二人の魔王の異世界無双記 (リョウ77)
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特別話
お気に入り500突破記念:イズモさんの弱点


今回は、募集したリクエスト回です。
内容としては、『見た目は子供、素顔は厨二』様と『逢人』様のリクエストを足したような形にしました。
とはいえ、『逢人』様と『kou』様のリクエストは感想欄に書いた都合上、運営側から警告・削除されてしまったので、そこは反省ですね。
感想のガイドラインに、感想欄でのアンケートは禁止されていたので。
これなら、たぶんリクエスト回は今回限りになるかもしれませんね。
感想を書いていただいている方は非ログインの方が多いので。
こういうときに、非ログインの方に選択以外のアンケートができないのが不便に思えてしまいますね。


「・・・全員に話がある」

 

とある闇に包まれた部屋の中、ぼぅと人影が現れた。

その正体は、テーブルに両肘をついて手を組み、口元を隠すような恰好・・・いわゆるゲンド〇ポーズをとっているユエだった。

そして、

 

「何をやっているんですか、ユエさん」

「また変なことを考えておるのかのう」

「とりあえず、暗いからカーテン開けちゃうね」

「まったく、いったい何の用なのよ」

 

口々に放たれるのは、ユエに対する呆れやら不審感やらがごっちゃまぜになった言葉だ。香織も、呆れを隠そうとしないまま部屋を覆っているカーテンを開けた。窓から光が差し込み、部屋が明るくなる。

この場にいるのは、ユエの他にはシア、ティオ、香織、ティアの、イズモを除いた女性陣だった。

今いる街はエリセン。ハジメの優柔不断によって長めに滞在している最中だ。

そして、今はレミアの家の一室に集まっている、というよりは、ユエに無理やり集められた。

ちなみに、ハジメはミュウと共に買い物に出かけており、ツルギは宿の部屋でイズモと一緒にいる。

 

「それで、どういうつもりなの?くだらないことなら早く戻りたいのだけど」

 

強制的に集められたメンバーの中で、ティアが全員の気持ちを代弁して尋ねると、ユエはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに頷いた。

そして、満を持して口を開く。

 

「・・・イズモの弱点を」

「じゃあ、私はツルギのところに戻るわ」

「あ、私はミュウちゃんのところに行きますぅ!」

「そうだね、ハジメ君とも一緒に買い物しようか」

「さて、何を買おうかのう」

 

言い切る前に、ティアたちはさっさと部屋から出ようとした。

だが、

 

「・・・行かせない!」

「あだっ。ちょっと!これって空間魔法の障壁じゃない!」

 

ティアたちが部屋から出る前に、周囲を空間魔法で遮断し、逃がさないようにした。

神代魔法の高速展開をすぐに物にするあたり、さすが天才という言うべきだろう。やってることの内容はしょうもないが。

 

「はぁ。で?イズモの弱点がなんなの?」

「・・・イズモと一緒にいて思ったけど、イズモが完璧すぎる」

「・・・あぁ、言われてみれば、たしかにそうね」

 

イズモ・クレハ。立場としてはティオの側近、あるいは従者だが、どちらかといえば対等な友人に近い。

そんなイズモは、実はけっこう多才だ。

 

「そういえば、よく私やツルギさんの料理を手伝ってくれますけど、すごい手際がいいんですよね」

 

その手際の良さは、皮むきなどを頼めば1分で終わらせるほど。

 

「よく相談も聞いてくれるよね」

 

相談をすれば、まじめに聞いていろいろと案を出してくれる。相談をする人物が人物なので内容もきわどいことが多々あるのだが、それでも表面上は嫌な顔をしない。

そして、なにより、

 

「頼んだら、子キツネ状態で撫でさせてくれるのよね」

 

頼めば、時と場合にもよるが、たいていは少し困った表情をしながらも子キツネ状態になって頭や背中を撫でさせてくれる。

つまり、一言で言えば、

 

「・・・イズモは、まさに完璧なお姉さんキャラ」

 

そういうことだ。

どこぞの他称“お姉さま”と違うのは、これらの世話焼きは基本的に身内に限っているということか。

それにくらべて、他のメンバーはどうか。

例えばユエは、

 

「ユエって、ハジメ君と思考回路が似てるせいでちょいちょい問題起こしてるよね」

「そうですねぇ、ツルギさんもよくそのフォローに回って大変そうですぅ」

「あのご主人様にしてこの吸血姫あり、ということじゃな」

「少しも反省していないっていうのが、手に負えないわよね」

「うっ・・・」

 

ついでに言えば、この中でも特にハジメに対してむっつりだろう。隙あらば色気を振りまき、ハジメの理性を削りにかかる。

例えばシアは、

 

「・・・残念ウサギ」

「最近はそうでもないけど、今でもたまにドジを踏むわよね」

「その時のシアって可愛いよねぇ」

「顔を真っ赤にするからのう」

「そ、それは言わないでほしいですぅ!」

 

ついでに言えば、ユエに続くむっつりでもある。最初に出会った頃なんて、よくハジメに「私の初めてをもらってください!」とか言っていたものだ。幸い、最近はそれほどだが、それでもユエとハジメの営みに自慢のウサ耳で聞き耳を立てることを忘れない。

例えばティオは、

 

「・・・変態」

「変態よね」

「変態ですね」

「変態だね」

「んんっ、はぁはぁ・・・」

 

ついでに言えば、イズモもティオの変態から元に戻す努力をやめている。イズモからも見放されているあたり、ティオの業の深さが垣間見える。

例えば香織は、

 

「・・・むっつりスケベ」

「隙あらばハジメさんの服の匂いを嗅ごうとしていますよね」

「気持ちはわからないでもないがの」

「私はべつにしないわよ」

「べ、べつにむっつりじゃないもん!」

 

ひどいのは、どちらかと言えば以前までのストーカー癖だろう。

ついでに言えば、ハジメの服の匂いをかぐときは、たいていシアとティオも一緒にいるので、あまり人のことは言えない。

例えばティアは、

 

「・・・メシマズ」

「あれはひどかったですぅ・・・」

「まさに未知の物質Xって感じだったよね」

「この世界にはまだ知らないことが数多くあるという良い例じゃったの」

「し、仕方ないじゃない!なんでか、あぁなっちゃうのよ!」

 

ついでに言えば、ツルギと2人きりの時は、よくツルギを誘惑している。要するに、隠れむっつりである。

そういうわけで、ユエやティアたちにはそれぞれ目立った欠点、短所があるのだが、

 

「・・・あれ?言われてみれば、イズモの弱点ってなんだろう?」

「というか、そもそもあるんですかね?」

「今まで見て来ても、なんでもそつなくこなしているわよね」

「たしかに、イズモは昔から万能じゃったのう」

 

つまり、イズモはこのパーティーの中では数少ない、というより女性陣ではほぼ唯一の完璧お姉さんなのだ。

それに対して、他の女性陣のなんと残念なことか。

 

「だから、イズモの弱点を探そうってわけね」

「・・・ん。このまま負けっぱなしなのは、なんか嫌だ」

「って言っても、本当に弱点なんてあるんですかねぇ?」

「そもそも、どうしてイズモってあんなに万能なのかな?」

「妖狐族は、竜人族の側近として、また諜報員としても訓練、教育されておる。じゃから、家事から戦闘、社交のルールまであらゆる分野を叩き込まれるのじゃ。さらに言えば、イズモはその中でも特に才能に秀でていたからのう」

 

諜報員とは、場合によって様々な場所、状況に潜伏する。ある時は料亭の厨房に料理人として、またある時は貴族や王族のパーティーにゲストとして。そのため、あらゆる分野すべてに精通する必要があった。

それはもちろんイズモも同じで、さらにイズモは一族きっての天才として生まれたことから、教えたすべてを余すことなく吸収した。

また、教育内容には竜人族の側近としての教えも含まれており、竜人族の心構えは妖狐族にも通じている。そのため、ハジメのせいで変態と化してしまったティオと違い、イズモは常時その気高い在り方を忘れないようにしているのだ。

 

「それに比べて、ティオさんはどうしてこうなってしまったんでしょうか・・・」

「・・・それに関しては、ハジメのせい」

「ねぇ、ハジメ君ってティオさんに何したの?」

「竜化したティオのお尻にパイルバンカーを刺しこんだわ」

「うわぁ・・・でも、普通それで目覚めたりはしないんじゃない?」

「お、お主ら、妾がいる前で・・・んっ」

 

自然な流れでティオへ変態を見る視線が集まるが、ティオはそれすらも快感に変換してしまっている。

これに「あぁ、もう駄目だ」と思いながらも、本題に戻った。

 

「それで、イズモの弱点だっけ?・・・案外、お化けとか苦手だったり?」

「でも、メルジーネではけっこう平気そうだったわよ」

「・・・運動とか?」

「いや、イズモは運動神経もよいぞ。ステータスで言えば妾の方が上じゃが、それでも里では1,2を争うほどじゃった」

 

あれだこれだと案をだすが、なかなか弱点と呼べるべきものが見つからない。というより、イズモのスペックの高さを再確認する内容の方が多かった。

だが、

 

「案外、ツルギさんが弱点だったり?」

 

このシアの言葉に、その場がビシリ!と凍り付いたようにティアたちは動きを止めた。

 

「・・・そういえば、ツルギに撫でられているときが、一番気持ちよさそうにしている」

「お料理の手伝いも、ツルギさんのときの方がはずんでいる気がしますぅ」

「妾達と比べて、ツルギ殿をよく甘やかしているようにも見えるのう」

「そういえば、メルジーネでツルギ君のことを抱きしめてたって言ってたよね」

「あと、夜の時にツルギがイズモの部屋の方をちらちら見ているわね」

 

ここまで情報が揃えば、もはや疑いの余地はない。何気に、最後のティアの発言が場合によっては衝撃的でもある。

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

全員の視線が、自然とティアに向けられる。

何せ、自分の恋人のことだ。どう思っているのか気になるのだろう。

それを察したティアは、ため息を吐きながら答えた。

 

「・・・べつに、イズモがどう思っているかに関しては、私からどうこう言うつもりはないわ」

「・・・ほう?」

「そうなんですか?」

 

ティアの言葉に、ユエとシアが意外そうに目を見開く。

これにティアは、肩を竦めながら理由を話す。

 

「だって、ツルギもイズモのことを頼りにしてるし、私も同じだから」

「あぁ・・・言われてみれば、私たちって結構イズモさんのことを頼りにしていますよねぇ」

「たしかに、そうだね。頼れるお姉さんって感じで、ついつい頼りにしたくなっちゃうっていうか」

「ん・・・」

「・・・そう考えると、イズモの弱点を探そうとしたことが恥ずかしく思えるのう」

 

ティオの言葉に、その場の全員がうんうんとうなずく。

ある意味、パーティーのほぼ全員がイズモを頼りにしているのだ。その恩を仇で返すようなことはすべきでないだろう。

それに、ティアはわかっている。

 

「イズモは、ツルギのことが本気で好きみたいだし」

「そうなんですか?」

「えぇ。なんやかんや言って、イズモもツルギに甘えることが多いし、表情を見ればわかるわ」

 

ティアの言葉に、これまたその場の全員がうんうんとうなずく。

ツルギと一緒にいるときのイズモは、頬を紅潮させながらすり寄るようにしている。

それを見れば、イズモがツルギのことをどう思っているかなどすぐにわかるだろう。

 

「・・・やっぱり、弱点探しはやめよう」

「むしろ、ツルギさんと2人きりにさせた方がいいんじゃないですか?」

「たしかに、たまにはイズモにも2人きりの時間があってもいいじゃろう」

「なら、私たちはどうする?」

「やっぱり、買い物に行きましょうか。せっかくだから、イズモにプレゼントでも選ぼうかしら」

 

最終的には、ティアの案が採用され、今までイズモに世話になっているお礼のプレゼントを選ぶことになった。

イズモに何がいいのかを話し合いながら、ティアたちは商店街に向かった。

 

 

* * *

 

 

「はっくし!」

『む?ツルギ殿よ、風邪か?』

「いや、誰かが噂でもしてるのかもな」

 

実際、日本にいた頃から風邪とは縁のない暮らしだったから、日本よりも丈夫になった今の身体で風邪なんてひかないだろう。

とはいえ、俺の噂の内容なんてどうせろくでもないものだろうから、それはそれで嫌だが。

ちなみに、今は子狐状態になったイズモが俺の膝の上に乗り、俺が頭や背中を撫でている状態だ。最近のイズモはこれがお気に入りなようで、よくこうしている。

 

『案外、ユエたちが何か話しているのかもしれないぞ?』

「あぁ、そういえばティアが連れていかれたよな。いったい何だったんだろうな、あれ。まぁ、ユエの雰囲気から察するに、くだらないことだろうが」

 

ティアの攫い際のユエの空気は、どことなくめんどくさそうな感じがした。ああいうときのユエは、決まってくだらないことを考えている。放っておいた方が吉だろう。

 

『・・・本当に、たまに迷惑な吸血姫様だな』

「まぁ、ハジメの影響がでかいだろうけどな。っと、この辺りか?」

『うむ、そこだ』

 

他愛ない話をしながらも、俺はイズモを撫でる手を止めない。イズモがこれを気に入っているように、俺もまたこの行為を気に入っていたりする。だからこそ、イズモが気持ちよくなるように微妙に場所を変えたりしているのだが・・・

 

「・・・」

『? ツルギ殿よ、どうかしたか?』

「いや、なんでもない」

 

ここまで無防備な姿を見せられると、ついいたずら心が湧いてくる。今まではしたことはないが、メルジーネではつい情けない姿を見せてしまったばかりだ。ここでちょいと仕返しするのもいいだろう。

シアもハジメに撫でられるのを気に入っているが、特に耳や尻尾を撫でられると恍惚とした表情になる。

・・・試してみる価値はあるだろう。

そう考えた俺は、さりげなく手の位置をずらす。

すなわち、イズモのキツネ耳にだ。

 

『ひゃっ』

「ん?どうかしたか?」

『い、いや、なんでもない』

 

イズモは何やら誤魔化そうとしているが、俺は聞き逃さなかった。嬌声とも受け取れるような、イズモの声を。

つい面白くなってきた俺は、さらに耳を刺激する。

 

『んっ、や、つ、ツルギ殿よ!わざとやってないか?!』

「ん?なにがだ?」

『くっ、うぅ、やっぱりわかってやっているな、ひゃあ!くっ、んぅ』

 

今度は同時に尻尾のつけ根あたりもいじってやると、声がさらに大きくなり、出てくる嬌声を噛み殺すようになった。

・・・やばい、思った以上にイズモの反応が敏感だ。なんだか、そうでもないのにイケナイことをしている気分になりそうになってくる。まぁ、実際にはならないが。

そして、そのまま手を止めずに刺激を送り続けていると、

 

『くっ、ん、んんぅっ!!』

 

イズモはひときわ声を噛み殺しながら体をこわばらせ、くてんと体を横たわらせた。

これはもしかして・・・達してしまったってやつなのか?

どうやら、やりすぎてしまったらしい。

 

「おーい、イズモ・・・イズモ?」

『・・・』

 

さすがに罪悪感が湧いてきた俺はイズモに声をかけるが、返事がない。

ちょっと不安になってイズモの横顔を覗いてみると、

 

『すぅ・・・』

 

どうやら、そのまま眠りについてしまったらしい。

・・・イズモの弱点は耳と尻尾、と。

ここにティアがいなくてよかった。もしこの現場を見られていようものなら、なんて言われるかわかったものじゃない。

さすがに反省した俺は、今度は安心させるように優しい手つきでイズモを撫で始めた。

心なしか、イズモの表情も和らいでいる。寝ているのだろうが、なんとなく感触はわかっているのか。

これにどことなくほっこりした俺は、ティアたちが戻ってくるまでイズモを撫で続けた。




「・・・」(ちらちら)
「? イズモ、どうかしたの?」
「・・・いや、なんでもない」
(う~ん、まじでやり過ぎたか?)

ちらちらと見てくるイズモに、さらに反省すべきかどうか悩む剣の図。

~~~~~~~~~~~

というわけで、イズモの尻尾と耳をひときわ敏感にさせてみました。
たぶん、この設定は本編でも生きそうな気がします。
ちなみに、自分はSAOでキリトに尻尾を思い切り掴まれたシノンの表情も好物です。
あれこそ、獣人系で可愛い反応をするいい例だと思います。


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お気に入り登録者1000人突破記念:香織ifストーリー

え~、そこそこ遅くなってしまいました。
ちょうどテスト期間で、あまり手が付けられなかったので。

さて、投票の結果、ヒロインは香織さんになりました。
最初はシアがトップだったのが急に香織さんに票が集まり、新話でアンケート告知したら、けっこう全体的にいい勝負になったという。
というより、新話投稿してアンケートの存在を知らせたら、投票数が予想以上に爆上がりして、思わず爆笑してしまいました。
最初は50票くらい集まればいいかと思っていたら、まさかの200票を超えたという。
投票してくださった皆様、本当にありがとうございました。


いつもの朝。

今日もまた、俺はハジメとともに登校していた。

そして、今日からは俺たちは高校生だ。

顔ぶれも、中学の頃からガラッと変わって・・・。

・・・そういえば、ハジメ以外に親しいやつって、あまりいなかったな。ハジメも似たようなものだが。

とはいえ、それを気にする俺たちではない。

高校に入っても、いつも通り過ごしていこう。

・・・そう思っていた。

あの女の子に会うまでは。

 

 

* * *

 

 

入学式を終え、クラス分けを確認した俺たちはさっさと教室に向かった。

幸い、俺とハジメは同じクラスだったから、話し合うにしても都合がいい。

だが、そのクラスには新入生代表を務めた天之河光輝とかいうイケメンと幼馴染だという美少女たちも一緒で、新学期初日からかなり騒がしいことになった。

もちろん、俺とハジメは我関せずと自分たちの席で思い思い過ごしていた。

ただ、この喧騒の中でもぐっすりと眠れるハジメは大したものだと思う。いや、それを言ったら俺も入学式のときの、天之河が壇上に上がった時の女子の黄色い歓声の中で寝に入ったけど。

だが、今はそんな気分でもないし、持ち込んだ本でも読んでいるか・・・

 

「ねぇ、ちょっといいかな?」

「ん?」

 

さっそく持ってきた本を取り出すためにカバンの中をあさっていると、後ろから声をかけられた。

振り向いてみると、そこには、

 

「こんにちはっ」

「おう・・・たしか、白崎香織、だったな?」

 

入学式初日で、すでに二大女神と呼ばれ始めている女子だ。そして、天之河と幼馴染らしい。もちろん、周囲でそういう話があったというだけで、詳しいことは知らないが。

 

「うんっ。よろしくね、峯坂剣君」

「あぁ、来年はわからんが、今年1年よろしく頼む」

 

軽く挨拶を交わした俺は、もう話すことはねぇと再びカバンの中をあさろうとするが、

 

「香織、その彼がどうかしたのかい?」

「香織?いきなりどうしたの?」

「そいつ、誰だ?香織の知り合いか?」

 

さっさと大人しく過ごしたかったのに、また新たに人が増えた。

新たにやってきたのは、ちょうど入学式で新入生代表だった天之河に、白崎とともに二大女神と呼ばれ、一部からはなぜかお姉様と呼ばれている八重樫雫。あと1人のガタイのいい男子は・・・知らん。まだクラス内での自己紹介もしていないから、それが普通と言えば普通なのかもしれないが。

 

「どうも、峯坂ツルギだ。一応言っておくと、白崎とは今日が初対面だ。話は周りからちらほら聞こえたし、天之河にいたっては入学式で新入生代表だったしな。そっちのお前は・・・」

「俺か?俺は坂上龍太郎だ。よろしくな」

「一応、私も自己紹介ね。八重樫雫よ。よろしく」

「坂上と、八重樫か。よろしくな」

 

この時は、さっそく有名な奴らと知り合っちゃたなぁ、くらいにしか考えていなかったが、俺もまさかあんなことになるとは予想もしていなかったのだ。

 

 

* * *

 

 

「ねぇ、峯坂君!一緒に帰ろう!」

「悪い、この後用事があるから断る」

 

入学初日、いきなり白崎から一緒に下校しようとの申し出を受けた。

さすがに、初対面の女子(美少女)と一緒に帰ろうとは思わない。ていうか、どうして白崎はこうも満面の笑みを浮かべているのか。

 

「ていうか、幼馴染たちと帰ればいいんじゃないか?」

「大丈夫だよ!1人くらいなら増えても大丈夫だろうし」

「ハジメもいるんだが?」

「え?今、峯坂君しかいないよ?」

「あ?さっきまで後ろに・・・」

 

振り返ってみると、白崎が話しかけてくるまで一緒に談笑していたハジメが、いつのまにか姿を消していた。

余計な空気を読んだのか、面倒ごとに巻き込まれるのは御免だと見捨てたのか・・・ハジメの場合、どちらかといえばたぶん後者だな。俺と白崎が初対面なのは、あいつも知ってるはずだし。

あるいは、俺なら大丈夫だと信じたがゆえなんだろうが、こればっかりは見捨てないでほしかった。

 

「あの野郎・・・」

「峯坂君の用事っで、どうしても外せない用事だったりするの?」

「いや、この後ハジメの家に行って遊ぼうと思っていただけだから、いったん家に帰ってからでも問題はないが・・・」

「だったら大丈夫だよ!」

「いや、白崎が大丈夫でも、俺が大丈夫じゃないんだが・・・」

 

ちらりと、周囲に視線を向けてみる。

そこには、美少女と仲良さげに(?)話している俺へ憎悪嫉妬その他諸々の負の感情がこもった視線を向けている男子どもが。

とりあえず、勘違いしているだろう野郎どもに言いたい。

俺だって、この状況は不本意なんですが。初対面の女子に言い寄られて困っているだけなんですが!

はてさて、どうしたものか・・・

 

「香織!」

「あっ、光輝君!」

 

そこに、なかなか来ない香織を心配したのか知らないが、天之河たちが白崎を探して声をかけた。

その隙に、俺はサッと気配を消してその場から離れ、なんとか白崎をまくことに成功した。

ある程度離れたところでちらっと白崎たちに視線を向けると、白崎は周りをキョロキョロしているところだった。

ここで見つかるわけにもいかないし、さっさと離れることにしよう。

 

 

 

 

 

 

ちなみにこの後、ハジメの家に遊びに行ったついでにハジメのこめかみをぐりぐりしてお仕置きした。

俺を見捨てた罰だ。

 

 

* * *

 

 

翌日、

 

「おはよう!峯坂君!」

 

「峯坂君、いっしょにお昼ごはん食べない?」

 

「ねぇねぇ、峯坂君?なんで昨日は何も言わずに帰っちゃったの?」

 

「峯坂君、今日は一緒に帰ろうね!」

 

・・・とにかく香織に話しかけられた。

なんというか、もう、疲れた。うん。

周りの殺気が半端ないし、天之河の態度がむかつくし、八重樫もあまり止めてくれないし、天之河の勘違いが腹立つし、天之河のキラキラが目に毒だし・・・。

・・・あれ?どちらかといえば天之河の方がストレスの原因になってね?

そういう今日も、香織に話しかけられる前にさっさと下校し、尾行されてないか確認しながら家についた。

やりすぎな気がしなくもないが、なぜか俺の直感がそうすべきだとささやいたのだ。

たしかに、この調子が家にまで持ってこられたら、いつかは俺の居場所がどこにもなくなってしまいそうだし。

そして、夜になってハジメと電話した。

 

「ハジメはさ、どう思うよ、白崎のあれ」

『う~ん、僕もわからないかな・・・だって、白崎さんと会うのは昨日が初めてなんだよね?』

「当たり前だ」

『本当は、どこかで会ってたとか?』

「少なくとも、俺に白崎らしき少女と会った記憶は皆無だ」

 

べつに、実は幼稚園児の時の幼馴染とか、過去に1度困っているところを助けたとか、そういうのはまったくない。そもそも、あの容姿なら1度会ったら忘れないはずだし。

有りうる可能性としては、

 

「俺の知らないところで姿を見かけた、か。だがなぁ・・・」

『それだと、あんなにツルギに話しかける理由がわからないもんね』

 

いやまぁ、少なからず一部の間で俺の話が出回っているのも知っているが、それだけだと証拠としては弱い。

でもなぁ・・・ハジメと会うまで、あまり人と話すことってなかったしなぁ・・・。

 

『とりあえず、しばらくは様子を見た方がいいんじゃないかな?』

「やっぱ、それしかないよなぁ・・・とりあえず、休みの日に、事情を知っていそうで、なおかつ家がどこかわかっているやつのところに話しに行こうと思う」

『それって、誰のこと?』

「そいつはだな・・・」

 

 

* * *

 

 

日曜日、さっそく俺はとある人物に香織のことについて話をしに向かった。

幸いなことに、その人物の実家は俺の思った通りのところだった。ノンアポ突撃になってしまうが、一応菓子折りを持ってきたから、門前払いされるようなことはないはずだと思いたい。

いろいろなことを考えながら、自転車を走らせること十数分、目的地についた。

 

「ここか・・・」

 

俺の目の前にあるのは、立派な垣根と広大な敷地に、大きな日本屋敷。そこに入るための正門もまた、年代を感じさせる立派な代物だ。

そして、正門の横にある木製の名札にある名前は、『八重樫』。

そう、ここは白崎の親友である八重樫雫の実家であり、剣術道場でもあるのだ。

それと、ここに来て思い出したが、おそらく俺はここに訪れたことがある。

親父に引き取られたばかりの幼少期、強くなるために様々な道場で道場破りを行っていたのだが、たぶんここにも来ているはずだ。あのときは強くなることしか考えていなかったから、記憶はだいぶおぼろげだが、なんとなく懐かしい感覚を感じる。

あの時の相手は誰だったか覚えていないが、思い出す必要もないだろう。

さて、向こうはどんな対応をしてくるのか、気になるというか、不安になってくるが、ここで足踏みしている場合ではない。

俺は意を決して、正門の横にあるインターホンを押した。

 

『はい。どちら様でしょうか?』

 

インターホンを押すと、若々しくも落ち着いた感じの女性の声が返ってきた。おそらく、八重樫の母だろうか。

 

「はじめまして、峯坂ツルギと申します。今日は、クラスメイトの八重樫雫さんに話があって来たのですが・・・」

『峯坂ツルギ君でしょうか?少し待っててください』

 

そう言って、女性の声が遠ざかっていき、いったん会話機能がオフになった。

そして待っていること数分、正門が開いて中からおっとりとした女性となかなか渋いイケメン中年が現れた。

 

「初めまして、峯坂ツルギと申します」

「いや、厳密には初めてではないだろう?ツルギ君」

「・・・やはり、わかっていらっしゃいましたか」

 

まさかとは思っていたが、やはりここは俺が幼少期に来たことがあったようだ。

 

「あぁ。あのときの子供が、こうも立派になって再び家に来るとはな・・・そうだ、一応自己紹介をしておこうか。私は八重樫虎一。雫の父だ」

「私は八重樫霧乃で、雫の母です」

「はい、虎一さん、霧乃さん。今日は突然の訪問、すみませんでした。これ、つまらないものですが」

 

2人が丁寧にお辞儀をお辞儀をしてきたので、俺も急な訪問に謝罪して菓子折りを差し出した。

 

「わざわざ用意してくれなくても構わなかったのだが・・・本当に、あの時の子供が立派に成長したものだ」

「・・・自分、そんなに昔は悪かったですかね?」

「いい悪いではない。ただ、子供らしいとは言えなかったがな」

「なるほど」

 

虎一さんの言葉に、俺は思わず苦笑する。

たしかに、あの時の俺は、ほとんど強くなることにしか考えていなかった。到底、子供らしいとは言えないだろう。

 

「それはそうと、雫に話があるということだったな?雫は、なにかしら察していたようだが」

「あぁ、ちょっと個人的な悩みというか、疑問というか・・・困っていることがあるから聞いて欲しいって感じですね」

「ふむ?まぁ、ここで立ちっぱなしでいるわけにもいかないしな。上がってくれ」

「お邪魔します」

 

虎一さんに連れられ、俺は八重樫邸へと足を踏み入れた。

その道中の庭は日本庭園と言うほどのみやびさはないが、それなりに手入れはされている。

だが、灯篭や木が不規則に置かれているのはどういうことなのか。様式美というわけでもなさそうだし。

そんなことを考えながらも、今は頭の隅に置いておきながら玄関に上がり、居間に案内された。

 

「いらっしゃい、峯坂君」

「邪魔するぞ、八重樫」

 

中には、すでに八重樫が座椅子に座って待っていた。

虎一さんと霧乃さんは「あとは若いもの同士で」と言わんばかりに、そそくさと出て行ってしまった。いったい、何を勘違いしているというのか。

それはともかく、俺は八重樫に向きあった。

 

「急に来て悪いな、八重樫。予定とかは大丈夫だったか?」

「えぇ、問題ないわ・・・むしろ、峯坂君が家に来てくれて、ありがたいとすら思っているわ。あまり外では話せないことだろうし」

「やっぱ、何の話かわかっていたか」

「まぁね」

 

察しのいい八重樫に思わず苦笑し、八重樫も俺に釣られるようにして苦笑いを浮かべた。

 

「それで話なんだが、察しの通り、白崎に関してだ」

「まぁ、そうよね」

 

八重樫は、わかっていたと言わんばかりに頷いた。

そう、白崎が俺に対して猛烈にアプローチしている理由を知っていそうな人物は、おそらく八重樫しかいない。

幼馴染なら天之河や坂上も知っている可能性も0ではないが、俺と顔を合わせた時、天之河たちは完全に初対面に対する対応だったが、八重樫だけは何かを知っていそうな表情だった。

だから、こうやって尋ねに来たのだ。

 

「少なくとも俺は、白崎とは入学式の日まで1度も会ったことがない。白崎から、何かそういう話を聞かなかったか?」

「そうね、私としても話してあげたい気持ちはあるのだけど・・・やっぱり、それは香織から直接聞いて欲しいわ」

「まぁ、そりゃそうか」

 

こうやって尋ねた俺だが、もちろん、ただで話してくれるとは思っていなかった。いや、仮に対価を用意しても話さなかっただろう。

これに関しては、聞けたらラッキーくらいの気持ちだったから、大して落胆はしていない。

本題は次だ。

 

「だったら、せめて連絡先くらいは交換してもいいか?俺1人だと手に余る」

「それくらいはかまわないけど、あなたにも親友がいるんじゃないの?ほら、南雲君って言ってたわよね?」

「それはそうなんだがな、あいつ、完全に丸投げしてるからな。今回ばかりは頼りにならん。そもそも、あいつも恋愛とも女子とも縁がないから、参考にもならん」

「ずいぶんと辛辣ね・・・」

 

まぁ、事実だし、これくらいは俺たちなら軽口の範疇だ。

そんなことを話しながら連絡先を交換していると、廊下からこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。

どうしたんだろうと思っていると、霧乃さんが再び顔を出して、

 

「雫、香織ちゃんが遊びに来たわよ?」

「「え?」」

 

あまりのタイミングの良さ・・・いや、この場合は悪さか。これには思わず俺と八重樫も口を開ける。

思わず「マジで?いやいやまさか」と思いながら冷や汗を流していたが、

 

「雫ちゃん!峯坂君!遊びに来たよ!」

 

霧乃さんの言葉を肯定するかのように、後ろから白崎が顔を出した。

霧乃さんは、またすぐにどこかへと行ってしまったが、とりあえず聞かなければならないことがある。

 

「白崎。なんで俺がいるってわかってたんだ?」

「峯坂君のお家に行ったらね、お父さんが『ツルギなら今、八重樫の家に行っている』って聞いたから、遊びがてら来たの」

「いや、なんで俺の家を知ってるんだ?教えたことはなかったはずだが・・・」

「南雲君に偶然会って聞いたんだ」

(あの野郎っ!!)

 

どうして平然と個人情報をバラしたんだよ、あいつは!

さすがにモラルに反することはしないって信じてたのに!

 

「あっ、あまり南雲君を怒らないであげてね?私が無理言って教えてもらっただけだから・・・」

「・・・どのみち、あいつとはOHANASHIする必要があるな」

 

個人情報とは、しつこく聞かれても気軽に答えるものではない。

それはさておき、今日の目的は最低限果たしたし、もうさっさと帰ろうか・・・。

 

「そうだ!峯坂君。せっかくだし、雫ちゃんのお部屋でいろいろと話さない?」

「は?」

「ちょっ、何言ってるのよ、香織!」

 

俺は白崎の提案に思わず耳を疑ったが、それ以上に八重樫の慌てぶりの方が気になった。

そんなに、人に見られて困るようなものがあるのか?

 

「な、なぁ、白崎。さすがに、いきなりクラスメイトの部屋に入るのは気が引けるというか、常識的にどうかと思うんだが・・・」

「? 峯坂君って、雫ちゃんのことを知ってるんじゃないの?峯坂君のお父さんが昔会ったことがあるみたいなことを言ってたけど」

「親父・・・」

 

俺の周りには、口の軽い人間しかいないのか。親父も、その言い方は誤解を招くと思うんだが。

 

「別に会ったことはない。俺がガキの時に、道場の方に来たことがあるってだけだ」

「あっ、そうなんだ?だったら、せっかくだし雫ちゃんのお部屋に行こうよ!」

 

何がどうせっかくなのか、俺には全く理解できない。

それ以前に、良くも悪くも、白崎の思考回路が理解できないわけだが。

 

「だ、ダメよ、香織!私の部屋、まだ片付けてないから!」

「? 雫ちゃんのお部屋、いつもきれいでしょ?」

「そういう問題じゃなくて!」

 

そして、この八重樫の拒絶の度合いが半端じゃない。いったい、八重樫の自室には何が隠されているというのか。

だが、白崎は一度こうと決めたら絶対に曲げない類の人間らしく、

 

「大丈夫だよ!ほらっ、峯坂君も行こう!」

「わっ、ととっ!?」

「ちょ、ちょっと!香織!」

 

俺の呼びかけも八重樫の反対も押し切り、ガッと俺と八重樫の手を掴んで、そのまま引きずるようにしてどこかへと向かい始めた。

周りから「なんだなんだ?」みたいな視線を浴びせられながら引きずられること少し。ようやく香織が立ち止まった。

おそらく、ここが八重樫の自室なのだろう。

そして、着いてから八重樫がずっとそわそわしている。

 

「ね、ねぇ、香織。本当に、私の部屋でやるの?」

「いいでしょ?」

「私は一言もいいって言ってないわよ!」

「それじゃ、お邪魔しまーす♪」

「香織!?」

 

八重樫の制止のすべてを無視して、白崎は扉を開け放った。

すると、目の前に飛び込んできたのは、

 

「これは・・・すごいな」

「うぅ、見ないで・・・」

 

部屋の隅々まで敷き詰められているかわいい動物系のぬいぐるみの数々に、可愛らしい小物や猫さんカレンダーなど、いっそあざといまでに女の子な部屋だった。

学園では、お姉様とかそんな感じで呼ばれているが・・・なるほど。これが素なのか。

そして、八重樫が顔を真っ赤にしてうずくまっている元凶である白崎は、そんな八重樫に気づいているのかいないのか、なぜか嬉しそうに俺に話しかけてくる。

 

「ねねっ、可愛いでしょ?」

「いや、まぁ、意外っちゃあ意外だが・・・年相応でいいんじゃないか?」

 

俺の口から出たのは、フォローと言えるかどうかも微妙な慰めだったが、バカにしているわけでないのは感じたのか、八重樫が恐る恐る顔を上げた。

 

「・・・おかしくない?」

「年頃の女の子なら、別におかしくないと思うぞ」

「・・・本当に?」

「他の女子の部屋は知らんが、こんなもんだろ」

 

女性とは無縁な生活をしていたせいで、男女の付き合いとか女性の趣味については詳しくないが、別におかしいところはないと思う。

だが、なんとなく八重樫が拒絶した理由を察した。

そりゃ、巷でお姉様って呼ばれてる人物の部屋がこんなにかわいらしかったら、羞恥心の1つや2つはあるだろう。

 

「ね?大丈夫だったでしょ?ほらっ、早く中に入ってお話しようよ!」

 

この俺の返答に、なぜか白崎が満足そうにしながらも、グイグイと俺と八重樫の背中を押して無理やり部屋の中に入れられた。

俺としては、さっさと帰りたかったんだが、完全に機会を見失ってしまった。

ここは観念して、このまま会話に興じよう。

 

 

 

 

 

 

結局、白崎が俺に質問したり白崎が八重樫のあれこれを暴露したりと、数時間ずっと白崎のペースで話し合い、終わるころにはすっかり日が傾いてしまった。

白崎はこのまま泊まらんばかりの勢いで話し続けたが、さすがに俺は辞退して帰宅した。

ちなみにこの後、あっさり個人情報を暴露した親父とハジメをこってりと絞った。

本人たち曰く、「教えなきゃいけないような気がしたから・・・」などと言っていたが、許される理由にはならない。

 

 

* * *

 

 

これ以降、白崎のアプローチがさらに多くなった。

最初は捕まる前に帰れたものの、2,3か月経った頃には俺が帰る前に捕まってしまい、ハジメだけそそくさと先に帰ってしまうのも定番になっていた。

かくいう俺も、途中あたりから逃げるのをあきらめていたが。

だって、だんだん俺の逃走ルートをつぶすように先回りするし、なぜか休日も「偶然だね~」と言いながら外出しようが必ず遭遇するし、家にいようが遊びに来る。

この時点で、俺はハジメや親父の気持ちがわかったような気がした。

たしかに、これはやべぇわ。どことなくヤンの気配がする。

そして、俺が白崎や八重樫と仲良くなっていると捉えられた俺は、まぁ周囲からの妬み嫉みの嵐を受けることになった。主に男子から。

一部のバカ共があの手この手で俺に喧嘩をふっかけてきたが、そいつらは例外なく丁寧に返り討ちにして、二度と手を出さないように念を押して(脅して)おいたから、時間と共に減っていったのが救いだった。

女子の方は、思ったよりそこまでひどくなかった。というよりむしろ、興味の対象になっていた。どういう関係なのか、とか、俺とお似合いなのはどっちか、とか。

この情報は、巻き込まれる前に退散することで相対的に影が薄くなりつつあるハジメに調べてもらったものだ。

思わず「どうしてこうなった」と思ったが、こっちは直接の影響はないから無視することにした。

だが、女子にも例外がいるもので、「お義姉様に近づく害虫が!」とか言いながら特攻を仕掛けてくる奴もいたが、こっちは適当にあしらう程度にとどめた。なぜなら、何度返り討ちにされてもゾンビのようによみがえり、毎回手を変えてくるせいで、次第にめんどくさくなってきたから。

こっちは多分、“お義姉様”というワードから、八重樫関係のやつらだろうけど。白崎と話しているときはたいてい近くにいるし相談することも多くなったから、変な勘違いでもしたのか。

とまぁ、こんな感じで、俺の高校生活は思いもよらない方向で退屈しないものになってしまったわけだが、

 

「それでね、峯坂君っ」

「あぁ、あぁ、なんだ?」

 

こんな回想をしている今も、白崎に捕まってしまい、近くにあった適当な喫茶店で飲み物を飲みながら話していた。

会話というよりは、白崎から一方的に話しかけられることがほとんどで、たまに俺のことを聞かれるくらいだが。俺から話すことなんてほとんどない。

そう考えると、俺の方から白崎について聞いた事なんてほとんどないよな。

ていうか、八重樫の家にお邪魔して以来、まったく進展がない。俺と白崎の関係ではなく、どうして白崎が俺のことを知っていたか、だが。

だとしたら、このままというのもいただけない。

 

「・・・なぁ、白崎。ちょっといいか?」

「ん?なに?」

 

意を決して、俺の方から白崎の会話を遮って尋ねかけた。

 

「ずっと前から疑問に思っていたんだが、白崎はどうして俺のことを知っていたんだ?少なくとも、俺は白崎と会った記憶はないんだが」

「あ~。そう言えば話したことなかったね。うん、私は峯坂君と直接会ったことはないよ?一方的に知っていただけだったから」

「一方的?」

 

言いたいことがよくわからずに思わず返すと、白崎は頷いて、俺のことを知った時のことを話し始めた。

 

「私が峯坂君のことを知ったのはね、中学の2年生の時なんだ。お母さんのおつかいをしてた時に見かけたんだけど、その時の峯坂君、取り調べ?かなんかでお巡りさんと一緒にいたんだよ」

「あ~、中学の時はたまに手伝っていたな」

 

中学になってから、親父の伝手で特例で警察の仕事を手伝うことが何度かあったんだ。もちろん、給料も出ないボランティアのようなものだったが。

そうか、それを見られていたのか。たしかに、少なからず人目もあるから、俺が白崎に気づかないのも無理はないか。

そう思っていたんだが、白崎は違うと首を横に振っていた。

 

「そうじゃなくてね、おばあさんと小さい子供が一緒にいたんだよ。後で近くのお店の人に話を聞いたら、2人の不良の人に絡まれていたところを助けたんだって」

「あぁ?・・・あ~、そんなこともあったな」

 

多分、あれだな。ハジメが衆目観衆の前で盛大に土下座したやつ。白崎が見かけたのは、その後始末をしてた時のことだろう。

あの後、親父に連絡を入れて証言を聞いて、最終的にあのバカ2人をとっ捕まえたんだ。たしか、最終的に余罪もいろいろと見つかって刑務所送りになった記憶がある。

 

「それで、お話が終わった後、男の子にたこ焼きを買ってあげてたでしょ?」

「あぁ。元々、そのバカのズボンにたこ焼きをぶちまけたのが発端だったからな。新しく買ってやったんだ」

「それで、おばあさんが遠慮しても、優しく笑いかけながら男の子にあげたのを見て、すごいなって思ったんだ。警察の人と話していた時もそうだったけど、男の子にやさしくしながら、ちゃんとおばあさんと警察の人が話しているところの架け橋もして、すごいなって思ったんだ」

「なるほどなぁ・・・だが、似たようなことは白崎のあの幼馴染もしてると思うが?」

 

天之河という名前を出すことすら嫌でこんな呼び方になってしまったが、それくらいには最近になって話すことが多くなったあのバカにストレスを感じていた。あの頭の中お花畑で無駄にキラキラしていて平然と気持ち悪いご都合解釈をするバカとはなるべく話したくないんだが、白崎や八重樫が俺の元に来る以上、少なくとも学校では半分諦めていた。休日中に会わないだけ、まだマシというものだ。

そんな俺の言葉に、白崎はあいまいな笑みを浮かべ、

 

「光輝君は、それでトラブルになったことが何回かあるから・・・」

「あぁ、なんとなく察したわ」

 

おそらく、後のフォローと言うものが皆無なのだろう。あの顔とカリスマくらいしか取り柄のないバカに集まる女なら、水面下でどろどろの抗争をしていてもおかしくなさそうだし。もしかしたら、八重樫もそのあおりを受けているかもしれないな。

 

「だから、見ず知らずの人なのに、後のこともちゃんと考えて行動している峯坂君がすごいと思ったんだ」

「・・・まぁ、あれくらいは当然だ。俺はむしろ、後のフォローを大事にしている人間だからな」

 

表面上だけ解決しても意味はない。同じことが起こったり、その時の心の傷が残るのを防ぐためにも、できる限りフォローを入れるのは、俺にとって当然のことだ。

 

「峯坂君にとっては当然かもしれないけど、私にとってはすごいことなんだよ。そこまで行動できる人なんて、ほとんどいないよ。だって、困っている人を見てみぬふりをする人の方が多いんだから。だから、困っている人のためにできる限りのことをする峯坂君は、私にとってすごい人なんだ」

「う~ん、あの時のことも、最初に突撃したのはハジメなんだがな・・・」

 

もちろん、俺としても無視するわけはなかったが、先に行動したのがハジメなだけあって、そのことで褒められても素直に受け取りがたい。

内心で微妙な気持ちになっていると、白崎から衝撃の事実が飛び出してきた。

 

「だからね、峯坂君の中学校に行って会おうと思ったんだけど、1度も会えなくて」

「・・・ん?なんで俺の中学がわかったんだ?」

「? あの時の近くにある中学校で、徒歩でいける距離にあるところをリストアップして、制服を照らし合わせただけだよ?」

「・・・・・・」

 

・・・ちょっと、受け止めきれないかな・・・。

えぇ?もはやストーカーの域じゃん。なんで気づかなかったんだよ、当時の俺。

いや、気づいたら気づいたであれだけど。

 

「だからね、入学式のときに峯坂君を見つけた時は嬉しかったんだ!」

「お、おう。そうだったのか」

「だから、これからもよろしくね、峯坂君っ」

 

正直、ちょっとよろしくできないかな。

だって、目が「今度は逃がさないからね?」って言ってるし。

我がことながら、非常にやばい女子に目をつけられてしまったな・・・。

これからのことに思いをはせ、思わず天を仰いだが、なるようになっていこう。

今までの修羅場に比べれば、これくらいはどうってことない・・・いや、訂正しよう。

今までで最大の修羅場と言っても過言ではないが、それでもなんとかしてみせよう。

少なくとも、監禁バッドエンドにならないための努力は欠かさないようにしよう、うん。




今回は、ちょっと趣向を変えて、日本サイドでくっつかない状態で書いてみました。
ついでに、八重樫家とのあれこれも。
原作展開でやってもよかったのですが、それだと物足りない感じがしたのと、ハジメの存在が薄くなることによる弊害がいろいろとあったので。
まぁ、個人的にはちょっと中身が薄くなっちゃった気はしますが・・・。
それと、そろそろ投稿ペースを上げようかと思っています。


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お気に入り登録者数1500人突破記念:中村恵里調査録~過去の思い出を添えて~

「ふ~・・・とうとうこの日がやってきたか」

 

桜が咲き始めてきた4月の初め。

今日この日、俺は高校生になるのだ。

ハジメとも無事同じ高校だし、退屈することはなさそうだ。

 

「んじゃ、親父。行ってくるわ~」

「おーう。悪いな、入学式に顔を出せなくて」

「別にいいって」

 

一応、親父も時間に都合をつけてくれようとしたんだが、あの面々を放置するわけにはいかないということでダメだったらしい。

いや、俺としてもぜひそうしてほしかったところだったんだけどな。

親父がいなくなったら、最悪あの人たちまでもが入学式に乱入しかねない。

そうなった場合、俺の高校生活は死ぬ。冗談抜きで。

それを考えれば、晴れ舞台に親父がいないことくらい、どうってことない。むしろ自分の職務を全うしてもらいたい。

 

「それで、今日は終わったらどうする?」

「まだ未定。でも、昼飯はハジメとどっかで食べようと思う」

「そうか。ほどほどの時間に帰って来いよ」

「わかってるって」

 

ガキでもあるまいし。

そんなことを話しつつ、俺は家から出てハジメとの待ち合わせ場所に向かった。

待ち合わせって言っても、単に通学路の中間地点だが。

とはいえ、俺もハジメも中学時代は俺たち以外にこれといった友達もいなかったからなぁ~・・・あれ?もしかして俺たちの中学生活、周りから浮いてた?どうでもいいけど。

そんなことを考えていると、待ち合わせ場所についた。

まだハジメはいないようだが・・・。

 

「あっ、ツルギ!」

 

あ、来た。

どうやら、ほとんど同時に着いたようだな。

 

「ごめん、待たせちゃったかな」

「ついさっき着いたところだ。気にするな」

 

文面だけ見るとすげぇホモホモしいな。そういうのじゃないってのに。

 

「にしても・・・なんか、ツルギの制服姿、すごい似合ってるね」

「いや、高校生なのに学生服が似合わないって、そこそこ問題じゃないか?」

 

そういうハジメも、似合ってる、っていうのは少し違うんだろうが、特に違和感なく着こなしている。

となると、あれか。ネクタイが似合ってるかどうかって問題になってくるのかもな?

たしかに、程度に差はあれど、ネクタイが似合う人間もいれば似合わない人間もいる。

その中でも、俺は似合っている部類だった、ってことか?自分じゃわからんが。

そんなくだらないことを話しながら歩いていると、俺たちが通う高校に到着した・・・のはいいんだが、何やら騒がしい。

主に女子が。

 

「あ?なんだ?有名人でも来てるのか?」

「いや、ただの高校の入学式だよ?」

「だよなぁ。だとしたら・・・」

 

確認する意味はほとんどないが、念のために騒ぎの中心を確認してみることに。

周囲には女子によって人の壁が出来上がってしまっているから、手近な木に登って上から確認してみる。

なんか周囲から奇異の視線が刺さってくるが、気にせずに騒ぎの中心を覗き見る。

 

「・・・なるほどなぁ」

「何か見えた?」

「イケメンがいた」

 

案の定と言うか、アイドルばりのイケメンがいた。2人の美少女と脳筋っぽい男も一緒に。

そりゃあ目立つわな。アイドルみてぇな人間が3人もいるんだから。残り1人はガタイがいいだけっぽいが。

ついでに、美少女2人には新入生だけでなく先輩方の男子が集まっていたが、どうでもいいから流しておこう。

 

「どんな感じ?」

「爽やかかつキラキラしてる系の俺が嫌いなタイプ」

 

なんというか、見た目とかそういう問題じゃなくて、本能的に嫌悪感を感じる。

下手をすれば、吐き気がこみあげてきそうなレベルで。

なんで高校生活初日から嫌な思いをしなければならないのか・・・。

とはいえ、いつまでもここで腐っているわけにはいかない。

 

「せめて、あいつと関わることがない可能性に賭けよう」

 

 

 

 

 

「なんでや」

「あ、あはは・・・」

 

悲報。あの気に喰わないイケメンと同じクラスになった。

なんでだ。どうしてこうなってしまった・・・。

しかも、どういう偶然か例の美少女2人と脳筋っぽい奴まで一緒になった。

ありえないだろ普通。あれか?学校側がグルになっているのか、それとも神様の悪戯とかいうやつなのか?

もしそんなくそったれな神がいたらぶっ殺してやる。

ちなみに、あのイケメンの名前は天之河光輝と言うらしい。

ついでに、今この場にはいない。あいつが今年の新入生総代らしくて、今頃先生から段取りの説明を受けているところだろう。

ぶっちゃけ、俺も総代になれるだけの学力はあるにはあるが、めんどくさいからほどほどに手を抜いた。

それを親父に言ったら拳骨喰らった。あれはマジで痛かったな、うん。

 

「えっと、どうする?」

「どうしようもねえだろ・・・」

 

逆に考えるんだ。1年我慢すればいいだけなのだと。

1年だけ我慢すれば、クラス替えで同じクラスになることはないはずだ。

それに、同じクラスだからといってなれ合う必要もない。こちらから関わらなければいいだけの話だ。

頭の中で必死にそんなことを考えながら、入学式のために体育館へと向かった。

 

 

 

 

 

「ふぁ~、ねむ・・・」

 

入学式と言っても、どうせ先生がダラダラ話すだけだから、ほとんど右から左に聞き流していた。

ぶっちゃけ、俺も隣に座っているハジメのように寝ようかとも考えたが、変に目立つのも嫌だから頑張って起きることにした。

あと、無性に校長のヅr・・・頭の被り物を取っ払ってみたくなった。大人でも正直な自分を晒せばいいと思うんだ。

 

「続いて、新入生総代の挨拶です」

 

先生がそう言って、壇上に総代の生徒である天之河が上がった次の瞬間、

 

「「「「「キャァァァァ―――――――――!!!!」」」」」

 

体育館に爆発みたいな歓声が響き渡った。体育館が地震でも起きたんじゃないかってくらいに揺れ、女子連中が熱中して天之河の名前を呼ぶ。

もはやアイドルのコンサートみたいな様相だ。

 

「うし、寝よ」

 

女子の歓声をシャットアウトして、俺も瞼を閉じて意識を落とした。

どれだけ寝てたのかは知らないが、目を覚ました時には天之河の挨拶は終わっていた。

あと、前の方で女子生徒が2名、何やら騒いでいたところ先生に連れていかれたらしい。

いや~、俺とハジメが連行されなくてよかったな、うん。

 

 

 

 

 

入学式が終わってからは、教室に戻っていくつか連絡事項を説明されて解散となった。

 

「それで、これからどうする?」

「どっかで昼飯を食いに行こう。手軽にマ〇クにするか?」

「うん、そうしよう」

 

特に反対するでもなく、ハジメも賛成だと頷いて今日の昼食はマ〇クになった。

せっかくの入学式だから何か高めのものでもよかったかもしれんが、所詮は学生の財布だ。ファストフードがちょうどいい。

いいんだが・・・

 

「・・・?」

「ツルギ?」

 

なんだろう、視線を感じる。

ただ、妙なことに視線を向けられているのは俺ではなくハジメだ。

自分で言うのもなんだが、俺は女子から多少人気があるが、ハジメはそうでもない。

少なくとも、告白されたことがないくらいには。

さらに、こっちを見ているくせに近寄ってくる気配がないってのはどういうことなのか。

これは、あれか?ストーカーか?でも、ハジメに?

どうしたものか・・・。

 

「・・・いや、なんでもない」

「? 変なツルギ」

 

変とはどういうことか。

まぁ、ハジメが気づいていないならわざわざ地雷を踏みに行くこともない。

変わらず、平穏な学生生活を祈ることにしよう。

 

 

* * *

 

 

結果から言えば、平穏な学生生活はどっか旅行に行ってしまった。

なんと、天之河と一緒にいた美少女2人のうちの1人である白崎香織が、ハジメに話しかけてくるようになったからだ。自覚があるのかはわからないが、好意を振りまきながら。

美少女が冴えないオタクであるハジメに積極的に話しかけてくるものだから、とにかく目立つ。

そして、白崎はどうやら天之河ともう1人の美少女である八重樫雫と脳筋っぽい男の坂上龍太郎と幼馴染であるようで、白崎と一緒にやってくるものだからさらに目立つ。

さらに、天之河が根拠もないくせに「俺は正しい」を地で行くクソガキだと判明してストレスが速攻で溜まっていった。

ハジメを見捨てれば、少しは楽になるんだろうが・・・それはできない。

そうしたら、周囲の嫉妬はハジメ一人に向いてしまうことになる。

それを避けるためにも、俺の存在は必須だ。

だから俺もグループに加わる形になったんだが、そうなると必然的に天之河と話すことが多くなるわけで、加速度的にストレスが溜まっていった。

ただ、八重樫は4人の中でも常識人と言うか苦労人の立場なようで、ことあるごとに気を遣われるのが少し申し訳なかった。

そして、そんな生活が数か月も続いた頃、今日の昼休みもまた白崎が笑顔を浮かべながらやってきた。

ただし、ハジメはいないが。

 

「ねぇ、峯坂君。南雲君がどこに行ったか知らない?」

「さあなぁ。俺だってあいつの行動を逐一把握してるわけじゃねぇし」

 

嘘だが。

白崎に話しかけられる前に逃げるという技を身に着けたハジメは、昼休みになったら速攻で裏庭か屋上に行くようにしている。

ただ、それを言うと白崎が突貫しに行くのは目に見えているから、間違っても口には出さないが。

 

「う~ん、南雲君にお弁当を分けてあげようかと思ったんだけど・・・」

「問題ねぇよ。俺があいつに弁当を持たせておいてある」

 

ざわりと、教室がどよめいた。

たぶん、白崎がハジメに弁当をお裾分けしようとしたことに対する嫉妬と、俺の発言に何か良からぬことを考えたバカ共の2種類に分けられるだろうな。

そこに、天之河がやってきて口を開いた。

 

「香織、南雲にそこまで世話を焼くことはないよ」

「? 一緒に弁当を食べようってだけだよ?」

 

天之河の的外れな意見に、白崎が天然で返す。

いつもの光景だが、これだけでも天之河の言動がストレスになるのがまた・・・。

こういう時は、一時凌ぎにしかならないが食べて誤魔化そう。んで、学校が終わってから思い切り体を動かそう。

そう決めて、重箱弁当を取り出して視線を上げた。

すると、偶然、目の前にいた眼鏡をかけたボブカットの女子生徒・中村恵里と目が合った。

 

「っ」

 

中村の方からなぜか焦ったように視線を切られたから、目が合ったのは一瞬だけだ。

だが、一瞬だけ合った目が忘れられない。

当然、俺が中村を意識している、というわけではない。

そもそも、中村はある意味ではハジメと似ている、大人しめの文学系女子だ。何か気にするようなこともない。

ない、なずなのだが・・・

 

(あの目・・・どこかで見たことがある?)

 

どこで見たのかは、すぐには思い出せない。

だが、確実に、俺はあの目を知っている。

結局、この日の昼食はもやもやしたまま過ぎていった。

 

 

 

 

 

学校が終わってからも、ハジメから不審に思われるくらいにはもやもやしていた。

ハジメに尋ねられた時には「なんでもない」と答えたが、それでも不審がられるには不自然に見えたようだ。

それは、家に帰ってからでも同じで。

 

「なんだ、ツルギ。気になる女子でも見つけたのか?」

「ちが・・・くはないが、いねぇよ」

 

あながち間違いじゃないってのがなぁ。親父は明らかに下世話目的だが。

 

「・・・俺、そんなに変か?」

「変、と言えば変だな。さっきからずっと上の空だ」

 

なるほど、それならたしかにそんな誤解を受けても仕方ないか。

 

「言っておくが、別に好きな女子ができたとかそういうのじゃない。ただ・・・」

「ただ?」

「どこかで見たことがあるような目をした女子を見かけたんだ。その目が何だったのかが思い出せなくてモヤモヤしてんだよ」

 

そう言うと、親父も俺が何を言いたいのか分かったのか、スッと目を細めた。

 

「そういうわけだから、親父」

「“仕事”だな?」

「そうだ」

 

“仕事”というのは、俺の私事で自由に調べ物をすると同時に、その内容を親父に報告するというもの。

そして、俺個人の調べ物に警察の情報網を使っていいという暗黙の了解だ。

 

「つってもなぁ、たかが女子高生だろ?そこまでする必要があるか?」

「“たかが女子高生”なら、ここまでモヤモヤすることもないと思うんだが?」

「・・・ツルギの直感なら、無碍にできないな。わかった、許可しよう」

 

本当に、親父は俺のことを信用してくれている。

血がつながってないにも関わらず、こうして俺の意見を尊重してくれる。

だから、俺も親父の信用を裏切らないようにしよう。

 

 

* * *

 

 

ひとまずは、中村の家族構成を調べるところから始めることにした。

まぁ、さすがに変わったところはないと思うが・・・

 

「・・・あ?父親は交通事故で死亡?」

 

いきなりとんでもない事実が出てきた。

考えてみれば、中村の親の話をまったく聞いたことがない。

まずはこの辺りを重点的に調べてみようか。

 

「父親の方は・・・大して変わったところはないな。母親の方は・・・へぇ、小金持ちの家なのか」

 

どうやら、母親の方はちょっといいところの家らしい。

経営者とか医者とか、そういう超エリートな家系というわけではないが、全体的に見ればエリートの部類に入るくらいにはいいところのようだ。

 

「となると、きな臭いのは母親の方か・・・」

 

父親が幼少期に亡くなったのであれば、中村が受ける影響は圧倒的に母親が強いだろう。

このあたりを聞き込みしてみようか。

 

 

とりあえず、まずは中村の家を訪ねてみることにした。

当然、外から見るだけだが。

母親の方は実家と絶縁状態だそうだが、手切れ金のようなものは渡されていたんだろう。思ったよりも立派な一戸建て住宅だった。

とはいえ、中村に目撃されて不審がられるわけにもいかないし、どうやって聞き込み調査をすればいいものか・・・。

ひとまず、近くの公園に行ってみよう。主婦のネットワーク的なやつで何かわかるかもしれない。

さらに移動して、かつて事故があったという公園に向かった。

そこでは、今日が休日なこともあって子供連れの家族が多く集まっていた。

さて、来たのはいいが、まさか「中村の奥さんの話を聞いていいですか?」なんて馬鹿正直に聞くのもな・・・。というか、高校生が人妻に話しかけるってなかなかグレーじゃないか?

やばい、何も考えてない。

どうしたものか・・・。

今後の方針に悩んでいると、足元にボールが転がってきた。

拾い上げると、とてとてと男の子が走ってきた。

 

「おにいちゃん!それ、ぼくのボール!」

「そうか。ほら」

 

できるだけ怖がらせないように、男の子の身長に合わせてしゃがんだ。

 

「元気なのはいいことだが、ここは道路が近い。車に気を付けるんだぞ」

「うん!」

 

男の子は満面の笑みを浮かべ、友達らしき子供たちのところに走っていった。

 

「あらあら、あなた優しいのねぇ」

 

すると、後ろから初老の女性が話しかけてきた。

 

「いえ、これでも父親が警察官なもので。これくらいは当然ですよ」

「そうなの。いいわねぇ。あなたみたいな人がいれば、あの時みたいな事故も起きなかったのでしょうけど・・・」

 

なるほど。どうやら、俺が求めている情報を持っていそうだ。

この人に話を聞いてみよう。

 

「あの時の事故って、なんですか?」

「実はねぇ、道路に飛び出した女の子を助けるために、父親が庇って車に轢かれて亡くなったのよ。たしか、中村さんって名前だったかしら」

 

・・・俺から聞いておいてなんだけど、初対面の人にぺらぺらと名前をしゃべるのはどうなんだ?

もしかしたら、年齢的にそういう意識が緩い世代の人なのかもしれない。

 

「中村さんのご夫妻って、どういう方々だったんですか?」

「そうねぇ。旦那さんはすごいしっかりしていて、人も良くてねぇ。奥さんもいいところの家の出だったのだけど、その家から結婚にはすごい反対されたみたいで、だからか旦那さんにべったりだったのよ。そういうこともあって、旦那さんが亡くなった時は泣き崩れてたのよねぇ」

 

なるほど。

まぁ、こう言ってはなんだが、そこまで珍しい話ってわけでもないな。

たしかに不幸な出来事ではあるが、他にも似たような話は多々ある。

こういうときは、母親が娘を支えて・・・

 

「でもねぇ、それから奥さんがちょっとおかしくなったのよねぇ」

「はい?」

「あんなに旦那さんにべったりだったのに、新しい男を作ってべったりになっちゃったのよー。それに、その男の人がお世辞にもいい人とは言えない感じでねぇ。悪い男に引っかかったんじゃないかって心配だったのよ」

 

は?旦那さんが死んでから悪系の男にべったり?なんだそりゃ。

それが人の親なんて言えるのか?

というか、その男に嫌な予感しかしないんだが・・・。

 

「そしたらねぇ、その男が娘さんを襲おうとしたのよ」

 

・・・本当に、嫌な予感に限って当たるな・・・。

ていうか、その時の中村って子どもだよな?子供相手に欲情したのか?

そういう人種がいるっていうのは理解しているが、実際に話を聞くと鳥肌たつわ・・・。

 

「幸い、ご近所さんがすぐに警察に通報したおかげで大事には至らなかったのだけど・・・」

 

あぁ、さすがに貞操までは奪われなかったか。

・・・待てよ?もしそうだったら中村におかしなところなんて・・・

 

「今度はね、中村さんのお宅から怒鳴り声が聞こえるようになったらしくて、虐待を受けているんじゃないかって噂になったのよ」

 

Oh・・・マジか・・・。

だが、それが真実なのだとしたら、俺の中で中村のあの目の真相がはっきりした。

あれは、かつての俺の目だ。親から裏切られ、誰も信じることができなかった、あの時の俺と同じだ。

そこまで話したところで、女性はハッと口元を押さえて申し訳なさそうに笑みを浮かべた。

 

「あらやだ、私ったら。ごめんなさいね、長話につき合わせちゃって」

「いえ、大丈夫ですよ」

 

むしろ、これ以上ない情報を教えてくれてラッキーですらある。

 

「それじゃあ、俺はこれで」

「えぇ。ありがとうね、お話に付き合ってもらって」

 

女性に頭を下げて、俺は過去の資料を調べるために親父の部署へと向かった。

 

 

 

向かったのは、過去の調査資料なんかがまとめられている資料室。

そこで、虐待に関するものを手当たり次第に漁っていく。

 

「・・・これだな」

 

その中で、中村恵里に関する資料をいくつか見つけた。

まず始めに、中村母が連れてきた男に性的暴行未遂を受けた事件。

犯人の男は・・・前科有り、というかヤンキー上がりか。取り調べの心証も最悪に近い。

よくもまぁ、こんな男に引っかかったもんだ。

犯行時刻は夜中。母親が夜の仕事で家にいないとき。

結果は未遂に終わり、男は逮捕。塀の中にぶち込まれた。

まぁ、これといって変わったことが書いてあるわけではない。言ってはなんだが、普通の犯罪記録だ。

続いて、虐待の疑惑。

あくまで対処したのは警察ではなく児童相談所の職員だが、対象が対象だからか警察官も同行したらしい。

何度か行われた調査の記録では、親子関係になんら問題はなし。娘である中村恵里は母親になついているようで虐待を受けているような様子は見られなかった、と。

 

「・・・ん?」

 

ここまできて、不意に違和感を覚えた。

実の父親が死に、母親が連れ込んだ男に暴行を受けそうになり、仮に母親からも虐待を受けていたとしたら、どうして中村恵里は仲がいい親子を演じた?

むしろ、児童相談所に保護されて母親と縁を切った方が何倍もマシに決まっているはずだ。

だとしたら、暴行未遂事件から虐待疑惑の調査の間に、何かがあった、ということだ。

そして、その何かが中村恵里という少女の“鍵”だ。

その“鍵”がなんなのか、それが分かればいいんだが・・・。

 

「・・・これ以上は考えても無駄だな」

 

書類とにらめっこしたところで中村恵里という少女のことがわかるわけではない。

とりあえず、次は中村を観察するところから始めようか。

 

 

 

観察すると言っても、馬鹿正直に中村を見ていたら怪しまれるに決まっている。

だから、中村の観察は学校、主に教室で、時折チラッとばれないように盗み見る程度だ。

分かることは少ないが、やらないよりはマシだ。

注意すべきは、周囲から変に思われないようにすることくらいか。

変な噂をたてられて中村に不審に思われたくない。

そういうわけで慎重にならざるを得ないから、集まる情報はかなり少ない。

まぁ、やらないよりはマシだが。

とはいえ、観察を始めてからもう2週間、ここまで何も手掛かりがない。

ここまで何もつかめないとなると、実は中村への心配は全部杞憂だったか、中村が上手く隠しているかのどっちかだ。

だが、あのきな臭い記録を見れば、十中八九後者が正解だろう。

これは、気の長い仕事になりそうだ。

でも、ここまで収穫が何もないってのもなぁ・・・。

リスクは大きいが、いっそ俺の方からコンタクトしてみようか・・・。

そんなことを考えながら、もはや癖のようにチラリと中村を見やる。

だから、()()を確認できたのは偶然だった。

中村の瞳に、鋭い刃のような光が宿っていたのは。

瞳の先にいるのは天之河・・・いや、天之河の周囲にいる女子だった。

 

「・・・まさか、そういうことか?」

 

確証と呼べるほどのものはない。

ないが、決して無視できるものじゃない。

だったら、調べてみるしかないか。

 

 

 

休日、訪れたのは過去に天之河が通っていたという中学校。

ただ、意外なことに中村もかつてここに通っていたようだった。

というのも、中村の家は学区外で、通うとなるとそこそこ遠い。

わざわざそんなところに通学していたあたり、やはりこの2人の関係は偶然とは思えない。

とはいえ、証拠らしい証拠もないからなぁ。

・・・というか、また行き当たりばったりじゃないか。

本当、ちゃんと予定をたててから行動しないとなぁ。

今のところ、現実的なのは今の3年生に声をかけてみるくらいか?傍から見れば不審者に見えなくもないが、俺だってまだ高1だ。不自然と言うではない。

・・・ない、よな?

年齢で考えれば問題ないだろうが、そもそもを言えば俺は完全な部外者だ。

卒業したどころか関わりのある人物すらいないのに、あれこれ聞いて回るのは高1と言えど不審者のレッテルを貼られかねない。

どうしたものかなぁ・・・

 

「あ、あの、すみません!」

 

そんなことを考えていると、横から声をかけられた。

振り向けば、同い年くらいの女子2人組が。

・・・あぁ、逆ナンか。

最近はあまりなかったけど、なんか久しぶりだな。

最後にあったのは・・・ハジメとのホモ疑惑が出る前か。あれのせいで減ったのか。

高校からは、天之河がひと際目立っているおかげで、俺に向けられる視線や好意は減ったように思うが。

とりあえず、平静を装って対応するとしよう。

 

「なんだ?」

「もしよければなんですけど、一緒にお茶とかどうですか?」

「そうだな・・・あぁ、構わない」

 

一緒にお茶、か。中学ではそういうのはなかったな。こういうのは高校生になって意識が変わったのもあるのか。

だが、情報収集にはちょうどいいだろう。

キャッキャとはしゃぐ女子たちに案内されたのは、いかにも若者が通いそうなおしゃれな喫茶店だった。

俺個人としてはもう少し落ち着いた雰囲気のところが好みだが、案内された身なのだからその辺りは弁えておく。

それぞれ飲み物を注文したところで、女子たちの方から話しかけられた。

 

「それで、校門の前で何をしていたんですか?もしかして、誰かと待ち合わせとか・・・?」

「いやいや、もしそうだとしたら一緒にお茶してくれるわけないでしょ。誰かを探してたとかですか?」

「当たらずとも遠からず、ってところか。高校で知り合ったやつに、やたらと目立つ奴がいてな。興味本位で誰かからそいつの話を聞いてみようと思ってたんだ」

「目立つって、どんな感じなんですか?」

「なんて言えばいいかな・・・やたらと眩しく見えるというか、キラキラしてるというか。一言で言えば、容姿も性格もイケメンって感じだな」

「もしかしてそれって、光輝君のことですか?」

「なんだ、そんなに有名なのか?」

「有名もなにも、この辺りじゃ知らない人がいないってくらいですよ!」

 

曰く、文武両道の才色兼備。困っている人がいれば迷わずに手を貸し、間違いがあれば毅然とした態度で正す。さらに、剣術を習っていて大会で優勝したこともある。まさに、正義のヒーローを体現したような存在。

そのため、男女問わずに人気があり、ファンクラブもあるほどだという。

・・・なんというか、聞いているだけで吐きそうになってくる。

こんな調子じゃ、あいつの悪癖を指摘するような人間は、本当に一握りしかいないんだろうな。

 

「もしかして、光輝君と同じ高校に通ってるんですか!?」

「あぁ、そうだな。ついでに言えば、幼馴染みたちも一緒だな」

「ってことは、香織さんと雫さんも!?」

「あ、あぁ。うちの高校じゃ、早くも『二大女神』とか言われてるな」

 

2人が言うには、中学のときも同じように呼ばれていて、特に八重樫はその面倒見の良さから“お義姉様”なんて呼ばれてたらしい。

天之河に限らず、あの2人もそんなに有名人だったのか・・・。

 

「そ、そんなに有名だったのか・・・良くもまぁ、変なやっかみを受けなかったもんだ」

「それはそうですよ。あんな完璧な人たちに嫉妬なんて、罰当たりもいいところです」

「あれ?でも、光輝君のことが好きだった女の子たちって・・・」

 

片方の女子が思わずと言った様子でそう呟くと、ヒートアップしてた女子がすぅっと顔色を変えた。

 

「あ、あれは、ほら、えっと・・・」

「・・・その話、詳しく聞かせてもらってもいいか」

 

これは当たりか?もう少し詳しく話を聞いてみよう。

 

「えっと、あくまで噂なんですけど、光輝君のことが好きになった女子は、ほとんどが不登校になってるって。中には、自殺したんじゃないかって子もいるって話で・・・」

「でも、実際に不登校になった女子がいるから、ファンの女の子の誰かがいじめたんじゃないかって。実際に、ファンクラブの中には過激な人もいるし・・・でも、本当に噂程度の話で、誰が犯人かとかはまったくわかってないんです。中には、横暴だった女の子もいたって話もありますし・・・」

 

なるほどな・・・だが、これだけだと証拠としては不十分だな。あくまで状況証拠、それも噂レベルのものでしかない、か。

とはいえ、また一歩前進したのは間違いないか。

 

「なるほどな・・・有益な情報、感謝する。お礼と言ってはなんだが、ここは俺がおごろう」

「え?いいんですか?」

「こういう時くらいは男の甲斐性も見せるさ。好きなのを頼んでくれ」

「ありがとうございます!!」

「それじゃあ、この期間限定のケーキと・・・」

 

最終的に、ちょっと頭が痛くなるくらいの出費にはなったが、情報料として割り切ることにした。

 

 

* * *

 

 

あれからさらに数か月ほど。

ハジメを白崎の生贄にしながら調査を続け、中村についての情報がある程度まとまって、親父に報告したんだが・・・

 

「・・・なぁ、親父」

「・・・なんだ?」

「俺、調べたことを後悔してきたんだが」

「言うな。気持ちはわからんでもないが」

 

ずいぶんとまぁ、中村に関する重い事実が浮かび上がってしまった。

幼い頃に父親を亡くしたことから始まり、母親が連れ込んだ男による暴行未遂、そして母親からの虐待の疑い。

虐待に関してはそのような事実はないと判断されたものの、母親はべったりくっついて懐いている中村に対して怯えている様子だったらしい。

さらに、よくよく中村を観察してみれば、天之河に群がる女子に対して鋭い視線を向けることが多々ある。

そこから嫌な予感が加速して徹底的に中村を調べ上げたところ、天之河に対して妄執的になっている一面がある可能性があり、実際に幼馴染以外で天之河と親しかったらしき女子が原因不明の不登校になっている。

 

「興味本位で調べるものじゃなかったと反省すべきか、事が大きくなる前に判明してよかったと考えるべきか・・・」

「だが、警察を動かすには弱い。なにせ、決定的な情報がないからな」

 

厄介なのは、中村の被害に遭ったらしき女子はコンタクトが取れないほどに精神的に破壊されている点、そして中村は一切の尻尾を掴ませないようにしている点だ。

まさか、完全犯罪を実現できる女子高生が存在したとは・・・。

ついでに言えば、警察の業務に起こりうるだろう犯罪の防止は含まれていないし、ちゃんとした証拠が無ければ動くこともない。こういう相手にはどうしても後手後手になってしまう。

 

「で?これからどうするんだ?」

「むしろ俺が聞きたい。これからどうすればいいんだ?」

 

こんなの、一学生には荷が重すぎるんだが・・・。

 

「・・・まぁ、それとなく様子を見ていくしかないだろうな。幸い、高校ではそういう問題はないんだろう?」

()()()()、な」

 

逆に言えば、将来的には確実に何かやらかす。

ただ、具体的に何を、いつ、どこでやるのかがわからないのが難点だが。

 

「とりあえず、後のことは保留ってことでいいか?」

「・・・そうだな。だが、中村恵里の監視はお前の方でやっておけよ」

「へいへい・・・」

 

“仕事”だからな。それくらいはやろう。

結局、この日はこれで終わりということになった。

 

 

 

 

 

親父と別れてからは自室に戻り、思い切りベッドにダイブした。

 

「さて、どうしたものかなぁ・・・」

 

考えるのは、もちろん中村のこと。

正直、俺一人の手には余る。

できれば協力者が欲しいところだが、中村は本性を隠すのが抜群に上手い。事実を言ったところで信じてもらえないのがオチだろう。

とはいえ、俺一人でできることなんてかなり限られてくるわけで。

 

「どうしたものかなぁ・・・」

 

思わず同じことを呟いてしまうくらいには、行き詰っていた。

というか、どうして俺が天之河関連で悩まにゃいかんのだ。

そもそもを言えばあのバカが悪いんだから、あいつが責任ととって・・・

 

「いや、これはアリか?」

 

いっそのこと、天之河に中村を押し付ければ万事解決では?

中村が何をやらかすのかは想像もできないが、目的は天之河を手に入れることのはず。

ならば、俺の方で天之河を差し出せば、平和的に解決するのでは?

天之河は損するかもしれんが、自業自得だしどうでもいい。

それに、手っ取り早く既成事実を作らせてしまえば、天之河に盲信的な周囲の人間も離れていくだろう。

女子連中は大荒れするかもしれないが、それは俺の方で抑えればいい。

中村は天之河が手に入るんだから、大それたことをする必要もない。

自業自得な天之河以外は得をする、win-winな良い案なんじゃないか?

 

「うしっ、そうと決まれば、さっそく明日から準備するか」

 

やっぱり、具体的な目標ができるとやる気が出てくるな。

とりあえず、具体的な計画を立ててから必要な物を準備するとしよう。

 

 

* * *

 

 

それからは、中村と天之河を無理やりくっつけるために必要な物を集め、入念に計画を立てた。

計画自体は天之河と中村を2人にしたタイミングでそういう気分にさせるお香を嗅がせるなり媚薬を盛るなりして既成事実を作らせるだけだが、大変なのは事後処理だ。

天之河ができちゃった婚をしたとなれば、周囲の人間が荒れまくるのは目に見えている。その被害を最小限にするためにも、天之河への印象操作を行う必要があった。

まず始めに、天之河のことを異様に信用している教師から対処していった。

それとなく、怪しまれないように天之河の不審な部分を吹き込み、教師としての公平な判断力を植え付けていく。そうして、万が一の教師が天之河を擁護する可能性をなくしていく。

次に、比較的天之河に対して客観的に接することができる生徒に天之河のおかしな点を吹き込んでいき、それとなく吹聴するように促す。効き目は薄いかもしれないが、天之河への不信感を植え付けることで少しでも天之河の味方を減らす。

こうして入念に入念を重ねて準備し、最大の問題だった媚薬の類も無事入手することができて、あとは折を見て計画を実行に移すだけとなったタイミングで、運悪くエヒトの召喚が発生してしまい、計画がすべて頓挫してしまった。

結果として、中村の問題と天之河の矯正が俺の計画とは違う形でトータスで両方実現してしまったんだから、複雑なことこの上ない。

結果オーライと言えばそれまでだが、やっぱ、世の中上手くいかないものだなぁ。

 

「・・・なに?人様の顔をじろじろ見て」

「いや、べつに?」

 

まぁ、過去のことをあーだこーだ言ったところで意味はない。

これからはせいぜい、最善の未来のために頑張ることにしよう。




だいぶ遅めのお気に入り登録者数1500人突破記念です。
今回は、恵里の調査を交えた高校時代の話ですね。
部分部分を見ればだいぶ簡単な感じになっちゃいましたけど、全部を書こうと思ったらシャレにならないくらい長くなりそうなので。
なので、いったん今話を仮投稿という形にして、また後で加筆修正を加えるつもりです。

さて、次からは本格的にアフターストーリーに入っていきますね。
アフターストーリーでは、原作アレンジとオリジナルストーリーの両方を執筆していく予定です。
ただ、原作アレンジはどこまでやるかは未定ですね。
一応、今のところ予定しているのは、帰還者騒動、深淵卿withツルギ、光輝with恵里、修学旅行、トータス旅行、魔王×2&勇者あたりですが、これら全部を書こうと思うととんでもない長さになりそうですし、トータス旅行にいたっては原作でも終わってすらいないんですよね。
なので、帰還者騒動以外はオリジナルストーリーを優先して投稿していきます。
帰還者騒動も、ほぼほぼオリジナルになりそうですしね。

余談ですが、この前一部でウマ娘の二次創作が問題になったって動画を見たんですが、思った以上に二次創作に対して当たりが強い人がいて少し驚きました。
ハーメルンなんて二次創作がメインですけど、自分の記憶の限りではハーメルン内で問題が起こったことなんて基本的にないですからね。
でも、ウマ娘だと馬主さん関連の問題が付随してくるので、余計にこじれてるんでしょうね。
そりゃあ、自分が大切にしている動物がエログロのおもちゃにされたらキレるし炎上するに決まってる。
自分は基本的に二次創作を書き続けてますけど、なんかいろいろと考えさせられましたね。
まぁ、自分が気持ちよく描くために今回の件は記憶の隅に追いやりますが。


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本編
プロローグ


どうも。
この前の活動報告の宣言通り、新作です。
最近になって読んだのですが、けっこうハマりまして。
なので、書こうと思いました。



「はよーっす」

「おはよう、ツルギ」

 

とある朝、とある通学路、俺は友人に声をかけた。

っと、その前に自己紹介。俺の名前は峯坂(みねさか)ツルギ。警察官の親を持つ、高校生だ。なぜ「普通の」を付けないかと言われれば、「普通じゃない」理由があるからだけど、それはまたの機会に。

そして、今話しかけたのは親友である南雲(なぐも)ハジメ。父親がゲーム制作会社、母親が漫画家の、わりと筋金入りのオタクだったりする。俺と仲良くなったのも、たまたま同じゲームをやっていたら仲良くなった、というくらいだ。ていうか、俺の父親が南雲父の会社のゲームにはまっていた時期があったりもしたけど。

 

「まったく、今日もぎりぎりだな。そろそろ、徹夜でゲームの癖を治したらどうだ?」

「いや、それはそうなのかもしれないけどさ、なかなかやめられなくて・・・」

 

そんなこんなで、俺たちはけっこう仲がいい。

ちなみに、こいつの家庭環境は割と「普通」だが、こいつのクラス内での立場は「普通じゃなかったり」する。

その理由が、

 

「よぉ、キモオタ!また徹夜でゲームか?どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

ゲラゲラ

 

こんな風に、割と嫌われ者だ。いま声をかけたのは檜山大介(ひやまだいすけ)といい、毎日ハジメに絡んでくる生徒の筆頭だ。その近くでゲラゲラ笑っているのが、斎藤良樹(さいとうよしき)近藤礼一(こんどうれいいち)中野真治(なかのしんじ)の三人で、檜山とセットでよく絡んでくる。

そして、

 

「ったく、すぐにそういうのに考えを持っていく方が、よっぽどキモオタの素質があると思うけどな」

「「「「あ?」」」」

 

俺ともだいぶ仲が悪い。

なぜなら、ハジメとなにかがあるたびに俺がつっかかってくるから。ケンカになりかけたことも、ちらほらある。そのたびにハジメに止められるけども。

ちなみに、ハジメは檜山たちが言うほどキモオタではない。健全なオタクだ。服装や言動も、そんな見苦しいものではないし(たまに痛かったりするが)、コミュ障でもない。ただ純粋にアニメや漫画、ゲームが好きなだけだ。

そんなハジメが、たとえ世間一般のオタクに対する風当たりが強いといっても、ここまで敵愾心を持たれることはない。それに、檜山たちと仲が悪いといっても、気持ちがわからないわけではない。

その理由というのが、

 

「南雲君、おはよう!今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

たった今話しかけてきた女子生徒だ。

名前は白崎香織(しらさきかおり)。クラスどころか、学校全体で有名で、人気のある少女だ。

人気の理由は、容姿もさることながら、面倒見の良さや責任感の強さもある、ハイスペックな人物だから。頼まれごとも嫌な顔をせずにやるのだから、非の打ちどころがない。

そんな彼女は、学校でも数少ない、ハジメにフレンドリーに声をかける人物の一人でもある。もっと言えば、学校の女子で、ほぼ唯一、いい意味でハジメに構ってくる人物でもある。

周りからは、もっぱら不真面目なハジメに生来の気質から声をかけていると思われている。が、そうではないと俺はわかっている。

そもそもを言えば、たしかにハジメは授業中の居眠りは多いが、成績はちゃんと平均を保っている。白崎も、あそこまで構ってくるならそれくらいはわかっているだろう。

なら、なぜ白崎はハジメに構ってくるのか。それはつまり、白崎がハジメのことが好きだからだ。

他のやつらはもちろん、彼女の幼馴染もほとんど気づいていない。俺だって、最初はまさかと思っていた。なぜなら、理由がわからないから。

「白崎はハジメのことが好きなのではないか?」と思ったのは、白崎と同じクラスになってハジメと話しているのを見ていたとき。ハジメと話しているときの白崎の態度から、なんとなく予想がついた。だが、その俺の予想が正しければ、白崎がハジメを好きになったのは高校入学のとき、あるいはそれよりも前かもしれない。その間、二人に接点なんてなかったはずだ。だからこそ、どうして白崎がハジメを好きなのかがわからない。

ただ、わかっていることは、

 

「おいおい、白崎。俺も隣にいるんだけど」

「あ、ごめんごめん。おはよう、峯坂君」

 

白崎は、ハジメが視界に入ると、それ以外のものが見えなくなる。隣にいる俺に、うっかり挨拶を忘れるくらいに。

そのせいか、白崎は自分のせいでハジメが嫌われていると気づいておらず、余計に事態がこじれている。

まぁ、ハジメが一向に生活態度を改めないのも問題ではあるわけだが。

ともかく、そんな平々凡々なハジメと人気者の白崎が仲良くしているというだけで男子生徒からの嫉妬の対象になるし、何度白崎に言われても生活態度を改めようとしないから女子からも不快に思われる。

そんな物思いにふけっている間にも、白崎はハジメにむかってほほ笑んで、そのたびに男子からの殺気がハジメに向けられ、ハジメはビクッ!となって冷や汗を流している。これもまた、檜山たちの件と同じくらいにはいつものことだ。

 

「南雲君、峯坂君、おはよう。毎日大変ね」

「まったく、そんなやる気のない奴に何を言っても無駄だと思うけどな」

「香織、また彼の世話を焼いているのか?まったく、香織は本当にやさしいな」

 

 

そんな中、俺たちに声をかけてきた白崎の幼馴染が三人。

苦笑しながら挨拶をしてくる女子が八重樫雫(やえがししずく)。実家が剣道の道場で、八重樫も女子にしては高い身長としっかりと引き締まった体つきをしている、ポニーテールが特徴の女子だ。おそらく、白崎と最も仲がいい。

ちなみに、凛とした雰囲気とこちらも面倒見の良さから熱狂的なファンも多く、後輩の女子から「お姉さま」などと熱い瞳で見られたりもする、この中では一番の苦労人だ。

投げやりな調子で話しかけた男が坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)。身長が190cmの熊のような体つきで、絵にかいたような脳筋でもある。基本的にやる気のない人間が嫌いなようで、ハジメを無視することもわりと多い。

最後にキザっぽい台詞を放ったのが天之河光輝(あまのがわこうき)。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人で、白崎と同じような立場だ。

そして、俺の()()()()()人間でもある。ある意味、仲が悪いだけの檜山たちとは違う。

その理由が、

 

「おはよう、八重樫さん、坂上君、天之河君。まぁ、自業自得とも言えるから仕方ないよ」

「それがわかっているなら直すべきじゃないか?いつまでも香織のやさしさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって、君に構ってばかりはいられないんだから」

 

彼は、自分が正しいと思うことを押し付けるのだ。

思い込みが激しいだけなら、まだいい。だが、あいつの場合、それが正しくてすべてだと、本気で思っているのだ。多数の意見を絶対の基準にし、少数のことなど気にもしない。そんな彼の態度は、俺にとって到底許せるものではなかった。

だが、俺は表向きにそんなことは言うことはない。なぜなら、あいつの場合、それがまかり通ってしまっているから。あいつの持つカリスマ力が、あいつの正しさを強引に押し通してしまっている。そして、他の人物も、それに賛同し、従ってしまっている。仮にあいつの正しさにほころびがあっても、ご都合主義で勝手に捻じ曲げて解釈されてしまい、それもまた周りに賛同される。

そんな中で、俺が天之河に異を唱えることは、到底できるはずもない。そんなことをしたら俺だけならともかく、ハジメまで更なる被害が及ぶ可能性だって0じゃない。

もちろん、そんな奴だからこそ、白崎の気持ちに気づかないわけで、

 

「? 光輝君、何を言ってるの?私は、私が南雲君と話したいから話してるだけだよ?」

 

きょとんとしながら、白崎が天之河の言ったことを訂正する。

教室がざわっ!となるが、白崎はそれに気づいていないようだ。

 

「え?あ、あぁ、ホント、香織は優しいな」

 

一方、天之河は白崎がハジメに気を遣ったと解釈した。

あーもう、ほんとうにこいつといるだけでイライラしてきた・・・

 

「・・・ごめんなさいね?二人とも、悪気はないのだけど・・・」

 

そこに、八重樫がこっそり謝罪をいれてくる。

この中ではもっとも人間関係や各人の心情に敏感なため、こういった細かい気遣いを入れてくれる。これが、ものすごくありがたい。

 

「まぁ、わかってるけどさ・・・」

 

とりあえず、俺たちの心情を理解してくれる八重樫に感謝しつつも、ため息を吐きながら肩をすくめる。

これも、いつものことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼放課、俺たちの担任の愛ちゃん先生こと畑山愛子(はたやまあいこ)先生の授業が終わり、生徒たちは昼飯の時間。俺は弁当箱を取り出した。

ちなみに、隣の席に座っている俺の親友さんは、エネルギーを10秒でチャージできるあれを摂取して再び寝ようとしていた。

のだが、

 

「南雲君、珍しいね。教室にいるの。お弁当?よかったら一緒にどうかな?」

 

そうは問屋が卸さないといわんばかりに声をかけてきたのは、白崎だ。

白崎の言う通り、ハジメは普段なら静寂を得るためにさっさと教室を出るのだが、今日は夜更かしが過ぎたのか教室で寝ようとしてしまい、それを白崎につかまった、というところだ。

もちろん、平穏を望むハジメのこと、

 

「あー、誘ってくれてありがとう、白崎さん。でも、もう食べ終わったから天之河君たちと食べたらどうかな?」

 

なるべくやんわりと断る。

それはそれでクラスから「何様だテメェ!!」みたいな感じになるが、針の筵よりかはずっとマシなのだろう。

ただ、それを裏切るのが白崎クオリティなわけで、

 

「えっ!お昼それだけなの?だめだよ、ちゃんと食べないと!私のお弁当、分けてあげるね!」

 

瞬間、クラスの殺気がたった一人の男子に集約された。何人かは、目線だけで人を殺せそうなレベルだ。

こりゃあ、放っておけないな。

 

「なら、俺のも食べるか?今日のは自信があるんだ」

「ツルギ・・・うん、ありがとう」

 

とりあえず、俺も輪に加わる。そうすれば、多少はましになる、と思いたい。正直、これをすると俺にも被害が出かねないから、白崎には少し自重してほしい。

 

「香織。こっちでいっしょに食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織のおいしい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 

そこに、天之河たち幼馴染ィズがやってきた。また学校の有名人が勢ぞろいになったということだ。

ただ、天之河の言ったことはちょっとずれていて。それでもって、白崎には天然属性が入っているわけで。

 

「え?なんで光輝君の許しがいるの?」

「バフッ」

 

素で聞き返す白崎に、俺は思わず吹き出してしまった。ちらりと視線を向ければ、八重樫も同じように吹き出している。

これがあるから、面白い。

ただ、もうちょっと変わったことが起きてほしいと思っているのも、事実ではある。

 

(ハジメなら、異世界召喚とかされないかなぁ~、とか思ってそうだな)

 

オタクのハジメなら、本気であり得る。

 

 

 

 

 

 

 

そう思った次の瞬間、教室の中が輝いた。

それは比喩ではなく、本当に光っているのだ。

足元を見ると、光り輝く円環と、幾何学的な紋様が目に入る。

 

(これは、まさか・・・)

 

ハジメとともにゲームをしたりアニメや漫画をみた俺はわかった。わかってしまった。

これは、魔法陣だ。

 

「っ、お前ら!すぐに教室から出ろ!」

 

俺はすぐに我を取り戻して叫ぶ。非日常を望むとはいえ、本当に異世界召喚されたいなんて願望は持ち合わせていない。

だけど、それは一歩遅かった。

俺が叫んだ直後に光は膨れ上がり、その光は教室を埋め尽くした。




*ハジメと香織の出会いの部分をちょいと書き直しました。
ここで困ったのが、次話のステータスプレートには原作通り17歳と書いてありますが、アフターストーリーの「ありふれた学生生活①」では異世界召喚が一年中頃になっているんですよね。
僕は「あれ?16じゃないの?」と思いましたが。
その辻褄あわせをどうしようかと悩みましたが、とりあえずこのままごり押していくことにしました。


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そこは異世界・トータス

どうせ説明回だからと詰め込んだ結果、他と比べてけっこう長くなりました。
いや、ステータス書くのがちょっとめんどくさかったですね。
とりあえず、今回で説明回は終わりなので、次からもとの文章量に戻る、予定です。
*固有魔法の説明を少し変えました。


光が収まると、俺たちは知らないところにでた。

まず目に入ったのは巨大な絵画、いや、この場合は壁画が正しいか。背景には草原や湖、山々が描かれており、中心には後光を背負った金髪の中性的な人物が描かれていた。おそらく、なにかの宗教画だろう。

周りをよく観察すると、そこは広場のような場所で、大理石のような白い石材で作られていた。だが、大理石とはすこし違うような気がする。彫刻が多数存在しているのもあって、なにかの神殿、というのがしっくりきた。

俺たちがいるのは、ドーム状になっているこの建物の奥にある、台座のようなところ。

周りをみると、愛ちゃん先生を含めたクラスの全員がこの場にいた。幸い、怪我人や足りないクラスメイトはいないようだ。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎いたしますぞ」

 

そこへ、妙齢の老人がやってきた。

よく見れば、台座の下には跪き、祈りをささげている人間が多数いた。話しかけてきた老人は、その中でも特に豪華な服を着ていたが。

そして、トータス?そんな名前の国は知らんぞ?ていうか、勇者?誰のことだ?まさか、天之河がそうだとか言わないよな?

 

「私は、聖教教会にて教皇の地位に就いております、イシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、よろしくお願いしますぞ」

 

聖教教会、か。なるほど、言われてみれば法衣のようなものをまとっている。ただ、こっちで言う美人の女神の名前なのに、目の前の人物がむさくるしいジジイなのは、ちょっとどうなんだろう。

なんにしろ、面倒なことになったな。

 

 

* * *

 

 

現在、俺たちは先ほどとは違う大広間に通された。10mくらいある食卓があることから、会合に使う場所なんだろうか。

そこまで案内されている間、他のみんなはとくに騒ぐことはなかった。おそらく、現状をまだ呑み込めていないんだろう。クラスの精神的支柱である天之河が落ち着かせたから、というのもあるんだろうが。

・・・生のメイドさんに興奮したから、というのもある、のかもしれないが。特に男子。

俺はといえば、天之河うんぬんに関係なく落ち着きを取り戻していた。今必要なのは、冷静な情報分析だ。

そして、全員が席に着いたところで(ちなみに、上座に近いところに愛ちゃん先生と天之河たち4人組が座っている)、聖教教会とやらの教皇であるイシュタルさんからの説明が始まった。

簡単にまとめると、最初に言っていたようにこの世界はトータスと呼ばれ、主に人間族、魔人族、亜人族と呼ばれる種族が生活しているという。生息域としては、人間族が北一帯、魔人族が南一帯、亜人族が東にある巨大な樹海の中でひっそりと暮らしているらしい。

現在はその中でも人間族と魔人族が何百年も戦争をしており、人間族は数で、魔人族は個々の実力で優れており、今まではその勢力は均衡していた。

だが、ある時、突然その均衡は破られることとなった。その理由は、魔人族が魔物を使役し始めたのだという。

魔物とは通常の野生動物が魔力を取り込んで変異した異形の存在で、それぞれの種族で強力な魔法が使えるらしい。魔物は本来なら人間、魔人に関係なく襲い、使役できても1,2体が限度だったのだが、その常識が覆された。

結果、人間族は数の有利を失い、窮地に立たされてしまった。

この状況を打破するために、聖教教会の唯一神であるエヒトが勇者を召喚するという神託をだし、現在に至る、ということだ。

ちなみに、召喚された俺たちはこの世界の人間に比べて上位の力を秘めているらしい。

 

「あなた方にはぜひその力を発揮し、エヒト様の御意思のもと、魔人族を打倒し我ら人間族を救っていただきたい」

 

ただ、その時のイシュタルさんの表情は恍惚としており、正直に言って気持ち悪かった。少なくとも、狂信の気配を感じる。

 

「すみません。一つ、質問してもいいですか?」

 

とはいえ、それに引いてばかりいうわけにもいかない。聞くべきことを聞きだす必要がある。

 

「それは構わないが、君は?」

「俺の名前は峯坂ツルギです。それで確認したいんですけど、俺たちが元の世界に帰れる目途はあるんですか?」

 

そう、それを確認しなければならない。向こうが今どうなっているかわからない以上、帰る手段くらいは知った方がいいだろう。

これに対し、イシュタルさんは、

 

「・・・申し訳ありませんが、あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

と言った。

イシュタルさんが言うには、召喚したのはあくまでエヒトであり、自分たちでは帰すことができない。帰れるかどうかは、エヒト次第だとのことだ。

この言葉に、周りが半ばパニックになる。

当然だ。家に帰ることができないのかもしれないんだから。

ハジメも、周りと比べれば落ち着いているが、かなり動揺していた。

とりあえず、今までの情報を整理する。

 

・俺たちをこの世界に呼び出したのは、エヒトという神様なる存在。

・この世界では人間族と魔人族が戦争をしており、人間族は窮地に陥っている。

・この状況を打破するために、俺たちが呼ばれた。

・現状、元の世界に帰ることはできない。

 

これが、今の俺たちの状況だ。

これからの展開で最悪なのは、俺たちが奴隷扱いされることだろう。自由意思もなく、ただ戦えといわれる可能性もある。

それに、イシュタルさんのエヒトの名前を出すときの恍惚じみた表情。あれは危険だ。下手したら、洗脳まがいのことまでやってくるかもしれない。

それに、今イシュタルさんが浮かべている表情は、決して優しいものではなく、むしろ不機嫌ですらあるといえるかもしれない。なぜエヒト様に選ばれたのに喜ばないのだ、と。やはり、この聖教教会は狂信者が多いのかもしれない。

さらに、部屋の中にいる銀髪のシスター。あの人もどこか危険な気がする。表面上は平静を保っているようにも見えるが、どこか表情が抜け落ちているようにも見える。まるで、感情そのものがないような。

思考を巡らせていると、不意にバンッと大きな音がたった。

音のなった方を見ると、そこにはテーブルに手をたたきつけた天之河の姿があった。

 

「みんな、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ」

 

たしかに、それはそうだ。それに、俺たちにもどうしようもできない。ないものねだりをしても意味はない。それに関しては天之河に賛成だ。

思いのほか、天之河が現実的で助かった・・・

 

「俺は戦おうと思う。この世界の人たちが滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんてできない」

 

・・・何を言っているんだ、こいつは?

 

「俺は戦う。人々を救い、みんなが帰れるように。俺が世界もみんなも救ってみせる!」

 

・・・世界を、みんなを救う?本当にそんなことができると思っているのか?

たしかに、天之河の言う通り、いったんはこの戦争を終わらせることができれば、帰れる可能性はあるかもしれない。

だが、世界を救うとはどういう意味か、()()()()()()()()()()()を、あいつは理解していない。

なのに、自分はできると信じて疑っていない。

・・・やっぱり、気にくわない。

とはいえ、それを面と向かって言うとそれはそれで問題が起こるだろうし、それに、幼馴染みたちが賛同し始めたことで、最終的にそれがクラスの総意となった。いや、なってしまった。

愛ちゃん先生だけは止めようとしているが、みんなそれを聞こうとはしない。

これは、一種の現実逃避だろう。少しでも、帰れるという希望を得るための。

こうなったら、止めることはできない。このままやっていくしかないだろうな。

心配なのは、教会の方だ。現に、話を天之河に振ったイシュタルさんは満足げに頷いている。

おそらく、クラス内で誰が一番影響が強いのかを見抜いたからこその、この結果なんだろう。

教皇がこれなんだ。幹部も同じだと考えていいだろう。

これからのことに、注意していかなければ。

幸い、ハジメも用心深い視線をイシュタルさんにむけていた。どうやら、思うところは同じだったみたいだ。

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

会合の後、俺たちはハイリヒ王国という国に向かった。今まで俺たちのいた場所は聖教教会の総本山だったようで、神山というこの世界でもっとも標高の高い山の上に建てられているらしい。そこから、魔法を使ったロープウェイのようなもので麓まで下りた。とはいっても、あくまで台座だけだったけども。

ハイリヒ王国とは神山の麓にある国で、すでに俺たちの受け入れ態勢が整っているらしい。

そこの王宮で、ハイリヒ王国の現国王であるエリヒド・S・B・ハイリヒと謁見をすませた。

ここでの発見として、国王とイシュタルさんの上下関係がわかった。どうやら、立場的にはイシュタルさんの方が上らしい。これで、国を動かしているのが実質エヒトであることがわかった。

ちなみに、白崎たちが魅力的なのも異世界共通だった。国王の息子であるランデル殿下(10歳)も、しきりにアプローチを仕掛けていた。効果があるかは別として。

また、晩餐会で出された料理も俺たちの世界となんら変わりないものが出てきたことには安堵した。たまに見覚えのない食材や調味料がでてきたが、どれも絶品だった。

そして、王宮内で各自に一室ずつ与えられた部屋で一晩を過ごし、今日は終わった。ベッドが天蓋付きなのは正直びびったが。

そして翌日、いくら俺たちに才能があるといっても、そこは戦争とは縁のない平和なところで育った日本人。当然戦いの心得なんてものはまったくない。

そのため、今日から戦闘の訓練と座学が始まることになった。

指導教官は、ハイリヒ王国の騎士団長であるメルド・ロギンスが担当することになった。騎士団長が俺たちにつきっきりでいいのかという気はしなくもないが、対外的にも対内的にも、勇者一行を半端者に任せるわけにはいかないから、ということらしい。

メルド団長本人も豪胆な性格らしく、むしろ「雑事を副長に押し付ける理由ができて助かった!」と笑っていたくらいだ。副長さんにとっては笑えないどころか、むしろ胃が痛くなるだろうが。

そんな彼から、最初に銀色の金属プレートが渡された。

メルド団長が言うには、これはステータスプレート言うらしく、自分の客観的なステータスを数値化してくれる、身分証にもなるアーティファクトとのこと。アーティファクトとは、現代では作ることのできない魔法の道具のことで、基本的に希少なものらしい。このステータスプレートとそれを複製するアーティファクトは、例外的に唯一世間に普及しているらしいが。

使い方は、プレートにある魔方陣に自分の血をつけるだけ、らしい。自分を傷つけることに若干の抵抗を覚える者はちらほらいたが、さすがに針でプスッとやるくらいならすぐに覚悟を決められる。次々に自分の血をステータスプレートにつけていく。

俺もそれにならってやると、不思議なことにプレートに文字が浮かんできた。

 

 

=============================

 

峯坂ツルギ 17歳 男 レベル:1

天職:弓兵

筋力:40

体力:50

耐性:20

敏捷:40

魔力:70

魔耐:50

技能:天眼・弓術・気配感知・魔力感知・全属性適性・言語理解

 

=============================

 

これが、俺のステータスとのこと。

メルド団長曰く、レベルは領域の現在値のようなもので、100が上限であるらしい。

つまり、レベル100はその人間のすべての潜在能力が解放された状態、ということだ。

ステータスは日々の訓練ではもちろん、魔法や魔法具で強化することができ、また魔力が高いと他のステータスが高い傾向にあるとのことらしい。

次に、天職とはその人間の才能のことで、末尾の技能と連動していて、その分野では無類の才能を発揮するらしい。一応、技能の詳細も確認することができるらしい。

転職は主に戦闘系天職と非戦系天職に分けられ、戦闘系天職は1000人に1人、場合によっては10000人に1人しかいないとのこと。非戦系は、100人に1人か10人に1人くらいらしい。

そして、ステータスの値は、レベル1の平均値は10前後とのこと。

俺の場合はばらつきがあるが、だいたい平均よりは上だと考えていいな。

にしても、ツルギって名前なのに弓兵とは、いったいどういうギャグなのか。

というか、剣術や体術は習って弓術は習ってないのに、なぜ天職が弓兵なのか。

けっこうガバガバじゃないのか、これ。

そうだ。あいつのステータスも見ておくか。

 

「よっ、ハジメ。どうだった?」

「あ、ツルギ。えっと・・・」

 

ハジメに尋ねると、どこか気まずそうに渡してくる。

そこに書かれていたのは、

 

=============================

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

 

=============================

 

「・・・あ~、うん、まぁ、どんまい」

「・・・言わないで」

 

なんというか、バリバリ平均だった。がっつり非戦系だった。

ハジメになんとも形容しがたい表情を向けると、一角から、おぉっ、と歓声が響いてきた。

そっちを見ると、天之河のステータスプレートが周りに向けられていた。

その内容は、

 

=============================

 

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

=============================

 

こんな感じだった。

なんというか、なるべくしてなったというか、チートの権化としか言いようがなかった。

メルド団長も少しうらやましそうだ。

ちなみに、技能は普通は2つか3つくらいが普通らしい。

また、基本的に技能=才能で先天的なもののため滅多に増えるものではないのだが、例外があるという。

それが派生技能というもので、一つの技能を磨き続けることで取得する後天的技能で、“壁を超える”という表現が正しいだろうか。簡単に言えば、「今まではできなかったけど、コツをつかんで猛練習したら熟練度が上がった」という感じらしい。

そんな天之河を筆頭に、他にも戦闘職系の天職持ちが多く現れた。

というか、非戦闘系がハジメ以外に見当たらないのだが・・・。

技能に関しても、異世界人にデフォルトでついている“言語理解”を除けば、一つしか技能がないということになるのでは・・・

メルド団長がステータスプレートを確認していると、俺のところにやってきた。

 

「ふむ、弓兵にしては、魔力が高いな。魔法の適性もありそうだ。もしかしたら、固有魔法を習得できるかもしれないな」

「そうなんですか?」

「あぁ。まぁ、おそらくないだろうが」

 

メルド団長が言うには、ある程度誰でも使える魔法のほかに、個人しか使えない固有魔法に目覚めることも、ごくまれだがあるようだ。それでも、今のところ、この世界にはそういった人間はいないらしく、神代の話で現代ではあまりあり得ないらしいが。

そして、ハジメのステータスプレートに目を向けると、なんとも言えない表情になった。

 

「あー、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛冶職のものだ。鍛冶をするときに便利なんだとか・・・」

 

メルド団長、精一杯のフォロー。

だが、これを聞いて、普段ハジメを目の敵にしている輩が黙ってみているはずもなく、

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か?鍛冶職でどうやって戦うんだよ?」

 

案の定、ハジメいびり筆頭の檜山がやってきた。

ハジメは適当に流そうとするが、「戦えるのか?」と言われてステータスプレートを見せないわけにもいかず、ステータスプレートを投げやりに渡す。

そうしたら、やはりというかなんというか、爆笑した。

なんというか、見てられないな。

 

「まったく、バカだな、お前ら」

「あぁ?何言ってんだ、てめぇ?」

 

俺が呆れたように呟くと、今度は俺につっかかってきた。

とりあえず、バカに常識を叩き込む。

 

「鍛冶職だからってバカにしてるが、戦場じゃむしろいなきゃ話にならんぞ?鍛冶師がいなければ、誰が武器の整備をするんだ?後衛ってのは、戦線を維持するのに必要不可欠なんだよ」

「な・・・」

「それに、俺たちには普通よりも才能があるんだろ?だったら、メルドさんの言ってたアーティファクトを作ることだってできるかもしれないぞ?」

「ぐっ・・・」

「そんなことも考えないで、よくもまぁ人のことをバカにできるもんだ」

 

ひとまず、俺の正論に檜山たちはいったん黙った。

ハジメは、助かったと目で言ってくる。

メルド団長はと言うと、俺を興味深く見ていた。

 

「ほぉ、平和なところに住んでいたという話なのに、よくもそんなことがわかるな」

「まぁ、それなりに」

 

断じて、ハジメのオタク魂に引っ張られて調べてみたわけではない。

 

「そうですよ、南雲君、気にすることはありませんよ!先生だって非戦系?とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。南雲君は一人じゃありませんからね!」

 

そこに、ハジメがいろいろと言われたことを気遣って、愛ちゃん先生が駆け寄ってフォローをいれてきた。

だが、その愛ちゃん先生のステータスというのが、

 

=============================

 

畑山愛子 25歳 女 レベル:1

天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収獲・発酵操作・範囲温度調節・農場結界・豊穣天雨・言語理解

 

=============================

 

「おうふ・・・」

「・・・」

「あれっ、どうしたんですか、南雲君!」

 

愛ちゃん先生もぶっ壊れだった。

作農師、つまり食料も戦争において重要なファクターだ。だが、魔力は勇者の天之河に匹敵しているし、技能の数にいたっては超えている。

ハジメのそれはぶっちゃけ代わりはいるが、愛ちゃん先生の場合は代替が効かない天職だ。これならおそらく、愛ちゃん先生一人で食料生産率に影響を与えるだろう。

結果、ハジメにとどめを刺しことになり、ハジメの目が死んでしまった。

愛ちゃん先生は必死に肩を揺さぶるが、果たして復活するのだろうか。

愛ちゃん先生の空回り自体はそこまで珍しいものでもないが、まさか異世界でも発揮されるとは。

白崎がハジメに心配そうに駆け寄ってきて、八重樫も苦笑いをする。周りも生暖かい目になっている。

今後のことが少し不安になってきたな、これは。

主に、精神的な意味で。



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俺の戦い方

結局、ちょっと長くなってしまいました。
説明回になると、「あとちょっと!あとちょっとだけ!」の精神が働いてしまうのか、詰め込めるだけ詰め込んでしまおうとしてしまいます。
あと、今作の主人公は天之河嫌いですが、自分もこいつは気にくわねぇ、って読みながら思っていました。
ていうか、主人公の天之河評価は、だいたい自分の本音だったり。

*原作とすこし設定の齟齬があったので、少し書き直しました。
 最近、web版の方はアフターストーリーばかり読んでいたので、いろいろと忘れてしまっていました。
 魔法陣なしでの魔法の使用は、これからの伏線くらいに覚えておいてください。


トータスに召喚されてからおよそ二週間。一部を除いて戦闘訓練が行われている。主な内容は、戦士職は武器の扱い方、魔法職は魔法の特訓、といったところだ。

現在は、訓練前の自由時間、俺は図書館にきていた。だが、俺一人というわけではない。ハジメも一緒だ。

この世界に来てから、俺とハジメは図書館で調べ物をよくしている。

ハジメは周りからは完全に役立たず扱いされていることから、少しでも多くの情報を学ぶために。俺も、生き残るためには情報が必要であるからハジメと一緒に調べ物をしている。

ここで、現段階の俺のステータスを紹介すると、

 

=============================

 

峯坂ツルギ 男 17歳 レベル:7

天職:弓兵

筋力:70

体力:80

耐性:30

敏捷:70

魔力:150

魔耐:100

技能:天眼・弓術・気配感知・魔力感知・全属性適性・言語理解

 

=============================

 

といった感じだ。

“天眼”の効果は、簡単に言えば視力の強化だ。だが、それは単純に目がよくなるだけではなく、動体視力、静止視力、深視力(遠近感や立体感を正しく把握する能力のこと)など、目から入る情報すべてが質・量ともに格段によくなっている。そのため、規格外の精密射撃が可能となっており、すでに訓練場にある射撃スペースでは物足りなくなっている。

そのため、俺だけ数名の騎士と一緒に王都の外に出て、狩りをすることもあった。獲物は魔物だが。

ちなみに、なぜか増えていく魔力や魔耐には、俺もメルドさんも首をひねっている。

この世界の魔法とは、体内の魔力を詠唱によって魔法陣に流し込むことで、魔法陣に組み込まれた魔法が発動する、というもので、魔法陣をより大きく複雑にしたり、詠唱を長くする、込める魔力を多くすることでより強力な魔法を使うことができる。

もちろん、何事にも例外があり、人間の場合、それが魔法適正だ。簡単に言えば、体質によって魔法の詠唱や式を省略できる。魔法陣もうんと小さくできるらしい。

ハジメの場合、魔法適正はまったくなく、実戦に使えるものではない。錬成の補助をするアーティファクトもなく、ただ錬成の魔方陣が描かれた手袋をもらっただけだ。

俺の場合は、なぜか全体的に魔法適正が高い。それどころか、だいたいの魔法が魔法陣いらずだ。これには、メルドさんはもちろん、他の魔法師も首をひねっている。本来であれば、これだけの魔法適正があれば魔法系の天職になるはずなのだが、なぜか魔法にはあまり縁がない弓兵の天職。さらに言えば、なぜか魔法陣がなくとも魔法がある程度発動できるというわけのわからない仕様。

結果、魔法師よりも魔法がダントツに上手い弓兵、という立場になってしまい、一部から嫉妬を買ってしまった、というのも俺が図書館にやってきた理由の一つでもある。

 

「相変わらず読みふけってるな。これからどうするつもりだ?」

「うーん、亜人の国には行ってみたいかな。やっぱりケモミミは見たいし」

「お前らしいな。でも、それは望み薄じゃないか?」

「そうなんだよねー・・・」

 

この世界での亜人族は被差別種族であり、奴隷以外はハルツィナ樹海の奥地にひっそりと暮らしている。それに、同族が奴隷にされていることもあり、人間族にはいい印象を持っていないのは間違いないはずだ。

亜人族が差別されている理由の一つとしては、魔法が使えない、否、魔力をほとんど持たないところにある。

この世界における魔法のルーツとしては、まずこの世界は神代にエヒトを初めとした神々が魔法を使って創造されたと記されており、現在使われている魔法は神代魔法の劣化版であると認識されている。そのため、魔法は神からのギフトみたいなものとして認識されている。

まぁ、ほとんどがあの胡散臭い教会の教えなのだが。

そのため、魔力を持たない亜人族は神から見放された悪しき種族という烙印を押されている。

ちなみに、魔力を持っている魔物に関しては自然災害扱いされており、神の恩恵を受けることはないただの害獣扱いになっている。

また、現在戦争をしている魔人族も、エヒトとは違う神を信仰してはいるが、亜人族に対する認識はだいたい同じらしい。

魔人族は数が少ない代わりに個々の実力が非常に高く、全体的に魔法適正が高いため人間族よりもはるかに短い詠唱と小さな魔方陣で魔法を行使できるらしい(俺の場合はいろいろと別だけども)。それは子供も同じであることから、魔人族の国である“ガーランド”はある意味、戦士の国だと言える。

人間族では聖教教会と違う神を信仰する魔人族やガーランドは神敵であるとされ、亜人族と同様に神に見放された種族だとされており、そして魔人族も似たり寄ったりな考えを持っている。。

つまり、亜人族はこの世界でもかなり不憫な種族でもある。

 

「代わりに、西の海もいいかなって思ってるんだけど」

「あぁ、マーメイドとかか?あと、海鮮料理もあるか」

 

西の海にある町、“エリセン”は海人族と言われる亜人族の町で、亜人族としては例外的に王国から公に保護されている。

その理由が、北大陸に出回る海産物のほとんどが、エリセンから出回ってくるものだからだ。そのため、手のひら返しがすぎるが、比較的人間族とも良好な関係を築いている。

ただ、エリセンに行くにあたって一つ問題がある。

 

「でもなぁ、砂漠とか火山とかどうするんだよ」

「それなんだよねぇ・・・」

 

エリセンの町は王国から見て、“グリューエン大砂漠”をこえる必要がある。これがひたすらにめんどくさく、さらにはこの世界での危険地帯とされている七大迷宮の一つ、“グリューエン大火山”が存在している。

この七大迷宮は、亜人族の住処であるハルツィナ樹海や、俺たち勇者パーティーの訓練場所予定地であるオルクス大迷宮もその一つとして数えられている。

なぜ七大なのに三つしかないのかと言われれば、その三つしか確認されていないからだ。中には大体の目星がついているのもあるが、まだ確定ではないらしい。

 

「となると、ケモミミが見たいならやっぱり帝国に行かなきゃいけないのかな・・・」

「いや、お前奴隷とか見て大丈夫なのか?」

「う、大丈夫じゃないかも・・・」

 

ハジメや俺の言う帝国とは“ヘルシャー帝国”のことだ。

この国は、およそ300年ほど前、魔人族との戦争の最中に傭兵集団が興した国のことで、「弱肉強食」の実力至上主義の国だ。

この国では使えるものはなんでも使うため、亜人族の奴隷商が多く存在している。

地球にも奴隷制度がないわけではないとはいえ、そのようなものとは縁のない現代日本人には耐えがたいだろう。

 

「どのみち、逃げてる場合でもないけどな。ほら、もうすぐ訓練の時間だぞ」

「あ!ほんとだ!」

 

あまり意味のない現実逃避から頭をあげさせ、俺たちは訓練に向かう。

 

(ま、例の神様とやらが胡散臭い以上、現状は俺たちにはどうしようもないんだよな)

 

道中の露店や喧騒にあちこち目を向けるハジメを尻目に、俺は心の中でため息をついた。

 

 

* * *

 

訓練場につくと、そこではすでに何人かのクラスメイトが談笑しながら訓練をしていた。どうやら、時間には間に合ったようだ。

俺は武器保管庫に向かい、弓矢と短剣を手に持つ。

なぜ弓兵の俺が短剣を持つのかと言うと、単純に弓矢だけだと接近されたときに不利だからだ。それに、俺はそれなりに武術を習っていたから、武器の扱いは周りよりかは上手い。

前にメルドさんとやったときは経験の差もあって負けたが、「俺もうかうかしていられないな」と声をかけられた。

 

(さて、まだ訓練には時間があるから、ハジメに稽古でもつけるとするか)

 

訓練が始まるまでは暇だから適当に時間をつぶそうと思ってハジメを探すと、近くには見当たらなかった。

まさかと思いつつ、人目のつかないところに行くと、案の定檜山たちがハジメをなぶっていた。

ハジメは腹を押さえてうずくまっている。

どうやら、だいぶ暴力に対する忌避感がなくなっているようだ。思春期の男子が強大な力を持ったのだから、当たり前と言えば当たり前かもしれないが。

 

「なにやってんだよ、お前ら」

「あ、ツルギ・・・」

 

ハジメに近寄ると、「助かった!」と言わんばかりの目をむけられた。

 

「おいおい、別にわりぃようにはしねぇよ」

「そうだよ、俺たちがこの無能に稽古をつけてやろうってんだから、感謝しろよ」

「だからさっさとどっか行けよ」

 

何が面白いのか、ゲラゲラと品なく笑っている。

まぁ、いつものことだ。俺のやることは変わらない。

 

「まったく、弱い奴らの弱い者いじめほど、醜いものはないな」

「あ?」

「ハジメに稽古をつけるんなら俺がやるよ。お前らよりはましだ」

「てめぇ・・・」

 

俺の言葉が腹に据えかねたのか、檜山たちの声がどんどん不機嫌になっていく。

すると、檜山が俺が腰にぶらさげた短剣を見て、これ見よがしの嘲笑を放った。

 

「はん、遠くから撃つしかできないやつがなんで短剣なんて持ってんだよ。ばかじゃねぇの?」

「もしかして、カッコでもつけてんのか?」

「ハハハ!なんだ、お前もだせぇじゃねぇか!」

 

檜山たちは再びゲラゲラと笑い始める。

 

「・・・はぁ。だったら、まとめてかかってこい」

「「「「「あ"?」」」」

 

俺の言葉に、今度こそ檜山たちが血走ったような目で俺を見る。

 

「おいおい、ナメテんのか?」

「てめぇ、さんざん俺たちをコケにしやがって」

「わかったよ。やってやるよ」

「だけどよ、泣いて謝っても知らねぇぞ?」

 

檜山たちの目はもはや正気じゃない。問答無用で、俺を地面に這いつくばらせようとするだろう。

 

「くらいやがれ!ここに焼撃を望む!“火球”!!」

「ツルギ!」

「“問題ねぇよ”、ハジメ」

 

中野が俺に火属性魔法“火球”を放つ。完全な不意打ちで、俺に詠唱をする暇はなかった。檜山の口が吊り上がる。

だが、俺に放たれた火球は俺の手前で不可視の障壁に阻まれた。正確には、逸らされて俺の背後に着弾する。

 

「な!?どういうことだ!!」

「くそっ、ここに風撃を望む!“風球”!!」

「まったく、“めんどくさい”」

 

今度は檜山が風属性魔法“風球”を放つが、同じように俺からそれて背後に着弾する。

 

「くっそ、なんでだよ!なんで詠唱してないのに魔法を使えてるんだよ!?」

 

檜山たちが俺に訳が分からないとばかりにがむしゃらに魔法を放つ。

檜山たちは俺が詠唱をしていないと思い込んでいるが、正確には俺は詠唱をしている。

“詠唱省略”。それは適正持ちや手練れの魔法師ならだれでもできるが、俺は普通とは違う形で省略している。

魔法についての説明を受けた時に、俺はふと「詠唱はあくまでイメージの補完くらいの役割なんじゃないのか?」と思った。そして、「長ったらしい詠唱とか面倒じゃね?」とも思った。もちろん、まったくの詠唱なしでは魔法を行使することはできないが。

ともかく、そう疑問に思った俺はとある検証をして、実証することができた。

そして編み出したのが、俺流の詠唱省略だ。

俺の省略は、普段言っている言葉からイメージをし、魔法を行使するというものだ。これのおかげで、通常よりも早く魔法を発動させることができた。

難点は、よほどイメージが強くないと発動しない点と、この方法を使う場合は魔法陣が必要になるという点、さらに、普通に詠唱するよりも多くの魔力を使ってしまうという点だ。

そのため、実は今、俺は即席の魔法陣を懐に隠し持っている。

次に、しびれを切らした檜山たちが魔法の行使をやめて、入れ替わるようにして近藤が剣を振るってきた。

その剣は鞘に収められておらず、抜き身の状態だ。

 

「くっそぉ!!」

 

近藤の目は、まるで化け物を見るかのような目だったが、接近戦なら自分に分があると思っているようで、わずかだが口元が笑みでニヤついている。

これを見た俺は冷静に短剣を抜刀して剣を受け止め、そのまま受け流すようにして斬撃を逸らす。

近藤がそれを見て驚愕するが、攻撃の手を緩めない。それでも俺はそのすべてを受け止め、受け流す。

曲がりなりにも、近藤の剣は速い。地球にいたころならここまで上手くはいかないだろう。今の段階でもステータスでは筋力は近藤に分がある。

それなのになぜ俺がここまであしらえているのかというと、俺の技能“天眼”のおかげだ。周りは狙撃向きの技能だと思っているみたいだが、これは近接戦闘でも猛威を振るう。模擬戦でメルドさんを感嘆させたのも、この技能があったからだ。

俺には、近藤の剣が()()()()()()()()()見えている。そこまではっきり見えていれば、剣筋の通っていない斬撃をいなすことくらい簡単だ。

 

「お前たち!何をやっているんだ!!」

 

そこに、鋭い怒声が響いてきた。

声のした方をみると、そこには怒りをあらわにしているメルドさんがいた。後ろには、白崎たちもいる。

実は、先ほどの檜山と中野の魔法は、やろうと思えば正面から防ぐこともできた。なぜ手間をかけてわざと逸らしたかといえば、着弾の轟音に気づいた人間が助けを呼ぶだろうと思ったからだ。

こいつらは俺が叩き潰してもいいが、そうなると俺も怒られることになるかもしれないし、それはそれで癪だ。

だからこそ、俺はハジメともども被害者だとアピールできるように立ち回った。

そして、俺の思惑通り、メルドさんは檜山たちを盛大に怒鳴り、どこかへと連れて行った。檜山たちはそれでも言い訳しようとしたが、天之河たちにも批難されて勢いをなくしてしまう。

白崎はと言えば俺を無視してハジメのそばに駆け寄り、回復魔法でハジメの傷を癒す。どこまでいってもぶれない白崎に俺は苦笑するしかない。

ただ天之河は、図書館で調べ物をしているハジメを不真面目だと言い、檜山たちはそれを直そうとしただけかもしれないと言ったことには俺もブチ切れる一歩手前までいくが、八重樫がこっそり謝ったことで抑えることができた。八重樫もどこまで行っても苦労人のようだ。

天之河の性善説ですべてを解釈する悪意なしの心構えにさらにストレスを抱えつつ、今日の訓練は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

そして、訓練終了後の夕食時、メルドさんから明日、実践訓練としてオルクス大迷宮に行くことが告げられた。



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いざ、オルクス大迷宮へ

*大幅に書き直し、というかツルギと雫の絡みを書き加えました。
 ほかのありふれ作品を読んで、唐突にネタが沸き上がったので形にしました。


オルクス大迷宮。

前にも話した通り、この世界に存在する七大迷宮の一つだ。

全100階層で構成されており、階下に進めば進むほど手強い魔物が待ち構えている。

危険な場所だが冒険者や傭兵、新兵の訓練場所として人気がある。

理由は、階層ごとで魔物の強さが違うため自分の実力を測りやすいという点がある。

基準としては、最高到達階層は100年以上前の65階層が最高で、今では40階層で超一流、20階層で一流扱いらしい。

他の理由としては、地上の魔物と比べて良質な魔石が取れるからだ。

魔石とは魔物の力の核で、強力な魔物ほど良質なものが取れる。

この魔石というのが非常に需要があり、顔料に溶かすことで魔法陣の効果を上げたり、日常生活用の魔法具にも原動力として使われている。

ちなみに、この魔石が魔物の魔法の原動力にもなっており、良質な魔力を持っているほど強力な魔法を使える。

この魔物の使う魔法は人間のものと異なっており、固有魔法と呼ばれている。これは詠唱ができない魔物の力で、一つしか魔法を持たない代わりに詠唱も魔法陣もなしで魔法を使える。これこそが、魔物が危険な一番の理由だ。

そんなオルクス大迷宮に訓練をしに行くことになった俺たちは、オルクス大迷宮近くにある宿場町、“ホルアド”に着いた。新兵訓練によく使われるため、王国直営の宿もある。俺たちもそこで泊まる。

部屋割りは二人一部屋で、俺とハジメが同室だ。

移動中はとくに問題もなく、そのまま明日に備えて、各自身体を休めることになったのだが・・・

 

「ね、眠いんだけど・・・」

「ほれ、あと少しだ。復習復習」

 

俺とハジメは夜遅くまで情報をまとめていた。

今回行くのは20階層までで、足手まといになるハジメがいてもカバーができるらしい。と、メルドさんが直々に言ってきた。

気を遣われたハジメは、ひたすら申し訳ないと言っていたが。

それでも、準備はできるだけした方がいい。だから一緒に勉強をしていたわけだが、たしかに夜もだいぶ遅い。これ以上は本番に集中力を欠く可能性もあるから切り上げた方がいいか・・・。

 

 

コンコン

 

 

「ん?」

 

不意に、ドアをノックする音が聞こえてきた。普通ならみんな寝ているはずなんだが・・・。

 

『南雲君、起きてる?白崎です。ちょっと、いいかな?』

「あー、わかった。ちょっと待ってくれ」

 

まさか、というほどではないのかもしれないが、白崎がやってきた。

深夜に女の子が男の部屋にやってくるのはどうかとは思うが、追い返す理由もない。

硬直しているハジメに代わって、俺がドアを開けると・・・

 

「あれ?峯坂君?」

「おう、峯坂だ。だから、『なんでいるの?』みたいな顔はやめてくれ」

 

どうやら、俺が同室だということを忘れていたらしい。

・・・やばい、泣けてきた・・・。

ちなみに、今の白崎の服装は純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけだ。

 

「えっと、ハジメと話か?」

「うん、そうなんだけど・・・」

「じゃあ、俺はちょっと外の空気を吸ってくる。だから思う存分話しな」

「うん、ありがとう」

 

そう言って、俺は部屋から出る。

俺は空気の読める男だ。これくらいの気づかいはする。

・・・毎回、俺の存在を忘れられるのはつらいけど。

とりあえず、俺は二人で話をさせるために外に出た。

 

 

 

 

「さてと、どうするかね・・・」

 

空気を読んで外に出たとはいえ、特にやることもない。

散歩でもしようかと思ったが、この辺りの地形はあまりわからないし、暗くて迷うかもしれないから、遠出もできない。

近くの林の中でも歩いて時間をつぶすか・・・

 

「はっ、ふっ」

 

そんなことを考えていると、なにやら掛け声のような声が聞こえた。

それに、この声には聞き覚えがある。

まさかと思いつつ声のした方に向かうと、広場のような場所で剣を振っている八重樫の姿があった。

特にやることもないし、様子でも見てるか。

それにしても、今までの鍛錬の時間でもちょいちょい見たが、八重樫の剣はきれいだな。ひたすらに磨き上げられた技が、一つの美しさを作り出している。

俺も武術は習ったことがあるが、あくまで基礎だけであとは我流だ。だから、俺にはここまできれいな剣は振るえないだろうな。

そんなことを考えながらしばらく眺めていると、八重樫が剣を下ろした。どうやら、休憩のようだ。

キリがいいし、暇つぶしに話しかけるとするか。

 

「ずいぶんと鍛錬に精が出てるな」

「峯坂君。いつからいたの?」

「ついさっきだ。話しかけようと思っていたが、邪魔をするのも悪かったからな。気配を消して待ってたんだ」

 

ちなみに、この気配操作も武術を習ったときの賜物だ。日本で需要があるかと言われれば微妙だが。

 

「それにしても、明日から大迷宮攻略なのに大丈夫なのか?あまり根を詰めすぎるのもよくないぞ」

「心配してくれてありがとう。でも、その心配はいらないわよ。これでも自己管理はちゃんとしてるから」

 

ぶっちゃけ、日本にいた時から周りに気を遣ってばかりだから、その言葉に信用性はあまりないが、ここで言うことでもないだろう。

 

「それよりも、峯坂君の方こそどうしたのよ。わざわざこんな時間帯に」

「大したことじゃない。白崎が俺とハジメの部屋に突入しにきたからな。空気を読んで外に出ただけだ」

「まぁ、そんなことだろうと思ってたわ」

 

八重樫も、自分の友人の突撃思考に苦笑している。

・・・せっかくだし、聞いてみるか。

 

「なぁ、八重樫、聞きたいことがあるんだが」

「なに?」

「どうして白崎は、ハジメのことが好きになったんだ?自覚の有無は別にして、あの二人に接点なんてなかったはずだし、俺も少なくとも中学の時には会ってないはずだが」

「う~ん、そうね、峯坂君には言ってもいいか。とは言っても、峯坂君の言ってることは正しいわよ。直接会ったわけじゃなくて、一方的に知ってるだけだから」

「どういうことだ?」

「なんかね、最初に南雲君を見たのは、中学の時に往来で土下座をしたときですって」

「・・・あぁ、あれか。たしかに、そんなこともあったな」

 

たしかあれは中学2年のときだったか。ハジメと2人で遊びに行ったときに、偶然男の子が不良連中に持っていたたこ焼きをぶちまけてしまっていちゃもんをつけられていたのだ。そして、その矛先は男の子と一緒にいたおばあさんに向けられ、クリーニング代を請求しはじめた。

それだけなら俺が後で親父に報告しておこうくらいの気持ちだったのだが、その不良がおばあさんが出したお札だけでなく財布まで巻き上げようとしたところで、ハジメがその不良に立ち向かったのだ。

俺もハジメの後をついていき、むしろ俺の方が不良たちと一触即発の空気になったところで、ハジメが突然、土下座をして大声で許しを請う、という暴挙に出たのだ。

これには俺も唖然、不良たちもあの手この手で土下座をやめさせようとして(俺も途中から参加した。不良がつばを吐いたりみたいなことを防ぐためにも)、しかしハジメは土下座をやめなかったため、不良たちは羞恥からお金も取らずに去っていった。

ハジメの方も、おばあさんから礼を言われたところで走り去っていった。最終的に、俺が通報されてきた警察官に事情説明とかをして、結局外でのお遊びもなしになってしまった。

そうか、あれを見られていたのか。ていうか、そのときから俺に少しも気づいていないんですかそうですか・・・。

 

「それで、それ以降から南雲君を探すようになって、中学に行っても見つからずじまいで、高校生になってようやく会えたらしいのよ」

 

・・・そういえば、その後から誰かを探しているような同じ気配を放課後に常に感じるようになったのだが、もしかして、あれは白崎だったのか?

なんか、いろいろと衝撃的な事実がポンポンとでてきたな。

・・・ん?待てよ?

 

「そういえば、どうして白崎は俺とハジメの中学を知ってたんだ?」

「・・・調べたそうよ。制服とか、あの場所から徒歩で行ける中学をリストアップしたりして。私も聞いたのだけど、香織から『そんなの簡単だよ』って言われたわ」

「・・・そうか」

 

まさか自分の近くにヤンデレ候補、というか本物のストーカーがいるとは思わなかった。

最近は俺も白崎を応援してみようと思っていたのだが、素直に応援する気がなくなってきた。

 

「・・・まぁ、その、なんだ、ハジメも自己評価がすこぶる低いし『白崎さんみたいな素敵な人が僕なんかを好きになるわけない』って思ってるだろうし、どうしたもんかな」

「・・・成り行きに任せるしかないと思うわ」

 

・・・これ以上、この話を続けたら俺の精神がもたない。強引だが話題を変えよう、そうしよう。

 

「それはそうとだ。八重樫もそろそろ寝たらどうだ?八重樫は強いんだろうが、さすがに女の子が夜遅くまで一人でいるのも危ないだろう」

 

ここは日本とは違って、盗賊や魔物がはびこっている。八重樫も、客観的に見ても白崎に負けず劣らず美人だ。狙われないとは限らない。

 

「心配ありがとう。でもね、それを言ったら、明日向かうオルクス大迷宮も十分に危険な場所じゃない?だから、落ち着かなくて」

「それで、こんな時間に一人鍛錬してたのか」

 

見てみれば、八重樫の手はわずかにだが震えている。やはり、傷つき傷つけるというのは怖いんだろう。

 

「そういう峯坂君は、平気そうね?」

「まぁな、覚悟はできてるしな」

 

・・・人を殺すのも含めて。

だが、それは今言うことではない。気分転換のために話しているのだ。自分から空気を重くするわけにはいかない。

 

「・・・そう。強いのね」

「まぁ、俺だって男だしな」

 

まぁ、あのバカ勇者と同じにされたくはないが。

・・・せっかくだし、ここで時間をつぶすとするか。

 

「そうだ、明日がどうしても不安だって言うなら、俺も稽古に付き合ってやるよ」

「いいの?」

「あぁ、どうせ暇つぶしで外に出ただけだし、護身用に短剣は持ってきてるからな」

 

そう言って、俺は懐から短剣を取り出す。

 

「1人で鍛錬するのもいいが、2人で手合わせするのも悪くないと思うぞ?」

「・・・そうね。なら、お言葉に甘えて付き合ってもらうわ」

 

そうして、俺と八重樫は遅い時間まで手合わせを続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このときの俺は、気づくべきだったのだ。

俺たちの部屋を、ひどく歪んだ表情で見ている者がいたことを。

その視線が、ハジメと白崎に向いていたことを・・・。

 

 

* * *

 

 

翌日、予定通り俺たちはオルクス大迷宮に向かった。

オルクス大迷宮の正面入り口は思ったよりもしっかりしたものになっており、受付窓口なんてものもあった。ここでステータスプレートを確認することで、死傷者を正確に把握するらしい。戦争の最中なのだから、ある意味当たり前ではあるか。

ちなみに、広場には所狭しと露店が並んでおり、そこら中にいい匂いが漂っていた。

そんな中、俺たちはかなり目立っていた。

若い青年たちが大勢いるのだから、これも当たり前ではあるか。

そうして、俺たちはオルクス大迷宮に足を踏み入れた。

足を踏み入れると、そこは外の喧騒からはかけ離れており、松明もないのにぼんやりと光っていた。

メルドさんが言うには、この壁には“緑光石”という特殊な鉱物が多く埋まっており、それらがのおかげで松明がなくても視認が可能になっているということだ。

そして、このオルクス大迷宮は緑光石の鉱脈に沿って掘られているらしい。

きょろきょろしながら先へと進んでいくと、広場にでたところでちょろちょろと灰色の毛玉が多数でてきた。

・・・その正体は、二足歩行で上半身がムキムキのネズミだったのだが。

あれはラットマンという魔物で、地上でもたまに見かけた魔物だ。すばしっこいが大した強さではないため、初心者向けの魔物とも言える。

ラットマンを相手に、まずは天之河たちいつものメンバーと、白崎と特に仲がいい中村恵里(なかむらえり)谷口鈴(たにぐちすず)が最初に出てきた。

全員、とくに八重樫が顔を引きつらせていたが、訓練通り動き問題なく魔物を屠っていった。

ここで、俺たちにはそれぞれ全員にアーティファクトが支給されている。

天之河が持っているのは“聖剣”と呼ばれるバスターソードのような剣で、光属性が付与されている。聖剣が光を放つと、光源の範囲に入った敵を弱体化させ、同時に自身を強化させる。

坂上は空手を習っていたことからか天職も“拳士”で、衝撃波を出すことができ、壊れることもない籠手と脛当てを装備している。

八重樫は侍少女そのままに“剣士”の天職持ちで、刀っぽい剣を振るっている。この世界に日本刀は存在しないから、あくまでそれっぽい曲剣だ。

その背後では後衛が詠唱を唱え、魔法を放つ。

すると、直撃した魔物は粉々になってしまった。これでは魔石の回収はできそうにもないな。

結局、俺も含めた他の生徒の出番なしに終わってしまった。

どうやら、一階層目では俺たちの実力では簡単すぎたらしい。

メルドさんもわずかに苦笑している。

ということで、メルドさんが気を引き締めるように注意を呼びかけ、それでも初めての魔物討伐にテンション高めな生徒たちに「しょうがねぇな」と肩をすくめている。

そんなこんなで、俺たち全員がチート持ちのため特に苦戦することもなく、20階層に到達した。

その間も、付き添いの騎士たちがトラップの有無を確認している。

騎士たちが持っている“フェアスコープ”は、多少使い勝手は悪いものの、魔力の流れを探知してトラップの有無を確認できるという代物で、この迷宮の8割ほどはこれで確認できるらしい。

 

「よし、お前たち。ここから先は一種類の魔物だけでなく、複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今まで楽勝だったからといってくれぐれも油断するなよ!今日はこの20階層で訓練して終了だ!気合入れろ!」

 

メルドさんがよく響く声で掛け声をかけると、俺やクラスメイトたちも気を引き締める。

とは言うものの、俺の出る幕はとくになかった。

なぜなら、とくに後ろから撃たなくても問題がなかったからだ。チート性能と今までの訓練のおかげでよく戦えている。

それに、この中では俺だけ魔物との交戦経験があったから、あまり出しゃばらないようにしておいた。

ハジメの方は、後方で騎士たちに囲まれながらも、騎士が弱った魔物をハジメの方にけしかけたのを倒していた。

その時に、錬成で地面を変化させて魔物を動けなくさせていたのだが、それを見ていた騎士たちはそこそこ驚いていた。どうやら、ハジメには特に期待はしていなかったが、思っていたよりも戦えていて驚いていたようだ。

そして、ハジメはと言うと、ときおり白崎と見つめあっている。

昨晩に何を話したのかは聞いていないが、考えるに一緒に生き残ろうみたいな感じなんだろうか。

あと、ハジメに対してだいぶ根暗な視線を向けている者もいる。

檜山だ。少々、危ない気配がする。

いざというときは、多少痛い目に合わせてでも止めよう。

 

 

 

 

 

 

 

探索を続けると、メルドさんがいきなり立ち止まり、戦闘態勢にはいる。

 

「擬態しているぞ!周りをよ~く注意しておけ!」

 

どうやら、近くに魔物が潜んでいるようだ。

メルドさんが忠告をした直後、突然せり出していた壁が突如変色して起き上がった。壁と同化していた体色は、今は褐色になっており、見た目はカメレオンの体表にゴリラの体格のようだ。

 

「ロックマウントだ!二本の腕に注意しろ!剛腕だぞ!」

 

メルドさんの声が響く。

相手は天之河たちが相手をするようだ。

だけど、いい加減俺も参戦したいから弓を構えておく。

そうしていると、飛び掛かってきたロックマウントを坂上が拳ではじき返す。

天之河と八重樫が囲もうとするが、鍾乳洞のような地形のせいで取り逃してしまう。

ロックマウントはそこでいったん距離をとり、息を大きく吸う。

次の瞬間、

 

「グゥガガガァァァァァーーーー!!」

 

部屋全体を振動させるような強烈な咆哮が発せられた。これに天之河たちはダメージはないものの硬直してしまう。

“威圧の咆哮”。ロックマウントの固有魔法だ。魔力を乗せた咆哮で相手を麻痺させる。

天之河たちが動けないうちに、距離を取り、傍らにある岩をつかんで放り投げてきた。それを白崎たちが魔法で迎撃しようとする。

ここで、予想外の事態が起きる。

放り投げられた岩は、実はもう一体のロックマウントで、投げられた勢いのまま白崎たちに飛び込んできた。予想外の出来事に、白崎たちは「ひい!」と思わず詠唱を中断させてしまう。

このままではダメージを負ってしまうだろう。

だが、

 

「グギャア!?」

「え・・・?」

 

投げられたロックマウントは絶命し、白崎の手前で墜落する。その頭には一本の矢が刺さっていた。

 

「おいおい、白崎たち。詠唱を中断させるなよ。訓練通りやれば問題ないだろう」

 

矢を放ったのは、もちろん俺だ。

俺がもらったアーティファクトの弓は、風属性の魔法を付与させて矢を強化させることができる。そのため、ただの矢でもかなりの威力を持っていた。

 

「貴様・・・よくも香織たちを・・・」

 

横を見ると、天之河がキレていて、魔力も高まっているように見えた。どうやら、白崎たちが死の恐怖でおびえたように見えたのだろう。

実際は気持ち悪かっただけなのだろうが。

俺はいったん、白崎たちからもう片方のロックマウントに目をむける。

ロックマウントは俺を警戒し、鍾乳洞の天井を立体機動のように移動していた。おそらく、狙いをつけさせないためだろう。

だが、俺には関係ない。

 

「すぅ・・・」

 

俺は矢をつがえて、軽く息を吸い込む。

そして、

 

「ギャアッ!?」

 

不規則に移動するロックマウントに、氷柱状の鍾乳石の間を通して一発で矢を眉間に命中させた。風をまとう性質を利用して、軌道をねじ曲げた一矢だ。矢を強めに強化したため、矢は貫通して後ろの壁の一部を崩れさせる。

絶命したロックマウントは、そのまま落下して俺のそばに転がり落ちてくる。

周りのクラスメイトは、一瞬の出来事に呆然としていた。

 

「いやー、やっぱりすごいな。お前の弓の腕は!」

 

そこに、メルドさんが話しかけてくる。

 

「それにしても、助かったぞ。お前が早々に片付けてくれてな」

「これくらいは別にいいですよ。こんな狭い場所で、どこかの誰かが感情任せに砲撃をぶっ放すよりはマシですからね」

「あぁ、少しは見習ってほしいものだな」

「う・・・」

 

俺とメルドさんの言葉と視線に、天之河が縮こまる。それなりに自覚はあったらしい。

メルドさんも同じことを考えていたみたいで、未遂ということもあり軽めに注意する。

 

「・・・あれ、なにかな?キラキラしてる・・・」

 

不意に白崎の声が聞こえ、俺の矢で崩れた壁を見ると、言っていた通りキラキラした青白く発光する鉱石が露出していた。さっきの一撃で表面にでたらしい。

メルドさんが言うには、あれはグランツ鉱石という宝石の原石のようなもので、特殊な効果はないものの、その見た目と希少性から貴族の御用達になっており、プロポーズの指輪にもよく使われるらしい。

そのきれいな輝きに、白崎を始めとして多くの女子が見とれていた。

 

「素敵・・・」

 

白崎が頬をほんのり赤く染めながら、ハジメの方を見ていた。何を考えているかは丸わかりだ。

もっとも、そのことに気づいているのは俺や八重樫くらいだろうけど。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

すると、檜山が唐突に動き出し、壁をひょいひょいと登っていった。

 

「こら!勝手に行動するな!安全確認もまだなんだぞ!」

 

メルドさんはあわてて注意するが、檜山は聞こえないふりをして登り続け、鉱石の場所までたどり着いてしまった。

メルドさんがあわてて檜山に近づこうとすると、フェアスコープで鉱石の周りを確認していた騎士が一気に青ざめた。

 

「団長!トラップです!!」

「っ、檜山、それに触るな!!」

 

だが、メルドさんも、俺と騎士の警告も、一足遅かった。

檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、グランツ鉱石を中心に魔法陣が広がり、部屋全体を覆いつくした。

この魔法陣に似たものを見た記憶がある。おそらく、転移系の魔法だろう。

 

「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」

 

メルドさんの言葉にクラスメイトたちは慌てて部屋から出ようとするが、遅かった。

部屋の中が光で満たされ、同時に浮遊感を覚える。

空気が変わったのを感じると、次には地面の上に立つ。

クラスメイトのほとんどは尻もちをついていたが、メルドさんたち騎士団と天之河たち一部の前衛職、俺はすでに立ち上がって周囲を警戒している。

俺たちが落ちたのは巨大な石橋の上で、全長100m、幅10m、高さ20mほどだった。橋の下に川はなく、奈落しかない。まともに落ちればまず助からないだろう。

俺たちは石橋の中央におり、それぞれ両側には奥へ続く階段と上に昇る階段が見えた。

 

「お前たち、すぐに立ち上がってあの階段の場所まで行け!急げ!」

 

今までで一番響いた号令に、クラスメイトたちはわたわたと立ち上がって動き出す。

だが、このトラップはまだ終わりではなかった。登り階段の橋の入り口に魔法陣が現れ、骸骨のモンスターが大量に湧き出した。

さらに、反対側からも魔法陣が出現し、そちらからは巨大な一体の魔物がでてきた。

 

「まさか・・・ベヒモス、なのか・・・」

 

そのメルドさんのつぶやきが、やけに明瞭に聞こえた。




次は4000文字に戻すと言ったな?
あれは嘘だ。
たぶん、しばらくはこんな感じですね。
とはいっても、6000弱なのでそこまで劇的に変わったわけではないと思いますが。


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死闘の果てに

*ベヒーモス戦の最後あたりのシーンに改変を加えました。
なんか、今になって話に出す機会を見失ってしまったので、いっそのこと違う形にしようとということにしました。


今、俺たちは迷宮のトラップにかかり、危機に瀕している。

上へと続く階段の前には、骸骨型のモンスターの“トラウムソルジャー”が魔法陣から湧いて出ていて、その数は100体近くにのぼり、それでもなお増えている。

だが、それはまだいい方だ。

下へと続く階段の前には、10mほどの4足歩行の鬼のような角の生えたドラゴン型のモンスターが出現している。しかも、その角からは炎が噴き出ている。

あの見た目とメルドさんが言った“ベヒモス”という名前に、覚えがあった。

図書館で情報収集をしていたときに見かけた名前で、かつて最強と言われた冒険者ですら歯が立たなかった、本来なら65階層に現れる化け物だ。

それからの俺の行動は迅速だった。

 

「ちっ!そっちは頼んだ!」

「ツルギ!?」

 

俺は迷いなく、トラウムソルジャーの群れに突っ込んだ。

トラウムソルジャーは38階層に現れる魔物だ。今までの魔物より危険度は高いが、ベヒーモスよりは遥かにましだ。

それに、クラスのほとんどが突然のことでパニックになっている。放っておいたら、下手をすれば誰か死ぬかもしれない。

ベヒーモスは、今騎士団がベヒモスの突進を防いでいる。

“聖絶”。王国騎士団の最高戦力が誇る、鉄壁の守りだ。

だが、一分しかもたない上に、魔力の関係上、一回しか使えない。

それまでに、最低でも階段付近まで退避させる必要がある。

 

「はぁっ!」

 

俺は素早く短剣を振りぬき、トラウムソルジャーにたたきつける。レベルの差もあり、一発で倒すことはできないが、倒す必要はない。

 

「おらぁ!!」

 

俺は短剣をたたきつけた状態からさらに力を加えて、トラウムソルジャーを跳ね飛ばす。すると、トラウムソルジャーはあっさりと橋の上から落ちていった。

ここは橋の上だ。無理に倒さなくても、橋から落とすだけで数を減らせる。

だが、俺一人だけでは対応できない。

 

「あ・・・」

 

ふと声が聞こえた方を見ると、そこではクラスの女子の一人が転倒したままトラウムソルジャーが剣を振り上げていた。

 

(まずい!)

 

俺は急いで弓を構えるが、間に合わない。

斬られる、と思った。

だが、次の瞬間にはトラウムソルジャーの足元が突然隆起し、トラウムソルジャーがバランスを崩す。

地面の隆起はそのまま他のトラウムソルジャーも巻き込み、ついに橋から落とした。

 

「へぇ、やるじゃん」

 

今の地面の隆起は、ハジメの錬成魔法だ。

どうやら、錬成魔法を連続で発動し、滑り台の要領でトラウムソルジャーを落としたようだ。

どうやらハジメは、この状況でもしっかりと頭を回せているようだ。

ハジメはそのまま女子生徒に声をかけて、階段の方へと向かわせた。

 

「なら、俺もしっかりと働かないとな!」

 

俺はそのまま右手に短剣を、左手に弓を持って、トラウムソルジャーの殲滅を再開した。

近くのやつは短剣で動きを止め、その隙に橋から叩き落す。遠くで剣を振りかぶってクラスメイトを斬ろうとしているやつは、短剣を持ったまま矢をつがえて、一発で頭部を破壊する。どうやら、俺の魔法込みの射撃なら倒せるようだ。

それでも、クラスのパニックは収まらない。ただ武器や魔法をやみくもに振り回しているだけだ。このままだと死者が出る可能性もまだある。

この危機を脱するのに必要なのは()()()しかいないのだが・・・

 

(あの野郎、ムキになりやがって。俺が行くか?いや、この状況で抜け出した方がクラスが危ないか。とすれば・・・)

 

俺が思考をめぐらしていると、視界の端でハジメがベヒモスの方へ走っていくのが見えた。正確には、ベヒモスに相対している天之河たちにだ。

 

(・・・ったく、相変わらず頼りになるな)

 

おそらく、こっちに増援を呼びに行ったのだろう。天之河たちが来れば、ここは問題ないはずだ。

だが、

 

「ゴアアアアァァァァァァ!!!!」

 

次の瞬間、ベヒモスの咆哮によって聖絶が破られてしまった。

 

 

* * *

 

 

「ぐっ・・・龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 

ベヒモスを押さえつけていた障壁が破られてしまった。このままでは、クラスメイト達に突っ込むだろう。メルド団長たちが衝撃波の影響で動けない以上、自分たちでなんとかするしかない。

 

「やるしかねぇだろ!」

「・・・なんとかしてみるわ!」

 

雫と龍太郎も、そのために2人で突貫する。

 

「香織はメルドさんたちの治療を!」

「うん!」

 

香織も、自分の役目を果たすためにメルドたちのもとに駆け寄っていく。

ハジメも、メルドたちを守るために床を錬成して石の壁を作り出している。ないよりはマシだ。

そして、光輝は己の最大の攻撃を放つ。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!・・・“神威”!」

 

詠唱を唱えると同時に聖剣を振りかぶると、聖剣から純白の極光が伸びた。

“神威”。光輝がもつ、最大威力の砲撃だ。

 

「はぁ、はぁ、これなら・・・」

「はぁ、はぁ、さすがに、やったよな?」

「だといいけど・・・」

 

神威が放たれる直前に離脱した雫と龍太郎の姿はボロボロで、肩で息をしていた。光輝も、莫大な魔力の消費で同じように肩で息をしている。

香織たちの方も、だいたいの治療を終えている。

そして、煙が晴れていくと、

 

 

 

 

 

 

 

そこには、無傷のベヒモスがいた。

 

 

 

ベヒモスは、軽く頭を振り払うと光輝をにらみつける。

そして、頭の角を掲げると、キィーーーーーという甲高い音をたてながら、角が徐々に赤熱化していき、ついに頭部の全体がマグマのように赤く染まった。

 

「ボケっとするな!逃げろ!」

 

メルドの叫び声で、光輝たちはショックから立ち直って身構える。

そこに、ベヒモスが突進をしようとした次の瞬間、

 

「ギャアアオオオォォォ!?」

 

不意に、ベヒモスが悲鳴をあげてたたらを踏んだ。

なにが起こったのかと光輝たちは困惑するが、雫があることに気づいた。

ひるんだベヒモスの目に、一本の矢が刺さっていたのだ。

 

「おら!さっさと逃げろ!」

 

声のした方を振り向くと、そこにはツルギが弓を構えて立っていた。

 

 

* * *

 

 

聖絶が破られたところを確認した俺は、強引にトラウムソルジャーの群れを突っ切って天之河たちのもとに向かった。

俺が抜けたときの影響は無視できないが、このまま天之河たちを死なせるほうがもっとまずい。

 

「峯坂!お前、どうしてここに!」

「いいからさっさと下がれ!今のままだとマジでクラスメイトがやばくなるぞ!」

 

天之河の疑問に、俺は苛立ち気味に声をぶつける。

天之河が目を向けた先には、半ば狂乱状態のクラスメイトたちの姿が見える。クラスメイト達はむやみに魔法や武器を振り回すだけで、いつ死人がでてもおかしくない。

それでも、天之河は俺に食いついてくる。

 

「お前はどうするつもりだ!」

「ここで足止めする!だから、さっさとあいつらの援護をしてこい!」

「でも!!」

「あいつらが立て直して魔法を一斉に放てば、まだなんとかなる可能性がある!!だから早く行け!!!!」

 

俺の怒声に天之河たちはびくりとふるえるが、納得したようですぐに立ち上がり、クラスメイトたちのもとへと向かう。

 

「さてと、どうしたもんか・・・」

 

とりあえず、見栄を切ったのはいいが、足止めできる自信はそんなにない。

俺の売りはあくまで精密射撃であって、天之河のような火力は持ち合わせていない。

一応、目への攻撃は有効だったが、あと一か所しかないし、目が見えなくなったベヒモスがむやみに暴れでもしたら、それこそ目も当てられない。

一応、弱点かもしれない部分には心当たりはあるが、

 

「どうやって後ろに回り込めと・・・」

 

この世界には、「竜の尻を蹴飛ばす」ということわざがある。俺たちの世界で言う「逆鱗に触れる」と似たようなものだ。

ここでの竜は竜人族のことで、竜に変身することができる種族だ。竜化した彼らは並大抵の攻撃は鱗にはじかれるが、唯一尻の部分だけは鱗で覆われておらず、急所になっている。

もしかしたら、ドラゴン型のモンスターであるベヒモスも尻が弱点かもしれないが、そこを攻撃するには後ろに回り込む必要がある。

俺の攻撃で、さらに凶暴性を増したベヒモスを、だ。

ハッキリ言って、できる気がしない。

さて、どうするべきかと悩んでいると、一人のクラスメイトが近づいてきた。

そいつは、

 

「ツルギ!」

「ハジメ!?なんで来たんだよ!」

 

俺の親友であるハジメだ。

 

「僕も手伝うよ!」

「バカ野郎!どうするつもりだよ!」

「僕が錬成でベヒモスを足止めする!だから、ツルギは隙を作って!」

「・・・本当にやる気か?」

「うん」

 

ハジメの目を見て、俺はため息をついた。

こいつは、普段は事なかれ主義だが、いざというときは自分を犠牲にしてでもだれかを守ろうとする。こうなったハジメは、止めることはできない。

 

「・・・なんとかして角を橋に突き刺す。その隙に」

「わかった」

 

俺の言葉に、ハジメも頷く。

 

「グルゥアアアァァァーーーーーー!!」

 

すると、ベヒモスが突進を始め、俺たちに向かって跳躍してきた。

ここがチャンスだ。

 

「グギャアアァァァーーー!!」

 

空中に浮いているベヒモスの目に、再び矢を突き刺す。この痛みに、ベヒモスは空中で態勢を崩してしまう。

 

「おらぁっ!“ぶっ飛べ”!」

 

そこに、俺が飛び上がって、魔法による風の勢いも加えた飛び蹴りをベヒモスにぶつける!

俺の飛び蹴りをもろにくらったベヒモスは、重力とともに落ちていき、角を橋に突き刺してしまう。

そうして動きを止めたベヒモスに、ハジメが飛びついた。

 

「錬成!」

 

赤熱化の影響が残っているのも構わずにしがみつき、ハジメは錬成を行使した。

ベヒモスが角を引き抜こうとしても壊したところから錬成で修復され、足元も液状化されて足を飲み込んだかと思えば、再び硬化してベヒモスの動きを止める。

ベヒモスのパワーはすさまじく、すぐに橋に亀裂が入りそうになるが、そうなる前にハジメが錬成をかけなおして抜け出すことを許さない。

 

「よし、これなら・・・!」

 

ベヒーモスの動きが止まった今であれば、渾身の一撃を叩き込むことができる。

急いで走りながら弓に矢をつがえ、魔力を込める。

相手は遥かに格上。生半可な攻撃では傷つけることすら叶わない。

だが・・・おそらく、今の俺のステータスでは、どれだけ魔力を込めようと有効打にはなり得ない。

 

(今のままだとダメだ・・・力がいる。あいつを倒せるだけの力が)

 

ベヒーモスの傍を走り抜けながら、俺は意識を内側に向ける。

上辺の魔力だけでは足りないなら、魂の奥底から引っ張り出す。

できるかどうかはわからない。だが、やらなければ勝てない。

 

(意識を研ぎ澄ませ。俺の身体の全てを、魂を感じろ。全部を引っ張り出してでも、やつを討つ)

 

集中力が極致を迎えたのか、視界が色あせて流れる景色が遅くなっていく。

まるで走馬灯のように流れる視界をよそに、俺は意識をひたすら自らの内側に向ける。

自らの魂の深奥へ。深く、深く・・・

次の瞬間、体の奥から熱が込み上がった。

 

「ぐっ・・・こ、れは・・・」

 

何が起きたのか、自分でもわからない。

だが、今までにないほどの魔力が湧き出てくる。

これなら、あいつに一矢報いることができる・・・!

 

 

 

「いっ、けえええええ!!!!」

 

 

 

俺は、込めれるだけの魔力を込めて、矢を放った。

放った一矢は、寸分たがわずにベヒモスの尻に刺さった。

ベヒモスは激しく暴れまわった後、次第に動きを止めていった。

おそらく、倒せたのだろう。

俺は急いで走ってハジメのもとに向かう。

だが、

 

 

 

 

 

「がっ!?」

 

 

 

 

急に、俺は吹き飛ばされてしまった。内臓にダメージが入ったようで口から血が零れ落ちる。

 

(くっそ、油断した!)

 

どうやら、一時的に動きを止めることはできたものの、倒すことまではできなかったようだ。

次の瞬間には、ハジメの拘束も解けてしまう。

だが、幸い俺が吹き飛ばされたのはメルドさんたちとベヒモスの中間あたりで、次には白崎の回復魔法が俺の傷を癒していった。

さらには、クラスメイトの方もなんとか落ち着きを取り戻したようで、今にも攻撃魔法を放とうとしている。

 

「ツルギ!」

「俺は大丈夫だ!早くとんずらするぞ!」

 

ハジメが俺の方に駆け寄っていくのを確認して、すぐに起き上がって階段の方へと向かおうとする。

ここで、予想外のことが起きた。

放たれた致死性の魔法。そのうちの一つが、急に進路を変えて俺たちの方に落ちたのだ。

明確に、最初から俺たち、いや、ハジメを狙って放たれたものだ。

 

「なっ、ハジメ!」

 

ハジメもそれに気づき、急停止しようとしたが間に合わず、俺とハジメの間に着弾した。

なんとかダメージを抑えることができたが、ハジメは平衡感覚を失っているようでふらついていた。

だが事態はそれだけで終わらなかった。

ベヒモスが、攻撃を受けながらも再び角を赤熱化させて、ハジメに向かって突進したのだ。

クラスの方からは、いくつか声を押し殺したかのような悲鳴がきこえた。

ハジメはふらつく体で必死に飛びのき、なんとか突進を躱すことに成功した。

だが、度重なるダメージに橋の方が耐えられなくなり、ついに崩壊を始めた。

ベヒモスは必死に爪をたてて踏ん張ろうとするが、自重には耐え切れずに落下していった。

そして、ハジメの方もなんとか逃げようとしたが、次第に足場がなくなっていき、ついに落ちようとした。

 

「ハジメ!!」

 

俺はそれを見て、一心不乱に駆け出していった。

もちろん、用意がなにもないわけではない。

いざというときのために、矢にロープを括り付けたものを一本用意していた。

俺は崩壊に飛び込み、腕にロープを巻き付けて矢を放つ。

放たれた矢は、狙い通りに階段近くに刺さった。これなら、簡単には抜けないだろう。

 

「ハジメ!掴まれ!」

「ツルギ!」

 

ハジメは、必死に俺の手をつかもうとした。

だが、急に俺の動きが止まってしまう。ロープの長さが限界になったのだ。

差し伸ばした俺の手は、あと少しでハジメに届くというところで、俺の体は俺の意志に反して、ハジメから遠ざかっていった。

 

「ハジメーーーーー!!!!!」

 

そして、ハジメはそのまま奈落の底に落ちて行ってしまった。




ようやく一区切りですね。
次からは、主人公視点で物語を進めていきます。


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俺の決意

今回から、ツルギくんがバグ化していきます。
*雫との絡みを変えました。
 月島獅道様の感想を取り入れてみてます。
*ツルギの天職を「神子」に変更しました。
 さすがに弓兵だと無理がある気がしたので。


「離して!南雲君のところに行かないと!約束したのに!私が、守るって!離して!」

 

すぐさまロープを登って橋の上に戻ると、そこでは白崎が八重樫に羽交い絞めにされながらも必死に橋の下へと手を伸ばしていた。

様子を見る限り、どうにも普通じゃないようだ。

白崎が言っている約束というのも、おそらくあの時の夜に話したことなのだろう。

 

「香織!ダメよ、香織!」

 

八重樫も白崎の心情を理解しているからか、必死に止めながらもかける言葉が見つからないようでいた。

 

「香織!君まで死ぬ気か!南雲はもう無理だ!落ち着くんだ!このままじゃ、体が壊れてしまう!」

 

そこへ天之河が声をかける。

だが、その言葉では白崎は止まらない。むしろ逆効果でしかない。

 

「無理って何!?南雲くんは死んでない!行かないと、きっと助けを求めてる!」

 

たしかに天之河の言う通り、普通ならハジメはもう助からない。

だが、今の白崎にはそれを受け止めることができるだけの余裕はない。

このままだと、本当に白崎の体が壊れてしまう。

だから、俺はすぐに白崎のそばに近づき、

 

「悪いな」

「え?・・・うっ!?」

 

白崎のみぞおちに拳をめり込ませ、白崎の意識を落とした。

倒れこむ白崎を天之河が介抱し、俺をにらんで何かを言おうとする。

だが、その前に八重樫が機先を制して、俺に頭を下げた。

 

「ありがとう。悪かったわね」

「気にするな。俺がやらなくても、メルドさんがやってただろうし」

 

視界の端では、メルドさんが白崎にツカツカと近寄ろうとするのが見えた。

つまり、俺がやるかメルドさんがやるか、その違いだけだ。

 

「それじゃあ、早く出るぞ。八重樫は白崎を頼む」

「わかったわ」

 

それだけ言って、俺はメルドさんのもとに向かった。

今は、一刻も早く迷宮から出なければならない。

 

 

* * *

 

 

ツルギが去っていく背中を、光輝はどこか納得していない様子で見ていた。

それを見て、雫はたしなめるように声をかける。

 

「私たちが止められないから、峯坂君が代わりに止めてくれたのよ。わかるでしょ?今は時間がないの」

「それはわかっている。だけど、どうしてあいつはあんなに平然としていられるんだ。目の前で親友を失ったというのに」

 

そう、光輝が納得いかなかったのは、香織を強引に気絶させたこともあるが、目の前で親友を失ったというのに動揺のかけらも見せなかったからだ。

これに雫は、ため息をつきながら光輝の勘違いを訂正した。

 

「あなた、本当に峯坂君がなんとも思ってないと思うの?」

「だが・・・」

「峯坂君の手、よく見てみなさい」

 

天之河は言われたとおりにツルギの手に目をやり、そして気が付いた。

見た目は平然としているが、その手からは血がしたたり落ちている。

爪を食い込ませるほどに、手を握り締めているのだ。

それはなぜか?理由はひとつしかない。

 

「あいつだって苦しんでるのよ。あと少しのところで助けることができたのに、結局目の前で、誰よりも近いところで失ってしまったのだから」

「・・・そう、だな」

 

ツルギが平然とした態度をとっているのは、そうすることでクラスにとどめを刺さないようにするためだ。

香織を気絶させたのだって、その叫びがクラスの心に致命傷を負わせないようにするため。

ツルギは、苦しい気持ちを押し殺して、なるべく多くのクラスメイトを生かそうとしているのだ。

 

「ほら、早く行くわよ。全員が脱出するまで、あんたが道を切り開かなきゃいけないんだから」

「・・・あぁ、そうだな」

 

そう言って、雫は香織を担ぎ、光輝も聖剣を携えて立ち上がった。

 

 

* * *

 

 

オルクス大迷宮から脱出した俺たちは、まずはホルアドの宿で一晩を過ごした後、早朝に高速馬車に乗って王宮へと戻った。そして、王宮にハジメの死亡が伝えられた。

最初は国王やイシュタルも含めて誰もが愕然としたものの、それが“無能”であるハジメだと知ると、誰もが安堵の息をついた。

あの場で気絶させた白崎もいまだに目を覚ましていない。

そして、俺はというと、外出の準備をしていた。

だが、買い物に行くわけではない。

 

「入っていいか」

 

俺が淡々と準備をしていると、ドアの向こうから声が聞こえてきた。

 

「どうぞ」

「邪魔するぞ、ツルギ」

 

俺が了解を出すと、メルドさんが中に入ってきた。

わざわざ俺のところに来た理由は、おそらく()()()()だろう。

 

「ツルギ、本当に行くのか?」

「えぇ。教皇と国王にケンカを売ったんですから、このままここにいるわけにはいかないでしょう」

 

そう、俺はハジメの死亡の報告の時にメルドさんと共にいた。

のだが、

 

『なめてるのか?』

『なめてなどいない。だが、勇者の死亡は人間族にとっての大きな損失でも・・・』

『だから、死んだのが“無能”でよかったと、そう言うのか?』

『勇者が死ぬよりは構わな・・・』

 

そこで俺は安堵の息をついた教皇と国王に向かって隠し持っていた短剣を投擲した。

もちろん当ててはいない。顔の横を通しただけだ。

だが、問題であることに変わりない。

メルドさんも、俺の行動には目を剥いて驚いていた。

 

『な!?』

『貴様!国王陛下と教皇様に矢を放つなど、重大な国家反逆と背信行為だぞ!』

『もともと俺は、王国にも聖教教会にも所属しているつもりはない。あんたらが勝手に思ってるだけだ』

『な、それでも勇者の仲間なのか!』

『だから、あんたらが勝手に思ってるだけだろう』

『貴様!!』

 

その結果、俺は周りから非難を浴びて、王国から出て行くことになった。当然と言えば当然だが。

そんな俺のところに来るあたり、メルドさんも人がいいというか、少しお人好しなところがあるというか。

 

「そうか。だったら、聞かせてほしい。どうして、お前はあそこで陛下と教皇猊下を攻撃するような真似をした?」

「ハジメがバカにされたのが気にくわなかったからで・・・」

「それは違うな」

 

俺の()()を、メルドさんは言い終える前に切って捨てた。

 

「大迷宮でのあの時、お前は目の前で親友を失ったにもかかわらず、表は平静を保っていた。そんなお前が、あの場で今さら感情任せに行動したりはしないだろう」

「・・・まさか、そこまでバレるとは思いませんでした」

 

どうやら、思った以上にメルドさんは俺のことを見ていたらしい。

この人になら、ある程度は話していいだろう。

 

「そうですね。たしかに、あれはわざとです」

「理由を聞かせてもらっても?」

「はい。主には三つほどですね」

 

そうして、俺は王国から出て行く理由を話す。

 

「一つ目は、ハジメを探しに行くためです」

「だが、あそこから落ちたのなら、もう助からないのではないか?」

「いえ、俺はまだ可能性があると思います」

「と、言うと?」

「あの奈落の底で、微かにですが、横穴とそこから水が流れているのが見えました」

 

そう、奈落の底は深すぎて俺の“天眼”でも見えなかったが、かろうじて壁から水が流れ出しているのが見えた。

同時に、ハジメがそこに巻き込まれたところも。

そのまま落下していったわけではないのなら、おそらく即死ということはないだろう。

 

「あいつは頭が回ります。おそらく、魔物もなんとかしてやり過ごすことができるでしょう」

「だが、食べ物も何もないのに、何日も持たないと思うが」

「それはそうですが、仮に生きていなかったとしても、せめてあいつがいた証は持っておきたいんです」

 

結局、ハジメがどこにいるのかはわからない。最低でも、遺品となるものくらいは回収したかった。

 

「二つ目ですけど、白崎のためです」

「白崎というと、まだ目を覚ましていないあの嬢ちゃんか」

「はい。おそらく目を覚ましたら恐慌状態に陥る可能性があります。それで、俺がハジメを探しに行っていると伝えておけば、多少は落ち着くかもしれません」

 

もちろん、望み薄ではある。だが、ないよりはいいだろう。

 

「そして、三つ目ですけど、教会と縁を切るためです」

「それはなぜだ?」

「こっちの理由は二つあります。一つ目に、俺は聖教教会、ていうより、教皇も含めた本山の幹部とエヒトを信用していません」

「・・・理由を聞かせてもらおうか」

 

この俺の言葉に、メルドさんの目に剣呑な雰囲気が宿る。

メルドさんも聖教教会の信者だ。人格者とはいえ、信仰している教会やカミサマを悪く言われるのはいい気分ではないのだろう。

 

「あくまで俺の考えですが、たしか聖教教会は人間族のおよそ9割が信徒で、そのすべてが同じ考えでエヒトを崇めているんですよね?」

「あぁ、そうだが、それがどうした?」

「それは、俺からしたら()()()()()ことです」

「・・・それはなぜだ?」

「俺の世界にも、でかい宗教はあります。ですが、その中にも宗派というものがあります」

 

例えば、キリスト教の中にもカトリックやプロテスタントなどの宗派があるし、日本の神道も多くの神が存在する。時と場合によっては、同じ宗教の違う派閥同士で争うことも、ない話ではない。

 

「少なくとも、一つの神をまったく同じ考えであがめるというのは、俺からすれば不自然です。たとえ同じ神を祀っていても、それが人間である以上、考え方がまったく同じとは限りませんから」

 

宗教を信仰しているにしても、それが人間である以上、必ず考えに差が生じる。それは当然のことだ。

だが、この世界では、その当然が成り立っていない。

 

「それに、教会のトップがあそこまで陶酔しているのも、俺としては不気味です」

 

宗教のトップであるなら、信者のことを第一に考えなければならないはずなのに、イシュタルはそのすべてがエヒトが判断基準だ。おそらく、人間族を滅ぼせと言われたら、喜んで実行するだろう。

 

「だから、お前はエヒト様を信用していないと?」

「いきなり俺らを異世界に拉致して戦えって言っている時点で、信用できる要素なんてありませんよ」

 

俺の言葉に、メルドさんも不承不承ではあるが納得している。

 

「これが、一つ目の理由です」

「・・・では、二つ目は?」

「・・・それは、これを見てください」

 

そう言って、俺はステータスプレートをメルドさんに見せる。

そこに書かれていたのは、

 

 

=============================

 

峯坂ツルギ 17歳 男 レベル:10

天職:神子

筋力:130

体力:150

耐性:70

敏捷:130

魔力:560

魔耐:500

技能:天眼[+魔眼]・剣製魔法・気配感知・魔力感知・全属性適性・複合魔法・魔力操作・想像構成・高速魔力回復・言語理解

 

=============================

 

 

「なっ・・・」

 

これを見たメルドさんは愕然とする。

俺だって、これを見たときは自分の正気を疑った。

ベヒモスに攻撃を入れたとき、突然に沸き上がってきた魔力。いったいどういうことだろうと思ってホルアドでステータスプレートを確認したら、こうなっていたのだ。

魔力と魔耐が大幅に増加し、さらには技能では弓術が消えて、魔法系の技能が4つと、ついこの前話してメルドさんがないだろうと言っていた固有魔法が追加されたのだ。

本来、技能が増えることがあっても、減ることはないと教わっていたのだが、それを根底から覆しているし、さらに言えば天職も変わってしまっている。

もう何がなにやらだ。

 

「・・・偽装の可能性、はないか」

「えぇ。正真正銘、それが俺のステータスです」

「この剣製魔法と言うのは?」

「簡単に説明すると、魔力そのものに実体を持たせて、武器を作る魔法です」

 

これは説明欄を見ただけでなく、夜中に自分でもこっそり試した。

この魔法を使うと、俺の魔力が実体を持ち、イメージ通りの武器を作り出すことができた。

さらに、魔法の発動に詠唱が不要になる魔力操作や、魔法陣をイメージだけで構成できる想像構成、魔力の回復速度が上昇する高速魔力回復、最後に複数種類の魔法を組み合わせることができる複合魔法を身に付けた。

複合魔法と高速魔力回復は天之河も持っているが、後は今のところ俺くらいしかもっていないだろうし、魔力操作に関しては魔物と同じような感じですらある。

 

「これが教会の上層部に知られれば、おそらく飼い殺しにされるでしょう。俺としても、それは嫌ですし避けたい」

「なるほど、たしかにそうだな・・・わかった、このことは他には言いふらさないと約束しよう」

「ありがとうございます」

 

メルドさんが話の分かる人で助かった。やはり、根っこからいい人なのだろう。

 

「それで、王国から出たらどうするつもりなんだ?」

「オルクス大迷宮に潜って、ハジメを探します」

「だが、食料はどうする?早さが肝ではあるが、1人では持ち込める量に限りがあるだろう」

 

メルドさんが言うことはもっともだ。

普通、オルクス大迷宮に潜るときはパーティーを組むか、運び屋を雇う。そうすることで、少しでも長く迷宮に滞在することができる。

俺の場合、一人で潜ることになるから、食料の関係上、本来ならあまり深いところまでは潜れない。

だが、それは()()()()、だ。

 

「問題はありません。魔物の肉を食べますから」

「なっ、正気か!魔物の肉を食べたら死ぬぞ!」

 

魔物の肉、正確には魔力は、人間の体にとっては毒だ。少量でも摂取するだけで、体中に激痛が走り、体がぼろぼろになって死んでしまう。

 

「たしかに、そのまま食べたら死にます。ですが、魔物の肉が人間の体に害なのは、魔物の持つ魔力が人間にとって害だからで、肉そのものに毒があるわけではありません」

「まさか・・・」

「はい。逆に言えば、魔物の肉から魔力を抜きだすことができれば、十分食べれるようになる。俺なら、それができますし、実際に試して成功しました」

 

剣製魔法の本質は、魔力の実体化。であれば、魔力操作と合わせて使えば魔力を抜き出すことができるのではないかと試したところ、見事に成功した。

味はいまいちだったが、今回は食べれるだけでも御の字だ。

 

「・・・よくもまぁ、そんな綱渡りができたな」

「“天眼”の派生技能の“魔眼”のおかげです」

 

何気に追加されていた天眼の派生技能“魔眼”は、魔力の流れを視認することができる能力だ。これを使えば、肉の中に魔力が残っているかどうかがわかる。これのおかげで、安全に魔物の肉を食べることができるのだ。

 

「それに、実力的にも俺なら問題ありません」

「たしかにそうだな・・・わかった。お前の健闘を祈る」

 

メルドさんも、俺の決意を受けて送り出すことに賛成してくれた。

これで、心おきなく探索できる・・・いや、そうでもないな。

 

「ありがとうございます。それと、最後に一ついいですか?」

「なんだ?」

「今回、ハジメが落ちた一件、クラスでは()()()()()ってことになってますよね?」

「あぁ、そうだ。それが・・・」

「あれは事故じゃありません。明確にハジメに照準されていました」

「なに!?」

 

俺の証言に、メルドさんが勢いよく立ち上がる。

それだけ、信じがたいことだったのだ。

 

「それは、本当か?」

「はい、間違いありません。心当たりもあります。動機も含めて」

「・・・それが誰だか言ってもらっても?」

「犯人はおそらく檜山です。動機は、白崎でしょうね」

 

オルクス大迷宮での訓練の際、檜山は憎悪に近い目をハジメに向けていた。間違いないだろう。

おそらく、ホルアドの宿で白崎が俺たちの部屋に入ったところを見て、その嫉妬心にかられたのだろう。

 

「ですが、一応このことは伏せておいてください」

「クラスの士気に影響するから、か?」

「はい。誰もかれもふさぎ込んでいるのに、本当にクラスの中で人殺しをしたやつがでたとなれば、とどめになる。それは避けたほうがいいでしょう。それに・・・」

 

クラスのためでもあるが、もう一つ、でかい問題がある。

 

「天之河は、絶対に信じない」

 

あいつの行動理念は親切心で、性善説を鵜呑みしている。

そんなあいつにとって、クラスの人間が故意に人殺しをしたなどと言っても、「きっとわざとじゃない」などとご都合解釈全開で言ってくるだろう。

今のクラスの支柱は天之河だ。今のクラスでは、天之河の発言がもっとも影響力を持っている。

 

「もしかしたら時間をかければ納得するかもしれませんが、そんなことで時間を無駄使いするわけにはいきません」

「・・・お前は、ずいぶんとあいつのことが気に入らないのだな」

「えぇ。あいつは、戦うことがどういうことかをわかっていない」

 

この世界において、戦うとはどういうことか。答えはひとつしかない。

 

「あいつは、自分が人を殺すことになるという自覚がない」

 

なにも考えずに「俺は戦う」などと言ったのだ。間違いないだろう。

 

「そう聞くと、お前には自覚があるようだが?」

「ありますよ。覚悟もできている」

「・・・お前は、元の世界でも人を殺したことがあるのか?」

 

メルドさんの、確信をついたような質問。

これに対し、俺は、

 

「はい」

 

これだけ答えた。

 

「ですが、そのことについて今ここで話すつもりはありません。それに幸か不幸か、一部はちゃんと自覚も覚悟もあるみたいですからなんとかなるでしょう」

「・・・そうか」

「はい、ですからメルドさんは皆のことをよろしくお願いします」

「わかった」

「それじゃあ、そろそろ行きます」

「あぁ、達者でな」

「はい」

 

そして、俺は部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「峯坂君!」

 

王宮から出ようとしたところ、不意に声をかけられた。

声がした方を振り向くと、そこには八重樫が駆け寄ってきた。

 

「八重樫か。白崎はどうしたんだ?」

「・・・まだ眠ってるわ。それよりも、ここから出て行くって本当?」

 

どうやら、俺を案じてわざわざ見送りに来てくれたらしい。

 

「まぁな。国王と教皇にケンカを売ったんだから、こうするしかないだろ」

「・・・どうして、そんなことをしたの?」

 

まさか、メルドさんと同じことを聞かれることになるとは思わなかった。

だけど、また同じことを話すのは面倒だ。

 

「だいたいのことは、メルドさんに話してある。そっちで聞いてくれ」

「・・・そう。だけど、これだけは聞かせて」

 

そうして、八重樫は俺の目を覗いて尋ねた。

 

「ちゃんと、生きて帰ってくるのよね?」

「・・・さぁ」

 

八重樫の問いには、これだけしかいえない。

 

「一応、俺に力があるとは言っても、相手は迷宮の魔物だ。絶対なんてことはない」

「・・・そうね。でも、これだけは言わせて」

 

そう言って、八重樫は一拍置いた後、

 

 

 

「絶対に、生きて戻ってきなさい」

 

 

「・・・はぁ、わかったよ。善処はする」

 

絶対はないと言ったはずなのに、こう言ってくるとは。

それだけ、俺のことを気にかけているのだろう。

 

「それと、八重樫も無理するんじゃねえぞ。お前が一番しっかりしてるからって、お前だけが重荷を背負う理由にはならないからな」

「あら、私のことも気にかけてくれるの?」

「まあ、お前がリタイアしたらあの馬鹿勇者がどうなるかもわからないしな」

「ふふ、ありがとう。覚えておくわ」

「それじゃあ、またな」

「えぇ、またね」

 

そうして二人で笑いあって、今度こそ俺は王宮を出てオルクス大迷宮へと向かった。



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これが出会いってやつか

今回は結構すっとばしました。
表のオルクスの情報が少なかったのと、ぶっちゃけ書くのが面倒だったので。
それはそうと、オリヒロの登場ですよー。
*オルクス大迷宮の探索期間を3ヶ月から2ヶ月に変更しました。
これからのストーリー的に、こっちの方が都合がいいので。


王国を出てからオルクス大迷宮に潜ってからおよそ2か月ほど、俺はいまオルクス大迷宮の1()0()0()()()にいた。

目的があくまでハジメを探すことと、固有魔法の剣製魔法のおかげでかなりのハイペースでオルクス大迷宮を踏破することができた。

だが、決して楽をしていたわけではない。

俺の今のステータスは、

 

=============================

 

峯坂ツルギ 17歳 男 レベル:63

天職:神子

筋力:780

体力:800

耐久:240

敏捷:760

魔力:4080

魔耐:4050

技能:天眼[+魔眼][+夜目][+遠見][+先読][+看破]・剣製魔法・気配感知・魔力感知・全属性適性[+魔力消費減少][+発動速度上昇]・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化]・想像構成[イメージ補強力上昇][+複数同時構成]・高速魔力回復[+回復速度上昇][+魔素収束]・言語理解

 

=============================

 

こんな感じに、ベヒモスとも一対一で瞬殺できるくらいには上昇した。

魔力と魔耐の上がり具合は何とも言えないが、今の俺は剣製魔法を主にして戦っているからむしろありがたいくらいだ。

そして、いくつか俺なりの戦い方を編み出している。

そのうちの一つに、剣製魔法による魔法陣構成がある。

“想像構成”は魔法陣なしで魔法を発動できる便利な技能だが、魔力の消費は魔法陣有りよりも多くなってしまう。最初の方の俺は、今ほど魔力は多くなかったため、高速魔力回復があっても楽観視はできなかった。

そこで思いついたのが、剣製魔法の“魔力の実体化”という性質を利用して、魔力で魔法陣を構成できないか、という試みだ。

俺はこの技術の体系化に成功し、魔法陣を構築するのに魔力を消費するが、魔法陣そのものの魔力を使うことで、魔法陣なしで行使するよりも魔力の消費を抑えることに成功した。

また、この方法なら魔法陣を途中で組み替えることで、使用する魔法をとっさに変更することにも成功した。

だが、結局のところ俺のメインの戦闘方法は剣製魔法で武器を生成しての近接戦闘だ。

この剣製魔法の万能性がすさまじく、銃ですら再現することができた。

ただ、この魔法は俺のイメージに大きく関わってくるから、どうしてもイメージの元になるものがでてくる。

例えば、「もうなにも怖くない」と言った某魔法少女のマスケット銃だったり、「別にあれを倒してしまっても構わないのだろう」と言った某アーチャーの双剣だったり。

・・・最初に名死亡フラグ台詞を思い浮かべた俺は、すぐにその言葉を頭の中から振り払ったが。

若干縁起の悪さを醸し出しつつ、所々の戦闘で危ない目に遭いつつも、俺はとうとうオルクス大迷宮の100階層に到達することができた。

のだが・・・

 

「見つからねぇ・・・」

 

前人未到の65階層を突破してからも、人っ子一人どころか、人がいた形跡すら見当たらなかった。

ハジメが横穴から流されてどこかに出ているなら、なにかしらの痕跡があってもいいはずだったのに、それらが何もなかった。

それに、100階層の奥で気になるものを見つけた。

 

「これが問題なんだよなぁ・・・」

 

オルクス大迷宮は全部で100階層という話だったはずなんだが、さらに奥に続く階段を発見してしまった。

つまり、一般に知られているオルクス大迷宮とは別に、さらに下の階層があるということだ。

もしかしたら、ハジメもそこに流されているのかもしれない。

だが、一つ問題がある。

 

「俺の実力で大丈夫か?」

 

表のオルクス大迷宮を攻略するにしても、それなりの労力を強いた。

それなのに、さらに下に階層がある。

もし、さらに下に100階層存在し、それに従って魔物もどんどん強くなっているのなら、今の俺には手に余る。

 

「もしかしたら・・・いや、これは考えるべきじゃないな」

 

一瞬、「ハジメはもう死んでしまったのでは?」という考えが頭をよぎったが、それでも今はハジメが生きていると信じて行動するしかない。

 

「とすると、まずは『ハジメが生きている』と仮定すると・・・」

 

おそらく、ハジメは上でなく下を目指して移動しているだろう。

もしかしたら、一番下まで攻略しているかもしれない。

その場合、おそらく地上に出ているだろう。

外に出るにしても、凶悪な魔物がはびこる迷宮を再び歩かせる、なんてことはないはず。

おそらく、転移魔法などによる外への出口があるはずだ。

その場合、ハジメはまずどこに行くか。

俺の中にはいくつか候補があるが、もっとも可能性が高いのは、

 

「ハルツィナ樹海か。あいつ、ケモミミ好きだし」

 

図書館でも、ケモミミを一回は見てみたいと言っていた。間違いないはずだ。

理由があれだが、そんなことは知ったことじゃあない。

 

「ならさっそく、外に出て・・・あ、そういえば俺、死んだことになってるんじゃね?」

 

いざ外に出ようと思って、ふとめんどくさいことに気づいた。

オルクス大迷宮に潜る際に言われたのだが、一定期間たっても戻ってこなかった場合は自動で死亡扱いになると受付嬢に注意されたことを、今思い出した。

このまま戻れば、めんどくさいことになるのは間違いない。

 

「こっそり出て行くしかないか・・・ん?」

 

ここを出てからのことを考えていると、不意に何かの足音が聞こえてきた。

これが魔物とかなら、問答無用で撃ち抜くのだが、さらに人間的な息遣いも聞こえてくる。

しかも、

 

「だいぶ弱ってるな・・・」

 

100層に来ている時点で只者ではないが、弱っているなら積極的に無視することもない。

 

「あ、倒れた」

 

ついに、どさり、と倒れたような音も聞こえてくる。

どうせなら情報ももらっておこうなどと考えながら音のした方に向かってみる。

そこで倒れていたのは、赤い髪に浅黒い肌、尖った耳を持った女だった。

この特徴に当てはまる種族と言えば、一つしかない。

 

「魔人族・・・?どうしてここに・・・」

 

現在進行形で人間族と戦争をしている魔人族だ。

だが、それにしては様子がおかしい。

衣服もボロボロだし、多くの魔物を従えているという話だったが、周りにそれらしき魔物はいない。

それに、ひどく衰弱しきっている。

普通なら、人間族の敵ということで見捨てるか、殺すかのどちらかになるのだろうが、

 

「面白そうだし、手当てくらいしておくか」

 

人間族のどうのこうのなんぞ関係ねぇ。俺はやりたいようにやらせてもらおう。

それに、俺と同じく一人でオルクス大迷宮の100階層に来た、というのも興味をそそる。

とりあえず、適当に広い場所に行きつつ、認識阻害や遮音その他諸々の効果を持つ結界を剣製魔法の苦無を起点に張って、魔人族の女に回復魔法で処置を施す。

全属性適性があるとはいえ、やっぱり攻撃魔法の方が得意だからどうしても応急処置程度になるが、ないよりはいいだろう。

魔人族の女を壁に寄せて寝かせつつ、俺はこの階層の魔物で料理を作り始めた。

今回の献立は、牛型の魔物の肉だ。魔力も事前に抜いてある。

ほとんどの魔物は肉が固かったりしてまずかったが、とりあえず切り込みを入れるなどして柔らかくしてから、炎魔法で上手に焼いていく。

最初は趣向も考えて調味料を使っていたが、もう使い切ってしまって今はない。

そういう時は、盛り付けを工夫してみたりした。

ちなみに、食器や調理器具は全部剣製魔法で用意した。剣製魔法、汎用性がやべぇ。

日本に戻ったら不便するかもなー、とかなんとか考えていたら、

 

「うぅ・・・え?」

 

料理の音か匂いにつられて、魔人族の女が目を覚ました。

 

「おっ、起きたか。これ食べるか?いま作ってるところなんだが・・・」

「ッ、人間!?どうしてここに!?」

 

俺の姿を見た途端、警戒心をあらわにして飛びずさった。

若干傷付くけど、今は戦争をしている最中だから考えれば当然か。

 

「んな心配しなくても、取って食おうなんてことはしないから。落ち着け」

「そう言われても・・・あれ?体が軽い?」

「ボロボロだったからな。簡単にだけど治しておいた」

「そ、そう。それは、ありがとう・・・」

「ついでだ。これも食っとけ」

 

そう言って、俺は皿を出してその上に肉を乗せる。当然、フォークを出すのも忘れない。

 

「な、なにもないところから食器が?」

「あぁ、これは俺の固有魔法な。それで、食べる?食べない?」

「・・・いただきます」

 

おずおずと遠慮しながらも、肉を口の中に運んでいく。

 

「・・・おいしくない」

「それは、まぁ、勘弁してくれ」

「これ、なんの肉?」

 

食べ物にありつけたのはうれしいが、味はいまいちだからか気になったのだろうか。

そんな彼女に、ちょっといたずら心が湧いてきた。

 

「これはな、牛・・・」

「牛肉?」

「の魔物の肉だ。部位的にはロースか?」

「え!?!?」

 

案の定、女はびっくりして飛び上がる。

いい反応するなぁ。

 

「安心しろ、食べれるようにしてあるから」

「でも、どうやって?」

「それもまぁ、俺の固有魔法なんだが、俺としてはお前の話も聞きたい。どうして魔人族がここにいるんだ?」

 

俺の言葉に、女の表情が険しくなる。

 

「・・・私をどうする気?」

「ちなみに、お前はどうされると思ってる?」

「拷問?それとも、私で弄ぶつもり?」

 

俺の問いかけに、女の表情がさらに険しくなるが、別に心配されるようなことはしない。

 

「安心しろ、って言っても信用しないとは思うけど、そういうのはしねぇよ。そもそも、俺は人間族の兵士というわけでもないからな」

「そう、なの?」

「あぁ。俺は別にこの戦争に自分から介入しようとは思っていない。そもそも、教皇にもケンカを売ったからな」

「・・・それ、本当?」

「本当だよ。俺は、この世界の人間ではないからな」

「・・・どういうこと?」

「それが知りたいなら、まずはお前のことを教えてくれ。まだ名前も知らないし」

 

俺の顔を見て、とりあえずは納得したようにうなずいて自己紹介を始める。

 

「・・・私の名前は、ティア。あなたの名前は?」

「俺は峯坂ツルギだ。それで、ティアはどうしてここに?」

「それは・・・」

 

ティアは一拍おいて、自分のことを話し始めた。

ティアが言うには、自分はもともと冒険者の父と一般人の母の間に生まれた子供で、幸せに暮らしていたという。

父は冒険者だが、戦争のこともあるので兵士として戦うこともあった。

自分の父は、同族のことを誰よりも想う人物で、すべての魔人族が平和に暮らせる世界を目指していた。

だが、それに終わりの時が来た。

 

「お父さんは、魔人族の国・ガーランドである偉業を成し遂げた」

「偉業って?」

「・・・七大迷宮の一つを攻略した」

 

この世界にある七大迷宮の一つ、シュネー雪原にある氷雪洞窟に踏み込み、見事攻略してきたのだ。

 

「お父さんはそこで、神代魔法を覚えた」

「神代魔法って、あれか?神代に存在した、世界の理にも干渉できるっていう」

「そう。変成魔法。普通の生き物を魔物にしたり、魔物を強化したりできる」

 

もう少し詳しく説明すると、普通の生物に疑似的な魔石を生成することで魔物にして体を作り替えたり、その延長線で魔石に干渉することで魔物を強化したり、主従させたりできるようだ。

つまり、魔人族が人間族を追い詰めた要因になっている魔法、ということだ。

そんなこともあって、ティアやその家族は英雄の家族としてたたえられた。

だが、それを機に幸せが次第になくなってしまったらしい。

 

「七大迷宮攻略を称えられて、お父さんは魔王様に仕えて将軍としての地位を得た。でも、しだいにお父さんはおかしくなっていった」

「おかしく?」

「うん。最初は『魔人族のために』って言ってたのに、今は『我が主のために、我が神のために』って言うようになった」

「それって・・・」

 

このティアの話に、既視感を覚えた。

極端に神に傾く。まるで、聖教教会の幹部や教皇みたいじゃないか、と。

 

「そして、神に仕えることこそが至上の喜びだと言って、それを私たちにも強要してきた。お母さんは、すぐにそれに賛同し始めて、結局『神命のために』って命を落とした」

「それはまた・・・」

「私は、とても怖かった。私の大好きだったお父さんが、とても怖くなった」

 

ティアは、それとなく考えを改めさせようとしたが、すべて上手くいかず、むしろ不信心だと叱られることすらあった。

そして、決定的な事件が起こる。

 

()()は、変成魔法を使って魔人族を強化できるのではないかって言った。お父さんは、()()()は最初は拒絶したけど、次の日には『神の声を聞いた』と言って、私を実験台にして、変成魔法をかけた」

 

ティアは泣いて拒絶したが、ついには抗えずに、変成魔法をかけられてしまった。

ということは、

 

「・・・つまり、ティアは本質的には魔物に近い、と」

「私の体内には魔石もあるし、魔力も直接操作できる」

 

実験は成功した、ということだ。

とはいえ、完全に魔物になったわけではなく、体内に魔石が生成されただけで、普通に腹も減るし、確証はないが生殖もできるだろうとは言われている。

だが、さすがに倫理に大きく背くということと、非常に手間がかかるということで、魔物化したのはティアだけらしい。

だからと言って、それで終わるわけではなかった。

 

「あの男は、他の魔人族に変成魔法を使わない代わりに、私をひたすらに強化しようとした。それが怖くて、私は逃げてきた」

 

もちろん、追手も来たが、途中で人間族と鉢合わせになり、ティアは逃げ切ることができたという。

 

「なるほどね・・・ん?なら、魔物の肉を食べても平気なんじゃ?」

「・・・反射的に、つい」

 

うっすらと顔を赤くして、目を逸らす。どうやら、今まで必死過ぎて忘れていたらしい。

 

「それで、ここに来た目的は?」

「・・・魔人族を、あの男を止めるため」

 

今の魔人族は、神に心酔している者が多くなっている。

早く止めなければ、悲惨なことになってしまうだろう。

 

「そのために、迷宮を攻略して、神代魔法を手に入れる」

「そういうことか・・・」

 

そして、今に至る、ということか。

わざわざオルクス大迷宮に来たのも、数少ない、場所がはっきりしている七大迷宮だからだろう。

だが、一つ問題がある。

 

「ちょっとなかり空気を読めないことを言うが、たぶん今のままだと無理だぞ。少なくとも、オルクス大迷宮は」

「え、どういうこと?」

「俺もな、ついさっきこの100階層を攻略したところだ。だが、奥にはさらに奥に続く階段があった」

「え・・・?」

「おそらく、さらに下にも迷宮があるんだろう。つまりそれこそが、神代魔法を手にするための()()()オルクス大迷宮だ。ここでボロボロになっているようなら、たぶん一番下まで行けないと思うぞ?途中でアウトだな」

「そんな・・・」

 

俺の言葉に、ティアが目に見えて意気消沈する。

 

「そ、それなら、ツルギも一緒に・・・」

「俺がいても同じだ。一人で潜ってたから、っていうのもあるが、ここに来るまでにだいぶ疲れた。1人が2人になっても結果は同じだろう」

「う・・・」

 

この下にさらに100層あって、魔物も強くなると考えたら、それだけで萎えてくる。

少なくとも、今潜っても攻略はできないだろう。

その俺の言葉に、ティアはしょんぼりとしてしまう。

その様子を見て、俺は頬をポリポリとかきながらある提案をした。

 

「なら、俺と一緒に旅をするか?」

「え?いいの?」

「あぁ、実はな・・・」

 

そう言って、俺はここに来るまでの経緯を話した。

ちなみに、教会の勇者召喚の話は、オルクス大迷宮に入る途中で耳にしていたらしく、それについても話をした。

そして、ハジメを探すために迷宮に潜った、と話し終えると、

 

「ツルギ、すごい・・・」

 

目を真っ赤に腫らして泣いていた。

ちょっと、予想の斜め上の反応だ。

 

「それで、この100階層にもあいつはいなかった。なら今頃は地上に出ていると考えてもいい。だから、いったん地上に戻って、ハジメを探す。その道中でも、もしかしたら他の大迷宮を攻略する機会もあるかもしれない」

「でも、私も一緒にいていいの?」

 

俺の励ましに、ティアは不安気に俺の目を見つめる。

 

「魔人族は、人間族の敵。だから、そのせいでツルギが大変に・・・」

「気にするな。んなもん教皇にケンカを売った時点で今さらだ。それに、俺は魔人族だからってだけで差別したりはしねぇよ」

「ツルギ・・・」

 

俺の言葉に、ティアの目がさらにうるんでいき、俺の胸にしがみついてきた。

そんなティアの肩に手をのせながら、ふと思った。

・・・なるほど、これが“ぼーいみーつがーる”ってやつか。

 

 

 

そういうことで、俺は魔人族のティアと共に、ハジメを探しつつ七大迷宮を攻略することになった。

 

 

 

だが、ハジメとの再会は、意外にも早く果たされることになった。



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一方、その頃

今回は、接続話な感じで短めに書きました。


「・・・ねぇ、ハジメ」

「ん?なんだ?」

 

オルクス大迷宮、奈落の底からさらに下。

ツルギが「あるのではないか」と予想していた真のオルクス大迷宮の最下層、オスカー・オルクスの隠れ家に、ハジメはいた。

今は、道中で会った吸血鬼の生き残りであるユエ(ハジメ命名)と共に、錬成の鍛錬をしていたが、そこでユエが不意に疑問を投げかける。

 

「・・・ツルギって誰?」

「あ?なんでユエがその名前を知ってるんだ?」

「・・・寝言で呟いてた」

「マジか・・・」

 

予想していなかった名前とその出所にハジメは軽く恥じ入ったが、ユエからの質問なので正直に答える。

 

「ツルギは、俺の親友だ」

「・・・ハジメにも、友達がいたの?」

「・・・その言い方は腹が立つが、まぁ、たしかに、俺の唯一の親友だ」

 

少なくとも、寝言で呟いてしまうくらいにはハジメにとっていろいろな意味で大きな存在だ。

 

「・・・どんな人なの?」

「べつに、それは言わなくてもいいと思うが?」

「・・・ハジメのお友達なら、知りたい」

「はぁ、わかったよ」

 

そう言いながら、ハジメは作業の手を止めずに話し始めた。

最初に知り合ったのは、偶然同じゲームをしていたところを見つけたこと。

それから、毎日のようにゲームをしたり、アニメや漫画の話をしたこと。

高校に入ってから目の敵にされていたハジメに、ずっと味方でいてくれたこと。

奈落に落ちそうになった時に助けに来てくれたが、あと少しのところで届かなかったこと。

そして、

 

「俺は、あいつに嫉妬してたんだ」

「・・・嫉妬?ハジメが?」

「あぁ、あいつは、俺と違って強かったし、何でもできた。この世界に来てからも、俺は無能だったのに対して、あいつには戦いの才能があった。だから、あの時助けに来てくれたのはうれしかったが、正直、なんで俺なんかに、っていう風に思ってたのも事実だ」

 

日本にいたころ、ハジメにはゲームしかなかったが、光輝の陰に隠れて目立ってこそいなかったものの、ツルギは勉強もスポーツもそつなくこなし、武術を習っていたこともあって、そう言う意味でも強かった。

その違いが、わずかだがハジメに嫉妬と猜疑心を持たせた。

どうして、自分なんかにかまってくるのか、と。

 

「・・・それで、ハジメは、そのツルギって人に会いたいの?」

「・・・そうだな。会いたいな」

 

自分にとって、唯一無二の親友だ。会いたくないわけがない。

今、ツルギが何をしているのか、自分にはわからない。

だが、いつかは会って、自分の無事を知らせたいと思っていた。

すると、突然ユエが楽しそうに微笑んだ。

 

「・・・ふふ」

「どうしたんだ、ユエ?」

「・・・ハジメ、とっても嬉しそう」

「え、そうか?」

「・・・ん、嫉妬するくらいに」

「・・・ユエさんや、どうしてそこで舌なめずりするんですかね?」

「・・・ハジメの心は私のもの。なのに、その人がハジメの心の中に住み着いている」

「ユエさんユエさん、それだと俺がゲイみたいになるんだが?」

「・・・友達でも、好きなのには変わりない?」

「そりゃあ、あいつのことは親友として大事だと思うが・・・」

「・・・なら、今は私しか見れないようにする」

「ちょっ、待て!今は鍛錬の最中・・・!」

「・・・関係ない。いただきます」

「え、ちょ、ま、アアアァァァーーーー!!」

 

その後、ハジメはユエにおいしく食べられた。

 

 

* * *

 

 

「雫ちゃん」

「香織」

 

オルクス大迷宮の近くにある町、ホルアドの宿屋の近く、夜も遅い時間に雫が物思いにふけていると、後ろから香織に声をかけられた。

 

「大丈夫?なんだか、最近ぼーっとしてばっかりだけど」

「えぇ、まあね・・・」

「・・・もしかして、峯坂君のこと?」

「・・・」

 

香織の指摘に、雫は言葉を返せなかった。

ハジメが奈落の底に落ち、ツルギが王国を出て行ってから、クラスのほとんどが自室に引きこもってしまった。今、オルクス大迷宮での実践訓練に参加しているのは、光輝とその幼馴染、ハジメに突っかかってきた檜山たち小悪党組、それと柔道部で大柄な体格の永山重吾率いる男女5人組だけだ。

そこで、雫は大迷宮入り口前の受付嬢にそれとなくツルギのことを聞いたところ、死亡扱いになっていると言われたのだ。

もちろん、死体が確認されたわけではない。オルクス大迷宮に1人で潜る際、一定期間たっても戻らなかった場合は死亡したと判断されると、その受付嬢から聞いた。

だが、雫はその「もしかしたら」が頭から離れないでいた。

「絶対に生きて戻ってくる」と約束したのに、こんな簡単に破られてしまうのか、と内心で嘆いていたが、態度には出せなかった。

なぜなら、光輝がまたご都合解釈で、

 

「峯坂は国王陛下と教皇様に矢を向けたんだ。そんな危ないやつがいる方が危険だし、当然の報いじゃないかな」

 

などと言ってきたのだ。

もちろん、雫はメルドから事の顛末を聞いているし、香織も雫からそのことを聞いている。

それだけに、雫は光輝に怒鳴ってしまいそうになったが、寸前で抑え込んだ。

あくまで光輝には悪意がないのだ。そんな光輝に怒鳴っても、またご都合解釈で流されてしまうだろう。

その結果、こっそり一人になっては物思いにふけることが多くなったのだ。

 

「・・・ねぇ、雫ちゃん」

「なに?」

「峯坂君が死んだって、信じてる?」

「・・・正直、わからないわ。彼も、なにが起こるかはわからないって言ってたし」

「・・・私はね、南雲君は生きてるって信じてる。信じて、南雲君のことを探す。だから、雫ちゃんも峯坂君が生きてるって信じて、一緒に探そう?」

「・・・えぇ、そうね」

 

とにもかくにも、まだ剣が死んだという証拠は何もない。なら、死んだと決めつけるのは早いだろう。

何より、自分の親友である香織は、ある意味ツルギよりも生存が絶望的であるハジメを、生きていると信じて探すと決意したのだ。

ならば、自分も剣が生きていると信じて探すだけだ。

 

「なら、一緒に探しましょう?南雲君と峯坂君が、生きていると信じて」

「うん、一緒に頑張ろうね!」

 

香織のおかげで気持ちが軽くなった雫は、新たな決意を胸に、香織と共に夜を過ごした。

ちなみに、その様子を見つけてしまった光輝と龍太郎は、余計な誤解を雫に察せられて盛大に怒られた。

 

 

* * *

 

 

「よし、なんとか抜け出せたな」

「そうね」

 

ホルアドから少し離れたところにある森の中に、俺とティアはいた。

戦闘は極力無視して地上を目指し、およそ半月ほどでオルクス大迷宮からこっそり抜け出して準備をしていた。

ちなみに、今俺とティアが羽織っているマントには、認識阻害の効果を持たせている。

 

「それで、どこにいくの?」

「まずは、ハルツィナ樹海を目指す」

「理由は?」

「一つ目は、大迷宮がある可能性が高くて一番手っ取り行けるのがそこだから。二つ目に、ハジメがオルクス大迷宮から出たあとに行くところも、ハルツィナ樹海の方が可能性が高い」

「自分の友達のことなら、なんでもわかるのね」

「まぁな」

 

友達になった理由も共通の趣味があったからだから、思考回路もわかりやすい。

 

「それで、どうやって行くの?ここからはそれなりに離れていると思うけど」

「それは、これを使う」

 

そう言って、俺は剣製魔法を使ってサーフボードっぽい見た目の板を作り出した。

 

「これは?」

「ウィンドボード。風を浮力にして浮かび上がって、地面を滑ることができるんだよ」

 

本当なら、空飛ぶフライボードを作りたかったのだが、それだと魔力消費がバカにならないからこっちにした。

これなら、計算上は、高速魔力回復も合わさって、最長で1ヶ月くらいは滑りっぱなしでいける。

どちらかと言えば、スノーボードに近い感じだが。

 

「これを使えば、馬車よりも早く移動できる、と思う」

「ツルギの剣製魔法って、なんでもありね」

「自分でも、そう思うよ」

 

俺の剣製魔法は武器から食器、調理器具まで、あらゆるものを再現できる。

さらに、複合魔法のおかげで、俺の作り出す物はすべてが疑似アーティファクト状態になっている。

 

「そんじゃあ、掴まってくれ」

「えぇ、わかったわ」

 

俺が先にウィンドボードに乗って手を差し出すと、ティアが俺の手を握ってウィンドボードに乗り、俺の腰辺りに腕を回してしがみついてくる。

・・・ティアの今の服装がボロボロなおかg、ボロボロなせいで、胸の感触がわりとダイレクトに感じる。

近いうちに、ティアの服を用意する必要があるか。

 

「よし、行くぞ!」

「きゃっ!」

 

背中越しの感触を意識しないためにも、俺は勢いよく地面を蹴って前に進んだ。

目指すは、ハルツィナ樹海だ。



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意外と早かった

“ライセン大峡谷”。

西のグリューエン砂漠から東のハルツィナ樹海にわたって大陸を南北に分断する峡谷で、深さは平均1.2km、幅は最大8kmにも及ぶ。

この峡谷の最大の特徴は、魔法がまともに使えないという点にある。そのため、昔は処刑場としても使われていた。

そこの出入り口となるところに、ハジメとユエの姿があった。その後ろには、多くのウサ耳、兎人族がいる。

オルクス大迷宮から秘密の通路を使ってでてきたハジメとユエだったが、そこでシア・ハウリアという兎人族に遭遇。奴隷にされそうになっている家族の助けを求められる。

また、シアは亜人族としては例外的に魔力を持ち、直接操作することもできる。そのため、亜人族の里であるフェアベルゲンから追放されたらしく、そちらから助けを求めることはできないという。

ハジメたちはハルツィナ樹海を案内させるという条件でその要望に応え、ハウリア族を保護した。

そうして、ようやくライセン大峡谷から抜け出そうとしたときに、そこで待ちぶせていた帝国兵と鉢合わせたのだ。

帝国兵はハジメに兎人族の引き渡しを(傲慢な態度で)要求したが、ハジメはそれを断る。

 

「・・・今、なんて言った?」

「断ると言ったんだ。こいつらは俺のものだ。さっさと国に帰ることをおすすめする」

 

ハジメの不遜な物言いに、帝国兵の顔に青筋が浮かび上がる。

帝国兵はさらに高圧的な態度で引き渡しを要求するが、ハジメはそれをすべてバカにしているともいえる態度で断っていく。

そこで帝国兵は後ろに立っているユエの存在に気づき、下衆な表情を浮かべ、脅迫まがいのことまで言ってきた。

ハジメも表情を消し、手元のドンナーに手を伸ばす。

 

「つまり、お前は敵でいいんだな?」

「あぁ!? まだ状況が理解できてねぇのか! てめぇは、震えながら許しをこ・・・」

 

 

 

 

ドグシャアァァァッ!!

 

 

 

帝国兵が手を出そうとしたその瞬間、上空から巨大な何かが落下し、ハジメに突っかかってきた帝国兵と後ろに控えていた帝国兵の何人かを押しつぶした。

 

「・・・は?」

 

殺る気満々だったハジメは、予想だにしなかった事態に珍しく目を白黒させる。

空から降ってきた巨大な何かの正体は、ライセン大峡谷に生息している双頭のティラノのような魔物、ダイヘドアの死体だったからだ。

空から降ってきたダイヘドアの死体の顔には、くっきりと何者かに殴りつけられた跡がある。

いったいどういうことだと思考を巡らせていると、

 

 

 

 

「ちょっと、ツルギ!やりすぎじゃないの!?」

「いや、こんなもんだろ?」

「もしあそこに人がいたらどうするの!?」

「あれくらいならだれでも避けれるだろ」

「・・・もし避けれてなかったら?」

「そのときは自己責任だ」

 

 

 

先ほど登ってきた階段の方から、男と女の声が聞こえてきた。

そのうち、男の声はとても聞き覚えがあるものだった。

 

 

* * *

 

 

「自己責任って、投げやりすぎない!?」

「お前なぁ、意気揚々とウィンドボードで突撃したと思ったら、急ブレーキがかかって顔面ダイブすることになった俺の気持ちがわかるのか?あと少し身体強化が遅かったらやばかったぞ?」

 

オルクス大迷宮から抜け出した後、俺たちはウィンドボードに乗ってハルツィナ樹海へと向かったが、その前にライセン大峡谷に寄り道していた。

そこで、ウィンドボードでテンションが上がっていたのと、最近は本を読む機会がめっきりなくなったこともあり、ライセン大峡谷では魔法が使えないということをすっかり忘れ、結果としてライセン大峡谷に入ったとたんに急ブレーキがかかってしまい、放り出された俺はきれいな顔面ダイブを決めていた。

ちなみに、ティアは俺の背中に顔をうずめていたおかげでほぼ無傷だ。

幸い、とっさの身体強化が間に合ったおかげで軽傷ですんだが、それなりにイラっとした。

さらに、ここでは剣製魔法がまともに使えず、剣や弓矢を思ったように生成できなくてさらにストレスがたまっていった。

そのストレスを解消するために、今は身体強化と剣製魔法の籠手と脛当てを使った徒手格闘で魔物を殴り飛ばしたり蹴り飛ばしたりして、少しでもストレスを発散していた。

なぜ籠手と脛当てなのかと言うと、こっちなら腕や足の周りに魔力を展開させる要領でできるため、剣や弓矢よりも維持が楽だからだ。

 

「だから、どうしてわざわざライセン大峡谷に行くの、って聞いたのに・・・」

「魔人族のお前がいるのに、どうして正面突破しなきゃいけないんだよ。それに、亜人族の案内がなかったらハルツィナ樹海を探索できないぞ?」

「う、それはそうだけど・・・」

「だから、こそこそ移動できて、亜人族の奴隷を助けて恩を売りやすいここに来たんだろうが。ていうか、知ってたなら言ってくれないか?」

 

わざわざライセン大峡谷を迂回した理由は今言った通り、人目につかないところでの移動と亜人族の案内の確保だ。

魔人族であるティアはかなり目立つ。一回発見されれば、最低でも小隊くらいはでてくるだろう。その相手を避けるために、あまり人目につかず、ばれても証拠隠滅できるライセン大峡谷を迂回路に選んだ。

また、ハルツィナ樹海には亜人族やそこに生息している魔物以外の感覚を狂わせる霧がでており、普通の人間族や魔人族は入ることができない。

そこで、亜人族の奴隷の運搬に使われるライセン大峡谷で亜人族の奴隷を開放して、恩を着せることで案内を頼もうと考えていた。

 

「だって、あのウィンドボード?のせいでしがみつくのに必死だったし・・・」

「そのわりには楽しんでなかったか?」

「・・・気のせいよ」

 

そうは言っているが、頬が少し赤くなっている時点で図星だろう。

そういうわけで、とりあえずハルツィナ樹海側の出入り口で待伏せしようと考えて、そこに向かっていた。

 

「まぁ、どのみち押しつぶされた輩はいたけどな」

「だめなんじゃないの!?」

「大丈夫だ。パッと見た感じ、帝国兵だったからな。おそらく、近くに亜人族もいるはずだ。そろそろだとは思うが・・・」

 

そんなことを話しながら階段を上っていくと、頂上についた。

そこにいたのは、およそ40人ほどいる兎人族と、30人弱の帝国兵らしき人間、そして、金髪赤眼の少女に白髪眼帯黒コートの男・・・

 

「え・・・?」

「・・・まさか」

 

その男に、見覚えがあった。

わすれもしない、あの時、奈落に落ちていくのを助けることができなかった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハジメ、なのか?」

「もしかして、ツルギか?」

 

 

 

 

 

 

 

容姿も纏う雰囲気も変わってしまっているが、俺の名前をつぶやいたのは、まぎれもない俺の友人である、南雲ハジメだった。

 

「おい、そこのお前!」

 

そこに、帝国兵が無粋にも俺に突っかかってきた。

 

「あ?なんだ?」

「これは、貴様がやったのか?」

「そうだが?まさか、あそこまでどんくさいとは思わなくてな」

「貴様!ぶちころ・・・」

 

最後まで言わせずに、俺は顔面に拳を打ち出した。当然、剣製魔法の籠手と身体強化込みだ。

結果、グシャリと生々しい音をたてて、帝国兵の男は頭部を爆散させて絶命した。

それを見た帝国兵たちは、呆然としたまま立ち尽くしていた。

 

「んで?お前らはどうするんだ?」

 

いったん籠手と脛当てを消した俺は帝国兵に尋ねる。

すると、パニック状態のままだがそれぞれ武器を構え直して隊列を組み、後衛の魔術師たちが詠唱を始める。

どうやら、曲がりなりにも実力はあるようだ。

幸い、ここが出入り口付近であることから、剣製魔法も問題なく使える。

 

「なら、こっちも容赦はしない」

 

俺は両手に白と黒の双剣を作り出し、前衛に斬りこんだ。

身体強化と日本にいた頃に習った技術も組み合わせ、相手に認識されない速度と動きで前衛を斬り倒していく。

そうしている間にも後衛は詠唱を進めているが、

 

「させない」

 

ティアが腕を振るうと、後衛の魔術師たちが一瞬のうちに両断された。

ティアが放った風魔法“風刃”が後衛の帝国兵を切り裂いたのだ。

俺が一通り前衛を斬り倒すと、残りのわずかな帝国兵は逃げ出そうとしたが、

 

ドパアァァンッ!!

 

間延びした銃声が響き渡り、一人を残して頭部を破裂させた。

後ろを見れば、ハジメがリボルバー銃を構えているのが見えた。

どうやら、早撃ちで一瞬のうちに帝国兵を撃ち抜いたようだ。

 

「な、なんなんだ!お前たちは!って、魔人族!?」

「んなこといちいち教えるかよ。とりあえず、俺の質問に答えろ」

 

完全に腰が抜けてしりもちをついている最後の一人の帝国兵は、混乱してはいるが俺の言葉にうなずいた。

 

「こ、答えたら助けてくれるのか?」

「知らん。そんなのお前次第だ。そもそも、交渉できる立場だと思ってるのか?」

「わかった!話すから!だから命だけは!」

 

命乞いするように帝国兵は土下座をし、俺の質問を待つ。

 

「なら、他に亜人族の奴隷はいるか?例えば、そこの兎人族の関係者だったりだ」

「ほ、他の兎人族は、たぶん全部移送された、と思う。人数は絞ったから・・・」

 

人数を絞った。ようは、老人などの売れない兎人族は殺したということか。

ちらりと横を見ると、ハジメと横の金髪少女はなんとも思っていないようだが、後ろの兎人族は沈痛な面持ちでいた。

 

「そうか」

「み、見逃してくれるのか?」

 

俺が質問を終えたことを確認すると、帝国兵は懇願するように尋ねてきたが、俺が再び双剣を手に取るのと、殺意を宿したことで、俺の答えがわかったらしい。

 

「待て! 待ってくれ! 他にも何でも話すから! 帝国のでも何でも! だから・・・」

 

再び命乞いをするが、最後まで聞かずに黒い方の短剣を投擲して、帝国兵の額に突き刺した。

後ろの方からは、声を押し殺したかのような悲鳴が聞こえてくる。

俺が特に気にせずにしていると、ティアの方が問いかけてきた。

 

「ねぇ、さっきの人は見逃してもよかったんじゃ?」

「お前の姿を見られたんだ。あのまま見逃した方がよっぽど面倒だ。それに、ケンカを売った結果、相手の方が強かったから降伏します、なんてのは都合がよすぎるだろ」

「まぁ、それもそうね」

 

ティアの方も、さらりと納得する。

さすがのティアも、なにが得でなにが損かはわきまえているから、この辺りは割り切っているようだ。

それに、今は帝国兵よりも重要な案件がある。

再び、俺はハジメの方に向き直る。

 

「改めて聞くが、ハジメだよな?」

「あぁ、そうだ。お前は、ツルギだな?」

「そうだよ。それにしても・・・」

 

そこで言葉を区切って、俺はハジメを見る。

纏う雰囲気は以前とは大きく異なり、まるで強大な魔物のよう。口調も、俺と似たような感じになっている。先ほど、ためらいなく帝国兵を撃ち殺していたことからも、変心していることは明らかだ。

見た目も大きく変わっており、髪は真っ白に脱色され、右目は眼帯に覆われている。左腕は漆黒の物々しい義手になっており、服装も黒を基調としたコートやズボンを纏っている。

一通りハジメを見て、そして一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、変わらんな、やっぱ」

「・・・は?」

 

俺の呟いた一言に、ハジメの目が点になる。

 

「おいおい、自分で言うのもなんだが、だいぶ変わった自覚はあるぞ?どこをどう見れば変わってないってなるんだ?」

「いや、だってさ、鏡を見てみろよ。中二病の描く格好そのままだぞ?」

「ぐはっ!?」

 

俺の中二病というワードに、ハジメが崩れ落ちる。

 

「いやぁ、オタクの業ってのは深いな。雰囲気はがっつり変わってるのに、結局根っこは変わらないままだもんな。安心したよ」

「うぐっ!?」

「その義手も、いろいろと見た目に凝ってるみたいだし?コートも同じくだし?眼帯ですらだいぶこだわりを持っていると見るが?」

「がふっ!?」

「たしか、中学のときに妄想してた『異世界のかっこいい服装』もそんな感じだったか?異世界召喚が、中二病のハジメをよみがえらせたんだな・・・」

「ぐふぅっ!?」

 

次々と言葉のボディブローを畳みかけ、ハジメの精神的ライフゲージががりがり削れていくのを幻視しながらも、それでもやめない。

 

「す、すごいですぅ。あのハジメさんが、ここまでいいようにやられるなんて・・・」

「・・・ツルギ?もしかして・・・」

 

後ろからなにやら話し声が聞こえるが、とりあえずは放っておく。

 

「まぁ、この辺りで置いといて・・・」

「なんだよ・・・」

 

いったん弄りをやめた俺に、ハジメはうつろな目を向け、

 

「とりあえず、生きててよかった、ハジメ」

「・・・おう」

 

思ったよりも早く、俺は親友との再会を果たした。

 

 

* * *

 

 

「んで?いろいろと聞きたいことはあるが、その前に一つ」

 

ハジメが精神的ダメージから回復した後、馬車でハルツィナ樹海へと向かいながら、ハジメは俺の後ろにいるティアに視線を向けた。

ちなみに、周りの兎人族が紺色の髪をしているのに対して白髪の兎人族であるシアはハジメとバイクを相乗りしての移動を懇願したが、俺とハジメがゆっくり話をするためにも却下した。今、馬車の荷台には俺とティア、ハジメ、金髪美少女、シアが乗っている。

 

「どうして魔人族と一緒にいるんだ?まさか、魔人族側についたとかか?」

「ちげぇよ。ティアは、簡単に言えばオルクス大迷宮で拾った」

 

ティアは俺の「拾った」という言い方に不満を覚えたようで少し頬を膨らませたが、あながち間違ってもいないから特に反論もしなかった。

 

「ていうか、お前、どうしてここにいるんだ?」

「じゃあ、お前が落ちてからの話をするが・・・」

 

そうして、ハジメにだいたいのことを話した。

あの後、固有魔法に目覚めたこと。ハジメを探しに行くためと飼い殺しになるのを防ぐために教会と縁を切ったこと、ハジメを探しにオルクス大迷宮を100階層まで探索し、そこでぼろぼろだったティアを拾ったこと。

ついでに、ティアのだいたいの身の上話と現時点でわかっている魔人族のあれこれ、他の七大迷宮を探索するつもりだったことも話した。

 

「なるほど。っていうか、お前もずいぶんなことをしたな。普通、教会に喧嘩なんて売るか?」

「どのみち、いつかは教会とは縁を切ろうと思ってたからな。ある意味、いい機会ではあったな」

 

こういう言い方はどうかとは思うが、実際いい機会ではあった。そのおかげで、今のところ教会の方から接触してくる気配はない。

 

「それで、俺の方もいろいろと聞きたいんだが、その前に一つ」

 

そこで俺は、金髪美少女の方に視線を向ける。

 

「こっちの女の子はだれだ?」

「・・・ユエ。ハジメの女」

 

俺の疑問には、ユエと名乗った少女が答えた。

ただ、気になることがある。

 

「・・・お前、いつの間にロリコンになったんだ?」

「ちげぇよ!ユエは・・・」

「あぁ、あれか?合法だから手を出してもいいや、みたいな?」

「だからちっげえよ!俺が襲ったみたいに言うな!」

「なるほど、むしろ襲われたと?」

「そ、それは・・・」

「心配するな。俺は、たとえハジメが襲われてナニをしたとしても、軽蔑なんてしないからな」

「やめろ!その優しい言い方は・・・ちょっと待て」

 

そこでハジメは、俺の言ったことに疑問を持ったようだ。

 

「なんでユエが俺よりも年上だとわかったんだ?言ってないはずだが?」

 

ハジメの言う通り、俺はハジメに言われる前からユエがハジメよりも年上なことを見抜いていた。

もちろん、直感というわけではない。

 

「天眼の派生技能の“看破”のおかげだ」

 

天眼の派生技能、“看破”の効果は、主要な鑑定系の技能に加え、だいたいだが相手を見るだけでステータスプレートに載っている情報もわかるというものだ。

だから、ユエの年齢もわかったし、ハジメのぶっ壊れたステータスもわかる。

とはいえ、そこまで便利なものではない。

ステータスの値は上一桁しかわからないし、技能にいたっては数すらわからない。

俺の説明に、ハジメは大きく息を吐いた。

 

「・・・なんというか、お前もずいぶんとチートになってきたな」

「ステータスがバグっているお前が言うか」

 

軽口をたたきながら、俺はユエさんの方へと視線を向ける。

 

「えっと、ユエさん、でいいか?ハジメから聞いてるみたいだが、俺は峯坂ツルギ、ハジメの親友だ」

「・・・ん、よろしく。それと、ユエで構わない。ハジメの親友だから」

「そうか。んじゃ、よろしくな、ユエ」

「・・・ん」

 

とりあえず、俺はユエの呼び捨てを許された。

そして、ハジメからの情報も共有した。

ここで新しく得たのは、狂った神の話と、ハジメたちも七大迷宮の攻略を目指している、ということだ。

 

「・・・なるほど。ティアの話を聞いた時点でまさかとは思ってたけど、やっぱそうなるのか」

「予想していたのか?」

「あの教皇が気持ち悪くて胡散臭かったからな。可能性の一つとしては考えていた」

 

あそこまで狂信めいた信仰を持っている時点で、彼らの信仰する神がまともではなさそうなことくらい、容易に想像がついたことだ。

 

「まぁ、それはともかくだ。ツルギ、お前も俺たちと一緒に来ないか?」

「・・・いいのか?」

 

ハジメからの提案に、俺は聞き返す。

この「いいのか?」という言葉は、主には「ハジメたちと比べればたいしたステータスではないが、それでもいいのか?」という意味を込めている。

それを察したのか、ハジメは頷いて答える。

 

「表とはいえ、オルクス大迷宮を五体満足で攻略したんだ。戦力としては十分すぎるくらいだ。それに、俺としても親友といた方が心強い」

 

そう言うハジメの目には、俺に対する強い信頼が見える。

 

「俺たちはいろいろと問題を抱えているぞ?俺は教皇にケンカを売ったし、ティアは現在進行形で戦争している魔人族だ」

「そんなの今さらだ。たとえ誰が邪魔しようと、なにが立ちはだかろうと、遠慮なくぶっ壊す。それだけだ」

 

犬歯をむき出しにするようなハジメの笑みにつられ、俺も同じような笑みを浮かべる。

 

「なら、お言葉に甘えて一緒に行かせてもらう。ユエもそれでいいか?」

「・・・ん、ハジメの言ったことなら」

 

ユエからの了承も取れた。

こうして、俺とティアはハジメとユエと共に七大迷宮に挑むことが決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー、できれば私も一緒に・・・」

「お前は引っ込んでろ、残念ウサギ」

「はぅっ!?」

 

ちなみに、シアも同行を申し出たが、ハジメにバッサリと切り捨てられた。




ちょいと無理やりな気はしますが、ハジメとの再会です。
先週末に大学の学祭があったので更新にちょいと穴が空きましたが、また再スタートです。
ちなみに、学祭は超楽しみました。


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フェアベルゲンにて

*そういえば書いてないなぁ、ってことに気づいたので、ツルギの魔力の色を書き加えました。


俺とティアがハジメとユエの旅に同行することになった後、ハジメの境遇をシアも交えて話したり、それにシアが号泣してまた旅の同行を願い出るもきつめの言葉で返されたりしながら、俺たちはハルツィナ樹海にたどり着いた。

 

「それでは、ハジメ殿、ユエ殿、ツルギ殿、ティア殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。お二人を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下でよろしいのですな?」

「あぁ、聞いた限りじゃあ、そこが本当の大迷宮と関係していそうだからな」

「まぁ、言われてみればそうだな」

 

ハジメの説明に感心しながら、俺はハルツィナ樹海の方を見渡した。

外から見た限りはただの樹海だが、中に入ると霧に覆われており、それが亜人族や樹海の魔物以外の感覚を狂わせるという。

ちなみに、シアの父親でハウリア族の族長であるカムやハジメのいう“大樹”とは“ウーアアルト”と呼ばれており、ハルツィナ樹海の深部に根差している。カムが言うには、亜人族たちからは神聖視されており、滅多に近づかないらしい。

 

「ねぇ、どうして樹海が大迷宮じゃないってわかるの?」

 

そこに、いまいち理由がわからなかったらしいティアが俺に尋ねてきた。

 

「考えてみろ。本当の大迷宮ってのは、神代魔法を手に入れるための試練だ。この樹海がその大迷宮なら、亜人族なら行き来し放題だろ」

「あ、そうね」

「そもそも、奈落の魔物がうろつくような魔境なら、亜人族が住めるわけもないからな。なら、どこか別の場所に迷宮の入り口があると考えた方が自然だ」

 

横からハジメの説明も加わり、ティアも納得顔を見せる。

ちなみに、今のティアの姿は髪色はそのままに、肌色や耳の形を俺たちに似せてある。

カムたちハウリア族は帝国兵から助けてくれたこともあって割かし受け入れられているが、他の亜人族はそうもいかないだろうし、町に入るにしてもいろいろと不便だ。

そこで、ハジメにピアスの変装のアーティファクトを用意してもらって、それをティアに付けさせている。

このアーティファクトは、魔力を流している間は、例えばシアが付けたとすると、ウサミミが見えなくなるだけでなく感触も誤魔化せるという優れものだ。

これで問題なく町に行けるだろう。

あと、俺も黒塗りの鞘に納められた刀をハジメから譲り受けている。

どうやらライセン大峡谷にも七大迷宮の一つがあるらしく、その攻略のためにハジメに刀がないか尋ねたところ、鍛練の一環で作ったという黒い刀(命名:黒刀)をもらった。

この世界で一番硬い鉱石を圧縮して作ったらしく、素人が適当に振っても鉄を斬り裂ける切れ味をもつとのこと。また、魔力を直接流すことで風の刃(風刃の固有魔法)を発生させたり、鞘には針を仕込んでいて、こちらも魔力を直接流すことで射出できるとのことだ。

刀身はこちらも漆黒で、小烏造り(刃紋がない、僅かな反りがある、先端から少しの間が両刃になっているなどの特徴を持つ刀)になっている。

余談だが、これもハジメが漫画を元に作った武器で、俺はもらったあとにその事で再びハジメを弄り倒した。

 

「ハジメ殿、できる限り気配は消しもらえますかな。大樹は神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々はお尋ね者なので、見つかると厄介です」

「ああ、俺とユエはある程度隠密行動はできるが・・・」

「俺は大丈夫だ」

「わたしも大丈夫」

 

ハジメは若干不安気に俺たちの方を見たが、問題ないと答える。

俺は武術を習った関係で気配の操作もできるし、ティアも曲りなりに戦闘訓練をしているからできるようだ。

そして、それぞれ俺たちは気配を隠していくが、

 

「ッ!?これは、また・・・ハジメ殿、ツルギ殿、できればユエ殿とティア殿くらいにしてもらえますかな?」

「ん?こんなもんか?」

「っと、こんな感じか?」

「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな。いや、全く、流石ですな」

 

カムたち兎人族は全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵と隠密行動にすぐれているが、俺とハジメの隠密はレベルが高すぎて兎人族たちでも見失いそうになったようだ。

 

「ていうか、ハジメ。いったいどういうからくりだ?俺でも見失いかけたんだが・・・」

「“気配遮断”の技能だ。それを言えば、ツルギの方がおかしいぞ?なんで技能もないのにそこまで気配を消せるんだよ・・・」

 

俺とハジメは、互いに互いの性能のおかしさを指摘するが、視線を感じて振り返ってみるとユエがジト目で俺の方を見ていた。

 

「ユエ、どうかしたか?」

「・・・べつに」

 

俺の方からユエに問いかけても、そっけなく返されるだけだった。

そんなこんなで俺たちは大樹に向かったが、

 

「“風刃”」

 

その道中、隠れて襲おうとした猿の魔物にユエが風魔法の“風刃”で細切れにした。あからさまにオーバーキルだ。

どこか、いら立ちをぶつけるようにも見えたが・・・あ(察し)。

 

「・・・もしかして、気配操作で俺に負けたのが悔しかったのか?」

「・・・・・・べつに」

 

完全にふてくされていた。どうやら当たりみたいだ。

一応、他にも魔物はいたが、そのすべてをユエが“風刃”で必要以上に切り刻んでいった。

 

「完全に悔しがってるなぁ・・・」

「もしかしたら、自分の立場がとられそうになってると思ってるんじゃないか?ほら、お前って魔法も体術も両方レベル高い、っていうかチートレベルだし」

「あぁ・・・」

 

俺が遠い目をしながらつぶやくと、横からハジメが理由を言ってきた。

言われてみれば、俺は魔力や魔耐のステータス値こそユエより低いが、技術はおそらく同等で固有魔法持ち。しかも、ユエと違って接近戦もこなせる。

ユエがふてくされるのには十分な理由だ。

それからも、何度か襲ってきた魔物をユエ(ときどきティア)がすべて倒していき、数時間ほど歩いた。

すると、今度は魔物ではない気配が無数に俺たちの周りに現れた。

数もそうだが、殺気も連携の練度も魔物の比ではない。

もっと言えば、カムが苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべ、シアにいたっては顔を青ざめている。

それで、俺たちは相手が何者なのかを察した。どう考えても面倒な予感しかしない。

 

「お前たち、なぜ人間といる!種族と族名を名乗れ!」

 

声がしたと思うと、正面から筋骨隆々の虎人族の亜人がやってきた。

格好を見る限り、兵士だろう。

 

「あ、あの、私たちは・・・」

 

カムがなんとか誤魔化そうとするが、その前に虎人族の兵士の視線が俺たちの後ろのシアに向けられ、その目が大きく見開かれた。

 

「白い髪の兎人族、だと?貴様ら、報告のあったハウリア族か!亜人族の面汚し共め!長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは!反逆罪だ!もはや弁明など聞く必要もない!全員この場で処刑する! 総員か・・・」

「ぎゃあっ!」

「ぐあっ!?」

 

虎人族の兵士が攻撃命令をかけようとした瞬間、周りからぞくぞくと悲鳴が聞こえてきた。

そのことに、虎人族の兵士が混乱したように視線をあちこちへと向ける。

 

「ハジメ、とりあえずこんな感じでいいか?」

「まぁ、俺が撃ってもよかったんだが、べつにこれでもいいか」

 

俺とハジメは何でもないように会話するが、俺の手には淡紅色の魔法陣が展開されていて(魔法陣の色は俺の魔力の色になる。淡紅色が俺の魔力の色)、そこから無数の鎖が飛び出ている。

それを思い切り引っ張ると、周りから続々と鎖で拘束された兵士たちが引きずられてきた。

 

「な、な・・・」

「とりあえず、これで全員か?言っておくが、これを力ずくで解除する、なんてことはできないからな」

 

俺が放った鎖は剣製魔法で作られたもので、光魔法の“縛光鎖”よりも早く、強度と操作性を増して使用できる。

虎人族の兵士はうろたえながらも再び武器を構えるが、それよりも早くハジメがドンナーを抜いて頬を掠めるようにして撃つ。

さらに、魔力を直接放出して相手に物理的な圧力を加える“威圧”を放って動きを止めさせる。

 

「今の攻撃は、刹那の間に数十発単位で連射出来る。お前らのいるところはすでに俺のキルゾーンだ」

「な、なっ、詠唱が・・・」

 

虎人族の兵士は未知の攻撃に怯え、半ば戦意を失っていた。

 

「お前たちに勝ち目はない。それでも襲い掛かるというなら、俺たちは容赦なくお前たちを殺す」

「だが、この場を引くというのなら追いもしない。敵でないなら殺す理由もないからな。さぁ、選べ。敵対して無意味に全滅するか、大人しく家に帰るか」

 

俺とハジメの宣言に虎人族の兵士は武器を落としそうになるが、なんとか気を取り直したようで俺たちに問いかけてくる。

 

「・・・その前に、一つ聞きたい。何が目的だ?」

 

これに、ハジメが俺たちの目的と、大樹が怪しいということを告げる。

これを聞いた虎人族の兵士は思案顔になるが、すぐに結論をだした。

 

「・・・お前たちが同胞に危害を加えないというなら、大樹に行くくらいはかまわない、と俺は判断する。だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。長老方なら、お前たちの話を知っておられるかもしれないからな」

「わかった。なら、はやく伝令を出してくれ。それくらいは待つ。もちろん、今言ったことを曲解なく伝えろよ?」

「無論だ。だから、ひとまずは同胞たちを開放してもらおう」

「ほらよ、これでいいか?」

 

俺が鎖を解除すると、虎人族の兵士がザムと呼んだ兵士を伝令に向かわせて、ハジメもドンナーをホルスターにしまう。

とりあえず、この場は落ち着いたようだ。

その後、伝令の兵士が来るのを待っている間にユエがハジメにちょっかいを出してシアがそれに参加しようとするもユエが関節技をかけたりするなど、若干カオスなことはあったが、およそ一時間ほどたったところで、伝令の兵士が数人の新たな亜人を連れて戻ってきた。

その中でも、中央にいる金髪の初老の男に目が行く。ティアとも違う、尖った長耳を持っていることから森人族だろう。

その人物の纏う雰囲気は、他の誰とも違う威厳があった。

ということは、おそらく長老なのだろう。

その男が、俺たちの前にでてきた。

 

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている」

 

とりあえずは、これ以上面倒なことにならないのを祈るばかりだ。

 

 

* * *

 

 

「・・・なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上か」

 

今、俺たちはフェアベルゲンの長老会議に使われる部屋に案内された。

本来ならさっさと大樹のところに行く予定だったが、大樹の周りは樹海よりもさらに深い霧に覆われており、亜人族でも感覚を狂わされてしまうらしい。それが薄くなる周期が10日後になるということで、それまではこの辺りに滞在することになった。

ちなみに、カムはこのことをすっかり忘れており、責任の押し付け合いをした他のハウリア族共々、ユエの“嵐帝”(竜巻を発生させる風属性魔法)で吹き飛ばされた。今は階下の部屋に待機している。

そして、ハジメがオルクス大迷宮の奈落の最下層にある『オスカー・オルクス』の隠れ家で得た情報を伝えていった。

この世界の神の話を聞いたアルフレリックは、とくに顔色を変えたりはしなかった。本人が言うには、「この世界は亜人族にやさしくない、今さらだ」とのことだ。

アルフレリックの話によると、長老衆にのみ伝わる口伝に、七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたら、その者に敵対しない、もし気に入れば好きな場所へと案内させる、というものがあるらしい。

これは、ハルツィナ樹海の大迷宮の創始者である『リューティリス・ハルツィナ』が残したものだそうだ。

その大樹の下にそれぞれの七大迷宮を示す紋章が刻まれた石碑があり、ハジメが示したオスカーの遺品である指輪がそれと合致してたとのことだ。

 

「つまり、ハジメはその資格を持っていて、仲間である俺たちも同様に扱われる、ということでいいか?」

「そうだ、だが・・・」

 

今のところ、アルフレリックとの話し合いは主に俺が行っている。理由は簡単で、ハジメが「事情は説明するが、後はめんどいから任せた」などと言ってきたからだ。俺としてはこれくらいなら構わないが。

俺の確認に、アルフレリックが若干難しい顔をしたところで、階下の様子が騒がしくなっていることに気づいた。

俺とハジメがため息を吐きつつも下に向かうと、そこには大柄な熊人族や虎人族、狐人族、翼人族、土人族が剣呑な眼差しでハウリア族を見ていた。

よく見れば、シアやカムの頬が腫れていることから、どうやら一悶着あったらしい。

すると、今度は鋭い眼差しを俺たちとアルフレリックに向けてきた。

その中で、熊人族の男が怒りを押し殺した声で発言してきた。

 

「アルフレリック。貴様、どういうつもりだ。なぜ、人間を招き入れた?こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど、返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

熊人族だけでなく、他の亜人族も俺たちをにらみつけてくる、アルフレリックは飄々としたまま受け答えする。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「何が口伝だ!そんなもの眉唾物ではないか!フェアベルゲン建国以来、一度も実行されたことなどないではないか!」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

「なら、こんな人間族の小僧が資格者だとでも言うのか!敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

 

あくまで淡々と返すアルフレリックに、熊人族の男が信じられないと言わんばかりに俺たちをにらみつけてくる。

どうやら彼らも長老衆で、だが口伝に対する認識は違うようだ。

森人族は他の亜人族と比べて長寿(平均200歳ほど、他の亜人族は100歳ほどらしい)なため、その分価値観に差があるようだ。

 

「ならば、俺が今、この場で確かめて・・・!」

 

熊人族の男が鼻息荒く俺たちに突っかかろうとしたところで、俺は黒刀を一閃させた。

もちろん、斬ったのは熊人族の男ではなく、その足元の床だ。

 

「な・・・」

「今の攻撃が見えなかったというなら、やめておけ。俺たちには勝てない。それと、それ以上踏み込んでくるというなら、安全は保証しないぞ」

 

どうやら今の一閃が見えなかったらしく、熊人族の男はたたらを踏むが、それでも俺たちに向かって突撃してきた。

 

「ツルギ、俺がやる」

「わかった」

 

ハジメが俺に声をかけて、一歩前に出た。

熊人族の男が大きく腕を振り上げ、周りがこの後の悲惨な光景を想像して息をのむ。

だが、次の瞬間に起こったありえないことに凍り付いた。

 

ズドンッ!!

 

衝撃と共に振り下ろされた拳は、しかしハジメが左手であっさりと受け止めていた。

 

「温い拳だな。だが、殺意を持って攻撃したんだ。覚悟はできてるだろう?」

 

そう言って、ハジメは義手に込める魔力を増幅させて力を増す。

熊人族の男は必死に振りほどこうとしているが、ハジメはピクリとも動かない。

ハジメは無言のまま魔力を注ぎ、一気に力を込めた。

すると、バギンッ!という鳴ってはいけない音が、熊人族の男の腕から鳴り響いた。

それでも悲鳴をあげないのは、さすが長老衆ということだろう。

だが、腕を折られた痛みと衝撃で硬直した隙を、ハジメは逃がさない。

 

「ぶっ飛べ」

 

正拳突きの要領で引き絞られたハジメの左腕は、“豪腕”の技能と義手に内蔵されているショットシェルの勢いも合わさって放たれ、熊人族の男は吹き飛ばされて壁に激突した。

誰もが言葉を失い硬直している中、ハジメは殺気を宿らせた目で問いかけた。

 

「で?お前らは俺の敵なのか?」

 

これに答えられるものは、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

その後、アルフレリックが取り直したおかげで、なんとかハジメによる蹂躙は避けられた。

だが、場の雰囲気はあまり改善されなかったようで、敵意を向けてくる者もちらほらいた。

ちなみに、先ほどの熊人族の長老であるジンは幸い命に別状はないが、二度と戦えない体になったそうだ。

 

「で、あんたらはどうしたいんだ?こっちは大樹の下に行きたいだけだから、邪魔をしなければ敵対することもない。だが、亜人族としての意見をひとつにまとめてくれなきゃ、いざって時に()()()()()可能性もある。今の俺たちに、敵味方を区別できる配慮は持ち合わせていないぞ?」

 

俺の言葉に、長老衆の面々が体をこわばらせる。

その中で、土人族のグゼが苦虫をかみつぶしたような表情で呟いた。

 

「こちらの仲間を再起不能にさせておいて、第一声がそれか。それで友好的になれるとでも?」

 

これに対し、俺は呆れるようにした答える。

 

「何を言ってるんだ?先に手を出してきたのはあの熊人族の男だし、俺もわざわざ忠告までした。そのうえで襲い掛かってきたんだ。再起不能になったのはあいつの自業自得だ」

「き、貴様!ジンはな!ジンは、いつも国のことを思って!」

「それが、初対面の俺たちをいきなり殺しに来ていい理由になるのか?」

「ぐっ、だが、しかし!」

「勘違いするなよ。俺たちが被害者で、ジンってやつが加害者だ。長老衆ってのは罪科の判断も下すんだろう?なら、長老のあんたがそれを履き違えないでくれ」

 

長老衆というのは、亜人族の中でも力のある種族の長老が集まったもので、長老会議を開くことでフェアベルゲンの取り決めを行ったり、裁判なども行う。

だからこそ、頭の中ではわかっているのだろうが、感情面では納得しきれないらしい。おそらく、ジンとグゼはとくに仲が良かったんだろうが、俺としてはとくに重要なことではない。それは、必要のない感情だ。

 

「グゼ、気持ちはわかるが、そのくらいにしておけ。彼の言い分は正論だ」

 

アルフレリックもグゼをなだめ、とりあえずは落ち着いたようでそのまま椅子に座り黙り込んだ。

その後は、他の長老衆もそれぞれ思うところはあるようだが、とりあえずは俺たちを資格者として認めた。

だが、この後のことが問題だ。

 

「峯坂ツルギ。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さんたちを口伝の資格者として認める。故に、お前さんと敵対はしないというのが総意だ。可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。しかし・・・」

「絶対じゃない、だろ?」

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に、今回再起不能にされたジンの種族、熊人族の怒りは抑えきれない可能性が高い。アイツは人望があったからな・・・」

「で?」

 

アルフレリックの話を聞いても、俺はとくにどうとも思わない。

俺たちは必要なことをしただけで、必要なことをするだけだという意思を視線に乗せる。

アルフレリックもそれを理解したようで、同じく瞳に意思を宿らせて告げる。

 

「お前さんたちを襲った者を殺さないでほしい」

「殺し合いで手加減をしろと?」

「そうだ。お前さんたちの実力なら問題ないだろう?」

「できるかできないで言えば、できる。だが、するつもりはない。俺たちは、とくにハジメは、そっちの事情に興味はない。それに、手加減して変に図に乗られるのもめんどうだ。お仲間を死なせたくなかったら、そっちが全力で止めてくれ」

 

ハジメが奈落の底で培った、「敵は殺す」という価値観は根底に染み付いているし、俺もこの世界であれば必要なら殺す。少なくとも、今回の場合は襲ってきた者を殺した方が、後々に襲撃者は減るだろう。

だからこそ、俺たちがアルフレリックの頼みを聞く必要はない。

だが、そこでグゼが口をはさんできた。

 

「ならば、我々は、大樹の下への案内を拒否させてもらう。口伝にも気に入らない相手を案内する必要はないとあるからな」

「こっちは、案内はハウリア族にさせるつもりなんだが?」

「ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは罪人。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

 

グゼの言葉に、シアが必死に寛恕を乞うが、カムはこの決定を受け入れており、グゼも決定事項だとして聞き入れず、俺たちに挑発するようにしてどうするのか問いかけてくる。

これに俺は、ため息をついた。

 

「はぁ・・・お前ら、揃いもそろってアホかよ」

「な、なんだと!」

 

俺の言葉にグゼは目を吊り上げるが、それに対してハジメが自分たちの考えを告げる。

 

「俺たちは、お前らの都合なんか関係ないって言ってるんだ。俺らからこいつらを奪うってことは、結局、俺たちの行く道を阻んでいるのと同じことだろうが」

 

そう言いながら、ハジメは泣き崩れているシアの頭の上にポンと手を置き、

 

「俺からこいつらを奪おうってんなら、覚悟を決めろ」

「ハジメさん・・・」

 

ハジメの言葉に、シアは心を貫かれたようで、顔を赤らめながらハジメを見上げている。

 

「ま、そういうことだ」

「本気かね?」

「当然だろ」

「フェアベルゲンから案内を出すと言っても?」

「いらない。もともと、ハウリア族を助ける代わりに大樹に案内させてもらうって約束したからな」

「その約束は、もう果たされているのではないのか?報酬として案内を受けるだけなら、他のものが案内しても変わらないと思うが?」

「何度も言わせるな。大樹に案内するまで身の安全を確保するっていうのが、ハウリア族との約束だ。それを放り出して、途中で案内役を鞍替えするなんて、格好悪いことはしねぇよ」

 

俺やハジメは、目的のためなら躊躇なく人を殺す。

であればこそ、殺し合い以外の仁義くらいは守る。

それこそが、人殺しになっても外道にならないために、必要なことだ。

 

「それに、シアが魔物と同じ特徴を持つから処罰する、なんて言ってるが、そんなことは今さらだ」

「どういうことだ?」

 

俺の言葉にアルフレリックが疑問を持つが、俺が魔法陣も詠唱もなしに手の上に火球を発生させると、その目を大きく見開かせた。

 

「俺とハジメ、あと、ユエとティアもシアと同じように魔力を直接操作することができるし、固有魔法も使える。要は、お前たちの言う化け物だ。だが、口伝では“それがどのような者であれ敵対するな”ってあるんだろ?口伝に従うなら、あんたらはその化け物を見逃すことになる。なら、シア一人くらいなら今更だろう?」

 

俺の言葉に強直した長老衆だったが、すぐにひそひそと話し合い、シアとハウリア族を俺たちの身内とみなす、資格者である俺たちに敵対はしないがフェアベルゲンへの出入りを禁止する、俺たちに手を出した場合は自己責任とする、ということになった。

 

「これでいいか?」

「あぁ、構わない。むしろ、それなりに無茶を言ってる自覚はあるからな。理性的に判断してくれてありがたいくらいだ」

「そうか、なら早々に立ち去ってくれるか。ようやくあらわれた口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが・・・」

「わかってる。別に、無理に歓迎されることもないからな」

 

俺の言葉に、アルフレリックはわずかに苦笑いし、他の長老衆は「さっさと出て行ってくれ!」とでも言わんばかりに俺たちの方を見てくる。

それに肩をすくめながら、俺はハジメたちのもとに戻る。

 

「はぁ、疲れた・・・」

「ツルギ、お疲れだな」

「誰のせいだと思ってるんだよ。まぁ、とりあえずこんな感じでいいか?」

「あぁ、構わない・・・これからも、交渉はお前に任せるか」

「お前も手助けと意見くらいはしてくれよ」

「わかってる。んで、お前らはいつまで呆けてるんだ?さっさと行くぞ」

 

いつの間にか追放処分だけで済んでいることにハウリア族は呆然としていたが、ハジメの呼びかけで我を取り戻して俺たちの後についていく。

そして、門を出たところでシアが恐る恐る問い掛け、ユエが安心させるように話しかけたことで実感が湧いたようで、思い切りハジメに抱きついた。

それを皮切りに、他のハウリア族も実感が湧いたようで、隣同士で生き残ったことを喜び合った。

ユエは、ハジメに抱きついているシアを不機嫌そうに見ているが、まぁいいかとそのままにしておいた。

 

「・・・ツルギ」

「・・・言ってやるな」

 

そんな中、ティアに言われてちらりと後ろを振り返ってみれば、長老衆が複雑そうな目でこちらを眺めており、中には憎悪に近い感情を向けてくる者までいる。

とりあえず、面倒ごとにならないことを祈るばかりだった。




長ぁい・・・。
詰め込めるだけ詰め込んだ結果がこれです。
途中、ティアが空気になりましたが・・・まぁ、ユエも同じ感じだし。
剣に八重樫属性が付与されてきましたが、はてさて、この先どうなることやら・・・。


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やりすぎだバカ野郎

「は!やぁ!」

 

フェアベルゲンでの話し合いが終わった後、俺たちは三手に分かれた。

一つ目は、ハジメとハウリア族ほぼ全員。

ハジメがハウリア族に訓練をつけている。

理由は、今回の案内が終わればハウリア族を守るものは今度こそいなくなる。そうすれば、今のままではハウリア族は再び蹂躙されることになる。

そこで、俺たちがいなくても自分の身を守れるように、ハジメが直々に戦闘訓練をつけることにしたのだ。

ハジメは、単身でオルクス大迷宮の奈落から帰還した。生き残る術に関しては誰よりも秀でている。そのため、ハジメが訓練をつけることにした。

二つ目は、ユエとシア。

こちらは、ユエがシアの魔力操作の鍛錬に付き合っている。

何やら賭け事をしているみたいだったが、特に問題はないだろう。

最後に、三つめが俺とティア。

俺たちは、ハジメたちとは別に戦闘訓練をしている。

戦闘技術を身に付けるだけならハジメたちと一緒でよかったのだが、ティアが俺と二人での訓練を望んだのと、ハウリア族に施しているのはあくまで生き残るための訓練であって、戦うための訓練ではないことから、俺がティアにマンツーマンで指導することにした。

内容は、主に魔力操作と近接戦闘の技術だ。

魔力操作は、主に魔法の発動の速度と精度を引き上げることに重点をおいた。

ここで、ティアも魔法の発動に魔法陣がいらないことが判明した。どうやら、ティアの体内にある魔石を通すことで、魔物の固有魔法と同じように魔法陣、詠唱なしで魔法を発動させることができるようだ。

これを知った俺は、またユエが出番を取られそうになると言っていじけるだろうなぁ、と思ったが気にしないことにした。

近接戦闘に関しては、俺が日本で学んだ武術の基礎と、戦いの中においての駆け引きを主に教えた。

ここでも驚いたのが、ティアはなかなかに近接戦闘、とくに体術のセンスがあった。武器の扱いはいまいち要領をつかめていないものの、その分、徒手格闘においては深く鋭い踏み込みと強烈な拳を俺に浴びせてくる。

だが、やはり経験はまだ乏しいようで、

 

「甘い」

「きゃあっ!?」

 

俺は簡単に芯をずらしてティアの拳をいなし、足をかけて転ばせる。

 

「踏み込みの速度はピカイチだが、自分でもあまり制御できてないみたいだな。ただ真っすぐに踏み込むだけじゃ、そんじょそこらの雑魚はともかく、俺には当たらないぞ」

「うぅ、ずるいわよ、躱してばかりで」

「真正面から殴り合うだけが戦いじゃない。戦いの中での読み合いが上手ければ上手いほど、相手に攻撃を与えることができる。別に真っすぐ踏み込んで攻撃するのが悪いとは言わないが、それはあくまで相手の知覚を振り切ってこそだ。ティアじゃ、その領域にはまだ踏み込めていない。だったら、その読み合いを身に付けろ」

「身に付けるって、どうやって?」

「こればかりは経験としか言いようがないな。ま、戦いながら身に付けろ。それに相手の知覚を振りきれるだけの動きを身につけるまでの辛抱だ」

「わかったわ」

「それじゃあ、そろそろハジメのところに戻ろうか」

 

幾度となく鍛錬と模擬戦を繰り返してきたが、ティアは確実にそのすべてを吸収していった。実力的には問題ないだろう。

それに、今日は大樹に行く日だ。どのみち、戻る必要がある。

俺はティアを立ち上がらせ、ハジメのもとに向かった。

 

 

 

 

 

「お、ツルギとティアも来たか」

「おう、戻ったぞ。んで、これはどういう状況だ?」

 

ハジメたちのところに行くと、すでにユエとシアもいた。

のだが、その様子がどうもおかしい。

ユエは今まで以上にむっすりしているし、シアは見ただけでも上機嫌だとわかるくらいに笑顔を振りまいていた。

俺が問いかけると、ハジメが疲れたような表情で簡単に説明した。

 

「えっとな、シアも連れて行くことになった」

「・・・あぁ、察した。それがユエとシアの勝負の賭けの内容か」

 

どうやら、この10日間でシアがユエに傷をつけたら俺たちの旅に同行する、という賭けをして、見事に勝ったらしい。

 

「えへへ、そういうことなので、これからよろしくお願いします、ツルギさん!」

「ったく、よろしくな、シア」

 

まぁ、真剣勝負の末の結果なら、俺が口を挟むことでもないか。

とりあえずユエとシアの方の状況は話したため、今度はハジメが俺たちに問いかけてくる。

 

「それで、そっちはどうだ?」

「あぁ、なんというか、やばいな」

「やばい?悪い意味でか?」

「いや、いい意味だ」

 

この十日間、ティアの鍛錬をしながら“看破”を使ってティアのステータスを考察していたが、なかなかにとんでもないことになっていた。

 

「端的に言うと、将来的にはハジメに近いステータスになるかもしれない、いや、ある意味、ハジメの上位互換だな」

「どういうことだ?」

「まず、ティアには尖った才能はないし、天職も持ってないが、弱点がない。技能の方はわからないが、ステータス値は今のところオール2000台、それもレベルで言えばまだ前半だ。まだまだ伸びるな」

「マジかよ・・・」

「これだけじゃないぞ、ティアはおそらく適正属性こそないが、すべての魔法属性を問題なく使えるし、詠唱はもちろん、魔法陣も必要ない。近接戦闘も、うかうかしてたら、素手での勝負なら俺でも厳しいかもしれないな」

「・・・マジ?」

「マジ」

 

俺自身、最初はこの考察に「いやいや」と頭の中で首を振ったが、何回考えてもこの結論に至った。

レベルに関しては、ハジメと同じく俺の“看破”で見れなかった。だが、今回の鍛錬でもかなりの成長を見せたのだ。まだまだ伸びしろはあると考えていいだろう。

俺の評価に、ハジメは絶句していた。

ちなみに、シアの方は魔法適正こそないものの、その分身体強化が化け物じみており、強化した値はだいたい6000程とのことだ。

どうやら、俺たちのパーティーは着々と化け物パーティーに仕上がっているようだ。

 

「んで、ハジメの方はどうなんだ?近くにいないようだが・・・」

「あぁ、今は魔物を狩りにいってるところだ。もうそろそろ戻ってくると思うが・・・」

 

最後に、俺がハウリア族について聞くと、ちょうどそのハウリア族が戻ってきた。

のはいいんだが、

 

「ボス。お題の魔物、きっちり狩ってきやしたぜ?」

「ぼ、ぼす?」

 

前に出てきたカムの口調が、それはもう変わっていた。

思わず「お前だれだ?」と聞きそうになったくらいに。

シアの方も、思わぬ変化に戸惑っている。

 

「俺は1体だけでいいと言ったはずだが・・・」

 

そうこうしているうちにも、カムたちからバラバラと、優に10体分の魔物の牙や爪などが広げられていく。

 

「ええ、そうなんですがね?殺っている途中でお仲間がわらわら出てきやして。生意気にも殺意を向けてきやがったので丁重にお出迎えしてやったんですよ。なぁ?みんな?」

「そうなんですよ、ボス。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」

「きっちり落とし前はつけましたよ。1体たりとも逃してませんぜ?」

「ウザイ奴らだったけど・・・いい声で鳴いたわね、ふふ」

「見せしめに晒しとけばよかったか・・・」

「まぁ、バラバラに刻んでやったんだ、それで良しとしとこうぜ?」

 

不穏な言葉のオンパレードだった。

正直、元の温厚だった兎人族の気配はどこにもない。

この豹変ぶりに、俺は一つ心当たりがあった。

戦うための技術を身につけるのではなく、戦うための精神を作り上げる、あの伝説の訓練法を。

 

「・・・ハジメ」

「・・・なんだ?」

「まさかお前、ハー〇マン方式でやった、とかじゃないよな?」

「・・・・・・」

 

正解だった。

気まずげに目を逸らすハジメの態度が、如実に答えを物語っている。

 

「ね、ねぇ、ツルギ。ハー〇マン方式ってなに?」

 

そこに、ハー〇マン方式を知らないティアが若干引きつつも俺に問いかけてきた。

 

「簡単に言えば、これでもかってくらいに罵詈雑言を浴びせて、殺すつもりとしか思えないような訓練を施すことで戦うための精神を身に付ける、俺たちの世界の訓練法なんだが・・・」

 

正直、効果覿面を通り越すどころか、副作用の方がより強く出ている気がする。

例えるなら、治療のために薬を服用したらハイになってしまった、って感じか。

それが、成人くらいの男だけならともかく、老若男女問わず、小さな子供までもが豹変しているのが、なおたちが悪い。

こうしている間にも、ナイフを見つめてうっとりしたり、「この世の問題の九割は暴力で解決できる」などと言いだしている。

・・・あれ?兎人族ってなんだっけ?

 

「ボス!手ぶらで失礼します!報告と上申したいことがあります!発言の許可を!」

「お、おう?何だ?」

 

そこに、一人の少年がほれぼれするような敬礼と共に報告をした。

どうやら、熊人族の集団が大樹へのルートに待伏せしようとしているらしく、その相手をハウリア族にやらせてほしい、というものだった。

 

「う~ん、カムはどうだ?こいつはこう言ってるけど?」

「お任せ頂けるのなら是非。我らの力、奴らに何処まで通じるか・・・試してみたく思います。な~に、そうそう無様は見せやしませんよ」

 

話を振られたカムは、にやりと笑って頷き、他のハウリア族も同じように好戦的な表情を浮かべる。

あ、シアが絶望した顔になってる。

 

「・・・できるんだな?」

「肯定であります!」

 

元気よく発言したのは、先ほどの少年だ。

それを確認したハジメは、一度瞑目し深呼吸すると、カッと目を見開いた。

 

「聞け!ハウリア族諸君!勇猛果敢な戦士諸君!今日を以て、お前達は糞蛆虫を卒業する!お前達はもう淘汰されるだけの無価値な存在ではない!力を以て理不尽を粉砕し、知恵を以て敵意を捩じ伏せる!最高の戦士だ!私怨に駆られ状況判断も出来ない“ピッー”な熊共にそれを教えてやれ!奴らはもはや唯の踏み台に過ぎん!唯の“ピッー”野郎どもだ!奴らの屍山血河を築き、その上に証を立ててやれ!生誕の証だ!ハウリア族が生まれ変わった事をこの樹海の全てに証明してやれ!」

「「「「「「「「「「Sir、yes、sir!!」」」」」」」」」」

「答えろ!諸君!最強最高の戦士諸君!お前達の望みはなんだ!」

「「「「「「「「「「殺せ!!殺せ!!殺せ!!」」」」」」」」」」

「お前達の特技は何だ!」

「「「「「「「「「「殺せ!!殺せ!!殺せ!!」」」」」」」」」」

「敵はどうする!」

「「「「「「「「「「殺せ!!殺せ!!殺せ!!」」」」」」」」」」

「そうだ!殺せ!お前達にはそれが出来る!自らの手で生存の権利を獲得しろ!」

「「「「「「「「「「Aye、aye、Sir!!」」」」」」」」」

「いい気迫だ!ハウリア族諸君!俺からの命令は唯一つ!サーチ&デストロイ!行け!!」

「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」」」」」」」」」」

「ツルギ、怖い・・・」

「大丈夫だからな、ティア」

 

ハウリア族の気迫にティアがすっかりおびえて、俺の胸にしがみついてくる。

そんなティアの頭を撫でて慰めながらシアの方を見ると、シアが泣き崩れて、ユエがシアをポンポンと俺と同じようにして頭を撫でている。

ちなみに、先ほどの少年は自分のことを「必滅のバルトフェルド(本名:パル)」などと名乗って、シアはしくしくと泣き始めてしまった。

 

「・・・ハジメ」

「・・・正直、俺もやり過ぎたと思ってる。反省も後悔もないけど」

 

俺のもの言いたげな視線にさすがのハジメも気まずそうにしているが、そこまで気にした様子はなかった。

・・・結局、面倒ごとは俺の担当になるんだな。

 

「いや、ハジメ、きっちり反省はしてもらうぞ」

「なんでだ?」

「・・・とりあえず、後をつけるぞ」

 

そう言って、俺はハジメたちを連れてハウリア族の後を追っていった。

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

「「「・・・・・・」」」

「はぁ、やっぱりか・・・」

 

ハウリア族の後を追ってみると、その先にあったのは地獄だった。

 

「ほらほらほら!気合入れろや!刻んじまうぞぉ!」

「アハハハハハ、豚のように悲鳴を上げなさい!」

「汚物は消毒だぁ!ヒャハハハハッハ!」

 

ハウリア族が、それぞれ得物を振り回しながら熊人族をなぶり、

 

「ちくしょう!何なんだよ!誰だよ、お前等!!」

「こんなの兎人族じゃないだろっ!」

「うわぁああ!来るなっ!来るなぁあ!」

 

熊人族は突然のことに逃げ惑うことしかできず、すでにかなりの数の死体が積み重なっていた。

目の前の現実にハジメ、シア、ティアは呆然とし、俺は深い、それはもう深いため息をついた。

唯一、冷静を保っているユエが俺に問いかけてくる。

 

「・・・ツルギ、やっぱりって、どういうこと?」

「いやな、あいつらはこれまでひたすらハジメに追い立てられて戦うための精神を身に付けたわけだが、実際に人殺しをしたときに精神が無事でいられるのか?って思ったわけだが、案の定だったな・・・」

 

今回、ハジメがハウリア族に訓練を施したわけだが、もともとハジメには何かを『教える』経験などなく、手加減も容赦もなしにしごいた。

それに、本人はとくに問題がなかったから無視していたのだろうが、初めての人殺しに対するショックと言うものを完全に度外視していた。

その結果、ハウリア族は完全に羽目を外してしまって暴走してしまったのだ。

 

「ハジメ?」

「・・・はい」

 

俺の抑揚を抑えた声に、ハジメは完全に『やらかした・・・』とでも言いたげな表情を浮かべていた。

 

「俺が何を言いたいのか、わかるな?」

「・・・はい、今回はやりすぎていまいました」

「なら、どうするべきかもわかるな?」

「・・・はい、わかってます・・・」

 

どうやら、しっかりと反省しているようだ。

 

「そういうわけだ。シア、止めに行ってこい。あいつらの顔が完全に帝国兵と同類になってるからな」

「っ、わかりました!」

 

俺が呼びかけると、シアは巨大な戦槌を担いでハウリア族のところに飛び込んだ。

 

「さてと・・・」

「・・・(ビクッ)」

 

完全に据わった俺の目にハジメがビクリッ!!とふるえるが、とくに気にすることなく俺はこれからのことを考えた。

今回の件、たしかに完全にハジメの失敗だが、いいことがまったくないわけではないのが救いか。

 

「うし、行くぞ。あいつらも頭が冷えたみたいだからな」

「・・・わかった。ほら、ハジメ」

「おう・・・」

「あ、待って!」

 

完全にうなだれているハジメをユエが慰めながら歩き、ティアが慌てて俺の後についていく。

とりあえず、

 

「っと、逃げるなよ」

「グエッ!!」

 

いつの間にかこそこそと逃げようとしていた熊人族の男に、俺は剣製魔法の鎖で締め上げて無理やり連れてくる。

 

「勝手に逃げようとするなよ?そこでおとなしく正座でもしてろ」

「・・・わかった」

 

鎖で縛りつけられている時点で逃げようはないが、とりあえずで釘を刺す。

熊人族の男も、抵抗する気はないようでおとなしく従った。

 

「おら、ハジメ、言うことがあるだろ」

「・・・おう」

 

俺に声をかけられたハジメは、おとなしく俺の言葉に従って前にでてくる。

ハウリア族の面々は、見たことのないハジメの態度に若干困惑しているが、

 

「あ~、まぁ、何だ、悪かったな。自分が平気だったもんで、すっかり殺人の衝撃ってのを失念してた。俺のミスだ。うん、ホントすまん」

 

まさかの素直な謝罪に、ハウリア族はもちろん、シアも口をぽかんと開けている。

 

「ボ、ボス!?正気ですか!?頭打ったんじゃ!?」

「メディーック!メディーーク!重傷者一名!」

「ボス!しっかりして下さい!」

 

見たことのないハジメの態度にハウリア族が半ば錯乱する。

この反応にハジメは頬を引きつらせるが、結局はハジメの自業自得でしかないのでドンナーに伸びる手を必死に抑える。

それを見てから、俺は熊人族の男の近くによって黒刀を首筋に突き付ける。

 

「お前、名前は?」

「・・・レギン、熊人族の次期長老候補だ」

「んで?潔く死ぬのと生き恥さらしてでも生きるのと、どっちがいい?」

 

俺の問い掛けに、レギンは意外そうな顔をする。どうやら、問答無用で殺されるとでも思ったようだ。

ハジメは俺が何をしようとしているのか分かったようで、特に口を挟まずに事態を見ている。

 

「・・・どういう意味だ?我らを生かして帰すとでも言うのか?」

「あぁ、帰りたきゃ帰りな。ただし、条件がある」

「条件、だと?」

「あぁ、条件だ。フェアベルゲンに戻ったら、長老衆にこう伝えろ」

「・・・伝言か?」

 

俺の提案にレギンは拍子抜けしているが、次の俺の言葉に凍り付く。

 

「『貸一つ』」

「ッ!?そ、それは!」

「んで?引き受けるのか?」

 

俺の提案にレギンは怒鳴りそうになるが、俺は構わず答えを待つ。

『貸一つ』。

ようは、襲撃者たちの命を救う見返りにいつか借りを返せ、ということだ。

今回、俺たちとフェアベルゲンは相互不干渉の方針をとったが、これから先でフェアベルゲンに用ができないとは限らない。特に、目的が七大迷宮ならなおさらだ。

それなら、何かしらの“貸”を作っておいた方が、後々に面倒ごとを減らせるだろう。

長老衆の方も、今回の件は熊人族が暴走した結果返り討ちにあっただけで、そのうえで命を見逃してやっているのだから、長老衆の威厳にかけてこの提案を無下にはできない。もし断ろうものなら、それこそただの無法者だ。

つまり、レギンたちはここで死ぬか、自国に不利な条件を持ち帰って生き延びるかのどちらかを選ばされている、ということだ。

生き残る方を選んだのなら、文字通り生き恥だ。

レギンが表情を歪めているところに、俺はさらに追い打ちをかける。

 

「あぁ、そうそう。お前の部下の死の責任はお前にもあることをしっかりと周知しておけよ。ハウリア族に惨敗した事実も含めてな」

「ぐっ・・・!」

「ほら、さっさと決めろ。戦場での判断は迅速が基本だ。決められないのなら、5秒ごとに一人ずつ殺していくぞ。早くしろよ。ほら、ご~、よ~ん、さ~ん・・・」

「わ、わかった!我らは帰還を望む!」

「それでいい」

 

予断を許さない状況に追い込み、自分たちに有利な提案を提示して受け入れさせる。これこそ交渉だな、うん。

念のため、鎖を解除しながらレギンたちに釘を刺しておく。

 

「わかったなら、さっさと帰りな。伝言もしっかり伝えろ。もし、そのときにとぼけでもしたら・・・わかるな?」

「わ、わかっている!」

 

殺気を乗せての俺の問い掛けに、レギンや他の熊人族はコクコクとうなずくことしかできず、おとなしくフェアベルゲンに戻っていった。

熊人族はこれから苦労するだろうが、自業自得だ。

 

「さて、今回はきちんとお前の尻拭いをしてやったわけだが、毎回あると思うなよ?」

「わ、わかった」

 

俺の据わった声音に、ハジメは即座にうなずいた。

よし、とりあえずはこれで一件落着・・・

 

「「「「「あ、兄貴!!」」」」」

「え?」

 

だと思ったのに、なんだかハウリア族がやたらと目をキラキラと輝かせて俺に詰め寄ってきた。

ていうか、

 

「えっと、兄貴ってどういうことだ?」

「あの鬼畜で残酷なボスを相手に対等どころか、上から物を言うだなんて!さすがボスの御友人!」

「あの外道なボスを言いくるめるだなんて、あんたこそ俺らの兄貴にふさわしいです!!」

「ぜひ、俺を舎弟に!!」

「いや、俺こそ!!」

「わたくしを!!」

 

なにやら、俺はハウリア族にとって『自分たちにトラウマを植え付けたお方のさらに上のお方』ということになったらしい。すっかりテンションが上がっている。

 

「なんというか、さすがはツルギさんですぅ」

 

シアの方も、完全に俺に尊敬の視線を送っている。

だが、シアやハウリア族は気づいていない。

その言葉の節々にある余計な一言に、何気にキレている人物がいると。

 

「おい」

「「「「「はい、兄貴!」」」」」

「そうやって俺を兄貴と呼ぶのはいいんだが、その前にまずは自分の身を心配したらどうだ?」

「え?」

「それって、どういう・・・」

「お前ら」

「「「「「「・・・・・・」」」」」

 

ハウリア族の顔から、サァと血の気が引いていった。

後ろを振り返ってみれば、そこにはなぜか満面の笑みを浮かべているハジメが立っていた。

 

「ボ、ボス?」

「うん、ホントにな?今回は俺の失敗だと思っているんだ。短期間である程度仕上げるためとは言え、歯止めは考えておくべきだった」

「い、いえ、そのような。我々が未熟で・・・」

「いやいや、いいんだよ?俺自身が認めているんだから。だから、だからさ、素直に謝ったというのに・・・随分な反応だな?いや、わかってる。日頃の態度がそうさせたのだと。しかし、しかしだ・・・このやり場のない気持ち、発散せずにはいれないんだ・・・わかるだろ?」

「い、いえ。我らにはちょっと・・・」

 

それで、ハウリア族たちは察した。「あ、これやばい。キレていらっしゃる」と。

その瞬間、シアが一瞬の隙をついて逃亡を図った(ハウリア族の男の盾付き)が、

 

ドパンッ!!

 

「はきゅん!」

 

ハジメがドンナーを引き抜き、盾にされた男の股下を通し、そこからせり出していた木の根っこに反射させてシアの尻を撃ちぬいた。シアは尻を突き出しながら痛みにふるえている。

何事もなかったようにハジメはドンナーをホルスターにしまい、笑顔から般若へとシフトして怒声とともに飛び出した。

 

「とりあえず、全員一発殴らせろ!!」

「「「「「「「「「「わああぁぁぁぁ!!!」」」」」」」」」」

 

ハウリア族が蜘蛛の子を散らすようにして樹海の中に逃げていき、ハジメがその後を追う。

その後、しばらくの間、樹海中から悲鳴と怒号が響き渡った。

その間、

 

「・・・・・・(ピクピク)」

「・・・いつになったら行くの?」

「もう、やだ・・・」

「えっと、ツルギ、大丈夫?」

 

シアは地面に突っ伏し、ユエは首を傾げ、俺がへこんでいるところをティアが慰めてくれた。

・・・もう、疲れた。




ハー〇マン方式、やばいですよね。


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こっち来んな

「うぅ~、まだヒリヒリしますぅ・・・」

 

ハウリア族との一悶着が落ち着いた後、俺たちは樹海に入って大樹へと向かっていた。

今泣き言を言ったのはシアで、いまだに銃撃された尻をさすっている。

 

「そんな目で見るなよ、鬱陶しい」

「鬱陶しいって、あんまりですよぉ。女の子のお尻を銃撃するなんて、非常識にも程がありますよ。しかも、あんな無駄に高い技術まで使って」

「他のハウリア族も含めて、自業自得なんだよなぁ」

 

ちなみに、他のハウリア族は訓練の名目で周囲の索敵を行っているため、この場にはいない。全員しっかり仕事をこなしているのだが、その顔には例外なく青アザやたんこぶができているあたり、微妙に緊迫感に欠けている。

 

「それに、シアもあまり人のこと言えないだろ。逃げるときにしれっと他のハウリア族を盾にしてたし」

「うっ、ユエさんの教育の賜物です・・・」

「・・・シアはわしが育てた」

「・・・どこでそのネタを知った?」

「・・・つっこまないからな?」

 

ユエが自慢げに「褒めて?」とハジメにねだってくるが、当のハジメは必死にスルーしている。

俺としては、ユエがどうして日本のアニメのネタを知っているのか気になるが・・・ハジメも気にしないようにしているし、深いことは考えないでおこう、うん。

そんなこんなで、歩くこと15分、ついに大樹が見えたのだが、

 

「・・・なんだこりゃ」

「見事に枯れてるな」

 

そこにあったのは、青々と葉が生い茂っている大樹ではなく、葉が1枚も見当たらない枯れ木だった。一応、幹は見た限りおよそ直径50mほどとかなりの太さがあるが、予想していた大樹とは大きく違っていた。

カムからの説明によると、この大樹はフェアベルゲン建国以前から枯れているらしく、だが朽ちることなく今までこの場所にあるとのこと。大樹が神聖視されているのも、この特性かららしい。もちろん、観光名所としての意味合いが強いようだが。

そんな説明を聞かされながら大樹の根元に近づくと、アルフレリックが言っていた通り、石板が建てられていた。

 

「ハジメ、これは・・・」

「あぁ、一つはオルクスにあったのと同じ奴だ」

 

そこには、七つの紋章が七角形のそれぞれの頂点に刻まれており、その一つはハジメが持っているオルクスの指輪にある紋様と同じ形をしていた。

 

「やっぱり、ここが大迷宮の入り口みたいだな。・・・だが、こっからどうすりゃいいんだ?」

「とりあえず、この石板を調べるしかないが・・・ん?おい、ハジメ」

「どうしたんだ?」

「これ」

 

いきなり手詰まりになったことにハジメは頭を抱え、俺は念のために石板の裏を調べたところ、いきなりビンゴだったようで表側の七つの紋様に対応するように小さなくぼみがあった。

 

「これは・・・」

 

ハジメがオルクスの紋様に対応しているところに指輪をはめ込んだ。

すると、石板が淡く光りだし、文章が浮かび上がってきた。

そこに書かれていたのは、

 

“四つの証”

“再生の力”

“紡がれた絆の道標”

“全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう”

 

「・・・どういう意味だ?」

「四つの証は、おそらく他の大迷宮攻略の証。再生の力は・・・」

「・・・私?」

「いや、違うな。大樹が見事に枯れてるし、大迷宮攻略で神代魔法が得られるんだから、再生に関する神代魔法がどこかにあるんだろうな。紡がれた絆の道標は、亜人族の案内か?となると・・・」

「最低でも大迷宮を4つ攻略して、そのうえで再生に関する神代魔法を手に入れてこい、ってことか?」

「そうなるだろうなぁ・・・」

 

どうやら、とんだ無駄足だったようだ。

まぁ、ほぼ情報がなかったから、しょうがないと言えばしょうがないんだろうが。

 

「はぁ~。ちくしょう、今すぐ攻略は無理ってことか・・・めんどくせぇが、他の迷宮から当たるしかないな・・・」

「ま、こればかりはしゃあねぇな」

 

ここにきて後回しになってしまったことにハジメは歯噛みするが、ぐだぐだ悩んではいられない。気を取り直して、他の3つの攻略の証を手に入れるだけだ。

ハジメはハウリア族に集合をかけた。

 

「今聞いた通り、俺達は先に他の大迷宮の攻略を目指すことにする。大樹の下へ案内するまで守るという約束もこれで完了した。お前達なら、もうフェアベルゲンの庇護がなくても、この樹海で十分に生きていけるだろう。そういうわけで、ここでお別れだ」

 

そこでハジメは、ちらりとシアを見やる。別れの言葉を言うなら今のうちに、ということだろう。

シアも、その意図をくみ取った。

 

「とうさ・・・」

「ボス!兄貴!お話があります!」

「・・・あれぇ?父様、今は私のターンでは?」

 

シアの別れの言葉はバッサリと切り捨てられた。ほかならぬカムによって。

シアがめげずにカムに声をかけるが、カムは俺たちの方を向いて直立不動したままだ。

その姿、イギリス兵のごとし。

 

「あ~、何だ?」

「とりあえず、言ってみろ」

 

とりあえず、俺もハジメもシアを無視する方針にした。

そして、カムから発せられたハウリア族の総意というのが、

 

「ボス、兄貴、我々もボスのお供についていかせてください!」

「「却下」」

「そんな!?」

 

なんとなく想像がついていた俺とハジメは速攻で却下した。

シアもどういうことかとまくし立ててくる。

 

「ちょっと、お父様!どういうことですか!」

「我々はもはやハウリアであってハウリアでなし!ボスと兄貴の部下であります!是非、お供に!これは一族の総意であります!」

「ちょっと、父様!私、そんなの聞いてませんよ!ていうか、これで許可されちゃったら私の苦労は何だったのかと・・・」

「ぶっちゃけ、シアが羨ましいであります!」

「ぶっちゃけちゃった!ぶっちゃけちゃいましたよ!ホント、この10日間の間に何があったんですか!」

 

シアが散々に嘆いているが、今のハウリア族にはまったく届いていないらしく、目が俺とハジメにしか向けられていない。

 

「それなのに、なぜダメなのですか!」

「足手まといになるからに決まってるだろうが」

「しかし!」

「調子に乗るな。俺たちについてこようなんて180日くらい早いわ!」

「具体的!?」

 

俺とハジメで断り続けるが、それでもなお食い下がってくるハウリア族たち。しまいには勝手についていくとまで言い始めた。

・・・やっぱ、ハー〇マン方式って、こわいんやなって。

ハッキリ言って、こんな奴らが町中に入ってきたらそれだけで大問題だ。なんとしてでも諦めさせなければいけない。

そこで俺たちは、条件を出すことにする。

 

「じゃあ、あれだ。お前等はここで鍛錬してろ。次に樹海に来た時に、使えるようだったら部下として考えなくもない」

「・・・そのお言葉に偽りはありませんか?」

「ないない」

「その代わり、せめてシアと同じくらい戦えなければダメだな」

「嘘だったら、人間族の町の中心でボスの名前を連呼しつつ、新興宗教の教祖のごとく祭り上げますからな?」

「やったら俺がお前らを叩き潰すぞ?お供の話もなしだ」

「ぐっ・・・」

「ていうか、質悪いことを思いつくようになったな・・・」

「そりゃあ、ボスの部下を自負していますから」

 

とりあえず、鍛錬の継続と勝手に余計なことをしない、という約束でハウリア族のお供を先延ばしにした。

難易度がかぐや姫のお題レベルになっているが、こうでもしないと本当に勝手についてくるからな。

 

「ぐすっ、誰も見向きもしてくれない・・・旅立ちの日なのに・・・」

 

横でシアが地面にのを書いていじけているが、気のせいに違いない、うん。

 

 

* * *

 

 

「ハジメさん。そう言えば聞いていなかったんですが、次の目的地はどこですか?」

 

あの後、シアが改めて別れの言葉を送り、ハウリア族の見送りを受けて俺たちはハジメの作った魔力駆動四輪に乗って平原を疾走していたが、その途中でシアがハジメに次の目的地を尋ねてきた。

ちなみに、この魔力駆動四輪は見た目こそ車の形をしているが、動力は魔力で、魔力操作を使って動かしているため、運転席に乗っていなくても運転自体はできる、「運転席の意味あるの?」な性能だ。

 

「あ?言ってなかったか?」

「聞いてませんよ!」

「・・・私は知ってる」

「俺も聞いてる」

「私も聞いてるわ」

「聞いてないの私だけですか!?ひどいですよ!私だって仲間なんですから、コミュニケーションは大事ですよ!」

「悪かったって」

「ていうか、別に聞かなくてもだいたいの想像はつくと思うけどな」

 

さすがにいじり過ぎたとハジメが苦笑しながら謝り、俺もちらっとヒントを出す。

 

「えっと、グリューエン大火山ですか?」

「いや、次の目的地はライセン大峡谷だ」

「ライセン大峡谷?」

 

ハジメの出した答えが意外だったのか、シアは首をかしげる。それに俺たちが理由を説明していく。

もともと、ハジメはオスカー・オルクスの隠れ家でライセン大峡谷にも七大迷宮の一つがあると知っている。

他の場所がわかっている大迷宮に行こうと思っても、シュネー雪原は魔人族の領土だし、ティアの問題もあるから今はまだ避けた方がいい。なら、大火山に向かうのがベターなのだが、それならどのみちライセン大峡谷を通る必要がある。だったら、グリューエン大火山に行く途中で迷宮を探せばいい。

絶対に見つかるとは限らないが、どうせついでなのだから深く考える必要はない。

これを聞いたシアは、若干顔を引きつらせていた。

 

「つ、ついででライセン大峡谷を渡るのですか・・・」

「お前なぁ、少しは自分の力を自覚しろよ。今のお前なら谷底の魔物もその辺の魔物も変わらねぇよ。ライセンは放出された魔力を分解する場所だぞ?身体強化に特化したお前なら何の影響も受けずに十全に動けるんだ。むしろ独壇場だろうが」

「・・・師として情けない」

「うぅ~、面目ないですぅ」

「ま、シアも俺たちについていくって言うなら、それなりに自信を持て」

「シアのステータスだって、この世界の中じゃ立派に化け物よ」

 

とはいえ、ライセン大峡谷はハウリア族が全滅しかけた場所だ。苦手意識を持っているのも仕方がないだろう。

 

「で、では、ライセン大峡谷に行くとして、今日は野営ですか?それとも、このまま近場の村か町に行きますか?」

「出来れば、食料とか調味料関係を揃えたいし、今後のためにも素材を換金しておきたいから町がいいな」

「もっと言えば、衣服も調達しとかないとな。シアやティアも、いつまでもそのままでいるわけにはいかないし」

「あ、そう言えばそうね・・・」

 

今ティアが纏っているのは、ユエ特製のコートと諸々の衣服だ。

だが、そのサイズはユエを基準に作られているため、ゆとりをもって選んでもだいぶきついし、元々ティアが持っていた衣服もボロボロで着れるものではない。

シアも、身に付けているのは兎人族の伝統装束で、ありていに言えば非常に露出過多だ。

早めに2人の服を用意した方がいいだろう。

ついでに言えば、俺もオルクス大迷宮のときから同じ服を繰り返し着ている。魔法で洗浄しているとはいえ、そろそろ新しい服を着たい。

 

「前に見た地図通りなら、この方角に町があったはずだ」

「とりあえず、そこで諸々の必要なものを買っておくか」

「はぁ~、そうですか。よかったですぅ・・・」

 

俺たちの言葉に、なぜかシアが大きく安堵の息をついた。

 

「どうした?」

「いやぁ~、ハジメさんのことだから、ライセン大峡谷でも魔物の肉をバリボリ食べて満足しちゃうんじゃないかと思ってまして・・・ユエさんはハジメさんの血があれば問題ありませんし・・・どうやって私やツルギさんとティアさん用の食料を調達してもらえるように説得するか考えていたんですよぉ~、杞憂でよかったです。ハジメさんもまともな料理食べるんですね!」

「当たり前だろ!誰が好き好んで魔物なんか喰うか!」

「まぁ、最悪、香辛料があれば俺が料理してやるがな。魔物肉の料理はそれなりにできるし」

「え!?食べたことがあるんですか!?」

「むしろ、ハジメを探しにオルクス大迷宮に潜ってた頃は魔物肉しか食べるものがなかったな」

「・・・よく生き残ったな」

「まぁ、それは俺の剣製魔法があったからだけどな。剣製魔法と魔力操作を使って魔物の肉から魔力を抜いて食べたんだ」

「・・・改めて考えると、生のまま食ってた俺がどれだけ正気じゃなかったか、よくわかるな・・・」

「ハジメさんとツルギさんって、プレデターって名前の新種の魔物なんですか?」

「・・・ハジメ、やってよし」

「OK。お前、町に着くまで車体に括りつけて引きずってやる」

「ちょ、やめぇ、どっから出したんですか、その首輪!ホントやめてぇ~そんなの付けないでぇ~!ユエさん、ティアさんも!見てないで助けてぇ!」

「・・・自業自得」

「おとなしく繋がれておきなさい」

 

そんなこんなで、仲良く(?)俺たちはライセン大峡谷の近くにある町、ブルックへと向かった。




前と比べると短いですね。
ていうか、最近ずっとありふればっかり投稿していますね・・・。
まぁ、大学の図書館で漫画を広げながら執筆というのも気が引けるので、まだ続きますが。


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おばちゃんとオカマはあなどれない

*冒険者登録のシーンを書いてなかったのに気づいたので書き加えました。


しばらく魔力駆動四輪・ブリーゼを走らせると、遠くに周りを堀と柵で囲まれた小さな町が見えてきた。小さな町と言っても、木製の門や詰所らしき小屋が確認できることから、それなりに物資は揃いそうだ。

隣のハジメも、口元を綻ばせている。

 

「・・・機嫌がいいのなら、いい加減、この首輪取ってくれませんか?」

 

後ろでシアが何かを言っている気がするが、気のせいに違いない。ハジメもスルーしているからそうに違いない。

ちなみに、今のシアの首には黒を基調とした首輪がつけられている。先ほどの失言の罰だ。

かなりしっかりした作りで、シアが外そうとしてもなぜか外れないでいる。

とりあえず、俺たちは町から視認されそうになるところでブリーゼから降りて、ブリーゼを宝物庫にしまって徒歩に切り替える。さすがにブリーゼで町に突撃したら騒ぎにもなる。

道中、シアがなにやらぶつぶつ言っている気がするが、おそらく幻聴だ。俺は疲れているんだ、きっと。

 

「そうだ。ハジメ、ステータスプレートを非表示にするぞ」

「っと、そうだったな。そういえば、ユエたちの分は・・・」

「ユエとティアのステータスプレートは、魔物に襲われてなくした、ってことにしておこう。二人も、それで合わせてくれ」

「・・・わかった」

「わかったわ」

「あのー、私の方は?」

 

門に近づく前にステータスプレートのあれこれを済ませておく。

ステータスプレートには、ステータスの数値と技能欄を隠蔽する機能がついている。元々は冒険者や兵士の戦闘能力の情報漏洩の防止のための機能だが、俺やハジメのステータスはこの世界ではバグもいいところだから見られない方がいい。ユエとティアの分は、この言い訳で通じるだろう。シアは、これなら必要ないか。

門に近づくと、門の隣にある小屋から門番らしき兵士がでてきた。兵士と言っても、格好は冒険者に近いが。

やはり、この小屋は詰所であっていたようだ。

打ち合わせ(という名の押し付け)通り、門番の対応は俺がする。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

「食料や物資の補給がメインだ。旅の途中でな」

 

軽い感じで受け答えしながら、俺とハジメはステータスプレートを見せる。

ちゃんと数値や技能欄は隠蔽状態になっているため問題ない。

 

「たしかに。それと、そっちの3人は・・・」

 

そこで門番がユエたちに目を向けると、硬直してしまった。

ユエやシア、ティアは、控えめに言っても世間で言う“美女・美少女”だ。目を奪われても仕方ない、だろう。

一応、ティアの変装のアーティファクトは正常に機能しているため、ティアが魔人族だとは気づかれていないようだ。

 

「ごほんっ、こっちの2人は魔物に襲撃されたときになくしてしまってな。こっちの兎人族は、わかるだろ?」

 

俺の咳払いに我を取り戻した門番は、俺の嘘の説明に納得したようで、なるほどとうなずいた。

 

「それにしても随分な綺麗どころを手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか?あんたって意外に金持ち?」

 

門番が嫉妬と羨望が混じった表情で尋ねてくるが、それに対して俺は肩をすくめるだけで何も答えなかった。

 

「まぁ、いい。通っていいぞ」

「どうも。あ、素材の換金場所はどこにあるか教えてもらってもいいか?」

「あん?それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

「へぇ、そりゃあ親切だな。ありがとよ」

 

門番に礼を言って、俺たちは門をくぐる。

門をくぐるときに確認したが、この町はブルックというらしい。

町中はそれなりに活気があり、ホルアドほどではないにしても露店の呼び込みの声や値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。

やっぱり、こういうにぎやかな町はいるだけで楽しくなってくる。

ただ、ちらりと後ろを振り返ってみれば、シアが涙目でプルプルとふるえている。

 

「どうしたんだ?せっかくの町なのに、そんな上から超重量の岩盤を落とされて必死に支えるゴリラ型の魔物みたいな顔して」

「誰がゴリラですかっ!ていうかどんな倒し方しているんですか!ハジメさんなら一撃でしょうに!何か想像するだけで可哀想じゃないですか!」

「・・・脇とかツンツンしてやったら涙目になってた」

「まさかの追い討ち!? 酷すぎる!」

「さすがにそれは・・・」

 

どうやら、ハジメは奈落にいる間、かなりはっちゃけていたらしい。

その光景を想像したのかシアとティアはドン引きしていたが、俺としては見てみたいな、それ。

 

「って、そうじゃないですぅ!これですぅ!この首輪!これのせいで奴隷と勘違いされたじゃないですかぁ!ツルギさんも!否定してくださいよ!」

「なに言ってるんだ?わかっててそのままにしてたに決まってるだろ」

「ちょっ!?ひどいですよ!私たち仲間じゃなかったんですか!」

 

どうやら、そのことで終始不機嫌だったようだ。

これについて、ハジメが説明する。

 

「あのなぁ、奴隷でもない亜人族、それも愛玩用として人気の高い兎人族が普通に町を歩けるわけないだろう?まして、お前は白髪の兎人族で物珍しい上、容姿もスタイルも抜群。断言するが、誰かの奴隷だと示してなかったら、町に入って十分も経たず目をつけられるぞ。後は、絶え間無い人攫いの嵐だろうよ。そうなったら面倒・・・」

 

ハジメが途中で説明をやめた。

なぜなら、シアが頬を赤らめてイヤンイヤンしてたから。

 

「・・・なにクネクネしてんだ?」

「も、もう、ハジメさん。こんな公衆の面前で、いきなり何言い出すんですかぁ。そんな、容姿もスタイルも性格も抜群で、世界一可愛くて魅力的だなんてぇ、もうっ!恥かしいでっぶげら!?」

 

そんな調子に乗っているシアに、ユエが黄金の右ストレートを放った。実に見事なストレートだ。

 

「・・・調子に乗っちゃダメ」

「・・・ずびばぜん、ユエざん・・・」

 

ユエの冷めた声に、シアは体を震わせる。ティアも、呆れ100%の視線をシアに向けていた。

 

「要は、人間族のテリトリーでは奴隷って立場がシアを守ってるんだ。むしろ、それがなければお前はトラブルホイホイだからな」

「それは、わかってますけど・・・」

 

頭ではわかっていても、やはり感情面では割り切れないシアに、ユエが優しく声をかけて立ち直らせた。

 

「まぁ、奴隷じゃないってばれて襲われても見捨てたりはしないさ」

「街中の人が敵になってもですか?」

「あのなぁ、既に帝国兵とだって殺りあっただろう?」

「じゃあ、国が相手でもですね!ふふ」

「何言ってんだ。世界だろうと神だろうと変わらねぇよ。敵対するなら何とだって戦うさ」

「くふふ、聞きました? ユエさん。ハジメさんったらこんなこと言ってますよ?よっぽど私達が大事なんですねぇ~」

「・・・ハジメが大事なのは私だけ」

「ちょっ、空気読んで下さいよ! そこは、何時も通り『・・・ん』て素直に返事するところですよ!」

「・・・にぎやかだなぁ」

「なんか、若干仲間はずれな気がしなくもないわね」

 

道中でもそうだったが、今の俺たちのメンバーだと主にハジメ、ユエ、シアと俺、ティアのグループに分かれている。この世界に来てから一緒にいた時間を考えれば当然かもしれないが、なんだか自分だけ場違いな感じもしてちょっと居心地が悪かったりもする。

まぁ、それだけでハジメたちから離れるわけでもないが。

余談だが、シアの首輪には念話石と特定石が組み込まれており、魔力を流せば離れた場所でも会話ができるし位置もわかる。もっと言えば、首輪は特定量の魔力を流せば外すこともできる。

これを聞いて、シアがまた余計なことを言ってユエに蹴られたりしたが、いつものことだ。

そんなこんなで、目的地である冒険者ギルドに到着した。

ホルアドよりは二回り小さいが、この規模の町ならこんなもんだろう。

ギルドの扉を開けると、そこは思っていたよりも清潔さを保っていた。

周りには冒険者たちが各々食事をとったり雑談を交わしている。見た感じ、カウンターの左手が飲食店になっているようだ。

そして、受付カウンターの方を見てみると、そこには魅力的な笑顔を浮かべた・・・おばちゃんが立っていた。

まぁ、わかってたけどさ。現実はいつだって期待を裏切るものだし、小さな町にまで美人な職員をあてるほど、余裕があるわけでもないだろうし。

 

「3つもキレイな花を持ってるのに、まだ足りなかったのかい?残念だったね、美人の受付じゃなくて」

 

そんなおばちゃんの言葉とともに向けられた視線は、主に俺の後ろにいるハジメに向けられていた。ハジメは、わずかにだが頬を引きつらせており、ユエとシアの視線も冷えきっている。どうやら図星だったようだ。

まぁ、異世界ファンタジー大好きだったハジメのことだ。いろいろと妄想がふくらんでも仕方ないだろう。

 

「悪かったな。悪気はないんだ」

「別にこれくらいはかまわないよ。いつものことだからね。あんたは、そこまでがっかりしてないみたいだけど?」

「現実ってものをわきまえてるからな。ついでに言えば、ハジメ・・・白髪の男の方が抱えているのは、隣の金髪の方だけだ」

「なるほど。あんたも、余所見ばっかりして愛想つかされるんじゃないよ?」

「いや、そんなこと考えてないから」

「あはははは、女の勘を舐めちゃいけないよ?男の単純な中身なんて簡単にわかっちまうんだからね」

「・・・肝に命じておこう」

 

周りを見れば、「あ~、あいつもおばちゃんに説教されたか~」みたいな会話が聞こえる。どうやら、本当にいつものことらしい。

よく見れば、冒険者は粗野な雰囲気を纏っているのにおとなしくしている。どうやら、このおばちゃんの影響らしい。

そのおばちゃんは、気を取り直して再び受付嬢(?)として挨拶をした。

 

「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」

「ああ、素材の買取をお願いしたい」

「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい?」

「ん?買取にステータスプレートの提示が必要なのか?」

 

俺の素朴な疑問に、おばちゃんが「おや?」という表情をする。

 

「あんたら、冒険者じゃなかったのかい?確かに、買取にステータスプレートは不要だけどね、冒険者と確認できれば一割増で売れるんだよ」

「へぇ、そうだったのか」

 

さらに、冒険者として登録すれば、他にもギルドと提携している宿で割引してもらえたり、高ランクなら馬車を無料で貸してもらえたりもするらしい。

 

「それで、どうする?登録しておくかい?登録には1000ルタ必要だよ」

 

この世界の北大陸では共通通貨の“ルタ”で取引される。ザガルタ鉱石という特殊な鉱石に他の鉱物を混ぜることで異なった色の鉱石ができ、それに特殊な方法で刻印したものが使われている。青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の種類があり、左から1、5、10、50、100、500、1000、5000、10000ルタとなっている。意外にも、貨幣価値は日本とおおよそ同じらしい。

また、先ほどおばちゃんがちらっと言ったように、冒険者にもランクと言うものがあり、通貨の色と同じランクが設定されている。

早い話、青ランクの冒険者は「所詮てめぇの価値は一ルタしかねえんだよ」ということだ。わかりやすいが、ちょっとこれを考えた人間の性根を疑う。おそらく、よっぽど捻くれた人間だったんだろう。

 

「そうだな。なら、俺とハジメの分は登録しておくか。悪いが、今は持ち合わせがまったくないんだ。買取金額から差っ引いてくれないか?もちろん、買取金額は最初のままでいい」

「カワイイ女の子を3人も連れているのに文無しなんて、なにやってるんだい。ちゃんと上乗せしといてあげるから、不自由させんじゃないよ?」

 

どうやら、このおばちゃんはかなり気前がいいらしい。きっと、周りからも信頼されているんだろう。

俺とハジメはそれぞれステータスプレートをおばちゃんに渡した。

少し経ってからステータスプレートが返され、見てみると天職欄の隣に職業欄が追加され、そこに冒険者の文字と青色の点が表記されていた。これで晴れて冒険者になったというわけだ。

一応、ユエたちの分も登録するかと勧められたが、ステータスプレートのいざこざを回避するためにやんわりと断った。個人的にはユエたちのステータスも気になるが、そうすると一からステータスプレートを発行することになり、ユエたちの技能が丸々ギルドに知られることになる。それは避けなければならない。

 

「男なら頑張って黒を目指しなよ?お嬢さん達にカッコ悪ところ見せないようにね」

「あぁ、そうするよ。それと、買取はここでいいのか?」

「構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」

「あぁ、これだ」

 

そう言って、俺はあらかじめハジメから受け取っていた樹海の魔物の素材をカウンターに出した。

品目は魔物の毛皮や牙、爪、魔石だ。

俺がこれらの素材をカウンターの上に並べていくと、おばちゃんの顔が驚愕の表情をする。

 

「こ、これは、とんでもないものを持ってきたね。これは・・・樹海の魔物だね?」

「あぁ、そうだ」

「・・・・・・」

 

後ろから、期待外れな感じの気配を感じる。また、あのオタク(ハジメ)はテンプレを外したと落胆しているのか。なんというか、あいつのオタクの業は想像以上に深いな。

 

「お前も懲りないなぁ」

「何のことかわからない」

 

俺の呆れた声にハジメはとぼけるが、おばちゃんも同じように呆れた視線を送っている。

 

「なんにせよ、樹海の素材は良質なものが多いからね、売ってもらえるのは助かるよ」

「やっぱり、そうなのか?」

「そりゃあねぇ。樹海の中じゃあ、人間族は感覚を狂わされるし、一度迷えば二度と出てこれないからハイリスク。好き好んで入る人はいないねぇ。亜人の奴隷持ちが金稼ぎに入るけど、売るならもっと中央で売るさ。幾分か高く売れるし、名も上がりやすいからね」

「なるほどな」

 

そう言うおばちゃんの目は、俺の後ろにいるシアに向けられている。

おそらく、シアに案内してもらったと推測したのだろう。やっぱり、シアの外聞を奴隷にしておいて間違いはなかったようだ。

結局、今回の買取金額は四十八万七千ルタになった。かなりの額だ。

 

「これでいいかい?中央ならもう少し高くなるだろうけどね」

「いや、これで構わない。それと、門番の男にここでこの町の地図がもらえると聞いたんだが・・・」

「ああ、ちょっと待っといで・・・ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

 

そういっておばちゃんが差し出した地図はなかなか精巧に作られていて、おすすめの宿や店も簡単に説明している素晴らしい出来だった。正直、これだけでも十分に金を取れるレベルだ。

 

「この立派な地図が本当に無料なのか?これだけでも金が取れると思うんだが・・・」

「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」

 

予想以上におばちゃんのスペックが高かった。どうしてこんな田舎のギルドで働いているのか疑問に思うくらいに。

 

「そうか。まぁ、助かる」

「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、その三人ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

「わかってるさ」

 

おばちゃんが心配している通り、今こうして話している間にも周りの男連中がユエやシア、ティアを見ながらこそこそと話していた。

まぁ、いざとなれば多少の実力行使もやむを得ないし問題ないだろう。

おばちゃんに礼を言って、俺たちはギルドから出て行った。

 

 

* * *

 

 

「それじゃあ、次はどこに行く?」

 

ギルドを出たあと、俺はユエたちに次の行き先を尋ねた。

 

「私は、新しい服が欲しいわ。さすがにこれだと窮屈だし・・・」

「・・・シアも、ちゃんとした服を着るべき」

「そ、そんなに変ですか?」

「そりゃあ、それだと服(笑)だろ」

「まぁ、俺も新しい服が欲しいし、決まりだな。地図によると近くにいい服屋があるみたいだから、そこに行こう」

 

次の行き先は服屋に決まった。

一応、俺の服はハジメのサイズでも問題ないのだが、ハジメの黒コートみたいな厨二スタイルに合わせるのがいやだったから断った。

ちなみに、あのおばちゃんの地図は本当に優秀で、服屋一つとっても用途に分けられて紹介している。

その中で、俺たちは冒険者用の服屋に入った。そこでは、ある程度普段着も買えるらしい。

中に入ると、様々な服がおいてあり、そのどれもが品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという、おすすめされた通りの良店だった。

そして、奥から店主らしき人物がでてきた。

 

「あら~ん、いらっしゃ~い♥可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいわぁ~、た~っぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥」

 

一言で言うと、化け物(オカマ)がいた。

身長2m強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。動く度に全身の筋肉がピクピクと動きギシミシと音を立て、両手を頬の隣で組み、くねくねと動いている。服装は・・・いや、言うべきではないだろう。少なくとも、ゴン太の腕と足、そして腹筋が丸見えの服装とだけ言っておこう。

後ろにいるハジメたちも、あまりの異様に硬直している。

だが、俺は違う。

 

「あらあらぁ~ん? どうしちゃったの?せっかくの可愛い顔がもったいないわよ?」

「すまないな。後ろの面々はあなたのような人に会うのが初めてで慣れてないんだ。大目に見てやってくれ」

「あらら、それだったらしょうがないわねぇ~ん」

「「「「!!??」」」」

 

後ろから驚愕の気配が発せられた。

ハジメがうろたえながら俺に尋ねてくる。

 

「ツルギ、お前っ、なんでこんな化け物相手に平然と話してられるんだよ!?」

 

それを聞いた濃ゆい店長は怒りの咆哮をあげた。

 

「だぁ~れが伝説級の魔物すら裸足で逃げ出す、見ただけで正気度がゼロを通り越してマイナスに突入するような化物だゴルァァアア!!」

「そっ、そこまで言ってねぇっ!!」

 

あのハジメが、完全に及び腰になっている。

それほど、店長の怒りはすさまじかった。

 

(ハジメ、謝れ!こういうのは怒らせたらダメだ!)

(わ、わかったよ)「あー、すまない。さすがにデリカシーに欠けていた」

「わかってくれればいいのよん♥それでぇ?今日は、どんな商品をお求めかしらぁ~ん?」

 

脅威は去った。だが、その影響はすさまじく、ハジメとユエは及び腰になっているし、シアとティアに至っては完全に腰を抜かしてしまっている。

 

「俺と、後ろで座り込んでいる2人の服を見繕ってほしい。組み合わせは、店長に任せる」

「わかったわ。任せてぇ~ん。あなたもついてきてねぇん?」

「わかった」

「あ、ちょっと!おろしてください!って、抜け出せない!?」

「ハ、ハジメさん!ユエさん!助けてください!」

「んじゃ、また後でな」

「お、おう・・・」

「・・・ん」

 

店長さんはティアとシアを肩に担いで店の奥に向かい、俺はその後ろをついていく。

ハジメとユエは、最後まで見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

結論から言うと、店長のセンスは抜群だった。

また、店の奥に連れて行ったのも、シアが粗相をしたと気づいて着替える場所を提供するためだったらしい。

そんな店長が選んだ服は、あのおばちゃんがおすすめするだけあって、見事の一言だった。

シアの服装は、以前と変わらない露出過多なものだったが、実用性に富んだもので、ミニスカートの中にホットパンツも着用して機動性を重視している。

ティアも機動性重視だが、シアほど露出は多くなく、タンクトップの上にバトルベストを羽織り、こちらもホットパンツとアウトドアブーツを着用していた。

そして、俺の服装なんだが・・・

 

「んで?俺に厨二スタイルが嫌だと言ったツルギ君?今の気持ちは?」

「・・・結局、俺もハジメの同類なんだなって」

「えっと、ツルギ?似合ってるわよ?」

 

有り体に言えば、某アニメ臭い服だった。もっと言えば、赤い外套に黒を基調としたインナーとズボンという、完全に某弓兵な服装だった。

はっきり言って、狙ってやってるのかと思った。俺の剣製魔法といい、完全にマッチしている。コスプレ感は否めないが。

そんな姿を見たハジメは、今までの弄りをやり返すかのように笑っていた。

ティアは慰めたりしてくれているが、それが地味に心にダメージが入る。

 

「まぁ、それは置いといてだ。どうしてあの化k・・・店長とまともに話せたんだ?」

「・・・親父の知り合い、っていうより部下に、同じような人がいたから慣れてる」

「・・・お前の親父さん、警察官なんだよな?」

「警察官だよ」

 

たしかに俺の親父は警察官だが、親父のいる部署はどういうわけかいろいろと()()人材がそろっている。言ってしまえば、親父の部署はいわゆる『厄介払い』の部署なのだが、それにしてもいろんな意味で濃い人物がそろっているのだ。その中には、あの店長さんの同類もいた。

そのせいかおかげか、ちょっとやそっと癖が強いだけでは動じない精神を身に付けた。

 

「・・・お前も、大変だったんだな」

「・・・とりあえず、宿に行こう。早く休みたい」

 

一応、あの店長さんは見かけによらずいい人だったが、いろいろなことがありすぎて疲れた。

そういうわけで、満場一致で俺たちは宿に向かった。




運営から「クロスオーバーのタグ付けろ」と注意されてしまいました・・・。
まぁ、いくら自分ではオリジナルのつもりでも、“剣製魔法”とか完全にエミヤさんの魔法だよなぁ、と思い直しました。
というわけで、今回でオリ主を完全にエミヤ属性にしました。
もう行くところまで行っちゃおうかと。


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頼むから休ませてくれよ

そういえば書いてないと思ったので、ツルギとティアの見た目を簡単に書いておこうと思います。
挿し絵じゃないのか、だって?
画力がないんだよちくしょう。
他の人に書いてもらえばいいじゃないか、だって?
そんな友人もいないんだよちくしょう。

峯坂ツルギ
身長:173cm 体重:64kg
見た目:黒髪で短髪ツンツン頭・黒のつり目・全体的に細身だが筋肉は引き締まっている

ティア
身長:164cm 体重:57kg
見た目:赤髪のセミロング・翠の猫目・全体的に引き締まっており、胸は普通

とりあえず、簡単にこんな感じです。
後はそれぞれイメージしていただければと思います。


服屋を後にした俺たちは、今日の宿を地図の中で紹介されている“マサカの宿”にした。

料理がおいしく防犯がしっかりしており、なにより風呂に入れるということから満場一致で決まった。風呂の使用料は少し割高だが、気にする必要がないくらいの手持ちが今の俺たちにはある。

中に入ると、一階が食堂になっているようで、すでに複数人が食事をとっていた。

入った瞬間に客の視線がユエたちに集中するが、それをなるべく気にしないようにしつつカウンターの方へと向かうと、15歳くらいの少女が元気よく挨拶しながら現れた。

 

「いらっしゃいませー、ようこそ“マサカの宿”へ!本日はお泊りですか?それともお食事だけですか?」

「宿泊だ。この地図で紹介されているのを見て来たんだが、ここに記載してある通りでいいか?」

 

俺がおばちゃんの地図を見せると、少女が納得したようにうなずいた。

 

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

「一泊だ。食事付きと、あと風呂も頼む」

 

あのおばちゃん、キャサリンって名前だったのか・・・ちょっと、衝撃がでかかったな。ハジメなんか、遠い目をしてるし。

 

「はい。お風呂は15分100ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」

「そうだな・・・ここの2時間で頼む」

「えっ、2時間も!?」

 

少女は俺が指定した時間に驚いていたが、俺たち日本人としてはゆっくり入りたいため、男女で分けるとしてもこれくらいは当然だ。

 

「え、え~と、それでお部屋はどうされますか?2人部屋と3人部屋が空いてますが・・・」

 

そう言いながら、少女の視線が俺の後ろにいく。明らかに好奇心を抑えられないといった様子だ。

 

「そうだな、2人部屋と3人部屋を一部屋ずつで頼む。部屋割りは・・・」

「・・・私とハジメで2人部屋。あとは3人部屋」

 

周りから、主に男から「リア充死ね!!」みたいな波動が送られてくる。

てっきり、男女で分けられるとでも思っていたのだろうか。

シアの方からも、抗議の声が挙がる。

 

「ちょっ、何でですか!」

「・・・シアがいると、楽しめない」

「楽しむって、何をですかっ」

「・・・何って・・・ナニ?」

「ぶっ!?こんなところでなにを言ってるんですか!それを言ったら、ツルギさんとティアさんとユエさんで三人部屋でいいじゃないですかっ!」

「・・・それで、どうするつもり?」

「そ、それでハジメさんに私の処女を貰ってもらいますぅ!」

 

店内に静寂が満ちた。俺とティアは、「こんなのの関係者だと思われてるのかなぁ・・・」みたいな感じで遠くを見ている。

ユエはというと、絶対零度の視線を宿している。

 

「・・・今日がお前の命日」

「うっ、ま、負けません!今日こそユエさんを倒して正ヒロインの座を奪ってみせますぅ!」

「・・・師匠より強い弟子などいないことを教えてあげる」

「下克上ですぅ!」

 

そう言いながら、シアが背中の戦槌に手をかける。

発せられるプレッシャーはすさまじいのに、なんだかやるせなさを感じていると、ハジメがため息をつきながら2人に近づいていき、

 

ゴチンッ!ゴチンッ!

 

「ひぅ!」

「はきゅ!」

 

2人の脳天に鉄拳を叩き込んだ。それなりの力で殴ったのか、2人は頭を押さえてうずくまる。

 

「ったく、周りに迷惑だろうが。何より俺が恥ずいわ」

「・・・うぅ、ハジメの愛が痛い・・・」

「も、もう少し、もう少しだけ手加減を・・・身体強化すら貫く痛みが・・・」

「自業自得だバカヤロー」

 

とりあえずハジメが冷えた眼差しを二人に向け、一応は落ち着いたということで俺は気を取り直して少女に話しかける。

 

「っと、騒がせて悪いな。部屋割りは、そこの3人が3人部屋で、俺ともう1人が2人部屋だ」

「こ、この状況で男女で2人部屋と3人部屋・・・つ、つまり、こっちの人たちは3人で?す、すごい・・・はっ、まさかお風呂を2時間も使うのはそういうこと!?お互いの体で洗い合ったりするんだわ!それから・・・あ、あんなことやこんなことを・・・なんてアブノーマルなっ!」

「おーい、聞いてるかー?」

 

少女はなにやらどこかへとトリップしていた。顔を真っ赤にしてぶつぶつとなにかをつぶやいている。

それを見かねた女将さんらしき人物が、少女の首根っこを掴んでずるずると引きずっていき、代わりに父親らしき人物が手早く手続きを済ませた。

ただ、その途中で「うちの娘がすみませんね」と言ったのだが、その目には「男だもんね、わかってるよ?」などといううれしくない理解の視線を向けられた。きっと、翌朝になったら「昨日はお楽しみでしたね?」などと言ってくるに違いない。

とりあえず、今はなにを言っても泥沼にはまっていきそうな気がしたため、鍵を受け取ってさっさとそれぞれの部屋に向かった。

 

「・・・そういえば、私とツルギはしれっと同じ部屋なのね」

 

部屋の中に入ると、ふとティアがそんなことを尋ねてきた。

 

「まぁ、男女で別れることも考えたんだが、あの様子だとどうせあの2人が突貫してきそうだしな。ユエとシアをどっちかに分けても、どうせどっちかが突撃するのは変わりないだろうし、それなら、こっちの方が手っ取り早い。それとも、俺と2人は嫌だったか?」

「そういうわけではないのだけど、なんだかすごい自然だったから・・・」

 

見た感じ、ティアもまんざらではなさそうだ。とりあえず、嫌がっているわけではないらしい。

 

「正直言って、俺の安息のためにはどうしても必要だからな。とりあえず、これで我慢してくれ」

「別に、我慢なんてしてないわよ」

 

ティアが苦笑しながら、気にしなくていいと声をかけてくる。

ティアが話のわかるやつで本当によかった。

 

 

* * *

 

 

「あ”~、生き返るぅ~・・・」

「それ、なんだかおっさんくさいぞ、ツルギ」

「しょうがないだろ、今日一日でかなり疲れたからな」

 

あの後、俺とハジメはさっそく風呂に入った。

男の俺たちが先なのは、女の子の風呂はどうしても長くなるからだ。

こうして俺とハジメ2人だけでいるというのも久しぶりなので、遠慮なく話すことができる。

 

「それにしても、お前の体、ずいぶんと傷だらけだな」

「あぁ、これな」

 

そういうハジメの視線は、俺の体にある様々な傷に向けられていた。

そのどれもが、オルクス大迷宮でついた傷だ。

 

「一応、致命傷とかはないんだが、それなりに大けがを負うこともあったな。お前と違って、自分の回復魔法でどうにかするしかなかったし」

「なるほどな」

 

俺がハジメの方に顔を向けると、そこには鍛え抜かれたハジメの体があった。だが、奈落から生き延びたというには、不自然なほどに傷が少ない。

これは、ハジメが奈落に落ちたときに見つけた神結晶と、そこからでる神水の効果だ。

神結晶というのは、大気中の魔力がゆっくりと時間をかけて結晶化したもので、魔力が飽和した神結晶にさらにゆっくりと魔力を注入することで湧き出るのが神水だ。この神水がすさまじく、あらゆる傷を癒し、これを服用している間は食事をとる必要もないという、この世界で最高級の、否、伝説上の産物ともいえる薬なのだ。

ハジメは、この神水の出る神結晶を見つけたことで、奈落を乗り切ったそうだ。

だが、残念なことに今は神結晶からは神水は出ず、残りは試験管12本分だけだそうだ。

残った神結晶は、優れた魔力貯蔵庫にもなるということで、ハジメがアクセサリーにしたり、神結晶を媒体にしてアーティファクトを作ったりもしている。

そんなことを湯船につかって話していると、妙な気配をつかんだ。

 

「・・・ん?」

「どうしたんだ?」

「いや、誰か入ってきたような・・・」

「・・・まさか」

 

この状況で、風呂に入ってくる人物といえば、()()()()しかいない。

ガラリ、と風呂の扉が開けられた。

そこに立っていたのは、一糸まとわぬ格好のユエ・・・

 

 

ブスリ

「イッタイメガーーーーッ!!??」

 

俺の目に神速の目つぶしが決まった!犯人はハジメ。

ていうか、俺の天眼でもまったく見えなかったんだが。

ハジメはそんな俺に目もくれず(見えないから多分)、ユエに質問を投げかける。

 

「ていうか、なんでユエがここに!?」

「・・・え?ハジメ、私に背中を流してほしいって?」

「そんなこと一言も言ってないんだが!?」

「ハジメー、前が見えねぇよー・・・」

 

俺からささやかな抗議をいれるが、まったく相手にしてもらえない。

 

「ずるいです、ユエさん!私も背中流します!」

「ちょっと、少しは落ち着いたら?」

「シアと、ティアまで!?」

 

女性陣最後の常識の砦であるはずのティアまでもが突入していた。もう終わりだ。

 

「ツルギ、大丈夫?」

「ちょっと待て。今、回復魔法をかけるから・・・」

 

回復魔法はそこまで得意ではないが、ハジメがギリギリ手加減してくれたおかげで、なんとかすぐに視力を回復させることができた。

目を開けると、俺の隣にティアが腰かけていた。変装のアーティファクトも起動させたままだ。幸い(?)、バスタオルを巻いていたためそこまで目のやりどころに困るわけではなかった。

ちなみに、俺も目が見えないながらも腰にタオルを巻いたから見られる心配はない。

 

「それにしても、なんでティアまで来てるんだよ・・・」

「だって、私だけ1人で待ってるのも寂しかったし・・・」

「その寂しさの代わりの羞恥心はどこに行ったんでしょうかね・・・」

 

1人で待っているのが嫌なのに裸を見られるのは構わないとか、正直ティアの感性を疑う。

ティアの中では何がセーフで何がアウトなのだろうか。

 

「はぁ、ゆったり風呂に浸かっていたかったんだがなぁ・・・いや、ある意味、この状況くらいなら予測すべきだったのか・・・?」

「男の人が入っているお風呂に女の人が突入してくることを前提にするのも、ある意味すごいことではあるけどね」

 

そう言われても、実際に起きてしまったんだからなんとも言い様がない。

なんとなく黙って風呂に浸かっていると、ティアが俺の肩に頭を預けてきた。

 

「・・・どうしたんだ?」

「・・・べつに、なんとなく」

 

ティアの方も口数が少なくなり気まずい沈黙が続くが、不思議と嫌な感じはしなかった。

こうしている間にも、ユエがハジメの背中を流したり、シアが「ユエさんはペッタンコじゃないですか!」と口を滑らせてユエの水魔法で錐揉みにされたり、そんな状況を実はこっそり見ていた宿の看板娘をハジメが見つけて制裁したりとかなりカオスなことになっていたが、水魔法と風魔法を使って周りからシャットダウンした俺たちには関係のないことだ。

疲れてるからゆっくりしたいんだ、こういうときくらい。

 

 

* * *

 

 

風呂と食事を済ませたあと、それぞれの部屋に戻ったのだが、俺とユエだけは外に出ている。俺の方から「話がある」と誘ったのだ。

ユエの方も二つ返事で頷き、ハジメも特に勘ぐることなく俺とユエを送り出した。

今は、宿の裏庭にいる。ここなら、この時間帯はあまり人は来ないはずだ。

 

「悪かったな、急に呼び出したりして」

「・・・べつに構わない。それで、話って?」

 

俺の謝罪にユエは首を振り、先を促す。

俺も、あまり長くならないように本題に入る。

 

「ハジメのことで、礼を言おうと思ってな」

「・・・ハジメのことで?」

「あぁ。ハジメを救ってくれて、ありがとうな」

 

俺の礼に、ユエは首をひねる。

 

「・・・救われたのは、私の方」

「ユエにとってはそうなんだろうけどな、それでも、ハジメもユエに救われてるんだよ」

 

ハジメがはっきりと口にしたわけではないが、俺には大体の想像がついている。

 

「クラスメイトに裏切られて、奈落で一人で過ごしたハジメの心は壊れかけた。いや、少なくとも一度は壊れたな。下手をすれば、俺にも銃を向けていたかもしれない」

 

ハジメがただ生き残る、自らの望みを叶えるために手段を選ばないようになっていたら、事実、そうなっていただろう。

 

「俺はな、もしハジメが外道も辞さない化け物に道を踏み外していたら、自分の手で殺すつもりだった。親友である俺が殺すべきだと考えていた」

「・・・それは、今も同じ?」

「同じって言えば同じだがその心配はいらねぇよ。今のハジメはそんな化け物じゃないからな」

 

そして、そんなハジメをつなぎとめてくれたのが、

 

「ユエのおかげで、少なくとも俺の危惧していた化け物にはなっていなかった。ユエが、俺の知る“最後の”ハジメをつなぎとめてくれたんだ」

 

もしユエがいなければ、あるいは、ユエが違う態度をとっていたなら、ハジメは本当に道を踏み外していただろう。

 

「だから、礼を言うんだ。ハジメを救ってくれて、ありがとうってな」

「・・・ん」

 

俺の感謝の言葉に、ユエはわずかに恥ずかしがるが、すぐに口を開く。

 

「・・・やっぱり、ツルギはハジメの友達。ハジメのことを一番に考えている」

「まぁ、そうだな」

「・・・ツルギにとって、ハジメはどんな存在なの?」

「そうだな・・・」

 

正直、それをここで言うのは俺も恥ずかしいが、周りに誰かがいる気配もないし、言ってもいいだろう。

 

「俺にとってハジメは、一番の親友で、恩人で、憧れだな」

「・・・憧れ?」

「それはまぁ、ここでは勘弁してくれ。さすがに恥ずいし、ちょいとハジメのプライバシーにも関わるからな」

「・・・ん、わかった。なら、聞かないでおく」

「ありがとよ。んじゃ、そろそろ戻るか。体も冷えてきたし」

「・・・ん」

 

そうして、俺とユエはそれぞれの部屋に戻った。




ムスカ大佐かと思ったか?
残念、めぐみんだ。
こういうのはムスカ大佐が多いので、ちょっと変化球にしてみました。


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漢女になるがいい

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翌日、俺は今ハジメと二人きりで作業をしていた。

ティアたちは、一緒に買い物に行った。特に、ユエとシアが見事な連携で流れるようにティアを買い物に連れて行った。その流れるような動きは、ハジメをして「・・・お前ら、実は仲いいだろ」と言わせるほどだった。

どうやら、昨夜はいろいろと大変だったらしい。

ただ、ハジメの方も俺とユエが二人で話をしたことが気になるらしく、何回か聞いてきた。

 

「結局、お前はユエとなにを話したんだ?」

「内緒だ。別にやましいことはないから心配すんな」

「それはわかってるけどな。それよりも、そいつの使い心地はどうだ?」

「違和感はぬぐい切れないが、問題なく使えている。にしても、すごいな、これ」

 

そう言う俺の右腕には、尻尾を咥えたトカゲの意匠が施された金の腕輪をつけている。

もちろん、ハジメお手製のアーティファクトだ。

その名も“ウロボロス”。生成魔法を組み込んだアーティファクトだ。

この腕輪に魔力を通して魔法を発動することで、本物の生成魔法ほどではないが鉱物に魔法を付与できるという、今までハジメが作ってきた中でもかなりぶっ飛んだ性能だ。

アーティファクトを作る際、ぶっちゃけハジメ一人でも足りるのだが、やはり人手は多い方がいいということで作ったらしい。

なぜ俺なのかといえば、ハジメの作るアーティファクトのほとんどが日本のアニメや漫画の中の産物をもとにしているため、それなりに知識を共有している俺に渡されたのだ。

ただ、本物の生成魔法のように使えるわけではなく、あくまでハジメの補助くらいにしか使えない。

やはり、『鉱石に魔法を付与する魔法』を付与したアーティファクトというのも、使い勝手はあまりよくはないらしい。

 

「お前の魔法の腕は、魔力操作の技量で言えばおそらくユエよりも上だからな。やっぱり、お前に渡して正解だった」

「まぁ、またユエから嫉妬される気がするけどな。お前が作業してるところとか、ずっと見てたし」

「・・・それは、俺がなんとかする」

「シアが俺の部屋に来る未来が見えるなぁ・・・」

「・・・どうしろと言うんだ」

「どうにかしろ。お前の責任だろうが」

「ぐぅ・・・」

 

ハジメも、シアが好意を向けていることくらいわかっている。だが、ハジメが好きなのはユエだけであるからシアの気持ちに応えるつもりつもりはない。

それでも突撃してくるあたり、ある意味シアも大物だろう。

 

「ま、今はそんなシアと、あとティアのための武器を作るのに集中するぞ・・・ここはこうでいいか?」

「なんか流された気がするが・・・おう、それでいい」

 

とりあえず、先の大変なことはそのときに考えればいい。

俺とハジメは、シアのための武器作成を再開した。

 

 

* * *

 

 

「それで、ティアさんはツルギさんのことをどう思ってるんですか~?」

 

すでに喧騒に包まれている町の中をユエ、シア、ティアが歩いている中、シアがティアに尋ねた。

 

「どうって?」

「早い話、ティアさんはツルギさんのことが好きなんですか?」

「ふぇ!?」

「・・・私も気になる」

「ユエも!?」

 

シアのストレートな尋ね方に、ティアは顔を赤くして変な声を出し、ユエも興味津々という風に便乗してくる。

 

「それで、どうなんですか?」

「どうって言われても・・・わからないわ」

「・・・わからない?」

 

ティアのあいまいな言い方に、ユエは首をかしげる。

ティアも、恥ずかしそうにしながらも律義に説明する。

 

「ツルギのことは、嫌いではないわ。オルクスで私を助けてくれたし、私の目的を手伝うって言ってくれたときも、とてもうれしかった。ただ、好きなのかって聞かれると、まだ・・・」

「・・・なら、ティアはツルギのことをどう思ってる?」

 

真剣なまなざしで聞いてくるユエに、ティアも真剣に考えて答える。

 

「・・・なんていうか、近い、って思うわ」

「近い、ですか?」

「えぇ。なんか、言葉にするのは難しいのだけど、どこか私とツルギが同じな気がするのよ」

「・・・どこか、っていうのは?」

「わからないわ。ツルギって、なんか隠し事が多いし」

「あー、たしかにそうですねぇ」

 

一応、ツルギがこの世界に来てからのことはティアも聞いているが、それ以前のことはほとんど聞いていない。聞いたとすれば、ハジメとの関係くらいだ。

 

「・・・そういえば、ハジメもツルギのことでいろいろと知らないことがある、って言ったことがある」

「ツルギさんの親友であるハジメさんにも秘匿ですか。これはなかなか堅物ですね・・・」

「だから、そのことを教えてほしいと思うわ。それが、ツルギに助けてもらった私の恩返しになると思うから」

 

ティアの決意のこもった言葉に、ユエとシアも笑顔でエールを送る。

 

「・・・ん、頑張って」

「私たちも応援しますぅ!」

「ありがとう、ユエ、シア」

「おい、ユエちゃんとティアちゃんとシアちゃんでいいよな?」

 

そんなこんなで楽しそうに目的のものを探していると、無粋にも一人の男が話しかけてきた。

振り向いてみれば、その男の後ろにも数多くの男がおり、いつの間にかユエたちを囲んでいる。

亜人族であるシアにも“ちゃん”をつけて呼んでいることに訝し気な表情を浮かべながらも、ティアが頷く。

 

「合ってるけど、それがなに?」

 

すると、声をかけた男が後ろを振り向いて頷くと、覚悟を決めた目でティアたちを見る。後ろの男たちも、同じような目でティアたちに前に進み出て、

 

「「「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」

「「「「「ティアちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」

「「「「「シアちゃん!俺の奴隷になれ!!」」」」」

 

一世一代の告白をした。

シアだけ口説き文句が違うのは、シアが亜人だからだろう。

本来なら奴隷の譲渡は主人の許可が必要なのだが、シアを落としてから交渉すればいいと考えているようだ。

一応、本来なら奴隷が主人に逆らうなどありえないのだが、宿での出来事が強烈すぎたせいでスルーしているらしい。

そして、そんな告白を受けたユエたちはというと、

 

「・・・シア、ティア、道具屋はこっち」

「あ、はい」

「一軒で全部揃うといいわね」

 

何事もなかったように歩みを再開した。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!返事は!?返事を聞かせてく・・・」

「断る」「断ります」「断るわ」

「ぐぅ・・・」

 

まさに眼中にないという態度に、ほとんどの男がうめいたり、何人かは膝から崩れ落ちている。

だが、諦めが悪い奴というのもどこにでもいるものだ。

 

「なら、なら力づくで俺のものにしてやるぅ!!」

 

暴走男の雄叫びに他の男たちも瞳にギンッと光を宿し、逃がさないように取り囲んでじりじりと迫っていく。

そして、最初にユエに声をかけた男が雄叫びを挙げながらユエに飛び掛かる。

対するユエは、冷めた目つきで一言つぶやく。

 

「・・・“凍柩”」

 

直後、男が頭を残して全身を氷の柩に閉じ込められ、バランスを崩して地面に顔面から落ちる。

周囲の男たちは、ノータイムで放たれた水属性上級魔法“凍柩”を目の当たりにしてひそひそと話し合う。幸い、全員が的外れの解釈をしている。

氷漬けの男に、ティアがわざと大きめに足音を鳴らして近づいていく。

 

「ユエ」

「・・・ん」

 

ティアが声をかけると、男を包む氷が溶けていく。

 

「ユ、ユエちゃん。いきなりすまねぇ!だが、俺は本気で君のことが・・・」

 

解放してくれるのかと男は期待してユエに目を向けてなお告白の続きをしようとするが、途中で溶かされていく氷がごく一部であることに気づく。

その場所は、

 

「あ、あの、ユエちゃん?どうして、その、そんな・・・股間の部分だけ?」

 

そう、ユエが溶かしたのは男の股間の部分だけだ。他の部分は完全に男を拘束している。

男も嫌な予感を覚えたのか、冷や汗をダラダラと流すが、少しも動けない。

「まさか、ウソだよね?そうだよね?ね?」という表情をティアに向けるが、ティアは無表情のまま位置を調整し、

 

「漢女になって反省しなさい」

 

股間の部分を思い切り蹴りぬいた。

 

 

 

アーーーッ!!

 

 

 

この瞬間、町中に男の心からの悲鳴、もとい第二の服屋の店長の誕生の産声が響きわたった。

ユエたちを狙っていた男たちは完全におびえた視線をむけているが、そんな視線を気にすることなく道具屋へと向かった。

また、道中で女の子たちが「お姉さま・・・」などとと呟いてユエとティアを見つめていたのだが、それらもすべて無視した。

 

 

* * *

 

 

「ただいま」

「おう、おかえり。道具はそろったか?」

 

ちょうど俺とハジメが作業を終えた頃、ティアたちが帰ってきた。

 

「えぇ、問題ないわ。必要なものは全部そろったから」

「そうか」

 

買い物を終えたティアに話しかけるが、ハジメは別の、俺の気になったことをユエに尋ねた。

 

「お疲れさん。それはそうと、町中が騒がしそうだったが、何かあったのか?」

「なんか、男の叫び声が聞こえた気がするんだが」

 

俺とハジメが作業をしている最中、どこからか痛烈な男の叫び声が聞こえたのだ。

この町で騒ぎが起こったとすれば、十中八九ティアやユエたち絡みだろう。

若干心配になって尋ねるが、

 

「・・・問題ない」

「あ~、うん、そうですね。問題ないですよ」

「心配しなくても大丈夫よ」

「そうか」

 

何かがあったのは否定してないあたり、やはり面倒ごとに巻き込まれたのだろうが、問題ないと言っているなら気にしなくても大丈夫だろう。

ハジメも一応納得し、シアに預けていた宝物庫を受け取った。

シアはハジメの宝物庫をうらやましそうに見ていたが、宝物庫は今のハジメではまだ作れない代物であるため、ハジメも苦笑いするしかない。

その代わりにと、ハジメはシアに例のものを渡す。

 

「さて、シア。こいつはお前にだ」

 

そう言ってハジメは、シアに直径40cm長さ50cm程の円柱状の物体を渡した。銀色をした円柱には側面に取っ手のようなものが取り付けられている。

シアが受け取ろうとすると、あまりの重さに思わずたたらを踏みそうになり、身体強化の出力を上げた。

 

「な、なんですか、これ? 物凄く重いんですけど・・・」

「そりゃあ、お前用の新しい大槌だからな。重いほうがいいだろう」

「へっ?これが、ですか?」

 

シアが疑問に思うのも無理はないだろう。

今の状態は取っ手が異様に短いため、どこからどう見ても大槌には見えない。

 

「ああ、その状態は待機状態だ。取り敢えず魔力流してみろ」

「えっと、こうですか、ッ!?」

 

ハジメに言われたとおりに魔力を流すと、カシュン!カシュン!という機械音を響かせながら取っ手が伸長し、槌として振るうのに丁度いい長さになった。

これこそが俺とハジメで作ったシア専用の大槌型アーティファクト・ドリュッケン(ハジメ命名)だ。内部にはいくつものギミックが組み込まれており、特定の場所に魔力を流し込むことで作動させることができる。

ハジメからの贈り物に、シアは嬉しそうにしてドリュッケンを抱える。

 

「それと、こっちはティアにな」

 

そう言って、俺は黒塗りの籠手と脛当てをティアに渡す。

 

「これは?」

「“フェンリル”。早い話、ティアの武器だ」

 

籠手・脛当て型アーティファクト・フェンリル(俺命名)。こちらも俺とハジメの合作で、それぞれにに6つの神結晶をはめ込んでおり、それぞれに属性魔法を付与させた。これにより、火・水・風・土・光・闇の属性魔法を籠手に纏わせることができる。それらに加えて、籠手には“豪腕”、脛当てに“縮地”、両方に“金剛”の技能を使えるようにしている。

 

「本当はシアのドリュッケンみたいにもうちょいギミックを加えてもよかったんだがな、まずは使いやすいように数を絞った。それの扱いになれてきたら、徐々に増やしていくつもりだ」

「・・・すごいわね。ありがとう、ツルギ」

「ハジメにも礼を言えよ。俺はハジメの補助くらいしかやってないからな」

「何を言ってるんだよ。ツルギの手助けのおかげで、この短時間で2つ作ることができたんだからな」

 

俺とハジメが互いに互いを賞賛し、そのことに思わず笑いがこみあげる。

 

「さてと、やることも済ませたし、出発するか」

「そうだな」

 

そうして、俺たちはチェックアウトをして町を出て行った。

目指すはライセン大峡谷にある大迷宮だ。




ネーミングセンスが欲しい・・・。
僕には一からかっこいい名前を作り出せる技量がないのですよ・・・。
それを考えると、今回を機に調べてみてわかりましたが、ありふれの中の名称ってほとんどドイツ語なんですね。
そんな自分は、神話の中の名称を使ってやることにしました。
それならパクリもひったくれもないので。
まぁ、たまに自分でドイツ語一覧を見て考えるかもしれませんが。


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迷、宮?

立て続けにUAも10000突破しました!
たくさん読んでいただき、ありがとうございます!


「一撃必殺ですぅ!」 ズガンッ!!

 

「・・・邪魔」 ゴバッ!!

 

「うぜぇ」 ドパンッ!!

 

「よっと」 ズパンッ!!

 

「ここ!」 ドゴッ!!

 

ユエたちのファンらしき人々に見送られた俺たちは、魔力四輪に乗ってライセン大峡谷に入り、襲ってくる魔物のすべてを一撃で仕留めながら進んでいた。

今いるのは、ハジメがオルクス大迷宮から出てきたという隠し通路を通り過ぎて5日ほど経ったところだ。

ライセン大峡谷では、魔物たちが性懲りもなく襲い掛かってくるが、シアがドリュッケンで叩き潰し、ユエが無理やり至近距離で発動した魔法で燃やし尽くし、ハジメがドンナーで頭部を撃ちぬき、俺が黒刀で斬り刻み、ティアがフェンリルで殴り飛ばして蹂躙していた。

ライセン大峡谷の魔物を片手間で倒し、野宿もしながら迷宮らしきものを探すが、今のところはそれらしきものは見つからないままだ。

今も、特に収穫もないまま野営の準備をしているところだ。

 

「はぁ~。やっぱ、ライセンの何処かにあるってだけじゃあ、大雑把過ぎるよなぁ」

「ライセン大峡谷自体、かなり広いからな。結果論だが、もうちょい情報収集してから探した方がよかったかもな」

「まぁ、大火山に行くついでなんですし、見つかれば儲けものくらいでいいじゃないですか。大火山の迷宮を攻略すれば手がかりも見つかるかもしれませんし」

「まぁ、そうなんだけどな・・・」

「ん・・・でも、魔物が鬱陶しい」

「あ~、ユエさんには好ましくな場所ですものね~」

 

ライセン大峡谷に入ってから、魔物と戦闘するたびにユエのフラストレーションがたまっていた。

魔晶石シリーズ(神結晶を用いたアクセサリーで、魔力貯蔵庫)のおかげで今のところ魔力切れの心配はないが、発動しにくいことには変わりない。

シアの言う通り、魔法を扱う者にとってはここ以上にやりにくい場所はないのだ。

 

「まぁ、その代わりに俺たちが多めに片付けてるんだけどな」

「だから、気にしなくていいわよ」

「・・・ん」

「そういえば、ツルギ。そいつの使い心地はどうだ?」

「正直、暴れ馬もいいところだな。だが、悪くはない」

 

ハジメのいう“そいつ”とは、俺の使っている黒刀のことだ。

この黒刀は、元から素人が適当に振っても鋼鉄を切り裂けるほどの切れ味を持っている。俺も試しに一回全力で振るったのだが、その時は魔物どころか後ろの崖までおよそ100mほどの裂創を地面に刻んだ。

今使っていても、力加減を間違えれば余計なものまで斬ってしまうので、扱いは難しい。だが、その分使いこなせればこれ以上に強力な刀はないだろう。

 

「ティアの方もどうだ?」

「悪くないわね。魔法の方は環境もあってあまり使いこなせてはいないけど、それでもすごい馴染んでいるわ」

 

ティアの装着しているフェンリルも、ライセン大峡谷の環境のせいもあって属性魔法のギミックはあまり使えていないが、その他の機構は問題なく使えている。

ちなみに、俺たちの使っている野営セットはすべてがアーティファクトで、空調や冷蔵庫、さらには火いらずの調理器具に“風爪”が付与された包丁、スチームクリーナーモドキなんかも完備してある。

“神代魔法超便利”。

それが俺たち共通の意見だった。

料理は、俺とシアが交代で担当している。

本当はどっちかだけでも十分なのだが、俺は普通に料理が好きだし、シアも自分の手料理をハジメとユエに食べさせたかったため、妥協案として当番制になった。

また、寝るときは班を三つに分けた。

就寝班が3人、見張り番と迷宮捜索班が1人ずつだ。

迷宮捜索といっても、そこまで遠いところまで行くわけではなく、離れても徒歩で数十分くらいだ。

今は、俺が迷宮捜索、ハジメが見張り番、女性陣が就寝している。

 

「見つからねぇ・・・」

 

なんかデジャヴだなぁ、と思いつつも、そう口にせざるを得ない。

結局、なんの収獲もないまま野営地に戻る。

 

「お、ツルギ。なんかあったか?」

「いいや、なんもない・・・ん?1人いないが?」

 

テントの中の気配を探ってみると、二人分の気配しかない。

 

「あーいや、シアがな・・・」

「ハ、ハジメさ~ん!ユエさ~ん!ティアさ~ん!大変ですぅ!こっちに来てくださぁ~い!あ、ツルギさん、戻ってきたんですね!ちょうどよかったですぅ!」

 

噂をすれば、どこかに行っていたらしいシアが戻ってきたが、なにやら大声で叫びながら呼んでいる。魔物を呼び寄せる危険があるというのを忘れるくらい興奮しているようだ。

一応野営セットをしまってからシアがいる方へと向かうと、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れおり、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。方向的には、俺が探索した方と正反対だ。

隙間の前では、シアが大きく手を振っている。その表情は、興奮に彩られている。

興奮したままのシアに連れていかれてハジメが若干引き気味に、ユエは鬱陶しそうに顔をしかめる。

とりあえず、言われるままに隙間の中に入ると、中には思ったよりも広い空間があり、天眼で奥の方を見ると、なにやら看板らしきものが・・・

 

「・・・なんだ、あれ?」

「ん?どうした、ツルギ。なんか見えたのか?」

「いや、まぁ、見えたって言えば見えたんだが・・・とりあえず、行ってみよう」

 

俺の煮え切れない態度にハジメたちが首をひねりつつ奥へと進んでいく。

半ばまで近づくと、ハジメたちにも看板になにが書いてあるのか見えたのだろうが、その書いてある内容というのが、

 

『おいでませ!ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪』

 

なにやら丸っこい字で書かれていた。!や♪が妙に凝っているのがなんだか腹が立つ。

 

「・・・なんじゃこりゃ」

「・・・なにこれ」

「・・・なんなの、これ」

 

ハジメとユエとティアの声がぴったりと重なった。

まさに『信じられないものを見ている』ような表情だ。

 

「何って、入口ですよ!大迷宮の!おトイ・・・ゴホン、お花を摘みに来たら偶然見つけちゃいまして。いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」

 

能天気なシアの声にハジメたちも硬直から抜けるが、どのみちなんとも言えないような表情になった。

それと、シアが外に出ていたのはそういうかことか。

そんな中、ハジメとユエは顔を見合わせる。

 

「・・・ユエ、マジだと思うか?」

「・・・・・・・・・ん」

「長ぇ間だな。根拠は?」

「・・・ミレディ」

「やっぱそこだよな・・・」

「えっと、どういうことだ?」

「オスカーの手記の中に、ライセンのファーストネームとして“ミレディ”の名前が出てきたんだ。だから、ここがライセンの大迷宮で合ってるんだろうが・・・」

「・・・なんでこんなにチャラいんだよ」

 

ハジメの言う通りなら、ここがライセンの大迷宮である可能性は高いのだが、それにしては文脈がふざけにふざけている。未だに誰かの悪ふざけなのではないかと疑ってしまう。

 

「でも、入口らしい場所は見当たりませんね?奥も行き止まりですし・・・」

 

そんな俺たちの微妙な心理に気づかないまま、シアは入り口を探すためにうろちょろしているが、

 

「おい、シア。あんまり・・・」

 

ガコンッ!

 

「ふきゃ!?」

 

「あまり動くな」とハジメが注意しようとしたところで、忍者屋敷の仕掛け扉みたいに壁面がぐるりと回転し、それに巻き込まれて消えていった。

 

「「「・・・」」」

「・・・ここだな、大迷宮」

 

おそらく、あれが大迷宮の入り口で合ってるのだろう。

ただ、シリアスが欠片もないのは、どうにかならないものか。

俺たちはため息を吐きつつも、シアが消えていった回転扉に手をかける。

すると、先ほどのように壁面が回転し、元に戻ったところでピタリと止まる。

 

ヒュヒュン!!

 

次の瞬間、無数の風切り音が響いた。

俺の“夜目”は、その正体をすぐに暴いて即座に黒刀を鞘に納めたまま振るう。

俺たちに向かって飛来したなにかは、すべて叩き落されるか背後の壁に刺さった。

床に落ちたものを拾い上げてみれば、それは20本ほどの漆黒の矢だった。おそらく、浮足立っているところに飛ばすことで入ってきた者を殺すつもりだったのだろうが、ある程度予想できていた俺たちには特に問題なかった。

俺たちが矢を叩き落したと同時に、周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。俺達のいる場所は10m四方の部屋で、奥へとまっすぐに整備された通路が伸びていた。そして部屋の中央には石版があり、それを見てみると、

 

『ビビった?ねぇ、ビビっちゃた?チビってたりして、ニヤニヤ』

『それとも怪我した?もしかして誰か死んじゃった?・・・ぶふっ』

 

女の子らしい丸っこい字で、そんな風に彫られていた。『ニヤニヤ』と『ぶふっ』の部分が妙に強調されているのがまた腹立たしい。

そんな俺たちの心情は、見事に一致していた。

すなわち、「うぜぇ・・・」と。

そこでふと、俺はあることを思い出した。

 

「そういえば、シアは?」

「「「あ」」」

 

俺の疑問に、ハジメたちもそう言えばと後ろの回転扉の方を見る。

この扉は半回転して止まるから、おそらくもう一度これを作動させると・・・

 

「うぅ、ぐすっ、ハジメざん、ヅルギざん・・・見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」

 

いた。壁に縫い付けられる形で。もっと言えば、ピクトグラムのように体を折り曲げており、稲妻形に折れ曲がったウサ耳もプルプルとふるえている。

ただ、それ以上に問題なのが、シアの足元が濡れていることだ。

これは、おそらく、そういうことなのだろう。

俺は何も言わずに、通路の方に視線を固定した。

背後のシアも、あらかじめ済ませておかなかった自分を呪っている。

少し待つと、シアも磔から解放され、着替えも済ませたようだ。

そこで、例の石板を発見し、無言でドリュッケンを取り出して思い切り殴りつけた。

当然、石板は木っ端微塵になるが、それでも何度もドリュッケンを振り下ろす。

だが、砕けた石板の下の地面の部分にもなにやら文字が彫られており、そこには、

 

『ざんね~ん♪この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~、プークスクス!!』

「ムキィーー!!」

 

これにシアがついにマジギレし、さらに激しくドリュッケンを振るい始めた。

おそらく、収まるまでしばらく待つしかないだろう。

 

ドゴォンッ!!

 

突然、背後ですさまじい衝撃と爆音が響いた。

音のした方を見ると、そこではティアが壁に向かって思い切り拳を突き出しているところだった。表情は陰に隠れて見えないが、そんなティアは、「こんなんじゃまだ足りない!!」とでも言わんばかりに繰り返し壁を殴りつけている。

発狂しているシアと静かにブチギレているティアを尻目に、思わずつぶやく。

 

「ミレディ・ライセンだけは、解放者云々関係なく人類の敵でいいな」

「・・・本当にな」

「・・・激しく同意」

 

ライセン大迷宮攻略の幸先がとても不安になる俺たちだった。




ちょっと短めにして、次回は結構長くなるかなぁ、と。
ミレディちゃん、見た目は可愛いのに・・・。


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ライセン大迷宮狂騒曲 前編

「殺ルですよぉ・・・絶対、住処を見つけてめちゃくちゃに荒らして殺ルですよぉ」

「・・・ねぇ、なんか、シアが怖いのだけど」

「・・・いや、ティアもさっきは似たようなもんだったぞ?」

 

あの後、シアとティアの暴走が収まって先に進んでいるのだが、シアは完全にブチ切れたままで、言葉のイントネーションがどこかおかしかった。

それに怯えているティアも、ついさっきまで表情を隠しながら壁を殴りつけていたし、情緒不安定と言えなくもない。

一応、ライセン大迷宮の攻略にあたって一番戦力になるのが身体能力特化のシアで、その次に近接戦闘が主の俺とティアになっている。

魔術師であるユエは言わずもがな、ハジメも体外に魔力を形成・放出するタイプの固有魔法はすべて使用不可になっており、ドンナーなども出力が半分以下にまで落ちている。

そんな俺たちの中で一番頼りになるシアがこの状態なので、俺がいろいろとなんとかしなければいけない。主に、煽りに耐えるという意味で。

とりあえず、俺は周囲を見渡す。

 

「にしても、オルクスと比べて、いかにも『人が作った大迷宮』って感じだな」

「たしかに、ある意味迷宮らしいって言えば迷宮らしいな」

「・・・ん、道に迷いそう」

「しっかりマッピングしないとね」

 

今俺たちがいる広大な空間は、階段や通路、奥へと続く入口が何の規則性もなくごちゃごちゃにつながり合っており、まるでレゴブロックを無造作に組み合わせてできたような場所だった。1階から伸びる階段が3階の通路に繋がっているかと思えば、その3階の通路は緩やかなスロープとなって1階の通路に繋がっていたり、2階から伸びる階段の先が何もないただの壁だったり、本当にめちゃくちゃだった

 

「ふん、流石は腹の奥底まで腐ったヤツの迷宮ですぅ。このめちゃくちゃ具合がヤツの心を表しているんですよぉ!」

「・・・シア、気持ちはわかるから落ち着け」

 

シアの機嫌は傾いたままだが、一応気を引き締めた俺たち。

 

「俺がマーキングとマッピングをする。“追跡”の固有魔法があるからな」

「わかった。こういう時はハジメがいると便利だな」

 

“追跡”とは、自分の触れた場所に魔力で“マーキング”することで、その痕跡を追う事ができるというものだ。また、周りの者に可視化にすることもでき、魔力を直接塗布するため分解作用も効きづらい。

ハジメはさっそく入り口に近い通路の壁にマーキングをしながら、先に進んだ。

ここから、俺たちの地獄の探索が始まった。

 

 

* * *

 

 

一番最初にやらかしたのは、意外にもハジメだった。

周囲を見ながら進んでいると、いきなりハジメの足元の床がガコンッと音を立てて沈み込んだ。

その瞬間、左右の壁のブロックの間からシャァアアア!!と円形のノコギリのようなものが回転しながら飛び出てきた。嫌らしいことにそれぞれ高さが違っており、右の壁からは首の高さで、左の壁からは腰の高さで前方から薙ぐように迫ってくる。

 

「回避!」

 

ハジメがとっさに叫び、ハジメはマトリクスさながらに、ユエは普通にしゃがんで、シアもなんとかギリギリで、俺はティアを抱えて床に伏せた。

なんとかノコギリを回避してホッとするが、俺は天井を見て冷や汗が噴き出た。

 

「ハジメ!前に跳べ!」

「っ!?」

 

ハジメは即座にユエとシアを回収して俺の言ったとおりに前に跳び、俺もティアを抱えてハジメと同じ場所まで退避した。

すると、天井からギロチンな刃が無数に射出され、まるでバターを切るかのようにスーと床に入りこんだ。

 

「・・・どうやら、完全な物理トラップみたいだな。よく考えてみれば、こんなところで魔法を使ったトラップなんてでるはずもないか」

「・・・道理で、魔眼石に反応しないわけだ。助かった、ツルギ」

 

ハジメがまんまとトラップに引っかかったのは、おそらく魔法系のトラップだけを注意していたからだろう。その結果、足元の仕掛けに気付かなかったのだ。

とりあえず回避に成功したシアが自分より義手を優先したことに抗議を入れるが、とくにけがもないみたいだ。

 

「はぁ~、こりゃ気が抜けないな。っと、ティア、大丈夫か?」

 

ふと、とっさに抱えたティアの様子を見てみると、

 

「~・・・」

 

なぜか顔を赤くしていた。俺の胸に顔をうずめて。

 

「おーい、ティアー?」

「え!?な、なに!?」

「いや、大丈夫か?なんか顔赤いけど」

「な、なんでもないから!!」

 

なんか慌てながら、ババッと俺から離れる。

いったいなんなんだろうと首をひねると、不意に視線を感じた。

 

「「「・・・」」」

 

見てみると、なにやらハジメとユエ、シアが俺にジト目を向けている。

 

「・・・なんだ?」

「いや、なんで大迷宮でいちゃついてるんだよ」

「いちゃついてねえよ。ていうか、お前も人のこと言えないだろうが。いつでもどこでもユエと二人の世界を作ってるくせに」

「・・・女たらし?」

「おい、ユエ。んな根も葉もない言い方はやめろ」

「う~、ティアさんがうらやましいですぅ」

「悪いが、俺はおもらしウサギを抱こうとは思わないからな」

「ちょっ、その言い方はあんまりですぅ!!ていうか、ツルギさんもユエさんと同じこと言うんですかぁ!!」

 

結局、気を引き締めるどころか緩みに緩んでしまった。

 

 

* * *

 

 

その後も俺たちは、トラップに気を付けつつ、マーキングしながら先を進んでいる。

今は、下につながる階段を進んでいた。

 

「うぅ~、何だか嫌な予感がしますぅ。こう、私のウサミミにビンビンと来るんですよぉ」

 

階段の半ばまで進むと、シアがそんなことを言い出した。シアの言う通り、ウサ耳がせわしなく動いている。

そんなシアに、ハジメが嫌そうな顔をしながら注意するが、

 

「お前、変なフラグ立てるなよ。そういうこと言うと、大抵、直後に何か・・・」

 

ガコンッ

 

「・・・ほら見ろ!」

「わ、私のせいじゃないすぅッ!?」

「くっそ、このフラグウサギ!」

 

話している最中に嫌な音が響いたと思うと、いきなり階段から段差が消えてスロープのようになった。丁寧なことに、スロープには細かい穴が空いていてそこから油のようなよくすべる液体が出ていた。

 

「ぬおっ!?」

「きゃっ!」

 

バランスを崩した俺たちだったが、俺は再びティアを抱え、素早く黒刀を抜刀して逆手に持ち、スロープに突き刺した。

ハジメの方も、ユエを抱えて靴の底の鉱石と義手にスパイク作り出してなんとか掴まった。

だが、またしてもここであのウサギがやらかす。

 

「うきゃぁあ!?」

「ぶっ!?」

 

バランスを崩したシアが後頭部を強打し、悶絶して流されたと思ったらM字開脚のままハジメの顔面に突っ込んだのだ。

その衝撃でスパイクが外れ、ハジメとユエ共々流されてしまう。

 

「ハジメ!?くっそ、しゃあねぇ!」

「え、ちょっと!?」

 

俺は仕方なしに黒刀を引き抜き、ハジメたちの後を追った。

ハジメたちの方は、速度のせいもあってなかなか止まれないようでいる。

そこでふと前を見ると、その先が途切れていた。

 

「ハジメ!前!」

「っ、ユエ!」

「んっ!」

 

俺の呼びかけにハジメが反応し、ユエもその意図を正確に読み取る。そして、シアにもしっかりと掴まるように言った。

 

「ティアも、ちゃんとしがみついておけよ」

「わ、わかったわ!」

 

ティアの方も、若干顔を赤くしつつ俺の首に手をまわしてひしっとしがみついた。

そして、俺たちは勢いのまま放り出され、浮遊感を襲う。

 

「“来翔”!」

 

その間に、ユエは風初級魔法の“来翔”を発動し、数秒の間だけハジメを浮かばせる。その間に、ハジメは義手からアンカーを射出して天井にぶら下がった。

 

「よ、っと!!」

 

俺の方も、数瞬の間だけ魔法陣に実体を持たせて発現させ、それを足場にして跳び上がり、放り出された真上の部分に黒刀を突き立てた。

なんとかなったことに息を吐きつつ、なんとなく下の方を見てみると、

 

カサカサカサ、ワシャワシャワシャ、キィキィ、カサカサカサ

「「「「「・・・・・・」」」」」

 

体調10cmくらいのサソリが、隙間なくびっしりとうごめいていた。

目のいい俺は、その様子がより鮮明に映ってしまい、一瞬黒刀から手を離しそうになるがなんとか持ちこたえる。

そこで、サソリから目をそらすために上を見上げてみれば、

 

『彼等に致死性の毒はありません』

『でも麻痺はします』

『存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー!!』

 

リン鉱石(この迷宮に使われている、発光する鉱石)によって、そんな風に書かれていた。わざわざ、リン鉱石の比重を高くしているのか、暗闇の中でもはっきりと見える。

俺たちは揃って「相手にするな、相手にするな・・・」と心の中で唱えたあと、見つけた横穴に飛び移ってさらに先へと進んだ。

 

 

* * *

 

 

「・・・ん?」

 

サソリ部屋から抜け出してさまよってい、とある部屋の中に入ると、なにやら物音がした、気がした。

 

「どうした?」

「いや、なんか物音が聞こえた気が・・・シアは?」

「はい、なんか、ガコンって感じの音が・・・」

 

シアもばっちり聞こえていたらしく、俺よりもはるかに耳がいいためどのような音かも説明した。

そして、まさかと思いつつ上を見上げてみると、

 

ゴゴォォーー!!

 

天井が上から落ちてきた。

 

「うおい!?」

「くっそ、シア、ティア!!」

「はいですぅ!?」

「わかったわ!」

 

とっさの判断でハジメとシアがそれぞれの膂力で上から落ちてくる天井を下から支えた。

そのおかげで、落下が止まる。だが、いつまでもはもたないだろう。

 

「ユエ、シア、ティア!ハジメの近くに寄れ!そこを動くなよ!」

「ん!」

「こ、こっちですか!?」

「来たけど、どうするの!?」

 

シアとティアが俺の言う通りにハジメの方に近寄り、余裕のない声で俺に尋ねてくる中、俺は黒刀に手をかけた。

 

「こうするんだ、よっ!!」

 

そして俺は、居合抜きの要領で黒刀を抜き放ち、天井を斬った。

すると、天井はハジメを中心として半径1mほどで斬られ、俺たちの外側が重力に従ってそのまま落下した。

だが、俺たちのいるところはハジメたちが持ち上げてくれているおかげで無事だ。

 

「ふぅ、なんとかなったか・・・これなら、ティアとシアだけでもなんとかなるだろ」

「え、えぇ、そうね」

「なんか、ツルギさんも十分ハジメさんの同類だと思いますぅ・・・」

 

ティアとシアは、なんだか引き気味だが、無事なんだから別にいいだろう。

 

「それで、ハジメ。錬成を使って穴を掘れそうか?」

「できるにはできるが、時間がかかるな。今もやってるが、やりにくいったらありゃしねぇ」

 

実際ハジメの言う通り、見た限り錬成できる範囲は1m強、速度も4分の1程度と、普段と比べてかなり規模が小さくなっている。おそらく、消費魔力も半端でないことになっているだろう。

それでもハジメは頑張り、なんとか部屋から抜け出し、魔晶石の魔力を節約するために回復薬を飲む。

ここでは高速魔力回復はほとんど役に立たず、回復薬も焼け石に水でしかないが、気分的には楽になったようだ。

いざ再開だと気合を入れなおすと、またいつもの文を見つけた。

 

『ぷぷー、焦ってやんの~、ダサ~い』

「あ、焦ってませんよ!断じて焦ってなどいません!ダサくないですぅ!」

 

おそらく、トラップのある部屋にはほぼすべてあるのだろう。

そして、シアはそのすべてに反応している。

もしミレディが見ていれば、「いいカモが来た!」と喜んでいることだろう。

 

「・・・落ち着いて、落ち着くのよ、私」

「・・・えっと、ティア?本当に落ち着いてるのか?」

 

隣のティアを見てみると、わずかに顔を伏せて、なにやらぶつぶつと呟いている。

正直、かなり怖い。

とりあえず、シアとティアを落ち着かせて俺たちは先に進んだ。

 

 

* * *

 

 

その後も様々なトラップ(毒矢、硫酸入り落とし穴、ワーム型魔物etc)とうざい文を乗り越えながら進むと、今度は広い通路に出た。急な坂と緩やかなカーブで下るスロープになっており、おそらく螺旋状になっているんだろうな、と考えていると、ガコンッという音が鳴った。

だが、ここまで来てもう慣れたし、むしろ俺はどのようなトラップがくるかもある程度予想がつくようになってしまった。

そして、このスロープのような場所に仕掛けられるトラップと言えば、某考古学者の映画に出てくるあれに間違いない。

ゴロゴロと重たい音が上の方から響いてくる。

その方を振り向くと、通路の幅いっぱいの大きさの岩の大玉が転がってくるのが見えた。

まったくもって、定番のトラップだな。

 

ユエとシア、ティアが踵を返して逃げようとするが、俺とハジメは逆に岩玉の前に立ちはだかった。

 

「・・・ん、ハジメ?ツルギ?」

「ちょっと、なにやってるの、二人とも!?」

「ハジメさん、ツルギさん!?早くしないと潰されますよ!」

 

後ろでユエたちが叫んでいるが俺とハジメはそれに答えず、俺は再び黒刀を構え、ハジメも左手を正拳突きの要領で引き絞る。ハジメの義手からは、明らかな機械音が響いている。

 

「いつもやられっぱなしっていうのはなぁ・・・!」

「性に合わねえんだよぉ!」

 

ハジメは思い切り左腕を振りぬき、岩玉にたたきつける。すさまじい破壊音を響かせながら、ハジメは靴裏にスパイクを錬成して踏みとどまる。

そこから、俺が黒刀を一閃させ、岩玉を細切れに切り裂いた。

俺は黒刀を納刀し、ハジメも義手の動作を確認して振り返る。

実に晴れやかな気分だ。

ユエたちも、ずいぶんとはしゃぎながら俺たちを出迎えた。

 

「ハジメさ~ん!ツルギさ~ん!流石ですぅ!カッコイイですぅ!すっごくスッキリしましたぁ!」

「・・・ん、すっきり」

「ずいぶんなことをしたわね」

「さすがにこれ以上やられっぱなしなのはストレスがたまるからな」

「なんにしろ、これでゆっくりこの道を・・・」

 

ハジメの言葉が途中で遮られた。

なぜか?再びゴロゴロと重い音が鳴り響いてきたからだ。

ハジメとシアは笑顔のまま固まり、俺とユエ、ティアが頬を引きつらせて背後を振り返ると、

 

「うそん」

 

今度は黒い金属の球が転がってきた。

しかも、今回はそれだけではない。

 

「ハジメ。あれ、なんか変な液体ばらまいてるぞ。しかも、通路とか溶けてるし」

 

そう、金属球には細かい穴が空いており、そこからなにやらヤバめな液体が噴出されていた。しかも、液体が付着したところからシュ~と音を立てて煙をあげている。

 

「「ふぅ~・・・」」

 

俺とハジメはため息をつき、笑顔でユエたちの方を向いて、

 

「「逃げるぞ!ちくしょう!」」

 

全速力でスロープを下っていった。

ユエたちも慌ててそれについていく。

 

「いやぁあああ!!轢かれた上に溶けるなんて絶対に嫌ですぅ~!」

「本当になんなのよ!もぉ~~!!」

「・・・ん、とにかく走って」

 

通路の中をシアとティアの悲鳴がこだまする。

同時に、俺とハジメに向けて抗議の声を入れる。

 

「っていうか、ハジメさん!ツルギさん!先に逃げるなんてヒドイですよぉ!」

「この薄情者!鬼!」

「やかましいわ!誤差だ誤差!黙って走れ!」

「それだけ叫べるなら問題ないな。このまま走るぞ」

「置いていったくせに何ですかその言い草!私たちの事なんてどうでもいいんですね!?うわぁ~ん、死んだら化けて出てやるぅ!」

「ツルギ!!後で覚えてなさいよ!!」

「・・・2人とも、意外に余裕?」

 

必死に逃げながらも文句を言うシアとティアに、ユエが呆れた視線を向ける。そういうユエもなんだかんだ言って余裕なようだ。

そうこうしているうちに、スロープの終わりが見えてきた。だが、その先は途切れている。

だいたいの予想がついた。

 

「ハジメ!出たら思い切り上に跳ぶぞ!」

「了解!」

 

ハジメも俺の言葉にうなずき、ユエとシアを抱える。俺も、ティアを抱きかかえた。

 

「しっかり掴まってろよ!」

「きゃあっ!?」

 

そして、俺とハジメは思い切り跳び上がった。ハジメはシアを思い切り放り投げてナイフを射出し、すぐにアンカーを射出して壁に撃ちこむ。俺も、先ほどと同じように魔法陣を展開して足場にし、ハジメの隣くらいに黒刀を壁に突き立てる。

下を覗いてみれば、やはり底は溶解液で満たされており、金属球も音を立てて溶けていった。

 

「“風壁”」

 

ユエは風魔法の“風壁”を展開して飛び散る溶解液を防いだ。

俺とハジメは辺りを警戒するが、とりあえずは落ち着いたようで一息つく。

一応、ハジメによって壁に磔にされたシアはすすり泣いていたが、すぐにラブコメを始めたから余裕はあるようだ。

とりあえず、俺たちは溶解液のプールを飛び越えて部屋の地面に着地した。

その部屋は長方形型の奥行きがある大きな部屋だった。壁の両サイドには無数の窪みがあり騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した身長二メートルほど像が並び立っている。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。

 

「・・・なーんか、それっぽいところに出たな」

「いよいよミレディの住処に到着か?それならそれで万々歳なんだが・・・」

「いやぁ、そうはならんだろ。見てみろよ、周りの騎士甲冑。嫌な予感しかしないぞ?」

「・・・大丈夫、お約束は守られる」

「それって、襲われるってことですよね?」

「全然大丈夫じゃないじゃない・・・」

 

そんなことを話しながら進むが、やはり約束は守られた。

もはやおなじみとなったガコンッという音が鳴ると、ガシャガシャと金属音をたてながら、壁の窪みから騎士たちが出てきた。

その数、およそ50体くらいか。

 

「ははっ、ホントにお約束だな。動く前に壊しておけばよかったか?」

「いや、今さらだろ。ともかく、やるしかなさそうだな」

「んっ」

「さ、さすがに数が多すぎませんか?いや、やるしかないんですけども」

「これは、骨が折れそうね・・・」

 

俺とハジメ、ユエはやる気満々だが、シアとティアは少々腰が引き気味のようだ。

そんな2人に、ハジメと俺が声をかける。

 

「大丈夫だ、2人とも。お前たちは強い。それは、俺たちが保証してやる」

「だから、下手なことは考えずに好きなだけ暴れろ。やばい時は必ず助けてやるさ」

「・・・ん、弟子と仲間の面倒は見る」

 

これに、シアとティアは自信がついたようで、それぞれドリュッケンとフェンリルを構える。

 

「ふふ、ハジメさんが少しデレてくれました。やる気が湧いてきましたよ!ユエさん、下克上する日も近いかもしれません」

「「調子に乗るな」」

 

ハジメとユエはシアに呆れた眼差しを向けるが、テンションが上がっているシアは気づいていない。

 

「ありがとうね、ツルギ」

「気にするな。自分で言ったことくらいは守るさ。それじゃあ、行くぞ!」

 

そうして、俺たちは騎士たちに向かって突撃した。




今回は前後編に分けます。
と言っても、比重的には前編がかなり長くなってますが。


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ライセン大迷宮狂騒曲 後編

ゴーレムたちの動きは巨体に似合わず俊敏で、見た目もあってなかなかの迫力がある。

だが、さすがに対処できないほどではない。

 

「はぁっ!!」

 

先手として、俺は跳び上がって黒刀を一閃させて、複数のゴーレムをまとめて斬り伏せる。

パッと見ただけでも、3,4体くらいはまとめて切断できた。

後ろにいた2体のゴーレムが斬られたゴーレムを乗り越えて俺に襲い掛かってくるが、俺に焦りはない。

 

ドパンッ!ドパンッ!

 

俺の後ろから銃声が2回響き、二条の閃光が狙いたがわず2体ともの頭部を撃ちぬいて、よろめかせた。

ハジメのドンナーとシュラークは普段の威力よりもかなり落ちているが、それでも地球の対物ライフルよりもはるかに威力がある。あの程度のゴーレムなら、十分に通じるようだ。

それでもゴーレムたちは数に物言わせて突進してくるが、そのまま着地した俺は地面すれすれを走り抜けて今度は足下を斬りつけた。

いくら巨体に見合わない機動力を持っていても、質量まで小さいわけではない。見た目通りの重量を持っているなら、簡単にバランスを崩すはずだ。

狙いにたがわず、ゴーレムたちはバランスを崩して次々と倒れこんでいく。

 

「はああぁぁぁ!!」

「でぇやぁああ!!」

 

隙だらけとなったゴーレムに、ティアとシアが容赦なしにそれぞれ拳と大槌を振り下ろした。

倒れこんだゴーレムにこれを防ぐことはできず、すさまじい衝撃と共になすすべなく頭部を砕かれた。

他の盾を構えて衝撃をしのいだゴーレムたちがそれぞれ大剣を構えてティアたちに斬りかかるが、2人はすぐに体勢を整えて背中合わせになり、ゴーレムたちに突撃していく。

シアの人外の膂力とドリュッケンのショットシェルがゴーレムを粉砕し、ティアのフェンリルの爪牙と拙いながらも俺が教えた駆け引きでゴーレムを翻弄し砕く。

 

「へぇ、2人ともやるなぁ」

 

近くにはユエとハジメもいるし、向こうは特に問題はないだろう。

 

「俺も負けてられないな」

 

向こうのゴーレムが30体なのに対して、俺一人にゴーレム20体。

普通に考えれば、なすすべもなくやられるだろう。

だが、ハジメたちは俺の方を気にしていない。

つまり、これくらいなら問題ないと判断しているのだ。

俺も、それくらいの期待には応えなければならない。

 

「それじゃあ、いくぞ!!」

 

ゴーレムたちが大剣を振り上げているところに、俺は懐に潜り込んで再び足元を切断する。

ゴーレムたちが倒れこんだところに、俺は今度は次々に腕を斬り落としていく。

そうして立ち上がれないところに、最後に首を切断する。

およそ1分くらいで、俺のところにいるゴーレムは半分ほどになった。

だが、ここで予想外の事態が起こる。

 

「あ?元に戻ってるのか?」

 

見てみれば、首と四肢を斬り落としたゴーレムたちが全身が眼と同じ光を纏い、ガラガラと音をたてながら瞬く間に再生していた。

 

「・・・さすがに、これはやばいな」

 

再生するなら、再生速度を上回るスピードでゴーレムを倒し続ければいいのだが、そうするには数が多いし再生速度も速い。

ならば、ゴーレムの動力源となる核を狙って斬ればいいのだが、

 

「・・・なくね?」

 

“魔眼”でくまなく探しても、どこにも核らしきものは見当たらない。ゴーレムの全身に魔力がまとわりついているだけだ。しかも、床からも材料を調達している。

さて、どうしたものかと思いながらもゴーレムの群れを切り裂いていくと、とてつもない爆発音が響き、同時に俺の相手をしているゴーレムの1体をすさまじい水流が貫く。

そちらを振り返ると、ハジメたちが俺の方に向かっていた。後ろをみれば、もうもうと煙が立ち上っている。どうやら、手榴弾を投下したようだ。

 

「ツルギ!強行突破だ!」

「わかった!」

 

即座に周囲のゴーレムの足を斬り落とし、ハジメたちについていく。

殿は遠距離攻撃ができるハジメに任せ、俺たちは一足飛びに奥の祭壇に飛び乗り、俺とユエで扉を調べる。

 

「ユエさん!ツルギさん!扉は!?」

「ん・・・やっぱり封印されてる」

「ちょいとめんどくさいな。ユエ、こっちは任せる。ゴーレムは俺とハジメで相手をする。シアとティアはここで倒し損ねたゴーレムを頼む」

「ん!」

「わかったですぅ!」

「そっちは任せたわよ!」

「うし、行くぞ、ハジメ!」

「あいよ!」

 

俺の指示にハジメたちは文句を言わずに従い、それぞれ動く。

 

「悪いな、ハジメ。こんな役回り頼んで」

「構わねぇよ。それを言えばお前1人にゴーレム半分近く任せてたし、あれは錬成魔法じゃ時間がかかりそうだったからな」

 

俺の謝罪に、ハジメは苦笑しながら答える。

 

「んじゃ、やるとするか。なんか後ろからやばい気配を感じるし」

「手が込んでるなぁ・・・」

 

後ろからは、なんとなくだがユエの怒気のようなものを感じる。おそらく、いつものようにうざい文があったのだろう。それを見つけてしまい、必死に怒りを抑えているに違いない。

 

「ハジメさ~ん!さっきみたいにドパッと殺っちゃってくださいよぉ~!」

 

後ろの方からシアがそんな泣き言を言ってくるが、俺とハジメは首を横に振った。

 

「こんなところで爆発物なんて使ったら、どんなトラップが作動するかわからないだろ」

「さっきのあれだって、トラップがないところを狙ったんだ。階段付近は、何が起こるかわからないだろ」

「こんなにゴーレムが踏み荒らしているんですし今更では?」

「ここまで手の込んだ嫌がらせをしてきたんだ。ゴーレムが踏んでも作動しないトラップもあるだろうな」

「うっ、否定できません・・・」

 

雑談を交わしながら、思った以上にゴーレムの勢いがすさまじいため、俺とハジメが下がりながら引き続きゴーレムを破壊していく。

さすがに慣れてきたため、俺とハジメは余裕をもって相手ができるようになってきた。

そんな様子を見ているからか、シアの方も落ち着きを取り戻してきたようだ。

 

「でも、ちょっと嬉しいです」

「あぁ?」

「ほんの少し前まで、逃げる事しか出来なかった私が、こうしてハジメさんと肩を並べて戦えていることが・・・とても嬉しいです」

「・・・ホント物好きなやつだな」

「えへへ、私、この迷宮を攻略したらハジメさんといちゃいちゃするんだ!ですぅ!」

「おいこら。何脈絡なく、あからさまな死亡フラグ立ててんだよ。悲劇のヒロイン役は、お前には荷が重いから止めとけ。それと、ネタを知っている事についてはつっこまないからな?」

「それは、『絶対に死なせないぜマイハニー☆』という意味ですね?ハジメさんったら、もうっ!」

「意訳し過ぎだろ!最近、お前のポジティブ思考が若干怖いんだが・・・下手な発言できねぇな・・・」

「いちゃつく暇があるならこっち手伝ってくんない!?っていうか、シアは俺のことはまるっきり無視かよ!?」

「・・・余裕がありすぎるのも問題ね」

 

まったくティアの言う通りだ。一応、攻撃の手を緩めていないのが救いだが、俺たちの方が見てて萎えてくる。

そうこうしながら、ゴーレムたちを相手にすること数分、ユエが扉の仕掛けを解き終えた。

 

「・・・開いた」

「へぇ、早いな」

「さすがユエだ。よし、下がるぞ!」

 

ちらりと扉の方を見れば、たしかに扉が開いていた。

ハジメはシアとティアに撤退を呼びかけ、さきに奥の部屋へと進ませる。

俺とハジメは、ゴーレムを相手取りながら下がり、ユエたちが全員部屋の中に入ったのを確認してから部屋に向かった。

ハジメが置き土産といわんばかりに手榴弾を数個ばらまき、部屋へと飛び込む。ゴーレムたちがそれを阻止しようと突撃してくるが、手榴弾の爆発に巻き込まれてバランスを崩す。

その隙に、俺とハジメはなんとか部屋の中に入り、シアとティアが扉を閉めた。

 

「ふぅ、なんとかなったか」

「あぁ。だが、それにしては・・・」

 

部屋の中は、何もない四角い部屋だった。よく観察してみるが、手掛かりのようなものは何もなかった。

 

「これは、あれか?これみよがしに封印しておいて、実は何もありませんでしたっていうオチか?」

「・・・ありえる」

「うぅ、ミレディめぇ。何処までもバカにしてぇ!」

「けど、そうだとすれば、どうやってここから出るんだ?」

「せめて、他に扉のようなものがあればいいのだけど・・・」

 

ハジメとユエとシアがありそうな可能性にぐったりし、俺とティアでなにか手掛かりがないか入念に調べる。

 

ガコンッ

 

すると、もう聞き飽きた例の音が聞こえてきた。

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

仕掛けが作動すると同時に、俺たちの体に横向きのGがかかる。

 

「っ!?何だ!?この部屋自体が移動してるのか!?」

「・・・そうみたッ!?」

「うきゃ!?」

「うおっ!?」

「わぷっ!?」

 

ハジメが推測すると同時に、今度は真上からGがかかる。

急激な変化に、ユエが舌を噛んだのか涙目で口を抑えてぷるぷるし、シアは転倒してカエルのようなポーズで這いつくばる。ティアはまた俺の方に倒れこみ、顔を俺の胸に押し付ける。

部屋はその後も何度か方向を変えて移動しているようで、約40秒程してから慣性の法則を完全に無視するようにピタリと止まった。ハジメは途中からスパイクを地面に立てて体を固定していたので、急停止による衝撃にも耐えたが、シアは耐えられずゴロゴロと転がり部屋の壁に後頭部を強打した。方向転換する度に、あっちへゴロゴロ、そっちへゴロゴロと悲鳴を上げながら転がり続けていたので顔色が悪い。どうやら、相当酔ったようだ。後頭部の激痛と酔いで完全にダウンしている。ちなみに、ユエは、最初の方でハジメの体に抱きついていたので問題ない。

俺とティアの方も、俺がティアを抱えながら揺れる部屋の中で上手くバランスをとったのでなんとか無事でいる。

ただ、体にかかるGが途轍もなかったこともあって、俺の方はしばらくはまともに立てそうにない。

 

「ふぅ~、ようやく止まったか・・・ユエ、大丈夫か?」

「・・・ん、平気」

「ツルギとティアは・・・なんとか無事か」

「えぇ、私は、ツルギのおかげでね」

「俺もけがはないが、ちょっと足が言うことを聞かないな。しばらくは立てないかもしれん」

 

部屋の方を見てみると、特に変化はなかった。だが、扉から出たらそこは違う場所だろう。

 

「ハ、ハジメさん。私に掛ける言葉はないので?」

 

そんなことを考えていると、シアが青い顔をしながら俺たちの方へと向かってきた。

 

「いや、今のお前に声かけたら弾みでリバースしそうだしな・・・ゲロ吐きウサギという新たな称号はいらないだろ?」

「俺も、目の前でゲロぶちまけられるのは勘弁してほしいな」

「当たり前です!それでも、声をかけて欲しいというのが乙女ごこっうっぷ」

「ほれみろ、いいから少し休んでろ」

「うぅ、は、はい。うっぷ」

 

部屋の隅で四つん這いになってうずくまるシアを横目に、俺たちは部屋の中を確認する。

だが、やっぱりなにもなかった。どうやら、扉の先に進まなければいけないようだ。

 

「さて、何が出るかな?」

「・・・操ってたヤツ?」

「もしかしたら、ミレディ本人って可能性もあるのかね」

「いや、ミレディは死んでるはずだろ?」

「どうだろうな。俺たちのわからない神代魔法がまだ5つはあるわけだからな。もしかしたら、不老不死の秘法みたいな神代魔法もあるかもしれないぞ?」

「・・・何が出ても大丈夫。ハジメは私が守る・・・次いでにシアも」

「聞こえてますよぉ~うっぷ」

「その言い方だと、俺たちの身は自分で守れって聞こえるな。まぁ、ティアも含めてなんとかできるがな」

「えっと、ありがとう、ツルギ」

 

シアがホラーチックにハジメに這いずりよるシアをできるだけ無視しながら、俺は自分の体力回復に努める。

シアの相手は、ハジメがすればいい。

とりあえず、俺の方も立てるくらいには回復したから、部屋の外に出る。

「さぁ、何でも来い!」みたいな感じで扉を開け放つと、

 

「・・・ん?なんか見覚えがないか、この部屋?」

「・・・気のせい、じゃないわよね」

「・・・あぁ、たしかに見覚えがあるな、この部屋」

「・・・物凄くある。特にあの石板」

 

その部屋は、中央に石板のある部屋だった。左側には通路もある。

ということは、つまりだ。

 

「最初の部屋・・・みたいですね?」

 

シアの言う通り、どこからどう見ても最初の部屋だった。

いや、そんなことがあるはずがないと周りを見渡すが、石板に書いてある内容にすごい見覚えがあった。

すると、床に光る文字が浮かび上がってきた。

まさか、と思いながら読んでみると、

 

『ねぇ、ねぇ、今、どんな気持ち?』

『苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?』

『ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの?ねぇ、ねぇ』

『あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します』

『いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです』

『嬉しい?嬉しいよね?お礼なんていいよぉ!好きでやってるだけだからぁ!』

『ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です』

『ひょっとして作ちゃった?苦労しちゃった?残念!プギャァー!』

 

「は、ははは」

「フフフフ」

「フヒ、フヒヒヒ」

「・・・ハハ」

「・・・アハハ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「ミレディーーーーーー!!!!!!!!」」」」」

 

 

 

ストレスが限界突破した俺たちは、迷宮全体に届けといわんばかりに叫んだ。

その後、この怒りを原動力にして俺たちはライセン大迷宮攻略を再開した。

 

 

* * *

 

 

「はぁ~~・・・」

 

場所は変わって、ホルアドの宿。そこの一室で雫は思い切りベッドに倒れこんだ。

ここ最近は、雫の疲労がピークになっていた。

なぜなら、香織が背後に般若さんを出現させるようになったから。

しかも、そのときの香織は説明しがたいが、なんだかとても怖いのだ。

光輝たち幼馴染や檜山たち男子など、気を遣う相手が多すぎるため、本格的に雫は自分の頭皮を心配し始めた。

 

「どうしたの、雫ちゃん?」

「なんでもないわよ・・・」

 

同室の香織から心配の声をかけられるが、「あんたも原因の一つよ」とは正面から言えないため、突っ伏したまま流す。

雫自身、ツルギのことを気にかけているため、わりと精神的な疲労がピークに達しつつあった。

 

「・・・さっさと峯坂君を見つけて、いろいろとつけを払わせてやるわ・・・」

 

とりあえず、雫のオルクス大迷宮における最優先目標はツルギの発見になった。

いつまでもこの状態のまま一人では、さすがに精神的にもちそうにない。

すると、香織が興味あり気に雫を見つめているのに気づいた。

 

「・・・どうしたの?」

「うん、なんか、雫ちゃんが誰かに迷惑をかけようとするなんて、珍しいなって」

「別に、これくらいは迷惑なんかじゃないわよ。むしろ、これくらいはしてもらって当然だわ」

 

雫は、自分がここまで疲れてる理由の1つにはツルギもあると考えている。

だからこそ、見つけたらその分のつけを払うくらいは当然だと思っていた。

そんな雫を、香織は今度は面白そうにみつめていた。

 

「・・・なんなのよ」

「ねぇ、雫ちゃんって峯坂君のことが好きなの?」

「それはないわよ」

 

香織のからかうような質問を、雫はばっさりと斬り捨てた。

 

「えー、本当に?」

「本当よ。そもそも、私と峯坂君は、香織と南雲君ほど接点があるわけでもないのよ?」

 

一応、ツルギもハジメの親友ということもあってそれなりに接点はあるが、だからといって意識するほどではなかった。

 

「ただ、約束を守ってもらわなきゃ困るってだけよ」

「そっか」

 

だが、香織は雫の言うことを真に受けずにほほ笑むだけだった。

 

「とにかく、今日はもう寝るわよ。あんたは目を離すとすぐに外に出て魔物を退治しようとするんだから」

「う、わかったよ・・・」

 

そう言いながら、香織と雫は眠りについた。

 

 

 

・・・寝ているときに、香織はこっそり持ち出したハジメのシャツを抱きしめながら寝ているのだが、雫はそれを見て見ぬふりをして見逃していた。

雫だって、自分の親友が変態だとは思いたくないのだ。




ライセン大迷宮だけだとちょっと物足りない気がしたので、ちょっと雫と香織の絡みを入れてみました。


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誰だ、てめぇ

「・・・ハジメ」

「・・・なんだ?」

「・・・今日で何日目だっけ?」

「・・・ちょうど一週間だな」

 

あの後、俺たちは怒りを力に変えてライセン大迷宮を攻略しにかかったのだが、それでも数多のうざいトラップと文章に精神をすり減らした。

具合的には、スタート地点に戻されること7回、致死性のトラップに襲われること48回、全く意味のないただの嫌がらせ169回。

最初こそ内心を怒りで満たしていたが、4日目あたりから「もうどうでもいいや~」みたいな感じになった。

一応、マーキングのおかげで迷宮の変化パターンがだいぶわかってきたため、そろそろ攻略に進展がでてくるだろう。

今は、安全っぽい部屋で休息をとっているところだ。

 

「にしても、お前は本当に信頼されてんな~。一応、ここは大迷宮なのにな」

「ったく、俺みたいなヤツのどこがいいんだっての・・・」

 

そう言うハジメの両サイドには、ハジメの腕に抱きついてぐっすりと眠ってるユエとシアがいる。

両方とも、安心しきっているようで実に緩んだ表情をしている。

そう言うハジメも、そっとユエから腕を抜き出して髪をなでている。

 

「だが、お前も似たようなもんだと思うぞ?」

「・・・まぁ、それはわからんでもないが」

 

そう言う俺の右隣には、ティアが俺の腕にしがみついてぐっすりと眠っている。

その表情は、ユエたちに負けず劣らず緩んでいる。

 

「ずいぶんと懐かれてるなぁ?王子様みたいなことしたもんなぁ?」

「魔物の肉を差し出す王子様がいてたまるか」

 

魔物の肉を無毒化できる俺だからいいものの、食べたら死ぬものを出されてときめく女子が、果たしてどれだけいるものか。できれば、いてほしくない。

 

「ていうか、俺はそんな柄じゃねぇよ」

「だろうな。お前って昔から裏でこそこそするタイプだからな」

 

ハジメがやっかみを受けているときは、俺は基本的に表立って事を荒立てることはせずに、人目につかないところで手を打っていた。

具体的には、「これ以上ハジメに手を出すなら、わかるよな?」と脅した。

最初はだいたいこれで収まったのだが、なぜか檜山たちだけはハジメにつっかかるのをやめなかった。

単にバカなだけなのか、俺が行動に移さないことをわかっていたからなのかはわからないが、どのみち俺が行動を起こさないことがばれてしまい、結局ハジメへのやっかみは収まらなかった。

そういうわけで、俺はそれ以来、やっかみへの対処法を周りへの脅しからハジメのフォローに切り替えたのだ。

 

「ったく、お前もお前で、どうして俺に構ったんだか」

「親友だからな。じゃなきゃ、お前を探しに行かねぇよ」

「それにしてもだ。それにな、お前は知らないだろうが、お前になにか隠し事があることくらい、俺もユエたちも気づいてるぞ?」

「・・・マジか」

 

俺としては隠してるつもりだったが、どうやら詰めが甘かったらしい。

まぁ、ばれてるならばれてるでしゃべらないが。

 

「言っとくが、話さねぇぞ」

「なんだ、俺たちは親友なんだろ?親友の俺に話さないのか?」

「誰にだって言いたくないことはあるだろうよ。それ以上しつこくするようなら、ユエにお前のあれこれを話すぞ?具体的には、中学の黒歴史だとかだ」

「・・・・・・」

 

ハジメは沈黙した。

それほど、ハジメの黒歴史は重いのだ。

 

「それはそうとだな」

「露骨に話題を逸らしたな?」

「それはそうとだな!」

 

なるべくユエたちを起こさないようにしながらも、なるべく大きい声で話を続けるハジメさん。

 

「お前、ティアのことをどう思っているんだ?」

「どうって?」

「要は、迷宮攻略とかが終わったらどうするかってことだ」

「あぁ、そういうことか」

 

たしかに、言われてみればハジメにそのことを話したことはないな。まぁ、ティアにも全部を言ったわけではないが。

 

「まぁ、迷宮攻略が終わっても、こいつに手を貸そうとは思うよ。そう約束したからな」

「ふーん?で、終わったらどうするんだ?」

「まぁ、終わり方にもよるが・・・」

 

ティアとしては父親の目を覚まさせることが目的だが、こっちの教皇のようにすでに手遅れという可能性もある。

だから、どのように終わるかは俺もわからない。

ただ、

 

「どのような結果であれ、日本に連れていこうとは考えてる」

「そうなのか?」

「あぁ。俺だって、ティアの境遇になにも思わないわけじゃないからな。全部終わったあとに、それくらいの御褒美はあってもいいだろ」

 

別に、ハジメとユエみたいな意味合いではないが、さすがに終わったからといって「はい、さよなら」というのも気が引ける。

だったら、俺たちの世界を紹介してもいいだろう。

そういうと、ハジメの俺を見る目が面白そうなものになっている。

 

「・・・言っておくが、深い意味はないからな」

「へぇ?それ、ティアにも言えるのか?」

「お前はいったい何を・・・」

「ティア、起きてるぞ?」

「・・・は?」

 

見てみると、たしかにティアはばっちり目を開けていた。顔を真っ赤にして。

 

「・・・いつから気づいていた?」

「俺が気付いたのは、ティアをどう思っているのかってところからだな。ちなみに、ユエも起きてるぞ」

「・・・ふふ」

 

たしかに、ユエも目を開けて、面白そうに俺を見ている。

 

「お前、わかってて聞いたのか・・・言っておくが、ティア。さっきも言った通り、深い意味はないからな」

「そう言いながらも、目をそらして若干照れてるな」

「・・・ん、ツンデレ」

「野郎のツンデレなんて誰得なんだよ」

「・・・ツルギ」

「・・・なんだ?」

「・・・さっき言ったことは、本当なの?」

 

・・・それを上目づかいで聞かないでほしい。

否定しにくくなるだろ。

 

「まぁ、言葉自体は本当だ。嘘じゃねぇよ」

「・・・本当?」

「本当だ」

「・・・ありがとう」

 

そう言いながら、ティアはさらに俺にすり寄ってきた。

それに伴って、ハジメとユエのニヤニヤも加速していく。

いっぺん本気でしばいてやろうか・・・

 

「むにゃ・・・あぅ、ハジメしゃん、大胆ですぅ~、お外でなんてぇ~・・・皆見てますよぉ~」

 

・・・その場の空気が死んだ。

ハジメは表情を消し、俺とユエ、ティアはシアにジト目を向ける。

ハジメがこっそりと忍び寄り、シアの口と鼻をふさぐ。

だんだんとシアが苦しそうな表情になっていくが、それでもハジメは口と鼻をふさぎ続ける。

 

「ん~、ん?んぅ~!?んんーー!!んーー!!ぷはっ!はぁ、はぁ、な、何するんですか!寝込みを襲うにしても意味が違いますでしょう!」

 

跳び起きたシアがハジメに抗議の声をいれるが、ハジメは冷ややかな視線を向けるだけだ。

 

「で?お前の中で、俺は一体どれほどの変態なんだ?お外で何をしでかしたんだ?ん?」

「えっ?・・・はっ、あれは夢!?そんなぁ~、せっかくハジメさんがデレた挙句、その迸るパトスを抑えきれなくなって、羞恥に悶える私を更に言葉責めしながら、遂には公衆の面前であッへぶっ!?」

 

途中あたりから聞くに堪えなくなって、ハジメは強烈なデコピンをかました。あまりの衝撃に、シアは後ろの壁に後頭部を強打する。

・・・いいところだったのに、やっぱりシアは残念ウサギのままらしい。

微妙な雰囲気のまま、休憩を終えて俺たちは迷宮攻略を再開した。

 

 

* * *

 

 

再び様々なトラップを乗り越えてきた俺たちは、一週間前のゴーレムたちに襲われた部屋までやってきた。何気に、あの時から二度目だ。しかも、今度は最初から封印部屋の扉が開けられている。その向こう側も、大部屋ではなく通路になっている。

ちなみに、俺は戦闘に集中して調べられなかったが、ハジメからゴーレムが再生したのは“感応石”というゴーレムに使われている素材が原因だと聞いた。これは魔力に反応して定着・遠隔操作ができるらしい。

つまり、ゴーレムを遠隔操作している人物がこの大迷宮の主、ということだ。

 

「ここか・・・また包囲されるのも面倒だし、一気に走り抜けるぞ!」

「幸い、扉は開いてるからな。罠の可能性もゼロではないが、他にやることもない」

「そうね」

「んっ!」

「はいですぅ!」

 

俺たちは最初から全速力で部屋の中を走り抜ける。

当然、部屋の中央辺りでゴーレムも反応して動き出すが、前方のゴーレムをハジメが銃撃で蹴散らす。

そうして俺たちはさらに加速しつつ一気に走り抜け、扉を潜り抜ける。

が、ここで予想外の事態が起きた。

 

「げっ!?入ってきた!?」

「それよりも、なんなのあの動き!?」

「天井を走ってる、だと!?」

「・・・びっくり」

「重力さん仕事してくださぁ~い!」

 

ゴーレムの方も扉をくぐりぬけて追いかけて来て、さらに天井やら壁やらを走ってきているのだ。シアの言う通り、完全に重力が仕事していない。

だが、俺にはなんとなくそのからくりが見えた。

 

「・・・なるほど、魔法か」

「魔法って、どういうことだ!?」

「あのゴーレムたちに、ゴーレムの操作とは違う魔法がかかっている。状況から考えて、おそらく重力に作用しているみたいだな」

 

俺の“魔眼”は、ハジメの魔眼石よりも性能が高い。魔力の流れからだいたいの魔法を推測することができる。

今、俺の“魔眼”には二つの魔法が使われているのがわかる。

一つはゴーレムを操作している魔法だと考えれば、もう一つはあの変態機動を可能にしている魔法に違いない。そして、シアが言ったように重力が仕事していないのなら、重力に干渉する魔法だと考えていいだろう。

 

「でも、重力を操る魔法なんて聞いた事がないわよ!?」

「普通の魔法にないってだけだ。おそらく、神代魔法だな。この迷宮のものかどうかは知らないが」

 

そんなことを話しているときもゴーレムたちは突撃してくるのだが、ハジメのドンナーと俺の黒刀で粉砕したり斬り裂いたりする。

粉砕され斬り裂かれたゴーレムは、地面に落ちずに天井や壁に激突しながら転がっていく。

 

「ん・・・まるで“落ちた”みたい」

「なら、当たりだな。おそらく、壁や天井を起点に重力を発生させているんだろう」

「・・・なんていう分析力」

「やっぱり、ツルギを連れてきたのは正解だったな」

「でも、どうして最初から使わなかったのよ?」

 

ティアの疑問ももっともだが、そこまではわからない。それを考えるには情報が不足しすぎている。

 

「知らん。あの魔法を使うのに相当の魔力を使うのか、俺たちを見極めていたのか、あるいはその両方か。だが、考えても意味はないな。前だ」

 

俺の言葉にティアが前を向くと、そこでは先ほど落下したゴーレムたちが再構築されていた。さらに、盾を構えてい前列と盾役を支える後列のゴーレムが壁を作っていた。どうやら、一列だけでは突破されると学習したようだ。

 

「まぁ、再構成できるなら当然か」

「ちっ、面倒だな」

「むぅ・・・ハジメ」

「は、挟まれちゃいましたね」

「ど、どうするの?」

 

ティアが戸惑い気味に聞いてくるが、俺の答えは決まっている。

 

「ハジメ、任せた」

「ったく、わかってるっての!」

 

そう言ってハジメは、手元に長方形のロケット&ミサイルランチャー・オルカンを出現させた。

十二連式の回転弾倉が取り付けられており、ロケット弾は長さが30cm近くあるため、その分破壊力は通常の手榴弾より高くなっている。弾頭には生成魔法で“纏雷”を付与した鉱石が設置されており、この石は常に静電気を帯びているので、着弾時弾頭が破壊されることで燃焼粉に着火する仕組みだ。

 

「耳塞げ!ぶっぱなすぞ!」

「ん」

「えぇ~、何ですかそれ!?」

「ティア、早く耳塞いどけ」

「わ、わかったわ」

 

シアは何が起こるのかわからないようであたふたとしているが、俺とユエ、ティアは言われたとおりに耳を塞ぐ。

そして、ハジメはオルカンの引き金を引いた。

バシュウウ!という音とともにロケット弾が発射され、ゴーレムの隊列に直撃した。

次の瞬間、すさまじい轟音と爆発がおこり、ゴーレムは跡形もなく砕け散った。

ハジメの言う通りに耳を塞がなければ、鼓膜が破れていただろう。

子の隙に、俺たちはゴーレムの残骸を飛び越える。

 

「ウサミミがぁ~、私のウサミミがぁ~!!」

 

その中で、ウサ耳を真っすぐに伸ばしたままだったシアはもろにダメージを受けて、耳を押さえていた。

 

「だから、耳を塞げって言っただろうが」

「ええ?何ですか?聞こえないですよぉ」

「・・・ホント、残念ウサギ・・・」

 

ハジメとユエの呆れた視線がシアに刺さるが、当の本人は気づいていない。

そんなこんなでさらに走り続けること5分、また新しい場所が見えた。

道自体は途切れているが、10m先に足場が見える。

 

「ここを抜けたら飛ぶぞ!」

 

俺の言葉に、ハジメたちが頷く。ちなみに、シアの聴力はなんとか回復した。

ともかく、俺たちは思い切り跳んだ。

が、またも予想外の事態が起こる。

正方形の足場が横にスライド移動したのだ。

 

「なにぃ!?」

「“来翔”!」

 

そこでユエがギリギリのタイミングで上昇気流を発生させ、ハジメたちはなんとか足場の端に手をかけることができた。

俺とティアも、俺が魔法陣の足場を出現させてなんとか足場に着地する。

 

「ナ、ナイスだ、ユエ」

「ユエさん、流石ですぅ!」

「・・・もっと褒めて」

「それにしても、ここって・・・」

「なんというか、いろいろとやばいな」

 

俺たちが入った部屋は、超巨大な球状の空間だった。直径2㎞以上はありそうだ。

そんな空間には、様々な形、大きさの鉱石で出来たブロックが浮遊してスィーと不規則に移動をしているのだ。完全に重力を無視した空間である。

さらに問題なのが、この部屋に入ってからゴーレムの動き、重力操作がどんどん巧みになっているのだ。

俺1人だけでは、10体もしのぎきれないくらいに。

 

「ここに、ゴーレムを操っている奴がいるのか?」

「だろうな。となると、どこにいるのか・・・」

 

ハジメと話しながら、おそらくいるであろうゴーレムの操り主を探すために集中してゴーレムの魔力の流れを観察しようとする。

その瞬間、

 

「逃げてぇ!」

「「「「!?」」」」」

 

シアから絶叫が響いた。

「なにが?」と問い返す余裕もなく、全力でその場から離脱した。

直後、赤熱化する巨大な何かが落下してきて、俺たちがいたブロックを破壊し、勢いのまま突き進んだ。

それを見た俺たちは、冷や汗を流す。もしシアの忠告がなかったら、あのブロックともども吹き飛ばされていただろう。

 

「シア、助かったぜ。ありがとよ」

「・・・ん、お手柄」

「さすがに、今のはやばかったな」

「ありがとうね、シア」

「えへへ、“未来視”が発動して良かったです。代わりに魔力をごっそり持って行かれましたけど・・・」

 

どうやら、シアの固有魔法である“未来視”(言葉通り、未来を見ることができる固有魔法)のおかげで助かったようだ。

だが、このまま終わりではないようだ。

先ほどの隕石モドキを確認するために下を覗くと、猛烈な勢いで上昇してきた。それは瞬く間に俺達の頭上に出ると、その場に留まりギンッと光る眼光をもって俺達を睥睨した。

 

「おいおい、マジかよ」

「・・・すごく・・・大きい」

「・・・ユエ、その言い方はどうかと思うわ」

「お、親玉って感じですね」

「さすがに、これは骨が折れそうだな」

 

とりあえずユエの発言は無視するにしても、実際かなりの大きさだ。

俺たちの前に現れたゴーレムは、全長が20m弱はある。右手はヒートナックルとでも言うのか赤熱化しており、左手には鎖がジャラジャラと巻きついていて、フレイル型のモーニングスターを装備している。

俺たちが巨体ゴーレムに身構えていると、周囲のゴーレム達がヒュンヒュンと音を立てながら飛来し、ハジメ達の周囲を囲むように並びだした。整列したゴーレム騎士達は胸の前で大剣を立てて構える。まるで王を前にして敬礼しているようだ。

すっかり包囲されハジメ達の間にも緊張感が高まる。辺りに静寂が満ち、まさに一触即発の状況。

そんな張りつめた空気を破ったのは、

 

「やほ~、はじめまして~!みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

「「「「「・・・」」」」」

 

巨体ゴーレムの、ふざけた挨拶だった。

・・・さっさと斬ってしまおうか?




クリスマスに一人なにをやっているんだろうと思わなくもないですが、書きました。
まぁ、クリスマスもほぼ終わりですが。
なんか、こういう時に彼女が欲しいって思いますね。


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泣いて謝ってもボコす

「やほ~、はじめまして~、皆大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

凶悪な装備と全身甲冑に身を固めた眼光鋭い巨体ゴーレムから、やたらと軽い挨拶をされた。

なにを言ってるかわからねぇと思うが、俺にもわからねぇ。

ただ、性格に関しては、あのうざい文を考えたやつだと考えればまだ納得できる。

問題なのは、あのゴーレムが名乗った名前だ。

 

「あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ?全く、これだから最近の若者は・・・もっと常識的になりたまえよ」

「あんな非常識なトラップを考えた奴に言われたくはない。それよりもだ、ミレディ・ライセンだって?」

「そだよ~」

「・・・マジで生きて、いや、違うな。魂とかを神代魔法でゴーレムに定着させた、ってところか」

「お、おおう。まさか1発でそこまでばれるとは思わなかったぞ」

 

ゴーレム操作とも重力を操る魔法とも違う魔力の流れが見えたため、まさかとは思ったが、どうやら俺の推測は当たりのようだ。

俺の推測を聞いたハジメたちも、それで我に返った。同時に、若干苛ついたような視線を感じたが無視した。

 

「俺には特別な眼があるんでな。それよりもだ、お前がこの大迷宮の最後の試練ってことでいいのか?」

「うん、そうだよ~」

「なら、その前にいろいろと聞きたいことがある。お前はどうしてゴーレムで延命なんてしたんだ?」

「そうだね~、それは『もっと詳しく知りたければ、見事私を倒してみよ!』って感じかな」

「ちっ、なら、お前の使う神代魔法はなんだ?それくらいは教えてもらってもいいと思うが」

「それも教えな~い」

「・・・結局、碌な説明ももらってないだが」

「ははは、そりゃ、攻略する前に情報なんて貰えるわけないじゃん?迷宮の意味ないでしょ?」

 

・・・巨体のゴーレムが指をたててメッ!しているのが非常に腹が立つ。後ろからも、ユエが「・・・性格だけが問題」と呟いているが、俺も同感だ。

だが、押さえろ。ここでできるだけ情報を引き出す必要がある。

 

「で?どこまで俺の質問に答えてくれるんだ?」

「そうだね~、なら、その前にこっちの質問に答えなよ」

 

瞬間、背筋がぞわっとした。

最後の言葉だけ、いきなり雰囲気が変わった。先ほどまでの軽薄さを潜め、逆に真剣さを帯びる。

どうやら、真剣に答える必要がありそうだ。

 

「なんだ?」

「目的は何?何のために神代魔法を求める?」

 

嘘偽りは許さないという意思が込められた声音で、ふざけた雰囲気など微塵もなくミレディは問いかけてくる。もしかしたら、こっちが本来の彼女なのかもしれない。

そんなミレディに対して、ハジメとティアも真剣に答える。

 

「俺の目的は故郷に帰ることだ。お前等のいう狂った神とやらに無理やりこの世界に連れてこられたんでな。世界を超えて転移できる神代魔法を探している・・・お前等の代わりに神の討伐を目的としているわけじゃない。この世界のために命を賭けるつもりは毛頭ない」

「私の目的は、あなたたちの言う狂った神に惑わされた魔人族を救うため。そのために、神代魔法を手に入れて強くなる。私の方も、自分から神様を殺そうとは思ってないわ。必要ならそうするだけ」

「・・・そっか」

 

ミレディはジッとハジメとティアの瞳を覗き、何かに納得するように頷く。

すると、再び軽薄な雰囲気に戻る。

 

「ん~、そっかそっか。なるほどねぇ~、別の世界に、魔人族を救う、ねぇ~。うんうん。それは大変だよねぇ~。よし、ならば戦争だ!見事、この私を打ち破って、神代魔法を手にするがいい!」

「・・・脈絡がなさすぎないか?なにが『ならば』だよ」

「俺としては、お前の神代魔法が転移系でないなら意味ないんだけど?それとも転移系なのか?」

「んふふ~。それはねぇ・・・」

 

ミレディはもったいぶるように嫌らしい笑い声をあげ、返答を先延ばしにするが、

 

「『教えてあ~げない!』って言うなら、速攻で叩き斬るが?」

「・・・・・・」

 

ミレディは視線を逸らした。図星らしい。

 

「ほう・・・図星か?」

「え、えっとね、その・・・」

「そうかそうか、つまりお前はそういうやつなんだな」

「つ、ツルギ?」

 

ハジメがなんか引き気味に話しかけてきた気がするが、今の俺には聞こえない。

ミレディの方も、なにやら開き直ったように言葉を投げつける。

 

「な、なんだよう!中二病みたいな格好してるくせにぃ!」

「・・・・・・」

「ひっ!?」

 

後ろからシアの悲鳴が聞こえるが、俺にとっては些細なことだ。

ミレディは、言ってはならないことを言った。

ハジメはともかく、俺まで中二病だと?

OK。

 

 

 

「泣いて謝ってもボコす」

 

 

 

キレた俺は、速攻でミレディの()()()()()()()()()

 

 

* * *

 

 

「泣いて謝ってもボコす」

 

ツルギの明らかにキレた声が聞こえたと思ったら、いつの間にかミレディの右腕が斬り落とされていた。

その時のツルギの動きは、身体能力がバグっているシアですら追い切れなかった。

 

「あ、あれ?いつの間に!?」

 

気付いたら、ツルギの姿が消えてミレディの腕を斬り落としていた。シアには、そのようにしか見えなかった。

それは、ユエとティアも同じだった。

 

「あー、ツルギのやつ、完全にキレてやがるな・・・」

 

唯一、ハジメはツルギの動きが見えていたし、その動きのからくりもわかったため、比較的冷静でいた。

完全に混乱しているシアが、ハジメに問いかける。

 

「ハ、ハジメさん!なんなんですか、今のツルギさんの動き!私でも見えませんでしたよ!?」

「あ?そりゃ、あれはただ速く動いただけじゃないからな」

「・・・どういうこと?」

 

ユエも疑問に思ってハジメに問いかけてきたため、他のゴーレムたちを相手にしながらもハジメは律義に答える。

 

「えっとな、生き物の動きっていうのは、最初から最高速じゃなくて加速って過程が入る。初速から徐々に速くなって、最終的に最高速になる」

「それと、今の動きになんの関係が?」

「動物の知覚っていうのは、突然の動きは認識しづらいんだよ。初速から最高速に達するのが早ければ早いほど、その動きを目で追えなくなる。さっきのツルギの動きは、初速が限りなく最高速に近かった。それが、シアでも見えなかったからくりだ」

「へぇ~、そうなんですか・・・あれ?そんな動き、人間に可能なんですか?」

「まずできないな」

 

そのような動きをするには、壁が高すぎる。

自分の体を真に自由自在に操ることが()()()()なのだ。

そのようなことができる人間など、まずいないだろう。

それは、ツルギであっても同じことだ。

 

「だからあいつは、“魔力操作”の“身体能力強化”でその辺りの問題を解決しているんだろう。ったく、まじであいつも化け物じゃねぇか」

 

例えば、全身の筋肉を同時に動かすために自分の体を操り人形のように脱力して“魔力操作”によって体を動かしたり、体を動かすために必要な血液も“魔力操作”によって心臓をブーストさせている。

人間の体の構造の問題は、すべて“魔力操作”で解決。

明らかに、ツルギの“魔力操作”の技量はユエをはるかにしのいでいた。

 

「あの~、ハジメさん。それってつまり、ツルギさんは技能もなしに“縮地”と“無拍子”が使えるってことになりませんか?」

「そうなるなぁ・・・」

 

高速移動の“縮地”と、行動の予備動作をなくす“無拍子”。これを技能もなしに行使する。

たしかに、ハジメの言う通りぶっ壊れでしかない。

 

「一応、日本にいたころも武術を習ってたらしいし、かなりの才能があるってのも知ってはいたが、これは予想以上だな・・・」

 

こうしている間も、ツルギは魔法陣の足場を駆使してミレディを翻弄している。

正直、ハジメたちの目に映っているツルギは、到底人間には見えなかった。

だが、やはり他のゴーレムもまとめて相手をするのは厳しかったらしく、ツルギはハジメたちの下に後退した。

 

「ちっ、他のゴーレムがうざってぇな。一応、人間の心臓の辺りに核があるんだが、胸の部分にアザンチウム鉱石の装甲があるから、黒刀でも簡単に斬れねぇ」

「正直、あれだけの動きしといてなにを今さらだとは思うが・・・たしかに、面倒だな」

 

ツルギのボヤキにハジメが同調すると、斬り落とされた腕を再構成したミレディが得意げに話してくる。

 

「おや?知っていたんだねぇ~。まぁ、その黒い刀や変な遠距離武器を作ったっていうなら、知ってるだろうねぇ~。ていうかもしかして、オーくんの迷宮の攻略者だったりするのかな?」

「オーくんが誰なのかは知らないが、オスカー・オルクスの迷宮ならたしかに俺が攻略した」

「なるほどねぇ。それなら、程よく絶望したところで、第二ラウンド行ってみようかぁ!」

 

ミレディは砕いた浮遊ブロックから素材を奪い、表面装甲を再構成するとモーニングスターを射出しながら自らも猛然と突撃を開始した。

 

「ど、どうするんですか!?ハジメさん!ツルギさん!」

「決まってるだろ?」

 

動揺した様子のシアの問い掛けに、ツルギは不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「あいつの動きを止める」

 

 

* * *

 

 

「止めるって、いったいどうやって!?」

 

シアが完全に動揺した様子で俺に尋ねてくるが、別に俺にそこまでの案があるわけではない。

 

「どうやってでも止める。その隙に、でかいのを叩き込めばなんとかなるだろ。ハジメも、そのための武器があるだろ?」

「あぁ、ちょうどお前と同じことを考えたところだ」

 

俺の問い掛けに、ハジメはにやりと笑う。

 

「とりあえず、まずは俺が引き続き斬りこむ。シアも、隙ができ次第あいつにでかい一撃を叩き込め」

「わ、わかりました!」

 

俺は再び黒刀を構え、ミレディに突撃しようとする。

 

「させないよぉ~」

 

だが、そこでミレディが俺たちの足場を高速回転させて体勢を崩す。

そこに、モーニングスターがすさまじい勢いで激突し、足場を木っ端みじんに破壊する。

俺は若干無理な体勢から思い切り跳び上がり、モーニングスターの上に着地する。

ハジメたちもなんとか他の足場に着地したのを確認した俺は、モーニングスターにつながれている鎖の上を疾駆して再びミレディに突撃する。

 

「こんのぉ!」

 

先ほどまで俺にいいようにされていたミレディは、俺に近づけさせまいと鎖を振って俺を振り落とそうとするが、俺は魔法陣の足場を形成してミレディに近づく。

すると、ミレディが急激に“落ちて”俺の一撃は空振りに終わる。

そこにミレディがヒートナックルで俺をたたきつけようとするが、そこにティアが跳んできて俺を抱えて離脱した。

 

「助かった、ティア」

「これくらいはいいわよ」

「ついでだ。あいつに一発ぶちかましてこい!」

「わかったわ!」

 

俺は魔法陣をティアの足元の辺りに展開し、ティアはそれを足場にしてミレディに突撃した。

 

「ハ、ハジメさん!?」

「いっちょ逝って来い!」

 

ふと悲鳴が聞こえた方を見ると、ハジメがショットシェルの勢いも利用してシアを思い切りミレディにぶん投げていた。

 

「こんちくしょうですぅー!」

 

シアは自棄になりながらもドリュッケンを振りかぶる。

ミレディもその様子に気持ち引き気味になりながらも、迎撃のためにヒートナックルを放とうと拳をグッと後ろに引き絞る。

 

「はぁっ!」

 

俺はそこでモーニングスターの鎖を斬り裂き、その破片を思い切りミレディに向かって蹴飛ばす。

 

「ちょ、なっ、なに!?」

 

突然の攻撃にミレディは戸惑い、さらにその隙に俺はミレディの両腕を斬り裂く。空中でとっさの動きだったため斬り落とすことはできなかったが、かなりの損傷を与えることができた。

 

「りゃぁあああ!!」

「やぁあああ!!」

 

そこへ、シアがドリュッケンを振りかぶり、ショットシェルの勢いも上乗せしてミレディにたたきつけ、ティアが空中で拳を引き絞り、思い切りミレディを殴った。

ミレディはボロボロの左腕で防ごうとするが、ドリュッケンとフェンリルは、脆くなった左腕を打ち砕き肩口から先を容赦なく粉砕した。

勢いのままに宙に浮くシアに、ミレディがヒートナックルを放とうとするが、今度はユエが“破断”(水流のレーザーを放つ水魔法)を俺が右腕につけた切れこみに命中させ、右腕を切断した。

 

「っ、このぉ!調子に乗ってぇ!」

 

ついにミレディがイラついた様子で声を張り上げた。

その間に、ハジメがシアを脇に抱え込む形で回収する。

俺の方も、一撃で核を破壊するために足場に乗り、黒刀を水平に構えて体を引き絞るが、ミレディが俺たちではなく上の方を見ているのを見て、猛烈に嫌な予感がした。

 

「避けてぇ!()()()()()()!」

 

次の瞬間、シアが声を張り上げる。おそらく、シアの未来視が発動したのだろう。

俺はちらりとハジメを見やり、ティアに近寄って何が来てもいいように身構える。

直後、空間全体に低い地鳴りのような音が響き、天井からパラパラと破片が落ちくる。

いや、これは破片だけではない。

天井そのものが落ちてこようとしている!

 

「ちょっ、これは!」

「っ!?こいつぁ!」

「ふふふ、お返しだよぉ。騎士以外は同時に複数を操作することは出来ないけど、ただ一斉に“落とす”だけなら数百単位でいけるからねぇ~。見事凌いで見せてねぇ~」

 

のんきなミレディの言葉に苛立つが、そんな事に気を取られている余裕はない。

この空間の壁には幾つものブロックが敷き詰められているのだが、天井に敷き詰められた数多のブロックが全て落下しようとしているのだ。一つ一つのブロックが、軽く10t以上ありそうな巨石である。

それらが、豪雨のように降ってくる。

ハッキリ言って、かなりやばい。

 

「ツルギ!どうするの!?」

「ここからだと、ハジメたちと合流するにしてもミレディを追うにしても、ちょっと遠い。俺が道を切り拓くから、ティアはついて来てくれ!」

「わかったわ!」

 

ティアが俺の言葉にうなずき、ハジメたちの方も向こうで合流したのを確認した。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!ゴバッ!!

 

次の瞬間、天井が崩れて数多の巨大なブロックが降り注いだ。

しかも、丁寧なことにある程度なら落ちた巨石も操れるのか、俺たちとハジメたちのところに特に集中して落下してきた。

ここからは、ハジメたちを気にする余裕はない。

 

「いくぞ、ティア!」

「えぇ!!」

 

俺とティアは、ミレディの元に向かって駆け出した。幸い、ミレディが落下するブロックの操作に集中しているおかげで、足場まで注意する必要はない。

俺が先行し、ティアがそのあとに続く。

なるべくブロックを避けて走るが、やはりいくつかは俺たちに直撃する軌道で飛んでくる。

そのようなブロックは俺が黒刀で斬り飛ばし、後ろに飛んで行った破片はティアがフェンリルで殴り飛ばして防ぐ。

このまま上手くいけば、なんとかミレディの元までたどり着くことができそうだが、

 

(やばっ、しのぎきれない・・・!)

 

だんだんと俺たちに向かって落ちてくるブロックの数が増えていき、だんだんと対処がギリギリになっていく。

このままでは、ブロックに圧殺されかねない。

 

(死ぬのか?このまま・・・)

 

俺の頭の中にわずかに不安がよぎるが、後ろのティアを見て、頭を振る。

 

(いや、俺が道を切り拓くって言ったんだ。このままあきらめるわけにはいかねぇ!)

 

そう思った次の瞬間、俺の視界がモノクロになり、世界がさらに遅く見えた。

いったい何が起こったのか、それを考える余裕は今の俺にはない。

だが、これなら抜けることができる!

 

「ああぁぁーー!!」

 

裂帛の気合を放ち、ついに俺たちは降り注ぐブロック群を抜けた。

 

「え!?うそぉ!」

 

俺たちだけで抜けてきたのが予想外だったのか、ミレディは間抜けな叫び声をあげる。

その隙を、俺とティアは見逃さなかった。

 

「はあぁぁーー!!」

「やあぁぁーー!!」

 

再び刀身に手を添えて黒刀を水平に構えた俺は切っ先をミレディに向けて突進し、ティアも思い切り踏み込む。

そして、俺は黒刀をミレディの核がある部分に突き刺し、ティアが思い切り振りかぶって拳をたたきつける。

だが、

 

「ふふふ、残念だったねぇ」

 

俺とティアの攻撃はアザンチウムの装甲をへこませただけで、核を破壊するには至らなかった。

やはり、ボロボロの状態では威力が足りなかったようだ。

 

「惜しかったけど、あの白髪君たちも来れてないし、やっぱり無理だったかなぁ~。でも、これくらいは何とかできないと、あのクソ野郎共には勝てないしねぇ~」

 

そう言いながら、ミレディは俺たちにとどめを刺そうとヒートナックルを振り上げる。

 

「は、はは」

「・・・なにがおかしいの?」

 

いきなり笑い出した俺に、ミレディが訝し気に問いかけてくる。

 

「なにがおかしいって、その勘違いに決まってるだろ」

「勘違い?」

「1つ、俺たちはそのクソ野郎どもに興味がないって、何度も言ってるだろう。そして、もう1つは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつらが、あの程度でくたばるわけないだろう?」

 

「え?」

 

 

「“破断”!」

 

 

次の瞬間、ユエの凛とした詠唱が響き渡り、幾筋もの水のレーザーがミレディ・ゴーレムの背後から背中や足、頭部、肩口に殺到した。

 

「う、うそ!?」

 

ユエの“破断”は表面の装甲を削るにとどまったが、ミレディは突然の攻撃に困惑する。

その隙を俺とティアは見逃さない。

 

「ティア、やるぞ!」

「わかったわ!」

「「“凍柩”!」」

 

俺とティアは、同時に“凍柩”を行使してミレディの周囲を氷漬けにする。

 

「なっ!? 何で上級魔法が!?」

 

ミレディは、完全に予想外なのか驚愕の声をあげる。

俺とティアがこの場所で上級魔法を使えたのは、単純な話、あらかじめ水を用意して消費魔力を削減しただけだ。

その水は、ユエが先ほどから使っている“破断”から利用した。俺が傷をつけたところに撃ち込んだこともあり、思ったより内部まで浸透していたようだ。

それでも、消費魔力が多すぎて、ティア共々魔晶石からすべての魔力を引き出す羽目になってしまった。

 

「よくやったぞ!ツルギ!ティア!」

 

そこへハジメが、切り札を出す。

虚空に現れたそれは全長2m半程の縦長の大筒で、外部には幾つものゴツゴツした機械が取り付けられており、中には直径20cmはある漆黒の杭が装填されている。下方は4本の頑丈そうなアームがつけられており、中程に空いている機構にハジメが義手をはめ込むと連動して動き出した。

“パイルバンカー”。それが、俺とハジメがブルックの町で作った最終兵器だ。

ハジメはそのまま、直下の身動きが取れないミレディ・ゴーレムをアームで挟み込み、更に筒の外部に取り付けられたアンカーを射出した。合計6本のアームは周囲の地面に深々と突き刺さると大筒をしっかりと固定する。同時に、ハジメが魔力を注ぎ込んだ。すると、大筒が紅いスパークを放ち、中に装填されている漆黒の杭が猛烈と回転を始める。

 

「存分に食らって逝け」

 

そんな言葉と共に、動けないミレディの核に漆黒の杭を撃ち放った。

凄まじい衝撃音と共にパイルバンカーが作動し、漆黒の杭がミレディの絶対防壁に突き立つ。胸部のアザンチウム装甲には一瞬でヒビが入り、杭はその先端を容赦なく埋めていく。あまりの衝撃に、ミレディの巨体が浮遊ブロックを放射状にヒビ割りながら沈み込んだ。浮遊ブロック自体も一気に高度を下げる。ミレディは、高速回転による摩擦により胸部から白煙を吹き上げていた。

だが、

 

「ハ、ハハ。どうやら未だ威力が足りなかったようだねぇ。だけど、まぁ大したものだよぉ?4分の3くらいは貫けたんじゃないかなぁ?」

 

ミレディが若干固い声で余裕を装う。

どうやら、この環境下で本来の威力を発揮できずに、惜しいところで貫通できなかったようだ。

だが、それでもよかった。

 

「やれ!シア!」

 

杭以外のパイルバンカーを宝物庫にしまい、すぐさまそのまから飛びのいた。

そこへ、シアがドリュッケンを大上段に構えたまま、遥か上空から自由落下に任せて舞い降りてきた。

 

「っ!?」

 

シアが何をしようとしているのかミレディは察したのかすぐに逃げようとするが、間に合わないと悟ったのかその動きを止めた。

シアはそのままショットシェルを激発させ、その衝撃も利用して渾身の一撃を杭に打ち下ろした。

轟音と共に杭が更に沈み込むが、まだ貫通には至らない。

シアは、内蔵されたショットシェルの残弾全てを撃ち尽くすつもりで、引き金を引き続ける。

 

「あぁあああああ!!」

 

シアの絶叫が響き渡る。

その一撃に自分のすべてをかけるとでも言わんばかりに、ドリュッケンにありったけの力を込めているのが見える。

そして、轟音と共に浮遊ブロックが地面に激突した。

その衝撃で遂に漆黒の杭がアザンチウム製の絶対防御を貫き、ミレディの核に到達する。先端が僅かにめり込み、ビシッという音を響かせながら核に亀裂が入った。

地面への激突の瞬間、シアはドリュッケンを起点に倒立すると、くるりと宙返りをする。

そして、身体強化の全てを脚力に注ぎ込み、遠心力をたっぷりと乗せた蹴りをダメ押しとばかりに杭に叩き込んだ。

シアの蹴りを受けて更にめり込んだ杭は、核の亀裂を押し広げ・・・遂に完全に粉砕した。

ミレディの目から、完全に光が消える。

 

それは、七大迷宮の一つ、ライセン大迷宮が攻略された瞬間だった。




これを書きながらweb版の方を見ていたんですが、最後の挿絵の部分が、なんか東方の鈴仙に見えなくもないなぁ、とふと思いました。
セーラー服のスカートとか、特に。
それと、今回のツルギの動きは落第騎士にでてくる某最強剣士をパク、参考にしました。


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ミレディは害悪

「は~、やっと終わったか」

「えぇ、そうみたいね」

 

ミレディが動かなくなったのを確認して、俺とティアは体から力を抜いた。

俺が足場に座り込むと、ティアも俺にもたれかかるようにして俺の隣に座る。

だが、ここでへばったままでいるわけにはいかない。

 

「とりあえず、ハジメたちのところに行くか。ティア、立てるか?」

「正直、立つのもやっとってところね」

「なら、よっと」

「きゃっ!?」

 

立ち上がれないらしいティアを、俺は無理やりおんぶした。

恥ずかしいのか、俺の背中の上でティアが暴れる。

 

「ちょ、ちょっと!おろしなさいよ!」

「さっき、立つのもやっとって言っといてなにを。どうせ、おろしても歩けないだろ?」

「うっ・・・」

「だったら、大人しくしとけ」

「でも、ツルギは・・・」

「これくらいは、どうってことねぇよ。だから、大人しくおぶられておけ」

「うぅ、わかったわよ・・・」

 

そういうと、ティアは大人しくなって俺の背中に顔をうずめた。

少しくすぐったいが、これくらいは我慢しよう。

ハジメたちのところにつくと、ユエがシアの頭をよしよししており、シアがユエに抱きついて泣いていた。それを見るハジメの表情は、少し複雑そうだ。

今までならどうということはなかったのだろうが、そこは一生懸命なシアを見て少しはほだされたというところか。

すると、ハジメが俺たちに気づいて声をかけてきた。

 

「おっ、ツルギ、そっちは無事か?」

「疲れていること以外は問題ない。にしても、お前もずいぶんとシアにほだされてるな。いや、ユエがシアにほだされてるのか?それとも、どっちもか?」

「どっちでもいいだろう。お前こそ、ティアをおんぶするなんて、どういう心境だ?」

「単にティアが歩けなかったってだけだ」

「あのぉ~、いい雰囲気で悪いんだけどぉ~、そろそろヤバイんで、ちょっといいかなぁ~?」

 

そこに聞き慣れた声。

見下げると、ミレディの瞳にいつのまにか光が戻っていた。

反射的に身構えると、ミレディの方からわたわたと弁明する。

 

「ちょっと、ちょっと、大丈夫だってぇ~。試練はクリア!あんたたちの勝ち!核の欠片に残った力で少しだけ話す時間をとっただけだよぉ~、もう数分も持たないから」

 

言われて見てみると、体はピクリとも動いておらず、瞳の光も明滅を繰り返していた。

ミレディの言う通り、本当に()()()()()それほど時間が残されていないのだろう。

 

「んで?何を話すつもりだ?言っておくが、クソ野郎どもを殺せって話なら聞かないぞ」

「言わないよ。言う必要もないからね。話したい、というより忠告だね。訪れた迷宮で目当ての神代魔法がなくても、必ず私達全員の神代魔法を手に入れること・・・君の望みのために必要だから・・・」

 

ミレディの言葉が、徐々に不鮮明で途切れ途切れになっていく。

だが、それよりも疑問がでてくる。

 

「全部、か。だったら、他の迷宮の場所も教えてくれ。今の時代だと、失伝してほとんどわからねぇんだよ」

「あぁ、そうなんだ・・・そっか、迷宮の場所がわからなくなるほど・・・長い時が経ったんだね・・・うん、場所・・・場所はね・・・」

 

いよいよ声が弱々しくなってきたミレディは、どこか感傷的な声でポツリポツリと語っていく。ここで氷雪洞窟も裏付けが取れ、中には驚くような場所にあるものもあった。

 

「以上だよ・・・頑張ってね」

「・・・ずいぶんとらしくないな。そんなしおらしいキャラだったか?さっきまでのうざい口調はどうした?」

 

今のミレディの口調は、先ほどまでの軽薄なものとは違い、戦う前に質問してきたときのような真面目さで話している。

やはり、こっちが素なのだろうか。

 

「あはは、ごめんね~。でもさ・・・あのクソ野郎共って・・・ホントに嫌なヤツらでさ・・・嫌らしいことばっかりしてくるんだよね・・・だから、少しでも・・・慣れておいて欲しくてね・・・」

「おい、こら。狂った神のことなんざ興味ないって言っただろうが。なに、勝手に戦うこと前提で話してんだよ」

 

さすがに無視できなかったのか、ハジメが横やりを入れてきたが、それでもミレディは真剣なまま話した。

 

「・・・戦うよ。君が君である限り・・・必ず・・・君は、神殺しを為す」

「・・・意味がわかんねぇよ。そりゃあ、俺の道を阻むなら殺るかもしれないが・・・」

「ふふ・・・それでいい・・・君は君の思った通りに生きればいい・・・・・・君の選択が・・・きっと・・・・この世界にとっての・・・最良だから・・・」

 

困惑するハジメに、なおも語りかけ、とうとうミレディの体が青白い光に包まれていた。おそらく、タイムリミットなのだろう。

そこに、ユエが近くに寄って、ミレディのほとんど光を失った目を覗き込んだ。

 

「・・・何かな?」

 

ささやくような声に、ユエが言葉を送った。

 

「・・・お疲れ様。よく頑張りました」

「・・・」

 

それは、ミレディと比べればはるかに幼い俺たちが言うには、少々不適切かもしれないが、まぎれもない労いの言葉だった。

 

「・・・ありがとね」

「・・・ん」

 

・・・ちなみにこの時、俺は黒刀に、ハジメはドンナーに手を伸ばしていたのだが、それぞれティアとシアに「空気を読め」と口を塞がれて止められた。

 

「・・・さて、時間の・・・ようだね・・・君達のこれからが・・・自由な意志の下に・・・あらんことを・・・」

 

そう言いながらミレディは淡い光となって天へと消えていった。

 

辺りを静寂が包み、余韻に浸るようにユエ、シア、ティアが光の軌跡を追って天を見上げた。

 

「・・・最初は、性根が捻じ曲がった最悪の人だと思っていたんですけどね。ただ、一生懸命なだけだったんですね」

「せめて、これで今までのことが報われていてほしいわね」

「・・・ん」

 

どこかしんみりとした雰囲気で言葉を交わす3人。

だが、

 

「はぁ、もういいだろ?さっさと先に行くぞ」

「それと断言しておくが、アイツの根性の悪さも性根の悪さもぜってぇに素だ。あの意地の悪さは、演技ってレベルじゃねぇよ」

「ちょっと、ハジメさん、ツルギさん。そんな死人にムチ打つようなことを。ヒドイですよ。まったく空気読めないのはお2人の方ですよ」

「さすがに、それはかわいそうよ」

「・・・ハジメとツルギ、KY?」

「ユエとティアまで・・・」

「・・・はぁ、まぁ、いいけどよ。念の為言っておくが、俺は空気が読めないんじゃないぞ。読まないだけだ」

「とりあえず、向こうの光っているところに行こうか」

 

どうやらハジメは俺と同じことを考えているようだが、他は気づいていないようだ。

それはさておき、向こうを見てみれば、壁の一角が光っている。見た限り、おそらくは魔力の光だ。

光ってる場所に向かい、ブロックを足場に跳んでいこうと着地すると、俺たちが飛び乗った浮遊ブロックが滑らかに動き出し、光っている部分まで俺たちを運んで行った。

 

「・・・」

「・・・はぁ」

「わわっ、勝手に動いてますよ、これ」

「これは便利ね」

「・・・サービス?」

 

勝手に俺たちを運ぶブロックにシアとティアが驚き、ユエは首をかしげる。

俺とハジメは、予測が確信に変わって嫌な気分だ。

10秒もかからず光る壁の前まで進むと、その手前5m程の場所でピタリと動きを止めた。すると、光る壁は、まるで見計らったようなタイミングで発光を薄れさせていき、スっと音も立てずに発光部分の壁だけが手前に抜き取られた。奥には光沢のある白い壁で出来た通路が続いている。

浮遊ブロックは、そのまま通路を進んでいく。どうやら、このまま奥まで運んでくれるようだ。

そうして進んだ先には、ハルツィナ樹海で見た紋様と同じものが彫られた壁があった。

俺たちが近づくと、これまた勝手に壁が動いて奥へと誘う。

誘われるままに進んでいくと、そこには、

 

「やっほー、さっきぶり!ミレディちゃんだグベッ!?」

 

ティアを降ろした俺は、最後まで言わせずにミレディの顔面を掴み上げた。

先ほどの巨大な騎士とは違い、小さなニコちゃん顔の人形みたいな形だ。

そのニコちゃん顔は、俺が掴んでいるため歪んでいるが。

 

「やめてー!痛いー!つぶれるーイダダダダ!」

「ほう?ゴーレムなのに痛覚があるのか。いったいどういう仕組みなんだか」

「なんだよう!このお外道さんめイダイイダイイダイ!」

 

ちなみに、どうしてミレディが生きていることがわかっていたかと言えば、早い話、ミレディが最後の試練として出てくるなら、ここで死んでしまっては試練の意味がなくなるからだ。

最初は予測だったが、途中の浮遊ブロックが俺たちを案内するように動いたのを見て確信に変わった。

それ以前に、根っこからして人の悪いこいつが、そう簡単にくたばるとは思えなかった、というのもあるが。

そうこうしている内に、待ちきれないのか、ハジメが部屋の中にある魔法陣を調べ始めた。

 

「とりあえず、さっさとお前の神代魔法をよこせ。待ちきれない奴がいるからな」

「だったら、さっさとその手を離しなよ!このあんぽんたんイギャアーーー!!わかりました!やります!だからこれ以上はやめてください壊れちゃうから!!」

 

さすがにここでミレディを本当に消滅させるわけにもいかないため、ミレディをポイ捨てして釈放する。

ユエたちもいろいろと思うところがあるのかミレディにすさまじいジト目を向けているが、一応俺が顔面を握り締めているのをみて留飲を下げたのか、おとなしくしている。

俺たちが魔法陣の上に立つと、ミレディが何やら操作し始めた。

すると、俺の脳内に直接、神代魔法の知識や使用方法が刻まれていくのを感じた。さすがにハジメとユエは経験済みなのか動揺しなかったが、俺とシア、ティアは慣れない感覚に思わずビクリッと震えてしまった。

そんなこんなで、ものの数秒で刻み込みは終了し、あっさりと俺達はミレディ・ライセンの神代魔法を手に入れた。

 

「これは・・・やっぱり重力操作の魔法か」

「そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法は()()重力魔法。上手く使ってね・・・って言いたいところだけど、白髪君とウサギちゃんは適性ないねぇ~。もうびっくりするレベルでないね!」

「やかましいわ。それくらい想定済みだ」

 

どうやら、ハジメはステータス値はバグっていても、適性はそのままらしい。

ハジメもそれはわかっていたようで、特に反論するでもなく肩をすくめる。

 

「まぁ、ウサギちゃんは体重の増減くらいなら使えるんじゃないかな。白髪君は・・・生成魔法使えるんだから、それで何とかしなよ。赤髪ちゃんは普通くらい、金髪ちゃんと黒髪君は適性ばっちりだね。修練すれば十全に使いこなせるようになるよ」

「なるほど」

 

後ろではシアがうなだれているが、まぁ、それはご愛敬だろう。

ハジメは落ち込むシアを尻目に、更に要求を突きつけた。遠慮容赦一切なしに。

 

「おい、ミレディ。さっさと攻略の証を渡せ。それから、お前が持っている便利そうなアーティファクト類と感応石みたいな珍しい鉱物類も全部よこせ」

「・・・君、セリフが完全に強盗と同じだからね?自覚ある?」

 

ミレディがどことなくジト目っぽい感じでハジメを見るが、要求には応えるようで、指輪を取り出してハジメに投げ渡し、次に虚空から鉱石類を取り出した。

どうやら、もともと渡すつもりだったらしい。

だが、ハジメは食い下がらなかった。

 

「おい、それ“宝物庫”だろう?だったら、それごと渡せよ。どうせ中にアーティファクト入ってんだろうが」

「あ、あのねぇ~。これ以上渡すものはないよ。“宝物庫”も他のアーティファクトも迷宮の修繕とか維持管理とかに必要なものなんだから」

「知るか。寄越せ」

「あっ、こらダメだったら!」

 

ハジメは本当にミレディから根こそぎ奪うつもりのようで、ミレディに詰め寄る。

ミレディがいろいろと弁明をしているが、それでもハジメは引き下がらない。

・・・さすがにこれ以上は見てられないな。

 

「そこまでだ、ハジメ」

「あ?なんで止めるんだよ?」

「これ以上は必要のないことだ。とりあえずもらえるもんはもらったから、これでいいだろ」

「だが、まだ持ってるみたいだぞ?」

「これ以上はただの外道だ。道を踏み外したくなけりゃ、ここで引きさがれ。ていうか、警察官の息子を前によくそんなことができるな」

「・・・わかったよ。引き下がればいいんだろ?」

「そうだ。ったく、どこでそんな価値観を覚えたんだか・・・あぁ、オルクス大迷宮か」

「オーちゃーん!?」

 

オーちゃん改めオスカー・オルクスを襲った悲劇に、ミレディが悲鳴をあげるが、目の前の悲劇が去ったことに喜んだ。

 

「まぁ、とにかく、ありがとうね。まったく、君の友人はどうかしてるよ。まさに、類は友を呼ぶ、ってやつなのかな」

「・・・おい」

 

・・・どうやら、この人形は学習しないようだ。

俺が手ずから、教育してやろう。

 

「な、なにかな?」

「その言い方だと、俺までどうかしている、という風に聞こえるが?一応、お前を助けてやったつもりだが」

「え?だって、本当のこと・・・」

「ほう?だったら、俺からも1つ要求を呑んでもらおうか」

「ど、どんなのかな?」

「なぁに、簡単なことだ」

 

そう言って俺は、剣製魔法でドリュッケンのような大槌を出した。どうやら、ここではライセン大峡谷の影響を受けないようにできているようだ。

そして、俺は大槌を肩に乗せてトントンし、

 

「ちょいとサンドバックになれ。重力魔法の練習がてらにな」

「やだよ!それで殴られたら死んじゃう!」

 

再びミレディは素早く後ずさるが、そこはすでに壁際だ。

 

「なんだ?俺の頼み事は聞けないのか?」

「聞いたら最後、粉々になってミレディちゃんの人生が終わっちゃうよ!ていうか、なんでいきなり!?」

「なんだ、忘れたのか?さっき戦うときに言っただろ?」

「な、なにを?」

「泣いて謝ってもボコす」

「それまだ有効なの!?」

 

本当はあそこで打ち止めでもよかったのだが、この人形はどこまでも学習しない。だったら、体に覚えさせる方が早い。

 

「ていうか、今どうやって武器を・・・」

「俺の魔法だ、以上。さぁ、さっさとサンドバックになりやがれ」

「・・・あれ?なんか、俺とたいして変わらなくないか?」

 

ハジメが何かをつぶやいているが、きっと気のせいに違いない。

 

「はぁ~、初めての攻略者がこんなキワモノだなんて・・・もぅ、いいや。君達を強制的に外に出すからねぇ!戻ってきちゃダメよぉ!」

 

そういうとミレディは、さっさと上に上がって、いつの間にか天井からぶら下がっていた紐を掴みグイっと下に引っ張った。

 

「「「「「?」」」」」

 

俺たちが首をかしげると、嫌というほど聞いたガコン!!という音が鳴り響いた。

その音が響き渡った瞬間、轟音と共に四方の壁から途轍もない勢いで水が流れ込んできた。正面ではなく斜め方向へ鉄砲水の様に吹き出す大量の水は、瞬く間に部屋の中を激流で満たす。同時に、部屋の中央にある魔法陣を中心にアリジゴクのように床が沈み、中央にぽっかりと穴が空いた。激流はその穴に向かって一気に流れ込む。

そして、何やら外装らしきものがあるのだが、それに非常に見覚えがあった。

 

「てめぇ!これはっ!」

「嫌なものは、水に流すに限るね☆」

 

そう、明らかに便器だった。

このまま流されるのは、これ以上になく屈辱だ!

 

「このっ・・・!」

「“来・・・”」

「させなぁ~い!」

 

俺が剣製魔法のアンカーを、ユエが“来翔”の魔法を使おうとした瞬間、ミレディが右手を突き出し、同時に途轍もない負荷が俺達を襲った。上から巨大な何かに押さえつけられるように激流へと沈められる。重力魔法で上から数倍の重力を掛けられたのだろう。

 

「それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」

「ごぽっ・・・てめぇ、俺たちゃ汚物か!いつか絶対破壊してやるからなぁ!」

「ケホッ・・・許さない」

「殺ってやるですぅ!ふがっ」

「くっそ、首洗って待ってろよ!がぼっ」

「こんのクソ野郎!!ごぼっ」

 

俺たちはそんな捨て台詞を吐きながら、なすすべなく激流に呑まれ穴へと吸い込まれていった。

 

 

* * *

 

 

「ふぅ~、濃い連中だったねぇ~」

 

一仕事を終えたミレディは、かいてもいない汗をぬぐうように顔をこすりながら、ハジメたちが流れていった方を見ていた。

 

「オーちゃんと同じ錬成師、か。ふふ、何だか運命を感じるね。それにしても、あの黒髪君の魔法、どこかで見たことがあるような・・・ん?」

 

ミレディがはるか昔の記憶を探ろうと首をかしげると、ふと視界の端に見慣れぬ物を2つ発見した。どちらも、壁に突き刺さったナイフとそれにぶら下がる黒い物体だ。

何だろう?と近寄り、そのフォルムに見覚えがあることに気がつく。

 

「へっ!? これって、まさかッ!?」

 

2つの黒い物体。それは、片方はハジメお手製の手榴弾で、もう片方はツルギが剣製魔法と火魔法、風魔法の複合でそれを再現したものだ。

ミレディもそれが爆発物だと察し、焦りの表情を浮かべながら急いで退避しようとする。実は、重力魔法は今のミレディにとってすこぶる燃費が悪く、さっきので打ち止めだった。なので、爆発を押さえ込むことが出来ない。

わたわたと踵を返すミレディだったが、時すでに遅し。ミレディが踵を返した瞬間、白い部屋がカッと一瞬の閃光に満たされ、ついで激しい衝撃に襲われた。

迷宮の最奥に、「ひにゃああー!!」という女の悲鳴が響き渡った。その後、修繕が更に大変になり泣きべそを掻く小さなゴーレムがいたとかいないとか・・・。




今年最後の投稿ですね。
平成が今年で終わると考えると、なんだか自分が時代の節目にいるんだな~、とちょっと感慨深くなってしまうのですが、自分だけでしょうか。


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やってしまった・・・

ミレディによって強制的に迷宮を追い出されたハジメたちは、地下トンネルのようなところを猛スピードで流れていた。

息継ぎができるような場所もないため、なんとか壁に激突しないように体勢を整える。

ハジメやユエ、ツルギ、ティアは何とか落ち着いているが、シアは少し慌て気味になっているため、ティアが近寄ってシアを落ち着かせる。

シアもティアが自分の手を握っているのを感じて、なんとか冷静さを取り戻した。

そこに、ティアとシアの横を1匹の魚が横切ったのを、2人はなんとなしに見た。

そして、その魚と目が合った。

いや、魚と言えば魚なのだが、顔が人間、もっと言えばおっさんのような見た目をしていた。つまり、人面魚だ。

シアは、意味も分からないまま人面魚を凝視し、ティアは思わず息を吐きそうになるが、今までくぐってきた修羅場を思い出して何とか冷静さを保とうと・・・

 

『ちっ、何見てんだよ』

 

頭の中に直接、言葉が聞こえてきた。舌打ち付きだった。

2人は耐えられず、思い切り息を吐きだしてしまう。

人面魚は、そんな2人を無視して先へと泳いでいく。

そこに残されたのは、白目をむいて流されるウサ耳少女と目を閉じて気絶した魔人族の少女だけだった。

 

 

* * *

 

 

「どぅわぁあああーー!!」

「おわぁあああーー!!」

「んっーーーー!!」

 

ミレディによって流された俺たちは、ようやくどこかにでてきた。

どうやら、かなり遠くに流されたようで、森の中の湖らしき場所のようだ。

まぁ、ぎりぎり置き土産を渡せたので、痛み分けというところか。

俺たちは、はうはうの体で岸へと上がる。

 

「ゲホッ、ガホッ、~~っ、ひでぇ目にあった」

「あの野郎、いつかぜってぇにぶっ壊してやる。それより、ユエ、シア、ティア、無事か?」

「ケホッケホッ・・・ん、大丈夫」

 

ユエからすぐに返事が返されるが、なぜかシアとティアからの返事が返ってこない。

 

「シア?ティア?おい、2人とも!どこだ!」

「シア、ティア、どこ?」

「まさか・・・」

 

まさかと思いつつ湖の方を見てみると、シアとティアが底の方に沈んでいくところだった。

二人とも気を失っているということと、ドリュッケンの重さのせいで浮くことができないのだ。ティアの方も、シアががっちりと手を握っているため、一緒に沈んでいた。

 

「ツルギ!お前はティアを!」

「わかった!」

 

俺とハジメはとっさに湖の中に飛び込み、俺がティアを、ハジメがシアを引き上げる。

診断してみれば、心臓と呼吸が止まってしまっている。

 

「ったく、しゃあねぇな」

 

早急な措置が必要と判断した俺は、心肺蘇生を始める。

そうなると必然、まうすとぅまうすになるが、そんなことを言っている場合ではない。

俺はティアに心臓マッサージと人工呼吸を繰り返し、そして何度か目の人工呼吸の後、遂にティアが水を吐き出した。水が気管の中に入らないように、ティアの顔を横に向ける。

 

「けほっ、けほっ、つ、ツルギ・・・?」

「大丈夫か、ティア?」

「えっと、私・・・っ!?」

 

すると、ティアが途端に顔を真っ赤にして俺から飛びずさった。

・・・あれ?なんかデジャブ。

 

「おーい、どうしたんだ?」

「どうしたって、あ、あんな、唇をあんなに・・・~っ!?」

 

どうやら、途中からある程度は意識が戻っていたらしく、俺が人工呼吸のためにキs、まうすとぅまうすをしていたのに気づいていたらしい。

そして、意識がはっきりした今、羞恥心が振り切れてしまった、と。

 

「言っておくが、あれはただの救命行為だからな」

「だからって、あ、あんなに唇を・・・」

「あのなぁ、さっきまでお前、心臓も呼吸も止まっていたんだぞ?下手すれば死んでたわけだからな」

「そ、そうだったの・・・」

 

俺の言葉に、ティアも状況を理解したらしく、落ち着きを取り戻した。

それを確認した俺はハジメたちの方に目を向けると、ちょうどシアがハジメを襲っているところだった。

 

「・・・何やってんだ、あいつ?」

 

どうやらシアの方も、途中から意識が戻っていたらしい。結果、あふれる気持ちを抑えきれなかった、と。

そんな様子をユエは心の底から不機嫌そうに見ていたのだが、ふと俺たちの方を見てにやりと笑った。なにやら、嫌な予感がする。

 

「わっわっ、何!?何ですか、この状況!?す、すごい・・・濡れ濡れで、あんなに絡みついて・・・は、激しい・・・お外なのに!ア、アブノーマルだわっ!」

 

そこに、聞いたことのある声が聞こえてきた。

見てみると、マサカの宿の看板娘(後でソーナと言う名前だと聞いた)と服屋の濃ゆい店長(ソーナからクリスタベルという名前だと聞いた)、その他何人かの冒険者たちが俺たちに近づいてきた。

ソーナの方はと言えば、いつものように意識がどこかへとトリップしている。

後ろの方でシアが湖に投げ飛ばされて貞子のように這い上がってきたのを横目に、俺が簡単に話をしようとした。

 

「お、お邪魔しましたぁ!ど、どうぞ、私達のことは気にせずごゆっくり続きを!」

 

だが、ソーナの方に視線を向けると、どう考えてもあらぬ誤解をしている感じでその場から逃げ出そうとしたが、クリスタベル店長がそんなソーナを摘まんで引きとどめた。

・・・この店長、どういう筋力をしているんだよ。

とりあえず、摘まみ上げられているトリップ少女は無視し、クリスタベルに話しかける。

 

「久しぶり、と言うほどでもないか。だが、どうしてここに?」

「私はもともと、服の材料を探しに来たのだけど、途中で隣町にお見舞いに行ったソーナちゃんと依頼帰りの冒険者と会ったから、馬車に便乗してもらうことにしたの」

 

その依頼帰りの冒険者たち、主に男たちが、俺とハジメに殺気に近い視線を向け、女性冒険者たちがそれらを冷めた目で見ていた。

ていうか、俺までリア充認定されてるのか。

 

「それにしても驚いたわぁ~。帰りの休憩で立ち寄った泉から水柱が噴き出して、そこからあなた達が出てくるなんてねぇ。お熱い展開もあったしぃ~♪」

「いや、救命行為に期待されても困るんだが」

「そういう割には、ためらいなかったわよねぇ~ん?」

「心臓が止まってる時点で、ためらうわけにはいかないだろ。俺たちは回復魔法の類はあまり得意じゃないしな」

「ふぅ~ん?」

「・・・それで、ここはどこだ?」

 

何を言っても墓穴を掘りそうな気がした俺は、強引に話を切り替える。

とりあえず、ここはブルックの町から馬車で1日ほどの場所だとわかり、俺たちも一緒に馬車で送ってもらうことにした。

・・・その道中、ユエとクリスタベルがティアに何かを吹き込んだり、男の冒険者共が俺とハジメを嫉妬の目で睨み続けていたのだが、俺は丸っとそれらを無視した。

俺だって、この年で禿げたくはない。

 

 

* * *

 

 

とは思ったものの、道中は特にトラブルもなく、ブルックの町にたどり着いてマサカの宿に入った。

部屋割りは以前と同じで、今日は後はもう寝るだけだ。

 

「んじゃ、おやすみー」

「・・・」

 

俺はティアに背中を向けておやすみを言うが、今日はなぜか何も返されなかった。

その代わりに、なにやらごそごそと音が聞こえてきて、なんだろうと思ったら俺の後ろに・・・え?

 

「ティ、ティア?なにやってんの?」

「・・・」

 

なぜかティアが、俺のベッドに潜り込んできた。もちろん、今まではこんなことはなかった。

ティアは俺の背中に顔を押し付けたまま、なにもしゃべらない。

いったい、なんなんだろう。

 

「えっと、ティア?どしたの?」

「・・・ねぇ、ツルギ。こっち向いて」

 

俺の方が質問していたはずなのに、なぜかティアの方から要求される始末。

まじでどういうことだ?

 

「えっと、ティア、それはどういう・・・」

「こっち向いて」

「は、はい」

 

有無を言わせない口調のティアに、俺は従うしかなかった。

言われたとおりに俺はティアの方に振り返って・・・

 

「んっ・・・」

「!?」

 

気付いたら、目を閉じたティアの顔が目の前にあった。

いや、その前に、俺の唇になにか柔らかいものが当たって・・・あ、離れた。

唇を離したティアは、腕は俺の首の後ろにまわしたまま、顔を赤くしながら、いたずらっぽくほほ笑んだ。

 

「・・・どういうことだ?」

「・・・今のでわからないの?」

 

俺の言葉にティアはすこし不機嫌そうになり、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、ツルギが好き」

 

 

 

 

それは、俺にとって初めてのキスと告白だった。

ただ、素直に受け入れられるかと言うと、正直ちょっと微妙だ。

 

「それは、ただ雰囲気に流されただけじゃないのか?」

 

そう言うと、再びティアはいたずらっぽくほほ笑む。

 

「あら、私にキスしておいて、そんなこと言うの?」

「いや、だから、あれは俺たちの世界での救命行為であってだな・・・」

「キスで助けるなんて、王子様みたいね?」

「勘弁してくれ。俺はそんなんじゃねぇよ」

 

まさか、ハジメと同じようなことを言われるとは思わなかった。

世の中の女の子は、やはり王子様にあこがれるものなのだろうか。

 

「別に、流されたわけじゃないわよ。ツルギは、私を何回も助けてくれた。オルクス大迷宮で倒れた時も、ライセン大迷宮でトラップにやられそうになったときも。そんなツルギだったから、私は好きになったの」

「だがなぁ・・・」

「そんなに信じられないって言うなら・・・」

 

煮え切らない俺に対し、ティアがどこか妖艶な雰囲気で俺に近づき、

 

「私がどれだけツルギのことが好きなのか、教えてあげる」

 

そう言ってティアは再び俺にキスをし・・・・・・

 

 

* * *

 

 

チュン、チュン

 

小鳥のさえずりで目を覚ました俺は、ふと横を見てみる。

そこには、一糸纏わぬティアが幸せそうに眠っていた。

俺の方も、衣服を着ていない。

・・・あぁ、これが朝チュンってやつかぁ・・・。

まさか、この年で体験することになるとは思わなかった。

昨夜は・・・いや、やめよう。生々しいことになる。

それに、結局、俺もティアを()()()()()()()

これが、ただの傷の舐め合いだということは、俺だけがわかっている。

わかってはいるが、それでもやはり、この余韻に浸ってしまうくらいには、俺もティアのことを意識していたのだろう。

結局のところ、俺もティアのことが好きだったからこそ、ティアの力になろうと決めた、ということか。

そんなことを考えながらティアの頭をなでていると、ティアがうっすらと目を開けた。

 

「わるい、起こしたか」

「・・・ううん、大丈夫。おはよう、ツルギ」

 

うっすらとほほ笑んだティアは、俺の胸に額を押し付ける。

・・・ハジメとかハジメの親父さんが見たら「テンプレだ!」とか言って喜びそうなシチュエーションだなぁ。

まぁ、それはそうとして、1つ聞いておかなければならないことがある。

 

「なぁ、ティア。一つ聞きたいことがあるんだが・・・」

「なに?」

「・・・お前、なんか、やけに上手くなかったか?」

 

そう、ティアは初めてのはずなのに、やたらと上手だった。何がとは言わないが、初めてとは思えないほどレベルが高かった。

それを聞くと、ティアはわずかに顔を赤くしてうつむき、

 

「ユエから聞いたの」

「ユエはいったい何を吹き込んだんだ!?」

 

たしかに、ユエがハジメを襲った(意味深)のは知っているし、高いレベルの技術を有しているのだろうとは思っていたが、いったいティアになにを吹き込んだというのか。

まさか、どこか俺の知らないところで実践していたとは思いたくないが、深いことは考えないでおこう。

俺だって、地雷は踏みたくない。

そんなことよりも、俺はティアを抱きしめて、昨夜は言えなかったことを口にする。

 

「好きだよ、ティア」

「えぇ、私も好きよ、ツルギ」

 

こうして俺に、初めての彼女ができた。




明けましておめでとうございます。
なんか、新年一発目の投稿で、こういう事後のシーンを書いたって思うと、なんとも言えない気持ちになりますね。
元からこの展開は決めていたとはいえ、まさか正月にだすことになるとは思いませんでした。


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さらば、ブルックの町。どうも、商人さん

俺とティアが恋人同士になってから、数日が過ぎた。

ちなみに、このことはハジメたちにはすぐに伝えた。一応、3人とも祝福してくれたのだが、ハジメが「分かってたぜ?」みたいな目で、ユエがどう見ても楽しそうにニヤニヤしている目で、シアが主にティアに「羨ましいですぅ・・・」という風にしおれた目で見ていたので、素直に祝福された気はしなかった。

まぁ、気持ちは本当だろうからちゃんと受け取っておいたが。

そして、この数日間で次の旅のための様々な準備をした。

主に、新たなアーティファクトの作成と、ライセン大迷宮で新たに手に入れた技能の鍛錬だ。

新たに手に入れた技能は、天眼の派生技能で“魔眼Ⅱ”、“瞬光”、“熱源感知”、“魔力操作”の派生技能の“部分強化”だ。

“魔眼Ⅱ”は普通の“魔眼”よりも性能が高く、読み取る情報量が格段に多い。さらに、知覚能力を引き上げる“瞬光”によってさらに増えるので、頭の中に入る情報を即座に整理するのに手間取ったが、なんとか形にはなった。

“熱源感知”は、使用すると俺の視界がサーモグラフィみたいになるんだが、慣れない感覚が少し気持ち悪かったものの、こちらも問題なく使えた。

“部分強化”は、なくてもある程度は使えたのだが、この技能に目覚めてからは格段にやりやすくなった。

新たに製作したアーティファクトに関してはいろいろとあるのだが、その中でも大きいのは、2台目の魔導二輪である『ヴィント(俺命名)』だ。

ただ移動するだけならブリーゼだけでもよかったのだが、それだと目立ちやすいので、ある程度森の中でも走れる魔導二輪を作った方がいいと判断したのだ。

その他にも、様々なアーティファクトをハジメと製作したのだが、それはまたの機会に。

そして、明日にはこのブルックの町を出るため、世話になったところに顔を見せに行くところだ。

今向かっているのは、冒険者ギルドだ。

冒険者ギルド:ブルック支部の扉を開けると、中にいる冒険者たちの何人かから挨拶をかけられた。

俺たちはいい意味でも悪い意味でもこの町で有名になったため、それなりに顔を覚えられたのだ。

もちろん、ユエやシア、ティアに見惚れる者や、俺やハジメに嫉妬や怨嗟の目を向ける者もいるが、そこまで陰湿なものではないのが救いか。

 

「おや、今日は5人一緒かい?」

 

受付カウンターに近づくと、すっかり顔なじみになった受付嬢のおばちゃんことキャサリンが声をかけてきた。

ちなみに、なぜキャサリンが意外そうに聞いてくるのかは、最近はギルドに行くときは男女で別れることがほとんどだったからだ。

 

「あぁ、明日には町を出るからな。世話になったところに一通り挨拶をしにいってるところだ。ついでに、目的地関連で依頼があれば受けるが、どうだ?」

 

ちなみに、ギルドに世話になったというのは、ハジメが生成魔法の組み合わせの試行錯誤のために、ギルドの大部屋を貸してもらうことがあったからだ。しかも、このことをキャサリンに相談した時に、無償で使ってもいいと提案されたのだ。キャサリンには、この町に来てから世話になりっぱなしだ。

ついでに言えば、その他俺たちの重力魔法の鍛錬は郊外で行った。

 

「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」

「勘弁してくれよ。宿屋の変態といい、服飾店の変態といい、ユエとシアとティアに踏まれたいとか言って町中で突然土下座してくる変態どもといい、“お姉さま”とか連呼しながら3人をストーキングする変態どもといい、碌なヤツいねぇじゃねぇか。出会ったヤツの7割が変態とかどうなってんだ?」

「ついでに言えば、俺とハジメに突っかかってくる馬鹿どもも2割くらいいたな」

 

俺たちがこの町に戻って来てから、いつの間にか4つの派閥が生まれていた。

“ユエちゃんに踏まれ隊”、“ティアちゃんに蹴られ隊”、“シアちゃんの奴隷になり隊”、“お姉さまと姉妹になり隊”である。この4つの派閥が、それぞれの目標を達成できた人数で競っているらしい。

ただ、目標の達成のために、なりふり構わず往来で「踏んでください!」とか「蹴ってください!」と叫んで土下座をするありさまは、ドン引きの一言しかでなかった。

シアに至っては、「亜人族は被差別種族じゃなかったか?普通、奴隷になるのはシアの方じゃないのか?」と全員で首をひねったが、深く考えないことにした。

この中でも、最も過激だったのが最後の集団で、前に一度、ナイフを持った少女が「お姉さまに寄生する害虫が!玉取ったらぁああーー!!」と突っ込んできたこともあったくらいだ。

ちなみに、その少女は裸にひん剥いて俺が亀甲縛りをして、この町で一番高い建物につるし、その横に「次は殺します」と脅しの書置きを添えた。それ以降は、そのような過激な行動はなくなったが、ストーキングは無くらなかった。

ちなみに、なぜ俺が亀甲縛りを知っているのか聞かれたが、「親父の部下から聞かされた」と答えると、それで納得した。

俺の親父の部署は、変人の集まりなのだ。

それはさておき、これらが7割の変態で、後の2割の馬鹿どもが懲りずにユエやティア、シアを手に入れようと俺とハジメに決闘を申し込む輩のことだ。

後に聞いた話で、前にブルックの町に滞在した時にも言い寄らており、その時は一人の男の股間をティアが蹴り飛ばしたことで沈下したのだが、一部の男たちは今度は外堀を埋めようと俺たちに話しかけてきたのだ。

もちろん、俺たちに渡す気はさらさらないので、“決闘”の“け”を発音した時点でハジメは非殺傷弾をぶっぱし、俺は黒刀で男たちの身に付けている服だけを切り裂いて真っ裸にした。

本当は俺も剣製魔法で銃を生成して死なないようにぶっぱしてもいいのだが、教会の面倒ごとを避けるために控えた。

そんなこんなで、ユエとティアも言い寄ってくる男の股間をつぶすことをやめなかったため、ユエとティアで“股間スマッシャーズ”、俺とハジメで“決闘スマッシャーズ”と呼ばれるようになり、ひとくくりで“スマッシュ・ラヴァーズ”、略して“スマ・ラヴ”と呼ばれるようにもなった。

シアが「私の存在感が薄いですぅ・・・」と泣いていたのだが、こんな変な呼び方をされてまで存在感が欲しいのかと少し引いた。

 

「まぁまぁ、何だかんだ活気があったのは事実さね」

「嫌な活気だな」

 

キャサリンは苦笑いしながら言うが、当事者の俺たちからすればいい迷惑だ。

 

「で、どこに行くんだい?」

「フューレンだ」

 

こんな雑談をしながらもテキパキと仕事をこなすキャサリンは、やはり優秀なのだろう。

フューレンとは、中立商業都市のことだ。俺達の次の目的地は“グリューエン大砂漠”にある七大迷宮の一つ“グリューエン大火山”である。そのため、大陸の西に向かわなければならないのだが、その途中に中立商業都市“フューレン”があるので、大陸一の商業都市に一度は寄ってみようという話になったのである。

 

「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きがあと2人分あるよ・・・どうだい?受けるかい?」

 

キャサリンが差し出した依頼書を俺が確認する。

依頼主は中規模な商隊のようで、十五人程の護衛を求めているらしい。

ユエたちは冒険者登録をしていないので、俺とハジメの分でちょうど埋まるのだが、もしかしたら大所帯になると言われるかもしれないな。

 

「連れは同伴してもいいのか?」

「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れている冒険者もいるからね。まして、ユエちゃん、シアちゃん、ティアちゃんも結構な実力者だ。2人分の料金でもう3人優秀な冒険者を雇えるようなもんだ。断る理由もないさね」

「ふーん、どうする?」

 

確認のためにハジメたちに意見を聞いてみると、

 

「いいんじゃないか?」

「・・・急ぐ旅じゃない」

「たまにはゆったりとするのもいいと思うわよ?」

「そうですねぇ~、それに、他の冒険者方と一緒というのもいいかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」

「それもそうだな。この依頼を受けさせてもらう」

「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」

「わかった」

 

俺が依頼書を受け取るのを確認すると、キャサリンが俺の後ろにいるユエたちに目を向けた。

 

「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ?この子たちに泣かされたら何時でも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」

「・・・ん、お世話になった。ありがとう」

「はい、キャサリンさん。よくしてくれて、ありがとうございました!」

「またいつか会いましょう」

 

キャサリンの人情味あふれる言葉にユエたちの頬が、特にシアが緩む。

この町では、シアのことを、少なくとも亜人族だからという理由で差別するものはほとんどいなかった。

もちろん全員が全員ではないが、それでもこの町のそういうところが気に入ったようだ。

 

「あんたらも、こんないい子達泣かせんじゃないよ?精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」

「・・・ったく、世話焼きな人だな言われなくても承知してるよ」

「まっ、精進するよ」

 

キャサリンの言葉に、俺とハジメは苦笑しながら返す。とことん人がいいおばちゃんだ。

 

「あぁ、そうそう、これ」

 

すると、キャサリンが俺に一通の封筒を渡した。

 

「これは?」

「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

 

・・・このおばちゃん、一体何者なんだろう。

俺たちが秘密を抱えていることを看破していることもさることながら、キャサリンが言ったことが正しければ、おばちゃんはそんじょそこらのギルドのお偉いさんに口が利く、ということになる。

スペックの高さから只者ではないと察してはいたが、ここまでとなると、元中央勤務なのは間違いないだろう。

 

「おっと、詮索はなしだよ?いい女に秘密はつきものさね」

「・・・ったく、わかったよ。これはありがたく貰っとくよ」

「素直でよろしい!色々あるだろうけど、死なないようにね」

 

謎多き田舎の受付嬢、キャサリン。彼女の正体がわかるときが来るのだろうか。

なんとなく腑に落ちない部分はあったが、これ以上は何も聞かずにギルドを出て行った。

その後、嫌がるハジメを引きずってクリスタベルの店にも行ったのだが、そこでクリスタベルが最後のチャンスと言わんばかりに俺とハジメに強襲、俺がこれを黙らせて正座させたというプチ事件があったのだが、詳しく言うことではないだろう。

そして、実は俺とティアがシテいる間も覗きを敢行していたらしいソーナがとうとう風呂場に乱入してきて、ブチ切れた母親に亀甲縛りと三角木馬のセットで店先に一晩放置されるという事件もあった。なぜ母親が亀甲縛りを知っていて、宿に三角木馬があるのかは気になったが、詳しいことは聞かないようにした。

 

 

* * *

 

 

翌日の早朝、俺たちが正門前に向かうと、すでにほかの冒険者たちが集まっていた。

そして、俺たちの姿を確認するとざわめきだす。

 

「お、おい、まさか残りの5人って“スマ・ラヴ”なのか!?」

「マジかよ!嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」

「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」

「いや、それはお前がアル中だからだろ?」

 

どうやら、この数日間で俺たちはずいぶんと有名人になったらしい。決して、いい意味ではないだろうが。

複雑な気分になりながら商隊に向かうと、まとめ役らしき人物が声をかけてきた。

 

「君たちが最後の護衛かね?」

「あぁ、これが依頼書だ」

 

俺が依頼書を見せると、それを確認したまとめ役の男が納得したように頷く。

 

「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」

「あぁ、期待してもらっても構わないさ」

 

・・・もっとユンケル・・・商隊のまとめ役も大変なのか?

 

「それと、俺はツルギで、あとは右からハジメ、ユエ、シア、ティアだ」

「それは頼もしいな・・・ところで、この兎人族・・・売るつもりはないかね?それなりの値段を付けさせてもらうが」

 

そこでモットーの目が値踏みをするようなものに変わった。その視線の先にいるのはシアだ。

まぁ、首輪をつけた亜人族なんて基本的には奴隷なのだから、こういう態度も当然といえば当然か。

シアも思わず「うっ」と怯んでハジメの後ろに隠れ、ユエのモットーを見る目も厳しいが、批難はしない辺り、そのことをわかっているのだろう。

 

「ほぉ、随分と懐かれていますな・・・中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」

「ま、あんたはそこそこ優秀な商人のようだし・・・答えはわかるだろ?」

 

シアの態度から主はハジメだと判断したのか、ハジメに商談を持ち掛けるが、ハジメは揺るぎない意志を込めた言葉をモットーに告げる。

 

「例え、どこぞの神が欲しても手放す気はない・・・理解してもらえたか?」

「・・・えぇ、それはもう。仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」

 

モットーは何でもないように引き下がるが、よく見てみれば冷や汗をかいている。

実際、ハジメの言ったことは相当危険なものだ。下手をすれば、教会に神敵と判断されかねないくらいには。

だからこそ、モットーもハジメの意志の固さを察して引き下がったのだろう。

まぁ、その後に自分の商会を売ってくる辺りは、なかなか図太い神経を持っていると言えるが。

 

「すげぇ・・・女1人のために、あそこまで言うか・・・痺れるぜ!」

「流石、決闘スマッシャーと言ったところか。自分の女に手を出すやつには容赦しない・・・ふっ、漢だぜ」

「いいわねぇ~、私も一度くらい言われてみたいわ」

「いや、お前、男だろ?誰が、そんなことッあ、すまん、謝るからっやめっアッーー!!」

「・・・いいか? 特別な意味はないからな?勘違いするなよ?」

「うふふふ、わかってますよぉ~、うふふふ~」

「・・・ハジメ」

「何だ、ユエ?」

「・・・カッコよかったから大丈夫」

「・・・慰めありがとよ」

 

・・・俺のすぐ後ろでは、冒険者たちの愉快な会話と、ハジメたちのさりげないいちゃつきが繰り広げられている。

一応、モットーに応対したのは基本的に俺のはずなのだが。

 

「・・・やべぇ、俺の胃、フューレンまで保つかな」

「・・・大丈夫よ、ツルギ。私がいるわ」

 

こういう時に、ティアがそばにいるのがありがたい。




う~ん、ちょいちょいツルギとティアの影が薄くなる。
特に、ティアはハジメ主体の流れだと忘れそうになってしまう。


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ひたすらに胃が痛い・・・

「カッーー、うめぇ!ホント、美味いわぁ~、流石シアちゃん!もう、亜人とか関係ないから俺の嫁にならない?」

「ガツッガツッ、ゴクンッ、ぷはっ、てめぇ、何抜け駆けしてやがる!シアちゃんは俺の嫁!」

「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ?身の程を弁えろ。ところでティアちゃん、町についたら一緒に食事でもどう? もちろん、俺のおごりで」

「な、なら、俺はユエちゃんだ!ユエちゃん、俺と食事に!」

「ユエちゃんのスプーン・・・ハァハァ」

「・・・・・・」

 

初っ端からこのカオス。どうしてこうなったのか、いったん振り返ってみよう。

まず、俺たちはフューレンに向かう商隊の護衛の依頼を受けて、今は日程の半分を消化したところだ。

フューレンまでは馬車でおよそ6日の長旅となるため、冒険者は各自で野営の準備をすることになる。

他の冒険者は基本的に干し肉や乾パンといった質素な保存食を別々で食べていたのだが、俺たちは宝物庫があるため、野宿でも問答無用で料理ができる。

そこに、俺やシアが作る料理の匂いにつられて冒険者たちが血走った目でよだれを垂らしながら見てきたため、さすがに居心地の悪くなったシアと俺がほかの冒険者たちの料理を作ることになったのだ。

別にハジメやユエからすればこれっぽちも興味も考慮もないのだろうが、今の料理当番は俺とシアが受け持っているため、しぶしぶながらもシアのお裾分けのお願いを了承した。

もちろん、これだけの人数分を作るとなると一人だけではそれなりに大変なため俺も料理をしているのだが、誰もそのことに触れてくれない。

結果、俺は他の冒険者の誰からもお礼を言われず、あげくにティアたちを口説こうとする輩もでてきたのだ。

ギャーギャーと騒ぐ冒険者共に、無言で俺が殺気を、ハジメが“威圧”を放って黙らせる。

そして、しっかりと口の中のものを飲み込んでからポツリと呟く。

 

「で?腹の中のもん、ぶちまけたいヤツは誰だ?」

「それ以上調子に乗るんなら、シチューに毒でも混ぜるが?」

「「「「「調子に乗ってすんませんっしたー」」」」」

 

冒険者共がきれいなシンクロとハモリで土下座する。

一応、こいつらは俺たちよりも年上なのだが、ブルックでやったことがここでも効果を発揮しているからか、基本的に俺たちに対して下手だ。

 

「もう、ツルギ、せっかくの食事の時間なんだから、そんなに怒らなくてもいいじゃない」

 

そこに、ティアが俺の隣に座って咎めるようにメッしてくる。

 

「それはそうなんだが、さすがにシアと一緒に作ってる俺に感謝の1つもないってのはな。それに、そのうえでティアを口説くってのが気に入らなかったんだよ」

「そういうことだったの。だったら大丈夫よ、私はいつもおいしい料理を作ってくれるツルギとシアに感謝してるし、それに・・・」

「それに?」

「私が好きなのは、ツルギだから」

 

そう言って、ティアは俺に寄り添うようにして座りなおす。さりげなく、腕も絡めてくる。

 

「・・・そうか、そうだな。ありがとな、ティア」

「いいわよ。私はツルギの恋人なんだから」

 

なんやかんや言って、いつも俺のことを気にかけてくれるティアに、俺も自然と頬が緩んでいく。

ティアと出会えて、ティアと恋人同士になれて、本当に良かったと思う。

まぁ、冒険者共の嫉妬の視線はなくならないが。ハジメの方も、傍から見ればユエとシアを侍らせてるわけだし。

 

 

* * *

 

 

それからさらに2日後、俺とティア、シアは馬車の上でのんびりしていたが、シアが耳をピコピコと動かして、突然起き上がった。

その表情は、いつもよりも引き締まっている。

 

「敵襲です!数は100以上!森の中から来ます!」

 

シアの警告に、周りの冒険者たちに緊張の糸が走る。冒険者たちから聞いた話だが、大陸一の商業地への街道なのでそれなり以上に安全整備がされている。そのため、魔物が群れで襲うにしても多くて40頭ほどらしい。

俺もシアの言う方向に目を凝らせば、たしかに不自然な木々の揺らぎとわずかな砂ぼこりが見えた。まだ森の中なので姿は見えないが、砂ぼこりと揺らぎから判断するに、だいたいシアの言った通りの数だろう。

本当に100頭の魔物を見逃していたのならば、調査隊はなにをやっているんだという話になるが、今それを気にしたところで意味はない。

 

「ハジメ、どうする?」

「そうだな、俺たちでやっとくか」

「え?今、なんて?」

 

俺とハジメの会話を聞きそびれたのか、護衛隊のリーダーであるガリティマが聞き返す。

 

「迷っているようなら、俺たちで片付けるってことだ」

「い、いや、それは確かに、このままでは商隊を無傷で守るのは難しいのだが・・・えっと、出来るのか?このあたりに出現する魔物はそれほど強いわけではないが、数が・・・」

「たかが数なんて問題じゃない。ユエがすぐ終わらせる。頼めるか?」

「ん・・・」

 

ユエは突然話を振られたにも関わらず、特に気負うこともなくうなずく。

ガリティマも、やはりブルックでの所業を知っているからか、すぐに頷く。

・・・本当に、有名人になったもんだな、俺たち。

 

「わかった。初撃はユエちゃんに任せよう。仮に殲滅できなくても数を相当数減らしてくれるなら問題ない。我々の魔法で更に減らし、最後は直接叩けばいい。みな、わかったな!」

「「「「了解!」」」」

 

どうやら、ユエがすべて殲滅するということは、あまり信じていないらしい。

まぁ、この世界の基準で考えたら、当然ではあるが。

そうこうしているうちに、魔物が森からでてきて、肉眼で確認できるところまで近づいてきた。

 

「ユエ、一応、詠唱しとけ。後々、面倒だしな」

「・・・詠唱・・・詠唱・・・?」

「・・・もしかして知らないとか?」

「・・・大丈夫、問題ない」

「いや、そのネタ・・・何でもない」

「接敵まで、あと10秒~」

 

馬車の屋根の上でハジメが詠唱をするようにユエに言うが、返された返事はどことなく不安になるもの。

一応、悪いことにはならないと思いたいが、任せればいいだろう。

そして、ユエが右手を森に向けて掲げ、詠唱を始める。

 

「彼の者、常闇に紅き光をもたらさん、古の牢獄を打ち砕き、障碍の尽くを退けん、最強の片割れたるこの力、彼の者と共にありて、天すら呑み込む光となれ、“雷龍”」

 

詠唱を唱え、魔法のトリガーが引かれると、詠唱の途中から現れていた雷雲から、雷でできた竜が飛び出してきた。

竜と言っても、西洋のドラゴンではなく、どちらかといえば日本のものに近いが。

そんなことを考えている間にも、ユエの放った“雷龍”は魔物の群れを殲滅し、森も焦土と化してしまった。

周りの冒険者たちも、あまりの衝撃に唖然としている。

 

「・・・ん、やりすぎた」

「おいおい、あんな魔法、俺も知らないんだが・・・」

「ユエのオリジナルだと。ハジメから聞いた竜の話をモチーフにして、雷魔法と重力魔法を組み合わせたんだってさ」

「俺がギルドに篭っている間、そんなことしてたのか・・・ていうかユエ、さっきの詠唱って・・・」

「ん・・・出会いと、未来を詠ってみた」

 

ユエにしては珍しく、見るからにどや顔を浮かべていた。

それにしても、さっきの詠唱がハジメとユエの出会いなのか。

 

「ずいぶんとロマンチックな出会いだな」

「お前だって大概だと思うけどな。あと、ユエの場合、ちょっと誇張が入ってるだろ」

「ん、そんなことはない」

 

やはり、出会いを少しでも美化しようとするのは、女の子の性なのだろうか。

いや、でも、ユエの場合は女の“子”ではない・・・

 

「・・・ツルギ?」

「なんでもない」

 

ユエがジト目で俺の方を見てきた。

いや、ユエは普段からジト目なのだが、言葉にできないような感覚が俺の背筋に走ったのだ。

余計なことは考えない方がいいな、うん。

ちなみに、先ほどの“雷龍”は上級雷魔法“雷槌”と重力魔法を“複合魔法”で組み合わせたもので、龍を自在に操れるだけでなく、咢の部分は重力魔法が展開されており、標的を吸い寄せることができるという、凶悪なものだ。さらに、上級魔法の消費魔力で最上級レベルの威力を出せるため、ユエが結構気に入っている魔法でもある。

その後、冒険者たちの正気を(ガリティマが)戻し、フューレンへの移動を再開した。

 

 

* * *

 

 

魔物の襲撃があった日の翌日、俺たちは目的地であるフューレンにたどり着いた。あれ以降は特に大きな問題も起こらず、穏やかに過ごせた。

ただ、小さい問題は出てきたが。

モットーが、俺たちの宝物庫をよこせと言ってきたのだ。

べつに脅されているわけではなく、あくまで「売ってくれないか?」という言葉遣いだが、宝物庫を見る目は「殺してでも手に入れる」とでも言わんばかりだ。

もちろん、商談を持ち掛けられているハジメは渡す気はないのだが、

 

「何度言われようと、何1つ譲る気はない。諦めな」

「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ?そうなれば、かなり面倒なことになるでしょなぁ・・・例えば、彼女達の身にッ!?」

 

モットーが放った脅しに、ハジメはドンナーと“威圧”をもって答えた。ハジメたちの様子は馬車の陰で見えないし、“威圧”もモットーのみにピンポイントで向けているため、他の冒険者たちは気づいていない。

 

「それは、宣戦布告と受け取っていいのか?」

「ち、違います。どうか・・・私は、ぐっ・・・あなたが・・・あまり隠そうとしておられない・・・ので、そういうこともある・・・と。ただ、それだけで・・・うっ」

 

ハジメに殺気を向けられながらも気丈に話そうとするモットーは、商人としてはさすがと言うべきなのだろうが、先ほどの脅しはハジメには逆効果だとわからなかったのか、あるいは宝物庫の価値に目が眩んだのか。

ハジメの方は、モットーの弁明に一応納得し、ドンナーと殺気を収めた。

 

「そうか、ならそういうことにしておこうか」

「ったく、ハジメもちょいとやりすぎな気はしなくもないが、まぁ、これに懲りたらこれ以上、俺たちに手を出さないことだ。俺たちに敵意を向けるなら、そのときは容赦なく蹂躙させてもらうからな」

「はぁ、はぁ・・・なるほど。割に合わない取引でしたな・・・」

 

やはり、モットーは優秀な商人のようだ。青ざめた表情ながらも気丈に答えようとしている。

他の商隊員からも慕われていたようだったし、普段は先ほどのような強硬な姿勢はとらないのかもしれない。

 

「まったく、私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは・・・そう言えば、ユエ殿のあの魔法も竜を模したものでしたな。詫びと言ってはなんですが、あれが竜であるとは、あまり知られぬがいいでしょう。竜人族は、教会からはよく思われていませんからな。まぁ、竜というより蛇という方が近いので大丈夫でしょうが」

「そうなのか?」

「ええ、人にも魔物にも成れる半端者。なのに恐ろしく強い。そして、どの神も信仰していなかった不信心者。これだけあれば、教会の権威主義者には面白くない存在というのも頷けるでしょう」

「言われてみれば、たしかにな。ていうか、ずいぶんな言い様だな。不信心者だと言われるぞ?」

「私が信仰しているのは神であって、権威をかさに着る“人”ではありません。人は“客”ですな」

「・・・なるほど、やっぱあんた、根っからの商人だな。そりゃ、あれ見て暴走するわけだ」

 

俺の素直な評価にハジメも頷き、モットーはバツの悪そうな表情と誇らしげな表情が入り混じり、実に複雑な表情をする。先ほどのような危ない雰囲気は、もはや感じられない。

 

「とんだ失態を晒しましたが、ご入り用の際は、我が商会を是非ご贔屓に。あなた方は普通の冒険者とは違う。特異な人間とは繋がりを持っておきたいので、それなりに勉強させてもらいますよ」

「・・・ほんと、商魂たくましいな。ま、俺としても、それくらいのつながりはあった方がいいと思うしいいけどな」

 

そんな会話をした後、モットーは「では、失礼しました」と言って商隊の列に戻っていった。

いろいろとあったが、少なくとも最後はそれなりにいい結果で終わったか。

 

 

* * *

 

 

さて、一応、俺たちはフューレンに着いたわけだが、フューレンには大きく分けて4つのエリアがある。

この都市における様々な手続関係の施設が集まっている中央区、娯楽施設が集まった観光区、武器防具はもちろん家具類などを生産、直販している職人区、あらゆる業種の店が並ぶ商業区だ。

そして、これらの区画を結ぶメインストリートが存在し、このメインストリートと町の中心部に近い店ほど信用があるらしい。逆に、メインストリートからも中央区からも遠い場所は、かなりアコギでブラックな商売、言い換えれば闇市的な店が多い。が、その分、時々とんでもない掘り出し物が出たりするので、冒険者や傭兵のような荒事に慣れている者達が、よく出入りしているようだ。

そんな話を、俺たちは中央区の一角にある冒険者ギルド:フューレン支部内にあるカフェで軽食をつまみながら聞いた。

このフューレンはトップクラスの広さを誇るため、案内人といった職業はそれなりの地位を持つらしい。このことを、証印を受けた依頼書を見せにギルドに行った際、ハジメがガイドブックをもらおうとして知った。そして、リシーと名乗った女性に料金を払い、この街の基本事項を聞いていたところだ。

 

「そういうわけなので、ひとまず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」

「なるほど、なら素直に観光区の宿にしとくか。どこがオススメなんだ?」

「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」

「それもそうか。なら、飯が美味くて、あと風呂があれば文句はない。立地とかは考慮しなくていい。あと、責任の所在が明確な場所がいいな」

 

俺の要望をにこやかに聞き入れながら頷くと、途中で「ん?」と首を傾げた。途中というか、最後というか。

 

「あの~、責任の所在ですか?」

「あぁ、俺たちはちょいと訳ありだし、なにより連れが目立つからな。いくら治安がしっかりしているとはいえ、バカなことをする奴がいないとは限らない。その時に、俺たちが完全に被害者だった場合、宿内での損害賠償について誰が責任を取るか、っていうのをはっきりさせておきたい。いいところに泊まってもいいんだが、それだと備品が高くなるし、賠償額もたらふく取られそうだしな。まぁ、あくまで“できれば”でいい」

 

俺の説明に、リシーも納得したようにうなずく。ユエもシアも、変装をして魔人族の特徴を隠しているティアも、傍から見ればかなりの美人だし、現に今もかなりの注目を浴びている。

特に、シアは兎人族だ。羽目を外した商人が強硬手段にでないとも限らない。

 

「しかし、それなら警備が厳重な宿でいいのでは? そういうことに気を使う方も多いですし、いい宿をご紹介できますが・・・」

「別にそれでもいいんだが、羽目を外したバカっていうのはときおりとんでもないことをしでかすからな。その警備も絶対でない以上、最初から物理的説得を考慮した方がいいと思ってな。下手をすれば、死人が出てもおかしくないし」

「ぶ、物理的説得ですか・・・なるほど、それで責任の所在なわけですか」

 

死人がでるということはスルーし、“できれば”という要望に案内人魂を燃やしたのか、やる気に満ちた表情で「お任せ下さい」と了承する。

 

「それと、ティアたちもなにか要望があるか?」

「そうね、やっぱりできるだけお風呂があるといいわ」

「・・・ただし混浴、貸切が必須」

「えっと、大きなベッドがいいです」

 

少し考えたあとに出てきた要望は、別になんてことのない普通なものに聞こえるが、ユエが付け足した条件と、シアの要望を組み合わせると、自然とある意図が透けて見える。リシーも察したようで、「承知しましたわ、お任せ下さい」とすまし顔で了承するが、頬が僅かに赤くなっている。そして、チラッチラッと俺とハジメ、そしてユエ達を交互に見ると更に頬を染めた。

いったい、この人の頭の中ではどのような妄想が繰り広げられているのか。さすがに、どこぞの宿の看板娘みたいな暴挙はしないと思いたいが。

そこで、ふと強い視線を感じた。この街に来てから、最もねっとりとした視線だ。矛先は当然、ティアたちか。

視線のした方を向くと、そこにはブタがいた。

ブタの亜人族というわけではなく、体重が軽く100キロは超えていそうな肥えた体に、脂ぎった顔、豚鼻と頭部にちょこんと乗っているベットリした金髪という、身なりだけはいいデブが立っていたのだ。

リシーの方も思わず「げっ!?」と声を漏らしたことから、少なくとも面倒なやつであることに間違いないだろう。

面倒だと思っていると、そのブタ男は逃げる暇も与えないと言わんばかりに近寄ってくる。もともと、俺たちに逃げるつもりはないが。

ブタ男は俺たちのそばまで近づくと、ニヤニヤしながらじろじろとティアたちを見やり、視線がシアの首輪に向いたところで不快そうに眼を細めた。

そして、今まで一度も俺たちに目を向けていない俺たちに、さも今気がついたような素振りを見せると、これまた随分と傲慢な態度で一方的な要求をしてきた。

 

「お、おい、ガキ。ひゃ、100万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。それとそっちの2人はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

 

これまた見た目通りの不快なきぃきぃ声でそう告げて、ユエに触れようと手を伸ばす。

そこに、ハジメがブタ男に“威圧”を放つ。

周りの客も、ハジメの殺意に腰を抜かし、慌てて俺たちから距離を取ろうとする。

そして、そんなハジメの“威圧”をまともに受けたブタ男は、「ひぃ!?」と情けない悲鳴を上げると尻餅をつき、後退ることも出来ずにその場で股間を濡らし始めた。

一応、本気でぶつければ意識を刈り取ることくらいはできるが、それだと性懲りもなく近づいてくるだろうことは想像に難くないから、ハジメも手加減したのだろう。

 

「さてと、場所を変えるか」

 

地面に這いつくばっているブタは無視して、俺たちは席を立ちあがってギルドを出ようとする。

が、このブタはどこまでも面倒だった。

 

「そ、そうだ、レガニド!そのクソガキを殺せ!わ、私を殺そうとしたのだ!嬲り殺せぇ!」

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」

「やれぇ!い、いいからやれぇ!お、女は、傷つけるな!私のだぁ!」

「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」

「い、いくらでもやる!さっさとやれぇ!」

 

先ほどから後ろで待機していた大柄の男が、俺たちの進路をふさぐようにして立ちはだかったのだ。

その視線は、珍しくティアたちではなく、俺たちに向けられている。どうやら、女ではなく報酬目当てのようだ。

 

「おう、坊主。わりぃな。俺の金のためにちょっと半殺しになってくれや。なに、殺しはしねぇよ。まぁ、嬢ちゃん達の方は・・・諦めてくれ」

 

レガニドと呼ばれた男はそう言うと拳を構えた。腰に長剣をぶら下げているのだが、どうやら場所を考えて使わないようだ。

まぁ、彼我の実力差を悟れない時点で俺たちからすれば三流なのだが。

 

「お、おい、レガニドって“黒”のレガニドか?」

「“暴風”のレガニド!? 何で、あんなヤツの護衛なんて・・・」

「金払じゃないか?“金好き”のレガニドだろ?」

 

周りのざわめきを聞き取るに、どうやらそれなりの実力を持つようだ。

冒険者ランク“黒”。要するに、上から三番目の実力を持つということか。ただ、基本的に金目当てで動いており、素行はそれほどよくはない、と。

まぁ、これなら俺たちが被害者になるのだろうし、半殺しくらいにしても問題はないだろう。

俺とハジメが前に出ようとすると、意外なところから声がかかった。

 

「・・・ハジメ、待って」

「ツルギ、ちょっと待って」

「どうした、ユエ?」

「なんだ、ティア?」

 

ユエとティアが俺たちをひきとどめると、シアを両サイドから掴んで引きすりだしてきた。

あぁ、なんとなくわかった。

 

「・・・私達が相手をする」

「えっ?ユエさん、ティアさん、私もですか?」

「当たり前じゃない」

「ガッハハハハ!!」

 

すると、俺とハジメが返答する前にレガニドが爆笑した。

どうやら、完全にティアたちをなめているらしい。

 

「嬢ちゃん達が相手をするだって? 中々笑わせてくれるじゃねぇの。何だ? 夜の相手でもして許してもらおうって・・・」

「・・・黙れ、ごみくず」

「ッ!?」

 

下品な言葉を口走ろうとしたレガニドに、辛辣な言葉と共に、神速の風刃が襲い掛かりその頬を切り裂いた。プシュと小さな音を立てて、血がだらだらと滴り落ちる。かなり深く切れたようだ。

詠唱もなしに魔法を放ったユエに、レガニドが冷や汗をかいて困惑しながらも分析している。

そんなレガニドを尻目に、俺がハジメとシアに説明を入れる。

 

「要は、ティアたちが守られるだけの人間じゃないってわからせる、ってことだろ?」

「・・・ん、そういうこと」

「さすが、ツルギね」

「ああ、なるほど。私達自身が手痛いしっぺ返し出来ることを示すんですね」

「せっかくだし、この男を利用させてもらいましょう」

 

そう言って、ティアは先ほどと違って厳しい視線を向けているレガニドの方を見た。

 

「まぁ、言いたいことはわかった。確かに、お姫様を手に入れたと思ったら実は猛獣でしたなんて洒落にならんしな。幸い、目撃者も多いし・・・うん、いいんじゃないか?」

「・・・猛獣はひどい」

「まぁ、あながち間違ってないとは思うけどな」

 

俺たちの説明にハジメも納得したようで、苦笑しながら後ろに下がり、代わりにティアとシアが前に出る。

シアは背中に取り付けていたドリュッケンに手を伸ばすと、まるで重さを感じさせずに一回転さて、その手に収め、ティアも腰にぶら下げていたフェンリルを両手に付けた。(ちなみに、脛当ての方は基本的に常時身に付けている)

 

「おいおい、兎人族の嬢ちゃんに何が出来るってんだ?雇い主の意向もあるんでね。大人しくしていて欲しいんだが?」

 

どうやら、ティアはともかく、兎人族であるシアは最初から戦力として見ていないようだ。

普通なら持てそうにない大槌を手に持っている時点で、それは間違いだとわかりそうなものだが。

 

「腰の長剣。抜かなくていいんですか?手加減はしますけど、素手だと危ないですよ?」

「ハッ、兎ちゃんが大きく出たな。坊ちゃん!わりぃけど、傷の一つや二つは勘弁ですぜ!」

 

レガニドはユエ相手だと無傷で抑えるのは難しいと判断したのか、ブタに一言断りを入れる。

まぁ、どっちにしろ結果は変わらないのだが。

 

「やぁ!!」

「ッ!?」

 

シアが踏み込んだ直後にはレガニドの眼前に迫っており、ドリュッケンをレガニドの胸部へと振りぬく。

レガニドはさすがは黒ランクと言うべきか、かろうじて胸に腕をクロスさせて防御の姿勢をとったが、踏ん張ることができずに壁へとたたきつけられる。

シアとしては手加減したつもりだったのか拍子抜けな顔をしていたが、レガニドの方はと言えば片腕がつぶされてぼろぼろになっていた。

それでも、冒険者としての意地があるのか立ち上がったが、どのみち無駄なことだ。

 

「ふっ!!」

「がふっ!?」

 

ティアが拳を素早く打ち出したかと思えば、レガニドがさらに壁にたたきつけられた。

今度こそレガニドは何が起こったのかわからなかったようで、訳の分からないような顔のまま床に崩れ落ちた。

ちなみに、ティアがしたのは簡単なことで、拳を素早く打ち出すことで拳圧を飛ばしただけだ。

その威力は、身体強化なしでも風魔法“風球”を超える。

そして、最後のとどめにユエが気を失ったレガニドの股間にめがけて風魔法を放ち、男の象徴をつぶした。

ぶっちゃけ、ユエの最後の一撃は必要なかったのだが、最初の下品な言葉が気に触れたのか。

今やギルド内には何とも言えない静寂が満ちていたのだが、ハジメがブタにツカツカと近づくことでそれが破られた。

 

「ひぃ!く、来るなぁ!わ、私を誰だと思っている!プーム・ミンだぞ!ミン男爵家に逆らう気かぁ!」

「・・・地球の全ゆるキャラファンに謝れ、ブタが」

「プギャ!?」

 

・・・このブタの名前がどっかのゆるキャラを連想させたせいで、ハジメの機嫌がさらに下降する。

そして、ハジメはブタの顔を踏みつける。もちろん、殺してはいない。

結果、ブタは最初は悲鳴をあげたが、次第に大人しくなって悲鳴もあげなくなった。

 

「おい、ブタ。二度と視界に入るな。直接・間接問わず関わるな・・・次はない」

 

ハジメの忠告に、ブタは小刻みに震えながら頷く。

最後に、ハジメは靴裏に錬成でスパイクを出し、思い切りブタの顔を踏みつけた。

 

「ぎゃぁああああああ!!」

 

スパイクがブタの顔面に突き刺さり、無数の穴を開ける。更に、片目にも突き刺ささったようで大量の血を流し始めた。ブタは痛みで直ぐに気を失う。ハジメが足をどけると見るも無残な・・・いや、元々無残な顔だったのだが、取り敢えず血まみれのブタの顔が晒された。

一仕事終えたハジメの顔はとてもさわやかだった。

 

「さてと、案内人さん。場所を変えて続きをお願いしたいんだが・・・」

「あの、申し訳ありませんが、あちらで事情聴取にご協力願います」

 

だが、やはり騒ぎ過ぎたようで、ギルドの職員が俺たちに事情聴取を求めてきた。

・・・これの対応、また俺がするのかな。




「ツルギさん、こういうのはどうですか?」
「へぇ、なかなかだな。シアも、これはどうだ?俺たちの世界の味付けなんだが」
「あ、これいいですね!後でレシピ教えてください」
「おう、いいぞ」
「「「・・・」」」

ツルギとシアは、料理の時はかなり仲がいい

