部に複数の鉄パイプが突き刺さった死亡アバターだったが。

 

 

 ――GGOじゃまず見かけない死に方をしたプレイヤーを前に、全身の肌が栗立った。

 

「……あ、ありえない」

 

 だが、しかし。こういう殺し方をする奴に、一人だけ心当たりがあった。

 

 ――でも、だけど。アイツは此処にいないハズだ。アイツは予選で敗退したハズだ!

 

 緊張から心臓音の幻聴が思考を苛む中。その想像を否定しながらも、恐る恐る、その先へと。都市廃墟の中心部へと、足を進める。

 果たして、その先にあの女(狂気)はいなかった。

 

 

 

 代わりに居たのは、『災厄』だった。

 

 

 

 

 

「……ぁ?」

 

 目に飛び込んできた映像に変な声が出る。

 ――そこに立っているのは、長い銀髪に似合う純白のスーツを纏った、幼い少女だけだった。

 それだけであれば、特段の驚きはない。せいぜいが、GGOに似つかわしくない、珍しいアバターの持ち主が居たものだ程度の感想である。ファンタジーの社交パーティーにそのまま放り込んでもおかしくない外見ともいえるだろう。

 

 

 ……そう、立っている(・・・・・)のは、その少女だけ(・・)だ。故に男は――デヴィッドは、決してその少女を見た目そのままの少女だとは認めない。

 

 ――なぜなら。何処の世界に。

 

 

「――どこの世界に、他人を叩きつけてビル一棟を破壊する少女がいるんだよ?!」

 

 

 信じられない。あり得ない。

 実力的にも、精神的にも、プレイヤーを掴んで振り回してフィールドを破壊する奴が存在するだなんて、受け入れたくない。

 だが、長年の習慣が敵を観察する目を逸させてくれない。

 

 

 ビルの一階部を薙ぎ払って倒壊させた少女は掴んでいたプレイヤーを放り捨て、――足首を掴まれていたから、犠牲者の首と胴の一部は消滅していた―― 周囲を見渡す。

 すぐさま目当ての物を見つけると、軽い足取りで瓦礫の山の中腹まで歩いて行き、平然と手を突っ込む。数秒と経たず引き出された手には、ビルに潜んでいたのだろう、やたらと露出の激しい装備の銀髪の女性を掴んでいた。

 倒壊に巻き込まれた女性は、当然主装備を失い、体力もほぼ残っていないだろう。それでも一矢報いようとしたのか、サイドアームのサブマシンガンを抜き。

 

 その前に、掴まれていた首をへし折られて敗退した。

 

 

「…………」

 

 

 仮にも本戦出場者をいとも容易く屠った怪物。その光景に絶句していると、オレの他にも生き残りがいたのか、フルオートの発砲音と共に怪物が前に蹈鞴を踏む。咄嗟に音の出所を探ってみれば、オレよりも十数メートル前にアサルトライフルを構えた男性プレイヤーがいた。種類はH&KG36C。軽く、信頼性の高いドイツの名銃だ。

 

 

 ――だが、それだけ。怪物の身体には殆ど赤いダメージエフェクトが灯らない。

 けれど、それとは別の赤い光が灯る。深く、暗い、不吉な、緋い月――

 

 

 それが怪物の瞳だと気付いたと同時に物陰に身を隠す。その判断は正しかったようで、数秒としない内に男性プレイヤーのいた場所から悲鳴が上がる。銃声も続いているが、通じていないことを示すかの様に金属音と共に弾かれる音が同じ回数耳に届いた。

 やがて、重い物を複数回大地に叩きつける音を最後に、オレの背後は静かになった。

 

 

 ――クソ、バケモノが。来るなら来やがれ!

 

 冷や汗を垂らしながら、こちらに歩いてくるだろう怪物の足音を察知しようと耳を澄ませる。

 見る限り、アレのスタイルは『グラップラー』とでも言うしかない超近接アタッカー。無論銃ゲーでそんなデメリットしかないプレイスタイルをする奴はいないかった。

 

 けれど、そんなスタイルを好んで使いそうな奴を知っていた。

 至近距離から撃たれたライフル弾を弾く盾を持つ女を一人、知っていた。

 

 

 震える手をどうにか押さえつけ、――風の音にわずかに混じる足音を聞きつける。

 

「いい加減にしやがれ、ピトフーイィッ!!」

 

 緊張の限界に達した身体は、想像よりも軽く動き、

 ――砲門(・・)が、目の前に、あった。

 

 

 

 

 

「――Bună seara(今晩は)și(そして)la revedere(さようなら)

 

 

 

 

 

 その言葉を最後に、肩から上の感覚が無くなった。

 

 

 

 

 









次回予告――代わりのミニコーナー
銃器紹介番外編

夜王の白鎧(アーマー・オブ・ドラキュリア)
ランク:-
種別:対人
レンジ:-
防御対象:1人

 命名ピトフーイの全身コスプレ防具。なお使用者はこの銘を知らない(ここ重要)。
 性能としては、『ほぼ全ての物理ダメージをカット』とかいうメタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)とどっこいどっこいのボス級Mob仕様のぶっ壊れ防具。
 ――その真実は、原作死銃のエストックやMの盾に使われた宇宙戦艦の装甲板が縫い込まれた全身鎧。おまけに表面のスーツ部の布も金属繊維がふんだんに織り込まれた耐爆仕様で隙が無い。当然のように材料費・加工費共にエゲツないお値段だが、札束で殴るRMTシステムを最大限利用するスタイルのピト&ヴラドなら問題なかった。リアルチートタグ様々である。
 その防御性能は正しく『不死身の君』に相応しいものであり、純粋な防弾性ならMの盾は下回るとはいえそれでも5.56ミリ弾くらいなら平然と防ぎ切る。それ以上の火力の弾も『鎧』という防具の性質状湾曲しているため、生半可なライフル弾なら0距離で撃ち込まれない限り受け流し、ハンドガンやショットガンも余程の大口径でもない限り完封が可能。この鎧に対し実弾でダメージを通そうとした場合、対物破壊力に特化した物を準備する必要がある。
 とまあ、チート此処に極まれりみたいなラスボス専用装備だが、プレイヤー側のアイテムである以上万能ではない。第一に尋常ではない程重い。具体的には、STR極(+心意スキル(無辜の怪物))のステータスでもこの鎧だけで重量制限スレスレなのである。例を挙げるなら、ミニガン<鎧。
 第二に、この鎧がカット出来るのは物理ダメージのみである点。ぶっちゃけ光学銃はそのまま通る。そんなMobみたいな性能してるからますます吸血鬼扱いが加速するのだが、それはもうちょっと未来のお話。
 第三に、この防具が鎧であるが故に無くすことの出来ない弱点――即ち覆っていない頭部と両手、そして関節部であれば、抜く必要がある防御は耐爆スーツのみである。そこ、特に理由のない暴力の被害者を思い浮かべない。



 ……なおあくまで余談だが、実は主人公側の装備には圧倒的にメタられている。へカートⅡとバレットM82の12.7ミリ弾であれば鎧の防御力を突破可能だし、光剣でもサクサク焼き切れる。主人公以外突破不可能ってやっぱラスボスじゃねーかオメー。






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44話 屍の騎士、凱旋す

 

 

 

 

 

「……もうなんにも言わないわよ」

 

「ははは……」

 

 耳元から聞こえる呆れと諦めが均等に入り混じった声に、乾いた笑いで応じる。

 現在地は最後のサテライトスキャンから北に一キロほどの草原地帯。生き残っているスナイパーが味方側にしかいないのをいいことに、開けた見通しのいい場所を馬で走っていた。隣に目をやれば、同じ様な馬で真顔のザザが駆け、その背でトラデータが死んだ目をしている。

 

 ……この軽い地獄絵図が発生した経緯は、数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 ――目的地を決め、いざ行こうと息巻いてみたはいいものの。オレたちの前には、大きな問題が立ち塞がった。

 そう。

 

「このフィールド広すぎやしませんかねぇ……」

 

 最大三十人でやるには、少しどころか盛大に場が広いのだ。もっともその『広い』という感想はあくまで近接戦ばかりやってきたオレ特有のものであり、キロ単位先の相手を一撃必殺するのがデフォのシノンにとっては寧ろ狭いくらいなのかもしれないが。

 なんにせよ、ジョニーが前回のサテライトスキャンの位置から動いていないのと仮定しても辿り着くまで直線距離で大体三キロ。現実よりも速く、長時間走れるとはいえ、徒歩で向かうには少々メンバーがSTRに偏っている(AGI値が低い)

 となると、試合の進行によって出現する行動補助アイテム、つまりは乗り物に頼る他ないのだが、運悪く此処は山岳エリアと草原エリアの境目。バイクやバギーは無く、代わりにあるのは、――馬である。

 それもただの馬ではなく、GGOの『宇宙大戦後の地球』という世界観にマッチした、異形と化したアンデットホースである。それが三頭。

 

「うわぁ……」

 

「他のを探しましょう。馬は扱いが……って、ちょっとアンタ!?」

 

 敵性Mobとの見分けが付かないソレに思わず引いているも、横を通り抜けたザザは慣れた様子で腐敗して液状化したたてがみ部に手を差し込んで手綱を引き抜いた。

 背中を向けたままこっちに寄越した綱を受け取ると、そのまま二頭目の手綱も引き出す。

 

「扱い、は、あの頃の、と、変わらない。オレと、お前なら、御し、きれる」

 

 三頭目を無視して軽々と異形馬の背に跨る。錆び付いた嗎きと共に馬が立ち上がるが、振り落とされるような様子を欠片も見せずにあっさりと姿勢を戻してみせた。

 

「なら大丈夫か。でも座り心地は悪そうだな……」

 

 内心ゲンナリしながら、オレも一息に飛び乗る。意外と外見とは違い、感触としてはSAO時代に乗った普通の馬と変わらず、むしろ異形化して大きくなってる分安定感が増している感じすらあった。

 

 

 

 その後シノンとトラデータがどっちの後ろに乗るかで軽く一悶着あったが、それ以降は特に問題無く進めている。

 

「――ところで、このまま死銃に突っ込むのは良いとして!ヤツを討つプランは何かあるのですかな!」

 

 蹄の音が大きく響いているなか、トラデータが声を張り上げる。

 

「いや、特には!」

 

「なら私とシノン嬢は一足先に降り、ヤツを狙撃するというのは如何かな!?死銃の所以たる拳銃では我々の狙撃銃のリーチには決して叶わないでしょうし、貴方方も此方を案ずる事なく戦えるでしょう!それに未だ生き残っている四人の事もある!彼らが首を突き込んできた時に撃退する必要もあるでしょう!」

 

 その提案に思わず唸る。死銃事件に一切関わっていないプレイヤーも少ないとはいえまだ残っていて、ここまで生き残っている時点でその実力は脅威である。少なくとも死銃から庇いつつ撃破する余裕はないだろう。

 

「……よし、その作戦でいこう!いいよな、二人とも!」

 

 耳元で大声を出すなという悪態と、ザザからは頬を吊り上げる笑みを浮かべるという無言の肯定を受け取った。

 

 

 ――残り五百メートル程の地点で、シノンから此処で降りると言われ、馬を一時的に減速させる。

 

「それじゃあ、頼んだぞ!」

 

「誰に言ってるのよ。死銃が片付いたら次はあなただってこと、忘れないでよ」

 

 巨大なスナイパーライフルを背負い直すシノンにそう告げられ、苦笑いしながらも再度馬を走らせる。

 

 シノンたちの姿は草原のそこそこ背の高い草に隠れて直ぐに見えなくなり――

 

 

 

 

 

 

 

 ――拳銃の銃身を額に当てたまま静かに立っていた死銃が、マスク越しにその目を光らせたのが見えた。

 

 

「……へぇ、馬かぁ。懐かしいねぇ。あの夜を思い出すよ」

 

 余裕の現れか、オレたちが馬から降りる間不意打ちもせずに手元の拳銃でガンスピンに興じる死銃。

 砂地にコンバットブーツの小さな足音が一定のリズムで刻まれる中、バレットを構える音と光剣の刃が伸びる独特の音を響かせる。

 

「もう終わりだ死銃。いや、ジョニー。

 お前は知らないかもしれないだろうが、総務省には全SAOプレイヤーのKNと本名のデータがある。ログアウトして、最寄の警察に自首するんだ」

 

「うん?中々面白い冗談を言うな、黒の剣士(ブラッキー)

 で?サツに駆け込んでオレはなんて言えばいいんだ?ゲーム内で人を撃ったらリアルでもおっ死んじまいましたーってか?」

 

 噛み潰した笑い声を混ぜながら、ふざけた調子でそう言う。

 だがその言葉に、オレは何も言い返せない。何しろアイツがどうやって殺人を成し遂げたのか、見当もつかないのだから。

 

「……白ばっくれても、お前が関わっている事には変わりないだろ。もう逃げられないぞ」

 

「ふんふん、そいつぁ困った。でもそれだけなんだよなぁ」

 

 間違いなく追い詰められているというのに、未だ飄々とした態度を崩さないジョニー。

 

「――はっ。くだら、ん」

 

 その態度に苛立ちを覚えたのか、バレットのスライドを引く鋭い金属音で強引にこの緊張状態に区切りを付ける。

 

「こいつが、何を、企んでいよう、と、その一切合切を、叩き潰せ、ば、それで、済む、話、だ。それに、此処で、悩んだ処で、彼奴の手口が、分かる、でも無い」

 

 ある意味STR極らしい、それでいてあの世界(SAO)なら充分通用した解決方法を示したザザに、敵の気に押されかけていたテンションが戻される。

 この流れは予想外だったのか、ジョニー目が一瞬呆け――愉快そうな笑いへと変わり。

 

「くっははは!いいねいいね、そういうのオレ大好きだよ!それじゃあ、オレに勝てたら、そん時は大人しくゲロってやるから――」

 

 ――特級の殺気が、噴き上がる。

 ペイルライダーに死銃の銃口を向けた時よりも。SAOで対峙した時よりも。或いはPoHよりも。

 重く、巨大な、物理的重圧すら感じさせる殺意が、鎌首を擡げてオレたちの急所を狙い、

 

 

 

「―――かかってこいよ、前座ども」

 

 

 

 ――鋭い銃声という形を持って、襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 ――約五百メートル程離れた場所で始まった人外の領域にある戦闘を、私はスコープ越しに覗いていた。

 踏み込み一つで大地は軋み、数瞬前まで何もなかった空間を狂弾と魔弾が無規則かつ複雑怪奇な致死の檻を作り上げる。SFの光がそれを引き裂いたかと思えば、最も原始的で、その癖殺傷性が最も高い柔と剛の拳が、互いを破壊しようと絡み合う。

 GGOで。それどころか、たった一つの例外が無ければ、この世界に存在するありとあらゆるVRMMOで繰り広げられる筈が無かった光景が目の前に広がる。

 

「……これが、SAO生存者(サバイバー)同士の戦い」

 

 その唯一の例外――当時VRゲームに興味のなかった私でさえ知っている、あの地獄(デスゲーム)

 『ソードアート・オンライン』

 彼らが四千人弱もの死者を出して終わったあの世界で、常に死と隣り合わせに居た存在だとしたら。彼らを形成する経験、信念、魂の力は、いったいどれだけの物なのだろう。

 

 そして、もう一つ気になるのは――

 

「……あの中に、いるのかしら」

 

 シュピーゲル(新川恭二)が時折吐き捨てていた『アインクラッドの王』と言われた存在。

 ゲームマスターとも違う、文字通りSAOプレイヤーを先導し続けた『狂王』。

 シュピーゲルはその男を嫌っていたのかそれ以上のことは言わなかったけれど。あれ程の、仮想世界と現実世界を越えた強さを持つ二人は、もしかしたら……

 

 ――それは後でいいわ。今は、あのイレギュラーをBoBから叩き出すことに集中する。

 

 スコープの倍率を上げ、精密に狙う体勢に入る。幾ら死銃が弾丸撃ちや脅威の体術を使いこなすとはいえ、数の暴力には勝てなかったのか、接近戦に関しては素人の私から見ても徐々に追い込まれている様に見える。

 真面に動けなくなるか、それか逃げ出すようなことがあれば、そこを撃つ。

 ボルトを引き、薬室に弾丸を滑り込ませる。

 そこで、赤コート(ザザ)が死銃の左手を撃ち砕く。指先に着弾したのに肩まで粉砕された死銃に、素早く照準(レティクル)を合わせる。

 

終わりよ(ジ・エンド)

 

 呟くと同時に引金に指をかけ、バレットサークルを奴の心臓に収束させて――

 

 

 

 

 

 

 

 ――左腕に、撃たれた様な鋭い衝撃が走った。

 

「……え?」

 

 反射的にその方向へへカートを向けようとしたのに、身体が言うことを聞かない。反撃も出来ず。相手の姿を捉えることも出来ず。何も出来ない。

 いったい何が起こったのか、全く分からない。

 撃たれた?まさか。残りのメンバーからして狙撃を実行出来るプレイヤーは残っていない。そもそもあの方角は、トラデータ、が………

 

「まさ、か、裏切られた……?」

 

 

「――その通り(とぉぉり)!ですが、気付くのが少々遅過ぎたようですなァ。折角君と最初に出会った時から『trădător(裏切り者)』と名乗っていたというのに」

 

 この銃と硝煙の世界で数少ない革靴を履くプレイヤー。その特徴的な足音が近付いてくる。

 辛うじて動く頭を捻って見上げれば、見慣れた黒人系の顔立ちの男が口元をニヤケさせていた。

 

「な……んで、どうして……」

 

「何故?どうして?言うまでもない、最初か(・・・)らその(・・・)つもり(・・・)だったのですよ、我々は!

 そう!全ては茶番!全ては欺瞞!」

 

 此方を嗤いながら、ウィンドウを操作するトラデータ。その手に淀みは無く、最初から裏切っていたという言葉に嘘が無いことが嫌でも分かってしまう。

 でも、信じられない。あんな殺人に加担するような人がいるだなんて、ましてや知り合いがそんなことをするだなんて。

 今からでも冗談だと言って欲しい。キリトたちが死銃を圧倒しているのを良いことに、今のうちに厄介なライバルを蹴落とすだけなのだと。

 

 ……しかし、そんな細やかな希望は、

 

「では、ショータイムと洒落込みましょうかァ(イッツ・ショータイム)!」

 

 ストレージから実体化した拳銃、そのグリップに刻まれた刻印に塗り潰された。

 

 

「……その、銃、は、」

 

 震えが止まらなくなる。

 (詩乃)が、(シノン)でいられなくなる。

 だって、だって、その銃は――

 

黒星(ヘイシン)――なんで、」

 

「おやおや。我々がコイツを死銃に選んだ意味。コイツが死銃に成った由縁。君には説明の必要は無いでしょうに」

 

 視界が回る。

 吐き気がする。

 耳が遠くなって――誰かの悲鳴が聞こえる。

 背中を預けられる程信頼していたはずだった相手の顔が、目が、淀み、血走り、脂ぎり、――

 

「おおっと、いけないいけない」

 

 過呼吸とは別の要因で呼吸が阻害され、強引に現実に引き戻される。反射的に抵抗するも、首を絞める私と同じ様にSTRに多く振っている狙撃手の腕を引き剥がせない。

 トラデータ――否、二人目の死銃は、私がロクな抵抗も出来ないことに満足したのか、こめかみにヘイシンの銃口を押し付けたまま、超常の戦場へと進む。

 後ろから足を蹴られ、強引に前に進まされ。恐怖に痺れた頭が、そこまでされて漸く、死銃が何を望んでいるのか察した。察してしまった。

 ――この二人は、私を人質にするつもりだ。五年前に、あの男が私の母親にそうした様に。

 当の昔に闘志なぞ打ち消され、諦念が魂を支配する。

 これがお前の運命だと。

 お前の足掻きは全てが無駄だったと。

 足元の感触すらあやふやになる。自分が今歩かされているのが草原か、砂利道か、或いはあの郵便局のタイルかすら分からない。

 

 

 ――最早、ただただ自分の意志が消える瞬間を待つだけの人形に成り果てた頃に、やっと歩みが止まる。

 

「動くなァ!!」

 

 耳元の叫び声に、網膜に映る赤と黒が止まる。

 

「な、トラデータ!?」

 

「血迷った、か!」

 

 二色が手に持つ何かをこっちに向けるが、スナイパーとしての経験が直感的に彼らとの距離を測ってしまう。

 目測、五十メートル以上先。極端な改造をされたバレットでは満足には狙えない距離。光剣は論外。仮に走ったしても、届く前に三十口径フルメタル・ジャケットが誰か()を殺す。

 

「さて、さて、さて。説明の必要は無いでしょう、『赫目』に『黒の剣士』。この哀れで哀れな射手を助けたいのでしょう?

 全く、あなた方が大人しくジョニーに斃されていれば、私もこんな面倒なことをせずに済んだというのに」

 

 二人の背後でボロマントが片手でリロードを済ませ、.45ACPの顎を赤コートの後頭部に突き付ける。

 

「ったく。おいモルテ(・・・)、あれこれと台無しじゃねぇか」

 

「あの小僧の都合なぞ知ったことでは有りませんなァ!

 それよりも、さあ!漸くこの時が来た!

 我々笑う棺桶(ラフィン・コフィン)が!墓から抜け出した怪物を、絶望という棺桶に叩き込む時間が!」

 

 下卑た高嗤いの中、引金を絞る小さな音が嫌に響く。

 そして、呆気ない程小さい破裂音が一つ、草原を満たし。

 

 男を、撃ち抜いた。

 

 

 

 

 









次回予告――代わりのミニコーナー
銃器紹介編 PartⅣ

黒星(TT-33)
全長:196mm
重量:854g
口径:7.62
装弾数:8

 AKシリーズ同様、大量にコピー品が出回っていることで有名な銃。尚異名の黒星(ヘイシン)や銀ダラは日本の某業界用語なので、実は日本以外ではあまり通じない。
 スペックとしてはこれまで紹介してきた武具の様に尖った部分は無く、寧ろコピー元のTT-33はソ連陸軍に正式採用されていただけあってそれなりに優秀。コルトガバメントをほぼ丸パクリしただけの事はある。
 では逆に何故この場で紹介することになったのかといえば、この銃もこの銃でヤベーポイントが有るからである。
 一言で言えば、実はこの銃、セーフティーが存在しない。生産コストの削減、寒冷地での信頼性向上等色々と理由を付け、中身を限界まで簡略化したこの銃は文字通り引金を引いただけで弾が出る。それどころか引金を引かなくても弾が出る。(暴発)
 使用時にはホルスターから引き抜きながらスライドを引く、なんていう訓練が必要な程の代物であり、それを怠って薬室に実弾を篭めたまま携帯した結果、最悪の場合暴発して男の象徴が二階級特進した例すらあったそうな。やっぱこの時期のソ連製銃って頭おかしいわ……
 という訳でトカレフを愛用の皆さん。使用の際は、ちゃんと練習したうえで扱うか、あまりのヤバさに某国ですら後から安全装置を取り付けたコピー品を使用しましょう。






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45話 闘争の本質

 

 

 

 

 

 ……

 ………

 ………………

 

 

「……?」

 

 鳴り響いた銃声に思わず目を瞑ってしまっていたが、いつまで待っても悲鳴も怒声も聞こえない。

 恐る恐る目を開けてみれば、キリトにもザザにも撃たれた様子は無く。

 

 

 

 

 

 ――トラデータの右肩から、血飛沫(ダメージエフェクト)が舞っていた。

 

「…………………………あ?」

 

 全く予期していなかった事態に惚けていたが、漸く理解が追いついたトラデータが間抜けな息を漏らす。

 肩を撃たれたことでヘイシンを握る腕から力が抜け、直後に私の左頬ギリギリを熱い物が通り過ぎ、首の圧迫感が消える。

 

「シノン!大丈夫か?!もう大丈夫だからな!」

 

「……キリ、ト?」

 

 あの距離を一跨ぎで詰めたのか、視界一杯に白皙と黒曜石色が拡がる。その後ろにギリギリ、茶色い筒状の物が宙を回っているのが見えた。

 光剣を携えたまま片手で私を抱き抱えたキリトが大急ぎでその場を離れる。それと入れ替わる形で、赤コート――ドラキュラ(ザザ)が、前に出る。

 

 

「――さあ、行くぞ。駄目男(・・・)

 

 

 ――万物全てを踏み潰す鬼が、亡霊に追い付く。

 

 

「このッ、舐めるな!紛い物がァ!」

 

 今更慌てたトラデータが無理矢理右手の黒星を突き出す、が、逆にその腕をザザに掴まれ、回避不能の蹴りが右膝から下を千切る。

 

「がっ、ぁっ、」

 

「……あぁ。それとも、こう言った方が、良い、か?」

 

 四肢は殆ど奪われ、自由に動かせるのは左足だけになったトラデータ。その眼前で、大袈裟な程に拳が引き絞られる。

 銀弾の炸薬も斯くやとばかりの一撃は。

 

 

 

「――悲鳴をあげろ。

   豚の様な。」

 

 

 

 一切の容赦無く、トラデータ(裏切り者)の心臓を粉砕した。

 

 

 

 

 

 

 

 ――いっそ呆気ない程に茶スーツの男に【DEAD】タグが浮き上がり、心臓どころか身体を貫通していた抜手が引き抜かれる。

 活動を停止したアバターは打ち捨てられ、代わりに異形の拳銃がボロマント(一人目の死銃)に向けられた。ただし、引金に指はかかっていないが。

 

「……それ、で。どういう、つもりだ?」

 

「何が?」

 

 欠損した左腕はそのままに、それどころか体力を回復する仕草すら見せずに、ダメージエフェクトで朱く染まったボロマントを靡かせた死銃が飄々と問い返す。

 

「コイツは、お前の、仲間だったん、だろ、ジョニー。それを、何故、撃った?」

 

 目の前にいるのは間違いなく敵。

 もう確認するまでもない、SAOで幾人も殺し、そしてこのGGOでも現実に死者を出した、狂い果てた殺人鬼。

 だというのに、誰も引金を引かない。誰も、引けない(・・・・)

 

 

「……何故、か。そりゃそうだ、何しろアイツらとオレじゃあ、動機が違う(・・・・・)

なあザザ、キリト。認めよう、オレはラフコフの幹部、ジョニー・ブラックだ。

オレは自分の意思で、ボンヤリしてたバカ供を毒殺し、斬殺し、縊り殺してきた男だ」

 

 硬質なマスクを脱ぎ捨て、短く切り揃えられた白髪が月明かりに照らされる。

 狂気が一周回り、回った果てに狂気とすら言えないその有り様は。

 ――それは、言ってしまえば、憧れだった。

 

「そうだ。オレは殺した。他ならない自分の(・・・)意思で(・・・)殺した(・・・)

そこにはラフコフもねぇ!PoHも関係ねぇ!レッドだのオレンジだの、ンなくっだらねぇ括りや拘りも一切ねぇ!

あんなたかだか一人か二人裏切った程度で潰れる組織や自分のシモい妄想に囚われている様な連中とは一緒にするな!ブチ殺すぞ!!」

 

 これまでで一番重い殺気が溢れ出る。拳銃を握り締めたまま絶叫するその様子に、五年前のあの男が重なり――一瞬で押し流される。

 

「分かるか、なぁ!?うっかりヘマして、あの野郎に助けられたオレの屈辱が!挙句あのクソ煽り野郎に騙されてたって気が付いちまった時のオレの絶望が!いっそ自分の喉を掻っ切りたくなるほどの怒りが!

……あぁ。ザザ。オレはなァ」

 

 

 ――お前に、なりたかった。

 

 

 ……それが、自分を長年苛んでいたトラウマすら圧だけで塗り潰した男の、今まで狂気に押し込められていた本音だった。

 

「あの夜。お前はあの場に残って、オレは外に飛び出した。いつか、あの人の様に、カッコいい男に成れると信じて。

あいつに騙された形とはいえ、プレイヤーを殺す事で手に入るシステム上の力も、オレという人間が得る経験値も、お前らより多かった。

でも認められなかった!それどころか、あのクソ野郎(PoH)が縄についた晩、あの人はオレを見てすらくれなかった!」

 

 だからよォ、と小さく息を吐く。

 

「――きっとオレを見てくれない理由がある。

他のレッドやオレンジ連中相手には打って出るってのに、オレだけを見てくれないのには理由がある。そう信じた。

そう信じて、黒鉄宮で暴れに暴れて、リアルでもあの人の跡を遡った。その果てに、オレはこんなチンケな茶番に乗った!あの人がオレを『ラフィン・コフィンのジョニー・ブラック』としか見てくれないなら、そうしてやらァ!

そんで、ぶつけてやる!オレが辿り得た答えを!その為に、オレはここにいる!!」

 

 満身創痍の男が、Mk.23の照準を赤コートの額に合わせる。

 小さなナイフで突くか、ウッズマン(二二口型)で撃たれただけでも斃れそうなのに、勝てるビジョンが浮かばない。そんな男が、魂から咆哮する。

 

「オレはオレのやり方を貫き通した!次はテメェだ、ザザァァァァア!!」

 

 がむしゃらに放たれた魔弾は、しかして精密に額と心臓に殺到する。その精度は、ザザが回避行動をとったにも関わらず僅かにズレただけでほぼ正確に命中したほど。

 だが、

 

「――だと、しても。オレは、斃れ、ない」

 

 左目が潰され、肺に風穴が開こうと、ザザにも、譲れないものがあるのだろう。感覚器官を強烈な痺れが襲っているはずなのに、怯みもせず銃口を再度向け直す。

 

「オレは、変わるんだ。例えザザ(アバター越し)として、でも、オレを、見てくれた、人の、為に。オレ、に、期待、してくれた、人の、為に。

……初めて、心から憧れた、あの人の、様に」

 

 緻密に張り巡らされた魔弾が、巨躯に吸い込まれる様に喰い込む。

 回避したところで無意味と悟ったのか、ザザはその場でその全てを受け止める。コートを鮮血色に染め直した男は、静かに、狂弾の砲を構える。

 

「その為に、オレも、ここに、いる。あの人に、挑み、己の、意地を。自分の、進んだ道を、確かめる、為に」

 

 十二発の弾丸を放った死銃が、一旦トリガーを引き続ける指を休めて、一発だけ直接薬室に弾丸を込める。

 

 

 ――銃にある弾は一発。

 満身創痍でもまだ言葉が足りない死に体の身体を突き動かし、死神と怪物が互いの命を削り合う戦いに、終止符を打とうとしていた。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 ――キリリ、という金属が軋む音を最後に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――雷が、死神を引き裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――上下真っ二つに分断された死銃のアバター。その傍らに疲れ切った様子で立つザザに、キリトはどこか煮え切らない顔で近付いた。

 

「………ザザ」

 

「言う、な。死銃事件は、これで、終わった。それで、いいだろう」

 

 草を押し潰していたMK23を拾い上げながら、赤コートの男はそう遮る。キリトはそれでもまだ何か聞きたそうだったけれど、それを飲み込んで、そうかとだけ言った。

 

 ……私の目が正しければ。最後に、死銃は引金を引かなかった。

 弾丸を撃ち落せるだけの技量を持つ男が、何を思って敗北を受け入れたのかは、分からない。

 ただ。このジョニーと呼ばれていた死銃と、それとザザは、たった一人の人間に狂わされていたことだけは、何となく察した。そして、その人間の正体も。

 

 

「……本当に行くの?」

 

 ボロボロの身体を引き摺りながら、怪物を目指した男が都市廃墟へと足を向ける。

 聞いた噂が正しければ。彼らの評価が真実ならば。待ち受けているのは、間違い無くあの人外の王だ。

 とても勝ち目などなさそうな戦いに行こうとしている。だというのに、

 

「――当たり前、だ。その為、だけに、オレは、此処に、いる」

 

 砕けたサングラスの向こうにある()()()()には、決意だけがあった。

 

 

「そう。なら、私も行くわ」

 

「……その、腰が抜けた、状態、で、か?」

 

 指摘されて、トラデータの手から救い出されてからずっと私を抱えていたキリトの顔面を思いっきりはたく。

 直撃した時の短い悲鳴に、少し心が軽くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――キリトとシノンが漫才を繰り広げている横で、ジョニーが持っていたハンドガンをベルトに挟む。

 バレットによって真っ二つになったジョニー。HPがゼロになってアバターの活動が完全に止まる前に言い残した、最後の言葉を反芻しながら……

 

 

 

 

 

 

 

 ――『『蟹』を追え。そこに、あの人の秘密の手掛かりがある』――

 

 

 

 

 









次回予告――代わりのミニコーナー
銃器紹介編 PartⅤ

MARK 23
全長:245mm
重量:1210g
口径:45
装弾数:12

 某ステルスゲームの影響で『SOCOM(ソーコム)』という名前の方が通りがよくなっている自動拳銃。因みにSOCOMとはアメリカ特殊作戦軍の名称であり、製造元であるH&K社に無茶振りをした元凶である。
 そもそもH&K社がこの銃を設計するにあたって要求されたスペックが、
45口径(米国の悪癖)を使用してなお装弾数10以上で、
3千発以上撃っても壊れず
あらゆる環境下でも問題無く作動
・その上で競技用拳銃並みの精度
とかいう矛盾の塊だった。多少銃について齧った事のある人であれば、これがどれだけ無理のある要望かは分かって貰えると思う。基本的に銃の命中精度と信頼性というのは反比例の関係にあり、よくM4シリーズとAKシリーズが比べられるのはそれぞれに偏ったライフルだからである。
 で、肝心の完成品のスペックはといえば、
最低でも6千発以上の連続使用に耐え
AKでもブッ壊れかねない悪条件下でも問題無く動き
その癖25メートル先ですら着弾点を3センチ以内に収める
・デフォでサプレッサー用のネジ切りやレールシステム、それと多数の機能を搭載したレーザー・エイミング・モジュール(銃口の下にあるあの箱みたいなの)付き。なおこれはオマケである
なんていう常識を何処かに投げ捨てた厨銃が産声を上げた。お願いだから常識に囚われて
 ……とまあ、ここで説明が終わるなら文句無しで最強の拳銃なのだが、残念ながら実際は殆ど使われる事がないという。
 その原因は簡単。デカイ重いトドメに高い。まあ『デカイ』に関しては(はな)から45口径弾を10発以上も収まる様にしたら必然的に大きくなるので、要望そのものが間違えている(今更)としか言いようがないのだが。
 で、残りの重いと高いという問題については、ぶっちゃけ大体オマケが悪い。なにせこのLAM、これ単品で800gくらいある。しかも銃単品だけで2000ドルオーバーしてるくせにオマケ(有料)まであるのだからたまったものではない。

 ……まあ、潤沢なバックボーンがある屈強な男(何処ぞのダンボール男)をハンドガン一丁で戦場に放り出す分には最適解と言える銃ではあるが。






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46話 No Life King

 

 

 

 

 

 ――何百メートル程歩いただろうか。

 陥没した道路に、倒壊した高層ビル。そういった乗り物では避けられない障害物を踏破して、し続けて。

 

 脚が半分程折れた鉄橋の下を潜り抜け、ついに、私たちはその中心部へと到着した。

 

 

 

「――やはりお前か、ザザ。待ち草臥れたぞ」

 

 ――そこにいたのは、小さな子供だった。

 赤い瞳に長い銀髪。病的なまでに白い肌。

 顔立ちは端正で、口を開かなければ少女だと言われても信じただろう。

 初見ではとてもその姿から恐ろしさや畏怖の念は懐けない。プレッシャーに関しても、GGO上位プレイヤーのそれと比べても劣る程。

 少なくとも、ザザやキリトなら瞬殺出来る程度の相手にしか見えない。

 

 あれが、『狂王』……?

 

 

 

「マスター。いや、ヴラド」

 

 半死半生の男が一歩踏み出す。

 欠損は時間経過で直ってはいるけれど、ドット単位でしか体力の残っていないザザが、白衣の少年へと歩み寄る。

 

「オレは、貴方に、挑む。

 オレが、目指した、オレに。ただの、ザザ、ではなく。貴方に、憧れた、『新川昌一』に、なる、ために」

 

「……え?」

 

 聞き覚えのある名字に、思わずまじまじとザザの背を見つめる。堂々とした細身の巨躯に、彼の様な弱々しさは感じられない。それに、恭二からは兄弟がいるとは聞いたことがない。

 偶然の一致かと自分の中で結論付けていると、目前に立つ少年に動きがあった。

 

 ザザの言葉を聞いたヴラドと呼ばれた少年。数秒ほど驚いた様な表情をしていたかと思えば、それは満面の笑みに変わる。

 

「……そうか。お前はその道を選んだか。

よかろう、ならば此方も全霊を持って相手を務めるが礼儀というもの」

 

 そう言い切ると、少年もザザへと足を踏み出し、

 

 ――何気ない一歩の踏み込みが、コンクリート製の道路に軽々とクレーターを刻んだ。

 同時に、一際強く輝く緋い瞳を中心に殺意にも似た覇気が溢れ始める。

 『ただそこに立っている』だけ。それだけなのに、気が付いたら平伏している気分にさせてくる圧は、戦士でも、兵士のものでもない。

 王――それも、戦場に於いて。戦場だからこそ発揮される、血塗れのカリスマ。

 

 純白のスーツを着ているというのに、その服が、手が、返り血で黒く染まりきってる幻覚すら覚えさせてくる相手が、挑発するように手招きする。

 

「来たまえ、ザザ。例え勝ち目が彼方の果てで在ろうとも、余を越えてみせるという気概をみせてみよ。或いはこの首に届くやもしれぬぞ?」

 

 ――それは、事実上の宣戦布告。

 並居る敵を鎧袖一触に処してきただろう極刑王が、目前に立つ相手を明確に『敵』として認識した言葉。

 

 

 それに対して、ザザは、

 

「確かに。越える、壁は、高い、方が、いい、なッ!」

 

 開始の号砲を、撃ち出した。

 完全な不意打ち。命中精度に不安があるが、当たりさえすれば問答無用で一撃死させる狂弾が飛ぶ。続けてトリプルタップ。

 二対の刃となって敵へと襲い掛かる音速で弾かれた大質量の矢は、けれど相手に届かない。軽く腕を振るうモーションで袖から飛び出た爪に、意図もたやすく切り刻まれた。

 

「銃剣、か」

 

「良い塩梅のナイフが無かったものでな。含む物が無いとは言わぬが」

 

 流石に耐え切れなかったのか、指の間に挟んでいた計六本のボロボロの銃剣を棄て、無手に戻る白スーツ。間違い無くGGO最強クラスの威力の攻撃を容易く凌いだというのに、そこには何の感動も無い。ただただ、『出来て当然』という空気がある。

 

「……ねえキリト。あいつのビルドってなに?」

 

 出した手札としてはたったの一つ。それも、反応を見る限り大した物ではないのだろう。けれど、それですらあまりにも無茶苦茶が過ぎる。

 脆い銃剣で、それも指に挟む形で保持し、それでいて四発もの12.7×99mm NATO弾を切断する?そういうエクストラスキルがあるか、或いはAGIとSTRをかなり、LUKを限界まで上げて強固な素材を注ぎ込んだ物を使うくらいしか思いつかないし、それにしたって成功確率が皆無から極小になる程度だろう。しかも前提条件からだいぶ無理がある。

 だというのに、返ってきた答えは。

 

「アイツは、ヴラドはSTR極振り。よく使ってた戦闘スキルは、『槍』、『投擲』、それと……『体術』」

 

 その無茶を、自分の身体に身に付けた技術のみで成し遂げたのだという証明。

 それは、仮想世界と現実世界の壁を越えた強さ。そして、私の目指す境地そのものにして、全くの真逆のに位置するもの。

 私が『シノン』として『朝田詩乃』の弱さを打ち砕こうとしているのに対し、アレは『現実の誰か』の強さがそのままアバターの『ヴラド』に反映されているのだ。

 ……アレと戦って、勝てば、そんな強さが身につくのだろうか。

 無意識の内にへカートのボルトを握りしめる。

 アバターには再現されていない筈の心音ですら煩く感じる程の緊張の中、ヴラドの背後で小さな瓦礫が落ちる音が嫌に響く。

 パラ、というサウンドエフェクトが届くギリギリのボリュームを合図に、再度鳴った爆音が容赦なく聴覚の世界を書き換える。

 どのVRMMOの誰よりも高いSTRを有する二人がステップを踏むだけで大地は揺れ、直線のみなら中途半端なAGI型すら置き去りに出来る勢いで互いの必殺の間合い(超至近距離)に踏み込む。

 

「ほう、拳をもって相対さんとするか。ならば真正面から粉砕するまで!」

 

 それに対して、カウンター気味に白い怪物が一直線に腕を振るう。リーチ差がある所為で届かなそうにも見えるが、強烈な踏み込みから放たれた拳はザザを確かに捉え――

 

 ――その一瞬の攻防が見えたのは奇跡としか言いようがない。

 

 放たれた拳。例え体力が全快していたとしても即死すると断言出来るソレは、紙一重でザザに当たらない。地面が抜けたのかと錯覚する程自然に身体を沈めたザザはその場から素早く白コートの足元をローキックで払うと、密着状態のまま肘打ちを捻じ込んだ。

 見た目相応に吹き飛ぶ白コート。キリトには見切れなかったのか、ヴラドと呼ばれた奴が後方の廃ビルに半分埋まった事態に戸惑っていた。

 

「ゑ?は、へ?何で……」

 

「……ザザがアイツを体術で吹っ飛ばしたのよ。こういうのはあんたの方が分かるでしょ?」

 

「分かるから問題なんだよ!だって、ヴラドがSAO最強だった理由の一つは、無手で無双し続けたことなんだぞ!?」

 

 

 

 

 

「 ――ハッ。そうか、成る程。そういう事か」

 

 キリトの驚愕を理解するなり、空気が、重く、なる。

 それが、一際強くなった威圧感からくる息苦しさだと理解するのに数秒かかった。

 幽鬼同然の足取りで這い出た怪物は、仕掛けるでもなく、誰かに向けて話し掛ける。

 

「……エリザ(・・・)。彼方と合流したまえ」

 

 エリザって、あのTKB使いの!?

 直勘的に顔を上げると、最初に小さな瓦礫が落ちた場所に件のピンクブロンドの髪が見えた。

 

「ちょっと、おじ様!?何言ってるのよ!なんでわざわざこのアタシが敵と一緒にいなきゃいけないのよ!」

 

 おじ様ぁ!?と素っ頓狂な声を上げるキリトを置いて、それ以降も反論するエリザに、白コートは短く告げた。

 

「頼む。()には、お前を巻き込まない自信が無い」

 

 その言葉を聞いたエリザは未だ何か反論したがっていた様子だったが、一度地団駄を踏むと諦めて歩いてきた。

 ……もの凄く、不服そうに睨まれているのだが、私はどうするべきなのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺、っていう、一人称は、素、なのか?」

 

「む?しまった、出ていたか」

 

 ヴラドを叔父と呼んでいた少女が合流したのだろう、後ろの方でギャースカと姦しい事になっているのを意識の外に追いやり、正面の相手に集中する。

 オレが知る限り、二度目のヴラドの素を、それもオレ自身が引き出せた事に歓喜しながらも、それ以上の警戒心が意識を覆う。

 

「まずは讃えよう、ザザ。如何にして辿り着いた?」

 

 派手に吹き飛ばしたというのに無傷――予選全てに於いてパーフェクトゲーム(ノーダメージ)を収めた要因たる装甲服が健在である事を確認しながら、ゆっくりと歩み寄るヴラドの問い掛けに応える。

 

「ヒントは、SAO時代、に、幾らでも、あったさ」

 

 あの世界(SAO)で無手で大ダメージを出そうとするなら、体術スキルと籠手系の武具は必須。実際体術スキルで習得出来るスキルはどれも隙が少なく発動後の硬直も短いから、攻略組御用達のスキルになった程だ。

 裏を返せば、体術を実践に組み込むにはスキル発動が必要なのだ。スキルを発動せずとも火力が出ない事は無いが、だとしても中層で一時期話題になった空手家の様に、しっかりと重心移動やインパクトの瞬間を意識した技ではないと効果は薄く、それでもMob相手には威力が足りなかったのだ。

 だというのに、ヴラドは平然と、スキル未発動で最前線の敵を屠り続けられた。何故か?

 

「簡単だ。貴方が、馬鹿力(STR極)が、一番活きる、武術を、使えた。言うなれば、それだけ、だ」

 

 さり気無く間合いを詰めるヴラドに、足踏み――震脚(・・)をもって宣言する。

 ――オレは、ここにいる。例え貴方が遥か遠くに居ようと、間違いなくその背を追える位置にいると。

 

「――『八極拳』。だいぶ、我流が、混ざっている、が、貴方の、使う拳は、これが、ベースに、ある。これなら、貴方が、自作した、装備の、肘や、肩に、プロテクターでも、仕込めば、武器になる、しな。

違うか?」

 

 返答は、予備動作無しでの体当たり(活歩からの鉄山靠)だった。

 何の足捌きも察させることなくそれなりにあった距離を一歩で詰め切り、防御諸共此方を斃さんと迫る肩に、それを予想して予め左手に持ち替えておいたバレットを前面に掃射。

 数発の弾丸は舌打ちと共に受け流されるが、ライフリング無しで撃ち出されたが故に予測不能の回転が掛かった対物弾の脅威は、如何に強力な防弾服と云えど莫迦にならない。装甲の傾斜を利用した防御に集中せざるを得ないヴラドに対し、鳩尾に掬い上げる軌道で頂肘を打ち込む。

 再度浮き上がる小さな身体。その心臓部に、ヴラドの真似をして袖に取り付けた鞘から抜いたエストックを突き立てる。当然素材はヴラドの防弾服と同じ最高級品(宇宙戦艦の装甲板)

 同一の素材から作られた矛と盾は、ギリギリのところで矛が勝った。エストック本体の強度と、オレの技術と力、それと盾側の重量も手伝ってか、あの鉄の城で最後まで振い続けた愛剣とは比べ物にならないほど短く軽い鋒が、根元まで深々と突き刺さる。

 

「ぬぅ、おのれお前、」

 

「まだ、だ!」

 

 何か言い掛けたヴラドに更に畳み掛ける。エストックを引き抜く間も惜しい今、残念ながらオレに言葉を交わす余裕は無い。

 さっさと剣を手放すと、ヴラドの間合いから離れるべく寸勁を叩き込み強引に距離を開ける。が、威力が不十分だったのか数メートル(一歩で詰められる)程にしか跳ばせなかった。

 やはり、あの装甲服が厄介過ぎる。あの防御力を抜くとなると――

 左手に握ったままのバレットの残弾を撒く。四発撃ったところでスライドが下がったまま固定されたが、そのいずれも擦りもしなかった。クイックドロウ(早撃ち)で放たれた、たった一発の銃弾が為に。

 

 ――ヴラドが引き抜いた拳銃。いや、あれは拳銃と言っていいのだろうか。

 使い手の身長の三分の一以上ある巨大な銃。シルエットから辛うじてそれがリボルバーに分類されるものだとは分かるが、明らかにサイズが、威圧感が違い過ぎる。アレと比べてしまえばM500(エレファントキラー)ですら玩具にしか見えないだろう。

 最早『砲』の域すら逸脱している鉄塊は、たった一度牙を剥き出しにした衝撃波だけで、対物ライフルの弾道を逸らせた。

 

「――弾頭直径15.7mm

   銃口初速462m/s

   初活力6230J」

 

 撃った一発分の弾丸を、対物ライフルを遥かに上回るスペックを淡々と口にしながらリローディングゲートから入れ替える。

 

「――全長55cm

   重量6kg

   .600ニトロ・エクスプレス」

 

 シリンダー後方にある小さなゲートをパチリと閉じ、その凶器が、鯨すら射殺可能な狂気が、未だ硝煙立ち昇る地獄の門(銃口)を此方に向けられた。

 

「……プファイファー・ツェリスカ(世界、最強の、拳銃)

 

「その通りだ、ザザ。お前との戦いに此れを抜くつもりは無かったが……成る程、これが慢心、か。紅といい言峰といい、俺と互角以上の連中はよく居る故、そんなものとは無縁だった筈なのだがな」

 

 悠々と、或いは地が出ている辺り、余裕が無くなって来たのか、ボソボソと反省を呟くヴラド。油断なく胸部に刺さったエストックを捨て、自然体に構える。

 マグチェンジを済ませて改めて気を引き締め直し――直後、視界の下を通る蹴りを咄嗟に回避する。

 

「っ!?」

 

「ほう、此れを避けるか!」

 

 首スレスレを轟然と掠める右踹脚に肝を冷やす間も無く、追い討ちで心臓を狙ってきた左踹脚を転がって躱す。

 立ち上がる間も惜しんで気配を感じた方向へ片手を地面に付けて蹴り上げる。浅く当たった感覚はあったが成果を確認するのは二の次に反動を利用して身体を戻すと、今度は掌が顔面に迫る。

 これも反射的に避けるが……今度は、読み間違えたようだった。

 白手袋に隠された爪はオレの頭があった位置を過ぎて尚止まらず、手元のバレットを掴んだ。間合いの競り合いに負ければ即敗北に繋がるこの戦いで、打って出るか一旦引くかに迷った一瞬。それは、唯一ダメージを通す手段が奪われるには十分な時間だった。

 機関部から鳴る異音。バレットが世界に発したその成果を最後に、握り締めていたグリップを残して粉々に砕け散った。

 慌てて打開を打ち込んで追撃をキャンセルするが、どれだけ意味があっただろう。エストックを失い、バレットも喪った。頼みの綱が両方とも無くなった以上、どれだけ相手の手札が読めたとしても無意味だ。

 

「成る程、成る程。よくやった、ザザ。

……三年か」

 

 やはり無傷だったオレたちの黒い月。僅かに手袋に残ってたポリゴンの破片を払い落としてから、ゆったりと拍手し始める。

 

「俺とお前が出会ってから三年。たったそれだけの期間で、お前はここまでに至った。改めて認めよう。お前は、強い」

 

 そう褒めながら殺気が収まって、いや、一点に集中していく。

 その気の発し方は、『黒の剣士』も、『毒鳥』も、『神聖剣』すらも引き出せなかった、第三十四層のあのボス戦が無ければ知る由も無かった、ヴラドの本気の殺意。広範囲に広がる覇気ではない、槍の鋒のみを形作るが如き鋭利な気。

 ……それを引き出せただけで、どうしようもなく歓喜が湧き上がる。今までもヴラドはオレを褒め、認めてくれたけれど。こんなオレでも、それがどんな形であれ、それが自分の独り善がりであれ、誰かの『特別』になれたことが、たまらなく嬉しい。

 でも、だからこそ――

 

「まだ、勝負は、ついてない、ぞ、ヴラド!」

 

 己を奮い立たせる様に震脚を刻む。

 ダメージを通せる武器は無い。技術は向こうが上。トドメにオレの体力はオワタ式(ドット単位)

 どうしようもなく勝機が遥か彼方にしかなかろうと――それが諦める理由にはならない。

 

「来い、よ。その、必殺の技を、放って、みせろ。早く。早く!!」

 

「――よかろう」

 

 ここまで来てヴラドが、始めて構えらしい構えを見せる。

 腰を軽く落とし、銃を持った左手を此方へと向け、右手は緩く拳を握って背後へと。

 清々しいほどに分かりやすい正拳突きの予備動作。直撃は言うまでもなく、掠ったとしても、それどころか完全に避け切ろうとも余波だけでタンクすら塵に還す威力なのは間違えない。

 ―― 真っ当な人間(ザザ)としての本能が『逃げろ』と叫ぶ。見切るのは容易く、余波さえ届かない場所に逃げてから反撃に移ればいいと。

 ―― 狂い果てた人間(新川昌一)としての意思が『立ち向かえ』と囁く。ここで逃げれば、認められただけ(・・)で満足したオレは、それだけを遺してオレとしての全てを喪うぞと。

 

 そしてオレは、その場で踏み止まる事を決意した。

 そしてヴラドは、その一撃以外の一切を些事と切り捨てた。

 

 

 ――一歩目。瞬きすらしていないというのに、気配の察知すら出来ずにヴラドが懐に潜り込んでくる。恐らく、無意識の隙を突く縮地だろう。相変わらずのリアル技術チートだ。

 そこまでに至っても、反撃手段が思いつかない。何か、何かないか――

 

 ――二歩目。轟音。爆音。フィールドボス程度ならこれ単体でも確殺可能な震脚が大地を削り揺らす。これで数瞬は満足に踏み込むことが出来ず、回避は不可能になった。

 ……ふと、ベルトが僅かに緩んだ気がした。コート裏の背中を、誰かが押している気配がする。

 

「では、塵芥と化すがよい」

 

 ――三歩目。武術では反撃不能、回避も不能、防御ごと砕く零距離砲撃が迫る。

 極限の最中、スーパースローに見える拳を睨みながら、半ば直勘的に左手を伸ばす。

 

 背中に当たっていたそれを掴むのと、拳がオレの腹部を消失させたのはほぼ同時だった。衝撃はそれに留まらず、二歩目の震脚も相まって脚は関節が数倍に増えたように見えるほどの肉塊になる。

 上半身を支える事は不可能になり、オーバーキルですら生易しい破壊力が数値化され、体力ゲージを蹂躙する。オレの今までの足掻きなど歯牙にも掛けず、呆気なく【You are dead】のメッセージが表示された。

 

 ……当然、だったのだろう。オレはSAOが始まったあの日まで腐り続けていたクソガキで。あの人はSAOが始まる前から、槍を、拳を振るっていたのだろうから。

 経験が違う。環境が違う。才能が違う。

 ここまで来ると、なぜ自分がヴラドに挑もうと思ったのかすらあやふやになって――

 

 

 

 

 

 ……その時、ふと、ある記憶がフラッシュバックした。

 そこらじゅうに人の背丈ほどある歯車が散乱する、薄暗い空間。

 ドーム状の天井には青い客席が上下反転した状態で張り付き。

 正面には、舞台上に座る異形のボスを相手にらしくない戦い方をするヴラドが。

 拳、投剣、槍。デスゲームに於いて、対ボス戦は相手の苦手な間合いから叩き潰す戦法をよくとっていたあの人が、わざわざ相手の土俵で戦い続けた一戦。

 引際を弁えていたあの人が、体力がレッドゾーンに突入してなお単騎での戦闘続行を固辞し続けた一戦。

 あぁ。思い出した。あの時のヴラドは――

 

 

 

 

「……お、おああああああああああ!」

 

 ――何かを握っている感覚がまだある左手を、がむしゃらに突き出す。

 

「なっ!?あり得ぬ、なぜ――」

 

 残心を終えたヴラドの表情が驚愕に染まる。死体に反撃されるのは流石に予想外だったのか、エストックによって唯一装甲に穴の空いていた心臓部。そこに、ジョニーが使っていたMark23の銃口がめり込んだ。

 零距離どころかほぼ体内から射出された45ACPは、アバターの心臓と左肺を突き抜け、背中側の装甲に弾かれ、跳弾したのだろう。体力が不自然な程に減少する。

 

「くっ!」

 

 しかし流石に削り切ることは出来ずに、それどころかフックが飛んで来る。

 それに絶叫しながら抵抗する。途切れ途切れにしか喋れない喉を内側から剥がす勢いで咆哮しながら、無くなった筈の脚を踏みしめ、拳を振り被る。

 この人の呼吸は知っている。この人のリズムを知っている。この人の技も知っている。

 

 ――なら、再現してみせる。貴方の切札の一つさえも!

 

 一歩目(縮地)。タイミングをズラす。フックが空振り、罠も何もない明確な隙が見えた。

 二歩目(震脚)。ただでさえ体勢が不安定なヴラドのバランスが、致命的なまでに崩れた。

 

「これ、で、終わりだぁああああああ!!」

 

 三歩目!ただただ全体重を乗せた正拳突きを叩き込む。装甲に阻まれ手が砕けるが、それを無視してなお捻り込む。

 

「あああああああああああああああ!!」

 

「お前、よもや――」

 

 身体の感覚が凍り、解けていくことすら無視して右拳を突き出し、進み――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――気が付けばオレは、真っ暗な空間に一人立っていた。

 

「………………は?」

 

 直前までとの急激な環境の変化に呆けてしまい、何度か馬鹿丸出しで右往左往した挙句に、漸くここがBoB脱落者が転送される一時待機空間だと分かった。

 慌てて中空に浮かぶリザルト画面を見上げて、自分の名前を探す。一位二位三位は未だ空白。六位には闇風の名があって。

 そこまで認めて、おそるおそる、四位と五位を直視する。

 その順位にあった名前は――

 

「は、はは。ははは……」

 

 

 四位:Vlad

 五位:Dracula

 

 

 ――負けた。完全な、敗北だった。

 一人でヴラドを倒し切れた?そんなものは慰めにならない。

 アバターの身長差が逆転していたし、今回のあの人は槍を持っていなかった。そもそもあの人が本気で勝ちに来ていれば、体力ミリの吸血鬼もどきなんてナイフの弾幕なり踏み砕いた瓦礫を踵で蹴り出すなり、広範囲攻撃であっさり片が付いたのだ。

 

「……チク、ショウ。チクショウ!」

 

 誰もいない空間で、一人絶叫する。

 どれだけの距離があるのか実感出来た嬉しさと悔しさがごちゃ混ぜになった感情のままに、心の底からの雄叫びを上げる。

 

「今度、は、勝つ!勝って、証明、して、やる!」

 

 瞼の裏に浮かぶのは、例のボス相手に槍を振るう極刑王。その様は、激怒しているようにも、憎んでいるようにも、

 ――泣いているようにも、見えた。

 

「オレは、貴方の、隣に、立てるの、だと!

貴方が、何処かに、置いて、きて、しまった、何か、を、拾える、人間に、なれるの、だと!!」

 

 全員仲良く吹き飛んだのか、二位三位無しで残った三人の名前が纏めて最上部に輝く。

 ログアウトまでのカウントダウンがゼロになるまでの間、オレはひたすらに叫び続けていた。叫び続ける事しか、出来なかった――

 

 

 

 

 

 









次回予告――代わりのミニコーナー
銃器紹介編 PartVI

プファイファー・ツェリスカ
全長:550mm
重量:6000g
使用弾:.600 N.E.
装弾数:5

 『ベレッタM93Rを頼む』というヴラドの要望をぱーふぇくとにガン無視したピトフーイが代わりに用意した拳銃。
 一言で言い表すなら『ロマン砲の終着点の一つ』。頭おかしい
 まずスペックから頭がおかしい。最強のマグナムオートであるデザートイーグルやエレファントキラーとして有名なS&WM500ですら50口径(12.7mm)なのに対し、コイツの口径は驚異の60口径(15.7mm)である。弾のサイズも威力もシノンのへカートⅡ以上と言った方が通じるだろうか。頭おかしい
 火力だけでなくサイズにも言えることだが、コレと比較しようと思ったら(トビー・レミントンみたいな極一部の例外を除けば)ガチで架空の拳銃を引っ張ってくるしかなくなる。場合によってはそれすら上回る。例えばアーカードのカスールと比較しても215mm、2000g、ジャッカルと比べてなお全長は60mm上回っている。ついでに口径も上記の二丁より2mm以上デカイ。頭おかしい
 当然反動もエゲツない……と思いきや、この銃の重量は6キロ。早い話が銃身の上にRPG-7が括り付けられているようなもんである。これに追加でマズルブレーキまであるものだから、実はこの手のロマン銃としては寧ろ反動は弱い方に分類される頭おかしい
 こんなゼル爺がコマンドーな世界線から遠坂しながら(うっかり)持って来ちまったような最終鬼畜銃プファイファー・Tだが、一応弱点は存在する。ベースとなった銃がコルトSAAである関係上、リロードに薬莢式リボルバー界ワーストレベルに時間がかかる。が、ぶっちゃけ拳銃の間合いでコイツに撃たれればどこに当たろうが一発でオーバーキルなので、あんまり関係ない。ついでにいくら時間がかかるとはいえ、努力次第ではMGSシリーズの山猫並のスピードでリロード出来ると考えれば大した弱点にはならない。やっぱ頭おかしい




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47話 四月二十九日(It started to rain)

 

 

 

 

 ――僅かな揺れに身を任せて微睡んでいると、ほんの少し、前につんのめる感覚。「着きましたよ」という平坦な声に瞼を開くと、ハンドルを握るジル(ジャック)がドアの遠隔操作ボタンに指先を置いていた。

 

「む、もうか」

 

 シートベルトのロックを外し、車から降りる。軽くコートの襟を整えていると、さっさとドアを閉めたジャックが窓だけ開けて声をかけてくる。

 

「それでは、私は後から」

 

 それだけ言うと、慣れた手つきで車を再発進させる。

 去っていく車を見送る事もなく振り返ると、当然其処は目的地の喫茶店。小洒落たドアを押し開けるなりバイトなのか面以外不格好なウェイターに出迎えられた。

 お一人様ですかと聞かれるが待ち合わせがあると断り、俺を呼び出した男が妙な事を言い始める前に手早く席に着く。手渡されたメニューは受け取り、けれど中を見ずに着いてきたウェイターにはエスプレッソを頼む(を追い払う)

 

「まずはお久し振りです。ブライアン・ヴラド・スターコウジュ」

 

「ほう。遠回しに余を呼びつけておきながら、よくぞお久し振り、などとほざけたものよな」

 

「おや、なんの事ですか?」

 

 眼以外ニコニコさせた自衛隊中佐の仮面にジャブを入れる。

 此奴の本職(二等陸佐)とオーシャン・タートルの建設が極秘裏に始まっている事はもう掴んである。後者は今ここで問い詰めるにはリスクが高過ぎるが、万が一、これから先の件に俺が強引な手段で介入する必要が出た時に、予め件のプロジェクト(アリシゼーション)について把握している可能性を匂わせる程度の事はしておいた方が良いだろう。

 

「貴様、ピトに襲撃されたそうだな」

 

「ええ。霞ヶ関駅から出た所でいきなり。彼女の追っかけも何人かいましたから、焦りましたよ」

 

「ほう、狙ってやったにしては白々しいな」

 

「まさか。アイドルの動向を一々コントロール出来るわけが、」

 

「死銃の初犯、ゼクシード銃撃時のスクリーンショットは全て確認した」

 

 つらつらと流れる暖簾に、漸く手応えがあった。

 

「ピトフーイがその場に居たことは彼奴本人の口からも映像記録でも確認した。あれの勘の良さと好奇心の強さを知っていれば、どう動くかの想像は可能だ。

 付け加えれば、貴様の述べた通り奴はアイドル。ただの一般人に比べれば、スケジュールの把握は容易であろう。ましてや襲撃を仕掛ける程の空き時間を逆算する程度なぞ。

 ――さて、改めて問おう。貴様、なぜ霞ヶ関にいた?」

 

 『市ヶ谷でも、ラース支部のある銀座でもなく』 言外に続きを忍ばせ、そこで区切る。

 

「……僕はただの出世コースから溢れた閑職ですよ」

 

「クク。そうか」

 

 互いに気付いていないフリをしながら含み笑い。ピトが見たらまた妙な勘繰りをしそうな光景だな。

 どんな突飛な発想が出てくるか興味があるが、そのエルザはエリザを丸投げしてきたから今頃疲弊し始めているだろう。微妙な空気のままキリトらを参加させるのは気が引ける。最低限この男に対しての釘は刺し終えたし、適度に弛緩させておくか。

 

「して?わざわざ彼らより幾分か早い時刻を指定したのだ。余個人に問う事があるのではないのか?」

 

「ああそうでした。ええと……」

 

 傍らのビジネスバッグからタブレットを取り出し、画面を突き始める。

 

「今回の死銃事件。自首した金本敦、SAOでのプレイヤーネーム『ジョニー・ブラック』の証言の裏付けで手一杯なのですが、その過程で妙な情報が浮かび上がりまして。それについての情報を頂ければと」

 

 タブレットに視線を下げたまま、咳払いで仕切り直す。丁度よく俺の後ろの席で、中肉中背の男と黒髪ロングの女性が入れ替わったのもあったのだろう。

 

「『死銃』は三人のチームで、BoB時は新川恭二が実行役、金本敦ともう一人が襲撃役を担っていたのですが……この『もう一人』の事情が少々問題でして。

 名前は相良豹馬(さがらひょうま)、二十二歳。GGOでは『Tradator』。SAOでは『Moarte』。聞き覚えは」

 

「あるな。レッドギルドにいた。付け加えれば、強引にアルファベットに落とし込んでいるが余の祖国の言語で其々『裏切り者』と『死』に相当する単語であるな」

 

 タイミングよく注文したカップが来た事で一旦区切られ、伝票を置いたウェイターが消えたのを見計らって続きを促す。

 ……にしても、相良豹馬って何処かで聞いた事があるような……?

 

「実は、彼はまだ逮捕されていません。逃走に車を使った痕跡があり、都外に逃亡した可能性も含めて彼の身辺調査を進めたところ、彼の家系は数代前に『黄金千界樹』なる一族に連なっていたことが判明しました」

 

 黄金千界樹――ああ、そういうことか。ついでに何処で聞いたのかも思い出した。外典の聖杯戦争に於いて、黒のアサシンの召喚者の名だったか。

 肝心のユグドミレニアは、記録こそあったが当の昔にダーニックごと没ってた故無視していたが……うーむ、おのれ。

 

「……ユグドミレニア(黄金千界樹)。成る程、つまり余が其奴の逃亡を手助けしたのか、と?」

 

「ルーマニア出身のSAOプレイヤーは貴方だけだったもので」

 

「断言しよう。有り得ぬ」

 

「ですよね」

 

 苦笑いで誤魔化しながらも、その眼に特段感情の隆起はない。この次辺り、或いは時間的に考え過ぎか?

 どうやら考え過ぎで正解だったようで、店のドアから見覚えのある顔が覗く。

 

「あ、おーいキリトくん!こっちこっち!」

 

「……えっと、アレと待ち合わせです」

 

 余計な一声に居心地悪そうに歩いてくる三人。いや、うち一人は若干浮き足立ってもいるか。

 

「――ヴラド」

 

 懐かしい呼び声に振り返ると、中性的で線の細い少年が、そこにいた。

 

「久しいな、ザザ。こうして顔を合わせるのは一年ぶりか」

 

「ああ、そう、だな」

 

 怯えっぱなしの少女(シノン)を引っ張るキリトと共にザザを座らせる。

 キリトとザザが手慣れた調子で、さっきから感情が忙しいシノンがおっかなビックリ注文を済ませた頃合になって、漸く菊岡が動き出した。

 定形文の挨拶と一方的な名刺交換も終わり、漸く本題に入る――かと思いきや。

 

「あの……そちらの方は?」

 

 何処となく猫を思わせる少女にそう尋ねられた。しかも何故か完全に血の気の引いた顔で。

 

「……ブライアン・スターコウジュ。ヴラド、と名乗った方が通りが良いか。立ち位置としては、そこな少年らと同じSAO帰還者だ」

 

「じゃあやっぱり貴方――」

 

 ますます顔色を青白くした詩乃が何かを言いかける、が、そこで押し黙って座り込んでしまった。

 流石にその反応には疑問符が浮かぶ。心当たりが無いことはないが、断定するには情報が足りない。

 怯える少女の事は一旦傍へ置き、菊岡へと向き直る。

 

「取り敢えず、今までに分かったことを教えてくれよ、菊岡さん」

 

「分かったよ。といっても、全容解明には程遠いのだけれど」

 

 一口コーヒーを含んで舌を湿らせてから、菊岡は続けた。

 

「まず前提として、今回の騒動を引き起こした『死銃』とは、個人の名称ではなく、言うなればチームだったんだ。計三人のね。名前はそれぞれ、金本敦、相良豹馬、それと……」

 

 一瞬躊躇うように、シノンとザザの顔を伺う菊岡。だが、少なくともザザは冷静でいるのを見た奴は、絞り出す様に呟いた。

 

「新川恭二」

 

 パッと見た限り、朝田詩乃に特別な変化は見受けられなかった。どちらかといえば、まだ話が飲み込めていない、その名前が彼女の知る新川恭二を指していることが信じられないといった具合か。

 ……キリトらが死銃のトリックに気が付いてない様子だった故、ジャックに押さえておくよう指示したのは早計だったか?

 

「……その、具体的なトリックはなんだったんだ?」

 

 大まかな関係は既に知っているのだろう。兄である新川昌一(ザザ)と、クラスメイトである朝田詩乃から。だからキリトは、強引にでも話題を切り替えたのだろう。

 

「彼らにとっての切っ掛けは、具体的には分からない。取り調べでは、敦は訊かれた事には全て答えているけれど恭二の方は完全な黙秘を貫いているんだ。敦の推測が含まれている事は了承してくれ」

 

 テーブルに伏せていたタブレットを再び持ち上げ、キリトらが短く頷いたのを認めてから、改めて切り出した。

 

「三人は元々、何の接点もなかったらしい。強いて挙げれば三人ともGGOプレイヤーで、敦と豹馬がSAOで同じギルドに所属していたくらいか。それでも、SAOから脱出した後は死銃のトリックが思いつくまで連絡をしていなかったらしいし、敦と恭二も、最初の死銃事件までは全く交流が無かったそうだ。

 それが変わったのが『メタマテリアル光歪曲迷彩』という、一言で言えば『透明化できるマント』を手に入れてかららしい」

 

 静かな雰囲気の喫茶店に、舌打ちの音が響く。

 

「覚えて、いる。それは、オレが、あいつに、あげた奴、だ。武器ドロップ周回、の、副産物。プレイヤーの、育成、に、行き詰まったと、相談されて、AGI極(あいつ)でも使える、アレを、渡した。

 ……クソ。もう少し、あいつを、見てやるべきだった、か」

 

 頭を抱え、そう呻くザザ。けれど時は戻らず。ただただ無情に、終わった過去だけが横たわっていた。

 

「恭二は最初、そのアイテムを普通に使っていたようだ。フィールドで隠れ、油断しきった敵を撃ち抜く。上手くいった彼は、自然と恨みを晴らすことを考え始めたらしい。ゼクシードというプレイヤーを尾け、攻撃可能なエリアに出た途端に射殺する、えっと、リスキル?の一種を狙いだした。

 ……そしてその過程で、偶然、ゼクシードの個人情報を得てしまった」

 

「それって、まさか、」

 

 漸く殺人の種が完全に分かったのだろう。キリトが声を上げる。

 

「『死銃』は、アバターを撃って相手を殺していたのではなく、アバターを撃つのと同時に現実で相手を殺していたんだ。

 ……話を戻そう。その時点では具体的にどうこうするつもりはなかっただろうと敦は推測している。ゼクシードの流した情報によって絶望した自分が、ゼクシードの個人情報を握っている。最初はそれだけで満足出来ていたらしい。でも、それを煽ったのが金本敦だった」

 

 菊岡はそこで一旦区切り、はっきりと俺を見据えてから続けた。

 

「暗殺者プレイを楽しんでいた恭二は、ある日とうとうマントの効果を見破られた。その見破ったプレイヤーが敦だったんだ。恭二にとって、そのアイテムはまさに要。アイテム諸共撃破されかけた恭二は、必死に抵抗したそうだ。

 ここで不幸だったのが、敦にとって不可視の相手との戦闘は格好の練習台だったこと。そして命乞いをする恭二から、現実の誰かの個人情報を持っていたこと、街中でも問題無く効果を発揮する事を聞き出した敦は、恭二に対して、自分がSAOで殺人ギルドに参加していたことを打ち明けてから『死銃計画』の骨子を提案した。

 

『VRワールドに於いて、殺人ギルド『ラフィン・コフィン』を殺人ギルドそのままに再現する』。

 ……GGOでの敦のプレイヤーネームでもある、『ノスフェラトゥ』を呼び出す。その本当の目的を伏せて」

 

 ノスフェラトゥ(不死者)

 数有る吸血鬼を指し示す単語の一つに、しかし意外にもキリトらは反応しなかった。ジョニーと複数回交戦していた気配はあったが、その時に聞き出していたのか。

 

「初め恭二は乗り気ではなかったようだが、手口の議論が進んでいくうちに、次第に恭二は『死銃』を真実の自分だと思うようになったそうだ。ゼクシードなどといった強者を実際に殺害出来る、最強の存在なのだと。

 そして、十一月九日午後十一時三十分。病院から盗み出させたマスターコードで電子ロックを解除した敦は、恭二がGGO内でゼクシードを銃撃したと同時に、高圧注射器でサクシニルコリンという筋弛緩剤を被害者の顎の裏に注入した。二人目の犠牲者、薄塩たらこの時も、同じ手口だったそうだよ。

 ……けれど、死銃の脅威は一向に広がらなかった。『最強』に成りたがった恭二と、『殺人ギルドの復活』を大々的に広めたかった敦は、第三回最強者決定戦(バレット・オブ・バレッツ)に於いて一挙に複数人銃撃する計画を立て――一度、そこで大きく対立した」

 

「対立?」

 

 キリトが鸚鵡返しに聞き、長々と喋った菊岡は、一服してから話を再会した。

 

「とある情報からBoBに求める人物が参加することを確信した敦にとって、その時点で『死銃』に価値はない。寧ろ、死銃の正体を掴もうとするプレイヤーを誘き寄せるから邪魔にすら感じた。死銃による殺害に、それどころか突然現実での実行役に固執し始めた恭二の扱いに困った敦は、そこで新たな仲間を、言ってしまえば『二代目死銃』を加え、移動時間の問題を解消する為にターゲットを減らして計画を練り直した。

 名前は相良豹馬。SAO時代は『モルテ』というキャラクターネームのプレイヤー。

 ――そして彼は、何の因果かGGOにて『トラデータ』として恭二と交友関係を結んでいた」

 

 

 聞き覚えのある名前に息を飲む音がした。大方、SAOの頃に仕留めておけば――

 ……いや、ヒースクリフ以外キリトには誰も殺させた覚えは無く、殺したという話も聞いていない。だが何方にせよ、如何ともし難い感情ではあろうな。

 

「このモルテこと相良は、『殺人ギルドの一員』としての自分に固執しているだろうから呼び出すのは簡単だった、とは敦の言葉だよ。ただその割に、相良が妙なベクトルに乗り気だった事には疑問を抱いていたようだけれど」

 

「ようって、そいつ本人に聞けばいい話だろ?」

 

「彼はまだ逮捕されていない」

 

「は?」

 

「自首した敦が逮捕されたのと、文京区湯島にある公園で気絶した状態で発見された恭二がマスターコードと薬液入りカートリッジを所持していたのを確認した直後に捜査員が新宿区にある自宅に急行したところ、既に無人だった。今現在も監視中のはずだが、逮捕の知らせはないね」

 

「公園で気絶って、本当に新川君……恭二は、死銃の一人だったんですか?」

 

 未だ受け入れきれないのか、詩乃が縋るように呟く。しかし菊岡が首を縦に振った事で、青いとはいえ僅かに残っていた顔色が完全に消えた。

 

「貴女の他、もう一人の犠牲者に選ばれていたペイルライダーの部屋から恭二のDNAと一致する毛髪が発見された。まず間違い無いだろう」

 

 椅子から転げ落ちかけた詩乃をキリトが支える。

 ……緊急だったとはいえ、例のイベントを抜きに死銃事件が片付いた弊害、とも言えるのだろうな、この光景は。結果論の果ての無茶振りとはいえ、もう少しなんとかならなかったのか、ジャック?

 

 ――女性が暴行されると知って泳がせる趣味はありませんから。

 

 溜息を吐くと、背後から改変モールスの文句。ああ、遅いと思ったら後ろの黒髪の女性、やっぱジャックか。

 

「金本敦と新川恭二の身柄は現在警視庁本富士署にあり、取り調べが続いている。

 ……長くなったが、以上が事件のあらましだ。申し訳ないが、そろそろ行かなくては。閑職とはいえ雑務が多くてね。また、新しい情報があったらお伝えしますよ」

 

 タブレットを鞄に仕舞い、伝票を掴むと齷齪と店を後にする菊岡。まったく、あれも忙しい男よな。尤もあれのお仲間(同業者)を退店させた我らが言っていいことではないのだろうが。

 

 ――さて。別途報告が挙がると分かって尚この場に居座り続けたのだ。此方の用件も済ませるとしよう。

 

「ザザ。いや、新川昌一よ。お前はこの後如何するのだ?」

 

「……そう、だな。親戚に、頼るか、ピトの、所にでも、転がり込む、かな」

 

 唐突に振った話題に、力無く答えるザザ。

 弟が殺人及び殺人未遂に、住居不法侵入その他諸々に犯人として関わってしまっている以上、未成年として実名報道はされないだろうが新川家の社会的没落は免れないだろう。客商売で信用を失う損失は計り知れない上、一家で一括りにしがちな日本なら尚の事。

 ジャックが先んじて何処かへのメールを打ち始めた電子音を聞いてから、一拍開けて、切り出した。

 

「ならば余と来るか?」

 

「…………え?」

 

 全く予想していなかっただろう言葉に、無表情気味の昌一が珍しくポカンと口を開ける。

 

「いや、これでは語弊があるな。

 余の元へ来い、昌一。たった一年程で嘗てと真逆の力を使い熟し、あれ程の拳を習得したその執念と奮闘を、余は買おう」

 

 己に自信の無い昌一に対し、成し遂げた結果を示す。

 

 実際、仮に俺が一年間一から只管に拳を鍛えたとしても、昌一が辿り着いた領域に達することは出来なかっただろう。

 それに、此奴が最後に見せたあれは、おそらく心意スキルだ。存在そのものの伏線はSAO時代から張られ、複数の事件の果てにアンダーワールドにて漸く技の一つとして確立したこの物語の根幹、或いはその先(・・・)への掛橋となる歯車。

 発現させたのがキリトか彼女らであれば、順当とでも言えよう。しかし、成したのはザザだ。最早原型など何処にも無いが、本来であればこの時点で退場するはずの男が成し遂げたのだ。下手な巻き込まれかたをされては、以降の戦いへの準備の程度を測れなくなる。

 少々気が早いかも知れぬが。この世界が仮想空間を重視した流れを形作る以上、たとえ『アクセルワールド』に辿り着かずとも高いVR適性は『ソードアート・オンライン』の物語とは関係無しにこの先有利になるだろう。損得関係なく動かせる俺の伝手に昌一に比類する適性者は居らず、なお昌一がその才を持て余しているのであらば、引き込みを躊躇う由は無い。

 ……というか、彼方側(VR空間)に限定して言えば俺より格闘の才があるんじゃなかろうか?不味い、これで現実仮想両方で剣槍拳が俺以上の若人が揃っちまった。

 閑話休題。少年少女が主人公の世界の住人に有るまじき打算ある誘いに、しかし昌一は希望通りの反応をしてみせた。

 

「……条件、が、ある」

 

「ほう?述べてみよ」

 

 命令でも問答無用でもなく、はっきりと昌一と呼んだこと(対等な人間としての扱い)を察し。俺の立ち位置と己の状況を見据えた物言いは、正しく期待通り。

 口にする内容は決まっているが、本当にそれを願っていいのか悩んでいるのだろう。数秒ほど深呼吸に費やした昌一は、いつにも増した小声で呟いた。

 

「オレ、の、家族に、ついてだ。

 ……あんなの、でも、一応、親、だから、な。多少なり、とも、守ってやる事は、出来ない、か?」

 

 ――途中聞き取り辛い箇所はあれど、それは、間違いなく離別の言葉であった。

 恵まれず、凶気に走った少年(赫目のザザ)が、その元凶の一端と言える現実と向き合えた事実の証明であり。

 そこに最初に出逢った時のような、死んだ魚の目をしていた子供はいない。

 

「よかろう。任せよ」

 

 ならば応えよう。

 堕ちようとも我が血は貴族のそれであり。

 

 

 ――せめて憧れた背くらいは、らしく取り繕ってみせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シノン、大丈夫か?」

 

 ―― 新川君(恭二)に似た外見の少年を連れた怪物が去ってから、およそ五分後。

 漸く息苦しさが紛れてきたところで、キリトが気遣うように言った。

 

「……ええ。もう、大丈夫」

 

 まだ震えが残る手で、よく冷えた水を喉に通す。背中を支える手からは、優しさと労りが感じられる。

 

 ……キリトは、私の知り合いが事件の犯人だったことにショックを受けていると思っているのだろう。

 否定はしない。いまだに、GGOの待ち合わせ場所の酒場にはシュピーゲルが居る気すらする。

 

 でも、それと同じくらい、私が怖いのは――

 

「……ねえキリト。あの怪物って、SAOでそんなに影響力があったの?」

 

「え?あぁ、まあ。最強の一角ではあったし、なんどかオレも世話になったし。実質二人しかいなかったユニーク持ちの片方だし」

 

 急に関係ない話を聞いたからだろう。若干呆気に取られながらも、すんなりと返事が返ってくる。

 

 

 

 ――『ぶつけてやる!オレが辿り得た答えを!その為に、オレはここにいる!!』

 

 ――『あの人に、挑み、己の、意地を。自分の、進んだ道を、確かめる、為に』

 

 

 

 死銃とザザの咆哮が脳裏に浮かぶ。

 あの二人は、たった一人の人間に惹かれ、狂っていった。片方は弟すらロクに顧みることなく、片方は戦う機会を得る為だけに、他人を巻き込んで殺人に手を染める程に。

 

「…………狂ってるわ」

 

 

 ――怖い。あの男が、あの悪魔(ドラキュラ)が。

 アレと戦って、『シノン』としての力を手に入れる?無理だ。想像しただけで震えが止まらなくなる。幻覚の男すら、私の前に現れる前にあの世に逃げ帰るだろう。

 

 ……それに。あの時

 あの怪物がザザと戦っていた、あの時に感じた、あの殺意。

 思い違い。勘違い。そんな人間がそうそういるはずがない。

 理性は否定の言葉を浮かべるが、そのどれも本能と勘が否定する。

 あの殺気は、本性を現したトラデータや死銃と同じ。いや、それよりも()()

 

 

 

 

 

 

 

 ――人を殺した(・・・・・)こと(・・)()()()()()の、殺気だった。

 

 

 

 

 

 

 









第3章 硝煙幻想鬼公 ガンゲイル・オンライン



――状況終了――








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48話 竜の騎士の珍道中 前編

 

 

 

 

 

 ――どうして、こうなった。

 

 ヴラドに『共に来るか』と持ちかけられ。ほぼ即決でそれを受け入れ。オレがルーマニアに渡る為に必要な準備に丸一日必要とかで、それまでヴラドたちと一緒に過ごすハズだったのに。

 

 

「ちょっと、遅いわよショウイチ!」

 

「ほれほれどうしたSTR極ー」

 

「……無茶、を、言うな」

 

 ……なぜオレは、このエルジェーンとかいう少女のお守りをやらされているのだろう。しかもピトとのアンハッピーセットで。

 なおヴラド本人は横浜へ。なんでも少し面倒な用事があるらしい。これはいい。なら荷物でも纏めておくか、と思いきや、それはあの人の従者のジルさんが大部分をやってくれる事になった。まあ引き篭りだし、梱包する荷物など自分のPCとゲーム、本棚の中身くらいのものだ。ありがたくお願いすることにした。

 ……一応、見られて困るものは先にUSBに抜いて自分で持ってるし。

 

 閑話休題(それは兎も角)。今の問題はこの令嬢と毒鳥のサディストコンビだ。

 事の始まりは単純、ジルさんにこの少女の買い物の付き添いを頼まれたのだ。少なくともピトの面倒臭さは知っているのだから止せばよかったものを、これからお世話になる人の頼みだったのと、行き先が秋葉原だったことから受諾してしまった。

 そして今。オレはその時の自分に全力の寸勁を叩き込みたくなっていた。今なら現実の貧相な身体でも数メートルは吹き飛ばせる自信がある。

 

「……不幸、だ」

 

 ジルさんによって引き合わされた少女。もの凄く覚えのある声と名前の彼女こそ、つい先日BoB予選でブッ飛ばした人だった。

 いやどんな偶然だよ!?本戦でヴラドがエリザに指示してたくらいだから薄々嫌な予感はあったけども!