~~~~~~~~~~~

詰め込むだけ詰め込みました。
んでもって、今回から後書きに日常小話を載せます。
それと、来週は大学のレポート作成に時間をかけるので、投稿が難しくなります。
レポートが終われば普段通りに投稿するので、それまでお待ちください。


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頼み事とな

「なるほど、話はだいたい聞かせてもらいました。証人も大勢いる事ですし嘘はないのでしょうね」

 

先ほどのブタと一悶着あった後、ハジメが余計に話をこじらせたせいでフューレン支部の秘書長さんがでてくる事態にまでなったが、とりあえず納得してもらうことができた。

ハジメさぁ、いくら面倒ごとが嫌だからって「外に拉致って殺すか」はさすがにないだろ。いったい俺の胃にいくつ穴をあけるつもりなんだよ。もちろん、ちゃんとお話しして、今では反省してもらってるが。

 

「まぁ、やりすぎな気もしますが・・・死んでいませんし、許容範囲としましょう。取り敢えず、彼らが目を覚まし、一応の話を聞くまでは、フューレンに滞在はしてもらうとして、身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが・・・それまで拒否されたりはしないでしょうね?」

「さすがにそこまでは言わねぇよ。あのブタがまだ文句を言ってくるようなら、こっちからいろいろとお話をしなきゃいけないからな。それに、こっちのバカにもちゃんと言い聞かせておくから、少しは安心してくれ」

「なるほど、わかりました」

 

俺の念押しにハジメからビクリ!と震える気配がし、秘書長のドットさんも思わず苦笑いする。

 

「それと、連絡先はまだ決まってないが、そこの案内人の勧めるホテルに泊まるつもりだから、彼女から聞いてくれ」

 

俺がリシーに視線を向けると、こちらもビクリ!とふるえるが、すぐに諦めの表情になる。世の中、諦めも肝心だ。

そんなことをしながら、俺とハジメはステータスプレートを見せる。

 

「ふむ、いいでしょう・・・“青”ですか。向こうで伸びている彼は“黒”なんですがね・・・そちらの方達のステータスプレートはどうしました?」

 

やはり、そのことについて聞いてくるか。

 

「こっちの彼女たちは、旅の途中で紛失してしまってな・・・再発行しようにも、高いだろ?」

 

もちろん、これは嘘だ。

もしここで3人のステータスプレートを発行しようものなら、隠すべき固有魔法や神代魔法のあれこれまでギルドの職員に見られてしまう。

どうせ、いつかはバレるとわかってはいるが、今はまだ早い。

 

「しかし、身元は明確にしてもらわないと。記録をとっておき、君達が頻繁にギルド内で問題を起こすようなら、加害者・被害者のどちらかに関係なくブラックリストに載せることになりますからね。よければギルドで立て替えますが?」

 

ドットの口ぶりからして、やはり身分証明は必要なようだ。

だが、それでもやはりデメリットの方がでかいわけで・・・だからといって、このままだとフューレンに滞在できない可能性もあるわけだし・・・。

あ、そう言えば。

 

「ハジメ、あの手紙を出してくれないか?」

「手紙?・・・あぁ、あれか」

 

俺の言葉にハジメも思い出し、ハジメが懐からキャサリンからの手紙を取り出す。

まだ中身は見ていないのだが、どの程度効果があるものか。

 

「これ、身分証明の代わりになるかはわからないが。知り合いのギルド職員に、困ったらお偉いさんに渡してくれって言われたんだ」

「? 知り合いのギルド職員ですか?・・・拝見します」

 

俺たちがかたくなにステータスプレートの発行を拒むことに疑問を覚えていたらしいドットが封を切って手紙を流し読むと、ギョッと目を見開き、目を皿のようにして繰り返し読み込んでいく。おそらく、手紙の真贋を見定めているのか。

やがて、ドットは手紙を折りたたむと丁寧に便箋に入れ直し、俺達に視線を戻した。

 

「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが・・・この手紙が差出人本人のものか私1人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますから少し別室で待っていてもらえますか?そうお時間は取らせません。10分、15分くらいで済みます」

「あぁ、それくらいなら構わない」

「職員に案内させます。では、後ほど」

 

・・・マジでキャサリンって何者なんだ?スペックの高さから元中央勤務だとは思っていたが、これは予想以上の反応だな。

待っている間、リシーは帰りたそうにしていたが、この後どうなるかわからないため、その場に留まるように言った。

そして、俺たちが応接室に案内されてからきっかり10分後、扉がノックされた。俺の返事の一拍後に扉が開かれると、そこにいたのは金髪をオールバックにした鋭い目付きの30代後半くらいの男性と先ほどのドットだった。

 

「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ツルギ君、ハジメ君、ユエ君、シア君、ティア君・・・でいいかな?」

 

簡潔な自己紹介の後、俺達の名前の確認がてらに握手を求める支部長イルワ。俺も握手を返しながら返事をする。

 

「あぁ、構わない。名前は手紙に?」

「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている・・・というより、注目されているようだね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」

「トラブル体質ね。それなりに自覚はあるが・・・まぁ、それはともかくとして、身分証明としてはどうなんだ?それで問題ないか?」

「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」

 

本当に、キャサリンの言う通り、ギルドのお偉いさんに話が通ってしまった。

しかも、この支部長はキャサリンのことを“先生”と呼んでいた。

まさかとは思うが・・・

そこに、シアが思わずといったようにおずおずと尋ねた。

 

「あの~、キャサリンさんって何者なのでしょう?」

「ん?本人から聞いてないのかい?彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の5,6割は先生の教え子なんだ。私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね。その美しさと人柄の良さから、当時は、僕らのマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいって言ってね。彼女の結婚発表は青天の霹靂でね。荒れたよ。ギルドどころか、王都が」

「・・・マジかい」

「す、すごい人だったのね・・・」

「はぁ~、そんなにすごい人だったんですね~」

「・・・キャサリンすごい」

「只者じゃないとは思っていたが・・・思いっきり中枢の人間だったとはな。ていうか、そんなにモテたのに・・・今は・・・いや、止めておこう」

 

ハジメ、気持ちはわからなくもないが、それはさすがに失礼だと思うな。

だが正直、結果は俺の予想の斜め上を行った。そりゃあ、ギルドのお偉いさんに口添えできるわけだよ。

 

「まぁ、それはそれとして、これで終わりか?それなら、そろそろ出て行くが」

 

いろいろと思うところはあるが、後ろのハジメから「はよ終わらせろや」みたいな雰囲気が流れてきたため話を切り上げようとするが、イルワは逃がしてくれなかった。

 

「少し待ってくれるかい?」

「・・・なんとなく予想がついたが、わかった」

 

なんとなく嫌な予感がしつつも先を促すと、イルワは一枚の依頼書を俺たちの前に出した。

 

「実は、君達の腕を見込んで、1つ依頼を受けて欲しいと思っている」

「断る」

 

イルワが依頼を提案しようとした瞬間、俺ではなく後ろのハジメから被せ気味に断りを入れ、部屋から出ようとする。どうやら、さっさと宿に向かうつもりのようだ。

だが、そうは言っていられない。

 

「待て、ハジメ」

「おい、ツルギ、そんなめんどくさいことするつもりか?」

「どうせこの人は、俺たちが何も聞かずに出て行ったら、いろいろと手続きやらなんやらをさせるつもりだ。そっちの方がめんどくさい。それに、このまま依頼を受けるつもりはない。話を聞くだけだ」

「君が話のわかる人間で助かったよ」

 

どうやら俺の予想は当たっていたようで、イルワは満足げに頷く。さすがは、大都市のギルド支部長といったところか。いい性格をしている。

まぁ、同じことを考えついている時点で、俺も似たようなものか。

 

「さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の1人の実家が捜索願を出した、というものだ」

 

イルワが言うには、最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼が出されたらしい。北の山脈地帯は、1つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没するので、高ランクの冒険者がこれを引き受けた。ただ、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになったのだ。

この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。

 

「伯爵は家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど、手数は多い方がいいとギルドにも捜索願を出した。つい、昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」

「俺たちは“青”ランク、っていうのは今さらか」

「あぁ、さっきだって“黒”のレガニドを瞬殺したばかりだろう?それに・・・ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」

「・・・おい、ちょっと待て。それも手紙に書いてあったのか?だが、あの人にそんなことを話た覚えは・・・」

 

口ではこう言いながら、まさかと思いつつユエたちの方を見ると、案の定、3人そろって目を逸らしていた。

 

「お前ら・・・」

「え~と、つい話が弾みまして・・・てへ?」

「・・・悪いとは思ってる。でも、反省も後悔もしていない」

「えっと、ごめんなさい、ちょうどその時、私はいなかったから・・・」

「お前ら、後でお仕置きな」

 

ハジメのユエとシアへのお仕置きが確定した中、イルワは苦笑しながら話を続けた。

 

「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」

「そう言われてもな、俺達も旅の目的地がある。ここは通り道だったから寄ってみただけなんだ。北の山脈地帯になんて行ってられない。断らせてもらう」

 

・・・ハジメよ、そんなに依頼を受けたくないのか。さっきから俺を押しのけてまで断ってくる。

ただ、イルワも引かないようで、報酬の提示をする。

 

「報酬は弾ませてもらうよ?依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に“黒”にしてもいい」

「いや、金は最低限でいいし、ランクもどうでもいいから・・・」

「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな?フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ?君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」

「・・・ずいぶんと大盤振る舞いだな。友人の息子とはいえ、さすがに肩入れしすぎじゃないか?」

 

さすがに、ギルドの依頼としてはずいぶんと報酬が豪華すぎる。

俺の疑問ももっともだったのか、イルワはここで初めて表情を崩して語る。

 

「彼に・・・ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね・・・だが、その資質はなかった。だから、強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて・・・だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに・・・」

 

どうやら、イルワはずいぶんと切羽詰まっているようだ。それほど、クデタ伯爵やウィルとのつながりが深いのだろう。

・・・うん、ちょうどいい機会ではあるし、だいたい俺の望んだ展開になったな。

 

「わかった。その依頼を受けよう」

「おい、ツルギ?」

「いいのかい?」

「あぁ、ただし、条件を付けさせてもらう」

「条件?」

「あぁ、主に2つだ。1つは、ユエとシア、ティアのステータスプレートを発行し、そこに表示された内容を絶対に口外しないこと。もう1つは、必要な時にあんたのコネをフル活用して俺たちの要望に応えて便宜を図ること。この2つだ」

 

1つ目の条件は、さすがに今後も言い訳をしてユエたちのステータスプレートのことをうやむやにするのには限界があるし、やはり身分証明はあった方がいいからだ。ここで口外しないことを約束すれば、しばらくは目立つこともないだろう。

もう1つは、俺やハジメがそう遠くないうちに教会と戦うことを見越してのことだ。ハジメは基本的に自分で片付けようとしているが、教会とのいざこざに限らず、コネはあった方がいい。ハジメからすれば「ないよりはマシ」ぐらいの認識だろうが。それに、俺からすれば、教会云々関係なく、ハジメが盛大にやらかすことくらいは想像に難くないため、ほぼ必須だ。キャサリンからの手紙も悪くはないが、やはり支部長の肩書の方が頼りになる。

 

「それはあまりに・・・」

「そう身構える必要はない。そこまで無茶なことを頼むつもりはないさ」

「・・・なにを要求するつもりだい?」

「俺たちは、遠くないうちに確実に教会から目をつけられる・・・いや、俺の場合、もう目をつけられてる可能性は高いか。まぁ、指名手配されたときにちょっと施設とかを貸してもらえたりすれば、それでいいんだ」

「指名手配されるのが確実なのかい?ふむ、個人的にも君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが・・・そう言えば、そちらのシア君は怪力、ユエ君は見たこともない魔法を使ったと報告があったな・・・その辺りが君達の秘密か・・・そして、それがいずれ教会に目を付けられる代物だと・・・大して隠していないことからすれば、最初から事を構えるのは覚悟の上ということか・・・そうなれば確かにどの町でも動きにくい・・・故に便宜をと・・・」

 

さすがと言うべきか、イルワは頭が回るようで、俺の言葉を精査しながら考え込み、意を決したように俺たちを見た。

 

「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう・・・これ以上は譲歩できない。どうかな」

「それで十分だ。俺もわざわざ話をしたかいがあったよ」

「・・・まさか、最初からこの状況を?」

「まぁな」

 

今この場で俺たちに依頼を持ち掛けるのであれば、それなりに緊急度が高く、私的な感情が入っている可能性もある。だから、それにつけこんで俺たちに都合のいいような条件をだすつもりでいた。

思い通りにいってくれてなによりだ。

 

「まったく、君は年不相応に頭が回るな」

「それほどでもない。あぁ、報酬は依頼が達成されてからでいい。ウィル本人か、死亡している場合は遺品でも持ってくればいいか?」

「あぁ、それで構わない。・・・本当に、君達の秘密が気になってきたが・・・それは、依頼達成後の楽しみにしておこう。ツルギ君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい・・・ツルギ君、ハジメ君、ユエ君、シア君、ティア君・・・宜しく頼む」

 

最後に、イルワが俺たちに真剣なまなざしを向けた後、ゆっくりと頭を下げた。

大都市のギルド支部長が一冒険者に頭を下げる。そうそう出来ることではない。その辺りは、キャサリンの教育の賜物だろうか。

 

「あいよ」

「・・・ん」

「はいっ」

「任せとけ」

「安心してください」

 

 その後、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、フューレンを後にした。




「そういえば、ツルギさんって頭がいいんですね?」
「まぁ、普通よりはいいぞ」
「こいつと戦略系のゲームで対戦すると、たいていフルボッコにされるんだよなぁ・・・」
「ちなみに、戦績は?」
「何回やったかは覚えてないが、ハジメが勝ったことはないな」
「「え!?」」
「・・・いい機会だ。ちょうどいいボードゲームがある。それで勝負だ!」
「あいよ。受けて立ってやるよ」

数十分後

「よし、俺の3勝目~」
「なぜだ、なぜ勝てない・・・!」
「えぐかったですねぇ・・・」
「・・・ん、途中からハジメがかわいそうになった」
「ツルギ、やりすぎよ・・・」

剣は頭を使うゲームだと基本無双する。


~~~~~~~~~~~


ある程度落ち着いたので投稿しました。
原作を読んでると、ハジメは最初の方は基本的に考えなしな感じがしたので、剣を頭脳派にして差別化してみました。
まじで多才だな、剣君。


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思わぬ再会

フューレンでイルワから依頼を受けた俺たちは、それぞれシュタイフとヴィントに乗って目的地を目指していた。

先行しているヴィントには俺とティアが、後ろから追いかけるシュタイフにはハジメ、ユエ、シアがそれぞれ乗っている。

んでもって、今、俺はティアと2人乗りをしているわけで、そのティアは後ろから俺に抱きついて乗っているわけで。

・・・うん、いいな、これ。

今走っている場所も、平原のど真ん中にある街道ということで、風も気持ちいいし景色もいいな。

まぁ、今の速度は80㎞/hくらいなんだが。魔法で風圧調整しなきゃ、正直きついレベルだし。

そんなことを考えていると、後ろから抱きついているティアが話しかけてきた。

 

「ねぇ、ツルギ」

「なんだ?」

「なんだか、やけに積極的ね?フューレンを出てからだいぶとばしてるじゃない」

 

今俺たちがいるのは、目的の町まであと1日くらいのところだ。このままノンストップで行けば、日が沈むまでには到着するだろう。

だが、ティアからすれば、ここまで積極的になるのは珍しく感じたようだ。

 

「まぁ、依頼の達成にウィルとやらの生死は関係ないが、やっぱり生きてる方が返ってくる恩はでかいだろうしな。やっぱり、後ろ盾はできるだけ多い方がいい」

 

今回の依頼はクデタ伯爵家からの依頼ということになっているが、イルワの私的な感情なども入っている。それならただ依頼をこなすだけでなく、生きた状態の方が売れる恩はでかいはずだ。

 

「それに向こうで調べたんだが、今、俺たちが向かっている湖畔の町・ウルは水源が豊富で稲作が盛んなんだとさ」

「稲作?」

「おう、ようは米だ、米。俺たちの故郷、日本の主食だ。トータスに来てからはずっとパンばっかりだったしな。別にパンが嫌いってわけではないんだが、そろそろ米が恋しくなってきたし、聞いた限り、俺たちの知っているのと近い料理もあるみたいだし。だったら早く行って食べたいし、レシピも聞いておきたい」

「ふ~ん、それなら、私も食べてみたいかも」

 

ティアは見かけによらずけっこうグルメだ。俺やシアの出す料理は結構気に入って食べてくれるが、町の店で食べるときはたまに辛辣なコメントを出したりする。

 

「このままノンストップで行くとはいえ、さすがに腹も減ってきたしな。早く行って、ご飯にありつくとするか」

 

そう言って、俺はさらにヴィントを加速させた。

 

 

* * *

 

 

「すみませんが、香辛料を使った料理は今日限りとさせていただいております」

「・・・マジかい」

 

ウルについた俺たちは、さっそく“水妖精の宿”で部屋をとって、夕食を頼もうとしたのだが、店員さんからそんなことを言われた。

どうやら、イルワが言っていた魔物の群れのせいで材料を取りに行く人がいなくなってしまい、ろくに在庫を確保できない状態になっているらしい。

あわよくばレシピと一緒に香辛料ももらおうと思っていたのだが、それはできそうにないようだ。

 

「う~む、まさかイルワの言っていた魔物の群れの影響がここまででかかったとは・・・」

「どうするの?」

「まぁ、今日のところはここで食べるだけにしておこうか。たしかに魔物の問題を解決すれば話は早いんだろうが、情報も少なすぎるし、俺たちもそこまで積極的に関わるつもりもないからな。それより、他は注文は決まったか?」

「あぁ、俺はニルシッシルにさせてもらう。今日限りなら、食べるに越したことはないしな」

「・・・ん、私もそれにする」

「私も同じですぅ」

「私もそうするわ」

 

ちなみに、ニルシッシルとはトータス版のカレーのことで、俺たち的に言えばホワイトカレーのようなものだ。

 

「じゃあ、ニルシッシルを5人前で・・・」

「南雲君!峯坂君!」

 

俺が注文しようとすると、不意に大きな声で俺とハジメの名前が叫ばれた。

声のした方を向くと、そこにいたのは、

 

「ありゃ?」

「あぁ?・・・・・・・・・・・・先生?」

 

俺たちの担任である、愛ちゃん先生だった。

そして、先生も今の返しで俺たちが誰かはっきりとわかったようで、さらに詰め寄ろうとする。

 

「南雲君・・・やっぱり南雲君なんですね?生きて・・・本当に生きて・・・」

「いえ、人違いです。では」

「へ?」

 

愛ちゃん先生としては、死んだと思っていた生徒と奇跡の再会を果たしたということで、感動して涙を流したのだろうが、そんな愛ちゃん先生に返されたのはハジメの予想外の言葉だった。

ハジメの方は、そんなことも気にせずさっさと席を立って宿を出ようとするが、愛ちゃん先生はすぐに我に返ったようで、慌てて追いかけてハジメの服の袖をつかんだ。

 

「ちょっと待って下さい!南雲君ですよね?先生のこと先生と呼びましたよね?なぜ、人違いだなんて」

「いや、聞き間違いだ。あれは・・・そう、方言で“チッコイ”て意味だ。うん」

「ぶふっ」

「それはそれで、物凄く失礼ですよ!峯坂君も笑わないでください!ていうか、そんな方言あるわけないでしょう。どうして誤魔化すんですか?それにその格好・・・何があったんですか?こんなところで何をしているんですか?何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか?南雲君!答えなさい!先生は誤魔化されませんよ!」

 

愛ちゃん先生がちっこいのは今さらだが、どうやら完全に“先生”モードに入ってしまっているようだ。

まぁ、かなり興奮しているせいで、本当に俺たちの話を聞けるのかは疑問だが。

 

「まぁ、愛ちゃん先生もそのくらいにして、少し落ち着いたらどうだ?」

「峯坂君も、先生をちゃん付けで呼ばない!それに、峯坂君も今までいったい何を・・・」

「話を聞く気があるのなら、なおさら落ち着いてくれ。このままじゃ、どのみち話し合いなんてできねぇよ」

 

わざと俺は冷めた目で先生を諭し、落ち着かせるようにした。そのおかげで、先生も頭を冷やしたようで、一度深呼吸をして平静を取り戻した。

教師を諭す生徒・・・どっちが教師なんだ、これ?

威厳のある先生を目指しているのか背筋を正して俺たちを見るが・・・正直、背伸びをしている子供にしか見えない。

 

「すいません、取り乱しました。改めて、南雲君と峯坂君ですよね?」

 

だが、今度は静かな、しかし確信をもった声音で、真っ直ぐに視線を合わせながら俺たちに問い直してくるあたり、大人は大人なのか。

 

「あぁ、そうだ」

「久しぶりだな、先生」

「やっぱり、やっぱり南雲君と峯坂君なんですね・・・生きていたんですね・・・」

 

愛ちゃん先生は再び涙目になっているが、ハジメの方はと言えばドライなままだ。

言葉がでないままの愛ちゃん先生を一瞥しただけで、さっさと席に座りなおす。

ユエとシアも、それにならってハジメの両隣りに腰を下ろす。シアの方は若干困惑気味だったが。

俺とティアも、特に何かを言うこともなくハジメたちと反対側に座る。

 

「ええと、ハジメさん。いいんですか?お知り合いですよね?多分ですけど・・・元の世界の・・・」

「別に関係ないだろ。流石にいきなり現れた時は驚いたが、まぁ、それだけだ」

「・・・まぁ、それより、さっさと注文しよう。あ、ニルシッシルを5つ頼む」

 

一応、愛ちゃん先生の気持ちもわからないわけではないが、腹が減っている俺たちとしては早く夕飯を食べたい。

だから店員さんを再び呼んで注文をするが、愛ちゃん先生が俺たちのテーブルに近寄り、「先生、怒ってます!」と言いたげな表情でテーブルをピシッとたたく。

・・・まじで怖くない、っていうかむしろユエより小動物だな。

 

「南雲君、峯坂君、まだ話は終わっていませんよ。なに、物凄く自然に注文しているんですか。大体、こちらの女性達はどちら様ですか?」

 

ユエたちをちらちらと見ながら質問に、後ろにいる他クラスメイトや教会の神殿騎士の面々も頷く。

ただ、騎士たちの俺を見る目が、どこか警戒しているというか、敵愾心のようなものを感じる。まぁ、教会に喧嘩を売ったから当たり前か。

ハジメがちらっと俺の方に視線を向ける。こいつ、面倒なことばかり丸投げしやがって。

 

「悪いけど、こっちは依頼のせいで丸一日ノンストップでここに来たんだ。ご飯くらいゆっくり食べさせてくれ。それと、彼女たちは・・・」

「・・・ユエ」

「シアです」

「ティアよ」

「ハジメの女」「ハジメさんの女ですぅ!」「ツルギの恋人よ」

「お、女?」

 

・・・話を振った俺が言うのもなんだが、ティアしかまともな回答をしてねぇ。ていうか、この状況で2人とも「ハジメの女」はないだろ。絶対に面倒な予感しかしないんだが。

 

「おい、ユエはともかく、シア。お前は違うだろう?」

「そんなっ!酷いですよハジメさん。私のファーストキスを奪っておいて!」

「いや、いつまで引っ張るんだよ。あれはきゅ・・・」

「南雲君?」

「・・・なんだ、先生?」

 

そこに、シアの「ファーストキスを奪った」という言葉に愛ちゃん先生が反応し、その顔が「非行に走る生徒を何としても正道に戻してみせる!」という決意に満ちていた。

 

「女の子のファーストキスを奪った挙句、ふ、二股なんて!すぐに帰ってこなかったのは、遊び歩いていたからなんですか!もしそうなら・・・許しません!ええ、先生は絶対許しませんよ!お説教です!そこに直りなさい、南雲君!」

 

愛ちゃん先生がきゃんきゃんと吠え、ハジメが面倒くさそうな表情で俺を見る。

・・・はぁ、結局こうなったか。

 

 

* * *

 

 

その後、俺が愛ちゃん先生の誤解を解いて逆に説教し、他の人の目もあるからということでVIP席に場所を移した。

ちなみに、俺の正論で武装した説教に、愛ちゃん先生は頭が冷えたようで少しの間シュンとうなだれていた。

まぁ、今回は人の話を聞こうとせずに自分の中で勝手に結論を出した愛ちゃん先生が悪かったわけだし、きっちり反省してもらおう。本当、傍から見たらどっちが教師なんだか。

まぁ、愛ちゃん先生もすぐに落ち着いたので、他のクラスメイトも一緒になってハジメへ怒涛の質問を投げかけるが、

 

Q、橋から落ちた後、どうしたのか

A、超頑張った

 

Q、なぜ白髪なのか

A、超頑張った結果

 

Q、その目はどうしたのか

A、超超頑張った結果

 

Q、なぜ、すぐに戻らなかったのか

A、戻る理由がない

 

完全に適当な返しをしているハジメに愛ちゃん先生が「真面目に答えなさい!」と頬を膨らませて怒るが、やはり迫力は皆無だ。ハジメも、柳に風といった様子で受けながす。

一応、俺にも説明を求められたが、

 

Q、死んだのではなかったのか

A、死亡“扱い”されただけ

 

Q、なぜ、教会に喧嘩を売ったのか

A、そもそも俺は教会に属したつもりはない

 

Q、なぜ、すぐに戻らなかったのか

A、もともと戻るつもりもなかった

 

俺も似たりよったりで適当だが、部分的には正論ではあるのでハジメほど追及はされなかった。

そんなことをしながらも、俺たちはニルシッシルを口にして舌鼓を打つ。思っていたよりもおいしいな、これ。

 

「おい、お前!愛子が質問しているのだぞ!真面目に答えろ!」

 

そこに、神殿騎士のデビッドが声を荒げて怒鳴りつけてくる。

ちなみに、今ここにいる神殿騎士は“愛子専属護衛隊”と呼ばれる集団で、デビッドはその隊長らしい。ハニトラ要員としての機能も持たせようとしたのか、その面子はイケメン揃いだが、見た限りは逆に落とされているように思える。これ、半分くらいは職務放棄じゃないか?

まぁ、それはともかくとして、めんどくさいが俺が対応する。適当なのには変わりないが。

 

「今は食事中だぞ?教会の騎士なら、行儀よくしろよ」

 

俺たちがまったく相手をする気がないのが分かったのか、デビッドは興奮から顔を赤くして、その視線をシアに向ける。

 

「ふん、行儀だと?その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ?少しは人間らしくなるだろう」

 

たっぷりと侮蔑の含まれた目で見られたシアは、ビクリッと体を震わせる。

シアは兎人族だが、ブルックでは良くも悪くもシアに対して友好的な人物がほとんどだったし、フューレンでもあくまで奴隷として認識されていたから直接的な言葉が投げかけられることはなかった。

だから、シアが直接的な暴言を投げかけられたのは、これが初めてだ。

よく見れば、他の神殿騎士たちも同じような視線をシアに向けている。

愛ちゃん先生もそのことを注意しようとするが、その前にユエがシアの手を取り、絶対零度の視線をデビッドに向ける。ティアの方も、ありったけの軽蔑の視線をデビッドに向ける。

傍から見れば、ユエはビスクドールのような美少女だし、魔人族の特徴を隠しているティアも凛とした美少女だ。そんな2人から絶対零度と軽蔑の視線を浴びせられて、デビッドは一瞬たじろぐ。

そして、たじろいだことに逆上して、さらに暴言を吐いてくる。

 

「何だ、その眼は?無礼だぞ!神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」

 

さすがにこの態度に見かねたのか、チェイスという副隊長の男がデビッドを諫めようとするが、その前にユエとティアの言葉が響き渡った。

 

「・・・小さな男」

「本当にね」

「それな」

 

さりげなく、俺もユエの言葉に便乗する。

それは、たかが種族の違い如きで喚き立て、少女の視線一つに逆上する器の小ささを嗤う言葉だ。

これに、ただでさえ怒りで冷静さを失っていたデビッドは、よりによって愛ちゃん先生の前で男としての器の小ささを嗤われて完全にキレたようで、一周回って表情を消す。

 

「・・・異教徒め。そこの獣風情と一緒に地獄へ送ってやる」

 

デビッドは無表情で静かに呟き、傍らの剣に手をかける。

突如現れた修羅場に、生徒達はオロオロし、愛ちゃん先生やチェイス達は止めようとするが、デビッドは周りの声も聞こえない様子で、遂に鞘から剣を僅かに引き抜いた。

次の瞬間、

 

ドパンッ!!

 

乾いた破裂音が“水妖精の宿”全体に響きわたり、同時に、今にも飛び出しそうだったデビッドの頭部が弾かれたように後方へ吹き飛んだ。デビッドは、そのまま背後の壁に凄まじい音を立てながら後頭部を強打し、白目を向いてズルズルと崩れ落ちる。手から放り出されたデビッドの剣がカシャン! と派手な音を立てて床に転がった。

 

「はぁ、やっぱりこうなるか」

 

ハジメの方を見れば、その手にはドンナーが握られている。一応、撃ったのは非致死性のゴム弾のようで、デビッドには息がある。

詳細は分からないが攻撃したのがハジメであると察した騎士達が、一斉に剣に手をかけて殺気を放つ。しかし、直後、騎士達の殺気などとは比べ物にならない凄絶な殺気が、まるで天から鉄槌となって襲ってきたかのように降り注ぎ、立ち上がりかけた騎士達を強制的に座席に座らせた。

直接、殺気を浴びているわけではないだろうが、ハジメから放たれる桁違いの威圧感に、愛ちゃん先生やクラスメイトたちも顔を青ざめさせてガクガクと震えている。

そんな中、ハジメはドンナーをゴトッとわざとらしく音を立てながらテーブルの上に置き、自分の立場を明確に宣言する。

 

「俺は、あんたらに興味がない。関わりたいとも、関わって欲しいとも思わない。いちいち、今までの事とかこれからの事を報告するつもりもない。ここには仕事に来ただけで、終わればまた旅に出る。そこでお別れだ。あとは互いに不干渉でいこう。あんたらが、どこで何をしようと勝手だが、俺の邪魔だけはしないでくれ。今みたいに、敵意をもたれちゃ・・・つい殺っちまいそうになる」

 

そう宣言したハジメに、誰も何も言えなかった。直接、視線を向けられた騎士たちは、かかるプレッシャーに必死に耐えながら、僅かに頷くので精一杯のようだ。

続いて、ハジメは愛ちゃん先生達にも視線を転じる。愛ちゃん先生は、何も言わない。いや、おそらく言えないのだろう。

細かいことはわからないが、すぐに頷かないあたり、やはり教師としての矜持があるのか。

そんな様子に、俺はため息をつきながら付け加える。

 

「まぁ、だいたいはハジメの言った通りだ。それに、俺たちには俺たちの目的がある。だから、あまりしつこいことは言わないでくれ。あまり付きまとうようなら、俺も排除に移させてもらうからな」

 

それだけ言って、俺は視線をシアに移した。ハジメの方も、食事を再開してシアに話しかける。

 

「おい、シア。これが“外”での普通なんだ。気にしていたらキリがないぞ?」

「はぃ、そうですよね・・・わかってはいるのですけど・・・やっぱり、人間の方には、この耳は気持ち悪いのでしょうね」

 

シアは自嘲気味に笑いながら、自分のウサミミを手で撫でる。どうやら、相当参っているようだな。

そんなシアに、ユエとティアが真っ直ぐな瞳で慰めるように呟く。

 

「・・・シアのウサミミは可愛い」

「そうよ、自信をもって」

「ユエさん、ティアさん・・・そうでしょうか」

「あのな、こいつらは教会やら国の上層に洗脳じみた教育されてるから、忌避感が半端ないだけだ」

「ハジメの言う通りだ。それに、こう言っちゃなんだが、兎人族は愛玩奴隷としての需要は一番なんだから、一般には気持ち悪いとまでは思われてねぇよ」

 

俺とハジメもフォローにまわり、なんとかシアの機嫌が治ってきた。

そして、ハジメの励ましを聞いて顔を赤くしたシアが、上目遣いでハジメに尋ねる。

 

「そう、でしょうか・・・あ、あの、ちなみにハジメさんは・・・その・・・どう思いますか・・・私のウサミミ」

「・・・別にどうも・・・」

 

ここでハジメは、誤魔化すように顔を逸らす。

・・・ふむ、これは後押しをするべきか。

 

「安心しろ、シア。ハジメは向こうにいた頃からウサ耳が好きだからな。気に入ってるはずだ」

「ちょっ、ツルギ!?」

「・・・ん、シアが寝てる時にモフモフしてる」

「ユエッ!?それは言わない約束だろ!?」

「ハ、ハジメさん・・・私のウサミミお好きだったんですね・・・えへへ」

 

俺とユエの告白にハジメが思い切り動揺し、シアは全身で喜びを表現する。完全に調子を取り戻したようだ。

別の問題として、クラスメイト、主に男子勢から嫉妬やらなんやらの目を向けられるが、些細なことだ。

そこに、場の雰囲気が落ち着くのを待っていたらしいチェイスが、警戒心を押し殺すようにして俺たちに問いかけてきた。

 

「南雲君と峯坂君でいいでしょうか?先程は、隊長が失礼しました。何分、我々は愛子さんの護衛を務めておりますから、愛子さんに関することになると少々神経が過敏になってしまうのです。どうか、お許し願いたい」

「神経過敏になっていきなり人殺しか。まぁ、特に問題もなければ実害もなかったし、別にいいけどな」

 

俺の適当な言葉にチェイスはピクリと眉を動かすが、微笑を崩さないまま話しかける。

その視線は、ハジメのドンナーに向けられている。

 

「そのアーティファクト・・・でしょうか。寡聞にして存じないのですが、相当強力な物とお見受けします。弓より早く強力にもかかわらず、魔法のように詠唱も陣も必要ない。一体、何処で手に入れたのでしょう?」

 

よく見れば、チェイスの顔は微笑んでいるが、目はちっとも笑っていない。

どうやら、ドンナーの価値を狂いなく見抜いているようだ。

そこに、クラスメイトの男子の一人である玉井が興奮した声で遮ってきた。

 

「そ、そうだよ、南雲。それ銃だろ!?何で、そんなもん持ってんだよ!」

「銃?玉井は、あれが何か知っているのですか?」

「え?ああ、そりゃあ、知ってるよ。俺達の世界の武器だからな」

 

玉井の言葉にチェイスは納得がいったようで、ゆっくりとハジメを見据える。

 

「ほぅ、つまり、この世界に元々あったアーティファクトではないと・・・とすると、異世界人によって作成されたもの・・・作成者は当然・・・」

「俺だな」

 

ハジメがあっさり白状したのを見て、チェイスは意外感をあらわにした。また誤魔化されると思っていたのか。

 

「あっさり認めるのですね。南雲君、その武器が持つ意味を理解していますか?それは・・・」

「この世界の戦争事情を一変させる・・・だろ?量産できればな。大方、言いたいことはやはり戻ってこいとか、せめて作成方法を教えろとか、そんな感じだろ?当然、全部却下だ。諦めろ」

 

取り付く島もないハジメの返答に、それでもチェイスは食い下がる。やはり、銃の持つ価値を正確に理解しているようだ。

 

「ですが、それを量産できればレベルの低い兵達も高い攻撃力を得ることができます。そうすれば、いずれ来る戦争でも多くの者を生かし、勝率も大幅に上がることでしょう。あなたが協力する事で、お友達や先生の助けにもなるのですよ?ならば・・・」

「なんと言われようと、協力するつもりはない。奪おうというなら敵とみなす。その時は・・・戦争前に滅ぶ覚悟をしろ」

 

ハジメの静かな言葉に、チェイスは全身を悪寒に襲われ口をつぐむ。

俺がまた付け加えようと口を開きかけるが、その前に愛ちゃん先生が取りなすように口を挟んだ。

 

「チェイスさん。南雲君には南雲君の考えがあります。私の生徒に無理強いはしないで下さい。南雲君も、あまり過激な事は言わないで下さい。もっと穏便に・・・南雲君と峯坂君は、本当に戻ってこないつもり何ですか?」

「ああ、戻るつもりはない」

「明朝、仕事に出て依頼を果たしたら、そのままここを出る」

「どうして・・・」

 

俺とハジメの返答に愛ちゃん先生は悲しそうに俺たちを見やり、理由を聞こうとするが、その前にハジメは立ち上がる。見れば、すでに食事を終えていた。

だが、俺は立ち上がらずにそのまま席に座ったままだ。ティアも、俺が立ち上がらないのを見て、そのまま座っている。

 

「ツルギ?」

「ハジメは先に戻っててくれ。俺はもう一品食べてから戻る」

「そうか、わかった」

 

そう言って、ハジメはユエとシアを連れて部屋に戻っていった。

俺は、店員にチャーハンモドキを注文し、愛ちゃん先生たちに視線を戻した。

 

「んで?なにか聞きたいことでもあるんじゃないのか?」

 

俺の言葉に、主にクラスメイトたちがハッと息を飲む。

俺が残ったのも、ある程度ここで話をしておくためだ。

ハジメからすれば余計なことだと思うかもしれないが、このまま放置するのも問題だから俺が残ることにした。

微妙な空気が流れる中、愛ちゃん先生が遠慮がちに俺に問いかけてきた。

 

「あの、どうして南雲君は戻ってこないのでしょうか?」

「さっきも言ったけどな、俺たちには俺たちの目的がある。そいつは、この世界がどうなったところでどうでもいいことだ」

「その目的とは?」

「ハジメの目的は、日本に帰る手段を得ることだ」

「どうして、わざわざ自力で?」

「ぶっちゃけるが、俺もハジメもエヒトとやらを信用していない。戦争を終わらせたところで、本当に帰れるとは思ってない」

 

実際は、信用していないどころか、この戦争の黒幕だとわかっているが、さすがにここでこの世界の真実まで話すわけにはいかない。

神殿騎士たちは俺に殺気を向けるが、愛ちゃん先生が落ち着かせ、俺たちだけで話がしたいと外にだしてくれた。

ちょうどその後に俺の頼んだチャーハンモドキが運ばれ、次に玉井がおずおずと問いかけてきた。

 

「な、なぁ、南雲って、やっぱり、俺たちのことをよく思ってないのか?」

「あむ、ちょっと違うな。ハジメの言っていた通り、単に興味がないだけだ。好悪は関係ない」

「・・・なぁ、峯坂は、どう思ってるんだ?」

「んっく、どうって?」

「だから、南雲があんな風に変わったことだよ」

 

たしかに、いくら親友とはいえ、人殺しのような視線を向けられれば、そう思うのも当然だろう。

一応、本心は「何があっても南雲の味方でいる」と決めたからなのだが、さすがにそこまでは話せないので違う理由を話す。

 

「俺としては、変わって当然だと思うが?()()()()()()()()クラスメイトに攻撃されて奈落に落とされ、たった一人で這い上がってきたわけだからな。むしろ、誰彼に構わず殺さない時点で、前のハジメは残ってるだろうよ。恋人だっているわけだしな」

「あぁ・・・」

 

ハジメを慕っているユエとシアの姿を思い出したのか、わずかに納得する。まぁ、周囲から見たハジメ像なんて「不真面目なオタク」なんだから、どこまで納得できているかはわからないが。

 

「ね、ねぇ、峯坂君」

「ん?」

 

そんなことを考えていると、女子生徒である園部が遠慮がちに声をかけてきた。

なにやら、質問とは別の目的があるようだ。

 

「できれば、その、南雲にお礼を言ってもらえない?」

「お礼って、なんの・・・あぁ、そういえば、あの時ハジメが助けたのって園部だったか」

 

思い返してみれば、ハジメが落とされたあの時、トラウムソルジャーに殺されそうになった女子生徒をハジメが助けていたが、あれは園部だったか。

どうやら、お礼を言うことに意味があるのか、疑問に思っているようだ。

 

「それなら、園部が直接言っとけ。お礼ってのは、人に頼んでやってもらうものでもないからな」

「でも・・・」

「んな心配しなくても、意味がないなんてことはない。言うだけ言えばいいだろ」

「・・・うん、わかったわ」

 

俺の言葉に、園部もある程度もやもやが晴れたようで、なにやら決意を決めたような表情になった。

そのタイミングで、俺のチャーハンモドキもなくなった。

 

「っと、もう終わりか。んじゃ、俺は部屋に戻るからな。行くぞ、ティア」

「わかったわ」

 

俺は席を立ちあがってティアに呼びかけ、俺たちの部屋に戻った。

 

 

* * *

 

 

「ねぇ、ツルギ」

「ん?なんだ?」

 

部屋に戻った後、いきなりティアが俺に尋ねてきた。

 

「ツルギって、さっきのあの先生をどう思ってるの?なんか、呆れてることが多かったけど」

「・・・よく見てるな」

 

どうやら、ティアは俺の思っている以上に俺のことを見ているらしい。

これは、隠し事はできそうにないな。

 

「別に気に入らないとかそういうのはないんだが、いやにちぐはぐだからな。俺としても、ちょいと複雑なんだよ」

「ちぐはぐって、なにが?」

「愛ちゃん先生って、一応は立派な大人なんだが、なにやら本人は『威厳のある教師』を目指しているようでな。それを考えて、現実を見ているのか見ていないのかわからなくなるんだよ。まぁ、夢見がちってのは言えてるが」

「あぁ、たしかにそうね」

 

ティアの方も、納得したようだ。

愛ちゃん先生は生徒に対して真摯に接するが、どこか無条件に生徒を信用しているようにも見える。

新任教師だからこそともいえるが、この世界では、たとえどのような事情があっても、無条件で人を信じるというのは危険なことだ。

デビッドたち護衛騎士に関しては幸い、特に問題は起こらなかったが、もし生徒の中に人殺しをしようとした人物がいると知った時、あるいは、目の前に現れた時、果たしてどのような行動をとるのか。

その辺りが、俺の不安要素でもある。

いざというときは、俺やハジメで何とかするしかないか。

・・・そういえば、クラスメイトと言えば、白崎や八重樫は今頃どうしているのだろうか。

あのバカ勇者は死んでてもいい、むしろ死んだ方がいろいろと面倒が減っていいのだが、そうはいかないだろう。

だが、八重樫との約束も、いつかは守らなければ。

そんなことを考えていると、ふと強烈な視線を感じた。

見てみれば、ティアがユエばりのジト目を俺に向けて・・・

 

「・・・ツルギ、その女の人、だれ?」

 

なぜわかったし。

ここまでばれてるなら、隠しても意味はないか。

 

「別に、やましいことはなにもない。ただ、王国を出る前に、八重樫・・・ハジメが落とされる原因になった女の子の友達なんだが、そいつと必ず生きて戻ってくるって約束したからな。そいつを思い出しただけだ」

「ふ~ん・・・」

 

一応、ちゃんと説明したのだが、ティアのジト目は戻らない。

・・・覚悟を決めるしかないか。

 

「・・・わかったから、今夜は好きなだけ甘えろ」

「いいの?」

「男に二言はねぇよ」

「じゃあ、遠慮なく・・・」

 

その後、俺たちは夜遅くまで愛し合った。

・・・ユエの影響か、ティアもエロくなっちゃったなぁ・・・。




「せっかくだし、他のメニューも制覇したいんだがなぁ・・・」
「すみませんが、在庫に限りがありますので・・・」
「・・・ツルギ」
「どうしたんだ、ティア?」
「やっちまいましょう」
「なにを!?」

ティアの食に対する執念は、意外と深い。


~~~~~~~~~~~


だいぶ長くなりました。
一応、半分くらいでもいいかなと思ったのですが、それだと中途半端な感じになっちゃいそうだったので。
そして、ツルギの愛ちゃん先生評価は、あんがい辛辣でしたね。
自分もたまに思うのですが、どうしても新任教師の放つ夢にあふれたキラキラオーラってのが、どうにも苦手で。
他の年季の入った教師を見ていると、「いずれは現実を見ることになるんだぜ?」と思ってしまいます。
教師ってのは、半分以上はお役所仕事みたいなものですし。


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調査開始

翌日、ようやく東の空が白み始めた時間に、俺たちは旅の準備を終えて出ようとしていた。

朝早いから大変だったよ、準備とか、片付けとか。あと、ちょっと寝不足気味だな。ハジメたちからは、なんかニヤニヤされたけど。ハジメとユエだって似たようなものじゃないか。

だが、“水妖精の宿”の料理人であるフォスさんが、俺たちのためにわざわざ朝食にとおにぎりとかを用意してくれたのが、すごいありがたかった。

んで、いざ出発だと思っていたのだが、ちょっとめんどくさいことになっていた。

 

「・・・なんとなく予想はつくが、一応聞いておこう。なんでいんの?」

 

山脈に行くために俺たちは北門に向かったのだが、そこに愛ちゃん先生とクラスメイトたちが陣取っていた。

俺のジト目に愛ちゃん先生は一瞬ビクリとふるえるが、すぐに毅然な態度を取って俺たちに向きあった。ばらけて駄弁っていた他のクラスメイトも、愛ちゃん先生のそばに近寄ってくる。

 

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね?人数は多いほうがいいです」

「却下。勝手に行くだけならまだしも、一緒は勘弁してくれ」

「な、なぜですか?」

「単純に足の速さが違う。今回はスピード重視だから、先生たちに合わせてちんたらしてられないんだよ」

 

後ろを見てみれば、人数分の馬が用意されていた。こいつら、いつの間に乗馬できるようになったんだよ。

まぁ、馬に乗れようが乗れまいが、どのみち魔力駆動二輪の速度についてくることなんてできないのだがら、無駄でしかないんだが。

俺の言い方が気にくわなかったのか、周りに移動手段がないのを疑問に思ったのか、園部が強めにつっかかってくる。

 

「足の速さが違うって・・・ねぇ、峯坂。まさか、馬に乗るより走った方が速い、なんて言わないわよね?もしそうだとしたら、南雲共々どれだけ人間やめてるのって話なんだけど」

 

・・・まさか、ハジメはともかく、俺まで化け物認定されているとは思わなかった。特に俺から何かした覚えはないんだがな。

ハジメの方は、頬をピクリと引きつらせていたが、あながち間違いでもないから反論はしなかった。

 

「・・・ハジメ」

「あいよ」

 

俺が名前を呼ぶと、ハジメは宝物庫からシュタイフとヴィントを取り出した。

なにもないところから突然現れた大型バイクに、愛ちゃん先生たちはギョッとする。

 

「わかったか?俺が言ったのはべつに嫌味でもなんでもない。言葉通りの意味で、足の速さが違うんだよ」

 

まぁ、本当に自分の足で走っても馬よりは速い自信はあるが、そこまで言うことでもない。

魔力駆動二輪の重厚なフォルムと異世界には似つかわしくない存在感に度肝を抜かれているのか、愛ちゃん先生たちはマジマジと見つめたまま何も答えることができない。

そこに、相川が若干興奮気味に話しかけてきた。そういえば、たしかこいつはクラスで一番のバイク好きだったか。

 

「こ、これも昨日の銃みたいに南雲が作ったのか?」

「まぁな」

「それじゃ、俺たちは行くからそこをどいてくれ」

 

俺たちはシュタイフとヴィントにまたがって出発しようとするが、それでも愛ちゃん先生は食い下がってくる。

なんとなくハジメの方に目を向けると、どうしようもないような表情で肩をすくめた。

どうやら、オルクス大迷宮での()()について話したようだ。

それに、俺が強めに理由を聞くと、ハジメの問題とも別に、どうやらクラスメイトの1人が行方不明になっているようだ。

名前は清水幸利(しみずゆきとし)。たしか、本人は隠しているつもりだったが、ハジメと同レベルのオタクだったはずだ・・・清水が失踪した時期と言い、魔物が活発になり始めた時期と言い、清水は闇魔法の使い手だったことと言い、なんか、なんとなく展開が読めてきたぞ。絶対にめんどくさいことになる。

愛ちゃん先生だって、考えうる可能性の一つとして考えているのかもしれないが、どこまで疑っているかは怪しいところだ。

ちなみに、ハジメの件に関しては、愛ちゃん先生の方からも小声で俺に伝えてきた。

よく見れば、愛ちゃん先生の顔は化粧こそしているものの、目の下に濃い隈ができていた。昨夜はかなり悩んだようだ。

・・・ちょっと、罪悪感が湧いてきたな。愛ちゃん先生が悩んでいる間、俺とティアは・・・いや、何も考えまい。

 

「峯坂君、先生は先生として、どうしても南雲君からもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。峯坂君たちにとって、それは面倒なことではないですか?移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか?そうすれば、南雲君の言う通り、この町でお別れできますよ・・・ひとまずは」

「・・・はぁ、わかったよ。同行を許可する。ハジメもいいよな?」

「しゃあねぇな・・・」

「いいの?」

「あぁ、この目は、絶対に言ったことをやる目だ。このまま放置した方が確実に面倒なことになる。ったく、どこまでいっても愛ちゃん先生は愛ちゃん先生か」

「当然です!それと、ちゃん付けで呼ばないでください!」

 

今の愛ちゃん先生の目は、決意に満ちている。

愛ちゃん先生は空回りすることがほとんどとはいえ、年齢通りの行動力を持っている。

このまま突っぱねれば、本当にいつまでもつきまとってくるだろう。

俺としては放っておいてほしいのだが、いつまでついてくるのも面倒だし、だったらここで話を済ませた方がいいだろう。

正直、俺の愛ちゃん先生の評価はいろんな意味で“甘い”だ。だからこそ、俺は“愛ちゃん先生”と呼んでいるのだが、一応は俺としても敬意を払うべき大人の一人でもあるため、あまり無下にはできない。

ハジメも同じことを考えたようで、特に反論はしなかった。

 

「でも、このバイクじゃ乗れても3人でしょ?どうするの?」

 

そこに、園部からもっともな疑問がとんでくる。

その返答として、ハジメはシュタイフをしまい、今度はブリーゼを取り出す。

 

「乗れない奴は荷台な。ツルギは、このままヴィントで行くか?」

「あぁ、そうする。愛ちゃん先生への説明とかは任せたぞ」

「あいよ」

 

ポンポンと大型の物体を出すハジメに周りは唖然とするが、そんなこともお構いなしに俺とハジメは出発の準備を整えた。

 

 

* * *

 

 

ヴィントとブリーゼを走らせること3,4時間、俺たちは目的地である北の山脈地帯に到着した。

ここは標高1000mから8000m級の山々が連なっており、またどういうわけか、山によって生えている木の種類が異なっている。あるエリアでは日本の秋のような光景が広がっていると思えば、次のエリアでは真夏のように葉が青々と生い茂っていたり、かと思えば今度は枯れ木が広がっていたりと、ずいぶんと不思議な植生になっている。

また、普段見えている山脈を越えても、その向こう側には更に山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっている。現在確認されているのは四つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域らしい。過去に何処まで続いているのかと、とある冒険者が五つ目の山脈越えを狙ったことがあるそうだが、山を一つ越えるたびに生息する魔物が強力になっていくので、結局は成功はしなかったそうだ。

ちなみに、第一の山脈で最も標高が高いのはかの“神山”で、今回、俺たちが訪れた場所は、神山から東に1600㎞ほど離れた場所だ。この地域では、紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、目を凝らしてみれば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見することができる。ウルの町が潤うのも納得できる、実に実りの多い山である。

その麓にブリーゼとヴィントを止め、それぞれ宝物庫にしまう。ちなみに、女性陣はその絶景に見とれている者がちらほらいるようだ。

ただ、どうして愛ちゃん先生は顔を真っ赤にしてハジメに頭を下げているのだろうか。一応、真剣に話をしたはずなんだが。まぁ、景色を見て我を取り戻すことができたようだが。

 

「んじゃ、ハジメ、さっさと始めるぞ」

「へいへい」

 

俺が呼びかけると、ハジメは宝物庫から全長30㎝程の鳥型の模型を8機と、小さな石が嵌め込まれた指輪を2つ、黒塗りの眼鏡を1つ取り出した。模型の方は灰色で、頭部にあたる部分には水晶が埋め込まれている。

俺とハジメは指輪を自らの指にはめて、鳥型の模型を空中に放り出した。そして、模型たちはそのままふわりと浮かび上がり、少し旋回した後に山の方へと飛び去って行った。

・・・なんだか、自分で操作しているのを自分でナレーションするって寂しいな。

 

「あ、あの、あれは・・・」

 

そこに、愛ちゃん先生が質問してきた。

 

「オルニス。早い話、無人偵察機だ」

 

無人偵察機・オルニス。ライセンの大迷宮で遠隔操作されていたゴーレム騎士達を参考に、貰った材料から作り出したものだ。生成魔法により重力魔法を組み込んだ鉱石・重力石を生成し、それをもとにゴーレム騎士を操る元になっていた感応石を組み込み、さらに遠透石を頭部に組み込んだのだ。

遠透石とは、ゴーレム達の目の部分に使われていた鉱物で、感応石と同じように同質の魔力を注ぐと遠隔にあっても片割れの鉱物に映る景色をもう片方の鉱物に映すことができるというものだ。ミレディは、これで俺たちの細かい位置を把握していたらしい。ハジメは、魔眼石にこの遠透石を組み込み、オルニスの映す光景を魔眼で見ることが出来るようにしたのだ。

ちなみに、俺の方は別口でモニターを用意しており、それが今俺がかけている眼鏡だ。今、眼鏡のグラスの部分にはオルニスが撮影している光景が映っている。さらに、魔力回路を使って俺の“天眼”と接続すれば、さらに高解像度の映像を見ることができる。

ただ、ハジメは脳の処理能力の限界で、俺は魔力量の限界で一度に四機までしか同時操作できない。

操作するだけなら、俺なら“瞬光”込みで十機くらいはいけるが、それだと魔力消費が“高速魔力回復”に追いつかなくなって短時間しか稼働できない。

そもそも、ミレディは一度に少なくとも五十機のゴーレムを動かしていたのだが、いったいどういう処理能力なのか。まぁ、おそらくはあのミレディが憑依していた巨大ゴーレムの性能だろうが。それでも、あれを作り出したであろうオスカーの腕前もかなりのものになるが。

そんなこんなで、オルニスの説明も交えつつ俺たちは山の中に足を踏み入れた。

今回は捜索範囲が広い。オルニスで上空からも同時に探しても、かなり時間がかかるだろう。

まずは、魔物の目撃証言があった場所に向かう。そこなら、冒険者パーティーもその辺りを探索しただろう。オルニスをその辺りに飛行させつつ、俺たちもハイペースで山道を進んでいった。

 

 

 

およそ1時間と少しくらいで、俺たちは六合目に到着したが、一度そこで立ち止まった。理由は、この辺りに痕跡がないか調べる必要があったというのもあるが・・・

 

「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか・・・けほっ、はぁはぁ」

「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか・・・愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」

「うぇっぷ、もう休んでいいのか?はぁはぁ、いいよな?休むぞ?」

「・・・ひゅぅーひゅぅー」

「ゲホゲホ、南雲たちは化け物か・・・」

 

愛ちゃん先生たちの体力が予想以上になかったという方が大きい。

一応、全員この世界の一般人の数倍のステータスなのだから、ここまで疲弊することはないはずなのだが、どうやら俺たちのペースが速すぎたせいで、ほぼ全力疾走の状態で体力を消耗したようだ。

 

「・・・ツルギ、どうする?このまま置いていってもいいと思うんだが・・・」

「・・・シア、近くに川とかないか?そこなら、休憩がてらウィルたちの証拠を得られるかもしれない」

「えっと・・・ありました。近いですね」

「それじゃ、お前ら、そこに向かうぞ」

 

そうして俺たちは、シアの案内の下、近くの川を目指した。

そこにあったのは、小川と呼ぶには少し大きい規模のものだった。

索敵能力が一番高いシアが周囲を探り、俺とハジメも念のためオルニスで周囲を探るが、魔物の気配はしない。取り敢えず息を抜いて、俺たちは川岸の岩に腰掛けつつ、今後の捜索方針を話し合った。

途中、ユエとティアが「少しだけ」と靴を脱いで川に足を浸けて楽しむというわがままをしたが、どちらにしろ愛ちゃん先生たちが未だ来てすらいないので大目に見ることにした。ついでにシアも便乗したが。

その間に、俺とハジメで川沿いを中心にオルニスを操作し、捜索を続ける。俺もハジメも、ティアとユエがパシャパシャと素足で川の水を弄ぶ姿を眺めながらの操作だが。

ちなみに、シアも素足となっているが、水につけているだけだ。川の流れに攫われる感触にくすぐったそうにしている。

そこに、ようやく愛ちゃん先生たちが息を整えながらやってきた。置いていったことに思うところがあるのかジト目をしているが、男子3人が素足のティアとユエとシアを見て歓声を上げると「ここは天国か」と目を輝かせ、女性陣の冷たい眼差しは矛先を彼等に変えた。

ティアたちも玉井たちの視線に気が付いたようで、さっさと川から上がった。

愛ちゃん先生たちは川岸で腰を下ろして水分補給にいそしむ。

さっきから玉井たちのティアに向ける視線がうっとおしいので、軽く睨み返す。ハジメの方もユエとシアをジロジロとみられていたので、同じように睨み返す。それで玉井たちはブルリと体を震わせて目を逸らす。

 

「ふふ、南雲君と峯坂君は、本当に彼女たちを大切に思っているのですね」

「まぁな」

 

愛ちゃん先生にそんなことを言われるが、俺はティアの肩を抱き寄せ、髪をなでながら軽く返すにとどまる。それくらい、当然のことだ。俺にされるがままになっているティアは、気持ちよさそうに目を細めている。

ハジメの方も、軽く肩をすくめるだけだ。

そこに、ユエがその通りだと言わんばかりにハジメの膝の上に腰を下ろし、シアも背後からヒシッと抱きつく。

これに女性陣はキャーキャーと歓声を上げ、男共はギリギリと歯を食いしばる。

ハジメの方も、二人を振りほどくことなく、そっぽを向いている。どうやら、照れているようだ。

 

「・・・お?これは・・・」

 

そこで、俺はオルニス越しにあるものを見つけた。

 

「どうしたの?」

「川の上流に・・・盾とカバンか?・・・まだ新しい。これは当たりだな。お前ら、行くぞ」

 

そう言って俺が立ち上がると、ティアとハジメたちも続けて立ち上がり、現場に向かう。

愛ちゃん先生たちの方はまだ休みたそうにしていたが、無理やり同行してきた上に手がかりを見つけた以上は文句を言っていられないようで、疲労が抜けきらない重い腰を上げて、再び必死になって俺たちについてきた。

俺たちが到着した場所には、俺がオルニスで確認した通り、小ぶりな金属製のラウンドシールドとカバンが散乱していた。ただし、ラウンドシールドは、ひしゃげて曲がっており、鞄の紐は半ばで引きちぎられた状態で、だ。

周りを見渡してみると、近くの木の皮が禿げているのを発見した。高さは大体2mくらいの位置だ。何かが擦れた拍子に皮が剥がれた、そんな風に見える。高さからして、人間の仕業ではないだろう。

俺はシアとハジメに全力の探知を指示しながら、俺自身も全力で周りを注意深く観察し、傷のある木の向こう側へと踏み込んでいった。

先へ進むと、次々と争いの形跡が発見できた。半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には、折れた剣や血が飛び散った痕もあった。それらを発見する度に、特に愛ちゃん先生たちの表情が強ばっていく。どうやら、少し刺激が強かったようだ。

 

「ん?これは・・・」

 

先へ進んでいくと、なにやら銀色に輝くものを見つけた。

拾い上げてみると、それはペンダントだった。しかも、ロケットになっているようで、留め金を外して中を見ると、女性の写真が入っていた。おそらく、誰かの恋人か妻と言ったところか。大した手がかりではないが、古びた様子はないので最近のもの・・・もしかしたら、冒険者一行の誰かのものかもしれない。なので、一応回収しておく。

その後も、遺品と呼ぶべきものが散見され、身元特定に繋がりそうなものだけは回収していく。

どれくらい探索したのか、すでに日はだいぶ傾き、そろそろ野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた。

ここまできて不気味なのが、これまでに1体の魔物とも遭遇していないことだ。これまでにいくつもの戦闘の痕を見つけたのだから、1体くらいは魔物がいそうなものなのだが、姿はおろか、気配すら感じなかった。

そんなことを考えていると、ハジメが何かを見つけたようだ。

 

「ツルギ、ここから東に500mのところに大規模な破壊の痕を見つけた」

「そうか。なら、その周辺を探索して何もなかったら野営の準備に入ろう」

 

俺の言葉にハジメや愛ちゃん先生たちも賛同し、ハジメの案内で例の場所に向かった。

そこは、大きな川だった。上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在、その川は途中で大きく抉れており、小さな支流が出来ていた。おそらく、ここで大規模な戦闘があったのだろう。

それに、直線的な抉れ方と周囲の木々や地面がところどころ焦げているのを見ると、これはまるで、

 

「まるで、レーザーかブレスが放たれたみたいだな」

「いったい、どんな魔物がいたのかしら」

「ブレスでテンプレなのはドラゴンとかその辺りなんだろうが、今のところ、そんな魔物がいたって情報はないから、何とも言えないな。一応、この大型で二足歩行をするような足跡は、おそらくこの山から2つ向こうにいるブルタールなんだろうが・・・」

「それで、こっからどうする?」

 

周囲を観察していたハジメが、俺に意見を求めてきた。

ちなみに、ブルタールは今いる山からさらに2つ向こうに生息する、オークのような魔物だ。大した知能は持っていないが、群れで行動することと、“金剛”の劣化版“剛壁”の固有魔法を持っているため、中々の強敵と認識されている。

ハジメが自然と俺に指示を求めるあたり、これじゃあ完全に俺が参謀みたいな感じになっているな。

 

「そうだな、この川沿いに下流へ降りていくか。さすがに、何かに襲われたところに町から遠ざかるように逃げたりはしないだろうし、これほどの規模の攻撃なら川に流されたって可能性もある」

 

俺の意見に他のみんなも賛同し、下流へと向かって下っていった。

しばらくすると、先ほどのものとは比べ物にならないくらい立派な滝にでくわした。

俺たちはひょいひょいと滝を降りていき、滝壺付近に着地した。

 

「ハジメ、あの滝壺の辺りに“気配感知”を使ってくれ」

「? あぁ、わかった」

 

ハジメは俺の指示に最初は首をかしげるが、すぐに納得したようで、目を閉じて集中し始めた。

そして、結果はすぐにでた。

 

「! おいおい、マジかよ・・・気配感知に掛かった。感じから言って人間だと思う」

「ビンゴだな。人数は?」

「1人だ」

 

ハジメの報告に、愛ちゃん先生たちは驚きを隠せないでいる。

そういう俺も、行方不明になってから5日経っているという時点で期待はしていなかったのだが、奇跡的に生き残りがいるのかもしれない。

 

「そうか、ユエ」

「ん・・・“波城”、“風壁”」

 

ユエもすぐに俺の言いたいことが分かったらしく、風魔法と水魔法を駆使して滝を真っ二つに割った。

後ろでは詠唱も魔法陣もなしに2つの魔法を行使しているユエに驚愕の目が集まったが、特に気にすることもなく、呆けている愛ちゃん先生たちを促して滝壺の中へと入って行った。

洞窟は入って直ぐに上方へ曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れないことから、きっと奥へと続いているのだろう。

そして、

 

「・・・いたな」

 

一番奥に、横倒しになっている男を発見した。年齢は、おそらく20歳前後。端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。だが、大きな怪我はないし、鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、単純に眠っているだけのようだ。顔色が悪いのは、彼がここに一人でいることと関係があるのだろう。

俺は寝転がっている男に近寄り、肩をゆする。

 

「おい、起きろ」

「ん、んぅ・・・」

 

だが、なかなか起きない。どうやら、かなり衰弱しているようだ。身体的にか、精神的にか、あるいはその両方か。

ただ、いくら揺さぶってもなかなか起きない。

ということで、

 

「さっさと起きろ」

 

バチコンッ!

 

「ぐわっ!?」

 

ちょいと強めのデコピンを男の額に当てた。

そのおかげで、男は悲鳴を上げて目を覚まし、額を両手で抑えながらのたうち回る。

後ろで愛ちゃん先生たちが戦慄の表情を浮かべているが、起きなかったからしょうがないじゃん。

 

「おい、あんたがウィル・クデタでいいか?」

「いっっ、えっ、君達は一体、どうしてここに・・・」

「俺たちは、依頼を受けてここに来た冒険者だ。お前が、クデタ伯爵家三男のウィル・クデタでいいか?」

「えっ、は、はい、そうです」

 

どうやら、奇跡的に生き残っていたようだ。なんとも強い悪運の持ち主だ。

 

「そうか、俺は峯坂ツルギ。冒険者ギルドフューレン支部長イルワ・チャングの依頼でここに来た。生きていてよかった」

 

俺たちの都合的に。

 

「イルワさんが!?そうですか。あの人が・・・また借りができてしまったようだ・・・あの、あなたもありがとうございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

 

助けられたウィルは、尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言う。

一応、さっきは強めにデコピンを放ったのだが、どうやら出来た人間のようだ。どこぞのブタとは大違いだな。

それはさておき、俺はウィルから事情を聴いた。

要約すると、ウィルは5日前に俺たちと同じ山道に入り、五合目の少し上辺りで、突然、10体のブルタールと遭遇したらしい。さすがに、その数のブルタールと遭遇戦は勘弁だと、ウィル達は撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールをさばいているうちに数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川にいた。そこで、ブルタールの群れに囲まれ、包囲網を脱出するために盾役と軽戦士の2人が犠牲になったのだという。それから、追い立てられながら大きな川に出たところで、前方に絶望が現れた。

目の前に、漆黒の竜と九尾の狐が現れたというのだ。その黒竜は、ウィル達が川沿いに出てくるや否や、特大のブレスを吐き、その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。流されながら見た限りでは、そのブレスで1人が跡形もなく消え去り、残り2人も九尾の狐が放った炎弾によって消し炭になった、ということだ。

ウィルは流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟を進み、空洞に身を隠していたらしい。

・・・なんだか、似たような話を聞いた事がある、というか見たことがあるような・・・。

ウィルは、話している内に、感情が高ぶったようですすり泣きを始めた。どうやら、無理を言ってついてきて、冒険者たちも嫌な顔をせずにいろいろと教えてくれたというのに、彼らを見捨てて自分だけ生き延びたことがふがいないらしい。

 

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで・・・それを、ぐす・・・よろごんでる・・・わたじはっ!」

 

・・・めんどくせぇ。

愛ちゃん先生はウィルの背中を優しくなで、クラスメイトたちも悲痛そうな表情でウィルを見つめていた。ユエはいつもの無表情、シアは困ったような表情だ。

俺としては、「知るか、そんなくだらないこと」って感じなんだが。

冒険者と言うのは、基本的にいつも死が身近に存在する。だからこそ、生き残るためになんだってするのは不思議なことではないのだが、それを言って果たして納得するのか。

そんなことを考えていると、ハジメがウィルの胸倉を掴み上げ人外の膂力で宙吊りにした。そして、息がつまり苦しそうなウィルに、意外なほど透き通った声で語りかけた。

 

「生きたいと願うことの何が悪い?生き残ったことを喜んで何が悪い?その願いも感情も当然にして自然にして必然だ。お前は人間として、極めて正しい」

「だ、だが・・・私は・・・」

「それでも、死んだ奴らのことが気になるなら・・・生き続けろ。これから先も足掻いて足掻いて死ぬ気で生き続けろ。そうすりゃ、いつかは・・・今日、生き残った意味があったって、そう思える日が来るだろう」

「・・・生き続ける」

 

それだけ言って、ハジメは乱暴にウィルを放り出した。

愛ちゃん先生たちは、実際に奈落から生き延びたハジメのこの言葉に感銘を受けているようだが、俺とユエはハジメの本心を見抜いていた。

あれは、半分以上は自分に向けられた言葉だ。少し似た境遇に置かれたウィルが、自らの生を卑下したことが、まるで「お前が生き残ったのは間違いだ」と言われているような気がして、つい熱くなってしまったのだろう。

もちろん、それはただの被害妄想でしかない。だが、それでも言わずにはいられなかったのだろう。

そんなハジメは、それを自覚しているようで、自己嫌悪の渦にはまっているように見えた。

そこに、ユエがトコトコと傍に寄り、ギュッとハジメの手を握った。

 

「・・・大丈夫、ハジメは間違ってない」

「・・・ユエ」

「・・・全力で生きて。生き続けて。ずっと一緒に。ね?」

「・・・ははっ、ああ当然だ。何が何でも生き残ってやるさ・・・1人にはしないよ」

「・・・ん」

 

とりあえず、ユエの励ましでハジメはだいぶ持ち直したようだ。

その代わりに、ユエと2人の世界を作っているが、これくらいはいいだろう。

それにしても、「生き残ったことを喜んで何が悪い?」、か。

 

『あんたがっ、あんたがいなければ!!』

 

不意に、俺の脳内に過去の記憶と言葉が蘇る。

・・・あの時、生き残った俺には、果たして意味があるのか。あるとすれば、それは、どのようなものなのか。

それは、俺にとってすでに答えを出している疑問だ。それでも、こうして感慨にふけているあたり、完全には吹っ切れていないということか。

そんなことを考えていると、不意に俺の右手がギュッと握られた。振り向くと、そこには俺の目をまっすぐ見つめるティアがいた。

 

「ティア?」

「・・・大丈夫、ツルギ。私は、ツルギのおかげでここにいるから」

 

どうやら、詳しいことはわからないまでも、俺の中によぎった一瞬の不安を見抜いたようだ。

本当に、ティアには隠し事ができないし、ティアがいてよかった。

 

「・・・そうか、ありがとうな、ティア」

「いいわよ」

 

俺は感謝の言葉とともに、ティアの髪をなでる。

しばらくの間、俺とハジメがそれぞれ恋人を愛で、周りが様々なリアクションを取るという事態に発展した。

 

 

 

ちょいとカオスなことがあったが、もうすぐ日も暮れてしまうため、何とか気を持ち直して、さっそく下山することにした。

魔物の群れや黒竜、九尾の狐に関しては気になるところもあるが、それは俺たちの任務外だし、戦闘能力が低い保護対象を連れたまま調査するなんてもってのほかなので、その辺りはウィルも納得した。

他のクラスメイトたちは、妙な正義感から調査しようなどと言いだしたが、そこは愛ちゃん先生が危険度の高さから頑として譲らず、しぶしぶと納得した。仮に愛ちゃん先生の説得が失敗しても、俺が無理やりわからせるつもりではいたが。

そして、いざ洞窟から出ようとしたのだが・・・

 

「・・・へぇ、噂をすれば、か」

「ツルギ?」

「お前ら、戦闘用意をとれ。歓迎が来てるぞ」

 

俺の言葉に、ハジメたちの顔に緊張が走る。

洞窟からでると、そこには、

 

「グゥルルルル」

 

低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より金の眼で睥睨する・・・“竜”がいた。




「・・・九尾の狐、ね」
「ティア?」
「いえ、なんでもないわ」

おや?ティアの様子が・・・


~~~~~~~~~~~


ちょいと意味ありげなシーンも交えつつ、書き上げました。
さて、察した読者様もいらっしゃると思いますが、ついに駄竜と新オリキャラの登場です。


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黒い竜と九尾の狐

「へぇ、まさか、向こうから来てくれるとはな」

 

俺たちの前に現れた竜は、体長は7mほど、体は漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には5本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見えることから魔力で纏われているようだ。空中で翼をはためかせる度に、翼の大きさからは考えられない程の風が渦巻く。だが、何より印象的なのは、夜闇に浮かぶ月の如き黄金の瞳だろう。爬虫類らしく縦に割れた瞳孔は、剣呑に細められていながら、なお美しさを感じさせる光を放っている。

ライセン大峡谷にも同じ形状の魔物にハイベリアがいたが、それとは比べ物にならない迫力だ。例えるなら、まさしく王者を目の前にしたような感じか。

愛ちゃん先生たちは、蛇ににらまれた蛙のように硬直してしまっている。

特に、ウィルは真っ青な顔でガタガタと震えて今にも崩れ落ちそうだ。脳裏に、襲われた時の事がフラッシュバックしているのだろう。

ハジメの方も、予想していたよりも相手が強力であると認識を改めたようで、油断なく黒竜を見ている。

その黒竜は、俺たち、いや、正確にはウィルの姿を確認すると、ギロリとその鋭い視線を向けた。そして、おもむろに頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだした。

おそらく、川の一部と冒険者を消し飛ばしたブレスを放つつもりなのだろう。

だが、愛ちゃん先生たちは驚愕から抜けきっておらず、硬直したままだ。

 

「ちっ、ハジメ、こいつらのお守りは任せた!」

「おい、ツルギ!?」

 

愛ちゃん先生たちが動けないのを認識した直後、俺は速攻でその場から飛び出した。

次の瞬間、黒竜の口からレーザーの如き黒色のブレスが一直線に放たれた。

ブレスはハジメたちのいるところに直撃するが、俺が飛び出した直後にハジメが宝物庫から2mほどある巨大な柩型の盾を取り出して、地面に固定していた。

あれは、タウル鉱石を主材にシュタル鉱石を挟んでアザンチウムで外側をコーティングしたもので、さらに“金剛”によって強化できる。仮に金剛とアザンチウムが突破されても、数秒でも耐えられるなら直ちに修復することができる。仮に突破されても、二層目のシュタル鉱石は魔力を注いだ分だけ強度を増す性質を持つので、ハジメの魔力ならまず突破はされないだろう。

それでも、やはりすさまじい威力を秘めているようで、徐々に押されている。

だが、黒竜の意識は完全にウィルに向けられ、時間も十分に稼いでくれた。

 

「落ちやがれ!」

 

この隙に俺は黒竜の死角に回り込み、黒竜よりも高く跳躍した。そして、黒竜のがら空きな背中にめがけ、重力魔法もプラスして威力を増した飛び蹴りを食らわせた。

 

「グゥルァアアア!?」

 

完全に不意打ちだった黒竜に、これを耐えることはできず、なすすべなく地面に落とされた。

そこに、剣製魔法で白と黒の双剣を生成して、落ちる勢いのまま黒竜に斬りつけた。

だが、

 

ガキキンッ!!

 

「うそだろ!?」

 

黒竜を斬り裂こうとした俺の双剣は、逆に黒竜の鱗に当たった瞬間にはじかれ、折れてしまった。

ハジメが作った黒刀ほどではないとはいえ、俺の剣製魔法で作った剣はそんじょそこらの金属なら簡単に両断できる。

もしかしたら、この鱗、アザンチウムと同じくらいの硬度を持っている可能性がある。おそらく、ハジメのドンナー・シュラークはもちろん、電磁加速式アンチマテリアルライフル“シュラーゲン”でも簡単に傷つかないかもしれない。

結論、めっちゃ俺と相性が悪い。

一応、俺の黒刀なら傷付けるくらいならできるだろうが、一つ気になることがある。

あの黒竜の魔力の回り方、普通のドラゴン型の魔物とは違う。

本来なら、魔物の魔力は魔石を心臓として、人間の血液と同じように体内を循環しているのだが、この黒竜はそうではなく、体全体が魔力で覆われているように見える。しかも、黒竜の中心部、そこにぽっかりと人型の空洞のようなものも見える。

もしかすると、あの黒竜は・・・

そう考えていると、森の中から紫の炎弾が20発ほど、ウィルに向かって殺到してきた。魔法の核が見えるから、どうやら火魔法の類いのようだ。

一応、ユエがウィルたちの守りに入っているが、突然のことに気づいていない。

 

「ちっ!!」

 

それを見た俺は、即座に剣製魔法で20丁のマスケット銃を生成し、一斉に撃ち放った。

放たれた弾丸は、寸分たがわず、すべての炎弾の核に命中し、霧散させた。

 

「え?」

 

そこで初めて、ユエが自分たちが攻撃されたことに気づいた。

炎弾が放たれた場所を確認すると、そこには九尾の狐の姿があった。

こちらは体長が5mほどと、黒竜に比べて小柄だが、体長のおよそ半分が九本の尻尾で占められており、異様な存在感を放っていた。体色は全体的に普通の狐と同じだが、耳や尻尾の先の毛は、先ほど放たれた炎弾の色と同じ紫色に染まっていた。赤色に染まった目は、こちらもやはりウィルを捉えている。

そして、こちらの魔力の回り方も、黒竜と似たようなものだ。

まだ憶測の域をでないが、確かめる価値はあるだろう。

 

「ハジメとシアは黒竜を頼む!ユエはそのまま愛ちゃん先生たちを守りつつ援護!俺とティアであの九尾の狐を無力化する!やるぞ!」

「おう!」

「ん!」

「はいですぅ!」

「わかったわ!」

 

俺の指示にハジメたちも従い、それぞれ目標に突っ込んでいった。

俺とティアが九尾の狐に迫ると、九尾の狐は踵を返して森の中に逃げ込んだ。どうやら、魔法戦がメインで直接戦闘は得意ではないようだ。

その証拠に、逃げながらも炎弾を放っているが、そのどれもが木々の合間を縫って正確に俺とティアを狙っている。それに、知恵も回っているようで、俺たちから逃げながらもウィルたちからは離れないように逃げている。

もっと言えば、俺も牽制としてマスケット銃を撃っているが、今のところ一発も当たっていない。知覚能力もなかなかのようだ。

 

「ちょっと、どうするの?これじゃあ、キリがないわよ」

「俺があいつの動きを誘導する。ティアはこのまま先行して、あいつの動きが鈍ったところを狙ってくれ」

「了解したわ」

 

そう言って、ティアは俺よりも前に出て九尾の狐を追いかけ始める。

俺も、木々やティアを避けて銃撃し、なおかつ九尾の狐の動きを狭めるように誘導していく。

そして、

 

「ギャウッ!?」

 

ついに俺の本命の銃弾が、九尾の狐の足元に着弾した。

今の弾丸は火魔法を込めたもので、九尾の狐の足元で小規模な爆発を引き起こした。

もちろん、この銃弾に倒せるほどの殺傷力はない。あくまで、一瞬動きを止める程度だ。

だが、その一瞬で十分だ。

 

「せやぁ!!」

「ギャウンゥッ!?」

 

この隙にティアが一気に追いつき、フェンリルに火魔法と風魔法を纏わせて九尾の狐にたたきつけた。

これにより、九尾の狐は思い切り吹き飛ばされ、さっきいた川に突っ込んだ。吹き飛ばされた衝撃で、思い切り水柱が上がる。

それでも、まだ意識を保っているようで、ふらつきながらも立ち上がろうとする。

だが、ここまで動きが鈍っていれば、十分だ。

俺は剣製魔法で刃渡りが1mほどある刀を生成した。俗にいう、物干し竿というものだ。

そして、それを肩越しに水平に構え、九尾の狐に急接近する。

 

「キュワァンッ!!」

 

俺が突っ込んでくるのを認識した九尾の狐は、さすがの反応と言うべきか、自分の周囲に20発の炎弾を出現させるが、俺の方がリーチもあって一瞬だけ早かった。

 

「はぁっ!!」

 

“瞬光”も発動し、俺は物干し竿を振るった。

次の瞬間、3()()の剣閃が閃いた。

“秘剣・燕返し”。“瞬光”の技能が使えるようになり、ハジメとの熱い議論で「もしかしたらできるんじゃないか?」と考え、ブルックの町に滞在したときに身に付けた技だ。

もちろん、参考は某アサシンだ。さすがに全くの同時とまではいかなかったが、一呼吸の内に3回は斬れるようになった。

動きの鈍った九尾の狐にこれを避けることはできず、なすすべもなく斬り裂かれた。

だが、これを受けた九尾の狐は倒れはしたが、血は流れていない。

 

「あれ?ツルギ、どうして血が流れていないの?」

「肉体は斬っていない。斬ったのは、魔法だ」

「魔法?」

「あぁ、こいつと、あと、あの黒竜も闇魔法で洗脳されているみたいだし、ただの魔物じゃないのはたしかだ」

 

俺の“魔眼”には、不自然な魔力の巡りの他に、闇魔法による洗脳が見られた。おそらく、術者に操られていたのだろう。

 

「さてと、ハジメの方もそろそろ終わって・・・」

 

ハジメたちもどうやら黒竜をかなり追い詰めたようで、黒竜はすでにあちこちから血を流して満身創痍だった。

その黒竜に、なにやらハジメがパイルバンカーの杭をやり投げの選手のように振りかぶっている。

その先にあるのは、黒竜の尻で・・・

 

「あ、ちょっ、ハジメ、待・・・!」

「ケツから死ね、駄竜が」

 

俺が止める暇もなく、ハジメはパイルバンカーの杭を思い切り黒竜の尻の穴に突き刺した。

 

『アーーーーーッなのじゃああああーーーーー!!!』

 

次の瞬間、くわっと目を見開いた黒竜が悲痛な絶叫を上げて目を覚ました。

ただ、先ほどまでのような竜の雄叫びではなく、女の声だ。それも、耳から聞こえるのではなく、直接脳内に語りかけてくるようだ。

 

『お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~』

 

しかも、その声は悲しげで、切なげで、それでいてどこか興奮したようなもので、あまりの衝撃に周りの全員が硬直してしまっている。

 

『ぬ、抜いてたもぉ~、お尻のそれ抜いてたもぉ~』

 

・・・なんか、状況と根拠があれだが、これで俺の予想が真実であるとわかった。

俺は気絶した九尾の狐を肩に担ぎながら近づき、黒竜に問いかける。

 

「・・・まさかとは思っていたが、お前、竜人族か?」

 

俺の問いかけに、黒竜はわずかに逡巡するような素振りをみせるが、『失態じゃ・・・』と呟いた後、すぐにあきらめたようにため息をついて答える。

・・・いったい、何に対する失態なのか、あまり考えたくはない。

 

『・・・いかにも、妾は誇り高き竜人族の一人じゃ』

「やっぱりか。ということは、こいつは妖狐族だな?」

『あぁ、それもそうじゃ。いろいろと事情があってのぅ。説明するから、とりあえずお尻のそれ抜いて欲しいんじゃが・・・そろそろ魔力が切れそうなのじゃ。この状態で元に戻ったら・・・大変なことになるのじゃ・・・妾のお尻が』

 

魔力の流れからまさかとは思っていたのだが、大当たりだった。

竜人族も妖狐族も、500年前に滅びたとされる伝説の種族だ。まさか、こんなところで出会うとは思わなかった。

まぁ、ユエも300年前にに滅びたとされる吸血鬼族だし、シアも“先祖返り”の亜人族で魔力持ちだから、今さら感はあるが。

 

『う、うぅ、ここは・・・?』

 

そんなことを考えていると、また違う女の声が聞こえた。

どうやら、俺の担いでいる狐も目を覚ましたようで、きょろきょろとうつろな目で周りを見渡している。

 

『おぉ、イズモよ。目を覚ましたか』

『その声は、ティオ様ですか?あなた様もご無事で・・・って、何か刺さってますよ!?』

『う、うむ、これはだな・・・ってアッ、止めるのじゃ!ツンツンはダメじゃ!刺激がっ!刺激がっ~!』

 

どうやら、この2人は知り合いのようだ。

ただ、ハジメが刺さった杭をガンガンとたたいてるので、さらなる刺激が送られている。

そのたびに、黒竜の顔がなんだかイケナイ感じに仕上がっている。

 

「滅んだはずの竜人族や妖狐族が、何故こんなところで一介の冒険者なんぞ襲っていたのか・・・俺も気になるな。本来なら、このまま尻からぶち抜いてやるところを、話を聞く間くらいは猶予してやるんだ。さぁ、きりきり吐け」

「ハジメ、気持ちはわかるがストップ。それくらいにしておけ。なんか、放送禁止ギリギリの顔になってるから。ていうか、魔力残量と今の状態になんの関係があるんだ?」

『竜化状態で受けた外的要因は、元に戻ったとき、そのまま肉体に反映されるのじゃ。想像してみるのじゃ。女の尻にその杭が刺さっている光景を・・・妾が生きていられると思うかの?』

 

・・・うわぁ。たしかに、やばいな。

 

『でじゃ、その竜化は魔力で維持しておるんじゃが、もう魔力が尽きる。あと1分ももたないのじゃ・・・新しい世界が開けたのは悪くないのじゃが、流石にそんな方法で死ぬのは許して欲しいのじゃ。後生じゃから抜いてたもぉ』

 

ちょっと看過しがたい言葉がでてきたが、俺としても話がしたいため、言われた通りにするか・・・

 

「いや、お前の都合なんざ知ったことじゃないし。散々面倒かけてくれたんだ。詫びとして死ね」

 

そう言いながら、ハジメが義手を振り上げる。

・・・ちょ~っと、こいつの言うことも看過できないなぁ。

 

「ストップだ、ハジメ。殺すな」

「あぁ、なんでだ?こいつらとは殺し合いをしたんだぞ?」

「こいつらは闇魔法で操られていただけだ。襲ってはきたが、敵意も殺意も悪意も、一度も向けてこなかっただろうが」

「だがなぁ・・・」

 

俺の説教にハジメが渋るが、ユエが横からハジメに抱きついて口をはさんできた。

 

「・・・自分に課した大切なルールに妥協すれば、人はそれだけ壊れていく。黒竜と九尾の狐を殺すことは本当にルールに反しない?」

 

どうやら、ユエとしても黒竜と九尾の狐を殺したくはないらしい。

それに、おそらくだが、ユエはハジメが“敵”以外を殺すことで、ハジメの心が壊れていくのを恐れているのだろう。

ハジメも、ユエの言葉を受け止めて振りかぶった義手を下ろした。どうやら、頭が冷えたようだ。

ただ、またもやユエと二人の世界を作り始めているが。

 

「おーい、お前ら、いちゃついてないで、さっさとやるぞ。ていうか、この杭は俺じゃあ抜けねぇんだから、ハジメがやれよ」

「ったく、わーったよ」

 

そう言って、ハジメが後ろに回って杭を掴み、引き抜き始めた。

 

『はぁあん!ゆ、ゆっくり頼むのじゃ。まだ慣れておらっあふぅうん。やっ、激しいのじゃ!こんな、ああんっ!きちゃうう、何かきちゃうのじゃ~』

 

・・・あー、うん、あれだな、完全に18禁だな。ハジメが力を込めるたびに、黒竜から嬌声が漏れる。

みっちり刺さっているので、何度か捻りを加えたり、上下左右にぐりぐりしながら力を相当込めているのも、拍車をかけているのだろう。俺に担がれている狐も、見てられないと言わんばかりに目を逸らす。

ハジメはと言えば、そのすべてを無視していた。

そして、ようやくズボッ!と杭を引き抜いた。

 

『あひぃいーーー!!す、すごいのじゃ・・・優しくってお願いしたのに、容赦のかけらもなかったのじゃ・・・こんなの初めて・・・』

 

そんな訳のわからないことを呟く黒竜は、直後、その体を黒色の魔力で繭のように包み完全に体を覆うと、その大きさをスルスルと小さくしていく。そして、ちょうど人が一人入るくらいの大きさになると、一気に魔力が霧散した。

黒き魔力が晴れたその場には、両足を揃えて崩れ落ち、片手で体を支えながら、もう片手でお尻を押さえて、うっとりと頬を染める黒髪金眼の美女がいた。腰まである長く艶やかなストレートの黒髪が薄らと紅く染まった頬に張り付き、ハァハァと荒い息を吐いて恍惚の表情を浮かべている。

見た目は20代前半くらいで、身長は170㎝近くあるだろう。見事なプロポーションを誇っており、息をする度に、乱れて肩口まで垂れ下がった着物から覗く2つの双丘が激しく自己主張し、今にもこぼれ落ちそうになっている。

ただ不思議なことに、それを見てもちっとも興奮せず、むしろ汚物を見ているような気分になる。

 

「ハァハァ、うむぅ、助かったのじゃ・・・まだお尻に違和感があるが・・・それより全身あちこち痛いのじゃ・・・ハァハァ・・・痛みというものがここまで甘美なものとは・・・」

 

なにやら、危ない表情で危ない発言をしている。

・・・うん、いざとなればハジメの責任にしよう。

 

「それよりも、イズモ、お主も“変化(へんげ)”を解いたらどうじゃ」

『は、はい。わかりました』

 

狐はどこか戸惑いながらも、俺の肩から降りる。

すると、狐の体が紫色の炎に包まれ、次の瞬間には金髪赤眼の美女が現れた。

こちらも見た目は20代前半くらいで、身長も駄竜と同じ170㎝近くだ。胸は駄竜ほどではないがそこそこ大きく、忍者装束のような服の隙間からうっすらと谷間が見える。また、こちらの金髪はユエの黄金のような輝きではなく、秋の稲穂を連想させるような、落ち着いた色調だ。

そして、何よりも特徴的なのが、臀部から生える9本の尻尾だ。着物に穴でも開けているのかはわからないが、遠めに見てもとてつもないボリュームであることがわかる。

2人の美女が現れたことで、特に男子が盛大に反応していた。思春期真っ只中の男子生徒3人は、若干前屈みになっていた。このまま行けば四つん這い状態になるかもしれない。

女子の彼らを見る目は、既にゴキブリを見る目と大差がない。

 

「面倒をかけた。本当に、申し訳ない。妾の名はティオ・クラルス。最後の竜人族クラルス族の1人じゃ」

「私の名はイズモ・クレハ。ティオ様共々目を覚まさせていただき、深く感謝する」

「礼はいい。それよりも、お前らの知っていることを話してくれ」

「うむ、順番に話す。まずは・・・」

 

そうして、俺たちはティオとイズモから事情を聴き始めた。




「お前も“瞬光”が使えるんだから、これくらいはできるんじゃないか?」
「たしかに、ロマンがあふれるこの技、試さずにはいられないな」
「頼んだぞ、剣!」
「任せろ、ハジメ!」
ガッ!(力強く握手する音)
「・・・二人とも、なにやってるの?」
「少なくとも、バカなことなのは確かだと思うわ」
「あはは・・・」

ツルギのオタク化は、ハジメが原因。


~~~~~~~~~~~


ちょっと変則的ですが、キリがいいのでこんな感じで投稿しました。
さて、今回はオリキャラ+オリジナル種族を出しました。
僕としては「むしろ、原作にいてもよかったんじゃないかな?」と思ったので、ならここで出そうと思い、実行しました。
九尾のモフモフ狐。これは正義です。


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いらん手間をかけさせないでくれ

まず、ティオとイズモと名乗った2人がここにいる理由は、簡単に言えば俺たちが原因だった。

詳細は省かれたが、竜人族の中には魔力感知に優れた者がおり、数ヶ月前に大魔力の放出と何かがこの世界にやって来たことを感知したらしい。

竜人族と妖狐族は表舞台には関わらないという種族の掟があるらしいのだが、流石に、この未知の来訪者の件を何も知らないまま放置するのは自分達にとっても不味いのではないかということで、議論の末に調査の決定がなされたそうだ。

目の前の2人は、その調査の目的で集落から出てきたらしい。本来なら、山脈を越えた後は人型で市井に紛れ込み、自分たちの種族を秘匿して情報収集に励むつもりだったのだが、その前に一度しっかり休息をと思い、この1つ目の山脈と2つ目の山脈の中間辺りで休んでいたらしい。当然、周囲には魔物もいるので、それぞれの代名詞である竜人族の固有魔法“竜化”による黒竜状態と妖狐族の固有魔法“変化”による九尾の狐状態になって。

ちなみに、妖狐族の“変化”はかなりの高性能で、アーティファクトがなくても、かなりの高精度で変身できるらしい。耳や尻尾を隠すのはもちろん、誰かの姿そっくりに似せることもできるほど。そのため、昔は竜人族の側近兼諜報員として側に仕えていたらしい。ティオとイズモは、例外的に友人関係を築いているらしいが。

それはさておき、睡眠状態に入った黒竜の前に1人の黒いローブを頭からすっぽりと被った男が現れた。その男は、眠る黒竜に洗脳や暗示などの闇系魔法を多用して徐々にその思考と精神を蝕んでいった。

当然、そんな事をされれば起きて反撃するのが普通だ。だが、ここで竜人族の悪癖が出る。そう、例のことわざの元にもなったように、竜化して睡眠状態に入った竜人族は、まず起きないのだ。それこそ尻を蹴り飛ばされでもしない限り。

それは妖狐族も似たようなもので、意図的に深い眠りに長時間就くことで、効率的な体力回復を図るらしい。

それでも、竜人族は精神力においても強靭なタフネスを誇るので、そう簡単に操られたりはしない。

では、なぜ、ああも完璧に操られたのか、というと、

 

「恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな。そんな男に丸1日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾と言えど、流石に耐えられんかった・・・」

 

ティオは一生の不覚!とでも言わんばかりだが、1つツッコみたいことがある。

 

「それはつまり、調査に来ておいて丸1日、魔法が掛けられているのにも気づかないくらい爆睡していたって事じゃないのか?」

 

俺の代わりにハジメが言ったことに、全員の目が、何となくバカを見る目になる。

ティオはさっと視線を逸らす。

 

「ていうか、イズモもなんで気付かなかったんだよ」

「いや、私に魔法がかけられていたのならともかく、ティオ様にかけられているのには気づかなくてな・・・」

 

結果、イズモが起きるころにはティオは洗脳されてしまい、イズモもティオを人質にされて洗脳を受け入れざるを得なかった、ということらしい。

ちなみに、なぜ丸1日かけたと知っているのかというと、洗脳が完了した後も意識自体はあるし記憶も残るところ、本人が「丸1日もかかるなんて・・・」と愚痴を零していたのを聞いていたからだそうだ。

その後、ローブの男に従い、2つ目の山脈以降で魔物の洗脳を手伝わされていたのだという。そして、ある日、1つ目の山脈に移動させていたブルタールの群れが、山に調査依頼で訪れていたウィル達と遭遇し、目撃者は消せという命令を受けていたため、これを追いかけた。うち1匹がローブの男に報告に向かい、万一、自分が魔物を洗脳して数を集めていると知られるのは不味いと万全を期して2人を差し向けたらしい。

で、気が付けば俺たちと遭遇し、ボコボコにされた。そして、イズモは俺が魔法を斬ったおかげで、ティオは尻からの強烈な衝撃で目を覚ました、ということらしい。一応、ハジメが尻に杭を叩き込む前に、シアがドリュッケンを脳天にたたきつけたみたいだが、果たしてどちらの衝撃で正気が戻ったのか・・・。

 

「・・・ふざけるな」

 

だいたいの事情説明が終わると、激情を必死に押し殺したような震える声が発せられた。その声の主は、ウィルだ。

 

「・・・操られていたから・・・ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんを、クルトさんを!殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」

「「・・・」」

 

どうやら、状況的に余裕が出来たせいか冒険者達を殺されたことへの怒りが湧き上がったらしい。激昂して二人へ怒声を上げる。

対する二人は、一切の反論をしなかった。

ただ、静かな瞳でウィルの言葉の全てを受け止めるよう真っ直ぐ見つめている。その態度がまた気に食わないのか、

 

「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう!大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる!」

「・・・今の話は本当だ」

「あぁ、竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない」

 

それでもウィルはなにかを言いつのろうとするが、その前にユエが止める。

 

「・・・きっと、嘘じゃない」

「っ、一体何の根拠があってそんな事を・・・」

「・・・竜人族は高潔で清廉。それは、竜人族に仕えた妖狐族も同じ。私は皆よりずっと昔を生きた。竜人族と妖狐族の伝説も、より身近なもの。2人は“己の誇りにかけて”と言った。なら、きっと嘘じゃない。それに・・・嘘つきの目がどういうものか、私はよく知っている」

 

そう言ってユエは、どこか遠くを見た。おそらく、昔に聞いた竜人族の話を思い出しているのだろう。決して、先ほどの醜態を思い返して遠い目をしているわけではない、と思いたい。

そして、俺からもウィルに忠告する。

 

「それとだな、お前はわかってないようだから言うが、冒険者ってのはもともとこういう職業だ。危険に飛び込み、時にはあっさりと命を落とす。冒険者ってのは、死と隣合わせの職業なんだ。こういうことも珍しくない。今さら、魔物に襲われて命を落としたくらいで、軽々しく感情的になるな。じゃなきゃ、お前もいつかあっさり死ぬことになるぞ」

 

俺の言葉に、ウィルはもちろん、愛ちゃん先生たちも言葉を失い、呆然としていた。

 

「ふむ、この時代にも竜人族のあり方を知るものが未だいたとは・・・いや、昔と言ったかの?」

 

そこに、ティオの言葉で我に返る。どうやら、先ほどのユエの言葉に興味を抱いたらしい。

 

「・・・ん。私は、吸血鬼族の生き残り。300年前は、よく王族のあり方の見本に竜人族の話を聞かされた」

「何と、吸血鬼族の・・・しかも300年とは・・・なるほど死んだと聞いていたが、主がかつての吸血姫か。確か名は・・・」

 

どうやら、単純に引きこもっていたわけではないらしく、世界情勢にもある程度は精通していたようだ。おそらく、今までと同じように里からでてきた竜人族か妖狐族が正体を隠して調査していたのかもしれない。

そして、ティオやイズモをもってしても吸血姫の生存は驚いたようだ。周囲のウィルや愛子達も、驚愕の目でユエを見ている。

 

「ユエ・・・それが私の名前。大切な人に貰った大切な名前。そう呼んで欲しい」

 

そんなティオの言葉に、ユエは幸せオーラを振りまきながら答える。

突然の惚気に一同は複雑な表情になるが、ウィルの方はやはり冒険者たちの無念を晴らすまでにはいかなかったようだ。

 

「・・・それでも、殺した事に変わりないじゃないですか・・・どうしようもなかったってわかってはいますけど、それでもっ!ゲイルさんは、この仕事が終わったらプロポーズするんだって・・・彼らの無念はどうすれば・・・」

 

・・・これは、あれだな、そんな立派なフラグを建てる方が悪いと思わなくもないな。

そして、結婚するという言葉に、あるものを思い出した。

 

「ウィル、これはそのゲイルってやつの持ち物か?」

 

そう言って、俺は調査中に見つけたロケットペンダントをウィルに差し出す。すると、ウィルはそれを受け取ると、マジマジと見つめ嬉しそうに相好を崩す。

 

「これ、僕のロケットじゃないですか!失くしたと思ってたのに、拾ってくれてたんですね。ありがとうございます!」

「あれ?お前の?」

「はい、ママの写真が入っているので間違いありません!」

「ま、まま?」

 

なんか、予想と違った返答が返ってきた。

写真の女性の写真は20代前半といったところだ。母親と言うにはいくらなんでも若すぎる。

そのことを聞くと、「せっかくのママの写真なのですから若い頃の一番写りのいいものがいいじゃないですか」と、まるで自然の摂理を説くが如く素で答えられた。

あぁ、なんだ、ただのマザコンか。

この事実に、女性陣は完全にドン引きしていた。

ちなみに、ゲイルとやらの相手は“男”らしい。そして、ゲイルのフルネームはゲイル・ホモルカというそうだ。なんというか、名は体を表すとはよく言ったものだ。

とりあえず、ウィルは母親の写真のおかげで落ち着きを取り戻したが、今度は冷静にティオとイズモを殺すべきだと主張した。また、洗脳されたら脅威だというのが理由だが、建前なのは見え透いている。主な理由は復讐だろう。

だが、

 

「ったく、言っておくがな、何を言ってもお前の意見を聞き入れるつもりはないぞ」

「な、なんでですか!」

「殺す意味も理由もないからだ。むしろ、実力者2人を殺す方がよっぽど害悪だな。また洗脳されたら脅威だと言ってるが、そんなの他の実力者だって同じだ」

「で、でも!」

「余計な感情は捨てろ。それは、この場ではいらないものだ」

 

俺は先ほどよりも強く言い、今度こそウィルを黙らせた。

そこに、ティオとイズモも声音に罪悪感を含ませながら己の言葉を紡ぐ。

 

「操られていたとはいえ、妾たちが罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実。償えというなら、大人しく裁きを受けよう。だが、それには今しばらく猶予をくれまいか。せめて、あの危険な男を止めるまで」

「あの男は、魔物の大群を作ろうとしている。竜人族と妖狐族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は私たちにも責任がある。放置はできん・・・勝手は重々承知している。だが、どうかこの場は見逃してくれんか」

 

2人の言葉を聞き、その場の全員が魔物の大群という言葉に驚愕をあらわにする。

詳しく話を聞くと、黒ローブの男が、魔物を洗脳して大群を作り出し町を襲う気であると語った。その数は、既に3000から4000に届く程の数だという。何でも、2つ目の山脈の向こう側から、魔物の群れの主にのみ洗脳を施すことで、効率よく群れを配下に置いているのだとか。

とりあえず、その黒ローブの男の正体について確認を入れておこう。あの可能性がある。

 

「ティオ、イズモ。その黒ローブの男ってのは、黒髪黒目の少年だったか?あるいは、勇者のことを知っている素振りはなかったか?」

「み、峯坂君?いったい何を。そんなわけが・・・」

「いや、お主の言う通りじゃ。たしかに黒髪黒目の少年で、『これで自分は勇者より上だ』などと口にしておった」

「あぁ、ずいぶんと勇者を妬んでいる様子だった」

 

愛ちゃん先生は俺の言葉を否定しようとしたが、ティオとイズモは俺の言葉にうなずく。

黒髪黒目の少年で、勇者のことを知っていて、なおかつ闇系統魔法に天賦の才がある者。ここまでくれば、愛ちゃん先生たちでも正体がわかる。

愛ちゃん先生から話を聞いて、イルワからの情報をもとに考えたが、やっぱり正解だったか。

愛ちゃん先生たちはと言えば、「そんな、まさか・・・」と呟きながら困惑と疑惑が混ざった複雑な表情をした。限りなく黒に近いが、信じたくないといったところだろう。

 

「おぉ、これはまた・・・」

 

すると、突然ハジメが遠くを見る目をして呟いた。どうやら、俺と同じように、二人が話している間にオルニスを飛ばして魔物の群れを探していたようだ。どうしてこうも、俺とは違う方向で見つかるのか。

 

「ハジメ、数はどんなもんだ?」

「こりゃあ、3,4000ってレベルじゃないぞ?桁が1つ追加されるレベルだ」

 

ハジメの報告に全員が目を見開く。しかも、どうやら既に進軍を開始しているようだ。方角は間違いなくウルの町がある方向。このまま行けば、半日もしない内に山を下り、一日あれば町に到達するだろう。

俺は、すぐにやるべきことを告げる。

 

「とりあえず、さっさと山を下りよう。んで、町に着いたら町民の避難と王都への連絡だな。ぼさっとしてる暇はないぞ」

 

とりあえず、ハジメや愛ちゃん先生たちも異論はないようで、すぐに頷いて山を下りようとする。

そこに、ふとウィルの呟き声が聞こえてきた。

 

「あの、ツルギ殿たちなら何とか出来るのでは・・・」

 

その言葉に、愛ちゃん先生たちが一斉に俺たちの方を振り向く。

その目は、明らかに期待の色に染まっていた。

だが、今回はあいにくとその要望に応えるつもりはない。

 

「言っとくが、やらないぞ。あくまで俺たちの仕事はウィルをフューレンに送ることだ。今回のこれは完全に俺たちの管轄外だからな。だから、さっさと行くぞ」 

 

そう言って、俺はウィルの首根っこをつかんで山を下りようとする。

そこに、ウィルや愛ちゃん先生たちが慌てて異議を唱えてくる。

このまま大群を放置するのか、黒ローブの正体を確かめたい、ハジメなら大群も倒せるのではないか・・・。

・・・どいつもこいつも、現実ってものを理解していない。

 

「さっきも言ったが、俺たちの仕事はあくまでウィルの保護だ。魔物との戦争なんてものは俺たちの管轄外だ。そもそも、殲滅戦ってのはこんな見通しの悪い場所でやるものじゃない。このままやっても、せいぜい1万も殺せずに物量で押されて無駄死にするのが関の山だ」

「それに、仮に大群と戦う、あるいは黒ローブの正体を確かめるって事をするとして、じゃあ誰が町に報告するんだ?万一、俺達が全滅した場合、町は大群の不意打ちを食らうことになるんだぞ?ちなみに、魔力駆動は俺たちしか動かせない構造だから、俺らに戦わせて他の奴等が先に戻るとか無理だからな」

 

俺とハジメの理路整然とした正論にウィルや愛ちゃん先生たちも現実を理解したようで、何も言えなくなりうつむいた。

 

「まぁ、ご主じ・・・コホンッ、彼らの言う通りじゃな。妾も魔力が枯渇している以上、何とかしたくても何もできん。まずは町に危急を知らせるのが最優先じゃろ。妾も一日あれば、だいぶ回復するはずじゃしの」

「・・・ティオ様、今、なんと言いかけました?まさか、ご主人と言おうとしていませんでしたか?」

 

押し黙った一同へ、後押しするようにティオが言葉を投げかける。若干、ハジメに対して変な呼び方をしそうになっていた気がするが・・・気のせいだろう。例え、イズモが同じことを追及していたとしても、さっきの言い間違いは気のせいにちがいない。

愛ちゃん先生も、それが最善だと清水への心配は一時的に押さえ込んで、まずは町への知らせと、今、傍にいる生徒達の安全の確保を優先することにした。

ちなみに、ティオは魔力枯渇で動けないので、ハジメが首根っこを掴みズルズルと引きずって行く。実は、誰がティオを背負っていくかと言うことで男子達が壮絶な火花を散らしたのだが、それは女子生徒達によって却下され、ティオ本人の希望もあり、何故かハジメが運ぶことになった。

だが、そこで背負ったり抱っこしないのがハジメクオリティー。面倒くさそうに顔をしかめると、いきなりティオの足を掴みズルズルと引きずりだしたのだ。

愛ちゃん先生たちの猛抗議により、仕方なく首根っこに持ち替えたが、やはり引きずるのは変わらない。何を言ってもハジメは改めない上、何故かティオが恍惚の表情を浮かべ周囲をドン引きさせた結果、現在のスタイルでの下山となった。

また、その様子を見たイズモの目にキラリと光るものが見えたので、俺とティアで必死に慰めた。

そんなこんなで、俺たちは下山してウルの町へと向かった。




「・・・(ジ~ッ)」
「ん?ティア殿、私に何か用か?」
「・・・いえ、別に何でもないわ」
(・・・こういうティアもかわいいなぁ)

おや?ティアの様子が・・・(再び)


~~~~~~~~~~~


今回のツルギ君はキレ気味に仕上がりました。
それと、実はですね、ここで問題なのが、新オリキャラのイズモなんですが、まだ戦闘ステータスの構想があやふやなんですよ。
一応、ある程度の形はあるんですが、属性適性とかその辺りをどうしようか、まだ考えている最中です。
まぁ、どのみち次回か次々回くらいまでには決めますが、もしリクエストがあるなら、その中から抜擢したり組み合わせるのも悪くないかな?とか考えていたり。(コメ稼ぎじゃないですよ?)


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先生の言葉

ティオとイズモの話を聞いて、俺たちは今、行きよりも猛スピードで山道を降りている。

今の状態は、ヴィントに俺と、俺とハンドルの間にティア、イズモが後ろから俺にしがみついて乗り、あとは全員ブリーゼの中だ。

イズモが俺の後ろにしがみついているのは、単純に定員オーバーと、イズモが前だと尻尾が邪魔だからだ。イズモは変化で周りから尻尾を見えなくすることができるが、尻尾そのものがなくなるわけではない。さすがに人ごみの中を歩くくらいなら誤魔化せるようだが、完全な密着状態だとそうはいかないらしい。

ティアはこれに不満気だったが、さすがに事の重大さはわかっているため、文句は言わなかった。

ちなみに、途中でデビッドたちが愛ちゃん先生の姿を確認して両手を大きく広げて出迎えようとしたが、前方をブリーゼで走るハジメはさくっと無視してそのまま突っ込んだ。もちろん、デビッドはギリギリで避けたが。

さすがにやりすぎな気がしなくもないが、出迎えるデビッドの顔が気持ち悪かったから良しとしよう。

そんなこんなで、ウルの町にたどり着くと、俺たちは悠然と歩きながら、愛ちゃん先生たちが足をもつれさせる勢いで町長のいる場所へ駆けていった。

本当は俺たちとウィルはさっさとフューレンに行きたかったのだが、むしろ愛ちゃん先生たちより先にウィルが飛び出していってしまったため、仕方なく後を追いかけることになった。

俺たちが町役場に着くころには、既に場は騒然としていた。ウルの町のギルド支部長や町の幹部、教会の司祭達が集まっており、喧々囂々たる有様である。皆一様に、信じられない、信じたくないといった様相で、その原因たる情報をもたらした愛ちゃん先生たちやウィルに掴みかからんばかりの勢いで問い詰めている。

普通なら、明日にも町は滅びますと言われても狂人の戯言と切って捨てられるのがオチだろうが、一応は“神の使徒”にして“豊穣の女神”たる愛ちゃん先生の言葉である。そして最近、魔人族が魔物を操るというのは公然の事実であることからも、無視できるはずもなかった。

ちなみに、俺も念話石で参加していたのだが、車中の話し合いでティオとイズモの正体と黒幕が清水幸利である可能性は伏せることになった。ティオとイズモに関しては、竜人族と妖狐族の存在が公になるのは好ましくないので黙っていて欲しいと本人から頼まれたため、黒幕に関しては愛ちゃん先生が、未だ可能性の段階に過ぎないので不用意なことを言いたくないと譲らなかったためだ。

俺も清水に関しても賛成した。“神の使徒”で“勇者の仲間”の一人が町を滅ぼそうとしていることが公になったら、俺たちはもちろん、王都にいるクラスメイトにも無視できない影響が及ぶ可能性が高い。その点から、黒幕に関しては現段階では伏せることにしたのだ。

ティオとイズモに関しては、愛ちゃん先生が竜人族は聖教教会にとっても半ばタブー扱いであることから、混乱に拍車をかけるだけということと、バレれば討伐隊が組まれてもおかしくないので面倒なことこの上ないと秘匿が了承された。

そんな喧騒の中、ウィルに追いついた俺たちはウィルの首根っこをつかむ。

 

「おい、勝手に突っ走るなよ。自分が保護対象だって自覚してくれ。報告が済んだなら、さっさとフューレンに向かうぞ」

 

俺の言葉に、ウィルの他、愛ちゃん先生たちも驚いたように俺を見た。他の重鎮達は「誰だ、こいつ?」と、危急の話し合いに横槍を入れた俺に不愉快そうな眼差しを向けるが、特に重要な事でもないから丸っと無視する。

 

「な、何を言っているのですか、ツルギ殿?今は、危急の時なのですよ?まさか、この町を見捨てて行くつもりでは・・・」

「見捨てるも何も、どのみちこの町は放棄することになるだろう。観光の町の防衛設備なんて、たかが知れてるからな。おそらく、避難先もフューレンか王都あたりになるはずだ。だったら、先にフューレンに向かったところでなにも問題はないだろう。ちょっと人より早く避難するだけだ」

「そ、それは・・・そうかもしれませんが・・・でも、こんな大変な時に、自分だけ先に逃げるなんて出来ません!私にも、手伝えることが何かあるはず。ツルギ殿も・・・」

 

・・・ったく、これだから現実を理解できないガキはいやなんだよ。

 

「で?場を引っ掻き回すことしかしてないお前になにができる?それとも、自分が矢面に立って魔物と戦うとでもいうのか?」

「う、そ、それは・・・」

「お前の“自分にできる”ってのは、“できたらいい”ってだけで実際はお前には“できない”ことだ。自分が何をすべきか、自分に何ができるかを本当にわかってないなら、それはただの足手まといだ」

「で、ですが!」

「これでもわからないと言うなら、言わせてもらう。自分に貴族の仕事ははできないと現実に負けて家を飛び出して、理想しか見ずに逃げてばかりでこんなところに来たお前に、今できることは何もない。どうしてもと駄々をこねるなら、四肢をへし折ってでもフューレンに連れて行かせてもらうぞ」

「なっ、そ、そんな・・・」

 

俺の言葉が本気だと理解したらしいウィルは、顔を青ざめさせて後退りする。

おそらくウィルからすれば俺たちはヒーローみたいに思えているのかもしれないが、現実にそんな都合のいい存在はいない。

人間は、たとえ俺たちであっても、すべてを守ることなんてできない。俺はそれをわきまえているからこそ、すべてを救うベストではなく、より多くを守るベターを選択する。

そもそも、この世界のことはこの世界の人間がするべきことだ。異世界人の俺たちが、おいそれと手を出していいものではない。

ハジメもウィルを無理やり連れていくということに異論はないようで、特に口を挟まず俺とウィルの様子を見ている。

決断を迫るように俺が一歩近づこうとすると、俺の目の前に立ちふさがるようにして小さい人影がでてきた。

その人影の正体は、愛ちゃん先生だ。

愛ちゃん先生が、決然とした様子で真っすぐに俺を見ている。

 

「峯坂君。君なら・・・君たちなら魔物の大群をどうにかできますか?いえ・・・できますよね?」

 

愛ちゃん先生は、どこか確信しているような声音で、俺たちなら魔物の大群をどうにかできる、すなわち、町を救うことができると断じた。その言葉に、周囲で様子を伺っている町の重鎮達が一斉に騒めく。

・・・なんだか、めんどくさい予感がしてきたぞ。

とりあえず、適当に誤魔化しておこう。

 

「いや、愛ちゃん先生、さすがに数万の魔物を相手に俺たちだけじゃ無理だ。もう少し少なければまだなんとかなったかもしれんが・・・」

「でも、山にいた時、ウィルさんの君たちなら何とかできるのではという質問に“できない”とは答えませんでした。それに、“殲滅戦ってのはこんな見通しの悪い場所でやるものじゃない”とも言っていましたよね?それは平原なら殲滅戦が可能という事ですよね?違いますか?」

「・・・はぁ、よく覚えてんなぁ」

 

思っていた以上に、愛ちゃん先生の記憶力がよかったな。これなら、下手なことは言わなければよかった。思わず、ため息がでてしまう。

 

「峯坂君。どうか力を貸してもらえませんか?このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、多くの人々の命が失われることになります」

「・・・意外だな。あんたは生徒の事が最優先なのだと思っていた。色々活動しているのも、それが結局、少しでも早く帰還できる可能性に繋がっているからじゃなかったのか?なのに、見ず知らずの人々のために、その生徒に死地へ赴けと?その意志もないのに?まるで、戦争に駆り立てる教会の連中みたいな考えだな?」

 

俺の揶揄するような言葉に、しかし愛ちゃん先生はまったく動じなかった。

その表情は、ついさっきまでの悩みに沈んだ表情ではなく、決然とした“先生”の表情だった。近くで俺と愛ちゃん先生の会話を聞いていたウルの町の教会司祭が、俺の言葉に含まれる教会を侮蔑するような言葉に眉をしかめているのを尻目に、愛ちゃん先生は俺に一歩も引かない姿勢で向き直る。

 

「・・・元の世界に帰る方法があるなら、直ぐにでも生徒達を連れて帰りたい、その気持ちは今でも変わりません。でも、それは出来ないから・・・なら、今、この世界で生きている以上、この世界で出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を、少なくとも出来る範囲では見捨てたくない。そう思うことは、人として当然のことだと思います。もちろん、先生は先生ですから、いざという時の優先順位は変わりませんが・・・」

 

愛ちゃん先生が、一つ一つ確かめるように言葉を紡いでいく。

 

「峯坂君。先生は、君が日本にいた時に何があったのか知りません。ですが、そのような強い決意を持たせてしまうような、つらいことがあったということはわかります。南雲君も、あんなに穏やかだったのに、あのように変わってしまうほど、想像を絶することを経験してきたと思います。そこでは、誰かを慮る余裕などなかったのだと思います。2人が一番苦しい時に傍にいて力になれなかった先生の言葉など・・・君たちには軽いかもしれません。でも、どうか聞いて下さい」

 

俺は黙ったまま、愛ちゃん先生に先を促す。

 

「南雲君。君は昨夜、絶対日本に帰ると言いましたよね?では、南雲君、君は、日本に帰っても同じように大切な人達以外の一切を切り捨てて生きますか?君の邪魔をする者は皆排除しますか?そんな生き方が日本で出来ますか?日本に帰った途端、生き方を変えられますか?先生が、生徒達に戦いへの積極性を持って欲しくないのは、帰ったとき日本で元の生活に戻れるのか心配だからです。殺すことに、力を振るうことに慣れて欲しくないのです」

「・・・」

「それは、峯坂君も同じです。もしかしたら、この世界に来る前からそのような決意をしているのかもしれませんし、その価値観を変えることはないのかもしれません。それでも、必要だからと簡単に何かを切り捨てる峯坂君を、先生は心配しているんです」

「・・・」

「南雲君、峯坂君、2人には2人の価値観があり、君たちの未来への選択は常に君たち自身に委ねられています。それに、先生が口を出して強制するようなことはしません。ですが、君たちがどのような未来を選ぶにしろ、大切な人と必要なこと以外の一切を切り捨てるその生き方は・・・とても“寂しい事”だと、先生は思うのです。きっと、その生き方は、君たちにも君たちの大切な人にも幸せをもたらさない。幸せを望むなら、出来る範囲でいいから・・・他者を思い遣る気持ちを忘れないで下さい。元々、君たちが持っていた大切で尊いそれを・・・捨てないで下さい」

 

一つ一つに思いを込めて紡がれた愛ちゃん先生の言葉が、向き合う俺と後ろで聞いているハジメに余すことなく伝わっていくのを感じる。町の重鎮達や生徒達も、愛ちゃん先生の言葉を静かに聞いている。特にクラスメイト達は、力を振るってはしゃいでいた事を叱られている様な気持ちになりバツの悪そうな表情で俯いているようだ。それと同時に、愛ちゃん先生は今でも本気で自分達の帰還と、その後の生活まで考えてくれていたという事を改めて実感し、どこか嬉しそうな擽ったそうな表情も見せていた。

・・・さて、どこから考えるべきか。

まさか、俺が()()()()()()生きていると日本にいたときから察せられているとは思わなかった。

たしかに、俺はそのような過去を持っているし、何を言われようとも今の生き方を変えるつもりはない。これは、短いながらも俺の半生で身についたものだ。

もちろん、愛ちゃん先生が俺に何があったのかなど、知っていないだろう。それなら、「知った口を聞くな」、「何も知らないくせに」と言うのは簡単だ。あるいは、愛ちゃん先生が言った通り、“軽い”言葉だと切り捨てることもできる。

だが、どうにもそのように言うことができなかった。それこそ、そんな俺の反論の方が“軽い”と思ったからだ。

今も、真っ直ぐ自分を見つめる“先生”に、それこそそんな“軽い”反論をすることは、あまりに見苦しい気がする。

それに、先生はあのバカ勇者とは違って、少しも自分の意見を押し付けるようなことはしなかった。あくまで、決断は俺たちに委ねる、と。愛ちゃん先生の言葉のすべては、ただ俺とハジメの未来の幸福を願っているものだ。

俺は、ちらっとティアの方を見る。

必要なこと以外はすべて切り捨てる。それなら、俺はティアのことを切り捨てることもできた。ティアの問題など、俺には関係ない、と。

だが、俺はそうしなかった。たとえ必要がない、それどころか、俺にほとんど得がないことを、俺は自分から引き受けた。

そして、俺はティアに恋をし、ティアの幸せのために動くことを決めた。

この先、ティアの問題の結末がどうのようになるかはわからない。だが、少しでもティアの幸福につながるというなら、そのために動くのも悪くはないだろう。

もちろん、俺は愛ちゃん先生の言ったことすべてに納得したわけではない。結局のところ、愛ちゃん先生の言うことは理想で、この世界では幻想だ。

それでも、曲がりなりにも“自分の先生”の本気の“説教”だ。戯言と切って捨てるのは、少々子供が過ぎると言うものだろう。

いったん、俺はハジメに視線を向ける。

ハジメもそれに気づいたようで、愛ちゃん先生に問いかける。

 

「・・・先生は、この先何があっても、俺たちの先生か?」

「当然です」

「・・・俺たちがどんな決断をしても?それが、先生の望まない結果でも?」

「言ったはずです。先生の役目は、生徒の未来を決めることではありません。より良い決断ができるようお手伝いすることです。君たちが先生の話を聞いて、なお決断したことなら否定したりしません」

 

ハジメの問い掛けに、愛ちゃん先生は迷いなく答える。

ハジメはしばらく、愛ちゃん先生の言葉に偽りがないか確かめるように見つめ合う。

そして、愛ちゃん先生の瞳に偽りも誤魔化しもないことを確かめると、俺の方に視線を向ける。

その目は、やる気に満ちていた。

なら、やることは決まったな。

 

「・・・はぁ、わかったよ。引き受けてやる」

「峯坂君!」

「その代わり、1つ条件がある。今回の殲滅戦、その一切を俺たちに任せてもらう。横やりはなしだ」

「わかりました。私が君たちに頼んでいるので、いちいち口をはさんだりしないと約束します」

「どうも。それじゃあ、ハジメ、行くぞ」

「あぁ、流石に数万の大群を相手取るなら、ちょっと準備しておきたいからな。話し合いはそっちでやってくれ」

「南雲君!」

 

俺とハジメの言葉に、愛ちゃん先生の顔がパァーと輝く。

そんな愛ちゃん先生の様子に、俺とハジメは思わず苦笑する。

 

「・・・いいの?」

「正直、断ると思ってたわ」

「あぁ、俺たちの知る限り一番の“先生”からの忠告だ。まして、それがこいつ等の幸せにつながるかもってんなら・・・少し考えてみるよ」

「ま、とりあえず、今回は奴らを蹴散らしておくことにするさ」

 

俺とハジメがそう言いながら、ハジメがユエとシアの、俺がティアの肩をポンっとたたき、振り返らずに部屋から出て行く。後ろからは、なにやら幸せオーラが漂っている気がするが、あえてスルーした。

まったく、我ながら面倒なことになってしまったな。まぁ、悪い気はしないからいいか。

それに、あの愛ちゃん先生の説教の後でこう考えるのもなんだが、打算がないわけではない。

今回の魔物の群れ、いくらティオとイズモを使役し、リーダーを洗脳して効率よく集めたとはいえ、さすがに数が多すぎる。おそらく、スポンサー的な存在がいるはずだ。そのバックを調べておくのも、悪くはないだろう。

だいたいの予想はつくが、念のために詳しく調べるためにも、わざわざ愛ちゃん先生に“一切を俺たちに任せる”と約束させたわけだしな。

とりあえず、面倒ごとを背負いこんだ分は見返りがあることを祈るか。

 

 

 

ちなみに、何気に俺たちについて来ていたティオは「妾、重要参考人のはずじゃのに・・・こ、これが放置プレイ・・・流石、ご主(ry」などと呟いており、イズモがひどく悲し気な表情をしていたのだが、まるっと無視した。




「・・・」
「?どうしたの、ツルギ?」
「・・・俺の説教よりも、愛ちゃん先生の説教の方が、ハジメが聞いているんだが」
「あ~、それは、年の功、ってやつじゃない?」
「・・・見た目、完全に童顔なんだが。むしろ、傍から見た感じは年下から説教されてるみたいなんだが」
「・・・ドンマイ?」
「・・・なぐさめ、ありがとよ」

自分の説教がほとんどハジメに届かなかったのに、愛ちゃん先生の説教が真剣に聞き入れられたことを落ち込むツルギの図。


~~~~~~~~~~~


お気に入り登録者数が200人突破、ありがとうございます!
この調子で、さらに増やしていきたいですね。
さて、ハジメのターニングポイントでもある話に、剣も混ぜ込みました。
だんだん「剣の過去が気になる!」みたいなコメントが増えてきそうですが、そこまで後ろにはならないので、どうか楽しみに待ってください。
・・・多分、軽く10話以上は先になると思いますが。


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どうしようもねぇな、この変態

「そっちは終わったか、ハジメ」

「あぁ、だいたいはできたぞ」

 

あの後、俺たちは殲滅戦を始めるにあたっての準備を進めていた。

今ハジメがやっていたのは、“外壁”造りだ。ハジメの錬成で、高さ4mほどの外壁をシュタイフに乗りながら錬成して造ったものだ。効果にはあまり期待していないが、無いよりはマシ程度で造ったものだし、そもそも外壁に近づけさせるつもりもない。

ちなみに、魔物の大群の話を聞いて、町民は当然パニックになったが、それは巷で“豊穣の女神”と呼ばれている愛ちゃん先生が静めた。

そして、その後は当初の予定通りに救援が来るまで逃げ延びる避難組と、最後までウルの町と共にあると意気込んだ居残り組に分かれた。

また、居残り組の中でも女子供だけは避難させるというものも多くいる。愛ちゃん先生の魔物を撃退するという言葉を信じて、手伝えることは何かないだろうかと居残りを決意した男手と万一に備えて避難する妻子供などだ。深夜をとうに過ぎた時間にもかかわらず、町は煌々とした光に包まれ、いたる所で抱きしめ合い別れに涙する人々の姿が見られた。

避難組は、夜が明ける前には荷物をまとめて町を出た。現在は、日も高く上がり、せっせと戦いの準備をしている者と仮眠をとっている者とに分かれている。居残り組の多くは、“豊穣の女神”一行が何とかしてくれると信じてはいるが、それでも、自分達の町は自分達で守るのだ!出来ることをするのだ!という気概に満ちていた。

ぶっちゃけ、あまり頼りにはしていないのだが、水を差すこともないので特に何も言わないことにしている。

そして、俺は何をやっていたかというと、

 

「そういうツルギはどうだ?今、この場で新しい魔法を組み上げていたわけだが」

「大丈夫だ。こっちも問題なくできている。あとは、細かい調整だけだな」

 

ある演出のために、新しい殲滅魔法を作り上げていた。今、俺の右手には複雑な魔法陣が形成されている。

インパクトならハジメの兵器でも十分なのだが、俺の魔法の方が派手にやりやすいというのと、そもそも俺は広範囲殲滅の魔法は今まで使ってこなかったので、この機会にいっちょやってみようということになったのだ。

そこに、愛ちゃん先生とクラスメイト、ティオ、イズモ、ウィル、デビッド達数人の護衛騎士がやって来た。

俺は振り返って、ハジメは振り返らないまま話す。

 

「南雲君、峯坂君、準備はどうですか?何か、必要なものはありますか?」

「いや、問題ねぇよ、先生」

「とりあえず、一段落したところだ」

 

愛ちゃん先生の問い掛けに俺とハジメが適当に返すと、その態度に我慢しきれなかったのか、デビッドが食ってかかる。

 

「おい、貴様ら。愛子が・・・自分の恩師が声をかけているというのに、何だ、その態度は。本来なら、貴様らの持つアーティファクト類や魔法、大群を撃退する方法についても詳細を聞かねばならんところを見逃してやっているのは、愛子が頼み込んできたからだぞ?少しは・・・」

「デビッドさん。少し静かにしていてもらえますか?」

「うっ・・・承知した・・・」

 

だが、そこに愛ちゃん先生が“黙れ”と言われ、シュンとした様子を口を閉ざす。なんだか、その姿が忠犬に見えなくもない。元気なさげにうなだれる犬耳と尻尾が幻視できた。

 

「それで、どうしたんだ?」

「はい、黒ローブの男のことなのですが・・・」

 

どうやら、そのことについて話をしに来たようだ。

 

「正体を確かめたいんだろ?見つけても、殺さないでくれってか?」

「・・・はい。どうしても確かめなければなりません。その・・・2人には、無茶なことばかりを・・・」

「取り敢えず、連れて来てやる」

「え?」

「黒ローブを先生のもとへ。先生は先生の思う通りに・・・俺も、そうする」

「南雲君・・・ありがとうございます」

「ま、俺たちとしても聞いておきたいことがあるしな」

「いえ、峯坂君、それでもかまいませんよ」

 

愛ちゃん先生はハジメの予想外に協力的な態度に少し驚いたようだが、素直にハジメの厚意を受け取ることにしたようだ。俺の現実的な返答には、若干苦笑気味だったが。

そこに、愛ちゃん先生の話が終わるのを見計らって、ティオが前に進み出てハジメに声をかけた。後ろには、イズモも続いている。

 

「ふむ、よいかな。妾もご主・・・ゴホンッ!お主に話が・・・というより頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」

「?・・・・・・・・・・・・・・・ティオか」

「駄竜が何の用だ?」

「お、お主、まさか妾の存在を忘れておったじゃと・・・しかも、そちらは駄竜とは・・・はぁはぁ、こういうのもあるのじゃな・・・」

「ティオ様!いったいなにをおっしゃっているのですか?!」

 

肩越しに振り返ったハジメは、黒地にさりげなく金の刺繍が入っている着物に酷似した衣服を大きく着崩して、白く滑らかな肩と魅惑的な双丘の谷間、そして膝上まで捲れた裾から覗く脚線美を惜しげもなく晒した黒髪金眼の美女に、一瞬、訝しそうな目を向けて、「ああそういえば」と思い出したように名前を呼んだ。

明らかに存在そのものを忘却されていたティオは、怒るどころか、むしろ頬を染めて若干息を荒げている。

その様子に、後ろのイズモは愕然としている。

ティオの言う“こういうの”とはなんなのか。想像もしたくない。

 

「んっ、んっ!えっとじゃな、お主らは、この戦いが終わったらウィル坊を送り届けて、また旅に出るのじゃろ?」

「ああ、そうだ」

「それがどうかしたか?」

「うむ、頼みというのはそれでな・・・妾も同行させてほし・・・」

「「断る」」

「・・・ハァハァ。よ、予想通りの即答。流石、ご主・・・コホンッ!もちろん、タダでとは言わん!これよりハジメ殿を“ご主人様”と呼び、妾の全てを捧げよう!身も心も全てじゃ!どうzy」

「いらん、んなものツルギにくれてやる」

「俺もいらねぇよ、こんなの。お前もう帰れよ。いや、いっそ土に還れよ」

 

両手を広げ、恍惚の表情でハジメの奴隷宣言をするティオに、ハジメは汚物を見るような眼差しを向けながらばっさりと切り捨て、挙句に俺に擦り付けてきやがった。そこで俺もばっさり切り捨てれば、ティオはそれにまたゾクゾクしたように体を震わせ、イズモは悲しみに暮れるようにうつむいて肩を震わせる。

ティオの頬が薔薇色に染まっている。どこからどう見ても変態だった。周囲の者達もドン引きしている。

特に、竜人族に強い憧れと敬意を持っていたユエの表情は、全ての感情が抜け落ちたような能面顔になっている。

・・・なんか、どこぞの“ヒャッハー兎”と同レベルのショックだな、これは。いや、ある意味では、あれ以上か。ユエの憧れ云々って話はどこに行ったんだよ。

 

「そんな・・・酷いのじゃ・・・妾をこんな体にしたのはご主人様じゃろうに・・・責任とって欲しいのじゃ!」

 

ティオの言葉に、全員の視線が「えっ!?」というようにハジメを見る。

ハジメは額に青筋を浮かべながら、きっちりと向き直ってティオを睨む。どういうことか話せ、と視線に乗せて。

 

「あぅ、またそんな汚物を見るような目で・・・ハァハァ・・・ごくりっ・・・その、ほら、妾強いじゃろ?」

 

ハジメの視線にまた体を震わせながら、ティオはハジメの奴隷宣言という突飛な発想にたどり着いた思考過程を説明し始める。

 

「里でも、妾は一、二を争うくらいでな、特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられることも、痛みらしい痛みを感じることも、今の今までなかったのじゃ」

「そうだったのか?」

「あぁ、そうだ」

 

俺の確認に、イズモは頷く。

一応、周りにティオとイズモの正体を知らない護衛騎士がいるので、その辺りは省略している。

 

「それがじゃ、ご主人様と戦って、初めてボッコボッコにされた挙句、組み伏せられ、痛みと敗北を一度に味わったのじゃ。そう、あの体の芯まで響く拳!嫌らしいところばかり責める衝撃!体中が痛みで満たされて・・・ハァハァ」

 

1人盛り上がるティオだったが、彼女を竜人族と知らない騎士達は、一様に犯罪者でも見るかのような視線をハジメに向けている。客観的に聞けば、完全に婦女暴行だしな、これ。

それでも、「こんな可憐なご婦人に暴行を働いたのか!」とざわつきながら、あからさまに糾弾しないのは、被害者たるティオの様子に悲痛さがないからだろう。むしろ、嬉しそうなので正義感の強い騎士達もどうしたものかと困惑している。

 

「・・・よーするに、あれか、ハジメが新しい扉を開けさせちゃったってことか」

「その通りじゃ!妾の体はもう、ご主人様なしではダメなのじゃ!」

「・・・きめぇ」

 

俺の投げやりな要約に、ティオが同意の声を張り上げる。これに思わず、ハジメは本音を漏らす。完全にドン引きしていた。

それに、ユエのティオを見る目が完全に嫌なものを見る目になっている。その瞳には、かつての尊敬の欠片もない。

イズモも、完全にうなだれてしまった。今はティアが背中をよしよしして慰めている。

そこに、ティオが若干雰囲気を変えて、両手をムッチリした自分のお尻に当てて恥じらうようにモジモジし始める。

・・・あ、なんとなく何を言うかわかった。

 

「それにのう・・・妾の初めても奪われてしもうたし」

「そんなことしてねぇよ」

 

その言葉に、全員の顔がバッと音を立ててハジメに向けられた。ハジメは頬を引き攣らせながら首を振って否定する。

 

「妾、自分より強い男しか伴侶として認めないと決めておったのじゃ・・・じゃが、里にはそんな相手おらんしの・・・敗北して、組み伏せられて・・・初めてじゃったのに・・・いきなりお尻でなんて・・・しかもあんなに激しく・・・もうお嫁に行けないのじゃ・・・じゃからご主人様よ。責任とって欲しいのじゃ」

 

ティオはお尻を抑えながら潤んだ瞳をハジメに向ける。

騎士達が、「こいつ、やっぱりただのの犯罪者だ!」という目を向けつつも、「いきなり尻を襲った」という話に戦慄の表情を浮かべる。愛ちゃん先生たちは事の真相を知っているにもかかわらず、むしろ責めるような目でハジメを睨んでいた。両隣のユエとシアですら、「あれはちょっと」という表情で視線を逸らしている。

迫り来る大群を前に、ハジメは四面楚歌の状況に追い込まれていた。

そんなハジメの視線が、俺に向けられる。その瞳には、ありありと「助けてくれ!」と物語っていた。

 

「おい、ツルギ、お前からもなんか・・・」

「悪い、ハジメ。さすがに擁護できねぇ」

「ツルギ!?」

 

だってさ、あながち間違いじゃないもん。ほぼほぼ、ハジメの責任だもん。

それよりも、まずは親友が変態になって深い心傷を負ってしまったイズモのケアの方が大切だ。

 

「あー、まぁ、その、なんだ、大丈夫か?」

「・・・私はいったい、どんな顔をして里に戻ればいいのだ・・・」

「安心しろ、あそこの変態はむしろ俺たちについて行く気満々だからな。俺たちとしては、あまり一緒にいたくはないが・・・」

「お、お前、色々やる事あるだろ?その為に、里を出てきたって言ってたじゃねぇか」

「うむ。問題ない。ご主人様の傍にいる方が絶対効率いいからの。まさに、一石二鳥じゃ・・・ほら、旅中では色々あるじゃろ?イラっとしたときは妾で発散していいんじゃよ?ちょっと強めでもいいんじゃよ?ご主人様にとっていい事づくしじゃろ?」

「変態が傍にいる時点でデメリットしかねぇよ」

 

俺たちの後ろでは、ハジメとティオのこのようなやりとりが続いている。ティオの言葉から考えたら、何が何でも俺たちについてきそうな勢いだ。

一応、俺たちがいるから問題ないとはいえ、魔物の大群が押し寄せている緊急事態なのだが、どうも緊張感に欠ける。

 

「!・・・来たか」

 

そんなことを考えていると、ハジメが突然北の山脈の方を向いて、そうつぶやいた。

どうやら、戦いが始まるようだ。




「ん?ハジメがご主人様になると、俺はどう呼ばれることになるんだ?」
「お主は、普通にツルギ殿と呼ばせてもらおう」
「そうか、それならいい・・・」
「その代わり、妾のことは好きに呼んでもよいぞ?駄竜ともメスブタとも・・・」
「黙れ、汚物」
「んぅ!!はぁはぁ・・・」
「ティオ様・・・」

ティオは、ツルギに罵倒されても興奮するようです。


~~~~~~~~~~~


今回はいつもよりも短めです。
サブタイトルとキリの良さを考えると、ここがちょうどよかったので。
その代わり、次回はかなり長くなる、と思います。


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さぁ、蹂躙を始めようか

*「思わぬ再会」でツルギが園部優花に「お礼は自分で言っとけ」みたいな発言をしたのに、そのシーンを書いていなかったので書き加えました。


「!・・・来たか」

 

ハジメのつぶやきを聞いた俺は、眼鏡型アーティファクト:シュテルグラス(ハジメ命名)をかけ、ハジメが飛ばしているオルニスの映像をリンクさせた。

そこに映っているのは、ブルタールのような人型の魔物の他に、体長3,4mはありそうな黒い狼型の魔物、足が6本生えているトカゲ型の魔物、背中に剣山を生やしたパイソン型の魔物、4本の鎌をもったカマキリ型の魔物、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛型の魔物、二本角を生やした真っ白な大蛇など実にバリエーション豊かな魔物が、大地を埋め尽くすほどの大群で進軍している様子だ。

どうやら、さらに数を増やしたらしく、その数は5,6万に届こうかというくらいだ。

更に、大群の上空には飛行型の魔物もいる。敢えて例えるならプテラノドンだろうか。何十体というプテラノドンモドキの中に一際大きな個体がいる。その個体の上には薄らと人影のようなものも見えた。

それをシュテルグラスと俺の“天眼”を併用して確認してみれば、それは例の黒ローブの男だ。愛ちゃん先生は信じたくないようだが、俺が見た限り、うっすら見える黒髪から十中八九清水幸利だろう。

 

「さてと、思っていたより早いし、数も多いな」

「あぁ、到達まで30分ってところだな。数は5万強、複数の魔物の混成みたいだ」

 

愛ちゃん先生たちは、魔物の数を聞き、更に増加していることに顔を青ざめさせる。

不安そうに顔を見合わせる彼女達に、ハジメは壁の上に飛び上がりながら肩越しに不敵な笑みを見せた。

 

「そんな顔するなよ、先生。たかだか数万増えたくらい何の問題もない。予定通り、万一に備えて戦える者は“壁際”で待機させてくれ」

「ま、どうせ出番はないだろうけどな」

 

俺もハジメの言葉に同調しながら、壁の上に跳び乗る。

そんな俺たちに、愛ちゃん先生は少し眩しいものを見るように目を細めた。

 

「わかりました・・・君たちをここに立たせた先生が言う事ではないかもしれませんが・・・どうか無事で・・・」

 

 愛ちゃん先生はそう言うと、護衛騎士達が「この者たちに任せていいのか」「今からでもやはり避難すべきだ」という言葉に応対しながら、町中に知らせを運ぶべく駆け戻っていった。クラスメイトたちも、一度俺たちを複雑そうな目で見ると、愛ちゃん先生を追いかけて走っていった。

だが、数歩進んだところで、園部が立ち止まった。なにやら難しい表情をしながら立ち止まっている。

他のクラスメイトは怪訝そうにしながら園部の名前を呼んでいるが、園部はそれにも応じない。

だが、次の瞬間には何かを振り切るようにぐっと表情に力を込め、俺たちの方に駆け出した。正確には、ハジメの方へだ。

なるほど、俺がこの前言ったことか。ティアの方も、あの場にいたこともあって、どこか優し気な表情だ。

 

「あ、あのさ、南雲!」

 

ハジメの方は、何も言わずに無言で用を問う。その態度に園部はわずかにたじろぐが、直後にキリッとまなじりを上げて、

 

「あ、ありがとね!あのとき、助けてくれて!」

 

・・・俺が焚きつけといておきながら、こんなことを考えるのもあれだけどさ、もうちょっと表情と言葉を一致させようぜ。見ようによっては、ケンカを売ってる風にも見えるからな。

ハジメの方はと言えば、本気で首をかしげている。おそらく、ティオのブレスを防いだことだと思っていそうだな、この感じだと。

だが、それは園部も同じように察したようで、訂正を入れてくる。

 

「その、さっきのこともそうだけど、それだけじゃなくて・・・あの日、迷宮で、トラウムソルジャーから助けてくれたでしょ。その後も、ベヒモスの足止めをしてくれたし」

「・・・あぁ、あの時、頭をかち割られそうにそうになっていた・・・そう言えば、園部だったか」

「うっ、かち割られ・・・あんまり生々しい表現しないでよ。割とトラウマなんだから」

 

今のハジメにそんな配慮はできないと思うけどな。ハジメの線引きは完全に身内とそれ以外なわけだし。

そんなハジメだからか、特に感情の見えない眼差しで首をかしげる。

 

「で?」

「あ、えっと、その・・・それで・・・」

 

園部は再び声を詰まらせるが、一つ大きく深呼吸をして叫んだ。

 

「無駄にしないから!南雲にとってはどうでもいいことかもしれないけどさ!それでも、無駄にしないから!」

 

どうやら、俺の言ったことをきちんと考え、園部なりに答えを出したらしい。後ろを見れば、他のクラスメイトも大きくうなずいている。

そして、それを聞いたハジメは、

 

「そうか」

 

それだけ言って、視線を魔物の群れに固定した。

・・・いや、それだけ?もっと言うことあるだろ、他にもさ?園部も、ちょっとへこんでんじゃん。

そんな気持ちを込めて、俺はハジメにジト目を向ける。

だが、ユエとシアの方は、どこか綻んだ眼差しを向けていた。どうやら、どんな形であれ、ハジメの取り巻く環境に温かさがあることが、純粋にうれしいようだ。

そんな俺たちの視線を受けて、ハジメはガリガリと頭を掻きながら、肩越しに振り返って声をかける。

 

「おい、園部」

「っ、な、なに?」

 

声をかけられた園部は小さく跳ねて驚きを表しながら振り返る。そんなにハジメに声をかけられることが驚きだったか、園部よ。まぁ、他のクラスメイトも似たような反応だが。

 

「あの時も思ったが、お前は根性のあるやつだ」

「え、ええっと・・・」

「お前みたいなやつはな、死なねぇよ・・・まぁ、多分だけどな」

「・・・」

 

最後の一言で若干台無しになった感じはするが、それでも、園部たちの心に響いたらしい。まるで、ヘドロのようにこびりついたものが落ちたような感じだ。

 

「・・・ありがと」

 

それは、風にさらわれてしまうような小さなつぶやきだったが、それでも、たしかにハジメへの感謝の言葉だった。

そして、苦笑いに似た表情を浮かべた園部は、踵を返して駆け出した。迎えるクラスメイトは若干複雑そうな表情を浮かべているが、園部の「行くわよ!」という掛け声に「おう!」と強く応え、一緒にかけていった。

その応えには、今までよりも少し力強く聞こえた。おそらく、もう心配はいらないだろう。

そんなことを考えながらハジメを見ると、なにやらハジメの方が俺にジト目を向けていた。

 

「なんだ?」

「お前だろ、園部を焚きつけたの」

 

どうやら、俺がいろいろと吹き込んだと思っているらしい。まぁ、あながち間違いではないが。

 

「お前が威圧をばらまいたせいで、いやに怯えちまったからな。園部が俺にお礼を言わせようとしたから、『意味がないなんてことはないから、自分で言っとけ』って返したんだよ」

「ったく、余計なことをしやがって」

「そんな風に言うなよ。見てみろ、ユエとシアもだいぶ嬉しそうだぞ?」

 

ハジメも、ユエとシアに向けられた眼差しを思い出して、そっぽを向いた。

一応、ハジメにとっても悪いことにはなっていないはずだろう。

これで残ったのは、俺たち以外には、ウィルとティオ、イズモだけだ。

ウィルは、ティオとイズモに何かを語りかけると、俺たちに頭を下げて愛ちゃん先生たちを追いかけていった。

いったい、なにを話していたのだろうか。

その疑問が顔に出ていたらしく、2人は苦笑しながら答えた。

 

「今回の出来事を妾たちが力を尽くして見事乗り切ったのなら、冒険者達の事、少なくともウィル坊は許すという話じゃ」

「そういうわけで、私たちも助太刀させてもらう。なに、魔力なら大分回復しているし、変化や竜化を使わなくても、十分戦力になるはずだ」

 

竜人族と妖狐族は、亜人族でありながら魔物と同様に魔力を直接操ることができる。

そのため、俺やユエみたいに全属性無詠唱無魔法陣とまではいかないが、適正属性なら俺たちと同じように無詠唱で使えるらしい。

ちなみに、ティオは火と風、イズモは火と闇に適性があるらしい。

自己主張の激しい胸を殊更強調しながら胸を張るティオに、ハジメは無言で魔晶石の指輪を投げてよこした。疑問顔のティオだったが、それが神結晶を加工した魔力タンクと理解すると大きく目を見開き、ハジメに震える声と潤む瞳を向けた。

 

「ご主人様・・・戦いの前にプロポーズとは・・・妾、もちろん、返事は・・・」

「ちげぇよ。貸してやるから、せいぜい砲台の役目を果たせって意味だ。あとで絶対に返せよ。ってか今の、どっかの誰かさんとボケが被ってなかったか?」

「・・・なるほど、これが黒歴史」

 

理解していなかった。

どうやら、かつてのユエも駄竜と同じ返答をしたらしい。結局のところ、思考回路は似たり寄ったり、ということか。

ちなみに、イズモには俺が説明付きで手渡した。

そんなことをしているうちに、ついに肉眼でも十分に見えるところまで魔物の大群が近づいてきた。

“壁際”に続々と弓や魔法陣を携えた者達が集まってくる。大地が地響きを伝え始め、遠くに砂埃と魔物の咆哮が聞こえ始めると、そこかしこで神に祈りを捧げる者や、今にも死にそうな顔で生唾を飲み込む者が増え始めた。

 

「んじゃ、ハジメ、頼んだぞ」

「あいよ、任せとけ」

 

俺の言葉に、ハジメは頷きながら前に出て、錬成で地面を盛り上げながら即席の演説台を作成しる。

即席の演説台を作ったのは、単にフレンドリーファイアを避けるためだ。

俺の方も、ハジメの作った演説台に上り、右手の魔法陣に込める魔力を増大させる。

ハジメは、全員の視線が自分に集またことを確認すると、すぅと息を吸い、天まで届けと言わんばかりに声を張り上げた。

 

「聞け!ウルの町の勇敢なる者達よ!私達の勝利は既に確定している!」

 

いきなり何を言い出すのだと、住人たちは隣合う者同士で顔を見合わせる。ハジメは、彼等の混乱を尻目に言葉を続ける。

 

「なぜなら、私達には女神が付いているからだ!そう、皆も知っている“豊穣の女神”愛子様だ!」

 

その言葉に、皆が口々に愛子様?豊穣の女神様?とざわつき始めた。護衛騎士達を従え、後方で人々の誘導を手伝っていた愛ちゃん先生が、ギョッとしたようにハジメを見た。

 

「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない!愛子様こそ!我ら人類の味方にして“豊穣”と“勝利”をもたらす、天が遣わした現人神である!私たちは、愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た!見よ!これが、愛子様により教え導かれた私たちの力である!」

 

ハジメの合図に合わせて、右手の魔法陣を展開し、俺が作り出した広域殲滅魔法を発動させる!

 

「焼き尽くせ、“ラグナロク”!!」

 

俺が高らかに魔法名を唱えると、右手の魔法陣が半径がおよそ5mまで伸長し、そこから特大の火球が5発、撃ち出される。

撃ち出された火球は、魔物の大群の真上あたりまで打ちあがると、そこから破裂してそれぞれ約20発の火球が拡散し、さらにそこから無数の火球が拡散し、地上の魔物や空に飛ぶプテラノドンもどきを次々と焼き尽くしていく。おそらく、これで1万近くは仕留めたはずだ。

これが、俺が生みだした広域殲滅用火・重力複合魔法“終焉の戦火(ラグナロク)”だ。

仕組みとしては、まずは重力魔法によっておよそ50発の火球を圧縮し、それをさらに20発ほど圧縮させて作り出した特大の火球を5発打ち出す、要は魔法版バンカークラスターだ。

発動に必要な時間と魔力はそれなりにかかるが、一発でもそこいらの魔物なら消し炭にする火球が5000発、一気に襲い掛かる。

これの発動によって、魔晶石の魔力もごっそり持っていかれたが、俺自身の魔力はまだ十分に残っている。これくらいなら、ペースを考えればほぼ永続的に戦えるだろう。

ちなみに、今の魔法で黒ローブの男は墜落したが、たぶん死んではいないだろう。その程度には、爆破位置を調整した。まぁ、愛ちゃん先生が知ったら怒りそうな気はするが、一応、離れているうちに落としたから、バレてはいないはずだ。

戦果を確認した俺は、悠然と振り返る。

そこには、唖然として口を開きっぱなしにしている人々の姿があった。

そして、俺とハジメで最後の一押しを加える。

 

「「愛子様、万歳!」」

 

俺とハジメで最後の締めを放った、次の瞬間、

 

「「「「「「愛子様、万歳!愛子様、万歳!愛子様、万歳!愛子様、万歳!」」」」」」

 

「「「「「「女神様、万歳!女神様、万歳!女神様、万歳!女神様、万歳!」」」」」」

 

ウルの町に、今までの様な二つ名としてではない、本当の女神が誕生した。どうやら、不安や恐怖も吹き飛んだようで、町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせ愛子を女神として讃える雄叫びを上げた。

遠くで、愛ちゃん先生が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。その瞳はまっすぐに俺たちに向けられており、小さな口が「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か!」と動いている。

俺とハジメはさくっとそれを無視して、魔物の大群に向き直る。

ちなみに、ここまで愛ちゃん先生を全面に押し出したのには、いくつか理由がある。

1つ目は、俺たちの保険だ。

この事件を愛ちゃん先生の力で乗り切ったとすれば、教会での愛ちゃん先生の発言力も強くなるだろう。例えば、教会が俺とハジメのことを気に入らないとなれば、そのときはほぼ確実に愛ちゃん先生とぶつかることになるだろう。このときに、市井の人々が「町の危機を愛子様の力で乗り切った」と噂すれば、“豊穣の女神”の人気はうなぎ上りになり、人々の心をつかむだろう。そうすれば、教会も愛ちゃん先生とはむやみに敵対しなくなるだろうし、愛ちゃん先生の発言を無視できないはずだ。まぁ、教会の連中が意固地にならないとは限らないが。

2つ目は、俺たちの、特にティアの印象をなるべくよくするためだ。

俺たちの力は、あまりに強大だ。ともすれば、行使するだけで畏怖の対象になるほどに。さらに、ティアは魔人族だ。今は正体を隠せているとはいえ、どこかでバレるだろう。

だが、ここで俺たちの力を“女神様の力”ということにすれば、この場で俺たちを恐れることはないだろうし、ティアの正体がばれても、幾分かは風当たりも弱くなるはずだ。こちらも、できればの範疇だが。

3つ目は、早い話、「愛ちゃん先生もちょっとは自分の発言に責任を持っとけ」ということだ。

愛ちゃん先生だって、“教師”であり“大人”だ。だったら、ここで俺たちだけに責任を持たせるのではなく、“教師”であるなら自分もそれなりの責任を持てや、ということにしたのだ。もちろん、後で文句を言われるだろうが、そのときはこの正論で黙らせればいい。

後ろから町の人々の魔物の咆哮にも負けない愛ちゃん先生コールと、愛ちゃん先生自身の突き刺さるような視線と、「何だよ、あいつら、結構分かっているじゃないか」と笑みを浮かべているだろう護衛騎士達の視線をヒシヒシと感じながら、前に進み出る。

ハジメの右にはいつも通りユエが、左にはハジメが貸与えたオルカンを担ぐシアが、更にその隣には、魔晶石の指輪をうっとり見つめるティオが並び立ち、俺の右隣にティア、左隣にイズモが並ぶ。

地平線には、プテラノドンモドキが落とされたことなどまるで関係ないと言うように、一心不乱に突っ込んでくる魔物達が視界を埋め尽くしている。

俺がティアの方を向くと、ティアは力強くうなずき、イズモの方を見ると、任せてくれと視線に乗せてくる。ハジメの方も、同じようにユエとシアを見る。ティオは・・・放置でいいか。

そして、視線を魔物の大群に戻す。

 

「さてと、それじゃあ」

「あぁ、やるか」

 

これから始まるのは、魔物ではなく、俺たちの蹂躙劇だ。

 

 

* * *

 

 

ドゥルルルルルルルルル!!!

ドゥルルルルルルルルル!!!

 

魔物の大群が押し寄せてくる戦場に、独特な音を響かせながら無数の閃光が殺意をたっぷりと乗せて空を疾駆する。瞬く暇もなく目標へと到達した閃光は、大地を鳴動させ雄叫びを上げながら突進する魔物達の種族、強さに関係なく、僅かな抵抗も許さずに一瞬で唯の肉塊に変えた。

ハジメの電磁式ガトリング・メツェライだ。ドンナー・シュラークと同等の威力を持つ弾が、毎分1万2000発放たれ、無慈悲な“壁”となって目標を貫通し、背後の数十匹をまとめて貫いていく。

穿たれた魔物たちは、慣性の法則も無視してその場で肉体の大半を爆散させながら崩れ落ちた。

魔物たちは咄嗟に左右に散開して死の射線から逃れようとするが、撃ち手のハジメが当然逃がす訳もなく、二門のメツェライを扇状になぎ払う。解き放たれた“弾幕”は、まるでそこに難攻不落の城壁でもあるかのように魔物達を一切寄せ付けず、瞬く間に屍山血河を築き上げた。

 

ドォォォン!ドォォォン!

 

俺は、先ほどとは形の違う魔法陣を展開し、そこから次々と特大の火球を放っていく。

放っているのは、“ラグナロク”の最初の段階である、火球20発を重力魔法で圧縮したもので、目算でざっと1発あたり4,50体の魔物たちを屠っていく。それを、毎秒1発ずつ放つ。これであれば、“高速魔力回復”と合わさって俺の魔力分だけでも1日中放ち続けることができる。

強力な遠距離攻撃の手段をもたないティアとシアは、ハジメから貸し与えられたミサイルランチャー・オルカンを担ぎ、「好きに飛んでいけ~」とばかりに引き金を引きまくり、パシューという気の抜ける音と共に連続してぶっ放す。

その間抜けな音とは裏腹に、火花の尾を引いて大群のど真ん中に突き刺さった弾頭は、大爆発を引き起こし周囲数十mの魔物達をまとめて吹き飛ばした。爆心地に近い場所にいた魔物達は、その肉体を粉微塵にされ、離れていた魔物も衝撃波で骨や内臓を激しく損傷しのたうち回る。そして、立ち上がれないまま後続の魔物達に踏み潰されて息絶えていった。

全弾撃ち尽くしても、2人はハジメから配備され傍らに積み上げた弾頭を入れ替えて連射する。

今度は燃焼性のあるフラム鉱石を利用した焼夷手榴弾が放たれ、摂氏3000度の燃え続けるタール状の液体が魔物達に豪雨の如く降り注ぎ、その肉体を焼き滅ぼしていく。悲鳴を上げ暴れれば暴れるほど、周囲の魔物を巻き込んで灼滅の炎が広がる。

2人の担当する魔物が迎える末路は、爆散するか灰燼に帰すか、二つに一つだ。

ティオはその両手を突き出し、周囲の空気すら焦がしながら黒い極光を放つ。あの竜化状態で放たれたブレスだ。どうやら人間形態でも放てるらしい。ハジメをして全力の防御を強いた殲滅の黒き炎は、射線上の一切を刹那の間に消滅させ大群の後方にまで貫通した。ティオはそのまま腕を水平に薙ぎ払っていき、それに合わせて真横へ移動する黒い砲撃は触れるものの一切を消滅させていく。その他にも、ティオの適性属性である火・風魔法も駆使し、存分に戦場を蹂躙する。

イズモは、火の槍を放つ火魔法“緋槍”を放ち続け、着弾した後に黒い霧を発生させる。その霧の中にいる魔物は、苦しむように動きを鈍らせ、やがて絶命していく。どうやら、“緋槍”を起点にして闇魔法で毒素を生み出しているらしい。さらに、黒い霧には可燃性も持たせているらしく、たとえ魔物が黒い霧を避けても、イズモが霧に“緋槍”を放てば、そばにいる魔物を巻き込むほどの爆発が引きおこる。

ユエの殲滅力は、俺に負けず劣らず飛び抜けていた。

俺たちが攻撃を始めても、ユエは瞑目したまま静かに佇んでいた。ユエからの攻撃が薄いと悟った魔物たちが、そこから攻め込もうと流れ込み、既に進軍にすら影響が出そうなほど密集して突進して来る。

そして、ユエとの距離が500mを切ったその瞬間、ユエはスっと目を開きおもむろに右手を掲げ、一言、囁くように、されど世界へ宣言するように力強く魔法名を唱えた。

 

「“壊劫(えこう)”」

 

次の瞬間、魔物の頭上に渦巻く闇色の球体が出現し、さらにその形を四方500mの立方体に形作り、一気に魔物たちめがけて落下させた。

魔物たちはこれを防ぐことができず、なすすべもなく押しつぶされ、大地の染みとなった。この一撃で、およそ2000近い魔物が圧殺され、さらに、これによって四方500m深さ10mのクレーターが形成され、そこに数千の魔物が落ちていく。そこからユエは魔晶石から取り出した魔力を使って再び重力に干渉し、魔物の死体の上に更に魔物の死体を積み上げていく。

大地に吹く風が、戦場から蹂躙された魔物の血の匂いを町へと運ぶ。強烈な匂いに、吐き気を抑えられない人々が続出するが、それでも人々は、現実とは思えない“圧倒的な力”と“蹂躙劇”に湧き上がった。町の至るところからワァアアアーーーと歓声が上がる。

後ろからは、複雑そうなクラスメイトたちの視線を感じる。おそらく、俺はともかく、“無能”だと見下していたハジメが自分たちに替わって魔物を殲滅しているという光景が、にわかに受け入れがたいのだろう。

しばらく殲滅を続けると、目に見えて魔物の数が減り、密集した大群のせいで隠れていた北の地平が見え始めた頃、ついにティオとイズモが倒れた。渡された魔晶石の魔力も使い切り、魔力枯渇で動けなくなったのだ。一応、イズモの方は妖狐族であることを隠すために“変化”で尻尾と狐耳を見えないようにしているので、まったく魔力がないわけではないのだろうが。

 

「むぅ、すまぬ、妾はここまでのようじゃ・・・」

「私も、もう、火球一つ出せん・・・」

 

うつ伏せに倒れながら、顔だけをハジメの方に向けて申し訳なさそうに謝罪するティオの顔色は、青を通り越して白くなっていた。文字通り、死力を尽くす意気込みで魔力を消費したのだろう。

イズモの方は“変化”の魔力を残している分、ティオより顔色はいいが、それでも青くなっている。

 

「いや、これで十分だ。変態にしてはやるじゃねぇの」

「後は、俺たちに任せとけ」

「・・・ご主人様とツルギ殿が優しい・・・罵ってくれるかと思ったのじゃが・・・いや、でもアメの後にはムチが・・・期待しても?」

「「そのまま死ね、変態が」」

「ティオ様・・・」

 

血の気の引いた死人のような顔色で、ハジメの言葉にゾクゾクと身を震わせるティオは、とても満足げな表情をしている。反対にイズモの方はとても悲しそうな表情だ。

とりあえず、汚物からは視線を逸らして、魔物の群れに戻す。

その数はすでに、8000から9000といったところか。最初の大群を思えば、壊滅状態と言っていいほどの被害のはずだ。しかし、魔物達は依然、猪突猛進を繰り返している。正確には、一部の魔物がそう命令を出しているようだ。大抵の魔物は完全に及び腰になっており、命令を出している各種族のリーダー格の魔物に従って、戸惑ったように突進して来ている。

どうやら、ティオやイズモが言っていた通り、リーダー格の魔物を洗脳することで効率よく魔物を従えていたようだ。

これくらいなら、あとはリーダー格の魔物を倒すだけで十分だろう。そうすれば、他の魔物は逃げていくはずだ。

 

「さてと、ユエは魔力残量はどんなもんだ?」

「・・・ん、残り魔晶石2個分くらい・・・重力魔法の消費が予想以上。要練習」

「いやいや、一人で2万くらいやっただろ?十分だ。それを言えば、余裕を持っているツルギの方がおかしいんだよ」

「褒めてるのかディスってるのかどっちなんだよ。まぁ、それよりもだ。残りはピンポイントでやるぞ。ユエは援護を頼む。ハジメ、シア、ティアはリーダー格の魔物をやるぞ」

「んっ」

「あいよ」

「はいです!」

「わかったわ!」

 

俺の指示に、それぞれ威勢よく答える。ただ、ちょっと一つだけ心配なことがある。

シアが、リーダー格の魔物を区別できるかだ。

 

「シア、魔物の違いわかるか?」

「はい。操られていた時のティオさんみたいな魔物とへっぴり腰の魔物ですよね?」

「へっぴり・・うん、まぁ、そうだ。おそらく、ティオモドキの魔物が洗脳されている群れのリーダーだな。それだけやれば、他は逃げるだろう」

「なるほど、私の方も残弾が心許ないですし、直接殺るんですね!」

「あ、ああ。そうだ」

「何ていうか、お前、逞しくなったなぁ・・・」

「当然です。ハジメさんとユエさんの傍にいるためですから」

 

ハジメの感嘆もなんのその、元気よく答えるシアは、本当にたくましくなった。本当に、兎人族の定義を忘れそうだ。

だが、次の瞬間には、ハジメはドンナー・シュラークを抜き、シアもドリュッケンを手にかける。

ティアもフェンリルをはめ、俺は剣製魔法で双剣を生成すると同時に、淡紅色の結晶を4つ上に放り投げ、魔力を流す。

すると、結晶が輝き、そこに淡紅色の光でできた3本足の鳥が4羽現れた。

これが、ハジメに依頼して作ってもらったアーティファクト・ブリーシンガメンだ。このアーティファクトに特定のパターンの魔力を流して剣製魔法を発動することで、魔力でできた分身を作ることができ、この魔力人形を起点に魔法を発動させることができる。今はヤタガラスをモチーフにしている。

さらに、この魔力人形は魔力を通して知覚をある程度共有できるため、斥候として使うこともできる。

難点は、有効距離が比較的短いことだ。有効距離は俺を中心に半径100mと、ハジメの作ったオルニスなどに比べればだいぶ心もとない。

その分、様々な魔法を使うことができ、ハジメのアーティファクトを使うよりも精密に操作できる。

ちなみに、素材は神結晶で、なぜ本来の水色ではなく淡紅色になっているのかと言えば、俺が魔力で着色したからだ。実は、ハジメは余っている神結晶の半分を俺に譲ってくれることになったのだが、神結晶なんて貴重なものをカバンに入れて持ち歩くのも安心できないから、だったら着色して俺の分とハジメの分をわかりやすくしようとなったのだ。一応、魔力を抜けば元の水色に戻るが。

それはさておき、リーダー格の魔物はあと100体ほど。おそらく、突撃させて即行で殺されては配下の魔物の統率を失うと思い、大半を後方に下げておいたのだろう。

メツェライとオルカン、そしてティオとイズモの魔法による攻撃が無くなってチャンスと思ったのか、魔物達が息を吹き返すように突進を始める。

だが、それはこちらも望むところだ。

 

「“雷龍”」

 

後ろから、ユエが俺たちを援護するために“雷龍”を放つ。

即座に立ち込めた天の暗雲から激しくスパークする雷の龍が落雷の咆哮を上げながら出現し、前線を右から左へと蹂躙する。大口を開けた黄金色の龍に、自ら飛び込むように滅却されていく魔物の群れを見て、後続の魔物が再び二の足を踏んだ。

その隙に、俺たちはそれぞれ魔物にむかって突撃する。

 

チュチュチュン!

ザシュザシュザシュザシュ!

 

俺はブリーシンガメンから光線を放ってリーダー格の魔物をハチの巣にしながら、立ちふさがる魔物を双剣で斬り裂いていく。

だが、10体ほどリーダー格を仕留めたところで、左からなにやら周りとは違う魔物が出てき始めた。

見た目はただの黒い四目狼なのだが、俺のブリーシンガメンの光線の尽くを避けるのだ。そして、徐々にだが距離を詰めている。

しかも、ブリーシンガメンの映像を見れば、右からも四目狼が同じようにして俺に近づいてくる。

その動きは、明らかに挟撃を狙っている。

 

(指揮系統が変わったのか?いや、あの動きは間違いなく“先読”の技能だ。だが、そんな魔物がいるなんて話は聞いていない・・・ふむ、やっぱり、そういうことか)

 

頭の中で四目狼の魔物の考察をしている間にも、四目狼との距離は縮まっている。

だが、これくらいなら問題ないだろう。

俺はあえて、ブリーシンガメンの射撃をやめる。

次の瞬間、四目狼はそれを狙っていたかのようにして俺に飛び掛かってくる。

だが、

 

ザシュザシュ!!

「ギャウ!?」「ガウ!?」

 

ギリギリまで四目狼をひきつけた俺は、噛みつかれる直前に体をのけぞらせて回避し、双剣をひらめかせて首を斬り落とした。

おそらく、さっきの四目狼が清水の切り札だったのかもしれないが、ハジメやシア、ティアの方も問題なく倒したのをブリーシンガメンで確認したから、あとはもう流れ作業だろう。

 

「カァアアアアアアアアアアア!!!」

 

洗脳された魔物をあらかた殺したところで、戦場を特大の咆哮と魔力が波動となって駆け巡った。ハジメの魔力放射と威圧だ。

その圧倒的な威圧は魔物たちの精神に衝撃となって襲いかかり多大な本能的恐怖を感じさせ、自分達の群れのリーダーが既に存在していないことに気がつくと、しばらくの硬直の後、一体、また一体と後退りし、遂には踵を返して俺たちを迂回しながら北を目指して必死の逃亡を図り始めた。

その中に、最後だと思われる四目狼にまたがって逃亡を計る清水の姿を発見した。

それを見た俺は、即座に剣製魔法で弓矢を生成し、矢をつがえて引き絞る。

もう俺の天職は弓兵ではないが、“天眼”の技能はまだ存在するし、足りない部分は魔力操作で補う。

狙いを定めた俺は、スッと息を吸い込み、矢を放った。

不穏な気配を感じたのか、チラリと振り返った黒い四目狼の“先読”により回避されるものの、すぐ真横で矢を起点に光線を放ち、大腿部を貫き、地面に倒れさせた。

その衝撃で、清水も吹き飛ぶ。やはり身体スペックは高いようで、体を思い切り打ち付けつつもすぐさま起き上がり、黒い四目狼に駆け寄って何か喚きながら、その頭部を蹴りつけ始めた。おそらく、さっさと立てとか何とかそんな感じのことを喚いているのだろう。見るからにヒステリックな感じである。しまいには、暗示か何かで無理やり動かそうというのか、横たわる黒い四目狼の頭部に手をかざしながら詠唱を始めた。

だが、そこにハジメがドンナーを放ち、黒い四目狼に止めを刺す。

余波で再び吹き飛んだ清水は、わたわたと手足を動かしながら、今度は自力で逃げようというのか魔物達と同じく北に向けて走り始めた。

一応、俺も清水に向かって走っているが、ハジメがシュタイフを取り出し、一気に加速し瞬く間に清水に追いつく。後ろからキィイイイ!という聞き慣れない音に振り返った清水が、異世界に存在しないはずのバイクを見てギョッとした表情をしつつ、必死に手足を動かして逃げる。

 

「何だよ!何なんだよ!ありえないだろ!本当なら、俺が勇者グペッ!?」

 

悪態を付きながら必死に走る清水の後頭部を、ハジメは二輪の勢いそのままに義手で殴りつける。

清水は、顔面から地面にダイブし、シャチホコのような姿勢で数メートルほど地を滑って停止した。

とりあえず、愛ちゃん先生との約束通り、黒ローブの男、もとい清水を生きたまま捕えることには成功したか。

 

「さてと、先生はこいつのことをどうするのかね・・・場合によっては俺たちも・・・」

 

俺はそんなことをつぶやきながら、ハジメにヴィントも出してもらい、清水をワイヤーでぐるぐる巻きにしたあと、シュタイフに括り付けて町へと戻った。

その道中、清水は顔とかいろいろなところを打ち付けていたが、自業自得だ。




「おら、さんざん俺らに迷惑かけやがったんだ。詫びとして死ね」
(ぐりぐりと頭を踏みつける)
「グ、ギュウッ!?」
「ちょ、待て、ハジメ!殺すな!」

(ティオとイズモが人型に戻る)

「はぁ、はぁ、まさか、誰かに踏まれるということが、ここまで気持ちのいいことだったとは・・・」
「イズモ、お主、なにか不穏なことを言っておらんか?」
「・・・気のせいだろ」

(ウルの町にて)

「どうか、私の頭を踏んでくれ!それだけで、私は・・・!」
「イズモよ!とんでもないことを口走りながら土下座するでない!いつもの凛々しいイズモはどこにいってしまったのじゃ!?」
「おい。ハジメ、なにしでかしてるんだよ」
「俺だって、こんなことになるなんて思わなかったよ!」

ifルート イズモがハジメに踏みつけられて変態になったの図


~~~~~~~~~~~


思い立ったが吉ということで、kou様からリクエストがあった、「もしハジメと戦うのがイズモだったら」のifルートを書いてみました。
ティオがけつを掘られて目覚めるなら、イズモは踏まれて目覚めさせようという、もう一つの変態らしいごほうびにしました。
ちょっとベタすぎましたかね?
それと報告ですが、来週から大学の定期テストがあるので、テスト期間は投稿を休みます。
自分は「別に勉強しなくてもいいやー」な主義だったんてすが、やはりそうは言ってられなくなってきたので。


ここで、オリジナルアーティファクトの紹介をしていきます。

シュテルグラス:
シュテルがドイツ語で「星」ということから、「星見→すべてを見通すことができる」みたいなイメージにしました。

ブリーシンガメン:
元ネタは北欧神話、というか禁書目録に出てくるフレイヤの魔術の設定を剣風にアレンジしたみたいな感じになったので、この名前にしました。一応言うと、そっちのものとは別物です。


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寂しい選択

ハジメが清水を後ろからぶん殴って気絶させた後、ハジメは清水を縄で縛ってシュタイフに括り付け、死なない程度のスピードで引きずり、愛ちゃん先生たちのところに連れてきた。俺もヴィントに乗って後ろからついて行ったが、白目をむきながら頭をガンガンと魔物の肉や地面に打ちつけられながら引きずられる姿は、見たまんまの敗残兵だった。正直、ちょっと哀れに思うくらいに。まぁ、自業自得だから同情はしないが。

そして、場所を町はずれに移した。同席しているのは俺たちと愛ちゃん先生、クラスメイトの他には、護衛騎士と町の重鎮の数人、ウィルだ。他の重鎮は、町に残って事後処理に東奔西走している。場所を移したのも、勇者一行の一人がこのような事件を引き起こしたと知られたら、大規模な混乱が起こるのは自明の理だからだ。それ以前に、この襲撃の首謀者というだけでも騒動になるのは当たり前だが。

未だに白目をむいて気絶している清水に愛ちゃん先生が近寄ろうとするが、それを俺が片手で制して止める。今回の件は、一切を俺たちに任せるという約束だ。まだ愛ちゃん先生の出番ではない。

愛ちゃん先生もそのことを思い出したようで、ぐっと唇を噛みながら後退する。護衛騎士たちが俺を睨むが、どうでもいいのでスルーする。

 

「おい、起きろ」

 

俺が肩をゆすりながら声をかけると、清水はゆっくりと目を開け始めた。そして、ボーっとした目で周囲を見渡し、自分の置かれている状況を理解したのか、ハッとなって上体を起こす。咄嗟に、距離を取ろうして立ち上がりかけたのだが、まだ縛られたままなのでバランスを崩して尻もちをつく。そのままズリズリと後退りし、警戒心と卑屈さ、苛立ちがない交ぜになった表情で、目をギョロギョロと動かす。

 

「さて、いろいろと聞かせてもらうぞ。なに、余計なことをしなければ害は与えない。まず、どうしてこんな真似をした?危うく、自分の担任とクラスメイトも巻き添えにしようとしていたわけだが」

 

片膝立ちで問いかける俺に、清水のギョロ目が動きを止める。そして、視線を逸らして顔を俯かせるとボソボソと聞き取りにくい声で話し・・・というより悪態をつき始めた。

 

「なぜ?そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって・・・勇者、勇者うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに・・・気付きもしないで、モブ扱いしやがって・・・ホント、馬鹿ばっかりだ・・・だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが・・・」

「てめぇ・・・自分の立場わかってんのかよ!危うく、町がめちゃくちゃになるところだったんだぞ!」

「そうよ!馬鹿なのはアンタの方でしょ!」

「愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」

 

反省どころから、周囲への罵倒と不満を口にする清水に、玉井や園部たちクラスメイトが憤りをあらわにして次々と反論する。その勢いに押されたのか、清水はますます顔を俯かせ、だんまりを決め込む。

クラスメイトたちはその態度が気にくわないのかさらにヒートアップするが、俺が一睨みして黙らせる。

にしても、予想以上にひねくれてるというか、心がねじ曲がってるな。自分は特別、悪いのは全部他人、ときたか。ハジメがこんな根暗オタクにならなくてよかった。

 

「で、誰に価値を示すつもりだったんだ?町を襲撃している時点で、愛ちゃん先生やクラスメイトからはむしろ軽蔑されると思うが」

 

なんとなく予想はできてるが、とりあえずで聞いておく。まぁ、万が一もないと思うが。

俺の質問に、清水は少し顔を上げると薄汚れて垂れ下がった前髪の隙間から陰鬱で暗く澱んだ瞳を俺に向け、薄らと笑みを浮かべた。

 

「・・・示せるさ・・・魔人族ならな」

「なっ!?」

 

清水からでた言葉に、俺やハジメたちを除いたほぼ全員が驚愕をあらわにする。

俺としては、十分予想できた、ていうか予想通りだったから、特に驚くこともない。

清水は俺が無反応なのに若干の不満顔を見せつつも、周りの反応に満足気な表情となり、聞き取りにくさは相変わらずだが、先程までよりは力の篭った声で話し始めた。

 

「魔物を捕まえに、1人で北の山脈地帯に行ったんだ。その時、俺は1人の魔人族と出会った。最初は、もちろん警戒したけどな・・・その魔人族は、俺との話を望んだ。そして、わかってくれたのさ。俺の本当の価値ってやつを。だから俺は、そいつと・・・魔人族側と契約したんだよ」

「その契約っていうのが、魔物の群れを使ってウルの町を滅ぼすこと、いや、愛ちゃん先生を殺すことか?」

「・・・え?」

 

愛ちゃん先生は俺が何を言ったのかわからなかったようで思わず間抜けな声を漏らした。周囲の者達も同様で、一瞬ポカンとするものの、愛ちゃん先生は早く意味を理解し、激しい怒りを瞳に宿して清水を睨みつけた。

清水は、クラスメイトたちや護衛隊の騎士達のあまりに強烈な怒りが宿った眼光に射抜かれて一瞬身を竦めるものの、半ばやけくそになっているのか、視線を振り切るように話を続ける。

 

「何だよ、その間抜面。自分が魔人族から目を付けられていないとでも思ったのか?ある意味、勇者より厄介な存在を魔人族が放っておくわけないだろ・・・“豊穣の女神”・・・あんたを町の住人ごと殺せば、俺は、魔人族側の“勇者”として招かれる。そういう契約だった。俺の能力は素晴らしいってさ。勇者の下で燻っているのは勿体無いってさ。やっぱり、分かるやつには分かるんだよ。実際、超強い魔物も貸してくれたし、それで、想像以上の軍勢も作れたし・・・だから、だから絶対、あんたを殺せると思ったのに!何だよ!何なんだよっ!何で、6万の軍勢が負けるんだよ!何で異世界にあんな兵器があるんだよっ!お前は、お前たちは一体何なんだよっ!厨二キャラのくせにグブッ!?」

 

とりあえず、俺まで厨二キャラ呼ばわりした罰として思い切り顔面をアイアンクローした。ハジメはともかく、俺を厨二病呼ばわりした罪は重い。

ハジメはと言えば、それなりにショックだったのか遠くを見つめている。ユエがハジメの背中をポンポンしているのが、妙にむなしく見える。

 

「峯坂君、縄を解いてもらってもいいですか?」

 

そこに、愛ちゃん先生が近づいて俺にそんなことを尋ねてきた。

まぁ、一応俺が聞きたいことは聞きだしたし、あとは愛ちゃん先生に任せてもいいか。さすがに、縄を解くのは危険な気がするが、愛ちゃん先生は絶対に譲歩しないだろうし、仕方なく清水を縛る縄を斬り落とす。

拘束を解かれてまじまじと自分の手を見る清水だが、そこに愛ちゃん先生が手を重ね、静かに語りかける。

下がった俺は、厨二キャラ呼ばわりされたことに少しへこむ。

別にさ、俺の今の格好に自覚がないわけじゃないんだよ。ただ、成り行きの結果なのに俺が厨二病扱いされるのは、やっぱり傷つく。俺としては別の服にしたいのだが、この服もなかなかの実用性を持ってるし、ティアが今の俺の格好を気に入っちゃってるから、このままなだけなんだよ。

そんな感じでへこんでいる俺に、ティアが背中をよしよしする。一応、自分が少しのわがままを言っている自覚はあるようで、目の中に若干の罪悪感が見える。

たしかにこれはティアのわがままの結果でもあるが、それでもティアが気に病む必要はない。そんな意思も込めて、俺はなるべく目を柔らかくしてティアの頭をなでる。ティアもそれに機嫌をよくしたようで、気持ちよさげに目を細める。

 

「動くなぁ!ぶっ刺すぞぉ!」

 

そんなやり取りをしていると、いつの間にか清水が愛ちゃん先生の首に腕を回してキツく締め上げ、10㎝の針を愛ちゃん先生の首に突き付ける。

なんだか、知らない間に急展開になってるな。ハジメの方もようやく意識が現実に戻ったようで、「おや?いつの間に・・・」みたいな顔になっている。

 

「いいかぁ、この針は北の山脈の魔物から採った毒針だっ!刺せば数分も持たずに苦しんで死ぬぞ!わかったら、全員、武器を捨てて手を上げろ!」

 

清水の狂気を宿した言葉に、周囲の者達が顔を青ざめさせる。完全に動きを止めた生徒達や護衛隊の騎士達にニヤニヤと笑う清水は、その視線を俺たち、いや、ハジメに向ける。

 

「おい、お前、厨二野郎、お前だ!後ろじゃねぇよ!お前だっつってんだろっ!馬鹿にしやがって、クソが!これ以上ふざけた態度とる気なら、マジで殺すからなっ!わかったら、銃を寄越せ!それと他の兵器もだ!」

 

ハジメは清水の余りに酷い呼び掛けに、つい後ろを振り返って「自分じゃない」アピールをしてみるが無駄に終わり、嫌そうな顔をする。緊迫した状況にもかかわらず、全く変わらない態度で平然としていることに、またもや馬鹿にされたと思ったのか、清水は癇癪を起こす。そして、ヒステリックにハジメの持つ重火器を渡せと要求した。

それを聞いた俺たちは、冷めた目で清水を見返す。

 

「いや、お前・・・そもそも、先生殺さないと魔人族側行けないんだから、どっちにしろ殺すんだろ?」

「だったら、普通に考えて渡し損でしかないよなぁ」

「うるさい、うるさい、うるさい!いいから黙って全部渡しやがれ!お前らみたいな馬鹿どもは俺の言うこと聞いてればいいんだよぉ!そ、そうだ、へへ、おい、お前のその奴隷も貰ってやるよ。そいつに持ってこさせろ!」

 

清水は冷静に返されて、さらに喚き散らす。追い詰められすぎて、既に正常な判断が出来なくなっているようだ。

なんか、言うやつが違うだけで、ほのぼのするはずのセリフがひたすらきもく感じるな。

その清水に目を付けられたシアは、全身をブルリと震わせて嫌悪感丸出しの表情を見せた。

 

「お前が、うるさい3連発しても、ただひたすらキモイだけだろうに・・・ていうか、シア、気持ち悪いからって俺の後ろに隠れるなよ。アイツ凄い形相になってるだろうが」

「だって、ホントに気持ち悪くて・・・生理的に受け付けないというか・・・見て下さい、この鳥肌。有り得ない気持ち悪さですよぉ」

「まぁ、勇者願望があるのに言ってることが序盤にでてくるゲスい踏み台盗賊と同じだからなぁ。ていうか、ここまでテンプレなセリフを言うやつなんて初めて見たな」

 

一応、なるべく声を潜めて話したつもりだったが、普通に全員にばっちり聞こえていたらしい。

清水は口をパクパクさせながら、次第に顔色を赤く染めていき、更に青色へと変化して、最後に白くなった。怒りが高くなり過ぎた場合の顔色変化がよくわかる例だな。教材に使えるくらいだ。

清水は、虚ろな目で「俺が勇者だ、俺が特別なんだ、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ、アイツらが悪いんだ、問題ない、望んだ通り全部上手くいく、だって勇者だ、俺は特別だ」などとブツブツと呟き始め、そして、突然何かが振り切れたように奇声をあげて笑い出した。これじゃあ、情緒不安定もいいところだ。

 

「・・・し、清水君・・・どうか、話を・・・大丈夫・・・ですから・・・」

 

狂態を晒す清水に、愛ちゃん先生は苦しそうにしながらも、なお言葉を投げかけるが、その声を聞いた瞬間、清水はピタリと笑いを止めてさらに愛ちゃん先生を締め上げた。

 

「・・・うっさいよ。いい人ぶりやがって、この偽善者が。お前は黙って、ここから脱出するための道具になっていればいいんだ」

 

・・・まさか、自分の担任にむかって偽善者呼ばわりとは。一応、俺も愛ちゃん先生のことは「甘い人間」だと考えているが、さすがに自分の担任を偽善者扱いされるのは腹が立つ。

暗く淀んだ声音でそう呟いた清水は、再びハジメに視線を向けた。興奮も何もなく、負の感情を煮詰めたような眼でハジメを見て、次いで太もものホルスターに収められた銃を見る。言葉はなくても、言いたいことはだいたい伝わった。ここで渋れば、自分の生死を度外視して、いや、都合のいい未来を夢想して愛ちゃん先生を害しかねない。

どうしようか考えていると、ハジメから念話が伝わってきた。

 

『どうする、ツルギ?一応、俺が先生ごとポーラで感電させようと思うんだが』

『まぁ、愛ちゃん先生にも1回くらいは少し痛い目に合わせた方がいいからな。俺が清水の腕を斬り飛ばしてもいいが、そっちの方が確実か』

 

愛ちゃん先生は体が小さいため、盾の役割にはなっていない。ハジメがドンナーで撃ち抜くか、俺が剣製魔法で物干し竿を生成して斬る方が速いだろう。だが、愛ちゃん先生にこの世界の現実と言うものをわからせた方がいいため、ハジメのプランで動くことにした。

ハジメは溜息をつきながら、清水を刺激しないようにゆっくりとドンナー・シュラークに手を伸ばした。

が、ハジメの手が下がり始めた瞬間、

 

「ッ!?ダメです!避けて!」

 

そう叫びながら、シアは一瞬で完了した全力の身体強化で縮地並みの高速移動をし、愛子に飛びかかった。

突然の事態に、清水が咄嗟に針を愛子に突き刺そうとする。

次の瞬間、清水の背後から魔力を感知したと思ったら、蒼色の水流が、清水の胸を貫通して、ついさっきまで愛ちゃん先生の頭があった場所をレーザーの如く通過した。

射線上にいた俺は、瞬時にマスケット銃を生成して水のレーザーを撃ち払う。これは、水系攻撃魔法“破断”だ。

シアの方は、愛子を抱きしめ突進の勢いそのままに肩から地面にダイブし地を滑った。もうもうと砂埃を上げながら、ようやく停止したシアは、「うぐっ」と苦しそうな呻き声を上げて横たわったままだ。

 

「ちっ、ハジメはシアと先生を頼む!」

「っ、わかった!」

 

俺は素早くハジメに指示を出し、剣製魔法で弓と螺旋状の剣を生成する。そして、シュテルグラスをかけて“天眼”を発動し、“破断”の射線をたどる。

すると、遠くで黒い服を来た耳の尖ったオールバックの男が、大型の鳥のような魔物に乗り込む姿が見えた。ついでに言えば、うっすらとしか見えないが、その肌は浅黒い。おそらく、清水の言っていた魔人族だ。

それを確認した俺は、スッと息を吸い込んで弓を引き絞り、同時に魔法陣を展開する。

今展開している魔法陣には、強力な雷魔法と重力魔法を発動させている。これで、ハジメのドンナー・シュラークのように連射はできないが、弾丸より質量が大きい分、さらに威力を増した電磁砲撃を放つことができる。これが、俺流に編み出したカラドボルグだ。俺としては、元ネタ以上の性能を持っていると自負している。

魔物が飛び立った瞬間を狙って、俺はカラドボルグを放った。魔人族の男は攻撃されることを予期していたようで、射線上から逃れようと回避行動をとった。次の瞬間、俺のカラドボルグは魔人族の男の前で10本に分裂した。魔人族の男はなんとか回避しようとしたが、すべてをよけきることはできずに、鳥型の魔物の片足が吹き飛び、魔人族の男の片腕も吹き飛んだ。

それでも、落ちるどころか速度すら緩めず一目散に遁走を図る。攻撃してからの一連の引き際はいっそ見事というしかない。

即座に2本目のカラドボルグを生成して弓につがえたが、その時にはすでに低空で町を迂回し、町そのものを盾にするようにして視界から消えている。逃走方向がウルディア湖の方向だった事から、その手前にある林に逃げ込んだなら無人偵察機などによる追跡も難しいだろう。

仕留めきれなかったことに、俺は苦い顔になる。おそらく、これで俺たちの情報が魔人族側に渡ることになる。

それに、もしかしたらだが、ティアのことも報告される可能性がある。一応、魔人族の特徴はある程度隠しているとはいえ、赤い髪と翠の目といった顔だちはそのままだ。別人と割り切られる可能性もなくはないが、ティアはガーランドでは反逆者的な立場だ。人相書きが出回っており、それと照合されたらバレるかもしれない。見た目が違う理由だって、ピアス型アーティファクトによる効果だと断定されたらそこまでだ。

本格的に、魔人族側と戦う可能性が高まったが、今は置いておくことにしよう。それよりも重要なことがある。

俺は、愛ちゃん先生の方へと視線を向ける。

そこでは、ハジメが愛ちゃん先生に口づけをしていた。それも、濃厚なやつを。

 

「・・・・ん?」

 

・・・どうしてこんなことになったんだ?

いや、ぶっちゃけわからないわけではない。

俺には、清水の毒針が愛ちゃん先生にわずかに掠っていたのが見えた。だから、ハジメに愛ちゃん先生を見るように指示したのだ。

だが、まさかシアの時と同じことになるとは思わなかった。まぁ、死ぬかどうかの瀬戸際で迷うわけにもいかないから、別に非難するつもりはないが。

でもこれ、愛ちゃん先生も落ちたりしないだろうな?それはそれで面白いが。

それにしても、今回は俺の落ち度だ。

俺からすれば、魔物を殲滅している間や清水に尋問している間など、俺たちを殺す機会は十分あった。そのことも考えて、清水に尋問している間も感覚を研ぎ澄ませていたのだ。それでも、俺が感覚を研ぎ澄ませてもまったく攻撃の気配を感じなかったから、もう撤退しているものだと思い込んでしまった。魔法による長距離狙撃の可能性を考えなかったのも、でかい失敗だ。

今回助かったのは、シアのおかげだ。あの魔人族はどうやら欲をかいたらしく、清水と愛ちゃん先生ともども、おそらく俺かハジメを殺そうとした。その結果、シアの“未来視”が発動したのだ。そのおかげで、愛ちゃん先生の頭部が貫かれるという最悪の未来を回避することができた。間違いなく、今回はシアの手柄だ。

そんなことを考えているうちに、愛ちゃん先生は顔は真っ赤だがなんとか回復し、シアもハジメに口移しを所望した結果、ハジメに試験管を口に突っ込まれ、回復して立ち上がった。

その後も、ハジメはシアからは拗ねたような視線と言葉を向けられ、ユエからは空気読めとでも言うようにお叱りを受け、愛ちゃん先生は顔を赤くして分かりきった事をわざわざ弁解し始め、ハジメは大きくため息をつく。

・・・一応、この状況で忘れ去られている哀れな重要人物がいるんだけどな。少なくとも、愛ちゃん先生にとってはとくに。

 

「・・・なぁ、清水はまだ生きてるか?」

 

俺が近くにいた護衛騎士に話しかけ、その言葉に全員が「あっ」と今思い出したような表情をして清水の倒れている場所を振り返った。愛ちゃん先生だけが「えっ?えっ?」と困惑したように表情をしてキョロキョロするが、自分がシアに庇われた時の状況を思い出したのだろう。顔色を変え、慌てた様子で清水がいた場所に駆け寄る。

 

「清水君!ああ、こんな・・・ひどい」

 

清水の胸にはシアと同じサイズの穴がポッカリと空いていた。出血が激しく、大きな血溜まりが出来ている。

おそらく、もって数分だろう。

 

「し、死にだくない・・・だ、だずけ・・・こんなはずじゃ・・・ウソだ・・・ありえない・・・」

 

清水は、傍らで自分の手を握る愛ちゃん先生に話しかけているのか、唯の独り言なのかわからない言葉をブツブツと呟く。愛ちゃん先生は周囲に助けを求めるような目を向けるが、誰もがスっと目を逸らした。既に、どうしようもないということだろう。それに、助けたいと思っていないことが、ありありと表情に出ている。

すると、今度は俺たちにむかって叫んだ。

 

「南雲君!さっきの薬を!今ならまだ!お願いします!」

 

・・・まぁ、だいたいの予想はできていた。

ハジメも予想していたようで、「やっぱりか・・・」と呟きながら溜息をついている。

俺はハジメに視線でついてくるように伝え、愛ちゃん先生と清水に近寄る。

予想はつくが、一応聞いておこう。

 

「そいつを助けたいのか?自分を殺そうとした相手なのに?いくら何でも“先生”の領域を超えているぞ」

 

自分を殺そうとした相手を、それでも“生徒”だからという理由だけで必死になれる“先生”が、いったいどれだけいるのか。ここまで来たら、“先生”としても異常と言っていい域だ。

そんな意味を含めた俺の質問の意図を愛ちゃん先生は正確に読み取ったようで、一瞬、瞳が揺らいだものの、毅然とした表情で答えた。

 

「確かに、そうかもしれません。いえ、きっとそうなのでしょう。でも、()()そういう先生でありたいのです。何があっても生徒の味方、そう誓って先生になったのです。だから、南雲君、峯坂君・・・」

 

予想通りの答えに、俺は思わず盛大にため息をつく。ハジメの方もガリガリと頭を掻いて不機嫌そうにしている。

だが、これが愛ちゃん先生だ。絶対に、今言ったことを曲げないだろう。

俺は一回、ハジメに目を向ける。ハジメも俺の意図を察したらしく、小さくうなずく。

ハジメにも確認をとった俺は、清水に歩み寄る。

 

「清水、聞こえているな?俺たちには、お前を救う術がある」

「!」

「だが、その前に聞かなければならないことがある」

「・・・」

 

救えるという言葉に反応して清水の呟きが止まり、ギョロ目がピタリと俺を見据えた。俺は一拍おいて、簡潔な質問をする。

 

「お前は、敵か?」

 

清水は、その質問に一瞬の躊躇いもなく首を振った。そして、卑屈な笑みを浮かべて、命乞いを始めた。

 

「て、敵じゃない・・・お、俺、どうかしてた・・・もう、しない・・・何でもする・・・助けてくれたら、あ、あんたの為に軍隊だって・・・作って・・・女だって洗脳して・・・ち、誓うよ・・・あんたに忠誠を誓う・・・何でもするから・・・助けて・・・」

 

だが、俺は清水の命乞いには耳を貸さずに、ただ清水の目を見つめる。

清水はサッと目を逸らしたが・・・今ので答えは十分だった。

ハジメに目を向けると、再び小さくうなずき、殺気を放ち始める。どうやら、ハジメも同じ結論をだしたようだ。

そして、今度は愛ちゃん先生の方を見る。愛ちゃん先生も俺の方を見ていたようで、すぐに目が合う。

そして、一瞬で俺たちの結論がわかったらしい。血相を変えて近くの俺を止めようと飛び出した。

 

「ダメェ!」

 

だが、俺とハジメの方が圧倒的に早かった。

 

ドパンッ!ザシュッ!

 

「ッ!?」

 

俺の黒い片手剣が清水の首をはね、ハジメのドンナーが清水の心臓を正確に撃ちぬいた。清水の体は一瞬跳ね、そのまま動かなくなった。

ここで、清水幸利という男が死んだ。これが、まぎれもない現実だ。

周りから、誰のものかはわからないが、息を呑む音が聞こえた。そして、死体となった清水を見つめる俺たちを、ただ茫然と見つめている。

 

「・・・どうして?」

 

ポツリと、愛ちゃん先生から言葉がこぼれる。

清水から愛ちゃん先生に視線を戻すと、清水の亡骸見つめている愛ちゃん先生の瞳には、怒りや悲しみ、疑惑に逃避、あらゆる感情が浮かんでは消え、また浮かんでは消えていくのが見える。

 

「敵だからだ」

 

そして、愛ちゃん先生の質問に、ハジメが簡潔に答える。

 

「そんな!清水君は・・・」

「改心したって?悪いけど、俺たちはそれを信じられるほどお人好しじゃないし、なにより自分の目が狂っているとも思っていない」

 

最後の質問をしたときの清水の目は、憎しみと怒りと嫉妬と欲望とその他の様々な負の感情が入り混じってどす黒くなっており、明確に清水が“堕ちている”ことを物語っていた。

一応、最初から清水を殺すつもりだったわけではない。愛ちゃん先生の顔を立てて、もしわずかにでも更生する可能性があったら、首輪付きだが助けるつもりだった。

だが、清水の目には、その少しの可能性も存在しなかった。そして、愛ちゃん先生の言葉が絶対に届かないと確信した。同時に、俺たちにとって有害な存在になるとも。

そのことは、愛ちゃん先生もわかっていたはずだが、それでも愛ちゃん先生は“先生”であり、決して諦めるわけにはいかなかった。諦められなかっただけなのだ。

それでも、俺からすれば“甘い”と言わざるを得ない。

 

「だからって殺す事なんて!王宮で預かってもらって、一緒に日本に帰れば、もしかしたら・・・可能性はいくらだって!」

「それで?その可能性のために何を犠牲にする?」

「峯坂君、それは、どういう・・・」

「あのまま生かしておけば、清水は確実に同じことをやらかす。それでも愛ちゃん先生は元に戻ると信じて、その代わりにいったい誰を苦しませる?王都の人たちか、王宮の騎士たちか、あるいは、他の自分の“生徒”か」

「っ、そ、それは・・・」

 

俺の言葉に、愛ちゃん先生は言葉を詰まらせる。

とどのつまり、そういうことだ。清水一人が更生することにかけるか、他のクラスメイトの安全を確実に確保することを優先するか。

ベストとベター、どちらを選ぶか。生徒全員と生きて戻ることを望む愛ちゃん先生と、より多くのクラスメイトが帰還するために、必要であればクラスメイトを切り捨てる俺。それが、俺と愛ちゃん先生の違いだ。

そして、それは決して交わるものではないし、お互いにその考えを曲げるつもりはない。

こうなるのも、必然と言える。

そんな愛ちゃん先生に、今度はハジメが声をかける。

 

「・・・どんな理由を並べても、先生が納得しないことは分かっている。俺たちは、先生の大事な生徒を殺したんだ。俺たちをどうしたいのかは、先生が決めればいい」

「・・・そんなこと」

「“寂しい生き方”。先生の言葉には色々考えさせられたよ。でも、人の命が酷く軽いこの世界で、敵対した者には容赦しないという考えは・・・変えられそうもない。変えたいとも思わない。俺たちに、そんな余裕はないんだ」

「南雲君・・・」

「これからも俺たちは、同じことをする。必要だと思ったその時は・・・いくらでも、何度でも引き金を引くよ。それが間違っていると思うなら・・・先生も自分の思った通りにすればいい・・・ただ、覚えておいてくれ。例え先生でも、クラスメイトでも・・・敵対するなら、俺たちは引き金を引けるんだってことを・・・」

 

愛ちゃん先生は、唇を噛みしめてうつむく。

“自分の話を聞いて、なお決断したことなら否定しない”そう言ったのは他でもない愛ちゃん先生なのだ。言葉が続くはずがない。

ハジメは、そんな愛ちゃん先生を見て、ここでのやるべきことは終わったと踵を返した。俺もそれに続く。ユエとシアはハジメに静かに寄り添い、ティアもそっと俺の手を握る。ウィルも俺とハジメの圧力を伴った視線に射抜かれて、愛ちゃん先生たちの様子や町の事後処理の事で後ろ髪を引かれる様子ではあったが、黙って俺たちについてきた。

町の重鎮やクラスメイト、護衛騎士たちも俺たちを引きとどめようとするが、ハジメが“威圧”をばらまき、俺が殺気を放つと、伸ばした手も、発しかけた言葉も引っ込めた。

 

「南雲君!峯坂君!先生は・・・先生は・・・」

 

それでも、先生としての矜持があるのか、愛ちゃん先生は俺たちの名を呼ぶ。

それに、ハジメが肩越しに振り返り、俺は振り返らずに、それぞれ告げる。

 

「・・・愛ちゃん先生の理想は、この世界ではすでに幻想だ」

「ただ、世界が変わっても俺たちの先生であろうとしてくれている事は嬉しく思う・・・出来れば、折れないでくれ」

 

俺が突き放し気味に、ハジメが少し気を遣うように告げ、ハジメの取り出したブリーゼに乗ってその場を去った。

 

 

ちなみに、このときティオとイズモのことを完全に忘れており、ティオが若干興奮しながら俺とティアが乗っている荷台に飛び乗ろうとしてきた。

俺はそんなティオを撃ち落とそうと四苦八苦したのだが、黒竜ならではのタフさとイズモのすがるようなまなざしであきらめた。

変態が同席とか、勘弁してほしいんだが。




「う~ん、やっぱ、服を買い替えようかなぁ・・・」
「ダメよ!せっかく似合ってるんだから!」
「そうか?俺としては、コスプレ感がぬぐえないんだが・・・まぁ、そういうなら、このままでいるが」
「ありがとう、ツルギ!」
「・・・なぁ、あれ、どう思う?」
「・・・ん、ツルギは押しに弱い」
「・・・ツルギさん、ティアさんには甘々ですねぇ」

ティアの押しに負けてエミヤコスをしぶしぶ受け入れるツルギの図


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ようやく定期テストも一段落して落ち着いたので、投稿しました。
そういえば最近、web版原作が更新されなくてサザエさん症候群一歩手前になっています。
書籍化作業、がんばってほしいですね。
それとですね、剣たちの年齢を16歳に統一しました。
なんだか、17歳で高1のまま押し通すのは、ちょっと微妙に思ったので。
原作と少し齟齬が生じるかもしれませんが、こっちの都合で進めさせてもらいます。


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別にツンデレじゃねえし

ウルの町を出た俺たちは、北の山脈地帯をブリーゼで疾走している。

今はハジメが運転をし、ハジメの隣にユエ、ユエの隣にシア、後部座席にウィルが座っており、荷台に俺、ティア、イズモ、ティオが乗っている。ティオだけ、荷台と座席をつなぐ覗き窓から座席を覗いている状態だが。

ちなみに、どうして俺とティアが座席ではなく荷台に座っているかといえば、こっちの方がまだ2人になれるからだ。声なども、遮音結界を張っておけば気にならない。乗り心地も、サスペンションのおかげで揺れは最低限に抑えられているから、特に気にならない。

だが、やっぱりずっとこのままというわけにもいかないだろう。今回の調査みたいに飛び入りで人数が増える可能性もあるし、今後、俺たちの旅の同行者が増えないとも限らない。

元々ハジメのロマン重視(荷台からガトリングをぶっ放すやつ)で設計された荷台だが、近いうちに改装した方がいいかもしれない。具体的には、荷台をまるまる乗車席にしたりだ。その時は、天井に戦車のような出入り口をつけてガトリングも使えるようにした方がいいだろう。いや、いっそガトリングも魔力式操作に切り替えた方がいいか。グリューエン砂漠だと、わざわざ車の外に出るたびに日差しに焼かれることになるしな。

なら、荷台を乗車席に改装するとして、やっぱり空調は必須だから・・・

 

「ツルギ、どうしたの?なんか、難しい顔してるけど」

 

おっと、つい設計図構築に熱が入ってしまったようだ。ティアが、不安そうに俺を見つめてきている。

 

「いや、大したことじゃない。このブリーゼも作り替えた方がいいと思ってな。具体的には、荷台を乗車席に変える感じだ」

「たしかに、いつまでもこうして荷台に座っているわけにもいかないわね」

「・・・なぁ、少しいいか?」

 

そんな風にティアといちゃついていると、遠慮がちに俺たちに声をかけてきたのは、俺とティアの対面に座っているイズモだ。

別にイズモを遮音結界の中に入れるつもりはなかったのだが、ティアがさすがにかわいそうだと反対したのだ。その時、ちらちらとイズモの方を見てうっすらと頬を染めたりしていたのだが、俺は見て見ぬふりをした。

 

「ん?どうしたんだ?」

「いや、なぜ清水少年を殺したのかと思ってな。気になって聞いてみただけだ」

 

あ~、やっぱりそのことについて聞いてくるか。

まぁ、簡単に済ませておくか。

 

「だいたいはあそこで言った通りだが?清水が敵だからだ」

「だが、それは()()()()理由にはなっても、()()理由にはならないだろう。なにせ、あのまま放っておいても清水少年はどのみち死んでいたからな。だったら、殺す理由もない。敵だから殺すと言うなら、わざわざ手を出すこともない。見捨てるだけで十分だ」

「・・・よく見てるな。さすが、妖狐族ってところか」

 

竜人族の側近兼諜報員を務めていたというのはだてではない。あれだけでそこまで見破られるとは。

さて、どう説明したものか・・・。

すると、今度はハジメの方から念話がかかってきた。

 

「なんだ?」

『遮音結界を解いてくれ、ツルギ。ウィル・クデタが清水を殺した理由を教えろと言ってきた』

 

・・・まさか、ウィルにまでそのことを疑問に思われるとは思わなかった。

やはり、なんやかんや言って貴族としての立派な“目”を持っているのだろう。よくもまぁ、誤魔化されなかったものだ。

俺は遮音結界を解いて、ウィルに話しかける。

 

「で?どうして清水を殺したか、だって?」

「あ、はい、そうです」

 

ウィルの目を見て尋ねてみたが、どうやら誤魔化せそうにないみたいだ。

ったく、どうしてこんなんで冒険者をやろうと思ったのかね。

にしても、どうにも話す気になれない。

たしかに、俺とハジメはわざと清水を殺した。周りにでかい衝撃を与えるために。

そのおかげで、あの場では上手く清水が放っておいても死んでいたという事実が隠れた。

だが、その理由を話すのは、なんというか・・・

そんな風に言葉に詰まっていると、

 

「・・・ハジメとツルギ、ツンデレ」

「ふふ、たしかにそうね」

「「・・・」」

「「「「ツンデレ?」」」」

 

どうやら、ユエとティアはばっちりと見抜いていたらしい。

ユエは無表情のままだが、ティアはどこかからかうように尋ねてくる。

 

「・・・愛子へのお返し?」

「それとも、ただの気遣いだったりするのかしら?」

「・・・もののついでだよ」

「まぁ、先生が生徒に世話焼かれてどうなんだってのは思うがな」

 

ハジメは照れているのか、完全にそっぽを向いてしまっている。

俺も黙りたいが、どのみちユエとティアが話すだろう。

どのみちバラされるのならと、俺は理由を説明した。

簡単に言えば、愛ちゃん先生が責任に押しつぶされないための布石だ。

清水は、魔人族の目的は愛ちゃん先生を殺すことだと言っていた。そのために、清水を利用した。だからこそ、あの時の“破断”も愛ちゃん先生を殺すために清水の体ごと貫いた。

どうでもいい話だが、もし仮に作戦が成功したとしても、「魔人族の勇者として招く」という約束が守られたかどうかは怪しいところだ。

もちろん、この清水の死に愛ちゃん先生がとるべき責任はない。これはあくまで、自身の目的と欲望のために魂を魔人族に売った清水の自業自得だ。直接殺した魔人族はもちろん、清水の死は清水が責任を負うべき問題だ。

だが、おそらく愛ちゃん先生は納得しない。最後の攻撃が明確に愛ちゃん先生を狙っていたのもわかる。

とすると、責任感の強い愛ちゃん先生は「自分に向けられた攻撃のせいで自分の生徒が死んだ」と考えるだろう。その時、おそらく愛ちゃん先生の精神は、この重圧に耐えられずに崩壊する。

愛ちゃん先生が大きな不安を抱えているだろうにも関わらず毅然としているのは、先生としての矜持があるからだ。そして、愛ちゃん先生を“先生”たらしめているのは“生徒”がいるからだ。

その生徒を、自分のせいで死なせてしまった。その衝撃は、かつてハジメが死んだと聞かされた時よりも、そのハジメから原因がクラスメイトの裏切りだと聞かされた時よりも、遥かに強力な刃となって愛ちゃん先生の心を傷つけるだろう。その時は、確実に愛ちゃん先生の心は折れる。

もちろん、愛ちゃん先生にここで折れられてしまうのは困るという打算もあるし、あの時に言ったことも俺の本心であることに変わりはない。それに、愛ちゃん先生があのバカ勇者と変わりないレベルで理想に走っていることを非難するのも変わりないし、俺も今の生き方を変えるつもりもない。

それでも、日本にいたときから俺を気にかけてくれていたことには、それなりに感謝していたのだ。

おそらくハジメも、愛ちゃん先生の言葉はたしかにハジメの心に残っただろうし、世界が変わっても、自分の身が化け物になり果てても、それでも“先生”として“説教”したことに恩義を感じているのだろう。

それこそ、俺よりも。

だからこそ、俺とハジメはわざと清水を殺した。なるべく印象が強くなるように、清水が“敵”であることを強調して。そうして、清水を殺したのは俺たちだと印象付けたのだ。

愛ちゃん先生の心が折れてしまわないように、変わらず望み通り“先生”でいられるように義理を果たすために。

 

「そういうことでしたか・・・ふふ、ツンデレですねぇ、ハジメさん、ツルギさん」

「そういうことでしたか・・・」

「なるほどのぉ~、ご主人様とツルギ殿は意外に可愛らしいところがあるのじゃな」

「なんというか、素直ではないのだな」

 

シア、ウィル、ティオ、イズモがそれぞれそんなことを言って、生暖かい目で俺たちを見る。

ハジメはそっぽをむいたまま無視し、俺も目を逸らした。

 

「・・・でも、愛子は気がつくと思う」

「そうね、私もそう思うわ」

「「・・・」」

 

ユエとティアの言葉に、俺とハジメは肯定も否定もせずにただ黙る。

そんな俺たちに、というかハジメに、ユエは瞳にやさしさを乗せて語りかけてくる。

 

「・・・愛子は、ハジメの先生。ハジメの心に残る言葉を贈れる人。なら、気がつかないはずがない・・・」

「・・・ユエ」

「・・・大丈夫。愛子は強い人。ハジメが望まない結果には、きっとならない」

「・・・」

 

どうやらユエは、少なからずハジメに影響を与えた愛ちゃん先生を、それなりに信頼しているようだ。

力強さと優しさを含んだ瞳で上目遣いに自分を見つめてくるユエに、ハジメもまた目を細め優しげに見つめ返した。ハジメの心の靄は、どうやら晴れたようだ。

・・・ただ、ティアが俺に対して、どちらかと言えば非常に面白そうな目を向けてくるとはどういうことか。

 

「・・・なんだ、ティア?」

「ツルギって、本当に素直じゃないわよね。あれだけ辛辣なことを言っておいて、内心はすごい気を遣ってるなんて」

「ぐっ・・・」

「ハジメよりも、よっぽどツンデレね」

「うぐぅ・・・」

 

からかうようなティアの言葉に反論したいが、言葉が出ない。俺だって、それなりに自覚はあるわけだし。

たしかに思い返してみれば、「か、勘違いしないでよねっ」みたいなノリに見えなくもない。

そんな風に肩身を狭めると、ハジメがニヤニヤしながら俺を見てくる。

 

「・・・なんだよ、ハジメ」

「いやぁ、なんでもないぞ?ツンデレツルギ君?」

 

どうやら、今まで俺にいじられ続けてきたうっぷんをここで晴らしにきたらしい。

だが、今回は俺にもカードはある。

 

「まぁ、ユエの言う通り、愛ちゃん先生に関してはさほど心配しなくてもいいだろう。ハジメが『できれば折れないでくれ』って言ったしな」

「・・・あ」

 

俺の言葉に、ハジメが思わずという風に声が漏れる。

口移しで神水を飲ませたことといい、ハジメが最後に残した言葉といい、完全に禁断のフラグが立っている。

別に、俺が愛ちゃん先生を突き放しているのは、ハジメに押し付けるためというわけではないのだが、結果的に愛ちゃん先生がハジメを意識するような構図が出来上がっている。

まぁ、責任感の強い愛ちゃん先生のことだから、本人は否定するだろうが。

ハジメは「やっべ」みたいな感じで固まるが、俺はさらに追撃を加える。

 

「それに、ハジメはシアにも何か言うことがあるだろ?」

「へ?私にですか?」

「お、おい、ツルギ!お前は何を・・・」

「んじゃ、あとは自分でやってくれ」

 

そう言って、俺は再び遮音結界を展開する。何やら念話で話しかけてきているが、それらも丸っと無視した。

 

「大人げないわね、ツルギ」

「あいつが俺をおちょくろうなんざ、100年早いってもんだ」

 

俺は、基本的に誰にでも口で負けない自信がある。さすがに、弁護士とか口で勝負するプロフェッショナルには勝てないとは思うが、ハジメくらいなら負ける方が難しい。

・・・せっかくだ、気になったことついでに、ティアにもちょっと仕返しをしようか。

 

「なぁ、イズモ」

「ん?なんだ?」

「ふと気になったんだが、イズモは“変化”の固有魔法であの大きな九尾の狐になっただろ?」

「あぁ、そうだが、それがどうしたのか?」

「いや、その逆もできるのかなと。例えば、子狐みたいな感じとか」

 

そう聞いた途端、ティアの耳がピクリと反応した。

イズモも、それを見て俺の質問の意図に気づいたらしい。ニヤリとして俺の質問に答える。

 

「あぁ、できるぞ。それ」

 

そう言うと、イズモの体が一瞬紫の炎に包まれた。

炎が消えると、そこには体長が5,60㎝ほどの九尾の狐がこちらを見ていた。

すると、空間に響くように声が聞こえた。どうやら、会話の方法はサイズが変わっても同じらしい。

 

『まぁ、ざっとこんなもんだ』

「へぇ、すごいな。ここまでのクオリティなんて、アーティファクトじゃ再現できそうにないな」

『妖狐族の“変化”は、他の誰かとそっくりに似せることもできるほどの魔法だ。体の大きさを変えることくらい、容易いことだ』

 

小さな子狐の状態で、イズモはエヘン!とばかりに胸を張る。そのしぐさも、見た目と相まってかなりかわいい。

 

「・・・・・・」

 

そんな中、ティアはボーっとしながら子狐イズモを眺めていた。だらしなくよだれを垂らしながら。

 

「おい、ティア?どうしたんだ?」

「へっ!?な、なんでもないわよ!?」

 

ティアは慌ててよだれをぬぐって否定するが、全然取り繕えていない。そんなティアが、ものすごくほほえましい。

 

「そうか?俺はこのイズモもかわいいと思うけどな」

『んぅ、ツルギ殿、お主、なかなかに撫でるのが上手いな。ちょうどいいぞ』

 

ティアを生暖かい目で見ながら、俺は子狐イズモの頭や下あごを撫でたり、くすぐる。イズモが気持ちよさそうに目を細めながら、されるがままになっているが、ティアはその様子をすごく羨ましそうに見ている。

 

「・・・ティアも撫でるか?」

「っ!?べ、べつにわたしは!」

『ティア殿なら、遠慮しなくてもいいぞ?』

 

イズモを正面に抱えながら尋ねると面白いくらいに動揺するが、イズモの誘いと愛嬌のある顔を見て陥落したらしい。目にハートを浮かせながら、子狐イズモを抱く。

最初は俺がしたように頭や下あごを撫でる。子狐イズモがそれに気持ちよさそうに目を細めると、我慢できずに思い切り抱きしめる。その表情は、とても幸せそうだ。

 

「・・・モフモフ、可愛い」

『ティア殿が気に入ったようでなによりだ。だから、もう少し力を緩めてくれないか?ちょっと息が苦しいのだが・・・』

 

イズモの抗議もなんのその。ティアは一心不乱にティオのモフモフな毛並みに頬をすりすりする。ティアの表情が、だんだんと恍惚としたようなものになってきた。

幸い、イズモもちょっと苦しそうにしているが、嫌がる素振りは見せていない。割とまんざらでもないようだ。

そんなこんなで、シアが俺たちの様子を見に来るまで、ティアはひたすらにイズモを抱きしめ、俺はその様子を眺めていた。

ちなみに、俺たちがそんなことをしているうちにティオが俺たちの仲間に加わることが決まり、イズモも「今のティオ様を放っておくことはできない」ということで同行することになった。

さらに言えば、途中でユエやシアも子狐イズモを愛でる会に参加した。ハジメは「見た目は狐だが、中身は普通に女だからな」ということで頭をなでるにとどまった。ユエから強烈な視線をくらったのも、理由の一つだろう。




「ああぁぁ~~~~!!感じるのじゃ~~~~ご主人様ぁ~~!!」
「うっせぇ!いろいろとキモイ絶叫をあげてるんじゃねぇよ、ド変態がっ!!」
「・・・・・・」
「・・・あ~、イズモ?元気出せって」
「・・・後で、尻尾の手入れとか手伝ってあげるから」
「・・・かたじけない、ツルギ殿、ティア殿」

イズモのフォローはツルギとティアの役目になった。ちなみに、ハジメとティオのやり取りの際は他人の振りをすることで大方決まった。


~~~~~~~~~~~


今回は短めに仕上げました。
まぁ、ハジメサイドのやりとりをすっ飛ばす関係上、仕方ないといえば仕方ないですが。
さて、日常間話にもちょいちょいと伏線的なやつを仕込んでいましたが、ティアに可愛いもの好きキャラを付け加えました。
これで、どこぞの侍ガールとも仲良くできそうですね。


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なんだこのステータスは

女性陣が思う存分に子狐イズモをモフモフしていると、馬車や人の行列が見えた。どうやら、フューレンに着いたらしい。

 

「お前らー、フューレンについたから、それくらいにしておけ」

「・・・わかったわ」

「・・・むぅ、仕方ない」

「ですねぇ、すこし名残惜しいですぅ・・・」

 

どうやら、子狐イズモの抱き心地がたいそう気に入ったようだ。一応、イズモも少し疲弊しているが、嫌がっている様子はない。

ティオ曰く、子供の時はティオがイズモによく同じことをやっていたようで、イズモもその頃を思い出していい気分になっているらしい。尻尾も本来は触らせる相手は選ぶらしいが、特に拒絶もしなかったし、イズモも俺たちと上手くやっていけそうだ。

そして、人の姿に戻るイズモを名残惜しそうに見るティアたちを横目に、ハジメはそのままブリーゼで行列の後ろに並んだ。

周りの人間は、得体のしれない物体に興味津々のようだ。

一応、今までなら隠すべきだっただろうが、ウルの町でひと暴れしたから今さらだ、ということで隠すことをやめた。

どのみち、遅かれ早かれ教会の方から接触してくるだろう。

それに、愛ちゃん先生とこれから依頼の報告に行くイルワの後ろ盾がある。少なくとも、すぐに一悶着起こるようなことはない・・・と思いたい。

ぶっちゃけ、イルワの後ろ盾に関しては、わりとすぐに出番が来る気がする。

なぜなら、「立ちふさがる奴は全部ぶっ壊す」を地で行くハジメがいるからだ。ハジメがいる限り、俺たちの旅に穏便はない。

なるべく、俺が平和的に・・・。

 

「よぉ、レディ達。よかったら、俺と・・・」

「何、勝手に触ろうとしてんだ?あぁ?」

「ヒィ!!」

 

・・・いきなりかよ。

考えてみれば、こんな人の多い場所にいたら客観的に見たら美女・美少女のユエやシアに声をかけてくるやつが一人くらいいるのは当然だし、ハジメがそれを許すはずもないよな。さっきの視線も、途中からユエやシアに集中してたし。

俺が遠い目をしながらそんなことを考えているうちに、ハジメはシアに寄ってきたチャラ男を投擲した。チャラ男は地面と水平に豪速でぶっ飛び、30mほど先で地面に接触、顔面で大地を削りながら、名古屋のシャチホコばりのポーズで爆進し、更に10m進んで一瞬頭だけで倒立をした後、パタリと倒れて動かなくなった。

・・・まぁ、今回はあのチャラ男が手を出したのが悪いし、これのおかげで俺たちに向けられる視線もだいぶ減った。俺たちにとっても、悪いことばかりじゃない、はずだ。

 

「はぅあ、ハジメさんが私のために怒ってくれました~。これは独占欲の表れ?既成事実まであと一歩ですね!」

「・・・シア、ファイト」

「ユエさぁ~ん。はいです。私、頑張りますよぉ~!」

「ふぅむ、何だかんだで大切なんじゃのぉ~。ご主人様よ。妾の事も大切にしてくれていいんじゃよ?あの男みたいに投げ飛ばしてくれてもいいんじゃよ?」

 

・・・たださ、ハジメサイドの女性陣の会話の内容をなんとかしてくれよ。なんでハジメに寄ってくる女はキワモノばっかなんだよ。

ユエとシアは、まだわかる。ただ、ティオがさっきのチャラ男の方を羨ましそうに見ているのが、どっと疲れる。結局、ハジメも思い切りビンタをするが、それでも喜ぶという始末だ。

 

「・・・はぁ~。結局、俺が神経をすり減らすことになるのな」

「・・・頑張って、ツルギ」

「・・・私たちがいるからな。大丈夫だ」

「えっと、その、応援してます」

 

ティアとイズモとウィルの慰めが心に響く。すごくありがたい。

そんなやり取りをしていると、にわかに行列の前の方が騒がしくなった。

見てみれば、門番がこちらに駆け寄ってきた。どうやら、ハジメの起こした騒ぎが見えたようだ。

簡易の鎧を着て馬に乗った男が3人、近くの商人達に事情聴取しながら俺たちの方へやって来た。商人の1人が俺たちを指差し、次いでチャラ男を指差す。男の1人が、仲間に指示を出してチャラ男の方へ駆けていく。残った男2人が俺たちの方にやってくるが、ブリーゼのボンネットの上に座ってくつろいでいる(いちゃいちゃしているとも言える)ハジメたちを見て険しい目つきになった。ただ、俺の気のせいじゃなければ、どちらかといえば嫉妬的な感じに見える。

 

「おい、お前たち!この騒ぎは何だ!それにその黒い箱?も何なのか説明しろ!」

 

門番の1人が高圧的に話しかけてくるが、視線がちらちらとユエたちの方に向いている時点で説得力は皆無だ。

ハジメが、ちらりと俺の方を見る。

・・・ですよね、結局やるのは俺なんですよね。わかってたよ、ちくしょう。

 

「この黒い箱は、俺たちのアーティファクトだ。そっちの男は、あいつの連れに手を出そうとして、カッとなってやっちまったみたいだ。嫌がってるのに抱きつこうとしたからな。仕方ないだろ?・・・門番さんは、そんな性犯罪者の味方をするのか?だとしたら、俺たちはもう二度とフューレンに来れそうにない。あっちの女の子も、かなり怯えちまってるからな」

 

一応、だいたいは本当だ。

違うのは、抱きつく前に投げ飛ばしたことと、シアは別に怯えていないってことくらいか。むしろ、今は幸せそうにハジメに体をくっつけている。見てみれば、シアの首輪が無骨なものから、おしゃれなチョーカーのようなデザインに変わっている。十中八九、ハジメのプレゼントだ。

ウィルが俺の方をジト目で見てくるが、気にしない。商人たちも俺の方を見てひそひそと何かをしゃべっている気がするが、なにも聞こえない。

とりあえず、門番の方は俺の言い分を信じたみたいで、「そうか、なら構わない」と碌に取り調べもせずに引き下がった。

その時、門番の1人が俺たちを見て首をかしげると、「あっ」と思い出したように隣の門番に小声で確認する。何かを言われた門番が、同じように「そう言えば」と言いながら俺たちをマジマジと見つめた。

 

「・・・君たちはもしかして、ツルギ、ハジメ、ユエ、シア、ティアという名前だったりするか?」

「ん?そうだが、もしかしてイルワから何か言われてるのか?」

「あぁ。ということは、ギルド支部長殿の依頼からの帰りということか?」

「あぁ、報告しに来たところだ」

 

どうやら、イルワがあらかじめ連絡しておいたようだ。

門番は、すぐに通せと言われているようで、順番待ちを飛ばして入場させてくれた。

長い行列をすっ飛ばすことができてよかったな。

周りからはブリーゼに乗る俺たちに好奇の目を向けてくるが、特に気にせずに俺たちはフューレンへと入って行った。

 

 

* * *

 

 

冒険者ギルドの応接室の1つに案内された俺たちは、出されたお茶やお菓子を堪能しながら待っていると、5分ほど経ったところで、イルワが部屋の扉を蹴破らん勢いで開け放ち飛び込んできた。

 

「ウィル!無事かい!?怪我はないかい!?」

 

部屋に入るなり、イルワは俺たちへのあいさつをすっ飛ばしてウィルの安否を確認してきた。以前会ったときの冷静さを殴り捨てているという時点で、かなり心配していたようだ。

 

「イルワさん・・・すみません。私が無理を言ったせいで、色々迷惑を・・・」

「・・・何を言うんだ・・・私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった・・・本当によく無事で・・・ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなるところだよ・・・2人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげるといい。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」

「父上とママが・・・わかりました。すぐに会いに行きます」

 

イルワは、ウィルに両親が滞在している場所を伝えると会いにくよう促す。ウィルは、イルワに改めて捜索に骨を折ってもらったことを感謝し、俺たちに改めて挨拶に行くと約束して部屋を出て行った。

この様子だと、また後ろ盾が増えそうだ。

ウィルが出て行った後、改めてイルワと俺が向き合う。イルワは、穏やかな表情で微笑むと、深々と俺たちに頭を下げた。

 

「ツルギ君、今回は本当にありがとう。まさか、本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。君たちには感謝してもしきれないよ」

「まぁ、生き残っていたのはウィルの運が良かったからだ。俺たちは見つけただけだからな」

「ふふ、そうかな?確かに、それもあるだろうが・・・何万もの魔物の群れから守りきってくれたのは事実だろう?女神の騎士様?」

「・・・ずいぶんと情報が早いな。幹部専用の通信かなんかか?」

 

まさか、すでにその名前を知られているとは思わなかった。

あの時は必要だったとはいえ、人から聞かされると恥ずかしいな。軽く黒歴史になりそうだ。

 

「ギルドの幹部専用だけどね。長距離連絡用のアーティファクトがあるんだ。私の部下が君たちに付いていたんだよ。といっても、あのとんでもない移動型アーティファクトのせいで常に後手に回っていたようだけど・・・彼の泣き言なんて初めて聞いたよ。諜報では随一の腕を持っているのだけどね」

 

どうやら、最初から監視されていたらしい。まぁ、ギルド支部長なら当然の措置だし、非難することもないか。

むしろ、支部長直属なのに俺たちのアーティファクトのせいで常に後手に回っていたと聞かされると、同情心すら湧いてくる。

 

「それにしても、大変だったね。まさか、北の山脈地帯の異変が大惨事の予兆だったとは・・・二重の意味で君たちに依頼して本当によかった。数万の大群を殲滅した力にも興味はあるのだけど・・・聞かせてくれるかい?一体、何があったのか」

「あぁ、それは構わない。だが、その前にユエとシアとティアのステータスプレートを頼むよ。ティオとイズモは・・・」

「うむ、せっかくだし、妾たちの分も頼もうかの」

「そうですね。あって困るものでもありません」

「・・・ということだ」

「ふむ、確かに、プレートを見たほうが信憑性も高まるか・・・わかったよ」

 

そう言って、イルワは職員を読んで真新しいステータスプレートを5枚持ってこさせる。

そして、5人のステータスを確かめてみると、

 

=============================

 

ユエ 323歳 女 レベル:75

天職:神子

筋力:120

体力:300

耐性:60

敏捷:120

魔力:6980

魔耐:7120

技能:自動再生[+痛覚操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+魔力強化][+血盟契約]・高速魔力回復・生成魔法・重力魔法

 

=============================

 

=============================

 

シア・ハウリア 16歳 女 レベル:40

天職:占術師

筋力:60[+最大6100]

体力:80[+最大6120]

耐性:60[+最大6100]

敏捷:85[+最大6125]

魔力:3020

魔耐:3180

技能:未来視[+自動発動][+仮定未来]・魔力操作[+身体強化][+部分強化][+変換効率上昇Ⅱ] [+集中強化]・重力魔法

 

=============================

 

=============================

 

ティア・バグアー 16歳 女 レベル:???

天職:なし

筋力:2760[+最大11010]

体力:2680[+最大10930]

耐性:2490[+最大10740]

敏捷:2810[+最大11060]

魔力:2750

魔耐:2690

技能:魔力操作[+身体強化][+部分強化][+変換効率上昇Ⅲ][+集中強化][+魔力圧縮][+魔力放出][+効率上昇]・魔狼・重力魔法

 

*魔狼:魔法などの外部の魔力を吸収し、自らの魔力とすることができる。有効射程は術者の身体の部位から約50㎝。

 

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=============================

 

ティオ・クラルス 563歳 女 レベル:89

 

天職:守護者

筋力:770[+竜化状態4620]

体力:1100[+竜化状態6600]

耐性:1100[+竜化状態6600]

敏捷:580[+竜化状態3480]

魔力:4590

魔耐:4220

技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮][+風纏][+痛覚変換]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・複合魔法

 

=============================

 

=============================

 

イズモ・クレハ 558歳 女 レベル:87

天職:呪術師

筋力:590[+最大2740]

体力:870[+最大3420]

耐性:850[+最大2190]

敏捷:680[+最大4570]

魔力:5040

魔耐:4970

技能:変化[+能力模倣][+魔力効率上昇][+自動発動][+身体能力強化]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・闇属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・複合魔法

 

*能力模倣:ほかの人物や魔物に変化した場合、模倣対象の技能や固有魔法を使用できるようになる。対象のステータスを正確に理解しなければ、十全に使用できない。

 

=============================

 

「なっ・・・」

 

表示されたステータスに、さしものイルワも口をあんぐりと開けて絶句している。

まぁ、ユエとティオとイズモは既に滅んだとされる種族固有のスキルである“血力変換”と“竜化”、“変化”を持っているし、シアも種族の常識を完全に無視している。驚くなという方が無理だ。

ていうか、ティアのステータスがぶっ壊れすぎるんだが。シアよりも身体能力がバグってるじゃねぇか。それに、見知らぬ固有魔法まで備えている。

これは、俺の“看破”で技能が見えないという欠点が全力で露呈したな。

これのせいで、ティアの実力を正確に測ることができなかった。その結果、ティアの固有魔法らしき“魔狼”の存在をまったく知らずに今まで過ごしてしまった。

ていうか、下手をしなくても十分俺に勝てるステータスじゃねぇかよ。今までの鍛錬でティアをあしらえたのも、ティアが自分のステータスをわかっていなくて、全力を出せなかったからだな。

あの時、ハジメには「いつかはハジメを超えるかもしれない」と言ったが、今の時点でも身体強化込みならハジメの素のステータスに匹敵するな。

我ながら、とんでもない化け物を相手にしていたものだ。

 

「いやはや・・・何かあるとは思っていましたが、これほどとは・・・」

 

冷や汗を流しながら、いつもの微笑みが引き攣っているイルワに、少し気の毒に思いながらも俺はお構いなしに事の顛末を語って聞かせた。

普通に聞いただけなら、そんな馬鹿なと一笑に付しそうな内容でも、先にステータスプレートで裏付けるような数値や技能を見てしまっているので信じざるを得ない。

イルワは、すべての話を聞き終えると、一気に10歳くらい年をとったような疲れた表情でソファーに深く座り直した。

 

「・・・どうりでキャサリン先生の目に留まるわけだ。ツルギ君たちが異世界人だということは予想していたが・・・実際は、遥か斜め上をいったね・・・」

「それで、あんたはどうする?やっぱり俺たちを危険分子として教会に突き出すか?」

 

俺があえて挑発するような質問をすると、イルワは非難するような眼差しを向け、そして居住まいを正した。

 

「冗談がキツいよ。出来るわけないだろう?君達を敵に回すようなこと、個人的にもギルド幹部としてもありえない選択肢だよ・・・大体、見くびらないで欲しい。君達は私の恩人なんだ。そのことを私が忘れることは生涯ないよ」

「・・・そうか、それはよかった。悪いな、試すような質問をして」

 

俺の謝罪に、イルワは気にするなというように首を振った。

 

「私としては、約束通り可能な限り君達の後ろ盾になろうと思う。ギルド幹部としても、個人としてもね。まぁ、あれだけの力を見せたんだ。当分は、上の方も議論が紛糾して君達に下手なことはしないと思うよ。一応、後ろ盾になりやすいように、君達の冒険者ランクを全員“金”にしておく。普通は“金”を付けるには色々面倒な手続きがいるのだけど・・・事後承諾でも何とかなるよ。キャサリン先生と僕の推薦、それに“女神の剣”という名声があるからね」

 

イルワの大盤振る舞いにより、他にもフューレンにいる間はギルド直営の宿のVIPルームを使わせてくれたり、イルワの家紋入り手紙を用意してくれたりした。何でも、今回のお礼もあるが、それ以上に、俺たちとは友好関係を作っておきたいということらしい。ぶっちゃけた話だが、隠しても意味がないだろうと開き直っているようだ。

俺としても、別にそれくらいはかまわない。今回は俺たちが世話になっている側でもあるから、この程度で非難するというのはお門違いだ。

その後、ウィルの両親であるクデタ伯爵夫妻がウィルを伴って挨拶に来た。かつて、王宮で見た貴族とは異なり随分と筋の通った人のようだ。ウィルの人の良さというものが納得できる両親だった。

グレイル伯爵は、しきりに礼をしたいと家への招待や金品の支払いを提案したが、俺はそれを固辞し、代わりに必要な時に手助けをしてもらうという約束をした。

 

「おい、ウィル、ちょっと待て」

「え?はい、なんですか?」

 

そして、クデタ伯爵夫妻が去ろうとしたときに、俺はウィルを呼び止めた。呼ばれたウィルは、少し不安そうに俺の方へと振り向いた。俺としては、そこまで警戒しなくてもいいとは思うけどな。

 

「そう警戒するな。1つ、お前にアドバイスだ」

「アドバイス、ですか?」

「あぁ。お前が誰かを救いたいというなら、何があっても目を逸らすな。目を逸らした先に、守りたいものなんてないからな」

「・・・!!」

 

これは、どちらかと言えば俺のお節介のようなものだ。特に意味はないが、言っておくのも悪くはないだろう。

 

「・・・はい!僕、頑張ります!」

 

どうやら、俺の言葉はウィルの心に届いたらしい。顔を興奮で少し赤くしながら、力強く頷いている。

クデタ伯爵夫妻も、その様子を微笑まし気に見て、次いで俺に軽く目礼をし、そして去っていった。

 

「ふぅ、思いのほか収穫はあったな」

「そうね」

 

ティアは、どこか嬉しそうに頷きながら俺の肩にもたれかかる。

ちなみに、このVIPルームには個室が4つあり、俺とティア、ハジメとユエ、シアとイズモとティオに分かれた。また、個室の全てに天蓋付きのベッドが備え付けられており、テラスからは観光区の方を一望できる。

 

「とりあえず、今日のところはもう休むか。んで、明日は食料とかの買い出しとかをしなきゃな」

 

俺が明日の予定を言うと、シアがおずおずと手を挙げた。

 

「あの~、ツルギさん。私、ハジメさんとの約束が・・・」

「・・・そうだったな。観光区に連れて行くんだったか・・・」

 

どうやら、ウルの町で愛ちゃん先生を助けたご褒美として、1日ハジメと観光区でデートをする約束をしたらしい。

なら、ハジメとシアはそっちに行くとして・・・

 

「・・・大丈夫、買い物は私とティオとイズモがしておく」

「ん?俺とティアは?」

「・・・2人は、せっかくだからお出かけに行ってほしい。最近、忙しかったみたいだから」

 

・・・たしかに思い返してみれば、最近は夜以外ではティアと2人の時間が減っていた。それに、俺とティアは恋人同士だが、こういうデートとかは一回もしたことがない。

ウルの町の襲撃やらなんやらで疲れているのも確かだし、今回は言葉に甘えさせてもらおう。

 

「そうだな。せっかくだし、そうさせてもらう」

「ありがとうね、ユエ」

 

俺とティアのお礼に、ユエは微笑む。

どうやら、明日は俺とティアも楽しめそうだ。

 

 

* * *

 

 

その日の夜、月が頂点に差し掛かかった頃・・・冒険者ギルドの直営宿、最上階のテラスに抜き足差し足でこそこそ動く人影があった。

 

「・・・ティオさん。この先でいいですよね?」

「うむ、それで間違いないはずじゃ」

 

黒装束に身を包む2人は、言わずもがな、シアとティオだ。

2人がこんなことをしている理由も単純、愛し合うハジメとユエを見るためだ。ついでに、ユエとハジメの部屋の手前にあるツルギとティアの部屋の様子も見ようと画策している。

 

「それにしても、イズモさんはもったいないですね。せっかくの機会なのに」

「うむ、『どうなっても知りませんよ』と言っておったが、その程度で止まる妾たちではない。さて、ツルギ殿とティアの様子は・・・」

 

そう言って、ティオが窓に手をかけた瞬間、2人の足元に魔法陣が輝いた。そこから無数の鎖が現れ、シアとティオの体をぐるぐる巻きにして拘束する。

 

「これって、うきゃあ!?」

「へぶっ!?」

 

そして、顔面を思い切り外壁にたたきつけながら、2人は宿の外に逆さのままぶら下げられた。

このトラップを仕掛けたのは、もちろんツルギだ。2人の覗きを予想したツルギは、あらかじめ剣製魔法による魔法陣トラップを全力の魔力隠蔽も加えて仕掛けた。

そして、ツルギたちが起きるまでの間、シアとティオは宿の外壁に宙吊りのまま周囲の目にさらされることになった。




「あれ?ツルギ、なんか声が聞こえた気がするのだけど・・・」
「気のせいだろ」
「あ、んぅ・・・」

「・・・ハジメ、なにか聞こえなかった?」
「気のせいだろ」
「んっ・・・」

ツルギたちは、シアとティオには構わず、それぞれ愛し合ったようです。


~~~~~~~~~~~


ティア、どうしてこうなった。
“変換効率Ⅱ”だとシアと被るしⅢでいいかなー、と思った結果がこれです。
まぁ、それを言ったらハジメは限界突破で一時的にステータスが全部3万越えになるし、別にいいかな?ということにしました。
イズモの天職は、完全にfate/extraのキャス狐を参考、というかそのまま使いました。
いや、諜報員ということで“忍者”とかその辺りにしようか悩んだのですが、“変化”と闇魔法による毒生成を考えたら、やっぱりこっちの方がしっくりきました。
それと、原作キャラの技能の説明が知りたい方は、自分で読むなりして調べてください。
正直、そこまで書くのはめんどくさかったです、はい。


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やっぱデートはいいな

「ツルギ!こっちこっち!」

「あぁ、今行く」

 

翌日、俺とティアはフューレンの観光区にいた。

もちろん、デートのためだ。

とは言っても、何か予定があるわけではない。どうせここを観光するのは初めてなのだから、面白そうなところを適当に回るのもいいだろうということでノープランで楽しむことにした。

今のところは、適当にぶらつくだけでもいろいろと楽しめている。

観光区に続くメインストリートにある屋台で買い食いしたり、たまに店主から「恋人同士かい?うらやましいねぇ~。ほら、これはサービスだよ」と一個おまけでもらったり、からかわれて赤面しているティアを抱き寄せてみたりと、これだけでも充実した時間を過ごせた。

そして、もうすぐ観光区につくというところで、俺はあるものを取り出した。

 

「あぁ、そうだ。ティア、これ」

「これって、ペンダント?」

 

俺が渡したのは、ティアドロップの金属製ペンダントだ。道中の屋台で、赤面したティアを抱き寄せているときにこっそり買った。

そして、これはただのペンダントではない。

そのペンダントには、チェーンが2つ取り付けられている。

 

「あぁ。これはペアルックになっていてな。こうやって、2つで1つになってるんだ」

 

そう、これは2つの装飾を合わせてティアドロップの形になっている、いわゆるペアルックなのだ。

ちなみに、なぜティアドロップなのかと言うと、単純に(ティア)からとっただけだ。

 

「俺たち、こういうのは持ってないだろ?初めてのデートの記念だ」

「ツルギ・・・うん、ありがとう!」

 

そう言って、ティアは目に涙を浮かべながら満面の笑みでお礼を言ってくれた。

 

(その涙は誰がために、ってな)

 

その涙は、果たして悲しみの涙か、幸せの涙か。だが、できることならティアには幸せになってほしい。そのためなら、俺はなんだってしてみせよう。

 

「それじゃあ、つけてあげるよ」

「うん、お願い、ツルギ」

 

そう言って、俺はティアの後ろに回ってペンダントの片方をつけ、留め金をとめる。

 

「どう?」

「あぁ、とても似合ってるよ」

「ふふ、ありがとう、ツルギ。そうだ、私もツルギにつけてあげる」

「おう、頼むよ」

 

ティアはそう言って、今度は俺の後ろに回ってもう片方のペンダントをつける。

すると、ペンダントをつけ終わったティアが後ろから抱きついてきた。背中に柔らかな感触と体温が伝わる。

抱きついたまま、ティアはペンダントを手に持って突き出してきた。

何をしたいのか、俺にもすぐにわかった。俺の方も、片割れのペンダントを持ってティアのものへと近づける。そして、カチンと音が鳴り、二つのペンダントは一つのティアドロップになった。

 

「好きよ、ツルギ」

「俺もだ、ティア」

 

今過ごしているこの時間は、間違いなく、俺にとって一番幸せな時間だ。

 

 

* * *

 

 

「ねぇ、ツルギ」

「ん?なんだ?」

 

観光区でこちらでも買い食いをしたり、絵の展覧会を覗いたりしてデートを楽しんでいると、ティアがこんなことを聞いてきた。

 

「ツルギって、向こうの世界だとどうだったの?」

「どうって?」

「だから、他の女の子にちやほやされたりしなかったの?」

 

・・・デート中に聞くことかな、それは。

なんだか、ぽろっと八重樫との約束のことを話したときから、そういうことを気にしているような感じがする。俺が他の女に取られるのが、やっぱり嫌なんだろうか。

 

「まぁ、自分で言うのもなんだが、一時期はたしかにモテたな。告白されたことも何度かあった。全部断ったが」

 

特に多かったのは、中学2,3年くらいのころか。

別に他の男子の嫉妬を買ったりとか、そういうのはなかったが、けっこう人の視線が気になったりした。学校にいる間は、どこにいても人の視線を感じたような気がする。

バレンタインも、多い時は20個近くのチョコをもらった記憶がある。

まぁ、あの頃の俺はまだストイックなところがあったこともあり、告白とかは全部「誰かと付き合うつもりはないから」と粉砕した。

そして、なぜかハジメとのホモ説が噂された。

あれはマジできつかった。いろいろな意味で。

最終的には、そのような噂は俺が全部叩き潰したが。

 

「でも、高校に上がってからはそういうのはなくなったな」

「なんで?」

「俺以上に目立つ有名人がいたからだ」

 

そいつは言わずもがな、天之河光輝だ。

天之河の放つ光が、あらゆる女子を魅了した。おかげで、特に自分から目立つようなことをしない俺への関心はなくなった。

その代わり、白崎がハジメへ積極的に話しかけるようになり、ハジメの親友でもある俺はその割をもろにくらった。主に、ハジメのフォローという形で。

・・・そういえば、白崎は平然とストーカーをしてしまうくらいにはハジメのことが好きなんだよな。自覚の有無を別にして。

あの夜、八重樫からショッキングなことを聞いた俺は、あるやばい事実を浮かび上がらせてしまった。

・・・そういえば、王宮の図書館でも似た視線を感じた気がするぞ、と。

あの時は、視線を感じた方を見ても誰もいなかったし、特に悪意も感じなかったから放っておいた。だが、八重樫の言う通り、白崎がストーカー少女なのだとすれば・・・もはや、いつヤンデレの域に入ってもおかしくはない状態だ。いや、まだメンヘラで済むのか?だが、どのみちやばいことに・・・

 

「ツルギ?」

「はっ!?わ、悪い、悪夢を見ていた」

「昼なのに?」

 

仕方ないだろう。白崎がジッと物陰からハジメを観察し、ゆくゆくは・・・と思うと、鳥肌が立ってしょうがない。

もし白崎が俺たちの旅についていくことになったら、その時は今度こそ俺の胃が崩壊するかもしれない。

・・・こっちの世界の胃薬も調べておこうかな。それとも、自分の回復魔法で何とかできるようにするか。

 

「ちなみに、そのツルギよりも目立った人って誰?」

「まぁ、八重樫や白崎もかなり有名人なんだが、男で言えば、こっちの世界の勇者様だ」

「ツルギは、その人のことをどう思ってるの?」

「俺の一番嫌いなタイプだな。モテるとかそういうの関係なく」

 

あいつのご都合主義の悪癖は、俺にとってのストレス大量生産マシンそのものだった。

この戦争に参加するということも、あの場面でクラスメイトの落ち着きを取り戻すという一点に関しては評価してもいいが、自分たちが殺し合いをすることになるとまったく認識していないのが質が悪い。

ていうか、教皇のいかに魔人族が邪悪な存在かと言うのを真面目に聞いているのだから、本当に救いようがない。

別に俺は、ハジメとは違って積極的にクラスメイトを見捨てるつもりはないが、それでもあいつだけは「さっさと死んでくれないかな?」と本気で思ってしまう。

本当に幼馴染み、特に八重樫の苦労が気の毒に思う。あのオカンみたいな立場の八重樫のことだ。あのバカの家族も含めて、忠告くらいはしただろう。それでもまったく効果がないというのは、本当に同情する。

・・・まじで、一回くらいは顔を見せに行こうかな。それだけで何とかなるとは思ってないが、俺が生きていることくらいは知らせた方が・・・

 

「ツルギ」

「え?あ、なんだ?」

「私とのデートの最中なのに、他の女の人のことを考えるなんて、いい度胸ね?」

 

しまった。ティアはそういうのにすごい敏感だったんだ。ウルの町の宿でも、同じ失敗をしただろうが。

 

「あ~、悪い。無神経だったな」

「・・・ねぇ、ツルギにとって、そのヤエガシって人は何なの?」

 

まぁ、そうなりますよね~。

この調子だと、いつかは「私と仕事、どっちが大事なの?」的な発言がきてもおかしくない。

それにしても、俺にとっての八重樫か。

 

「一言で言えば、オカンみたいなやつだな」

「それ、女の子に言っちゃだめな言葉よ」

 

俺もそう思う。

だが、そう言わざるを得ない。

なぜなら、完全にあのバカ勇者の保護者的立場だから。

 

「まぁ、あと言えるのは苦労人ってことだな」

「苦労人って?」

「白崎やバカ勇者が起こした問題の謝罪は、基本的にいつも八重樫がしている。あいつのおかげで、俺が一騒動起こすのを防いでもらってるからな」

 

仮に八重樫がいなかった場合、おそらく俺は二桁以上はあのバカ勇者を殴り倒している。俺に自重を思い出させてくれる八重樫に感謝だ。

まぁ、いいことばかりではないが。

 

「ただ、八重樫はいつも自分を押し殺してるからな。ちょっとばかし、心配なんだよ。あのままじゃ、いつかは心が潰れるからな」

 

八重樫にはいろいろと世話になっている。だから、少しくらいはお礼をしておきたいというのが、俺の本心でもある。

そう話すと、ティアはさらにジト目を強化した。ユエよりも、凄みがある気がする。

 

「えっと、なんだ?」

「・・・べつに、なんでも」

 

何でもないわけがない。明らかに「私、不機嫌です」とアピールしている。

・・・まぁ、俺のせいでもあるし、ちゃんと責任はとるか。

 

「わかったよ。余計なことを言ったりした俺が悪かった。だから、今日はティアの言うことは何でも聞いてやるからさ。機嫌を直してくれよ」

「・・・どんなことでも?」

「さすがに、限度はあるけど」

 

まぁ、駄竜と違ってティアはそんなことはしないだろう。ウルの町では、やっちゃったけど。

 

「じゃあ・・・」

 

そう言うと、ティアは自身の腕を俺の腕に絡めてきた。

 

「今日1日は、これで町をまわって」

「これでいいのか?」

「これでいいの」

 

そう言いながら、ティアは幸せそうに俺の腕に頬ずりする。

なんだこの生き物、すげぇかわいい。

 

「それじゃあ、行きましょ?」

「あぁ、そうするか」

 

まぁ、何はともあれ、今はティアとのデートを楽しもう。

 

 

* * *

 

 

その後も、俺たちは様々な店や水族館などの娯楽施設を見て回った。

そんなこんなで歩いていると、見知った人物を見かけた。というか、ハジメだ。

だが、ハジメはシアとデートをしているはずなのだが、今はなぜかハジメ一人だ。

 

「ハジメ、どうしたんだ?」

「ツルギとティアか。実はな・・・」

 

そこでハジメの話を聞くと、どうやら下水道から海人族の女の子を見つけたらしい。名前をミュウと言い、見つけた時点でかなり衰弱していたのと、衣服がボロボロだったので保護しがてら必要なものを買っていたらしい。

 

「なら、俺たちも行こうか。一応、子供の相手ならそれなりにできる」

「私も行くわ。さすがに放ってはおけないもの」

「助かる。こっちだ」

 

そう言って、俺たちはハジメの案内でシアとその女の子のいる宿に向かった。

部屋の中に入ると、シアがエメラルドグリーンの長い髪を持つ、耳がヒレのようになっている少女を抱いていた。おそらく、その子がミュウだろう。

 

「あっ、ハジメさん。お帰りなさい。って、ツルギさんとティアさんも?」

「あぁ、途中で偶然会ってな。とりあえず、俺が容態を見る」

 

だいたいの応急処置や健康状態の判断なら、親父や部下からある程度は教わった。シアが素人判断だが大丈夫と言ったが、念を入れるに越したことはないだろう。

ハジメがミュウの身だしなみを整えている間、俺はミュウの診察をした。目の状態や肌の色などを見れば、おおざっぱな健康状態はわかる。

俺が見たところ、特に体調に問題はないだろう。軽い栄養失調と皮膚の炎症があったが、これくらいならすぐに治る。

それにしても、海人族は本来、王国によって厳重に保護されている種族だ。そんな種族の少女が、下水道に流されていた。どう考えても、犯罪臭がする。

おそらく、裏のオークションあたりから逃げ出したのだろう。さすがに詳しいことはわからないが。

 

「よし、この子の体調に異常はないな。で、今後のことだが・・・」

「ミュウちゃんをどうするか、よね」

 

俺の言葉に、ティアが同調する。

とりあえず、まずはミュウから事情を聴くことにした。

ミュウがたどたどしく話したことをまとめると、大体は俺の予想通りだった。

ある日、海岸線の近くを母親と泳いでいたらはぐれてしまい、彷徨っているところを人間族の男に捕らえられたらしい。そして、幾日もの辛い道程を経てフューレンに連れて来られたミュウは、薄暗い牢屋のような場所に入れられたのだという。そこには、他にも人間族の幼子たちが多くいたのだとか。そこで幾日か過ごす内、一緒にいた子供達は、毎日数人ずつ連れ出され、戻ってくることはなかったという。少し年齢が上の少年が見世物になって客に値段をつけられて売られるのだと言っていたらしい。

いよいよ、ミュウの番になったところで、その日たまたま下水施設の整備でもしていたのか、地下水路へと続く穴が開いており、懐かしき水音を聞いたミュウは咄嗟にそこへ飛び込んだ。3,4歳の幼女に何か出来るはずがないとタカをくくっていたのか、枷を付けられていなかったのは幸いだった。汚水への不快感を我慢して懸命に泳いだミュウ。幼いとは言え、海人族の子だ。通路をドタドタと走るしかない人間では流れに乗って逃げたミュウに追いつくことは出来なかった。

だが、慣れない長旅に、誘拐されたという過度のストレス、慣れていない不味い食料しか与えられず、下水に長く浸かるという悪環境に、遂にミュウは肉体的にも精神的にも限界を迎え意識を喪失した。そして、身を包む暖かさに意識を薄ら取り戻し、気がつけばハジメの腕の中だったというわけだ。

 

「客が値段をつける、ね。やっぱオークションか」

「それも、人間族の子や海人族の子を出すってんなら、裏のオークションなんだろうな」

「・・・ハジメさん、ツルギさん、どうしますか?」

 

シアが辛そうに、ミュウを抱きしめる。その瞳は何とかしたいという光が宿っていた。亜人族は、捕らえて奴隷に落とされるのが常だ。その恐怖や辛さは、シアも家族を奪われていることからも分かるのだろう。

だが、その問いにうなずくことはできない。

 

「保安署に預けるのがベターだろうな」

「あぁ、そうだな」

「そんなっ・・・この子や他の子達を見捨てるんですか・・・」

 

俺とハジメの言葉にシアが噛み付く。ミュウをギュッと抱きしめてショックを受けたような目で俺たちを見た。ティアも、非難するような目で俺を見ている。

俺の言った保安署とは、地球で言うところの警察機関のことだ。そこに預けるというのは、ミュウを公的機関に預けるということで、完全に自分達の手を離れるということでもある。なので、見捨てるというわけではなく迷子を見つけた時の正規の手順ではあるのだが、事が事だけにシアとしてはそういう気持ちになってしまうのだろう。

とりあえず、俺は諭すようにシアに説明する。

 

「あのなぁ、シア、ティア、迷子の子供を保安署に預けるのは、当然のことだろう。それに、ミュウは海人族の子供だ。必ず手厚く保護される。他のオークションにかけられている子供たちも、ミュウがオークションにかけられたってことで正式な捜査が始まるだろうし、それで保護されるだろう。それにな、こういう問題は大都市にはつきものの闇だ。ミュウが捕まっていたところに限らず、公的機関の手が及ばない場所では普通にある事だろう。つまりこれは、フューレンの問題だ。むしろ、このまま俺たちが勝手にミュウを連れていたら、それこそ俺たちが通報されるな。誘拐犯の仲間入りだ」

「そ、それは・・・そうですが・・・でも、せめてこの子だけでも私達が連れて行きませんか?どうせ、西の海には行くんですし・・・」

「あのな、その前に大火山に行かにゃならんだろうが。まさか、迷宮攻略に連れて行く気か?それとも、砂漠地帯に1人で留守番させるか?あんまり無茶なことを言うな」

「・・・うぅ、はいですぅ・・・」

「・・・わかったわ・・・」

 

俺とハジメの説得に、シアとティアは渋々とうなずく。特に、シアの肩が目に見えて落ちている。

どうやら、シアはこの短い時間で相当ミュウに情が湧いてしまったようだ。自分の事で不穏な空気が流れていることを察したのか、ミュウはシアの体にギュウと抱きついている。ミュウの方もシアにはかなり気を許しているようだ。それがまた、手放すことに抵抗感を覚えさせるのだろう。

 

「さて、ミュウ。今からお前を守ってくれる人達の所へ連れて行くぞ。時間は掛かるだろうけど、いつか西の海にも帰れる」

「・・・お兄ちゃんたちは?」

 

ミュウが、俺の言葉に不安そうにしながらたずねてくる。

 

「悪いけど、そこでお別れだな」

「やっ!」

「やっ、じゃないの」

「お兄ちゃんたちがいいの!お兄ちゃんたちと一緒じゃなきゃやなの!」

 

思いの外、強い拒絶が返ってきた。どうやら、俺たちにかなり心を許しているようだ。その分、離れたくなくなっているということか。

俺としても悪い気はしないのだが、どっちにしろ公的機関への通報は必要であるし、途中で【大火山】という大迷宮の攻略にも行かなければならない。だから、今回はミュウを連れて行くつもりはない。

なので、「やっーー!!」と全力で不満を表にして、一向に納得しないミュウへの説得を諦めて、抱きかかえると強制的に保安署に連れて行くことにした。

その道中、ミュウはよっぽど俺たちと離れたくないらしく、俺の顔を引っかいたり頬をひっぱたり、顔を近づけて話すハジメの眼帯を引っ張ったり奪ったりと全力の抵抗を試みていた。

近くに愛想笑いを浮かべているティアとシアがいなければ、おそらく俺とハジメが通報されていただろう。俺の髪はボサボサ、ハジメは眼帯は奪われて片目を閉じたままで保安署に到着すると、保安員が眼を丸くしながら俺たちに近寄ってきた。

そこで軽く事情を話すと、保安員は表情を険しくし、今後の捜査やミュウの送還手続きに本人が必要との事で、ミュウを手厚く保護する事を約束しつつ署で預かる旨を申し出た。

俺の予想通り、かなり大きな問題らしく、すぐに本部からも応援が来るそうだ。

だから、俺たちはここで引きさがろうとしたのだが、

 

「お兄ちゃんは、ミュウが嫌いなの?」

 

ミュウから、涙目にそんなことを言われてしまう。幼女にウルウルと潤んだ瞳で、しかも上目遣いでそんな事を言われて平常心を保てるヤツはそうはいない。流石のハジメも、「うっ」と唸り声を上げていた。

 

「ミュウのことは嫌いじゃないよ。でもな、お兄ちゃんたちが行くところは、とても危ないところなんだ。だから、ミュウをそんなところに連れていくわけにはいかないんだよ。それに、ここにいれば、ちゃんとお家に帰れるから。お兄ちゃんたちはちゃんと、ミュウのことを考えているんだよ。だから、そんなに泣かないで」

 

俺がなるべく優しく、ミュウに話しかける。後ろから「ハジメさん!あの人誰ですか!?」というシアの叫び声が聞こえた。後できつめの仕置きでもしてやろうか。

ただ、俺が根気よく説得しても、ミュウの悲しそうな表情は一向に晴れなかった。

そこで、最終手段としてミュウをなだめながらも半ば強引に引き離し、保安員に預けた。

ミュウの悲しげな声に後ろ髪を引かれつつも、ようやく俺たちは保安所を後にした。

当然、そのままデートを続ける気分ではなくなったので、宿に戻ることにした。

シアは心配そうに眉を八の字にして、何度も保安署を振り返っていた。

やがて保安署も見えなくなり、かなり離れた場所に来た頃、未だに沈んだ表情のシアにハジメが何か声をかけようとした、その瞬間、

 

ドォガァアアアン!!!!

 

背後で爆発が起き、黒煙が上がっているのが見えた。

だが、あの場所、俺の勘違いでなければ・・・

 

「ハジメ、あそこはたしか保安署があったところだぞ!」

「チッ!行くぞ!」

 

ハジメは舌打ちをし、保安署に駆け戻り、俺たちもそれについて行く。

このタイミングでの襲撃。ほぼほぼミュウを狙ったものだろう。最悪、ミュウごと爆破された可能性もある。

焦る気持ちを抑えながら保安署にたどり着くと、表通りに署の窓ガラスや扉が吹き飛んで散らばっている光景が目に入った。しかし、建物自体はさほどダメージを受けていないようで、倒壊の心配はなさそうだ。俺たちが中に踏み込むと、対応してくれた保安員がうつ伏せに倒れているのを見つけた。

両腕が折れているが、幸い気を失っているだけだった。周りにいる他の職員も、命に関わる怪我をしている者は見た感じではいなさそうだ。

俺とハジメで職員たちを見ていると、ほかの場所を調べに行ったシアとティアが焦った表情で戻ってきた。

 

「ハジメさん!ツルギさん!中にミュウちゃんはいません!」

「それと、こんなものがあったわ」

 

ティアが手に持っているのは、一枚の紙だ。

その内容を見てみると、シアとティアの身柄を要求する旨が書かれていた。

 

「ハジメ」

「あぁ、どうやら、あちらさんは欲をかいたらしいな」

 

ハジメは、メモ用紙をグシャと握り潰すと凶悪な笑みを浮かべた。おそらく、連中は保安署でのミュウとハジメ達のやり取りを何らかの方法で聞いていたのだろう。そして、ミュウが人質として役に立つと判断し、口封じに殺すよりも、どうせならレアな兎人族も手に入れてしまおうとでも考えたようだ。

そんなハジメの横で、シアは決然とした表情をする。

 

「ハジメさん!ツルギさん!私!」

「皆までいうな。わーてるよ。こいつ等はもう俺たちの敵だ・・・御託を並べるのは終わりだ。全部ぶちのめして、ミュウを奪い返すぞ。ツルギ」

「とりあえず、まずは指定された場所まで行こう。んで、ミュウの居場所とやつらの拠点の場所を吐かせる。ついでに、見せしめに組織ごとぶっ潰すか」

 

ハジメの問い掛けに応じて、俺は今後の方針を即座に考える。

正直、危険な旅に同行させる気がない以上、さっさと別れるのがベターだと俺とハジメは考えていた。精神的に追い詰められた幼子に、下手に情を抱かせると逆に辛い思いをさせることになるからだ。

とはいえ、再度拐われたとなれば放っておくわけにはいかない。余裕があって出来るのに、窮地にある幼子を放置するのはきっと“寂しい生き方”になる。実際、自分には関係ないと見捨てる判断をすれば、確実にシアは悲しむだろう。

それに、今回は相手はシアとティアを奪おうとしている。俺の仲間と恋人に手を出そうというのだ。そのつけは払わせてもらう。

俺たちはそれぞれ武器を構え、愚か者たちの指定場所へと一気に駆け出した。




「あの、私、峯坂君のことが好きなんです!ですから、私と付き合ってください!」
「・・・悪いけど、俺は誰かと付き合うつもりはない」
「そう、ですか・・・その、峯坂君が誰とも付き合わないのって、南雲君がいるからですか?」
「別にそれだけってわけではないが、理由の1つではあるな」
「そうなんですか。わかりました。それじゃあ、さようなら」
「おう、じゃあな」

翌日

「ツルギ!」
「ん?どうした?」
「なんか、僕とツルギが付き合ってるって噂が流れてるんだけど!?」
「は!?なんでだよ!?」
「知らないよ!ツルギがなんか変なこと言ったんじゃないの!?」
「俺こそ知らねぇよ!そんな心当たりなんてねえっての!」
「とりあえず、どうするのさ!?」
「なんとしてでも俺が噂を広めた奴をしばく!」

この誤解を解くのに、丸一週間かかった。


~~~~~~~~~~~


前半を書きながら、めっちゃ砂糖吐いてました。
僕は基本的に1人を楽しんでいる者なんですが、やっぱり彼女とか恋人と言うものに憧れはあるんですよね。
まぁ、作る予定は今のところありませんが。
そして、後半でミュウちゃんが出てきましたね。
原作では唯一の癒しキャラです。
こっちでは、子狐イズモとの二大癒しになりますかね。


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遠慮容赦は一切なしだ

その頃、ユエとティオとイズモは商業区に買い出しに来ていた。

とは言っても、宝物庫の収容力のおかげで旅に必要なもので買い足すものはほとんどない。

そのため、今は商業区をぶらぶらしながら各種のショップを冷やかしていた。

そんなこんなで歩いていると、ティオがユエに話しかけてきた。

 

「それにしても、ユエよ。本当に良かったのか?」

「?・・・シアのこと?」

「うむ。もしかすると今頃、色々進展しているかもしれんぞ?ユエが思う以上にの」

 

その声音には、少し面白がるような響きが含まれていた。イズモもティオの質問にわずかにため息をつきながら、それでも特に諫めはしなかった。イズモとしても、気になるところではあるのだ。

それに対して、ユエは動揺の欠片もなく2人をチラリと見ると肩を竦めた。本当になんの危機感も持っていないようだ。

 

「・・・それなら嬉しい」

「嬉しいじゃと?惚れた男が他の女と親密になるというのに?」

「・・・他の女じゃない。シアだから」

 

ユエが言うには、最初はシアのことをあまりよくは思っていなかったものの、良くも悪くも一生懸命で真っすぐなところと、ハジメだけでなくユエのことも同じくらいの想いを持っているからこそ、シアならいいと思っているらしい。

それになにより、

 

「・・・ハジメには“大切”を増やして欲しいと思う。でも・・・“特別”は私だけ・・・奪えると思うなら、やってみればいい。何時でも何処でも誰でも・・・受けて立つ」

 

つまりは、そういうことだ。自分の“特別”という立場が揺らがないことに、絶対の自信を持っているからこその余裕でもあるのだ。

“貴女に出来る?”と、そう言外に言い放ち微笑むユエに、ティオは普段の無表情とのギャップも相まって言い知れぬ迫力を感じ一歩後退り、イズモも思わず息を呑んだ。互いに無意識の行動だったようで、そんな自分に驚いた表情をすると、ティオは苦笑いしながら両手を上げて降参の意を示し、イズモも思わずほう、と息をついた。

 

「まぁ・・・喧嘩を売る気はない。妾は、ご主人様に罵ってもらえれば十分じゃしの」

「・・・変態」

「・・・本当に、どうすればいいんだ」

 

呆れた表情でティオを見るユエに、本人はカラカラと快活に笑うだけだった。だが、イズモは先ほどよりも盛大にため息をついた。

里に戻るまでにはティオを元のまともな状態に戻そうと決意しているが、その糸口がまったく掴めない。イズモから出る思わずといったような罵倒も、ティオは快楽に変えてしまう。

本当に、どうしようもなかった。

まぁ、先ほどの質問はユエたちのことを知る意図があったことも理解してはいるので、まだ希望はあるとイズモはなんとか立ち直った。

 

「それでは、ツルギ殿の方はどうなのじゃ?意味合いは違うが、あの男もご主人様にとってはそれなり以上に大切な存在であろう?」

 

それは暗にハジメとツルギのホモ説を提唱しているようなものだが、イズモはスルーした。というより、イズモも同じようなことを少しは考えていたりする。

このティオの問いにも、ユエは余裕の態度を崩さなかった。

 

「・・・大丈夫。ツルギはノーマルだから」

「そういう意味ではないだろう」

 

たしかに、問題の趣旨が違う。別にツルギの性癖の話をしていたわけではないのだ。

もし、この場にツルギがいたら頭を抱えていただろう。

 

「・・・ツルギも、ある意味ハジメとシアと同じくらいに大事。ツルギは、まず一番にハジメのことを考えて、私たちのことも考えてくれる。だから、信用できる」

「たしかに、言われてみればそうだな」

 

イズモも、自分の親友や恋人に心を砕くツルギの姿を見ているので、ユエの言葉に納得する。

 

「・・・それに、ツルギもなんだか昔に大変なことがあったように見える」

「それもそうじゃの。ただの平和な世界で、あのような決意の持ち主にはなるまい」

 

このことも、イズモとティオもある意味歪と言えるツルギの心の在り方に気づいていた。

同時に、そのような決意を持たせるに足る出来事があっただろうことも。

とは言うものの、ツルギは自分の過去を一切話そうとしない。それは、親友であるハジメも同じだ。

それに、ツルギの恋人であるティアも、今までに過酷な生活を送っていた。

だから、

 

「・・・せめて、こっちにいる間は、2人には羽を伸ばしてほしい」

 

要するに、これはユエからのささやかなプレゼントということだ。

そんなユエの想いに、ティオとイズモがほっこりしながらブティックを出ると、

 

ドガシャン!!

 

「ぐへっ!!」

「ぷぎゃあ!!」

 

すぐ近くの建物の壁が破壊され、そこから2人の男が顔面で地面を削りながら悲鳴を上げて転がり出てきた。更に、同じ建物の窓を割りながら数人の男が同じように悲鳴を上げながらピンボールのように吹き飛ばされてくる。その建物の中からは壮絶な破壊音が響き渡っており、その度に建物が激震し外壁がひび割れ砕け落ちていく。

そして十数人の男が手足を奇怪な方向に曲げたままビクンビクンと痙攣して表通りに屍のよ・・・屍になって並ぶ頃、ついに建物自体が度重なるダメージに耐えられなくなったようで、轟音と共に崩壊した。

野次馬が悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように距離を取る中、ユエとティオとイズモは聞き慣れた声と気配に、その場に留まり呆れた表情を粉塵の中へと向けた。

 

「ああ、やっぱり3人の気配だったか」

「あれ?ユエさんとティオさんとイズモさん?どうしてこんな所に?」

「・・・それはこっちのセリフ・・・デートにしては過激すぎ」

「全くだな。いったい、何をどうすればこうなるのか」

「で?ご主人様よ。今度は、どんなトラブルに巻き込まれたのじゃ?」

「実はな・・・」

 

そこで、3人に事情を説明した。

具体的には、ミュウのことと、シアとティアが狙われたことだ。

 

「で、だ。指定された場所に行ってみれば、そこには武装したチンピラがうじゃうじゃいて、ミュウ自身はいなかったんだよ。たぶん、最初から俺とツルギを殺して、シアとティアだけいただく気だったんだろうな。取り敢えず数人残して皆殺しにした後、ミュウがどこか聞いてみたんだが・・・知らないらしくてな。今はツルギたちと別れて拷問して他のアジトを聞き出して、それを繰り返しているところだ」

「どうも、私たちだけじゃなくて、ユエさんとティオさんとイズモさんにも誘拐計画があったみたいですよ。それで、ツルギさんがいっそのこと見せしめに、今回関わった組織とその関連組織の全てを潰してしまおうと言ったので・・・」

 

移動しながらハジメとシアの説明を聞いた3人は、ただのデートに行って何故大都市の裏組織と事を構えることになるのかと、そのトラブル体質に呆れた表情を向けた。

 

「・・・それで、ミュウっていう子を探せばいいの?」

「ああ。聞き出したところによると、結構大きな組織みたいでな・・・関連施設の数も半端ないんだ。手伝ってくれるか?」

「ん・・・任せて」

「ふむ。ご主人様の頼みとあらば是非もないの」

「しょうがない。私も手伝うとしよう」

 

3人ともためらいもなくうなずく。

それを確認してから、ハジメはツルギに念話石で連絡を入れた。

 

『ツルギ、ユエたちと合流した』

『そうか、なら、ハジメとユエ、シアとティオに分かれて、イズモは俺たちのところに来てくれ。目印を出す。それとな、その近くにも拠点が2か所あるらしい。頼んだぞ』

『分かった』

 

ハジメからの連絡にツルギは手早く指示を出し、それぞれ拠点をつぶしに動き出した。

 

 

* * *

 

 

「おい!報告どうなっている!」

「そ、それが!どこもかしこも混乱していて!」

「ふざけるな!これはいったいどういうことなんだ!」

 

商業区の中でも、観光区からも職人区からも離れた場所の一角では、まさに阿鼻叫喚の様相を呈していた。

ここは、表向きは人材派遣の商いを行い、裏では人身売買の総元締をしている裏組織“フリートホーフ”の拠点の一つだ。

ここは奴隷売買で奴隷を運送する際のチェックポイントや情報の保管場所の一つとして使われており、普段は人通りも少なく薄暗い雰囲気なのだが、今は普段の数十倍ほどの激しい喧騒に包まれている。

その原因は、先ほどから入ってくる報告だ。

曰く、フリートホーフの拠点が次々と何者かに襲撃され、落とされている。

曰く、人数は2人組が2つと3人組が1つの計7人である。

この報せが飛び交っては、構成員の表情が困惑と焦燥、そして恐怖に歪んでしまうのも仕方ないだろう。

それほど、今起こっている事態はありえないことなのだ。

 

「支部長!お頭から連絡が!」

「なんだ!」

「何としてでも、そのクソ共を生きて俺の前に連れて来い。生きてさえいれば状態は問わない。そいつらに生きたまま地獄を見せて、見せしめにする必要がある。連れてきたヤツには、報酬に1人につき500万ルタを即金で出してやる。以上です!」

 

それは言い換えれば、もししくじろうものなら絶対に殺すということだ。そもそも、それ以前に襲撃者に殺されるだろうが。

そして、フリートホーフのトップが提示した金額に、ここの支部長と呼ばれた男の目の色が変わる。

 

「それなら、なんとしてでも見つけるんだ!もし見つけたら、俺からも報酬を出してやる!わかったらさっさと・・・」

「あぁ、その必要はない。ここにいるからな」

 

不意に、声が聞こえた。その声に聞き覚えはないし、そもそもその声は支部長の()()()()()聞こえた。

 

「うわぁ!?」

 

支部長が思わず飛びずさると、そこには赤い外套を纏った黒髪黒目の男、峯坂ツルギが物干し竿を肩に乗せて立っていた。

 

「な、き、貴様、報告にあった男か!いったいいつの間に!」

「そんなもん、お前らが俺に気付かない間抜けだったってだけの話だ。さて、こっちの要件は1つ。お前たちがさらった海人族の少女はどこにいる?」

 

どこまでも上から目線の物言いに、支部長は顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「ふ、ふざけるな!のこのこと1人で現れおって!お前ら、すぐにやつを殺せ!」

「う、うわぁーー!!」

「がっ!?」

「ぎゃああぁぁーー!!」

 

だが、部下から返ってきたのは悲鳴だった。支部長が後ろを振り向くと、そこにはティアとイズモ、そして彼の部下の死骸が転がっていた。

彼らはそれぞれ違う死に方をしており、ある者は首から上が欠損し、ある者は体の一部、あるいは全身が黒焦げになっていた。

これらは、ティアがその拳で顔面を殴り飛ばし、イズモが燃やすと同時に腐食させる火・闇複合魔法“黒炎”を放った結果だ。

ここにいるのは、支部長1人だけとなった。

 

「さて、あとはお前だけだが、どうする?それとも、さっさと俺の質問に答えるか?」

「わ、私は知らない!だが、本部の場所なら知っている!そこならその情報もあるはずだ!」

「そうか、本部の場所は?」

「場所は・・・」

 

支部長は、あっさりと“フリートホーフ”を裏切った。本来なら“フリートホーフ”のトップから抹殺されるが、ここで誤魔化しても死ぬだけだと理解したのだ。

 

「なるほど。たしかに聞いた」

「た、助けてくれるのか・・・?」

「あ?んなわけないだろ」

 

ツルギは「何を言っているんだ?」とでも言わんばかりに目を細める。

それを受けた支部長は、醜いほどの命乞いを始めた。

 

「た、頼む、命だけは助けてくれ!ほかに欲しいものがあるなら、なんでも差し出す!だから・・・!」

「・・・お前はそう言ってきた相手をどうしてきた?大方、げすい笑みを浮かべて殺すなり人身売買に放り込んだんだろう?それで自分だけ生き残るっていうのは都合がよすぎると思わないか?」

「ひっ!!」

「それにな、今回は見せしめも兼ねてるんだよ。俺たちに手を出したらこうなるってな。だから、ここでおとなしく殺されとけ」

「まっ・・・」

 

それだけ言ったツルギは、それでもなにかを言いつのろうとする支部長を無視して物干し竿を3閃した。支部長の男は、音も声もなく肉塊となって崩れ落ちた。

それを一瞥もせずに、念話石でシアとティオに指示を飛ばす。

 

『シア、ティオ、組織の本拠地の場所がわかった。位置的にそっちが近い。そこをつぶしつつミュウの情報を引き出してくれ』

『わかりました。すぐに向かいます!』

 

シアから力強い返事が返され、念話石の通信は切れた。

 

「さて、ティアとイズモはこのまま他の拠点をつぶして回ってくれ」

「ツルギはどうするの?」

「一応、ミュウがいるかもしれない場所に向かう。まだ状況証拠程度だが、だいたいの場所の予想はついたからな。ここからもらえるものもらったら、すぐにでる」

「わかったわ、気を付けてね」

「それなら私たちも、しっかり役割を果たすとしよう」

 

そう言って、ツルギたちは二手に分かれた。

 

 

* * *

 

 

ティアたちと別れた俺は、目星のつけた場所に向かう。

そこは、調べた中では一番大きなオークション会場だ。おそらく、ここにミュウがいる。

根拠としては、ミュウは海人族の女の子だ。それも、とびっきり可愛い。それなら、なるべく人が多く集まるところに連れていかれるだろうと踏んだのだ。

建物の屋上を走って行くと、シアから通信が入った。

 

『皆さん、ミュウちゃんの居場所がわかりました!観光区にあるオークション会場です!そこからだと、ハジメさんとツルギさんが近いのでお願いします!』

『了解した』

『問題ない。今向かってるところだ』

 

どうやら、俺の読みは当たったらしい。シアが言った場所はまさしく俺が予想したところだ。

 

『え?なんでわかってたんですか?』

『拠点にあった資料から、ミュウが送られそうな会場を探しただけだ。まぁ、あくまで予想でしかなかったがな』

『ったく、相変わらず頭がいいな、ツルギは・・・』

『お前は、もうちょっと考えるってことを身に付けような』

 

 

ハジメの考えなしのせいで、俺に苦労が降りかかっていることくらいは認識してほしい。

 

『・・・それで、どうするんだ?』

『逃げたな?』

『それより!これからどうするんだ!』

 

なにやらハジメが開き直っている気がするが、とりあえずは目の前のことだ。

 

『そうだな、ハジメとユエは会場の裏から入って、牢屋の方を調べてくれ。シアとティオ、ティアとイズモは、なるべく拠点を破壊しながら、余裕があればこっちに来てくれ』

『ツルギはどうするんだ?』

『正面から堂々と入る。まぁ、攪乱程度に考えてくれ』

『わかった』

 

そう言って、ハジメは念話を切った。

そして、俺は特に気負うこともなく入り口に近づく。

 

「止まれ。何者だ」

 

入り口に近づくと、警備員らしき男2人が俺を止める。

・・・まぁ、一応聞いておくか。

 

「俺は客だ。それで聞きたいことがあるんだが、海人族の少女を知らないか?」

 

すると、男たちは顔を見合わせて、ニヤニヤしだす。

 

「あぁ、お前が例の襲撃犯か?たしかに、ここにいるな」

「だが、お前が会うことはない。ここで捕まるんだからな!」

 

そう言って、男たちは剣を抜いて振りかぶるが、

 

「そうか」

「がっ!?」

「ぎゃっ!?」

 

その暇を与えすに、俺はさっさと殴り飛ばした。

どうやら、思っていたよりも情報が広がっていたようだ。まぁ、だからと言って問題はないが。

 

「敵襲だ!こっちに来い!」

「あいつを連れてこれば500万ルタだ!」

 

そんなことを考えていると、続々と人が増えてきた。だいたい、11人くらいか。よくもまぁ、ここまで集めることができたもんだ。

だが、雑魚ばかりなら問題はない。

 

「おいおい、俺は客なんだから、少しは丁寧に接客してくれよ。まぁ・・・」

 

俺は白黒の双剣を生成し、宣言する。

 

「客は客でも、剣客だけどな。覚悟しろよ」

 

そして俺は、集団に突っ込んでいった。

 

「来たぞ!」

「お前ら、殺すなよ!」

 

俺のところに来た男たちは、俺が駆け寄ってきたのを見てすぐに武器を構えるが、

 

ズパパパパパパンッ!!

 

それよりも早く、俺が相手の懐に潜り込んで一気に切り刻んだ。

男たちが認識するよりも早く、7人ほど首を斬り飛ばした。

7人の死体が倒れたところで、ようやく俺が斬り倒したことを認識したらしく、慌てて後ろを振り向く。

 

「なっ、いつの間に!?どこだ!」

「ここだよ」

 

狼狽する男たちに、俺は足下から答える。

男がすぐに下を見るが、認識させる暇も与えずに俺が首を斬り落とした。

これで、あと3人。

 

「くっ、この卑怯者め!」

「今までさんざん人を食い物にしておいて、なんて言い草だよ」

 

槍使いの男が俺に悪態をつくが、そんなことは気にせずに首を斬り落とす。

あと2人。

 

「くそっ、なんなんだよ、こいつ!」

「このクソガキがっ!死にやがれ!」

 

生け捕りの指示を忘れているのか、そんなことを叫びながら残りの2人が剣を振りかぶるが、

 

ヒュヒュン!

ザシュ!ザシュ!

 

俺は双剣を振りぬいた状態から体を独楽のように回転させ、双剣を投擲した。投擲した双剣は、それぞれ男たちの額に突き刺さり、男たちは絶命した。

これで全部か。

たぶんオークション会場にもある程度の警備はいるだろうが、ハジメとユエなら問題ないだろう。

さてと、それじゃあ受付から目的のものを取り出して・・・

 

『ツルギ、そこから離れてくれ。最後にでかいのをぶち込む』

『わかった。ハジメは今どこだ?』

『建物のちょうど真上だ。ミュウも一緒にいる』

『わかった。そっちに行く』

 

どうやら、ハジメの方もなんなく目的を達成したらしい。目的の物を見つけて回収した俺は、すぐに外に出て剣製魔法で足場を作りながら上に跳ぶ。

その直後、オークション会場からフューレン全体に轟くほどの轟音と共に周囲のフリートホーフの関連建物をも巻き込んで凄絶な衝撃が走った。裏オークションの会場となっていた美術館も、「歴史的建造物?芸術品?何それ美味しいの?」と言わんばかりに木っ端微塵に粉砕されていく。爆炎が猛烈な勢いで上空に上がり、夕日とは違った赤で周囲の建物と空を染め上げた。

やりすぎな気もしなくもないが、見せしめにするくらいならこれくらい派手でもいいだろう。

すると、今度は追い打ちをかけるように、少し離れた空に突然暗雲が立ち込め始めた。そして、雷鳴の咆吼と共に、4体の“雷龍”が出現した。これは、ユエか。一体の場合と比べると二回りほどサイズが縮小されているが手数は増えるようだ。

ユエが生み出した“雷龍”4体は、それぞれ別方向に雷を迸らせながら赤く燃える空を悠然と突き進む。そして、4体の雷龍は取り残していたフリートホーフの重要拠点四ヶ所に、雷鳴を轟かせながら同時に“落ちた”。稲光で更に周囲と空を染め上げて、轟音と共に建物が崩壊する音がフューレンに響き渡る。爆炎と粉塵が至るところから上がっており、夕日と炎に照らされて赤く染まる今のフューレンは、まるで空爆にでもあった戦時中の町のようだ。

・・・本当にやりすぎな気がしなくもないが、見た限りは無関係の一般人は巻き込まれていないみたいだし、よしとするか。

ハジメの方に行くと、そこではミュウがユエにしがみついて泣いていた。どうやら、上手くミュウを慰めたようだ。

ミュウの方も問題ないなら、もう大丈夫か。

あとは・・・イルワといろいろと話さなきゃな。

いきなりやらかしてしまったが、手土産もあるしいいか。

 

 

* * *

 

 

「倒壊した建物22棟、半壊した建物44棟、消滅した建物5棟、死亡が確認されたフリートホーフの構成員98名、再起不能44名、重傷28名、行方不明者119名・・・で?何か言い訳はあるかい?」

「カッとなったから計画的にやった。反省も後悔もしてない」

「はぁ~~~~~~~~~」

 

冒険者ギルドの応接室で、俺から事情を聴いたイルワは盛大に、それはもう盛大にため息をついて脱力する。その視線は、ハジメの膝の上でもりもりとお菓子を食べているミュウにも向けられている。

 

「まさかと思うけど・・・メアシュタットの水槽やら壁やらを破壊してリーマンが空を飛んで逃げたという話・・・関係ないよね?」

「・・・ハジメ、どういうことだ?」

「・・・ミュウ、これも美味いぞ?食ってみろ」

「あ~ん」

 

ハジメよ、俺の知らないところでなんてことしてくれてるんだよ。余計な手間を増やさないでくれよ、マジで。

イルワの片手が自然と胃の辺りを撫でさすり、傍らの秘書長ドットが、さり気なく胃薬を渡した。

 

「まぁ、やりすぎ感は否めないけど、私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね・・・今回の件は正直助かったと言えば助かったとも言える。彼等は明確な証拠を残さず、表向きはまっとうな商売をしているし、仮に違法な現場を検挙してもトカゲの尻尾切りでね・・・はっきりいって彼等の根絶なんて夢物語というのが現状だった・・・ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね・・・はぁ、保安局と連携して冒険者も色々大変になりそうだよ」

「まぁ、その辺りはもともとフューレンのやることだからな。今回は、身内に手を出されたからちょっと叩き潰しただけだし」

「そんな軽いノリで、フューレンにおける裏世界三大組織の1つを半日で殲滅かい?ホント、洒落にならないね」

 

まぁ、これくらいなら別に俺たちじゃなくても、クラスメイト全員でやれば可能ではあるだろうが、そこまで言うことはないか。

 

「一応、そういう犯罪者集団が二度と俺たちに手を出さないように、見せしめを兼ねて盛大にやったんだ。支部長さんも、俺たちの名前使ってくれていいぞ?何なら、支部長お抱えの“金”だってことにすれば、相当抑止力になると思うぞ?」

「おや、いいのかい?それは凄く助かるのだけど・・・そういう利用されるようなのは嫌うタイプだろう?」

 

イルワは俺の言葉に意外そうな表情を見せるが、その瞳は「えっ?マジで?是非!」と雄弁に物語っている。

これにハジメは苦笑しながら、肩をすくめて答える。

 

「まぁ、持ちつ持たれつってな。世話になるんだし、それくらいは構わねぇよ。支部長なら、そのへんの匙加減もわかるだろうし。それに、俺らのせいでフューレンで裏組織の戦争が起きて、一般人が巻き込まれましたってのは気分が悪いしな」

「・・・ふむ。ハジメ君にツルギ君、少し変わったかい?初めて会ったときの君は、仲間の事以外どうでもいいと考えているように見えたのだけど・・・ウルでいい事でもあったのかな?」

「まぁ、悪いことばかりじゃなかったな」

 

流石は大都市のギルド支部長、相手のことをよく見ている。俺たちの微妙な変化も気がついたようだ。その変化はイルワからしても好ましいものだったようで、俺たちからの提案をありがたく受け取った。

これで一時解散になろうとしたところで、俺はあるものを思い出す。

 

「あぁ、そうそう。ほら、手土産だ」

 

そう言って、俺は懐から紙束を取り出してイルワに渡す。

 

「これは?」

「フリートホーフの構成員と関係組織の情報と、裏のオークション会場にいた客の名簿だ。上手く使ってくれ」

 

俺としては、さすがに手ぶらのままイルワに任せるのも気が引けたので、回収できる限りの情報を集めておいた。

俺の手土産に、イルワは目を丸くする。

 

「これは、なかなかすごいものを持ってきたね。機密情報まであるじゃないか」

「一応、手当たり次第にかっさらっただけなんだけどな。気に入ってくれてよかったよ」

 

とりあえず、手土産としては十分だったようだ。

この後、イルワが俺とハジメの名前を使って他の大規模裏組織を牽制したり、関係各所に回って俺たちの処遇について口利きしてくれた。

それと意外だったのが、保安局まで俺たちの行動を正当防衛として扱ってくれた。

どうやら保安局としても、一度預かった子供を保安署を爆破されて奪われたというのが相当頭に来ていたようだ。

また、日頃自分たちを馬鹿にするように違法行為を続ける裏組織は腹に据えかねていたようで、挨拶に来た還暦を超えているであろう局長は実に男臭い笑みを浮かべて俺たちにサムズアップして帰っていった。心なしか、足取りが「ランラン、ルンルン」といった感じに軽かった気がしたのが・・・それだけ気分がよかったのか。

 

「それで、そのミュウ君についてだけど・・・」

 

イルワがそう切り出すと、ミュウはビクッ!と体を震わせた。

どうやら、また俺たちと引き離されるかもしれないと思っているようで、不安そうに俺やハジメ、ユエ、シア、ティアを見上げた。

ティオとイズモに視線がいかなかったのは・・・イズモの子供が有害なものを見ないための配慮からだろう。

イズモはいい仕事をしてくれる。

 

「こちらで預かって正規の手続きでエリセンに送還するか、君達に預けて依頼という形で送還してもらうか・・・2つの方法がある。君たちはどっちがいいかな?」

「海人族の女の子を冒険者に預けても大丈夫なのか?」

「君たちの冒険者ランク“金”の立場と今回の暴れっぷりから考えても、君たちに任せても問題はないよ」

 

どうやら、そっちでも今回の騒動がある程度評価されたらしい。これは予想外だったな。

 

「ハジメさん、ツルギさん・・・私、絶対、この子を守ってみせます。だから、一緒に・・・お願いします」

 

シアが、俺とハジメに頭を下げる。どうやら、どうしてもミュウが家に帰るまで一緒にいたいようだ。ティアたちは、俺たちの判断に任せるようで沈黙したまま俺たちを見つめている。

 

「お兄ちゃん・・・一緒・・・め?」

 

ミュウの最後の一撃で、ハジメは陥落した。自分の膝の上から上目遣いで「め?」とか反則だな。

まぁ、そんなこと言われなくても、俺とハジメの答えは決まっているが。

 

「まぁ、最初からそうするつもりで助けたからな・・・ここまで情を抱かせておいて、はいさよならなんて真似は流石にしねぇよ」

「ハジメさん!」

「お兄ちゃん!」

 

シアとミュウが満面の笑みで喜びを表にする。俺の方も、特に反対せずに頷く。

まぁ、“海上都市エリセン”の前に“大火山”という問題があるのだが・・・まあ、それはその時になんとかしよう。

だが、その前に些細な問題が1つでてきた。

ミュウの俺たちの呼び方だ。

ミュウは俺たちをそれぞれお兄ちゃんとかお姉ちゃんと呼ぶのだが、

 

「ミュウ。そのお兄ちゃんってのは止めてくれないか?普通にハジメでいい。何というかむず痒いんだよ、その呼び方」

 

ハジメだけが、その呼ばれ方にむず痒さが出たようだ。

別に俺としてはそんなに悪い気はしないのだが、ハジメはオタクなだけに“お兄ちゃん”という呼び方は・・・色々とクルものがあるようだ。

 

ハジメの要求に、ミュウは暫く首をかしげると、やがて何かに納得したように頷き、

 

「パパ」

 

・・・ん?

 

「・・・・・・・・・な、何だって?悪い、ミュウ。よく聞こえなかったんだ。もう一度頼む」

「パパ」

 

・・・ん~?

 

「・・・そ、それはあれか?海人族の言葉で“お兄ちゃん”とか“ハジメ”という意味か?」

「ううん。パパはパパなの」

「うん、ちょっと待とうか」

 

・・・どういうことだ?とりあえず、ミュウから理由を聞いてみるか。

 

「えっと、ミュウ、どうしてハジメがパパなんだ?」

「ミュウね、パパいないの・・・ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの・・・キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのにミュウにはいないの・・・だからハジメお兄ちゃんがパパなの」

「何となくわかったが、何が“だから”何だとツッコミたい。ミュウ、頼むからパパは勘弁してくれ。俺はまだ17歳なんだぞ?」

「やっ、パパなの!」

「わかった。もうお兄ちゃんでいい!贅沢はいわないからパパは止めてくれ!」

「やっーー!!パパはミュウのパパなのー!」

 

その後、あの手この手でミュウの“パパ”を撤回させようと試みるが、ミュウ的にお兄ちゃんよりしっくり来たようで意外なほどの強情さを見せて、結局、撤回には至らなかった。

・・・近いうちに八重樫に顔を見せに行こうかと考えていたが、これはこれで白崎に会うのが怖いな。どうなるか展開が予想できない。

ちなみに、イルワとの話し合いを終え宿に戻ってからは、ユエ、シア、ティオが「誰がミュウに“ママ”と呼ばせるか」で紛争が勃発し、とりあえず、ハジメはミュウに悪影響が出そうなティオだけは縛り付けて床に転がしておいた。

当然、興奮していたが。その様子を見て、イズモも悲しそうに顔をうつむかせていたが。

結局、“ママ”は本物のママしかダメらしく、ユエもシアも一応ティオも“お姉ちゃん”で落ち着いた。

・・・別にユエとティオとイズモは年齢的には“おばちゃん”で通りそうな気もするが・・・やめておこう。俺も命は惜しい。

 

 

この日、俺の親友がパパになった。

俺はいったい、どうすればいいのだろうか。




「そう言えばツルギは、お兄ちゃん呼びに抵抗がないんだな」
「まぁ、これくらいなら許容できるからな。ていうか、日本だと近所の子供から普通にツルギお兄ちゃんって呼ばれたりしたし」
「・・・いったい、俺の知らないところで何をやっていたんだ?」
「・・・俺の親父の部下の1人がな、いわゆるビッグダディなんだよ。たしか、子供が全部で10人だったか」
「・・・お前の親父さんの部署、本当に大丈夫なのか?」
「・・・大丈夫、なはず」

さらに謎が深まるツルギの父親の部署の図。


~~~~~~~~~~~


さらにツルギの父親の部署にキャラを付け足してしまいました。
一応、いつかは変人部署の面々も出そうと思っているのですが、この調子で増やしたら、全員覚えているかどうかわかりませんね。


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久しぶりのホルアド

「ヒャッハー!ですぅ!」

 

左側のライセン大峡谷と右側の雄大な草原に挟まれながら、俺たちはヴィント、シュタイフ、ブリーゼを走らせる。

ミュウを預かった後、俺たちはホルアドに向かっていた。本来なら素通りしてもよかったのだが、フューレンのギルド支部長イルワから頼まれごとをされたので、それを果たすために寄り道したのだ。

もともとグリューエン大砂漠に行くつもりだったし、ホルアドくらいなら特に手間でもないので引き受けた。それに詳しいことは言わなかったが、ホルアドのギルド支部長に俺たちへの口添えを頼むといったところだろう。フューレンを出る前に渡された手紙も、おそらくそんな感じの内容のはずだ。

ちなみに、先ほどどこぞの世紀末のような叫び声をあげたのはシアだ。

もともとシアはシュタイフの風を切って走る感じがとても気に入っていたようなのだが、最近は人数が多くなり、すっかりブリーゼによる移動が主流になったため、少しばかり物足りなくなってしまったようだ。

それに、シュタイフならハジメに密着することができるが、ブリーゼだとハジメの隣はユエ指定席になっているため、ハジメにくっつくことができないというのも、理由の一つなのだろう。

そんなシアは、自分でシュタイフを走らせたいから乗り方を教えてくれとハジメに頼んだ。

シュタイフやヴィントの魔力駆動二輪は魔力の直接操作さえできれば簡単なので、シアはあっという間に乗りこなした。

ただ、結果としてその魅力に取りつかれてしまい、今も奇声を発しながら右に左にと走り回り、ドリフトしてみたりウィリーをしてみたり、その他にもジャックナイフやバックライドなどプロのエクストリームバイクスタント顔負けの技を披露している。アクセルやブレーキの類も魔力操作で行えるので、地球のそれより難易度は遥かに簡単ではあるのだが・・・。

・・・親父の部下に、バイク好きのやつがいる。そいつには絶対に会わせないようにしよう。でないと、今も香ばしいポーズをとりながら立ち乗りしているシアにどのような影響がでるかもわからない。

それで、なぜ俺もヴィントに乗っているかというと、

 

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!ミュウもあれやりたいの!」

「ダメだ、ミュウ」

 

ミュウがそんなシアを見て「ミュウもあれに乗るの!」と言いだしたからだ。

そんなミュウに、完全に過保護な親バカと化したハジメは猛反対し、ミュウがさらに駄々をこねようとしたところで、俺が仲裁に入った。

余談だが、ミュウのハジメの呼び方は結局「パパ」で決まった。ハジメが何度も変えさせようとしたが、そのたびにミュウが涙目になって「め、なの?ミュウが嫌いなの?」と無言で訴えてくるので、なし崩し的にハジメのパパ呼びが定着した。

のだが、それ以来ハジメはなかなかに親バカになっている。そのため、暴走しそうになるハジメをユエとシアが止めて、常識は主に俺が教えることになった。

別にハジメの気持ちが理解できないわけではないが、過保護に育てられた子供というのは時に悪い方へと成長することもある。だからこそ、俺は「絶対にミュウを乗せるわけにはいかん!」と逆に駄々をこねそうになったハジメにガチ説教をし、俺が安全に配慮して乗せるということで合意した。

ちなみに、俺がハジメに説教している姿を見て、ティアたちは、

 

「なんだか、ダメなパパに説教をしているお母さんみたいになっているわね」

「これは、ツルギ殿も苦労するな」

「ご主人様を叱るツルギ殿も、これはこれで・・・」

 

などと言ってきた。まぁ、俺も割とそう思う。

ただし、最後の駄竜は鎖でぐるぐる巻きにして荷台に放り込んでおいた。おそらく、今も恍惚の表情でのたうっているだろう。

そういうわけで、今はミュウを俺とハンドルの間に乗せているのだが、さすがにシアのような走行をするわけにはいかない。

もしミュウが「ヒャッハー!なの!」とか言い出したら、とても悲しくなる。

それでも、なんでもかんでもダメだと言うのもあまりよくはないし、ミュウも「うぅ~」とかわいらしい唸り声を出しているし、どうしようか。

 

「う~ん、さすがにシアみたいに走るのはだめだが、ちょっとスピードを上げるくらいならいいか」

「みゅ?いいの?」

「5秒だけな」

 

さすがに、これ以上の譲歩はできない。

一応、ミュウが落ちないように魔法で最大限安全を確保しているから、多少スピードを上げたところで問題はない。

 

「それじゃあ、しっかり掴まってろよ!」

「はいなの!」

 

俺の掛け声に元気よく返事を返したミュウは、ヒシッと俺の体にしがみつき、それでも顔は前に向ける。

それを確認した俺は、ヴィントに流す魔力を増大させてスピードを上げた。

ヴィントはさらにスピードを上げ、緩やかな上り坂を登り切ったところで軽く飛び上がった。飛び出したヴィントは少しの間宙に浮き、すぐに着地する。

 

「ミュウ、どうだった?」

「すごかったの!もう1回なの!」

「さすがにダメだな。それに・・・」

『おい、ツルギ、なにやってんだ?』

 

ほら来た。やっぱりなにか言ってくると思ったよ。

さて、またいろいろと話し合いだな。

 

 

* * *

 

 

そんなこんなで、俺たちはホルアドに到着した。

ハジメはミュウを肩車しながら、懐かし気に目を細めている。俺の方も、なんだか感慨深くなっているな。

 

「ツルギ、どうしたの?」

 

ティアが、そんな俺の心境を敏感に感じ取ったようで、腕を絡ませながら俺に問いかけてくる。

 

「あぁ、ここには1度来たことがあるからな。4か月くらいしか経っていないんだが、なんだかいろいろと感慨深く感じてな」

「・・・ツルギ殿は、もう一度やり直したいとは思わないのか?」

 

イズモの問いは、「やり直していればハジメを救えたんじゃないか?」ということだろう。

それに対する答えは、すぐに出せる。

 

「どうだろうな。たしかにあの時ハジメを救えていればそれに越したことはないんだろうが、もしそうならハジメはユエやシアたちと会っていなかっただろうし、俺もティアに会えなかった。そういう意味でも、いろいろと感慨深いんだよ。だが、何があっても俺はティアに会いに行く。それは確かだ」

「ツルギ・・・」

 

ティアが、俺の言葉に瞳をウルウルさせ、上目遣いで俺を見てくる。俺も、そんなティアを見つめる。

 

「・・・仲がいいことだな。正直、少し寂しいが」

 

イズモがそんなことを呟いているが、だからと言ってやめるつもりはない。

そんな中、ハジメとユエもイチャイチャし、シアがメインストリートのど真ん中でエロいことして欲しいと叫び、ティオが変態と罵られて怪しげな雰囲気を醸し出しながらハァハァと息を荒げるからか、周りからすごい注目されているが、それを考える必要もないだろう。

考え始めたら、すぐに胃が痛くなりそうだし。

 

 

* * *

 

 

周りの視線を無視しながら、俺たちはようやく冒険者ギルドのホルアド支部に到着した。

そういえば、ホルアドの冒険者ギルドに入るのは何気にこれが初めてだな。以前来たときは、それどころじゃなかったし。

相変わらずミュウを肩車したままのハジメに代わり、俺がギルドの扉を開ける。他の町のギルドと違って、ホルアド支部の扉は金属製だった。重苦しい音が響き、それが人が入ってきた合図になっているようだ。

中に入ると、壁や床は、ところどころ壊れていたり大雑把に修復した跡があり、泥や何かのシミがあちこちに付いていて不衛生な印象を持つ。

内部の作り自体は他の支部と同じで、入って正面がカウンター、左手側に食事処がある。しかし、他の支部と異なり、普通に酒も出しているようで、昼間から飲んだくれたおっさん達がたむろしていた。2階部分にも座席があるようで、手すり越しに階下を見下ろしている冒険者らしき者達もいる。2階にいる者は1階にいる者よりも強者の雰囲気を出しており、そういう制度なのか暗黙の了解かはわからないが、高ランク冒険者は基本的に二階に行くのかもしれない。

冒険者自体の雰囲気も他の町とは違うようだ。誰も彼も目がギラついていて、ブルックのようなほのぼのした雰囲気は皆無である。まぁ、冒険者や傭兵など、魔物との戦闘を専門とする戦闘者達が自ら望んで迷宮に潜りに来ているのだから、気概に満ちているのは当然といえば当然か。

しかし、それを差し引いてもギルドの雰囲気はピリピリしており、尋常ではない様子だった。明らかに、歴戦の冒険者をして深刻な表情をさせる何かが起きているようだ。

俺たちがギルドに足を踏み入れた瞬間、冒険者達の視線が一斉に俺たちを捉えた。その眼光のあまりの鋭さに、ハジメに肩車されるミュウが「ひぅ!」と悲鳴を上げ、ヒシ!とハジメの頭にしがみついた。

冒険者たちは美女・美少女に囲まれた挙句、幼女を肩車して現れたハジメに、色んな意味を込めて殺気を叩きつけ始める。

・・・あぁ~、これはなんとなく今後の展開が読めたな。

そう考えていると、ハジメはますます震えるミュウを肩から降ろし、片腕抱っこに切り替えた。ミュウは、ハジメの胸元に顔をうずめ外界のあれこれを完全にシャットアウトした。

一部の冒険者たちは、血気盛んな、あるいは酔った勢いで席を立ち始める。こいつらの視線は「ふざけたガキをぶちのめす」と何より雄弁に物語っており、このギルドを包む異様な雰囲気からくる鬱憤を晴らす八つ当たりと、単純なやっかみ混じりの嫌がらせであることは明らかだ。

一応、俺たちがただの依頼者である可能性もあるはずなのだが、既に彼等の中にそのような考えはないらしい。取り敢えず話はぶちのめしてからだという、荒くれ者そのものの考え方でハジメの方へ踏み出そうとした。

ただ、相手とタイミングが悪かった。今のハジメは、ただでさえ過保護なパパになっているというのだ。仮とはいえ、娘であるミュウを怯えさせといて何もしないはずがない。

 

ドンッ!!

 

案の定、ハジメは先ほどの冒険者たちが放ったものとは比べ物にならないプレッシャーを放った。

既に物理的な力すらもっていそうなそれは、未熟な冒険者達の意識を瞬時に刈り取り、立ち上がっていた冒険者達の全てを触れることなく再び座席につかせる。

ハジメのプレッシャー“威圧”と“魔力放射”を受けながら意識を辛うじて失っていない者も、大半がガクガクと震えながら必死に意識と体を支え、滝のような汗を流して顔を青ざめさせている。

と、永遠に続くかと思われた威圧がふとその圧力を弱めた。冒険者たちは、その隙に止まり掛けていた呼吸を必死に行う。中には失禁したり吐いたりしている者もいるが・・・そんな彼等に、ハジメがニッコリ笑いながら話しかけた。

 

「おい、今、こっちを睨んだやつ」

「「「「「「「!」」」」」」」

 

ハジメの声に、冒険者たちがかわいそうなくらいにビクリ!とふるえる。冒険者たちのハジメを見る目は、完全に化け物に向けるそれと変わりない。

だが、そんな事はお構いなしに、ハジメは彼等に向かって要求・・・というより命令をする。

 

「笑え」

「「「「「「「え?」」」」」」」

 

いきなり状況を無視した命令に、冒険者たちが戸惑う。そこにハジメが、さらに言葉を続ける。

 

「聞こえなかったか?笑えと言ったんだ。にっこりとな。怖くないアピールだ。ついでに手も振れ。お前らのせいで家の子が怯えちまったんだ。トラウマになったらどうする気だ? ア゛ァ゛?責任とれや」

 

・・・ぶっちゃけさ、今のお前の顔の方がよっぽど怖ぇよ。ヤクザ顔負けじゃねぇか。

冒険者たちは、戸惑っている内にハジメの眼光が鋭くなってきたので、頬を盛大に引き攣らせながらも必死に笑顔を作ろうとする。ついでに、ちゃんと手も振り始めた。

ただ、強面の男たちが引きつった笑顔で小さく手を振る。

そして、ハジメがミュウにそっと話しかけて顔を振り向かせた結果、

 

「ひっ!」

 

案の定、ミュウは怖がって再びハジメにヒシッとハジメの胸元にしがみついた。

ハジメが「どういうことだ、ゴラァ!」と冒険者達を睨みつけるが、そもそもお前の要求の方がよっぽど無茶なんだが。

 

「はぁ~、それくらいにしろ、ハジメ」

「あだっ!?」

 

ため息をついた俺は、ミュウを俺の方に抱かせながらハジメに強めのデコピンをした。

 

「お前さ、親バカもいい加減にしろよ。お前がバカをするから、俺がそれの解決をせにゃあいけなくなるんだろうが」

「だが・・・」

「・・・ん、これはハジメが悪い」

「ぐっ・・・」

 

ユエも俺の意見に賛同したようで、ハジメに説教をする。

まったく、こんなんでミュウとお別れできるのかね。別に今生の別れにするつもりはないとはいえ、これはこれで心配になってくる。

まぁ、ハジメのことは置いといてだ。まずはミュウと冒険者たちの方だな。

 

「ミュウ」

「みゅ?」

 

未だに恐怖で振るえるミュウに、俺は優しくミュウの耳元でささやく。

 

「あのおじさんたちは、悪い人じゃないよ」

「みゅ?本当?」

「あぁ、ミュウが笑顔を見せてくれたら、きっと優しくなるよ」

 

俺がそう言うと、ミュウは再びじっと愛想笑いを浮かべて小さく手を振る冒険者たちを見つめ、なにかに納得したようにニヘラ~と笑う。冒険者たちもその笑顔と仕草が余りに可愛かったようで、状況も忘れて思わず和む。

とりあえず、この場は落ち着いたか。

それを確認した俺は、ミュウを肩車に切り替えながらカウンターに向かう。

余談だが、こっちの受付嬢は普通に可愛かった。俺たちとだいたい同じくらいか。後ろにいるハジメから、なにやら満足げにしている気配を感じる。ハジメよ、まだテンプレをあきらめていなかったのか。

それはともかく、俺はイルワから預かった手紙と俺のステータスプレートを差し出す。

 

「支部長はいるか?フューレンのギルド支部長から手紙を預かっていてな。本人に直接渡してくれと頼まれているんだ」

「は、はい。お預かりします。え、えっと、フューレン支部のギルド支部長様からの依頼・・・ですか?」

 

普通、一介の冒険者がギルド支部長から依頼を受けるなどということはありえないようなので、受付嬢は少し訝しそうな表情になる。しかし、俺が渡したステータスプレートに表示されている情報を見て目を見開いた。

 

「き、“金”ランク!?」

 

冒険者において“金”のランクを持つ者は全体の1割に満たない。そして、“金”のランク認定を受けた者についてはギルド職員に対して伝えられるらしい。なので、このことを聞かされていない受付嬢は驚愕の声を漏らしてしまったようだ。

その声に、ギルド内の冒険者も職員も含めた全ての人が、受付嬢と同じように驚愕に目を見開いて俺たちを凝視する。建物内がにわかに騒がしくなった。

受付嬢は、自分が個人情報を大声で晒してしまったことに気がついたようで、サッと表情を青ざめさせる。そして、ものすごい勢いで頭を下げ始めた。

 

「も、申し訳ありません!本当に、申し訳ありません!」

「あ~、気にするな。とりあえず、支部長に取次してもらえるか?」

「は、はい!少々お待ちください!」

 

この受付嬢は放っておけばいつまでも謝りそうな勢いだったから、苦笑しながら手を振る。

ウルの町やフューレンでの件で、すでに情報の秘匿はそこまで重要視していなかった。どうせ、今隠してもすぐに知られるだろうし。それに、注目されているのはどのみち変わらないし。

そして、ハジメたちが居心地悪そうにしているミュウをあやしていると、ギルドの奥からズダダダッ!と何者かが猛ダッシュしてくる音が聞こえだした。音のした方を注目すると、カウンター横の通路から全身黒装束の少年がズザザザザザーと床を滑りながら猛烈な勢いで飛び出てきて、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。

・・・こいつの顔、見覚えがある。というより、ここで会うとは思っていなかったクラスメイトだ。

 

「・・・お前、遠藤か?」

 

俺のつぶやきに“!”と某ダンボール好きな傭兵のゲームに出てくる敵兵のような反応をする黒装束の少年、遠藤浩介は、辺りをキョロキョロと見渡し、それでも目当ての人物が見つからないことに苛立ったように大声を出し始めた。

 

「峯坂ぁ!南雲ぉ!いるのか!お前らなのか!どこなんだ!峯坂ぁ!南雲ぉ!生きてんなら出てきやがれぇ!峯坂ツルギぃー!南雲ハジメェー!」

 

・・・一応、目の前にいるんだが。ハジメはともかく、俺はそこまで容姿は変わっていないはずだが。

あまりの大声に、思わず耳に指で栓をする人達が続出する。

ティアたちの視線が、一気に俺とハジメに集中する。

ハジメは明らかに「関わりたくねぇなぁ・・・」とでも言いたげにしているが、さすがにここで無視するわけにはいかないだろう。

 

「あ~、遠藤、ちゃんと聞こえてるから、大声で人の名前を連呼するのは止めてくれ」

「?! その声は、峯坂か!どこだ!」

 

遠藤は俺の声にグリンと顔を俺の方に向けるが、すぐに俺から目を逸らしてきょろきょろし始める。

 

「くそっ!声は聞こえるのに姿が見当たらねぇ!幽霊か?やっぱり化けて出てきたのか!?俺には姿が見えないってのか!?」

「いや、目の前にいるだろうが、ドアホ。ってか、いい加減落ち着けよ。影の薄さランキング生涯世界1位」

「!?また、声が!?ていうか、誰がコンビニの自動ドアすら反応してくれない影が薄いどころか存在自体が薄くて何時か消えそうな男だ!自動ドアくらい3回に1回はちゃんと開くわ!」

「3回に2回は開かないのか・・・さすがだな、お前・・・」

 

この遠藤という男、トータスに来る前からクラスでダントツの影の薄さを誇っている。そのすさまじさは、日本にいた頃から気配操作や感知に自信のある俺でも、最初はいつも見失うほどに。今でも、3回に1回くらいしかその存在を認識できない。

・・・俺の気配感知は、コンビニの自動ドアと同じくらいなのか。

とりあえず、そこまで言葉を交わしてようやく、遠藤は俺の姿を認識した。

まじまじと俺の姿を観察し、それでようやく声をかける。

 

「まさか、お前が峯坂なのか・・・?」

「あぁ、そうだ。ついでに言えば、俺の後ろにいる白髪眼帯がハジメだ」

 

俺がそう言うと、遠藤は今度はハジメの姿をまじまじと観察する。

それでも記憶にあるハジメとの余りの違いに半信半疑の遠藤だったが、顔の造形や自分の影の薄さを知っていた事からようやく信じることにしたようだ。

 

「お前たち・・・本当に生きていたのか」

「今目の前にいるんだから、当たり前だろ」

「何か、えらく変わってるんだけど・・・特に南雲の見た目とか雰囲気とか口調とか・・・」

「奈落の底から自力で這い上がってきたんだぞ?そりゃ多少変わるだろ」

「そ、そういうものかな?いや、でも、そうか・・・ホントに生きて・・・」

 

あっけからんとした俺たちの態度に遠藤は困惑するが、それでも死んだと思っていたクラスメイトが本当に生きていたと理解し、安堵したように目元を和らげた。

どうやら、遠藤は檜山たちと比べてだいぶまともなようだ。まぁ、そもそも檜山が歪みすぎているともいえるが。

 

「っていうかお前ら・・・冒険者してたのか?しかも“金”て・・・」

「まぁな」

 

俺の返答に遠藤の表情がガラリと変わる。クラスメイトが生きていた事にホッとしたような表情から切羽詰ったような表情に。

改めてよく見てみると、遠藤の服装がボロボロだ。なにかがあったのは間違いない。

 

「・・・つまり、迷宮の深層から自力で生還できる上に、冒険者の最高ランクを貰えるくらい強いってことだよな?信じられねぇけど・・・」

「まぁ、そういうことだな」

 

遠藤の真剣な表情でなされた確認に俺が肯定すると、遠藤は俺に飛びかからんばかりの勢いで肩をつかみに掛かり、今まで以上に必死さの滲む声音で、表情を悲痛に歪めながら懇願を始めた。

 

「なら頼む!一緒に迷宮に潜ってくれ!早くしないと皆死んじまう!1人でも多くの戦力が必要なんだ!健太郎も重吾も死んじまうかもしれないんだ!頼むよ、峯坂!南雲!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。いきなりなんだ?状況が全くわからないんだが。死んじまうって何だよ。天之河がいれば大抵何とかなるだろ?メルド団長がいれば、ベヒモスの時みたいな失敗もしないだろうし・・・」

 

普段目立たない遠藤のあまりに切羽詰った尋常でない様子に困惑しながら問い返すと、遠藤はメルド団長の名が出た瞬間、ひどく暗い表情になって膝から崩れ落ちた。そして、押し殺したような低く澱んだ声でポツリと呟く。

 

「・・・んだよ」

「あ?聞こえねぇよ。何だって?」

「・・・死んだって言ったんだ!メルド団長もアランさんも他の皆も!迷宮に潜ってた騎士は皆死んだ!俺を逃がすために!俺のせいで!死んだんだ!死んだんだよぉ!」

「・・・そうか」

 

癇癪を起こした子供のように、「死んだ」と繰り返す遠藤に、俺はただ一言、そう返した。

別に、メルドさんが死ぬわけがないと思ってはいなかった。ここは殺し合いの戦場だ。だれがいつ死んでもおかしくはない。それが、王国最強の騎士であるメルドさんでもだ。

だが、メルドさんは俺が王都を出るとき、最後まで俺のことを気にかけてくれた。国王と教皇に向かって矢を放った俺を、だ。

だから、俺は心の中でメルドさんの冥福を祈った。

とりあえず、遠藤からその辺りの話を聞いた方がいいだろう。遠藤やメルドさんたち騎士団がそのような状態になったのだ。迷宮に潜っているだろう白崎や八重樫たちのことも気になる。

 

「で?何があったんだ?」

「それは・・・」

「話の続きは、奥でしてもらおうか。そっちは、俺の客らしいしな」

 

すると、しわがれた声で制止がかかった。

声のした方を見ると、60歳過ぎくらいのガタイのいい左目に大きな傷が入った迫力のある男がいた。おそらく、この男がホルアドのギルド支部長なのだろう。

それに、遠藤の慟哭じみた叫びに再びギルドに入ってきた時の不穏な雰囲気が満ち始めた事から、この人からも話を聞いておいた方がいいだろう。

ギルド支部長と思しき男は、遠藤の腕を掴んで強引に立たせると有無を言わさずギルドの奥へと連れて行った。遠藤は、かなり情緒不安定なようで、今は、ぐったりと力を失っている。

・・・とりあえず、この状況を見る限り、ロクなことが起きそうにないな。




「なぁ、ツルギ」
「ん?なんだ?」
「ツルギの親父さんの部署って、どんな奴がいるんだ?今のところいるのは、漢女とビッグダディ、亀甲縛りを教えたやつと、バイク好きだろ?」
「・・・知りたいのか?」
「あ~、いや、やっぱりいい。今のお前の顔を見ると、すげぇ哀れに思えてきた」

まだまだ変人は増える予定です。


~~~~~~~~~~~


ツルギの親父さんの部署に関して、以前の感想に「下手するとシュタイフで爆走するシアを捕獲できるヤツもいるかもしれませんね」というものがあったので、ここで紹介しておきました。
もともと、自分でもこのキャラは考えていたので。
それでも、本格的にでてくるのは本編終わった後のアフターになりそうなので、かなり先になりますが。


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約束を果たしに行こうか

「・・・なるほど、魔人族、ね」

 

冒険者ギルドホルアド支部の応接室に俺の呟きが響く。

対面のソファーにホルアド支部の支部長ロア・バワビスと遠藤浩介が座っており、遠藤の正面に俺が、その両サイドにハジメとティアが、ハジメの隣にユエが座っており、あとはソファの後ろに立っている。ミュウは、ハジメの膝の上だ。

遠藤からの話を要約すると、どうやら迷宮攻略の最中に魔人族が魔物を引き連れて現れ、蹂躙されたようだ。天之河が“限界突破”を使っても倒しきれなかったらしい。

 

もしゃもしゃ

 

・・・まぁ、十中八九、変成魔法で強化された魔物だな。似たようなやつが、ウルの町の襲撃の時にもいた。

にしても、ウルの町に襲撃があったと思ったら、今度は勇者に襲撃か。魔人族絡みの事件がここで続いたのは、ただの偶然か?それとも、魔人族が何かを仕掛けようとしているのか?まぁ、今の段階じゃわかることなんてほとんどないが。

 

もぐもぐ、ゴクン

 

・・・別に、文句があるとかそういうのじゃないけどさ、遠藤もロアも深刻な表情をして、室内は重苦しい雰囲気で満たされている中で、ミュウがリスのようにお菓子をほおばっているのが微妙にやるせない。

まぁ、ミュウが俺たちの話の内容がわからずとも、なにやら不穏な空気を感じ取って不安そうにしていたから、それをなだめるためにお菓子を与えたハジメを責めるつもりは毛頭ない。

ただ、それを許容できないやつがいるわけで、

 

「つぅか!何なんだよ!その子!何で、菓子食わしてんの!?状況理解してんの!?みんな、死ぬかもしれないんだぞ!」

「ひぅ!?パパぁ!」

 

案の定、場の雰囲気を壊すようなミュウの存在に、ついに耐え切れなくなった遠藤がビシッと指を差しながら怒声を上げる。それに驚いてミュウが小さく悲鳴を上げながらハジメに抱きついた。

その結果、当然ハジメから人外レベルの殺気が噴き出す。パパは娘の敵を許さないのだ。

 

「てめぇ・・・何、家のミュウに八つ当たりしてんだ、ア゛ァ゛?殺すぞ?」

「ひぅ!?」

 

それを直に浴びた遠藤はミュウと同じような悲鳴を上げて浮かしていた腰を落とす。

・・・もうさ、完全に親バカなパパじゃねぇか。さりげなく、“家の”って言ってたぞ。まじで子離れできるのか、あいつ?

ユエたちからも、「・・・もう、すっかりパパ」とか「さっき、さり気なく“家の子”とか口走ってましたしね~」とか「果てさて、ご主人様はエリセンで子離れ出来るのかのぉ~」とか聞こえてくる。ハジメは丸っと無視しているが。

 

「はぁ、遠藤、気持ちがわからないとは言わんが、もう少し自分を押さえろ。子供相手に八つ当たりするんじゃねぇよ」

「う、うぅ・・・」

 

とはいえ、今のは遠藤が悪い。俺からも厳しめに注意しておく。

結局、遠藤はソファの上で丸まってブルブル震え始め、ハジメはミュウをなだめ始める。

とりあえず一区切りついたところで、ロアが呆れたような表情をしつつ、埒があかないと話に割り込んだ。

 

「さて、ハジメ、ツルギ。イルワからの手紙でお前たちの事は大体分かっている。随分と大暴れしたようだな?」

「ま、全部成り行きなんだけどな」

 

別に自分から巻き込まれに行ったわけでもないし、あながち間違いでもない。そもそも、どちらかと言えばトラブルの方から俺たちに近づいてくるのだから、いい迷惑だ。

 

「手紙には、お前たちの“金”ランクへの昇格に対する賛同要請と、できる限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。一応、事の概要くらいは俺も掴んではいるんだがな・・・たった数人で6万近い魔物の殲滅、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅・・・にわかには信じられんことばかりだが、イルワの奴が適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん・・・もう、お前たちが実は魔王だと言われても俺は不思議に思わんぞ」

 

ロアの言葉に、遠藤が大きく目を見開いて驚愕をあらわにする。大方、“錬成師”であるハジメよりも自分たちの方が強いとか、そんな風に思っていたのだろう。まったく、なめられたものだ。

まぁ、ハジメの方はと言えば、

 

「バカ言わないでくれ・・・魔王だなんて、そこまで弱くないつもりだぞ?」

「ふっ、魔王を雑魚扱いか?随分な大言を吐くやつだ」

 

ハジメの大言壮語に、ロアはあきれる。

だが、次には表情を引き締めて俺たちに話しかける。

 

「・・・だが、それが本当なら、俺からの、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて欲しい」

「・・・勇者たちの救出だろ?」

 

俺の確認に、遠藤が救出という言葉をに反応してハッと我を取り戻す。

そして、身を乗り出しながら、俺たちに捲し立てた。

 

「そ、そうだ!南雲!峯坂!一緒に助けに行こう!お前たちがそんなに強いなら、きっとみんな助けられる!」

「・・・」

「・・・」

 

遠藤は見えてきた希望に瞳を輝かせるが、それに反応せずに天之河たちを助けた場合のデメリットについて考える。

正直、天之河個人に関して言えば、助けたときのデメリットの方が多い気はするし、死んでクラスメイトたちの士気が下がったところで、そこまで大きな問題はないが・・・

 

「どうしたんだよ!今、こうしている間にもアイツ等は死にかけているかもしれないんだぞ!何を迷ってんだよ!仲間だろ!?」

「・・・仲間?」

「・・・お前、何を言ってるんだ?」

 

だが、遠藤の言葉に思考を中断する。

こいつは、今さら何を言ってるんだ?

 

「あ、ああ、仲間だろ!なら、助けに行くのはとうぜ・・・」

「勝手に、お前らの仲間にするな。はっきり言うが、俺がお前らにもっている認識はただの“同郷”の人間程度であって、それ以上でもそれ以下でもない。他人と何ら変わらない」

「なっ、何を言って・・・」

「そもそも、自分より弱いときは“役立たず”だ“足手まとい”だなんだと言っておいて、強くなって戻ったら“仲間”だなんて、ふざけたことを言うな。そんな都合のいい時だけ“仲間”呼びされると反吐がでる」

「そ、そんな・・・」

 

ハジメの冷酷な言葉と俺の正論を混ぜた罵倒に遠藤は呆然とするが、気にも留めずに思考を再開する。

こういう時に切り捨てたら、愛ちゃん先生の言う“寂しい生き方”になってしまうのだろうが、俺にとっては関係ない。

俺にとって大切な存在をとるか、周りの見知らぬ人間をとるか。大を助けるために小を切り捨てるか、すべてを失う可能性があってもすべてを守るか。

どちらを選ぶかなど、すでに答えは決まっている。

だが、そこでふとあの日のことを思い出した。

国王と教皇に喧嘩を売って王都を出て行くことになったとき、俺は八重樫と「必ず生きて戻ってくる」と約束した。あの時の約束を、俺はまだ果たせていない。

すると、ハジメの方が先に遠藤に問いかけた。

 

「白崎は・・・彼女はまだ、無事だったか?」

 

おそらく、宿の部屋に白崎が来た時のことを思い出したのだろう。

ハジメの問い掛けに、遠藤は狼狽しながらも答える。

 

「あ、ああ。白崎さんは無事だ。っていうか、彼女がいなきゃ俺達が無事じゃなかった。最初の襲撃で重吾も八重樫さんも死んでたと思うし・・・白崎さん、マジですげぇんだ。回復魔法がとんでもないっていうか・・・あの日、お前が落ちたあの日から、何ていうか鬼気迫るっていうのかな?こっちが止めたくなるくらい訓練に打ち込んでいて・・・雰囲気も少し変わったかな?ちょっと大人っぽくなったっていうか、いつも何か考えてるみたいで、ぽわぽわした雰囲気がなくなったっていうか・・・それに、一緒にいる八重樫さんも、なんだか日に日に焦っていく感じで、どこか余裕がなくなっていて・・・」

「・・・そうか」

 

遠藤の言葉に、ハジメが小さく呟く。

特に聞いていないのだが、白崎と一緒にいるということで八重樫の話もポロっとでてきた。

・・・どうやら、俺が思っていた以上に俺のことで心配をかけてしまったようだ。

 

「ツルギ」

 

そんなことを考えていると、隣にいるティアが声をかけてきた。

 

「なんだ?」

「ツルギは、ツルギのやりたいようにやって」

 

どうやら、俺の考えていたことはティアには見抜かれていたらしい。

今まで八重樫のことを思い出しているとムスッとしていたくせに、こういう時は俺の気持ちを汲んでくれる。

イズモも、俺の意見を尊重するようで黙って俺を見つめている。

 

「・・・ハジメのしたいように。私は、どこでも付いて行く」

「・・・ユエ」

「わ、私も!どこまでも付いて行きますよ!ハジメさん!」

「ふむ、妾ももちろんついて行くぞ。ご主人様」

「ふぇ、えっと、えっと、ミュウもなの!」

 

ハジメたちの方も、ハジメの意志を尊重することになったようだ。

俺とハジメは目を見合わせ、頷く。俺たちがどうするか、決まった。

 

「ありがとな、お前ら」

「正直、神に選ばれた勇者になんて会いたくないし、お前たちに関わらせたくはないんだが・・・俺もハジメも、義理を果たしたい相手がいるんだ。だから、ちょいと助けに行こうと思う」

「まぁ、あいつらの事だから、案外、自分達で何とかしそうな気もするがな」

 

俺たちとしては、いろんな意味であのバカ勇者に会いに行きたくはない。

それでも、義理と約束を果たすために行くことを決めた。

 

「え、えっと、結局、一緒に行ってくれるんだよな?」

「ああ。ロア支部長、一応、このことは対外的には依頼という事にしておいてくれ」

「上の連中に無条件で助けてくれると思われたくないからだな?」

「そうだ。それともう1つ。帰ってくるまでミュウのために部屋貸しといてくれ」

「ああ、それくらい構わねぇよ」

「助かる。じゃあ、ティオとイズモはミュウの子守りに残ってくれ」

「うむ、わかった」

「ミュウは妾たちに任せて、思う存分に行っとくれ」

 

結局、俺たちが助けに行くということが決まったのがわかって、遠藤は安堵のため息をつく。

・・・答えはなんとなく分かっているが、一応聞いておくか。

 

「遠藤、1ついいか?」

「な、なんだ?」

「天之河の様子はどうだ?例えば、なにか思い詰めるようなことはなかったか?」

「え?いや、別にそんなことはないけど。俺がこの世界の人たちを救うんだって、いつもやる気になっているし」

「・・・ちっ、そうか」

 

やっぱり、あのバカ勇者は自分たちが“人殺し”をするということにまったく気づいていないらしい。

一応、メルドさんにはこのことを示唆しておいたはずだが、何をやっているのか。

それに、これは憶測でしかないが、少なくとも八重樫はこのことに気付いているだろう。曲がりなりにも武芸を習っていたんだ。あの中では最も武器が人を傷つけるものだということを理解しているだろう。結局あのバカ勇者は、八重樫一人に重荷を背負わせているということか。

とりあえず、いくつかのフォローは考えておくか。

 

「さて、それじゃあさっさと行くか。イズモもついているとはいえ、変態のところにミュウを長い時間一緒にさせるのも不安だしな」

「おら、わかったらさっさと案内しやがれ、遠藤」

「うわっ、ケツを蹴るなよ!っていうかお前、いろいろ変わりすぎだろ!」

「やかましい。サクッと行って、1日・・・いや半日で終わらせるぞ。早くミュウのところに戻らなきゃいけないからな」

「・・・お前、本当に父親やってんのな・・・美少女ハーレムまで作ってるし・・・一体、何がどうなったら、あの南雲がこんなのになるんだよ・・・」

 

まぁ、もっと言えば、白崎は日本にいたころからハジメのことが好きだったわけだが、それは今言うことじゃないか。

そんなこんなで、俺たちは勇者一行のいる迷宮深層へと向かった。

ちなみに、このときの移動で遠藤のスピードをぶっち切り、敏捷の自信を粉々にしたが、そんなことは知ったことじゃない。

 

 

* * *

 

 

どうしてこんなことになってしまったのか。

雫は、そんなことを考えていた。

事の発端は、オルクス大迷宮遠征が90階層に差し掛かったときのことだ。

いつものように、順調に迷宮攻略を進めていたが、そこで魔人族の女に会った。

その魔人族の女が、「あんたら、魔人族側に来ないかい?」と勧誘してきたのだ。

もちろん、その誘いは光輝が力強く断った。

そこで、魔人族の女が使役する魔物におそわれたのだ。

最初は、ただの魔物なら自分たちに敵うはずがないと思っていた。

だが、実際は魔人族の女が使役する透明になるキメラや回復魔法を使う鴉などといった強力な魔物に蹂躙され、光輝の限界突破でも倒しきることができなかった。

そこで鈴、斎藤、近藤、野村が重傷を負い、敗走することになった。

その後、90階層の1つ上である89階層に避難し、遠藤をメルドたちのいる70階層に送り、今の状況を伝えさせた。

だが、即席で作った隠れ家で体力回復に努めていたところで、魔人族に襲撃された。それも、気絶したメルドと言う人質を用意してまで。

さらに、新たに現れたアハトドと呼ばれた馬頭の魔物によって限界突破を用いた光輝を吹き飛ばした。

それによって一部の者たちは戦意を失ってしまい、魔人族の勧誘に乗ろうとする雰囲気もでてきた。

だが、それも意識を取り戻した光輝とメルドによって押しとどめられる。

そこで、メルドが“最後の忠誠”というアーティファクトで魔人族の女を道ずれにしようとするが、それも6本足の亀の魔物によって無効化され、メルドは瀕死の重傷を負ってしまう。

それに激昂した光輝が限界突破の最終派生“覇潰”に目覚め、アハトドを逆に吹き飛ばして魔人族の女に向かって聖剣を振りかぶった。

だが、

 

「ごめん・・・先に逝く・・・愛してるよ、ミハイル・・・」

 

愛しそうな表情で、手に持つロケットペンダンを見つめながら、そんな呟きを漏らす魔人族の女に、光輝は思わず聖剣を止めてしまった。

魔人族の女は最初は聖剣が振り下ろされないことを訝しんだが、光輝の表情を見てすぐにその理由を察し、侮蔑の視線を向ける。

 

「・・・呆れたね・・・まさか、今になってようやく気がついたのかい? “人”を殺そうとしていることに」

「ッ!?」

 

そう、光輝にとって、魔人族とはイシュタルに教えられた通り、残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、あるいは魔物が進化した存在くらいの認識だったのだ。実際、魔物と共にあり、魔物を使役していることが、その認識に拍車をかけた。自分たちと同じように、誰かを愛し、誰かに愛され、何かの為に必死に生きている、そんな戦っている“人”だとは思っていなかったのである。あるいは、無意識にそう思わないようにしていたのか。

その認識が、魔人族の女の愛しそう表情で愛する人の名を呼ぶ声により覆された。否応なく、自分が今、手にかけようとした相手が魔物などでなく、紛れもなく自分達と同じ“人”だと気がついてしまった。自分のしようとしていることが“人殺し”であると認識してしまったのだ。

 

「まさか、あたし達を“人”とすら認めていなかったとは・・・随分と傲慢なことだね」

「ち、ちが・・・俺は、知らなくて・・・」

「ハッ、“知ろうとしなかった”の間違いだろ?」

「お、俺は・・・」

「ほら?どうした?所詮は戦いですらなくただの“狩り”なんだろう?目の前に死に体の()()()1()()いるぞ?さっさと狩ったらどうだい?おまえが今までそうしてきたように」

「・・・は、話し合おう・・・は、話せばきっと・・・」

 

光輝が、聖剣を下げてそんな事を言う。そんな光輝に、魔人族の女は心底軽蔑したような目を向けて、返事の代わりに大声で命令を下した。

 

「アハトド!剣士の女を狙え!全隊、攻撃せよ!」

 

衝撃から回復していたアハトドが魔人族の女の命令に従って、猛烈な勢いで雫に迫る。

今いる中で、最も頭が回る人物だと看破してと、勇者を確実に殺すための指示だ。

 

「な、どうして!」

「自覚のない坊ちゃんだ・・・私達は“戦争”をしてるんだよ!未熟な精神に巨大な力、あんたは危険過ぎる!何が何でもここで死んでもらう!ほら、お仲間を助けに行かないと全滅するよ!」

 

魔人族の女が言う通り、雫がアハトドに吹き飛ばされてしまい、とどめを刺されそうになる。

顔を青ざめた光輝が間に入ることで、なんとか雫を守ることができたが、そこで“覇潰”の効果が切れてしまい、無理を重ねた代償として指一本動かすこともできなくなってしまう。

そんな絶体絶命の状況で、雫が魔人族の女を睨む。その目には、明らかに殺意が宿っている。

 

「・・・へぇ。あんたは、殺し合いの自覚があるようだね。むしろ、あんたの方が勇者と呼ばれるにふさわしいんじゃないかい?」

「・・・そんな事どうでもいいわ。光輝に自覚がなかったのは私達の落ち度でもある。そのツケは私が払わせてもらうわ!」

 

もちろん、雫に人殺しの経験はない。祖父や父からも剣術を習う上で、人を傷つけることの“重さ”も叩き込まれている。

しかし、いざ、その時が来てみれば、覚悟など簡単に揺らぎ、自分のしようとしていることのあまりの重さに恐怖して恥も外聞もなくそのまま泣き出してしまいたくなった。それでも、雫は、唇の端を噛み切りながら歯を食いしばって、その恐怖を必死に押さえつけた。

そして、神速の抜刀術で魔人族の女を斬ろうと“無拍子”を発動しようと構えを取った。

が、その瞬間、背筋を悪寒が駆け抜け本能がけたたましく警鐘を鳴らす。咄嗟に、側宙しながらその場を飛び退くと、黒猫の触手がついさっきまで雫のいた場所を貫いていた。

 

「他の魔物に狙わせないとは言ってない。アハトドと他の魔物を相手にしながらあたしが殺せるかい?」

「くっ」

 

魔人族の女は「もちろんあたしも殺るからね」と言いながら、魔法の詠唱を始めた。

雫は“無拍子”による予備動作のない急激な加速と減速を繰り返しながら魔物の波状攻撃を凌ぎつつ、何とか魔人族の女の懐に踏み込む隙を狙うが、その表情は次第に絶望に染まっていく。

なにより苦しいのは、アハトドが雫のスピードについて来ていることだ。その鈍重そうな巨体に反して、しっかり雫を眼で捉えており、隙を衝いて魔人族の女のもとへ飛び込もうとしても、一瞬で雫に並走して衝撃を伴った爆撃のような拳を振るってくるのである。

そして、今の雫には目の前のアハトドの相手をするので手一杯だった。

その結果、

 

バギャァ!!

「あぐぅ!?」

 

不意に横から強い衝撃をくらい。吹き飛ばされてしまう。

雫はとっさに剣と鞘を盾にしようとしたが、その剣と鞘も粉砕されてしまう。

吹き飛ばされた雫がなんとか顔を上げると、そこには絶望が立っていた。

 

「う、うそ、もう1体なんて・・・」

 

そう、アハトドがもう1体、雫の前に立っていたのだ。

 

「別に、アハトドが1体だけだなんて言った覚えはないよ」

 

その魔人族の言葉に、今度こそ雫たちは絶望に突き落とされてしまう。

 

「雫ちゃん!」

 

そこに、雫を呼ぶ声が聞こえた。

声のした方を振り向けば、香織がふらふらとよろめきながらも雫の下へと歩み寄った。

その周囲には、鈴が最後の魔力を振り絞って展開された無数のシールドが道を作っている。鈴は顔を青白くさせながらも、その表情に淡い笑みを浮かべていた。

 

「香織、あなた・・・」

「えへへ、1人はいやだもんね」

 

鈴のシールドにより、香織は、多少の手傷を負いつつも雫の下へたどり着いた。そして、うずくまる雫の体をそっと抱きしめ支える。

 

「か、香織・・・何をして・・・早く、戻って。ここにいちゃダメよ」

「ううん。どこでも同じだよ。それなら、雫ちゃんの傍がいいから」

「・・・ごめんなさい。勝てなかったわ」

「私こそ、これくらいしか出来なくてごめんね。もうほとんど魔力が残ってないの」

 

雫を支えながら眉を八の字にして微笑む香織は、痛みを和らげる魔法を使う。雫も、無事な左手で自分を支える香織の手を握り締めると困ったような微笑みを返した。

そんな2人に、アハトドが立ちふさがって腕を振りかぶる。

鈴のシールドが、いつの間にか接近を妨げるようにアハトドと香織達の間に張られているが、そんな障壁は気にもならないらしい。己の拳が一度振るわれれば、紙くずのように破壊し、その衝撃波だけで香織たちを粉砕できると確信しているのだろう。

死を目前にして、雫はあることを思い出していた。

ツルギとの約束だ。

あの時、自分が「必ず生きて戻って来て」と言ったのに、結局自分が約束を破ることになってしまった。

そのことが、雫にとっての心残りだった。

そして、香織もハジメとの約束を思い出し、それぞれ名前をつぶやく。

 

「・・・ハジメ君」

「・・・ツルギ」

 

その瞬間、

 

ドォゴオオン!!

 

轟音と共に2体のアハトドの頭上にある天井が崩落し、同時に紅い雷を纏った巨大な漆黒の杭と深紅の槍が凄絶な威力を以て飛び出した。

スパークする漆黒の杭は、そのまま眼下のアハトドをまるで豆腐のように貫きひしゃげさせ、深紅の槍はもう1体のアハトドの脳天を貫くよりも早く、槍が纏う電撃によってアハトドの体を蒸発させてしまった。全長120㎝ほどの巨杭と全長2mほどの槍がそのほとんどを地面に埋もれさせ、それを中心に血肉を撒き散らして原型を留めていないほど破壊され尽くした2体のアハトドの残骸に、眼前にいた香織と雫はもちろんのこと、光輝たちや彼等を襲っていた魔物たち、そして魔人族の女までもが硬直する。

戦場には似つかわしくない静寂が辺りを支配し、誰もが訳も分からず呆然と立ち尽くしていると、崩落した天井から2つの人影が飛び降りてきた。その2人の人物は、香織たちに背を向ける形でスタッと軽やかにアハトドの残骸を踏みつけながら降り立つと、周囲を睥睨する。

そして、肩越しに振り返り背後で寄り添い合う香織と雫を見やった。

 

「・・・相変わらず、仲がいいな、お前ら」

「仲良しなのはいいことだろ。なんにせよ、間に合ったみたいだな」

 

苦笑いしながら、そんな事を言う彼らに、考えるよりも早く香織の心が歓喜で満たされていく。

そして、雫もその声に「まさか・・・」と思いをはせる。

その2人は、最後に会ったときと比べても違うところが多すぎる。

だが、彼らは、香織と雫が探し求めていた人物だった。

 

「ハジメくん!」

「峯坂君、なの・・・?」




「それじゃあ、ミュウを頼んだぞ」
「うむ、わかった、ツルギ殿」
「ミュウは妾たちに任せよ」
「あぁ、ミュウも・・・」
「うむ、ちゃんと妾たちの言うことを・・・」
「ティオのことを頼んだぞ」
「あれ?むしろ妾がツルギ殿に心配されとる感じかの?」

ひそかにミュウをティオの教育係にしようと画策しているツルギの図。


~~~~~~~~~~~


え~とですね、最近になってバイトをすることになりました。
あくまで日雇いのやつなんですが、たぶん今後の更新頻度とクオリティに影響がでるかもしれません。
なので、多少手抜きになってしまうところがあるかもしれませんが、できれば大目に見てもらえると助かります。
最近になって、すごい疲れがたまってきてしまったので。
それでも、こうして執筆するのは楽しいので、やめる気はありませんが。


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俺たちの無双

なんとか、間に合うことができた。

足下には何かの魔物っぽい肉塊が散らばっているが、肉塊なら特に気にすることもないだろう。

 

「ほ、本当に、あの峯坂君、なの?本当に・・・」

 

すると、後ろからそんな声が聞こえてきた。

どうやら、八重樫はずいぶんと混乱しているようだ。

 

「他にどの峯坂君がいるのかはわからないが、必ず生きて戻ってくると約束した峯坂ツルギなら、たしかに俺だ」

「ほ、本当に、生きて。え?ということは、隣にいるのが南雲君?えっ、なに?どういうこと?」

 

一応、俺が生きているということは認識できたようだが、今度はハジメが生きていることにうろたえてしまっているようだ。

 

「いや、落ち着けよ八重樫。お前の売りは冷静沈着さだろ?」

「いやいや、ハジメ、この状況で冷静にいられる奴も少ないと思うぞ」

 

ハジメは苦笑しながらそんなことを言うが、死にそうになったと思ったら上から変わり果てた知り合いが落ちてくるのだ。俺でも、混乱しそうな気がする。

そこで、ふと真上から誰かが落ちてくる気配を感じ取って、上を見上げる。

俺の真上からティアが落ちてきたので、お姫様抱っこで受け止め、優しく地面に下ろす。ハジメも、俺と同じようにしてユエとシアを受け止めた。

 

「な、南雲ぉ!峯坂ぁ!おまっ!余波でぶっ飛ばされただろ!ていうか今の何だよ! いきなり迷宮の地面ぶち抜くとか・・・って、ぬおっ!?」

 

最後に、遠藤が文句を言いながら、途中で魔物の群れに気づいて変な悲鳴を上げながら落ちてきた。

そして、近くで倒れているクラスメイト・・・たしか、永山と野村だったか、その2人に助けを呼んできたと駆け寄っていく。

 

「っし、ユエはあっちで固まっている奴らのお守りを頼む。シアは、向こうで倒れている騎士甲冑の男の容態を見てやってくれ。必要なら神水を使っても構わない。ティアは、こっちの2人を頼む」

「・・・ん、任せて」

「了解ですぅ!」

「・・・わかったわ」

 

ユエとシアは快く引き受けてくれたが、ティアだけどこか不服そうだ。

どうやら、俺の会話の内容から誰が八重樫なのかわかったようだ。

・・・人選ミスったかな。まぁ、さすがに変なことはしないだろうけど。

 

「は、ハジメくん・・・」

「峯坂君・・・」

 

後ろから、白崎と八重樫が心配そうに声をかけてくる。

おそらく、助けに来てくれたのはうれしいが、やっぱり逃げてほしい、といったところか。

 

「なに、心配するな」

「大丈夫だから、そこにいろ」

 

俺とハジメで2人にそう言いながら、ハジメはクロスビットを、俺はブリーシンガメンの八咫烏をそれぞれ3つほどだし、八重樫と白崎を守るように展開させた。

さて、今度はこっちの魔人族の女だ。

一応だが、確認をしておくか。

 

「おい、そこの赤毛の女。今すぐ去るなら追いはしない。死にたくなければ、さっさと消えろ」

「・・・なんだって?」

「死にたくなかったら、さっさとどっか行けって言ってるんだ。戦場での判断は迅速が基本だ。決めるなら早くしろよ」

 

このハジメと俺の言葉は、ハジメはまだこの魔人族の女が俺たちの()ではないが故の、俺は曲がりなりにもティアと同じ魔人族であるが故の、俺たちなりの慈悲の言葉だ。

だが、魔人族の女は、これを挑発と受け取ったらしい。

表情を消して「やれ」と魔物の群れに命令した。

 

「ハジメくん!」

「峯坂君!」

 

後ろから白崎と八重樫が俺たちに警告を放つが、問題はない。

 

ズパパンッ!!

ガシッ!!

 

「なるほど、これが答えか」

「つまり、敵ってことでいいんだな?」

 

ハジメが左手の義手で何もない空間、いや、揺れ動いている空間をつかみ上げ、俺が右から迫ってきた、同じく揺れ動く空間を白黒の双剣で斬り伏せたのは、ほとんど同時だった。

俺が斬り伏せたところから、キメラのような魔物が肉塊となって現れる。

 

「おいおい。何だ、この半端な固有魔法は?大道芸か?」

「だとしたら、三流もいいところだな」

 

そう言いながら、俺は剣製魔法でマスケット銃を生成し、一見何もないところに放つ。

すると、なにもない空間から頭部を撃ちぬかれた迷彩のキメラと心臓を撃ちぬかれたブルタールモドキが現れ、すぐに崩れ落ちた。

 

「な、なんでわかったのさ・・・」

 

俺とハジメがこの迷彩の魔物に気づいたのは、なんてことはない。ただ単に迷彩のレベルが俺たちからすれば幼稚もいいところだからだ。

気配を消すための迷彩なのに、動いたら空間が揺れるなど、迷彩の意味がない。

仮にジッと身を潜めていたにしても、風の流れや熱源、魔力の流れなど、隠せていないものがあまりに多すぎる。

この程度の魔物しかいないのなら、なにも問題はない。

俺とハジメは戦場、いや、処刑場へと足を踏み入れた。

これから始まるのは、ただの一方的な処刑だ。

 

 

* * *

 

 

ハジメとツルギが一歩踏み出すと、魔人族の女からの命令を受けた魔物たちは忠実にその命令をこなそうとハジメとツルギに襲い掛かる。

数体の黒猫がツルギとハジメの後ろに回り込んで触手を伸ばそうとするが、ハジメは自分に触手を向けてきた黒猫を後ろを見ずにドンナーで撃ち抜き、ツルギは後ろを見ずにふらりふらりと動きながら、襲い掛かる触手のすべてを避ける。

触手の連撃に手も足も出ていないと判断したのか四ツ目狼がツルギに襲い掛かるが、ツルギは特に慌てることもなく触手を斬り裂き、襲い掛かってきた四ツ目狼をギリギリまでひきつけて双剣で首を斬り落とす。かと思えば、今度は黒猫の近くに自然な動きで近づき、ツルギを認識させないまま真っ二つにした。

そうしている間にも、周りから他の黒猫や四ツ目狼、キメラがツルギとハジメを分断して襲い掛かるが、ツルギは特に焦ることもなく、ふらりふらりと躱しながら、そのすべてを斬り裂いていく。

そして不思議なことに、ツルギはべつに目に見えないほどの速度で動いているわけでもない。その動きは、チートな能力を持っているクラスメイトはもちろん、魔人族の女でも十分に捉えられる、否、むしろ遅いと言えるくらいにゆったりとした動きだ。

だが、目で追えるのに、攻撃すれば当たりそうなほどに遅いのに、攻撃のすべてが当たらず、尽くを斬り裂かれる。あと少しで当てることができるとムキになっている魔物ほど、ツルギのふるう双剣の餌食になる。

黒猫が触手を伸ばして攻撃しても、そのすべてが躱されるか斬り落とされ、ふらりふらりと近づかれて斬り伏せられる。四ツ目狼が隙を突いて攻撃しても、紙一重で躱されて逆に斬り伏せられる。キメラが後ろから近付いて攻撃しても、これも振り向きもせずに躱されて斬り伏せられる。

ツルギは、攻撃のすべてを見切っているのだ。そして、見切ったうえで、素早く動く必要がないと断じている。

ツルギの動きには、型も技もない。雫の八重樫流やメルドの王国騎士の剣術のように連綿と受け継がれた洗練された動きでなければ、ハジメのように合理的な動きでもない。

それでも、ツルギの剣術には確かに“美”が宿っていた。その動きは、まるで舞を舞っているかのようにも見えた。

それは、1つの“極み”だった。

ツルギが、自身の持つ才能を極限にまで磨き上げた末に完成した、1つの到達点だった。

このことは、八重樫流という剣術を習った雫が最も理解し、そして誰よりもツルギの剣術に見入っていた。

自分も、祖父から剣術の才能を見出され、八重樫流を学んだ身だ。もちろん、自分の剣に少なからず誇りを持っている。

だが、ツルギのそれは自身のものと根本的に違う。

言ってしまえば、何にも縛られない“自由な”剣だった。

そして、ツルギの動きを見て、これを見るのは初めてでないことを思い出した。

トータスに来てからではない。日本でも、この剣術を見たことがあった。

あれは、小学生の時のある日、大人の男が1人の男の子を連れて八重樫流に道場破りに来たときのことだ。道場破りと言っても、あくまで自分の教え子の自慢に来ただけのようだったが。

そこで、当時八重樫流の技術を吸収して成長著しかった光輝と試合をすることになったのだ。

結果は、光輝の完敗。光輝はその男の子に1度も掠らせることもできずに、一方的に敗れたのだ。

その時の雫は、父親から来ないようにと釘を刺されていたが、興味が勝ってこっそりとその試合を見た。そして、その剣技に見惚れたのだ。それは、雫が初めて剣術をきれいだと感じた瞬間でもあった。

あれを見て、雫はよりいっそう鍛錬に励むようになった。いつか自分も、あのような剣を振るえるようにと。結局、試合をのぞき見したことがばれてしまって父に怒られたが。

残念ながら、その時の男の子の名前を知ることはできなかったが、その剣技は今も脳裏に焼き付いていた。

最初にオルクス大迷宮に潜る前に雫とツルギは手合わせをしたが、その時は武器が違うこともあって気づかなかった。

だが、今、目の前の剣技を見て確信した。

ツルギは、あの時に自分が見惚れた男の子であると。

そんな雫をティアはジト目で見ていたのだが、それすらも気づいていない様子だ。こっそりとため息をついたティアは、引き続き治療を続ける。

そうこうしている間にも、ハジメはアブソドと呼ばれた6本足の亀の魔物と白鴉の魔物をドンナーで撃ち抜き、ツルギも他の魔物を屠り続ける。

この状況に、魔人族の女はもちろん、光輝たちも動揺を隠せない。

彼らからすれば、見ず知らずの人物がいきなり現れ、自分たちが手も足も出なかった魔物を歯牙にもかけずに駆逐している光景が信じられなかった。

 

「何なんだ・・・彼らはいったい、何者なんだ!?」

 

光輝の呟きに、遠藤が乾いた笑みを浮かべながら答える。

 

「ははは・・・信じられないだろうけど、あいつらは南雲と峯坂だよ」

「「「「「は?」」」」」

 

遠藤の言葉に、その場にいる全員が間の抜けた声を出す。その顔には、ありありと「頭大丈夫か、こいつ?」と浮かんでいる。

 

「だから、南雲ハジメと峯坂ツルギだよ。あの日、奈落に落ちた南雲と、南雲を探しに行った峯坂だよ。南雲のやつは迷宮の底から自力で這い上がって、峯坂も1人で100階層まで潜ってまた地上に戻ったらしいし。ここに来るまでも、迷宮の魔物が完全に雑魚扱いだった。マジ有り得ねぇ!って俺も思うけど・・・事実だよ」

「南雲と峯坂って、え?2人が生きていたのか?!」

 

光輝が驚愕の声を漏らし、他の者たちも再び視線をハジメとツルギに戻し、「・・・峯坂はともかく、あっちはどこをどう見たら南雲なんだ?」と首をかしげている。

そうしている間に、魔人族の女は周りの動けない人間に狙いを変えて魔物を襲わせたが、それぞれユエが火・重力複合魔法“蒼龍”で、シアがドリュッケンで魔物を歯牙にもかけずに吹き飛ばした。

魔人族の女は内心で「化け物ばかりかっ」とののしりながらも、今度は治療に専念しているティアのところに魔物を向かわせた。

 

「っ、こっちに来た!」

「あなた!危ないわよ!」

「大丈夫よ」

 

これに香織と雫がティアに警告を発するが、ティアは気にも留めずに回復魔法による治療を続ける。

もうすぐ飛び掛からんとする魔物を目の前にして雫が思わず構えようとすると、そこにクロスビットと八咫烏が割り込み、クロスビットが銃弾で、八咫烏が光弾で魔物を吹き飛ばした。

香織と雫は目をぱちくりさせると、少し間をおいてからその正体を理解した。

 

「す、すごい・・・ハジメくんってファ○ネル使いだったんだ」

「峯坂君も、いつの間にF〇teの魔術師になったのよ」

「ふぁんね、え、ふぇい・・・?」

 

そのツッコミはクロスビットと八咫烏を通してハジメとツルギに伝わっており、ハジメはどこでその知識を得たのかとツッコミそうになりながらも何とか抑え込み、ツルギはその理由に思い当たって苦笑いする。ティアはと言えば、まったく知らない単語に疑問符を浮かべる。治療の手は緩めないが。

だが、魔人族の女にとっては笑い事ではない。

 

「ホントに・・・なんなのさ」

 

魔人族の女は、力なく呟く。

何をしようとしても、そのどれもが圧倒的な力にねじ伏せられる。魔物の数も、今や数えるほどしか残っていない。

魔人族の女は、最後の望みと言わんばかりにツルギたちに石化の魔法である“落牢”を放ち、結果を確認する前に全力で4つある出入り口の1つに向かった。

ツルギとハジメもそれを認識したが、ツルギはハジメを置いて即座に離脱し、ハジメは気にも留めずに魔物の殲滅を続ける。

ハジメは石化の煙に包まれてしまい、ツルギの跳んだ位置も魔人族の女が向かったのとは反対のため、魔人族の女は逃げ切れると確信した。

だが、

 

「はは・・・すでに詰みだったわけだ」

 

出入り口の前には、すでにクロスビットと八咫烏が待機していた。

魔人族の女は、思わず乾いた笑みを浮かべる。

 

「正解」

「その通り」

 

すると、後ろから声が聞こえてきた。

そこには、石化の煙を魔力放射で脇へと押し流しながら悠々と歩くハジメと、マスケット銃を数丁展開させて歩いてくるツルギの姿があった。

 

 

* * *

 

 

とりあえず、魔物の群れはあらかた片付けた。

後は、今しがた逃げようとした目の前の魔人族の女だけだ。

 

「・・・この化け物共め。上級魔法が意味をなさないなんて、あんたら、本当に人間?」

「実は、自分でも結構疑わしいんだ。だが、化け物というのも存外悪くないもんだぞ?」

「ていうか、俺までハジメの同類にされたくはないんだが・・・」

 

最後に魔人族の女が放った“落牢”、あれは正直肝が冷えた。ハジメが危ないから、ではなく、俺が危なかったから。

俺もこの世界の基準と比べれば魔耐のステータスはずば抜けて高いが、さすがに上級以上の魔法を素で受けて完全に無効化できる自信はない。それを言えば、ハジメのステータス値が高すぎるだけなのだが。

 

「さて、普通なら、こういうときは“何か言い遺すことは?”と聞くんだろうけどな、悪いけど俺たちは聞くつもりはない。どうしてここに魔人族がいるのか、きっちり話してもらうぞ」

「あたしが話すと思うのかい?人間族の有利になるかもしれないのに?バカにされたもんだね」

 

俺の言葉に魔人族の女が嘲笑を浮かべながらそんなことを言ってくるが、見当違いもいいところだ。

俺は、黙ってマスケット銃で魔人族の女の両足を撃ちぬく。

 

「あがぁあ!!」

「勘違いするなよ。別に、人間族のどうのこうのなんて関係ない。俺たちが知りたいから聞いているんだ。だから、さっさと答えろ」

 

魔人族の女は痛みに耐えながら俺を睨んでくる。

後ろから息を呑むような気配を感じたが、特に気にすることでもない。

それに、魔人族の女は黙っているが、だいたいの事情は理解できているんだけどな。

 

「まぁ、だいたいのことはわかってるんだけどな。大方、お前がここに来たのは、()()()()()()の攻略だろ?」

 

俺の言葉に魔人族の女の耳がピクリと動くが、それに構わず俺はしゃべり続ける。

 

「魔人族の変化は、氷雪洞窟の攻略によって神代魔法である変成魔法を手に入れた人物が現れたこと。この魔物たちは、変成魔法によって生み出された、あるいは強化されたもの。今回来たのは、勇者の勧誘又は排除と並行して、大迷宮を攻略することで新たな神代魔法を手に入れるため、ってところか」

「・・・どうして・・・まさか」

 

愕然とした魔人族の女が、不意にティアの方を向く。そして、その正体をすぐに看破したらしい。

 

「まさか、あのお方の娘が・・・どうして・・・」

 

魔人族のつぶやきに、今度はクラスメイト、特に天之河が反応する。

だが、魔人族の女はそんなことは気にもせずにティアに叫ぶ。

 

「ティア様!なぜ、人間族と行動を共にしているのですか!なぜ、魔人族を裏切ったのですか!」

「・・・それが、今の私の為すべきことだから」

 

そして、魔人族の女は、ティアのつぶやきのような返答を聞いて、がくりとうなだれる。

 

「ま、それだけってわけでもないがな」

「・・・なるほど、お前たちも、あの方たちと同じ、というわけか。なら、その化け物じみた強さも頷ける・・・」

「あの方たち、ね。まだ他にも攻略者がいるのか。で?どうする?」

「もう、いいだろ?ひと思いに殺りなよ。あたしは、捕虜になるつもりはないからね・・・」

 

そういう魔人族の女の表情には、どんな手を使ってでも自殺してやると物語っていた。同時に、できることなら、戦いの中で死にたいとも。

俺としても、聞くべきことは聞いたし、最低限の敬意は示すべきだろう。

俺は、マスケット銃を構えて殺意を込める。

魔人族の女は、腹いせと言わんばかりに言葉をぶつける。

 

「いつか、あたしの恋人があんたらを殺すよ」

「殺せるものなら殺してみろ。この世界の神に踊らされる程度のやつじゃあ、俺たちには届かない」

 

そう言って俺は、銃口を魔人族の女に向けて引き金に指をかける。

そして、いよいよ引き金を引くとなったところで、大声で制止が入った。

 

「待て!待つんだ、峯坂!彼女はもう戦えないんだぞ!殺す必要はないだろ!」

 

・・・何を言ってるんだ、あいつは?