 当然の様に此方のこともバレ、キンキンと捲し立てられた果てに付き添いどころか荷物持ちを押し付けられていた。

 そこそこの冊数のウ=ス異本(彼女が十八未満だから全年齢対象のみ)とフィギュアが何体か。それと見慣れた面(神崎エルザ)がプリントされたCDと写真集が詰まった鞄を背負い、フラフラになりながら小声で愚痴る。隣にはエムこと阿僧祇豪志もいるが、残念ながら既にピトの荷物に埋もれていて返事が出来るような状態ではない。いくら身体を鍛えている正統派イケメンでも、人間が一度に運べる量の荷物には限りがあるのだ。

 ……前が見えないのにどうして転ばずに歩けるのかと聞きたいが、DKの実質No.2だったしさもありなんということで自己完結することにした。

 

 

 

 

 

 ――結局その後電気街を行ったり来たりし、漸く荷物を置けたのは一時間以上後だった。だがオレが腕イテェ腰イテェと呻いているのに少女二人は元気にこれから先の予定を話し合っている。おのれおのれぇ。

 

「まあまあ。ザザの体力の無さも気になっていたし、いい機会だろう」

 

「と、言われて、も、なぁ」

 

 豪志からコップを一つ受け取り、ストローから啜る。慣れた手つきで配膳をする豪志の姿は、ここのスタッフ以上に様になっていた。

 そう、ここはカラオケボックス。オレたちの骨休めと、歌手とそのファンの歌手志望の少女が楽しく過ごせる場として選ばれたのが、此処だった。

 

「さあ、派手に唄うわよ!」

 

 デュエットでもするつもりなのか、マイクを握りしめた少女が端末を投げ捨てる。ギルド本部で何度か聞いたイントロが流れるに、ピトの曲か。普通なら人気歌手の生歌をロハで聴けると喜ぶべきなんだろうけど、んな有り難みはアインクラッドで当の昔に消えている。やっぱこういうのは画面越しに見るのが一番だな。

 ……だがまあ、癪だが、実はエリザの歌は気になっている。声だけなら大抵のアイドル以上に澄んでいるし、ピト一筋のエムですら何かに期待しているような素振りを見せる程だ。

 手慣れた手つきのピトが音響を弄っている間に、曲の歌詞が表示され始める。この光景を切り抜いただけで大金が入ってきそうな性格以外完璧な少女たちのやけに大きく、息を吸い込む音が聞こえて、

 

「ボ〜〜エ〜〜〜!!」

 

 ピトが泡吹いて倒れた。

 

「ぐああ!?」

 

 かくいうオレも咄嗟に耳を塞ぐので精一杯。アイドル志望とかいってたしもっと上手いものかと思っていた、とかいう生優しい次元ではない。

 完全完璧な音響兵器。音程は外れているどころか人間の可聴域に収まっていることにすら奇跡と感じるほどで、テーブルの上にあったコップ類は開始十秒と保たずクシャっと逝った。

 ノーガードかつ至近距離でエグいハイパーボイスを喰らったピトがなんかヤバイ痙攣の仕方を始めるも、エムですら助けにいけない状況が永遠と思えるほど続き、続き、――

 

 

 

 

 

「――ふう!ねね、どうだったかしら?」

 

 耳を塞ぐ手ごと押し潰されるんじゃなかろうかと思う音圧から解放された頃には、座る前よりも消耗しきっていた。野郎二人は立ち上がることすら出来ず、ピトはピクリとも動かない。心なしか、他の部屋からの曲も歌も聞こえなくなっていた。

 爆心地の少女はそんな死屍累々の地獄絵図を眺めて、一言。

 

「……なるほどっ!(あたし)の歌が上手すぎて失神しちゃったのね!流石私!」

 

「んなわけ、あるかぁっ!!」

 

 あまりにもあんまりな感想に思わず渾身のツッコミ。

 

「ハァ!?ちょっとあなた、それどういう意味よ!」

 

「どうも、こうも、あるか!この惨状を、見て、なんとも、思わない、のか?!」

 

「だから私の歌に感動して、そのあまりに平伏したんでしょ?」

 

「どっから、んな自信は、出てくるんだ?!」

 

「なによ!ほら、機械だって私の歌を絶賛してるのよ!?どこが気に食わないっていうのよ!」

 

「なん……だと……!?」

 

 真紅のマニキュアが塗られた指に釣られて見れば、所々罅入っている液晶には確かに百の数字が。

 

「……って、よく、見たら、評価欄その他、全部、百で構成、されてるじゃ、ないか!バグってる、だろ、この機械!」

 

「アァ?知ったことじゃないわよそんなこと!」

 

「いや、よく、ないだろ?!直んのか、コレ!?」

 

「は?私の歌への賛美は?!」

 

「ねぇよ、そんな、の!」

 

 慌ててリモコンを掴んでタップするも無反応。エリザを退かして直接弄ろうとするも、頑として少女は動かない。

 

「ねえもっと私を褒めなさい!崇めなさい!この子ブタァァァァァア!!」

 

「できる、かぁぁぁぁぁあ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……で。

 

「また派手にやらかしましたね、バートリ・エルジェーン。歌いたいならちゃんと場を整えますから、事前に一声かけて戴くようお願い申した筈ですが?」

 

「やーよ!あなたのセッティングって聴いてくれる人が全然いないもの!」

 

 瀕死のエムのダイイングメッセージ(死んでない)によって駆けつけたジルによって、事件現場からの逃走には成功した。とはいえ、あのカラオケ店からは四人揃って出禁をくらったが。

 ひとまず事態は解決した、と思っていいのだろうか。こういう時にどうすればいいか分からないオレとは真逆に、エリザは移動先のファミレスでふんぞり返ってるし。なおピトは脱落した。

 

()()って、前にも、やらかした、のか」

 

「えぇ、まあ。以前は防音壁に罅を入れまして」

 

「なによなによ!二人して!」

 

 バシバシと両手でテーブルを叩くエリザ。

 しかしその駄々捏ねはジルさんに見事なまでにスルーされ、「では、件の店のオーナーと話をつけてきます」と言い残して消えていった。

 

「〜〜〜〜っ!もういいわ!ショウイチ!今度こそ私が上だってことを証明してあげるからGGOで待ってなさい!!」

 

「は?」

 

 エリザもエリザで、頭にコミカルな怒マークを浮かべながら店から飛び出した。

 ……あの、お前が頼んだドリンクバー、オレが払うの?

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ――その後、安全にログイン出来る場所を探し、近場にアイソレーション・タンクなる代物を備えたネカフェがあることを掴んだ。

 直前の予期せぬ出費もあって正直財布が不安だが、バク◯ングとオン◯ーンを足して二を掛けた少女を放置する不安の方が勝ち、なくなく紙幣と別れを告げてダイブすることにした。おぅ、オレのチーム北里柴三郎……

 

 溜息をお供に、鉄と硝煙の世界に降り立つ。万が一の為に用意してあった予備のバレットをショルダーホルスター内に実体化させてから、赤コートの裾を翻してグロッケンを歩く。

 さて、GGOで待ってろと言われたが、どこに行けばいいのだろうか。

 具体的な場所は決まってないし、アレとはフレ登録もない。遠距離戦メインのタイトルだけあってフィールドマップはどこも広大だし、当ても無く彷徨って出会す確率は低いだろう。

 ……あっちもBoB以降ログインしてないならまだ近くにいるかもしれない。その可能性に賭けるか。

 手近な場所を思い浮かべ、近くにプレイヤー経営の店があったことを思い出してから、そちらへと足を向ける。

 

 ――総督府タワーを後にしたオレが向かった先は、裏路地に入り口を構えた古めかしいガンショップ。店主の雑な性格故か、誰も見向きもしないようなちゃちなレーザー銃からオークションに出せばリアル金額で六桁クラスの掘り出し物まである、雑貨店と言い直した方が適切な店だ。ただし開店してるかは店主の気分次第である。

 西部劇に出てきそうなデザインの扉を開けると、すんなり開く。所々煤けた跡のある内装は、積み上げられた銃身その他で全貌が見えない。ついでに店主の姿も見えない。

 

「おい、ジェーン。生きてる、か?」

 

 ドアの鍵が開いている以上、店内にはいる筈なのだが、狭いスペースの何処からも返事がない。

 ……もしや埋もれてるんじゃなかろうな?

 GGOでワープするにはデスルーラか一部施設を利用するしか方法がない以上、実は街中で移動不可になると最悪詰みかねない。慌てて適当な物資の山にバレットを発砲。数値上のダメージは一切無く衝撃だけが通る、SAOの頃から共通の圏内仕様を利用して山を雪崩させて退かせば、やっぱり見覚えのある目のやり場に困る装備が顔を覗かせる。

 

「おまっ、やっぱりか、お前!」

 

 足の踏み場もない店内を強引に突き進み、殆ど仕事をしていないベストの襟を掴んで持ち上げる。サブマシンガンやらフリントロックライフルやらを振り落としながらひょっこり顔を覗かせたのは、やたらポジティブで気の長い元気な金髪カウガール。

 

「あ、ダンナじゃん。お久〜☆」

 

 ただし美人なのは外見だけである。もう諦めた。

 何故か床に鎮座してたFlak37(アハト・アハト)の上に放り投げる。耳の早い情報通でもあるジェーンならもしかしてと思ったが、この調子だと期待出来ないな。BoBで消費した分の弾だけ買い足すか。

 

「いやー助かったよ。こないだピトやんに無茶振りされてさー、あんなに重いもの運んだあとだったから突っ伏してたら上からザバザバーってきちゃって。あ、なんか買ってく?いらっしゃーい♪」

 

「色々、遅い、わ!

……取り敢えず、いつもの、を、頼む」

 

「オッケー!ちょっと待ってて!」

 

 そして再び物資の山へ沈んでいく。十回くらい片付けろと言って効果が無かったから諦めたが、やはりいつ見ても酷いな。稀に親指立てたまま沈んでいくから十中八九確信犯だし。極々稀に片付いていることもあるが、その時はその時で店の一角に宝石が山積みされてて不気味だし。

 面倒臭い女その一(ピトフーイ)その二(エリザ)その三(ジェーン)に絡まれたせいで既に満身創痍だが、残念ながらまだ終わりそうにない。B級サメ映画宜しく何処を泳いでいるのか分かりやすく弾や火器が吹き上がってるのを取り止めもなく眺めながら、一時の休憩を大切にしたかった。

 ……だからなんで急にFIM-92(スティンガー)とかいう実装されたばかりの激レア装備がポロッと出てくるんですかねぇえ!ああそしてまた埋まっていったし!

 

「お待たせーあったよー」

 

 市場に出せばリアルマネーでウン十万は確実の装備がまた地層の下に消えていった事実にも頓着せず、ケロっとした顔で12.7×99mmNATO弾の箱が差し出される。リアルラックどうなってるんだコイツ。

 

「……ドーモ」

 

 箱の上にくっついていた何故か剣が彫り込まれた保安官バッチっぽい代物をさり気無く払い落として、アイテムストレージから代金を支払う。

 

「まいどー!あ、そういえばフィールド出る時は気をつけた方がいいよ?こないだのBoBから、ずっと目撃されてなかった第一回BoBの第三位がウロついてるって話だから」

 

「そう、か」

 

 忠告を受け、色物レア物不良品で構成された沼から足を引き抜きながら店を出る。

 ……にしても、第一回BoBの第三位か。また変わった奴が復帰したもんだ。

 

 ――GGOがリリースされた二ヶ月後に開催された、第一回バレット・オブ・バレッツ。

 それは、ゼクシードや闇風、ピトフーイといった、今なお異名を轟かせる古参がネットにGGOの物々しさを見せつけ。

 同時に、明かに動きが隔絶しているたった三人によって蹂躙された大会でもあった。

 トップ三人はその大会以降姿を見せなかったのだが……

 

「……第三位、といえ、ば、サトライザー、だったか」

 

 ハンドガンとナイフのみという最低限の装備で参戦しておきながら、倒した敵の銃器を奪って使用するゲリラ戦法の使い手。異様なまでの軍隊格闘術(アーミー・コンバティブ)とUSタグ付きなのもあって、正体は米軍の人間という噂がたった程だ。まあオチはキャリコ持ちの第一位と徹頭徹尾ナイフオンリーの第二位の戦闘の流れ弾で退場という冴えないものだったらしいが。

 こんなことなら、第一回BoBの映像見ておけばよかったな。まあ出会す確率なんて、……

 

「……いやいや。いやいや、いやいや」

 

 会って数時間だが、なんとなく分かる。アレ(エリザ)はトラブルを呼びトラブルに飛び込み自分からトラブルを生み出すドラ娘だ。そしてそんな娘が憧れのアイドルからのキチガイ染みた贈り物をドロップしたら?チクショウ嫌な予感しかしない!

 大通りに飛び出し、素早く左右確認。目当てのレンタルバギー屋を見つけると、表に駐車してあるバギーに飛び乗る。作りは電気スクーターに追加で色々増えたものに見えるから、操作はマニュアルなのか?チッ、さっきキリトにコツを聞いておけばよかった。

 

「ええ、い、ままよ!」

 

 スロットを煽り、バギーを発進させる。車体が縦に回転しかけるのを、無理矢理片足で斜め後ろを蹴ることで力付くで押さえ込む。

 目指すは、総督府から一番近いフィールドへの出口。確かその先は森林地帯。

 頼むから、間に合えよ――!

 

 

 

 

 

 









次回予告

 皆様どうも、お久しぶりです。
 先日のCBCで百連して元祖ワラキア公をお迎えできなかったどころかガンダムと敗北拳と若い方の八極拳くらいしか成果を得られず狂化った挙句、推しのモーション改修の結果解釈違い感と満足感の板挟みになって処理落ちした若様に代わりまして次回予告を務めさせて頂きます、ジャックです。
 さて、穴だらけのスケジュール管理で前後編となってしまった『竜の騎士の珍道中』ですが、話の流れを切ってここでエイプリルフール回のお知らせです。
 では、一見シリアスしているようでその実よく見なくても巫山戯きった次回予告を、どうぞ。



――――――――――――――



 ――聖杯とは、あらゆる願いを叶える願望機

 過去の英雄をさーばんととして召喚し、最後の一騎になるまで争う

 そしてその勝者は、すべての願望を叶える権利が与えられる

 あらゆる時代、あらゆる国の英雄が現代に蘇り、覇を競い合う殺し合い

 ――それが、聖杯戦争



『Fate/capsule order』





 ……それは、己の魂を曝け出す物語である。






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【Fate/capsule order】

 

 

 

 

 

 ――始まりは、いつだって唐突だった。

 

 寝ぼけ眼で歯を磨いていたら、玄関の方から甲高いインターホンが鳴り響く。

 

「ふぁーい。今行きますよー」

 

 歯ブラシを突っ込んだまま、何時ものバイトのあんちゃんから荷物を受け取る。

 幸運にも荷物は片手で持てる程度の大きさで、ついでに宛先もオレ宛てだった。

 ただし、送り主が誰かは全然読めなかったが。

 

「ジェー、アイ、かコレ?エルエル?」

 

 まあいいか。開けてみれば分かるべとガムテープをビリビリと引っぺがし、梱包材をそこらに投げ棄てる。

 中身は――たった一つの、丸いガチャガチャのカプセル。

 透かして中身を見ようにも、どういう原理か中が煙ったように見えない。開けてみようにも以外と硬く、ふぬぬと踏ん張っても開かない。

 いっそ筋力A(スグ)にでも頼もうかと油断したその瞬間、小気味の良い音を立ててカプセルが開いた。

 急に開いたことで思わず倒れてしまい、尻餅をつく。咥えていた歯ブラシが落ちるが、それどころでは無かった。

 

 ――カプセルを握っていた高さ。丁度それくらいの位置に、二頭身の小さな人形が、()()()()()()

 丸っこい頭は顔以外綺麗な銀髪に包まれていて、頭身の小ささもあって可愛らしい。

 けれど、その手。

 その両手に握られた二振りのナイフと、後ろ腰にぶら下げられた幾本もの鞘が、それがただ愛でるためにある者ではないと主張する。

 

「――アサシン。ジャック・ザ・リッパー」

 

 小さな口から出た鈴を転がしたような音色が、さらりと声色と矛盾する運命を告げる。

 

「一時的にだけど、よろしく。マスター」

 

 ――此より始まるは、異能の戦争。

 あらゆる願いを叶える願望機を賭け、

 あらゆる時代、あらゆる国の英雄が現代に蘇り、覇を競い合う殺し合い。

 聖杯戦争が、幕を上げる――

 

 

 

 

 

 

 

「なんてことはなくてね」

 

「なるほど、つまりCMからパクってきた臭のするあの紹介文は丸っと無意味だったんだな」

 

 居間にあるテーブルの上にちょこんと座るジャック・ザ・リッパー。

 ペットボトルのキャップに注いだジュースを一気飲みして「ぷぅ」と一息ついた彼女は、漸く状況を説明し始めた。

 

「実は、ここ冬木市を中心に妙な事が起こってるの。例外はあれど、聖杯がなければ召喚も維持も出来ないはずの私たちみたいな英霊が、何故かカプセルから取り出せるようになってる」

 

「なるほど、でもそれだけなら問題ないんじゃないか?」

 

「英霊側の尊厳威厳キャラその他が溶け落ちてることと、主に大人たちが闇と課金の沼に引き摺り込まれたことに目を瞑れば、()()()()なら問題ないね」

 

「なるほど、なにかあったんだな!」

 

 「ん」と突き出されたキャップに再度ジュースを注いでやると、今度はチビチビ啜りながら続けた。

 

「カプセルから召喚出来るサーヴァント――カプセルさーばんとは、いくら英霊とはいえ、その力は玩具の範疇に収まっていたの。

 でもある時、突然絶大な力を持つカプセルさーばんとが現れたの。それと同時に、どこからか噂が広がり始めた。

 

 ――『カプさばマスター最強の座を手に入れた者。汝の願いを叶える願望機へと手を伸ばすがいい』ってね。

 つまり、本当に聖杯がある可能性が出てきたの」

 

「なるほど、つまりオレがマスターになって戦えってことだな!

 ……どうすればいいんだ?オレ、この間剣道辞めたばっかりなんだけど」

 

「それは大丈夫!

さっき言った強力なカプさばは普通のカプさばよりも圧倒的に強いから!

そして、その強いカプさばの特徴は、七騎しかいないことと、()()()()()なの!」

 

「なるほど、つまりはそういうことか!」

 

 フンスとドヤ顔で胸を張るジャック。

 強いカプさばの特徴はモロジャックと一致する。つまり、残りの六騎をどうにかできれば最強の証明には十分ということだ。

 

「……あれ?でもどうやって残り六騎を探すんだ?それに、なんで全部で七騎って分かるんだ」

 

「それはね、ええと……… はいコレ!」

 

 自分が入っていたカプセルの裏側から取り出した何かがペシっと顔に当たる。

 見れば、折り畳まれた紙だった。あんまりにも小さく折り畳まれたそれを苦労して広げてみたら、そこに書いてあったのは――

 

「トーナメント表?」

 

「うん!」

 

「なるほど、黒幕の気配しかしないな!

……オレは全部で三回勝てばいいのか」

 

 横一列に小さく書かれた『せいばー』やら『じがい』から線が伸び、勝ち上がり戦特有の形で段々一本に纏まっていっていた。ご丁寧に、下の方には件の噂と同じ文言とルールが書かれている。

 ルールは単純。この戦いに使えるカプさばは一騎だけ。復活戦は無し。他の戦いへの横槍、乱入は無し。これだけだった。

 

「なるほど、分かった。じゃあ早速行こうか!」

 

 

 

 

 

少年移動中(なぅろーでぃんぐ)

 

 

 

 

 

 ――近場にある公園。

 時折妹が悪戯男子をしばき倒しているのを見かけるそこは、同年代の子供たちがカプさばで競い合う場には丁度よかった。

 

「えっと、表にあったのはここだよな」

 

「そうだね。まだ来てないのかな?」

 

 頭の上に鎮座するアサシンと一緒に公園を散策するけれど、喋るカプさばを連れた人はいない。

 

 飽きてきたのか髪の毛で遊び始めたアサシンはそのままに、もう一周するかとベンチから立ち上がるのと、アサシンが「いた!」と声を張り上げるのはほぼ同じタイミングだった。

 アサシンの指示した方向にいたのは、この辺りでは見かけたことのない、歳は同じくらいの青い服を着た金髪の男子だった。肩には紫色のぴっちりした衣装(ライダー)のカプさば。

 

「女の人のライダー。なるほど、チュートリアルだな!」

 

「そうだね。

…………って、ええええええええええええ!?!」

 

 相手のマスターを見た瞬間、それまで無垢さと利発さのバランスが取れていたアサシンがキャラを捨てた絶叫をする。

 どうしたのと訊く間も無く、叫び声に気が付いた相手マスターが走り寄ってきた。

 

「やあ。君がアサシンのマスターだね」

 

「おう。オレは和人!よろしくな!」

 

「カズト、か。 ……うん!よろしく!」

 

「よろしく、じゃないよ!?え、ナンデ?ナンデ??ちょっとライダー貴女桜はどうしたのよ?!」

 

 小さな指でぴしっと相手のライダーを指しての絶叫。

 対するライダーはと言えば。

 

「サクラですが……頭に乗せる冠のような、えーと、あにむすふぃあ?を手に入れてからはそちらばかりでして。

しかも最近は何やら、鏡に向かって無理にテンションを上げて『びぃ〜びぃ〜ちゃんねる〜!』と痛々しく叫んでから被る始末でして」

 

「止めて!あのシャルル(姫ギル)とは別ベクトルの装備チート、相手するのめちゃくちゃ面倒臭いから止めて!」

 

 もう普通に悲鳴同然の叫びを最後に、頭の上で倒れるアサシン。

 あのー、戦う前から力尽きないでもらえますか?

 

「……もういいです。あとからなんと言われようと知りません。相手が誰であろうと解体します。いいよね、マスター!」

 

 半泣きのまま、両手にナイフを実体化させるアサシン。それに伴って、アサシンの周りから薄く霧が立ち込める。

 それを合図に、ライダーも鎖付きの短剣を構える。

 

「それじゃあ、いくよ!カプさば――ファイ!」

 

 相手マスターの掛け声。

 

 ――途端、小さな英霊が、子供にとって十分広い公園を所狭しと駆け回る。

 

「はぁぁっ!」

 

 蛇のような軌道を描く短剣が、しかしいつの間にか深く立ち込める霧だけを切り裂く。

 

「くっ、やはり手強い――」

 

『尺も厳しいし、手早く決めるよ?』

 

 霧の奥、全方向から、冷酷で、そのくせどこか舌足らずな声がする。

 音もなく赤い筋が、白く染まる視界を走り――

 

「ライダー、後ろ、スキル!」

 

「御覚悟を」

 

 それに即座に反応してみせたマスターとライダーが、数瞬顔を覆うバイザーを解除する。

 如何に不可視のまま駆けられるとはいえ、攻撃の瞬間は気配遮断のランクは下がり、姿が見える。その一瞬を突く形でライダー――メドゥーサの瞳キュベレイが発動する。

 

「っ!?」

 

 素早さに長けた小さな身体が止まり、今度はライダーの短剣が刺さる。

 そのまま怪力に任せて振り回し、霧の薄い空に打ち上げられる。

 

「よし、作戦成功!ライダー!」

 

「お任せを」

 

 ただ落ちるしかない空中。その落下地点を狙い、ライダーが突進の体勢に入る。

 例え技術が無かろうと、ジャックを余裕で上回る体格差と怪力スキルから繰り出される体当たりは、カプセルサモン(小規模召喚法)によって現界しているカプさばを砕くには十分な威力だ。回避も、鎖で繋がってもいるから受け流すのも難しいだろう。

 ジャックも回避は不可能と踏んだのか、カウンター狙いでナイフを順手持ちに切り替える。でもいくら回復スキル持ちでも部が悪い。

 何か、何か空中でも動ける方法は、――

 

「……そうだ。()()、槍は?!」

 

「! わかった、やってみます!」

 

 ナイフの実体化が解かれ、代わりに鎖が内蔵された多節槍が現れる。

 同時にレザーっぽい服もデフォルメされたスーツに切り替わるが、それが終わるよりも先にスナップを効かせた槍の矛先が近くの街灯に巻き付き、軌道が変わる。

 慌てて鎖を引き戻すライダーだが、その頃には短剣は引き抜かれていた。

 

「まずい、ライダー!」

 

「遅い。此よりは地獄――」

 

 再度小さな影が霧に呑まれ、

 

 ――昼間の街灯に、ガス灯の灯が燈る。

 

「――殺戮を此処に。『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』」

 

 “殺人”が最初に到着し、次に“死亡”が続き、最後に“理屈”が大きく遅れて訪れる、()()()()()()()()が幕を開け、そして一瞬で閉じた。

 英雄も怪物も、幻想をも否定し尽くした果てに産み出されたシステムが、改めて幻想を喰らい尽くした。

 

「……ここまで、ですね」

 

 正確に霊核(心臓)を狙った宝具は、本来の三分の二の威力ですらカプさばを撃破するには十分過ぎたようで、ライダーの身体はもう半分近く消えていた。

 

「ごめん、ライダー。作戦が甘かった」

 

「相手が悪かったです、仕方ないと割り切りましょう。慰めになるかは分かりませんが、少なくとも何処ぞのワカメよりは遥かによかったですよ。

……では、私は一足先に失礼します」

 

 そう言い残して、ライダーは消えていった。

 残された少年もしんみりしていたけれど、まだ俺たちがいたことに気がついて、少し困ったように微笑んだ。

 

「相手をしてくれてありがとう、キリト。早く次に行くといいよ」

 

「なるほど、分かった!行くぞ、アサシン!」

 

「絶対分かってないでしょう貴方?!

 ……全く、なんで彼がカプさばマスターやってるんですかね、もう」

 

 小さく呟いて、振り返るアサシン。

 釣られて後ろを見るけれど、もうそこにライダーのマスターはいなかった。

 

「……行ってくるよ」

 

 ――何故か痛む胸をそのままに、俺たちは次の戦場へと向かった。

 

 

 

「だからそういうのは本編で――ああもう!」

 

 

 

 

 

 

 

少年移動中(なぅろーでぃんぐ)

 

 

 

 

 

 

 

「それで、次はどこだ?」

 

「えっと、次はですね……」

 

 子供っぽく振る舞うことは諦めたのか、結構冷めた声でトーナメント表を睨むアサシン。なお舌足らずなのと頭の上に座ってるのは変わらない。

 上から聞こえる「次の交差点は真っ直ぐで」の声を聞いて、青になった信号を渡、

 

「Fuuuuuuuuuuuッ!?!?」

 

「な、なに今の?」

 

「……訂正します、マスター。道は問いません、逃げて下さい」

 

「なんで?」

 

「いいから早く!」

 

 横断歩道に差し掛かったところで、何処からか奇声が聞こえた。

 急かすアサシンの声に急いで走り出すと、頭の上が少しだけ軽くなる。

 

「アサシン!?」

 

「私たちなら平気――いやダメ、ミスった!」

 

 聞いたことのないアサシンの焦った声に、数メートル離れたアサシンに思わず手を伸ばす。

 でも伸ばした手は浮かぶカプさばを掴むことなく――もっと大きな手に、逆に掴まれた。

 

「……え?」

 

 ぞわっと、背筋が凍る。全身の産毛が逆立ち、その大きな手が伸びる先を見ることを本能が拒否する。

 でも、もう一本伸びてきた手がガッチリと肩を掴んでそちらへと引き込まれた。

 そこにいたのは――

 

「……和人くん、よね?」

 

 栗色の髪の女性(明日奈)が、なんか目を血走らせていた。コワイ!

 性差など無視出来るほどの体格差で無言のまま見つめられ、目を逸らそうにもいつのまにか頭をがっちりホールドされ。そろそろ本気で泣きたくなって。

 

「――叶った」

 

 掠れた声が、綺麗な筈の唇から溢れる。

 

「和人くんよね?キリトくんよね?!なんか縮んでるけど間違いないわ!ああやっぱり私のキリトくん!

キャスター!キャスター!!」

 

「チッ、よりによって想定外の狂人コンビが!」

 

 アサシンの虫の羽音ほどの舌打ちは、アサシンと明日奈の間に溢れた()()()()()に阻まれる。

 その中からヌルリと現れたのは、後ろから見ても眼球が顔に収まり切っていないと分かるキャスター。

 

「邪魔ぁ!」

 

 Aという間違いなく最高ランクの敏捷ステータスを開幕からフルスロットで蒸し、アサシンが猛然と切り掛かる。しかしリーチの短い斬撃の嵐は、溢れる海魔を捌くだけに終わる。

 

「無駄無駄。如何に一騎当千の英雄と言えど、万の敵に囲まれれば窮し、その果てに討ち取られるもの。ましてや此度我が主の恋路を阻むのが暗殺者如きが一匹などと」

 

「貴方理性がある(セイバー)無いの(キャスター)かハッキリしなさい!」

 

 ナイフでは埒が明かないと思ったのだろう。キャスターが持久戦を望んでいるのを見越して槍にスイッチする。

 ……格段に殲滅範囲は広がったが、ジャックは今回、明確にアサシン(暗殺者)の『ジャック・ザ・リッパー』として現れている。その状態で槍を握るのはやはり難しいのか、ALOでの凄まじいまでの腕が発揮出来ていないし、消耗が激しい。もう息が上がり始めている。

 霧に隠れようにも、時間を開ければ間違いなくキャスターはその隙に圧倒的な物量を用意するだろう。かといって打開案は出ず、仮に出たとしても、人の頭を吸いながら縦に痙攣してるバーサーカーが状況を正しく理解した瞬間タイムアップ。

 どうする、どうする、どうする――

 

「ヨシ!キャスター、帰るわよ!聖杯はもう私たちのものよぉ!」

 

「え、ジャンヌは?――あぎゃぁ!」

 

 あ、オレ終わった(タイムアップ)

 素のトーンだったキャスターの眼球を目潰しすると、オレを横抱きにさっさと走り出す明日奈。リアルなのに足速くない?!子供一人抱えてるはずだよね?!

 上から垂れる涎に思わず顔を背けると、偶然後ろからふよふよ浮かんで付いてくるキャスターと目があった。

 目を逸らされた。おい。

 

「た、助けてアサシーン!」

 

 万事休す。貞操的な意味での身の危険に自然と悲鳴が出る。けれどアサシンはまだ遠いし、海魔も残っている。

 

 

「――仕方ないですね。この手は、今回だけですよ」

 

 

 ――だというのに、声がする。

 でも声色が全然違うし、一体何が起きてる?

 疑問への答えは、すぐに視界に映った。突然明日奈が急ブレーキをかけたことで、慣性の法則で首がぐぃんと前を向く。

 そこにいたのは、なんの変哲もない子供たち。手には端末、ゲーム機、ボールと一貫性がなく、ついさっきまでそこらで遊んでいただろうことが見て取れる。

 そこに問題があるとすれば、

 

 ――全員が全員、虚な顔で、腕の一部を黒く変色させていたことだろう。

 

「な、これは――」

 

『――宝具でもスキルでもないけれど。理性が残ってる(目が引っ込んでる)元騎士サマと、仮にもメインヒロインだった人(閃光のアスナ)が、まさかこの兵力(人質)を無視する訳ないよね?』

 

 丁度真ん中にいた少女が、抑揚の無い声でそう告げる。ただし表情筋は憑依元の悪人ヅラを見事に形作っていたが。

 

「なるほど、これは悪属性だな!」

 

「うるさい。救われてしまったたった一人(ジル・フェイ)として、この救われなかった私たち(群体としてのジャック・ザ・リッパー)の力だけは使いたくなかったんですから」

 

「ほげッ?!」

 

 今度の声は後ろから。振り向くまでもなく、一瞬の早技で怯んでいたキャスターの首を跳ね飛ばしたアサシンが目前に回り込む。

 

「さて、マスターを返して貰いましょうか。さーばんとが脱落した以上、貴女に拒否権はありませんよ?」

 

「……そのようね」

 

 不気味な程あっさりと解放された。

 何か企んでるんじゃなかろうかと警戒して急いで離れる。が、以外にも不意打ちやその類をされる気配もなく、簡単にアサシンの元まで戻れた。

 

「……以外ですね。てっきりもう一悶着あるかと思いましたが」

 

「ふふふ。流石にここで無謀な賭けに出る私じゃないわ。

 ……でも覚えておいてねキリトくん。初恋は、私の様にいつか儚く消えるものなの」

 

「なるほど、でもオレもサチもお互い初恋じゃなかったぞ?」

 

 明日奈が血を吐いて斃れた。

 

「閃光が死んだ?!

ていうかマスターそれ本当ですか!?あ今言わなくて良いです閃光が本気で再起不能になります」

 

「なるほど、手遅れだな!」

 

「分かってるなら黙っててください!」

 

 

 

 

 

 

 

少年移動中(なぅろーでぃんぐ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ほう。ついに此処まで辿り着いたか」

 

「? 誰だお前?つかどこだここ?」

 

 不審者を座に見送った後、怨霊の回収その他でナビゲートする気力すら使い切ったのか某料理するネズミ宜しく髪に絡まった状態でだれるアサシンをそのままに、最後の戦いの場所へと歩いていたら、気がついたら異様な空間に入り込んでいた。

 青みがかったドーム。天井には誰もいない座席。

 そして、目の前には見た事のない青年。

 ノーチラス(鋭二)よりも若く見えるから、二十歳に届くかどうかといった具合か。短く切った銀髪に、丸っこい童顔は不敵な表情を浮かべていた。

 

「フッ。俺が誰か、か。よろしい、ならば答えよう!

天を見上げよ!星辰を図れ!そう、我こそは!段々減ってくお気に入り登録という悲しみに泣き、全国の爆死者の哀に寄り添う男、スパイd」

 

「何やってるんですか若様?」

 

 

 ――アサシンがそう呟いた瞬間、空気が凍りついた。

 

 

「……何を仰るウサギ=サン。こんな若くてピッチピチのティーンを外見年齢六十代と見間違えるだなん」

 

レッツ、第一回若様黒歴史発表会〜(尺押してるからハヨ吐け)

 

「ァ“ァ”ア“聖杯拾って気が付いたらこうなってましたァ!」

 

「……なるほど、尻に敷かれてるってヤツだな!」

 

 即カリスマがブレイクしたゔらど十五世(自称ティーン)。

 今回の事の顛末を簡単に説明するなら、

 

「そういえばウチ(ヴラド家)って、()()エリちゃん家と縁あるんだよなー、とか考えながらスープ煮込んでたら、気がついたら鍋が聖杯になってた」

 

「馬鹿なんですか?問題の起こし方がもろ男体化エリザじゃないですか」

 

「グゥの音も出ねェ!」

 

 ダイナミックに膝から崩れ落ちたヴラド(若)。だがそこまでは予想通りだったのか、カリスマ以外はすぐに復活した。つまりほぼ何も戻っていない。

 

「ふふふふふ。だが甘い。甘いぞジル。聖杯で朝飯作ってたと知った時の俺の驚愕に比べれば、その程度の罵声、恐るるに足らず!」

 

「やかましい解体しますよ!早く元に戻しなさい!」

 

「出来ぬぅ!」

 

「解体聖母!」

 

 男、霧無し、夕暮れ時と、目が赤くなる以外普通の斬撃と変わらない一閃は――突然出現した()に、防がれた。

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 アサシンから、なんだかんだ理性的な彼女の口から出たとは思えない様な気の抜けた声が溢れた。よっぽど目の前に立つカプセルさーばんとの存在が信じられなかったのだろう。

 

 ウェーブのかかった長い銀髪。

 青白い肌。

 アメジストのような薄紫の瞳。

 不思議な程細剣を握る姿が似合う――女性さーばんと。

 

 

「……若様。この際小規模召喚法では召喚出来ない筈のさーばんとの存在にはツッコミません。だからといって、何故この女なのですか?ヴラド三世はどうしたのです」

 

「爆死したがなにか?」

 

「ああ……だから若い頃の更に五割増しでテンション狂ってるんですね……」

 

 キマってる表情のまま瞳孔だけ開き切ってるブライアン(ヴラド(若))

 そんな彼に哀れみの視線を一通り向けるアサシンだったが、件のさーばんとがブライアンの方に行きそうなのを察知すると、容赦無く切り掛かった。

 

「で、なんで貴女がここにいるんですか?キャスター……はないから、バーサーカー?」

 

「あら、失礼ね。私のクラスはセイバーよ」

 

「そういう問題じゃないでしょうが!貴女まだ逝ってないでしょう?!」

 

「この世界線だとまだ生まれてきてすらいないわね。ならほら、私は死んでいるとも言えるでしょう」

 

「だとしても貴女座に登録されるような人じゃないでしょうに!」

 

「反英霊って知ってるかしら?」

 

「私たちは知名度抜群だからいいんですー!」

 

 鋭い剣戟の間を縫って、掌サイズのアサシンとセイバーの会話が聞こえる。逆にいえばそれは、女性相手に有利を取れる筈のアサシンが攻めあぐねているという証明でもある。

 そうこうしているうちに互いにキリがないと判断したのか、一際甲高い金属音を最後に間合いが大きく開いた。

 

「アサシン、大丈夫か?」

 

「……ええ、なんとか。私たちの宝具が一種の呪いの類なのが幸いしました。防御にリソースを割かせる事を強要出来る分、先のキャスターよりかは容易いでしょう。

 とはいえ、相手はまだ手札を隠している。戦闘に魔術を組み込まれたら途端に逆転される程度の優位性ですし、それに……」

 

 チラリと周囲の特異な空間に目をやり、相手主従を睨む。

 

「……一番最悪なベクトルにヒャッハーしてた時期の若様が、こんな本人のトラウマを刺激するだけの自虐結界を作ってハイお終い、とは考え難い。無いとは思いますが、最悪の場合偽・極刑王(カズィクル・ベイⅡ)クラスの横槍を警戒する必要はあるでしょう」

 

「なるほど、軽く詰んでるな!」

 

 思わずそう叫ぶ。

 確かにオレたち四人を囲う青い座席の間は闇が広がるだけで、その隙間から血塗れの杭が飛び出して来ても違和感はない。

 

「なので、状況が悪化する前に一気に攻めます。

宝具でクィ……セイバーを片付けるので、可能な限り若様の注意を引いてください」

 

「なるほど、吸血鬼って煽ればいいのか?」

 

「あの年頃の若様には効かないと思うので、別の方法でお願いします」

 

 「作戦会議は終わったかしら?」と挑発してきたセイバーへと霧を纏ったアサシンが突進していったのを傍に、ポッケに手を突っ込んで待ち構えるヴラド(若)へと向き合う。

 

「えーと、話をしよう。争いはよくない」

 

「おま言う。

まあいいだろう。どうせジルが勝つだろうしな」

 

 こっちの作戦は筒抜けなのに、あっさりと勝負を放棄した台詞が出る。

 

「当然だろう?奴の実力は俺もよく識っている。セイバーがどの程度やれるかも把握していれば、結果は自ずと見えて来る」

 

「なるほど、信頼してるんだな!ならなんでアサシンにしなかったんだ?」

 

我が王(ヴラド三世)狙いですり抜けたからだよ!まあ代わりにアレが現界したのは流石に予想外だったが」

 

 コハエース顔で悲鳴を上げたヴラド(若)。

 さーばんとの戦いの方もいよいよ佳境に入ったのか、霧がこっちの方まで立ち込めてきた。

 

「じゃあ次は、なんで若返ってるんだ?」

 

「ワンクッション、でなきゃ予習というやつだな。なにせ俺がこっちの姿で出る時はシリアスかギャグのどっちかに極振りした時だけだからな!」

 

「なるほど、メタいな!」

 

 ふはははははとうるさい高笑いと共に宣う。

 その余裕は、アサシンの真名開放が高らかに響いてなお崩れなかった。

 

「中々に手古摺らせてくれましたが――私たちの勝ちです。

さあ、若様。次は貴方の番です」

 

 ナイフの鋒を赤く煌めかせながらそう告げるアサシン。

 

「ちょっと待ってくれ。カプさばマスター最強は決まっただろ?なんでまだ戦うんだ?」

 

 容赦なくゔらどへ殺気を向けるアサシンに問うも、その返答はやはり本来の主従らしく息ピッタリだった。

 

「そんなの決まってるでしょう?」

「決まっておろう、」

 

 

『――聖杯戦争に、存在しない筈の追加サーヴァント戦は付き物』

 

 

 霧を晴らすどころか更に深くするアサシンに対し、ゔらども瞳を緋黒く輝かせる。

 

 

「カプさばの真名に合わない結界。大人しく聖杯を出さない元凶。

これでツーアウト。さぁ、最後の一投は?」

 

「ハッ!よく分かってるじゃないか。

 ――真名詐称。擬似宝具展開」

 

 ずるり、と、ゔらどの中で何かが()()()

 

 

「さあマスター。悪性を摘出し(抉り出し)ましょう」

 

「なるほど、分かった。オレたちの戦いはこれからだってヤツだな!」

 

 宝具詠唱を始めたアサシンの後ろから、最後の敵を睨む。

 どっから取り出したか青いサーベルを握る相手に飛び掛かるアサシンを広い視野で見つめ――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――キリト。もう朝だよー」

 

「………………ふぉあぉう!?」

 

 微妙にくぐもって聞こえるサチの声に、思わず飛び起きる。

 寝ぼけ眼で周囲を見渡せば、なぜか見覚えのない和風の部屋で横になっていた事実に一瞬パニックに落ち入り――そういえば、舞弥さんに連れられて冬木市を訪れていたことをようやっと思い出した。

 

「ってことは、さっきまでのは夢か」

 

 慣れない部屋に、いつもと違う布団と枕。自分はそんな違いを気にするような質ではないと思っていたが、そうでもなかったようだ。

 もう細かい内容など覚えていないが、なぜか悪夢と断言出来る夢に自然と苦笑いになった。

 

「キリトー。もうすぐご飯できるよー?」

 

「おう、サンキューな。今起きる――どぅわ!?」

 

 障子の向こうから聞こえる声に返事をしながら身体を起こすも、何か踏ん付けてしまったのか鈍い音と共に再び布団に転んでしまった。

 

「キリト!?大丈夫!?」

 

 慌てたサチが部屋に入ってきたのか、クリアに声が聞こえた。

 ――そして、何故か恐ろしいと感じるセリフが、聞こえてきてしまった。

 

 

 

「……なにこれ?ガチャガチャのカプセル……?」

 

 

 

 

 



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49話 竜の騎士の珍道中 後編

 

 

 

 

 

「うおおおぉぉぉおぁああああああああ!?!」

 

 半ば振り落とされないようハンドルにしがみつき、森林地帯へと続く荒野を爆走する。もう叫び声も悲鳴同然だ。

 だがその甲斐あってか、森と荒野の境目に覚えのあるピンク髪が見えた。

 

「やっと来たわね!この私を待たせるなんて、いい度胸」

 

「その前に、そこ、退け、ドラ娘!」

 

 ――繰り返すが、オレはこのポンコツにしがみつくだけで精一杯。付け加えればオレが運転経験のある電気スクーターにはエンジンブレーキなんて代物は無く、ブレーキをかけなければ止まらないと思っていた。

 メーターは当の昔に二百キロオーバー。前方には鬱蒼と茂った木々の壁。そして進路上には人。文句なしのプリ◯スミサイルならぬバギーミサイルだ。

 

()ー!?」

 

 その場に体育座りして頭を抱えたエリザ。

 いや避けろよと舌打ちしながらも、咄嗟に効かないハンドルの代わりにコントロールに使っていた右足で地面を蹴る。

 浮き上がる前輪。後輪が地面に着きっぱなしで容赦無くひっくり返るのに任せて、無理矢理座席から転がり出る。

 それと同時に着弾した前輪とハンドルがひしゃげ、エンジンブロックに突き刺さる。当然バギーは爆発、炎上。これは酷い。

 ……まあ、ぶっ壊してもレンタル代以上は取られなかったし、結果オーライと思っておこう。

 

「……おい、エリザ。無事、か?」

 

 もくもくと黒い煙を登らせるバギーだった鉄屑を尻目に、コートについた土を払い落としながら未だ頭を抱えて縮こまるドラ娘に近付く。

 その光景に妙な既視感を覚えていると。なんか、角が四本ほど生えてきた。

 

 あ、やべ。

 

 再び地面に転がり込む形で回避行動をとるのと同時に、7.62ミリ弾の三発一セットが三十個、直前までオレがいた空間を蜂の巣にした。ついでに空薬莢が十個程足元の地面を熱した。

 

「……アナタねぇ…………アナタねぇ……ッ!」

 

「よし。とりあえず、落ち着け」

 

 待ち合わせ場所を指定しなかったお前が悪い、という文句は飲み込む。得てして女性とは理不尽な存在であるというのはSAOの二年で散々思い知っているし。主にピトとかアスナとかで。

 TKBのグリップを握りしめたままリロードも忘れ、真っ赤な顔でプルプル震えるエリザを刺激しないよう、言葉を選びながら宥めにかかる。

 

「こっちから、も、言いたいことは、ある、が、まずは、落ち着け」

 

「口答え無用!いっぺん死になさい!」

 

 ロクに口を開く余裕すら無かった。

 突き出された銃口を躱し、続く横薙ぎにはバックステップ。GGOじゃ絶対に見ない『槍使い』の動きだが、その対処法ならもう身に染み付いていた。

 次は大きく突き出たアイアンサイト()が逆袈裟に迫る。その軌道は簡単に見て取れたから、今度は避けるのではなく、銃身に手を伸ばして逆に上に流す。

 彼女の予想を上回る勢いで跳ね上がる銃口。手元からグリップが離れないようにするので精一杯だったのか、攻撃を一瞬止まらせることに成功した。……本当に一瞬だったが。

 

「頼む、から、話、を、聞け」

 

「お断りよ! ――って、コラ!何するのよ!」

 

 新体操のクラブ宜しく指先だけでアサルトライフルを一回転させ、腰に取り付けてあるサブマガジンにマガジンゲートを叩きつける。

 後は反動で逆回転するライフルをキャッチし、ボルトを引かれてしまえば、再び面倒なことになるだろう。まあBoBで何度か見て知っているから止めるのは簡単だったが。

 

 ……さて、どうしようか。

 取り上げたTKBを片手で掲げ、ハンマーパンチで返せ返せと抵抗するエリザを見下ろして熟考する。

 斃すだけなら簡単だ。この少女の強みはパワーアタッカー染みた筋力と、アスナやアルゴには届かないもののランガンしても充分通用しそうなAGIを兼ね備え、その上で予測不能なトリッキーさが絶妙なバランスを保っていることだろう。ある意味器用貧乏とも言える。しかし大会でもないのに女性を殴り飛ばすというのも気が引ける。BoB予選の時もわざわざ降参させたのに。

 

 スカートのポケットから飛び出してきたダブルデリンジャーの銃口を指先で弾き、四十一口径マグナム弾の反動で真横にすっ飛んでた銃本体を見送ってから更に唸る。

 

 とはいえ、このまま殴られ続けるのも話にならない。ワザと斃されるというのも頭に過ぎったが、それだと何の為に乗り慣れないバギーでパンジャンして来たのか分からなくなる。却下だ。

 となると消去法でエリザが落ち着くまで待つ、となるが……PK前提のGGOでフィールドで突っ立ってるのって、どう足掻いても的でしかないんだよなぁ。せめてTKB(ロシアの狂気)が魔除けにならないかな。ならないよな。なんかジャングル方面から嫌な予感がするし。

 動植物蔓延る空間内に、逆に()()()()()()()()()()()箇所が紛れ込んでいる。

 その感覚に細く息を吐いて、気分を入れ替える。

 

「やっと言うことを聞いたわね!さあ、今度こそやっつけて――」

 

 TKBを持っていた腕を下ろし、早撃ち、格闘、何方にも即対応出来るよう自然体に構える。

 

 結果は―――― ビンゴ(当たり)

 

 ジャングルの日陰を縫うように投擲されたのは、今時珍しい破片手榴弾。だがプラズマグレネードとは違い、爆発するその瞬間まで音を発しない隠密性は、ジャングルに背を向けていたエリザの不意を突くには十分過ぎた。

 

「チッ――」

 

 咄嗟に頭二つ背の低いアバターの少女を抱き寄せ、全力で地面を蹴る。

 空中で爆散したパイナップルモドキが放った欠片に左半身を所々抉られながら、さらにもう一歩、距離を開ける。

 

「な、何事よ!?」

 

「襲撃、だ。しかも、手慣れて、る」

 

 グレネードが飛んできた以上、近距離に最低一人いるのは確実。そしてPvPを仕掛けて来たからには複数人(スコードロン)が相手だと思っていいだろう。

 その場合、最大の脅威となるのは、狙撃手。

 ……誘導されている気がするが、仕方ないな。

 

「おい、行くぞ」

 

 「え、ちょ、」と戸惑いっぱなしのエリザの手を取り、射線を切るべく今度はジャングルに飛び込む。間合いを詰めれば手榴弾も使い難くなる。トラップが張られている可能性、地の利の不利を鑑みても、対処不能な遠距離狙撃を潰すメリットは大きい。

 

「……ねぇ、ちょっと」

 

 だが撃退するにせよ逃走するにせよ、まず敵の情報が欲しい。ハンドガンかサブマシンガン(SMG)程の接近戦となれば確実に勝つ自信はあるが……

 

「――ちょっと、聞きなさいよこの子ブタッ!」

 

「ぐふっ!?」

 

 遮蔽物を意識し、周囲を警戒しながらの全力疾走。だが予想外(直近)の肘には流石に対応しきれなかった。

 思わずエリザの手を離し、綺麗にエルボーが突き刺さった鳩尾を押さえる。

 

「なに、しやが、る!」

 

「当然でしょ!散々レディの肌に触れておいて、その程度で済んだことに寧ろ感謝なさい!」

 

 流石に狙われている自覚はあるのか発砲こそしてこないが、TKBの銃口からは真っ赤なバレットラインが伸びる。

 ……そろそろ我慢の限界だ。なんだかんだBoBでも引っかき回されたし。

 撃つタイミングを探ろうと、目を覗き込む。自信に満ち溢れた勝気さと僅かな苛立ちが混じる表情に、少し暗めの蒼い瞳。

 

 そこには――()()()()()()()()()()

 

「は? ――ッ!」

 

 直感的に湧き出た、その意味不明な感覚。自分の考えだというのにそれに一瞬捉われたオレは、背後からの刺すような殺気に反応が遅れた。

 銃声と脇腹を抉られる感覚が連続して続く。身を捻った角度と着弾点から逆算、狙い(ターゲット)は心臓。サブソニック(亜音速)で飛ぶ.45ACP特有の銃声で、その癖二点バースト……H&KUMP(ドイツ製SMG)ってとこか?

 お返しに腰溜めで五十口径弾を数発撃ち込み、反動も込みで時計回りに回ると、身体の縁ギリギリを7.62mm弾(TKBの射線)が掠める。やっぱ撃ってきやがったか。

 ……だが不思議と、エリザに対してさっきまでのような苛立ちは感じない。

 相変わらずフルオートで吼えるTKBのバレットラインを、今度は射手や銃身を叩かずに対応する。勿論背後のSMG使いへの警戒は怠らない。

 

「……なんでよ」

 

 ――銃の割には正確に迫る九十発の弾丸と三十発の空薬莢。その中で当たりそうなものを後方へと躱し、往なし、エストックで弾く。

 銃身を切り詰めたショットガンを乱射してもまだ足りない程広範囲に破壊痕を残しながら、まだなお少女は震えていた。

 

「なんで撃ってこないのよ!?ふざけないで!私と、決着を!付けなさいよ!!

私には、なんでアナタが()()なのか分からない!価値が分からないのなら代わりなさい!

 ……もしかしたら、わかってくれるのかもって、思ってたのに」

 

 ――羨望。或いは嫉妬。そして落胆。

 デスゲームと化したSAOで数多く見かけ、そしてジョニーの様な怪物すらをも生み出した感情が、その瞳、その声に宿っていた。

 絶叫のまま、TKBを投げつけてくる。銃身がオーバーヒートを起こしかけているそれを受け止めていると、エリザはストレージから別の銃を。

 見覚えのある竜の顎が、牙を剥き出しにしていた。

 

「……その、銃、は――」

 

 ――プファイファー・ツェリスカ。

 鋼鉄の浮遊城に於いて最強の座にいた、今尚伝説を増やす小竜公(ドラキュラ)。進む先にある凡ゆる障害を文字通り叩いて潰すあの人に相応しい竜の息吹(ドラゴンブレス)そのものといえる拳銃。

 それが、エリザの手にあった。

 

「なんで、お前、が、それを、」

 

「おじ様が私に預けたのよ。もしアナタにこっち(GGO)で会う機会があれば、渡しておいてくれって」

 

 アイソセレススタンスで構えるエリザ。シングルアクションリボルバー特有のカチリと小さく撃鉄を上げる硬質な音が鳴り、シリンダーが回る。オレの装備では例えどれだけVIT(体力)を上げようと掠っただけで即死する弾の予測線が、真っ直ぐオレを貫いていた。

 

 ……なんとなく、分かる気がする。

 この少女の悲鳴が。この少女の悔しさが。

 だけどそれは、オレにはどうすることも出来ない。

 けれど、いや、待てよ。だとしても不可解な点がある。

 

 『価値が分からないのなら代われ』つまりそれの価値は不確定にして不安定。

 『オレなら分かったかも知れない』つまりそれはオレの五感に間違いなく引っ掛かっている。

 これら二つの要素を含み、尚且つエリザとヴラドに共通する点。

 この推測が正しければ、エリザの怒りの源泉は――

 

「……音楽?」

 

 十五ミリを超える直径から伸びる太い軌跡は、息を呑む音と共に掻き消えた。

 ……当たり、か。

 ヴラドは、あの世界に於いてプロの歌手(神崎エルザ)の伴奏すら勤められる程の腕があった。クラシックだけでなく、ロックやアニソン、ボカロ曲すら数曲暗譜していて、アインクラッドのBGMも容易く耳コピし、ピトの曲もほんの数回練習しただけで完璧に弾き切れていた。

 あれだけ幅広い知識や技術、才能があれば、アイドル志望のエリザとも話が合っただろう。無いとは思うが、歌の練習にすら付き合っていたのかもしれない。

 ただ、これでもまだ違和感が残る。

 

「エリザ。なぜ、お前、は、そこまで、拘るん、だ?」

 

 貴族のプライドからくる独占欲とか言われたらそれまでだが、ピトにあれだけ懐いていた奔放な少女が、銃なんて鉄臭い物を軽々振り回す彼女が、そんな細かい事を気にするのか?

 

「……知らないのね。まあ当然と言えば当然かしら。私も聞き伝だし、あの人が自分から言うわけないだろうし」

 

 一端とはいえ、理解された事が嬉しかったのだろう。言外に仕方ないという言葉を忍ばせながらも、どこか誇らしげだった。

 

「あの人は弦楽器の、特にバイオリンの天才だったのよ! ……成人なさってからは殆ど演奏してないし、話を聞いただけでも結構変わった音楽感だったそうだけれど」

 

「変わった、音楽、感?」

 

「ええ。どんなに才能があっても、必ずしもそれが本人の為にはならないのよ。

 そうでもなきゃ、コンクールで入賞する度に使った楽器は壊して、逆に散々だった時のは嬉々として保管しておくなんてこと、普通しないでしょう?」

 

 ……成る程。確かにそれは変わっているな。

 DKのギルドホームにはダンジョンだった頃の名残で多種多様な楽器が、状態の良いものから元々何だったのか判別出来ないほど粉々に壊れていたものまでゴロゴロ転がっていた。それらの管理は主にヴラドがしてたから、もしかしたら実はSAOでもバラしていたのだろうか。

 

 閑話休題。

 ある程度喋りたい事は喋ったのだろう。「それなのに……」と、リボルバーのバレットラインが照射される前よりも不機嫌そうな呟きが出る。

 

「私ですら何度もねだって二、三弾いてもらっただけなのに、その価値も知らずに何度も聞けただなんて、許せないわ!」

 

「んなこと、言われ、たって、どうしろ、ってんだよ」

 

 エリザがオレに突っかかる理由は分かった。分かったが、これに関してはオレには本当にどうしようもない。本人に言ってくれ。

 ……それに。

 

「特別に、なりたい、気持ちは、痛い程分かる。だからこそ、負けてやる、事は、できない、な」

 

 ――理解出来たからこそ、戦う理由が出来た。ならばいつもの様に押し通るのみ。

 さあいざ尋常に、勝負。と、その前に。

 

 漁夫の利を得ようとしたのだろう。バレットとプファイファー・ツェリスカのバレットラインが交差する中空、本来BoBプレイヤーならば全神経を注ぐその空間から逃れる様に、上から破片手榴弾が降ってくる。

 が、殺気丸出しの投擲には、当たらずとも軌道を逸らす位なら対物弾の衝撃波だけで事足りる。適当な狙いで放った銀雷と手榴弾が鋭い金属音をたて、横回転する弾頭が爆弾を綺麗にホームランする。

 弾丸の後ろ半分の痕が刻まれた、()()()()()()()()()()()()()()を見送り――

 

「む?」

 

 目に映ったその違和感に理屈が動く前に、横方向から気配が完全に消える。しかしバレットの反動を抑え込むのに硬直している身体は反応してくれない。

 ……仕方ない。リスクはあるが、UMPの火力なら耐えられるだろう。

 そう覚悟を決めていると、予想外の方向から、ある意味で予想外の攻撃が飛んできた。

 

「砕け散りなさい!――きゃっ!」

 

 正面から鼓膜を強打したのは、一発分しか聞いた事がなかった .600ニトロ・エクスプレスの咆哮。さっきのデリンジャー同様横方向への強烈な反動で銃身が吹き飛び、エリザの平坦な胸部に重量六キロのグリップが刺さる。

 だがその火力は折り紙付き。一発だけだというのに敵がいると思わしき方角の木々を数本根こそぎ抉り倒し、薄暗い森林の一角の見晴らしがやたら良くなった。

 

「……おい、おい。マジ、か」

 

 しかし。対物ライフル以上のダメージが齎らした惨状は、見事に結果を引き摺り出した。

 ――半分程の高さで倒壊した大木。その影から、短く切り揃えられた薄い金髪の男が立ち上がる。

 装備は飾り気の無いシンプルな現代風戦闘服。武器はUMPではなく……釘打ち機(クリス・ヴェクター)!?また色物の類かよ。

 

 何にせよ、敵である事は確かだ。まず手始めに命中精度の悪いパトリオット(バレット)を腰溜めに二発ぶっ放し、続けて相手をアイアンサイトでロックする。殺気の消し方からそれなり以上にやるのは察せていたが、予想通り紙一重で躱された。

 尻餅ついたまま「銃が効かないのがデフォになってない!?」と叫ぶエリザを他所に、バレットを握る右手を大上段に振りかぶる。防ごうものならSTR値に任せて叩き潰すが、さて、どうくる?

 やはりと言うべきか、相手は回避を選んだ。素早く左にステップを踏んだ金髪野郎に対し、間合いを測り直す意図もあって振り下ろした腕の勢いそのままに片手で側転をする。

 一方敵もまだ此方が小手調べなのを察知したのだろう。まず叩ける処を叩く、という戦術の基本を打ってきた。

 即ち――TKB(旧露面の狂気)が、無情にもヴェクター(米国面の珍兵器)に撃たれる硬い音がした。

 

「ァ"ァ"ア"何してくれてんのよアンタぁああ?!」

 

 後ろからこっそりツェリスカで狙っていたエリザだったが、効果覿面。手が塞がっているのも忘れて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、TKBへと飛びついた。

 

「――あ、」

 

 半壊したTKBに手が届く段階になって、漸く処刑台に自ら飛び込んだことに気が付いたのだろう。眉間を狙った黒々とした洞の奥から、プラスチックが軋む音が鳴り、

 

「おい、パツキン。こっち、向け!」

 

 それに強引に割り込む。エリザに当たるリスクのある銃撃ではなく、闖歩で一息に懐に飛び込んで掌底をブチ込んだ。

 決まれば一撃で葬れる自信のある一撃は、しかし後方へと退がった相手は健在だった。手応えが不自然だったし、自分から跳んだな。

 

「エリザ。無事、か?」

 

「え……あ、ありがと。って違うそうじゃなくて!アイツ!早いとこ斃すわよ!」

 

 これ以上の破損を嫌ったのだろう。TKBをアイテムストレージに仕舞うと、代わりに拳銃(グロック)を取り出した。18Cに比べれると一回り小さいから、おそらく26Cだろう。

 厚みある小さな拳銃のスライドを動かし、初弾がチャンバーに送り込まれる。

 GGOでは比較的珍しい、小柄な女性らしいアバターの小さな手がグロック26Cを二、三回転スピンさせて手に馴染ませると、曲芸染みた器用さで右手にグロックのグリップを、左手にツェリスカの銃身に持ち変える。すると、オレの右脇に鈍い感触が当たった。

 

「エリザ?」

 

「アナタの方が使えるでしょ。いい?預けとくだけなんだからね!」

 

「……そりゃ、どーも」

 

 貴族としてのプライドと、憧れの人物からの贈物を傷付けられたことからくる怒り。一周回ってエリザを冷静にすらさせたそれは、今はまだ八重歯の奥に静かに収まっていた。

 ……それにしても、右手にプファイファー・ツェリスカ、左手にはこれまで使っていたバレット、か。装備の外見もあって、どう足掻いても某真祖だな、これは。尤もツェリスカの装弾数はたった五発、いや、さっきエリザが一発撃ったから残りは四発か。

 自分のそんな思考にふと片頬が上がる。吸血鬼を忌み嫌うあの人に憧れたオレが行き着いた果てが、吸血鬼の真似事とはな。

 落ちていた撃鉄を親指で上げる。格好云々を悩むのは後だ。今はただ、目の前の敵を叩き潰すことだけを考えよう。

 

「こっち、から、突っ込む、ぞ。

 ――ついて、来れるか?」

 

 挑発のつもりなのか、釘打ち機(クリス・ヴェクター)から手を離して棒立ちする金髪の男。待ち草臥れてきたのか手招きしてきたのをスルーして、意識して好戦的な笑みをエリザに向ける。

 

「……なんだかよく分かんないけど。誰に対してモノ言ってるのよ!

貴方が、ついて来なさい!」

 

 返答は、心強いものだった。

 目前に佇む敵に二人で飛び掛かる。すぐさま横から九ミリ弾の軽い発砲音が断続的に響き、金髪野郎が回避する。

 重心が傾いたその隙を突いて左踹脚。ガードを選択した金髪野郎の左腕と肋を数本持って行った手応えあり。だが逆に言えばそれだけな訳で。折れた左腕が脚に巻き付き、幾分か勢いの減衰した蹴りのベクトルそのままに投げられかける。とはいえ吹っ飛ばされるのには慣れているからには動じる事はなく、寧ろツェリスカ、バレット、グロックでの十字砲火(クロスファイア)を浴びせてやる。

 ついでに三人――聴覚の具合が未知の領域に浸かってるドラ娘は多分だが――の鼓膜をメッタ打ちに叩いた砲撃は、しかしこれも届かない。寸での処で身を落としたパツ金の頭上を九ミリパラが通過し、対物弾×二は当たりこそすれ、既に皮一枚のみで繋がる左肘を雑に盾にされインパクトダメージすらロクに本体に届かなかった。

 飛距離としては大した事ない、大股の一歩で抜かせる程度の弱々しい投げから逃れた頃には、敵は次の攻撃に移っていた。素早く釘打ち機(ヴェクター)を取り上げたと思えば、エリザに向けて一息にフルオート射撃。秒間二十発の銃撃は拳銃一丁の少女を撃破ないし下がらせるには十分。一秒にも満たない鉛の集中豪雨に晒されたエリザは、妙に既視感のあるしゃがみガードでそれを強引にやり過ごす。

 隙だらけのその背中にバレットを一発撃ち込んでやり、続けて怒りの叫びとセットでグロックが火を吹く。利き手と敵の能力から推測し右側に、次にエリザの背後に回り込むように左に回避するという予想を立ててツェリスカをブッ放せば、小気味良い反動もあって「Jackpot(大当たり)」とでも呟きたくなるほどに的中。米国版P90とも言われる釘打ち機が指数本と共に無用の長物と化す。

 だが――

 

「……?」

 

 命中箇所が銃とはいえ、敵の身体を照らすダメージエフェクトがやけに少ない気がする。反射的に逆方向へ跳んだからか?

 即興コンビとはいえ、SAO攻略組の上位陣或いはBoB本戦上位半数に食い込む程度の戦力なら既に数度屠ってると断言出来るだけの暴力を浴びせながら、未だに仕留めきれないことに今更ながら違和感を覚える。

 ……もしかしてコイツが、ジェーンが言ってたサトライザーってヤツか?

 レッグホルスターに突っ込んである拳銃に手を伸ばしたのをバレットで牽制しつつ、思考を回す。

 ――だとすれば厄介だ。想定戦力はピトフーイや闇風以上。オマケに銃社会出身なら、銃の取り扱いには向こうに一日の長がある。銃撃戦は却って不利か。

 バレットを仕舞い、残弾二発のツェリスカのハンマーを起こしながら一回転スピンさせる。

 これで念の為の()()()は上々。なら後は、精々昔からの得意技で。

 

 即ち、超接近戦(物理)で押し通るとしよう。

 

「はぁッ!」

 

 バックステップで間合いを開けたエリザと入れ替わる(スイッチ)形で、空いた左手で拳を握り一直線に突き出す。

 力強く踏み込んだ一撃は指が数本欠けた手に流され、僅かに手首に巻き付かれる。その敵の腕を銃身で押さえつけてから足払いを仕掛けるが、簡単なステップで避けられたが、敵の踏ん張りを引き剥がすことには成功し、大きく横にズレたパツ金野郎の肩に鉛玉が降り注ぐ。

 しかしその一瞬気が緩んでしまったのか、今度は逆に一本背負いを仕掛けられる。踏み止まることは無理だと早々に察し、こちらから跳ぶことで足から着地。それすら読んできた敵は、鉄山靠に近い動きで背中から体当たりしてきた。

 腕を掴み掴まれている状態では回避もガードも間に合わない。けれど不完全にオレの手首の関節を極めている敵を力任せに振り解けば、エリザからの射線が通る。

 それなりにダメージを刻み、そろそろ少ないだろう敵のHPは、果たして――一切減らなかった。

 

「げっ」

 

 一発撃っただけで、拳銃のスライドロックがかかった硬質な音が鳴る。辛うじて吐き出された九ミリパラも敵の横の虚空を虚しく貫くのみ。

 

「エリザ!?」

 

「う、うるさいうるさい!ジャックに持たされたホントの予備の予備なんだから!ちょっと待ってなさい!」

 

 慌ててアイテムストレージをひっくり返して予備弾倉を探すエリザだが、当然敵は待ってくれない。猛然と突進してきた。

 咄嗟に進路上に割り込み、通天炮でカチ上げようと脚を踏み締め、

 

「…………あ?」

 

 ――打ち上げた拳は、不気味な程軽かった。

 外れたからじゃない。これは一体……

 急速に膨らみ始めた不安を振り払うように目前に佇む敵に寸勁を叩き込むも、これも必中の間合いなのに届かない。

 

「ッ――」

 

 我武者羅に打開、頂肘、穿弓腿と繋げ、その全てが中途半端な処で不発に終わってから、ようやくそのカラクリに気付けた。

 技の途中、或いはインパクトが相手に伝わる直前。時間にしてほんの一瞬、膝や腰といった関節を、足で()()()()()()いた。

 ――八極拳に限らず、武術による拳で相手に満足なダメージを与えるには、体重移動が肝心だ。それに攻撃速度も、肩や肘だけでなく全身の関節を使うことでより上昇する。

 しかしその関節を、特に震脚(踏み込み)による地面からの反作用で威力を底上げする八極拳の技の途中で膝や腰を抑えられればどうなるか。それを今、明確に思い知った。

 

 慌ててバックステップで間合いを取る。この男がサトライザーだとすれば、この技術は軍隊格闘術(アーミー・コンバティブ)の延長にあるものだろう。片腕を失ってなおこれでは、接近戦はリスクが高過ぎる。

 退がった分の距離を詰めようと近付くヤツにツェリスカを撃つが、これまでより一段と素早い動きにまたしても木々が犠牲になった。ヤロウ、やっぱり今まで手加減してやがったのか。

 牽制に蹴りを放ちながら、もう一度撃鉄を上げる。コートの裾の向こう側へと消えた敵に銃口を向ける。まだトリガーに指はかけない。

 しかし、横から伸びた手が、無理矢理トリガーガードに指を突っ込んできた。

 

「な、テメ、」

 

 バレットサークルに何も捉える事なく、撃鉄が落ちる。最後の一発が籠められた薬莢の雷管を、ハンマーが叩き――

 

 

 弾は、出なかった。

 

 

 ――不発弾(ミスファイア)

 GGOでも極低確率で発生するその現象に、初めて金髪野郎の表情が変わる。

 完全な無表情から、ただ口元が吊り上がっただけの、異形の笑みに。

 

「――あった!これで、どうよ!」

 

 少女の声と連続する発砲音に、背筋に張り付く久方振りに感じた恐怖が解けていく。膝の力を瞬間的に抜いて射線の確保とツェリスカの奪還を両立し、そのまま斧刃脚で敵の足元を払う。

 軽いステップであっさり躱され、一瞬エリザへと視線を向けた金髪野郎。その一瞬で、ツェリスカの撃鉄をもう一度上げる。

 オレの動きを即座に感知した敵だが、回避行動はない。当然だろう、ツェリスカの装填数は五発。エリザが一発、オレが三発。そして不発弾が一発。もう撃てるはずがないのだ。

 にも関わらずオレが撃鉄を上げたのはハッタリだと判断した金髪は、バレットを納めているコート裏に突っ込んだ左手こそが本命だと睨んだのだろう。そのまま捻り上げてやらんと手が伸びてきて、

 

 その顔に、零距離でツェリスカの銃口を突き立てられた瞬間に、もう一度表情が変わった。

 ――()()()()()()()()()を見て、驚愕の表情に。

 

「――Shi」

 

ブナ・セアラ(今晩は)シィ(そして)ラ・レヴェデーレ(さようなら)ッ!」

 

 BoB本戦のリプレイでヴラドが呟いていた決めゼリフを締めに、魔砲の引金を引き絞る。

 撃ち出された竜の息吹は、今度こそ、金髪野郎の上半身を蒸発させた。

 

 

 

 

 

「……勝った、か」

 

 残った敵の半身がポリゴン片に還ったのを見届けて、肩の力が抜ける。

 今まで相手した事のない種類の敵に、想像以上に精神的に消耗したのだろう。歩み寄ってきたエリザの背が妙に高い位置にあるのを見て、やっと自分が座り込んでいるのに気付けた程だ。

 

「ねね。最後のどうやったのよ?」

 

 手渡された怪しい色のパッケージの携帯飲料を飲み干し、漸く一息付けた気になってから、エリザの問いに答える。

 

「ツェリスカの、弾倉、を、一発分、ズラして、おいたんだ。引っ掛かって、くれるかは、運、だったがな」

 

 ――プファイファー・ツェリスカの原型は、コルト・ピースメーカー。この手のシングルアクションリボルバーは、ハーフコックにすることで自由にシリンダーが回せるようになる。

 残り二発になった時にしたコッキングしながらのガンスピン。あのタイミングで、シリンダーを回しておいたのだ。理屈としてはロシアンルーレットの応用だが……ぶっつけ本番で上手くいってよかった。

 

「もう一個訊かせなさい。なんで私を助けたのよ。

 ていうかそもそもなんで来たのよ!私を囮にすればもっと簡単に斃せたでしょ!」

 

「質問として、破綻して、ないか?」

 

 思考がこんがらがっていると分かる問いにキザな答えでも返して反応を見てやろうかという愉悦部的考えが浮かぶが、疲労の方が上回った。

 

「お前を、守る、為、だ」

 

「――」

 

 結局、本音をそのまま口にした。ピトからの贈り物(TKB-059)をロストして暴れられたら、間違いなくオレが一番被害を被るだろう。勘弁極まる。

 

「さて、そろそろ、帰る、ぞ。これだけ、派手に、暴れたんだ。いつ、ハイエナ(漁夫の利狙い)が、現れても、おかしく――

 ……エリザ?」

 

 バレットの弾倉を入れ替えてから立ち上がり、炎上したバギーを惜しむ頃になってから少女の反応がなくなっている事に気が付く。

 恐る恐る確認してみると――

 

「きょ、強制ログアウト、してる」

 

 ガックリと項垂れて、意識が身体から切り離されていた。

 ……なんか何処となく既視感を感じるな、オイ。

 

 最終的にグロッケンに辿り着くまでに十数人ものプレイヤーをデスルーラさせることになり、買い足した対物弾は全てポリゴンに還元された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その後しばらくして。

 

「聞きましたよ。随分と奮闘なさったそうで」

 

 パリ乗り換え、ルーマニア・ブガレスト行きの便のチケットを手渡されたタイミングでジルさんにそう言われた時には、自分がどんな表情をしていたか分からなかった。

 

「……自分の、強さが、まだまだ、だって、再確認、した、だけです」

 

「まさか。あのサトライザーを撃破したのですよ?」

 

 裏の意味や含みが一切ない声色でそう言われて、戦ったことがあるのかと聞けば「第一回BoBの映像を確認しました。あれは間違いなく訓練を受けた職業軍人の動きです」と返ってきた。

 

「ていうか、本当に、アレは、サトライザー、だったん、ですか?」

 

「ええ、おそらく。アバターの特徴がエリザ様の話と一致しましたし」

 

「そう、か」

 

 ジルさんの口から出た名前――ヴラドたちと合流したあとも無駄に美しい美声で騒ぎまくり、現在進行形でヴラドをウィンドウショッピングに引き摺り回している少女の姿が脳裏に浮かんだ。

 思わず漏れた溜息で、ジルさんもそれとなく察したのだろう。お疲れ様です、と優しく声をかけてきた。

 ……そういえば。

 

「ジルさんって、ヴラドと、長く、いるんです、か?」

 

「普段通りの口調でいいですよ。

それで、あの人とですか。ええ、ブライアンが六つの頃に」

 

 ……それは従者というより幼馴染みでは?

 二人の距離感が妙に近い理由にツッコミを入れたいのを我慢して。これまで聞いたヴラドの話から、どうしても気になった点について尋ねることにした。

 

 それは――

 

 



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プロローグ 或いはニーベルンゲンの姫君のように

 

 

 

 

 

「――あの人(ブライアン)の音楽感について、ですか?」

 

 台本から外れることが出来た少年の口から出た意外な問いを、鸚鵡返しに言う。

 

「ああ。エリザから、聞いたん、だが。あの人、バイオリンの天才、で、コンクールで、賞を取ったことも、あったんだろ。でも、」

 

「入賞の度に当時使用した楽器を破壊した、ですか?」

 

 エリザが得られる情報の中で、最も言いそうな事を予測して言ってみれば、コクリと首肯する昌一。

 ……さて、どう答えたものだろうか。

 答えないという選択肢は使えない。本人に直接訊かず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()私に聞いてきたという幸運をわざわざ棒に振る事はない。とは言え一から十まで全て説明するとなると、それはそれで多様な意味で不都合な点が存在する。

 ――全く。あのトラブルメーカーにも困らされたものです。

 

 溜息を隠しながら、伝えても問題無いポイントをピックアップすべく、遠い昔――ヴラド十五世が、少年(ブライアン)だった頃の思い出を振り返ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――二十八年前 ルーマニア

 

 

 ある日の昼過ぎの事。私は、表の駐車場に見知らぬ車が停まっているのを発見した。

 当時従者見習いとしてシギショアラにあるヴラド家に住んでいた私は、一先ずそれを隣で掃除の監督をしていたメイド長に伝えた。

 

「あ、あれですか。確かに見たことないナンバーですけど……まあ大丈夫でしょう!」

 

 腰まで伸びた赤いストレートヘアを靡かせながら、メイド長は一見呑気にそう言ってのけた。

 ……なお、その時私たちがいたのは二階で、一種の霊体(擬似サーヴァント)としては最も完成していた当時の私ですら、館の正門前に停まる車のナンバープレートまでは見えないほど遠い距離だったことをここに明言しておく。未だに底が見えないんですよね、あのメイド長兼門番。かれこれ知り合ってから三十年経つけれど、その頃から全く老けていないのはどういう仕組みなのやら。

 

 それは兎も角。「休憩にしましょうか」という彼女の言葉に、使っていた掃除道具一式を片付けてからブライアンの部屋に行こうとしていた私は、数歩駆けた所でメイド長に呼び止められた。

 

「今からブライアン様の所に行くんですか?」

 

「うん。そろそろオヤツの時間だし」

 

 いつもならシエスタ(昼寝)を決め込むメイド長の珍しい反応に戸惑っていると、少し悩んだ様子で編み上げてる側頭部を掻いた。

 うーあーと言語を成していない呻きのあと、短く「刃傷沙汰は無しですよ」とだけ言った。

 

「う、うん。分かった」

 

 数ヶ月前、私がブライアンを解体()しかけた――対外的には、調理中に本人が手を滑らせたのが原因ということになっている事件の真実を意識したとしか思えない一言に、思わず吃りかけながらも返事をして、改めて走った。

 

 キッチンに用意されていた簡単なティーセットが載ったトレイを手に、目に悪そうな赤い館を今度は慎重に歩く。紅茶で満たされたティーカップからの芳香と、クッキーから立ち昇る甘い香りを楽しみながらブライアンの部屋に向かった。

 ――紆余曲折ありながらも、かつて社会システムに擦り潰された『私』が得た幸せな日常。

 しかしそれは、一時ながらも乱されることになった。彼の部屋から聞こえてきた怒声を切っ掛けに。

 

「……?」

 

 最初は空耳かと疑った。今のヴラドの様に、鍛え上げられた身体に気品と自尊心を兼ね備えた人物ならばまだしも。この頃のブライアンは痩せぎす気味で、性格もどちらかと言えば陰気。言葉に皮肉と自虐も多く、あんな風に誰かを怒鳴る姿を見る機会など無いと思っていた。

 扉の前で戸惑っていると、乱暴に開いた扉から身なりの良い男が飛び出した。罵声を吐き捨てながら鼻息荒く出て行った男に呆気に取られていると、部屋の中から破壊音が一つ、響く。

 その音に気が付いて飛び込んだ私の目に入ったのは、テーブルの上に置かれたバイオリン。その中央、丁度(ブリッジ)がある辺りに拳を振り下ろした、短い銀髪の少年。

 

「ブライアン……」

 

「ジルか。悪いが間食は後に――お、おい?!」

 

 バツが悪そうに、それでも手を引き上げないブライアン。掴み上げてみれば、僅かな抵抗こそあれ、木片や弦でズタズタになった左手があっさり顔を覗かせた。

 

「そんな顔すんな。どうせすぐ塞がるのは前に見せただろ」

 

 私は悲痛な表情をしていたのだろう。私の手を振り解くと、ハンカチで表皮に付着した血を拭き取った。

 右手で赤く汚れた布切を捨てると、続けて()()()()()()()で壊れたバイオリンの首を掴み、ゴミ箱へ叩き込んだ。

 「これでよし」と、侮蔑の笑みで粉々になったバイオリンを意識の外へ追いやったブライアンは――次の瞬間笑みが消え、代わりに後悔が顔に広がった。

 

「……取り敢えず、下ろしたらどうだ。ソレ。重いだろ」

 

 私が持っていたトレイを受け取ると、出しっぱなしだった空のバイオリンケースを雑に片付けてからテーブルに乗せた。

 ……重い沈黙が空気を澱ませる。彼が、未だ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎だった頃に得た、得てしまった狂気が、普段の暗い顔の奥に存在すること自体は知っていた。しかしそれから二十八年に渡って、この世界の何処にもその憤怒を叩きつける相手は存在しなかった。

 ――自身の怒りを持て余し、たった一つの名残に依る自責と後悔に押し潰されかけている少年。それが、私が知るブライアンという少年の真実だった。

 

 とはいえ、なぜこうしてその苛烈さが表面化しているのかまでは知らない。顕になった攻撃性に何と声を掛けていいのか分からず、でも彼にいつも通りのブライアンに戻って欲しかった私は何か言うべきだという意識の板挟みになり、

 

「えっと、えっと。今日はいい天気だね……?」

 

 ……などと意味不明なことを宣ってしまった。今思い出しても恥ずかしい。

 しかし数年後以降の羞恥心と引き換えに出た言葉は、対価に相応しい結果をもたらした。同じようにどう言えば良いものかと悩んでいた彼は、そこで漸く、苦笑混じりでも破顔したのだ。

 

「ああ、そうだな。勿体無いくらいいい天気だ」

 

 窓を隔てた先、雲一つ無いカラッとした晴天に目をやるブライアン。

 釣られて同じ空を見上げていると、対面にある椅子から、呟くような――それとも、子供が言い訳をする時のような小さな声が聞こえた。

 

「……さっきのあの男は、ある音楽アカデミーの学長だ」

 

「へ?」

 

「俺を入会させたいんだと。既に実力がある生徒を引っ張り込む方が、わざわざ才能ある生徒を探すより確実に名前が売れるからな」

 

 半ば吐き捨てる様にでた台詞は、確かに彼の地雷を踏んでいた。

 彼が⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎だった時の話を聞いていた私は、彼が音楽、特にバイオリンを憎み、けれど音楽でしか自己を表現することができなかったのだと聞いた。

 『あんな物に現を抜かして、抜かし続けて。挙句本当に大切なものが見えなかった』、と慟哭を滲ませていたのを知っていた。

 だから「弾いたの?」と突けば、「去年、チャイコフスキー国際コンクールジュニア部門で一位」と短く返ってきたのには驚いた。

 

「それって凄いの?」

 

「どっちかで言えば凄いんじゃないか?」

 

 聞き覚えのある長い名前に、ヴラド十四世(当時の当主)の部屋にあった盾に彫ってあった名前を思い出した。

 

「じゃあ、なおさらなんで?」

 

「……次期当主選びに、なんか結果出せって言われてな。アレ(音楽)以外何の才能もない俺が出来ることを考えると、な」

 

 「分かるだろ?」と、彼は温くなったティーカップに手を伸ばした。

 

「何にせよ。最低限貴族らしい結果を出し続けられるアテがあり、現状分家の方に候補がいない以上、将来的には俺が『ヴラド十五世』を襲名出来ると考えてもいいだろう。

 ……そうだ。俺には、前にはなかった力。前は使えなかった時間。その両方があるんだ」

 

 気のせいか、カップの持ち手が軋む。香りを愉しんでいる風に細められた目の奥に、覚えのある()()の色が浮かぶ。

 

『――この世界が()()なのだとしたら。

 ――この世界が、()()()()が現れる前の世界だとすれば。

 ……俺には、やるべき事がある。

 例えそれが、ほんの一時の慰めに過ぎなくても。

 例え再び世界が滅ぼうと。

 ――例えそれが、()()()の為にならなくても』

 

 ――数ヶ月前、彼と私以外誰も居ない病室。月明かりさえも差し込まない暗いそこで、私たちは、互いの在り方を、互いの過去を、互いの願いを告げた。

 

 そして少年は少女に希望(名前)を与え、

 

 少女は少年に、()()()()()()()()()()()

 ……いや、与えられるものはある。ただしそれに価値を持たせようとするならば、前提として彼の願いを踏み躙る必要があるだけで。

 

「ねぇ。何か、聞かせてよ」

 

 なら、私は。せめて、私は。

 私たち(ジャック・ザ・リッパーの伝承)から(ジル・フェイ)を引き揚げてくれた彼の唯一の理解者として、精一杯繋ぎ止めよう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼らを繋いだ祈り(アヴェ・マリア)が、いつまでも途切れないように。

 

「……トロイメライでいいか?」

 

「うーん、違うのがいいなぁ。だってその曲はおかあさんの思い出の曲だもん」

 

 「そうだったな」と渋々バイオリンケースに手を伸ばして――ついさっき中身を自分の手で破壊したのを思い出して、代わりに埃塗れのギターケースを引っ張り出した。

 

「こっちを触るのは、()を込みでも久し振りだけど……ま、なんとかなるか」

 

 手早く調律を済ませたアコースティックギターを膝の上に乗せて、ピックで軽く掻き鳴らしながら考える。

 

「リクエストは?」

 

「ブライアンのお任せで!」

 

「うーん演奏家泣かせの注文だなぁ!」

 

 「とほほ」と、わざとらしい半泣きでいつもの調子を取り戻したブライアンは、やがて何を弾くか決めた。

 

「それじゃあ――」

 

 ――結局最後まで曲名を告げることなく。

 演奏が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――……ルさん?ジル、さん?」

 

 呼び掛ける声にハッとなる。どうやら過去を懐かしむあまり、目の前の少年の問いを忘却の彼方へ追いやりかけていたようだ。

 

「ジル、さん。大丈夫、か?」

 

「ええ。すいません、心配をかけさせてしまったようで。それで、あの人の音楽感についてでしたよね」

 

 纏めるのに更に数秒。出た答えは、

 

「ヴラド十五世は、音楽を憎んでいる訳ではありません。彼のよく識る演奏家を憎んでいるあまり、連想してしまう楽器に当たることがままあるのでしょう。けれどなまじ才がある分、完全に拒絶する事が叶わないが故の矛盾。というのが正確でしょうか」

 

「……中々、面倒くさい、人、だな」

 

 昌一のコメントに思わず吹き出しかける。確かに面倒臭い性格とも言えますね。何処となく赤のセイバーを思い起こします。

 わざわざ表情を隠すつもりもなく、寧ろ第一印象を良くするべく若干オーバーにクスクスと笑っていると、タイミングよくエリザに引き摺りまわされていたヴラドが返ってきた。

 GGOで何があったのか、即昌一に噛み付きにいったエリザとすれ違い、ヴラド十五世を出迎えに足を進める。あの山盛りの荷物を輸送するのにまた色々と必要な手続きを考えるだけで、今から頭が痛かった。

 

 

 

 

 

 

 ――後にして思えば。この時、無理にでも()()()を昌一にしておくべきだったのかもしれない。あの人がSAOに巻き込まれたことで()()可能性に賭けていたのなら、尚更。

 今でも悪夢を見る、あの沢蟹の島。

 業火に沈んだ、()()()()()での出来事を。

 ……いや、だとしても無駄だっただろう。この後に持ち受けている絶望そのものは、この死銃事件に首を突っ込んだ時点で。或いはヴラド十五世がナーヴギアを被った時点で、確約されていたものなのだから。

 この世界が、彼の元いた世界線とも、私が聖女によって消滅した世界線とも違う可能性に、淡い希望を持ってしまったことが、きっと全ての始まりなのだろう。

 

 ――けれど、想像することは止められない。

 彼を傷付けてしまう事を是としてでも、私があの人の一番になりたいと口に出来たなら。

 それならせめて、後悔などあるわけないと、言えたのだろうか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

































 それは、嵐のような刃だった。

 命を絶たんと繰り出される鉈の刃。
 躱そうという試みは無駄だろう。
 力任せに振るわれたそれは、自分の貧弱な肢体では避けられない。

 だが。
 この身を潰そうとする嵐は。
 この身を救おうとする月光に防がれた。


 ぽたり、という澄んだ音。

 否。目の前に零れ落ちた音は、命の滴る音。
 およそ純粋さとは無縁であり、喰い込んだ刃も、それを受ける左手も、凍てついた夜気そのもの。

 透き通った響きなど有る筈がない。
 本来響いた音は肉と鉄。
 ただ、それを曇りない水音と変えるだけの憂美さを、その少年が持っていただけ。



「――サーヴァント、バーサーカー。
 聖杯を求め、今ここに現界した」

 闇の中でなお鋭い声で、彼は言った。



「――問おう。お前が俺の、マスターか」



 遽に吹き荒れた風が星明かりを連れ去り、真紅に輝く月のみが闇を照らし。
 森は少年の姿に平伏すよう、かつての静けさを取り戻す。


 時間は止まっていた。
 おそらくは一秒すらなかった光景。

 けれど。
 その姿ならば、たとえ魂が穢れ切ろうと、鮮明に思い返す事ができるだろう。


 僅かに振り向く横顔。
 どこまでも不変的な薄青の瞳。
 時間はこの瞬間のみ永遠となり、
 彼を象徴する銀白の衣が風に揺れる。


 差し込むのは鮮血の月光。
 銀糸のような髪が、月の光に塗れていた。



 ――ここに契約は完了した。

 彼がこの身を主と選んだように。

 きっと私も、彼の助けになると誓ったのだ。










第4章 聖杯戯曲装置アリシゼーション・グレイルウォー



――上演開始――







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第4章 聖杯戯曲装置アリシゼーション・グレイルウォー
第一小節 綻び 戸惑い 誤魔化し


 

 

 

 

 

 ――『住めば都』ということわざを知っているだろうか。

 どのような場所でも住み慣れれば居心地がよくなる、という意味のことわざで、事実引っ越し等でそれを実感できた人も多いだろう。

 

 だが、どうやらオレは少数派らしい。

 日本からルーマニアに移り、ブガレスト郊外にあるヴラドの屋敷に居候するようになってからはや半年。アニメで時々見る貴族階級の生活をイメージして緊張していたオレは、全く別の意味でのイメージとの違いに未だに緊張していた。

 それというのも……

 

 

「む、どうした。口に合わなかったか?」

 

「いや、美味しい、です。ホント、困る、くらい、に」

 

 ――なんで当主(ヴラド)が率先して家事してるんですかねぇ!?