胡乱気に後ろを振り返ると、天之河がフラフラしながらも少し回復したようで、何とか立ち上がると、更に声を張り上げた。

 

「捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ。俺は勇者だ。峯坂も南雲も仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」

 

・・・論点ずらしに、勝手な仲間扱いに、ツッコミどころを挙げればキリがない。

あのバカの言葉は、聞く価値もない。

念のため、チラリと魔人族の女の方を見るが、先ほどと変わらない視線を向けるだけだ。

俺はあのバカ勇者の言葉を切り捨て、無言で引き金を引いた。

 

ダンッ!!

 

放たれた銃弾は、狙いたがわずに魔人族の女の額を貫通し、絶命させた。

ハジメ辺りは特に反応することはなかったが、ティアの表情がわずかに曇っている。やはり、それなりにショックだったようだ。

そして、クラスメイトたちからは、困惑したような、恐れているような視線を向けてくる。

 

「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか・・・」

 

そんな中、天之河の押し殺したような声が響くが、特に気にせずに俺はティアの下へと向かった。




「・・・(ぼ~っ)」
「・・・(じ~っ)」
「・・・(そわそわ)」

さて、それぞれどれが雫、香織、ティアでしょーか?


~~~~~~~~~~~


今回は手抜き間話です。
「いいネタがない。でも何か書かないと」ってなった結果です。
質問形式ですが、それぞれ好きなように想像していただければと思います。
さて、ようやくここまできました。
感想でも期待している声がそれなりにあったので、期待に沿えたかはわかりませんが、一生懸命書きました。
それと、前回は原作沿いのセリフが多すぎたので(特に後半)、今回は抑え気味にしました。
さすがにあれ以上は、再び運営に注意されてしまうかもしれないので。
時間があれば、もしかしたら大幅に書き直すかもしれませんね。


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無責任の代償

魔人族の女を殺した後、ハジメをシアのところに向かわせて、俺はティアの下へと向かった。

いくら覚悟していたとはいえ、目の前で同族が、それも俺が殺したのだ。考えるまでもなく、少なくないショックを受けているだろう。

 

「ティア、大丈夫か?」

「ツルギ・・・ちょっといいかしら」

 

そう言うと、ティアは俺の胸に顔をうずめた。

 

「しばらく、こうさせて・・・」

「・・・あぁ、わかった」

 

俺はティアの頭を撫でながら慰める。

少しの間そうしていると、俺たちのところにハジメたちがやってきた。

 

「シア、メルドさんの容態はどうだった?」

「危なかったです。あと少し遅ければ助かりませんでした。・・・指示通り“神水”を使っておきましたけど・・・良かったのですか?」

「あぁ、この人にはいろいろと世話になったし、実力、人格ともに亡くすには惜しい人だ。それに、勇者パーティーの教育係に変なのがついても困るしな。まぁ、ちゃんと教育しきれていないようだが」

 

ちなみに、俺の言う“変なの”は、エヒト狂信者の幹部たちのことだ。メルドさんは、俺の忠告を真剣に聞き入れるくらいには正気を保っている。この人なら、いろんな意味で信頼できる。

そうして話している内にティアはなんとか立ち直ったようで、いったん俺から離れる。

 

「ありがとう、ツルギ。もう大丈夫よ」

「そうか。でも、無理はするなよ」

「えぇ、わかっているわ」

 

どうやら、完全ではないようだが、なんとかなったようだ。

そこに、天之河たちが俺たちのところにやってきた。

 

「おい、峯坂。なぜ、彼女を・・・」

「ハジメくん・・・いろいろ聞きたい事はあるんだけど、取り敢えずメルドさんはどうなったの?見た感じ、傷が塞がっているみたいだし、呼吸も安定してる。致命傷だったはずなのに・・・」

 

天之河がなにやら俺たちに問い詰めようとしたが、白崎がそれをぶった切ってハジメに問いかける。

ていうか、何気に呼び方が“南雲くん”から“ハジメくん”に変わってるんだが。ようやく、自分の気持ちを自覚できたのか。

 

「ああ、それな・・・ちょっと特別な薬を使ったんだよ。飲めば瀕死でも一瞬で完全治癒するって代物だ」

「そ、そんな薬、聞いたことないよ?」

「そりゃ、伝説になってるくらいだしな・・・」

 

一応、俺とハジメで神結晶と神水を作る試みは何度も行っているのだが、今のところはせいぜい劣化版の神結晶を作るのがやっとで、神水はもってのほかだ。

それにハジメの話だと、神水の出なくなった神結晶に魔力を込めても神水は出なかったという話だし、量産はできそうにない、というのが俺とハジメの見解だ。

 

「おい、南雲、メルドさんの事は礼を言うが、なぜ、かの・・・」

「ハジメくん。メルドさんを助けてくれてありがとう。私達のことも・・・助けてくれてありがとう」

 

そこで天之河がまた口を開こうとするが、再び白崎によって遮られてしまう。

ていうか、さっきもそうだったけど、白崎、俺のことをちょいちょい忘れてるよな。一応、俺もメルドさんを助けた一人のはずなんだが。

 

「ハジメぐん・・・生きででくれで、ぐすっ、ありがどうっ。あの時、守れなぐて・・・ひっく・・・ゴメンねっ・・・ぐすっ」

 

だが、ハジメの胸にしがみついて泣き始めたのを見て、言葉を引っ込めてため息をつくにとどめる。さすがに、ここで水を差すような真似はしない。

それよりも、俺の方もやるべきことをしなきゃな。

俺は、八重樫の方に向き直る。

見てみれば、八重樫の目じりにはうっすらと涙が溜まっているのが見える。

 

「あ~、八重樫?」

「・・・なに?」

「その、なんだ、約束を守るのが遅くなって悪かったな。見ての通り、俺は無事だからな。今回助けたことと合わせて帳消しってことにしてくれないか?」

「・・・そうね、今回助けてくれたことには感謝するわ。けど・・・」

 

そう言いながら八重樫は俺に近づき、俺の額に強めのデコピンをした。

別に俺なら避けることはできるが、これは罰なのだからと、甘んじて受け入れた。

 

「それとこれとは話が別よ。だから、これで勘弁してあげる」

「へいへい・・・」

 

とりあえず、八重樫に許してもらえたし、約束も果たすことができたと考えていいだろう。

ただ、後ろからすさまじい視線を感じる。

そう、ティアだ。俺の方からティアは見えないし、八重樫も死角になっていてよくは見えていないのだろうが、ティアがすごいジト目を向けているのがわかる。

一応、ねちねちとしたものは感じられないのが、唯一の救いか。

 

「・・・ふぅ、香織と雫は本当に優しいな。クラスメイトが生きていた事を泣いて喜ぶなんて・・・でも、峯坂は無抵抗の人を殺したんだ。人殺しを止めようとしなかった南雲共々、話し合う必要がある。もうそれくらいにして、彼らから離れた方がいい」

 

そこに、天之河が無理やりハジメと白崎の間に割り込んで引きはがそうとし、俺をにらみつけてくる。

こいつ、本当に空気が読めないというか、そういうところでバカだな。クラスメイトからも「お前、空気読めよ!」みたいな視線を向けられているのに、それにまったく気づいていないようだ。

 

「ちょっと、光輝!南雲君と峯坂君は、私達を助けてくれたのよ?そんな言い方はないでしょう?」

「だが、雫。彼女は既に戦意を喪失していたんだ。殺す必要はなかった。峯坂がしたことは許されることじゃないし、止めなかった南雲にも問題がある」

「あのね、光輝、いい加減にしなさいよ?大体・・・」

 

なおも食い下がろうとする天之河を八重樫が目を吊り上げて反論する。

クラスメイトたちはオロオロするばかりだったが、檜山たちが天之河の方に加勢して俺たちを批判し始めた。

やれ、人殺しは悪いだの、やれ、魔人族と一緒にいるから信用できないだの、好き勝手言ってくる。

ていうか、人殺しに関しては檜山も人のこと言えないだろう。結果的に未遂に終わったとはいえ、まず間違いなくハジメを手にかけようとしたわけだからな。

そんなこんなで、俺たちに関する議論が次第に白熱していく。

こういうときは誰かが静めてほしいのだが、八重樫は議論をしている中の1人だし、白崎は何やら難しい顔で何かを考えている。

 

「・・・くだらない連中。もう行こう?」

 

そんな中で、ユエが絶対零度の声音で呟く。

それはあくまで小さな呟きだったが、天之河たちの喧騒の中でも明瞭に響いた。天之河たちも、思わず言い合いをやめた。

ユエの意見にハジメも賛同し、俺もティアを連れてその場を離れようとしたが、再び天之河が呼び止めた。

 

「待ってくれ。こっちの話は終わっていない。南雲と峯坂の本音を聞かないと仲間として認められない。それに、君は誰なんだ?助けてくれた事には感謝するけど、初対面の相手にくだらないんて・・・失礼だろ?一体、何がくだらないって言うんだい?」

「お前の言ってることほぼ全部だろ」

 

天之河の言葉を、俺がぶった切る。

さすがに、ここまでふざけたことを言われるのは俺にも我慢ができない。

 

「峯坂、全部がくだらないとはどういうことだ?俺は、人として当然のことを言っているだけだ」

「・・・くだらないことしか言えないお前に指摘させてもらうがな、お前は人殺しが許せないんじゃない、単に人死にを見たくなかっただけだ。本当は自分がこの世界を救うはずだったのに、自分にできなかったことを、落ちこぼれだったハジメやお前に説教をした俺が簡単にやってのけたことが気にくわなかった、その八つ当たりをしているだけだ。だが、結果的にお前たちを助けたことに変わりがないし、人殺し自体を責めるのはお門違いだと分かっている。だから、()()()()相手を殺したと論点をずらした。質が悪いのは、お前にその自覚がないこと。相変わらずだな、そのご都合主義で全部を押し通そうとする悪癖。まだ治ってなかったのか」

「だ、だが、人殺しは悪いことだろう!」

「・・・なら聞くが、例えばメルドさんが同じようにこの女を殺したとして、お前は同じようにメルドさんを責めるのか?」

「なっ・・・」

 

天之河は俺の言葉にたじろぐが、俺は気にせずに畳みかける。

 

「人殺しが悪いことだというなら、今までに魔人族を殺してきた兵士たちは人殺しの犯罪者なのか?魔人族を殺すために剣を振るっている兵士たちは犯罪者予備軍か?俺たちは人殺しをしたから悪いというのに、王国の騎士たちを殺した魔人族の女は悪くないとでも言うつもりか?」

「そ、それは・・・」

「たいした考えも持たず、この程度で言いくるめられるというなら、それをくだらないと言わずしてなんと言うんだ。いいか?これは戦争で、殺し合いだ。殺される覚悟も、殺す覚悟も持たず、ただ目の前の現実から目を逸らし続けるというなら、それはただの足手まといでしかない。最初から戦うなんて言うな」

 

そして俺は、とどめの一言を放つ

 

「この結果は、お前自身が引き起こしたものだ。何も理由を持たず、何も考えず、困っている人がいるからというだけで、周りも巻き込んで殺し合いに参加することを勝手に決めた、お前の無責任の代償だ」

「なっ、そ、そんな・・・」

 

俺の言葉に、天之河は崩れ落ちる。

周りには俺を非難しようとする者もいたが、俺が一睨みするとすぐに言葉を引っ込めた。

今、俺が言ったことは、別に私情だけではない。

俺たちがこの場所にピンポイントで降り立つことができたのは、ちょうど上階を走っているときに膨大な魔力の奔流を感じ取ったからだ。魔力量の多さから、天之河の“限界突破”の最終派生“覇潰”であると察し、ハジメのパイルバンカーと俺の疑似ゲイボルグ(剣製魔法で生成した槍を電磁加速によって飛ばす遠距離攻撃で、仮に外しても雷魔法を付与して半径1mほどを蒸発させることも可能)で貫いた。

同時に、あれほどの力なら魔人族の女や使役する魔物を倒すこともできるはずだと分かっていた。

だからこそ、あの場で人殺しをためらい、あの窮地を招いたということも看破したのだ。

 

「まったく、一応、俺も忠告したはずですよね、メルドさん」

 

俺の言葉に、天之河たちがメルドさんの方に振り向く。

そこには、なんとか意識を取り戻して立ち上がっているメルドさんの姿があった。

どうやら、少し前に意識を取り戻して、俺たちのやり取りを聞いていたようだ。まぁ、俺が気付いたのもついさっきだが。

 

「おい、峯坂!メルドさんを悪く言うのは・・・」

「よせ、光輝。ツルギの言う通りだ」

 

天之河がメルドさんを責めた俺を非難しようとするが、その前にメルドさんが割って入る。

そして、メルドさんはハジメの前に立ち、頭を下げた。どうやら、「絶対に助ける」と言っておきながら、あの時にハジメを助けることができなかったことを気にしていたらしい。ハジメからすれば、とっくに忘れていたことだろうが。

そして、今度は天之河たちの前に立ち、また深々と頭を下げた。

今回の件、どうして天之河たちが人殺しの自覚がなかったと言えば、天之河本人の問題も十分にあるが、メルドさんにも責任がある。

実はメルドさんは、いつかは盗賊なりなんなりをけしかけて天之河たちに人殺しを経験させようとはしていたらしいが、結局、情に流されてしまい「もう少し、あと少し」を繰り返していたところで、今回の件が起きたという。

メルドさんの言葉に、天之河たちは少なからず動揺していた。まさか、メルドさんが自分たちに人殺しをさせようとしていたとは思っていなかったらしい。

最後に、メルドさんは俺のところにやってきて頭を下げた。

 

「すまない、ツルギ。お前の言っていた通りにしていれば、今回のような事件は起きなかったはずだ」

「メルドさんの気持ちがわからないとは言いません。ですが、情に流されて問題を先延ばしにするのは、教育者としては問題があると言わざるを得ませんよ」

「あぁ、わかっている」

「別に俺に謝罪はいりませんが、どうしてもというなら、今後はこのような半端はしないでください。でなければ、本当に誰かが死にかねませんからね」

 

別に律義に俺のところにまで謝罪に来なくてもよかったのだが、それを言ったところでメルドさんは納得しないだろう。だから、とりあえず言っておきたいことは言っておいた。

だが、この後がまずかった。

 

「・・・どうしてなんだ」

 

震える声でそう呟いたのは、やはりというか、天之河だ。

 

「どうして峯坂は、そう平然としていられるんだ!」

「人を殺す自覚も覚悟もある。それだけだ」

「なんでだよ!なんでそんな簡単に殺すことができるんだよ!」

「・・・それを言って、お前が理解できるとでもいうのか?」

 

俺が説教をしてもなお、考えを改める気配が微塵もない天之河に、俺も苛立ちを募らせる。

 

「あぁ、話してくれれば・・・」

「悪いが、話すつもりは微塵もない」

「なんでだ!俺たちは仲間だろ!」

「勝手なことを言うな。俺は、お前に理解できるとも、理解してもらおうとも思っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実の母親に殺されそうになって、逆に殺した奴の気持ちなんてな」

 

 

 

場の空気が、凍り付く。

そこで、俺は口を滑らしたことに気づいて舌打ちする。

まさか、ここでこのことを言ってしまうとは思わなかった。我ながら、感情的になりすぎたようだ。

 

「峯坂、お前・・・」

「おら、早く行くぞ。ここにいたら、いつ魔物がくるかもわからないからな」

 

天之河が俺に話しかけようとするが、無理やり話を切って背を向け、出口を目指した。

 

「ツルギ・・・」

 

後ろからティアが気づかわし気に声をかけてきたが、俺はそれを聞こえないふりをして無視し、出口に向かって歩いた。




「おら、さっさと行くぞ」
「あ、峯坂君、ちょっと・・・」

ぱさっ

「・・・白崎、なんだこれは」
「・・・ち、違うの、これはただの元気のでるお薬・・・」
「なわけあるか!」
「・・・八重樫・・・」
「・・・ごめんなさい、峯坂君、止められなかったわ・・・」

シリアスの後に白崎が無断でハジメのシャツを持ち出していたことが露見した現場。


~~~~~~~~~~~


今回はちょっと短めです。
そして、気になっていた方が大勢いた、ツルギの過去をちょろっと出しました。
本格的に話すのは、修羅場を挟んでからになりますが。


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修羅場勃発

俺がつい口を滑らせた後、俺たちは遠藤の提案とメルドさんの頼みで、地上に出るまでの間は俺たちが道中の安全を確保することになった。

道中では、クラスメイトたちは俺たちを様々な表情で見ていた。その原因は、かつて“無能”と言われていたハジメの無双している姿を見たからか、俺の言ったことに気を遣っているのか。

まぁ、檜山がハジメにだいぶ怨嗟のこもった目を向けている時点で、主にハジメの変わりように思うところがある方が割合としては大きいのだろう。

それでも、ユエと白崎が微妙に牽制し合っていたり、途中から心の中におっさんを飼っている谷口がユエやシアにあれこれ話しかけてからは、谷口がシアの胸とウサ耳を狙おうとして八重樫に物理的に止められたり、近藤たちがユエやシア、に下心満載で話しかけて完全に無視されたり、それでもしつこく付き纏った挙句、無断でシアのウサミミに触ろうとしてハジメからゴム弾をしこたま撃ち込まれたり、ヤクザキックを受けて嘔吐したり、マジな殺気を受けて少し漏らしながら今度こそ恐怖を叩き込まれたり・・・まぁ、いろんなことがあった。

ティアに手が伸びなかったのは、助けてくれたとはいえ、ティアが魔人族であることが知られてしまったからだろう。ティアとの距離感を測りかねているようにも見えた。

手を出されるよりかはマシだし、俺が口外しないように強く言っておいたとはいえ、不安がないわけではない。が、メルドさんにも頼んでおいたし、なんとかなるだろう。

だが、俺はある重大なことを忘れていた。

確実に修羅場になる、あの要素を。

 

「パパぁー!!おかえりなのー!!」

 

オルクス大迷宮の入場ゲートがある広場で、そんな幼女の元気な声が俺たちに向けられて響き渡った。

声の主は、もちろんミュウだ。

ステテテテー!と可愛らしい足音を立てながら、ハジメへと一直線に駆け寄ってきたミュウは、そのままの勢いでハジメへと飛びつく。

まるでロケットのような勢いだが、ハジメは衝撃を受け流しつつ、苦も無くミュウを受け止めた。

だが、どうしてミュウがここに1人でいるんだ?

 

「ミュウ、迎えに来たのか?ティオとイズモはどうした?」

「うん。ティオお姉ちゃんとイズモお姉ちゃんが、そろそろパパとツルギお兄ちゃんが帰ってくるかもって。だから迎えに来たの。ティオお姉ちゃんとイズモお姉ちゃんは・・・」

「妾たちは、ここじゃよ」

 

声のした方を振り向くと、ティオとイズモが人ごみをかき分けながら俺たちのところにやってきた。

親バカなハジメは、ミュウから離れていたことを非難する。

 

「おいおい、ティオ、イズモ、こんな場所でミュウから離れるなよ」

「心配せずとも、ちゃんと目の届くところにはおったよ」

「ただ、ちょっと不埒な輩がいたからな。凄惨な光景はミュウには見せられないだろう」

 

一応、ミュウが海人族であることは周りには隠してある。それでも不埒な目を向けてきたということは、そういう類の変態なのだろう。ロリコンは、案外どこにでもいるんだな。

まぁ、単純に身代金目当ての方が可能性が高そうだし、ミュウが海人族だとわかっていれば、そもそも手を出さなかっただろうが。

 

「なるほど。それならしゃあないか・・・で?その自殺志願者は何処だ?」

「いや、ご主人様よ。妾たちがきっちり締めておいたから落ち着くのじゃ」

「・・・チッ、まぁいいだろう」

「・・・本当に子離れできるのかの?」

「いや、無理だろ」

 

少なくとも、今のままでは。

日に日に、ハジメの過保護に磨きがかかっていくのだ。別れの時になったら、ミュウと同じくらいにごねそうな気もする。

まぁ、さすがにハジメもその辺りの現実は弁えているとは思いたいが。

すると、不意に背後から冷たい空気を感じた。

そこには、白崎がゆらゆらとハジメに近づいていた。ただ、顔には笑みが浮かんでいるのに目が全く笑っていないのが怖い。

・・・あー、やばいかな、これ。

そんなことを考えると、白崎はクワッと目を見開いてハジメにつかみかかった。

 

「ハジメくん!どういうことなの!?本当にハジメくんの子なの!?誰に産ませたの!?ユエさん!?シアさん!?ティアさん!?それとも、そっちの黒髪の人か金髪の人!?まさか、他にもいるの!?一体、何人孕ませたの!?答えて!ハジメくん!」

 

あ~、完全にパニックになっている。

ハジメも「落ち着け!誤解だっ」と弁明したり、八重樫が「香織、落ち着きなさい!彼の子なわけないでしょ!」と諫めながら羽交い絞めにしようとするが、まったく聞く耳をもたない。

・・・しゃあないな。

 

「ちょっと落ち着け、白崎」

「きゃう!?」

 

俺はため息をつきながら白崎に近づき、脳天に思い切り拳骨を振り下ろした。

白崎が頭を押さえて涙目になりながら俺をキッ!と睨むが、俺は冷めた目で白崎を諭す。

 

「まず始めに、ティアは俺の恋人だ。それとな、この世界に来てから5才の子供を孕めるわけねぇだろうが」

「え?・・・・・・・・・ッ!?」

 

そこで白崎は自分の勘違いに気づき、顔を真っ赤にしてうつむいた。

とりあえず、白崎は落ち着いてくれたようだ。いろいろと失ったものはあるが。

 

 

* * *

 

 

とりあえず白崎が顔を八重樫の胸に埋めてしばらくしてから、ようやく羞恥から立ち直ることができた。

ただ、その際に八重樫は「大丈夫だからね~、よしよし」と言いながら白崎の頭をよしよしして慰めていたのだが、その姿はどこからどう見てもオカンそのものだった。

ティアもこっそりと「・・・たしかに、あれはオカンね」とデートの時に話した俺の八重樫像に納得していた。

その後、俺たちはロア支部長に依頼達成報告をして、特に買い足すものもないからこのまま出発することにした。

なぜか、その見送りに天之河たちも来たが。厳密に言えば、白崎が俺たちについてきて、芋づる式に天之河たちもついてきたというだけなのだが。

なぜ白崎が来たのかは、なんとなく想像がつく。

おそらく、俺たちについて行こうかどうか迷っているのだろう。だが、変わり果てたハジメを見たことによる動揺もあるから、踏ん切りもつかない、といったところか。

こればっかりは、俺からはなにも言えない。結局、白崎が俺たちについてくかどうかは白崎が決めることだ。

そして、いよいよ出発しようかと言うときに、なにやら妙な雰囲気を感じた。

そちらを見てみると、男たちが10人ほど集まって道を塞いでいた。

ていうか、誰だ、こいつら?見覚えが全くないし、何かされるようなこともしてないはずだが・・・

 

「おいおい、どこ行こうってんだ?俺らの仲間、ボロ雑巾みたいにしておいて、詫びの一つもないってのか?ア゛ァ゛!?」

 

そう思っていると、向こうから答えを言ってくれた。

どうやら、ミュウに手を出そうとした輩の仲間のようだ。パッと見た感じ、傭兵崩れの冒険者といったところか。ただ、報復だけが目的じゃないのも丸わかりだが。その下卑た視線から、容易に想像がつく。

まぁ、俺たちとしては、あまりのテンプレに呆れるしかないのだが、向こうは俺たちが委縮していると感じたらしい。さらに調子に乗り始めた。

 

「ガキィ!わかってんだろ?死にたくなかったら、女置いてさっさと消えろ!なぁ~に、きっちり詫び入れてもらったら返してやるよ!」

「まぁ、そん時には、既に壊れてるだろうけどな~」

 

なにが面白いのか、男たちはギャハハハと笑う。

だが、そのうちの一人がミュウまで性欲の対象と見て怯えさせ、また他の一人が兎人族を人間の性処理道具扱いした時点で、この男たちの末路は決定した。

ハジメが“威圧”を放ち、俺が殺気を男たちに向ける。

男たちは四つん這いになり、慌てて俺たちに謝ろうとしたが、上手くできないでいるようだ。

まぁ、謝ったところで許しはしないのだが。

俺とハジメがわずかにプレッシャーを緩めると、男たちを膝立ちで横一列に並ばせる。

そして、ハジメがドンナーで股間を撃ちぬき、悶絶してのたうち回っているところを俺が骨盤を砕きながら蹴り飛ばして、適当な場所に積み重ねておく。

これでこいつらは、子供も作れなくなり、おそらく今後歩けなくなる。こうなったのはこいつらの自業自得だし、今度どうやって生きていくかはあいつら次第だ。

俺たちのしたことにクラスメイトたちがドン引きしながら後ずさるのが見えたが、気にすることもない。

事を済ませた俺は、ティアのところへと戻る。

 

「なんか、いつもよりも過激だったわね」

「さすがに、ミュウまで性の対象として見るような変態相手に手加減するわけにもいかないしな。もちろん、ティアに手を出そうとした時点で言語道断だが」

「ツルギ殿も、ハジメ殿とあまり変わらないな。お主も過保護ではないのか?」

「・・・否定はしないが、恋人や仲間に手を出されたのに黙ったままでいるほど、俺はお人好しじゃねぇよ」

 

ハジメの方も、ユエやミュウが狙われたから手を出したわけではない。シアやティオたちにも手を出そうとしたことも含めて怒っている。

そういう点では、俺とハジメは同じだと言えるだろう。

そんなことを話していると、白崎が俺たちに近寄ってきた。

なにやら、覚悟を決めたような表情を・・・あ(察し)

 

「ハジメくん、私もハジメくんに付いて行かせてくれないかな?・・・ううん、絶対、付いて行くから、よろしくね?」

「・・・・・・・・・は?」

 

白崎の最初の一言が予想できていなかったのか、ハジメは目を点にしてポカンとする。

まぁ、言ってきたことが前振りでも挨拶でも願望でもなく、ただの決定事項だから、そうなるのも無理はないか。俺はわかってたけど。

ポカンとするハジメに代わって、ユエが前にでてきた。

 

「・・・お前にそんな資格はない」

「資格って何かな? ハジメくんをどれだけ想っているかってこと?だったら、誰にも負けないよ?」

 

そう言って、白崎は真っすぐにハジメを見つめ、その想いを告げた。

 

「貴方が好きです」

「・・・白崎・・・俺には、惚れている女がいる。白崎の想いには応えられない。だから、連れては行かない」

 

ハジメの言葉に、白崎は一瞬泣きそうになるが、それでも瞳に力を宿して言葉を続ける。

 

「・・・うん、わかってる。ユエさんのことだよね?」

「ああ、だから・・・」

「でも、それは傍にいられない理由にはならないと思うんだ」

「なに?」

「だって、シアさんも、少し微妙だけどティオさんもハジメくんのこと好きだよね?特に、シアさんはかなり真剣だと思う。違う?」

「・・・それは・・・」

「ハジメくんに特別な人がいるのに、それでも諦めずにハジメくんの傍にいて、ハジメくんもそれを許してる。なら、そこに私がいても問題ないよね?だって、ハジメくんを想う気持ちは・・・誰にも負けてないから」

 

・・・空気を読んで言わないでおくけど、やはり思わずにはいられない。

ちゃんと、俺がいるってことも認識してるよな?さっきから俺の名前がまったく出てきてないけど、別に俺の存在を忘れているわけじゃないよな?その辺りがどうにも不安で仕方がない。

そんなことを考えていると、今度は白崎がユエの方を真っすぐに見据える。

その視線を受けたユエは・・・ん?なんか、珍しく燃えているな。

 

「・・・なら付いて来るといい。そこで教えてあげる。私とお前の差を」

「お前じゃなくて、香織だよ」

「・・・なら、私はユエでいい。香織の挑戦、受けて立つ」

「ふふ、ユエ。負けても泣かないでね?」

「・・・ふ、ふふふふふ」

「あは、あははははは」

 

結論、白崎も俺たちについて行くことになった。

結局、ハジメ絡みだとハジメの意見は丸っと無視して決まるんだな~。

そして、なにやらユエと白崎が2人の世界を作り始めているのだが、俺の気のせいだろうか、ユエの後ろに雷龍が、白崎の後ろに大太刀を持った般若さんが見える。

 

「ね、ねぇ、ツルギ、なんだか、ユエの後ろに雷龍が見えるのだけど」

「つ、ツルギ殿、なにやら、白崎殿の後ろに般若さんが見えないか?」

「・・・気のせいじゃないだろ。俺にも両方見えているし」

 

どうやら、俺の見間違いじゃなかったようだ。

この2人、いつの間にスタ〇ド使いになったんだよ。

にしても、珍しくユエがはっちゃけているな。俺たちと一緒にいる以外でここまで楽しそうにしているのは初めてかもしれない。

 

「ま、待て!待ってくれ!意味がわからない。香織が南雲を好き?付いていく?えっ?どういう事なんだ?なんで、いきなりそんな話しになる?南雲!お前、いったい香織に何をしたんだ!」

「・・・えぇ」

「・・・なんでやねん」

 

が、そこで再び待ったが入る。言わずもがな、天之河だ。

どうやらこのバカは、白崎が言ったことが理解できなかったらしい。んで、白崎が奇行に走ったように見えて、その原因がハジメにあると考えているようだ。

ていうか、今まで気づかなかったのかよ。ご都合主義もここまでくると大概だな。俺の説教もまったく効果がないみたいだし。

 

「光輝。南雲君が何かするわけないでしょ?冷静に考えなさい。あんたは気がついてなかったみたいだけど、香織は、もうずっと前から彼を想っているのよ。それこそ、日本にいるときからね。どうして香織が、あんなに頻繁に話しかけていたと思うのよ」

「雫・・・何を言っているんだ・・・あれは、香織が優しいから、南雲が1人でいるのを可哀想に思ってしてたことだろ?協調性もやる気もない、オタクな南雲を香織が好きになるわけないじゃないか」

 

そこに八重樫が頭痛をこらえながらも天之河を諫めるが、それでも天之河は納得しようとせず、むしろ言いたい放題にしている。

別に、今言ったことが全部違うと言うつもりはないが、それでもハジメの何を知っているんだと言わざるを得ない。

 

「光輝くん、みんな、ごめんね。自分勝手だってわかってるけど・・・私、どうしてもハジメくんと行きたいの。だから、パーティーは抜ける。本当にごめんなさい」

 

ここで白崎が、けじめをつけるために天之河たちに向き直って頭を下げる。

女性陣はキャーキャー騒ぎながらエールを送り、永山、遠藤、野村の三人も、香織の心情は察していたようで、気にするなと苦笑しながら手を振る。

だが、ここまでやってもこのバカ勇者は止まらなかった。

 

「嘘だろ?だって、おかしいじゃないか。香織は、ずっと俺の傍にいたし・・・これからも同じだろ?香織は、俺の幼馴染で・・・だから、俺と一緒にいるのが当然だ。そうだろ、香織」

 

・・・えぇ、なんなんだよ、こいつの独占欲。まぁ、本人は認めたがらないだろうが。

 

「えっと・・・光輝くん。確かに私達は幼馴染だけど・・・だからってずっと一緒にいるわけじゃないよ?それこそ、当然だと思うのだけど・・・」

「そうよ、光輝。香織は、別にあんたのものじゃないんだから、何をどうしようと決めるのは香織自身よ。いい加減にしなさい」

 

幼馴染の2人からそうたしなめられ、天之河は呆然とする。

次いで、その視線をハジメの方に向け、

 

「香織。行ってはダメだ。これは、香織のために言っているんだ。見てくれ、あの南雲と峯坂を。女の子を何人も侍らして、あんな小さな子まで・・・しかも兎人族の女の子は奴隷の首輪まで付けさせられている。黒髪の女性もさっき南雲の事を『ご主人様』って呼んでいた。きっと、そう呼ぶように強制されたんだ。南雲と峯坂は、女性をコレクションか何かと勘違いしている。最低だ。人だって簡単に殺せるし、強力な武器を持っているのに、仲間である俺たちに協力しようともしない。香織、あいつらに付いて行っても不幸になるだけだ。だから、ここに残った方がいい。いや、残るんだ。例え恨まれても、君のために俺は君を止めるぞ。絶対に行かせはしない!」

 

・・・うわぁ、なんだこれ。

なんか、今まで以上にご都合解釈をフル稼働させているな。

白崎たちも、あまりに突飛な発言に唖然としているが、天之河はそれに気づく様子もなく、今度はユエたちに視線を向ける。

 

「君たちもだ。これ以上、その男たちの下にいるべきじゃない。俺と一緒に行こう!君たちほどの実力なら歓迎するよ。共に、人々を救うんだ。シア、だったかな?安心してくれ。俺と共に来てくれるなら直ぐに奴隷から解放する。ティオも、もうご主人様なんて呼ばなくていいんだ」

 

・・・こいつ、ここまで残念なやつだったっけ?

なんか、この世界に来てから、こいつの残念さに磨きがかかっているような。

いや、どちらかと言えば、子供っぽくなっているのか、これは?

ちなみに、笑顔と共にそんな言葉をかけられたユエたちはと言うと、

 

「「「「・・・」」」」

 

静かに二の腕をさすっていた。よく見れば、鳥肌が立っている。けっこう精神的にきたらしい。あの度し難い変態であるティオでさえ、「これは、ちょっと違うのじゃ・・・」と寒そうに呟いている。

すると、今度はティアが俺に抱きついてきた。

 

「ティア、どうしたんだ?」

「ツルギ、あの人、気持ち悪い・・・」

 

どうやら、ティアにはちょっと刺激が強かったようだ。完全に怯えてしまっている。

 

「気持ち悪いだって?それはいったいどういう・・・」

 

その言葉が聞こえたのか、天之河が近づいてきて、ティアが抱きつく力を強めた。

とりあえず、

 

「こっち来んな」

 

俺は重力魔法を発動させて、天之河を地面に縫い付けた。

 

「なっ、体が・・・!」

 

天之河は突然のことに狼狽しているが、さらに追い打ちをかける。

 

「とりあえず、埋まっとけ」

「ッ!?」

 

俺は土魔法で天之河が這いつくばっている地面の下に空洞をいくつも作り、重力魔法の勢いでそのまま陥没させ、穴に蓋をする。

そして、ハジメから宝物庫をひょいと奪い取り、その中から麻痺手榴弾、催涙手榴弾、衝撃手榴弾、閃光手榴弾を取り出し、穴の中に放り込んだ。次の瞬間、中からくぐもった爆発音が聞こえた。

これで、処置完了。ちゃんと空気穴も作ってあるし、死にはしないだろう。

 

「ティア、もう大丈夫だからな」

「ツルギ・・・」

 

どうやら、そうとう怖かったらしい。いつになく怯えたような声で俺の胸に顔をこすりつけてくる。

一応、ティアが魔人族だから云々という感じはなかったが、それでもあいつは近づけさせない方がいいだろう。

まぁ、それはともかく、

 

「八重樫、悪いけど、そこに埋まっているバカは頼んだ。一応、まだ死んではいねぇから」

「・・・言いたいことは山ほどあるのだけど・・・了解したわ」

 

俺としてはこれからはあまり八重樫に頼らない方がいいとは思っているのだが、天之河に関しては八重樫に任せるしかない。だって、この世界では八重樫が実質、天之河の保護者なのだから。

八重樫も、ため息をつきながらも了承してくれた。

さぁ、これで面倒ごとはなくなった、と思ったら、今度は檜山たちが猛烈に抗議してきた。

こいつらが言うには、白崎が抜ける穴は大きく、また今回のようなことが起こったら今度こそ死人がでるかもしれない、などと言っているが、どう考えても、それがただの方便でしかないのがわかる。

そして、白崎の説得が困難だと判断したのか、今度はハジメを説得しにかかった。

やれ、過去のことは謝るだの、やれ、これからは仲良くしようだの、平気で心にもないことを言ってくる。はっきり言って、目ざわりもいいところだ。

ただ気になるのが、檜山がやけに激しく抗議してくるのだ。

まるで、もうすぐ手に入れられそうだったのに、それが手から零れ落ちるような、そんな・・・。

・・・どうやら、白崎の気持ち関係なく、俺たちのパーティーに入って正解だったようだ。このまま檜山たちと一緒にいたら、どうなっていたかわからなかったな。

そこでハジメが、やたらと皮肉気な笑みを浮かべながら檜山に話しかけた。

 

「なぁ、檜山。火属性魔法の腕は上がったか?」

「・・・え?」

 

どうやら、あの時の真実の確認も兼ねて現状を解決するようだ。

 

「な、なに言ってんだ。俺は前衛だし・・・一番適性あるのは風属性だ」

「へぇ、てっきり火属性だと思っていたよ」

「か、勘違いだろ?いきなり、何言い出して・・・」

「じゃあ、好きなんだな。特に火球とか。思わず使っちゃうくらいになぁ?」

「・・・」

 

檜山の顔が、青を通り越して白くなる。やはり、俺の予想通り黒だったようだ。

檜山の件を他の者が知っているかどうかの確認のために、ちらっとメルドさんを見て確認してみると、首を横に振った。どうやら、檜山は上手く隠し通したらしい。

だが、この件、本当に檜山1人の隠蔽なのか・・・こう言ってはあれだが、檜山は小者らしく普通にバカだ。檜山1人だけで、ここまで隠し通せるとは思えない。おそらく、檜山に協力、あるいは利用している人物がいるかもしれないが・・・心当たりがあるとはいえ、証拠はなにもない。このことに関しては、あまり深く考えても仕方ないだろう。

俺が考え事をしているうちに、ハジメが檜山を利用して説得を諦めさせた。

ようやく、出発を邪魔する奴がいなくなったところで、白崎が荷物を取りに宿に戻った。

すると、天之河が近藤たちに掘り起こされているのを尻目に、八重樫が俺とハジメに話しかけてきた。

 

「何というか・・・いろいろごめんなさい。それと、改めて礼をいうわ。ありがとう。助けてくれたことも、生きて香織に会いに来てくれたことも、約束を守ってくれたことも・・・」

 

・・・まさか、ここでも八重樫が謝ってくるとはな。

どこまでも変わらない八重樫の態度に、俺とハジメは苦笑を浮かべる。

 

「・・・なによ?」

「いや、すまん。何つーか、相変わらずの苦労人なんだと思ったら、ついな。日本にいた時も、こっそり謝罪と礼を言いに来たもんな。異世界でも相変わらずか」

「別に、八重樫が謝る必要なんてどこにもねぇよ。むしろ、そこで埋まっているバカが謝るべきだしな。まぁ、それができれば苦労はしないんだろうが。世話焼きもほどほどにした方がいいぞ?じゃないと、眉間のしわがとれなくなるしな」

「大きなお世話よ・・・それにしても、そっちはずいぶんと変わったわね。南雲君なんて、あんなに女の子侍らせて、おまけに娘まで・・・日本にいたころのあなたからは想像できないわ」

「惚れているのは1人だけなんだがなぁ・・・」

「それでも、モテているのは間違いないな」

「・・・・私が言える義理じゃないし、勝手な言い分だとは分かっているけど・・・出来るだけ香織のことも見てあげて。お願いよ」

 

この八重樫の頼みに、ハジメは何も答えない。

まぁ、ハジメが本気で好いているのはユエだけだし、八重樫の頼みは聞き入れがたいものでもある。

そもそも、白崎の同伴を許可したのはユエであって、ハジメじゃあないんだけどな。

すると、なにも答えないハジメに、なにやら八重樫から不穏な気配を放ち始めた。

 

「・・・ちゃんと見てくれないと・・・大変な事になるわよ」

「? 大変なこと?」

「っ、おい、八重樫、まさかお前・・・」

「あら、峯坂君はわかったようね」

 

えぇ、わかりましたとも。ハジメに効率よくダメージを与える方法を。ついでに、俺にも被害が及びかねないことも!

 

「ツルギ、それはどういう・・・」

「“白髪眼帯の処刑人”とか“錬鉄の剣士”なんてどう?」

「・・・なに?」

「それとも“破壊巡回”と書いて“アウトブレイク”って読んだり、“剣舞”と書いて“ソードダンサー”って読んだりね?」

「ちょっと待て、八重樫、いったんそこまでに・・・」

「他にも、“漆黒の暴虐”とか“紅い旋風”なんてものもあるわよ?」

「お、おま、お前、まさか・・・」

 

嫌な予感が見事に的中した。

八重樫の視線は、俺とハジメの格好を上から下まで面白そうに眺めている。

 

「ふふふ、今の私は“神の使徒”で勇者パーティーの一員。私の発言は、それはもうよく広がるのよ。ご近所の主婦ネットワーク並みにね。さぁ、南雲君、あなたはどんな二つ名がお望みかしら・・・随分と、名を付けやすそうな見た目になったことだし、盛大に広めてあげるわよ?」

「待て、ちょっと待て!なぜお前がそんなダメージの与え方を知っている!?」

「ていうか、俺まで巻き添えかよ!?」

「香織の勉強に付き合っていたからよ。あの子、南雲君と話したくて、話題にでた漫画とかアニメ見てオタク文化の勉強をしていたのよ。私も、それに度々付き合ってたから。峯坂君には、なにがなんでも香織のサポートをしてもらうわ」

 

冗談じゃない。まさか俺までハジメと同じ中二病呼ばわりされるなんて御免だ。

だが、ちょっと反論したくらいでは八重樫を止めることはできないだろう。

・・・仕方ない。あまり使いたくなかったが、俺の方もとっておきのカードを切ろう。

 

「ほう、いいのか?八重樫がそんなことを吹聴すると言うなら、俺もお前の恥ずかしいあれこれを暴露するぞ?例えば、自室がかわいいぬいぐるみで埋め尽くされていることとかな」

「っ!?」

 

俺の言葉に、八重樫が顔を真っ赤にする。

そう、巷ではクールな侍ガールとなっているが、実際は無類の可愛いもの好きで、八重樫の自室はカワイイ系のぬいぐるみで埋め尽くされているという。

 

「ちょっと待ちなさい!なんで峯坂君がそんなことを知っているのよ!」

「白崎から聞いた。ハジメの情報の対価としてな」

「香織!?」

「ツルギ!?」

 

俺のカミングアウトに、八重樫とハジメが声を張り上げる。

なぜ俺がこのことを知っているかと言えば、今言った通り、白崎から聞いたからだ。

白崎の中では俺はかなり影が薄い方になっているが、当時ハジメとどうしても仲良くなりたかった白崎だ。当然、ハジメの親友である俺にもハジメのことを教えてほしいと話しかけられた。

だが、当時の俺はなぜ白崎がハジメのことを意識しているのかわからなかったというのと、本人の許可なしにプライベートのことを話すのは気が引けたので、交換条件をだしたのだ。

つまり、「俺の親友のハジメのことを教えてほしいなら、白崎の親友の八重樫のことを教えてもらってもいいよな?」と。

別に、八重樫に気があったわけではない。ただ単に、それだけの覚悟があるのか?という確認というだけだ。

これに八重樫は、顔を赤くして「冗談じゃないわ!」と言って、その場ではうやむやになった。

のだが、その日の夜、白崎からLI〇Eグループから個別で俺に連絡が入り、八重樫に内緒でその取引をしたいと言ってきたのだ。

そして、休日に俺と白崎はそれぞれの親友に内緒で情報交換をしたのだが、その時の白崎が「雫ちゃんってね、雫ちゃんってね!」と、それはもう八重樫のことを楽しそうに語り、最終的に俺が教えたハジメの情報よりも白崎から聞かされた八重樫の情報の方が多くなってしまった。俺が白崎に教えたことといえば、ハジメの好きなゲームとアニメ、あと両親の職業くらいだ。

しかも、1日だけでは飽き足らず、その後も何度か白崎に呼ばれて情報交換という名の白崎の八重樫語りを行うことになった。

おかげで、特に知りたかったわけでもないのに必要以上に八重樫のことについて詳しくなってしまった。それも、八重樫本人からすれば恥ずかしいことにばかり。

別に、このことで八重樫をバカにするつもりはないのだが、まさかここで活用することになるとは思わなかった。

後ろからティアの冷たい視線が突き刺さるが、あられもない二つ名をばらまかれるよりかはマシだ。

だが、八重樫は羞恥で顔を赤くしながらも、それでもなお引き下がらなかった。

 

「いいわよ、そうなったらさらに恥ずかしい名前をばらまくだけだから!“破滅挽歌(ショットガンカオス)”とか、“無法破壊(アウトローブレイク)”とかね!」

「上等だ、そしたら、さらにお前の恥ずかしいあれこれを拡散するぞ?八重樫のスマホの待ち受けが兎の写真ってこととかな!」

「“復活災厄(カラミティリバース)”!“超新災害(ネオディザスター)”!」

「日本で最近買った本のタイトルは“カワイイ・・・」

「やめろーーっ!?」

 

そこまで言って、ハジメが全力で止めに来た。俺と八重樫はゼェーゼェーと荒く息を吐きながらも、いったん言い合いを中断する。

結局、ハジメは白崎のことを邪険にしないと約束した。

また、俺と八重樫の言い合いで出てきた二つ名や恥ずかしい事実に関しては、今後一切他言しないということになった。

 

「あぁ、そうだ。ほれ、八重樫」

 

とりあえず落ち着いてきた俺は、八重樫に腰に差した黒刀を八重樫に手渡す。

 

「これは?」

「八重樫、さっきの戦いで得物が壊れただろ?口止め料と諸々の詫び代、あと、いろいろと世話になった礼だ」

 

八重樫が黒刀を抜くと、その漆黒の刀身に目を奪われた。

そこで俺は、この黒刀“黒鉄”の説明をした。

この“黒鉄”は、ライセン大迷宮と時から“ウロボロス”の練習と調整、俺の錬成の練習として、ハジメとともにあれこれと手を加えた。

この“黒鉄”は魔力を流すことで刀身に風刃を纏わせたり、鞘から針を飛ばす機能はそのまま。鞘に自動手入れの機能も付けているため、鞘に入れるだけで刀身がきれいになる。

また、刀身自体も振りやすくするために重心などを調整した。そのため、抜刀術なども問題なく扱える。

 

「すごいわね、この刀・・・」

「まぁ、土台になった部分は、ハジメ曰く“お遊び”で作ったらしいが」

「・・・これが、お遊びね・・・でも、峯坂君の方は大丈夫なの?」

「大丈夫だ、問題ない。簡単な武器なら、俺の剣製魔法で生成できるからな」

 

そう言いながら、俺は見た目は“黒鉄”そっくりの刀を生成する。

 

「・・・便利ね、その魔法」

「さすがに、今の段階だとオリジナルそのままの性能とはいかないけどな」

「まぁ、それはともかく、ありがとう。ありがたく使わせてもらうわ」

 

それでも、武器に困ることはほとんどない。例外があるとすれば、ライセン大峡谷くらいだ。

とりあえず、俺のプレゼントに八重樫は満足したようで、自然な笑みで俺に礼を言った。

 

「・・・」

 

・・・後ろから、冷たい視線を感じる。

言わずもがな、ティアだろう。さて、どう説明しようか。

そんなこんなで、俺たちはグリューエン大火山に向けて出発した。

 

 

* * *

 

 

ホルアドを出発した俺たちは、夜になったところで野営の準備を始めた。

ちなみに、今俺たちが乗っているブリーゼは、念願の乗車席拡張を施した新しいタイプだ。

中はふかふかのシートとクッションの座席といくつかのテーブル、さらにアーティファクトの冷蔵庫と空調完備という、いたれりつくせりの内容だ。

運転自体も、運転席にいなくてもできるようにしてあるし、武装も追加した。しばらくは、これで旅をすることになるだろう。

そして、夕食を済ませた俺は、いったん離れたところの丘に座って星を眺めることにした。

しばらく眺めていると、足音が聞えた。そちらを振り向くと、ティアが俺のところに近寄ってきて、俺の隣に腰かけた。

それから、どれだけ経っただろうか。ティアが俺に話しかけてきた。

 

「ねぇ、ツルギ」

「なんだ?」

「私、ツルギにいろいろと聞きたいことがあるの」

「・・・そうか。なにを聞きたいんだ?」

「ツルギが今日言ってた、実の母親を殺したってこと」

 

やはり、その話題か。

俺は、今まではこのことを隠してきたが、さすがにここまで来たら誤魔化すことはできないだろう。

 

「私、ツルギに何があったのか、なにも知らない。だから、私に話して。私は、ツルギの恋人だから。私、ツルギのことを知りたいの」

「・・・そうか、なら、話すよ。俺の昔話をな」

 

そうして俺は、自分の過去を打ち明けていった。




「あ、峯坂君、もしかして、この刀で人を斬ったりは・・・」
「安心しろ、それで人は斬ってねぇよ」
「そう、なら・・・」
「肉とか魚とか野菜は斬ったけどな」
「なんてことに使ってるのよ!?」
「性能を試しがてらな。よく斬れるんだよ、これ」
「食べ物あいてにオーバーキル過ぎるわよ!」

料理に“黒鉄”を使ったことに驚愕する雫の図


~~~~~~~~~~~


今回は前回よりもけっこう長くなりました。
何気に、ツルギの分の二つ名を考えるのが大変でしたね。
そして、次回はいよいよ、皆さんが気になっていたツルギの過去話です。

*小話を変更しました。
 もともとこの構想はあったのですが、これを書くときに忘れていたので。
 今になって思い出したのを急遽変更しました。


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俺の過去

「さて、どっから話そうかな・・・」

 

俺の過去を話そうと思ったら、話すことが多すぎて悩む。

まぁ、無難に最初から話せばいいか。

 

「俺の生まれた家ってのは、いたって普通の家庭だった。父さんは会社で働いていて、母さんは専業主婦。両親の仲は良好で、十分な衣食住も確保できていた。少なくとも、普通に生活する分にはなにも問題はなかった。ただ、母さんが実家と仲が悪かったらしくてな、半ば絶縁状態だったらしい」

 

もちろん、俺は詳しいことを知っているわけではなく、ただそういう事実があるという情報としか知らない。

ただ、そのような事情があってか、母さんは父さんによくべたついていたというか、甘えていたように思う。幸い、依存というほどひどくはなかったと思うが。

まぁ、それはともかく、俺たち家族はそんな幸せな日常を過ごしていた。

だが、その日常が急に終わりを告げたのは、俺が5,6歳の頃だ。

 

「ある日、父さんは仕事の帰り道で何者かに殺された。警察・・・こっちだと警邏って言えばいいのか?まぁ、その警察からは、通り魔による犯行だって聞いた」

 

その日は俺の誕生日で、父さんが帰ってくるのを心待ちにしていた。だが、やってきたのは警察による父さんの死亡の事実だった。

通り魔に包丁で刺されて死亡したと、警察から説明された。

母さんはこれを聞いて、膝から崩れ落ちてしまった。俺が慰めても、父さんの葬式を行っている最中も、悲しみに暮れていつも泣いていた。

そして、そうして何日ほど泣いていたのだろうか。母さんの態度が急変した。

 

「母さんは、父さんが死んだ原因の全部を俺のせいにした。俺のせいで、父さんが死んだってな」

 

もちろん、傍から見れば言いがかりもいいところだ。俺が負うべき責任など微塵もない。

だが、母さんの実家は半絶縁状態で何の連絡もコンタクトもなく、父さんの両親もすでに亡くなっていた。次第に俺は、本当に俺のせいで父さんが死んでしまったのだと思ってしまった。

そこから始まったのは、母さんからの虐待の日々だ。

殴る蹴るは当たり前、ご飯も三食抜きなんて珍しくなかった。時には、テーブルの脚に縄で括り付けられて熱湯をかけられることもあった。

虐待を受けている間、俺は家の外に出ることを許されず、学校にすら行けなかった。外に出ようとした日には、説教と言う名のより激しい暴力を受けることになった。

それでも俺は、決して反抗しなかった。もしかしたら、いつかはあの時の優しい母さんが戻ってくれると信じていたから。すぐに俺を殺さないのは、まだあの時の優しさが残っているからだと信じていたから。

だが、その時は来なかった。

そんな日々が、1年ほど続いただろうか。いつまで経っても姿の見えない俺や、時折聞こえてくる怒声にいよいよ不審に思った近所が、警察に通報した。

そして、警察が玄関の前に押し寄せたところで、とうとう母さんは最後の一線を越えた。

母さんは、俺に包丁を突き出してきたのだ。

本能的に殺されると悟った俺は、突き出された包丁を這う這うの体で躱した。なんとか体を起こして見た母さんの目は、もはやあの時の優しさは残っていなくて、飽和してどろどろになった負の感情で満たされていた。

そして、とうとうわかってしまった。

もう、あの頃の日常に戻ることはできないと。

俺はなんとかしてその場から逃げようとしたが、日々の虐待で傷ついた俺の体ではそれすらできなかった。

 

『あんたがっ、あんたがいなければ!』

 

そう言って母さんが俺に覆いかぶさったところで、俺の記憶があいまいになっている。おそらく、無我夢中で母さんに抵抗していたのだろう。

そして、気づいた時には、包丁は俺が持っており、母さんの心臓を深く貫いていた。

その最期の言葉は上手く聞き取れなかったが、俺への怨嗟の言葉だったと思う。

 

「あれからもう10年以上経つけど、今でも鮮明に思い出せるよ。肉を貫く感触に、飛び散る血液の温度、そして、だんだん冷たくなっていく母さんの体温を」

 

今でも、俺の手を眺めているときに、びっしりと手にこびりついた血を幻視することがある。

 

「その後、俺は返事がないことを不審に思って強行突入を行った警察官によって保護された。その1人が、俺の今の親父だ」

 

なんの偶然か、親父は父さんの親友だったようで、もし自分たちの身に何かあったら俺を頼むように言っていたらしい。

そうして俺は、親父に引き取られた。

だが、親父に引き取られた俺は心の殻に閉じこもったままだった。

 

「実の母親に殺されそうになった俺は、他のすべてを信じることができなくなった。時には、俺に話しかけてくる人を傷つけることもあった」

 

あの時の俺は、他のすべてを信じることができず、ただただ拒絶するだけだった。

そんな俺に見かねたのか、親父が話しかけてきた。

 

『なぁ、ツルギ、お前は何が怖いんだ?』

『・・・ぜんぶ。もう、なにもしんじられないから』

『・・・悪いが俺は、お前からその恐怖を取り除くことはできない。結局、お前の心の問題だからな』

『・・・』

『だが、その手伝いをすることはできる』

『・・・?』

『お前が他のなにもかもが信じられなくて怖いというなら、それに立ち向かうだけの強さを、お前に叩き込んでやる。そうすれば、お前はそうして怯えることはなくなるし、前に進むことができる』

『・・・でも・・・』

『俺のことも信用できない、だろう?なに、無理に俺を信用しろとは言わない。ただ、お前はお前のために強くなればいい。俺は、その手伝いをするだけだ。それでも俺が信用できないと言うなら、俺を信用してもらうまで続けさせてもらうからな』

 

それは、傷ついた子供に贈る言葉としては、あまりにふさわしくないだろう。結局のところ、突き放しているのと大差ない。

それでも、俺にとっては救いの言葉そのものだった。

それから俺は、あの時の恐怖を乗り越えるための強さを手に入れるための日々を始めた。

誰のためでもなく、自分のために。

最初は、鍛錬のための体づくりから始まり、次第に武術の基礎を習い始めた。

幸か不幸か、俺には武術、正確には戦いの才能があることがわかった。

そこから俺は、のめりこむように自分を鍛えていった。

親父に引き取られてから学校にも通うようになったが、学校が終わって家に戻ったらすぐに鍛錬を始めるような日々が続いた。

親父から、時には休憩しなければすぐに折れてしまうとも教わり、自分の趣味を作ったりもした。

だが、当時の俺は非常にストイックだったこともあり、友達らしい友達もいなかった。その結果、親父がやっていたようなゲームにハマることになった。

 

「・・・なんだか、それだけ聞いていると、ハジメと仲良くなったのがすごい不思議に思えてくるのだけど」

「まぁ、言われてみればそうか。ハジメと出会ったのはな・・・」

 

俺がハジメと出会ったのは、中学1年の時だった。

当時の俺はこれと言った友達がおらず、一人でゲームをして暇をつぶすことがほとんどだった。

ある日、いつも通りに図書室の隅の方でゲームをしていると、

 

『あれ?君もそのゲームをやってるの?よかったら、一緒にやらない?』

 

不意に後ろから声をかけられた。それがハジメだ。

当時のハジメも両親の影響を受けてオタク街道まっしぐらで、俺と同じく親友と呼べる者がおらず、周りから浮き気味だった。だから、同じ趣味を持っていた俺が珍しかったのだろう。

あの時の俺も、「わざわざ俺に話しかけてくるなんてもの好きなやつだな」と言いながらも、ハジメの申し出を受け入れて対戦したりした。

普段ならそのような誘いなど一蹴していただろうが、俺としても話しかけてきたハジメが珍しかったのと、なんやかんや言って一人はつまらなかったこともあって、引き受けたのだと思う。

対戦の結果は、最終的に5分5分だった。俺もそれなりに自信があったのだが、まさか勝ち越せないとは思わなかった。

それはハジメも同じだったようで、

 

『よかったら、また対戦しない?』

 

などと言ってきた。俺も引き分けのままなのは嫌だったから、二つ返事で了承した。

そうやって対戦を繰り返していくうちに仲良くなっていき、互いの家にお邪魔するほどの仲になった。

余談だが、俺が親父に「友人を家に上げてもいいか?」と言ったら、親父が「ツルギ!とうとうお前にも親友ができたのか!てっきり俺は、お前はこのまま一生ぼっちで過ごすのかと・・・」などと言ってきたため、思い切りボディブローを叩き込んだ。さすがに、あの言い方は失礼だと今でも思う。

まぁ、そうしてハジメと共に過ごしているうちに、俺はハジメに興味を持ち始めた。

ハジメの、その在り方に。

 

「ハジメの在り方って、もしかして、向こうでも・・・」

「いや、さすがにそれはないからな。ていうか、だいたい逆だ。日本にいた頃のあいつは、基本的には事なかれ主義だし、暴力沙汰なんてもってのほかだ。それこそ、不良相手に土下座をかますくらいにはな」

「え、えぇ・・・?」

 

ティアの頭は疑問符で埋め尽くされていた。

今のハジメは「敵は殺す、これ基本」な状態なのだから、わからないでもない。

 

「それでも、奈落に落ちても変わらなかったのは、一度決めたことは絶対に曲げない、芯の強さだ。いざというときには、その身をなげうってでも解決しようとするし、行動してから身を引いた事は一度もなかった」

 

最近で言えば、ベヒモスのときがそうだ。あの時のハジメは、クラスメイトを助けるために自分からベヒモスに突っ込み、錬成を駆使してベヒモスの動きを止めた。

白崎がハジメを意識するきっかけになった事件だってそうだ。

あれだって、俺が父さんに連絡しておけばそれで済んだ話だったのに、ハジメはあのおばあさんと子供を助けるために、往来で土下座をするという羞恥プレイをためらいもなく敢行した。

 

「・・・なんか、全然想像できないのだけど」

「まぁ、今はだいぶ過激になっちまってるからなぁ・・・まぁ、あの時の俺は、疑問に思っていたんだよ。どうして、そんなことができるんだってな」

 

日本にいた頃のハジメは、極端に運動ができなかったわけではないが、がっつりインドアだったこともあって運動神経は中の下くらいだったし、俺が「武術を習わないか?」と誘っても全力で首を横に振った。

あのときのハジメには、俺が持っていたような力はない。オタクであることを除けば、周りの一般人となんら大差ない程度でしかなかった。

なのに、ハジメの在り方は、俺が見てきた中で最も“強い”在り方だった。

だからこそ、俺は疑問に思った。

どうして“力”がないのに、“強く”いられるのか、誰かのために動くことができるのか。

その答えは1つ。ハジメが強いのは“体”ではなく、“心”だからだ。

そして、ハジメの在り方を知った俺は、あることに気づいた。

俺が自分のために磨いてきた“力”は、自分だけでなく他の“誰か”のために使えるのではないか。

そのことに気づいたのは、まぎれもなくハジメのおかげだった。

だからこそ、俺にとってハジメは、親友であり、憧れであり、恩人なのだ。

 

「だから俺は誓ったんだ。たとえ何があっても、俺はハジメの味方でいようってな」

 

ハジメのおかげで、俺は自分の在り方の新たな可能性に気づくことができた。

だから、そのことに気づかせてくれたハジメを、俺がハジメに足りない部分となって守ろうと、何があってもハジメのことを信じようと、そう決めたのだ。

今となっては、俺とハジメの在り方が半ば逆転しているようで、皮肉もいいところだが。

 

「後は、ティアに話したりハジメも知っていることばっかだな」

「・・・ツルギに昔なにがあったのかはわかったわ。でも、どうして話してくれなかったの?」

 

ティアの言うことももっともだ。

俺も、話した方がいいとはわかっていたが、どうしても話す気になれなかった。

 

「俺がティアに話さなかった理由は、1つはティアにあまり余計な荷物を背負わせたくなかったから。もう1つは、情けない話なんだが、自信がなくなりそうだったからだ」

「自信って?」

「俺がティアを好きになったのは、同情心からなのか、そう思いそうになってな。そんなんで、本当に俺のことを好きでいてくれたティアに、俺も胸を張ってティアのことが好きだって言えるのか、不安になったんだ」

 

それは、最初にティアを助けた時も同じだ。

あの時ティアに手を差し伸べたのは、ただの同情心からじゃないのか、ただの傷の舐め合いではないのか。

そんなことはないと思っていても、どうしてもその可能性が頭の中から離れなかった。

そして、

 

「ティアがそれを知った時、軽蔑されるんじゃないかって、怖くなったんだ」

 

それが、一番怖かった。

俺の中で、ティアが大きな存在になっている。それは間違いない。

だからこそ、ティアが俺から離れることがとても怖くて、堪えられなかった。

その結果、今日俺が口を滑らせるまで、俺の過去の話をしなかった。

それだけ言って、俺はティアの反応をうかがった。

やっぱり、軽蔑されてもおかしくは・・・

 

「・・・バカ」

「え・・・?」

 

気付いたら俺は、ティアの胸の中に抱きしめられていた。

突然の行動に、俺は困惑するしかない。

 

「え・・・っと、ティア・・・?」

「私は、何があってもツルギのことが好き」

「あ・・・」

 

その言葉が、俺の心に沁みわたった。

俺の目頭が、だんだん熱くなってきた。

 

「私は、何があってもツルギのことを軽蔑したりなんてしない。だって、ツルギが私のことを好きな気持ちは本当だって、信じているから」

「てぃ、あ・・・」

「だから私は、ツルギの力になりたかった。ツルギの支えになりたいって思った。だから、ツルギのことを知りたいって、ツルギのことを受け止めたいって、そう思っていた。それなのに、私のことを信用してくれなかったなんて、本当にツルギはバカだわ」

「ごめ、おれは・・・」

「私は、どんなツルギでも受け止めるから。だから、我慢しないで」

「う、うぅ・・・」

「私は、何があっても、ツルギと一緒だから」

 

俺はティアの胸の中で、いつぶりかもわからない涙を流した。

泣き方なんて、もうわからない。だから俺は、黙って涙を流し続ける。

そんな俺を、ティアはただ黙って俺を抱きしめて、頭を優しく撫でてくれる。

それがうれしくて、俺は思わずティアにしがみつく。

ティアは少しも嫌がらずに、いつまでも俺を抱きしめて頭を撫で続けてくれた。

 

 

この日、俺とティアの距離がさらに縮まったと実感できた。

それが、とてもうれしかった。

 

 

* * *

 

 

「・・・えれぇもん聞いちまった」

「ん・・・」

「ですねぇ・・・」

「さすがに、罪悪感が湧いてきたのう・・・」

「峯坂君に、こんな過去があったなんてね・・・」

「たしかに、これは予想以上だったな・・・」

 

ツルギがティアに過去話をしていたとき、実はハジメたちもこっそりと話を聞いていた。

ハジメとしては、今まで長い間一緒にいながらも全く知らなかった事実に、衝撃を隠せないでいる。

他の者たちも、興味半分で聞いた事を後悔していた。

 

「・・・私たちは、どうすればいいんでしょうか」

「・・・ツルギといつも通りに接する。これが一番だと思う」

「そうじゃのう。ツルギ殿は、1人になることを恐れておったようだし、それがよい」

「これからも、友達でいようってことでいいのかな?」

「あるいは、仲間でいることも大切だろう。さて、そろそろ戻ろうか。これ以上は、私たちはお邪魔虫なだけだ」

 

ハジメたちは、今夜は剣とティアを2人きりにさせてあげようと決めてその場からこっそり立ち去ろうとした。

のだが、突如として足下に魔法陣が現れた。

 

「なっ、これは!?」

「・・・ん、ツルギがあらかじめ仕掛けたトラップ」

「まさか、私たちが来るとわかってて!?」

「さすがツルギ殿、抜け目がないのう」

「ちょっと、どうするの!?」

「さすがに、無効化するには時間がないな」

 

対覗きのためにツルギがあらかじめ仕掛けていたトラップに香織やシアは慌てるが、ハジメはすぐに落ち着きを取り戻す。その視線は、真っすぐとティオに向けられている。

 

「ご主人様、まさか・・・」

「おら、駄竜。さっさと身代わりになりやがれ」

 

そう言ってハジメは、ティオの襟をつかんで思い切り投げ飛ばし、自分たちは素早く魔法陣の外に退避する。

すると何十本も現れた鎖はすべてティオに向かい、これでもかというくらいに巻きつく。数十秒後には、鎖でできた玉が出来上がっていた。

中からなにやらくぐもった声が聞こえてくる。詳しいことはわからないまでも、なにやら興奮しているようにも聞こえる。

 

「よし、行くか」

「・・・ん」

「ティオさん、なんと業が深い・・・」

「・・・治した方がいいのかなぁ」

「・・・白崎殿、頼む、ティオ様を治してくれないか」

 

ハジメたちはそれぞれの反応をとりながら、ティオを放置してそれぞれ寝床にむかった。




「・・・ツルギ、これなに?」
「対覗きトラップだ。だが、変態しかかかっていないな。ハジメたちには逃げられたか」
「・・・どうするの?」
「放置でいいだろ。中の変態も興奮しているみたいだし」
「・・・そう」

突然のシリアスブレイクにどんな反応をとればいいのかわからないティアの図。


~~~~~~~~~~~


はい、待ちに待ったツルギの過去話回です。
とはいえ、どこぞの原作ヤンデレとあまり変わらない感じではありますが。
そして、ネタはなるべく忘れない、これは自分の信条です。


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砂漠でもトラブル

ティアに俺の過去を話した後、俺とティアはそのまま寝床に戻って愛し合った。俺の秘密を赤裸々に語った後だったからか、いつもよりも俺からティアを求めてしまった。

その翌朝、早起きした俺は鎖の球となったティオを回収し、盗み聞きしたハジメたちをがっつり叱った。まぁ、ハジメたちも俺とこれからも同じように接していくと言っていたし、ほどほどにしたが。

ただ、ティオは鎖でぐるぐる巻きにしたままの説教だったのだが、どこまで聞いていたか、そこが不安だ。俺が説教している間、終始ハァハァしていた気がする。

そんなこんなで、俺たちはそのまま目的地であるグリューエン大砂漠に突入した。

グリューエン大砂漠を見て思うのは、まさに赤銅色の世界だということだ。地面の砂だけでなく、風で巻き上げられた砂が大気の色も赤銅色に染め上げている。

そんな灼熱の大地だが、不思議と地球の砂漠のように、死んだ大地という感じはしない。熱気に包まれながらも、力強さのようなものを感じる。

まぁ、俺たちには関係ないが。

つくづく、ブリーゼを改造しておいてよかったと思う。

普通に旅をしようと思ったら灼熱の砂漠を渡らなければならないし、ブリーゼでも以前のように荷台のままだったら、熱気にあてられるところだった。

だが、今のブリーゼはその荷台を乗車席に改造したおかげで、全員が空調の恩恵を受けることができている。

今、俺たちは全員後ろの乗車席に乗っている状態だ。運転は今は俺が担当している。

ちなみに、運転席と乗車席は扉1つで行き来できるようにしてある。

 

「・・・外、すごいですね・・・普通の馬車とかじゃなくて本当に良かったです」

「全くじゃ。この環境でどうこうなるわけではないが・・・流石に、積極的に進みたい場所ではないのぉ」

「やっぱ、荷台を改造しておいて正解だったな。本当、ハジメのアーティファクト様様だ」

 

窓を覗きながらそんなことを呟くシアに、俺とティオは同調する。

一応、魔法で解決はできるが、あまり魔力を無駄遣いしたくない。ハジメは魔力量こそアホみたいに多いが、魔法が使えないからその分野でハジメに頼ることはできない。本当に、ハジメがいろいろとアーティファクトを作ってくれておいてよかった。

 

「前に来たときとぜんぜん違うの!とっても涼しいし、目も痛くないの!パパはすごいの!」

「そうだね~。ハジメパパはすごいね~。ミュウちゃん、冷たいお水飲む?」

「飲むぅ~。香織お姉ちゃん、ありがとうなの~」

 

一方、ミュウはハジメの隣に座るしら・・・香織の膝の上に腰かけている。

ちなみに、俺とハジメは白崎を名前で呼ぶことになった、というか半ば強制された。

ハジメの方は言わずもがなだが、なぜ俺まで強要させられたのか尋ねると、「けじめをつけたいから」と言ってきた。どうやら、仲間だからこそ名前で呼び合うことにしようと思ったらしい。

ティアの方も、香織が好きなのはハジメだとわかっているので、特に反論はしなかった。

そして、生来の面倒見の良さから、ミュウの世話は香織がすることが多くなった。こういう時に、香織がいて助かったと思う。

ちなみに、ハジメは香織、というより同級生から“パパ”呼びされるのに抵抗があるらしく、何度かやめるように言っているのだが、

 

「そう?なら呼ばないけど・・・でも、私もいつか子供が出来たら・・・その時は・・・」

 

そうなると、決まって香織は顔を赤くしてちらちらとハジメの方を見る。まさに、恋する少女そのものだ。

これは、香織が来てからもう恒例になったことだ。

そして、

 

「・・・残念。先約は私。約束済み」

「!?・・・ハジメくん、どういうこと?」

「・・・別におかしな話でもないだろう。まだまだ遠い将来の話だし」

「・・・ふふ、ご両親への紹介も約束済み」

「!?」

「・・・明るい家族計画は万全」

「!?」

「・・・ハジメと故郷デートも」

「!?」

 

こうなると、決まってユエが“特別”の余裕をちらつかせながら香織をおちょくる。これもまた、香織が来てから恒例化したことだ。

もちろん、香織も言われっぱなしというわけではなくて、

 

「わ、私は、ユエの知らないハジメくんを沢山知ってるよ!例えば、ハジメくんの将来の夢とか趣味とか、その中でも特に好きなジャンルとか!ユエは、ハジメくんが好きなアニメとか漫画とか知ってる?」

「むっ・・・それは・・・でも、今は、関係ない。ここには、そういうのはない。日本に行ってから教えてもらえば・・・」

「甘いよ。今のハジメくんを見て。どう見てもアニメキャラでしょ?」

「グフッ!?」

 

ユエと香織の論争のだいたいがハジメに関わることなので、自然にハジメに流れ弾がいくことも珍しくもない。

 

「白髪に眼帯、しかも魔眼・・・確か、ハジメくんが好きなキャラにもいたはず・・・武器だって、あのクロスビット?はファ○ネルがモデルだろうし・・・あっ、でもハジメくんはダブ○オーも好きだったから、GNビッ○かな?どっちしろ、今のハジメくんも十分にオタクなんだよ」

「ガハッ!?か、香織・・・」

「む、むぅ・・・ハジメの武器がそこから来ていたなんて」

「好きな人の好きなものを知らないで勝ち誇れる?」

 

もちろん、それは香織に限った話ではなくて、

 

「・・・香織・・・いい度胸・・・なら私も教えて上げる。ハジメの好きなこと・・・ベッドの上での」

「!?・・・な、な、なっ、ベッドの上って、うぅ~、やっぱりもう・・・」

「ふふふ・・・私との差を痛感するがいい」

 

ユエの方も、自分しか知らないハジメを香織にたたきつけようと、夜の話を持ってくることも珍しくない。

結局、始めはシアもおろおろとしていたのだが、今では完全にスルーしている。

俺の方も、「はっちゃけてるなぁ~」くらいにしか思っていない。

そして、いつもならハジメが止めに入るのだが、

 

「・・・う~、ユエお姉ちゃんも香織お姉ちゃんもケンカばっかり!なかよしじゃないお姉ちゃんたちなんてきらい!」

 

今回は珍しく、ミュウから2人の言い争いを止めに入った。

そして、ミュウの“大嫌い”という言葉にユエと香織は深く傷付き、ミュウはシアの膝の上へと移動した。

 

「もうっ、お二人共、ミュウちゃんの前でみっともないですよ。というか、教育に悪いです。ハジメさんの事で熱が入るのは私も分かりますけど、もう少し自重して下さい」

「!・・・不覚。シアに注意されるなんて・・・」

「ご、ごめんなさい。ミュウちゃん、シア」

 

最終的に、シアに注意されるという2人にとってまさかの展開に、そろって肩を落とす。

俺としてはむしろ、シアは最近、いろいろな意味で頼もしくなっていると思う。特に、ミュウに対する思い入れが強いからか、お姉さんっぽくふるまうことが多くなった。

ただ、2人がへこんだままでいるのもちょっと気の毒だし、ミュウの誤解を解いてみるか。

 

「ミュウ、心配しなくても、お姉ちゃんたちは仲良しだ」

「みゅ?そうなの?」

「あぁ、俺たちの世界には、“喧嘩するほど仲がいい”って言葉があるからな」

「それなら、ケンカばっかりしているユエお姉ちゃんと香織お姉ちゃんは仲良しなの?」

「あぁ、そうだ」

「「仲良しじゃない!」」

「ほら、息ぴったりだろ?」

「本当なの!」

 

俺の屁理屈ともとれる言葉に、ミュウは納得して笑顔になる。

実際、俺から見て二人はけっこうはっちゃけているように見える。

ユエの方は、今までに恋敵というものがいなかった。

自分が“特別”であるという自負も当然だが、シアはどちらかと言えばカワイイ妹分という認識が強く、変態であるティオはいろいろな意味で論外だ。

香織の方も、あのときは自覚がなかったし、わりと嫌われていたハジメに他の女子が言い寄ることもなかった。

そのため、それぞれお互いにとって初めての恋敵であるため、なんというか、どことなく子供っぽい感じになっている。

まぁ、ハジメ以外に特に被害はないから、このままでもいいか。当事者というか、被害者であるハジメは、遠い目で窓の外を眺めているが。ここ最近で、一番ダメージをくらっているのはハジメだろうし。

とりあえず、あまり巻き込まれたくない俺は窓の外を眺める。

すると、なんか変なものを見つけた。

 

「ん?ハジメ、3時方向になんか変なのがいる。いや、変なのと言ってもサンドワームだが、様子がおかしい」

 

サンドワームとは、グリューエン大砂漠に生息する巨大なミミズ型の魔物だ。砂中に潜み、獲物が上を通り過ぎたら下から丸呑みにするという、奇襲されやすいという点では厄介な魔物だ。

とはいえ、サンドワーム自身も察知能力は低いため、運悪く近くを通らない限りは襲われない。また、地上にいるサンドワームの方から襲ってくるということもないため、遠くに発見したくらいなら無視してもいい。

ただ、俺が見つけたサンドワームは、なぜか獲物を捕食する気配がなく、同じところをぐるぐると回っていた。

 

「なんか、食うべきかどうか悩んでいるようにも見えるが・・・ティオ、イズモ、どう思う?」

「ふむ、あのような行動は妾たちの知識にはないの」

「あいつらは悪食だからな。獲物を目の前にしてためらうことはないはずだが・・・」

 

ティオとイズモは、ユエよりも長生きしており、なおかつ外界の情報も取り入れているため、知識は広く深い。そのティオとイズモですら、あの行動には心当たりがないという。

 

「で?どうするんだ、ツルギ?」

「別に無視してもいいんだが、あそこに誰か・・・っ!?掴まれ!」

 

ハジメの質問に答えようとしたところで、不意にしたから迫ってくる気配を掴んだ。どうやら、俺たちも運悪くサンドワームの近くを通ってしまったようだ。

俺は“魔力操作”で車体を操り、急加速する。すると、すぐ後ろからサンドワームが飛び出してきた。

だが、まだ下から気配を感じる。

俺はブリーゼを右へと左へと蛇行させて襲い掛かってくるサンドワームを避けながら、乗車席に移動する。

途中、香織が顔を赤くしながらハジメに倒れこんでしがみついているのが見えたが・・・わざとか?その際に、ユエを下半身で下敷きにしていたように見えたが・・・確信犯なのか?

まぁ、それはさておき、運転席に移動した俺は運転に集中する。

すると今度は、3体のサンドワームが巨体に物を言わせて上から押しつぶそうとしてきた。

別にこれくらいなら、ハジメのオタク魂が注ぎ込まれたこのブリーゼをどうにかすることなどできないだろうが、試運転もかねて新しい兵装を使ってみるか。

 

「さてと、威力はどれほどのものかな」

 

俺はブリーゼを横滑りさせて向きを変え、特定の部分に魔力を流し込んだ。

すると、ボンネットの一部が開き、そこからアームに取り付けられたロケット弾が現れた。アームがサンドワームに狙いを定めると、ロケット弾が勢いよく発射され、大口を開けたサンドワームの、まさにその口内に直撃した。結果、サンドワームは体の内側から爆発四散し、血肉がブリーゼにびちゃびちゃと降りかかった。

 

「うへぇ、思ったよりグロいな、これ。おーい、そっちは大丈夫かー?」

「あぁ、問題ない。それより、ミュウに見せないようにしてやってくれ」

「もう、してますよ~。あんっ!ミュウちゃん、苦しかったですか?でも、先っぽを摘むのは勘弁して下さい」

 

とりあえず、全員無事だったらしい。ただ、シアから変な声が聞こえてきたが・・・気のせいだろう、たぶん、きっと。

ミュウがシアの胸を掴んでいるというか、摘まんでいる気もするが・・・気のせいにちがいない。

ユエと香織が先ほどのことでなにやら言い争っているが、それを無視して俺はハジメに話しかける。

 

「ハジメ、さっきのサンドワームが群れていたところに行くぞ。誰かが倒れていた。服装からして、おそらくアンカジの人間だ」

「なんだって?」

 

アンカジとは、今俺たちが向かっている目的地のオアシスだ。先ほどの現場でちらっと見えていたのだが、サンドワームがぐるぐる回っている中心には、アンカジの者と思わしき人物が倒れていたのだ。

サンドワームが襲おうとしなかったことと言い、こんなところで倒れていることと言い、ただごとではない。

 

「アンカジになんか面倒ごとが起こっているかもしれないからな、今のうちに助けて事情を聴いておくぞ」

「・・・ったく、わーったよ」

 

一応、ハジメも賛同してくれた。おそらく、ミュウの前で誰かを見捨てるという行為に抵抗感があったのかもしれないが。

途中でブリーゼ内蔵のシュラーゲンを用いて地中地上関係なくサンドワームを屠りながら、倒れていた人物のところにたどり着いた。

その人物は、エジプトの民族衣装のような服と、顔に巻き付けることができるくらい大きいフードのある外套を見に纏っていた。

倒れている人物を見ると、すぐに俺はその異常に気付いた。

フードをとって顔を見ると、その人物は20代ほどの青年なのだが、顔は不自然なほどに赤く、呼吸も荒い。さらに、血管が膨張しているようで、血管が表面に浮き出ており、目や鼻からも出血している。

なにより不自然なのは、魔力だ。

 

「これは、魔力が暴走しているのか?」

「どういうことだ?」

「詳しいことは調べないとわからないが、おそらく何かしらの毒物によって魔力暴走が引き起こされている。しかも、外に排出することができていない。このままだと、内側から体組織が破壊される。香織、とりあえず、まずはこの男から魔力を抜き出してくれ」

「うん、わかった。光の恩寵を以て宣言する、ここは聖域にして我が領域、全ての魔は我が意に降れ“廻聖”」

 

香織は、俺の指示通りに魔力を他者に譲渡する光上級魔法“廻聖”を使って魔力を抜き出す。

それにしても、香織の回復魔法はさすがだな。攻撃特化の俺やユエでは、ここまでの回復魔法は使えない。それはおそらく、ティオやイズモも同じだろう。

現に、ユエ、ティオ、イズモは青年を中心に蛍のように沸き上がる魔力の光を感嘆とともに見つめていた。

余談だが、ここで抜き出した魔力は神結晶に蓄えられているのだが、今回は指輪ではなく腕輪だ。珍しく、ハジメが過去の過ちを繰り返さないようにしている。やはり、勝てないものもあるらしい。

香織が魔力を抜き出すと、青年の呼吸は安定し、顔色もよくなった。

だが、これはあくまで応急処置にすぎない。これ以上魔力を抜くと衰弱死する可能性があり、このまま放っておくと再発する恐れもある。

それになにより、この原因不明の症状に心当たりがない。

 

「ユエ、ティオ、イズモ、このような症状になにか心当たりはあるか?」

 

一応、俺たちのメンバーで高齢の3人に聞いてみるが、案の定、首を横に振った。

もちろん、治療師である香織にも心当たりはない。

 

「さて、とりあえず、俺たちの中でこれと同じ症状はないっぽいから、空気感染ってことはないだろうが・・・なんにせよ、話を聞いておくか」

 

アンカジで何が起こっているのかを確かめるためにも、俺は青年を揺さぶる。

すると、青年はゆっくりと瞼を開け、

 

「・・・女神?そうか、ここはあの世か・・・」

 

・・・寝ぼけてるのか、こいつ?

そしてなにやら、再び顔を赤くしているのだが、確実に先ほどと同じ理由ではない。

そんなことを考えていると、後ろからハジメが近づいてきて、

 

「おふっ!?」

「ハ、ハジメくん!?」

 

思い切り青年の腹を踏みつけた。

香織はハジメの突然の行動に驚くが、目を覚まさせるにはちょうどよかったらしい。意識がはっきりしたようだ。

そこで、俺はこの青年から事情を聴いた。

簡単にまとめると、この青年はビィズといい、アンカジ公国の次期領主らしい。どうやら、かなりの大物を助けたようだ。

アンカジでは、4日前から原因不明の高熱を発して倒れる者が続出し、初日だけでも意識不明者が3000人、同じ症状を訴えた人物が2万人にのぼったらしい。

医療機関はあっという間に飽和状態になり、病状を発したものが2日ほどで死亡するという事実に絶望する者も大勢いたらしい。

そして、ひょんなことから1人の薬師が飲み水を“液体鑑定”で調べると、そこから毒物が検出されたという。それを受けてアンカジのオアシスを調べた結果、案の定、オアシスそのものが汚染されてしまったらしい。

誰にも気づかれずにオアシスが汚染されるという未曽有の事態に誰もが首をひねるが、それよりもまずは患者を何とかしようということになった。

幸い、治す手立てはあった。

“静因石”という鉱物が魔力を鎮静化する作用を持っているので、これを用いて特効薬を作ろうということになった。

だが、静因石は“グリューエン大火山”か北の山脈地帯でしか採取できない貴重な鉱石。北の山脈地帯までは往復で1ヵ月以上かかるし、グリューエン大火山も周りを覆う砂嵐のせいで生半可な冒険者では中に入ることすらできない。

仮に突破できる冒険者がいたとしても、それ以前に安全な飲み水が圧倒的に足りない。

そこで、王国に救援を求めようと数人の護衛と共に出発したのだが、旅の途中で病状を発症してしまい、先ほどに至る、ということらしい。

 

「おそらく、発症までには個人差があるのだろう。家族が倒れ、国が混乱し、救援は一刻を争うという状況に・・・動揺していたようだ。万全を期して静因石を服用しておくべきだった。今、こうしている間にも、アンカジの民は命を落としていっているというのに・・・情けない!」

 

どうやら、責任感の強い民想いの人物らしい。

幸い、病状が発症したおかげでサンドワームに狙われず、俺たちに会うことができた、ということだ。

 

「・・・君達に、いや、貴殿達にアンカジ公国領主代理として正式に依頼したい。どうか、私に力を貸して欲しい」

 

ビィズが、深々と俺たちに頭を下げる。領主代理が、そう簡単に頭を下げるべきでないことはビィズ自身が一番分かっているのだろうが、降って湧いたような僥倖を逃してなるものかと必死なのだろう。

俺はいったん、ハジメに視線を向ける。ユエたちも、ハジメの方に視線を向けて答えをゆだねている。ユエと香織以外には、助けてあげてほしいという意思が見られる。

特に、ミュウは直接的だった。

 

「パパー。たすけてあげないの?」

 

ハジメならなんでもできると、そう信じて疑わないミュウの言葉に、ハジメが苦笑しながら肩をすくめる。

どうやら、答えは決まったようだ。

 

「わかった、その依頼を引き受けよう」

「かたじけない・・・ツルギ殿とハジメ殿が“金”クラスなら、このまま大火山から“静因石”を採取してきてもらいたいのだが、水の確保のために王都へ行く必要もある。この移動型のアーティファクトは、ツルギ殿やハジメ殿以外にも扱えるのだろうか?」

「一応、香織とミュウ以外は使えるが、王都に行く必要はない。水くらいならどうとでもなる。それよりも、まずはアンカジの方に向かおう」

「どうにか出来る?それはどういうことだ?」

 

俺の言葉にビィズが首をかしげるが、それが普通の反応か。だが、ユエならそれができる。

“神の使徒”である香織がビィズを説得することで、なんとかアンカジに引き返すことを了承してもらい、ブリーゼに乗ってアンカジへと向かう。

それにしても、ここにきてもトラブルか。なにやら、面倒な予感がするな。




「はぁ、やっぱ、暑いところで食べるかき氷はおいしいな」
「他の人たちから見れば、贅沢もいいところでしょうね・・・それよりも、香織とティオは何をやっているの?」
「“周天”!“周天”!アンチエイジング!」
「日差しは大敵!アンチエイジング!」
「たぶん、あれだ、日差しは女の子の天敵ってやつだ」
「そうなの?」
「そうらしい」

日差しを気にする必要がないツルギとティアが躍起になっている香織とティオに首をかしげるの図。


~~~~~~~~~~~


最近、がっつりアクションだけでなく、ゆるキャンやニューゲームみたいなほのぼの日常にもハマっています。
日々の生活ですさんだ心を癒すには、ちょうどいいですしね。
ちなみに、自分が一番すきなほのぼの日常系のアニメはスロウスタートです。
とても面白いし、すごい和むのがいいですね。


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オアシス救済計画

しばらくブリーゼを走らせると、アンカジの外壁が見えてきた。見た感じは、中立商業都市のフューレンよりも大きい。それに、外壁や街並みが乳白色で、見栄えもなかなかのものだ。

ただ、フューレンと違い、なにやら外壁の各所から光の柱が不規則な形で街を覆っていて、光のドームを形成していた。ビィズによると、あの結界によって魔物や砂の侵入を防いでいるらしい。また、この結界にそのような働きを持たせているため、門も魔法によるバリア式とのことだ。

解説を受けながら街の中に入ると、そこはたしかに美しい街だった。入場門が高台にあることもあって、街を一望することができる。オアシスは太陽の光を反射してキラキラ輝いており、オアシスの水が小川として流れていることもあって、街の中なのにちらほらと小舟が浮かんでいるのが見える。

街の北側は農園になっており、多種多様な果物が実っているのが見える。西側には領主の館であるらしい大きな建物があり、他の乳白色の建物と違って、純白と言っていい白さだ。

ぱっと見ただけでも、この街の良さがうかがえる。観光街として栄えているという話も納得できるほどだ。

だが、街には異様なほどに活気がない。ところどころに人が歩いているのが見えるが、誰もが俯き気味で、陰気な空気に覆われている。

先ほどの門番も、次期領主であるビィズに気が付くまでは投げやりな様子だった。どうやら、街の誰もが、未知の病に心を砕かれたらしい。活気をまるで感じることができない。

 

「・・・使徒様やツルギ殿、ハジメ殿にも、活気に満ちた我が国をお見せしたかった。すまないが、今は時間がない。都の案内は全てが解決した後にでも私自らさせていただこう。ひとまずは、父上のもとへ」

 

いろいろと思うところはあるが、俺たちはビィズの言葉に頷き、アンカジの領主の下に向かった。

 

 

* * *

 

 

「父上!」

「ビィズ!お前、どうしっ・・・いや、待て、それは何だ!?」

 

ビィズの顔パスで屋敷の中に入り、領主であるランズィに会ったときの最初の一言が、それだった。

まぁ、驚くのも無理はない。今のビィズは、宙に浮いた十字架にしがみついている状態だからな。

なぜこうなったかと言えば、最初は香織が肩を貸そうとしたのだが、その時にビィズが「ああ、使徒様自ら私を・・・」などと瞳を潤ませて呟いたため、ハジメがクロスビットを取り出して無理やり乗せたのだ。

まぁ、第2第3の檜山や天之河を生み出すよりかははるかにマシだろう。もちろん、ハジメに限って『嫉妬から』なんてことはないだろうが。

とりあえず、クロスビットにしがみついたままビィズが事情を説明して、使用人が静因石をビィズに服用させ、香織が回復魔法をかけた。そのおかげで、全快までとはいかなくても、動く分には支障がない程度には回復した。

とはいえ、体内の毒素が消えたわけではない。あくまで、静因石によって効果が発揮できなくなったというだけだ。だが、毒素が体内の水分に溶け込んでいるというなら、時間経過によって排出されるだろう。今のところは、様子見するしかない。

 

「さてと、それじゃあ、それぞれ動くか。ユエたちは魔法で水を確保してくれ。香織は引き続き医療院に行って患者の魔力を抜き出して、抜き出した魔力は魔晶石に貯蔵してくれ。シアは香織について行って、魔晶石の魔力が満タンになったら、ユエのところに持って行ってくれ。領主、近くに最低でも200m四方は確保できるところはあるか?」

「む?うむ、農地に行けばいくらでもあるが・・・」

「なら、ユエたちをそこに案内してくれ。俺たちは、オアシス汚染の原因の調査、可能なら排除をやっておく」

 

ということで、医療院に香織とシアが、農地にユエ、ハジメ、ティオ、ミュウが、原因調査に俺、ティア、イズモが動くことになった。

そして、俺の指示に全員が頷き、それぞれ動いていった。

 

 

* * *

 

 

領主の案内で、俺たちはオアシスへと向かう。

一応、途中の小川で“看破”を使って検分してみるが、やはり俺の知らない毒素だった。

王都から出る前まで、俺は図書館でできるかぎり情報を集めた。毒素に関しても治療のためにそれなりに調べたはずだが、それでも俺の知りうる毒素の中にはこのオアシスを汚染しているものに心当たりはない。おそらく、新種の毒と考えてもいいだろう。

そして、俺たちはオアシスにたどりついた。相変わらず、見た目は太陽の光を反射してキラキラと光っており、汚染されているとは思えない。

 

「・・・ん?」

 

が、そこでふと、妙なものを“魔眼”で一瞬だけ捉えた。

 

「・・・ツルギ?」

「なにか見えたのか?」

「いや、一瞬だけ魔力の流れが見えたんだが・・・領主、調査チームはどこまで調べたんだ?」

「・・・確か、資料ではオアシスとそこから流れる川、各所井戸の水質調査と地下水脈の調査を行ったようだ。水質は息子から聞いての通り、地下水脈は特に異常は見つからなかった。もっとも、調べられたのは、このオアシスから数十メートルが限度だが。オアシスの底まではまだ手が回っていない」

「オアシスの底には、なにかアーティファクトでも沈めてあるのか?」

「? いや。オアシスの警備と管理に、とあるアーティファクトが使われているが、それは地上に設置してある・・・結界系のアーティファクトでな、オアシス全体を汚染されるなどありえん事だ。事実、今までオアシスが汚染されたことなど一度もなかったのだ」

 

どうやら、この街を覆っているドームが“真意の裁断”という結界型アーティファクトで、何を通すかは設定者側、つまり領主が決めることができ、さらに探知もできるのだという。もちろん、探知の設定も設定者側で決められる。この探知設定はかなりの汎用性があって、闇魔法を使って精神作用も探知できるらしい。

例えば、“オアシスに対して悪意のあるもの”と設定すれば、条件に当てはまるものが中に入ると、設定者であるランズィに伝わるという。

 

「・・・へぇ、となると、あれは何だろうな」

 

そう言いながら、俺はオアシスから距離をとり、右手を上空にかざす。

領主たちは俺の突然の行動に首をかしげているが、オアシスに覆いかぶさるように魔法陣が出現したのを見てギョッとする。

そして、俺は魔法を使う。

 

「刺し穿て、“ゲイボルグ”」

 

俺が魔法を唱えると、魔法陣が強く発光し、そこから無数の赤い槍がオアシスに降り注いだ。次の瞬間、オアシスから巨大な水柱が吹きあがり、雷が迸る。

オルクス大迷宮で階層をぶち抜くのに使用した“ゲイボルグ”だが、もともとは水中兵器、要は魚雷として使うことを前提として作ったもので、カラドボルグと同じ原理で撃ちだすことでも地上で使えるというだけだ。

この“ゲイボルグ”は魔法陣から槍を射出し、仮によけられても槍から雷撃を放ったり火魔法で爆発させることで半径最大10mほどを殲滅できるという優れものだ。仕組みも簡単にしてあるので、見た目よりも魔力効率はいい。

そのゲイボルグを乱れ撃ちに放っているのだが、なかなか魔力の正体が姿を見せない。水に邪魔されて、俺の予想よりも威力が減衰されているのか?また後で改良しておくか。

 

「んー、なかなか出てこないな。すばしっこくて当たらないのか、当たっても防御力が高くてさほど効いていないのか・・・もっと数を増やすか」

 

そう言いながら、俺は魔法陣をちょっといじって射出する“ゲイボルグ”を増やした。

そこで、口をあんぐりさせていた領主が、正気を取り戻して悲鳴をあげる。

 

「おいおいおい!ツルギ殿!一体何をやっているんだ!あぁ!桟橋が吹き飛んだぞ!魚達の肉片がぁ!オアシスが赤く染まっていくぅ!」

「ちっ、まだ出てこないな。広範囲殲滅とはいえ、もうちょっと狙いをつけれるようにした方がいいか?」

 

これだけの攻撃を放っているというのに、一向に姿を現さない。狙いが大雑把すぎたのか?照準調整も要改良だな。

後ろで領主がなにやら叫んでいるが、爆音のせいで上手く聞き取れない。悲鳴っぽいのはたしかだが、わからないから深くは考えないようにしよう。

後ろでなにやらティアとイズモが領主たちを取り押さえているようにも見えるが、今は手が離せない。無視しておこう。

とりあえず、“魔眼”で魔力源を探し当てて・・・

 

シュバッ!!

 

突然、オアシスの中から無数の触手が風を切り裂いて俺たちに殺到してきた。俺は瞬時にマスケット銃と物干し竿をを生成して、触手のすべてを撃ち落とすか斬り伏せる。

すると、オアシスの水面が突如盛り上がったと思ったら、重力を無視してそのまませり上がり、10mほどの小山になった。

 

「なんだ・・・この魔物は一体何なんだ?バチュラム・・・なのか?」

 

バチュラムとは、トータスにおけるスライム型の魔物の総称だ。

だが、水を自分の体のように操る能力を持ったバチュラムは聞いた事がない。

だとすれば、やっぱりそういうことか。

 

「なんにせよ、こいつがオアシスを汚染した元凶だな。大方、毒素を吐き出す固有魔法でも持っているんだろう」

「・・・確かに、そう考えるのが妥当か。だが倒せるのか?」

 

そんなことを話している最中にもバチュラムは無数の触手を飛ばしてくるが、俺が片手間にすべてを撃ち落とす。一応、何度か体内にある赤い魔石も狙って撃っているが、まるで意思を持っているように体内で動き回ってなかなか当たらない。

とりあえず領主は落ち着いてくれたようで、冷静に勝算を聞いてきた。

この答えは、決まっている。

 

「大丈夫だ、問題ない。ティア、イズモ、少しの間頼む」

「わかったわ」

「任せろ」

 

そう言って俺はいったんマスケット銃と物干し竿を消し、弓矢を生成する。

その隙を狙って俺の方に触手が殺到してきたが、ティアが拳で触手を叩き落し、イズモが火魔法で蒸発させる。

ティアが放っているのは、普通の拳ではない。固有魔法である“魔狼”を纏わせた拳だ。これのおかげで、多少狙いがずれても、拳の周りに展開した魔力場がバチュラムの触手に込められている魔力を食い破り、霧散させる。

フューレンで“魔狼”の存在を認識してから、俺とティアはこの魔法の鍛錬を続けているが、これはなかなかにチートな魔法だった。

この魔力場に触れた魔力は、体の内外を問わず魔力をくらいつくし、己の力へと変える。そのため、実質魔力面ではほぼ永続で戦うことができ、さらに相手の消費魔力は格段に上昇する。長期戦になればなるほど相手が不利になるという、対人・対魔物問わずに強力な魔法だ。その分、射程距離は短く、一歩間違えれば至近距離でダメージをくらうことになるが、その点はティアのステータスの高さと俺が叩き込んだ駆け引きである程度解決している。本格的に、ティアが俺やハジメを超える日が近づいている気がする。

そんなティアとイズモに守られながら、俺は弓を引き絞り、狙いを魔石に定める。

 

「すぅ・・・」

 

俺は軽く息を吸い込んで息を止め、矢を放つ。

放たれた矢は、クッと進路を変えた魔石に吸い込まれるように向かい、寸分たがわずに撃ちぬいた。

魔石を破壊されたバチュラムは、ただの水へと変わり、ドザァー!と音をたてながらただのオアシスへと戻った。

 

「・・・戻ったのかね?」

「少なくとも、毒素はなくなっていない。だが、元凶は排除したから、汚染が進むことはないだろう。上手く汚染水を排出してやれば、いつかは元のオアシスに戻るんじゃないか?」

「・・・そうだな。改めて、感謝する、ツルギ殿」

 

毒素がなくなっていないことにランズィたちはわずかに落胆するが、その分復興に向けての意欲を見せ始めた。どうやら、今後は大丈夫そうだ。

 

「・・・しかし、あのバチュラムらしき魔物は一体なんだったのか・・・新種の魔物が地下水脈から流れ込みでもしたのだろうか?」

 

気を取り直したランズィは、今度は突然現れたバチュラムに首をかしげる。

ただ、それに関しては簡単に想像がつく。

 

「おそらくだが、魔人族の仕業じゃないか?」

「!? 魔人族だと?ツルギ殿、貴殿がそう言うからには、思い当たる事があるのだな?」

 

ランズィは俺の言葉に驚き、だがすぐに冷静さを取り戻して続きを促してきた。

幸い、ランズィの目には俺たちへの疑惑はほぼ含まれていない。話しても問題はないだろう。

そう考えて、俺はウルの町やオルクス大迷宮での出来事を話した。

それに、アンカジはエリセンからの海産系食料供給の中継地点であり、果物やその他食料の供給も多大であることから、食料関係においては間違いなく要所だと言える。しかも、襲撃した場合、大砂漠のど真ん中という地理から、救援も呼びにくい。

これだけ条件がそろっていれば、魔人族が狙っても、なんら不思議はない。

 

「魔物のことは聞き及んでいる。こちらでも独自に調査はしていたが・・・よもや、あんなものまで使役できるようになっているとは・・・見通しが甘かったか」

「それは仕方ないと思うぞ。王都でもその時まで確認されていなかったからな。今頃、勇者一行が手も足もでなかったってことで、上層部は大騒ぎになっているはずだ」

「いよいよ、本格的に動き出したということか・・・ツルギ殿・・・貴殿は冒険者と名乗っていたが・・・その魔法といい、強さといい、やはり香織殿と同じ・・・」

 

ランズィの言葉に、俺は肩を軽くすくめるにとどめる。

それを言えばハジメだって同じだし、そもそも俺は教会に喧嘩を売った身だ。いちがいに香織たちと同じとは言えない。

そこに、農地にいたビィズがハジメたちを引き連れてやってきた。どうやら、水の問題も解決できたらしい。

 

「・・・ツルギ殿、ハジメ殿、アンカジ公国領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、国を代表して礼をいう。この国は貴殿等に救われた」

 

そう言うと、ランズィとビィズ、彼らの部下が俺たちに深々と頭を下げた。

一国の領主が、“金”ランクとはいえ一介の冒険者に頭を下げるなど、なかなかできることではない。

どうやら彼らは非常に()()()人間のようだ。それだけ、愛国心が強かったというのもあるんだろうが。

そして、礼を受けた俺は、

 

「気にするな、とは言わないぞ。いざって時には頼りにさせてもらうから、そのときはよろしく」

 

思いっきり恩に着せた。

別に、俺たちも聖人君子のつもりでやったわけではない。

ミュウや香織の頼み、グリューエン大火山へ道中、後ろ盾の追加、そんな諸々の事情が絡み合ってやっただけだ。

俺の言葉を受けたランズィは、最初はきょとんとするが、次いで苦笑いを浮かべる。

 

「あ、ああ。もちろんだ。末代まで覚えているとも・・・だが、アンカジには未だ苦しんでいる患者達が大勢いる・・・それも、頼めるかね?」

「問題ない。もともと、グリューエン大火山に用があって来たからな。それくらいはかまわない。どれくらい採ってくればいい?」

 

ランズィはホッとした表情を浮かべながら、今の患者数と必要な静因石の量をつげた。

持ち運びに関しては、宝物庫があるから問題ない。

必要な話し合いをした俺たちは、香織たちのところに向かった。

そこでは、一度に複数の患者の魔力を抜き出し、同時に衰弱から回復させる魔法も行使する香織と、治療された患者を馬車ごと持ち上げて、他の施設を行ったり来たりしていた。

そこに、ランズィが水の確保と元凶が排除されたことを大声で叫ぶと、一斉に歓声が上がった。その知らせは、すぐに各所に伝えられていき、病に倒れ伏す人々も、もう少し耐えれば助かるはずだと気力を奮い立たせていく。

その様子を確認してから、俺は香織に話しかける。

 

「香織、あとどれくらい持ちそうだ?」

「ツルギ君、ちょっと待ってね・・・・・・・・・2日かな」

 

俺の質問に、香織が虚空を見つめながら計算を始め、そう答えた。それが、魔力的にも患者の体力的にも、持たせられる限界だと判断したのだろう。

それだけ答えると、香織はさっさとハジメの方に視線を向ける。

 

「ハジメくん。私は、ここに残って患者さん達の治療をするね。静因石をお願い。貴重な鉱物らしいけど・・・大量に必要だからハジメくんじゃなきゃだめなの。ごめんね・・・ハジメくんがこの世界の事に関心がないのは分かっているけど・・・」

「それだけ集めようってんなら、どちらにしろ深部まで行かなきゃならないだろ。浅い場所でちんたら探しても仕方ないしな。・・・要は、ちょっと急ぎで攻略する必要があるってだけの話だ。序でなんだから謝んな。俺が自分で決めたことだ。・・・それに、ミュウを人がバッタバッタと倒れて逝く場所に置いて行くわけにも行かないだろ?」

「ふふ・・・そうだね、頼りにしてる。ミュウちゃんは私がしっかり見てるから」

「・・・あれ?俺、邪魔だった?」

「そ、そんなことないわよ、ツルギ」

 

ちょっと、目頭が熱くなる。さすがに、俺への関心が薄すぎやしませんかね。

ティアのフォローが、逆にむなしくなる。

とりあえず、気を取り直してさっと指示を送る。

 

「じゃあ、香織とミュウはここに残るとして、一応、イズモも残ってくれ。さすがにないとは思うが、万が一魔人族か魔物が襲ってきたら、今のアンカジじゃきついからな。香織も後衛職だし、いざというときは頼む」

「あぁ、任せてくれ」

 

イズモも、俺の指示にすぐに納得して頷く。

これで、万が一があっても大丈夫だろう。

 

「私も頑張るから・・・無事に帰ってきてね。待ってるから・・・」

「・・・あ、ああ」

 

ただ、隣で香織が死亡フラグと受け取れなくもない台詞を言っているのは、ちょっとどうなんだろ。表情も、まるで戦地に行く夫を送り出す妻のそれだし。

しかも、それにあの人物が対抗しないわけがない。

それとなしにユエの方を見ると、それはもう無機質な視線をハジメに向けていた。ハジメも、思わず冷や汗をかいている。

しかも、ここで特大の爆弾が放り込まれた。

 

「香織お姉ちゃん、さっきのユエお姉ちゃん見たいなの~。香織お姉ちゃんもパパとチュウするの~?」

「おや?見えておったのか、ミュウよ?」

「う~?指の隙間から見えてたの~。ユエお姉ちゃん、とっても可愛かったの~。ミュウもパパとチュウしたいの~」

「う~む。妾ですらまだなのじゃぞ?ミュウは、もっと大きくなってからじゃな」

「うぅ~」

 

・・・どこからツッコめばいいんだよ。

ハジメとユエがキスをしていたというのは、おそらく吸血の延長線だろう。魔力補給のためにユエがハジメに吸血を行い、そのままの流れで・・・ということか。

たぶん、他にも大勢の人がいただろうに、なにやってるんだよ。

ティオはといえば、ハジメに強烈な視線をぶつけられて興奮している。この変態も末期だな、ホント。

そして、このミュウの爆弾に反応する者が1人。

香織だ。

香織が、背後に大太刀を持った般若さんのス〇ンドを出現させた。

 

「・・・どういうことかな、かな?ハジメくん達は、お仕事に行ってたんだよね?なのに、どうしてユエとキスしているのかな?どうして、そんなことになるのかな?そんな必要があったのかな?私が、必死に患者さん達に応急処置している間に、二人は、楽しんでたんだ?私のことなんて忘れてたんだ?むしろ、二人っきりになるために別れたんじゃあないよね?」

 

・・・どうしよう、香織のヤンデレ化が止まらないかもしれない。

一応、八重樫とも香織が堕ちないように注意しておくとは約束したが、注意してもどうしようもないじゃないか。だって、ユエとハジメがいちゃつくのは、とても自然なことだから。注意してとめられるはずもない。

そう思っていると、冷や汗をかいているハジメに代わり、ユエが前にでてきた。

あ、もしかして、弁解をしてくれるのか・・・

 

「・・・美味だった」

 

ですよね、そんなわけないですよね、挑発するに決まってますよね。

ユエの方も、背後に雷龍のス〇ンドを出現させて香織に相対する。

医療院の職員や患者さんたちは、そろって目を逸らしている。

俺だって目を逸らしたくなるんだ、仕方ない。

とりあえず、ハジメが2人にデコピンをして黙らせ、一応は事態を収束させた。香織とユエは納得していないが。

香織は「だって、これは理屈じゃないから・・・」などと言い訳し、ユエに至っては「・・・これは女の戦い、邪魔しないで」と言う始末。

なんだ、やっぱ仲良しじゃねえか、この2人。

その後も、香織がほっぺでもいいからとハジメにキスを催促し、それを見たミュウも同じようにキスを催促し、シアもその場の流れで催促し、ティオの催促は鼻息が荒いからとつっぱねられ、最終的にシア、香織、ミュウに互いの頬にキスをするという謎の展開になった。

ちなみに、俺とティアもブリーゼに乗り込んで2人になったタイミングでキスをした。

それはもう濃いやつを。




今回は小話は無しで。
ネタが思い浮かばなかったというのと、バイトで疲れたので。
あくまで派遣会社のやつなんですが、普段運動しないのに重労働を強いられて体がボロボロになったので。
それとですね、小話のネタがちょっと厳しくなってしまったので、もしリクエストがあれば、それを参考に作ってみようと思います。


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火山に突入

“グリューエン大火山”。

それはアンカジから北に100㎞ほど進んだ先にあり、直径はおよそ5㎞、高さは3000mほどで、見た目は日本の富士山よりもハワイのマウナ・ロア山に近い。

一応、このグリューエン大火山も七大迷宮の一つとして数えられているが、冒険者はほとんど訪れない。

内部の危険性や魔石の旨みが少ないからという理由もあるが、それ以前の問題がある。

 

「・・・まるでラ〇ュタだな」

「あぁ、〇の巣か」

「・・・ラピュ〇?」

「竜の〇ってなに?」

 

そう、日本の国民的アニメのワンシーンのように、グリューエン大火山の周りを巨大な砂嵐が渦巻いているのだ。その様子は、むしろ壁と言っても大差ないほどだ。

さらに、この砂嵐の中にはサンドワームや他の魔物も多数潜んでおり、視界の確保すら難しい状況で好き放題奇襲されるという、かなり鬼畜な仕様になっている。

まぁ、俺たちには関係ないが。

 

「つくづく、徒歩でなくて良かったですぅ」

「流石の妾も、生身でここは入りたくないのぉ」

 

ハジメのブリーゼは、この程度の砂嵐ではびくともしない。シアとティオが、窓の外を見ながらそう呟いているのを横目に、俺も窓の外を覗く。

俺の“天眼”でも、50m先を見るのが精いっぱいだ。おそらく、巨大な岩石をここに放り込んだら、1日ともたずにすべて削られてしまうだろう。それほどに、すさまじい勢いだ。

本当に、ブリーゼがあってよかった。

それに、この砂嵐も悪いことばかりではない。

途中でサンドワームやらが襲ってくるが、この砂嵐を利用することで普通に使うよりも少ない魔力消費で風魔法を行使することができる。

ユエとティオがサンドワームを蹴散らしながら、倒し損ねた魔物は俺とハジメが分担でブリーゼの機能を使って倒していく。

たった今も、手榴弾を転がしてサンドワームを爆殺したところだ。

 

「うひゃあー、すごいですぅ。ハジメさん、この四輪って一体いくつの機能が搭載されているんですか?」

 

このシアの質問に、ハジメがニヤッと笑って答える。

 

「最終的に変形して人型汎用兵器・・・巨大ゴーレムになる」

「「「「・・・・・・」」」」

 

このハジメの回答に、シアだけでなく俺以外の他の全員も微妙な表情になり、きょろきょろとブリーゼの中を見回す。

ありえないと思うが、ハジメならまさか、といったところか。

 

「ハジメ、微妙に笑えない冗談を言うな。その案は、結局物理的な問題でボツになっただろうが」

「あぁ、わかってるよ・・・憧れるけどな」

「「「「ほっ・・・」」」」

 

とりあえず、今は実現不可能と言い切ったことでユエたちは胸をなでおろすが、逆に言えば、今後習得した神代魔法によっては実現可能ということでもある。

そして、このことをハジメに言ったら、なにやらハジメが大迷宮攻略にさらにやる気を出した・・・気がする。態度には出していないが、目の奥に炎が灯ったのを、一瞬だがたしかに見た。

やはり、オタクと中二病の性は変えられないということか・・・。

その後も襲い掛かってくる魔物を蹴散らしながら、俺たちは砂嵐を抜けた。

そこには、エアーズロックの何倍もの大きさがありそうな岩が立ちはだかっていた。

これが、グリューエン大火山か。

グリューエン大火山の入り口は頂上にあるという話だったので、ブリーゼで行けるところまで登る。

しばらくブリーゼを走らせて、傾斜がきつくなってきたところで俺たちはブリーゼから降りた。

次の瞬間、ブワッと熱気が俺たちに襲い掛かってきた。

 

「うわぅ・・・あ、あついですぅ」

「ん~・・・」

「確かにな・・・砂漠の日照りによる暑さとはまた違う暑さだ・・・こりゃあ、タイムリミットに関係なく、さっさと攻略しちまうに限るな」

「考えてみれば、活火山なのだから、暑いのもあたりまえよね・・・」

「ふむ、妾は、むしろ適温なのじゃが・・・暑さに身悶えることが出来んとは・・・もったいないのじゃ」

「・・・あとでマグマにでも落としてやるよ」

 

どうやらティオは、竜人族なだけあって暑さにはめっぽう強いらしい。後半の台詞はまったくいらなかったが。

 

「ていうか、ツルギはどうしてそんなに平気そうなんだよ・・・」

「たしかに、ティオさんみたいにケロッとしてますよね・・・」

 

ハジメとシアが、そんなことを言いながら俺をジト目で見つめてくる。ユエとティアも、言葉には出さなかったものの思うところは同じようで、俺の方とジッと見てくる。

 

「別に大したことじゃない。この程度で音を上げるような、やわな鍛え方はしていないってだけだ」

 

俺が武術を習ったのは、主に精神修行のためだ。だからこそ、気温の違い程度ではとくに俺の気を削ぐほどではない。

むしろ、普段から冷房の効いたところでだらだらしていた現代っ子なハジメたちの方がやわなだけだ。

まぁ、俺だって何もしていないわけじゃないが。

 

「あと、魔法で外部の空気をシャットアウトしているんだ。酸素とかは別でな」

 

外部から入ってくる熱気を魔法で遮ることで、それ以上気温が上がらないようにしている。冷房を使うほどではないが、それなりに快適な環境を保てているし、魔力効率も悪くない。これなら、かなりの間は展開できる。

 

「言っておくが、お前たちもその範囲内に入っているからな。ったく、暑さで音を上げるようなやわな奴らだったか、お前らは?」

「「「うっ・・・」」」

 

俺の正論に、ハジメたちは口をつぐむ。

俺はそれをさくっと無視して、さっさと頂上の入り口を目指す。

この快適空間は、もちろんそこまで広範囲に展開できない。よって、出遅れようものなら、外の熱気にさらされることになる。

それに気づいたハジメたちは、慌てるようにして俺の後ろをついてきた。

そんなこんなで岩場を登ることおよそ一時間、とうとう頂上の入り口にたどり着いた。

そこはオルクス大迷宮のようなきちっとしたものでなければ、ライセン大迷宮のようにおちゃらけているわけでもなく、岩石群が歪なアーチをかたどっているだけだった。

これで物足りなく感じてしまうのは、ミレディに毒されてしまったからなのか・・・。

まぁ、それはさておき、ここからがスタートだ。

 

「んじゃ、始めるか」

「えぇ、そうね」

「うし、やるぞ!」

「んっ!」

「はいです!」

「うむ!」

 

気合を入れなおした俺たちは、グリューエン大火山の中へと足を踏み入れた。

 

 

* * *

 

 

「・・・あっつ」

 

これが、俺のグリューエン大火山の感想だ。

グリューエン大火山の中は、オルクス大迷宮やライセン大迷宮と比べても、段違いにやばい場所だ。

難易度ではなく、内部の構造的に。

まず、マグマが流れている。それも、空中に。

フェアベルゲンのように空中に水路があって、そこを水が流れているのではない。正真正銘、マグマがそのまま空中を流れているのだ。

当然、広場や通路にもマグマが流れており、頭上と足元のマグマの両方に注意しなければならない。

さらに、

 

「シア、壁から離れとけ」

「え?うきゃ!?」

「おっと、大丈夫か?」

「はう、ありがとうございます、ハジメさん。いきなりマグマが噴き出してくるなんて・・・察知できませんでした」

 

このように、壁からいきなりマグマが噴き出してくることもあるのだ。

幸い、俺とハジメが“熱源探知”を持っているから問題なく対処でいているが、事前の予兆がないため、俺たち以外では察知が厳しいという難点もある。

本当に、厄介な迷宮だ。

一応、熱気遮断のフィールドは今も展開しているが、本当に焼け石に水程度しか効果がない。

いや、どちらかといえば、水の中に焼け石をぶちこんだような感じなのか・・・いや、考えたところでどうしようもないな。

それと、イズモはアンカジに置いてきて正解だったな。イズモがここに来たら、あの尻尾はどうなっていたことか。

そんなことを考えながら進んでいくと、なにやら広場にたどり着いた。

そこには、なにかを採掘した跡と、薄い桃色の鉱石が確認できた。

 

「あれは、静因石か?」

「あぁ、間違いないな」

 

どうやら、あれが俺たちが探していた静因石のようだ。おそらく、ここがあの砂嵐を突破した冒険者が採掘を行っていた場所ということだろう。

ただ、

 

「・・・小さい」

「ほかの場所も小石サイズばかりですね・・・」

 

そのどれもが小さい。これだと、アンカジの患者全員分集めるのに、どれだけ時間がかかることか・・・。

やはり、深部に行かなければ量は取れないということか。

一応、ハジメの“鉱物系探査”で簡単に取れるものを採取しながら下に降りること七階層。八階層からは過去の冒険者でも探索した者がいない未知の領域。気を引き締めていく。

すると、八階層への階段を降り切った次の瞬間、

 

ゴォオオオオ!!!

 

目の前から、巨大な火炎が俺たちに迫ってきた。

 

「“絶禍”」

 

そこで、ユエが重力魔法“絶禍”を使用し、迫ってきた火炎をすべて飲み込んだ。

“絶禍”は、いわゆる小規模なブラックホールを生み出す魔法で、あらゆるものを引き寄せて、飲み込む絶対の盾になる。

俺たちの目の前に現れたのは、雄牛の魔物だ。ただ、全身にマグマを纏わせており、立っている場所もマグマの中だ。見ているだけで暑いというか、どういう耐熱性なんだよ。まさか、リアルモ〇ハンみたいなことになるとは。

一方、固有魔法らしき火炎放射を防がれた雄牛の魔物は、マグマを飛び散らしながら俺たちに向かって突進をしてきた。

そこに、ユエが“絶禍”の重力場から火炎放射を吐き出す。“絶禍”は、内に飲み込んだものを吐き出すこともできる。まさに、攻防一体の盾だ。

だが、やはり火耐性はかなり高いようで、砲撃の直撃を受けて吹き飛びはしたが、これと言ったダメージはなさそうだ。

 

「むぅ、やっぱり炎系は効かないみたい・・・」

「まぁ、マグマを纏っている時点でなぁ・・・仕方ないだろ」

「マグマを纏っているなら、水や氷結系も効果は薄いだろうなぁ。すぐに蒸発しちまいそうだ」

 

これだと、魔法で対抗できる手段が少ない。俺の剣製魔法も、マグマ相手に溶けないか心配だ。

それに、マグマを纏っているということは、それだけで膨大な熱量を放っているということになる。近づいて攻撃と言うのも、不安が残るが・・・

 

「ハジメさん!ツルギさん!私にやらせてください!」

 

そこに、シアが元気よく立候補してきた。

どうやら、ドリュッケンの魔力の周り方からして、新機能を試したいようだ。ようやく活躍できるという興奮もあるのだろうが。

 

「一応、気を付けろよ。危なくなったら、すぐに退避しろ」

「わかったですぅ!」

 

俺が了承の意を伝えると、シアが「よっしゃーですぅ!殺ったるですぅ!」と鼻息を荒くして雄牛に飛び掛かった。

そして、体を回転させながら遠心力を加えて、狙いたがわずに雄牛の頭部に直撃した。すると、雄牛の頭部がはじけ飛んだかのようにして爆発四散した。

シアはそのまま雄牛を飛び越えて着地すると、ちょっと引き気味に感想を言ってきた。

 

「お、おうぅ。ハジメさん、やった本人である私が引くくらいすごい威力ですよ、この新機能」

「ああ、みたいだな・・・“衝撃変換”、どんなもんかと思ったが、なかなか・・・」

「これは、ちょっと予想以上だな・・・」

 

この新機能は、ハジメの新たな固有魔法による“衝撃変換”をドリュッケンに組み込んだものだ。

どこで手に入れたかといえば、オルクス大迷宮で香織や八重樫たちを助けたときだ。

魔人族の女を殺したあと、ハジメはあのときミンチにした馬頭の魔物の肉を、杭を回収するとともにちょろっと食べたらしい。それで、ステータスは伸びなかったものの、固有魔法は身に付けたという。まぁ、仮にもあの勇者一行を追い詰めたんだ。それなりに強力だろうとは思っていたが、ここまでとは。

そんなことを考えていると、ハジメが話しかけてきた。

 

「だが、よかったのか?ツルギは使わなくて」

 

一応、俺にも“衝撃変換”を付与されたアーティファクトを勧められた。俺はハジメと違って、魔物の肉を食べて固有魔法を得るなんて芸当はできない。だから、剣製魔法で付与できるようなアーティファクトを作らないかとハジメから提案されたが、俺はそれを断った。

理由としては、俺の戦い方との相性があまり良くないというのがあるが、それ以前の問題として、

 

「別に、んな固有魔法がなくても似たようなことはできるからな」

 

そう言うと、俺の真後ろから突然マグマが噴き出てきた。

 

「グオオォォォ!!」

 

振り向くと、もう一体の雄牛の魔物が俺に狙いをつけて突進しようとしている。

俺は、即座に物干し竿を生成し、雄牛の魔物に斬りかかる。

そして、刃が雄牛の魔物に触れたところで、俺は全身の筋肉を連動させた。

すると、雄牛の魔物は全身から血を噴き出して倒れた。

 

「・・・今の、なに?」

「浸透勁ってやつだ」

 

浸透勁とは、振動を相手の体内に送り込むことで、内臓やらを破壊する技術のことだ。本来は徒手格闘で使われることが多いが、俺は刀で放つことができる。

刃が触れさえすれば、相手の防御力に関係なく体内を破壊できる。

“衝撃変換”のような派手さや破壊力はないが、相手の防御を無視して攻撃できる。

身体能力に差が出始めたティアに対抗するためにも磨いてきた技だ。

他にも、徒手格闘でも衝撃波を飛ばしたりなど、対ティアのために新技を開発中だったりする。

 

「・・・やっぱ、お前もチートっていうか、もはやバグスペックだろ」

「・・・ん、固有魔法に頼らずに再現できるのは、反則」

「私、ツルギさんについて行けるか、不安ですぅ・・・」

「いったい、いつ、どこで身に付けたのか・・・呆れるしかないのう」

「さすがツルギね」

 

褒めてくれる人が1人しかいない。

別に貶しているわけではないとわかってはいるが、ほとんどから呆れられるとはどういうことか。

まぁ、それはともかく、そんなやり取りをしつつ俺たちは魔物を蹴散らしながら先に進んでいく。

・・・のだが、ストレスが半端じゃない。

まず、暑い。いや、熱い。

すぐそばにマグマが流れているという環境が、グリューエン大砂漠なんて目じゃないくらいの温度を生み出している。

あと、魔物がめんどくさい。

どの魔物もマグマを纏っているというのもあるが、それ以上に魔物がすぐにマグマの中に逃げていくせいで、手の出しようがない。マグマを纏っていることで魔法が無効化されるのも、地味にフラストレーションがたまる。特に、俺とユエは。

ティオを除けば俺が一番我慢強いと思っているが、それでもだいぶきつくなってきた。

そんな俺でさえきついのだ。火山に入る前から愚痴っていたハジメたちは、さらにやばいことになっている。

 

「はぁはぁ・・・暑いですぅ」

「・・・シア、暑いと思うから暑い。流れているのはただの水・・・ほら、涼しい、ふふ」

「むっ、ご主人様よ!ユエが壊れかけておるのじゃ!目が虚ろになっておる!」

 

とうとう、ユエが故障寸前にまで追いやられた。

一応、途中からハジメも冷房アーティファクトを出したが、あまり効果は感じられない。

 

「・・・一度、適当な場所で休むか」

 

さすがにこれ以上は放置できないと考え、休息をとることにした。

広場に出た俺たちは、なるべくマグマから離れたところの壁にハジメが錬成で穴をあけ、俺たちが入った後にできるだけ入り口を小さく閉じた。魔物に襲われても大丈夫なように表面を諸々の鉱石でコーティングするのも忘れない。

俺はその間に、氷塊を生成し、横穴の中を循環するように風を吹かせた。

 

「はぅあ~~、涼しいですぅ~、生き返りますぅ~」

「・・・ふみゅ~」

「ごくらく・・・」

 

女の子座りで崩れ落ちたユエ、シア、ティアが、目を細めてふにゃりとする。見事にタレてるな。

そこにハジメが、宝物庫からタオルを取り出して俺たちに投げ渡してくれた。

 

「お前ら、だれるのはいいけど、汗くらいは拭いておけよ。冷えすぎると動きが鈍るからな」

「・・・ん~」

「了解ですぅ~」

「わかったわ・・・」

「ありがとうな、ハジメ」

 

ユエとシアが間延びした声で、ティアが気を抜いた声で、のろのろとタオルを広げるのを横目に、ハジメが俺に話しかけてきた。

 

「ていうか、ツルギ、どうしてそんなに余裕なんだよ。俺でもきついっつーのに・・・」

「前も言っただろ。鍛え方が違うんだよ」

 

現代っ子の弊害がここまででかいと、やっぱりハジメも俺が手ずから鍛え上げた方がいいのか。

こいつ、すぐに物騒な考えをするからな。それを治すにはちょうどいいか。

 

「ふむ、ご主人様でも参る程ということは・・・おそらく、それがこの大迷宮のコンセプトなのじゃろうな」

 

そこに、そこまで参ってはいないがそれなりに汗をかいているティオがそんなことを言ってきた。

ハジメがこの言葉に首をかしげる。

 

「コンセプト?」

「うむ。ご主人様から色々話を聞いて思ったのじゃが、大迷宮は試練なんじゃろ?神に挑むための・・・・・なら、それぞれに何らかのコンセプトでもあるのかと思ったのじゃよ。例えば、ご主人様が話してくれた“オルクス大迷宮”は、数多の魔物とのバリエーション豊かな戦闘を経て経験を積むこと。“ライセン大迷宮”は、魔法という強力な力を抜きに、あらゆる攻撃への対応力を磨くこと。この“グリューエン大火山”は、暑さによる集中力の阻害と、その状況下での奇襲への対応といったところではないかのぉ?」

「・・・なるほどな・・・攻略することに変わりはないから特に考えたことなかったが・・・試練そのものが解放者達の“教え”になっているってことか」

 

ティオの解説に、ハジメがなるほどとうなずく。ティオは基本的にドMの変態だが、やはり知識深く、思慮も深い。やっぱ、腐っても竜人族か。

ただ、オルクス大迷宮に関しては、俺は違う見解を持っている。

 

「だが、オルクス大迷宮に関しては、ちょっと違うと思うけどな」

「というと?」

「俺もハジメから聞いた話でしかないが、難易度の桁が違う。今ほどではないとはいえ、ハジメとユエが死にかけたっていう魔物がいるとするなら、階層の数も考えてはるかに難易度が高い。ライセン大迷宮も広かったが、せいぜいオルクス大迷宮でいうと100階層くらいだからな。表と裏を合わせて、計200階層ってのは多すぎる。それに、難易度と比較して得られる神代魔法の恩恵が、普通の冒険者なら少ない。おそらくだが、他の神代魔法を手に入れたことが前提なんじゃないか?腕試し的な感じでな」

 

おそらく、ハジメのように錬成師があの迷宮を踏破することは、あまり想定されていないだろう。あの迷宮で得られた神代魔法がハジメにドンピシャなものだったことが、奇跡だといってもいいくらいだ。

 

「ふぅむ、そのような発想はなかったのう。ツルギ殿は、ずいぶんと柔らかい頭を持っているのう」

「まぁ、あくまで仮説でしかないけどな」

 

・・・無視してはいたが、汗がティオの谷間をつたっていくのが、そこはかとなくエロい。

なんとなく目を逸らすと、そこには同じように汗をかいているティアが・・・

 

「・・・ツルギ?どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 

俺は再びサッと目を逸らして、自分の汗を拭くことに集中する。

が、ティアにはバレバレだったらしい。意地悪な笑みを浮かべたティアが、俺の腕に絡みながら抱きついてくる。

 

「ティ、ティア?」

「ツルギ、我慢しなくていいのよ?」

 

ティアが、いたずらっぽい笑みを浮かべながら誘惑してくる。

俺は一瞬流されそうになるが、なんとか踏みとどまる。

ティアに俺の過去を話して以降、ティアがずいぶんと積極的になっている。俺としても、ティアとの距離がさらに縮まったことはうれしいし、そんなティアを愛おしく思う。

だが、仮にもここは大迷宮だ。羽目を外しすぎるわけにはいかない。

隣のハジメのように、我を忘れてがっつくようなことはしてはいけない!

・・・いや、ちょっとだけならいいかな?

そんな理性と欲望の狭間に揺れながら、俺たちはしばらくの間、休息を続けた。




「ティア・・・」
「んっ、ツルギィ・・・」

「ふあああぁぁぁ・・・」
「これは、ご主人様とユエにも引けをとらぬのう・・・ぬ!?」
「きゃっ!またですか!?」

シアとティオはしょっちゅうツルギとティアのやり取りを観察する。そして、いつも鎖でぐるぐる巻きにされる。


~~~~~~~~~~~


今日のweb版ありふれの更新で、「ほああぁぁ!!」みたいな感じでテンションが上がるのは、僕だけではないはず。
個人的には、トータス旅行記の続編を期待しているんですけどね。
それと、ありふれのアニメが非常に楽しみです!
はやく7月になってほしいですね。


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火山の奥で会ったのは

「・・・で?なにか言うことは?」

「・・・正直、悪かったと思ってる」

 

そんな会話をしている俺たち、現在はマグマの上を小舟でどんぶらこしている。

どうしてこんなことになったのかと言えば、簡単に言えばハジメのせいだ。

静因石の採取をしながら攻略していた俺たちは、途中でマグマが不自然な動きをしていることに気づいた。具体的には、岩などがないのに流れが急に変わっていたり、所々マグマの流れが遅くなっていたり。

たいていは攻略の邪魔にならない場所だったことから、本来なら無視して進んでいたのだが、ハジメが“鉱物系探査”を使用すると、その周りに静因石が多く埋まっていることがわかった。

どうやら、マグマに含まれている魔力を静因石が沈静化することで、このような不可思議な流れになっていたようだ。

これを知ったハジメは、マグマの流れが阻害されているところに静因石が大量にあるに違いないと推測し、たしかに大量に静因石が埋まっているのを確認した。

だが、静因石がマグマの流れを阻害しているのなら、当然、静因石を取り除かれた場所のマグマは活性化する。

一応そのことをハジメに言ったはずなのだが、暑さによる集中力の低下で聞き流していたらしい。

結果、静因石を採取したところの奥からマグマが噴き出して来て、今の状態になっている。

幸い、“金剛”を付与された小舟はマグマにも問題なく耐えることができたが、小舟を操作する手段はなかったため、流れに任せてどんぶらこすることになり、階段とは異なるルートで深部に向かうことになった。

ちなみに、空中のマグマロードは俺とシアの重力魔法の“付与効果”によって重さを調整して事なきを得ている。

その後も、空中マグマロードを進んだり、滝のような急流に流されたり、1羽飛んでいると思ったら30羽は飛んでいるマグマコウモリを総員で駆逐したり、さりげなくハジメとユエがいちゃついたり、俺とティアがいちゃつくことしばらく、今まで下に向かって流れていたマグマが急に上に向かいだした。

勢いよく数十メートルは登ると、流れの先に出口が見えた。問題は、そこでマグマが途切れていることだ。

 

「掴まれ!」

 

俺が号令を出して、小舟にしがみつく。

小舟は激流を下ってきた勢いそのままに、猛烈な勢いで洞窟の外に放り出された。

空中で小舟の体勢を維持しながらすぐに周りを確認すると、そこはライセン大迷宮の最終試練の場所よりも広大な広間だった。ライセン大迷宮のようなドーム状ではないため断定はできないが、おそらく直径3㎞以上はありそうだ。

地面はほとんどマグマで満たされていて、ところどころに飛び出している岩石が足場になっている。ここの空中にもやはりマグマが流れていて、ほとんどは下のマグマへと流れている様だ。

だが、一番気になるのは、ここの中央に浮かんでいる小さな島だ。マグマの上から10mほどの高さでせりでている岩石の島なのだが、その上をマグマのドームが囲っている。明らかに普通ではない。

 

「とりあえず、あの島に行くぞ。おそらく、最終試練に関わってくるはずだ」

 

無事マグマに小舟を着水させて、そう提案する。ハジメたちも考えたことは同じようで、頷きながら推測する。

 

「・・・あそこが住処?」

「階層の深さ的にも、そう考えるのが妥当だろうな・・・だが、そうなると・・・」

「最後のガーディアンがいるはず・・・じゃな?ご主人様よ」

「ショートカットして来たっぽいですし、とっくに通り過ぎたと考えてはダメですか?」

「本当にそうだとしたら、ありがたいわね・・・」

 

シアの推測にティアが軽く返すが、本気で信じている節はない。

そして、それは正しい。

 

「それはないぞ」

「どういうこと?」

「何かわかったんですか?」

「いくらマグマの上を小舟で進むなんてことが、普通ありえないこととはいえ、ここは大迷宮だ。そんな楽観視はできない。それに・・・来るぞ」

 

何が、とは言わない。言う必要がない。

直後、マグマの中から、マグマで形成された弾丸が飛び出してきた。

 

「任せよ!」

 

そこにティオが掛け声とともに魔法を発動さえ、マグマの弾丸を相殺した。

だが、今の攻撃はあくまで始まりの狼煙でしかなかったようで、周囲のいたるところから無数の炎塊がマシンガンのように飛び出てきた。

 

「散開!」

 

俺は小舟を放棄するように素早く指示を出し、周囲に浮かんでいる岩に飛び乗った。

ハジメたちも同じように小舟から退避すると、炎塊は小舟をハチの巣にし、小舟はマグマの底へと沈んでいった。

 

「各自、中央の小島に向かえ!」

 

今はまだ状況がつかめていないことから、まず先に中央の小島の方を調べることにする。先ほどちらっと見えたが、石碑のようなものが見えた。おそらく、試練に関係しているはずだ。

その後も撃ち出される炎塊を避けたり撃ち落としたりながら、俺はマグマが撃ちだされているところを観察する。

俺が見る限りは、魔石らしき魔力の流れは見当たらない。

いや、()()()()()()のではなく、()()()()んだ。

このマグマにも魔力が張り巡らされているし、今までの魔物も体に溶岩を纏わせていた。おそらく、それによって熱源感知や気配感知、魔眼に引っかからないだけだ。

そして、このような特性を持ち合わせているなら、この魔物が得意とするところはおそらく奇襲・・・

 

「ゴォアアアアア!!!」

 

そう考えた瞬間、俺の背後から重低音の咆哮が聞こえた。

 

「せぁあ!」

 

それを認識した瞬間、俺は瞬時に物干し竿を生成し、振り向きざまに襲ってきた魔物を逆袈裟で斬り裂いた。

のだが、

 

「うおっ!?あぶねぇ!」

 

俺が斬り裂いたところから、大量のマグマがあふれでてきた。

なんとかその場から飛びのいて他の足場に飛び移るが、俺が元いた足場がジュワ~と蒸気をたてながら溶けるのが見えた。

逃げるのがあと少し遅れていたら・・・想像したくもない。魔法で防げないこともないだろうが・・・さすがにマグマは自信がない。

 

「ツルギ!」

 

そこに、ティアが空中を蹴りながら俺のところにやってきた。どうやら、風魔法で足場を作って走ってきたようだ。

 

「ツルギ、大丈夫?」

「俺は大丈夫だが・・・見ろよ、あれ」

 

俺が先ほど襲われたところに目を向けると、そこには蛇のような魔物が頭を生やしていた。

あの魔物、マグマを纏っているのかと思ったが、違った。マグマを纏うどころか、マグマで体を構成している。

 

「どうやら、バチュラムのマグマバージョンってところみたいだな。やっぱ、あの中央の小島がゴールってことか」

「それならいいのだけど・・・どうやって倒せばいいのかしら?」

「バチュラムと同じなら、どこかに魔石があるはずだ。それを破壊すればいいんだろうが・・・マグマにも魔力が流れているせいで、ちょいと見つけずらいな。それに、数が多い」

 

今、俺たちの真下にいるだけでも2,30体はいるし、ハジメたちのところにも同じくらいの数がいる。つまり、最低でも40体はいるということだ。

それに、下手すればさらに増える可能性もある。

 

「要するに、『先に進みたければこいつらを倒せ!』ってことでいいのかしら?でも、どうやって倒すの?」

「一応、魔石を破壊すればいいんだろうが・・・」

 

ドゴオォォォン!!

 

そう言った矢先、ハジメたちのいる方向からすさまじい爆音が聞こえてきた。

どうやら、ティオがブレスを放ってマグマ蛇を8体ほど片付けたらしい。

ハジメたちはすぐにマグマ蛇の包囲網から抜け出すが、すぐに20体ほどのマグマ蛇が顔を出す。

 

「あれ?あいつらを倒したのに、数が減ってないなんて・・・」

「いや、そうじゃない。あの小島の石碑を見ろ」

 

俺がティアにそう促して小島の石碑を見ると、先ほどはなかった光が灯っていた。

その数は、8つ。いまティオが薙ぎ払ったマグマ蛇の数と同じだ。

そして、あの石碑には何かしらの鉱石が埋め込まれており、ざっと見たところ100個ほどある。

つまり、

 

「あの、マグマ蛇を100体倒すことが、この大迷宮の試練らしいな」

「この環境で100体倒せって言うなら、ティオが言っていたコンセプトにも当てはまるわね」

 

そうとなれば、話は早い。あのマグマ蛇をひたすら倒せばいいだけのことだ。

 

ドパパパパパパパパパンッ!!

 

俺は即座にマスケット銃を生成し、マグマ蛇の魔石を10個ほど撃ちぬいた。

魔石の場所はマグマに含まれている魔力で上手くカモフラージュされているが、よく見ればマグマと魔石では魔力の流れや濃さが違う。少し観察すれば、すぐに見抜ける。

魔石を撃ちぬかれたマグマ蛇は、ただのマグマとなって崩れ落ちた。

 

「ちょっと、早すぎない?」

「ティアだって、ちょっと考えればすぐに倒し方が思い浮かぶと思うけどな」

「そんなこと言われても・・・あ、思いついたわ」

 

そう言いながら、ティアは足場から跳躍する。

そこにマグマ蛇が口を開けて襲い掛かるが、ティアはぐっと拳を後ろに引き絞り、素早く撃ちだした。ティアの拳圧をもろに受けたマグマ蛇は、物言わぬマグマになった。

たしかにティアには魔石を感知することはできないが、だったら先ほどのティオのように全身ごと破砕すればいい。

 

「ティアなら大丈夫だろうが・・・一応、傍にいるか」

 

今のティアなら、この程度のマグマ蛇なら問題ないだろう。

だが、この魔物は奇襲が取り柄だ。万が一がないとも限らない。

俺は剣製魔法で足場をつくって、ティアの近くに駆け寄る。

 

「ティア。一応、俺と2人で片付けるぞ」

「私はいいけど、ハジメたちは大丈夫なの?」

「見た感じ、ハジメを賭けて競争するくらいには余裕があるみたいだからな。問題ないだろ」

 

詳しくはわからないが、どうせハジメとの一晩とかデートを所望しているのだろう。それくらいの余裕があるなら、わざわざ援護をする必要もないし、ハジメも円盤の足場を操ってフォローしている。あれなら、俺たちの援護がなくても大丈夫だろう。

 

「それじゃあ、やるか」

「えぇ、わかったわ!」

 

ティアが俺の言葉に頷いたところで、同時に踏み出す。

そこに複数のマグマ蛇が顎を大きく広げて襲い掛かってくるが、ティアが拳圧を放てばマグマが吹き飛び、魔石を露出させる。露出した魔石は、俺がマスケット銃で撃ちぬいて破壊する。そうすると、マグマ蛇はただのマグマになって沈んでいった。

下から飛び出して襲い掛かるマグマ蛇もいるが、ブリーシンガメンで作り出した八咫烏で障壁を展開しつつ、砲撃によってマグマを吹き飛ばす。そこにティアが拳圧を放ち、魔石を粉々にする。

別に、前もって打ち合わせたわけではない。

それでも、お互いにどうすればいいのか、何を考えているのかなんて、手に取るようにわかる。

だからこそ、俺はティアと2人で戦う。

俺とティアが連携してマグマ蛇を倒している間も、ハジメたちのほうでも順調にマグマ蛇を倒していることもあって、もうすぐ100体に到達する。

残っているのは、今ハジメが相手をしている1体と、俺とティアの目の前にいる2体だけだ。

 

「ティア、一気にいくぞ!」

「わかったわ!」

 

俺がそう言うと、ティアは即座に拳を撃ちだし、拳圧で襲い掛かってきたマグマ蛇を吹き飛ばす。そこで魔石が露出したところを、俺がマスケット銃で撃ちぬいて破壊する。

あとは、ハジメが引き金を引いて魔石を破壊すれば、それで終わり・・・

 

「ッ!?」

 

直後、俺の背筋に言い様のない悪寒が走った。俺はほぼ反射的に、物干し竿を生成して後ろを振り向き、ティアを庇える位置に移動する。

次の瞬間、すさまじい衝撃が俺とティアを襲った。

なんとか防ぐことはできたが、勢いを殺しきれずに中央の小島まで吹き飛ばされてしまう。

視界の端では、ハジメがいた場所に極光の柱が降り注いでいるのが見えたが、ここで()()()から目を逸らすわけにはいかない。

()()()は、今まで戦ってきた者と比べても別格だ。

 

「ふん、今の一撃をしのぐか。大したものだ」

 

奥から、男の声が聞こえた。

現れたのは、細身ながらも引き締まった肉体をもった、()()()()男だ。

まさか、ここにきて魔人族とかち合うことになるとは・・・

 

「・・・そんな、まさか・・・」

 

ふと、ティアの小さなつぶやきが聞こえた。

ティアの方を見ると、その体は小刻みに震え、火山の暑さによるものではない汗をかいている。

ティアがここまで過剰な反応をするとなると、もしかしてこの男は・・・

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、我が娘よ」

 

 

 

 

俺の目の前に現れたのは、まぎれもなく、ティアの父親だった。




「シア。せっかくだから、料理を教えてくれないかしら?ツルギになにか食べさせてあげたくて・・・」
「わかりました。私が教えてあげますよ、ティアさん!」

数十分後

「きゃあ!炎が燃え盛って!?」
「ちょっ、ティアさん!なにやってるんですか!?」

「ちょっと待ってください、ティアさん!今、何を入れたんですか?」
「何って、これって体にいいから・・・」
「だからって、分量を無視していれないでください!」

「・・・ツルギ」
「・・・何も言わないでくれ」

ティアはメシマズ属性持ち。


~~~~~~~~~~~


今回は、短めです。
今週は、バイトの肉体労働でめっちゃ疲れたので、なかなか夜に書き進めることができなかったので。
数行書いたら、それで力尽きたと言いますか。
そして、ティアに新たな属性を付与しました。
・・・これならありですよね?
それはそうと、とうとうティアの父親を出しました。
詳しいことは、また次回に。


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てめぇは絶対に許さねぇ

「久しぶりだな、我が娘よ」

 

試練をクリアしたと思った瞬間に現れたこの魔人族の男は、ティアを「我が娘」と言った。

なら、

 

「お前が、ティアの父親なのか」

「いかにも。私の名はリヒト・バグアー。異教徒共に神罰を下す忠実なる神の使徒である」

 

・・・なるほど、聖教教会の教皇とかと同じ感じがするな。

神に選ばれたことを強調するあたり、こいつも狂信者に近い感じになっているな。

 

「で?お前は何しにここに来たんだ?あと、あの光の柱はお前がやったのか?」

「ふん、前者に関してはわかっているのではないか?ここに来たのは、新たな神代魔法を手に入れるためだ。あの極光は、我が兄の使役する魔物によるものだ」

「・・・なるほど、今まで見た魔物とは違うってことか」

 

あくまで遠目で確認しただけだが、あのハジメが重傷を負っていた。並大抵の威力ではない。

今まで倒してきた魔人族の魔物とは、格が違う。

だが気になるのが、こいつの周りには魔物が1匹もいない。

魔物を従える必要がないのか、単に魔法の使役が苦手なのか。しっかりと見極めよう。

 

「まぁ、まさかここで娘に会うことになるとは思わなかったがな。よくも生き延びたものだ。それで、お前たちは何者だ?先ほどの一撃を防いだお前といい、兄者のウラノスのブレスに耐えきったあの者といい、ただ者ではあるまい」

「・・・それを聞いて、俺が答えると思っているのか?」

「思っていないな」

 

・・・どうも、気に入らない。

さっきから、律義に自分から名前を明かしたことと言い、俺と考えが似通っているところがあることと言い、どことなく敵ということを感じさせない。

そのくせに、闘志が駄々洩れになっている。俺たちを叩き潰そうと言わんばかりだ。

いまいち、この男の真偽を測りづらい。

 

「それよりもだ。ティアよ。なぜ異教徒と共に行動している?なぜ、アルヴ様に仕えようとしない?逃げたところで、無駄だということはわかっているはずだ」

「っ、そ、それは・・・」

 

ティアの声音は、今までに聞いた事がないほどに弱々しい。

ティアの中では、覚悟を決めたつもりでいた。だが、父親を目の前にして、その覚悟が揺らぎそうになっているのか。

 

「父さんは、同族が安心して暮らせる世界を作るって、そう言っていたのに、なんで神なんかが一番だって考えるの?なんで自分たちが優れているからって、意味のない戦いを自分からしようとするの!?」

 

たしかに、ティアの言う通り、ただ単純に安全な世界を作るというだけなら、わざわざ戦争を続ける理由もない。

まぁ、身も蓋もないことを言えば、エヒトが裏で糸を引いているからだが。

そして、リヒトの答えは、あっさりしたものだった。

 

「アルヴ様が統治する世界こそが、私の目指す世界だからだ。それを為すためには、アルヴ様を認めない異教徒など不要だ」

「そ、んな、なん、で・・・」

 

リヒトの言葉に、ティアは崩れ落ちる。

今のリヒトの言葉は、見方を考えれば『理想の世界のためには、戦争によって同族を失うのもやむを得ない』とも、『神に比べれば、そのようなことは二の次だ』とも受け取れる。

つまり、ティアの記憶の中にあるリヒトは、もういないということだ。

 

「ティアこそ、なぜアルヴ様の偉大さを理解できない?アルヴ様こそ、この世界を統べるにふさわしいお方だというのに」

「どう、して・・・」

「本来なら、裏切者として処刑しなければならないが、一度だけチャンスをやろう。異教徒と別れて、私と共に来い。今なら、同志として迎えることができるぞ」

「わ、わた、しは・・・」

「私たちの下に戻ると言うなら、まずは手始めにその男を・・・」

「ちょっと黙れ」

 

いい加減我慢できなくなって口を挟んだが、その声は自分でも驚くほどに怒りに満ちていた。

リヒトは、そこで初めて真っすぐに俺を見据える。

 

「なんだ?今はお前に用はないのだが」

「俺は峯坂ツルギ。ティアの恋人だ」

「ほう?なら、お前も客人として招くことも・・・」

「寝言は寝てから言え。お前の戯言なんざ、少しも聞きたくはない」

 

今の俺は、今までにないほどに怒っている。少しでも気を抜けば、すぐに殺しにかかりそうだ。

それでも、今はギリギリで殺意を抑える。

この男には、一つだけ聞いておくことがある。

 

「お前に一つ、聞いておくことがある。なぜ、ティアを魔物にするような真似をした?ティアは自分の娘じゃないのか?」

 

この問いは、わずかでもティアのことを想っているのか、それを確認するためのものだ。

返答によっては・・・

 

「アルヴ様がおっしゃったのだ。我が娘に変成魔法をかけることで、強力な兵士になると。アルヴ様のために戦えるというのなら、本望ではないのか?」

「・・・そうか」

 

結局、答えは決まってしまった。

別に、リヒトが根っからの悪人というわけではない。あくまで、エヒトの被害者の1人というだけだ。

それでも、ティアを()()()()としか扱わないというのは、俺の一線を超えさせるには十分だ。

 

「てめぇは、絶対に許さねぇ」

 

俺は即座に黒刀を2本生成し、初速を最高速とする踏み込みで斬りかかった。

常人なら、今の一撃で斬り裂かれている。

だが、

 

「ふむ、なかなかの踏み込みの速さだ」

 

俺の渾身の一撃は、リヒトにつかみ取られていた。

俺の神速の剣技を、初見で見切ったということだ。

押し込もうとするが、その刃はピクリとも動かない。

 

「まさか、防がれるとは思わなかったな」

「たしかに目では追いきれなかったが、攻撃がくるとわかっていれば、防ぐことは容易い」

 

・・・今の言葉でわかった。

こいつは、生粋の武人だ。

己の目的のために、徹底的に自分を鍛える。そういう人物だ。

このような人物がアルヴ、あるいはエヒトに惑わされたというのは残念ではあるが、だからといって手心を加えるわけにはいかない。

俺にも、守るべきものがある。

 

「私は忠実なる神の使徒。我が主の望みの障碍となる存在を、全力で排除する」

「できるものならやってみろ」

 

俺の挑発と同時に、リヒトが膝蹴りを繰り出すが、当たる直前に黒刀から手を離して後ろに跳躍することでダメージを抑える。

リヒトから距離をとった俺は、両手に再び黒刀を、背後に10本の長剣と10丁のマスケット銃、5体の八咫烏を生成し、臨戦態勢をとる。

これが、今の俺が出せる全力だ。

対するリヒトは、何かを呟いているかと思うと、その体の色を浅黒色から白へと変え、表面に鱗を生やしていき、口からも鋭い牙が生えている。背中からは、こちらも白い翼を生やした。

始めてみる魔法だが、魔力の流れからだいたいの予想がついた。

 

「・・・なるほど、そういえば変成魔法は、魔石に干渉できるんだっけな」

「“天魔転変”。魔石を媒体として、自らの体を魔石の元となる魔物と同じように作り替える変成魔法だ。今は、ウラノスの土台になっているドラゴンと同種の魔物の魔石を使った」

 

道理で、視界の端に映っているドラゴンと同じ色の鱗が浮かび上がっているわけだ。

おそらく、あのウラノスと呼ばれるドラゴンと同等とまではいかなくても、ステータス値は最低でも身体強化を使っていないティアに迫るかもしれない。

 

「我が敵よ。この力の前にひれ伏すがいい!」

「倒れるのはお前の方だ!」

 

俺とリヒトは、同時に踏み込む。

俺は踏み込むと同時に長剣をリヒトに射出し、マスケット銃を乱れ撃つ。

対するリヒトは、その口を大きく広げ、極光のブレスを吐きだした。

俺の一斉攻撃とリヒトのブレスは中間地点で衝突し、わずかに拮抗した後に俺の攻撃を食い破って直進する。

どうやら、思っていたよりも威力が高かったらしい。

だが、この程度は想定済みだ。

俺に向かって直進したブレスは、俺に当たる直前で横に逸れ、周りに飛んでいた灰竜を10体ほど消し飛ばす。

俺が今やったのは、単純に重力魔法で軌道を捻じ曲げただけだ。

超重力場であるブラックホールでは、光すら方向を捻じ曲げられて飲み込まれるという。なら、重力魔法を使えば光魔法の屈折も可能だろうと考えていた。結果としては、ブレスにも通じるようだ。

ブレスを捻じ曲げた俺はそのまま突き進んで白黒の双剣を生成し、リヒトに斬りかかる。

一方のリヒトは、後ろに下がらずに腕を中段に掲げ、籠手で俺の双剣を受け止める。

“看破”で確認すると、この籠手は金属だけでなく魔物の素材も併用しているらしい。おそらく、変成魔法で作り変えた魔物の素材のはずだ。並みの魔物の素材では、俺の双剣を防げるはずがない。

双剣を受け止められた後も、俺は攻撃の手を緩めない。左右の双剣で、あるいは蹴りでラッシュを続けるが、リヒトはそのことごとくを両腕の籠手で的確に防御する。

別に、俺だって感情に任せて攻撃しているわけではない。

感情を高ぶらせると同時に意識を冷静に保つ術を、俺は身に付けている。

今の俺はこれまでにないくらいに怒っているが、その分意思を一振りの剣のように鋭く殺気を研ぎ澄ませている。相手を倒すために、必要な手を計算している。

それなのに、リヒトはそのすべてを見切って防ぎ、あまつさえ反撃の手まで打ってくる。

俺も自分の才能にそれなり以上の自覚と自信を持っているが、この男、俺とは比較にならない鍛練を積んでいる。

たとえ俺の動きが眼で追えなくても、その圧倒的な経験を以て、俺のわずかな初動や気配から次の行動や攻撃する位置を見切り、的確に防ぐ。

俺の周囲に展開しているマスケット銃で牽制しようと思っても、俺と射線が重なったりしてなかなか機会が巡ってこないし、機会が巡って銃弾を放ってもさりげない動きで躱す。

このような状況じゃなかったら、素直に尊敬の念を覚えるレベルだ。

だが、この状況だからこそ、俺も容赦はしない。

 

「はぁ!」

 

ギギンッ!!

 

「っ!?」

 

リヒトが俺の双剣を両手でつかもうとする瞬間を狙って、俺は双剣を急加速させリヒトの拳を打ち上げる。

俺の方も無理な体勢で放ったせいでバランスを崩すが、俺の背後から長剣を4本急襲させる。

リヒトはこれに素早く反応し、辛くもこれを防ぐ。

だが、それでいい。

今のリヒトは、4本の長剣を防ぐのに手いっぱいになっている。

その隙に、俺の最高速をもってリヒトの首を薙ぎ払う!

リヒトは驚愕に目を見開かせるが、俺のこの動きに体を動かせていない。

これで、俺の勝ち・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「がはっ!」

 

 

 

 

俺の必殺の一撃はわずかに横に逸れ、リヒトの拳が俺の腹部に深々と突き刺さった。

 

「おぉぁあ!!」

 

リヒトは雄叫びをあげ、拳を思い切り振りぬいて俺を吹き飛ばした。

吹き飛ばされた俺は、小島にある扉のすぐ横にたたきつけられる。

 

「がふっ、かはっ」

 

衝突した瞬間に受け身をとったおかげで致命傷は免れたが、ダメージが深い。

これ以上は、立つのも厳しい。

 

「ツルギ!!」

 

そこに、ティアが駆け付けてきた。ティアは俺のすぐそばに座り、回復魔法をかける。

回復速度は遅々としたものだが、ないよりはましだ。

 

「くっ、まさか、あそこからでも手が出るとはな・・・」

 

そこに、リヒトが血を流しながらも近づいてきた。

必殺の一撃を外した俺だが、一方的にカウンターを喰らったわけではない。

吹き飛ばされた直後に、俺は双剣を投擲した。

致命傷には至ってないが、両肩に深く突き刺さっている。これで、満足に拳を振るうことはできない。

だが、なぜあそこで決めきれなかったのか。

俺はそれに思いを馳せて歯噛みをし、リヒトは軽蔑の視線を()()()()向ける。

 

「だが、愚かなことをしたな。まさか、この状況でなおも縋るとは」

 

そう、双剣を振りぬく直前、俺は見てしまったのだ。

どこかすがるような眼差しを向けるティアを。

何に縋っているのか、それも理解している。

ティアは、このまま終わらせたくなかったのだ。

リヒトとの、家族としての関係を。

それを見て取った俺はわずかに剣先を鈍らせ、狙いが逸れてしまった。リヒトはその隙をついたのだ。

ティアは、リヒトの視線にビクリと体を震わせる。

次の瞬間、

 

「がぁああ!!」

「ルァアアアアン!!」

 

近くから、男とドラゴンの悲鳴が響いた。

そちらを向くと、ハジメが対峙していた魔人族の男が吹き飛ばされ、白いドラゴンが腹部を激しく損傷しているところが見えた。

だが、白いドラゴンは空中で体勢を立て直し、もう一人の魔人族の男も灰竜につかまって白い竜に乗り移った。

 

「フリードおじさん・・・」

 

ティアが、無意識といったようにつぶやく。

リヒトの話とティアの言葉から察するに、あの白いドラゴンがウラノスで、魔人族の男がリヒトの兄であるフリードということか。

 

「兄者!」

 

リヒトはすぐに跳び上がり、灰竜に乗ってフリードの下に向かう。

俺もハジメの方に視線を向けると、今は近くの足場に乗り移っており、竜化したティオの背に乗って傷口や口から激しく血を流している。

どうやら、あの状態で“限界突破”を使った代償がきたらしい。

 

「くっ、ハジメ!」

 

俺はティアの肩を借りながら、ハジメの下に駆け付ける。

傍に近づいてみれば、左の義手もひどい損傷を受けている。満足に動かすことさえできなさそうだ。

 

「ハジメ、大丈夫か!?」

「俺はまだやれる。ツルギこそ、大丈夫なのか?」

「正直きついが、戦えなくはない」

 

リヒトに殴られた部分はかなり痛む。内臓も傷ついているだろう。だが、回復魔法で応急処置をしたおかげでなんとか動ける。

 

「兄者、無事か?」

「私は問題ない。だが・・・恐るべき戦闘力だ。侍らしている女共も尋常ではないな。絶滅したと思われていた竜人族に、無詠唱無陣の魔法の使い手、未来予知らしき力と人外の膂力をもつ兎人族・・・よもや、神代の力を使って、なお、ここまで追い詰められるとは・・・最初の一撃を当てられていなければ、蹴散らされていたのは私の方か・・・」

「そうか・・・私も、偶然で命をつないだようなものだ。娘が甘くなかったら、おそらく殺されていた」

「なに既に勝ったこと前提で話してんだ?俺は、まだまだ戦えるぞ」

 

フリードとリヒトの会話に、ハジメは不快気に表情を歪めながらも、瞳を殺意でぎらつかせる。

 

「・・・だろうな。貴様から溢れ出る殺意の奔流は、どれだけ体が傷つこうと些かの衰えもない。真に恐るべきはその戦闘力ではなく、敵に喰らいつく殺意・・・いや、生き残ろうとする執念か・・・」

 

フリードはわずかに目を伏せ、決然とした表情で俺たちを睨む。

 

「この手は使いたくはなかったのだがな・・・貴様等ほどの強敵を殺せるなら必要な対価だったと割り切ろう」

「なにを言ってる?」

「兄者、まさか・・・いや、わかった」

 

フリードの言葉にハジメは首をかしげるが、リヒトは察したようで、重くうなずく。

その直後、

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!ゴバッ!!!ズドォン!!

 

この広場、いや、グリューエン大火山全体に響くような轟音と地鳴りがほとばしり、マグマの海が狂い始めた。

 

「うおっ!?」

「んぁ!?」

「きゃあ!?」

『ぬおっ!?』

「っと、これは、なんか水位が上がってないか?」

「っ、何をしたの!?」

 

俺たちはそれぞれ必死にバランスをとりながらも、俺はなぜか急に上がっていくマグマの水位に冷や汗を流し、ティアが声を張り上げてリヒトとフリードに問いかける。

ティアの質問に、フリードが中央の天井付近に移動しながら答える。

 

「要石を破壊しただけだ」

「要石、だって?」

「そうだ。このマグマを見て、おかしいとは思わなかったのか?グリューエン大火山は明らかに活火山だ。にも関わらず、今まで一度も噴火したという記録がない。それはつまり、地下のマグマ溜まりからの噴出をコントロールしている要因があるということ」

「それが“要石”ってことか・・・っ、まさかっ!?」

 

ここまでくれば、バカでもわかる。

 

「そうだ。マグマ溜まりを鎮めている巨大な要石を破壊させてもらった。間も無く、この大迷宮は破壊される。神代魔法を同胞にも授けられないのは痛恨だが・・・貴様等をここで仕留められるなら惜しくない対価だ。大迷宮もろとも果てるがいい」

 

フリードは冷たく言い放ち、ペンダントを頭上に掲げる。

すると、天井に亀裂が走り、扉が開かれた。

どうやら、あれが攻略の証のようだ。それで、ショートカットを開いたということか。

そこに、灰竜の群れが俺たちに向けて小規模の極光を放ち始めた。どうやら、何が何でも俺たちをここで殺すつもりらしい。

それの守りをユエに任せながら、俺はティオに視線を向ける。

 

「ティオ、お前は宝物庫を持って、ここから脱出しろ」

『・・・ツルギ殿、それはどういうことかの?まさか、妾はご主人様たちと最後を共に過ごすことはできないと・・・』

「そうじゃない。一度しか言わないからよく聞け。俺たちは、ここでくたばるつもりはない。神代魔法は手に入れるし、あいつらともケリをつけるし、静因石を届ける約束を守る。だが、今の俺たちじゃ無理だ。だから、お前の力を貸してくれ。お前が、静因石を届けてくれ。これは、ティオにしかできないことだ」

 

俺の言葉に、ティオは瞑目する。すると、その視線をハジメに向ける。

 

『・・・ご主人様も、それでよいのかの?』

「・・・あぁ、言いたいことは全部言われたが、思っていることは同じだ」

『・・・わかった。ここは妾に任せよ!』

 

ハジメの言葉にティオは力強く応える。

それを確認した俺は鱗の内側に宝物庫を入れる。こうすることで、内部の人型のティオに宝物庫を渡せるらしい。

ティオが宝物庫を渡したことを確認すると、その頭をハジメにこすりつけた。おそらく、今できる精いっぱいの愛情表現なのだろう。

・・・普段からこれなら、ありがたいんだけどなぁ・・・。

ハジメはティオに力強い視線を向け、最後の頼みを言う。

 

「ティオ、香織とミュウに伝言を。『あとで会おう』だ。頼んだぞ」

『ふふ、委細承知じゃよ』

 

ハジメのある意味軽い伝言を受け取り、ティオは思わず笑い声を漏らしながらも、力強く羽ばたいて一気に飛び上がった。

 

「んじゃ、俺たちも急げ!」

 

本当はもう少しティオの姿を確認したかったが、そうも言ってられない。

俺たちは、できるだけ急いで隠れ家らしき扉に向かった。

その間、ティアは一言も言葉を発しなかった。




「・・・あれ?これって挨拶とかした方がよかったのか?」
「お前はなにを悠長なことを言ってるんだ?」
「いや、仮にもティアの父親にあったんだから、恋人としての挨拶をした方がよかったのかなと」
「んなもん、『娘さんはもらいました。異論は認めません』でいいだろうが」
「なるほど、その発想はなかった」
「お願いだからいろいろとツッコませて!?」

独特な挨拶感を持つハジメに納得するツルギと、どこをツッコめばいいかわからなくなるティアの図。

~~~~~~~~~~~

父親に向かって「どうか娘さんをください」と土下座をするのはフィクションの産物だと考えている自分がいます。
さて、ティアの父親であるリヒトさん、ツルギと張り合えるくらいに強くしてみました。
まぁ、あくまで経験的に、ね?
ちなみに、ちょっとした裏話なのですが、ティアを最初に出した当初は、フリードをそのまま父親にしようと考えていました。
なんですが、それだとユエの絡みが難しくなると思ったのでオリキャラとしてだしました。


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どう帰ろうか

「・・・自爆はロマンだ」

「お前はなにを言ってるんだ」

 

灰竜のブレスを防ぎながらハジメが最初に放った一言がそれだった。

まぁ、言っていることはわかるんだが。

あの時、ティオを一人で脱出させたが、本当にティオだけというわけではない。

ハジメがクロスビットを取り出して、ティオの護衛として周囲に飛ばせた。

そこで、最終的にフリードとリヒトの近くでクロスビットを自爆させたんだろう。

ただ、俺としては完全遠隔操作でそんなことを言っても説得力がないと思う。

爆発する直前で退避するか、乗ったまま自爆するからこそロマンがあると思うんだ。

遠隔操作で自爆特攻したところで、ただの魚雷とかミサイルとあまり変わらないだろうに。

そんなことを言いながらも、なんとか小島の石板のところまでたどり着いた。

見たところは扉らしきものは見当たらないが、七大迷宮を示す紋様がある石板の前に立つと、スッと音もなく壁がスライドし、中にはいることができた。

俺たちが急いで中に入るのと、マグマが俺たちのいる小島に流れ込んだのは同時だった。

壁は再びスライドして閉まるが、これでここから出ることは難しくなった。

だが、それはその時に考えよう。

今は、この中のことだ。

 

「ひとまず、安心だな・・・」

「にしても、すげぇな、この部屋。振動まで遮断しているぞ」

「ん・・・ツルギ、ハジメ、あれ」

「魔法陣ですね」

 

外部の振動を遮断しているこの部屋に驚きつつもユエが指さした方を見ると、そこにはライセン大迷宮にあるのと同じような魔法陣があった。

おそらく、あれがこの大迷宮の神代魔法を得る魔法陣だろう。

今回は、ミレディのように誰かが操作するわけでもなく、俺たちが魔法陣の上に乗るだけで起動した。

そして、得られた神代魔法は、

 

「これは、空間操作の魔法か」

「・・・ん、瞬間移動のタネ」

「それに、この部屋にもかけられているな。外部との空間を遮断しているのか」

 

ハジメたちの方の戦いは見ていなかったからわからないが、どうやら瞬間移動を使用したらしい。

となると、最初の奇襲もおそらく、空間魔法を使用して俺たちの死角に入りこんだに違いない。

そして、この部屋が不自然なほどに振動を遮断しているのも、この魔法によるものだ。

それ以外にめぼしいものはなく、攻略の証であるペンダントと創設者であるナイズ・グリューエンの簡単なメッセージがあるのを確認して、まずは怪我をある程度癒すことにした。さすがに、満足に動かない体のままでマグマの海を乗り切るのは厳しい。

とりあえず、この中では一番まともに回復魔法を使えるティアが俺に回復魔法をかけるが、先ほどから一言も発していない。ずっと俯きっぱなしだ。

 

「ティア、どうしたんだ?」

「・・・ツルギ、ごめんなさい、私のせいで・・・」

「あぁ、そのことか」

 

どうやら、自分のせいで俺が重傷を負ったと思い込んでいるらしい。

だが、このことでティアが気に病むことはない。

 

「だったら気にするな。むしろ、感情的になった俺の方が謝るべきだ。ティアの気持ちも考えずに、先走っちまったからな」

「でも・・・」

「でもじゃねえよ。家族のつながりは、何があっても切れない。それは、俺だってよく理解している」

 

俺だって、母さんに殺されそうになるまでは、きっと元に戻ると信じていた。

そのことを、感情的になって忘れてしまうとは、俺もまだまだ未熟だ。

 

「だから、今回のことで自分を責めるな」

「ツルギ・・・ぐすっ、ごめん、ありがとう・・・」

 

そう言ってティアは、俺の胸に顔をうずめて静かに泣き始めた。俺は、あの時俺がティアにされたように、ティアを抱きしめて頭を優しくなでる。それで、ティアが泣き止んでくれるように。

 

「・・・俺ら、いない方がいいのか?」

「・・・でも、他に部屋もないですよ?」

「・・・魔法で、なんとか隠れる?」

「・・・それしかないか」

「・・・お願いします、ユエさん」

「・・・ん、任せて」

 

・・・あ~、すっかり忘れてた。こそこそ話しているけど俺には丸聞こえだし、その変な気遣いが、逆に申し訳ないというか、恥ずかしくなる。

 

「あー、うん、悪かった。悪かったから、変に気を遣わないでくれ。いや、ほんと、お前らのことを忘れてた俺が悪かったから」

「いやいや、俺たちが邪魔するわけにもいかないからな」

「ん、お二人で、ゆっくりと」

「私たちのことは気にしないでくださいですぅ」

 

殴りたい、そのニマニマ顔。

たしかにハジメたちを意識から外していちゃついた俺たちも悪いと言えば悪いが、仕方ないじゃないか。あんなティアは放っておけなかったんだから。

まぁ、俺は甘やかすだけで終わるわけではないが。

いったん、俺はティアを引きはがして目を見て話す。

 

「ティア、大丈夫か?」

「うん、ありがとう、ツルギ」

「これくらいはいい。ただ、1つだけ約束してくれないか?」

「約束?」

「今すぐとは言わないが、次にリヒトに会うまでに、自分で答えを見つけてくれ。リヒトをどうしたいか」

 

おそらく、リヒトやフリードは次会ったときは今度こそ本格的に牙をむいてくるだろう。その時に殺すことをためらってしまっては、俺たちが殺されかねない。

そうされないためにも、できるだけ早い段階で覚悟を決めた方がいいだろう。

リヒトを、何とかして元に戻すか、殺すか。

 

「わ、私は・・・」

「今言っただろ、今すぐとは言わないって。ゆっくり考えろ。必要なら、俺も相談に乗ってやる」

「・・・うん、わかったわ。ありがとう、ツルギ」

 

そう言って、ティアは再び俺の胸に顔をうずめた。今度は、純粋に甘えているだけのようだ。

 

「・・・で?話し合いは終わったか?」

「とりあえず、終わったぞ。ていうか、なに呆れた目をしているんだよ」

「友人の前でよくいちゃつけるもんだと感心してたんだよ」

「公衆の前で平然とユエとキスしたお前に言われたくはない」

 

俺たちだって、そこまでの度胸はない。度胸の有無と言うよりかは、節操の問題だろうが。

 

「んで?こっからどうする?」

「いや、お前はわかってるだろ?だから、あらかじめ()()を出しておいたんだろうが」

「まぁ、そりゃあそうだが」

「お2人とも、どういうことですか?ここから出る算段がついているんですか?」

 

俺とハジメの会話の内容がわからなかったようで、シアが問いかけてくる。ユエとティアも、言葉には出していないものの思っていることは同じなようで、うんうんとうなずいている。

俺とハジメは顔を見合わせ、至極まっとうに話す。

 

「そりゃあ、もちろん」

「マグマの中を泳いで進む」

「・・・ん?」

「・・・はい?」

「・・・え?」

 

さすがに言葉が足りなさ過ぎたのか、ティアたちが「頭、大丈夫?」みたいな視線を向けてくる。

言葉足らずだったのが悪いとはいえ、そんな視線を向けられたら、ちょっと傷つく。

別に、生身のまま泳ぐわけではない。

フリードが要石を破壊したと告げた時点で、ハジメはあらかじめメルジーネ海底遺跡で使う予定だった潜水艦を外に出していた。もちろん、“金剛”が付与された、折り紙付きの耐久力だ。

さすがにマグマに耐えるかは心配だったが、小舟でも大丈夫だったのだ。いけるだろうとは踏んでいた。

まぁ、仮に潜水艦がダメだったとしても、そのときはティオと共に強行突破するつもりだったし、どのみち問題はない。

ティオを先に行かせたのも、確実にタイムリミットを迎えないための保険だ。

ただ、1つ心配なのが、今、グリューエン大火山はまさに大噴火を起こそうとしている。当然、マグマの流れもより激しく、複雑になっているはずだ。果たして、まともに制御できるのか。できないとすれば、どこに出るのか。

まぁ、どのみちすぐに出なければ死ぬわけだから、そんなことを考える暇はないが。

 

「まぁ、そういうわけだ。だから、まずはマグマを避けて潜水艦に向かおう。潜水艦に向かうまでの結界は、俺とユエで張る。大丈夫か?」

「・・・ん、任せて」

 

俺の言葉にユエが頷く。

とりあえず、ユエが“聖絶”を3重に展開し、俺が魔力操作で“聖絶”の強度を上げつつ、なるべくマグマの流れが衝突しないように細工をした。

そこで俺たちは頷きあい、外界への扉を開けた。

次の瞬間、扉を開けた傍から大量のマグマが流れ込んできた。俺たちは“聖絶”のおかげで問題ないが、目の前がマグマ一色に染まる。

ある程度は覚悟していたが、さすがに言葉がでない。こんな体験をしたのは、世界広しといえども俺たちくらいだろう。

 

「ハジメ、潜水艦はどこだ」

「すぐ外だ。行くぞ!」

「んっ」

「は、はいですぅ!」

「わかったわ!」

 

ハジメの号令で、俺たちはゆっくりと外に出た。視界はマグマでシャットアウトされて何も見えないが、本当にすぐ近くにあったらしい。コツンと“聖絶”に何かが当たる音がした。

ユエが障壁を調節しながらハッチまで行き、なんとか中に入ることができた。

 

「ふぅ、なんとかなったな」

「安心するのはまだ早いぞ。本番はこっから・・・」

 

ハジメが一息つき、俺が気を引き締めようとした次の瞬間、今までにないくらいの振動が俺たちを襲った。

この潜水艦は、さっきの部屋と違って振動を遮断してはくれない。

結果、

 

「ぐわっ!?」

「んにゃ!?」

「はぅ!? 痛いですぅ!」

「っぶね!?」

「きゃう!?」

 

それぞれが船体のあちこちに体をぶつけることになり、悲鳴をあげた。

だが、このままシェイクされる俺たちじゃない。

俺はティアを片腕で抱えながらなんとか重力魔法を使って、船体を安定させた。

 

「た、助かった。ありがとうな、ツルギ」

「ん、さすが」

「ありがとうございますぅ、ツルギさん」

「気にするな。だが、このまま火山の外に出れれば万々歳だったんだが・・・」

「・・・どういうこと?」

 

俺の不穏な言葉に、ティアが首を傾げながら問いかけてくる。

 

「・・・ハジメ、クロスビットの特定石で、今の場所を特定することはできるか?」

「今やったところだ・・・ツルギの言う通り、こりゃあ出口から遠ざかっているな」

「えっ?それって地下に潜ってるってことですか?」

「ああ、真下ってわけじゃなくて、斜め下って感じだが・・・さて、どこに繋がっているのやら・・・」

「・・・こりゃあ、しばらくは戻れそうにないな」

 

俺は若干落胆しながらため息をつくと、ティアが俺に寄り添ってきた。

 

「・・・大丈夫よ、ツルギ。私たちは、ずっと一緒だから」

「・・・あぁ、そうだな」

 

やっぱり、ティアがいると心強い。

ハジメの方も、同じようにユエとシアが寄り添っている。

あぁ、そうだ。戻るのが遅くなる程度で絶望する俺たちじゃないし、あいつらも信じて待っているだろう。

ここまできたら、行きつくところまで行くだけだ。




「香織殿、そんなに働きっぱなしで大丈夫なのかの?」
「大丈夫、私は治療師だから。でも、ちょっと外れてもいいかな?1,2分くらいでいいから」
「1,2分と言わず、もっと休んでもよいと思うが・・・わかった」
「うん、ちょっと待ってね」(ばたん)

すーはーすーはー!!くんかくんかくんか!!

「・・・香織殿・・・」

やっぱり病んでいる香織に、目の前が真っ暗になりそうになるイズモ

~~~~~~~~~~~

今回は短めです。
ありふれ零の3巻、さっそく買って読みました。
そこで思ったのが、熱出して寝込んだヒロインって例外なく可愛くなるか、可愛さに拍車がかかりますよね。
告らせたいのかぐや様然り、ニセコイの小野寺姉妹然り。
この調子で、あの2人にはもっとラブコメさせて、最終的には・・・うん、いいっすね。


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青い海の上と港町で

「・・・疲れた」

 

それが、怒涛の展開を乗り切った俺の感想だった。

あの後、俺たちはマグマだまりからどこかの地下に流された後、ほぼ丸1日くらい激流にさらされ続けた。

その間、船内はこれでもかというくらいに荒れ続けた。最初はユエと俺の“絶禍”でなんとか船体を安定させていたが、さすがに長時間は魔力がきつかった。

そこで、ハジメが生成魔法で重力石を生成し、それを元に浮遊する座席を作った。

完全にシェイクされるのを防げたわけではないが、それでもだいぶマシになっただけ御の字だろう。

その後もしばらくの間眠らずにしのいでいたが、ある時、今までで一番の衝撃が船体を襲った。その衝撃はすさまじく、“金剛”を発動した潜水艇に直接ダメージを与えるほどで、その勢いのまま吹き飛ばされた。

だが、俺はここで安堵した。このすさまじい衝撃の正体は、水蒸気爆発によるものだと察したからだ。つまり、少なくともマグマの中から脱出できたということである。ハジメのクロスビットでも、そのことはすぐに確認できた。

それでも潜水艇はかなり傷ついたが、浸水しなかっただけマシだ。

だが、それで俺たちの受難が終わったわけではなく、その後も苦難は続いた。

両翼や船尾が大破してしまったものの、操作だけなら魔力操作でできるから問題ないとそのままハジメが運転を始めたのだが、そこにこれでもかというくらいに魔物が襲い掛かってきた。

最初は、体長が30mくらいの巨大なイカっぽいなにか。その次は水の竜巻を作るサメの群れ。

最初は潜水艇に搭載されている武装と俺とユエの魔法で撃退したが、武装が尽きてからは俺とユエの魔法頼みになり、ユエの魔晶石の魔力のストックがなくなってからは、シアから吸血して“血力変換”で魔力をひねり出し、シアが貧血でぶっ倒れてからは、ほとんど俺1人で魔物を殲滅した。

ティアからも魔力の供給と俺の“高速魔力回復”のおかげでなんとか乗り切ることができたが、俺は魔法を行使し続けた疲労でぶっ倒れた。

その後は、ハジメが潜水艇を海面に出して、休憩することになった。

今は、ティアが俺を抱きしめながら横になっている状態だ。

この潜水艇は、あらかじめ大きく作って部屋を多めに作ってある。なぜかと言われれば、たのs・・・それぞれゆっくり休憩するためだ。

2人一部屋で、割り振りも自然に決まっているが、断じてそれぞれ楽しむためでなく、ゆっくり休むためだ。

 

「ツルギ?大丈夫?」

 

俺のつぶやきが聞こえたのか、ティアが心配そうに俺を見つめる。

 

「ちょっと体はだるいが、問題ない。殴られたところも、ティアのおかげでほとんど治ってるからな」

 

どうやら、俺がぶっ倒れてからもティアは回復魔法を俺にかけてくれていたようで、腹の傷はほぼ完治していた。

 

「まぁ、今はゆっくり休もう。ティアも、俺に回復魔法をかけっぱなしだっただろ?」

「そうね。でも・・・ん」

「んむ」

 

そう言うと、ティアは体を寄せてキスをした。

最初は軽く触れる程度だったが、繰り返すごとにだんだんと深くなっていき、体もより密着させてきた。

 

「ツルギ・・・」

「・・・まさか、部屋の中とは言え、大海原のど真ん中でやるとはなぁ・・・」

 

そう言いながらも、俺はティアを拒絶しない。周りに配慮して、遮音結界を張っておくのも忘れない。

やっぱ訂正。楽しむための部屋割りだったわ、うん。

 

 

* * *

 

 

ティアと楽しんだ後、船内の共有スペースに向かうと、そこにはむすっとしたシアと、ちょうどすっきりした様子でハッチから戻ってきたハジメとユエがいた。

 

「お前らも起きてたのか・・・ていうか、シアはどうしたんだ?」

「・・・べつに、大したことではありません。激しい揺れと、艶やかな声と、生々しい音で目が覚めて、元気になっただけです。襲ってやろうと思うくらいに」

「そうか」

 

俺とティアの方は、ちゃんと遮音結界を張ったからシアに聞こえるはずがないし、聞こえたところでここまで不機嫌にはならないだろう。

とすると、ハジメとユエの方か。

あれ?でもハジメとユエは潜水艇のハッチから戻ってきた。

ということは、ハジメとユエは外でそのまま・・・。

・・・日本にいたころじゃあ、想像もできなかったな。

俺の方も人のことを言えないとはいえ、ちゃんと部屋の中で、音が漏れないように、という配慮はちゃんとする。

だから、ハジメとユエに比べれば、まだ良識はある・・・のか?

とりあえず、そんなこんなで相当寂しさをつのらせたらしいシアは、ハジメの隣に腰かけてギュッと抱きつき、ハジメとユエが2人がかりで慰めた。

その後でハジメと話したのだが、ハジメが言うには、昨夜見た星の位置から考えると、今いる場所はエリセンの北らしい。だとすると、陸地を左手側に南下すれば、少なくともエリセンとグリューエン大砂漠をつなぐ港が見えるか。

とりあえず、遭難の危機はあまりないことにほっとした。

それから二日目の正午くらいの時間、俺たちは食事休憩をすることにした。

メニューは当然のように海で採れた魚だが、運よく海獣・・・の魔物を捕えることもある。

捕獲した魔獣は俺が魔力を抜き、毒の有無を確認してからそのまま生で食べる。そうすれば、野菜類がないこの状態でもビタミンを摂取することができる。

ただ、宝物庫が手元に無いせいで、今できる調理と言えば切って焼くしかできない。

一応、焼き加減を調節したり、海水から塩を作って味付けしてはいるが、味のバリエーションはかなり乏しい。

それでも、大海原のど真ん中で食べる魚というのも、なかなかにおいしく感じる。場所や雰囲気も調味料の1つだというが、たしかにその通りだ。祭りや海の家で食べる焼きそばが普段よりおいしく感じるのと同じだ。

そんなこんなで見たことのない魚の丸焼きや刺身に舌鼓を打っていると、シアのウサ耳がピコン!と跳ね、ついでせわしなく動き始めた。

そこで、俺とハジメもなにか複数の気配が俺たちを囲むようにして近づいてくるのを感知した。

直後、潜水艇の周りに20人ほどが三叉槍を手にして海の中から現れた。

海の中からでてきたことと、エメラルドグリーンの髪とヒレのような耳を持っていることから・・・海人族か?

ただ、感じる雰囲気は尋常じゃなく、警戒心にあふれている。

 

「お前達は何者だ?なぜ、ここにいる?その乗っているものは何だ?」

 

そのうちのハジメの正面にいる1人がハジメに問いかける。

だが、今食べている魚はなかなかに歯ごたえがあり、飲み込むのに時間がかかる。

一応、ハジメからすれば真面目な態度をとっているつもりなんだろうが、海人族の兵士からすれば余裕の態度のように見えたらしく、額に青筋が浮かんでいる。

 

「あ、あの、落ち着いて下さい。私達はですね・・・」

「黙れ!兎人族如きが勝手に口を開くな!」

 

それを察したシアがハジメの代わりに答えようとするが、怒声と共に切り捨てられる。

どうやら、兎人族の地位は海人族からしても低いらしい。

ただ、なんとしてもハジメの口から答えさせたいらしく、三叉槍をシアの方に向けて勢いよく突き出された。

ったく、仕方がない。

 

「はい、ストップ」

「ッ!?」

 

俺はそう言いながら、剣製魔法で鎖を生成して海人族の兵士と三叉槍を拘束した。兵士は、槍を突き出した姿勢のまま振りほどこうともがくが、その程度で外れるほど、やわではない。

 

「なっ、なっ」

 

他の兵士たちは目の前の光景に絶句しているが、俺はそれに構わずに話しかける。

 

「話を聞きたいなら、もうちょい落ち着け。それじゃあ、そっちの方が話を聞く気がないように思えるぞ。あと、ハジメ、さっさと飲み込め。なんかそれのせいで過激になってる部分もありそうだし」

「ちょっふぉまふぇ、ふぐのみふぉむ」

 

「ちょっと待て、すぐ飲み込む」とでも言ったんだろうが、口に含んでいるせいでうまく言えてない。

あと、ユエとシアが急いで飲み込もうとしているハジメを見て微笑ましそうにしているのも、ちょっと今はやめてほしい。

周りから、もはや殺気のようなものまで感じる。

できるだけ早く、穏便に済ませた方がいいだろう。

 

「えーと、とりあえず俺たちとしては、海人族とはあまり争いたくない。だから、穏便に話し合いといかないか?そっちから手を出されると、こっちも反撃せざるを得ない」

 

俺たちとしても、ミュウとおなじ海人族をあまり傷つけたくはない。

それが原因でミュウが悲しむというのも、あまりいい気はしないしな。

ただ、海人族の兵士たちは相当警戒心が高いようで、俺の言葉をまるっきり信じてくれようとしない。それどころか、投擲用らしき短い銛を構えだした。

 

「そうやって、あの子も攫ったのか?また、我らの子を攫いに来たのか!」

「もう魔法を使う隙など与えんぞ!海は我らの領域。無事に帰れると思うな!」

「手足を切り落としてでも、あの子の居場所を吐かせてやる!」

「安心しろ。王国に引き渡すまで生かしてやる。状態は保障しないがな」

 

・・・あ~、だいたい察した。

察したが、周りの兵士たちがもはや警戒心を通り越して強い恨みを発しはじめている。

たしかに考えてみれば、見たことのない船に乗っており、兎人族の奴隷(に見える)の少女を連れており、海人族の警戒範囲をうろついている、さらにハジメの見た目は義手と眼帯で怪しい・・・誤解されるのも無理はないか。

それに、亜人族は種族における結束や情が非常に強い。他種族はもちろん、同種族は特に。シアのハウリア族がいい例だ。

だからこそ、同種族の少女がさらわれたということに、自分の子と同じくらい大切なのだろう。

ということで、

 

「だから落ち着けって言ってるだろうに」

「「「「なっ!?」」」」

 

今銛を構えている全員を優しく、されどもしっかりと拘束させてもらう。ちゃんと怪我をしないように気を配りながら。

 

「そっちが話せっていうから対話に応じようとしてるのに、自分たちで勝手に放り投げるんじゃねぇよ。あと、お前たちの言う“あの子”って、ミュウって名前だったりしないか?」

「なっ、なぜミュウのことを知っている!?」

「俺たちは、フューレンのギルド支部長、イルワ・チャングからミュウの護送の依頼を受けている。今は訳あって一緒にはいないが、アンカジまで戻って来ている」

「だ、だまされないぞ!そう言って、また我々をさらおうと・・・」

「お前たちが信じられないってのもわかる。だから、いったんエリセンまで行って、だれか同行者を決めてアンカジまで一緒に迎えに行く、ってところで手打ちにしないか?俺たちとしては、ちゃんと依頼書もあるし何もやましいことはないんだが、そっちが信じられないって言うから譲歩しているんだ。だから、わかるな?」

 

俺がちょっと威圧しながら問いかけると、すぐに頷いてくれた。

若干顔が青くなってる気もするが、ちゃんと俺の話を聞き入れてくれたってことでいいだろう。

 

「というわけだ。めんどくさいことになったが、こんなもんでいいだろ」

「・・・まぁ、ミュウのためならしゃあねぇか」

「・・・ん、ちゃんと話を聞いてくれて助かった」

「早く、ミュウちゃんを家族に会わせたいですねぇ」

「そうね。そのためにも、さっさと終わらせましょうか」

 

ハジメたちも俺の意見に異論はないということで、まずはエリセンに向かうことにした。

ミュウのことに関してはそれからだ。

 

 

* * *

 

 

とりあえず海人族の兵士たちを説得した俺たちは、潜水艇の周りを兵士たちが囲む形でエリセンに向かった。

ちなみに、道中で聞いた話なのだが、今襲ってきた連中は全員ミュウのことを直接知っていたらしく、ミュウが誘拐されたときに母親が負傷したこともあって、余計感情的になったらしい。

さて、そんなミュウがハジメのことを“パパ”と慕っていることを知ったら・・・その時の反応が楽しみだ。

そんなこんなで、海の上を走ること数時間、ついに陸地が見えてきた。

 

「お、ようやく町が見えてきたな。あれがエリセンか」

「ん?おぉ、本当に海のど真ん中にあるんだなぁ」

 

ハジメの言う通り、海のど真ん中にとつぜん現れたような感じだ。

港には多くの桟橋が突き出ており、屋台が数多く立ち並んでいる。海人族の少女が誘拐された後ではあるが、観光客はやはりそれなりにいるようだ。

その観光客や地元民たちは、武装した大勢の兵士が囲んでいる得体のしれない乗り物とそれに乗っている俺たちを見て目を丸くしたり、中には騒ぎ出す者まででてきたが、とくに気にせずに空いていた桟橋に潜水艇を止める。

 

「さて、事情説明は頼んだぞ。面倒なことになったら、その分ミュウとの再会も遅れるからな」

「あ、あぁ、わかっている」

 

そう言って、兵士の1人が俺たちのところに来たお偉いさんらしき人物に事情を説明し始めた。

だが、詳しいことは遠くて聞き取れないが、なにやら難航しているようで、なかなか同行者が決まらない。

後ろのハジメが、だんだんイラついているのを感じるが、今のところは待つことしかできない。

できることなら、なるべく穏便に済ませたいんだが・・・。

そう思った矢先に、事情を説明した兵士を押しのけて大勢の他の兵士たちが押し寄せて、あっという間に俺たちを包囲した。

その中の、隊長格らしき人物が高圧的に話しかけてくる。

 

「大人しくしろ。事の真偽がはっきりするまで、お前達を拘束させてもらう」

「・・・おい、ちゃんと話を聞いたのか?」

「もちろんだ。確認には我々の人員を行かせればいい。お前達が行く必要はない」

 

・・・バカなのか頭でっかちなのか。いずれにしろ、面倒なことになったな。

一応、ミュウの故郷ということでハジメも自制を利かせているが、イライラが募っているのが気配で丸わかりだ。

 

「あのな、俺たちも早く仲間に会いにいきたいのを我慢して、わざわざ勘違いを正しにここまで来たんだ。ちょっとは話を聞いてくれてもいいんじゃないか?」

「果たして勘違いかどうか・・・攫われた子がアンカジにいなければ、エリセンの管轄内で正体不明の船に乗ってうろついていた不審者ということになる。道中で逃げ出さないとも限らないだろう?」

「どんなタイミングだよ。逃げ出そうっていうなら、兵士を全員拘束した時点でそうしてる。わざわざここまで来る意味もないだろうが」

「その件もだ。お前達が無断で管轄内に入ったことに変わりはない。それを発見した自警団の団員を襲ったのだから、そう簡単に自由にさせるわけには行かないな」

「・・・あのな、最初に襲ったのはお前たちの兵士の方なんだが?それとも、おとなしく手足を斬り落とされていればよかったとでも言うのか?・・・いい加減にしろよ」

 

そう言いながら、俺は強めに殺気を放つ。

俺の放った殺気に周りは腰を抜かすが、隊長格の人物はわずかに後ずさりするだけだった。思ったよりは有能なようだ。

だが、胸元のワッペンにはハイリヒ王国の紋章が入っている。おそらく、保護の名目でエリセンに駐屯している部隊の隊長格ということだろう。周りの海人族の兵士、おそらく自警団だろう兵士たちも、及び腰になりながらも引こうとはしない。

もちろん、エリセンで問題を起こすのは、ミュウの故郷であることももちろん、メルジーネ海底遺跡を攻略する上でも、拠点となる町で面倒ごとを起こすのはよくない。

アンカジにミュウがいるのは確実だし、それを証明すればそこで疑惑も解ける。それは頭ではわかっている。

だが・・・理不尽を前に「はい、そうですか」と大人しく引き下がるほど、俺もおとなしい性格をしていない。

俺が得た強さは、本来はそれらを乗り越えるために手に入れたものだ。

それは、ハジメも同じ。

ハジメの方も、相手の言い分をこれ以上聞くつもりはないようで、剣呑な空気を放っている。

これでも俺たちの言うことを聞かないと言うなら、多少の実力行使はやむを得ないか・・・

 

「ん?今なにか・・・」

 

そこで、シアが耳をピコピコさせながらきょろきょろと空を見回し始めた。

おそらく、何かの気配をつかんだんだろうが、ここにきて一体なんなんだ?

俺は殺気はそのままに、上空を見まわす。

だが、それらしき姿は・・・

 

「・・・ッ」

 

ん?うっすらとだが、俺にもなにか聞こえて・・・

 

「・・・パッ!」

 

・・・まさか!?

 

「ハジメ!上だ!」

「あ!?」

「・・・パパァー!!」

 

真上を見ると、そこにいたのは、

 

「ミュウッ!?」

 

満面の笑みで自由落下をしているミュウだった。その後ろには、慌てて落下する黒竜のティオと、その背に乗ってやはり焦った表情をしている香織とイズモの姿があった。

ていうか、なんでそんな笑顔で紐なしバンジーができるんだよ!?

なんにせよ、このままはやばい!

 

「くっそっ!」

 

俺はとっさに風魔法“嵐帝”を絶妙な加減で放ち、上昇気流を発生させてミュウの落下の勢いを減衰させる。

そこでハジメが“空力”と“縮地”を発動させて一気に跳躍し、ミュウの落下位置を推測し、速度を調整、ミュウを柔らかく受け止めた。そしてミュウを抱きしめたまま“空力”を発動し、なんとか地上に戻っていく。

なんとか事なきを得たが、内心は冷や汗がだくだくだ。

 

「パパッ!」

 

そんな中、ミュウはと言えば俺たちの内心を少しも気にせず、満面の笑みでハジメの胸元に頬をスリスリさせる。

推測だが、おそらくティオあたりが真下に俺たちがいることをミュウに教えたのだろう。その結果、故意か事故か・・・いや、あれは確実に確信犯だな。まぁ、それで俺たちめがけて落下した、ということか。

落下しても俺たちが確実に受け止めるだろうことを信頼してくれたのはうれしくもあるが、だからって普通、4歳児が満面の笑みでフリーフォールをするか?

なにはともあれ、地上に戻ったらハジメに盛大に叱ってもらおう。さすがに、何回もこんなことをされたら俺たちの精神がもたない。




『ミュウよ、もうそろそろエリセンにつくぞ』
「本当なの?」
「そうだな。もう見えるはずだが・・・ん?」
「イズモ?どうしたの?」
「いや、ツルギ殿たちが見えた気がしたのだが・・・ティオ様、どうですか?」
『・・・うむ、たしかにいるの。ご主人様たちも一緒じゃが・・・』
「本当なの!?パパーッ!!」
「あ!ミュウ!待て!」
「あぁ!ミュウちゃんが飛び降りた!?」
『なんじゃと!?ミュウよ、待つのじゃ!』

たぶん、こんな感じなんだろうな~、っていうミュウの飛び降り現場。


~~~~~~~~~~~


ウェブ版ありふれの最新投稿を読んで思ったのですが・・・
kou様の「厨二は自覚せずとも厨二なのだ」が本当だとすれば、遠藤の業はある意味ハジメよりも深いということになりそうと言うか・・・
さすがのハジメも二重人格にはならないですしね。
これは遠藤の厨二の業が深いのか、“深淵卿”がすさまじいのか、それを目覚めさせる原因であるハウリアが悪いのか・・・
この時点でハジメパパの古傷をだいぶえぐったのなら、ハウリア族と会ったら、いったいどうなるのか・・・楽しみですね!


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パパママ騒動

「ひっぐ、ぐすっ、ひぅ」

 

あれから数分後、ハジメからしこたま叱られたミュウは泣きべそをかいていた。

周りの観衆や警備兵たちも、妙に静まり返っている。

まぁ、その理由はさらわれたはずの海人族の少女が突然空から降ってきたり、ハジメがそれを思い切り跳躍してキャッチしたり、今度は黒竜が背中に人を乗せて空から降りてきたというのもあるんだろうけど、やっぱミュウの()()呼び方が原因だろう。

 

「ぐすっ、パパ、ごめんなしゃい・・・」

「もうあんな危ない事しないって約束できるか?」

「うん、しゅる」

「よし、ならいい。ほら、来な」

「パパぁー!」

 

そう、ミュウがハジメのことを“パパ”と呼んでいることに困惑を隠せないでいる感じだ。

ちなみに、先ほどの隊長格の人物には、俺が今度こそ懇切丁寧に説明した。イルワからの依頼書と俺たちが“金”ランクの冒険者である証も見せて。

それで、隊長も一応は納得してくれた。まぁ、後にもいろいろと事情聴取されそうな気もするが。

だが、今はハジメたちの方はそっとしておこう。どうやら、ティオと香織も相当心配していたようで、なにやら抱きついているし。

 

「ツルギ殿、少しいいか?」

 

すると、イズモに声をかけられた。

イズモの方を振り向くと、イズモは“変化”で子狐状態になり、俺の方に飛びついてきた。

俺が両手で抱えるようにして受け止めると、イズモは俺の腕の中で丸まった。

 

「イズモ?」

『私とて、心配だったのだ。だから、少しこのままでいいか・・・?』

「・・・わかったよ」

 

どうやら、心配をかけさせたのは俺も同じだったらしい。

俺はイズモを慰めるように頭を撫でる。

イズモも、気持ちよさそうにして喉を鳴らし、ティアもつられるように近づいてイズモを撫で始めた。

普段なら俺にジト目を向けそうなものだが、イズモは別らしい。やはり、旅の仲間ということで、ある程度は心を許しているということか。

 

「・・・そろそろいいか?」

 

そこに、隊長がちょっと複雑そうに声をかけてくる。先ほどから放置されたのは納得いかないが、なにやら大変なことがあったのは察したからどう声をかければいいかわからない、ということか。

まぁ、先ほどまでの警戒心丸出しの声とは違って、一定の敬意は払っているようだが。

 

「あぁ、すまない。こっちもいろいろとあってな。それじゃあ、まずはあの子の母親に会わせてもらってもいいか?諸々の事情聴取とかは、せめてその後にしてくれ。どのみち、しばらくはエリセンに滞在する予定だからな」

 

ぶっちゃけ、報告したところで、って話ではあるが。俺たちの知ってることなんて、もうとっくに王都に報告されているだろう。おそらく、救援を送る準備をしているはずだ。

 

「あぁ、それくらいはかまわない。それと、その子は母親の状態を?」

「いや、知らない。でも、心配はいらないだろ。こっちには最高の治療師がいるし、最高の薬もあるからな」

「そうか、わかった。では、落ち着いたらまた尋ねさせてもらおう」

 

そう言って、隊長はサルゼと名乗り、野次馬を散らして事態の収拾に入った。

どうやら、職務に忠実な人間のようだ。先ほどの高圧的な態度も、自分が隊長だと自覚しての行動だったらしい。

とりあえず、ミュウと話したそうにしている者たちを視線で制して、ハジメたちに呼びかける。

 

「ハジメ!ミュウ!そろそろ行くぞ!」

「わかったの、ツルギお兄ちゃん!パパ、パパ!早くお家に帰るの!ママが待ってるの!ママに会いたいの!」

「そうだな、早く会いに行こう」

 

ひさしぶりの我が家と母親との再会とあって、ミュウのテンションが高い。

ハジメやユエから聞いた話だが、やはり今までも母親が恋しかったらしく、夜になると甘えん坊になったりしていたらしい。

そんなミュウを横目に、俺は香織に小声で話しかける。

 

「とりあえず、ミュウの母親の方は頼んだぞ」

「えっと、ツルギくん、ミュウのお母さんって・・・」

「大丈夫だ。命に係わるようなものではないらしい。ただ、怪我がひどいのと、精神的なものだそうだ・・・精神的な方はミュウがいれば大丈夫だから、怪我の方を頼む。俺だと診察はできても、治療は専門外だからな」

「うん、任せて」

 

そんなことを話していると、奥の方から声から声が聞こえてきた。見てみると、玄関口に20代半ばくらいの女性が倒れこんでおり、なにやら必死そうな様子でいる。

 

「レミア、落ち着くんだ!その足じゃ無理だ!」

「そうだよ、レミアちゃん。ミュウちゃんならちゃんと連れてくるから!」

「いやよ!ミュウが帰ってきたのでしょう!?なら、私が行かないと!迎えに行ってあげないと!」

 

どうやら、誰かがミュウが帰ってきたことをミュウの母親に伝えたらしい。おそらく、レミアという名前がそうなのだろう。それで、居ても立ってもいられずに家から出ようとして、周りに押さえつけられてる、ってところか。

すると、ミュウがレミアと呼ばれた女性の声に反応して、顔をパアァ!!と輝かせ、精いっぱい大きな声で叫びながら駆け出していった。

 

「ママーー!!」

「ッ!?ミュウ!?ミュウ!」

 

ミュウは勢いよく走っていき、母親であろうレミアさんの胸元に笑顔で飛び込んだ。

レミアさんの方も、ミュウに何度も「ごめんなさい」と謝りながらも、二度と離さないと言わんばかりにミュウを抱きしめ、涙をぽろぽろと流す。

ミュウはそんなレミアさんに心配そうな目を向けながら、慰めるようにして頭を撫で始めた。

 

「大丈夫なの。ママ、ミュウはここにいるの。だから、大丈夫なの」

「ミュウ・・・」

 

レミアさんは、まさか自分の娘に慰められるとは思ていなかったのか、目を丸くする。

そして、今度はミュウがレミアさんを抱きしめ、そのことにレミアさんは苦笑しつつも、愛おしさが宿った瞳で再び抱きしめる。

まさに、親子の感動の再会だ。

俺もついウルっときてしまったし、ティアも涙をぬぐっている。イズモは子狐のままだが、暖かいまなざしをしているのがわかる。

ただ、喜んでばかりもいられない。

 

「ママ!あし!どうしたの!けがしたの!?いたいの!?」

 

ミュウが肩越しにレミアさんの足の状態に気づいたようで、悲鳴じみた声を上げる。

今のレミアさんの両足は、ロングスカートからのぞいている部分だけでも包帯でぐるぐる巻きにされている。

エリセンに向かう途中で兵士の1人から聞いたのだが、レミアさんはミュウが攫われた現場にいたらしい。

はぐれたミュウを探したところ、偶然、足跡を消している不審な男を発見し、とりあえずミュウの居場所を尋ねようとしたところ、いきなり詠唱を始めたらしい。それでミュウがいなくなったことに関与していると確信して足跡の続いている方に走ったのだが、もう一人の男に殴り倒され、そこに追い打ちをかけるように炎弾が放たれた。

上半身への直撃はなんとか避けたものの、足に被弾してそのまま吹き飛ばされ、気を失って流されていたところをミュウとレミアさんの捜索に来ていた自警団に保護された、とのことだ。

レミアさんは一命はとりとめたものの、時間経過によって神経をやられ、歩くことも泳ぐこともできない状態になってしまった、ということらしい。

ある意味、香織がいたのは幸運だったな。程度にもよるが、俺だと治しきれない可能性もあった。

やっぱり、パーティーに一人は治療師が必要だな。恩も売りやすいし。もちろん、ミュウの母親であるレミアさんに恩を売るなんてことはしないが。

 

「パパぁ!ママを助けて!ママの足が痛いの!」

「えっ!?ミ、ミュウ?いま、なんて・・・」

「パパ!はやくぅ!」

「あら?あらら?やっぱり、パパって言ったの?ミュウ、パパって?」

 

そんなレミアは、ハジメを“パパ”と呼ぶミュウにうろたえていた。頭にこれでもかというくらいに疑問符を浮かべているのが見える。

周りからも、ミュウの新しい“パパ”に歓声をあげる者もいれば、何やら勘違いで嫉妬やら絶望やらで危ない発言をしている者もいる。

どうやら、ミュウとレミアさんは親子そろってエリセンの人気者らしい。なにやら、ファンクラブらしき存在をちらつかせるような発言も聞こえている。

まぁ、ミュウがかわいいのはわかっているが、レミアさんも親なだけあってミュウとよく似た顔だちをしており、今は心労とかでやつれているものの、元に戻ればおっとり系美人になるような雰囲気を感じる。人気になるのも、当たり前といえば当たり前なのか。

・・・まさか、これの対処も俺がやる、なんてことはないよな。

ハジメのほうも「行きたくねぇなぁ」みたいな感じで顔を引きつらせているが、母親との再会を誰よりも待ちわびていたのはミュウだし、このままレミアさんと「仲いいですよ~」アピールをしておけば、メルジーネ海底遺跡攻略への足掛かりにもなるだろう。少なくとも、情報と諸々の食料くらいはくれそうだ。

そんなわけで、俺はハジメの肩をポンとたたき、「いいからさっさと行け」と促す。

ハジメも観念したようで、肩を落としながらもレミアさんのところに向かった。

 

「パパ、ママが・・・」

「大丈夫だ、ミュウ・・・ちゃんと治る。だから、泣きそうな顔するな」

「はいなの・・・」

 

ハジメが泣きそうな顔になっているミュウの頭をくしゃくしゃと撫でているが、レミアさんの表情はポカンとしたままだ。

まぁ、ミュウが人間族のハジメを“パパ”と慕っているんだから、当たり前ではあるが。

だが、周りの騒ぎがさらに多きくなっている。早めに治療を始めた方がいいだろう。

 

「ハジメ、早く運んでくれ。周りが騒がしくなってきた」

「わーってるよ・・・悪いが、ちょっと失礼するぞ」

「え?ッ!?あらら?」

 

そう言いながら、ハジメはレミアさんをひょいとお姫様抱っこで持ち上げた。

別にそこまでしろとは言ってないが、足を怪我しているわけだから仕方ない、と思いたい。

周りから悲鳴とか怒号が聞こえるが、俺がにっこりと殺気を放って黙らせる。

俺の「ちょっと黙ろうな?」という言外の圧力を感じたようで、観衆はいったん黙ってくれたが、どのみち後の説明は必要だろう。それも、たぶん俺がやることになるんだろうなぁ。

いったん観衆を帰らせた俺は、先に中に入って行ったハジメたちの方に行く。

中に入ると、レミアさんはソファに座っており、ちょうど香織が診察を終わらせたところだった。

どうやら、香織の回復魔法でも治るらしい。ただ、どうしてもデリケートな場所なだけあって、後遺症を残さずに治すためには3日ほどかける必要があるとのことだ。

それでも、後遺症なく治ってよかった。

その後は、当然と言うか、どうしてミュウがハジメのことを“パパ”と呼ぶのかを聞かれ、事の経緯を話すことにした。

具体的には、フューレンでのあれこれとハジメを“パパ”と呼ぶようになった経緯だ。

香織に治療されながら話を終えると、レミアさんはその場で深々と頭を下げ、何度もお礼を言った。

 

「本当に、何とお礼を言えばいいか・・・娘とこうして再会できたのは、全て皆さんのおかげです。このご恩は一生かけてもお返しします。私に出来ることでしたら、どんなことでも・・・」

「別に、お礼なんていいですよ。ミュウのことに関しては、俺たちもどうにかしたかったからやっただけですからね」

 

一応、お礼に関しては俺が丁寧に断ったのだが、レミアさんもお礼の一つくらいはしないと気がすまないようで、なかなか引き下がらない。

俺たちとしても、ミュウの手前、本当にお礼をせびるようなことはしたくない。

そこで、香織が治療を終えたようで顔を上げた。

 

「ハジメ君、ツルギ君、治療はひとまず終わったよ」

「そうか。なら、俺たちは宿を探すので、ひとまずはこれで」

「それなら、ぜひ我が家に泊まってください」

 

これは、まさかの申し出、というか懇願だった。

さすがに、人の家に泊まらせてもらう方が気が引けるのだが・・・

 

「どうかせめて、これくらいはさせて下さい。幸い、家はゆとりがありますから、皆さんの分の部屋も空いています。エリセンに滞在中は、どうか遠慮なく。それに、その方がミュウも喜びます。ね?ミュウ、ハジメさん達が家にいてくれた方が嬉しいわよね?」

「? パパ、どこかに行くの?」

 

それはずるい。

ミュウが一緒にいたいと言うなら、それこそ断る理由がない。

ミュウの方も、もはや俺たちがこの家に泊まることが決定事項なようで、レミアさんの質問に首をかしげている。

ただ気になるのが、なにやらレミアさんから妙な雰囲気が・・・

 

「母親の元に送り届けたら、少しずつ距離を取ろうかと思っていたんだが・・・」

「あらあら、うふふ。パパが、娘から距離を取るなんていけませんよ?」

「いや、それは説明しただろ?俺達は・・・」

「いずれ、旅立たれることは承知しています。ですが、だからこそ、お別れの日まで“パパ”でいてあげて下さい。距離を取られた挙句、さようならでは・・・ね?」

「・・・まぁ、それもそうか・・・」

「うふふ、別に、お別れの日までと言わず、ずっと“パパ”でもいいのですよ?先程、“一生かけて”と言ってしまいましたし・・・」

 

そんなことを言いながら、レミアさんは頬を少し赤くし、片手をあてて「うふふ♡」とほほ笑んでいる。

普段ならそれだけでなごんでいるのだろうが、あいにく、今の俺たちの周りにはブリザードが吹き荒れている。

ていうか、ハジメはとうとう未亡人の人妻にまで手を出したのか・・・いや、手を出された、ってのが正しいのか?シアやティオみたいに。

 

「そういう冗談はよしてくれ・・・空気が冷たいだろうが・・・」

「あらあら、おモテになるのですね。ですが、私も夫を亡くしてそろそろ5年ですし・・・ミュウもパパ欲しいわよね?」

「ふぇ?パパはパパだよ?」

「うふふ、だそうですよ、パパ?」

 

ブリザードがさらに激しくなる。正直、今のユエたちの表情を見たくない。気配だけでも、「いい度胸だ、ゴルァ!!」と言っているのが伝わってくる。

だというのに、レミアさんは「あらあら、うふふ」とほほ笑むだけだ。

どうやら、レミアさんはかなりの大物らしい。それとも、未亡人の余裕から為せる態度なのか。

とりあえず、俺、ティア、イズモは「さすがに俺たちもいると窮屈になってしまうから」と比較的近くの宿に泊まることにした。あらかじめ「ご飯はそちらでごちそうになります」と言って、お礼を言い訳に使われないように先手をうって。

ハジメから「この裏切り者!!」みたいな眼差しを向けられたが、「そもそもてめぇの問題だろうが」と逆に睨み返しておいた。俺だって、親友とはいえ人様の交際関係にあまり首を突っ込みたくないし、ティアとゆっくりできる時間がほしいし、イズモをこれ以上精神的に疲れさせるわけにもいかなかったから、しょうがない、うん。

そういうことで、俺たちは宿に向かい、チェックインを済ませて部屋に入った。

そこでイズモも人型に戻り、ハジメとレミアさんのことについて話し合う。

 

「ツルギ、あれってどう思う?」

「一応、からかっているって感じではあったけど・・・あまり自信はない。ていうか、そもそも余裕のある未亡人の考えとか扱い方がわからない」

「私も、まだからかっているだけだとは思うが・・・自分の愛娘を助けてもらって、しかもその娘がハジメ殿を“パパ”と慕っているのだ。それに、レミア殿がハジメ殿を“パパ”と呼んでいるとき、割とまんざらでもないような気がしたのだが・・・」

「・・・とりあえず、俺たちはノータッチで行こう。どうせ、ハジメの問題だ」

「・・・それがいいわね」

「・・・あぁ、触らぬ修羅場に祟りなし、だな」

 

放置でもわりとキレられそうな気はするが、どうせハジメの問題であることに変わりはない。

ここは、ハジメに頑張ってもらおう。

少なくとも、ミュウもいるから、ぞんざいに扱うことはないはずだ。

 

「それはそうと、私まで同室でよかったのか?」

 

ハジメのことに関して一段落つくと、今度はイズモが俺たちにそう尋ねてきた。

まぁ、疑問に思うのも当然だとは思うが。

 

「なら逆に聞くが、イズモはあの修羅場の中にいたかったのか?」

「それは御免被る。だが、別室でもよかったのではないか?」

「それはそうなんだけどな、さすがにアンカジで不安がっていたやつをこっちで1人部屋にさせるのは気が引けるし、ティアもイズモを見てそわそわしてるからな。これくらいはいいだろ」

「う、バレてたのね・・・」

 

それはもちろん。ティアが俺を見ているように、俺もティアを見ているわけだし。

それに、こう言っちゃなんだが、イズモたちが心配している中、俺とティアは漂流中の潜水艇の中でヤるにはヤったわけだから、その罪悪感からというのもある。

俺はハジメと違って、ただ恋人といちゃつければいいというわけでもない。俺は周りのフォローも欠かさない男だ。

幸い、ティアもイズモにはだいぶ心を許している。

子狐イズモに心奪われている、という方が正しいかもしれないが。

結局、この日の夜は俺、ティア、間に子狐イズモという形で寝ることになった。子狐イズモは、ティアが抱えることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・そういえばさぁ、冷静に考えれば、俺とティアって500歳以上の女性を撫でまわしたり抱いたりしてるんだよな。

それを自覚したら、なんかすごい複雑な気分になってきたぞ。




「すぅ、すぅ、んふふ、もふもふ・・・」
『すぅ、すぅ、んぁ、そこはぁ・・・』
「・・・まぁ、やっぱいいか」

自分たちとイズモの年齢差に気づいたが、幸せそうな寝顔を見てやっぱりいいかと考え直すツルギ。

~~~~~~~~~~~

バb、妙齢の女性を撫でまわしていると自覚したとき、果たして自分はどんな気持ちになるのか。
まったく想像できないですね。
まぁ、ティアの場合は「可愛いは正義!」な感じの人なので、そのあたりは気にしていなさそうですが。
さて、みなさんはいったいどのように思うでしょうかねぇ。


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メルジーネ海底遺跡へ侵入

あれから5日後、俺たちはメルジーネ海底遺跡へと向かった。

この5日間、攻略のために物資の調達やハジメの義肢の修復、空間魔法の練習など、いろいろと準備をした。

ただ、その間もレミアとハジメの距離がやたらと近いことに海人族の男たちの目が嫉妬で血走ったり、ご近所のおばちゃんたちがはやし立てたり、ユエたちがことさら不機嫌になったりで、いろいろと大変だった。

挙句、いざエリセンから出発するぞというときには、レミアさんが「いってらっしゃい、あ・な・た♡」と手を振りながら言って、それはもう大変なことになった。男連中とユエたちの視線が。傍から見てただけの俺たちも、さりげなく胃をさするくらいには痛かった。

結局、レミアさんのあれが本気なのか冗談なのかは検討がつかないままだったが、一応は万全を期してメルジーネ海底遺跡に向かうことができたのは、レミアさんやエリセンの人たちのおかげでもあるから、俺の方から礼を言っておいたが。

そんなこんなで、エリセンを出発してから数日、俺たちはミレディから聞いたポイントにたどり着いた。

ミレディからは、このポイントと“月”と“グリューエンの証”に従えとしか聞いていない。

このポイントには昼間にはたどり着いたことから、潜水艇で潜って調べてみたが、入り口らしきものは見つからなかった。

一応、それっぽい魔力の流れの跡は見つけたが、結局入り口を開く方法はわからずじまいで、夜になってから調べなおそうということになった。

まぁ、周囲100㎞の水深に比べると、そのポイントだけ妙に浅くなっていることから、ポイント自体は間違っていないだろう。

ていうか、七大迷宮に関しての情報がなくなっている今の世界で、初見でこれを見つけろと言うのは無理があるだろ。ミレディの情報がなかったら、見つけるだけでもどれだけの時間を費やしていたかわからない。本当、あそこでライセン大迷宮を見つけたシアはお手柄だな。まだ残念ウサギだった頃なのに。

そんで今は、空が赤く燃える日没の時間だ。甲板の上には、俺とハジメしかいない。女性陣は、今頃潜水艇内のシャワーを浴びているところだ。この潜水艇のシャワールームは天井から温水を降らす仕様のため、大人数で入っても問題ない。

余談だが、ユエたちがシャワーを浴びるということで、ティオがハジメも一緒に入らないかと誘ってきた。ハジメはユエ以外の裸を見るつもりはないと断ったが、シア、香織、ティオは無理やりにでもハジメを一緒に入らせようと奮闘し、危機感から甲板に逃げたというのがついさっきの話だ。

もちろん、シアたちは後を追いかけようとしたが、

 

「ツルギ以外に、私の裸を見せようというの?」

 

このティアの極寒の声に、しぶしぶ引き下がった。

別に、仮にそうなっても別々で入ればいいだけの話だと思うが、シアたちはティアの気迫に言い出せず、俺も結論としてハジメが逃げることができたからいいやとツッコまないことにした。

エリセンを出てからも疲れるというのは、ハジメに近寄ってくる人は全員がそういう質だからなのか。

その疲れを誤魔化すために、俺も甲板にでてこの夕日を見ることにした。

・・・この夕焼け空を見て思うが、やっぱり自然が作り出す光景は、世界が変わっても同じなんだと思う。この夕焼け空を見ているだけで、不思議と日本でのことを思い出せる気がする。

 

「なにしてるの?」

 

すると、後ろから声をかけられた。そこには、シャワーを浴びて頬が上気したティアとイズモが立っていた。

今、俺がいるところの反対側にハジメはいるのだが、おそらくユエたちはそっちに向かったのだろう。

 

「いやなに、ちょっと日本の風景を思い出していただけだ。世界が変わっても、こういう景色はどこも同じなんだと思ってな。ちょいと感慨にふけていたんだ。なんだか、やけに懐かしい感じがしてな」

「そうは言っても、まだ半年じゃなかった?」

「その半年が、やたらと濃かっただけだ」

 

なんせ、異世界召喚されたと思ったら、ハジメがクラスメイトの裏切りによって奈落に落とされ、俺はなんか新しい力が目覚めてハジメを探しに行き、そこでティアと会って・・・一言では言い尽くせないほど出来事が凝縮している。

そんなことを考えていると、不意にティアが尋ねてきた。

 

「・・・ねぇ」

「ん?なんだ?」

「ツルギは、何が何でも元の世界に戻りたいって思ってるの?」

 

そのティアの質問の意味は分かる。

もし日本に戻る手段を見つけたとしても、日本からトータスに行けるようになるかは、まだはっきりしていないのが現状だ。日本に戻ったら、そのままトータスに行けなくなる可能性もある。

だが、俺は大して心配していない。

 

「まぁ、ハジメに比べたらそこまでではないかもしれないが、俺にも日本で待たせてる人たちがいるからな。いつまでもこっちにいるわけにはいかねぇよ」

「そう・・・」

「だが、もし日本に戻っても、それで終わらせるつもりはねぇよ。必ず、日本とトータスを行き来できるようにしてやる。俺たちは日本からトータスに召喚されたんだ。なら、トータスから日本に行くのと同じように、日本からトータスに行けるようにもなるはずだ。いや、何が何でもそうしてみせる。絶対に、ティアを寂しがらせるようなことはしねぇよ」

「ツルギ・・・」

 

そう言って、ティアは俺の肩にもたれかかってきた。

すると、イズモも俺の隣に座ってきた。

 

「どうしたんだ?」

「ツルギ殿。よければ、お主の世界での話を聞かせてくれないか?私はティア殿ほど話を聞いてはいないからな」

 

言われてみれば、イズモに日本や地球のことを話したことはまったくなかったな。

日没まではまだ時間があるし、せっかくだから話すか。

幸い、俺の過去話やハジメとのあれこれを抜いても、話すことには困らない。

 

 

* * *

 

 

そうして、しばらくの間、話し続けていると、とうとう日が完全に落ちて、月が空に輝き始めた。

 

「もう時間だな。ハジメたちの方に行くか」

「わかったわ」

「もうそんな時間か。思ったより早かったな」

「時間があれば、いつでも聞かせてやるよ」

 

そう話しながらハジメたちのところに行くと、ちょうどペンダントを取り出したところだった。

 

「ハジメ、どうだ?」

「ツルギか。いや、今のところは反応なしだが・・・」

 

グリューエン大火山の攻略の証でもあるこのペンダントは、サークル内に女性がランタンを掲げている姿がデザインされており、ランタンの部分だけがくり抜かれていて、穴あきになっている。

ここに来るまでにも月の光に照らしてみたり、魔力を流してみたのだが、とくに何の変化もなかった。

俺としては条件を満たさなければ発動するわけないだろと思っていたが、ハジメ的には試さなければ気が済まなかったらしい。

まぁ、特定の場所で月の光に照らすことで発動するだろうとは考えていたが、からくりなんていくら考えてもわからなかったわけだし、気持ちも理解できなくはないが。

今も、見た目にはとくに変わりはない。

だが、“魔眼”でペンダントを観察すると、わずかだが魔力の流れが見えた。もうそろそろ発動するはずだ。

そう思った次の瞬間、ペンダントに変化が生じた。

 

「わぁ、ランタンに光が溜まっていきますぅ。綺麗ですねぇ」

「ホント・・・不思議ね。穴が空いているのに・・・」

 

シアと香織の言葉の通り、ペンダントのランタンの穴の開いた部分が光を溜め始めたのだ。

ハジメやユエたちも、興味深そうにペンダントを眺めている。

 

「昨夜も、試してみたんだがな・・・」

「おそらく、この辺りに特殊で微弱な魔力が流れていて、それに反応して月の光を吸収しているんだろうな」

 

確証はないが、特定の場所で起動するからくりなんてそれくらいにしか思いつかない。

そんなことを話している内にも、ランタンの穴の部分に光が溜まりきり、今度はペンダント全体が光を放ち始めた。その直後、ランタンから一直線に光を放ち、海面の一点を指し示した。

 

「・・・なかなか粋な演出。ミレディとは大違い」

「全くだ。すんごいファンタジーっぽくて、俺、ちょっと感動してるわ」

 

ハジメの言う通りだろう。たしかに、あれはファンタジーというよりは、ただの忍者屋敷だ。感動の欠片もなかった。

それに比べて、こちらはまさに“月の光に導かれて”という言葉通りのロマン溢れる演出だ。ミレディが参考にすることはまずないだろうが。

そんなこんなで、俺たちは潜水艇の中に戻って海中へと進んだ。

夜の海の中は暗いが、ペンダントの光は潜水艇の中からも伸びているし、潜水艇にもライトがある。照らす範囲は狭いが、無いよりはマシだ。

そのままペンダントの光が示す方向に進んでいくと、そこは昼間にも探索した岩場だった。

昼間は何もなかったが、ペンダントの光が岩の一部分に当たると、ゴゴゴゴッ!と音を響かせながら岩壁が動き出し、扉のように左右に左右に開いた。その奥には、先へと続く道もある。

 

「なるほど・・・道理でいくら探しても見つからないわけだ。あわよくば運良く見つかるかもなんてアホなこと考えるんじゃなかったよ」

「まぁ、海底遊覧なんて今後する機会なんてないだろうし、損ではなかっただろ」

「・・・ん、暇だったし、楽しかった」

「そうだよ。異世界で海底遊覧なんて、貴重な体験だと思うよ?」

 

地球でもこんなことをする機会なんて、一般人からすればほぼない。異世界ならなおさらだ。香織の言う通り、貴重な体験だったのに間違いはないだろう。

そんなことを話ながら、ハジメは潜水艇を操作して奥へと進む。

ペンダントのランタンの光はすでに半分ほどになっているが、すでに光の放出は止まっている。今は一本道だから案内としての役割はもういらないが、これで光源は潜水艇のライトだけになった。

すると、ティオがしみじみと潜水艇の中を見回しながらつぶやいた。

 

「う~む、海底遺跡と聞いた時から思っておったのだが、この“せんすいてい”?がなければ、まず、平凡な輩では、迷宮に入ることも出来なさそうじゃな」

「・・・強力な結界を使えないとダメ」

「使えなきゃ、水圧であっさりと潰れるしな」

「あと他にも、空気と光、あと水流操作も最低限同時に使えないとダメだな」

「普通だと一人で攻略できる気がしないわね、それ」

「でも、ここにくるのにグリューエン大火山攻略が必須ですから、大迷宮を攻略している時点で普通じゃないですよね」

「もしかしたら、空間魔法を利用するのがセオリーなのかも」

「まぁ、それはそれで消費魔力がバカにならないがな。時間との勝負だ」

 

イズモの言う通り、神代魔法は基礎だけでも発動に多大な魔力を消費する。おそらく、この世界の平均的な魔術師だと、発動し続けるのに最低でも10人はいなければ、実用は困難だろう。

俺とユエでも、まだ先が見えないからなんとも言えないが、入り口を見つけるまで維持し続ける自信はあまりない。

つまり、侵入の時点で超一流の魔法の使い手が複数人いなければ話にならないという、大迷宮の例に漏れずかなりの鬼畜仕様になっていた。

そのことに気を引き締めなおし、フロント水晶(ガラスだと強度が足りないと考えて、透明度が高くて頑丈な水晶を使用している)越しに外を見た、その時、

 

ゴォウン!!

 

「うおっ!?」

「んっ!」

「わわっ!」

「きゃっ!」

「っとと」

「ひゃう!?」

「何じゃっ!?」

「それよりも、早く体勢を!」

 

いきなり潜水艇に横殴りの衝撃が伝わり、船体が大きく揺さぶられ、一気に一定方向へと流され始めた。

俺は、すぐにイズモの言葉通り、船底の重力石に魔力を流して重くし、体勢を整えた。

 

「ふぅ、大丈夫か」

「あぁ、ツルギがすぐに体勢を整えたおかげでなんとかな。ていうか、ライセンやグリューエンでも思ったんだが、お前の体幹はどうなってるんだよ。お前だけだぞ、あれで立っていたの」

「武術を習う上でも、体幹は日本でとっくに鍛えた。なにせ、体幹はどこの流派でも、基礎でもっとも重要だからな」

 

武術において、体幹がコントロールできていないというのは、隙だらけに等しい。たしか、中国のなんかの武術の流派でも、それを“病”と呼んで戒めるほどだったはずだ。

もちろん、俺もそこはトレーニング済みだ。

 

「それよりも、さっそく歓迎だぞ」

 

今は巨大な円形状の洞窟の中にいるのだが、周りから複数の魔力が“魔眼”で見えた。

船尾に取り付けられている“遠透石”でも、赤黒く光る無数の物体を捉えている。

十中八九、魔物の群れだ。

 

「どうする?俺とユエの魔法でも十分だと思うが」

「いや、武装を使おう。有効打になるか確認しておきたい」

 

たしかに、グリューエン大火山からの脱出では生き残るのに必死であまり武装の性能を確認できていないし、俺やユエの魔法が有効なのは確認済みだ。

だったら、ハジメの武装を試すのもいいだろう。

 

「んじゃ、頼んだ」

「あいよ」

 

そう言ってハジメは、潜水艇の後部にあるギミックを作動させた。

そこから現れたのは、ペットボトルサイズの魚雷だ。なぜか、にやりと笑みを浮かべたサメの絵がプリントされているが。

激流に逆らう形で放出したため、ある程度散開して機雷のようにばらまかれる形になったが、そこにトビウオのような見た目の魔物が魚雷群に突っ込んだ。

 

ドォゴォオオオオ!!!

 

次の瞬間、背後ですさまじい爆発が起こり、大量の気泡がトビウオの魔物を飲み込んだ。

衝撃に飲み込まれた魔物の体はバラバラに引きちぎられ、流れのままに潜水艇の真横を通り過ぎていった。

 

「うん、前より威力が上がっているな。改良は成功だ」

「うわぁ~、ハジメさん。今、窓の外を死んだ魚のような目をした物が流れて行きましたよ」

「シアよ、それは紛う事無き死んだ魚じゃ」

「改めて思ったけど、ハジメくんの作るアーティファクトって反則だよね」

 

ハジメが満足する出来でなによりだ。

ただ、遭遇して魚雷をブッパするたびに死んだ魚がフロント越しに流れていくのは、ちょっと気持ち悪い。

そんなこんなで先へと進んでいくのだが、なにやら様子がおかしい。

さっきから、光景が変わり映えしない。

それに、岩の隙間に挟まった魚の魔物の死体がちょくちょく見える。

 

「これ、もしかしなくてもループしてるな」

「同じところをぐるぐる回っているってこと?」

「まぁ、それしか考えられないが・・・もうちょっと注意深く観察するか」

 

さすがに、このまま大迷宮の中に入れないということはないだろう。なにかしらのヒントがあるはずだ。

そういうことで、今度はよく注意して岩場を見ながらの探索になったのだが、案の定だった。

 

「あっ、ハジメくん。あそこにもあったよ!」

「これで、5ヶ所目か・・・」

 

岩場のあちこちに、50㎝くらいの大きさのメルジーネの紋章が刻まれた場所があった。今、香織が見つけたので5つ目だ。

それが、円環状の洞窟に配置されている。

メルジーネの紋章も、五芒星の頂点から中央に向かって線が伸びており、中央に三日月のような紋様がある。

 

「五芒星に5つの紋章、それに光の残ったペンダントとなれば・・・ハジメ、とりあえずかざしてみてくれ」

「まぁ、それしかないか」

 

そう言いながら、ハジメはペンダントを取り出して、フロント越しにかざした。

すると、ペンダントから光が放たれ、光が当たった紋章の一つが輝き始めた。

ペンダントの光もその分減っており、この調子ならあと4回分といったところか。

 

「これ、魔法でこの場に来る人達は大変だね・・・すぐに気が付けないと魔力が持たないよ」

「なんつーか、今のこの世界の人からすれば、攻略させる気があるのか疑うレベルだな」

 

解放者がいた時代のレベルがどんなものかはしらないが、少なくとも今よりかははるかにレベルが高いだろう。おそらく、昔の基準で作られた結果、レベルが違い過ぎて目も向けられなくなったのかもしれない。

そんなこんなですべての紋章に光を灯すと、ちょうどペンダントの光がなくなった。

同時に、ゴゴゴゴッ!と轟音を響かせながら、洞窟の壁が縦真っ二つに別れた。

おそらく、ここからがメルジーネ海底遺跡の本番ということだろう。

何が待ち受けているかはわからないが、何があっても攻略するだけだ。




「そういえば、日本では『月が綺麗ですね』っていう告白の文句もあったな」
「へぇ、なかなかにロマンチックね」
「・・・ん?そう言えば、ユエの名前もたしか月からとった、ってハジメが言ってた気が・・・」
「・・・ツルギ?」
「違う!違うぞティア!そうじゃなくて!」
「何をやっておるのじゃ」

うっかり口をすべらせて修羅場一歩手前になるツルギとティアと、呆れるイズモの図。

~~~~~~~~~~~

この言葉って、たしか夏目漱石が残したフレーズでしたっけ?
やっぱり、一流の詩人が残す言葉って、すごい心に響くんだなって思いますね。
こんな告白なんて、自分じゃできる気がしません。
ありふれ日常では、修羅場の火種になりましたが。
余談ですが、自分はアニメの“月がきれい”を見て、胸が熱くなった人間です。
あれ、もう一回見たいですね。
見てない人にも、おすすめです。


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チート魔物かよ

洞窟の扉を開き先へと進んだ俺たちは、進んだ先にあった滝のような場所で落下し、船内にも衝撃が伝わった。

俺たちからすれば大したことのない衝撃だが、香織は俺たちと比べてそこまで丈夫ではないので、呻き声を上げている。

 

「っ・・・香織、大丈夫か」

「うぅ、だ、大丈夫。それより、ここは?」

「見ての通り、海中洞窟って感じだな」

 

フロントから外を見ると、そこは海中ではなく空洞となっているようで、空気があった。

周りに特に魔物の反応がないことを確認してから潜水艇から出る。

改めて周りを見ると、そこは半球状になっている。上を見上げると、そこには大きな穴が空いており、どういう理屈なのか水面がたゆたってる。物理的にあり得ないはずだが・・・まぁ、そこは大迷宮クオリティってところか。グリューエン大火山だって、空中にマグマが流れていたし、これくらいは今さらか。

 

「要するに、ここからが本番ってことだな。幸い、全部が水の中ってわけじゃないらしい」

「これじゃあ、海底遺跡ってよりは洞窟だな」

「ある意味、ダンジョンっぽくはあるが・・・上だな」

 

そう呟きながら、俺は頭上に障壁を展開した。

次の瞬間、頭上から水流がレーザーのような勢いで襲ってきた。これは、ライセン大迷宮やウルの町で見た“破断”と同じだな。

だが、剣製魔法で作り上げた俺の障壁なら、ノータイム発動で“聖絶”と同じくらいの強度を持つ。これくらいなら、突破はされない。

ハジメやティアたちも、この程度では動揺しない。

ただ、香織は違った。

 

「きゃあ!?」

 

いきなりの攻撃と激しい衝撃に、香織が悲鳴を上げながらよろめいた。これをハジメがとっさに腰に腕を回して支えた。おかげで、転ばずにすんだ。

 

「ご、ごめんなさい」

「いや、気にするな」

 

ただ、この展開なら赤面の一つくらいはしそうなものだが、なぜか香織の顔に浮かんでいたのは羞恥ではなく落ち込みだった。

どうして悔しそうな表情をするのか・・・わからないわけではない。

おそらく、香織を蝕んでいるのは“劣等感”だ。

香織は自らの意志と決意で俺たちと共に行動することを選んだが、いくら優れた力を持った異世界召喚組といっても、俺やハジメはもちろん、ティアやユエたちと比べても、その実力は劣っているとしか言いようがない。

回復魔法の一点だけで見れば香織は俺たちの中で最も優れているが、詠唱が必要な時点でそこも見劣りしてしまう。

それでも俺たち、厳密にはユエには負けたくないと眼差しを力強くするが、その“劣等感”を拭い去ったわけではないだろう。

こればっかりは、香織自身がなんとかするしかない。

香織からすれば圧倒的に優れている俺たちが励ましたところで、それは意味を持たないだろう。できれば、この攻略で払拭してほしいところだ。

そんなことを考えているうちに、ユエとティオとイズモが天井を焼き払った。

上からボロボロと落ちてきたのは、巨大なフジツボっぽい魔物だ。それが天井にびっしりと張り付いており、穴の開いた部分から“破断”を放っている様だ。

だが、それもユエとティオ、イズモがすぐに火魔法“螺炎”ですべて焼き払った。どうやら、海の生き物らしく火には弱いらしい。

その後、俺たちは奥の通路へと進むが、次第に天井が低くなっていき、水深も深くなっていく。すでに俺やハジメの膝くらいまで浸かっている。

俺やハジメでさえこれなのだから、約1名はさらに大変なことになる。

 

「あ~、歩きにくいな・・・」

「・・・降りる?」

 

その約1名であるユエは、ハジメの肩の上に座っていた。若干申し訳なさそうにしているが、嬉しそうにしているのは明白だ。シアや香織が羨ましそうな眼差しを向けている。

 

「たしかに、これはちょっと面倒だな・・・ティア、イズモ、ちょいと手を貸してくれ」

「えっと、こう?」

「いったい、何をするというんだ?」

 

俺の言ったとおりにティアとイズモが手を差し出し、俺はそれを握った。

それを確認してから、俺は魔法を発動した。

 

「こうするんだよ」

 

そう言いながら、俺は片足を上げて水面に付け、力を入れる。すると、そこに地面があるように俺は水面の上に立った。

 

「ちょっ、ツルギ!なんだよそれ!」

「“水蜘蛛”。エリセンで思いついた」

 

簡単に言えば、足元を起点に空間魔法を発動させて、水魔法と合わせて表面張力をいじり、俺たちの足元限定で水面に立てるようにしたのだ。これなら、余計な体力を使わずに済む。

海底遺跡と聞いて、水で満たされていることを想定して編み出してみたが、役に立ったようだ。

それを見て、ティアとイズモも水面の上に立った。

 

「へ~、すごいわね、これ」

「うむ、ある意味、神代魔法の無駄遣いと思えなくもないが・・・なぜ私まで?」

「いや、だってさ、尻尾見てみろよ。めっちゃ水吸ってるじゃねぇか」

 

俺がイズモまで水面に上げたのは、それが理由だ。

イズモの“変化”は尻尾の感触を誤魔化すことはできても、尻尾そのものがなくなるわけではない。だから、水に浸かった尻尾はいかんなく水を吸ってしまうというわけだ。

その結果、今のイズモの尻尾はそのボリュームを失っており、見るからに重たそうになっている。

この状態だと、それなりに体力を消耗してしまうだろう。

だから、ついでに尻尾を火・風複合魔法で乾かしておくのも忘れない。

そこに、ハジメがまた文句を言ってきた。

 

「だったら、俺たちにも同じようにしてくれよ!ずりぃぞ、お前らだけ!」

「悪いけど、これ、2人が限界なんだ」

 

どこぞの「悪いけどこれ、4人乗りなんだ」と言って眼鏡をはぶるお坊ちゃまみたいなセリフだが、嘘ではない。

この魔法、見た目によらずけっこう繊細な調整が必要になる。

表面張力の増幅の度合いはもちろん、揺れる水面に合わせて調整し続けなければ、すぐにひっくり返ってしまう。

こうやって手をつないでいるのも、重心移動を感知しやすくするためだ。複数の完全遠隔操作は、さすがの俺も荷が重い。

別に、頑張れば一定範囲の水面を同じようにできなくはないが、それだと魔力消費がバカにならない。

だから、恋人のティアと、体力の消耗が激しくなるイズモの2人に絞った。

ユエに関しては、ハジメの肩の上で十分というか、むしろそっちの方がいいだろう。幸せそうだし。

ただ、ハジメはどうも気に入らないようで、なにかといちゃもんをつけてくる。

 

「ていうか、両手がふさがってるけど大丈夫なのか?」

「愚問だな」

 

そう言いながら、俺は正面を見据える。

魔物の襲撃だ。

現れたのは、手裏剣のように高速で回転しながら飛んでくるなにか。よく見れば、ヒトデのような魔物だとわかる。

なんか、似たようなポ〇モンがいた気がするが、深くは考えないでおこう。

俺がしたのは、正面を見据えただけ。

だが、それだけでヒトデの魔物は俺たちの元に到達する前にバラバラに切り裂かれ、水中に落ちていった。

 

「この程度、どうってことない」

「・・・なんか、大迷宮攻略するたびに壊れてるよな、お前も」

 

ハジメの呟きも、たしかにそうだと思う。

グリューエン大火山の攻略で、俺は“天眼”の新たな派生技能に目覚めた。

その名も“空間把握”。一定範囲内であれば多角的に視認することができ、認識した範囲内であればだいたいの魔法をノーモーション・ノータイムで発動させることができる。神代魔法も、だ。

これによって、今みたいに剣製魔法で極細のワイヤートラップを瞬時に仕掛けたり、空間魔法でサ〇ケのように範囲内の人や物を一瞬で入れ替えることも可能になった。もっと言えば、写〇眼みたいに相手と目を合わせるだけでも幻術をかけれるようにもなった。(被検体はエリセンで暴走しかけた地元民の男たち)

たしかに、ライセン大迷宮でもそうだったが、大迷宮を攻略するごとに俺の“天眼”が進化している。この調子でどこまでいけるのか、楽しみだ。

 

「まぁ、代わりと言っては何だが、水中の魔物は任せたぞ。そこまではさすがに手間だからな」

「・・・ん、それくらいなら」

 

そういいながら、ユエが氷の槍で水中の海蛇のような魔物を串刺しにした。

ここまでは順調だが、なにか違和感を覚える。

 

「・・・弱すぎないか?」

「やっぱ、そう思うか」

 

ハジメの言う通り、魔物が弱すぎる。

迷宮の魔物は、基本的には単体で強力、複数で厄介、単体で強力かつ厄介がセオリーだ。

今まで襲ってきた魔物は、そこそこの奇襲はできているが、オルクス大迷宮やグリューエン大火山の魔物と比べるとかなり弱い。むしろ、グリューエン大火山からの脱出の際に襲ってきた海の魔物よりも弱いとさえ思えてくる。

そもそも、俺が“水蜘蛛”を使用したのは余裕があったからだが、迷宮の魔物が相手なら、そのような余裕など出てくるはずもない。

だからといって歩を止めるわけもなく、釈然としないながらも先へと進んだが、なにやら大きな空間にでてきたところでそれが変わった。

俺たちがその空間に入ったとたん、入り口を半透明のゼリー状のものに一瞬でふさがれたのだ。

 

「私がやります!うりゃあ!!」

 

最後尾にいたシアが、ドリュッケンでその壁を壊そうとしたが、表面が飛び散っただけで壁は壊れなかった。

それどころか、

 

「ひゃわ!何ですか、これ!」

 

飛び散ったゼリー状のなにかがシアに付着すると、付着した部分の衣服が溶けだしたのだ。

シアが慌てるが、衣服や下着はどんどん溶けていく。

 

「シア、動くでない!」

 

そこに、ティオが絶妙な火加減でゼリーだけを焼き尽くした。

ただ、シアの肌にもわずかだが付着してしまったようで、その部分が赤く腫れてしまっている。

 

「っと、まただな。ユエ、ティオ、イズモ、頼む」

「ん!」

「うむ!」

「任せよ!」

 

警戒して壁から離れたところ、今度は頭上から降り注いできた触手を、今度は俺の障壁で防ぐ。その隙に、ユエ、ティオ、イズモがそれぞれ炎を繰り出して触手を焼き尽くしていく。

 

「・・・正直、この魔法組のコンボって、割と反則臭いよな」

「・・・これじゃあ、出番ないわね」

 

ハジメとティアがそんなことを呟いているが、それを言ったらハジメだって一人で似たようなことはできる気がする。

それに、こればっかりは相性の問題だ。触れたら溶ける相手に素手で挑むわけにも、物理で弾き飛ばすわけにもいかない。こればっかりはしょうがないことだ。

とりあえず、俺たち4人で余裕を持ったのを確認したのか、なにやらシアがハジメの方に近づいていく。

なにやら、あざとく胸の谷間を強調しながら。

 

「あのぉ、ハジメさん。火傷しちゃったので、お薬塗ってもらえませんかぁ」

「・・・お前、状況わかってんの?」

「いや、ユエさんとティオさんとイズモさんが無双してるので大丈夫かと・・・こういう細かなところでアピールしないと、香織さんの参戦で影が薄くなりそうですし・・・」

 

だからといって、現在進行形で襲われているこの時にやるかね?

シアは胸を見せつけるようにしながらそんなことを言うが、

 

「聖浄と癒しをここに、“天恵”」

 

そこに、香織がいい笑顔でシアの負傷を治療した。実に清々しい笑顔だ。

 

「あぁ~、お胸を触ってもらうチャンスがぁ!」

 

そんなことを嘆いているシアに、俺たちはそろって冷たい視線を向ける。

 

「・・・あのな、別にそこまで余裕ってわけじゃないんだが」

「あ?どういうことだ?」

「見ろよ。徐々にだが、障壁が溶かされている」

 

触手を防いでいる部分を見ると、本当に徐々にだが、障壁が溶かされていくのが見える。

見れば、ユエたちが放っている炎も、当たったところでその勢いを失っていく。

どうやら、このゼリーは魔力も溶かしてしまうらしい。

障壁を多重構造にしているおかげで、すぐに突破されることはないが、長期戦は得策ではない。さっさと本体をあぶりだす方がいいだろう。

そう思っていると、本体の方から姿を現した。

それは、パッと見はクリオネのようだ。

ただ、半透明の人型で、頭から触角を生やしており、なにより体長が10mある時点でただの化け物だが。

 

「ツルギ君も攻撃して!防御は私が!“聖絶”!」

 

そう言って、香織が“遅延発動”であらかじめ用意していたらしい“聖絶”を展開した。これを確認した俺は、こくりとうなずいて障壁を解除し、ユエたちと共にありったけの炎弾を撃ち込み、シアもドリュッケンを砲撃モードに切り替えて焼夷弾を放った。

巨大クリオネはすべての攻撃を一身に受けて、その体を爆発四散させた。

だが、反応を見る限りは・・・

 

「・・・おいおい、ハジメ。これ、やばくないか?」

「あ?たしかに、まだ反応は消えてねぇが・・・いや、なんだこれ、魔物の反応が部屋全体に・・・」

 

俺は“魔眼”で魔物の現在位置を特定したが、魔力の反応は部屋全体にまで行き届いている。まるで、部屋全体が魔物のようだ。

・・・なにか、嫌な予感がする。

その予感は当たったようで、先ほど爆発四散させた巨大クリオネがあっという間に復活した。

しかも、その体内では海蛇モドキやヒトデモドキの魔物が音をたてながら溶けていくのが見える。

 

「ふむ、どうやら弱いと思っていた魔物は本当にただの魔物で、こやつの食料だったみたいだな」

「・・・ツルギ殿にご主人様よ。無限に再生されてはかなわん。魔石はどこじゃ?」

「そういえば、透明の癖に魔石が見当たりませんね?」

 

イズモとティオの推測に、シアが頷きながら俺とハジメに尋ねるが、俺たちは言葉を返すことができない。

 

「・・・ハジメ?」

「ツ、ツルギ?」

 

ユエとティアがそれぞれハジメと俺に呼びかけ、そこでハジメが頭をガシガシと掻きながら答える。

 

「・・・ない。あいつには、魔石がない」

「ハ、ハジメくん?魔石がないって・・・じゃあ、あれは魔物じゃないってこと?」

 

ハジメの返答に全員が眼を丸くする中、香織の質問に俺が答える。

 

「いや、あいつは魔物で間違いない。おそらく、魔石の魔物だ」

「魔石の魔物、だと?ツルギ殿、それはどういう・・・」

「今言った通りだ。あれは、液状化した魔石が体を形づくっている。つまり、あの魔物は魔石そのものだ。だから、体の形を作り変えたい放題できる。気を付けろ、今、この部屋全体に魔力の反応がある。ここは、あいつの腹の中だ!」

 

俺は警告を発したあと、“水蜘蛛”の効果を切って全力の防御に魔力を回した。

次の瞬間、壁や天井からだけでなく、足元の海水からも魚雷のように体の一部を飛ばしてきた。

俺は、それを防ぎながらも指示を出す。

 

「防御は俺と香織でやる!他はあいつに攻撃!」

 

指示を出しながら、俺は障壁をドーム状から盾に形を変え、炎を纏わせる。そうすれば、攻撃のスペースを確保しつつ、余計な飛沫が飛び散ったりはしないだろう。

その目論見は通じたようで、なんとか的確に処理させながらも攻撃を防ぐことに成功した。

だが、ハジメも火炎放射器を取り出し、ティアもフェンリルから炎を出して攻撃するが、状況は良くない。

いくら攻撃しても、あいつの総量が減る気配がまったくない。

ユエたちが攻撃激しさを増すごとに巨大クリオネの攻撃も激しさを増し、壁全体はもちろん、足元からも触手を伸ばしてきた。

さらに、部屋の水位も上がっており、最初はひざ下くらいまでだったのが、今は腰辺りにまで増水している。ユエにいたっては、すでに胸元にまで達している。

このままでは、魔力が枯渇するか水没して溺死してしまう。

ユエたちも何度か巨大クリオネを倒しているが、すぐにゼリーが集まって起き上がる。

ここは、撤退するしかない。

だが、出入り口は塞がれてしまっている。

どうしたものか・・・

 

(・・・ん?あれは・・・)

 

すると、地面にある亀裂に渦巻きが発生しているのを見つけた。どうやら、下に空間があるようだ。

 

「いったん態勢を立て直すために脱出するぞ。この下に空間があるから、そこに逃げる。覚悟を決めるぞ!」

「おう!」

「んっ」

「えぇ!」

「はいですぅ」

「承知じゃ」

「あいわかった」

「わかったよ!」

 

全員が声を上げたのを確認し、俺は隙間めがけてゲイボルグを連射する。だが、着弾してすぐには爆発させず、奥へ奥へと掘り進むように連射させた。

そして、硬い手ごたえを感じたところで、一気に爆発させた。

それによって、奥へとつながる縦穴が出来上がり、そこに海水が勢いよく飲み込まれていく。

俺たちもそれに身を任せるようにして穴へと飛び込み、飛び込んだところでハジメが巨大な岩石と無数の焼夷手榴弾を転送させた。

これで、少なくとも足止めはできたはずだ。

だが、それを確認する暇はない。

俺は剣製魔法で鎖を生成し・・・




「それにしても、なぜわざわざ尻尾まで乾かしてくれたんだ?しかも、海水のべたつきもないのだが・・・」
「そりゃあ、お前、ふわふわじゃないキツネ尻尾なんて、なんの価値があるんだ?」
「そ、そこまで言うことでもないと思うが・・・」
「ダメよ!イズモの尻尾はふわふわのふさふさじゃなきゃ!」
「ティア殿もなぜ力説しているのだ!?」

イズモの尻尾に力説するツルギとティアの図。


~~~~~~~~~~~


キツネ尻尾は、あのボリュームがあってこそ成り立つ、そう思っています。
さて、次回あたりはほぼオリジナル回ですね。
しばらくは原作沿いだったので上手く書けるかは若干不安ですが、頑張って書きます。


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これが神とやらのしたことか

「はぁ、はぁ、ティア、イズモ、大丈夫か?」

「けほっ、けほっ、う、うん、私は大丈夫」

「私も、なんとか無事だ」

 

あれから結構な勢いで流されたが、なんとか生き残ったようだ。

ティアは少し海水を飲み込んでしまったようでむせているが、俺が背中をさするとすぐに落ち着いた。

さて、あの後どうなったかというと、まず俺たちが流された空間は、巨大な球状になっていて壁に何十個もの穴が空いており、そこから噴出される海水によって水流が入り乱れていた。

なんとか仲間で固まろうとしたが、水流の勢いが強すぎてできなかった。

できたことと言えば、空間魔法を使ってなんとか1人だけはぐれたという状態を作らなかったことだけだ。

それぞれ引きはがされてしまったティアとイズモは俺が剣製魔法で鎖を生成することでなんとか引き戻した。

そこでハジメたちともはぐれ、しばらく流されてここに落ちたということだ。

上を見上げれば、入り口と同じように水面がたゆたっている。

 

「・・・みんなは大丈夫かしら」

「はぐれたからなんとも言えないが、少なくとも1人だけってことはないだろう。俺が見た限りは、ハジメと香織、ユエとシアとティオがそれぞれ一緒にいるはずだ」

 

もちろん、見えなくなった後ではぐれてしまってはなんともならないが、今は無事を祈るしかないだろう。

 

「それにしても、ここはどこだ?なにやら林の中にいるが・・・」

「・・・たしかに、とても海底遺跡とは思えないよなぁ、これ」

 

俺たちが落ちたのは、見たまんまの林の中だ。

葉の形を見る限りは、針葉樹林だろうか。海の中関係なく、植生がおかしいが、もはや気にするのも億劫になってきた。

 

「まぁ、幸い俺も劣化版宝物庫を持っているからな。食料には困らないはずだ」

 

エリセンに滞在して準備をしていた際、俺とハジメは合同で空間魔法を付与させた宝物庫を作り上げた。

ただ、俺とハジメが力を合わせても、せいぜい劣化版を作るのがやっとだった。せいぜい、ちょっとした家庭用倉庫くらいのサイズで、ハジメの持っている宝物庫のようにアーティファクトを大量にしまうことなんてもってのほかだ。

今のところ、中に入っているのは食料と諸々の小物類だけだ。

いったい、あの宝物庫を作ったオスカー・オルクスとナイズ・グリューエンの魔法の腕はどれほどのものだったのか。さすがは、元祖神代魔法の使い手ということか。

 

「とりあえず、手ごろな木に登って上から確かめてみる。もしかしたら、なにか手掛かりが見えるかもしれないしな」

「わかったわ、気を付けて」

「下の方は私たちが見ているから、安心してくれ」

「あいよ。それじゃあ、よっと」

 

そう言いながら、俺は手近な木によじ登った。

別に剣製魔法の足場を作ったり風魔法や重力魔法で飛べば一発だが、たまにはこういう木登りもいい気がする。

やっぱ、まだこういうところは俺も男の子なんかね。

そんなことを考えながら登っていくと、すぐに頂上についた。

さて、ここから“天眼”を使って何か手掛かりを・・・

 

「・・・“天眼”を使うまでもなかったな」

 

すぐ近くに、なにやらでかい城と街があった。ハイリヒ王国の王都と大差ないくらいだ。

さすがに、あれだけの規模で何もないなんてことはないだろう。ティアとイズモに報告するためにも、いったん降りよう。

降りるときは、風魔法のクッションを添えて、ふわっと着地した。。

 

「ツルギ、どうだった?」

「ツルギ殿よ。なにかあったか?」

「ここからそう遠くないところに、でかい城と街があった。そこに行ってみよう」

 

これからの行動方針を軽く伝えて俺たちは先に進んだ。

だが、半分ほど歩いたところで、なにやら変化が生じた。

 

「・・・ん?」

「ツルギ殿よ、どうかしたのか?」

「いや、なんか変な魔力の歪みが見えた気が・・・ッ!?」

 

直後、魔力の流れどころか空間そのものが歪んで、景色が変わった。

 

「な、なんなの、これ!?」

「何が起こっているというのだ!?」

「とにかく、周囲を警戒しろ!」

 

俺たちは即座に背中合わせになって、周囲を警戒する。

さっきまではあくまで枯れた林という感じだったのに、今は草木が青々と生い茂っている。

どう考えても普通じゃない。

辺りを警戒していると、イズモの狐耳がピクピクと反応した。

 

「・・・む?ツルギ殿よ。なにやら声が聞こえるぞ?」

「声って、どんなだ?」

「・・・声、というよりは喧騒だな。それも、かなり激しい。街の方角ではないが・・・どうする?」

「・・・行ってみよう。さすがに、何も確認しないまま先に進みたくはない」

 

なにも確かめないまま先に進んで攻略できなかったなど、笑い話にもならない。

この不可思議な現象の正体を確認するためにも、イズモの言う声のする方に行った方がいい。

そうして俺たちは進路を変え、イズモの案内に従って先に進んだ。

しばらくすると、開けた場所に出た。

そこにあったのは、

 

 

「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」

「「「「「ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」」

 

 

何千何万という兵士たちが殺し合いをしている、要するに戦争しているところだった。

 

「な、んじゃ、こりゃ」

「・・・これって、幻惑だったりしない?」

「いや、この地響きや熱気、漂う血の匂い、間違いなく本物だ」

 

幸い、向こうは身を隠している俺たちに気づいた様子はない。

それにしても、尋常じゃない様子だ。

さらに、気になることがある。

その戦争をしている兵士たちなのだが・・・

 

「・・・あいつら、人間族と魔人族だよな」

「・・・あぁ、間違いない」

 

その戦争をしているのが、片や人間族の兵士で、もう片方は魔人族なのだ。

それに、よく耳を澄ませて聞くと、

 

「死ねぇ!この異教徒めがぁ!!」

「アルヴ様の御為にぃ!」

「エヒト様ァ!万歳ィ!!」

 

すべて、自分の信仰する神のために戦っている。

おそらく、宗教戦争だろう。

だが、どうしてこうなったのか・・・

 

「おい!貴様たち、何者だ!」

「っ、やっべ」

 

どうやらのんびりしすぎたようで、人間族側の斥候に見つかってしまった。

人数は5,6人程度だが、報告されるのもまずい。

俺は即座にマスケット銃を生成して、斥候兵を撃ちぬいた。

のだが、またしても不可解なことが起きる。

 

「あ?」

「霧散、した?」

 

撃ち抜かれた斥候兵は血を流さずに、ただ淡い光となって消えたのだ。斥候兵たちがいたあとには、血しぶきの1つもない。

改めて、戦場の方を見てみると、

 

「・・・ふ~ん、そういうことか?」

「どういうこと?」

「なにかわかったのか?」

「あいつらは、魔法で構成されたものだ。限りなく現実に近いが、肉体とかを持っているわけではないらしい・・・これはただの憶測だが、おそらく闇魔法の幻惑とかじゃなくて、過去の再現じゃないか?」

「過去の再現?つまり、これは昔、実際にあった戦争だということか?」

「多分な。それを、神代魔法で再現しているんだろう。少なくとも、それくらいしか考えられない」

「いったい、なんの神代魔法なのかしら?」

「思い当たるやつは1つくらいしかないが・・・さすがにそれだけだと説明がつかないな。それよりも、この変な現象をどうやって収めるかだが・・・手っ取り早く、戦争を終わらせた方がいいのか?」

「まぁ、それくらいしかやることもないな。だが・・・」

「さすがに、数が多いわね」

 

ティアの言う通り、ざっと見た感じでも双方合わせて数万はいる。すべてと真っ向にやり合うには多すぎる。

俺の“ラグナロク”なら1発だろうが、魔力につられて大勢こっちに来られても困るし、後のことも考えると魔力はなるべく温存しておきたい。

・・・そう言えば、さっき放った弾丸は実体化した魔力の弾だったが・・・

俺は宝物庫から安物の投げナイフを取り出して、戦場に向かって投擲する。

それを“天眼”で追ってみると、魔力を帯びていないナイフは人の体に刺さらずにすり抜けて地面へと突き刺さった。

これは、そういうことか。なら、なんとかなりそうだ。

 

「手っ取り早く一網打尽にする方法を思いついた。だが、そのためにはあの戦場のど真ん中に行かなきゃいけない」

「それくらいなら平気よ」

「うむ、全員と相手取るよりはるかにマシだ」

「そうか、なら頼んだ。それと、あいつらに物理攻撃は通じないが、魔力による攻撃なら通用する。おそらく、拳に魔力を纏わせたり、ただの魔力放射でもいけるはずだ」

「・・・なるほど、そういうことね」

「たしかに、それが一番の手だな」

 

俺の解説に、ティアとイズモも俺が何をする気なのかわかったらしい。

これなら、余計なことを考えなくてもよさそうだ。

 

「それじゃあ、行くぞ!」

「ええ!」

「うむ!」

 

俺が合図を出し、勢いよく突撃する。ティアとイズモも俺に続き、前に出る。

50mくらいまで近づいたところで向こうにも気づかれたが、それにも構わず俺たちは突っ込み、

 

「はぁ!!」

「“黒霧”!」

 

ティアが魔力を纏わせた拳で前線を思い切り殴り飛ばし、中に入りこんだところでイズモが闇魔法“黒霧”を俺たちの周囲に展開した。

“黒霧”は、本来は霧に含まれる毒によって相手を殺したり、幻惑を見させる魔法だが、今回は俺たちの周りに台風のように展開することで、鉄壁の要塞のようにした。

魔力で消滅するこいつらなら、触れるだけでも致命的だ。

これなら、問題なく中心部に近づける。

その間、俺はひたすらに魔力を圧縮していた。自分の魔力はもちろん、消滅した兵士たちの魔力も収束して。

中心部に着くころには、これでもかと言うくらいに魔力が集まり、太陽のような輝きを放っていた。

中心部についた俺たちは、なるべく集まってから“聖絶”を展開した。

 

「さて、効果はどれほどか、見せてもらおうか」

 

俺は不敵に笑みを浮かべ、圧縮した魔力を“聖絶”の外に出し、解放した。

その直後、実体を持たない魔力の波は、核爆弾さながらの勢いで戦場の端まで広がり、すべてを消滅させた。

それにともなって、周りの風景が元に戻っていった。

 

「・・・思ったよりやばかったな、これ」

「そうね。“聖絶”がなかったら、私たちまで危なかったわ」

「相変わらず、ハジメ殿もツルギ殿も無茶をする」

 

ティアとイズモが呆れた様子でそんなことを言うが、俺もあまり否定できない。

俺がやったのは至極単純で、圧縮した魔力を解き放っただけだ。

あらゆるものは、圧縮するだけでもエネルギーを持つ。

例えば、空気も圧縮すれば爆弾になるし、太陽もそれ自身が熱を放っているのではなく、極限まで圧縮された結果として熱を放っているという話もある。

それは魔力も同じなようで、ただ放出するよりも、圧縮してから放出する方が威力を増す。

それを利用して、俺は持ちうる“魔力操作”の技術をフル活用して周囲の魔力も収束しつつ圧縮し続けたわけだが、予想以上の威力だった。魔力の波を遮断する目的で展開した“聖絶”がミシミシと嫌な音を響かせたくらいだ。

“魔力放射”そのものには殺傷能力はなく、魔力を吹き飛ばすことで気を失わせる程度だが、ここまで来るともはや戦略級だな。

 

 

「それで、今度はあの城に向かうのか?」

「あぁ。ていうか、それしかやることないしな」

 

イズモの問い掛けに頷きながら、俺たちは再び城へと向かった。

そこからは特に何も起こらず、そのまま王都の中に潜入した。

 

「・・・なんと言うか、そのまま廃墟だな」

「いったい、どこから用意したのかしらね・・・」

「おそらく、オスカー・オルクスが作ったのだろうが・・・よくもまぁ、ここまでのものを用意できたものだ」

 

俺たちが入った街は見るからに廃墟なのだが、実際に人が住んでいたと言われても納得してしまいそうな完成度だ。

それに、おそらくだが、この他にも同じような場所があるだろう。ハジメたちも、そこに流されたはずだ。

それを考えると、昔の魔法の技術がとんでもなく化け物なレベルだとわかる。

本当に、現代のこの世界の人間とは比較にならないな。王都の錬成師がこれを見たら、白目をむいて倒れそうだ。

 

「ツルギ、これからどうするの?」

「無難なのは、あの城の中を探索することだな。ていうか、それくらいしか思い浮かばん」

「まぁ、あれだけ立派なら、なにも意味がないなんてことはないだろう」

 

まぁ、苦労させといて実は何もありませんでした~、なんてオチはあったけどな、ライセンで。

とりあえず、総意で城に向かおうということになったのだが、また空間が歪んだ。また、さっきみたいなやつらが襲ってくるのか。

そう思って身構えたが、現れたのは、

 

「いらっしゃーい!安くておいしいよー!」

「お客さん!こっちのブレスレットはどうだ?」

 

いたって平穏な、喧騒溢れる商店街だった。辺りには、露店がひしめき合っており、魔人族の店員が声を張り上げて客引きをしている。周りには、亜人族や人間族の姿もある

 

「・・・どういうことだ?」

「てっきり、さっきみたいな戦場になるのかと思ったのだけれど・・・」

「まずは、様子見でもするか」

 

イズモの言う通りにするものの、本当に戦いが起きる気配がない。

うっすらと喧嘩のような声が聞こえはするが、さっきの戦場とは比べ物にもならない。

 

「お?あんたら、旅の人かい?」

「あぁ、そうだ。途中で立ち寄ってな」

「そうかい、なら、これはサービスだ」

 

近くのおばちゃんの屋台から、肉串をもらった。たぶん、鶏だろうか。

 

「・・・毒の反応はなし、か。まぁ、そもそも食べたところで腹の足しにもならないが・・・」

「・・・本当に、どういうことなのかしら?」

「おそらく、この風景そのものに意味があるのかもしれないが・・・」

 

イズモが周りを見渡して首をひねるが、俺も内心は似たような感じだ。

本当に、戦争とも狂信とも縁がない、ただの日常の風景だ。

だが、それにしても、

 

「なんていうか、平和ね」

「様々な種族の人がいることから、戦争が終わった後なのかもな」

「戦争の後にも関わらず、このような様々な種族で溢れかえっているとはな。戦争を終わらせた者たちの、努力の証だ」

 

戦争の後には、少なからず軋轢が生じる。

終戦からどれほど経ったのかはわからないが、並大抵の努力では、この光景は生まれなかっただろう。

不審ではあるが、これはこれでいいかもしれない。

 

「・・・む?」

 

そう思っていたら、なにやらイズモが耳をピコピコさせながら反応した。

 

「イズモ、どうした?」

「いや、なにやら騒ぎがこちらに近づいてきているんだが・・・」

 

イズモが見ている方に顔を向けると、たしかになにやらざわざわしている。

それも、困惑の方が大きそうだ。

しばらくすると、人垣の向こうから鎧を身に付けた魔人族の男たちが数人やってきた。おそらく、この国の兵士、あるいは騎士といったところだろう。

その男たちは、俺たちにほど近いところにいた人間族のカップルに近づいた。

カップルの男の方が、先頭にいる他よりも豪華な鎧を身に付けた男に尋ねる。

 

「あの、なんの用で・・・」

 

次の瞬間、人間族の男が傍らにいた騎士に斬り捨てられた。

女の方は悲鳴をあげ、周りの観光客や店員も目の前の惨劇にどよめくばかりだ。

そんな中、先頭の騎士の男が剣を引き抜き、高らかに宣言した。

 

「クルド王国にいる民に告げる!今日付けで、今使われている入国許可証はすべて無効となる!つまり、ここにいる観光客はすべて不法入国者であり、我らが神に仇名す神敵である!これは神託である!この国にいる神敵をすべて殺せとの、神の神託である!」

 

その宣言のあと、周囲の空気が変わった。

観光客の表情が恐怖で彩られたのはもちろんだが、今まで笑顔で客引きをしていた店員たちの目が、明らかに冷たく、いや、むしろ血走ったものになる。

先ほどまで、種族の違いなど関係なく接していた人たちが、だ。

先ほど俺に串をくれたおばちゃんも、俺たちを見る目が親の仇とでも言わんばかりに鋭くなる。

 

「クルド王国の民よ!我らが神敵に、神罰を下すのだ!」

 

豪華な鎧の男がそう締めくくった次の瞬間、騎士、市民関係なく、あらゆる魔人族が俺たち、というよりは観光客に襲い掛かった。

ただの市民でも、魔人族は全体的に優れたステータスを持っている。現代よりも優れた才能が多い時代ならなおさらだろう。

結果、なんの武器も戦闘能力も持たない観光客は成すすべなく殺されていった。

 

「・・・平和とはいったい」

「ちょっと、これは異常というか・・・」

「手のひら返し、というには、少しばかり度が過ぎるな」

 

あくまでこれは過去の映像のようなものであるから、見えたことが必ずしも正しいとは限らない。だが、少なくとも、ついさっきまではここまでの殺意や敵意を持っていなかったはずだし、隠していたというにも無理がある。

つまり、いきなり俺たちに対して敵意を持ったということだ。

 

「とりあえず、逃げよう。最初から乱戦は避けたい」

「逃げるって、どこに?!」

「建物の上だ。そこなら、来れる人数も絞られる」

 

少なくとも、ただの市民はそこまで登ってこないはずだ。

ティアとイズモも俺の提案に頷き、それぞれ魔力で身体能力を強化して屋根の上に飛び乗った。

そして、上から見るとさらに惨状がよく見える。

あちこちから悲鳴や怒号が聞こえ、中にはこの国が信仰しているらしき神の名前も時折聞こえてくる。

そして、上から見て気づいた事があった。

 

「・・・ふ~ん?今、観光客を襲っているの、ほぼこの国の魔人族だな」

「それがどうかしたの?」

「これは過去の映像のようなものなんだろうが、さっきまでここの人たちは俺たちに敵意や殺意を持っていなかった、むしろ友好的ですらあったのに、今じゃあこの通りだ。おそらく、神からの干渉だろう」

「たしかに、そう考えるのが妥当だろうが・・・いや、ここまでの大人数なのに、なぜ細かい調整ができるのだ?洗脳の類なら、多少の誤差はありそうなものだが・・・」

「500年前の竜人族と妖狐族の迫害や、数千年前の解放者の件もそうだけどな。ここまでの大規模な干渉なのに、見事に同士討ちが起きていない。ただ敵を殺せというだけなら、なおさら起きそうなのにな」

「・・・なにか気づいたのか、ツルギ殿?」

「あぁ、あくまで憶測だが・・・」

 

ただの状況証拠しかないが、これくらいしか考えられない。

 

「おそらく、神とやらは“信仰心”に干渉しているな」

「信仰心に干渉って、どういうこと?たしかに、違う神様を信仰しているからって襲っているけど・・・」

「まだ確証はないが、クソ神はエヒトだけではない。他にも配下がいると考えた方がいいだろう。それでだ、この世界の人間が特定の神を信仰することによって、信仰されている神は力を得ることができ、同時に自分を信仰している人間をある程度操ることができる。つまり、信仰されている複数の神が全員グルで、エヒトを中心としてこの世界で遊んでいる、ということだな」

 

つまり、この世界の人間を俺たちがどうこうすることはできない。神への信仰心は深く根付いているだろうし、多少の揺らぎならすぐに矯正される。

仮に信仰をなくすことができれば大幅な戦力ダウンになるだろうが、「信仰している神様は、戦争大好きで人間を遊びの駒としか認識していないクソ野郎です」といっても、自分の信じていたものが崩れ去ってパニックになるだけだろう。

逆に言えば、この世界の信仰に関係ない俺たちが操られることはまずないし、この事実を受け止めることができる人物もまた然りだ。

また、信仰の対象を上手くずらすことでも、ある程度弱体化するかもしれない。

とりあえず、手口はわかった。あとは神とやらの実力を具体的に知ることができれば、いざというときに役に立つ。

ハジメは自分から積極的に関わるつもりはないようだが、向こうがそうとは限らない、というよりむしろ、俺たちに興味を持っているだろう。それも、かなりめんどくさいタイプの。

それなら、なるべく対抗策は考えておきたい。

そういう意味では、これは役に立ったかもしれない。

 

「なんだか、とてつもない話ね。この世界にどれだけの人がいると思っているのよ」

「そうだな・・・だが、少なくとも亜人族はそのような信仰には無縁の種族だ。つながりはあった方がいいだろう」

 

魔力を持たない亜人族は、戦力として数えられないが、ハウリア族のように改造することはできる。いや、あんなヒャッハー連中を量産するつもりはないが。それに、竜人族や妖狐族のような例外もいるし。

少なくとも、戦えるように仕上げておけば、これからのためになるかもしれない。

問題は、そのためのハジメの説得だが・・・いや、今は考えなくてもいいだろう。

今、考えるべきは、現状打破だ。

 

「まぁ、それに関しては今考えてもしょうがないから、まずはここから脱出しよう。とりあえず、予定通り、あっちの城に向かうか」

「ええ、そうね」

「わかった、ツルギ殿」

 

ティアとイズモも俺の言葉に頷き、立ち上がる。

いろいろと悩ましい問題がでてきたが、それは後回しだ。まずは、メルジーネ海底遺跡を攻略しよう。




「・・・・・・(じー)」
「ツルギ、どうしたの?鏡なんか見て」
「・・・いや、なんでもない。ただ、ちょっと期待外れだっただけだ」
「そう・・・ツルギもかわいらしいところがあるのね」
「ちょっと何言ってるかわからない」

本格的に写〇眼みたいに目の色が変わっていないか確認するツルギと、それをちょっと察してからかうティアの図。

~~~~~~~~~~~

とりあえず、自分が思いついた神様外道を掻いてみました。
若干、ハジメサイドに似ているような気がしますが、こっちでは急な認識の変化について触れてみました。
たしか、エヒトが「信仰を魔力に変換する」みたいな話があった気がしたので、それを元に考察してみた感じです。


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俺の怖いものは

「・・・さて、どうしたものか」

「見事にはぐれてしまったな」

 

魔人族が観光客を襲い始めたあと、俺たちは屋根伝いに城に向かったのだが、予想以上に屋根の上に登ってくる魔人族が多かった。

ただ、登ってきた魔人族が襲ってくるだけなら返り討ちにするだけなのだが、その数がやたらと多かった。もはや無限湧きに思えてくる物量で襲い掛かってきた結果、物量に押されてティアとはぐれてしまった。

一応、俺たちは城にたどり着いたが、ティアの姿はまだ確認していない。少なくとも街の中にいないのは確認済みだが、あの軍隊アリのごとき強襲で無事にいられたかどうかはわからない。まぁ、ティアの固有魔法である“魔狼”は魔力に起因するものすべてを食いちぎるから、十中八九問題ないだろうが、やはり心配なものは心配だ。

 

「それで、これからどうするの?」

「・・・とりあえず、中に入ろう。城の外周をまわっても見つけられるかもしれないが、どうせゴールは1つだ。そこでティアが来るのを待てばいいだろう。一応、ここに来る前にもそう決めたからな」

 

メルジーネ海底遺跡の攻略に向かう前、俺たちはある決めごとをした。

つまり、「もし仲間とはぐれた場合、捜索できる範囲を超えていれば、各自ゴールに向かう」ことだ。

これは、不用意に動き回って罠にはまるのを防ぐための取り決めだ。

別に、ワンフロアではぐれただけなら探せばいいだろうが、今回はでかい城と街だ。探すには広すぎる。

だから、今回は中に入って先に進んだ方がいいだろう。

 

「それじゃあ、ティアが無事なことを祈って中に入るか」

「祈るとは、何にだ?」

「ティアだな。この世界の神様はクソ野郎らしいし」

「まぁ、それもそうだな」

 

心配は心配だが、軽口もたたけないほど切羽詰まっているわけではない。

俺とイズモは、軽い調子のまま城の中に入って行った。

 

 

* * *

 

 

中に入ると、案の定というか、半ば廃虚になっていた。

ただ、なぜか手入れはされているようで、ほこりとかクモの巣が張っているなんてことはなかった。この辺りも神代魔法で解決なのだろうか。

ただ、ちょっと気になるのが、

 

「・・・なんか、ちょろっとデジャヴだなぁ・・・」

「? どういうことだ?」

「この鎧」

 

そう、いたるところに鎧が置いてあった。ライセンのときほど大きくはない、むしろ一般の人間サイズだが、そんなのは関係ない。ただの鎧が置いてあるという時点で嫌な予感しかしない。

 

「? 鎧がどうかしたのか?」

「いや、なんか動きそうだなって」

「たしかに、なかなかホラーのようになっているから、ガタガタ動きそうな気はするが・・・」

「剣を振りかざして襲ってきそうだなって」

「たしかに、大迷宮がただ驚かすだけで終わりなわけがないな。そう考えた方が・・・」

「今のうちに壊しておくか、城の中の鎧全部」

「ちょっと待て、ツルギ殿、なぜそうも過激になっているんだ?というか、なにやら様子がおかしくなっているぞ?!」

「大丈夫だ、問題ない。俺は正常だ」

「だったら目から光を消さないでくれ!本当になにがあったのだ!?」

 

おっと危ない。あと少しでダークサイドに落ちるところだった。俺だって、どこぞのバグ兎みたいなバーサークになりたくない。

すると、

 

ずずぅん・・・

 

わずかにだが、この城が揺れた。上から、パラパラとレンガの破片が落ちてくる。

どうやら、ティアは元気らしい。よかった。

 

「・・・ツルギ殿。これはもしかしてティア殿が?」

「だろうな。無事でなによりだ」

「いや、なぜ冷静でいられるのだ!?これほどの振動、普通ではないだろう?」

「大丈夫だ。多分、鎧を思い切り殴り飛ばしただけだろうからな」

「本当に何があったのだ!?」

 

そういえば、ライセン大迷宮の攻略をやったのは俺とハジメ、ユエ、シア、ティアの初期メンバーだったか。イズモがわからないのも無理はない。

 

「なに、ちょいとムカつく大迷宮があってな。そこにもこういう感じで鎧があったんだ。んで、そいつが襲い掛かってきた」

「あー、なんとなく察したのだが・・・だからといって、ここまでするのか?」

「あれは、実際に体験しなきゃわからないからなぁ・・・」

 

口で言ったところでわからないだろう。あれはそういうものだ。

ただ、ライセン大迷宮を攻略する上では、魔法特化のイズモは少々キツイだろう。機会があればの話だが。

 

「まぁ、とりあえず、ティアが無事なことは分かったから、ティアを探しつつ先に進むか」

「そ、そうだな・・・」

 

イズモが若干引き気味になっているが、とくに気にせずに先へと進む。

さすがにこのまま終わりではないだろうし、ティアも探さなきゃいけないからな。

 

ガタガタ

 

「・・・ん?」

「・・・やっぱりか?」

 

とりあえず目の前の扉に入ろうと一歩踏み出したら、なにやら音が聞こえた。

ちょうど、鎧が動きだしそうな音が。

なんとなく察しながらも後ろを振り返ると、

 

「・・・ぅ・・・ぁ」

 

案の定、鎧が勝手に動き出していた。小さな呻き声もセットで。

 

「これ、どっから声出してるんだろうな」

「さぁな。おそらく、なにかしらの神代魔法で声を出せるようにしているのではないか?」

「それしかないよなぁ・・・」

 

わからないことは、とりあえず全部神代魔法クオリティで片付けるようになってしまったなぁ・・・。

まぁ、それはさておき、

 

「邪魔」

 

動いている鎧も動いてない鎧も全部ゲイボルグで木端微塵にしておく。

そうすれば、とりあえず襲われる心配は減るだろう。

それに、少しすっきりした。

 

「よし、改めて行くか」

「・・・そうだな」

 

イズモがなにやら疲れた様子だが、気にしないでおこう。

気を取り直して、俺たちは先へと進んだ。

 

 

* * *

 

 

しばらく歩いたが、時折鎧が動いて襲ってくる程度で、進展は何もない。ティアとも未だに合流できていないし、不安になってくる。

大丈夫だとは思うが・・・一抹の不安はぬぐい切れない。

 

「なぁ、ツルギ殿。少しいいか?」

 

そこに、イズモが話しかけてきた。

今のところは特に危険もないし、いいだろう。

 

「なんだ?」

「私たちは、ツルギが何を恐れているのかはわかっているつもりだ。そのうえで聞くが、なぜそこまで必死になる?ツルギの才ならたいていのことは容易だろうし、私たちの力を知っているなら、そこまで不安に駆られることもないはずだ」

 

どうやら、俺の内心を見抜いていたらしい。長きを生きた妖狐族だからか、俺がわかりやすいのか、それほど身近にいたのか。

なんにせよ、ここまで見抜かれているなら、下手に隠してもバレるだろう。

ティア以外にこういうことを話すのは少しばかり抵抗があるが、たまには悪くないか。それに、年長者の意見というのも聞いておくに越したことはないだろう。

 

「・・・あそこで盗み聞きしていたならわかってると思うけどな、俺は、俺にとって大事なやつが、自分から離れていくのが怖いんだ。恋人だろうと、親友だろうと、仲間だろうとな」

「あぁ、それくらいはわかっている」

「だけどな、俺は知ってるんだよ。どれだけ最善を尽くしても、決して100%にはならないってことをな」

 

例えば、高校や大学の受験では誰もが合格するために最善を尽くすが、それでも落ちるものは必ず存在する。

最近で言えば、初めてリヒトと会って殺し合ったとき、俺はあいつを殺すために必要な最善の選択をしたが、結局は殺し損ねてしまった。

例え、どれだけ俺に力や強さがあっても、人間である以上、手の届く範囲には限りがある。

それに、

 

「どうしても思い出しちまうんだ。父さんや母さんが死んだときの喪失感を」

 

あの時の感覚をどうしても思い出してしまい、「本当に大丈夫なのか」、「万が一があったりしないだろうか」と不安に駆られてしまう。

あるいは、神であるならすべてに手が届くのかもしれないが、それは自分からティアと離れる選択肢だ。その選択をとるわけにはいかない。

だからこそ、俺は人の身で最善を尽くす必要があり、最善を尽くしても「また失ってしまわないか」と不安と恐怖に駆られてしまう。

ティアが自分から離れることはないと頭ではわかっているが、なにも外的要因がないわけではない。それもまた、俺の不安の原因である“手の届かないところ”でもあるのだから。

 

「まったく、情けないよな。あの時、ティアに俺の全部を話して、結果的にはハジメたちにも知られて、それで俺から離れることはないってわかってるのに、結局、失ってしまわないか不安に駆られているんだからな」

 

俺もちゃんと理解している。ティアの想いも、ハジメたちの思いも。

なのに、それでも俺自身がまだ不安を取り除けていない。それが、なんだか情けなく感じる。

その辺りは、俺はハジメのことを尊敬している。なにせ、ハジメはユエなら何があっても大丈夫だと、全幅の信頼を寄せているわけだからな。

 

「あー、でも、このことはティアとかには内緒な」

「なんだ。あの時のように話したりはしないのか?」

「なに、ただの意地だ。情けないところなんてすでに見せたが、それでもかっこつけたいし、強くなければならないからな」

 

別に、あのときの俺を恥じるつもりはないが、好きな女の子の前ではかっこつけたいのが男の性だ。

ティアにならすぐに見抜かれそうな気はするが、それまでは見栄でもいいからかっこいいところを見せたい。

俺が話し終えると、イズモはなにやら微笑まし気に俺のことを見ている。

 

「ふふふ、そうかそうか。なら・・・」

「うわぷっ」

 

すると、イズモは俺の腕をグイっと引っ張って、俺のことを抱きしめた。

ちょっ、やばっ、ティアにはない柔らかな感触が顔を覆って、息ができないけど、なんだか幸せな気分・・・じゃなくて!

 

「ちょっ、イズモ、何やってんの?」

「いやなに、ティア殿に弱気なところを見せられないというなら、私が代わりに慰めてやろうと思ってな。なに、安心しろ。ここは年長者に任せればいい」

 

いやまぁ、たしかに、イズモはティオと同年代なわけだし、お姉さんキャラなところはあるが、これはこれではずい。

でもまぁ、これでもいいかと思える自分を認識してしまったあたり、どうしようもない。

イズモがいいと言うなら、少しくらいはこのままでも・・・

 

 

 

 

 

 

「ツルギ?イズモ?何やってるの?」

 

 

 

 

「・・・」

「・・・」

 

・・・おうふ、なんてこったい。

声がしたのは、ちょうど俺の後ろの方。

振り返ってみると、そこには非常に冷たい目をしているティアがいた。久しぶりの、ユエに負けず劣らずのジト目だ。

見上げてみれば、イズモの顔が若干青くなっている。多分、俺もこんな感じなんだろうなぁ・・・。

 

 

 

この後、ティアにしこたま怒られた。

ついでに、抱きしめられた経緯と一緒にイズモに話したことと同じことをティアにも話したところ、「バカ」と言いながらも優しい笑顔で抱きしめてくれた。

・・・この時、思わずイズモとのボリュームの差を考えてしまい、それをティアに察せられて抱擁が締め付けへと変化したが、些細なことだ。

機嫌を直すのにめっちゃ苦労したけど。

 

 

* * *

 

 

なんとかしてティアの機嫌を直した後、俺たちは再び先へと進んだのだが、とくに大きなこともなく順調に進んでいくことしばらく、玉座のようなところに出た。

そこで、再び空間がねじ曲がった。

 

「またか。ティア、イズモ、構えておけ」

「えぇ」

「わかった」

 

またなにかが襲ってくる可能性も考慮し、俺たちは臨戦態勢をとりつつ柱の陰に隠れた。

そして、玉座の上に王らしき人物が、その前に数人の人間族と亜人族が跪いていた。おそらく、どこかの使者だろうか。

王の後ろには、フードをかぶった人物が控えている。

 

「皆の者、よくぞ来てくれた」

 

使者を見回した王が、口を開く。今のところ、まだまともそうだ。

 

「私たちは長きにわたり戦争をし、そして和平を結んだ。今、城下町に広がっている光景はお主たちの功績でもある」

「もったいなきお言葉です、陛下」

「我々は、我々の王の命に従い動いたまでです」

 

どうやら、これは和平を結んだ後の謁見のようだ。王が先ほど言った“城下町の光景”とは、おそらく俺たちが見たにぎやかな光景だろう。

となると・・・

 

「・・・2人とも、気をしっかり保てよ。この後、碌なことにならない」

「・・・わたしもそう思うわ」

「・・・私もだ」

 

一応、ティアとイズモに注意を呼び掛けたが、思うところは同じだったらしく、頷き返している。

それを確認して、再び目の前のことに意識を向ける。

一応、使者の方は恭しい態度で跪いていることから、王へはそれなり以上に尊敬の念を抱いているのだろう。

 

「こうして和平を結び、平穏が訪れてからのこの3年間、私は思ったのだ・・・やはり、()()()であったと」

 

そこで、王の言葉に耳を傾けていた使者たちが思わずといったように顔を上げる。

 

「お前たち異教徒や薄汚い獣風情とも言葉を交わせば新しいものが生まれると思ったが、やはりそれは間違いだった。この神聖なる王都に、そのような汚物を受け入れたことは、私のどうしようもない間違いだ。むしろ愚かだったとすらいえる」

「陛下!それはどういう・・・がっ!?」

 

思わず立ち上がった人間族の使者に、周囲にいた騎士が剣を突き刺す。

刺された人間族の使者は信じられないといったように目を見開き、崩れ落ちた。

それを見た他の使者も立ち上がるが、玉座ということで武器は取り上げられているようで、なすすべなく剣を突き立てられ、地面に崩れ落ちていく。

 

「これより、現在使われている入国許可証はすべて無効とする!我が騎士よ!卑しい異教徒共と薄汚い獣共を駆逐せよ!これは、神託によるものである!我らが神、アルヴ様の御為に!!」

「「「「「アルヴ様の御為に!!」」」」」

 

王の狂気じみた呼びかけに、騎士たちもまた狂気を宿してそれに応え、玉座から出て行く。

それを見て、フードの人物は王と共に奥へと消えていった。

そこで、過去再生は途切れた。

 

「・・・なるほどな。これで、先ほどの光景につながる、ということか」

「なんか、嫌な感じね・・・」

「・・・そういうことか?」

 

今の光景を見て、俺はある推測を思いついた。

 

「そういうことって、どういうこと?」

「さっきの使者の態度、本当にあの王様を尊敬している感じだっただろ?さっきの王様が腹の内であんなことを考えていたというなら、あそこまで恭しい態度はとらないはずだ」

「つまり、あれは最初から考えていたことではなく、終戦からの3年間で変わったということか?」

「あぁ、そういうことだ。それに、王の後ろにいたフードの人物なんだが・・・見覚えがあるかもしれない」

「? どういうこと?」

「俺たちが召喚されたばかりのとき、教皇のそばに控えていたシスターがいてな」

「・・・そのシスターさんがどうかしたの?」

「ティア、ちゃんと話す。話すから、落ち着いてくれ」

 

先ほどイズモに抱きしめられていたのを見たからか、いつもよりも3割増しで凄みがある。

俺は早口で弁明しながら説明する。

 

「たしかに、俺はそんときのシスターが印象に残っているんだが・・・不気味だったんだよ」

「不気味、だと?」

「あぁ、銀髪の、言ってしまえば美人のシスターなんだが、どこか表情が抜け落ちているような、人形みたいな感じだったんだ」

 

あの無機質な瞳は、日本でも見たことがない。

呆然自失としたときに表情が抜け落ちると言うが、あれはあくまで負の感情によるもので、感情がないわけではない。

だが、あのシスターからは無感情という感情すら感じなかった。まさに、感情そのものが欠落しているといった感じだ。

そして、先ほどの映像、フードの隙間から髪が見えたのだが、

 

「あの後ろにいたフードの人物、俺の見間違えでなければ、そのシスターとまったく同じ髪質と髪色だった。それどころか、顔だちもそっくりそのままだ」

「え?それって、もしかして・・・」

 

先ほどの光景がどれほど前のことかはわからないが、最低でも数百年は前と考えていいだろう。

ただの人間が、それほどの時を生きれるはずがない。

であれば、その正体は、

 

「あぁ。おそらく、あれこそが本当の神の使徒だってことだろう。同一人物なのか、まったく同じ姿の別人なのかはわからないけどな。ただ、あいつを介して王や教会に影響を与えていた、ってことだろう。これは早めに王都に行った方がいいかもしれないな」

 

あのシスターが本物の神の使徒だとすれば、クラスメイトはほぼ確実に教会から切り捨てられる。

少なくとも、まともな結果になるはずがない。

 

「・・・まぁ、今は目の前のことに集中するとして、どうやらさっきの光景は見せること自体に意味があったらしいな」

 

玉座の前を見てみれば、そこには魔法陣が輝いていた。“魔眼”で確認すると、これは転移の魔法陣だ。

 

「どうせ、王国に寄る用事はあるんだ。詳しくはそんときに考えておこう」

「・・・まぁ、今できることはないものね」

「香織殿のためにも、今は無事を祈るとしようかのう」

 

王都には、香織の幼馴染たちもいる。せめて、手遅れにならないことを祈るばかりだ。

そんなことを考えながらも、俺たちは光り輝く魔法陣に足を踏み入れた。




「そういえば、ティアは道中どうだったんだ?」
「えっと・・・あまり覚えてないわ。ただひたすらに鎧を壊しながら進んだから・・・」
「あ~、うん、ティア、ストレスが溜まってるなら、後で甘やかしてやるよ」
「そう?ありがとう、ツルギ」
(記憶が飛ぶほど一心不乱に壊しまわるなど・・・いったい何があったのだ?)

一心不乱に鎧を壊しまわったと聞いて、過去に何があったのか気になってしょうがないイズモさん。

~~~~~~~~~~~

前回と合わせて、自分でも考えれる外道シチュだったんですが、こんな感じでよかったですかね?
それとですね、最近は大学の課題なんかが増えて大変になってきているので、更新ペースが落ち気味になるかもしれません。
とりあえず、週に1,2回は確実に投稿するようには頑張ります。


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メルジーネの決戦

魔法陣の中に足を踏み入れ、光に飲まれた後、俺たちが出たのは神殿のようなところだった。祭壇のところには、転移とは違う魔法陣がある。どうやら、もう攻略したようだ。

そこには、すでに俺たち以外のみんなが集まっていた。

 

「あらら、俺たちが最後だったか」

「そうみたいね」

「まぁ、そこまで待たせているわけではないだろう。それに・・・香織殿はもう大丈夫のようだな」

 

イズモの言う通り、香織の表情にはメルジーネ攻略前のような焦燥はなく、どこか吹っ切れた様子だ。どうやら、自分なりに折り合いをつけたらしい。

一応、その解決のためにあえてハジメと2人になるように仕組んだが、上手くいってなによりだ。

そう思っていると、不意にティアが俺にもたれかかってきた。

 

「ティア?」

「ごめん、ツルギ、少しこうさせて」

 

どうやら、今までは何とか気を強く持てたが、やはり同族のあのような姿はきつかったらしい。

ティアを慰めるためにも、俺はティアを優しく抱きしめる。イズモも、気づかわし気にティアの頭を撫でる。

すると、ハジメが俺たちに気づいて声をかけてきた。

 

「お、ツルギたちが最後か」

「悪いな。待たせたか?」

「いや、俺たちもついさっき来たばかりだ。思ったより遅かったようだが、苦労したのか?」

「別に苦労ってほどじゃないが、やたらと広かったからな。別に、難易度としてはそこまで難しいわけじゃなかったし」

 

今回のメルジーネ海底遺跡攻略、思っていたよりかは簡単だった。今回の場合、難易度の問題と言うよりかは相性の問題だろうが。

このメルジーネ海底遺跡のコンセプトは、おそらく“神によってもたらされた悲惨さを知る”こと。だいたいの情報として知っていたこととそもそもエヒトを信仰していない俺たちにとっては、たいして苦にならない内容だ。まぁ、気持ち悪いと言えば気持ち悪かったが。

それに、普通の冒険者なら海底遺跡の中に入る時点でかなりの鬼門だが、俺たちには潜水艇があったおかげで、こちらもかなり楽に攻略できたし、魔力も温存できた。

・・・思い返してみれば、グリューエン大火山もリヒトとフリードの襲撃がなければ無傷で攻略できたよな。今さらだけど。

 

「・・・ツルギ」

 

そこに、ティアが俺から離れたタイミングでユエが間に入ってきた。

なにやら、俺にジト目を向けて。

 

「なんだ、ユエ?」

「・・・私とハジメを離れ離れにしたの・・・わざと?」

 

おっふ。そういえば、忘れていた。

ハジメと香織を二人きりにするために、あえてユエをハジメから引き離したこと。

そのことをユエがただで済ませるはずもなかった。

でも、ユエなら余裕の態度を崩さないと思うが。

 

「余計だったか?」

「・・・香織が、どさくさにまぎれてハジメにキスをしたらしい」

「すんませんっした」

 

すみません、そこまで予想できませんでした。俺は即座にユエに頭を下げる。

いや、でも、それを言ったらシアも同じようなことしてるわけだし、今さら、だよな?

ていうか、八重樫になんて報告すればいいんだよ。

お宅の親友はどさくさに紛れてキスするような肉食系になりました?言えるわけがない。

いや、まぁ、どのみち言わなきゃいけないんだろうけど。

ユエの方はと言うと、頭を下げた俺を見てくすくすと笑い、

 

「・・・でも、悪くはない。おかげで、やりがいが増えた」

「・・・それはなによりで」

 

やっぱり、仲良しじゃないか。

互いに気を遣わないのが親友だというなら、ある意味では香織と八重樫、ユエとシアのペアよりも親友らしいと言えばらしい。

 

「・・・それと、何かあった?」

「何かって、どういうことだ?」

「・・・ツルギの表情が、どこか柔らかく見える」

「・・・俺って、そこまでわかりやすいか?」

「・・・ん」

 

どうやら、俺は顔に出やすいタイプらしい。治せるなら治しておこうか。

まぁ、ユエの質問に答えるとするなら、

 

「別に、たいしたことはない」

「・・・そう」

 

俺はそう言ったが、ティアのジト目でなにやら察したらしく、なにやら含み笑いを浮かべながらハジメたちの方へと戻った。

そうして、ようやく俺たちは祭壇にある魔法陣へと足を踏み入れた。

そこで、ライセンやグリューエンの時と同じように記憶が読み取られたが、今回はそれだけでなくハジメやユエたちの方でも何があったのかが頭の中に入りこんできた。

具体的には、ハジメと香織がとある船内で人間族の王が和平を結んだ国の重鎮をまとめて殺したこと。ユエたちが王国の重鎮が魔人族との戦争を引き起こしたが返り討ちにされてしまい、王都に攻め込まれたところで困ったときの神頼みといわんばかりに女子供100人ほどを生贄として虐殺したというものだ。

ユエたちもそのことを思い出したようで、顔を青ざめている。

そして、俺たちは攻略を認められたようで、新たな神代魔法が刻み込まれた。

その魔法は、

 

「ここでこの魔法か・・・大陸の端と端じゃねぇか。解放者め」

「見つけたな、“再生魔法”」

 

ハルツィナ樹海の大樹で必要とされた“再生の力”である“再生魔法”だ。

ハジメの言う通り、大陸の端から端であるから、面倒なことこの上ない。

すると、床から小さめの祭壇がせり上がってきて、そこに人型の光が浮かび上がった。どうやら、メッセージを残していたようだ。

その人物は、シルエットで見た限りは海人族のようで、メイル・メルジーネと名乗った。

そして、神に縋らずに生き、自由な意思の元に生きれることを祈るみたいなことを言って消えた。

そして、彼女がいた場所に攻略の証であるコインが魔法陣から現れた。

 

「これで、攻略の証も4つだな。ようやく、ハルツィナ大迷宮に挑める」

「そうですね~。そういえば、父様達はどうしてるでしょう~」

 

シアに言われて思い出したが、ハルツィナ樹海はシアの家族であるハウリア族がいる場所でもある。あれからしばらく経ったが、いったいどう過ごしているのか。

・・・頼むから、悪化していないでほしいと願う。ただでさえ、頭の中に思い浮かぶのが武器を持って「ヒャッハー!!」する兎なのだから。

と、ハジメが証をしまった瞬間、周囲の海水がいきなり水位を上げ始めた。

 

「これって、また強制排出みたいな流れか?!」

「ちっ、全員、掴みあえ!」

「・・・んっ」

「わわっ、乱暴すぎるよ!」

「ライセン大迷宮みたいなのは、もういやですよぉ~」

「解放者っていうのは、強制排出が好きなのかしら?」

「水責めとは・・・やりおるのぉ」

「ティオ様、その言い方はやめてくれませんか」

 

わいのわいの言いながらも、潜水艇を出して乗り込む暇はないと判断し、お互いの服をつかみ合ってハジメから酸素ボンベを受け取って装着した。空間魔法によって“宝物庫”と同じ原理で作られたこの酸素ボンベなら、およそ30分は持つ。それくらいなら、なんとか水面まではもつだろう。

酸素ボンベを装着した次の瞬間、天井部分がショートカットのように開き、そこに海水が流れ込んで急な流れを生んで引きずりこまれた。

ていうかさぁ、ミレディもそうだったけど、なんで解放者は男連中よりも女連中のほうがガサツなんだよ。オルクス大迷宮はライセン大峡谷に転移されるって話だし、グリューエン大火山も普通に天井のショートカットが開くだけだったし。

それにさ、さっきの映像のメイル・メルジーネって、おっとりな優しいお姉さんみたいな感じだったけど、実はガサツなのか?

そんなことを考えているうちに、流されるまま天井が開いて海中に放り出された。あぁ、絶対に大雑把な人だ、これ。

だが、うだうだしている場合ではない、早くハジメが取り出した潜水艇に乗らなければ・・・

ん?この感じ、まさか。

 

 

ズバァアアアアアアッ!!!

 

 

嫌な予感がした直後、半透明の触手によって潜水艇が吹き飛ばされてしまった。

下を見れば、あのときのクリオネもどきがいた。

 

(くそったれ!!)

 

迷宮攻略直後という、一番でてほしくないタイミングで出てきやがったな、こいつ。

だが、悪態をついている暇はない。俺は即座に空間魔法による空間遮断結界“絶界”を展開し、ついでに中の海水も排出した。

 

 

「ユエ!“界穿”で上空に転移するぞ!時間は俺が稼ぐ!ティオは竜化の準備をして、上空に出たらすぐに飛べるようにしてくれ!」

「んっ!」

「わかったのじゃ!」

 

俺の手早く出した指示に、ユエとティオは力強くうなずき、それぞれ集中し始める。

空間魔法は重力魔法と比べてもはるかに使い勝手が悪い。“界穿”は簡単に言えばワープゲートを作る魔法なのだが、日の浅いユエでは発動までにおよそ40秒かかるし、魔力もごっそり削られる。もちろん、移動距離によって消費する魔力は増大する。

俺が今展開している“絶界”も、“聖絶”以上の強度を持つ絶対不可侵の強力な障壁だが、魔力の消費量がバカにならないせいで継続して張り続けるのは2,3分が限界だ。

それに、クリオネもどきが放つ触手の威力はかなりのもので、一発当たるたびに中を揺らすし、魔力を溶かす能力のせいで展開時間がさらに削られていく。

だが、ちゃんと必要な時間は稼げた。

 

「“界穿”!!」

 

ユエが“界穿”を発動させ、光る楕円形の膜が出来上がった。これが、空間転移のゲートだ。

 

「今だ、飛び込め!!」

 

ハジメの号令の下、俺たちは即座に膜の中へと飛び込み、上空へと転移した。すぐにティオが竜化し、全員がティオの背中に乗った。

空間魔法を行使した俺とユエは、あまりの疲労でぶっ倒れそうになったが、俺はティアとイズモに、ユエはシアと香織にそれぞれ支えられ、魔晶石から魔力を取り出して魔力を補充していった。

 

「ぅぁ、あだまが・・・」

「大丈夫、ツルギ?」

「あんまり、大丈夫、じゃない・・・空間魔法、まだ習得して日が浅いとはいえ、使い勝手悪すぎだろ・・・」

 

なにせ、今の段階ではユエも“想像構成”による魔法陣の構築に時間がかかっているし、“空間把握”によって発動時間の問題は解決している俺も、魔法の発動に脳を使い過ぎて頭がギンギン痛む。空間魔法と水魔法の複合である"水蜘蛛"も、範囲を最小限にしているからこそ楽に発動できているだけだ。

ユエが“界穿”を発動したタイミングも、正直に言えばギリギリだった。あと少し遅かったら、あのまま触手に貫かれていたかもしれない。

ユエの方も、周りから賞賛を送られて照れている。

とりあえず、これで難所は乗り切った・・・

 

ザバァアアアアアア!!!

 

次の瞬間、背後からやたらとでかい音が響いた。

振り返ってみれば、そこには巨大な津波、いや、もはや水の壁が襲い掛かってきた。

俺たちは今、上空100mほどの場所にいるが、それよりもはるかに高い。目算だと、おそらく500mほどはある。直径で言えば1㎞くらいか。

こんなことができるやつなんて、あれしかいない。

 

「ッ、ティオ!」

『承知っ!』

 

咄嗟に正気を取り戻したハジメが叫び、ティオがそれに応えて全速力で前へと急加速した。

 

「・・・“縛印”、“聖絶”!」

「“聖絶”」

 

そこに香織が落ちた時のための光のロープを生成し、ユエとともに“聖絶”を展開した。

 

「ティオさん、気をつけて!津波の中にアレがいます!触手、来ます!」

 

続いて、シアが“仮定未来”を使い、ティオに警告した。ティオもその警告に従い回避行動をとった。その直後、さっきまで俺たちがいたところを無数の触手が襲い掛かってきた。

なんとか回避することはできたが、その間に津波との差が詰まってしまった。

なんとか俺のゲイボルグとハジメの火炎放射器で迎撃するが、さすがに無理があった。

 

「ちくしょう!全員掴まれ!」

 

ハジメがそう叫ぶとともにユエとシア、香織を抱きしめるようにかばい、俺も同じようにしてティアとイズモをかばった。

直後、俺たちに向かって津波が襲い掛かってきた。

ユエと香織による“聖絶”の二重展開のおかげでなんとか防ぐことができたが、1枚目はこの一撃で破壊され、2枚目にもひびが入っている。さらに、津波に飲み込まれてそのまま凄まじい衝撃と共に海中へと引き戻されてしまった。

振り回された衝撃からなんとか回復して前を向くと、やっぱり奴がいた。

 

「狙った獲物は逃がさないってか?」

「なんか、バイ〇ハザードみたいだな」

 

実際に、こんな感じのシーンがあった気がする。

目の前にいるクリオネモドキは、いまや全長が20mほどになっており、今も巨大化を続けている。

この現実に香織とシア、ティオはもう終わりだと絶望しかけたが、ハジメの顔を見て体を震わせた。

なぜなら、ハジメの眼が爛々と輝いていたから。その眼には、これでもかというくらいに殺意を宿している。

かという俺も、まだあきらめてはいない。冗談を言えるくらいには余裕がある。あいつが魔物で生きている以上、必ず殺せるはずだ。

ユエ、ティア、イズモも必死に考えを巡らせながら攻撃と防御をこなし、それを見てシアとティオと香織もそれぞれできることをし始めた。

さて、あいつの弱点になりうるものは・・・

そういえば、メルジーネ海底遺跡の中で会ったときは、あいつは深追いはしてこなかった。

あのときに多用していた攻撃は・・・

 

「ハジメ!ありったけの熱量を広範囲に放てるか!?」

「っ、そういうことか!なら、今作る!」

 

あの時は、水からでていたこともあって火を多用していたが、今は海中とあってあまり使っておらず、使用しても威力が大幅に減衰してしまう。

それでも、俺がゲイボルグで炎を圧縮して放ったところは避けるようにしている。

それなら、ありったけの熱量であいつを焼き尽くせばいい。

だが、魔法ではそれは厳しい。

だから、俺はハジメに頼んだ。ハジメの作り出した兵器の中には、焼夷弾もある。それの原料を使えば海中でも広範囲に焼き尽くせるはずだ。

ハジメは宝物庫から次々に魚雷や鉱石を取り出し、何かを作り始めた。

だが、完成するには時間がかかりそうだ。

なら、俺もできる限りのことをする。

 

「少々きついが、やってやるよ!」

 

俺は魔法陣を8つ展開し、ユエの展開している"聖絶”の周りで不規則に回転させる。そこから、狙いなんてつけずにカラドボルグを乱射した。不規則に回転する魔法陣から放たれたカラドボルグは、圧倒的物量による弾幕を作り出してクリオネモドキを寄せ付けない。

だが、物量を優先して一発の威力を低くしたカラドボルグではクリオネモドキを押しとどめることはできず、徐々に触手が近づいてくる。それ以前に、俺の魔力がまた枯渇しそうだ。俺が攻撃を中断したと同時にユエたちが攻撃に入れば大丈夫だろうが・・・いつまでもたせることができるか。

ハジメも“限界突破”を使って作業スピードを上げているが、それでも一発あたりの時間はそれなりにかかっている。

 

「ハジメ、あとどれくらいだ!?」

「あと3分だ!」

 

3分か。正直、今の俺たちではきつい。

最悪、不完全な状態でなんとかするか・・・。

 

『よぉ、ハー坊。ヤバそうじゃねぇか。おっちゃんが手助けしてやるぜ』

 

次の瞬間、肉声ではなく念話で誰かが話しかけてきた。

その正体は、人面魚、この世界ではリーマンという魔物だ。たしか、念話の固有魔法を持っていたか。

だけど、こいつ誰だ?ていうか、ハー坊って・・・。

 

『ッ!?こ、この声は、まさかリーさん!?』

『おうよ。ハー坊の友、リーさんだ』

 

だが、このやり取りで俺は思い出した。

そういえば、フューレンで水族館で飼育していたリーマンが脱走したという話があり、その犯人がハジメだったはずだ。

ということは、そのときの知り合いか。

とりあえず、どうやって時間稼ぎをするつもりだと疑問に思ったが、攻撃を中断してから外を見ると、巨大な銀色の影がクリオネモドキに突撃した。よく見ると、それは魚群だった。

どうやら、リーマンは魚も操れるらしい。

それから、リーマンもといリーさんから軽く話を聞いた。

ここに来たのは、覚えのある魔力を感じて来てみたら、その正体がハジメだったこと。

あの魔物は"悪食”といい、太古から存在する魔物の祖先とでもいうべき化け物、いや天災らしい。

それで、その“悪食”に襲われているハジメを見つけ、助太刀に入った、ということのようだ。

その話が終わったタイミングで、数十万はいたと思われる魚群はほぼ壊滅した。

同時に、ハジメの準備も整った。

準備を終えたハジメは、まず手始めに魚雷群を“悪食”に放った。“悪食”はこれを避けずに受け止め、中に取り込んだ。魚雷は爆発せずに、中を漂っている。

続いて、ハジメはゲートを展開した円環を周りに配置し、その中に焼夷弾に使われている液状化させたフラム鉱石のタールを流し込んだ。すると、"悪食”の中にある魚雷からタールが流し込まれて“悪食”を黒く染めていく。

そして、“悪食”の全身をくまなく黒色に染めたところで、

 

「身の内から業火に焼かれて果てろ」

 

ハジメが、円環の中に小さな火種を放り込んだ。

次の瞬間、“悪食”を真っ赤な炎で染め上げた。

そして、炎の勢いは収まることなく“悪食”の体内から飛び出して体外からも燃やし尽くしていき、

 

ゴォバァアアアアア!!!

 

凄まじい水蒸気爆発を引き起こした。

俺たちは“聖絶”でなんとかやり過ごし、障壁越しに俺とハジメで“悪食”を探す。

そして、"遠見”や“魔眼”を駆使してくまなく探し・・・“悪食”は見つからなかった。

 

「ぐっ・・・何とか、終わったか・・・」

 

限界突破を切らしたハジメは、満足げな表情を浮かべながら倒れこんだ。

 

「ぶっちゃけ、完全に殺しきれてはいないだろうが・・・少なくとも、今は襲ってこないな」

 

あの“悪食”を本格的に殺そうと思ったら、あのゼリー状の体をくまなくすべて消滅させる必要があるだろう。

大規模とはいえ、大雑把な爆発ですべてを蒸発させたと考えるのは楽観的だが・・・この窮地を乗り越えれただけいいだろう。

それだけ確認してから、俺も背中から倒れこんだ。

だが、障壁にぶつかる直前にティアとイズモに抱きとめられる。

 

「ツルギ、お疲れ様」

「結局、ほとんど1人で足止めをしたな。お疲れ様だ」

 

“限界突破”を使ったハジメよりかは消耗が少ない俺は、イズモから回復魔法をかけてもらう。

単純な回復魔法の腕なら香織の方が上だが、尻尾も込みのイズモの回復は精神的にも安らぐ。

だから、ティアが俺の右手をギリギリと握りつぶすのはやめてほしい。痛いから。

そうこうしている間にも、ハジメはなにやら先ほどのリーマンと気安い会話をしていた。

なにか通じるものがあるんだろうが、あいにく俺には理解できないし、ハジメ側の女性陣もなにやらひそひそと話している。あまりいい内容でないのは、困惑とも戦慄ともとれない複雑な表情から読み取れる。

 

『じゃあ、おっちゃんはもう行くぜ。ハー坊。縁があればまた会おう』

 

そうこうしている間にも、リーマンが去ろうとする。

恩人、いや、恩魚?まぁ、世話になったんだから礼の一つでも言った方がいいんだろうが、かける言葉が見つからない。

そして、リーマンは最後にシアの方に振り向いて、

 

『嬢ちゃん、ライバルは多そうだが頑張れよ。子供が出来たら、いつか家の子と遊ばせよう。カミさんも紹介するぜ。じゃあな』

 

そう言って、今度こそ去っていった。

とりあえず、

 

「「「「「「「「結婚してたんかーーい!」」」」」」」」

 

魔物にも結婚の概念があったのか。初めて知った。




「さて、それじゃあエリセンに戻るとするか」
「あぁ、そうだな。まずは、飯食うか。腹減ったし」
「そうだな。何を作ってくれるんだ?」
「さっき獲った魚でなんか作るか」
「お前功労者たちになんてことを!!」

しれっと先ほどの魚群から魚をゲットしたツルギの図。


~~~~~~~~~~~


最近、湯冷めからの腹痛と花粉症の肌荒れに悩まされています。
これを書いている間も、けっこう胃が痛かったり・・・。
花粉症の方は、そろそろシーズンは過ぎると思いますが、痒くて痒くて・・・。
そんな苦労と大学の課題にも負けず、頑張って執筆していきます。


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思いと想い

“悪食”を討伐したあと、潜水艇を失った俺たちはそのまま“竜化”したティオの背に乗ってエリセンへと戻った。

そして、今、

 

「・・・お、きたきた」

 

小舟に乗って、海釣りを楽しんでいた。

小舟には、俺の右隣にティア、左隣にイズモが座っている。

今釣れたのは、サバみたいな魚で、これで10匹目だ。

漁港で栄えた町なだけあって、やはり魚がよく釣れる。先ほども、そこそこの大物を釣り上げたばかりだ。

そこに、ティアが素朴な感じで疑問を投げつけてきた。

 

「・・・ねぇ、ツルギ、なんで釣りなの?」

「嫌だったか?」

「嫌ってわけではないのだけど、てっきり今日もミュウちゃんと海で遊ぶのかと思っていたから」

 

“遠見”で見てみれば、砂浜近くでミュウがユエたちと鬼ごっこをして遊んでいるのが見える。

さすがは海人族なだけあって、ミュウ以外が鬼役という変則的ルールで遊んでいるのだが、上手く逃げ回っている。

ハジメの方は、桟橋でアーティファクトやら装備を作っている。

ティアとしては、そっちに混ざるのだと思っていたのだろう。

 

「そうだな、理由は主に3つある」

「ふむ、意外と多いな」

「じゃあ、1つ目は?」

「単純に、1度でいいからこっちの世界で海釣りをしたかったから」

 

こっちで海釣りをしようと思ったら、今しかチャンスがない。ハイリヒ王国を中心とした場合、海に最も近く、なおかつ行こうと思えば行けるところにある海は西側のエリセンくらいしかない。

しかも、俺たちの旅の目的はあくまで“七大迷宮の攻略”であるため、メルジーネ海底遺跡を攻略した時点で半分くらいは行く理由がなくなってしまう。もちろん、2度と訪れないというわけではないが、それでも次に行くまでにはかなりの間が空いてしまう。

だったら、今のうちにやっておこうということで、エリセンで釣り餌と小舟を拝借して、こうして海釣りを楽しんでいる、というわけである。

俺は別に海釣りが特別好きというわけではないが、親父の部署ぐるみで海に旅行に行くときは必ず釣り大会を開くため、俺もそれに参加しているうちにそれなりに好きになった。

ちなみに、今使っている釣り道具は剣製魔法で生成した。

その気になればリールとか魚群探知機みたいなハイテク装備も再現できたが、今回は海の様子を楽しみたかった俺は竿一本で勝負している。

大物を釣り上げたいだけなら装備を充実させればいいが、初めての海では俺はいつもこうしている。

こういうときに、なんやかんや言って俺も趣味人なんだな~と思う。

 

「たしかに、なんだかいつもと比べてウキウキしてるわね」

「こういうかわいらしい一面もあるのだな・・・して、2つ目は?」

「2つ目は、気持ちの整理のためだな。ミュウ関連で」

「それって、ミュウにお別れを言うこと?」

「いや、そっちは俺の方は折り合いをつけてるって言うか、むしろハジメの方を待ってる感じだな」

 

そう、メルジーネ海底遺跡を攻略してエリセンに戻ってから、すでに6日ほど経過している。骨休めにしても、いささか長すぎるくらいだ。

その理由は、主にハジメとミュウにある。

残る迷宮はあと3つだが、“ハルツィナ樹海”と“シュネー雪原”の“氷雪洞窟”、そして最後の一つがあの“神山”なのだ。

“ハルツィナ樹海”はともかく、“シュネー雪原”と“神山”は敵の大勢力の懐だ。ただの4歳児を連れていくには危険すぎるため、ミュウとはここでお別れしなくてはならない。

だが、ハジメがその話を切り出そうとすると、ミュウが涙目になって「必殺!幼女の無言の懇願!」をして超甘えん坊モードになるため、なかなか言い出せずにここまでずるずる来た、ということだ。

とはいえ、俺の方はとっくに折り合いをつけている。

 

「なら、ツルギはどうするの?」

「全部終わらせたら、また会いに行く、それだけだ」

 

ミュウは、ハジメをパパとして、俺をお兄ちゃんとして慕ってくれている。なら、その信頼に応えて、また会いに行く。それだけだ。

それくらいなら、ハジメもすぐに思いそうな気はするが・・・大方、ミュウを泣かせたくないってところか。

だが、このことで俺からあまり口出しをする気はない。

今回の件は、ハジメにとってもいい機会ではある。

愛ちゃん先生の言っていた、“寂しい生き方”。それを選ばなかったことで得られたのが、あの光景であり、ミュウとの出会いだ。

もちろん、俺自身もあの時点のままで日本に戻ることは、ハジメにとってあまりいいことではないと思っていたが、日本にいたころからそれに近い生き方を選んできた俺から言えることでもなかった。だから、あの愛ちゃん先生の“説教”はありがたいと思っている。

だからといって、俺自身は今の生き方を変えるつもりはない。別にハジメみたいにすべてを切り捨てるわけではないが、自分の中で優先順位をはっきりさせ、すべてではなく自分の“大切”を含めたより多くを助けるために、必要ならためらいなく切り捨てる。これは、日本で10年にわたって身に付けた俺の生き方だ。誰に言われようと変えるつもりはない。

そんな俺だからこそ、俺は基本的にハジメの意見を尊重するし、ハジメにいい傾向がみられるというのもうれしいことでもある。

 

「なら、ハジメの方はどうするの?ツルギが話さなくてもいいのかしら?」

「そっちに関しては大丈夫だろ。レミアさんがいる」

 

おそらく、今日中には答えを出すはずだ。

昨晩、実は俺はレミアさんに呼び出されていた。

 

『すみません、呼び出してしまって』

『いえ、大丈夫ですよ』

 

ハジメはレミアさんとタメで話しているが、俺は基本的にレミアさんには敬語で話している。なぜかと言われれば、その方がいいと思ったからとしか言えない。

たぶん、年上は年上でも、ユエやティオ、イズモにはない未亡人の余裕と色気がある分、ついそうなってしまうんだろうと思っている。まぁ、そのことについて考える意味はあまりないが。

 

『それで、話というのはミュウのことですか?』

『はい。ツルギさんが、ミュウのことをどう思っているのか知りたくて』

 

それは、見るからに悩んでいるハジメと違って、俺はすでに答えを出していると察したからこその質問なのだろう。

俺は、それにためらいもなく答えた。

 

『すべてを終わらせて、またミュウに会う。それだけです』

 

この俺の答えに、レミアさんは嬉しそうに微笑んだ。

 

『・・・ありがとうございます。ミュウのために決めていただいて』

『構いませんよ。これくらいしなければ、ミュウにお兄ちゃんなんて呼ばれないでしょうしね。それに、俺よりもずいぶんと悩んでいるハジメの方が、よっぽど父親していると思いますよ』

 

俺の苦笑しながらの言葉に、レミアさんも同じく苦笑を返す。

 

『・・・本当に、ミュウにはとてもつらい思いをさせてしましたが、いい人に巡り会えました。ミュウのことで悩んでくださるハジメさんにも、本当に感謝しています』

『まぁ、当のミュウからは気を遣われちゃってますけどね』

 

そう、ミュウはハジメが別れ話を切り出そうとするたびに超甘えん坊になるが、今までに一度も「行かないでなの」とか「ずっと一緒にいてほしいの」とは言っていない。

つまり、ミュウも薄っすらと別れに気づいているということだ。同時に、引き止め続けてはいけないとも。

だが、今の悩み続けているハジメがそのことに気付いているかは怪しいところだ。

なら、

 

『・・・レミアさん。もし、明日になってもハジメが悩み続けているようなら、あいつの背中を押してやってくれませんか?』

『・・・わたしが、ですか?』

『すでに答えを決めている俺じゃあ、ハジメに言える立場じゃありません。ミュウの母親であるあなたが、ハジメの後押しをしてやってください。その方が、ハジメのためにもなるでしょう』

『・・・そうですね、わかりました』

 

俺の頼みを、レミアさんは快く引き受けてくれた。

レミアさんは「ミュウが素敵な人と出会えてよかった」と言ったが、それは俺たちにとっても同じだ。

愛ちゃん先生と話した後のタイミングでミュウと出会い、こうしてレミアさんと引き合わせたことは、確実にハジメにとっていい影響となっただろう。

ミュウの笑顔やレミアさんの人の良さが、その証拠でもある。

ただ、

 

『なら、明日はお別れのごちそうのために、俺は釣りをしますよ。餌とか舟はどこに行けばいいんですかね?』

『それなら、漁港で私の夫の友人として紹介すれば大丈夫だと思いますよ』

『・・・頼みますから、それをユエたちの前では言わないでくださいよ。少なくとも、俺やティアがいるところでは』

 

未亡人としての余裕がありすぎるというのも問題で、この「ハジメが夫」宣言が本気なのか冗談なのか、未だに見分けがつかない。これが原因で、ハジメの周りにブリザードが発生するなんてしょっちゅうだ。

・・・冗談、だよな?もしかして、本気なのか?

例え俺がそれを尋ねても、決まってレミアさんは『あらあら、うふふ』とほほ笑んで流してしまう。

たぶん、俺やハジメはもちろん、ユエやティオでもこの人に勝つのは難しいだろうなと、本気で思ってしまう。

とまぁ、そんなこんなで、そっちに関しては俺は特に問題視していない。

問題というのは、ミュウというよりは俺個人の方だ。

 

「それなら、なんの気持ちの整理なのだ?」

「いや、あの光景を見てな、不覚にも羨ましいって思いそうになっちまったんだよ」

「「・・・・・・」」

 

そう、これが問題だった。

どうしても重ねてしまうのだ。今のミュウと、昔の俺を。

本質としては俺とミュウはまったく違うが、それでも幼くして命に関わる事件に巻き込まれたというのは似ている。

違うのは、ミュウは救われて母親と再会できたが、俺は独りになってしまったということ。

もちろん、俺とミュウではいろいろと前提が違う。

俺の場合は、周りに助けはなく、母さんとの関係も終わっていた。それに、俺も今とは比較にならないほど弱かった。だから、母さんを殺すことしかできなかった。

ミュウの場合は、悪意のある人間によって引きはがされただけで、母親はむしろ娘のことを想って気が気でなかった。そして、偶然ハジメや俺たちと遭遇した。保安署に預けたあとに再び攫われてしまったが、圧倒的な力を持っていた俺たちが救い出した。そして、無事、母親と再会できた。

弱く独りきりで、最後は母親に捨てられた俺と、弱いが力のある者に恵まれ、母親との再会を果たしたミュウ。

この2つを比べる時点でそれは無意味なことだ。それはわかっている。

わかっているが、心のどこかで「仲のいい親子」を夢想し、それを取り戻したミュウを羨んでしまう。

 

「ったく、自分でも予想以上に未練たらたらだよ。今まで、すでに切り捨てたことだと思っていたのにな」

 

あの日を乗り越えるために力をつけたのに、こっちに来てさらに力を得たら日本にいた時よりも思い出す頻度が増えている。いや、思い出すだけならまだしも、そのことでいろいろと弱ってしまっている。ティアに打ち明けた後、ティアに抱きしめられた胸の中で涙を流したり、イズモに「失うのが怖い」と打ち明けたことがいい例だ。

まったく、なんのために強くなろうと決めたんだか。

そんなことを考えていると、左隣のイズモが俺にもたれかかってきた。

 

「イズモ?」

「ツルギ殿よ、そのことを恥じる必要はない。それは、ツルギ殿にとってもよい変化だ」

「? そうか?」

「あぁ、そうだ。今まで、剣殿はずっと1人で抱えて、1人で強くなったんだろうが、今は私たちがいる。だから、1人だけで背負う必要もない。それを無意識に理解しているからこそ、そうやって過去のことを改めて見直すことができるようになったのだろう」

 

・・・言われてみれば、思い当たるところがある。母さんとのことをよく思い出すことが増えたのも、ティアに打ち明けてからだし。

 

「今までツルギ殿は“力のある者”としてふるまっていたが、そのせいで弱みを見せることができないでいた。だからこそ、素直に甘えられる相手ができて、気を緩めることができるようになったんだろう。だったらそれでいい。強がりというのは、いつまでも続くものではない。甘えられる相手には甘えて、時には弱みを見せればいい。私たちも、助けられた分、ツルギ殿を支えるからな」

「・・・そうか、ありがとうな」

 

そうやって年長者としての気遣いをしてくれるあたり、イズモは本当に俺にとっても無視できない存在になったのだと実感する。

ただ、イズモの反対にいるティアからの視線が、少し痛い。

いや、俺もティアの言いたいことはわかっている、というか話した。

これは、2,3日前の朝の話。

俺とティアは、裸で寝床を共にしていた。

 

『ねぇ、ツルギ』

『なんだ?』

『イズモのこと、わかってるの?』

 

何が、とは聞かなくてもわかる。俺も、薄々は気が付いていた。

最近のイズモの俺を見る視線に、どことなく熱がこもっているのを。

 

『・・・やっぱ、そういうことなのか?』

『そういうことでしょうね』

 

今この部屋に、イズモはいない。

泊まっているのは前回と同じ宿なのだが、部屋割りは俺とティア、イズモに分かれたのだ。

なぜかと言われれば、イズモが俺たちに気を遣って自分から一人部屋になると言ったから。

ただ、イズモの部屋は俺たちの部屋なのだが、夜に情事をしているとき、ふと“気配感知”を使ったところ、イズモの部屋の壁のあたりから気配を感知した。その正体なんてよっぽどのことじゃない限り一人しかいない。

そう、イズモが聞き耳を立てているとしか考えられない。

あの、ティオと比べても圧倒的にしっかりしているイズモが、俺たちの情事に聞き耳を立てているというのは、気づいた時にはちょっと衝撃だった。

変態のティオならともかく、まともなイズモがそんなことをしていると考えられなかった。

 

『ただ、どこまで自覚があるのかはわからないわね』

『少なくとも、そこまであからさまではないし、半分くらいは無自覚だとは思うが・・・』

 

長きを生き、感情の機微に聡いイズモのことだ。近いうちに気づくだろう。

問題は、イズモがそれに気づいたとして、俺がどうするかなんだが・・・

 

『ツルギは、どうするつもりなの?』

『・・・とりあえず、スルーで』

『どうして?』

『仮にイズモが本当に俺のことが好きだとして、俺自身どこまで応えられるのかは疑問が残る』

 

俺にはすでにティアという“一番”がいるというのもそうだが、俺自身イズモのことをどう思っているのかと聞かれれば、どちらかといえば“頼りになる姉”に近い。そういう意味でも、イズモに恋愛感情とか異性の意識を向けることは、けっこう少ない。

だから、とりあえずはイズモも俺自身も様子見して、それから決めるという感じだ。

これに対し、ティアの反応は、

 

『・・・ふ~ん、そう』

 

なんとも微妙な感じだった。

ただ、今までとは違って、俺が他の女の人のことを考えていることに対してではなく、そのような扱いをすることに不満があるように見える。

ティアはけっこう独占欲が強い。だから、こういう反応は珍しいと言うか、予想外だった。

 

『なんか、いつもと反応が違うな。いつもなら、嫉妬くらいしそうなものなのに』

『・・・べつに、嫉妬してないわけじゃないわよ』

 

その言葉通り、ティアの顔はとても不満そうだ。

だが、どこか呆れというか、よくわからない感情も見え隠れしている。

 

『でもね、これはもうしょうがないと思うことにしたわ』

『しょうがないって?』

『ツルギが女誑しってこと』

『お、女誑しって・・・』

『普段は強いのに、ふとした時に弱みを見せるんだもの。うっかり落ちるのも仕方ないわよ。ツルギは無自覚っぽいけど』

『うぐ・・・』

 

・・・べつに、思い当たるところがないわけじゃない、ていうか思い当たりしかない。

ただ、これだとあのバカ勇者と同じみたいでいやになる。ただでさえ無意味に歯をキラリさせるところをみて無性に腹が立つというのに・・・。

これはもしかしてあれなのか?同族嫌悪ってやつなのか?いや、あいつと同類なのは嫌だ。

 

『それに・・・イズモなら、まぁ、ちょっとくらいはいいかなって思うし』

『・・・尻尾に釣られたか?』

『そうじゃなくて。単純に、イズモもツルギのことを考えてくれているから、任せて大丈夫かもってこと・・・ヤエガシの方は知らないけど』

 

最後の方は聞き取れなかったが、要するにティアもイズモのことを信頼しているってことか。

たしかに、ティアに及ばない部分は、よくイズモがフォローしている。なんやかんやいって、イズモは仲間想いなのだ。

 

『ともかく、そういうことだからイズモを邪険にしちゃダメだからね』

『わかったよ・・・』

 

ということを話したわけだが、それからもイズモのさりげない接近が増えたりして、ちょいちょい微妙な空気になったりしたが、なんとかうまくやっている。

俺の方もイズモと向き合わなきゃいけないわけだし、いろいろとやることが多くて大変だ。

 

「それで、3つ目の理由は?」

 

一段落したところで、ティアが最後の理由を尋ねてくる。

まぁ、これが一番の理由なんだけどな。

 

「3つ目は、修羅場に巻き込まれたくないから。主にレミアさんとユエたち関連で」

 

見てみれば、桟橋の方でもう何度目かもわからないハジメを中心としたブリザードが発生している。

ハジメは毎回俺に助けを求めようとするのだが、これはハジメの問題なのだから俺はノータッチを貫いている。

一応、レミアさんにも控えるように言ったんだが・・・まぁ、俺たちがいないところで、ってのは守ってるし、別にいいか。

 

「そういうわけだから、もう少し釣りを続けよう。具体的には、桟橋が落ち着くまでだ」

「・・・そうね」

「・・・そうだな」

 

ティアとイズモの理解を得られたところで、俺は釣りを再開した。

ちなみに、多すぎる分は海に返したが、それを差し引いても大量に釣れた。今日一番の大物は、大きさが3mほどのマグロモドキだった。

異世界の海ってやべぇ。

 

 

* * *

 

 

この後、夕食前にハジメがミュウに明日出発することを明かした。

これにミュウは泣きそうになったが、ミュウが望むのであれば俺たちはミュウのパパやお兄ちゃんでいることを明言し、全部終わらせたら再び会いに行くと約束したことで、ミュウの表情に笑顔が戻った。

レミアさんに関しても、ユエがハジメが望むのであればそれでいいと言ったことで連れていくことが決定した。

そして、この日の夕飯は俺たちで釣った魚を使って豪華にし、みんなでワイワイと楽しんだ。

そして翌日、俺たちはミュウとレミアさんに見送られてエリセンを発った。




「ミュウ・・・」
「・・・ハジメさん、やっぱり落ち込んでますね」
「ミュウちゃんと別れたのが、やっぱり寂しかったのかな・・・」
「任せておけ。こういうこともあろうかと、簡単だがミュウの人形を用意した」
「む、むだに仕事の早い・・・でも、それで大丈夫なんですか?」
「それは、渡さなきゃわからないが・・・ほれ、ハジメ」
「・・・」(涙ブワッ)
「これでもいいんだ!」
「重症じゃねえか!」

ミュウの簡易人形を渡されて号泣したハジメに、そこはかとなく心配になるツルギたちの図。


~~~~~~~~~~~


え~、平成最後の投稿になりますが、前回の投稿で体調管理に気を付けるとか言っておきながら、盛大に風邪をこじらせました。
GWに合わせて実家に帰ったのですが、その時に頭痛や咳、痰に悩まされまして、その中でもなんとか大学のレポートを仕上げたりして、そこそこ遅くなってしまいました。
今ではだいぶ治ってきたので、大丈夫です。
あと、ミュウとの別れというかなり大事なシーンなのに、そこだけはしょっちゃってすみません。
最初は書こうと思っていたのですが、前半部分に、と思っていたところが予想以上に長くなったので、やむなくカットしました。


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それは聞いてない

エリセンを発った俺たちは、そのあとアンカジに向かった。なぜかと言われれば、香織が「オアシスの浄化をしたい」と言ったからだ。

俺としては新たな恩を売るという目論見がまったくないというわけではないが、どのみち道中だから特に反対することもなかった。

そして、オアシスを浄化したところでトラブルが起きた。

簡単に言えば、アンカジにいた聖教教会の司教が神殿騎士を連れてやってきて、俺たちに異端者認定が下されたと告げたのだ。

もちろん、思っていたより早かったとはいえ、これくらいは想定内だった。そもそも、俺に関してはいつ出されてもおかしくなかったわけだし。司教は神殿騎士100人を連れて調子に乗っていたので、とりあえず適当に返り討ちにしておこうと考えた。

だが、ここで予想外だったのが、俺たちが戦い始める前に領主も含めたアンカジの民たちが俺たちを守ろうと動き出したのだ。

もちろん、装備や実力からして神殿騎士たちの相手ではなかったのだが、数と気迫に押されて引き下がった。

領主であるランズィとしては俺たちと敵対しないようにするという考えもあったが、アンカジを救った俺たちに対しての感謝の気持ちもたしかにあったようだ。

ただ、ちょっと残念なのが、これがきっかけでエヒトへの不信が募るということはなくて、あくまで教会と敵対しただけというのが、少し残念だったりする。もしエヒトへの信仰がなくなれば、多少は戦力を削げると思ったんだが、そう上手くはいかないらしい。

それでも、農作物と土地も浄化した後は、アンカジの民総出で俺たちに歓迎され、予定よりも2日ほど長く滞在してしまったが、いい思い出だ。

パーティーの際にプレゼントされたベリーダンスで着るような衣装を身に付けたユエたちにハジメの目が一瞬野獣になったり、その視線を一瞬ティアとイズモに向けそうになったところで俺が殴り飛ばしたりしたが、些細なことだ。

ちなみに、それで味を占めたユエ、シア、ティオ、香織は一日中その格好で過ごし、逆にティアとイズモは普段は着ないように俺が言っておいた。さすがに無いとは思うが、念のためだ。

まぁ、俺たちだけの部屋の中ではドレスの方に着替えたが。ティアとイズモのドレス姿に目を奪われたのがばれていたようだ。

まぁ、そんなこんなでいろいろとあって、現在はブリーゼを走らせてホルアドを通る街道に差し掛かったところなのだが、

 

「んー?」

「ツルギ、どうしたの?」

 

俺が運転席に座って運転し、その隣にティア、向かい側にイズモが座っているのだが、俺はフロント越しにあるものを見つけた。

 

「あれ、なんか襲われてないか?」

「・・・ふむ、隊商が盗賊に襲われているようだな」

 

イズモの言う通り、隊商が盗賊に襲われている最中だった。

盗賊がおよそ40人に対して対象の護衛は15人ほどしかいないが、戦力は拮抗している。

その要因は、隊商の周囲に展開されている結界と、一人の冒険者らしき人物が見事な回復魔法で冒険者を癒しているからだろう。

だが、盗賊たちも長期戦になれば有利になるとわかっているようで、なかなか退こうとしない。

さて、俺たちはどうするか。

状況を伝えつつ、ハジメに尋ねる。

 

「ハジメ、どうする?」

『俺はべつにどっちでもいいが・・・』

『待って!ハジメ君!ツルギ君!お願いだから、彼らを助けて!もしかしたら、あそこに・・・』

 

そこに、香織が焦燥をにじませて救援を求めた。

それからのハジメの対応は早かった。

 

『ツルギ』

「あいよ」

 

俺もハジメの答えを察し、ブリーゼをさらに加速させた。

香織の事情はわからないが、ついさっき結界が解けてしまった。あまり話している時間はないだろう。

 

『・・・ハジメ君、ありがとう』

「一応、走らせてるのは俺なんだけどな・・・それよりも、どこかに掴まっておけ」

 

また俺の存在を忘れたことに若干辟易しながらも、手っ取り早く指示を出す。

ティアやユエたちはすぐに俺の意図を察したようで、すぐにそれぞれ車内のどこかに掴まった。

そこで、香織も一拍遅れて俺の意図を察する。

 

『あ、あの、ツルギ君?もしかして・・・』

「こっちの方が手っ取り早い」

『そ、それはそうかもしれないけど・・・』

「心配しなくても大丈夫だ、香織」

『な、なにが?』

 

香織はちゃんと掴まりながらも何やら戦々恐々としているが、俺にはちゃんとした根拠がある。

 

「この世界に道路交通法は存在しない」

『問題しかないよ!それって、法律がないなら好き勝手やってもいいてことでしょ!警察官の息子さんがそんなこと言っていいの!?』

「むしろ、警察官も道路交通法を守ってばかりじゃいられないしな」

 

スピード違反をしている車を見つけたとして、パトカーが規定速度で走って追いつけるわけがない。さっさと引き離されて終わりだ。

俺の場合、それにちょっと交通事故が加わるだけで、この世界ならなんの問題もない。ちゃんと正当防衛になるはずだ。

俺はそのままギミックを作動させ、ボンネット下部の両サイドと屋根からブレードを展開し、そのまま突っ込んだ。

賊はブリーゼに魔法を直撃させたが、それで壊れるわけもなく、そのまま賊を轢いていった。

ある者は両サイドのブレードに引き裂かれ、ある者はボンネットから屋根に乗り上げて切り裂かれ、ある者は車両の体当たりで骨や内臓も粉砕された。

運よく轢き殺されなかった賊は、俺が車内から賊を確認してカラドボルグで撃ち抜いていった。

この一交錯で、賊はほぼ半数になった。

残りの賊は、ブリーゼを反転させてから再び俺がカラドボルグで撃ち抜いて全滅させた。

護衛の冒険者とつば競り合っている賊も、冒険者に当たらないように気を付けて撃ちぬいた。

 

「うし、こんなもんだな」

「・・・出る幕がないわね」

「大迷宮を攻略するたびに、ツルギ殿が化けていくな・・・」

 

ティアとイズモがもう何回目かもわからない感想を呟く。

今回のメルジーネ海底遺跡攻略で、また俺の“天眼”が新たな派生技能も添えて強化された。

今の俺なら、時速100㎞の車内からでも通り過ぎる人の顔の1つ1つを見分けることができる。

新たな派生技能は、ぶっちゃけ実用的ではないが、十分破格の性能だ。

ちなみに、再生魔法自体の適性は一番は香織で、その次が俺、続いてティオとイズモ、ユエという感じだった。“自動再生”に頼りきりのユエは、やはりというか適性がそこまで高いわけではなかったが、詠唱を必要としないという点ではやはりアドバンテージがある。まぁ、それでも俺よりは下になるんだろうが。

 

「とりあえず、治療は任せたぞ」

「う、うん、わかった・・・」

 

ちょっと複雑な表情になりながらも、ブリーゼから降りた香織は複数人用の光系回復魔法“回天”を連続使用して、一気に冒険者たちを癒していった。

そして、香織がすべての冒険者の治療を終えたところで、一人のローブの人物がこちらに駆け寄ってきた。

 

「香織!」

「リリィ!やっぱりリリィなのね?」

 

その人物は、真っ先に香織に抱きついて、香織もそれに応える。

にしても、リリィ?どこかで聞いたような・・・

 

「香織、治療は終わったか?」

 

そこに、ハジメが香織に尋ねてくる。

 

「・・・南雲さんに、峯坂さんですね?お久しぶりです。雫達から貴方がたの生存は聞いていました。貴方がたの生き抜く強さに心から敬意を。本当によかった・・・」

 

フードの人物は、フードから金髪碧眼をのぞかせながら笑いかけた。

が、

 

「・・・っていうか、誰だ、お前?」

「へっ?」

 

ハジメの問い掛けに素っ頓狂な声をあげ、

 

「・・・・・・・・・・・・・・・あぁ、思い出した。ハイリヒ王国のお姫様か」

「え?」

 

俺の呟きに、「今更?」みたいな表情を向ける。

よく見て思い出した。

この人物こそが、ハイリヒ王国の王女であるリリアーナ・S・B・ハイリヒだ。

召喚された俺たちがお世話になる王国のお姫様として、俺たちとコミュニケーションをとった記憶がある。

ただ、俺がリリアーナ姫と話したのは1,2回くらいだし、その内容もとりとめのないことばかりで特に気にとどめることがなかったから、顔とかすっかり忘れていた。

そこに、ハジメが俺に小声で話しかけてきた。

 

「おい、ツルギ、知り合いか?」

「いや、ハジメ、お前も話したことがあるぞ。ほら、あれだ、ハイリヒ王国のお姫さんだ」

「・・・・・・あぁ」

「ぐすっ、忘れられたり、思い出すのに時間をかけられるのって、結構心に来るものなのですね、ぐすっ」

 

俺たちの反応に、姫さんが泣き崩れてしまった。そこに香織が慌ててフォローに入る。

 

「リリィー!泣かないで!ハジメ君と剣君はちょっと“アレ”なの!2人が“特殊”なだけで、リリィを忘れる人なんて“普通”はいないから!だから、ね?泣かないで?」

 

ただ、その慰めにだいぶ俺たちへの罵倒が入っていたが。

姫さんはと言えば、「いいえ、いいのです、香織。私が少し自惚れていたのです」などと健気なことを言っている。

ティアとイズモも、さすがに人の顔と名前を本気で忘れるのはいただけないようで、ちょっと責めるような視線を俺にむけてくる。

 

「ツルギ様!お久しぶりです!」

 

そこに、栗色の髪の少女が俺に話しかけてきた。なにやら、やたらと弾んだ声で。

一瞬誰かと思ったが、すぐに思い当たった。

 

「あぁ、アンナか。たしかに久しぶりだな」

 

アンナ・クリスティア。たしかにこの少女と俺は知り合いだ。

ティアも自分の知らないところで他の女と知り合っているとなって、俺に問いかけてきた。

 

「ツルギ。その子、誰なの?」

「簡単に言えば、俺の元使用人だ」

 

そこでティアたちに簡単に説明をした。

俺たち召喚者には、それぞれ1人ずつに世話役としてメイドさんや使用人があてがわれた。

俺に就くことになったのが、このアンナだ。

聞いた話では、アンナはもともと王族仕えの使用人であり、父親は国王の重臣の1人らしい。王族などの召使いにはそれなり以上の格が必要だという話を聞いた事があるが本当だったんだなぁ、とあの時は感心した。

そして、俺がハイリヒ王国から出て行く際に、ある意味で八重樫以上に迷惑をかけたであろう人物でもある。

なにせ、国王と教皇に矢を放った人物の使用人だ。風当たりが強くなるに決まっている。結局、あのまま別れの言葉も言わずに出て行ってしまったが、どうやら元気にやっていたようだ。

背後では、姫さんが「私のことは時間がかかったのに、使用人はすぐに思い出すなんて・・・」とさらに落ち込んでいるが、こればっかりは付き合いの差だと思う。

昼間は単独だったりハジメと行動することがほとんどだったが、朝と夜の鍛錬のときには傍に控えてタオルや軽食を用意してくれていたりと、姫さんよりも関わる機会が多かったから、自然と覚えただけだ。

 

「それにしても、突然出て行って悪かったな。別れの言葉くらいは言おうと思ったんだが、変に敵視されるわけにもいかなかったから、さっさと出て行っちまった」

「いえ、気にしないでください。そうやって私のことを気遣ってくださったのは嬉しいですし、私たちはツルギ様は必ず帰ってこられると信じておりましたから」

 

こういう感じで、王国にいたときから俺のことを慕って・・・ん?

ちょっと、不穏というか、気になるワードが出てきたんだが。

 

「・・・私()()?俺って、そんなに歓迎される立場じゃないはずだが・・・」

 

いや、ある意味歓迎されるだろう、敵意と殺意マシマシの神殿騎士と王国騎士に。

だが、アンナは「俺の帰還を心待ちにしている」みたいな言い方をしていた。俺って、そんないい意味での人気者ではないはずだが・・・。

するとアンナは、キョトンとした表情で、

 

「いえ、私たち“ツルギ様専属メイド会”は全員、ツルギ様の帰還を心待ちにしておりますよ?」

「ぶふぉあ!?」

 

ちょっと聞き入れがたい事実を突きつけられてしまった。

ていうか、“ツルギ様専属メイド会”?んなもん知らねぇぞ!?

だが、そのことで驚いている暇もない。

背後から両肩をガッ!!された。

振り向けば、絶対零度を纏うティアと闇の炎を立ち昇らせているイズモがいた。

 

「ツルギ?いつの間に他の女の子を誑かしていたの?ちょっと話を聞きたいのだけれど」

「ツルギ殿。まさか、狙っているのではないか?その辺りの話も聞きたいんだが」

「ちょっと待て。気持ちはわかるが俺も何のことかわからないから!それと狙ってもないし!むしろ俺の方が話を聞きたいんだが!!」

 

なにせ、そのような集まりというか組織があるなんて、少なくとも王都では聞いた事がない。

それに関しては、アンナが説明してくれた。

とりあえず、身も蓋もない言い方をすれば、「もともと召喚者に仕えていたメイドや使用人が中心となって、ツルギ様に仕えたい、もしくはツルギ様こそ主にふさわしいと考えているメイドや使用人が集まってできた会」とのこと。

もうちょっと詳しく説明すれば、“ツルギ様専属メイド会”のメンバーは、その全員が「天之河よりもツルギ様の方が勇者にふさわしい」と考えているらしい。そのうえで、俺に仕えることを望んでいる、と。

ついでに言えば、無能なりに努力していたハジメにも一定の理解はあるらしい。

とりあえず、ツッコミたいことが多すぎるから、1つずつ消化していこう。

まず、1つ目の質問、

 

「なんで天之河じゃないんだ?」

「あの勇者っぽいなにか様は無駄にキラキラしているのが気持ち悪いというのと、すぐに歯を見せて笑いかけるのが気持ち悪いのと、当然のように女性の身体に触ってくるのが気持ち悪いのと、その他諸々が気持ち悪いからです」

「あー、うん、とりあえず、それを他の人がいるところで言うなよ」

 

絶対に面倒なことになる。

ていうか、俺でも天之河をそこまでボロクソ言うつもりはないんだが・・・。

まさか、こんなところで天之河に同情することになるとは。

香織の方も、ちょっと遠い目をしている。今、アンナが言ったことはたしかに天之河の長所でもあり短所でもあるんだけど、そこまで言っちゃうのは・・・といったところか。

とりあえず、“ツルギ様専属メイド会”のメンバーのほとんどがアンチ天之河なことはわかった。

続いて、2つ目の質問、

 

「どうして、俺の方がふさわしいってなってるんだ?」

「私たちは、ツルギ様が自らの力に驕らず、ひたむきに鍛錬をされていたのを知っております。そして、あの能天気な勇者モドキと違って、ツルギ様は戦うことの意味を知っておられる様子でした。であればこそ、ツルギ様が兵を率いて戦うにふさわしいからです」

 

合間に挟まれる天之河ディスリは置いといて、とりあえずアンナの説明に納得しかけるが、ふと思ってしまった。

俺が鍛錬をしているときは、もちろん目の前のことばかりに集中するわけではない。いつ襲われても対処できるように、周囲に知覚の網を張り巡らしていたし、向けられる視線にも注意していた。

少なくとも、王都で鍛錬をしているときは傍にいるアンナ以外の気配を感じたことはなかったんだが・・・それでも、“ツルギ様専属メイド会”のメンバーは俺の鍛錬の様子を知っているという。

つまり、俺の感知範囲を見極めて様子を見ていたか、俺の技能抜きの感知をかいくぐって様子を見ていた、ということだ。

どこで身に付けたんだよ、そんなスキル。

どうやら、俺の知らない間にヤバめの人種が増えていたらしい。

・・・とりあえず、3つ目の質問。

 

「その・・・“ツルギ様専属メイド会”は、全部で何人いる?」

「およそ40人です」

 

40人・・・ということは、元クラスメイトの使用人の大半が所属していると考えてもいいだろう。

同時に、王宮にそれだけの数の俺の信奉者がいるってのは・・・複雑な気分だ。

いったい、俺が王宮に戻ったらどうなるのか・・・あまり考えたくない。

そして、最後の質問だ。

 

「なにか問題とか起こったりしなかったのか?一歩間違えたら、異端認定されそうな気もするが・・・」

「その心配は大丈夫です。私たちの活動はツルギ様の居場所を確保することであり、表立って活動することは少ないですから。それに、国王陛下や教皇様に矢を放ったのも、ハジメ様を助けに行くためだと理解しておりましたから」

 

それを聞いて、安心した。

異端者認定された俺を慕っているというだけでも、まとめて異端認定されるには十分な理由だ。それ以前に、俺が国王と教皇に矢を放っているという時点で、これがばれれば王都から追い出される可能性も十分あった。

そのような大きな問題がなかったというのは、俺としてもホッと・・・

 

「あぁ、でも、“ソウルシスターズ”と名乗る組織と小競り合いを起こしたことはありましたね。その時は、クゼリー様にすぐに取り押さえられましたが」

「がはっ!!」

「ツルギ!?」

 

それを聞いて、俺は吐血してしまった。一瞬のうちに溜まったストレスによって。

とりあえず、キリキリと痛みだした胃は自分の回復魔法で癒す。

 

「? ツルギ様は、その組織のことを知っておられるのですか?」

「・・・直接の面識はないが、心当たりはある」

 

それは、日本にも存在した組織というか、集団だ。

義妹結社(ソウルシスターズ)”。簡単に言えば、八重樫を信奉する集団だ。

八重樫を“お姉さま”と呼んで慕い、自らを“義妹(ソウルシスター)”と呼んですべてをささげようとする、ある意味で言えば変態の集りだ。

厄介なところは、八重樫の世話焼きな性格から生まれた存在であり、本人たちにあくまで悪意らしい悪意はないこと。Gのように無限増殖すること。そして、八重樫に近づく異性の存在を決して許容しないことだ。

八重樫に近づく男を排除するためなら、場所や年齢など関係なく集まる狂気の集団でもあるのだ。

俺も、1回だけだが襲われたことがある。

ハジメ関連で八重樫や香織と会う頻度が多くなった俺だが、それでなにやら勘違いした“義妹”どもが数の暴力で襲い掛かってきたのだ。

その時は、陰湿ないたずらの全てをそっくりそのままお返しして、最後は八重樫による説明と折檻によって落ち着いたのだが、そう言えばその翌日に八重樫から「なんか知らない女の子が数人やってきて手伝ってくれたのだけど、なにか心当たりはない?」と聞かれた。

その時は首を横に振ったが、今ならはっきりとその正体がわかる。

おそらく、というか確実に、俺の知らない間に発足されていた俺のファンクラブだ。

・・・日本に戻ったら、きちんと調べておこう。

それと、今回の暴走はおそらく俺が八重樫に“黒鉄”をプレゼントしたことが原因だろう。それで“義妹結社”が変な勘違いをし、その矛先が俺を信奉している“ツルギ様専属メイド会”に向けられた、というところか。

これに関しても、とりあえず八重樫と話し合う必要があるな。

とりあえず、気になることは全部聞いた。

その上での、ティアとイズモの反応は、

 

「・・・ツルギ、あとで()()しましょう?」

「今夜は、すぐに寝れるとは思わないことだ」

 

有罪判決だった。イズモも加わる分、今までより大変なことになるだろう。

とりあえず、商人と話し終えて別れを済ませながらも「私、空気・・・王女なのに・・・」と泣きべそをかいている姫さんをちらっと確認してから、本題を尋ねる。

別に、俺の援護をまったくしてくれなかった姫さんやハジメたちに対して怒ったりはしないが、それでもハジメあたりが俺にニヤニヤ笑っているのを“風球”で撃ち抜いてから、本題に入る。

 

「それで、どうして姫さんがここにいるんだ?まさか、王都で何かあったのか?」

 

俺がそう尋ねたところで、本来の目的を思い出したらしく、ハッとして俺たちに向き直った。

そこで姫さんから告げられたことは、俺たちをしてもなかなか衝撃的なことだった。




「・・・ふむ」
「・・・ハジメ?」
「ハジメ君?何を考えているのかな?かな?」
「いや、なんでもない」

メイドと話し合う剣を見て、なにやら考えるハジメとそれを追及するユエと香織の図。


~~~~~~~~~~~


はい、というわけで、3人目のオリヒロです。
なにやらティアの侍女を予想していた方がいらっしゃいましたが、本編でもあまり出てくる機会がなかった召喚者就きの使用人にしました。
そして、ソウルシスターズと肩を並べる組織も新たに作りました。
無限増殖するソウルシスターと張り合えるくらいには強い組織です。
これで、ツルギの修羅場はさらに加速した!


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救出と王都侵攻

「愛子さんが・・・さらわれました」

 

それが、姫さんから告げられた情報だった。

姫さんの話を要約すると、だいたいはこんな感じだった。

最近、王宮内の空気がおかしく、姫さんは違和感を覚えていたという。

父親であるエリヒド国王が今まで以上に聖教教会に傾倒し、熱に浮かされたようにエヒトを崇め、それに感化されたように宰相や重臣たちも信仰心を強めていったらしい。

さらに、王宮内で生気や覇気のない兵士や騎士たちが増えていったという。受け答えはするものの、どこか機械的というか、病気にでもかかっているかのような様子だったと。

そのことをメルドさんに相談しようにも、クラスメイトの訓練に顔を見せては、忙しそうにすぐどこかに行ってしまったという。結局、姫さんは一度もメルドさんを捕まえることができなかったそうだ。

そうこうしているうちに、愛ちゃん先生たちが王都に帰還し、ウルの町の詳細が報告されたという。その席には、姫さんとアンナ、アンナの父親も同席したらしい。

だが、そこで俺とハジメの異端者認定が強行採決された。ウルの町の功績も、“豊穣の女神”である愛ちゃん先生の異議・意見もすべて無視して、だ。

このありえない決定に姫さんとアンナは猛抗議したが、まるで強迫観念に駆られたように決定を変えようとせず、次第にそれぞれの父親から「信仰心が足りない」などと言われ、挙句に敵を見るような目で見始めたという。

恐ろしくなった姫さんとなにかがおかしいと感じたアンナは、その場では咄嗟に理解した振りをし、会議が終わった後に愛ちゃん先生に話しかけた。

そこで、愛ちゃん先生からハジメが奈落の底で知ったことや俺たちの旅の目的を夕食時に生徒たちに話すので、そこに同席してほしいと頼まれた。

その後、2人は愛ちゃん先生の部屋から出て、夕食時になって食事をとる部屋に向かう途中で、愛ちゃん先生と何者かが言い争う声が聞こえ、何事かと壁を覗き見たところ、愛ちゃん先生が銀髪の教会修道服を着た女に気絶させられ担がれていたらしい。

2人はその銀髪の女に底知れぬ恐怖を感じ、すぐそばの客室にあった王族しか知らない隠し通路に身を隠した。本来ならアンナにこれの存在を知られるわけにはいかないようなのだが、緊急事態ということで気にしないことにしたようだ。

そして、その銀髪の女が異変の黒幕か、もしくは黒幕とつながりがあると考えて、誰かに伝えなければと思ったらしい。

とはいえ、愛ちゃん先生が待伏せされていたことから生徒は見張られているだろうし、肝心のメルドさんは行方不明のまま。

であれば、唯一王都にいなかった香織と、その傍にいる俺とハジメにこのことを伝えようと、アンカジ公国に向かった、ということだ。

 

「私は・・・今は、教会が怖い・・・一体、何が起きているのでしょう・・・あの銀髪の修道女は・・・お父様達は・・・」

 

そう言う姫さんは、自分の身体を抱きしめて恐怖に震えており、姫さんの後ろに控えているアンナも深刻そうな表情でうつむいている。

・・・銀髪の修道女、か。これは、もしかしなくてもだが・・・一応、確認しておくか。

 

「アンナ。お前もその銀髪の女を見たのか?」

「は、はい」

「それは、だいたいいつ頃だ?」

「えっと、たしか3日ほど前ですが・・・」

「そうか。ちょっと確かめたいことがある。じっとしててくれ」

「え?あ、はい。わかりました・・・」

 

俺はアンナが素直に言うことを聞いてジッとしたのを確認してから、アンナの瞳を覗き込んだ。

そして、

 

「“過去視”」

 

メルジーネ海底遺跡で得た新たな力を使用した。

“過去視”。言葉通り、対象の人物や場所から過去を見る、シアの“未来視”とは真逆の力だ。

さかのぼる時間に比例して消費魔力は増えていくが、未来と違って確定された事象を読み取る性質からか魔力消費は少なく、3日くらいなら問題なく遡れる。

どんどん遡っていくと、愛ちゃん先生が攫われているシーンになった。

そこで、愛ちゃん先生を担ぐ銀髪の女の正体を確認する。

 

「・・・やっぱりか」

「ツルギ、まさかとは思うが」

「あぁ、ハジメの思っている通りだ。どうやら、本格的に動き出したようだな」

 

姫さんとアンナにはまだ伝えないために言葉は伏せたが、間違いなく、あれは本物の神の使徒だった。

おそらく、愛ちゃん先生が攫われた理由もこのあたりだろう。

愛ちゃん先生がこの世界の神の真実を話すことは神とやらにとって都合が悪いことだから、その前に攫ったということか。

こうなった責任は、神の真実を愛ちゃん先生に話したハジメと、それを容認した俺にある。

だが、俺は判断をハジメに委ねる。

こうなった以上、以前までのハジメなら、知ったことではないと切り捨て、早急にこの世界からの脱出方法を探そうとするだろう。

だが、愛ちゃん先生と話した、今のハジメなら・・・

 

「・・・とりあえず、先生を助けに行くとするか」

 

やっぱり、そう言うと思った。

今のハジメは、容赦がないのは変わらないが、それでも情がないわけではない。

であれば、自分の“恩師”である愛ちゃん先生を、必ず助けに行くと思っていた。

 

「勘違いしないでくれ。王国のためじゃない。先生のためだ。あの人が攫われたのは俺が原因でもあるし、放って置くわけにはいかない・・・まぁ、先生を助ける過程で、その異変の原因が立ちはだかればぶっ飛ばすけどな」

 

そして、ツンデレに聞こえなくもない台詞も忘れない。もちろん、ツンデレではなく、本当にそう思っているのだが。

それでも、姫さんは笑みをこぼしていたし、香織も満足そうに微笑んでいる。

 

「ツルギ様もよろしいのですか?」

 

そこに、アンナからも声をかけられる。

 

「正直、個人的には行きたくない部分もあるんだが・・・ハジメの決めたことなら、あえて反対なんてしたりしないさ。それに、どのみち行く予定があったんだ。多少順番が前後するくらいなら、どうってことはない」

 

元々、“神山”に迷宮攻略をしに行くつもりだった。であれば、ハルツィナ樹海の前にこっちを片づけるのも悪くはないだろう。

 

「とりあえず、そういうことなら早く向かうか。攫われたというならすぐに殺されることもないんだろうが、嫌な予感がする。早く行くに越したことはない」

「あぁ、そうだな。詳しいことはブリーゼの中で話すか」

 

ハジメも俺と同意見のようで、さっさとブリーゼに乗り込む。

その時のハジメの顔が、いつもの野獣のような獰猛な笑みを浮かべていたことから、こっちの心配はいらないだろう。

・・・今回の件、本当に嫌な予感がする。

国王の変化はほぼあの神の使徒のせいだろうが、二つ目の問題である、生気や覇気のない兵士や騎士の話。

一応、俺が要注意のマークをしているクラスメイトの1人なら可能性があるが・・・いや、考えすぎか。さすがにチートスペックを持っている召喚者組であっても、()()()()()()()()()()を用意できるとは思わない。それは、もはや神代魔法の域だ。

おそらく、そちらも神の使徒がテコ入れしているんだろう。

ついでに考えれば、そいつが檜山に入れ知恵したりして操り人形にしているんだろうが、あの檜山でもただの死体で満足するとは思えない。

香織もいかせるのは些か不安が残るが・・・それを言ったところで、香織は止まらないだろう。

だったら、俺にできるのは香織を信じることだけだ。

だが、もしものことがあったら・・・その時は、俺が責任をとろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、南雲さんに、峯坂さんも、私のことは“姫さん”ではなく“リリィ”と・・・」

「「断る」」

「・・・ぐすっ、わたし、王女なのにぃ・・・」

 

 

* * *

 

 

とりあえずハイリヒ王国の王都についた俺たちは、3手に分かれた。

1つ目は、愛ちゃん先生を助けに行く班。こちらは、場所が敵の本陣ということもあって、騒ぎを起こしにくくするためにもハジメ1人に行かせた。例の神の使徒がいるかもしれないが、さすがになんとかなるだろう。

2つ目は、王宮の中に入って安全を確保する班。べつに、今回の件では天之河たちの安否や合流は重要ではないのだが、愛ちゃん先生を確保したあとの安全は確保しておきたかったことと、王都に残されて暇をしていたということから、姫さんにユエ、シア、香織、アンナがついていっている。

まぁ、俺の方も万が一のために行くように言ったわけだが。

最後が、さらに万が一のために王都に残って状況確認をする班だ。これには、俺、ティオ、ティア、イズモがあたっている。

とはいえ、こっちの万が一は俺からすればほぼ確定のようなものだ。だから、こっちにも十分な戦力を残した。

今、俺たちは時計塔の上で待機している。

 

「・・・さて、どうなることやら」

「? どうって?」

 

俺が思わずこぼしてしまったつぶやきに、ティアが反応する。

 

「今回の件、いろいろと不確定要素が多すぎるからな。正直、俺でもどうなるかわからない。もっと言えば、これでよかったのかすら、今になって自信が持てない。だが・・・そのことで悩む暇もない」

 

俺がそう言った、次の瞬間、

 

ズドォオオン!!

パキャァアアン!!

 

外敵から王都を守る3つの大結界の1つが破壊された。

 

「やっぱり来たか」

「やはり、というと、ツルギ殿はこれを予測していたのか?」

 

イズモの質問に、俺は頷く。

 

「ここ最近、魔人族がやたらと活発的になっていたからな。近々、でかい戦争をやらかすとは予想していた。そして、狂った神の話と、神の使徒が動き出した事実。そろそろ来るだろうとは思っていたが、こうもドンピシャとはな・・・いや、むしろ狙ってたのか?」

 

おそらく、魔人族側の神であるアルヴの神託によって始めたものだろう。

俺の呟きも、遠目だがフリードが使役していた白竜の姿を確認したからだ。だが、フリード自身はいない。まだ、どこかに身を潜めているのか。

そうこうしている内に、2枚目の結界も破壊された。

残る結界は、あと1枚だ。

 

「にしても、王都を守る結界にしては、ずいぶんと脆いな。王都の前に突然現れたことと言い、内通者でもいたのか・・・まぁ、それはさておき、ユエたちにも連絡をいれておくか」

 

そう言いながら、俺は念話石でユエたちに話しかける。

 

「ユエ、聞こえるか?俺だが、状況を説明した方がいいか?」

『ん・・・お願い』

 

ユエの返事を受けて、俺は手短に状況を説明する。

とりあえず、説明した上でのユエたちの反応は、

 

『・・・とりあえず、ハジメを傷つけた白竜使いは泣くまでボコる』

『そうですね、泣いて謝ってもボコり続けましょう』

 

とても暴力的なものだった。何気に、ユエよりもシアの方が過激だ。

 

『・・・そういうわけだから、そっちに向かう。だから待ってて』

『時間はそうかけません。では、そういうことなので』

 

そう言って、ユエとシアは念話石の通信を切った。

 

「・・・一応、万が一のために残っておいてほしかったんだが・・・変にフラストレーションを溜められるよりかはマシか」

 

2人が目の敵にしているフリードも俺たちにとっては敵だが、せめて原型が残っていることを祈ろう。

さて、フリードもそうだが、

 

「・・・ここまでの軍勢だ。十中八九、リヒトもいるだろう」

 

俺の言葉に、ティアはわずかに肩を震わせた。

俺はそれを認識しながらも、あえて強い口調で尋ねる。

 

「ティア、答えはもう出たか?」

「・・・えぇ」

 

わずかな沈黙のあと、ティアは力強くうなずいた。その眼に、もう迷いはない。

これなら、大丈夫だろう。

 

「・・・ツルギ、あいつ、見つけた?」

「ツルギさん、あのふざけた事してくれた人は何処ですか?」

 

すると、ユエとティアが降り立った。本当に全速力で来たようだ。

ただ、殺意マシマシなのがちょっと怖い。

 

「・・・別に怒りはしないけどな、ちょっと姫さんが不憫だぞ。『皆さんが一緒に来てくれて心強いです!』とか言ってたじゃん」

「・・・細かいこと」

「小さいことです」

 

興味のない相手には実にドライな反応。この辺りが、ハジメの影響が強いんだろうなと思う。

 

『おい!ティオ!今すぐこっちに来てくれ!』

「ぬおっ!ご主人様?どうしたのじゃ?」

 

そこに、突然ハジメから切羽詰まった念話石の通信が入った。

 

『ヤバイのが出てきた。先生を預かって欲しい。抱えたままじゃ全力が出せねぇ』

「!? 相分かった!すぐに向かうのじゃ!」

 

どうやら、相当やばい相手が出たらしい。おそらく、神の使徒あたりか。さすがに雑魚なんてことはないと思っていたが、まさかハジメをして本気を出さなきゃ厳しいほどだとは。

だが、逆に言えば本気を出せる状況ならなんとかなるだろう。

そのためにティオがハジメの下に向かったのだから、ハジメの心配は無用だ。

なら、

 

「ユエとシアはフリードの方を探してくれ。俺とティア、イズモでリヒトを探す。見つけたら、各個撃破で」

「・・・言われなくとも」

「はい、こっちは任せてください」

「・・・一応、ほどほどにな」

 

敵とはいえ、ティアの身内だ。せめて遺体くらいは残しておいてほしい。

 

「じゃあ、こっちはリヒトを探すか。つっても、だいたいの位置はもうわかっているけどな。城壁の外だ。一気にいくぞ」

「わかったわ」

「わかった」

 

そう言って、俺を先頭にティアとイズモもついてきた。

ここからは、ガチの戦争だ。




「じゃあ、ツルギ。()()()()しましょうか」
「きちんと、詳しく話してもらうからな」
「・・・うす」

この後、こってり1時間くらい説教された。

「それで、ツルギ様はですね!」
「あー、おう、言いたいことはわかったから、それくらいにしておいてくれ」
「・・・私、王女なのに・・・」

その間、アンナはツルギの何たるかをハジメたちに熱弁した。


~~~~~~~~~~~


今回は短めに仕上げました。
こっから先を書こうと思ったら、そこそこ長くなりそうだったのと、中途半端になりそうだったので。


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ティアの道と戦い

俺たちは屋根伝いにリヒトのいるであろう場所に向かっているが、下を見るとそれなりの数の人間が王都からの脱出を試みており、それを警邏隊が押しとどめる。王宮の方には、すでにかなりの数の人間が避難しようと門の前に集まっていたが、まだ騒ぎとしては小さい方だろう。

それでも、これから暴徒が出てこないとも限らない。俺たちが別れる前には、すでに最後の結界は割られており、城壁が攻撃されている音が聞こえてくる。

 

「ハジメとかなら全部サクッと無視するんだろうが、できれば敵味方が入り乱れた乱戦は避けたいな」

「そうだな。もし民間人を殺してしまえば、後で何を言われるかわからん」

 

イズモの言う通り、この後は“神山”の攻略が控えており、ここで物資の調達やら宿泊やらするつもりだから、なるべく恩を売りつつ、敵意を持たれないようにしたい。

とりあえず、今はさっさとリヒトを見つけたいのだが、

 

クェエエエエエ!!

 

さすがに何もなくたどり着くわけもなく、体長が3,4mほどの黒い鷲のような魔物が4体、俺たちを囲むように襲い掛かってきた。

それに対し俺は、

 

ドパパパパン!!

 

マスケット銃を生成し、黒鷲の頭を撃ちぬいた。

周りを見渡せば、いつの間にか俺たちを包囲するように飛行型の魔物が旋回しており、その3分の1ほどに魔人族の兵士が乗っている。

 

「ティア、イズモ、今は雑魚は無視だ。さっさとリヒトのところに向かう」

「・・・わかったわ」

 

ティアは、わずかに感情を押し殺すようにうなずいた。

ティアにとって、相手は同族だ。

だが、ここでためらうわけにはいかないとわかっているのだろう。

・・・ティアに決断を迫ったのは俺だ。なら、できるかぎり支えてやろう。

 

「一気にリヒトのところに向かう。ついてこい!」

 

そう言って、俺は勢いよく駆け出した。

同時に、両手にマスケット銃を持ち、体をひねって狙いをつける。

引き金を引けば、放たれた銃弾が魔物や魔人族の頭を撃ちぬき、絶命させる。

だが俺は、それを確認する暇もなく魔物や魔人族の位置を瞬時に確認し、同じように引き金を引く。

こうすれば、ティア自身が殺すよりかは精神的に楽になるだろう。

 

「・・・ありがとう、ツルギ」

 

ティアも俺の気遣いに気づいたようで、小さく礼を言った。

俺はこれに苦笑で応え、気にしないようにさせる。

そうしている内に、城壁が近づいてきた。

リヒトを探すのなら、城壁の上から確認してもいいが、

 

「ティア、イズモ、“界穿”で城壁の向こうに出るぞ。俺が開くから、飛び込んでくれ」

「わかったわ」

「わかった」

 

あえて、“界穿”で直接、城壁の裏側に出る。これで、魔人族に不意打ちをしかける。

 

「“界穿”!!」

 

俺は“界穿”を唱え、空間移動のゲートを出現させた。そこに飛び込めば、ちょうど魔人族や魔物が城壁を破壊しようと攻撃している上空に出る。

その中心に、俺は重力魔法によって勢いを増しつつ着地した。

そうすることで着地点を中心にクレーターと衝撃波が発生し、近くの魔物や魔人族を吹き飛ばす。

 

「な、何者だ!」

「まさか、王国の騎士か!」

「敵襲!敵襲!」

 

突然の襲撃に魔人族は戸惑いながらも素早く対応するが、混乱しているせいか動きが鈍い。

その隙をついて、俺は白黒の双剣を6本生成し、投擲する。投擲した双剣は、正確に魔人族の喉を切り裂き、絶命させる。

それを確認したところで、ちらっとティアに目を向けた。

ティアは、つらそうに歯を食いしばりながらも、その拳を振るって魔人族を吹き飛ばし、または砕いていく。とりあえず、今はまだ大丈夫なようだ。

イズモも“黒炎”を放って魔人族を焼き尽くしているし、このままリヒトを探すか。

そう思った次の瞬間、背後から殺気を感じた。

振り返る暇もなく、体をひねって体勢を低くすると、俺の頭があった位置に勢いよく拳が突き出された。

相手はさらに蹴りを放とうとするが、その前に体をひねった勢いを利用して、その場から片手でバク転して離れる。

もうちょっと時間がかかるかと思っていたが、思ったより早かったな。

 

「そこまでだ、ティア、峯坂ツルギ」

「へぇ、俺の名前を覚えていたんだな、リヒト」

 

そこには、足を振りぬいた状態で立っているリヒトがいた。

以前に会ったときよりも、すさまじい気配を放っている。

 

「父さん・・・」

「こやつが・・・」

 

リヒトを見つけて、ティアの声がわずかに震えた。イズモも、初めて見た俺とティアの敵に鋭い視線を向ける。

 

「リヒト様!ティアとは、まさか・・・」

「あぁ、私の娘だ。人間族の姿に変装しているようだがな」

 

魔人族の方は、リヒトがティアの正体を話したことで少なからず動揺が走ったようだが、すぐに敵を見るような眼差しを向ける。

 

「さて、ティアよ。改めて聞こう。お前は、このまま我々を、アルヴ様を裏切って人間族につくのか?それとも、今からでも我々の下に戻ってくるか?」

 

リヒトが、グリューエン大火山のときと同じような質問をする。

対するティアの答えは、すでに定まっていたようが、その前に質問をする。

 

「・・・その前に、父さん、1つだけ聞かせて。やっぱり、同胞が平和に暮らせる世界を作るっていう考えは、もうないの?」

 

これに対し、リヒトは、

 

「言ったであろう。アルヴ様が治める世界こそ、私の理想だと」

「・・・そう」

 

これを聞いたティアは、もう迷わなかった。

そして、答えを出す。

 

「・・・私は、人間族の味方じゃない。それでも、この戦争を終わらせるために、私は父さんと、魔人族と戦う!他の誰でもない、1人の魔人族の“ティア”として!!」

 

そう叫んだティアは、変装のアーティファクトであるピアスを破壊した。

当然、アーティファクトは効力を失い浅黒い肌に短くとがった耳を持つ、魔人族の姿であるティアが現れた。

そして、戦意をみなぎらせて魔力を身に纏う。

このティアの宣言に、周りの魔人族の兵士は本格的にティアに殺気と敵意と向ける。

そして、リヒトは、

 

「・・・そうか」

 

それだけ言った。

だが、俺の見間違いでなければ、本当に、本当にわずかだが、口角が吊り上がったようにも見えた。

だが、それも一瞬、

 

「ならば、私の敵として、全力で屠らせてもらう」

 

そう言って、再び拳を構えた。

ティアも、リヒトとやる気満々だ。

だが、ここはティアには引き下がってもらおう。

 

「それで十分だ、ティア。リヒトは、俺がやるから、2人は他の魔人族を頼む」

「ツルギ?」

「曲がりなりにも人様の娘を奪うわけだから、最低限の礼儀はわきまえるさ。それに、俺も負けっぱなしは性に合わない」

 

そう言って俺は一歩前に進み、リヒトと相対する。

リヒトも、俺の姿を見て前に出てきた。

 

「ふん。あの時の私は天運に助けられたが、お前に勝つために、私も強くなったのだ。これが、私が新たに得た力だ!!」

 

そう言ってリヒトは全身を力み、魔力をみなぎらせる。その魔力量は、以前の比ではない。

 

「オオオォォォォォ!!!」

 

リヒトはさらに雄叫びをあげ、同時に体に鱗が出現し、鋭い牙や角も生やした。

これは、あの時にもやった“天魔転変”だろう。リヒトの言うように、使用する魔石を強化したのだろう。あの時よりも鋭くなっている。

だが、それに加えて、根本的な魔力量も増大しており、“看破”を使用すれば、他の地のステータスも上昇していることがわかった。さらに言えば、先ほどの“天魔転変”では詠唱も魔法陣も確認できなかった。

これは・・・そうか。

 

「・・・なるほどな、お前自身にも魔石を埋め込んだのか」

「そうだ。我が身を魔物に堕とすことになるが、お前に打ち勝つためなら受け入れよう」

 

俺に勝つための改造として、ティアにやったのと同じように、自分の身体に魔石を埋め込んだのだ。それも、ティアのものより質の高いものを。

ステータスだけで見れば、強化したシアと同じくらいになっている。おそらく、“魔力操作”による身体能力強化も含めれば、さらに上がるはずだ。

俺でも、相手取るにはキツイレベルだ。

・・・()()()()()()()

 

「ツルギ。やっぱり、私も・・・」

 

リヒトの強化を目の当たりにして、ティアが心配そうに声をかけてくるが、それは杞憂だ。

 

「なに、心配するな、ティア。俺なら大丈夫だ」

「でも・・・」

「それにな、今回は少し()()()()()。正直、ティアが近くにいると巻き添えになりかねない」

「あ・・・うん、わかったわ」

 

それで、ティアも俺の()()()()を思い出したらしい。すぐに頷いて、この場を離れた。

 

「ツルギ殿、ここは任せてくれ」

「おう。イズモも気を付けてな」

「あぁ」

 

続いて、イズモもティアに続いて離脱していった。

 

「ほう?貴様1人だけ残るのか。だが、私とこの軍勢を相手に、どこまで戦えるかな?」

「はっ、何を言ってるんだ?お前だけならともかく、雑兵が群れたところで俺は倒せねぇぞ」

 

リヒトの問い掛けに挑発で返し、俺も新たな力を行使する。

 

「“魔導外装”、展開」

 

俺は呪文を呟き、背後に半径1mほどの魔法陣を展開し、

 

接続(コネクト)

 

自分の身体の中に流れる魔力とつなげた。

次の瞬間、魔法陣が光を放ち始め、ゆっくりと回転し始める。

 

「貴様、それは・・・」

「まぁ、俺だって自分の短所はわかってたんだ。直す機会がなかっただけで。だが、そうも言ってられなくなったからな。これが、俺の答えだ」

 

俺の短所。それは、純粋なステータスとノータイムで放てる高火力攻撃だ。

俺にはハジメやシア、ティアのような圧倒的ステータスを持っていなければ、ユエのように息をするように高火力の攻撃を放つことができない。

持ち前の技術と才能でハジメたちとの身体能力の差を埋めているが、それでも押し切られてしまうことが多い。

“ゲイボルグ”と“ラグナロク”も俺の攻撃手段の中でも高い火力を持つが、“ゲイボルグ”はもともと水中戦と貫通力を重視したものだから陸上での効果は半減するし、“ラグナロク”は放つのにかなり長い溜めがいるのと範囲が広すぎるのがあって使い勝手が悪い。

だから俺は、圧倒的な身体能力と、ノータイムで放てる高火力の攻撃を実現できるようにした。

それが、この“魔導外装”。

この魔法陣には、神代魔法を含めたすべての魔法を、効果を増幅して扱えるように組んである。さらに、“魔力操作”による身体能力の向上の幅も上がる。

つまり、この“魔導外装”を展開している限り、俺はハジメやユエたちに近いステータスを得ることができる。

余談だが、魔法陣を直接俺の魔力の回路につなげているせいか、“魔導外装”を繋げている間は目が赤くなっているらしい。鏡で見たらマジだった。

 

「・・・お前たち、下がっていろ」

「リヒト様?」

「お前たちには、手に余る相手だ」

 

リヒトも俺の実力を再認識したからか、部下を下がらせる。

だが、俺としてもただで下がらせるわけにはいかない。

 

「悪いが、周りを楽にさせるためにも、このまま素直には引き下がらせないぞ・・・“月詠(ツクヨミ)”」

 

俺は、魔法を唱えて魔法陣を輝かせる。

次の瞬間、

 

「グルゥアアァァァ!!」

「グゥオオォォォ!!」

「ぎゃあ!?」

「な、魔物が!?」

 

魔人族の使役していた魔物が、魔人族に襲い掛かった。ある者は狼の魔物の牙で噛み千切られ、またある者はサイクロプス型の魔物の剛腕で吹き飛ばされる。

 

「・・・貴様、何をした」

「なに、簡単な洗脳だ。あのバカにできて、俺にできない道理はないからな」

 

光・闇複合魔法“月詠”。闇魔法による洗脳を、魔法陣から放つ光で拡散させる魔法だ。これによって、一度に複数・広範囲を洗脳できる。

さすがに、人間みたいな意思のはっきりしている相手は厳しいし、さすがにこの数のすべてを操るのは難しいが、敵と味方を誤認させるくらいなら簡単だ。

 

「とりあえず、まずは周囲の数千ほどを暴れさせた。これで、他も楽になるだろ」

「・・・やはり、お前は放っておけない存在だ。ここで確実に叩き潰す」

「できるものならやってみろ・・・“天叢雲(アマノムラクモ)”」

 

俺は再び魔法を唱え、両手に鉄扇を生成し、重力に質量を持たせて形成した剣“天叢雲”を展開して、戦闘態勢をとった。

それを見たリヒトも、魔力をみなぎらせて拳を構える。

 

「行くぞ、我が敵よ」

「来い、ぶっ潰してやるよ」

 

俺とリヒトは同時に飛び出し、周りに衝撃波をまき散らすほどの衝撃で激突した。

 

 

* * *

 

 

「きゃあ!?」

「ぬあ!?」

 

ツルギとリヒトが衝突した頃、ティアとイズモはそれなりに離れているにも関わらず、大地を揺るがすほどのすさまじい衝撃波に短く悲鳴をあげた。

 

「・・・これ、もしかしてツルギと父さん?」

「それしかないな。まさか、ここまで強烈な激突になるとは・・・」

 

ティアとイズモは、改めてツルギの言った「羽目を外す」という意味を理解した。

たしかに、やっていることの規模はハジメやユエとなんら変わりない。あのままツルギのそばにいれば、確実に巻き添えを喰らっていただろう。

 

「これなら、ツルギ殿の方は心配ないだろう」

「そうね。なら、私たちは・・・」

 

そう言って、ティアは視線を前に向けた。

今、ティアとイズモの周りには多数の魔物とそれを率いる魔人族で囲まれていた。

ツルギが“月詠”で数千の魔物を魔人族に襲わせたとはいえ、全体と比べればまだまだ少ない。

今、ティアとイズモを囲っている魔物は、“月詠”の効果範囲外にいたのだろう。かなりの数がいる。

 

「・・・ティア様。これが最後です。本当に、我々と戦うのですか?」

 

2人を囲んでいる魔人族の中の隊長格の1人が、ティアにそう尋ねた。

おそらく、まだティアが自分たちの敵だと認めたくないのだろう。

これに対し、ティアの答えはもう定まっていた。

 

「私は、この戦争を止めるために戦う」

「・・・そうですか、残念です」

 

それを聞いた魔人族はため息をつき、

 

「同胞よ!ティア様は、いや、ティアは我々の神敵となった!容赦はするな!裏切者を我らの手で殺すのだ!」

「「「「「「オオオォォォォォ!!!」」」」」」

 

この隊長の号令を受けた兵士たちは、雄たけびをあげてティアたちに突撃し、詠唱を始める。

それは、メルジーネ海底遺跡で見た光景とも似ていた。

 

「ティアよ」

「わかっているわ、イズモ」

 

ティアは、今までの苦悩を欠片ほども見せずに、力強くうなずき、真っすぐに敵陣のど真ん中に突っ込んだ。

 

「吼えろ、フェンリル」

 

そして、今まで使うことがなかった機能を使用するために、鎖を解くための言葉を紡ぐ。

すると、フェンリルに埋め込まれた神結晶が赤・青・茶色・緑・白・黒に輝き始めた。

これが、フェンリルに備わっている属性魔法を起動させている合図だ。

 

「“飛焔”!」

 

ティアは、向かってくる魔人族と激突する瞬間に、拳から巨大な炎の塊を突き出し、相手にぶつけた。

これをまともにくらった魔人族は、業火に燃やし尽くされていく。

後に控えていた魔人族が隙を見て飛び掛かるが、

 

「“風爪”!」

 

風による刃を形成し、飛び掛かってきた魔人族を引き裂いた。

後方の魔術師部隊が、ティアを狙い撃ちにしようと詠唱を始めるが、

 

「“氷嵐槍”!」

 

ティアの突き出した拳から大量の氷の槍が射出され、魔術師部隊を壊滅させる。

その隙を突いて背後から魔物が襲い掛かるが、

 

「“土壁”!」

 

地面を思い切り踏みつけ、土による壁を出現させた。これにより魔物の攻撃は阻まれ、運悪く土壁にたたきつけられた魔物たちは、体を破裂させながら絶命した。

時折、魔物や魔人族を魔法を使わずに掴んで投げ飛ばしたり地面にたたきつけることで魔力を節約したり、“魔狼”を発動させて魔法を吸収することで魔力を補給することも忘れない。

いくら隙を突こうとしても、フェンリルによる属性魔法によって阻まれ、あるいは蹂躙される。

為すすべなく蹂躙される光景を目の前に、魔人族は委縮しそうになった。

 

「くそっ、それなら、もう片方の女を狙え!」

 

今度は、先ほどから何も手出しをしていないイズモに狙いを変えた。

イズモは先ほどから棒立ちなままで、格好の的だと判断したのだろう。

だが、それは間違いだった。

 

「まったく、私もなめられたものだ」

「なっ!?」

 

イズモに攻撃しようとした魔人族に、またもや魔物が襲い掛かったのだ。

よく見れば、イズモの足元から黒い霧が出ており、それが魔物の群れの周りに漂っていた。

イズモもまた、自分の闇魔法によって魔物を洗脳していたのだ。

そして、イズモ自身も“黒炎”を主軸にして攻撃する。

 

「ティアが、あれ程の覚悟を持って戦っているのだ。私も容赦はしないぞ」

 

このイズモの宣告を聞いて生き残れた魔人族は、この場にはいなかった。

ティアとイズモは、そのままの調子で魔人族の軍勢を蹴散らしながら、城壁を囲っている包囲を崩していった。




「そういえば、イズモは“変化”を使わないの?」
「? 使わないが、なぜだ?」
「いえ、その、せっかくだから、狐状態のイズモに乗って戦ってみたかったり・・・」
「このタイミングでか!?」

ティアのモフモフに対する執着に驚愕するイズモさん。

~~~~~~~~~~~

すみません、期限ぎりぎりまでさぼったレポートに追われたり、3DSのぷよテトにのめりこんだり、実習でアレルギーに悩まされたり、GW帰省の移動の疲れで頭が重かったりなどによって遅くなってしまいました。
これで、また少しは落ち着いた感じなので、なるべく頑張ります。
ちなみに、アニメの一対多数の戦闘シーンといえば、と聞かれたら、自分はナルトのマダラ対忍び連合のシーンを連想します。
一応、マダラは悪役ですが、それでも何度見てもかっこいいと思っています。


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最悪の結末

俺とリヒトが衝突した勢いで、周囲の魔人族や魔物が吹き飛ばされていったが、俺もリヒトもそれに目も向けず、ただ目の前の相手だけを見る。少しでも目を逸らせば、その時点で敗北すると直感的に理解しているから。

だから俺は、先に仕掛けた。

 

「ふっ」

「ぬ!?」

 

俺はあえて脱力することで、リヒトから距離をとった。

そのわずかな間に、俺は鉄扇を閉じて“天叢雲”を収束し、リーチを長くした。

そして、着地したと同時に再びリヒトに突撃する。

今度は至近距離で激突せずに、リーチの優位をもって斬りかかる。

 

「ふん、私に同じ手は通じないぞ!」

 

リヒトは以前に俺と剣戟したこともあって余裕の態度で迎え撃つが、

 

「な!?くっ、ぬおおおお!!」

 

以前よりも、反応の速度が鈍い。俺の攻撃の方が、リヒトの防御の一歩先を行っている。

それでもリヒトは強化されたステータスで凌いでいるが、防戦一方で攻撃できていない。

リヒトが以前と違って俺の攻撃を防ぎきれていない理由は、俺があの時と攻め方を変えたからだ。

あの時の俺は、リヒトを確実に殺すために、殺意を宿して殺すのに必要な手を打ち続けた。その結果、リヒトに俺の殺意を読まれてなかなか決定打が入らず、最終的には力押しすることになった。

だが、今の俺は余計なことを考えずに、ただ感性のままに剣を振るっている。

だからこそ、リヒトは殺気や殺意を読むことができない。

それに、余計な思考を排することで、剣を振るうスピードも上がっている。

これこそが、俺の本来、得意とする戦い方だ。あの時よりも頭が冷えたおかげで、俺の本来の戦い方を思い出すことができた。

このままいけば、すぐに押し切れるはずだ。

と、思ったのだが、

 

「ふん!」

「うおっ」

 

リヒトの動きが急に変わった。

先ほどまで俺の動きを見切ろうと防戦一方だったのが、急に最小限の動きでこちらに踏み込み、拳を叩き込んだ。

俺はギリギリのタイミングで片方の“天叢雲”を引き戻して逸らすことができたが、あと少し遅かったら危なかった。

だが、リヒトの反撃はこれで終わらなかった。

 

「おおおぉぉぉぉぉ!!」

「わっ、とっ、このっ」

 

先ほどのお返しと言わんばかりに、今度はリヒトが連打を叩き込んでくる。

俺は鉄扇を開いてリーチを短くした“天叢雲”の回転力と全力の“天眼”で凌いでいるが、リヒトの攻撃はステータスの向上によるものというだけの速さではない。

おそらく、リヒトも理詰めによる攻撃をやめて、自分の感覚のままに拳を打ち出しているのだろう。放たれる拳にはわずかばかりの迷いも感じず、フェイントもなく真っすぐに、それゆえにどれもが半端ではないスピードで襲い掛かってくる。少しでも対処を誤れば、ただではすまないだろう。

だが、そんな綱渡りの攻防の中で、俺は焦るでも驚愕するでもなく、純粋に()()()と思えた。

今まで戦ってきた敵の中で、強いと思える者は正直に言って誰もいなかった。危ない状況に陥ったのはミレディとエリセンの“悪食”くらいだが、あれは環境が悪かったというのも大きい。

仲間内で鍛錬をするときにハジメたちとも模擬戦をしたことはあるが、ハジメやシア、ティアは、同じ条件であれば近接戦闘では俺の引き出しの多さ、持ち前の駆け引きと先読みで俺の方が優位だし、ユエやティオ、イズモ、香織はそもそも後衛組だ。

だからこそ、リヒトという俺と同等以上の武人は、この世界ではとても希少な存在で、かつ楽しいと思える戦いができる相手だ。

もちろん、ティア関連で思うところは多々あるが、それに関しては、もうティアは自分で答えを出した。なら、俺があれこれ気を遣うこともないだろう。

だから、前回と違って、今はこの戦いを純粋に楽しめる。

それは、意外だがリヒトも同じなようで、牙を剥くようにして嗤っている。今の俺も、同じような顔をしているだろう。

この心地いいとさえ思える時間の中、俺とリヒトはさらに剣と拳を加速させ、それに伴って周りにまき散らす衝撃も激しくなっていく。

その衝撃で、俺とリヒトがぶつかり合うたびに周りの魔人族や魔物が吹き飛ぶのが、ちらっとだが見える。

それは、リヒトも同じなようで、

 

「・・・ここでは同胞の身が危ない。場所を変えさせてもらおう」

「うおっ!?」

 

一歩踏み込んだリヒトが、そのまま俺に殴りかかるのではなく、俺の腕をつかんで空中に放り投げた。

軽く城壁よりも高く投げ飛ばされた俺は、重力魔法の応用で態勢を整えて空を飛ぶ。そこに、白竜の翼を生やしたリヒトも飛び上がってくる。

 

「・・・そういえば、翼もあったな。飛べるとは思わなかったが」

「以前は、飛ぶ機会がなかったからな」

 

考えてみれば、あんなマグマが流れる狭い場所で、でかい翼を広げて飛ぶなんてできるはずもないか。

 

「ここなら、遠慮する必要もない」

「たしかに、そうだろうな」

 

一応、少数の飛行部隊もいるが、それはユエとシアが相手取っていて近くにはいない。

王都の中も、ぶっちゃけ俺が気にするような相手はほとんどいない。いるとするなら、王宮の中だ。

だが・・・。

 

「では、続きを始めようか」

「・・・そうだな」

 

とはいえ、そのことを気にしてばっかりはいられない。

今は、目の前にいるリヒトをどうにかしなければならない。

正直に言って、空中戦では空中での機動力が高いリヒトの方が有利だ。

重力魔法による飛行は、あくまで重力の方向を操作して()()()()()だけであるから、急な方向転換をしづらい。できないこともないが、そのたびに体に無視できない負荷がかかるから、あまり乱発もできない。

だが、今の俺なら空中での戦闘でも十分に渡り合える。

 

「“剣陣”・展開」

 

リヒトの攻撃を凌ぎながら、俺は背後に10本の直剣を生成し、背中から生やすように重力・空間魔法で固定した。見ようによってはハリネズミのように見えなくもないが、この際見栄えはどうでもいい。

 

「小細工を!!」

 

リヒトは俺が生やした剣を小細工と切り捨てて、勢いよく飛翔して俺に迫る。

対する俺は、拳を受けながら重力魔法で俺自身にかかる重力を調整して、リヒトの上を転がるように回避する。

そして、転がるように体ごと回転させるため、避けると同時にリヒトに複数の剣が迫る。

 

「なっ、ぬぅあッ!!」

 

これにギリギリながらも反応して防御したリヒトの技術は、敵ながらさすがとしか言いようがない。

だが、確実に体勢とタイミングを崩した。

 

「おぉぉぉぉッ!!」

 

身体ごと回転させながら、背中の剣をたたきつけるように連撃を見舞う。

今の俺はさながら剣の嵐であり、常人なら近づくことすらできないだろう。

仮に剣を掴まれたとしても、空間魔法による固定は最小限にしてあるため、すぐに解除して体を回転させながら他の剣を見舞うこともできるし、逆に空間による固定を強めてより強力な連撃を叩き込むこともできる。

攻防一体の、空中における近接戦闘ではおよそ限りなく正解に近いはずの連続攻撃。

できることなら、これで決着がついてしまえば話が早いのだが、

 

「ゼアア!!」

 

俺の連撃に対して、リヒトは攻撃方向の一列のみに狙いを定め、一振りで同時に2,3本の剣を同時に破壊しつつ、それによって生まれた僅かな隙間に潜り込んで攻撃を回避した。

さらに、剣の再生成と体を回転させる隙を突いて反撃の拳まで合わせてきた。

 

「ぬぅんッ!!」

「ぐっ」

 

すぐさま重力魔法で俺にかかる重力を軽くしてダメージを最小限に抑えたが、これで先ほどの手が通用しないことが分かってしまった。

できれば剣の強度を上げたいところだが、重力・空間魔法を付与させるにはある程度強度を犠牲にするしかなく、無理やり強度を上げようとすると肝心の本数が少なくなってしまう。

ありていに言えば、もう同じ手は通用しない。

だが、俺の手数の多さは十分証明できた。

なら、

 

「このまま押し切ってやる!」

「やってみろ!」

 

俺は再び“天叢雲”を構え、リヒトに立ち向かう。

リヒトも拳を構えなおし、俺と激突する。

空中戦はやはりリヒトに分があるようで、俺がまっすぐ突っ込んでも受け流し、追撃を加えようとする。俺も受け流された勢いでその場を離れつつ攻撃をしかけようとするが、そのたびに受け流されてを繰り返してらちが明かない。

だったら、発想を変える。

俺は再度“天叢雲”を構えて突撃し、リヒトはまた受け流そうと拳を俺の腕に添えようとしたところで、

 

ガシッ!

 

「なっ!?」

「おらぁ!!」

 

受け流そうとした直前で俺はリヒトの腕をつかみ、勢いのままにリヒトをぶん投げた。

今までよりも強めに突っ込んだ分、リヒトはすさまじい勢いで飛んでいく。

リヒトはなんとか体勢を整えようとするが、その前に俺は再び重力魔法で加速しつつ重量を増やし、その勢いのままリヒトに突撃した。

 

「ガハッ!!」

 

体勢を整えられなかったリヒトはこれをもろに受けて、口から血を吐き出す。

俺はそれでも勢いを緩めずに、そのまま王宮近くの訓練場に突っ込んだ。

リヒトはそのまま突き飛ばし、建物を崩壊させながら遠くに消えていった。

それを確認したあと、俺は周りを見渡す。

そこにいたのは、一塊になって呆然としているクラスメイトたちと、それぞれ武器を構えている大量の兵士や騎士たちにメルドさん、血を吐いて倒れている天之河、黒鉄を杖代わりにして膝をついている八重樫、急所は避けられているものの、剣を突き刺されて地面に縫い付けられているアンナ、離れたところで硬直している中村、壁に埋もれている檜山、すさまじい殺気を放っているハジメ、

 

 

 

そして、ティオの腕の中で胸から血を流しながら息絶えている香織の姿だった。

 

 

* * *

 

 

ユエたちと別れた香織たちは、急ぎ足で走っていた。

王都を守る結界が破壊された以上、何か良くないことが起こっていると直感的に察したからだ。

そして、それは正解だった。

屋外訓練場につくと、そこではクラスメイト達が騎士たちに剣で刺され、地面に縫い留められていたのだ。

さらに、クラスメイトであるはずの中村恵里が雫に剣を突き立てようとしていたところだった。

それを見た香織は咄嗟に障壁を展開し、雫の命を守った。

そして、今度は負傷しているクラスメイトを見て、光系最上級回復魔法“聖典”の詠唱をアンナと共に始めた。

アンナもまた凄腕の治療師であり、香織ほどでないにしても驚くような速さで“聖典”の詠唱を進める。

 

「っ!?なんで、君がここにいるのかなぁ!君達はほんとに僕の邪魔ばかりするね!」

 

邪魔をされた恵里が怒りながら騎士に香織たちの詠唱を止めるように命令するが、そこにリリアーナが目の前の状況に混乱しながらも球状の障壁を展開して二人を守った。

優れた術師でもあるリリアーナの障壁は、何らかの方法で底上げされている膂力にも持ちこたえ、詠唱を終えるまでの時間を稼ぐには十分だった。

 

「チッ、仕方ない、かな?」

 

それを察して焦った恵里は、今度は狙いをクラスメイトに変えて騎士たちに襲わせようとした。

と、その時、リリアーナの障壁を騎士剣で攻撃している騎士の1人の首が斬り落とされた。

その後ろには、

 

「白崎!リリアーナ姫!無事か!」

「檜山さん?あなたこそ、そんな酷い怪我で!?」

 

ひどいけがを負いながら、剣を持っている檜山だった。

 

それを見たリリアーナは障壁の一部を解除して中に入れ、治療しようとした。

それを見たアンナは、ふとツルギから言われたことを思い出した。

 

『アンナ、1ついいか?』

『はい、なんでしょうか?』

『中村恵里と檜山大介は知っているな?王宮でクラスメイトと合流するなら、その2人に気を付けろ。今回の件で何かやらかすなら、十中八九そいつらだ。そして、もし奴らが何か行動した時は必ず香織を守ってくれ』

 

あの時、ツルギは恵里の優先度を低くしたが、念のためにアンナに気を付けるように言っておいたのだ。

そして、アンナは周りを見渡す。

クラスメイト達は騎士たちに剣で貫かれて地面に縫い付けられており、それは勇者である光輝も同じだ。

なのに、なぜ檜山だけは脱出できたのか。

それに、アンナと香織の詠唱が終わるまで障壁がもつことはわかっていることだ。わざわざこちらに来る必要はない。

なら、なぜ助けに行くふりをして香織の近くに来たのか・・・

 

「っ、香織様!危ない!」

「きゃあ!?」

 

直感的に危機を覚えたアンナは、それに従って詠唱を中断して香織を突き飛ばした。

次の瞬間、檜山がリリアーナを突き飛ばし、右手に剣を持ちながら抱きつくように飛び掛かってきたのを見て、自分もその場から離れようとした。

だが、自分が離れるには1歩遅かった。

 

ザクッ!

 

「あぐっ!」

 

咄嗟に体をひねらせて抱きつかれるのは回避したものの、そのまま剣で斬りつけられてしまった。

傷はそれなりに深いようで、血がどくどくと流れている。

 

「クソッ!このアマが、邪魔しやがって!!」

 

それに対して、檜山は顔を歪ませながら悪態をつく。

香織も、それを見て自分になにかしら良くないことを考えていることを察し、アンナも含めて回復させようと詠唱を加速したが、先ほどリリアーナが突き飛ばされてしまった拍子に障壁が揺らいでしまい、騎士たちが障壁を破壊してしまった。

リリアーナはなんとかして香織とアンナを守ろうとしたが、それも騎士たちに邪魔されてしまい、

 

香織は、そのまま背後から檜山に抱きつかれて心臓を剣で貫かれた。

 

「香織ぃいいいいーー!!」

「がぁああああ!お前らァーー!!」

 

これに八重樫は悲鳴をあげ、光輝は怒髪天を衝くような怒声を響かせる。

檜山は歪んだ表情のまま恵里になにかを急かし、恵里も肩をすくめながら香織に近づく。

話の内容からアンナは、恵里の天職が“降霊術師”であることを思い出し、おそらく香織を傀儡にするつもりなのだろうと察した。ついでに、この場にいる騎士や兵士たちも、すでに死んで傀儡兵になっているのだろうとも推測した。

なぜこのことがばれていなかったのかはわからないが、それでもこのまま香織を死なせるわけにはいかないと何とかして体を動かそうとする。

 

「・・・ここ、に・・・せいぼは、ほほえむ・・・“せい、てん”」

 

だが、これに香織は命乞いをするでもハジメの名を呟くのでもなく、“聖典”の詠唱を完成させた。

これはひとえに、あらゆる不条理に抗う、最愛の人物であるハジメの隣に並び立つためには、こういう時にどうすればいいか。それを想って、香織は“聖典”を完成させてクラスメイト達とアンナを回復させた。

もちろん、その対象には香織自身も含まれていたが、半狂乱状態になった檜山がさらに傷口をえぐることで、確実な死をもたらした。

これに激昂した光輝はここで“限界突破”の最終派生である“覇潰”を使用し、騎士たちをことごとく両断した。

雫や永山を中心としたクラスメイトたちもなんとか香織の下に近づいたりこの場から脱出しようとするが、魔力を封じる枷のせいで思うように動けない。

それでも、光輝が何とかして中村のところにたどり着いたが、そこでまた予想外の事態が起きた。

 

「そ、そんな・・・メルドさん、まで・・・」

 

そう、メルドまでもが光輝に剣を向けたのだ。

それでも光輝は雫の叱咤によって正気を取り戻してメルドを斬り伏せようとするが、メルドの言葉に聖剣を止めてしまい、その場に血を吐いて倒れてしまった。

 

「ふぅ~、やっと効いてきたんだねぇ。結構、強力な毒なんだけど・・・流石、光輝くん。団長さんを用意しておかなかったら僕の負けだったかも」

 

どうやら、自分の知らない間に毒を盛られていたと察したアンナは、香織によって癒された体を起こして詠唱を始めて解毒しようとするが、それを他の騎士たちが許すはずもなく、再び斬り伏せられてしまう。

 

「う、ぐぅ・・・」

 

それでもアンナはなんとかして詠唱を再開しようとするが、騎士たちがアンナに剣を突き立て、その痛みで詠唱を中断してしまった。

もはやこれまでか、そう思った瞬間、

 

「・・・一体、どうなってやがる?」

 

この戦場の中、やけに響いた声の主は、ハジメだった。

あの後、ハジメは本物の神の使徒と一戦交えており、打ち倒して愛子とティオと共にこの場に来たところだった。

そして、周りを見渡し、檜山に剣を突き刺されている香織を見たところで、ハジメの姿が消えた。

そう錯覚するほどのスピードで動いたハジメは、まずは香織のそばにいた檜山を殴り飛ばした。香織に影響がでないように手加減して。

 

「ティオ!頼む!」

「っ・・・うむ、任せよ!」

「し、白崎さんっ!」

 

次に、先ほど“神山”の神代魔法である“魂魄魔法”を習得したティオに香織を任せ、中村に視線を向けた。

恵里は何とかハジメを言いくるめようとするが、ハジメは聞く耳をもたない。

それでも、怒りに我を忘れていると判断し、すでに傀儡兵となっている近藤礼一に背後から襲わせようとするが、

 

次の瞬間、訓練場になにかが突っ込んできた。

 

その衝撃で砂ぼこりが激しく立ち上り、一時的に視界がシャットダウンされた。

だが、砂ぼこりはすぐに振り払われた。

その中心にいる人物を、ハジメもアンナも間違えなかった。

 

「・・・ちっ、ほとんど手遅れじゃねえか」

 

そこには、峯坂ツルギが忌々しそうにつぶやきながら立っていた。




「そういえば、フリードの方は心配しなくてもいいのか?」
「兄者にはウラノスがいる。何者が相手であろうと、そう簡単に後れをとったりはせん」
「いや、あいつらが若干ヤンデレと化してるから、下手したら原形どころか骨とかちりも残らないかもしれないけど」
「・・・そう簡単に後れをとったりはせん」
「あ、ちょっと自信がなくなった?」

ツルギの忠告に、若干フリードのことが心配になったリヒトの図。

~~~~~~~~~~~

派手な空中戦闘と言えば東方、東方と言えば弾幕ごっこ。
ということで、いくつか丸パクです。
ある意味、クロスオーバータグの特権ではありますね。
ドラゴンボール?あれはパスで、見栄え的に。
いやまぁ、東方の弾幕ごっこも十分急な挙動が多いですが、別に弾幕同士の戦いではないですし、ね?


ここにきて、なぜかアレルギーが再発して執筆がなかなか進みませんでした。
ちなみに、自分のアレルギーは動物の毛なんですが、前は実習で羊の毛刈りをしてやばかったんですよね。
今回は、あくまで推測なんですが、大学の注意メールにあった狸さんが原因なのかなと。
実習もなにもなかったのに、いきなりブワッときたんで。
まぁ、それプラス、不慣れな長い戦闘描写が難しかったというのもありますが。
こういうときに戦闘描写を1話分書ける人ってすごいなぁ、と思います。


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まとめて抹殺

「・・・ちっ、ほとんど手遅れじゃねえか」

 

周りの様子を見てだいたいの事情は察したが、事態はどこまでも最悪だった。

幸い、と言うべきかはわからないが、香織を抱えているティオは集中して何かしらの魔法を行使している。おそらく、まだ本当の手遅れではない、ということだろう。

ハジメも、すさまじい殺気を放っているが、かろうじて我を忘れてはいない。

なら今は、香織はこのままティオに任せよう。

アンナは、剣を抜いたらむしろ失血死しかねない。下手に手を出さない方がいいだろう。

であれば、

 

「・・・いつかは何かやらかすと思っていたが、ずいぶんと大それたことをしたな、中村」

 

俺は事の首謀者であろう中村に視線を向けた。

日本での中村は、一言で言えば眼鏡をかけたおとなしい図書委員の女子で、容姿は客観的に見てもかわいいと言えばかわいい。

だが、今は眼鏡をはずしており、日本にいた頃からは想像もできない、妄執に取りつかれた表情をしている。

 

「・・・へぇ?なんか、知ったかぶりな感じだねぇ、峯坂くん?」

「知ったかぶりもなにも、これでも俺の親父は警察官だからな。本気で調べようと思えばすぐだ」

 

俺の言葉に、中村が驚愕に軽く目を見開かせる。

そう、俺はもともと日本にいた時から中村を危険視していた。

最初に中村を気にかけたのは、ある時に目を見てからだった。普段の中村は大人しく控えめで、一歩引いたところから客観的な意見を述べる、そういう女の子だった。それは、クラスの中でも観察眼の鋭い八重樫も同じだっただろう。

だが、俺の目には時折、中村の視線の中に、主に香織や八重樫のような天之河の周りにいる女子に対して鋭かったり冷たい視線を向けることがたまにあった。

同時に、その視線の奥に既視感を覚えた。あの目の奥にある何かを、自分は知っていると。

もちろん、なにか証拠があるわけでもない。ただの勘だ。

それでも、その既視感が気になって調べてみたのだが、案の定というか、なかなかに重い事実が浮かび上がった。

同時に、いつかそう遠くないうちに、とんでもないことをしでかすかもしれないと。

だが、目的はあくまで天之河だけであることもだいたいは察したことから、今の今まで直接的な干渉はしてこなかったが、まさかここまでのことをするとは思わなかった。

明らかに、事態を軽く見た俺の責任だ。

 

「・・・知ってるの?」

「調べたと言っただろう。まぁ、調べたときは驚いたが。まさか、俺と似たような過去の持ち主がいたなんてな」

「それは、僕も似たようなものだけどね。でも、だったら声をかけてくれてもよかったんじゃないかな?」

「だったらどうした?改心でもして、バカげたことはやめていた、とでも言うのか?」

「まさか」

「だろうな。まぁ、今回の事態はお前のことを軽く見積もった俺の責任でもある。だから、ここで容赦したりはしないぞ」

 

そう言って、俺はマスケット銃を十数丁生成する。

 

「っ、殺れ!!」

 

それを見た中村は、周りの騎士たちに俺を殺すように命令した。

俺は、それを空間に長剣を生成して操作して受け止め、襲い掛かってきた兵士や騎士たちを観察した。

ここにいる騎士や兵士たちは、見たところすでに死んでいる。おそらく、降霊術で操っているのだろう。中には、小悪党組の1人である近藤の姿もあった。

だが、ここまでの数を、誰にも気づかれずに用意できるはずもない。

もう少し深く探ってみるが・・・やはり、俺があり得ないと断じた可能性だった。

だが、それは今はどうでもいいことだ。

突如、俺の目の前に他の騎士たちとは比べ物にならない速度で斬りかかってきた人物を見て、その剣を“天叢雲”で受け止めながらも呟く。

 

「・・・メルドさん、あなたもですか」

 

そう、あのメルドさんですら、恵里の傀儡兵となってしまっていた。

メルドさんにも半端なところはいろいろとあったが、それでも王都を出て行く俺を最後まで気にかけてくれた人物で、俺もそれなり以上に恩を感じているし、感謝もしている。

その人物がすでに殺されたというのは、俺をしても寂寥の念を覚えた。

そのとき、

 

「・・・ぁ、っ・・・た、のむっ・・・」

 

どのような奇跡が働いたのかはわからないが、メルドさんからそんな言葉が漏れた。

それは、助命を乞うものではない、たしかにメルドさんの言葉だった。

だから、俺にせめてできる恩返しとして、その義理を果たす。

 

「・・・世話になった礼です。遺体は残してあげますよ・・・“月詠”」

 

俺は、魔法陣を輝かせて広範囲洗脳魔法である“月詠”を、この訓練場を効果範囲として発動した。

次の瞬間、クラスメイトや俺に襲い掛かってきた騎士や兵士たちが動きを止め、そのままバタバタと倒れていった。

メルドさんも、わずかに笑みを浮かべながら、安心したような表情で動かぬ死体となった。

 

「な、なんで、何が起こってるのさ!!」

「お前から制御権を奪った、それだけだ」

 

“月詠”の使用法はあくまで洗脳だが、おなじ闇魔法である降霊術にもある程度の割り込みをしかけることができる。

今回は、それによって中村から訓練場にいる傀儡兵の制御権を奪い、そのまま機能を停止させたのだ。

どうやってここまでの数の死体を用意したかはわからないが、さすがに中村でも一度にこの数に降霊術をかけなおすことはできないだろう。仮にできるとしても、俺がさせないが。

 

「さて、もう一度言うけどな。今回の件は、お前を過小評価して後回しにした俺にも責任がある。だから、容赦しないぞ」

「っ、ま、待ちなよ、似た者同士、かわいそうだと思わないのかな?」

「俺とお前は違う、一緒にするな。そもそも、今さら被害者ぶってんじゃねえよ」

 

俺の是非もない返答に、中村は表情をこわばらせる。

檜山の方は、ハジメが相手をしている。死にかけの身体だし、助けにはこれないだろう。

恵里は必死にこの状況から生き残ろうと頭を回しているようだが・・・もうどうしようもないだろう。

これ以上厄介なことにさせないためにも、こいつは確実に殺しておく必要がある。

マスケット銃の銃口を恵里にむけて、一斉掃射を・・・

 

「っ!?」

「ぜあぁ!!」

 

しようとした瞬間、殺気を感じて“天叢雲”を展開して防御の構えをとる。

そこに、リヒトが拳を振りかぶって俺に突っ込んできた。

幸い、防御は間に合ったが、マスケット銃の展開を解いてしまった上に中村を逃がしてしまった。

一応、まだリヒトの背後にいるが、ここで中村に意識を向けたら、それは致命的な隙になってしまう。

すると、今度は近くに極光がハジメに襲い掛かってきた。

ハジメはこれをなんなく回避し、俺の隣に着地する。

ふと、リヒトに注意しながら周りを見渡すと、檜山の姿がない。

 

「おい、ハジメ。檜山はどうした?」

「適当に魔物の群れに投げ捨てといた。がんばれば生き残れるかもな。まぁ、どうせあいつには無理だろうが」

 

そりゃあ無理だろう。ただでさえボロボロだったというのに。

まぁ、とりあえず檜山は死亡が確定したってことでいいとして、リヒトの隣にウラノスに乗ったフリードが降り立った。

見てみれば、けっこうボロボロだな。今はオルクスにもいた白鴉によって回復しているが、まだ全快には程遠いようだ。

よくもまぁ、キレ気味のユエとシア相手に五体満足で生き残れたもんだ。

 

「・・・そこまでだ、少年。大切な同胞達と王都の民達を、これ以上失いたくなければ、大人しくすることだ」

 

ただ、勝手に王国の戦力扱いされるのはあまりいい気分ではない。

向こうにとっては、これ以上被害を出さないための人質作戦なんだろうが、ハジメ相手にはまったく意味がないことを理解していないらしい。

なんか、全部を自己完結で勝手にカテゴライズするあたり、どこぞのバカ勇者に通じるものがあって嫌だな。この世界の勇者様ってのは、どいつもこいつも頭が悪いのか?

とりあえず、周囲の気配を探ってみると、たしかに多数の魔物が俺たちを取り囲んでいる。

別に、数が多いだけの魔物を相手するだけなら特に問題はないが、

 

「ご主人様にツルギ殿よ!どうにか固定は出来たのじゃ!しかし、これ以上は・・・時間がかかる・・・出来ればユエとツルギ殿の協力が欲しいところじゃ。固定も半端な状態ではいつまでも保たんぞ!」

 

ティオの言葉を俺なりに要約すれば、おそらく香織の心配はある程度なくなったが、まだ予断を許さない状態ではあるらしい。

それに、クラスメイトたちは何のことかわからずに首をかしげているが、俺たちと同じ大迷宮攻略者であるフリードは察しがついたようで、ティオが使っている魔法を見ている。

 

「ほぉ、新たな神代魔法か・・・もしや“神山”の?ならば場所を教えるがいい。逆らえばきさっ!?」

 

フリードがなにやら調子にのって大迷宮の場所を聞き出そうとするが、その瞬間にハジメのドンナーが火を噴いた。咄嗟に亀型の魔物が障壁を張って防いだようだが。

フリードはその後もクラスメイトや王都の住民を盾に調子のいいことを言ったり、まだ100万の魔物の軍勢が控えているなどと脅しているが、ハジメはそれに冷ややかな視線を返すだけで、代わりに宝物庫からこぶし大の感応石を取り出し、10万の魔物の軍勢に目を向けた。

とりあえず、俺もハジメがやろうとしていることを察して、劣化版宝物庫からブリーシンガメンを10個ほど取り出しつつ、ティアとイズモに念話石で通信を入れた。

 

「ティア、イズモ、今から俺とハジメがでかいのぶっ放すから、すぐに王都の中に避難してくれ」

『えぇ、わかっ・・・ちょっと待って、すぐに避難しろって、いったいなにをするつもりなの!?』

『ティア殿よ!そのことについて聞く暇はない!早く逃げるぞ!』

『あ!ちょっとイズモ!待ちなさいってば!』

 

あわただしい声が聞こえながらも、通信を切った。とりあえず、あの二人ならもう大丈夫だろう。

リヒトの方も、警戒心を丸出しにしながらも口と手を挟む様子はない。

それを確認してから、俺はブリーシンガメンを宙に放り投げる。

 

「チッ、何をする気だ!」

「黙って見てろ」

 

フリードは俺たちの行動を阻止しようとするが、ハジメがドンナーで牽制する。

そして、

 

ウラノスのブレスと比べ物にならないほどの光の柱が、魔物の軍勢に突き刺さった。

 

同時に、

 

「こい、“バハムート”」

 

宙に放り投げたブリーシンガメンから激しい光が放たれ、そこに全長が10mほどもある、巨大な翼を生やした巨大な龍が現れた。

ブリーシンガメンを10個使用することによって生み出す、巨大なドラゴン。

これが俺の新たな広域殲滅兵器である“バハムート”。

そして、攻撃方法は、

 

「“ブレス”」

 

こちらも巨大な光の柱であるブレス。

その巨大な光の柱を薙ぎ払うことで、王都の周りにいる魔物や魔人族は成すすべもなく焼き尽くされ、消滅していく。

ハジメが放っている光の柱も、ハジメが感応石に魔力を込めることで操作し、軍勢を焼き尽くしていく。

そして、ハジメの光の柱が途切れたとほぼ同時に、俺の“バハムート”も霧散して消えた。

 

「愚かなのはてめえの方だ、バカが。俺たちがいつ、王国やこいつらの味方だなんて言ったんだ?てめぇの物ざしで勝手にカテゴライズしてんじゃねえよ。戦争がしたきゃ、そっちで勝手にやってろ」

「ただし、俺たちの邪魔をするなら、今みたいに全て消し飛ばす。まぁ、100万もいちいち相手してるほど暇じゃないんでな、今回は見逃してやるから、さっさと残り引き連れて失せろ。お前の地位なら軍に命令できるだろ?」

 

この俺たちの物言いに、フリードの目が憎悪と憤怒で染まるが、今の圧倒的な火力と正体不明の攻撃に思い切った判断ができない。

俺たちとしても、このまま逃がすのは正直いやではあるのだが、今はそれよりも香織の処置の方が優先だ。

先ほどの一撃は、俺もハジメも使えない。

ハジメが放った光の柱、太陽光収束レーザーである“ヒュベリオン”は、おそらくさっきの一撃で壊れただろうし、俺の“バハムート”も、ブリーシンガメンの数が足りなくて使えない。

その状態で100万の魔物を相手する時間はない。

 

「・・・兄者、口惜しいがここまでだ」

 

そこに、リヒトがフリードを諭すように声をかける。

フリードは、血を流すほど拳を強く握りしめながらも、怨嗟のこもった捨て台詞を吐いてゲートを開いた。

 

「・・・この借りは必ず返すっ・・・貴様らだけは、我が神の名にかけて、必ず滅ぼす!」

 

フリードは踵を返し、中村に視線で促してウラノスに乗せた。

中村の方は、倒れ伏している天之河に妄執と狂気の宿った笑みを浮かべ、そのままゲートの奥に消えていった。

リヒトの方は、俺の方を一瞥しただけで、とくに何も言わずに去っていった。

同時に、3発の光の弾が上空で爆ぜた。おそらく、撤退命令だろう。

そこに、ユエとシアがこっちに向かってきたのを確認してから、俺はアンナの下に向かった。

 

「アンナ、大丈夫か」

「・・・ツルギ、様・・・申しわけ、ありません・・・」

 

俺が声をかけると、アンナは弱々しい声で、そう謝罪した。おそらく、香織を守れなかったことを言っているのだろう。

別に、そのことについてアンナを責めるつもりはない。おそらく、アンナも香織をかばうために行動して、こうなってしまったのだろうから。

 

「謝る必要はない。すぐに治療するから、ちょっと我慢してくれ」

 

そう言いながら、俺はアンナに突き刺さっている剣を引き抜き、

 

「“絶象”」

 

再生魔法を使って、アンナの服ごとすべてを再生した。

アンナは、回復魔法でも不可能な事象に目を白黒させるが、それに構わず俺はアンナに声をかける。

 

「アンナ、俺たちは香織をなんとかするためにここを離れる。その間、こっちでお前のやるべきことをしてくれ」

「私のやるべきこと、ですか?」

「あぁ、お前ならわかるはずだ。だから、頼んだぞ」

「・・・はい」

 

これにアンナは、瞳に力を込めて頷いた。

それを確認してから、ハジメたちのところに向かおうとしたところで、

 

「ツルギ!危なかったじゃない!」

「ツルギ殿よ!ハジメ殿といい、やりすぎではないか!?」

 

ティアとイズモが、猛抗議しながらこっちに向かってきた。どうやら、無事に避難できたようだ。

 

「悪いな、さすがに100万の軍勢を追加されるわけにはいかなかったから、ちょいと派手にやった」

「あれのどこが“ちょっと”なのよ!」

「軽く地形が変わっているではないか!これでちょっとなら、本気ならどうなるというのだ!?」

「さあな、それは俺にもわからねえや。だが、今はそれどころじゃない」

 

2人の抗議を軽く流しながらも、俺は軽く事態、主に香織のことを伝えた。

これに2人は顔をこわばらせるが、まだ何とかなるということですぐに表情を戻してハジメたちのところに向かおうとした。

そこに、俺に声がかけられた。

 

「峯坂君!香織が、香織を・・・私、どうすれば・・・」

 

そこには、いつになく弱っている八重樫の姿があった。今までに見たことがないほど憔悴しきっている様子で、このまま放っておけば、すぐに折れてしまいそうなほどだ。

俺はそんな八重樫に近づき、肩に手を置いて、強引に顔を上げさせた。

 

「八重樫、折れるな。俺たちを信じて待て。必ず、もう一度香織に会わせてやる」

「峯坂君・・・」

 

俺の言葉に、虚ろになっていた八重樫の瞳に、わずかだが力が宿る。

 

「ここで八重樫に壊れられたら、その後の面倒は全部、俺が背負うことになりかねないからな。別に俺は、八重樫みたいな苦労大好き人間じゃねえんだ」

「・・・だれが苦労大好き人間よ、ばか・・・信じて・・・いいのよね?」

 

俺の冗談めかした言葉にわずかに笑みを取り戻し、次いですがるような眼差しで俺を見る。

それに対し、俺は真剣な表情になって、力強く告げた。

 

「あぁ、約束する。必ず、もう一度香織と会わせるってな」

 

それで、八重樫の目に光が戻り、俺に力強くうなずいた。とりあえず、これで八重樫が壊れる危険は減っただろう。

 

「ツルギ、ハジメがこれを渡せって」

 

すると、そこにティアがちょっと食い気味に割り込んできた。その手には、神水の入った試験管が握られている。

どうやら、これを八重樫に渡して天之河に飲ませろ、ということらしい。

正直、個人的にはあのバカ勇者にはこのままくたばってもらいたいのが本音だが、それで香織や八重樫に壊れられては本末転倒だ。

内心では心底嫌だが、なるべくそれを表に出さないように八重樫に渡した。

 

「これは・・・」

「そこのバカ勇者に飲ませてやれ。あまりよくない状態みたいだからな」

 

八重樫も、俺の渡したものが、前にメルドさんに飲ませた秘薬だと察したようで、ぎゅっと試験管を握り締め、例を言ってきた。

 

「・・・ありがとう、峯坂君」

「それの礼ならハジメに言っとけ。んじゃ、またな」

 

照れ隠し、ではなく本音でそう返しつつ、今度こそ俺とティアはハジメたちのところに向かった。

あとは、約束を果たすためにも、香織をどうにかしよう。




「それで、ツルギ、さっきのは何だったの?ねぇ、何だったの?」
「ちょっと待てティア、頼むから詰め寄らないでくれ」
「さっき、けっこういい雰囲気だったけど?もしかして、そういう関係なの?」
「わかった、わかったから、ティア、まずは落ち着いて話そう。話せばわかるから、きっと」
「お前ら、いちゃついてんじゃねえよ」

雫と若干いい雰囲気になったことを気にして、とことんツルギに問い詰めるティアの図。

~~~~~~~~~~~

ちょっと突然ですが、近い内に新作を投稿しようか考えていて、それに伴って他の2作品のどちらか、あるいは両方を消そうかなと思っているんですよね。
構想はある程度浮かんでいるんですが、書く意欲がまったく湧かないので。
別に消す必要はないとわかってはいるのですが、半端に書き残したまま残すのは個人的にもやもやするので。

ちなみに、今回でてきた“バハムート”さんは、イメージ的にはシャドバのやつのイラストです。
あれ?でもあれは神撃のバハムートから来てるんで、そっちの方が正しいんですかね?


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結局苦労はやってくる・前編

魔人族による王都侵攻から5日、王都の様子は芳しいものではなかった。

まず、恵里によって傀儡化した兵士や騎士の数は500にのぼり、ツルギが解除した300体を除いて姿を消した。おそらく、フリードたちと共に魔人族に向かったのだと考えられている。

また、国王を含む重鎮たちは恵里の傀儡兵によって殺害されており、現在国王の座は空席になっている。今のところは王妃のルルアリアと姫のリリアーナが陣頭指揮をとって復興を進めている。混乱が収まれば、今回の襲撃で無事だったリリアーナの弟であるランデルが即位する見通しだ。

ちなみに、後の調査で分かったことだが、王都の近郊に幾つかの巨大な魔石を起点とした魔法陣が地中の浅いところに作られていたようで、それがフリードとリヒトの対軍用空間転移の秘密だったようだ。

今一番混乱に拍車をかけているのは、聖教教会からの音沙汰がまったくないことだ。

実は、聖教教会の総本山はティオと愛子によって粉々に爆散させられており(半ば事故のようなもの)、教会関係者もまとめて爆殺された。

愛子はこのことに責任を感じ、いつかはこのことを自白しようと考えているようだ。

魔人族軍をまるごと滅ぼした2つの光に関しては、「エヒト様が王都を救うためにはなった断罪の光である!」という噂が広がり、結果的に信仰心を強化することになった。これに関しては、ハジメはまた“豊穣の女神”の名前を使おうかと考えており、ツルギもとくに反論はしなかった。女神本人は頭を抱えるだろうが。

檜山に関しては、広場から少し離れた場所で死体が見つかった。

体のいたるところが欠損しており、激しい抵抗の跡があったことから、生きたまま貪り喰われたと考えられる。

そして、恵里がもたらした影響は、クラスメイトにも深い傷を残した。

まず、檜山とつるんでいた中野と斎藤は、近藤の死もあって部屋に引きこもりがちになってしまった。

恵里と特に仲が良かった鈴は、普段からのムードメーカーぶりは鳴りを潜め、浮かべる笑みも誰が見ても痛々しいものだった。

前線組や愛ちゃん護衛隊の面々は、ツルギとハジメが見せた圧倒的な力を目にして、多々に思うところがあった。

それ以外の居残り組も、聞いた話よりもさらにすさまじい光景を見せつけられ、ツルギとハジメのことを意識せずにはいられなかった。

そして、それが特に顕著だったのが、雫と光輝だった。

雫は普段はやるべき仕事をこなすのだが、ふとしたときに心ここにあらずといったような遠い目をして、ツルギたちのいる神山に視線を向けていた。

光輝に関しては、他のクラスメイトたちと比べても特に複雑な心情だった。

光輝たち前線組や愛ちゃん護衛隊はツルギたちに助けられるのは2度目であり、それなりに感謝はしつつも、2度助けられたという事実に落ち込んでいた。

また、これは他のクラスメイトにも言えることなのだが、ツルギがまた香織に会わせると言ったことに関して、ほとんどが半信半疑だった。本当に死者蘇生ができるとは思えないし、だとしたら恵里のように傀儡人形のようにするのではないかと邪推する者もいた。その場合、だれよりも傷つくのは雫になるので、そういった者たちは露骨にツルギたちを警戒していた。

光輝はそれに加えて、自分とツルギたちの差に加えて、ハジメに香織を連れていかれたこと、ツルギが自分に間違っていると指摘されたこと(どちらもあくまで光輝自身の認識)も相まって、あまりいい感情を持てていなかった。

それがいわゆる“嫉妬”であるというのに光輝自身はまだ気づいていないのだが・・・どうなるのかは、光輝次第だ。

このようになったクラスメイトに心を砕いたのが愛子だった。

愛子も香織のことが心配であったし、できれば自分も手を貸したいと思っていたが、ツルギたちがしようとしていることに自分の出番はないとわかっていたので、傷心した生徒たち1人1人にコミュニケーションをとったことで、なんとかクラスメイト全体が沈みきることはなかった。

余談だが、デイビットを始めとした愛子に心酔していた神殿騎士たちは、突然姿を消した愛子に会わせろと上層部に猛抗議した結果、神山への立ち入りを禁止されたため、あの時は本山におらず命拾いした。

王国騎士団に関しては、新たな騎士団長に元リリアーナの近衛騎士だったクゼリー・レイルが、副団長には元騎士団三番隊の隊長だったニート・コモルドが任命された。

 

 

 

そんなこんなで、様々な思惑が絡んでいる中、今日も雫はふと、練兵場で視線を神山に向けていた。

思い浮かべるのは、やはり香織とツルギだった。

 

『・・・信じて・・・いいのよね?』

『あぁ、約束する。必ず、もう一度香織と会わせるってな』

 

正直、どのような方法を使うのかはまったく想像できない。

それでも、ツルギは力強くうなずいて「約束する」といった。

ツルギは、前は守るのが遅くなってしまったが、約束を違えたりはしないと信じている。

とはいえ、5日も経てばさすがに不安もでてきて、なんの音沙汰もないことがどうしようもなく嫌なことを連想させてしまう。

 

(峯坂君・・・)

 

今日もまた、不安や期待その他諸々の感情を混ぜて、約束をした男の名前と顔を思い浮かべて神山の方を見やる。

と、次の瞬間、

 

「皆ぁ!気をつけろ!上から何か来るぞぉ!」

 

次の瞬間、近くにいた光輝が大声で警告を発したのを聞いて、咄嗟に練兵場の中央から光輝たちのそばに退避した。

 

ズドォオン!!

 

それと同時に、練兵場に轟音を立てながら何かが降り立った。

激しい砂ぼこりが舞い上がり、その中からでてきたのは、

 

「峯坂君!」

 

ハジメ、ツルギ、ユエ、ティア、シア、ティオ、イズモだった。

 

 

* * *

 

 

「おう、八重樫。ちゃんと生きてるな」

 

そんな軽口をたたきながら、俺は八重樫に話しかけた。

それにしても、俺は反対したのにハジメが「んなこと気にするのは面倒だろ」とか言ってこんな派手な登場をしたせいで、注目の的だ。

 

「峯坂君・・・香織は?なぜ、香織がいないの?」

 

八重樫の方は、俺の軽口で若干気分が楽になったようだが、すぐに俺たちの中に香織がいないことに気が付いて、不安を隠しもしないで震える声で尋ねてきた。

あぁ、うん、香織な・・・

 

「あ~、心配すんな、すぐに来るぞ?ただなぁ、ちょ~っと見た目が変わっているというか、だいぶ印象が違うというか・・・だが、それはべつに俺たちのせいじゃないから、怒られるのも困ると言うか・・・」

「え?ちょっと、待って。なに?何なの?物凄く不安なのだけど?どういうことなのよ?あなた、香織に何をしたの?場合によっては、あなたがくれた“黒鉄”で・・・」

 

俺の煮え切らない回答に、八重樫は目から光を消して“黒鉄”に手を伸ばし始める。

ハジメたちは我関せずを貫いて視線をそらしているから、俺が何とかして八重樫を落ち着かせようとしたところで、突如上から悲鳴が聞こえた。

 

「きゃぁああああ!!ハジメく~ん!受け止めてぇ~!!」

 

上を見上げると、そこには()()()()()()()が、クールな見た目に反して情けない表情で手足をわたわたさせながら落下しているところだった。

落ちてきた銀髪碧眼の美女は、迷わずにハジメのもとに落下する。さながら、絶対に受け止めてくれると信じるかのように。

が、それを裏切るのがハジメなわけで、ハジメはそのままひょいと避け、銀髪碧眼の美女は「え?」と目を丸くしながら、そのまま地面に激突した。

周りが「これ、死んだよね?」みたいな感じで微妙な空気になっていると、その顔を見て姫さんと愛ちゃん先生が声を張り上げた。

 

「なっ、なぜ、あなたがっ・・・」

「みなさん!離れて!彼女は、愛子さんを誘拐し、恵里に手を貸していた危険人物です!」

 

それを聞いて、周りの騎士やクラスメイトは臨戦態勢をとり、特に近くにいた八重樫は、香織が死んだ原因の1つともあって抜刀の構えをとりながら殺意を宿らせた眼光を向けた。

が、そんな視線を向けられた彼女はというと、あっさりと起き上がって、一瞬ハジメに恨みがましい視線を向けながら、慌てた声で八重樫に話しかけた。

 

「ま、待って!雫ちゃん!私だよ、私!」

「?」

 

どこかの詐欺師みたいな弁明をする彼女に、八重樫は訝し気な表情をする。

俺は内心で「これが私私詐欺ってやつか?」と考え、ハジメが「どこかの詐欺師みたいだな・・・」と呟き、彼女がキッ!と睨むとそっぽを向いた。

その何気ない動作や表情を見て、八重樫も正体に気づいたのだろう。緩やかな動きで抜刀の構えをとき、呆然とした様子で尋ねた。

 

「・・・か、おり?香織、なの・・・?」

 

八重樫が自分の正体に気づいた事がよほどうれしかったのか、彼女は顔をパァ!と輝かせながら弾んだ声で返事をする。

 

「うん!香織だよ。雫ちゃんの親友の白崎香織。見た目は変わっちゃったけど・・・ちゃんと生きてるよ!」

「・・・香織、香織ぃ!」

 

最初は呆然としたが、次第に自分の親友が帰ってきたことを実感して、八重樫は泣きながら香織に思い切り抱きついた。

香織の方も、八重樫を抱きしめ返しながら、そっと呟く。

 

「心配かけてゴメンね?大丈夫だよ、大丈夫」

「ひっぐ、ぐすっ、よかったぁ、よがったよぉ~」

 

しばらくの間、2人は互いの存在を確かめながら、抱き合いながら涙を流し続けた。

 

 

* * *

 

 

「それで、一体どういうことなの?」

 

その後、場所をいつも食事をとっていた大部屋に変え、八重樫が目を真っ赤に染め、頬も同じくらいに赤くしながらも、ある意味当然ともいえる説明を要求した。

ちなみに、この場には俺たちの他にも、クラスメイト全員と愛ちゃん先生、姫さんに、途中から来たアンナも合流した。

八重樫の事情説明の要求に対し、ハジメはいつものように俺に説明を丸投げする感じで視線をユエたちに向けていた。

俺は盛大にため息を吐きながらも、結局説明する。

 

「そうだな、一から説明すると長くなるし面倒なんだが・・・八重樫は、神代魔法については知ってるか?」

「・・・ええ。この世界の歴史なら少し勉強したもの。この世界の創世神話に出てくる魔法でしょ?今の属性魔法と異なってもっと根本的な理に作用でき・・・待って。もしかして、そういうこと?峯坂君たちは神代魔法を持っていて、それは人の魂というものに干渉できる力ってこと?それで、死んだ香織の魂を保護して、別の体に定着させたのね?」

「そうだよ!流石、雫ちゃんだね」

 

まさか、これだけで大体を察するとは思わなかった。やっぱり、八重樫はこの中でも特に物分かりがいいようだ。

香織も、そんな八重樫が誇らしいようで、胸を張っている。

 

「でも、どうしてその体なの?香織の体はもうダメだったのかしら?心臓を貫かれた部分の傷を塞ぐくらいなら回復魔法で何とか出来ると思うのだけど・・・」

「あぁ、実際、香織の身体は完璧に治ったし、魂・・・厳密には魂魄って言うんだが、そいつを定着させることもできた」

 

俺たちが神山で手に入れた神代魔法“魂魄魔法”は、簡単に言えばミレディがゴーレムになって生きながらえているもとになっている魔法だ。

死ぬことで霧散してしまう魂魄に干渉して“固定”することで保護し、その魂魄を有機物・無機物問わず“定着”させることで生きながらえることができる。ゴーレムなどに定着させることで肉体の衰えから解放されて疑似的な不老不死も可能になるという、神代魔法の例に漏れずぶっ飛んだ能力だ。

もちろん、その分難易度はかなり高く、俺とユエが共同で作業したことで、なんとかぶっつけ本番で成功させることができた。それでも、丸5日かかったわけだが。

 

「じゃあ、どうして・・・香織の元の体はどうなったの?やっぱり何か問題でも」

「だから落ち着け。順に説明する。まぁ、簡単に言えば香織のいつものやつなんだが」

 

身を乗り出して説明を求める八重樫に、俺は落ち着くように言いながら事情を説明した。

まず、神山の大迷宮をさくっと攻略した俺たちは、香織の魂魄の固定を完全なものにし、蘇生の準備を整えた。

最初はもちろん、香織の元の身体に魂魄を戻して蘇生しようとしたのだが、香織がそれに待ったをかけたのだ。

“心導”という魔法で魂魄だけになった香織と話をしたのだが、そこで香織がミレディのように強力なゴーレムに定着させてほしいと懇願してきた。

訳を聞くと、もともと俺たちの中での自分の弱さについてはメルジーネ海底遺跡で痛感し、それでも割り切ったらしいのだが、もちろんこのままでいいとは微塵も思っていなかった。その矢先に、今回の事件であっさりと殺されてしまい、それがとても不甲斐なくて、情けなくて、悔しかった。

だったら、“たとえ人の身を捨ててでも”と、そう思ったようだ。

これにはもちろん、俺もハジメも反対したのだが、一度こうと決めたらとことん頑固になるのが香織だ。一応、説得はしたのだが、まったく聞く耳を持たず、両手を上げて降参するしかなかった。

とはいえ、いきなり八重樫に「あなたの親友はゴーレムになりました」というのは、八重樫の心労的にもあまりよくはないだろうし、俺たちの私生活的にもいろいろと不便だ。

それでも最悪ハジメお手製の最強ゴーレムを用意するしかないかと思っていたのだが、そこでハジメが閃いた。

ハジメが戦って殺したという、本当の神の使徒。その体を使えばいいんじゃね?と。

けっこう激しい戦いを繰り広げたようだが、それでも欠損は心臓部だけなので、問題なく元に戻すことができる。

ということで、さっそくハジメがノイントと名乗った本当の神の使徒の身体を回収し、ユエに再生してもらい、それを新たな肉体として定着させたところ、見事に成功した。

俺も“看破”で確認したのだが、神の使徒の身体のスペックはとんでもなかった。

まずステータスに関しては、今のレベル10の段階でオール1200、完璧に自分のものにできればオール12000という、ハジメに匹敵する化け物っぷりだった。

また、ノイントの身体がこれまでの戦闘経験を覚えているらしく、双大剣術や銀翼、銀羽、分解魔法、飛行、さらには魔力操作までできるというチートスペックだった。

少し残念だったのが、ハジメの話だとノイントはどこからか魔力の供給を受けて、実質無限の魔力を扱えたようなのだが、今ではその供給ラインが切れているらしく、無限の魔力までは得られなかった。

まぁ、それを差し引いても十分にチートスペックなのだが。

ただ、魂魄の定着に成功した時の香織は、それはもう喜んでハジメに抱きついたりしたのだが、なにせ元が人形のような無機質な顔に怜悧な表情だったのが、キャッキャとはしゃいで喜ぶのだ。その様子は実際に戦ったことのない俺でもかなりの違和感を覚えて、何度も首をひねった。俺でさえこれなのだ、実際に殺し合ったハジメは、どうしたものかと眉を八の字にしていた。

ちなみに、香織の身体はユエの魔法で凍結処理を施し、ハジメの宝物庫に保管してある。解凍時に再生魔法を使えば壊れた細胞も元に戻るため、元に戻ろうと思えば戻れるだろう。

八重樫は香織の突撃思考に頭痛をこらえるようにして呆れるが、すぐに表情を改めて俺たちに向きあって姿勢を正し、深々と頭を下げた。

 

「南雲君、峯坂君、ユエさん、シアさん、ティオさん、ティアさん、イズモさん。私の親友を救ってくれてありがとうございました。借りは増える一方だし、返せるアテもないのだけど・・・この恩は一生忘れない。私に出来ることなら何でも言ってちょうだい。全力で応えてみせるから」

「・・・相変わらず律義な奴だな。べつに気にすんな。俺たちは、俺たちの仲間を助けただけだからな」

 

俺はこれ以上背負わせるようなことはしたくなかったから、軽く返すにとどまった。

八重樫は俺の返答に苦笑しながらも、そのままでは気にくわないのか唇を尖らせながら指摘してくる。

 

「・・・その割には、私のことも気遣ってくれたし、光輝のために秘薬もくれたわね?」

「八重樫に壊れられたら香織がめんどくさくなるし、連鎖的にハジメもめんどくさくなるからな。あの時も言ったが、俺は苦労大好き人間じゃねえんだ。そんなの御免被るっての。あと、天之河に関してはハジメに礼を言えって言っただろうが」

 

俺の物言いに香織が「めんどうって・・・ひどいよ、ツルギ君」と突っ込み、ハジメも「・・・めんどうで悪かったな」とそっぽを向きながらつぶやくが、天之河のことでコメントを挟んできた。

 

「・・・まぁ、どこかの先生曰く、“寂しい生き方”はするべきじゃないらしいしな。何もかもってわけにはいかないが、あれくらいのことはな・・・」

「! 南雲君・・・」

 

ハジメの物言いに、愛ちゃん先生が感無量といった様子で潤んだ瞳をハジメに向けた。

これだけなら、愛ちゃん先生の教えがハジメに届いたことを喜んでいるのだと見えるっちゃ見えるが・・・。

香織がユエたちの方にまさか!といった感じで確認をとるとユエたちも鋭い視線で頷き、八重樫が視線を逸らして天を仰いだことでお察しだろう。一部のクラスメイト、というかウルの町であったメンバーも、男子勢が歯ぎしりして女子勢が乾いた笑みを浮かべながらそっと視線をそらした。

俺の親友は、とうとう本格的に教師と生徒の禁断のフラグに手を出しやがったらしい。

別に俺は、そのことでハジメも愛ちゃん先生も非難するつもりはないが・・・いったい、ハジメのハーレム街道はどこまで続くのやら。

そこで、微妙な空気になりそうになったのを察した八重樫が、気を取り直して話を続けた。

 

「それで、いくつか聞きたいことがあるのだけど」

「・・・まぁ、だいたいの察しはついてるけどな。短い方から頼むぞ」

「そうね。なら、峯坂君は中村さんのことをどれだけ知っているの?」

 

八重樫の問い掛けに、今度は愛ちゃん先生が反応して身を乗り出してきた。

 

「峯坂君。私からもお願いします」

「・・・別にいいが、俺が知ってることは多くないぞ?けっこう推測も混じってるし」

「構いません」

 

まぁ、中村のことは俺にも責任があると言ったばかりだし、話しておくか。

 

「そういうことなら、わかった」

「それでは、峯坂君の知っていることを教えてくれませんか?」

「あぁ。つっても、俺が知ってるのは警察と児童相談所の世話になったこと、後は多少の家族関係か。他は全部推測だ」

「それで構いません。それで、中村さんが警察のお世話になったというのは・・・」

「被害者としてだ。被告は母親が連れ込んだ男で、罪状は暴行未遂だな」

「母親が連れ込んだ・・・?父親の方は?」

「中村が5歳の時に死んでる。交通事故だそうだ」

 

調べた限りだと、中村が道路に飛び出したところをかばい、車にひかれて死亡したらしい。

 

「んで、暴行未遂の方は、暴力もそうだが、性的なものもあったらしい。当時の中村は、たしか9歳か10歳くらいか。幸い、行為に及ぶ前に捕まったそうだが」

 

俺の言葉に、数人の息を呑む音が聞こえた。

小学生の女の子を性的な目で見る、ということは、それだけでもなかなかショックなことだ。

これに天之河は、いつものような正義感溢れる調子で言葉を漏らす。

 

「許せないな、子供相手に・・・」

「世の中には、そういう変態もいるんだよ。その男に関しては、普段から素行に問題があったようだが・・・っと、これ以上は話が逸れるな。それで、今度は児童相談所についてだが、こっちは虐待の疑いだな、母親からの」

「え・・・?」

 

俺の言葉に、愛ちゃん先生が自分の耳を疑ったような声を上げる。

 

「虐待、ですか?母親から?」

「そうだ」

「そんな、どうして・・・」

 

愛ちゃん先生からすれば、夫が交通事故で死んだのなら、母親が娘を支えるのだろうと思っていたのだろう。

それは他も同じなようで、ハジメグループ以外は困惑の表情だ。

 

「ここからは推測も混じってくるんだが、中村の母親は少しいいところのお嬢様みたいで、家の反対を押し切って結婚したらしい。だからか、ずいぶんと旦那さんにべったりだったそうだ」

 

どうして俺がここまで知っているのかはこの際置いておくとして、当時の中村家のご近所さんからきいた話だ。あながち間違いということもないだろう。

 

「その結果、自分の娘を夫の仇みたいに扱ったんじゃないかって考えている。『お前のせいで死んだ』みたいな感じでな」

「そんな、どうして・・・」

 

これに天之河も信じられないみたいな感じで呟くが、これも俺が諭す。

 

「中村の母親ってのは、親になるには脆い、あるいは弱い人間だったってことだ。数年後には、他の男を家に連れ込んでべったりするくらいにな」

 

これには、ご近所もいろいろと不審に思ったようで、その男の態度や風貌もあって不安だったようだ。その男が暴行未遂で捕まったのも、そのご近所が通報したかららしいし。

 

「それで、児童相談所が虐待の疑いがあるとして捜査に行ったんだが・・・」

「どうだったんですか?」

「ずいぶんと、仲のいい親子だったらしい」

 

愛ちゃん先生の控えめの問い掛けに、俺は簡単に答える。

そう、調査の段階では、とても仲睦まじい様子だったという。

 

「そうか、なら・・・」

「ただ」

 

そこで天之河が「やっぱり虐待なんてなかったんだ」的なご都合解釈をする前にぶったぎり、追加の情報を加えた。

 

「母親の方は、ずいぶんと怯えていたらしい。自分の娘に対してな」

「え?それはどういうことですか?」

「さぁな。あるとすれば、中村の方から仲のいいふりをしたってことなんだろうけど」

 

あくまで、俺がわかっているのは客観的に何があったかだけだ。詳しい事情なんて、わかるはずもない。

 

「そんな、いったい何のために・・・」

「ここからは多分に俺の推測が含まれるが、中村がああなった原因は、天之河、お前にあると思う。っていうか、それくらいしか考えられないぞ」

「え?」

 

俺の考えた推測に、当の本人はアホみたいな表情でぽかんとした。

 

「なんだ、あそこまでされといて、自分は無関係だとでも思っていたのか?」

「そんな、でも、俺と恵里はなにも・・・」

「そんなんだから、恵里が壊れたんじゃないのか?これはあくまで俺の想像だが、中村が自殺しようとしたところに出くわして、『俺が守ってやる』みたいなことでも言ったんじゃないのか?」

 

もちろん、証拠なんてない。

だが、中村を調べるにあたって、関係しているであろう天之河のことも軽くだが調べた。

そこで、天之河のカリスマや正義感などを知り、その時点で嫌悪感がマックスだったのだが、それは今は置いておくとして、

 

「もしそうだとすれば、言葉を間違えたな」

「なんだって?それのどこが悪いんだ?」

「中村は、父親が死んでからずっと1人だった。母親からは罵られ、虐待され、あげくに連れ込んだ男に凌辱されそうになった。そこまでされても、誰も助けてくれなかった。それで自殺を考えた女の子に、『俺が守ってやる』なんて言ってみろ、どう考えても落ちるだろ」

 

いったいどこの漫画のご都合展開だと思うが、境遇と状況から考えて、これが妥当ではあるだろう。

ただ、その後が問題だった。

 

「だが、お前は中村を1人の女の子ではなく、その他大勢の1人として扱った。中村の中ではこれから自分が幸せになるストーリーを夢想したのかもしれないが、お前の中ではすでに終わった物語の内の1つでしかなかった。中村がそれを自覚した結果、守るって約束を破られたと思って壊れた。だいたいこんなところじゃないか?」

「そんなっ、俺は・・・」

「ねぇ、1ついいかしら?」

 

俺の結論に天之河が反論しようとしたが、その前に八重樫が天之河をさえぎって質問した。

 

「なんだ?」

「どうして、そのことを話そうとしなかったの?言ってくれれば、もしかしたら防げたのかもしれなかったけど・・・」

 

たしかに八重樫の言う通り、俺が誰かにこのことを話していれば、今回のような事件を防ぐことができたかもしれないだろう。

ただ、俺にも言えなかった理由がある。

 

「早い話、確定的な証拠がまったくなかったからだ。中村は基本的に尻尾をつかませようとしなかったし、言ったところで誰が信じてもらえるかわからなかったからな。ぶっちゃけ、八重樫でも気づかなかった時点で、他の誰が気付いていると思ってるんだよ」

 

俺が最初に気づいたのも、その瞳の奥に違和感を覚え、結果としてそれが過去の俺と同じものだったからだ。他の誰かに理解できるはずもないだろう。

 

「一応、中村に()()()()らしき女子に当たりをつけて接触しようかと思ったんだが、相手がそれどころじゃなかったらしいし、どのみち証拠らしい証拠もなかったからな」

 

中村が他の女子を破滅させた手口はなかなかに巧妙で、いっさい証拠を残さず、かつ確実に相手の精神や立場を壊していた。仮に会えたとしても、どれだけ話してくれたかは疑問だ。周りの話を聞く限り、よっぽどひどくやられたらしく、話を聞けない人もいたほどだ。

 

「それに、俺が余計な行動を起こした結果、中村が大胆なことをしないとも限らなかったからな。慎重にならざるを得なかった。とまぁ、ここまでが俺が知る限りの中村の真相だが・・・ティア、とりあえず話を聞くから、そのジト目をやめてくれ」

 

途中あたりから、背中に冷や汗をかきながら説明していたぞ、俺は。

一応、ティアがなににムスッとしているかは、なんとなく想像がつく。

 

「・・・なんで、そんなにナカムラエリのことを調べたの?」

 

これもある意味、当然の疑問だろう。他のクラスメイトや愛ちゃん先生も考えることは同じだったようで、俺に無言の問い掛けを行ってくる。

別に、たいした理由ではないんだが。

 

「それが、俺の“仕事”だったからだ」

「仕事?」

「俺と親父で決めたことなんだがな、俺が個人で個人情報も含めた調査を行う場合、その内容を“仕事”として報告することにしてるんだ。そうすることで、ちゃんと責任を持てるようにってな」

 

プライベートの情報というのは、きわめてデリケートなものだ。一歩間違えれば、相手を破滅に追いやることもありうる。

だからこそ、“仕事”ということで責任感を持たせ、軽い気持ちで個人情報をあさらないように戒めるのだ。

俺の説明に、一応全員が納得してくれた。

 

「んじゃ、中村についてはこれくらいでいいな。あぁ、ここで俺の昔話は却下な。長いしめんどいし、意味もない」

 

とりあえず、八重樫がそれを聞きたそうにしているのを察して、あらかじめ釘を刺しておく。

八重樫はこれに口をつぐんだが、すぐに気を取り直して次の質問に入った。

 

「それじゃあ、あの日、先生が攫われた日に、先生が話そうとしていたことを聞いてもいいかしら?それはきっと、峯坂君たちが神代の魔法なんてものを取得している事と関係があるのよね?」

 

まぁ、それもちゃんと話しておこう。もともと、愛ちゃん先生が話すつもりだったらしいし。

ただ、これだとどのみち、面倒なことになりかねない、いや、ぜったいに面倒なことになる。

はてさて、どうしたものか。

まぁ、なるようになるしかないわけだが。

とりあえず、ここからは愛ちゃん先生が主体になって、大迷宮で知ったあれこれを話してもらおう。

そうすれば、まだ穏便に済むはず、だと思いたい。




「・・・そうか、すまないな、変なことを聞いて」
「いえ、これくらいなら・・・でも、どうしてこんなことを?」
「そうだな・・・あえて言えば、仕事だな」
「仕事、ですか?」
「あぁ、これは、俺がやるべきことだからな。だから、俺にやれることをやるんだ」
「そう、なんですか」
「あぁ。じゃあ、世話になった。また縁があったらな」
「はい・・・かっこよかったな、あの人」

実は、中村調査の最中に増えたファンもけっこういる。

~~~~~~~~~~~

今回は、ちょっぴり、というかけっこう早めの恵里説明会になってしまいました。
そして、長くなったので前後編にわけました。
今回、説明の最中にほとんどハジメがでてきませんでしたが、どうで興味0なんですし、別にいいですよね、これくらい。


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結局苦労はやってくる・後編

「なんだよ、それ。じゃあ、俺達は、神様の掌の上で踊っていただけだっていうのか?なら、なんでもっと早く教えてくれなかったんだ!オルクスで再会したときに伝えることは出来ただろう!」

 

愛ちゃん先生がすべてを話し終えると、案の定というべきか、天之河が真っ先に声を張り上げて俺たちを非難してきた。

八重樫がたしなめるように声をかけるが聞く耳をもたないし、ユエやティアの「2回も助けられといて、その言い草か?」みたいな眼差しにも気づいていない。

とりあえず、このバカを黙らせるためにも俺が口を開く。

 

「俺たちが言ったとして、お前、それを信じたのか?」

「なんだと?」

「どうせ、ご都合解釈が大好きなお前のことだ。大多数の人が信じている神を“狂っている”と言われた挙句、お前たちのしてきたことは結局無意味だったって俺たちから言われれば、納得するどころかむしろ非難するんじゃないか?その光景が簡単に目に浮かぶ」

「だ、だけど、何度も説明してくれれば・・・」

「何度説明しても、お前は絶対に納得しねぇだろ。お前が今この話を信じているのだって、愛ちゃん先生が実際に攫われて、そのことを愛ちゃん先生の口から説明したからだ。それを棚に上げて物を言ってるんじゃねえよ。そもそも、クラスメイトだから協力するのは当然、とか思ってないだろうな?あんまりふざけたことを言うなら、俺が檜山の二の舞にしてやってもいいんだが?」

 

そう言いながら、俺は周りに、主にバカ勇者に殺気を放つ。

他のクラスメイトたちはさっと目を逸らしたが、天之河は厳しい視線を俺たちに向けたままだ。というか、今の殺気に気づいているのかすら怪しい。アホみたいな正義感に任せて、周りを見ずに突っ走っている証拠だ。

 

「でも、これから一緒に神と戦うなら・・・」

「待て待て、勇者(笑)。俺たちがいつ、神と戦うと言ったよ?勝手に決めつけるな。向こうからやって来れば当然殺すが、自分からわざわざ探し出すつもりはないぞ?大迷宮を攻略して、さっさと日本に帰りたいからな」

 

天之河の言い分に、今度はハジメが突っかかってきた。

さっきまで無関心を貫いていたハジメだが、勝手に一緒に戦うみたいなことを言われて腹に据えかねたようだ。

このハジメの言葉に、天之河は目を見開く。

 

「なっ、まさか、この世界の人達がどうなってもいいっていうのか!?神をどうにかしないと、これからも人々が弄ばれるんだぞ!放っておけるのか!」

「顔も知らない誰かのために振える力は持ち合わせちゃいないな」

「俺もだ」

「なんで・・・なんでだよっ!お前たちは、俺より強いじゃないか!それだけの力があれば何だって出来るだろ!力があるなら、正しいことのために使うべきじゃないか!」

 

光輝の正義感にあふれた言葉は、そんじょそこらのバカならすぐに聞き入れ、持ち上げようとするだろう。

だが、俺たち“意思のある者”からすれば、まったく心に届かないし、滑稽以外の何物でもない。せいぜい、路傍の石程度の価値しかない。

俺が代表して、天之河を真正面からたたき伏せる。

 

「力があるなら、か。そんなんだから、お前は肝心な時に地面に這いつくばることになるんだよ。力ってのはな、明確な意思の下に振るわれるべきものだ。力があるから何かを為すんじゃなく、何かを為すために力を手に入れ、行使する。力があるから意思に関係なくやらなきゃいけないってんなら、それはただの“呪い”だろう。お前は、その意思が貧弱すぎんだよ」

 

これに天之河は何かを反論しようとするが、言葉が出なかったようで口をつぐむ。

俺は、ここからさらに追撃する。

 

「それにな、ハジメの力ってのは、お前たちみたいに元から持っていたものじゃない。奈落の底に落ちて、生き延び、自分の望みを叶えるために手に入れたものだ。こっちに来て力を手に入れて、それにはしゃいで勇者ごっこをしてただけのガキが、今さら文句を言うんじゃねえよ」

 

俺の言葉に、天之河が顔を真っ赤にして反論してきた。

 

「な、勇者ごっこだと!!俺は、この世界の人を救おうと・・・」

「で?そのために何をした?」

「そ、それは・・・」

「何もしてないだろ?せいぜい、迷宮にこもって魔物相手に訓練をしてただけだろ?よくもまぁ、それでこの世界の人を救うなんて言えたもんだ」

「そ、それならお前たちだって・・・」

「自慢じゃないが、お前よりかはよっぽど人助けをしたぞ。基本的にもののついでだがな。ていうか、これ以上食って掛かるならマジでぶっ飛ばすぞ」

 

とりあえず、俺が殺気を放ちながら天之河をボロクソ言ったおかげで、これ以上俺たちに何か言ってくるような奴はいなくなった。

別に、俺にもメルドさんたちの死体を残すくらいの良心はあるが、必要ならクラスメイトを殺すこともためらわない。

ぶっちゃけ、天之河は今まで何度も殺そうかと思ったが・・・香織や八重樫のことがあるから、ぐっと我慢したわけだが。

これで、俺たちへの詰問は終わったか・・・

 

「・・・やはり、残ってはもらえないのでしょうか?せめて、王都の防衛体制が整うまで滞在して欲しいのですが・・・」

 

と思ったのだが、今度は姫さんがそんなことを願い出てきた。

たしかに、魔人族の襲撃の抑止力になっているのは、ハジメのあの兵器と俺の魔法だ。俺がここに残るのは論外にしても、ハジメのアーティファクトくらいは欲しい、といったところか。

だからと言って、その願いを受け入れられるかというと、

 

「悪いが、それは無理だ。神の使徒と本格的にことを構えた以上、先を急ぐ必要がある。香織の蘇生に5日もかかっちまったから、明日には出発するつもりだ」

「そこを何とか・・・せめて、あの光の柱・・・あれも南雲さんのアーティファクトですよね?あれを目に見える形で王都の守護に回せませんか?・・・お礼はできる限りのことをしますので」

「・・・あれってたしか、もうぶっ壊れてなかったか?」

「あぁ、“ヒュペリオン”な。そうだな、最初の一撃でぶっ壊れた・・・試作品だったし、改良しねえと・・・」

 

あの時、ハジメが放った光の柱“ヒュペリオン”は、簡単に言えば太陽光をレンズで収束して放つレーザー兵器だ。

では、なぜあの時、夜なのに使えたのかと言えば、ハジメが奈落の底の“解放者”の隠れ家にあったという疑似太陽を使ったからだ。

あれのおかげで夜でも光をチャージして放てたのだが、本体がその熱量に耐え切れずにぶっ壊れてしまったらしい。

例の疑似太陽も、どうやら“解放者”の合作だったようで、今の俺たちには再現不可能な代物だった。

つまり、今のところ、あの一撃はもう使えないということだ。

 

「そう、ですか・・・」

 

ハジメの言葉に、姫さんがあからさまに落ち込む。

もちろん、大量殲滅兵器は“ヒュペリオン”だけではないのだが・・・今言うことではないだろう。

それに、今、香織、愛ちゃん先生、八重樫の視線がハジメを貫いている。いや、八重樫はちらちらと俺の方を見ている気がするが・・・スルーしておこう。

そして、ハジメもその視線を向けられている理由がわからないほど鈍感ではないし、ハジメのことだ、

 

「・・・出発前に、大結界くらいは直してやる」

「南雲さん!ありがとうございます!」

 

ハジメの言葉に、姫さんが表情を輝かせる。

やっぱり、ハジメも変わりつつあるようだから、きっとこれくらいなら引き受けるだろうとは思っていた。

それに、香織や愛ちゃん先生はもちろん、ユエたちもハジメに微笑みかけているから、悪いことではないだろう。

ハジメも、苦笑いをこぼしながらも満足そうにしている。

 

「それで、峯坂君たちはどこへ向かうの?神代魔法を求めているなら大迷宮を目指すのよね?西から帰って来たなら・・・樹海かしら?」

「あぁ、前に行ったときは条件が足りなくて断念したが、今ならいけるからな。もともとはフューレンに寄ってから行くつもりだったが、今から南下するのも面倒だし、このまま直接向かうつもりだ」

 

俺がとりあえずの予定を伝えると、姫さんが何かを思いついた表情をする。

 

「では、帝国領を通るのですか?」

「まぁ、そうなるな」

「でしたら、私もついて行ってよろしいでしょうか?」

「ん?どうして・・・あぁ、諸々の戦後処理か」

「えぇ、今回の王都侵攻で帝国とも話し合わねばならない事が山ほどあります。既に使者と大使の方が帝国に向かわれましたが、会談は早ければ早いほうがいい。南雲さんの移動用アーティファクトがあれば帝国まですぐでしょう?それなら、直接私が乗り込んで向こうで話し合ってしまおうと思いまして」

 

道中で再会したときもそうだったが、なんともフットワークが軽い姫さんだ。まぁ、理にかなっているし送るくらいなら文句は言わないが、念のために釘を刺しておくか。

 

「途中まで送るのはいいが、さすがに帝都の中に入るのは無しな。絶対にめんどくさいことになる」

「ふふ、そこまで図々しいこと言いませんよ。送って下さるだけで十分です」

 

姫さんも、苦笑しながらも了承した。

なら、出発するまでに必要なことを・・・

 

「だったら、俺たちもついて行くぞ。この世界の事をどうでもいいなんていう奴らにリリィは任せられない。道中の護衛は俺たちがする。それに、峯坂たちが何もしないなら、俺がこの世界を救う!そのためには力が必要だ!神代魔法の力が!お前たちに付いていけば神代魔法が手に入るんだろ!」

「やだよ、ついてくんな。場所は教えてやるから、そっちで勝手に行ってくれ」

 

大人しくなってくれたと思ったバカ勇者が再び立ち上がって、非難しながらも頼るとかいうわけの意味不明な行動にでた。

なに1人で勝手に盛り上がってんだ、こいつ。

 

「でも、峯坂君、今の私たちでは、大迷宮に挑んでも返り討ちだって言ってませんでした?」

「あぁ、言ったな」

 

愛ちゃん先生がおずおずと尋ねてきて、俺はあっさり肯定した。

開き直っているようにも見えなくはないが、今は気にしない。

 

「魔人族の使役する魔物や中村の傀儡兵にてこずったお前たちが挑んだところで、せいぜい途中で無駄死にするのが関の山だ。そもそも、お前らじゃ中にすら入れないところもあるか。まぁ、そういうことだから、行きたきゃお前らだけで勝手に逝ってこい」

 

別に、ハジメも日本に帰る手段を手に入れたら便乗させてやろうくらいには考えていたが、また一からこいつらの神代魔法習得に付き合うのは時間の無駄以外のなにものでもない。だから、にべもなくバカ勇者の要求を突っぱねる。

すると、今度は八重樫が俺たち、というよりは主に俺に懇願してきた。

 

「峯坂君、お願いできないかしら。一度でいいの。1つでも神代魔法を持っているかいないかで、他の大迷宮の攻略に決定的な差ができるわ。一度だけついて行かせてくれない?」

「・・・言っておくが、寄生したところで神代魔法は手に入らないぞ。攻略したと認められるだけの行動と結果が必要だ」

「もちろんよ。神のことはこの際置いておくとして、帰りたいと思う気持ちは私たちも一緒よ。死に物狂い、不退転の意志で挑むわ。だから、お願いします。何度も救われておいて、恩を返すといったばかりの口で何を言うのかと思うだろうけど、今は、貴方たちに頼るしかないの。もう一度だけ力を貸して」

「鈴からもお願い、峯坂君。もっと強くなって、もう一度恵里と話をしたい。だからお願い!このお礼は必ずするから鈴たちも連れて行って!」

「頼めねえか、峯坂。せめて自分と仲間くらいは守れるようになりてぇんだ。もう、幼馴染みが死にそうになってんのを見てるだけってのは・・・耐えられねぇ」

 

そこに、谷口と坂上も八重樫に感化されて俺に頼み込んできた。坂上など、土下座せんばかりの勢いで頭を下げている。

なぜハジメじゃなくて俺なんだと思わなくもないが・・・まぁ、基本的に行動スケジュールを管理しているのは俺だから、別にいいか。

さて、こいつらの懇願はどうしようか・・・。

ぶっちゃけ、ここですぐにきっぱり断ろうとは思っていない。

八重樫は、俺が見た感じでは大迷宮に挑むだけの実力はあると考えている。少なくとも、足手まといにはならないだろう。

谷口も、中村を引き合いに出されては強く言い返せない。中村に関しては、俺にも責任があるわけだし、さすがに断りにくい。

坂上も、ここでこの世界云々ではなく、自分や幼馴染、仲間を守りたいと言っているから、まだ天之河よりはマシだろう。

ただ、こいつらが来るとなると、そのバカ勇者が一緒についてくるわけで。

ハッキリ言って、それは嫌だった。絶対に面倒なことになる。

だから、やっぱり断っておこうか・・・

 

「別にいいんじゃねえか?」

 

そう思った矢先に、ハジメがそんなことを言い出した。

 

「どういう風の吹き回しだ、ハジメ?」

「そいつらにやる気があるってんなら、ハルツィナ樹海くらいはいいんじゃねえかってことだ。さすがに、他の大迷宮に行くのは御免だけどな」

「南雲・・・!」

 

ハジメのまさかの言葉に、天之河が感動したように声を震わせる。

が、俺は見逃さなかった。ハジメの目の奥に宿った、鬼畜の光を。

大方、また神の使徒が襲ってきたときの肉壁にでもするつもりなのだろう。バカ勇者は戦う気満々だし、別にいいよな?みたいな感じで。

俺はすぐにさっきのハジメの言葉を撤回しようとしたが、すでに天之河たちが俺たちについてくるということで決まった雰囲気になっており、もうどうしようもできないだろう。

・・・まぁ、いざというときはハジメに責任をとらせよう。

とにかく、決まってしまったものはしょうがない。

 

「はぁ、だったら、お前たちはあとで訓練場に集合な」

「どういうことだ、峯坂?」

「さっき言っただろ、お前たちじゃ返り討ちに会うだけだと。だから、足手まといにならない程度には鍛えてやる。俺たちについてきといて足を引っ張るだけってのは、迷惑極まりないからな」

「・・・わかった」

 

俺の言葉に天之河は一瞬鋭い視線を俺に向けるが、事実ではあるから言い返さずに言葉を飲み込み、了承した。

だが、ある意味、天之河以上に問題なのは、

 

「それと、中村と話をするっていうなら、谷口も相応に覚悟を決めておけよ。あれは、まじもんの化け物だ」

「え?」

「さっき聞いたんだが、中村の例の受け答えができる死体を作るっていう降霊術、たしか“縛魂”って言ってたか。あれは、末端とはいえ神代魔法の域に達している。信じられないことにな」

 

あの傀儡兵たちは、記憶のパターンを魂に植え付けることで、ある程度だが受け答えができる死体を作ったという。つまり、末端も末端だが、魂魄に直接干渉するという、魂魄魔法の領域に自力でたどり着いた、ということだ。

俺はその可能性を考えながらもあり得ないと思っていたが、残念なことにそのいやな予感が的中してしまった。

一代、それも数か月で神代魔法の域に達したのは、それだけの才能と努力があったのか、あるいは溢れんばかりの妄執がそれを成したのか。

いずれにせよ、

 

「中村は、闇魔法や降霊術のみに関して言えば、俺たちと同等以上の技量を持っていると考えていいだろう。さらに、魔人族側についたということは、最低でも魔人族、下手をすれば向こうの神のバックアップを受ける可能性すらある。それだけは覚えておけ」

 

谷口は、俺の言葉に神妙に頷いた。

他の面々も、俺が特訓をつけることに関しては反論はないようで、訓練場に向かうために立ち上がろうとしたが、そこに再び待ったがかかった。

 

「あの、ツルギ様、少しよろしいでしょうか?」

「アンナか、どうしたんだ?」

 

振り返ると、アンナが姿勢を整え、瞳に決意を宿していた。

 

「私たちにも、戦い方を教えてくださいませんか?」

()()()というと・・・」

「はい、“ツルギ様専属メイド会”全員です」

 

アンナの言葉に、ハジメたち以外の人間が、主に姫さんがギョッとして俺を見る。

言い訳させてもらうと、別に狙ってやったわけじゃないから。いつの間にか結成していただけだから。

とりあえず、周りのうっとおしい視線は睨んで散らしつつ、理由を尋ねる。

 

「・・・一応、聞いておこうか。どうしてだ?」

「私たちは、今回の襲撃で何もできませんでした。もちろん、メイドや使用人という仕事柄、戦闘技術はあまり学んではきませんでしたが、そのままでいいはずがないと考えています。ですから・・・」

「俺に、最低限でもいいから戦えるようにしてくれ、ということか」

「はい。ツルギ様が忙しいのは承知していますので、心苦しくはありますが・・・」

 

それでも、背に腹は代えられない、といったところか。

俺はあの時、アンナに「お前のやるべきことをしてくれ」と言った。実際、他のメンバーも含めて、王都の復旧に全力であたったのだろう。

一応、今回の件での無気力をまぎらわせるために命令したのだが、やはり全部とまではいかなかったらしい。

だから、この5日間で考え、この結論をだした、ということか。

 

「ちなみに、それはお前たちの総意なんだな?」

「はい」

 

俺の問いに、アンナはまっすぐ俺を見て答える。その眼に嘘はなかった。

なら、俺の答えは1つだ。

 

「時間がないから最低限のことしか教えられないが、その分みっちりと叩き込んでやる。他の奴らにもそう言っておけ」

「ありがとうございます!」

 

俺の返事に、アンナは笑顔になって頭を下げる。

 

「おい、俺たちはどうするんだ?」

「とりあえず、今日はお前たちには最低限の指摘だけ済ませて、あとは道中で叩き込む。今日はアンナたちを優先だ。時間がないからな」

 

もう昼過ぎだというのに、やることが山済みだ。

とりあえず、今後の迷宮攻略に支障がでないことだけを祈ろう。

ハジメが前よりも柔らかくなったのはいいが、それでも俺が苦労を背負うことになるのは変わりないだろうし。




「あの~、ツルギさん」
「シアか、珍しいな。どうしたんだ?」
「メイドさんたちを鍛えるって話でしたけど、まさかハジメさんみたいな・・・」
「何を言ってるんだ。俺をあんな鬼畜外道と一緒にするんじゃねえよ」
「そうですよね!よかったですぅ!安心しました!」
「おい、お前ら、ずいぶんな言い方だな?」
「なら聞くが、ハウリア族を思い出してもそれを言えるのか?」
「・・・」

シアに訓練方法を心配され、流れでハジメを撃沈するツルギの図。

~~~~~~~~~~~

前編よりは短くしました。
それでも、次からもそこそこ長くなりそうですが。
今の見立てでは、たぶん3話くらいまたいでからヒャッハー兎とご対面、といったところです。
さて、早めに剣さんのメイド戦闘指導に入りますが、ハー〇マン方式にはしません。
さすがに大人数のメイドさんをヒャッハーにするのはあれなので。


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合法だ、合法

「うし、集まったな」

 

あの話し合いのあと、俺は屋外訓練場に行った。ここもまだそこまで復旧が進んでいるわけではないが、十分使える範囲内だ。

今ここに集まっているのは、俺、ティア、イズモ、八重樫、天之河、坂上、谷口、そして、

 

「・・・う~ん、圧巻というか、なんというか、すごい光景だな」

 

アンナ他、“ツルギ様専属メイド会”総勢42人。もちろん、全員メイド服だ。

42人のメイドたちが、整列して並んでいる・・・うん、日本じゃ考えられない光景だな。

そして、ティアとイズモから、ものすごいジト目を向けられている。それがなかなかつらい。俺の胃にダイレクトアタックしてくる。

ちなみに、今は2人とも人間族の姿にしてある。

ティアとイズモも魔人族侵攻の際に前線で軍勢を屠った、いわば英雄的な立場にいるが、その場にいた者はともかく、その場にいなかった兵士や市民たちにはあまり浸透していないし、今はいろいろとデリケートなのだ。魔人族であるティアはもちろん、亜人族であるイズモやシアたちが民衆の前にでただけでも、混乱が起こりかねない。

というわけで、今は人間族の姿になっている。

なぜ2人がここにいるのかは、イズモは俺の手伝いが、ティアはイズモとは違う用事があるからだ。

それはあとで説明するとして、

 

「んじゃ、まずは天之河、坂上、谷口の指導だな。とはいえ、今日は時間がないから最低限の指摘で済ませるぞ」

 

とりあえず、この3人に今日の最低限のことを叩き込む。

すると、呼ばれなかった八重樫が手を挙げて尋ねてきた。

 

「えっと、私は?」

「八重樫は別だ。それで八重樫がよければでいいんだが、ティアに体術を教えてくれないか?」

 

これが、ティアに今日来てもらった理由だ。

俺の返答に、八重樫は眉を顰めるが、もちろん理由があってのことだ。

 

「私には、なにも教えてくれないのかしら?」

「教えないっていうよりは、俺が八重樫に教えることがないって方が正しいな」

「・・・そうなの?むしろ、教えてもらうことの方が多いと思うのだけど・・・」

 

たしかに、八重樫からすればそう考えるのも当然だろうが、今回ばかりは本当に俺ではどうしようもない。

 

「結論から言うけどな、剣術だけで見れば、俺と八重樫にそこまで差はない」

「そんなことは・・・」

「もちろん、全くないわけではないが、それでも八重樫が思っているほど劇的なものではない。お前が感じている差も、結局のところ神代魔法の有無とか根本的なステータスが原因だからな。今、どうこうってのはできない。技術ってのは、極めれば極めるほど、伸びしろが小さくなるからな。それに、今のお前の八重樫流は、八重樫自身の剣術として成熟しつつある。そこに俺があれこれ言ったところで、むしろ逆効果になる可能性の方が大きいんだよ。まぁ、そもそもを言えば、俺の剣は我流だから、基礎より上のことを教えられないってのが一番なんだが。俺に八重樫流なんてわからないし」

「そう、それならわかったけど、どうしてティアに教えることにつながるのかしら?」

「言っただろ、俺は基礎より上のことは教えられないって。それは、ティアに対しても同じなんだ。八重樫なら、八重樫流の体術も習得してるだろ?だから、ティアに本格的に指導してもらいたくてな。それに、この機会に八重樫流と向き合うことも、今後の向上につながる。だから、ティアに体術を教えて損はないはずだ」

 

まぁ、今言ったことの他にも、1回ティアと八重樫にコミュニケーションをとらせる目的もある、というかそっちの方がわりと大きい。

八重樫の話題が出るたびにティアがジト目になるせいでちょっと胃が痛くなるし、今も先ほどよりかはマシだが、八重樫にジト目を向けている。どう考えても「こいつ気に入らない」みたいな視線だ。

だから、これを機にティアと八重樫には仲良くなってもらうか、それが出来なくてもティアの八重樫に対する印象を変えてもらいたい。

幸い、2人にはかわいいものが好きという共通の趣味があるから、なんとかなるだろう・・・多分。

 

「そういうわけなんだが、どうだ?」

「・・・わかったわ。たしかに、そっちの方がよさそうだし」

「・・・ツルギがそう言うなら」

 

とりあえず、不承不承ながらも2人は了承してくれて、揃って訓練場の隅の方に移動した。

あとは、2人に任せよう。

 

「よし、それじゃあ、こっちも始めるか。まずは谷口からだな」

「ひゃ、ひゃい!!」

 

谷口はなにやら緊張しているのか舌を噛んでしまい、恥ずかしそうに顔を赤くしてうつむいている。

 

「・・・そう警戒するなよ」

「いや、だって、これから何をされるのかと思うと・・・」

「言っておくが、俺はハジメとは違うからな。スパルタはスパルタだが、んな鬼教官みたいなことはしねえよ」

 

まぁ、それはあくまで谷口と坂上の話だが。

 

「んじゃ、気を取り直して、谷口の天職は結界師だったな」

「う、うん、そうだよ」

 

結界師は、その名前の通り、障壁や結界系の魔法に天賦の才を持つ天職だ。

 

「それじゃあ、一回障壁を展開してくれ」

「う、うん、わかったよ・・・“聖絶”!」

 

谷口は詠唱を唱えて、“聖絶”を展開した。

俺はそれに近づいてコツコツとたたきながら確認するが、たしかに、これなら並みの攻撃は通らないだろう。

だが、

 

「なるほどな、だが・・・ふっ!」

「きゃあ!?」

 

俺は拳を腰だめに構えて、谷口の“聖絶”にたたきつける。それだけで、谷口の“聖絶”は破壊された。

 

「大迷宮に挑むには、これだけじゃあ足りないな」

「うぅ、どうして・・・」

「“聖絶”全体に衝撃が通るように拳をたたきつけた。他にも、障壁破りの手段はいろいろと持っている。大迷宮じゃ、ただ固い障壁だけじゃあ足りないな」

「じゃあ、どうすればいいの?」

「そうだな、これはあくまで一例だが・・・」

 

そう言いながら、俺は“天絶”を30枚同時展開した。

 

「谷口は、これくらいならできるか?」

「う、うん、できるけど」

「こっから、さらに一工夫加える」

 

そう言いながら、俺は障壁の外側の部分、およそ5,6枚を爆発させた。

 

「今のって、バリアバースト?」

「そうだな。基本的には攻撃に使われるが、これは防御にも使える。これを相手の攻撃を防ぐと同時に行うことで、相手の攻撃を相殺して威力を殺すことができる。そして、威力を殺したうえで残りの障壁で防ぐんだ。これなら、貫通力のある攻撃にもある程度通用する」

 

これは、地球の装甲車両にも使われているシステムだから、効果は折り紙付きだ。

 

「ただし、爆発させるときの威力や枚数を間違えると、自分たちにもダメージが入るから、そこは注意するように。つっても、これはあくまで一例だから、あとは自分で考えてくれ」

「へ?鈴が?」

「当たり前だろ?これは他にも言えることだが、大迷宮攻略のときには、少なからず自分たちだけで考えて行動する必要がでてくる。必ずしも仲間がいて、チームで行動できるとは限らないからな。だから、今のうちに自分で考える力をつけておけ。これからの鍛錬も、基本的にはお前たちに考えさせて、その成果を俺との実戦で試すことにするから、そのつもりでいるように」

「わ、わかった!」

「おうよ!」

「あぁ」

 

俺の言葉に、3人は力強くうなずく。とりあえず、今後の把握はできたようだ。

 

「さて、次は坂上だな。1回、俺と手合わせするぞ。もちろん、素手でな。俺が攻撃するから、坂上はそれをしのいでくれ」

「おう、わかったぜ」

 

そう言って、坂上は拳を構えた。これは、空手の構えにも通じているな。

それを確認してから、俺は坂上に突撃した。

とはいえ、本気で突っ込んだわけではなく、一歩手前で立ち止まって拳を放つ。速度や威力も、だいぶ落としてある。

とはいえ、初速を最高速にして放っているから、簡単に見切れるものでもない。

 

「よっ、うおっ、とっ」

 

だが、ギリギリだが坂上はよく防いでいる。なんとか見切れているようだ。

それでも、これはいわばジャブ、牽制の攻撃だ。本命は、

 

「ふっ!」

「ぐえっ!?」

 

坂上が顔面に向けられた拳を防ごうと両手でカバーし、その隙に俺は拳を引っ込めてがら空きになった胴体を蹴りぬいた。加減はしたが、もろに受けた坂上は吹っ飛んでいく。

 

「いつつ・・・」

「今のが、坂上の欠点だな」

「どういうことだ?」

「今のお前に欠けているのは、駆け引きだ。相手は魔物じゃなくて、人だ。当然、頭も回るし策をめぐらせる。魔物相手と同じように突撃したところで、返り討ちにされるだけだ。とはいえ、お前に難しいあれこれができるとは思っていない」

「・・・峯坂、お前、俺をバカにしてねえか?」

「してるに決まってるだろ。それとも、駆け引きで俺を出し抜くことが、お前にできるとでも言うのか?」

「・・・」

 

坂上は黙って視線を逸らした。図星らしい。

 

「だから、お前でもできることを教えてやる」

「それはなんだ?教えてくれ!」

「簡単なことだ。さっきの蹴る直前に放った拳、あれにはほとんど攻撃力はない。せいぜい、当たっても痛いだけだ」

「お、おう、そうだったのか・・・だったら、どうすればいいんだ?」

「対処するのは、でかいダメージになる攻撃か致命傷だけ。痛い程度のダメージは全部無視して、当たってカウンターを仕掛けるようにしろ。ダメージの見極めくらいなら、お前でもできるだろう?」

「そりゃそうだが・・・そんなんでいいのか?」

「いいんだよ。どうせ格上相手に無傷の勝利なんて不可能だしな。だったら、倒れる前に倒す、くらいの心構えで行け。お前のそのガタイは飾りじゃないだろう?あぁ、でも毒使い相手には気を付けろよ。かすっただけで終わり、なんてのもあり得るからな。だから、お前の課題は、相手の攻撃の見極めと、当たりながらカウンターを放つ後の先の呼吸、この2つだ」

 

ぶっちゃけ、こんなごり押し戦法は勧めたくなかったが、残念ながら、坂上は筋金入りの脳筋だ。だったら、ガタイに物を言わせたごり押し戦法の方が、坂上のスタイルにマッチするだろう。

問題は、この教え方のせいで坂上の戦い方がヤンキーのケンカみたいにならないかだが・・・そのときはそのときだ。こいつなら、そう簡単に死にはしないだろう・・・多分。

さて、坂上には若干の不安要素が残ってしまったが、今はこれでよしとして、

 

「最後は、天之河だな」

「あぁ。俺には、何を教えるんだ?」

「そうだな・・・まずは、剣を抜け。聖剣は持ってきてるだろう?」

「あぁ、ここにあるけど・・・」

 

そう言って、天之河が聖剣を抜いたところで、俺は物干し竿を生成し、天之河に斬りかかった。

だが、天之河は咄嗟に聖剣を構えて防いだ。

 

「へぇ、今のに反応できるのか」

「っ、なんのつもりだ、峯坂!」

「言っただろう、鍛錬だって」

 

言いながら、俺は聖剣をかち上げて再び斬りかかるが、本気ではないとはいえ、天之河もよく反応して防ぐ。

だが、それほど余裕はないらしく、それなりに切羽詰まった表情をしている。

 

「さて、お前に足りないものはいろいろとあるんだが、1個ずつ言っていくか。1個目は、メルドさんも言ってたよな」

「な、んの、ことだ!」

「覚悟だ」

 

天之河の問いに、俺は簡潔に答える。

 

「覚悟だって?」

「あぁ、人を殺す覚悟だ」

「っ、だが・・・!」

「人殺しは間違っているって?なら聞くが、お前の世界を救うって覚悟は、自分が間違ったことをしたくないってだけの理由で投げ出す程度のものなのか?」

「そ、それは・・・」

「お前は全部救うなんてほざいているがな、そんなことをできるやつなんてどこの世界にも存在しない。お前は当然、俺やハジメでもだ。だから、最低限守るものを決めて、それのためなら害する奴らを殺す」

 

俺の言葉に、天之河の表情が歪み、同時に聖剣がぶれてきた。

それを見てから、俺は神山で手に入れた新しい技能、“心眼”を発動した。これは、対象の魂魄を見ることができ、魂魄の揺らぎなどによって対象の心情や感情を推察することができる。

今の天之河は、それなりに動揺しているのが見て取れる。

ここから、さらに天之河の心を抉るように言葉を選んで口撃する。

 

「それに、お前は力があるから何でもできるなんて思っているが、力なんてただの道具にすぎない。強いからなんでもできるわけじゃないんだよ。本当になんでもできるなら、そもそも香織を死なせるような状況なんて作らせないからな」

 

俺の口撃に天之河は反論できない。俺の言っていることが正論だからというよりは、俺の攻撃をしのぐのに精いっぱいだからだろうが。

そこで、俺はわずかに攻撃の手を緩めて問いかける。

 

「さて、ここで質問だが、なぜ俺たちは全部を救えないと思う?」

「そ、それは・・・」

「・・・わからないみたいだな。簡単な理由だ。すべてを守るには、世界は広すぎるし、俺たちは違い過ぎる。それが答えだ」

「違う、だって?」

「あぁ。生まれた国が違う、信仰する神が違う、身分が違う、種族が違う。そして、人に限らず、生き物は違いを無条件に受け入れられるようにはできていない。この世界の戦争はエヒトによるものだとわかっているが、仮にエヒトの干渉がなくても戦争は起こっていただろう」

「どうしてそんなことが言える!」

「地球がそうだからだ」

 

戦争というのは、国や宗教の違いから軋轢が生まれ、話し合いで通じなくなったときに起こる。要は、国同士のケンカだ。互いが互いを受け入れられないから、武力行使で無理やり理解、あるいは迎合させようとする。

この原理で戦争が起きている以上、戦争というものはどこの世界でも必ず起きるものだ。

 

「お前は、自分が正しいと思っていることが全部だと思っているが、それはガキの考えでしかない。お前の“正しい”は、時に他の奴からすれば“間違っている”、あるいは“異端”だと思われることもある。そして、それを受け入れられないのもまた、お前の弱さでもある」

「なん、だって?」

「自分は正しくなくちゃいけない。たかがその程度のことに取りつかれ、時に自分に都合のいいように考える。自分の間違いを認めず受け入れずのお前が、強くなれるはずもないんだよ。そして、都合のいいようにしか考えないお前には、その剣になにも込めちゃいない。お前の剣には、意思や決意がまったくない。だから・・・」

 

そう言って、俺は物干し竿を振り上げ、天之河にたたきつける。

天之河はこれを防ぐが、簡単に吹き飛ばされてしまい、後ろの壁に激突した。

 

「がはっ!」

「こんな風に、俺でも簡単に吹き飛ばすことができる」

 

ちなみに、今の攻撃には魔力をまったく込めていない。

ステータス上ではほぼ互角、あるいは天之河が上にも関わらず、簡単に俺が吹き飛ばしたのは、それによる剣の重さの違いだ。

 

「今回はこれくらいで終わるが、お前の聖剣に込めるべきもの、お前が本当に守るべきものを考えておけ。これでまた同じようなことを言うようなら、お前は強くなれないことを覚えておけ」

 

それだけ言って、俺は踵を返してアンナたちの下に向かった。

そこでは、メイドたちが微妙な表情・・・をしているかと思ったら、尊敬一色の表情を向けられた。

 

「さすが、ツルギ様です!私たちもスッとしました!」

「・・・う~ん、それは何よりだが、ちょっと複雑だな・・・」

 

俺には尊敬の眼差しを向け、天之河には「へっ、ざまぁみろ!」みたいな目を向けるメイドたちは、本当にアンチ天之河なんだなぁ、とアンナから聞いた話に納得した。

 

「ですが、よろしかったのですか?周りの目もありましたが・・・」

「ん?あぁ、いいんだよ。今の天之河に必要なのは挫折だ。そういう意味じゃあ、周囲に他の人間がいるというのも悪くない。それに、あいつが調子に乗っているのは周りの人間がむやみにあいつを支持することにもあるからな。これで天之河に疑念を持って、できれば離れて行くってなれば、あのバカもちょっとは自分を見直そうとするだろ。これでも治らないようなら、もっとボコボコにするしかないんだが・・・」

 

だが、あまりやりすぎるのもよくない。

さっき言った通り、天之河の根っこはガキもいいところだ。なら、あまり言い過ぎると癇癪を起こす可能性もある。その結果、周りに被害をだそうものなら目も当てられない。

やろうと思えば、さらにあのバカの心をズタボロにすることもできるが・・・今のでこれなら、やめておいた方がいいだろう。香織や八重樫のこともあるし。

 

「んじゃ、あっちのことは置いておくとして、今からお前たちの訓練を始めるぞ」

「「「「「はい!」」」」」

 

俺の言葉に、メイドたちは元気よく応える。

・・・どうして“剣様専属メイド会”って言わないのか、だって?恥ずかしいからに決まってるだろ。

それはさておき、訓練を始めるわけだが、

 

「それじゃあ、まず最初に、各自にこれを渡しておく」

「ツルギ様、これは?」

「見ての通り、武器とかを入れるホルスターだ。さすがにメイドとかの仕事があるのにごつい武器を持たせるわけにはいかないからな。あとで、それぞれに合った暗器や携帯武器を渡しておく」

 

ちなみに、これはハジメに頼んで特急で作ってもらったものだが、なぜかノリノリだった。作ってもらったとは言っても、半分以上はすでにハジメが用意していたものらしいし。

何やら変なことを考えているのは目に見えているが・・・そのときは、ユエあたりが相手するだろう。わざわざ俺が手を出すこともないはずだ。

 

「それで、これはどこに取り付けるのですか?」

「足、できれば太ももに取り付けるのが望ましいな」

「と、いうことは・・・」

「まぁ、武器を取り出すときはスカートをたくし上げることになるな」

「そ、そうですか・・・」

 

俺の言葉に、メイドたちに羞恥や困惑の表情が見て取れる。

当然と言えば当然だろう。冒険者とかファッションを別にすれば、年頃の女の子が人目のあるところで肌を、とくに足を露出するのをためらうのは珍しいことではない。その機会が少ない上流階級や使用人ならなおさら。こっちの世界のドレスも、大胆に足を露出するものはわりと珍しいし。

とはいえ、だ。

 

「嫌だと言うなら、別にやめてもらっても構わないぞ」

「え?」

「戦場では、どういう理由であれ、一瞬のためらいが自分や周りの勝敗、ひいては生死につながる。俺も、それで痛い目にあったことがあるからな。だから、ここで覚悟を決められないというなら、これ以上俺の指導を受けても無意味だ。帰ってもらって構わない。もちろん、このことで俺が責めるつもりはない。お前たちの自由だ」

 

戦場での羞恥というのは、それだけでも死に直結しかねないものだ。シアの露出過多は別にしても、ユエだって基本的に多少の被弾で服が破けるくらいは無視する。そもそも被弾することが少ないが、ユエならそうするだろう。

そして、俺は別にそれを強要したりしない。ここで、覚悟のある奴とない奴を選別し、ない奴は容赦なくふるい落とす。そして、覚悟がある奴だけに戦いを教える。そもそも、覚悟のない奴に戦い方を教えたところで、それは徒労にしかならないのだから。

だが、俺の見立てが正しければ、

 

「私は、やります!」

 

まず最初に行動したのは、アンナだった。

アンナはためらいなくドレスエプロン(要はメイド服)の裾を持ってたくし上げ、太ももにホルスターを取り付けた。

それに続いて、他のメイドたちもわずかな躊躇を見せながらも、それを押し殺して次々にドレスエプロンをたくし上げ、太ももにホルスターを取り付けていった。

そして、全員がホルスターをつけ終わった。

 

「・・・つまり、お前たち全員に、戦う覚悟があるということでいいな?」

「「「「「はい!」」」」」

「なら、お前たちにその覚悟に見合ったものを叩き込んでやる!しっかりついてこい!」

「「「「「はい!」」」」」

 

これで、前段階は終わり。あとは、限られた時間のなかでできる限りのことを教えよう。それに、これだけの覚悟があるなら、俺がいなくても自分たちだけで行動できるはずだ。

まだ早いが、もうこの子たちに問題はないだろう。

さて、今度は、この子たちに戦闘の基礎とそれぞれに適性のある武器の使い方を叩き込みながら、ティアとイズモへの言い訳を考えておこう。

さっきから、もはやジト目を通り越して殺気を感じる。これをなだめるのは、一筋縄にはいかないだろう。

それに、八重樫もジト目を向けている気がするのは、気のせいだと思いたい。




「そういえば、ツルギ殿、聞きたいことがあるのだが」
「ん?なんだ?」
「先ほどの勇者殿への指導、若干私怨が混じっていなかったか?」
「当たり前だろ。あいつには日本にいたからストレス感じてたからな」
「清々しいほどに開き直った!?」

天之河への八つ当たりを正々堂々と告白するツルギの図。


~~~~~~~~~~~


自分の目の前に整列する、42人のメイドたち・・・アキバでもそうそうお目にかかれないでしょうね。
ちなみに、自分の好みはメイドではなく猫耳です。
猫耳と肉球つけてかわいらしく「にゃん♡」と言わせる、これこそ至高だと考えています。
それはそうと、勇者()へのあてつけというか、指導ですが、この時点ではまだ軽めにしておきました。
どうせ、後々で言われることですし。


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和解できたりできなかったり

「・・・」

「・・・」

(・・・気まずいわ)

 

それが、雫がティアと向かい合った最初の感想だった。

簡単に言えば、ティアが雫に対して敵意を向けており、それに心当たりがない雫がどうしたものかと困っている、という感じだ。

オルクス大迷宮で会ったことはあるが、その時はほとんど会話をしていない。というより、その時点でそこそこティアに敵意を向けられており、仲良く会話などとならなかったというのが正しいが。

 

「・・・そ、それじゃあ、ティアさん、今から教えるから」

「・・・わかったわ。よろしく頼むわね、ヤエガシ」

 

口ではそう言っているが、どこからどう見ても不承不承といった様子だ。言葉遣いも、剣と比べてだいぶぶっきらぼうで、あまり好意的には感じられない。

 

(私、何かしたかしら・・・?)

 

頭の中で疑問符を浮かべながらも、雫は剣に言われたとおりにティアに指導を始めた。

そして、教える中で思ったのが、ティアにはなかなかセンスがあるということだ。

ツルギの話では天職を持っていないと聞いたが、まるで水を吸うスポンジのように教えたことを吸収していく。本当に天職がないのか疑問に思うくらいだ。

ただ、言葉も発さずに黙々とこなしているのが、どことなく怖い。

そして、指導を始めてから少し経ったとき、ティアの方から口を開いた。

 

「・・・ねぇ、少しいいかしら?」

「えっと、なに?」

「ヤエガシは、ツルギのことをどう思っているの?」

「どうって・・・単純に、クラスメイトで恩人、としか」

 

少なくとも、雫は本気でそう思っていた。

ただ、他よりも意識することが多くなったというか、ちらちらと視線をツルギに向けることが多くなったが、それでも雫はあくまでクラスメイトとか恩人だと思っている。

それに対し、ティアはジッと雫の目を見て・・・とりあえずは納得したのか、引き下がった。

 

「そう、ならいいけど・・・」

 

雫もティアが引き下がったことにホッとしつつ、指導を再開しようとするが、再びティアから問いかけられた。

 

「でも、よかったの?私の面倒を見てくれて。ヤエガシは、()()()()鍛錬したかったみたいだけど」

 

どことなくツルギのことを強調しているようにも聞こえたが、そこはあえてスルーして、その問いに曖昧な笑みを浮かべて返した。

 

「まぁ、峯坂君の言うことにも一理あったし、それに、こういうのはいつものことだから。こんなの慣れっこよ」

「・・・そう」

 

この返答に、ティアは今度は雫に気づかれない程度のため息をついた。

この雫の言葉と表情で、ティアはなんとなく雫という人間をなんとなく理解した。同時に、ツルギがやたらと気にかけている理由も。

雫は、自分の気持ちを押さえつけている。それも、必要以上に。こういう人種は、そう遠くないうちに壊れてしまうだろう。

ツルギは必要ならクラスメイトでも容赦なく切り捨てるくらいには容赦がないが、できる範囲であればできるだけ気にかけ、フォローを入れる程度には優しさを残している。

そんなツルギなら、雫を気にかけるのはある意味当然と言えば当然だろう。

だからといって、それを認められるかどうかはまた別問題であって、

 

「・・・ねぇ、ヤエガシ。よければ、手合わせしない?」

「え?それくらいはいいけど・・・」

 

ティアもツルギから戦いを学んでいた身だ。拳を合わせれば、相手のことはだいたい理解できる。

ティアはそう言って拳を構え、雫も重心を低く構えた。

 

「・・・しっ!」

 

最初に仕掛けたのはティアだった。

ティアは最短距離の短期戦を狙い、足のばねを利用して爆発的な勢いで突撃した。もちろん、魔力操作による強化はしていないが、それでも常人には残像すら映らないだろう。

だが、

 

「ふっ!」

 

雫は見事にこれに反応し、合気道の要領でティアの勢いを受け止め、受け流し、その力を利用してティアを投げ飛ばして地面にたたきつけられた。

ティアはすぐに立ち上がろうとするが、その前に雫に関節を極められてしまい、取り押さえられてしまった。

 

「・・・負けたわ」

「ふふっ。これで、私の一勝ね」

 

ティアは悔しそうにうめき、雫は余裕の表情でほほ笑んだ。

内心では、ティアはこうなるかもしれないと考えてはいた。

ツルギをして、剣術だけで見れば同じくらいの実力があると言ったのだ。

同じ条件下でツルギに勝ったことのないティアが、雫に勝てる可能性の方が低いのは当然であり、思った通りになってしまったのが悔しかった。

だからといって、雫の方も見た目ほど余裕というわけではない。

元々雫はスピードアタッカーであり、筋力のステータスではティアに大きく劣っている。一番高い俊敏だって、ティアの半分ほどしかない。重心から突っ込んでくるのはわかっていたから、なんとか受け流すことはできたが、一歩間違えれば肩を脱臼する可能性もあった。それもあって、今の雫の内心は冷や汗がダラダラと流れている。

とはいえ、雫の勝ちであることには変わりない。

それに、今の一戦で収穫もあった。

ティアは雫の手を借りて立ち上がりながら、雫はティアの手を握って立ち上がる手助けをしながら、それぞれ手ごたえを感じていた。

ティアは、自分の身に付ける新しい力に。八重樫流のような“柔”の技こそが自分に足りないものであり、それを身に付ければさらに強くなれると。

雫は、自分や光輝よりもさらに上のステータスの手ごたえに。この感覚を身に付ければ、必ず大迷宮攻略に役に立つと。

互いに磨きあっていけば、さらに強くなれると。

 

「これからよろしくね、()()()

「こちらこそよろしくね、()()()

 

気付けば、無意識のうちに名前と呼び捨てで呼び合ったことに気づき、クスリとほほ笑み合った。

不意に揃ってツルギの方を見てみると、ちょうど“剣様専属メイド会”の面々にスカートをたくし上げさせるという、セクハラにしか見えないことをやらせている場面を目撃し、思わず殺気混じりの視線を向ける。

そして、また互いに同じ行動をしていたことに、今度は揃って苦笑した。

 

「それじゃあ、続きを始めましょうか」

「えぇ、そうね」

 

先ほどとは違い、今度は穏やかな空気の中で、2人は鍛錬を再開した。

 

 

* * *

 

 

「よし、今回はこれまで!夕食の後にまた続きを始めるからそのつもりで!それまでは各自、自由行動とする!」

「「「「「はい!ありがとうございました!」」」」」

 

訓練も一段落し、とりあえずは解散とした。

さて、この後もやることは山済みだが、まずは・・・

 

「2人とも、調子はどうだ」

「あ、ツルギ」

「峯坂君。お疲れ様」

 

俺は意を決して、八重樫とティアに話しかけた。

とりあえず、遠目で見た感じは割と打ち解けていた感じだが・・・。

うん、よかった、最初のギスギスとした感じはしない。いやまぁ、ティアが一方的にギスギスしていただけなのだが、どうやらちゃんと打ち解けたみたいだ。

よし、確認すべきことは済ませたから、

 

「そうか、よかった。んじゃ、俺はやることがあるから、これで」

「ちょっと待ちなさい」

「いろいろと聞きたいことがあるのだけど」

 

さっさとこの場を離れようとしたが、その前に肩をガッ!!されてしまった。

振り返ってみれば、ティアと八重樫が笑顔で佇んでいた。だが、目が笑っていない。

なんだよ、打ち解けたどころか意気投合してんじゃねえか。

いや、余計ないざこざがなくなったのは嬉しいが、また別の問題が生まれているし。

イズモに助けを求めようとしたが、イズモには天之河たちの面倒を頼んでそっちにいるし、そもそもティア側につくのは確実だ。

であれば、俺の取れる手段は1つ、

 

「悪い、マジでこの後にも予定があるから」

「予定って、どんな?」

「姫さんとハジメを交えて今の王都の話を少しと、あとハジメに必要な数の武器の製作を頼まなきゃいけない」

 

俺の言ったことは本当だ。姫さんとの話し合いはともかく、ハジメへの武器製作依頼は時間が限られているから、なるべく早く済ませた方がいい。

もちろん、逃げるための言い訳も少しは含んでいるが。

 

「・・・そう、ならわかったわ」

「詳しい話は後ね」

 

とりあえず、2人は引き下がってくれた。ただの延命措置にしかすぎないだろうけど。

それに、問題はべつにもある。

 

「それじゃあ、まとまった時間が空くのはいつくらいになるかしら?」

「今から話し合いして、スケジュール組んで、夕食の後にも鍛錬を入れるから、その後だな。まぁ、その前後にも最中にも、問題は山済みだが」

 

そう言いながら、俺は拳銃を生成して抜く手を見せずに撃った。

 

「きゃうん!?」

 

すると、遠くの方から軽く悲鳴が聞こえてきた。

見てみれば、そこには甲冑を身に付けた女性騎士の姿が。

そして、八重樫もその姿を見て顔を引きつらせる。

 

「あの人、まさか・・・」

「ツルギ、問題って、あれのこと?」

「厳密には、あれだけってわけじゃないけどな。すでにうじゃうじゃいるぞ」

 

さりげなく周りを確認してみれば、そこかしこに俺を見張っている目が。そして、その視線にそこはかとなく邪なものを感じる。

というわけで、

 

「全部黙らせておこう」

 

周囲にマスケット銃を生成し、一斉掃射して俺を見張っている全員を一瞬で黙らせた。

ちなみに、放ったのは風の弾丸だ。当たっても痛いだけで死にはしないし、物証も残らない。

 

「ツルギ、さっきのってなにかしら?」

「アンナが言ってた“義妹結社”のやつらだろう。ったく、今王都はどこもかしこも大忙しじゃないのか?」

 

義妹結社(ソウルシスターズ)”。八重樫を“お姉さま”と仰ぎ、自分が真の妹となることに、また、八重樫に近づく男を排除することには場所も手段もいとわない、狂気の集団。

前にアンナからいざこざを起こしたと聞いてはいたが、本格的に俺に照準を合わせてきたか。ったく、めんどくせぇ。

 

「・・・ツルギを狙っているのなら、処す?」

「いや、どうせ個々の実力はそんじょそこらと変わんねえし、どうってことはない。まぁ、ゴキ並みの数と生命力だから、一度に相手するのは面倒だが。あいつら相手だと、王宮の中とか、姫さんの近くでも安心できないってのが、つらいところだな」

「なら、どうするの?」

「どうもしない。適当にあしらっておけば、騎士団長殿がなんとかしてくれるだろ。苦労痛み入るよ、ホント」

 

おそらく、騎士団長のお腹と頭はピンチになるだろう。

そこに、八重樫が心底申し訳なさそうに謝ってきた。

 

「ごめんなさい。私がなんとかできればいいのだけど・・・」

「気にすんな。幸か不幸か、あれの相手は日本でも経験済みだからな。どうってことはない。だから、これ以上増やさないようにしてくれると助かる。お前の世話焼きをいまさらどうこう言うつもりはないが、それでも、その行動が被害者を増やすことにつながりかねないってことは承知しておいてくれ」

「・・・善処するわ」

「んじゃ、俺はそろそろ行ってくるから」

「・・・えぇ、気を付けてね」

 

ティアが微妙な表情で見送ったのが、どことなく印象的だった。

とりあえず、今はやるべきことを済ませよう。“義妹結社”について考えるのはその後でもいいし、明日には王都をでるわけだし。

 

 

* * *

 

 

道中、案の定“義妹結社”のやつらに襲われて、全部返り討ちにして、ハジメと姫さんと合流した。ユエと香織も一緒にいたが。

途中、キレイに初恋を散らして泣きながら走り去っていくランデル殿下も見かけたが・・・俺からは何も言うまい。最初から負け確だったのはわかっていたことだし、失恋だって立派な青春だ。いい経験になっただろう。

それで、ハジメが姫さんを適当に扱いながらも、とりあえず王都に流した噂の件について話をした。

王都に流した噂とは、大まかに言えばこんな感じだ。

 

エヒトの名を騙る悪神が戦争を望んで、教皇たちを洗脳して王都侵攻を引き起こした。

神に遣われた愛子様が状況を憂いて自ら戦場に赴いた。

教皇たちは命を尽くして神の使徒と戦い、その果てに死亡した。

王都を守るために、愛子様の剣が光となって降り注いだ。

 

別に嘘は言っていない。だいたいは合っている。

これを、後日の追悼式のスピーチで愛ちゃん先生の口から言うことで、だいたいは終わりだ。

こうすることで、悪エヒトと善エヒトの2種類がいると錯覚させ、“豊穣の女神”こと愛ちゃん先生を後者の味方と認識させることで心に楔を打ち込み、自分の中で区別をつけて安易に誘導されずに自分で考えることができるだろうともくろんだ。

これで、今まで自分が信じていたものが幻想だったと知ることによる集団パニックを抑えることができ、また将来に起こりうる神との戦いにおいて反抗の火種になる可能性もある、というわけだ。

ちなみに、この原案を考えたのはハジメだ。最終的には主に姫さんが推敲して国民に説明した、という形だ。

ウルの町でも思ったことだが、ハジメはなかなかに扇動家の才能がある。ウルの町のときだって、俺はあくまでハジメの勢いに乗っただけだ。

この辺りは、さすがは中二病といったところか。本人は否定しそうだが。

あと、神の真実は他の王宮の一部の上層部や生き残った元神殿騎士(主にデビッドら愛ちゃんの護衛騎士)にも説明している。最初は多かれ少なかれショックを受けていたが、しだいに状況を飲み込んでいったから、とりあえずは大丈夫だろう。

軽い話し合いも終え、ハジメに武器の製作も頼んだ俺は、少し時間を持て余した。話し合いが思った以上に早く終わったからだろう。

別に、さっさとスケジュールを組んでもいいのだが、時間があるなら済ませておきたいことがあったから、王宮にあった花瓶から1つ花を拝借して、ある場所に向かった。

そこは、神山の岩壁を利用して作られた忠霊塔だ。ここには、今回の騒動で亡くなった人の名前が刻まれ、遺品や献花が備えられている。そこには、メルドさんの名前も刻まれている。一応、檜山と近藤も。

余談だが、中村の傀儡兵にかけられた魔法を解除して無力化したことで死体はきれいに残ったため、戦死者の確認が少し楽になったと姫さんから礼を言われた。まぁ、あれら以外にも死者は大勢いるから、本当に微々たるものだろうが。

そんなことを考えながら忠霊塔にたどり着くと、すでに先客がおり、跪いて手を合わせていた。

そこにいたのは、

 

「アンナか」

「ツルギ様」

 

俺が声をかけると、アンナは立ち上がって振り向き、一礼した。

 

「ツルギ様も、追悼しに来られたのですか?」

「あぁ、メルドさんにな。アンナは・・・父親か」

「はい・・・」

 

今回の戦死者には、兵士たちはもちろん、中村によって殺された国王や重臣たちもいる。エリヒド王の側近だったアンナの父親も、今回の騒動で亡くなったようだ。

俺は献花台に花を供えてから黙祷し、目を開けてからアンナに話しかけた。

 

「・・・今回の騒動、アンナはどう思っている?」

「・・・やっぱり、悲しいです。それに、最後に話したのは、ツルギ様たちが異端認定されたあの会議なので、やりきれない思いもあります」

 

そう言えば、俺とハジメの異端認定に反対して、次第に敵に向けるような視線で見られたって言ってたな。たしかに、親子の別れとしては、あまりいいものではないだろう。

・・・とりあえず、周りには誰もいないし、ここで話しておくのもいいか。

 

「・・・アンナ。ここだけの話なんだがな、仮に国王やお前の父親も含めた重臣が生きていたとして、必要なら俺が殺すつもりだった」

「えっ?」

 

俺のカミングアウトに、アンナが思わずといったように俺の方を見た。

 

「アンナや姫さんから話を聞いた限りじゃあ、国王とかはすでに手遅れみたいだったからな。魔人族とか悪エヒトのせいにして、暗殺するつもりだったんだ」

「そんな、どうしてですか?」

「これは七大迷宮で知ったことなんだがな、エヒトは神の使徒を通して、国や教会の上層部に干渉して戦争を起こさせるんだ。だから、あの時に魔人族が侵攻してこなくても、近いうちにこっちから戦争を仕掛けただろうし、仮に今生きていたら、逆に魔人族の領土を侵攻しただろう。それは避ける必要があった。もしそんなことになれば、クラスメイト全員の意志に関係なく戦いに参加しろってなって少なからず死ぬ奴が出るだろうし、俺たちの大迷宮攻略にも支障がでただろう。だから、そうなる前に殺すつもりだった。そういう意味じゃあ、中村のおかげで手間が省けたとも言えるな」

「そう、ですか・・・」

 

中村からすれば、あくまで魔人族との契約の一環だっただろうが。

俺の告白に、アンナは何かを考えるようにしてうつむいた。

 

「お前たちは、俺を慕っているみたいだがな、俺はこういう人間だ。必要なら、人殺しもためらわない。相手が誰であろうとな。だから・・・」

「いえ、もう大丈夫です」

 

俺はさらに言葉をつのろうとしたが、その前にアンナに止められた。

アンナは俺に向かい合ったが、その目にはたしかに力を宿していた。

 

「大丈夫って、なにがだ?」

「ツルギ様は、何も恐れることはありません」

 

それは、ある意味では俺の核心に触れる言葉だった。最近、自分は隠し事が苦手だと自覚し始めたが、まさかアンナ相手でもそうなのか?

 

「私たちは、そうすることでツルギ様の知り合いや大切な方々を守ろうとしているのだと理解しています。その上で、ツルギ様を慕い、仕えることを望んでいるのです。ツルギ様が決めたことなら、私たちはそれに従います」

「・・・ったく、俺にはもったいないや」

「そ、そんな、ご滅相もないです!ツルギ様は・・・」

「あ~、わかったわかった。とりあえず、お前の言いたいことは理解した。だから、夕食後は厳しくいくぞ。他にも伝えておけ」

「っ、はい!わかりました!」

 

そう言って、アンナは王宮の方へと走っていった。

それを見届けながら、ポツリと呟く。

 

「・・・あそこまで信頼されてるなら、俺もちゃんと応えなきゃな」

 

王都を発ったらその後のことはわからないが、彼女たちなら悪いようにはならないだろう。

それを考えながら、俺もスケジュールを考えながら王都に戻った。




「・・・もふもふ」
「・・・もふもふ」
「のう、お主らよ。仲が良いのはいいのじゃが、離れてくれぬかの?」
「「いや」」
「・・・やれやれ」

ティアの紹介でさっそくイズモの尻尾に取りつかれた雫と、それに若干困っているイズモの図。


~~~~~~~~~~~


今さらになって、口調の差別化ができてねえじゃん、と頭を抱え始めました。
いやまぁ、その分キャラに差をつけてるからいいかな?とも思うんですが。
でも、やっぱりちょっとわかりづらいと言うか、執筆に困ってきた部分もあるので、どうしようかなと。
直そうと思ったら、だいぶ書き直す必要があるので。
なので、もし「やっぱりわかりづらい!」という人が多かったら、キャラの口調を大幅修正しようかと考えています。
実行するかはまだ未定ですが、もし意見をもらえたらと思います。

さて、雫とティアのがっつり修羅場を期待された方もいらっしゃいましたが、平和めに解決させました。
とりあえず、親友兼ライバルな感じで通していこうかなと。


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一日はもう少しだけ続く

アンナと話した後、俺は今後のスケジュールを組んでいたのだが、そうこうしているうちにいつの間にか夕食の時間になった。

とりあえず、王宮内の食堂に行ってハジメたちと一緒に夕食を食べていたのだが、ハジメは常にシアたちに責められ、ユエからも困ったような視線を向けられていた。

なぜこんなことになっているのか聞いたところ、とうとうハジメが本格的に愛ちゃん先生を落としたらしい。なんだか、忠霊塔の前で自分を責めていた愛ちゃん先生を慰めた結果、そうなってしまったと。

まだ自分の目で見ていないからなんとも言えないが・・・まぁ、いつかはそうなる気はしていた。ユエの方も、複雑といえば複雑なんだろうが、ある程度はわかっていたようで、わりと余裕の態度ではあった。

そして、俺の方も、ティアとイズモからねちねち小言を言われ続けた。

こればっかりは、俺もしょうがないと割り切っている。必要なことだったとはいえ、自業自得なわけだし。

そうこうしていると、愛ちゃん先生も含めたクラスメイトたちがやってきた。

わざわざ時間をずらしてゆったり食事できるようにしたのだが、当てがはずれてしまった。

まぁ、そこまで気にすることでもないし、そのまま食事を続けるが。ハジメやユエたちも気にしている様子はないし。

ただ、クラスメイトの方はそうもいかないようで、俺たちをちらちらと見ながらも、どう接すればいいのかわからずに話しあぐねている。

まぁ、愛ちゃん先生は見るからに違う理由でちらちらとハジメを見ていたが。顔も赤くしているし、どうやらハジメの話は本当だったらしい。

それに、こっちの輪に入れる人物がいないわけではない。

 

「あっ、雫ちゃん!こっちだよ!」

「香織。隣、いいかしら?」

「もちろんだよ」

 

香織に呼ばれた八重樫は、自然と頬を緩めて香織の隣に座った。

最初はクラスメイトたちも香織の変化に戸惑っていたが、今ではそれもある程度解消され、場の雰囲気が和んでいく。

ちなみに、香織の隣にティアが座っており、八重樫がこっちに来た時にすぐに席を空けた。本当に、ずいぶんと仲良くなったものだ。ついでに言えば、ティアのもう片方の隣に俺が座っており、イズモが俺と対面になって座っている。

天之河は八重樫の隣に座ろうとしたが、ティアの「おら、なにこっちに来てんだ」みたいな視線に貫かれてすごすごと別の席に座り、愛ちゃん先生は対面にいるユエとイズモの間に座った。谷口がなにやら「お姉様のお側・・・し、失礼します!」などと言って席についたのだが、それについては何も考えないようにしておこう。ブルックにも似たような呼び方をした連中はいたし。

天之河たちが席についたところで王宮の侍女たち(俺の鍛錬に参加していた者も含む)が配膳を行ったところで、ハジメと愛ちゃん先生の視線がぶつかった。

その途端に、愛ちゃん先生の頬がうっすらと赤くなり、恥ずかし気に視線を逸らす。

これだけで、ハジメがやらかしたことの証明に十分だった。

別に俺は、教師と生徒の恋愛についてとやかく言うつもりはないが、それでも「何やってんだよ、ハジメ」と思わざるを得ない。

あと、愛ちゃん先生、もうちょい隠す努力をしましょうよ。他の生徒たちには死角になって見られていないけど、前線組の面々が訝し気な表情をしてるし、愛ちゃん護衛隊の方もそれぞれ怨嗟とか嫉妬呆れその他諸々の表情を向けているし。

とりあえず、そっちの方は見なかったことにして、それでもため息をこぼしながら食べる手を再開すると、

 

「ツルギ。はい、あ~ん」

 

隣のティアが、フォークに料理(ステーキっぽいやつ)を刺してあーんしてくれた。

俺のことを想ってくれる恋人に頬が緩みながら、ティアが差し出した料理をほおばる。

うん、おいしい。

と、そんなことを思っていたら、

 

「ツルギ殿よ、こっちもどうだ?」

 

顔を上げてみたら、そこにはスプーンを差し出してほほ笑んでいるイズモが。

 

「・・・イズモ。お前、なんだか最近、やけに積極的になってないか?」

「ふふ、そうか?」

 

イズモはとぼけているが、絶対にそうだ。

最近のイズモは、自分から子狐状態になって俺の膝の上に乗り、なでるようにせがんでくることが多くなった。もちろん、俺とティアの2人の時間のことも考えてくれているが、夜には俺とティアの情事を壁に耳を当てて聞くこともしょっちゅうだ。実際に誰かが見たわけではないが、俺には気配でわかる。

そして、おそらくティアも気づいているだろう。ただ、とやかく言わない方針にしたようで、今も若干あきれながらも、とくに何も言わないでいる。

まぁ、俺としてもイズモをぞんざいに扱うつもりはないし、しょうがない。

 

「・・・1回だけな」

「それで十分だ」

 

俺の返答に、イズモは満足そうに微笑む。

俺も苦笑しながらも、イズモから差し出された料理(ポテトサラダっぽいの)を食べた。

それを見て、イズモもさらに嬉しそうになる。

 

「なに、この空気・・・半端なく居心地が悪いのだけど・・・」

 

ティアの隣で八重樫がそんなことを呟いたが、あえてスルーした。

ハジメもシアやティオ、香織からもあ~んを迫られたり、愛ちゃん先生がなにやら一人漫才していたり、女子から好奇の目で見られたり、男子から嫉妬や羨望の眼差しを向けられたり、香織が顔を赤くしてハジメにあ~んをしたフォークをパクっとしたり、ティオが何もないフォークをレロレロしたりしていたが、それもすべて丸っと無視した。全部気にしてたら俺の体も精神ももたない。

ただ、全部無視するわけにはいかないようで、

 

「そうじゃ!ご主人様よ!ご褒美を未だもらっていないのじゃ!妾は、約束のご褒美を所望するぞ!」

「あ?ご褒美だぁ?」

 

ハジメは最初はなんのことかわからずに顔をしかめるが、すぐに思い出したようで舌打ちする。

 

「ハジメ、いつの間にそんな話になってんだ?」

「いや、本山でな、先生が最後まで無事だったらご褒美をやるって話をしたんだよ」

「うむ、そういうことじゃ。ぬふふ・・・ご主人様よ。よもや約定を違えるような真似はせんじゃろうな?」

 

シアや香織が横でずるいと抗議しているが、こればっかりは仕方ないだろう。

ていうか、ティオ相手に“ご褒美”はまずいと思うんだが。

 

「で?何が望みだ。言っておくが、あくまで俺の“出来る範囲”だからな?」

 

言外に、シアが過去に言った「抱いてください」みたいな要求は却下だと告げる。

一応、ティオもそれを察しているようで、心得ているというように大仰に頷いた。

その上で、ティオが出した要求は、

 

「安心せよ、無茶なことはいわんよ。な~に、ちょっと初めて会った時のように・・・妾のお尻をいじめて欲しいだけじゃ」

 

案の定、バリバリの変態発言だった。

周りから犯罪者を見るような視線がハジメに向けられる。

ティオは「きゃ!言っちゃった!」みたいにイヤンイヤンしているが、対してハジメは額に青筋を浮かべ、

 

「却下だ、この駄竜が。著しく誤解を招くような発言をサラリとしてんじゃねぇよ」

 

当然のように却下し苦言を呈した。

たしかに、一度していることだから、そこまで無茶ではない・・・かもしれない。ただ、場所が場所だった。

 

「な、なぜじゃ!無茶な要求ではなかろう!あの時のように、黒く硬く太い棒で妾のお尻を貫いて欲しいだけなのじゃ!早く抜いてと懇願する妾を無視して、何度もグリグリしたあの時のように!情け容赦なく妾のお尻をいじめて欲しいだけなのじゃ!」

「だから!いちいち誤解を招く言い方してんじゃねぇよ!」

 

ハジメに向けられる視線が、犯罪者から悪魔を見るような目にグレードアップした。

いやまぁ、とは言うものの、

 

「・・・でも、あながち誤解とは言い切れないんじゃないですか?」

 

愛ちゃん先生の言うように、あながち間違いではない。言い方があれなだけで。

でも、愛ちゃん先生、やけに不機嫌ですね?ユエたちがあ~んをしていた辺りから。まじで隠す気あるのか?

 

「・・・確かに、嘘は言ってないよね」

「実際に、刺さってたしね~」

「うん、南雲くん、容赦なかったよね」

 

愛ちゃん護衛隊の女子のあまり隠す気のないひそひそ話が食堂内に響き、クラスメイトの疑念を確信に変える。

 

「・・・ハジメさん、流石に誤解っていうのは、ちょっと・・・」

「・・・ハジメ。ティオの変態化はハジメが原因。仕方ない」

 

ここでユエとシアがハジメを裏切った。

 

「な、南雲君・・・貴方って人は・・・ティオさんに何てことを・・・」

「ハジメくん・・・うらやま・・・じゃなくて、責任は取らないと・・・」

 

ハジメに向けられる視線が、とうとう魔王を見るような目に最終進化した。

あと、香織さん、うらやましいって言うんじゃありません。

追い詰められたハジメは、最後の頼みと言わんばかりに俺の方に振り向いたが、

 

「くそっ、ツルギ!お前からもなにか・・・」

「・・・ハジメ、俺はあの時、咄嗟に止めようとしたんだぞ?それなのに、容赦なくあんなことするからこうなったんだろうが。まぁ、つまりだ、責任はお前がとれ。以上」

 

悪いが、俺もハジメの味方をするつもりはない。どう考えても、ティオの変態化はハジメが原因なのだから。

だから、俺はティアと一緒に、うなだれているイズモを慰めることに集中することにした。具体的には、俺とティアでイズモにあ~んをしたりだ。

とりあえず、キレたハジメはさらにパワーアップしたパイルバンカー用の杭を取り出してティオに迫り、最終的にはハジメと添い寝する権利を得た。

ただ、この後も女子がキャッキャと騒ぎ始め、男子が呪いの言葉をハジメに送り、愛ちゃん先生が「複数の女性と寝るなんて、ふしだらです!」と教師っぽい説教(ただ、私的な感情もたっぷり含んでいる)をしたり、それをシアが今さらだと反論したり、ユエが舌なめずりして妖艶な雰囲気をまき散らしながらハジメにしなだれかかったり、さらにクラスメイトがヒートアップしたり・・・うん、とにかく、すさまじかった、とだけ言っておこう。

俺?俺は早々に食べ終えて訓練場に逃げた。いつまでもあんなところに居られるかよ。

 

 

* * *

 

 

「よし、これまで!」

「「「「「はい!」」」」」

 

あの後、メイドさんたちが集まってから、ハジメに作ってもらった各種携帯武器を、すぐにそれぞれに適した武器種に合わせて渡した。

アーティファクトみたいな特殊効果はないものの、長物でも接合部分を狙われなければ簡単には折れない仕様になっている、なかなかの優れものだ。一応、ハジメに頼んでから数時間しか経っていないのだが、よくもこれだけのものを人数分用意できたな。やっぱり、あいつもノリノリになってるのか。

それはさておき、今度の鍛錬では、個別指導でそれぞれの武器の基礎を叩き込んだ。始めたのは夕方だが、辺りはすっかり暗くなっている。

それなりの時間、かなり濃い密度でしごいたが、全員しっかりついてきた。大したものだ。

 

「これで、俺からの鍛錬は終了だ。あとは、本職もこなしつつ、各自でトレーニングしてくれ。そのためのスケジュールもまとめておいた。俺は明日には王都を発つし、このスケジュールも厳しめに整えたが、ここまでついてきたお前たちなら問題ないと、俺が保証する。だから、自分に自信と誇りを持て!」

「「「「「はい!ありがとうございました!!」」」」」

「では、解散!」

 

俺が号令を出すと、メイドさんたちはそれぞれ自分の部屋に戻っていった。疲れているはずなのに、それをおくびにも出さずに、ある者は堂々と、ある者は周りと話しながら去っていった。

 

「ふ~・・・慣れないことしたせいで肩が凝ったなぁ・・・」

 

こういうときは、ティアにマッサージしてもらうのもいいが、せっかく訓練場にいて、俺の他には誰もいない。

なら、せっかくだし体を動かすとしようか。

俺は白黒の双剣を生成して、素振りを始めようとした。

 

「お疲れ様、峯坂君」

 

そこに、俺に声がかけられた。声のした方を振り向くと、そこには八重樫が立っていた。

 

「八重樫か。どうしたんだ?こんなところに」

「別に、様子を見に来ただけよ。あと、あの子たちに帰ってもらったりとかね・・・」

「・・・あぁ、そういえばいたな」

 

さっきまでの鍛錬の最中、また性懲りもなく“義妹結社”の連中が俺を狙っていた。とりあえず、変な気配を感じるところから適当に風弾を放って黙らせていたが、途中から気配がなくなった。どうしてかと思ったが、八重樫のおかげなのか。

 

「悪いな、わざわざ」

「これくらいはいいわよ。それに、ちょっとは私のせいでもあるし・・・」

「別にお前だけのせいってわけじゃないと思うけどな。それはそうと、俺からのプレゼントは気に入ってもらえたようでなによりだ」

「えぇ、そうね。とても使い心地がいいわ、これ」

「まぁ、土台はハジメがお遊びで作ったらしいけどな」

「・・・改めてそれを聞くと、本当にとんでもないわね」

「まぁ、どう考えても、今の世界では一番の錬成師だな。王都の結界だって、すぐに直したらしいし」

 

そのときに、職人にさんざん追いかけまわされたらしいが。いったい、どうやってハジメの全力に追いすがったのやら。

 

「それで、峯坂君は今から素振り?」

「あぁ、慣れないことしたからか肩が凝り気味だから、体を動かしてほぐしておこうと思ってな。ん?そういえば、ティアはどうした?」

「さぁ?私もわからないわ。たぶん、峯坂君の部屋で待っていると思うけど」

「なら、軽めにしておくか」

「それなのだけど、私と手合わせしてくれないかしら?」

「ん?別にいいが、どうしてだ?」

「せっかくの機会だからよ。前も手合わせしたけど、あの時はかなり手加減していたでしょう?」

「そりゃあ、あの時は気分転換も兼ねてたからな。それでわざわざ全力出したりはしねえよ。んで、せっかくだから本気の俺の相手をしたいと?」

「そういうことね」

「・・・まさか、わざわざそのために“黒鉄”を持ってきたのか?」

 

ふと八重樫の腰辺りをみると、“黒鉄”がぶら下げられていた。

 

「まさか。ただ、いつ何があってもいいようにってだけよ」

「なるほど、常在戦場ってところか」

 

やはり、勇者パーティーの中では八重樫が最もしっかりしている。

それを強要されているとも言えなくはないが・・・今は何も言うまい。

 

「んじゃ、せっかくだしやるか」

 

そう言って、俺は双剣を消して、代わりに物干し竿を生成した。

 

「・・・なんでもありなのね」

「使える武器なら、たしかにそうだな。よほど特殊じゃなければ、大体の武器は使える」

 

刀や弓矢はもちろん、体術に槍、棍、ナイフなどなど、使えない武器の方が少ないくらいだ。もちろん、得手不得手はあるが。

そんなことを話ながら、八重樫は抜刀の構えをとった。対して俺は、刀身を軽く上げただけ。

それでも、俺に一切の隙がないことはわかっているようで、八重樫もなかなか攻めてこない。

どれだけそうしていただろうか。先に攻めてきたのは、八重樫だった。

 

「はぁ!!」

 

気合一拍、鋭く速い居合切りが俺に迫るが、

 

「ふっ」

 

俺はその一撃を受け、体を回転させるようにして受け流しながら八重樫に近づき、首筋に物干し竿を突き立てた。

 

「・・・なによ。全然歯が立たないじゃない」

「別に、俺の方が弱いなんて言った覚えはないぞ?」

 

俺は冗談めかして言いながら、物干し竿を引き戻した。

 

「・・・本当に、強いわね」

「まぁ、日本にいた時から必死に鍛錬してたからな。もうかれこれ10年以上か。強いに決まってるだろ」

「そうね。それに、相変わらずきれいな剣だわ」

「そうか?ってか、相変わらずって程、八重樫に俺の剣を見せた覚えはないが」

 

せいぜい、前に八重樫と手合わせしたときくらいだろう。その時だって、刀ではなく短剣を使っていた。八重樫が俺の剣を見たことはないはずだが・・・

 

「峯坂君は一度、家に来たことがあるのよ?小学生くらいの時だけど」

「・・・そうだったか?」

「・・・覚えていないのかしら?」

「あの時は、本当に強くなることしか考えていなくてな。片っ端から道場破りしてたから、いちいち覚えてられなかった」

「・・・一応、光輝と対戦したのだけどね」

「そうだったのか?・・・あぁ、でも、たしかに似た奴がいた記憶があるな。あの時も、うざい奴って印象しかなかった」

 

たしか、やけにキラキラしていてうざかった記憶がある。だから、けっこうボコボコにしたんだっけか。

 

「そ、そう・・・」

「あれ?でもその時、八重樫っていたか?」

「いえ、あの場にはいなかったわ。お父さんから来るなって言われてて、でも扉の隙間からのぞいたのよ」

「なるほどな」

 

親の言いつけをこっそり破るのは、子供の性のようなものだ。しっかり者の八重樫にも、その気はあったらしい。

 

「それでね、あの時の峯坂君の剣を見て、きれいだって思ったのよ。あの時、初めて剣術をきれいだって思ったわ」

「そうだったのか。まぁ、俺の剣は我流だから、邪道もいいところだけどな。ていうか、きれいな剣筋っていったら、八重樫もそうだと思うぞ?」

「え、そう?」

「少なくとも、さっきの一撃は俺には真似できそうにないな」

 

そんなことを言うと、八重樫が顔を赤くして照れ照れし始めた。

あくまで剣のことを言ったんだが、真正面からきれいだってのはまずかったか?

 

「・・・んで、どうする?俺はこのまま素振りをしようと思うが」

「あ、それなら、今度は打ち合ってみない?さっきみたいに一撃で終わるのじゃなくて」

「まぁ、ほどほどにな」

 

そう言って、俺は再び双剣を生成して、八重樫と打ち合いを始めた。

この後、ほどほどで切り上げるといったが、結局そのまま30分くらい八重樫と打ち合った。まぁ、八重樫も満足そうにしていたし、別にいいか。




「・・・どう思う?」
「・・・まだ親友だな」
「・・・やっぱり、まだ、なのね」
「・・・さすが、ツルギ様です」

実はこっそりと様子を覗いていたティア、イズモ、アンナの図。


~~~~~~~~~~~


今さらな話題ですが、ありふれ新巻のドラマCD、とうとう変態ティオさんが解放されましたね。
自分は結構気になっているのですが、なにぶん値段が・・・。
税込み3000円近くというのは、やっぱりそこそこ痛いので。
結局、買うなら単行本のみになりそうです。


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ハウリアとの再会

「よし、このくらいにしておくか」

「はぁ、はぁ・・・お、おう・・・」

 

今日もまた鍛錬をつけて、坂上は汗だくになりながら倒れ伏した。

とはいえ、場所は外ではない。屋内の修練場だ。

とりあえず、一から説明するとしようか。

今、俺たちが乗っているのは、大型飛空艇・フェルニルだ。もちろん、ハジメ作のアーティファクトで、重力石と感応石を組み合わせることで空を飛んでいる。

見た目は大きさ約120mほどのマンタで、中には操縦席はもちろん、台所や風呂、トイレなどを備えた居住区に、今俺たちがいる広大な修練場まで存在する。

ちなみに、この修練場は空間魔法を使って限界以上に広くしてある。周りからすれば使わなくても十分なのかもしれないが、俺たちのメンバーは基本的に攻撃が大規模だから、こうする必要があった。

もちろん、空に障害物はないし、この世界には基本的に他に空を飛ぶ乗り物はない。結果として、フェルニルがこの世界で世界最大かつ最速の乗り物になるということだ。

では、なぜ今まで使わなかったかと言えば、単純に技量不足だ。主にハジメの。

重力石は、その質量が大きくなればなるほど重力干渉の力も大きくなる。簡単に言えば、大きな重力石ほど扱いが難しいのだ。もちろん、それは操作性にも言える。

もともと巨大飛空艇の構想自体はハジメの中にあったが、それを実現するだけの熟練度がなかった。

それでも、ロマンを愛する錬成師であるハジメの性からか、空いた時間にちまちまと鍛錬を重ね、つい最近になって、ようやく運用できるようになった、ということだ。

別に操作だけなら俺でもできたのだが、魔力量の問題があった。飛ばすだけならなんとかなるが、やはりそこまで長距離を飛ばすことはできなかった。こういうときに、自分の魔力量の半端加減がいやになる。ハジメは当然としても、ユエにも倍近く差があるわけだし。

 

「旅の終盤で飛行系の移動手段を手に入れるのは常識だろう?」

 

ちなみに、これが八重樫たちにフェルニルを見せたときのハジメの言葉だが、この時のハジメはドヤ顔全開だった。

今、フェルニルに乗っているのは、俺たちに加え、勇者パーティー、あと姫さんと護衛の騎士と従者が数人だ。

とはいえ、フェルニルなら王都からヘルシャー帝国までは1日半弱。すぐに降りることになる。ハルツィナ樹海も、二日半くらいしかかからないが。

ということで、短い時間を無駄にしないためにもと坂上が自分から鍛錬を申し込んできて、それを受け入れて稽古をつけていた。

ちなみに、今ここにいるのは俺と坂上だけだ。ハジメたちはブリッジでくつろいでおり、谷口は姫さんと談話、ティアとイズモはシアの料理を食べているところだ。

そういうわけで、坂上をしごいていたわけだが、ここで1つ問題が生じた。

 

「・・・坂上。お前、ここまで物覚えが悪かったか?」

「・・・面目ねぇ」

 

そう、坂上に課した課題の1つである、攻撃の見極め。これがほとんどできていなかった。むしろ、すべての攻撃を受けるとでも言わんばかりになってしまった。

もちろん、まったくできていないわけではないが、同じように鍛錬している谷口と比べたら、かなり遅い。谷口はすでに自分でいくつか新しい防御方法を編み出しており、それに伴って通常の障壁の強度も上がった。今までの鍛錬の成果を存分に出しているのだ。

坂上って、ここまで脳筋だったか?空手は習っているらしいから、そこまで難しいことでもないと思っていたんだが。ここまでとなると、方針を変えた方がいいかもしれない。

とはいえ、坂上でもできそうなこととなると、選択肢はだいぶ限られてくる。

・・・そういえば、俺はここまで、それなりに坂上をボコっているが、わりと平気そうにしている。もちろん、本気ではないが、それなりの回数は殴り飛ばしているはずだが。

・・・しょうがない。ここは、発想の逆転といこうか。

 

「そうだな。じゃあ、方針を変える。もちろん、最低限の見切りは必要だが、あくまで最低限にする。攻撃の見切りは深く考えなくていいから、やられる前にやるぐらいの気持ちでいけ」

「お、おう。そりゃあ、たしかに俺でもわかりやすいが、そんなんでいいのか?」

「パーティーで動いているうちはな。多少の怪我なら、香織の回復魔法があるし、魔力の消費はバカにならないが、再生魔法や魂魄魔法もある。他と連携を組めば、被弾も減るだろうからな」

 

もちろん、俺としてもこんな提案はしたくなかったが、そもそも坂上は自分で考えることが極端に苦手だ。だったら、バカでもわかる方法をとるしかない。

この指摘が裏目にならないことを祈るばかりだ。

 

『ツルギ、いいか?』

 

そんなことを考えていると、ハジメから念話がかかってきた。

 

「どうした?」

『ちょいと気になるものがあってな。こっちに来てくれ』

「わかった」

 

わざわざ俺を呼ぶくらいなら、優先度は高くなくてもあまり無視できない、といったところか。とりあえず、早めに向かうか。

 

「ハジメが呼んでるから、さっさと行くぞ。立てるか?」

「おうよ、大丈夫だぜ」

 

そう言って、坂上はすぐに起き上がった。

マジでタフネスだな、こいつ。これなら、今の教え方でも問題ない、はずだ。たぶん。きっと。

 

 

* * *

 

 

「ハジメ」

「来たか」

 

ブリッジに入ると、そこには俺たち以外の全員が揃っていた。モニターになっている立方体の水晶を囲んで、なにかを見ている。

 

「んで、なにがあったんだ?」

「あぁ、あれを見てくれ」

 

言われてモニターを見ると、そこでは水の流れていない狭い谷間で、2人の兎人族の女性が必死に逃げている様子が見えた。相手は、当然と言うか、帝国の兵士だった。

なるほど。それで俺を呼んだのか。

隣では天之河が早く下ろせとか言っているが、無視してモニターを見る。

・・・ん?ちょっと待てよ?

 

「・・・なぁ、ハジメ。あの2人、なんか見覚えないか?」

「やっぱ、ツルギもそう思うか?」

「まぁな。ていうか、シアの方がわかるだろ」

「へ?・・・あれ?この2人って!」

 

俺がシアに話を振り、ハジメがモニターをズームアップして顔をよく見えるようにすると、シアも気づいたようで、ウサ耳をみょん!とさせた。

 

「2人共、何をそんなにのんびりしているんだ!シアさんは同じ種族だろ!何とも思わないのか!」

「すみません。ちょっと静かにしてもらえますか?」

 

天之河がなおも主張を繰り返すが、ばっさりと切り捨てられて口をつぐむ。

そして、シアが思案を巡らしていると、やっぱりというように声を張り上げる。

 

「ハジメさん、間違いないです。ラナさんとミナさんですよ!」

「やっぱりか・・・豹変具合が凄かったから俺も、覚えちまったんだよな」

「まぁ、お前のせいだしな。にしても・・・この動きといい表情といい・・・へぇ」

 

俺たちを考え事をしている間も、2人の兎人族、ラナとミナは倒れこむようにして足を止めてしまった。

天之河はそれを見て甲板に飛び出そうとするが、俺がそれを止める。

 

「待て、天之河。手を出さなくてもいい」

「なっ、何を言っているんだ!か弱い女性が今にも襲われそうなんだぞ!」

 

俺の言葉に天之河が俺をキッ!と睨むが、俺の代わりにハジメが少し面白そうな様子で告げた。

 

「か弱い?まさか。あいつらは・・・“ハウリア”だぞ?」

「あっ!」

 

ハジメがそう言った瞬間、誰かが驚愕の声を上げた。

天之河がそれに反応してモニターの方を見ると、

 

「え?」

 

そこでは、帝国兵の死体の山が映っていた。ある者は首を斬り落とされ、ある者は頭部を矢で貫かれている。

その光景に、天之河だけでなく、俺たち以外の全員が眼を点にしている。

そして、そうしている間にも、帝国兵は次々に殺されていき、あっという間に壊滅状態になってしまった。

まるで玩具のようにポンポンと首が飛ぶ光景に天之河たちは口元を抑える。谷口にいたっては半分白目になって倒れそうになり、坂上に支えられている有様だ。

姫さんや近衛騎士達は、兎人族が帝国兵を瞬殺するという有り得ない光景に、思わずシアを凝視した。

特殊なのはお前だけじゃなかったのか!?みたいな感じで。

これに対して、シアは首を横に振り、

 

「いや、紛れもなく特殊なのは私だけですからね?私みたいなのがそう何人もいるわけないじゃないですか。彼等のあれは訓練の賜物ですよ・・・ハジメさんが施した、地獄というのも生温い、魔改造ともいうべき訓練によって」

「「「・・・」」」

 

最終的に、全員の視線がハジメに向けられた。すなわち、「また、お前かっ!?」と。ハジメはすっと視線を逸らした。

次いで、俺にも視線が向けられるが、

 

「言っとくが、あれに関しては俺はノータッチだ。どちらかといえば、ハジメがあれでバカやらかした後始末をした側だし」

 

本当に、あの時ハジメの傍にいなかったことが悔やまれる。いやまぁ、それでも少なからず豹変していただろうけど。

そんなことを話ている間に、事態は最終局面に向かっていた。

後続の輸送馬車と残りの帝国兵たちが現場にたどり着いたのだ。

帝国兵たちは凄惨な殺人現場に足を止め、その隙をついてハウリアが攻撃をしかけた。

ある者が帝国兵の注意をひきつけ、そちらに意識が逸れた瞬間に他のハウリアが首を斬り落とすか、矢で頭部を射抜く。

これに帝国兵たちは成すすべもなく蹂躙され、あっという間に全滅まであと少しになった。

 

「にしても、ずいぶんと暴れているな。どうやら、訓練は続けていたようだ」

「あぁ。だが、ちと詰めが甘いな」

 

俺たち以外の全員(特に姫さんたち女性陣)が恐怖とか戦慄でおびえている中、ハジメはシュラーゲンを構えた。

そして、一部開閉可能な風防を開けてスコープを覗き、スッと目を細め、静かに引き金を引いた。

放たれた弾丸は、ちょうど馬車から飛び出てハウリアに魔法を放とうとしていた帝国兵の頭部を貫き、そのまま消滅させた。

これで、ここにいる帝国兵は全滅したようだ。

 

「んじゃ、さっさと降りるか。それだけなら、俺でもなんとかなるし」

「いいの?」

「さすがに事情くらいは聞いといた方がいいだろう。それに、見ろよ。あんなビシッとした敬礼をしてるんだぞ?無視した方がよっぽど面倒だろ。一応あれでもシアの家族だから、他の面々にも説明する必要があるだろうし」

 

俺に尋ねたティアも、たしかにとうなずいた。今のメンツでハウリアのことを知っているのは、俺、ハジメ、ティア、ユエ、シアの初期メンバーだけなのだ。このまま放置して質問攻めになるのも、ハウリアを無視して変な報復をされるのもいやだ。

シアの方も、自分の家族がまた暴走しているのではないか不安になっているようで、俺の案に賛成した。

ということで、中二病呼ばわりした坂上と谷口に制裁を入れたハジメから操作を代わり、谷間に着陸した。

フェルニルから降りると、そこにいたのは整然かつキリッとした表情で出迎えたハウリア族6名と、およそ100人ほどの亜人族だった。パッと見ただけで兎人族はもちろん、森人族、狐人族、犬人族など、様々な種族の女子供がおり、全員例外なく手足と首に金属の枷がつけられていた。やはり、先ほどの馬車は亜人奴隷を運ぶためのものだったらしい。

そんな亜人族たちは、驚愕8割警戒2割くらいの視線で俺たちを見ていた。絶賛混乱中といったところか。

そこに、クロスボウを担いだ少年が颯爽と駆け寄り、ハジメの手前でビシッ!と背筋を伸ばすと見事な敬礼をしてみせた。

 

「お久しぶりです、ボス!兄貴!再びお会いできる日を心待ちにしておりました!まさか、このようなものに乗って登場するとは改めて感服致しましたっ!それと先程のご助力、感謝致しますっ!」

「よぉ、久しぶりだな。まぁ、さっきのは気にするな。お前等なら、多少のダメージを食らう程度でどうにでもできただろうしな・・・中々、腕を上げたじゃないか」

「「「「「「恐縮でありますっ、Sir!!」」」」」」

 

うわぁ、久々に見たな、このノリ。涙は流さないと言わんばかりに目を見開きすぎて、目が血走り始めているのが怖いけど。

それに、俺、ハジメ、ティア、ユエ、シアは平然としているが、他の全員はドン引きしている。ちゃんと後で説明した方がいいんだろうか。

 

「えっと、みんな、久しぶりです!元気そうでなによりですぅ。ところで、父様達はどこですか?パル君達だけですか?あと、なんでこんなところで、帝国兵なんて相手に・・・」

「落ち着いてくだせぇ、シアの姉御。一度に聞かれても答えられませんぜ?取り敢えず、今ここにいるのは俺達6人だけでさぁ。色々、事情があるんで、詳しい話は落ち着ける場所に行ってからにしやしょう・・・それと、パル君ではなく“必滅のバルトフェルド”です。お間違いのないようお願いしやすぜ?」

「・・・え?今そこをツッコミます?っていうかまだそんな名前を・・・ラナさん達も注意して下さいよぉ」

 

最後に会ったときと変わらないパル君にシアがこめかみをぐりぐりと抑えながらツッコミを入れ、とりあえず場所を移すという意見だけは聞き入れてラナと呼んだ女性と他のメンバーにパル君の厨二ネームを改めさせるように注意した。

 

「・・・シア。ラナじゃないわ・・・“疾影のラナインフェリナ”よ」

「!? ラナさん!?何を言って・・・」

 

・・・ん?ちょっと嫌な予感が・・・

 

「私は、“空裂のミナステリア”!」

「!?」

「俺は、“幻武のヤオゼリアス”!」

「!?」

「僕は、“這斬のヨルガンダル”!」

「!?」

「ふっ、“霧雨のリキッドブレイク”だ」

「!?」

 

・・・非常に、非常に嫌なことに、悪い予感が当たってしまった。

 

 

 

パル君の厨二病が、盛大に伝染してやがるっ・・・!!

 

 

 

とりあえず、こいつらの正式名称は最初の2文字だけだったはずだ。それだけは覚えておこう。

それよりも、今は口から魂が飛び出そうになっているシアの心配だ。久しぶりに家族に会ったら、痛い名前を口にしながら香ばしいポーズをとっているのだ。その心傷は計り知れない。

ハジメも、己の過去を垣間見ながら忠告を入れようとした。

だが、

 

「ちなみに、ボスは“紅き閃光の輪舞曲(ロンド)”と“白き爪牙の狂飆(きょうひょう)”ならどちらがいいですか?」

「・・・なに?」

「ボスの二つ名です。一族会議で丸10日の激論の末、どうにかこの2つまで絞り込みました。しかし、結局、どちらがいいか決着がつかず、一族の間で戦争を行っても引き分ける始末でして・・・こうなったらボスに再会したときに判断を委ねようということに。ちなみに俺は“紅き閃光の輪舞曲”派です」

「まて、なぜ最初から二つ名を持つことが前提になってる?」

「ボス、私は断然“白き爪牙の狂飆”です」

「いや、話を聞けよ。俺は・・・」

「何を言っているの疾影のラナインフェリナ。ボスにはどう考えても“紅き閃光の輪舞曲”が似合っているじゃない!」

「おい、こら、いい加減に・・・」

「そうだ!紅い魔力とスパークを迸らせて、宙を自在に跳び回りながら様々な武器を使いこなす様は、まさに“紅き閃光の輪舞曲”!これ一択だろJK」

「よせっ、それ以上小っ恥ずかしい解説はっ・・・!」

「おいおい、這斬のヨルガンダル。それを言ったら、あのトレードマークの白髪をなびかせて、獣王の爪牙とも言うべき強力な武器を両手に暴風の如き怒涛の攻撃を繰り出す様は、“白き爪牙の狂飆”以外に表現のしようがないって、どうしてわからない? いつから、そんなに耄碌しちまったんだ?」

「・・・」

 

ハジメも厨二ネーム対象にがっつり入っていた。ハジメも流れ弾を喰らい、口から魂を吐き出すことになった。

なんというか、ご愁傷様だな、うん。

 

「あ、ちなみに兄貴は・・・」

「よせ、それ以上口を開くな」

 

俺にも流れ弾がきそうになったが、そうなる前に止めさせた。俺だって命は惜しい。

 

「シ、シズシズ、笑っちゃダメだって、ぶふっ!」

「す、鈴だって、笑って・・・くふっ、厨二病って感染する・・・のかしら、ふ、ふふっ」

 

ふと、後ろから噴き出す音が聞こえて、振り返ってみたら、そこでは八重樫と谷口が必死に笑いをこらえているところだった。ちゃっかり俺も視界の中に入れながら。

とりあえず、パル君たちは俺の拳圧とハジメのゴム弾で黙らせつつ、2人に恨みがましい視線を送った。

 

「八重樫。お前にはあとで強制リボン付きツインテールをプレゼントして映像記録に残してやる。ついでに、そいつを義妹の連中にばらまく」

「!?」

「谷口、お前は身長をあと5㎝縮めてやる」

「!?」

 

俺とハジメの死刑宣告に、2人はぴたりと笑うのをやめて、戦慄の表情で俺たちを見た。それで俺たちが本気だということを悟った2人は天之河と坂上に助けを求めようと振り返ったが、そっちの2人はすでに視線を逸らして明後日の方向を向いていた。どうやら、あいつらにも封印した過去があるらしい。

 

「あの・・・よろしいでしょうか?」

 

そこに、今度は控えめな声で話しかけられた。

振り向くと、そこにいたのは足元まである長く美しい金髪を波打たせたスレンダーな碧眼の美少女だった。耳がスッと長く尖っていることから森人族だということが分かる。

 

「あなた方は、峯坂ツルギ殿と南雲ハジメ殿で間違いありませんか?」

「あぁ、そうだが・・・まさか、アルフレリックの血縁か?」

 

よく見れば、どことなくアルフレリックの面影がある。娘にしては若い気もするが。

俺の言葉に、話しかけてきた少女は頷く。

 

「はい。わたくしは、フェアベルゲン長老衆の一人アルフレリックの孫娘アルテナ・ハイピストと申します」

「長老の孫娘が捕まるって・・・どうやら、いろいろとあったみたいだな」

「それでですね、わたくし達を捕らえて奴隷にするということはないと思ってよろしいですか?祖父から、あなた方の種族に対する価値観は、良くも悪くも平等だと聞いています。亜人族を弄ぶような方ではないと・・・」

「まぁ、たしかにそういう趣味はないな。とりあえず、ハジメ。まとめてフェルニルに乗せて、樹海に届けるか?」

「あぁ、ついでだし、それくらいはいいだろう」

 

長老衆の孫娘ということは、まさしくフェアベルゲンの姫君であって、当然、逃走経路なども確保されているはずだ。その上で捕まったというなら、フェアベルゲンに何かがあったと考えた方が妥当だろう。最悪、大樹に手を出されている可能性もある。

それに、俺たちが今いる場所は帝都のかなり手前の位置だ。このままだと帝国兵に見つかる可能性がある。さっさと移動した方がいいだろう。

パル君たちの方も、帝都の近くの仲間に情報交換するということで、姫さんを送るついでに一緒に乗せることになった。帝都から離れたところに下ろせば大丈夫だろう。

そんなこんなで、パル君たちが声をかけて亜人族を歩かせる。亜人族の面々は、不安の方が大きいようで、おずおずといった風だ。

 

「きゃ!」

 

その時、ハジメの近くでアルテナが足枷のせいでつまづいてしまった。

近くにはハジメがおり、その背中にしがみつこうとしたのだが、

 

ビタンッ!!

「ふきゃっ!?」

 

ハジメは後ろに目がついているかのように避けて、アルテナはそのまま痛そうな音とともに地面にたたきつけられた。

他の亜人族が起こしに行こうとするが、ハジメに怯えて近づくことができずにいる。

そこでハジメは振り返り、アルテナの方を見て、

 

「さっさと起きて乗らないと、パルの言う通り置いていくぞ?」

 

言葉で追い打ちをかけた。

たしかに、ハジメは種族には良くも悪くも平等だ。ついでに言えば、男女に関してもそうだが。例外は子供くらいだ。

そんなハジメに、ほぼ全員から不評とドン引きの視線を浴びて、ユエに助けを求めたら、

 

「・・・ん?何が悪いのかよくわからない。シアの時もそんな感じだった」

「そういえばそうでした!」

 

どうやら、出会ったばかりのシアも同じ感じの扱いだったらしい。まぁ、俺が会った時点でもだいぶ適当な扱いだったが。

とりあえず、ハジメは足踏みを所望したティオをスルーし、アルテナの前に跪いて足枷を外し、奴隷用の首輪も開錠した。

途中でハウリアの面々がうるさくなったが、ハジメの「もういっそ、全員吹き飛ばしておくか・・・」というつぶやきに、面白半分で見ていた天之河たち共々顔を青くした。

そして、錬成で鍵を作ってパル君に渡し、そのまま開錠するように言った。

そして、全員の枷を開錠し終え、フェルニルに乗り込んだ。

さて、俺たちは俺たちでフェアベルゲンに何があったのか、パル君から聞くとするか。




「おっしゃ!いくぜ、峯坂!」
「おう、さっさとこい」
「おらっ!」

ぼごっ!

「ぐふっ、ま、まだまだぁ!」

ぐしゃっ!

「な、なんのぉ!」

どごっ!!

「こ、根性ぉ!!」
(・・・まぁ、サンドバックにはちょうどいいか)

ツルギと龍太郎の特訓風景。


~~~~~~~~~~~


今回はツルギ君の厨二ネームはなしで。
ちょっと、自分の厨二力が追いつかなかったんですよね、はい。
なので、原作作者さんや“永劫破壊”のシオウさんの厨二力が、ちょっとだけ羨しかったり。
自分には想像力があっても発想力がないっていう弱点を自覚しているんですが、こればっかりはどうしようもないというか、どうしても参考とか最悪パクリになりかねなかったりするというか。
なので、それをなるべく改善できたらなぁと思っています。
発想力に関しては、普段の生活でも必要になる場合がありますし。


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どっちもかわいそうだろ、これ

「「「「「・・・・・・」」」」」

 

パル君から事のあらましを聞いたのだが、その後のブリッジは静寂に包まれていた。

今のところ聞いたのは、フェアベルゲンに魔人族が襲ってきた、ということだ。

真の大迷宮の攻略に躍起になっている魔人族は、当然のようにハルツィナ樹海に進攻した。

本来なら亜人族と樹海の魔物以外は霧の影響を受けて方向感覚を狂わされるのだが、魔人族はそれを変成魔法によって強化した魔物によって乗り越え、フェアベルゲンにまで進攻するに至った。

これに対し、長老衆はやむなく口伝を魔人族に話すことでこれ以上の戦闘をやめてもらおうと交換条件を出すことに決め、魔人族に対して提案した。

だが、魔人族も人間と同じく、亜人族を神に見放された種族として見下している。いや、人間族と比べれば、むしろ憎悪を抱いているレベルと言ってもいい。

さらに、交換条件とはあくまで()()()立場であるときに出すことができるものだ。

結果、その提案は魔人族の怒りにふれ、亜人族を狩り尽くさんと言わんばかりに攻撃を始めた。

最初はなんとか抵抗できたが、魔力を持たない亜人族が神代魔法によって強化された魔物に敵うはずもなく、兵士団が全滅するのも時間の問題だった。

そんな中、以前俺たちにちょっかいをだしてきた熊人族のレギンが、最後の手段に出る。

それは、ハウリア族に助けを求めるというものだ。

たしかにハウリア族は、暴走状態だったとはいえ熊人族の集団を蹂躙するほどの実力を持っていた。手段としては適切と言える。

ハウリア族はその頼みを聞き入れた。もちろん、フェアベルゲンの危機だからではなく、魔人族が大樹に手を出そうとしたからだが。

そして、ハウリア族は魔人族を殲滅するために出陣した。

ここまでは、亜人族の悲惨な事態に誰もが痛ましそうにしていたのだが・・・この後が問題だった。

たしかに、ハウリア族は魔人族と従えていた魔物を殲滅していったのだが、その方法が方法だった。

挑発はもちろん、攪乱、奇襲、闇討ち、不意打ち、だまし討ちまでなんでもあり。卑怯も卑劣も嘘はったりもおかまいなし。部隊を率いていた将も、「一騎打ちを望むか?」と言っておきながら複数人に襲わせ、特殊催涙弾で詠唱を封じた上で首を斬り落とした。

これで魔人族の部隊は全滅した、というわけだ。

パルがここまでの話を終えるころには、すっかりブリッジの中はお通夜状態になっており、その感情の向く先は魔人族だ。

敵対しているはずの王国の人間でさえ、沈痛そのものの表情を浮かべている。

ましてや、同族であるティアはもはやグロッキー状態になっていた。

もちろん、魔人族の亜人族に対する態度に思うところはあったのだろう。事実、魔人族のしたことには怒りを覚えていた。

それでも、最後に受けた仕打ちには同情してしまい、パル君が話している途中で俺の胸に顔をうずめることになった。

そして、天之河たちも、ハジメのオルクス大迷宮や魔人族の王都侵攻の際のハジメの所業を思い出したのか、ハジメに対して様々な感情がこもった視線を向けた。どちらかといえば、ツッコミ要素が多そうだが。

 

「・・・おい、ハジメ。どうしてくれるんだよ、これ」

「本当ですよ、ハジメさん。私の家族、すっごい成長していますよ。それも、突き抜けた方向に」

「・・・自覚ないのか?シアもたいがいなんだが」

 

それだって、元はと言えばハジメとユエが原因なんだろうが。

シアも「家族と一緒にしないでくださいですぅ!」とハジメをポカポカと殴っているが、あながち間違ってはいないんだよな。

まぁ、それはさておき、そろそろ話を進めよう。

 

「で、それはあくまで現状の前段階の話だろ?」

「肯定です、兄貴」

 

魔人族を殲滅した後は、消費したブービートラップの補充とフェアベルゲンからのあれこれを避けるために、ハウリアの集落に引っ込んでいた。

もちろん、フェアベルゲンも負傷者の手当てや里の再構築にてんやわんやで、戦力もがた落ちだった。

魔人族の襲撃から3日経った、そんなタイミングだったのだ。帝国兵たちが侵攻してきたのは。

帝国兵たちは、この侵攻の際にフェアベルゲンが見えるところまで森を焼き払うという、とんでもない力技にでた。

この予想外の方法とてんやわんやな時に襲撃されたということで、フェアベルゲンは抵抗することもままならず、いいようにされてしまった。

 

「帝国兵の目的は、侵攻ではなく人さらいでした」

「人さらい?そこまで大規模なことをしておいて、侵攻ではなくあくまで今までと同じ人さらいってことか?」

「肯定です、兄貴」

「ふむ・・・となると、帝国にもなにかあったのか・・・あぁ、なるほど。帝国でも魔人族か、その魔物が暴れたってところか」

「えぇ、帝国兵の殿の部隊から尋問したところ、そのようなことを言っていました。相応の被害を受けたようで、『消費した労働力を補充する必要が』なんて言ってやがりました」

 

吐き捨てるようなパル君の言葉に、誰もが息を呑んだ。

特に、姫さんの動揺が激しい。まぁ、救援を求めようと思っていたら、相手も襲撃を受けていて、無茶をしてまで労働力の確保を行っている状況になっているのだから、当然だろう。

 

「なるほどな。『労働力の確保』なんて言ってやがるが、ゲスな欲望が隠せていないな。その様子じゃ、大して労働力にならない兎人族も相当攫われたんだろ?」

「えぇ、胸糞の悪ぃ話です」

 

愛玩奴隷として認識されている兎人族が、帝国でどのような結末をたどるかなど、想像に難くない。

フェアベルゲンに対して興味のないハウリア族も、さすがに同族の悲惨な未来を見過ごすことができず、部下のほとんどをフェアベルゲンの警戒に残しつつ、カムを中心とした少数部隊が帝都に乗り込んだ。

だが、帝都に到着して都内に侵入したところで、カムたちとの連絡が途絶えてしまい、合流場所にも姿を現さなかった。

カムたちの身になにか起きたと考えたハウリア族は、もはやじっとしていられないとさらにメンバーを選抜し、帝都に送り出した。その1つが、パル君の部隊ということだ。

そして、情報収集の最中に亜人族の奴隷を乗せた輸送車が他の町に向けて出発したという情報をつかみ、内情を調べるという意味も兼ねて奪還を試みた。

その最中に、俺たちがその場面を目撃して、今に至る、ということだ。

 

「にしても、魔人族はずいぶんとあちこちで働いているな。王国が本命だったのは間違いないだろうが・・・ご苦労なことだ」

「その様子ですと、兄貴。もしや、魔人族は他のところでも?」

 

ティアを慰めながらの俺の呟きに、パル君が反応した。

 

「あぁ。大迷宮だったり王都だったり、あちこちで暗躍していたな。まぁ、運悪く俺たちが居合わせて、ほとんど失敗しているが」

 

考えてみれば、魔人族にとって俺たちは疫病神もいいところだろう。

ティアはともかく、ハジメたちとは明確に敵対しているわけでもないのに、事を起こしているところに偶然俺たちが立ち寄り、邪魔だったからというだけで蹴散らされたわけだし。

ハルツィナ樹海の方でも、ハジメが残した影響だけでこのありさまだ。泣きたいのはむしろ魔人族の方かもしれない。事実、ティアは軽く泣いちゃってるし。

 

「とりあえず、だいたいの事情は分かったが、お前たちはこれから情報収集を続けるんだな?」

「肯定です」

「そうか。なら、ハジメ」

「あぁ。どうせ道中だ。捕まってたやつらは樹海までは送り届けてやるよ」

「ありがとうございます!」

 

ハジメの言葉に、パル君たちが勢いよく頭を下げる。

そんな中、シアは口元をもごもごしていたが、俺もハジメも気づいていた。何を言いたいかも含めて。

それでも、それはシアの口から言うべきことであるので、今は何も言わないことにした。

最後に、パル君たちからフェアベルゲンに残っているハウリア族への伝言を預かって、姫さんたち王国勢とパル君たちを帝国から少し離れたところで降ろした。

次の目的地はフェアベルゲンだが、まだ大迷宮攻略とはいかないだろう。そんな予感を抱きながらも、俺たちはフェアベルゲンに向かった。

 

 

* * *

 

 

「これはひどいな・・・」

 

ハルツィナ樹海に降り立った俺たちが最初に見たのは、広範囲にわたって炭化し、黒く染まった道筋だ。幅は100mほどで、それが奥まで続いている。

この惨状にティオと香織は表情を歪め、シアのウサ耳もしょぼんとへたれてしまっている。俺としても、さすがに環境蔑視の考えはあまり賛成できないから、いい気分ではない。

とはいえ、フェアベルゲンがむき出しになっているということはなく、ごく狭い範囲だが霧が立ち込めている。

 

「一応、フェアベルゲンまで燃やし尽くされたわけじゃないんだな」

「えぇ。疲弊していたとはいえ、さすがにフェアベルゲンに直接手がかかるまで気づかなかったわけではありません。少数の戦士たちが迎撃にでた時点で、彼らは樹海へ火をかけるのを止めたのです。おそらく、さらうつもりの私たちが炎にまかれて死んでしまうのを避けるためでしょう」

 

俺の疑問に答えたのはパル君ではなくアルテナだった。

他の亜人族も、おっかなびっくり俺たちについてきながら、ハルツィナ樹海に刻まれた傷跡を見て悲しそうにしていた。

 

「なるほど。フェアベルゲンまで進攻されたのは、魔人族との戦いの跡を辿ったからか?」

「はい。ですから、彼らも途中で気が付いたことでしょう。フェアベルゲンの現状に」

「本当に、泣きっ面にハチだなぁ」

 

最後のハジメの感想が、だいたいを物語っていた。

天之河たち辺りは怒りをあらわにしているが、だからといって何かができるわけでもない。

が、いちゃったのだ。怒りをあらわにして、かつ、なんとかできちゃう人物が。

 

「ねぇねぇ、ハジメ君、ちょっといいかな?」

「ん?なんだ、香織?」

 

ふと後ろを振り返ると、香織がなにやら美貌にやる気をみなぎらせてハジメに話しかけていた。

 

「ちょっとね、再生魔法を使おうと思うの。魔力なら大丈夫!今ならこれくらいの範囲、ババ~ンっとできる気がするの!」

 

たしかに、無限の魔力ではないとはいえ、今の香織の魔力量は膨大だ。それくらいならできるだろう。

だったら、後でやってもらうのもいいか。

 

「なに?再生魔法?たしかに、今の香織ならできるかもしれないが・・・」

「うん。すぐにやっちゃうから、ちょっと待っててね」

 

・・・ん?すぐにやっちゃう?