 アインクラッドでも頻繁にご馳走になったロールキャベツ(サルマーレ)を箸(何故か完備してあった)で摘み、何度目か分からない「オイ貴族、いいのかこれで」というツッコミごと飲み込む。銀◯伝の帝国貴族的なのはちょっとなぁとか思ってたらまさかのこれだよ!

 従者のジルの方をチラ見するも、彼女ものほほんとスープを啜っている。住み始めた頃にツッコんだら、曰く「いい運動になるから代われ(意訳)」と言われ、結果として朝食を始め一部の家事はヴラドの担当になったとのこと。ええぇ……

 

 味とは真逆に気不味い朝食を終えれば、ヴラドとジルは経営してる会社の仕事に移る。とはいえこれも基本上がってきた書類に目を通してサインするだけの単純作業とのこと。

 「CEOこそ名乗っているが、所詮余は経営については素人。ならばその域を志し学んだ者に権を与えた方がよかろう」だそうで。

 会社についても、元は所謂『チャウシェスクの落とし子』を引き取っていた個人経営の孤児院で、資金と成長後の就職先の問題の同時解決を目論んで建てた会社なのもあって、緊急時のブレーキ役と他社との取引時の顔役をやる以外は仕事が無くて暇なんだとか。やることなすこと大胆というかなんというか。つうかアインクラッド第一層で孤児院モドキを始めた時に言ってた心得ってこれかい。

 

 ……まあ明らかになった真実やイメージとの食い違いへのツッコミはさておき。実態は脇に置いておくにしても、ヴラドたちは忙しい身ということになっている。

 その間、居候のオレのやることといえば、ぶっちゃけ何もない。いや、「この先VRワールド内での事業が増えるであろう。それに備え、日々鍛錬を積んでおけ」とかヴラドに言われてヨーロッパで流行っている和訳対応のVRソフトを一式貰ったし、一応やることはあるにはあるのだ。日本にいた頃とあまり変わらないスケジュールへの漠然とした不安と、エリザに絡まれる可能性に辟易してるだけであって。

 まあ散々悩んだ果てに、最終的にはアミュスフィアを大人しく被り、ラテン語をベースとする多種多様な言語が飛び交う空間に剣一本、それに時々銃か魔法をサブに飛び込む。それが、オレの日々の過ごし方だった。

 

 ……少なくとも今日、この日までは。

 

 

 割り当てられた自室で日本から持ってきたハードを起動させると、それと同時にスマホとアミュスフィアがけたたましく鳴った。

 おかげで巻き込んだ髪の毛が数本頭皮に永遠の別れを告げた際の置き土産にしかめっ面を強いられながらも、通話モードに切り替える。

 

『――やった、繋がった!ザザさんですよね!?』

 

「ユイ、か?久し振り、だな。どうか、したのか?」

 

 鼓膜を震わせたのは、キリトとサチの愛娘の声。かなり逼迫した雰囲気に、挨拶もそこそこに話の続きを促した。

 

『――パパが拐われちゃったんです!助けてください!』

 

 変圧器付きコンセントからプラグが引っこぬける音がした。

 

 

 

 視界の大半をアミュスフィアのバイザーに占拠され、ピカピカに磨き上げられた廊下で二回ほど転倒しかけ、三度目のスリップでヴラドの書斎の扉に激突する。

 頭頂部に響く鈍痛に呻いていると、音に気が付いたジルさんが扉を開けた。

 

「何事ですか?」

 

 無言で被りっぱなしだったアミュスフィアを差し出すと、一先ずそれを部屋の奥に放ってオレを立ち上がらせた。

 ちょっとチカチカするが、どうにか自分の足で立って入室する。その先ではジルからパスされたアミュスフィアをパソコンに繋げて、スピーカーから音声を出力できるようにしていたヴラドがいた。

 

「さて、これで此方の役者は揃ったといえよう。ではユイよ、状況を報告せよ」

 

『はい。それでは順を追って説明します。

 まず事の発端として、パパ達が襲われたのが一昨日の夜です。襲撃者は相良豹馬』

 

 痛む頭を摩りながらユイの話に耳を傾けていると、聞き覚えのある名前がでる。

 さがらひょうま…… それって!

 

「死銃事件、未だ捕まってない最後の犯人ですね。とすると、まさか凶器は例の毒薬?」

 

『いえ、使われたのはナイフでした。

刺されたのは左鎖骨の丁度真下。動脈を損傷したパパは、一時は心停止する程の重体で……』

 

 鼻声が一旦消え入りそうなほどか細くなる。

 

『それでも、最初に運び込まれた世田谷総合病院では手術に成功。命は取り止めたんです。

しかし、医師によると、五分強の心停止が続いた影響で、脳に何らかの異常が発生する可能性があるとされたんです。そこで、世界で唯一の設備が整った施設があると持ちかけて来たのが、菊岡さんなんです。

その言葉を信じて、パパは防衛医大病院に搬送されたのですが……どうやらパパは、防衛医大病院ではなく、ヘリコプターで海外に運ばれたみたいなんです』

 

「海外!?」

 

 ただでさえ防衛医大という意外な単語に驚いていたところに、追撃の重い一撃が意識を殴り付けた。

 

『現在、パパを追い掛けるには手掛かりが足りず、舞弥さんが該当時間帯の空路情報を調べてくれているんですが……』

 

「手詰まり、か。

よかろう、キリトの巻き込まれ体質にも慣れたもの。此方も出向くとしよう」

 

 出しっぱなしだった書類をファイリングしながらそう告げたヴラド。ユイが満面の笑みで『ありがとうございます!』と声を張り――

 

 

 

 

 

 

 その空気に水を刺す様に、誰かのケータイのバイブ音が鳴り響いた。

 

「すまぬ、余だ。ジル、渡る準備を始めよ。

 ……チッ、奴か。Alo(もしもし)

 

 電話を掛けてきた相手の名前を見るなり不機嫌そうになったヴラドは、最低限の指示を出すと、すぐにでた。

 一礼して部屋を後にしたジルさんに続いて出る。

 

「ショウイチ、自分のパスポートの場所は把握していますか?」

 

「ああ、大丈夫、だ。

ところで、ヴラドの、電話、の、相手って、分かるか?」

 

「おそらくハイドリッヒ上院議員かと。

日本でいう公安組織から成り上がった政治家なのですが、少々あの人とは反りが合わない人物でして。まあ、あの人にとっても愉快な話し相手ではありませんから、直ぐに終わるでしょう。急ぎますよ」

 

 そう急かされ、自室に戻る。ルーマニアに来る時にも使った鞄に着替えやらパスポートやらを投げ込んで玄関まで運ぶ。と、やっぱりジルさんたちが先に支度を済ませていた。

 

「待た、せた」

 

「問題ありません。寧ろ早過ぎたかもしれないほどです」

 

 銀糸の女性の言葉に首を傾げていると、革靴の紐を結び終えたヴラドが呻く様に告げた。

 

「先方に呼び出されてな。

ジル、先に渡っておけと言った筈だが?」

 

「ですが、本当に大丈夫ですか?」

 

 ジルさんの心配する声に「余が白蟻如きに遅れを取ると?」という反論が返る。

 尤も、ジルさんの心配はそんな事ではなかったが。

 

「いえそうではなく。ちゃんと彼方側、ひいては日本に辿り着けるのかと」

 

「あ、確か、に」

 

「貴様ら余を何だと心得ておる?!」

 

 半音上がった叫びが上がったが、異口同音での「超が付く程の方向音痴」の一言に無情にも叩き潰された。南無。

 

 

 ――日本まであと、十五時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおスターコウジュ氏!お忙しいなか、よくぞ於いでいくださいました」

 

 タクシーを飛ばさせ俺を呼び出したハイドリッヒ上院議員宅の応接間へと踏み入れれば、そこには既に本人が愛想笑いを浮かべながら待ち構えていた。

 

「御託は良い。此方も急用が入っておる故、手短に頼む」

 

 高そうなガラステーブルを挟んだ対面のソファーに腰をおろす。一応学生時代に関係こそあったが、その頃から既に頭部が悲しい事になっていた目の前の禿げた政治家を軽く苛々しながら睨んでいると、一呼吸置いて、奴の言葉が耳に飛び込んできた。

 

「では単刀直入に。貴公には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――思わず、言葉が出なかった。

 

「……なんと?」

 

「ああ、失礼。私としたことが、肝心の前提を説明し損ねていました。アンダーワールドとは、日本の伊豆諸島沖に停泊している自走式メガフロート内において実験中の、」

 

「斯様な事は承知している!余が問うているは、何故貴様がその情報を掴んでいるのかについてだ!」

 

 ペラペラ得意げに喋るのに被せて怒鳴る。

 アリス計画については、その存在を端から知っている俺ですら裏付けは仕切れていない。精々がオーシャンタートルは完成済みで、ラースがSTLでの実験を開始しているといった表面的なもの止まりだ。断じて一政治家がそう易々と得られるものではない。

 

「……スターコウジュ氏。一つ、私からもよろしいでしょうか。貴公は今のルーマニアという国についてどう思われているか」

 

「何が言いたい」

 

 警戒と疑惑に視線を尖らせると、上院議員はやれやれとでも言いたげな表情でソファーから立ち上がった。

 

「初代大統領のニコラエ・チャウシェスクの失策以降、多くのヨーロッパ圏の人々がこの国をどういう目で見ているかは当然把握しているでしょう。

 ヨーロッパ地域エイズ発祥の地。

 スリの跋扈する街。

 治安の悪い、詐欺師と警察が繋がっている街。

 ローマ法王にすら国民の一部を居ない者と扱われた国。

 そして貴公にも関わり深い、ヴラド三世を吸血鬼と同一視する無知。

 これらが、事実など無視し尽くし我らがルーマニアという小国に寄せられた悪評だ」

 

 設置されたソファーの周りをゆっくりと回りながら、言い聞かせる様に、所々短く区切りながら話す上院議員。

 

「――しかし、そんな中に一石を投じた者がいる。そう、貴公だ。ヴラド十五世。貴公が遥か遠い地にて命懸けのゲームに興じてくれたお陰で、我々ルーマニア政府は日本に対して強固なパイプを築く事に成功したのですよ。

 ……それこそ、彼方の機密情報が流れてくる程度には」

 

 ――その強固なパイプとやらは、日本とルーマニア間のものでなく、貴様と彼方の下衆の何者かとのものを差しているだろうに。

 吊し上げてそう怒鳴りつけてやろうと手を伸ばす。

 しかし、襟に手が届いたところで、「ああ、そうそう」と遮られた。

 

「そういえば貴公のメイド。確か今、飛行機に搭乗しているのでしたな。

いやはや、連絡が遅れて申し訳ない。実は最近、少々物騒でしてな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という報告は上がっていたのですが」

 

「――貴様」

 

 このまま手を握れば、そのまま奴を扼殺できるだろう。

 だが、できない。奴の穢らわしい顔に張り付いた愉悦の笑み、その余裕が、言葉の裏に編み込まれた悪意を透かす。ジャックならば殺意を向けられた時点で事態を察知するだろうが、彼奴とて遥か上空で事を起こされては対処は厳しいだろう。

 

 …………致し方あるまい。ならば、時間を稼ぐか。

 

「……よかろう。貴様の策に乗ってやろう」

 

「おお、そう言ってくださると期待していましたぞ!これで捜査局も余計な仕事が増えずに済むでしょう」

 

 いけしゃあしゃあと宣うハゲ。腹いせに側頭部に少し残ってるのも毟り取ってやろうかと殺気を込めて睨むのにも気付かず、浮き足だった足取りで応接間の扉を開けた。

 

「ではご案内しましょう。なーに、STLとかいう装置も準備してありますから。貴公は二年ものゲーム生活で培ったものを振るうだけでいいんですよ。細かな作戦は彼方の協力者が詰めてくれます」

 

 渋々、奴の背を追う傍、思考を回す。

 ――ルーマニアから日本への直行便は無く、途中で乗り換える必要がある。選択肢は複数あるが、大体中継地に着くには三時間前後。

 とはいえ時間加速のあるアンダーワールドでリアルワールドの時間を計るのは不可能に近い。現実的な案としては、彼方側でジャックを確認し次第、ハゲの宣う『協力者』とやらを処す方が確実か。

 

 一先ずの計画を出す頃には、複製・設置されたSTLが、案内された部屋に鎮座していた。

 仮にもトップクラスの機密情報が重篤なレベルで漏れている事実に、そしてそれを嬉々と握り締めている戯けを殴り飛ばせない自身に今更ながら嫌悪感を抱きながらも、それに横わる他なかった――

 

 

 

 

 






【人界軍全滅の危機まで】ラスボス系主人公、ホントにラスボスになっちゃった模様【あと一年(UW時間で)】


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第二小節 無力なりしは戯曲の如し

 

 

 

 

 

 ――最早慣れたVRワールドへのダイブ過程を通り過ぎ、暗転した世界で風を感じる。

 目を開けば中世ヨーロッパに似た、けれど意識して寄せたものではなく機能美からなる偶然の類似だろう街並み。

 それが、()()()()()()()()()

 

「むっ?」

 

 咄嗟に跳び退りそうになったのを慌てて押し留め、足元を確認する。

 白亜の床が広がり、天井には同じく白亜のアーチ。町を囲う四角い壁の角からは長い壁が伸び、大地を二分している。

 よもや、今俺が立っているのは――

 

「セントラル・カセドラル……」

 

 

 

「――ええ、その通りよ」

 

 背後から聞こえた女性の艶声に、咄嗟に背に有った槍を振り抜く。

 何度かの新調繰り返した鉾が、アインクラッドから引き継いだアカウントの筋力で繰り出される。しかし、期待したような敵を屠る感触はなく、代わりに異様な感覚が金属製の鉾先から伝わる。まるで強固な鉄板でも叩いたかのような。

 

「あら、御挨拶ね」

 

 ――艶消しを施された、鋭い鋒。並大抵の装甲ならば、貫いたうえで敵を屠るだけの威力が込められたその鉾は、しかして薄布のドレス一枚すら傷付けることが出来なかった。

 ……金属製武具に対しての絶対防御、か。なら拳ならば通るか。

 握り込んだ左拳を打ち出し。これも寸前で、黒い籠手に受け止められた。

 

「……随分と優秀な傀儡を有しているようだな、毒婦よ」

 

「見ず知らずの相手にも武力を振るえる貴方には、縁のない話でしょうね」

 

 槍を納め、拳を受ける籠手を振り払う。

 

 ――成る程。アンダーワールドの協力者、か。ラース側のスタッフでなければ、確かに該当者は此奴のみだろう。

 踝にまで届きそうなほど伸ばされた、淡く紫掛かった銀髪の女。趣味ではないが、不本意ながら多少目が肥えている俺から見てもまず間違いなく美女だと言えるだろう。そんな彼女が、ドレスの裾を摘む丁寧なお辞儀(カーテシー)をしてから、鈴の様な声を発した。

 

「ようこそ、アンダーワールド(私の世界)へ。歓迎しましょう。異世界より來れり今世紀のワラキア公」

 

「ほう、最低限の礼儀は弁えているか。貴様の頭蓋に釘を打ち込む(礼儀を徹底する)機会がなくて残念だ」

 

 ――どれだけ先の事かは分からないが。いずれ英雄達に討たれる運命にある、冷徹なる独裁者。アドミニストレータ。

 護衛こそ居り、此方にも奴に手を出せない事情がある(実質人質を取られている)とはいえ、間合いの内に平然と立つ原作ラスボスが、そこにいた。

 その堂々とした佇まいに、嫌味に続いて侮蔑と怒を含めた皮肉の一つでも叩こうとして――ふと、違和感を覚えた。

 原作のアドミニストレータは出番こそ少なかったものの、支配圏の内側に自分が操れぬ戦力の存在を許さぬほど、利己心と支配欲に塗れた女だった。そんな奴が、ほんの一時、一度とはいえ、己が満足にコントロール仕切れるとは断言出来ない相手を前に、首を垂れた?

 考えられる可能性としては、目前の女は討たれても問題無い影か、単なる自惚れか。それとも……

 

 セントラル・カセドラルの、おそらく最上階に位置するドームの窓枠から離れたアドミニストレータから、奴の側に控えていた騎士に目を向ける。

 頭から爪先まで漆黒の全身鎧で覆われた騎士。身長は俺よりも低い、百七十五センチ前後。武器は帯びていないようだが、寧ろその要素も手伝い、第四次聖杯戦争で召喚されたバーサーカー(ランスロット)を思い出す。

 

 ……余程護衛を信用している、か。

 

 当然、俺の知る限りSAOにそんなキャラは出てこない。取るに足らぬ名無しか、そうでないなら俺の知るより()に現れる予定の男か。様子見とはいえ、俺の拳を片手で受け止めた以上後者とみて間違いなかろう。何にせよ、原作ラスボスが直々に連れているならば、此奴も警戒しておくに越したことはない。

 

 歩を進めた俺の背後に着く黒騎士。何処となく強烈な拒否感を覚えたが、それを無視して誘われるがまま進む。

 十秒にも満たぬ超常共の行進は、アーチの内側、十メートル程下の床にポツンと置かれた天蓋付きの寝台の側に降りた所で止まった。

 円柱型の部屋の壁に吊るされた武具が全て魔剣クラスの愾を纏っていることに朧げながら思い出した剣の絡繰にも警戒を払いつつ、さあどう言い包めようかと策を練る。

 

 

 けれど、それから数瞬の間、俺の口から意味有る言語が吐かれる事はなかった。

 

「持て成しの準備をなさい、()()()()()()

 

 隠された昇降機と武器以外寝台しかない空間。椅子すらない場では話にならないと黒騎士に言いつけるアドミニストレータ。

 問題は、その名だった。

 

 ――狂戦士(バーサーカー)、だと!?

 

 俺にとっては馴染み深く、未だ途切れぬ縁のある聖杯戦争が一クラス。理性を代償に本来以上のステータスを引き出す狂化が付与された英霊。

 つまりこの黒騎士は、まさかサーヴァントだとでも言うのか!?

 

 その在り方故とはいえ不完全ながらも現界しているアサシンがいる以上、偶然名称が一致しただけという可能性を捨てきれずに硬直していると、件の黒騎士は、今度は目の前で消えやがった(霊体化した)

 

「……貴様は、何を望んでいるのだ」

 

 本来なら元老院――という体の監視機構が広がる空間から椅子を二脚引き摺ってきたサーヴァントの足音に、無意識の内に問いが溢れた。

 

「私の願い?随分と決まり切ったことを問うのね、貴方は」

 

 会話の主導権を握られている状況に嫌な汗が出る。しかし、もう止まらない。

 黒き英雄はおろか、後のリアルワールドからの軍勢すらも容易く屠れるだけの戦力を揃えた管理者は、予想だにせぬ名で、予想しうる限り最悪の目的を告げた。

 

「私は。アンダーワールドの支配者クィネラは、聖杯を望むわ。

 六騎分の英霊の魂を焚べた炉心。この世界を取り囲む諸問題を解決するに足るエネルギーを内包する大釜。

 それを手に入れる為に、私は貴方を呼んだのよ」

 

 非情なるアドミニストレータ(システム管理者)ではなく。政略結婚の果てに生まれ落ちた愛知らぬ小娘(クィネラ)を名乗った女は、サーヴァントに持って来させた椅子を無視して、一枚のカードを差し出した。

 燻んだ金の輝きを放つカード。刻まれた紋様は槍を携える兵。

 ……もしや、これは。

 

「察しの通り、槍兵(ランサー)のクラスカードよ。繋がっている先は、貴方と最も縁のある五百年前のリアルワールドの英雄。『ヴラド三世』」

 

 ――本来ならばエインズワースの置換魔術によって実現される、自身の肉体を媒介に、本質を座にある英霊と置換する魔術礼装。

 力の一端を扱うだけでも、サーヴァントの技能や宝具すら使用可能になる高度なアイテム。

 

 言葉通りこの世在らざりし礼装を押し付けられ、一瞬どう取り扱っていいのか戸惑っている隙をつかれて一方的な話し合いはさらに進む。

 

「私が貴方に期待するのは、『白』のランサー、真名ヴラド三世としての戦力。ただそれだけ。

 サーヴァントとして、敵サーヴァントを討ってくれればそれでいいわ」

 

「待て。白のランサーだと?貴様は『大戦』を引き起こすつもりなのか」

 

「ええ。限定展開(インクルード)にしろ夢幻召喚(インストール)にしろ、斃した所で小聖杯に魂は回収されない。使い手が英霊に置換(侵食)でもされない限りは、ね。

 けれど『最終負荷実験』最中、リアルワールド人が大勢ログインするでしょう?その中には英霊の触媒に最適の人物もいる。『自分自身のカード』とまではいかずとも、数パーセントでも『置換』されるなら、数さえ揃えれば牲には十分な量が確保出来るでしょう」

 

「……成る程な」

 

 淡々と語られた、クィネラ=アドミニストレータの戦略。作戦そのものはそこまで恐ろしいものではないが、なによりも問題なのは、その情報源だ。

 一瞬バーサーカーを疑ったが、彼方(型月)の魔術や聖杯についての知識はまだしも、明らかに未来に起こる事象(SAOの原作知識)を識っていることについて説明がつかない。おそらく別だろう。

 

 ――さあ、どうする。

 

 最終負荷実験(アンダーワールド大戦)で多数のプレイヤーが押し寄せてくる前提の作戦を立てている辺り、キリトらによる叛逆は、外面上は原作同様の結末を迎えるとみて間違いなかろう。ならば一先ず奴をどうこうするのは後でもよい。寧ろ生かしておいた方が、奴の情報源を引き出すには都合がいいだろう。

 その上で奴の言葉を鵜呑みにするならば、戦力としても聖杯への贄にしてもそう無碍に扱うことはあるまい。少なくとも協力者という事になっているハイドリッヒに対し、俺の不利益になるようなことは口にせんだろう。

 仮に今ここで奴とバーサーカーを討ち取り、ログアウトしてハイドリッヒも叩き潰せたとしても。後の展開の予想が困難になる上、介入しようにもアミュスフィアではラース側からアクセスする為の操作をしてもらわねばログインすら儘ならぬ。

 

 

「……一つ、答えよ。令呪に関してだ」

 

 互いに裏切る隙を伺う関係なのは承知だろう。その上で三度もの絶対命令権など行使されては堪ったものではない。

 それを分かっているのだろう。クスクスと微笑みながら、手袋の下に隠された()()の令呪を見せつけ、告げた。

 

「貴方の心配しているような事は起きないわ。そも、夢幻召喚による聖杯戦争には令呪のシステムが組み込まれてない以上、サーヴァントと化した術者への命令権は殆ど無いわ。精々が人理継続保証機関のそれと同程度でしょうね」

 

 ……聖杯探索についての情報も仕入れているのか。ますます情報源が気になるな。俺と同じ転生者による可能性もあるが、如何せん情報が足りん。

 ――ならば話は決まったな。全く、大した戦略家だ。実質選択肢はないではないか。

 

 

「――よかろう、クィネラ。貴様の提案を呑もう」

 

 その言葉を切っ掛けに、クラスカードが閃光を発する。溶けた礼装は一本の槍へとその造形を変え、薄らと自分と繋がる線の様なものが感じ取れた。

 

 槍の形状にも見覚えがある。直線的な装飾が鉾から石突に渡って多く施され、柄の重心部には半円状の黒いハンドガード。

 

 自室に飾ってあり、嘗ては画面の向こう側に幾度となく見た宝具(カズィクル・ベイ)

 それが、俺の手の中にあった。

 

「どうやら無事に繋がったようね」

 

「ふむ、その様だな」

 

 試しに軽く振るってみる。

 槍を突き出し、素早く戻す。二段目の突きを引き戻すと、地面スレスレまで下がった槍を逆袈裟に振り上げ、バツの字に目の前を切り裂く。

 途中を少し省きこそすれ、慣れ親しんだ一連の流れ。だが、急激に身体能力が上がった弊害か、動きに無駄があるし、コントロールし切れず椅子が片方砕けた。

 

「ほう。直ぐに使い熟せる程、そう手軽なものでもないか」

 

「それについても問題ないわ。最終負荷実験まではまだ時間もあるし、それに『護国の鬼将』を発動させる準備も必要でしょう。

 ――さて。では、改めて問いましょう」

 

 ドレスの袖を捲る。手の甲に刻まれた二画の紋様(令呪)に引き続き、手首から二の腕までに浮かび上がった十五もの(五騎分の不)薄い紋様(完全な令呪)が顕になる。

 

「――告げる。汝の身は我の()に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば、我に従え。

 ならばその命運、汝が『槍』に預けましょう」

 

「よかろう。ランサーの名に懸け、誓いを受ける。貴様を我が()()として認めよう、クィネラ」

 

 歌うような音色で唱えられた呪文に応えれば、複雑怪奇に入り組んだ令呪の内三画が妖しげな光を宿す。

 

 ――ここに契約は完了した。

 大杉の下で友と再開を果たした英雄にも、潜水艇にてほくそ笑む魂の簒奪者にも知られる事なく。

 

 或いは三百年前、央都セントリアが一介の村だった頃に、ひっそりと紡がれた運命の夜。その瞬間に約束されたかもしれぬ最強の一組が、今此処に発生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――戦闘訓練用にソードゴーレムの操作権を一部ランサーに預けた後、セントラル・カセドラルの地下に秘匿した工房に、バーサーカーを伴って転移する。

 チュデルキンにもリアルワールドの協力者二人にも。当然観測者にすら補足されぬよう、変換術式を応用して座標を隠匿した自室だが、最後まで油断なく探索術式を発動する。

 部屋の表面を撫でる光。反応は二つ(私とバーサーカー)のみ。盗聴盗撮術の痕跡も無し。

 更にバーサーカーにサーヴァントの鋭敏な知覚を以って探らせ、そこまで徹底した上で、漸く安全を確保出来たと息を吐く。

 

「お疲れさま。よく我慢出来たわね、バーサーカー」

 

 労いの言葉をかけるも、神器の武装完全支配術でさっさと鎧兜を解除した狂戦士は苛立たしく椅子に腰を落とすと、それきり沈黙してしまう。

 彼が何に腹を立てているかこそ把握している。けれど私の願い、延いては彼の願いを叶えるには必要なことだったのだ。彼もそれを理解しているからこそ、狂化スキルに身を任せる事なく、沈黙を守っていた。

 

 

 

 ――後に召喚することになる計五騎のサーヴァント。その召喚陣と触媒の確認、点検を済ませていると、彼の中で一区切りついたのだろう。小さな問い掛けの声があった。

 

「…………何故、クィネラと名乗った」

 

 振り向けば、薄青の瞳と視線が重なる。久し振りのその事象に、しなだれかかってその銀塊の頭を撫でて反応を見るが――

 

 ……やはり、彼は私を見てくれてはいなかった。此処にはいない、遠い何処かにいた誰かを探すように、その曇った瞳は、虚空を彷徨うのみ。

 

「……さあ、何故かしら?」

 

「答えろ、アドミニストレータ」

 

 耳元で蠱惑的に呟くも、失敗。千以降数える事を放棄した失敗に一度の失敗を追加した処か、殺気すら向けられてしまった。

 修剣学院の制服に似た――実際には学院の制服の方を寄せたのだが――純白の装いの肩から頭を上げ、仕方なく答える。

 

「せめて、偽る必要の無い箇所では誠実でいようと思っただけよ」

 

「……今後は言動を徹底しろ。最悪記憶を弄れる整合騎士や元老長はまだしも、少ない点を線で繋げる輩が現れないとも限らない。

 特にアンタは()()()()

 

 暗にベルクーリやデュソルバートといった十番以下の整合騎士が、不信感を募らせているのを放置している点を指摘された。

 

「予備のセイバー枠として目をつけているベルクーリはまだしも、貴様の防御術を貫ける手段を持つファナティオやイーディスにはさっさと手を打っておくべきだろう」

 

 喋っているうちに段々意識がアンダーワールドに戻ってきたのだろう。焦点が合い始めたバーサーカーが饒舌に文句を言い始める。

 『名も分からぬ誰か』に向けられた視線を私が奪うまでに、大雑把に数分。令呪を使った時を除けばこれで最速記録に近いのだから妬けてしまう。

 

「そもそもお前――」

 

「はいストップ。お説教は勘弁よ。貴方の感情的なお説教はすぐに内容がリピートするのだもの」

 

「よし。地獄に落ちろ、クィネラ。若くは魔女に喰われちまえ」

 

「残念、もう往路の予約が入ってるわ」

 

 青筋浮かべた悪態に微笑で応じる。

 

 

 ――ああ、楽しい。とても楽しい。

 この瞬間だけは、私は冷徹なる最高司祭ではなく。三百年の時を遡り、ただ一人の小娘として過ごせる。

 

 

 彼の記憶が夢に見えるほどパスが強固になるまで十年。

 それを頼りに根気強く話しかけ、真面に答えてくれるようになるまで更に十年。

 ()()()()()()を教えてくれた時には、追加で二十年。

 彼とこうして軽口を叩けるようになる頃には、私は老衰で死にかけたほどだ。

 だがその甲斐あってか、リアルワールド側のラーススタッフである柳井にコンタクトを取り、説得と脅迫によってアンダーワールドに於ける全てのコマンドが記された『エンタイア・コマンドリスト』を持ってきてくれた程度には仲を深められた気がしたものだ。尤も当時は、やっと再現実験にまで漕ぎ付けられた聖杯を惜しまれただけだと言われたが。

 

 己の身を不老とし。カーディナルシステムとの接触時に焼き付けられた『秩序の維持』の基本命令をも、遥か昔に夢に焼き付けられた、慈悲深き魔女による滅ぼし(救済)の光景でもって焼き潰し。

 後の作戦の為にわざと作ったリセリス=カーディナル以外は、彼の助言に従って記憶を結晶化させ、何時でも再生可能な記録媒体――彼は皮肉げに「ラスボスが『憂いの篩』モドキを使うとはな」と言っていたっけ――として保存することで魂の寿命すら超越し。

 

 ……それでもまだ、彼は振り向いてくれない。

 

 私は完璧を目指した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 最早その輝きと後悔しか思い出せないというのに、未だ奇跡の残滓に縋る哀れな迷子。

 全てを喪った果てにその尊さに気付くという、ありきたりな悲劇。辛うじて想起できるその輝きを、せめて至上のものにせんと人道を踏破し、し果ててしまった愚かな怪物。

 

 私はグシャグシャに千切れたその断片から、その()()がどんな人物だったのか推測し、穴を埋め、目指そうとして――挫折した。

 『正義の味方』など、性に合わない。私でさえそうなのだから、『アドミニストレータ(本史の私)』なら尚更そう言うだろう。

 

 

 ――いっそ、全て忘れてしまえば救われるのに。

 

 以前アリスがセントリアに出かけた時の手段に興味があり、心意で変装して真似した時のお土産を、未だ文句をぼやく彼の口に突っ込んで咽せたのを微笑ましく眺めながら、聞こえないようにそう独り言ちた。

 

 

 

 

 









サーヴァントプロフィール

『白』のバーサーカー
真名:不明
性別:男性
身長・体重:178cm・55kg
属性:混沌・悪
CV:吉田⬛︎子

【ステータス】
筋力A 耐久D 敏捷E 魔力A+ 幸運E 宝具A

【クラススキル】
狂化:EX
 本来であれば理性を代償にステータスを上昇させるスキル。ただしこのサーヴァントの場合、⬛︎⬛︎⬛︎された⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎であるが故に、存在するためだけに必要なスキル。そのため自分を見失う程の狂気をはらんでいるが、ステータス上昇の恩恵は無く、何らかの方法で狂化スキルが低下すると即座に霊核の崩壊が始まる。

忘却補正:E
 ――輝きと後悔だけしか、もう、思い出せない。

【保有スキル】
試作神器:E
 整合騎士に与えられる神器、その試作品。正確にはスキルではなく、クィネラがマスターの今回限りの追加装備。
 アンダーワールド発生時、初代人工フラクトライトを育てたラーススタッフのアバターが眠る――という設定の風化した墓石が元になっている。
 通常は指輪の形状をしているが、武装完全支配術によって全身鎧となる。その機能は『隠蔽』。鎧を展開している限り、英霊のスキルか宝具によるもの以外の真名看破を拒絶する。

⬛︎⬛︎⬛︎:C

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎:E -

【宝具】
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
ランク:?
 詳細不明

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
ランク:?
詳細不明






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第三小節 真実を語る記憶

 

 

 

 

 

 ――アンダーワールドにダイブしてから、現地時間で早半年。

 広大な土地を誇る円形の人界。その外側に広がるダークテリトリーとの境界線である『果ての山脈』の尾根。そこが、俺の今の現在地だ。

 何故俺がそんな場所に居るのかといえば……

 

「おのれあの毒婦めが。何故余が斯様な面倒事を延々しなければならんのだ」

 

 ほぼ崖で構成されている不毛の大地。洞窟部周辺を除けば人間が立ち入ることなど想定していないだろう場所を数キロ強引に踏破しては、その場に魔力を叩き込んでマーキングの様なものを施す。

 以上の事を何度も何度も繰り返し、囲えたエリアが『護国の鬼将』の領土(範囲)となる。

 ……単純作業の繰り返しそのものは大して苦ではない。洞窟部じゃ時折戦闘もあったしな。だとしても、だ。

 

「広過ぎるだろう戯けぇ……」

 

 直径千五百キロメートルの真円。これがクィネラ=アドミニストレータの支配する人界だ。これを外周グルっと回って囲おうとすれば、ざっと四千七百キロも歩かねばならん計算になる。しかも果ての山脈までの道すら、四帝国を隔てる壁の上を徒歩で行けと言われる始末。おのれ幸運Eめ(不幸だ)。クィネラに呪いあれ。

 これだけでも腹立たしいことこの上ないが、まだオマケがある。それというのも――

 

「grrrrrr」

 

「ええい鬱陶しい!文句があるなら貴様の主に訴えればよかろう!」

 

 お供にバーサーカーを付けられた。切実に要らない。そして役に立たない。

 見張りも兼ねているのか気分転換に麓に降りようにも此奴に妨害され、武力で撃退しようにも此奴基本霊体化してついてくるもんだから尚更埒が明かない。

 しかも何でかは分からないが、此奴を意識すると妙に苛立つ。拒否感というか、時として『此奴だけは絶対に殺さねばならぬ』と、強迫観念とすらみていいほどの殺意が胸中に湧き出る。よもや真名はメフスト二世ではあるまいな貴様。

 

 

 ――何にせよ。ロクに景色の変わらぬ精神衛生に大変悪い人界一周徒歩の旅は、開始地点の南東部に至る事で漸く終わりを迎えた。これで後はセントラル・カセドラルに戻るだけだ。

 サーヴァントの身体能力のお陰か疲労こそ薄いが、東京大阪間を五往復したのと同程度の行進で凝り固まった心労に深々と溜息を吐きながら南帝国と東帝国を遮る壁上を歩いていると、何か妙な感覚が琴線に触れた。

 

「ほう……?」

 

 例えるなら、四人掛けのテーブルの斜め前に見知った輩が突然座ったような感覚とでも言うべきか。少々過剰かもしれぬが、勝手知ったる筈の友にズケズケとパーソナルスペース(対人距離)に踏み込まれたのにも似た、ものが……

 

 

 『護国の鬼将』の恩恵により、遥かに上昇した敏捷値で駆ける。その感覚の正体に心当たりがあるだけに、尚のこと焦りが出る。

 

 その心当たりとは、正しく『護国の鬼将』そのもの。

 

 厳密には、出発前にスキルの確認も兼ねてセントラル・カセドラルに敷いた範囲。クィネラを処す際に、先だって奴に逃げられたら即察知出来る様、手探りながら出入りがあれば感知可能な様にしておいたのだ。尤もこの半年間一度として効果を発揮しなかった為、失敗したものだと早合点していたものだが。

 だが。確証こそないが、俺の感じたものが正しければ。

 

 ――セントラル・カセドラルには、キリトがいる。とすれば、原作では悲劇の結末を迎えた彼奴の相棒もいる筈だ。いい加減ジャックを乗せた便も経由地を過ぎただろうし、彼奴の相棒が息長らえれば、キリトの奴も自己喪失を引き起こすことはあるまい。クィネラも異様にムカつく戯け(バーサーカー)も処し、場合によってはハイドリッヒ(白蟻議員)にも重いのを一発くれてやれば、あとは思うがままにダークテリトリーと略奪者共を相手に覇を唱えればよい。結局情報源の方は分からなかったが、まあ嘗てのアンダーワールドに転生したウッカリでもいたのだろう。今は考えないものとする。

 見え始めた勝ち筋に、鈍い俺でもおそらく亜音速まで出るだろう敏捷Aランクを全開にする。

 五分と経たずに視界に入るセントラル・カセドラル。人界の中心に位置する、大理石に近い輝きを誇る白亜の塔がみるみるうちに大きくなり。

 突如として、上層の壁が一部、崩壊した。

 

「ハッ!やるではないか!」

 

 細部こそ見えなかったが、ラスボスが最上階で踏ん反り返っているダンジョンをぶっ壊すなどいう事をやってのける奴などそうはいない。間違いなくヤツ(キリト)だ。

 更に加速せんと、力強く踏み込み、――

 

 

 

 ――背筋を走った直勘に従い、全力で後ろに跳んだ。それだけでは安心出来ず極刑王(宝具)を展開。十数本の杭が狭い壁上の道を塞ぎ、さっきまで俺が立っていた部分を隠す。

 反射的な行動だった。しかし、得てして悪寒というものはよく当たるものだ。

 

 突き立てた十数本の杭。いくら脆いとはいえ、仮にもBランクの宝具が、いとも容易く砕け散る。

 その得物は剣でなく。鉾ではなく。弓や槌でもなく。杭だった赤い粒子を突き抜け、未だ威圧感を醸し出すそれは、ただ一筋の黒き鉄拳。

 純黒の鎧を纏い、セントラル・カセドラルへの道を塞ぐ狂戦士。それが、俺の宝具を粉砕したものの正体だった。

 

「……何のつもりだ、バーサーカー。よもや貴様、我が道に立ち塞がろうなどとは言うまいな?」

 

 無手のバーサーカーに対し、油断なく槍を構える。同時に宝具に対しても意識を割き、数百本の杭を待機させる。

 返事は期待していないし、バーサーカーが俺を妨害した理由にも興味ない。狂人の思考になど興味はない。ましてやコイツの考えなんて知りたくもない。

 

 ――何度でも言おう。理由は不明だが、俺は此奴の存在が腹立たしい。

 

「其処を退け、バーサーカー。でなくばその巫山戯きった腕を捥いだ上で、極刑に処してくれる」

 

 矜持として最後に警告を施し――返答は、期待した通り(突き出された蹴り)だった。

 

「よろしい!ならば往ぬがいい!」

 

 宝具発動。

 繰り出された飛び蹴りに対し、進行路上に隙間なく杭を生やす。

 回避行動を取れない空中を狙った広範囲攻撃。本能のみで暴れるしか能のない男を突き殺すには十分な一手だったが、どうやらバーサーカーは腐っても英霊の一角だったらしい。強引に蹴り足を振り抜き、ベクトルをズラす。空中で一回転することで勢いを殺したバーサーカーは、下から突き上がる杭を蹴り飛ばして範囲外へと逃れた。

 

 尤もそれを黙って見ていてやる義理などなく、追撃の杭を飛ばす。足場は勿論、壁上という地形上横の壁からも杭を伸ばす。

 三百六十度、全方位から包囲して宝具を叩き込む。今度は杭が破壊させることなく、バーサーカーが立っていた箇所に宝具が叩き込まれる、が……手応えがない。

 

「ほう……? 成る程、貴様らしいといえばらしいな」

 

「――ッ」

 

 スキル(護国の鬼将)の恩恵か、直勘スキルじみてきた探知能力の示すままに槍を突き出す。鋭い鉾先は、()()()()()()()()()()バーサーカーの兜に刺さった。

 後退った奴に、そのままトドメを刺すべく心臓から杭を顕現させようとイメージし。

 

「チッ。浅かったか!」

 

 しかし宝具は発動しなかった。よく見れば槍の先に血は付いていない。

 硬直こそ一瞬だったが、今俺が立っているのは一騎当千のサーヴァントの戦場。明確な隙を見逃す様な輩はいない。

 強烈な踏み込みを刻み、バーサーカーが突進する。スピードと間合いからして極刑王の展開は間に合わない。拳でのカウンターを選択。奴の放った左ストレートと交差する一撃を放つ。

 直後、衝撃。

 鳩尾に突き刺さった打撃に咳込み、()()()()()()()()()()()所為ですぐさま飛んで来た一蹴への防御が遅れた。

 

「ぐぅ!?おのれ、貴様!」

 

 横っ腹への回し蹴り。一手間に合わないと察知、石突を突き立てた判断が功を成し、壁上からの転落は免れた。

 距離が離れた事で再び極刑王を展開。一先ず体勢を立て直す事に専念しながらも、足元から幾本もの杭を出現させる。

 伝説が昇華された対軍宝具は、今度こそ一騎の男を、()()()()()

 

「……なんだと?」

 

 ――得られた結果を、思わず二度見した。

 先程霊体化のより容易く宝具を躱した狂戦士が、何ら抵抗なく串刺しに甘んじた。その事実に。

 幻影の類を疑ったが、その様子もない。間違いなく敵の臓腑を貫いている。

 

 戸惑いこそあれ、赤のランサー(カルナ)の様にあの状況下からでも脱する手段がある可能性に行き着き、心臓を破壊しておくべく追加の槍の矛先を向ける。

 

「……終わりだ、バーサーカー」

 

 王の財宝宜しく、鎌首を擡げた杭を突き伸ばし――

 

 

 

 

 

「――詰まらない。やはり王に武を要求するのは筋違いだったか」

 

 バーサーカーがいた箇所から聞こえた言葉に、直前で急停止させた。

 

「……貴様、話せたのか」

 

「逆に聴こう。完全に意思疎通不可能なバーサーカーが、一体どれだけいた?」

 

「確かに少数派だったな」

 

 それだけ言い捨て、留めていた杭を心臓に突き立てた。

 ――今の会話で確信した。バーサーカーが、聖杯戦争絡みの情報の出所だ。

 心臓処か胸部ごと粉砕したサーヴァントを放置して、セントラル・カセドラルへと爪先を向ける。これで後はクィネラを討てばよい。

 

 戦闘開始から大して時間が経っていない事に安堵しつつ、走るのに邪魔な槍の実体化を解く。ふと、武器が手にない不安感から何となしにバーサーカーを殺した場所に目を向けた。

 全身――といっても、残っているのは実質首と下半身だけの残骸が、此方をニヤリと()()

 

 

「――希望を踏みにじり。嘆きの種を喰らい。

 俺は、俺が最も()()()怪異となろう」

 

 

 パキリ、と。ガラスを噛み砕いた様な音が、バーサーカーの口から聞こえた。

 

 

 

「な――馬鹿な!」

 

 戦闘続行スキルですら満足に意味を成さない程のダメージを与えた。そも、体重の半分を失うほどの傷を負ってしまえば、そんなスキルがあっても無駄だ。

 だというのに、バーサーカーは平然と立ち上がる。黒い靄が首から伸びたかと思えば、あっという間に上半身を形成した。

 

「ふむ、こんなものか。やはり元が元なだけあるか」

 

 唖然とする俺の前で、兜が剥がれ落ちたバーサーカーが、その顔を露わにする。

 年若い少年。色白でこそあるが、モンゴロイドの特徴が濃い顔。だというのに髪は自然に白い。

 端的に言って、見覚えのない英霊だった。

 

「……貴様、一体何者だ」

 

 喘ぐ形で辛うじて発せられた問いは、鼻で笑われた。

 

「成る程。第一要素は無事完了、といった具合か」

 

「答えよ!」

 

 再度宝具を発動する。発現した濁流は、再びバーサーカーを飲み込む。

 今度は心臓はおろか頭部をも吹き飛ばしたが、それでも尚バーサーカーは平然と復活した。

 

「俺の真名?そうだな、タイタス・クロウとでも呼んでくれ」

 

「巫山戯ているのか貴様!」

 

 哄笑を上げるバーサーカー。二度も粉砕したにも関わらず完全復活したサーヴァントは、余裕綽々とマスターに念話を飛ばした。

 

「で?そっちはどうだ、マスター」

 

『まだ掛かるわね。後二、三時間は引き伸ばして頂戴』

 

「もう倒してしまった方が楽だな」

 

 混線しているのか、クィネラからの念話も聞こえるが、そんなのは最早どうでもいい。

 今一番問題なのは、厄介極まりない不死身のサーヴァントがやる気満々という事だ。

 

 ――マズイ。どうする。どうする?!

 

 復活に回数制限がある事に賭け殺し続けるか、最悪挟撃されるのも加味した上でセントラル・カセドラルへ走るか。

 だが、どうやら俺には悩む時間すら与えられないらしい。

 

 足を踏み鳴らすバーサーカー。突進が来るかと身構えたものの、飛んで来たのは踵で打ち出された石礫。

 

「小賢しい、目眩しか!」

 

 顔に当たりそうなものだけを実体化させた槍で弾いている隙に、バーサーカーが間合いに入る。

 ……致し方あるまい。確実性はどうしようもないが、サーヴァント(死霊)であるなら殺し方もあるはず。セントラル・カセドラルへ引きつつもう数百度程殺してみるとしよう。一キロ圏内まで接近出来れば、奴を仕留めきれずとも極刑王でクィネラ戦に割り込むことも出来る。

 

 そう割り切り、左ストレートを迎え打つべく槍を振るう。

 左拳を貫いた槍はその勢いのまま()()()()()()()()を吹き飛ばし。

 ()()()()()()()左拳が頬を強かに打ち据えた。

 

「この程度か、ランサー!」

 

 よろめいた足元を払われ重心が落ちたところを、また左拳が打ち上げる。痛みが完全に引いていない鳩尾を追撃された事で、無視するには厳しいダメージが蓄積する。

 条件反射で全身の筋肉が硬直したのを隙と見たのか、もう一発打ち込もうと左腕を大きく振りかぶる。

 横隔膜を狙った一撃。しかし明確に見えている攻撃を黙って受けてやるほど俺も柔ではない。極刑王を体表に展開。死角に出現させた杭に、自分から力一杯拳を当てた。

 

「っつぅ――」

 

 バーサーカーが怯んだ一瞬。自傷する覚悟で石突を振り回して強引に引き剥がす。蹈鞴を踏んだ狂戦士との間に宝具を再展開。同時に変更した予定通り、セントラル・カセドラル方面へと走る。

 幾らか武を交えて分かったが、アレは明確な『武器』の宝具は持っていない。少なくともセイバーやアーチャーの様な、広範囲・長射程攻撃は不可能。無論不死性の任せた強行突破なり霊体化を使用した先回りなりをされる可能性もあるが、何方にせよ極刑王の全て、二万本の杭を防御に回せば何とかなるだろう。

 

「ぬぅ、時間を喰った。間に合うか?」

 

 蹴り出す側から極刑王を展開しながら呟く。宝具のレンジの届く限り、展開しながらの疾走だ。バーサーカーがあの場から動いていないと仮定すれば既に万を超える数の杭が城壁を形成している。サーヴァントとしての感覚も付近に霊体の反応を認めていない。

 油断とも言えぬ間。足を止めずとも息を吐いた。

 

 ……それが不味かったのだろうか。或いは、どう足掻こうともどうしようもなかったのだろうか。

 

 

 

「宝具を使う。令呪を寄越せ、クィネラ」

 

 

 

 ――遥か後方だというのに、何故か鮮明にその言葉が耳に届く。

 穢れに満ち、腐った血を喰む怪異の産声。

 

 

『え? バーサーカー、貴方の宝具はまだ未完成なのよ?』

 

「試運転だ。ランクは下がるだろうが、理屈上は発動する」

 

『……まあ、いいでしょう。令呪を以って我が戦士に命ず』

 

 

 混線した念話がそれを口にしたと同時に。バーサーカーが居る辺りから、強烈な魔力が生じる。

 

 そして。

 

 

『――その身その魂に纏わりし戯曲。楽園より零れ堕ちし悲劇(喜劇)の序曲を、今此処に再演せよ!』

 

 

「――認識した、マスターよ。グランギニョル(凄惨たる人形劇)の、その予告編の幕を開けよう」

 

 

 振り返った先ではなく。その声は、()()()()耳朶を打つ。

 霊力を探るまでもなく手に持った槍と極刑王で先手を取る。

 しかし、無情にも鉾先は()()()()()したバーサーカーの身体を通り過ぎ、ヴラドの代名詞たる極刑王に至っては発動すらしなかった。

 慌てて振り切った腕を引き戻すより早く、()()()()()()()()()バーサーカーのフックが炸裂する。正確に顎を打ち抜かれ、意識が遠退いた瞬間に心臓と、間髪入れずに背と肺に重い衝撃が走る。

 

「き、貴様、よもや、その宝具――」

 

 遠のく意識。脳を揺らされ、肺も叩かれて気絶寸前まで追いやられた思考をどうにか引き留めようとするも、急速に明暗しか判別出来なくなった視界を影が覆う。

 首に手刀が振り下ろされる寸前、どうにか呟けたその真名は、忌々しくも完全に一致した。

 

 

 

 

 

 ――『レジェンド・オブ・ドラキュリア』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ?」

 

 暗闇の中を、支えなく重力に引かれる感覚。根源的恐怖心に思わず身体を強張らせる。

 しかし恐れていた感覚は続かず、寧ろ落ちていたのは自分の頭のみで、身体は柔らかい寝床にある。つまり、ウトウトしていただけだったという事実にすぐに気が付いた。

 急変した状況への疑問と少しばかりの気恥ずかしさでキョロキョロしていると、右側から小さな笑い声が聞こえた。

 

 ――どうしたのさ、恭介。そんな怖い顔しちゃって?

 

「……夢を、みていた気がする。長い、長い夢を」

 

 ――ほっほう。ちなみにどんな?

 

 声の主と目を合わせようと首を振る。淡い色の病室が視界を滑り、片耳に突っ込んでいたクラシックを流すイヤホンが落ちる。

 見慣れた制服姿の少女。顔は逆光で見えないけれど、誰よりも信用出来た幼馴染みに、精一杯の微笑みを向ける。

 

「それは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――くっ!?」

 

 ガクンと、再び落ちる感覚。

 今度は身体全体が落ちていると直勘的に察し、吹き荒れている暴風を追風に受け身をとる。瞼の裏側にさっきまで映し出されていた誰かの夢についての考えを深める猶予すらない。というか俺は今まで何をしていたかすら一瞬ド忘れしていた。

 

 直後、閃光。

 

 遠慮容赦なく網膜を焼く奔流は、次第に薄ぼんやりとしたものに減衰していく。

 目を何度か瞬かせ、漸くものの輪郭が見えてきた頃には、状況は最悪のものとなっていた。

 

 飾り気のない、煉瓦造りの部屋。家具らしい物も椅子が二脚に、大きめながら簡素な机が一つ。四方の壁の一つを棚が埋め尽くしてこそいるが、あとは床が剥き出しになっている。

 使われていない物置か、そうでなくば空部屋としか捉えようのない空間だが、一つの要素がそれを全て否定し、異常なる事実を知らしめている。

 それは、()()()

 床面積の七割以上を占める、五つの赤い陣。中央のものの傍に佇む憎き夜鬼に、憤怒が膨れ上がりかけるが、その激情は、陣の中心に降り立った()()()()()()の気配に押された。

 

「――これが、英霊の肉体。座に本体を刻みし、決して衰えぬエーテルの朒を持った境界記録帯(ゴーストライナー)……」

 

 万感の思いを込め、己の肉体を抱くサーヴァント。

 ライトキューブ容量の限界(魂の寿命)を、『一度死亡する事でそれ以上の成長を拒絶する』という滅茶苦茶極まる力技で超克した彼女は、狂喜のまま歌声で告げた。

 

「我が名はクィネラ。最高司祭にして不死の支配者クィネラ!

 キャスターの器をもって今!私は蘇った!

 ――そして、此処に告げる!」

 

 再度暴風が荒れ狂い、魔術に関しては素人ですらない俺にも知覚可能な程の魔力の奔流が、狭い部屋を突き抜ける。

 突風が聴覚を蹂躙する。だが、アンダーワールド最強格の肉体を得たクィネラの詠唱が、最高級の神秘を、魔術を超える超常を充し、紡ぐのが届いた。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。手向ける色は『白』。

 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」

 

 クィネラの左右に並ぶ、四つの魔法陣。ドレスの袖を貫いて余りある閃光が、腕の令呪から放たれている。

 

「――――告げる。

 汝の剣は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者。

 我は常世総ての悪を敷く者」

 

 奇跡が具現化する。人々の幻想を血肉とする、人でありながら人あらざる域に立つ伝説たち。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!!」

 

 最後の一節を告げると同時に。

 ――彼らが、地上に現界した。

 

 一人は、ケルト風の格好(ボディスーツ姿)をした女性。片膝を突き、短く整えた金糸の頭を下げたまま待機している。

 一人は、清冽なる鎧に身を包んだ騎士。亜麻色の髪と緑の瞳を持つ少年は、驚愕の表情で周囲を見回している。

 一人は――…………失敗したのだろうか。魔法陣の上には誰も居らず、寂しげな空白が漂うのみだった。

 

 そして、最後の一人。

 彼女は。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、呆然とする俺の前へと、ゆっくり近付き。

 

 

「くえすちょん。――()()()()()を招いたのは、あなた?」

 

 

 無邪気に、そう言った。言ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 













「……流石に、疲れたわね」

 バーサーカーに持って来させた、地理的には真上にある地下牢の守衛室にある寝台。それに寝転ぶと、薄まってきた歓喜と重く伸し掛かる疲労感がない混ぜになった声が溢れた。

「そうか。で、どうなんだ」

 ……尤も、バーサーカーの所以たる狂気の前には、そんな心を察する処か完全に無視されたが。
 分かっていたこと。分かっていたことと、自分に言い聞かせながら、現状況を口に出して纏める。

「ランサーにはアサシンを宛てがっておいたから、暫くは大人しくなるでしょう。確かに彼自身に効果のある令呪はないけれど、私がアサシンへの絶対的な生殺与奪権を握っている以上、表立って叛逆する可能性は低いわね。貴方の報告通り、判断力が鈍っているのなら尚のこと。
 セイバーは、宝具を彼方側の坊や(黒の剣士)から回収しない限り幾らでも力で抑え込めるわ。そしてそれだけ時間があれば、幾人もの整合騎士を退け、私のシンセサイズにすら抗った彼の正義感を刺激する残酷な真実を伝えられる」

 ――アンダーワールドは、リアルワールド人にとってやり直しの効く実験場でしかなく。我々アンダーワールド人は、戦う機械としての価値しか期待されていないと知れば、彼はどんな表情をしてくれるのかしらね。


「ライダーは予想外の英霊が召喚されたけれど、まあこれは問題ないわ」

「御し切れるか?」

「当然」

 ライダークラスに彼の知らない英霊を喚び当ててしまった事に、彼は不安になっているようだ。
 確かに彼女は私にとっても、彼女は謂わば『儀式としての聖杯戦争の失敗』を前提としている()()()()()なので気分は良くない。けれどマスター権限で真名を観る限り、寧ろ白の陣営の中で最も恭順な英霊まであるので、ただ気に食わないからと座に返すのも勿体無い。
 どうせどう足掻いても彼女は座に刻まれた存在。リアルワールドを緩やかに蝕んでいるオーバーカウント1999への対抗策を提示してくれた分、有り難みすら感じれる。プラマイゼロで戦力と割り切るとしましょう。


 ……それで、一番の問題は。

「で、アーチャーについては?礼装でも引いたか」

「違うわよ!ちゃんとパスが繋がってるもの!」

 純度百パーセントの揶揄いを睨み付ける。
 実際の所、私の魔力を一番持っていっているのはアーチャーだ。アーチャーを召喚していなければ、こんな風に横にならざるを得ないほど消耗することはなかっただろう。
 しかし、そのアーチャーは姿を見せる様子はない。流石に魔力不足で実体化出来ないとは考え辛いし、だとするなら気配遮断でも持っているのか。

「ふぅん……
 ――令呪を以って命ずる。私の前に、目に見える形で起立なさい」

 腕に絡まる十五の紋様の中、一つが光を発して解ける。飛び出した魔力塊がラインを伝ってアーチャーへと届き。

「…………なんで誰も現れないのよ!?
 貴様の主、魔術師の器を担う英霊にして最高司祭クィネラが命ずる!我が前に膝を突け!」

 予想に反して、何も起こらなかった。
 バーサーカーの鬱陶しい爆笑を掻き消すように声を張り上げるが、これもまた令呪の無駄遣いに終わる。
 怒りのままに、アーチャーに割り当てられた最後の一画を切ろうと息を吸い込む。

「もういいわ!自害なさい、アー――」

「おっと」

 しかし直前になって、その行動は直接口を塞がれたことで止められた。視線で怒りを伝えるも、平然と受け流したバーサーカーは肩を竦めるのみ。

「残念だけど、アーチャーの召喚は失敗だ。令呪を二画、それも明確かつ瞬間的な命令に使ったのに気配すら感じ取れないとなると、命令の対象は存在しないとみていいだろう。無色の魔力として取っておけ」

 言いたいことを言い切ったのだろう。何処となく疲れた表情で実体化を解いた。

 ――即席で用意した小部屋に一人、剥き出しの土の天井を眺めながら呟く。

「……全く。虚を吐くならもっとマシなものにすればいいだろうに」

 ――マキリ・トオサカ・アインツベルンが作り上げた、世界の外へ至る孔を空ける儀式『聖杯戦争』。
 この儀式の成功を誰よりも望む彼が、世界に孔を空ける為の魂が足りなくなる事態を座して見送る筈がない。おそらく、彼にはアーチャーの真名に心当たりがあるのだろう。
 とはいえ、気配が無かったのも事実。手掛かりは無い。狂気故の本能的なもので察知したのかしら。

「まあ、貴方がそう言うならいいわ。
 それより、おのれチュデルキン。よくも私に炎などという単純な弱点を作り出しよって」

 スキル化した金属製武器への防護以外に追加の術式を練り始める。


 ――全ては、聖杯を我が手に入れる為に。






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第四小節 未だ終われぬカルキノス

 

 

 

 

 

 ――東の大門。

 三百年もの間、人界とダークテリトリーを隔てていた乾いた血のような赤黒い門は、今まさに崩壊せんとしていた。

 五千の守備軍と五万の侵略軍が見守るなか、アンダーワールド全域に地響きを轟かせる。

 出現した【Final Tolerance Experiment(最終負荷実験)】の燃える文字列が焼失したと同時に、大門だった残骸は光と掻き消え、一万と三千もの人あらざりし姿形をした悪鬼が、鬨を張り上げながら前進する。

 

 支配者を欠いた、良くも悪くも烏合の衆たる人界守備軍。そして、彼らを纏め上げる整合騎士。

 異界より舞い降りし絶対的な魔人を崇め、友軍のなかでなお姦計を忍ばせる亜人。

 

 期待、誘惑、歓喜。

 殺意、狂気、恐怖。

 あらゆる感情が綯い交ぜになった戦場。

 

 ――本来であれば、後に『アンダーワールド大戦』と命名される筈であった戦争、その第一線。

 しかしその激突は、発生しなかった。

 

 何故なら、この大戦は。生き残った参戦者たちによって、後に、こう名付けられたのだから。

 

 ――『仮想聖杯大戦』、と。

 

 

 

 最初に異変に気が付いたのは、人界軍の右翼に位置していた整合騎士デュソルバート・シンセシス・セブンと、五千の同族を率いる山ゴブリン族の長であるコソギだった。

 時と同じく、彼らの感じた違和感、その内容も一致した。

 

 ――急に霧が出てきた。

 

 谷に突如として立ち込めた白い靄。

 煙幕による強行突破を図っていたコソギと、神器の特性故に真価を発揮するには『狙撃』に徹するほかないデュソルバートだからこそ気が付くことができた違和感。

 ソルス(太陽)の光が届かぬ深い谷。川も湖も近くに無いというのに、前兆すら見せず発生した霧。

 気が付き、違和感を持ち、注目し。それ故に、彼らは不幸だったと言えよう。

 

 ――濃霧の中に現れた、六つの人影。そのシルエットの一つに見覚えのあったデュソルバートにとっては、特に。

 ――これ幸いと霧に飛び込んだコソギたちにとっては、特に。

 

 

「――極刑王(カズィクル・ベイ)

 

 

 声量としては、ごく小さな呟き。

 事実鬨と足音に掻き消されたその単語は、言葉としては誰の耳にも届かず。

 

 結果を持って、両軍に絶望を叩き付けた。

 

 

「なっ――!?」

 

 緊張の張り詰めた人界軍、その目と鼻の先で、地上から突き出た()()()()が、侵略軍の第一陣を容易く処刑した。

 六百六十六人もの哀れな犠牲者は即死。不運にも死を免れてしまった約一万四千三百人は、肢体から溢れ出続ける己の腑と血を眺め、歩み寄る死神の足音に絶望の怨嗟を呻く他なかった。

 一瞬で創り出された、凄惨極まる『串刺しの林』。その光景に人界軍のみならず、暴力と流血を是とする侵略軍の後方部隊ですら失神するものが相次いだ。

 そんな中、霧があった場所に注目していたデュソルバートが。上空から俯瞰していたアリスが。串刺しの林の中央で、悠々と立っていた六人の老若男女を視認した。

 

 

 一人は、橙色の整った短めの髪に、青い目をした若い女性。豊満な体型がくっきりと出る黒と灰色で構成された服に身を包んでいる。

 

 一人は若いというより、幼いと表現した方が正確な少女。肌の露出が多い衣装を纏った、短めの銀髪にアイスブルーの瞳。手には不気味なランタンを抱えている。

 

 一人は、老けた男。闇に溶け込みそうなほどに黒い貴族服を着こなし、手に有る槍は、石突が大地に食い込んでいた。

 

 一人は、漆黒の騎士。武器を装備していないにも関わらず、溢れ出る心意は嵐の様に不定期に荒れ狂う。

 

 

 ……そして、残りの二人。その姿形は、真実を知る整合騎士にとって、到底認められないものだった。

 

 

 一人は、亜麻色の髪と緑色の瞳を持つ少年。似合わない水色の鎧、その胸元には、公的には存在しない()()()()()()()()()()であることを示す紋様が彫られている。

 

 一人は、薄い衣を纏った女性。浮かぶ表情は温和なものにも関わらず、放たれる心意は苛烈な紫電。

 

 

「バカな。なぜ、なぜ貴方たちが此処にいるのです。

 ――ユージオ!アドミニストレータ!」

 

 雨緑(アマヨリ)の背で大規模広範囲殲滅術式の準備をしていたアリスは、自身の目に映った光景に、思わず数多の光素が封じ込められた銀球を落としかけた。

 半年前、自分の目の前で確かに死亡した筈の少年と最高司祭。その二人が、一体如何なる術式を用いたのか、谷に出現した串刺しの林の中、確かに、そこにいたのだ。

 人違い?あり得ない。恐怖すら感じたこの心意を、間違えられる訳がない。

 

 ……アドミニストレータ。貴女は、死すら超越したというのですか。

 

 黒騎士を侵略軍へと突撃させた最高司祭は、初老の男に指示を出し、神器の記憶解放術に匹敵する術で血塗れの杭の一部を退けさせる。

 紅く流れ出る血によって塗装された大地を歩み、人界軍の方へと近付く。

 どこまでも悍しく――同時に、ダークテリトリーの住人へ恐怖を抱いていた人界軍にとって、その第一波を容易く粉砕したその様は、神々しささえ感じた。

 

「最高司祭アドミニストレータ様!な、なぜ貴女が此処に?!亡くなったはずでは!?」

 

 間違いなく天界に召された二人が目の前に現れたという異常事態に硬直する最前列の三人の整合騎士に代わり、兵の一人が問い掛ける。

 

「ええ、認めましょう。確かに私は一度、この世界を去りました」

 

 不思議なほど拡散する、透き通るような、目の前に立つ相手に語り掛ける程度の大きさの声。

 

「けれど私はここにいる。死の淵から蘇り、人界の敵を容易く葬り去るだけの力を得た」

 

 緩やかに手を掲げ、力強く告げる最高司祭。その握り込まれた細い拳に意識が引き寄せられそうに――

 

 

 

「――おーい、嬢ちゃん。ちょっといいか?」

 

「! は、はい!」

 

 地表からアリスを呼ぶ声に我に帰る。

 声を掛けた本人であるベルクーリ・シンセシス・ワンの元へ飛竜を着地させ、銀球をどうにか雨緑の背に乗せたまま降りようとしていると「そのままで聞いてくれ」と遮られた。

 

「いいか。例の坊主を連れて、一刻も早くこの場から離れろ」

 

「小父様!?」

 

 事実『逃げろ』という指示に声を荒げる。

 

「何故です!?」

 

「嬢ちゃんたちが危ないからだ。自分の命令に従わないからって、オレに四帝国の守護竜さえ斬らせたあの最高司祭のことだ。自分を殺した連中なんぞ真っ先に仕返しにかかるだろう」

 

「しかし!」

 

「嬢ちゃん」

 

 剛毅なる最古の整合騎士が、覇気を伴って真っ直ぐと新代の整合騎士に目を合わせる。

 

「人界については大丈夫だ。最高司祭殿は、まあやり方は確かに下劣だが、自分の領土にそう易々と亜人共を入れるようなマネはしないさ。だが、問題は()()()だ。

 このまま最高司祭がその座に返り咲いたら、また前に逆戻りだ。今は止められている人界の腐敗は進み、秩序とは名ばかりの歪んだ支配が深刻化する」

 

「ですが……」

 

「おっと、残念ながら続きはまた今度だ」

 

 前線へと視線を向けたベルクーリに釣られ、アリスもそちらへと目を向ける。

 すると、丁度人界軍の解散を命じた直後のアドミニストレータが、アリスらへと意識を向けているのが見て取れた。

 

「頼むから行ってくれ。オレは、自分の弟子を斬りたくない」

 

「……分かりました。どうか御無事で」

 

 悲痛さすら滲ませたベルクーリの短い懇願に、アリスは急いで飛竜を飛ばす。

 間一髪だったのか、飛竜の足が大地を離れたのと、侵略軍の前線を一息に殺し尽くしたのと同一の杭が竜を落とさんと出現したのは、ほぼ同時だった。

 

 

「――面倒なことをしてくれたわね、ベルクーリ」

 

 唯そこに在るだけで恐怖と圧迫感を撒き散らす杭だけでも肝が冷えるというのに、絶対零度の眼差しのアドミニストレータをも前に、さしものベルクーリでさえ頭を抱えたくなった。

 

「命令にはなかったんでな」

 

 垂れる冷や汗を気力で抑え、あくまで飄々と宣う。

 

 ――確かに最高司祭の怒りは恐ろしい。が、まだ付け入る隙はある。

 

 アドミニストレータの伴う、敵軍に突っ込んでいった黒騎士を除く四人。その全員が決して彼女に忠誠を誓っている訳ではないのだろう。寧ろ槍を持った老騎士に関していえば、こちらで最高司祭に隙を作ってやればそのまま刺しにかかりそうなほど殺気立っている。

 さて、アリスの嬢ちゃんが坊主を回収するまでの間をどう捻り出すかとヒゲの浮いた顎を擦る。いざとなった時の為に心意を練るが、予想に反して、アリスを討てという命令は下されなかった。

 

「セイバー。貴方の宝具を回収しに行きなさい」

 

「……」

 

 神聖語で『セイバー』と呼ばれた人物が、最高司祭の後ろから姿を表す。

 金髪に、緑色の瞳の少年。装いも、纏う気配も、全くの別物に変わり果ててこそいるが、その顔は間違いなく、セントラル・カセドラル90層でベルクーリを倒して見せた剣士。

 

「お前さん、ユージオか?」

 

「……ベルクーリさん。その節は、どうも」

 

 短く騎士礼をすると、目を合わせる事なく足元から風に解けるように姿が消える。だが、気配はその場にある……

 

「……幽霊にでもなっちまったのか?」

 

「そんなあやふやなものと一緒にしないで」

 

 無色透明の気配のみが飛んで行くのを見送っていると、思わず出た呟きが最高司祭に拾われた。声色に苛立ちが混じっているのを察して肩を竦めて誤魔化す。

 

「それで?人界軍は解散して、オレたち整合騎士にはどうしろってんだ?」

 

「そうね。特に命令はしないわ。今まで通り、整合騎士としての役割を果たしなさい」

 

 話を逸らす意図も含め、以降の自分たちの形振りを問う。しかし、返答はこれまた意外なものだった。

 ――整合騎士の存在理由は、大まかに二つ。禁忌を犯した罪人の連行と、侵攻するダークテリトリーの手勢の撃退である。

 だが禁忌目録の監視者に成り下がっていた元老院はもう無く。ダークテリトリーの軍勢に関しては、まさに今、たった一人の()()の手によって全滅の危機に陥っているのが知覚出来ているほどだった。それが分からないアドミニストレータではない筈だ。

 

「……そうかい。じゃ、こっちで勝手にやらせて貰うさ」

 

「そう、貴方の自由になさい。私はセントラル・カセドラルの最上階へと戻るわ。

 ランサー、貴方はバーサーカーと合流後この場に待機。ライダーは手筈通りワールド・エンド・オールターを押さえなさい」

 

 控えの二人にそう告げる最高司祭。金糸の女性が即座に了承を示して消えたのに対し、一際激昂する老騎士は何か反論しようとしたのか口を開くが、アドミニストレータがさり気無く自身の右腕を撫でたのを見ると、忌々しげに舌打ちして言葉を引っ込めた。

 

「そう、それでいいのよ。さ、いくわよアサシン」

 

「うん!」

 

 アサシンと呼んだ銀の少女の手を取り、今度は他の存在とは別に、風素で空高く浮かぶ最高司祭。方角的にも、セントラル・カセドラルへと向かったのだろう。

 

 

「……もう訳がわからんな。で。えーと、ランサー、でいいんだよな?」

 

 アドミニストレータの姿が見えなくなってからたっぷり数分ほど見送ってから、残された老騎士に話しかける。心意に通じていない者にすら感じ取れるほどの憤怒を撒き散らしていた老騎士へと言葉を掛けたことに、今更ながら周囲の兵が揃って顔を青くした。

 状況的にも、あの杭を発生させたのは間違いなくこの老騎士だろう。目の前の強大な存在から目を離さずにおくべきか足元に注意を払うべきか迷い三者三様の反応をする中、ふと重苦しい空気が薄れた。

 

「その名は好かん。ヴラドと呼ぶがいい」

 

 幾らか激情が落ち着き、薄らながら笑みすら浮かべる老騎士。

 ヴラドと名乗った彼は、携えていた槍を背に納める。それと同時に、アリスが居た場所に有った杭も砕け落ちた。

 

 ――なるほど。取り敢えず、コイツ個人は味方とみてよさそうだな。

 

「おう、了解。で、いくつか訊きたいことがあるんだが?」

 

「余に応えられる限りであれば答えよう。

 ……ただし」

 

 ――ダークテリトリーの方面から、()()()が飛んでくる。

 己の感覚と、ヴラドの顔から微笑みが消え、心意が荒れ始めたことで、それを察する。

 ――しかし今度の激情は、あまり表面化することはなかった。というより、寧ろ溢れ出た心意は本人を抑え込んでいるように感じ取れた。

 

「アレに付いては訊くな。余はあれの事など、ほんの一時たりとも視界に置きたくないのでな」

 

 降り立つは、黒き騎士。

 全身から血の臭いを立ち昇らせる人外は、

 

 一瞬、嗤ったように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――人界を狙うダークテリトリーには、十の勢力が、互いに喰らい合いながら犇めいている。

 

 整合騎士同様、剣に魂を捧げる『暗黒騎士』

 

 己の肉体を絶対とし、拳で命運を切り開く『拳闘士』

 

 術式を用い、自他の命すら時に玩ぶ『暗黒術師』

 

 力無く、されど永き時と忍耐を重ねることで必死の術を濃縮せしめる『暗殺者ギルド』

 

 金を崇拝し策略を武とする、最も異質なる集『商工ギルド』

 

 個の力を重視し、巨躯をもって大局を有する『ジャイアント』

 

 醜美感故歪み、しかし人の有り様を捨て切れぬ亜人『オーク』

 

 そして、住む場でのみ別たれた、数を力とする闇の先鋒『オーガ』『山ゴブリン』『平地ゴブリン』

 

 彼らこそが暗黒界を支配する組織であり、これ以外の存在など、神たるベクタを除いて存在しえぬ。

 

 それが暗黒界に住う者全員の認識であり、事実であった。

 

 

「……な、なに?」

 

 

 ――故に、彼らダークテリトリーの住人は、ソレを受け入れる事が出来なかった。

 

 第一陣が一瞬で全滅し、混乱収まらぬ本陣。その中央に降り立った黒騎士。

 暗黒騎士に似た風貌の鎧を纏うソレは、手近な場に突っ立ち目を白黒させていた暗黒術師へと手を伸ばし、

 

 

 頭が捥げ落ちた。

 

 

 

「…………え?」

 

 悲鳴一つ上げさせず。重い血肉が地に付いた水音のみが、急に静まり返った陣に響き渡る。

 偶々その先にいた哀れな術師の方へ、首が半分ほど転がり、

 目が、あった。

 

 

「ひっ!?て、敵しゅ――」

 

 首が舞い。

 手が舞い。

 足は砕け、

 心臓は持ち主を失う。

 

 

「一体何が起きているというのだ!?」

 

 遅巻きながらも事態を理解したディー・アイ・エルだったが、最早どうしようもなかった。

 それは戦ではなく。それは決闘でもなく。

 暗殺するにしても毒は届かず、数での戦いには既に決着が付いていた。

 

 それは蹂躙であり。

 敢えてディーの疑問に応えるならば、『狩り』が起きていた。

 

 

 毎秒毎に増え続ける死は、ベクタ――ガブリエル・ミラーの座る戦車にすらその余波を届かせていた。

 止まることなく空を舞う肉片を無感動に眺めながらも思考する。

 

 ――装いはヴァサゴの鎧と同じ。スペックとしては同レベルと見ていいだろう。だが、あれだけの無双劇を引き起こせるものなのか。

 

「ヴァサゴ。お前はどう見る」

 

 今尚死骸を量産する謎の存在が、ラース側の誰かが送り込んだスーパーアカウントなのは間違いない。

 だが動きを見るに、自衛隊員でないのは確実だ。ならば考えられるのは、ラースがアンダーワールド内での活動を前提として雇ったVRプレイヤーか。

 だとすれば。最もあり得るのは、高いVR適性と戦闘能力を兼ね備えた存在。

 即ち――SAO生還者(サバイバー)。それも、最前線に立っていた攻略組(プログレッサーズ)

 

 同じSAO生還者(サバイバー)として、アレに心当たりがあるのかも兼ねて、隣の若者へと尋ねた。

 しかし、いつまで待てども返事はない。

 不審に思い首を傾けて見れば、腰を浮かせて食い入る様に騎士を睨むヴァサゴがいた。

 

「ヴァサゴ」

 

「……ちょっと待ってくれ、兄弟(ブロ)。もうちっとで何か思い出せそうなんだ……」

 

 イライラと胸を――体の広範囲を覆う()()()()を掻き毟りながら喘ぐヴァサゴ。

 確実性の高かった情報源がアテにならなくなった状況に溜息を吐きつつ、駄目元で偽り塗れのSAOの記録本を思い返して該当者を探るべく眼を凝らし。

 

 丁度そのタイミングで、爆発がその騎士を直撃した。

 

「はは!やりました、ベクタ様!敵の騎士を一騎、それも間違いなく最高級の首級を挙げてみせました!!」

 

「………………」

 

 戦車の外から聞こえる歓声に、無駄だったかと目を閉じる。声からして下手人はディーだろう。

 半壊した軍で、アメリカ人プレイヤーの軍勢が来るまでどうすべきかと策を練り始め、

 

 

「…………は。ははは」

 

「……ヴァサゴ?」

 

 様子がおかしくなりだしたヴァサゴへ再度目を向け、その視線の先へと滑らせる。

 

 ――そこにいたのは、魔法の直撃を受けた結果なのか、兜を失った騎士だった。

 短い銀髪の少年は、俯いていた顔を緩やかに、途中まで上げる。

 辛うじて見て取れたのは、薄青の瞳。

 

「子供だと?」

 

 予想外の正体に、流石にガブリエルも僅かに驚く。だが所詮未成年と、追撃を命じる為に冷酷な指揮官としての役のスイッチをいれる。

 いれただけに終わった。

 

 

「――ブッッ殺す!!」

 

 

 真横から殺気が溢れ出る。オブシディアで刃を向けたシャスターなる騎士のそれを大きく上回る殺意に、一瞬とはいえガブリエルは怯み――

 

 ――……怯み?怯んだだと?この私が?

 

 求めるものが想像以上に近くにあったことに歓喜が出るが、あまりの衝撃と驚愕に判断が遅れた。結果として引き留めることは叶わず、ナイフを握ったヴァサゴは少年へと突撃していた。

 

 

 当のヴァサゴも、ガブリエルの呼び掛けなど耳に届いていなかった。

 ……或いはこの瞬間に限れば、想い馳せているキリトの事すら頭から吹き飛んでいたかもしれない。

 

 脳裏にあるのは、古いフィルムカメラで撮った三枚の写真のような記憶。

 ――自分の人生で唯一、真っ当に楽しかったと言えた幼少期。姉貴分と弟分と共に駆けた、あの島での記憶。

 ……燃え盛る島。前触れなく現れた黄色人種の集団によって、焼かれた輝かしい思い出。

 そして、一発の銃声。忘れる訳がない。忘れられる筈がない。

 

 

 ――姉貴分を、()()()()()を殺しやがった、このクソ野郎のツラは!

 

「死ねッ!!」

 

 一足で間合いを詰め、渾身の力を込めてナイフを振り下ろす。

 首元を狙った斬撃は防御に当てられた腕を刎ね、逸れて肩に食い込んだ。

 肉に沈んだナイフは引き抜かなければならないが、これにも憎悪を籠めて腹を蹴り飛ばす。無抵抗に吹き飛んだクソ野郎は、

 

 それでも、嗤っていた。

 

「テメェ――」

 

 なら都合がいい。一度刺した程度ではこの怨みは晴れない。

 この世界と現実とで二度確実に殺す。徹底的に殺す。愉しみもなにもかもその後だ。コイツは、コイツだけは、絶対に、この手で――

 

 

 ヴァサゴ・カザルスの意識はそこで途切れた。否、途切れさせられた。一発の()()によって。

 

「……馬鹿な男だ。このアンダーワールドで相手の武器を強く意識するとはな」

 

 ガブリエルの目に信じられないものが映る。

 少年の手元にある見覚えのある金属塊。薄く硝煙を昇らせるそれは、スライド部が大きく切り取られてバレルが一部露出しているという特徴を持った『拳銃(ベレッタ)』だった。

 不格好なフォワードスピンで自動拳銃を数回転させた少年は、次いでと言わんばかりに鉛の小雨を降らせる。

 直接戦闘よりかはまだマシと言える程度の被害を押し付けた殺戮者は、全弾吐き尽くした拳銃を鎧のベルトに突っ込むと、大きく両手を広げた。

 

 あれも何かのコマンドなのかと、興味の赴くまま見詰めると、変化は直ぐに訪れた。

 

 ――血だ。血が、いや、死が。命が。吸収されている。

 

 凡ゆる物理法則を跳ね除け、血の小川が少年へと集う。流れた命は少年へと吸収され、空間リソースとならず一個を強化するエサと化す。

 そんな事をしでかせる存在に心当たりがあるのは、この場でガブリエル一人であった。同時にガブリエルにはその正体が察知出来た。

 

 ――考えてみれば単純な話であった。ウィッチ(暗黒術師)ジャイアント(巨人)ゴブリン(小鬼)にオークと、ファンタジーの怪物が多く生息するこの世界に、唯一存在しないジャンルがある。それも、満足に日光の届かないダークテリトリーに於いて最強の存在が。

 

不死者(アンデッド)。それもその中でも至上の種か」

 

 無論疑問はある。仮に()があのアバターの主だとすれば、なぜその種族に身を窶しているのか説明がつかない。そもそもアリス計画が日本国の極秘プロジェクトなら、ルーマニア人の彼が関わっている可能性は皆無だ。

 ……いや、それにも抜け道はある。それも、その違和感への答えを有する抜け道が。

 コピーされた魂――フラクトライトは、己が複製品だという認識に耐えられず、一分と保たず崩壊するという。

 ならば、コピーした魂、その人格を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()どうだ?そう、例えば、『その存在』を誰よりも忌み嫌う人物を、『その存在』の殻を大人しく被れるほどに歪めてしまえば。

 

「答え合わせの時間だ」

 

 戦車の椅子から立ち上がり、ベクタの剣を抜く。

 ステータスに任せて跳べば、期待通りに少年の姿をした悪魔の前へと着地した。

 

「……誰だお前?」

 

 ()()の邪魔をした所為か、不機嫌なアルト音域の言葉。

 

「お前の名を聞きたい」

 

「タイタス・クロウ」

 

「アバターに備わった名ではない」

 

 イギリス人作家の宇宙的恐怖小説の主人公の名を告げられ、即座に切り捨てる。

 

「お前の名は何だ。 吸血鬼(ヴァンパイア)

 

「――ハッ。やっとそこか」

 

 核心を突く。漸く表情を歪ませた悪魔(ドラキュリア)は、しかし。

 

「だが時間切れだ。精々震えていろ、アメリカ人(クリスチャン)

 

 その姿を蝙蝠の大群へと変化させる。人としてのシルエットを解いた吸血鬼は、あっという間に杭の林を超えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









次回予告

 皆様どうも。日本に着いたはいいものの、サチたちが先にオーシャンタートルに突入してしまったので途方に暮れているジャックです。
 それでは、久し振りの次回予告と参りましょう。

 ――クィネラらが着々と場を支配する中、キリトを連れたアリスはティーゼらを振り切って西へと飛ぶ。しかし既に長時間飛行により疲労が蓄積していた飛竜では満足に距離を稼げず、追手のセイバー、それとベルクーリの命を受けたエルドリエと自己判断したイーディスが追い付く。複雑に入り組んだ人間関係が齎す一触即発の空気の中。
 ――遂に電脳の『月』が、アンダーワールドへと降り立った。

次回、『星に願いを――』


 ……奇跡と希望に溢れた前日譚は遠い過去へと流れ。プロローグを超えた物語は、遂に『大戦』へと縺れ込む。
 その結末は、英雄に潰された蟹(カルキノス)の後を追うか、或いは。




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第五小節 星に願いを――

 

 

 

 

 

 ――東域の果てから、とんぼ返りする形で河水を遡る。

 なんとか日暮れ前に辿り着けたのは、ルーリッドの村から東の大門への道中に野営した場所だった。

 

「ありがとう、雨緑。ゆっくり休んで」

 

 疲れを感じさせる声で応えた飛竜。無理も無い。行きは体力が有り余っていたからこそ強行出来た道であり、今回はそれから満足に休ませる時間もないなかで、同じ重量での飛行だった。ここに辿り着いただけでも相当無理をさせているだろう。

 雨緑の背からキリトと神器を降ろす。

 キリトは……ずっと、大門の方を見ていた。青薔薇の剣を固く抱え込んで。

 

「……やはり、貴方もそう思いますか」

 

 ――あの串刺しの林に現れた、アドミニストレータとユージオ。

 不老の術式ならある。不死も、限定的であれば実現可能だ。

 けれど、蘇りの術式は存在しない。一度死者の国へと誘われた者は、誰一人として帰ってこない。こない、はずだった。

 でもあれは間違いなくユージオで。間違いなく、最高司祭だった。

 

 ……例えその直後に斬られたのだとしても、一言話しておくべきだったのだろうか。

 そんな後悔から嘆息し。

 

「雨緑……?」

 

 川に頭を突っ込んでいた雨緑が、突如として唸り出す。

 

 ――まさか、もう追って来たと言うのですか!?