 

「おい、ちょっと待て!止めろ!」

「あ、こら待て、バカ!」

 

香織がやろうとしていることに気づき、俺とハジメでなんとか止めようとしたが、遅かった。

 

「“絶象”!」

 

魔法名とともに、本来の香織の魔力である白菫に神の使徒の銀の煌めきが混じった魔力が、瞬く間に樹海に広がっていき、傷ついた樹海を癒していった。大地が黒から緑に代わり、倒壊した木々が元の姿を取り戻していく。

亜人たちはもちろん、天之河たちからも驚愕で目を見開いている中、香織は「ふぅ」といい笑顔で汗を拭い、

 

「・・・香織のド阿呆」

 

ユエからの脛蹴りをもらった。ご丁寧に、ショートシューズのつま先を使った一撃だ。

 

「いたいっ!何するの、ユエ!」

「・・・周りを見ろ、ばかおり」

「周りってなにを・・・」

 

そう言いながら、香織は周りを見渡した。

そう、木々が生い茂り、周りが見えないほどの濃霧が立ち込めている樹海を。

 

「・・・」

「ったく、戦闘の痕を辿れば、楽にフェアベルゲンにまで行けると思ったんだがな・・・とりあえず、それぞれに案内してもらうとするか。イズモ、頼めるか?」

「あぁ、お安い御用だ」

 

イズモは俺の頼みに快くうなずき、先導を始めた。

ちなみに、香織はと言えば、顔を両手で隠し、穴があったら入りたいと言わんばかりにしゃがみこんでしまった。

樹海を元に戻したことで警戒心が薄れたのか、またはただ単に見かねただけなのか、亜人族の子供が数人、香織を慰めたが、むしろいたたまれなかった。

 

「香織、元気出しなさいよ。やったことはいいことなんだから」

 

そこに、八重樫が香織の隣にしゃがんでポンポンと頭を撫で、

 

「ただ、『神の使徒の力があれば、もうユエにばっかり活躍させないよ!見てみて、ハジメ君!私、こんなことできるようにもなったよ!役に立つよ!』って思っても、行動に移す前に少し考えましょうね」

「・・・うん」

 

やけに具体的に香織の心情を言い当て、慈しみの目で香織を見つめていた。

これに対し、坂上が引きつった表情でツッコミを入れる。

 

「いや、エスパーかよ。こっちの世界に来てから、雫の香織理解度がちょっと怖ぇんだけど」

「龍太郎くん。鈴ね、時々、すごい疎外感を覚えるんだ・・・」

「香織がハジメと一緒に行動して変わった、なんて八重樫は言っているが、香織が一度死んでからの八重樫の方がよっぽど変わってるよな。いや、進化していると言うべきか」

 

実際、ユエと香織が張り合っているときも、以前ならこめかみをぐりぐりしつつ止めていただろうが、今では「香織、強くなって・・・」みたいな感じでほろりと涙を流すことさえある。

香織に限って言えば、八重樫も十分残念な人になってしまったようだ。

 

「・・・イズモ、行こう。なんか、やけに疲れた」

「なら、時間があるときに私の尻尾はどうだ?疲れが取れるぞ?」

「・・・本当、イズモも変わったよなぁ・・・」

 

本当に、最近になってやたらと自己主張してくるようになった。

別に、それ自体が嫌なわけでもなく、ティアもあまり言及はしないからいいのだが、どことなく対応に困る。

どうやら、今のメンツでは、俺が八重樫と一、二を争う苦労人になっていそうだ。




「いや、でも待てよ?ハジメとユエもけっこう通じ合ってるよな。なんか、名前を呼んだだけで言いたいことがわかる熟年夫婦みたいな感じで」
「たしかに、言われてみればそうね」
「いや、それを言えばツルギとティアだって『ん』だけで会話を成立させてるときがあるだろ」
「別に、それくらいは必須スキルだろ?」
「そりゃあ、当然だな」
「・・・ついていけないですぅ」
「“特別”の座は遠いな・・・」

雫の様子を見て「そういえば珍しくもないか」と考えを改めたハジメとツルギの図。

~~~~~~~~~~~

今回は短めにしました。
これ以上は、キリのいいところを探すとちょっと長くなりそうだったので。

さて、ありふれアニメ放送まであと半月、本当に楽しみですね。
まぁ、放送の時間帯によっては寝てしまうかもしれませんが。
翌日?当日?に朝一から大学の講義があるのに、徹夜するわけにもいかない、ていうかそもそも徹夜ができないので。
録画?できるようにしてないんですよねぇ・・・。
まぁ、それはそのときに考えるとしましょう。


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手を貸そう

とりあえず、俺たちはシアやイズモ、アルテナの先導のもと、フェアベルゲンに向かった。

他の亜人族たちは、俺たちに悪意や偏見がないということを理解し始めてくれたようで、かなり心を許すようになってきた。

特に、勢い余って樹海を再生した香織には特に子供たちは好意を抱いており、香織の周りをうろちょろしては、香織がにこっとほほ笑むと顔を赤くしてうつむき、女の子たちは服の裾や手をぎゅっと握っていた。

そして、なぜか先導するシアにアルテナが対抗していた。いや、理由はなんとなくわかるが。ハジメに枷を外された時、やけに顔を赤くしていたし。

先ほどから、ちらちらと後ろにいるハジメを気にして振り返っては、ユエに無機質な視線を向けられてはビクッとふるえて視線を前に戻すということを繰り返している。

そんなこんなで、歩くこと1時間ほど、どこかしおれていたシアのウサ耳がピコピコと反応した。

 

「ハジメさん、武装した集団が正面から来ますよ」

 

シアの言葉に、何人かの亜人族が驚く。どうやら、自分たちでも気づかなかった気配をシアが察知したことに驚いたらしい。

そして、シアの言葉を証明するかのように、霧の奥から人影が現れた。

現れたのは、以前にも出会った虎人族の兵士だった。たしか、名前はギルとかだったはずだ。どうやら、なんとか生き延びて今も警備をしているらしい。

 

「お前たちは、あのときの・・・」

「久しぶりだな」

 

ギルは俺たちに気づいたようで、驚愕に目を見開いていた。

 

「一体、今度は何の・・・って、アルテナ様ぁ!?ご無事だったのですか!?」

「あ、はい。彼等とハウリア族の方々に助けて頂きました」

 

俺たちに目的を尋ねようとしたところで、今度はハジメの傍らにいたアルテナに気づき、素っ頓狂な声を上げた。

そこで、アルテナからだいたいの事情を聴き、安堵と呆れを含んだ深いため息をついた。

 

「それはよかったです。アルフレリック様も大変お辛そうでした。早く、元気なお姿を見せて差しあげて下さい・・・少年。お前たちは、ここに来るときは亜人を助けてからというポリシーでもあるのか?傲岸不遜なお前たちには全く似合わんが・・・まぁ、礼は言わせてもらう」

「んなポリシーあるわけないだろ?偶然だ、ぐーぜん」

 

特にハジメなんて、最初の頃は積極的に見捨てようとしたまであるし、俺も何でもかんでもとは言わない。仮にあの現場にハウリア族がいなかったら、普通にスルーしていただろう。

そこで、俺たちが知り合いなことに八重樫たちが疑問符を浮かべ、シアとティアがこっそりと事情を説明した。そして、シアがハジメに惚れた理由も察し、納得顔を見せていた。

 

「あぁ、そうだ。それより、フェアベルゲンにハウリア族の連中はいるか?あるいは、今の集落の場所を知っている奴はいるか?」

「む?ハウリア族の者なら数名、フェアベルゲンにいるぞ。聞いているかもしれないが、襲撃があってな。帝国が去ったあとから数名常駐するようになったんだ」

「なるほど、それはよかった。じゃあ、さっさとフェアベルゲンに向かうとするか」

 

俺の言葉にハジメたちも頷き、ギルに案内されてフェアベルゲンに向かった。

その道中、意外にも見知らぬ人間の混じった俺たちに以前のような敵意や警戒心は向けられなかった。ハジメが育てたハウリアに助けられたからか、長老衆から何か言われているのか、そこまではわからないが、揉めないのならいいことだ。

そして、フェアベルゲンにたどり着いたのだが、予想にたがわず大きく様変わりしていた。

 

「ひどい・・・」

 

誰かがつぶやいたように、本当にひどい有様になっていた。

まず、威容を示していた門は崩壊しており、残骸も処理されずに放置されていた。

中に入れば、以前は幻想的で自然の美しさに満ちていた木と水の都は、そのあちこちが破壊されており、木の幹で出来た空中回廊や水路もボロボロに途切れてしまって機能を果たしていなかった。

それに、フェアベルゲン自体の雰囲気も暗く、どこか冷たい空気が流れているようにも感じた。

その時、通りがかった一人がアルテナたちを見つけ、信じられないといった表情で硬直した。

が、それも一瞬で、すぐに喜びを爆発させるようにして駆け寄ってきた。

途中、人間である俺たちに気づいて表情をこわばらせるが、すぐに俺たちによって助けられたということが伝えられ、わずかに警戒心を残しながらも抱き合って喜びをあらわにした。

しだいに、俺たちを囲む輪は大きくなっていき、気が付けば周囲はフェアベルゲンの住人で埋め尽くされていた。

しばらくすると、不意に人垣が割れ始めた。その先には、フェアベルゲンの長老衆の一人であるアルフレリック・ハイピストの姿があった。

 

「お祖父様!」

「おぉ、おお、アルテナ!よくぞ、無事で・・・」

 

アルテナは目の端に涙を溜めながら、一目散に駆け出して祖父であるアルフレリックの胸に勢いよく飛び込んだ。もう二度と会えることはないと思っていた家族の再会に、周囲の人々も涙ぐんで抱きしめ合う2人を眺めている。

しばらく抱き合っていた2人だが、そのうちアルフレリックは、孫娘を離し優しげに頭を撫でると、俺たちに視線を転じた。その表情には苦笑いが浮かんでいる。

 

「よっ、久しぶりだな」

「・・・あぁ、とんだ再会になったな、峯坂ツルギ、南雲ハジメ。まさか、孫娘を救われるとは思いもしなかった。縁というのはわからないものだ・・・ありがとう、心から感謝する」

「言っておくが、俺たちは送り届けただけで、実際に助けたのはハウリア族だ。礼はハウリア族に言えよ。俺たちはここにハウリア族がいると聞いて来ただけだしな」

「そのハウリア族をあそこまで変えたのもお前さんたちだろうに。巡り巡って、お前さんたちのなした事が孫娘のみならず我らをも救った。それが事実だ。この莫大な恩、どう返すべきか迷うところでな、せめて礼くらいは受け取ってくれ」

「まぁ、言葉だけは受け取っておくさ。ていうか、ハウリア族を改・・・鍛えたのはハジメだし」

 

そう言いながらハジメの方を振り向くと、ハジメは困ったように頬を掻きつつも肩をすくめていた。その様子を、ユエたちが微笑ましそうに見ている。

まぁ、天之河はだいぶ複雑そうな表情をしていたが、放っておこう。

 

「それはそうと、ハウリア族はどこだ?」

「あぁ、それなら、タイミングが悪かったようだ。ちょうど都の外に出ているようでな、すぐに戻ってくると思うが・・・」

「なら、少し待たせてもらってもいいか?さっきから、うちの癒し手がそわそわしているからな。待たせてもらう代わりと言ってはなんだが、見返りはでかいと思うぞ?」

 

ついさっき樹海を盛大に再生したというのに、まだ再生し足りないのか、こいつは。

 

「? よくわからんが、待つくらいで見返りなんぞ求めんよ。我が家に招待しよう。ハウリア族が戻り次第、知らせを寄こすよう門の者にも言っておく」

 

ということで、俺たちはアルフレリックの家でくつろぐことになった。

途中、アルテナがハジメを案内するためか、手を取ろうとしたが、シアにぺしっと叩き落とされてしまった。

なにやら森人族のお姫様とバグ兎が火花を散らしているが、俺は見て見ぬふりをした。

ハジメに視線を向けられて香織が抱きつこうとして、それをユエが阻止して、こちらでもバチバチと火花を散らすことになったが、見なかったことにした。

その横では、ティオが谷口に疎外になる快感を教えようとしていたが、気づかないふりを・・・ダメだ、スルーしきれない。

 

「・・・ほんと、こいつらと一緒にいると、どこにいても退屈しないなぁ」

「まぁ、賑やかなのはたしかよね」

 

ちなみに、アルフレリックの家でお茶をごちそうになっていた時、ハジメの周りで世話を焼こうとしているアルテナを見て、アルフレリックはなんとも難しそうな顔をした。とりあえず、あとでそのことに関して話でもしておこうか。

とりあえず、俺が主にアルフレリックと話し合ってある程度の近況を共有していると、窓の外から香織が銀翼を羽ばたかせて窓からやってきた。今、俺たちがいる部屋は、地上から10mくらいの高さにあるのだが、入り口は下にあるはずなんだがな。

 

「休憩か?」

 

ハジメが問いかけると、香織は首を振った。

 

「ううん。外傷がある人はみんな癒したよ。あと、門も含めて都の中心周辺は全部復元できたよ。練習にもなるし、いっそ飛び回りながら他の場所も全部直しちゃおうと思ったんだけど・・・」

 

珍しく、なにやら煮え切らない様子の香織だが、よく耳を澄ませると、窓の外から「香織様!」という熱烈な声が聞こえてきた。まさかと思ってハジメとアルフレリックと共に窓の外を確認したところ、案の定というか、多数の亜人族が顔を紅潮させて、興奮気味に香織を称えていた。

それに、まさかとは思うんだが、

 

「・・・なぁ、長老衆のメンバーがいる気がするんだが、気のせいじゃないよな」

「・・・ゼルにグゼ。あいつら何をしとるんだ」

 

どうやら、気のせいではなかったらしい。そんなんでいいのか長老衆。

香織はどうやら、この熱気にちょっと怖くなって逃げてきたようだ。アルフレリックが、頭痛をこらえるように眉間を揉んでいる

にしても、なんだか同じ光景を見たことがあるような気が・・・あぁ、あれか、アンカジか。神秘さで言えば、今の方が上だろうけど。

とりあえず、ハジメが香織の手を握って部屋の中に入れると、今度はドアの向こうから地響きが聞こえてきた。

またまさかと思いながら扉の方を振り向いたと同時に、その扉がズバンッと勢いよく開かれた。扉にひびが入ったのを見て、アルフレリックが悲しそうな表情をしたが、気にしないことにした。

 

「ボスゥ!!兄貴ィ!!お久しぶりですっ!!」

「お待ちしておりましたっ!ボスゥ!!兄貴ィ!!」

「お、お会いできて光栄ですっ!Sir!!」

「うぉい!新入りぃ!ボスと兄貴のご帰還だぁ!他の野郎共に伝えてこい!30秒でな!」

「りょ、了解でありますっ!!」

 

飛び込んできたのは、やはりハウリアの男女数名だった。部屋に入ってからは、ビシッ!と直立不動で見事な敬礼を決めた。

ただ、あまりの剣幕に、予想できていたはずの天之河たちが思い切りお茶を噴き出していた。

ていうか、なにやら見覚えのない顔もいるんだが。まさか、またあれから増えたのか?新入りとか言ってたし。本当に、いらんことをしてくれたな、ハジメは。

 

「あ~、うん、久しぶりだな。取り敢えず、他の連中がドン引いているから敬礼は止めような」

「「「「「「「Sir,Yes,Sir!!!」」」」」」」

 

樹海全体に響けと言わんばかりに張り上げた俺たち(主にボスであるハジメ・・・だと思いたい)への久しぶりの掛け声に、とても満足そうなハウリア族と、初めて経験した本物の掛け声に「俺達もついに・・・」と感動しているハウリアでない兎人族たち。

きっと、俺たちがいない間にも、ハー〇マン方式で罵声が飛び交ったんだろうなぁ・・・。

 

「ここに来るまでにパル達と会って大体の事情は聞いている。中々、活躍したそうだな?連中を退けるなんて大したもんだ」

「「「「「「きょ、恐縮でありまずっ!!」」」」」」」

 

ハジメの賞賛に、最後が涙声になっているのが、微妙に反応に困る。

それはさておき、パル君からの伝言を伝えた。内容としては、カムたちが帝都への侵入したらしい情報をつかんだことと、自分たちも侵入するつもりであること、あとは応援の要請だ。

 

「なるほど・・・“必滅のバルドフェルド”達からの伝言は確かに受け取りました。わざわざありがとうございます、ボス」

「・・・・・・なぁ、お前も・・・二つ名があったりするのか?」

 

伝言を伝えたハジメが、まさかと思いながらも問いかけた。万一、気のせいかもしれないという淡い期待を抱いていたのかもしれないが、

 

「は?俺ですか?・・・ふっ、もちろんです。落ちる雷の如く、予測不能かつ迅雷の斬撃を繰り出す!“雷刃のイオルニクス”!です!」

「・・・そうか」

 

やはり、ハウリア族は手遅れだった。もうどうしようもねぇな、こいつら。

とりあえず、俺が気を取り直してイオ君に必要なことを尋ねる。

 

「それはともかくだ。ハウリア族以外のやつらにも訓練させていたみたいだが、今、それくらいいるんだ?」

「・・・確か・・・ハウリア族と懇意にしていた一族と、バントン族を倒した噂が広まったことで訓練志願しに来た奇特な若者達が加わりましたので・・・実戦可能なのは総勢122名になります」

 

122人か・・・ずいぶんと増えたな。もはや中隊規模じゃないか。いや、あの時見た戦いを考えれば、大隊クラス、連隊クラスの戦果も出せるだろう。イオ君の出した数には、ハジメやユエたちも驚いていた。

だが、別にただ規模を聞いただけではない。

俺はいったん、ハジメの方を振り向いて問いかける。

 

「なら、どうする、ハジメ?」

「そうだな、それくらいなら全員一度に運べるな・・・イオ、ルニクス。帝都に行く奴等をさっさと集めろ。俺が全員まとめて送り届けてやる」

「は?はっ!了解であります!直ちに!」

 

一瞬、何を言われたのかわからなかったイオ君だが、すぐに俺たちが帝都に同行するという意図に気づき、敬礼を決めてから他のハウリア族を呼びに急いで出て行った。

イオ君は、あくまで俺たちは大迷宮の攻略に来ただけなので、まさか手を貸してくれるとは思っていなかったのだろう。

そして、驚いていたのはイオ君だけではない。むしろ、ハジメの隣にいたシアが最も驚いていた。ウサ耳をピンと立て、目を丸くしてハジメを見ている。

まぁ、あくまで決定を出したのはハジメだし?べつに俺が尋ねたことを素で気づいていないことなんて気にしていない。それは香織で慣れたし。

 

「ハ、ハジメさん・・・大迷宮に行くんじゃ・・・」

「カム達のこと気になってんだろ?」

「っ・・・それは・・・その・・・でも・・・」

 

そう、俺がイオ君に質問し、ハジメに尋ねたのは、シアがどう見てもカムたちのことが気になっていたからで、ハジメもそんなシアを気にしていたのをわかっていたからだ。

もちろん、俺たちの目的が大迷宮であるのに変わりはないし、カムたちのことも自己責任ではある。だから、シアはハジメについて行くと決めていたのだろう。

だが、それでも実の親のことだ。やはり完全に割り切ることができないでいた。家族を心配する気持ちは自然と沸き上がってくるものだから、当然と言えば当然だろう。

それに、家族を憂いて笑顔を浮かべることができないでいたシアは、俺でもちょっと見ていられなかった。俺がそうなら、ハジメはなおさらだろう。

もっと言えば、最初のハジメならたしかにカムたちのことは気にせずに大迷宮に向かっただろうが、今のハジメはシアのことをそれなり以上に大切に想っている。だから、シアのために自らの全力を振るうのだ。

そのことをハジメの口から聞かされ、自らの気持ちを吐露したシアの表情は、まさに恋する乙女そのものだった。

 

「・・・シアのやつ、ずいぶんと喜んでいるな。まぁ、ここ最近はどことなく気張っていたし、ある意味ちょうどいい機会だったか」

「そうね。最初はライバルはユエだけだったけど、最近はすごい増えてきたし」

「たしかにな。だが、惚れた男からあんなことを言われたのだ。うれしいに決まっている」

 

そんなハジメたちのやり取りを、俺とティア、イズモは一歩引いたところから眺める。

ちなみに、俺たちもハジメの方針に異を唱えたりはしない。これだってハジメのいい変化には違いないのだから、わざわざ止める理由もないだろう。それに、俺たちだって仲間のために行動するのはやぶさかではない。ここは1つ、シアのためにひと肌脱ぐとしよう。

 

「・・・やっぱり、仲間のためなら戦うのか・・・」

 

そんな中、天之河の方からそんな呟きが聞こえた。

ちらっと見てみれば、今の天之河はどこか感情を抑えているような、苛立ったような様子だった。

・・・さて、帝国は亜人族の奴隷が最も多いところだ。そこのバカ勇者には気を付けた方がいいかもしれない。




「そういえば、なんで峯坂君はハウリアの人から“兄貴”って呼ばれているのかしら?」
「いや、ハジメが指導した直後のハウリア族は今よりも違う意味でさらにひどかったから、その責任をハジメにとらせて、かつ俺が説教したんだが、そのせいだな」
「・・・なんというか、峯坂君は苦労人なのね」
「八重樫。それ、ブーメランだぞ?いやまぁ、否定はしないが。たいていハジメの尻拭いとかめんどくさがってやろうとしない話し合いとかは俺がしてるし」
「・・・お互い、親友には苦労するわね」
「・・・本当にな」

ハウリア族から“兄貴”呼びされている理由を聞き、苦労人同士、どことなく距離が縮んだツルギと雫の図。

「・・・あの2人、また距離が縮んでいないかしら?」
「・・・これは、そう遠くないうちに展開が進みそうだな」

~~~~~~~~~~~

さて、次からは帝国に入りますね。
今のところ、ツルギによる勇者()滅多切りを予定していますので、アンチ勇者()の方はお楽しみに。
ちなみに、ここ最近、いろいろなスマホゲーでリゼロとか盾の勇者みたいなありふれ作品のコラボが多くなっている気がするので、ありふれもどこかとコラボしてほしいなと切に願っている自分がいます。
もしでたら、今やっているゲームを消して乗り換えるまでありますし。(容量の関係上、今のところ1個しかできないんですよね。androidは容量がクソ雑魚ナメクジなのがどうも・・・)


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帝都にて

雑多。

ヘルシャー帝国の帝都を一言で表すなら、まさにこれだろう。

徹底的に実用性を突き詰めた建物が並んでるかと思えば、後から建物を継ぎ足したような奇怪な形の建物もある。

ストリートは区画整理なんぞ知らねぇと言わんばかりに入り乱れ、あちこちに裏路地へと続く入り口があった。

そして、街のどこもかしこも喧騒で溢れかえっており、粗野ながらも誰もが自由にやっているという感じで、かなりにぎやかだ。

だか、よくも悪くもにぎやかであって、

 

「おい、おまえ・・・ぐぺっ!?」

 

今も、俺たちにニヤニヤしながら近寄ってきた男をハジメが吹き飛ばしたところだ。

このヘルシャー帝国は傭兵団が興した新規の国で、実力至上主義を掲げた国だ。

そのせいというか、街の中は戦闘者や傭兵などで溢れかえっており、多くの美少女を連れて目立っている俺たちに邪な感情を抱いて近寄ってくる輩が後を絶たない状態だ。

ただ、男はそこそこ派手に吹き飛ばされたが、それを気にする者は周囲に誰もいない。これくらいのケンカなら日常茶飯事ということか。だから、俺たちもあまり遠慮しなくてすんでいる。

 

「うぅ、話には聞いていましたが・・・帝国はやっぱり嫌なところですぅ」

「うん、私もあんまり肌に合わないかな・・・ある意味、召喚された場所が王都でよかったよ」

「まぁ、軍事国家じゃからなぁ。軍備が充実しているどころか、住民でさえ、その多くが戦闘者なんじゃ。この程度の粗野な雰囲気は当たり前と言えば当たり前じゃろ。妾も住みたいとは全く思わんがの」

「そうね。なんだか、落ち着かないわ」

「よくもまぁ、ここに住もうと思える者がいるな」

 

どうやら、女性陣にはあまりお気に召さなかったようで、ユエもシアたちの言葉に頷いている。

ハジメや俺もだが、天之河や坂上はそこまで嫌いな表情ではないが、雫は警戒心をかなり上げているし、谷口もそんな八重樫にしがみついている状態だ。

俺としては、退屈しないんだろうなぁ、といった感じだし、ハジメもあまり表には出していないが、どこか楽しんでいるように見えなくもない。まぁ、向かってきた奴を殴り飛ばしても何も言われないのはここくらいだろうし、遠慮する必要があまりないという点ではそうなるのもわからないでもない

とはいえ、天之河たちは本気で気に入っているというわけではないし、女性陣が苦手にしている理由は他にもある。

それは、王都にはなかったもの。

 

「シア、あまり見るな・・・見ても仕方ないだろう?」

「・・・はい、そうですね」

 

嫌でも目に入ってしまうもの。それは、亜人族の奴隷だ。

弱肉強食を掲げ、使えるものはなんでも使う帝国は奴隷売買が非常に盛んだ。

今歩いていても、値札付きの檻の中に亜人族の子供がいる。そう遠くないうちに、過酷な労働を強いられることになるだろう。

そんなシアを、ユエがギュッと手を握ったりハジメが頬をムニムニすることで落ち着かせている。そのおかげで、シアはなんとか平静を保てている。

それより、ある意味シアよりも問題なのが、

 

「・・・許せないな、同じ人なのに・・・奴隷なんて」

 

ギリっと歯ぎしりし、今にも突撃しそうになっている天之河だ。

別に、突撃したら他人の振りをしてもいいが、できるだけ騒ぎは起こしたくない。

 

「言っておくが、今の目的はシアの家族の安否だ。余計な真似はするなよ」

 

そんな天之河に、俺があらかじめ釘を刺しておく。

どちらかと言えば八重樫の方が適任なんだろうが、必要以上に八重樫には頼らないようにしておきたい。それに、今まで鍛錬で散々しごいてきたおかげで、多少の上下関係はできている。気休め程度だが、効果がないわけではない。

現に、俺の忠告に納得できないというような表情をしながらも、渋々頷いた。

 

「そう言えば、雫ちゃんって皇帝陛下に求婚されたよね?」

「・・・そう言えば、そんな事もあったわね」

 

俺の忠告で若干微妙な空気になったのを察したのか、香織が話題を振ってきた。当の本人である八重樫は、どう見ても思い出したくないといった様子だが。

ユエたちが「ほぉ~」とニヤニヤした視線を向けたが、八重樫はさらに顔を顰め、隣の天之河も渋い表情になる。

どうやら、皇帝陛下本人も嫌われてしまっているようだ。

 

「そんなことより、峯坂君。具体的にどこに向かっているの?」

 

これ以上この話をしたくなかったのか、今度は八重樫が俺に話題を振ってきた。

そういえば、シアの家族を助けるにあたってどうするか、八重樫たちには話していなかったな。

 

「まずは、冒険者ギルドに行って情報を集める。俺とハジメの“金”の立場を利用すれば、ある程度の情報は集まるだろう」

「・・・峯坂君は、彼らが捕まっていると考えているの?」

「それを確かめるための情報収集でもあるが、俺はそう考えている。ただ隠れているだけなら何も音沙汰がないのは不自然だし、あんなレア兎をほいほい殺すとも思えないからな」

 

今の帝都は魔人族の襲撃のことがあって、厳戒態勢と言わないまでも、パル君たちが中に入れないくらいには異常なレベルの警備体制が敷かれている。それでも、ハジメの訓練を受け、自主訓練も欠かさなかったカムたちなら、外に伝言を送るくらいはできるだろう。

それすらできていないと言うなら、どこかに捕まっていると考えた方が妥当だ。

それに、強者への関心が強い帝国なら、“戦う”兎人族という特異な存在に興味を持たないはずがない。ここの皇帝の気質は、香織や八重樫から聞いてだいたいの察しはつけている。

俺が考えている通りの皇帝なら、あの強さの秘密を聞き出そうとでもしているのだろう。

とはいえ、証拠は何もないから、冒険者ギルドでカムたちが捕まっている場所の見当をつけて、助け出してから話を聞いた方がいいだろう。

だが、俺のカムたちが捕まっているという推測に、シアが暗い表情でうつむく。

そんなシアを、ハジメが頬をムニムニして慰める。今のハジメのムニムニが、シアの最近のお気に入りだったはずだ。

 

「安心しろよ、シア。俺もツルギの推測は正しいと思うし、捕まっているなら取り返せばいいだけだ。いざとなれば、俺達が帝都を灰燼にしてでも取り戻してやる」

「ん・・・任せて、シア」

「ハジメさん、ユエさん・・・」

 

励ましの言葉というには、かなり物騒な内容だが。

 

「いやいやいや、灰燼にしちゃダメでしょう?目が笑っていないのだけど、冗談よね?そうなのよね?お願いだから冗談だと言って!」

 

苦労性の八重樫が、顔を青くしながらツッコミを入れるが、そんな八重樫に香織が後ろから肩をたたいて、

 

「雫ちゃん、帝都はもう・・・」

「諦めてる!?香織、あなた治療師でしょう!?放っておけない!ってフェアベルゲンの人たちを癒して回ったばかりでしょ!なんで諦めちゃったの!?」

 

どうやら、香織の心は思っていたよりもやさぐれていたらしい。魂魄魔法でケアした方がいいだろうか。

 

「こうなったら、峯坂君!」

 

劣勢だと判断したのか、今度は俺に加勢を求めるが、

 

「ほっとけ。どうせ止まらねぇし、手を出した帝国が悪かったということでいいだろ」

「あなたもそっち側なのね!!」

 

だって、本気のハジメを止めるなんて不可能だし。

そんなこんなでしばらく歩いていると、また雰囲気の違う場所にでてきた。

あちこちの建物が崩壊していたり、その瓦礫が散乱していたりする。

周囲の話を聞くと、どうやらここが魔人族の魔物が現れて暴れた場所らしい。その魔物はコロシアムで管理されていたものが突然変異し、後手に回った帝国はいいように蹂躙されたらしい。

その混乱に乗じて、魔人族は帝国最強の証である現皇帝陛下を殺害しようとしたのだが、逆に返り討ちにあってしまった、ということだ。

魔物の方も、皇帝陛下が直接指揮をとることでなんとか討伐したようだが、様子を見るに代償は大きかったようだ。

そして、崩壊してしまったコロシアムの再建や瓦礫の撤去のために、多くの亜人族の奴隷が駆り出されていた。帝都にもたらされた人的・物的被害のしわ寄せは誰よりも亜人族に来ているようだ。奴隷の亜人族の誰もが、帝国兵の監視と罵倒の中で暗く沈みきっている。

いくら身体能力が高い亜人族とは言え、ここまで肉体を酷使し続ければ倒れる者もでてくるだろう。

そう考えていると、俺たちから少し離れたところで犬耳犬尻尾の10歳くらいの少年が瓦礫に躓いて派手に転び、手押し車に乗せていた瓦礫を盛大にぶちまけてしまった。足を打ったのか蹲って痛みに耐えている犬耳少年に、監視役の帝国兵が剣呑な眼差しを向け、こん棒を片手に近寄り始めた。何をする気なのかは明白だ。

そして、ここにそんなことを許せない正義の味方がいるのだが、

 

「おい!やめっ・・・」

「ハジメ」

 

天之河が一歩踏み出す前に俺がハジメに声をかけ、さらにその前にハジメが非殺傷弾を放って帝国兵を躓かせた。

盛大に転んだ帝国兵は顔面を瓦礫にぶつけ、ダラダラと鼻血を流しながら気絶していた。それを周りの帝国兵が嫌そうにしながらもどこかへ連れて行き、なにが起こったのかわからない犬耳少年は瓦礫を再び手押し車に戻し、運搬を再開した。

 

「面倒事に首を突っ込むのは構わないが、俺達に迷惑が掛からないようにしろよ?」

「っ・・・今のは南雲が?」

 

呆然とした天之河に、ハジメが声をかける。

天之河の確認には軽く肩を竦める程度にとどめたが、なにやら天之河の中の変なスイッチがオンになっており、眉をしかめながらハジメに話しかける。

 

「迷惑って何だよ・・・助けるのが悪いっていうのか?お前だって助けたじゃないか」

「どちらかというと、お前が起こす面倒事を止めたという方が正しいけどな。こんなところで帝国兵に突っかかっていったら、わらわらとお仲間が現れて騒動になるだろうが」

「こっちはあくまで、人探しに来てるんだ。余計な騒ぎを起こすなよ。どうしてもやるって言うなら、バレないようにやるか俺たちから離れたところでやってくれ」

 

ハジメの言葉に、俺が捕捉を加える。

今の俺たちの目的は、あくまでカムたちの安否の確認、または救出なのだ。こんなところで騒ぎを起こしたくはない。

だが、天之河は納得していないようで、倫理やら正義の価値観を訴え始めた。

 

「お前たちは、あの亜人族の人達を見て、何とも思わないのか!見ろ、今、こうしている時だって、彼等は苦しんでいるんだぞ!峯坂も!警察官の息子だっていうなら、あれが許せないんじゃないのか!」

 

どうやらこいつは、警察官を正義の味方かなにかだと勘違いしている本物のバカらしい。こいつに現代社会や倫理について学ばせてくれないかな。

とりあえず、俺にまで飛び火してきたから、ここで天之河を諭しておくことにしよう。

 

「その警察官の息子からの意見だが、ここじゃむしろ、お前のやろうとしたことの方が犯罪だ」

「なっ、どういうことだ!」

「帝国、ていうかこの世界では、奴隷に関する法律が制定されている。ここじゃあ奴隷ってのは誰かしらの“所有物”であり、それに手を出すってことは“窃盗”あるいは“器物損壊”に当てはまることになるぞ」

「そ、そんなの屁理屈・・・」

「屁理屈言ってんのはお前の方だ、バカ。ここでお前の価値観が通じると思うなよ」

 

こいつは、大多数の人間が正しいと思うことが絶対だと考えているが、その大多数はあくまで争いとは縁のない、平和な現代日本での話だ。

奴隷制度自体、一昔前の戦争の最中やヨーロッパの大航海時代では、むしろ当たり前のことに近かったのだ。時代背景的にも、このトータスではそれにあたる。

平和ボケした日本人の感性など、ここでは鼻で笑われるのがせいぜいだろう。

 

「それにな、ここでお前が『奴隷を開放しろ』とか言って、それが実行されたとしても、そう長くは続かない。せいぜい、5年程度で元に戻るだろう」

「ど、どうしてそんなことが言えるんだよ!」

「帝国で奴隷業が盛んなのは、この国の理念が“弱肉強食”だからだ。奴隷ってのも、“弱者は強者に従え”って考えに基づいている。逆に言えば、亜人族が帝国に強者であることを示さない限り、帝国は亜人族の奴隷化をやめはしない」

「だったら・・・」

「だが、それも難しいだろう。いくら亜人族の方が身体能力が高くても、魔力というアドバンテージがある限り、決して勝つことはできない。それに、奴隷をやめさせるほどの説得力は皇帝でも倒さない限り認められないだろうが、魔人族の魔物にいいようにやられたって時点で厳しいな」

 

フェアベルゲンでは魔人族の使役する魔物にいいようにやられ、蹂躙されたが、帝国は相応の被害を受けながらも討伐し、襲い掛かってきた魔人族を返り討ちにした。この時点で、実力の差があるというものだ。

帝国の実力至上主義は、建国から続いている価値観だ。たかだか演説1つで覆るほど、浅いものではない。天之河が吠えたところで、戯言だと切り捨てられるだろう。

“それでも”と言うなら、帝国そのものと敵対する覚悟と亜人族の奴隷を二度と禁止することを確約させる覚悟が必要だ。でなければ、ここで助け出したとしても、帝国が報復やさらなる亜人族捕獲活動が激化することになる。天之河には、それがわかっていない。

俺の言葉に天之河は納得できないといった表情になるが、俺が睨むことで無理やり黙らせる。

 

「・・・なんか、思いの外たんぱくだな、ツルギ」

 

すると、意外なことに、ハジメの方からそんな言葉を投げかけられた。

 

「さすがに、嫌悪感の1つくらいは出しそうな気はしたんだが」

「まぁ、さすがに女子供に思うところがないわけじゃないが、奴隷制度そのものを非難するつもりはない。地球でも昔にあったこと・・・いや、たしか今でも残っている地域があったか?宗教かなんかであった気がするな」

 

あくまで宗教による身分階級として、奴隷の地位があるだけだったはずだが。

つまりは、奴隷制度自体は、長い歴史から見れば割と珍しいことではないのだ。強者が弱者を屈服させ、いいようにこき使うというのは、自然な流れでもある。今でも、そんな輩がいるにはいるわけだし。

戦争時代ならなおさら、植民地にした原住民を労働に駆り出すなんてことは、列強のどこもやっていたことだ。

それを考えれば、そこまで嫌悪感を丸出しにするほどではない。

ミュウの時は、あくまで明らかな違法であったし、ここでも酷使されてはいるが、最低限の人権は守られているだろう。

というわけで、俺はそこまで奴隷に関してあれこれ言うつもりはない。

それに、フェアベルゲンの戦力ならたしかに太刀打ちできないだろうが、あいつらならあるいは・・・まぁ、考えたところでしょうがないことではあるか。

あぁ、そうだ。

 

「それとな、天之河。俺たちはあくまでお前たちの“同行”を“許可”しただけだ。余計なことをするって言うなら、問答無用で王国にたたき返すからな」

 

俺の最後の言葉に、天之河はわかっているのかいないのか、歩き始めた俺の背中を睨んで立ち止まっているが、八重樫が諭したことで渋々ついてきた。

・・・マジで、このバカだけたたき返したいな。俺が面倒なだけだし。




「考えてみれば、社畜も社会の奴隷って言い方ができるよな」
「あぁ、最近だと、何でもかんでも奴隷って言葉を使ったりするよな」
「・・・ん。それだと、私はハジメの愛の奴隷?」
「いや、俺がユエの愛の奴隷だな」
「ハジメ・・・」
「ユエ・・・」
「いや、ハジメの場合はユエの尻に敷かれているだけだろ」

突然いちゃつき始めたハジメとユエに、ツルギが冷静にツッコミを入れるの図。

「それだと、私はツルギの・・・」
「ティアは奴隷なんかじゃない。俺のカワイイ恋人だよ」
「ツルギ・・・」
「あなたたちもいちゃついてるんじゃないわよ!」

~~~~~~~~~~~

今回、イズモさんの出番が少なかったなぁ。
まぁ、原作でもティオの出番がほとんどなかったし、これならセーフですかね?
考えてみれば、ティオの方がよっぽどハジメの奴隷(自称)ですね、これは。


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テンプレ大好きハジメさん

一悶着ありつつも、俺たちはヘルシャー帝国帝都の冒険者ギルドについた。

中に入った最初の印象は、まんま酒場といった感じだった。

広いスペースに雑多な感じでテーブルが置かれており、カウンターは2つある。

1つはカウンターで女性が受付を担当しているのだが、今まで見た受付嬢と違って粗野な感じがにじみ出ており、こんなんでいいのかと思ったが、こんな環境の中におしとやかな女性を入れる方が危ないかと考え直した。

もう1つのカウンターは、まんまバーカウンターだった。昼間なのにすでに飲んだくれのおっさんたちがたむろしており、暇なら復興を手伝えよと思ってしまった。

中に入ったら、ここに来てからもう何回目かもわからない不躾かつ下卑た視線がティアやユエたちに向けられたので、俺とハジメでしょっぱなから殺気と威圧を放って黙らせた。

だが、さすがは軍事国家の冒険者と言うべきか、俺たちの殺気と威圧で気絶するような無様な連中はおらず、一気に酔いがさめたようで俺たちに警戒心を向けてきた。

そんな連中を横目に流して受付カウンターに向かったが、カウンターの受付嬢は他のギルドで見たようなにこやかさはまったくなく、気怠そうに、あるいはやる気なさそうに俺たちを見返して、「要件があるならサッサと言え」みたいな雰囲気を出していた。

ギルドの受付嬢がこんなんでいいのかと思わなくはないが、帝国ならこれくらいがちょうどいいんだろうと思うことにする。ブルックのキャサリンだって、肝っ玉系だったわけだし。

そんな思考は横に置いといて、今は必要な情報を聞き出すことにする。

 

「情報が欲しい。ここ最近で、帝都内で騒動を起こした亜人族がいたりしないか?」

「・・・」

 

俺の質問に、受付嬢は胡乱気な視線を向けた。

亜人奴隷の情報が欲しいなら、ギルドじゃなくて商会に行けばいい話だ。それに、ここでは亜人族はほぼ例外なく奴隷なわけだから、帝都内で騒動を起こす亜人族などいるはずがない。つまり、俺の質問はあり得ない可能性尋ねているのと同じだ。

結局、受付嬢は相手をするのが面倒になったのか、それとも正規の手続きなのかはわからないが、バーカウンターの方を指さし、

 

「・・・そういう情報はあっちで聞いて」

 

それだけ言って、視線を明後日の方向に向けた。

バーカウンターの方を見ると、そこにはロマンスグレーの初老の男がグラスを磨いている姿があった。どうやら、情報収集は酒場でやれというある種の決まりが守られているらしい。

俺は肩を竦めながらも、言われたとおりにバーカウンターに向かった。

途中で冒険者たちの値踏みするような剣呑な視線が突き刺さったが、それらは全部無視した。別に全部黙らせてもいいが、それで騒ぎを起こしたくもない。俺の後ろでは坂上が睨み返していたり谷口が怯えて八重樫の陰に隠れたりしていたが、問題を起こす気はないようなので気にしないことにした。

俺は、マスターらしき男性に先ほどと同じ質問をしたが、無視するようにグラスを磨き続けているだけだった。

俺がスッと目を細めると、

 

「ここは酒場だ。ガキが遠足に来る場所じゃない。酒も飲まない奴を相手にする気もない。さっさと出て行け」

 

そんな、どこかで聞いた事があるようなテンプレなセリフが返ってきた。

正直、この時点でいろいろとめんどくさくなってきたのだが、後ろからポンと肩をたたかれた。

 

「ツルギ。ここは俺にやらせろ」

 

後ろを振り向くと、そこにはハジメが立っていた。

だが、口ではそんなことを言っているが、その目はどう見てもうずうずしているようにしか見えなかった。

どうやら、自分がファンタジー系主人公になった気分で、このテンプレマスターさんとやり取りをしたいらしい。

まぁ、いつものように即射殺な感じではないし、断ってもめんどくさいことになりそうだから、任せることにしようか。すでに、過去の厨二ハジメが姿を現しているが、スルーしておこう。

 

「そうか。なら、頼んだぞ」

「おう」

 

そう言って、ハジメはマスターさんの前に陣取った。

 

「ねぇ、これでよかったの?」

「いっそ、やりたいようにやらせればいいだろ」

 

ティアからの小声の質問に、俺は投げやりに返す。こうなったハジメは、とてもめんどくさい。放っておいた方が吉だろう。

ちなみに、マスターさんは先ほどのやり取りに構わず前にでてきたハジメに、訝し気な視線を向けている。

 

「なんだ、酒も飲めないガキの相手はしないと言っただろう?」

「あぁ、もっともだな。ならマスター、この店で一番キツくて質の悪い酒をボトルで頼む」

「・・・吐いたら、叩き出すぞ」

 

マスターさんはハジメの注文に眉をピクリと動かすが、とくに断るでもなく背後の棚から一升瓶の酒を取り出してカウンターに乗せた。

ガキと言いながらもハジメの注文に従ったのは、おそらく冒険者たちの雰囲気から只者でないことを感じ取ったからだろう。

ハジメはボトルを手に取ると、指先でスッと撫でるように先端を切断した。その行為自体と切断面の滑らかさに周囲が息を呑むのがわかった。マスターですら少し目を見開いている。

ただ、封の開いた瓶から強烈なアルコールの匂いが漂ってきた。本当に、この店で一番キツくて質の悪い酒を出したようだ。この匂いから察するに、アルコール度数はウォッカの比ではないだろう。倍以上はありそうだ。というか、むしろ消毒液の域じゃないか?それも濃い奴の。

 

「な、南雲君?そ、それを飲む気なの?絶対、やめた方がいいと思うわよ?」

「そ、そうだよ。絶対、吐いちゃうって。鈴なんか既に吐きそうだよ」

「っていうかハジメくん、どうせ飲むならもっといいお酒にしようよ」

「香織さんの言う通りですよ、ハジメさん。どうしてわざわざ質の悪いのを・・・」

 

八重樫たちから、次々に制止の声をかける。傍らにいるユエですら、酒の匂いに眉をしかめながら袖をクイクイと引っ張っている。

これに対し、ハジメは、

 

「いや、味わう気もないのに、いい酒をがぶ飲みなんて・・・酒に対する冒涜だろう?」

 

これまたテンプレなセリフを吐いた。マジで楽しんでるな、こいつ。

そして、マスターさんがハジメの言葉に微笑みを浮かべてしまったものだから、どっちも俺の手に負えない。

そうこうしているうちに、ハジメは出された酒を流し込むようにあおり始めた。

すると、八重樫の方から俺に声をかけてきた。また救援を求めるようだ。

 

「ね、ねぇ、峯坂君、止めないの?明らかに人が飲むようなものじゃないと思うのだけど・・・」

「まぁ、味を無視すれば問題ないだろ。どうせ、“毒耐性”で酔わないからな」

 

そう、ハジメの技能には“毒耐性”があるので、意識に支障が出るレベルでなくてもアルコールは速やかに分解される。

ただ、ハジメはこのことを残念に思っているようで。ハジメは父親からおいしい酒の飲み方というのを伝授されているらしく、その影響で割と酒が好きな方ではある。

そんなハジメからして、全く酔えないというのは少し残念なことであるらしい。

 

「ていうか、ツルギは平気そうね?」

「まぁ、これぐらいならなんとか」

 

アルコール臭など、応急処置のアルコール消毒という意味でも、親父たちの飲み会の後始末という意味でも、わりと日常的なものだから慣れている。

それでも、親父やその部下は結構酒を楽しむ質なので、ここまでひどい酒を飲むことはめったにない。が、極々稀にアホみたいなアルコール度数の酒を仕入れてくることがあり、そのときの惨状はあまり思い出したくないし経験したくもない。

 

「・・・わかった、わかった。お前は客だ」

 

マスターさんはと言えば、話しているうちに酒をすべて飲み干して口元に笑みを浮かべているハジメに両手を上げて降参し、ハジメは〝情報通のマスターとの一幕〟を体験できて大変満足そうにしていた。ていうか、周りの冒険者も固唾をのんで見守っていたとはどういうことか。

とりあえず、質問はそのままハジメに任せることにした。

 

「・・・で?さっきの質問に対する情報はあるのか?もちろん、相応の対価は払うぞ」

「いや、対価ならさっきの酒代で構わん・・・お前たちが聞きたいのは兎人族のことか?」

「!・・・情報があるようだな。詳しく頼む」

 

どうやら、このマスターさんは相応の情報をつかんでいるらしかった。

話を聞くと、数日前に大捕物があったそうで、その時、兎人族でありながら帝国兵を蹴散らし逃亡を図ったとんでもない集団がいたという。しかし、流石に十数人で100人以上の帝国兵に帝都内で完全包囲されてしまっては逃げ切ることが出来ず、全員捕まり城に連行されたそうだ。

だが、兎人族の常識を覆す実力に結構な話題になっていたので、町中で適当に聞いても情報は集められたようだ。

 

「へぇ、城に、か・・・」

 

俺が情報を精査しながらちらっとシアを見ると、やはり顔色が曇っていた。

まぁ、帝都に侵入して捕まった亜人族の末路など、想像に難くない。

だが、処分ではなく連行されたということは、なんらかの価値を見出して生かしておくことにしたということだろう。

であれば、カムたちはまだ生きている可能性が高い。

ハジメもそれはわかっているようで、シアの手をそっと握り、反対側からもユエがシアの手をとった。

マスターさんはシアを見て興味深そうにしているが、そんなマスターさんに俺の方からふっかけてみる。

 

「それで、マスター。言い値を払うといったら、帝城の情報、どこまで出せる?」

「!・・・冗談でしていい質問じゃないが・・・その様子を見る限り、冗談というわけではないようだな・・・」

 

俺の方は真顔だが、ハジメは笑みを浮かべつつも目はまったく笑っていない。

俺たちの鋭い視線と圧力に、だがマスターさんは逡巡する。

あたりまえだろう。いくら冒険者ギルドが国の管轄外とはいえ、俺たちが要求しているものは国家反逆罪を疑われかねないものだ。

だが、このままマスターさんに逃げさせるということは俺とハジメが許さない。ここで返答を渋ったところで、碌な目に合わないのは目に見えている。

悩みに悩み、マスターさんのだした返答は、

 

「・・・警邏隊の第四隊にネディルという男がいる。元牢番だ」

 

他に情報を握っている人間を紹介することだった。二度手間にはなるが、十分な収穫だ。

 

「ネディルね。わかった、訪ねてみよう。世話になったな、マスター」

「次に来るときは、いい酒を飲ませてもらうとするよ」

 

かくいう俺も、酒が嫌いなわけではなく、むしろハジメと同じく好きな部類ではある。

酒が飲めるようになったら、ちゃんとおいしいお酒を頼むことにしよう。

そんなやり取りの後で、俺たちは冒険者ギルドを後にした。

そこに、シアが俺に話しかけてきた。

 

「あの、ツルギさん。さっき元牢番の人を紹介してもらったのは、もしかして・・・」

「あぁ、これから乗り込んで情報を聞き出すつもりだ。つっても、ハジメとユエにやってもらおうとは思っているけどな。そっちの方が早いだろうし」

「まぁ、そういうことだから、お前らはどこかで飯でも食って待っててくれ。2,3時間で戻るからよ」

 

俺の言葉とハジメの指示にシアたちはハジメとユエの2人だけというところに最初は疑問顔を浮かべたが、シアがまさかというようにハッ!となった。

 

「まさか、ユエさんとしっぽりねっとりする気ですか!?いつもみたいに!いつもみたいにっ!!」

「なっ!?そうなの、ハジメくん!?ダメ、絶対ダメ!こんな状況で何考えてるの!」

「むっ?ユエばかりずるいのぅ~・・・のぅ、ご主人様よ。妾も参戦してよいかの?」

「んなわけあるかっ!往来で何喚き出してんだよ。俺って、どんだけ空気読めない奴だと思われてんだ」

 

少なくとも、感極まったりその気になったら、場所を考えずにキスしたり実際にしっぽりねっとりするくらいには空気読んでいないだろ。俺とティアだって、それなりにTPOはわきまえているし。

ちなみに、邪推を向けられた1人であるユエは、頬を赤くして上目遣いでハジメを見ていた。

 

「・・・お外でするの?」

「いや、しないから」

「・・・じゃあ、何処かに入る?」

「いや、場所の問題じゃねぇから。そこから離れてくれ」

「むぅ、わかった。夜戦に備える」

「その夜戦は、帝城への侵入のことを言ってるんだよな?そういう意味だよな?」

 

ユエの悪乗りか本気かわからない言葉に、ハジメは冗談かどうかを念押しした。

 

「お、大人だぁ!同級生が凄く大人な会話しているよぉ。シズシズ、どうしよう!」

「・・・やっぱりそういう事してるのね・・・でも、香織はまだ?・・・どうしましょう?ここは親友として応援すべき?それともまだ早いと諌めるべき?・・・わからないわ。私には会話のレベルが高すぎる!」

 

後ろでは、心の中におっさんを飼っている谷口が顔を赤くして八重樫の影に隠れつつ興奮しているのはわかるが、八重樫が思わず「オカンか!」と突っ込みたくなるようなことを言っている。これじゃあ、まじで香織の保護者というか、オカンそのものだな。

そんなことを考えていると、ハジメの方から援護を求められた。

 

「ツルギ!お前からもなんか言ってやってくれ!」

「そうだな。説得力を持たせたかったら、グリューエン大火山の攻略の後に潜水艇の外でしっぽりねっとりするようなことはやめた方がいいとだけ言っておこう」

「ツルギ!?」

 

俺が簡単にお前の味方をするとでも思ったか?残念だが、これくらの爆弾は投下させてもらう。

案の定、ハジメの肩が後ろからガッ!された。

後ろを振り向けば、奴がいる。

 

「ハジメ君?どういうことかな?グリューエン大火山の攻略の後って、私たちがすごい心配したときのことだよね?そんなときに、お外でユエと楽しんでたんだ?私たちはすごい心配していたんだけど、そこのところどう思うのかな?かな?」

 

般若さんのスタンドをいつもよりもはっきりと見えるレベルで出現させた香織の笑顔は、とても怖い。目も単色になっているのが、余計に恐怖をあおる。

 

「なんと、ご主人様とユエは、すでに外で楽しんだ経験があると。もはやそこまでやっておったとは・・・ふむ、なら妾も・・・」

 

ティオはと言えば、なにやら神妙な顔でなにかを考えている。どうせ、どうやって外で羞恥プレイをさせてもらおうか考えているだけだろうが。

ちなみに、この場では俺とティアも船内でヤッたことに関してはスルーしている。俺たちの場合、ちゃんと防音とか諸々の対策をしたから、ノーカンだ。

と思ったら、俺の方も後ろからガッ!された。

後ろを振り向けば、奴がいた。

 

「・・・聞きたいのだが、その間、ツルギ殿とティア殿はどうだったのだ?」

 

背後に黒い炎を立ち昇らせているイズモが、的確に俺が考えてきたところを指摘してきた。

そうだ、イズモもこういうのには結構敏感だったのを忘れていた。

俺にまで余計な被害を出したくはないから、この話題はそうそうに切り上げておこう。

 

「無駄話はこれくらいにして、ハジメとユエの2人にしたのは、ネディルとやらが素直に情報を吐かなかった場合、丁寧な“お話”が必要になるからだ。方法が方法になるから、手慣れているハジメとユエにしてもらおうってだけだ」

「・・・そういうことなら」

 

俺の説明に、香織は渋々引き下がった。

再生魔法を使えるというだけなら香織でもいいのだが、ハジメとユエの“お話”は常人にはちょいと過激だ。香織にはまだ早いだろう。

それに、拉致って吐かせるのに大人数でいく必要もない。

一応、全員が納得したのを見てからハジメとユエが雑踏の中に姿を消そうとしたが、その前にシアが呼び止めた。

 

「ハジメさん!ユエさん!えっと、その・・・」

 

言いたいことがあるのだが、上手く言葉にできないといった感じで口ごもるシアに、ハジメは困ったような笑みを浮かべた。

そんなハジメに、シアも困ったような笑みを浮かべて届けた言葉は、

 

「エッチはほどほどに!」

「台無しだよっ!この残念ウサギ!」

 

いやまぁ、なぜかサムズアップを決めているユエを見たら、そんなことを言いたくなる気持ちもわからないではないが。

その後、結局俺は待っている間はイズモに当時のことをさんざん追及されて、機嫌を直すのに四苦八苦した。

最終的には、なぜか今夜からイズモも俺とティアの寝床で添い寝することになった。

まさか、これのために追求したとかじゃないよな?だとすれば、本当にイズモから遠慮がなくなっているんだが。

幸い、ティアが露骨に拒絶していないのが救いか。




「そういえば、ツルギさんはお酒は大丈夫なんですか?」
「日本じゃあ20歳未満は法律で酒は飲めないんだが、親父たちが飲み会しているところにはよく同席していたから、割と慣れているし興味もあるな」
「へぇ・・・あれ?お酒が飲めないなら、どうして峯坂君は同席しているのかしら?」
「早い話、後始末要因だ。もうべろべろに酔う奴もいるから、そいつの介抱したりとか、あとは粗相した後の後片付けもたまにやるな」
「大変なんですねぇ・・・」
「だから、俺が酒を飲むとしたら1人でゆったり飲みたいな」

ハジメたちが戻ってくるまでのほのぼの雑談の図(修羅場の後)。

~~~~~~~~~~~

自分がいつも通っている本屋に行ったら、ありふれ10巻が前倒しで売られていたので、迷いなく買いました。
ドラマCD付ではないものの、とても満足です。
挿絵も、ちょうどいいところが抜粋されていて、とてもテンションが上がりました。
さらに、特典ssもあって、とてもよかったです。

これを書いていてアルコール度数の高いお酒を軽く調べてみたのですが、世界で一番アルコール度数の高いお酒はポーランドの“スピリタス”というお酒で、アルコール度数は96度だそうで。
現地でもガンガン割って飲むそうですが、ハジメ君はそのレベルのお酒をショットどころかボトルで一気飲みするという・・・。
“毒耐性”もってるハジメはともかく、現地の冒険者は果たしてこんなのを飲もうと思うのか、疑問ですね。


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仮面戦隊、爆・誕

ヘルシャー帝国の帝都の一角にある、とある宿屋。その1階の食事処に、どこか冷たい空気が流れていた。

その発生源は、当然のごとく俺たち。厳密には、ハジメサイドだ。

ハジメとユエが戻ってきたと思ったら、なぜかユエがつやつやしており、反対にハジメはやつれていたのだ。これに、特にシアと香織が目からハイライトを消しながらハジメを見つめており、香織にいたっては再び背後に般若さんがステンバイしていた。ハジメも、恐怖からか冷や汗を流している。

 

「随分とお楽しみだったみたいですね?」

「ユエ、ツヤツヤだね?何をしてもらったの?ねぇ?何をしていたの?ねぇ、ねぇ」

 

まぁ、簡単に言えば、「情報収集に出かけておきながら、2人きりなのをいいことに何いいことしてんだ、ごらぁ!」というわけだ。

2人から発せられた抑揚のない声に、耐え切れなくなった隣の客たちがそそくさと店を出て行ってしまった。

天之河と坂上もさりげなく一緒に出て行こうとしたが、谷口が「逃がさん!」と簡易結界を神速展開したため、大人しく席についた。それにしても、見事な展開だったな、うん。

ちなみに、俺は別段仲裁するでもなく、その光景を眺めていた。必死に笑いを堪えながら。

シアと香織は2人がお楽しみしていたと()()()しているが、俺は事の真相にだいたい気が付いている。その上で、2人とハジメの反応を楽しんでいた。

 

「・・・何を勘違いしているんだ。ユエがツヤツヤしてんのは俺の血を吸ったからだぞ?」

「「へ?」」

 

そして、2人の勘違いに気づいたハジメが呆れた様子で真実を伝えた。それを聞いたシアと香織は、2人そろって間抜け顔になった。

 

「まさか、本当にユエを抱いていたとでも思ったのか?俺は盛りのついた犬かよ。随分な評価じゃないか?えぇ?」

「あは、あはははは、まさかぁ~、私はわかっていましたよ。そうだろうなぁって。ね、ねぇ、香織さん」

「う、うん!もちろんだよ、シア。再生魔法は魔力の消費が激しいもんね。最初からそうだと思ってたよ」

 

ハジメのジト目と嫌味に、2人は視線を明後日の方向に向けながら必死に弁明した。

すると、ハジメのジト目が今度は俺に向いてきた。

 

「ツルギも、最初から気づいてただろ。どうして言わなかったんだよ」

「そりゃあ、面白かったのが1つと、あとは誤解を招かれたくなかったら相応の努力をしろってことだ。実際、盛りのついた犬どころか、問答無用で襲おうとする野獣になることだってあるからな」

 

ケラケラと笑いながらの俺の言葉に、ハジメはそっと視線を逸らした。どうやら、心当たりがあるらしい。

 

「それで?必要な情報は集まったのか?」

「あ、あぁ、まぁな」

「なら、今晩侵入してもらうとするか。メンバーは、気配遮断が使えるハジメとユエとシアでいいか。残りは帝都の外でパル君たちと待機だな。ハジメ、警備の方はどうだ?」

「やっぱ厳重そうだったが、カムたちを助け出したら空間転移で逃げればいいから、特に難しくもないな」

 

俺とハジメですらすらと今後の予定を決めていくが、そこに八重樫が懸念を投げかけてきた。

 

「それはわかったけど・・・そもそも、その情報は正しいの?ネディルって人が嘘を言っている可能性は・・・」

「そりゃないだろう。自分の股間が目の前ですり潰された挙句、痛みで気を失う前に再生させられて、また潰されて・・・というのを何度も繰り返したからな。男に耐えられるもんじゃない・・・洗いざらい吐かされた後、股間を押さえながらホロホロと涙を流すネディル君を見て、流石の俺も同情しちまったよ」

 

お前がやったんだろ!というツッコミは入れないでおく。すでに股間スマッシャーの異名が付けられているそうだから、今さらだしな。

八重樫は、香織を行かせなかったことにホッとしているようだった。

 

「なぁ、峯坂・・・今さらだが、シアさんの家族が帝城に捕まっているんなら、普通に返してくれって頼めばいいんじゃないか?今ならリリィもいるはずだし、俺は勇者だし・・・話せば何とかなると思うんだが・・・」

 

そこに、天之河が本当に今さらな質問をしてきた。

たしかに、勇者である天之河の言葉を、帝国は無下にはできないだろうし、姫さんも口添えしてくれるかもしれない。

だが、やっぱりこいつは肝心なところが見えていない。

 

「対価に何を払う気だ?」

「え?」

「まさか、ただでシアの家族を引き渡してくれるとでも思っていたのか?カムたちは不法侵入者な上に、帝国兵を複数殺したんだ。しかも、兎人族でありながら、包囲された状態から帝国にダメージを与えた異質な存在だ。それを無償で引き渡してくれるわけないだろ」

「それは・・・」

「十中八九、対価を要求してくるに決まってる。それも、足元を見た、どでかい対価をな。帝国にだって面子はある。タダなんてことはまずないだろう。他の亜人族を奴隷として差し出せってくらいは普通に言ってくるだろうし、最悪、姫さんの交渉にも影響が出かねないぞ?それでもいいのか?」

 

俺の正論に、一応天之河はたしかにと引き下がった。

だが、その顔は明らかに何かを考えこんでいた。どうせ、自分も何かしたいとか、そんなところだろう。

ハッキリ言って、それだけはやめてほしい。天之河が余計なことをしてこっちの予定に支障をきたすようでは、本末転倒もいいところだ。

ちらっと八重樫の方を見ると、八重樫も天之河の様子を見て「あ、これやばいわ」という表情になった。やはり、暴走の兆候があるらしい。

だが、これくらいなら俺も予想していたから、次善の策を用意している。

 

「そうだな。なら、天之河に1つ、頼みたいことがあるんだが・・・」

「っ!?なん・・・だって?峯坂が、俺に頼み?・・・あり得ない・・・」

 

・・・こいつが俺のことをどう思っているのかはさておき、どうやら食いついてくれたようだ。坂上や谷口もUMAを見るような目を俺に向けているが、なるべく苛立ちを表に出さないようにする。そんなに俺からの頼みはあり得ないのか、お前ら。

 

「あ~、いや、やっぱりいい。お前には危険だから頼めないな。すまない、今言ったことは忘れてくれ」

「ま、待てっ、待ってくれ!まずは何をして欲しいのか教えてくれ」

 

俺が悪いことを言ったという風に撤回すると、さらに天之河の方から食いついてきた。

よしよし、いい感じだ。

 

「いやな、帝城に侵入するといっても、警備は厳重過ぎるくらいに厳重だろう。だから、少しでも成功率を上げるために陽動役をやってもらおうと思ったんだよ。例えば、さっきの犬耳少年を助けるために暴れるとか、そんな感じな。だが、やっぱお前たちには危険だから、俺やティアでやることにしよう」

 

もちろん、警備が厳重とはいえ、ハジメたちなら問題ないだろう。そこまで必要なことではない。

ただ、提案できることがこれくらいしかなかったというだけだ。

すべきことがなくて暴走するくらいなら、いっそバカでもできる役目を与えた方がいいだろう。

 

「陽動・・・あの子たち・・・やる。やるぞ!峯坂!陽動役は任せてくれ!」

「おう、そうか。さすがは勇者だな・・・なら、ハジメ。あれを出してくれ」

 

俺がハジメに話を振ると、ハジメも俺の意図を察したようで、事前に作ってもらったやつを宝物庫から出してもらった。

ハジメが取り出したのは、それぞれ赤、黄、青、ピンクで色付けた、フルフェイスの仮面だ。

見た目はどこぞの某戦隊ものに見えなくもないが、細かな意匠が施され、視界や呼吸を遮らないように工夫もなされている。さすがはハジメだ。俺が望んだ通りの性能を再現してくれたようだ。実に無駄に洗練された無駄のない無駄な技である。

 

「・・・峯坂・・・これは?」

「見ての通り、仮面だ」

「・・・・・・なぜ?」

「そりゃあお前、勇者やその一行が素顔丸出しで暴れるわけにはいかないだろう。正体は隠す必要がある。そして、正体を隠すなら仮面が一番だ。古今東西、ヒーローとは仮面を被るもの。ヒーローとは仮面に始まり仮面に終わるんだ。ちゃんと区別がつくように色分けもしてあるだろ?」

「え?いや、いきなり、そんな力説されても・・・まぁ、確かに正体は隠しておいた方がいいというのはわかる。リリィの迷惑にもなるだろうし・・・でも、これは・・・」

 

天之河が、引きつった顔で仮面を見るが、俺は気にせずに天之河に赤、坂上に青、谷口に黄の仮面を渡していった。

そして、残ったピンクの仮面はもちろん、

 

「さて、八重樫。最後にだが・・・」

「峯坂君、まさかとは思うのだけど・・・」

「もちろん、残っているピンク、それがお前のカラーだ」

「嫌よっ!っていうか、仮面以外にも正体を隠す方法なんていくらでもあるでしょう?布を巻くくらいでいいじゃない!峯坂くん、あなた、確実に遊んでいるでしょ!」

 

はて?なんのことだかわからないなぁ。

それに、この仮面は伊達ではない。

 

「いいか?正体を隠すなら確実に、だ。この仮面なら留め金がついているから、ちょっとやそっとじゃ取れやしないし、衝撃緩和もしてくれる。さらに、重さを感じさせないほど軽く、並の剣撃じゃあ傷一つ付かない耐久力も持ち合わせているんだ」

「な、なんて無駄に高い技術力・・・で、でも、なんで私がピンクなのよ!」

 

どうやら、八重樫はピンクというかわいらしい色の仮面をつけることに抵抗があるらしい。

だが、これに関しては無用な心配だ。

 

「安心しろ、八重樫。お前が可愛いもの好きだということは、すでに俺たちには香織から知れ渡っている。何も恥じることはない」

「ちょっ、香織!?あなた、なにを話したの!?」

「えへへ、雫ちゃんの可愛いところだよ。お部屋がぬいぐるみでいっぱいだとか・・・」

 

親友のまさかの裏切りに、八重樫の頭上に“!?”のマークが飛び出た。

そして、親友の裏切りは止まらない。

 

「・・・そういえば、昔から動物も好きだったよな。特に、ウサギとかネコとか・・・小さくて可愛い感じの」

「!」

「ああ、シズシズの携帯の待ち受けもウサちゃんだったよね~」

「!」

「ゲーセンとか寄ったりすると、必ずUFOキャッチャーやるよな。しかも、やたらうめぇし」

「!」

「なるほど、それで雫さん、私のウサミミをいつもチラ見していたんですね?」

「!!!」

「私の尻尾にも、無我夢中で抱きついたりしたな」

「!!??」

 

次々と出てくるカミングアウトに、八重樫の“!”が止まらない。まぁ、今出てきたことは俺も全部知ってるけど。日本にいた時に、香織から聞いたし。

それはさておき、俺は優しい表情でピンク仮面を八重樫に差し出した。周りの視線も、優しくなっている。

 

「さぁ、受け取れ、八重樫。ピンク仮面は、お前のものだ」

「・・・なんなのよ、この空気・・・言っておくけど、私、ホントにピンクが好きなわけじゃないんだかね?仕方なく受け取っておくけど、喜んでなんかいないから勘違いしないでよ?あと、小動物が嫌いな人なんてそうはいないでしょ?だから、私が特別、そういうのが好きなわけじゃないから・・・だから、その優しげな眼差しを向けるのは止めてちょうだい!」

 

必死に自分が可愛いもの好きであることを否定しながらも、八重樫は律義にピンク仮面を受け取った。

 

「雫さんなら、少しくらいウサミミ触ってもいいですよ?」

 

だが、シアがこっそり耳打ちすると、デレっと相好を崩したのだから、無駄な努力だ。

ちなみに、この俺の仮面押しは、八つ当たりを兼ねたものだ。

天之河の暴走をコントロールするためというのもたしかにあるが、何よりハウリアからの痛い二つ名を言われた、言われそうになった時に笑われたのが、やはり許せなかったから、ここでそれを超える何らかの二つ名をつけてもらおうと画策したのだ。

俺の説明を受けたハジメも全面的に賛同してくれたおかげで、スムーズに事を進めることができた。

とはいえ、正体は隠しているから、あくまで噂としてささやかれるくらいだろうが、今はそれでも十分だろう。

ていうか、聖剣を持っている時点で正体がばれそうな気がしないでもないが、それに関しては深く考えないようにしておこう。

俺とハジメのせこい仕返しの意図を察したらしいティアとユエが呆れた視線を向けていたが、気づいていないふりをした。痛い二つ名をつけられた、つけられそうになった当事者の痛みは、当事者にしかわからないものだ。




「そういえば、もしシズクたちがこれを断ったら、ツルギはこれをつけて暴れるつもりだったの?」
「まさか。裏からこそこそ嫌がらせするだけに決まっているだろ。それに、断らないと分かっていての提案だったからな」
「本当に、念入りね・・・」

せこいことには努力と計算を惜しまないツルギに呆れるティアの図。

~~~~~~~~~~~

今回は、いつも以上に短めになりました。
その理由として、物語の区切りもそうなのですが、1つ考えていることがありまして。

それは、祝・お気に入り登録者500人突破!ということで、せっかくなのでリクエスト回の内容を募集しようと考えているんですよね。
方法としては、活動報告の欄に同じコメントを掲示しておくので、そこの返信に書いてください。
詳しいことは活動報告欄に書きますので、それを参照してください。
ぜひ、たくさんのコメントをお待ちしています。


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ハウリアの意志

その日の深夜、俺とティア、イズモ、ティオ、香織は他のハウリア族の面々とともに帝都から少し離れた岩石地帯で待機していた。

今頃、ハジメ、ユエ、シアは捕まったカムたちを助けに、勇者パーティーは陽動のために暴れている。

とはいえ、俺もただ待ちぼうけしているわけではない。

 

「・・・よし、ハジメ、罠や警報の類はあらかじめ解除しておいた。巡回に来ている兵士もいないから、問題ないはずだ」

『あぁ、わかった』

「八重樫、こっちの準備はできた。陽動は頼んだぞ」

『・・・了解したわ』

 

こうしている今にも、俺は現地の状況を観察し、指示を出したり罠の解除などの援護をしていた。

なぜそんなことができているのかと言えば、ハジメに別途で頼んで作ってもらっていた天板型アーティファクト・フリズスキャルヴによるものだ。

このアーティファクトはブリーシンガメンと連動しており、俺が発動させたブリーシンガメンと魔力を通して接続することで、より広範囲の活動を可能とし、より幅広い作業を行うことができる。

ただ、そこそこ大がかりなものなので携行はできないが、今のような状況で使うにはぴったりだ。

今は、ハジメたちのところにトカゲ型とクモ型を、八重樫たちのところに鳥型のものを放っており、作業と念話石を通しての指示をこなしている。

ちなみに、なぜ八重樫に念話石を渡したのかと言えば、現場で最も頭が回る人間だからだ。あの勇者(笑)に渡して指示を出したところで、素直に従ってくれるとは考えにくいし。

というわけで、ハジメたちの方の準備が終えたのを確認してから、八重樫たちにゴーサインを出した。

天之河の天翔閃(手加減)で奴隷監視用の詰所の外壁を破壊したところで、今度はハジメにゴーサインを出した。

俺がトカゲ型ブリーシンガメンでだいたいの罠や警報類はあらかじめ解除したこともあって、ハジメたちはすいすいとカムたちがいるという牢屋に向かった。

そして、苦も無く情報通りの場所に着いたのだが・・・

 

『ボスは容赦ないからな!』

『むしろ鬼だからな!』

『いや、悪魔だろ?』

『なら、魔王の方が似合う』

『おいおい、それじゃあ魔人族の魔王と同列みたいじゃないか。ボスに比べたら、あちらさんの魔王なんて虫だよ、虫』

『なら・・・悪魔的で神懸かってるってことで魔神とか?』

『『『『『それだ!』』』』』

『・・・随分と元気だな?この“ピー”共・・・久しぶりだってのに中々言うじゃないか?えぇ?』

『『『『『・・・・・・』』』』』

 

ハジメの肩に乗せたクモ型ブリーシンガメンからの映像を見る限り、なんというか、ずいぶんと元気だった。

話題にされたハジメの心境は、話しかけたときの内容と声音でお察しというやつだ。

 

「・・・なんつーか、予想以上に予想以上というか、なんというか・・・だめだ、なんて言えばいいのかわからん」

「・・・これが、ハジメの鍛錬の賜物なのね」

「・・・あらためて、ツルギ殿の指導がどれだけ良いものかがわかるな・・・」

「・・・これが、ご主人様が鍛えたという兎人族じゃというのか?」

「・・・なんか、兎さんなのに怖いね」

 

俺の呆れた声に、他の面々は複雑な表情だ。

パル君たちはと言えば、「さすがだぜ!」みたいな表情になっている。なにがさすがなのかは考えないようにしておくとして、

 

「ん?そういえば、カムがいないぞ?」

『あ?言われてみれば・・・どこにいるかわかるか?』

 

向こうは向こうで盛り上がっていたようだが、肝心のカムの姿がない。

ハジメが居場所を聞くと、どうやら尋問にかけられているらしく、その部屋の位置まで教えてくれた。

 

「それじゃあ、ハジメたちは引き続きカムを助けるとして、とりあえず、今いる分はこっちに送ってくれ」

『わかった。ちょっと待ってろ』

 

そう言いながら、ハジメは鍵型の金属プレートを取り出し、何もない空間に突き出した。ハジメが金属プレートに魔力を注ぐと、突如突き出された部分を中心として波紋が広がり、ぽっかりと穴ができた。

そして、その穴は俺たちの近くにある鍵穴型の物体につながっている。

これも、ハジメが新しく作ったアーティファクト・ゲートキーとゲートホールだ。

この2つのアーティファクトは対になっており、鍵型のアーティファクト・ゲートキーを空間に突き刺して開錠することで、あらかじめ設置しておいた鍵穴型アーティファクト・ゲートホールにつなげ、転移することができるというものだ。

捕まっていた面々は、ハジメの指示にすぐに従い、ためらいなく穴に飛び込んだ。よく訓練された兎たちだ。

一通りでてきたのを確認してから、ハジメがゲートを閉じ、カムがいる場所に向かった。

そして、カムがいる部屋の前にたどり着くと、なにやら中から怒声が聞こえてくる。

おそらく、カムが尋問を受けているのだろう。

その様子を想像したシアの表情が強張るのを見て、ハジメは頷いてドアノブに手をかけた。

のだが、よく耳を澄ませると・・・

 

『何だ、その腑抜けた拳は!それでも貴様、帝国兵か!もっと腰を入れろ、この“ピー”するしか能のない“ピー”野郎め!まるで“ピー”している“ピー”のようだぞ!生まれたての子猫の方がまだマシな拳を放てる!どうしたっ!悔しければ、せめて骨の一本でも砕いて見せろ!出来なければ、所詮貴様は“ピー”ということだ!』

『う、うるせぇ!何でてめぇにそんな事言われなきゃいけねぇんだ!』

『口を動かす暇があったら手を動かせ!貴様のその手は“ピー”しか出来ない恋人か何かか?ああ、実際の恋人も所詮“ピー”なのだろう?“ピー”なお前にはお似合いの“ピー”だ!』

『て、てめぇ!ナターシャはそんな女じゃねぇ!』

『よ、よせヨハン!それはダメだ!こいつ死んじまうぞ!』

『ふん、そっちのお前もやはり“ピー”か。帝国兵はどいつこいつも“ピー”ばっかりだな!いっそのこと“ピー”と改名でもしたらどうだ!この“ピー”共め!御託並べてないで、殺意の一つでも見せてみろ!』

『なんだよぉ!こいつ、ホントに何なんだよぉ!こんなの兎人族じゃねぇだろぉ!誰か尋問代われよぉ!』

『もう嫌だぁ!こいつ等と話してると頭がおかしくなっちまうよぉ!』

 

むしろ、帝国兵がカムの罵倒に悲鳴を上げていた。なんか、尋問している帝国兵が哀れに思えてきた。

 

「・・・ハジメ、そっちは任せた。俺は八重樫たちの方に指示を出すから、ブリーシンガメンはそっちで回収してくれ。あと、こうなった責任はちゃんと取れよ」

『・・・わかった』

 

俺の一方的な指示に、ハジメは素直に従った。今になって、ちょっと罪悪感が湧いてきたらしい。

これ以上、カムの状況を確認したくなかった俺は、そのまま通信を切り、八重樫たちの方につなげた。

 

「八重樫、こっちはあらかた終わった。撤収してくれ」

『・・・わかったわ』

「あ。あと、去り際にこんな感じの台詞を頼む」

 

そう言いながら、俺はフリズスキャルヴを操作し、八重樫の仮面の内側に文章を提示した。

 

『ちょっと、峯坂君!これって・・・!』

「いいから、はよ読み上げろ」

『くっ、やればいいんでしょ、やれば!』

 

そう言いながら、八重樫は俺の送った台詞を読み上げてくれた。

ちなみに内容は、簡単に言えば魔人族のせいにするものだ。これで、姫さんや俺たちにしわ寄せがくることはないだろう。まぁ、原案を出したのはハジメだし、ティアにもちゃんと許可をとってある。問題ないだろう。

最終的には、捨て台詞を吐いてそのまま去っていったから、こっちも任務完了ということでいいだろう。

それと入れ違いになるような形で、ハジメたちがゲートによる空間転移で戻ってきた。

すると、ハウリア族の面々が熱狂的に歓迎した。

ある者は肩を叩き合い、ある者はみぞおちを殴ったり、あるいはクロスカウンターを決めたりして互いの生存を喜んでいた。

 

「・・・いや、喜び方がおかしいと思っているのは、俺だけじゃないよな?」

「・・・えぇ、私もそう思ったところよ」

「・・・一応は無事なのだから、それでいいのではないか?」

 

微妙と言えば微妙だが、イズモの言う通りではあるだろう。

シアの方も、自分の家族が無事だったことに涙を流し、ユエはそんなシアの頭を撫でて慰めていた。

 

「まぁ、結果として帝都が地図から消えることはなかったわけだし、めでたしめでたしだな」

 

実際、カムたちに何かあってシアが悪い意味で泣こうものなら、本当にそうなりかねない。とりあえず、帝都の皆さんは無事だったようだ。

フリズスキャルヴを宝物庫にしまいながら、そんなことを考えていると、ふと後ろから殺気が。

俺はさりげなく手を掲げ、後ろから振り下ろされた見覚えのある黒い刀を片手白羽どりの要領でつかみ取った。

この刀を使っている人物は、俺の知る限り一人しかいない。

 

「で?なんのつもりだ、八重樫?」

 

後ろを振り向くと、そこには顔をうつむかせて“黒鉄”を振り下ろした姿のまま固まっている八重樫の姿があった。八重樫は“黒鉄”に力を入れて引き抜こうとしているが、俺もさりげなく魔力で身体能力を強化して離さないようにしてある。

なにやら怒っている様子だが、“黒鉄”は鞘に納めたままの辺り、まだ理性は残っているようだ。だが、力を入れてもビクリともしない“黒鉄”に舌打ちしている。

 

「・・・ストレス発散のために峯坂君に甘えてみただけよ。大丈夫、私は、峯坂君を信じているわ。そのマリアナ海溝より深い度量で受け止めてくれるって・・・だから大人しく!私に!タコ殴りに!されなさい!」

「なんだ、そんなにピンク仮面は嫌だったのか?八重樫なら気に入ると思ったんだが・・・」

「嘘おっしゃい!あなたたちの意図はわかっているのよ!絶対、悪ふざけと仕返しでしょ!何となく雰囲気に流されたけど!ある意味、自業自得ではあるけれど!1発、殴らずにはいられない、この気持ち!男なら受け止めなさい!」

「んな理不尽な・・・」

 

どうやら思っていたよりピンク仮面のダメージが深かったらしい。

まぁ、八重樫の言う通り、あの場で拒めばよかっただけの話だから、自業自得であるのはたしかだろうが。それなのに八つ当たりするとは、いったい帝国兵になにを言われたのやら。

 

「こんのぉ!“奔れ、雷華”!」

 

すると、八重樫はビクともしない“黒鉄”にしびれを切らしたのか、あるいは信頼から為せる行動なのか、“黒鉄”の機能の1つである放電を起動させた。

とはいえ、俺には効かないが。

 

「おぉ~、すごいな。本当に発動しているのな」

「ちょっと、峯坂君。電撃を流しているのに、なんで平気なのよ?」

「んなもん、電流の対処法なんて、避雷針だったり絶縁体だったりいろいろあるだろ?今は魔法で絶縁処理しているから、どうってことない。使う機能だって、状況からだいたいは察せられるからな・・・にしても、よくその機能を発動できたな。渡してからお前じゃ使えないってことを思い出したんだが」

「くっ、仕方ないわね・・・今回は引くわ。でも、いつかその澄まし顔を殴ってやる。それと、能力は王国錬成師達の努力の賜物よ」

 

どうやら、俺が思っていた以上に王国錬成師は優秀だったらしい。あるいは、あれほどの武器を前にしての執念かもしれないが。

 

「・・・雫ちゃんが八つ当たりするなんて・・・」

「どちらかと言えば、甘えよね」

 

後ろから、そんな香織とティアの会話が聞こえたが、ここはスルーした。天之河たちが八重樫の態度に目を丸くしていたり、ハジメたちが俺と八重樫のことを面白そうにニヤニヤしながら見ているのも、丸っと無視した。ハジメには死角から超振動付きの指弾をお見舞いしたが。

 

「ボス、兄貴、よろしいですか?」

 

すると、ようやくド突き合いを終えたらしいカムが、態度を改めて俺たちの方に歩み寄ってきた。

ハジメもカムの意図を察し、錬成で車座に椅子を用意して、その1つに腰かけてから了承の意を示した。俺も、ハジメが用意した椅子の1つに座ってカムの話を聞くことにする。

 

「まず、何があったのかということですが、簡単に言えば、我々は少々やり過ぎたようです・・・」

 

カムの話を要約すると、だいたいはこんな感じだった。

亜人奴隷の補充のためにやってきた帝国兵たちを、カムたちハウリア族はことごとく撃破してきた。

そのことで、帝国兵たちに「樹海には凄腕の暗殺集団がいる」という脅威を前に、正体を確かめるための一計を案じた。

それが、亜人族の奴隷を囮にし、そこに包囲網をしくというものだ。

カムたちは焦りや怒りもあって冷静になりきれず、あっさり嵌まってしまう失態を犯してしまった。

そして、帝国に知られてしまったわけだ。

争いに縁のない愛玩奴隷であるはずの兎人族が、悪鬼羅刹のごとく帝国兵を狩っていたことを。

捕まったカムたちは、連日にわたって取り調べを受けた。向こうの興味は、主に武器の出所やハウリア族が豹変した理由、そしてフェアベルゲンの意図だったという。

 

「どうやら、我等をフェアベルゲンの隠し玉か何かと勘違いしているようで・・・実は、危うく一族郎党処刑されかけた上、追放処分を受けた関係だとは思いもしないでしょうなぁ」

 

たしかに、そんな疑いを長老衆が知ったら、全力で首を横に振ることだろう。

話を戻すと、カムたちがいくらフェアベルゲンとは無関係だ、むしろ敵対していると言っても、むしろ国のためにあっさり自分達を切り捨てた覚悟のある奴等だと警戒心を強めただけらしい。

特に、皇帝陛下も何度か尋問に現れたらしく、不敵な笑みを浮かべながら、新しい玩具を見つけた子供のように瞳を輝かせていたという。

まぁ、ここまでは帝国に捕まった話だ。まさか、これで終わりなわけではないだろう。

 

「で?捕虜になった言い訳がしたいわけじゃねぇんだろ?さっさと本題を言え」

「失礼しました、ボス。では、本題ですが、我々ハウリア族と新たに家族として向かえ入れた者を合わせた新生ハウリア族は・・・帝国に戦争を仕掛けます」

 

ハジメに促され、カムの口からでてきた言葉は、その場の時が止まったと錯覚するほどの静寂を生んだ。

とはいえ、驚愕しているのは俺とハジメ、カム他ハウリア族以外だ。

ぶっちゃければ、俺もそれを可能性の1つとして考えていたから、そこまで驚きはしない。

だが、他の者はやはり別なようで。

 

「何を、何を言っているんですか、父様?私の聞き間違いでしょうか?今、私の家族が帝国と戦争をすると言ったように聞こえたんですが・・・」

 

最初に静寂を破ったのは、シアだった。

シアの戸惑いながらの質問に、カムは肯定するように真っすぐにシアを見つめた。

 

「シア、聞き間違いではない。我等ハウリア族は、帝国に戦争を仕掛ける。確かにそう言った」

「ばっ、ばっ、馬鹿な事を言わないで下さいっ!何を考えているのですかっ!確かに、父様達は強くなりましたけど、たった100人とちょっとなんですよ?それで帝国と戦争?血迷いましたか!同族を奪われた恨みで、まともな判断も出来なくなったんですね!?」

「シア、そうではない。我等は正気だ。話を・・・」

「聞くウサミミを持ちません!復讐でないなら、調子に乗ってるんですね?だったら、今すぐ武器を手に取って下さい!帝国の前に私が相手になります。その伸びきった鼻っ柱を叩き折ってくれます!」

 

カムのカミングアウトに、シアは完全に興奮状態になって宝物庫からドリュッケンを取り出した。

どうやら本気で怒っているらしく、普段からは想像できないほどの怒気を放っている。それでもカムは、凪いだ水面のように静かな瞳でシアを見つめ返している。

だが、このままではシアも話を聞こうとはしないだろう。

というわけで、

 

モフモフ

「ひゃぁん!?だめぇ、しょこはだめですぅ~!ハジメしゃん、やめれぇ~」

 

いつの間にかシアの後ろに回ったハジメが、シアの尻尾を絶妙な加減でモフモフした。

尻尾をモフモフされても気持ちよくなるシアは、早々に崩れ落ちて熱い息を吐きながら、ハジメの方を睨む。

それにハジメは、今度はシアのウサ耳を優しい手つきで撫で始め、シアは途端に気持ちよさそうに目を細めた。

それでシアは落ち着きを取り戻したようで、申し訳なさそうにカムに反省を示した。

対するカムは、先ほどまでとは打って変わって優しい視線を向けていた。

 

「ずいぶんと嬉しそうだな」

「えぇ、娘がずいぶんと幸せそうでしたからね・・・ボスにはずいぶんと可愛いがられているようだな、シア?孫の顔はいつ見られるんだ?」

「なっ、みゃ、みゃごって・・・何を言ってるんですか、父様!そ、そんなまだ、私は・・・」

「まぁ、少なくともカムが死ぬ前にはできるだろうな」

「ツルギさんも!何を言っているんですか!」

 

シアが顔を真っ赤にして俺に噛みついてくるが、ちらちらとハジメを上目遣いで見ている時点で、その内心はお察しというやつだ。他のハウリア族の面々も、ニヤニヤとした笑みを浮かべてシアとハジメの方を見ている。

ずいぶんといい性格になったものだ。それもハジメのせいではあるが。

とりあえず、話を元に戻そう。

 

「カム、念のために聞くが、俺たちにそれを話したのは、まさか俺たちにも参戦してほしいとかじゃないんだろうな?」

「ははっ、それこそまさかですよ。ただ、こんな決断が出来たのも、全てはボスに鍛えられたおかげです。なので、せめて決意表明だけでもと、そう思っただけですよ」

 

俺の勘ぐりに、カムは笑いながら否定する。

どうやら、本当に自分たちだけで帝国に戦争を仕掛けるようだ。

シアも、カムたちが力を持って調子に乗っているわけでも、復讐心に燃えているわけでもなく本気で言っているのだと察したようで、表情を悲痛に歪めている。

俺たちとしても、理由が気になるし、ここで話を終わらせはしない。

 

「理由は?」

「意外ですな。聞いてくれるのですか?てっきり、ボスに関しては興味ないかと思いましたが・・・」

「帝国に戦争を仕掛けた理由がハジメに鍛えられたことにあるってだけなら、たしかに無視するだろうがな・・・」

 

そう言いながら、俺はハジメに身を寄せるシアに視線を向けた。ハジメの方も、返答を促している。

それを見て、カムも目元を緩めて「なるほど」とうなずいた。

そして、カムは戦争を仕掛けるにいたった理由を話し始めた。

 

「先程も言った通り、我等兎人族は皇帝の興味を引いてしまいました。それも極めて強い興味を」

 

帝国は実力至上主義に基づいた国家であり、それもあって強者に対する関心も強い。さらに、弱いものは強いものに従うべきという考えも、皇帝も例に漏れない。

つまり、皇帝が大規模な兎人族狩りを行うというのだ。今までのような愛玩用ではなく、戦闘用として。

カムが言うには、尋問のときに皇帝が自らやってきて、「飼ってやる」などと言ったようだ。

これにカムは皇帝につばを吐くという帝国の歴史でも初めてのことをしたのだが、皇帝は逆に気に入ってしまったらしい。同時に、「すべての兎人族を捕まえて調教してやるのも面白そうだ」とも言ったという。カムの見た限り、これはまず間違いなく本気らしい。

こうなったら、帝国兵は再び樹海に乗り込み、多くの亜人族、特に兎人族を襲うだろう。そして、今のフェアベルゲンではその襲撃に耐え切れず、多くの兎人族が攫われるに違いない。

だが、フェアベルゲンを襲わないことの対価に多くの兎人族の引き渡しを求められたら目も当てられない。文字通り、同族のすべてを奪われることになる。

 

「ハウリア族が生き残るだけなら、それほど難しくはない。しかし、我らのせいで他の兎人族の未来が奪われるのは・・・耐え難い」

 

どうやら、カムたちは状況的にかなり追い詰められているらしい。

たしかに、樹海ならハウリア族だけが生き残るのはそれほど難しくはないだろう。だが、他の兎人族はそうもいかない。そして、帝国の求める“強い兎人族”の要望に応えられなかったら、女・子供は愛玩奴隷に、他は殺処分になるのがオチだ。

 

「だが、まさか本気で100人ちょいで帝国兵に真っ向から戦おうってわけじゃないんだろう?」

「もちろんです、兄貴。平原で相対して雄叫び上げながら正面衝突などありえません。我らは兎人族、気配の扱いだけはどんな種族にも負けやしません」

 

つまり、暗殺を仕掛けるというわけだ。

気を抜いた瞬間に、闇から刃が翻り首をはねる。兎人族と敵対するには死ぬ覚悟をしなければならない。それを実践し、帝国に恐怖と危機感を植え付けるというわけだ。

もちろん、皇帝や皇族の周囲には万全の暗殺者対策がしてあるだろう。

だから、皇族ではなく皇帝の周囲のに狙いを絞る。昨日今日、親しくしていた者が、日に日に消えていく。

今のところ、ハウリア族にとれる手段はこれしかない。

最終的には、兎人族に対する不可侵条約を結ぶつもりだということだ。

たしかに、十分にえげつない策だし、現実的ではあるだろう。

だが、それだと必然的に時間がかかってしまう。その間に大規模な報復行為に出られる可能性が高く、帝国側が兎人族の殲滅に出るか、それとも脅威を感じて交渉のテーブルに付くか、どちらが早いかという賭けだ。それも、極めて分の悪い。

それでも、やらなければ兎人族の未来は明るくないということなのだろう。

すでに、他のハウリア族の面々も覚悟を決めていた。

 

「・・・父様・・・みんな・・・」

 

これにシアは、悄然と肩を落とす。シアも、皇帝が兎人族を逃がしはしないと理解したのだろう。

他の同族を見捨ててハウリア族だけ生き残るか、全員仲良く帝国の玩具になるか、身命を賭して戦うか。それが、今の兎人族に残されている選択なのだから。

 

「シア、そんな顔をするな。以前のようにただ怯えて逃げて蔑まれて、結局蹂躙されて、それを仕方ないと甘受することの何と無様なことか・・・今、こうして戦える、その意志を持てることが、我らはこの上なく嬉しいのだ」

「でも!」

「シア、我等は生存の権利を勝ち取るために戦う。ただ、生きるためではない。ハウリアとしての矜持をもって生きるためだ。どんなに力を持とうとも、ここで引けば、結局、我等は以前と同じ敗者となる。それだけは断じて許容できない」

「父様・・・」

「前を見るのだ、シア。これ以上、我等を振り返るな。お前は決意したはずだ。ボスと共に外へ出て前へ進むのだと。その決意のまま、真っ直ぐ進め」

 

カムが、族長としてでも戦闘集団のリーダーとしてでもなく、一人の父親としてシアの、娘の背中を押す。自分達のことでこれ以上立ち止まるなと、共に居たいと望んだ相手と前へ進めと。

シアはこれに泣きそうな表情で顔をうつむけるが、カムはハジメに視線を移し、シアを頼むというようにうなずいた。

後ろでは天之河が再び暴走しそうになったが、それを八重樫が鞘に納めたままの“黒鉄”で殴って止めた。先ほどの件でよほどイライラしているのか、いつになく止め方が乱暴だ。

だが、八重樫の止めるという判断は正しい。俺が帝都で言ったように、これはハウリア族の、兎人族の、そして亜人族の問題だ。俺たちが手を出したら、それこそすべてが台無しになってしまう。

これにハジメは、最初から最後まで無反応を貫いていたが、ため息を吐きながら視線をユエに向けた。対するユエは、何もかもわかっているというように目元を和らげていた。

ついで、今度は俺に視線を向ける。これに俺は、軽く肩を竦めるに留めた。

だが、これで十分だったのだろう。ハジメは小さく笑みを浮かべて、シアに話しかけた。

 

「シア」

「ハジメさん・・・」

「今回の件で、俺が戦うことはない」

「っ・・・そう、ですよね・・・」

 

ハジメの言葉に、わずかに抱いた期待は崩れてしまい、再びうつむいてしまった。

後ろでは天之河がさらにわめこうとしたが、八重樫が今度はわき腹に“黒鉄”を当てて電流を流すことで黙らせた。なんか、やけに過激だな。

だが、これはシアの早とちりだ。

 

「おい、こら、早とちりするな。戦わないが、手伝わないとは言ってないだろう?」

「ふぇ?」

 

ハジメの言葉に、シアがほっぺをみょ~んと伸ばされながら間抜けな声を出す。カムたちも、ハジメの言葉の意味を図りかねたように困惑した表情で顔を見合わせている。

 

「今回の件は、ハウリア族が強さを示さなきゃならない。容易ならざる相手はハウリア族なのだと思わせなきゃならない。ツルギが言ったように、この世界において亜人差別が常識である以上、俺たちが戦って守ったんじゃあ、俺たちがいなくなった後に同じことが起きるだけだからな。何より、カムたちの意志がある。だから、俺は一切、戦うつもりはない」

 

ハジメはそこで、シアの頬を撫でながら視線をカムたちに移した。

 

「だが、うちの元気印がこんな顔してんだ、黙って引き下がると思ったら大間違いだぞ?」

「し、しかし、ボス・・・なら、一体・・・」

 

困惑を深めるカムたちに、ハジメはニヤリと不敵な笑みを浮かべて宣言した。

 

「カム、そしてハウリア族。こいつを泣かせるようなチンケな作戦なんぞ全て却下だ。お前等は直接、皇帝の首にその刃を突きつけろ。髪を掴んで引きずり倒し、親族、友人、部下の全てを奴の前で組み伏せろ。帝城を制圧し、助けなど来ないと、一夜で帝国は終わったのだと知らしめてやれ!ハウリア族にはそれが出来るのだと骨の髄に刻み込んでやれ!この世のどこにも、安全な場所などないのだと、ハウリア族を敵に回せば、首刈りの蹂躙劇が始まるのだと、帝国の歴史にその証を立ててやれ!」

 

ハジメの気勢に呑まれて硬直し、辺りに静寂が満ちた。ゴクリッと生唾を飲み込む音が、やけに明瞭に響く。

ハジメは、周囲を睥睨しながら、スッーと息を吸い、

 

「返事はどうしたぁ!この“ピー”共がぁ!」

「「「「「「「「「ッ!? サッ、Sir,Yes,Sir!!」」」」」」」」」

「聞こえねぇぞ!貴様等それでよく戦争なんぞとほざけたなぁ!所詮は“ピー”の集まりかぁ!?」

「「「「「「「「「「Sir,No,Sir!!!」」」」」」」」」」

「違うと言うなら、証明しろ!雑魚ではなく、キングをやれ!!」

「「「「「「「「「「ガンホー!ガンホー!ガンホー!」」」」」」」」」」

「貴様等の研ぎ澄ました復讐と意地の刃で、邪魔する者の尽くを斬り伏せろ!」

「「「「「「「「「「ビヘッド!ビヘッド!ビヘッド!」」」」」」」」」」

「膳立てはするが、主役は貴様等だ!半端は許さん!わかってるな!」

「「「「「「「「「「Aye,aye,Sir!!!」」」」」」」」」」

「よろしい!気合を入れろ!新生ハウリア族、122名で・・・」

「「「「「「「「「「・・・」」」」」」」」」」

「帝城を落とすぞ!」

「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAAA!!!!」」」」」」」」」」

 

先ほどまでの困惑はどこにいったのか、ハウリア族たちは熱狂に呑まれたように雄叫びを上げ、帝城落としへの闘志で燃え上がっていた。

ハー〇マン先生をリスペクトしている脳筋はべつにして、すっかり怯えてしまっている女性陣が少し可哀そうだ。

 

「まぁ、こうなるよな」

「まさか、わかっていたの?」

「なんとなくな。言っただろ?『亜人族が帝国に強者であることを示さない限り、帝国は亜人族の奴隷化をやめはしない』、『皇帝でも倒さない限り認められない』ってな」

「そういえばそうだな・・・それにしても、シア殿はずいぶんと幸せそうだな」

 

見てみれば、シアは頬を薔薇色に染めて表情を蕩けさせていた。

 

「まぁ、好きな人からあんなことを言われたらな。ぶっちゃけ、状況にあまり合っていない気はするが・・・それは気にしないとして、明日は大変なことになるな。帝国が」

「今更よね、それ」

「というより、あのお姫様も大変になると思うのだが・・・」

 

姫さん?せいぜい苦労してもらおう。それに、悪い話ばかりじゃないだろうし。たぶん。きっと。

とりあえず、明日の帝城落としの詳細を詰めたあと、各自明日に備えて休憩することになった。

はてさて、明日はどうなることやら。




「・・・向こうは向こうで楽しんでいるようだな」
「そうね・・・ねぇ、私たちも」
「あぁ。周りには誰もいないしな・・・んっ」
「んむぅ、んちゅ・・・」

翌朝、ハジメとユエが楽しんでいるのをいいことに自分たちも楽しむツルギとティアの図。


「あ、朝からあんなに・・・・!」
「・・・雫殿よ、なにコソコソしているのだ」

~~~~~~~~~~~

勢いで始めたリクエスト企画で、思いのほかコメントが少なくてちょっと不安になっている作者です。
まぁ、やると言った以上はやりますが、もうちょっとほしいかなぁ、と。

余談ですが、今まででもありふれのアニメを楽しみにしていると言っていましたが、同じくらいにシンフォギアの方も楽しみにしているという。
今、YouTubeでアニメ5期を記念して1期から4期まで期間限定で配信していますからね。
元々オープニングが好きで興味はあったんですが、なかなか見る機会がなかったので、何気にうれしかったんですよね。


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帝城にて

俺たちは今、仕込みのためにヘルシャー帝国の帝城に訪れていた。

ヘルシャー帝国の帝城は、帝都の中でありながら幅20mほどの水路に囲まれており、水生の魔物まで放たれている。もちろん、城壁も堅固な物であり、魔法的な防護措置と見張りもしっかりある。

この帝城に入ることができる入り口は巨大な跳ね橋で通じている正門ただ一つであり、そこでは厳しい入城検査が行われている。まず帝城には入城許可証が必要であり、それがないと中に入ることすらできない。さらに、許可証があっても入念な手荷物検査も行われる。相手がたとえ正規の入城許可証を持っている出入りの業者であっても、荷物の中身まで入念に確かめられる。

この通り、生半可な方法では城の中に入ることすらできないのだが、今回はその生半可ではない方法を俺たちは持っている。

俺たちは“神の使徒”であり、さらに天之河は“勇者”だ。それを示せば、突撃訪問でもなんとかなる。まぁ、実態が伴っていないというのは、なんとも滑稽な話ではあるが。

そんなことを考えながら、俺は帝国兵に対応している天之河の様子を見ていた。

とりあえず、やはり“勇者”の名と“神の使徒”の立場は強かったようで、向こうで勝手に納得して上に取り次いでくれた。

そして、待つこと15分。跳ね橋からドタバタと足音が聞こえ、そっちを見てみると大柄な帝国兵が現れた。周りの帝国兵の態度から、それなりの地位にいるようだ。

 

「こちらに勇者殿一行が来ていると聞いたが・・・貴方たちが?」

「あ、はい、そうです。俺たちです」

 

天之河が応対すると、なにやら不躾とも言えるような視線を向けられたが、当人確認のためなら仕方ないと言えば仕方ないだろう。

だが、俺たち、正確にはシアの方に視線が向けられると、何やら目を大きく見開き、次いでいやらしい笑みを浮かべてきた。

それで、俺はこいつの正体をなんとなく察した。

 

「確認しました。自分は、第三連隊隊長のグリッド・ハーフ。既に、勇者御一行が来られたことはリリアーナ姫の耳にも入っており、お部屋でお待ちです。部下に案内させましょう・・・ところで、勇者殿、その兎人族は?それは奴隷の首輪ではないでしょう?」

「え?いや、彼女は・・・」

 

帝国兵・・・グリッドの問い掛けに、天之河はうろたえる。

が、天之河から答えは期待できないと考えたのか、今度はシアに直接視線を向けてきた。

 

「よぉ、ウサギの嬢ちゃん。ちょっと聞きてぇんだけどよ・・・俺の部下はどうしたんだ?」

「部下?・・・っ、あなたは・・・」

 

その質問で、シアも相手が何者なのか理解したらしい。

こいつはおそらく、樹海に入る前にライセン大峡谷でハウリア族を襲った帝国兵の隊長だ。

 

「おかしいよな? 俺の部下は誰一人戻って来なかったってぇのに、何で、お前は生きていて、こんな場所にいるんだ?あぁ?」

「ぅあ・・・」

 

問い詰めるグリッドに、シアは思わず後ずさる。

実力だけならシアの方が圧倒的に上だが、シアの反応は当然と言えるだろう。なにせ、目の前にいるのは大勢の家族を奪ったトラウマそのものだ。

俺としては、向こうには忘れてもらってくれればいろいろと楽だったのだが、さすがに白髪の兎人族は印象に残りやすかったらしい。

だが、今のシアはあの時のように奪われるだけの存在ではない。それに、俺たちがいる。

俺はハジメとサッと目配せし、お互いどうするか決めた。

シアへの慰めと叱責はハジメに任せるとして、俺はグリッドに話しかけた。

 

「なぁ、いつまでくだらないことを聞いてるんだ?」

「いえ、これは・・・」

「俺たちはべつにお前の部下になんて興味はない。どうせ、どっかでへまして死んだだけだろう。あいつらが弱かったから死んだ、ただそれだけの話だ。実力至上主義だって言うなら、弱い部下が死んだ程度で喚くな、みっともない」

「な、なっ・・・」

 

グリッドは俺の言い分に顔を真っ赤にし、口をパクパクさせている。

そこに、今度はハジメたちによって持ち直したらしいシアが口を開いた。

 

「そうですね、あなたの部下の事なんて知ったことじゃないですよ。頭悪そうな方たちでしたし、何処かの魔物に喰われでもしたんじゃないですか?あと、私のことであなたに答える事なんて何一つありません」

「・・・随分と調子に乗ったこと言うじゃねぇか。あぁ?勇者殿一行と一緒にいるから大丈夫だとでも思ってんのか?奴隷ですらないなら、どうせその体で媚でも売ってんだろ?売女如きが、舐めた口を・・・」

「口を閉じろ、下っ端」

 

さすがに聞き捨てならない台詞を吐いてきたので、言い終える前に俺が口をはさむ。

・・・正直な話、最初の方はたしかに「私の初めてをもらってください!」ってしょっちゅう言っていたから、頭から否定する気はないんだけどな、悲しいことに。

 

「何度も言わせないでもらいたいんだけどな、俺たちはお前の部下のどうこうなんて欠片も興味がない。俺たちだって暇じゃないんだ。さっさと道を開けて姫さんのところに案内しろ。それがお前たちの仕事だろう?身の程をわきまえてくれ。それとも、お前が俺たちより強いとでも言うつもりか?部下と同じ道をたどりたくないなら、さっさと職務を全うしろ。それ以外にお前に選択肢はないんだからな」

 

俺の言葉にグリッドは顔を真っ赤にして、目も血走り始めたが、一応は連隊長らしく自制をきかせることができたらしい。部下に案内を促した。

去り際にグリッドが血走った目で俺を睨んでいたが、軽く無視した。立場をわきまえていないのはあいつの方なのだから、いちいち反応する必要もない。

それに、なにやら女性陣がスカッとした表情でいるが、俺としてはどかせる口実と“売女”発言によるハジメの股間スマッシュを避けるために言っただけで、別に進んで嫌味を言ったわけではない。それを知ったグリッドの反応も気になると言えば気になるが、やめておこう。さすがにこれ以上は面倒なだけだ。

ちらりとハジメの方を振り返ると、軽く肩を竦めただけだった。とりあえず、これでよかったらしい。

さて、今度は姫さんと、たぶん皇帝陛下とも顔合わせか。どうなることやら。

 

 

* * *

 

 

「それで?」

 

それが、姫さんの顔を合わせた時の第一声だった。

ついでに言えば、笑顔だが目が笑っていないし声音が冷たい。どう見ても「さっさと説明しろやゴラァ!!」な感じだった。

どうやら、俺が思っていたより仮面戦隊の影響がでかかったらしい。

でもまぁ、遠慮なく本音を話せるくらいには打ち解けていると捉えることにしよう。矛先が誰であっても。

 

「帝都での茶番といい、一体全体どうして皆さんがここにいるのですか?納得の出来る説明を求めます。ええ、それはもう強く強く求めます。誤魔化しは許しませんからね!特に、南雲さんと峯坂さん!絶対、裏で糸を引いているのは貴方たちでしょう!というより、南雲さんは他人事みたいにシアさんのウサミミをモフらないで下さい!ユエさんも何でシアさんのほっぺをムニムニしているんですか!」

 

矛先は、どうやら主にシアのウサ耳をモフモフしているハジメに向けられていた。

だが、ハジメはシアのウサ耳をモフるのに意識を割いており、姫さんの言葉を右から左に流している。

姫さんはそれにさらに激昂し、香織と八重樫がそんな姫さんをなだめるという構成が出来上がっていた。

その光景に笑いをかみ殺していた俺は、フォローのために口を開く。

 

「まぁ、大目にやってくれ、姫さん。今のシアはちょいと事情があって、不安定な状態なんだ」

「不安定、ですか?どこか具合でも・・・」

 

これで途端に心配そうな表情になるのだから、姫さんも人がいい。

ちなみに、シアが不安定な理由は先ほどのグリッドが原因だ。

ただ、再びトラウマに呑まれそうになっているのではない。むしろ逆だ。

過去のトラウマを乗り越えた先にあるのは、当然グリッドに対する強烈な殺意だ。それこそ、ハジメとユエが協力して落ち着かせないと、早々にあの男を殺しかねないくらいの。

別にあいつが死んでも俺は一向に構わないが、さすがに今殺すのは得策ではない。だから、シアは必死に我慢し、ハジメとユエが一緒になってなだめているというわけだ。

事情を知らない姫さんや天之河たちにかいつまんで話すと、全員悲痛そうな表情になり、次いで、天之河たちは当然のように憤り、姫さんは暗い表情でうつむいてしまった。どうやら、亜人族の奴隷化を容認している自分が憤るのは違うと思っているようだ。

シアはと言えば、気にしないようにと笑顔を振りまいていた。

姫さんはそれをまぶしそうに見ながらも、本題の方に入ってきた。

 

「それで、なぜこちらに来たのですか?樹海での用事は?それと、昨夜の仮面騒動は何なのです?もうそろそろ、ガハルド陛下から謁見の呼び出しがかかるはずです。口裏を合わせる為にも無理を言って先に会う時間を作ってもらったのですから、最低限のことは教えてもらいたいのですが」

「まぁ、そう慌てんな。どうせ、夜になったら全部わかる。俺たちに関しては、用事が先延ばしになったから暇つぶしにこっちに来た、くらいに言っておけばいい」

 

べつに嘘ではない。今は大樹へは霧が濃い周期で行けない状態だ。霧が晴れるまでの間の暇つぶしというのも、そこまで的外れなことではいないだろう。俺たちにとって、今回の目的は片手間で済ませられる内容だ。まぁ、主に頑張っているのはハジメだが。

 

「そ、そんな適当な・・・夜になればわかるって、まさか、また仮面でも着けて暴れる気ですか?わかっているのですよ!雫たちに恥ずかしい格好をさせたのはお2人だって!」

「ひどい言い草だな。もしかしたら、ハジメの独断かもしれないだろ?」

「しれっと俺を巻き添えにするな。それより、そんなにカリカリしてたらはげるぞ、姫さん」

「ハゲませんよ!女性に向かって何てこと言うのですかっ!」

「・・・ハゲ姫」

「ユエさん!?」

 

俺たちの、というより主にハジメやユエのあんまりと言えばあんまりの対応に、姫さんは「私、王女なのに・・・」と落ち込み、姫さん曰く恥ずかしい格好をした八重樫が自らの黒歴史にどんよりした。

とはいえ、姫さんはいつまでもそうしているわけにはいかないと気を取り直し、再び俺たちに事情を尋ねた。

 

「・・・昨夜、仮面騒動とは別に帝城の地下牢から脱走騒ぎがありました。犯人は南雲さんたちとして・・・」

「当然のように犯人扱いとは、ちょっとひどくないか?」

「どの口で言うのですか・・・詳しい話は聞いていませんが、捕らわれていた兎人族はハウリア族の方ですよね?シアさんのために助けたというのはわかります。わからないのは、今さらここに乗り込んできたことです。何を考えているのですか?」

 

言外に、必要なら口裏合わせもするし協力もする、ということだろう。

やはりというか、この姫さんは人がいい。迷わずに俺たちのために行動しようとするとは。

だが、それは俺たちが召喚された時からの話でもある。この世界の事情に巻き込んでしまったことから、自分にできることは最大限に心を砕いてくれる。

そんな姫さんに対し、俺とハジメは微笑み、

 

「ちょっと何言ってるのかわからない」

「疲れてるんなら休憩した方がいいぞ?」

「どうしてそうなるのですか!?」

 

姫さんが噴火した。俺たちにつかみかかろうとするのを香織と八重樫が止める。

ぶっちゃけ、姫さんの提案は言ってしまえばありがた迷惑でしかない。ここはお引き取り願うとしよう。

その後も、姫さんから何度も追及されたのだが、俺とハジメでのらりくらりと躱し続け、最終的に「もう、なるよ~にな~れぇ~」みたいな感じで納得(思考停止とも言う)してくれた。

ちなみに、俺がはぐらかしたのは計画に支障が出ないようにするためだが、ハジメに関しては忙しくてそれどころではないため、他のメンバーが口を出さなかったのもその現状を理解しているからだ。

そして、香織たちが姫さんをなだめていると、とうとう皇帝陛下との謁見の時間がやってきた。

やってきた案内役について行くと、通された部屋は30人は座れる縦長のテーブルに、ほとんど装飾されていない簡素な部屋だった。

そのテーブルの上座には、見た目からして野心溢れる男が頬杖をついて不敵な笑みを浮かべていた。

この男こそが、ヘルシャー帝国の皇帝であり帝国最強の男であるガハルド・D・ヘルシャー。年齢は50代も近いと聞いているが、見た目は40代前半、ともすれば30代後半にも見えなくはない若々しさだ。おそらく、あふれる野心と覇気が、見た目よりも若く見せているのだろう。

そして、ガハルドの背後に2人の近衛兵らしき兵士が控えているが、そちらも研ぎ澄まされた空気を纏っており、一目で手練れだと分かる。

さらに、壁の裏に2人、天井裏に4人、閉まった扉の外に2人、音もなく気配を消している存在がいる。ガハルドの後ろにいる兵士ほどではないが、こちらもなかなかの手練れだ。

どうやら、謁見は完全包囲された状態でするらしい。

 

「お前たちが、南雲ハジメと峯坂ツルギだな?」

 

俺たちが部屋に入ると、姫さんによる紹介も勇者である天之河への挨拶もすっ飛ばして、いきなり俺たちに問いかけてきた。どうやら、今回は本当に俺やハジメにしか興味がないらしい。

そして、さすがは帝国最強の男だ。視線は鋭く細め、真っすぐに俺とハジメを射抜いてくるが、放たれるプレッシャーも中々なものだ。

天之河はわずかに後ずさって身構え、姫さんに限っては息苦しそうに小さく呻き声をあげていた。

だが、俺たちには通じない。ガハルドのプレッシャーにあてられても、平然としている。

この中では一番経験の少ない香織も、メルジーネでの経験もあって平然としている。

真の大迷宮を攻略している俺たちにとって、ガハルドのプレッシャーはそよ風のようなものだ。

そんな様子を見て、ガハルドはますます面白そうに口元を吊り上げる。

そして、そんなガハルドに対し、

 

「あぁ、たしかに俺は峯坂ツルギだ」

「ええ、自分が南雲ハジメですよ。お目にかかれて光栄です、皇帝陛下」

 

俺はぞんざいな態度で返し、反対にハジメは胸に手を当てて軽くお辞儀までした。

そんな俺たちに、というよりは主にハジメにそれぞれ驚愕の目が向けられ、

 

「香織、お願い!南雲君に回復魔法を!」

「え?し、雫ちゃん?」

 

八重樫にいたっては、香織に回復魔法を頼む始末だった。

姫さんも「あなた、誰ですか!」みたいな視線を向けている。自分との扱いの差にショックを隠しきれなかったらしい。

このあんまりと言えばあんまりだが、自業自得でしかない反応にハジメの目元がピクピクした。

別に、ハジメもTPOをまったく気にしないわけではない。普段は無視しているだけで。

とはいえ、失礼な態度をとって帝城から追い出されるわけにもいかなかったから、このような態度をとったというだけなのだ。

 

「ククッ・・・さすがは国民を欺くストーリーを平然と作り出すやつだ。建前を使うのはお手の物か?だが、今は普段通りの態度にしていろ。俺は、素のお前たちに興味があるんだ。似合わないことはやめておけ」

「・・・はぁ、そうかい。んじゃ、普段通りで」

「くはは!だから、変に気を遣う必要はないって言っただろ?」

 

実のところ、俺は今回の謁見で変に気を遣う必要はないとハジメに言っていた。だが、万が一もあるということでハジメはそのまま丁寧に接したが、結果として俺の予想は当たったようだ。

それに、ガハルドが興味深そうに俺を見つめてくる。

 

「ほう?こうなることがわかっていたと?」

「あんたの話は聞いていた。んで、話を聞いて、俺が予想したとおりの人物像なら変な気遣いはいらないと考えていた。まぁ、こいつは聞く耳を持たなかったが」

「ガハハ!話を聞いただけで人物像がわかるとはな!ずいぶんと頭が回ることだ」

「このバカが頭を使わないから、代わりに俺が考えざるを得ないってだけだ。まぁ、それよりだ。さっさと話し合いを始めようぜ。そのために、俺たちを呼んだんだろう?」

 

ここからは、ヘルシャー帝国の皇帝陛下との話し合いだ。

俺たちの目的のためにも、さっさと乗り切るとするか。




「つーか、なんでツルギはまとも扱いになってるんだよ」
「だって、結局はツルギの言う通りになったし、普段通りだったじゃない」
「ある意味、違和感はなかったよな」
「むしろ、南雲君のあの態度の方が異常よ」
「鈴も、言い様のない恐怖を感じたよ・・・」
「俺も、何かの間違いじゃないかと思ったぜ」
「普段通りじゃない俺はそこまでひどいのかよ・・・」

ツルギとの認識の差に若干心を折られるハジメの図。

~~~~~~~~~~~

なんとかアニメ放送当日までに投稿できましたが、自分はチャンネルが未対応なせいで見れないという悲しみ。
なので、見放題のやつを登録しようか考えているところです。


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皇帝との話し合い

「久しいな、雫。俺の妻になる決心はついたか?」

「陛下!雫はすでに断ったでしょう!」

 

最初に放たれた言葉は、俺たちに向けられたものではなく、後ろにいる八重樫に向けられたものだった。

そして、八重樫が反応するよりも早く天之河が噛みついてきた。

ガハルドはちらっと天之河を見たが、すぐにハッと鼻で笑って視線を八重樫に戻した。どう見ても天之河は眼中にないといった様子だ。

にしても、ちらっと話には聞いたが、本当だったのか。ずいぶんなもの好きがいたものだ。まぁ、ガハルドが知らないだけだろうが。

八重樫もすまし顔で断るが、どうやらガハルドはたいそう強欲かつ頭が回るらしく正論を言っては諦める様子もなく口説く。八重樫のことを相当気に入ってるようで、八重樫が心底嫌そうにそっぽを向いても、まったく気にした様子がない。

俺が「相変わらず苦労人だなぁ・・・(笑)」という気持ちをこめて八重樫を見ていたところ、偶然目があった。

そして、俺が何を考えているのか察したらしく、紅茶についていた角砂糖を指ではじいて俺の顔に飛ばしてきた。

俺はそれを避けるでもなく口にくわえ、咀嚼してから紅茶で流し込んだ。うん、この紅茶もなかなかいい奴だな。おいしい。

八重樫はそんな俺の様子を見て悔しそうにしているが、気づいていないふりをした。

すると今度は、ガハルドの方が俺に鋭い視線を向けてきた。なにやらいろいろと値踏みしているような眼差しだ。

 

「ふん、面白くない状況だな・・・峯坂ツルギ。お前たちには聞きたいことが山ほどあるんだが、まず、これだけ聞かせろ」

「なんだ?」

「お前、俺の雫はもう抱いたのか?」

「「「「ぶふぅーー!?」」」」

 

真剣な表情でいったい何を尋ねるんだろうと思っていたら、そんなぶっとんだことを言ってきたガハルドに八重樫も含めた数人が思い切り紅茶を噴いた。後ろの護衛ですら、「陛下・・・最初に聞くのがそれですか・・・」と頭の痛そうな表情をしている。どうやら彼らも苦労人のようだ。

 

「ちょっ、陛下!いきなり何をっ・・・」

「雫、お前は黙っていろ。俺は、峯坂ツルギに聞いてんだよ」

 

八重樫が泡を食ってガハルドにツッコミを入れようとするが、それを無視して視線を俺に向けてくる。

俺はと言えば、特に取り乱すこともなく、呆れ満載の声で返す。

 

「・・・すでに自分のもの発言は横に置いとくとして、いったい何をどうすればそんな発想になるんだよ」

「どうやら、雫はお前に心を許しているようだからな。それに、前は約束があるからと断っていたしな。おそらく、その約束とやらはお前が関わっているんだろう?」

「まぁ、たしかに俺と八重樫で約束はしていたな。だからと言って、俺と八重樫はそういう関係じゃないんだが」

「・・・まぁ、態度から見て、たしかにそうだろうと思うが、念のためだ」

「あるわけないだろ」

「・・・ふむ、嘘はついてないな。では、雫のことはどう思っている?」

「どうって言われてもなぁ・・・」

 

ガハルドの問い掛けに、やけに周囲が静かになり、いろいろな視線が突き刺さる。

とりあえず、面白そうにニヤニヤしているハジメには音速角砂糖を放ちつつ、ちらっとティアと八重樫を見てみる。

ティアの方は、特に不機嫌になるでもなく、ジッと俺の目を見て返答を待っている。

八重樫の方は、なにやら面白いことになっていた。なにやら、耳が赤くなりつつあるが・・・

とりあえず、本音を言うとすれば、

 

「んなもん、みんなのオカンとしか」

「OK、その喧嘩買ったわ。表に出なさい、峯坂君」

 

俺の返答に八重樫が据わった眼差しで俺を睨み、ゆらりと席を立とうとした。谷口と天之河が掴みかかって必死になだめにかかっているのを横目に、ガハルドに視線を戻した。

 

「・・・まさかの回答だが・・・まぁ、いい。雫、うっかり惚れたりするなよ?お前は俺のものなのだからな」

「だから、陛下のものではありませんし、峯坂君に惚れるとかありませんから!いい加減、この話題から離れて下さい!」

「わかった、わかった。そうムキになるな。過剰な否定は肯定と取られるぞ?」

「ぬっぐぅ・・・」

 

ガハルドの物言いに八重樫は呻き声をあげながらドカッと椅子に座り、谷口が苦笑しながらなだめる。天之河がなにやら俺を睨んでいるが、無視した。

 

「峯坂ツルギ。お前も雫に手を出すんじゃねぇぞ?」

「そんな気はないっての」

 

別に、俺は八重樫を惚れさせようなんて魂胆は微塵もない。

まぁ、とはいえ、だ。

 

「だが、八重樫を狙うのはほどほどにしておけ。後々に面倒なことになるからな」

 

何も知らないガハルドに、俺から忠言を入れるとしよう。

 

「どういうことだ?」

「簡単に言えば、まず間違いなく刺客がざっと三桁は追加されると思っておけ」

「ふん、俺を誰だと思っている?その程度のことなど・・・」

「これは忠告だ。()()はどんな手を使ってでもお前さんを殺しにかかってくるぞ?肉体的、精神的、社会的問わずだ。おそらく、この帝城の防衛システムも当てにならないだろう。()()には、それだけのバイタルとポテンシャルがあるからな」

「・・・ずいぶんと、実感がこもっているな」

「俺も勘違いで襲われたことがあるからな。あれは大変だった。なんせ、落ち着いて寝ることもできなかったからな」

 

あながち間違いではない。王都に滞在したとき、夜になると俺とティアの部屋の周囲に“義妹結社”らしき連中が寝込みを襲おうとしていた。まぁ、そのときは俺とティアはお楽しみだったし、迎撃結界で気絶させた後に新たに手に入れた魂魄魔法で部分的に記憶を消してから適当な場所にポイしたが。

 

「勘違いだった俺でさえそれだ。もし本当に八重樫を娶ろうものなら、たとえそれが俺でもどうなるかわからないぞ?」

「そ、そうか・・・」

 

俺の物言いに、ガハルドはわずかな戦慄のこもった声で返した。これで、必要以上にねちっこく八重樫を狙うような真似はしないだろう。

ちらっと八重樫の方を見ると、複雑な表情ながらも小さく目礼した。ティアの方も、あまり表に出していないが満足げにしているから、悪くはなかったのだろう。

 

「つーか、いつまで無駄話を続けるんだ?」

「無駄話とは心外だな。新たな側室・・・あるいは皇后が誕生するかもしれない話だぞ?帝国の未来に関わるというのに・・・」

「そんなのには欠片も興味ねえんだが」

 

むしろ、違う形で帝国の未来が決まろうとしているというのに。

 

「・・・まぁ、話したかったのは確かに雫のことではない。わかっているだろう?お前たちの異常性についてだ」

 

どうやら、八重樫のくだりは時間稼ぎも兼ねたものだったらしい。

ガハルドが態度を改め、抜き身の刃のような鋭い気配を放ち始めた。

 

「リリアーナ姫からある程度は聞いている。お前たちが大迷宮攻略者であり、南雲ハジメは魔人族の軍を一蹴し、2ヶ月かかる道程を僅か2日足らずで走破するアーティファクトを作り出すことができ、峯坂ツルギは固有魔法を持ち、万の魔物の大群を消し飛ばす魔法を自力で編み出すことができると。真か?」

「あぁ、そうだな」

「そして、それだけのアーティファクトを王国や帝国に供与したり、力を貸す意思もないというのも?」

「それもそうだな」

「ふん、一個人が、それだけの力を独占か・・・そんなことが許されると思っているのか?」

「いったい誰の許しがいるんだ?仮に許されなかったして、お前たちになにができるんだ?」

 

俺の簡潔な返しに、ガハルドは目を細める。同時に、ガハルドから放たれる覇気がさらに密度を増し、護衛からも殺気が放たれる。それに伴うように部屋の周囲に潜んでいる人物の気配がさらに薄くなっていく。

とはいえ、俺たちからすればバレバレだが。

 

「そうそう、部屋の向こうにいる奴らをさっさと下がらせてくれないか?さっきからうっとうしくてしょうがないんだが」

 

言外に「お前らの存在は筒抜けだ」と伝えると、部屋の向こうから動揺する気配が伝わってくるが、ガハルドがさらに覇気を強めることでさらに存在を希薄にした。

これだけ言っても続けるというのなら仕方ない。

ということで、俺は検討をつけている場所すべてにピンポイントで殺気を放った。

途端、壁の裏や天井、扉の外からバタバタと倒れる音が聞こえた。

天之河あたりは不思議そうに周りを見渡したが、八重樫や姫さんは俺の言葉に思い当たったようで、顔を青くしている。

もちろん、殺してはいない。気絶させた程度だ。

 

「それくらいにしておけ。あんただって、格上相手に無策で突っ込んで無駄死にするバカじゃないだろう?」

 

俺の最後の警告に、ガハルドはさらに覇気を強め・・・

 

「はっはっは、止めだ止め。ばっちりバレてやがる。こいつは正真正銘の化け物だ。今やり合えば皆殺しにされちまうな!」

 

るかと思ったが、さすがに引き下がるようで、豪快に笑いながら覇気を収めた。それに合わせて、護衛も殺気を収めていく。

 

「ずいぶんと楽しそうだな」

「おいおい、俺は“帝国”の頭だぞ?強い奴を見て、心が踊らなきゃ嘘ってもんだろ?」

 

どうやら、実力至上主義の国の人間らしく、強い奴に怯えるということはないようだ。

その後、ガハルドはユエやティアたちにも興味を示し、一人くらい寄こせと言ってきたのを、ハジメがティオを差し出そうとし、それにティオが興奮してガハルドをドン引きさせるという一幕もあったが、俺はあくまで目的は別のところにあると察していた。

そして、それは正解だったらしく、今度はシアに意味ありげな視線を向けてきた。

 

「俺としては、そちらの兎人族の方が気になるがね?そんな髪色の兎人族など見た事がない上に、俺の気当たりにもまるで動じない。その気構え、最近捕まえた玩具を思い起こさせるんだが、そこのところどうよ?」

 

やはり、確定的な証拠がなくても気づいているようだ。

ガハルドの“玩具”発言にピクリと反応したシアの対応はユエとハジメに任せるとして、応対は変わらず俺が行う。

 

「玩具なんて言われても、心当たりはないんだが」

「そうか。なら、後で見てみるか?実は、何匹かまだいてな。女と子供なんだが、これがなかなか・・・」

「別に興味ないな」

 

これはハッタリだとわかっている。捕らわれたハウリア族を全員救出したのは、すでに確認済みだ。

 

「ほぅ。そいつらは、超一流レベルの特殊なショートソードや装備も持っていたんだが、それでも興味ないか、()()()()()()?」

「別に、俺たちからすればショートソードとかその程度なんて今さらなんだけどな」

「・・・ところで、昨日、地下牢から脱獄した奴等がいるんだが、この帝城へ易々と侵入し脱出する、そんな真似が出来るアーティファクトや特殊な魔法は知らないか、()()()()()()?」

「さぁ?あったら便利だよな」

「・・・聞きたいことはこれで最後だ。何を得られれば帝国につく?」

「元の世界に帰る方法。それができたら、向こうからお前らを応援してやるよ」

「・・・ちっ、つくづく喰えねぇガキだ。本当に話通りだな」

 

ガハルドは口ではそうぼやきつつも、楽しそうな笑みを隠せてはいない。

カムの話でもそうだったが、この男は素直に従うよりも反逆するくらいがちょうどいいらしい。

それに、どのみちハウリア族の脱獄が俺たちの手引きだとすでにばれている。

とりあえず、俺たちのスタンスは理解してもらえたようで、少なくとも俺たちと敵対するようなことはしないそうだ。したところで返り討ちにあうだけだろうし、それでいい。

そこで時間が来たのか、背後に控えていた男の一人が、そっとガハルドに耳打ちすると、ガハルドはおもむろに席を立った。

 

「まぁ、最低限、聞きたいことは聞けた・・・というより分かったからよしとしよう。ああ、そうだ。今夜、リリアーナ姫の歓迎パーティーを開く。是非、出席してくれ。姫と息子の婚約パーティーも兼ねているからな。真実は異なっていても、それを知らないのなら“勇者”や“神の使徒”の祝福は外聞がいい。頼んだぞ?形だけの勇者君?」

 

そして、最後の最後に爆弾を放り込んで、そのまま部屋から去っていった。

その後、正気を取り戻した天之河が姫さんに詰問し、事情を話した。

例えこの戦争の真偽が狂った神の遊戯とはいえ、魔人族が攻めてくる以上は戦わざるを得ない。そして、エリヒド国王が死亡し、その後継がまだ10歳と若く、国のかじ取りが不安定な現状では、同盟国との関係強化は不可欠だ。

それが、姫さんと帝国皇太子の婚約だという。

この話は前からあったもので、それまではあくまで事実上の関係だったが、今回のパーティーで正式なものにするそうだ。そのため、急な話ではあるが王国の方でも反対はされないだろうとのことらしい。

この話に、自分が正しいと思うことが絶対だと考えるバカ勇者が食って掛かる。好きでもない人物と結婚などおかしい、と。

これに姫さんは王族の義務だからと天之河の言葉をやんわりと否定するが、それでも天之河は納得できないような表情でいる。

別に必要もないだろうが、俺としてもうっとうしいから、ハジメについて行く形で部屋を出ようとしながら横やりを入れることにする。

 

「それくらいにしておけ、天之河。今さら、俺たちが口をはさむことじゃねえよ」

「なっ、峯坂はなんとも思わないのか!」

「王族同士の政略結婚なんて、こっちじゃ珍しいことでもないだろう。国家間で関係を持つには、国民や他国にもわかりやすいパフォーマンスが必要になる。その手段の1つが王族同士の結婚ってだけだ。これはあくまで政治の話だ。素人が軽々しく口をはさむことじゃない」

 

俺の言葉に天之河は口をつぐむが、それでも納得はしていなさそうだ。

だが、俺にとって姫さんの結婚がどうでもいいことには別の理由がある。

 

「それに、今の帝国はどうせ終わるんだ。そう深刻になることもねえよ」

 

それだけ言って、俺たちは部屋から出て行った。

その後、部屋の中から姫さんの悲鳴とも困惑ともとれる声が聞こえてきたが、無視することにした。そっちは八重樫あたりがうまく誤魔化してくれるだろう。

姫さんは八重樫たちに任せ、俺たちは別室に入り、今夜のための仕込みに集中することにした。

今夜は、姫さんたちもそうだろうが、カムたちハウリア族の晴れ舞台でもある。せいぜい、帝国には踏み台になってもらうとしよう。




「あぁ、俺が南雲ハジメだ」
「えぇ、自分が峯坂ツルギです。お目にかかれて光栄です、皇帝陛下」
「・・・やっぱり、峯坂君の方が違和感がないね」
「南雲君と違って、なかなか様になってるわね」
「あぁ、当然のような態度って感じだな」
「これが、南雲と峯坂の違いなのか・・・」
「くっそ!どうしてこうなるんだよ!!」
「普段の態度のせいだろう」

ハジメとツルギの態度を逆にしてみた結果。

~~~~~~~~~~~

感想で剣とハジメが逆だったらどうなんだろうというものが多かったので、書いてみました。

ありふれアニメをauのビデオパスで無料で見れたので、さっそく見てみました。
結果、思ったよりカットォ!が多くて困惑しました。
なんの脈絡もなくハジメが嫌われていたり、ハジメの部屋に香織が来てますからね。
これ、原作読んでなきゃ話の掴みがわからないですよね。
2話では、もう少し説明が入るんでしょうか。

それと、イズモの大幅なセリフ改編とキャラ変更を行いました。
自分で読み返して、ちょっとティオとキャラがかぶり気味だったり、従者感がほとんどなかったので。
イメージとしては、強気口調のくノ一みたいな感じに仕上げてみました。
服装も、そっちにしましたからね。


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婚約パーティーでの一幕

その日の夜、俺たちは帝城のパーティー会場で、姫さんと皇太子の婚約パーティーに参加していた。

会場はそこかしこに豪華絢爛さだった。

立食形式のパーティーで、純白のテーブルクロスの上には数百種類の料理やスイーツが並べられており、そのどれもが趣向を凝らしていた。

ちなみに、このパーティーの参加者は俺たち以外は全員帝国のお偉い方で、特に武官が頻繁に俺たちに話しかけてくる。なにせ、こっちでは俺たちは“神の使徒”にして“勇者一行”だ。興味を持つのも当然だろう。

俺とハジメは料理を楽しんだり、話しかけてくる武官を丁寧にあしらったりしていたが、他のことにも意識を割いていた。

 

『HQ、こちらアルファ。H4ポイント制圧完了』

『HQ、こちらブラボー。全Jポイント制圧完了』

『HQ、こちらチャーリー。全兵舎への睡眠薬散布完了』

『HQ、こちらエコー。皇子、皇太孫並びに皇女2名確保』

 

それは、今も聞こえるハウリア族の声だ。もちろん、周りには聞こえていない。ハジメ作のイヤリング型の通信機からの念話だ。

とはいえ、あくまで状況確認のためのものだから、意識の2,3割くらいしか傾けていない。

残りは話しかけてくる武官に向けている。

なにせ、帝国の人間らしく俺たちに興味を持っているということや、貴族らしく俺たちとコネを持ちたいという下心だけでも面倒なのに、俺やハジメに話しかけてくる奴らからはまた違う意味の下心を感じる。

その対象は、今回のパーティーのために着飾ったティアやユエたちだ。本人たちは隠そうとしているのかもしれないが、視線がちらちらとティアたちに向いているのがバレバレだ。

だが、無理もないといえばそうだろう。

なにせ、姫さんと皇太子が主役のパーティーのはずなのに、もはやティアたちが主役だと言わんばかりの存在感を放っている。

現在進行形で料理を食べているティア(人間族の姿のまま)は、翡翠色のAラインドレスを身に纏っており、露出は多くないものの、ところどころから適度に引き締まった肢体をのぞかせている。

イズモは紅葉色のスレンダードレスを着ており、肩や豊かな胸の谷間を露出させている。話しかけてくる男たちも、時折プルンッ!と揺れる胸に視線が吸い込まれており、不躾な視線を向けてくる輩に片っ端から弱めの殺気を放って近寄らせないようにしている。

・・・ただ気になるのが、イズモはティアと違って人間族に変装しておらず、狐耳も尻尾もそのままなのだが、尻尾はいったいどうやって出しているのだろうか。見た感じ、目立った穴も見当たらないし・・・まぁ、うん、気にしないようにしよう。

また、ユエたちの方もハジメの気をひこうと気合を入れており、特に純白のウェディングドレスモドキを纏ったユエにハジメが俺たちがいる前で濃厚なキスをかますという軽い事件が起こったほどだ。

また、俺もティアとイズモの姿に目を奪われ、それを察せられたティアに頬を撫でられた途端にキスをかましそうになったが、人前ということもあってなんとか踏みとどまった。まぁ、後でこのドレスをもらって違うときに着てもらおうかと考えたが。もちろん、その時にどうするかは、ここでは言わない。

あと、イズモにも目を奪われたことに、自分でも内心で驚いた。思っていたより、俺の中でのイズモの存在がでかいんだなぁと思ったが、その思考は横に置いておいた。

ただ、ひたすらに意外だったのが、八重樫だった。

なにやら、ティアと香織に捕まって着せ替え人形のごとく八重樫に似合うドレスを選んだらしく、結果として藍色のプリンセスドレスを身に纏っていた。露出は多くないのだが、それでもわかる体のラインと恥ずかしそうに頬を赤く染める姿に他の男の視線が殺到し、そのたびに八重樫の傍にいるティアがどことなく怖い笑顔を振りまいて男たちの視線を散らしていた。

ちなみに、恋人への原動力がなければ友人に拉致られることもなかった谷口は、十分に着飾っているのに目立つこともなく、逆に少し浮いているように見えた。そんな谷口は、バクバクと料理を貪る坂上を諫めながらも、自身もケーキなどのスイーツを貪っている。

そして、話しかけてくる武官をあしらい続けていると、会場の入り口がにわかに騒がしくなった。どうやら、主役である姫さんと皇太子・バイアスが入場したようだ。

文官風の男が大声で風情たっぷりに二人の登場を伝えた。

そして、大仰に開けられた扉から現れた姫さんのドレス姿に、会場の人々は困惑を隠せないでいた。

なにせ、今の姫さんのドレスはすべての光を吸い込みそうな漆黒のドレスを着ているのだ。本来の趣旨を考えれば、もっと明るいドレスの方がふさわしいだろう。そして、いかにも「義務としてここにいます」と言わんばかりの澄まし顔と合わせて、まさに壁を感じさせる。

パートナーのバイアスの方も苦虫をかみつぶしたような表情でいるので、どう見ても婚約者同士には見えなかった。

そして、会場も司会も困惑を隠せないままパーティーは進行し、ダンスタイムになった。1曲目で姫さんとバイアスがペアになって踊っているのだが、その動きはどことなく機械的で、バイアスが距離を詰めようとしても姫さんはいつの間にか距離をとっている。

そして、微妙な雰囲気のまま1曲目が終わった。

 

「何て言うか、リリィらしくないね。いつもなら、内心を悟らせるような態度は取らないのに・・・」

 

いつもと違う姫さんの様子に、香織がポツリと呟く。

 

「まぁ、いろいろと思うところがあるんだろ」

「峯坂君は、なにか知っている様子ね?」

「俺も詳しくはわからんが、大方、皇太子に襲われそうになって、ハジメが道すがらに助けたってところだろ」

「そう、リリィがおそわれ・・・ナンデスッテ?」

「ちょっと、ハジメ君!それって本当なの!?」

 

俺の言葉に、香織と八重樫が筆頭になってハジメに驚愕の視線を向ける。

視線を向けられたハジメはと言えば、

 

「・・・ユエ、1曲踊らないか?」

「・・・ん、喜んで」

 

逃げの一択だった。

香織や八重樫が追求しようとするが、説明が面倒になったらしいハジメは俺にちらっと視線を向けて、さっさとユエと踊りに行ってしまった。

そして、結果的に今度は俺に視線が集まった。

 

「・・・さっきも言ったが、俺だって詳しくは知らないぞ」

「でも、なにか訳知りな感じよね?」

「いや、まあな。あらかじめハジメに、姫さんの周りに気を付けておいてくれって言っただけだし」

「それって、どうしてなのかな?」

「あらかじめの情報収集で、皇太子の大体の評判がわかったから、姫さんが危ないだろうと思っただけだ」

 

俺が調べた限りのバイアスの人物像は、良くも悪くも実力主義なことに変わりはない。

だが、皇帝と比べると、その人格には大いに難がある。

簡単に言えば、弱者をいたぶる趣味の持ち主なのだ。

自分が強者なのだから、弱者は自分に従うべき。ここまではまだいいのだが、それを理由に他の愛人や女性の使用人に身体的・性的問わずに乱暴を働くことが多々あるらしかった。

そのため、姫さんも危ないかもしれないということで、主に城のトラップの解除にまわるハジメに、あらかじめ言っておいた、ということだ。結果として、それが功を奏したらしい。

 

「・・・要するに、一応はリリィの危機を救ったというわけね」

「あぁ。まぁ、ハジメからすれば、香織の友人だからって理由だろうけどな。俺も似たようなもんだし」

 

実際、このことを黙って姫さんが手遅れになった場合、香織が悲しんだりしたらハジメがどうなるかは俺にもわからない。だったら、あらかじめハジメに言っておいた方がいいと思っただけだ。

俺のそっけない言葉に香織は苦笑いしたが、すぐにハジメの2番手争いの方に行ってしまった。

さて、俺はどうしようか・・・

 

「ツルギ殿。ティア殿とは踊らないのか?」

 

何しようか考えていると、イズモからそんなことを聞かれた。

たしかに、ハジメがそうしているように自分の恋人と踊るのが普通と言えば普通だろう。

だが、

 

「まぁ、ティアが踊りたいっていうなら俺もやぶさかではないんだが・・・」

 

そう言いながら、俺はちらりと視線をティアに向ける。

するとティアは、苦笑しながら首を横に振った。

 

「私、ダンスとかは苦手だから・・・」

 

ティアは、ガーランドでは英雄の娘という立場だったが、生まれ自体は庶民だし、このようなパーティーに出ることもほとんどなかった。どうやら、リヒトがティアの参加を拒否していたらしい。

結果として、ティアにダンスの心得はなく、俺も同じくないため手持無沙汰になっていたというわけだ。

俺もまったく踊れないわけではないが、それでも初心者だ。踊るだけならまだしも、ハジメと違ってエスコートなんてできる自信がない。

というわけで、少し残念ながら今回はティアとのダンスは望めない、ということだ。

そう言うと、イズモは顎に手を当てて考える素振りを見せ、

 

「そうか。なら、私と踊らないか?」

 

俺に手を差し出して、そんなことを言ってきた。

たしかに、今の手持無沙汰の俺に断る理由はないが・・・

ちらっとティアの方を見ると、また苦笑しながらも今度は肩を竦めた。

やはり、ティアはできた恋人だ。

 

「それなら、喜んで」

 

俺はイズモの手をとった。

 

 

* * *

 

 

ツルギとイズモが踊りに行ったあと、その場にはティアと雫の2人が残った。

 

「・・・ティア、いいのかしら?」

「なにが?」

「自分の恋人が他の女の人と踊りに行っちゃったってこと」

 

雫の言葉に、ティアは納得したようにうなずき、わずかに苦笑する。

 

「他の女じゃなくて、イズモだからいいのよ」

「そうなの?」

「もちろん、イズモでもいろいろと思うところはあるけど・・・」

 

それでもティアは気づいている。

ツルギが、自分とは違う意味でイズモを頼りにしているということを。

イズモが、ツルギのことを本気で好いているということを。

つまり、ツルギとイズモには少なからずつながりがあるということだ。

 

「正直、ちょっと嫉妬しているところもあるけど、私だってイズモのことを頼りにしているし、ツルギが信頼しているところだって私も同じだから」

 

だから、少なくともイズモを邪険に扱うことはしない。

そのティアの言葉に、雫は感嘆のため息をもらす。

 

「・・・強いのね」

「別に、そういうわけじゃないのだけどね」

 

しいて言うなら、今まで一緒に過ごしてきた時間があったからこそだし、ツルギの天然誑し(もちろん本人は無自覚)にもある程度は折り合いをつける必要もあるかもしれない。

というわけで、少なくともイズモは受け入れるつもりでいた。

それを話すと、雫は微妙な表情になった。

 

「・・・できれば、その気遣いを私にもしてほしかったのだけど」

「あら、なんのことかしら?」

「このドレスのことよ!ティア、絶対に腹いせも兼ねているでしょ!」

「そんなことないわよ?」

「嘘を言って!私はわかってるわよ!ティアがドレスを着せ替えているときに、ずっと意地悪な笑顔を浮かべていたこと!」

 

そもそも、雫の着せ替え人形化はティアが発端だ。

着替え終わったティアは、十分に着飾っていながらもどこか無難な選択をした雫に、他のもっと似合うドレスにしようと提案。雫はそれを渋ったが、ティアが香織を誘ったことで形勢逆転し、結果として現在のドレスになったということだ。

ちなみに、雫が言ったティアの腹いせというのは、実は合っている。

最近はティアと雫の2人で鍛錬をし、よく手合わせをしているのだが、それなりの回数をしているのにティアは雫に勝ち越せないでいた。

このまま負けっぱなしは嫌だと思ったティアは、雫が可愛いもの好きだという情報を思い出し、それならこのパーティーで思い切りかわいらしい格好をさせようと考えたわけだ。

 

「まったくもう・・・」

「でも、シズクもそのドレスを気に入っているんじゃない?」

「べ、べつにそんなことないわよ」

 

口ではそう言っているが、顔が赤くなっている時点でお察しという奴だろう。

このような“凛々しいお姉さま”から離れた姿を見ると、香織が雫のことをしゃべりたがる気持ちがわからなくもないとティアは思った。

そこで、ちょうど曲が終わりにさしかかっていることに気づき、なんとなくツルギとイズモの様子を見て、思わず体を硬直させた。

 

 

そこでは、イズモがツルギにキスをしていた。

 

 

* * *

 

 

ティアと雫をその場に残した俺とイズモは、ダンスホールに向かった。

途中、ティオがダンスのパートナーの座を姫さんに横取りされて興奮している様子が見えたが、俺もイズモもあえて見ないふりをした。

そして、俺たちはイズモのリードでダンスを始め、俺は“瞬光”を使ってイズモの動きに合わせる。

 

「ふむ、ツルギ殿も、十分踊れるではないか」

「踊るだけならな。俺じゃあ経験不足でリードなんてできねえよ。それにしても、やっぱりイズモは踊れるんだな」

「潜入捜査の際に、このようなパーティーに参加することもあったからな。それなりに嗜みはある。だが、こうして楽しみながら踊るのは初めてだ」

「なるほど。ある意味、俺が初めての相手だってことか?」

「あぁ。異性に恋慕の情を持つこともな」

 

それは、あまりにさりげない告白だった。

だが、俺とてまったく気づかなかったわけではない。というか、その話はティアとした。

 

「やっぱ、そうだよな」

「なんだ、思っていたより驚かないのだな」

「まぁ、なんとなく気づいていたしな」

「ふふ、だろうな。やはり、隠そうと思っても隠せるものではないか」

「今までさんざん大胆なことをしておいて、何を言ってるんだよ」

「それもそうか」

「・・・だが、俺には・・・」

「ティア殿がいる、だろう?言われなくともわかっている」

 

そう、俺にはティアという一番がいる。その時点で、イズモを特別として見ることはない。

だが、イズモはわかっているという風に頷く。

 

「だが、そうとは限らないと思うぞ?」

「あ?それはどういう・・・もしかして、ハジメか?」

「あぁ、そうだ」

 

たしかに、ハジメはユエという“特別”がいて、それを理由にシアや香織の告白を断っている。

だが、それでもシアたちを“大切”という枠で見ており、シアに限ればハウリア族の手助けをするなど、シアにかなり心を許している。それこそ、“特別”とはいかなくとも、ユエと同じくらいの想いで。

とすれば、

 

「シア殿がハジメ殿に受け入れられれば、私にもツルギ殿に受け入れてもらう余地があるとは思わないか?」

「・・・まぁ、まったくないとは言わないが」

 

さすがに俺たちの間柄で「よそはよそ、うちはうち」と言うわけにもいかない。

とはいえ、だ。

 

「だからと言って、必ずしも俺が受け入れるとは限らんと思うぞ?」

「ふふ、何を勘違いしている」

 

するとイズモは、妖艶な笑みを浮かべて、

 

 

 

 

 

「私は、ツルギ殿に受け入れてもらうまで続けるぞ?」

 

 

 

 

 

自然な動きで近づき、俺の唇に触れるかどうかというところにキスを落とした。

 

 

 

「え、ちょ、おま・・・」

「では、また後でな」

 

俺は突然のことに狼狽するが、ちょうど曲が終わったということもあってサッと離れてしまった。

行き先は会場の隅の方だ。どうやら、本番に備えてという名目で移動したらしい。

どう反応すればいいかわからない俺は、ガシガシと頭を掻く。

すると、

 

「ツルギ?」

「み、峯坂君・・・」

 

後ろから声をかけられて振り返れば、そこには絶賛ジト目のティアと顔を真っ赤にして顔を覆っている八重樫がいた。

 

「さっき、イズモに何をされていたの?なんか、キスしていたように見えたのだけど」

「み、峯坂君、そんな、人前であんな・・・」

 

ティアはさっきのイズモのキスで冷え切った声を出し、八重樫はその事実に羞恥が振り切れているようだ。

 

「いや、俺も不意打ちでされただけなんだが。ていうか、八重樫はハジメの方に行かなくていいのか?あいつ、まがりなりにも人妻に手を出したわけだが」

「そっちは香織たちがいるからいいのよ」

 

つまり親友任せということか。投げやりになっているのか、信頼から為せることなのか。

 

「それより、リリィはよく南雲君の魔力だってわかったわね。峯坂君と似た色なのに」

「まぁ、俺の紅はハジメよりも薄いからな。案外、わかりやすいんだろ」

 

俺の魔力は淡紅色で、ハジメの鮮烈な紅よりも薄い。パッと見はわかりづらいかもしれないが、一度比べればすぐにわかる。というより、俺の魔力光にはなにか別の色が混ざっているように見えなくもないが・・・気にすることでもないだろう。

 

『HQ、こちらズールー。Zポイント制圧完了』

『隊へ通達。こちらHQ、全ての配置が完了した。カウントダウンを開始します』

 

そこに、ハウリア族から準備完了の通信が入った。

となると、そろそろか。

 

「よし。俺たちも本番のために移動するぞ」

「あぁ、いよいよなのね・・・」

「大丈夫よね」

 

俺の言葉に八重樫は沈痛な面持ちになり、ティアはハウリア族の、ひいては帝国の亜人奴隷の行く末を案じた。

 

「さぁな。だが、事を成すのはハウリア族だ。俺たちの出る幕じゃない。ここは、見物でもするさ」

 

ハウリア族の覚悟は見た。なら、後は見守るだけだ。

そこに、ちょうどガハルドが壇上に上がり、スピーチを始めた。

 

「さて、まずは、リリアーナ姫の我が国訪問と息子との正式な婚約を祝うパーティーに集まってもらったことを感謝させてもらおう。色々とサプライズがあって実に面白い催しとなった」

 

そう言って、ガハルドは俺たちの方に意味ありげな視線を向けた。どうやら、少なくともバイアスの件は俺たちによるものだとわかっているらしい。本命の方に気づいているかはわからないが。

同時に、俺たちの念話石にも決然とした声が響いた。

 

『全隊へ。こちらアルファワン。これより我等は、数百年に及ぶ迫害に終止符を打ち、この世界の歴史に名を刻む。恐怖の代名詞となる名だ。この場所は運命の交差点。地獄へ落ちるか未来へ進むか、全てはこの一戦にかかっている。遠慮容赦は一切無用。さぁ、最弱の爪牙がどれほどのものか見せてやろう』

『10,9,8・・・』

『ボス、兄貴。この戦場に導いてくださったこと、感謝します』

 

俺たちとハウリア族にしか聞こえないカウントダウンに、帝国の貴族は気づかない。

そして、皇帝であるガハルドとハウリア族族長であるカムの声が重なる。

 

「パーティーはまだまだ始まったばかりだ。今宵は、大いに食べ、大いに飲み、大いに踊って心ゆくまで楽しんでくれ。それが、息子と義理の娘の門出に対する何よりの祝福となる。さぁ、杯を掲げろ!」

 

『気合を入れろ!ゆくぞ!!』

『『『『『『おうっ!!!』』』』』』

『4,3,2,1・・・』

 

そして、ついにカウントダウンが、

 

「この婚姻により人間族の結束はより強固となった!恐れるものなど何もない!我ら、人間族に栄光あれ!」

「「「「「栄光あれ!!」」」」」

 

『ゼロ。ご武運を』

 

ゼロになった。

その瞬間、会場の明かりがすべて消えた。




「もぐもぐ。やっぱりおいしいわね」
「・・・ティア、よくそんなに食べれるわね」
「そう?これくらい普通だと思うのだけど」
「いや、普通じゃないわよ。ていうか、どうしてそれだけ食べて体形を維持できるのよ」
「それは、食後はよくツルギと一緒に運動するから・・・」
「峯坂君、あなた・・・」
「ちげぇよ、俺をそういう目で見ないでくれ。単純に鍛錬しているだけだ」
「そうね、ツルギったらあんなに激しく・・・」
「まさか、夜の鍛錬なの!?」
「だから違うっての!ティアも、余計なことを言わないでくれ!」

*注:本当にちゃんとした手合わせです。決して運動(意味深)ではありません。


~~~~~~~~~~~


イズモをさらに大胆にさせてみました。
こういうさりげない告白って、これはこれで味があっていいなと個人的に思いますね。

さて、次回はハウリア族が暴れまくる回ですが・・・どう書こうかちょっと迷っています。
というのも、今作ではハウリア族にあまりテコ入れしていないんですよね。
するなら義妹結社だと決めているので。
なので、内容を飛ばし飛ばしにして1話で軽く終わらせようと考えてはいるのですが、内容を整理するためにも少し投稿に間を空けるかもしれません。


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歴史が変わるとき

「なんだ!何が起こった!?」

「いやぁ!なに、なんなのぉ!?」

 

一瞬で視界を奪われた帝国貴族が突然の事態に悲鳴や怒号をあげるが、中には冷静な者もいて即座に指示を出し、魔法で光源を作ろうとする。

 

「狼狽えるな!魔法で光をつくっがぁ!?」

「どうしたっギャァ!?」

「何が起こっていっあぐっ!?」

 

だが、その直後に悲鳴と共に倒れこむ音が聞こえ、さらに会場内が混乱に包まれる。

ちなみに、俺たちは邪魔にならないように会場の隅に移動し、姫さんも回収した。シアは、今この時はハウリア族族長の娘として動くために、気配を消して外に出た。外からくる兵士の足止めのためだ。

会場内で起こっている惨状は、俺の“夜目”でばっちり見えている。

俺のクリアな視界には、忍者のような黒装束に身を包んだウサ耳集団が縦横無尽に駆け回り、比較的冷静な者、あるいは戦える者を狙って首を刎ねるか舌をつぶしている。

 

「落ち着けぇ!貴様等それでも帝国の軍人かぁ!」

 

そこにガハルドが覇気に満ちた声を響き渡らせ、帝国貴族たちの精神を強制的に立て直そうとした。

が、そこを狙ったかのように周囲から矢が放たれる。ただ速く強力なだけでなく、タイミングをずらして実に嫌らしい一を狙ったものだ。

それをガハルドは、闇に包まれた中で風切り音だけで矢の位置を把握し、手に持っている儀礼剣ですべてを叩き落す。

ガハルドの喝によって冷静さを取り戻した者たちが火球を生成して光源にするが、ハウリア族はそれを狙っていたかのように背後から忍び寄り、首を落とす。その顔を見てみれば、首を斬り落とされたことに気づいていないような表情だ。

それによって会場は再び闇に包まれ、ついに腰を抜かして悲鳴を上げる者もでてきた。それはだいたいは令嬢や文官だが、一部将校も含まれている。どうやら、この暗闇と襲撃に精神がもたなかったようだ。

そうした者たちは、ハウリア族が闇の中から足を切り裂いて動けないようにする。

とはいえ、さすがは実力至上主義ということもあって、素早く陣形を組んで詠唱を始め、ガハルドの背後を守り、ガハルドに詠唱をさせる余裕を与える。

だが、これで有利になったわけではなく、今度はスタングレネードによって視覚と聴覚を奪い、動けなくなったところにさらに手足の腱を切り裂いたり舌をつぶして無力化する。

だが、驚いた事にガハルドだけは視覚と聴覚とつぶされているにも関わらず、それらの攻撃を防いだ。

攻撃を防がれたハウリア族はわずかに動揺し、その隙を突いてガハルドは震脚で動きを止め、横殴りの斬撃をあびせる。

ハウリア族はなんとか小太刀でこれを防ぐが、ガハルドから弾き飛ばされてしまう。

 

「散らせぇ!“風壁”!」

 

剣を振りぬいた隙をついて周囲から矢が放たれるが、二言の詠唱で風の障壁を発生させてこれを防ぐ。

 

「撃ち抜けぇ!“炎弾”!」

 

そこからさらに二言の詠唱で“炎弾”を10発生み出し、射線から位置を割り出して放つ。

そして、まだ十分に目が見えていないはずなのに、わずかに動揺した気配から位置を察して突撃する。

・・・ここまでのガハルドの動きを見て、帝国最強の称号に納得する。

ガハルドの動きは、天之河やクラスメイトたちとは違って、対人戦にも特化している。

近接戦闘も、切れ味があまりない儀礼剣でまともにやり合っている時点で普通ではない。

そういえば、以前天之河と模擬戦をしたことがあり、殺そうと思えば殺せるくらいにまでは追い詰めたと聞いたな。この戦いぶりを見れば、それも頷ける。

また、魔法の腕も中々だ。おそらくなにかしらのアーティファクトを使用しているのだろうが、それを差し引いても無駄のない展開と狙いはさすがの一言だ。

魔物を倒すための派手な魔法ではなく、人を倒すための実用的な魔法。

やはり、帝国最強は伊達ではないようだ。メルドさんともいい勝負、いや、総合的にはガハルドの方が上だろう。

だが、それでも相手が悪かった。

 

「っ!なんだっ?体が・・・」

 

ハウリア族とガハルドが剣戟を交わすこと数分、ガハルドの動きが突然悪くなった。

そして、その隙をハウリア族が逃すはずもなく、

 

「ぐぁ!!」

 

暗闇から放たれた矢がふくらはぎを貫き、ガハルドは膝をつく。

ガハルドはなんとか起き上がってハウリア族の攻撃をさばこうとするが、今度は腕の腱を切られて儀礼剣を落としてしまう。

それでも今度は魔法による攻撃を行おうとするが、今度は衣服の中に隠されていた魔法陣やアーティファクトを破壊されてしまい、さらにまだ斬られていなかった腕や足の腱も切り裂かれてしまう。

そして、ガハルドはそのままうつぶせに倒れてしまった。

つまり、ヘルシャー帝国皇帝の敗北だ。

ちなみに、先ほどガハルドの動きが悪くなったのは、ハウリア族が戦いながらも対魔物用の麻痺毒を散布していたからだ。その状態でしばらく戦い続けたガハルドもこの世界の人からすれば十分化け物なのかもしれないが、俺たちからすればすごいなぁ程度でしかない。その程度で、本気のハウリア族に勝てる道理もない。まぁ、俺たちがこれでもかとお膳立てしたからというのもあるだろうが。

なんにしても、皇帝が負けたという事実は変わらない。

 

「どどどどど、どういうことですか!?ここここ、これは!?にゃにゃにゃ、にゃぐもさん!いいい、一体ぃ!!」

「姫さん、いいから落ち着け」

「今、いいとこなんだからな」

 

ハジメに抱えられた姫さんが、無残な姿になってライトアップされたガハルドを見て動揺しているが、今はそれどころではない。ある意味、ここからが本番でもあるわけだし。

何人もの帝国貴族が死んだことに天之河が顔をしかめ、八重樫や谷口、坂上も難しい表情をしているが、これが亜人族の待遇改善のまたとないチャンスであることは理解しているようで、今のところ横やりを入れる様子はない。仮に天之河辺りが「やりすぎだ!」とかなんとか言って突っ込もうとしたところで、俺が簀巻きにして大人しくさせるか、ハジメがレールガンで問答無用に黙らせるが。

そうこうしているうちに、交渉が始まったようで、姿は見えないがカムの声が響いた。

 

「さて、ガハルド・D・ヘルシャーよ。今生かされている理由は分かるな?」

「ふん、要求があるんだろ?言ってみろ、聞いてやる」

「・・・減点だ。ガハルド。立場を弁えろ」

 

もちろん、対等とは程遠いが。

ガハルドが横柄な態度で応えると、ガハルドからほど近い場所にスポットライトがあてられ、そこにいた男の首があっさりと斬り落とされた。

 

「てめぇ!」

「減点」

 

ガハルドは思わず怒声を上げるが、再び違いところが照らされ、また一人の男の首が斬り落とされた。

 

「ベスタぁ!このっ、調子にのっ・・・!」

「減点」

 

どうやら側近だったようでガハルドが悪態をつくが、さらに男の首が斬り落とされるだけだった。

ていうか、思ったよりも喚くな。負けたなら潔く負けを認めればいいものを。

ガハルドはギリギリと歯ぎしりしながら前方を睨むが、カムはあくまで淡々と話かける。

 

「そうだ、自分が地を舐めている意味を理解しろ。判断は素早く、言葉は慎重に選べ。今、この会場で生き残っている者達の命は、お前の言動一つにかかっている」

 

その言葉と同時に、スポットライトの外から腕がのび、ガハルドの首に紅い宝石のついたネックレスを取り付けた。

 

「それは“誓約の首輪”。ガハルド、貴様が口にした誓約を、命を持って遵守させるアーティファクトだ。一度発動すれば貴様だけでなく、貴様に連なる魂を持つ者は生涯身に着けていなければ死ぬ。誓いを違えても、当然、死ぬ」

 

言外に、他の皇族はすでに人質にとり、同じアーティファクトがかけられていると告げる。

ちなみにこれは、ハジメが作ったものだ。

具体的には魂魄魔法を使用しており、誓約を魂魄に直接刻み付けることで、絶対の効力を持たせるというものだ。また、その効果は連なる魂を持つ者、つまりガハルドの一族に対しても効果があり、誓約を反故にしたり首輪を無理やり外すとその者は発狂死してしまう。要するに、皇帝一族全員に、末代まで誓約を守らせるというアーティファクトだ。

今回の場合、誓約は主に4つ。

 

1.現奴隷の解放

2.樹海への不可侵・不干渉の確約

3.亜人族の奴隷化・迫害の禁止

4.1~3の法定化と法の遵守

 

これをガハルドが「ヘルシャーを代表してここに誓う」と宣言して首輪をかけることで、効力を発揮する。

とはいえ、これはあくまで誓約に実行力を持たせるものであって、誓約そのものの強制はできない。ガハルドが拒否すればそれまでだ。

まぁ、ガハルドは自分の立場を弁えていないわけだが。

これをカムから告げられても、ガハルドは一向に徹底抗戦の姿勢を示す。

が、カムはあくまで機械的に答える。

 

「減点だ、ガハルド」

 

再びスポットライトが照らされると、そこには皇太子のバイアスがいた。

 

「離せェ!俺を誰だと思ってやがる!この薄汚い獣風情がァ!皆殺しだァ!お前ら全員殺してやる!1人1人、家族の目の前で拷問して殺し尽くしてやるぞ!女は全員、ぶっ壊れるまでぇぐぇ」

 

何やら醜くわめいていたが、あっさりと首を斬り落とされた。

ていうか、どれだけ小物なんだよ、あれ。あんなのが次の皇帝とか、世も末だな。いっそ殺しといたほうが帝国のためだっただろ。よかったな、ガハルド。あとはお前が素直に降参すれば帝国は安泰だ。

とはいえ、ガハルドに動揺の色は見られない。

やはりというか、親子の情はほとんどないらしい。

まぁ、王位継承すら殺しOKの決闘で決めるという話だから、当然と言えば当然なのかもしれないが。むしろ側近が殺された時の方が怒っていたような気がする。

そういえば、バイアスは側室の子供だったか。興味ないけど。

どうしても誓約を口にしないガハルドに、カムは次のステップに進む。

 

「どうしても誓約はしないか?これからも亜人を苦しめ続けるか?我等ハウリア族を追い続けるか?」

「くどい」

「そうか・・・“デルタワン、こちらアルファワン、やれ”」

 

カムがそう言った次の瞬間、会場の外から腹に響くような爆発音が響いた。

さすがのガハルドも、これに顔色を変えた。

 

「っ。なんだ、今のは!」

「なに、大したことではない。奴隷の監視用兵舎を爆破しただけだ」

「爆破だと?まさか・・・」

「ふむ、中には何人いたか・・・取り敢えず数百単位の兵士が死んだ。ガハルド、お前のせいでな」

「貴様のやったことだろうが!」

「いいや、お前が殺ったのだ、ガハルド。お前の決断が兵士の命を奪ったのだ」

 

まぁ、そう言えばそうだろう。

実力主義なら潔く負けを認めそうな気もするが、まだ自分が“強者”だとでも思っているのか。

 

「“デルタワン、こちらアルファワン、やれ”」

「おい、ハウリア!」

 

カムは再び合図を出し、なんとなく察したガハルドの生死もむなしく、再び爆発音が響き渡った。

 

「・・・どこを爆破した?」

「治療院だ」

「なっ、てめぇ!」

「安心しろ。爆破したのは軍の治療院だ。死んだのは兵士と軍医達だけ・・・もっとも、一般の治療院、宿、娼館、住宅街、先の魔人族襲撃で住宅を失った者達の仮設住宅区にも仕掛けはしてあるが、リクエストはあるか?」

「一般人に手を出してんじゃねぇぞ!堕ちるところまで堕ちたかハウリア!」

 

・・・えぇ、それを自分で言うのかよ。

今まで散々自分たちがやっておいて、自分たちがやられたらそれとか、心底呆れる。

“弱肉強食”。強い者は弱い者に従えということだが、逆に言えば弱者ばかり見て自分以外の強者を見ていないともいえる。その割をもろにくらった結果だな。

会談したときはちょっとは面白そうな奴だと思ったが、結局は期待外れだったな。

 

「・・・貴様らは、亜人というだけで迫害してきただろうに。立場が変わればその言い様か・・・“デルタ、やれ”」

「まてっ!」

 

カムも呆れの入った言葉を口にしながら、容赦なく命令を出す。

3度目の爆発音に、今度こそ市街地を爆破されたと思ったガハルドは思い切り歯ぎしりした。

ちなみに、実際は軍と関係ないところには1つも爆弾を仕掛けていない。今爆破されたのは、城へと続く跳ね橋だ。城へと続く唯一のルートをつぶしたことになる。

これは、自分たちは帝国とは違うという意思表示だったりするが、そんなことを知らないガハルドには関係ない。

必要ならそうするが、必要ないなら嘘でもハッタリでも詐術でも何でも使い、相手を打倒する。それが今のハウリアだ。強さをひけらかして悦に浸る程度の相手が勝てる道理はない。

そして、今のガハルドには欠片の余裕もなく、冷や汗をダラダラと流しながら思考を回しているようだが、いい案は思いつかないようだ。

 

「“デルタへ、こちらアルファワン・・・や”」

「まてっ!」

 

そして、とうとうガハルドは制止の声をかけ、苛立ちと悔しさを発散するように頭を数度地面に打ち付けると、吹っ切ったように顔を上げた。

 

「かぁーー、ちくしょうが!わーたよっ!俺の負けだ!要求を呑む!だから、これ以上、無差別に爆破すんのは止めろ!」

「それは重畳。では誓約の言葉を」

 

要求が通っても、カムは淡々と言葉を返すだけだ。これにガハルドは苦笑い気味だ。

そして、肩の力を抜くと、会場にいる生き残り達に向かって語りかけた。

 

「はぁ、くそ、お前等、すまんな。今回ばかりはしてやられた・・・帝国は強さこそが至上。こいつら兎人族ハウリアは、それを“帝城を落とす”ことで示した。民の命も握られている。故に、“ヘルシャーを代表してここに誓う!全ての亜人奴隷を解放する!ハルツィナ樹海には一切干渉しない!今、この時より亜人に対する奴隷化と迫害を禁止する!これを破った者には帝国が厳罰に処す!その旨を帝国の新たな法として制定する!”文句がある奴は、俺の所に来い!俺に勝てば、あとは好きにしろ!」

 

ようやく自らの負けを認め、誓約を口にして首輪をかけた。見たところ、効果は発揮されたようだ。

ガハルドの言ったことは、要は「今まで通り亜人族を奴隷にしたければ、ヘルシャーの血族を絶やせ」ということだ。たしかに、これはあくまでヘルシャーの血統に作用するものだから、他の者が皇帝になれば、誓約を反故にしても問題ない。

まぁ、それができる奴がはたしてどれだけいるのかは疑問だが。

そして、この場にいないはずの皇帝一族にスポットライトがあてられ、全員に首輪がかけられているのが確認できた。

 

「ヘルシャーの血を絶やしたくなければ、誓約は違えないことだ」

「わかっている」

「明日には誓約の内容を公表し、少なくとも帝都にいる奴隷は明日中に全て解放しろ」

「明日中だと?一体、帝都にどれだけの奴隷がいると思って・・・」

「やれ」

「くそったれ!やりゃあいいんだろう、やりゃあ!」

「解放した奴隷は樹海へ向かわせる。ガハルド。貴様はフェアベルゲンまで同行しろ。そして、長老衆の眼前にて誓約を復唱しろ」

「1人でか?普通に殺されるんじゃねぇのか?」

「我等が無事に送り返す。貴様が死んでは色々と面倒だろう?」

「はぁ~、わかったよ。お前等が脱獄したときから何となく嫌な予感はしてたんだ。それが、ここまでいいようにやられるとはな・・・なぁ、俺に、あるいは帝国に、何か恨みでもあったのかよ、南雲ハジメ、峯坂ツルギ」

 

ガハルドが俺たちの方を睨みながらそう言うが、別に俺たちには帝国への恨みは欠片もない。強いて言えば、ハウリア族を敵に回したお前らの自業自得でしかない。

とはいえ、事を為したのはハウリア族だから、俺たちは“観客なので関係ありません”のスタンスをとる。

 

「ガハルド、警告しておこう。確かに我等は、我等を変えてくれた恩人から助力を得た。しかし、その力は既に我等専用として掌握している。やろうと思えば、いつでも帝城内の情報を探れるし侵入もできる。寝首を掻くことなど容易い。法の網を掻い潜ろうものなら、御仁の力なくとも我等の刃が貴様等の首を刈ると思え」

「専用かよ。羨ましいこって。魔力のない亜人にどうやって大層なアーティファクトを使わせてんだか・・・」

 

今回使われた通信機のアーティファクトは、数少ない亜人族でも使えるアーティファクトの1つだ。

簡単に言えば、ピアスにあらかじめ“高速魔力回復”と“魔力放出”を付与させ、スライド式のスイッチで魔法陣を完成させることで起動する。さらに、ステータスプレートの血に反応する機能を使って、使用者の血液にしか反応しないようにする、といったところだ。

また、同じ原理の“ゲートキー”も渡しており、帝城にいくつか“ゲートホール”を設置したため、ハウリア族はいつでも帝城に出入りできる。

とはいえ、他に亜人族でも使えるアーティファクトはなく、トラップの解除をやったのは主にハジメだ。また、原案はあっても製作時間が足りずに没になったアーティファクトもあるが、それは今さらだ。

最終的に、ハウリア族はフェアベルゲンとも独立して、亜人族(厳密には兎人族)の不遇改善と戦争の回避を望むという旨を伝え、スポットライトが消えてから去っていった。

これで、今回の件は終わりだ。

もちろん、まだこれからのことがあるから、これで終わりというわけではない。

だが、ハウリア族にはそれでも先に進む覚悟がある。

それなら、俺たちがこれ以上言うことはない。

帝国対ハウリア族の戦争。この結果は、紛れもないハウリア族の勝利に終わった。それで十分だ。

 

「くそっ、アイツ等、放置して行きやがったな・・・誰か、光を・・・あぁ、そうだ誰もいねぇ・・・って、ゴラァ!南雲ハジメ!峯坂ツルギ!てめぇら、いつまで知らんふりしてやがる!どうせ、無傷なんだろうが!この状況、何とかしやがれ!」

 

通信機越しの勝利の雄叫びを聞きながら感慨にふけていると、ガハルドから声をかけられた。

今いいところだったんだが、まぁ観客を装っているなら、放置というわけにもいかないか。

 

「へいへい。ったく、めんどくせぇ」

 

いつの間にか戻ってきたシアがハジメに抱きつき、ついでに姫さんが横に放り捨てられたのを横目に、俺はぼやきながらも光魔法で光源を作って会場を照らした。

会場を明るくして改めて周囲を見ると、まさに死屍累々といった様子だった。

所々に首のない死体が転がり、生きている者も舌や腕、足を切り裂かれてまともにうごけないでいる。

貴族の令嬢も大半は恐怖と痛みで失禁しており、意識を保っていた者も会場の悲惨な光景を見て気絶した。それでも気絶しなかった残りも、シアを認識した瞬間に失禁した。どうやら、上手くハウリア族の恐怖を植え付けることができたらしい。

 

「おい、こら、南雲ハジメ。いい加減、いちゃついてないで手を貸せよ。この状況で女、しかも兎人族の女を愛でるって、どんだけ図太い神経してんだよ」

「いや、ほら、シアはか弱いウサギだから、さっきの襲撃で怯えちまってんだよ。可哀想になぁ。ほんと恐ろしい奴等だった。俺も、身を守るので精一杯だったよ」

「くっ、ぷふっ・・・」

 

ハジメの言葉に、俺は思わず笑いを堪える。なんというか、さすがの図太さだ。

そんな俺たちにガハルドは青筋を浮かべ、部下たちも射殺さんと言わんばかりににらみつけてくる。

 

「いけしゃあしゃあと・・・とにかく、無傷であることに変わりねぇだろ。お前等に帝国に対する害意がないってんなら、治療するなり、人を呼ぶなりしてくれてもいいんじゃねぇか?」

「別に治すくらいならいいんだが、治した途端にあんたの部下が襲い掛かって来そうな眼差しをむけてくるんだが?さすがに俺たちに手を出されたら、返り討ちにするしかないんだが。それでうっかり殺してもいいのか?」

「いいわけ無いだろ!おい、お前ら!そこの化け物共には絶対手を出すなよ!たとえ、クソ生意気で、確実にハウリア族とグルで、いい女ばっか侍らしてるいけすかねぇクソガキでも無駄死には許さねぇぞ!」

 

おいおい、ずいぶんな言い様だな。

とはいえ、部下たちも悔しそうに目元を歪めながらも、とりあえずは引き下がった。

 

「ほれ、お前たちのことを殺したくても、実際に化け物の顎門に飛び込むような馬鹿は、ここにはいねぇ。俺がさせねぇ。そろそろ出血がヤバイ奴もいるんだ。頼むぜ」

「しゃあないか。任せた、香織」

「うんっ、任せて・・・“聖典”!」

 

ここは回復のエキスパートである香織に任せ、回復魔法をかけてもらった。

無詠唱、魔法陣無しで発動された最上級回復魔法“聖典”の輝きはは、会場内の負傷者に癒しをもたらし、瞬く間に立ち上がってきた。

ガハルドも部下たちもこの光景に呆然とするが、部下たちの方はすぐにガハルドの周囲を固め、警戒心丸出しで俺たちを睨みつけてきた。

 

「だから、よせっての。殺気なんか叩きつけて反撃くらったらマジで全滅すんぞ」

「しかし、陛下!アイツ等は明らかに手引きを!」

「そうです!皇太子殿下まで・・・放ってはおけません!」

「このままでは帝国の威信は地に落ちますぞ!」

 

ガハルドは面倒そうにたしなめるが、部下はそれでも言いつのる。

いっそ、俺がまとめて殺気で気絶させてやろうか・・・そうすれば話は早いだろう。

と思ったが、行動に移す前にガハルドが声を張り上げた。

 

「ガタガタ騒ぐな!言ったはずだぞ、お前等を無駄死にさせるつもりはないと。いいか、あの白髪眼帯と黒髪短髪の野郎共は正真正銘の化け物だ。ただ一人で万軍を歯牙にもかけず滅ぼせる、そういう手合いだ・・・強ぇんだよ、その影すら踏めない程な。奴に従えとは言わねぇが、力こそ至上と掲げる帝国人なら実力差に駄々を捏ねるような無様は晒すな!それはハウリア族に対しても同じだ。最弱のはずの奴等が力をつけて、帝国の本丸に挑みやがったんだ。いいようにしてやられたのは、それだけ俺達が弱く間抜けだったってだけの話だろう?このままで済ますつもりはねぇし、奴等もそうは思っていないだろうが・・・まずは認めろ。俺達は敗けたんだ。敗者は勝者に従う。それが帝国のルールだ!それでもまだ、文句があるなら俺に言え!力で俺を屈服させ、従わせてみろ!奴等がそうしたようにな!」

 

ふ~ん?このまま引き下がるつもりはないが、それでも今は認めると。認めたら話は早いんだな。まったく、少しは諦めの良さを学べば、被害はまだ抑えられただろうに。

まぁ、とりあえずは、だ。

 

「うん、これにて一件落着だな」

「あぁ、めでたしめでたしだな」

 

俺とハジメの言葉にその場の全員が俺たちを睨んだ。「お前たちが言うな!」といったところか。




「ったく、さっさと降伏すれば話は早かったのにな」
「あぁ?てめぇ、どの口でそんなことを・・・」
「お前らよりよっぽど強いこの口で言ってんだが?弱い奴は強い奴に従え~、じゃなかったのか?」
「ぐっ・・・」
「おぉ、あおってんなぁ、ツルギ」
「・・・先にも後にも、皇帝をここまで虚仮にする人は峯坂さんか南雲さんしかいないんでしょうね」

ハウリア族に負けた帝国勢をこれでもかとあおるツルギの図。

「・・・はっ!どこかにいい煽りのカモがいる気がする!」

~~~~~~~~~~~

ミレディさんなら、さらに煽るんでしょうねぇ。その光景が目に浮かぶ浮かぶ。

なるべく簡単にまとめようとした結果、そこそこ長くなりました。
戦闘をはしょるのは簡単でしたが、その後が苦労しましたね。


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亜人族、運送中

翌日、ガハルドは誓約を遵守するためにもさっそく国民に“全亜人族の解放と今後の奴隷化の禁止”の勅命を出した。

この突然の強権の発動に、当然国民は少なからず反発した。

ちなみに、パーティーにいなかった帝国貴族にも反発する者は大勢いたが、そっちはあらかじめ黙らせておいた。簡単に言えば、念のために残っていたハウリア族によって一人見せしめに殺した。これで素直になったのだから、聞き分けが良くて助かった。

そして、帝城に詰め寄った国民には、こちらででっち上げた説明をした。

すなわち、“この亜人族に対する対応は、エヒトによる神託である”と。

幸い、こちらには神の使徒の身体をもった香織と、トータスの勇者様(笑)である天之河がいる。

この2人と一緒にガハルドが声たかだかに宣言し、神々しさMaxの香織と天之河を全面に押し出すことで、国民には納得してもらった。こちらも幸い反発の声はなく、むしろ歓声すら上がった。

この台本は、ハジメが原案を考え、俺が確認してすり合わせ・推敲した。

この誓約はあくまでガハルドら皇帝一族に課したものであり、国民はその限りではない。だが、その国民が言うことを聞かなければ、たちまち一族は滅亡する。

それに頭を抱えたガハルドに、ハジメがさわやかな笑顔で告げた。

 

「困ったときは神様を利用すればいいだろ?」

 

と。

ということで、ハジメが大雑把な台本を作り、俺が確認してガハルドに渡した。

この時に、香織に銀羽を国民にばらまいた。国民はありがたや~と銀羽を持って拝んでいるが、実はこの銀羽が俺たちの気持ち1つですべてを分解する凶器になると説明したらどうなるか。ハジメは嫌らしい笑みを浮かべて想像したが、俺は考えたくすらなかった。

また、国民を心地よくして一種のトランス状態にするための魂魄魔法と亜人族の奴隷を癒すための回復魔法の波紋も放っているので、少なくとも帝都にはこれ以上反発する輩はいないだろう。

亜人族の奴隷も帝国兵によって回収され、次々と奴隷の首輪を外していく。

 

「クソガキと言ったのは撤回する。お前らは・・・悪魔だ!」

 

この言葉は、それを眺めているときのガハルドによるものだ。

ハジメはともかく、俺まで悪魔呼ばわりとは、ちょっと不本意だな。それに、天之河や八重樫たちはともかく、ユエやティアたちですらたしかにとうなずいているのだから、はなはだ遺憾だ。

まぁ、そんなこともあって、俺たちはフェルニルに取り付けた巨大なゴンドラに亜人族を乗せ、フェアベルゲンへと出発した。

 

 

* * *

 

 

俺たちは今、フェアベルゲンに向けてフェルニルを飛ばしている。

一応、フェアベルゲンに行くだけならゲートがあるのだが、演出のためにあえてこっちにした。これの方が、神の使徒によるものだと実感させやすい。

そして、俺とハジメはフェルニルのブリッジにいる。ハジメはユエとシア、香織を傍に侍らせてふんぞり返りながら、俺はティアに膝枕されつつ子キツネイズモを腹の上にのっけて撫でながら。

傍から見れば、たしかに喧嘩を売っていると思われるかもしれないが、俺たちはいたって真剣だ。

さすがに数千の亜人族を乗せた状態での飛行は負担が半端なかった。一応、ハジメは飛行や方向転換といった大雑把な操作を、俺は姿勢制御や衝撃緩和のような細かい作業を分担しているのだが、それでもかなりキツイ。

とはいえ、これは魔力操作のいい鍛錬にもなるから、やめはしない。

ユエやティアも、そんな俺たちのために傍にいてくれているのだから、できた恋人だ。

そう思っていたら、ブリッジの扉が開いて人が入ってきた。

 

「おいおい。皇帝を前にずいぶんな態度だな」

 

入ってきたのは、ガハルドだ。後ろには姫さんや八重樫たちもいる。

なぜガハルドが乗っているのかと言えば、フェアベルゲンで誓約を復唱するためだ。

今回の戦争は、“フェアベルゲンと帝国”ではなく、あくまで“ハウリア族と帝国”の戦いだ。だからこそ、カムはフェアベルゲンの最高意思決定機関である長老衆にも皇帝として誓約を宣誓するように要求した。そのために、俺たちと一緒にフェルニルに搭乗することになった。姫さんが乗っているのも、それを見届けるためだ。

ちなみに、先ほどまでティアの案内で艦内を探検していたのだが、そのティオはハジメにル〇ンダイブを決行したことで迎撃され、恍惚の表情でピクピクと痙攣している。

ガハルドの怒りと呆れ半々の言葉には、俺が呆れ100%の言葉で返した。

 

「今更、敬意をはらうほどでもないだろ」

「このっ、てめぇ・・・」

「ったく、やり返された程度であんなに喚くとか、期待外れもいいところだったぞ」

「んだと?なら、てめぇはもっとうまく立ち回れたとでもいうのか?」

「帝国に入ってこの状況を予測した時点で、パッと5つほど思い浮かんでいる。まぁ、弱肉強食とか豪語しときながら無様に喰われた間抜けに言ったりはしないけどな」

「・・・化け物め」

 

ちなみに、その1つはさっさとカムたちを殺すことだ。

今回の件、ガハルドはおそらく、ハウリア族を捕まえて尋問している段階で、すでに常識の埒外の存在が手を貸しているということに薄々勘づいていた。その上で、今さらその存在が関わると考えず、強者への興味を優先してわざわざ生かして尋問した。その結果、まんまと逃げられたわけだ。そして、兎人族狩りの情報を持ち出され、戦争にまで発展した。さらに、俺たちと会談した時点で確実に俺たちとハウリア族のつながりに気づいていたのに、今回の事件の可能性を度外視し、あらかじめ決めていた以上の対策を取らなかった。いや、気づいていた可能性も0ではないかもしれないが、自分なら問題ないと割り切っていたのかもしれない。

ガハルドの敗因は、自分の強さを疑わずに慢心した結果だ。俺からすれば、半端もいいところだが。

そこに、これ以上は無駄話だと思ったのか、ハジメがガハルドに声をかけた。

 

「で?探検はもう終わったのか?」

「おう、とんでもないな。なぜ、こんな金属の塊が飛ぶのかさっぱりわからん。だが、最高に面白いな!おい、南雲ハジメ。俺用に1機用意してくれ。言い値を払うぞ」

 

どうやらガハルドはフェルニルを相当気に入ったらしく、子供っぽく目を好奇心でキラキラさせながら空いているベンチに座った。

八重樫と姫さんがさりげなくガハルドから離れた俺たち側の場所に座ったのだが、それにも気づいていない様子だ。

対するハジメは、どこまでもめんどくさそうに答える。

 

「金なんかいらねぇての。諦めろ。乗るのは今回限りだろうからな。せいぜい今の内に堪能しとけ」

「そういうなよ。な?1機だけ、小さいのでいいんだ」

「うっとうしいな。ハジメがやらねぇって言ってんだからさっさと諦めろ」

 

いい年したおっさんが駄々をこねるとか、見たくもない。

もちろん、俺もハジメを説得する気はない。

 

「なら、金がダメなら女だ!娘の1人にちょうどいい年の奴がいる。ちょっと気位は高いが見た目は上玉だぞ。お前のハーレムに加えてやるから、な?いいだろう?」

「・・・雷龍、する?」

「ぶっ潰しますよ?」

「ふざけてるのかな?かな?」

「ダメ!絶対ダメですよ!私を差し置いて!」

 

今度は女を引き合いに出してきたが、それはハジメが拒否する前にユエたちが速攻で拒絶した。というか、視線に若干殺気がこもっているような気もするが。

 

「・・・そういうことだ」

「ちっ、なら・・・」

 

舌打ちしたガハルドは、今度は俺に視線を向けてきたが、

 

『「・・・」』

 

そこにティアとイズモの絶対零度の視線がガハルドに突き刺さる。

 

「だから、さっさと諦めろって言ったろ」

「くそっ、見せつけやがって・・・ん?今、雫も睨まなかったか?」

 

言われてみれば、八重樫もどことなくジト目に近かった気がする。

だが、当の本人はと言えば、

 

「えっ?わ、私が陛下を?え、本当に?」

 

まったく自覚がないようだった。

まぁ、あったらあったで俺も反応に困るからいいけど。

とりあえず、この路線で話を続けられるのもいやだから、ハジメに話題を振る。いや、正しくは姫さんにだけど。

 

「つーか、それを言ったらハジメには姫さんも反応してたよな?」

「へっ?い、いやですわ。聞き間違いではないですか?」

 

本人は否定しているが、うろたえ方からして黒だ。

ガハルドも、それを見て意地の悪い笑みを浮かべて話しかける。

 

「クックック。そう言えば、パーティーでもバイアスそっちのけで南雲ハジメと嬉しそうに踊っていたなぁ」

「なんていうか、相変わらずの手の速さだな」

 

愛ちゃん先生のことといい、気づけば身近な女を落としている。こいつ、前はこんなキャラじゃなかったはずなのにな。

 

「にゃにゃにゃにゃにを言っているのですか!わ、私と南雲さんは断じてそんな関係ではっ!そ、そうですよね?ね?南雲さん!」

「あ?あ~、天地がひっくり返っても有り得ねぇよ」

「・・・そこまで言わなくても・・・」

 

姫さんは顔を真っ赤にして否定するが、ハジメのはっきりした物言いにへこんでいるあたり、満更でもなさそうだ。そもそも、姫さんの態度はハジメとのダンスを見ていればわかるだろう。見ていない俺でもわかっていたし。

そして、どこまでも容赦のないばっさりとした態度に、姫さんに同情の視線が、ハジメにジト目が向けられた。俺は、どちらかといえば面白がっている感じだ。

 

「・・・なんで俺がそんな目を向けられにゃならないんだ。大体、姫さんは人妻みたいなもんだろうが。婚約者は首チョンパされているが、それでも皇族との婚姻ってのが無くなったわけじゃない。なら結局、他の皇族があてがわれるんだろう?」

 

どうやら、婚約の話があるならどうせ自分とくっつけるわけがないと考えているらしい。

まぁ、ハジメの言い分ももっともではあるが、

 

「それはないと思うぞ、ハジメ」

「あ?どういうことだ?」

「今の帝国は、それどころじゃないだろうからな」

 

ハジメは俺の言っていることがわからないというような感じだったが、それについてはガハルドから説明が入った。

今の帝国は皇帝一族が外したり誓約を破ったら死ぬ首輪を嵌めさせられている状態で、亜人族の奴隷の禁止や取り締まり体制の抜本的な改革、確実に執行される厳罰の体制、帝都以外の奴隷の解放などなど、てんてこ舞いの状態だ。

そんな状態で、いつ死ぬかもわからない王族に一国の姫を嫁がせたくないと言われれば、帝国としても引き下がるしかない。

しかも、亜人族の奴隷がいなくなることで帝国の労働力ががた落ちすることから、むしろ帝国が王国に援助を頼みたいなんて状態だ。

 

「そういうわけだから、姫さんの輿入れは白紙撤回になったってことだ。一応の安全が確認されたら、ランデル殿下が本格的に王位に即位したあたりにガハルドの娘さんを嫁がせる、ってのがベターだろうな」

 

ガハルドの説明を引き継いで結論を述べると、あちこちで「へぇ~」と感嘆の声が挙がった。

ちなみに、この背景には実際に首輪を無理やり外して発狂死した皇族がいるから、というのもある。

これを聞いた天之河は八重樫たちは姫さんに温かな眼差しをむけ、これに姫さんは微妙な表情をした。

べつに、この結婚は姫さんが嫌がったわけでもなく、むしろ国のために必要なことでもあったから、素直に受け取るには微妙な感じなのだろう。とはいえ、婚約パーティー前に暴行しようとした輩だったからか、珍しくガハルドが目の前にいる状況で、目の奥に喜色が見られた。

これにガハルドは思わず苦笑いしたが、すぐに意地悪な笑みを浮かべ、俺も追い打ちを加える。

 

「そういうわけだから、姫さんは今絶賛フリーってことだ」

「もし欲しけりゃ、俺が皇帝の権力をフル活用して協力してやるぞ?」

「なっ!?陛下!峯坂さんも!何を言っているのですか!わ、私はそんな・・・」

 

姫さんは再び動揺するが、ハジメの方はやはりどこまでも呆れた表情だった。

 

「何言ってんだ?そんなの、俺になんのメリットもないだろうが・・・いや、むしろデメリットか?」

「ちょっ、どういう意味ですか、南雲さん!」

「言葉通りだろ。王女の肩書なんて、俺たちからすれば面倒でしかないし」

「峯坂さんも何を言ってるんですか!?」

「おいおい、一国の王女様だぞ?男なら手に入れたいと思うのが普通だろうが」

「あの、お三方?聞いてますか?私の話、聞いてますか!」

「あのなぁ、あんたと俺たちを一緒にするなよ」

「別に、俺たちには女をコレクションする趣味はねえよ」

「はいはいはい、聞いてないんですよね。私の話なんか誰も聞いてないんですよね・・・ぐすっ・・・王女って何なのかしら・・・」

 

合間になにやら姫さんの声が聞こえる気がするが、めんどくさいから無視しておく。ティアやイズモからも呆れた視線を向けられている気がするが、そっちもスルーだ。

ガハルドの方は、どうしてもフェルニルが欲しいのか、グヌヌと唸るが、それでもなお食い下がる。

 

「ぬぅうう、本当に欲しいものはないのか?して欲しいことも?正直に言えよ。人間、いつだって何かを欲しているものだ。何もいらないなんて奴は、人間をやめているか何か企んでいる奴だと相場が決まっている・・・あっ、そう言えばお前ら、化け物だったか」

「おいおい、ずいぶんな言い様だな」

「喧嘩売ってんのか、あんた?・・・まぁ、その言い分は理解できる。だが・・・」

 

別に、ガハルドの言っていることが理解できないわけではない。

だが、俺たちはその限りではない。

 

「俺がホントに欲しいものは既に腕の中にある。“ずっと手放さないためには”ってことに頭が一杯で、〝もっと〟なんて考える余裕はない。きっと、一生な」

「俺たちには、今ある分の幸せで十分すぎるくらいなんだ。だから、さっさと諦めろ」

 

ハジメはユエとシアを抱き寄せながら、俺は寝転がってティアの頭を撫でながら告げる。頭を撫でられているティアは、嬉しそうに微笑みながら目を細めた。ハジメの方も、幸せオーラが振りまかれる。

そう、俺たちに“これ以上”なんて余裕はない。今ある幸せを逃がさないようにするためにもいっぱいいっぱいな状態だ。だったら、俺たちからさらに求めるなんてことは、おそらく一生ない。相手から求められれば別かもしれないが、それは今考えても仕方ないことだ。

 

「あ~、あ~、そうかいそうかい。チッ、口の中が甘ったるくて仕方ねぇ。1人で探検の続きでもしてくるか・・・」

 

そして、ガハルドは俺たちの空気にあてられたのか、舌打ちしながらブリッジから出て行った。

俺はべつにどう思うでもなく、そのまま目を閉じてフェルニルの補助に意識を傾けた。

 

『なぁ、ツルギ殿。私も、その腕の中に含まれているか?』

 

傾けようとしたところで、イズモからそんなことを言われた。

・・・う~ん、帝国のパーティーでイズモにキスされてから、イズモの積極さにさらに磨きがかかった気がする。

とはいえ、俺に断る理由もないから、苦笑しながらもイズモの頭を撫でた。ついでに、狐耳を軽くいじるのも忘れない。

頭を撫でられ、狐耳をいじられたイズモは、気持ちよさそうにしながら尻尾をわさわさと動かす。

その様子を、なにやら八重樫が複雑そうな感じで見ていた。

 

「・・・八重樫、どうかしたか?」

「え?い、いや、何でもないわよ?」

「そうか?それならいいんだが・・・八重樫も撫でるか?」

 

そう言いながら、俺はイズモのキツネ耳を強調した。

これに八重樫は、目に見えて顔を赤くして狼狽する。

 

「べ、べつに私はいいわよ」

「遠慮しなくてもいいんだぞ?ティアから、すでにイズモの尻尾をモフモフしたと聞いてるしな」

「ちょっと、ティア!」

「あの時のシズク、可愛かったわよ?」

『雫殿なら、私の耳を撫でてもいいぞ?』

 

イズモの言葉に、いつかのシアの時のように顔をデレっと相好を崩し、若干よだれを垂らしながらイズモに手を伸ばし、

 

「「叩いて直す!(のじゃ!)」」

 

いざ撫でようとしたところで、近くから香織とティオの声が響いた。

そちらの方を見てみると、なにやら香織とティオが怒気みたいなものを立ち昇らせながらユエに詰め寄っているところた。

 

「・・・やめて。本気でやったら2人が私に勝てるわけないでしょ?」

 

それに対し、ユエは素敵にイラっとさせる台詞を吐き、

 

「「上等だよ!(じゃ!)」」

 

香織とティオもさらにヒートアップ。すでに背後にそれぞれのスタ〇ドが出現しており、戦闘準備はばっちりだ。

 

「ちょっ、ちょっと、3人とも!いきなり喧嘩なんて・・・ていうか、南雲くん!止めなさいよ!」

 

これに八重樫が正気を取り戻し、何とかして止めようとハジメに救援を求めるが、

 

「・・・無理、だるい」

 

気だるい返事が返ってきただけだった。

 

「あ、あなたって人は・・・なら、峯坂君!」

 

これに頭を抱えた八重樫は、今度は俺に助けを求めてきた。

とはいえ、俺の返事は決まっている。

 

「放っておけ。この程度のコミュニケーションは日常茶飯事だ」

「この喧嘩が日常茶飯事なの!?」

 

まだ俺たちと行動して日の浅い八重樫は知らないだろうが、主にユエと香織の喧嘩は俺たちにとって珍しいものでもない。

たしかに、香織が使徒の身体になってから喧嘩の内容がちょっと過激になっているが、ユエは多少分解されたところで“自動再生”ですぐに元に戻るし、頑丈になった香織も“雷龍”されたところでちょっと煤けるくらいだ。それに、けっこう魔力を消費するが、いざというときは再生魔法や魂魄魔法もある。跡形もなく消し飛ぶとかならわからないが、ちょっと死んだくらいなら蘇生できる。まぁ、それはあくまで最終手段だが。

そういうことだから、喧嘩が多少血みどろになったところで、今の俺たちは慌てたりしない。

 

「それよりもだ。他人の心配より、自分の心配をした方がいいぞ?」

「え?」

 

八重樫が首を傾げ、俺にどういうことか聞こうとしてきたが、それよりも早く、八重樫の肩がガッ!された。

犯人は香織だ。

 

「雫ちゃん!前衛お願いね!」

「あれ?いつの間にか巻き込まれてる!?」

 

こうして、ごく自然に八重樫の参戦が決まった。

視線を移せば、ティオが谷口と姫さんも捕まえていた。

姫さんは侍女であるヘリーナに、谷口は天之河と坂上に救援を求められたが、どちらからも見捨てられたようだ。

そして、ユエもシアを誘い、完全にやる気になっていた。

 

「ティアとイズモはどうする?」

「そうね。せっかくだから、シズクと手合わせしたいわ」

『私も、久しぶりにティオ様と戦ってみるとしよう』

「そうか。がんばってこいよ」

 

珍しくティアとイズモも参戦する気になったようで、それぞれ立ち上がってユエ・シアチームに加わった。

そして、ティアたちがブリッジから出てしばらく経つと、なにやら爆音と轟音が響いてきた。おそらく、訓練場で喧嘩が始まったのだろう。

天之河と坂上は体をビクッ!とふるわせたが、

 

「楽しそうだなぁ・・・」

「仲良しなのはいいことだろ」

 

俺たちからでてくるのは、そんな気の抜けた感想だ。

 

「・・・この状況で動じない!?くっ、これがっ、俺と南雲たちとの差かっ」

「いや、なんか違うだろ、それ。冷静になれよ、光輝」

 

横から天之河のずれた感想が聞こえた気がしたが、軽くスルーした。

・・・そういえば、ガハルドは1人で探検に行ったんだっけ?どこに行ったかは知らないけど。




「う~む、何度見ても広いな。いったい、どうやってこれだけのスペースを確保しているんだか・・・ん?なんだ?」
「それじゃあ、始めるよ、ユエ!」
「・・・ん、かかってこいやぁ」
「行くわよ、シズク!」
「あぁ、もう!どうしてこうなったのよ!」
「では、参ります、ティオ様」
「うむ、遠慮はいらんぞ、イズモよ!」
「え?ちょっ、まっ・・・」

ズドーンッ!!

「ギャ~~!!??」

ナチュラルに巻き込まれる皇帝陛下の図。

~~~~~~~~~~~

アニメ3話。なんとかマシになった・・・かな?って感じですね。そして、このペースだとウルの町はあっても香織との再会はなさそうですね。もしそうなら、個人的にはちょっと残念というか。やっぱり、好きなシーンなので。
そして、ユエ様がめっちゃかわいかった。これに関してはいい仕事をしたといわざるを得ない。

ティア膝枕と、子キツネイズモクッション・・・やばい、想像しただけでも歓喜の鳥肌が。
抱き枕というか、抱きクッションなら自分も持っているのですが、それ以上の抱き心地プラス彼女の膝枕なら、金払ってでも望みそう。
あぁ・・・でも自分は動物の毛アレルギーだったか・・・あれ?目から汗が・・・。


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またやらかしやがった

フェルニルをフェアベルゲンまで飛ばした俺とハジメは、フェルニルを()()()()()()()()()()()()()()()()()()。途中で木の枝をベキベキとへし折ったが、気にせずに降下を続けた。そして、船底下部のゴンドラが地面についたところでゴンドラをバージした。

周りの亜人族は未知の物体に怯えているが、ゴンドラの前後がパカリと開き、中から奴隷だった亜人族が出てくる。

最初はだれもが戸惑い気味だったが、犬人族の親子が抱きしめ合って歓喜の涙を流し始めたのを皮切りに、他の亜人族もいっせいに歓声をあげて駆け寄った。家族、友人、恋人など知人を見つける度に声を枯らす勢いで無事を喜び合う。フェアベルゲンは、大きな喜びに包まれ、普段の静謐さはどこにいったのかと思う程のかつてないお祭り騒ぎとなった。

俺たちはその様子を見ながらフェルニルから降りると、アルフレリックと他長老たちが近づいてきた。

 

「南雲ハジメ、峯坂ツルギ・・・まったく、とんでもない登場をしてくれたな」

「アルフレリックか。まぁ、俺たちもあれの操縦で疲れてたんだ。大目に見てくれ」

 

たしかに、森の外に下ろしてからフェアベルゲンに入ったり、一人一人ゲートで転移させる

という手もあったのだが、フェルニルの操縦に思った以上に疲れて、それすらも面倒になってしまったのだ。

まぁ、そもそもハジメはカムたちに座標位置を知らせるアーティファクトを渡していたから、確信犯だともいえるが。

とはいえ、俺たちも悪いことをしたと思っているのも事実だ。

 

「悪い、香織。頼んだ」

「よかった!ハジメ君も、まだ常識を失ってなかったんだね!・・・“絶象”!」

 

ハジメの頼みにさらっと毒を吐きつつも、再生魔法で頭上の破壊された木々を一瞬で元に戻した。その中心で銀の魔力を纏っている香織は、神々しくも見える。

 

「おぉっ!我らの香織様が、また奇跡をお見せてくださったぞ!」

「香織様万歳!フェアベルゲンの守護女神!」

 

実際、香織教の人からすれば神々しかったようで、跪いて感涙の涙とともに香織を崇めた。

 

「やめてぇ!やめてくださぁ~いっ。崇めないでくださ~い!」

 

当の本人は、顔を真っ赤にしながらあたふたと走り回り、必死に跪く人々を立ち上がらせようとする。

 

「また女神が生まれたな。愛子殿は豊穣の女神と呼ばれるているし、唯一神を崇める大陸で、よくもポンポンと神が生まれるものだ」

「愛ちゃん先生に関しては、俺たちが仕組んだものでもあるけどな」

 

でもまぁ、まだ健全な信仰なんだから、別にいいんじゃないかなとは思う。暴走したらしたで、本人に何とかしてもらえばいいだけだし。

それに、香織に関してはアンカジでも同じようなことになっているから、今さらな気もする。

 

「香織・・・立派になったのね」

「シズシズ、なんだかお母さんみたいだよ」

「それに、ハジメとツルギが壊したものをカオリが直して感謝されるって、ひどいマッチポンプよね」

 

谷口のツッコミとティアの呆れ口調に、俺はさっと目を逸らした。

自覚はある。が、べつに狙ってやったわけじゃないから、大目に見てほしい。

そんな、場が渾沌とした状況の中で、アルテナがアルフレリックに耳打ちした。

 

「お祖父様、お気持ちは察しますが、そろそろ・・・」

「む、そうだな。峯坂ツルギ、南雲ハジメ・・・いや、峯坂殿、南雲殿。大体の事情はカムから聞いている。にわかには信じられない事ではあるが、どうやら本当に同胞達は解放されたようだ。まずは、フェアベルゲンを代表して礼を言わせてもらう」

「言っておくが、事を成したのはハウリア族だ。そこは間違えるなよ?」

 

アルフレリックの言葉に、俺が釘を刺しておく。

そう、今回の奴隷解放はハウリア族がことを為したからこそ実現したものだ。俺たちがやったと周りに思われたら、最悪今回の成果が水の泡になる可能性もゼロではない。

 

「ああ、もちろんわかっている。まさか、最弱のはずの兎人族が帝国を落とすとはな・・・長生きはしてみるものだ。おそらく、私は今、歴史的な瞬間に立ち会っているのだろう」

「まぁ、そうだろう。実際、歴史に残るようなことをしたわけだからな」

 

ちなみに、敗者として歴史に名を刻むだろうガハルドは、いつかの仮面戦隊の仮面(黄土色で光と音を完全遮断する)をつけている。周りから「ふざけやがって!」と思われるかもしれないが、素顔をさらしたままでもどのみち「ふざけやがって!」みたいなことになるのは目に見えている。それに、姫さんやその侍女、近衛兵もいるから、いつかは黄土色仮面がガハルドだとバレるかもしれない。だから、さっさとガハルドを連れていきたいというのが俺の本音だ。

だが、まだもう少し時間がかかるだろうとは想像に難くなかった。

なぜなら、この場には立役者であるハウリア族がいる。アルフレリックの言葉に、他の亜人族も改めてハウリア族の存在を意識し、族長であるカムに畏怖や尊敬といった、まるで英雄を見るような眼差しを向けていた。

 

「ユエさん・・・」

「ん・・・」

「カムの横に立ってやったらどうだ?」

 

ちらりと視線を横に向けると、そこではシアが万感の思いで瞳を潤ませており、ハジメとユエがシアノ背中を押していた。

自分の父親が、今までの仕打ちや艱難辛苦を乗り越えて、今や英雄としての扱いを受けているのだ。

ハジメやユエが温かい視線を向けるのも、納得できる。他からすれば、ちょっと受け入れがたかったようだが。

そして、シアは2人の後押しを受けて、カムの横に立とうと駆け寄った。

さぁ、感動のシーンだ・・・

 

シュババッ!

 

と思ったら、カムが右腕をスッと掲げた。あれはたしか、対帝国でも使った集合の合図だ。

その合図を受けて、他のハウリア族が広場に集まった。

 

「あ、あれ?父さま?いったい何を・・・」

「聞け!同胞たちよ!」

 

シアの困惑には目もくれず、カムは声を張り上げた。

 

「長きに渡り、屈辱と諦観の海で喘いでいた者達よ。聞け。

此度は、帝国に打ち勝つことが出来たが、永遠の平和など有り得ない。お前達の未来は、そう遠くない内に再び脅かされるだろう。

そうなれば、お前達はまた昨日までの日々に逆戻りだ。それだけではない。今度は、奴隷を免れていた仲間も同じ目に遭うかも知れない

お前達はそれでいいのか?

いいわけがないな?なら、どうすればいいか。

簡単だ。今、隣にいる大切な者を守りたいと思うなら・・・戦え。

ただ搾取され諦観と共に生きることをよしとしないなら・・・立ち上がれ。兎人族の境遇を変えたいと願うなら・・・心を怒りで充たせ!我等ハウリア族はそうした!

兎人族は決して最弱などではないのだ!

決意さえすれば、どこまでも強くなれる種族なのだ!我等がそれを証明しただろう!

帝国で受けた屈辱を思い出せ。不遇な境遇に甘んじるな。大切な者は自らの手で守り抜けっ。諦観に浸る暇があるなら武器を磨け!戦う術なら我等が教えよう。

力を求め、戦う決意をしたのなら、我等のもとに来るといい。

ハウリア族は、いつでもお前達を歓迎する!!」

 

主に兎人族に向けて発せられたであろう演説は、兎人族のみならず、他の亜人族の心に響き渡った。傍から見れば、まさに英雄の発破だとも受け取れるだろう。

・・・たださぁ、これって要約すると、あれだろ?ハウリア族の一員になりたいもの募集!ってことだろ?

様子を見る限り、ほぼ全員の兎人族の瞳に火種が灯っている。

これは、あれだ。

 

「歴史に、優しい兎人族の絶滅も追加だな」

「なんていうか、シアがいたたまれないわね」

 

それもそうだろう。

もし、誰かから「兎人族を、誰がこんな風にした!」と問われたら、こう答えなければならないのだ。

私の旦那様と、父さまです、と。

たしかに、いたたまれない。

俺たちの間に微妙な空気が流れたが、とりあえずアルフレリックがアルテナに案内を促すことで、一度空気をリセットしてくれた。

ただ、そのアルテナが妙にハジメを意識しており、シアと火花を散らしたり、ハジメがシアの手を握ることでアルテナが意気消沈していたりしたが、似たような光景は何度も見たことがあるから、それほど気にはならなかった。

どちらかといえば、最初と比べてハジメがシアに心を砕くようになったことの方が、よっぽど面白そうだ。いやまぁ、それはそれで俺にも関係してくる部分が出てくるわけだが、今は考えないようにしておこう。今も俺に向けられているイズモの視線にどう反応すればいいかわからない。

 

 

* * *

 

 

その後、俺たちは広間に案内され、そこでガハルドが長老衆の前で正式に敗北宣言と誓約の宣誓をした。

これで、全ての長老がハウリア族の言葉を真実として受け入れることになった。

 

「ふん。しかし、よくも1人でのこのこと来られたものだな。貴様は我らの怨敵だぞ。まさか、生きて帰れるとは思っていないだろうな?」

 

その中で、虎人族のゼルが、敵地のど真ん中にも関わらず不遜な態度を崩さないガハルドを憎々し気に睨んだ。

だが、ガハルドはこれにも動じないどころか、むしろ挑発してきた。

 

「はぁ?思っているに決まっているだろう。まさか、本気で俺を殺せると思ってやしないだろうな。だとしたら、フェアベルゲンの頭はとんだ阿呆ということになるぞ?」

「なんだと、貴様!」

「ゼル、よせ」

 

ゼルはガハルドの言葉に激昂しそうになったが、その前にアルフレリックが止めに入った。

 

「気持ちはわかるがな。ガハルドがここに来たのは、我等にハウリア族の成した事と誓約の効力を証明するためだ。それ以上でも以下でもない。ここで殺してしまっては、ハウリア族が身命を賭した意味がなくなってしまう」

「くっ・・・」

 

ゼルはアルフレリックの言葉になんとか納得したが、気持ちは抑えきれずに拳を床にたたきつけた。

そして、アルフレリックはガハルドにも忠告を入れた。

 

「ガハルド。少しは態度を改めろ。我々を、お前の言う阿呆にするな。時に、理屈では抑えきれぬ感情があると知れ。お前は、それだけのことをしてきたのだ」

 

それはあくまで静かな声音だったが、さすがは長きを生きる森人族の長老と言うべきか、その言葉にはガハルドでさえ不敵な笑みを潜めるだけの重さがあった。

だが、それでガハルドの態度が変わるわけでもなく、

 

「だったら、剣を取れ」

 

胡乱気なまなざしを向けるアルフレリックに対し、ガハルドは真っすぐなまなざしを向けたまま言葉を重ねる。

 

「俺が、帝国が敬意を払うのは、強者だけだ。俺の態度が気に食わないというのなら、力を以て従わせろ。帝国の皇帝を、御託でどうにかできると思うなよ。

俺が負けた相手は、亜人族じゃあない。敬意を払うべきは、お前らじゃあない。剣を取り、命を懸け、戦場にて強さを示したのはハウリア族だ!」

 

この言葉と共に、ガハルドは周囲に覇気をまき散らす。

場はすでに一触即発の空気に包まれており、いつ血の応酬が繰り広げられるかもわからない。

・・・まぁ、ここいらが潮時か。

 

「ハジメ、やれ」

「おう」

 

俺の合図に、ハジメは立ち上がってガハルドの首根っこをつかんだ。

 

「あ?なんのつもりだ?」

「おい、ガハルド。これ以上はめんどくせぇから、さっさと帰っていいぞ」

 

ガハルドの問い掛けにハジメが適当に答え、帝城へとつながるゲートを開いた。

それで、ガハルドも自分が何をされるのかわかったらしい。じたばたと暴れ始めた。

 

「お、おい!まさか、本当にこのまま送り帰す気かっ!ちょっと待て、折角、フェアベルゲンまで来たってのにっ、色々知りたいことがっ。それにお前のことも、って離せ!こら、てめぇ!俺は皇帝だぞ!引きずるんじゃねぇよ!」

「んなもん知るか。俺は、お前を証人として連れてきたんだ。会談を見守るためじゃない。送り返さなきゃならないのに、なんで待ってなきゃいけねぇんだよ」

 

ガハルドはわめきながらじたばたと暴れるが、その程度でハジメを振りほどくことはできない。ハジメはため息をつきながら、ガハルドに本音をぶちまける。

そんなハジメに説得は無駄と悟ったのか、今度は俺の方を見て文句を言ってきた。

 

「おい、峯坂ツルギ!今、ある意味、二国間の歴史的な会談って感じだっただろ!?なんで空気を読まずに帰らせようとしてんだよ!」

 

ガハルドのわがままに、俺もため息をつきながら呆れ100%で諭す。

 

「今まで何百年も続いてきた価値観の相違、恨みつらみってのは、今ここでちょっと話し合って解決するような簡単な問題なのか?それほど浅い溝でもないだろう?」

 

実際、ガハルドへの報復や改心などを改める亜人族と、実力至上主義を掲げるガハルドの信念は、見事なまでに平行線をたどっている。ここで一度話し合ったところで、何も解決しないだろう。

それにだ。

 

「この会談を最初で最後にされても困るんだよ。こっから何度も会談を重ねて、互いのすり合わせをしてもらうぐらいのことしなけりゃ、この問題はいつまで経っても解決しないだろう」

 

そう、大変なのはここからなのだ。

人の価値観は簡単には変わらない。今回の奴隷解放に納得していない帝国民はそれこそ嫌というほどいるだろうし、聖教教会関係で亜人族を汚らわしい種族と見ている者も少なくないだろう。

それに、帝国に報復や復讐を考えている亜人族も0ではないはずだ。

そういったトラブルを解消するために、それぞれの代表には働いてもらわなきゃ困るというのに、その肝心の代表が殺し合いをしたり、仲が悪いまま会談をしないとか、揃いも揃ってガキかと思わざるを得ない。

 

「そういうわけだから、ガハルド。てめぇももうちょい話し合いの精神を身に付けろ。これ以上わがまま言うなら、俺が手ずから精神改造してもいいんだぞ?ちょうど、それができる神代魔法があるからな」

「この悪魔めっ!!」

 

ちょっと何を言ってるのかわからないな。俺は聞き分けの悪い大人を素直な大人に変えてあげようとしているだけなのに。

周りからも戦慄の眼差しを向けられるが、とりあえずスルーする。

姫さんがぞんざいな扱いを受けているガハルドを見て嬉しそうにルンルル~ン♪とステップしているが、それも見てないふりをした。あっちはそもそもハジメのせいでもあるし。

そして、ガハルドはそのままハジメによってゲートに放り込まれ、帝城へと送り返された。

場の空気もリセットされたのは、結果オーライってことで。

ちなみに、姫さんは長老衆と現状や今後のことを話したいということで、その場にとどまった。まぁ、どうせ後で送り返されるだろうが。

 

「さて、用も済んだし、俺たちはさっさと部屋に戻って休むとするか。俺もハジメも、フェルニルの操縦で疲れたし、大迷宮攻略も控えている」

「ふむ、それはそうでしょうな。なら、すぐに案内させますよ、兄貴、ボス」

 

カムもまだフェアベルゲンで陣頭指揮を続ける必要があるからと、他の者に案内させようとしたが、その前にアルフレリックが俺たちを呼び止めた。

 

「待ってくれ、峯坂殿、南雲殿。まだ、報いる方法が決まっていない。もう少し付き合ってくれないか」

「悪いが、気持ちだけで十分だ。それに、何度も言っているが、事を為したのはハウリア族だ。俺たちじゃない」

「もちろん、カムたちにも相応の礼をする。だが、峯坂殿たちにも大恩があるのも事実。何もしなければ亜人族はとんだ恥知らずになってしまう。せめて、今夜の寝床や料理くらいは振舞わせて欲しい」

 

・・・まぁ、変にお宝とか地位をもらうよりはいいか?

ハジメたちにも確認の視線を送ると、特に反対はないようだった。八重樫や谷口にいたっては、ケモミミと触れ合えることに目を輝かせている。

 

「・・・そういうことなら、世話になろう」

 

俺の返答にアルフレリックはホッとしたように息をつき、今度は視線をカムに向けた。

 

「さて、カムよ。追放された身で、襲撃者共を駆逐し、尚且つ、帝国に誓約までさせ同胞を取り返した。我等は、お前達に報いなければならない。とりあえず、ハウリア族の追放処分を取り消すことに異存のある者はいない。これは先の襲撃後の長老会議で既に決定したことだ。これからは自由にフェアベルゲンへ訪れて欲しい。なんなら、都の中にハウリア族の居住区を用意しよう」

 

追放処分の取り消し。これはまぁ、言ってしまえば当然だろう。さすがに、ここまでしてもらって追放処分のままにするほどのバカは、ここにはいないようだ。

カムはと言えば、特になんとも思っていないようだが。

 

「そしてだ。此度の功績に対しては、ハウリア族の族長であるカムに、新たな長老の座を用意することで報いの1つとすることを提案したい。他の長老方はどうか?」

 

アルフレリックの言葉に、後ろの側近たちが驚いたように目を見開いた。

フェアベルゲンの長老衆というのは、ここ数百年の間、ずっと現在の6種族の族長で占められており、それ以外の種族が入ったということは一度もないらしい。つまり、兎人族の身で長老衆の中に入るというのは、それだけで歴史的快挙らしい。(byアルテナ)

そして、他の族長もアルフレリックの案に頷きあい、賛成で満場一致した。

 

「ふむ、そういうわけだ。カムよ。長老の座、受け取ってくれるか?」

 

アルフレリックの提案に、カムはすぐに答えた。

 

「もちろん、断る」

 

その提案を蹴るということで。

 

「「「「「「・・・・・・え?」」」」」」

 

これに、長老たちの目が点になる。

まぁ、それはそうだろう。まさに仲直りしよう的な雰囲気だったのに、その雰囲気をぶち壊したわけだし。

 

「・・・なぜか聞いてもいいか?」

 

アルフレリックがなんとか立て直し、頭痛を堪えながらもカムに理由を尋ねた。

 

「なぜも何も、そもそもお前達は根本的に勘違いをしている」

「勘違い?」

「そうだ。私が亜人族全体を助けたのはもののついでだ。我らが決起を決意したのは、あくまで同族である兎人族の未来を思ってのこと。他の亜人族は、言ってしまえば“どうでもいい”のだよ」

「・・・なんだと」

 

長老衆の面々はカムに信じられないような目を向けるが、俺は「まぁ、言われればなぁ」とは思っていた。

なにせ、俺たちはカムの言葉を聞いている。「我らのせいで、他の兎人族の未来が奪われるのは耐え難い」と。

たしかに、“兎人族の未来”とは言ったが、“亜人族の未来”とは言っていない。

これを聞いていない長老衆からすれば、この反応も普通と言えば普通だ。

それに、他の長老に「同じ亜人族ではないか」と言っている者もいるが、兎人族は同じ亜人族にも蔑まれていた。以前に海人族がシアに特に高圧的な態度を向けていたのがいい例だ。

それを差し置いて「同胞として仲良くしましょう」とか言われても、素直に受け取ろうとは思えないだろう。

ついでに言えば、たしかにアルフレリックが言ったことに嘘はないんだろうが、それでもハウリア族という戦力を手元に置きたいという打算もたしかに存在するだろう。兎人族の未来のために戦うと決めたカムにとって、これは面白くないのも理解できる。

 

「まるで、亜人族から兎人族だけ独立したような言い方だな」

「アルフレリック、お前はいつでも的確だな。全く、その通り。これからは、兎人族は兎人族のルールでやっていく。フェアベルゲンのルールに組み込まれて、いいように使われるのは御免なのでな」

 

この言い方に、アルフレリック以外の長老や側近が激しく憤るが、カムは涼しい顔だ。後ろのハウリア族はやる気満々のようだが。

そんな中、難しい表情で考え込んでいたアルフレリックは、以前に俺たちの相手をした時のような、どこか疲れた表情でカムに話しかけた。

 

「では、カムよ。お前さん達を“一種族にしてフェアベルゲンと対等である”と認めるというのはどうだ。当然、長老会議への参加資格を有することにして。これなら、フェアベルゲンの掟にも長老会議の決定にも従う義務はなく、その上で、我等にも十分な影響力を持てる」

「ほほう~。まぁ、悪くはないな」

 

このアルフレリックの新たな提案に、カムがニヤリと笑った。“まさにその言葉が聞きたかった!”みたいな感じで。

これにもちろん、他の長老はハウリア族を優遇しすぎだと反論するが、アルフレリックはため息をつきながらも諭した。

他の長老はやりすぎだと言っているが、冷静に考えればこれは普通だともいえる。

なにせ、フェアベルゲンの総力でもできなかっただろうことを、ハウリア族は一部族だけで成し遂げた。この事実だけでも、対等だと認めるには十分な理由だ。

それに、ハウリア族を対等だと認めないまま縁を切るよりかは、多少自分たちが不利になってでもハウリア族とつながりを保った方が、まだ先がある。

この辺り、やはりアルフレリックは頭が回るようだ。

 

「そういう訳で、カムよ。長老会議の決定として、ハウリア族に“同盟種族”の地位を認める、ということでよいか?」

「まぁ、認められようが認められまいが、我らのやることは変わらんが、そういうことでいいだろう。ああ、ついでに、大樹近辺と南方は我等が使うから無断で入ってくるなよ?命の保障は出来んからな」

 

しれっとカムから追加の注文が入った。しかも、すでに決定事項として。

さすがのアルフレリックもこれには頬をピクリとさせ、シアは顔を両手で覆った。

さすがの俺も、アルフレリックに向けて謝罪の目礼をした。

ハジメの教育のせいで無駄に疲れさせてすまない、と。別に俺は、カムの言ったことを否定するつもりはないが、一応、ハウリア族がこうなったのは、俺のハジメへの監督不足のせいでもあるし。

アルフレリックも、それに気づいたようで小さく苦笑した。

・・・今日はもう疲れたから、さっさと部屋に行って休もう、そうしよう。




「はぁ、どうしてこうなったんだか・・・」
「さすが、ハジメよね」
「ちなみに、ツルギ殿ならどうするつもりだったのだ?」
「あ?あ~、そうだなぁ・・・とりあえあず、ハー〇マン方式は避けるな」
「・・・そのハー〇マン方式とは、それほどまでに危険なものなのか?」
「効果は抜群、ただし副作用も強烈、ってところだな」
「・・・ツルギ殿の世界とは、とても恐ろしいのだな」
「言っておくが、あれを普通だと思うなよ」

ツルギの世界を若干誤解しそうになったイズモの図。

~~~~~~~~~~~

今は大学のテスト週間なので、いつもよりスローペースです。
とりあえず、あと1週間ちょっとくらいなので、そこまでスローペースのままではないかと思います。

この時のカム、言っていることは割と正論だったりしますが、正論に聞こえないのは開発者が原因なのでしょう、間違いなく。
一応、言葉だけ見ればたしかにと思えなくもないですが、態度のせいでそう思えないという。
ハジメの影響力は計り知れないですね、はい。


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フェアベルゲンの夜

会談を終えた俺たちは、妙に疲れた長老衆を残して、フェアベルゲンに滞在する間に泊まる部屋に案内してもらった。

もちろん、俺とハジメの部屋は別で、女性陣も思い思いの部屋に行った。俺の部屋にいるのは、ティアとイズモだ。

だが、俺は今は部屋にいない。適当な枝を見つけて、そこで夜風に当たっていた。

この場には、俺しかいない。ティアとイズモには悪いが、2人に何も言わずに離れた。

とはいえ、俺のことになるとやたらと聡い2人のことだ。慌てたり怒ったりすることはないだろう。

俺は久しぶりの1人の時間を満喫しながら、枝の上で寝転がっていた。

ちなみに、周囲に気配遮断の結界を展開しているから、誰かに気づかれることもないはずだ。

 

「ふむ。ここにいたか、ツルギ殿」

 

・・・はずだったんだけどなぁ。

起き上がって声のした方を振り返ってみれば、そこにはイズモが立っていた。

 

「・・・どうしてわかったんだ?一応、気配遮断の結界を張っていたはずなんだが」

「完全に気配を消す相手を見つけるには、空間の気配の空白を感じ取る。ツルギ殿が勇者たちに教えたことだろう」

「それをあっさり実行できるあたり、さすがイズモだなぁ・・・」

 

一応、その技術は天之河たちはまだ練習中だ。こればっかりはそれぞれでコツを掴むしかないからなぁ。八重樫はすぐにコツを掴んだようで、1日で物にしてたけど。

そうしてイズモが俺の隣に座ったところで、あることに気づいた。

 

「そういえば、ティアはどうしたんだ?」

「ティア殿は、雫殿と一緒にフェアベルゲンを見て回ると言っていた。ほら、そこにいるぞ」

 

イズモが指さした方を見ると、たしかに八重樫と一緒に街の中を探索していた。

今のフェアベルゲンは、奴隷だった家族が返ってきたことがあってお祭り騒ぎだ。広場にはいくつものテーブルが並べられ、様々な料理が置かれている。2人は、料理を楽しみながら亜人族とふれあっているようだ。

そう言えば、俺たちが最初に来たときはその日のうちに追い出されることになったし、八重樫たちが初めての時も帝国に襲われた後でそれどころではなかったから、こうしてまともに話し合ったり撫でたりするのは初めてなのか。

こうして見ていると、2人とも非常に幸せそうだ。やはり、可愛いもの好きという共通点もあって、仲良くやれているらしい。

俺としても、新たな修羅場が形成されなくてありがたいことだ。

 

「半ば賭けだったが、仲良くなってなによりだ」

「やはり、仕向けていたのか?」

「だってさ、八重樫の話が出るたびにティアからジト目を向けられるのは勘弁してほしかったし。それに、香織はユエに取られ気味だったから、八重樫も新しい友人ができてよかったんじゃないか?」

「それもそうか」

 

もちろん、香織は八重樫を親友として大事にしているだろうが、最近で言えばユエと一緒にいる割合の方が多い気がする。それに、ユエも同じようにシアより香織の方をかまっているようにも見える。

本人たちはすぐに否定するんだろうが、喧嘩友達という意味なら、ユエと香織は他の誰よりも仲良しだと思う。香織をいじっているときのユエは楽しそうだし、香織の方も本気で嫌がっているわけではなく、むしろ満更でもなさそうだ。

証拠に、目の前で何やら香織とティオがユエを追っかけているのだが、どこか楽しそうにも見える。

 

「ていうか、あいつらは何やってんだ?」

「さぁな。大方、何かかけ事でもしているか、あるいはシア殿に気を遣っているのかもしれないぞ」

「あぁ、たしかに。それはあるかもな」

 

こんな日だ。何かハジメと2人で話したいことでもあるかもしれない。本当に、シアは友人に恵まれている。

さて、雑談はこれくらいにしておいてだ。

 

「さて、今度は、どうしてイズモがここに来たのかを聞いてもいいか?」

「なに、簡単な話だ。様子を見に来た。それだけだ」

「それは、ティアと別行動している理由にはならないと思うが?」

「そのティア殿から、様子を見に行ってほしいと頼まれた、ということだ」

「・・・ホント、信頼されてるな」

 

最初はちょっと敵視していたようなところもあったのに、今では俺の様子を見てほしいと頼むほどになった。

その理由は、イズモのキツネ耳と尻尾に篭絡されたから・・・だけではないはずだ。イズモになら俺を任せてもいいと、本気で思っている、ということだろう。そして、イズモも決してその信頼を裏切ったりしないとわかっているのだろう。

ここまでくると、むしろ俺の方が微妙な気持ちになってくる。普通なら、他の女に任せることはしないと思うけどなぁ・・・。

あ~、でも、思い返せばユエもシアに対しては同じ感じだし・・・う~ん、いつになっても女心はわからない。いやまぁ、そもそも当人たちを日本の常識に当てはめること自体が間違いなんだろうが・・・。

 

「さて、ではツルギ殿が何を悩んでいるのか、吐いてもらおうか」

「悩みがある前提なのか・・・」

「ツルギ殿が悩み事を抱えているときは、いつも黄昏ているだろう。それに、今までだって何度も悩み事を打ち明けてきただろう?」

「いやまぁ、そりゃあ、そうなんだが・・・今回は本当に、悩み事があるわけじゃない。夜風に当たりながら、ちょいと下の光景を見たかっただけだからな」

 

俺が視線を下に向ければ、そこには家族との再会を喜び合っている亜人族が、そこかしこで料理を食べたり酒を飲んでいる。その誰もが、満面の笑顔を浮かべている。

 

「なんだ、また羨ましいと思いそうになっているのか?」

「いや、そういうわけじゃない。さすがに、俺もそこまで大人気ないわけじゃねえよ。そりゃあ、思うところがないわけじゃないが・・・少なくとも、羨ましいってわけじゃない」

 

たしかに、ミュウの時は羨ましいと思いそうになったが、今、俺の眼下ではそれこそ何千人の亜人族が家族との再会を喜んでいる。その全員に嫉妬するほど、俺だって狭量ではない。

それに、だ。

 

「この光景を素直に喜べる自分がいるってのも、たしかだしな」

「ツルギ殿・・・」

 

家族との再会に喜んでいる亜人族を見て、よかったと思っている自分がいる。

“天眼”を持っている俺でも自分の顔は見えないが、それでも笑みを浮かべているんだろうとなんとなくわかる。

そして、そんな俺の表情が見えているであろうイズモは、どんな様子なのか。

ふと気になって、視線をイズモに向けようとすると、

 

ガバッ!

「うわぷっ!?」

 

俺の肩が掴まれたと思ったら、グイっとイズモの胸元に引き寄せられ、そのまま抱きしめられた。

あぁ、久しぶりの柔らかい双丘に包まれている感触が・・・じゃなくて。ていうか、前と比べて呼吸がしにくい。強めに抱きしめられているようだった。

 

「ちょっ、イズモ。少し苦しいんだが」

「こ、断る。今の私の顔を見られたくないからな」

「むしろ、今の状態を誰かに見られたくないんだが・・・」

 

もしティアが今の状態を見たら、どうなることか。この前のパーティーのキスでも、その後のご機嫌取りにだいぶ苦労したというのに。

ていうか、イズモは今どんな表情をしていて、俺はさっきどんな表情だったというのか。

とりあえず、なんとかイズモを引きはがそうと力を込めるが、俺が力を込めるたびにイズモが抱きしめる力を強くする。無理やりやれば引きはがせるかもしれないが・・・ここは枝の上だ。勢い余って落ちる可能性も0ではない。

結局、イズモが落ち着くまで甘んじて抱擁を受け入れるしかなかった。

そんなこんなで、俺がイズモから解放されたのは、だいたい5分経ってからだった。

イズモの表情は、パッと見はいつものイズモだったが・・・よく見れば、耳がわずかに赤い。毛に覆われているから、ちょっとわかりづらいけど。

 

「んで?落ち着いたか?」

「あ、あぁ、問題ない」

 

ちょっと声が上擦った気もするが・・・わざわざ言うこともないか。

 

「ていうか、さっきの俺はどんな顔だったんだよ」

「なんというか、今まで見たこともないような、優しい表情をしていたぞ?」

「・・・その言い方だと、俺の表情がいつもひどいみたいに聞こえるな」

 

もちろん、自分でもそういう表情をした記憶はないが、だからといって鬼畜外道みたいな顔をしていたとも思っていない。周りから呆れられることは多々あったけど。

 

「そういうつもりで言ったわけではない・・・だが、ふふっ。ティア殿よりも先にその表情を見れたのは、役得だな」

「・・・本当に、どんな顔だったんだよ、俺は。あと、できればティアを煽るようなことはしないでくれよ。後が面倒になる」

「ふふっ。さて、どうしようかな?」

 

イズモを受け入れつつあるティアだが、だからといって何もかもを許容しているわけではない。ある意味挑発的とも思えるイズモの行動に妬いたりすねたりなんて、最近では珍しいことでもない。そして、イズモも矛先を向けられているにも関わらず年長者の余裕で対応するから、たいしてダメージを負ったりしない。

結果的に、いつの間にかティアとイズモが俺を取り合っているようにも見える構図が出来上がっていた。

俺としてはティアの機嫌を直すのに苦労するから勘弁してもらいたいのだが、何があっても諦めるつもりがないと言ったイズモに何を言っても無駄だろう。俺がイズモの告白を断ったところでやめないと、イズモから直接聞いている。

だからと言って、俺がイズモを受け入れるのかと言うと・・・まだなんとも言えない。たしかにイズモは大切だが、異性として見ているかと聞かれれば、俺はまだ答えを持ち合わせていない。

自分でもヘタレだとわかっているが・・・やはり、ティアのことがあるから、簡単には答えを出せない。

誰かに相談できればいいとは思うのだが、ハジメたちはニヤニヤしたり微笑ましそうにしているばかりだから論外だし、まっとうな日本人である八重樫たちからも期待しているような答えは返ってこないだろう。

結局、俺は1人で悶々とするしかなかった。

 

「なら、私の頼みごとを1つ、聞いてもらってもいいか?」

「・・・俺にできる範囲で頼む」

 

どこぞの残念ウサギみたいな要求は、本当に困る。もちろん、イズモだってその辺りの分別はできると分かっているが。

 

「安心しろ。簡単なことだ。ここに寝転がってくれないか?」

 

そう言って、イズモは自分の太ももをポンポンと叩いて示した。

これは、あれだ。この間ティアがフェルニルで俺にやったように、自分も膝枕をするということか。

それくらいなら、まぁ、いいか。

 

「んじゃ、お言葉に甘えて」

 

そう言って、俺はイズモの太ももに頭を乗せて寝っ転がった。

イズモの膝枕の寝心地は、ティアとはまた違った気持ちよさがあった。

ティアは鍛えながらも女性の柔らかさを兼ね備えた、バランスのいい心地よさだった。それに対し、イズモの膝枕はティアよりも柔らかく、思わず沈み込んでしまいそうな包容力があった。

何より、上を見上げると視界一杯にイズモの胸が飛び込んでくるのが、ティアにはない・・・いや、これ以上はやめよう。冷たい殺気を感じた気がする。

とにかく、イズモの膝枕は、ティアとは違った気持ちよさがあった。

 

「どうだ、ツルギ殿?」

「あぁ、いい寝心地だ」

「そうか、それはよかった」

 

・・・イズモの表情が胸に隠れて見えない。それに、イズモが少し前かがみになるだけで、その2つのふくらみが俺の顔に押し付けられる。

現実にこんな現象があるとは知らなかった。

そして、イズモが膝枕をしながらも俺の髪を撫でたりいじったりする感触もまた心地よく、また今までの苦労で疲れ切っていたからか、いつの間にかこの心地よさに身を任せて眠ってしまっていた。

その後の記憶はないのだが・・・目を覚ましたら、ティアと人型のイズモに挟まれるようにして横たわっていた。その感触は大変良かったのだが・・・後のティアのご機嫌取りに苦労した、とも言っておこう。




「・・・ハジメ、シア、これを」
「ん?・・・ほう、これはなかなか・・・」
「うわぁ、すごい甘い感じですねぇ!」
「うん、見てて羨ましいって思っちゃたよ」
「妾も、このようなイズモを見たことはないからのう。これはこれでいいことじゃ」

ちゃっかりイズモとツルギの様子を盗撮した写真を楽しんだハジメサイド。(撮影者・香織)

~~~~~~~~~~~

今回は短めです。
最近は、大学のテストと夏バテで死にそうになっているので・・・。
とりあえず、来週にはテストも終わるので、まだ楽になるかなと。

さて、今話を書いてて、自分でも砂糖を吐きそうになりました。
思いの外イズモの人気がうなぎ上りだったので、ある意味ティアよりも気合が入っている感が・・・。
とはいえ、メインヒロインがティアなことに変わりませんが。
イズモの魅力は、あくまで2番手だからこそ際立っているようなものですからね。
ツルギに振り向いてもらおうとしているからこそ、積極的なイズモさんが書けるのです。


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鍛錬でフルボッコ

諸々の話し合いやイベントを終えて、さぁ大迷宮攻略だと思ったら、大樹の霧が薄くなる周期がまだ先だったらしく、それまでは各々で休憩したり鍛錬することになった。

もちろん、俺の指導も欠かさず行っている。

そして、いよいよ明日出発するということになったわけだが、俺は天之河、谷口、坂上を呼んで一か所に集めた。

 

「さて、明日は大樹の攻略に行くわけだが、最後の仕上げだ。3人まとめてかかってこい」

 

俺の言葉に、天之河たちの目が点になった。

 

「えっと、どうしてまとめてなんだ?」

 

俺の言ったことの意味が理解しかねたのか、天之河がそんなことを尋ねてきた。谷口と坂上も、視線で同じことを尋ねてくる。

 

「たしかに今までは個別特訓に重点を置いたが、別に連携がまったく必要ないというわけじゃない。俺が個人の実力を伸ばすようにしたのは、俺から言わせればお前たちの連携がまだまだだったからだ」

「・・・どういうことだ?」

「簡単な話、連携が単純な足し算だと考えるなら、1+1よりも2+2、2+2よりも5+5の方が強いに決まっている。連携ってのは、弱い奴同士で支え合うだけならただの三流だ。強い奴同士で互いをカバーし合ってこそ、連携は真価を発揮する」

 

俺の言葉に思い当たる節があったのか、天之河はサッと目を伏せ、谷口と坂上は握りこぶしに力を込めた。

俺たちがオルクス大迷宮で香織たちと再会したとき、天之河たちは魔人族の魔物に惨敗していた。敗因は、個々の力不足だ。どんなに卓越した連携をとっても、それが相手に通用しなければ意味がない。結果として天之河たちはいいようにやられて撤退を余儀なくされ、最終的に死に目を見た。

それは逆に言えば、それぞれにさらに実力があれば乗り切れた可能性があるということでもある。

もちろん、この程度の鍛錬ではできることなんてたかが知れているが、無いよりはマシだ。

その無いよりはマシの中から、何を得ることができたのか。今回はそれを見極める。

 

「そういうわけだから、今回は俺も容赦なしでやらせてもらう。殺しはしないが、怪我くらいは覚悟しておけ。どうせ、骨折程度でもすぐに治るからな」

 

本当に再生魔法は便利だ。回復魔法では治せない欠損級の傷でも、再生魔法なら容易く元に戻すことができる。

 

「ルールは、そうだな・・・攻撃手段は、お前たちは周囲を破壊しない範囲なら手段問わず、俺は主にこの双剣で、神代魔法を含めた魔法の使用は最低限にする」

「最低限って?」

「直接攻撃に使わないってところでいいだろう。例えば“緋槍”や“震天”は使わないが、風魔法や重力魔法によって体勢を整えたり、空間魔法で移動するのはありってことで。勝敗は、寸止めや意図的な急所のかすり傷を負ったら負けだ」

「・・・なんだか、峯坂にハンデが多くないか?」

 

俺の出した条件に、天之河が怪訝な表情で問いかけてきた。

本人は純粋に疑問に思って、という風に話しかけたつもりだろうが、俺は瞳の奥にある嫉妬心を見逃さなかった。大方、俺が見下しているとでも思っているのだろう。

 

「まぁ、俺の調整も兼ねているからな」

「調整?」

「真の大迷宮ってのは、少しの油断が命取りになることもある。攻略の証を4つ持っていることが挑む条件になっていたことからも、難易度は他の大迷宮よりも高いと考えていい。だから、俺も最終調整をしておこうと思ってな。あえて魔法を縛って、身体の動きを確認したい」

 

俺はどちらかと言えば、魔法よりも近接戦闘の方が得意だが、近接戦闘は敵に近づく分、被弾する可能性も高くなる。

別に当たらなければ問題ないが、俺はパーティーの中でも耐久力が低い。完全後衛のユエでも“自動再生”というチート固有魔法のおかげで被弾しても問題ないし、他の面々も素の耐久が半端なく高いからあまり気にならない。

それに対し、俺は基本的に防御力は低い。多少の被弾ならすぐに癒せるが、即死のリスクはハジメたちより高いのも確かだ。

だから、念には念を入れて、体捌きだけでどこまでいけるか、確認しておきたい。

 

「・・・そういうことなら、わかった」

 

俺の説明に天之河は表面上は納得したが、表情はどう見ても「不満だ」と語っている。こいつは、未だに「自分が勇者なのに・・・」とか考えてるんじゃないだろうな。

だが、それを考慮する俺ではないが。

そんなことを考えながら、俺はコインを生成した。

 

「それじゃあ、俺がこのコインをはじいて、地面についたら始めよう。本当は、こんな決闘じみたルールでやりたくはないんだが・・・まぁ、今回くらいはいいか」

 

戦場では、特に大迷宮攻略において「よ~い、どん!」で戦闘が始まるなどまずありえない。突然の奇襲にも問題なく対応できるように、不意打ちで始めてもよかったんだが・・・さすがに、こいつらにそれはまだ早い。常在戦場の心構えは、一朝一夕で身につくものでもないし、バカ勇者から変な反論をされても面倒だ。何かあったら、最悪俺たちでカバーすればいい。

 

「んじゃ、さっさと始めるぞ~」

 

そんなことを言いながら、俺はサクッとコインを指ではじいた。

 

「わわっ!?」

「ちょっ、いきなり・・・」

「文句言ってもコインは止まらないぞ」

 

合図無しで始めるつもりはないが、突然合図をしないとは言っていない。

これでもサービスしているんだから、文句を言うのはお門違いだ。

 

「龍太郎!鈴!早く構えるんだ!」

 

意外だったのが、真っ先に反応したのが天之河だってことか。俺の精神改z・・・特訓が効いている様だ。

まぁ、今回の場合、あまり俺をいい目で見ていないわけだが。用心深く疑われているというか・・・まぁ、悪意を疑うことも重要だし、別に構わないと言えば構わないのだが、こいつの場合は疑うというより信じ込むって方が正しい。結局、ご都合主義のままに自分を信じて疑わないという根本がそのままなのが、俺の頭痛のタネなのだが。

今はそのことは置いておいて、俺も白黒の双剣を生成して、いったん距離をとる。

そして、コインが地面に落ちた瞬間、

 

俺は、一瞬のうちに谷口との間合いを詰めた。

 

 

「ッ!?」

 

だが、谷口はよく反応し、俺が右の黒剣を振り上げた時点ですでに杖を盾にしていた。

俺がそのまま黒剣を杖に向かって振り下ろして吹き飛ばすが、谷口は上手く衝撃を逃がしたようで、ザリザリと地面を削りながらも踏みとどまった。

谷口には、最低限ではあるが杖術を教えた。俺自身そこまで得意というわけでもなくてあまり指導できなかったが、ちゃんと自習したようで拙いなりにも様になっている。

 

「はぁっ!!」

「おらぁ!!」

 

その隙に、天之河と坂上が左右から俺を挟んで攻撃を仕掛けてきた。立ち位置を微妙にずらしていることから、同士討ちは望めない。

だから俺は、体を回転させて左の白剣で天之河の聖剣を受け止め、そのまま刀身を滑らせた。そして天之河の懐に潜り込む寸前に再び体を回転させ、聖剣をかち上げた。かち上げた先には坂上の拳があり、そこに上手くぶつけさせて2人の体勢を崩した。

俺はその隙をついてまとめて2人を・・・

 

「“天絶”!」

 

斬る寸前に、俺は片手でバク転してその場から飛びずさった。

次の瞬間には、先ほどまで俺がいた場所に“天絶”が猛スピードで通過した。

 

「っ、すまねぇ!」

「助かった、鈴!」

 

今の“天絶”は、言うまでなく谷口のものだ。

おそらく、“天絶”を俺と坂上、天之河の間に展開して防ぐのは難しいと判断し、逆に障壁によるチャージでダメージを与える、それができなくても距離を取らせようとしたのだろう。そして、それは成功した。

これまでの特訓の中で、最も成長著しいのはまず間違いなく谷口だ。俺の指摘を飲み込み、さらに自分で考えて新たな発想につなげている。さっきの“天絶”による攻撃も、俺が教えていないことだ。

それだけ、中村との話し合いに本気なんだろう。

その真剣さに、俺は内心でほほ笑む。

それに比べて、男2人ときたら・・・片や脳筋で、片や頭の中お花畑だからな。本当にどうしようもない。

それはさておき、やはりまずは谷口をどうにかするべきか・・・今の状態だと、後方支援が1人いるかいないかだけで戦いやすさがガラッと変わる。

とはいえ、最初の不意打ちが失敗に終わった以上、力押しは難しい。先に天之河と坂上を片づければあとは簡単だが、谷口の支援がある以上はそれも難しい。

だとすれば・・・

 

「終わりだ!」

 

後ろから、天之河の声が聞こえ、剣を振りかぶっている気配を感じた。

とりあえず俺は、後ろを振り返らずに黒剣を後ろに掲げ、天之河の攻撃を防いだ。

 

「もらった!」

 

後ろに注意が向いたと判断したらしい坂上が正面から突っ込んできたが、俺は()()()()()()()坂上の拳を受け止めた。

 

「なっ」

「はぁ?」

 

天之河と坂上は俺が武器を手放したことが意外だったのか、目を丸くする。

その隙を突いて、俺は白剣の柄を()()()()()

狙いはもちろん、谷口だ。

 

「っ、“天絶”!」

 

谷口はこれに素早く反応して“天絶”を展開し、これを防いだ。

だが、俺の狙いは攻撃ではない。

 

「谷口、脱落だ」

「え?」

 

俺は()()()()()()()()、谷口の首筋に突き付けた。

これで谷口は脱落だ。

 

「鈴!くそっ」

「おらぁ!!」

 

谷口の撃破に焦ったのか、天之河と坂上が再び俺を挟み撃ちにしようとするが、

 

「天之河、坂上、脱落だ」

「あっ・・・」

「ありゃりゃ・・・」

 

俺は再び2人の攻撃をいなし、首筋に双剣を突き付けた。

これで、決着がついたな。

 

「さて、結果は俺の勝ちだが・・・まぁ、及第点ってところか。これくらいなら足を引っ張るなんてことはないだろう。少なくとも、俺たちに迷惑かけっぱなしってのはないか」

「あ、あはは・・・」

「悔しいが、しゃあねぇか」

「・・・」

 

俺の評価に、谷口は苦笑いし、坂上は悔しそうにしながらも納得していたが、天之河だけ暗い雰囲気でうつむいていた。

こいつ・・・また変なことを考えているんじゃないだろうな?

 

「そういえば、峯坂君。さっき、鈴の前に突然現れたのって何だったの?」

「そういやぁ、いきなり俺の目の前から消えたな」

 

微妙な雰囲気を察したのか、谷口と坂上が話題を変えてきた。

まぁ、それくらいなら言ってもいいか。

 

「あれは、空間魔法で瞬間移動したんだ。もうちょい詳しく説明すれば、投げた方の剣を基点に転移したんだ」

 

要するに、俺流・飛〇神の術、といったところだ。

別に瞬間移動なら交換転移でもよかったのだが、こっちの方が攻撃面では便利なこともあって、練習して身に付けた。これなら、転移してすぐに攻撃に移れるし、壁や天井に突き刺せばすぐに高いところに移動できる。利便性で言えば、こっちが上だ。

それにしても・・・なんだか物足りない。

別に、俺がこいつらに負けるとは思っていなかったが、最後に天之河と坂上が突撃してこなければ、もう少し勝負は長引いただろう。その辺りの判断力が、この2人には欠けている。

もう一度相手するのも悪くはないが・・・せっかくだ。あの2人を呼ぼう。

 

「お~い!ティア~!八重樫~!こっち来てくれ~!」

 

俺は、離れたところでいつものように手合わせをしていたティアと八重樫に声をかけた。

声をかけられた2人は、いったん手合わせをやめてこっちに来た。

 

「ツルギ、どうしたの?」

「なにか用事でもあるのかしら?」

 

俺たちのところに着くなり、2人から理由を尋ねられた。

これに俺は、もったいぶることなく答える。

 

「早い話、俺と手合わせしないか?」

「・・・そう言えば、私は最近、ツルギと手合わせはやってないわね」

「私も、王都のとき以来ね。じゃあ、どっちから先にやる?」

 

最近はずっと八重樫と手合わせをしていたティアは乗り気になり、八重樫も順番を決めようとする。

だが、その必要はない。

 

「あ~、そうじゃない。2人まとめてかかってこい」

「「「・・・え?」」」

 

俺の言葉に、天之河、坂上、谷口の目が点になった。

八重樫も声は出なかったものの目をぱちくりさせ、ティアが困惑しながらも理由を尋ねてきた。

 

「えっと、理由を聞いてもいいかしら?」

「だって、どうせ1人ずつじゃ俺が勝つだろ?それとも、2対1でも俺に勝てる自信がないのか?」

 

ティアの問い掛けに、俺はあえて挑発的に返した。

実際、1対1なら十中八九俺が勝つ自信がある。ティアとは武術の差が、八重樫とはステータスの差がある。それも、ちょっとやそっとでは埋められないくらい。

そして、俺の返しに案の定、ティアと八重樫は額に青筋を浮かべた。

 

「・・・いいわ。今日こそ、ツルギに勝ってみせる」

「・・・調子に乗ったこと、峯坂君に後悔させてあげるわ」

「オーケー、それでこそだ」

 

考えてみれば、八重樫に鍛えられたティアと手合わせするのは初めてだ。どれだけ成長したか、確認しよう。

 

「んじゃ、ルールはさっきと同じでいいか。合図は、谷口が出してくれ」

「わ、わかったよ」

 

谷口が頷くのを確認してから、俺たちは広いところに移動して位置についた。

俺は再び白黒の双剣を生成し、ティアは拳を、八重樫は黒鉄の柄に手を添えて構えをとった。

準備ができたと判断したらしい谷口は、右手を上にあげて、

 

「それじゃあ、始め!」

 

合図とともに振り下ろした。

それと同時に、俺とティアは同時に踏み出し、剣と拳をぶつけ合った。

次の瞬間、周りに衝撃が吹き荒れる。天之河たちは、腕をかざして踏ん張っていた。

・・・そして、こうしてぶつかり合っただけで分かった。今のティアの拳は、ぶれのない真っすぐなものだ。

以前までのティアもそれなりに拳に芯が通っていたが、今回はそれよりもさらに鋭くなっている。

やはり、八重樫に指導を任せて正解だったようだ。

 

「疾っ!」

 

そう思っていると、後ろから声と剣気を感じ、剣に込める力を抜きながら白剣を下に振りぬいた。

直後、キィン!という音を鳴らしながらも黒鉄を受け止めた。どうやら、先ほどの衝撃を姿勢を低くすることでやりすごし、そのまま背後に回って黒鉄を抜刀したようだ。

この、徹底的に相手の死角を捉える戦い方。八重樫も、自分より高いステータス相手にどのように立ち回るか、ティアとの手合わせを経て相当研究したように思える。

それに、連携もよくとれている。単純な膂力なら俺よりも高いティアが上から攻撃し、勇者パーティーの中でも屈指の素早さを持つ八重樫が下から攻めることで、今の俺はバランスを崩してしまった。狙ってやったのなら、大したものだ。

そこに、バランスを崩した俺の横っ腹を狙ってティアが後ろ回し蹴りを叩き込もうとしたが、俺はギリギリのタイミングで黒剣を引き戻し、柄でティアの蹴りを防いだ。そのまま勢いに任せて自分から吹き飛び、とりあえず二人から距離を取ろうとしたが、地面に足をつけたときには八重樫が近くに迫っていた。

無理やり体をひねらせて再び八重樫の攻撃を防ぐが、今度はティアが俺の背後に回り込む。

攻撃の気配を察知して、同士討ち狙いで手首のスナップで投擲した白剣に転移するが、ティアはわかっていたように方向を変えて俺に突撃してくる。

・・・それを、何回も繰り返す。すんでのところで攻撃を避けることはできているが、俺の方から攻撃できない。それに、2人の方はすでに完璧なリズムで攻撃する手を休めない。今のところ、2人の連携にほころびが見えない。それこそ、天之河たちの時よりも高い精度でお互いの動きを合わせている。

こうなると、何とかしてこのリズムを崩したいのだが、なかなかその機会が来ない。俺を捉えられないことに焦ることもなく、着々と俺の逃げ道を塞いでいる。このまま続ければ、50手以内に俺が2人の攻撃に捕まってしまう。

こうなると、俺の取れる手段は・・・正面突破しかない。

 

「お、らぁ!!」

 

覚悟を決めた俺は、ティアの攻撃で距離をとるのではなく、逆にはじいてから懐に潜り込んだ。

だが、ティアには読まれていたらしく、一歩引いて俺の間合いから逃れていた。

そして、後ろからは八重樫が抜刀の構えを取り、今まさに放とうとしていた。

無理やり攻撃した俺に、これを防ぐことはできない。

故に、八重樫の放った居合抜きは、俺の首元に吸われるように迫り・・・

 

首に触れる寸前に、俺は八重樫の位置と入れ替わった。

 

「っ!?」

「うそっ!?」

 

これは予想できていなかったのか、八重樫とティアは愕然とし、八重樫はなんとか剣を振るう腕を止めようとした。

その隙を、俺は逃さなかった。

 

ガシッ!

「え?」

「あ・・・」

 

俺は双剣を上に放り、素早く回り込んで2人の手首をつかみ、くるりと2人の体を回転させて地面に倒れさせた。

そして、落ちてきた双剣を両手でつかみ、それぞれの首筋に突き付けた。

 

「はぁ、はぁ、俺の、勝ちだ」

 

息を切らしながらも、俺の勝利を宣告し、双剣を消して座り込んだ。

これに負けを実感したティアと八重樫は、悔しそうにしながら大の字に寝転がった。

 

「あ~、もう、また負けたのね」

「そうね。あと少しで勝てると思ったのだけど・・・」

「実際、かなり危なかった。あそこで攻め手を変えなかったら、確実に俺が負けてたな」

 

結果として勝てたからよかったものの、俺の内心は冷や汗がだくだくだ。しかも、天之河たちの時には使わなかった位置入れ替えまで使わされた。

ていうか、

 

「つーかさ、ずいぶんと息ぴったりだったな。事前に打ち合わせでもしてたのか?」

「え?そんなことしてないけど?」

「そうね。私たち、ずっと手合わせを繰り返してきただけだし」

 

仲良しかよ。自覚してるのかは知らないけど。

ただまぁ、正直なことを言えば、手ごたえで言えば、断然、天之河たちよりもこっちの2人の方があった。即興でここまでの連携をしたとなると、やはり収穫はあったようだ。俺の意図していないものも含めて。

これは、うれしいことだ。

ただ、

 

「・・・・・・」

 

ちらりとばれないように視線を向ければ、そこには瞳の奥を暗くした天之河の姿が。

自分たちでは軽くあしらわれたのに、2人はそれなりに追い詰めていたことに思うところがあるのか。

だが、さすがに八重樫相手になにかすることもないだろうし、ティアに害が及ぶ可能性もあまり高くはない。

となると、その矛先はどこに向けられるのか。今の段階ではわからないが、その不満は大迷宮攻略で発散させてもらおう。万が一にでも俺とかに向けられたら困るし。




「んじゃ、鍛錬の方をやっていくとして・・・とりあえず。坂上と天之河は広場の外周を100周走ってこい」
「は!?なんでだよ!」
「そうだぜ!なんで俺たちだけ!」
「お前らが戦犯だからだろうが。すぐに焦って突撃しやがって。ちょっとは谷口を見習え。お前らよりよっぽどしっかりしてたぞ」
「え?そ、そうかな。えへへ・・・」
「あぁ、そうか。谷口が走らないことが不満なんだな?だったら、谷口も一緒に走ってこい」
「ちょっ、なんで!?」
「いいから、はよ行って来い。これ以上文句を言うなら、全員に電撃をプレゼントするぞ」
「ひ~ん!峯坂君の鬼ぃ!」
「くそっ!!」
「ちくしょう!根性ぉぉ!!」
「・・・相変わらず、ツルギは容赦ないわね」
「・・・やっぱり、南雲君と大差ないんじゃないかしら?」

ツルギ式訓練“へまをしたらとにかく走らせる”。

~~~~~~~~~~~

定期試験が終わり、夏休みに突入したので、頑張って投稿していきます。
まぁ、夏バテはそのままでグロッキーなところもありますが。

遅くなりましたが、アニメ5話見ました。
ようやくハジメさんがユエ様に食べられましたね。
もうニヤニヤが止まりませんでしたよ、えぇ。
ただ・・・この段階でまだ5話って、ペース遅くないですかね。
本当にウルの町までやるのか・・・いや、ティオが紹介されている時点でやるのは確定なんですけどね。
少なくとも、香織再会はなさそうですね、これは。


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うっそだろおい

鍛錬の翌日、俺たちはシアを先頭にして大樹へと向かっていた。

俺たちが鍛錬をしている間、ハジメたちはハジメたちでいろいろとあったようだが、ここではスルーしておく。

現在、樹海の魔物はすべて香織と天之河たちに任せており、俺たちや周囲に散らばっているハウリア族は手を出さないようにしている。大樹の大迷宮がどのようなものかわからない以上、天之河たちには樹海の魔物でウォーミングアップしてもらうことにした。

では、なぜ香織も参加しているかと言えば、使徒の身体で本格的に戦闘をするのは初めてなのと、まだ使徒の身体を使いこなせてはいないことから、香織にもウォーミングアップしてもらうことになったわけだ。

使徒の身体はかなり便利なようで、濃霧の影響をあまり受けないらしく、天之河たちが樹海の魔物の奇襲戦法に苦戦している中、香織だけ銀羽による分解ホーミング攻撃や大剣で魔物を蹴散らしている。双大剣じゃないのは、まだそこまで使いこなせていないからだが、1本だけなら十分剣士を名乗れるくらいに成長している。

 

「大分、慣れてきたみたいだな。毎日、ユエと喧嘩しているだけの事はある」

「・・・スペックが異常。うかうかしていられない」

 

ハジメの呟きに、ユエが感嘆も込めて返す。

そして、俺も感想は同じだった。

なにせ、同じ一刀という条件だが、今の段階でも俺が1対1でやりあってもてこずるほどだ。剣術が十八番だった俺にとって、ちょっと存在が薄くなりそうな気がして内心焦ったのは内緒だが。

 

「そんな事ないよ。魔法はまだ実戦だと使い物にならないし、分解も集中しないと発動しないし・・・ユエからは一本も取れないし」

「・・・香織。あなた何を言ってるのよ。軽く私達を上回る身体能力に、銀翼と分解なんていう凶悪な能力、魔法は全属性に適性があって無詠唱・魔法陣無しで発動可能。剣術も冗談みたいに上達して上限は未だ見えず、ただでさえ要塞みたいな防御能力なのに傷を負わせても回復魔法の練度はそのまま継承しているから即時に治癒して・・・もうチートなんて評価じゃ足りない、バグキャラというべきよ。なのに、まだ不満なの?」

 

香織の自信なさげな言葉に、八重樫が呆れ気味に指摘した。

まぁ、まだ使徒の身体になれていない香織からすればそうかもしれないが、慣れたら俺たちとタメを張るか、もしかしたらスペック的には超える可能性だってあるわけだから、俺たちだってうかうかしていられない。

 

「でも、ユエやシアにも勝てないし・・・私がバグキャラなら、ハジメくん達は?」

「・・・名状しがたい何か・・・としか・・・」

 

八重樫の俺たちに対する評価に俺にも思うところがないわけじゃないが、あまり否定できない。それでも敢えて言うなら、“化け物”ということになるのかもしれないと、俺は思っているが。

 

「大丈夫だ、雫。大迷宮さえクリアできれば、俺たちだって南雲や峯坂くらい強くなれる。いや、南雲が非戦系天職であることを考えれば、きっと、もっと強くなれるはずだ」

「・・・だな。どんな魔法が手に入るのか楽しみだぜ」

「・・・うん、頑張ろうね!」

 

複雑な表情になった八重樫に、天之河が励ますような調子でそう告げた。

谷口と坂上も、微妙な雰囲気を払拭するように、明るい調子で同意したが、わずかに間が空いたのは、見当違いな部分もあると気づいたからか、一瞬だけ俺に向けられた対抗心に気づいたからか。

天之河は、俺たちの強さの理由を神代魔法によるもの()()だと考えているように見える。

だが、実際はそうではない。神代魔法に関係なく、俺たちが強者である理由もあるのだが・・・天之河はそれに気づいているのか。いや、気づいていないだろう。

坂上と谷口は、少なからず俺の教えを受け、飲み込んでいるだけあって気づいたようだが・・・今はそのことについて突くのはやめておこうか。せっかく、緊張をほぐすために坂上と谷口が気を遣ったんだ。それを無下にするようなことを言うほど、俺も考えなしではない。

ティアも、天之河の視線に気づいたようでムッとしたが、俺が肩を竦めて「気にするな」と伝えると、渋々引き下がった。

 

「みなさ~ん、着きましたよぉ~」

 

そんなやり取りをしていると、シアが大樹への到着を告げた。

その声を受けてシアの方に走り寄ると、一気に濃霧が晴れて、以前と変わらない姿の大樹が姿を見せた。

 

「・・・大丈夫だとは聞いていたが、大樹はちゃんと無事だったみたいだな。にしても、相変わらず枯れたままなのな」

「たしか、ここにあるときから枯れていたのだったな?」

「アルフレリックの話によるとな」

 

少なくとも、口伝で伝わっている範囲ではずっと枯れていたと聞いている。

天之河たちも、始めてみる大樹の威容に唖然としていた。

俺やハジメたちも最初は似たような感じだったんだろうなぁ、と感慨深く感じながらも、俺たちは例の石板のところに向かった。

 

「カム、なにが起こるかわからないから、ハウリア族は念のために離れておけ」

「わかりました。ボス、兄貴、ご武運を」

 

俺の指示にカムたちは従い、少し残念そうな表情になりながらも敬礼を決めてから散開した。

それを確認してから、ハジメは宝物庫からオルクスの証である指輪を石板の裏の窪みにはめ込んだ。

すると、以前と同じ文章が浮かび上がってきた。

 

「これは前と同じだな。ハジメ、どれを使う?」

「とりあえず、神山以外のやつをはめ込んでみるか」

 

ハジメはそう呟きながら、それぞれの攻略の証をはめ込んでいった。

石板の方も、証をはめ込むごとに輝きが強くなっていっていく。

そして、神山の攻略の証以外をはめ込んだ直後、その輝きが解き放たれたように地面を這って大樹に向かい、今度は大樹そのものを盛大に輝かせた。

見てみると、大樹にも七角形の紋様が浮かび上がっていた。

 

「ふ~ん?ここで再生魔法を使うのか?」

 

呟きながら、俺は紋様に手を当てて再生魔法を使った。

直後、今までの比じゃないほどの光が大樹を包み込み、巨大な光の柱をかたどった。光に包まれた大樹は光を隅々に行き渡らせながら、徐々に瑞々しさを取り戻していく。

 

「あ、葉が・・・」

 

ティアの呟きに視線を上げると、たしかに大樹の枝に次々と葉が生い茂っていった。

まるで命の誕生を見るような光景に目を奪われながらも周囲を観察していると、大樹は周囲に葉鳴りを響かせ、途端に正面が左右に割れて、大きな洞が出来上がった。

俺たちは顔を見合わせて頷き、躊躇なく洞の中に足を踏み入れた。

このとき、大迷宮を攻略していない天之河たちがはじかれないか心配したが、特に問題なく入れたようだ。おそらく、「入りたければ入れ、何があっても知らんけど」なスタンスなんだろう。

俺は洞の中を見回したが、ドーム状になっているだけで道も扉もなかった。

だが、

 

「行き止まりなのか?」

「いや、下だ!」

 

天之河の呟きに、俺は否定を返す。

次の瞬間、洞の入り口が完全に閉じて、地面に魔法陣が出現して光を放ち始めた。

 

「うわっ、なんだこりゃ!」

「なになに!なんなのっ!」

「落ち着け!転移系の魔法陣だ!転移先で呆けるなよ!」

 

道央する坂上と谷口を俺が叱咤したと同時に俺の視界は光に塗りつぶされ、直後に暗転した。

 

 

* * *

 

 

光の奔流がなくなったのを感じて目を開くと、そこは森の中だった。

木の中に森とかどうなってんだと思うが、それを言えば海底洞窟にも森はあったんだから、今さらだと考えることにする。

それよりも問題なのが、今は俺一人しかいないということだ。全員がバラバラになったのか、俺や少数だけが離されたのかはわからないが、俺が孤立しているのはたしかだ。

まずは、ハジメたちを探すのが目標か。

 

(さて、どうしたものか・・・)

「キュキュゥ・・・」

 

・・・ん?今の鳴き声、どこからだ?周りには、俺以外の気配は感じないが・・・。

いや、ちょっと待て、そういえば、視線がやたらと低い。詳しくはわからないが、周りの草や樹木から推測するに、高くても1mはないだろう。むしろ、50㎝前後といったところか。

・・・この辺りで嫌な予感がした俺は、恐る恐る俺の手を見てみた。

 

 

 

俺の視界に入ったのは、紫の肌に白い毛が生えた、明らかに人間ではない腕だった。

 

 

(うっそだろおいーーーーー!!??)

「キュキュゥゥーーーーー!!??」

 

つーことはあれか?俺は今、完全に魔物の姿になってるってことか?下手すれば、なんかの動物っぽい見た目の!

それに、ふと足元を見下ろしてみれば、むしろあるの?ってくらいの短さしかない。道理で歩きにくいと思ったわけだ!

尻あたりに変な感覚があると思ったら、尻尾も生えているし!

さらにまずいのが、装備がすべて没収されており、魔法もろくに使えない。戦闘面では、まず間違いなく戦力外通告まったなしだ。

・・・だが、不幸中の幸いと言えるかはわからないが、わかったことがある。

この迷宮のコンセプトがなんとなくわかった。おそらく、あの石板に書かれていた“紡がれた絆の道標”というのは、亜人族の協力を得て案内してもらうことではなく、仲間との絆を以て試練を乗り越えることができるか試すということだろう。

であれば、いつまでもこのままということはないはずだ。さすがに迷宮に入った瞬間にゲームオーバーはシャレにならない。

そう考えれば、魔物の姿になったのも、魔物になった仲間を判別、あるいは信頼できるかを試しているのだろう。

なんにせよ、まずはハジメたちを探そう。話はそれからだ。

ハジメたちに俺だとわかってもらえるか不安もあるが・・・だからと言っていつまでもしり込みしているわけにはいかない。合流した時のことは、ハジメたちを見つけた時に考えるとしよう。

俺は決意を固めて、ハジメたちを探すために歩き出した。

 

 

* * *

 

 

決意を固めてから数十分後、俺は必死に逃げ回っていた。

何から?数えきれないほどのロケットやミサイルによる爆撃からだ。

 

(くそったれーー!!)

「キュキュッキューー!!」

 

どうしてこうなったのかと聞かれても、俺にだってわからない。数分前、何やら嫌な気配というか殺気を感じたと思ったら、遠くから噴射音が聞こえた。それが徐々に近づいていると思った俺は、その場から全力で逃げた。次の瞬間には、ミサイルとロケットによる大虐殺が始まった。

不幸なことに、魔物に襲われないとわかった俺は周囲に魔物がいるのも無視して探索していたから、俺を認識していない可能性が高い。いや、そもそも俺が魔物の姿になっていることがわかっているかどうかも怪しいところだ。

幸いなのは、俺のいる位置がちょうど射程の境目付近だったことだろう。中心地に比べれば、まだ被害は少ない。

だが、移動しながらぶっ放しているのかじりじりと爆風が近づいてくる。

それを俺は木の枝による立体機動や今の身体に適応した体捌きで必死に回避している。

この惨劇を引き起こした人物には、1人しか心当たりがない。いや、他に同じことができる奴がいても困るだけだが。

とりあえず、ハジメはあとでボコして説教しよう。

 

 

 

 

 

 

必死に逃げ回ること、さらに数分後。俺にとっては永遠のように感じた数分だったが、それはともかく、ようやく爆撃が収まった。

新しいミサイルの気配がないことを確認した俺は、なるべく身を隠してハジメたちがいるだろう方向に進んだ。

場所はそこまで離れていなかったようで、およそ500mほど進んだところでハジメたちを見つけた。

見た限り俺の他にいないのは、ユエ、ティオ、坂上の3人だ。

だが、なんか妙なことになっている。

というのも、ゴブリンっぽい見た目の魔物が、ハジメとイチャイチャしているのだ。

それで、なんとなく、あのゴブリンがユエだろうと思った。ハジメなら、それくらいはすぐに見抜きそうだ。

なら、俺たちが魔物になっていることはわかっていると考えていいだろう。

それを確認した俺は、即座にハジメのところに向かった。気配を消して。

一番最初に気づいたのはティアで、その次に八重樫、その次にハジメが振り向かずに拳を放ってきた。

俺は放たれた拳を回転しながら受け流し、回転運動も加えた尻尾攻撃を顔面に叩き込んだ。

 

ビシッ!

「んあ?なんだこいつ?」

 

とはいえ、今の身体ではステータスに差がありすぎるせいで、ハジメにとっては痛くもかゆくもなかったようだが。

 

「キュキュウ!キュキュウ!キュキュッ、キュー!」

 

言葉を発することができな俺は、鳴き声とジェスチャーで俺の態度を示したが、ハジメは『なんだこいつ』と言わんばかりに首をかしげる。

こいつ、本気で俺のことがわかってないのか?なら、さらにもう一発・・・

 

「ツルギ!!」

「ムキュウ!?」

 

叩き込もうと思ったら、サイドから思い切り抱きしめられた。

俺を抱きしめた正体は、ティアだ。

ティアはよほど心配だったのか、一心不乱に俺を抱きしめ続けている。

 

「ツルギ!ツルギ!」

「ム、キュ、ギュウ・・・!」

 

ただ、力が強すぎて俺の呼吸ができない。

やばい、酸欠でめまいが・・・。

そこで、ようやく俺の正体を察したハジメが、俺に念話石を渡してきた。

俺はこれを受け取り、ティアの腕をタップしながら話しかけた。

 

『ティア、もう少し力を緩めてくれ。さっきから首がしまって・・・』

「え、あ、ごめん!」

 

ようやく正気に戻ったティアは、俺を抱きしめる力を緩めた。

それでなんとか余裕を持った俺は、ティアの頭を撫でながら話しかける。

 

『心配かけて悪かったな。見ての通り、俺は無事だ。だから、早く泣き止んで・・・』

 

話しかけている途中で、俺は気づいた。

ティアはすでに泣いていない。それどころか、俺の体に顔をうずめたまま頬ずりさえしている。

なんとなく、嫌な予感がした。

 

『・・・ティア。まさかとは思うが、今の俺の姿を満喫しているとかじゃないよな?』

「・・・べつにいいじゃない」

 

言外に肯定されてしまった。

そして、ハジメが俺にニヤニヤと笑みを浮かべている。他の面々も、男性陣はなにやら面白そうな表情を浮かべていたり、女性陣はわずかに頬を赤くしている者さえいる。主に八重樫と谷口が。

なんだか、さらに嫌な予感がしてきた。

 

『・・・なぁ、ハジメ。今の俺は、いったいどんな姿なんだ?』

「あぁ?まだ見てないのか?なら、ほらよ」

 

そう言いながら、ハジメは宝物庫から姿見を取り出した。

そこに映っていたのは、

 

『・・・マジかい』

 

全身は顔と手足を除いて、丸っこい耳も含めて白い体毛に覆われ、つぶらな瞳に小さな鼻を持った、わ〇ぼうに酷似した姿になっていた。

有り体に言えば、とてもかわいいビジュアルになっていた。

 

『くっそ!こんなの俺じゃねぇ!!』

「いや、私はかわいらしいツルギ殿もいいと思うぞ?」

『褒められた気もしないし、嬉しくもねぇから!』

 

はたして、可愛いと言われて喜ぶ男がどれだけいるのか。

俺はじたばたと暴れるが、それでティアの抱擁から抜け出せるはずもなく、疲れた俺はぐったりと力を抜いた。

そして、ふと強烈な視線を感じる。

顔を上げてみれば、八重樫がいつぞやのシアのウサ耳を前にしたときのように、口元をだらしなく緩ませながら、瞳をキラキラさせていた。あと少しでよだれが垂れそうなレベルだ。

ティアもその視線に気づいたようで、いったん顔を離したと思ったら、八重樫の方に俺を差し出し、

 

「せっかくだし、抱きしめてみる?」

『ティア!?』

 

そんなことを言ってのけた。

これに八重樫は、まるでゾンビのように両手を前に差し出しながら俺の方に近づいてきた。

 

『待て!近づくな!せめてよだれは拭いてくれ!』

「・・・もふもふ・・・」

『くそっ、正気を失ってやがる!おい!お前たちもニヤニヤしてないで助けてくれ!ハジメも!ゴブリンといちゃついてんじゃねえよ!』

 

俺は必死に訴えかけるが、だれも手を差し伸べてくれない。

天之河でさえ、視線を逸らしたまま周囲を警戒しているふりをしている。

そして、とうとう八重樫の手にわたってしまった。

手渡された瞬間になんとか振りほどこうと暴れたが、思った以上に今の身体は貧弱なようで、八重樫からでさえ逃げられなかった。

 

『ちょ、まっ、やめ、のあああぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

俺の訴えもむなしく、その後も散々に、主に八重樫、ティア、イズモにモフモフされた。

・・・イズモがモフモフされてるときって、こんな感じなのかなぁ・・・。




『やめろぉ!離せぇ!』

5分後

『お前らぁ・・・いい加減にぃ・・・』

15分後

『・・・』(ぷら~ん)
「静かになったな」
『・・・ん。諦めたともいう』

徐々に抵抗する気力をなくしていったツルギの図。

~~~~~~~~~~~

ティアが魔物になると思ったか?
残念、ツルギが魔物になるのだ。
さすがに恋人が魔物になってハジメやツルギがキレるのはありきたりだと思ったので、発想を変えてみました。
ちなみに、なぜわ〇ぼう風にしたかと言えば、単純にドラクエの中で自分が最も抱いてみたいモンスターだからです。
あれの抱き心地もとても気になるので。




・・・ちなみに、自分はアレルギー検査したら、主要なやつはすべて陰性でした。
なので、思う存分モフモフできます。
やったぜ。


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たまには傍観も悪くない

『と、とりあえず、香織。再生魔法で元に戻せるか試してみてくれ』

 

散々モフモフされた後、俺はぐったりしながらも香織に呼びかけた。

すると、ティアがなぜか猛烈に反対した。

 

「ダメよ、ツルギ!ツルギはまだこの姿でいて!」

『いったい何を言ってるんですかねぇ、ティアさん!?』

 

なにがティアを駆り立てているのか。あぁ、可愛いものへの執着心か。

八重樫の方も、頬を赤くしながら力強くうなずいている。

 

「なら、ツルギ君はそのままで・・・」

『いいわけないだろ。頼むから、2人を正気に戻してくれ。ていうか、俺もユエもこのままだと、ろくに迷宮攻略ができないんだが』

「むぅ・・・なら、仕方ないわね」

「・・・残念ね」

『マジで残念がらないでくれ』

 

仲がいいのはべつに構わないんだが、変なところで意気投合されても困る。

 

『そういうことだから、香織、頼んだ』

「わかったよ。それじゃあ、いくよ。“絶象”!」

 

俺の呼びかけに答えるように、香織は“絶象”を行使した。

再生魔法は神代魔法であることから、その効果は絶大だ。元に戻る可能性も・・・

 

「あ、あれ?なんで!?」

 

あると思っていたのだが、それは甘かったようで、俺とユエの姿はそのままだった。

香織がもう一度“絶象”を行使するが、いくらやっても俺とユエの姿は戻らなかった。

 

「どうして・・・」

『おそらく、この姿になったのも神代魔法の影響なんだろうな。おそらく、変成魔法あたりなんだろうが・・・』

『・・・ティアからの話を聞く限り、それだけで魔物の姿になるのは考えにくい』

 

ユエも俺と同じ考えに至ったようで、首をかしげる。

ティアから聞いた話では、変成魔法はあくまで生体内に魔石を生成することで、対象を魔物にする魔法だ。人からいきなり魔物の姿になるとは考えにくい。

となると、

 

『・・・他にも、私たちの知らない何かがあるってこと?』

『それが何かはわからないが・・・まぁ、ここに挑んでいる時点で再生魔法が使えるのは当たり前だから、何も対策していないはずはないか。それに、さすがに迷宮に入った瞬間にゲームオーバーってのはないはずだ。おそらく、この階層を突破したら元に戻るだろう』

「まぁ、そう考えた方が妥当か。ひとまずは、ティオと坂上を探すか」

 

今後の方針を決めて、俺たちは再び歩き始めた。俺はティアに抱かれたままだが。

ちなみに、天之河はユエを魔物だと思って斬りかかりそうになったらしく、それをユエに謝罪しようとしたのだが、ユエが「ハジメが助けてくれるとわかっていたから気にしていない」と言ったことでさりげなく天之河を傷つけた。

ていうか、どうしてちょっとでも自分を信じていたからなんて勘違いしそうになったのか、理解に苦しむ。やはり、俺と天之河は一生分かり合えないらしい。

 

 

* * *

 

 

その後、俺はティアに抱きあげられたまま再び歩き始め、ティオと坂上を探し始めた。

の、だが・・・

 

「・・・ハジメさん、今度は私にもわかりますよ。あれがティオさんだって」

「私もわかるよ。どうみてもティオだよ」

『・・・むしろ、ティオ以外にあんなのがいたら大変』

「満場一致で、あれがティオだな」

 

俺たちが合流してからおよそ30分後、ゴブリンの集団を見かけた。見た限り、1匹のゴブリンに複数のゴブリンが暴行を加えている現場だった。

暴行を受けているゴブリンに目立った傷がないことから、単純に弱い者いじめか、仲間内の序列のようなものだと考えるのだが・・・

 

「恍惚としてる・・・わよね?どう見ても・・・」

『日本だったら、余裕で放送禁止のレベルだな』

「少なくとも、人前で見せていいものではないわよね」

「南雲・・・認めるよ。懐の深さでは、俺はお前に敵わない・・・」

「よせ、天之河。俺があの変態を許容しているみたいな言い方は心外だ・・・諦めているだけなんだ・・・」

 

ハジメの言う通り、別にティオの変態を許容しているわけではない。矯正しようとしても治るどころか、むしろ悪化する場合の方が多いのだ。

だから、俺たちの間ではティオのことはもう諦めようという結論になった。

そして、それはハジメに限った話ではなく、

 

『なぁ、イズモ。あれ、いいのか?』

「・・・里には、ティオ様は残念でしたが、と伝えておくから、問題ない」

 

イズモが、死んだ魚のような、それでもどこか達観したような目になりながら、さっと視線を逸らした。

ティオの変態化で最もダメージを負ったのは、他ならぬイズモだ。その傷心の度合いは、俺たちで測れるものじゃない。

 

「えっと、イズモ。はい、これ」

「・・・感謝する、ティア殿」

『うーん、なんか釈然としないなぁ・・・』

 

平然と、俺が慰めの道具として扱われるのは、男としてちょっと複雑な気持ちになる。

俺が慰めるんじゃなくて、俺をモフモフすることで傷を癒しているようなものだからなぁ・・・。

 

『とりあえず、ハジメ。ティオはどうする?』

「・・・あいつはもう手遅れだ。イズモもあぁ言ったことだし、残念だが諦めよう」

 

ハジメは悲し気な表情で頭を振り、そっと踵を返した。ユエやティアたちも、何のためらいもなく追随する。あの天之河ですら、「仲間を見捨てるのか!」と言わずに、どうしたものかと視線をさまよわせていた。

 

「グ?ギャギャ!!」

 

すると、俺たちに気づいた1匹のゴブリンが、声を上げて俺たちめがけて、正確にはハジメめがけて突進してきた。

その動きは今まで暴行を受けていたとは思えないほど素早く、なおかつ地面を這うようにして高速移動していたため、女性陣が思わず後ずさる。

 

「グギャギャギャ!!」

 

そうこうしている内にゴブリン(ティオ)がル〇ンダイブのような姿勢で飛び上がると、そのままハジメに向かって一直線に飛び込もうとする。

当然、ハジメの対応は、

 

「寄るな、このド変態が」

 

容赦のないアッパーカットをかました。

何だか鳴ってはいけない音を響かせながら、ゴブリン(ティオ)は四回転半の芸術的なバク宙を決めつつ傍の茂みにドシャ!と墜落した。

 

『・・・死んだ?』

『だったら、話は早いんだけどな』

 

たしかに、普通なら死んでもおかしくはない。

だが、ケツパイルによって目覚めたあのドMの変態のことだ。この程度では死なないだろう。

俺の予想は当たったようで、しばらくびくびくしながらも、意識を取り戻してガバッ!と起き上がった。

 

「ギャギャギャ! ゴゴ、グゲ! グギャ!」

 

そして、興奮したように鳴き喚きながら両手で自分の頬をはさみ、まるでイヤンイヤンするように身を捩らせている。そして、熱っぽい瞳でハジメをチラ見し始めた。

頬を赤らめながらチラ見するゴブリン・・・

 

『なんて冒涜的な生き物なんだ・・・』

「ツルギ、ちょっと吐きそう・・・」

 

ティアの言葉もなかなか失礼だが、この駄竜はそれすらも快感に昇華させることができるようで、息を荒くしながらビクンッと震える。イズモの向ける絶対零度の眼差しも同じように快感に変換している。

マジでどうしようもねぇな、この変態。

とりあえず、ドンナーに手を伸ばしているハジメに代わって香織が念話石を渡した。

 

『む、念話石じゃな・・・どうじゃ、ご主人様よ、聞こえるかの?再会して初めての言動が罵倒と拳だった我が愛しのご主人様よ』

「チッ。体は変わってもしぶとさは変わらねぇのか。そのまま果てればいいものを・・・」

『っ!?あぁ、愛しいご主人様よ。その容赦の無さ、たまらんのぉ。ハァハァ。やはり、妾はご主人様でなければだめじゃ。さぁ、ご主人様の愛する下僕が帰って来たぞ。醜く成り下がった妾を存分に攻め立てるがいい!!』

 

そう言って、ティオは煮るなり焼くなり好きにせよ!と言わんばかりに地面に大の字になって寝転がった。

イズモの俺を抱く腕に力がこもる。どうやら、精神的にかなりのダメージが入っているらしい。

とりあえず、慰めの意味も込めてイズモのキツネ耳を撫でる。ティアも同じように俺と反対側のキツネ耳を撫でることで、多少は回復したようだ。

ハジメもティオから視線を切って、他のゴブリンを射殺してから無言で探索を再開した。他のメンバーもティオを見ないようにしてハジメに追随する。

後ろからなにやら変態の言葉が聞こえたが、それも無視した。

この変態なら、たいていのことでは死なないだろう。

 

 

* * *

 

 

その後、オーガの姿になった坂上も発見した。

ただ、他のオーガと戦っていたようで、かなりボロボロになっていた。発見するのがあと少し遅かったら、死んでいたかもしれなかった。なぜ逃げないのかと疑問に思ったが、脳筋だからで片付けた。

幸い、俺の教え通りの動きはできていたから、ギリギリ及第点といったところだろう。一応、八重樫がオカンのごとく説教をしたし。

それから探索を再開したのだが、進んでいるうちに巨大な木が鎮座している場所にたどり着いたのだが、その巨木は実はトレントのような魔物だったようで、「この先に通りたければ我を倒していけ!」と言わんばかりに暴れ始めた。

そこに、今のところ戦果がない天之河たちが「こいつは俺たちが倒す!」と言って飛び出し、俺たちもそれでいいかということで、ハジメの展開した四点結界の中で香織が回復するだけで、俺たちは手を出さないようにした。

久しぶりに傍観を決めた俺たちだったが、天之河たちの連携はなかなかのものだった。八重樫が入ったことでちゃんとした指揮の下で動けるようになり、後ろで全体的な動きを観察している谷口が的確に障壁を展開してサポートする。

が、やはりきついようで、苦戦を強いられている。

香織が回復を入れることで経戦能力は問題ないが、決定打になる一撃が入れられないでいる。

業を煮やした八重樫が天之河に“神威”を放つように指示し、詠唱の間に守り切って天之河が“神威”を放ったが、トレントモドキの固有魔法らしき木の根に阻まれて直撃せず、谷口が“聖絶”で防御するが、一撃でひびを入れられる。

“聖絶”は香織が再生魔法で再生することで機能を保つことができたが・・・

 

『もうそろそろ限界だな』

「ツルギもそう思うか?」

『あぁ。天之河が“限界突破”の上位互換を使えば倒せるだろうが、後のことを考えればそこで消耗するのは避けたいな。“限界突破”の疲労は、通常の回復魔法だと簡単には治らないし、だからと言って再生魔法は消耗が激しいし』

「たしかにな。だが・・・」

 

そこまで相槌を打っておきながら、ハジメは渋る。

おそらく、天之河たちが神代魔法を得られないことで肉壁の役割を果たすことができないと考えているのだろう。

だからと言って、先に何があるのかわからないのにほいほいと神代魔法を使うわけにはいかない、といったところか。

だが、その心配はいらないだろう。

 

『ハジメ。戦闘の成果を気にしているなら、その必要はないと思うぞ』

「あ?どういうことだ?」

『ご主人様よ。おそらくじゃが、ハルツィナは絆を試しておるのではないかの?』

 

俺の言葉を引き継いで、ティオがハルツィナの試練についての推測を口にした。ティオの言ったことは、俺が考えていたこととだいたいは同じだ。

そのことに、俺は内心で嘆息する。

ティオは根本的にはドMの変態だが、年長者らしく鋭い考察を行ったり、含蓄のある助言をすることがある。

こういう時に、ユエが最初に言った“高潔で敬意を払うべき種族”という言葉に納得できるのだが、基本的には変態が全面に押し出されているという・・・。

これだから、この変態はどこまでいっても残念なんだよなぁ・・・。

とりあえず、ハジメには責任を取ってもらうことにしよう。ティオが変態になったのは、ハジメのケツパイルのせいだし。

 

『まぁ、そういうことだから。手っ取り早く焼き払ってくれ、ハジメ』

「・・・はぁ、わかったよ」

 

天之河たちの周りには、すでに数えきれないほどの樹々で溢れていた。

谷口の方は、“聖絶”で必死に防御している。

 

『谷口。ハジメが周りを焼き払うから、“聖絶”は絶対に解くなよ』

『え?』

 

谷口の素の声が返ってきた直後、ハジメは円月輪を飛ばして樹々を切り裂きながらタールを散布し、十分散布したことを確認してから、小さな火種を放り込んだ。

次の瞬間、周囲は視界すべてが紅蓮に染まった。

タールがまとわりついたトレントたちも、摂氏3000度の業火にはなすすべもなく燃やし尽くされていく。

そんな光景も、15分後には完全に鎮火した。

あやうく周りに燃え移って火事になりそうになったが、香織が水魔法で消火した。

 

『お疲れさん、ハジメ』

「これくらいはどうってことねえよ」

 

俺の注文通りにしてくれたハジメに、俺は労いの言葉をかける。

ちょっと思っていたよりも被害が大きくなりそうだったが、これくらいは誤差の範囲だ。

天之河たちからは呆れの視線を向けられるが、一番手っ取り早い方法がこれだったんだから、別にいいだろ。それに、こういうのは慣れればどうってことはない。俺だって、魔法が使えれば同じようにしたし。

ただ、天之河の瞳に暗いものが宿ったのを、俺は見逃さなかった。

すぐに頭を振って気持ちをリセットしたようだが、それでもネガティブな雰囲気はぬぐい切れていない。

だからといって、俺が何をするでもないが。結局のところ、天之河がどうにかするしかないわけだし。

すると、背後の方でメキメキと音がした。

振り返ってみると、

 

「再生している?」

 

天之河の言葉通り、巨木が形を取り戻していた。まさに、再生したような感じだ。

だが、トレントモドキが攻撃を仕掛けてくる気配はなく、しばらくすると幹が左右に割れて洞が出来上がり、中に空間ができた。

 

『なるほど。中ボスだと思っていたら、次のステージへの扉でもあったってことか』

「そうみたいだな。なら、さっさと先に進むか」

 

俺の考察にハジメも頷き、ためらいなく洞に向かって歩き始めた。ユエたちもそれに追随し、天之河たちも慌ててついてきた。

全員が中に入ると、やはり洞の入り口が閉まり、足元に魔法陣が輝き始めた。

 

「また転移だな・・・」

 

ハジメはそう呟きながら、ティオとユエを抱き寄せた。ティアも、俺を抱く腕に力を込める。

今の俺たちに、戦う力はない。些細なことでも命取りになりかねないのだから、ある意味当然だろう。

 

『ティア、大丈夫だ』

 

俺の励ましに、ティアが答えることはなかった。

ティアが口を開く前に、光は俺たちを飲み込み・・・




『つーか、八重樫はちゃんと戦闘に集中できるのか?』
「それくらいは当然よ。私だって、分別できるんだから」
「なら、私もツルギを背負いながら参加しようかしら?」
「そ、それはできれば、やめてほしいかなと・・・」
『動揺しまくりじゃねえか』
「なら、頑張ったらあとでシズクにモフモフさせてあげるわよ?」
「頑張る!」
『勝手に取引しないでくれよ!』
「いいじゃねえか。女の子に引っ張りだこで」
『結果的にはそうでも内容的にはうれしくねえよ!』

非常に人気なモフモフツルギさんの図。

~~~~~~~~~~~

今回は軽めに仕上げました。(手抜きともいう)
次回から本気出すので。
次回は、今までと比べてもかなり重要な回になりますからね。
自然と気合が入ります。


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夢の世界

目を開けると、そこは()()()()部屋だった。

ベッドとデスクに、その上に置かれたパソコン、様々な本やゲームソフトが並べられた本棚。

ここは、俺の部屋だ。

・・・そう言えば、昨夜はハジメと遅くまでゲームをしていたから、まだ眠いな。目覚まし時計を確認すればまだ少しだけ時間があるし、もうちょっとだけ寝ようか・・・

 

「ツルギー、起きてるー?」

 

布団にくるまろうとした矢先に、扉の外から声が聞こえた。

誰の声かはわかっているが、どうせだからもう少し寝ていたい。

俺は布団にくるまり、瞳を閉じて声を無視し・・・

 

「そろそろ起きないと、ティアちゃんに中に入ってもらうわよー?」

「おはよう、母さんっ」

 

俺の恋人を脅しに使われた俺は、すぐさま飛び起きた。

俺の恋人のティアは、俺とのスキンシップが好きなのだが、時折いきすぎることがある。

この前なんか、俺が寝ているベッドの中に忍び込んで思い切り抱きしめたり耳を甘噛みしたりしたし。

 

「ていうか、もうティア来てたのか?」

「ついさっき来たところよ。だからツルギを起こしに来たのだけど」

 

毎回、俺よりも早く起きて家に来るティアに、感心すらする。

正直、ちょっと重い気がしなくもないが、それだけ俺のことが好きだということだろう。それはそれでうれしい。

ということで、俺は早く恋人に会うためにも、着替えを持って洗面所に向かう。

 

「おはよう、ツルギ」

 

その途中で後ろから声をかけられた。

振り返ってみると、そこには、赤髪と耳にイヤリングをつけた美少女(俺視点)が立っていた。

彼女こそが、俺の恋人のティアだ。

 

「おはよう、ティア。ふぁああ・・・」

「ツルギ、まだ眠いの?」

「あぁ、昨夜は遅くまでハジメとゲームやってたからな・・・」

 

俺とハジメがやっていたのは、ファンタジー系のMMORPGで、ちょうどダンジョンを攻略しているところだった。いいところで終わろうと思ったのだが、もうちょっとを続けている内に遅くなってしまった。

いつもは朝の鍛錬を欠かさないのだが、たまには休んでもいいだろう。

俺は眠気を堪えながらも目をしょぼしょぼさせていると、不意にティアがほほ笑んだ。

 

「ふふっ。そう。なら・・・」

 

そう言って、ティアはさりげない動きで近づき、その唇を俺の唇に触れ合わせた。

突然の柔らかい感触に、俺は一気に目が覚める。

 

「んっ・・・ぷはっ。どう?目が覚めた?」

「お、おう・・・」

 

突然のことに、俺は咄嗟に声を出そうとしたが、上手くいかずに変な感じになってしまった。

 

「まったく、本当に仲がいいわね、2人とも」

 

背後から呆れた声が聞こえた。振り返ってみれば、そこには呆れているような、若干冷たい空気を放っている母さんが立っていた。

 

「まさか、親の前で堂々とキスするなんてね」

「いや、これは、その・・・」

 

これに関しては、流されてしまった俺にも悪いところがないわけではないと、頭ではわかっている。

その上で言わせてほしいのは、

 

「やっぱり俺の恋人は最高なんだなって」

「今日の朝ごはん抜きにするわよ?」

 

なんて横暴なんだろうか。俺は事実を言っただけだというのに。

それに、

 

「それを言ったら、母さんだっていつも父さんといちゃついてるだろ」

「私とお父さんはいいのよ」

 

横暴ここに極まれり。

息子にはダメだと言っておきながら、自分はいいとか。いったいどういうことなのだろうか。

 

「もうちょっと息子と恋人を大目に見ようとは思わないのか?」

「ツルギはティアちゃんを甘やかしすぎなのよ。この前なんて、もっと絡みつくようなキスを見せつけたり、もっと濃いイチャイチャを見せつけたりしたでしょ?」

「あれは見せつけたんじゃなくて、母さんが偶然入ってきただけだろ」

 

どういう理屈かはわからないが、俺とティアがイチャイチャしていると、なぜかよく母さんと鉢合わせる。ある時はお茶を持ってきたときに、ある時は廊下でばったり。

俺も気を付けているつもりなんだが、どれだけ注意しても同じことが起きてしまう。

本当に、不思議なことがあるものだ。

 

「まぁ、そんなことより、さっさと顔洗って着替えてきなさい。もうすぐ朝ごはんだから」

「わかったよ。ティアも先に待っててくれ」

「わかったわ」

 

さすがにティアに俺の着替えを見せるわけにはいかないから、ティアを食卓に向かわせる。

俺はティアと別れた後、顔を洗って寝癖を整え、制服に着替えて食卓に向かった。

 

「おはよう、父さん」

「あぁ、おはよう、ツルギ」

 

食卓に行くと、そこには父さんが座って新聞を読んでいた。

だが、いつもは会社に行くのにスーツを着ているのだが、今日は私服のままだった。

 

「父さん、今日は会社は?」

「有給休暇をとったんだ。今日は、俺と母さんの結婚記念日だからな」

「あぁ、そういえばそうだっけ」

 

この両親は、結婚記念日は必ず二人一緒で出掛ける。これは、2人が結婚してから欠かしていないらしい。

本当に、仲のいい夫婦だ。

 

「私たちも、結婚したらこうなるのかしらね」

「さぁ、その時にならなきゃわからないな」

 

何気に俺とティアの結婚が決まっているような言い方だが、俺としてはティア以外の相手がいるとは思っていないから、そこまで不自然でもないだろう。

 

「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」

 

こうして俺はティアと共に朝食を食べ始めた。

どうせ父さんと母さんはいちゃいちゃしながら食べているだろうから、俺たちは俺たちでさっさと食べて学校に行くとしよう。

 

 

* * *

 

 

朝食を食べ終えた俺とティアは、逃げるようにして家を出発した。

 

「ツルギのお父さんとお母さん、本当に仲がいいのね」

「むしろ、恋人とはいえ、誰かの前でやってほしくなかったんだけどな」

 

父さんと母さんは俺とティアの少し後に朝食を食べ始めたのだが、それはもう甘々だった。

例えば、食べさせ合いっこはもちろん、母さんが父さんの膝の上に座ったり、逆もやったりした。正直、俺の方がいたたまれないくらいだった。

母さんは俺とティアがいちゃついている現場を見るたびにチクチク刺すような口調で言ってくるが、完全に人のことを言えない。むしろ、ちゃんとTPOをわきまえようとしている俺たちの方がマシなんじゃないかと思える。

五十歩百歩だって言われたらそれまでだけど。

まぁ、いちゃついているカップルは俺の知り合いにもいるわけだが。

そう考えていると、ちょうどそのカップルと出くわした。

 

「おう、おはよう。ハジメ、ユエ」

「ハジメ、ユエ、おはよう」

「あ、ツルギ。おはよう」

「・・・ん。おはよう」

 

曲がり角でばったり出くわしたのは、俺の親友であるハジメと、金髪が特徴的な美人のユエだ。この2人もまた付き合っている。

この2人は、たしかユエが暴漢に襲われていたときにハジメが助け、そのまま流れで付き合うことになったらしい。

そのことを聞いた時は、まるでアニメのような出会いだなと笑ったものだが、ハジメからも俺だって同じようなものじゃないかと反論された。

たしかに、俺とティアが出会ったのは、ティアが公園のベンチで生き倒れていたのを偶然、俺が見つけたからだ。

なんとなく放っておけなかった俺はティアを家に連れて介抱し、布団やご飯を提供した。

後になって話を聞いたところ、どうやら父親と親子喧嘩をして家出したらしく、だが何の準備もなかったため空腹と眠気でそのまま倒れてしまったらしい。

その後、俺はティアと父親であるリヒトと仲直りの仲介役をし、見事に仲直りさせることができた。

それから、偶然同じ高校だったこともあってティアは俺によく構うようになり、いろいろあってティアからの告白を受け入れて無事付き合うことになったというわけだ。

ティアを紹介した時の父さんと母さんの反応は、思っていたよりもそっけなかったというか、「はいはい、わかってたから」みたいな反応だったが。そんなにフラグを建てていたか?

 

「珍しいな。今日は結構早いんだな」

「うん、ユエに起こされてね。そういう剣も早いね」

「俺はティアに起こされた。あと、今日は父さんと母さんの結婚記念日だから、家の中の空気が甘ったるくて、とてもじゃないが中にいられなかった」

「あはは・・・」

「・・・ツルギのお父さんとお母さんは仲良し。私も見習いたい」

「私もそう思うわ」

「あれを見習っても、得られるものは何もないと思うけど」

 

敢えて言うなら、イチャイチャ夫婦の真髄とか、そのあたりか。

 

「ていうか、ハジメの場合はもっと自分の身の周りを気にした方がいいだろ。ただでさえ修羅場になっているわけだし」

「まぁ、それはそうかもしれないけどね・・・何を言ってもだめだから・・・」

「まぁ、あいつらのメンタルとバイタルはカンストしているからな」

 

そう、ハジメは何気にモテている。ユエという恋人がいながら、他にも複数人の女子からもアプローチを受けているのだ。それも、誰もが一目置くような美女ばかりから。

当然、ハジメには嫉妬の集中砲火が刺さり、俺は馬鹿な真似をした輩に制裁を加えたりした。

今はまだ落ち着いているが、それでもたまにバカな真似をしようとする奴はでてくる。

だが、その辺りから今度はハジメを好いている女子たちが迎撃に周り、俺の時より悲惨な目にあうようになってからは、めっきり減ったが。

 

「そういうツルギだって、あと2人からアプローチされてるよね?」

「俺の方は上手くいっているからいいんだよ」

 

そう、何を隠そう、俺もティアの他に2人からアプローチを受けている。

だが、俺の場合は上手く立ち回って諍いが起きないように計らっている。その辺りが不器用で盛大に炎上しているハジメとは違うのだ。

 

「あ!ハジメさ~ん!」

「ハジメ君!」

 

そこに、ハジメサイドの渦中にいる、()()()()()()がトレードマークのシアと学校の2大女神の1人である()()が走ってきた。

シアはユエと同じ留学生で、家族ともども暴漢に襲われていたところを助け、同じように付き合いが始まった。

シアはユエと比べてスキンシップが激しく、今も走ってきたまま背中からハジメに抱きついた。

 

「ハジメさん!おはようございますぅ!」

「ハジメ君!おはよう!」

「お、おはよう、シアさん、白崎さん。あと、シアさんは挨拶する度に抱きつかないでって、いつも言ってるでしょ!」

「いいじゃねぇか、役得で」

「ツルギは他人事だね!?」

「他人事だから当たり前だろ。んじゃ、俺たちは先に行ってるから」

「ちょっ、ツルギ!?」

 

俺は愛の逢瀬の邪魔をするほど野暮ではない。たとえ見捨てるような形になっても、俺は空気を読む男だ。

後ろからハジメの悲鳴が聞こえたが、聞こえないふりをして歩く足を速めた。

 

「いつものことだけど、いいの?放っておいて」

「いつものことだから放っておくんだよ。こればっかりはハジメに頑張ってもらうしかない」

 

当然だろう、ハジメの問題なのだから。

俺たちはハジメを置いて行って、先に学校に向かうことにした。

それから他愛無い会話をしながら歩いていると、正門が見えてきた。

 

「あ、ツルギ先輩!おはようございます!」

 

すると、俺たちの後ろから声をかけられた。

振り返ると、栗色の髪が特徴的な少女が駆け足で近寄ってきた。

 

「おはよう、アンナ」

「おはよう、アンナちゃん」

 

話しかけてきたのは、俺の後輩であるアンナだ。

アンナは俺にアプローチを続けている2人のうちの1人・・・などと言われているが、一方的に慕われているだけだ。

アンナとは委員会の関係で知り合い、いろいろと世話を焼いたこともあって、俺のことを先輩として慕ってくれている。

ティアもそれをわかっているから、あまり邪険に扱うことはない。

ただ、「先輩!先輩!」まるで子犬のように俺に近づいてくるアンナにジト目を向けることはあるが。

 

「先輩は、今日はハジメ先輩と一緒ではないんですか?」

「俺だって、愛の逢瀬を邪魔するほど野暮じゃないってことだ」

「愛の逢瀬・・・すごい大人な響きです」

 

大人は大人でも、だいぶやらしい部分もあるけど。主にユエに。

 

「ツルギ先輩とティア先輩は、今日も仲良しですね」

「えぇ、そうね。今日もツルギの家で朝食を食べてきたわ」

「うわぁ!ティア先輩って通い妻なんですね!」

「アンナ、言い方」

「通い妻なんて、そんな・・・」

 

いや、あながち間違いではないけど。家でだって、もはやもう1人の娘みたいな感じの扱いだし。母さんだって、「ティアちゃんのお部屋を用意しましょうか?」とマジな口調で提案したこともあるし。そのときは、ティアが顔を真っ赤にしながら、まだ気持ちの整理がつかないからと断ったが。

ただ、そんなキラキラした目を向けられても、どんな反応をすればいいのかわからない。ティアは顔を赤くして照れてるし。

 

「では、私は日直の仕事があるので、これで失礼します」

「あぁ、またな」

「またね、アンナちゃん」

 

ここで、アンナとはいったん別れたが、今日は委員会でまた会うだろう。

そんなことを考えながら、昇降口で上履きに履き替える。

そして、教室に向かおうとすると、知った顔に会った。

 

「イズモ先生、おはようございます」

「おはようございます、イズモ先生」

「あぁ、おはよう。峯坂君、バグアーさん」

 

黄金色の髪とスーツがよく似合う数学教師、イズモ先生だ。

イズモ先生は俺の家の比較的近くに住んでおり、昔からよく相談に乗ってもらったりしていた。そのため、学校では教師と生徒という立場を保っているが、休日はティア共々遊びに行ったり勉強を見てもらったりしている。

このことから、アンナと同じように俺をティアと奪い合っているみたいな噂が流れたりしたが、ティアはむしろイズモ先生のことを信頼している。

そのイズモ先生は、紙の束を抱えていた。

 

「そのプリントはなんですか?」

「あぁ、これは今朝の配布物なんだが、多くなってしまってな」

「なら、一緒に運びましょうか?」

「いいのか?」

「普段からお世話になっているので、これくらいはかまいません。それに、1人で運ぶより3人で運ぶ方が楽でしょう」

「えぇ、私も構いません」

「そうか。なら、お言葉に甘えるとしよう」

 

俺とティアはイズモ先生からプリントを受け取り、教室へと運んだ。

 

「助かったよ。峯坂君、バグアーさん」

「これくらいはかまいませんよ」

「イズモ先生が良ければ、私たちを頼ってもいいですから」

「あぁ、そうさせてもらおう」

 

そう言って、俺たちは自分の教室へと向かった。

 

「あ、シズク!」

「ティア、峯坂君も、おはよう」

 

その道中で、2大女神の内のもう1人である八重樫と会った。

ティアは俺の指導で体術を習っているのだが、そのことから実家が道場である八重樫とも接点があり、可愛いもの好きという共通の趣味もあって、すぐに仲良くなった。

 

「今日は南雲君は一緒にいないのね」

「俺だって、愛の逢瀬を以下略」

「以下略って言われてもわからないわよ。まぁ、だいたいの想像はついたけど」

「これ言うの、もう3回目だからな。めんどくさくなった」

 

八重樫は生真面目な人間だが、冗談も通じる。白崎のこともあって、顔を合わせれば話をする程度には俺とも仲がいい。

その結果、変な誤解が生まれて義妹共に襲われることもあったが、些細なことだ。

今日もまた、平和な1日が始まる。

楽しそうに話すティアと八重樫を後ろから眺めながら、俺はそんなことを考えていた。

 

 

* * *

 

 

その後も、イズモ先生の数学や愛ちゃん先生の社会、ティオ先生の英語(ハジメの睨みによるひそかな興奮付き)を受けながらも学校が終わり、下校の時間になった。

俺とティアは当然のように下校を共にし、俺の家に入った。

 

「ただいま」

「お邪魔します」

「お帰り、ツルギ。いらっしゃい、ティアちゃん」

 

玄関に入ると、母さんが出迎えてくれた。

 

「今日のお出かけにね、おいしいケーキ屋さんでケーキを買ったから、一緒に食べましょう」

「お、いいね。ちなみに、どんなケーキ?」

「ロールケーキよ。クリームがおいしいって有名なの」

 

母さんは、甘いものが好きだ。そんな母さんにとって、クリームがおいしいロールケーキは気になったらしい。

 

「早く手を洗って、一緒に食べましょう」

「わかった」

「はい」

 

俺とティアは洗面所に向かって手を洗い、リビングに向かった。

テーブルには、すでに皿の上に切り分けられたロールケーキが乗っており、父さんと母さんも座っている。

 

「ほら、早く座りなさい」

「はいはい」

「うわぁ、おいしそうですね」

 

ティアは早くもロールケーキに目を輝かせている。

別にご飯というわけでもないが、いただきますと手を合わせてからフォークを刺し、ロールケーキを口の中に運んだ。

 

「ん~、おいしいです!」

「たしかに、クリームがしつこくなくて、いいな、これ」

「でしょう?」

「ははは。母さんはおいしいお菓子のお店を見つけるのがうまいからなぁ」

 

まるで女子高生のような特技だな、それ。

俺が内心呆れていると、母さんが俺に声をかけてきた。

 

「ねぇ、ツルギ」

「ん?なんだ?」

「今の暮らしは、幸せ?」

 

母さんの問い掛けに、俺は口の中のロールケーキを飲み込み、

 

「あぁ、幸せだよ」

 

そう言った。

 

「そう、それはよかったわ」

 

俺の返答に、母さんは嬉しそうに微笑む。

 

「あぁ、本当に幸せだ。だから・・・

 

 

 

 

 

 

 

このくそったれな世界は、もう終わりにしよう」

 

 

 

そう言って、俺は()()()()()()()()()()()()()()()を身に纏い、物干し竿を生成してティア、母さん、父さんをまとめて薙ぎ払った。

 

「・・・どうして?幸せじゃなかったの?」

 

切り裂かれた母さんは、血を流さずに、表情の見えない顔で問いかけてくる。

 

「ぶっちゃけ、最初からわかっていたんだよ。この世界が、都合のいい夢の世界だってのは」

 

最初に違和感を覚えたのは、母さんの声が聞こえた時だった。

俺は覚えている。母さんの肉を貫く感触と、徐々に下がっていった体温を。

母さんは俺が殺した。それがまぎれもない事実だ。今さら、生きているはずがない。

そして、母さんより先に死んだ父さんやしっくりこないティアの姿を見て、これは偽物だと気づいた。

それでも、俺がこの生活を満喫しているふりを見せたのは、

 

「やっぱ、体感したかったんだよ。母さんや父さんが生きている日常ってのをな。だが、やっぱ駄目だ。お前らは母さんでも父さんでもティアでもない、ただの紛い物だ。こんなちゃちな夢の世界じゃあ、俺の胸は満たされなかったよ」

 

父さんと母さんが生きている仮定の世界がどのようなものかはわかった。だが、俺の父さんと母さんはもういない。これは事実だ。この夢の世界は、ただのないものねだりでしかない。

それに、

 

「俺には、やらなきゃいけないことが山積みになってるんだ。ここで立ち止まっていられねぇよ」

 

そう言うと、母さんは満足げに微笑み、先ほどとは違う声で語りかけてきた。

 

「・・・合格。甘く優しいだけのものに価値はない。与えられるだけじゃ意味がない。たとえ辛くとも苦しくとも、現実で積み重ね紡いだものこそが君を幸せにするんだ。忘れないでね」

 

その声は、誰のものなのかはわからなかったが、とてもやさしいものだった。

 

「そんなことは言われなくてもわかっているが・・・せっかくの忠告だ。参考にさせてもらおう」

 

その言葉を最後に、俺の意識は途絶えた。




『あれ?妾の出番、ほとんどなし?』
「変態に出番が必要なのか?」
『んぅ!ハァハァ・・・』

夢の世界でもやはり変態なティオの図。

『あれ?王女なのに出番なし!?アンナはでてきたのに!?』
「だって、あまり印象に残ってないし」
『ぐすっ、私、王女なのにぃ・・・』

~~~~~~~~~~~

気合を入れると言ったわりには、思ったよりさっぱりした内容になりました。
まぁ、ツルギは夢だとわかったうえで過ごしていましたからね、むしろ違和感ばっかりの状態で過ごしていたことでしょう。


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夢から覚めて

母さんの姿をした何かから声をかけられて意識を失った後、後頭部に当たる冷たい感触と乾いた空気で、俺の意識ははっきりとし始めた。

わずかに眠気は残っているが、それを振り払って目を開けると、

 

「起きたか、ツルギ殿」

「イズモ?」

 

俺の目の前には、イズモが上からのぞいていた。

ちょっと意外に思いつつも、体を起こして必要なことを尋ねる。

 

「俺とイズモの他には、誰が起きている?」

「ハジメ殿だけだ。私よりも先に起きていたな。今は、ユエ殿の琥珀の前にいる」

「琥珀?」

 

周囲を見渡すと、たしかに琥珀のようなものが多く鎮座していた。俺の隣にある琥珀の中を除けば、そこにはティアが横たわって目を閉じている。

 

「なるほど。あの世界にいる間は、こうして横になっていて、夢から覚めない限りは永遠にこの中、ということか。ずいぶんと質が悪いことだ」

「だが、目を覚ませば琥珀が解けて解放される。たしかに質は悪いが、試練としては理にかなっていると言えるな」

「・・・そういえば、参考までに聞くが、イズモはどんな夢だったんだ?」

 

聞いて何かいいことがあるわけでもないだろうが、他の人が見た夢というのにも、夢から覚めた動機にも興味がある。

すると、イズモは遠い目をし、

 

「私は、同族や竜人族が迫害されず、ツルギ殿やティア殿と幸せな生活を送っていたのだが・・・まともなティオ様を見た瞬間、これは夢だとすぐにわかってしまってな・・・」

「・・・ハジメが、マジですまない」

 

おい、ハジメ。ティオの変態化によってつけられたイズモの心の傷は、思っていた以上に深いぞ。最近はなんとか克服しているというか、諦めることができているが、傷跡は盛大に残ってしまったらしい。

 

「それで、あなたは本当のティオ様ではない、私の知っているティオ様はドMの変態なのだと教えようとして、それで尻を叩くなり地面に埋めるなりして・・・」

「わかった。それ以上は言わなくていい。だから、落ち着いてくれ。目が死んでるから」

 

はたして、夢の中とはいえ、ティオに変態だと教えこもうとしたイズモの心は、いったいどのようなものだったのか。俺たちには想像できない。

とりあえず、イズモを慰めるためにも、俺はイズモを抱き寄せて、頭をよしよししながらキツネ耳を撫でる。

それが功を奏したのか、イズモの目に光が戻り始めた。

 

「すまない、ツルギ殿・・・」

「いつも世話になっている礼だ。気にするな」

 

考えてみれば、人型のイズモを俺から抱きしめたのは、これが初めてだよな。俺が抱きしめられることは何度かあったが。

そんなことを考えていると、話題転換のためか、イズモが俺の方に話しかけてきた。

 

「そ、それで、ツルギ殿はどのような夢だったんだ?」

「俺の方は、元の世界で親が生きていて、ティアやハジメたちと一緒に幸せに暮らすって夢だった。まぁ、ありきたりって言えばありきたりだったな」

 

個人によって見せる夢が違うと言うなら、俺の見た夢はまさに俺にとって魅惑の世界だったということだろう。俺でも、他の世界は考えられないし。

 

「なるほど。では、どうやって夢から覚めたのだ?」

「あぁ、それなんだけどな・・・」

 

イズモからの質問に、俺は思わず口ごもる。

 

「ん?なにか、言いづらいことでもあるのか?」

「いやな、夢だってのは、最初から気づいていたんだよ。俺が母さんを殺したことは、昨日のことのように思い出せる。だから、母さんの声が聞こえた時点で、これは夢の世界じゃないかと疑っていた。そして、死んだはずの父さんや、どこか違うティアを見て、夢だと確信した。確信したんだが・・・」

「だが?」

「・・・つい、浸っちまったんだよな。夢だと分かっていながら」

 

正直、言いたくはなかったが、イズモにはすでに何度も弱音を吐いている。これくらいは今さらだろう。

 

「ぶっちゃけ、昔のことに未練が残っている自覚はあったが、ここまでたらたらだったとは思わなかった。それに、紛い物とはいえ、2度も母さんを殺すことになるとは思わなかったしな・・・ったく、本当に自分が情けなくなる」

 

・・・なんか、いっつも同じこと言ってる気がするなぁ。

ティアに過去を打ち明けた時とか、メルジーネでイズモにぶっちゃけた時とか。

本当に、転移前の俺が見たら、この現実を疑いそうな感じだ。

 

「そうか。なら・・・」

「うおっと」

 

そして、まるで予定調和のように、俺の後頭部はイズモの胸に抱き寄せられた。

 

「・・・なんか、最近多いな、これ」

「なんだ、嫌なのか?」

「いや、別に嫌ってわけではないんだが・・・」

 

なんか、こう、男としてどうなんだろうと思う。

いくら自分よりはるかに年上とはいえ、彼女のいる身でここまで他の女性に甘えるってのは・・・。

 

「ていうか、イズモ、これの味を占めてないか?」

「別にいいだろう。普段はティア殿がツルギ殿を占有しているのだからな」

 

いや、イズモもちょいちょいティアのいない時間を狙ったりしてるだろ。ついこの前の膝枕とか。

 

「私はな、ツルギ殿が好きだ。だから、こうしてツルギ殿を甘やかしたいし、もっと先のこともしたいのだ」

「後半の方はあえてツッコまないでおくが・・・ずいぶんと世話焼きだな」

「ふふっ。私は、好きな男には世話を焼きたくなる性分だからな」

「そうかい・・・」

 

・・・俺にはティアがいるってのはわかっている。

わかっているが・・・やはりこの包容力には抗えない。

なんだか、夢から覚めたばかりなのに眠気が・・・

 

「ツ~ル~ギ~?」

 

・・・俺は、本当に学習しない男だな。何度も同じ目にあって、そのたびに反省しているはずなのに、同じ過ちを繰り返してしまう。

後ろを振り返ってみると、そこには素敵な笑顔をしたティアが立っていた。目がまったく笑っていないが。

 

「私、頑張ったんだけど?それなのに、イズモの胸の中を満喫していたの?」

「いや、えっと、すまない。いろいろあってだな・・・」

 

よく言うよ。弱音からの抱擁というシンプルかついつものパターンなのに。

とりあえず、イズモの反応をうかがって・・・

 

「ティア殿も来るか?」

 

なんて言いながら、イズモは両手を広げてきた。

さすがにそれは予想できなかったよ、イズモさん。

 

「え?ホント?なら、えい!」

 

そして、ティアがその誘いにあっさり乗ったことも予想できなかった。

ティアは俺をサンドイッチするように背中から飛び込み、イズモは俺ごとティアを抱きしめた。

あぁ、柔らかい感触が両サイドから・・・いやまぁ、少なからず差はあるけど。別に文句はないけどっ。

 

「・・・そういやぁ、ティアはどんな夢だったんだ?」

「私は、お父さんと喧嘩しないで、ガーランドでツルギたちやいろいろな種族と一緒に平和に暮らした夢だったわ。でも、やっぱりお父さんに言ったことやツルギに助けてもらったことを思い出して、夢から覚めたわ」

「なるほどな」

 

聞いてみれば意外でもなんでもないが、それでもティアにとっての理想に変わりはないだろう。

・・・そういえば、ティアの目が覚めたら試したいことがあったんだった。

 

「ティア、ちょっとこっちを向いてくれないか?」

「? いいけど、どうし・・・」

「んっ」

「っ!?」

 

ティアが俺の方に顔を向けた瞬間を狙って、俺は不意打ち気味にティアに唇を重ねた。

突然のキスに、ティアは顔を真っ赤にした。

 

「んっ・・・ぷはっ」

「ぷはっ。はぁ、はぁ・・・ツ、ツルギ?」

 

唇を離した俺は、顔を真っ赤にしたティアを胸元に抱き寄せた。

ティアは俺のされるがままになりつつも、困惑気味に問いかけてきた。

 

「ツルギ?どうしたの?」

「・・・いや。やっぱり、本物のティアじゃなきゃダメだと思ったんだ」

 

夢の世界では、ティアが不意打ち気味に俺にキスをしたが、何も感じなかった。あの時動揺したのだって、ただの演技だったし。

だが、今ここでティアをキスをして、やはり目の前のティアが本物だと実感できた。キスをして俺の中に温かいものが満ちるのは、目の前にいる本物のティアだけだ。

 

「ツルギ・・・」

 

俺の言葉に、ティアは目を潤ませて俺を見上げ、再び目を閉じる。

それに合わせて、俺も顔を寄せて・・・

 

「・・・2人とも、私の腕の中でイチャイチャしないでもらえないか」

 

キスをしようとしたところで、イズモから声をかけられた。

 

「あぁ、悪い。ついしたくなってな」

「ごめんなさい。ツルギからキスしてくれるなんてめったになかったから」

 

悪気はない。ついやりたくなっただけなのだから。

すると、イズモはなにやら意味ありげな笑みを浮かべ、

 

「そうか。なら、私がしても文句はないな?」

 

そう言って、イズモは俺の頬にキスを落とした。

 

「えっ、ちょっ・・・」

「ツルギ殿がしたくなったからしたと言うなら、私がしてもかまわないだろう?」

「いや、それは・・・」

「むぅ・・・」

 

ティアがいつものように俺にジト目を向けてくる。今回は頬を膨らませている分、まだ可愛げがあるが。

その後は、ハジメメンバーがそろって俺の方を観察し始めるまで、何度も頬へのキスを続けるイズモとそのたびに頬を膨らませるティアへの対処に四苦八苦した。

俺だって、経験豊富ってわけじゃないんだよ。

 

 

* * *

 

 

ハジメたちが俺たちにニヤニヤした視線を向けているのに気づいて、ようやくティアとイズモは俺から離れた。

2人から解放された俺は立ち上がって、ニヤニヤを隠そうともしないハジメに話しかけた。

 

「・・・ずいぶんと面白そうにしてるな」

「いやいや、お前も大変だなぁと思っていただけだぞ?」

 

口ではそう言っているが、明らかに面白がっている。

こいつには一度、立場と言うものを分からせる必要があるようだ。

 

「そうかそうか。俺は反省の機会を与えてやったつもりだが、少しもわかっていないのか」

「あ?反省ってなんのこと・・・」

「最初の試練、お前は俺を殺そうとしただろ」

「あっ・・・」

 

ハジメは、今さら思い出したかのように口を開け、次いで顔を青くして冷や汗を流し始める。

 

「詳しくはわからないが、お前もお前で恋人をいいように利用されて、それでブチギレていたんだろうとはわかる。だが、俺はお前の憂さ晴らしのミサイルやらロケットやらに追い回されて、危うく死にかけたんだ。しかも、俺が近づいた時、容赦なく裏拳してきたよな。俺じゃなかったら当たってたぞ?」

「それは、当たらなかったから結果オーライってことで・・・」

「俺がその程度で済ませると思ってるのか?」

「いえ、思ってないです・・・」

「なら、正座」

「はい・・・」

 

ハジメを無理やり黙らせて正座させた俺は、ハジメの短気からくる暴走についてみっちり説教した。

ハジメは基本的に他者には無関心を貫くが、身内のことになるとやたらと沸点が低い。

聞けば、夢の世界から覚めるときにも逆上して大暴れして、ほとんど魔力が残っていない状態だという。

この悪癖のせいで余計な被害をまき散らし、結果的に俺が苦労することになる。

この後先考えない癖は、いい加減に直させないといけない。この悪癖のせいをそのままにして、将来的に取り返しのつかない事態になってからは遅い。

だから俺は、いつもよりも厳しく説教した。

 

「・・・ハジメさん、完全にツルギさんの尻に敷かれてますよね・・・」

「・・・ん。ハジメはツルギに頭が上がらない」

「・・・ツルギ君の言ってること、だいたい正論だからね・・・」

「・・・ステータス的にはご主人の方が圧倒的に上のはずなんじゃがな・・・」

「・・・強い弱い以前に、立場が決まってるって感じよね」

「・・・いちいち叱るツルギ殿も、面倒見がいいと言えるがな」

 

背後からティアたちのひそひそ話が聞こえるが、ティアたちの方を見ると揃って目を逸らす。なにか変なことでも考えているのだろうか。

ちょっとそっちについても問い詰めようとすると、琥珀の1つが輝きだした。

 

「あれは、誰のやつだ?」

「あれは、雫ちゃん!」

「ふむ、雫はしっかりものじゃからのぉ」

 

一概にティオの言った通りというわけではないが、たしかに勇者パーティーの中で雫は一番のしっかり者だ。他の面子、特に男勢が情けないというのもあるが。

そう言っているうちに、琥珀が溶け出し、中から八重樫がでてきた。

まだ意識がはっきりしていないのか、香織に支えられながら体を起こしていた。

俺はハジメが立ち上がろうとしているのを睨んで止めさせてから、八重樫の方に近づいた。

 

「天之河たちの中では一番乗りか。無事に起きたようで何よりだ」

「へ?あ、み、峯坂君・・・そ、そうね。何よりだわ」

 

俺が声をかけると、なぜか八重樫は視線をさまよわせ、どもり始める。ついでに、なんか頬も赤くなっている。

 

「? どうしたんだ?」

「な、なんでもないわよ」

「そうか?それならいいんだが・・・そういえば、八重樫はどんな夢だったんだ?」

「え?どんなって、普通の夢よ。何の変哲もない、ええ、それはもう普通の夢だったわ」

「? 普通って、誰がでてきたんだ?」

「誰って、みんなよ。みんな出てきたわよ」

「あぁ、うん、そうか。まぁ、詳しくは聞かないでおくか」

 

八重樫の返答は、どうも抽象的というか、ふわっとしたもので要領を得ないものだったが、以降の追及はやめておいた。

個人的に気になると言えば気になるが、無理に聞き出すものではない。

ティアはなにやら探るような視線を向けているが・・・放っておこう。

 

「・・・私がお姫様とか有り得ない・・・大体、王子役が何で光輝や龍太郎じゃなくて・・・」

 

八重樫が後ろで何やらぶつぶつ呟いていたが、聞こえないふりをした。

自分がお姫様なのがどうとか言っていたが、すでに八重樫のお姫様願望を香織から聞いている俺からすれば、すごい今さらなことだった。後ろの方は上手く聞き取れなかったが、掘り返すこともないだろう。

そう考えて踵を返すと、今度は違う琥珀が輝き始めた。

 

「あれは、誰かしら?」

「あの琥珀は、鈴ちゃんだよ!」

「へぇ、谷口はクリアしたのか。やるな」

 

ぶっちゃけ、八重樫以外は厳しいと思っていたのだが、思っていたよりも谷口にやる気と実力があったようだ。

俺が指導していたとはいえ、ここまでとは思わなかった。

 

「うぅん・・・ここは・・・?」

「おはよう、鈴ちゃん」

 

起きた谷口に、香織が近づいて体を支えた。

最初は意識がはっきりしていないようだったが、目の前の香織や周囲の光景を見て完全が目が覚めたようで、ポツリと呟いた。

 

「そっか・・・やっぱり、さっきの恵里は夢だったんだね・・・」

 

その一言で、谷口がどのような夢を見たのか想像できた。

香織と八重樫も悲痛な表情になり、谷口をぎゅっと抱きしめた。

俺はその様子を見て、そっと距離をとった。

 

「声をかけないの?」

「今更、俺が言うこともねぇよ。強いて言うなら、男子が情けねぇとは思ったけどな」

 

八重樫も谷口も自力で夢から覚めたというのに、男2人は未だに目を覚まさない。まったく、だらしねぇな。

 

「・・・とりあえず、八重樫と谷口が落ち着いて回復するまで待って、それでも起きないようなら無理やり起こすか」

 

正直、それでもこの2人が起きるとは思えないが。天之河は特に。

あのご都合主義の塊が、自分にとって都合のいい世界から目覚めようと思うとは考えられない。

正直、置いていけるなら置いていきたいが、香織や八重樫の手前それはできないし、そもそも次に進めない可能性もある。こっちで起こすしかないだろう。

そして、数時間して八重樫と谷口が完全に回復したところで、2人の強制脱出を決行することになった。

幸い、俺たちにはこの作業に最適な人物がいる。

 

「んじゃ、香織。頼んだ。くれぐれも、体ごと分解しないようにな」

「うん、大丈夫。実戦の中じゃなければ、もう制御を誤る心配はないよ」

 

香織は俺にそう言って、琥珀に向かって手を伸ばし、

 

「“分解”」

 

イメージを確かなものにする為に敢えて唱えた詠唱とともに、琥珀に銀の魔力がまとわりつき、琥珀のみを分解して空中へと霧散させていった。

 

「・・・あ?あれ、香織?雫?ここは?俺は、2人と・・・」

「んあ?どこだ、ここは?俺は、確か・・・」

 

強引な方法で目覚めさせた俺たちだが、どうやらそのまま目が覚めないといったことはないようで、無事に目を覚ましたようだ。

少なくとも、目覚めてすぐは。

周りの状況を把握してからは、2人の反応が別れた。

坂上は少し落ち込みながらもすぐに気を取り直してガリガリと頭を掻いたが、天之河はあきらかに悔しそうに唇を噛みしめていた。

俺が状況確認をしようと2人に話しかけようとすると、途端に部屋の中央に魔法陣が出現した。

やはり、全員が脱出したら先に進める仕様だったようだ。ただ、タイミングは俺たちで決められないようだが。

 

「天之河。へこんでないでさっさと構えろ。でないと、お前の目的を果たせないぞ」

「っ・・・あぁ、わかっている」

 

短く答えた天之河の目は・・・。

それを確認する前に、部屋は魔法陣の光に塗りつぶされた。




「そういえば、なんで南雲君はずっと正座しているのかしら?」
「たしかにそうだね」
「気にするな。俺がこのバカに説教しただけだからな」
「あぁ?バカって・・・」
「なにか言ったか?」(ギロッ)
「いえ、なんでもないです」
「・・・そういうことね」
「あ、あはは・・・」

ツルギとハジメの態度に、何があったかだいたい察した雫と鈴の図。

~~~~~~~~

振り返りを挟んでのアニメ6話、見たんですが・・・フェアベルゲンの件を丸まる飛ばすって、マジですか。長老衆の出番が皆無って、マジですか。
そのシーンこそが、ハウリア族強化の肝だというのに・・・。
完全に後のことを考えてないというか・・・はしょりすぎというか・・・。
ラノベのアニメ化においてカットされるシーンがでてくるのは常ですが、それでもカットする部分間違えてませんかね。
期待しすぎていたというのもあるかもしれませんが、これだとブルックの町もかなり削られそうですね。
見たいシーンに限って映像化されないってのは・・・やっぱり残念ですね。
もしくは、あれですかね。放送延期した分完成度も高くなっているのかと思っていたのが錯覚だったのでしょうか。


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白くてべとべとなアレ

俺たちが転移した場所は、最初と同じような樹海の中だった。

だが、最初のものよりも面積は狭く、天井や向かうべき目標も見えていた。

奥に見えるひと際巨大な木。おそらくあれが次の試練への転移陣がある場所だろう。

 

「今回は全員いるし・・・偽物もいないみたいだな」

 

ハジメやティアから聞いた話では、最初の試練では赤さび色のバチュラムが俺やユエ、ティオ、坂上に擬態していたらしい。

それを警戒して魔力の流れを見たが、今回は偽物は混じっていなかった。

 

「ハジメの方はどうだ?」

「あぁ、俺の眼も感覚も全員本物だと言ってる」

「お二人がそう言うなら大丈夫ですね」

 

シアからもお墨付きをもらい、俺は出発の号令をかける。

だが、天之河だけは暗い表情のままでいる。

天之河の見た夢については、まだ聞いていないからわからない。だが、夢の内容というよりは、現実に戻ってこられなかったことがショックだったように見える。

普段なら放っておいてさっさと先に進みたいが、ここは大迷宮だ。終わったことをいつまでも引きずってもらっては困る。

しょうがないが、声をかけることにしよう。

もちろん、厳しくだが。

 

「天之河。お前、やる気あるのか?」

「なっ、あ、あるに決まってるだろ!」

 

俺は鋭い目で天之河を睨む。

坂上は追い打ちをかけるような言葉に眉を逆立てるが、坂上が何か言う前に俺が口を開く。

 

「ここは大迷宮だ。一歩踏み込めば、少しの油断、迷いであっさり死ぬ、そういう場所だ。集中できないなら、攻略はここで諦めろ。無駄死にするだけだ」

「ま、待て、俺は・・・」

「前に言っただろう。迷宮の攻略を認められるには、相応の行動と結果が必要だと。俺たちと行動すれば大丈夫だなんて、甘ったれたことは考えるな」

「っ!」

「それに、どう言い訳したって、さっきの試練をお前がクリアできなかったことに変わりはない。なら、最低でも以降の試練をすべて乗り越えるくらいの気概は見せろ。それがない今のお前は、ただの足手まといよりも質が悪いし、邪魔でしかない」

「・・・俺は」

「できないと言うなら、大迷宮の入り口までゲートを開くし、できなくても結界くらいは敷いてやる。進むか引くか、今考えろ。惰性で行動するようなら、問答無用でたたき返すからな」

 

俺の言葉に、天之河はギリギリと歯を食いしばり、必死に憤激を堪えようとしている。

だが、その矛先は、どちらかと言えば俺よりも天之河自身に向いているようにも見える。

俺の言ったことが図星だったからか、自分の情けなさを痛感したからか、理由はわからないが、今のところは俺に対して敵意や暗い感情を向けることはないようだ。

 

「峯坂。もう大丈夫だ。俺は先に進む!」

 

少しして、天之河は力強く宣言した。

どちらかといえば、ただのカラ元気のように見えなくもないが、ここで水を差して再び沈まれても困る。

 

「そうか。なら、さっさと先に進むぞ」

 

俺は軽く返すにとどめ、先を促して進んだ。

 

「っと、その前に」

 

だが、俺はいったん足を止めた。

 

「? どうした、ツルギ」

「ちょっと離れてろ」

 

俺は離れるように促し、ハジメたちも首を傾げつつも俺の言う通りに下がった。

それを確認した俺は、

 

「ふんっ!」

 

物干し竿を生成し、近くにあった木を両断した。

突然のことに、八重樫たちは口を半開きにしている。

 

「・・・気のせいか?」

「ツルギ。なんかいたのか?俺は何も感じなかったが」

「いや、何かがいたって言うか、なんだろうな・・・むしろ、何もないことに違和感を感じたと言うか」

「何もないことに違和感?」

「あぁ。先から周囲の気配を探っているが、俺たち以外には何もないだろ?」

「・・・言われてみればな」

 

さっきから周囲の気配を探ってみても、魔物どころかネズミや虫の気配すらも感じない。

何もないに越したことはないだろうが、何もなさすぎてむしろ言い様のない不気味さを感じたのだ。

 

「だから、何かが隠れているか、この木が何かしらのギミックかと思って斬ってみたが・・・何もないな」

「いっそ、周囲を焼き払うか?」

「何があるかもわかってないのに、丸ごと焼失させるわけにはいかないだろう。万が一、攻略に必要なものも一緒に燃えたら困る。とりあえず、まずはあの巨樹を目指そう。話はそれからだ」

 

胸の中のもやもやは晴れないが、証拠も何もない状態で推測しても何もわからない。

とりあえず、推測は後回しにして先に進むことにした。

それからは巨樹を目指して真っすぐ進むが、やはり道中はなにも出てこない。

 

「・・・なんも出てこないな」

「なんだか、不気味な感じね」

「うん。オルクスで待ち伏せされた時みたいだね」

「たしかに・・・魔物の気配もまったくないものね」

 

今のメンバーで、俺とハジメ、天之河の気配感知は、そんじょそこらの魔物の擬態くらいならすぐにわかる。その俺たちに何もひっかからないのだから、他の面子にはどうしようもない。

 

「一応、アラクネを先行させているんだが、特に何もないな。このまま何事もなくとは流石にいかないと思うが・・・やっぱ、全部焼き払って・・・」

「だからやめろっての。せめて、そこの巨樹に着くまでは我慢してくれ」

 

さっきやめろって言ったばかりなのに、また同じ発想になるのか。

破壊衝動に駆られそうになっているハジメを諭し、このまま先に進むように促した。

すると、

 

「・・・ん?雨か?」

「ほんとだ。ポツポツ来てるね」

 

天之河と谷口が言うように、頭上から水滴がぽつぽつと垂れ始めてきた。

が、2人はすぐに気づく。この密閉空間で、雨が降るなんてことはありえないと。

 

「“聖絶”!」

「チッ、ユエ!」

「・・・んっ、“聖絶”!」

 

俺は反射的に“聖絶”を展開し、ユエもハジメの呼びかけに応えて展開する。

直後、土砂降りの雨が俺たちに振りかかり、障壁の表面をドロリと滑り落ちていく。

閉鎖空間内で振ったことも併せて、この粘性から明らかに普通の雨でないことはわかる。

であれば、大迷宮のトラップか、あるいはそういう魔物なのか。

 

「峯坂くん、周りがッ」

 

八重樫の緊迫した声音を聞いて周囲を見ると、樹々、草、地面、あらゆる場所かにじみ出てくる乳白色の何かの姿があった。

 

「なるほど。俺の直感は間違ってなかったのか。道理で、斬っても何も反応しないわけだ」

 

なにしろ、斬ってもなんの痛手にもならないのだから。

こんなことなら、ハジメに任せて爆撃させればよかったかもしれない。

 

「スライムか?クソ、気配遮断タイプにしても、魔眼石にすら感知されないなんてどんな隠密性だよ」

「峯坂!足元からもッ!」

「きゃ、このっ、“分解”!」

 

“聖絶”はドーム状の障壁だから周囲の樹々や草に擬態したやつなら防げるが、地面からもにじみ出ているスライムには対抗しようがない。

今回は膝下くらいにまで飲み込まれたが、香織が分解することですぐに事なきを得た。

スライムに覆われた部分を見るが、やけどや腐食の後は見られない。どうやら、毒による攻撃ではないようだ。

 

「障壁の展開はユエに任せる。残りは各自で撃破!」

 

俺は手っ取り早く指示を出し、俺も新しく身に付けた魔法を試してみる。

 

「“分解”」

 

そう言って、俺は生成した双剣に淡紅色の魔力を纏わせる。

 

「ふっ!」

 

そうして俺がスライムを斬りつけると、スライムはチリとなって霧散した。

 

「よし、上手くいったな」

「・・・マジでやりやがったな、こいつ」

 

俺がハルツィナ大迷宮に入る前に練習して身に付けた魔法、“分解”だ。

これはもともと香織の今の身体である神の使徒の固有魔法だったが、香織の協力を得て解析と試行錯誤を重ね、どうにか実用にまでこぎつけたものだ。

とはいえ、武器に纏わせるくらいならまだしも、今の俺では砲撃はまだ放てない。せいぜいレーザーくらいが限界だ。

それでも、物理攻撃がほとんど効かず、密集して燃やしづらいこのような状態なら、これで十分だ。

だが、分解を使えない面々は簡単にはいかないようで、

 

「おらぁ!引っ付くんじゃねぇ!」

 

坂上が背後から襲い掛かろうとしたスライムに、籠手型アーティファクトの衝撃も併せて爆散したのだが、

 

「ちょっ、バカ、龍太郎!こっちにも飛び散って来ただろう!」

「この脳筋!思いっきり掛かったじゃない!」

「お?すまん、すまん!」

「うぇ~、ドロドロしてて気持ち悪いよぉ」

 

爆散したスライムの飛沫が障壁内に飛び散り、それが八重樫たちに直撃した。

そのおかげで、体の至るところに乳白色の粘液がかかっており・・・

 

「全く、大丈夫か、しず・・・」

「ええ、大丈夫よ、光輝。こいつら案外簡単に死ぬわ・・・ってどうしたの?」

「えっ、いや、何でもないぞ!ああ、何でもない!」

「?」

 

八重樫に声をかけられた天之河は、ババッ!と音がしそうな速さで顔を逸らし、目を合わせないようにした。それは谷口に対しても同じだ。

八重樫たちからすれば挙動不審に見えるだろうが、天之河の行動は当然だと思う。

なにせ、今の八重樫たちには乳白色のどろどろとしたものがかかっているのだ。

つまり、具体的にどうとは言わないが、今の八重樫たちの見た目は非常にイケナイことになっているのだ。

そして、それはティアやユエたちも同じだった。

ユエは最初に降ってきた雨の分で、シアとティアは自分で吹き飛ばした余波で少なからずかかっているし、ティオにいたってはシアが吹き飛ばしたスライムをもろにかぶってパイ投げをくらった芸人みたいになってしまっている。

この中では一番被害の小さい香織とイズモも、最初の雨でかかった分があるのは他と変わらない。俺も似たようなものだ。

ただ、ハジメは常に“纏雷”を展開していることで、スライム限定で無敵状態になっている。

まぁ、それはさておきだ。

 

(最低限、自分の目は守ろう)

 

なにせこいつは、自分の恋人のあられもない姿を他の男に見られそうになったら、容赦なく目をつぶしにかかってくる。俺がブルックの風呂場でやられたり、天之河も最初の試練でつぶされた(八重樫から聞いた)ように。

今の俺なら見切ることもできなくはないが、他には気を配れない。

今は、天之河と坂上の目が狙われないことを祈ろう。

幸い、ハジメの嫌な気配に気づいたのか、2人ともなるべくユエたちを見ないようにして戦っている。賢明な判断だ。

だが、このままは埒が明かない。パッと見でも、いたるところからスライムが湧いて出てくるのがわかる。

 

「だー、くっそ。ハジメ、もう全部焼き払ってくれ。これ以上相手するのは面倒だ」

「おう。ユエ、結界は頼むぞ」

「・・・んっ、任せて」

 

俺の指示にハジメは頷き、円月輪とクロスビットをそれぞれ7つずつ上空に飛ばした。

 

「ああ~、くそ、また地獄の再現かよ!」

「また、あれが来るのね・・・」

「うぅ、あの時、カオリンの再生魔法がなかったら鈴の結界壊れてたんだよ?本気で死ぬかもって思ったんだよ?敵じゃなくて南雲くんの攻撃で!」

「俺なんて結界なしで死にそうになったんだ。まだ恵まれているだろ」

 

あれは本当に、一歩間違えれば死にかねなかった。

それに比べれば、香織の支援で障壁を展開できた谷口の方がよっぽどマシだ。

まぁ、それはそうと、だ。

俺は香織に念話石で話しかける。

 

『香織、体についているスライムを分解してくれ。絵的にまずいから』

『うん、わかってるよ。ハジメ君にも言われたから』

 

どうやら、ハジメも同じ気遣いをしていたらしい。これで目つぶしがなければ完璧なんだが。

それにしても、このスライムはいったいどれだけいるんだ?そろそろ周囲にスライムの海ができてきたぞ。

このまま湧き続けると言うなら、それはそれでまずい。

ハジメもそれに気づいたようで、アラクネを天井に転移させ、錬成によって天井や壁を塞ぎ始めた。

その甲斐あって、錬成した部分からはスライムが湧かなくなり、スライムの噴出量は目に見えて減っていった。

後は地面だが、そっちはスライムをどうにかしないと話にならない。

だが、俺が魔法でやろうと思っても、ここまでの規模になると無視できない程の消耗になってしまう。

ここは、ハジメに任せるとしよう。

 

「よくもまぁ、ユエたちに汚ねぇもんかけてくれたなぁ。跡形もなく燃やし尽くしてやる」

 

幸い、ハジメもやる気満々のようで、口元から犬歯を覗かせながら不敵な笑みを浮かべ、眼をギラギラと凶悪に光らせた。

 

「う~ん、やっぱ自制を覚えさせるのは無理なのか?いっそ、このまま放置でいいのか?」

「いえ、それはどうかと思うわ。見てよ、タニグチもすごい怖がって、シズクにしがみついてるじゃない」

「元の世界に戻るのはいいとして、なにかやらかしたりしないか心配になるな・・・」

 

2人の言い分も理解できる。

谷口は完全に涙目になって八重樫に抱きつき、その八重樫はオカンのように背中をポンポンと撫でている。

イズモの言ったことも、ぶっちゃけ俺の心配していることでもある。さすがにテロリストさながらのことはしないと思いたいが、結果的にそんな事態になる可能性もゼロではないわけだし。

だって、凶悪なハジメな顔を見たハジメメンバーは、諫めるどころかむしろうっとりしちゃってるわけだし。

香織も、最初はまともだったんだけどな・・・いったい、いつからこうなってしまったのか・・・。

外では、ハジメによるナパーム大量投下の地獄絵図が出来上がっているのだが、俺は目の前の光景より日本に戻った後のことを案じてしまった。

この地獄絵図を見てもなんとも思わない辺り、俺も毒されてるのかなぁ・・・。




今回は短めで、小話もなしです。
それと、明日から大学で宿泊実習が始まるので、次の投稿は少し遅くなると思います。


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快楽に耐えろ

ハジメが物量任せにスライムを燃やしながら壁や床をふさいでくれたおかげで、目に見えてスライムの量は減っていった。

“空間把握”で障壁の外の様子を見てみれば、クロスビットがタールをまき散らしながら高速飛行し、そこにクラスター爆弾を放り込んで次々とスライムを爆散させていく。あのクラスター爆弾1個でも小さな家屋程度なら吹き飛ぶのだ。それを雨あられのようにばらまかれては、いくらスライムの海でも長い時間持ちこたえられるはずがない。

 

「やっぱ、こういう時はハジメの火力が便利だな」

「冷静に言ってる場合じゃないわよ、ツルギ。シズクたちが遠い目をしてるから」

 

後ろを振り返ってみれば、八重樫たち勇者パーティーが悟りを開いたような目をしている。

反対に、ハジメの方は自分の焼き加減に清々しい表情をしている。

 

「あれを見て、どうも思わないの?」

「正直、今さらだと思っている」

 

ハジメの手綱は確実に握っておかなければならないが、どうせ止まらないと分かっているなら、方向やスピードに気を付けるくらいでちょうどいいだろう。

今のハジメの性格は、不治の病とまでは言わないが、それでも治るものではない。そっとしておいた方がいいだろう。

そんなことを話しているうちに、周囲のスライムとタールはすべて燃え尽き、残ったのは一部が溶岩化した地面と灰燼と化した樹海だけとなった。

周囲を確認して、見える範囲にスライムがいないことを確認してから一言、

 

「うん。だいぶすっきりしたな」

「感想がそれだけなのはおかしくないか!?」

 

むしろ、それ以外になにがあるんだ?

天之河の言葉は無視して、ハジメとユエに指示を出す。

 

「ユエ、とりあえず障壁はそのままにしておいてくれ。地面の下にいないとも限らないからな」

「ん」

「ハジメは、引き続き巨樹までの錬成を頼む。なるべく早めにな」

「あいよ」

 

ハジメは俺の指示に頷き、大量のアラクネを天井から降ろした。

 

「きゃ!?」

 

その光景に思わずかわいらしい悲鳴が聞こえた。

声のした方をちらっと見ると、そこにいたのは顔を赤くした八重樫だ。

もちろん、俺たちもそんな八重樫の扱い方は心得ており、八重樫の方を見ないようにした。俺も含め、何人かは口元がニヤついたが。

だが、例外とはどこにも存在するもので、

 

「シズク、どうしたの?」

 

どこからどう見てもニヤニヤしているティアが、恐れを知らぬかのように八重樫の顔を覗きにいった。

声をかけられた八重樫は狼狽し、なんとかティアから逃れようと目を逸らす。

 

「な、なんでもないわよ」

「ふ~ん?本当に?」

「本当よ」

 

話している間にも、ティアは八重樫の顔を覗こうとし、八重樫は何とかして顔を背けようとする。その行動が連続し、ティアと八重樫はくるくると回っていた。

その光景を、俺は頬を緩めながら見ていた。

ティアにも特別仲がいい女の子がいるのは、やっぱりうれしいことだ。

それに、最近は香織はユエに構ったり構われたりしていて、気持ち八重樫との触れ合いが減っているから、八重樫にとっても悪くないだろう・・・多分。

幸い、香織もそこまで嫉妬しているわけではない感じだし。

だが、いつまでもこのままというわけにはいかない。

 

「お前ら。じゃれ合うのはいいが、しっかり休んでおけよ」

 

この先、休める機会があるとは限らない。休めるうちに休んだ方がいいだろう。

 

「はいはい、わかったわ」

「別に、じゃれ合っていたわけじゃないのだけど・・・」

 

ティアは素直に引き下がり、八重樫はぶつぶつと呟きながらも言われたとおりに腰を下ろした。

 

「ハジメ、どれくらいかかりそうだ?」

「そうだな・・・バカみてぇに広いからな、1時間以上はかかるかもしれねぇ」

「早くて1時間か・・・まぁ、長めの休息だと考えることにしようか」

 

この面子では、ハジメしか錬成を使えない。俺も最近では、ハジメの補助をしているだけあって上達しているが、さすがに技能持ちのハジメには及ばない。

今、俺にやれることがない以上、俺もしっかり休息をとって・・・

 

「・・・ん?」

 

そこで、不意に違和感を覚えた。

それは、周りではない。俺自身だ。

なにやら、体が熱っぽいし、頭がもうろうとしてきた。

熱病みたいなものか?原因として考えられるのはあのスライムだけだが・・・それは香織に分解してもらったし、毒の類なら俺も香織も気づいていたはずだ。

となると・・・だめだ、上手く頭が回らない。

 

ポスンッ

 

なんとか思考を巡らせようとすると、不意に背中に衝撃が伝わってきた。

 

「はぁ、はぁ・・・ツルギ・・・」

 

振り返ると、ティアが俺の背中に抱きついていた。

だが、顔は赤いし、息も荒い。ついでに言えば、色っぽく見える。

 

「ねぇ・・・なんだか、体が熱くて・・・ツルギが欲しいの・・・だから・・・」

 

ティアは、潤んだ瞳で俺を見上げる。

このティアの姿に、俺は手を伸ばし・・・

 

 

スティレットを生成し、俺の腕に突き刺した。

 

 

「ぐっ、くぅ・・・!」

 

もちろん痛いし血も流れるが、そのおかげで俺はなんとか正気を取り戻した。

 

「くっそ・・・そういうことか・・・!」

 

ようやく、このスライムの本当の力がわかった。

これは、一種の媚薬のようなものだ。対象にまとわりつくことで性欲を増幅させている。

俺もできるだけ避けたが、最初の雨や衝撃で飛んできた飛沫までは対応できていなかった。

なんとか理性を総動員して周りを確認するが、見たところ無事なのはハジメ、ティオ、イズモくらいだ。八重樫も顔を赤くしてはいるが、唇を噛みきり、正座して精神統一に集中することで耐え切ろうとしている。谷口は近くにいた八重樫に手を伸ばそうとしたが、すぐにハッとはんて自分の腕に思い切り噛みつき、うずくまってなんとか耐えようとしている。

だが、他は全滅しており、天之河は八重樫に、坂上は谷口に手を出そうとしている。八重樫は精神統一に集中しているせいで天之河の接近に気づいておらず、それは谷口も同じで坂上に気づいていない。

 

「くそっ、世話焼かせやがって!」

 

さすがにここで純潔を散らしては、今後の攻略にかなり影響が出る。主に、友人関係的な意味で。

俺は悪態をつきながらも、鎖を生成して天之河と坂上を拘束しようとした。

だが、

 

(なっ、上手く発動できない・・・!?)

 

なぜか魔法を発動が上手くいかず、なんとか生成できてもすぐに溶けるように消えてしまう。

 

「ハジメ!」

「わかってる!!」

 

俺は唯一無事なハジメに呼びかけ、ハジメも俺が呼びかける前にポーラを投擲し、天之河と坂上を空中に磔にした。

そんなハジメには、ユエとシアが抱きついており、香織もじりじりと近づいている。

 

「くそっ。こいつ、ただの媚薬ってわけじゃないみたいだ。魔法の発動まで阻害されている」

「うむ。それにおそらく、これは精神に直接作用しておる。敢えて称するなら、“媚薬”ではなく“媚法”の固有魔法と言うべきか。状態異常の魔法の一種じゃな」

「そうですね。そして、これだけの物量では飛沫を全く浴びずに切り抜けることは不可能であり、戦闘が長引けばそれだけで全滅、生き延びても仲間と交わずにはいられない。その後の関係はかなり危うくなるでしょう」

「おそらく、これも絆を試す大迷宮の試練じゃろう。快楽に耐えて仲間と共に困難を乗り越えられるか、あるいは快楽に負けても絆を保てるか・・・」

「“解放者”というのは、どこまでも意地が悪いようですね」

「「・・・・・・」」

 

俺の推測を引き継ぐようにしてティオとイズモが話すが・・・いや、ちょっと待て。

 

「・・・なぁ、なんで2人は平然としているんだ?」

「特にティオなんて、この中で一番浴びてたと思うんだが。それもコントみたいに」

 

ハジメが無事なのはまだわかる。戦闘の最中は“纏雷”で全身を防御することでスライムの被害を最小限に抑え、さらに“毒耐性”があったから、平気なのも頷ける。

だが、イズモは俺たちと同じくらいだったが、ティオはシアが吹き飛ばしたスライムが盛大にかかって、パイ投げを受けた芸人みたいなことになっていた。

さすがにあの状態で平然としていられるとは思えないんだが・・・。

 

「たしかに、私たちの身体にも粘液の効果が発揮されている。事実、魔法もまともに使えないからな。だが、これくらいの精神のコントロール、私たちには造作もない」

「・・・なるほどな」

 

竜人族と妖狐族は、他の種族とは比較にならないほどの時を生きている。その中で、精神の鍛錬はこれでもかと叩き込まれているんだろう。

 

「イズモの言う通りじゃ。それに、妾を誰だと思っておる」

 

そこに、ティオが若干の決め顔で近づき、

 

「妾はご主人様の下僕ぞ!この程度の快楽、ご主人様から与えられる痛みという名の快楽に比べれば生温いにも程があるわ!妾をご主人様以外に尻を振る軽い女と思うてくれるなよぉ!!」

「「・・・そうっすか」」

 

本当に台無しだよ、この変態。

 

「流石ティオさん、いや、クラルスさんっすわ。マジ、パないっすわ」

「さすがクラルスさんですね。あぁでも、それ以上近づかないでくれませんか?生理的に無理なんで」

「け、敬語じゃと!?しかも、族名で呼ばれた!半端ない距離感じゃ!まさか、このタイミングで他人扱いとはっ。はぁはぁ、マズイ、快楽に溺れそうじゃ・・・」

 

さっきまでの凛々しい表情はどこにいったのか、今のティオの顔は言葉通り快楽に負けそうになっていた。

 

「・・・イズモ、大丈夫か?」

「・・・もう、だめかもしれない・・・」

 

そりゃあそうだろう。自分の言葉を台無しにされたようなものなんだから。

 

「・・・とりあえず、そこの変態は置いておくとして、ティア。まさか、この程度の魔物にいいようにされたりしてないだろうな?」

「・・・えぇ、大丈夫よ」

 

ティアは相変わらず息を荒くして顔を赤くしているが、瞳に意思を宿して力強くうなずく。

 

「これは、大迷宮が用意した試練だ。俺たちがいいようにやられるはずがない。八重樫や谷口だって、必死に耐えてるんだ。俺たちも負けていられない」

 

あえて他の男2人と変態については触れないでおく。すでにアウトな2人は当然だし、ついさっき興奮していた変態もあまり関わりたくない。

 

「一応、ハジメが持っている神水なら解除できる可能性もあるが・・・必要ないだろ?」

「えぇ、当然じゃない」

 

これが大迷宮の試練だというなら、自力で乗り越えるしかない。楽に攻略しようなんてもってのほかだ。

だが、

 

「・・・ねぇ、ツルギ」

「なんだ?」

「私のこと、抱きしめて」

「・・・いいのか?」

「そっちの方が、落ち着けると思うから・・・」

「・・・そうだな」

 

それは、俺も同じだ。

俺はティアを前に抱き寄せ、そのまま抱きしめる。

ティアは一瞬ブルリと震え上がるが、すぐに安心したように脱力し、息を整えにかかる。

すると、後ろからムニッと柔らかな感触が。

それが誰か、考えるまでもない。

 

「イズモ?」

「・・・私も、こうして抱きしめさせてくれ」

 

イズモは、俺とティアをまとめて抱きかかえるようにして包み込んだ。

その感触に俺も安心感を覚え、そのまま目を閉じて自分の精神安定に努めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・お?」

「あら?」

「ふむ?」

 

そうして、いつまで抱きしめ合っていたか。気が付けば、体の熱は静まり、思考もクリアになった。

 

「どうやら、無事耐え切れたようだな」

「そうね。なんだかすっきりしたわ」

「魔法も発動できるし、頭も回る。問題ないな」

 

快楽の試練。本当に大変だった。

行き過ぎた快楽は、もはや苦痛と変わりない。その証拠に、天之河と坂上はすでに気絶している。

唯一快楽におぼれなかったハジメにはわからないだろうが・・・だからといって気にすることでもない。

 

「ハジメ、そっちはどうだ?」

「あぁ、全員乗り越えられた」

 

どうやら、ユエたちも耐え切ることができたらしい。それはいいことだ。

そこに、唐突な咳払いが聞こえた。

 

「・・・ごほんっ!ねぇ、ちょっとは私たちの方も気にかけてくれないかしら?」

「あぁ、八重樫と谷口も乗り切ったのか」

「あっ、雫ちゃん!さすが、私の雫ちゃんだよ!鈴ちゃんもすごいね!」

 

八重樫と谷口が試練を乗り切ったことに、香織が喜びの声を上げる。

 

「やっぱ、剣術を習っているだけあって精神統一はお手の物か。さすがだな」

「あ、ありがとう。まぁ、剣術を習う上で、父から心を静める方法はみっちり叩き込まれているからね。少し危ないところだったけれど・・・というか、光輝達が拘束されているのは私を守るためかしら?瞑想に集中して他に対応する余裕はなかったから助かったわ」

「魔法がろくに使えなかったから、ハジメ頼りになったけどな。それにしても、谷口もよく耐えられたな」

「えへへ・・・腕に噛みついた痕が残っちゃったけどね・・・って!峯坂君!腕どうしたの!?」

 

そこで初めて、谷口が俺の左腕にスティレットが突き刺さっているのに気づく。

 

「あぁ。そういえば刺しっぱなしだったな・・・下手に抜いたら失血死もあり得たから、そのままにしてたんだよ」

「いや、それでも血が流れてるよ!?」

「抜くよりはマシだ・・・それに、これくらいなら自分でも治せる」

 

そう言いながら、俺はスティレットを引き抜き、サッと回復魔法で癒した。

やっぱ、魔法は便利だ。

 

「それよりだ。さっさと着替えるぞ。ハジメ、着替えの服とスペースを用意してくれ」

「へいへい」

「? 着替えるってどういう・・・っ!?」

 

言う途中で、八重樫も気づいたようだ。

・・・快楽の試練。本当に大変だった。なにせ、意図せずいろんなところが濡れてしまうのだから。汗に限った話ではなく。

ハジメもそれをわかっているからこそ、宝物庫から着替えを取り出し、土壁による簡易更衣室を文句も言わずに作ったのだ。

 

「んじゃ、各自着替えを済ませておけ・・・天之河と坂上は適当に放り込んどけばいいか」

 

いろいろと疲れた俺は、最低限の指示だけ出して更衣室の中に入った。

中には水魔法による簡単なシャワーもあるから、それで汗を洗い流しておく。

・・・これ、この後もめんどくさくなりそうだな・・・。

 

 

* * *

 

 

各自着替え終わった後、案の定と言うべきか、いたたまれない空気が漂っていた。

原因は、主に天之河と坂上だ。どうやら、先ほどの記憶は残っているらしい。

まぁ、これは無理もないだろう。媚薬で正気を失っていたとはいえ、あやうく幼馴染みを性的に襲おうとしたわけだし。

ついでに言えば、2回連続で試練に失敗しているわけだし。

こればっかりは八重樫と谷口もかける言葉が見つからず、気まずげに視線をそらしている。

・・・本当はこういうのは俺の仕事じゃないが、このままなのもいやだから俺からフォローを入れることにする。

 

「・・・まぁ、なんだ。そう気を落とすな。世の中には、エロゲコーナーに突撃して顔を真っ赤にしながらも物色した女子高生もいるわけだからな」

「ちょっ、なんで知ってるのよ!!」

 

せっかく名前を伏せたのに、八重樫が自分から暴露した。

ちなみに、どうして知っているのかと言えば、

 

「日本にいるときに香織から聞いた」

「香織!?」

「えへへ、ごめんね?」

 

てへっ!とかわいらしく謝っているが、完全に悪びれていない。

ついでに言えば、主犯も香織だ。ハジメに近づこうとした結果、オタクに対する偏見もあって、そういうコーナーに親友も巻き添えにして突撃したとのこと。

まぁ、八重樫の尊い犠牲のおかげで、ある程度持ち直したようだ。

 

「・・・南雲、その、面倒を掛けた。止めてくれて感謝するよ」

「ああ、そうだった。助かったぜ、南雲。マジでありがとよ」

 

天之河に続いて坂上も礼を言うと、ハジメは振り向き、

 

「ああ、たっぷり感謝しろ。恩に着まくれ。借りを常に意識しろ。そして、いざという時は肉壁になる覚悟で俺に返せ。間違っても踏み倒すなよ?地の果てまで追って返済させるからな」

 

ヤクザみたいな文句を言った。こいつに「人として当然の~」の精神はないらしい。

まぁ、俺も似たようなことを言っただろうけど。俺も貸しをそのままにするほどやさしくはない。

結局微妙な雰囲気になりつつも気まずさはなくなり、俺たちは巨樹へとたどり着き、次の試練へと進んだ。




「そういえば、服はどうする?サイズ的には、シアかティアあたりになるだろうが・・・」
「なら、私の服を・・・」
「勘弁してください」
「えぇ!?なんでですか!」
「そりゃあ、シアの服は服としての機能を果たしてないからな」
「たしかにな。シアのは服(?)・・・いや、服(笑)だからな」
「服(笑)ってなんですかぁ!」
「大丈夫よ、シズク。王都でこっそりカオリと出かけたときに、シズクに似合いそうなパンツルックの衣装を買ってあるから」
「ありがとう、私の親友!!」

ティアと雫の仲がさらに深まった瞬間。


~~~~~~~~~~~


宿泊実習の疲労を乗り越え、復活しました。
いやぁ、身体的にも精神的にも疲れましたね・・・。
・・・果たして、酒もAVもある実習を実習と呼べるのでしょうか。
自分には疑問しか残りません。

アニメ7話・・・いや、うせやろ・・・キャサリンもソーナもスマッシュもないって・・・。
いや、むしろ次にでてくる・・・んですかね?
でないと、制作陣の正気を疑ってしまいそうです。


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黒くて光るあれ

閃光が収まると、そこは転移前と同じような洞の中だった。

 

「ん?転移、したよな?」

「ハジメ、向こうに出口があるぞ」

 

俺も一瞬転移していないのかと思ったが、奥を見れば光がさしていた。ちゃんと転移したということだろう。

今回も偽物はいないことを俺とハジメで確認した。

それから俺たちは意を決して先に進んだ。

そして、出口から出て俺たちが目にしたのは、

 

「これは・・・まるで、フェアベルゲンみたいだな」

 

ハジメの言う通り、フェアベルゲンのものとは比較にならないほどの大きさの木の枝が通路になっており、背後を振り向けば、俺の“天眼”でも大きさを確認できないほどの大きさの巨樹が鎮座していた。そして、伸びている枝は他の枝と絡み合い、複雑な空中回廊を作り出していた。

 

「地下空間・・・であることは、間違いなさそうだが・・・」

「つーか、ハジメ。もしかしなくても、これ、大樹じゃないか?」

 

この付近にある巨樹といえば、大樹“ウーア・アルト”しかない。

だが、それが正しいとしても、さらに疑問がわき上がる。

 

「でもそれだと、地上に見えてた大樹って・・・」

「まさしく、枝の先端でしかない、ってことになるな」

「・・・ほ、本当の大きさはどれくらいになるんだ?」

 

天之河の若干引きつった声音での疑問に答える者はなく、俺もちょっと考えて、

 

「・・・多分、最低でもキロ単位。根も含めれば、10,20は軽くいくんじゃないか?」

 

下手をすれば、さらに桁が追加される可能性だってある。

改めて俺たちは、大樹の規格外のスケールに度肝を抜かれた。

俺も含め、思わず上を見上げるが、呆けてばかりもいられない。

 

「そういやぁ、下も確認しとかなきゃな」

 

どこぞのうざい迷宮ではないが、落ちたら毒沼とか危険だし、そもそもこの高さから落ちた時点でもアウトだ。万が一落ちた時のことを考えて、下の状況を確認する必要がある。

 

「んー、暗いな・・・」

 

地下なこともあって、さすがに下はかなり暗い。

だから俺は“夜目”も使って下を確認して・・・

 

 

 

 

「ツルギ!ツルギ!!」

「はっ!」

 

気付けば俺は、必死になっているティアに介抱されていた。

どうやら俺は、数秒だけだが気絶していたらしい。

俺はいったい何を見たのか、思い出そうとして・・・思い出して、後悔した。

 

「ツルギ!どうしたの!?顔が真っ青になってるわよ!?」

 

今の俺の顔は、ひどいことになっているらしい。

ハジメや天之河たちも、戦慄の表情で俺を見ている。

 

「まさか、あのツルギがそこまで怯えるなんてな・・・」

「なぁ、峯坂。いったい、何があったんだ?」

 

あのもっぱら俺に敵意を向ける天之河が、心配と戦慄半々の表情で問いかけてきて、俺は答える代わりに、ハジメに話しかけた。

 

「・・・ハジメ、クロスビットで地下の様子を映し出してくれ。そっちの方が早い」

「それはいいんだが・・・マジで何がいたんだ?」

「・・・あいつらが、あいつらがいたんだ」

「あいつら?」

 

ハジメは訝しげにしながらも、言われたとおりにクロスビットを一機、下に飛ばし、小型の水晶ディスプレイを全員が見えるように掲げた。

そこに映っていたのを見て、

 

「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」」

 

ハジメたちも含めた全員が顔を青くし、目を背ける。

そう、ディスプレイに映っているのは、1匹見つけたら30匹はいると思え!という言葉と共に恐れられてきた黒い悪魔の名を冠する頭文字Gのあんちくしょう。

その名を、ゴキブリ。

それも、ただのゴキブリではない。この地下空間には、数百万、数千万、いや、数えることが不可能なほどの、もはやゴキブリの海とでも言うべき数が、地下空間にひしめき合っていた。

これにほとんどのメンバーが顔を青くして鳥肌を立てながら目を背け、耳のいいシアはウサ耳を抑えてしゃがみこみ、ユエと香織がそれぞれ薙ぎ払おうとしたが、ゴキの大群に襲われる可能性をハジメに諭されて大人しくなった。

ティアとイズモも、俺を慰めるのではなく、むしろ自分たちの精神衛生のために抱きついてきた。

・・・映像越しの面々でさえこれだ。このパーティーの中で最も目がよく、誰よりもはっきりとゴキの大海を見た俺の精神状態は言うまでもない。

なにせ、触覚や脚の一本一本まで認識してしまったのだ。思い出しただけでも吐き気が・・・。

俺は精神安定のために、ティアとイズモを抱き寄せた。

 

「・・・なんというか、峯坂にも苦手なものがあったんだな」

 

雰囲気を変えるためかはわからないが、天之河が俺に話を振ってきた。

 

「・・・俺だって人間だからな。苦手なものの1つや2つくらいはある」

「にしても、ちょっと過剰じゃないか?さすがに気絶ってのは・・・」

 

ハジメからすれば、俺の反応は大げさだったらしい。

もちろん、理由はある。

 

「これは、俺と親父で大掃除をしていたときの話なんだがな・・・」

 

親父は未婚とはいえ、立場上、どうしても物は多くなる。だから、大掃除の時は協力して箱詰めしてしまっているのだが・・・

 

「ある時な、いつものように箱を持ちあげたら、ゴキがでてきたんだよ」

「あ?んな1匹くらいで・・・」

「30匹くらい」

「・・・」

 

運悪く、箱の下に卵があったようで、わらわらでてきた。

そして、これだけでは終わらなかった。

 

「突然のことで、ついパニックになってな。それで、その拍子に、何匹か踏みつぶしたり、俺の足をカサカサ這い上ってきたり・・・」

 

幸いけがはなかったが、片付けがさらに大変なことになってしまった。

それ以来、俺の中でゴキ=天敵という認識が出来上がった。普通にトラウマだよ、ちくしょう。

俺の話を聞いて、周りはもはやお通夜ムードになっていた。その光景を想像したのか、全員が顔を青くして鳥肌の立った腕をさすっている。

 

「・・・とりあえず、先に進もう。落ちたり不用意に刺激しない限りは大丈夫、なはずだ」

 

もちろん、そんな保証はどこにもないが。むしろ、襲わない理由の方がないわけだし。

それに、正直なところ、もう少しティアとイズモで癒されたい気持ちはあったが、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。大迷宮攻略のためにも、俺は自分の身体を叱咤して立ち上がった。

幸い、通路は十分な横幅があり、よっぽどじゃない限りは落ちる心配もない。ひとまずは、枝が4本合流していて広場のようになっている足場に向かうことにした。

そこに向かうまでの間、俺は内心ではかなりびくびくしながらも、枝から枝に飛び移ったりして、何事もなく目的の場所にたどり着いた。

 

「・・・まだ大丈夫だよな?」

「どれだけ怖がってるのよ」

 

そりゃあそうだろう。別に戦意喪失してるわけではないが、いつ襲い掛かって来ても対処できるようにはしておきたいし。奴らが気配なく近づいてきては危ない。いろいろな意味で。

と、次の瞬間、

 

ウ゛ゥ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!!!

 

恐れていた音が聞こえた。

そう、奴らの羽ばたき音だ。

まさかと思って下をのぞけば、そこにはゴキの大群が津波のように押し寄せてくる悪夢のような光景が!

 

「っ!?全員、攻撃開始ーーー!!!」

 

一瞬で状況を確認した俺は、指示を出しつつすぐさま魔法陣を展開し、迎撃態勢を整えた。この時の展開速度は、たぶん今までで1番だったと思う。確認する暇はないが。

俺が展開したのは、俺の持ちうるすべての攻撃の魔法。何が効果的なのかわからない以上、とにかくあらゆる手段で攻撃する。

“緋槍”の弾幕でゴキを焼き払い、“破断”でゴキを薙ぎ払い、“嵐帝”でゴキを寄せ付けず、“落牢”でゴキをまとめて石化させ、“天翔閃”でゴキを吹き飛ばし、“黒天窮”でゴキを押しつぶし、“震天”でゴキを吹き飛ばす。

もちろん、ハジメたちもそれぞれの最高火力でゴキの大群を吹き飛ばしているが、それでも数が多すぎて全部は叩き落せない。

ゴキ共は小魚の群れのように一糸乱れぬ動きで縦横無尽に飛び回り、俺たちに近づいてくる。

 

「うぅ、こ、ここは聖域なりてぇ、し、しし神敵通さずぅっ・・・“聖絶”ぅ!」

 

すでに半泣きになっている谷口が障壁を展開すると同時に、すでに上空に迫っていたゴキが重力に引かれるように落下して襲い掛かってくる。

谷口のおかげでなんとか防げているが、障壁にすごい勢いでぶつかり、中には潰れて体液をまき散らしている個体がいるのも見て、

 

「む、り」

 

障壁を展開している谷口が気を失いそうになった。

そこに天之河が咄嗟に手を伸ばし、谷口を支えると同時に必死さのにじんだ声で励ます。

 

「鈴ぅ!寝るな!寝たら死ぬぞ!俺達の精神がっ!!」

 

そりゃあそうだ。生身でゴキに押しつぶされただなんて、一生のトラウマになる。俺だって、1ヵ月くらいは意識を失うくらいは確実だと思う。

 

「ユエ!重ねて防御!」

「ん!絶対破らせない!」

 

俺の指示にユエも素早く反応、鳥肌を立てながらも谷口の“聖絶”に重ねるようにして展開した。それでも、障壁の外でゴキがカサカサしているのは普通に気持ち悪いが。“天眼”の影響でさらにくっきり見えちゃうし。

 

「クソッたれがァァァァァ!!」

 

何も見たくなくなった俺は目を閉じて耳を塞ぎ、魔力だけを認識して攻撃するようにした。大量のゴキが周りにいる事実は変わらないが、リアルの触覚や脚とカサカサ音がなくなっただけでだいぶマシになった。

 

「・・・こんなツルギ、初めて見たわ」

「・・・ここまでとなると、ツルギ殿が少し可哀そうに思えてくるな」

「・・・この様子じゃあ、うかつにからかえねぇな・・・」

 

後ろから何か聞こえた気がしたが、ゴキのカサカサ音が嫌だったから耳はふさいだままにした。

なにやら香織の悲痛な叫びと八重樫の生気を失ったような声が聞こえた気もしたが、それも聞こえないふりをした。

と、なかなかカオスなことになっていたが、変化が生じた。

ゴキの魔力で気配を探っていたが、一斉に俺たちから距離を取り始めたのを感じた。

 

「ん?」

 

目を開けてみれば、障壁に張り付いていたゴキはすべていなくなっていた。

何事かと思っていたら、ゴキは空中に球体を作り、それを中心に囲むように円環を作り出した。

さらに外周にも円環が重ねられ、次にはゴキの列が円環の中に紋様を描き出す。

俺は、ゴキ共が何をしようとしているのか察した。なにせ、俺もやっていることだからだ。

 

「まさか、魔法陣を形成してんのか!?」

 

まさか、ゴキにそこまでの知性があるとは思わなかった。魔物だって魔法を使うが、あくまで魔法陣は必要ない固有魔法だ。魔物が魔法陣を作るなんて聞いた事がない。

それに、何度も魔法陣を作っている俺だからわかるが、サイズといい紋様の複雑さといい、あれは間違いなくろくでもない魔法だ。

俺は咄嗟に魔法陣に向かって魔法を放つが、ゴキの壁が立ちふさがって防いでしまった。表面のゴキはボロボロと落ちていくが、奥の魔法陣にはかすりもしない。

 

「だったら・・・!」

 

俺は今度は貫通性能の高いゲイボルグに切り替え、攻撃箇所も一点に絞って放つ。ゲイボルグ1本ではすぐにゴキによって埋められてしまうが、連続で放つことで徐々に押し込んでいく。

だが、間に合わなかった。

完成された魔法陣が赤黒い光を放ち始め、次いで中心の球体がグネグネと形を変え始め・・・最終的には、背中から3対6枚の羽根を生やし、腰から尾も生えた人型ゴキになった。

これ、なんてテラ〇ォーマーズなんだろう。

だが、呆然としている暇はなく、ボスゴキが赤黒い燐光を纏うと、周囲のゴキが集まり始めて、新たな魔法陣の中に小さめの球体がが何個も形成され始めた。どう考えても、新しい特殊ゴキがでてくるのは明らかだ。

 

「チッ、させるッッ!?」

「・・・んっっ!?」

「っ、まさかっ!」

 

俺とハジメとユエで阻止しようと構えた瞬間、足元から魔力の奔流が発生した。

魔力の流れを辿ってみると、通路の裏側に先ほどとは違う魔法陣が形成されているのが見えた。

どうやら、目の前の魔法陣に集中しすぎて、下のゴキの存在をすっかり忘れてしまったようだ。

まずいと思った俺はすぐに下に魔法陣を形成して撃ち落とそうとするが、少し遅かった。

足場の通路を透過して赤黒い魔力がほとばしり、爆発したような閃光が周囲一帯を包み込んだ。

俺は咄嗟に顔を腕で庇うが、光が収まったのを確認してから目を開けると、傷や破壊跡は何もなかった。

いったいどういうことなのか。俺は周囲を見渡し、ティアを見た。

すると、俺の中に沸き上がってきたのは、

 

 

 

 

すさまじい嫌悪だった。




「そういえば、ゴキ以外で苦手な奴ってあるのか?」
「そうだなぁ・・・特にこれってのはねぇかなぁ・・・」
「ふ~ん?他の虫は大丈夫なのか?」
「大丈夫っつーか、たまに食べるまである。ハチの素揚げとか、イナゴの佃煮とか」
「いや、それは食えるのかよ」
「意外とおいしいんだ、これが」

ゴキ以外ならわりとなんとかなる・・・かもしれないツルギの図。


~~~~~~~~~~~

アニメ9話・・・もう、なにも言うまい。
ちょっと、大事なものを削り過ぎているというか・・・。
下手したら、ミュウちゃん出てこないまま香織と再会、までやりそうな気が・・・考えてみれば、ミュウのCVなかったですし。

ちなみに自分は、リアルでゴキを踏みそうになったことがあります。
足で踏んで蓋を開けるタイプのごみ箱で、あるときごみを捨てようと踏んだら、足の裏にカサッとした感触が当たって、何だろうと思ったらゴキだったという。
もう10年くらい前の話ですが、今でもたまに思い出してしまいます・・・。
一応、今はゴキが出て来ても袋とかティッシュ越しでつかんで投げ飛ばすくらいはできますが、あればっかりはどうにも・・・。
それに、まったく気配を感じないので、突然目の前に現れてビビることもしばしば。


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反転した結果

「・・・ティア」

「・・・ツルギ」

 

俺が名前を呼ぶと、ティアは俺の方を振り向いた。

だが、わき上がってくる感情は、やはり嫌悪や憎悪といった負の感情だった。

 

「なんだか、ティアが殺したいくらいに憎いんだが」

「奇遇ね、私もツルギのことがとても憎たらしいわ」

 

俺とティアが互いに睨み合っていると、

 

「お、おい!峯坂に何をする気だ!峯坂に手を出すなら俺も黙っていないぞ!」

 

俺の()()()()()()()である天之河が、ティアに憎しみと非難の視線を向け、俺に親愛の眼差しをおくる。

他にも、ハジメとユエとシアが殺意をもって対峙し、坂上と谷口が天之河に嫌悪の表情を浮かべる。八重樫も俺に対して嫌悪を、天之河に対して非難の表情を浮かべ、香織とティアに殺意を向けていた。

だが、ハジメは坂上や天之河、谷口にはいつも通りの表情(特に興味なし)を向けている。

それで、だいたいのことを察した。

 

「なるほどな。さっきの光は感情を反転させるものだった、ってわけか。その効果も、元の感情の大きさに比例していると」

「てめぇに賛同するのは癪だが、そういうことだろうな」

 

俺の推測に、ハジメが忌々しそうにしながらも頷く。

つまりこれは、元の記憶、あるいは今まで紡いできた絆を頼りにして、反転した感情を振り払うことができるかどうか、あるいは悪感情を抱いたままでも試練を乗り越えることができるか、試しているということだろう。

相変わらず、大迷宮の試練は厄介なコンセプトが多い。並みの冒険者なら、反転した感情のままに殺し合いを始める可能性すらある。

それに、何より問題なのが、

 

「・・・可愛く見えるんだよなぁ」

 

そう、ゴキがこの上なくかわいらしく見えるのだ。記憶の中では、たしかに俺はさっきまで半狂乱状態だったというのに。

感情を反転させられていることを裏付ける決定的な証拠でもあるが、だからといって状況が好転したわけではない。

味方同士では憎み合って連携もままならなくなり、逆にゴキ相手では愛しく思うが故に刃が鈍ってしまう。そうこうしているうちにゴキの大群と人型のゴキ、そして次々と生み出される半人型ゴキになすすべなくやられていく、ということか。

それにしても、

 

「・・・あぁ、本当にかわいらしいな」

 

黒光りする体に、カサカサ動く触覚と足。そのどれもが愛おしい。戦闘中だというのに、思わず見入ってしまう。

あぁ、本当にかわいらしい。

だから・・・

 

 

 

 

「斬る」

 

 

俺は物干し竿を生成し、ゴキを空間ごと薙ぎ払った。

空間魔法も付与した斬撃は、周囲のゴキもまとめて吹き飛ばし、ついでにユエの“震天”の余波もかき消した。

 

「え?えぇ?あれぇ?」

 

困惑の声を上げたのは谷口だ。

だが、俺はそれに構わず物干し竿を構え、

 

「そっちはそっちで勝手にやってろ。俺も俺で好きにやらせてもらう」

 

それだけ言って、俺は単身ゴキの群れに突っ込んだ。

ゴキが可愛く見える今の俺なら、気にせずゴキの大群に突っ込むことができる。

 

「ちょっと!なんでそんなに躊躇なく殺してるのよ!」

 

後ろから、ティアがゴキを殴り飛ばしながら近づいて、そう文句を言ってきた。

お前だって撲殺してんじゃねぇかと思ったが、それはそれとして、質問には答えよう。

なに、簡単なことだ。

 

「たとえ可愛くても、ゴキは敵だ。それは変わらねぇ」

 

あの時、ゴキは俺の敵だと、そう決めた。だったら、気持ち悪かろうが可愛かろうが関係ない。ただ斬るだけだ。

 

「それよりもだ、俺じゃなくてあっちの方に行ったらどうだ?ここは俺1人で十分だと言っただろ」

「・・・わかったわよ」

「あぁ、あと自分を見失うなよ」

 

挑発気味の指示に、ティアは見るからにイラつきながらも、文句は言わずにしたがって結界が解けてしまっている八重樫たちの方に戻った。

・・・たしかに、今の俺はティアのことが憎いし、香織や八重樫も少なからず快くなく思っている。だが、俺だって今さら感情の激流に流されるような暮らしはしてこなかった。どんな感情があってもやるべきことは果たすし、記憶をたどれば相手が自分にとってどんな人かなんて、すぐに思い出せる。

だから、たとえ今の俺が天之河の過去の行為をかっこいいと思っていても、そのたびに俺にストレスがかかっていたということも覚えているから、天之河への態度は誤らない。今の天之河を気持ち悪いと思えないことが、どうにも釈然としない部分もあるが。

まぁ、それはそうとだ。

 

「・・・俺、生きて帰ってこれるかな」

 

特に、感情の反転が解けたあととか。

気絶してそのまま襲われて死亡とか、マジで笑えないし。

 

 

* * *

 

 

ツルギの指示に仕方なく従ったティアは、ゴキを吹き飛ばしながら雫たちのところに戻っていた。とはいえ、ツルギがそこそこ深く斬りこんだだけあって、戻るのにも一苦労していた。

ちなみに、無類の可愛いもの好きであるティアが、何よりもかわいく見えるゴキを躊躇なく撲殺している理由は、単純にTPOをわきまえているからだ。

大迷宮攻略中に、明らかに敵とわかっている存在が襲い掛かってくるのだから、たとえ「遊んで~」とじゃれつくように見えても何もしないわけにはいかない。

つまり、ティアはハジメやツルギのように「敵には容赦しねぇ!」の精神は備わっていないため、

 

(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃ!!)

 

内心では涙目で平謝りしながら拳を振るっていた。

可愛く見えるゴキが自らの拳や蹴りで爆散するたびに、可愛いゴキへの申し訳なさと大迷宮攻略だから!と自分を納得させようとする二つの自分がせめぎ合う状態になっている。

そんな状態ながらもなんとか近づこうとするが、ティアの前に人型が割り込んできた。

 

「ふっ!」

 

本当は殴りたくないが、だからと言って素通りさせてはくれないだろうから、先手必勝で右ストレートを放った。

だが、

 

「あ、あれ?」

 

ティアの渾身の右ストレートは空振りに終わってしまった。

人型ゴキが、目にも止まらない速さで避けたからだ。その速度は、魔力で強化したティアでも追いつくのがやっとのほどだ。

だが、ツルギに比べれば動きは単調なため、

 

「そこ!」

 

すぐに動きを合わせて、振り向きざまに後ろ回し蹴りで人型を薙ぎ払った。

ティアの蹴りを喰らった人型は、片腕を引きちぎられ、わき腹を陥没させて壁にたたきつけられた。

それでも完全に仕留めることはできず、どこか憎々し気にティアの方を見て咆えた。

 

「ギイイィィィ!!」

 

すると、周囲の小型ゴキが人型に群がり、人型を中心として小さな球体を形成した。

そして、球体は数秒で解け、中から無傷の人型が現れた。

 

「小さいのを取り込んで、再生した・・・?」

 

今の現象からそう推測したティアは、内心で面倒だとため息をつくが、すぐに切り替える。

打撃技では一撃で仕留めるのは難しい。それなら、魔法を使って焼き尽くすなり消し飛ばすなりすればいい。

 

「“飛焔”!“風撃”!」

 

右手のフェンリルに巨大な炎を纏わせたティアは、同時に風の球も正面に生成し、思い切り拳をたたきつけた。ただでさえ巨大だった炎の塊は、風の勢いと相まってより広範囲にわたってゴキを燃やし尽くした。

拳を突き出した状態のティアに、チャンスだと思ったのかさらに2体の半人型が左右からティアに襲い掛かってくるが、

 

「“落牢拳”!」

 

今度は両手両足のフェンリルに灰色の煙を纏わせ、右の半人型の頭部にハイキックを、左の半人型の心臓部に掌底を叩き込んだ。ティアの攻撃を喰らった半人型は、その部分を石化させ、そのまま砕かれて絶命した。

半人型を仕留めたティアは、雫たちのところに一足飛びに向かい、周囲に群がっていたゴキを“落牢”と“風撃”で吹き飛ばした。

 

「戻ってきたか」

 

始めに出迎えたのは、“黒炎”でゴキを焼き払っているイズモだ。

イズモを見たティアは、自身の胸の中にあらゆる負の感情が浮かび上がるのを感じる。

だが、ティアはそれを無理やりねじ伏せた。

ツルギは言っていた。自分を見失うな、と。

それで、ティアは自らの記憶を振り返った。ツルギが、イズモが、自分にとってどのような人物なのか。

それがわかれば、自分が何をすべきなのか、見失うことなんてない。

 

「イズモ、援護を頼めるかしら?」

「ふっ、後ろから攻撃されるとは思わないのか?」

「イズモがそんなことするの?」

「しないさ。しないに決まっている」

 

イズモの中には、ティオと同じく竜人族の教えが叩き込まれている。そのおかげで、最初から感情に振り回されるなんて無様な姿はさらさなかった。

それを聞いて頷いたティアは、まともに戦えないままでいる光輝、鈴、龍太郎の方を振り返り、

 

「あなたたちも!しゃんとしなさい!何のために来たと思ってるの!」

 

そう激を飛ばした。

真っ先に動きが変わったのは、鈴だった。

さっきまでは動きの違う光輝と龍太郎に合わせられずに上手く進路限定用の結界を展開できないでいたが、光輝と龍太郎には最小限の守りを残すにとどめ、そこで生まれた余力を頭上と正面に注いだ。これによって、頭上をカバーしていたシアも周囲の攻撃に参加し、さらに殲滅力が上がった。

光輝は敵への情を捨てきれずに未だに動きに精細さが欠けているが、龍太郎は余計なことを考えるのをやめ、目の前のゴキの相手に思考を絞ることで、先ほどよりはまともに戦えるようになった。

未だに攻略の目途は立っていないが、それでも調子を取り戻し始めたティアたちに半人型が敵うはずもなかった。

 

 

* * *

 

 

(向こうは、上手くやっているようだな)

 

人型の相手をしながら俺は他の様子を確認していたが、問題はないようだった。

ハジメとユエに関しては、感情が反転したままはずなのに、不思議と仲良しみたいな空気を醸しながらゴキや人型を殲滅している。本当に、呆れた仲の2人だ。

そうなると、問題は俺の方だが、

 

(正直、1人でやるなんて言わなきゃよかったかなぁ)

 

そう思いながら、その場から飛びのいた。

次の瞬間には、さっきまで俺のいた場所に黒煙の竜巻が襲い掛かった。竜巻が治まると、通路はどろどろに溶けていた。

おそらく、あの黒い煙には腐食の効果があるのだろう。その煙を人型は腕に纏っているのだから、避けるのにも攻撃するのにも黒煙に当たらないように気を使わなければならない。

さらに、

 

「ふっ!」

 

ギィィンッ!

 

振り向きざまに物干し竿を振りぬけば、甲高い音と共に硬い感触が俺の手に返ってくる。

今の攻撃は、羽を高速振動させることで風の刃を生み出したものだ。これのせいで、時折俺の攻撃がはじかれてしまう。

というか、俺の推測が正しければ、

 

「神の使徒を想定したものだよな、これ」

 

ハジメからの話や香織の性能で、俺自身は戦ったことはないが真の神の使徒についての情報は知っている。

おそらく、腐食は分解を、ゴキによる再生は無限の魔力を、風の刃は双大剣を、ゴキ自体は銀羽を再現しており、それに加えて目にも止まらない超速移動を行っている。

俺の推測が正しければ、攻略に4つの証が必要なのも納得できる。

だが、再生の点に関しては、俺にとって無茶苦茶相性が悪かった。どうやらゴキ1匹1匹に魔石が1つずつあるようで、ただ人型を切り裂いただけでは致命傷でもすぐに元に戻ってしまい、わざわざ空間ごと吹き飛ばしたり重力で押しつぶすという手間をかけなきゃ倒すことができない。

それに、少なくとも20体以上は倒しているはずだが、一向に減る気配がなく、むしろ増えてすらいる。

これはおそらく、神の使徒は複数体いるということだろう。そして、元凶を排除しなければ増え続ける、ということか。

おそらく、人型を生み出し続けている本体のようなものがあるはずだが、

 

「探すのもめんどくせぇか」

 

幸か不幸か、感情反転の効果はなくなってきている。いや、それはそれで吐き気がこみあげてくるのだが、これならティアたちと合流しても問題ない。

俺は襲い掛かってきた人型を薙ぎ払ってから、一足飛びでティアの近くに着地した。

 

「さて、様子はどうだ?」

「解けてきたわ。ツルギも?」

「あぁ。今はちょっとムカッてなる程度だな」

「・・・ツルギったら、ひどい」

「あれ?そういう反応?」

 

てっきり、軽口程度は返してくれると思ったんだが・・・

 

「・・・ふふっ、ツルギったら、へこんじゃって」

「・・・ただのいたずらかよ」

 

ティアの反応にドッと疲れるが、それくらいの余裕があるなら、むしろ頼もしいくらいだ。

 

「あいつらをまとめて吹き飛ばす。それまでは隙が大きくなっちまうから、発動まで俺のことを守ってくれ」

「わかったわ」

 

そう言って、俺はティアの後ろに下がり、殺到してきたゴキをティアに任せて俺は物干し竿を消し、新たな武器を形成した。

俺の手中に現れたのは、刀身に文字列を施した黄金の西洋剣だ。

天之河の聖剣と違うのは、刀身の半分以上が光を圧縮したものだということだ。

俺は黄金の西洋剣を頭上に掲げ、魔力をほとばしらせる。

ダメ押しに魔導外装も纏い、“魔力収束”によって周囲の魔力すらも取り込む。

そんな俺を隙だらけだと判断したのか、人型が一斉に襲い掛かってきたが、すべてティアとイズモ、八重樫が押し返し、イズモと八重樫が空いたところは谷口が結界でフォローする。

そのおかげで、余裕で必要な魔力を集めることができた。

 

「お前ら、離れろ!」

 

俺が指示を出すと、ティアたちは素早く俺の正面から離脱する。

もちろん、ここぞとばかりにゴキや人型が押し寄せてきたが、なんの問題もない。

これこそが、俺の持ちうる技術を総動員して実現させた、究極のロマン技・・・!

 

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」

 

 

俺が西洋剣を振り下ろすと、刀身から極大のレーザーがほとばしり、正面にいたゴキや人型はもちろん、離れた場所にいたゴキも粉々になって砕けていった。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)。俺の持てる技術を総動員して作ったこの魔法は、簡単に言えば光魔法と魂魄魔法を用いた殲滅用の魔法だ。

この剣に斬られた、あるいは極太レーザーに被弾した場合、斬られた対象と同系統の魔力や魂魄を持つ敵もまとめて吹き飛ばすことができる。そして、その対象をあらかじめ指定することができ、今回は『ゴキと同系統の魔力を持つ』対象を条件にした。

難点としては、規模によっては俺個人の魔力では足りないという点と発動に時間がかかる点だが、その場合は周囲から魔力を収束するなり魔晶石の魔力を使用すればいいし、収束時間を短縮してもある程度の範囲なら問題なく殲滅できる。

ただ、俺一人だけだとさすがに厳しかったようで、まだゴキが残っていたが、問題はない。

 

「“神罰之焔”」

 

追い打ちをかけるようにして、ユエからも広範囲殲滅の魔法“神罰之焔”が放たれた。

この魔法は最上位の炎魔法である“蒼天”を10発分圧縮し、神代魔法“選定”によってユエが指定した、あるいは指定しなかった魂魄を持つ者だけを滅ぼす魔法だ。

 

「さすがユエだなぁ・・・俺じゃあ魔力が足りん」

 

俺なら“蒼天”5発くらいなら同時に発動できるが、さすがに10発は自信がないし、さらに魂魄魔法を広範囲にわたって発動するとなると、俺の魔力量じゃあ無理だ。

こういう時はユエやハジメのバカ魔力が羨ましくなるなぁ。

まぁ、それはそうとしてだ。

おそらく、これで試練はクリアしたことになっただろう。

さっそく俺は、ティアに声をかけた。

 

「ティア。ちょっといいか?」

「どうしたの?」

 

俺の呼びかけに応じて近づいてくるティアを見て、愛おしさを感じたことに安心しながら、そのまま抱きしめた。

 

「えっ、ツ、ツルギ?」

 

いきなり俺が抱きしめたことに困惑しているが、しばらくはこのままにさせてほしかった。

だって、

 

「・・・ゴキが、ゴキがぁ・・・やっと終わったぁ・・・」

 

感情の反転が解けたせいで、大量のゴキに囲まれたことが今さらになって俺に深刻な精神的ダメージをもたらしたのだ。

正直、ティアに抱きついていないと膝から崩れ落ちそう・・・。

 

「もう、ツルギったら」

 

ティアは呆れつつも、しっかりと俺を抱きしめ、頭を優しく撫でてくれた。

とりあえず、しばらくはこうして、精神の安定を図ろう・・・。

ハルツィナ大迷宮。本当に、恐ろしい大迷宮だった。




「あぁ、癒されるぅ・・・」
「こんなに甘えん坊なツルギは初めてね」
「ならば、私の尻尾も貸そう」
「ありがとな、イズモ・・・」
「・・・なんか、傍から見たらすげぇ光景だな」
「・・・ん。ツルギが彼女とモフモフ尻尾に挟まれて恍惚の表情を浮かべている」
「こればっかりは、私たちには真似できませんねぇ・・・」

ツルギを中心として生み出される光景に少なからず衝撃を受けるハジメたちの図。

「・・・峯坂君、羨ましい。私も・・・」
「雫ちゃん?」
「え?な、何でもないわよ!」
「? そう?」

~~~~~~~~~~~

ようやく、セイバー様のあれを今作でちょいと改造して出しました。
本家よりも、ちょっと凶悪な感じで。
これ、一度本家の方とかち合わせてみたいですねぇ。
構想はまったくないですが。


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概念魔法

ティアとイズモの尻尾に挟まれることしばし、俺はなんとかゴキの精神的ダメージから回復した。

 

「ふぅ・・・ありがとうな、ティア、イズモ」

「別にいいわよ」

「ここまで弱るツルギ殿も珍しいしな」

「・・・もう2度とここには来ない」

 

ハッキリ言って、今までのどの大迷宮よりもきつかった。メルジーネでもそこそこ気持ち悪いものを見たが、ここまでではなかったぞ。

 

「とりあえず、あいつらのところに戻ろうか」

 

見てみれば、離れて応戦していたハジメとユエも合流している。休憩がてら、情報交換といこう。

 

「お、ツルギ。なんとか無事だったみたいだな」

「ある意味、死にかけたけどな・・・お前とユエはぴんぴんしているな。まぁ、当たり前か」

 

なにせ、感情が反転していたはずなのに、普通に連携まがいのことをしていたわけだし。

 

「一応、反転を自力で解除できればいいんだろうが・・・お前らはどうだった?」

「あ~、途中で戻るには戻れたのですが・・・」

「う、う~ん。あれを自力で戻ったと言っていいのかな?」

「まぁ、自力で戻ったと言ってよいじゃろう。きっかけが、ご主人様とユエの告白合戦に対する嫉妬だったとしてもの?」

 

ティオの言葉に、なんとなく想像がついた。まぁ、たしかにティオの言う通り、シアと香織もそれなら大丈夫だろう。

 

「私も、多分大丈夫だと思うわ」

「あぁ。あの時は見事な激だったぞ?」

 

ティアとイズモの方も、危なげなく自力で解除できたようだ。

 

「そういうツルギの方はどうなんだ?」

「・・・自力で解除できるにはできたが、しばらくは解除するギリギリを攻めた。正直、解除した方が俺にはきついし・・・」

「あぁ・・・」

 

正直、これで攻略が認められるかどうかはわからないんだが・・・。

 

「ツルギ殿なら、大丈夫ではないか?」

「うむ。それだけ感情を緻密にコントロールできたのじゃ。攻略が認められないということはないじゃろう」

 

年長者2人からは評価されたし、問答無用でダメということはないだろう。

さて、問題は他の4人なんだが・・・

 

「あ~、どうなのかしら?最後の方は普通にゴキブリを気持ち悪いと思っていたけれど・・・」

 

八重樫の方は、多分自力で乗り切ったと考えていいだろう。

 

「う~ん、鈴も最後の方はなんとか乗り切れた、かな?自分だとよくわからないけど・・・」

「だが、ティア殿の発破で持ち直したのだ。十分だとは思うぞ」

 

谷口は自信なさげだったが、イズモはある程度評価していた。まぁ、道中でも十分成果を残しているから、谷口なら十分可能性はある。

 

「俺は、どうだろうな?途中からあまり深いことは考えないようにしただけだし・・・」

 

脳筋は変わらず脳筋していただけだった。まじでこいつの辞書に『考える』って言葉はないのか。

 

「・・・・・・」

 

んで、天之河は聞くまでもなくダメだろうな。この様子だと。

まぁ、念のため、どうだったか聞いておくか。

 

『イズモ。実際、どうだったんだ?』

『まるでダメだったな。それなりの数は倒したが、最後まで愛おしいと感じている様子だったし、ツルギ殿やハジメ殿に任せればいいなどと言っていた』

 

マジで何のために来たんだよ、こいつ。

ここまで来ると、呆れ果てて何も言えない。

俺の中の天之河の評価が0をぶっちぎってマイナスに突入した。

その時、天井付近の大樹の一部がメキメキと音をたてはじめ、新たな枝の通路が生えてきた。その通路は俺たちのいる広場まで下りてきて5つ目の通路となってつながり、階段へと変化した。

要するに、先に進めということだろう。

 

「・・・さっさと行くか」

「さっきのが最後の試練だと思いたいところだな」

 

ハジメの言うことももっともだ。これでさらに厳しい試練がでてきたら、それなりに消耗している俺たちにはかなりキツイ。

とはいえ、さすがにそこまで鬼畜ではないと思いつつも、若干疲労の残っている身体に鞭を打って階段を上った。

階段を上りきると、そこにはいつもの洞と魔法陣があった。俺たちが全員魔法陣の上に乗ると、いつものように魔法陣が輝きだし、転移が始まった。

光が収まると、俺たちが立っているのは、庭園だった。広さは学校の体育館くらいで、思わず見惚れるほどの美しさがあった。

 

「おい、南雲!峯坂!あれか!?」

 

逸る様子で天之河が指を差した先には、ひときわ大きい木が水路に囲まれる形で直立しており、根元には石板がめり込むように鎮座している。

今にも飛び出しそうな天之河を制止させつつ、まずは周囲を観察した。

だが、今の周囲には水平方向に青空が見える。

まさかと思いつつ、俺は慎重に庭園の端に近づき、下を覗き込んだ。

 

「これはこれは・・・ハジメ、どうやらここは大樹の天辺らしいぞ」

 

俺の眼下には、広大な濃霧の海が見えた。どう考えても、ハルツィナ樹海だ。となれば、今俺たちがいるのは大樹ウーア・アルトで間違いない。

ハジメたちも同じようにして下を覗き、ハジメはわずかに頬を引きつらせる。

 

「おいおい、それはおかしいだろ・・・俺達がフェルニルで樹海の上を飛んで来たときには大樹なんてなかった。濃霧があるところまでで目算しても、この庭園の高さは400mはある。こんなでっかい樹を見逃すはずがないが・・・」

 

そこまで発言して、ハジメもうっすら気づいたようだ。

俺も周囲を魔眼で観察してから、推測を述べる。

 

「おそらく、空間魔法で空間そのものをずらしているか、魂魄魔法で魂レベルで認識に干渉しているんだろう。だが、さすがにそれだけでここまで大規模に展開できるかは疑問だが・・・」

 

だが、今のところはそれくらいしか考えられない。証拠も情報も少なすぎる。

魔法のエキスパートであるユエも、俺以上の考察はでなかった。

それにしても、魔法なら俺の魔眼で認識できるはずだが、干渉されていることすら気づかなかったとは・・・。

あまりのスケールに圧倒されそうになるが、まずは石板のところに向かうことにした。

 

「やっぱり、ここがゴールみたいだな」

 

ハジメの言葉に俺も頷き、石板のもとに歩いていった。

俺たちが小島につながっているアーチを渡ると、突然水路が輝き始めた。

どうやら水路そのものが魔法陣の役割を持っていたようで、いつも大迷宮攻略で感じた記憶を探られる感覚と、知識を無理やり刻み込まれる感覚が襲ってきた。

俺たちは慣れたものだが、後ろから呻き声が2つ聞こえてきた。

輝きがある程度収まったところで、流れ込んできた知識から新たな神代魔法の名前を呟こうとした。

そのとき、石板の木がうねり始めた。

何事かと身構えたが、燐光に照らされた木はグネグネと形を変え、幹の真ん中に人の顔を作り始めた。あくまで方から上だけだが、顔つきから女性だということがわかった。

顔が完全に出来上がると、女性は目を開けて、そっと口を開いた。

 

『まずは、おめでとうと言わせてもらいますわ。よく、数々の大迷宮と、わたくしの・・・このリューティリス・ハルツィナの用意した試練を乗り越えましたわね。あなた方に最大限の敬意を表すと共に、ひどく辛い試練を与えたことを深くお詫び致します』

 

俺は思わず「そうだ、慰謝料払え!」と言いそうになったが、なにやら重要そうな話をされると直感したのと、これはあくまで木を媒体にした記録のアーティファクトであるから我慢した。

それと、この人物からはどこか王族のような気品を感じる。耳の先端が尖っているようにも見えることから、おそらく森人族なのだろう。

 

『しかし、これもまた必要なこと。他の大迷宮を乗り越えて来たあなた方ならば、神々と我々の関係、過去の悲劇、そして今、起きている何か・・・全て把握しているはずですわね?それ故に、揺るがぬ絆と、揺らぎ得る心というものを知って欲しかったのです。きっと、ここまでたどり着いたあなた方なら、心の強さというものも、逆に、弱さというものも理解なさったでしょう。それが、この先の未来で、あなた方の力になることを切に願っています』

 

俺はリューティリス・ハルツィナの言葉に耳を傾けつつ、すでに焦れてきているハジメにジト目を送る。

さすがに我慢しているが、早すぎないか?

 

『あなた方が、どんな目的の為に、私の魔法・・・“昇華魔法”を得ようとしたのかは分かりません。どう使おうとも、あなた方の自由ですわ。ですが、どうか力に溺れることだけはありませんよう。そうなりそうな時は、絆の標に縋りなさい』

 

ここできょろきょろと攻略の証を探し始めたハジメに、俺から肘鉄を送る。内部に衝撃を叩き込んだから、それなりの激痛がハジメを襲っているはずだ。

 

『わたくしの与えた神代の魔法“昇華”は、全ての〝力〟を最低でも一段進化させますわ。与えた知識の通りに。けれど、この魔法の真価は、もっと別のところにあります』

 

昇華魔法の真価?そんなもの、与えられた知識の中にない。いや、それは他の神代魔法も同じだ。

幸い、ハジメの意識も話の内容に向いたようで、うずくまりながらもリューティリス・ハルツィナの方に目を向けた。

 

『昇華魔法は、文字通り全ての“力”を昇華させます。それは神代魔法も例外ではありません。生成魔法、重力魔法、魂魄魔法、変成魔法、空間魔法、再生魔法・・・これらは理の根幹に作用する強大な力。その全てが一段進化し、更に組み合わさることで神代魔法を超える魔法に至る。神の御業とも言うべき魔法・・・“概念魔法”に』

 

神の領域・・・“概念魔法”。そんなもの、初めて聞いた。

だが、思い当たる節もあった。

あの時、ミレディは「君の望みのために、全ての神代魔法を手に入れて」と言った。つまり、このことを言っていたのだろう。

 

『概念魔法・・・そのままの意味ですわ。あらゆる概念をこの世に顕現・作用させる魔法。ただし、この魔法は全ての神代魔法を手に入れたとしても容易に修得することは出来ません。なぜなら、概念魔法は理論ではなく極限の意志によって生み出されるものだから』

 

極限の意志・・・ずいぶんとフワッとした表現だ。まぁ、それを言ったら概念自体もフワッとしたものだが。

だが、それが本当なら魔法陣で知識転写できなかったのもうなずける。

 

『わたくし達“解放者”7人掛りでも、たった3つの概念魔法しか生み出すことが出来ませんでした。もっとも、わたくし達にはそれで十分ではあったのですけど・・・その内の1つをあなた方に贈りましょう』

 

そう言った直後、中央の石板がスライドし、中から懐中時計のようなものがでてきた。

俺が手に取ると、表には半透明の蓋があり、中には指針が1本だけあった。時計というよりは、コンパスのように見えなくもない。

裏には、リューティリス・ハルツィナの紋様が描かれていた。どうやら、これが攻略の証も兼ねているようだ。

俺がまじまじと見つめていると、リューティリスが説明を再開した。

 

『名を“導越の羅針盤”。込められた概念は、“望んだ場所を指し示す”』

 

その言葉を聞いた瞬間、たしかに俺の心臓が跳ね上がった。

“望んだ場所を指し示す”。

それが本当なら・・・

 

『どこでも、何にでも、望めばその場所へと導いてくれますわ。探し人の所在でも、隠されたものの在処でもあっても、あるいは・・・別の世界であっても』

 

きっと、リューティリスの言う別の世界とは、神のいる世界のことを言っているのだろう。

解放者の目的は、神を倒すことだ。おそらく、神を見つけるためにこの概念を生み出し、オスカー辺りがこの羅針盤に付与、あるいは創造したのだろう。

だが、神の世界ですらその場所を指し示して導くというのなら、俺たちの世界・・・日本であっても可能なはずだ。

ようやく、日本に戻るための一手を掴んだ。

俺でさえも、高揚を抑えきれない。なら・・・誰よりも帰郷を望んだハジメの心境は、俺の比ではないだろう。

ちらりとハジメの方を見れば、義手の左手をギュッと握り締めていた。

 

『全ての神代魔法を手に入れ、そこに確かな意志があるのなら、あなた方はどこにでも行けますわ。自由な意志のもと、未来を選択できますよう。あなた方の進む道の先に幸多からんことを、心から祈っておりますわ』

 

最後にそう言って、微笑みはそのままに木の中へと戻っていった。

それからしばらくは誰も口を開くことができなかったが、感情を抑えたような、努めて冷静さを保とうとしているハジメが静寂を破った。

 

「ユエ、ツルギ、念の為に聞くが・・・昇華魔法を使えば・・・空間魔法で・・・・・・世界を越えられるか?」

 

そのハジメの質問に、俺とユエは即答を避けて頭を回転させた。ハジメの質問の重みを察しているからこそ、あらゆる可能性を探る。

俺とユエは、パーティーの中でも特に魔法に秀でている。だからこそ、その期待に応えようと必死にトライアンドエラーを繰り返すが・・・

 

「・・・ごめんなさい」

「今の俺たちだと、この世界の空間に干渉することはできても、世界を超えて空間に干渉することはできないな」

「そうか・・・」

 

俺たちの扱う神代魔法は、あくまでこの世界の理に作用するものだ。それは、昇華魔法込みでも変わらない。

おそらく、世界を超えるには、それこそ概念魔法が必要になるのだろう。

リューティリスは、概念魔法を3つ編み出したと言っていた。残りの2つは、神の世界に行くための概念と神を殺すための概念のはずだ。

だが、それがわかっただけでもかなりの収穫だ。なにせ、日本に戻るための明確な手段が提示された。あとは、その手段を手に入れてチェックメイトだ。

それに・・・

 

「な、なぁ、南雲、峯坂。さっきの話・・・その概念魔法が使えるようになれば・・・」

 

物思いにふけっていると、天之河が遠慮がちに声をかけてきた。

 

「あぁ、帰れるだろうな」

「少なくとも、転移先はこの羅針盤が示してくれるはずだ」

「そう・・・か・・・。な、なぁ、帰るときになったら・・・」

 

そこまで言って天之河は口をつぐんだ。坂上の方を見れば、似たような感じでそわそわしている。

 

「安心しろ。定員制限やらデメリットでもない限り、ついでに全員連れ帰ってやるよ」

「そ、そうか。ありがとうな、南雲」

「つーか、やけに自信なさげなところを見ると、お前らはダメだったな?」

「「うっ!?」」

 

俺のストレートな言葉に、天之河と坂上が胸を押さえてうずくまった。

やはりというか、男2人は攻略を認められなかったようだ。

まぁ、坂上はともかく、天之河は終始醜態をさらしていたから、当然だろう。

だが、

 

「八重樫と谷口は、攻略を認められたみたいだな」

「!・・・えっと、ええ、使えるみたい」

「う、うん、鈴も使えるよ」

「ほ、本当か、2人とも!?」

「マジか、やったじゃねぇか!」

 

それもそうだろう。

戦闘はもちろんだが、2人とも理想世界の夢と快楽地獄を自力で乗り越えたんだ。最後のゴキは自信なさげだったが、攻略を認められるのには十分だったようだ。

 

「とりあえず、今日のところはさっさとフェアベルゲンに戻ろう。多少は回復したが、早くティアとイズモに癒されたい・・・」

「まだ足りなかったの?」

「まったく、しょうがないな」

 

当然、まだまだ足りませんとも。少なくとも、今日明日は思い切り癒されたい。そして、若干呆れながらも承諾してくれたティアとイズモがマジでありがたい。

というか、すでにティアが右から、イズモが後ろから抱きついてきて、すでに夢心地だわ・・・。

・・・それに、今日はいいものも見れた。

 

「ツルギ、どうしたの?」

「何やら、ハジメ殿の方を見ているが」

 

俺がハジメを見ていることに気づいたのか、2人が問いかけてきた。

たしかに、俺はハジメの方を見ていた。

なにせ、

 

「ようやく、ハジメが報われたと思ってな」

「あ・・・」

「なるほどな・・・」

 

今まで、ハジメにはまったく余裕がなかった。いつだって死に物狂いで、必死で、傷ついて。

だが、今までの地獄の日々が、ようやく報われた。

その証拠に、今のハジメが浮かべている笑み。

それは、こっちで何度も見てきた傲岸不遜で不敵なものではなく、日本で何度も見てきた少し困ったような笑みだった。

そして、その笑みに心打たれたユエたちは、香織が好きになったハジメに共感するとともに、そのままハジメのもとへと走った。

今回のハルツィナ樹海の攻略で、俺たちは、ハジメはたしかに前に進むことができた。今回で得た希望は、たしかにハジメにいい影響を与えたに違いないと、俺は確信していた。

・・・若干1名、無理して笑みを浮かべているのが丸わかりのやつがいたが、あえて無視した。わざわざ水を差すことでもないし。

何はともあれ、こうして俺たちのハルツィナ樹海攻略は幕を閉じた。




「・・・なんだか、ハジメを見るツルギの目がとてもやさしい・・・」
「あ?まぁ、親友だからな」
「・・・まさか、ツルギって・・・」
「ちょいと待て、それは誤解だからな。俺にその趣味はない」
「大丈夫だ、ツルギ殿。たとえツルギ殿に特殊な性癖があっても、私たちは偏見を持たないからな」
「だーかーらー!違うって言ってるだろ!」

久しぶりにホモ疑惑を持たれた剣の図。

~~~~~~~~~~~

鈴の強化フラグが確立しました。
さて、ここからどう改造していきましょうか・・・。
まぁ、登場の機会は少ないかもしれませんが。
あくまでツルギ視点が主体なので、かかわりが薄い谷口や坂上あたりはどうしても存在感が薄くなりがちなんですよね・・・。


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荒ぶる雫さん

ハルツィナ樹海攻略の翌早朝、フェアベルゲンの森の奥では、凪いだ水面のような静謐さに相反する鋭い音が響いていた。

 

「疾っ!ふっ!はっ!」

 

その空気を切り裂く音の正体は、雫がひたすら素振りを繰り返している音だった。

霧を散らすように宙を奔る黒線は淀みなく、流れる水のような自然さで振るわれている。

縁を書くようにして黒鉄を振るい、落ちてくる木の葉を空中で切り裂き、その動きに合わせて玉の汗が飛び散る。

いったい何時間続けているのかわからないが、雫の足元にはすり足によって刻まれた円と細切れになった木の葉が無数に散らばっていた。

だが、

 

「・・・っ」

 

突如、雫の演武に乱れが生じた。

剣筋がぶれてしまい、斬るはずだった木の葉をすり抜ける。

雫の動きも遠心力によって回転しながらバランスを崩すが、なんとか転倒という無様を晒すようなことは避けることができた。だが、たたらを踏んで鞘を支えにする自分の姿には、剣士として苦い顔をせざるを得ない。

 

「はぁはぁ、あぁ、もうっ!!」

 

雫は苛立たし気に顔を振り、トレードマークであるポニーテールが心情を表すかのように盛大に荒ぶる。

 

「明鏡止水。明鏡止水よ、私」

 

わざわざ言葉にしつつ、雫は大きく深呼吸をして静謐な泉を思い浮かべ、再び集中しようとしたが・・・

 

「ぬぁああああ!!」

 

すぐに水面に1人の男の姿が浮かび上がり、途端に乙女にあるまじき雄々しい絶叫を上げる。

 

(違うったら、違うっ!!ぜった~い!違うってばぁ!!)

 

もはや凪いだ水面はどこにもなく、むしろ大時化のように荒れ狂っていた。

 

(違うって、そもそも違うの意味もわからないし!私は冷静だし!)

 

どう見ても冷静ではないのだが、冷静でない今の雫にはわかるはずもない。

そもそも、雫はまだ日が昇らないうちから鍛錬を始めていたのだが、その時から集中してはすぐに乱れて剣筋が鈍り、落ち着いたと思ってもすぐに集中が切れて荒れるというのを繰り返していた。

その理由を、雫は認めないながらもなんとなく察していた。

まず、ツルギたちはハルツィナ樹海を攻略した後、疲れを癒すためにすぐに各自の部屋に直行し、休息をとった。

当然、それは雫も同じなのだが、なぜかなかなか眠れず、何時間も悶々としながらゴロゴロ転がり続け、このままベッドにいては仕方ないと黒鉄を持って外に飛び出した。

そして、雫を悶々とさせているものが、水面に浮かんでくる1人の少年だった。

 

「セイッ!セイッ!セェエエイ!!」

 

雄叫びもさらに荒ぶっていき、何度も考えまいとしても、ハルツィナ樹海での出来事が脳裏をよぎる。

雫は、理想の夢の世界に攫われたとき、その世界でとても“イタい”夢を見せられた。

その時、雫はお姫様となって、騎士との恋物語をしていたのだが、その騎士役の人物が・・・

 

「うりゃあああっ!!!」

 

極めつけは、最後の試練だった。

感情を反転させるという魔法が原因で、ゴキに愛情を感じてしまったのは黒歴史だが、1番の問題が他にあった。

感情を反転させるということは、もちろん親しい人物に憎悪を抱くということなのだが、その相手が問題だった。

ティアやイズモはまだいい。イズモに関してはすでに子キツネや尻尾の虜になっており、ティアとも香織と近い関係を築いていることから、ひどく嫌ってしまうのはある意味当然であり、それは幼馴染である香織や光輝に対しても同じだ。

問題なのは、その件の少年に対しては、オブラートに包まずに言えば、憎々しいとすら思ってしまった。

その意味するところは・・・

 

「ちがーーうっ!友情よ!友情バンザーーイ!!」

 

もはや太刀筋も何もなく、キャラ崩壊すら起こしていた。

その姿は、幻の人影に八つ当たりしているようにも見えるが、クラスメイトの誰かがこれを見たら目の前の現実を疑うのは確かだろう。

 

「ちぇすとーーーっ!」

 

そのような掛け声は八重樫流に存在しないのだが、荒ぶっている雫には関係ない。

それからしばらく、さらに平静と混乱を行ったり来たりを繰り返しながら、わき上がる感情に気が付かないふりをした。

そうして、気持ちいいという感覚を通り越した疲労が思考を鈍らせてきたあたりで、ようやく雫は元来の静けさを取り戻し、荒れていた原因も大迷宮のあれこれのせいだと結論付けた。

 

「ふぅーーー」

 

黒鉄を納刀し、雫は大きく息を吐いた。そのまま、鍛錬の余韻に浸っていると、

 

「何やってんだ、八重樫」

「っ!?」

 

突然、後ろから声をかけられた。

振り返ると、そこには呆れた表情のツルギが立っていた。

 

 

* * *

 

 

森の中を歩いていたら、鍛錬をしている八重樫を見かけた。

それだけなら別にいいんだが、なんというか、いろいろとおかしかった。

あくまで遠目に見ていただけだが、鋭い剣筋だと思っていたら急にぶれたり、立て直すのかと思ったらなんか荒ぶったり、かと思ったらまた冷静になってを繰り返していた。

何か叫んでいた気もするが、俺のいた場所ではそこそこ距離があって聞き取れなかった。別に興味はないが。

 

「にゃに!?」

 

気が動転していたのか、思い切り噛んだ。

どうしてそんなに狼狽しているのかはわからないが、

 

「・・・にゃに・・・くふっ」

「!?」

 

さすがは、『実は女子力高い系』の八重樫だ。天然で、かわいらしい誰何ができるとは。

 

「な・ん・の!よ・う・か・し・ら!!」

 

自覚はあったのか、八重樫は顔を真っ赤にし、一言一言強く区切って強調しながら、言葉にとげを生やして投げつけてきた。

その様子に俺は失笑しつつ、宝物庫からタオルを取り出して八重樫に投げ渡した。

それを危なげなく受け取った八重樫は、自分が汗だくなことに気づいたようで、慌てて汗を拭い始めた。

その間に、俺はとりあえずで質問に答えた。

 

「別に、なにか用事があったわけじゃない。単純に、目が覚めたから鍛錬でもしようかと思っただけだ。んで、適当な場所を探していたら、八重樫を見かけたから近寄ったんだよ」

 

要するに、ただの偶然だ。

一緒のベッドで寝ていたイズモの尻尾をひそかにモフるのも悪くないとは思ったが、せっかくだから昇華魔法の使い心地を掴んでおこうと思って、俺の腕に抱きついているティアと俺の頭を抱えていたイズモを起こさないように空間魔法で抜け出し(即席の抱き枕のカモフラージュ付き)、適当な場所を探しに森の中をさまよっていた、ということだ。

 

「それにしても、八重樫も精が出ているな。その様子だと、だいぶ前から鍛錬をしていただろ。俺も人のことを言えないが、昨日の今日でよくやる」

「い、いつもじゃないわよ。その何だか眠れなくて・・・」

「まぁ、初めての大迷宮攻略なわけだし、気持ちが昂るのも無理はないか。谷口は寝ている様だが」

「ま、まぁね」

 

・・・なんか、いまいち八重樫が挙動不審というか、様子がおかしいというか、変な感じだな。

 

「・・・なぁ、八重樫。なんかあるのか?さっきから様子が変なんだが・・・」

「へ?え、えっと、何もないわよ?私はいたって普通だけど?」

「どう見ても普通じゃないから尋ねているんだが。どう見ても挙動不審だぞ」

「きょ、挙動不審ってなによ。私はいたって平常よ。常に周囲を警戒しているの。無闇に背後に立たないことね。思わず斬ってしまうかもしれないから!」

「お前はどこぞのヒットマンだよ・・・俺も同じことできるけど」

 

手持ちに刀が無くても、声からだいたいの位置を割り出して頭を後ろ回し蹴りで蹴りぬくくらいはできる。もちろん、手当たり次第ではなくて、悪意や殺意を感じた場合だけだが。

 

「まぁ、平気ならそれでいいんだが・・・それはそうと、八重樫」

 

そう言って、俺は八重樫に手を伸ばした。

だが、八重樫はすぐに後ずさり、自らの胸を手で隠して警戒態勢をとった。

 

「な、なに?私にも手を出そうって言うの?そ、そんなことさせないから!だから近づかないで!」

「いや、何をどうすればそんな解釈にあるんだよ」

 

俺、普通に彼女持ちだぞ。さすがに、そこまで敵対視されているってのは、ちょっと傷つく。

 

「そうじゃなくて、黒鉄を渡してくれ。用があるのはそっちだ」

「え?黒鉄を?なんでまた・・・」

「一応、ハジメに強化を頼んでおこうと思ってな。昇華魔法のおかげで、ハジメの錬成の技術もさらに向上しただろうし」

 

一応、俺も昇華魔法のおかげで、本格的にハジメのサポートを行えるくらいには上達したが、それでもハジメには遠く及ばない。ハジメだって、昇華魔法の鍛錬の代わりになるだろうし、心情も変わっていることから、無下にはしないはずだ。

あ、そうだ。

 

「ちょっと失礼」

 

断りを入れてから、俺は八重樫の手をとった。

 

「ちょっ、峯坂君!?」

「暴れるな、危ないから」

 

そう言いながら、暴れる八重樫を握っている片手で抑えながら、宝物庫から注射器を取り出した。

 

「なに?いったいなんなの!?」

「だから落ち着けって。ちょっと血をもらうだけだ」

「血を?」

 

理由がわからずに首をかしげている八重樫に、黒鉄の強化についてどうするかを教えることにする。まぁ、まだ仮だが。

まず、空間魔法によって空間を断裂できるようにさせる。これは空間魔法でしか防げないから、かなりの戦力アップにつながるはずだ。

再生魔法も付与して、自動的に刀身が修繕されるようにする。それと、気休め程度だろうが、使用者も回復できるようにしておこうか。

魂魄魔法によって、相手の肉体を透過して魂魄に直接ダメージを与えられるようにする。これなら万が一黒鉄で斬れないほど硬い敵が現れても問題ない。

他の機能の性能も上げたり、まだ付与していない固有魔法も追加するのもいい。

あと、さっき採取した八重樫の血とステータスプレートの認証方法を応用して、固有魔法の発動に必要な詠唱を省略できるようにもしておこう。スピードアタッカーである八重樫は、剣戟の最中に詠唱を唱えてなんていられないだろうし。

ざっと説明、というか構想の垂れ流しを終えて八重樫の方を見ると、完全に頬が引きつっていた。

 

「・・・それが実現したら、本当に光輝の聖剣と並びそうよね」

「たしかにな・・・まぁ、俺はあれが聖剣の本来の性能だとは思っていないが」

「え?」

 

俺の言葉に、八重樫の目が点になった。

 

「ただの強力な剣ってだけならハジメでも作れるし、俺でもあれぐらいなら再現できる。だが、あれは伝説の冒険者以外は誰も鞘から抜くことができなかったっていう曰く付きのアーティファクトだ。勝手に天之河の手元に飛んでいくことといい、ただのアーティファクトじゃないのは確実だ。本来の性能が出せていない理由が、古すぎて性能が発揮できていないからなのか、天之河が扱いきれてないからなのかはわからないが」

 

ともかく、今の天之河の聖剣は、今の段階ではそれこそ普通より強い剣でしかない。もし性能のすべてを引き出すことができたら、それこそ強化後の黒鉄に匹敵するか、あるいはそれすらもさらに上回るかもしれない。

 

「ま、俺があれこれ言ったところで、結局は天之河の問題なんだけどな。聖剣を使えるのは天之河だけだし。あぁ、このことはあいつには言わないでくれよ。絶対に面倒なことになる」

 

別に「そんなはずはない!」って言われるだけならどうってことないんだが、俺に責任転嫁して「性能を引き出す方法を教えろ!」とか、強化後に「何か変なことをしたのか!」って言われるのは、マジでめんどくさい。あいつなら、マジでその可能性があるから手に負えない。

八重樫も、なんとなくその光景が浮かんだようで、苦笑しながらも了承してくれた。

 

「わかったわ・・・でも、どうしてそこまで気にかけてくれるのかしら?」

「黒鉄の強化のことについて言ってるんなら、念のためだ」

「念のため?」

「わかっていると思うが、最後の氷雪洞窟を攻略すれば、少なくともハジメとユエは日本に帰る手段を手に入れることができる。だが、そのまま素直に帰れるとは思っていない」

「邪魔が入るってことね?魔人族か、あるいは狂った神か・・・」

「あぁ。神とやらが勇者やハジメっていうイレギュラーを簡単に逃がすとは思えないし、俺たちは数少ない、いや、下手したら唯一、エヒトの盤面をひっくり返した存在だ。どのみち、向こうからすれば面白くないだろう。まず間違いなく襲ってくる。そのときの自衛のための武器は必要だろう。もちろん、八重樫に限らずな」

「それは、そうね」

「まぁ、ハジメからすれば肉壁程度にしか考えていないだろうが」

「そう・・・ちょっと待ちなさい。今、聞き逃せない言葉が聞こえたのだけど」

「文句はハジメに言ってくれよ」

 

元々、ハジメが肉壁養成のために大迷宮攻略についてくるのを許可したわけだし。

 

「まぁ、そういうわけだから、多分ハジメも他の奴らの装備を魔改造するだろう。神の使徒と戦えるくらいにはな。それに、他の大迷宮に挑んでもいいだろうし」

 

天之河の場合、攻略できるようなやつはあまりないだろうが。

グリューエン大火山ならいけるかもしれないが・・・そう言えば、あそこって今どうなってるんだ?大迷宮には自動再生の機能があるとはいえ、大噴火してマグマが流れ込んだわけだけど。

そんなことを考えていると、八重樫がどこか困ったような、迷った表情で話しかけてきた。

 

「・・・やっぱり、峯坂君たちだけで行くのよね?」

「・・・さぁ?どうだろうな」

「え?」

 

俺の返答が予想外だったのか、八重樫が目を丸くした。

 

「少なくとも、八重樫と谷口はついて来てもいいんじゃないか?ハルツィナ樹海を攻略できたなら、氷雪洞窟も十分攻略を狙えるだろうし。谷口に関しては、もともと魔人領にいる中村を連れ戻すのが目的だから、氷雪洞窟を攻略した後に直接ガーランドに向かえばいいだろう」

 

それに、魔人領に用があるのは谷口だけではない。

 

「それに、中村に関しては俺も無関係じゃないし、中村の件が無くても元々ティアと一緒に向かうつもりだったんだ。だから、八重樫と谷口は一緒に来てもいいと俺は考えている」

「峯坂君・・・」

 

俺の言葉が予想外だったのか、どこかぼーっとした様子で俺を見ている。

ただ・・・

 

「でもなぁ、八重樫と谷口が一緒に来るとなると、自動的に天之河もついてくるってのがなぁ・・・」

「えっと・・・?」

「まず、あのバカを止められるのは八重樫くらいしかいないから引き離すのは論外だし、だからといって一緒に来られてもいろいろと面倒になるだろうしなぁ・・・」

「・・・身も蓋もないのだけど」

 

正論なのはたしかだろう。八重樫も否定はしていないし。

まぁ、それはともかく、疲れた表情をしている八重樫を横目に、俺は黒刀を2本生成して両手に持った。

 

「? 刀を持ってどうしたの?」

「俺も鍛錬しに来たって言っただろ。八重樫はさっさと部屋に戻って寝とけ。それだけ疲れているならぐっすり眠れるだろ」

 

今の八重樫は見るからに疲れており、瞼も重そうにしている。さっさと休んだ方が身のためだろう。

・・・と、思っていたのだが。

 

「・・・少し見てもいいかしら?」

「? 別にいいが、面白くないと思うぞ?」

「大丈夫よ。飽きたら勝手に帰るから」

 

まぁ、それなら別にいいか。

俺は肩を竦めて了承つつ、黒刀を両手にぶら下げた。それと並行して、足元に魔法陣を描く。

発動する魔法は、簡単な風魔法だ。それを、俺の周りに循環させるようにして風の流れを作り、木の葉を巻き上がらせる。巻き上がった木の葉は、ドーナツのような形を浮かび上がらせる。

俺の刀の間合いは無風状態にして木の葉が舞い落ちるようにし、外側は上昇気流を吹かせて木の葉を宙にあげる。

そして、その風の流れを維持しながら、俺は舞い落ちる木の葉を黒刀で切り裂く。

最初はスローペースで、次第に速度を上げていき、最終的には体を回転させながら㎜単位になった葉クズを両断する。

これは普段からやっている鍛錬で、体捌きと剣筋、魔力操作を同時に鍛えることができる。以前は紙でやっていたが、ここなら木の葉が散乱しているから準備いらずでちょうどいい。

そうして、どれくらい続けていたか。ほとんどの葉が粉になったところで動きを止めると、すでに朝日が昇り始めていた。

キリがいいし、これで終わろうかと黒刀を消し、ふと先ほど八重樫がいたところを見ると、

 

「すぅ、すぅ・・・」

 

寝息を立てて、ぐっすり眠っていた。どうやら、俺の鍛錬を見ているうちに、そのまま寝落ちしたようだ。

さて、どうしよう。さすがにこのままにしておくのは問題だが、どうやって運ぼうか・・・。

 

「あ」

 

いい方法を思いついた。

 

 

 

 

その日の朝。フェアベルゲンで、幸せそうな表情でクマの背中にしがみつきながら眠っている八重樫の目撃情報が広まり、普段の凛々しい姿とのギャップから八重樫のファンがさらに増えたそうな。

もちろん、八重樫を乗せたクマは俺がブリーシンガメンで作り上げたもので、毛の感触もイズモを参考になるべくリアルに再現した。

かわいいもの好きの八重樫のことだ。さぞかし気に入ってくれただろう。




「ほうほう、これはこれは・・・」

実はひっそりとツルギと雫を観察していたハジメの図。(カメラによる撮影込み)


~~~~~~~~~~~


もはやアニメを見ることさえなくなってきました。
なんというか、マジで期待しなくなったというか。
素直に文庫と原作を楽しむことにしています。


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自覚した気持ち

友情とは、信頼から生まれるものだという。

相手を信頼するからこそ仲間意識が生まれ、友情が芽生えるのだ。

ユエと香織がいい例だろう。普段は喧嘩ばかりしているが、時折息ぴったりの行動をとったり、ライバル意識はあっても微塵も嫌悪感を感じないその姿から、誰が見ても仲良しだと言えるだろう。

であれば、()()もまた友情から生まれたものなのだろうか。

 

「うりゃぁあああ!」

「いやぁあああ!」

 

そう考える俺の目の前では、盛大な喧嘩が行われていた。

いや、喧嘩と言っても、シアがアルテナに対して一方的にプロレス技を決めているだけだが。

どうしてこうなったのかと言えば、早い話、アルテナがハジメに甲斐甲斐しく世話を焼こうとしたからだ。

いくらハジメから塩対応を受けても、アルテナは一歩も引かず、むしろシアに張り合うようにハジメに世話を焼こうとした。もちろん、そのたびにシアがにこやかに断りを入れたのだが、それでもあきらめようとしないアルテナに、ついにシアがコブラツイストをかましたのだ。

普通ならフェアベルゲンの姫に手を出したシアは問答無用で処刑になってもおかしくないのだが、シアは今や亜人族の英雄となった“ハウリア族”族長の娘であることから、周囲はどうすればいいのかわからずにおろおろするだけだった。

生まれて初めて粗野で乱暴で遠慮容赦のない扱いを受けたアルテナは、シアに技を解かれたあとは崩れ落ちたまま放心状態になり、もうハジメには手を出さないのかと思ったのだが・・・

 

「オラオラオラオラッ!止めて欲しかったら、ハジメさんに色目を使わないと誓いやがれですぅ!!」

「やぁあああああ!!恥ずかしいのぉおおおお!!」

 

アルテナはめげなかった。むしろさらに張り合うようになり、そのたびにシアからプロレス技をかけられている。

天之河あたりなら止めに入るだろうが、あいにくと今は考え事があるとかで自室にこもっている。

俺たちは最初から止めるつもりはないし、給仕やアルテナの側仕えも実力的・立場的に止められない。

ちなみに、今かけられてる技は、いわゆるキン〇バスターというやつで、アルテナの意外とアダルティな下着とすらっとのびた脚部を惜しみなく晒している。

ユエといいティオといい、どうしてこの世界のお姫様はいろいろと挑発的なのか・・・。

ただ、その姿からは不思議と色気を感じない。

というのも、

 

「チッ、強情なっ。ならこれでどうですっ!!」

「こ、今度は何を・・・や、やめてぇ~~、はしたない格好をさせないでぇ~~」

 

今のアルテナは、顔を真っ赤にして、泣きが入っているように見えるのだが、どちらかと言えば、アルテナの表情からは楽し気な雰囲気を感じてしまうのだ。

今もシアから次のプロレス技(ロメ〇スペシャル)をかけているのだが、再び恥ずかしい姿をさらされてもなお、「やめてぇ~」と言いながら「えへへ~」と表情を緩ませていた。幸か不幸か、体勢的にシアには見えていないが。

周囲の人がおろおろして近づけないのも、今はどちらかと言えばそんなアルテナの表情にドン引きしているから、という方が近いかもしれない。

ティオが、同志を見つけたかのような慈愛に満ちた眼差しをアルテナに送っている気がするが、気のせいだと思うようにしている。

 

「ね、ねぇ、ツルギ、止めないの?」

 

隣から、ティアが困惑気味にたずねてくる。

普段なら下着を晒しているアルテナを見ていることにジト目を向けるのだろうが、状況が状況なだけあってどうすればいいのかわからないといった感じだ。

 

「ほっとけ。楽しそうにしてるんだし」

「そんな生気の抜けた声で言われてもな・・・」

 

イズモから呆れ気味に言われるが、俺にどうしろと。

ハジメに関わった、あるいは恋をした女性は、少なからず人格を変えられてしまう。シア然り、ティオ然り、香織然り。アルテナもそれに当てはまってしまったと考えるしかない。

だから、ここはハジメに任せることにする。

俺はできるだけ食事に意識を割くことにした。うん、今日もパンがおいしい。

とりあえず、後ろからハジメがシアを特別扱いしている云々が聞こえたあたりで、情報をシャットアウトした。

ひたすら無心で食事を続け、食事を終えて辺りを見渡したら、シアとアルテナの姿はなかった。

 

「あれ、あいつらどこ行った?」

「アルテナ嬢がドMの変態になってシア殿に続きをせがみ、それにドン引きしたシア殿が窓から逃げたのをアルテナ嬢が追いかけていったぞ」

「アルテナさん、『自分たちは親友ですよね?』って言ってシアと握手したけど、その後に『わたくし“で”遊んでください』って言ってたわね」

「手遅れじゃねぇか」

 

いや、まだ大丈夫だと思っていたわけでもないけどさ。

 

「・・・ハジメくん・・・さっきはどういうことかな?かな?」

 

内心で微妙な感じになっていたが、ふとハジメの方を見てみると、香織が般若のス〇ンドを出現させてハジメに詰め寄っていた。

俺としてもハジメの心境の変化には興味があったから、あえて静観する。

・・・いや、ハジメの修羅場はいつもノータッチだったか。

 

「あ~、何というかだな・・・どうやら俺は、ユエとは同列に語れないくせに、それでもシアに対して独占欲を持っているらしいと、少し前に自覚してな。ユエの助言もあって、シアに対しては相応の態度でいこうと決めたんだ。特に何があったというわけじゃない」

「そ、それは、シアに恋愛感情があるってこと?」

「それは・・・よくわからない。違うような気もする。ただ、愛おしいとは思う」

 

ハジメは自分で口にしながらも自信なさげだが、俺はなんとなくその違いに心当たりがあった。

ユエの場合、ハジメは問答無用で自らの欲求をぶつけようとする。公衆や俺たちの前でちょくちょくユエとキスしていたし。言うなれば、心からユエを求めているというか、激しい情熱を持っているといったところか。

それに対し、シアに対してはどちらかと言えば、愛でるという感じが近い気がする。シアを求めてはいるが、興奮するとかそういうのはなくて、あくまで冷静というか、柔らかな感じだ。

要するに、これが“特別”と“大切”の違い、ということか。向ける感情の大きさは同じでも、質が違う。“特別”だからこそ一切の遠慮がなく、“大切”だからこそ丁寧に扱う・・・みたいな感じか?

なんとなくでしかないから、断言はできないが。

それに・・・これはハジメに限った話でもないし。

 

「ツルギ?何か考え事?」

 

一瞬あることを考えていた俺だったが、ティアが目ざとく反応してきた。

 

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

 

実際は何でもないどころか猛烈に関係があるのだが、ここで言うのははばかられた。

ただ、やはりティアは俺のことは何でもお見通しなようで、

 

「ふふっ、そう」

 

意味ありげに微笑んで、それ以上の追及はしなかった。

そんな細やかな気遣いができる俺の恋人に、ご褒美として頬をぷにぷにしてみる。ティアも自分からこすりつけてくるから、気に入っているのは確かだ。

 

「ちょっといいかしら!」

 

すると、俺の正面に八重樫がテーブルに両手をついて現れた。

顔を上げると、そこには眉をキリリと上げて怒っているアピールをしている八重樫の姿が。

 

「なんだ?今いいところなんだが」

「いろいろと言いたいことはあるのだけど・・・今朝のことを言わせてもらうわ」

 

今朝のこと?なにか怒られるようなことはしていないはずだが・・・あぁ、もしかして、

 

「なんだ、クマさんはお気に召さなかったか?狐の方がよかったか?」

「そういう問題じゃないわよ!そもそも、なんで動物に乗せようとしているのよ。もっと普通の運び方があるでしょう?」

「そりゃあ、俺の鍛錬も兼ねてるからな。毛の1本1本まで再現しつつ維持するのは、魔力操作を鍛えるのにちょうどいいし」

 

俺が肩に担いで運ぶよりかは振動も少ないし、快適な睡眠環境を提供できると思った俺なりの配慮だったのだが、八重樫は気に入らなかったらしい。

 

「だからってねぇ・・・」

 

俺の説明に八重樫は呆れ気味になっている。

よし、最後の一押しといくか。

 

「そんなにお気に召さなかったのなら、これでどうだ?」

 

そう言って、俺はブリーシンガメンを取り出し、それでウサギを作ってみた。もちろん、ふわふわ毛並みも再現して。

その瞬間、八重樫はデレっと相好を崩して兎を抱きかかえた。

すると、横からチョンチョンと肩を叩かれた。横を向くと、ティアが物欲しげな眼差しで俺を見つめており、

 

「ねぇ、ツルギ。私にもいい?」

 

そう懇願してきた。

特に断る理由もないから、追加でテディベア風の子クマを生成してティアに渡すと、幸せそうな表情で顔をうずめた。

2人とも、気に入ってくれたようでなによりだ。

 

 

* * *

 

 

あの後、俺はユエたちと別れて、1人で木の枝の上に座っていた。ついでに言えば、以前イズモに膝枕をしてもらった場所だ。

香織やティアあたりからはハジメの告白をこっそり覗かないのかと尋ねられたが、さすがに親友の告白に水を差すような真似をする気はなかったから遠慮した。

それに、俺にも目的はあるし。

 

「やはり、ここにいたか」

 

すると、声をかけられた。

声のした方を振り向けば、いつかと同じようにイズモが立っていた。

 

「イズモも、やっぱり来たか」

「当然だ。ツルギ殿は、ここでなにを?」

「ここでハジメとシアの様子を見ている」

 

“遠見”を使うと、そこには抱き合ってキスをしているハジメとシアの姿が。

昇華魔法を習得したことによって“天眼”の性能が上がり、さらに鮮明に見えるようになった。ついでに言えば、“看破”によって相手のステータスや技能はもちろん、バイタルサインまで丸わかりになるようになった。誰得だよと思わなくもないが、戦闘において情報量は多いに越したことはないと考えるようにした。

 

「・・・水を差すような真似はしないのではなかったのか?」

「ここなら邪魔にならないだろ?」

 

たしかに水を差すつもりはないと言ったが、覗かないとは言っていない。ハジメとシアの邪魔にならないところから見物させてもらう。

そんな俺の主張に、イズモは呆れ気味だ。

 

「・・・そういう嘘でなくても曖昧にぼかすやり口、ハジメ殿に似ているぞ」

「いやぁ、あいつはもっとえげつないだろ」

 

なにせ、国民まるごとだますシナリオを即興で思いついてるし。時折、あいつの頭の中はどうなっているんだと疑問に思うことがある。

まぁ、あいつのロマン思考とか扇動の台詞はアニメや漫画、ゲームから得たものだろうけど。

 

「まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。俺にも、イズモに話しておかなきゃいけないことがあるからな」

「どうでもよくはないと思うが・・・聞こう。大事なことなんだろう?」

 

イズモも俺の真剣な雰囲気を感じ取ったようで、改まって俺の方を見つめた。

俺がイズモに話さなければいけないこと。それはつまり、

 

「あぁ。告白の返事をしようと思ってな」

 

そう、イズモに告白の返事をしなければならない。

そう思いなおすと、久々に緊張してくる。

俺の答えは決まっている。だが、それをイズモが必ずしも受け入れてくれるとは限らない。そう考えると、怖くなってくる自分がでてくるが、それを押し殺して返答を口にする。

 

「まず、俺にとっての“1番”はティアだ。それは何があっても変わらない」

「・・・」

 

俺にとって、ティアはすでにかけがえのない存在になっている。言ってしまえば、ティアより大切な人物はいないと言ってもいい。

イズモも、それはわかっていたのか、落胆することもなく、真っすぐに俺の目を見る。

たしかに、俺の“1番”はティアだ。

だが、

 

「だが、それでも、俺はイズモのことが好きだ」

 

自分でもずるいと思う。俺にとってイズモは唯一ではないのに、好きだと言うなんて。

だが、それでもどうしようもなかった。

 

「今までティア以外にいなかったんだよ。思わず甘えたくなる相手なんて。いや、ティアには隠そうと思っても、イズモには打ち明けようって思ったり、つい縋りたくなった。そう思うような相手は、イズモが初めてなんだ」

 

もちろん、ティアに隠し事をするというのは気が引けるが、それでも好きな人に対しては見栄を張りたかった。ティアの前では、俺は強くなくちゃいけないから。仕方なく話すことも多々あったが、それは本当に仕方なくだ。

だが、イズモに対しては、つい素直に弱みを見せてしまう。自分の胸の内を吐露して、甘えたくなってしまう。

そんな相手は、日本にいたころからをカウントしても、イズモが初めてだった。

 

「だから俺は、何があってもイズモと一緒にいたい。イズモがいないなんて、俺は嫌だ」

 

自分でも、わがままだと分かっている。

それでも、それが俺の偽りのない気持ちだった。

 

「これは、俺のわがままだ。それでも言う。俺は、イズモが好きだ。俺と一緒にいてくれ」

 

俺の言いたいことは全部言った。あとはイズモ次第だ。

 

「・・・そうか、そうか。一緒にいたい、か」

 

イズモは、俺の言ったことを噛みしめていた。

そして、

 

「あぁ、そうだ。私もそうだ。たとえティア殿がいても、私はツルギ殿と共にいたい。私も同じだ」

 

そう言って、俺に抱きついてきた。今までのような、少し強引な抱擁ではなく、気持ちを確かめるような、柔らかな抱擁だった。

俺も、自分の気持ちを噛みしめるために、イズモを抱きしめる。

ついでに、気になっていたことを口にした。

 

「それとさ、もう俺たちに“殿”をつける必要はないと思うぞ。少なくとも、俺とティアには、な」

 

こうして気持ちを確かめ合ったのだから、今さら敬称は必要ないだろう。

 

「そうだな。つ、ツルギ・・・」

「まだ慣れないか」

「あぁ。これは癖のようなものだからな・・・」

 

たしかに、イズモはずっとティオの側近として過ごしてきたから、そうなっても仕方ないかもしれない。

だが、いつかはスムーズに読んでもらいたいのだ。

そのためにも、俺はいったんイズモから体を離し、俺の方から強引にイズモの唇を奪った。

 

「んっ!?んむぅ・・・」

 

突然のキスにイズモは一瞬体をこわばらせたが、すぐに力を抜いて俺にもたれかかってきた。

しばらくしてから唇を離すと、銀の糸が間に伸び、すぐに切れてしまった。

 

「・・・これで、ちゃんと呼び捨てできるようになるか?」

「・・・もう少しだけ頼む。ツルギ」

 

珍しくイズモの方から甘えてきたから、俺もそれに応じて再びキスをした。

それからしばらく、俺とイズモは2人で今の時間を楽しんだ。




「♪~」
「? ティア、なんだかご機嫌ね。なにかあったの?」
「べつに?何でもないわよ・・・これで後は・・・」
「?」

ちょいと意味深な空気を醸したティアさんの図。

~~~~~~~~~~~

調整平均が7を超えて「よっしゃ!」と思ったら、すぐに6に戻って少しへこんだ自分がいます。
まぁ、いい夢を見させてもらったということで。

さて、とうとうツルギとイズモをくっつけました。
これを書いている最中、もう口の中が甘くて甘くて・・・。
ちなみに、次は文庫の番外編から出そうかなと。
このまま次に進んでもいいんですが、書きたくなったので。


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ガールズトーク

イズモに告白した後、俺はハジメたちと合流した。なるべく平静を保って。

そこで、氷雪洞窟には天之河たちもついていくことになったらしい。

谷口は、やはり攻略した後にガーランドに向かうために。それに、中村を日本に連れて帰らせて欲しいとも懇願したとのことだ。

他の面々も、谷口を一人で行かせるわけにはいかないから、ということで。

その時に、天之河が「あんな卑劣な場所でなければ」云々を言って、俺が思い切り拳骨をかました。ついでに、「攻略できなかったことに言い訳するくらいならついてくるな」と黙らせた。

ぶっちゃけ、俺個人としては天之河は置いていきたかったが、それはそれで面倒なことになりそうだから、諦めることにした。

ハジメも、中村に関しては「少しでも敵意を持っていたら射殺する」と念を押したうえで了承し、氷雪洞窟にも同行を許可した。

その後、俺はハジメと共同で急ピッチで天之河たちの装備の魔改造をした。とはいっても、俺がやったのは改造案の提示をしたくらいで、後はほとんどハジメがやることになった。

俺が手伝ってもよかったが、量と内容を考えればハジメ1人の方が捗るからということで、俺は改造をハジメに任せ、早々に自分の部屋に戻った。

すると、部屋の中にいたのはイズモだけだった。

ちなみに、ティアには、というか、ハジメたちにも俺とイズモのことは話した。

だいたいの反応としては、ティアはわりと全面的に受け入れてくれた。やはり、今朝の俺の態度でわかっていたとのこと。ティア、いったいどこまで俺のことを把握しているのだろうか。

ハジメたちの方も、からかいながらも祝福の言葉をくれた。特にハジメは、自身がシアを受け入れたこともあって、思ったよりからかいの言葉は少なかった。

そういうこともあったのだが、ティアはどうしたのかと聞くと、今夜は谷口のところに行ったとのこと。ガーランドについていろいろと話しておきたい、と言っていたらしいが・・・絶対、半分以上は建前だよな、それ。

まぁ、そういうわけで、部屋には俺とイズモしかいなかったわけで・・・。

当然のように、俺とイズモは2人の夜を過ごした。

詳しいことは言わないでおくが、ティアとはまた違った良さがあったとだけ言っておこう、うん。

 

 

* * *

 

 

そんなこんなで、数日後、フェルニルでフェアベルゲンを出発したと同時に、ハジメから強化済みの装備を渡された。機能説明やらは俺に丸投げされたが。

 

「というわけで、それぞれ装備を渡すから、ちゃんと使い方を覚えておけよ」

 

フェルニルの中にある訓練場に天之河たちを呼び、装備を渡した。

 

「八重樫のは、まぁ、この前説明したとおりの性能だ。細かい追加もあるが、それはおいおい説明する」

「・・・本当に実現したのね」

 

俺の説明に、八重樫は軽く引き気味だ。

だが、八重樫にとって大きな力になるのはたしかだから、積極的に使ってもらおう。

 

「これは、坂上の籠手だな。もともと備わっている衝撃付与をさらに強力にして、さらに重力魔法と空間魔法を付与した。重力魔法でさらに拳を重くすることができるし、空間そのものを殴って衝撃を発生させることもできる。“震天”よりは威力は落ちるが、坂上次第で威力は上がる。あと、障壁も展開できるようにした。谷口のと比べてもかなり脆いが、無いよりはマシだろう。この中だと、圧倒的に被弾が多いし」

「おう。たしかに、それはありがてぇな。これで突っ込みやすくなるぜ」

 

この脳筋は突っ込むことしか考えていないのか・・・まぁ、わかった上で改造したわけだけど。

 

「天之河の聖剣は、ぶっちゃけほとんどいじってない。いくつか外付けのオプションを追加した程度だ」

「・・・どうしてだ?俺には、そこまで強化する資格がないのか?」

 

こいつ、どんだけねじれた思考をしているんだよ。俺が今まで、散々ボロクソ言ったからなんだろうけど。

 

「そうじゃない。むしろ、その聖剣にはいじれるほどの余地はないんだ」

「・・・つまり、どういうことだ?」

「要するに、その聖剣はそれで完成しているってことだ。ハジメも、『こいつは改良する余地なく完成している』って悔しそうに言っていたぞ。ハジメがやったのは、さっき言った外付けオプションの追加と、あとはさび落としのようなもんだ」

 

あのハジメをして、改良する余地がないと言わせるほどに完成されたアーティファクト、それが天之河の聖剣だ。やはり、俺の考えは間違っていなかったようだ。

天之河も俺の言葉は予想外だったようで、まじまじと聖剣を見つめている。それはもちろん、他も同じだ。八重樫は以前に俺から同じような推測を聞いただけあってまだ冷静だが、それでも驚きを隠しきれていなかった。

 

「とはいえ、これはあくまで俺の主観だが、天之河はおそらく聖剣の性能の全てをまだ引き出せていないと考えている。まぁ、ほとんど勘みたいなもんだが、珍しくハジメが悔しそうにしたアーティファクトなんだ。聖剣の本当の力はまだ別にあると考えてもいいだろう。今後の天之河の目標は、それを使いこなすのはもちろんだが、今まで以上の性能を引き出す糸口を見つけることだ。こればっかりは俺に頼るなよ。その聖剣は天之河にしか使えないんだからな」

「・・・わかった」

 

天之河は、意外なほど素直に頷いた。多分、俺よりも強くなる糸口を見つけたと考えているんだろうが・・・ぶっちゃけ、そう思っている限りは無理だと思うけどな。今までがそれで駄目だったわけだし。

 

「さて、最後は谷口だが、お前が一番変化が大きいから、覚悟しておけよ」

「う、うん、わかったよ!」

 

谷口は、俺の言葉に力強くうなずいた。

それを見てから、俺は谷口に杖を渡した。

だが、見た目は変わっている。サイズはひと回り大きくなり、持ち手の部分はダイヤルのようにブロックが埋め込まれており、杖の先端には翼のようなオブジェが追加されている。

 

「えっと、杖のままだけど?」

「見た目はな。だが、中身は大きく違う。谷口、“天絶・刃”って唱えてみろ」

「えっと、わかったよ。“天絶・刃”!」

 

谷口が俺の言ったように詠唱すると、先端に矛のような刃が形成され、薙刀のようになった。

 

「わわっ、何これ!」

「見ての通りだ。これからのことを考えると、谷口にはある程度攻撃力を持たせた方がいいと思ってな。だから、他にもいくつか攻撃に転用できるように設定した。昇華魔法を習得できた谷口なら、ただの障壁も武器になるからな。あと、そのダイヤルになっているブロックの部分に、いろいろな魔法と“複合魔法”の機能を持たせているから、様々な障壁を展開することができる。今までのような防壁はもちろん、障壁に熱を纏わせたり、細分化してビットみたいに操作できたり。それと、今後は薙刀の使い方もレクチャーする。期間は短いから、覚悟しろよ」

「わかったけど、どうして薙刀?峯坂君なら、剣術を教えたりしないのかな?」

 

谷口の言うことはもっともだろう。俺も、最初は双鉄扇にして双剣のように展開できるアーティファクトを思い付きはしたが、それだと問題があった。

 

「それは俺も考えたんだがな、教えるには谷口の方の基礎ができていない。谷口はもともと後衛だから、武器の扱いなんて教わっていないだろう?」

「あ・・・」

「だが、薙刀なら元の身体能力や体格はあまり関係ないから、こっちの方が谷口にはいいと判断したんだ」

 

谷口くらいの体格なら、双剣で素早く懐に潜り込んで切り裂く戦法もできなくはないだろうが、それを教えるには谷口の基礎ができていないし、それを叩き込む時間もない。

実際、薙刀は戦国時代には女性にも使える武器として使われていたし、現代でも身長が低くても薙刀で強い人は少なからず存在する。

 

「そういうことだから、今後谷口には薙刀の使い方を教える。ぶっちゃけ俺も専門外だが、使えないわけじゃない。付け焼刃なりにもなんとかなるはずだ」

「うん、わかったよ!」

 

谷口も、決意をあらわにして再び力強くうなずいた。

 

「それと、これは全部のアーティファクトに言えることだが、再生魔法を付与して少しずつだが回復できるようにしたし、ステータスプレートの技術を応用して“起動状態”にすれば思考だけで発動できるし、ワンワード詠唱でも最大限の効果を発動できる。それと、天之河と坂上には後で“空力”を付与したブーツも配るから、そっちの練習もしておくように。さて、そしたら鍛錬を始めるぞ!谷口はこっちで俺が薙刀を教えるから、他は向こうの方で新しいアーティファクトの調子を確かめてくれ。詳しい説明はこの紙に書いておいたから、各自で確認してくれ」

 

やることは多いが、あと少しなんだ。ラストスパートの勢いでやっていこう。

 

 

* * *

 

 

数日後、翌日には氷雪洞窟の攻略を開始するところまで来た。

そして、その日の夜、シュネー雪原の少し手前でフェルニルを停泊させ、英気を養っていた。

そんな星が煌めく夜空の下、フェルニルの甲板の上では、

 

「・・・鈴、生きてる?」

「・・・・・・なん、とか」

 

鈴と雫が大の字で寝転がっていた。

ツルギの指導の下、雫たちはスパルタ特訓を受けていた。普段ならここまでボロボロにはならないだろうが、短期間で習熟させるためにツルギはかなりハイペースかつ濃いメニューを課した。

特に鈴は使ったことのない薙刀を覚えるために他よりも厳しい指導を受けたため、魔力・体力ともにすっからかんですでに息絶え絶えになっていた。雫も鈴よりはまだマシだが、それでもひどい倦怠感に襲われてまともに動けないでいた。

だが、その甲斐あってツルギから高評価をもらうくらいには結果を出すことができた。

ちなみに、ツルギ、光輝、龍太郎はすでに各自部屋に戻っている。

 

「雫ちゃん、鈴ちゃん、お疲れ様!」

 

そこに、香織やその他女性陣が寝間着姿でやってきた。香織が2人にタオルを差し出し、シアが持ってきたスープとパンに雫が思い切り腹を鳴らしたのと、多めに作ったものの光輝と龍太郎がいなかったことから、シアの提案で女子会的に夜食会をすることになった。

そこでは、ユエと香織がそれぞれ親友のいいところで競い合ったり、親友に裏切られた鈴がやさぐれたり、気を遣ったティオがアーティファクトのことに話題転換したり、ユエが香織をいじったり、香織と雫が過去話の流れで百合空間を作ったり、ユエが香織をいじったり、ロリコンにしか好かれなかった鈴がやさぐれたりしたのだが、鈴がユエをお姉さま呼びするようになった理由を話したときに、自然な流れでハジメとツルギのことになった。

 

「そうだよね。ユエはともかく、あの時のハジメ君、素敵だったなぁ」

「そ、そうね・・・」

 

香織のうっとりした言葉に雫も小さな声で同意し、同時にその時のことを思い出していた。

ただ、浮かんだ光景は香織とは少し違っており・・・

 

「シズク」

 

ティアの呼びかけで顔をあげてみれば、全員が雫のことを見ていた。

 

「な、何よ。どうしたの?」

「シズクって、ツルギとハジメのこと、どう思っているの?」

 

ここでツルギに話を限定しない辺り、ティアの微妙な優しさがうかがえた。雰囲気は微塵も変わらないが。

 

「えっと、南雲君と峯坂君のこと?それなら、南雲君のことなら香織の方が知ってると思うけど・・・」

「・・・香織はダメ。自分とハジメしか知らない想い出だってすぐにドヤ顔するからうざい」

「ユエだって奈落での生活の話をするじゃない!ドヤ顔で!」

「はいはい。お2人とも、落ち着いてくださいねぇ~」

 

流れるようにユエと香織が喧嘩になったが、シアが首根っこを掴んで阻止した。

それを横目に、ティオとイズモが「で、どうなんじゃ?」「で、どうなんだ?」と尋ねてきた。

雫はビクッと震えながらも、少し考える素振りを見せ、ポツリと呟いた。

 

「そうね。2人に対する最初の印象なんかは、“なんて変な人”だったかしらね」

『変な人?』

 

まさかの回答ユエたちの言葉がハモり、香織も目を丸くした。付け加えれば、香織に「本当にこんな人で大丈夫なの!?」と本気で心配した。

だが、ちゃんと理由はある。

雫がツルギとハジメを直で見たのは、高校の入学式が初めてだった。ハジメは香織からの話でしか知らず、ツルギに関する情報はまったくないどころか存在すら聞かされていなかった。

そして、新入生代表の挨拶の際、光輝がその役割を受けたのだが、光輝が壇上に上がるとそれだけで女子からの窓ガラスが割れそうなほどの黄色い歓声の中で、ハジメは我関せずと言わんばかりに爆睡しており、ツルギも興味がないと言わんばかりに寝に入ったのだ。

なのに、光輝が挨拶を終えた途端にツルギはぱちりと目を開け、ハジメも入学式が終わった瞬間に目を覚ましてむくりと起き上がった。

その後も、ツルギとハジメは揃って毎朝時間ギリギリに登校し、授業中もハジメは爆睡、ツルギは起きてこそいたものの、これまた興味ありませんと言わんばかりのやる気の無い態度で受けていた。

昼食の時間になると、ハジメは頑なに10秒チャージ、ツルギは重箱弁当を持参して、時にはクラスメイト(主に女子、ついでに言えばツルギファン)に分けていた。

なのに、いざ話すとハジメは意外と聞き上手で、ツルギも話を盛り上げるのが上手だった。

 

「そういうわけで、2人ともなんだかちぐはぐで、今まで見たことのないタイプだと思ったのよ」

 

雫の評価に、香織と鈴が「あ~」と納得の声を上げた。

 

「何より変なのは、香織にまったくなびかなかったことね」

 

なんとなく香織がハジメのことを好きなのをわかっていたツルギはともかく、何度もアタックを受けたハジメでさえ、たいていは苦笑か困った表情を見せる。

雫からすれば「可愛い香織の一体なにが不満なのよ!」と怒気を込めて睨んだりしたが、ハジメからすれば周りからの嫉妬で死活問題になりかねなかったので、なるべくスルーするしかなかったのだ。

その後も、香織や雫はもちろん、光輝や龍太郎とも一緒にいることが多かったツルギとハジメだが、いつからか、学校生活に変化が生じ始めた。

簡単に言えば、周りからの嫉妬を買ったのだ。

学校の有名人が勢ぞろいすれば、何かと目立つ。そして、それを快く思わない人間も現れ始めた。

檜山たち小悪党組がいい例だろう。そのように、やっかみや冷たい視線が増えたのだ。

これに雫は、なんとかしなければと思った。光輝や香織には悪気はないから、自分がなんとかしなければと。

だが、

 

「2人とも、全っ然気にしないのよ。南雲君は『まいったなぁ~』って口では言っても、ちっとも参ってないし、峯坂君に限っては売られた喧嘩を片っ端から買ったのよ!」

 

雫は、鋼鉄の心臓を持ったハジメと、その才能で片っ端から突っかかってきた人間を返り討ちにしてきたツルギに戦慄した。

同時に、そんな2人に興味を持ち、ハジメに関しては香織を通してなんとなく理解した。

ハジメは、傍から見れば他人に関心がないように見えるが、それは違って、自分の好きなもののための代償を甘んじて受け入れるだけの“強さ”があったのだと。その強さで、あらゆる逆境を跳ね返していたのだと。そして、その強さこそが香織の惹かれたところなんだろうと。

だが、どうしてもツルギだけはわからなかった。

 

「光輝と違って、峯坂君は南雲君以外の人のために行動するってことは滅多になかったし、むしろ敵を作るようなことばかりしていたから、この人は一体何をやってるんだろうって思っていたわ」

 

言ってしまえば、当時のツルギとハジメではいろいろと不釣り合いだ。ハジメは良くも悪くも平々凡々だが、ツルギは光輝と同じくらい才能にあふれている。授業は普段からやる気がないのにテストでは常に学年トップ10をマークし、スポーツもそつなくこなし、武術もたしなんでいる。なのに、ハジメのために行動し、時には悪意から守るように動き、時には自分から威圧して人を遠ざけることもあった。

そんなツルギの不思議な人物像に、少なからず雫は興味を抱いた。

そして、ある時、そんなツルギを少し理解する機会があった。

その時のことを、雫は思い出した。

 

 

* * *

 

 

とある日の放課後、剣道部の練習の後に忘れ物に気づいた雫は、教室に戻った。

そこで、制服を少し着崩したツルギとばったり会ったのだ。

 

「あ、峯坂君」

「ん?なんだ、八重樫か。忘れ物か?」

「えぇ、そうよ。峯坂君も?」

「いや、俺はバスケ部から売られた喧嘩を買って返り討ちにしたところだ」

「え!?」

 

たしかに最近では同じような話は何度もあったので珍しいことでもないのだが、あまりにもあっさりと言ったので何か良からぬことをしたのではないかと咄嗟に勘ぐってしまったのだ。

ツルギも雫の表情から誤解していることを察して、説明を入れた。

 

「なんか変な勘違いをしている様だが、単純にバスケの試合をしただけだ。それで俺に恥を晒そうとしたようだが」

「そ、そうだったのね・・・ちなみに、1対1?」

 

少なくとも血みどろとした結果にならなかったことにホッとしつつ、少し興味が湧いた雫は結果を尋ねた。

そこで、ツルギの口から出たのは、

 

「いや、1対3」

「え?」

「最初はサシだったんだが、それだと相手にならなくて、途中からどんどん増えていって、最終的にはスタメンが出てきた」

「えぇ・・・」

 

ちなみに、その時のツルギはキセ〇の世代のような動きでバスケ部を圧倒し、結局バスケ部はツルギを止めることはできなかった。

また、この試合がきっかけでツルギのファンがさらに増えたのだが、それはツルギの知らないところだ。

雫は、ツルギのあまりの規格外さに感心半分呆れ半分になった。

 

「・・・すごいわね。バスケを習ったことがあるの?」

「いや?学校の授業でしかやったことないぞ?」

「え?」

「1on1の時にだいたいのコツは見て掴んだから、あとは俺なりにやっただけだ」

 

ツルギは、だいたいのスポーツは武術で培った体捌きを応用して超人プレイができる規格外の応用力をこの時点で持っていた。

他にもサッカー部やテニス部などでも同様のことがあったのだが、それらもすべて玉砕している時点で、ツルギの化け物ぶりがわかる。

雫も、ここまでくると言葉が出てこず、口を開けたまま呆けている。

 

「ていうか、さっさと帰るぞ?これ以上は先生が教室のカギを閉めるかもしれないしな」

「あ、そ、そうね」

 

ツルギは一体何者なんだろうと内心で疑問を深めながらも、ツルギの言葉で我に返って急ぎ気味で教室に戻り、忘れ物をカバンに入れた。ツルギの方も、軽く制服を直して荷物を持った。

そして、自然な流れで2人で並んで歩き始めた。一連の動きに迷いがないのは、すでにハジメと香織関連で2人で行動することがたまにあったからだ。

だが、会話が弾むわけではない。あくまで状況的に2人でいることが多いだけで、そこまで親しいというわけでもなかったのだ。

だが、ここで一緒になったのも何かの縁だと思った雫は、思い切ってツルギに話しかけた。

 

「ねぇ、峯坂君」

「ん?なんだ?」

「どうして、そんな敵を作るようなことばかりしているのかしら?峯坂君なら、もう少しうまくできると思うのだけど」

 

雫のぶっちゃけた質問に、ツルギは即座に答えた。

 

「そっちの方が手っ取り早いからだ」

「手っ取り早いって・・・」

「だいたい、喧嘩をふっかけてくる奴らはたいていが白崎関連で嫉妬してる輩だからな。白崎に『俺たちは迷惑してるから付きまとわないでくれ』って言えない、っつーか言っても意味がない以上、()()()()()()()()()くらいしか方法がないんだよ。白崎の方から来る以上、『俺たちは別に友達ではありません』って言っても信じないだろうし」

「それは、そうね・・・」

 

そう、あくまで香織に悪意はないのだ。だから、香織に言って聞かせることはできない以上、向かってくる面々を正面から跳ね返すしかないのだ。

細かいことを言えば、ツルギに喧嘩を売っているのはツルギに嫉妬しているからではなく、ハジメに手を出そうものならツルギがさらに過激な方法で返り討ちにするからだ。巧妙に、警察や学校に問題にならない範囲で。

だから、ツルギを倒してハジメに手を出すか、遠巻きにハジメたちをののしることしかできないのだ。

だが、それでも自分たちのせいでこのような目にあっているのも事実であり、光輝の無自覚な発言でツルギのフラストレーションが溜まっているのもわかっているので、自分がどうにかしなければと思い詰める。

そんな雫の様子を察したのか、昇降口についた辺りでツルギが口を開いた。

 

「なぁ、八重樫」

「っ、な、なに?」

「そんなんだから、自称義妹どもが繁殖するんだよ」

「・・・どういう意味?」

 

別に間違ってはいない。その雫の姉心のようなものからくる世話焼きによって雫のことを“お姉さま”と呼ぶ女性は多いのだ。先輩だろうが関係なく。

とはいえ、それでもいただけない言葉であるので、雫も思わずジト目になる。

これにツルギは、特に気にするでもなく話を続けた。

 

「要するにだな、俺たちにまで世話を焼かなくてもいいってことだ」

「え?」

「八重樫は誰彼構わず世話を焼きたがるが、別に俺たちのことまで気にしなくてもいい。あれくらいなら自分たちでどうにでもなる」

 

ツルギの言葉に、雫はなんて言えばいいのかわからずに下駄箱の前で上履きを持ったまま立ち尽くす。

 

「ハジメなんてむしろ、スルーしている自分も悪いし自業自得なところがあるって恐縮しそうだしな。まぁ、要はあれだ。俺たちに気を遣う必要はないってことだ」

 

ツルギの言葉がなぜか雫の頭の中にリフレインしていて気を取られていると、ツルギが外の方を見て一瞬嫌そうな顔で舌打ちをしてから、「んじゃ、また明日な」と言ってさっさと帰ってしまった。

雫は慌てて呼び止めようとするが、そこで校門の近くに光輝の姿が見えたことで、光輝と一緒にいるのが嫌だったのだと推測できた。

だが、やはり勝ち逃げされた感じは否めず、なんとなくムッとしていた。

そこで、香織がハジメにムスッとしているのはこういう感情からかと納得し、同時にツルギが自分にも気を遣ってくれているのかもしれないと、なんとなく察した。

このツルギの一端を知ることができた会話は、雫にとってなんとなく秘密にしたい出来事でもあった。

 

 

* * *

 

 

「シズク?」

 

ティアに呼びかけられて、雫はハッと我を取り戻した。

周りを見れば、ティアとイズモが意味深げに、他のメンバーが少しニヤニヤしながら雫を見ていた。

少しいたたまれなくなった雫は慌てて咳ばらいをして居住まいを正し、結論を述べた。

 

「とにかく、()()()に対する印象は“とんでもなく強くて少し優しい人”よ」

 

実際はツルギだけでなくハジメも対象なのだが、その点はあえてスルーした、

それでも、視線が生暖かくなるのは変わらず、雫は羞恥心に顔を真っ赤にし、

 

「も、もうこれくらいでいいでしょ!明日は大迷宮に向かうんだから、これくらいにしましょう!」

 

無理やり女子会を終わらせた。

ついでに、胸の内に沸き上がったわずかな感情も押し殺した。




「ティア。雫殿をどう思う?」
「あと一押しって感じよね」
「たしかにそうだな。だが、私たちはどうする?」
「どうもしないわよ。あとはツルギしだいだろうし」
「それもそうか」

雫の態度に意味ありげな会話をするティアとイズモの図。

~~~~~~~~~~~


やたらとお気に入り登録や高評価が増えて、平均評価もいきなり7超えてなんだろうと思ったら、日間ランキング10位に載っていてびっくりしました。
イズモとツルギがくっついたのがそんなによかったんですかね・・・。

文庫の新巻を買いましたが、表紙のフルカラーミュウちゃんに撃ち抜かれました。
もう可愛くて可愛くて・・・。
あと、涙目の雫もGJでした。

さて、鈴の強化の方向性をかなり変えてみました。
まぁ、ちびっ子に薙刀を持たせたいという個人的な願望もありましたが。
ノーブルワークスのちびっ子お嬢様だって、主人公相手に薙刀振り回してましたし。

今回は女子会のところをばっさりカットしてお送りしました。
思いの外前半が長くなったのと、文庫書下ろしをコピペ(手作業)するわけにはいかなかったので。


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最後の大迷宮

「おぉ~。見渡す限り、ずっと雲海ですねぇ~。全然地上が見えないですぅ」

 

八重樫たちに新装備を渡してから数日、フェルニルで移動していた俺たちはとうとう最後の大迷宮である氷雪洞窟があるシュネー雪原にやってきた。

窓から見える景色は、シアの言う通り、雲しか見えない。シュネー雪原は、常に曇天で、地上は激しい吹雪に覆われている。おそらく、気温は氷点下数十度はくだらないだろう。

まぁ、雲の境界がはっきり見えているから、確実に自然現象ではないだろうが。

そんな中、俺はティアを膝枕していた。ティアの腕の中には子キツネのイズモもいる。

いつもと立場が逆になっているのは、もちろん理由がある。

 

「ティア。そんなに緊張することはないと思うが」

「・・・だって、もうすぐ父さんと、って思うと・・・」

 

そう。この大迷宮攻略が終わったら、俺やティアたちはガーランドに向かう。それに、シュネー雪原からガーランドはすぐそこだ。向こうからやってくる可能性もゼロではない。

ティアが緊張するのも、無理はないことだ。

とはいえだ。

 

「あのなぁ、リヒトとやり合うのは俺だぞ?」

「え?」

「結局、王都でも勝負はついてないままなんだ。次で決着をつけてやる」

 

これに関しては、慰めとかではなくて俺の本心だ。2回も勝負がお預けになったのは、リヒトが初めてだ。次こそ、どっちが強いかはっきりさせてやる。

それにぶっちゃけ、ティアのことを認めさせようとかは2の次になっているし。

認めないからなんだ?力づくで認めさせればいいじゃない。

 

「それにな、ティアだけじゃなくて、俺もイズモもいるし、谷口たちもついてくる。お前1人の問題じゃねぇよ」

 

谷口だって中村を連れ戻すためにガーランドに行くし、八重樫たちはもちろん、香織もついていくつもりだと聞いている。戦力としては、むしろ過剰と言ってもいいくらいだ。

 

「だから、そんなに気を張り詰める必要はない。リヒトのことは俺に任せればいいし、王都の件があるから、向こうもむやみに魔物を投下するなんてことはしないだろう。中村が変なことを企んでいないとも限らないが・・・魂魄魔法が使える俺なら、敵にはならない」

 

中村の降霊術は神代魔法に一歩踏み込んでいるほどのレベルだが、逆に言えば魂魄魔法で十分対策できる。今のところ、中村が敵になりうる要素は少ない。

魔物だって、王都襲撃の際に俺とハジメでその場にいたほとんどの魔物を派手に殲滅したから、向こうもそれを警戒するだろう。

つまり、油断しないのはもちろんだが、ティアがそこまで気負うほどのことはないと俺は考えている。

 

「だから、ティアはもう少し力を抜け。まずは氷雪洞窟の攻略をして、話はそれからだ」

「・・・そうね」

 

俺の言葉にティアも気持ちがほぐれたようで、先ほどより柔らかい笑みを浮かべた。

 

「俺としてはむしろ、日本に帰るときの方が心配だ。“道越の羅針盤”で位置を確かめはしたが、まさかハジメでも1発で魔力が全部持っていかれるとは思わなかったし」

『やはり、神代魔法のさらに上というだけあって、使い勝手はよくないということか』

「そうだろうなぁ。探査するだけでこれなら、実際に世界を超えようとしたらどうなるか、まったくわからん」

 

俺たちの中で最も魔力があるハジメでさえ、1発でほぼ全部の魔力を消費して気絶しそうになったんだ。まず俺だと使えるかはわからんし、ユエでもギリギリだろう。

それに、位置が分かったといっても、具体的な座標ではなく、あくまで感覚としてなんとなく、ってだけだ。おそらく、“道越の羅針盤”とセットで使わないと、碌に転移できないだろう。

まぁ、その辺りは錬成師であるハジメの領分だ。俺もできる限り手伝うつもりだが、役に立てるかは正直微妙だ。

それに、初めて得た手掛かりにハジメもテンションが上がっている。その勢いのまま任せた方が吉だろう。

 

「ま、どうにかなるだろ。今までもそうだったしな」

 

お気楽だと言えなくもないが、ハジメたちと今まで乗り越えてきた旅路を考えてみれば、ある意味当然だともいえる。

 

『・・・そうだな。なら、私からも励まさせてもらおうか』

 

すると、イズモがティアの腕の中からひょいと脱出し、ソファの近くに降りた。

ティアが思わずといったように両腕を伸ばしたのを見て内心微笑ましくなるが、いったいどうしたのだろうとイズモを見ると、子キツネイズモが紫の炎に包まれたかと思ったら、中から大きくなったイズモが現れた。これは、最初会ったときのようなでかい九尾の姿だ。この姿を見るのは何気に久しぶりな気がする。

変化したイズモは近くに来て丸まり、

 

『ほら、ここに寝転がってくれ』

 

尻尾をふさふささせながら、俺たちに手招きならぬ尻尾招きをした。

ティアはこれに遠慮なく飛びつき、俺もそんなティアの様子に苦笑しながら腰を下ろしてもたれかかった。

今までに尻尾や耳をモフモフしたことは何度もあるが、こうして体の中に納まるのは初めてな気がする。

・・・なるほど。人間状態のイズモに抱きしめられるのとはまた違った抱擁感というか、包まれ方をしている。こう、人間状態のときは柔らかいというか、思わず力が抜けてしまう印象が強いが、こっちだと温かいというか、思わず潜り込んでしまいたくなるような魔性の魅力がある。これを知ったら、他のどのクッションでも満足することはできないだろう。

ついでにティアも抱きしめて、さらに大きくなった尻尾を毛布代わりにすれば、最強形態の完成だ。いっそ、このまま寝てしまおうか・・・

 

「わぁ~、モフモフですぅ!!」

 

・・・せっかく寝ようと思ったら、でかい声で邪魔が入った。

声のした方を見ると、そこにはシアが目をキラキラさせながら覗き込んでいた。

 

「すごいですねぇ、私にはできない芸当ですぅ」

「シアはウサ耳とウサ尻尾があるだろ」

「さすがにハジメさんを包み込むことはできないですよぉ」

 

それもそうだろう。シアの尻尾はテニスボールくらいのサイズしかないし、ウサ耳だってモフモフというより巻きつくに近い。ついでに言えば、時折先端がハジメの目を貫いている。

 

「言っとくが、場所を変わったりはしないからな・・・すでに眠い・・・」

「わかってますよ。それにしても、3人とも、さらに甘々になってますねぇ」

 

その言い方だと、以前から甘かったみたいな感じだが、あながち間違いではないかもしれない。俺もティアも、イズモの尻尾とキツネ耳の虜になっていた。たまに寝るときに子キツネイズモを抱きしめたりしていたし。

だが、

 

「それを言ったら、シアとハジメもそうだろ。シアなんか、何で今になって照れてるんだよ。衆人観衆の前で『私の処女をもらってください!』って言ってたシアはどこに行ったんだよ」

「うっ、その時のことは忘れてほしいですぅ・・・」

 

昔のシアはなんとしてでもハジメの気を惹こうと大胆なアピールを繰り返してきたが、今となっては座る位置すらもじもじしながら測るという、思わず「乙女かっ!」とツッコんでしまいたくなるような状態になっている。

ついでに、近くで恍惚の表情を浮かべながら痙攣している駄竜には意識を向けないようにしている。あんなの見たところで気持ち悪いだけだ。さらにびくりと痙攣した気がするが、気のせいだろう。

すると、ドアが開いて八重樫たちが中に入ってきた。

 

「お、戻ってきたか。どうだ、もう新しいアーティファクトには慣れたか?」

「えぇ、峯坂君。おかげで・・・って、すごいことになってるわね」

 

八重樫はなるべくティオを視界に入れないようにしながら、イズモに包まれながらティアを抱いている俺の方を見た。

ついでに、天之河からなにやら眉をピクリと動かして口をへの字にしているが、めんどくさいから放置する。

 

「おぅ、楽園はここにあったぞ~・・・」

「寝ないの。もうすぐ到着するんだから」

「あと5分・・・」

「だからダメだって・・・」

 

八重樫がイズモの背中越しに俺を引っ張り出そうとするが、今のイズモの大きな体越しだと否応にも全身がモフモフに包まれることになり、俺を引っ張る力が抜けて沈み込みそうになっていく。そして、とうとう顔をイズモの背中にうずめて、モフモフを堪能し始めた。

 

「すげぇな。あの雫がいちころだぜ」

「うぅ、鈴も思い切りしがみつきたい・・・」

 

後ろでは、坂上が数秒で八重樫を堕落させたイズモのモフモフの破壊力に戦慄の表情を浮かべ、谷口はすでにモフモフの誘惑に負けそうになっていた。

 

「言っておくが、谷口にはこのモフモフはやらんぞぉ・・・」

「シズシズはいいんだ」

「すでにティアとモフモフしたからなぁ・・・」

「・・・とりあえず、一回起き上がったら?本当に寝そうになってるよ」

「・・・ハジメぇ、あとどれくらいだぁ?」

「今から降下するところだ」

「・・・なら、もう起きなきゃな・・・」

 

名残惜しいが、これは大迷宮を攻略した後のお楽しみとして取っておこう。

ていうかむしろ、八重樫の方が起き上がる気配がない。

 

「おら、八重樫も離れろ」

「ぐぇっ」

 

俺は八重樫の首根っこを掴み、無理やり引きはがした。その際、女の子にあるまじき呻き声が聞こえたが、優しい俺はスルーした。

無理やり引きはがされた八重樫は、首筋をさすりながら、顔を赤くしながら俺を睨んできた。

 

「何するのよ」

「これくらいしなきゃ八重樫は離れなかっただろ」

「だからといって、普通女の子の首を掴む?」

「掴むどころか足蹴にしたやつを俺は知っているぞ」

 

主に、すぐ近くにいる白髪眼帯さんとか。ついでに言えば、身分もあまり気にしない人間だ。

 

「それは、そうだけど・・・でも、もう少し他にやり方があったんじゃない?」

「ちなみに、このまま放置したら顔面を床にぶつけることになっていたが、そっちの方がよかったか?」

「・・・起こしてくれてありがとうございます」

 

床ビタンされるよりは首根っこを掴まれるほうがマシだったらしい。

 

「あぁ、そういえば、不具合とかはなかったのか?」

「あ、あぁ。というか、驚いたよ。魔力の通りや出力は段違いだし、新しい能力もかなり有用だ」

「おう、マジですごいぜ!空中を踏むって感覚は戸惑ったけどよ、慣れればマジ使える。籠手の威力も倍増したし、実戦で使うのが楽しみだぜ!」

「鈴も、大満足だよ!薙刀の方はまだ実戦だとわからないけど、結界は前よりも比較にならないくらい操れるし、満足だよ!」

「私の方は、むしろ機能が多すぎて実戦での選択に迷わないか不安だけど・・・そこは経験値を稼ぐしかないわね」

 

まだ細かいところで各自調整する必要はあるようだが、アーティファクト自体に問題はないようだ。ハジメが作ったんだから、当たり前だろうが。

 

「そいつは重畳。完全に使いこなせれば単純に考えても戦闘力は数倍になる。それなら魔人領に行っても問答無用に潰されることはないだろう。まぁ、せいぜい気張れよ」

 

そこに、ハジメの方からそっけないながらもエールが送られた。与えられた力だって本物だし、やはり以前と比べべて柔らかくなっている。特に、谷口の目的の達成には大きすぎるレベルの恩恵だ。

 

(男のツンデレとか誰得・・・いや、ユエたちには得っつーかむしろ大幅に惚れるポイントか)

 

頭の中で考えはするが、言葉には出さない。どうせハジメのツンが加速するだけだろうし。

そのハジメは、不意に表情を真剣なものに変え、道越の羅針盤に視線を落とした。

 

「氷の峡谷に到着だ。雲の下に降りるぞ」

 

そう言って、ハジメはフェルニルを降下させた。

降りる途中で稲妻や雹がフェルニルに襲い掛かったが、ハジメ作のアーティファクトを貫けるはずもなく、何事もないかのように降下していく。

数秒で雲の中を抜けると、外は猛烈な吹雪に覆われていた。

 

「おぉ、すげぇな」

「シュネー雪原やその周辺は、どこも年中こんな感じよ。だから、ガーランドは防寒に関してはかなり優れている部分があるわ」

 

たしかに、王都や帝都のような設備だとすぐにあらゆるところが凍り付いてしまうだろう。地球でも、年中寒いところは防寒に特化した作りになっているって聞くし、ガーランドも似たようなものなんだろう。

 

「ほわぁ~。ハジメさんハジメさん!外がすごいことに!」

 

そんな中、はじめて雪を見たシアのテンションがすごいことになっていた。あまりの荒ぶり方に、ちょいちょいハジメの目をウサ耳がつくくらいに。

 

「確かに“極寒”というに相応しい有様じゃな・・・妾、寒いのは余り得意ではないんじゃがのぅ」

「私は、別に平気ですけどね」

 

ティオは外を見て嫌そうに目元を歪めながら愚痴るが、イズモは特に変わった様子もなく呟く。まぁ、あんな立派な毛があるのに寒さに弱いとか、何のための毛だよって話になるし、当然と言えば当然か。

だが、今回はあまり心配はいらない。

 

「安心しろ。そのためにハジメが作ったやつがあるだろう」

 

そう言って、俺は胸元にかけてあるペンダントを取り出した。

これはハジメのアーティファクトで、“エアゾーン”と名付けている。これは、一定範囲の空気をある程度遮断して、外の気温の影響を受けないと同時に中を快適な温度に保つという、グリューエン大火山の経験から生み出されたアーティファクトだ。

ついでに言えば、ユエたちには基本的に雪の結晶をかたどったものが渡されている。ティアとイズモのものも同じだ。どうやら、ハジメ程錬成が上手くない俺に気を遣ってくれたらしい。

ユエたちは、ハジメからの贈り物にすでに浮足立っているが、不満そうにしているものが1人。

 

「・・・のぅ、ご主人様よ。なぜ妾だけ、ちっちゃな雪だるまなんじゃ?いや、これはこれで可愛いとは思うんじゃが、妾も出来れば意匠を凝らしたアクセサリーの方が・・・」

 

そう、ティオのペンダントだけデフォルメ化した雪だるまになっていて、今にもアメリカンな笑い声が聞こえてきそうな感じだった。

そんなユエたちの方を見て物欲しそうにしているティオを見て、ハジメは真剣な表情になってティオに話しかける。

 

「ティオ、俺は知っている」

「な、何をじゃ?」

「お前の中に、スーパーティオさんが眠っていることを」

「!?」

 

瞬間、ブリッジの中を雷が落ちたかのような衝撃が駆け抜けた。

そう、俺やハジメたちはあくまで聞いた話でしかないが、シアや香織から聞いたのだ。

ハルツィナ樹海攻略の時、最後の試練で生じた現象。

そう、まともなティオが現れたのだ。

その時の姿は、変態性は欠片もなく、まさにお姉さんのようで、カッコよすぎたのだとか。

俺やハジメも、最初はただの都市伝説のようなものだと考えていたが、シアや香織が攻略後も散々恐ろしそうに語っていたことから、本当のことなのだろうと信じた。

ちなみに、この話を聞いたイズモは、あまりの衝撃に涙を流して崩れ落ち、俺とティアで頑張って慰めた。ティオの変態化で、この中で最もダメージを負ったのはまぎれもなくイズモだ。その内心は、俺たちでは計り知れない。

そして、ハジメは一度見てみたいという興味から、俺はイズモの心傷を少しでも軽くさせたいことから、どうにかそのスーパーティオさんを引き出そうと画策した。あの雪だるまペンダントも、その一つだ。

だが、

 

「俺たちは、お前の中にはまだスーパーティオさんが眠っていると信じている」

「存在を証明すれば、頑張ったご褒美にお前が望むデザインのアクセサリーをくれてやる」

「ひ、ひどいのじゃ・・・それはつまり、一生妾には女らしい贈り物をせんということかっ!?あんまりじゃ、ご主人様よっ!痛くされるのは好きじゃが仲間はずれは嫌じゃ!妾にも、もっと可愛らしい贈り物をしてたもう!」

「おい、駄竜。性癖が治らないことを確定事項にするんじゃねぇよ」

「だぁ、くそ。ほら、イズモ、落ち込まないでくれ」

「そ、そうよ、まだ希望はあるから」

「・・・いや、いいんだ、ツルギ、ティア。私はもう諦めている。たとえ、里の者から罵られようとも、私にはどうすることもできないのだ・・・」

 

結局、イズモの心傷は深くなる一方だった。それでも、マジでなんとかしないと、イズモもそうだがティオの関係者の精神状態も危うい。

また違う方法を考えようか・・・。

 

「・・・シズシズ。鈴達のなんか作った感すらないよね。どう見ても唯の石ころだよ。これなら、まだ雪だるまの方がいいよ」

「言わないで鈴。扱いの歴然とした差に悲しくなるから・・・」

 

後ろでは、谷口と八重樫が渡されたペンダントを見て扱いの差に顔を見合わせていた。

谷口の言う通り、勇者パーティーには形状加工されていないただの石ころが渡されていた。一応、アーティファクトとしての機能は果たしているが、やはり女性陣には受けが悪い。

 

「そうかぁ?別に唯の石ころでも効果があるんならいいじゃねぇか」

「・・・龍太郎。そういうことじゃないと思うぞ」

 

天之河に同意するのは癪だが、たしかにその通りだ。この辺りの機微は、脳筋の坂上には難しいだろう。

 

「ねぇ、ツルギ」

 

そこに、横からティアが声をかけてきた。そっちを見ると、ティアが意味ありげに八重樫と谷口の方を見ていた。

・・・あぁ、なんとなくわかった。

 

「ったく・・・おい、2人とも、ちょっと貸せ」

「え?え、えぇ・・・」

「わ、わかったけど・・・」

 

いきなり俺に声をかけられて動揺しているのか、若干声が上ずっていたが、素直にペンダントを俺に渡した。

ペンダントを手に持った俺は、宙に魔法陣を生成して、その中心に2つのペンダントを放り込んだ。

2つのペンダントは魔法陣に触れるとそこで停止し、形を変えていった。そして、数秒後には兎のシルエットのペンダントが出来上がった。俺は魔法陣を消してペンダントを手に納め、八重樫と谷口に渡した。

 

「ほら、これで少しはましになっただろ」

「え、えぇ、ありがとう、峯坂君」

「ありがとう!やっぱり龍太郎くんとは違うね!」

「言っとくが、ティアに頼まれただけだからな・・・それと、お前らは別にいらないだろ?」

 

そう言って天之河と坂上に視線を向けると、天之河は曖昧気味に「ま、まぁ」とだけ答え、坂上は谷口のジト目に目を逸らしながら「あ、あぁ、いらねぇ」と言った。

そんなやり取りをしているうちに、氷雪洞窟に続いているクレバスが見えてきた。だが、しばらく進むと入り口が見えないままクレバスの終わりが見えた。

 

「ん?ここで終わりか?羅針盤はもっと先だと示しているんだが・・・」

「ハジメ、よく見ろ」

 

首をかしげるハジメに、俺は水晶ディスプレイを指差す。

よく見ると、峡谷の幅はかなり狭くなっており、奥にトンネルのような道が見えた。進路の先は雪によって上がふさがれた状態になっているらしい。

 

「しょうがない。ここからは地上を行くか。洞窟までは1㎞もないようだし、問題ないだろう」

「いよいよお外に出るんですね!雪初体験ですぅ!」

 

ハジメの言葉に、未だに雪でテンションが上がったままのシアがウサ耳や尻尾を荒ぶらせる。

なんつーか、初めて雪を見た子供の反応ってこんな感じだよなぁ~、なんて他人事みたいに考える。ハジメの方も、それはもう慈愛たっぷりの表情になってシアに手を伸ばそうとしていたから、内心は簡単に察せる。ユエの方も、そんなハジメの様子を微笑みながら見ている。

やっぱり、ハジメがシアを受け入れてから、いろいろと変わったなぁと実感する。

そんなこんなで、フェルニルを崖の上に着地させ(谷底は狭くて無理だった)、下部ハッチを開けた。

すると、そこから身を刺すような冷気が流れ込んできた。

 

「おっ、やっぱそこそこ寒いな」

「とか言いながら、わりと平気そうな感じだな」

「これくらいなら、まだどうにでもなる」

 

これくらいの寒さなら、自分の身体をコントロールすればどうにでもなる。まぁ、寒いものは寒いから、さっさとエアゾーンを起動させるが。

それに、エアゾーンは外気を防ぐことはできても吹雪とかは防げないから、念のため着たコートのフードを目深にかぶった。

 

「わぁ、これが雪ですかぁ。シャクシャクしますぅ!ふわっふわですぅ!」

 

そんな中、シアだけはコートの前を開けっぴろげにして、大はしゃぎしながら全身で雪を浴びていた。

とはいえ、ここまで雪が積もっているといろいろと危ないから、注意を呼び掛けておく。

 

「おい、シア。あんまりはしゃぎすぎるな・・・」

「これはもう、ダイブするしかないですよぉ!」

「あっ、ちょい待て!気を付けないと・・・!」

 

俺の制止もむなしく、シアは大の字になって雪にダイブし、

 

「今日から私は雪ウサギぃあぁぁぁ~~~」

 

情けない悲鳴を最後に、シアの姿が消えた。

 

「・・・落ちるぞ」

「遅いわ、ツルギ」

 

それに関しては、俺の忠告を無視したシアにも問題があると思うんだが。

こう雪が積もっていると、穴の上を雪が覆って天然の落とし穴が出来上がる。それに、これほどの規模のクレバスだと深さもかなりあるだろうから、気を付けた方がいいと忠告しようとしたのだが・・・

 

「まぁ、あのバグ兎なら大丈夫か」

「それもそうね」

「たしかに、この程度の高さなら問題ないだろう」

 

八重樫や谷口は突然のことに慌てているが、俺たちは大して心配していない。

あのバグ兎なら、受け身を取れなくてもかすり傷1つ負わないだろう。それだけのポテンシャルがある。

そして、それは俺たちも同じようなものだ。

 

「んじゃ、俺たちもいくか」

「そうね」

「あぁ」

 

次々と飛び降りていくハジメたちに続き、俺たちもクレバスの中に飛び込んだ。

さて、最後の大迷宮攻略を始めるとするか。




「イズモさんの毛並みって、そんなに気持ちがいいの?」
「八重樫が即落ちするくらいにはな」
「うぅ~、鈴もそのモフモフにあやかりたい・・・峯坂君、言い値を払うって言ったら、どれくらいになる?」
「そうだな・・・10秒1万でどうだ?」
「高い!でも買った!!」
「断る」
「なんで!?」
「売ると言った覚えはないからな」
「この詐欺師!」
「お前らはなんの漫才をしてるんだよ」

どうしてもイズモのモフモフをどうしても堪能したい鈴と絶対に渡そうとしないツルギの図。


~~~~~~~~~~~


物語も終盤に差し掛かってきました。
きたんですが・・・ここで「あれ、そう言えば恵里はまったく強化してなくね?」ってことに気づきました。
このままだと、谷口にボコられるだけの恵里が出来上がってしまうかも・・・。
まぁ、まだ先のことなんで考えても仕方ないですが。


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攻略の前に

「な、泣がないもんっ。す、鈴は、にゃがないっ!!」

 

涙声になりながらも強がっているのは、谷口だ。なにやら、飛び込むのに尻込みいていたところをティオが放り投げたらしい。珍しくティオがSっ気なところを見せたな。

ちなみに、心が折れそうになっている谷口のケアは香織が担当している。慰め方がペットを愛でるみたいになっているけど。八重樫たちは、まだ紐なしバンジーから立ち直れていないようで、周りに気を配る余裕が残っていない。

 

「う、う~む。そんなに怖かったのぅ?」

 

そんな様子を見て、さすがに罪悪感を感じたのか、ティオは罰の悪そうな顔をしながら首をかしげていた。

 

「うぅ、ようやくティオ様がまともに・・・」

「いや、まともとは言えないからな。むしろドMが一時的にドSになっただけで、変態のままなのに変わりはないからな」

 

一瞬、この調子ならまともなティオに戻るのかと思いはしたが、そのたびに谷口が犠牲になるのもあれだし、そもそも方向性が正しいとも言えない。

結局、スーパーティオさん計画は糸口が見えないままだ。

すると、谷底の壁の一角から破壊音と「うりゃあああ!!」という雄叫びが聞こえてきた。

音のした方を向くと、壁には亀裂が生じており、だんだん大きくなっている。次の瞬間、ドゴォオオッ!と轟音を響かせて壁の一部が崩壊し、そこからドリュッケンを肩に担いだシアが出てきた。

 

「いやぁ~、参りました。狡猾な罠でしたね。まさか私の童心を弄び谷底に落とそうへぶっ!?」

 

シアは恥ずかしさを隠すように汗を拭うふりをしながらでてきたが、ハジメから思い切り拳骨をくらわされた。

 

「馬鹿野郎。まだ大迷宮じゃないが、ここが危険地帯であることに変わりはないんだぞ?気を抜くなよ」

「あぅ~、すみません・・・ちょっと調子に乗りましたぁ」

 

わりと本気でハジメに叱られたシアはへこみ、しょぼんと肩を落とし、ウサ耳もへた~とさせた。

それにハジメは、なぜか咳払いをし、

 

「まぁ、久しぶりの残念ウサギって感じで、ちょっと和んだけどな」

 

ウサ耳を優しく撫でながら、そうフォローを入れた。

ユエもそれに追随し、ハジメとシアを中心としてピンクのオーラがあふれてきた。

このピンクのオーラを、俺は見たことがある。

 

「これは、あれだな。いつもハジメとユエが発生させていたやつだな」

「シアも、あの空気を出せるようになったのね」

「幸せなのはいいことだな」

 

俺たちとしてはこの空気はもう慣れたものだから、わりと冷静に見ることができる。

横では谷口がやさぐれていたが、八重樫が再起動したからそっちに任せよう。

 

「道は・・・こっちだな。お前ら、遊んでないでさっさと行くぞ」

 

何くわぬ様子で羅針盤を確認して先に進み始めたハジメに八重樫が「どの口でぇ!」と抗議の声を挙げたが、ハジメはスルーした。

大迷宮の入り口があるらしきトンネルは3本あったが、羅針盤が右のトンネルを指し示していたから、迷うことはなかった。

これに天之河が両手で自分の頬を叩くことで気合を入れなおし、その天之河に促される形で八重樫たちも後に続いた。

トンネルの中は一段と冷たい風が吹いており、上に雪が積もっている分、地表よりもさらに気温が低そうだ。エアゾーンがなかったら、俺たちでも進むのは大変だっただろう。

トンネルを進み、時に坂を超え、時に迂回し、時に破壊しながら進んでいると、不意にシアのウサ耳が反応した。

 

「おや?何かいますね」

「向こうだな」

 

俺とハジメの気配感知にも引っかかったから、気配のした方を向いた。

その方向には、剣山のように氷柱が乱立しているところだったのだが、

 

「きゅうん」

「「わぁっ、かわいい!」」

 

子ウサギが氷柱の隙間からでてきた。

思わず黄色い歓声を上げたのは、ティアと八重樫だ。

 

「・・・・・・」

「ご、ごほんっ・・・魔物かしらね?可愛らしい外見で惑わそうなんて、なかなか恐ろしい特性だわ」

「雫ちゃん、取り繕えてないよ?」

「シズシズ、お耳、真っ赤だよ?」

 

俺が思わず微笑みながらティアの頭を撫でるとティアは顔を真っ赤にしてうつむき、八重樫はなんとか取り繕うとしたが、隠しきれていなかった。

そうこうしているうちにも、子ウサギが氷柱の隙間から出てきた。

可愛らしい見た目ではあるが、白銀の体毛と周囲に雪の結晶のようなものを振りまいていることから普通のウサギでないのは確かだ。魔物かどうかは、まだよく見ないとわからないが・・・。

 

「きゅきゅう?」

 

まぁ、やはり見た目は可愛らしい。ユエたちも頬を少し赤くしていることからも、その破壊力がうかがえる。

そして、子ウサギは先頭にいたハジメの足下にやってきて、鼻をすんすんさせながら上目遣いで見上げた。

これにハジメは、穏やかな表情でふっと笑い、

 

「あざといんだよ、この汚物が」

 

穏やかな表情のまま踏みつぶした。グシャ!!と生々しい音が響き、ハジメの靴の下からは血がにじみ出ていた。

 

「ぎゃあぁぁぁぁ!南雲君の悪魔ぁああああっ!!」

 

そこにワンテンポ遅れ、谷口が絶叫し、八重樫とティアがふっと意識を失った。八重樫は天之河が、ティアは俺が支え、香織は顔を覆ってしゃがみこんだ。シアも、虫のように踏みつぶされた子ウサギの無残な姿を見て悲鳴を上げて後ずさった。ユエとティオは見合わせてため息をつき、イズモはどうすればいいか迷っているような表情だ。

 

「きゅきゅう!?」

「きゅ~!?」

 

そこに、さらに子ウサギが追加でやってきた。ハジメに向かってぴょんぴょんと体当たりをするが、もちろん物理的なダメージはないし、ハジメも容赦なく踏みつぶす。それに耐えかねたシアが自分のウサ耳をアピールしながら止めようとするが、ハジメは困った表情のまま壁のシミにし、ちぎれたウサ耳を心底嫌そうに放り捨てる。

 

「おい、峯坂っ。お前もちょっとは手伝ってくれないか!?」

 

そこに、天之河からヘルプを求められた。

俺にも手伝ってもらいたいというのなら、しょうがない。

 

「ったく、わかったよ」

 

俺はボヤきながら、マスケット銃を生成して子ウサギを撃ちぬいた。

さらなる被害に、谷口も気絶、ティアと八重樫は昇天一歩手前にまでなった。口から白いものが出てくるのが見える。

すると、何が不満なのか天之河が声をかけてきた。

 

「お、おい!なにやってるんだよ!」

「え?手伝えって言ってただろ?だからハジメを手伝ってるんだよ」

「そういう意味で言ったんじゃない!」

 

なんだ、手伝えって言ったからその通りにしたのに、何が不満なんだよ。

いやまぁ、実際はわかってるけどさ。ハジメを止めろっていうのは。

だが俺は、ハジメの子ウサギ虐殺に参加する。

俺は空中に生成した10本の片手剣で、ハジメは空気圧式ショットガンで次々に子ウサギを屠っていく。

 

「おい、お前ら。何をぼさっとしてんだ。さっさと殺れよ」

「あぁ、この辺りは天井の積雪が雪崩を起こす可能性があるから、音と衝撃には気を付けろよ」

 

俺とハジメは、いたって真面目に子ウサギを血祭りにあげながら指示をだしたのだが、

 

「「「「こ、この悪魔たちめぇえええっ」」」」

 

天之河たちに絶叫された。

危ないな。その声で雪崩が起きたらどうするんだよ。

 

 

* * *

 

 

「あのなぁ、あれはれっきとした魔物だって何回も言ってるだろ」

 

子ウサギをあらかた片付けた後、俺たちは先に進んだんだが、女性陣から、特に谷口、八重樫、ティア、シアから小言をぶつけられたから、あれは魔物だと言い聞かせる。

ジェノサイドを始めたのはハジメなんだが、てっきり俺はハジメを止めると思われていたらしく、ハジメよりも小言をぶつけられた。

 

「あのウサギは、熱を奪う固有魔法を持っていたんだ。ハジメもエアゾーンの中に入った時に熱を奪われたのに気づいたし、俺も“熱源感知”で見て確認した。大方、可愛さに負けて抱きしめたところで一気に熱を奪って凍死させるんだろう。俺やハジメを悪魔とか言ってたが、あいつらの方がよっぽど悪魔だ」

 

俺とハジメを悪魔呼びした意趣返しに言ってみると、八重樫たちはサッと視線を逸らした。

 

「ていうかさ、効果範囲に入ってきた段階で気づかなかったのか?ユエとティオとイズモは気づいてただろ。なんで全部俺とハジメにやらせたんだよ」

「・・・ん。シアを慰めるのに忙しくて」

「す、すまんのぅ。涙目のシアを見ておると、なんとなく罪悪感が・・・」

「私も、ティアがいる手前、あまり残酷なことは・・・」

 

それぞれ申し訳なさそうにしてるけど、言ってることはただの言い訳なんだよな。

まぁ、それはそれとして、

 

「ハジメ、シアの方を見てやってくれよ。さっきからプルプルしっぱなしだぞ。俺はティアの方を見るから」

 

今のシアは、諸々の所業に何ともいえない悲しさがあるようで、先ほどから涙目になってプルプルしていた。それはティアも同じだ。

 

「ていうか、ティアも薄々はわかっていたよな?」

「それは、そうだけど・・・それでも、ウサギさんがあんな目に会うのは、いろいろとショックが・・・」

 

それはそうだろう。かく言う俺も、ちょっと出てきた罪悪感を押し殺しながら首を斬り落としてたし。

それでも、あれは危険な魔物だったから容赦なく排除した。

 

「なら、そんなことをした俺は嫌いか?」

「そ、そんなことはないわよ!」

 

そんなティアに意地悪な質問をすると、ティアはバッ!と顔を上げて力説してきた。

そんなティアを見て俺は微笑ましくなり、

 

「だったら、それでいい」

 

ティアの頬に手を伸ばしてフニフニした。ティアも幾分落ち着いたようで、表情を緩ませながら頬を俺の手に押し付けてきたのがめっちゃ可愛い。

ちらっとシアの方を見ると、そっちもハジメが上手くフォローしたみたいで、周囲にピンクのオーラが漂っている。その近くでユエと香織がいつもの攻防を繰り広げていたが、些細なことだ。

 

「・・・・・・」

 

そこに、ふと視線を感じた。視線を感じた方向を見ると、なにやら八重樫が俺たちの方を微妙な表情で見ていた。ただ、俺が視線を向けるとすぐに目を逸らしたが。

ついでに、天之河の方からも視線を感じたが、そっちは完全に無視した。いちいち反応するのも面倒だし。

 

「ふ~む、嫌な風じゃ。ちと鬱陶しそうじゃのぅ」

 

ふと、先頭に立って風を読んでいたティオが声をあげた。

俺も道の先を見ると、そこはT字路になっているのだが、たしかに右から左にすさまじい暴風が吹き荒れていた。

 

「ハジメ、どっちだ」

「右だな。これだと、向かい風の中を進む必要がありそうだな」

「そうか。なら、ティオ・・・いや。谷口、やるか?」

 

最初は風系統ならユエよりも技量があるティオに頼もうかと思ったが、ここは今のところいいところがない谷口に任せてみることにした。あくまでアーティファクトの調子を確かめるついでだし、ダメだったらダメだったで、俺たちがやればいい。

 

「うん、任せて!・・・“聖絶・散”!!」

 

谷口がワンワード詠唱で魔法を発動させると、俺たちの前方に淡い橙色をした半透明の障壁が出現した。

“聖絶・散”。“聖絶”に接触した対象のエネルギーを分散させる効果を付与させた障壁だ。

それにしても、初級魔法のような手軽さで“聖絶”を展開させ、強度は十分で付与効果も問題なし、消費魔力も中級魔法程度。どうやら、訓練の成果は十分にでているようだ。

 

「へぇ、これはなかなかだな」

「うむ、やるではないか、鈴」

「・・・ん。たしかに悪くない」

 

俺たちの率直な評価に、谷口はまんざらでもないような表情になった。

だが実際、アーティファクトの補助があったからとしても、ここまで使いこなせるのは谷口の才能と努力によるものだろう。

谷口のおかげで快適になった道を進むと、前方にうっすらと光が見えた。俺が目を凝らすと、開けた空間の先に巨大な氷壁があり、そこに大きな亀裂が見えた。

 

「ハジメ」

「あぁ、羅針盤もあそこを指している」

 

つまり、あそここそが氷雪洞窟の入り口だ。

広い空間に出ると風も止んだようで、谷口が結界を消す。

 

「着いたみたいだな・・・まぁ、素直に入らせてはくれないようだが」

「あぁ、そうらしいな・・・何か来るぞ、全員、構えろ!」

 

洞窟の暗がりの奥に、複数の気配を感じた。それはハジメも同じだったようで、全員に警告を飛ばす。

ティアやユエたちは自然体だったが、天之河たちには緊張が走った。

そして、奥から出てきたのは、

 

「「「「「「ギギギギギィ!!」」」」」」

 

白い体毛に包まれ、2足歩行に3m以上の体格を持った6体の魔物だった。

敢えて言うなら、

 

「ビッグフット?」

「藤〇弘〇検隊かよ」

 

そう、まさしく地球で最もメジャーなUMAの1つであるビッグフットそのものだった。そのビッグフットたちは、地面を砕きながら俺たちの方に向かって走ってくる。

一瞬、「1体くらい持ち帰ろうかな?」と思ったが、それはそれで問題だから排除する方向で動くことにし、双剣を生成して両手に持った。

 

「やるぞっ、雫!龍太郎!鈴!」

「よっしゃあ!やるぜぇ!」

「守りは任せて!シズシズ、行こう!」

「えぇ、私もいろいろ試したいしね。峯坂君、ここは任せてもらうわよ?」

 

前に出ようと思ったら、それより先に天之河たちが前に躍り出てきた。どうやら、自分たちでやりたいらしい。

まぁ、これくらいなら大丈夫だろうからと、ビッグフットは天之河たちに任せることにして俺たちは壁際まで下がった。

 

「翔けろっ・・・“天翔閃・震”!」

 

まず初めに、天之河が衝撃変換を付与された天翔閃を放った。その威力は、以前よりも上がっている。たしかに、以前の聖剣はまだ本調子ではなかったようだ。

その後、ビッグフットは直線的な突撃から一気に散開したが、それを呼んでいた八重樫と坂上がそれぞれ1対ずつつぶし、谷口も2体を重力魔法を付与した“聖絶・重”で足止めし、

 

「“聖絶・刃”!」

 

以前は天絶で発動していた刃を聖絶で発動し、片方を結界もろとも両断した。

斬る直前で“聖絶・重”の強度を落としたのもそうだが、聖絶で刃を形成するのもなかなか面白かった。最初は天絶を薄く硬くして刃を形成したが、今のはなるべく平たくした聖絶を2枚重ねており、強度も昇華魔法によってさらに向上している。形状も円形ではなく薙刀のようにしていたことから、聖絶の形状もある程度変えれるようになったようだ。

俺が教えた薙刀術も、腕ごと振るのではなく回転運動を利用して自分の力以上の威力を持っていた。それなりに筋がいいようだ。

もう1体の方は天之河が仕留めると思っていたが、なぜか仕留めそこなっていた。

軽く“過去視”で確認したが、どうやら八重樫がビッグフットからの氷柱攻撃を防いだところでわずかに剣筋がぶれたようで、その僅かなぶれが原因で躱されたようだ。

 

「わりぃ!逃がした!っつか、なんだこいつら!?」

 

坂上も先ほど攻撃してきたビッグフットを倒そうとしたが、仕留めきれずにいた。

その辺りで、ビッグフットが予想外の行動にでた。

 

「なんだありゃ」

「なんか、やけに様になっているわね」

 

そう、ビッグフットたちが前傾姿勢をとって大きく腕を振りながらスケートを始めたのだ。

その光景を前に、ハジメは感心の声をあげながら、迷いなくアーティファクトのカメラを取り出して撮影を始めた。

ただ、なんだろう。なにか既視感を覚えるんだが・・・。

その既視感に思考を傾けている内に、天之河たちがトリプルアクセルやイナバウアーといったトリッキーな動きに惑わされ、天之河が苛立ちを募らせていくが、比較的冷静だった八重樫がすれ違いざまに居合切りで1体斬り落としてからは残りの2体も片づけた。

一応、全員無傷だから、完勝と言っていいだろう。さすがに、なんとも言えない表情をしていたが。

 

「全員、なかなかいい感じだったな」

「笑うな!なんで大迷宮にあんなふざけた魔物がいるんだよっ」

 

ハジメの笑いをかみ殺した声に天之河が噛みつくが、その反応で俺は既視感の正体がわかった。

 

「あぁ、どっかで見たことがあると思ったら、ミレディ臭いのか」

「たしかに、俺もミレディ臭がしたな」

 

俺の納得の声にハジメも同意し、ユエ、シア、ティアも「あぁ!」と納得顔を見せた。

なんとなく、ミレディの「どうだった?ねぇ、どうだった?」みたいな声が聞こえてきた気がする。

おそらく、ミレディが悪ふざけであの魔物に教え込ませたんだろう。この大迷宮を創設したヴァンドル・シュネーが嫌そうな顔をしながら魔物を配置した光景が目に浮かぶ。

まぁ、それはともかく、戦闘の内容は悪くなかった。

 

「谷口と八重樫も、上手く昇華魔法を扱えたようだな。谷口もきちんと薙刀を扱えていたし、八重樫の動きもよかった。あぁいうのは、俺じゃあ無理だからな」

「ふふん、まぁね!」

「そ、そうかしら・・・?ていうか、峯坂君にそう言われても納得しがたいのだけど・・・」

「俺のはあくまで我流で邪道だからな。八重樫みたいな一つの洗練された動きはできないんだ」

「そ、そう?それなら、その・・・よかった、わ?」

 

なんで八重樫は疑問形なんだろうか。谷口なんてむしろ「もっと褒めてくれてもいいのだよ?」みたいな感じなのに。事実、ユエと香織から褒められてさらに顔を赤くしている。

・・・ただ、天之河から毎度の諸々の感情が詰まった視線を向けられるが、そっちは無視する。天之河のすぐにムキになる癖は直さなきゃいけないんだから、むしろ及第点がもらえただけいいと思うんだが。

坂上は坂上で気づいているのかいないのか、豪快に笑っているだけだし。

 

「さて、そろそろ行くか?」

 

俺が最後に確認をとると、ティアやユエたちはもちろん、天之河たちも力強くうなずいた。

 

「それじゃあ、最後の大迷宮攻略といくか」

 

こうして、俺たちは氷雪洞窟の中に足を踏み入れた。




「うぅ、ウサギさん・・・」
「まだ未練があるのかよ」
「だって・・・」
「ったく、ほら、これで我慢しろ」
「うん・・・」
「ちょろいな」
「言うな、ハジメ」

ツルギ製子ウサギ(ブリーシンガメン)ですぐに機嫌を直すティアの図。


~~~~~~~~~~~


アニメ、シーンのカットががばがばなら、放送期間もがばがばでしたね。
なんのための間話だったのか・・・完全にあれ、いらなかったですよね。


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氷雪洞窟はホラーから

氷雪洞窟の中は、一言で言えばミラーハウスのようになっていた。

通路の壁がかなり透明度の高い氷でできているのだが、それがある程度光を反射するらしく、うっすらとだが人影を映し出していた。

なまじ目がいい俺はもろにその影響を受けて、氷壁に映る人影の全てが俺の目に入って余計に目が疲れてしまい、定期的に目元をほぐしていた。

 

「大丈夫?」

「まさか、目の良さがこんなところで仇になるとは思わなかったな。もう少ししたら慣れるとは思うが・・・っつーか、香織は大丈夫なのか?こんなホラーチックなところ」

「えっ?ど、どういうことかな?」

 

いきなり話題を振られた香織は、内容が少し不穏だったこともあるのか思ったより敏感に反応した。

 

「いや、こういうところだとさ、いつの間にか人数が増えてたり減ってたりなんて、怪談でもよくある話だろ?」

「や、やめてよ!私がそういう話が苦手なの、知ってるでしょ!?」

 

そりゃあ、八重樫の話の流れでちょいちょい聞いたから。たしか、お化け屋敷で八重樫が香織のナイトになったんだっけか。

 

「そういえば、遠藤君が後ろに立っていたことに気づいた途端、杖でぶん殴ったこともあったわね」

「雫ちゃんも、なんでそれを言ったの!?あ、違うからね、ハジメ君!私、そんな乱暴な人間じゃないよ!」

 

だから、そんな後ずさりしないで!みたいな感じで必死に弁明するが、ユエとシア、さらに坂上と谷口も香織をいじり始める。いじられている香織は、完全にあたふたしていた。

そんな中、八重樫はちらっと俺の方を見て、視線で俺に感謝の念を送ってきた。

俺が唐突に香織をいじったのは、天之河あたりが先ほどから肩に力が入り過ぎていたからだ。最初からこの調子だと、確実に最後までもたない。だから、ここである程度緊張をほぐしておこうと考えたのだが、八重樫はその意図に気づいたようだ。

とはいえ、そこまで感謝されることでもないから、俺は軽く手を振るにとどめた。それを見た八重樫は頬を緩め、ついでに天之河が微妙な表情をしていたのをスルーした。この天之河スルーも、もう手慣れたものだ。考えるより先に体が天之河を視界から外すように動く。まぁ、気配でだいたいはわかってしまうが。

とりあえず、狙い通りいい具合に緊張感がほぐれ、そのまま先に進むと、通路の奥からひらりと雪の欠片が飛んできた。

俺はそれを受け止めようと手をかざした。

だが、手に触れた瞬間、鋭い痛みが走った。

 

「っ。谷口、さっきと同じ障壁を展開してくれ。すぐにだ」

「わ、わかった!」

 

語気を強めにして指示を出した俺に、谷口はビクッとなりつつも迅速に“聖絶・散”を展開した。

次の瞬間、風の勢いが増し、徐々に吹雪いてきた。

 

「気を付けろ。この雪は普通じゃない。触れた瞬間に凍傷を起こすぞ」

「いて!?」

 

俺が雪を受け止めた部分は、見事に赤く腫れあがって凍傷になっていた。考えなしに手をかざしたが、勘が鈍っていたのか。

ただ、忠告はしたが、坂上は図体のでかさが災いして、顔が結界の外にでてしまい、顔面に紅いまだら模様をこさえた。

幸い、俺も坂上もがっつり被ったわけではないから、すぐに回復魔法で治療できた。

 

「ドライアイス、みたいなものか?」

「ただ冷たいだけじゃなくて、これ自体が熱を奪っているようにも見えるが・・・にしても、凍傷になるスピードが尋常じゃないな」

 

おそらく、これもまた解放者が用意した試練の1つということか。

つくづく、ハジメの作ったエアゾーンのありがたみを痛感する。この様子だと、飲み水の確保さえままならないだろう。

そこまで考えると、ふと俺の中に疑問が沸き上がった。

 

「これ、リヒトとかフリードはどうやって攻略したんだ?」

 

このレベルの吹雪だと、並みの障壁では意味がない。高いレベルで温度とエネルギー分散を維持しないと、前に進むことさえままならない。

そう思ったのだが、ティアから衝撃の事実が発せられた。

 

「フリードおじさんはわからないけど、父さんは外の吹雪くらいなら薄着で動き回れる人だから」

「化け物かよ」

 

ティアの話によると、このような気象であるからガーランドでの服装は厚着がほとんどなのだが、リヒトだけは年中薄着で、日によってはタンクトップとハーフパンツのときもあったとのこと。外の吹雪も。その上に1枚羽織れば1,2時間くらいは余裕で動き回れるとか。それを、変成魔法を習得する以前からしていた、と。本人曰く、鍛錬の一端らしいが。

もはや正気の沙汰じゃないだろ、それ。俺でもやる気にならないぞ。ハジメたちも、感心を通り越してもはやドン引きしていた。自分を鍛えるにしても、もっと他にやり方があるだろう、と。

俺も心頭滅却の境地はある程度心得ているが、だからと言ってあの吹雪の中を薄着で突貫する気にはならない。

だが、そんな人なら、たしかに完全装備すればこの吹雪を突破できるかもしれない。

なにせ、

 

「普通なら、あぁなるからな」

 

話ながらも前に進んでいた俺の視線の先には、眠るように目を閉じたまま氷壁の中に埋まっている男がいた。その表情は、そうなったことに気づいていないかのように安らかだった。

見たところ外傷もないが、どう見ても不自然なところがある。

 

「・・・ツルギさん、壁にもたれかかっているならともかく、壁の中に埋まっているっておかしくないですか?」

「そうなんだよなぁ」

 

見たところ、周囲に掘った形跡はない。ヒビ1つ見当たらないのに、そのまま壁の中に埋まっているのは変だ。まるで壁がせり出てきたか、あるいは取り込まれたか。

香織も、さっそく出てきたホラー展開に怯え、八重樫にしがみついていた。

 

「魔力反応は、壁にも死体にもないし、生体反応も・・・もちろんなし。まぁ、念のため壊しておくか・・・ハジメ、頼んだ」

「おう」

 

今のところ、危険な要素は見当たらないが、それでも不自然なことには変わりない。念のため、ハジメに破壊を頼んでおく。

昇華魔法によって、ハジメのアーティファクトも進化した。

強化されたハジメのドンナーは、分厚い氷をものともせずに貫き、死体の頭部と心臓を破壊した。

俺としても死者に鞭打つような行為は気が引けるが、それでも俺たちの命には代えられないから、沸き上がる感情を抑える。

 

「・・・特に反応もなし、か。念のため注意しとくが、今のところはそこまで警戒しなくてもいいか」

 

俺の言葉にホッとした空気が流れ、特に香織が死体をちらちら見て気にしていたが、今のところはまだ大丈夫、だとは思う。

さすがに何もない、なんてことはないと思うが、今は頭の片隅に置いておく程度にして俺たちは先に進んだ。

 

 

* * *

 

 

あれからさらに先に進んだが、未だに大迷宮からは何もアクションがない。いっそ順調すぎて不気味なレベルだ。

それに、不可解なことがある。

 

「・・・また死体か。これで50人くらい、ほとんど魔人族だな」

 

奥に進むごとに、死体の数が増えていく。果たして、この環境だけでここまで死体が増えるものなのか。

それも気になるが、ある意味それよりも気にすべきことがある。

 

「大丈夫か、ティア?」

「・・・もう少し、このままでいさせて」

 

道中の魔人族の死体を見るたびに、ティアが悲痛な表情になり、俺の腕を掴む力が強くなっていく。

魔人族と敵対すると決めたティアだが、やはりこうして同族の死体を見るのはいろいろと来るものがあるようだ。だから、俺がそんなティアのメンタルをできるだけ回復できるように気遣う。

そのおかげか、ギリギリのラインだがティアは平常心を保てていた。

 

「にしても、見た感じ、最近の装備が多いな。おそらく、フリードとリヒトが攻略したことで、国を挙げて挑むことになってるのか?」

「えぇ。魔王からも、攻略することができれば相応の報酬と地位を用意するって言われてるから、それで氷雪洞窟に挑む人が一気に増えたわ」

「まぁ、あれだけの戦力を2人だけに依存するわけにもいかないし、当然と言えば当然か」

 

たった2人で戦況を覆すということは、逆を言えばその2人がいなくなればかなりの戦力ダウンになるということでもある。それを防ぐためにも、できるだけ神代魔法を使える人物を増やすというのは間違いではないだろう。攻略できるかどうかは別だが。

 

「でも、国を挙げて挑んだのなら、そのリヒトとフリードっていう人以外にも攻略できた人がいる可能性は高いんじゃないかな?もしそうなら、魔物の軍団が再編されるのも時間の問題かも・・・」

 

香織が心配そうな表情を見せる。おそらく、王都に残したクラスメイトや姫さんたちのことを想っているんだろう。

まぁ、とはいえだ。

 

「十中八九、それはないはずだ」

「どうして?」

「大迷宮ってのは、情報があるからと言って攻略できるわけでもない。結局は自分との戦いになるからな。それに、おそらくは解放者が生きていた時代の実力者を基準にしているだろうから、今の時代だとそんな奴はほとんどいない。それこそ、リヒトやフリードくらいしかいないだろう。仮に攻略した奴がいても、王都で俺とハジメがまとめて殲滅したが、奴らはハジメのヒュペリオンが損壊していることを知らないし、王都の結界もハジメが修復した。少なくとも、あの時みたいな惨事は10年くらいは起こらないはずだ」

「それに、内通者についてもリリィや優花たちが目を光らせているから、大丈夫だと思うわ」

「うん・・・そうだね、そうだよね」

 

俺の推測に八重樫が付け加えて香織は幾分安心したようにほほ笑んだが、それでもまだわずかに陰りが見える。

まぁ、考えていることはわからなくない。

俺たちが日本に帰ると言うことは、姫さんたちを見捨てるということでもある。もちろん、ハジメとしても日本に帰ってそれっきりということはないと思うが、それでも日本とトータスを往復できる頻度は多くないだろう。

俺は魔人族と人間族の戦争にはある程度割り切っているが、他のメンバーだと感情的に切り捨てられない部分があるのも否定できないだろう。

 

「・・・安心してくれ、香織。力を手に入れたら、俺が神を倒す。そして、リリィたちも・・・いや、人間も魔人も皆、俺が守る。ここに残ることになるけど、全ての神代魔法を手に入れれば自力で帰れるからな。俺は、誰も見捨てない」

「光輝くん・・・」

 

そこに、天之河から実に勇者らしい言葉がでてきた。

だが、主に俺を見ながら当てつけのように言っている時点で、内心ではどう思っているのか丸わかりだ。

その目には、嫉妬や疑念、焦燥、いら立ち、他諸々の負の感情が入り混じっており、それを必死に抑えるような、不安定な目になっている。

そのせいで、香織は安心するどころか、むしろ新たな不安が湧き上げっているようにも見え、それは八重樫も同じ感じだ。

・・・幼馴染を安心させようとしときながら逆に不安にさせるとか、もうどうしようもねぇな、このバカ勇者。

俺がちらっとハジメを見ると、ハジメも「しょうがねぇなぁ」みたいな感じの表情を見せた。天之河に興味は欠片もないだろうが、香織の表情はいただけないのだろう。

それを確認した俺は、天之河の方を見た。

 

「天之河、何か俺に言いたいことでもあるのか?」

「っ・・・いや、別に何でもない」

 

俺が真っ向から返したのが意外だったのか、一瞬ギクッと体をこわばらせ、しかしすぐに眉をキリリと上げ、かと思ったら何かを押し殺すような表情になった。文字通りの百面相だ。

 

「そうか。それならいいんだが」

 

そこですぐに天之河からすぐに視線を切り、ついでハジメの方を見た。

ハジメも小さく肩を竦め、主に香織に向けて話し始めた。

 

「姫さんたちのことだが、まぁ、知らない仲でもないし、頼まれたのなら帰る前に姫さんへ贈り物くらいはしてやるさ。ヒュベリオンとか、大陸間弾道ミサイルとか、高速軌道型戦車とか、慣性と重力を無視した戦闘機とか」

「・・・ハジメ、俺から話を振っておいてなんだが、あまりやりすぎるなよ。余計に話がややこしくなる」

 

あまり王都を魔改造しすぎると、同じ人間族でも何を言われるかわからない。その場合、姫さんの胃がさらにシクシクすることになるだろう。

 

「そこまでは知ったことじゃねぇな。攻撃は最高の防御だろ。殺られる前に殺れの精神だよ。あの姫さんは見た目以上にガッツがあるから、ちょうどいいだろ。神の使徒すら狙撃砲で撃ち落とす姫・・・うん、でかいライフル担いだ姫とか、今思いついたけどクールでいいな。創作意欲が湧いて来たぞ」

「・・・頼むから、ほどほどにな」

 

姫さんが聞けば、また「私、王女なんですけど!」となるのは目に見えている。

まぁ、だとしても、ハジメが他の人を気遣う余裕ができたことはやはりうれしいようで、ユエたちが綻んだ表情でハジメを見ている。もちろん、明確に線引きしているが、その中なら心を砕くのは、やはり好ましいのだろう。

 

「まぁ、それはともかくだ。八重樫たちも、魔人領から帰ったらどうするか、早いうちに決めておけよ。この世界に残るか、日本に帰るか」

「・・・ええ。わかってるわ」

「うん。決めるのは恵里と話してからだけど・・・」

「俺は光輝に付き合うぜ」

 

俺の言葉に、三者三様で頷いた。香織も、完全に調子を取り戻したようだし、結果オーライだろう。

そのまま進むと、やたらと大きい十字路に出た。

そこで、シアのウサ耳が反応した。

 

「ハジメさん、ツルギさん。来ます」

「やっと出てきたか」

「んで、どこからだ?」

「・・・四方向、全部からです」

「あ?」

「なに?後ろからもか?」

 

前方や左右から来るのはわかるが、俺たちが通ったところから来るのは変な話だ。それらしきものは何も・・・。

・・・いや、1つだけある。まさか・・・

 

「お前ら、通路から出るなよ。まずは敵を見てから判断する。谷口と香織は後ろについて、機を見て分解砲撃を頼む。直線状ならそれが最強だ」

「うん!任せて!」

「ティオは谷口の補助を、イズモとユエもいつでも魔法を発動できるようにしてくれ」

「任せよ」

「・・・ん」

「わかった」

 

俺の指示にユエたちは素早く動いた。

そして、来るだろう敵に備える。

 

「ヴゥゥァァ・・・」

 

そこに、なにやら声が聞こえてきた。これは、呻き声か?

声が聞こえて緊張が最高潮になったところで、暗闇の奥からぬるりと現れた。

現れたのは、人だった。黒を基調とした軍服を纏い、特徴的な耳が見える、魔人族の軍人だ。

だが、どう見ても様子がおかしいし、あれには見覚えがる。

 

「・・・なぁ、あれって、氷壁の中にいた死体じゃないか?」

「あぁ。しかも、ぞろぞろでてきたぞ」

 

俺の言葉を肯定するかのように、奥からわらわらと魔人族があふれ出てくる。

 

「・・・ん。間違いない。魔人族以外もいる」

 

ユエの言葉通り、冒険者のいでたちをした人間族や亜人族もいる。魔人軍の迷宮攻略部隊でないのは明らかだ。

 

「生きていた・・・わけではないな。あいつらからは温度が見えない」

「そうですねぇ。鼓動も聞こえませんし」

 

一瞬、実は生きているのかとも思ったが、俺の“熱源感知”では温度を感じないし、シアも心臓が動いていないと言っている。

だとすれば、あいつらは死んだまま動いていることになる。

しいて言うなら、

 

「な、なんというか・・・まるで、ゾンビ、みたいね?」

 

八重樫の言う通り、映画やゲームにでてくるゾンビそのものだった。体が完全に凍り付いていることから、言うなれば“フロストゾンビ”と言ったところか。

そのおどろおどろしい姿に、ホラーが苦手なことで知られている香織の表情から、サァ~と血の気が引けていく。

そんな香織と、ついでに傍でガクブルしている谷口の様子を見たからか、ゾンビたちはいっせいに2人の方を向き、

 

「ア゛ァア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」

 

絶叫をまき散らしながら突進してきた。先ほどまでの緩慢な動きが嘘だったかのような、一流スプリンターのような猛ダッシュだ。

ゾンビが襲い掛かってくるという描写は、映画や作り物であれ、大なり小なり人の恐怖をあおらせる。

なので、

 

「い、いやぁあああああっ!!」

 

あっさり香織が絶叫した。共に凶暴性が増し、突き出した両手の先から分解砲撃が放たれた。

銀色の閃光は通路全体を埋め尽くし、閃光が消えるころには、進路上にいたゾンビはすべてチリとなった。退路だけ確保されてもな。

まぁ、それよりだ

 

「遠藤がいなかったのは、ある意味幸いだったな」

「だな。王都に戻ったら、あいつに何があっても香織の後ろには立つなよって忠告するわ」

「・・・そうね。あと、地球に戻ってもお化け屋敷の類には絶対に入らないようにするわ」

 

八重樫の言う通りだろう。脅かす側だって、命の危険にさらされたくないはずだ。

 

「ふぇえええっ、雫ちゃぁん!怖かったよぉ!!」

 

いや、お前の方がよっぽど怖ぇよ。俺に限らず。

まぁ、とはいえだ。後ろの大群をごっそり持って行けたのは大きい。

 

「まぁ、なんだ。なんにせよ、よくやった香織。これで、後ろを心配する必要が・・・」

 

ハジメのねぎらいの言葉が途中で止まり、その視線が香織の足下に向いた。

香織もそれに合わせて、視線を下に向けると、ゾンビが氷の中を進んでいた。

思わず笑顔で固まった香織だが、次の瞬間に、足をガッ!と掴まれた。

 

「・・・あふ」

 

これに香織は、キャパオーバーしたのか気絶した。ついさっき銀色の恐怖をまき散らしたくせして、自分が恐怖に負けてやがる。

 

「香織ぃ!眠っちゃダメ!寝たら死ぬわよ!」

 

八重樫が雪山遭難で定番の台詞をちょっと違う意味で使い、黒鉄でゾンビの腕を切断してから、流れるような動きで香織の頬にビンタをかました。

 

「ハッ!?私は何を・・・」

 

香織は一発で目が覚めたが、ゾンビの手が足を掴んだままなのを見て再び意識を落とし、

 

「・・・ふんっ」

 

ユエから思い切りのいいビンタがさく裂した。八重樫の時よりも音が響いた。

これに香織も頬を赤くしながら正気を取り戻した。

 

「とりあえず、八重樫は香織の側にいてやってくれ。2人で後ろを頼む。谷口は周囲の壁と地面にも結界だ。あとは正面!」

 

俺は手っ取り早く指示を出し、即座にマスケット銃と魔法陣を展開して正面のゾンビに攻撃を仕掛けた。他の面々も、それぞれの攻撃手段でゾンビを消し飛ばす。

だが、少し違和感を覚える。

 

「なんつーか、やけに脆いな」

 

適当な攻撃でも当たるくらいに押しかけてくるが、1発の攻撃で破壊されるのは、さすがに脆すぎる気がする。これは、思い出したくないがハルツィナ樹海の時に似ている。

 

「もしかすると、数の暴力ということなのかもしれないな」

「だろうな。見ろ、再生しているぞ」

 

イズモの言う通り、片っ端からゾンビを破壊しても、すぐに元通りになっていく。それは、香織の分解砲撃であっても同じで、赤い塵のようなものがもぞもぞ集まって肉塊らしきものが出来上がっていく。

その光景にいよいよ香織のsan値が削れていき、ハイライトが消えた目と片言の呟きのセットとともに分解砲撃を放つようになっていた。

さすがにキリがないと感じたのか、ティアが俺に尋ねかけてくる。

 

「ねぇ、ツルギ。魔石は見当たらないの?」

「ないなぁ。赤い魔力を纏っているだけだ」

「えぇ~、それって、まさかメルジーネのときと同じってことですか!?」

 

俺の言葉に、シアが嫌そうな声を挙げる。

シアが言っているのは、メルジーネの最初と最後に会った“悪食”のことを言っているんだろう。

だが、シアの考えは的外れだ。

 

「それは違うぞ、シア」

「どういうことですか?」

「俺の見た感じ、あれは死体が動いてるっていうよりは、氷が動いているっていう方が近い。つまり、あれを動かしている大本がいるはずだ」

 

さすがに、あのような規格外の化け物がうじゃうじゃいるとは思っていない。だとすれば、他に思い当たるのはミレディの時のゴーレムくらいだ。あれも、斬ったり砕いた程度ではすぐに元通りになったから、あながち間違いでもないだろう。

 

「ハジメ、羅針盤で探してくれ」

「すでにやっている・・・遠いな。おそらく、ツルギの言う通りだろうな」

「だったら、そこに向かおう。このままじゃキリがない」

「そうです、ねっ!」

 

俺の言葉に頷きながら、シアが気合一拍、押し寄せてきたゾンビをまとめて吹き飛ばした。

 

「先頭は俺とハジメが行く。全員、遅れるなよ!」

 

俺とハジメはシアが吹き飛ばした包囲の穴に飛び込み、ハジメはミサイル&ロケットランチャー“オルカン”で、俺は空間破壊を付与した銃弾を装填したマスケット銃の乱れ撃ちでさらにゾンビを吹き飛ばすことで、奥の通路へとつながる道ができた。

 

「行くぞ!」

 

俺の号令に伴って、一気に前に出た。

たしかにゾンビの物量は侮れず、火魔法と水魔法を満足に使えない状況だが、その程度で攻撃手段を失うわけではない。それぞれの攻撃手段でゾンビを吹き飛ばしていく。

とはいえ、それでもゾンビの群れだ。ホラー映画のような恐怖感はもちろんでてくる。特に、香織と谷口が顕著だった。

 

「ひぃっ、天井からにゅるんてでてきたぁ!?カオリン、早く分解してぇ!」

「ブンカイブンカイっ!!って、いやぁ!腕だけ投げてきた!?しかも腕だけ動いてるぅ!カサカサ這い寄ってくるぅ!」

「・・・ばかおり、うるさい」

「ユエにはわからないんだよっ!ユエって吸血鬼だもんね!どっちかって言うとホラーサイドだもんね!ゾンビの仲間だもんね!」

「・・・香織、表に出ろ。そんなに言うなら、吸血鬼の恐怖ってやつを教えてあげる」

「あぁ、もう!ユエも香織も今はケンカしてる場合じゃないでしょ!ほら、手を動かして!撃退して!あぁ、鈴!結界が崩れかけているわよ!しっかりして、泣き言言わない!」

「ユエさん!香織さんと遊んでないでカバーしてくださいよ!いつまで私にモグラたたきさせるんですか・・・あぁ、もう!うっとうしい!ぶっ潰れろや、です!!」

 

・・・女3人寄れば姦しいなんて言うが、ゾンビパニック中に5人も集まればなおさらだな。

一応、それなりの危機のはずなんだが、物量と再生力と見た目以外は特に問題ないから、お化け屋敷にやってきた女子高生集団みたいに見えなくもない。

 

「若い女の子は元気だなぁ・・・」

「ちょっと、ツルギ。なにおじいちゃんみたいなこと言ってるのよ」

「それを言ったら、ツルギも同い年だろう」

「いやぁ、そうなんだけどさぁ、俺はもうあそこまではしゃげないんだよなぁ」

 

べつに、遊園地を楽しめないとまでは言わないが、あそこまできゃっきゃできないのは確かだ。俺ももう、精神的に年なのかなぁ・・・。

ちらっと周囲を見れば、ハジメは「ユエは永遠の17歳」って尻に敷かれてるし、存在が薄くなっている天之河と坂上が自分の存在意義に疑問を抱いているし。

・・・最後の大迷宮攻略の始めがこんなに緩くて、大丈夫なのかなぁ。




「思い出したが、ツルギも日本だと冬でも薄着が多かったな」
「体動かしてるときはな。それに薄着って言っても長袖だし、さすがにこっちと日本の冬を同じにしたらだめだろ」
「それもそうだな」
「・・・まぁ、俺の知ってる漢女はビキニでもへっちゃらだったが」
「やめろぉ!俺にその化け物の話をするんじゃない!」
「あぁ!ハジメさんが頭を抱えてのたうち回ってます!」
「・・・ツルギの世界って、大丈夫なの?」
「大丈夫、なはずなんだがなぁ。少なくとも、俺たちのまわりは普通じゃないなぁ」

化け物は案外どこにでもいる。


~~~~~~~~~~~


ゾンビと言えば、バイオハザードのゾンビってどうしてゲームは鈍間なのが多いのに、映画になると元気いっぱいになるんでしょうね。
まぁ、ゲームの方もそこそこ元気なゾンビはいますけど。
ちなみに、自分は遊園地のお化け屋敷って行ったことがないんですよね。
ショッピングモールのイベントのちっさいやつを1回やったくらいで。
しいて言うなら、子供の時にディズニーシーの塔のやつを途中でリタイアしたこともありますが。


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前座を片づける

若干精神的な疲れと老いを自覚しながら、走り続けること数分、ようやく開けた空間にでた。

広さは東京ドームほどあり、吹雪は入り口のところで逆流して入ってこない。

それに、

 

「見つけた。あれか」

 

部屋の奥の氷壁の中に、魔石を見つけた。おそらく、あれこそがあのゾンビを動かしていた大本だ。

その魔石はかなり奥深くに埋まっており、簡単には破壊できないだろう。

だが、俺たちには関係ない。

 

「ハジメ、奥の魔石を狙って撃ちぬけるか?」

「ちょいと遠いが・・・やってやるさ」

 

そう言って、ハジメは宝物庫から対物ライフル“シュラーゲン”を取り出した。昇華魔法によってさらに強化されたシュラーゲンは、いつぞやのミレディのアザンチウム装甲すら貫ける確信があるという逸品だ。であれば、分厚いだけの氷なら問題ない。

 

「ぶち抜いてやる」

 

シュラーゲンを構えたハジメは、獰猛な笑みを浮かべながら引き金を引こうとした。

だが、

 

「ちっ、ハジメ!新手だ!」

「あ?」

 

視線を上にあげれば、そこには翼を広げた大鷲が強襲を仕掛けていた。

それも、ただの大鷲ではなく、全身が純度の高い氷でできていた。それが、天井の氷壁から次々と生み出され、豪雨のように降ってくる。

いち早く気づいた俺と、誰よりも早く対応したハジメで、降り注ぐ大鷲を迎撃した。俺は空間破砕を付与したマスケット銃で、ハジメは昇華された衝撃変換を付与したシュラークで迎え撃つ。今のハジメが撃っている弾丸には昇華された衝撃変換が付与されており、最大3回まで着弾するたびに衝撃をまき散らす。

片手間で大鷲を片づけ、ハジメは再度シュラーゲンを構えて、今度こそ引き金を引いた。

放たれた弾丸は、狙いたがわずに標的の魔石に迫り・・・

 

「ちっ、かわしやがった」

 

突然、魔石が動いてハジメの一撃を躱した。ただ魔石が埋め込まれているだけなら、あぁはならない。

 

「やっぱ、ツルギが言ってた通りだったってことか」

「あぁ、思った通り、氷を自在に操ることができるバチュラムといったところだな。だとしたら、気を付けろよ。周囲の氷すべてがあいつの攻撃手段だ!」

 

俺が警告すると同時に、それを証明するかのように周囲から魔物が生み出された。

現れたのは、体長2mほどの2足歩行の狼の群れだ。大鷲もどんどん生み出され、入り口からはゾンビまでやってきた。当然のように、先ほど俺とハジメで破壊した大鷲も再生されている。

つまりここは、尽きることのない敵との戦闘を強いられる闘技場といったところか。

さらに、魔石のあったところから氷がせり出してきて、1秒ごとに周囲の氷を取り込んでそのサイズを大きくしていく。

 

「クワァアアアアアアアアアアアアアアアン!!」

 

そして、形成途中のまま口を開け、物理的な衝撃を伴った咆哮を放ってきた。

 

「・・・“絶界”」

 

放たれた衝撃は、ユエが咄嗟に展開した空間遮断による結界で難なく防ぐが、それでも着弾とともに激しく揺さぶられ、その威力の高さを物語っている。

そうしている間にも体は形成されていき、最終的には20mほどの体躯に背中から氷柱の剣山を生やした巨大な亀が出てきた。だが、普通のカメと違って足は3対6本あり、フリードが使役していた魔物と酷似していた。おそらく、フリードのあの魔物はこいつをモチーフに作られたんだろう。

 

「なるほど、あの装甲を貫いて魔石を破壊するか、魔物の大群に押しつぶされるか、ってところか」

「あぁ、そういう試練らしいな」

 

俺が冷静に分析している中、ハジメは野獣のような眼光を叩き返し、さらに極大のプレッシャーまで放ち始めた。すでに殺る気スイッチがオンになっているようだ。

まぁ、ここでハジメに1人無双させればさっさと終わるだろうが、今回は趣向を変えてみることにしよう。

 

「お前ら、雑魚は俺たちでやっとくから行って来い」

「え?」

 

俺の出した指示に、天之河は間の抜けた表情と声で返した。

 

「だから、お前らであの亀野郎を仕留めてこいってことだ。せっかくのボス級だ。お前は、自分の実力を証明するためにここに来たんだろ?」

「っ。あ、あぁ、その通りだ!」

「だったら、さっさと片付けてこい。あんまりにも腑抜けているようだったら、俺とハジメでさくっと片付けるからな」

「大丈夫だ、俺だってやれる!絶対に倒して見せる!龍太郎、雫、鈴!行くぞ!」

「おうっ、ぶっ飛ばしてやろうぜ!」

「援護するわ。背中の氷柱に気を付けて。きっと、何かあると思うから」

「防御は任せて!全部、防いでみせるよ!」

 

俺はあえて挑発的に天之河に発破をかけ、上手く口車に乗せた。

案の定、天之河はやる気を燃やし、八重樫たちも気を取り直した。

そこに香織から分解砲撃が放たれ、亀までの直線ルートが形成された。

 

「行って!皆、無茶はしないでね!」

「香織、助かる!」

 

香織によって作られた最短ルートを、天之河たちは駆け抜けていった。

 

「さて、と。んじゃ、俺たちは俺たちでやること済ませるか」

 

仮にあいつらで倒せなくても、死なせはしないし俺とハジメでどうにでもなる。

亀の方は主に俺たちの方に殺意を向けているが、天之河たちにやらせると言った以上、俺が手を出すべきではないだろう。

まずは、目の前の軍勢をどう片付けるかを考える。

 

「そうだな・・・これでやってみるか。“魔剣・炎羅”」

 

俺は詠唱を唱え、両手と空中に大量の直剣を生成した。

“魔剣”。以前までの俺は剣を生成して空中で操作する場合、最大10本が限界で、“複合魔法”も使えなかった。だが、昇華魔法を習得した今なら最大30本まで自在に操ることができ、そのすべてに魔法を付与させることができる。

今回は、すべてに火の最上級魔法である“蒼天”を複合させた。そのため、刀身がヒートブレードのように青白く発行している。もちろん、ユエのようにすべての属性を同時に扱うこともできるが、今回はそこまでする必要がない。土魔法に関しては、相手が氷なんだから意味がない。

 

「ふっ!」

 

呼吸を整え、俺は上空の大鷲に向かって飛び上がった。飛翔する大鷲を足場にし、着地した瞬間に足、首、翼を斬り落とす。落ちる前にすぐさま飛び上がり、また別の大鷲を足場にする。時折、大鷲が急旋回して俺の足をはみ外そうとするが、その時は周囲の魔剣を引き戻し、柄を足場にして飛び上がる。

空中に飛ばしている剣も、爪のように3本並べて敵を切り裂き、あるいは突き刺し、貫通させて敵を溶かす。

 

「雫っ」

 

そこに、坂上の焦ったような声が聞こえた。視線を八重樫らしき気配のする方へと向けると、そこには空中で攻撃後の体勢の八重樫に、大鷲が3体強襲しているところだった。八重樫も無理やり迎撃態勢にはいっているから1体は倒せるだろうが、残り2体は倒しきれないだろう。その場合、重症は免れない。

だから、

 

「“炎柱”」

 

空中に展開している剣の3本を大鷲に向け、炎の収束砲撃を放った。間に何体も大鷲が飛んでいたが、それらもすべてまとめて貫通し、八重樫を襲おうとしていた大鷲を蒸発させた。銃を生成して撃ちぬいてもよかったが、そっちだと少なからず衝撃が発生してしまうから、あえて魔法のごり押しで蒸発させておいた。

八重樫から驚愕と感謝の視線が俺に向けられるが、あえて気づかないふりをして他に視線を向けた。

坂上の方は、相変わらず脳筋の塊のように突撃しているが、谷口がいフォローを入れているし、坂上自身も障壁の機能を使って直撃を免れている。

天之河の方は、聖剣を上段に掲げて魔力を溜めていた。あの構えは、“神威”だ。大火力の一撃で終わらせるつもりなのだろう。

普通ならその溜めの隙を狙われるが、八重樫と坂上が亀の注意をひきつけているし、谷口のフォローもある。時折谷口でも対応できない場面があったが、その時は俺やユエが的確に援護を入れる。

そして、

 

「雫!龍太郎!下がれ!」

 

とうとう天之河のチャージが終わり、八重樫と坂上が亀から離れた。

 

「行くぞ、化け物!・・・“神威”!!」

 

天之河から螺旋状に魔力があふれ、最後の詠唱とともに聖剣の剣先から純白の光が放たれた。

純白の砲撃は、亀の背中に直撃した。

 

「クワァアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!」

 

亀も前面を円錐状にして威力を分散させることで必死に抵抗しているが、もともと高い威力を持つ“神威”に、ハジメがさらに聖剣に施した改造によってさらに向上したことから、その抵抗も焼け石に水といったところだ。

とはいえ、あの亀の再生力もかなりのもので、それを最後の砦として耐えていた。

 

「このまま消えてくれぇ!!俺は、俺にはっ!力が必要なんだぁああああ!!!」

 

しぶとく耐える亀に、天之河が必死の形相で雄叫びを上げる。

だが、目を見ずとも、その声音でヘドロのような感情が溜まっているのがわかる。谷口も、天之河の表情を見て怯えたような表情をしているが、天之河はそれに気づく様子もない。

あの雄叫びは、まさしく()()()()()()を否定するかのような、そんな必死さが込められている。それを天之河がどれだけ自覚しているかはわからないが。

だが、その拮抗も終わりが見えた。

 

ピシッ。

 

何かがひび割れる音が聞こえたかと思ったら、あの亀全体に無数の亀裂がはしっていき、

 

ドパァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

すさまじい轟音とともに、天之河の“神威”は亀の身体を貫き、地面と背後の壁ごと砕かれ、ただの残骸となって崩壊した。

力を出し切った天之河は、ぐらりと体を傾けさせ、谷口が慌てて支えた。

だが、今回はあの亀、というか魔石が一枚上手だ。

 

ボバッ!

 

亀の残骸の中から、爆発したかのような勢いで大鷲が飛び上がってきた。その爪には、魔石が握られている。

あの亀は、天之河の“神威”を防げないと悟るや、あの大鷲の足下に魔石を移動させていたのだ。実に、大迷宮の魔物らしいしぶとさと狡猾さと言えるだろう。

まぁ、俺自身、あれだけで仕留めきれるとは思っていない。防御であれだけ時間を稼いだのだから、何かしらの策を弄するだろうとは思っていた。

そして、それは俺だけではない。

 

「刻め、“爪閃”!」

 

大鷲が氷壁に飛び込む直前に八重樫が真横に躍り出て、魔石を取り込んで変形し始めた大鷲を“風爪”を付与した抜刀で切り刻む。

 

「砕け、“衝波”!」

 

続いて、抜刀の勢いのまま回転し、鞘に付与した“衝撃変換”で魔石をたたきつける。その一撃で魔石にひびが入り、

 

「疾ッ!」

 

ダメ押しの回し蹴りによって、完全に破壊した。

魔石を破壊したことで、部屋全体にはびこっていたゾンビや大鷲たちはただの氷塊となって崩れ落ちていった。同時に俺の足場もなくなり、風魔法で体勢を整えつつ着地する・・・

 

「ツルギ!」

 

つもりだったのだが、俺の下に来たティアがお姫様抱っこの要領で俺をキャッチした。

 

「・・・さすがに恥ずいんだが。ていうか、これくらいなら大丈夫だって知ってるだろ?」

「えへへ、一度やってみたかったの」

 

普通、男がするもんだと思うけどなぁ。

 

「それで、ツルギは大丈夫なの?」

「あぁ、基本的に跳びまわってばっかだったからな。特に危ない場面もなかったし」

 

少なくとも、勇者パーティーの様子を見るくらいには。ついでに、どこぞの兵長みたいなスタイリッシュアクションを体験できて、個人的にも満足だ。

・・・まぁ、満足できてない奴もいるけど。

ちらっと勇者パーティーの方を見た。そこでは協力してあの亀を倒せたことを喜んでいるが、天之河だけがどこかやりきれない表情になっている。大方、自分一人で倒せなかったことが悔しいのだろう。だからといって、俺から何かを言うわけでもないが。

 

「お~い、余韻に浸るのはいいが、そろそろ出発するぞぉ!」

 

余韻に浸るのもそこそこに、ハジメがあの魔石を砕いた事で現れたアーチ状の入り口に視線を向ける。

ちなみに、広場には1000体以上の魔物の残骸が転がっており、それを相手していたハジメたちは実に涼し気な表情だ。

八重樫たちも、俺たちの近くに駆け寄ってきた。

 

「お疲れさん。それなりに苦戦したようだが、問題なく大迷宮の魔物を倒せたな」

「あぁ、これくらいやれるなら十分だろう」

 

俺の労いの言葉にハジメが追随すると、天之河たちが珍獣を見るような目をハジメに向けた。

それにハジメが目をすがめるが、何かを言う前に八重樫が話し始めた。

 

「えぇ、どうにかね・・・それと、峯坂君、ありがとう」

「ん?なんのことだ?」

「あのとき、援護してくれてたでしょう?あれのおかげで助かったわ」

「あぁ、あれな。あれくらいなら気にすんな。基本的にお前たちにやらせるつもりだったが、必要なら援護くらいするからな」

「というより、ここだと火の魔法は使えないんじゃないの?」

「限界まで圧縮してのごり押しと、柄にエアゾーンの効果を付与させた状態で発動してみたんだが・・・正直、他の魔法使った方がいいな、これは」

 

効果範囲をできる限り狭め、柄のエアゾーンで外の寒波の影響を受けないようにしてみたのだが、思った以上に効率が悪かった。刀身に維持するだけなら“高速魔力回復”込みで実用範囲内だったが、“炎柱”を発動したときはかなりの魔力が削られてしまった。早い段階でこの方法が使えるか確かめておきたかったが・・・やはり、この迷宮で火魔法を使うのは控えた方がいいようだ。

 

「それより、峯坂。俺たちに倒させてもよかったのか?」

 

そこに、俺と八重樫の会話に不快感を感じたのか、天之河が横から割って入ってきた

 

「それは、大迷宮に攻略を認められなくなるんじゃないかってことか?」

「あぁ」

「その点は大丈夫だろう。迷宮のコンセプト的にな」

「それは、どういう・・・」

「単純に物量と強力な魔物で押しつぶすだけなら、オルクス大迷宮でも経験できる。今まででも試練の内容が被ったことがないことを考えれば、本番はこれからだろう」

「あぁ、俺もツルギと同意見だ。おそらく、ここではふるいにかけただけなんじゃないか?おそらく、大迷宮に挑むだけの最低限の力があるかを試したんだろう。それほど重要視されていないはずだ」

「一応、私たちも3桁以上は倒しましたしね」

「1000体近い魔物を倒したんだから、不合格ってことはないと思うよ」

「・・・ん、問題ない」

 

俺の推測にハジメも同意し、シア、香織、ユエも倒した魔物の数から問題ないと断言する。

これに天之河は、納得顔を見せながらも、瞳の奥に一瞬、どす黒いものを宿した。天之河はそれを自覚する前に押し殺したが、明らかに無理をしていることはわかる人間はわかる。八重樫もそれにうっすら気づいたようで、声をかけようか迷っていた。

だが、その前に出発した。

この大迷宮、試練以前の問題でやっかいになりそうだが、その時はその時に考えよう。もちろん、無いに越したことはないが。




今回は小話は無しで。
投稿が少し遅くなってしまって申し訳ありません。
最近、新学期やらサークルのイベントの準備やらでバタバタしてたので。

今回の台風は直撃コースでしたが、自分のところは事前情報よりは被害は少なかったですね。
まぁ、隣の市になれば悲惨なことになっていますが。
なんやかんや言って、でかい台風にぶち当たっても自分のところの被害が少なくんでるのアは、いいことですね。

アニメ2期制作決定に驚きを禁じ得ない自分です。
1期の時点であれだったのに、どうしてやろうと思ったのか・・・。
とりあえず、帝国編はやらなさそうですね、皇帝はちょろっと出たものの、フェアベルゲンは皆無だったので。


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お仕置きはどうする?