 

 腰に刺していた神器を抜剣。武装完全支配術の句を発動一歩手前で保持した状態で、周囲を見渡す。

 夕焼けに染まる空。自身の発するもの以外緊迫感のない長閑な風景。

 何処までも澄み渡っている空気には、一筋も殺意など混ざっておらず。それどころか、雨緑の唸り声が威嚇の低音から、全く別のものへと変わっていた。それは、以前ルーリッドで滝刳と会った時より繊細で、怖々とした細い吐息。向ける視線は真っ直ぐで、その先は川向こうに向いていて。

 

 ――そこには、水色の鎧を纏った少年がいた。

 

「……久し振り、だね。アリス」

 

「あ――」

 

 悲しそうに微笑む少年。彼に対して剣を向けている事実に気が付いて収めるが、それでも心が痛かった。

 

 

「……本当に、ユージオなのですか?」

 

 水音のみが、重い沈黙の中を流れる。

 まるでこの川が、あの世とこの世とを隔ているように感じ、つい、そう問い掛けてしまった。

 心は、彼が本物だと言っている。セルカと過ごしたことで僅かに蘇った記憶の残滓も、彼がユージオだと叫んでいる。

 けれど、理性と直勘が警鐘をならす。それを黙らせる為に、彼自身の口から答えが聞きたかった。

 

「……僕の名前がユージオかと聞かれたら、そうだね。僕はユージオだ」

 

 ――だから。だから。お願いだから、そんな顔で、そんな事を言わないで。

 

 この距離が正しいのだと。これ以上近付く事は許されないと、距離を置く彼は、その真実を口にしてしまった。

 

「でも僕は、君の言うユージオ本人じゃない。僕は、『ユージオ』の影法師だ。この間違った戦争に参加させられた、過去に居た誰かの人格を植え付けた動く人形なんだ。

 ……ソードゴーレムと変わらない存在なんだよ」

 

「そん、な、」

 

 足元が崩れ落ちる。膝を突いた時の水音がどこか遠くでなったような気がする。

 視界が滅茶苦茶に揺れ、もう自分が立っているのか、座っているのか。そもそもここが現実なのかすら分からなくなる。

 ――そんな状態から私を引き戻したのは、鍔の鳴る音だった。

 いつかの様に、青薔薇の剣を心意の腕で取り寄せたユージオ。キリトが抱き抱えていた筈の剣のみを丁寧に操作するその技量は凄まじいのだが、そんな素振りは一切見せない。

 鞘に収まったままの剣を構えたユージオは、ゆっくりと振り被った。

 

「……ごめんよアリス。でも、僕もどうすればいいか分からないんだ」

 

 雨緑が威嚇の唸り声を上げるも、それすら心意を織り交ぜた一睨みで縮こまった。

 

「僕には、君も、キリトも斬れない。でも君がこのままでいても、きっと君は幸せになれない」

 

「何を、言っているのですか……?」

 

 バシャリと、水面を鞘が叩く。

 告げられた術句は拒絶の一言。記憶解放術。

 

「――リリース・リコレクション」

 

 冷気が、走る。

 部屋を凍らせ、不死鳥すら凍てつかせる絶対零度が川を氷へと変換する。

 水辺にて座り込んでいた、私諸共。

 

「しまった!?」

 

 咄嗟に膝に力を込めるが、抜け出す事は出来なかった。

 剣の柄尻で叩き割ろうにも、剣を振り上げるより先に頭上を影が覆う。

 

「ごめん、ごめんよ。でも、どうせ結末が決まっているのなら、せめて……」

 

 半ばで折れた剣。欠けて尚最高級の優先度を誇る気高き剣が、日陰で鈍く光り、

 

 

 

 

 

「薙ぎ払え、霧舞!」

 

「焼き尽くせ、滝刳!」

 

 二本の熱線が殺到し、その向こう側へと消えた。

 永久凍土の川は液体への状態変化をすっ飛ばし蒸気へと再変換され、小規模ながら爆風が発生する。

 しかし、警戒するような衝撃は訪れない。

 降り立った白銀の鎧の騎士が、その腰にある鞭を鳴らす。幾重にも別れた蛇は、それだけで容易く爆風を食い殺してみせた。

 

「御無事ですか、アリス様!」

 

「エルドリエ……!」

 

 遅れて、二頭の飛竜を連れた白黒の鎧の女騎士も現れる。

 カタナなる分類の、抜剣術に適した反りのある剣を携えた彼女は、手早く足元の氷を砕き始める。

 

「もう大丈夫だからね。闇斬剣ならこの位ちょちょいのちょいだから!」

 

「イーディス殿!」

 

 溶けかけていた氷が、物体を擦り抜ける効果を持つ神器の鋒を楔の様に扱う事で見る見るうちに砕け散る。

 エルドリエがユージオの状態を確認しに行った傍ら、直様両足が自由になった。

 

「御迷惑をお掛けしました。ところで、何故イーディス殿たちは此処に?」

 

「雨緑が西に飛んでって、その後を滝刳が追っ掛けてくのが見えてね。霧舞に急いでもらったの。それにしても、さっきの彼は誰よ?アリスを攻撃しようとしてたから焼いちゃったけど、かといってダークテリトリーの人には見えなかったし」

 

「なっ! ユージオ!?」

 

 竜のブレスに撃たれたと聞き、残る蒸気を掻き分け、慌ててエルドリエの方へと向かう。

 そういえば、イーディスはユージオと直接の面識は無かったことを思い出す。

 背後から説明を求める声に「あの青薔薇の剣の、本来の担い手です」と伝えようと口を開いた所で、エルドリエの悲鳴混じりの驚愕の声が、場の空気を裂いた。

 

「どうしたのです、エルドリエ!?

 ――なっ!?」

 

「……うそ。あり得ない!」

 

 ――そこに居たのは、()()()()()()()()ユージオの姿。

 煤すら付いていない己の掌を、悲しげな表情で見つめていた。

 

「……言っただろう、アリス。僕はもう、人間ではなくなってしまったんだ。

 影法師――サーヴァントは、サーヴァントによる攻撃でしか、傷付く事は出来ないんだ」

 

 時として整合騎士の武装完全支配術すら超える力を発揮する、現在に於ける最強の生物、飛竜。

 その一閃を二度喰らったにも関わらず平然と立つ様子は、百の言葉よりもまざまざとユージオの身の異変を物語っていた。

 

「……ユージオ、教えてください。一体貴方の身に何があったというのですか!?」

 

「それは……」

 

 チラリと、遠い西の空へと目をやるユージオ。

 当の昔に日は沈み、夕焼けが辛うじて夜闇を紅く照らしている。

 

「……此処じゃまずい。夜は()の舞台だ。僕の知っている事全てを話すから、今は僕に従ってくれ」

 

 有無を言わさぬ焦燥に塗れた言葉に反論出来る者は、私たちの中にはいなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ――ユージオに先導されて向かった先は、川から少し外れた場所にある小高い丘、その中腹にあった洞窟だった。

 私たちと雨緑たちが入った所で、入り口を青薔薇の剣による能力で塞いだユージオは、警戒心を露わにするエルドリエらの前に剣を置き、その場に座り込んだ。

 目に見える形で武装を解除したことで一先ず敵意は無いと見たのか、エルドリエたちも神器の柄から手を離した。

 

「それでは教えて貰おうか。貴様の言う、()とは誰だ?」

 

「最高司祭の連れる、黒騎士。僕らはバーサーカーと呼んでる」

 

「バーサーカー…… 神聖語で狂戦士って意味だっけ?」

 

 イーディスの言葉に頷くユージオ。

 

「本名は分からない。ただ一つ分かっているのは、彼は『ヴァンパイア』という亜人の一種らしいんだ」

 

「ゔぁん……?いえ、それよりも、亜人と言ったか。とすれば、彼者はダークテリトリーの者ということになる。最高司祭殿が斯様な人外を傍に置くはずがない!」

 

「エルドリエ、一旦落ち着きなさい」

 

 エルドリエが直様噛み付くのを抑える。意外なことに、エルドリエ同様騒ぐかと思われたイーディスは沈黙を保っている。

 

「貴方の言うバーサーカーが人成らざる者だというのは分かりました。ですが、たかが亜人が一人、それ程恐ろしい存在とは思えません。そのヴァンパイアなる種はどの様な存在なのですか?」

 

「……僕も完全に把握出来ていない。普段は姿を隠しているし、話したことすら片手で数えられる。だから最高司祭から聞いたのをそのまま伝えるけど、良いかい?」

 

 公理教会の偽りを知る者(私に対し)、言外に信用出来る話ではないという前振りを置いてから、途切れ途切れに、その『御伽話』を語った。

 

 ――彼は騎士に匹敵する武才を持ち、同時に高位術師に比類する魔術の使い手であり。ジャイアントを優に上回る身体能力で、その技術を振るう。夜闇に紛れ霧や蝙蝠にその身を変え、人の血を啜る事で相手を意識無き傀儡、理性亡き生ける屍として使役することが可能。挙句凄まじい不死性を誇り、首を撥ねようが心臓を貫こうが意に掛けることはない。

 

 そんな、正しく神話の怪物に相当する者の話に対し、私たちの感じたものといえば、

 

「……いやいや、ナイナイ。そんな怪物がいるなら、力こそ全てなダークテリトリーを簡単に支配してるでしょ」

 

「私も遽には信じられません。その説明を聞く限り、その亜人を討つ手段はないではないですか」

 

 出来の悪い作り話を聞いた時のような不信感だった。当然だろう。ダークテリトリーの各種族、その全ての長所を併せ持った災厄が存在するならば、イーディスの言う通りダークテリトリーの支配者として整合騎士の耳にも届いている筈だ。

 けれどその兆候は無かった。ならば考えられるのは、致命的弱点があるか、或いは。

 

 

「……最高司祭殿が、今迄封じ込めていたのでは?」

 

 エルドリエの呟きに、空気が凍り付く。

 ――残る可能性は一つ。整合騎士が結成されるよりも昔に、既に一度攻め込まれたのを封じ込めたか。如何に不死と云えど、動きや意識を奪った上で地下深くに埋めでもしていれば、長きに渡り封印する事は可能だろう。

 

「いや、それは違う。彼はダークテリトリーの亜人じゃない」

 

「なに?ではまさか人界の者とでも!?」

 

 しかし、私たちの予想は外れる。

 エルドリエの問い掛けに応えるユージオの口から聞かされたのは、想像を絶するものだった。

 

「ヴァンパイアは、ダークテリトリーの更に外側。『リアルワールド』で語り継がれる怪物らしいんだ」

 

「――は?」

 

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 ダークテリトリーの、更に外側?

 

「ダークテリトリーの、更に外側?確かにあっちがどれくらい広いかなんて知らないけど……」

 

「そういう地勢的な外側じゃない。観念的な外側なんだ」

 

「まっ、待ってください!それは神界の事ではないのですか!?」

 

「違うよ。リアルワールドも、ここ。アンダーワールドと同じ、感情と欲望と寿命を持つ、人間の世界だ。

 そして――」

 

 あまりの話の規模に動揺し、付いていくことが難しくなりつつある中で、ユージオは未だ目覚めぬキリトに視線を逸らせた。

 

「……キリトも、リアルワールドの人間なんだ」

 

 

 ――この世界とやらは、たった一日で何度私の天地(常識)を破壊するつもりなのだろうか。

 永久に会えぬ筈の死人が蘇り。この世界は箱庭でしかなく。神界に祈りを聞き届ける神は居らず、代わりにいたのは人と悪魔。想いを寄せる少年は、ベクタの迷い子などという生易しいものではなく文字通り異世界人であったのだ。

 とうとう脳の処理能力の限界を超えたのか、拒絶反応の余り白目を剥いて倒れるエルドリエ。気が付けば夜は更け、竜だけでなく私たちもいい加減休みたくなってきた。

 だが、まだ訊かねばならない事がある。

 

「その、リアルワールドとは実在するのですか?我々が騙されていたように、単にアドミニストレータの妄言の可能性は……?」

 

「それはないよ。ランサー――東の大門で侵略軍を殲滅した老騎士も、リアルワールドの人間だったんだ。僕がキリトから教わったアインクラッド流を知っていたし、それにキリトとも面識があると言ってた」

 

 ハッキリと公理教会を信じていないと口にすると、倒れていたはずのエルドリエが反応する。どうやら意識はあるようだ。

 それを無視して、雨緑の背からみた最高司祭らに付き添っていた者達を思い起こす。

 確かにいた。振り撒かれる殺気の内に、ほんの一瞬、不自然に憐憫があったのが気になったのを覚えている。

 

「そして、リアルワールドで起きている争いについても聞いたんだ。それが、僕がさっき君を攻撃した理由だ。

 ……聞いてくれ、アリス。このアンダーワールドの創造者たちは――」

 

 しかし、これまでの話ですら、アンダーワールドにて勃発しようとしている複数の戦争の真実、その発端と比べれば、まだマシだった。

 迷いの色を濃く見せるユージオだったが、意を決したのか、短く、小さな声で、その真実を述べた。

 

「……君を、人殺しをする為の道具に仕立て上げる為に、この世界を作ったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……同時刻

 

 アリス達の潜む洞窟のある丘、そのさらに上の上空に、乳白色の光の粒子が発生した。

 ふわり、ふわりと雪の様に舞い降りる光を背景に、一際存在感を放つ人影が二つ、浮かんでいた。

 スーパーアカウント01『創世神ステイシア』と騎士の高位アカウントを以ってこの世界にログインした二人の少女は。

 

 ――奇しくも、ユージオの言葉によって三人の騎士が創世者達に敵意を抱いたのと同時に降りてきてしまった事など、知る由もなかった。

 

 

 

 

 









次回予告

 皆様どうも、なぜか全力で運命を呪いたくなってきたジャックです。
 それでは、手早く次回予告と参りましょう。

 ――着々とクィネラの計画が進行し、刻々と状況が悪化するアンダーワールド。現実も例外ではなく、最終負荷実験を乗り越え、アリスを果ての祭壇へ連れて行く使命を背負わされた少女たちが、STLでアンダーワールドへと飛び込む。
 ――最悪のタイミングで降り立ってしまった二人の少女を、修練により練り上げられた正義の剣が襲う。

次回、『回帰不能点(ポイント・オブ・ノー・リターン)


 ……あの人は小さい頃言っていました。
『不条理で希望を得たならば――あとに残るのは、条理によってもたらされる絶望しかない』のだと。






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第六小節 回帰不能点(ポイント・オブ・ノー・リターン)

 

 

 

 

 

 ――オーシャン・タートル内部、サブコントロールルームに篭城する菊岡ら。

 自らの理想、願いを語った直後に発生した襲撃により、事態は予断を許さない状況へと変貌。アリスの回収と、キリトのフラクトライトを癒す為に、誰かがアンダーワールドにダイブしなければならない。

 

「――私、行きます」

 

「私も。キリト君を迎えに行きます」

 

 その呟きにいち早く反応し、進み出たのは、この場にいる二人の少女だった。

 勇むサチとアスナに対し、しかし菊岡は難しい顔をした。

 

「……確かに、STLは二人分空いている。しかし、アンダーワールドは今、平穏な状況とは言い難い。予定されていた最終負荷実験に、あと一時間と経たずに突入するからだ。勿論、その結果アリスが殺されてしまうことを考慮すれば、誰かが向こうにダイブしなくてはならない状況なのは確かだが……」

 

 途中で言葉を区切り、少女の片方――サチから視線を外す。

 キリトとのコミュニケーション力は問題無いが、サチの戦闘能力は無いに等しい。自分の身を守るだけなら、仮にもデスゲームの圏外で生き残っていただけあり、最高位アカウントを使えば何とかなるだろう。しかしそれは、サチの主要武器である槍の装備が前提であり、創世神(ステイシア)地神(テラリア)太陽神(ソルス)のいずれとも合わない。騎士クラスまで下げれば槍兵もあるにはあるが、サチの実力では荷物にしかならない。

 加えて、アンダーワールドにはペインアブソーバーが設定されていない。その事も菊岡らの頭を悩ませた。流石に無駄死にすると分かっていて送り出すことは許可出来ない。

 結局、どちらがどのアカウントを使うか未定のまま、準備だけ先に済ませようという事になり、サチたちは更衣室へと案内された。

 

 

 

 

 

 

 

 ―― STLを使用する際、ジェルベッドに寝転ぶ為の病院着に着替える間、それがアスナの目に止まったのは偶然だった。

 

「サチさん。それ、どうしたの?」

 

「あ、これ?」

 

 シャツを脱いだことで顕になったのは、薄汚れた小さなペンダントを吊す細いネックレス。一瞬キリトからの贈り物かと推測したけれど、それにしてはデザインが彼のセンスに合わないし、ハッキリ言ってサチに似合っていない。

 小指の先程のペンダントを掌に乗せたサチは、それを見つめたまま。一瞬迷い、「他の人には言わないでね」と前振りを置いてから、呟いた。

 

「……実は私、七歳より前の記憶が無いの。なんでも、私がそれまで住んでた家は大きな災害で町ごとなくなっちゃったみたいで。私はその唯一の生き残りなんだって」

 

 ポロっと出てきた激重な過去に、絶句した。言葉が何処か他人事に聞こえたのも、被災する前の記憶がないからなのだろう。

 

「じ、じゃあ、そのペンダントの中身って、」

 

「辛うじて残ってた私の本当の家族の遺骨……なのかな。顔も思い出せないし、ほぼ炭だから確認しようがないけど」

 

 それだけ言って、ペンダントから手を離すサチ。微笑んでこそいるけれど、その表情には諦めが色濃く浮かんでいる。

 何度悩んだのだろう。何度嘆いたのだろう。ペンダントに付着した汚れは、よく見れば血が出るほど強く握り込んだ跡だった。

 

「……因みにそのこと、キリト君は?」

 

「知ってる。去年、里帰りした時にお義父さんがキリトに話してたから」

 

「そう……」

 

 胸の中央に垂れる小さなペンダント。

 不思議な輝きを放つそれは、直ぐに淡い色の病院着の向こう側に隠れた。

 

「さあ、行かなきゃ。キリトはもう半年も寝っぱなしなんだから、起こしにいかないと。これ以上寝てるとピトさんとかに悪戯されるぞって」

 

 そういう彼女の顔には、喪った家族を想っていた時の諦観はなくなって。代わりに見慣れた、何処となく寂しげなサチの顔があった。

 

「……そうね。キリト君の事だし、もしかしたら向こうでまた新しい女の子とか引っ掛けてるかも」

 

「はは。うん、そうだったら桜とまた作戦会議しないと――」

 

 色違いの病院着に袖を通した、その瞬間。

 怒声の様なものが、サブコントロールルームから更衣室まで届いた。

 

「! い、今のは?」

 

「銃声は聞こえない。隔壁を破られたんじゃなさそうだけど……兎に角、行ってみましょう」

 

 

 

 

 

 

 ――飛び込んだ先は、ある意味で地獄絵図と化していた。

 赤く染まり警報を鳴らすモニター。コンソールに比嘉と神代博士が噛り付き、菊岡を含む自衛官達の姿は無かった。

 

「何があったんですか?!」

 

「ああ、君たちか!ちょっと待って今手が離せないんだ!クソ、何だってこんなハッカーが――」

 

 ――ハッカー? ……ハッキング!?

 少女二人で思わず目が合う。このタイミングでハッキングを仕掛けてくるとなれば、間違いなく相手は突入してきた侵入者たちしか有り得ない。

 だが意外と警報はすぐに収まり、無傷の、しかし緊張で疲れた様子の菊岡らが戻ってきた。

 

「ふう、まったくビックリさせてくれる。一応気休めにバリケードを追加してきたが…… 比嘉君、報告」

 

「あ、はいッス。ハッカーは撃退、つーよりも撤退したって感じです。ただ、発信源がアンダーワールド内。つまり、果ての祭壇(ワールド・エンド・オールター)からでした」

 

「……もう敵は、アンダーワールドにログインしているとみて良さそうだな。ヒューマン・エンパイア側のアカウントはロックされているなら、使われているのはダークテリトリー側か」

 

 ただでさえ細い菊岡の目が眼鏡の奥で線になり、ついでに比嘉の顔色がモニターの暗色に混じる。

 

「じゃあまさか、アリスはもう」

 

「いや、それはないだろう。彼方がアリスを手に入れたならさっさと逃げるだろうし。仮に入手した上で我々を攻撃するなら、ライトキューブ・クラスターを気にせず隔壁を爆破するはずだ。それがないと言うことは、だ。

 比嘉君!使用予定だったスーパーアカウントは!?」

 

 コンソールに再度飛びついた比嘉が、慌ててキーボードに指を走らせる。

 

「げっ。テラリア、ソルス、両方のスーパーアカウントにロックが掛けられてます!」

 

「解除出来そうか?」

 

「そこまでしっかりとした奴じゃないから、一時間もあれば」

 

「やはり妨害工作か。ステイシアや、準高位アカウントが手付かずなのは不幸中の幸いだな」

 

 菊岡は撫で付けられた髪をワシャワシャと掻き、それからアスナらへと向き直った。

 

「という訳で、残念ながら二人揃って最高アカウントでのログインは出来なくなってしまった。本当なら針鼠の様に武装させて送り出してやりたかったのだけれど、今は一分一秒が惜しい。一人は騎士アカウントでログインしてもらうけど、」

 

「なら、私が騎士アカウントを使います」

 

「アスナ?!」

 

 菊岡が言い切るより先にアスナが宣言した。

 繰り返すが、この二人の戦闘能力は比べ物にならないほどかけ離れている。敵もスーパーアカウントを使っているなら、対抗するには此方もスーパーアカウントを使うしかない。それを抜きにしても、アカウントデータをリセット出来ないなら、より生き残る可能性の高い方が使うべきだろう。

 その結論に辿り着いたサチが反論しようとするが、それより先に「STLの準備、完了しました!」と研究員の一人が駆け込んできたのと被さり、アスナの耳にしか届かなかった。

 

「私は大丈夫よ。貴女のこと。キリトのこと。アリスのこと。絶対に、守ってみせるから」

 

 そして、その決意も。サチの耳にしか聞こえなかった。

 

 ――嘗ての妖精郷に於いて、何も出来なかった少女は。今漸く、その意義を得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――『創世神ステイシア』としてアンダーワールドにログインしたサチと、その守護騎士として降り立ったアスナは、初ログイン時限定の微速落下機能に身を任せながら辺りを見渡す。

 キリトのいる座標の真上に出現したはずだというのに、視界に入るのは見渡す限りの丘と川。人の姿も、人が隠れられる場所もないように見えた。

 

「キリト……どこにいるの?」

 

「あ、あれ!あそこじゃない!?」

 

 辺りにはそれらしい家屋は見当たらなかったけれど、落下している最中に不自然に凍った洞窟があった。

 

 ――きっと、あそこにキリトが。

 

 共に降り立ったアスナと見合い、頷き合ってから洞窟へと足を踏み出す。

 次の瞬間――

 

「――サチさん伏せて!」

 

「ふぇっ!?」

 

 足元を払われて地面に崩れ落ちると同時に、頭上を熱線が通り過ぎる。

 瞬きする暇すら無く、続けて()()()()()洞窟から人影が幾つか飛び出してきた。

 ロクに反応すらすることも叶わず、ただ迫りくる刃を眺めていると、横から割り込んだ細剣がそれらを連続突きで弾き返す。

 

「くぅ――」

 

「――遅い!」

 

 人影の一人――金色の鎧を纏った若い女性が、吹き飛ばされてなお空中で方向転換。靴底が地面に付くより先に脇構えの剣からALOの魔法の様なものが爆発し、女性騎士の背を強烈に押す。

 

「サチ下がって!この人、強い!」

 

 一回転からの上段振り下ろしを辛うじてブロックしたアスナ。だが重過ぎる一撃に、使い手より先に剣が悲鳴を上げた。

 鍔迫り合いによってあっさり折れるレイピア。当のアスナは辛うじて剣の鋒から逃げられたが、振り下ろしの隙を補う形で左右から灰色の女性騎士と白銀の男性騎士が迫る。

 

「いけない!」

 

 それを見て、周囲の大地にイメージを集中させる。ステイシアのアカウントに付与された権限『無制限地形操作』のコマンドを唱えると、彼らの上空に虹色のオーロラが発生。同時に、アスナの周囲をコの字型に囲う様に岩壁が頭を上げる。

 

「なっ!?」

 

「ナイス援護!」

 

 堅い物が激突する音が三重に鳴り響く中、アスナがバックステップで大きく間合いを開ける。

 次いでアスナに失った剣の代わりを投げ渡す為に、腰に刺さったステイシアの剣(ラディアント・ライト)を引き抜き、アスナに声をかける。

 振り返った彼女は――悲鳴を上げた。

 

「サチさん後ろっ!!」

 

「ぅ――」

 

 振り向く間も惜しんで前に転がる。運が良かったのか、切られたのは頭頂部の髪数本で済んだ。

 草と土に塗れながら空を仰げば、水色の鎧の少年が半ばで折れた剣を持っていた。足元には、転がった時に手放してしまった剣。

 

 ――絶体絶命。そんな四文字が脳裏に浮かぶ。

 

 アスナに渡すはずだった剣は、少年が踵で更に遠くへ蹴飛ばしてしまった。剣を突きつけられたまま、一歩々後ろへと追い詰められる。

 恐怖心から振り返ってしまったけれど、アスナも同じ状況だった。三人の騎士に囲まれ、無手のまま追い込まれている。

 

 ――でも、なんで。何で私たちは攻撃されてるの!?

 

 とうとう下がる場所が無くなり、背中にアスナの体温を感じる。こんな事なら、剣は腰に刺しっぱなしにしておくべきだった。

 

「なぜ!?なぜ貴方たちは私たちを攻撃するの!?」

 

「なぜだと?巫山戯ているのか、簒奪者よ!」

 

 四方を囲まれ、堪らず問い掛けたアスナに真っ先に答えた、いや、激昂したのは、白銀の騎士。

 

「神などと騙っておき我々人界の民を誑かし!(あまつさ)えアリス様を貴様らの身代わりに破壊の傀儡に仕立て上げようとしているのだろうに!」

 

「なっ!?」

 

 ――なんでそれを知ってるの!?

 アンダーワールド人に知る由は無いし、キリトが言うとは思えない。いや、言ったとしてもこんな風に禍根を残す様なことはしないはず。なら尚更どうして!?

 考えても答えは出ない。

 

「ち、違う!私たちはそんな事考えてない!私たちは、貴方たちを助けようとして」

 

「どうだか。こうして相見えてこそだが、あの若者も一体何処まで信を置いてよいものよら――」

 

「口を謹みなさい、エルドリエ。今は彼らの処遇を考する時です」

 

 エルドリエと呼ばれた白銀の騎士が「ですが!」の続きを叫ぼうとするが、金色の騎士に睨まれて引き下がった。

 

「……さて。本来であれば、最高司祭に判断を委ねるべき案件なのでしょうが、彼方(公理教会)も彼方で信用ならない。故に発言を許します、異界からの来訪者よ。ただし、妙な真似をすれば四肢を斬り落とします」

 

 剣呑な光を湛えるサファイアブルーの瞳。全身からから放たれる、触れればそのまま手が切れてしまいそうな鋭い剣気が、それが単なる脅しではない事を如実に示していた。

 緊張感から、気が付けば生唾を呑んでいた。威圧感だけならいつかの第七十五層フロアボス(ザ・スカルリーパー)すら霞んでしまいそうになる。

 

「私たちは、外の世界からアンダーワールドを守る為にこの世界に来ました。敵は、私たちと同じリアルワールド人です。彼らの目的は、たった一人の人間を回収し、しかる後に世界全てを破壊して無に還すこと」

 

「……続けなさい。貴女たちの目的は?まさか慈善の為だけに来たのですか」

 

 此方の話を吟味しているのだろう。或いは自分たちの持つ情報と擦り合わせているのだろうか。新たな感情は一切見せることなく、話の続きを促した。

 

「私たちの目的は、この世界を、この世界に住む人々を守る。それと――

 ……私たちにとって、大切な人を助ける為に、此処にいます」

 

 口から出たのは、嘘偽りのない本音。

 

「彼が愛し、生きたこの世界は、私たちが守る。襲撃者たちから。そして、ラースからも」

 

 ――決して覆ることのない決意。大切な彼の願いを叶える為にも、例えどんな代価を払おうとも決して揺るがぬ譲れぬ一線。

 その想いが届いたのか。意図したものではないけれど、彼らの中で反応があった。

 

 

「……ラース?」

 

「ユージオ、どうかしましたか?」

 

 ユージオと呼ばれた水色の鎧の少年が、ある一単語に反応した。

 柄に手を掛けてはいるけれど、構えていた折れた剣を鞘に納め、幾分か警戒の解けた視線で問いを投げた。

 

「君たちの名前は?」

 

「……サチ、です」

 

「アスナよ」

 

「……そうか。君たちが」

 

 驚きの表情の後、完全に警戒を解いたユージオが柄からも手を離す。

 殺気の籠もった睥睨では分からなかったが、怒気の消えたその顔からは、彼本来の穏やかな気質が見て取れた。

 

「大丈夫だ、アリス。彼らは創世者側の人じゃない。彼と同じ。僕たちと同じ、『人間』だ」

 

「……貴方がそう言うのなら、信じましょう」

 

 金色の騎士も、剣を収める。いやそれよりも!

 その名前を聞き、改めて金色の騎士を見遣る。

 ――じゃあこの人が、ラースと襲撃者の両方が追い求める、この事件の核心!?

 未だ敵対心丸出しのエルドリエを灰色の騎士(イーディス)が宥める傍、複雑な心情を瞳に映すアリスと、ユージオが歩み寄ってきた。

 

「まずは、いきなり切り掛かった事を謝らせてほしい」

 

「いえ。アンダーワールドとリアルワールドの事情を知ってるなら、正しい判断だったと思います」

 

 いつの間にか拾ったのか、ユージオが片手で軽々と差し出すラディアント・ライトを両手で受け取る。

 慣れない剣を手古摺りながらも鞘に突っ込むと、改めてアスナと共に二人に向き直った。

 

「じゃあ改めて。僕の名前は、……――

 ……セイバー(剣士)。『白』のセイバーだ」

 

「ユージオ?」

 

「……僕にそう名乗る資格はないよ」

 

 ユージオと呼ばれる、どこか寂しげな雰囲気の亜麻色の髪の少年は、分かっていて異名を言ったのだろう。それに不服そうなアリスも、一旦矛を収めた。

 

「私の名はアリス。アリス・シンセシス・サーティ。

 ……そして、そちらで言い争っているのが、イーディス・シンセシス・テンと、エルドリエ・シンセシス・サーティワン。時折姉とかなんだとか口走る事もありますが気にしない様に」

 

 後半は若干恥も入ったのか、僅かに間が空いた。特に最後の方とかは小声で、しかも早口になってたし。うん、アスナの前で姉とか言わないでほしい。

 一瞬緩み掛けた空気だったが、セイバー(ユージオ)の咳払いで引き締められる。

 

「ひとまず、彼らのことは後でいい。それよりも確認だけど、君たちはキリトの関係者でいいんだよね?」

 

「! キリトは、キリトは何処にいるの!?無事……なの?」

 

 漸く辿り着いたその名前に、悲鳴に等しい懇願が溢れ出る。

 

「キリトは、あそこにいる。生きては、いる」

 

 示された先は、最初にアリス達が飛び出してきた洞窟。導かれるままについていけば、

 

 ――車椅子の座面に、影のようにひっそりと身を沈める、黒衣の姿があった。

 

 

 

 

 









次回予告

 ――ついにキリトに出会う事が叶ったサチとアスナ。しかし奇跡はなく。残酷な現実は、容赦なく二人に降りかかった。
 一方その頃、ガブリエル・ミラーの作戦により三万を超えるアメリカ人プレイヤーがアンダーワールドへとログインしようとしているのを察知したユイの願いが、身を結ぶ。

次回、『黒の輪舞/白の祭祀』

 ――聖杯大戦が、その形を成す時が来た。

























『――キャスターか。予備の聖杯が相応しき衣を纏い降りたのを確認した』

「ライダーからの報告も受け取ったわ。計画は順調に進んでいる。これで最悪儀式(聖杯戦争)が失敗したとしても、『世界』に孔を穿つ手立ては得られたわね」

『流石にアリスたちが切り掛かった時には肝が冷えたがな。全く、セイバーに見張りを付けないで情報だけドバドバ与えるからこうなるんだ』

「貴方が大人しくアーチャーの真名を教えてくれれば、それで済む話なのだけれどねぇ?」

『で?俺はこの後どうしろと?』

「露骨に話を逸らさない。
 まあいいわ。ワールド・エンド・オールターを占拠したライダーに命じて、ログインするリアルワールド人は全員その辺り一帯に降り立つように設定を弄らせてある。セイバーらに悟られないように、後々来る日本人プレイヤーが全滅せず、けれど絶望する程度に敵を減らしなさい。精々彼らには踏み台の、更にその支え程度にはなってもらいましょう」

『ステルスか。あんま得意じゃないんだが、仕方ないか。ダークテリトリーでヘマした分は取り戻すさ。
 ところで、ランサーはどうした?ライダーの宝具も見られてる以上、彼方も真名に勘付いてるだろう』

「貴方、分かって言ってるなら相当性格悪いわよ? ――彼には、絶対に私たちの目的に気がつく事は出来ない。
 己の願いから、己の宿業から目を逸らし。『三世』に成り果てようとした彼には、絶対に。アインクラッド攻略後の『十五世』なら違ったかもしれないけど、それは私が後押ししたからあり得ないわ」

 ――でも。ねえ。()()()()になら、矛盾なく答えられるでしょう?

「ブライアンという個人は、一体何時からこの世界が、彼が嘗て過ごした世界ではなく、()()()()()()()()()()()()様になったのかしらね?」

 ……言葉での返答はなく。代わりに念話の回線に響いたのは。


 ――子供が泣き出すのを我慢しているかのような笑いだった。




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第七小節 亡き王の為のセプテット

 

 

 

 

 

 ――午前三時 成田空港

 

 空港の自動ドアをくぐると同時に、僅かに肌寒い風が服の隙間から入り込む。

 

「それで、どう、する?」

 

 機内で凝った体を揉み解しながら、ブカレスト–ウィーン間でハイジャック犯を犯行前に〆あげるというトンデモをやってのけたジルに話を振る。

 

「状況が不明瞭ですし、ユイからの連絡待ちですかね。一先ず即行動に移せるよう、近場のカプセルホテルはもう抑えてありますが、と。

 噂をすればなんとやら、ですね」

 

 耳につけたインカムの様なもの――オーグマーなるAR装置の試作品――の電源を入れた瞬間、オレの耳にもユイの切迫した声が届いた。

 

『ジルさん!よかった、間に合ったんですね!』

「ええ。状況は?」

 

 最低限の荷物が入った小さなキャリーバッグを引き摺りながら、ジルとオレが事情を呑み込んでいく。

 

『今パパは南洋に浮かぶオーシャンタートルにて、人と同じ人工知能を産み出す為に自衛隊が作った仮想世界『アンダーワールド』にログインさせられています』

「まって」

 

 咽せた。

 開幕で爆弾を投下され、斜め上にぶっ飛んだ事態に一瞬唖然とする。一方ジルは驚くどころか、腑に落ちたと言わんばかりだった。

 

「通りで舞弥から詳細が来ない訳です。それで?仮にも一国家組織が、機密情報が国外に漏れている現状を静観しているとは思えません。ブラフか、そうでないなら。

 ……それどころではない、と」

『はい。現在オーシャンタートルは襲撃者に占拠されています。おそらく、米軍か、米情報機関が関与していると思われます。

 狙いは、アンダーワールドに産まれた人工知能――本物の魂を持つ人工フラクトライト、アリス』

「米軍、だぁ?!」

『それだけではありません。襲撃者たちは、アンダーワールド内に於ける戦力として、ティザーサイトをでっち上げ、プレイヤーを募ろうとしています。予想人数は最低でも三万人、多ければ十万人』

「成る程、よく考えてあります。同様の手でカウンターしようにも、時差等の関係上、どうしても圧倒的な数の差が出てしまいますね」

『はい。ですからその差を埋める為、敵側のデフォルトアカウントを遥かに上回る性能を持つプレイヤーデータを、ザ・シード世界からコンバートする方針でクラインさんやピトフーイさんたちが、それぞれのVRワールドで説得を行っているのですが……状況は芳しくありません。プレイヤーデータがロストする危険がある以上、やはり渋られてしまっています』

 

 言葉尻が落ちる。

 現在時刻は午前四時前。この時間帯にログインしているプレイヤーともなれば、ほぼ確実に廃人層だろう。己の半身がかかってるともなれば、尚のこと説得は困難だ。

 

「よし。じゃあ、オレも説得に、回ろう。オレは、GGOに行くから、ジルは、ALOに――

 ……ジル?」

 

 駆け足気味だった足が止まり、白髪の暗殺者は月光に浮かぶ。

 静謐で、冷徹な気配を纏った女性は。少女に、その覚悟を問うた。

 

 

「……事は軍事機密に関わります。今回の襲撃を撃退しアリスを日本側が確保したとて、状況が必ずしも好転するとは限りません。寧ろ、軍事国家(アメリカ)としては無人機用の高性能AIが東西境界線上の、それも防諜面でガバガバの国にあるのは無視できない以上より強引な手を打ってくるでしょうし、今後は東側諸国の介入も考えられます。

 残酷な様ですが、これは今までの件とは違い、下手人を処して、はい、大団円、とはいきません。

 その上で問いましょう」

 

 ――貴女は。ユイは、どうしたいのですか?

 

 強い意志を秘めた絶対零度の眼差しが、回線上にいるユイを貫く。

 

「キリトを助ける。それはいいでしょう。今からでもオーシャンタートルに乗り込み、襲撃者の喉を全部掻っ切れば治療に専念も出来るでしょう。

 ですが、アリスは違う。その存在は、ただ()()()()()()()で火種足り得ます。それでも尚、アリスを助けようとするのですか?」

 

 その視線を向けられていないオレですら、体感気温が数度下がった気がする程の凍てつく気配。

 押し黙ったユイは、――けれど、言葉が出なかったのはほんの一瞬だった。

 

『……私は情報集積体です。本物の感情は無く、本当の意味では感情を理解出来ません。パパやママ、そしてその愛する人たちを助けたいと思うこの衝動ですら、誰かにプログラムとして書き込まれたソースコードに由来するものでしかありません。

 でも、それでも!私は、アリスを助けたいです』

 

 ――その時、ユイの感情模倣回路は、ある過去の情景を浮かび上がらせていた。

 嘗てのアインクラッド。デスゲーム下に於ける、二日間の冒険の日。

 プレイヤーの膨大な絶望の感情に押し流されてメンタルヘルスカウンセリングプログラムとして壊れ、その果てに消えかけたユイは、しかしプレイヤーたちの希望と意地によって、キリトとサチの娘として産まれ直した。

 

『無数の世界で、たくさんの人々が笑い、泣き、哀しみ、愛した。それらの魂の輝きがフィードバックされたからこそ、アンダーワールドに新たな人類が生まれたのです。

 例えそれが、多くの人に歓迎されない誕生だとしても。人々の心が編み上げた大きな揺り籠から生まれた命を、私は無かった事にも、ただ殺戮の道具に押し込めることもしたくないんです!』

「……そうですか」

 

 ユイの心からの叫び。

 それを聞き届けたジルは、目を瞑り。

 

 

「……ちょっと、うらやましい、かな」

『? ジルさん?』

「いえ、なんでも。御心配無く、そこまで言われたからには、やれるだけやりますよ。

 ショウイチ、貴方はGGOで補給を済ませておいて下さい」

「あ、あぁ、分かった。ジルさん、は?」

「私が説得に回ります。大丈夫ですよ」

 

 絶対の自信に満ちた慈愛の表情で、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)の異名を持つ女性は呟いた。

 

「――一騎当千、万夫不倒。無垢の少女の涙を止めるのは、今も昔も()()の様な存在だと、相場は決まってますから」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 ――アンダーワールド 人界 極東域

 

 人界軍の兵は既に撤収を始め、陣幕の多くは取り払われ。けれどその場に残った整合騎士たちは、戦場同然の緊張下に浸されていた。それはほんの数百メル先、人界とダークテリトリーの境界線の先に、数万もの敵軍が犇めいているから、という訳ではなく。

 彼らの敬う最古の整合騎士――ベルクーリ・シンセシス・ワンと盤上駒(チェス)に興じている老人への警戒心が齎すものだった。

 

「……些か座りが悪いな」

「まあそう言ってくれるな。彼奴らも此処近々の急変に着いていけてないのさ」

 

 鼻を鳴らし、(ルーク)で取った歩兵の駒(ポーン)を放り捨てる老人――ランサー・ヴラド。それを合図にしたかの様に、後方で天高く杭が突き立つ。

 

「お見事」

「舐められたものよな」

 

 ランサーが意識を盤上に戻す頃には杭は朽ち、穂先からミニオンを構成していた土塊が落ちる。

 

「半径1000メルの範囲に、任意でざっと数万の杭を、それもミニオンや飛竜が飛べる程度の高さまで生やせる。挙句その数だって同時展開の上限ってだけで、事実無限。そりゃ猊下も軍をこさえないはずだ。たった一人で数万の、それも消耗しない兵を率いるのと同じだけの男を呼び出せると分かってたのなら、均一の強さの兵千人より一騎当千の騎士一人の方が維持も制御も楽だからな」

「ほう。この地に於ける対軍規模の戦はこれが初と聞くが、その割に道理を弁えておるものよ」

「ここ数ヶ月大分試行錯誤の連続だったんでね」

 

 やれやれと肩を竦めるベルクーリ。違いない、とランサーが苦笑する。

 

「戦の優劣は数で決まるが定石。嘗て奇策を以って其れを返した我が血我が名なればこその宝具よ。その意味のみであれば、余はあの毒婦が哀れに思える。汝の様な()に恵まれた幸運をアレは理解しておらぬ。

 ……(あまつさ)え、この始末よ」

 

 怒気と共に、手に持っていた駒が砕ける音が辺りに響く。

 矮小なゴブリン程度なら覇気のみで絶命させかねない程に激怒する老騎士の視線の先には、いつの間に現れたのか黒き騎士が。

 

「なんの用だ、亡者よ」

「キャスター・クィネラからの伝言だ」

 

 ランサーの吐き捨てる様な問い掛け。飛竜さえ怯む殺意をどこ吹く風と受け流す黒騎士(バーサーカー)は、()()()()()()()()()()()を、平然と実行した。

 

「―― 『退場の時間(オールアップ)』だとさ、ランサー!」

 

 その場にいた整合騎士、その全員に気取られることなくランサーの懐に飛び込んだバーサーカー。音の壁を容易く超えた挙動に、しかしランサーは冷静に対応する。

 手に持った槍を跳ね上げ、同時に『極刑王』を展開。悪鬼の足を容易く捥ぎ、飛びかかりの勢いのまま心臓を刺し穿つ。

 

「うお、」

「下がれ、ベルクーリ!所詮は理性なき獣よ!」

「ハッ、違いない!」

 

 即座にバーサーカーの両足が具足ごと再生、鉾の刺さる心臓を基点にサマーソルトを手元に当て豪快に離脱する。

 狂戦士が着地し、槍兵が槍を構える。奇しくも、次の一手は一致した。

 

「「――極刑王/血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)!」」

 

 ――人間の幻想を骨子に作り上げられた貴い幻想。

 宣言と共に万の杭が、周囲の地表から/体内から放たれる。嘗てオスマントルコ兵の命を吸った、一本一本に死の心意が擦り込まれた心意の結晶。

 目前の敵ただ一人を討ち取るには過ぎた暴虐の権化が血と影を撒き散らし、激突する。

 

「今この場で朽ち果てるが良い、吸血鬼!」

 

 だが対人宝具と対軍宝具のポテンシャルの差が露骨に出たのか、拮抗もせずあっさりと押し返される血塗れの杭。怨敵の身体を捉える手応えを夢想し、しかしそれがない事に舌打ちした。

 同時に霧に変化していたバーサーカーが背後で実体化、側頭部狙いのハイキックは自動的に生えた杭を砕き、四散した欠片がランサーを襲う。

 

「貴様――」

 

 欠片にランサーが視線をやれば、物理法則を無視した挙動で静止、更にはそこから杭が下手人を貫かんと発生する。それに対するバーサーカーの返答は至極単純。振り上げた足を、そのまま振り下ろす。単純にして鈍重な音が響き、蹂躙する。そこに技は無く、有るのは人を超えた暴力だけだった。

 狂戦士は哄い、老騎士は激昂する。互いの力と技の衝突は、サーヴァントとして在るが故の上昇も合わさり生者に追い付ける領域を当の昔に通り越していた。

 当然それは、サーヴァント候補だった(生き延びた)ベルクーリも例外ではなかった。

 

 ――駄目だ。もう追えねぇ。

 

 剣戟では決して聞くことのない、或いは守護竜との戦いを想起させる音域の応酬は、最初の数合を過ぎた時点で整合騎士最強を以てして割り込む事を諦めざるを得ない程だった。

 だが、と、剣の柄を握る力を強める。ベルクーリの懸念は一つ。アドミニストレータの意図が不明瞭な点にある。

 『何故今、ランサーを処理しに掛かったのか?』

 ダークテリトリー軍は壊滅的被害を被ったとはいえ未だその数は万を超え、軍勢を引かせる気配もない。仮に戦争がこのまま終結したとて、他のどの境界上の道より広いこの場を警備するには騎士数人では到底足りない。

 人界の守護という意味ではアドミニストレータの指示は愚策でしかないが、しかしそのランサーから聞いた要素が意味を成してくる。

 ――聖杯戦争。七人の英雄を七通りの枠に準えることで死者の国より喚び戻し、最後の一人になるまで殺し合わせる儀式。その生き残った最後の一人には、殺した六人の魂を贄に万物の願いを叶える『聖杯』なるものが与えられるという。

 それならまだ説明が付く。どうやらランサーとバーサーカーには元々禍根があったようだし、ランサーの宝具――サーヴァントによる武装完全支配術の様なものと説明された――である程度暗黒界軍を減らした後、バーサーカーを適当に焚き付ければそれだけで勝手に殺し合いを始めると考えたのだろう。

 しかしまだ疑問が残る。何故『今』なのだ?

 何故今『聖杯戦争』をする意味がある?

 聞くところによればアドミニストレータ本人とセイバーを除けば、召喚に応じたサーヴァントは全て、ダークテリトリーの更に外側に位置するリアルワールドからの存在だという。

 猊下がダークテリトリーとの戦いを予期していたのは間違いない。だったらそれより先、それこそ猊下本人が存命の内に儀式を執り行い、万能の聖杯を手にしていればよかっただろうに。だというのにアドミニストレータは死した後に術者(キャスター)として蘇った後に儀式を開始した。

 死した時点ではまだ術式が未完成だった?いや、これもランサーからの情報だが、黄泉返りも聖杯の機能の一つらしい。半年前には始める準備は終わっていたのだろう。

 

 ――胡散臭え。それが率直な感想だった。

 

 けれど介入出来そうにないのもまた一つの事実。結果として胸騒ぎを感じつつも、ただ傍観することしか出来なかった。

 

 ――幸か不幸か。だからこそ、反応出来てしまったのだろう。

 無手故にランサーに痛打を与えられずにいたバーサーカーが、突如として大きく距離を取る。防御に手を焼き攻めあぐねていたランサーは、その本領をして殲滅せんと壮絶な笑みを浮かべ槍を振り上げ。しかしベルクーリの表情は凍りついた。

 バーサーカーの跳んだ先――そこには、反応の遅れたレンリ・トゥエニセブンが立っていた。

 避けろ、という咄嗟の叫びも虚しく狂戦士の下敷きになる若い整合騎士。罅割れた兜の下に嘲笑を貼り付けたヒトガタは、不幸な少年の頭を無理矢理引っ張り上げ深く息を吐く。その動きは正に、人の血を啜る醜悪な怪物そのものであり。

 

「貴様ッ――」

 

 その瞬間、ベルクーリは時穿剣を引き抜きながら風となる。

 十数メルもの距離を一瞬で詰め。

 ――それでもなお、死者(英霊)には届かなかった。

 

「なれば諸共住ぬがいい!」

 

 指先一つ。否、意思一つ。

 ただそれだけの動き(モーション)で、『死』が発生する。

 既に突き立った状態で顕現する杭は、少年諸共悪鬼を処刑せんと殺到し。

 

 

 

「……()()()()()()()な?なら、それが敗因だ」

 

 

 

 しかし、貫いたのは狂戦士ただ一人。哀れなレンリは蹴り飛ばされ、一歩遅れたベルクーリに受け止められなければ地面で()()()()()()()だろう。

 そんな悲劇などありふれた些事であると、ヒトガタは吼える。

 

「ほう。だがそれがどうした吸血鬼。我が槍が喰らいついたならば、故にお前は此処で屍を晒せ!極刑王(カズィクル・ベイ)!!」

 

 狂戦士の内側から杭が膨れ上がる。それと同時に、地表から、砕かれた破片の舞う空中から、無数の杭が怨敵に止めを刺さんと限界する。

 殺到した矛先は、まず遂に限界を迎えた鎧兜を木端微塵に打ち砕き。

 

「――第三要素、完了」

「……なに?」

 

 

 ――そして、そこで尽き果てた。

 事実無限の『死』が、怨敵を前に、尽き果てた。

 

 

「……極刑王(カズィクル・ベイ)は、貴公の領地に於いてのみ発現する『出来事を再現する』宝具だ。その力は、その有り様その伝承に左右される」

 

 混乱する老騎士を他所に、生えた杭を吸収する黒騎士の正体――レンリやユージオと変わらぬ年頃の少年は、淡々と距離を詰めていく。

 

「……成程、魔女の横槍か。大方令呪をその身に使ったといった具合か?」

「その通り。

 故に問おう、我が王よ(マイロード)()()()()()よ。

 ――ここは、貴公の故国であるか否や?」

 

 笑顔で――嘲笑ではなく、年相応の笑みでそう締め括った少年は。

 容赦無く、ランサーの霊核(心臓)をブチ抜いた。

 

「……哀れな男よ、貴様も」

 

 そう呟いた王は。

 それを最後に、現界を辞めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――超常の存在による暴虐の嵐は、一旦それ陰りを見せ。黙祷にて英霊を見送った少年は、左手親指に嵌めていた指輪が砕けている事に今更気が付き、小さく舌打ちした。

 替えを貰いに出向くか逡巡し、まあいいかと自己完結すると、空の異変を認める。

 朝焼けに染まる空から、幾千もの線が整合騎士とダークテリトリー軍の中間、峡谷に降り注ぐ。

 

「さあ、気張れよ。せめて騎士と名乗るだけの意地は魅せてくれ」

 

 少年以外の誰もがその現象に見入るなか、アンダーワールドに於ける熱素の呪文も唱えた狂戦士は。

 

「――ディスチャージ」

 

 ()()の一つ目が人の姿を取るや否や撃ち込み、姿を消した。

 ――一万と数人の差。何も知らない外人プレイヤーを、まだ数人しかいない(人界の)陣営に雪崩れ込ませる為の一手を、残酷に撃ち込んだ。

 

 

 

 

 









後書き

約半年振りです、作者です。
段々SAO×Fateから離れていってる本作、スランプに突入したのも相まって凍結していましたが、この度第60話を投稿致しました。
こっそりやっていたアンケートの結果もありいっそ全消去も考えていたのですが、新しい話を考えようにもゔらどが思考の端々で暴れるものなので、ひとまず復帰することを決意いたしました。ブランクがあったので暫くは短めとなってしまいますが、ご容赦ください。
今後については出来る限り週一投稿を、それと内容に関しては感想で度々「謎を引っ張り過ぎ」とのご指摘を頂いたので、なるべく伏字無しで行きたいと思います。

それでは最後に一言。


まどマギ10周年オメデトー!!(特級のネタバレ)






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第八小節 希望の残映

 

 

 

 

 

「な、何、あれ……?」

 

 リアルワールドとの唯一の接続点であるワールド・エンド・オールターを目指して再出発したアスナは、一緒に飛竜に乗っているイーディスの問いに答えられなかった。

 ――東の大門と呼ばれていた峡谷は、今や暗赤の軍勢による地獄へと変換されようとしていた。

 数えるのも馬鹿らしくなる程の数の大軍が渓谷を中心に人界、暗黒界の両方に流れ込み、蹂躙せんと蠢いていた。

 まず真っ先に、目に付いた命に向けて。陣を形成していた一万超の暗黒界人と――たった数人で絶望的な数の差に飲み込まれかけている整合騎士に向けて。

 

「サチさん!」

「システムコール!クリエイト・フィールド・オブジェクト!」

 

 言わんとした事を察したのか、即座にサチが地形操作のコマンドを唱える。

 広げた掌から虹色の薄いオーロラの様な光が伸び、高さ10メートル程の岩山が峡谷の出口の両側を塞いだ。

 

「嬢ちゃん!?戻ってきたのか!?それにそっちの二人は?」

 

 一先ずの危機をやり過ごせたことに息を吐くと、下から太い驚声が聞こえた。

 気が付けば、出発前から溜まっていた飛竜の疲れが取れていないのか高度が下がっていた。

 

「小父様!実は、折り入って話が」

「おう、こっちもだ」

 

 アリスに小父様と呼ばれた、巨大な剣を鞘に戻さず肩に担いだ四十過ぎの男は柔かにそれを受け入れ。

 

「ッ――リリース・リコレクション!」

 

 ――直後、氷山と深暗とが、轟音を立てて激突した。

 

「こ、今度は何!?」

 

 誰の台詞かも分からないほどに吹き荒れる音と衝撃波に変換されたエネルギーが収まると、そこでは剣を振り抜いたセイバー(ユージオ)が、剣から発生させた氷で巨岩を受け止めていた。

 ――渓谷を塞いでいた筈の岩を。

 

「な――」

 

 咄嗟に目を向ければ、岩があった筈の場所に一瞬、薄青の瞳が見えた気がした。

 ソレはすぐに暗赤に塗り潰されてしまったが、おそらく犯人はアレだろう。更に奥を見れば、反対側の岩も吹き飛ばされていた。

 今のは一体。そんな疑問を口にする余裕もなく再びけたたましい爆音が響き、氷塊ごとセイバーを吹き飛ばす。

 

「ユージオ!?」

「ぐっ…… バーサーカーだ!彼は僕が相手をする!すぐに片付けるから、アリスたちは自分の身を守ることを第一に考えるんだ!」

 

 大きく鎧を破損させたセイバーが、()()を斬りつける。

 そこにいたのは――白い学ラン姿の、短い銀髪と丸っこい童顔の柔な少年だった。

 ()()()()()()()()()()()

 蹴り一閃。ただそれだけで武装した騎士を防御ごと吹き飛ばす、その姿が見えなければ。一瞬見えた薄青の瞳と同じ、鈍い輝きが見えなければ。

 ――知らないはずの、けれど何故か見覚えのある顔の少年。

 彼の正体を尋ねるより先に、私たちは英語のスラングを吐く赤い兵士たちに攻め込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 ――リアルワールドから呼び込まれただろう赤い軍勢に飲み込まれたアリスたち。

 今すぐにでも彼女たちを救い出したい。

 けれど、出来ない。

 眼前に佇む、具現化した亡霊がそれを許さない。

 

「……アドミニストレータ(キャスター)は何を考えているんだ?!」

 

 姿形は変われど、不定期に荒狂う心意は間違えようがない。言葉を話す理性すら奪う狂気を与えられた怪物の蹴りをどうにか受け流しつつ、聴いているだろう同種(サーヴァント)にして主人(マスター)のアドミニストレータへと問いを口にする。

 その答えは、意外な所から返ってきた。

 

「当然だろう、対軍宝具持ちが」

「――ッ!?」

 

 唸り声と咆哮。それでしか聞いたことのなかった声が、目の前で拳を振りかぶる怪物から発せられた。驚愕に支配されながらも突き出された拳を首を振って躱し、反撃の胴薙ぎを叩き込む。

 確かな手応えと血糊を剣から振り払えば――傷一つない、斬られるとほぼ同時に再生し終えた怪物が、そっくりそのままやり返すよう伸び切った手刀が横に払われた。

 回避が間に合わず、側頭部への一撃が掠る。打点をずらしたにも関わらず衝撃で混濁する意識を気合いで保ち、逆手に持ち直した剣を隙だらけの怪物の左胸に突き立てる。

 

「……ならなおさら!なんで邪魔をするんだ!?彼らを放置すれば、アリスも、人界も蹂躙される!」

「その心配はない」

 

 心臓に剣が突き刺さっているというのに、平然と前進する怪物。急に圧迫感が増した心意に咄嗟に飛び蹴りを打ち込んで距離を取れば、足元すれすれを抱きつく形で振られた両腕が過ぎ去った。

 朱く染まった凶爪が空を掻き、姿勢が前に傾いた隙にその首を刎ね、返す刃で縦に両断する。

 

「リリース――リコレクション!」

 

 トドメに青薔薇の剣の記憶解放術を以ってその骸を凍りつかせる。

 ここまでやったのなら……

 

 

 

 

 

「――成る程。素晴らしい腕だ。お前も英雄と呼ぶに相応しい男だ」

 

 そんな安堵は、油断は。一瞬で吹き消された。

 硝子の様に割れる永久氷塊。外面との釣り合いが取れていない絶対強者の風格を以って、砕けた残骸を踏み越える。

 

「――だが、それだけだ。()()()()()追い付けてない。故に」

 

 小さく熱素の術式を唱える怪物。指先に生成されたそれらを――躊躇いなく握り潰した。

 形も指向も与えられず暴走する神聖力。それは怪物の掌を焼き焦がす。

 いっそそのまま全身燃えてくれ。そんな弱気な願いも虚しく、絶大な握力に閉じ込められた熱素は、拳の両端の隙間から噴出し、凹凸とした不恰好な()()となる。

 

 それはまるで――槍のような形をしていた。

 

 

「――茶番を始めるとしよう。なに、殺しはしないさ。お前にはまだ戦うべき()があるからな」

 

 握力と心意で鍛ち出した炎の槍。握る本人の再生力を上回る熱量で右掌と氷塊の残骸を煮沸させる武器を構えたソレが、対魔力を超えて僕の腕を落とすまで、そう時間は掛からなかった。

 

 

 

「……さて、米国プレイヤーの()()()()が来るまであと五分ちょい。援軍組はそっからもう十分って所か」

 

 左腕は肩から先を失い、両脚は膝の皿を穿たれ。けれど仔猫でも摘むかの様に鎧の襟首を掴まれ、倒れることは許されなかった。

 残った腕――大方無くされたら面倒だと、手加減されたのだろう。剣を握る腕だけはそのまま無傷だった。『まだ戦うべき時がある』。このバケモノは確かにそう言い、事実受けた傷は時間が経つか、十分な魔力が流し込まれれば回復する程度に抑えられている。

 

「……君たちは一体、何が望みなんだ。それだけの力があって、今更聖杯に何を。

 いや、そもそも本当に聖杯を望んでいるのか……?」

「当然。俺は聖杯()望んでいる。第二魔法と第三魔法はアレでなくては手が届かない」

 

 薄れていく意識で、含みを隠す気のない言葉を必死に脳裏に刻む。

 ……正攻法ではまず勝てない。ならせめて、その企みを挫かなければ。

 しかし、僅かな浮遊感を挟んで額に走った激痛は、今度こそ意識を飛ばすには充分過ぎた。

 ――赤い兵士と整合騎士の血飛沫が立ち登る戦場へと足を向けるバーサーカー。()()()()()に持っていた槍を放り捨てると、踵で兵士に向け魔槍を蹴り飛ばす。()()()()()()()()()で踏み込み、一息に戦場へ割り込んだ、その光景を最後に、視界は完全に暗転した。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ――数が多過ぎる!

 サチから受け取ったレイピア、ラディアント・ライトを煌めかせ敵を穿つ。鎧と同色の血を撒き散らしながら呆気なく斃れた兵士――その奥から、斃した敵の倍の影が武器を振り上げるのを視認して思わず舌打ちが漏れる。

 脳裏に過るのは、世界樹の悪夢。無限に湧き出る、守護者とは名ばかりの悪意に満ちた影達。そして迷宮を形造る神話。

 あの時に比べればまだましだろう。敵の数は膨大とはいえ有限で、一方私の体力はあの時に比べれば圧倒的に多い。更に地形操作権はこちら側にあり、敵の包囲を防ぐ障壁に始まり、味方を巻き込まないよう散発的とはいえ落とし穴、岩杭、果ては超小規模ながら流星まで降り注ぐありさま。

 ここまでの援護があれば簡単に押し切れそうなものだが、やはり目下最大の問題は、世界樹の時と変わらず敵の『数』とボスの『質』だった。

 万を軽く超える敵に、未だ姿しか分からぬバーサーカーなる強敵。しかもその数ばかりの敵も、ガーディアン同様同士討ちを仕出かす程度のものではなく、対人戦に慣れ親しんでいる百戦錬磨の、それも叫び声や発音からしてアメリカ人プレイヤー。その質は決して低いとはいえず、どうしても最少で数合打ち合う必要が出てくる。魔術師クラスの兵士や弓持ちは混じっていないのがせめてもの救いだが、それでもこの膠着状態が長引くのは不味い。

 それにもう一つ、問題がある。ダークテリトリー側の戦況だ。

 バーサーカーと呼ばれた少年は、赤い兵士があちら側にも流れ込むようにサチが作った壁を破壊していた。状況的にアメリカ人プレイヤーを呼び込んだ犯人が、アリス奪取を目論む敵である以上、おそらく敵もアンダーワールドに降り立っているのだろう。策士策に溺れて溺死しろ。

 まあバーサーカーなどという底知れない存在や、もう死んでいると言うキリトの友人、ユージオの存在というイレギュラーもある。最悪を考えるなら、敵もスーパーアカウントを使っている事を前提とすべきだ。

 とはいえダークテリトリーの住人を守るだけの余裕は無く、サチによる神罰としか形容しようがない猛攻も、巻き込む可能性がある以上やりにくい。しかもその地形操作も、大規模なものは何故か応答してくれないと叫んでいたのが聞こえた。

 

Di ()――」

「うっさい!」

 

 二十を超えた辺りで数えるのを放棄した敵を罵声と共に突き、そのまま右から切り込んできた敵に刃を振り抜く。首付きの剣に相手が怯んだ隙に回転の勢いのまま蹴りを首筋に叩き込みへし折る。

 

I could see(見え)――」

 

 何やら下品な妄言を吐きかけた野郎が左側にいたが、最後まで口にすることなく暗い刀身の刀で切り倒された。

 

「アスナ、大丈夫!?あんまり前に出過ぎると危ないわよ!」

「イーディスさん!」

 

 防御無効の効果を持つ闇斬剣がソードスキル『残月』と同じ軌道で後ろ向きに振られ、直線上にいた敵の骸で道ができる。どうやらいつに間にか一人突出してしまっていたようだ。

 

「ファナティオとデュソルバートの神器で広範囲を一気に攻撃するから、一旦下がって!」

「分かりました!」

 

 横から道を塞ごうとする敵を突き、斬り払い、それでも手が足りず殴り飛ばす。後ろからガシャガシャと鎧姿で走る音が重圧となって迫る。

 

「イーディス殿!屈んでください!」

 

 二又に別たれた蛇が唸りを上げて顔面に迫る。咄嗟に隣で走っていた少女に倣って姿勢を低くして滑り込めば、背後で戦斧を振り上げていた兵士が頭部を失くして倒れ込んでいた。

 直後、エルドリエの腰までの高さながら薄い岩壁が迫り上がり、上空を灼熱の火矢と何条ものビームが埋め尽くした。荒れた地表をひっくり返す程の衝撃が走り、手前側と渓谷奥に数十人ほど残して焼き尽くした。

 

「す、すごい……!」

「神器の天命をタップリ注ぎ込んだ一撃だ。そりゃこれくらい出来るさ」

 

 手前側に残っていた敵を一瞬で殲滅した、アリスに小父様と呼ばれていた老騎士が両手剣を鞘に収めながら誇らしげに語る。

 

「で、だ。さっそくで悪いが嬢ちゃんと、ステイシア神の装束そっくりのあの子は何者なんだ?」

 

 外見の年齢やゆったりとした物腰が、何処か非戦闘時のあの王を思い起こさせる豪傑の騎士が問いを投げた。

 独特の安心感を醸し出す雰囲気に、自然と緊張が解けかけ、危ない危ないと気を引き締める。

 ――セイバー(ユージオ)に聞くところによると、リアルワールドの事情を彼に齎したのは、アンダーワールドの支配者であり、整合騎士を作り出した女性、アドミニストレータとのこと。

 アリスやセイバーとよく似た意匠の鎧の集団に混ざる、カリスマ性を兼ね備えた老騎士。おそらく彼が整合騎士の長なのだろう。セイバーが聞いたのと同じ話を聞いているのなら、また厄介なことになる。

 全身細かな傷だらけの私を案じたのか、駆け寄ってくるサチに微笑んで無事を伝え、カラカラに乾いた口で唾を飲み、慎重に言葉を選んで口にした。

 

「私はアスナ。私たちは、この世界の外側からやってきました」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「な、何を……!?」

「や、やめろ!その装備、味方じゃ……?!」

 

 杭の林によって全滅したゴブリンとジャイアントに代わり、前線へと配備されたオークと拳闘士の集団が赤い兵士に飲み込まれ、切り刻まれていく。それだけに飽き足らず、対応の遅れた彼らの屍を足蹴にした兵士が、更にバーサーカーが優先的に狩っていった為に事実上の絶滅を迎えた暗黒術師の僅かな生き残りに暗黒騎士にまでも襲いかかり始めていた。

 辛うじて防御に成功した一団や、瀕死の重傷を負っていたために偶然見逃された者が、口々に訴える。

 ――撤退命令を。これはもう、戦いではない!

 ランサーの宝具に、バーサーカーの襲来。開戦の狼煙が上がった直後に暗黒界軍を襲った二つの理不尽は、軍の士気を崩壊させるには十分過ぎた。

 しかし引くことは出来ない。強者たる皇帝の命令は絶対であり、逆らうという選択肢は存在しなかった。

 

 ――そして、彼らを救う命令を出す気も行動を起こす気もない男が支配者の椅子に座った事が、彼らにとって何よりの不幸だったのだろう。それどころか皇帝ベクタは指揮権をディー・アイ・エルに丸投げし、本人は竜に跨り人界と暗黒界の境界線上を超えないギリギリを飛んでいる始末だった。

 だが、そもそもの話としてベクタ――ガブリエル・ミラーにとって、彼らは使い捨ての駒でしかない。寧ろリアルワールドからダイブさせたアメリカ人プレイヤー、その投下位置とタイミングが悪い事に対する苛立ちがある程だった。

 

 ――アリスの容姿は分からず。そもそも戦場に立っているのかすら不明。タイタス・クロウと名乗ったあの少年の正体が、歪められたデスゲームの王であるならば隠匿されている可能性の方が高いだろう。或いはあれは囮で、既に別のスタッフがアリスを連れてオブシディア城かワールド・エンド・オールターにあるシステム・コンソールを目指しているのか。

 アンダーワールドでの作戦失敗の可能性に不機嫌に顔を歪ませる。己が敵の立場ならどういった手を打つかシュミレートし――人界へ踏み込む事を決めた。

 ――戦において重要なのは情報。特に敵の位置情報は、それだけで戦況を左右するものだ。タイタス・クロウが己にあの場で挑まず退却を選んだのは、下手に撃破することで再度ログインされた際に他の兵と見分けが付かなくなること、いつログインしてくるか不明になることを恐れたのだろう。

 付け加えるなら、ログアウトすれば外部端末から暗黒界に紛れ込んだ人界アカウントの位置を特定出来る。ラーススタッフも既にアンダーワールドに外国人プレイヤーがログインしていることに気が付いているならば、そんなハイリスクな手を使うとは考え難い。時間加速が行われていない現状時間は彼らの味方であり、ならば籠城を選ぶのが定石。

 人界に踏み込んだ暗黒軍の末路たる串刺しの林を警戒し、山脈のその上をホバリングして、()()()を待ち続けた。

 人界側に雪崩れ込んだ米国人プレイヤーは流星や地割れに飲み込まれ、火矢と光線に射抜かれる。進軍の勢いを落とされ、それでも尚前進する彼らを待ち受けるはたった数人の剣士。ただそれだけの人数で、一万もの敵は駆逐されつつあり。

 最後の一人が斬り殺された――刺殺ではなく、斬殺されたその瞬間。闇の皇帝は人界へと踏み込んだ。

 

「どうやら何かトラブルがあったようだな。アレには使用制限があるのか、或いは()()()()

 

 再び峡谷に降り注ぐ赤い線。幾千幾万ものデジタル・コードの羅列。

 最早当初の作戦などないその有様に、やはりラースにもガブリエルにもアリスを確保されては困る()()()()の介入を感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その数分後。

 整合騎士と少女を。

 運命に抗う白き剣士を。

 侵食する漆黒の天使を。

 撒き散らされた哀れな外国人プレイヤー(生贄)たちを。

 ――そして、降り立った()()()()()()を眺めて、嗤う女がいた。

 

「――始めましょう。私たちの饗宴を。

 私たちの聖杯戦争を」

 

 セントラル・カセドラル最上階。

 天井は術式により蒸発し吹き抜けとなり、霊体の杯は天に孔を穿つべく掲げられていた。

 その傍らで、女は黒く染まった七枚のカードを燃やす。

 剣士(セイバー)を。

 弓兵(アーチャー)を。

 槍兵(ランサー)を。

 術者(キャスター)を。

 暗殺者(アサシン)を。

 狂戦士(バーサーカー)を。

 門衛(ゲートキーパー)を。

 溶かし、解し、ばら撒く。訪れた資格ある者を英霊へと置換える手札を。

 彼らを侵食し、上書きし、打ち倒されるべき巻藁へと変える絵札を。

 

 ()()には、()()から別れた()()を迎えに行かせ、無人となった嘗ての寝室にして工房。

 自身も戦場へと討って出るべく、実体をエーテルへと変える彼女は、謳うように、哄笑(わら)うように呟いた。

 

「――もうすぐ。もうすぐ貴方は完成するわ。貴方が切望し、渇望し、情景し。絶望し、厭忌し、嫌悪する災厄の化身へと。

 私の、私()()悪魔(ヴァンパイア)

 私の、私()()狂戦士(バーサーカー)

 

 

 

 

 「さあ行きましょう。私の舞台装置の魔王(ワルプルギス)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









 かつて戦陣の下に集った彼らは、こうして戦陣の下で再開し。

 かくして役者は全員演壇へと登り、暁の惨劇(ワルプルギス)は幕を上げる。


次回、『黒の輪舞/白の祭祀』


 ――聖杯大戦が、その形を成す時が来た。






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第九小節 黒の輪舞/白の祭祀

 

 

 

 

 

 ――再び渓谷に降り立った五万の米国プレイヤー。リアルな血と悲鳴に飢えた彼らは、その全てが人界側へと流れ込み、じわじわと整合騎士らを消耗させていった。

 ここで不幸だったのが、アスナらが第一陣のアメリカ人プレイヤーを殲滅してしまっていたことだろう。事実降り立った彼らは未だ多くの第一陣プレイヤーの残る暗黒界側にはロクに目も向けず、明らかに煌びやかな装備を纏った獲物の見える方へと我先に走った。

 しかし、その中でも先頭を走る数十人は真面に剣を振り回す事もなくすぐさま蒸発する羽目になった。

 既に消耗しているとはいえ、人界を守護せんと立ち塞がるはアンダーワールドに於ける生ける英雄たる整合騎士。神器が一振りされる度、無粋な殺戮者達の武器を握る手が、首が、宙を舞う。

 だがここまで綴った上で断言しよう。

 

 ――その抵抗は無意味であった。

 

 第一陣たる一万()()の数の敵に、整合騎士達は力を使い過ぎた。大きな傷こそ無けれど体力は減り、神器は本来あるべき燦然とした輝きを失っていた。

 対して敵は、それだけの消耗を強いた数の五倍。広範囲殲滅の手段が大幅に制限された状況では、如何に整合騎士とはいえ斃れるのは時間の問題であった。

 そして、そんな絶望的状況を理解して尚、アスナは剣を振るった。

 

 ――この人たちの命の重さに比べれば。私の、仮の身体なんて!

 

 設定された数値上のHPこそ整合騎士より少し高い程度とはいえ、握る剣は創世神に相応しいステータスを誇る物。引き止めるベルクーリとイーディスの声を置き去りに再び敵陣に一人突出したアスナは容赦無く敵を、未だその煌めきに翳りを見せない剣で仕留めていった。

 ……だがそれは、その剣は裏を返せばその身体にとって分不相応という事でもあった。

 重過ぎるラディアント・ライトを構える手が徐々に下がる。警告された反動(頭痛)こそ無い様子だが、サチの地形操作も精細を欠き始め、散らばる礫が血で汚れた鎧に跡を残す。

 普段であればやらないようなミス。だがこの長期戦に耐えうる武器がそれ以外無いという選択肢の無さが。失恋したとはいえ、想い人が守ろうとした人々を救わんとする焦りが、その結果を生んだ。

 

「――まだ、まだぁぁぁぁぁッ!!」

 

 細剣ソードスキル『ピアーズ・テリトリー』。

 広範囲に攻撃判定を発生させるスキルを打ち込む事で強引に周囲の敵を吹き飛ばす。

 同士討ちも気にせず乱雑に刃を振り回す敵の間合いから数瞬逃れることには成功したが、身体が無意識に休息を求めた行動のその結果、一瞬気を抜いてレイピアを支えにした。

 重いその武器の鋒を地面に刺し、体重をかけてしまった。

 

「後どれだけ……倒せば…… ッ!?」

 

 突っ込んで来た槍兵の矛先を躱し、返す刀で切ろうとしたのに手から消える柄。

 ギョッとして見れば、さっきまで握っていたレイピアは地面に突き刺さったまま、その場に取り残されていた。

 

「チィッ!」

 

 舌打ちする間も惜しいと咄嗟にハンマーパンチで敵の首を折り、レイピアに飛びつく。

 地面に刃が食い込む嫌な音を背後に聞きながら武器を回収したが、同時に手首が痛みを訴える。どうやら直前の無茶な拳撃で痛めたらしい。

 

 ――痛いもんか!

 

 脳裏に浮かんだ弱音を握り潰す。途端、全身の細かな裂傷も併せて痛みが引く。

 だがそれでも、限界は見え始めていた。一つの小さなミスが次のミスを誘発し、その規模は徐々に大きくなっていく。おそらく次はないことは、アスナ自身が一番痛感していた。

 そしてその瞬間は、呆気なく訪れた。

 

「あっ……」

 

 普段ならどうと言うこともない、小さな躓き。だが足は意思に反して絡れ、決定的な隙を晒す。そしてその隙を見逃してくれるほど、敵は甘くなかった。

 降り注ぐ刃。鎧を破壊し、倒れ込んだ肉に食い込み、激痛が喉を裂く。

 

「アスナーーー!!」

 

 ……そのサチの叫びは、どこか、遠くに聞こえた。

 死んでいないのが不思議なほど隙間なく刺された剣が引き抜かれ、再度振り上げられ。

 ――その更に上から、一本の微細なデジタル・コードの羅列が伸びた。

 敵が現れる前兆と同じ現象に、アスナの心は折れかけた。

 その青い色の持つ意味すら考える事なく、眺める事しか出来なかった。

 

 その線が変わった姿を、見るまでは。

 

 

 

What it (なんだ、お前)――」

 

 ――アスナを救う様に真上で変化した()()は、赤黒いコートに包まれた人影。

 顔も性別も分からないそれは、着地すると同時に手元を閃かせる。

 瞬間、数人の兵士の首が吹き飛び斃れる。轟音と共に数人を瞬殺したその攻撃を、アスナは知っていた。それどころか、自分も得意としている技だった。

 ――細剣ソードスキル『カドラブル・ペイン』。

 握るその武器はエストック。

 翻るコートから現れるのは、赫目の髑髏。

 

「随分と、無様、だな。『閃光』」

 

 その口元から漏れ出るのは、細かく区切られた言葉。

 

「……ザザ?」

「おっと。俺だけ、じゃ、ないぞ」

 

 武器を握らぬ左手が足踏みと共に振われる。撥ね上げられた哀れな数人が――『毒鳥』に啄まれる。

 

「ピト……!」

「おや、アスナ嬢。いっつもそのテンションなら可愛げタップリなんだけどねえ」

 

 長大なクロスボウを肩に担いだ女性が、ニヤリと嫌らしい――けれど頼もしい嗤いを浮かべる。

 それを皮切りに、無数の振動音が共鳴し、世界に満ちる。

 アメリカ人プレイヤーが出現した時と同じ音が福音となって響き渡り、無数の鮮やかな援軍が現れる。

 サクヤやゴドフリー、ユウキといったALOの猛者すら降り立ち、不敵に兵士を睨む。

 後ろを振り返れば、サチの元にもノーチラスやユナがいた。

 力の抜けた身体に差し伸ばされた手を受け取りながら、高らかに響くその救いの声が、戦場を包む絶望を振り払うのを実感した。

 

 

「――聞け、この領域に集いし一騎当千、万夫不倒の英雄たちよ!!」

 

 

 声が響く。

 突き立てられた旗は黒く、それでもなお誇り高く棚引くは竜の紋様。

 

 

「本来相容れぬ敵同士、本来交わらぬ世界の者であっても、今は互いに背中を預けよ!!」

 

 

 シルフとサラマンダーが肩を並べる。

 ALOプレイヤー(剣士)の晒した隙を、GGOプレイヤー(狙撃手)が埋める。

 あり得るはずの無かった共闘。想像すら出来なかった連携。それが次々と膨大な敵を減らしていく。

 ――いや。それだけじゃない!

 

 霧が出始め、血煙に染まる(ジャック・ザ・リッパー)

 黄昏の剣気が燦然と輝く(バルムンク)

 黄金の武器が雨霰と降り注ぐ(バブ=イル)

 三つ首のボウガンが火を吹く(バートリ・エルジェーベト)

 白百合の剣が咲き誇る(フルール・ド・リス)

 大樹の如き雷が降り注ぐ(ブラステッド・ツリー)

 UWの英雄(整合騎士)に代わり、プレイヤー達を鼓舞するは、現代になお続く英雄譚。

 旗の先に付く鉾を敵に向け、エリス――

 否。かの聖女の兄弟から脈々と繋がる血を引く彼女が、その姓と、受け継がれた名を声高く叫ぶ。

 ――ここは、もう一つの現実であると!

 ――新たな隣人に、祝福あらんことを!

 

 

「この名に誇りがある限り、私は貴公らの矛となろう!!

 ――我が真名はジャンヌ・ダルク!!」

 

 

 絶対的な知名度を誇るその名と共に、士気が限界まで上がる。

 それは苦痛すら跳ね除ける矛。折れる心を支える盾。

 

「……すごい」

 

 その光景に圧倒されたアスナは、そんな陳腐な言葉しか出なかった。

 

「まね。いやはや午前五時に叩き起こされて、ユイちゃんからトンデモ話聞いて、トドメにまさかのガチ英雄の子孫のカミングアウトまであったんだもん。オッサンとエリザちゃんの前例があったとはいえ、オドロキだわー」

 

 ケラケラと嗤うピトフーイ。右腕一本で保持したクロスボウ(アサルトライフル)の弾丸をばら撒きながら、そう宣う。

 

「正確には直系ではありませんが、まあ勢いがあれば良かったですし」

 

 そんなピトの言葉を律儀に訂正しにきたのか、幼い少女の姿をした切り裂き魔が現れる。

 

「おや、ジャックちゃん。シェリー夫人は?」

「前線で元気に暴れてますよ。日本語が不自由で連携こそ取れていませんが、彼女の祖先(メアリー・シェリー)の書いたような『人間』と触れ合えると言ったら、まあ、ご覧の通り。巻き込まれかけたので引いたのですよ」

「おい通訳」

 

 白いドレス姿で戦鎚(メイス)をブン回す少女を呆れ混じりに指差すジャック。

 彼女がここにいると言うことは――

 

「ええ、勿論。彼も事態を把握しているはずです。いつもの悪癖(方向音痴)が悪さをしていなければ、もうすぐログインするでしょう。

 尤も、それまでに敵が残っていれば、ですが」

 

 立ち塞がる敵、その総てを蹂躙する破壊装置、一つの嵐とでも云うべき男。

 存在そのものが勝利フラグとすら思えるような『吸血鬼』の参戦予告に、安心感と共に苦笑いすら溢れた。

 

「確かにそうね。ジャックさん、来てくれた人たちの数は?」

「およそ二千五百。コンバート元のソフトから、既に前衛四班、後方、支援部隊の編成も大雑把ながら」

「流石」

 

 相変わらずギャップのある姿と口調に癒され、無意識のうちに頭を撫で始める。

 何故か作るアバター全てが幼女となるジャックは、抵抗しても無駄と悟っているのか大人しくされるがまま。痛む怪我の事を忘れるまで――といってもほんの数十秒の間――わしゃわしゃと心行くまで撫で回そうとした。

 

「あー、アスナ嬢ちゃん?そっちの者たちは一体何者なんだ?特にソイツは……」

 

 唖然とした表情のベルクーリにそう問われ、慌てて離す。

 ――その騎士たちから伸びる、不審と敵意には、一切気がつく事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。ああは言ったものの、この先はどうなることやら」

 

 整合騎士(アンダーワールド人)への対応は人当たりのいい面々に任せ、アメリカ人プレイヤーとの戦闘、その最前線へと紛れ込む。負傷し、後退しそこねたプレイヤーの援護を最優先し、体力の消耗を極限まで抑える。

 走らず。跳ねず。敵の視界を意識し、すれ違いざまに膝の腱に刃を走らせる。敵の機動力を削ぎ、武器を振るう力を半減させ、味方がやり易いように場を整える。

 レーティングなし、論理コードなしの殺戮特化型ゲームなどという血生臭い文言に釣られるような、目の前の敵を切り刻み、血を浴びる事や内面を見る事しか興味がない高身長軍団の陣中を気取られずに闊歩するなど、ランクが大幅に下がろうが気配遮断スキルを持つ身長134cmのジャックにとっては朝飯前のこと。

 一人、また一人と、押し寄せる後続に踏み潰されての圧死も期待して筋に切れ込みを入れながら、悠長に考え事さえ出来た。

 

 ――この状況、暫定名アンダーワールド編について、私たちが把握出来ている『原作』は多くない。今編のメインヒロインたるアリスの容姿と数名のキャラクターの顔と名前、アンダーワールドを取り巻く環境といった限定的なもの。穴だらけな上、途中から完全に断絶している。

 

 膝から崩れ落ちた兵士が、血気に逸る後続に蹴り飛ばされ、踏み潰され、轢死する様を眺めつつ、また一人の膝裏を削ぐ。

 

 ――目下起こり得る問題の一つは、今後召喚されるだろう五万の中韓のプレイヤーとPoHの存在。日本側の戦力が強化されているとはいえ、参戦時点でアメリカ人が既に五万人。単純計算でもう倍の敵の追加は厳しい。

 そして二つ目の問題は、制限時間。

 

 敵陣の奥まで踏み込んでいるにも関わらず、味方の遠距離攻撃が付近に着弾したのを認めたジャックが潮時と踵を返す。

 

 ――アンダーワールド内の時間で今日中にアリスをワールド・エンド・オールターに送り届けなければ、彼女を守る為に此処に集った二千五百人の覚悟、その全てが無駄になる。

 とはいえ敵数、時間に関しては、サチがステイシアの権能を扱っているといった想定外も起きている以上あくまで目安にしかならない以上、個人で出来る範囲の備えしか出来ない。それよりも気になるのは――

 

 敵の死角に入らず、敢えて姿を見せて走る。視線を誘導された敵は、そうと気付くこともなく(弾丸)や武器群にあっさりと撃ち砕かれていく。寧ろ味方からの誤射を警戒して腰を屈め、一息に前衛班に紛れ込む。

 予想通り、()()()()()()()()()()()()

 

「……私、何かしましたっけ?」

 

 剣戟と銃声の入り乱れる戦場で、そう独言る。一人は上手く誤魔化せていたが、部下達はそういった技術に明るくないのだろう。

 ――警戒と監視。敵意と不審。

 不躾な眼差しを投げかけてきた()()()()達の顔を思い出しながら、どうしたものかと後方に戻る。

 

 ――ただでさえシノン、リーファと何故か合流が果たせてないのだから、これ以上の不確定情報は困るのですがね。

 

 こうなったらもう直接訊くしかないだろうか。厄介毎の気配はしないからなんとかなるだろう。

 そんな楽観的思考をしながら、無警戒に歩く。

 その背後で、アメリカ人プレイヤーの生き残りは、ついに残り二万にまで減り。

 

 

 

 

 

 

 

 ――『恐怖』が。『絶望』が。

 その舞台の幕を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









次回予告


 ――それは、最後に残った道しるべ。
 浅き夢の暁にて、演劇の装置は最後のピースを求める。


次回、『四月三十日』



 ――闘え 踊れ
 この世の全ては戯曲となり
 ならば悲劇は脚本の演出となる
 この夜で芝居は止まり、もう物語は転換しない
 明日も明後日も、ワルプルギスの夜







(活動報告も投稿したので、そちらもどうぞ)


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第十小節 四月三十日(Nox Walpurgis)

 

 

 

 

 

 ――()()は、突如として戦場に発生した。

 

 悲鳴。絶叫。断末魔。

 確かに絶えず響いてはいたけれど、今までの戦場に漂っていたそれとは全く毛色の違う、()()()()()()呼び起こされたものが、この場に集う総ての日本側プレイヤーの背筋を凍てつかせる。

 

 ――()()は、杭の形をしていた。

 アメリカ人プレイヤーの足元から前触れなく発生したソレは、彼らの心臓を差し貫き、その血を大地に滴らせる。

 その数、二万。

 一人の例外なく哀れな姿を晒した赤い兵士らに、プレイヤーたちは恐怖を抱いた。

 

 ……なんだアレは。

 ――なんだアレは!

 ――一体なんなんだ、アレは!

 突然全滅した敵に、その有り様に多くが震え、混乱する。

 それは後方部隊も同様であった。

 

「なによ、これ…… 一体何なのよ!?」

 

 視界に入れるだけで恐怖が湧き上がり、精神的圧迫感を齎す『串刺しの林』。

 気がつけば尻餅をつき、後ずさっていたアスナは、しかしその光景に()()()()()()()()

 ベルクーリの呟いたその名にも、聞き覚えがあった。

 

「こいつぁ、カズィクル・ベイ?」

 

「――いかにも」

 

 その問いに呼応する様に冒涜的な林が蠢き、中央から一人のヒトガタが歩み出る。

 ヒトガタは、少年の姿をしていた。

 白い学ラン姿に、短い銀髪と童顔の、柔な少年。

 バーサーカーと呼ばれていた存在は、突きつけられた剣を、銃口を無視し尽くし、ただそこに立っていた。

 ポケットに手を突っ込み、無表情で佇む()()の気迫に押されたのか、静まり返る戦場。沈黙が支配する場に、呻き声がした。

 串刺しにされたアメリカ人プレイヤー。どうやら彼らは殺される事なく、生きたまま放置されているようだった。

 ……ペインアブゾーバーの無い世界で。悲鳴という恐怖の発露すらも許されない状態で、放置されていた。

 

P、please(た、頼む)……」

 

 それは、具現化した地獄。死の瞬間、極刑の瞬間の痛みと恐怖が続く。

 開放を懇願した一人がいた。彼は内側から突き出た杭によって喉を塞がれ、伸ばされた手は肩ごと吹き飛んだ。

 だが、それでも死なない。()()()()()()()()()()

 心をへし折るどころか、トラウマすら刻みつけるには十分過ぎる惨状を造り出し。その担い手は小さく鼻で嗤うだけだった。

 

「い、いけない!」

 

 いくら敵とはいえ、流石にあの激痛の中放置される程の罪はない。慌てて開放しようと近づき、

 

 

 

「……ブライ、アン?」

 

 

 

 その名前に、思わず足を止めた。

 呼んだのは、見たことのない表情をした幼い少女の姿の従者。

 だらしなくポカンと口を開いたジャックに対し、バーサーカーは初めて表情を見せた。

 屈託のない、純粋な賞賛の言葉と共に。

 

「流石はジル。(オレ)の従者。(オレ)のジル・フェイ」

 

 パチ、パチと、緩いテンポで数回、音が鳴る。

 拍手の音(魔王の足音)が、無機質に鳴る。

 

 

「確かに(オレ)の名はブライアンだ。ブライアン・スターコウジュで合っているとも」

 

 ――それは、実質上の勝利宣言。

 敵対者の全てを絶望の淵へと追いやり、悉く討ち倒した災禍の化身。

 そんな彼の参戦に、プレイヤー達は色めき立つ。自分たちの戦いは、無駄ではなかったと。

 何人かは、「じゃあ自分たちがこんなに痛い目をみる必要はなかったんじゃないのか」と文句を言っていたが、それでも気を抜いていた。

 

 

「――そして、同時にお前たちの敵である」

 

 

 ――だから。その一撃に、アスナたちは反応出来なかった。聞こえていても、理解する事が出来なかった。

 

「…………え?」

 

 杭が、突き出る。恐怖の森が騒めく。

 アンダーワールドに降り立った日本側のプレイヤーを囲む様に、血濡れた杭が乱立する。

 二万人のアメリカ人を。二万人のオスマン・トルコの軍勢を。

 ()()()もの腐敗した貴族を、罪を犯した領民を串刺しにした宝具(心意)が、彼らに牙を向ける。

 

「ヴラド……?これは、何で、一体……?」

「チィッ!貴様、やっぱりか!」

 

 敵を鏖殺する男の、その背しか見たことのないアスナらと違い、唯一ベルクーリのみが剣を向ける。

 

「おやベルクーリ。折角あの王が忠告していたというのに、随分と今更な『やはり』だな。報告連絡相談は組織運用の基本だぞ?」

「うっせぇ。例のちっこい嬢ちゃんが二人もいるもんで、こっちはまさかまさかの連続なんだよ」

「それは失敬。失敬ついでだ、これも見逃してくれ。

 ――キャスター」

 

 ベルクーリの眼光もどこ吹く風と流すブライアンが、人名の様な物を呼ぶ。

 それを合図に、アスナらの背後に強烈な存在感を伴った存在が出現した。

 反射的に振り返れば、さっきまではそこにいなかった人物――薄い衣を纏った、穏和な表情の女性。ただ、どことなく薄寒いものを直感的に感じさせる女性が、どこからともなく現れる。

 

「なっ、アドミニストレータ――ガッ」

「あ――」

 

 現れた女性は、あっという間の早業でアリスとサチの意識を奪うと、暗い黄金の輝きを放つ剣で構成された異形のゴーレムに抱え込ませた。

 

「アリス!?サチさん!?」

「猊下?!」

 

 唐突の事態に初動が遅れる。銃器を持つピトとエムがどうにかワンテンポ遅れて発砲するも、立ち塞がった()()()()()全て斬り伏せてしまい、逃走を許してしまった。

 

「ジャックまで?なんで!?」

「違います!そっちは私じゃない!」

「違うよ。そっちは私たちじゃないよ」

 

 同時に、同じ内容が、同じ声が、別の場所から聞こえた。

 キャスターと呼ばれた女性を守ったジャックと――未だ困惑と驚愕に呑まれている、アスナたちの知るジャック。

 

「……ジャックが、二人、だと?」

「違うよ。()()()()()は、もうジャックじゃないもん」

 

 珍しいピトの動揺した声に、暫定敵側のジャックが応える。

 困惑。同様。正体不明、理解不能の事態に戸惑いが伝播するなか、いち早く復帰出来たのは、最も理不尽に慣れた(ヴラドと付き合いが長い)ザザだった。

 

「おい、ヴラド……で、いいん、だよな?これは、どういう、ことなんだ!?

 もしかして、ハイドラ、何とかって奴か?それとも、アリスを狙ってる、連中に、なにを……!?」

()()()()()()

 脅()()、吸血鬼にさせ()()

 哀れにも友と戦わ()()()いるんだよ」

 

 皮肉げに口元を歪めた少年。

 そんな彼に、影が集まりだす。

 

 ――ソレは、コウモリの大群だった。

 大地を染める血が。杭から滴る血が。一滴一滴、紅のコウモリとなって、少年のシルエットを覆い尽くしていく。

 

 数瞬。少年を完全に覆った影が晴れる。

 現れたのは、敵にとっての絶望の象徴。

 夕暮れ時(トワイライトゾーン)を歩む悪魔。

 ()()()()()()()()終端の王。

 暗い騎士服。青白い肌。

 老けた顔。緋い瞳。

 

 ――ヴラド十五世が、そこにいた。

 

「――否。

 (オレ)(オレ)の意思で立っている。

 誰の指図も受けず此処に立っている。

 サーヴァント・バーサーカー、真名ブライアン・ヴラドとして此処に立っている」

 

 そう続けるヴラドは、何処からともなく取り寄せた(宝具)の鉾先を此方に向けた。

 

「――故に。貴公らは、我が敵である」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 ――崩壊は、あっという間だった。

 

「……ふ、ふざけんな!?聞いてない!こんなの聞いてないぞ!?」

「もうダメだ……おしまいだぁ……」

「あ、あんなのはイヤだ。あんなのはイヤだ!」

 

 直前まで優勢だったとはいえ、アメリカ人との戦闘で流れた痛みに、血に怯み、戦意が徐々に削られていた所に、その大軍を一瞬で無力化した存在が。それも、伝説となったデスゲームに於いて最恐を謳われた男が。敵として君臨した絶望は計り知れなかったのだろう。特に日本人プレイヤー側は、未明の招集に集うだけあり実力者揃い――つまり、戦力や能力についての情報収集能力が高く、最早怪談の域にすらあるその伝承を知らぬ者はいない。もしかすれば、実体験した者(SAO生還者)すら多くいるかもしれない。

 そんな狂気の伝承が。鮮血の伝承が。見る者に恐怖と精神的圧迫感を与える宝具と共に現れれば、この恐慌にも無理はないだろう。

 ――そして、理由こそ異なれど、私自身も動くことが出来なかった。

 

「……なんで。なんで貴女達が此処にいる!?」

 

 見覚えのある衣装。

 見覚えのある瞳。

 ()()()()()()

 ――間違えようがない。

 ()()()の気配なんて、間違えられない!

 

「答えなさい!!」

「んもー、うるさいなー」

 

 纏まらない思考で半狂乱になりながら、()()()に向けてナイフを向ける。

 他所では数少ないヴラドに黒星を刻んだランがユージーンと組んで戦闘を仕掛けている。()()()ごしに、それが見えてしまう。

 

「何が目的で、いや、そもそもどうやって彷徨いでて、」

「酷いこと言うね、()()()()()()()()は、ちゃんと喚ばれて此処にいるんだよ?」

 

 よばれて? ……喚ばれて?!

 

「まさか、サーヴァント!?でもどうやって、いやあの人もそう名乗ってたけど、いや、でも、」

 

 ――ありえない。

 ここは、聖杯戦争の起こり得る世界でないことは確認済みだ。第三次以前のものは未確認であれ、第四次と第五次は開催されていないのは断言出来る。

 ()()()()()の様な、名も無き子供の怨霊の集合体が、『ジャック・ザ・リッパー(誰でもあり誰でもない者の伝承)』に取り込まれたような存在ならいざ知らず。

 あの人や()()()()()の名乗りがブラフでもなんでもなく、事実なのだとしたら。

 

「英霊の召喚…… 成功したとでも!?」

「ちょっと違う、かな?」

 

 違う、とは?その問いを口に出す前に。

 激痛が、脳裏を貫いた。

 

「つぁ……!」

 

 目が眩み、思わず跪く。荒れた大地に額を擦り付けるながら、頭に忍び込んだ強烈な異物感をやり過ごそうとして。

 ――足元に舞い降りた、ぐしゃぐしゃの新聞紙の文字に、心臓が止まりそうになる程の衝撃が走った。

 

 〔From hell(地獄より)――Jack the Ripper(ジャック・ザ・リッパー)

 

「うそ……なんでこれが、こんなところに……」

 

 収まっていた目眩に気付くことなく、茫然とした足取りで立ち上がる。

 その光景を、覚えていた。その地獄を、覚えていた。

 霧の都(ホワイトチャペル)。希望すらヘドロで汚染されたパンドラの中の世界。

 その世界に於いて、人に価値は無く。意味など無く。救いなどあり得ない。ただ一匹たりともその汚泥から這い上がる事は許されず。

 

「違う。わたしはもう違う――」

 

 弱々しい否定の声は、悲鳴に掻き消された。

 風景が変わる。喉を切り裂かれた女(メアリー・ニコルズ)が倒れていた。

 風景が変わる。子宮と膀胱を失なった女(アニー・チャップマン)が倒れていた。

 風景が変わる。黒いジャケットの女(エリザベス・ストライド)が倒れていた。

 風景が変わる。左腎臓と子宮を抉り出された女(キャサリン・エドウズ)が倒れていた。

 風景が、変わる。

 顔も、性別すら分からないほどぐちゃぐちゃにされた(切り刻んだ)死体が、目の前のベットに横たわっていた。

 手には、血が何重にもこびり付いた、ナイフ――

 

 咄嗟にそのナイフを投擲する。放たれたナイフは壁をすり抜け、金属音と共に叩き落とされた。

 それを認識すると同時に、視界が明転する。

 死体など一つも転がっておらず。スモッグと腐臭に澱んでいない、新鮮な空気が気道を通った。

 

「……随分と悪趣味ね、()()()

「ううん。思ったよりも効いてて、()()()()()がビックリだよ。やっぱり他の人と違って、()()()()()だった()()()だから『置換』も早く進んだのかな?」

 

 改めて引き抜いたナイフの切先をアサシンに向け直す。此処まで情報があれば、あの急な異物感の正体も分かる。

 

「……夢幻召喚(インストール)

「そう!当たり!」

 

 からからと笑うアサシンを見失わないよう睨みながらも、思考を回す。

 ――だとしても解せない。何の為に英霊の召喚など試みたのか。聖杯戦争でもあるまいに……

 

「……まさか。聖杯戦争を起こすつもりですか。今、此処で!

 いえ、だとすれば、どうやって杯を満たす魂を集める……」

 

 その答えは、既に自分の内側にあった。

 そして、その条件に合致する人物を私自身含めて七名、ログインさせてしまった。

 

「――姿形の近しい者、血縁のある者。彼らに縁のある英霊を、『自分に最も近いカード』を夢幻召喚させることで、小聖杯に捧げる前段階の英霊の魂を、人間の魂に受け止めさせるつもりですか」

「うん!足りない分は、『大戦』で埋めるんだって!」

「させると思いますか?」

 

 脳裏で素早く合致人物をリストアップする。聖杯戦争の結末などどう足掻いてもロクな結果になり得ない。

 降りてくる可能性のある英霊は、シュヴァリエ・デオン、ジークフリート、エリザベート=バートリー、フランケンシュタイン、ジャンヌ・ダルク、それと。

 ――『女帝』ラン。該当英霊:ギルガメッシュ。彼ないし彼女なら、状況を打開出来るはず。

 そう信じて。

 

「貴様、よもやそのような、グッ――」

 

 振り返った先では、金色の鎖(天の鎖)を射出しながらも、敵に首を刎ね飛ばされた黄金の王がいた。

 

 

「……ほう。よもや彼の王の自我に侵食されながら、それでいて『鎖』を使うだけの意思を有していたとは。末恐ろしいものよ」

 

 プレイヤーとしても英霊としても、唯一英霊ヴラドと吸血鬼ヴラドの両方を正面から打倒可能な女帝が斃れ、身体がポリゴンに還る。

 エーテル化した鎖の残滓を返り血ごと振り払った夜王は、その長躯から場を俯瞰する。

 

「……よくも、姉ちゃんを!」

「ユウキ!?くッ、」

 

 その背後に絶剣と白百合の剣が迫る――が、届かない。

 黒曜石の刺突は、サーヴァントと人の格の違いからか突き出された掌に傷一つ付けることすら叶わず、アリシャの方もサーヴァントへの置換によって急激に上昇した身体能力に振り回され、切先を届かせることすら出来ていない。

 

「まだッ――」

「ふむ、未だ然様な顔をするか。成る程、少しばかり感慨深いものがあるな。

 では、()()振る舞うとしよう」

 

 弾き返された反動で大幅に後退させられたユウキ。彼女の眼差しを真っ向から受け止めた魔王は、その槍を朱に染める。

 ――その邪悪な輝きは、闇の中にあって尚暗く蠢く影。

 人々の畏れを、恐れを、怖れを、一身に受け止める不死身の君(ノーライフキング)

 

「血塗られた我が人生をここに――」

「させるかってーの!」

 

 発動しかけた『血塗れ王鬼』を止めようと、頭部を狙った銃撃が遮る。正確に眉間を狙ったエムの狙撃は毛ほども効かなかったが、ピトがばら撒いた弾は直前に投げ込まれたスタングレネードをヴラドから隠し、閃光と爆音がモロに彼を襲う。

 

「チッ、やるな!だが!」

 

 宝具発動に集中していた状態でのそれは流石に効いたのか、槍に集中していた魔力が散る。それを隙と見たのか、ノーチラスとザザが左右から仕掛ける。

 

「獲った!」

「足らんわ戯け!」

 

 目を瞑っていながらも極刑王を発動させられ、エストックと片手剣の使い手は撤退を余儀なくされる。

 稼いだ数秒で視界を回復させたヴラドは、素早く己に刃を向けた相手を見定める。

 

「……手は打ち尽くしたか?なれば居ね」

 

 大地そのものから、殺意が滲み出し――

 

 

「すとっぷだよ、おじさん。きんきゅー事態だって」

 

 突き出た極刑王の杭が彼らの心臓を穿つ寸前で。気配を隠す様子も情報抹消を行使した時の独特の感覚も出さず、ただ静観していたアサシンが声を張る。

 

「……ほう?緊急とな?」

「うん。アリスが敵に襲われたんだって」

「ふむ、まあ頃合いでもあったか。先に向かっておれ」

 

 ドラクル騎士団の面々とユウキに突き付けていた杭がまず解け、次いで場を囲っていた血塗れの槍衾が消える。

 恐怖を流布する杭が消失したことで幾らかの圧迫感も消え、だがヴラドに仕掛けようとする者は現れなかった。

 

「では諸君。

 ――また会おう」

 

 霧へと変わっていく男を引き止められる者など、誰もいなかった――

 

 

 

 

 









『サーヴァントプロフィールが更新されました』

『白』のバーサーカー
真名:ブライアン・ヴラド
性別:男性
属性:混沌・悪
身長・体重:178cm・55kg(ブライアン)
      190cm・86kg(ヴラド)
CV:吉田⬛︎子(ブライアン)/置鮎龍⬛︎郎(ヴラド)

【ステータス】
筋力A 耐久D 敏捷E 魔力A+ 幸運E 宝具A

【クラススキル】
狂化:EX
 本来であれば理性を代償にステータスを上昇させるスキル。ただしこのサーヴァントの場合、コピーされたフラクトライトであるが故に存在するためだけに必要なスキル。そのため自分を見失う程の狂気をはらんでいるがステータス上昇の恩恵は無く、何らかの方法で狂化スキルが低下すると即座に霊核の崩壊が始まる。
 (Q,いつコピられた?
  A,50、52話でザザと別行動してた間。重村教授との付き合いでメディキュボイドやオーグマーの試作機のテスターをしており、その記録から復元されたフラクトライト。
当時ゔらど「コピられただろう事は把握してたけど、まさかこうなるとは思ってなかった」(誠に遺憾))

忘却補正:E
 ――輝きと後悔だけしか、もう、思い出せない。

【保有スキル】
試作神器(破損):-
 整合騎士に与えられる神器、その試作品。正確にはスキルではなく、クィネラがマスターの今回限りの追加装備。
 アンダーワールド発生時、初代人工フラクトライトを育てたラーススタッフのアバターが眠る――という設定の風化した墓石が元になっている。
 通常は指輪の形状をしているが、武装完全支配術によって全身鎧となる。その機能は『隠蔽』。鎧を展開している限り、英霊のスキルか宝具によるもの以外の真名看破を拒絶する。

バリツ:C
 バーリトゥード(何でもありの格闘技)。我流の八極拳と投擲剣を組み合わせたもの。対魔術師、対英霊用に速攻での制圧能力に特化しており、『人体理解』の要素も含んでいる。

音楽神の加護(呪):E -
 何重にも絡まった因果線により、演奏家としての絶対の才の保証と、それを台無しにするだけの不幸が確約された呪い。
 奇跡か魔法無くしては、決して覆す事は叶わない。

【宝具】
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
ランク:?
 詳細不明

極刑王Ⅱ
ランク:B
 十万人もの領内の民を極刑に処した伝承を由来とした宝具。基本的には『極刑王』と同様だが、対()()への攻撃という面が強調されており、最大展開数、攻撃範囲が拡張されている。しかし杭一本当たりの攻撃力は低下しており、専ら敵の行動制限と、見る者への呪的な心理効果、恐怖と精神的圧迫感を与える効果に特化しているとも言える。






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第十一小節 全休符/場面暗転

 

 

 

 

 

「――さて、と。それじゃあキリキリ吐いてもらいましょうか?」

 

 座り込んだジャックを囲むように、オッサンを除いたドラクル騎士団の面子とアスナ嬢、それとアリスの上司と姉を名乗る整合騎士のベルクーリとイーディス嬢が集う。

 ちょっと前まで軍勢を駐留させていたらしく、騎士の方々の分にしては多めに残されていた物資からパクったお茶を片手に、どこか安堵した表情すら浮かべているジャックへ尋ねる。

 私たち以外の日本側プレイヤーと騎士は、串刺しのまま放置されていたアメリカ人プレイヤーの救出――まあ実際の所、やってることは介錯だけど――に勤しんでいるなか、問い掛けからたっぷり数十秒、間を開けて微笑んだ。

 

「……具体的に何を話せばいいのでしょうか。残念ながら、私は少々隠し事が多い質でして」

「はいはいそういうのいーから。そこの騎士は知らないけど、少なくとも私たちSAO組はあのオッサンがガチで敵だとは思ってないよ」

「おいおい、オレたちを除かないでくれよ。事情は呑み込めんが、嬢ちゃんたちとあの狂った男との間にのっぴきならない関係があるのは分かるさ。そのあんたらが言うんなら、敵じゃねえっていう一点は信用できる」

 

 同じように酒瓶を握りしめているベルクーリの言葉にすら、ジャックのポーカーフェイスを崩せない。

 どうせ彼女がその気になればこの程度の包囲、無手だろうと容易く突破出来るだろうとそのまま放っておいてあるナイフに注意を払いながらも、まず一枚目のカードを切る。

 

「じゃあまずは、ジャック嬢とそっくりなあの女の子について聞こうか。単にアバターがそっくりってだけじゃないでしょ、あの子。なんなら、まるで、」

 

 同一人物。そう言いかけて、

 

 刹那。()()()()()()

 腹部が弾ける。解体され、臓器を強奪され、血が抜け。心臓が綺麗に切除された胸骨から取り除かれて――

 

「ピトっ!?」

 

 モノクロの視界に大きな背が割り込むと同時に、一気に意識が引き戻される。

 反射的に腹に手を当てる。切られた跡もないし、血に濡れてもいなければ、当然臓物が溢れた様子もない。

 だがあの感覚は、間違いなく『殺人』によるものだと、不思議と断言出来た。

 

「……あらら。地雷踏んじゃったかしらん?」

 

 『命が零れ落ちる感覚』からくる身体の震えを隠すよう、エムの背から首だけを覗かせる。

 直立不動の姿勢ながらも強烈に殺気立つジャック嬢。それも、周りの面々が私の身に起こった異常を認めてから武器の柄を握っているふうに困惑しているっぽいことから、ピンポイントで私にだけ殺気をぶつけてきている。

 

「ピト、貴女は……!」

 

 ――にゃるほど。あの子は貴女にとっての『逆鱗』って訳か。

 こうなってくると、気になるのはあの子の正体だ。ヴラドのオッサンが普通にあの子の存在を受け入れていたことからも、多分この事態と関わりがあるだろうし、推測する事は無駄ではないだろう。

 閑話休題。正体を考えるにあたって一番のヒントにして難所は、ジャック嬢とあまりにも()()()()所。SAO生還者ではなくランダムアバター生成によって作られた外見である以上、姿形がそっくりというだけなら、まあ確率ってスゲーで納得できる。

 ただ、彼女のナイフの握り方が。弾丸を弾く軌道の癖すらが。ジャックのそれと酷似していた。赤の他人だけは絶対にありえない。内容こそ聞き取れなかったけれど、ヴラドが絶望を振り撒いていた時に彼女らは何やら話し込んでいたし。確実に知り合い以上の関係だ。

 そしてトドメにさっきの反応。『同一人物』という単語に極度の反応を示したことから察するに、考え得るのは。

 彼女と貴女の関係は、似ていると言われたことに激怒するほど他の誰よりも離れた存在か、或いは本人が()()()()()()()()()()存在ってことになる。うーん分からん。

 あれこれ訊きたくはあるけれど、これ以上あの子について啄くと現状敵対よりの中立なジャック嬢がマジで敵に回りかねない。

 ……こうやって改めて考えると、私たちって結構ヴラドのオッサンたちについて、知らない事だらけだと実感する。

 

「なあ、ジャック。あの人、が、あんな事、を、しでかした、理由に、心当たりは、ないか?」

 

 私が黙って考え込んでいたからか、引き継ぐ様にザザが尋ねる。尤も返答はダウティーな(嘘っぽい)否定だったけれど。絶対知ってるよね?

 

「……あー、なんだ。一個いいか?」

 

 いつの間にか(開幕地雷で)険悪になった雰囲気に、ゆったりとした波長の声が割り込んだ。ベルクーリの方に顔を向けたジャック嬢は、次いでまたまた表情を崩した。

 

「お前さん、何をそんなに()()()()()んだ?例の『聖杯戦争』ってモンが絡んでるのか、それとも別か?」

「っ、どこでその単語を!?」

 

 感情を隠す難易度が異常に高い仮想空間に於いて、ポーカーフェイスを使いこなすジャック。どうやら聖杯戦争なる言葉は、ひび割れたその仮面を木端微塵にするにはオーバーキルだったらしい。

 遂にナイフを引き抜いたジャック嬢が、誰の反応も許す事なくベルクーリの首筋に刃を当てる。

 

「答えなさい!ベルクーリ!」

「ちゃんと教えるから一旦落ち着け。そこの嬢ちゃんたちが信じられないものを見る目で見てるぞ」

「ふざけないで!だって、それは――」

 

 

 

 

 

「――聖杯戦争は、あらゆる願いを叶える願望機の奪い合い」

 

 錯乱するジャック嬢を押し留めるように、今度はテノールの声が聞こえる。

 ベルクーリから其方へと標的を変えたジャックだったが、その相手の風貌に、思わず動きが止まった。

 青い整合騎士の鎧を身に纏った少年。手には、透き通るような青い薔薇があしらわれた剣。

 

「召喚者たちが喚び出した七人のサーヴァントを殺し合わせ、最後に残ったマスターがあらゆる願いを叶える権利を得る」

 

 直前まで誰もいなかったはずの場所に出現した、圧倒的な存在感を――それも、質こそ違えどさっき暴れてったヴラドに近しいほどの底知れなさを感じさせる少年は、ジャック嬢の間合いのギリギリ内側で立ち止まった。

 

「――それが聖杯戦争だ。違うかい、『黒』のアサシン」

「……貴方は?」

「『白』のセイバー。君たちに討ち倒されなきゃいけない、化け物だよ」

 

 『黒のアサシン』。そう呼ばれて僅かながら反応したジャックは、徐々に飛び掛かる姿勢に移りながらも訊き返す。

 

「なぜ私が『黒』だと?」

「ランサー――ヴラドが、君のことを気にしていた。『白』のアサシンを眺めながら、ずっと君を心配していたんだ」

「…………ああ、そういう事ですか。

 では最後に一つ。貴方は敵ですか?」

「僕は、キリトの味方だ。そうでありたいと思っている」

「……そうですか」

 

 何処となく卑屈げな溜息を吐いたジャック嬢が、元いた場所に戻る。その隣には、白のセイバーと名乗った少年。

 

「……えっと、つまり?さっきの圧縮言語と察し具合からして、今アンダーワールドではアリス争奪戦と同時に、その聖杯戦争が起きてるってこと?」

「ええ、そうなりますね。あの人が異常なまでの力を得たのも、聖杯戦争が原因でしょう」

「うん、まるで理屈が分からん。まずサーヴァントってなんぞ?」

 

 アインクラッド出身のメンバーは、考察やら推理やらを私が好んでいるのを分かっているから、こういったツッコミは丸投げしてくれる。そのつもりで投げた問いは、予想外の方向から返ってきた。

 

「……死者の国より喚び戻されし、英雄と謳われた者」

 

 最初にジャック嬢に『聖杯戦争』という単語をぶつけたベルクーリ。またもや彼が、事態の重要な情報を握っていた。

 ……いやいや、ちょっと待て。

 

「死者ぁ?いつの間にあのオッサンくたばったのよ?」

「大体あってますが、厳密には違いますね。召喚出来るのは、完全な英霊ではなく、あくまでその一側面。故に、召喚方法によっては生者に死者の業や技術を憑依させる…… 言ってしまえば、神降しに近いことも可能です。

 さらにその召喚対象についても、信仰のある、人々の想念からなる『英霊』である為、実在の真偽や生死は関係ありません」

「ちょ、ストップストップ。話が一気にオカルトに飛んでるってば。多少でもわかった人手ェ挙げて」

 

 私の言葉に馬鹿正直に手を挙げた娘が二人。イーディスちゃんは兎も角アスナ嬢は予想外。

 冗談と皮肉混じりに休息を要求したのに、続行を強制されたオカルト話はさらに進む。

 

「……なんか証拠は?」

「僕はもう死んでいる、じゃダメかな」

「ゑ?」

 

 まさかの返答にポカンとしていると、答えたセイバーの姿が揺らぎ、消える。

 いっぱいいっぱいの頭で「とーめーにんげん♪」と茶化そうと思ったのに、今度は空気が色付く様に滲み出てきた(実体化した)セイバーに、今度こそ何も言えなくなった。

 ……マジでぇ?あ、あとアスナ嬢、さては貴女知ってたわね?リアル組で一人だけ反応が薄いわよ?

 

「お、オーケーオーケー。色々言いたいけど、まあいいわ。

 で?連中の突破方法は?」

「まず前提として、サーヴァントの撃破はサーヴァントでしか行えません。幽霊に物理が効かないのとはちょっと違いますが、まあ細かい理屈はいいでしょう」

「じゃあ嬢とセイバー少年しかアテにならないってこと?」

「いえ、それも違います。今回喚び出されたサーヴァントは、数騎を除けば先程も述べた、英霊を人の器に入れた、言うなれば擬似サーヴァントに近い状態にあります。

 ゲーム風に例えれば、『サーヴァント』というバフがかけられている状態であり、ダメージを与えるには同種のバフが必要、と言えば通じるでしょうか」

 

 未だ揺れ動いているっぽいジャックだが、セイバー少年の登場が何かの切っ掛けになったのか、素直にサーヴァント何某について語る。

 とはいえ言葉の端々から察するに今回の聖杯戦争とやらは参加しているサーヴァントからして例外塗れらしく、所々『本当は違うけど』という副音声が漏れている。

 

「なるほろ。で、その特殊バフがかかってるのは?」

「ユージーン、エリザ、エリス、アリシャ、フラン(シェリー夫人)。それとランもそうでしたね」

「ランちゃんを除けば、あのタイミングで身体能力が急変して戸惑ってた五人ね。もしかしてあれって、それ?」

「サーヴァント化による反動のようなものでしょうね。急激に上昇した能力に意識が追いついていないのでしょう。しばらくすれば慣れるかと」

「じゃあ現状待機、少なくとも攻勢には出れないわね」

 

 サーヴァント化の条件を探ったりだとか、彼らと同じく人間だったジャック嬢が明らかにそのサーヴァントとして増幅された身体能力を使い熟している点だとか、ツッコみたい所聞きたい所が山積みなのはグッと堪える。条件に関しては、多分『英雄』としての伝承の縁か何かって所でしょうし。

 ユージーンはジークフリート、エリザはエリザベート、エリスはジャンヌ、シェリーはフランケンシュタイン、ジャックは切り裂きジャック、ヴラおじはヴラド三世。アリシャとラン、セイバー少年とさっきサチたちを攫ってったキャスターは分からんけど、そう大きく外れてはいないと思う。

 

「……あ?人数おかしくない?もう十人いるわよ、サーヴァント」

 

 さっきはスルーしたけど、セイバー少年の話に出た、ランサーと名乗るヴラドとバーサーカーと名乗ったヴラド。おまけにもう一人のジャック嬢も込みにすれば十二人いる。聖杯戦争って七人でやるんじゃないのん?

 

「……サーヴァントが七騎必要なのは、聖杯を稼働させる為に英霊の魂が七騎分必要だからです。一騎当たりの保有する魂が多ければ七騎捧げずとも聖杯が降臨しますし、逆に足りなければ数で補おうとするのでしょう」

「バフ組だと足りないのね。全部で何人とか分かる?」

「十四騎だ」

「うぇーいヴラおじクラスが十四人もいるんかい」

 

 ――こりゃ、ますますジャック嬢を引き留めないと厳しいな。

 自陣のサーヴァント組は、ジャック嬢と脱落したランちゃん以外の五人。セイバー少年含めて六人。

 対して敵はヴラおじ(バーサーカー)に未確認の二人、キャスター、ジャック嬢(二人目)の五人。

 セイバー少年に確認したところ、ランサーの方のヴラドは既にバーサーカーの方のヴラドによって撃破されてるから、一応数では勝っている。

 とはいえジャック嬢が二人揃って向こう側に付けば同数。しかも敵さんは最初から聖杯戦争に備えている。アリスを守るために急遽集められた私たちじゃ、戦略面からして既に大敗している。

 正面戦闘での撃破は望めない。となれば搦手だ。

 私たちの目的がアリス保護であり、聖杯には興味が、まあ無いこともないが優先順位は低い。ヴラおじがあんな行動に出た理由が聖杯にあるのなら、説得の次第によればアリスを取り返せるかもしれない。

 

「一応確認しておくけど、アリスかサチがサーヴァントに選ばれている可能性は?」

「……ない、とは言い切れないけど、限りなく低いと思う」

「んー?」

 

 ――とすると、なんで彼らはサチとアリスを攫ったの?

 アリス一人なら納得出来るけど、サチと一緒にっていうのが腑に落ちない。ついでか、偶然近くにいたから、にしては手際良く感じたし。

 ……アリスとサチを攫った理由は別、とかかしら?アリスはリアル組への牽制や交渉材料にもなるし、サーヴァント組が勝手に帰らないように私たちがアンダーワールドに留まる理由にもなる。サチちゃんは……ちょっと分かんない。

 

「ジャックー。なにか心当たりあるかしら?」

「いえ、特には」

 

 ――嘘は……ついてないっぽいわね。

 介錯班も作業が終わったという報告をエルドリエがしてたし、そろそろ何らかの行動を起こすべきだろう。相手の目的が不明瞭だが、立ち止まっていても状況は好転しない。

 

「――さて。どーすっかねぇ」

 

 いつだったか、反転したステージを象ったボス部屋だった場所で、ヴラドを疑っていた時のような言葉を吐きながら。本当に立ち塞がってしまったギルマスに一杯食わせる作戦を捻り出そうと四苦八苦するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここまで来れば、早々には追い付かれないかしら」

 

 見てくれも音も際立っている宝具を引き連れて西に暫く飛び、イスタバリエス帝の別荘に辿り着いた辺りで漸く息を吐いた。

 絢爛華麗な外見に反して全身何処に触れても切られるソードゴーレムに、人間を無傷で運ばせるという高難関の作業に気を使っていたというのもあるが……

 

「やはりなによりも懸念すべきなのは、抑止力の存在よね」

 

 ――ある程度定められた歴史を進めんと、その道筋を外れようとするものを排除する人類最大の味方にして最大の敵。

 ライダーの真名や過去から推測するに、おそらくアレを味方につけることは不可能ではないでしょうけれど…… やはり『世界の外(根源)』を通過する以上、霊長の守護者の妨害は警戒しなければいけない。

 人を後押しする形で顕現するならば、相手が例えただの人間でしかないとしても警戒しなければならない。

 

「だからといって、目に入る者全て鏖殺、という訳にもいかないのも悩ましい…… まさか万全を期したと思った直後に、剪定事象なんて案件や、それをスレスレで回避した英雄が召喚されるなんて流石に予想外よ」

 

 アーチャーとライダーに関しては、対ソルスを想定して神性特攻を持つ織田信長と、確認出来たのは外見だけとはいえ過去に何故か召喚されていた堕ちた騎士王を狙ったのだが。

 ライダーは並行世界の、それも未来の英雄で。相変わらずアーチャーは実体化も念話もしない癖に魔力だけは持っていくし。供給を要求するという事は召喚されているのは間違いないが。バーサーカーは心当たりがあるみたいだけれど、令呪にその余裕はない。

 

「……まあ、もう今更ね。幸いライダーの願いは聖杯を介さずとも叶えられたものだったし、セイバー、ランサーの願いはもう直ぐ叶う。ふふ、あとは私とバーサーカーの分だけ」

 

 別荘の門を叩き、使用人が顔を出すまでの間にそう纏めて、緩みそうになる表情を引き締める。

 セントリアに居を構える領主たる皇帝ではなく、その更に上に位置する最高司祭の急な訪問には相当驚かれたが、アリスと朔月の杯を強引に適当な部屋に閉じ込めておくことを口外無用と共に指示を出すと、社交辞令と共にようやく動き出した。

 四帝国の誰よりも不死の研究に熱心であり、他の皇帝すら従わせんとしたクルーガではなく、ホーザイカを贔屓しておいただけあり、予め設置させた工房の雛形を拡張して拠点にすれば、消耗した魔力が回復していく心地よい感覚が身を包むだろう。

 

 

 ――尤も、その前に無粋な視線を寄越す無礼者を処断しなければならないが。

 一体の異形の人形から三十本の神器へと変容させた剣群が、その半数が背後から迫る凶刃を弾き、半数が下手人を滅せんと宙を舞う。

 嘗てセントラル・カセドラルで演じた剣舞とは違う重苦しい金属音と、手応えなく地面を縫う剣尖。

 気怠げに背後に目をやれば、予想通り暗黒神ベクタが、自然体で剣を構えていた。

 

「背後から急所を一刺し。予め気取られてさえいなければ、模範的な暗殺の技だったわね、リアルワールド人」

「……お前は、ラースのスタッフか?それとも」

 

 要領を得ない寒々しい問いを無視し、再び宝具へと魔力を回す。攻防に割り当てた数はそのまま、十五本の神器をそれぞれ前後左右と頭上から殺到させる。

 例えどれだけ鍛え上げた技であろうと防ぐ事は叶わぬ、数に任せた戦法。突破するには同質の攻撃をぶつける他ないだろう。

 全身串刺しで斃れる無様な姿を幻視して――それは叶わなかった。

 ベクタの剣が放つ燐光。刀身が暗黒術の一種の触手染みた嫌悪感を催す動きで剣群に絡みつくと、意のままに動いていた黄金の武器が、熟れ過ぎた果実のように堕ち、溶け消えた。

 

「なっ――」

 

 戦士としての気位のないクィネラが、戦闘の最中に発生した予想外の展開に思考が滞る。

 クィネラが再起動を果たしたのは、滑るような動きで振われた一閃が、スキルに昇華された金属製の武器への防御プログラムと神秘の有無によって防がれたにも関わらず衝撃が貫通してきたショックによるものだった。

 大きく吹き飛ばされた身体を空中で立て直す。追撃を警戒して神器を構えたが、意外にもベクタは棒立ちのまま。

 

「……お前は、何者だ」

「答える義理は無い!」

 

 想像とは真逆の硬質の手応えに訝しんだだけだと判断。残った十五本の神器を上空で回転させ、加速させる。

 魔術に携わる者にとって、発動した魔術というのは伸ばした己の手のようなもの。系統こそ違えど、製作したラースの想定すら置き去りにするほど神聖術を極めたクィネラにとってもそれは同様。宝具に繋がっていた魔力の線から返ってきた情報を分析、即座に機能不全の原因を特定し、神器を防御に使用する事は諦めた。

 ――敵の能力は、心意の吸収。いえ、あそこまでいけば最早『喰っている』と言う方が正確かしら。

 なんにせよ、相性は最悪。術式による弾幕こそが本領の自分では、攻撃した端から吸収されるだけ。対して敵は、信仰と想念によって、つまり心意によって形作られる英霊の捕食者とも言える。

 その事実に引き攣りそうになる表情を隠し、余裕綽々の態度を装う。本人がまだその事実に気が付いていないのと、流石に物質化した心意の吸収には時間がかかるらしいのがせめてもの救いか。

 加速した神器を発射し、食い尽くされる前に離脱させ、追加で髪の先を素因の制御端末として氷、鋼、晶といった実体弾を重点的に叩き付けて時間を稼ぐことに専念し、その傍でワールド・エンド・オールターにいるライダーに念話を送る。

 計画通りに進んでいるのなら、今頃もうオーシャン・タートルの全機能を抑えているはず。ベクタを強制ログアウトさせられれば。

 

『ライダー!緊急事態よ!今すぐやって欲しいことがある!』

『ごめん、今ちょっと忙しい!」

 

 しかし返答は不能。切羽詰まった声に気になって、左目だけ視覚共有して――今度は、悲鳴を隠せなかった。

 なんで、

 

『――なんでテラリア(リーファ)ソルス(シノン)と戦闘に入ってるのよ!?!』

『私が聞きたいわよそんなの!あイタぁ!?』

 

 知名度補正皆無のライダーの身体を、知名度抜群の神霊たちの一撃が掠る。想像上の、それも人造の神であれ、アンダーワールド内で十分な神秘を持った彼らの攻撃は容赦なく彼女の霊格を削る。

 

『っ、令呪を以って命ず!一度やり過ごした後、万全の霊基で実体化なさい!』

 

 ライダーと繋がっている令呪の二画目が弾けると共に視界が急変したのを確認して、安堵と同時に視界共有を解除する。

 ……とはいえ、状況は何一つ好転していない。寧ろ悪化している。

 ライダーには頼れない。アーチャーは論外。セイバーは自害の禁止、一部情報の秘匿を命じて残った令呪一画で呼んだ所で戦力不足。やはりバーサーカーを呼び戻すべきだろう。しかし令呪は残り一画。そもそも彼のその宝具の性質上、不用意な令呪転移は禁じ手だ。

 ならば、私のやるべきことは一つ。

 

『令呪を以って命じる。アサシンよ、然るべき時にバーサーカーを連れて転移!疾く!私を!助けてーーー!』

『わかった!ちょっと待っててね』

『なるべく早く頼むわよ!?』

 

 剣群を溶かし、弾幕を掻い潜り、無表情で徐々に距離を詰めてくる相手にチュデルキンとは別種の生理的嫌悪感が湧き上がる。

 村娘時代に見た、ラーススタッフの嫌がらせで実装されたとしか思えない某黒光りを目撃してしまった時と同程度の心境でさらに術式の濃度を上げれば、流石に効いたのか僅かに後退る。

 

「お前の、心は……」

 

 若干傷付いたような表情を見せたベクタだったが、一瞬で引っ込んでしまう。それどころか、それまで以上の速度で進行し始めた。

 

「まだ足掻くか!」

 

 本心とは裏腹の慢心した台詞を口に出して自身を鼓舞しつつ、弾幕を維持して宝具を取り寄せる。三十本中まだ武器としての使用に耐え得るのは残り二本。一度発射したら崩壊して暫く再使用不能になりそうなのが三本。

 三本を回度外視で心臓に向けて射出し、二本は足元を払わせる。案の定急所に向けた鋒は塵に消えるが、両爪先を掠めた刃は土煙を巻き上げ視界を制限する。

 だがその程度の煙幕は容易く切り払われる。ついに剣の間合いに踏み込まれた事実に冷や汗が隠せなくなるが、それはもう経験済のこと。

 ――だが、手札を隠し持っていたのは、クィネラだけではなかった。

 ベクタの剣から発生する心意を喰らう輝きが、前触れなく伸びる。ビームの如く射程の伸びた一条を回避できたのは、クィネラをもってして『幸運だった』と言う他なかった。

 そして、ただの『まぐれ』をそう何度も許すほど、ベクタは甘い敵ではなかった。

 

「ここまで近付けば、撃墜も回避も出来ないだろう。そのうえ、お前の魂は不味い。雑味が多く、そのくせ単調だ」

 

 射角を取って術式を発射しようにも、近過ぎて相手の顎が霊核を喰い千切る方が早いだろう。平板な声で言葉を連ねたベクタは、心臓にその鋒を突き立てようとして、

 

 

 

 ――投擲音。直後、二人の頭上で小さな金属音が鳴った。

 

 

 思わず上を向いたベクタの顔面に、白い煙幕が降り注ぐ。当然クィネラもその煙幕を頭から被ったが、死物狂いでベクタから離れるのに比べれば些細なことだった。

 

 せめて工房の中ならとイスタバリエスの別荘の玄関口に滑り込むと同時に、外聞も気にせず玄関の床に手を当て、魔術を起動する。

 完全に工房として機能するまでの時間を稼ぐべく再び弾幕を張ろうとしたクィネラは、ようやく割り込んだ()の正体を見た。

 地面に転がっていたのは、黒く細い管の付いた、赤く塗装された金属製の円柱。煙幕――というより泡は、円柱の割れた部分から溢れていた。

 

「今のは……?」

 

 まるで魔力の尽きた投影品のように消えたリアルワールドの物品に、更なる敵の介入を警戒したベクタが、その歩みを止め。

 

 

 ――一転して、霧が出始めた。(助けが、間に合った)

 

 

 棒立ちのベクタの眼前に、紅い蝙蝠が集結する。見る見るうちに人程の大きさに膨れ上がったそれは、膨大な殺気を振り撒きながらヒトガタへと変貌する。

  ――天候を塗り替え。時を乗り越え。ワラキアより派生した『夜』が、此処に君臨する。

 

「――ほう。何かと思えば、また逢ったな。アメリカ人」

「……カズィクル・ベイ。ヴァンパイア。

 ――ヴラド」

「如何にも」

 

 薄く微笑んだ悪魔(ベクタ)の呼び掛けに、悪魔(ヴラド)は傲岸不遜の笑みを持って答える。

 直感的に心意の捕食者である事を見抜いたのか、ヴラドは宝具である槍を掻き消し。

 瞬間、剣と短剣が鍔迫り合う。

 

「おもしろい。余の名を識って尚、接近戦を臨むか!」

 

 宝具でも魔力によって生成された物でもない、金属を鍛えて造られた黒鍵に似た短剣が火花を散らし、ベクタの一撃を防ぐ。圧倒的な筋力差でそのままベクタを空中へと弾き飛ばすと、着地を許す事なく隙だらけの腹へとそのまま槍を叩き込んだ。

 

「獲った!バーサーカー、宝具でトドメを刺しなさい!」

 

 あとは宝具で心臓から杭を生やしてしまえば、耐えられる者はそうはいない。もう少しすればライダーが再度システムを掌握し、そうなれば別アカウントでの再ログインも遮断できる。

 腹に大穴どころか、振り払われた余波で身体が上下に分断されたベクタ。放って置いてもそのまま天命が擦り切れそうな姿だが、念の為に追撃を命じた。

 暗黒神の半身が杭に突き立てられる姿を待ちわびて。

 

「……変わった目だな、哀れな者よ。お前が好奇と恐怖を履き違えたのは、いつからだ?」

 

 しかし、処断は下されず。最早死に体となった男に、ヴラドは話し掛ける事を選んだ。

 そうなり果てて尚生き意地汚く足掻いているベクタは、それでも平常通りの声だった。

 

「……なんの話だ」

「よもや無自覚か。ならばこれはお前への慈悲と知れ。精々味わうがいい。

 ―― 『極刑王(カズィクル・ベイ)』!」

 

 今度こそ心臓から杭が、二万もの『死』を記録した心意が、ベクタの魂に突き刺さる。

 虚な深淵に、赤黒い『死』が注ぎ込まれ。

 果てなき虚無に、形を持った闇が満ち溢れた。

 

「……なんだ」

 

 ……それが人の形をしていたと分からぬ杭の塊は、残留した魂を震わせ。

 

「……そんな所にいたのか、アリー――」

 

 その吐露を最後に。

 ベクタは、アンダーワールドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 















「ひっ。や、やめろ!気でも狂ったのか、お前!?」
「あ?俺が狂ったかだって?」

 目覚めるなりポーカーに興じていたハンスとブリッグをあっさり射殺した男は、コンソールに縋り付いていた髭面の男に銃口を押し付けながら、哄笑した。

「違うな。狂ってんのは俺だけじゃねえ。()()()()()だ。火に塗れて、縮れて、全部真っ黒けだ」

 苛立たしく()()()()を掻きむしった男は、銃口を仲間だった男の口に捩じ込みながら嗤う。

「もっぺん言ってやるから耳の穴かっぽじってよーく聞けよギーク野郎。このIDとパスで日本のザ・シード連結体の総合ポータルにログインして、セーブされてるキャラをアンダーワールドにコンバートしろ。
 ああそれと、中国と韓国にもアンダーワールド接続用のクライアントをばら撒け。いいな」
「ガハッ!で、でもよう、今システムは『白のライダー』とかいう奴にジャックされて、」

 破裂音。激痛。
 頬を撃ち抜かれたギーク野郎と呼ばれた男はしかし、のたうち回ることさえ許されなかった。

「……Yesと言えよ、クリッター。言いやすいように口を増やしてやったぜ?」
「わ、わはった(分かった)はる(やる)はるからひゃへろ(やるからやめろ)!」
VEEERRYYGOOOD(よく出来ました)

 IDの書かれた紙片を押し付けた男は、そのままSTL室へと入っていった。
 ミラー隊長が許さないぞ、とせめて強がろうとした瞬間、STL室から響いた一発の銃声に、今度こそクリッターの心はへし折れた。
 ()()()()()()()()()()『白のライダー』の妨害なくシステムにアクセス出来たクリッターには、その幸運に感謝することしか出来なかった。






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第十二小節 ――月に祈りを

 

 

 

 

 

 ――整合騎士アリスが気がついた時、まず真っ先にやったことは、帯刀の有無だった。

 

「――ッ!」

 

 見慣れない意趣の、けれどセントラルカセドラルにある騎士たちの部屋と同等かそれ以上の金額がかけられていると直感させる寝室で目を覚ますと、即座に柄に手をかけて跳ね起き転がり出た。

 ――私は、今まで何を。確か、赤い大軍をあの老騎士に化けたバーサーカーが殲滅して、それで――

 

「おのれアドミニストレータ。一体何を考えて…… いえ、今はそれよりもサチを探さなくては」

 

 幸い鎧や剣は取り上げられていない。意識のみ奪って適当な屋敷の客間にでも放り込んだのだろう。嘗められているのだろうが、今ばかりは憤る時間すら惜しい。

 あの物憂げな女のことだ。拐った相手など雑に纏めておくだろうから、遠く離れていることはないはず。

 その予感は正しく的中し、隣の部屋に寝かされているのを見つけた。

 

「サチ、サチ。起きてください」

「うぅん。……アリス?」

 

 昏倒させた時の術式はあまり強力なものではなかったのか、揺さぶるだけでサチも目を覚ました。

 静かにするようにジェスチャーで示してから軽く診るが、精神汚染や記憶操作の跡は特に無し。受けた傷も、露出した背中に僅かに火傷の跡があるのみ。

 

「それで、これからどうする?」

「脱出し、部隊との合流を目指すべきでしょう。わざわざアドミニストレータ本人が出張った所を見るに、ただ偶然や酔狂で私たちを拐ったのではなく、何らかの明確な理由があるはず」

 

 窓の外から見える景色がサチたちが降りてきた場と似ていることから、おそらくそう遠くはないはず。飛竜があれば、数刻で大門まで戻れる。

 問題は、見張りだ。

 解散を命じられた人界軍の兵より数段整った装備の兵が、邸の周囲を見回っているのが窓から確認できた。正体はおそらく、人界東側の統治を任されているイスタバリエス帝の私兵。

 このまま窓から飛び出せば、確実に気取られる。無論雑兵の十や二十、非戦闘員を庇いながらであろうと遅れを取らないと断言出来るが、それは敵が彼らだけの場合。そして整合騎士を造った最高司祭が、その事実を知らないはずはない。

 

「……裏口からこっそりと脱出しましょう」

「う、うん」

 

 暫く扉に張り付き、邸内の警備は手薄なのを確認してから廊下に出る。いざ隠れながら進もうと思うと鎧が騒々しく、一旦部屋に未だ眠っている()()に詰めるのに戻ったこと以外は問題なく進めた。

 

「ところで、裏口が何処かって分かるの?」

「いえ。しかしこういった帝宅はセントリアのある方角へ正門を設けるものなので、逆へと進めば、おそらく」

 

 感心するサチを連れて奥へ奥へと歩む。

 ――確かに裏口はそちらにあるのだろう。しかし、奥に進むということは、同時にその屋敷の重要部に近付くということでもあった。

 

「――しっ。止まって、息を潜めて」

 

 両開きの扉の握り手に手をかける直前に、その部屋からアドミニストレータの声がする。薄く扉を開け、中を覗くと、その部屋は食堂なのか長いテーブルに椅子が幾つもならんでいた。

 当のアドミニストレータ本人は、扉に背を向ける位置に座して酒を酌んでいた。傍には、屋敷の管理人らしき男。

 

「……仕方ありません。別の道を探しましょう」

「いや、多分此処からしか出られないと思う」

 

 隙間に目を当てたサチが呟く。

 

「リアルだと裏口って、大抵台所にあるの。直ぐにゴミ出しに出れるし、換気する為にも一番外側に造られるし。それに……」

 

 耳を澄ませば、廊下の先からなにやら騒ぎが。どうやら部屋がもぬけの空である事がばれたのかもしれない。最早一刻の猶予もないだろう。

 

「しかし……」

 

 再び覗き込む。どうやら管理人が最高司祭を持て成しているようで、あれこれと喋る男の話を聴きながらグラスを傾けている。

 二人共、扉からも奥に見える台所からも背を向けている。男が機嫌を取ろうとのべつ幕無しに喋っているから、こっそりと背後を通る分には行けるだろうか……?

 

「……分かりました、いきましょう」

 

 人一人が通れるギリギリの隙間を擦り足で素早く通る。幸運にも気付かれることなく食堂に入り込むことには成功した。

 自分の心音すら煩く聴こえる緊張の中、こっちを向くなと祈りながらもじりじりと進む。

 ――あと十メル。……五メル ……二メル。

 

 口を片手で塞いだサチの手を引き、あと一メルの所まで来たところで、管理人のお喋りが止まった。数分にも及ぶ説明の果てに、最高司祭に酒の感想を訊いたのだ。

 そうね、と短く区切られた言葉。不自然に流れる沈黙。衣擦れの音すら耳元で剣を打ち鳴らす時並みの爆音に響く中、一歩たりとも進む事も引く事も出来なくなり、

 

「三百年前、私がまだ小娘だった頃に口にした果実の様な爽やかさと瑞々しさね。その時の事を思い起こさせるわ。

 ……ええ。兄の様に慕っていた人と共に、仲良く森で()()()()なんかした時のことなんか、とても懐かしいわ」

 

 ――即座に駆け出した。

 戸惑うサチの手を強く引いて横抱きに抱えると、背中を中心に風素を生成、炸裂させて走る。

 己の身体そのものを一個の制御端末とし、瞬間的に放出する事により能力を向上させる秘術――最高司祭によって考案され、ベルクーリによって伝えられた『魔力放出』と呼称される技すら使い熟し、サチの予想通りあった裏口を蹴り開けて転がり出る。

 

「な、なんでバレたんだろう!?」

「分かりません!が、今はそれどころではありません!」

 

 わらわらと集まってくる兵を薙ぎ倒しながら、細かな制御を放棄してひたすらに魔力放出を連発する。

 地面の上を飛竜に負けない程の速度で水平に飛び、しかし異様な濃霧に包まれたことで更に速度を上げる。

 

「この霧は、あの時と同じ――」

「――アリス!足元!前前!」

 

 東の大門を包んでいたのと同じ、嫌な感じのある霧に気を取られていると、若干顔を赤くしたサチが叫ぶ。

 言わんとする事を察して無理矢理立ち止まると、行手を阻むように杭が突き立つ。このまま突き進んでいれば串刺しになっていただろう。慌てて方向転換しようにも、直ぐ様杭が追加で生えてしまう。

 

「――脱出を目論むだろうとは思っていたけれど、まさか仲良く手を繋いで真後ろを通るなんてね。微笑ましくて、思わず見逃してあげたくなっちゃったじゃない」

 

 唯一杭の無い方向にも、バーサーカーに抱えられたアドミニストレータが着地する。

 

「でも残念。どっちか片方ならまだしも、『A.L.I.C.E』と『神稚児』の両方に逃げられるのは戴けないわ」

 

 アドミニストレータを降ろしたバーサーカーも、赤い靄に包まれる一行程を挟んで老騎士へと変容し、槍を構える。

 

「ヴラドさん……」

「……とはいえ、どうする。連れ戻したところで、焼き直しになるのは目に見えておる」

 

 悲しげな呟きから目を逸らしたバーサーカーの問いに、余裕の態度でいる最高司祭も首を傾げる。

 

「そうね……神稚児は早急にカセドラルへと連れて行きたいけれど、A.L.I.C.Eはそうでもないし。そもそもプランとしてサーヴァントらを殲滅する必要もある訳だし。悩ましいわね。

 念の為に聞いておくけれど、大人しく着いてきてくれたりしないかしら?」

「戯言を!」

 

 神器の鋒を向けるが、状況は最悪という他ない。

 到底一人で勝てるとは言えない最高司祭に、その彼女が全幅の信頼を置く、杭を自在に操る男。更に霧に隠れる少女の姿をしたナニカすらいる。

 

「サチ。創世神としての権能は?」

「……ごめん、レジストされてるみたい」

 

 短い詠唱の後でも何も起きず、謝られてしまう。

 唯一突破出来る可能性のあった方法すら塞がれてしまい、この瞬間、詰みが確定した。

 

「……エンハンス・アーマメント!」

「あら?」

 

 ――それでも。

 それでも、諦めることだけは出来ない。

 

「まだ抗うというの?状況が読めない貴女ではないでしょうに」

「整合騎士の勤めは、人界の者を、無辜の民を守護することにある。断じて神の遣いでも、最高司祭の私兵でもない!」

 

 神器の完全支配術を起動。幾千もの花弁が舞う。霧を払い、全方位に金色の奔流が流れる。

 

「――サチ。少しばかり無茶をしますが、私の事を信じてくれますか?」

「え?」

 

 アドミニストレータがバーサーカーに攻撃を指示し、「弱者を嬲る趣味はない」と断られている間に問い掛ける。

 

「一体何を、」

「時間がありません。信じて!」

 

 返事を行く前に再び横抱きにする。

 大気中の神聖力の量は十分。勝率は低い賭け。

 慎重に花弁の位置と流れを調整しながら、再び問い掛ける(請い願う)

 

「申し訳ありませんが、私は、貴女の英雄(キリト)ではありません。それでも、」

「――うん。分かった」

 

 ゆっくりと瞼を閉じたサチ。

 抱えた腕に体重がかかり、しっかりと固定された。

 

 

「私は、貴女を信じる」

 

 

 そして、開かれた瞳は。

 ――()()()をしていた。

 

「作戦会議は終わったかしら?じゃあ、大人しくしなさいな」

「断る!!」

 

 金木犀を焼き尽くさんと、百を超える熱素の剣が放たれる。

 それを無視し、真下に魔力放出を行う。

 

「自棄になったのかしら?だとしても――やりなさい、バーサーカー」

「まあ、よかろう」

 

 バーサーカーの指揮のもと、当然の様に杭が伸び、鎌首をもたげる。駄目押しに周囲の神聖力が不自然な暴走をし始め、制御を離れる。

 ()()()()のそれすらも尻目に、私は、()()()()()()()()()

 

「……よもや、貴様!?キャスター!」

「もう遅い!」

 

 縦向きの筒状に配置した花弁。人一人分の隙間を空けた中空の中を、暴走した神聖力が、熱素による気流が力強く荒狂う。

 より開けた方へ――上へ。上へ!

 

「「行っけぇぇぇぇぇぇえええ!!」」

 

 屋根を超え、霧を飛び越え、杭を乗り越え、遥かな空へと!

 ものの数瞬で大地を置き去りにする。最高司祭らが豆粒に見える。更に横方向へと風素を放出。

 よし、このまま飛べれば!

 

「――させるか!」

 

 しかし直線上に赤い霧が発生し、若い姿のバーサーカーが出現する。

 中途半端に()()()()からなのか頭部と右腕のみ実体化したそれを、強引に身体を捻って(バレルロールで)回避する。

 

「く、待て!」

 

 すれ違いざまに斬りつけるが、それでも殆ど怯む事なく追い縋るバーサーカー。無理な軌道を取ったせいで無様にも錐揉み回転してしまい、加速が遅れてしまう。

 伸び切った手は、真っ直ぐサチへと伸び――

 

 

 

「……いいや、君に次はない」

「――セイバーァァァァアアアア!!」

 

 少年の手首が凍りつき、バラバラに切断される。細いながらも安心感を感じる腕の主は、きっと今度こそ、『アリス』の危機に駆けつけられたのだ。

 

「――ユージオ!」

「アリス。

 僕は、今度は間に合ったのかな?」

 

 空中でアリスを抱き止めた『白』のセイバー(ユージオ)

 生み出した氷塊を足場に空を駆け降り終わる頃には、英霊の力を物にした五人が、十人ほどのリアルワールド人が、数人の整合騎士と共に最高司祭と狂気の怪物を相手に睨み合っていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……随分と数が少ないのね。事実無限の兵力を前に、その程度で足りるのかしら」

「だからこそ、さね」

 

 ベルクーリら整合騎士二人にサーヴァント組、ドラクル騎士団+αと、馬車一台に収まるだけの人数しかいない此方を嗤った若作りの挑発を軽く流す。いくらいても肉壁にもならないのならとダークテリトリー側の救援に向かわせたわけだし。兵は神速を貴ぶってね。

 霊体化により上昇したセイバー少年が無事アリスとサチを回収出来たのを視界の端で確認しながら、拉致りやがったアドミニストレータなる若作りを睨む。

 その真隣に漂っていた赤い霧が纏まり、ヴラド(若)が出現する。無表情で此方を見遣るとまたまた赤い靄に包まれ、見慣れたオッサンへとフォルムチェンジ。

 

 

「さて、さて。私は自分が端役だなんて絶対に嫌だからね。役者が集まった所で、改めて宣言してあげよう」

 

 立ちはだかるその二人。道中サーヴァント組に諸々を説明するついでに軽く手合わせしてその理不尽を識っている、が、それでも大胆不敵に、いつも通りに嗤おう。

 

「――聖杯戦争とやらの、終幕を!」

「いいだろう。此処で終わらせてあげる!バーサーカー!」

 

 若作りの指示でヴラドが突進してくる。成る程、小賢しさもなにもない、正しく狂戦士(バーサーカー)らしいやり方だ。

 ――だけどそれは想定済み!何年テメェと一緒に戦ってきたと思ってる!

 

「OK!ユージーン!セイバー少年!手筈通りよろ!」

「邪悪なる竜は失墜し、世界は今落陽に至る」

「――ああ。僕に力を貸してくれ、青薔薇よ!」

 

 『宝具』――彼らサーヴァントの持つ最終武装。英霊が生前の偉業を元に形を為した『物質化した奇跡』が、その輝きが、戦場を照らす。

 その光景に若作りが眉を上げる。ベルクーリがランサーから聞いて知っていたのに、セイバーにその辺聞いたら急に喋れなくなった辺り、私たちが知らないと思っていたのだろう。

 

「ンなわきゃねーでしょ!いっけぇ開幕ブッパじゃあ!!」

「――撃ち落とす。『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!」

「――『咲き誇れ、氷河の青薔薇よ(エンハンス・アーマメント)』!」

 

 真っ直ぐ突っ込んでくるヴラドを黄昏と氷河が呑み込む。剣気と冷気が激突し、更に水蒸気爆発すらトドメに発生し――

 

「――煩わしい!」

 

 それでも、あの化け物を止めるには足りない。ズタボロの満身創痍だったのが、数歩踏み出す間に完全回復する。

 うん、知ってた。完全に人間辞めてますわ。

 ……だから当然、対策も考えてある。

 

「――『幻想大剣・――《バル――》

「――『咲き誇れ――《エンハンス――》」

 

 再び立ち登る、二条の青色の剣気。

 流石にその光景は完全に予想外だったのか、今度は若作りの口がOの字に開いた。

 ――不死のカラクリが分からない?なら逆に考えるんだ。蘇るのなら、()()()()()()()()のさって。

 対不死身対策としては古典的な方法だが、想像以上に効果があったらしい。

 

「な、馬鹿な。連射ですって!?そもそも、どうやって宝具の真名を!?」

「知らん!だから推測した!」

 

 再び巻き起こる爆発。不死身の化け物のくせしてたった二人に完封されたヴラドにも聞こえるように、高らかに宣う。

 

「サーヴァントってのは、一行に纏めれば『神話や伝説に出てくる英雄をヒトガタに落とし込んだモノ』なんでしょう?しかもご丁寧に必殺技は基本一人一個ときた。オマケに今回こっちの面子は、『英雄の子孫』か『英雄と同じ武器』を持っている奴に憑いてる。

 だったら全員は無理でも、数人程度なら憑いてる英雄の伝承から必殺技(宝具)の中身だって割り出せらぁ!」

「む、無茶苦茶よ!?アサシン、手を貸しなさい!アサシン!?」

 

 若作りが叫ぶが、向こうのジャック嬢は応えない。応えられない。

 何しろ、戦場に薄く漂う霧は()()()()()()()()のだから。

 

「くっ、『ジャック・キルズ・ジャック』――ええい、余計な事ばかり!」

「ま、あの子の狙いは私にも分かんないけど、今はいいわ。

 で、いつまでも私と話していていいのかな、アドミニストレータちゃん?」

「ぁ、しまっ――」

 

 油断し切った若作りの顔面を怒りの7.62ミリ弾が馬鹿げたペースでブン殴る。

 

「おのれ、小娘が、」

「うっさい!あんた、おじ様に何吹き込んだらああなるのよ!」

 

 なにも言わせずフルオートでワンマガジン叩き込むと、そのまま銃身で横っ面を張る。途中からは剣で防がれてしまったが、問題なし。その背後から追走したエリスとアリシャ、フラン、それと実験も兼ねて参加させた、ランが遺してたエンキの片方を装備したユウキが、容赦なくスイッチを決めて連撃を叩き込む。戦いは数だという事を教えてくれるわ!一点集中、各個撃破ァ!

 周りに若干引かれているのを承知でふははははと馬鹿笑いを決めていると、背後の馬車の辺りでちょっとした騒ぎの気配。交互にビームブッパしてる右側と、一瞬剣の巨人がでて瞬殺されて以降色取り取りの弾幕飛び交う花火の爆心地染みてる左側から極力目を離さないようにして首を突っ込んでみれば、何故かサチが急に倒れてしまったと。

 

「サチが?心当たりは?」

「多分、ステイシアアカウントの権能、その反動でフラクトライトが消耗したからだと思うんだけど……アリスさんは、何か心当たりある?」

「特には……いえ、そういえば。脱出する途中でぶつけたわけでもないのに、瞳が赤くなっていました」

「瞳が?」

 

 その言葉を聞いて肩で息をしているサチの瞼を力尽くでこじ開けたくなったけれど、ついてきたノーチラスに「流石に止めとけ」と嗜められてしまった。何で連中がサチを狙ったのか、手掛かりが掴めるかと思ったんだけどな。

 

「と、ところで!アレって大丈夫なの?最高司祭がボッコボコにされてるのを見てるのって、一応気不味いんだけど……」

 

 「私は大丈夫だから」と全くそうは見えない状態のサチに対して不穏な事を考えているのに気付かれたのか、イーディスが話題を戻す様に咳払いをした。

 其方の方を見ると、フランの広範囲雷撃で吹き消された若作りの弾幕の隙間を駆け抜けたアリシャとユウキがソードスキルをぶちこんでいた。しかしあまり血が出てない辺り、ダメージはあんまりだろう。

 音の壁を超えかけている連中についていけているユウキのブッ壊れっぷりから目を逸らしながらも、熟考する。

 ――この調子だと、若作りを撃破するより先にビーム組が息切れするだろう。でもだからといって、アリスを連れてライダーなるサーヴァントが待ち構えているワールド・エンド・オールターを目指すのは論外。挟撃にしろ合流されるにしろ、此方が不利になるだけ。

 となると現状を維持しつつ各個撃破するしかないけど、ヴラドは時間制限付きの行動不能止まり。若作りの方は、刃は立てられないが衝撃なら多少なりとも通るからと撲殺する方向へシフトしたらしくエリス、アリシャがど突くのをエリザたちが援護している。ダメージは通ってこそいるが、まだ暫くはかかりそうだ。

 まったく、英霊ってのはホントに厄介な者ね。一回くたばったのなら、そのまま静かにしてくれればいいのに。

 

「……ん?あ、そっか。

 ねえアリス。あの若作りって、誰がどうやって斃したの?」

「アドミニストレータを、ですか?キリトが二刀流で相打ち同然に持ち込んだ後、その、彼女の側近の炎によって……」

「まさかの仲間割れ」

 

 英霊は生前の死因が最大の弱点になるそうだ。だったらあの若作りの死亡シーンの再現でもやってやろうかと思ったが、当の黒の剣士サマは未だ起きる気配ナシ。やるとしたら炎かしら。

 

「よし。アリスー、ちょっと熱線撃ってもらっていい?」

 

 いっちょ火矢の魔法でも撃ち込むかと整合騎士に頼んで。

 

 

 

 ……どうしようもなく、その判断が。いや、アンダーワールドにログインした時点で、何もかもが遅過ぎた事を痛感することとなった。

 

 

 

 

 









『サーヴァントプロフィールが公開されました』

『白』のキャスター
真名:クィネラ
性別:女性
属性:秩序・悪
身長・体重:可変
CV:坂本⬛︎綾

【ステータス】
筋力C 耐久E 敏捷D 魔力A 幸運A 宝具C

【クラススキル】
陣地作成:B
 魔術師として自らに有利な陣地を作り上げる。「工房」の形勢が可能。

道具作成:B++
 魔力を帯びた器具を作成することが出来る。アンダーワールド内であれば、人に扱える『神殺し』の宝具や不老不死すら叶えられる。

【保有スキル】
神聖術:EX
 アンダーワールド内の術式。通常の魔術が自身の肉体に在るオドを使い起こす超常現象であるならば、神聖術は大気に在る空間リソース(マナ)を使用して起こす超常現象。そのため魔力の枯渇がないという利点がある。
 クィネラの場合、無詠唱での術の行使等、設定された神聖術では本来不可能な現象すら現実とする。

防護壁(金属):C
 金属製の武器による攻撃をシャットアウトする防御壁。
 条件に当て嵌まるBランク以下の攻撃による損傷を拒絶する。

黄金率(体):A
 神聖術により、女神の如き完璧な肉体を有する。どれだけカロリーを摂取しても体型が変わらず、また生まれつき有しているものではないので多少であれば相手の好みに合わせて変更させることができる。
 カリスマ、魅了の効果を持つが、抵抗する意思を持つ者や精神汚染スキル、狂化スキルによって回避可能。また本人のやる気の有無も成功判定に大きく影響する。

心意:A
 魂の力による現実の書き換え。限定的な固有結界とも。強靭な意思によるイマジネーションによって、個と世界、空想と現実、内と外を入れ替え、現実世界を心の在り方で塗りつぶす。
 固有結界とは異なり、そちらほど強固でないが、その分応用が効く。

【宝具】
愛報われぬ剣の自動人形(ソードゴーレム)
ランク:C
種別:対人宝具
最大捕捉:三十
 奪った整合騎士達の記憶に刻まれた家族や友人、恋人達そのものを剣型オブジェクトに変換し、それを三十本組み合わせた宝具。一本一本が全て別種の宝具であり、分裂した三十本の剣群として意のままに操作することも可能。
 ――ソードゴーレムは礎になった人間の『相手を求める心』に呼応し暴れまわるが、その想いが果たされる時は永久に来ない。






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第十三小節 レジェンド・オブ・ドラキュリア

 

 

 

 

 

 ――決して鍛え上げたとは言えない柔肌を、鋭い刃が打つ。

 切られはしない。スキルに昇華された防御プログラムが刃を拒絶し、あらゆる金属を跳ね除けるのだから。

 しかし逆に言えばそれは、金属だけにしか効果がないということでもあった。Aランクの筋力で振われた金属塊を叩き付けられ、障壁が軋み、肌には薄く痣が浮く。特にジャンヌ・オルタを降ろした少女は元々腕力任せの戦法を取っていたのか、槍を振るう一挙手一投足の全てが堂に入っている。

 術式や魔術を叩きつけ迎撃しようにも、命中弾の悉くを竜の小娘や何故か混ざっている絶剣に落とされ、終いには吹き飛ばして遠ざけた筈のフランケンシュタインによる雷撃で痺れる始末。

 切り札たるソードゴーレムはベクタ戦からの修復が間に合わず半壊しており、何かが琴線に触れてしまった絶剣(人間)によって数秒で解体されてしまう。混ざり物(夢幻召喚)未成品(幻霊召喚)などではない、本物の生きた英雄のスペックの高さに肝を冷やしただけに終わった。

 

「ま、待って、」

 

 電撃による痺れで一手遅れ。発生させた素因は形を成す前に撃ち抜かれ。防御プログラムが働くのは金属のみであると見抜かれたのか、ジャンヌオルタに槍の柄で殴り付けられた。致命傷こそ負ってないものの、未だという副詞がつく状態にまで追い込まれてしまっている。

 朦朧とし始めた意識で、真っ先に思い浮かんだのは三百年以上前の光景。満月の森で出会った、運命の夜。

 

「バーサーカー、助けて、バー」

 

 誰の耳にも入らないだろううわ言は、爆風で掻き消えた。ここまで飛んできた細かい氷の破片に反射的に目を瞑って。

 次に視界に入ったのは、己の身体を貫かんと迫る熱素の矢だった。

 

「――ッ!?」

 

 自身の死因たる熱に、その瞬間に感じた怒りが、絶望が、想起される。

 ――大丈夫。この身は所詮仮初め(サーヴァント)。本当の意味での(消滅)はあり得ない。

 そう頭では理解しても、『死』を拒絶する身体が、心が、がむしゃらに迎撃を行う。必死に打開策を探る(走馬灯を見せる)

 ――今の私が死んでも、アンダーワールドが存続する限り、『次の私』を召喚出来る。だから殺されても、私は死なない。

 

 ……本当に、そうだろうか?

 

 ふと、記憶にあるチュデルキンの姿を取ったダレカが謳う。

 誰が好き好んで『アドミニストレータ』を呼び出すだろうか?一度は己を殺させるという目的もあったとはいえ、利己心と支配欲に任せて人界を支配した、この私(アドミニストレータ)を。

 サーヴァント召喚についての詳細は、四皇帝のいずれかがカセドラル最上階の偽工房に辿り着けば掴めるようにしてあるが、私がいなければ人界の支配者は彼らとなる。邪魔な『最高司祭』の召喚を試みる可能性は限りなく低いだろう。

 アンダーワールド人の召喚は、他者のライトキューブに刻まれた記憶やメインビジュアライザーに焼き付いた記録を『座』として再定義することで実現している。故に通常の英霊召喚より難易度が大幅に低下する分不完全であり、あまりにも期間が空き過ぎてしまえば、それは完全な『消失』すら招くだろう。

 

「……いや。そんなのイヤ。助けて、」

 

 死の恐怖というトラウマに思考が囚われ、最悪の予想が脳裏にこびりつく。

 だが、いくら拒否しても炎は消えず。

 討たれるべき悪を焼き尽くさんと。死ぬべき存在を黄泉へと封じ込めんと、炎が身を包み込む。

 

「バーサーカー。バーサーカー!」

 

 彼が本領を発揮できるように。私が思い出に浸るために。術式によって塗り換えた天に浮かぶ偽りの月に、凄まじい勢いで火傷が這い回る手を伸ばす。

 ()()()、私はまだ、何も。何も貴方に、返せてないのに――

 

「バーサーカーー――」

 

 

 

「――何だ、騒々しい奴め」

 

 頭上から水素の術式が降り注ぎ、身を焦す火が消え去る。

 命を絶たんと繰り出された槍と刃は、あの夜の様に無手なる血肉によって阻まれた。

 

「な、おじ様!?どうして、こんな奴に、」

「……すまんな、エリザ。だが俺としても、此処をそう安易と通らせる訳にはいかないんでな。

 なにせ、誰かの願いを叶えてやるなどと嘯いてしまったのは、これで()()()だからな」

 

 ――苦笑を浮かべるのは、鮮血の月光。

 一体如何なる手を使ってユージオとジークフリートの宝具の波を踏破したのか。霊核はほぼ崩壊し、宝具たる槍すら現界させられないほど消耗し尽くした鬼は、それでも、そこに立っていた。銀髪と白衣の少年は、あの夜と同じように、その約束を違えんと君臨する。

 此方の戦場に割り込んだことで、いつの間にか逃げられていたことに動揺するセイバーらの宝具発動を防いだバーサーカー。『ヴラド』への変化も不可能な程の重傷でありながらもそれでも外側だけは整え、虚栄の災厄は舞台装置を担う。

 

「さあ臆さずかかってこいよ。でなくば、こっちから征くぞ!」

 

 今にも崩れ落ちそうな霊基を強引に引っ立て、その身に刻まれた暴風となる。

 だがそれは当然、長くは持たない。瀕死の身の上で挑んだ一対六という絶望的な数の差もあるが、なによりも問題なのは、バーサーカーが『彼』の姿をとっている事実。

 彼が『彼』である限り、その戦闘能力は『ヴラド』の名に纏わる力を()()()()()()()()引き出しているものに過ぎない。

 幸いまだ敵には気付かれていないだろうが、このまま放置すればバーサーカーは『極刑王の血を引く鋼鉄の浮遊城の英雄』から、『奇跡の残滓に縋り付くただの迷子』へと巻き戻ってしまう。無辜の怪物の幻影が底を尽き、その枯れ尾花(正体)が露呈すれば最後。彼の悲願は、永遠に到達する事のない過去へと追いやられるだろう。

 

 ――それはダメだ。それだけはダメだ。

 

 嘗て私は、地獄(未来)を見た。

 通り過ぎた地獄(過去)を見た。起こる筈だった地獄(可能性の未来)を見た。

 故に私は救われた。始まりは偶然と気紛れだったのだろう。いずれ彼の友に癒えぬ傷を付ける女など、いつでも一捻りできるが故の余裕の戯れだっただろう。

 それでも。手慰み程度の気持ちであろうと、横暴な政略の果てに愛無く生まれ落ちた私に。歪んでこそいたが、支配ではない、無償の『愛』を教えてくれた、兄の様な人。

 そして、なら。己という存在が消え去ると知っていてなお突き進まんとする愚かな人を、私が救わなくては。

 

 ……無意識に、右手の甲――残り一画の令呪を撫でる。

 この令呪を『計画』通りに使えば、バーサーカー――ブライアンは、完全に『ヴラド』へと変わり果ててしまう。己を忘れ、輝きと後悔だけを胸に暴れ回る、ソードゴーレム(実験機)と何ら変わらぬ、『吸血鬼』と成り果て、成って果てるまで暴れるだろう。

 だが使わなかった所で、バーサーカーが消えてしまう事実には変わりがない。残るのは、私と過ごした三百年を覚えていない、後悔に狂った老人だけ。

 きっと、彼らにとってはそれがハッピーエンドなのだろう。魔女(アドミニストレータ)に狂わされた老騎士(ヴラド)を力を合わせて取り戻し、お姫様(アリス)を連れ帰ってエンディング。なんて素晴らしい終わりだろうか。赦されるのなら、私もそちら側にいたかった。

 でも私は知ってしまった。彼の見た、在り来たりで向こう見ずで、それでも尊い輝きを。何もかも喪って、漸くそれに気が付いてしまった後悔を。

 ……だから、私は叶えよう。貴方の最後の望みを。

 その選択がバッドエンド驀地(まっしぐら)であろうと。私はあの夜、貴方の助けとなることを誓ったのだから。

 

『……ライダー、計画を前倒すわよ。準備はいいかしら?』

『いやまず自分の心配をしなさいよ!?パス越しでも分かるくらいにボロボロよ、貴女?!』

『霊核さえ無事なら全て擦り傷よ。それよりライダー』

『……何時でもいいわよ。場を脱したら令呪でも何でも使ってちゃんと治療しなさいよ?』

 

 その令呪はとっくの昔に使い切ったのよね、と、数少ない召喚に応じてくれた純正の英霊に心の中で苦笑混じりに詫びながら。令呪を起動した。

 

「――全ての令呪を以ってランサー、バーサーカーに命ず」

 

 ――未だにバーサーカーとの縁により、完全には聖杯に取り込まれていないランサーに()()()()()()()()()令呪を三画と、バーサーカーへの最後の一画。

 右腕全体が赤く発光し、マキリの術の真似事で後付けした魔術回路が火傷の下で騒めく。

 そんな些末な痛みなど無視し。心が訴えるそれ以上の痛みを堪えながら。訣別の印を、此処に告げた。

 

 

「――バーサーカーよ。ランサーから譲渡された宝具『鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)』を、完全に己の物とせよ!」

 

 

 ――変化は、直ぐに発生した。

 

 

「いいだろう。なら俺は」「我が血我が身我が名に纏わる落陽へと至ろう」

 

 少年の肌に皺が刻まれる。

 髪は伸び。牙は尖れ。身体が変化していく。制服は優雅な貴族服へと代わり、その内は血肉ではなく、質量を持つ影へと成り代わる。

 これまでの様な変化スキルによるものではなく。宝具――それも、百年にも渡って幾度となく描かれ、恐れられ、凡ゆる姿形立場を持って人々の伝承へと、災厄の象徴へと到達した『御伽噺』が、バーサーカーの霊核へと流れ込む。

 

「まずい!」

 

 古典的な情報隠匿法――気取られては困る情報とは別に隠した物を敢えて見つけさせる事で、全て見切ったと思い込ませるやり方で敵将の意表を突く。唯一令呪による宝具のブーストに反応できたセイバーがバーサーカーへと斬りかかる。ほぼ最速での反応だったが、それですら手遅れだった。

 破損し優先度が低下しているとはいえ神器たる青薔薇の剣の一撃に合わせた手刀。本来であれば勝負にすらならない激突は、セイバーが大きく弾き飛ばされたことで決着する。

 

「おいオッサン!あんたいい加減に、」

 

 今更敵将(ピトフーイ)が食って掛かるが、もう遅い。

 ……何もかもが、もう手遅れだ。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎――――ッ!」

「…………は?」

 

 言語になっていない咆哮と共に繰り出される拳。呆けて動けなくなった彼女を守らんと慌てて割り込んだジークフリートとデオンが防ぐが、その圧倒的な身体能力差に紙切れ同然に吹き散らされる。

 

「貴方……貴女、本当に何をしたのッ!?」

「私は何も。強いて言えば、やったのは()()()()よ」

「ワケ分かんないこと言ってはぐらかさないで、ハッキリ言いなさいよ、この魔女ッ!?」

「魔女……魔女、ね。いい響きだわ。私に相応しい蔑称ね」

 

 自虐混じりに返せばエリザベートが怒りと共に銃撃してくるが、それすらも空間転移染みた俊敏さで戻ってきたバーサーカーによって全弾防がれる。

 その時、バーサーカーの瞳を覗く機会があったが、私には目を合わせようとする意思すら湧かなかった。

 ――もう彼の瞳には、誰も映らない。従者でさえ、友でさえ、敵でさえ。……私でさえ。

 

 ――『鮮血の伝承』。

 一度発動させれば、幾つもの弱点を得ることと引き換えに、例え神代の英霊が束になろうと圧倒するだけのスペックを得られる宝具。

 しかしそれは、己の中に『ドラキュラ』という存在を容認する事に他ならない。己の記憶を浸食する他者の記憶――想像しただけで吐きそうになる不快感。自分に自分以外の何かが混ざり、挙句乗っ取られるなど我慢出来る筈がない。

 しかも彼の場合は、更に事情が異なる。『ヴラド三世』であれば、混ざるのはその真名に紐付けられた『ドラキュラ伯爵』のみだろう。

 ならば、『ヴラド十五世』ならどうなる?

 最早『ドラキュラ』が伯爵個人を指す固有名ではなく、吸血鬼という種族名へと変わった世界にて。仮初であろうと吸血鬼として恐れられた彼が『鮮血の伝承』を、()()()()()()()()()()()()()()()を受け入れたとすれば、どうなる?

 簡単な話だ。()()()()が、たった一人の魂に流れ込む。

 矛盾を内包し。精神性が食い違い。果ては能力の程度すら異なる存在が、ただ『吸血鬼(ドラキュラ)である』という点のみが共通しているという理由で、容赦なく彼の霊基を塗り潰す。人の数だけの夢想に潜むドラキュラ(キャラクター)により、自分が誰で、何だったのか――それすら、消えていく。ただ、忘れてしまった誰かの輝きに手を伸ばした燃え滓のみが、彼がそこに居たことの痕跡として遺る。

 こうなってしまえば、()()()英霊如きには止められない。ジークフリートの鎧をその防御力の上から殴り潰し、エリザベートらの射撃は影すら捕らえられない。

 英雄、人間の区別なく、一方的で阿鼻叫喚な蹂躙劇。この世界が本来辿る歴史の過程(アンダーワールド大戦)であれば一人で戦況を左右する存在たちが、ものの三十秒で戦闘不能へと追い込まれた。

 ()()()()()()()()()()()()()だった。

 

「……やはり時期尚早、か」

 

 敵はまだ存命であるというのに、バーサーカーは行動を止める。疾うの昔に理性もなく、希望もなく、理想すら夜闇に溶かしたというのに、嘗て戦場を共にした者たちにトドメを刺せないでいる。

 それ以前に、六騎の英霊と人間七人、整合騎士二人を無力化するのに三十秒()かけている時点で、想定より戦闘力が低い。

 

『ライダー。もっとよ』

『まだやるの?!もうバーサーカーの霊基は限界、いえ、今この瞬間に決壊してもおかしくないのよ?!』

『元より承知の上。それに崩壊しなければ、サーヴァントの殻程度に収まってしまう程度で終われば、彼の目的は達成できない』

 

 更なる心意の追加の指示に、ライダーは悲痛な声をあげる。

 

『だからってこれは、限界まで水の入った密封容器に更に水を注いで無理に容器を押し拡げる様なものよ?!』

『冠位抜きでの『獣』の打倒には、その水を総て飲み干してなお余裕が必要よ』

 

 ――嘗て、記憶の彼方に垣間見た滅亡(救済)。遥か過去の、安全が確約された他者の視点越しに見てなお、魂に酷く焼き付けられた存在。

 アレを、人類悪としか形容しようのない慈悲深き魔女を打倒するには、この程度では全く足りない。

 

『クィネラ…… 貴女は、本当にそれで良いの?だって、貴女は、』

『全て手遅れよ。全て、凡て、総てが、ね』

『……分かったわ』

 

 ――偽りの夜空を、雲が流れる。

 この世界にログインした、総てのプレイヤー。

 この世界に住う、全ての住人。

 その心に潜む闇。恐怖が、狂気が、畏怖が、殺意が、慟哭が、嘆きが、血の雨へと変換され、降り注ぐ。

 特に、リアルワールド人の中の『ヴラド像』は、殊更濃く降り注いだ。

 アインクラッドでの蹂躙劇が。アルヴヘイムでの伝承劇が。ガンゲイルでの無双撃が。

 それら全てに於いて、万民が無責任にも吸血鬼と紐付け、恐怖する『ドラキュラ像』が、本来の『ヴラド十五世(ブライアン)』と入れ替わる。

 ……まさしく皮肉ね。

 同一の方法で、他者のフラクトライトに存在するイメージを抽出する、黒の剣士を唯一治療可能な方法と同一の理屈で最悪の敵を降臨させたのだ。STLに繋がれた対象の詳細な魂を記録した三人のみか、ログイン端末の良し悪しを無視して数万人から粗悪なイメージを抽出したかの規模や精度の違いはあれ、これ以上の皮肉はないだろう。

 

「さあ、バーサーカー。聖杯戦争を幕引くとしましょう」

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎…………」

 

 ――掌から、形を持った血が溢れ出る。

 「無限槍」と誰かが呟いたそれは、アインクラッドでは己の血肉(体力)と引き換えに、幾本もの槍を生成するスキル。

 人間の範疇に収まっていた当時ですら畏怖の対象となり、何体もの凶悪な敵モンスターを屠ってきた杭が、無限の命によって、ついにその本領を発揮する。

 

「やりなさい、血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)

「ッ、やめ、ろ――――」

 

 今更止めようとでもしたのだろうか。全身滅多撃ちの赤コートの少年が飛び出した。

 

 無謀にも身体から溢れ出る杭の奔流に手を伸ばし――屍を晒す事もなく、砕けた杭の破片の山にぶつかって突き飛ばされるのみに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「な、バーサーカー!貴方、まだ迷っているとでもいうの?!」

 

 最高司祭の叫びが続く前に、足に力をいれる。

 たった腹に拳が一発沈んだだけだというのに膝が笑い、脱力してしまう。呼吸し、体幹を意識するだけで全身を激痛が貫く。

 まるでダークテリトリー全ての軍勢と、リアルワールドの暗黒面を全て一つに煮詰めて固めて、ヒトガタに練り直したようなバーサーカー。視界に入れるだけで指先が震え、自ら剣を折って許しを乞いたくなってしまう。

 ああ。それが出来たらなんと楽なのだろうか。

 それでも。それは出来ない。

 

 ――私は、貴女を信じる。

 

 サチから受け取った言葉が、不思議と背骨を真っ直ぐに伸ばす。剣を握る指を離させてくれない。

 ――恋敵だというのに。自分で思うより私は、単純だったのかもしれませんね。

 

「は――あああああぁぁぁぁぁぁああ!!」

 

 血の雨の中、どこから紛れ込んだのか小さな羽が降ってくる。

 それが目の前で溶けて消えたのを切っ掛けに、全霊を込めて地面を蹴る。魔力放出で背を押し一歩で距離を詰め、棒立ちのバーサーカーの首へと剣を逆袈裟に振り上げた。

 土壇場で動き出したバーサーカーだったが、刃は抵抗なく肉を食み、()()()()()()()()()

 

「な、ど、どうやってサーヴァントにダメージを!?」

 

 混乱する最高司祭の指示を待つまでもなく腕を再生させたバーサーカーが反撃に移る。

 右腕を大きく背後へと引き絞る予備動作。下手に避けようにも掠っただけで鎧ごと肉が抉れ、距離を取っても間合いが伸びて追ってくる徒手による刺突。イーディス殿と旗を持った少女を纏めて撃破した技が、今度は私一人に対し向けられる。

 ……だが嘗められたもの。一度見たことのある技ならッ!

 向かって右側、バーサーカーの左側に潜り込む様に滑り込む。攻撃前に回避行動をとってしまえば理性なく振るわれた力任せの一撃など届かず、流れで片足の膝の腱を叩き斬ってやれば一瞬バランスが崩れてたたらを踏んだ。

 ……やれる。どれだけ素早く、力が強くても、攻撃行動前に見切って仕舞えば!

 剣を大上段に振り上げる。バーサーカーはまだ抜手を放った姿勢のまま。

 ――殺った!

 確信と共に振り下ろし、

 

「ダメだ、アリス!!」

 

 割り込んだユージオに、体当たりで弾き飛ばされた。

 なにを、と問おうとして。

 

 外套の内側から生えた杭に刺し貫かれたユージオが、口の端から血を垂らしていた。

 

「ゆ、……ユージオ!?」

 

 ――隙に見えたのは誘いだった。この男は、最初からこれを狙っていたというの?!

 手刀の横薙ぎを紙一重で受け流し、ユージオに刺さる杭を根元から切断する。一撃で切れたが、ユージオが崩れ落ちるよりも先に杭が砕け落ち、傷が露わになる。出血を止めていた楔が消えたことで、天命が容赦無く流れ出ていく。

 

「待っててください、今治療を、」

「それは、後だ!」

 

 だというのにユージオは、本人が自称するように化物染みた生命力で起き上がると私を抱えてバーサーカーから素早く距離を取った。

 直後、爆裂音。直前まで私たちがいた場を踏み抜いた余波が、それだけで整合騎士の全力の一撃を受け止めたのと同等の衝撃を走らせる。それは赤いコートの少年が咄嗟に足踏み(震脚)で発生させた衝撃によって打ち消されたが、完全に拮抗することは叶わず吹き飛ばされた。

 

「……また。また貴様か、ユージオ。また貴様らが邪魔をするのか」

 

 僅かな衝撃ですら血が噴き出る死に体のユージオ。構図はカセドラル最上階の、あの時と同じ。

 憤怒に顔を歪ませる最高司祭。あの時ソードゴーレムを差し向けたアドミニストレータは、今回は右腕の袖を捲り上げた。穴の空いた赤い紋様が刻まれた火傷塗れの腕が、突如強く発光する。

 

「もういい――令呪を以って命ずる!自害せよ、セイバー!」

 

 一際強く輝いた一画の紋様が、弾ける。

 アリスには知るよしもなかったが、行使されたのはサーヴァントに対する絶対命令権。膨大な魔力が、パスを通じてサーヴァントの霊核へと流れ込む。明確にして瞬間的な指示は、どうしようもないほどの強制力を持ってセイバーへと届いた。

 

「ユージオ!?」

 

 直感的に、最高司祭がユージオに悪しき術を掛けたのは分かった。庇おうと一歩前に出て、しかし守りたかったユージオが自ら出てしまう。

 そして――猛然と、アドミニストレータへと切り掛かった。

 

「はぁ?!また想定外――くっ!」

 

 咄嗟の事態に防戦一方になるアドミニストレータ。防御など一切考えていないが捨て身の太刀筋を前に、互いに裂傷が刻まれる。

 

「いい加減にしろ、セイバーッ!!貴様は本来であれば、バーサーカーの不死性を見せ付ける、ただそれだけを為せばよかったものを!?それを、令呪に逆らった上で私に反逆しようなど」

「これは反逆じゃないさ」

 

 反撃の横薙ぎを素直に受け入れるユージオ。代わりにアドミニストレータの片腕を切り落としたセイバーは、血反吐と共に吐き捨てた。

 

「僕じゃ貴女には絶対に勝てない。ならこれだって、立派な自害の形だろう?」

「ふ、ふざけるな!?そんな道理が通るか?!何故そうも抗う、セイバー!?」

「――それが!僕が今、ここにいる理由だからだッ!!」

「ッ?!」

 

 その台詞に、最高司祭が怯む。嘗てその身体を破壊したキリトの姿が重なって浮かび上がる。

 

「だ、だとしても、それに意味はない。望み通り殺してやる!」

 

 しかし、それでもそれまでに受けていた傷に差があり過ぎた。悪く見積もっても半死半生止まりの最高司祭が力を込めてしまえば、良く見積もっても瀕死のユージオに生き残る術はない。助けに入ろうにも、そちらに行くことはバーサーカーの横を通り、背を向けることを意味する。前触れ無しの技を有するバーサーカーの横を擦り抜ける難易度は無謀という他なく。ユージオの腹に食い込んだ剣が鎧を破り、肉に食い込む音を聞くしか、私たちに出来ることはなかった。

 ユージオの直接の死因でもある神器(宝具)『シルヴァリー・エタニティ』は、彼の生前同様にその身体を真二つに――真二つ、に……

 

「なぜだ……何故死なぬ!?」

 

 ――英霊は生前の死因が弱点となる。ならばユージオに対し最高司祭が剣を振るうなら、即死しなければならない。

 どうやらユージオ本人も理由を知らぬ様で、不思議そうな顔を覗かせている。

 どうにか助けなければ、あの時と同じ結末に至る。何かないかと唇を噛んでいると、ふと、小さな違和感に気が付いた。

 

  ――いつの間にか、雨が止んでいた。

 此処が地獄の最下層とでも言いたげに滴っていた血の滴が降り止み、霧すら晴れて赤い月がよく見えた。

 サチの神秘的な瞳とも異なる、魔物の眼のような月が()()

 

 

 

 突如。轟音と共に伸び上がった闇色の柱が、偽りの月夜を、新月の夜空へと塗り替えた。

 星一つない、けれど暖かさを感じさせる、無限の夜空。

 

 ……まさか。――まさか!?

 

 柱の根本は、十数メル離れた馬車の傍にいる、一人の痩せた青年。

 そこには、片腕を喪った少年が俯きながらもその両足で立ち。左手で掲げた剣から漆黒の光が伸びて、空を貫いていた。

 

 ――微風に揺れる、少し長めの前髪。穏やかな笑みを浮かべる顔は、見つめ返してくる瞳は、ずっと待ち望んでいたものだった。

 

 

 

 

 

「――ただいま。みんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














 ――数メートル先すら満足に見通せぬ濃霧の中。ナイフが幾たびも激突し、小さな火花を散らす。
 メスの弾幕の残骸は辺りに散らばり、しかしダメージを示す血痕はない。隠密、索敵、強襲の癖が完全に一致してしまっているばかりに、出す一手一手が全て重複してしまっている。
 一刻も早く敵を討ち倒さなければいけないと焦る一方、時間はただ無常に過ぎていく。それは相手にとっても同様なのか、鍔迫り合いの果てに互いに弾き飛ばし合いながらも、言葉を投げかけられた。

「分かってたけど、やっぱり決着つかないね」

 図星を突いたそんな声に、どう返すべきか一瞬迷う。
 単純なステータス(身体能力)であれば、純サーヴァントであり、魔性でもあるジャック(私たち)が圧倒的だ。
 しかしスキル(技術)ならば私に分がある。『霧夜の殺人』は相殺しあい、『情報抹消』は互いに本人である為に無意味。しかし、ジャック(私たち)から別れ、成長を得たジル()は彼女の持っていないスキルを持っているし、戦闘経験も彼女に比べれば遥かに積んでいる。
 とはいえ経験値に関しては『私たち』もこの戦闘を通じて学習し、身体能力についても夢幻召喚による置換が進むに連れて上がっている。泥沼化は避けられそうにない。

「……だとしても、私は貴女を倒さないと」
「え?どうして?」
「……――え?」

 ピト側も佳境なのか、何かが切り替わってしまう感覚があった。ヘドロの中より産まれ落ちた存在だからこそ感知出来る膨大な『負の心意』が一点に集中し、凡ゆる者にとって致命的な何かが生誕した気配があった。
 目紛しく悪化の一途を辿っていながら、何一つロクに読めない状況に流れる冷や汗は、返ってきた言葉に脂汗に変わった。
 予想外の切り返しに唖然としていると、アサシンはナイフを持ったまま器用に指を折って数える。

「だって、わたし(あなた)()()()()()なんだよ?わたしたちは、わたしたちがわたしたち(ジャック・ザ・リッパー)だって証明するために、わたしたち以外の『ジャック・ザ・リッパー』を殺さなきゃいけないけど、わたしはわたしたち。じゃあ殺す必要はないよね?」
「……聖杯への願いは?」

 暗に『私に攻撃されたからやり返しただけ』という子供の喧嘩同然の理由で殺し合っていた事が判明し、若干気不味くなって、聖杯への願いを聞いてみる。
 わたしたちの願い――胎内回帰願望。とはいえ数万以上の子供たちの入る『母』ともなれば、それこそ聖杯に頼るしかないだろう。

「うーん、それはまだ考えちゅー。じゃあ今度はわたしたちからきくね。
 ……ねえ、()()()わたしたち(救われなかった子供たち)から、唯一抜け出せたわたし」

 答えをはぐらかしたアサシンが、軽快なステップで近付いて来る。そこには一切の殺気は感じられず、寧ろ外見年齢相応の好奇心があった。
 顔が触れ合うほど接近したアサシンが、問うてくる。

()()()は、誰?」
「――はい?」

 質問の意図が把握出来ずに聞き返すと、『私たち』は言葉を続けた。

「わたしたちは、()()()の願いをききたいの。あなたがお兄さんとどんなお話をしたのか。どんな風にすごしたのか。
 教えてよ。だってあなたは、」

 パッと離れた『私たち』。
 その顔には――悔しさと嬉しさとが入り混じった、笑顔が浮んでいた。

「だって、あなたの誕生は祝福されたんでしょう?『ジル・フェイ』。
 わたしたちは無名。つけられた名前もなく、つけてくれるおかあさんだっていない。
 でもあなたの前にはおかあさん――ううん、あのお兄さんがでてきた!あなたに、あなただけの名前をつけて、一緒にご飯を食べて!一緒に難しいことを乗り越えて!ああ、きっと楽しいんだろうな!」

 ――ジャック(私たち)は、数万以上の見捨てられた子供たち。ホワイトチャペルで堕胎され、生まれることすら拒まれた胎児達の怨念が集合して生まれた怨霊。
 だからこそ、『わたしたち』は母を求める。
 そして私は、母こそ得られなかったけれど。母に、社会に否定された私を肯定してくれた人がいた。温かな家庭を知って。当たり前の幸せというものを知って。

 そして。

 そして、私、は、――

 ……私は、彼に『母』を求めてしまった。
 私を『ジャック(私たち)』と呼ばず、『ジル()』と呼んでくれた彼の腹に、ナイフを突き立てて抉った。きっと『わたしたち』の戻れる場所があると、そう信じて切り開いて。
 あったかかった体はどんどん冷たくなって。血の流れる音が、心臓の音が、どんどん遠くなって。
 今更人殺しに嫌悪感なんて湧きようがないけれど。それでも、あの時の大切なナニカが溢れて流れていく感覚は、嫌だった。

 ――あの時は、ギリギリお医者さんが間に合った。殺しかけてしまった私は、初めて自分のしでかした事が怖くなって。それでもあの人は、私を守ってくれた。偶然調理中に手を滑らせたって嘘をついて、私を庇ってくれた。
 その晩、私はあの人の過去を聞いた。あの人の狂気を知った。あの人の、後悔を知った。
 ……でも私には。そこまでしてもらっても、なにも返せなかった。正確には、与えられるものはあった。サーヴァントという、聖杯戦争への参加券。ただしそれに価値を持たせようとするなら、前提として彼の願いを、『この世界の未来(彼の過去)を変える』という願いを踏み躙る必要があった。
 だから私は、ジル・フェイ()として生きるのが、あの人へのたった一つ、返せるものだと信じて。ジャック・ザ・リッパー(サーヴァント・アサシン)としての『わたし』など、『運命の物語』との偶然の一致でしかなく、彼の世界の過去に存在してもおかしくない存在であるとして。一生懸命、楽しく生きて。

 ――だっていうのに。それだっていうのに、世界はやっぱり残酷で、醜かった。


 ……二十年前のアリマゴ島。運命の前日譚、全てが始まるあの島で。あそこでなにもかもが狂ってしまった。
 どうしようもなく弱々しい子供であっても。私を人間(ジル)と呼んでくれたあの人は。あの晩に、煉獄の炎に消えてしまった。
 遺ったのは、過去を、可能性を。異聞を、聖杯を求めて彷徨う怪物。私をサーヴァント(ジャック)と呼ぶ、哀しき屍竜。
 ならばせめて聖杯戦争さえ起こればと望み。けれどそれすら果たされることなく。
 奇跡は消え。魔法は無く。希望は業火に燃え尽きた。
 だというのに、無価値なサーヴァント()だけが。いつまでも未練がましく残っている。
 それは。それは、きっと――


 …………ああ。なんだ。そんなことだったのか。

「……ね。答えはでた?」

 救われなかった私たち(ジャック・ザ・リッパー)が、私の顔を覗き込む。いつの間にか涙を流していたのか、視界に入った表情はぐちゃぐちゃで見えなかった。

「――ええ。答えは得ました」

 乱雑に涙を拭う。ずっと残っている傷跡(ジャック・ザ・リッパーの証明)が、指先に僅かに引っ掛かる。

「……私はきっと、彼の選択を無かったことにしたくなかった。
 怪物を自称した、独りぼっちの少年の選択を。わたしたちと似た、独りぼっちだったからこそ成り果ててしまった彼の選択を」

 ――わたしがホワイトチャペルの亡霊であると知って受け入れたことも。
 ――彼がわたし(ジャック)を、(ジル)にしてくれたことも。
 ――彼の祈り(アヴェ・マリア)が、外法でしか届けられないと知った慟哭すら。
 優柔不断で、カッコつけの少年。一人では何もできない非力な少年。彼が何かを決定するときは、いつだって()()()()()()()のためだった。実現することなく、無駄であっても。後悔に溢れ、愚かであっても。誰もが、それを悪と糾弾しても。
 私だけは。その選択は、その在り方は。決して間違っていなかったのだと。

「だから私は、『私たち』であり続けた。ジル・フェイでありながら、ジャック・ザ・リッパーであり続けた」

 聖女でさえ救えぬ地獄の底の存在に変質した少女を拾い上げた、怪物(少年)の選択を。
 抹消された筈の悪霊と共に戦火を踏み潰す、怪物(少年)の選択を。

 ――力が抜ける。サーヴァントとしての、魔性としての超常の力が、身体から抜けていく。
 同時に胸の中央で黄金の暗殺者のクラスカードが実体化し、存在が濃くなる。目前のアサシンのサーヴァントよりも、いや、アサシンの霊基を喰らってより濃くなり続けている。

「『私たち』も『わたしたち』も、幸せを求めてはいけない存在。所詮は泡沫の夢。なら私は、私にとって一番都合の良い道を選ぶ」
「……でもいいの?それは、なにも変わらない、今のまま。中途半端なままってことだよ?」
「いいんですよ。過去を忘れられぬ男と、過去を忘れてはならない女。同じ過去に囚われ、終わり(始まり)を迎えることの出来ない者たち。
 なら、あの人の従者として。妹として。娘として。同じ囚人の方が似合っているでしょう?」
「ふぅん……」

 最早ハリボテの姿のみが遺ったアサシンを前に、クラスカードを握り締める。

「ならば、答えましょう」

 『生きたい』という前提すら持てなかった、暗黒の箱庭の住人にして主人にして犠牲者。『ジャック・ザ・リッパー』に取り込まれ、可能性に取り込まれた反英霊。そんな彼女に向けて、精一杯の悪い笑顔を向けて宣言する。
 英雄を定める『世界』に、招び出す聖杯に向けて宣戦布告する。

「――我が名はジル・フェイ。()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 ――あらゆる噂に、伝聞に、推理に、喧嘩を売る。
 名前の無い一人一人、世界に個体としての存在が認められていない存在から、その伝承(切り裂きジャック)を取り込んだまま、一個の人間として成り立ってやったぞ、と。
 そして、どれだけ突拍子が無けれど、前例があるのであれば。聖女にすら殺すしかなかった、救えなかった『わたしたち』でも、いずれ救われる可能性があるのだと。押し付けの救いではなく、自分だけの人生という全く別種の救い(地獄)が。
 無論、楽な道のりではないだろう。永い刻が必要だろう。それでも、不可能ではない。
 握り潰していたクラスカードが眩い輝きを放ち、再び夢幻召喚を――否。座の英霊と己を置換するのではなく。不確定な『ジャック・ザ・リッパー』の座と、()()()()
 幼少の頃とも違う、さっきまでの徐々に置換されていたものとも違う、溢れ出る力に任せてナイフを引き抜く。

「……さあ。本物の証明をしましょう」
「うん。そうだね。わたしたち(ジャック・ザ・リッパー)がわたしたちだと証明するためじゃなく。わたしたちが、私たちだって証明するために!」


 ――勝負は一瞬。一撃で決まる。


「此よりは地獄。わたしたちは、炎、雨、力!」
「霧の都。私たちの地獄は此処から!」

 ある程度は制御されていた暗黒霧都(ザ・ミスト)が暴走し、容赦なく辺りを覆う。最早どんな機器もスキルも、この霧を晴らす事は叶わないだろう。
 そんな中で、気配遮断など知ったことかと声を張り上げて真名開放を唱える。
 救う為に。救われる為に。己の真名を声高に絶叫する。

「殺戮を此処に!」
「終わりも始まりもなく、ただ無意味な解体の繰り返し!」

 そして。今、此処に()()事件が成立する!

「「―― 『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』!!」」

 殺到する黒色の魔力が相手に纏わりつき、同時に腹部を弾けさせる。解体され、臓器を強奪され、血液を喪失し、結果的に敵を死亡させる。
 アンダーワールドの大地を朱に染めたのは――白のアサシンだった。
 徐々に金色の粒子に散らしながら、中身などないはずの空虚な身体から人の中身をぶちまけた少女は、地面に倒れ込む。一際大きく息を吸った『かのじょたち』は、血を吹きながらも独白した。

「……あ、は。これが、そうなんだ。これが、おかあさんをバラバラにしたときに無くなる、わたしたちの帰れる場所、だったんだ」

 今にも消え入りそうな呟きに背を向ける。嘗て私も通った道。その歩を止める理由も、かける言葉も、私は持っていない。
 ならばただ黙って去るのみ。暗黒霧都を解除してその場を離れようとする私の背に、けれど『かのじょたち』は声を投げた。

「ねえ。今のあの人は、あなたのことが見えてないよ。あれは、そういうもの。人の想像する地獄の寄せ集め。運動する覚めない悪夢。
 あなたは、どうするの?」
「……私は、あの人の祈りを叶えてあげたい。本より此よりは地獄(私たちの地獄は此処から)。なら私は、あの人に付き従うだけ」
「そっか。うん。じゃあしょうがないね」

 『白』の陣営――というより、あの人が何を聖杯に投げ掛けるのかは分かる。
 『己の元いた世界、その過去への跳躍』――付け加えるなら、己の世界を滅ぼした災厄の打倒。
 いや、それは正確ではない。それは『鮮血の伝承(真祖の肉体)』という可能性と、『アドミニストレータ(魔術に特化したラスボス)』という協力者があって、初めて目指すことを許された願いだ。これだけあって、漸く開始地点に到達出来るかどうかという領域の話だ。

 ……始まりの願いは、もっと単純だった。
 『ただ、一言でいい。嘗て自分が、そうとは知らずに放った一言で地獄へと突き落としてしまった彼女に、謝りたい』
 世界の命運などどうでもいい。ほんの一時の慰めでいい。意味が分からないと当人に足蹴にされてもいい。
 たった一言を伝えたくて、始まった戦争。
 その願いを叶えるべく、私は黒陣営から気配を隠して――

「うん。じゃああなたは、あの人の悪夢から覚ましてあげないと」

 ごくさりげない口調で、真逆の提案をされる。

「それは、どういう?」
「えへへ。ない、しょ――」

 嘗ての『わたしたち』にとって望むべくもなかった、安らかな表情で目を瞑った少女。
 短く最期の息を吐いて。僅かに動いた唇は、『かみさま』と遺して消滅した。



「――いいでしょう。それがあなたたちの我儘なら。私たちは、それを聞き遂げる」

 魔力に還元されたメス(スカルペス)が、何をせずともポーチに補充される。数グラムの変動によってほんの少し沈んだ足跡を墓標として遺し、気配を消す。

 ――私は、己の意思を持ってその悪夢を。二十年前のアリマゴから、四十年前の災厄から続く悪夢を、終わらせよう。
 私の、私自身の意思(人生)を以って!

 いつの間にか紅の満月は消え、温かな新月となった夜を疾る。例え、夢も希望もない現状維持という結果を望むものであれ、それは間違いなく、己自身の判断によるものなのだという一つの決意を胸に。








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第十四小節 英雄の帰還

 

 

 

 

 

 ……誰かが、蹲っている。

 そんな状況を自覚して、漸く『自己』というものが存在することに気がついた。

 見回すと、どこかの教室だろうか。夕暮れ時の日光が差し込む全体的に古びた部屋の中、一人ぼっちで机に突っ伏している男子生徒がいた。

 ――あー、大丈夫か?

 ホームルーム中に居眠りして、そのまま置いて行かれたのだろう。心配になって起こそうと手を伸ばすも、口に出す前にふらふらと立ち上がった。

 そのまま此方に一瞥もくれずに、俯いたまま歩く生徒。なんとなく彼を放っておけない、放っておいてはいけない気がしてついていく。敷地を後にする頃には夕陽は沈み切り、人気の無い暗い道路は夜闇に沈んでいた。

 小さな足音だけが、規則的に響く。

 怪物の口の中同然の暗闇を淡々と歩いていると、ふと足音が変わる。アスファルトの硬い音から、草と砂利を踏む軽い音になっていた。

 目の前の少年も異変に気付いたのか、ずっと下を向いていた顔を上げる。薄らと景色が明るくなり、辺りに生えている木々を照らす。

 生えている、と言っても、道路傍にあるのとは比べ物にならない数であり、そこは何処かも分からない様な深い森だった。

 いつの間にか生徒の服も学生服から変わっていて、まだなってから日の浅い冒険者といった具合の装備に、背中には一本の剣。

 その装備に、群生する現実では有りそうで無さそうな捻れた枝を伸ばす古木に、漸く記憶に思い当たるものがあった。

 ――アインクラッド第一層、ホルンカの村近くにある森の中だ。

 一体いつの間にログインしたのか、という疑問もあれど、それは後でいいだろう。こんな初期装備のお手本みたいな格好で、こんな今にも倒れそうな人間が彷徨っていていい場所ではない。早く村まで行こう。

 葉の隙間から差し込む月明かりだけが漂う森をひたすらに歩く。

 ふと、行手から、か細い叫び声が聞こえた気がした。

 慌ててそちらに進むと、右側に道が分かれていた。再び悲鳴が、怪物の唸り声とセットで聞こえる。

 太い幹を遮蔽物に向こう側を、そっと覗き込む。円形の広場になっていたそこでは、月光に照らされて、植物型のモンスターが複数蠢いていた。

 何かを囲んで逃さないように動くモンスター。その中心にいるのは。そこにいたのは。

 

「……コペ、ル?」

 

 ――第一層で、クエストでパーティを組んでいた男がいた。

 助けなければ。その感情はあるのに、足が地面に縫い付いて動かない。

 腿を殴りつけて動かそうと四苦八苦している間にも、コペルは地面に倒れ込む。

 絶望を顔に貼り付けたコペルが、俺に向けて手を伸ばして。しかし、その姿はすぐにモンスターの群によって押し潰され、破砕音を遺して、この世から消滅した。

 ……俺は、ただ。その光景を見ていることだけしか出来なかった。

 ()()()()()()、見ていることだけしか出来なかった。

 

「ああ…………」

 

 ――漸く追いついた少年が/俺自身の口が、嗄れた声を溢す。

 これは。さっきまで一緒にいた少年は。

 あれは、俺だ。

 過去の、俺だ。

 

 一歩後退る。靴音は、また変わっていた。

 整備された、けれどアスファルトではない、大理石に似たブロックを敷き詰められた街。

 周囲には森の残滓すらなく、逆に屋内から人の気配が感じ取れる。

 ふと、微かな声が聞こえた気がした。

 懐かしい声の、悲鳴。釣鐘でも殴っているのかと思ってしまう程の轟音に掻き消されかけているが、間違いなく聞き覚えのある声だった。

 早歩きになりながら、音の源へと急ぐ。泥濘に足を取られたかのように重い足を懸命に動かし、辿り着いた時には。もう終わったあとだった。

 街の広場になっている場所。空高くから見下ろす紅い月に照らされている中、四人のプレイヤーが地に伏せていた。

 顔を見ずとも、彼らが誰なのかはすぐに分かる。

 両手棍を握りしめたまま壁に叩きつけられたのは、ケイタ。

 トレードマークの帽子を吹き飛ばされた槍使いは、ササマル。

 盾諸共持っていたメイスを体にめり込まされているのは、テツオ。

 ダガーは手を離れ、小柄な身体を街頭に引っ掛けているのは、ダッカー。

 皆、俺が所属しているギルドのメンバーだ。圏内だというのにフロアボスに襲われたかの様な惨状に呆然としてしまう。それでも仲間を助けないとと、一歩踏み出そうとして。それでも、足が動かない。声を発しようとも、出てくるのは掠れた悲鳴。

 ――ただ見ていることしか出来ない俺の前で、紅い月が、倒れている仲間を、俺を見下ろす。一度不気味に脈動した月。その鼓動は、空間を伝って街を揺らし。

 街の路地から、歯が剥き出しになった口が九十度ズレたモンスターが、無数にわらわらと飛び込んできた。生理的嫌悪感を催すモンスターは、倒れた人間にすぐさま気付く。

 

「やめろ……やめてくれ……」

 

 その景色を見ても、俺に出来たのは、自分の耳にすら届かない様なひび割れた懇願だけで。剣を握ることすら出来ないまま、仲間たちがモンスターの影の向こう側に消えていくのを、見送るだけだった。

 

「――――――っっ!!」

 

 声にならない絶叫を迸らせ、それでもまだ足りぬと、再び光景が変わる。

 鋼鉄の浮遊城での、二年弱にも渡る戦い。

 見覚えのある海沿いの街で巻き込まれた不可思議。

 硝煙漂う荒野を飛び交う真紅の銃弾。

 耳を塞ぎ、目を瞑り、それでも次々に無慈悲に流れ込む記憶が、俺を押し流していく。

 

 そして記憶は――――深い森に囲まれた空き地へと到達した。

 

「やめろ……やめろやめろやめろやめろやめろやめろ!もうやめてくれ!!」

 

 喉よ張り裂けよと。止まってくれるのならもう声などいらないと叫び、だが記憶の奔流はとどまることを知らなかった。

 斧の音に導かれた先で出会った彼。

 ゴブリンとの戦闘。切り倒された世界樹。

 世界の中央を目指した長い旅。学院で修練に明け暮れた二年。

 彼は、いつだって俺の隣にいてくれた。彼は、いつだって穏やかに笑っていた。

 彼と一緒なら、なんだってできた。

 肩を並べて白亜の塔を駆け上り、強敵を次々と打ち破った。

 そしてついに頂上に達し、

 世界の支配者と剣を交え、

 長く険しい戦いの果てに、

 彼は、その命、を、――

 

「ああ……あああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 その結末に。流れてはならない血が流れ、失われてはならない命が失われ。

 それでも意地汚く生き残ってしまった自分自身が、どうしようもなく恨めしい、愚かしい自分自身が。

 魂が叫ぶ。お前が死ぬべきだったと。罪が、傲慢が、強欲が、誰かの唯一を奪い侵し殺し拒絶し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し――

 

 ボコリ、と。アインクラッドの地下、忘れ去られた墓地に流れていたのと同じ泥が、悪意と殺意に満ちた呪いの泥が、俺の身体を呑み込もうと迫り上がる。

 もう指一本動かないこの体を終わらせてくれるのなら。それが、俺が彼の為に、そして俺が裏切り見捨ててきた人たちの為にできる、最後の贖罪――――

 

 

「キリトくん……」

 

 

 頭が泥に呑まれる寸前。誰かが、俺の名を呼んだ。

 虚な視線を上げれば、栗色の髪の少女。

 

「キリト……」

「お兄ちゃん……」

 

 新たな声と共に、左右に少女が現れる。メガネをかけた少女と、黒い髪を真っ直ぐに切り揃えた少女。

 そして、泥に呑まれかけた俺に膝をついて手を伸ばす、右目の下に泣き黒子のある少女が、現れた。

 

 

「キリト……」

 

 

 瞳を濡らした彼女たちの意思と感情が光となって、周囲に溢れる。辺りの空間は純白の暖かな輝きに包まれ、触れるだけで傷は癒、哀しみは溶けるのだろう。

 ――でも。

 

「……ごめん。俺には、その許しを受け取る権利なんか、あるはずないんだ」

 

 泥の溢れ出ている範囲には、光が届かない。一切の輝きを反射することのない泥は、一際大きな蠢動を最後に、俺の魂を呑み下そうと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ほう。あの魔術師め、よもや聖杯の泥まで用いるとは。よほど貴様の様な子羊が怖いとみえる」

 

 がっ、と、襟首が掴まれる。

 何を思う暇もなく泥中から引き摺り出され、そのまま投げ飛ばされた。

 頭と背中を強かに打ち据えて落ちる。痛みに反射的に目を瞑っていると、尻餅をついている場所に違和感を覚えた。

 柔らかな布。スプリングの感触もある。

 瞼を貫く光量に、呻きながら瞼を開けると、まず霞んだ視界が、大半を占める白い物を映す。

 何度か瞬きすると、徐々に焦点が合ってくる。

 ゆったりと揺れる白いカーテン。下敷きにしている白い毛布。窓からは黄昏時の白い夕日が差し込み、今自分の置かれている場所が照らし出されていた。

 

「……病、院?」

 

 そう掠れた声で口にしてみれば、不思議とぼんやりとしていた意識がはっきりとしてくる。そこはデスゲーム後、リハビリに勤しんだ病室にそっくりの場所だった。

 ただ、細部が違う。窓際に飾られている花はサチやジルの持ち込んだのとも違うし、はめ殺し窓だったはずなのにカーテンが風で棚引いている。ピトがゴリ押したお陰で俺も個室に居たが、それと比べてもこの部屋は異常に広く、光の加減もあって反対側に何があるのか、影になって殆ど見えない。

 唯一見て取れるのは、テレビ画面が付いていることのみ。砂嵐と不協和音を垂れ流すそれを漫然と眺めていると、突然画面が消えた。

 

「目は醒めたか?いや、愚問だったか」

 

 どうやら暗くなっていた部分に誰かいたのか、男の声と共に僅かにパイプ椅子を軋ませる音が聞こえた。

 聞き覚えのある、低い、大人の男の声。クラインの様に飄々としたものではなく、エギルの様に深いバリトンボイスでもない。菊岡の様な胡散臭さの塊でもない。近いものを挙げるのなら、ベルクーリやウォロの様な、落ち着きと威厳ある声。

 虚ろな視線を遅々と向ければ、銀髪青眼に黒い貴族服の男がグラス片手に寛いでいた。

 日の光に透かして見ているグラスの中身は、光から逃れようと蠢く黒い泥。

 ――返してくれと手を伸ばす。それは、俺が償う為の、

 

「それは違うぞ、少年。これは断じて然様な物ではない。

 しかし、ふむ。俄然貴様に興味が湧いた」

 

 グラスをローテーブルに、俺の手の届かない所に置いた男は、真っ直ぐに俺を見据える。

 

「先程貴様を取り込もうとしておったのは複製品だった故、余が手を出しても事なきを得られた。がしかし、貴様の魂にはほんの一滴にも満たぬ程度とはいえ、確かに複製元たる()()が染み付いておった。それでもただの人に耐え得る物ではなく、そも斯様な物に触れる機会もなかろう。

 答えよ、少年。何処で彼れに触れた?如何様にしてあの汚染に耐えた?」

 

 尊大な態度で聞いてくる男。けれど、俺には何も答えられない。

 そんな泥の正体も知らないし、いつ被ったかなんて覚えていない。それに、何より。

 いつまでも口を開かない俺に業を煮やしたのか、眉間に皺が寄り始めた男。苛立ちの混じった声で再び問い掛けるその言葉に、一言言い放ってやった。

 

「…………()()()()()()

「……ほう?貴様、その意味を理解して口にしておろうな?」

 

 室内に殺意が充満する。真っ当な精神状態の人間であればその空気を吸うことすら叶わないだろう重圧の中、表情筋はピクリとも動かない。

 

「どうでもいい、って言ったんだ。その泥がなんだっていうんだ。それに耐えられたからなんだっていうんだ」

 

 そう吐き捨てて、顔を伏せる。

 目の前の男はきっと激怒しているだろう。でも、それすらもどうでもいい。いっそ激情のままに嬲り殺しにされればいい。

 ……しかし、いつまで待っても期待する感覚は訪れず。

 それどころか、男は笑っていた。本心から愉快だと哄笑していた。

 

「――ハッ、フハハハハハハハ!どうでもいいと宣うか!

 あれを内包し、汚染されきる事なく自我を保つどころか、他愛無しと、些事であると言うか!成る程。道理は依然分からねど、あの魔術師が怖れる訳だ!

 ……それだけに惜しい。今の貴様は、ただ只管闇雲に自責の念で覆われている」

 

 視線がテレビへと逸れる。釣られてそちらへと向くと、それが合図だったかのように画面に光が灯った。

 今度は砂嵐と不協和音ではなく、ハッキリと意味のある映像が流れる。

 その画面には、男に似た巨大なヒトガタのカゲによって蹂躙される、満身創痍の仲間たち。嘗て立ち塞がった強敵たちが。

 アスナが、ピトが、ザザが、アリスが、ノーチラスが。

 ユウキが、イーディスが、アリシャが、ユージーンが、エリザが、エリスが。

 歴戦の彼らが、満足に抵抗することすら叶わず、一撃で打ち破られていく。

 ――そして、サチやユナを庇い、弾き飛ばされる、ユージオ。

 

「……ああぁ……」

 

 蒼い鎧は原型を留めていないほどボロボロで、亜麻色の癖っ毛は血と土でその輝きを失い、握る剣は中ほどで折れてしまっている。

 それでも、絶対に間違えない。その顔を、その瞳を。

 

「…………やめさせてくれ」

「ほう?」

 

 俺と彼の間を隔てる透明の、けれど決して越えられぬ壁を殴り付けながら、わななく唇で懇願する。

 一方的な撃滅の前に倒れた彼の側に行きたくて、何度も何度も拳を叩きつける。

 皮膚は擦り切れ、指の骨は砕けるが、痛みはない。手の骨の原形がなくなり、柔らかく水っぽい音しかならなくなる。

 それでもなお、叩き続ける。

 

「俺の命なんてどうでもいい。魂だってくれてやる。だから、あれを、やめさせてくれ」

 

 血と脂肪のこびりついた画面に額を当てながら、慟哭する。

 しかし、返答は否だった。

 

「なんで……」

「あの魔術師が、ただ一人の人間相手にしては異様なまでの術を労していたからな。貴様を拾い上げたのも好奇心、出来心というのが正直なところだ」

 

 外見からは想像出来ないほどの重量感を持って椅子を軋ませ、立ち上がる男。突き出された掌からは、見覚えのある、血が噴き出る前兆。

 奇しくも画面の内側のヒトガタも、掌から血を溢れ返していた。

 

「では、さらばだ。異教異国の少年よ。もし次があるならば……いや、忘れよ。下らぬ妄言だ。長らくアレらと触れ合ってきた所為かもしれぬな。

 せめてもの慈悲に、痛みなく終わらせよう」

 

 向けられる憐憫の眼差し。血と影は重力に逆らい掌に留まるが、ついに一滴、滴り落ちて。

 突き出た杭が、心臓に深く突き刺さった。

 

「……あぁ」

 

 やっと、これで終われる。

 宣言通り、痛みなく一撃で急所を貫いた男は、けれど俺を見下ろす位置に立ったまま立ち去る様子がない。それどころか、刻々と俺の心臓から漏れ出ていく血で汚れていくベットに腰掛けた。

 

「……あまり気分の良いものではないな。お前は我が領土を穢しておらず、アレの認める男たるお前は、此処でこうして燻っている」

 

 煤けた背中。背骨を意識した意匠の背中は、掠れた視界には一本の白い線に見える。

 

「言い残すことはあるか?機があれば伝えてやろう」

 

 初めて会う筈の、けれど懐かしさと安心感のある声。

 ずっとずっと前に。俺が『鳴坂』だった頃に聞いたことがある気のする声。

 フッと、視界がブレる。二重に見える背中の先に、鮮烈に輝く黄金の勝利と原初の試練が見えた気がして――

 

 

 

「……………………たす、けて。おうさま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハ。余を王と呼ぶか。怪物でなく、王と、英雄と呼ぶか」

 

 気怠げに掌を翳す。たったそれだけで血が止まる。

 心臓から漏れ出る血が。

 画面の奥で、嘗ての仲間を切り捨てようとしている、決別の朱い楔が。

 堰き止められ、砕かれ。王の名の元、静けさを奏でる。

 シルエットすら追えないほど霞んだ視界から、黒い影が遠ざかる。

 

「不思議なものよ。これが聖杯の加護というものか、はたまた縁か。成る程、であれば泥の由来にも納得がいく。『卵が先か鶏が先か(因果のジレンマ)』とは、はて。何処の言葉だったか」

 

 足音が止まり、スライドドアを滑らせる音が広く響く。

 同時に扉の向こうから、今まで堰き止められていた白い光の波動が流れ込み、暖かな陽気が俺を包み込む。

 刺し跡のある胸は傷一つなくなり、形を失っていた手は修復される。

 そして、なにより。光から届く声が、俺を立ち上がらせる。

 

 ――大丈夫だよ、キリト。思い出はいつだって、ここにある。

 ――どんなに離れても。いつか、別れがきても。思い出と、気持ちは、永遠に繋がり続けるんだよ。

 

「…………サチ。ユージオ。俺、もう一度立ち上がって、いいのかな」

 

 頷いた彼らは、一足先にこの世界を後にする。そうだ、俺にはまだ此処で、言わなきゃいけない相手が残っている。

 この世界(病室)。誰かの心意に焼きついた風景を大量のエネルギーで実体化させた空間で、ずっと結末を待ち続けている男。ヴラドによく似た、けれどより『君主』として完成された男。

 

「なあ。あんたは、もしかして――」

 

 その真名を、怪物と貶され続けた、気高い覇者の名を口にしようとして、けれど遮られた。

 

「構わぬ。貴様にとっての王とは、あの異界を目指し空を進む浮遊城の王であろう。ならば行け。それこそが彼奴、そして余に捧げる敬意である」

「……そうか。わかった」

「そうだ。ならば疾く行くがいい。

 お前が友を守りきれなかった罪、その傲慢を余は既に裁いた。最早我が槍がお前の臓腑を喰らうことはなかろう」

 

 それだけ言い残すと、男はパイプ椅子に座り込み、口を閉ざす。言うべきことは全て言い、聞くべき事柄は全て聞き届けたと。

 そんな彼に背を向け、光の奔流溢れる扉の外へと歩き出す。

 さあ、行こう。一緒に、どこまでも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














 ――溢れんばかりの極光が収まり、元の静けさを取り戻した病室で。
 キリトを見送った男は、その身に似合わぬ安っぽい椅子に深く腰掛け、窓の外を眺めていた。ひたすら沈黙が続く中、けれど静寂を破ったのは男ではなかった。

「――ねえ。本当によかったの?」

 という少女の声が。男以外誰もいない筈の空間に突如として聞こえた声に、しかし当然のように男は応対した。

「無論」
「貴方の願いは叶えられないんだよ?キリトは必ずあいつを倒す。あたしが、あのキャスターが『白のアーチャー』って呼んでる()()()()()が付いているから、絶対に負けない。
 でもそうなれば、あいつから『無辜の怪物』は剥がされる。そうなれば一番困るのは貴方でしょ、ランサー」

 その問い掛けに、穏やかな表情を浮かべる男。男の脳裏に浮かぶのは、一度目にこの世界に召喚された、五十年以上前の記憶。
 サーヴァント召喚実験の成功例でありながら、英霊の維持にあたる問題点から僅か数時間で座に退去する羽目にこそ逢ったが、その間に立案された計画。
 ――名に纏わる『怪物』としての特徴を発現した、在り得たかもしれない子孫。アンダーワールドを生み出す過程の実験により魂が複製された彼らに、それぞれ『英雄』と『怪物』としての側面を強調して接続し、英雄は英雄のまま討ち倒し、怪物を怪物であるまま世界の『外』へと至らせることで、『吸血鬼』の真名をその子孫へと上書きする。
 この計画が完全に至れば、男の身から『鮮血の伝承』は無くなるないし薄まるだろう。
 しかし、その計画が潰えることが確定してなお、男の顔から微笑みは消えず、その痩躯に信念を漲らせていた。

「ならば再び歩むまで。なに、我らの身は歴史の影法師に過ぎず、ならば時は無限にある。それに、我が名を英雄と認める者は現れたのだ。きっとそう永くはかかるまい。
 ……そうだ。余は、余を英雄と認める者が現れるまで戦い続けるのだと誓ったのだ。贋作の聖杯に縋ってなお、その不名誉を払拭する為に呼び掛けに応じるのだ。
 ならば余が応えるは筋。我が身我が名を英雄と呼ぶ彼らの助けを求める手を取らずして、何が英雄か」

 己の掌に視線を落とした男。自傷気味に片頬を吊り上げ、独言を呟く。

「……何が英雄か、か。よもや、この余が何処ぞの騎兵染みた甘言を吐き、彼の剣兵の様な裁量を下すとは。なんとも因果なものよ」

 頭を振って、ふと思い浮かんだ顔を振り払う。
 病室――小聖杯によって形成された、キャスター曰く『道場』と呼んでいた待機場にて。『鮮血の伝承』を譲渡する為に用意された空間であり、現世、或いは小聖杯へ流れる道の途中に設けられた空間。
 その出口、足を踏み入れれば二度と後戻りの出来ない道に歩を進めた男は、事も投げに未だこの結末に思い悩む少女へと振り返った。

「それに、余とて人の子。子孫や領民が、余計な気苦労を背負い込もうとするのを止めんとするのは当然だ」
「よ、余計なって」
「余計だとも。それは貴様が最も理解していることだろう。人の身でありながら、『理』の領分に踏み込みし者らよ」

 遠い世界の裏側で、今尚その責任を全うしている少年の姿を思い返しながらも。その領域に至った少女の目を正面から見据える。

「貴様には、護国の鬼将と謳われ、主の教えの守護者としての英雄でなく、ただの人間としての言葉を伝えよう。
 ……非常に業腹だが、あの後裔に必要なのは穢れなき絶対の主ではない。共回り、人々の繋がりこそが真に奴が必要とするものだ。縋り縋られる『絶対』ではなく、互いに支え合う存在が必要だ。
 故に貴様に頼むのだ。サーヴァントの枠組みから外れようと顕現可能な概念的存在の一端よ。その魂を代償に奇跡の成就を担いし者よ。
 ――奴を頼む。知っての通り、王の猿真似か怪物の仮装をせねば到底頼りになどならぬ愚か者故にな」

 男は、穏やかな笑みでそう告げ。
 聖杯へと、その身を投げた。

「ランサー!?」

 慌てた少女が手を伸ばすが、男はあっさりとそれを拒絶する。
 血肉はエーテルへと還り、魂は聖杯へとストックされる。その魂すら、未完成の聖杯は何れ世界に孔を穿つまでも無く放出してしまうだろう。
 そして、住人を失った空間は。今度こそ、永遠の静寂に包まれた。






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【ワイルド・サーヴァント・スポーツ・デイ】

注意事項!
 ・激しいキャラ崩壊
 ・いろいろ酷い
 ・特殊タグ多用
 ・あとなんかいろいろ





 

 

 

 

 

 

 ――聖杯戦争。

 

 それは、万能の願望機『聖杯』を巡る、魔術師たちの血塗られた戦い。

 

 セイバー

 ランサー

 アーチャー

 ライダー

 キャスター

 アサシン

 バーサーカー

 

 七人のサーヴァントと、それを使役するマスターたちは、最後の一人になるまで戦い続けなければならない。

 

 そして今また、聖杯を巡って熾烈な戦いが行われんとしていた……

 

 

 

 

 

 

 

 ぴーんぽーんぱーんぽーん

 

「――えー、突然ですが。聖杯戦争のルールが、ヘンコーになりましたっ!

 その名も!チキチキ!仮想聖杯戦争ーー!!」

「待って」

 

 央都セントリア。セントラル・カセドラル下層の広場。『特設会場』と手作り工作感万歳の看板が吊るされた舞台にて、愉快な動きで妄言を吐いたクィネラ(幼女フォルム)に対し、幸運Eのオッサンの命乞いが炸裂する。

「おい誰が幸運Eだ。ていうか不穏!?」

 あらゆる伏線、話の流れ、ツッコミを悉く一切合切無視し尽くし、狂演の宴が始まる――!

 

 

「はい皆様、おはこんばんちわー!司会兼選手のクィネラ・アドミニストレータと!」

「ガブリエル・ミラーだ」

「なんでお前此処にいんの??」

「いよいよ開演の時を迎えた聖杯大戦。今回はここ、央都セントリアの会場にて開催と相成りましたー!」

「(喀血)」

 

 既に胃SAN値がピンチ(最初からクライマックス)なゔらどを置いてけぼりに、テンション上がってきたロリコン人形クィネラが嬉々としてルール説明をおっ始めた。

 

「ルールは簡単!サイコロで決めた競技をサーヴァント七人に競い合ってもらいまーす!」

「本編と比べると平和だな」

「だってガチめの奴は設定考えるのメンドクサイもの」

「おいキャスター(術者)

「正直型月は設定細かすぎるのよ!並行世界云々だけで複数種類があるだの、セラフ以前の人類の作るバーチャル世界だと英霊形成のリソース不足だの、その他諸々!事前調査不足は認めるけれど、だとしてもINT3未満の頭でシナリオ組めばそりゃどっかの設定とは食い違うわよ!!」

「落ち着け中の人が漏れてるぞ。誰かそれを落ち着かせろ!」

 

 司会席の机をばしばし叩きながら憤慨する(うがる)クィネラ。暫くうがって気が晴れたのか、日本人を魅了する満面の笑み(某雪の妖精談)で続きを始めた。

 

「因みに優勝賞品は、整合騎士アリスちゃんと神稚児サチちゃんのお得なセットでーす!!」

 

 どデカい金色の杯の上から「騎士として云々」「正々堂々云々」「私は物扱いか!縛った上で杯の上に放置とは、それはそれで(ry」とびったんびったん鯉同然に跳ねてるアリスの声。なんか喉の妖精が同じ騎士の声が聞こえてきたのは総スルー。ガチ聖杯と一緒に転がってるもんだから、きっとどこかの別の自分と繋がっちゃったんでしょ。

 

「さあ、そんなヤバげベイベーな聖杯を狙う選手はこちらー!!」

 

 クィネラが七人分の席が用意された席を指し示す。無駄に豪華に飾られた席にスポットライトは、映えある栄光に彩られた一騎当千の英雄達を――

 

「……なあキャスター。席ガラッガラなんだが?

「仕様よ。なにせランサー、アーチャー、ライダーは出演拒否ったんだもの」

「帰っていいか?」

「ダメです♡ 」

 

 席に着いているのは、死んだ魚の様な目をしたセイバー(ユージオ)と幸運Eなランサー代理(ゔらど)、それとジャックのみ。一応キャスターの席には『くぃねら』という紙製の名札が置かれていた。

 

「――ん?待て、ランサー代理?バーサーカーではなくてか?」

「ええそうよ!当のランサー直々の御指名なんだから。あ、ちなみに伝言もあるわよ」

「ほう?」

 

 「えーっと、確か此処らに……」と、司会机を漁りだすクィネラ。未開封のポッ◯ー、ホイッスル、うま◯棒、土台付きの卵型の宝石、ハンカチにヘルシ◯グ単行本第九巻と、中学生の机の中身同然の代物がボロボロこぼれ落ちていく中、漸く引っ張り出したメモを精一杯の威厳を込めて読み上げる。

 

「『前略。祭に於けるランサーのクラスとは、ほぼほぼ素っ頓狂な絶叫と共に死する『でおち』なる役回りを押し付けられると聞く。故に、敢えて一言に要約するのであれば、うむ。

 後は任せた』」

「逃げた!?驚異度はオスマントルコ軍<ギャグ落ちなのか!?」

 

 頭を抱えて突っ伏すゔらど。「オノレオノレオノレオノレェ」と一頻り叫んだ後、キメ顔で溜息を吐いて一言。

 

「僕お腹痛いんで帰ります」

「却☆下」

「畜生めェ!」

 

 鉛筆(どっから出した)を机の上に投げつけての渾身の叫び。特に意味はない。

 

「というか、そうだライダー!何故奴は居ない!未だ姿を見せぬアーチャーはまだしも、奴は登場済みのキャラであろうが!?」

「ライダー?ああ、彼女なら、和風の二刀流の女と一緒に日本全国うどん巡りの旅にでたわ

「オーケー。即刻連れ戻せ

 

 イイ笑顔で道連れ競争相手を連れ戻そうと目論むゔらど。

 「あの子うどん好きみたいでねぇ」と宣うクィネラをあの手この手の口八丁で言いくるめようと四苦八苦し、終いにはレ◯プ目のセイバーすら説得に参加させようと話しかけて、

 

「……僕は、どうでもいいかな」

 

 速攻袖にされて轟沈した。

 

「いやいや待て待て。セイバー、貴公にも聖杯に乞う願いがあろう!?」

「いや別に。仮に聖杯を狙うとしても、競争相手がいないのはいいことだよ。それにバー……ランサー。頭数が必要なら、まず『黒』の面子を招いたら?」

「その手があったか!」

「しっかりしなよバーサーク・ランサー(頭狂化)

 

 しれっと吐かれた毒を無視したゔらどだったが、しかし話を聞いていたクィネラによってそれも却下される。

 

「何故だ!?」

「最初は白と黒に分けてのチーム戦のつもりだったのだけれど、途中からキャラ多過ぎて訳分かんなくなったのよ。既に一回ボツったわ。そういう訳で、参加は白陣営のみよ」

「お前今日ちょっとメタくない?」

「とはいえ四人だけじゃ味気ないのもまた事実。だから、アーチャー、ライダー、バーサーカーにはそれぞれ代理人を立てたわ」

「ステータス差は?」

気にするな!それでは選ばれし生贄選手はこちら!」

 

 華華しい(?)ファンファーレ。けれどセイバーは興味なさげに目を瞑る。

 

「……まあ、勝手にすればいいさ。僕はどうなろうと

「えっと、アーチャー代理?のキリトです」

 正々堂々精一杯頑張ろう!

「お前の相方だろう、何とかせよ」

「ちょっと無理」

 

 友人の参加への喜び――というにはなんかちょっとこう、不純物が混ざってるセイバーの覇気。チラッとクィネラに視線で問いただす。

 

(お前、心当たりは?)

(シンセサイズした(愛を教えてあげた)わ!)

(はいギルティ)

 

 密かにセイバー、ランサー間での同盟が締結される中、次いでバーサーカーとライダーが顔を出す。

 

「バーサーカー!ピトフーイでーす!」

『ライダー。ザザだ』

「こっふ」

待ってツッコミが追いつかない。

 クラスはいいとしておいザザァ!」

『なんだよ?』

「それだよ!?」

 

 プラカードで返事をするザザにツッコミを入れるキリト。どっから出したのかいつ書いたのかも分からぬ見覚え感満載満漢全席のそれに対し、ザザの返答は如何に。

 

『一々細かく句読点入れるのメンドクサイ』

「お前もかよぉぉぉぉぉお!?!」

「ねーねー私にはー?」

「残当だろバーカーサー」

「よろしいならば戦争だ」

 

 プラカードと吐血とピックとナイフと銃弾が飛び交う阿鼻叫喚の地獄絵図が選手席で繰り広げられる一方、アリシ編ラスボスズは『ンなの関係ねえ』とサイコロを振る。

 

「「最初の競技は、テニス!!」」

「普通!!」

 

 

 

 

 

「なんかびっくりするくらい普通で逆に気持ち悪くなってきたんだけど」

「お前それ本気で言ってる??」

 

 ザザとユージオの接戦を観戦しつつ、ラケットをガンスピン宜しくぶん回しているピトの一言。いやまあ確かに面子の大半はマトモにテニスしているが。

 

「お前そのセリフはせめて普通にテニスしてから言え」

「やったじゃん」

「お前らのはテニ()な。頼むからボールで敵を吹っ飛ばそうとするな

「テニスといえばそういうもんじゃん?」

「テニプリかスマブラに帰れ」

 

 あ、ユージオの打ったボールがゔらどの顔面に直撃した。

 

「ランサーが死んだ!?」

「勝手に殺すな!!」ガッツ

 

 

 

 

 

「続いての競技は、棒高跳びー!」

「そうか棒高、ん?棒高跳び?」

 

 カニファンにそんなエピソードあったかと首を傾げるゔらど。

(まあ高跳びそのものはFateとも関連あるし)と無理矢理納得するその目の前で、ルール説明の最後に事件は起こった。

 

「あ、因みに失敗してポールの下潜っちゃった場合、お仕置きがあります」

「へー。どんな」

「なんと浮遊感が与えられます」

「なんて??」

「百聞は一見にしかず。というわけで(?)トバルカイン改めモルテ(注:今作死銃の一人)を召喚して突っ込んでみましょう」

「返して来なさい」

 

 「HA☆NA☆SE」と抵抗するモルテをハードルの下にシュート。超☆エキサイ

 

「フワーーーーーー↑↑ッ!!」

「どこいくねーん!?!」

 

 フライイントゥザ・ムーン(意味深)するモルテ。事情を知ってるクィネラ以外唖然として見えなくなるまで見送った。

 

「……な、なあピト。なんかコレさ、」

「おっとその先はフラグだゾ」

 

 

 

 

 

「続いてはダーツ」

「合ってねえから役変えろ。ていうかホント何でお前なの?」

本編ギャグ落ち(第十一小節)後にガチャで来たからな」

「書いたら出たのか」

 

 進行役のガブリエルからダート(手投げ矢)を三本受け取りつつ、改めてツッコミを入れるキリト。想像以上にしょうもない理由での出演に目が虚になりかけるが、いかんいかんと頭を振って持ち直す。

 

「ところでガブリエル。この競技の選定理由なんだが」

「特に聞いていないな。仮に何らかの原形があったとして、私は何ら知る由もない」

「だよなあ」

 

 思わず溜息が出る。溜息をつくと幸運が逃げるとは聞くけれど、そもそも逃げるほどの幸運がない気がするんだよなあ。

 

「――そう、ましてやクソゲーに分類されるゲームについての知識など、尚更私が知る筈もないのだ」

「オッケーグー◯ル、コイツの殺し方ァ!!」

 

 

 

 

 

 ――こうして。仮想聖杯戦争は熾烈を極めた。

 

 

「次は、ダイビング」

『誰だプールにサメブッ放したヤツ!?』

「あそぼ。」

「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ‼︎⁈」

 

 

 血で血を洗う激闘の末、

 

 

「次はスキー」

「路面ガッチガチなんすけど!?」

『これ雪じゃなくて氷だろ?!』

「ふっふっふ。あらかじめ柔らかい道を知ってる私に死角はアバーーッ!?」

「おいキャスターが場外に突っ込んでったぞ?!」

 

 

 彼らが見たものとは――

 

 

 

 

 

 

 

「聖杯戦争って、こんなにも過酷だったのか……」

『過酷のベクトルが明々後日の方向にカッ飛んでる気はするがな』

 

 何故か途中から弾幕戦へと早変わりしたハードル走……の、残骸から這い出たキリトとザザ。順番的にラストだったらしく、満身創痍で立ち上がった二人を見とめたガブリエルが、最終競技を通達する。

 

「ラストは、ダイ・ローレライ シーズン3」

「1と2は!?」

 

 告げられた八種目目のタイトルを告げるやいなや、「ではクィネラ。後は頼む」とダッシュでその場を後にするガブリエル。

 

「なんでダッシュ……?おいロリコン人形、説明ハヨ」

「アリスたちを乗せてる大っきい金杯だけれど、あれって触媒、魔力抜きに神稚児の権能へと語りかける機能もあるのよ。そしてその為に必要なのが、大杯と同調させた小杯。それを奪い合う為の最終決戦を行うのよ」

「分かりにくい。三行で」

「アリスたちを

下ろすための

ハシゴ争奪戦」

『三行で納めんなよ。神秘もクソもない説明だし。で、その梯子ってあれか?』

 

 ザザがプラカードで示す先には、ちょうど人が抱えられる程度の大きさの杯が。

 そして全員の目の前で何やら沸き出る黒い泥

 

「……ふぁ?」

「あの、キャスター。何やら物凄く嫌な予感がするのですが?」

 

 唖然とする七人(含:クィネラ)の目の前で、溢れ出た泥は辺りに広がるでもなく高く高く沸き立つ。

 小柄な人ほどの高さに到達した影は、一際大きく泡立ったのを最後に逆に縮み始める。けれど杯に収まるでもなく、人の形に変形した泥。それと似た光景を嘗て見たことのある男は、腹の底から叫んだ。

 

「アイエエエエエ!?黒化☆シリカ!?黒化☆シリカ=サンナンデ!?ゴボボーッ!!」

「ランサーが死んだ!?」

「『「この人でなし!!」』」

 

 視覚に対する描写があるならモザイク案件レベルでキャラ崩壊を起こしたゔらど。その腹に見事なまでに突き刺さる触手。

 

「ああ……あんまりにもうるさかったから、ちょっと手が滑っちゃいました」

「シリカ……本当にシリカなのか?」

 

 身体のラインの出る黒いハイネックのワンピース風の格好のシリカに、恐る恐る話しかけるキリト。異変が服装だけで収まっていれば笑い話で済んだのだろうが、皮膚を走る黒い葉脈に、キリトの知る彼女らしからぬ程に撒き散らされる悪意が、それを否定する。

 

「はい、キリトさん。私()シリカです」

「私()?まるでそこに貴女以外の誰かがいるみたいな言い草ね?」

 

 表情だけはいつも通りの微笑み――けれど、一切笑っていない目のシリカ。能面染みた冷笑に震え上がるキリトの前に出たクィネラの問いを受け、さらに反転した少女の笑みは深くなる。

 

「ええ、そうですよ。私は私としてだけでは到底この域には辿り着けなかった。

 だから私は謳いましょう。今の今まで溜め込まれた()()()の慟哭を。聞かせましょう。理不尽な流刑に対する私たちの嘆きを」

 

 まるで夜空に羽ばたく鳥の様に両手を広げる。呼応して泥が広がり、次々と人影が出現する。

 

「そう、私たちは――『この世全ての出番を求める者(モア・デバン)!!』」

「締まんねぇ名前!?」

 

 何処かで見覚えのある、けれど台詞はおろか名前すら出ること無く原作活躍シーンが流れていったキャラたちがゾロゾロと列を成して出現する。

 

 

 

「くっ。可哀想だとは思うけれど、それでも僕は――」

「……先輩まで、そんなことを言うんですか?私を置いてった先輩?」

「ヒェ」

 

 ユージオの前には、片手剣に赤い長髪の少女、ティーゼが立ち塞がる。原形でもはっきり言って不憫枠な少女と、聞き慣れているはずの『先輩』という呼称に何故か背筋が凍りついた。

 

 

 

「あっはっは。流石にこれはマズイ、かしらん?」

「そうですね。明らかに異常事態ですもんね」

「「あっはっはっはっは」」

「――ゲッ、レンちゃん」

「ピトさんって、実は枯れ専だったんですねー。エムさん侍らせてるのに。私の初めてを奪ってったのに……」

「ノウ?!私のレンちゃんはこんな◯ピみたいな台詞を言わない!!去れマイ煩悩!!」

 

 コッソリ逃げようとしていたピトだったが、即回り込んだレンに行く手を阻まれる。

 

 

 

『一体全体なんだってんだ。うぉ!?』

「……構えなさい坊や。相手は貴方の師に匹敵するわ」

 

 飛来するナイフと炎の弾幕を、プラカードと氷結術式で叩き落とす即興術狂コンビ。

 クスクスと不気味な笑いが聞こえて来る相手に鋒を向けると、そこにいたのは。

 

「ねえねえお姉様。兄さまと知らない女の人が一緒にいるよ」

「ええ、由々しき事態ね。私たちを差し置いて大きな顔をするだなんて、許せないわ」

 

 赤い瞳に、そっくりな顔。けれどその髪色が、その違いを知らしめる。

 

『レミリア!フラン!』

「覚えていてくれたんだね!」

「ええ。流石は兄さま。フェアリィダンス編後に必ず出すと言われたきり、ずっとずぅーっと忘れ去られていた私たちの事を覚えていてくれたなんて」

『いやだって、まさかあのヴラドにこんな可愛らしい従姉妹がいるとは思わなかったし』

 

 ましてやヴラドがSAOで死んでいた場合『ヴラド』を継ぐのがレミリアだと聞いたのも一入だ、とは流石に書かなかったザザ。死銃事件後に一度会ったきりとはいえ、幼いながらにピトやエリザに並ぶバカ高いAPPは忘れようがない。それに、なによりも――

 

「だっていうのに、私たち姉妹の話は全カット」

「これはもう、暴れるしかないよね!」

 

 ――彼女らは、才能のみでSAO攻略組に匹敵する実力者なのだ。死銃事件後渡航したザザの経歴や武勇伝を聞いた姉妹と手合わせした彼をして、経験不足、システム面でのレベル差で圧勝できたが、プレイヤースキルのみをみれば殆ど差のない、まさしく『人外』としか言いようがなかった。

 トドメに突きつけられたグングニルとレーヴァティン。彼女らお気に入りのアルヴヘイムに似たゲームでの主武装の神秘的な輝きが、ザザたちを狙い澄ましていた。

 

『あ、これ詰んでるやつだ』

「諦めないでよ?!」

 

 

 

「シリカ……まて、話し合おう。話せば分かる!だから止めてくれ!?」

「ダメですよー。だってキリトさん、逃げちゃうでしょ?」

「逃げない!約束する!!」

 

 ヤベー笑顔のシリカの前に引き摺り出されたキリト。とっくの昔に武装解除は済んでおり、冷や汗と脂汗をダラッダラに垂らしまくっていた。ある意味年相応に悲鳴混じりの懇願が喉から出るが、特にキリトの肝を冷やすどころか冷凍しているのはシリカだけではない。

 

「うふふ……ダメじゃないかキリト。敵を前に剣を離しちゃ……これは私の傍付きとしてまた一年……いや、もっと長く鍛えなければいけないな……」

「剣二本ともブッ飛ばした張本人が言わないで下さいソルティリーナ先輩ぃ!?」

「私の先輩なんだもん……先輩は後輩のだって、泥の中の女の人も賛同してくれたもん……」

「アワレミヲクダサイ!?!」

 

 両腕をガッチリと抱え込んだソルティリーナとロニエ。家出しちゃってるハイライト、帰って来て下さい切実に!

 

 

 

 

「これはまるで、無限の残骸――いえ、格としてはそんな大層なものではないにしろ、だとしても彼らの根底にある『出番』への欲求が、そして活躍する隣人への嫉みが、まさかこんなトンチキ事態を引き起こすだなんて」

 

 油断なくナイフを構えるジャック。各々の前に出現する影が、各自にそれぞれ関連ある人物であると予測した時点で、警戒は最高潮に達していた。

 ――さあ、誰が来る。ゲーム版SAOの誰かか、それとも美鈴か。或いはまさか、バーサーカーの方の『ジャック』か――

 ジャックの前にも泥の影は到達し、人形を成す。顔を見た瞬間切ると、宝具の前兆を(瞳を赤く、紅く、)滲ませ……

 

「ふはははは!なんとも貧相な餓鬼だ!貴様の相手はこのライオス・アンティノスと!」

「ウンベール・ゼージックが処断して」

くたばれ女の敵ぃ(マリア・ザ・リッパー)!!」

「天命ぃぃぃぃぃい!?」

「禁忌ぃぃぃぃぃい!?」

 

 最後まで言わせず即宝具。コイツら相手に本気を出すのすら嫌と物理攻撃のみに収まる程度に加減したとはいえ、一瞬で首を落とした。

 

「……なんかもう、真面目に考えるのが馬鹿らしくなってきました。さっさとブライアン引き摺って帰りますか」

 

 

 

 

 

 ――悪性を色濃く表面化させた関係者に苦戦するサーヴァントたち(割り当てられた面子を瞬殺したジャックを除く)。

 しかし当然と云うべきか、初撃で吹き飛ばされたゔらどの元にも、悪意は忍び寄っていた。

 

「くっ、アポコラボが復刻していなければ(二重ガッツがなければ)即死だった」

 

 分類するなら反英霊に属する所為か、蝕まれることなく物理ダメージのみで済んだゔらど。

 参戦すべく槍を携え、最も近い殺気目掛けて振るわれら矛は、背後から突っ込んできたレイピアの刺突を受け止めきった。

 

「ほう。迷い出た生霊めが、余をアゾろうなど百年早い!」

「…………てけ」

 

 哄笑ついでに下手人の顔を拝んでやろうと、槍に力を込める。けれどサーヴァントの、それも筋力Aすら真正面から容易く力付くで捩じ伏せる豪腕が、押し返される。

 慌てて両手で槍を握る。必然的に、鍔迫り合いの距離で真っ向から睨み合う事になる。

 

「はは、いいだろう。余を上回るか、おもしろ」

「首置いてけぇぇぇえええ!!」

「生霊じゃなくて亡霊だコレーーっ!?」

 

 AGI型のクセしてゔらどとの力比べを成立させているアスナ。愛、怖いなあ!

 

「首置いてきなさいよ、ねえ。

 サーヴァントなんでしょ!サーヴァントなんでしょう!?ねえサーヴァントなんでしょう貴方!!」

「落ち着けアスナ!何故サーヴァントを狙う!?」

「聖杯以外理由なんてないでしょ!私は霊核を得て願いを叶えるのよ!もう誰にも敗北者だなんて煽らせない!!」

「無理がある!?」

 

 鋼同士が激しく削りあい、火花が飛び散る。そこに割り込む様に、シリカが影の触手を伸ばす。

 

「あれ、敗北者さんじゃないですか。どうしたんですか、こんな所で」

「取り消しなさい、今の言葉!」

「嫌ですよ。私だって、個人的理由でアスナさんを襲いたかったんですから。

 ……覚えてますか?いつだったかアスナさんが起こしたファミパン騒動。私のセリフって、あの時の素っ頓狂な悲鳴だけなんですよ。

 アスナさんはいいですよね。顔が出る度に敗北者構文こそ流れても、ちゃんとヒロインレースに名前が挙がる程度には出番があるんですから。私なんて、原作とアニメで全然キャラの違うゴリラ以下なんですよ?」

「……む、そういえばリズベットはどうした?」

「MOREさんは短編とはいえ一回メイン張ったので参加拒否しました」

「あー、うん。AMEN(南無)

 

 宗教的にどうかというツッコミが山ほど来そうなコメントを最後に、煽り合戦を繰り広げるヒロイン……ヒロイン?たちからそそくさと距離を取るゔらど。

 

「それって宗教的にどうなの?」

「わざわざ乗らんでもいいぞピト。お前、あのちっこいのはどうした」

「あはは。聞くな」

 

 「だってまさかレンちゃんにあんなアグレッシブな一面が……あったわねぇ」とぼやく若干やつれた様子のピトと、体力・精神力共に余裕のあるジャック。二人と合流したゔらどだったが、状況はあまりいいとは言えなかった。

 ――スカーレット姉妹に関してはある程度暴れさせれば満足して手を引いてくれるだろうが、問題はキリトだな。さて、どう撤退しようか?

 ティーゼを振り払える筈も無く呑まれたユージオは度外視して顎に手を当て呻るゔらどだったが、そんな彼の耳に悪魔(ピト)の囁きが届く。

 

 

「……アレ?面子のほぼ全員、フラグ建築士に依存してない?キリトを生贄にすれば逃げきれるじゃん」

 

 瞬間、凍りつく空気。

 さらに追加されたヒロインの爆弾処理に勤しんでいたキリトが、錆びついたブリキ人形染みた動きで振り返った。

 

「……冗談?」

「本気♡」

「そっかあ」

 

 満面の笑みのピト。吊られて(ヤケクソで)キリトも笑顔。みんなでニッコリ。

 

 

 

 

 

「――スタン弾!」

お前はそこで乾いてゆけ(鮮血の伝承→魔眼発動)

システムコール以下略(拘束術式)!」

『45口径スタン弾!』

「麻痺投げナイフ!」

「お前ら人間じゃねぇ‼︎!」

 

 容赦なくデバフ攻撃を降らせるだけ降らして逃げ出す外道共に渾身の叫びをあげるキリトだったが、誰も立ち止まらない。

 

『聖杯梯子はどうする?』

「脱出優先!」

「まってまって置いてかないでぇあはぁぁーーーっ!?」

「アーチャー(代理)が死んだ!?」

「『「この人でなしいぃ!!」』」

「だいぶ今更よね」

「やはりこうなりましたか」

「ガッツがあって本当にすまぬなあ!」

 

 

 

 

 

「よく戻った。払った犠牲は大きかったが、その魂を糧に生きていこう」

「貴様がほざくなサトライザー」

 

 最初の会場に駆け戻った五人を出迎えたのは、司会席に座るガブリエル、ティーゼを抱えたユージオ、それと真っ二つに割れた聖杯だったもの。

 

「ゑ?」

「ティーゼと『この世全ての出番を求める者(モア・デバン)』の繋がりを切ったら、あっさり上手くいったよ」

「流石セイバー(剣の英霊)

「てことは犠牲(キリトのみ)か。ところで聖杯は?」

「先程赤毛の青年が一刀両断し、二人を救出していった」

「骨折り損っ!?」

 

 

 ――戦いは終わった。作られた会場はやがて廃れ、泡沫の幻として誰の記憶からも忘れ去られていった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









「ねーねークィネラちゃん。一個聞いときたいことがあるんだけどいい?」
「何かしら、ピト?」
「結局これ元ネタって型月さん家のカニファンなの?U◯i◯yん所のクソゲーなの?」
「両方を悪魔合体させたのよ
「失敗作?!」






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第十五小節 『コネクト』

 

 

 

 

 

 ――怪物として体格すら膨張しつつあるヴラドの越しに、確かに死んだはずの最高司祭と目が合う。

 

「貴様……何故ここにいる。何故ここに立っていられる!?」

 

 彫刻からそのまま取り外した様な美しいレイピアを振ってユージオを引き剥がしたクィネラが吼える。幸いユージオは全身ボロボロで体力を使い果たしてはいても、致命傷だけはないようだ。

 それを見て、強い安心感に包まれると同時に、彼に、そして彼らアンダーワールド人たちを守るために奮闘してくれた皆に駆け寄りたくなる。

 だけど、それはまだ出来ない。まだやるべきことが残っている。

 

「……よう、ヴラド。こうして会うのはいつぶりだ?」

 

 返答は唸り声。嘗ての誇り高き王は狂気に浸され、もう戻ることはないとしか思えない。その身を包む膨大な心意(無辜の怪物)の奥に、拒絶と――ほんの僅かに、恐怖の心意が漂っていなければ。

 そんな相手に、俺は。()()()()を向ける。

 恐怖でも、畏怖でもない。怒りでも、憎悪でもない。

 空を覆っていた血の雨を晴らした夜空の剣の鋒を下ろす。殺意も敵意すらも、俺の中にはなかった。

 

「ッ!?殺しなさい、バーサーカー!」

 

 クィネラの声を引き金に、目を紅に染めたヴラドが拳を振りかぶる。

 分かりやすい、大振りで、直撃してしまえば果ての山脈すらくり抜く必殺の一撃。

 あらゆる怪物への恐れが、死への恐怖が凝縮された、絶望という暗黒から『吸血鬼』という色を選び出し、ヴラドという器に注ぎ込んだ存在の一打。

 ゆるりと、緩慢な動作で突き出した左手程度、跡形も残らない。「キリト!?」と叫ぶアリスらも、勝利を確信してほくそ笑むクィネラも、その結末を幻視している。

 でも、違った。

 

 ――剛拳を受け止める、重い音が鳴り響く。まず圧力に耐えきれなくなった指が、次に腕の骨が限界を向けてひび割れる。破片は皮膚から飛び出し、痛々しい傷となって。

 そこで、止まった。

 クォーターボスの巨躯すら吹き飛ばす拳が、俺のちっぽけな掌に収まる。

 

「……重い。重いよ。

 お前は、ずっとこんなものを背負っていたんだな」

 

 痛みを訴える左腕を突き返す。決してあり得なかった、真っ向からその一撃を受け止める者の存在に警戒したのか、あっさりバックステップで距離を取るヴラド。

 

 

「……な、何故だ。なんだその力は?!貴様が相対するは、恐怖と狂気の象徴、吸血鬼という概念そのもの!言うなれば人類の捕食者!

 より濃い神秘を有すると云うのであればまだ納得がいく。だけれど、お前にそんな背景(歴史)はない。たかだか十数程度の小僧が、なぜバーサーカーを止められる!?」

 

 もう耐えきれないと言わんばかりにクィネラが絶叫する。

 

「簡単な話さ」

 

 それに比べれば小さな呟きは、けれど広く響く。

 ズタズタになった左手を、胸に当てる。

 

「誇りも。誓いも。約束も。思い出は、いつだってここにあるから。時を越えても、世界を越えても。そうして、永遠に繋がり続ける。

 なあ、ヴラド。お前はどうなんだ?」

 

 なおも返ってくるのは、獣染みた唸り声。ならそれでもいい。構わずに続けよう。

 

「想いや、約束を覚えているか?そうなってまで守りたかった名前を、覚えているか?」

 

 まるで『怪物とはそうである』とでも言いたげに言葉を口にしないヴラド。実力の全貌も、何を考えているのか、何を知っていたのかすら分からなかった『正体不明』の男は、再び握り込まれた『不死身』の拳は、今度こそ『ヒト』を食い尽くすだろう。

 ――だったら、人に戻してみせよう。

 今のヴラドを縛り付ける、三つの錠前。それを壊す鍵は、俺の手にある。

 その一言を告げると同時に。

 

「――なあ、ヴラド。

 ()()()は、覚えていたぞ」

 

 なにかが、壊れる音が聞こえた。

 

 

 

 

 

「…………なによ、それは」

 

 どうしようもない程の怒気に溢れる、地を這う様な低い女の声が鼓膜を震わせる。

 

「答えなさい!キリト!」

「それはこいつが一番分かっているだろ、なあヴラド。いや、ブライアン」

 

 敢えてリアルネームを口にした俺の、()()()()()()()に釘付けのヴラドとクィネラ。

 神聖術でもなければ、心意でもない。青い小さな光が傷口から透けると、それだけでズタズタだった左手が癒える。

 

「……うそ。嘘嘘嘘嘘!嘘よ!!だってそれは、バーサーカーと同じ『奇跡の残滓』。あり得ない、有り得てはならない!」

 

 狂った様に頭を振るクィネラが、数百もの素因を一瞬で展開し、矢の形を取る。

 到底一人では捌き切れないと確信してしまう術式の雨は、しかし今の俺の目には、止まって見えた。

 丁寧に、膨大な数の矢を一本ずつ切り落とす。

 驚愕と恐怖に彩られたクィネラの顔が、徐々に怒りを内包し始める。これだけ暴れれば、俺の不自然なパワーアップのタネにも当たりが付いたのだろう。

 

「この不愉快な、魔力を貪られる感覚。貴様、まさかアーチャーの霊核を喰ったのか!?いや、それでも説明がつかない!あれだけ膨大な魔力を散々吸い上げておきながら、()()()()()()()()()()()!!そもアーチャーの真名が『奴』ならば、英霊の格からして令呪に逆らうことなど不可能!」

「霊核ってのがなんなのかは知らないけど、多分あんたが想像しているのとは違うさ。

 お前がアーチャーと呼んでいた彼女から受け取ったのは二つ。この『奇跡』と、もう一つは、ここではない何処か、()()()()()()()()を借りる、ただそれだけのこと」

「ふざけるなッ!?!」

 

 俺の答えがお気に召さなかったのか、即答で絶叫する。

 

「その力は正しく第二魔法の、ということはまさかアーチャーの真名は宝石爺?いやでも『彼女』という呼称と食い違う。

 ……いったい。お前は一体、何者になったというの?!」

「俺が何者か、だって?」

 

 地獄から這い出る様な声色の問いに、脳裏に幾つかの名が浮かぶ。

 勇者。騎士。英雄。最強。黒の剣士。二刀流。

 だが、浮かぶ端からその全てに否を突きつける。

 どれも俺自身が望んだ存在でもなければ、分不相応な異名だと断言出来る。

 なら後に残るのは、たった一つだけ。

 

「俺はキリト。剣士キリトだ。それ以外の何者でもない」

「……なら私の前に立ち塞がるな!ただのヒトであると自負するならば、怪物(私たち)の領分に踏み込むな!バーサーカー!!」

 

 己こそが人外であると、人としての誇りを、繋がりを投げ捨てようとしている存在がなおも叫び、呼応した着ぐるみのバケモノが血液製の槍(無限槍)を突き出す。

 それを再び左手で受け止めようと突き出す。鋭い鋒は、けれど大きく逸れて空を貫いた。

 

「……おい、ヴラド。お前は何を願ったんだ。何を望んで、そうなったんだ。

 元の『ヴラド(人の王)』じゃ届かなかったから、そんな外法に手を出したんだろ?」

 

 次いで、露骨に左手を――彼らの言う『奇跡の残滓』を避ける軌道での横凪。頭上数センチの所を、空間ごと削る一撃が通過する。

 

「答えろよ。なんで目を逸らすんだ?なんで受け入れないんだ?

 お前が会いたかった人は、すぐそこにいるんだぞ。あと一歩の所にいるんだ。なのになんで、()()()()()()()()()()()んだ!?」

 

 掠っただけで肉片と化すだろうと確信してしまうだけの威力が込められた一撃々に対し、何処からか流れ込んでくる槍使いとしての記憶が軌道を予測。重なる場所に腕一本を動かすだけで勝手に外れていく。……いや。もうその威力すらなくなりつつある。

 

 ――この世界に於ける最強のリソースは、人の、心の力だ。祈りの、願いの、希望の力。

 着ぐるみの怪物の綿(血肉)を形作っているのは、それとは似て非なるもの。心の力であり、祈りの、願いの力である。けれどその根幹にあるのは絶望だ。

 忘れないと誓った筈の大切な記憶を思い出せないやるせなさ。約束が、希望が、醜い感情へと変貌した自分への憤り。

 

 ()()()怪物を自称する。そんな己など、ヒトデナシのバケモノでしかないと自笑する。

 それだけならこうはならなかっただろう。老騎士としての仮面に、数十年という長い生が重しとなって蓋をしたまま終わっただろう。

 だが男には知識と才があった。願いを叶える術を現実の物にする方法と、己の肉体を無敵のバケモノへと変貌させる魂と伝承を有してしまっていた。

 

 

 ――俺たちはきっと、共に自分を罪人だと思っているんだろう。

 

 嘗ての力強さなど何処にも見られない、駄々を捏ねる子供の様な振り下ろし。今この瞬間だけ、たった一言の言伝を伝える為だけに奇跡の宿った左手で、誰かが願った希望だった筈の左拳を受け止める。

 

 ――もし俺がお前と同じ立場にいて。ユージオを。……そしてサチたちを助けるために。これだけの絶望を一身に背負い込み、自らの意思で(他人の命)を啜れと言われれば、俺も同じ選択をするだろう。

 そうして出来上がってしまったのが、今のお前なんだろう、吸血鬼。

 誇りを、記憶を、信念を。何もかも賭けて。だというのに、それだけやって手に入れようとしたチャンスすら、お前はそうと気づかずに天秤に乗せてしまっていたんだな。

 

「……だから俺たちは、お前を止めなきゃいけない。お前自身の為にも。お前が助けようと、お前を助けようとした、皆の為にも!」

 

 ――瞬間。夜空の剣が黄昏に輝く。

 血で泥濘んだ大地を照らし、周囲に漂う心の力を、リソースとして吸収、活性化する。

 その光を嫌う様にヴラドが一歩下がる。その空いた間合いを埋め、剣を突きつける。

 

「聞こえるか?仮想世界を駆け巡っている人たちは、確かにお前を吸血鬼と呼んでいる。だけど、それは討つべきモンスターとしてじゃない。

 一緒に肩を並べて、同じ敵を倒す仲間として。

 俺たちの行く道が正しいものだって保証する道標、拠点を守護する裁定者として。

 今この剣に込められているのは、そんな声だ。お前が聞こえないふりをしている、お前を英雄(人間)だと肯定する声だ!」

 

 そのまま一歩踏み出す。

 後退する仮想の王に向け、二歩、三歩と距離を詰める。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎――――ッ!!」

 

 それを拒絶するかの様に、紅い杭が立ち塞がる。翳された手に導かれるよう、数えるのも馬鹿らしくなる数の杭が奔流となって迫る。

 しかし、無限の杭は俺の足元で堰き止められた。溢れた杭が互いを砕き合い、破片は血となって漂う霧に混じった。

 予想外の光景に一瞬硬直した俺の脳裏に響くのは、全く別の低い男の声。あの何処とも知れぬ病室にて結末を待っていた、五百年前の王の言葉。

 

 ――お前が友を守りきれなかった罪、その傲慢を余は既に裁いた。最早我が槍がお前の臓腑を喰らうことはなかろう。

 

 あれはきっと、こういう意味だったのだろう。心臓に意識を集中してみれば、貫かれた所に一瞬、小さな痛みを感じた。

 

「……ありがとう、ランサー」

 

 極刑の象徴にして、血塗れ王鬼そのものたる杭を出現する側から枯れさせる加護に。目を瞑って改めて短く感謝の言葉を口にすれば、何処か遠くで鼻を鳴らしたのが聞こえた気がした。

 

 改めて目を開く。憧れた結果か、それとも縁あっての偶然か。細かな差異はあれ、目の前の怯える男は、あの王とよく似た風貌をしていた。

 

 そして、ある意味始めて。俺はこの男を直視した。

 

 ヴァンパイア。ドラキュラ。ノスフェラトゥ。ノーライフキング。カズィクル・ベイ。

 SAOの頃から様々な異名で呼ばれ、時には戦い、時には共闘してきたこの男だったが、今にして思えば、誰も彼もこの男の強さのみにばかり目を向けていて、『ヴラド』という一個人については仮想世界を通してすら知らないことばかりだ。ザザやピト以外、碌に知ろうとすらしていなかった。そのピトですらSAO当時に出した予想が『茅場本人か協力者』という、今にして思えば何故そうなるとしかツッコミようのない説が飛び出る始末。

 三十四層での一件を始め、ヒントはあったのに。今こうして敵を自称して立ち塞がられても、因果応報とでも言われれば返しようがない。

 けれどこうして今。ランサーによる無限の杭に対する加護と、アーチャーがくれたステータスの圧倒的優位を得、その力を無視出来る視点で見えた男は。

 

 ……随分、ちっぽけに見えた。到底怪物などと恐れられる人には見えなかった。

 

 Mobもプレイヤーも、敵と見れば嬉々としてその身を擦り減らしながら撃滅し、血の海を作り出す極刑王。

 その裏側にいたのは、ただの臆病な人だった。

 王としてか怪物としての顔が無ければ、満足に人の前に立つことすら出来ず。嘗て自分の目前で起きた悲劇に気付くことすら出来なかったが故に、疑わしきを悉く処刑せんと暴れる。

 分不相応な癒しの奇跡など持ってしまったが為に、自罰的な力を振るうことに躊躇いが無かった。自分が血を流す程度で他人が救われるのであればそれでいいと、積み上げた屍の山を己の血で固めた。

 けれど、墓石の王座に座るのは死神でも、血を啜る怪物でもない。俺たちとそう大差のない、ただの人だ。もしかしたら、精神年齢もそう遠く離れてないかもしれない。他人の反応が怖くて仮面の奥に引き篭もる辺りなんかモロにそうだ。

 きっと最初に()()に気が付いたのがザザだったのだろう。その果てが、GGOでのあの闘争だったのだろう。

 

 燦然と輝きを放つ夜空の剣を、大上段に振り上げる。狙いは吸血鬼の心臓を掠める剣筋。

 

「……でももう、それも終わりだ。

 みんなで帰るぞ、王様。もう朝だ。悪夢(鮮血の御伽噺)は、もう終わりにしよう」

 

 そうして。バケモノの殻を両断する、最初で最後の一閃を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――叩き込んだ斬撃は、狙い通りに吸血鬼の体表を切り裂いた。これならば、負の心意(無辜の怪物)に邪魔されることなく互いの言葉が通じる様になるだろう。

 光の収まった夜空の剣を肩に振り替える。

 

「じゃあ、あとは頼んだぞ、ザザ」

「……目覚めて、早々、散々暴れて、最後は、丸投げ、か?」

「悪いな。それでもコイツに必要なのは、たった一人の声じゃないからな」

 

 ボロボロながら、その憎まれ口は健在の悪友にバトンを渡す。

 ドラキュラでもカズィクル・ベイでもない、リアルのヴラドに必要なのは、新しい風だ。なら後は旧SAOのドラクル騎士団の連中が適任だろう。

 彼らの声すら阻む嵐は切り開いた。あとは、彼ら次第だ。

 

 ……それに俺には、まだやるべき事が。いや、()()()()()()ことが残っている。

 一番彼らに似合う、後腐れの無い手っ取り早い方法(殴り合い)で話し合いをしてやると息巻くピトらに苦笑しながら、半年ぶりに、かの魔女と相対する。

 

「……まさか術式に干渉するどころか、彼の王自らパスを切るだなんて。もう一々驚くのは疲れたわ、キリト。

 だから聞かないでおいてあげる。貴方が()()()()で何を見聞きしてきたのか、何を口にしたのかなんて。きっと幾つ心臓があっても足りないでしょうね」

「そりゃいい。俺も分からないことだらけで、説明しろなんて言われても困っちまうからな」

 

 最高司祭アドミニストレータ。いや、魔術師クィネラと呼ぶべき女。

 疲れ切った顔で額を抑えて、しかしあの時同様か、それ以上の凄まじい覇気を撒き散らす怪女。これほどのステータスブーストを得て尚、絶対に勝てるとは言い難い。

 だというのに、俺の周りには仲間がいてくれる。アリスが、サチが、そしてユージオが。

 二つの異なる世界で生まれた、俺の最高の友達。きっと俺は、一生この光景を忘れないだろう。

 ……そしてそれは、目の前に浮かぶ、これまでで最大の敵にとっても同じだ。仮想世界にて生まれた彼女に手を伸ばし、唯一その手を取ったリアルワールドの男の為に、世界の理にすら挑んだ。

 その果てが、今のこの状況だ。

 どうしても譲れないものが激突してしまったが為に、こうして剣を手に取っている。

 

「一つ訂正するよ、クィネラ。お前にこの世界の支配者の資格はない。けれどそれは、」

「いいえ、その先は不要。最初からこの世界を踏み台としか見ていないにも関わらず、己の支配欲に任せ、アンダーワールドを私物化していた過去に変わりはない。ならば簒奪者と呼ばれるのもまた偽りなき事実」

 

 支配者としての仮面を被らず、魔術師として立ち上がるクィネラ。右手に握るレイピアが紫電を纏うと、一瞬で修復された。

 

「ならば抗いなさい。あの時同様に。貴方の運命に。

 ええ、遠慮は要らないわ。私も――」

 

 次いで、右腕の紋様が強烈な輝きを放つ。

 まずい、というユージオの呟きと、一瞬パス(繋がり)越しに不快感が伝わってきた感触に、脳裏に警報が鳴り響く。

 即座にユージオと共に切り掛かるが、間合いの外に浮かびあがったクィネラには一歩届かず、令呪の使用を許してしまう。

 

「――全力で、踏み潰してあげるから!来なさい、ライダー!!宝具を以って、彼らを皆殺しになさい!!」

 

 空間に対し急激に割り込みをかけた強大な存在に世界が悲鳴を上げたのか、形容し難い爆音染みた音と共に、中々際どい白いボディスーツ姿の女性が姿を表す。

 それと同時に彼女を覆うかのように、鋼鉄製の巨人が滲み出てくる。

 

「クィネラ、演算バックアップは――」

「――させると思いましたか?」

 

 白い巨体が実体化しようとした瞬間、術者の顔を蹴り抜いたのは、白髪の幼女。

 

「ジャック!?」

「チッ、『黒』が残ったのね」

 

 今の今まで存在が頭からすっぽ抜けていた少女の乱入。もしかして彼女も敵に、と嫌な想像に冷や汗が流れるが、ジャックはナイフの鋒を此方に向けなかった。

 

「ご心配なく。彼の歪みは、いつか正さなければと思っていたので。茅場晶彦にすらお手上げだったのを成し遂げたのですから、私からは感謝しかありません」

「え、ああ、そりゃどうも……?」

 

 要領を得ない俺の中途半端な返事の何処に笑うポイントがあったのか、微笑するジャック。さりげなくヤバい話題があった気がするのは全力スルーの方向で。やっぱこの人たち怖い。

 

「あの部外者は私が引き受けます。貴方方はクィネラを」

「ああ」

 

 猛然と突っ込む幼い少女の背に、ふとカーディナルの小さな背が重なる。

 ――いや、大丈夫だ。彼女ならきっと、完勝して帰ってくる。

 いつもの何処か澱んだ冷めた瞳ではない。誰かへの誇りと自負を背負った目をした彼女ならば、どんな相手だろうと確実に勝つと確信出来る。

 

 ……残ったのは、最後の鬼札すら解体され、互角にまで落ちたボロボロの魔女。

 

「いくぞ、クィネラッ!!」

「おのれ……おのれぇぇぇぇえッ!!」

 

 なら今から始まるのは、最終決戦なんて大層なものじゃない。自身を賭けた、満身創痍の頑固者たちの最後の泥試合だ――!

 

 

 

 

 









次回 『Catch the Moment』






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第十六小節 『Catch the Moment』前編

 

 

 

 

 

 血の雨が降り注ぎ、行く度もの暴力が飛び交い、果てには見知った小憎らしいガキンチョがよく分からないヤッベェ能力に覚醒して。遠くに屋敷の見える比較的整えられていた田舎道は疾うの昔に荒れ果て、鉄臭い死臭とは別に濡れそぼった土の匂いが薄霧に混ざり、辺りに立ち昇っている。

 そんな中を、ヨレヨレの状態を気にも留めず歩く。

 進む先にいるのは、此方も肩で息をしている怪物。キリトの打ち込んだ楔以外傷一つないというのに、未だ健在の圧倒的捕食者としての圧は「いつもよりちょいキツい」とギリギリ笑って流せない程度。

 

 とはいえ、だからといってコッソリ逃げ出すのは論外。何気にデスゲームクリア後初めて全員揃ったドラクル騎士団だし、再三ボコボコにされて仕返ししたいというのも乙女心ですし。

 なによりも私の心を埋め尽くすのは、「このまま引き下がるのは、面白くない(・・・・・)」 ただそれだけの感情。

 SAOでもGGOでも、それは変わらない。私が本気を出すのは、私の愉悦の為にのみ。邪魔する奴(須郷)タイムリミットを設けようとする奴(茅場)なぞ排除一択に決まっているし、そんな私を受け入れて、それどころか振り回してくれるヤツなぞ離してやるつもりは毛頭ない。

 

「おい、ピト、下がってろ。俺が、やる」

「は?冗談。私にやらせなさいよ、アンタはもうGGOでやったっしょ?」

「あんな、結末で、満足、できるか」

「たし蟹」

 

 一人で勝手になにやら背負い込んでる……のはまあいいとして。

 隠し事が山盛り……なのもまあいいとして。

 なによりも許せないのは――()()()に断りもなく、何処か遠くへ消え失せようとしている野郎に対して。

 

「エムは防御に徹して。ザザとノーチラスは遊撃、適宜パリィ。私は好き放題するから。ユナちゃんはバフよろ」

「自由、か」

「だって私、武器がもう拳銃とナイフだけだもの。ライフルどころか虎の子ラ◯トセーバーまで壊された私にどうやってパリィ取れと?」

「おい大剣ブンブン丸」

「シャラップ。文句は金属剣未実装のザスカーにドーゾ」

 

 エムがひしゃげた折り畳み防盾から比較的無事な盾を分離させるまでの間、ヤロウ二人と軽口を叩く。後ろからはユナが吟唱スキル使用前の調整に入っているのが聞こえる。

 揃いも揃って既にボロボロ。装備だって主武装は破壊されているかその一歩手前。ハッキリ言ってこれから戦うには心許ない。ましてやサーヴァントとかいう理不尽が相手なら尚更。アドレナリンドパドパ出てるお陰か、ペインアブソーバーが無い割には痛みがないのがせめてもの救いか。

 だけれど、私たちの目に恐れはない。愉悦顔、無表情、呆れ顔等々十人十色……三者三様?まあどっちだっていい。

 

「なに、やることは昔と変わんないわ。所詮は狂人共の戯れ。いつものじゃれあいの延長線」

 

 敵キャスター(クィネラ)とキリトの台詞から大体は察した。多分このオッサンの計画は、ユイちゃんの言ってたアリス云々とは全くの()()()だ。

 手段は如何あれ、目的は真っ当な、少なくとも一般的に悪とは言い難いものなのだろう。或いは女性関係ストイックなヴラドが唯一拘る相手に向けてな辺り、ワンチャン私たちのやることの方が『悪』に分類されるかも分からない。

 

「……それじゃ、精々派手に駄々を捏ねるとしましょうか?!」

 

 エムの準備完了の合図を受けたユナがイントロに入ったのを皮切りに号令を掛ける。

 ――「置いていかないで」と訴える子供のように。「訳を吐け」と募る、仲間として。

 

 

 

「はぁぁっ!!」

「シィッ!」

 

 AGI型のステと活歩(歩法)で一息に距離を詰めたノーチラスとザザ。片手直剣とエストックが心肺を左右から叩かんと迫るが、害意を向けられて漸く我に返ったのか、両腕のガードが剣戟を防ぐ。

 刃を弾いた腕には――はっきりと、ダメージの跡が。

 

 ――よし、攻撃は通るわね!

 

 キリトが何をしたのかは知らないにしろ、傷一つ付けることすら叶わなかったサーヴァントとかいう状態だったのが改善されたのは確認出来た。

 なら続けて私が、とナイフ片手に突貫しようとした目の前でヴラドの姿がブレる。

 直後、吹き飛ばされるノーチラスとザザ。型も何もない、ただ腕を曲げたガード姿勢から伸ばしただけ。ただそれだけの動きが目で追えない。体重の乗っていない裏拳ですら、重打に匹敵する。

 

「安定と信頼の理不尽ねぇっ!」

 

 慌てて銃撃に切り替える。左手に握りっぱなしだったXDM(スプリングフィールド)……が変化したボウガンの矢が真っ直ぐ顔面へと迫り、突き出された左手に食い込む。

 

「あ、やべ」

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ッ!!」

 

 未貫通の弾丸が、鞭の様に振われた手から遠心力で飛び出してくる。慌ててエムの背後に滑り込むことで事なきを得たが、これじゃあ拳銃弾は使えない。欲を言えばライフル、せめてファイブセブンかコンテンダーが欲しくなる。テメェの真名って傘ンとこの生物兵器ですかぁ!?

 攻撃が止んだからか、吟唱バフを撒くユナをタゲる狂戦士。純粋な移動速度ではやはり鈍足なのか、普通に目で見えるスピードで迫る。

 吟唱中はその場から動けないユナを庇い、前に出たエム。構えられた盾を正面突破するつもりかめちゃくちゃなフォームで突き出された拳は、金属と肉体が激突したとは思えないような重い轟音を伴う。

 辛うじて受け流すことに成功したのか、大きく跳ね上がった盾に目立った損傷はない。しかし、武器を持たない一挙手一投足が高火力攻撃となっているヴラドの前で武具を逸らしているのは致命的であり、急いで盾を引き戻そうとする。

 

「く――うぉぉおお!?」

 

 しかし単純な行動速度では相手の方が速い。盾が戻るより先に縁を掴まれ、そのまま振り回される。身体諸共激しく上下左右されるエムの足に当たらない隙を伺おうにも奴さん、あの状態のままジリジリと前進している。そのまま投げ付けてこないのは、盾としても使えると思ったからか。

 こうなったらエムごとブチ抜く?でもこの銃の弾じゃあ貫通力に欠ける。

 

「ザザ!復帰マダー?!」

「うる、せえ!!」

 

 私の叫びにザザが投剣を手に答える。よし、これで強引に隙を作れば!

 アイコンタクトでザザに指示。ナイフに意識を取られた瞬間に私が懐に潜り込んで心臓に五、六発ブチ込んでやる、と殺気立ち――

 

 

「――お、おおおおおおおおおおッ!!」

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ッ――――!?」

 

 ――瞬間、絶叫と共に走った剣線に、ヴラドの両腕が切り落とされる。

 

「ノーチラス!?」

「俺は――今度こそ!自分の手で、ユナを守るんだ!」

 

 その場で回し蹴り。綺麗に直撃したそれはヴラドの体幹を僅かにズラす。蹴り技を出すまでの隙を強引に稼いだノーチラスは、続けて回転斬りで首を狙う。

 

「ああそうだ。俺はもう、誰にも弱虫だなんて言わせない!

 例え戦う相手が、多くのプレイヤーが暴虐の象徴と恐れた、王の血を引く狂戦士だとしても!俺は二度と立ち止まらない!立ち止まって、たまるかぁぁぁああああ!!」

 

 遠心力の乗った一閃は贔屓目に見ても見事という他なく、無理な回避をして姿勢の浮いていたヴラドを大きく吹き飛ばした。

 

「いぃよくやったノーチラス!

 ……つぁ?」

 

 さあ追撃するわよ、と言いかけて。ノーチラスの攻撃がヒットした場所に、紺色の靄が浮かんでいるのが目についた。

 すわ何かの攻撃かと未知の存在に身構えて、

 

 

 

 ――気がつけば、銃抱えたオッサンを銀髪ロリが素手でしばき倒していた。

 

 

 

「は?」

 

 唐突に映った光景に呆気に取られて瞬きすると同時に、視界が元に戻る。さっき見えたのが気のせいだったのかと思ってしまいそうになるが、けれど私には、あの景色に見覚えがあった。

 

「……あれって確か、第三回BoBの時の。でもなんでそんなのが今見えたの?」

 

 武器も防具も私が用意した、私好みの『吸血鬼』。意図せずしてお似合いのアバターすら引き当てたあの時のヴラドの姿は、思い出すだけでニヤけるの(愉悦)が止まらなくなる。とはいえタイミングが異常過ぎて、困惑の方が勝った。

 様子を伺ってみればノーチラスたちにも同じものが見えていたのか、キョロキョロと辺りを窺っている。

 

「おっとと、前前前っ!?」

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎――――ッ!!」

 

 しかし今は戦闘中。呆けてる場合ではなく、突進してきたヴラドの一打に合わせて矢を数発撃ち込む。咄嗟だったからかあまり命中せず、唯一当たった一発もとっくに再生の済んでいた手に防がれる。まあタゲられてたノーチラスが回避する隙は作れたので結果的にヨシ!

 次いで奴さんが狙ったのは私。理性の無い猪宜しく突進一辺倒なのは読みやすくて大歓迎。大振りの横薙ぎハンマーパンチにタイミングを合わせて跳び、弾倉に有るだけの弾を吐き出すついでにナイフを肩関節に突き刺してやろうとして、()()()()()()()

 

「ファッ!?ヘルプヘルプゥゥウ!?」

「この、バカ!」

 

 大振りな攻撃直後で硬直していたのが幸いし、振り返りざまの回し蹴りにザザの裡門頂肘(肘打ち)が間に合った。

 衝撃音と共に二人を襲う激しいノックバックによって押し戻されるのを尻目に、思考を巡らせる。

 

 ――跳んだ高さ。銃撃の反動。ナイフのリーチ。全て想定の範囲内に収まっていて、あの一差しは必中の筈だった。だというのに外した。

 回避された?いや、普段なら兎も角、今のヴラドにそんな小細工を弄する思考はおそらくない。なら何かしらの想定外がある筈。

 

 再び突進を繰り出すヴラド。澱んだ静脈血の様な色の瞳をした化物は、不気味な靄を纏っている。黒と紅の暗色に包まれた中で、胴に刻まれた十字の傷だけが、蒼い粒子を伴い主張している。

 

「あ、体格戻ってら。成る程、そりゃリーチ足りないわ」

 

 ヴラドが投げ付けられる投剣を意に介さず突き進むのに対し、構わず追撃の弾幕を放つザザ。

 投げ返されたナイフを撃墜して発生させた空白地帯を再び活歩で詰めるザザ。両腕で挟み込む形に爪が迫るが、身を沈めての斧刃脚(ローキック)が先んじて足首を砕いた。

 ――体格だけじゃない。攻撃力も防御力もスピードも、さっきより明らかに落ちはじめている。攻撃へと昇華されていた余波一つ々はただ鬱陶しい衝撃へと落ち。攻撃の前振り、タメと技後硬直以外まともに見切れなかったのが、その軌道を見出せるようになっている。

 切っ掛けは多分、ノーチラスの一撃が、キリトの刻んだ跡に当たったからだろう。さっきの意味不明な幻覚も、ちょうど攻撃直後だったし。

 

 つまり――あの傷跡が、弱点だ。

 百年前の小説家が書き記した怪物、そしてその化物から派生し続ける存在へと集った伝説・信仰。その信仰(畏怖)を以って、人外の領域へとのし上がった彼に刻まれた、後付けのアキレス腱。神秘に包まれた肉体に残された(刻まれた)、人の子の証明。

 あれを叩き続ければ。万人から集められた吸血鬼像を全部削ぎ落とすか、中に埋没しているヴラド個人の意思を引っ張り出すかすれば、私たちの勝ち!

 

「はっ。随分とまあ、律儀な『バケモノ』だこと」

 

 ザザの連撃を再生能力によるゴリ押しで突破したヴラドの反撃。後頭部を掴もうと伸びた右手に向けてナイフを突き立て、その柄頭に向けて発砲、細い骨の間を切り抜いて貫通させる。

 鈍ったとはいえ、ただでさえバケモノバケモノしてるステータスがデフォのヴラドに更にバフかかってる性能の相手には違いない。

 消耗しているザザと入れ替わり(スイッチ)、血塗れのナイフを下から逆手に掴み取ると同時に切り返し、変則的な唐竹割りを放つ。避けられる。想定内。

 返しに蹴り上げが飛んでくる。軸足を踏みしめる、分かりやすい予備動作。膝が曲がり、腿が上がり。直後に音速で爪先が迫るだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ハッハー!!うん、やっぱアンタ人間辞めすぎ!!」

「⬛︎⬛︎ッ!」

 

 軌道上に刃を置くと。後は相手の力に任せれば切断される。重量の急変によりバランスが崩れ、続く踵落としまでに数コンマ、動きが止まる。

 その隙にガタが来たナイフの鋒を軸足の膝に捻じ込む。普段ならまだしも、バーサクして癖を隠そうともしていない今なら、反射的に出る慣れた動きを阻害するだけで効果があるはず。

 その勢いのまま股下を潜り抜ける。直後、漸く足が振り下ろされ、軽く大地が揺れる。

 

「⬛︎⬛︎………!」

「そうそう怒れ怒れ!そうやってアンタ自身の意思をハッキリさせろ!」

 

 挑発に乗ったヴラドが手刀を突き出してくるが、それはノーチラスによって再び切断される。

 

 ――キリトはこいつのことを英雄(人間)と呼んだ。それを否定するつもりはないが、(こと)殴り合いに関しては、相手は文句無しにバケモノだ。そんな相手と既にボコられた状態でやり合おうとするなら、頻繁にスイッチをする遅延戦術、耐久戦が必須となる。首尾良くこのまま削り続けられればまた話は変わってくるが、現状のアイツと拮抗出来ているのはユナの歌バフのお陰。

 じゃあ延々数時間かけて嬲れるのかといえば、ぶっちゃけ論外。これがアイツと私たちの個人的喧嘩だけなら幾らでも付き合ってやれるんだけど、ユナが持たない。それ以外にも、あんまり時間をかけたくない理由はまだある。

 

 ノーチラスが躱しそこねたタックルをエムが足元に壊れた防盾を蹴り込んで妨害し、そのままスイッチしたのを横目に収めながらリロードする。

 垂直に落ちた弾倉を思いっきり蹴り上げ――流れ弾に当たって、木っ端微塵に砕けた。

 

「なにあれ、怖っ」

 

 キリトと愉快なお友達〜ダブルデート編〜の方も残念ながら余裕は無いようで、ランちゃんの『奉る王律の鍵(バヴ=イル)』も斯くやな魔法の雨霰を、四人で切り拓いている。漆黒の奔流やら渦巻く流氷やら金ピカ千◯桜やらが弾幕を呑み込み、相手に迫る光景に、味方ながら肝が冷える。しかし味方もヤベーが、それと互角に渡り合っている相手も大概。数百の光弾を無詠唱で事も無げに展開しているのは今更ながら、それを剣士三人相手に互角以上に切り結びながら維持してる。

 ていうか、あの辺りなんか空間おかしくなってない?お相手さん、なんかキリトと一合切り結んで顔歪ませた瞬間、一気に圧が増したし。サチちゃんと相手の視線(聖杯と聖杯)がぶつかるたび、極彩色に歪んだり、明らか間合いの外の地面が爆発してるんだけど?

 

 流石にあの中に飛び込む勇気は無いが、相手(クィネラ)の注意を引く方法はある。あっちが完全に拮抗しているが、ヴラドが加勢に入れば天秤は確実にあっちに傾く。逆に私たちがヴラドの撃破に成功すれば、高確率でその時点で相手は戦意喪失するだろう。

 

 

 『――バーサーカー。バーサーカー!』

 

 ……ほんの数分前、クィネラを撃破寸前まで追い込んだ時のあの様子は。とても、我欲でヴラドを手駒にした魔女とは思えなかった。どっちかといえば、逆。彼女が惹かれた側。枯れ果てた死ねずの君に中てられた、夢破れた夢にそうと知って尚も手を伸ばす少女のように見えた。

 

 

「ま、私の知ったこっちゃないわね」

 

 閑話休題。元々私たちがアンダーワールドにアバターをコンバートした理由は、アリスを奪おうとする敵組織の魔の手を撃破、乃至(ないし)は彼女を守り切ること。言っちゃなんだけれど、ジャック嬢の言動からしてヴラドが敵側(アメリカ側)についているとは考え難い以上、無理に今此処で撃破する必要はない。ていうか仮にそうなら、不得意を自称しながらアインクラッドで腹芸も熟し、ここまで拗らせるレベルで隠し事を抱え込めるアイツのことだ。味方のフリして横から掻っ攫うとか、もっとやりようがあるだろうに。

 とはいえ、リアルからの参戦したプレイヤーをサーヴァント化させた辺り、全くの無関係ではないだろう。私たちを呼び寄せたのは、襲撃者側が手軽な兵隊としてアメリカ人プレイヤーを騙して招き入れたことへのカウンターだったのだから。だとすれば、寧ろヴラド側の人間が襲撃者に紛れ込んでる?うっわやりそう。

 纏めれば、ヴラド・キャスター組の立ち位置は、ラース組、襲撃者(アメリカ)組でもない第三勢力ということになる。

 

 さて、それでもって肝心のアリスはバケモノが跋扈しているここにいて。しかも当の襲撃者側の動きが戦力投入以外ないことから鑑みるに、多分漁夫の利を狙ってるのだろう。

 さっきクィネラが腕の紋様をヴラドに使った時点で私たちが斃れていたら、そんな横あいから機を伺っている連中なぞ擦り潰せただろうが、怪物の座から引き上げられ、戦闘力の低下したヴラドでは断言できない。

 

 ならば必要な結果は――余力を残した上での勝利。

 武器を使い果たしてはならない。体力を尽かせてはいけない。

 

 うーん無茶振りぃ、という泣き言を噛み潰し、ハンドサインでザザを呼び寄せる。

 

「なん、だ?」

「武器後どんくらい残ってる?」

「……ツェリスカが十五。バレットはラス一セット。ナイフは八」

「ナイフ二本チョーダイ」

 

 素早く残弾を確認したザザに強請ると、何も言わずに軽く袖を振った。射出装置付きの鞘から飛び出たナイフを受け取る。

 

「ついでにヴラドのこと、三十秒くらい一人で抑え切れる?ちょっち作戦会議したい」

「それが、出来れば、とっくに、斃してる」

「デスヨネー」

 

 頭に思い浮かんだ奇策をノーチラスたちに伝える時間が欲しかったのだけれど、そう言われては仕方がない。

 ユナちゃん連れてゴリ押すかと、最小限の言葉で伝達する為に言葉を選んでいると、何故かリボルバーとしての形状を保てているプファイファー・Tで援護射撃をしているザザが呟く。

 

「……あの人の、攻撃は、薙ぎ払いを除けば、全て、右側から、発生している」

 

 拳、刺突、蹴り、タックル。じっくり観察するまでもなく、その全てが右半身からとんでいる。防御に集中しているエムが私たちから見てやや左、一番威力を殺しやすく、発生も潰せる場所に陣取っているし、ノーチラスもヴラドの左後ろに張り付いている。

 旧SAOでも、素手で戦う時は利き手での寸勁の威力と発生速度は割とマジで洒落にならなかった。

 

「ええ、そうね。それが?」

五分(一曲)で、決めろ。右は、俺が請け負う」

「――」

 

 一言も言ってない策の内容を言い当てられ、思わずザザの顔をマジマジと覗き込んでしまう。似合ってない赫目の髑髏にはヒビが入り、茶髪に童顔が見えている。

 

「……どやったの?」

「お前と、何年、付き合ったと、思ってるんだ」

 

 呆れた視線を寄越しながら、全弾キッチリ当てるザザ。ノーチラスたちも相当頑張っているのかちょくちょく例の幻覚は見えているが、その殆どがヴラドとは無関係――どっかの誰かがアイツと結び付けた『吸血鬼(ドラキュラ)』の記録なのに対し、ザザが急所に叩き込んだ一発は、再びGGOでの一戦、ヴラド本人の記憶を引き出した。

 

「オッケー、任せた」

「任された。タイミングは、任せる」

「じゃあ七秒後!」

 

 ザザがツェリスカのリロードを始めると同時に、丁度歌詞の一番が終わったユナ目掛けて走る。

 伴奏も間奏もなく二番に入ろうとしていた彼女の手を掴み、ついでに道中で機関部がひしゃげたロングクロスボウ(アサルトライフルだったもの)を拾う。

 

「さぁ――第二幕の始まり始まり!!」

 

 

 

 

 









 ――嵐の夜が来ても、揺らいだりはしない

 逃がさないよ僕は
 この瞬間を掴め


次回 『Catch the Moment』後編






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第十七小節 『Catch the Moment』後編

 

 

 

 

 

「ユナ!私がリードするからメインヨロ!」

 

 意味が伝わっていると信じてユナに最低限の考えだけ伝え、ロングボウのバレル部を握って突撃する。

 

「おい、それどういう意味だ!?」

「聞け。察し、ろ」

「くそ、また無茶振りか!」

 

 ユナ(非戦闘員)が間合いに来た事でノーチラスが吠えたが、すぐさま切り替えて構える。

 攻撃より回避に重点を置きヴラドをその場に釘付けにしていたザザとノーチラスが、エムが注意を引いた瞬間、同時に化け物の腕を落としにかかり、未だ鈍りを見せない剣線が、天頭堕(掴み技)の応用での握り潰しが肩口から先を粉砕した。

 

「オォ――」

「⬛︎⬛︎⬛︎ ――――」

 

 即座にフェイントを仕掛けたエム。急所たる心臓を守ろうと、素直に乗せられたヴラドが腕を再生する傍ら回し蹴りを放つ。

 防御を想定してか胴程の高さを薙ぎ払うそれを屈んで回避したエムは、素早く反時計回りに動く。

 

 ――これで準備は揃った。正面に立つ私の事は、ほぼ戦力としてはアテにならないユナを連れているからか殆ど警戒しておらず、その大半を左右から挟み込んでいる野郎三人に向けられている。

 数のいる左手側を先に散らすつもりか、鉤爪状に開かれた右手が振り上げられ――ザザのプファイファーが爪を粉微塵にし、反動で跳ね上がった銃床で殴りかかる。

 続く殴打を防ごうと、そのまま血の溢れる右手首を突き出す。左腕は防御に充てているのか、所在なげにエム・ノーチラスに対し揺れるのみ。

 

 そんな明確な隙に対して。攻撃するでもなく、銃口を握ったロングボウで軽く肩を叩きリズムを取りながら、小さく息を吸った。

 

 

「――♪そっと 吐き出すため息を吸い込んだ――」

 

 

 夜闇の下。月も星もない暗い空に、澄んだ歌声が遠く響く。

 口ずさむ曲には吟唱バフが乗り、足がその場に縫い留められる。システム上もう一歩も動くことはできず、手にある武器も、壊れていて本来の用途(銃撃)には使えないが故に握るのを許されているのみ。

 ああ。悔しいけど、これが限界。これが、()()()()()精一杯。

 これが、書いて座って弾いて歌う私に(シンガーソングライター)できること。

 

 ……じゃあ、こういうのはどうよ?ねえヴラド。それとついでにヒース(茅場)

 

 

 

 徐々にアップテンポに。徐々にテンションを上げて!

 

「――♪やりなおしたら キミに」

「「♪出会えないかもっ!!」」

 

 サビに入る瞬間、ユナに合わせて――二人同時に()()()()()!!

 

 

「⬛︎⬛︎ッ――――!?」

 

 

 不恰好ながら体重の乗った一撃がクリーンヒット。ヴラドにとって完全に予想外の攻撃に、防御、回避、迎撃のいずれも間に合わず、驚愕の声が漏れる。

 

 ――教えてあげるわ、ヴラド。今時のアイドルってのはね。歌って、()()モンよ!

 

 戦い慣れてないユナを私がリードして。派手に動きながら歌う事に慣れてない私はユナにリードされて。サビの歌詞に合わせてデュエットでの連撃が、面白いように急所に吸い込まれていく。

 ヴラドも数テンポ以上遅れて私たちの作戦に気が付いたのか、他の全てを無視して拳を振り上げ、蹴りを放とうとするが、一発たりともユナと私のライブを邪魔することは叶わない。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎ッ!?!」

「――させるか!」

「――遅、い!」

 

 なりふり構わない暴力の嵐の只中で。指が潰れようとも、膝が悲鳴をあげようと、人の力が災厄に抗っていた。

 刃毀れを無視してソードスキルをブッ放し続けて。二年の歳月を注ぎ込んで物にした、普通の人間なら一撃で屠る連撃が。『片手足分の攻撃を前に進ませない』という、字面だけなぞればやり過ぎとしか言いようのない、けれど実現するのは困難極める結果を求めて振われる。

 

「⬛︎⬛︎!?⬛︎⬛︎⬛︎ァッ――――!!」

 

 ひび割れ、ノイズの走る絶叫。絶望を真正面から払う天上の唄と、大地の底から恐怖の呼声が鬩ぎ合う。

 胸に刻まれた傷口は幾重にも線が走り、巨大な穴となっている。脳裏を掠める光景も、三人称(誰かの記録)から徐々に近しい誰かのものへと、一人称(記憶)へと変わり。瞬間は段々と過去へと遡る。

 

 

 

 嘗て導いた少年の果たした結果に、達成感に満たされた笑みがあった。

 

 

 地形すら武器にした、究極の一同士の激戦があった。

 

 

 悪辣なる泥棒の王を捻り潰した、怪物の王がいた。

 

 

 誰もが死を覚悟した骸の百足を、圧倒的な暴力が襲った。

 

 

 もう一人の『最()』ですら、その矛を前には無事では済まない。

 

 

 多腕の仏像を破壊し、その『最強』を証明し。

 

 

 並大抵の雑魚では、その足を止める事さえ叶わず。

 

 

 

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――気がつけば、意識は焼け野原にいた。

 

 

  業火の中で、褐色肌の美しい少女の額に、銃口を押し付けて。

 

 

 力無く沈む手を、寸前で握った。炎の中で消えかけていた命に、手が届いた。

 

 

 

 

 

「ぃっ――っつぅ!?」

 

 肩に走る鋭い痛みに、ボケっとしていた意識が引き戻される。

 ……流れ込んできた記憶は、どれも覚えのある場面ばかり。アイツが『吸血鬼』と呼ばれる所以。

 なら行き着く先は、あの『騎士』だとばかり思っていた。だというのに、あの記憶は――

 

 肩に刺さったナイフ――ザザの使うダガーとは違う、細長い刀身を持つ十字架型の投剣を引き抜く。こんな投げるのにも振るうのにも不便そうな物を好んで扱う奴を、私は一人しか知らない。

 誰も彼もが攻撃の手を止め、ユナはアドリブ間奏で無理矢理繋いでいて。全員の顔に浮かぶ表情が、そのなんとも言えない静けさが、さっきの光景が見間違いでなく。私の予想が現実のものであると証明していた。

 

 

「よ、大将。気分はいかが?」

「…………何処までだ。何処まで見た?」

 

 

 ――暗く濁っていた瞳は。『鮮血の伝承』と呼ぶに相応しい紅の虹彩を以て、私たちを見渡していた。

 外見はよく知るヴラドの姿をしていて。それでもその姿は、デスゲームで見知った筈の『王サマ』とは少し違って見えた。

 魂をどうこうしようとするラースの実験場だから剥き出しになれた、ヤツそのもの。魂の形。

 自己否定故に老人の(憧れた)姿をしながら、けれど己の過去(若かりし頃)を棄てきれないでいる。老いと若き。人間と化物。英雄と怪物。生者と死者。表裏一体にして真逆の存在が、どういう訳か混ざり合った成れの果て。

 それが、今。私たちの目前に立つ存在だった。

 

「答えよ。俺は、何処まで見たと聞いている!」

 

 ザザのオリジナル――正確に言うならばジャックが原点だろうナイフの弾幕が放たれる。数は一度で放てる最大本数の八本。

 野郎どもに向けられた分は無視し、私とユナを狙う四本の内命中段である二発を、剣っぽく握ったロングボウで叩き落とす。

 いつもなら二段目がカッ飛んでくる基点となる技なのだが、激情のままに放たれたからだろう。追撃はなかった。

 

「……何もかも――ってカッコつけたかった所だったけど、実際半分強ってとこかしら。大体は私たちにも覚えのあるのばっかりだったし。

 唯一違うのは……あの惨状かしらね」

 

 未だ脳裏には業火の赤燻っている。鼻を澄ませれば、香るのは鉄臭い血の匂いではなく、タンパク質が焼ける――人が焼ける異臭がつく。

 同時に、いくつかの疑問も氷解した。

 

 ――四年がかりでここまで力をつけてきた私たちだが、ならば圧倒的なプレイヤースキルを持つコイツは、何年モノだ?

 デスゲーム当日の、その日の時点で十全に槍をブン回して無双して見せたヴラド。ヤツにとっての全てが始まった、或いは終わりを告げた一発の弾丸。記憶では、拳銃を握る手は大分若々しく見えた。成人したかしないか程度の、丁度若ヴラド(バーサーカー)くらいの年頃の手に見えた。

 それからずっと、およそ二十年鍛えていたのだとすれば。その肉体と精神に蓄積された経験値は、成る程。周りがレベル一桁の初心者の中に一人だけ強くてニューゲームしてた訳だ。そりゃまともに拳を握ったことすらない一般ゲーマーからしてみれば、紛う事なき『バケモノ』である。

 

 そしてもう一つ。アイツがあれだけの、私が満足出来るだけの『殺気』を放てたのも、あれが切っ掛けなのだろう。

 彼にとっての大切な人だったか。そればかりは、もういっぺん、より深く()()なければ分からない。

 だがそんな相手を、その手で殺したアイツだからこそ。私の渇望を潤すに足る殺意を放てた。結局最後の最後までギルメンに一度も殺させなかったクセに、ラフコフすら恐怖させた、殺戮者の狂気を放ててしまった。

 

 これがアイツの、人間としての強さの秘密。血筋に証明された才能を、一個の完成形へと進化させた努力の前日譚。血と熱と慟哭に塗れた序曲。

 

 

「もしかして。ジョニーの、言ってた、『蟹』は、そういう意味、だったのか」

 

 返答は、言葉よりも明確に示された。

 ナイフを引き抜くのと同じモーションで出現した拳銃。ヴラドらしからぬ軽い攻撃音がザザの足元を穿つ。

 その手にあったのは。

 

「……ベレッタM9。しかもそれ、アンタがGGO来るって時に注文したのと似たカスタムに見えるのは気のせいかしら?」

 

 話に聞く心意とやらの産物だったのか、一発撃って直ぐに虚空に消えた拳銃を見て、思わず頬が引き攣る。

 こりゃシノノンが必要以上に怯える訳だ。似たような過去を抱えておきながら、向こうはそのトラウマを乗り越えるのに必死だったってのに対し、コイツときたらサラッと同じ得物を人に向けようとしてやがった。プファイファーを渡した当時の私よ、GJ(よくやった)

 

 とはいえ、ヴラドにとっても拳銃が出るのは予想外だったらしく、僅かに硝煙香る右手を睨んでいた。本来なら到底知り得るはずなかっただろう情報を、それもザザによって開示されたことで動揺したのだろう。

 

「……そこまで割れているならば構わぬ。

 貴様らが垣間見た光景は、二十年前、とある南海の孤島での出来事だ。現地の言葉で『蟹』を意味する名を付けられた島だった」

 

 不自然に白い手を握り込み、唐突に独白が始まる。流石の奴さんも思うところがあったらしい。

 が。

 

 

「あ、ごめん。そういうの後にしてもらっていい?」

「――――――――――――――は?」

 

 本気で意味が分からないと呆然とした間抜けズラ目掛けて、ロングボウのストックをフルスイング。ストライク(直撃)、バッター(の手によってノック)アウト!

 清々しい程綺麗に決まった一撃によって吹っ飛ぶ長躯。あ、折角ならザザにやらせた方が威力出たかしら。

 

「しょ、正気か貴様!?いや、愚問であったか。とはいえ空気を読むことすら放棄したか、ピトフーイ!」

KY(空気読めてないの)はアンタよギルマス」

「おのれ――っ!」

 

 どうせならそのままぶっ倒れりゃよかったものを、丁寧に足から着地するヴラド。

 私が暴走するのはよくあったことだし、さもありなんとこっちを警戒しつつも一瞬硬直した隙を狙いザザとノーチラスが斬りかかったことで、漸く自分が一番狂ってる自覚が出てきたらしい。意識的か無意識にか、回避先を誘導され、再び私たちに囲まれた位置に――話すのにも殴るのにも殴られるのにも丁度いい間合いに戻ってきた。

 いつだって余裕綽々か、時々追い詰められても『自分は挑まれる側』と言わんばかりに大胆不敵に笑っていたその顔には、珍しく愕然とした色が浮かんでいた。

 しかし腹立たしいことに動揺はあんまり長続きせず、ぐるっと私たちを見回した頃には腑に落ちたと、ニヒルに口元を歪ませる。

 

「……まあ、道理か。俺の様な半端者なぞ、動機なぞ聞くまでもなく張り倒せばよかろう。なんであれ、先に弓引いたのは俺だからな」

 

 一瞬気まずそうに目を伏せると、両手を強く握り込む。

 どうせ、その胸中は後悔まみれで。その癖やらかしたことへの責任がーとかいって、戦うつもりなのだろう。

 あんだけお似合いコンビのジャック嬢とすら協力せずに、一人勝手に万能の願望機とやらに縋るだけの理由があるのだろうに。この期に及んでそんなツラを見せるくらい悩んでいるのに、それでもなお、仕方ないと受け入れてしまっている。しかも割り切れてないばかりに、あんな言語すら真面に通じない狂人の真似事まで始める始末。

 

 それが、どうしようもなく()()()()()

 

 

「おいオッサン。ブン殴る前に一個聞かせなさい。

 アンタが聖杯に何を望んだのかは聞かないけど。それが叶った時、アンタはその結果に誇りを持てるの?」

「当然だ」

 

 伏せっていた瞳に力が入る。

 紅に輝く瞳孔に、憧憬が、慟哭が、妄執が、悔恨が、怨讐が、憤怒が、悲哀が、次々と流れ込む。幾つもの感情がない交ぜになり、一本の糸に撚り合わせっていく。

 ……何処までも赤い、紅い、緋い。鮮血の糸。

 

「二十年前のあの夜に。四十年前のあの満月の夜に。余は、俺は、我が願いの成就に全てを賭けると誓った。故に今俺はここにいる。

 獣をも喰らうサーヴァント・バーサーカーとしてここにいる。権威と権力ある貴族、ブライアン・スターコウジュとしてあそこに居た。

 それこそが我が証明!それこそが俺が求める我が最期である!」

 

 言葉を紡ぐうちに狂化によって散り散りだった思考が纏まってきたのか、最後の方には、嘗てデスゲームにおいて。誰もが絶望に沈んだあの夜に於いて、多くのプレイヤーを引き挙げた夜の王が戻ってきていた。

 

 

「ああ、そう。やっぱりアンタはそうじゃないとね。うん。じゃあこうしましょう!」

 

 ――願いなど知らぬ。慟哭など知らぬ。

 アラフォーのヤツの宣う、四十年前の夜の出来事なんて、想像すらつかない。

 

 だけど私にも分かることはある。

 私たちは武器を以て語り合った仲だ。

 いつくたばるとも知れぬ戦場の中で、嗤いあった仲だ。

 そして、アイツはいつだって。悪投ヅラしながら、結局は正義としてあり続けた。

 殺したって構わない様なふざけた連中すら、私たちには殺させず。見捨てたって構わない様なノロマすら、結局は守り切ってみせた。

 それでいて今更ラスボスムーブ?へいゆー、私の異名を忘れないでよ。

 私はピトフーイ(触れたら死ぬ毒鳥)。またの名を――

 

 

「――来いよ、極刑王(カズィクル・ベイ)。アンタの前に立ち塞がるは、アインクラッド最強のギルド。正真正銘、ワルプルギスの騎士。

 その願いを叶えたくば――私たちを乗り越えてみせろ!!」

 

 ――『魔王』ピトフーイ。

 

 

 宣言と同時、一歩。思いっきり踏み込む。

 完全なゼロ距離。銃も剣も、ともすれば拳すら届かぬ内側で。振り上げた肘が、鳩尾に潜り込む。

 

「がっ――馬鹿な。それは――」

「当たり前でしょ。BoB前のザザのスパーリング相手はこの私よ?」

 

 全体重の乗った、体当たり。アバターを殴ったのとはまた違う、内臓を叩き潰しただろう気色の悪い感触が伝わる。リアルなら致命傷待ったなし。

 だというのに、ヴラドは平然と動く。衝撃で後ろに蹈鞴を踏み、わずかに空いた間合いに拳を潜らせる。さてはコイツ痛覚無い?

 

「クッ。だがまだ甘い――」

「甘いのは、どっちだ!?」

 

 回避不能の一撃。だが必中を期す為に集中した一瞬が隙となる。

 ザザが拳を刺し砕き、解けたガードの下目掛けてノーチラスが斬撃を捩じ込む。

 

「貴様ら!?なんのつもりだ?!」

「なんのつもり?お前、ユナがここまで頑張ってるのに、俺がそれを無駄にさせる訳ないだろ!!」

「動機が狂っとる!?」

 

 若干引きながらも膝のガードが割り込まれる。あそこまで戻っているなら、おそらくあと一発も入れられれば完璧だ。それで完全に『鮮血の伝承』は解除される。

 ……その一撃が、果てしなく遠いのが問題だけど。銃弾切りすら熟すバカ高い技量は、唯々身体能力によるゴリ押ししかしてこなかったさっきまでの頭バーサーカーより厄介さがダンチ。数で囲んでも勝てるかどうか。

 

 

「――ならば、俺が、相手だ。言ったはず、だ。右は、請け負うと」

 

 再生を終えた右腕が、又しても爆散する。

 怪物の肉体が、人間の拳によって砕かれるという超常。或いはそれは、諦め(人道)を踏破した人間にこそ許された異能か。

 それでも、相手は右手を粉砕してなおそれが牽制にしかならない。だがそれで十分だった。

 

 

「よしユナ。歌うよ!」

「うん!」

 

 アドリブを引き継ぎ、息を揃える。流石はアイドル、タイミングはバッチリ!

 間奏で数テンポ助走を付け、言葉を紡ぐ。すぐにサビに入るまで。ほんの短い数文の歌詞はけれど、確かに魂に通じた。

 

 ――SAOの頃ヴラドが言っていたことだけれど、曰く本人に戦いの才能はない。寧ろ才能の有無だけで言えば、演奏家だそうな。

 当然冗談だと思ったが、アインクラッドで『エルザ』として活躍するにあたって、当時既にアイツのリアルスキルには散々世話になってたから否定しきれなかったんだっけか。

 

 楽しい思い出話はさておき。戦いには『リズム』というものが存在する。攻めるタイミング。守りを固めるタイミング。呼吸、視線と、人によってテンポは様々。ボクシングをイメージすれば分かりやすいだろうか。アクションゲーなんかも、突き詰めればリズムゲーになるっていうし。

 ということは、自称演奏家なヴラドの目の前で、そんな無意識の癖を飲み込む勢いで歌えばどうなるだろう?それも、アイツも知ってる曲なら?

 

 

「おお――――おおおおおおおおお!!」

「――ッ!」

「チィ!おのれピトフーイおのれ貴様ァ!」

 

 踏み込み、インパクト、ガード。その全てが、自然と五線譜に散りばめられた音符(オタマジャクジ)にシンクロしてゆき鳴り響く。乗せられている自覚はあるのか、強引にテンポを外した攻撃が私たち目掛け振われるが、体重の乗らない中途半端な威力程度なら歌いながらでも受け流せるし、一拍遅れたヤツの身体に遠慮なく刃が喰い込む。

 まるで情熱的なダンスの様に動きが誘導される。テンションは最高潮!曲は再びサビへ!

 

 ――寸勁、抑えた!

 ――左膝貰った!

 ――左手回復早ない?!

 ――あはは、たーのしー!

 ――煩わしいは貴様ら!!

 

 最高潮のテンションの歌詞に、気が付けば意識がシンクロしていたのだろう。もう声か思念なのかすら不明瞭な意識がごちゃ混ぜに、けれどクリアに伝わる。

 リズムに合わせ最適解の動きが確立され、半ばトランス状態の意識。平時でこれを再現しようとすれば、冗談の一つも飛ばせない程の極限の集中力を要する状況だが、不思議と思考に余裕があった。それこそ、冗談を飛ばしたり。

 

 ――このままでは負ける、という最悪が浮かぶ程度には。

 確かにリズムに乗せている現状、ヴラドの動きは制限出来ている。だがそれはこっちも同じ。オマケに一対五の数的有利を取ってこれ。これで才能ないとか嘘だろお前。

 何より問題なのは、もうすぐ、サビが終わる。ラッシュが途切れれば、行動の矯正(シンクロ)が弱まる。その隙を突かれて距離を開けるなり吸血鬼のスキルを使うなりされれば逆転されかねない。

 そして、ヴラドは。この曲を知っている。

 

 

「「――♪集めた一秒を 永遠にして 行けるかな!!」」

 

 ……勢いが収まる。サビではある。すぐにフォルテッシモがかかる。時間にすれば、ほんの十数秒。

 それだけあれば十分。誰もがそう思った。追い討ちの一撃が左腕一本で防ぎきられ。引き絞られた右掌には、無限槍(宝具)の溜めが見えた。

 これはどうしようもないと、理性が認識を――

 

 

 

 

 

 

 

 ――ありがとう。彼と一緒に笑ってくれて。

 ――だからさ、  。生きてる今、この瞬間を掴んで。きっと、幸せになって。

 

 

 

 

 

 

 

 ……シンクロした意識に、誰かの意思が混線した。ほんの一瞬。

 全く覚えのない/聞き覚えのある声に、思わず目があって。

 

 

 直後、ヴラドの勢いが落ちた。

 

「ガ、あ…………?」

 

 ばつん。

 太いゴムが断ち切られた様な異音。発生源は、直ぐに目についた。

 防御の為に突き出された筈の左手。当たり判定を広げようと大きく開かれた掌全体を覆う様にヒビが入っている。いくら切ろうが突こうが撃ち抜こうが、ダメージが入った側から碌に血すら垂れずに即座に回復していた箇所に、明確な『傷』が出来ていた。

 ()()はそれだけで収まらない。手に広がるヒビは手首から指先まで満遍なく伝わり、不自然なまでに脱力していた。

 

「ば、かな。何故、なんで――」

 

 唖然と。いや、初めて見る絶望の色が、顔に浮かぶ。

 今発生している現象に対して、受け入れられないと。受け入れてしまえば、何かが()()()()()()()と。

 

 理解の埒外に硬直するヴラド。隙だらけのソイツに攻撃を躊躇ったのは一瞬だったが、うっすら、誰かに背中を押された気がした。

 

 

「――♪汗をかいて 走った 世界の 秒針が」

 

 

 導かれるまま歌い、()を振るう。気が付けば全身の傷は、キリトが傷を治したのと同じ燐光に包まれて消えていて、それと同時に全身に力が漲ってくる。

 

「……なんでだ。俺は、俺はただ、」

 

 ダメージの衝撃で復帰したヴラドが、今更武器を展開しようと再度無限槍を溜め直すが、それすらも妨害された。

 無限槍は『自身の(HP)で槍を成製する』という設定上、血を流せる箇所が無ければ槍を取り出せない。だが割り込んできた誰かさんは、ヴラドがダメージを受けた側から傷を癒やして止血している。あれじゃあ血の杭は出せない。

 どうやら体内のガタはそれだけじゃないようで、動きは極端に精彩を欠き。とっておきの切り札も不発に終わった。実年齢よりもう少し若めに見えていた顔も、更に若くなりつつある。

 

「――オオオオオオォオオオオッ!!」

 

 それでも生意地汚く拳を握る。バーサク時と同じ、型も何もない、トドメに力すら失くしたテレフォンパンチ。

 どれだけ格好悪くても。どれだけあり得ない可能性でも勝利を掴もうとする少年が、そこにはいた。

 ……その願いの為に、負けなければならない少年がいた。

 

 

 

 

 

 そして、遂に。

 

 歌詞のラストと同時に、最後の一撃が届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









 ――三人がかりでの武装完全支配術(真名解放)すら、神聖術で真正面から相殺してみせた魔術の英霊。
 無限の弾幕。その全てが、この世界(アンダーワールド)を支える理に於いて究極の一。この世に生ける者が超えられるはずのない、境目にある術理。

 それを平然と、さも誰でも扱える初歩的なものであるかの様に連射するクィネラ。俺たちがほんの刹那にも満たない技後硬直に苛まれる隙に、再び数千もの魔術の閃光が装填される。
 まず間違いなく追い込めてはいる。瑞々しい肢体は所々ケロイド状になったままで回復に回すだけの余剰はなく。親切などこかの誰かが砕いておいたのか、ソードゴーレムの気配は感じられない。いつの間にか神聖術を習得したのか、サチによる援護は的確に敵の手札を削ぎ落とし、剣を握る右腕はだいぶ前に吹き飛んでいた。
 そんな圧倒的に有利な状況にも関わらず、互角にまで持ち込まれている。満足に近付くことさえ出来ず、敵の神聖術を防ぐか、此方の大技を撃墜されるやりとりが繰り返されている。生死の理すら乗り越えた相手の執念に冷や汗を垂らし。
 だが俺は、勝利を確信していた。そして今、その確信は現実となった。


 ――終わりは、余りにも唐突に訪れた。


「……バーサーカー?」

 集中が乱れる。
 令呪は既に使いきられ、それでも辛うじて繋がっているパス越しに伝わった異常。
 一瞬そちらに意識を取られたクィネラ。それは、眼前に立ち塞がる敵を物理的に打倒出来る、最後のチャンス。

 アーチャーによって強化された脚力で一息に距離を詰め、あの時剣で貫いたのと同じ場所に鋒を向ける。
 あとは腕に力を込めれば、心臓を破壊出来る。この距離であれば回避なんてさせないし、どんな抵抗よりも先に刺し貫ける。
 クィネラもそれを理解したのだろう。遅れながらも展開された術式は、力無くその燐光を萎ませて。遥か以前に満身創痍を通り過ぎた火傷だらけの身体は、気を保っていなければ次の瞬間に崩れ落ちても不思議は無さそうに見えた。

 そこまで行って、俺は、ヤツにトドメを刺す最大の好機を、

 ――敢えて、見逃した。

「……何故、殺さない。お前には私を憎む権利があるというのに」
「ああ、そうだな。でも戦争は終わった。聖杯戦争は、もう終わったんだ。なら俺たちに戦う理由はない。そうだろ?」
「……随分とお優しいのね、坊や。その甘さ、いつか後悔するわよ」
「同じ後悔するなら、取り返しのつきそうな方を選ぶさ」

 剣を降ろして数歩下がれば、眦を吊り上げたクィネラの顔があった。明らかに不服そうだが、攻撃の気配はない。


「キリト!どうかしましたか!?」
「ああ、俺は大丈夫だ」

 急に場の雰囲気が切り替わったのを察知したのか、アリスたちが大慌てで駆け寄ってきて――女性陣二名の目があからさまに冷たくなった。

「……キリト?」
「まて。落ち着け。誤解だ!多分!」
「僕もちょっと節操がないと思うな」
「ユージオまで!?」

 ジト目のアリスと、目元に影を作って薄い装甲の胸元――ステイシア神に誓って、あくまで装備の事である――を抑えるサチ、何やら呆れ気味のユージオ。どうにかして不名誉を払拭しようと試みるが、芳しくない。
 不利を察して強引に話を切り上げ、改めてクィネラへ向き直る。苛立たしげな視線はそのままだったが、意識の大部分は倒されただろうヴラドの方へと向いていた。相変わらず攻撃の予兆はない。
 ……したくても出来ない、というのもあるのかもしれない。体表の修復は今の間に済ませたようだが、腕は欠損したまま。よく見れば、身体を構築している魔力が不足しているのか、所々薄らと透けている。


「おや、そちらも片付いていましたか」
「ジャック。そっちも勝ったか」
「当然。まあ、想像以上に手擦ってしまいましたが」

 そういえば、『白』のサーヴァントってまだいたようなと気を回せば、丁度良くジャックが仕留めて帰ってきていた。彼女の実力からしてやけに時間がかかったようだが、上着代わりのボロコートがその機能を果たせているかどうか疑問になるほど焼け焦げた跡を大量につけてきていて、その激戦具合を察した。


「よし。じゃあ行こうか。みんなでリアルワールドに――」
『キリト君!桐ヶ谷君!!聞こえるか!?キリト君!!」

 言い掛けて、その最中。脳内に直接、切羽詰まった錆びた声が響いた。

「え、その声、菊岡か?システム・コンソールもないのにどうやって、」
『その説明をしている暇はない!大変なことになった!時間加速倍率が……奴ら、FLAのリミッターを!!』

 俺の表情から何か非常事態が発生したのを察し、だが菊岡の声は彼女たちには聞こえていないのか、不安そうな表情を浮かべている。
 俺としてもいまいちまだ状況が掴めず、怪訝な顔をするはめになったが――続く言葉には、思わずギョッとしてしまった。

『あと十分!あと十分以内にコンソールまで辿り着き、自力ログアウトしてくれ!どうしても不可能なら、自らHPを全損するという方法もあるが、これは不確実なうえに危険が大きい!
 外部からの切断処理が終わるまで、最短でも内部時間で二百年掛かる!最悪、その期間を全感覚遮断状態で過ごすことになる!』
「に、」

 ――二百年だぁ!?
 衝撃のあまり漏れ出そうになる口元を、全力を以って閉じる。

『この際アリスの確保よりも、君たち三人の脱出を優先してくれ!いいか、たとえログアウト後に記憶を消去出来るとしても、二ひゃ[⬛︎⬛︎]んという時間は[⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎]しい寿命を[⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎]て――』
「おい、菊岡さん?菊岡!?」

 突如ラースからの通信にノイズが走り、会話がぶつ切りになる。話の内容が内容だっただけに、まさか十分と経たずに限界加速が始まってしまったのかと焦る。

 だが違った。その不調は、決して外部から齎されたものではなく。内側から、アンダーワールドからの異常だった。





 ――突如として、炎が大地を嘗める。

「ひっ――」
「みんな下がれ!」

 火がトラウマ(死因)であるクィネラの引き攣った悲鳴。慌てて神聖術で消火しにかかるが、まるで意思を持っているかのように焔が水を呑み込む。

「『私の前から消えて』!
 ……だめ。効いてない!」

 サチがその瞳を赤く輝かせ、力ある言葉を紡ぐ。一瞬火の勢いが弱まったが、すぐさままた燃え広がる。

「『咲き誇れ、氷河の青薔薇よ(エンハンス・アーマメント)』!」
「消えなさい!!」

 続けてユージオの武装完全支配術と、クィネラの魔術が炎に殺到する。ブーストされた氷の鎖が、辺りを急速に冷凍し。
 ――だというのに、炎はその勢いを止めることを知らない。

 ふと気がつけば、いつの間にか辺り一帯を火焔に囲まれていた。DK組や、状況に取り残されていたベルクーリ、イーディスらも必死に突破口を穿とうとしているが、どれも炎に呑まれている。
 ……そう、()()()()()()。擦り抜けるでも、大地に刺さるでもなく、燃え広がっている箇所が、そのまま大口を開けた不定形の怪物の様に、凡ゆる抵抗を吸収している。

「これは、一体、」
「……この焔、心意によるものよ!術者を叩かなければ消えない!近くにいるはずよ!」

 流石はキャスター。即座に炎の正体を看破してのけたが、肝心の下手人の姿がない。
 こうなったら、全員心意かなにかで持ち上げて逃げる事を視野に入れ。


 ――視界の端を掠めた黒い染みに、直感的な確信を持った。

 火の海の向こう側で。革ポンチョを被った男がいた。

 相当の熱量に包まれているというのに、平然と、どころか揶揄うような動きで右手を左右に振って。
 滲み出るように、数万もの赤い軍勢が、次々と湧き出る。

 俺は。その中央で嗤う男に、見覚えがあった。
 ――『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』。あのデスゲームで、最強のアンチオレンジたるヴラドらドラクル騎士団の手から、何度も逃れ、アインクラッドに死を撒き散らしたレッドギルド。
 最終的には、トップを疎ましく思ったジョニーの手引きもあったそうで、圏内事件の騒動を最後に全員捕らえられたが、リアルに帰還後、唯一、所在不明の男がいると聞かされた。
 常に黒い革ポンチョを身に纏い、肉切り包丁型の大型ダガーを装備した殺人鬼。
 ヴラド同様に、けれど全くの別方面に恐れられた最悪の男。
 その名前は――


「PoH……!」


 伝説となった鋼鉄の浮遊城にて、未だ暗く刻まれたその名を呟けば。男は火傷の痕に塗れた凶相を、更に深く吊り上げた。
 聞こえるはずのない声が。悪夢の元凶である証明が、聞こえた気がした。





 ――It's Shaw Time.










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第十八小節 煉獄の炎

 

 

 

 

 

 黒い悪魔の号令を受け、赤い軍勢が炎を無視して陣形もなにもなく突っ込んでくる。実際辺りを舐め回す火焔は彼らの身体を焼くことなく、素通りさせている。

 ――いや、あの火が焼いているのは、心。魂だ。火に巻かれた者の怒りを、憎悪を、焼き付けている。深く深く、治ることのない火傷の様に。

 

 

「――全員、構えなさい!!」

 

 クィネラの鋭い号令。その評価はどうあれ、数百年にも渡って支配者であり続けただけあってカリスマ性は十分にあり、さっきまで敵対していた彼女の声に全員が反応した。

 宝具によってそこらじゅうにクレーターが掘られ、血の雨に泥濘んでいるんでいて、地形らしい地形は存在しない。敵の数は数万。囲まれたら終わりだと考えたのだろう。或いは、ヴラドさえいれば、と。だがもう一人の悪魔は、ほんの数瞬前に撃破したところだ。叩き起こした所で、『極刑王』(マップ兵器)が使えるかどうか。

 問題はまだある。あと十分で、時間加速が再開するのだ。

 そうなれば、アリスとオーシャン・タートルからSTLを使ってログインしている俺たちは、現実世界に渡る手段を失う。ワールド・エンド・オールターまで行くのにどれだけかかるか分からない以上、今直ぐにでも飛び立ちたいというのが本音だ。

 だが、だからといってアンダーワールド人を放ってはいけない。それに、PoHの事だ。憎しみの種を残せば、確実に次の争いを引き起こす。説得には時間が足りず、拘束は実質不可能。

 ユージオの『青薔薇の剣』なら広範囲拘束も可能だが、発動するには本人の魔力が不足している。空間リソースを使おうにも、周囲の神聖力はクィネラが吸血鬼に吸わせようとしていただけあり、量こそ膨大だが血と死、瘴気に澱んでいる。この状況下で拘束技を発動しようものなら、相当な苦痛を同時に与えることになる。それでは殲滅するのと変わらない。それどころか、使用者すら汚染されかねない。

 ステイシアアカウントによる権能も、辺りを燃やしている炎を維持している悪意に願いの方向性を引っ張られる恐れがある。

 

「くっ、どうすれば……」

「……坊や。アーチャーとのパスはまだ生きているかしら?」

 

 悩んでいると、クィネラがこっそりと話しかけてきた。身体を形作っているエーテルと空間リソースはまた別なのか、治りきっていないながらも相当数の素因を浮かべている彼女の姿に一瞬警戒しながら、こちらから耳を近づける。

 

「ああ。まだ繋がっているのを感じる」

「なら、私が令呪――絶対命令権をアーチャーに使えば、引き摺られる形で貴方も転移できるかもしれないわ。今のうちにアリスらの手を掴んでおきなさい。時間がないんでしょう?」

「!? な、なんでそれを」

「私が誰か忘れたのかしら?この世界、殊人界に於いて、全ては私の手中にある。ラースからの通話に割り込むなんて造作もないわ。

 そして私は。支配者の責として、人界に紛れ込んだ穢れを鏖殺しなければならない」

 

 さらっと告げられた内容に今更ながら彼女のラスボスっぷりに恐れ慄いていると、軽く小突かれて急かされる。

 

「……だったら、尚更みんなを置いて行けない。クィネラ、何かないのか?こう、大人数を纏めて無力化する魔法とか」

 

 『魔法』の二文字にピクリと反応したが、赤い軍勢の憎悪の咆哮がいよいよ間近に迫ってきたことに舌打ちする。返事は若干早口になっていた。

 

「神聖術にそういったものはあるけれど、それは精神に圧を掛けるもの。ああいった手合いには効果がないわ。

 ――さあ、急ぎなさい!令呪による転移も確実とは言えないのだから!」

 

 クィネラが吼えると同時に、赤い軍団の先頭集団と、嬉々として打って出た数人が激突した。

 

 

「「トルギョーーーック!!」」

「「トゥーージィーーー!!」」

「何言ってるかわっかんねえ!日本語(ひのもとご)でおk!?」

「ピト、大技を使うな!掴まれるぞ!」

 

 ナイフ片手の徒手空拳で片っ端から殴り付けるピトと、それを庇うエム。相変わらずの抜群のコンビネーションだが、それでも増幅された悪意によるなりふり構わない戦い方に戸惑っている。掴み技、関節破壊による強制スタンといったシステム外スキルを多用していたDKメンバーだから辛うじてやり合えている。

 その直ぐ傍を黄昏の極光(バルムンク)が薙ぎ払い、逃れた者も破壊音波(バートリ・エルジェーベト)が地表ごと捲り上げる。広範囲宝具は、炎の壁を越え、一撃で百人単位のプレイヤーを吹き飛ばす。

 そうこうしているうちにタメが終わったのか、クィネラが攻撃に移る。数を揃えれば宝具すら相殺可能な光が、時間をかけてエネルギーを注ぎ込まれたことで更に凶悪な火力となっている。

 閃光。続いて轟音。数千もの軍勢が爆発に呑まれ、煙の向こうに消える。

 

「チッ。思ったより巻き込めなかったわね。セイバー、防御を頼めるかしら?」

「ああ、わかった」

 

 ――だが、それでもまだ足りない。

 ピトらの手の届かない範囲を通り過ぎた軍勢が雪崩れ込む。数に圧倒的差がある以上陣形を組んだところで意味がないと、少数のパーティに別れ、ギリギリ互いの位置が分かる、けれど広範囲攻撃で同士討ちしない程度に離れての混戦になった。現状、まともに戦況を見れるのは、念話を活用しながら術式を降り注がせるクィネラと、さっきアスナを連れてきて直ぐ戦いに戻ったジャックくらいだろう。

 

「――クソッ!」

 

 ……PoHに誘導されている。狙いは見えずとも、それは分かる。このまま戦い続ければ、取り返しがつかなくなる。

 だが状況は、剣を納める事を許してくれない。可能な限りダメージを与えないで無力化しようと、武器を狙って心意ではたき落としても、素手で掴みかかられて意味がなかった。心意によるバリアを張ろうにも、PoHの炎が邪魔をする。

 結局切る他なく、刻々と時間だけが過ぎていく。あと八分。

 

「クィネラ!PoHだ!アイツは何処だ!?」

 

 こうなったら、悪意の元凶を叩く他ない。居場所さえ掴めば、後は飛んで行くと心意を練って返事を待つ。

 しかし返事はあまり芳しくないものだった。

 

「そっちに割く余剰はないわ!全滅させればそれで済む話よ!」

「それじゃダメなんだ!」

 

 クィネラの目が一瞬、聞き分けの無い子供を見る苦々しいものになったが、アリスを見、続けて空を――リアルワールドとアンダーワールドの擬似的な境目を見上げると、すぐさま術式の三割を攻撃から索敵へと切り替えた。

 

 ――今回の一件でアンダーワールドの存在が公になった以上、必ずその技術を求める者による争奪戦が始まる。そうなってしまえば、過程はどうあれ、アンダーワールドの初期化、最悪の場合、解体もあり得るだろう。

 それを避ける為の道の一つとして、アリスを始めとするアンダーワールド人を、リアルワールドに受け入れさせる方法がある。その為には土壌が必要だ。

 人工フラクトライトと現実の人間が交われる、自由な空間(VRワールド)。ザ・シード連結体。

 だというのに、その世界の住人(VRプレイヤー)がこんな深刻な殺し合いをしていては、融和は遠退く一方だ。

 

 刻一刻と悪化する状況、迫るタイムリミットにジリジリと神経を燃やされていると、ついに索敵術式にPoHの反応が引っかかった。

 

「いたわ!東に二百メル!さっきの位置からほとんど動いてない!」

「サンキュー!」

 

 心意の翼を広げる。

 上昇に一秒、到達に一秒。二秒あれば片がつく。

 事実、一旦片はついた。

 

 

「――おおおおおおおおおおおおおっ!!」

「ウォッ――!?」

 

 超高速飛行術のスピードそのまま、減速するどころか加速し、すれ違い様に剣で斬りつけ、翼を叩きつけ、瞬間的に発生したソニックブームで地面に叩きつける。

 当然ただの人であるPoHの身体が耐え切れる筈もなく、特徴的な友切包丁と、それに張り付いたままの右手を残して赤い染みに還った。

 流石にあと五分で再びログインするのは困難だろうし、下手に残して懸念材料にすることもない。どう見ても即死している。

 

 指揮官が一瞬で消し飛んだことで、まだ交戦前の外国プレイヤーたちに動揺が走る。よし、今なら説得できる。

 そう、信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『――まだよキリト!その武器を壊しなさい!』

 

 ……その叫び(念話)が届くまでは。

 

「武器?」

 

 クィネラのからの念話に、急いでPoHがいた方に振り返る。

 そこにあの男はいない。主人を失ったナイフだけが寂しく突き立っている。

 

 ――『命』を喰らう魔剣が、血と瘴気に満ちた大地に、その牙を突き立てている。

 

「……あの野郎、まさか友切包丁(メイト・チョッパー)って!」

 

 空間リソースの動きを察知できる様になった瞳が、友切包丁が膨大なリソースを、『命』を吸い、怒りの心意を吐き出している――()()しているのを見咎める。

 ――あれの正体が、ゲームには割とよくある、特定の存在を攻撃することで性能が上昇する武器ならば。ましてや、殺人鬼PoHの愛剣なら、その()()は!

 

 慌てて剣を振るう。走り寄る手間を惜しんで飛ばした斬撃が肉厚の刀身に迫る。

 

 だが一瞬遅く、攻撃は噴き出た炎に阻まれた。

 業火が立ち上がり、友切包丁が宙に浮かぶ。大量の命を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を吸収した刃から、一滴の血が垂れる。熱に気化することなく、雫のまま落ちた血から、黒衣の男の肉体が再構築される。

 ……いや。()()を指し示すのに、(人間)という単語は、不適切になった。

 

 

 

「――いよう、キリト。こんなふうに顔を見て話すのはいつ以来だ?」

 

 ――半身はよく知る、黒い革ポンチョの男だ。自分でもそういうセルフイメージはあるのか、フードこそ消えて相貌が顕になっているが『人間』の範疇に収まっている。

 だがもう半身は、完全に異形のそれとなっている。大地を這う炎と同じ、決して消えることのない怨嗟の熱が辛うじてヒトガタをとっている。

 

「PoH、それは、」

「ああ?いいだろ。この友切包丁は、アインクラッドじゃモンスターを倒すたびにスペックダウンして、人間を斬れば斬るほどスペックアップするって仕様だったんだ。どうやらその本来の性能が、アンダーワールドでも機能しているみたいでな。オマケにどういう訳か、ここには『死』が溢れているときた」

 

 姿に言及したつもりだったが、どうやら本人には自覚がないらしい。あまりにも膨大な『死』をリソースに還元するのに時間がかかっているのか、脈動するように錆を浮かばせている魔剣は、少しずつ、その大きさを肥大化させている。

 既に見覚えのある物より二回りほど巨大化している魔剣を折るべく、再び翼に心意をチャージする。今度は塵一つ残さない。

 ヴォーパル・ストライクを発生させつつ、身体を打ち出す。サーヴァントの身体能力も合わさって、音速の数倍にまで加速された一閃は――しかし、耳障りな金属音と同時に受け止められた。

 

「なっ!?」

 

 友切包丁のみが残るというのならまだ分かる。黒い剣も神器だが、相手の刃から感じる圧はこれに引けを取らない。だが肉体が耐え切れる筈がない。

 そんな焦燥を察知したかのように、悪魔は嗤う。

 

「おいおい。まさかアンタらが茶番劇をしている間、このオレがずっと行儀良く待ってるわけねぇだろ?」

「……お前、まさか!?」

Exactly(そのまさかだよ)!」

 

 鍔迫り合いの向こう側。刃に浮かぶ血の錆に、無念と苦痛と屈辱の色が見えた気がした。

 

 

「東の大門トコで睨み合ってた人工フラクトライト共と日本人部隊、アメリカ人部隊。そん中を突っ走るのは中々に悦しかったよ!」

「―― PoHゥゥゥゥウッ!!」

 

 刃を滑らせ、返す刀で斬りつける。脳天から股まで一刀両断したというのに、次の瞬間には何事もなかったかのように笑っていた。

 

「ハハハハハハ!流石に全滅させんのは手間だったもんで、荒らすだけ荒らして後は向こうに残した中韓連合一万人に任せたが、まあ今頃綺麗に共倒れしてるだろうな!ホント、見れねえのが残念だ!」

「お前……!分かり合えた筈だったのに!傷つけあうんじゃない!手を取り合えたはずだったのに!!」

「ハハハ!ハッハハハハハハ!!やっぱりお前は最高だよ、キリト!!」

 

 首、心臓、頭、脇、太腿、上腕。思いつく限りの人体の急所という急所を破壊し続けているというのに、この悪魔は笑う事を辞めない。凡ゆる攻撃は無意味だとでもいうように、抵抗すらせず斬られている。

 唯一弱点だろう友切包丁を真っ二つにしてなお、その凶笑を止める事は叶わなかった。

 

「クソッ!どうすれば、」

『キリト!後五分を切ったわ!引きなさい!』

 

 心意の手によってピンポン球サイズにまで圧縮しても平然と復活するヤツの姿に怯んだ心の隙に、クィネラの念話が差し込まれる。それは、残酷なタイムリミットの報せだった。

 

 瞬間、脳裏に大切な人たちの顔が過ぎ去る。

 両親や、直葉。シノン。アスナ。クライン、エギル、リズ、シリカ。

 ケイタ、テツオ、ササマル、ダッカー。

 ヴラド、ザザ、ピトフーイ、ノーチラス、ユナ、エム。

 切嗣さんや、舞弥さん、言峰神父。慎二、士郎さんに、桜。

 学校の友人たちや、ALOのフレンドプレイヤーたち。

 アリス。ユイ。

 そして、サチ。

 彼らに、二度と会えなくなる。

 

 

『後五分経ったが最後、戻れなくなるわよ!?』

「っ――だけど!」

『この世界の人間を信じなさい!あんなアブラムシの一匹、整合騎士に掛かれば簡単よ!』

 

 あの悪魔をこの世界に残すことになる。そう口にしかけたのを塞ぐ形でクィネラが被せてくる。

 ――だがその逡巡は、あまりにも隙を晒し過ぎていた。

 

「おいおい、もうダンスは終わりか?」

「くっ、」

 

 大振りな横凪。咄嗟に剣で受け止めるが、剣から嫌な音が鳴った。

 とても『短剣』に分類される武器とは思えない重さに怯み、そしてこの攻撃が()()()()()()()()()事実に戦慄した。

 続く連撃を受け止め、受け流す。一撃一撃、その全てが膝をつきそうになるほど重い。黒い剣も軋みをあげ、刀身に僅かなヒビが入る。

 

「まあ落ち着けや。お前を殺しはしないさ。そうするのは後でだ」

「っへえ。狙いはアリスか。お前がそんな風に誰かに尻尾を振るなんてな!」

 

 ニヤけている面目掛けて蹴りを放つ。僅かに顎を傾けて避けられたが、ここで初めてPoHの表情が不満げなものに変わった。

 

「アリス?……ああ、すっかり忘れてた。けどもう、()()()()()()な。

 オレの目的は二つ。一つはお前だよ、キリト」

 

 PoHの俺を見る目が下卑たものになり、粘着質なものに包まれる感触が全身に纏わりつく。

 だがそれは一瞬のことで、直後、PoHの心意の手に炎が灯る。PoHの心が、魂の中心で燻っていた憤怒に染まる。

 

 

「……もう一つはあのガキだ。

 二十年前のアリマゴ島でオレの姉貴分を殺し、オレを業火の中に置き去りにした、あの銀髪のクソ餓鬼だ!!」

 

 強烈な熱と衝撃に弾き飛ばされる。赤い兵士を数人巻き込みながら倒れた状態から転がって立ち上がる。

 半身を包むだけだった炎は、気が付けばヤツの全身を呑み込もうとしていた。

 

 

「ああ、そうだ……あのクソ野郎を殺して……心臓を抉って……首を晒して……喰って……殺して……殺して、殺して、殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し殺殺ころコロ殺しコロ殺殺してッ!!」

「ッ――」

 

 熱が、PoHという男の魂の許容量を超えて溢れ出る。血液は沸騰して目や耳から蒸気を放ちながら噴き出る。眼球は急上昇した圧力に耐えかねて内側から破裂し、落ち窪んだ眼窩が晒される。言動からは元の醜悪は掻き消え、バグったように殺意のみを垂れ流している。

 己を観測する術を失ってからは、その変異は更に加速する。図体は三、四メートルほどに巨大化し、友切包丁は、ナイフというより大鉈と言った方がしっくり来るシルエットへと変貌する。

 そして、なによりもはっきりと目立つのは。口元から覗く、鋭い牙。

 

 ――そこにいるのは、最早ヒトとしての有り様すら業火に投げ棄てた、変わり果てた『吸血鬼』の姿だった。

 

 

 あまりの変貌ぶりに赤い軍勢も怯んだのか、気が付けば怒号や切り合う金属音は聞こえなくなっていて、悄然としている。

 

「おいクィネラ!なんだよコレ?!」

『妥当な結末よ。この地に広がる『血』は、ただ負の心意を掻き集めただけではないわ。バーサーカー(ヴラド)を最恐の死徒へと押し上げる為に、そういった『怪物』のイメージ(心意)を抽出し、多数のアンダーワールド人の遺伝コードと混ぜ合わせたもの。吸血鬼、或いはワラキアの夜としての肉体を固定化させる、謂わば彼専用に調整した専用の血(死徒化薬)

 そんなものを他人が大量に摂取すれば、暴走するのは必然。寧ろ死徒と呼称可能な程度には制御出来ているのが驚きよ』

「制御出来てる?!これでか!?」

『何にせよ、ああなれば自壊するのも時間の問題よ。戻りなさい』

 

 PoHが既に撒き散らした炎が、ヤツに――いや、あれはもうPoHとは言えないだろう。あのバケモノの銅鑼声呼応して、勢いを強くしている。ジリジリと肌を焼く熱と、ナニカの肉が焼ける異臭、それに薄ら混じる潮の匂いに、鼻が曲がりそうになる。

 だがバケモノ本体に関しては、怨みを込めた絶叫こそしているが、特に暴れ回ったりという様子はない。炎は敵味方の区別がついておらず、近場にいる赤い軍勢ばかり焼いている。時間も無いし、クィネラの言う通りサチの下まで戻るのが最適解なのだろう。

 

 

 

 ――『アリマゴ』の名を聞かなければ、撤退の選択をしただろう。

 

 

 

「……クィネラ。サチたちを、頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――……いつかも言ったけどさ。お前、俺をいじめる趣味でもあるの?

 

 ――いやー、そんなつもりはまったく。成り行きというか、なんというか。

 

 

 眩い日差しの差し込む中で、懐かしい少女と微笑む。

 その笑顔を、その優しさを、もう一度目にしたいと。

 ただそれだけだったのに。ああ、いつから自分はこんなに欲張りになったのだろう。

 

 

 ――……もう行っちゃうの?

 

 ――呼ばれているから。大丈夫だって。だってあるんだろう?奇跡も、希望も。

 なら行かないと。みんなが呼んでる。

 

 

 自笑し、槍を取る。彼女の祈りは、こんな物を握る為にあったのではないと知っているというのに。

 この力で、大切な人の幸せを掴むのだと。この、俺の様な人間には、どう考えても過ぎた力で。けれどそんな後悔は、いつしか傲慢となってしまった。

 

 

 ――……そっか。じゃあ、しょうがないね。

 うん。しょうがないから、代わりに『あたし』をつれていって。

 

 

 だから。その言葉の意味が、一瞬。理解出来なかった。

 

 

 ――今だから分かるけど、お前からしてみれば、俺は異聞の存在なんだぞ?

 

 ――うん。だからあたしはいけない。

 

 ――……ごめん。まるで意味が分からない。

 

 

 思わず頭を抱える。うんうん唸っていると、頭を押さえていた手を握られる。

 その中にあったものを見て、息を呑んだ。その言葉の意味に、どうしようもなく心が震える。

 

 

 ――お前、これ――

 

 ――あたしは一緒にはいられないけど、今のあんたなら、連れていけるでしょ?

 

 ――……ああ。そうだな。なら、俺は。

 

 

 

 

 

 「――『希望を踏みにじり。嘆きの種を喰らい。

 俺は、俺が最も望まぬ怪異となろう』」

 

 

 意を決して日差しから出る。影に入ると同時に手にあるものを口に放り込んだ。

 ガラスを噛み砕いた様な音が鳴る。視線が一気に高くなって、両手は血塗れで。流水から削り出した様な美しい槍は、その矛を濁った朱に染める。口の中には、牙の感触があった。

 昔なら似合わなかった黒いコートを翻し、臓物で腐臭漂う悪路を征く。

 

 

「故に、さらばだ。我が正義の味方よ。もし次が赦されるのならば。もしこの一夜の夢幻が醒めたのなら。

 ……そうさな。また、楽器でも弾こうか」

 

 ――……約束だからね!!

 

 

 背後から、声がする。優しい声だ。そして強い声だ。

 俺以上の嘆きを知り、それでもその在り方を歪めることのない、強い声だ。

 それは――祈りを違えた俺には、望むべくもなかった救済だ。

 

 それを憶えている。もう忘れない。誓いは、祈りは。いつだって、ここにあるのだから。

 

 

 ならば。嘗て憧れた己自身を、ほんの一時であっても。再び目指してみるとしよう。

 なぜなら――

 

 

 

「――余は、英雄(化物)であるが故に」

 

 

 

 

 

 

 

 









 ――それは愚かなる名 だが時は求む

 不屈の英雄

 その物語を――


次回 『英雄 運命の詩』






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第十九小節 『英雄 運命の詩』

 

 

 

 

 

『頼むって、貴方ねえ!』

「令呪なら白のアサシンのがまだ残ってるだろ」

『……いつの間に。いえ、そうじゃなく――』

 

 アーチャーが俺の意図を汲んでくれたのか、クィネラからの念話が遮断される。

 

 バケモノ(PoH)の撒き散らす憤怒の心意が遂に世界の情報量を上回ったのか、燃える荒野だった空間の景色が徐々に塗り変わっていた。

 見回せば、炎の内側に薄らと樹木や焼死体の影が見える。今は実態の存在しない影法師のようなものだが、徐々に徐々に、匂いが、質感が、熱が、現実のものになろうとしているのが分かる。PoHの記憶が、アンダーワールドを塗り替えようとしているのが分かってしまう。

 

 ――固有結界、じゃないな。心象風景の内側と外側に境界がない。膨大なリソースで力任せに、記憶を世界に覆い被せる形で投影しているのか。

 

 

 空を見上げる。白い満月が、炎の赤に染まり、火の粉が星々を隠している。

 

 ――ふと、子供の声が聞こえた気がした。誰にも愛されず、悪魔の名をつけられた少年の泣き声。

 本来よりも数年早く知ったばかりに、その環境から無理矢理逃げ出して。その先が、どうしようもなく暖かくて。

 だから、憎む。だから、殺し続ける。島の崩壊という弾丸(原因)を込めた、ヤツと同じ人間を。引金を引いた(結果を招いた)連中と同じ人間達を。シャーレイを殺し、オレを見捨て、弟分を拐った人間を。東アジア人の全てを――――

 

 

「なるほど。地獄の王子(ヴァサゴ)を縮めて『PoH』、か」

 

 改めてその名に込められた意思を知る。当人にしてみればただ本名を文字っただけなのだろうが、そこには無意識の内に、内包する矛盾が現れていた。

 心象風景から読み取ったことを把握したのだろう。緩慢な動作で大鉈を振り上げたバケモノに向けて、その一言を口にした。

 

 

 

「なあ、()()()()()()は、悔いていたぞ」

 

 

 ――振り下ろされた大鉈は、全く無関係な場所に跡を刻んだ。

 窪んだ眼窩からは存在しないはずの視線が集中し、ぼやけていた輪郭が自意識と同時に形を取り戻す。

 話す声は、予想していたものよりもずっとハッキリとしていた。

 

「キリトォ……それは、どういうことだ。何でテメエがその渾名を知っている……!」

「そのままの意味だ!切嗣さん(ケリィ)はお前を、ヴィィを覚えている!忘れてなんかいない!」

「――その名を、口にするな!!」

 

 いくらか人の形とサイズ感を取り戻したバケモノが、本来のキレを以て刃を振る。相変わらず重いが、底は見えた。

 前進しながらの七連撃を防ぎきり、最後の踏み込み斬りに重単発ソードスキルを合わせる。出力の差はアーチャー経由で得たリソースで強引に埋めようとするが、どういう訳かアーチャーのパスが細まってきている。

 

 ――頼む。あとほんの数分、力を貸してくれ!コイツを、リアルで合わせなきゃいけない人がいるんだ!

 一度は見捨てられた少年を、もう一度見捨てることなんて出来るか!

 

「くっ――ラァッ!」

 

 このまま鍔迫り合いの力勝負になっては勝ち目がない。一息に脱力し、受け流す方向に舵を切る。

 ギャリギャリと異音が鳴り響く。どう考えても木剣から鳴っていい音ではないが、一々そんなことを気にできる相手ではない。剣の耐久力も心配だが、身体能力についてもバフが消えかかっている。テクニックも併せて今のPoHとまだやりあえるギリギリだ。

 

 クィネラの解説を信じるなら、今のPoHはさっきまでのヴラドと同じ『吸血鬼』としての特性を有している。なら同じ方法で倒せるだろうが、それには他者の魂に刻まれたヤツの詳細なイメージ、魂の記録が必要になる。だがアインクラッドではほぼ完全に周囲を騙しきっていただろうPoHの正確なイメージなど、ラフコフの幹部であろうとアテにならない。

 なら発想を逆転させて、『吸血鬼』としてのイメージを引き剥がすかと考えたが、それにはコイツを正面から倒しきる必要がある。心意を全開にすれば可能性はあるが、正攻法では間違いなく五分以上かかる。

 

「フッ――」

「チッ――」

 

 額に汗を滲ませながら懐に飛び込み、心臓に剣を突き刺す。肋骨の隙間に沿うように横に払えば、ズタズタになった臓器だった肉片が溢れでる。

 同時に心意で銀を生成。杭状に変形し、もう殆ど再生しかけの心臓に打ち込む。

 

「テメエ、クソ!」

 

 セルフイメージに外部から入力された(紛れ込んだ)『吸血鬼』が足を引っ張っているのか、明らかに再生速度が落ちる。続けて頭部を穿とうと、銀の素因を生成する。不死のトリックが『死んでから復活する』残機制ではなく、『死亡した後(体力がゼロになって)、システム上死亡したと処理されるより先に回復する』リジェネ方式であれば、この方法で倒しきれるはず。

 

 一メートルほどの刃渡りの杭を形成し終わるのを待たず、肋骨の隙間から銀刃を排出しようと迫り上がる肉を掻き分けて突き上げる。

 

爆ぜろ(ディスチャージ)ッ!!」

 

 術句を受け、杭が一気に膨張する。内側から骨を押し出す肺と心臓が張り裂け、気管を埋め尽くし、脳幹を粉微塵に弾き飛ばす。

 よし、効いている――

 

「――イテェじゃねえか」

 

 ボッ!と炎混じりの破裂音が鳴る。銀杭は一瞬で炎上し、その熱の上にPoHの皮膚が張り付いていた。

 見れば銀刃すら燃料へと変換したのか、どこにも見当たらない。

 

「……マジかよ」

 

 ――『吸血鬼』という種族の弱点を克服している。心象風景が満月の夜だから陽光は用意出来ない。ニンニク?流水?十字架?どれも効果をもたないだろう。直感的に分かってしまう。

 

「く――」

「ハハハ。まあ後で遊んでやるから、そこで待ってろ」

 

 それどころか、『掌を向ける』という一行程のみで炎が渦巻く。背筋に悪寒が走り、咄嗟に突破しようと心意を練り――物質として放出する、その寸前に燃え上がる。もう凡ゆる心意は、ただの薪に成り下がった。

 気が付けば、周囲で原型を留めているのは、自分だけになっていた。サチたちとは距離があってまだ無事かもしれないが、赤い軍勢の内数十人、数百人は炭化していた。

 

 ――これが、過去のヴァサゴが居た地獄。たった一人を遺し、住人を焼き尽くした煉獄。

 ……英雄(化物)が間に合えなかった可能性、その果てにあったもの。

 

 つまるところ、俺にはもう、どうしようもなかったのだ。

 アイツの歪みを正し、償わせるには、二十年遅くて。それを成すには、奇跡か、魔法でもなければ土台無理な話で。

 何もかも、何もかもが足りなかったのだ。救うにしろ、殺すにしろ。時間も。覚悟も。力も。

 

 ――プツン、と、一際魔力が送り込まれると同時にアーチャーとのパスが切れる。同じくして後方から魔力の奔流が立ち登り、同時に消える。漸く令呪で転移したのだろう。あと三分。サチの運の良さならきっと間に合う。

 

 そして、それが示すのは――俺は、取り残されたということだ。

 アサシンの令呪は残り二画だった。コンソール前まで跳ぶのに一画。往復分のチケットはない。頼みのアーチャーとのパス(命綱)は切られた。

 ヴァサゴも、その心意を支える根底にある怪物のイメージは、リアルワールドのプレイヤーの抱く恐怖や悪意、畏れや怯えから成り立っている以上、あと数分で訪れる大幅な弱体化は免れない。そうなれば、ヤツは自分さえ燃やし尽くし、何も成すことなく燃え尽きて掻き消えて、終わる。

 結末は決定付けられた。凡ゆる意思は、行動は、その意味を成すことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……だからって、立ち止まれるかよ!

 

「――リリース・リコレクション!!」

 

 背を向けて歩むヴァサゴ目掛けて、炎の壁を剣を盾に突っ切る。

 夜空の剣の記憶解放術は、リソース吸収。憎しみの炎すら飲み込み、不定にして絶対の境界線の突破を現実とする。

 だが、無謀の代償も重かった。

 

 ピシリと、崩壊の音がする。遂に刃毀れという形で、剣が限界を訴える。次無理をさせれば、その瞬間砕け散るだろう。

 ジクジクと防ぎきれなかった呪い(火傷)が体を蝕む。これ以上(悪意)に巻かれれば、最悪の場合俺自身すら塗り潰されるかもしれない。魂諸共燃え果てるか――或いは、生き残る筈のなかった少年(ヴァサゴ)と同じ末路を辿るか。

 

 

「――PoHゥゥゥウウウウウウウウウ!!」

「ッ――チィ!」

 

 首筋目掛け、背後から斬りかかる。

 過去はどうしようもない。だが、それは今を、未来を諦める理由にはならない。

 もう誰も殺させない。もう誰も死なせやしない。

 どう言葉を尽くしても、お互いもうログアウトする時間は残っていない。

 だから。その為に。俺はこの男を、この手で――

 

 

 

 

 

 

 

「――もうよい。お前がその咎を背負う必要はない」

 

 

 刃が届く、その寸前。

 杭の林が、乱立した。

 

 小さく、砂利と煤を踏み締める音が背後で鳴る。殺気も敵意も無い静かな声が、杭を尚も燃やそうとする業火を静まらせる。

 

 

 

 ――此処に、英雄は帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しいな、ヴァサゴ。十九層の一戦以来か」

 

 『生かす為に殺す』 そんな不思議で優しい心意を纏っていたキリトを引き留め、代わりに一歩前に出る。

 全く、欲を言えばもう少し寝かせて欲しかったのだがな。ピトとサチに叩き起こされ、挙句周囲は見覚えのある燃え方をしているときた。あの時(十九層)の奴の呟きを追求しなかった俺のミスと言えばそれまでか。

 

「……ヴラドか。今テメエはお呼びじゃねえんだよ」

 

 倦怠感を隠そうともしないヴァサゴ。無理もない。とはいえ旧アインクラッドで散々やりあったのだ。お互い油断ならない相手だというのは一致している。声も顔色も目も、一切が全て(ヴラド)を捉えていないが、攻撃の意思だけは心意の炎越しに伝わった。

 

 ――尤も、『だからどうした』という話だが。

 

 

「……?テメエ、」

「まだ惚けるか。よくもその様で復讐などと口にできたものよ」

 

 襲い掛かる炎だったが、火の粉一つとして俺の裾にすら届かない。

 当然だ。なにもこの空間は、奴の固有結界ではない。奴はこの空間の支配者足り得ず、であれば他者の介入を赦してしまう。例えばさっき、キリトの一撃を止めた杭。例えば――

 

 ――(心意)の制御を奪う事も。

 

 PoHも自分の制御外の業火が燃え盛っているのに遅まきながら気が付き、俺の挑発に対し青筋を立てながらも噛み付く。

 

「それぁ、これは、どういう意味だ?!」

「はっ、分からぬか。いつぞや貴様が問うた言葉であろうに。我らは似た者であり、そして()はそれを肯定した。そうだ」

 

 ――瞼を閉じ、意識を己の内側へと向ける。

 直近の『ブライアン』としての記憶と『バーサーカー』としての掠れた記憶(黒歴史)がゴチャ混ぜになっているのを掻き分け、さらに深く、深くへと。

 どっかの愛すべきバカ共が切り拓いた、その裂け目の最奥。意識的に封印していた、後悔の一つへと。

 

 

「――()とお前が似ていると言い出したのは、お前だろう、ヴァサゴ」

「――――――」

 

 ――二十歳頃の、前世(日本人だった時)とロクに外見が変わっていなかった頃へと、姿が変化する。

 呆然、絶句。まあ分からんでもない。改めて自分でも考えてみれば、面影がないどころの騒ぎじゃないからな。劇的ビフォアアフターでももうちょっと名残がある。クィネラとジルの両方に「戻して」「どうしてそうなる」と曰われた覚えがあるし。

 ぽやぽやとそんな取り留めもない事を思い出していると、一気に殺意が収束する。

 

「――テメエがッ!!シャーレイをッ!!殺したのか!!!」

 

 炎を纏いながら突進してくるヴァサゴに対し、三度呼応して実体化した拳銃を撃つ。

 火は支配権を完全に奪うまで行かずとも、軽く意識を向けただけで指向性をなくす事に成功したが、友切包丁は止まらない。三発ほど撃ち込んだのち、回避する。なお全弾擦りすらしない模様。クソが、当時の姿だとその程度にまで実力が下がってるのか。

 

「――ヴラド!無茶だ!今のPoHは吸血鬼で、今のお前は人間でしかないんだ!」

 

 友切包丁の一撃をギリギリで躱すのが精一杯だというのに気が付いたのか、ヴァサゴが口元を狂笑に歪ませ、キリトが割って入ろうと剣を握る。

 そんな少年に笑いかけ――遂に避けきれなかった一撃が、肩口に食い込んだ。

 

「ヴラド!?」

「くっ、」

「ハハ、ハハハハハハハハハハハハ!!死ね!死ね!!そのまま消えて無くなれ!!

 お前がいなければ!お前さえいなければァ!!」

 

 動脈に喰い付いた刃が、持ち主の憎悪に呼応して更に凶悪な物になる。心臓から押し出される血は傷口から噴出し、人間であればもう、致命的な量だろう。

 だというのに、まだ足りぬと言わんばかりに、友切包丁が沈む。

 鎖骨を叩き割り、肋を砕き、肺を破り、心臓へと迫る。PoHの凶笑は、遂に哄笑へと変わっていた。

 

 ……全く。切嗣のヤツも、いっそここまで当たってくれたらまだ楽だったってのに。よりにもよってお前がそこに立つか、PoH。

 

「……そうだな。お前を見捨てたのは俺だ。お前には、俺を責める権利がある」

 

 突っ込んでこようとするキリトを後ろ手で制しながら、全身に力を込める。

 

 

「二層のあの時であれば。俺が、俺自身の過去から目を背けていたあの日であれば。あの時、復讐の業火を瞳に浮かばせていたのであれば、俺はお前を受け入れた」

 

 

 違和感に気がついたのか、PoHが友切包丁に更に力を掛ける。だが押そうが引こうが、刃はピクリとも動かない。

 

 

「――だが、もう()()()。お前に俺は、殺せない」

 

 

 友切包丁を握る手を、上から握り潰す。

 激痛に数歩引いたPoHの瞳に反射したのは、サーヴァント・ヴラドの偽者の姿。

 

 

 ――始まりは、ただ、何も出来ないという事実を払拭したいがためだった。

 

 二十歳を迎えるまでは、前世と今世の違いに荒れ。

 

 アリマゴの地獄を経た後は、聖杯を、第二法を求めて無為に足掻き。

 

 結局ここが運命の世界線ではなく、電脳の英雄譚だと知って。

 

 権力も。財力も。武力も。何一つとして俺の渇望を満たすことは叶わなかった。俺の願望を叶えるには、そもそもスタートラインから間違えていたのだ。

 

 だからきっと、SAOに殴り込んだのは、八つ当たりの意図が多分にあったのだろう。持て余した力の振るいどころを、振り上げた拳を振り下ろす先を、無意識に求めていたのだろう。ますます当時のPoHが俺を引き込もうとしていた理由に合点がいく。情けない話だ。怨霊、悪霊と何が違う。良くて傍迷惑極まる亡霊だ。

 

 ……だが。

 

 逃げ出した先で、その光景の美しさに感動した。

 混沌の中で、なお思いやる人情に触れた。

 暗闇の淵を突き進まんとする勇気を見た。

 

 ――運命を拒絶し、絶望を踏破した勇者に、魅せつけられた。

 

 巡り巡って、小さな小さな本当の奇跡を、見つけてくれたのだ。

 

 

 なら俺は成そう。張りぼての英雄に相応しい凱旋を。着ぐるみの化物に相応しい蹂躙を。歴史の威を借る王に相応しい君臨を。

 

 抗って見せた少年(キリト)の為に。

 

 変わってみせた少年(ザザ)の為に。

 

 ――あの日、自身より弟を案じた、少女の為にも。

 

 

 

 

 

「……キリトよ。お前は()に、何を望む?」

 

 傷付いた肉体を修復し、爪の先まで十全に魔力を循環させる。

 ピトらが既に繋げてくれたアンダーワールドとのパスから、『ヴラド十五世』としての知名度補正が流れ込む。

 嘗て飲んだ他者の()が、『吸血鬼』としての格を押し上げる。

 

 ……クィネラが計画した真祖に比べれば、あまりにも貧相だ。目も当てられぬ程貧弱だ。()()()()相手に覚悟を決めねば打ち勝てぬなど、不死者の恥晒しにも程がある。

 だが今の余は、どうしようもなく無様であれ――

 

 

「……勝て。完膚なきまでの、完全な勝利を!!」

 

 落ちた友切包丁を踏み壊す。狂気の象徴が、今度こそ消える。

 炎の地獄を突き破り、串刺しの林が顕現する。

 

「――よかろう。ならば()は、()()である!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……だからどうした。今更いくら英雄ぶろうが、テメエが俺以下のバケモノだってことに違いはねえだろうがッ!!」

 

 愛剣を失ったPoHが、火のついた枝を片手に殴り掛かる。ただの枝切れと侮るなかれ、膨大な心意によって形作られた物である以上、下手な神器を上回る強度を持っているのは確実。それを吸血鬼の剛腕で振るったのなら、必殺に足る。

 

「認めよう。あの時同様。余は破綻者であり、余はバケモノであると。

 故に改めて宣言する。余は貴様を赦そう。赦して笑って、貴様を終わらせよう!!」

 

 それを、真っ向から()()()()()

 当然、力が足りない。強度が足りない。

 キリトが危惧していた通り、無辜の怪物が剥がれた俺のステータスは所詮人間の範疇に毛が生えた程度であり、握る槍も宝具や神器とは比べ物にならぬほど貧弱である。

 拮抗は一瞬。あっさりとヘシ折れた槍に、ヴァサゴが歓喜する。が。

 

「死ね!」

「戯け!この首、そう易々取れると思うでないわ!」

 

 即座に槍を再召喚。朱に穢れた槍は、今度こそ一撃を受けきった。

 ――この槍は英霊の宝具同様、ただ一種類しか存在しない得物である。だがそれはイコール、この世に一本しか存在しないという証明を成すには足りぬ。

 言うなれば、量産可能な宝具。これであれば、防ぐのは不可能ではない。

 

「この、クソがァ!!」

 

 絶叫と共にPoHが発生させたのは、分身を伴う見覚えのないソードスキル。前と左右からほぼ同時に迫る斬撃を次々と新たな武器を生成して弾き、逸らし、時には槍が砕かれるに任せて防ぐ。

 ええい忙しい!おのれ茅場これ絶対ユニークだろうが戯けが!

 

「だが()は負けぬ。決して負けるものか!」

 

 気合いでどうにか六連撃をやり過ごすと、左右の分身が消滅する。最後の一撃は、大上段からの振り下ろし。

 尋常ではない威力の込められた叩き付けは一歩下がって躱し、カウンターを狙う。

 

「――おおおおああああああああああ!!」

「――ッ、真かおのれぇ!」

 

 爪先スレスレの大地に深い跡を刻み込んだ一撃。ここまで姿勢が崩れれば復帰は手間だ。

 何度目かの槍の生成を済ませると同時に、槍を――その直前、直感に従い、全力で背後に跳ぶ。

 

 奇声を伴った踏み込み。姿勢が崩れたまま、()()()()()()。全体重の乗った、八撃目。

 赤黒いソードスキルエフェクトが、ただの枝を刃へと変換し、エネルギーが飛ぶ斬撃――反転した極光として迫る。

 

「貴ッ様!?」

 

 回避しようにも、直線上にはまだキリトがいる。

 ソードスキル抜きで迎撃していたのが幸いし、一瞬逡巡してなお防御は間に合う。咄嗟に両手に槍を展開、交差点で受け止める。想像以上の重さに、思わず膝が曲がり掛ける。腕が、肘が、悲鳴を上げ、筋肉と骨がグズグズにシェイクされる。

 

 ――否。上等!!俺にとって腕の一本や二本、些事でしかないわ!

 肘から先が消し飛ぶと同時に即座に再生。流石に武器の生成・強化までやる隙はなく、吹き飛ばされた槍を寸前で持ち直し、叩き付ける。

 拮抗は数秒か、数十秒か。火力が僅かに減衰した隙を突き、万力を込める。

 

「ぬぅ――かぁああああああ!!」

 

 力任せに槍を振り抜き、エネルギーの奔流を捻り伏せる。()()()()()

 

「ハッ。こんなものか、ヴァサゴよ!」

「ほざけ、ヴァンパイア!!」

 

 

 振り抜いた姿勢のまま、続けざまに振り上げる軌道の短剣ソードスキルに繋げたPoH。カウンターを合わせて蹴りを放つが、激突音一つのみで素早く間合いを空けられる。仕切り直されたか。つか一刀の癖してサラッとスキルコネクト成功させてんじゃねえ!

 

「だが其処は我が間合い!出し惜しみは無いと知れ!」

 

 握る槍に魔力と心意を織り込む。脈動し、流水が極刑の象徴へと変貌を遂げるや否や、アンダースローで叩き込む。狙い違うことなく、心臓を貫いた一撃。だが、PoHの相貌は歪みきったまま。

 仕留めた、手応えがあった。仮にまだ息があったとして、悪足掻きなど容易く潰す自負があった。

 

「――クソが。こんなんじゃ足りねえんだよ!」

「ぬぅ!?」

 

 けれどPoHは槍をその臓腑に突き刺したまま、なんら不調を見せることなく斬りかかる。

 

「貴様、未だ足掻くか!」

「オレはテメエを殺しにきた。テメエを殺す為だけにここにいる!

 だからよぉ、せめて出来るだけ苦しんで死ね!ニセモノの吸血鬼(ノーライフキング)!!」

 

 やり返すように心臓を抉らんと沈み込む得物を再度握り潰さんと力を込める。

 だが一度は使った手。捻りあげられ、傷口から血が噴き出、手は虚しく空を掻く。

 それでも。致命からは程遠い。キリト曰く此奴も不死者の領分に足を踏み入れているのなら、泥試合待った無しか。まあいい、この距離であれば我が手で砕ける。

 首に手を伸ばし、吊し上げる。身長差もあり、PoHは無様にもがく。

 

 

「クソが!!クソが、クソガァアアアアアッ!!」

 

 ――そう、足掻く。恥も外聞も何もかも投げ棄て、一撃を届かせる、その一歩を踏み出す為に全てをかなぐり捨てる。

 そも――奴は疾うに、人の在り様など棄てていた。

 

 掌に激痛が走る。見れば、牙が突き立っていた。

 

「クッ――」

 

 指を喰い千切られ、掴みを強制解除される。挙句その指を眼球目掛け吐き捨てられた。

 怯んだ一瞬。それは今この戦場に於いてあまりにも長過ぎる時だった。

 

 心臓に衝撃。見れば、飾りナイフが。炙られる様な感覚からして、銀製。

 

 硬直。再び、長過ぎる一瞬。最早、発動していた『次』を止めることは叶わなかった。

 

 人一人――どころか、怪物を一頭呑み込んで釣が来るほどの『死』が迫る。

 何十、何百、何千と、PoHが飲み込んだ『死』が、止めど無く流れ込む。

 血に汚物に塗れた、赤黒いエネルギーが大瀑布となって流れ落ちてくる。

 同時に、声が耳元で渦を巻く。

 

 ――神よ、あいつを……

 ――あの子を、返して……

 ――戦争を、闘争を、永遠に……

 ――お前だけは、絶対に……

 ――世界を……

 ――世界を、

 ――世界を――

 

 ……或いは『本来の歴史(原作)』であれば、ガブリエル・ミラーを撃破したのと同一にして真逆の力が、深淵として、腐り落ちた心臓に、無限の熱と闇で以って淵に沈めようとする。

 罪が、悪性が、流転し増幅し連鎖し変転し渦を巻く。

 

 心意による金色とは異なる、異形怪異の証明たる紅の輝きが、黒に染まるのが分かる。

 肉体に亀裂が走り、その隙間から泥が溢れる。亀裂は全身に広がり、瞬く間に全身を包んだのだろう。キリトらの叫びが、ヴァサゴの哄笑が、何処かで遠くに聞こえる。この中で正気を保つには、似通った悪性を最初から内包しているか、そうでなければ相応に強大な魂に強靭な自我が必要だろう。

 

 

 

「――で?()()()()()()()

 

 

 

 ――尤も、些か以上に質と相性が悪かったが。

 

 溢れでた泥に介入。広がろうとしていたそれを集合させ、圧縮し、吸収する。

 驚愕に染まる彼らだが、当然の結果だろうに。これが正しく『この世全ての悪』ならばまだしも、先程のはヴァサゴがこの世界から『死』というフィルターを通して集めたものを奴自身の憎悪に混ぜ込んだもの打ち込んできたに過ぎず、そもその『死』すら、元を辿ればクィネラが俺を真祖の領域に上げる為の贄。多少毒が混じったところで、この俺を害するには遠く及ばぬ。

 

 

「――言った筈だ。お前では、()を殺せない」

 

 心意の奔流、その全てを飲み干し、立ち塞がる。

 殺意を顔に貼り付けたまま硬直したPoH、棒立ちの奴に対し、()()()()()()()()()()()()()()、顔面に拳を捻り込む。再生の兆候はない。

 

「貴様の不死性、その原点(オリジナル)は吸血鬼にある。つまり()だ。貴様が死を望む()にある。

 それを『死』という一点のみ取り込み、あまつさえ余を滅さんと心意を振るう。劣化模倣した上、自滅同然の戦いであったという自覚はあったのか?」

 

 スラスラと口からでる毒に、少々『泥』に引っ張られているのかと自問し、即座に消滅する。ザザと初めて会った時点で切り捨てる選択肢を持った時点で、最初からあったのは自明だろうに。

 

「――ッハ。それがテメエの本性か、ドラクリヤ(悪魔)

 

 懲りずに吐き捨てる――まだ息のあるヴァサゴ。殴りかかる一撃を敢えて受け、力を失いつつある痺れた腕を、石突の一撃で砕く。次いで腹に矛を捻り込み、魔力を注いで『血塗れ王鬼』を発現させれば、残った四肢も呆気なく千切れ飛んだ。

 

 ――最早これは戦いではない。一方的な蹂躙であり、極刑である。

 そうだ。最初から、前提からして間違っていたのだ。

 正義を謳う彼女を、美しいと思った。

 正義を叶える彼を、尊いものだと手を翳した。

 それはつまり、俺という存在は。『正義』という概念に対し、そういう感情を向ける立ち位置にあるという事に他ならない。

 人はそれを――

 

 

 

 

 

 そこまで思考が飛んだ所で、強引に引き戻された。両手から伝わる熱が、『怪異』へと変貌を果たす寸前に『人』としての楔を刺す。

 右隣に首を傾ければ、キリトが、手を伸ばしていた。

 

「もういいんだ、ヴラド。もう終わったんだ」

 

 ……その言葉を聞いた途端、俺の心臓で燻り、解き放たれる時を待っていた穢れすら、何処かへと消え去った。まるで、誰かが淀みを浄化したかの様に。

 いつからか赤く染まっていた視界は正常な色彩を取り戻し、爛々としていた紅い瞳も、元の薄青に戻ったのだろう。

 

 流水の槍が気付かない内に手の中から消えていたことに、心残りと感謝の念を抱いている間、キリトは無様を晒しているヴァサゴへと歩み寄っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度こそ、完膚なきまでに打ちのめされたPoHは、それでもなお殺意に満ちていた。

 

「……これで終わりじゃないぜ。この世界からはログアウトしても、オレは何度だってオマエらの前に現れる。喉を掻き切り、心臓を抉り出すまで、何度でもな……」

 

 呪いめいた宣言。いや、実際奴にとっては呪いなのだろう。二十年前から決して癒えることのない、自分自身すら縛る呪詛。

 

 ……哀しい存在だと、そう思った。

 

 ふと脳裏に、月の綺麗な夜が浮かんだ。

 あの日、あの島で地獄を見たもう一人の男との語らいが、思い浮かぶ。

 そして、なぜ自分が、怨敵たるPoHに対してそんな感情を抱いていたのか、漸く心当たりがついた。

 

 ――ヴァサゴは、『失敗したとある男(正義の味方)』だったのだ。

 

 彼には、地獄を経てなおも残った、いや、地獄を経たからこその輝きがあった。希望があった。

 だがヴァサゴは、あの日あの島で、自分の在り方も、夢も、希望も、何もかも燃やし尽くしてしまったのだろう。恨み、憎悪という燃え滓しか残らなかった。

 だから、こう()()()()()()()()()

 

「……いや、もう終わりだ。お前は、二度と悪意を振りまくことはない」

 

 俺の言葉に込もった憐憫に、言い返そうとしたのだろう。だがその口が何か言葉を発する前に、灰となって崩れた。

 

「……あの地獄を知らない俺が何を言っても、きっとお前には届かないだろう。

 だから、届かせてくれる誰かに後を託すことにするよ。あの人なら、お前が耳を塞ごうがこじ開けてくれるさ」

 

 目耳がまだ残っているPoHに、そう言い聞かせる。PoHの意識に届いているかの確証はないが、死なせてしまうよりか良いことだと信じて。

 

 

 ――最後の一欠片が風に流されて消えるのを見送っていると、心意の炎の手綱を握り、鎮めていたヴラドが背後に立つ。

 ちらっと、その影を見る。――時にその正体を映し出すと噂される影は、ちゃんと人形を取り戻していた。

 さっきは完全に人外の影になっていたな、という感想を呑み込んでいると、声をかけられた。

 

「何故()を引き止めた?アレを放っておけば、再び悪を成すは確実だろうに」

「……PoHには、ちゃんとその罪を償って欲しかったんだ。それに、あの時お前を止めなかったら、きっと後悔すると思った」

 

 ――そうだ。もしヴラドがPoHにトドメを刺し、その命を――仮想世界の仮初ではない、現実の命を奪ったが最後。ヴラドは、影に映った怪物に変わってしまうんじゃないかと思った。吸血鬼ですらない、もっと別の、名前すら分からない何かに。

 

 幸い、それは俺の妄想、見間違いで済んだ。怪物は変貌を遂げることなく、PoHはアンダーワールドを後にした。PoHの奴が無事ログアウト出来たかは五分五分だが、アンダーワールドに残らせるという選択肢が取れない。無責任だろうが、そこは奴のリアルラックに任せる他ない。

 

 

 

「――さて。では行くとするか」

 

 感傷に浸っていると、ヴラドがそう口にする。

 

「行くって、どこに?」

「決まっておろう、システムコンソールにだ。アリスが果ての祭壇へと転移したのであれば、最早敵がこの世界に拘る理由もない。邪魔は入らぬだろう」

 

 赤い軍勢とアンダーワールド人達がこれ以上争わないように生成していたらしい杭の林を引っ込めながら、そう言うヴラド。

 ……もしかして、クィネラから聞いてないのか?

 

「……あー、そのだな。とっても言いにくいんだけど……」

「?」

 

 あ、そういや残り三分切ったあたりから数えてねえ。

 確実に降るだろう雷に冷や汗を垂らしながら、タイムリミットの存在を口にした。

 

「……実は、あともうちょっとしたら時間加速が始まって、ログアウト出来なくなるんです」

「――――――………………は?」

 

 あの空間で相見えた王なら到底しないと断言出来る、鳩が豆鉄砲を食ったような表情に安堵感すら覚える。

 目の前にいるのは、紆余曲折あったとはいえ、かつて共にSAOをクリアしたヴラドであるのだと。

 

「……一応聞いておく。何年ズレるのだ?」

「えっと、ざっと二百年です」

「戯け!なぜ疾くログアウトしなかったのだ!?」

「の、残されるのはラースからSTLで接続してる俺だけだから!」

「そういう問題ではないわオノレェ!?」

 

 「おま、今からでも強制ログアウトさせる(ブチ殺す)か?!」と掌から無限槍をニョキニョキさせるヴラドに若い頃の面影を感じながらも、必死に思い留まらせる。

 

 ――これが、相手がアスナやアリス、サチであれば、俺は最後の一瞬まで、脱出が間に合わなければこの世界で二百年という長い時を過ごさなくてはならないことを伝えなかっただろう。知れば、一緒に残ろうとするに違いないと。

 

 ……だから、きっと。俺は誰かに、叱ってほしかったのかもしれない。

 異質な気配を撒き散らすPoHと、奴が率いる、騙されてこの世界を訪れてしまった数万ものプレイヤー達。菊岡にタイムリミットの事を聞いてから出現した彼らに対し、サチたちが脱出するまで時間さえ稼げば――俺は、アインクラッドを超える、真なる異世界へと。アンダーワールドは、茅場が望み、創ろうとしていた理想郷に相応しい、そんな異世界に留まり続けられる。無意識でも、そう思ってしまったのだろう。

  その結果、大切な人たちの想いを、裏切ることになったとしても。

 『白』のアーチャーは、きっとそれを察していたのだ。だから、ヴラドが目覚め、PoHとの戦いを引き継ぐ絶好のタイミングで令呪による転移が出来ないように、パスを切ったのだ。

 

「……ヴラド。一つ、頼まれてくれ」

 

 まだ何か言いたげだったヴラドだが、俺の表情を見て察してくれたのか、僅かに頷いた。

 

「――サチに。約束、守れなくてごめんって。伝えてくれ」

 

「……戯け」

 

 

 遠く、遠く。南東へと目を細めたヴラドは、小さく呟いた。

 

 

「俺にすら、奇跡が起きたのだ。お前に起きない道理はないさ」

 

 左拳を握り込んでそう呟く男。

 ふと、その隣に誰かが立っているような気がして。

 

 

 そして――

 

 

 

 

 

 ――アンダーワールドの時間流が、再び加速を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














「――貴女、自分が何を言っているのか解っているの?」


「……たぶん」


「消えるかもしれないのよ。死すら生易しい、魂の摩耗。それに耐えなければならない」


「……いいよ。そのつもりだから。
 私はいつだって、祈ることしかできない。でも、祈ることは、立ち向かうことをやめるのとは違うから。
 私にとって、『祈り』は、希望だから」


「貴女、」


「いいんじゃないですか?貴女にとっての戦う理由が見つかったのでしょう?貴女にとっての戦い方を貫き通すのでしょう?
 なら、仕方がありません。それはなにより、貴女が否定できないことでしょうに、キャスター」


「……それも、そうね。じゃあ、貴女にはこれを渡さなければならないわね。
 だってこれは、貴女から写しとり、その空白を埋めたもの。
 貴女は希望を叶えるのではなく、貴女自身が希望になるのだから。

 ……さあ、祈りなさい。私の希望。私たちの希望――」


「うん。ありがとう」












 ――我、聖杯に乞い願う――








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エピローグ ある晴れた日のこと(五月一日)

 

 

 

 

 

 ――時は過ぎ、暦はあと数日で八月を指し示そうとしている夏。

 

 

「……ああ……平和だ……」

 

 

 主人公の巻き込まれ事故に鉢合わせることなく。異界の騎士と一悶着が起こることもなく。ましてや魔術的事象との関わりなど一切なく。

 いつも通り髭を整え、何時もの黒い正装を着、朝の一杯を味わいながら惰性で続けている世界規模でのニュースの確認をする。ジルはまだ食堂に来ていないが、まあこれもいつも通り。

 まあ、どうせ今年も変わらんさ。というかそう何度も事件があってたまるか。探偵ものじゃあるまいに。

 そう思ってざっくり目を通

 

 

 

「あ、ヴラド。おはよう、ございます」

 

「ティーポットは借りているぞ。主人がコーヒー派で期待はしていなかったが、中々いい葉を取り揃えているじゃないか」

 

「余、オヘヤ、カエル」

 

 

 息を合わせたようにワラワラと食堂に集まる原作ラスボス共。どうやら俺にはロクに新聞に目を通す束の間の平和すら許されなかったようだ。ポッケに突っ込みっぱなしのオーグマーが本来存在しない筈のバイブ機能をフル活用して自己主張しているあたり、視認できないだけで余計なのが更に+α。

 転生して三十八年。何故か周りにはヤベー連中ばっかり集まっている事実に、アラフォーの心臓は保ちそうにありません。まあ結局自分で認めたからこいつら俺の屋敷に住んでるんだけどなクソァ!

 

 砂糖とミルクマシマシのコーヒーをザザ(昌一)に渡し、渋々――ほんっとうに渋々オーグマー(インカム型AR機)を引っ掛けると、すぐさまキンキンとした声が耳に響く。ロクに電源入れてなければ充電もしてないはずなんだけどなあコレ!ユイが恋しい。アリスコレ斬っていいぞ。

 

 色々物申したくてキリキリしてきた胃をコーヒーの苦味で誤魔化しながら、ほんの三週間ほど前の記憶に意識を渡らせる。

 

 

 

 

 

 ――あの日、あの後の事。

 エセSTLの前で出待ちしていたハイドリッヒの白蟻野郎御一行を丁寧丁寧丁寧に血祭りにあげてやり、さっさと屋敷へと戻った。

 出来る事なら直ぐにでも日本へと渡りたかったが、一週間程寝たきりだった身では流石にそれ以上の無茶は出来ず、所要時間を考慮すれば行き違いになるという考えの元であった。

 幸い予想は見事的中し、一晩待てばジルとザザは無事帰ってきた。

 

 

「――ガブリエル。私の名はガブリエル・ミラーだ、不死の王(ドラキュラ)よ」

 

 

 ……なんか、余計なのが付いて来たことには度肝を抜かれたが。

 ガブリエルに、一緒にいたクリッター共々匿うことを要求されたが当然却下。尤も連中もそれは承知の上で、今度は交渉としてテーブルに着くことを要求された。此方への要求は、新たな戸籍と住居、及びラースとのパイプ。見せて来た手札は、奴の元鞘たるグロージェン・ディフェンス・システムズの全企業データ、つまり連中の主な雇い主たるNSA(アメリカ国家安全保障局)CIA(中央情報局)の弱味が多分に混じった、米軍事企業のダークサイドと渡り合えるデータ。それと――

 

 

『ハーイ、バーサーカー。久しぶりね。それともヴラドって呼んだ方がいいかしら?』

 

 

 ――リアルワールドにただ一人しか存在していないことになっている、アンダーワールド人(人工フラクトライト)

 『A.L.I.C.E.』としては未完でも、己が複製であると認識し、けれど安定している数少ない人物の魂。

 クィネラ・アドミニストレータのライトキューブ。これらが、連中の手札だった。

 

 ……聞くところによれば、俺がPoHとやり合っている間、令呪一画でサチ、アスナ、アリス共々果ての祭壇まで跳んだクィネラとジルは、残る一画を以ってセントラル・カセドラルのコンソールへと転移。元より本国にアリスを届ける気などさらさら無かったガブリエルが、予め用意していた別の脱出艇を待つ間に接触。日本側がまだオーシャン・タートル襲撃でゴタついている隙に、さっさとルーマニアへと渡ったのだという。

 以上の話を()()()()聞かされ、一時的狂気を発症した余は悪くない。ブルータスゥお前もか!?

 なおザザは、ガブリエルらについてはジルの協力者という戯言を鵜呑みにしていた。

 

 閑話休題(話を戻そう)

 

 これからのアンダーワールドの情勢を考慮すれば、クィネラの存在は兎も角、アメリカ側への手札は多いに越したことはない。戦力としても、ガブリエル・ミラーは今こそPoHの裏切りによって手負だがリアル・VR問わず信頼に足る実力を有しているし、お供(クリッター)はお供でオーシャン・タートル襲撃の際ハッカーとして採用されていただけあり、その腕は一級品だ。必死こいて勧誘する程かと言われれば、特にガブリエルはその性格面からお断り待ったなしだが、向こうから手土産と共に訪ねて来たのであれば追い返すには惜しい。

 

 結局、リアル・VRの両方で無許可での戦闘・殺傷行為を禁止した上で、アリス編ラスボス御一行を迎え入れた。既に頭が痛いが、本当の地獄(胃痛)はここからだろう。

 ただでさえバチカン(宗教サイド)へと伝を使って抑えていたこの忙しい時期に、さらにガブリエルとは別に俺個人としてのラースとのパイプ、クィネラのマシンボディの発注(ワガママ)、菊岡とガブリエルの顔合わせを含めての来日の予定が入っている。聖杯戦争絡みの一件は確実に根掘り葉掘り問いただされるだろうからそれも誤魔化さなきゃならんし、そうでなくてもその一件で俺は実質彼らと敵対した。顔を合わせづらいとかいう次元じゃないのに、更に話をややこしくした馬鹿共(クィネラとガブリエル)もセットで悪印象が倍率ドン。割と泣きたい。癒しがザザしかいない。今からでもこの二人殺しちゃだめ?だめだよな。めんどくさい・ああめんどくさい・めんどくさい。約四十振りの愛の告白の相手が鎮痛剤になりそうだ。人型であれとは言わぬが、せめて生命体であってくれ。

 

 そんなしょうもない妄言を、白目を剥きそうになるのを気合で堪えながら噛み潰す。

 出発は今日の昼。フライト中はひたすら惰眠を貪ってくれるわふはははは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……結局ロクに眠れんかった。

 

 何度も往復したお陰か時差に苦しむことこそないが、初めて飛行機に乗ったクィネラは終始やたらとテンションが高かった。

 いやお前ルーマニア来るとき使ったんじゃ、というツッコミも、日本から脱出した時期に注目を集めるのは得策ではなく、またクィネラもアンダーワールドから脱出する際、それまでは物質化して切り離していた記憶も持って来た事でライトキューブ容量は文字通りの意味で爆発一歩手前。別途大型メモリがなければ起動すらままならない状況だったと返された。こいつウチに寄生する気満々である。

 そんなこんな、ガブリエルに預けるのは色々不安だし、ザザに押し付けるのはザザが可哀想だしで泣く泣くオーグマー越しにずっとこの女の騒ぎ声を聞き続けるというプチ拷問にだいぶグロッキーである。ジル?のらりくらりと逃げやがった。フライト中は機内モードを義務付けられてた時代が懐かしい。

 

 そんなこんな、いつもより五割り増しで目つきの悪い状態で会談に臨むハメになった。本音では一日休んでからがよかったのだが、明後日には六本木でアリスの記者会見もある。ガブリエルたちの新しい戸籍申請が思いの外手擦った所為でスケジュールはカツカツである。

 菊岡のお気に入りか、はたまた連中の息が掛かっているのか。指定されたのは、死銃事件後に奴と話したのと同じ喫茶店。貴族服とスーツ姿の野郎二人に、紺碧のスーツの女性が到着したのは、約束の時間二分前だった。

 ちなみにザザは自由行動である。暫く滞在する予定だし、国際電話の値段は四十年前からさほど変わらん。積もる話もあるだろう、豪志(エム)が空港まで迎えに来ていた。

 

 周囲を警戒しながら小洒落た扉を潜れば、ウェイターに話しかけられるまでもなく、目立つ窓際の席に座る菊岡の面が視界に入る。マーリンを彷彿とさせる胡散臭い微笑みに、皮肉の一つでも飛ばしてやろうと口を開いて――

 

 

「――ヴラド?」

 

 

 ――その隣には、キリトと、サチの姿があった。

 ……どうやら俺は、随分と菊岡に警戒されているらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おーいキリトくん、こっちこっち!」

 

 

 またこのパターンか!?

 銀座のど真ん中で、こちとら場違いな制服を着て来ているというのに無遠慮な大声を出している菊岡の元へ急ぐ。俺一人なら多少視線が集まったところで大して気にならないが、サチを連れている現状、あまり注目を集めたくない。

 待ち合わせ時刻前だというのに既に一皿平らげた跡のあるテーブルをジロリと見下ろし、乱暴に椅子に腰掛ける。なるべく店内からのぶしつけな視線を遮ろうとサチを窓際に誘導したけど、どこまで効果があるのか。

 菊岡は、メニューを適当に捲って注文を決めたのを見守っていたようだが、ウェイターが去り、ケーキと紅茶が届いたタイミングになっても温かい視線で静かに微笑んでいるまま。そろそろ不気味に思えてきたあたりで訪ねてみれば、「いやあ、元気そうでなにより」と返され、思わず押し黙ってしまった。

 

 

 

 ――あの日。限界加速フェーズに突入したのを直感的に察知し、取り残された事実を理解した俺は、せめてアンダーワールドの人々には涙を見せまいと強く目を瞑り――

 

 

『――キリトくん!!』

『ゲェ、アスナ!?』

 

 

 ――なぜか、次のシーンではアスナにタックルされていた。感動もなにもあったもんじゃない。

 まさかアスナもアンダーワールドに取り残されてしまったのかと、鬼気迫る表情の『閃光』から這々の体で必死に逃げ回りながら周囲の状況を把握してみれば、やたらとSFチックな金属剥き出しの壁や天井に、三台のSTL。そして、唖然とした表情の神代博士に支えられて立つサチ。

 どこからどう見てもリアルワールドにしか見えない光景に思考がフリーズしていると、ダッシュで戻ってきた菊岡と比嘉さんによって、強引にその場で緊急検査を受けることになった。彼ら曰く。

 ――たった今、俺とサチのログアウト処理が完了した所であり、フラクトライトが崩壊するどころか、すぐに意識が戻ったのは、奇跡としか言いようがないとのこと。

 サチも取り残されてたのかよとか、限界加速フェーズ以降の記憶既に無いんですけど等、言いたいことも実際に口にしたことも多々あったが、本土に戻った後の検査の結果、一ヶ月寝たきりだった体以外、至って健康だという結果がでた。

 『……いったいどうやったんだい?』と目が笑ってない菊岡に聞かれたが、心当たりが全くない。カレンダーを見て、『サチの誕生日に間に合わせるために、こう、気合で?』と茶化すほかなかった。

 

 

 

 ――そんなことがあったからだろう。公的にはオーシャン・タートル襲撃で死亡したことになっている菊岡は、こうして度々顔を見にきていた。

 とはいえこちらは元気そのものだと言うほかないし、それも原因不明の『奇跡』によるものだとしても不思議と拒否感や不安感は湧かない以上、二分の一の確率で高めのスイーツで舌を肥していた。なお残り半分の確率で口直しに奉山麻婆が欲しくなるレベルのゲテモノが来る。今回は喫茶店にサチとセットで呼ばれたから、確定で通常(?)の甘味だと喜んで来たのだが。

 

 

「と、ところで、だ。いくらなんでも顔を見るためだけに銀座に呼び出し、なんてことはないよな?」

 

 

 チラッとメニュー表から、注文した物の値段を計算する。いつもの『お高いスイーツ』の倍近いお値段に、今日のことは舞弥さんには内緒にすることを心に固く誓っていると、実は待ち人がいるとのことを聞かされた。

 

 

「待ち人?誰だよ」

 

「君たちもよく知っている人物さ」

 

 

 その返事に、最近連絡の付かない銀髪コンビとエストック使いのダンピールの顔を思い浮かべる。それと同時に、丁度背を向けた方向にある押し扉が、涼しげなドアベルを鳴らしながら開かれた。

 現れたのは、見覚えのない金髪碧眼の男と、予想通りの銀色人外コンビだった。

 

「ヴラド?」

 

 

 一月振り、と続けようとして――

 

「息災か。ならばよい」

 

 と、短い返事をしたあとは、気まずげに目を逸らし続けるヴラド。どうやら隠し事が満載らしい。

 下手に取り繕っているアイツをつついてもあまり効果がないことは、SAOの頃からの経験で知っている。気不味げに瞳が彷徨っているヴラドは、なにやらゴツいジュラルミンケースを足元に置いてから、菊岡と対面の位置に着く。

 残った二人が空いてる席に座るなり、眉を顰めて菊岡と何やら外国語で会話を始めた。どうやらよほど触れてほしくないらしい。

 僅か一分の間に盛り上がり始めた女子組に割り込むだけの心意パワーのない俺に残された話相手は、何やら怪しげな男のみ。

 

 

「…………」

 

 

 じっと此方を見つめる――いや、『観察』してくる男。負けじと俺も睨み返す。

 ――しかし、見れば見るほど不気味な男だ。顔も体格も、特徴といえる特徴がない。肌が白く、眼が青く、髪が金色だとしか言いようがない。瞳の奥にすら、何の色も浮かばない。立って歩き、呼吸しているのを見ていなければ、人形と言われても信じただろう。

 

 

「……お前は、誰だ」

 

 

 自然と、いつでも立ち上がれるように膝に力が入る。答えは即座に返った。

 

 

「ガブリエル。私の名はガブリエル・ミラー。お前こそ何者だ」

 

 

 その問いに一瞬、アバターネームを返しそうになったが、本名で名乗った相手にそれは失礼かと考え直す。

 

 

「……桐ヶ谷和人だ」

 

「……ほう。お前が――」

 

 

 男の表情が、変わる。目つきが鋭くなり、唇が薄く引き締まる。削げた頬に浮かぶのは、笑みと呼ぶにはあまりにも冷たいものだった。

 ここにきて、瞳の奥に色が灯る。浮かび上がってきたのは、深い深い()()

 ザザや、ジョニーの様な憧憬とも違う。PoHの様な、怨讐とも違う。

 ――どうしようもなく空腹で。砂漠の真ん中で、嘗て飲んだ一滴の水を再び求めて徘徊する亡者。覗き込んだ者はおろか、近付いた者すら呑み込むブラックホール。そんなイメージが浮かび上がる。

 気が付けば、ガブリエルの右手が緩やかに、俺の首へと、伸びて――

 

 

 

「――ストップよ、ガブリエル」

 

「和人、大丈夫!?」

 

 

 

 ――そんなジルの言葉に、意識は急速に現実へと引き戻された。

 いつの間にか呼吸を忘れていたのだろうか、心配するサチを安心させながら痛む肺に新鮮な空気を取り込む。

 横目でガブリエルの手元を確認する。両手とも行儀良くテーブルの上に乗っていた。

 ……今のは、一体……?

 背中を冷や汗で濡らしながら息を整えていると、右手が再び挙げられる。反射的に身を引くも、その手は俺を絞殺せんと伸びることなく途中で止まる。

 

 

「君がSAO攻略組(プログレッサーズ)として高名なキリガヤカズトか。会えたことを嬉しく思う」

 

「ど、どうも……」

 

 

 握手を求められたことに強烈な違和感を懐きながらも応じる。力加減は常識的なものだった。

 

 

 

 

 

「……本当に信用できるのですか?」

 

「貴様が見張れ。暗躍するよりよほど適任よ。聞いたぞ、内通者をエルキュール・ポアロ宜しく言い当てたのだと」

 

「いつからオーシャン・タートルはオリエント急行になったんですかね」

 

 

 丁度あちらも一区切りついたのだろう。菊岡がヴラドの持ってきたジュラルミケースの、ヴラドが菊岡の持ってきた角二封筒の中身を確認しながら口にしているジョークは日本語に戻っていた。ていうか菊岡(元自衛隊員)の監視が必要な程の危険人物なのかよこいつ。

 

 

「ふむ……」

 

 

 ここは自身とサチの身の安全の為にも、ピトに倣って推理してみようか。

 けれど外見的特徴から欧州かアメリカの人だろうということしか判別できない。手がかりが皆無だ。

 相変わらず眼に鰭が生えてるヴラドは白旗振っても見えていないふりをするし、両陣の情報を握っているだろうジルに助けを求めることにした。

 戦場と台所とミシンの前以外、いまいちアテにならない主に仕える完全で瀟洒な従者は、「まだ思い悩んでいるのですか?」とでも言いたげな胡乱な視線で自分の主人をメッタ刺しにして轟沈させると、俺たちにオーグマーを装着するよう促した。

 言われるがまま、帰還者学校で配布された新型ウェアラブル・マルチデバイスを左耳に引っ掛けていると、復活したヴラドが焦燥感を滲ませる声で呻いた。

 

 

「待て、ジル。流石にそれは早すぎないか?」

 

「いずれ説明することになるのなら、早い方がいいでしょう。ご心配無く、アリマゴの件が彼らにとって公然の秘密になった時点で貴方のカリスマはとっくにブレイクしてますよ」

 

「あのいや、そうじゃなくてですね……」

 

 

 哀れ無情にもトドメを刺されたヴラド。思わず口の中で呟いた「南無」の一言は届かなかったようだ。

 

 

「で、なんてったってオーグマーなんか――」

 

 

 苦笑いしながら、立ち上がった直後の仮想デスクトップ越しにジルを見て――その直前、テーブルの上にちょこんと腰掛けていた妖精サイズの人物に、表情が凍りついた。

 

 

「……クィネラ、か?」

 

「ええ。久し振りね、坊や」

 

 

 ――ユイと同じくらいのサイズに縮んでいたが、そこにいるのは間違いなく、アンダーワールドの人界を支配し、生と死すら超克してのけた半神半人の英霊、クィネラ=アドミニストレータだった。

 ……予想外の人物の登場に、どういう反応を示せばいいのか分からず、感情と表情筋がバグる。彼女は間違いなく親友の仇であり、だが再び会話する機会を得たその親友共々、赦すことを決めたのだ。しかし思う所がないのかと聞かれれば、恨みがないと言えば嘘になる。

 複雑怪奇な心境を察してくれたのか、ふわりと浮遊したクィネラが微笑む。

 

 

「その感情は貴方にとって、当然の権利よ。そして私は貴方に恨まれる義務がある」

 

「……いや、大丈夫だ。続けてくれ」

 

 

 ――ステイ・クール。だろ?ユージオ。

 深呼吸して、心のモヤモヤとしたものを肺の空気ごと吐き出す。

 

 

「それじゃあ、まずはそこの不審者の正体から明かしていきましょうか」

 

 

 俺が平静を取り戻したのを確認したクィネラが、ガブリエルを指差しながら告げる。今更ながらセキュリティは大丈夫なのだろうか。オーグマーは最新のハードだけありまだ数は出回っていないとはいえ、近々『オーディナル・スケール』なるARタイトルが発表されるからか、急速に知名度が上昇しているのだ。

 だがそんな心配事は、クィネラの次の台詞によって衛生軌道にまで吹っ飛んだ。

 

 

「そこの男は、元GDSのCTO。一言で言えば、オーシャン・タートル襲撃の指揮官よ」

 

「……――ッ!?」

 

 

 その言葉に、息を呑んだサチを背に隠しながら今度こそ限界まで後退る。何しろ、アンダーワールドで勃発した『異界戦争』の引金を引いた張本人が目の前にいたのだ。これがVRワールドなら間違いなく斬りかかっている。

 だが他の面々は平然としている。それどころか菊岡は「つまり僕とは被害者と加害者の関係というわけだ」などと口にする始末。取り押さえる様子は無い。

 

 

「落ち着いてください、キリト。彼が妙な真似をすれば斬り捨てます」

 

「……説明は、あるんだろうな?」

 

「勿論」

 

 

 『ジャック・ザ・リッパー』としての過去を内包するジルが明確に安全を保障したことで、ひとまず胸を撫で下ろす。警戒は続けるにせよ、このままでは話が進まない。

 ジルがガブリエルに続きを促している傍らで、確かにこれは話し相手を選ぶ必要のある話題だなと独り語ちる。ユイを連れてきていないことを喜ぶべきか悔やむべきかは、まだ分からない。

 

 

「……確かに私はアリスの確保を命じられ、襲撃を実行した。だが元より本国に届けるつもりはなく、第三国へと脱出したのち、自分だけの仮想世界を創造する予定だった。

 私の目的は、魂の探求。人間のフラクトライトの究明と言い換えてもいいだろう。それを達成するのに必要な被験体はアリスだけでは足りないが、逆にいえば()()()()()()()()()()。差し当たっては、魂との接触に最も適した機器であるSTLの研究を進めたい」

 

 

 ……発言と発想が完全に狂人のそれなんだが。こいつはその為だけにアンダーワールドで不必要な流血を強要したのか?と毒を吐きたくなったが、それだけの人間であればとっくにヴラドが捻っているだろうし、気不味げながらにコイツを俺たちに引き合わせることはしないはずだ。

 自衛隊に人工フラクトライト搭載型の国産戦闘機の配備を目指す菊岡と、手段はさておき魂の本質という知識欲が満ちる瞬間を望むガブリエル。この男の言葉を信用するのなら、目的を擦り合わせていけば落とし所は探れるだろう。

 それに彼の経歴――襲撃者たちの企業の最高責任者(CTO)ともなれば、STLと人工フラクトライトを狙っていた連中にとって都合の悪い情報を握っていても不思議ではない。菊岡にしてみれば、ガブリエルから得られた情報と、ヴラドという小国ながら国の要人の援護を得られれば、いくらアメリカ軍事企業のダークサイドといえど牽制出来るし、なんなら政府内の駆け引きを更に混沌としたものにすることも叶うかもしれない。

 

 ……理解は、出来る。だがその考え方は、

 

 

「――そうだ。それは、我々の様な、目的の為なら手段を選ばない類の人間のやり口だ。故にお前たちは我々の思惑など気にせず、思うがままに進むが良い。なに、何かあれば直ぐに駆けつけよう」

 

 

 くしゃくしゃと、俺とサチの頭を順に撫でる老兵。

 ……その手つきは、直接血の繋がった両親を喪った俺たちには縁のない、祖父の様な優しさを想起させるもので。

 

 

「……別に。狂人の扱いならSAOで慣れてるから大丈夫だって」

 

 

 つい口調が拗ねた子供の様なものになってしまった。

 微笑ましいものを見る眼の陰謀野郎二人から、今度は自分から目を逸らす。ジルも似た眼をしていた。に、逃げ場がない。

 残った向きは正面のみ――ガブリエルと目があった。今ばかりはその何考えているのかさっぱりな生気を感じない硝子の眼がありがたい。

 半分ヤケになって追加のデザートを注文し終わると、再びガブリエルから握手を求められた。

 

 

「改めてよろしく頼む。『黒の剣士』よ」

 

「……言っておくけど、サチにだけは絶対に手をだすなよ」

 

 

 よく見れば節々にタコが出来ているその手を、俺は――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








「――ところでヴラド、切嗣さんから伝言があるんだけど」

「ほう?彼奴が直接連絡を寄越さずに言伝とは珍しい」

 ケースを受け取った菊岡がガブリエルを連れて退席した後。ジルとサチがお土産のケーキを追加で選んでいる間、切嗣さんから頼まれた言葉を伝えることにした。
 内容は、たった一言。


「――『ありがとう』だってさ。ずっと、直接言葉には出来ていなかったって」


 ……その時のことは、よく覚えている。
 まだ俺がリハビリの為に入院していた二週間前のこと。お見舞いに来てくれた彼に、アリマゴの生き残りであるヴァサゴとの顛末を全て話した。
 そして、アリマゴの最後の一節を聞き届けた。

 ――その顔を覚えている。
 目に涙を溜めて、生きている人間を見つけ出せたと、心の底から喜んでいる男の姿。

 ――それが、あまりにも嬉しそうだったから。
  まるで、救われたのは自分ではなく、男の方ではないかと思ったほど。

 死の直前にいた自分が羨ましく思えるほど、男は何かに感謝するように、ありがとうと、呟いていた。
 見つけられて良かったと。
 一人だけでも助けられて救われたと、誰かに感謝するように、これ以上ないという笑顔をこぼした、と。


 ……それだけなら到底意図を読み取れない、短い伝言だった。だがヴラドにはそれだけで伝わったようで、「そうか……そうか……」と、絞り出すように呟いていた。

 その後、喫茶店を出て別れるまで、ヴラドが口を開くことはなかった。










「――俺は、間違えて、いなかったのだな」


 ――鼻声のその言葉は、聞こえなかったことにした。










第4章 聖杯戯曲装置アリシゼーション・グレイルウォー



――上演終了――







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スタッフロール /或いは序曲終面

 

 

 

 

 

 個人作業用に調整したVR空間にて、宙に浮かばせたキーボードを叩く。それに応じて、同じく浮かばせている画面にコードが打ち込まれていく。コードを書き始めたのは最近の事でまだ不慣れだが、幸いデータや教材は揃っている。

 一旦手を止め、複数の資料画面を手首のスナップで眼前へと動かす。リアルでやろうものなら大型テレビ画面に匹敵する大きさのモニターか、そうでなければPC画面を幾つも用意しなければならないのだろう。作業効率の大幅上昇、こればかりは茅場に感謝してもいい。

 重村教授から受け取ったメモと、実数値のデータを前に唸りながら、非実態のコップに手を伸ばして――空を切った。

 

 

「何やってるのよ、ジル。こんな所で」

 

 

 同時に、フランスの突撃女によく似た声――本人は憤慨するだろう――が、背後から聞こえる。画面を覗き込み、何をしていたのか察したのだろう。気配が引いていた。

 

 

「……いや本当になにやってるのよ」

 

「何って……オーグマー(外部デバイス)での固有時制御の再現?」

 

 

 コップを取り返すべく振り返ると、完全に硬直したクィネラの姿が。右手に収まっていたのを奪還し、飲む仕草をする。『口をつける』『コップが一定以上傾く』という二つの動作(トリガー)を受信したシステムが、口内に紅茶の風味と水分の感覚を流し込む。うっかり溢して資料を駄目にしたり、注ぎ足しに席を立つ必要がないのは楽ね。

 その電脳でどんな過程・結果を得たのかは知らないが、クィネラは復活に数秒を要した。

 

 

「……この世界にブレイン・バーストを持ち込むのは、流石に早すぎないかしら?」

 

「ブレイン……?」

 

 

 聞き覚えのない単語に首を傾げれば、「何でもないわ」と誤魔化された。

 

 

「で、なんでこんな時代を数歩先取りしたような思考加速システムを組んでるのよ」

 

「……まあ、いいでしょう。

 此度の一件を最後に、ブライアン個人の知識面でのアドバンテージ(有利性)は消滅したといっていいでしょう。何しろ彼の、そしてこの世界の顛末(原作知識)を彼から聞く他なかった私たちでは、この先起こり得る事象への対応はより困難となる」

 

 

 新しく画面を一つ立ち上げる。そこには、オーシャン・タートル襲撃事件に於いて救援に赴いたプレイヤーたちへの事後報告が主題たる九種族合同会議の画面が映っていた。

 視点は自身も席を置いているケットシー側からのものだが、その端には、やはり気不味げな銀髪の老プーカの姿が。髪色だけで種族を選んだのが透けて見える。

 

 

「キリトを中心とした英雄譚は、間違いなく続いていくでしょう。或いは、その先の『加速する世界』にまで。情報戦にて後手に回るしかない我々に許された手段は、せめて戦力を固めるのみ」

 

 

 ――実際、カムラでは不審な動きがあると報告を受けている。タイミング的には近日発売のオーディナル・スケールが怪しいが、AR(拡張現実)が舞台ならブライアンを放り込んでおけば大事にはならないだろう。誰がボスとして立ちはだかろうと、人外の馬鹿力の前には無力だ。それでも足りなければ、適当に嗜虐神父か、最悪昼寝好きのメイド長兼門番でも呼べばオーバーキルが確定する。手負だがガブリエルもいるし、寧ろ相手の生死を心配するべきだろう。

 なら警戒するのは、その先にあるもの。そして、キリトらでは対応不可能なリアルワールドからの敵意。思考だけでも加速が可能であれば、銃弾への対処もやり易くなる。

 

 

「素でライフル弾を切れる元英霊が何言ってるのよ。一個師団に包囲されても無傷で突破出来そうなものだけれど」

 

「私なんてまだまだですよ。何せ門番一人に手も足も出ない程度なのですから。世界にはきっとあれ以上がゴロゴロいるでしょうし。安心するなら、せめて彼女は超えられる程度には強くならないと」

 

「英霊以上の人間がそういるわけないじゃない」

 

 

 調整用の仮想敵が『彼女』であると伝えると、クィネラは慢心した笑みで専用の仮想空間へと跳ぶ。

 白けた目でクィネラがいた場所を眺めていると、十秒と保たずに顔を真っ青にして戻ってきた。

 

 

「……あれが、ただの門番?冠位サーヴァントとかじゃなくて?」

 

「年齢不詳で、メイドも兼業していますが」

 

「リアルワールド恐い!!」

 

 

 「絶対出る世界観間違ってるわよぉ」と泣き言を呻くクィネラに、溜息が出る。私とブライアンは彼女に格闘技を習った以上、かの理不尽の権化は実在するのだ。アンダーワールド最強格だった彼女には、ぜひ突破口を見つけていただきたい。まあ無理でしょうけど。

 これでは当分作業にならないだろう。進行状況を保存して画面を落とす。

 

 

「で、わざわざ私のプライベートサーバーにまで来たということは、なにかログに残っては困る話があったのではないですか?」

 

 

 震える彼女の肩を揺らして再起動させる。「年齢的に考えればそう長くはないはず……よね?」などとせこい考えが口から漏れていたがどうにか持ち直したクィネラは、一つ咳払いをして空気を切り替えた。

 

 

 

「――ええ。『星王』と『神聖剣』、両名との接触に成功したわ」

 

 

 その名を聞いて、流石の私も気を引き締めざるを得ない。

 二百年の歳月に耐えたのみならず、自己が複製された存在だという認識にすら耐え抜いた『もう一人のキリト』。

 全ての元凶にして、なお異世界へと想いを馳せる創造者、そのコピー。『茅場晶彦』。

 おそらくこの先の真実に潜むだろう二人と現時点で接触出来たのだ。この存外の幸運を活かさない手はない。

 

 

「この事、バーサーカーには?」

 

「……伝えないでおきましょう。彼らは、言うなれば賭場の元締め。ジョーカー(鬼札)すら握り潰しうる存在。限界まで伏せておくべきです」

 

 

 少なくとも、現状で手一杯なブライアンに今伝えていい内容ではない。情報戦にて後手に回るしかない私たちが、VRワールドにて唯一前提そのものをひっくり返せる手だ。多少の逆境で容易に切っていいものではない。

 ……そう脳裏で結論付けるも、何かが引っかかった。

 

 

「そういえば、なぜ貴女はブライアンの事をバーサーカーと呼ぶのですか?」

 

「口が慣れちゃったのよ。数十年、数百年間、真名を知るまでも知った後もずっとバーサーカー呼びだったんだもの」

 

 

 ブライアン――菊岡によって無断でコピーされた彼のフラクトライトとクィネラが、アンダーワールドにて数百年を共にしていたことは知っている。だが、最初から呼称がバーサーカー?

 その事を問うとクィネラは、「せっかくだから、解決編と洒落込みましょうか」と手を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私が出会った彼は、その時点で自分が複製された存在だと自覚していたわ。だから彼は、複製を前提とされた存在(サーヴァント:バーサーカー)を名乗ったのよ。そうしなければ、完全に自壊してしまうから」

 

 

 取り出したもう一つのコップを片手にクィネラは、三百年前の事を口にする。

 

 

「……つまり、そちらの彼は、自分を英霊だと思い込んだだけの人間だったと?」

 

「言い方は悪いけれど、そうなるわね。わざわざ仮初の令呪まで作って、それに対して絶対服従を自己暗示して。そうまでして彼は、漸くあの世界に立つことが出来た。

 けれどそれは、たかがオークの鈍ですら身体が傷つくような不完全なもの。お陰で英霊召喚術式によって『吸血鬼ドラキュラ』をその身に降ろした後ですら、英霊以外の格下による受傷を許す様な心意をその霊基に刻み込んでしまった」

 

「成る程、サーヴァントを名乗る割にダメージが通っていたのはそういう理屈でしたか」

 

「ハイドリッヒに情報を流してオリジナルをログインさせてからは、同一存在を消そうとする本能で二人とも殺気立っていたし、大変だったのよ?」

 

 

 苦笑いを溢しながら、杯を呷るクィネラ。彼女の計画は失敗したが、その後の着地点としての現状は悪くないだろう。さらっとラース外部に機密を漏らしたという告白を受けたが、まあこれは伝えなくていいだろう。機密本人が自分の足で逃げ出したのだ、これはどうしようもない。

 

 

「英霊召喚といえば、結局貴女は何を聖杯に望んでいたのですか?」

 

「私の望みは永遠の命。永久の美貌。魂の物質化よ」

 

「第三魔法?しかしそれは、ブライアンの望み(第二魔法)とぶつかりませんか?」

 

「ええ、ただ純粋に聖杯に希うのなら、そうなるわね。けれど私は、いざ聖杯が手に入った際にはその権をバーサーカーへと譲り渡すつもりだったわ」

 

「でしょうね」

 

 

 改めてクィネラを見る。魂の物質化という『手段』を失ってはいるが――今の彼女は電脳の存在。云うなればプログラム。

 広大なインターネットワークそのものを思考回路に置き換えられる彼女を殺そうとするならば、ネット社会そのものを破壊し、世界を前時代に巻き戻す他ない。つまり不老不死という『目的』は、実質達成出来ていると言っていい。

 

 

「私にとって聖杯とは、私個人の欲を叶える為の数ある手段の一つに過ぎない。そこまで執着する必要がないのよ」

 

「……ならば尚更、なぜ聖杯戦争などというリスクを?聞くに、遥かに早い段階でリアルワールドへ脱出が叶ったようですが?」

 

「私だって、出来ることなら肉の身体が欲しいもの。聖杯戦争とは、世界とその外側との境に孔を開ける儀式。この場合の世界とその外側との境とは、アンダーワールドとリアルワールドの境界線。

 上手くいけば、若かりしまま悠久の時を生きた肉体と、新たなる魔術を扱うアドミニストレータとしての機能を有したまま移り住む事が出来たのよ。まあ、案の定頓挫したのだけれど」

 

 

 そう妖しげに微笑むクィネラ。これだから黄金率(体)持ちは。

 

 

「大体、どこから聖杯術式を持ってきたのですか。あれはそう安易と一から作り出せるものではなかったと思いますが?」

 

「勿論、原典はあるわ」

 

「へぇ……?」

 

 

 ブライアンが探し求め、結局は影も形も見当たらなかった『聖杯戦争』。その大元たる聖杯を見つけたと同義の言葉に、目を細める。

 

 

「では、一体何処に術式の参考元が?」

 

「――朔月千佳」

 

 

 告げられた名は、天然の願望機。神稚児信仰の成れの果て。

 

 

「けれど彼女は、ずっと昔に既に七歳を過ぎています。神稚児としての能力は失っているはず」

 

「そうね。彼女が本当に、朔月の血を引く娘なら、そうなるわね」

 

「……どういう意味でしょうか?」

 

 

 嘗てまだブライアンが血眼で聖杯を求めていた頃、衛宮切嗣によって保護された彼女の苗字を聞いた彼は、当然彼女の能力に期待を寄せた。尤も、偶然苗字が一致しただけの、無力な少女であるという結論に落ち着いたが。

 けれど、確かに彼女の血筋については――彼女が保護された街が消失したのもあり、そもそも『朔月千佳』という名が合っているのかどうかすら、調査が進まなかった。

 

 

「彼女は朔月の娘ではないと?ならば彼女は一体、いえ、だとしてもどうやってそれを。そもそも朔月でないとするなら、願望機としての機能はどこから、」

 

「落ち着きなさい、ジル。キャパオーバーするとそうやってパニックになるのは貴女の悪い癖よ。

 ……そうね。まずはどうやって(How done it)から答えるわ。

 『正史』と違って、ラースはメディキュボイドでのデータを満足に得られていない分、アミュスフィアや回収したナーヴギアからフラクトライトの断片を掻き集めていた。その中には当然、サチのものもあったわ。

 フラクトライト――それ則ち、魂。例え記憶を失おうと、例え世界を越えようと、魂に刻まれたものは変わらないわ。

 そう、彼女の本来の家名は、こうなるはずだった」

 

 

 一旦そこで区切ったクィネラは、思わせぶりに、ゆっくりと、その名を紡いだ。

 

 

 

「――アインツベルン」

 

 

 

「……まさか、()()アインツベルンですか?!」

 

「ええ。といっても、遺伝情報まで入手できた訳ではないから、この世界に於ける、魔術との繋がりの薄いドイツ貴族としてのアインツベルンとの血の繋がりまでは確認出来なかった。でもきっとないでしょうね。

 彼女の魂に残された術式は、朔月――神稚児に見られるであろう、『産まれながらに完成した聖杯』とは程遠い、後転的な特徴が見受けられたわ。ここから読み取れるのは、彼女は、聖杯を作り出そうと目論んだ何者かによって産み出された存在だという可能性。

 つまり彼女は、朔月の娘だから願望機の機能を有していたのではなくその逆。()()()()()()()()()()()()()()()()()こそ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 これならば、彼女が聖杯としての機能を有する説明がつく」

 

「……けれどそれは、」

 

「そうね。これが示す事実は、朔月千佳と呼ばれている少女は並行世界の存在だということ。それもただの異世界人ではない、何れかの聖杯戦争、おそらく第四次か第五次の関係者でしょうね。イリヤスフィールか、アイリスフィールか。それとも新たに鋳造された誰かか。彼女らの心臓を移植された、或いは聖杯の欠片を埋め込まれた何者かか。そもそも人間だったかどうかすらあやふやね。こればかりは本人が、云うなれば前世を思い出してくれないと推測のしようがないわ」

 

「待って下さい。だとすれば、彼女は『この世全ての悪』によって汚染されている可能性があるのでは?」

 

「……これはあくまで仮定だけれど。汚染された聖杯は必ず悪意を持って願いを叶えるもの。けれどそれは、聖杯が理論を無視して願望を実現するものであって、過程そのものを消去している訳ではなく、故にその過程に悪意を介在させられる。ならば、『特定の条件を満たした並行世界への転移』であれば、過程がどれだけ最悪なものであろうと無視できるかもしれないわ。例え『この世全ての悪』が誕生し、その世界の人類を殺し尽くたとしても、転移者本人にはなんの害も及ばないもの」

 

「……屁理屈というか、無責任というか」

 

「だから言ったでしょう、あくまで仮定だと。それに、ごく僅かだけれど『この世全ての悪』の残滓が染み付いていたし」

 

「それって大問題なのでは?!」

 

 

 僅かとはいえ、全人類を呪う宝具を持ったサーヴァントの存在に思わず大きな声が出た。

 けれどその可能性を挙げた本人は平然としている。

 

 

「貴女にも聞き覚えがなくて。SAO、嘗てデスゲームだった頃のアインクラッドで度々確認された、システム外の異形異能。

 例えば、地下層にて『ザ・フェイタルサイズ』に成り代わり――いいえ、()()、分離して出現した『ベル・ラフム』。同じく地下層にて、液体の再現が難しい仮想世界にて広がっていた『泥』。

 例えばクリスマスイベントにて、背教者ニコラスを押し退けて出現した、反転した騎士王」

 

「……『運命の物語』に、そして『この世全ての悪』と繋がる存在は、常に仮想世界に於いてサチの前に現れていた?」

 

「神秘の寡多もあったのでしょうね。心意システムのある仮想世界であれば、祈りや信仰がより身を結び易く、それに伴って魔術もより存在し易かったでしょうから。

 現実世界でも、神秘の有無は兎も角として、面子は揃っていたのもその影響でしょうね。聖杯に選ばれし者は、如何なる事情があれ、姿形はどうあれ、呼び寄せられる。そこにマスターもサーヴァントもないわ」

 

 

 一先ず『泥』が地表に溢れ返る心配はないだろうという結論に、胸を撫で下ろす。

 

 

「……結局、この世界――リアルワールドに、神秘は存在しないのですか?」

 

「……微妙なラインね。魔術基盤に関しては、人の意思、集合無意識、知名度によって世界に刻み付けられるものだから、存在すると考えてもいいでしょう。星が真っ当に存続している以上、マナについても希望はある。

 問題は、魔術回路。この世界で魔術回路を有する人間は、おそらく極少数なのでしょうね」

 

「その根拠は?」

 

「聖杯をこの世界に持ち込んだ人物が、未だ生きているのが何よりの証拠よ。

 人が複数いれば組織が生まれる。仮に魔術協会か聖堂教会に類する組織が存在していれば、小聖杯を抱えて現れた並行世界の人間なんて、確実に襲われるでしょう。けれど朔月千佳も、その転移者も、未だ無事でいる。つまりこの世界に魔術師は存在しない、もしくは存在したとしても過去の存在か、情報収集に難がある程度の数しか現存していないということよ」

 

 

 さりげなく告げられたもう一人の異世界人の存在に、真っ先に思い浮かぶのは若かりし頃のブライアンの顔。

 

 

「確かに、彼の前には門番と私以外、一度たりとも神秘側の存在は現れていません」

 

「……言っておくけれど、バーサーカーは違うわよ。彼に魔術回路は存在しないし、仮に彼がマスターとして聖杯を所有していたのであれば、その時点で彼は願いを叶えていたはずよ」

 

「なら、他に一体誰が?」

 

「いるでしょう?聖杯(サチ)と共にあり、同時にこの世界の中心にいる人物が、たった一人」

 

「……あの少年!?」

 

 

 脳裏に浮かぶのは、ブライアンが『主人公』であると気にかけていた黒服の少年。黒の剣士、キリト。

 英雄譚の主人公が、そもそも異世界人だったという衝撃の事実に口を閉じられないでいると、肩を竦めたクィネラがなんでもない素振りで続ける。

 

 

「オーシャン・タートル襲撃で無防備になった彼のフラクトライトを調べてみれば、サチと似た妙な『結び目』があったわ。おそらくあれが回路のスイッチでしょうね。意図的に封印されていた記憶領域もあったわ。それと、サチのフラクトライト同様、『この世全ての悪』に触れた跡も」

 

「つまり、彼こそが何処かの聖杯戦争の勝利者であり、この世界に渡ることを望んだと?」

 

「まさか。封じられている記憶は五歳以前のものだったわ。そんな幼児が、英霊を自らの意識で運用し、優勝し、汚染された聖杯を適切に運用するには無理がある。おそらく聖杯を使用したのはサーヴァントね」

 

「そうなると、そのサーヴァントはキリトが――いえ、鳴坂和人がSAO世界の人間であると把握している英霊だということになりますが」

 

「案外私か貴女かもしれないわね。まあ、これも確かめようのない話よ。他の回路保有者については、それを判断するだけのデータがSAO生還者とSTL使用者の分しかなかった。結果はサチとキリトの二人以外白。確認出来なかったわ。

 ……尤も、一番怪しい、この世界に於ける『運命の物語』と同姓同名の彼らを調べられないのは歯痒いけれど」

 

「それは諦めてください」

 

 

 今からナーヴギアを被せるわけにはいかないし、STLに繋ごうにも名分がなければ、アンダーワールドの一件の詳細を知っているだろう切嗣、舞弥の反応が予測できない。あの二人が魔術と関わりがないというのは、これまでの接触からの推測でしかないのだから。

 

 

 

「――キリトで思い出したのですが、何故星王が存在しているのですか?彼は、アンダーワールドにて二百年取り残されたキリトのフラクトライトコピーだったはず。目覚めた時点で()()()に限界加速フェーズ直前の記憶しかなかった、彼には……」

 

 

 口にしている最中に思い当たる節があり、途中で言葉が続かなくなる。

 ……奇跡的。奇跡、ね。

 

 

「ええ、その推測は正しいわ。アンダーワールドに取り残されたのは、あの坊やだけではない。ステイシア(創世神)の権能と融合し、私が引き起こした聖杯戦争に触発された結果、再び願望機としての機能を取り戻した聖杯は、その恋心と愛を以って、他の誰でもない己自身の意思で奇跡を成した。

 故に彼らはアンダーワールドで星王、星王妃としての二百年を過ごし、限界加速フェーズが終了したと同時に分離した」

 

「ああ、あの時の言葉はそういう意味だったのですね」

 

 

 ――アリスとアスナを見送った後のワールド・エンド・オールター。ほんの数秒間の会話。

 あの時のサチの表情は覚えている。希望を、奇跡を叶えるべく、覚悟を決めた、強い女性の顔を覚えている。

 

 

「経年劣化で解れていた術式の穴は私が塞いだし、あの後の彼女は正しく創世神に相応しい存在になったでしょうね。ステイシアの権能との複合有りき故アンダーワールド限定とはいえ、神霊の領域に到達していたもの」

 

「何やってるんですか貴女は……」

 

 

 何故か我が事の様にドヤ顔を晒しているクィネラ。まあ、黒幕候補側の条件はこれで揃った。このまま世界が進めば、いずれ無事『加速する世界』へと繋がっていくだろう。

 

 

「……それに、ライダーとの約束もあったのよ」

 

「ライダー……『白』の彼女ですか。結局彼女は何者だったのですか?」

 

 

 引き継いだ『白』のアサシンの記憶から為人(ひととなり)は把握出来るが、それでも真名を詰めきれない

 いや、正確には、名は聞いているし、宝具を見た覚えもあるのだが、如何なる英雄譚にも当て嵌まらないのだ。格好的にはケルト系で、宝具名は日本系、宝具の内容はギリシャ神話系という矛盾点も、推理の難易度を上げている。

 

 

「……彼女は、謂わば、『失敗したこの世界の果ての英雄』。本来なら喚び出せるはずのない、剪定事象一歩手前の世界の存在。

 ムーンセルが存在せず、鋼の大地の結末を迎えつつある世界に於いて、人類が進歩する余地を守った高潔なる英霊にして、同時に支配者から、人造のムーンセル(フォトニック結晶)から、『楽園』から追放された英霊」

 

「……エミヤと同様、未来の英霊?」

 

「そうね。彼女は、自らの世界と同一の末路を迎えさせない為に力を貸してくれたのよ。それが私と彼女の契約。

 故に現在に彼女の物語は無く、あってはならない。彼女の名が英雄だと広く認識されることは、つまり私は彼女との契約を反故にしたのと同義。だから私は決してその名を崇めず、讃えない。この名にかけて」

 

「……そうですか」

 

 

 なら、仕方がない。私もこの思い出を胸の奥にしまっておくことにしよう。

 

 

「……真名が気になると言えば、『白』のアーチャーよ。バーサーカーは感付いていた様だけれど、どう訊いても教えてくれないし」

 

 

 話題が、次いで正体不明の英霊へと移り変わる。確かに『アサシン』の視点から、真名が判らず不貞腐れていたキャスターの顔が記憶にある。

 

 

「バーサーカー――ブライアン、ヴラドが知るのであれば、おそらく現実世界の人間か、或いは『運命』活躍した英霊か。そうでなければ……」

 

「――『前』の知人か」

 

 

 クィネラのセリフを引き継ぐ。

 しかし彼女の知る、ブライアンの『前』の知人には、英霊足り得る人間はいたとしても、あれだけの力を持った者はいないのだろう。

 

 

「……アサシン、貴女に心当たりは?」

 

「さて、どうでしょう」

 

 

 ……そうでなければ、分からないフリをしたかったのかも知れない。

 アンダーワールドにて『白』のアーチャーと接続を果たしたキリトは、ブライアンの左手に宿ったのと同一の奇跡を発現させた。

 だが、()()にそれ以上はない、というのが共通の予想だ。ましてや第二法など。もしそんな力があれば、ブライアンの『今』はないだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――結局満足な答えを得られなかったクィネラは、暫く駄弁った後にプライベートサーバーを後にした。

 それを見送り、十分程適当に潰したのち。一本の回線を開いた。

 

 

「私です。

 ……ええ、クィネラから聞きました。これで辻褄が合わせられます。まったく、信用して頂けるのは幸いですが、無茶振りはこれきりにして下さい。

 

 …………それを持ち出すのは些か――はいはい分かりましたよ。無茶振りはおあいこ、ということで」

 

 

 溜息の脳裏にあるのは、さっきまで此処にいたクィネラ。

 あれこれ探りに来たようだけれど、私に言わせれば、まだまだ甘い。

 VR空間にて表情や感情を隠す、誤魔化すことは決して不可能ではない。難しいとはいえ、()()()()()()()()()()()()()()は十分可能である。

 無論、彼女は彼女で経験を積んでいるのだろうけれど、彼女はアンダーワールド最古からの貴族に対して、相手は所詮そのお零れに預かる程度の小物。格下を幾ら御した所で、満足な経験値は得られない。

 だからああも簡単にはぐらかされる、誤魔化される。一方的に情報を抜かれる。

 

 この世界の神秘の有無?知っている。私という存在、そして『間桐桜』の姓名がそれを物語っている。

 星王が既に野に解き放たれていることも知っている。ガブリエルの是非について既に散々突っつかれた後だ。PoHの悪意はテラリアとソルスがぎりぎりで東の大門に間に合ったからか、あちら側ではそこまで深刻な乖離は発生しなかったようだが、だとしても純粋な少年が突如世界を背負わされたのだ。だいぶ()()()なっていた。おかげで手札の大半を切るハメになったが。

 

 ――『白』のアーチャーの真名も、知っている。寧ろ、幾ら制約を二重三重と枷していたとはいえ、アラヤの一端とも言える彼女らがサーヴァントの枠に当て嵌まったことの方が驚きだ。

 本人も含め勘違いしている彼に授けられた真のギフト(チート)が、『吸血鬼としての一面を浮き彫りにした串刺し公の霊基』ではなく、『串刺し公としての一面が強調された吸血鬼の霊基』であることも知っている。この世界この時代ではほとんど無用の長物だったが。

 

 

「では、貴方方の事は、折を見てブライアンには報告を。ご心配なく、『黒の剣士』に例のアドレスを送る手筈は整っています。ユイに辿られる様なヘマはしません。

 ええ。それでは、其方の成果は如何程かと。……ええ」

 

 

 電話口からの情報をメモする事はしない。一度聞いて覚える程度の事が出来ずして、何が完全で瀟洒な従者か。

 特にこれは、扱いを間違えれば最悪の場合更なる混沌を世に引き寄せる代物。フォーリナー案件はまだマシな方、最悪の場合はビースト案件など御免被る。まあ、仮にそうなったとしても、ブライアンは復讐の機会が訪れたと嬉々とするでしょうけれど。

 

 

「ええ、ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。貴方にとっても、リアルで動かせる駒は未だ必要でしょう?

 ……茅場晶彦」

 

 

 最後にそう言い残し、回線を切った。

 

 

「……GGOで適当に狩りでもしますか。ユナイタルリンク対策に装備重量を見直さなければいけませんし」

 

 

 あれこれ考え続けることへの疲れを銃声で掻き消すことに決め、サーバーにログが残っていないことを確認した後、自身も退出した。

 

 

 

 

 

 ――物語は未だ終わりを見せない。

 既に結末を迎えた――その一言を()()()()()怪物は、だというのに舞台に上がることを余儀なくされている。

 それに対しての私の台詞は、先人に倣いたった一つ。『よろしい、ならば戦争だ』

 

 今度は私が『舞台装置』となろう。出演者を掴んで離さない戯曲、ならばせいぜい私の掌で廻天(まわ)れ。

 

 所詮私は泡沫の夢。なら私は、私にとって一番都合の良い道を選ぶ。

 そう決めた。わたしたち(かのじょたち)に、そう誓った。今度は忘れない。

 だから私は、戦い続ける。

 

 

「さあ――物語をつづけましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
























「……あー、ピト?気持ちは分かるが」

「落ち着いてますがなにか?」

「イエナンデモナイデス」


 新生アインクラッドにて。アホほど強化されたフロアボス共をヴラドとヒースクリフという矛と盾を失った状態で突破するという、いくらリトライが効くとはいえ無茶振り極めているクエストをどうにか突破し、辿り着いたは三十四層。
 開放されると同時にちょうど帰国していたザザをコンバートさせ、改めて元ダンジョンだった旧DK本拠地の攻略を敢行した。
 新生されたことでボスは悉く強化されていて、幾ら元最強ギルドとはいえ苦戦するだろうなとは予測していた。だがヴラドを交えての攻略は、また分からんことだらけになる気がして省いたし、複数回挑戦を想定し、マナー違反を承知でゴドフリーに入り口を塞がせている。
 ここまでやってさあ……ここまでやってさあぁ……


「――ボスそのものが別ってどういうこっちゃぁ出てこいやあのフロム系セイレーンッッ!!」

「やめろ、仮にも、外見美女が、しちゃいけない顔、してるぞ!?」

「お【自主規制】ですわぞ!!」

「VRゲーでピー音流れたの初めて聞いたんだけど!?お前マジで何言ったんだ!?」

 折角、現状最もヴラドの秘密に近い手掛かりを握っている筈のボスが全然違う。名前から違う。シルエットも違う。サイズも違う。誰だお前!?
 興奮のままに大剣を下層のフロアボスのコンパチキャラの顔面に叩きつける。雑魚が過ぎる。下手すれば旧SAOの時のフルアーマーマーメイドの方がよっぽど強い。強化とはいったい。それともやっぱヴラドがここにいなくちゃいけないとかいうオチかバグにもほどがあるていうかやっぱあいつカヤバンとこの関係者じゃねえだろうなおのれカヤバーンどうなんだカヤバーンッッ!?!
 途中から自分でもなに考えているのかわからないまま、敵の攻撃を出を潰す様に剣の腹で殴る。どうやらそれがトドメになったのか、勢いよく壁に激突したボスは地面に落下するとそのまま汚ねぇ花火した。
 当然の完勝、だが歓声は上がらない。


「……ピト?」

「次探すわよ。きっとこれはALO版で追加されたダンジョンだったのよ」

「アッハイ」


 ダッシュでダンジョンから出る。ホームとして購入するかの画面も出なかったし、帰り道も普通にザコが湧いたあたり、本当にダンジョンを間違えたらしい。


「とはいえ、どうする?ダンジョンの位置は此処であってんだろ?」

「捜査の基本は足よ!!」

「……歩いて探す、だとさ」


 途中謎の通訳が会話に挟まりながらも、ダンジョンの出口を潜る。何故かポカンとしているゴドフリーもこき使ってやろうと息巻いて、
 その手を、ザザに掴まれた。見上げる先は、ゴドフリーと同じ。
 釣られて上がった私の視界に入ったのは――


「……なに、あれ?」


 歓喜か、恐怖か。興奮か、絶望か。思わず、声が震える。



 ――空は、真紅の六角形。『Warning』と『System Announcement』に埋め尽くされていて、


 四年前の、『ソードアート・オンライン』の正式サービス開始日の、デスゲームが始まったその日と、瓜二つ空だった。










第5章 統一⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎・⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎



――状況開始――







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