通路を抜けた先で待ち構えていたのは、巨大な迷路だった。

通路を抜けると、そこはテラスのようになっていて、そこから迷路全体を見渡すことができた。全体的に例の雪煙で覆われていたが、俺が“天眼”でよく見て確認したところ、おそらく4㎞四方で囲まれている。尋常ではないスケールだ。

 

「めんどくせぇな・・・これだと、記憶するのに時間がかかりそうだ」

「いや、羅針盤があるからその必要はねぇだろ」

「あ、それもそうか」

 

つい最短経路を記憶しようと集中しようとしたが、ハジメからツッコミが入って我に返る。

たしかに、羅針盤が最短経路を示すんだから、わざわざ俺が記憶する必要もなかった。

 

「ていうか、できるのか?」

「時間をかければ、たぶん。まぁ、このスケールだ。さすがに途中で忘れる可能性も否定できんが」

「むしろ、ゴールまで覚えていたら、マジもんのバケモノだろ」

「お前が言うか」

 

化け物度合いで言えば、ハジメの方がよっぽど化け物だ。いろんな意味で。

 

「っつーか、リヒトとフリードはマジでどうやって攻略したんだ?あの2人は羅針盤なんて持ってないはずだし」

「たしかにな。あの2人、なんだかんだで根性あるな」

 

いったい、どれだけの時間さまよったんだか。

すると、ユエとシアが殺意を漏らしながら、

 

「・・・ハジメ、あんなの褒めちゃダメ。醜男が移る」

「そうですよ、ハジメさん。どうせ部下とかに人海戦術で探索させたんですよ。まったく嫌らしい野郎です」

「・・・あいつ、どんだけお前らのヘイト稼いでいるんだよ。逆にすげぇよ」

 

基本的に他人には無頓着なハジメメンバーだが、ここまで執着をみせるというのは、けっこう珍しい。真面目に殺すためなら地獄の果てまで追いかけていきそうだ。

そう思っていたら、ティアが遠慮がちに言ってきた。

 

「えっと、迷宮攻略はフリードおじさんとお父さんの2人で行ったわよ?」

「・・・本当?」

「え?そうなんですか?」

 

完全にフリード=名状しがたい憎悪の対象となっているユエとシアが、意外そうに返す。

 

「えぇ。そのときは、2人ともまだ冒険者だったし、国を挙げて攻略に行くようになったのは、お父さんたちが攻略してからだから」

 

考えてみれば、入れば生きて帰ってきた者がいないと言われる洞窟に、むやみに兵士を送ったりしないだろう。攻略情報と神代魔法という飛び切りの攻略報酬があるからこそ、攻略に乗り出すようになったわけだし。

だが、話しているときのティアは悲しそうに目を伏せている。おそらく、同族の未来のために必死になっていたころの姿を思い出しているのだろう。

それを察した俺は、ティアの頭を強めに撫でる。

 

「んぅ~、なにするのよ、ツルギ」

「リヒトのことは、今はひとまず放っておけ。今は迷宮攻略だろ?」

「それはわかってるわよ」

「なら、それでいい。それに、生きていればどうにでもなる。必要なら、エヒトとやらをぶっ飛ばしてから、時間をかけていけばいい。生きてりゃ、案外どうにでもなるもんだ」

 

俺もそうだし、ハジメもそうだし。死んでいてもおかしくなかったのに、今は好きな人との幸せを築けている。もちろん、過去に戻ることはできない。だからこそ、前に進むしかないのだ。

そんな俺の励ましに、ティアの表情は幾分和らぎ、

 

「・・・えぇ、そうね。ありがとう、ツルギ」

 

そう言って、俺の方にもたれかかってきた。迷路に続く階段を下りている最中で少し歩きにくいが、これくらいは我慢しよう。イズモも、俺たちを微笑ましく見ている。

 

「すげぇな。よくあんな恥ずかしいことを平然と言えるな」

「・・・ハジメも似たようなものだけど、ツルギもすごい」

「ですねぇ。あれだから、無自覚誑しなところがあるんでしょうか」

「そうだね。日本でも、けっこうファンがいたから」

「ふむ。じゃがやはり、妾は罵ってもらう方が・・・」

 

・・・後ろから隠す気のないひそひそ話が聞こえるが、それも我慢する。ていうか、シア。俺のどこが誑しなんだよ。訴えるぞ。あと、ティオ。そういうのはハジメだけにやってもらえ。俺は変態の相手はできるだけしたくないんだよ。

ついでに、八重樫からも強烈な視線が注がれているが、頑張って無視する。これはイチャイチャじゃなくて励ましなんだから、大目に見てもらってもいいと思うんだ。

 

「にしても、この迷路を進むってのはうざってぇな・・・」

 

そこに、空気を読んでいるのかいないのかわからない坂上が心底めんどくさそうにぼやいた。

まぁ、この脳筋がパズルとか迷路の類をまじめに取り組んでいるところなんて想像できないが。

迷路へ続く階段を下りるごとに、坂上の苛立ちが目に見えるレベルになっているが、一番下までたどり着くと、坂上がさも名案を思い付いたかのように声をあげた。

 

「いいこと思いついたぜ。迷路の上、何もないだろ?だったら、そこを跳んでいきゃあいいじゃねぇか!」

 

脳筋の口から出たのは、完全に迷案だったが。

内心で呆れ果てながらも止めようとしたが、“思い立ったが吉日”を地で行く脳筋はさっさく“空力”を使って飛び上がった。

 

「龍太郎!?」

「ば、馬鹿っ!戻って来なさい!」

「りゅ、龍太郎くん!」

 

そんな坂上を、天之河、八重樫、谷口が制止しようとするが、素早く行動に移った坂上を捕まえることはできず、そのまま先に進んでしまった。

 

「さて、どうなるか・・・」

「せっかくだし、このまま坂上で検証してみるか」

 

とはいえ、俺とハジメはいたって冷静だったが。

そんな俺とハジメを、天之河は批難の目で睨むが、俺が逆に諭す。

 

「言ってわからないバカなら、実際に痛い目に合わせるしかないだろ。んな心配しなくとも、死なせはしねぇよ」

「だがな・・・」

 

もちろん、俺たちも最低限の配慮はするが、だからといって愚行を強行するバカをあえて諫めはしない。せいぜい、痛い目をみてもらおう。

谷口も障壁を張って行く手を阻もうとするが、すでに遅い。

 

「ぬわっ!」

 

案の定、境界線を越えたところで、周囲の空間が大きく撓み、悲鳴を残しながら坂上が消えた。

 

「龍太郎っ!?」

「ああ、もうっ!あの馬鹿っ!」

「ふぇ!?どうしよう!峯坂くん、龍太郎くんがっ!」

 

坂上が消えたことに天之河たちが慌てるが、俺は“魔眼”を通して坂上の周囲を観察していた。だから、居場所もすぐに特定できる。

 

「あそこだな」

 

俺が視線を向けると、そこには天井から六角形の氷柱がせり出ており、その中に坂上がたわんだ空間から現れた。

 

「氷の中にごつい脳筋男とか、誰得なんだよ」

「そういうのは普通、美女がテンプレだよな」

「そんなこと言ってる場合か!」

 

正論ではあるな、それ。

今の坂上の状況は、見ての通り氷の中に閉じ込められている状態だ。必死に“金剛”で脱出を試みているが、上手くいっていない。

そんな窒息で死にそうになっているところに、天井からさらに鋭い氷柱が無数に生えてきて、ゆっくりと降下し始めた。

谷口が顔を青くしながらも障壁を展開しようとするが、そもそも距離が500mあることもり、上手く展開できないでいる。刃結界の遠隔操作で斬り落とすにしても、少し遠い距離だ。

 

「う~ん、放っておいても窒息で死にそうなもんだが・・・何で、氷柱で追撃する必要があるんだ?」

「たぶん、冷静に判断できるかどうかを試してるんじゃないか?」

「・・・あるいは、ズルした人へのお仕置き?ほれほれ、怖いだろ~、みたいな」

「でも、頑張れば防げそうよね」

「冷静に分析してないで手を貸してくれないかしら!?」

 

のんきに分析していたら、八重樫から半泣きで懇願された。さすがに泣かせるつもりはなかったんだけどな。

すると、そこに香織が近づいて、

 

「大丈夫だよ、雫ちゃん!」

「香織?」

 

自信満々な香織に、八重樫の視線が香織と坂上を高速で行ったり来たりしている。

そんな八重樫に、香織は可愛らしく胸の前で両手を握り、

 

「死にたてホヤホヤなら生き返らせられるよ!私みたいにね!」

「そういう問題じゃないでしょう!?」

 

ある意味たくましくなった香織に、八重樫が遠い目になる。大方、日本にいたころの純粋な香織を思い出しているのだろう。

実際、死後数分くらいなら普通に蘇生することは可能だ。

だが、それにかかる日数も魔力もバカにならないから、できるだけとりたくない方法でもある。こんなところで、無駄に時間と魔力を浪費したくない。

ということで、ユエの“界穿”を通して香織の銀羽を移動させ、氷柱を分解して救出してもらうことにした。それを感知したのか氷柱が勢いよく射出されたが、それで香織が同時に展開した分解障壁を突破できるわけもない。

すると、ハジメがあくどい笑みを浮かべ。

 

「香織。氷柱を溶かすついでに、あのバカの股間を分解してやれよ」

「南雲っ。お前、なんて恐ろしいことを!」

 

天之河が香織よりも先に反応し、即座に自分の股間をガードした。八重樫と谷口もギョッとしている。

俺としては、スマッシュ自体はすでに慣れてしまっているから、どうとも思わない。ユエとハジメがしょっちゅうしてたし。

そして、そんな提案を受けた香織は、

 

「こ、股間って・・・そ、そんなのするわけないでしょ!ハジメくんのエッチ!」

 

なぜか戦慄ではなく羞恥を感じていた。反応するところ、ちょっと違くないですかね。

すると、ユエが冷ややかな視線を香織に向け、

 

「・・・股間を分解することのどこがエッチか。香織、股間に反応しすぎ。このムッツリめっ」

「ち、違うよ、ユエ!分解するには銀羽で股間に触れなきゃいけないんだよ?それって私に、間接的にでも龍太郎くんの股間に触れと言ってるのと同じじゃない!エッチでしょ!」

「・・・何を言っても、股間に過剰反応して顔を赤くしていることに変わりはない。ド変態めっ」

「ユエは私を変態にしたいだけでしょ!わ、私、股間に興味なんてないもん!」

「・・・ほぅ。ハジメの股間も?」

「!? そ、それは、何て言うか・・・その、ちょ、ちょっとは、その・・・」

「・・・ん。やはり股間に異常な興味を示す変態。このグランド股間マスターめっ」

「酷い!その呼び名はいくら何でも、酷すぎるよ!ハジメくん!私、本当に股間に過剰な興味を持っているわけじゃないからね!ホントだよ!信じて!」

「あ~、うん。わかったから、話を振った俺も悪かったから。2人とも、まず股間を連呼するのを止めてくれ。見ろ、お前の幼馴染たちが凄いいたたまれない感じになっているだろうが」

 

谷口は顔真っ赤だし、八重樫にいたっては我が子の成長を見守る母親のような慈しみの表情だしな。なんというオカン力。

 

「みんな、聞いて!私、そんな・・・」

 

香織が誤解を解かんと視線を坂上から逸らしたが、それがいけなかった。

 

「ぎゃぁあああああああっ!!いてぇえええええ!!」

 

上から龍太郎の悲鳴が聞こえて何かと思ったら、香織の銀羽が勢い余って坂上まで分解しそうになっていた。その原因はもちろん、現在進行形で分解している香織だ。

 

「え?あっ!りゅ、龍太郎くん、ごめんなさぁーーい!!」

 

香織が慌てて銀羽の繭を解き、坂上を救出した。

中からは、案の定ぼろぼろになって白目を剥いている坂上が現れた。

そして、とても大変な格好をしていた。いや、股間がさらされていることから、とても変態な格好と言い換えてもいいか。谷口が落ちてきた坂上を“光輪”で受け止めるのをためらうくらいには。

そんなありさまの坂上から、俺たちはスッと視線を逸らした。そりゃあ、誰が好き好んでむき出しになった野郎の股間を見たがると言うのか。

一応、責任感を感じているのか香織が治癒しようとするが、目は閉じながら思い切り逸らされ、なるべく遠くから手を伸ばして回復魔法をかけていた。

 

「・・・香織、酷い子。自分でボロボロにしておいて」

「ユエが意地悪するからでしょ!」

「・・・ん。責任転嫁も甚だしい。さぁ、香織!ちゃんと責任とって。患者さんと向き合って!さぁ、早く!」

「や、やだよ!何か見えたもん!ハジメくん以外は嫌だもん!」

「・・・治癒師の風上にも置けない。さぁ、見て。ちゃんと見て治癒してあげて!その目にハジメ以外のを焼き付けて!」

「やぁあああ!止めてよぉ!ユエのばかぁ!押さないでぇ!ああっ!?これは重力魔法!?やめてぇ、無理やり目を開けさせないでぇ!」

 

実に楽しそうな笑みを浮かべながら、ユエが香織を坂上の方に押しやり、さりげなく重力魔法のピンポイントかつ絶妙な力加減で目を開かせようとするという絶技を見せている。完全に無駄な技術だが。

ハジメは、香織をいじめているときの子供のようなユエの表情にほっこりしている。

なんやかんや言って、ユエと香織って仲がいいんだよな。喧嘩するほど仲がいいって言うけど、まさにそんな感じ。ある意味、それぞれの親友であると自他共に認めているシアと八重樫よりも友達らしいと言える。

まぁ、それはともかく、これで坂上には十分罰になっただろう。

この後、目が覚めた坂上に股間丸出しで白目剥いて気絶していたことを伝え、がっつりへこんでいたから、今後は行動を自重してくれるはずだ。

あの強制転移を防ぐことは難しいが、そもそもレギュレーションに反しなければ発動しないから、その辺りを気をつければいいだろう。




「そう言えば、こういう迷路って日本にもあるよな」
「あぁ、たしかにそうだな」
「へぇ、そうなんですか」
「・・・ん?もしかして、迷路を無視して突き進んだり・・・」
「しないからな」
「ですよね!そんなことをしても何も面白くない・・・」
「ごくまれに、花畑の迷路で花を斬り倒して進むやつはいるけどな」
「結局いるんですか!?」
「マジかよ、それ」
「本当に稀だが、そのことで通報されたことがあるって聞いた事がある」
「それって、まさかハジメかツルギだったり・・・」
「んなわけあるかい」

日本にハジメと同じ思考を持つ人間がいることに不安を抱く女性陣。


~~~~~~~~~~~


知らないうちに“使用楽曲情報”なるものが追加されていて戸惑いを隠せない自分です。
いつの間にこんなもの追加されたんだか。
まぁ、自分が書く分には使わないでしょうけど。


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休憩はこたつで

そんなこんなで、やっと迷路の攻略を始めたのだが、中に入ったら中々の圧迫感だった。幸い、羅針盤があるから迷うことはないが、

 

「・・・この氷壁がまた鬱陶しいな」

「そうね。それに、すごく透明なのに、向こう側がまったく見えない」

 

そう。氷壁の氷は気泡一つない見事な美しさで、人影をうっすらと反射しているのも変わりないのだが、向こう側がまったく見えなかった。上から見た限り、厚さは2mほどだったから、普通ならあり得ない話だ。当然、迷路らしくするため、というだけではないだろう。

 

「壁から魔物が飛び出してくる可能性もあるし・・・気を付ける必要があるな」

「そうだな。先ほどのゾンビも壁の中から出てきたし、十分あり得る話だ」

「大丈夫です!私の超絶ウサ耳イヤーにかかれば、どんな相手でも聞き逃したりしません!」

「シア。それ、耳って2回言ってるからな」

 

多分、咄嗟に思いついたんだろう。考えた結果だとしたら、さすがにダサい。

そして、胸を張りながらそんなことを言っているのだから、その豊かな双丘が激しく揺れている。思わず視線を向けようとした天之河と坂上に、ハジメから殺気が飛んで慌てて目を逸らしたりしているし。

 

「ったく。シア、もう少し自覚を・・・」

 

少し呆れながら注意しようとするハジメだったが、ハジメの視線もシアの双丘に吸い込まれた。というか、ガン見していた。ハジメがシアに対する気持ちを自覚してからは、こういうことは珍しくない。

 

「・・・ハジメ君?」

「え~と、次は左だな」

 

そして、それに比例して、香織が般若さんを出現させる頻度も多くなった。

ハジメも頑張ってそれをスルーしている。

 

「も、もうぉ、ハジメさんったら。ほんとに私の胸がお好きなんですから~。でも、“あれ”はダメですよ!今は攻略に集中してください。出ないと私・・・あんな風に胸を弄ばれてしまったら、また腰が抜けてしまいますぅ!攻略どころじゃなくなってしまいますよぉ」

「シア、ちょっと黙ろうか」

 

ハジメの性癖が暴露されそうになったところで、ハジメから制止が入った。香織からはすでに般若さんがステンバイしていて、ティオも興味半分戦慄半分の表情になっている。

 

「・・・ハジメ、“あれ”をやったの?シアは初めてだったのに・・・ハジメのケダモノ」

「理性がもたなくてな。つい、ユエにするみたいに“あれ”を・・・」

 

ユエもハジメの会話に混じり、天之河たちが身もだえしている。

まぁ、いくら勇者パーティーとはいえ、中身は普通に高校生だ。そういうことに興味があるのは健全なことだ。

ただ・・・

 

「ツルギ、止めないの?なんか、皆すごいことになっているけど」

「いや、俺まで入ったら余計な地雷を踏みそうだし」

 

それは、俺も同じことなのだ。

ハジメの言う“あれ”がなんなのかは考えないでおくが、俺もついこの間、イズモに似たようなことをしたばかりなのだ。余計なことを口走りそうで怖い。イズモも、そのときのことを思い出しているのか、珍しく赤くした頬を両手で抑えながら身もだえしている。

そんな状態で俺まで会話に入ったら、いったいどうなるか・・・考えたくもない。

 

「まぁ、それはさておきだ」

 

そう言って、俺は槍を生成し、谷口の頭上あたりに投擲した。

 

「・・・へぅ」

 

突然のことに谷口が涙目になるが、せいぜい毛が数本持っていかれたくらいだ。

それよりも、

 

「お前ら、左右の壁からだ」

 

谷口の後ろには、音もなく現れて爪を振り下ろそうとしている氷の鬼が立っていた。たった今、俺が頭部を貫いてそのまま倒れたが。

だが、それで終わるはずもなく、次々と鬼が出てきた。左右5体ずつ、計10体だ。

とはいえ、個々の実力は大した事はなく、ちゃんと魔石もあったことから、討伐は難しくなかった。シアが無双したことで、遠い目になりはしたが。

一通り片付いたところで、ハジメがシアに話しかけた。

 

「シア。お前の超絶ウサ耳イヤーだかなんだかで、事前に察知できたか?」

「あの、ハジメさん。ノリで言っただけなので、真面目な顔で真面目に言われると恥ずかしいのですが・・・探知はできましたけど、結構直前でしたね。音は覚えたので、次からはもう少し早く捉えられると思いますけど」

「俺の方も、似たようなものだな。直前に微かに魔力の流れが見えたから反応できたが・・・こりゃあ、けっこう強めの気配遮断の能力があると考えていいな。幸い、そこまで強くはないが」

「・・・ん。脆いし、再生もしない」

「でも、それだと道の長さが問題よね」

 

ティアの言う通り、この長い道のりを進んでいる間、ずっと奇襲を警戒し続けなければいけないというのは、それなりに精神的に無理を強いる。

だから、体力面精神力面で少しでも疲労を感じたらすぐに香織に申告するように強く言い渡した。香織も、俺の言葉に同意し、他も強くうなずいた。ユエも同じようにしたのが少し意外だったが、さすがに時と場合は弁えてくれるようだ。場所を弁えたことはないが。

攻略の指針を決めたところで、再び歩みを再開した。ここからは、定期的に鬼が奇襲を仕掛けるだけでなく、氷の槍が飛び出したり、落とし穴が仕掛けられていたりなどの、ある意味ミレディのような迷宮らしいトラップもでてくるようになってきた。

それらを乗り越えながら進んでいき・・・12時間ほど経過した。

身体的な疲労は香織のおかげで問題ないが、奇襲に対応するための集中力の維持と単調な景色が続くことによる精神的な疲労が目に見えて現れてきた。途中からティオやイズモが魂魄魔法で精神力回復の魔法をかけたが、それも限界が近くなってきた。

今のところ、問題なく探索を続けられているのは俺とハジメくらいだ。俺もハジメも、階層は違えど、たった1人で多くの魔物がはびこるオルクス大迷宮を踏破した。これくらいの集中力なら、自然と身につく。

とはいえ、他はそうもいかない。

 

「ハジメ、適当に休めそうな場所を探してくれないか?」

「あ?・・・あぁ、わかった」

 

俺の指示に、ハジメは一瞬訝し気に俺を見たが、他の様子を見て察したらしく、羅針盤で探査してくれた。

視線を感じて振り返ってみると、八重樫が柔らかく綻んだ表情で俺に目礼してきた。さっきのが他のメンバーの消耗を考えての進言だと察したらしい。

そんな雫に、ティアとイズモが意味ありげな視線を送っていたが、八重樫は疲労で気づいておらず、俺も特に気にせずに無視した。

そして、それからしばらく歩くと、ようやく広い場所にでてきた。だが、突き当りの壁には巨大な両開きの扉があり、ちょうど上空を覆う雪煙の境界線になっている。

どうやら、ここが羅針盤の言う“適当な場所”で、ついでにこの迷路のゴールだったということだ。

また、その扉は氷でできているのだが、それは複雑に絡み合う茨と薔薇のような花の意匠が細やかに彫られている。

それに、

 

「この窪み・・・」

 

ちょうど人の頭くらいの高さに茨のサークルが彫られていて、その内側に3つの丸い窪みがあった。

とりあえずハジメが押してみるが、扉はびくともしない。

 

「まぁ、だろうな。セオリー通りなら、扉を開けるには、この窪みに鍵代わりのなにかをはめろってことだよな」

「そういうことだろうな。ったく、まさか最短距離で来た弊害がここででてくるなんてな・・・」

 

羅針盤で探査したのは、あくまでゴールや適当な休憩場所で、鍵の在処ではない。寄り道もしなかったことから、こうなるのも仕方ないと言えば仕方ないだろう。

 

「それで、どうするの?このまま鍵を探しに行く?」

 

ティアが尋ねてきたが、表情からしてあまり乗り気ではないようで、ユエや天之河たちも言葉には出さないものの、同じようなものだった。もちろん、鍵探しそのものではなく、精神的疲労の意味で、だろう。

 

「・・・まぁ、この場所に問題はなさそうだし・・・」

「あぁ、いったん休憩にするか」

 

俺の言葉で、天之河たち一気に弛緩した空気があふれ出した。緊張感が抜けたのか、その場に座り込んでしまう。

 

「お前ら、壁際はやめとけ。奇襲されないとも限らないからな。休むなら部屋の中央だ」

 

俺の指示でのろのろと動き出す天之河たちを尻目に、ハジメは扉から少し離れたところに宝物庫から天幕を取り出して設置した。

中は15人くらいなら余裕で入れる広々とした空間になっており、極寒使用のために後付けで天井と壁を追加している。

だが、これはただの天幕ではない。

 

「ふわぁ!?これ、床暖房だ!」

「じゅ、絨毯が王宮の客室並みにふわっふわだわ・・・」

 

床は高級感漂う絨毯になっており、床暖機能によって極寒の中でも快適に過ごせるようになっている。さらに、再生魔法を付与した鉱石を薄く引き延ばした欠片を裏地に張り付けているため、たとえ土足で上がっても一定時間たつと勝手に元の綺麗な状態に戻り、疲労回復や衣服、体の浄化の効果までもたせている。

さらに、

 

「お、おい、南雲。あれってもしかしてコタツか!?」

 

そう、日本人が生み出した文明の利器であるコタツまで完備しているのだ。

ちなみに、これらの開発は俺の知らないところでハジメがいつの間にか進めていた。錬成師の性と言うべきか、こだわりに満ち溢れた逸品になっている。

俺としても、早く温もりにひたりたいところだが、

 

「んじゃ、お前らは先に休んでてくれ」

「ツルギ?何かあるの?」

「いや、個人的に気になることがあるだけだ。すぐに終わる」

「そう、わかったわ」

 

ティアもそれ以上は追求せず、素直に天幕の中に入って行った。

 

「さて、何が見えるか・・・たしかめてみるか」

 

全員が天幕の中に入ったことを確認してから、俺は壁際に近寄って“看破”を行使した。強化された“看破”なら、“魔眼”と組み合わせて大抵の魔法やアーティファクトの構造を読み取れる。

だが、表層だけではこれといった情報が読み取れない。だから、さらに奥深くを探っていく。

大迷宮に施されている仕掛け、その深奥に・・・

 

「っ!」

 

あと一歩というところで、集中的に発動していた右目に突き刺すような痛みが走った。そのせいで、思わず発動をキャンセルして後ずさりした。思わず押さえた手を見ると、血が付着していた。氷壁を鏡代わりにすると、右目から血涙が流れている。

 

「・・・さすがに、このまま戻るわけにはいかないか」

 

すぐ終わると言っておきながら、血涙を流したまま戻るわけにはいかない。念入りに再生魔法で治癒し、頬に着いた血は水魔法で洗い流す。もちろん、水の一滴も残らないように気を遣って、だ。

幸い、多少なりとも収穫はあったから、それでよしとしよう。

やることを済ませた俺は、天幕の中に入った。

 

「あ、おかえりなさい、ツルギ」

「おう。んで、あれは・・・いつものことか」

 

天幕の中に入ると、ハジメを中心として桃色オーラが振りまかれていたが、こんなのは日常茶飯事だからスルーする。

そんなことよりも、俺はさっさとコタツの中に潜り込んだ。

 

「あ”~、やっぱこの温もりには抗えない・・・」

 

ふかふか絨毯の床暖房と組み合わさって、凶悪なまでの心地よさを生み出している。外が極寒なこともあって、威力はさらに増し増しになっていた。

さらに、左右からイズモとティアがくっついてきて、心地よさはさらに加速した。いっそ、このまま眠ってしまおうか・・・。

 

「ねぇ、峯坂君はさっき何をたしかめていたの?」

 

そこに、微妙にとげとげした空気の八重樫が、俺にさっきのことを尋ねてきた。

なんか不機嫌になっているから、ちゃんと答えておこうか。

 

「そうだなぁ。ハルツィナ樹海で概念魔法について説明受けただろ?」

「そうね。たしか、全部の神代魔法を習得できると使えるのよね?」

「あぁ。そうなんだが・・・それだと、いろいろと説明がつかない部分があるんだよな」

「どういうこと?」

「例えば、あの羅針盤も概念魔法が付与されているが、どの神代魔法を付与すればそうなる?」

「・・・言われてみれば、たしかにそうね」

 

神代魔法の延長線上に概念魔法があるなら、多少なりとも何かしらの神代魔法の効果があるのだろうが、羅針盤を見る限りは、今の神代魔法ではとうてい不可能だ。

その辺りが“全部の神代魔法を習得すること”が条件になっている理由なんだろうが、そこにも何かしら理由はあるはず。

そしてそれは、今までの大迷宮の仕掛けでも同じだ。ただ神代魔法を使うだけでは、あそこまでは再現できない。

だから俺は、昇華魔法によって性能が上がった“看破”を使い、何があるのかを調べた。

 

「それで、その正体はわかったのか?」

 

そこに、ついさっきまでユエたちとイチャイチャしていたハジメが、真剣な表情で尋ねてきた。ユエも、真剣なまなざしで俺を見ている。ハジメとユエは、ここを攻略すれば、晴れてすべての大迷宮を攻略したことになる。だから、少しでも情報が欲しいんだろう。

そして、結論から言えば、

 

「わかったって言えばわかったが、わからないと言えばわからない」

「おい、どういうことだよ、それ」

 

ハジメから期待外れみたいな感じで見られるが、こればっかりはどうしようもない。

 

「だいたいの仮説はあるが、それだけだ。確証もないし、実用もできない」

「どういうことだ?」

「そうだな・・・神代魔法は、この世界の理に作用する魔法だ。それはわかるな?」

 

俺の確認に、ハジメたちは頷きを返す。

 

「ここからは仮説、ってより憶測に近いが、おそらく、神代魔法にはまだ先がある」

「先?」

「つまり、もっと根本的な何かしらに作用するのかもしれない、ってことだ」

 

現段階の神代魔法で再現できないなら、神代魔法にはさらに先があるということ、なのかもしれない。

 

「それがなんなのかはわかっているのか?」

「わからない、っていうか、理解しようとしてもできないな。ぶっちゃけるが、そこの氷壁を“看破”で深く探ってみたんだが、途中で目に鋭い痛みが走って、それ以上は調べられなかったんだ。おそらく、今の俺が理解できる範疇を超えているんだろう。一応、推測できないこともない奴はあるが・・・」

「へぇ。ちなみに、それは?」

「ハルツィナ樹海で、俺やユエたちが魔物にされただろ?あれがもし変成魔法の作用なのだとすれば、おそらく生物的な要素に干渉できる、可能性がある。あと、メルジーネ海底遺跡で過去の情景が再現されたことから、再生魔法は時間に干渉できる、かもしれない。今言えるのは、これだけだ」

「ずいぶんとあやふやだな」

「それだけ、根本的かつ強大ってことだ。例えば、物が燃えてるってことにしても、ただ火が燃やしてるだけじゃなくて、空気中の酸素との反応や燃えている物体の性質の変化もひっくるめて“燃えている”って言うんだ。それを、この世界の理に当てはめてみろ。どれだけの深奥になるのか、少なくとも俺には想像できない」

 

人間が理解できる物事には限界がある。であれば、それは神代魔法でも同じことがいえるはずだ。

俺もある程度口に出したが、理解できているとは言い難い。まさしく、言うは易く行うは難しだ。

 

「まぁ、どのみち今はあまり気にすることじゃない。そういうのは、氷雪洞窟を攻略してからだ」

「まぁ、それもそうだな。わからないことを考えてもしゃあねぇし」

 

わからないことで延々と頭を使うことはない。どのみち、氷雪洞窟を攻略すれば答えがわかるのだから。

 

「・・・まぁ、わからないことを後回しにするのは構わないわ。でも・・・」

 

そこに、八重樫が横から口を挟んできた。何やら、納得しがたいことがあるような感じだ。

そして、若干俯かせた顔をガバッと上げて吼えた。

 

「なんでシアとイズモはこんな時にお鍋を準備してるの!?ていうか、なんで峯坂君もしれっと手伝ってるの!?」

 

そういえば、俺が概念魔法に関する仮説を説明している間、シアとイズモはいそいそと鍋を用意していた。具材は、宝物庫のおかげで新鮮なままのエリセン産の魚介だ。俺はその魚をさばいている。

鍋の汁の方はすでに仕上がってきているようで、いい匂いが立ち昇っている。

 

「いや、寒い時は鍋だろ?」

「なんで『こいつ、何言ってるの?』みたいな空気になってるの?重要そうな話をしてたじゃない」

「だから、個人的なことって言っただろ?どうせ考えてもわからないし、答えだって攻略したらわかるんだから、聞いていようが聞いていまいが、どっちでもいいだろ」

「でも、概念魔法に関することなら、最重要事項じゃないの?」

「? 今の最重要事項は氷雪洞窟の攻略だろ?」

 

ちょっと八重樫の言っている意味が分からない。

いや、本当にわからないわけではないが、そんなにキーキー言うことだろうか。

 

「もう・・・いいわよ・・・」

 

あ、八重樫の方から折れた。

 

「・・・すごい、あの雫ちゃんがいいようにされてるよ」

「・・・でも、割とまんざらでもない?」

「・・・いやぁ、ツルギがドSなだけだろ」

「・・・ふむ、ツルギ殿も・・・ハァハァ」

 

そこ、ハジメサイド。こそこそ話してるつもりでも、聞こえてるから。ティオも、男で興奮するのはハジメだけにしてくれ。




「にしても、米があったら雑炊もいけるんだけどな・・・ウルの町でもらった分はもう全部使っちまったし・・・」
「でも、小麦は割と余ってるよな」
「こっちじゃ、むしろそっちが主食・・・おい、ハジメ。お前、まさか・・・」
「ち〇り、やるか?」
「迷宮攻略中にやるか、バカ」
「実はな、こっそり全自動ち〇りマシンを作ったんだが」
「いつの間に作ったんだよ!っていうか、用途が極端すぎるっ」
「ねぇ、ち〇りってなに?」
「日本の一部の人における、お米の代用よ」

米がない時の最終手段を実行しようとするハジメとそれを止めるツルギの図。


~~~~~~~~~~~


小話書きながら懐かしいと思いました。
自分は油投下のやつが好きでしたね。

本作とあまり関係ありませんが、新作投稿しようか迷っています。
本作もだいぶ流れに乗っているので、ある程度区切りをつけたら書いてみようとは思っているのですが、はっきりと目途がたっているわけでもないので。


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囁かれる声

「はい、ツルギ。あ~ん」

「あむ・・・うん、やっぱおいしいな。ほら、ティアも。あ~ん」

「はむ・・・えぇ、おいしいわ。さすが、ツルギとイズモとシアね」

「なに、それほどでもない・・・ツルギ、ほら。あ~ん」

「あむ・・・うん、うまい」

 

鍋が完成してからは、俺はティアとイズモを、ハジメはユエとシアを両隣にして座り、それぞれから“あ~ん”をさせてもらっていた。ハジメの場合、香織とティオも2人に負けじと自分をアピールしていたが。

ついでに言えば、

 

「・・・・・・」

「し、シズシズ?どこか不機嫌・・・」

「なぁに?」

「・・・いえ、なんでもないです」

 

八重樫から、俺の方を謎の迫力を伴った笑顔で見ている。そんなに食事中にイチャイチャするのがダメなのだろうか?ただ、それだけじゃないような気配もするが・・・わからん。ティアもイズモも、意味ありげに見るだけだし、ハジメサイドに至ってはニヤニヤしながら見ているだけだ。あいつ、他人の修羅場だからって・・・。

天之河と坂上には、まったく期待していないが。谷口は声をかけようとしただけでも頑張った方だろう。

 

「ん?・・・辿り着いたか」

 

突如、ハジメが何か呟き、視線を虚空にさまよわせ始めた。

 

「どうかしたか?」

「ん~、ちょっと待て」

 

俺が声をかけても、ハジメはそのままどこか違うところを見るかのように視線をさまよわせている。

だが、それもすぐ終わり、「よし」と呟いたハジメは宝物庫からゲートキーを取り出し、空間へと突き刺してどこかへのゲートホールに繋げた。

開かれたゲートから出てきたのは、六角形の氷柱に置かれたキーアイテムらしき宝珠と、

 

「グルァアアアアアアアッ!!!」

 

鬼の形相で迫ってくる5mほどの氷の鬼だった。迷路の中にいたやつより大きいから、大鬼ってところか。

 

「「「「ぶふっ!?」」」」」

 

鍋をつついていた天之河たちは、突然のことに口の中のものを噴き出す。さりげなく俺とユエが障壁を張って自分たちの皿を守った。

それに構わず、ハジメはさっさと宝珠を手に取り、手榴弾を置き土産にしてゲートを閉じた。

次の瞬間、どこからともなく爆音が聞こえてきた。

 

「あぁ、クロスビットで探索して回収したのか」

「あぁ。だが、やっぱ普通の鍵じゃないみたいだな。複製するのは手間だ」

 

なるほど。俺が調べていたときにクロスビットを飛ばしていたのか。

やはり、鍵らしき宝珠は特別なものらしく、内部の構造を解析するのはハジメでも時間がかかるようだ。

そう思っていると、天之河たちが一気に声をかけてきた。

 

「いやいやいやいや!おかしいだろう!?」

「あれはダメなんじゃねぇのか!?」

「横着しすぎでしょう!」

「ていうか、なんで峯坂君も平然としているの!?」

「・・・なんだよ、お前ら」

「そんなに騒ぐことか?」

 

別に、疑問に思うことなんてなかったと思うが?

 

「南雲。さっきのはなんだ?」

「なんだって・・・何がだ?見てただろ?」

「見てたけど!そう言うことじゃなくて!お前は何をしたんだ!」

「・・・お前、ホント大丈夫か?」

「今のを見てわからないって、お前・・・」

 

今のを見れば、だいたいはわかると思うんだが。

だが、八重樫はまだ冷静だったようで、ハジメがクロスビットで捜索していたこと、宝珠を見つけたところで先ほどの大鬼が出現しただろうこと、宝珠を回収しつつ大鬼を爆殺したことを自分が確認するように並べて話した。どうやら、八重樫たちはハジメがクロスビットを放ったのは警戒のためだと思っていたらしい。

天之河はなにやら真っ向から倒して手に入れるべきだとかなんとか言ったが、クロスビットで探索した方が明らかに合理的だし、労力も少なく済む。ゲートによる回収も違反判定はなかった。だったら何も問題ないだろうと説き伏せた。

とはいえ、このまま全部同じ方法を使って万が一攻略を認められないとなったら困るから、残り2つは場所だけ特定して自分たちで攻略することにした。

組み合わせは、勇者パーティーとそれ以外ということになった。ぶっちゃけ、八重樫たちには俺とティア、イズモがいてもよかったと思うのだが、自分たちだけでも攻略できることを証明したいという意思を尊重したのと、天之河が俺に張り合う気満々の視線を向けてくるのが鬱陶しかったから、ハジメたちの方に同行することになった。

結果から言えば、俺たちは特になんの問題もなく攻略して一足先に戻り、勇者パーティーも少し苦戦しながらも無事大鬼を撃破した。見たところ、谷口に明確な攻撃手段を持たせたことでさらに攻撃力が上がり、障壁ももちろん強固になったことから、攻守ともに大きく向上したようだ。とどめのところとか、谷口が大鬼の足を斬り落としたことで生まれた隙を天之河と八重樫がついたからな。

ただ、大鬼を倒した時の喜び方が、俺からすれば結構大げさだった。

ティオやイズモは真っ当に攻略で来たことがうれしいのだろうと言っていたが、わざわざ効率の悪いやり方でやって何がいいのだろうか?もっと合理的に考えようぜ、合理的に。ハジメも2人の説明に納得しちゃってるし。

なんとなく釈然としなかったが、天之河たちが戻って来て香織が健闘をたたえているのを見て、水を差すこともないかと何も言わないでおいた。

 

「南雲、ここでいいんだよな?」

「あぁ。それでいいはずだ」

 

それを横目に、天之河が最後の宝珠を嵌めた。

すると、3つの宝珠が輝き始め、その光が扉の装飾全体を彩っていく。宝珠がひと際強く輝くと、両開きの扉がゴゴゴッと音をたてながら開き始め、風圧のせいか上空の雪煙がわずかに攪拌された。

警戒しながらも扉の中に入ると、

 

「うわぁ、何ここ・・・もう完全にミラーハウスじゃん」

「一応、氷でできているんでしょうけど・・・たしかに、もうほとんど鏡ね」

 

八重樫の言う通り、そこは完全に鏡の世界だった。迷路の方はわずかに人影が映った程度だが、ここは完全に姿が見えており、さらに合わせ鏡になって無限回廊を形成していた。

まさしく、“氷鏡面”と言うべき世界だ。

 

「さて、行くか」

 

俺が号令をかけ、その不思議な氷鏡面の迷路へ踏み込んだ。

中はまさにミラーハウスになっていて、両サイドの壁には俺たちの姿が無限に映し出されている。俺たちの足音も妙に反響しており、上空が雪煙に覆われていることもあって薄暗い気持ちにさせられる。

 

「・・・なんだか吸い込まれてしまいそう」

 

ハジメの隣を歩いているユエが、ポツリと呟く。

たしかに、無限に続いて見える合わせ鏡の氷壁を見れば、そう思うだろう。

すると、ハジメがユエの手を握って語りかける。

 

「大丈夫だ、ユエ。俺が行かせないからな」

「・・・んっ」

「あなたたち、いちいちいちゃつかないと落ち着かないの?」

「実際、そうなんだろ」

 

八重樫の呆れた突っ込みに、俺が投げやりに答える。

この2人が人前でいちゃつくなんて、今に始まったことではない。

それに、

 

「悪いな、ユエがいちいち可愛くて」

「・・・ん、ごめん。ハジメがいちいち素敵すぎて」

「はぁ・・・」

 

2人は反省の“は”の字も知らないのだから、さらに手に負えない。八重樫が深いため息をつくが、俺はもう慣れた。この2人のいちゃいちゃは大迷宮レベルの順応が必要だから、まだ日が浅い八重樫たちは難しいか。

そんなこんなで30分ほど進んでいると、変化が訪れた。

不意に天之河が立ち止まり、あたりをきょろきょろと見回し始めたのだ。

俺はいったん止まるように号令をかけ、天之河に話しかける。

 

「天之河、どうかしたのか?」

「いや・・・今、何か声が聞こえなかったか?こう、人の声がささやいてくる感じで」

「ちょ、ちょっと、光輝君!?やめてよぉ!」

 

ホラーの耐性が皆無な香織が慌てて周囲に視線を巡らせるが、もちろん俺たち以外の姿は見当たらない。

 

「ほかに聞こえた奴はいるか?シアはどうだ?」

「いえ、私には何も聞えませんでしたけど・・・」

「気配も、俺たち以外は感じないな」

 

シアが目を閉じて集中するが、それでも聞こえた様子はない。俺の方も周囲の気配を探るが、俺たち以外の気配は何も感じない。

とりあえず、もしかしたら気のせいかもしれないということで歩みを再開したが、

 

「っ、まただ!やっぱり気のせいじゃない!また聞こえた!」

「こ、光輝?」

 

今度は叫びだした天之河に、八重樫たちは困惑の目を向ける。

 

「今度ははっきり聞こえたじゃないか!“このままでいいのか?”って!」

「い、いや、光輝。俺には何も聞えなかったぜ?」

「う、うん。鈴も聞こえなかったけど・・・」

「そうね・・・私も気づかなかったわ」

 

もちろん、俺もそんな声は聞こえなかったし、シアの方を見ても首を横に振った。

だれも気持ちを共有しないことに天之河は苛立っているのか、周囲に怒声を響かせる。

 

「・・・ハジメ、魔力反応は?」

「いや、ない」

「ていうか、この大迷宮には全体的に魔力反応を隠ぺいする機能がデフォでついているみたいだな。魔力による探知はあまり当てにならない」

「ふむ、光輝に関しては、大迷宮のプレッシャーにでも負けて精神を病んでいる可能性もあるが・・・」

「それにしては、唐突過ぎます。おそらく、なんらかの干渉を受けたと考えた方がいいでしょう」

「でも、シアのウサ耳でも聞こえない上に、ハジメ君とツルギ君でも感知できないなら防ぎようがないもんね」

 

話し合っている間にも、天之河が俺たちには聞こえない声の主を探そうと躍起になり始めたから、俺が声をかける。

 

「天之河。まずは落ち着け」

「っ、峯坂。本当なんだ。たしかに、俺は・・・」

「わかっている。このままお前の気のせいで済ませるつもりはない」

「えっ?」

 

俺の天之河に対する強い当たりは理解しているようで、まさか俺が擁護すると思わなかったのか、天之河は目を丸くした。

 

「おそらく、大迷宮から何らかの干渉があったんだろう。それが、この大迷宮の試練の1つである可能性が高いのなら、天之河だけじゃなく、ここにいる全員が干渉を受けるはずだ。どういう意図なのかはわからないが・・・今のところ防ぐ手立てはないから、全員、注意しておけ。できれば、情報も引き出してくれ」

 

この大迷宮に入ってから、それらしき試練の内容はなかった。であれば、今までと違うことが起きたということは、大迷宮から干渉されたと考えた方がいい。

天之河も俺の指示に頷き、幾分落ち着きを取り戻したのを確認してから再び歩き始めた。

すると、先ほどよりも早く反応があった。

 

「っ、また・・・」

 

どうやら、また声が聞こえたようだ。他に聞こえなかったのも同じだが、大迷宮からの干渉という一応の回答があったからか、冷静さを欠くことはなかった。

そして、何か気づいた事があるようだ。

 

「・・・聞き覚えがある?」

 

天之河が声に意識を傾け始めたのを見て、八重樫が心配そうに声をかけた。

 

「光輝。大丈夫?」

「あ、ああ。大丈夫だ。ただ、どこかで聞いたような声だと思って・・・」

「・・・ハルツィナでは擬態能力を持った魔物もいたし、知っている誰かを真似ているのかもしれないわね。惑わされちゃダメよ。何かあったら、すぐに言いなさい」

「ありがとう、雫。雫こそ気を付けろよ。峯坂の言う通りなら、雫にもその内、聞こえるようになるかもしれない」

「ええ。注意するわ」

 

八重樫が小さくほほ笑むと、天之河も落ち着いたようだ。

だが、その直後に再び表情を強張らせる。また何か聞こえたのだろうか。

天之河は咄嗟に八重樫を見るが、その八重樫も同じように顔をこわばらせていた。

 

「雫、もしかして・・・」

「・・・ええ。私にも聞こえたわ。女の声だった。どこか聞き覚えがあるのも一緒。『また、目を逸らすのかしら』って聞こえたわ」

「・・・俺は、男の声で『気が付いているんだろう?』だった」

「ふぅん?人によって聞く相手によって声音も内容も変わるのか・・・ちなみに、聞こえる言葉になにか心当たりはあるのか?」

「「・・・」」

 

俺がそう尋ねると、2人は悩まし気な表情で出そうだった言葉を飲み込んだ。表情から見るに、2人とも同じ感覚のようだ。

 

「雫ちゃん、大丈夫?どこか・・・」

「ひゃっ!」

 

香織が心配げに声をかけようとすると、突然谷口が飛び上がった。

 

「うお!?」

 

谷口が周囲をきょろきょろしていると、今度は坂上が声を上げた。

 

「なるほど。本格的に大迷宮からの干渉が始まってきたか・・・谷口と坂上は、なんて言われた?」

「えっと・・・鈴は光輝くんと似てるかな。『本当は気がついていたよね?』って」

「あぁ~、俺は雫に似てたな。『いつまで誤魔化す気だ?』だったか」

 

2人とも珍しく快活な表情を失い、もやもやが残った感じだ。

それにしても、

 

「・・・ずいぶんと抽象的だな。洗脳とか惑わすにしては間接的すぎるが・・・ちなみに、2人とも聞いた事がある声だったのか?」

「う~ん、そう言われると・・・たしかに、どこかで聞いた気がするかも」

「あ~、だな。俺もそんな気がする」

「ふむ・・・」

「・・・」

 

俺の問い掛けに、ティオとイズモが深く考え込む。

それに合わせて、心なしか俺たちの空気も重くなった気がするが、気分を切り替えるようにユエが柏手を打った。

 

「・・・ん。とにかく、今は進む」

「まぁ、そうだな」

 

ハジメもユエに同調し、歩みを再開した。

 

『お前に、資格があるのか?』

「・・・なるほどな」

 

直後、俺にもささやき声が聞こえた。周囲を見ると、ハジメたちも同じようだ。

だが、大して気に留めず、そのまま歩き続けた。

ささやかれる声は、先に進むにつれて頻度を増していき、心に及ぼす影響も大きくなっていった。

まるで白い紙にインクを垂らすように、少しずつ、でも確実に情景が浮かんでくる。

 

「あぁ、そうか。これ自分の声だな」

 

すると、ハジメが何かに気づいたように声を上げた。

ほぼ全員がバッとハジメの方を見るが、気にせずにハジメは続ける。

 

「お前ら、囁き声に聞き覚えがあるって言ってたろ?俺もそうだったんだが、この声、俺の声だわ。親父の手伝いでゲーム制作に関わった時に、ボイステストで何度も自分の声を聞く機会があってな。自分の声って自分で聞くと意外に違和感があるもんだから気がつきにくいけど、たしかに、その時何度も聞いた俺自身の声だよ、これ」

 

なるほど、言われてみれば、たしかに自分の声に聞こえる。知らず知らずのうちに内容に意識を傾けるようになっていったから、気づかなかった。

だとすると、

 

「ということは、この声が言っている内容も想像がつくな」

「うむ、そうじゃの。この囁き声は、己の心の声と考えて間違いないじゃろう」

「それに、自覚の有無を別にしても、自身の嫌な記憶や感情が掘り起こされるのを感じますね」

「ですねぇ。心の中を土足で踏み荒らされているみたいで凄く気持ち悪いです」

「・・・ん。さすがは大迷宮。やっぱり嫌らしい」

「後は、囁き声の内容が本当に自分のものかどうか、あるいは洗脳の類なのか。それだけ注意しておかないとな」

 

要は、本心でなくても、そうであると錯覚させられる可能性もある、ということだ。

俺の言葉に、勇者パーティーに様々な感情が広がる。

 

「峯坂君たちは、あまり影響を受けていなさそうね?何か対策でもあるのかしら?」

 

そこに、不自然なほど前向きな感じで八重樫が話しかけてきた。

とはいえ、対策ねぇ。

 

「いや、あるわけないだろ。ハジメあたりは特に」

「え?」

 

八重樫はきょとんと目を丸くするが、本当にそうとしか言いようがない。

香織はユエのことを言われているが、真っ向からでなければ意味がないとわかっているから。

シアとティアは、形は違えど家族や同族の過去のことについて言われているが、2人とも前に進むしかないと心得ているから。

ティオとイズモは数百年前の迫害のことを言われているが、長きを生きてきて今さら復讐に駆られるような人生は送っていないから。

ハジメはと言えば、

 

「どうせ気にしていないだけだろ」

「バレてたか」

 

そうだと思ったよ。

ハジメが言われているのは、主に「人殺しに居場所があるのか?」といったところだ。

だが、ハジメはもはやその程度では止まらない。

受け入れられるかどうか、居場所があるのかどうか。そんなことは関係ない。

なにがなんでも日本に戻り、ユエたちと一緒に暮らす。そうすると決めた。

なら、ハジメは何があっても止まらない。叶えるまで止まるはずがないのだ。

まぁ、言ってしまえば、ただの問題の先送りなだけなんだが、俺も問題ないとは思っている。

なにせ、

 

「俺だって人殺しだが、ちゃんと俺の居場所はある。今さら悲観することでもないだろ」

 

人殺しでも日本で暮らせるというのは、俺と言う前例がある。もちろん、いろいろと条件はあるが、ハジメなら大丈夫だろう・・・多分。

 

「・・・なら、峯坂君はなんて言われているのかしら?」

 

八重樫が、ハジメは参考にならなかったと言わんばかりに俺に話を振ってきた。

 

「俺は、主に『お前に資格があると思っているのか?』ってのがだいたいだな。詳しいことはあまり言われていないが、思い当たる節はある。まぁ、ぶっちゃけ俺の方も今さらだが」

「今さらって・・・それに、その思い当たるって、どんなこと?」

「人殺しなのに誰かを救えると思っているのか、臆病なのに誰かを信じることができると思っているのか。だいたいそんなところか」

 

もちろん、あくまで俺が思い当たることで、他にもいろいろとあるんだろうが、主にはこんなところか。

八重樫たちは、俺の言ったことが意外だったのか、またもや意外そうにしている。

だが、俺にとっては些細なことだ。

 

「そんなこと、日本にいた頃から言われるまでもなく自覚していたし、そういうのを全部ひっくるめて乗り越えて今まで生きてきたんだ。今さら言われたところで、止まる理由にはならねぇよ」

 

今さら、自己矛盾でうじうじ悩むような軟な生き方はしてこなかった。俺だって、過去のことを全部乗り越えて前に進むしかできないとわかっている。

だから、ここで立ち止まるはずもない。

 

「まぁ、俺はこんなもんだが、ユエはなんて言われてるんだ?」

 

あまり自分のことを話すのもあれだったから、ユエに話を振ると、特にためらうこともなく答えた。

 

「・・・裏切りがどうのこうのって繰り返している」

「裏切りってーと、昔のあれか?それこそ今さらな気がするんだが・・・」

「・・・どちらかと言えば、ハジメやシアにまた裏切られるぞ、みたいな?」

「いや、それこそあり得ないだろ」

 

あのユエ一筋のハジメがユエを裏切るとか、壁抜けよりもあり得ない話だ。

まぁ、裏切り云々に関しては、思い当たる節があるようだが。

 

「・・・実は、奈落を出たばかりの頃は、ハジメとツルギ以外は全部滅べって思ってた」

「「「「エッ!?」」」」

「ん?」

 

天之河たちはいきなりの過激発言に驚いていたが、俺は別のところに疑問を抱いていた。

 

「俺はセーフなのか」

「・・・ハジメが信頼している人みたいだったから」

 

あ~、ハジメが絶対の基準なのは変わらないのね。となると、俺も結構危なかったのか。

そう思っていると、ユエが続けて口を開く。

 

「・・・それに、仮に裏切られても関係ない」

「どういうことだ?」

 

裏切られても関係ないって、どういう・・・。

 

「・・・ハジメの気持ちに関係なく、()()ハジメを逃がさないから」

 

しんっと、空気が静まった気がした。当のユエは、舌なめずりをして妖艶な雰囲気を醸し出す。

そして、

 

「・・・ふふ、吸血姫からは逃げられない」

 

熱い吐息をこぼしながらそんなことを宣言した。

同時に、ハジメの理性がぷつりと音を立てて切れるのを感じた。

だから、

 

「シア!」

「させませんです!」

 

純粋な身体能力ならハジメとタメを張るシアにハジメを拘束させた。おかげで、大迷宮のど真ん中かつ観衆の前で情事が行われるといういろんな意味で大変な事態を避けることができた。

 

「シア、ナイスだよ!」

「ハジメ!正気に戻れ!そういうのはTPOをわきまえろって何度も言ってるだろうが!」

 

キスだけならギリ許せるが、さすがにそれ以上のことは論外だ。

 

「・・・ふふ」

「だー!ユエも!むやみにハジメを刺激すんじゃねぇよ!」

 

この後、しばらく野獣と化したハジメを抑えることになったのは言うまでもない。




「くっそ、また目がショボショボする・・・」
「ツルギ、大丈夫?」
「もう少ししたら慣れると思うが・・・」
「だったら、私を見て?」
「ティア・・・」
「ツルギ・・・」
「あなたたちもたいがいじゃないの!!」

ハジメユエとは別方向でイチャイチャを演出するツルギとティアの図。


~~~~~~~~~~~


意外とツルギの内容を考えるのに苦労しました。
ツルギのキャラは「ハジメと一緒に見えて実はいろいろと違う」を心がけているので、ハジメの囁きをまるごと使えないのが地味に面倒でしたね。
それでも、いい方向を見つけることができたので、問題はありませんが。


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負の向く先は

「ったく・・・いい加減、自重ってのを覚えろよ」

 

苦労したが、ようやくハジメの正気を取り戻すことができた。

当のハジメは、シアから十字固めをくらっているが。

 

「本当ですよ、ハジメさん!ユエさんも!挑発するのはやめてください!」

「・・・ん。ごめんなさい。私を求めて、でも大迷宮だから我慢するハジメが可愛くて」

「俺だって、消費したユエニウムを補給する必要があって」

 

シアからも、わりとガチの説教が入るが、あまり反省している気配はない。

だからだろうか。

 

「そろそろ本気パンチしますよ?」

 

シアから、けっこうガチ目のジト目と怒気が向けられた。

とはいえ、首を絞めて頬をつねっている今の姿は、これはこれでいちゃついているように見えなくもない。

 

「容赦ないな」

「こ、恋人ですからね。ダメなところはきっちり言わせて貰います!」

 

なぜか“恋人”と言う部分を強調して、頬を赤くするシア。

あれ?これって、シアがハジメに怒っている図でいいんだよな?間違っても、新たな恋人らしい光景を見せつけているわけじゃないよな?

 

「俺はいったい、どうしたらいいものか・・・」

「だったら、私と一緒にいる?」

 

俺が思わずぼやくと、ティアが俺の腕にしがみついてきた。なんだかんだ言ってティアも余裕そうだ。

ただ、ちょっとばかり心配というか、不安な人物が2人ほど。

八重樫と天之河だ。

八重樫の方は谷口が心配そうに声をかけるが、微笑んで逆に谷口の心配をする。八重樫が無理をしているのは俺から見ても明らかなんだが、周りに悟らせないようにしているというよりは、自分でわかっていて無理やり押し殺しているようにも見える。少なからず不安定な状態だ。

さらにひどいのが、天之河だ。迷宮を進むほど口数が少なくなり、八重樫や坂上、谷口が心配げに声をかけても最低限の言葉しか返さない。さらに、その瞳には負の感情が濃く、強く宿っており、その矛先が主に俺に向けられている。本人は自覚していないのか、あるいは隠しているつもりなのかはわからないが、どのみち俺にはバレバレだ

だが、俺から声をかけることはしない。そんなことをしたら、逆効果になるのは目に見えている。ハジメとユエ、シアがイチャイチャしてたり、ティアが俺に抱きついてきたのも、その空気を払拭するためなんだろうが、天之河だけに対しては逆効果になっているようにも見える。

 

「さて、どうじゃ?みな、多少はマシになったかの?」

 

しばらく休憩して、魂魄魔法で精神の回復・安定化を行っていたティオが視線を巡らせる。

 

「ええ。ありがとうティオ。頭の中がクリアになった気がするわ」

「うん。体も少し軽くなったかも・・・」

 

あくまで気休めのようなものだったが、八重樫と谷口にはそれでもありがたかったらしく、浮かべる笑みにも少しだけ無理が取れていた。

 

「あぁ。ありがとう、ティオさん。楽になったよ」

 

だが、天之河にはあまり意味がなかったようで、陰鬱とした声音は戻っていないし、浮かべる笑みも仮面のように無機質だ。

とはいえ、ティオもあえてツッコんだりはせず、励ますように軽く肩を叩くだけにとどめた。

 

「ハジメ。目的地には後どれくらいで着く?さっきは多く見積もっても1時間くらいだと言っていたが」

「あぁ。羅針盤の感覚的に、早ければ30分くらいで着きそうだ」

 

俺とハジメが立ち上がるのと同時に、他も立ち上がった。だが、その腰は全員重い。

大迷宮に入ってからおよそ1日。その間ずっと一睡もせず囁き声による干渉と戦闘を続けていた。さらに、それに伴う集中力の低下によって、トラップや鬼による奇襲の危険度が地味に上がっている。俺たちはまだしも、八重樫たちにはかなりキツイだろう。実際、鬼の奇襲やトラップなどに俺やハジメがフォローする場面も多くなっている。

べつにフォローを入れるくらいならどうってことないが、天之河をフォローするたびにあからさまに苛立ちが募っているのがわかるから、いい加減うっとうしくなってくる。

さて、ゴールはもうすぐなんだろうが・・・

 

「うわぁあああっ!?」

「こ、光輝!?どうしたの!?」

「大丈夫か、光輝!」

 

そう考えていると、突然、天之河が奇声をあげて氷壁から飛びのいていた。

突然のことに八重樫と坂上も近寄り、俺やハジメたちも思わず天之河の方を見る。

 

「て、敵だ!」

「敵・・・?」

 

そう言って天之河が自分の姿が映っている氷壁を指さした。もちろん、おかしいところは見当たらない。

 

「光輝?」

 

八重樫が天之河の方に手を置くと、天之河も少し落ち着いたようで、わずかに体のこわばりが抜けた。

 

「・・・壁に、壁に映った俺が嗤ったんだ。俺は嗤ってないのに・・・まるで別の誰かみたいに・・・」

「見間違いじゃないのね?」

 

八重樫がそう尋ねると、天之河は警戒心をあらわに氷壁に映っている自分の姿を見て、次いで八重樫の方を苛立ちと黒い感情をあらわにして顔を向けた。

 

「・・・信じてくれないのか?」

「え?いえ、別に疑ってないわよ?」

 

あくまで八重樫の問いかけは“確認”だったのだろうが、天之河には“疑念”を抱いたのだと感じたのだろう。

その自覚がない八重樫は首をかしげるしかないのだが、逆にそれが天之河の神経を逆なでしているようにも見えた。

 

「・・・峯坂だったら、すんなり信じるんだろう?」

「光輝?本当に何を言っているのよ?疑ってないって言っているでしょう?」

 

嫌味にも聞こえる天之河の物言いに八重樫もムッと眉根を寄せるが、すぐに心配そうな表情になる。

 

「悪い、雫。俺・・・」

 

自分を気遣う八重樫に天之河も少し心の靄が晴れたような表情になるが、八重樫も何かささやかれたようでギュッと胸を握り、次いで俺の方を見た・・・ような気がした。はっきりしないのが、視線を向けたのが俺にもティアにもとれたからだ。それでも、天之河の心を再び乱すのには十分だったようで、瞳に黒い感情を宿らせて俺を見る。

いい加減、まじで鬱陶しくなってきたが、俺が変に声をかけようものならさらにめんどくさくなるのは確実だから無視する。

 

「・・・あてにはならないが、壁には特に魔力は流れてないな。動く気配もないが・・・注意しておいた方がいいか」

 

“魔眼”で念入りに調べても、特に異常は見当たらないから、号令をかけて前に進むしかない。

そこからは特に怪奇現象もなく、通路の先にようやくゴールが見えた。

そこにあったのは、先ほどの2倍以上はありそうな、もはや門とでも言うべきものだった。しかも、これまた凝ったデザインになっている。今までもそうだったが、この大迷宮を作ったヴァンドル・シュネーとやらは、ずいぶんと芸術肌なようだ。

 

「ハジメ、あれがゴールでいいんだよな」

「あぁ、間違いない」

 

俺の確認にハジメが頷き、ホッとした空気が流れる。

まぁ、とはいえ、だ。

 

「・・・ん~、見るからに怪しい」

「ゴールの前の広い空間なんて、何かありますって言っているようなものよね」

「それに、雪煙の意味もわかってないままだもんね」

「ですねぇ。広い空間に出たら襲われるのがセオリーですもんね」

「むしろ、襲うために広い空間にしておるんじゃろう」

「こうまでわかりやすいのは、いいのか悪いのか判断に悩むな」

 

ユエたちの言う通り、このまま何事もなくゴールさせてもらえるはずがない。この広大な空間が何よりの証拠だ。

だから、感知系の技能をフル活用して空間の中を調べ尽くすが、

 

「・・・相変わらず何もないなぁ」

「どのみち、行くしかないだろ」

 

ハジメの言うことももっともだから、そのまま前に進む。

空間の中間あたりに来たところで、やはり変化が起きた。

 

「ん?なんだありゃ?」

「太陽?」

 

突如、上から光が降り注いできて、見上げてみるとそこにはハジメの言う通り太陽と言うべきものだった。だが、仮に迷宮の外のものだったとしても、ここにいて熱を感じるというのはあり得ない。

だとしたら・・・

 

「・・・ハジメ!」

「ツルギ!」

 

そこに、ユエとティアから警告じみた呼びかけが届いた。

ハッと視線を地上に戻せば、辺りはそのすべてが輝いていた。

ダイヤモンドダストが上の太陽の光を反射しているのかと思ったが、それにしては輝きが強すぎるし、時間が経つにつれて輝きが強くなっている。

その輝きに、俺の頭の中に思い当たるものがあった。

 

「っ、全員、防御を固めろ!」

 

本能が鳴らした警鐘に従い、咄嗟に声を張り上げて指示を出し、天之河たちの首根っこを掴んで引き寄せた。そして、ユエと谷口が“聖絶”を展開した。

結果として、それは正解だった。

次の瞬間、結界の外を純白の閃光が駆け抜けた。

 

「っ、まるでレーザー兵器だな」

「まるで、じゃない。まさにハジメのヒュペリオンそのままだ」

 

ハジメの表現を、俺が訂正した。

この閃光は、規模こそ違えど、ハジメの太陽光収束レーザー兵器・ヒュペリオンと同じものだ。

 

「おそらく、上にある疑似太陽をエネルギー源にして、周囲のダイヤモンドダストが収束・放射しているんだろう」

「だろうな。もしかしなくてもオスカー作か?はるか昔の人間のくせに俺より質がわりぃ。いいセンスしてやがる」

「感心している場合か!」

 

天之河の言うことはもっともだが、実際、かなり質が悪い。

放たれた熱線はダイヤモンドダストや氷壁を乱反射していて、さながら、どこぞのゾンビゲームのレーザートラップのようになっている。

さらに、上の雪煙がだんだんと降下してきている。このままタイムリミットになれば、ハルツィナ樹海並みに視界を閉ざされることになるだろう。

ていうか普通なら不純物の多い空気中はレーザー光は攪拌されるはずなんだが・・・魔法で放っている以上、そんな間抜けなことはしないだろう。

 

「煙に視界を遮られる前に抜けるぞ!香織はユエと谷口の補助を頼む!」

「わかったよ!“刻永”!」

 

障壁に香織の再生魔法をかけ、鉄壁の守りにしてから出口に向かって駆け出した。

さらに、俺とハジメで熱線の軌道を探知して、その先にある氷片を撃ちぬいて熱線の檻に穴をあける。

このまま出口まで100mのところまで来たが、やはりこのまま突破させてくれるほど大迷宮は甘くなかった。

上空の雪煙の中から、自動車ほどのサイズの氷塊が降り注いできた。降り注いだ氷塊は俺たちの進路を阻むように着弾し、いったん止まらざるをえなくなった。

 

「なるほど、こいつが本命か」

 

その透き通るような透明度を持つ氷塊の中には、赤黒い魔石が埋め込まれていた。

氷塊はビキビキッと音を立てながら変形し、5mほどの人型になった。その両手には、巨大なハルバードとタワーシールドが握られている。

 

「蹴散らすぞ」

 

ハジメが言うより先に、ドンナーを引き抜いて発砲する。

中心にある魔石を狙ったが、タワーシールドによって威力が減衰され届かなかった。タワーシールドは破壊したとはいえ、この大迷宮でドンナーで破壊しきれなかったのはこれが初めてだな。

ハジメの初撃に続き、ユエと谷口以外のメンバーも間髪入れずに攻撃を入れた。

 

「“閃華”が飛ばせればよかったのだけど・・・“飛閃”!」

「それ無敵すぎて怖いよ、雫ちゃん」

「お前の分解が一番怖ぇよ。俺は身をもって知ってるぞ」

 

八重樫が風の斬撃を、香織が分解砲撃を、坂上が衝撃波を、天之河が光の斬撃を放った。

 

 

味方に向けて。

 

 

「っ!?」

 

完全な不意打ちに、俺の背中に冷や汗が噴き出る。なにせ、全員ユエと谷口が展開している“聖絶”中にいるから、距離はほとんどない。

それぞれ、八重樫はイズモを、香織はユエを、坂上と天之河は俺を狙っている。

 

「くそっ!」

 

俺は悪態をつきながらも、“界穿”を3対展開した。それぞれ、八重樫と坂上と天之河の攻撃を結界の外に展開する。その時に、熱線が射線上に来ないことも確認することも忘れない。

モーションだけで攻撃に入っていなかったのが幸いして、ギリギリだったが十分対処できた。そのおかげで、なんとか俺とイズモは無傷で済んだ。

ユエの方も、香織が腕ごと無理やり逸らしたおかげで、ユエの結界に穴が空いた程度で済んだ。谷口の“聖絶”はまるごと分解されてしまったが、ユエのが残っているだけまだマシだ。

 

「え?」

 

最初に声を上げたのは、天之河だった。まさに何が起きたのかわからないという表情になっている。それは、他も同じだ。

 

「・・・どういうつもりだ?」

「・・・香織、いい度胸」

「雫殿?私が何か心に障ることでもしたのか?」

 

雪煙といい熱線といい人型といい、のんびりしている暇はないのだが、それでも確認せずにはいられず、人型の足止めをしつつも問い詰める。

それでようやく呆然自失としている状態から元に戻り、動揺をあらわにした。

 

「ち、違う!俺は、そんなつもりなくて、気がついたら・・・ホントなんだっ!」

「あ、ああ、そうだぜ!峯坂を攻撃するつもりなんてなかったんだっ!信じてくれ!」

「ごめんなさい、イズモ!でも、自分でもわけが分からないのよ。敵を斬るつもりだったのに・・・」

 

必死に弁明しているが、嘘をついている様子はない。どうやら、無意識のうちに狙ったようだ。

 

「ユエ、なんかごめんね!でも、分解砲撃するのは割といつものことだし、それはとりあえず置いておいて」

「・・・置くな、ばかおり!」

 

ユエは額に青筋を浮かべているが、事実だからしょうがない。たしかに、今は置いておくのが吉だ。

香織も真剣な表情で報告を行う。

 

「たぶん、誘導された。攻撃する一瞬前に囁き声が聞こえた気がしたの」

「なるほど。無意識領域への干渉か。だとすれば、あの囁きは一種の刷り込みだったってことか」

「チッ、天之河たちの攻撃対象のばらつきはそういうことか」

 

俺なんて、一番天之河のヘイトを稼いでそうだしな。

 

「となると、解除は・・・」

「魔法的要素だけじゃないだろうし、難しいな」

 

おそらく、あの囁きだけでなく、ひたすらに長い道のりによる精神的摩耗も、この暗示にかけやすくするための伏線のようなものだったのかもしれない。

俺も試しにマスケット銃を生成して撃ちぬこうとするが、やはりというか、勝手に銃口が天之河の方に向いた。

俺がこいつにストレスを抱えているのは自分でもわかっていたし、意外でも何でもない。いきなり銃口を向けられたことに対して、天之河がギョッとしていたが、咄嗟に手首を返して明後日の方向に飛ばしたから問題ない。

だが、そうこうしているうちに、とうとう雪煙が地上にまで下りてきてしまい、視界が完全に閉ざされてしまった。

そこで、ハジメの目の色が変わった。

 

「めんどくせぇ。まとめて吹き飛ばす」

 

そう言って、ハジメはオルカンを取り出し、すべての人型と、ついでに氷片と雪煙もまとめて吹き飛ばす。

いや、吹き飛ばそうとした。

なぜなら、ハジメの放ったオルカンの掃射が、すべて俺に向けられたから。

 

「うそぉ!!」

 

突然のことに変な声を上げてしまうが、ギリギリ“界穿”を展開してターゲットを無理やり人型に変更させた。

おかげで、結果としては人型をすべて爆砕することができた。

だが、これはちょっと無視できないかな。

 

「ハジメ・・・」

「い、いや、その、悪い」

 

さしものハジメも、かなりばつが悪そうにしている。

俺、何かハジメに喧嘩を売るようなことってしたっけ?いやでも、普段の態度をしょっちゅう怒ってるから、それ関連か?

俺はさらにハジメを問い詰めようとしたが、その暇は与えられなかった。

上空からさらに追加で氷塊が降ってきて、雪煙や氷片もすぐに元通りになったのだ。

だが、まったく無駄だったわけではないらしい。

 

「ハジメ、1体減っている」

「・・・なるほど、1人1体倒さないと永遠に復活するらしいな」

 

最初は12体の人型がいたのだが、今は11体に減っている。最初から俺たちと同じ人数だったことを考えると、ハジメが言った通りなんだろう。

 

「なら、今度こそ俺がっ」

 

天之河が再び“天翔閃”を放つが、やはり俺に向けられている。

俺は軽く体をひねって躱すが、天之河は顔を青くし、坂上と八重樫も委縮する。

 

「結局どうするの!?」

 

谷口が、苛立ちと焦燥のこもった怒声を上げる。

周囲の雪煙は結界を投下しており、隣にいるティアですら霞んできている。

だったら、覚悟を決めるしかない。

 

「ためらうな!気にせずぶっ潰せ!」

 

幸い、攻撃を向けられているのは俺、イズモ、ユエだから、十分攻撃に対処できるし、1番危険なハジメの分はすでに倒されているから、これ以上ハジメの攻撃に気を遣う必要はない。

まぁ、俺たち以外に向けられたら、ご愁傷様ってことで。

天之河たちだって、このままおんぶに抱っこというわけにもいかないだろうし、もう十分すぎるくらいにフォローはした。後は自分でどうにかしてもらおう。




「姿が見えなくても、対象で誰がやったのか丸わかりってのがなぁ」
「・・・峯坂は、最初から分かっていたように見えたが?」
「何言ってるんだ、当たり前だろ?」
「なんで堂々としてるんだよっ」
「隠す気がないのも問題ね」

アンチ光輝を微塵も隠そうとしないツルギの図。

~~~~~~~~~~~

サブタイ考えるのも難しくなってきました・・・。
この辺りは、展開を考えるとどうしても原作や他と被りがちになるんですよね。

それとですね、今週からは学祭の準備でそこそこ忙しくなるので、その間は投稿が難しくなります。
多分、次回は早くても今週末とかその辺りになると思います。


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その瞳に映るのは

「さてと、指示は出したし、まずは自分の方だな」

 

そう呟きながら、俺は目の前の人型に向き直り、

 

「“魔眼”、“熱源感知”」

 

以前まではできなかった、“天眼”の技能の同時発動を行う。

それによって、今の俺には無数のレーザーの軌跡、人型と他のメンバーの位置がはっきりと見える。ちょうど真横から来たレーザーも、軽く後ろに引くだけで回避する。

 

「本当に、昇華魔法様様だな」

 

解放者たちからすれば、俺たちの攻略の順番は少しずれているんだろうが、そうなってしまったものはしょうがない。利用できるものは利用させてもらおう。

双剣では魔石を貫けないと判断し、物干し竿を生成する。

俺は人型に飛び掛かり、さっさと斬り伏せて終わらせようとするが、

 

「おうっ!?」

 

放った斬撃は明後日の方向に向けられ、無茶な位置だったため体勢を崩してしまう。

そこを狙ったかのように、人型はハルバードを振り下ろし、

 

「ちっ」

 

それを予測していた俺は、柄でハルバードの斬撃を逸らして事なきを得た。

着地していったん飛びずさり、斬撃を放ってしまった方向を確認する。

 

「ま、そうだよな」

 

そこには、当然と言えば当然だが、天之河の魔力が見えた。

この試練の厄介なところは、無意識に放ってしまうことにある。そのため、事前察知がかなりしにくい。俺なら“無意識の意識”の心得はあるが、目の前の人型と周囲の無数のレーザー、天之河や坂上からのフレンドリーファイアを同時に対応しながらというのは、さすがに難しい。

・・・せめて、遠藤相手にも使えるようになればいいんだけどなぁ・・・3回に1回は見逃すもんなぁ。

まぁ、それはともかく、若干めんどくさい状況だが、それでも対策は思いついていた。

周囲のレーザーを躱しながら呼吸を整えた俺は、再び人型に肉薄する。

人型は俺に向かってハルバードを振り下ろすが、難なく回避し、物干し竿を一閃させる。

振り上げた物干し竿は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。人型は物言わぬ氷塊になり、俺の目の前に出口へとつながるトンネルが形成された。

 

「ふぅ、上手くいくもんだな」

 

今俺がやったのは、簡単な話、最初から天之河ごと斬れる位置に移動しただけだ。無意識に攻撃を放ってしまうなら、人型を巻き込むつもりで攻撃すればいいと考えた。これなら干渉されようがされまいが関係ないと思ったが、予想以上に上手くいった。

天之河が聞いたら、また文句を言われそうな気もするが、俺の知ったことではない。

 

「おっと」

 

そこに、今の思考を察せられたのかどうかはわからないが、天之河の“天翔閃”が俺に迫る。もちろん、“魔眼”で核を見抜いてあっさりと斬り落とす。

今頃、天之河は顔を青くしているのだろうか。

 

「まぁ、それも知ったことじゃないんだけどな」

 

とにかく、俺の分はさくっと終わらせた。あとは他のメンバーの様子を見ることにしよう。

幸い、だいたいの動きだけなら見えるだろうし、ハジメのクロスビットもある。まったく様子がわからないことはないだろう。

 

「お、早かったな」

 

雪煙のトンネルを抜けると、ハジメが腕を組みながら待っていた。

 

「これくらいはな。ユエたちの方は・・・見事に分断されているな」

 

“魔眼”と“熱源感知”を併用して観察するが、見事にバラバラにされていた。この状態だと、谷口の負担がかなりのものになるだろうが、他が倒しても復活するだけだし、見守るしかない。

ていうか、本当にぼんやりとしか見えないから、もっときれいに見たいんだが・・・

 

「う~ん、ブリーシンガメンを使えばいけるか?」

 

ものは試しにと、ブリーシンガメンを八咫烏にして飛ばしてみる。

すると、不思議とレーザーは当たらなかった。

 

「ふーん?攻略したら攻撃はされないみたいになっているのか?」

 

正解なんて知りようもないが、楽に見れるならそれに越したことはない。

さっそく、早く終わりそうなところに飛ばす。

まずは、シアの方から見ようか・・・

 

「うりゃああ!ですぅ!」

 

見えた瞬間には、すでに魔石を体ごと破壊したところだった。

まぁ、シアは誰かに攻撃を向けることもなかったし、攻撃を向けられてもどうにでもなるメンバーだ。心配するだけ無駄だったな。

なら、次はティアの方を・・・

 

「あ、ツルギ!」

 

・・・見ようと思ったら、すでにこっちに向かってきてた。

あれ?見る意味、なくね?

 

「ツルギ?何してるの?」

「他のみんなの様子を見ようと思ったんだが、シアとティアは見る前に終わってな・・・」

「ふふっ、これくらい、どうってことないわよ」

「だろうなぁ」

 

まぁ、過ぎてしまったことは仕方ない。

幸い、他はまだのようだし、今からでも遅くはない。

俺は宝物庫からフリズスキャルヴを取り出し、映像を映し出した。

 

「さてと、ひとまずはイズモにユエ、香織、一応ティオも見とくか」

「ティオは一応なのね」

「ドMの変態にはそれくらいでいいだろ」

「一応言っておきますけど、ティオさんをそういう風にしたのは、紛れもなくハジメさんですからね?」

 

いつの間にかハジメとシアも追加して、鑑賞会みたいな感じになった。

ひとまず、さっき言ったメンバーのところに飛ばしてみる。

 

「イズモは・・・さすがだな。レーザーを避けながら重力魔法と空間魔法で対応している。得意な火魔法はほとんど使えないし、闇魔法もそれ自体に攻撃力はないから、少し心配だったんだが・・・」

「すげぇ身のこなしだな。あいつ、実はくノ一だったとか、そんなオチじゃないだろうな?」

「格好はくノ一そのものだけどな」

 

ティオの服もそうだが、竜人族や妖狐族は多分、日本でいう江戸時代辺りの文化が根付いているのかもしれない。この世界での東洋がどういうものかはわからないが。

 

「この調子なら、問題はなさそうね」

「だな。ティオの方は・・・」

 

そう言いながら、ティオの方に近づける。

そこには、

 

「うそ、だろ・・・?」

「あり、えない・・・」

 

俺とハジメは、揃って絶句してしまった。

なぜなら、

 

「あのティオが、避けながら攻撃している、だと?」

「いえ、それが普通ですからね?ティオさんがいろいろと普通じゃないだけで」

 

シアから呆れながらツッコまれるが、それにしたっておかしい。

いつものティオなら、レーザーを受けつつ恍惚の表情を浮かべながら戦うものだと思っていたのに。

まさか、これが話しに聞いたスーパーティオさんの一端なのか・・・

 

「あ、なんか顔を赤くしてはぁはぁし始めましたね」

「ハジメとツルギのSっ気を感じたのかしら」

「やっぱ、変態は変態か」

「期待した俺たちがバカだったな」

 

やはり変態は変態だった。

いったい、いつになったらスーパーティオさんが見れるのか。

まぁ、期待はしないでおこう。

あとは、ユエと香織か。

 

「あ、ユエさんの方は今終わりましたね」

「まぁ、順当と言えば順当か」

 

ユエは魔法に限れば俺たちの中でも特に攻撃手段が多い。火と水が使えなくても、“雷龍”でパクリといったようだ。

 

「香織の方は、苦戦しているな」

「さっきから攻撃がちょいちょいユエの方に向かっているからな。事前に察知もできないし、俺たちの中だと一番苦労するか」

 

実際、ユエと香織は傍から見ればかなり仲がいいが、香織がユエに対していろいろと思うところがあるのは最初からわかっていたことだ。しょうがないと言えばしょうがないのかもしれない。

となると、ユエはもう終わったから香織も少しは遠慮しなくても・・・

 

『ユエ~!45度でおねが~い!』

 

そう思っていたら、まじで1ミリの遠慮もない特大の分解砲撃を放った。

攻撃はユエに誘導されたままで、一直線にユエに向けられているが、ユエは香織の簡単な指示だけで意図を察したようで、すぐに“禍天”で分解砲撃の軌道を捻じ曲げて人型を消滅させた。

まさに、息ぴったりの連係プレイだったのだが・・・

 

「ユエの顔。これはとことん香織がいじめられるやつだな」

「まぁ、クリアできたならいいんじゃないか?」

「香織さんのこの後が少し心配ですけどね・・・」

「そっちも、仲がいいから大丈夫なんじゃないかしら?」

 

他人事みたいに話す俺たちだが、実際、他人事だし、悪いことでもないから大丈夫だろう。

そこで、ティオとイズモもちょうど人型を倒し終え、俺たちのところに向かってきた。

 

「お疲れ様、イズモ」

「あぁ、得意な魔法が使えなくて苦労したが、無事撃破できた」

「頑張ったな」

「んみぃ~!助けて~!」

「それで、ご主人様にツルギ殿よ。それは何を見ておるのじゃ?」

「これか?見ての通り、俺が八咫烏を飛ばして様子を見ていたんだ」

「あれ?誰か反応してよ~!助けて~!」

「・・・誰にも助けさせない。それに、私の手をわずらわせるなんて、いい度胸」

「あっ!ちょっと、ユエ!変なところ触らないで!」

「・・・わき腹を変なところと言うなんて、やっぱり香織はむっつり」

「別に私はむっつりじゃないもん!そういう発想を思いつくユエの方がむっつりでしょ!」

「・・・反省が足りない?本当にいい度胸」

「あっ!?そこは本当にダメだって!もうっ、せいっ!」

「ひゃんっ!?」

「ぷぷぷっ、ひゃん!だって、や~い」

「・・・本当に、いい度胸。そんなに調子に乗るなら、覚悟して!」

「望むところだよ!さっきまでは悪いって思ってたけど、私だってやるときはやるんだから!」

「・・・やれるならやってみろ!」

 

にゃー!にゃー!むいっ、むいっ!フシャー!

 

・・・あえてスルーしていたが、やはり思う。

 

「・・・本当に、仲がいいなぁ」

「やるときはやるって言っても、それは今なのか?」

「さぁな」

 

少なくとも、シアがちょっとジト目になるくらいには違うだろう。

俺としては、やりたいようにやらせればいいと思うが。

 

「さて、後は勇者パーティーだけだな。まずは、八重樫の方を見てみるか」

「どうして?」

「この中で1番早く終わるだろうからだ」

 

実を言えば、本当は少し心配だったからだが。

この迷路の囁きによる消耗度合いは、八重樫が天之河に引けをとらないレベルだ。本人は隠そうとしているようだが、少なくとも俺と香織、谷口、ティアにはばれている。

それに、八重樫の場合、隠すというよりは認めようとしないというのも僅かに存在するので、俺たちから何か言ってもあまり意味がない。

できるだけ、俺の方からもフォローを入れてはいるが、どこまで効果があるか・・・。

そう思っていたが、

 

『これで終わりよ!“衝破”!』

 

八咫烏を向けてみれば、ちょうど八重樫が鞘の先端を魔石に押し当てて砕くところだった。魔石を破壊された人型は、ただの氷塊となって崩れ落ちる。

八重樫の方も、それなりにボロボロだったから無事とは言い切れないが、すぐにわかるレベルの重傷はなかった。

 

「おーい、香織ー。八重樫がボロボロで突破したから見てやってくれ」

「え、本当?!わかったよ!」

「へぶぅ!?」

 

俺の言葉に反応した香織はユエを引きはがして立ち上がった。引きはがされたユエは顔面を強打して変な声をあげていたが、香織は目もくれずに八重樫の前に現れたトンネルを進んで駆け寄っていった。八重樫は、このまま香織に任せておこう。

さて、次は誰を見に行こうか・・・

 

「お?」

「・・・ん?」

「ふむ?」

「あらら?」

「ほう?」

「ふふっ」

 

すると、それぞれから意味ありげな声が聞こえた。なにやら、フリズスキャルヴの映像を見てニヤニヤしている。

俺はちょうど見ていなかったから、何があったのかわからないんだが。

 

「なんだ、何かあったのか?」

「いやぁ、別に?何も?」

 

俺の問い掛けに、ハジメがうざったらしく返してくる。

ティアの方を見ても、にこにこしているだけだ。

何があったんだ?

正直気になるが、八重樫が香織の肩に支えられて来たから、その思考をやめる。

 

「・・・ありがとう、香織。もう大丈夫よ」

「よかった・・・たくさん怪我してたから、オルクスの時のこと思い出して焦っちゃったよ」

「あの時に比べればずっとマシでしょう?少なくとも腕一本持っていかれたりはしてないわ。この程度、軽傷、軽傷♪」

 

無事、香織に治療してもらった八重樫だったが、かなりボロボロだったのにそれでも強がっている。香織の方も、困ったような笑みを浮かべている。

そして、ティアにも思うところはあったのか、

 

「シズク。シズクはもう少し、わがままを言ってみたらどうかしら?」

「ティア?」

「私たちも、シズクのわがままだったら受け入れるわよ?」

 

ティアの言葉に八重樫は困惑するが、香織もその通りだと言わんばかりに頷いている。

そして、困惑する八重樫をティアが抱きしめ、香織が魂魄魔法をかける。八重樫も、泣くのを堪えるように震えながらティアを抱きしめ返す。香織も、その様子をにこにこしながら見ていた。

その様子を、俺は感心半分面白半分で見ていたのだが、それに目ざとく気づいた八重樫が俺の方を少し頬を染めながらも威嚇してきた。

 

「・・・何よ?何か言いたいことでも?」

「いや、ずいぶんと仲良くなったもんだと思ってな。ぶっちゃけ、香織と同じかそれ以上なんじゃないか?」

 

少なくとも、最近八重樫が一緒にいる時間が多いのはティアだと思う。どちらかと言えば、香織がユエの方に行っていると思えなくもないが。

 

「そうね。私にとってシズクは親友だわ」

「ティア・・・」

 

そう言い切るティアに、八重樫がハッとティアの方を見て、様々な感情がこもったようにつぶやく。

 

「そうですねぇ。たしかにその通りです~」

「新たな親友ができるのはいいことじゃな」

「・・・香織が、まるでオカンのよう」

「ユエぇ!」

 

この様子を見て、シアやティオ、ユエも同意する。

いや、ユエはいつものからかいだった。まぁ、たしかにそんな風に見えなくもなかったけど。香織と八重樫の立場が逆転・・・いや、香織が八重樫に世話焼こうとすることもあるし、そうでもないのか?

そんなどうでもいいことを考えながら、再びキャットファイトを始めたユエと香織を見ていると、八重樫が俺に声をかけてきた。

 

「ちょっと、峯坂君。あれ、止めなくていいの?」

「さっきもやってたし、別にいいだろ。それとも、構ってほしいのか?なんなら、あそこに参加してみたらどうだ?」

「そういうわけじゃないわよ!」

 

俺のからかいに八重樫がムキになって噛みついてきて、それが面白くてケラケラ笑っていた。

だが、いったん笑いを収めて、真剣な表情に切り替えた。

 

「八重樫は、もうちょい気を抜いていいと思うぞ」

「え?」

「真面目過ぎるってことだ。ただでさえあの囁き声で精神すり減らしているからな。こういうときは、一緒に騒いでリフレッシュすればいいだろ。ここには、お前が世話を焼かなきゃいけない奴なんていないからな」

 

俺の言葉に、八重樫は大きく目を見開いて黙ってしまう。

そこで俺は、第2波を放つ。

 

「というわけで、イズモ」

「承知した」

 

俺の指示に素早く従い、イズモは八重樫とティアの背後に回り込む。

 

「え、ちょっ、峯坂君?」

「せっかくだ。イズモのモフモフを堪能して疲れを癒すんだ」

「なっ、べ、べつにそんなの・・・」

「なんだ、イズモのモフモフが欲しくないのか?可愛いもの大好きな雫ちゃん?」

「う、うるさいわね!結構よ!ていうか、そのニヤニヤをやめなさい!」

「イズモ、やれ」

「うむ」

「ちょっと!人の話を・・・」

 

途中までは頑張って反論していたが、イズモの尻尾に包まれてからは力が抜け、口元をだらしなく緩めた。

思ったより早かったな、陥落するの。

和やかな雰囲気に内心ほっこりしながら、俺は傍らにゲートを開いた。

次の瞬間、雪煙の中で純白の奔流がほとばしり、同じく純白の砲撃が俺に向かって放たれた。

 

「峯坂君!」

「大丈夫だ」

 

元々こうなることを見越していた俺は、俺に向かって放たれた砲撃をゲートで誰もいない場所に飛ばした。

 

「天之河のやろう、相当焦っているな?」

 

あの純白の奔流は、限界突破を使った証だ。よほど切羽詰まっているようだ。

 

「まぁ、放っておいてもいいか」

「え?こ、光輝はいいのかしら?」

 

俺のあっさりとした声に、八重樫がちょっとおろおろしながら尋ねてきた。

 

「限界突破の派生を使ってないってことは、使わなくても大丈夫なくらいには余裕があるってことだ。それに、この試練は1人1体倒すことが条件だ。ここで手を出した方が面倒だぞ?」

「それは、そうだけど・・・」

「あのなぁ、さっきも言ったが、八重樫は世話を焼き過ぎだ。そんなんだから、お姉様とかオカンって呼ばれるんだよ」

「お姉様はともかく、オカンは峯坂君しか言わないでしょう!まったく、失礼だわ!」

 

そうは言うが、八重樫。口にしないだけで、同じこと考えている奴は結構いると思うぞ。

それはさておき、そろそろ他の様子を見るとするか。

 

「谷口は・・・あそこか」

 

残りで心配なのは、他と比べて攻撃手段が乏しい谷口だ。

アーティファクトによってある程度解消した問題ではあるが、さすがに心配なところもある。

そう思って八咫烏を飛ばしたが、それは杞憂だった。

谷口の魔力が見えた方へ飛ばすと、雪煙の中から2つの輝きが浮かんできた。

その正体は、“聖絶”の輝きだ。

1つは、谷口を守るためのもの。もう1つは、人型を覆っているものだ。

人型を覆っているのは、“聖絶・焔”。“聖絶”に火魔法を付与することで結界内部を超高熱の空間にするものだ。人型も必死に砕こうとしているが、そのたびに重ね掛けして破らせない。

おそらく、手持ちの魔法では攻撃力が足らず、“聖絶・刃”も力が足りなかったのだろう。だから、氷雪洞窟のギミックを無視できる結界内部で、時間をかけて倒す手法を選択したのだ。

 

『うっ・・・はぁ、はぁ、もう少し・・・もう少しで・・・』

 

とはいえ、最高位の結界の同時展開・展開維持は精神的にも魔力的にもガリガリと削っていく。これは、谷口の魔力と集中力が勝つか、人型の耐久力が勝つかの勝負だ。

 

『負けないっ。はぁ、はぁ。何があっても、絶対に鈴は、恵里ともう一度話すんだからぁ!』

 

おそらく、この最中にも囁き声が聞こえているに違いない。

それでも、谷口の心は折れない。折れそうになる心を、雄叫びをあげることで奮い立たせる。

 

「鈴ちゃん・・・」

「よく頑張っておるな」

「あぁ。この調子なら、問題ないだろう」

「そう、ね」

 

谷口の様子を見た八重樫は、少し呆然としていた。

だが、それでいいと俺は思う。

たとえ八重樫が世話を焼かなくても、自分で何とかできる人物もいるとわかれば、何かが変わるだろう。

さて、後は坂上の様子を見るとするか。

坂上の方は・・・

 

『うぉおおおおおおおおおっ!!』

『ガァアアアアアアッ!!』

 

・・・なんともあほらしい光景が広がっていた。

坂上が人型をぶん殴るのはまだいい。

問題なのは、人型の方もハルバードとタワーシールドを捨てて殴り合っているということだ。

 

「おぉ!素手でのインファイトとは燃えますね!」

 

俺たちの中で唯一シアは感心していたが、他の俺たちは冷めた疑問でいっぱいだった。

なぜ、一歩も動こうとしないのか。

なぜ、人型まで武装を解いて素手なのか。

なぜ、お互いノーガードなのか。

なぜ、左の頬を殴られたら左の頬を殴り返し、右の頬を殴られたら右の頬を殴り返すなんて、不良のケンカのような殴り合いをしているのか。

 

「あぁ、バカだからか」

「脳筋だからだろ」

「ひ、否定できないわね・・・」

「龍太郎くん・・・」

 

まさかこの後、人型と友情を育むような場面までいったりしないだろうな?

見たところ、坂上に致命傷はないが、体のいたるところに傷がある。

おそらく、レーザーを避けながらの攻撃に業を煮やし、「自分が倒れる前に倒せばいい!」という結論に至ったのだろう。それだと人型の件が説明できないが、脳筋の考えることはわからないから頭の隅に追いやった。

 

「幸い、坂上もこの調子なら倒せるだろうが・・・香織。お前の幼馴染のことだ。頑張って治してやれよ」

「痛みだけ残す回復魔法ってなかったかなぁ」

 

さり気に怖いことを呟く香織だが、坂上の場合はまじでそれくらいしないと脳筋が治りそうにないのが悲しいところだ。

それから数分後、まず最初に天之河が人型を撃破し、“限界突破”の副作用である倦怠感に耐えながら、聖剣を杖代わりにしてトンネルを通ってきた。

次に、谷口が人型を撃破し、こちらも杖を支えにふらふらと倒れそうにしながらも歩いてきたのを八重樫が急いで肩を貸しにいった。

最後に、坂上が人型を撃破したのだが、それと同時に倒れこんでしまった。明らかにまずい量の出血をしており、血の海に沈んだままなぜか満足そうな表情をしながら気絶している。

坂上に直撃しそうなレーザーは俺の八咫烏で防ぎ、その間に香織に回収してもらった。

香織がこちらに戻ってくる途中で、雪煙やレーザー、人工太陽の輝きが消え、門が新たに輝き始めた。

 

「これは、転移門だな。通り抜けたら出口・・・なんてことはないか」

「そうですねぇ。嫌な予感がプンプンとしますぅ」

「シアよ。大迷宮でいい予感などした試しがないであろう?」

「多分、次の試練があるんでしょうね。最後かどうかはわからないけど」

 

さすがの俺たちもため息をつくが、特にシアが憂鬱そうだった。

まぁ、物理に限れば無敵のシアだが、精神面ではその限りではない。そうなる気持ちもわかる。

香織がこちらに戻ってきたところで、まとめて回復してもらった。

そこに、天之河が俺に近づいて来たんだが、無言かつ四つん這いで近寄ってくるのはどこか不気味だった。

 

「・・・峯坂・・・俺の攻撃が・・・悪い」

 

暗鬱とした表情で謝罪するが、その声に生気はこもっておらず、さらに嫌な予感がしてきた。

 

「気にするな。あれくらいならどうってことない。てこずるくらいなら、最初からやってても構わなかったさ」

「・・・そうだな。俺の“神威”が飛んできたはずなのに、お前は汚れ1つ付いてない。何をしても、お前には痛痒一つ与えられない。だから、俺は・・・」

 

俺としては当たり障りない程度に話したつもりだったが、その瞳には欠片の光も宿っておらず、浮かべる笑みも引きつっていた。

 

「光輝、大丈夫なの?何だかおかしいわよ?“限界突破”の副作用、そんなに辛い?少し横になる?」

「・・・」

 

八重樫が深い憂いを感じさせる声音で声をかけるが、それに対して天之河はなぜか怖れるような眼差しを向けた。

 

「・・・いや、いいよ、雫」

「そ、そう?」

 

だが、それは一瞬のことで、天之河はすぐに目を閉じて動かなくなった。

雫も何かしら思うところはあったようだが、結局大人しく身を引いた。

そして、天之河は俺にちらりと視線を向ける。

そこにあるのは、嫉妬、不満、憎悪など、様々な負の感情が入り混じった、どす黒い何か。

・・・本当に、厄介なコンセプトだ。

それからしばらくして、香織の治療が終わった。

 

「さて、ここで少し休憩するか?先に進むか?」

「先へ進もう」

 

俺が問いかけると、天之河が少し食い気味に、やけに強い口調で言ってきた。その視線は、俺から逸らされたままだが。

俺は軽く肩を竦めてから周りに確認するが、異論はないようだった。

 

「そうか。それなら、行くとするか」

 

俺の言葉と共に、俺たちは光の門の中へと入って行った。




「ねぇ、ツルギ。さっきシズクのことをちゃん付けで名前で呼んでたけど、どうして?」
「別に、他意はねぇよ。それよりも、さっさとイズモの尻尾の中に埋まったらどうだ?」
「わかったわよ。えい!」
「ちょっと!ティわぷっ!?」
「おっと、危ないから急に飛び込まないで欲しいんだが」

「・・・あれをどう思う?」
「・・・時間の問題」
「・・・そうですねぇ。雫さんは向こうに行きましたかぁ」
「・・・割とまんざらでもなさそうだよね」
「・・・なに、悪いことにはならなかろう」

ツルギサイドとハジメサイドに分かれ始めた瞬間。

~~~~~~~~~~~

お久しぶりです。
学祭を満喫しました。
同じくらいに疲れもしましたが、満足です。

だいぶ間が空いてしまいましたが、次からは、いつも通りくらいの投稿頻度に落ち着くと思います。


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自分との戦い

光が収まり目を開けると、そこは2m四方の通路だった。

ついでに言えば、

 

「分断されてるなぁ」

 

光が収まる直前に周囲の気配が消えていったのはわかっていたから動揺もしないし予想もしていたが、実際にそうなったらなったでため息の1つもつきたくなってしまう。

まぁ、わかりきっていたことだしと、先に進むことにした。

一歩足を進めるごとに足音が鳴るんだが、それがやけに反響して耳に入り、俺の心に響いてくる。その感覚がなんだか気持ち悪い。

そんな感じで歩くこと10分ほど。通路を抜けると、大きな部屋の中央に巨大な氷柱が立っていた。直径がかなり大きく、円形なのに俺の姿が真っすぐに映る。

他に通路もないし、そのまま道なりに真っすぐ進んで氷柱に近づいてみる。

そして、それを姿見代わりに全身をくまなく見てみたが、

 

「・・・やべぇな。傍から見れば、完全にコスプレじゃねぇか」

 

どこからどう見ても某アーチャーの服なこと、そして、ここ最近は自分の服装に違和感を持たなくなったことに、俺は思わず四つん這いになって突っ伏す。

いや、ハジメよりかはまだいいかもしれないけどな?まだアキバに行けば問題なく溶け込めそうではあるけどな?それでも、そのことを受け入れつつある自分を自覚すると、やっぱ、俺もハジメと似た者同士なんだなって思ってしまう。俺は中二病をこじらせたりなんてしてないのに・・・

 

「・・・たしかに、これだと日本での居場所がなくなってもおかしくはないなぁ・・・」

 

白髪眼帯に黒ずくめのハジメに比べれば、まだマイルドではあるが、それでも腹部とかそこそこ露出があるこの服装は、俺が通報されてもおかしくないかもしれない。

 

『そういう意味じゃねぇよ』

「・・・やっぱり、そうなるか」

 

部屋の中に聞き慣れた声が響き渡り、俺は顔を上にあげた。

そこには、()()()()()()()()()姿()があった。

そう、俺は四つん這いになっていたのに、壁に映っている俺の姿は立ったままだったのだ。

 

『やっぱり、動揺はしねぇか。予想通りか、()?』

「当然だろう。この大迷宮のコンセプトは、だいたい予想がついている。その上で、天之河の証言を考慮すれば、いずれこうなるとは思っていた」

 

だから今さら動揺することもないが、壁の中の俺はニヤニヤと笑うだけだ。

 

『ちなみに、コンセプトってのは?』

「お前が俺だと言うんなら、それくらいわかるんじゃないのか?」

『いやいや、たしかに俺はお前だが、全てじゃない。それもわかっていただろう?』

「まぁな」

 

いくら大迷宮と言えど、本人とそっくりそのままの偽物を作り出すことはできない。それはハルツィナ樹海が証明している。

目の前の俺・・・虚像が『全てじゃない』と言ったのが、それを裏付けている。

おそらくこれも、大迷宮が用意した試練の1つ。であれば、答え合わせも必要だということか。

俺としてはめんどくさいが、仕方なく答えることにする。

 

「この大迷宮のコンセプトは、自分の嫉妬や憎悪、逃避したい現実、その他諸々の自分の“負の側面”に打ち勝てるか。要は、“自分に打ち勝つこと”が攻略の条件だろう?大方、神とやらにつけ込まれないための試練ってところか」

『さすがは俺だ。まったくもってその通りだ』

 

満足する回答だったのか、虚像の俺がわざとらしい仕草でパチパチと拍手する。

ずいぶんとムカつく面だ。偽物とはいえ、俺とは思えない。

だが、そのムカつく面は、拍手が終わると同時に豹変した。

目は赤黒く光を放ち始め、髪や装備はツートンカラーに、肌の色は魔人族に似た浅黒い色に染まった。

まるで魔物みたいだと考えながら、俺はトンッと軽く後ろに飛びのき、日本刀を生成した。

 

『はっ、やる気満々って感じだな』

 

そう言いながら、虚像は足を踏み出し、水面から出てくるように波紋を広げながら実体を伴って顕現した。

 

「まったく、どんな魔法を使えばそんな真似ができるのか」

『それを知ったところで、何かできるわけでもないだろう?』

「ただの興味本位だ。まぁ、おしゃべりはこれくらいにするとして・・・」

 

そう言いながら、俺は殺気を放ち、身に纏わせる。

虚像の方も、俺と同じように日本刀を手に持ち、俺と同じように殺気を身に纏わせる。

俺は、ハジメのように辺りに殺気をまき散らすような真似はしない。いつでも自在に形を変え、余計な人物には感じさせず、相手だけに鋭く向け、あるいはぼかして手の内を読ませない。その程度のことは、目の前の虚像も当然のようにできるらしい。

 

『さぁ、峯坂ツルギ。お前は、お前()に勝てるか?』

 

虚像の言葉と共に、俺と虚像は同時に前へと踏み出した。

刹那、ギィンッ!と甲高い激突音が響き渡る。そのまま、俺と虚像はつば競り合いの体勢に持ち込む。

初撃で打ち合った感じ、実力は俺とほぼ五分といったところか。

押し込まれはしないが、押し込むこともできない。

やむなく後ろに飛びずさり、今度はマスケット銃を10丁生成し掃射する。

虚像の方も、俺とまったく同じ動きで引き下がり、同じくマスケット銃を10丁生成、掃射した。

放たれた弾丸はすべて撃ち落とされるか、刀によって弾き弾かれ、お互いに傷1つつかない。

次に俺は刀を消して、代わりに白黒の双剣を生成する。

虚像も白黒の双剣を生成し、俺と同時に踏み込んだ。

互いに肉薄し、白黒の双剣を振るう。その動きはまったく同じで、すべて迎撃し、迎撃される。

お互いに手の内がわかりきっているから、迎撃も容易にできる。

お互いに、決め手に欠ける状況だ。

 

『はっ、やっぱり強ぇなぁ、(お前)?だが、わかっているんだろう?お前()は本当は弱いってなぁ?』

「あ?」

 

唐突に、虚像の口が開かれる。いきなり何を、とは思ったが、攻撃の手も迎撃の手も緩めない。

 

(お前)は、いつだって自分のことで精いっぱいだ。たしかにこの世界の人間や他のクラスメイトに比べれば強いだろうが、仲間内では何もかも中途半端でしかない』

 

たしかにそうだ。ハジメにはすべてのステータス値で、ユエには魔力で、シアとティアには身体能力で、ティオとイズモには精神力で、俺は足元にも及ばない。俺の持つ力は、そのすべてにおいて中途半端、言ってしまえば器用貧乏だ。

 

『特に、ハジメのことは最初は俺が守ってやるって息巻いておきながら、結局守り切ることができずに死なせそうになったし、今では守られる側だ。その力を、(お前)は羨ましく感じただろう?』

 

ハジメが得た力は、血反吐を吐くような、という生ぬるいものではない、まさに死に目に遭いながらも手に入れたものだ。その苦しさは、俺の想像できるものではないと、わかっている。

だが、もしその力が俺にあったら?という考えはぬぐい切れなかった。

 

『日本でもそうだ。(お前)は必死に強くなろうとしたんだろうが、それはどこまでも自分のためだけ。決して誰かのために動くことはなく、敵を作ることがほとんどだった。結局敵を作って、ハジメに迷惑をかける結果になった。お前は、ハジメに甘えてばっかりだった』

 

香織絡みのことだ。ハジメに突っかかる男子生徒を俺は力づくで追い払い、それによってハジメに直接危害をくわえてくるようなことはなくなったが、代わりに陰口を叩かれたり、陰湿な噂を流されることもあった。噂に関しては俺が出所を徹底的につぶしたが、陰口がなくなることはなかった。ハジメはいつも、あいまいに笑って受け流していたが、心労がなかったと言えばうそになるだろう。

 

『天之河のこともそうだ。あいつはいつも自分の力を誰かのために使っていた。自分のためにしか使えなかった(お前)と違って、何人も救ってきた。自分にできないことをやってのけていた。お前はそれに嫉妬していただろう?』

 

天之河の周りは、天之河が救った人間で溢れていた。いつも1人だった俺には、実現できない光景だった。どうして自分はできなかったのだろうと思うこともあった。

 

(お前)も、もうわかっているだろう?(お前)が天之河に強く当たっていたのは、ただの八つ当たりだ。ずいぶんと情けないよなぁ?これを知ったら、ティアやイズモはどう思うだろうなぁ?』

 

いつも強くいようと、自分の大切な人を守ってみせると言いながら、このようなみっともないことをしていると知られたら、軽蔑されるだろうか、見放されてしまうだろうか。

 

『お前の父親も、所詮他人でしかない。ティアやイズモへの思いだって、結局のところ甘えでしかない!(お前)は、いつになっても、どこに行っても、結局1人なんだよ!!』

 

そうだ。俺は今までずっと1人だった。今は一緒にいてくれているが、いつ離れるかわからない。

その光景を想像し、剣筋を鈍らせてしまった。

虚像はその隙を見逃さず、俺の双剣を弾き飛ばした。

俺は大きくのけぞってしまい、がら空きになった喉元に虚像は流れるような動きで黒い剣を首に突き刺そうとし、

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はその攻撃を、黒剣の柄で防御した。

 

『は?』

 

それが信じられなかったのか、虚像はアホみたいに口を開けて呆ける。

俺はその隙を見逃さず、隙だらけの横っ腹に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。

蹴り飛ばされた虚像は壁に巨大なクレーターを作って陥没して止まった。

 

『がふっ。ど、どういうことだ。今言ったことは、たしかにお前が抱える闇のはず・・・』

「まったく。コンセプトがわかっていたとはいえ、こうも分かりきったことばかり言われると、むしろこっちが呆れる。やっぱ、所詮は紛い物か」

 

たしかに虚像の言う通り、今言われたことは事実だ。少なくとも、否定はしきれない。

だが、それだけだ。俺からすれば事実確認でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない、なんともつまらない内容だった。途中あたりから明らかに盛ってきたし。

内心で呆れ果てている俺は、1つずつ訂正を入れていくことにした。

 

「俺が弱いからティアやイズモが離れていく?だったら、2人はとっくに離れている。なんせ、情けないところなんてすでに何度も見せてるからな」

 

ティアには胸の中にうずくまって泣いたところを見せたし、イズモにも思わず弱音を吐いて抱きしめられたことだって何回もある。

俺としてはむしろ、そっちの方が軽く黒歴史なんだけどな。

続いて、

 

「天之河の八つ当たりの理由をすり替えられても困る。あのバカにできて俺にできないことがあるってのは、まぁ、たしかに事実なところもあるんだろうが、それは別に大したことじゃない。それ以上に俺は、あいつのガキみてぇな性根にストレス抱えてるんだよ」

 

あんないい年して「自分は悪くない!」って自分の非を認めようとしない奴は、初めて見たよ。しかも、八重樫が苦労しているのにも気づかず、ご自慢のご都合主義で「俺が守る」などとほざいている始末。むしろ、俺が八重樫のフォローに回ることの方が多かった気さえするんだが?

そんなガキみたいな面倒ごとばかり引き起こすから、俺はストレスを抱えているわけで、だから八つ当たりしているんだよ。

八つ当たりしてること自体は認めるよ。実際そうだし。これに関しては開き直っていいと思っている。周りにも同じこと言ってるし。

最後に、

 

「俺が1人になるからなんだ?ただ、それを指くわえて見ているだけだと思ってるのか?どんな手を使ってでも離れさせねぇし、離れてもまた引き寄せる。俺も親友や仲間にならって、それくらいの覚悟は済ませた」

 

ハジメは言った。たとえ化け物でも、ユエたちと一緒に過ごすと。

ユエも言った。たとえ裏切られても、ハジメを逃がさないと。

だったら、俺もそれくらいの気概を見せなきゃだめだろう。俺だけ、弱気になっている場合ではない。

俺だけそんなんでは、ハジメやユエに笑われてしまう。

とはいえ、曲がりなりにも相手は大迷宮の試練。この程度では引き下がらなかった。

 

『だ、だが、実の母親を殺した十字架は、一生お前にかかる。そんな状態がいつまで・・・』

「あぁ、それなら、俺にも少し思うところがあってな」

 

それは虚像の言う通りだ。

日本では、俺は実の母親を殺した罪にさいなまれていた。だから、ひたすら自分を鍛え、あの日のことを乗り越えられるようにとがむしゃらに走り続けた。ティアにも話し(意図せずハジメたちにも聞かれたが)、そんな俺を受け入れてくれた(ちなみに、香織と八重樫にもティアからその話を聞いたと本人たちから聞かされ、軽く頭を抱えた。2人に嫌悪されたり突き放されたりしなかったのは救いだったが)。

それで、俺の精神にも余裕ができたからだろうか、あることに気づいた。

 

「たしかに俺は母さんを殺した。それは紛れもない事実だ。だが、おかしいんだよ」

『おかしい、だと?一体なにを・・・』

「いくらお互いに錯乱していたとはいえ、俺に戦闘の才能があったとはいえ、たかだか5歳のガキが覆いかぶさった大人から刃物を奪って逆に刺し返すなんて、できるはずがないんだよ」

 

たしかに、武術には相手の武器を奪って相手を斬り伏せる技術は存在するが、それでも限度はある。例えば、あまりにも体格差が大きいときとかだ。昔の俺と母さんはそれに当てはまる。

であれば、何があったのか。その辺りが、俺の記憶の空白に関連することなんだろうが、1つだけ推測することができる。

それは、

 

「俺が母さんを刺したんじゃない。母さんが自分で自分を刺したんだ。丁寧に、柄を俺に持たせてな」

 

その意図は、俺にはわからない。過去視で俺の記憶を探るにしても、魔力が足りず断念。結果、肝心なことはわからずじまいだ。

思えば、父さんが殺された件も不自然なところがあった。以前、俺は父さんが殺された事件をこっそり調べたことがあるんだが、俺の調べられる範囲では「通り魔に殺害された」以上の情報はどこにもなかった。最初は「まだ犯人は捕まっていないのか」くらいにしか思っていなかったが、犯人の名前はおろか、特徴を示した手配書や逮捕状のデータさえもなかった。

つまり、

 

「俺は、事件に関するすべてのことを知らない。だったら、何が何でも真相を確かめるまでだ。幸い、それができそうな手段はあるからな」

 

そのためにも、ここで立ち止まっているわけにはいかない。

 

「だから、お前をさっさと片付ける。いつまでも邪魔してんじゃねぇぞ」

 

そう言って、俺は再び日本刀を生成した。

 

『・・・まったく揺るがないな。だが、そのままでは(お前)には勝てねぇぞ』

 

虚像の方は、悪態をつきながらも立ち上がり、同じように日本刀を構えた。

だが、

 

「なんだ。まさか、まだ互角とでも思っているのか?」

『? どういう・・・っ!?なぜだっ、なぜ急に弱体化されてっ』

 

虚像は、突然の事態にうろたえる。

“看破”で虚像のステータスを見れば、先ほどの3分の2ほどまでに下がっていた。

この現象を引き起こしたのは、俺だ。

 

「やっぱりな。互角のまま決着がつかないなら、試練にならない。なら、弱体化する方法があると考えるのは難しくない。コンセプトがわかっているなら、その方法だってすぐに思いつく」

 

大方、自身の精神の強化か、言われたことを認めたうえで前に進む意思を見せることだとは、すぐに予想がついた。だから実践してみたが、どうやら当たりだったようだ。

 

『だがっ、なぜこうも急に!そんな予兆なんてなかったはず・・・まさか・・・』

 

言っている途中で気づいたのだろう、あり得ないと言った風につぶやいた。

 

『コントロールしたというのか、自分の精神を・・・』

「元々、日本にいたころの鍛錬はそれが目的だったんだ。できないはずがないだろう」

 

日本で武術の鍛錬をしていたのは、精神修行が目的だった。これくらい位の芸当なら、俺でもできる。

 

「まぁ、ティオとかイズモなら大迷宮に悟らせずに強弱のコントロールすることもできるだろうが。俺にできるのは、せいぜいやせ我慢くらいだし」

 

ユエよりも長く生きてきたあの2人は、精神力チートと言っても過言ではない。ティオはあれだが・・・竜人族の矜持はまだ生き残ってるようだし、大丈夫だろう、うん。

 

「さて、おしゃべりはこれくらいにするとして・・・さっさと構えろよ。これで終わらせるんだからな」

 

俺はそう言って、刀を水平に、腰だめに構え、

 

「“禁域解放”」

 

昇華魔法による、疑似“限界突破”の強化を施した。

虚像は、何かに納得したように苦笑した。

 

『・・・なるほどな。お前()はこの試練を、それこそこの世界に来る前からクリアしていたということか。だが、一部の開き直りは感心しないな』

「俺の親友は、それこそ全部開き直りで攻略してそうだが?」

 

頭の中では、何を言われても「そんなもん知らん、死ね」とドパンする親友が簡単に想像できてしまう。

さすがに、それはないと思うが・・・言いきれないのが悲しいところだ。

虚像はさらに苦笑を濃くしながらも、俺と同じ構えをとった。

そのまま機会をうかがい・・・俺と虚像は同時に踏み出した。

 

『秘剣・燕返し』

 

虚像から放たれるのは、瞬間3連続斬撃。俺の持つ攻撃の中でも、特に殺傷能力の高い攻撃だ。

だが、俺よりもステータスが低い上に、俺が繰り出すのは、さらに早く、3回分の攻撃を一回にのせた斬撃。

 

 

 

その名も、

 

 

 

「一閃」

 

 

俺の攻撃は、虚像の刀を両断し、そのまま虚像を袈裟斬りした。

攻撃をもろに受けた虚像は、そのまま地に倒れ伏し、塵となって消え去った。

 

「・・・終わってみれば、あっけないもんだったな」

 

最初から俺には相性のいい試練だと思ってはいたが、ここまで拍子抜けだとは思わなかった。

まぁ、これで俺は大迷宮を攻略したということでいいんだろう。

氷柱の方を見ると、一部が溶け出して新たな道が生まれた。

おそらく、どこかにつながっているんだろう。大方、他のメンバーのところに出るといったところか。

 

「さて、あと2人ほど心配な奴はいるが・・・」

 

どのみち、俺が手を出してもあまり意味はない。あくまで攻略に必要なのは本人の意思だ。

だが、もし必要になったら、その時はフォローくらいはしてやろうと心に決め、新たな道へと足を踏み出した。




「エ〇ヤのコスプレなら、ポーズも考えた方が・・・?いや、それだと俺もハジメと同類に・・・いやでも、ティアからねだられる可能性も0ではないし・・・でもハジメの同類になるのは、いやでも・・・」
『いつまでくだらないことで悩んでるんだよ』

割とどうでもいいことで真剣に悩むツルギに虚像が呆れるの図。

~~~~~~~~~~~

いやぁ、思った以上に虚像の台詞選びに苦労しました。
一応、自分ではけっこういい感じになったかなぁ、とは思っています。

学祭も終わって久々に投稿したら、2度目の日間ランキング10位台で驚きました。
この作品も、いつの間にか人気になったんだなぁ、と書き始めた当初からは想像もしなかった事態に、うれしさ半分感慨半分です。
最初の方は、というか、わりと今も書きたいから書いているという感じなので。
これからも引き続き、面白い作品作りを心掛けて頑張っていきます。
・・・日間ランキングにのるたびに、こんなことを言いそうな気がしてきました。


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想いのままに

ある空間では、激しい剣戟音が鳴り響いていた。

そこでは、雫と虚像が互いに黒鉄を振るっていた。

だが、虚像は無傷のまま余裕の表情で、雫はあちこちを切り裂かれて苦痛の表情で戦っている。すでに戦い始めて15分ほど経過しているが、相手にはかすり傷1つつけられず、自分が傷を負うばかり。

その原因は、虚像から発せられる言葉にあった。

 

『本当は剣術なんてやりたくはなかった』

『光輝がもたらしたのは、貴女に対するやっかみだけだった』

『光輝を好いてる女の子の一人に言われた言葉。“あんた、女だったの?”って。ショックだったわよね?』

『本当に、貴女は優柔不断で中途半端ね』

 

雫が剣を握ったのは、4歳の時だった。

竹刀を持たせた祖父は、あくまでお遊び程度のつもりだったのだろう。

だが、幸か不幸か、雫は4歳でその才能の片鱗を見せてしまった。

八重樫家は代々古武術を受け継いでおり、雫がその才能を持っていたことに祖父だけでなく家族も喜び、道場のみんなもすごいとほめたたえた。

だが、当時から“女の子”であった雫は、本当は可愛らしい服を着たり、人形遊びをしたかった。

もちろん、八重樫流の技を覚えることに不満があったわけではなかったが、武術を習うために地味な身なりをせざるを得なかった。

服装は男子が着るようなシャツや短パンに。髪も邪魔にならないように短髪に。また、顔だちも当時から“可愛い”より“美人”に近かったため、女の子らしいとは言えなかった。

そのため、他の女の子からいじめられることも多くなった。

それは、光輝が道場に入門してからさらに顕著になる。

雫は、光輝がある事情で入門した最初の頃は、夢に見た王子様が現れたのだと思った。

だが、現実はそんなに甘くなく、当時から歪な正義感を見せていた光輝を好いていた女子から、女の子らしくない雫が光輝の近くにいるのが気に入らないということで、さらに風当たりが強くなった。それは、子供ゆえの加減の無さも相まって、今まで以上に雫の心を蝕んだ。

「あんた、女だったの?」と言う言葉も、忘れられない言葉の1つ。中身はそのまま女の子だった雫にとって、この言葉は何より辛くショックだった。

このことで光輝に助けを求めたこともあったが、返ってくる言葉は決まって「きっと悪気はなかった」「みんな、いい子達だよ?」「話せばわかる」などだった。

さらに、光輝がその女の子に直接話にいったことで、より風当たりは強くなり、光輝にばれないように巧妙さも増した。

その後も雫は光輝に助けを求めたが、それからは光輝は困ったような笑みを浮かべるだけになった。光輝にとって雫の助けは、すでに終わったものとなったから。

それから、雫は光輝に頼ることをしなくなった。

もし香織がいなければ、どこかで何もかもを投げ出してもおかしくなかった。

このようなことを指摘され続けた雫は、普段ならまだ冷静に対応できたかもしれない。

だが、雫の心は囁き声によって乱され、曝け出された負の感情を認めることができず、際限なく虚像が強化される悪循環に陥っていた。がむしゃらに黒鉄を振り回しては虚像に軽く受け流され、あしらわれてしまう。

そして、虚像から決定的な一言をもらうことになる。

 

『ねぇ、貴女。あの時は嬉しかったわよね?』

「え?」

 

突然の言葉に、雫は呆けた表情で声を漏らす。

それに構わず、虚像は雫に言葉を並べる。

 

『峯坂君が助けに来てくれた時よ。わかっているでしょう?(貴女)の人生で、一番劇的だったあの瞬間を忘れるわけがないわ』

「何を言って・・・」

『絶体絶命のピンチ・・・いえ。あの時、貴女は確かに諦めた。全て諦めて理不尽な死を受け入れようとした。この世に、自分を颯爽と救ってくれる誰かがいるなんて信じていなかった・・・だからこそ、あの紅い輝きと剣筋、大きな背中、敵を敵とも思わない圧倒的な力に、貴女は心奪われた』

「ち、ちがっ・・・」

 

雫は認めたくない事実を否定しようと叫ぼうとするが、それでも容赦なく虚像は言葉を解き放つ。

 

『香織が殺された時もそう。自覚がないなら言ってあげるわ。あの時、この世界に来て初めて、貴女は“縋った”。峯坂くんに縋り付いた。そんな貴女に、彼は“信じて待て”と言ってくれたわ。そして、本当に応えてくれた。貴女が信じたままに、親友や幼馴染ごと貴女の心を救ってくれた。あの時から、貴女は必死に目を逸らしていたけれど・・・もう、誤魔化せないわよ』

「止めて、違う。私は・・・」

 

もはや普段のような凛とした姿はなく、子供のようにイヤイヤと首を横に振ることしかできない。

もはや虚勢を張ることすらできない雫に、虚像が決定的な言葉を放った。

 

 

 

(貴女)は・・・峯坂君が好き』

 

「ぁ・・・」

 

その言葉に、雫は言葉を詰まらせながらも首を振ることしかできず、流れる血を気にする余裕もなかった。

その感情は雫にとって、絶対に認めてはならない感情だったから。

否定の言葉を放つ余裕もない雫に、虚像がとどめの言葉を贈った。

 

『貴女ってば、この世界でできた親友の最愛の人を好きになってしまったのね・・・この裏切り者』

 

この言葉に、雫は瞳から光を失い、その場にへたり込んでしまった。

雫にとって、トータスにおける親友はほとんどいなかった。もちろん、慕われていないわけではないが、だいたいの女性が“義妹”なってしまうか、自分では釣り合わないというように一歩距離を置かれることの方が多かった。

例外的に、雫がこの世界に来てから世話になった側仕えは対等な親友関係を築いたが、その人物は恵里が興した騒動によって、雫の知らない間に殺されてしまっていた。

だから、ティアは雫にとって、ほぼ唯一と言えるトータスでの親友だった。

どちらから言い出したことでもないが、いつの間にか親友だと言えるような関係になった。

だが、気持ちとは完全に制御できるようなものではなく、誰かを好きになるということもまた理屈ではない。

それでも、虚像は雫の気持ちを裏切りだと断じた。それは、生来の生真面目さや、ティアと鍛錬したり一緒に過ごしてきた時間が原因かもしれない。

それに、雫はティアの知らないところで剣に様々な顔を見せていたことも原因の1つだろう。それはこの世界に来てからだけでなく、日本でのことも含まれているかもしれない。

 

『しかも、貴女はイズモを攻撃したわよね?それはなぜかしら?どうして、ティアではなかったのかしら?』

「わ、たしは・・・」

『答えは簡単。イズモが羨ましかったのよね。ティアには勝てない、手を出せないとはわかっているから、嫉妬する気も起きないし、嫉妬できない。だから、彼に恋人と認められた、一番()()()()()彼女を攻撃対象にした・・・本当に、卑怯者よね?』

「っ・・・」

 

言葉の矢が突き刺さるたびに体から力が抜けていき、心が砕かれる。もはや、抵抗することはかなわない。

反対に、虚像の方は力を充溢させていた。

虚像は“無拍子”で踏み込み、雫を蹴り上げた。

 

「あぐっ!?」

 

宙に浮かされた雫は、容赦なく襲い掛かってきた無数の斬撃に無意識レベルで黒鉄を盾代わりにかざすが、それだけですべてを防げるはずもなく、

 

「あぁああああっ!?」

 

存分に全身を切り刻まれた。

全身を切り刻まれた雫に、虚像はダメ押しで白鞘を振るう。

雫はすさまじい勢いで壁にたたきつけられ、深刻なダメージに体を動かすことができず、ずるずると落ちていって、壁にもたれかかる形で座り込んだ。手足を投げ出し、すでに力尽きてしまってるようにも見えた。

 

『貧乏くじばかり引いてしまう馬鹿らしい人生も、ここで終幕。こんな結末の原因は、自分を殺しすぎたことよ、本当に馬鹿な貴女()

 

雫には、もう返答する気力すら残っていない。ただただ、瞳に怯えをにじませて虚像を見ることしかできなかった。

 

『最後に何か言い残すことはあるかしら?氷壁にでも刻んでおいてあげる。ここはそれぞれの空間と繋がっているから、運がよければ自分の試練を突破した誰かがやって来て、遺言を見つけるかもしれないわよ?』

「・・・」

 

雫は答えない。代わりに、涙がこぼれ、膝の上ににシミを作っていく。

雫自身にも、なぜ涙を流しているのかわからなかった。

その様子を見ていた虚像は、切っ先を雫の頭部に向け、殺気を高める。

寸前に迫っている死を感じて、雫の裡に何かが沸き上がった。

口をパクパクと開き、恥も外聞も捨ててその感情を吐露する。

 

「・・・ま、だ、・・・しに、たく・・・ない・・・」

 

その言葉は、誰かを気遣うものではなく、ただひたすら生を寝這う言葉だった。

まだ死にたくない、会いたいと。

親友に、仲間に、家族に、そして、異世界の地で好きになってしまった人に、もう一度。

だが、もう1人では立つことすらできない。

だから、

 

「たすけ、て・・・だれ、か・・・たす、けてよぉ・・・」

 

まるで幼い子供のように、助けを求める。

今まで、雫は弱音を吐くことはなかった。

いつだって助ける、頼られる側であったから、泣き言を言うなんて許されなかった。

本当は“お姫様”の自分を望んでいたが、周りの期待に応えるために動いていたら、いつの間にかその立場は“騎士”のようになった。

そんな自分を、いつしか許容するようになった。

けれど、本当は・・・

 

『残念。遅すぎよ。その言葉を使うにはね』

 

雫の最後の本心は、虚像の無慈悲な言葉に切り捨てられた。

そして、虚像から壮絶な殺気が放たれ、雫はギュッと目を閉じる。

その額にめがけて、命を奪わんと凶刃が突き出され・・・

 

 

 

 

 

ギィンッ!!

 

 

 

甲高い音が響いたと同時に、自分の顔の横すれすれに何かが遠い過ぎたような感覚を覚えた雫は、ゆっくりと目を開けた。

そして、目に映ったのは、白刀を雫の顔の横に突き立てる虚像と、

 

 

 

『・・・ありえないでしょう』

 

 

 

「だが、現実だ」

 

日本刀を手に持ち、振りぬいた姿勢で残心していた、ツルギの姿があった。

 

 

* * *

 

 

本当に肝を冷やした。

なにせ、剣戟音と言うには一方的すぎる気配に嫌な予感を抱き、音が止んだあたりで足を速めたら、八重樫が死ぬ一歩手前だったわけだからな。

“禁域解放”による速度強化と初速を最高速にする歩法で、なんとか紙一重で助けることができた。

さすがに、こんなギリギリのタイミングを狙うとか、大迷宮が何か狙っていたりしないだろうな。

ちらっと八重樫を見ると、完全に何が起こったのかわからないと言った感じで困惑していた。

 

「え、え?」

「おう。無事・・・ではないが、一応は生きてるな」

 

ぱっと見でも、八重樫は全身が傷だらけで、満身創痍なのが見て取れる。

八重樫はすぐに回復させるとして、

 

「お前は邪魔だ」

『っ』

 

虚像がハッとして白刀を抜こうとするが、その前に俺が白刀の横っ腹に刀をたたきつけた。

刀や剣は構造上、横からの衝撃に弱い。白刀はあっけなく折れ、虚像はバランスを崩す。

その隙を見逃さず、俺は虚像のわき腹を思い切り蹴り飛ばし、ついでにブリーシンガメン8つを取り出して八咫烏を生成、虚像に足止めの光線を放つ。

その隙に、俺は八重樫に近づいて抱きかかえる。

 

「えっ、み、峯坂君?」

「ちっ、かなり血を流してるな。幸い、治せない傷はないか・・・“絶象”」

 

怪我の程度と八重樫の状態を確認した俺は、再生魔法を八重樫にかける。

淡紅色の光が八重樫に降り注ぎ、傷口は塞がり失った血も元通りにする。

その間、八重樫はずっと俺を凝視しており、信じられないような表情をしていたが、傷が治った辺りで現状を理解できるくらいには回復し、話しかけてきた。

 

「本当に、峯坂君なの?」

「信じられないって言うなら、香織から聞いた八重樫のあれやこれやを話してもいいが?」

「なら、本当に・・・で、でも、どうして・・・何で、ここに・・・私・・・」

「いいから落ち着け。俺は自分の試練を終わらせて、現れた通路を進んだらここにでてきたってだけだ」

「じゃ、じゃあ、本当に峯坂君が、私を・・・」

 

突如、八重樫の瞳から涙があふれる。

それを見て俺は思わずギョッとしてしまった。

八重樫の泣き顔なんて、今まで1度も見たことがないからだ。とはいえ、それは香織でも同じだとは思うが。

それほどに、八重樫は自分を強く律してきたから。

そんな俺の内心なんて知りようもない八重樫は、何かを確かめるように俺に手を伸ばしたが、触れる寸前でビクッと止めて手を引っ込め、今度は俺から離れようと俺の胸を押してきた。涙は袖でごしごしと拭い、顔も俺から背けてしまう。

どうやら、虚像にかなり言いたい放題されてへこまされたようだ。

 

「ほら、傷も体調も全回復しただろ。さっさと立ちあがって、もっかい行ってこい」

「ぁ。で、でも、私・・・あれには勝てなくて、だから・・・」

 

・・・へこむどころか、心を折られちゃったか~。

だが、この展開は割と予想できていた。

香織から聞いた話の中で、八重樫の乙女な内心は嫌と言うほど聞いていた。だから、八重樫の精神は周りが思っているほど強くないとわかっていた。

であれば、何かに怯え、弱々しい今の状態こそが、八重樫の本当の姿といったところか。

とはいえ、さすがにこのまま放置と言うわけにもいかないし・・・。

そこでふと、俺はちょうどいいものがあることを思い出した。

俺は、なるべく真剣な表情で八重樫の顔を覗く。

 

「み、峯坂君?あの、あいつが・・・」

「八重樫、安心しろ」

「え?」

 

俺がそう言うと、なぜか八重樫の顔が赤くなったが、それに構わず、俺は宝物庫から()()を取り出した。

 

「さぁ、受け取れ。さらに進化した、お前のための“ピンク仮面・マークⅡ”だ」

「・・・峯坂君?」

 

そう、俺が取り出したのは、ハジメと協力してあの時よりもさらに意匠に凝って機能も追加した“ピンク仮面”だった。ちなみに、俺がハジメに持ち掛けたものだが、ハジメは俺よりもノリノリで改造していた。

八重樫の目が、見事なジト目になった。虚像の方も、ギョッとして動きを止めたのが視界の端に映った。

それを尻目に、俺は“ピンク仮面”を八重樫にグイグイと押し付ける。

 

「峯坂君!ふざけている場合じゃないでしょう!あいつが来るのよ!」

「失礼な、ふざけていないぞ。いいか、この昇華魔法によって進化した“ピンク仮面”はな、知覚強化に加え、俺の“天眼”も付与されている。あの虚像程度の動きなら、スローモーションに見えるだろう」

「ま、また無駄に高性能な・・・」

「欲しくなってきただろう?いいぞ。この“ピンク仮面”の持ち主は、八重樫の他に・・・」

「いらないわよ!そんなもの付けなくても勝てるわ!というか、付けるくらいなら死に物狂いで戦うわよ!二度も変質者扱いされて堪るものですかっ!」

 

至極真面目に力説する俺に八重樫はこめかみをぐりぐりするが、口調や仕草は元通りになった。

それを確認した俺は、あっさり“ピンク仮面”を宝物庫に戻した。

拍子抜けだったのか八重樫はきょとんとしたが、

 

「そうだ。お前は勝てる。こんなものがなくてもな」

「っ。わ、私は・・・」

 

ここで自分が口車にのせられたことに気づいたようで、苦虫をかみつぶしたような表情になった。

それを無視して、俺はもう一押しの言葉をかけた。

 

「八重樫、忘れるな。たしかにあれはお前の一部だが、あくまで一部にすぎない。ここに来るまでの囁きで見失っていただろうが、お前の想いはお前自身が持っている」

「私自身が・・・」

 

そう、今までの囁きは、このように思考を限定的な方向に誘導するためのものだった。それに気づけば、自分を見失うこともない。

ようやく、八重樫の瞳に光が戻った。

 

「そうやってあれの言葉にへこめるってことは、ちゃんと向きあうことができている証でもある。ハジメみたいなろくでなしは、どうせ開き直るだけだからな」

 

親友を躊躇なくろくでなし呼ばわりした俺に八重樫が微妙な視線を向けるが、俺としてはむしろ、あいつが正攻法で攻略する姿の方が想像できない。

 

「・・・まぁ、ともかく、そんな気負うことはない。生きてさえいれば、案外なんとかなるもんだ。それは、俺が保証する」

「峯坂君・・・」

 

だいたい言いたいことを言い終えた俺は、ブリーシンガメンを回収した。

八重樫を立ち上がらせ、俺自身も立ち上がって、壁際に移動する。

 

「見ていてやるよ」

「っ・・・」

「お前は強い。俺やティアと手合わせして、いい勝負までいけるんだからな。それでもだめなら、俺が守ってやる。俺がいる限り、絶対に死ぬことはない」

 

・・・自分で言っておきながら、これだとまるで殺し文句みたいに思えなくもないが、気にしないことにする。

八重樫がどう思ったのかはわからないが、その足取りは軽く、いつもの凛とした表情に戻っている。この分なら、もう大丈夫そうだ。

そこで、八重樫は俺に背を向けたまま尋ねてきた。

 

「・・・見ていてくれるのね、私を?」

「あぁ」

「いざというときは、守ってくれるのね?」

「そう言っただろ」

「また折れたとしても、立ち上がらせてくれる?」

「しゃあねぇな」

 

この問いかけにどのような意味があったのかわからないが、八重樫にとっては必要なことだったのだろう。

その後、八重樫は1つ深呼吸をして、

 

「行ってきます」

「あぁ、行ってこい」

 

そう言って、八重樫は、虚像と対峙した。

 

 

* * *

 

 

虚像と対峙した雫だったが、虚像は何もせずに白刀を納刀したまま立っているだけだった。

 

『よくまぁ、敵を前にしてイチャつけるわね?随分といい面構えだわ』

「そう?峯坂くんのおかげね。あと、イチャついていないわ。出来ればいいとは思うけれど」

『あらあら、やっぱり親友を裏切るのね。そして、恋敵を・・・』

「不毛な会話は止めましょう。こんな自問自答に意味はないわ。生きて、もう一度、私は香織たちに会う。全てはそれからよ」

『・・・』

 

雫の言葉には、決して揺るがない意思が込められており、虚像は押し黙ってしまう。

同時に自身の力が抜けていくのを感じた。

それはつまり、雫が自身の感情を自覚し、受け入れ始めているということだ。

 

「ケンカするかもしれないし、酷いショックを覚えさせてしまうかもしれない。軽蔑だってされるかもね。でも・・・諦めないわ。私にとっての最良を手繰り寄せてみせる。何度でも挑戦するわ。絶対に諦めない」

『結局、戦う女になってしまうのね?』

「たしかに、そうね。でも、今更よ。私は、色んなものを押し殺して生きて来たけれど、その結果得たものも、もう捨てられないくらい大切なの・・・それに、どうやら戦う女でも、私より遥かに強い人が守ってくれるみたいだし」

『・・・あくまで、“後がめんどくさくなる”なんて、彼の個人的な理由よ。間違いなくね』

「それでもかまわないわよ。今はね」

 

そう言って、雫は腰を落とし、抜刀の構えをとった。

 

「何度もとは言わない。この一撃にすべてを込める。凌げるものなら凌いでみせなさい」

 

雫から、どこまでも研ぎ澄まされた剣気が発せられる。

ツルギは何度でもと言ったが、その言葉に甘えて、この試練を攻略できるとは雫も思っていない。だからこそ、そう決意表明をした。

 

『ふふ、なるほど。素晴らしい気迫ね。本当になんてタイミングで現れてくれるのかしら。必要な時に、必要な場所にいてくれる人・・・そんなの物語の中だけだと思っていたわ』

 

虚像が壁際のツルギを見ながら呟いた言葉は、たしかに雫の想いの欠片なのだろう。

虚像もまた、腰を落として抜刀の構えをとる。

互いに剣気が吹きあがるが、雫の心は深い森の中の泉のように静かだった。

そして、踏み込むのは同時だった。

 

「・・・ふっ」

『はぁっ!』

 

ポニーテールをなびかせ、雫と虚像は交差した。

剣戟の音もなく、火花も散らない。

ただ静かに交差し、互いに背を向けたまま残心する。

一拍後、雫のヘアゴムが切れ、パサリとポニーテールがほどかれた。

そして・・・キンッと音をたてて、黒鉄を納刀した。

その瞬間、虚像の身体がズルリとずれた。体を両断され、ゆらりと姿を揺らすと同時に空間に溶け込むように消えていった。

 

「・・・っ」

 

そこで、極度の緊張状態が解け、思わず気が抜けて体を傾かせた。

だが、そのまま地面にたたきつけられることはなかった。

 

「よくやったな」

 

後ろから近付いたツルギが、雫の腕を掴んで倒れないように支えていた。

 

 

* * *

 

 

心配はしていなかったが、無事に試練を攻略できたことを確認した俺は、八重樫に近寄った。

それが功を奏して、倒れ込みそうになった八重樫を支えることができた。

 

「相変わらず、惚れ惚れするような剣筋だったぞ」

「峯坂君・・・ふふ、そのまま惚れてくれてもいいのよ?」

「何言ってんだよ」

「あら、残念」

 

冗談のつもりで言ったら、まさかの冗談で返された。

・・・いや、これは本当に冗談か?

ちょっと不安になったが、奥に新たな道が現れたことで、その考えを振り払った。

 

「八重樫。体調に問題はないだろうが、歩けるか?」

「そう、ね。たしかに体調は問題ないけど、ちょっと精神的に疲れちゃったわ」

 

そう言えば、再生魔法で治療はしたが、魂魄魔法は使ってなかったな。

すると、八重樫がふとにこりと笑って両手を差し出した。

 

「というわけで、峯坂君、よろしくね?」

「あぁ、すぐに魂魄魔法を・・・」

「抱っこしていってね?それとも、峯坂君は疲れた女の子を無理やり歩かせるのかしら?」

「・・・八重樫、なんかちょっと変わってないか?遠慮しなくなったというか、図太くなったと言うか・・・」

 

少なくとも、以前の八重樫からは考えられない。

なんだか、いよいよさっきと違う意味で嫌な予感がしてきた。

 

「もう少し素直になろうと思っただけよ。それより、早く他の皆とも合流しましょう?そうだわ。さっきの戦いで髪紐が切れちゃったから、新しい髪飾りをプレゼントしてくれないかしら?南雲君がユエたちに送った雪の結晶みたいな」

「・・・しれっと注文を増やしてるんじゃねぇよ。本当に、いろいろと吹っ切れたみたいだな」

 

だんだんと嫌な予感が確信に変わってきたが、攻略祝いのプレゼントくらいなら贈ってもいいか。ちょうど、希望に沿えるようなやつもあるし。

俺は宝物庫から、1つのヘアバンドを取り出した。それは、5つのティアドロップを合わせて花の形にしたものだ。

 

「きれい・・・これは?」

「錬成の練習ついでに作ったアクセサリーの1つだ」

 

本当は、ティアにあげようと考えていたものの纏めるほど髪を伸ばしていなくて没になったものだが、わざわざそれを言うこともない。

ヘアバンドを受け取った八重樫は、慣れた手つきで巻き付け、いつものポニーテールを作った。

 

「・・・どうかしら?」

「いいんじゃないか?ほら、さっさと行くぞ」

 

八重樫の問い掛けに、俺はそっけなく答える。

それしか言いようがないというのもそうだが、これ以上この話題を続けるとさらに面倒なことになりそうな予感と既視感があったから、なんとかしてこの話題から逸らそうと頑張る。

そう、これは、愛ちゃん先生や姫さんがハジメに向けた表情と今の八重樫の表情が丸被りなのだ。

そんな俺の内心の冷や汗なんてつゆ知らず、八重樫は再び両手を差し出して、無言の抱っこ要求をした。

最後の抵抗として、俺はブリーシンガメンを取り出そうとしたが、

 

「前みたいにクマに乗せていくつもりなら、断固抗議するわ。大迷宮を出たら、峯坂君を重症患者として流布してやるから」

「・・・」

 

八重樫に機先を制されて取り出すのをやめた。

なんの重症患者なのかは、俺の格好を見る八重樫の視線を見れば一目瞭然だ。

クマがダメなら、もしかしたらキツネとか狼ならいけるかと思ったが、八重樫のジト目でそれもダメだと判断してやめた。

こうなったら仕方ない。

俺は、背を向けて八重樫の前でしゃがんだ。

 

「むぅ、お姫様抱っこがよかったのだけど・・・仕方ないか」

 

何が仕方ないか、だよ。これでも苦渋の選択なんだぞ。

その言葉をぐっと押し込み、俺は黙って腰を上げた。

八重樫がギュッと回した腕を絡めてきて、背中に2つの膨らみが押し付けられたが、頑張ってスルーした。

すると、八重樫が後ろからどこか甘い声で俺の耳もとにささやいてきた。

 

「ねぇ、峯坂君」

「なんだ?」

「私ともう1人の私との話、聞いていた?」

「いや、距離も離れてたし、お前らの声も小さかったからな」

 

実際は、虚像の方は読唇術で把握していたが、八重樫の方の言葉はわかってないし、嘘でもないだろう。

そう言うと、八重樫は「そう・・・」とだけ呟き、俺に手のひらを見せて、再び口を開いた。

 

「この手、剣ダコだらけでしょう?やっぱり、女の手じゃないって思うかしら」

 

そう言った八重樫の手は、たしかに厚い皮膚に覆われており、硬そうに見える。

だが、

 

「本気でそう言っているなら、ちょいと説教しなきゃいけなくなるな。そんなの、俺だって同じなんだ。何が何でも、バカにしたりするかよ」

 

そう言って、俺も八重樫に自分の手のひらを見せた。

俺の手のひらもあちこちに剣ダコだらけで、潰れた跡さえあった。

子供の時から、死に物狂いで鍛錬した結果だ。

 

「女の子らしいかどうかなんて、俺からすれば些末なことだ。ある意味お揃いとも言えるし・・・こう言ったらなんだが、俺は八重樫みたいな“強い”手の方が、好みって言えば好みだ」

 

ちなみに、ティアも負けず劣らず“強い”手の持ち主である。シアと違って拳がメインだから、握りダコとかけっこうできてるし。

そう言うと、八重樫も照れたのか背中でもぞもぞして、話題を変えた。

 

「峯坂君、助けに来てくれてありがとう」

「もう一度言うが、本当にただの偶然だ・・・いや、この際偶然かどうかは関係ないか」

「・・・?」

「今まで悪かったな、八重樫」

 

俺の唐突な謝罪に面食らったのか、八重樫は少しの間言葉を失った。

 

「・・・どういうこと?」

「俺は、まぁ聞きたくて聞いたわけじゃないんだが、八重樫の裏の一面は香織から聞いていた。可愛いものが好きだとか、かっこいい男の子に守られるお姫様を夢見ていたとか、そういう乙女チックな部分をな」

「・・・痛いと思わない?」

「安心しろ。ハジメの方がもっと痛い」

 

本人の名誉と黒歴史の保護のために詳しいことは言わないでおくが、今のあの格好の時点でお察しである。

 

「だが俺は、それを知っていたうえで、天之河のことを全部お前に押し付けた。俺が相手するのが嫌で、天之河のストッパーができるのは八重樫だけだったからな。結局俺も、八重樫の“強さ”に甘んじてたわけだ。その結果が、俺が駆け付けるまでのあれだっただろ」

「・・・べつに、峯坂君だけが悪いってわけじゃ・・・」

「だが、要因の1つでもあった。俺も、八重樫に背負わせた側の人間だったってことだ。我ながら恥ずかしい限りだ」

 

少し前、イズモと結ばれる前であれば、こんな風に考えなかっただろう。自分のことばかりにかまけて、他人のことなんて気にする余裕がなくて。

だが今なら、素直にそうだと思える。さっきの泣き顔を見てしまったらなおさら。

俺もまた、八重樫のオカンな部分に甘えてしまったのだと。

そのことに対して、罪悪感、と言うと大げさになってしまうが、申し訳なさを無意識ながらも感じていたんだろう。

だから、八重樫のストレスが紛れるようであれば、出来る限りのことをやっていた、と思う。

 

「だから、その、なんだ。八重樫がいいなら、いざってときは俺を頼ってくれ。さすがにさっきみたいに『俺が守る』なんて無責任なことは言えないが、できるかぎり力になる」

 

それが、俺にできる最大限の贖罪というか、恩返しのようなものだ。

とりあえず、言いたいことは言い切った。

対する八重樫の反応は、さっき以上にもぞもぞと動いて、抱きつく力をさらに強めてきた。

 

「・・・本当に、ずるいわよ」

 

そう呟いたと思ったら、首筋に何か柔らかいものが触れられた。

お、おい?これはまさか・・・?

そんな俺の混乱をよそに、八重樫は口を開いた。

 

「峯坂君、私、早くティアに会いたいわ。ティアだけじゃなくてイズモやみんなにも会いたい。それでね・・・」

 

そこで、八重樫はいったん言葉を区切り、

 

「峯坂くんを、好きになったって言うわ。どうなるかわからないけど、もう少し素直になってぶつかってみる」

「・・・・・・おい、ちょっと待て。八重樫、お前、今なんて・・・」

「峯坂君・・・少し、疲れた、わ。ちゃんと・・・守って・・・ね?」

 

放り込むだけ爆弾を放り込んで、八重樫はさっさと眠ってしまった。

その姿勢は、良くも悪くも親友に似て・・・いや、悪いところしかないな。

もしかしたら、とは思っていた。同時に、まさか、とも。

だが、俺の聞き間違いでなければ、八重樫は今、たしかに・・・。

いろいろと思うところはあるが、まず考えたのは、

 

「ティアに、なんて言おう・・・」

 

それが、一番の悩み事だった。




「八重樫が俺のこと好きだって・・・いや、違う・・・別にわざとじゃない・・・いや、これはむしろ殺されかねない・・・俺はいったい、なんて言えばいいんだ・・・やばい、胃が・・・」
「すぅ、すぅ・・・」

ティアへの弁明を必死に考えるツルギと、ぐっすりと眠る雫の図。

~~~~~~~~~~~

これを書いているうちに気づいたんですが、何気に(ティア)ティア()で割と深いつながりがあったという。
完全に無意識と言うか、今になって気づいたんですが、結果的に結構いい感じなんじゃないかと考えることにしました。
どうりでこの2人がしっくりくるわけですよ。


*一足先に最後の方を大幅に改変しました。
感想に「ほとんど原作と変わらない」ってあったのがすごい気になっちゃったので、大幅にいじりました。
というか、こっちの方が圧倒的に好みだわ。どうしてこれが最初に思い浮かばなかったのか。


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それぞれの意志

ある場所では、ティアが虚像と相対していた。

虚像から指摘されるのは、やはり同族のことだ。

 

『同族を救いたい、そう言いながら同族を殺め続けるあなたは、どうしようもなく救われないわよね?あなたに裏切られたせいで命を落とした魔人族が、いったいどれだけいるのかしら?』

 

ティアの脳裏には、王都侵攻の際に吹き飛ばした魔人族の顔がよぎる。

自分に向かって来た魔人族は揃って、「なぜ裏切った!」や「この裏切り者が!」と言った。

最初から話が通じなかった、という見方もできるだろう。

だが、それでも最初から話し合いをしない理由にはならないと、虚像はティアを責める。

 

『そのことで傷ついてばかりで、(貴女)は弱い女ね。だから、いつもツルギに縋ってばかりなのよね?いつもツルギに甘えてばかりで、嫉妬で意地悪なことして』

 

虚像の言葉に、ティアは心当たりがあった。

最初にツルギから雫の話を聞いた時、自分の知らないツルギを知っていると思うとそれが羨ましくなり、まんざらでもなさそうに話すツルギにもやもやとした感情を抱いた。

また、イズモがツルギを抱擁しているときも、ツルギがそれを受け入れている現場を見て少し本気で怒ることもあった。

その行為の、なんと醜いことか。

 

(貴女)には、ツルギしかいないものね?同じ過去を、苦しみを持つ人間は。結局のところ、あなたたちの関係は傷の舐め合いでしかない』

 

以前にも、ツルギが言っていたことだ。自分の気持ちは、ただの傷の舐め合いなのではないか、と。

それは、ツルギに限った話ではなく、ティアにも十分あり得る話なのだ。

その事実を虚像に突き付けられ続け、ティアの心はすでにボロボロになっていた。

だが、

 

「はぁ!!」

『くぅっ』

 

時間が経つごとに、拳や蹴りを交わすごとに、だんだん鋭くなっていく。その心はボロボロのはずなのに、少しも戦意を衰えさせない。それどころか、瞳に宿る輝きがさらに強くなっていく。

そして、少しも虚像のステータスが強化されなくなった。

最初は互角の戦いを繰り広げていたはずだったが、今では虚像は反撃すらままならない。

 

『っ、おかしい、ですねっ。たしかにっ、あなたの抱える闇のはずっ、ですがっ!』

「えぇ、わかってるわよ!そんなこと、私だって自覚してた!」

 

実際、ツルギに不満をぶつけることも、困らせてしまうこともあった。

だが、

 

「それでも、ツルギは私を必要としてくれた!イズモは私を受け入れてくれた!シズクとだって、仲良くなることができたっ!!」

 

ツルギは、たとえそれが本当に傷の舐め合いだったとしても、自分にもたれかかったり、あるいは自分を優しく抱きしめてくれる。

イズモは、たとえ不満をぶつけても、受け入れ、時に慰めてくれた。

雫は、最初はいけ好かない女としか見えなかったが、今では胸を張って親友だと言えるほどの関係になった。

 

「それに、私にはツルギだけじゃない!イズモだって、シズクだって、ハジメにユエやシア、ティオだっている!助け合える仲間がいる!!」

 

普段はそれぞれの恋人、想い人と一緒にいることがほとんどだが、時間があれば交流することだって珍しくもない。ユエと夜の話をすることだってあるし、シアに家庭の技術を教えてもらうこともあるし(進歩はあまりない)、ティオを殴り飛ばすこともある。

それが一般的な仲間の定義に当てはまるかどうかはともかく、たしかに仲間内の繋がりは存在する。

 

「私が殺した魔人族の魂は、もう戻らない。でも、それをツルギだけに押し付けるわけにはいかない!私だって、ツルギと一緒に進みたいから!」

 

自分の手で同族を殴り殺したときの感触、相手の表情や恨み言は、たしかにまだ残り、ティアを蝕んでいる。

だが、それが何だと言うのか。

ツルギは、その感覚を10年、自責の念と共に背負ってきた。

であれば、ツルギの隣にいる自分がそれを放り捨てるわけにはいかない。

 

「私にはやらなきゃいけないことがある!だから、邪魔しないでっ!!」

 

裂帛の気合とともに、拳を打ち出す。

それをかろうじて防御することができた虚像は、しかし踏ん張ることができずに吹き飛ばされてしまう。

 

『・・・なるほど。自らが傷つくたびに、何度でも乗り越えてきた。そんなあなたにとって、この試練は壁にすらならないということなのね』

 

虚像は、観念したような、納得したような呟きとともに苦笑する。

それに構わず、ティアは虚像に近寄り、拳を構える。

 

「私は、前に進まなきゃいけない。だから、これで終わらせる。“禁域解放”!」

 

そう言って、ティアは昇華魔法による疑似限界突破で翡翠の魔力を吹き上がらせる。

虚像も試練としての役割を果たすために立ち上がり、拳を構える。

そして、同時に踏み出す。

 

『はぁっ!!』

 

虚像は、低下したステータスながらも、今までで一番の動きで拳を突き出す。

だが、ティアは拳を打ち出すだけにとどまらない。

ティアは、自分の欠点について考えていた。

それは、魔法の習熟度だ。

ティアはユエと同じくすべての属性の魔法を扱えるが、ユエと同じように、ではない。

ティアの魔法の才能はあくまで平凡で、この世界基準の天職持ちに匹敵するかどうか、といったところだ。

自身の魔力量とアーティファクトの補助によってなんとかユエと同じような結果を出せるまでには至ったが、技量自体はユエに遠く及ばず、アーティファクトを使っても複数の魔法を展開することはできない。

また、戦闘スタイルが近接に傾倒していることもあって、魔法に関しては持て余し気味だった。

せっかくの力、使わないわけにはいかない。

そこで、ティアは思いついた。

“フェンリル”なら、魔法としてではなくエネルギーとして扱えるのではないかと。

例えば、火の魔法ではなく、火の魔力として拳に纏わせたり、だ。

このことをツルギとハジメに提案し、それができるように“フェンリル”を改造した。

これによって、以前よりも容易に拳に属性を付与することができるようになり、複合も行えるようになった。

そして、純粋な疑問とユエの魔法を見て、ある意味偶然の結果で身に付けたのが、

 

「“五天掌”!!」

 

すべての属性を無理やり収束させ、一発に乗せた拳。

それによりもたらせるのは、単なる破壊ではなく、異なる属性によって生み出された莫大なエネルギーと、様々な負荷を一度に浴びせることで起こる崩壊。

ティアの突き出した拳からは、全ての色がごっちゃ混ぜになったような灰色の奔流がほとばしり、それに飲み込まれた虚像は死に際の言葉すら発することができずにボロボロに崩れ去り、消滅した。

 

「・・・終わってみると、案外あっけないわね」

 

突き出した拳を下ろし、ティアは呟く。

たしかに、大迷宮の試練と言うだけあって一筋縄ではいかなかったが、それでも“ツルギを想えば”で乗り切れたのだ。

それだけツルギへの想いが大きいのか、あるいはどこぞの化け物と同じく開き直りが含まれていたのかはわからないが、クリアできたのならそれでいいとティアは考えることにした。

 

「たしかに最初は、私にとってツルギがすべてだと思ってたけど・・・でも、私の周りには、私が思っている以上にたくさんの人がいるって教えてくれたのも、ツルギだもの」

 

だから、ツルギが最優先事項であっても、それだけではない。自分には、信頼できる仲間や親友だっているのだから。

 

「さて、先に進みましょうか」

 

虚像を倒したことで現れた新たな道に、ティアは足を踏み入れた。

新たに現れた道を進むこと10分ほど、新しい空間へとつながった。

そこでは、ちょうど試練が終わったところだった。部屋の中心に立っていたのは、

 

「イズモ」

「む?ティアか」

 

声をかけられて振り向いたイズモは、少しの疲労も見せなかった。

 

「イズモも、問題なかったのね」

「そういうティアも、問題なさそうだな」

「えぇ。ちなみに、イズモはなんて言われたの?」

 

特に深い意味はないが、なんとなく気になってティアはイズモに尋ねる。

 

「なに、昔のことをいろいろと言われただけだ。だが、私もティオ様も、それを言われただけで揺らぐような心構えではない。試したいことも試せたから、そういう意味では満足できる結果だな」

「そう。ちなみに、試したいことって?」

「大迷宮相手に悟らせないように、感情の強弱をコントロールできるかやってみたのだ。これができれば、神とやらにも優位に立ち回れるだろうからな」

「そ、そう。さすがね・・・」

 

ある意味ごり押しで突破したティアと違い、大迷宮の試練を実験台にする余裕まであるイズモに、ティアはわずかに「私、戦い方がユエたちに染まってきたのかも・・・」とへこんだ。

別に悪い意味ではなく、ステータスに任せたごり押しスタイルは自分の長所を生かした悪くない戦い方なのだが、ツルギにまったく勝てないことや目の前のイズモの余裕を見てしまうと、やはりこのままなのはダメかもしれないとつい思ってしまうのだ。

そう考えると、イズモやティオは精神力がカンストした精神チートなのかもしれない。

まぁ、それでも今までも同じようなことを考えながら、なんやかんや言って改めない辺り、ティアはすでに染まってしまっているのだろうが。

そんな風に、ティアが微妙な内心になっていると、すぐそばの壁から誰かが出てきた。

 

「あ?ティアとイズモか」

 

その声の主は、ハジメだった。

 

「あ、ハジメ」

「ハジメ殿か」

「おう。やっぱ、この通路は他の空間とつながっているみたいだな」

 

新たに現れた通路を始めて通り抜けたハジメは、自分の推測を呟く。

 

「そうね。私も新しく出てきた通路を通ったら、イズモと合流したから」

「ついさっきのことだがな。さて、ここで立ち話しているのもなんだし、先に進むとするか」

 

つい話し込んでしまったティアとイズモは、そろそろ行かなくてはとハジメを促す。

ハジメも特に反論せず、一緒に通路へと踏み入れた。

そこで、再びティアがハジメに試練の内容を問いかけた。

 

「そう言えば、ハジメはやっぱり、日本のこととか言われたのかしら?」

「そうだな。化け物や人殺しに居場所はないとか、ユエのことは保険でしかないとか、ツルギにずっと嫉妬してたとか、そんなところだな」

 

このハジメの言葉に、ティアとイズモは意外そうな顔をした。

ユエのこともそうだが、ハジメがツルギに対して嫉妬していたというのが意外だったのだ。だが、人型と戦っていた際はハジメはツルギに向けてオルカンをぶっ放そうとしていたから、まったくあり得ない話ではないかもしれない。

それを感じ取ったのか、ハジメはツルギのことを話し始めた。

 

「嫉妬してたってのは、日本にいた頃の話だ。自分で言っちゃなんだが、俺は向こうでは本当に平々凡々でボッチだった。だが、ツルギは昔から才能にあふれていた。それなのに俺と仲良くしていたことが意外で、疑問だった。どうして俺と、ってな。まぁ、その理由はあんときに聞いちまったが」

 

ハジメの言うあの時とは、ツルギがティアに自らの過去を告白した時のことだろう。思わぬツルギの重い過去に盗み聞きしたことを軽く後悔したハジメだったが、ツルギのハジメに対する評価に、内心照れたのは秘密の話だ。

それはそうと、ツルギに対して嫉妬していた事実を認めたハジメだが、ティアたちは他の疑問を持った。

 

「だったら、どうやって攻略したのかしら?」

「それほどのことなら、攻略も一筋縄ではいかないと思うが」

 

この問いに対し、ハジメは何ともないように答えた。

 

「決まってるだろ。それがどうしたって言ってやったよ。自覚してたことだから今さらだし、考えるだけ無駄だってな」

「「・・・」」

 

要するに、開き直り100%で突破したのだと聞いて、ティアとイズモは思わず呆れてしまった。

つまり、ステータス上は互角の相手に、それこそごり押しで撃破したということだ。

やはり、奈落の化け物様は、変わらず化け物していたということだろう。

そのことに、ティアとイズモは思わずツルギの苦労を思ったが、攻略できたんだから別にいいやと思うことにし、話題転換をした。

 

「そう言えば、他はどうかしらね?ツルギやユエたちは大丈夫でしょうけど」

「まぁ、あの勇者(笑)にとっては天敵だろうけどな。必死に否定しようとしてはあしらわれる光景が簡単に目に浮かぶ」

「あと、雫殿も厳しそうだな」

「あ?あの八重樫が、か?」

 

イズモの予測に、ハジメは疑問の声を上げる。

ハジメの知る雫の姿は、やはり他と同じように凛々しくも世話焼きなオカンなのだから。

だが、ティアはイズモの言葉に同意する。

 

「そうね。シズク、ここに来るまでもだいぶ辛そうだったし。それに、ツルギのことでいろいろ悩んでそうだし」

「あ~、そう言われると、たしかにそうかもな」

 

ツルギと雫が、日本にいた頃からいつの間にか2人でなにやら話していたり、たまにツルギが雫のフォローをしていたことは、ハジメもなんとなく知っていた。

そして、その頃からか、あるいはそれより前からか、それともこの世界に来てからなのか、はっきりとはしないが、雫がツルギのことを少なからず意識していたのだろうとは、ハジメも感じていたことだ。

 

「案外、ピンチになった八重樫をツルギがすんでのところで助けていたりしそうだな?」

「あ~、それでシズクがツルギに惚れていてもおかしくないわね。シズクってば、けっこう乙女だし」

「香織殿から話を聞いた限り、自分を助けてくれる王子様に憧れていたそうだしな」

 

実際は、雫の方からがっつりツルギに甘え、雫の想いに気づいたツルギが胃痛をこらえながら冷や汗を流しているのだが、今のティアたちにはわからないことだ。

そんな他愛無い会話をしながら、しばらく歩いていると、出口が見えてきた。その先からは、かなりの数の気配がある。

 

「俺たち以外にも合流しているメンバーがいるみたいだな」

「この数だと、ほとんどが揃っていそうね」

「そうだな。全員と言うには少し足りないが・・・確かめればわかることだ」

 

果たして誰と合流するだろうかと考えながら進み、出口を抜ける。

その先にいたのは、

 

「・・・ハジメぇ!」

「ハジメさん!」

「ハジメ君!」

 

待っていました!と言わんばかりにハジメに突っ込んだユエとシアと香織だった。

 

「おう。なんだ、今回はずいぶんと甘えん坊だな」

 

ハジメもあまりの勢いに少し面食らったが、苦笑しながらも受け入れた。

足下ではユエと香織がガシガシと足を蹴り合っているのだが、いつものことだとスルーした。

 

「ティオ様もいらしたのですか」

「うむ。ティアとイズモも、無事なようじゃな」

 

珍しく、おとなしく後方で待機していたティオに、イズモが声をかける。表面上はいつも通りを装っているが、ティアには珍しくまともなティオを見てひたすら安堵しているようにも見えた。

 

「・・・これだから、手を出す気になれないんだよ」

「・・・龍太郎くん、ドンマイ」

 

その後ろには、龍太郎と鈴がどこか疲れた様子で近づいてきた。

この部屋にいるのは、これで全員だ。

 

「そう言えば、ユエとカオリの服が少し汚れているけど、何かあったのかしら?」

「別に、たいしたことではない。いつものケンカじゃ」

「あぁ、なんつーか、くんずほぐれつしてたな」

「それをシアさんが止めようとしていたんだけど、南雲君たちが来る直前くらいにすぐにやめて、そこの壁に向かって走っていったんだよね」

 

ハジメに対してだけは異様な第六感を持っているユエたちは、こういうときだけは仲良くするらしい。ユエと香織の喧嘩も、その一環であるのはすでに一致した考えでもある。

それはともかく、

 

「これで合流していないのは、ツルギとシズクとあの勇者ね」

「ティアさん、せめて名前くらい呼んであげようよ・・・」

 

相変わらず光輝に対してヘイトを向けているティアに、鈴は呆れ気味の声を出すが、ティアは他のことが気になっていた。

 

「・・・面倒な予感がするのは、私だけかしら?」

「いや、私も同じだ」

「うむ、そうじゃのう」

 

ついさっき話題に上がっていた人物たちが、揃って合流していない。

このことに、ティアはまさかと考えた。

それはハジメも同じなようで、いったんユエたちを離れさせて号令をかけた。

 

「とにもかくにも、さっさと先に進もう。そうすれば、あいつらがどうしているか・・・」

 

そう言いながら、ハジメは中央の通路に近づいたのだが、その先に感じた気配に、足を止めた。

ユエやティアたちも、通路の先から伝わってくる気配に、それぞれの表情を見せた。

 

「・・・案の定、か」

「・・・どうする?処す?」

「ユエ、まだそうと決まったわけじゃないわよ」

「そういうティアも、嫌そうな表情を隠せていないぞ」

「これは、そういうことでしょうかねぇ」

「ここで考えても仕方なかろう。先に進むしかあるまい」

 

ティオの言うことももっともであるため、ハジメたちは先に進んだ。

龍太郎と鈴は、気配がわからないため、何がどうなっているのかわからないまま。香織は、できれば自分とユエのようなただのケンカであってほしいと願いながら。

だが、その香織の願いが届くことはなかった。

通路を抜けた先でハジメたちが見たのは、

 

 

ツルギと光輝が、本気で殺し合っている光景だった。




「今のシアさん、すっごい頼りになるんだよね」
「あぁ。ユエさんと香織のケンカを拳骨1発で黙らせたからな」
「ふ~ん、シアも成長しているのね・・・」
「? ティアさん、どうかしたの?」
「いえ、別に。何でもないわ」

精神的に大人になり始めているシアに、焦りを感じ始めたティアの図。

~~~~~~~~~~~ 

今回はちょっと簡単めに。
谷口あたりの話も書こうか考えたんですが、同じ展開になるくらいなら、ってことでスルーしました。
あくまでこの作品は、剣サイドを重点的に書いていくことを心がけているので。
次の光輝vs剣から本気だすので、それまでお待ちを。


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勇者の堕ちる時

天之河光輝と言う人間について、語らなければならない人物がいる。

その人物の名前は、天之河完治(かんじ)。光輝の祖父にあたる人物で、業界では名の知れた敏腕弁護士だった。これはツルギも知らないことなのだが、ツルギの義父である峯坂樫司(けんじ)がツルギを引き取る際、そのサポートをした人物でもある。

完治は、光輝の祖母である妻が早くに他界したこともあって、光輝のことをたいそう可愛がった。光輝も、そんな完治のことを慕っており、長期休暇に家族で完治の家に遊びに行く時を楽しみにしていた。

そんな光輝に、完治は自らの経験談を光輝に話していた。もちろん、守秘義務などもあるから、それなりのアレンジを入れて、絵本を読み聞かせるように光輝に語った。光輝もまたその完治の経験談が好きで、何度も心を踊らされた。

完治の話の内容は、簡単に言えば、「弱気を助け、強きを挫き、困っている人には迷わず手を差し伸べ、正しいことを為し、常に公平であれ」という、理想と正義を体現した、ありふれたヒーロー物語だった。

だから、光輝にとって、それこそ漫画やテレビ番組にでてくるヒーローに抱くような憧れを、完治に抱いた。いや、身近にいた分、むしろ他の子供よりもその念は強かったと言える。“いつか自分も祖父のように”、と。

だが、当然のことだが、世の中は理想と正義が無条件でまかり通り、理不尽と悪を切り裂き、理想の正しさを掲げ続けられるようにはできていない。完治が“敏腕”弁護士と呼ばれるのも、そのような清濁を併せ持った現実的思考ができるからこそだ。世の中の汚れた部分も理想や正義を掲げるだけでは足りないと知っているからこそだった。

もちろん、完治もいつかはそのことを話すつもりだっただろう。ままならない現実を含んだ自らの苦い経験談を語ることで、生きていくうえで大切なことを話すつもりだっただろう。

だが、その前に完治は他界した。急性の心筋梗塞で、光輝が小学校に入る前のことであり、ツルギの件が起こった1か月後のことだ。

完治の死は、光輝に多大な影響を残した。

子供にはきれいなままでいて欲しいと考えるのは当然のことであり、完治を責められるものではないが、それでも光輝の現状の原因と言わざるを得なくなった。

光輝にとって憧れのヒーローであった完治の死は、光輝に強い衝撃を与えた。

心の中で完治との思い出に浸っているうちに、いつしか光輝の中で完治のヒーロー像は美化されていき、光輝の心の根幹に“理想の正しさ”が根付いてしまった。

その正しさは、完治が光輝に教えてきた通りもので、清濁のうち“濁”を一切認めないものだった。もっと言えば、大多数の人間が正しいと思っていることが絶対的に正しいと思うようになった。

もちろん、それ自体は珍しいことではない。子供がヒーローものの番組を見れば、誰だってそう思うだろう。そして、年齢を重ねるうちに現実に直面して失敗し、時に挫折し、現実の荒波と上手くやっていく術を身に付けるものだ。憧れは憧れのままに、理想は理想のままに胸の中にしまう。そうなるはずだった。

だが、光輝はそうならなかった。

なぜなら、光輝の非凡なスペックが現実の壁を越えさせてしまったから。失敗も挫折もなく、子供の正しさがまかり通ってしまったからだ。

結果、光輝はいつしか自分の正しさを疑うことをしなくなった。

もちろん、その危うさを両親や雫を筆頭に何人かが注意したが、光輝は笑って聞き流すだけで、真剣に受け止めることも、改めることもしなかった。元々のカリスマ性から、その一部を除いた周囲の人間がむやみに光輝を正しいと支持したことも、原因の1つだろう。

もちろん、何も軋轢がおきなかったわけではない。雫に対するやっかみも、その1つだろう。

だが、自分の正しさを疑わない光輝は、ご都合解釈で自分の正しさを維持するようになった。それすらも、光輝をむやみに慕う者たちによって後押しされ、自分がご都合解釈していると気づくこともなかった。忠告されても、気づこうとしなくなった。

だが、光輝の“理想の正しさ”は、異世界召喚というイレギュラーによって崩れ去ることになった。

日本ではなかった本物の殺意や憎悪、超常と非常識を前にして、光輝のご都合解釈が通用しなくなったのだ。

その最たる例に、魔人族の女の襲撃とハジメの変心、ツルギとの勝負の連敗があげられるだろう。

今になって直面した現実の壁を前にして、光輝は自分の中の“子供”を露呈した。

結果、

 

『奪われた、だろう?』

「違う!奪われたなんて・・・」

 

光輝が戦闘を始めてから30分。ずっとこのような光景が繰り返されていた。

虚像が言葉を並べれば光輝は否定し、虚像が強化される。それに焦った光輝は攻撃を続けるが虚像にはかすりもせず、自分が押される。気持ちの余裕がなくなってきた光輝は、虚像の言葉をさらに強く否定するようになり、虚像はさらに強化される。

この負のループが、完全な形で出来上がってしまっていた。

さらに、光輝はハジメが聖剣に施した強化をまったく使おうとせず、逆に虚像は遠慮なく使っているのも、光輝を追い詰めている原因の1つだろう。

虚像から言われるのは、「香織がヒーローである自分の隣にいないのが許せない」、「香織を奪った南雲が憎く妬ましい」、「峯坂の言うことは間違っている」、「そんな南雲たちをユエやティアたちのような美少女が慕っているのが許せない」、「あの力は、本来自分のものだった。あの2人がその力を使っているのが気に入らない」といったところだ。

そのすべてを、光輝は否定し、自分が正しいと半ば以上盲目的に信じて攻撃を続ける。

もちろん、そんな状態で虚像とまともに戦えるはずもなく、光輝の攻撃は簡単にあしらわれ、逆に攻撃を受けてしまう。

そのまま激情に流される形で“限界突破”を使っても、やはり虚像を上回ることはなく、さらに“限界突破”のタイムリミットによる焦燥も合わさり、今の光輝にまともな思考はまるでできていなかった。

そして虚像は、さらに光輝を揺さぶる言葉をかける。

 

『そんなことじゃ、また奪われるかもしれないな』

「っ、何を・・・」

『気が付いていないふりはやめよう。俺が気が付いているってことは、お前も気が付いているってことなんだからさ?』

「もう黙れっ!」

 

光輝は猛烈な不安に駆られ、虚像の口を止めるために攻撃を激しくするが、それでも止まらなかった。

 

『雫は、誰を見ている?』

「っ!!」

 

光輝は、全身の血が沸騰するような錯覚に襲われ、頭の中が真っ白になり、音すら消えたような気がした。

そして、無意識に自分をまきこむほどの“光爆”ですべてを吹き飛ばそうとするが、虚像は“縮地”で難なくこれを回避し、容赦なく光輝の心を切り刻んでいく。

 

『考えたくもないか?香織は南雲に奪われ、雫は峯坂に・・・』

「死ねぇええええ!!」

『おいおい、それは勇者のセリフじゃないぞ?それにどれだけわめこうが、雫の心が峯坂に傾いているのは事実だ。まぁ、無理もないか。何度も助けられたわけだし、雫は意外と乙女チックだし?』

「ゼァアアアアアッ!!」

 

光輝は絶叫をあげ、黒く淀んだ目で虚像に斬りかかる。

まるで、そんな現実は認めないと言うかのように。

だが、それに比例して虚像のステータスも上がり、癇癪を起こした子供のような一撃は簡単に打ち返され、腹に回し蹴りをくらわされる。

 

「がぁっ!?」

 

防ぐこともできずにもろにくらった光輝は、再び壁際まで吹き飛ばされてしまう。

 

『聞く耳持たず、か。雫の心も否定するんだな』

 

カツカツと足音を立てながら近づいてくる虚像が、頭を振りながら冷めた眼差しで光輝を見下ろす。

光輝は聖剣を杖代わりにふらふらと立ち上がり、普段からはありえないような凶相を虚像に向ける。

 

「そんな、こと・・・雫が、峯坂になんて・・・絶対に、あり得ない」

『八つ当たりしたり、拗ねたり、本心からの笑顔を見せたり・・・気が付いているだろ?』

「そんなの、誰にだって、していることだ・・・」

『ティアやイズモと接する峯坂を見て、不機嫌そうな表情になるのに?』

「・・・場をわきまえないことが、不快なんだよ・・・」

『ティアやイズモを見て、複雑そうな表情をしているのは?』

「・・・雫も・・・本心では、峯坂のことを認めていないんだ・・・」

『くくくっ、我ながら極まっているなぁ。そんなに信じたくないか?』

 

光輝の眼前に、虚像は黒い聖剣・・・魔剣とでも言うべきものを突き付ける。

光輝は虚像を射殺さんばかりににらみつけるが、それは虚像の失笑を誘うだけだった。

すると、不意に虚像が「来たか」と呟き、なにもない氷壁の方を見た。そして、その口が三日月のように裂ける。

 

『実にいいタイミングだ』

「余裕のつもりか!」

 

光輝が隙アリだと聖剣を跳ね上げるが、虚像は見もせずにそれを防ぐ。

つば競り合いをしながら視線を光輝に戻し、宣告のように言葉を下した。

 

『さぁ、現実がやって来るぞ?』

「何を言って!」

 

その直後、氷壁の一部が溶け出し、新たな通路が出現した。

光輝がそちらに視線を向け、そこで見てしまったのは、

 

「ここは、まだ試練中・・・あ」

 

聞えたのは、もう聞き慣れた、だが今最も聞きたくなかった声。

そこには、()()()()()()ツルギが立っていた。

背負われた雫を見て、その表情が焼き印のように脳裏に刻まれる。

ツルギの肩に頬を預け、心から安心しきった表情で眠る・・・幸せそうな表情が。

そこで、光輝の中で何かがはじけた。

 

 

* * *

 

 

純白の輝きが、大瀑布となって降り注ぐ。

それが、俺が通路を抜けてから見た光景だ。

だが、その前に視界に入った顔を見て、嫌な予感がして苦無を生成して手首のスナップだけで投擲しておいたから、苦無を基点に座標交換を発動して難なくその一撃を躱した。

もし魔物だと勘違いしたのなら、八重樫を紋所を掲げるようにして見せれば死ぬ気で止まるかもしれなかったが、俺の視界に映った表情は、その目は、明らかに正気ではなかった。

俺がついさっきまでいた場所に、深い亀裂が刻まれたことからも、俺を本気で殺す気だったのがわかる。

後ろに背負っている八重樫は、「んんぅ」と軽く身じろぎしただけで、眠り続けるままだ。

呆れとともに、嫌な、ていうよりもう手遅れな予感を感じながらも、ニヤニヤ笑っている虚像をちらりと見てから、俺は攻撃した人物、天之河に声をかけた。

 

「んで?これはどういうつもりだ、天之河?」

 

対する天之河は、聖剣を地面に深くめり込ませ、うつむいた状態のまま小言でなにかを呟くだけだった。

 

「・・・が・・・だ。・・・で、う・・・ら」

「あ?なんだって?まぁ、それはともかく、相手は俺たちじゃなくてあっち・・・」

「俺たち?」

 

なんでそこに反応したんだ?

だが、ぐるりと顔を上げた天之河の目は、妖しい輝きを帯びている。

 

「まるで、自分と雫がワンセットみたいな言い方だな、え?雫はお前のものじゃないぞ。ふざけているのか?」

「・・・ふざけてるのはどっちだよ。いいから、さっさと終わらせろ。敵はあっちだって・・・」

 

できるだけ平静を努めて言葉を返したが、聖剣を引きずりながらゆらゆらとした足取りで俺の方に近づいてくる天之河を見て、予感が確信に変わった。

案の定、俺の言葉は通じなくて、

 

「・・・あぁ、終わらせるよ。お前なんかに一々言われなくても、全て終わらせてやるさ!」

 

カッと目を見開き、絶叫した天之河は聖剣に光を纏わせ、躊躇なく俺の首を狙って薙ぎ払った。

 

「ちっ。やっぱ堕とされやがったか、バカが!」

「黙れ!お前が消えれば全て元に戻るんだっ!さっさと死ねぇえええ!!」

 

やはり、俺の確信は間違っていなかった。

追い詰められた天之河は、自分に敗北したのだ。

そして、俺が背負っている八重樫がとどめになったんだろう。

本当に、くそったれなタイミングだ。

 

「“天翔閃・八翼”ッ」

「おっ、とっと」

 

さっきから、本気で俺を殺しにかかっている。別に避けるのに苦労はしないが、俺が後ろに背負っている八重樫が見えないのか?

 

「おい、ちょっと落ち着け。八重樫が死んでもいいのか?」

 

そう思った俺は、背負っている八重樫を天之河に見せつける。

場合によっては、人質をとっているように聞こえなくもないが、事実は事実だ。

これでちょっとは、天之河も落ち着いて・・・

 

「この卑怯者がっ。雫を開放しろ!」

 

くれるはずもなかったか。

自分で致死性の攻撃を放っておきながら、俺の言葉をそのまま悪い方向にもっていって勝手に激昂するこいつの神経、マジで理解できん。

そこで、ようやく八重樫が目を覚まし始めてくれた。

 

「ん、んむぅ、な~にぃ?もう少し寝かせ・・・」

「よくもまぁ、この状況で寝ぼけていられるなぁ、おい!さっさと起きないとこのまま投げ飛ばすぞ!」

 

あまりにも緊張感のない言葉に、俺も思わずイラっとして八重樫の太ももを強くつねながら、天之河からの攻撃を防ぐための空間遮断障壁を展開する。

別に本当に投げ飛ばすつもりで言ったわけではないが、これで起きないようなら本当に投げ飛ばすか検討する必要がある。

幸い、八重樫はこの痛みと戦闘中の轟音で目を覚まし、慌てて俺の背中から飛び降りた。

 

「爆睡しすぎだろ。どんだけ図太いんだよ」

「べ、別に図太くなんてないわよ。ただ、峯坂君の背中が気持ちよごにょごにょ・・・」

 

途中あたりから何を言ったのかわからないが、どうでもいいことなのは間違いないだろう。

 

「まぁ、それはどうでもいいんだ。それより、あれをどうにかしてくれ」

「ど、どうでもいいって・・・っていうか、この状況、いったいどうなって・・・え?」

 

八重樫は俺の言葉で攻撃を放っている人物を見て、呆けた声を出して棒立ちになり、信じられないといったような視線を正面に向ける。

それもそうだろう。なにせ、自らの幼馴染が自分たちに対して殺傷性の高い攻撃を放っているわけだから。

 

「どうやら、堕ちたみたいだな。俺が諸悪の根源って感じで」

「そんな・・・」

 

天之河がこうなった原因の一つである虚像は、相変わらずニヤニヤと俺たちの方を見るだけだ。

八重樫も、だいたいの事情は察したようで、再び砲撃を放とうとしている天之河に向かって声を張り上げる。

 

「光輝!ダメよ!もう一人の自分に負けてはダメ!正気に戻って、自分に打ち勝って!」

 

深い憂慮を含んだ声で、天之河に語りかける。

俺としては、天之河はただただウザイ奴だが、幼馴染みである八重樫にはいろいろと思うところがあるのだろう。必死に声を張り上げて、天之河の心を奮い立たせようとする。

だが、

 

「・・・大丈夫さ。雫のことは必ず助け出してみせるよ」

「光輝?何を言って・・・」

「峯坂に洗脳されてしまったんだろ?大丈夫。峯坂を倒せば解けるはずだ」

 

天之河は笑みを浮かべながら、俺にとってもちょっと想像の斜め上の言葉が返され、八重樫は絶句する。

ついで、天之河は殺気はそのままに、視線を俺に向ける。

 

「・・・峯坂、元クラスメイトでも俺の大切な幼馴染を傷付けてただで済むと思うな。お前を倒して、香織や他の女の子達にかけられた洗脳も全て解いてやる!そして、彼女達と共に、俺は世界を救う!!」

 

いつのまにか、香織やユエたちも俺が洗脳したことになっていた。こいつ、ここまで意味不明なことを言うやつだったっけ?

推測でしかないが、おそらく香織をハジメに奪われた(と本人は思っている)天之河の最後の砦が八重樫だったのだろう。

だが、その八重樫が、俺の背中に頬を預けて眠っていた。

そんな認められない現実を突きつけられてしまった結果、「峯坂ツルギは複数の女の子たちを洗脳し、世界を救おうとしている自分を邪魔する諸悪の根源」と、自分の都合のいい空想に置き換えたんだろう。

ここまで徹底したご都合主義は、俺も始めて見た。感心すら抱いてしまう。

絶句していた八重樫は、それでも天之河を元に戻そうと言葉を絞り出す。

 

「光輝!しっかりしなさい!何を吹き込まれたのか知らないけれど、惑わされないで!」

「雫・・・」

「聞いて、光輝。自分の嫌な部分と向き合うのは本当に辛いことよ。私も危うく死ぬところだったから良くわかるわ。でも、受け入れて乗り越えないと先へは進めない。強くなって沢山の人を救いたいなら、ここで都合のいい思い込みに縋ってはダメ。貴方の敵は貴方自身。あそこでニヤついてるもう1人の光輝よ!目を覚ましなさい!」

 

八重樫が必死に呼びかけるが、虚像は微動だにしない。おそらく、これも試練の1つということか。

俺も、天之河の対処は八重樫に任せ、後ろで黙ったまま待っていた。

そんな中、天之河は微笑みを浮かべた。

だが、それは日本で見かけたものよりも歪で、根本的に違っていた。

 

「ありがとう、雫。雫は、いつもそうやって俺の為に真剣になってくれるよな」

「光輝・・・」

 

八重樫は元に戻ったのかと、僅かな期待を浮かべたが、

 

「本当に嬉しいよ。洗脳されているのに、それでも俺を想ってくれているんだから」

「・・・光輝?」

「大丈夫。あの俺と同じ顔をした魔物は倒すし、峯坂からも救い出す。もう、好きでもない男の傍に寄り添う必要はないんだ。雫がいるべき場所に帰してみせるからな」

「・・・」

 

天之河の言葉に、八重樫はその表情から感情が抜け落ちつつも、静かに問い返す。

 

「・・・私がいるべき場所?それは何処のことを言っているのかしら?」

「そうか・・・それもわからなくなってしまったんだな。かわいそうに。峯坂は本当に許せないな」

「光輝。答えて」

「あぁ、それはもちろん、俺の隣だよ。今までずっとそうだったし、これからもそうだ」

「・・・光輝。あの夜のことを覚えているかしら?香織が旅立った日、橋の上で話したこと」

「ああ、もちろん覚えているさ。正しさを疑えってやつだろう?」

 

ふ~ん?あの時に、そんなことを話していたのか。こっちはこっちで、いろいろとあったんだな。

 

「大丈夫。最初から峯坂は危険な奴だと思っていたけど、雫の言葉があったから、今まで散々峯坂を見てきてやったんだ。でも、やっぱり最低な裏切り者以外の何者でもなかったよ」

 

・・・効果はまったくなかったみたいだけど。

ていうか、今までの話の中でハジメの名前が出ていなのはどうなっているんだ?今の天之河からすれば、ハジメもあいつの言う諸悪の根源ってことになりそうだが。

これはこれで、嫌な予感がするな。

 

「違うでしょっ。光輝!私が言いたかったのは・・・!」

「問答は無用だ、雫。洗脳された状態ではわからないだろうけど、これが“正しい”ことなんだよ」

 

八重樫の言葉を、問答無用と切り捨てた。

説得は失敗、か。

だとすれば、今度は俺の番になる。

ちょうどいい機会だ。一度、天之河には本気で痛い目にあってもらおう。




「なんだか、昼ドラを見てる気分だ・・・」
「そこ!何を言ってるのよ!」
「いっそ、『私のために争わないで!』って言ってみたらどうだ?」
「そんなこと言うわけないでしょ!」
「峯坂、やっぱりお前は・・・!」
「あ~もう!いい加減にしなさい!」
『・・・こんなつもりじゃなかったんだがな』

大迷宮の意図しない方向で光輝のヘイトを稼ぐツルギの図。

~~~~~~~~~~~

何気に初登場・・・のはずのツルギの親父の名前。
どこかで名前を出したような出してなかったような、って感じで全文検索でざっと見直して、やっぱり見当たらなかったので書きました。
それでも、ぶっちゃけ、それでも「どこかで書いたような、書いてないような・・・」、って感じでかなり不安なんですよね。
ツルギ視点だと基本的に「親父」ですし、3人称視点で書く機会もあまりなかったので・・・。
もしどこかで見かけたっていう読者様がいたら、感想欄に書いていただけると幸いです。


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惨めな末路

決定的に堕ちた天之河は、さっきまで弱められていた“限界突破”の光を再び迸らせて俺に向かってきた。

さすがの俺も、刀を生成して殺気を身に纏う。

 

「待ってっ、私が止めるから!」

 

その前に、八重樫が俺と天之河の間に割って入った。

“限界突破”を使用した天之河を八重樫のスペックで止められるとは思わないが、その前に、

 

「八重樫、右だ」

「え?ッ!?」

 

俺の声に条件反射で動いた八重樫に、虚像が斬りかかってきた。

八重樫に攻撃が当たる前に、俺があらかじめ取り出しておいたブリーシンガメンで俺の分身を2体形成し、盾代わりに虚像の攻撃を防いだ。

俺の方も、天之河の唐竹割りの一撃を受け流し、一定の距離を保つ。

 

「ぐっ」

 

とはいえ、八重樫の方は天之河のせいで散々に強化された虚像の一撃を完全に防ぎきることはできず、虚像に攫われるように吹き飛ばされた。

 

『雫の相手は俺がしておくよ。お前は、憎い敵と思う存分戦うといいさ』

「くっ、このっ。離れなさい!こんなことしている場合じゃ・・・」

『諦めな。あいつには峯坂ツルギしか見えていない。試練の行方は、峯坂ツルギに移ったんだ。手は出さないでくれ』

「勝手なことをっ」

 

八重樫の言う通り、本当に勝手なことに、大迷宮の試練は俺を試験官扱いしたようだ。おそらく、俺を前にして正気を取り戻せるか、といったところだろうが、どう考えても今のこいつにそれができるはずがない。

 

「おい、いいのか?お前の大切な幼馴染が襲われているが?」

「・・・あれは俺でもある。殺しはしない。多少の怪我は、お前のような男にあっさり洗脳されてしまったことへの戒めになるだろう」

「・・・さっき、あれは魔物だとか言ってなかったか?」

「俺の感情をコピーして擬態した魔物だろう?なら、魔物でも雫を殺すようなことはしない」

「支離滅裂じゃねぇか」

 

あれは自分と関係のない魔物だと言っておきながら、自分の感情をコピーしているから殺すことはないと言う。

もはや、ロジックすら成り立っていない。

いや、むしろ気にならなくなった、あるいは自分の言うこと全部が真実だと思っているのかもしれない。

天之河は“限界突破”で上昇したステータスに任せて俺を両断しようとしてくるが、まだ“天眼”で十分見切れるレベルだから、今はまだ天之河の攻撃をいなし、捌くにとどめる。

本格的に攻撃するのは、こいつの言い分があらかた出てからだ。

 

「覚悟しろ。これ以上、お前の好き勝手にはさせない。雫も香織も、ティアたちも、みんな解放してもらう!」

 

そう言った天之河は、俺の喉元に向かって鋭い突きを放つ。

だが、俺はなんなく刀で受け止め、突きを頭上に逸らした。

 

「なっ」

 

驚愕の声を漏らす天之河に、俺は冷淡に語りかける。

 

「・・・馬鹿に馬鹿と罵るほど無駄なことはないが・・・忠告しておく。人の恋人を勝手に呼び捨てにしない方がいい。ハジメが相手なら、もっとひどい目に遭っていた」

 

そう言って、俺はもう1本刀を生成し、天之河の聖剣を握る両腕の肘裏に斬撃を放つ。

鎧の隙間を狙った攻撃に、天之河は思わず聖剣を手放してしまう。

俺は、さらに体勢を低くして回転しながら膝裏を斬り、膝をついた天之河の胴に浸透勁付きの蹴りを放つ。

 

「がはっ!?」

 

鎧の防御を無視した一撃に、天之河は四つん這いになることもできずに這いつくばり、口から血を吐き出す。

 

「ぐっ・・・こ、来い、聖剣っ!」

 

天之河は必死に聖剣に手を伸ばし、聖剣もそれに応えるように天之河の手元に飛ぼうとするが、その前に俺が聖剣を踏みつけた。聖剣は何とかして抜け出そうと暴れるが、魔力強化込みの俺の力で押さえつけているため、俺の足は微動だにしない。

 

「ったく、ずいぶんと無様だな。聖剣の新しい機能も使わず、八重樫の道場で教わった基本の動きすらできないのか。そんなんじゃ、剣が泣くぞ」

 

俺の言葉は大きめの独り言として出てきたものだが、天之河にはばっちり聞こえたようで、俺の方を射殺さんとばかりに睨みつけてくる。

とりあえず、天之河の鬱陶しい視線をさえぎる目的で強めに殺気を放つ。

さて、この後はどうしようか・・・

 

「峯坂君!お願い止めて!光輝は私が説得するからっ」

 

そこに、俺がとどめを刺そうとしたように見えたのか、八重樫が俺の方に必死に呼びかけてきた。

だが、この場でそれは致命的な隙だった。

 

『雫は少し退場していようか?』

「あぐぅ!?」

 

虚像が、八重樫に向かって“光爆”を放った。すんでのところで俺の分身を盾にしたが、やはり完全には防ぎきれず、衝撃で分身も破壊され、八重樫は吹き飛ばされた。氷壁に叩きつけられる前に残った分身をクッション代わりにしたため、壁に叩きつけられることはなかったが、“光爆”で脳震盪を起こしたのか気を失っており、ズルズルと地面に横たわった。

幸い、命に別状はないようで、一定のリズムで呼吸しているのが見えた。

だが、しばらくは目を覚まさないだろうから、八重樫の身を守るために分身体をそのまま障壁にした。

そして、八重樫が戦闘不能になったということは、虚像がフリーになったということでもある。

虚像が肩を竦め、ついでくるりと俺の方に振り向き、魔剣の切っ先を俺に向けて黒光の砲撃を放った。

狙われた俺は焦ることもなく、天之河を放置してその場から飛びずさる。

 

「うわぁああ!!」

 

天之河は思わず悲鳴を上げて防御態勢をとるが、砲撃はクイッと曲がって俺を追尾した。

ホーミング機能はたしか、ハジメがつけたオプションの1つだ。やはり、虚像の方も使えるらしい。

そんなことを考えながら、俺はマスケット銃を生成し、魔法の核を撃ちぬいて砲撃を霧散させた。

とはいえ、虚像の目論見は俺の撃破ではなく、天之河から距離を取らせることにあったようで、いつのまにか天之河に肉薄していた。

虚像は天之河の耳元に口を寄せると、何かを呟いた。

 

『あいつを殺すために、力を貸そうか?』

 

動きが小さかったから読唇術を使ってもわかりづらかったが、だいたいはそんな内容だった。

その囁きを受けた天之河は、血走った眼差しを俺と虚像に交互に向け、やむなしといったようにうなずいた。

その直後、虚像は黒い光の粒子となって渦を巻き始めた。

 

『さぁ、お前()。ヒーロータイムだ。悪者からヒロイン達を助け出そうじゃないか!』

「うるさいっ。お前の指図は受けない。今だけ使ってやるだけだ!峯坂を倒したあとは、お前の番だということを忘れるなっ」

 

その言葉に虚像がニヤリと笑うと、黒い粒子が天之河の身の中に入っていった。

天之河の純白の光の中に黒い光が混ざり始め、よく見ると俺が斬った傷や内臓の損傷もみるみるうちに治っていく。

目の前の現象に、俺は何が起こっているのかを察した。

 

「・・・ちっ、こいつ相手に使うのは業腹だが・・・しゃあねぇか。“魔導外装”、展開」

 

本当はこいつ相手に使いたくなかったが、俺は切り札を発動する。

だが、だからと言って本気を出すわけではない。

 

「効果縮小」

 

展開した魔法陣を、必要な分だけ残してばらしていき、必要最低限の効力を持たせる。

最終的には、手のひら大のものを2つ作り、

 

接続(コネクト)

 

俺の両手の甲に接続させた。

今の“魔導外装”に付与させてある効果は、“昇華魔法”と“高速魔力回復”の2つだけ。あとの能力は素のままだ。

展開し終わった俺は、ついでと言わんばかりに天之河に向けて炎の塊を数発放った。

放たれた炎塊はいまだに動いていない天之河のところに着弾し、連鎖的に爆発を引き起こした。

並みの相手なら跡形も残らないくらいの気持ちで放ったが・・・

 

「無駄だよ」

 

やはりというか、爆炎の中から歓喜に震えるような天之河の声が響いた。

だが、その姿は大きく変わっており、片眼が赤黒いオッドアイになり、本来の茶髪に数本の白いメッシュが入っている。また、鎧に赤黒い血管のような線が何本も入っており、その手には聖剣と魔剣の二振りの剣が握られていた。

 

「やっぱ、融合したか」

「不本意ではあるけど、な。お前を倒す為なら甘んじて受け入れよう。もっとも、あとでこいつも倒すけれど」

「なにいい子ぶってるんだよ、バカが。ただ誘惑に負けただけだろうが」

「好きに囀るといいさ。何を言ったところで、お前はもう俺には勝てない。この湧き上がる力があれば、俺は全てを取り戻せる!」

「そんなだから失ったんだって、なんで気づかないのかね・・・」

「御託はいらない。覚悟しろ、峯坂!!“覇潰”!!」

 

天之河が、“限界突破”の最終派生である“覇潰”を使用し、先ほどの数倍の魔力の奔流を噴き上がらせた。

虚像を取り込んだことによる強化も併せて、今の天之河のステータス値は一万を超えている。

それに感心していると、天之河の姿がぶれた。

俺はため息をつきながら、自然な動作で、肩越しに刀の切っ先を後ろに向けた。

 

ギィンッ!!

 

「なっ!」

 

すると、後ろから甲高い衝突音と天之河の動揺する声が聞こえた。

俺がしたのは、単純に切っ先で後ろに回り込んだ天之河の攻撃を受け止めただけ。

少しでも位置と力加減を間違えれば俺の刀は弾き飛ばされて斬り伏せられるが、この程度の芸当は俺にとって朝飯前だ。

 

「ずいぶんと容赦なかったな。人殺しは悪いことだったんじゃなかったのか?」

 

俺は後ろを振り向かないまま、天之河に問いかける。

俺としてはこのバカをさっさとぶちのめしたいが、もしかしたら壁抜けするくらいの確率で正気を取り戻してくれる可能性も考えて、そう尋ねてみた。

だが、

 

「お前はどうしようもない“悪”だ!生かす価値があるわけないだろう!!」

 

天之河の口から出たのは、そんなでたらめな言葉。

内心で「その“悪”が人間なんだっての」と悪態をついたが、それを言ったところでこいつは止まらないだろう。

だから、そのことについては何も言わないでおこうと思ったが、

 

「死んだ親友の死体を利用して好き勝手しているんだ。お前のしていることは許されることじゃない!!」

「・・・はぁ?」

 

さすがにこの台詞は予想できなかった。思わず呆けた声を出し、後ろを振り向く。

ていうか、どこからでてきた、その発想?いや、たしかに天之河はハジメが奈落に落ちた時に「死んだから諦めろ」的なことを言っていたが、だからってそんな風につながるか?

 

「・・・言っている意味がわからないんだが。どこをどう考えればそうなるんだ?」

「あの時、南雲は死んだはずだったのに、俺たちの前に現れたんだ。それに、根暗なオタクだった南雲があんな風になるなんてあり得ない。大方、峯坂がオルクスに潜ったのは、恵里みたいに南雲の死体を利用して人形を作って、自分の思い通りにさせるつもりだったんだろう!」

 

呆れて物も言えない。

たしかに、()()俺なら魂魄魔法も使えるから、同じようなことはできるだろう。

だが、魂魄魔法を使えないあの時点ではそんなことはできないのは明白だし、仮に同じ技術を持っていたとしても、死後数日経った死体を利用できるはずもない。恵里だって殺した直後の死体を使っていたし、魂魄魔法も今のところ死後数分が限界だ。

その辺は少し考えればすぐにわかるはずなのに、天之河はわかっていない。いや、わかろうとしない。自分に都合のいいことしか考えていない。

やはり、これ以上の問答は無駄なようだ。

 

「・・・はぁ、そうか。なら」

「がふっ!?」

 

俺は背後の攻撃を頭上に逸らし、天之河の懐に潜り込んで再び蹴りを入れた。

そして、切っ先を天之河に向けて宣言した。

 

「お前のその甘ったれた考え、俺が粉々に吹き飛ばしてやる」

 

対する天之河は、俺の言葉に憎々し気な表情を浮かべ、二振りの剣を振り下ろした。

 

「“天翔閃・嵐”!!」

 

放たれるのは、数百もの不可視の風の刃。どうやら、とうとう聖剣の追加オプションを使うことにしたようだ。

その威力は、スペック上昇の恩恵を受けて、もはや殲滅級の威力になっていた。

だが、俺はそのすべてを“魔眼”で見切り、最小限の動きで天之河に肉薄する。

その途中で、俺は片方の刀を消して一刀に切り替え、水平に構えた。

それを見た天之河は、迎撃態勢に入る。

迷宮での攻略の情報が虚像が経由で知らされているのか、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

俺はそれに気づいていないふりをし、そのまま天之河を射程に捉えた。

 

「“一閃”」

 

放つのは、瞬間3連撃を一振りに込めた一撃。俺の試練の虚像を下した攻撃だ。

そして、そのまま刀を技名通り一閃させた。

だが、その技は見切っていると言わんばかりに天之河は一歩後ろに下がり、俺の一撃を躱す。

そして、隙だらけだと言わんばかりに両手の剣を振り下ろそうとし、

 

「“二足”」

 

俺はそれを、瞬間2連撃で相殺した。

 

「なっ」

 

不意を突かれた天之河は驚愕の声を上げるが、

 

「“三爪”」

 

それに構わず、俺は瞬間3連撃を放つ。

だが、その攻撃は鎧に阻まれ、十分なダメージを与えられなかった。

天之河は、今度こそと攻撃しようとするが、

 

「“四葉”」

 

俺は()()4()()()を放ち、天之河をその場に縫い付ける。

 

「“五輪”、“六連(むつら)”」

 

それでも、俺の攻撃は終わらない。

1つ技を放つごとに、斬撃の回数を増やしていく。

昇華魔法を習得し、鍛錬に励んでいる際に、俺はあることを考えた。

俺が今まで使ってきた瞬間3連撃“秘剣・燕返し”。あれはロマンから3連撃にしたというのも0ではないが、実際の理由は俺でも1度に3回が限度だったからだ。

だが、昇華魔法によってステータスを向上させれば、その回数を増やせるのではないかと、そう考えた。

だが、昇華魔法を使っても、ノーモーションから放てるのはせいぜい5回。これでは、いずれ戦う相手には物足りない。

そこで俺は、あることを思いついた。

ノーモーションがダメなら、連続で段階ごとにギアを上げれば、さらに回数を増やすことができるのではないか。

 

「“七星”、“八雲”、“九重(ここのえ)”」

 

それによって生み出したのが、ギア上げ連続攻撃による、俺の限界を超えた絶技。

 

「“至天・十刀”!」

 

実に、瞬間10連撃。

全方位から襲い掛かる斬撃に、これまでの連撃で釘付けにされていた天之河に避けることも防ぐこともできるはずがなく、容赦なく吹き飛ばされて氷壁にたたきつけられた。

だが、天之河はすぐに起き上がった。肩や腕、足の関節、さらに口からも血を流してはいるが、それもすぐに治っていった。

 

「手加減のつもりか?俺をバカにしているのか?」

 

そう言う天之河の目はどす黒く淀んでおり、もはや以前の人々の夢と希望が詰まった勇者の面影はない。

天之河が問題なく起き上がったのは、簡単な話、俺がすべて急所を外したからだ。もちろん、これは俺の意図的なものだ。

俺は再び刀を生成して二刀流になり、右手の刀を肩に乗せながら理由を答える。

 

「たしかに、俺としてもさっさと殺したいところなんだがな。そうしたら香織やハジメが面倒なことになるから、とりあえずお前は徹底的にボコる程度にしておいて、あとは幼馴染ィズに任せるとするさ」

「っ、ふざけるなっ!そんな余裕、すぐになくしてやる!」

 

べつに余裕の言葉と言うわけではないのだが、それを今の天之河に言ったところで意味も効果もない。激情に任せて突っ込んできた天之河を、俺は真正面から迎え撃った。

もちろん、正面から受け止めるのではなく、あくまで天之河の攻撃をいなし、逸らし、隙を突いて斬る。特に焦ることもなく、冷静に攻撃を見極めて対処する。

それが気に入らなかったのか、天之河は堪えきれないといったように喚き始めた。

 

「お前がっ、お前みたいな奴がっ、わかったような口を利くな!雫と香織のことを本当にわかっているのは俺だっ。2人のことを誰よりも大切にしているのは俺だっ。俺こそが2人と共にあるべきなんだっ。お前なんかじゃない!絶対に、お前みたいな奴なんかじゃない!」

「・・・まんま、駄々を捏ねるガキだな」

 

まさに、思い通りにならない現実に喚き、癇癪を起こす子供そのものだ。

俺も、急所は避けながらも攻撃を胴体に移し始めたが、天之河は限界を超えた治癒力に任せて、ダメージを無視して突っ込んでくる。

さらに、天之河の負の感情に呼応するかのように、天之河のスペックがさらに上昇していく。おそらく、天之河に取りついている虚像の強化が天之河本人にも影響を与えているのだろう。

ステータス値で言えば、全力の“魔導外装”でなければ厳しいレベルだ。

 

「ぉおおおおおおっ」

「・・・」

 

だが、俺は昇華魔法による身体能力上昇だけですべてをしのぐ。

どうやっても、天之河の攻撃は届かないのだ。

なぜなら、使い手の精神が未熟な上に、濁っているから。

逆上して冷静さを欠き、相手を叩きのめして愉悦にひたりたいだけの攻撃では、きっと誰にも、どこにも届きはしない。

すると、天之河の背後で氷壁の一部が溶け出し、中から残りのメンバー全員が出てきた。

一部が俺と天之河の戦いを見て呆然と立ち止まっているが、天之河はそれに気づくこともなく、ただひたすらに俺を殺すために殺意と憎悪をまき散らした。

 

「お前さえ、お前さえいなければ、全部上手くいってたんだ!香織も雫もずっと俺のものだった!この世界で勇者として世界を救えていた! それを、全部お前が滅茶苦茶にしたんだ!」

「・・・」

「人殺しのくせにっ。簡単に見捨てるくせにっ。そんな最低なお前が、人から好かれるはずも、許されるはずもないんだ!」

「・・・だから、洗脳したとでも?」

「そうだろう!それ以外に何がある!香織も雫も、ティアもイズモもユエたちも、みんな洗脳して弄んでいるんだっ。どうせ龍太郎や鈴だって洗脳するんだろう!?そうはさせない。俺が勇者なんだ。みんなお前の手から救い出して、全部、全部取り戻す!お前はもう要らないんだよっ!!」

 

その絶叫は、当然ハジメたちにも聞こえていたようで、ハジメやティア、ユエ、シアはスッと目を細くし、ティオとイズモは不快感をあらわにした。香織はショックで口元を手で覆っており、谷口と坂上も呆然と天之河の方を見ながら硬直している。

やっちまったなぁ、と思いながら、俺はハジメの方に念話を飛ばした。

 

『そっちは全員無事みたいだな』

『おう。んで?そこのバカは何をやっているんだ?』

『なんか、随分なことを言ってるけど?』

 

ハジメもそうだが、ティアの怒気が下手をすれば今の天之河の殺気を超えるレベルであふれ出ている。

俺のことを悪く言われたのが、よほど頭にきたのだろう。そのことに、俺は思わず小さく笑みをこぼしながら、現状を説明する。

 

『早い話、天之河が虚像に負けて、絶賛ご都合解釈全開で俺に八つ当たり中ってところだ。ついでに言えば、こいつの中ではハジメはすでに死んでいて、俺が死霊術で操っていることになっているみたいだぞ?』

『・・・処す?』

『ずいぶんとふざけたことを言いますね?』

 

俺の追加情報に、ユエとシアが殺気を放ち始める。自身の恋人が死人扱いされているというのは、やはり相当頭にくるんだろう。

 

『やるならほどほどにな。んで、今は虚像を取り込んでパワーアップしている状態だ。自分を取り戻すことができればクリアなんだろうが・・・無理だな。八重樫でさえ、説得しようとしてあれだ』

 

そう言って、俺は八重樫を守っている障壁に視線を移す。

 

『雫ちゃん!』

『直撃は防いでおいた。大事はないはずだが、念のため見てやってくれ、香織』

『も、もちろんだよ!任せて!』

 

倒れている八重樫を見て我を取り戻したようで、香織は八重樫のところに駆け寄っていった。

それが見えたのか、天之河はようやくティアたちの存在に気づいたようだ。俺から距離を取り、にっこりとほほ笑みを向けた。

 

「みんな、来てたんだな。少し待っていてくれ。今、こいつを倒してみんなを解放してみせるから」

 

天之河の言葉に、ティアたちは不快を通り越して憐みの視線を向けた。

坂上と谷口は、変わり果てた親友の姿を見て、必死に声を張り上げた。

 

「なに言ってんだよ、光輝!どうしちまったんだ!正気に戻れよ!」

「光輝くん、しっかりして!倒さなきゃならないのは峯坂君じゃなくて、自分自身だよ!」

 

2人の心からの叫びに、天之河は嬉しそうにするどころか、むしろ憤怒の表情を浮かべた。

その矛先は、やはり俺に向けられる。

 

「・・・峯坂。まさか、既に龍太郎と鈴まで洗脳してるなんて。どこまで腐っているんだ。どこまで俺から奪えば気が済むんだ!あぁ、そうか。今、わかったよ。恵里のことも・・・お前の仕業なんだな?あんな風に豹変するなんておかしいと思っていたんだ。でも、お前が洗脳したんだとすれば全ての辻褄が合う」

「合うか、バカ」

「今更、言い訳は見苦しいぞ。必ず罪を償わせてやる」

「今のお前の方が、よっぽど罪深いと思うんだが・・・」

 

俺の言葉には耳も貸さず、天之河は二振りの剣を頭上に掲げた。

掲げられた聖剣と魔剣からは、膨大な魔力の奔流が渦巻き、天井を消滅させる。

これは、“神威”の輝きだ。膨大な魔力に物言わせて放つつもりなのだろう。

 

「わざわざ待つと思うか?“天の鎖(エルキドゥ)”」

 

隙だらけの天之河に、俺は空間固定の拘束用鎖を天之河の両腕、両足に巻き付けた。

 

「くそっ、この卑怯者がっ」

 

空気を読まない悪役は卑怯者らしい。自分から隙だらけになったのが悪いのに。

天之河は必死に拘束から逃れようともがくが、もともと対ハジメ・・・もとい対使徒を想定したものだ。いくらパワーアップしているとはいえ、天之河にはこれをほどくことはできない。

その隙に、俺は天之河の足下に魔法陣を展開した。そして、魔法陣に先ほどの戦いで周囲にまき散らされた魔素も収束し、極限まで圧縮させる。その量は、ハジメやティアたちであっても戦慄の表情を浮かべていた。

そして、チャージが完了し、

 

「俺の言葉は否定しても、せめて八重樫の言葉は聞き入れるべきだったな・・・“天照”」

 

圧縮した魔力を、解放した。

 

「お前がっ、お前さえいなければっ。俺がっ・・・」

 

天之河の恨み言は、魔力の爆発にかき消された。

解き放たれた魔力は、魔法陣の外にはみ出さないように球体上になっており、まるで太陽が現れたかのような輝きを放っていた。

遠目で、香織と目を覚ました八重樫、谷口と坂上が息を呑んでいるのが見えたが、ハジメあたりは何が起こっているのかだいたいの察しがついているようで、慌てることもなかった。

俺は天の鎖(エルキドゥ)の拘束を解き、適度に魔力の奔流が落ち着いたところで魔法陣を分解した。

 

「ぅ。ぁ・・・」

 

中からは、傷1つない、だが衰弱しきって倒れこんでいる天之河が現れた。

目の前の光景に、香織や八重樫たちが「え?」と困惑の表情を浮かべていた。

対魔力魔法“天照”。メルジーネで圧縮した魔力を開放したときのものを利用して編み出したものだ。メルジーネの時と違うのは、魔法陣によって範囲を設定したことと、出力を倍以上にしたこと。

周囲の魔素の量によってチャージ時間が変動するし、相手を拘束し続ける必要があるため、使い勝手がいいとは言えないが、魂魄魔法も併用すれば相手の魂魄を消し飛ばすこともできる、わりと凶悪な魔法だ。

今回は、あくまで虚像の魔力を消し飛ばすのが目的だったため、魔力によるシンプルな圧縮解放にとどめた。

俺の目論見通り、虚像は跡形もなく消え去り、天之河の姿も元に戻った。

 

「ち、力が消えて・・・そ、そんなっ。まだ俺はっ、全部取り戻していないのにっ・・・」

 

いや、天之河自身は、まださっきまでの溢れるほどの力と過去の何もかも上手くいっていたころの妄執に取りつかれており、憎悪や殺意もまだ宿したままだった。

呆れた奴だとため息を吐きながら、俺は天之河の側に近寄る。

すると、俺の接近に気づいた天之河が、動きを止めて幽鬼のような表情で見上げて呪詛のようにつぶやいた。

 

「頼むよ、峯坂っ。全部、返してくれっ。頼むからっ、死んでくれっ」

 

遠くでは、幼馴染みたちが怒りとも悲しみともつかない、複雑な表情で見ているが、天之河はそれに気づかない。

よく見れば、坂上の握り締めた拳からは、血が流れていた。

俺はそれを見てから、天之河の胸倉を左手でつかみ上げた。敢えて首を絞めるようにして、僅かな抵抗も許さないように。

俺は、視線を香織と八重樫に向けた。

香織からは、懇願するような眼差しが向けられていた。

八重樫は、憂いを抱きながらも、そっと目を閉じた。どうするかは、俺に任せると言った風に。申し訳なさそうに眉が下がっているのが、実に八重樫らしかった。

ついで、ハジメたちの方を見る。

主にハジメから、「わかっているんだろうな」みたいな、若干上から目線な態度を向けられ、苦笑しながらため息をつくと言う、我ながら器用なことをした。

最後に、視線を天之河に戻し、

 

「もっかい人生やり直してこい、バカ野郎」

 

右の拳で、天之河の顔を思い切り殴りとばした。

殴られた天之河は吹き飛び、地面に倒れこんでようやく気を失った。

一応の決着に深く息を吐きだし、俺はこうなった元凶であるハジメをとことん絞ろうと決意を固めた。




「へっきしっ。? なんだ?急に寒気が・・・」
「でも、エアゾーンはきちんと機能していますよね?風邪ですか?」
「そんなことはないだろうが、なんだか嫌な予感が・・・」

ツルギの怒りの説教を感知したハジメの図。

~~~~~~~~~~~

いやぁ、書いていたら、思った以上に文章が進みました。
なんか、今まで以上に文章が思い浮かぶというか、意外と書きやすかったというか。
だいたいの構想があらかじめできていたからというのもあるでしょうが、他のメンバーの話書いているときよりも手ごたえがありました。
自分的には、けっこう満足です。


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伝えられる気持ち

「おう、ツルギ。お疲れさあダッ!?」

「うし、全員揃ったようだし、さっさといくか」

 

何食わぬ顔で近づいてきたハジメの脳天を思い切り柄で殴りつつ(振動付き)、天之河をサクッと無視して号令をかけた。

 

「ま、待って、待って!光輝くんの治療しないと・・・」

「おい、ちょっと待て!なんでいきなり殴ってんだよ!」

 

そこに、香織が慌てて引きとめ、ハジメが訳が分からんと言わんばかりに問い詰めてきた。

まずは、ハジメの方を答えることにしよう。

 

「てめぇが安易に『肉壁増やそう』くらいの気持ちで同行を許可した結果がこれだからだろうが。もうちょっとは俺の苦労を考えろ」

「うっ・・・」

 

俺の言う通り、ハジメが同行を許可しなければ、少なくとも天之河が俺たちに迷惑をかけることはなかったのだ。その辺りのバランスを俺が考えているときにハジメが考えなしに許可を出したせいで拒否も条件を付けるのも難しくなってしまった。

俺の言ったことに心当たりがあるのか、ハジメは一転して気まずげな表情をして黙り込んだ。

坂上や谷口辺りは「どういうこと!?」みたいにハジメを見ているが、それに関してはスルーした。

次に、香織の方の話をする。

香織の診察によると、長時間にわたって“覇潰”を使用した反動と魔物の魔力を自分の身体に取り込んでスペックを上げた影響で、全身が魔物の肉を喰らったときのようにボロボロになっているとのこと。また、拒絶した負の感情も無理やり取り込んだせいで精神の方も無視できないダメージを負っているということから、できるだけ慎重に治療を行いたいと言うことであった。

それを聞いて俺は、

 

「え~・・・?」

「その返しは予想してなかったよ!」

 

心底嫌そうな声を出した。

別に幼馴染を放置できないと言う気持ちはわからなくもないが、それと俺の内心は別だ。

まぁ、さすがに俺も放置は半分くらいは冗談だったが、

 

「・・・完全に治療するのはやめろ。せめて死なない程度に、気絶させたままにしておいてくれ」

「え?どうして・・・あぁ、うん、その方がいいかな?」

 

香織は最初は首をかしげたが、すぐに俺の意図に気づいたようで、困ったような表情になりながらも治療を始めた。

 

「峯坂よぉ、光輝が気にくわないのはわかるけどよぉ・・・なんつーか・・・」

「峯坂君・・・」

 

対して、坂上と谷口は俺の意図に気づいていないようで、歯切れ悪く話しかけてきた。

たしかに、俺は天之河のことは心底気にくわないが、それと今回の指示は別だ。

俺の代わりに、ハジメが軽く説明を入れる。

 

「あのなぁ、あれが目を覚ました後の面倒さを考えてみろ」

「面倒さ?あ・・・」

「谷口は気づいたみたいだな。いいか。天之河は試練をクリアできず、自分の負の側面を否定し続けた。その結果が、さっきの八つ当たりだ。それは目を覚ましても変わらない。ということはだ」

「さっきみたいになっちゃうってことだね・・・」

「そういうことだ。まぁ、さっきのあれは虚像の影響でご都合解釈に拍車がかかっていたからってのもあるだろうから、目が覚めてもすぐに暴走するなんてことはないだろうが・・・」

 

俺はそう言いながら、ハジメの方に視線を向ける。

ハジメも俺の意図を察したようで、宝物庫から羅針盤を取り出し、視線を落としながら続けた。

 

「深部まではもうすぐだ。おそらく、これが最後の試練だったんだろうが、この先に何もないとは断言できない」

「そんなときに、後ろから襲い掛かってこられたら、鬱陶しいことこの上ないんだよ」

「はぁ・・・命があるだけ儲けもんってことか」

 

坂上も、俺とハジメの言葉に、仕方ないかとため息を吐きながらも頷いた。

そんな坂上たちの傍らでは、ティアとユエ、シアが天之河にむけて殺気を放っていた。

 

「・・・むしろ、放置すればいいのに」

「いえ、ユエ。とどめを刺すべきよ」

「そうですね。跡形も残しません」

「3人とも、落ち着かないか・・・さっきから勇者殿が、殺気にあてられてうなされているぞ」

 

イズモの言う通り、天之河は香織に治療されながらも顔を青くして冷や汗をかきながら、小さくうめいていた。いったい、どんな夢をみていることやら。

どうやら、この3人はさっきまで天之河が言っていたことで、まだ腹を立てているらしい。ユエとシアに限っては、最愛の恋人がすでに死んでいる扱いされていたから、というのもあるだろうが。

そんなティアたちに俺とハジメは近づき、俺はティアの、ハジメはユエとシアの肩を優しくたたいた。3人は肩越しに振り返って、少し不満気な表情になる。

 

「イズモの言う通り、3人とも抑えてくれ」

「でないと、ツルギが面倒かけてまで生かした意味がなくなっちまうだろ」

「むぅ・・・わかった」

「ツルギがそう言うなら・・・」

「命拾いしましたね、勇者め」

 

シアの去り際の言葉が黒かった。

言いたいだけ言って、ちらりと視線を天之河に向けると、すぐに視線を逸らしてそれぞれの胸元に抱きついた。

特に、俺に抱きつくティアが甘えん坊になっている。ユエとシアは、俺たちと合流する前にハジメに抱きつきでもしたのだろうか。

内心で甘えん坊のティアに和みつつ、ポンポンと頭を撫でていると、俺の後頭部に柔らかな感触が追加された。

上を見上げると、イズモが後ろから抱きついてきていた。

 

「珍しいな。今日はイズモも甘えん坊か?」

「私とて、今回の試練で少し疲れたのだ。これくらいはいいだろう」

 

本当に珍しく、俺に甘えてくるイズモに頬が緩み、空いている方の手でイズモのキツネ耳を優しく撫でる。それが気持ちいのか、尻尾をパタパタと振っているのが、また普段にない可愛らしさがある。

しばらく堪能してから、ちらりとハジメを見ると、ちょうどユエと香織がハジメの腕を争って極寒ゾーンを形成しているところだった。ティオとシアも抱きついて桃色空間も形成されているため、かなりカオスなことになっている。

それに比べて、俺の方は平和そのものだ。

天之河の方はすでに治療が終わっているようで、坂上が肩に担いでいた。その表情には、若干の憂いがあったが、谷口の持ち前のムードメーカーで気持ちは持ち直したようだ。

その様子を、八重樫が慈愛に満ちた微笑みで見守っている姿は、まさしくオカンそのもの・・・。

・・・そう言えば、すっかり忘れていたけど、まだどでかい問題があった。

さて、俺は一体どうすればいい?

できればさっさと先に進みたいが、イズモもティアもすぐに離れる気配はないし、無理にほどくこともできない。

声をかけるにしても、何を言えばいいのかわからない。

俺が内心で切羽詰まっていると、八重樫が何度か深呼吸をした後に、俺の方にとびっきりの熱を孕んだ瞳を向けてきた。

 

「む?・・・ふふっ、なるほどな」

 

後ろから抱きついて顎を俺の頭の上に乗せているイズモは、真っ先に八重樫の視線に気づき、意味ありげに微笑む。

ティアの方は、八重樫の視線に気づいているのかいないのか、顔を俺の胸に押し付けたまま動かない。

ハジメたちがいる方からは、「ほぅ・・・」「・・・ようやく?」「遂にですかぁ」「いよいよじゃのう」「頑張って、雫ちゃん!」と小声で話していて、聞こえはしないが口の動きで内容が丸わかりになっている。ていうか、ほぼ全員面白がってやがる。微塵も助ける気を感じねぇ。

そうこう悩んでいるうちに、八重樫が俺の傍にまで近づいてきた。俺から見て右側の方で足を止めるが、距離がやたらと近い。体がほとんど密着しているというか、抱きつく一歩手前になっている。

そこでティアは、ちらりと視線を八重樫に向け、すぐに元に戻した。

それに何の意味があったのかはわからないが、八重樫はそれで決心がついたらしく、先に口を開いた。

 

「峯坂君、ありがとう。光輝を助けてくれて」

「とりあえず、ボコボコにしただけだが?」

 

身体的にも、精神的にも。

 

「殺さなかったでしょ?私のために、ね?」

「まぁ、そうだな・・・」

 

こればっかりは、実際に俺が言ったことだから否定できない。

 

「本当に、守ると言ったら心も守ってくれるのね」

「当然だが、俺の中にも線引きはある。取捨選択くらいはするし、いつでもどこでもってわけにはいかない」

「わかってるわ。でも、私は、私達は幼馴染を失わずに済んだ。本当に色々と困った奴だし、あんな醜態を晒した大馬鹿者だけれど・・・でも、それでも、身内も同然だから」

 

憂いと感謝を込めた八重樫の眼差しと言葉に、俺は微妙な表情になりながら肩を竦める。

俺としては、サクッと殺して後顧の憂いをなくしておきたいし、今もわりとそう思っているが、それによって起こる面倒と今の八重樫や香織の表情を見れば、今回の選択は間違っていないと言えるだろう。

今後の面倒も、幾分かはハジメに押し付ければいいし。

それに、幼馴染みがあれだけの姿をさらしても、幻滅せずに憂うことができるというのは、やはり八重樫のオカンなところがなせることなのだろう。

それは、坂上や谷口にしても同じだ。

もし仮に、さっきの姿を王都の天之河に好意を寄せていた令嬢やクラスメイトが見れば、すぐに幻滅して天之河から離れていくのは目に見えている。

だからこそ、ただの幼馴染という関係ではなく、それこそ八重樫の言う“身内”といった深いつながりがあるのだと分かる。

そう考えると、八重樫がオカンなら、天之河はさながら手のかかる息子といったところか。実際、似たような発言はあったし。たしか、“手のかかる弟”とかティアが言ってたか。

ていうか、いつもならこんな思考をしている辺りで八重樫からキッ!と睨まれるかジト目を向けられるのに、今は深呼吸しながら俺に熱いまなざしを向けてくるばかり。なんか、これはこれで調子が狂うな。

そんな俺の内心なんてつゆ知らず、八重樫は言葉を続ける。

 

「誰かに、あんなふうに寄り掛かったのは初めてだったけれど、とても心地良かったわ。それもありがとう」

「・・・軽く脅しといてなにを・・・」

 

ああいうの、ハジメ相手だけで十分だってのに。

ていうか、言葉の熱量から察するに、八重樫の言う“寄りかかる”は精神的なものも含まれている気がするんだが。それも、顔を真っ赤にして“心地良かった”なんて言って。

今の八重樫の姿はまさしく、香織から話は聞いていても、実物を見ることはなかった、乙女心全開モードだ。

 

「と、とにかく、いろいろありがとう。これはお礼と、あ、あの時言ったことは、冗談じゃないって証よ!」

 

そう言って、八重樫はかかとを上げて背伸びをした。ご丁寧に、“無拍子”で反応できないようにしてまで。

前と後ろ両方から抱きつかれ、頭の動きすらイズモによって固定されている俺は何もできず、

 

 

 

八重樫は、そっと唇を俺の頬に触れさせた。

 

 

 

八重樫の後ろから、ドスンと何か重いものが落ちる音が聞こえた気がしたが、それどころではない。

八重樫の口づけは、最初に背負ったときに首筋にされただろう照れ隠しのようなものとはまた違う、軽いながらもたっぷりの熱と気持ちが込められており、思わず耳が赤くなるのを感じた。

だが、キスをした本人である八重樫は俺の比ではなく、顔全体を燃えそうなほどに真っ赤にして俯いていた。

俺はなんて言えばいいのかわからず、ただ視線を右往左往させるしかできないが、八重樫が顔を赤くしたまま顔をグッと上げて口を開いた。

 

「ティア、イズモ・・・この試練で色々と自覚したわ。自分の悪癖も、今感じている気持ちも・・・峯坂君には、もうティアとイズモがいるってわかってるし、ティアの・・・私の親友の好きな人だってわかってる。この気持ちが、最低だってことも。でも・・・」

「もういいわ」

 

八重樫が言い終える前に、俺から体を離したティアが優しく八重樫を抱きしめた。

 

「ティア?」

「わかってたわよ、いつかはこうなるって。でもね、私だって、シズクが私の知らないツルギを知ってるってことで、嫉妬してた時があるのよ?だから、これでお相子」

「ティア・・・」

「それに、シズクが素直になってくれて、私もうれしいから。だから、自分のことを最低だって言わなくてもいいのよ」

「うぅ・・・てぃあぁ・・・」

 

ティアの言葉に、八重樫は涙を流し、ぎゅっとティアにしがみついた。

ティアも、八重樫の頭をそっと抱えて、八重樫の強めの抱擁を受け入れる。

 

「・・・あれ?これって、断る選択肢、最初からないやつ?」

「なんだ、ツルギは断るつもりだったのか?」

「いや、こうしてイズモがいる時点で強く言えないのはわかってるけどさ・・・」

 

でもさ、嫁が3股を許容するってどうなのよ。いや、ティアだって相手は選んでいるってわかってるけどさ。

それでも、最初から俺に意見を言わせすらしないって、告白される側としては結構複雑なんだよ。

俺の視線の先では美しい友情を見せられているが、いまいち素直に微笑ましく思えない。

それに何より、

 

「いやぁ、とうとう八重樫を落としたか。やるなぁ、ツルギ」

「美しい友情ですねぇ」

「ふふっ、よかったね、雫ちゃん!」

「・・・でも、これで香織は2対1。私とシアには勝てない」

「むっ、そんなことないもん!私にはティオがいるから!ほら、ティオは私の前に立って!」

「な、なんじゃ、香織よ?まさか、このまま妾を盾に!?なんという仕打ち!だが、これはこれで、ハァハァ・・・」

 

ハジメサイドが鬱陶しくてしょうがない。

もうさ、完全に他人事だよね。ハジメからすれば、むしろ自分の身に降りかかっていることだというのに。

そう考えながら遠い目をしていると、八重樫はいったんティアから離れて俺に振り返り、

 

「私、峯坂君のことが好きよ。だから、自分のために頑張らせてもらうわ」

 

そう言って、すっきりとした微笑みを浮かべた。

その表情に、俺は一瞬見惚れそうになり、慌てて口元を隠して八重樫から目を逸らした。

ティアは俺の様子に気づいたようで、満面の笑みを浮かべて俺の右腕に抱きついてきた。

・・・そんな表情をされたら、もっと断りにくくなるじゃないか。

 

 

 

この日、俺に嫁候補がもう1人追加された。

ここまで来たら、もう後1人くらいでてきそうで、まじで怖い。




「雫は峯坂にいったのか。本当にどうなってんだよ・・・」
「はわわ!シズシズまでハーレムの中に!まさかっ、このままじゃ鈴も!?ど、どうしよう!?お姉様とあんなことやこんなことをしたり、シズシズの恥ずかしい姿を・・・ふむ?鈴はどちらを選ぶべき・・・」
「鈴。頼むからお前はあっちに行かないでくれ」

心の中のおっさんが元気になっている鈴に龍太郎が本気の懇願をするの図。

~~~~~~~~~~~

今回は、キリの良さ重視で短めにしました。
やっぱり、雫の告白だけで1話に収めた方がいい気がしたので。

余談ですが、最近ラブコメ系の漫画を新しくまとめ買いして読んで、急に彼女が欲しい衝動に駆られそうになるようになりました。
自分は基本的に「彼女はいたらいたでいいけど、別にいなくてもいい」のスタンスを貫いてきたので、このジレンマに頭を抱えっぱなしです。


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予期せぬ異常

「そうか、ユエの記憶が・・・」

「なるほどな」

「・・・ん」

 

八重樫の告白の後、俺はハジメに盛大にからかわれ、八重樫はユエたちから祝福と励ましの言葉を贈られ、それから一段落したところで先に進んだ。

その道中で、ユエから過去のことで話があった。

簡単に言えば、今までの『ユエの叔父が裏切って封印した』というのは記憶違いで、本当は『何か重大な事情があって封印せざるを得なかった』ことと『ユエの両親や臣下はエヒトを狂信する信徒みたいだった』ということだ。

それに対して、ハジメの反応は、

 

「ていうか、ユエって昔はそんなおしとやかな口調だったのか」

「!?」

 

ユエから「えっ、そこ!?」みたいな顔を向けられるくらいには的外れな感想だった。

ついでに言えば、

 

「あと、ユエの本当の名前って、割と長かったんだな」

「!?」

 

ユエから「えっ、そっちも!?」みたいな顔を向けられるくらいには、見当はずれな感想を抱いた。

ユエの本当の名前は“アレーティア”と言うらしいんだが、なんだろう、思っていたよりも“ユエ”って名前と同じくらいしっくりくる。

シアやティアたちからもユエと似たような表情を向けられているが、ぶっちゃけ、本当にそれくらいしか感想がなかった。

さらに、ハジメはユエに「昔のお姫様な口調が聞きたい」とストレートに願望をあらわにし、真っ赤になったユエにポカポカと叩かれていた。

ついでに、珍しく目に見えて羞恥心をあらわにするユエを香織が煽り、渾身の右ストレートを放ちもした。

 

「・・・なんだか、意外とそっけないというか、適当な感じね」

 

その光景を眺めていると、ティアがそんな疑問を呈した。

まぁ、たしかにそうかもしれないが、

 

「ぶっちゃけ、すごい今さらなんだよな、それ」

 

そうとしか言いようがなかった。

ハジメも、俺の言葉にうんうんとうなずく。

 

「・・・もしかして、ハジメとツルギは気づいてた?」

「あぁ」

「だいぶ前にな」

 

ユエの言う通り、俺とハジメはその可能性にだいぶ前から気づいていた。

なにせ、ユエから過去の話を聞いた時、いろいろと違和感があったからだ。

 

「ユエの“自動再生”は魔力に依存する。謀反を起こされたって言ってたあの時、ユエはまともに抵抗することも、逃げることすらできなかった。なのに、殺しきれずに封印するしかなかったっていうのは、おかしな話だからな。おそらく、“殺す”のではなく“封印”するだけの理由があると考えたんだ」

「俺としても、ユエを万が一にも死なせるわけにはいかなかったからな。その対抗策についてツルギと話していたときに、自然とそういう話になったんだ」

 

もちろん、ハジメも俺に話す前からこの可能性については考えていたようだ。

それでも、そのことをユエに言わなかったのは、

 

「だが、奈落にいた時に色々話した限りじゃあ、どうもユエはその辺りのこと覚えてない感じだったろ?突然の裏切りに呆然としていて、気がついたら封印されていたって」

「・・・ん」

「それならさ、その違和感のある点を無理矢理記憶をほじくり返して調べるよりも、単純に俺が何とかすればいいと思ったんだ。もしかしたら、覚えていないのは辛い記憶だからかもしれないわけだし。結局、ユエがどんな存在であれ、俺の結論は変わらないからな」

 

そんなハジメの臭いともとれる台詞に、ユエは頬を赤く染める。

まぁ、言っちゃえば、ユエを不幸にするものは全部まとめてぶっ壊す、ってことなんだけどさ。

親友としては、必要な分はともかく、あまりに度が過ぎたデストロイは控えてほしいところではあるけど。

だが、そんな言葉をかけられたユエは細かいことなんて吹き飛び、ハジメの首にガバチョ!と首に抱きつき、そのままハジメの唇を貪った。

反応が遅れた香織は、背後に般若さんを出現させるが、ユエは少しも気にとめない。

さらに強烈なブリザードが追加され、ハジメサイドに修羅場が出現している中、

 

「・・・はぁ、胃が重い」

 

俺は、深いため息をついた。

ついでに、

 

「イズモ。こう言っちゃなんだが、そろそろどいてくれないか?頭重いし、歩きづらいし」

 

別に嫌だと言うわけではないんだが、最初に抱きついてからずっとこのままというのは、さすがに疲れてくる。

 

「なんだ。私は疲れているであろうツルギのために、こうしてツルギを癒しているのだが」

「精神的な疲れはとっくに取れてるっての。むしろ、そろそろ首とか肩がこりそうだ」

 

イズモのその大きな膨らみのおかげで、天之河をボコした時の分の精神的疲労は取れたが、精神的疲労回復のために身体的に疲れると言うのは、本末転倒だろう。

 

「そうよ、イズモ。そろそろ峯坂君から離れないと」

 

そこに、八重樫からも言葉がかかった。

だが、微妙に視線がうろついている。顔の赤みはだいぶ収まっているが、耳とか頬はうっすら赤いままだ。

そんな八重樫に、ティアが少し意地悪気に話しかける。

 

「それで、本音は?」

「うらやま・・・ゴホンッ、TPOを弁えましょうってことよ。うん」

 

八重樫よ、欲望を隠せていないぞ。

そんな八重樫は、俺の3歩後ろをしずしずとついてきて、俺の贈り物である黒鉄を大事そうに抱えている。

そんな八重樫に、ティアは何を思ったのか、にやりと笑い、

 

「だったら、シズクもツルギにくっつけばいいじゃない」

「えっ!?ちょっ、ティア・・・」

「えい!」

 

有無を言わさず、ティアは八重樫の背中を押して、強引に俺の方に近づけた。

イズモも、息ぴったりに八重樫の腕をつかみ、俺の腕に絡ませるように動かした。

突然のことに八重樫は顔を再び真っ赤にするが、なぜか離れずにそのまま腕を絡ませて、体をくっつけてきた。

 

「・・・なぁ、さっきのキスもそうだが、自分で注意しといて何やってんだ?」

 

乙女心全開なのはまだいいにしても、ずいぶんと遠慮がないというか、自分のことを棚の上にあげているというか。

若干の揶揄も込めて尋ねると、八重樫は顔を赤くしたままもじもじして、

 

「だって、私だけしたことがないのは、寂しいし・・・」

 

そんな言い訳じみたことを呟いた。

そこに、イズモがからかうように尋ねてきた。

 

「そう言っても、ほっぺにだったがな。剣士ならば、潔く斬りこむのではないか?ツルギの唇を奪うなら、多少強引なくらいがちょうどいいぞ?」

 

そういうイズモも、初めてのキスは唇じゃなかったけどな。あくまで、唇の真横に、だけど。

 

「う、奪うだなんて・・・はしたないじゃない。そういうのは、ちゃんとしたシチュエーションで、お互いの合意の上でするべきだと思うし。その、出来れば、峯坂君の方からだと・・・・・・嬉しいわ」

 

対する八重樫は、そんなことを言いながら、顔をさらに真っ赤にして抱きつく力を強めた。

・・・あれ?こんな生き物っていたっけ?

俺やハジメの周りにいた女性は、積極的と言う意味なら、良くも悪くも肉食系ばかりだ。

そんな肉食系ばかり見てきたからだろうか。八重樫みたいなおしとやかと言うか、草食系な女子がすごい珍しく思えてしまう。

今しがたのユエ然り、キス1つではしたないとか俺たちじゃまずありえない考え方だし。

う~ん、俺もこう考えてしまっているあたり、ハジメサイドに毒されてしまったのか・・・。

いや、それを言ったら、一番最初にティアがユエに毒されたんだけどな。今でもたまに、ユエにそういうことを聞いては実戦で試そうとするし。

そう考えると、ある意味、ティアってユエの一番弟子・・・いや、シアと合わせて姉妹弟子か?普通に下世話な方面だけど。

 

「・・・すごい乙女力ね。私たちじゃ、シズクの足元にも及ばないわ」

 

ティアから、戦慄とも感心ともとれる声音で言った。

ユエたちもその評価は一緒なようで、戦慄を込めた眼差しで八重樫を見ている。香織は「さすが、私の雫ちゃん!」と、なぜか喜んでいる様子だった。

だが、ティアはまだまだ足りないのか、

 

「でも、ダメよ、シズク。もっと自分から行かなきゃ!」

 

なぜか、八重樫の背中を押しまくっていた。

いくら親友とはいえ、進んで自分の恋人との仲を発展させようとするのは、どうなのだろうか。

 

「だ、ダメよ!こんな人前でだなんて・・・」

 

幸い、八重樫は勢いに押されずに常識を保ってくれている。若干満更でもなさそうな顔をしたような気がしたが、気のせいに違いないと思うことにする。

 

「むぅ、つれないわね・・・」

「ティアは、もうちょっと恥じらいってのを覚えような」

 

悪い意味でユエに似てきてるぞ。

だが、やはりティアはただでは止まらず、

 

「だったら、せめて名前で呼んだらどう?それくらいなら別にいいでしょう?」

 

そんな妥協案を提示した。

たしかに、八重樫から告白されてからも、“峯坂君”って呼んでるけど、別にそれくらい気にしなくても・・・

 

「うっ、そ、それは・・・私も、名前で呼びたいけど・・・」

 

めちゃくちゃ気にしていた。

え?なんなの?今時、名前で呼ぶかどうかで恥じらう女子がいるの?ていうか、八重樫も俺の頬にキスしたり、腕を絡めてたよな?

いまいち、乙女心の基準がわからん・・・。

だが、八重樫にとっては大事なことだったのか、

 

「うぅ・・・つ、つるぎ・・・」

 

掻き消えそうな声で、ぼそりと呟いた。

それだけで、今日だけで何回そうなったのかわからないくらい、顔を赤くした。

なんつーか、八重樫みたいなザ・草食系を相手にすると、いまいち調子が狂うな・・・。

今まで、肉食系ばかり相手にしたり目の当たりにしてきたからだろうか。

ティアも、可愛いものを相手にしているときは、相応に一般的な女の子なんだけどなぁ・・・。

 

「はい、ツルギも!」

「あれ?俺も?」

 

突然、ティアから話を吹っ掛けられた。

今まで、八重樫の背中を押してたよな。なんで、急に俺?

 

「だって、シズクがツルギのことを名前で呼んだんだから、ツルギもシズクを名前で呼ばなきゃでしょ?」

「俺には、その思考回路がわからないんだが」

 

これは、あれだな。良くも悪くも、シアの影響も受けている。

『細かいことは考えない。とにかく突っ走る!』みたいな。

さらに困ったことに、ティアは一度こうと決めたら、滅多に曲げない。

そして、八重樫も、恥ずかし気にしながらも、期待するような眼差しで俺を見てくる。

・・・参ったな。本当に、俺は押しに弱い。

 

「・・・はぁ。これでいいか、雫」

「・・・うん」

 

・・・うっわ。うんってなんだよ、うんって。しかも、顔を真っ赤にしながら。

マジで初めて見たぞ、こんな乙女な八重樫、いや、雫。

ティアもティアで「もう、たまらん!」って感じで雫に抱きつくし。

・・・もう、わけわからん。

とりあえず、

 

「そこでニヤニヤしている奴ら。あとで拳骨な」

「「「「「ッ!?」」」」」

 

面白そーに見守っていたハジメたちがうざかったから、八つ当たりさせてもらうことにする。

べつに、これくらいならいいよな?だって、助けてくれないし、うざいし。

 

「・・・あんな雫、俺も見たことがねぇが、合流した後の方が疲れるってのはどういうことだよ」

「シズシズが可愛いのは同意だけど、早く先に進もうよ。鈴はもうお腹いっぱいだよ」

 

後ろから、呆れるような坂上と谷口の声が聞こえたが、聞こえないふりをした。だって、俺のせいじゃないし。

そんなこんなで、軽い雰囲気で進むこと10分。ようやく、行き止まりに到着した。

そこは、それぞれの大迷宮の紋章が七角形の頂点にあらわした魔法陣が刻まれており、俺たちが近づくと淡く光りだす。

そして、もうすでに見慣れた光の転移門が形成された。

先頭の俺が、後ろを振り向いて視線を巡らせて確認をとってから、転移門に足を踏み入れた。

ハジメたちも、俺に続いて足を踏み出していく。

そして、転移門を抜けた先には、

 

「・・・どうやら、分断はされなかったようだな」

「あぁ。それに、これでクリアのようだ」

 

そこは、幾本もの太い円柱形の氷柱に支えられた綺麗な四角形の空間で、足元が水で溢れていた。中央にはこれまた荘厳な宮殿のような建物が鎮座している。

この広場にも、どういう理屈か水が流れているようで、小川や噴水があり、所々に点在する小島には氷でできた花が咲き乱れていた。

今まで見てきた中でも、最も芸術美に満ちた空間だ。

 

「やっぱり、寒くねぇな。涼しくて空気も澄んでいる。快適な空間だ」

 

ハジメがエアゾーンを切ったところで、この光景に見惚れていた面々も正気を取り戻す。

 

「ハジメ。やっぱり、ここが・・・」

「あぁ。氷雪洞窟の最深部、ヴァンドル・シュネーの隠れ家だ」

 

俺の問い掛けに、ハジメが口角を釣り上げて、断言した。

それに対し、谷口は感極まるでもなく、落ち着いた声音で再確認した。

 

「・・・そっか。攻略、したんだね」

「落ち着いてるな、谷口。やっぱ、昇華魔法を習得してると、余裕も出てくるか」

「うん。それに、鈴はこれからだから」

 

谷口が言っているのは、中村のことだろう。

すでに、先のことを考えている。この様子なら、ここで谷口の覚悟を問うのは野暮だな。

 

「まっ、話は変成魔法を習得してからだ。おそらく、あの宮殿に魔法陣があるんだろう」

 

景色を楽しんだり攻略の感慨にふけるのもそこそこに、俺は先を促した。

宮殿に近づくと、足元には精緻な魔法陣があったが、ここで踏んでも反応しないあたり、帰りのショートカットだろう。

宮殿の扉も、フリードとリヒトが近い過去に開けたからか、スムーズに動いた。

そして、宮殿の中に入った最初の感想は、

 

「なんつーか、ずいぶんと凝った造りだな」

「あぁ。それに、オスカーのところに似ているな。こっちの方がでかいし派手だが」

 

オスカーの隠れ家がどのようなものかは知らないが、それはまたの機会にしよう。

 

「ハジメ。魔法陣は?」

「ちょっと待ってろ・・・正面の通路を進んだ先だ」

 

羅針盤で魔法陣の位置を確認したハジメの案内に従い、俺たちは先に進んだ。

それと、中に入って気づいた事だが、この宮殿の中には普通に木製の家具が多くあるし、建材の氷もひんやりとするが冷たいと言うほどではない。こっちも、ハジメのエアゾーンのような処置を施しているのだろうか。

宮殿の内装に感心しながら先に進むと、ひと際重厚な扉にたどり着いた。

 

「この中だな」

 

ハジメの呟きを聞き、俺が扉を開けると、たしかに中に魔法陣があった。

一部の面々、特に坂上が初めての神代魔法ということで、先を急かすような目で見てくる。

俺としても焦らす理由はないから、先に進んで魔法陣の上に乗る。

全員が魔法陣の上に乗ると、いつもの感覚とともに変成魔法についての知識が刻み込まれていく。

若干ふらつく雫を支えながら、ようやく最後の神代魔法を習得した・・・いや、俺とティア、シアはまだ生成魔法が残っているか。そっちはどうするか・・・

 

「ぐぅ!?がぁああっ!!」

「・・・っ、うぅううううっ!!」

 

次の瞬間、苦悶の悲鳴が上がった。

悲鳴の先にいたのは、ハジメとユエだ。

その様子は尋常ではなく、激しい頭痛を堪えるように膝をつきながら頭を抱えている。

 

「ハジメさん!?ユエさん!?」

「っ、落ち着かんか!香織!呆けるでない!」

「え? あっ、うん、すぐに診るから!」

 

シアが突然のことにウロウロし、ティオが突然のことに動きを止めている香織を叱咤して診察させるように促す。

 

「・・・っ」

「・・・んっ」

 

だが、その前に、2人は大量の脂汗をかきながら意識を失ってしまった。

咄嗟に、ハジメを俺が、ユエをシアが咄嗟に抱きかかえる。

この2人が気を失うだなんて、よっぽどのことではない。

何が起こったのかと、呆然としていた空気が流れる中、ティアが当然の疑問を投げかける。

 

「ハジメとユエ、大丈夫なのかしら?」

「・・・おそらく、身体的には問題ないと思うし、心当たりが全くないわけじゃないが・・・2人の目が覚めないことにはわからないな。とにかく、適当な場所で休ませよう」

 

俺には、この2人が気を失った理由に心当たりはある。というより、気を失った2人の共通点から考えて、だが。

とにかく、まずはハジメとユエをどこかに寝かせようと、俺はどこかに寝室がないか探すように指示を出した。




「はぁ」
「どうしたの?」
「いや、これでまた義妹の連中がめんどくさくなるな、と」
「うっ、その、ごめんなさい、剣」
「いや、雫が謝らなくてもいいんだよ。めんどくさいが、いつも通り適当にあしらうとするさ・・・ていうか、どちらかと言えばアンナたちの方が心配なんだが・・・戦争を起こしそうで」

今後の“義妹結社”と“ツルギ様専属メイド会”の動きに頭を抱えるツルギの図。

「はっ!お姉様が誰かの毒牙にかかった気配が!まさか、あの野郎が!?」

「むっ!ツルギ様が誰かとくっついた気配!まさか、八重樫様と?」

~~~~~~~~~~~

まぁ、とりあえず軽めに書きつつ、雫のイチャイチャを5割増しに。
こういう、とにかく甘いの、好きっちゃ好きなんですが、一人身勢としては、そこそこ心を抉られると言うか、割り切っているのに割り切れないと言うか・・・。


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さらなる真髄

ハジメとユエを寝室に寝かせた後、俺とイズモは書庫のような部屋で調べ物をしていた。内容は、もちろんハジメとユエに起こった以上についてだ。ティオも、先ほどの神代魔法の魔法陣を調べているところだ。

俺はなんとなくの予想はできているが、やはり確証は欲しいため、こうして本の虫になっている。

こんな量の本を読むのは、俺も初めてだった。さすがに蔵書量は王都の図書館よりも少ないが、数千年前のもので、なおかつ内容も比較にならないほどレベルが高いものばかりなため、強化された“シュテルグラス”を使用しても、なかなかに骨が折れる作業になっている。最初はティアも手伝っていたが、数分で断念してしまったため、こうしてイズモと2人で作業している。

とりあえず、魔法関連のものは片っ端から読み漁っているが、

 

「・・・ダメだ。参考になる情報がないな」

「こっちも似たようなものだ。神代魔法について書かれている本となると、もうだいたい読み終わってしまったが・・・」

 

すでに数時間経過したが、イズモの方も、これと言った情報は得られなかったらしい。

ていうか、ほとんどが魔法関連の書物なのに、ここまで手掛かりがつかめないって・・・。

ここまで来ると、これ以上は手詰まりか。だったら、ハジメとユエの目が覚めるまで待った方が早いか・・・

 

「・・・ん?みんなのいる方が騒がしいな。ようやく目が覚めたか?」

「それなら、息抜きも兼ねて戻るとしようか」

 

ふと、他のメンバーがいる方に“気配感知”を使うと、なにやらにぎやかな感じになっていた。人数も増えているし、ハジメとユエが起きたのかもしれない。

いったん、作業を中断して、俺とイズモはリビングの方に向かった。

リビングにたどり着くと、そこには予想通り目を覚ましたハジメとユエがおり、なぜか坂上が頭を押さえてうずくまっていた。

 

「なんだこりゃ」

「あっ、ツルギ!イズモ!」

 

部屋の中に入ると、ティアが俺の方に駆け寄ってきた。雫も、ティアの後ろをついてきているが、なにやら俺の方をちらちらと見ている。

あれ?俺、またなんかやったっけ・・・?

 

「雫、どうしたんだ?」

「え?あの、えっと、眼鏡をかけたツルギもいいなと・・・」

 

あ~、そういえば、シュテルグラスをかけっぱなしだったな。うっかりしていた。

俺はさっさとシュテルグラスを外し、宝物庫に収納した。

雫が「あ・・・」と名残惜しそうにしていたが、気づかないふりをしてハジメに話しかけた。

 

「おう。やっと起きたか」

「あぁ。見ての通り、問題はない」

「それはよかった。だが・・・後ろで坂上がのたうち回っているのはどういうことだ?」

 

とりあえず気になったことを聞いてみると、ハジメは至極当然だというように、

 

「ユエのあられもない姿を見た罰だ」

「あぁ、察したわ」

 

要は、ハジメとユエは目が覚めた直後にナニをして、そのままの格好でリビングに来た結果、恥ずかしい格好のままのユエを見させまいと発砲した、ということか。

今は2人ともちゃんと着直している辺り、俺はラッキーだったと言うべきか。

何が起きたか分かって腑に落ちていると、シアが俺に頭を下げてきた。

 

「すみません、ツルギさん、イズモさん。伝えに行くのを忘れていました」

「あぁ、気にするな。なんとなく気配でわかって、こっちに来たからな。それに、それどころじゃなかっただろうし」

 

ハジメとユエが気を失っている間、最も心配していたのはハジメサイドの女性陣で、特にシアだ。

2人が目を覚ましたのを伝え忘れたことくらい、仕方のないことだろうし、俺もさして気にしていない。

今はそれよりも、

 

「んで、お前たちに何があったんだ?」

 

2人に何があったのかを聞くのが先決だ。

だが、ハジメは少しもったいぶるように、逆に俺に尋ねかけてきた。

 

「そういうツルギは、だいたい予想がついているんだろう?」

「まぁな。2人の共通点を考えれば、自然とわかる」

 

なぜ、ハジメとユエだけが突然苦しみ、昏倒してしまったのか。

それはおそらく、

 

「大方、強制的に概念魔法に関する知識を刻まれたんだろう?それによって、脳が耐え切れずにオーバーヒートした、ってところか」

「正解だ。さすがだな」

 

ハジメとユエの共通点。

それは、7つすべての神代魔法を習得したことだ。

ハルツィナ樹海で、全ての神代魔法を集めると概念魔法を使えると言ったことから、もしやとは思っていた。

まさか、ここまで負荷がかかるものだとは思っていなかったが。

 

「んで、概念魔法についての知識が刻まれたってことは、使えるようになったってことか?」

「いや、それはまだだ。リューティリスが言ったみたいに、知識があるから使えるというわけじゃないみたいでな。それに、知識と言っても、具体的な修得方法とか使用方法みたいなものじゃなくて、どちらかといえば前提知識みたいなものなんだ。だが、これについても、ツルギの予想は当たっていたぞ」

「・・・なるほどな。やっぱり、あったか。神代魔法の、さらに深い真髄が」

 

俺の言葉に、ハジメが頷く。

氷雪洞窟攻略の最中に俺が言った、『神代魔法には、さらに先があるのではないか』という推測。まさか、本当に当たっていたとは。

 

「俺としては、確証もない、ほとんど憶測だったんだがな」

「あぁ。それに、当たらずも遠からずってのもあったぞ」

「というと?」

 

ここから、ハジメの説明が始まった。

まずたった今習得した変成魔法。俺たちが得た知識としては、言わずもがな生物の体内に魔石を作り出して魔物にするものだ。そして、魔石に干渉することで魔物を操ったり、強化することもできる。もちろん、最初から自在に操れたり、飛躍的に強化できるわけではなく、段階的に使用することで、刷り込みの要領で術者に服従したり、固有魔法を覚えるわけだが。

余談だが、魔物は魔石があるから魔物になるわけではなく、もともと他よりも多い魔力を持っている動物が魔物化し、魔力を溜めこむ中で余剰分の魔力が魔石に変質するということも、変成魔法を習得した上で知った。

人間族や魔人族に、ティアのような例を除いて魔石が生じないのも、魔法技術の体系化と医療技術の発展によるものだと考えられる。

だいたいの説明に、ハジメも頷く。

 

「まぁ、概ね間違っていない。変成魔法は確かに、魔物を作り出し、従える魔法だ。だが、それは少し正確じゃない。変成魔法というのは、より正確に定義するなら・・・そうだな、“有機的な物質に対する干渉魔法”といったところか」

「えっと・・・」

 

ハジメの説明に、聞き慣れないシアやティオは首をかしげるが、俺はすぐにピンときた。

 

「・・・なるほど。俺の生物的な要素に干渉できるってのは、あながち間違いじゃなかったってことか」

「そういうことだ」

 

やはり、当たらずとも遠からず、ということらしい。

俺の予想と違うのは、動植物に限らず、食料や紙など、有機、つまり炭素を含んだものであれば何でも干渉できるということだ。

例えば、髪や目の色を変えたりすることもできるし、ティオの“竜化”も、元をたどれば変成魔法にいきつくということが予想できる。

 

「つまり、さっき言った前提知識ってのは、ツルギが予想した通り、神代魔法のより正確な根本に対する完全な理解が必要だったんだ」

「・・・ん。それに、理解するには深淵すぎて、全ての試練を攻略できるレベルでないと、まず心身が負荷に耐えられず壊れてしまう」

 

なるほど。今までの大迷宮では精神面を試すものもいくつかあったが、神とやらに対抗するためだけというわけではなかったらしい。

そして、それは変成魔法だけの話ではなく、他の神代魔法もそうだ。

例えば、ハジメが一番最初に習得した生成魔法。これの正確な力は、“無機的な物質に干渉する魔法”というもので、変成魔法とは正反対のもの。なので、理屈上は水や食塩など、金属以外にも干渉できるということだ。

重力魔法は、“星のエネルギーに干渉する魔法”。理屈上は、重力だけでなくマグマや地脈などにも干渉でき、意図的に噴火や地震を引き起こすこともできる。

空間魔法は、“境界に干渉する魔法”。これによって、新たな境界を設定することで異界を創造することもできる。また、空間的な隔たりだけでなく、例えば現実と幻、種族といった、概念的な境界を取っ払うことも可能だという。

再生魔法は、俺が予想した通り“時に干渉する魔法”だった。シアの“未来視”や俺の“過去視”も、再生魔法によるものなのだろう。極めれば、どこぞのメイド長みたいに時を止めるなんてこともできるかもしれない。

魂魄魔法は、“生物の持つ非物質に干渉する魔法”。少しわかりづらかったが、魂魄だけでなく、意識や記憶、体温、脳波、魔力なんかにも干渉できるということらしい。おそらく、イズモの“変化”も、元を辿れば魂魄魔法による意識・認識レベルの干渉に行き着くだろう。

昇華魔法は、“情報に干渉する魔法”。昇華魔法による疑似限界突破は、身体情報をレベル1からレベル2に引き上げる、という表現が正しいらしい。これを使えば、対象の情報を閲覧したり、干渉することもできるという。考えてみれば、俺の“看破”も昇華魔法を習得してから、より正確にステータスを把握できるようになったのも、これによるものなのだろう。

つまり、俺たちが認識していた神代魔法の名称は、それぞれの人の身で干渉できる限界を示したものだと考えていいようだ。

ちなみに、“道越の羅針盤”は、魂魄魔法によって使用者の望むものを汲み取り、その対象を空間魔法によって空間的な隔たりや距離を無視して探査し、昇華魔法によって対象の情報を補足するというものらしい。その機能のどれもが、やはり今のままでは使えないものだ。

俺はある程度予測できていたとはいえ、それでもあまりのスケールの大きさに感嘆の息をつく。

 

「なるほど。それだけ、より大きく、根本的な理に干渉できる、っていうことか。となると、概念魔法っていうのは・・・魂魄魔法によって思念を明確化、具現化し、昇華魔法によって具現した思念を概念レベルにまで引き上げてエネルギーを抽出、んで、また魂魄魔法で魔法として固定化させて・・・いや、それだけの負荷を考えると、術者の強化も必要に・・・ダメだ。考えるだけで頭がこんがらがってきた」

「まぁ、概念魔法ってのは、それだけ複雑なプロセスが存在するってことだ。それに、必要なのは“極限の意志”なんて、ふわっとしたものだからな」

「・・・ん。それに、ハジメの生成魔法で、羅針盤みたいに物へ付与しないといけない」

「あぁ。そうだな。ユエの魔法に対する制御能力と俺の錬成・・・息を合わせて世界を越える為の概念を付与したアーティファクトを作るって感じだ」

 

たしかに、概念魔法が意思を元に発動すると言うなら、一度成功したからってもう一度上手くいく保証はどこにもない。アーティファクトとして残しておく必要がある。

 

「要するに、できなくはないんだな」

「当たり前だろう?何が何でも成功させる。そのために足掻いてきたんだ」

 

ハジメの瞳に、燃えるような意思が映る。

その一心で、奈落から這い上がってきたのだ。ハジメなら、必ず成功させるだろう。

 

「なら、さっそく挑戦か?」

「あぁ。話しているうちに、思考もだいぶまとまった。まるで、ニンジンを目の前にぶら下げられた馬みたいな気持ちなんだ。試さずにはいられない」

 

ハジメは拳を掌にぱちんとたたきつけ、ユエがハジメの興奮を鎮めるように、そっと掌を重ねる。

それだけで、ハジメはスッと大人しくなり、ついでに甘い空気が形成されていく。

そこに、谷口が若干居心地悪そうにしながらも尋ねかけた。

 

「えっと、南雲君。日本に帰る為の魔法って、どれくらいかかりそうかな?もし作るのに時間がかかるなら、鈴は鈴でもう一つの目的を果たしに行くべきだと思うんだけど・・・」

「いや、そうはかからないはずだ。準備が終わればすぐだし、やれば1発でいけるだろう。帰りたいという俺の願望が、極限でないなんて誰にも言わせないからな。ただ、どれだけ消耗するかは未知数だ」

「ついでに言えば、神とやらの干渉を受けないようにする必要もあるだろうからな。帰還のための概念魔法の消耗がわからない以上、様子を見ながらになるだろうな」

 

俺の付け加えに、ハジメも頷く。

簡単に言えば、多少の時間はかかるが、そこまで長い期間はかからないはずだ。

 

「だから、今はひとまず休んでおいて、落ち着いたらせっかくの変成魔法で戦力強化でもしておけばいいだろう。なんにしろ、魔人領に行くのは、まだ少し先だな」

「・・・うん、そうだね。だったら、変成魔法の練習をしておくよ。それで、えっと、シズシズたちはどうするの?」

 

俺の提案に谷口は頷き、ついで雫たちに問いかける。

いや、問い掛けと言うよりは、再確認の方が近いだろう。

本当に、一緒に敵地のど真ん中に行くのか。

これに、雫と坂上は言うまでもなくうなずいた。

 

「私は、もちろん鈴と一緒に行くわよ」

「俺もだぜ」

「あと、ついでだが俺とティアも一緒に行くな」

「私もいくぞ」

 

となると、魔人領に行くのは俺、ティア、イズモ、雫、坂上、谷口、天之河の7人になりそうだ。

思いの外多くなったメンバーに、谷口は主に俺の方に尋ねてきた。

 

「えっと、いいの?迷惑かけることになるけど・・・」

「元々、俺もティアも魔人領に行く予定だったし、中村のけじめもある。別に迷惑ではない・・・いや、天之河も一緒に来るのは、俺にとって迷惑だが」

「あ、あはは・・・」

 

ついさっき、本気で俺を殺しにかかってきたんだ。迷惑呼ばわりしても罰は当たらないだろう。

すると、ハジメがそういえばと言わんばかりに尋ねてきた。

 

「そういやぁ、あいつどこに行ったんだ?」

「あぁ、言われてみれば、まだ起きてないな」

「光輝が部屋にいないことに、今、気づいたのね・・・」

 

そりゃあ、今名前を出すまで意識してなかったし。

 

「光輝なら、別室でまだ寝ているわ。目覚めにはもう少しかかりそうよ」

「そうか・・・なら、俺とユエは魔法陣があった部屋にこもっているから、万が一あいつが邪魔しないようにしてくれ。あくまで敵対心を向けているのはツルギだが、俺に何も感じていないなんてことはないだろうしな」

「まぁ、そのときは力づくで黙らせればいいだろ」

「ほどほどにね・・・」

 

それは約束しかねるな。あのバカがどれだけ暴れるかにもよるし。

それに、シアも残っているから、幸い力負けすることはないだろう。

 

「んじゃ、気張ってやってこい」

「おう、任せろ」

 

最後に俺は、ハジメに軽くエールを送って送り出した。

さて、概念魔法か。

はてさて、どうなることやら。




「そういやぁ、ツルギは日本であまり眼鏡をかけなかったよな」
「特にかける必要もなかったしな。それに・・・」
「それに?」
「・・・眼鏡をかけると、なんか周りが鬱陶しくなるんだよ」
「・・・あぁ」

幅広い眼鏡の需要に、遠い目をするハジメとツルギの図。

「・・・シズク。これ、写真撮っておいたわよ」
「・・・ありがとう、ティア」
「こら、そこ。何やってんの」

~~~~~~~~~~~

何気に自分でも忘れかけていたアーティファクトも登場。
まぁ、たまには登場させないと、ね?


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過去を知る

「大丈夫かなぁ?」

 

ハジメとユエが概念魔法を作るために魔法陣があった部屋にこもり、暇を持て余していた俺たちはリビングで手持ち無沙汰な時間を過ごしていたところで、唐突に谷口が口を開いた。

 

「何に対しての“大丈夫”なの?」

「う~ん。全部、かな?また、南雲君達が倒れたりしないかな?とか、本当に日本に帰れるかな?とか、光輝くんは大丈夫かな?とか・・・これから向かう魔人領でのこととか・・・」

 

香織の率直な問い掛けに、谷口は様々な不安を口にする。

どうやら、やることがなくて、むしろ考え事に集中してしまったようだ。

この谷口の言葉に、ティアに膝枕してもらっている俺は励ましついでに自分の考えをまとめるために返答した。

 

「ハジメの方なら、問題ないだろう。あいつが任せろって言ったんだ。だったら、あいつを信じて任せればいい。ハジメのことだ。いざって時に失敗することなんてないだろ」

「峯坂君・・・」

「天之河のバカは、自分でどうにかしろとしか言わん。そもそも、あいつ自身の問題なんだし、俺たちが、ってより、特に俺が横から口出ししたところで、あまり効果はない。まぁ、あいつが自力で解決できるようなら、ここまで苦労することもないんだが」

「あ、はは・・・それは、そうだね」

 

そもそも、あいつが自分で乗り越えるということをしなくなった結果、あぁなったわけだし。

 

「魔人領に関しては・・・まぁ、なるようになれとしか言いようがないな。一応、あり得そうなパターンは一通り考えて、対策を練っているところだが、本番にならなきゃわからんし・・・それに、その前に俺もやっておきたいことがあるしな」

「? そうなの?」

 

最後の言葉に、なぜか雫が反応した。そんなに俺のことに興味津々なのか。まぁ、さっきから羨ましそうにティアの方を見ていたし。

 

「ちなみに、何なのかしら?」

「それに関しては、後で説明する。まぁ、中村に関しては、谷口が思うようにやればいいだろう。俺たちだけじゃなく、香織や雫、坂上もいるんだしな。横やりは入れさせない」

「しれっと、光輝君が戦力外になってるけど・・・」

「むしろ、あいつは俺たちの足を引っ張りかねないっていうか、確実に引っ張ると思うんだが」

 

俺の率直な推測に、幼馴染みメンバーは苦笑いを浮かべるしかない。

俺の中での天之河の信頼度は、0を通り越してもはやマイナス方向に限界突破していた。

すでに天之河の首を斬り落とすカウントダウンは始まっている。次に何かやらかしたら、そのときは問答無用で斬り捨てようか。

すると、イズモが何かを思いついたように、ティオに向かって口を開いた。

 

「でしたら、ティオ様。私たちはツルギの世界に行く前に、一度隠れ里に帰郷するのはいかがでしょうか?」

「ふむ、たしかにそうじゃな。一度向こうの世界に行ったら、いつ帰れるかもわからんし、妾たちは任務を受けて出てきた身じゃからな」

「あぁ、そういえばお2人って、そういう設定でしたね。すっかり忘れてました」

 

シアさんや。設定とか言わないの。

 

「そういうシアも、カム殿たちには会っておきたいじゃろう?」

「そうですね。といっても私の場合、帰還用の空間転移のアーティファクトが設置してあるので、帰るのには時間はかかりませんが・・・そういえば、ティオさんとイズモさんの隠れ里って、たしか北の山脈のさらに北にある、大陸の外の孤島だったんじゃ・・・」

 

言われてみれば、たしかにそうだった気がする。

となると、往復はゲートキーを渡せばいいにしても、行きにかなりの時間がかかるのは明らかだ。

 

「うむ。まぁ、確かにそうなんじゃが・・・出発前に、ご主人様からとびっきりのお仕置き()を受けておけばなんとかなるじゃろう。最悪、移動中もイズモに叩いてもらえば大丈夫じゃろうしな!」

「いや、いろんな意味で大丈夫じゃねぇよ。仮にもお姫様が、ボロボロになりながらも恍惚の表情を浮かべていて、さらに従者からも叩かれるとか、死人が出ないか心配になるレベルだぞ」

 

いや、イズモの精神は死ぬかもしれない。

そう思って、イズモの方に視線を向けるが、

 

「ふっ、大丈夫だ。すでに慣れてしまったからな」

「イズモ。頼むから慣れないでくれ。あと、目が死んでるぞ。ほら、こっちに来い」

 

すでに大丈夫じゃなかった。

だったら最悪、俺もイズモのケアのために同行した方がいいかもしれないな・・・。

すでにボロボロになっているイズモの精神(主に忠誠心)を癒すために、ティアと一緒にキツネ耳や尻尾をなでなでしていると、リビングの扉が開く音が響いた。

一瞬、ハジメとユエかと思ったが、気配は1つだ。

ということは・・・

 

「ここにいたのか・・・」

 

嫌な予感通り、現れたのは天之河だった。

ほほ笑みを浮かべてはいるが、やはり影が落ちている。

それにうっすら気づいているだろう八重樫は、警戒心を隠して話しかけた。

 

「あら、光輝。目が覚めたのね。体調はどう?」

「大丈夫だ。ごめん、心配かけた」

「そんなの今更よ。無事ならそれでいいわ」

「おう、復活したようで何よりだぜ」

「本当に、よかったぁ」

 

坂上と谷口も天之河が無事だったことに安堵の息をつくが、当の天之河は部屋に視線を巡らし、俺を捉えたところで、その表情が強張った。

まぁ、そうなるだろうな、と思いながら、俺は軽く手を振るにとどめた。

俺の軽い態度に、天之河はさらに表情を苦々しいものに変えるが、それを押し殺して俺に話しかけてきた。

 

「峯坂。その、すまなかった。襲い掛かってしまって、迷惑をかけてしまった」

「一応は、正気に戻ったか。まさか、今も俺がみんなを洗脳してると疑ってないだろうな?」

 

謝罪に対しては何も返さず、俺は事実を確認した。

これに天之河は、咄嗟に俺から目を逸らした。

 

「光輝。目を逸らさないで」

 

そこに、雫が厳しめの声音で天之河に声をかける。

雫としても、やはり2度目の暴走は許さないといったところか。

雫に注意され、バツの悪い表情で俺に向き直った。

 

「あ、あぁ。もうそんなことは思っていない。あの時は、本当にどうかしていたんだ・・・」

 

一応、まっすぐに俺の目を見て言ったが・・・これは、まず間違いなく、まだ心の底では俺を疑っている。自分が正しいと思っている。

本当に呆れた奴だが、今はまだそのことを蒸し返す気はないようだったから、俺もあえて無視し、ため息を吐きながらも表面上は納得してみせた。

 

「それで、光輝。他に、何か聞きたいことはある?」

 

そこに、雫が気分を入れ替えるように、明るめの雰囲気で尋ねかけた。

天之河も、少し苦笑しながらも、自分が気絶してからのことを尋ねた。

とりあえず、雫の口から、天之河以外の全員が大迷宮を攻略したこと、ハジメとユエが概念魔法という日本に変えるための魔法に手を掛けたこと、現在、帰還用アーティファクト作製の為に別室に籠っていることを伝えた。

天之河は、表面上はソファに腰かけて冷静に話を聞いていたが、自分だけ攻略が認められなかったという時点で、内心穏やかでないのはたしかだろう。

それに、まだもう1つ、重大な事実が残っている。

それは、天之河も雫もわかっているはずだ。

天之河は聞くかどうかためらっており、雫は天之河から話すまで待っているようだが。

だが、いつまで経っても話さないと判断したのか、雫の方から伝えた。

 

「光輝。私ね、峯坂君、いえ、ツルギのことを好きになったわ。彼に、1人の女として見てもらいたいと思っている」

「・・・っ」

 

雫の言葉に、天之河の表情が歪んだ。

咄嗟に、俺の方を見てきたが、俺は軽く肩を竦めるにとどめた。それに関しては、俺の方からどうこう言うつもりはない。

対して、天之河は表面上は冷静な口調で口を開いた。

 

「それで・・・これからは、峯坂についていくってことか?峯坂には本命がいるし、イズモさんもいるのに?・・・雫、考え直した方がいいんじゃないかな?悪いことは・・・」

「光輝。私は別に意見を求めているわけじゃないわ。今のはただの報告よ。幼馴染だから」

「・・・」

 

被せるような雫の口調に、天之河は苦虫を何匹もかみつぶしたような表情で押し黙り、援護を求めるように坂上と谷口に視線を向けた。

だが、坂上と谷口から返ってきたのは、雫に対する静かな肯定。天之河に同調する者はいない。

そして、天之河の瞳の中に、数多の負の感情が渦巻き始める。

だが、感情に任せて暴れる気配はない。さすがに、先ほどのことで懲りたのだろう。

おそらく、坂上や谷口、香織から向けられる哀れみの視線も、その感情に拍車をかけている。

代わりにでてきたのは、皮肉だった。

 

「ははっ、皆、あいつらの味方だな。人を簡単に殺して、簡単に見捨てるような奴なのに・・・」

「光輝!」

 

これには、雫も思わず声を上げ、ティアとイズモが目を細める。それはシアとティオも同じで、香織も先ほどまで浮かべていた微笑みが少し崩れる。

そして、こぼれた皮肉は、悪態となって俺に向けられた。

 

「どうしてだよ。どうして、人殺しのお前や南雲が認められて、勇者の俺が認められないんだ!こんなの、おかしいだろっ!!どうしてなんだよッ!!!!」

 

再び、子供のような癇癪を起こす天之河に、俺は深いため息をついた。本当に、こいつは変わらない。

どうしようもなく子供な天之河に、俺は諭すように、いや、諭すために口を開いた。

 

「・・・そうだな。なら、例えばの話をするか」

「なに?」

「例えば、ある犯罪者と警察官がいたとしよう。犯罪者は、詐欺に騙されて借金を背負い、生活に困窮して強盗をした。その時に、1人の子供を人質にした。対する警察官は、人質の救出のためにやむなく発砲し、犯罪者を射殺した。これを見た世間は、非道な犯罪者は殺されて当然だと言い、警察官は少女を救ったヒーローだと褒めた。さて、この違いはなんだと思う?」

「そ、それは・・・」

 

言ってしまえば、これは『1人を殺した殺人犯と1万人を殺した英雄の違い』のようなものだ。

天之河の理屈で言うなら、犯罪者はやむを得ない事情があったから助けないといけない存在であり、警察官は事情も聴かずに人殺しをした悪人だということになる。だが、世間はそう考えない。犯罪者が悪、警察官がヒーローだという。

答えあぐねる天之河に、俺は言葉を重ねる。

 

「お前は、日本では大勢の人間に認められたんだろう。だが、自分を認める人間しか見なかった。自分が作った正しい光景しか見えていなかった。だから、たとえ注意されても、自分が間違っているなんて毛ほども思わなかった。だが、俺は人間の汚いところもよく見てきた。親父の関係で、特別な許可をもらって仕事を手伝うことも何回かあったが、その中には、どうしようもなく救いようのない人間ってのも、たしかに存在した。人を傷つけることを楽しんだり、人のものを奪うことを当然だと考えている連中もいた。見るに堪えない、関わりたくないような輩だが、それでも俺は目を逸らさなかった。世の中の汚い部分から、目を逸らさずに与えられた仕事をこなした」

 

もちろん、今言ったのは極端な例だが、そのような人間がいるのも事実だ。

そして、時としてそのような人間と向き合わなければならないのが、警察官の仕事の1つでもある。

 

「たしかにお前は、周囲から認められてきた。だが、認めていた人間が離れていけば、お前には何も残らないし、価値観1つで認められるかどうかも変わる。だが俺は、周囲に認められる認められないに関係なく、自分のすべきことをしてきた。自分の決めたことに覚悟を持って、曲げずに生きてきた。それは、ハジメも同じだ」

 

ここまで来れば、あとはいつもと同じ、すでに何度も言ったことだ。

だが、俺はあえてそれを口にした。

 

「覚悟を決めて、生きてきたかどうか。それが、お前と俺たちの違いだ。お前は自分が間違っていないと言っているが、社会からすれば、その考え自体が間違っているということに気づけ。世界が、お前を中心に回っていると思うな」

「っ・・・」

 

俺が言葉を発している間、ティアや香織たちは黙って耳を傾けていた。

天之河は、ぐうの音もでないでうつむき、それでも何かを言おうとして、顔を上げた。

その瞬間、

 

ゴゥッ!

 

暴風と錯覚するような、すさまじい魔力の波動が邸内に、いや、下手をすればこの隠れ家の空間全体にほとばしった。もちろん、魔力そのものに物理的な干渉はできないが、体内の魔力がそう錯覚するほどの、膨大な量だった。

そして、この魔力の奔流の源は、おそらく、

 

「これは、ハジメとユエか!」

「まさか、お2人に何か!?」

 

今までハジメがアーティファクトを作成する際は、このような現象は起きなかった。

この尋常でない出来事に、シアが部屋を飛び出したのに続いて、俺たちもハジメとユエがいる部屋に向かう。

その道中でも、魔力の奔流は収まらず、時折脈動を打つようにして断続的に広がり続けており、部屋に近づくにつれて近づくことすら困難になってきた。

それでも、なんとかして先に進み、部屋にたどり着くと、すでに扉が開いていた。おそらく、先行したシアが開けたのだろう。

俺たちも意を決して中に踏み入ると、そこでは紅と金の魔力が螺旋状に吹き荒れている光景だった。

その中心にいるハジメとユエは、中央に膝立ちになりながら、向きあって手を合わせており、瞑目したままだった。重ねている掌の中には、神結晶や諸々の鉱石が見えた。

 

「シア。これは、どういう状況だ?」

「わかりません。ですが、お2人に何かあったわけではないようです」

 

シアに尋ねると、シアは困惑しながらも安堵の色が見えた。どうやら、本当に2人に異常はなく、様子も落ち着いているようだ。

それに、とてつもなく集中している。それなりの勢いで入ってきたシアや俺たちにも気づかないほどに。

 

「・・・これなら、出た方がいいかな」

「そうじゃな。妾達のせいで失敗などしたら・・・お仕置きされてしまうのじゃ」

「ティオさん、嬉しそうに言ったらダメですよ」

 

無事を確認したシアたちは、邪魔するわけにはいかないと部屋を後にしようとした。

だが、

 

「待て」

「? ツルギさん?」

 

俺は、出て行こうとするシアたちを呼び止めた。

シアとティアが、困惑しながら俺に尋ねかけてきた。

 

「えっと、ツルギさん?私たちは戻った方がいいと思いますけど・・・」

「そうよ、ツルギ。早く部屋に・・・」

「いや。戻ったらダメだ。なんでかは、俺も分からないが・・・ここにいなくちゃいけない気がする」

 

俺自身にも、確たる根拠はない。だが、俺の直感がここにいるべきだと訴えてくるのだ。

そして、その理由はすぐに証明された。

 

「! 何ですか!?」

「え、映像?」

「暗い・・・洞窟?」

 

俺たちの眼前に、突如、どこかの風景が映し出されたのだ。

突然の出来事と光景にシアたちは困惑するが、俺には心当たりがあった。

 

「・・・これは、おそらくオルクス大迷宮だな」

「確かに、緑光石の明かりで照らされる巨大な洞窟と言えばオルクス大迷宮じゃのぅ」

 

ティオの言う通り、その条件に当てはまる場所はオルクスが妥当だろう。

だが、

 

「だが、俺は100層まで踏破したが、ここみたいな場所には見覚えがない」

「・・・えぇ、私もあやふやだけど、思い当たる場所はないわね」

 

ティアも、俺の言葉に同調する。

 

「え?ということは・・・」

 

シアが、俺たちが何を言おうとしたのかわかったようで、口を開きかけたが、その前にまたな光景が映し出された。

俺たちの目の前では、洞窟の先に進み、ウサギの魔物に遭遇している場面が映っていたが、魔力を通して感情が伝わってきた。

 

「これは、不安?・・・それに、焦り」

「恐怖も感じる・・・ここは、ハジメが落ちた奈落だと考えていいだろう。おそらく、これはハジメの記憶だ」

 

そう考えれば、目の前の現象に説明がつく。

この推測に、シアたちもハジメの過去を知るチャンスだと察し、目配せをしてこの場にとどまる。ティアや天之河たちも、興味からか映像に集中し始めた。

その間に、ハジメはウサギの魔物に襲われるところだった。

 

「ハジメさん!」「ハジメ君!」

 

シアと香織が、悲鳴とも警告ともつかない叫び声をあげるが、映像の中のハジメはどうすることもできずにウサギの魔物・・・蹴り攻撃を主にしていることから、蹴りウサギとでも言うべきか。その蹴りウサギになぶられ、左腕を粉砕され、それに伴って恐怖や焦燥、苦悶の感情が大きくなっていく。

 

「ハジメさんが・・・こんな一方的に・・・」

「これが、私達が知っていた南雲くんよ。戦う力なんてないに等しかった・・・」

 

シアの信じられないといった呟きに、雫が努めて冷静に返した。

そこでハジメは目をつぶったのか、映像が途切れる。

だが、そこで終わらなかった。

ハジメが目を開けると、そこには巨大な白い体毛のクマがいた。

映像越しでも、いや、ハジメの感情がリアルに伝わってくるからこそ、あのクマが蹴りウサギよりもはるかに格上の存在だとわかる。

クマの視線がこちらに向けられると、シアたちが思わず体を震わせていた。

今の俺たちなら、あの程度はどうってことないが、捕食者の視線とハジメから伝わってくる感情が合わさって、俺も思わず半歩後ずさっていた。

そして、ハジメはクマに追い詰められ、左腕を切断され、目の前で咀嚼された。

目の前の現実に、ハジメの恐怖と苦痛は決壊し、恥も外聞も捨てて、ただひたすらに逃げた。ただ死に物狂いで逃げ、這いずりながらも穴ぐらに逃げ込み、錬成で奥へと進んでいく。

それからしばらくの間、暗闇が続いた。だが、徐々にハジメの泣き叫ぶ声が弱まっていくのが、まるで命の灯が消えそうに感じて、俺は思わず自分の胸をグッと掴んだ。

そして、暗転した視界が復活すると、そこには神水を垂らす神結晶が映っていた。

ハジメはこれを飲むことで一命をとりとめ、うずくまってひたすら助けを求め続けた。

そこからは、記憶があいまいなのか、映像が途切れながらになっていくが、感情の密度はさらに濃くなっていった。

助けを求めるながらも、圧倒的な孤独、自分を飲み込みそうな暗闇、飢餓感、幻肢痛にさいなまれ、拷問のような苦しみに耐える。

助けを求める声は、しだいに弱くなり、代わりに死を望むようになったが、服用する神水がそれを許さない。

次第に「生きたい」と「死にたい」を繰り返しながらつぶやき、暗鬱とした感情で自問自答する。

行き場を失った感情は、クラスメイトに向けられ、この世の理不尽を呪い、そして完全に壊れてしまった。

だが、壊れた感情はそこで失わず、代わりに生への渇望、そして、それを邪魔する存在への殺意へと塗り替えられた。

ここで、ようやくハジメは動き出した。

まずは、神水を溜めるための窪みを掘り、溜まった神水をすすって活力を取り戻した。

その後に、錬成を駆使して罠と武器を作りだし、狼の魔物を狩った。

そして、碌な調理もせず、生肉のまま狼の肉を貪り始める。

 

「っ、これが、あの姿の・・・」

「聞いてはいたけどよぉ・・・こいつは強烈だな・・・」

 

手も服も血まみれになりながらも肉を貪る姿は、まさに化け物と言って差し支えないものだった。

そして、魔物の肉を食べたことによって、ハジメの身体が崩壊し始める。

俺は魔力を抜いて食べたから何ともなかったが、直接食べたハジメの苦しみがどれほどのものなのか、想像すらできない。

さらに、普通ならこのまま身体がボロボロになって死ぬのだが、神水によって崩壊した片っ端から再生するため、簡単に死ぬことすら許されない。

その光景は、あまりに凄惨すぎた。

ティオが咄嗟に魂魄魔法でフォローしてくれたが、それがなければ何人かは気絶していたかもしれない、それくらいの苦痛の嵐だった。

それから、いったいどれほど経ったか。魔物の魔力による体の崩壊を克服し、強靭な体と新たな力を手にして、奈落の化け物は生まれた。

それから、錬成と日本での知識、洞窟内の鉱石を駆使して兵器を作り上げ、クマの魔物を殺すまでにいたった。

そこでハジメは、自らの願望を自覚した。

 

『帰りたい』

 

その想いに呼応するかのように、部屋の中で荒れ狂っていた魔力が脈動し、ハジメとユエの手の中に収束していく。

 

『帰りたい』

 

ハジメの想いがさらに強くなり、紅の魔力の奔流がさらに膨れ上がり、それを支えるように黄金の魔力が寄り添う。

その光景は、とても美しく、氷雪洞窟の隠れ家の庭園よりもさらに心を奪われた。

 

『故郷に帰りたいんだ』

 

ハジメの圧倒的な思いが俺たちに伝わり、映像の中で瞑目していたハジメが目を開くと、そこには極限の意志と呼ぶべき輝きが宿っていた。

やがて、映像を宿していた魔力も、ハジメとユエの手の中に吸い込まれるように、魔力の奔流に加わった。

最後までそれを見ていた俺の心中は、とても複雑なものだった。

ハジメが奈落に落ちたことで得たものは、たしかに多く存在する。

だが、その代償となるこの映像を見て、苦痛を自分のように実感すると、やはり「あの時、助けることができれば」と思ってしまう。

たしかに、日本にいた時から、ハジメは強い精神を持っていた。だから、生き残ることができたともいえる。

だが、この苦しみを強いてしまったのは、あのとき助けることができなかった俺のせいでもある。

俺は、あのときの無力感を思い出し、強く拳を握り締める。

すると、俺の拳に、ふと柔らかい感触が。

隣を見ると、雫が俺の握り締めた拳を両手で包んでいた。

まるで、あのときできなかったことを、今するかのように。これ以上、自分を責めてほしくないと言うかのように。

雫の優しさに触れ、俺は小さく礼を言った。

 

「・・・ありがとうな」

「いいわよ。これくらいしか、私にはできないから」

 

そう言いながら、雫はそっと握り締めた拳を解き、代わりに自分の指に絡ませた。

案外ちゃっかりとしてるな。まぁ、ここでどうこう言うつもりはないが。

それに・・・背後から、天之河の形容しがたい気配が向けられている。

今のハジメの記憶を見て、それなりに思うことがあったのだろうが、やはり簡単に自分を振り切ることはできないのか。

そうこうしていると、ハジメとユエの間にある鉱石に変化が生じてきた。

紅の魔力に包まれ、形を変えていきながら、融合し、あるいは魔力を取り込む。

形になってきたのは、

 

「あれは・・・鍵、か?」

「そうね。水晶でできた、アンティーク調の鍵みたい」

 

俺の呟きに、雫が同調する。

見た目は、持ち手側に正十二面体の結晶体を付け、先端の平面部分にとてつもなく精緻で複雑な魔法陣の描かれた鍵だった。

次第に、鍵に込められる魔力も増えていき、鍵そのものからただではない雰囲気が放たれる。

そして、完全に形が作られると、ハジメとユエはそっと目を開け、小さく開いた口から言葉を紡ぐ。

 

「「・・・“望んだ場所への扉を開く”」」

 

刹那、眩い光の奔流が部屋の中を埋め尽くし、俺たちの視界や意識も白く塗りつぶした。




「ふむ、“纏雷”で肉を焼いて食べていたのか・・・甘いな。ちゃんと切れ込みも入れて・・・」
「ツルギ、いきなり料理の授業みたいなことしないの」
「あのなぁ、まずくて硬い魔物の肉を料理して食べやすくするのは、基本だぞ?俺だって、オルクスに突入する前に香辛料とかを買っておいたからな。例えば・・・」
「別に解説しなくてもいいわよ!」

料理心をくすぐられたツルギとそれをたしなめる雫の図。

~~~~~~~~~~~

最近は、原作通りの流ればかりになっていますが、次の次くらいから変化を入れていく予定です。


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世界を超える鍵

あまりの意思と魔力の大きさに思わず体がぐらつく中、それも一瞬で終わり、視界に色が戻った。

目を開けると、そこには紅と金の煌めきを内包した、半透明のアンティーク調の鍵が落ちていた。

名づけるなら、“クリスタルキー”と呼ぶべきか。

 

「って、ハジメさん!ユエさん!大丈夫ですかぁ!」

 

思わず鍵に目を奪われ、拾い上げてよく見ていたが、すぐそばでハジメとユエが手をつないだまま倒れていた。

真っ先に気づいたシアが慌てて近づき、香織も一瞬遅れてから近付いて診察を始めた。

 

「香織さん、お2人は・・・」

「・・・うん、大丈夫。気を失ってるだけみたい。原因は魔力枯渇だね」

 

たしかに、あれだけの魔力の放出だ。魔力が空になるのも無理はないだろう。

シアは香織の診断に安堵の息をつき、香織もすぐさま魔晶石から意識が戻る程度の魔力をハジメとユエに与えた。

幸い、2人の意識はすぐに戻り、ゆっくりと目を開けた。

 

「あぁ?・・・どうなった?」

「・・・んぅ。アーティファクトは・・・」

「それなら、ここだ」

 

目を覚ましたハジメに、俺はクリスタルキーを手渡した。

 

「2人は魔力枯渇で倒れたんだよ。一応、魔晶石1個分の魔力を均等に分けておいたから。アーティファクトの方は、私じゃよく分からないけど・・・」

「俺が見た限り、成功だな。実際に使わないことにはなんとも言えないが、羅針盤と同じくらいの力を秘めている」

「そうか。ありがとな、香織。魔力枯渇で倒れるなんて久しぶりだ。加減がよく分からなかったから、取り敢えず全力でやったんだが・・・」

「次があるなら、調整できるようにしておけ。毎回魔力枯渇で倒れられても面倒だ」

「・・・ん。大丈夫。何となくコツは掴んだ。概念に昇華できるほどの意志を発現できるかは問題だけど」

 

ユエの言う通り、極限の意思なんて、そう何度も発現できるものではない。まぁ、ユエがいるなら、その辺りはどうにかなりそうだが。

そう言っている間に、ハジメはじっくりとクリスタルキーを眺め、満足げな笑みを浮かべた。

 

「・・・たしかに、会心の出来だな。羅針盤に似たような、でかい力を感じる」

 

そう言って、ハジメは羅針盤を取り出した。どうやら、試運転をするらしい。クリスタルキーに魔力を注いで、前方に突き出した。

羅針盤を取り出したのは、やはり目的地の距離や場所をイメージできないと上手く転移できないからだろう。これだと、羅針盤とクリスタルキーはセットになりそうだ。

クリスタルキーは、ゲートキーのように、何もない空間にずぶりと刺さった。

ただし、ゲートキーと違い、吸いだされる魔力量が尋常ではなく、開くのもゲートキーよりも遅い。どうやら、クリスタルキー単体で空間座標を固定するのに少し時間がかかるようだ。さらに、それにも魔力が吸い出される。

ハジメの表情を見ると、眉をしかめていた。どうやら、かなりの量を持っていかれているらしい。

それでも、動作自体は問題なく進み、目の前の空間が揺らいで楕円形の穴が生じる。

 

「あぁん!」

 

次の瞬間、嬌声のような声が聞こえて、ハジメがピクリと動きを止めた。ついでに、鞭でたたくような打撃音も聞こえる。

なんだか、何が起こっているのか見たくなくなってきたが、性能を確かめるためにも開く必要がある。

ハジメは意を決して、ゲートを完全に開いた。

その奥に見えたのは・・・

 

「この恥知らずのメス豚がぁっ」

「あぁ!カム様ぁ!流石、シアのお父様ですわぁ!すんごいぃいい!!」

 

恍惚の表情で鞭打たれてしなだれているアルテナと、わりとノリノリで鞭を振るっているカムの姿だった。

 

「うぼぁ」

 

シアの口から、白い魂みたいなものが飛び出た。

俺は内心ドン引きしながらも、「あぁ、致命的に手遅れだったかぁ・・・」と思いながらシアを魂魄魔法で癒した。

すると、俺たちの微妙な気配を感じたのか、カムが俺たちの方を振り向いた。

 

「ボ、ボスぅ!?そ、それに兄貴も!?な、なぜこんな場所に、ボスのゲートが!?」

「ぇ?って、シア!それに皆様まで!」

 

めちゃくちゃ狼狽えるカムと、驚愕しながらも嬉しそうになるアルテナに、ハジメとユエが冷たい声音と視線で話しかけた。

 

「よぉ、カム。悪いな、お楽しみの最中に邪魔して」

「・・・ん。2人がそういう関係だったなんて知らなかった。シア、気をしっかり」

「ふふ、同志アルテナよ。よいご主人様を見つけたようじゃごふぅ!!」

「駄竜は黙れ」

 

妙にうれしそうなティオを殴って黙らせつつ、俺もカムをジト目で見る。

ハジメとユエの物言いに、カムは「ご、ごごごご、誤解ですぅ!」と、娘そっくりの口調で必死に弁明するが、すでに手遅れだ。

ハジメの横で、シアが淡青白色の魔力を吹き上がらせながら、プルプルとふるえていた。

ゆらりと一歩前に出たシアは、ドリュッケンを取り出し、砲撃モードにして構えた。

 

「ま、待て、シア!お前は猛烈に誤解をしている!父は決して・・・」

「シア!カム殿は素晴らしい御人ですね!流石、シアのお父様ですわ!ちょっとシアの私物を拝見しようとしただけの私に、あんなに激しく!しかも力加減が絶妙ですの!」

 

これにカムは慌てて必死の弁明を始めるが、アルテナがにこやかにぶっ潰した。

カムが「余計なことを言うなっ。ぶっ殺すぞ!」みたいな視線を向けるが、アルテナはむしろゾクゾクと体を震わせる。

・・・もう、致命的だな、うん。

一応、アルテナがシアの私物を盗もうとしたという事情はあるようだが・・・

 

「カム。お前も、割とノリノリだったよな」

「兄貴ぃ!?」

 

と、いうわけで、

 

「いっぺん死んでこいですっ、この変態共がっ!」

 

シアは問答無用で引き金を引いた。

弾丸が通った直後に、ハジメはゲートを閉じたが、完全にゲートが閉じる寸前に、爆音と「ぎゃあああ!」とか「あぁあああん!!」とかいう悲鳴が聞こえた気がしたが、聞こえなかったことにした。

 

「・・・シア、元気出して」

「大丈夫だよ、シア。あれは・・・そう、ちょっとした気の迷いだよ。きっと、さっきの一撃でお父さんも目を覚ましてるはずだよ」

「・・・ぐすっ、ユエさん、香織さん、お気遣いありがとうございますぅ。でも、あれくらいじゃうちの父様は死んでないでしょうから、ハジメさんの世界に行く前に息の根を止めておきますぅ・・・うぅ、ミンチにしてやるですぅ」

 

ユエと香織がシアを慰めるが、すでにシアは決意を決めてしまったようだ。

日本に戻る前に、カムの命が危ない。いや、だからといって、止める気があるわけではないけど。

 

「・・・ハジメ。お前がどうにかしろよ。元はと言えば、お前がまいた種なんだからな」

「・・・おう。日本に戻る前に、俺が矯正しておいてやるよ。だからシア、とりあえず泣き止んでくれ」

「うぅ、ハジメさぁ~ん!」

 

ハジメの言葉に、シアがハジメの胸に飛び込んだ。

ぶっちゃけ、ハジメも似たり寄ったりなんだか、それかこの際スルーするとして、気を取り直すためにも、いったんリビングに戻った。

 

「さて、初めての試みで色々と手際の悪さは目立ったが・・・帰る手段を、手に入れたぞ」

 

ニヤリと笑みを浮かべたハジメの言葉に、まずは谷口が飛びあがって喜びをあらわにし、それにつられるようにして坂上もガッツポーズをした。香織と雫も抱き合い、天之河も薄っすらとだがほほ笑んだ。

俺も、ようやく終着点にたどり着いた事に、口元が緩む。

だが、だからといってすぐ帰れるわけではない。

 

「それで、ハジメ。再召喚防止の概念はどれくらいでできそうなんだ?」

「どうだろうな。主に意思の面で苦労しそうだし、試行錯誤しなきゃいけねぇからな。厳密にはわからないが、少なくとも、ミュウを迎えに行ったり、ティオとイズモの帰省の間にできるとは断言できないな」

 

となると、早くても1,2週間、下手をすれば1ヵ月近くかかるかもしれないか。

 

「それは仕方ないよ。それでも帰れるっていうだけで・・・本当に・・・すごいよ。ぐすっ、ハジメくん、ありがとう・・・」

 

そこに、香織が涙ぐみながらハジメの手をギュッと握った。

香織の言う「ありがとう」には、いろいろな意味が込められているのだろう。ユエたちも、珍しく肩を竦めて静かにその様子を見ていた。

ハジメも、香織の頭を優しく撫でながら、今後の方針を口にした。

 

「取り敢えず、俺達は召喚防止用アーティファクトの作製に取り組みながら、ミュウ達を迎えに行こうと思う」

「そいつを使わないってことは、やっぱ消費魔力が問題か?」

「あぁ。さっきの調子だと、日本に繋ごうと思ったら、今の俺の魔力の4,5倍は必要になりそうだ」

「そうか・・・」

 

さすがに、概念魔法を組み込んだアーティファクトは燃費も桁が違うか。

だが、トータスでなら、移動も十分可能ってことか。

なら・・・

 

「・・・悪いが、もう一度そいつを使ってくれないか?行っておきたいところがある」

「あ?どこだ?」

「オルクス大迷宮だ」

 

俺の言葉に、天之河たちはピンとこなかったようだが、ハジメはすぐに俺の意図に気づいたようだ。

 

「あぁ、そういえば、ツルギとティア、シアは、あとはオルクスの生成魔法だけだったか」

「一応、ハジメの目的はある程度達成したが、概念魔法を使えるメンバーは増やしておいて損はないだろう。帰りは、ゲートキーを使えばいいしな。とりあえず、3日くれ。それで終わらせる」

 

今の実力なら、限界まで飛ばせば真のオルクス100層も、それくらいでなんとかなるはずだ。

正直、ハジメにまたクリスタルキーを使わせるのは申し訳ないが、あそこにゲートホールは置いてないし、移動にも時間がかかるから、しょうがないだろう。

 

「わかった。その間、俺たちはここにいた方がいいか?」

「・・・そうだな。念のため、攻略が終わるまではここで休憩していてくれ。谷口と坂上も、その間に変成魔法でどこかしらの魔物を従えればいいだろう。あとは、俺の他に誰が行くかだが・・・」

 

残りが生成魔法だけなのは、あとはシアとティアだが・・・

 

「私は、ハジメさんと一緒にいたいので、お留守番してますぅ」

 

シアは、恋人と一緒にいる選択をしたようだ。

やはり、シアも成長して・・・

 

「それに、せっかくですから、タイマンで挑んでみたいですしね!!」

「あぁ、そう」

 

いらん成長もしちゃったなぁ。最初に会った頃が懐かしい。

 

「私は、ツルギと一緒にいくわ」

 

ティアは、俺についてくるようだ。

なんというか、順当な結果になったな。

あとは、

 

「なら、イズモも来てくれるか?」

「ふむ?・・・あぁ、介抱役はいた方がいいか」

「あぁ。雫は・・・」

「私は、遠慮するわ。今の実力だと、ツルギたちについていくのは難しいだろうし。代わりに、鈴と龍太郎についていくわ」

「わかった」

 

たしかに、いくら谷口と坂上に実力がついたとはいえ、世話役は必要だろう。天之河には特に。

 

「魔物を従えるなら、樹海のやつがいいか?」

「そうだな。ゲートホールもあるし、実力的にもちょうどいいだろう。それに、あそこには気配操作が上手いやつらが多いからな。従えて強化すれば、有用な戦力になるだろう」

「なるほど・・・うん、わかった!やってみるよ!」

 

谷口も、俺たちの意見に賛成した。

 

「なら、また3日後にな。ハジメ、頼む」

「おう」

 

俺はハジメに頼み、クリスタルキーでオルクスまでのゲートを開いてもらった。粋なことに、ハジメの記憶の中で見た、奈落の最初の階層らしき場所だ。俺とティアは表の100層まで攻略しているし、これくらいなら許してくれるだろう。

 

「さて、行くぞ。ティア、イズモ」

「えぇ」

「うむ」

 

そう言って、俺たちはゲートをくぐって奈落へと踏み出した。




「よし。せっかくだし、ハジメがいたぽっい場所のツアーもしてみるか。幸い、俺は過去視で当時の状況を見れるし」
「さっさと終わらせるって言ったのはツルギでしょ!」
「いや、冗談だ」
「冗談には聞こえなかったぞ、ツルギ」

攻略の前にちょっとした茶目っ気を見せるツルギの図。

~~~~~~~~~~~

今回は、かなり短めです。
さくっと終わらせてつなげるのもいいんですが、せっかくだからツルギパーティーVSヒュドラを書きたいのと、このまま続けると中途半端な内容で長くなりそうな感じがしたので。
とはいえ、1話丸々がっつり戦闘シーンで埋める技術は自分は持っていないので、戦闘シーンは全体の半分くらいになりそうですが、なるべく気合を入れて書きます。


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深奥を知る

「ぜぇ、ぜぇ・・・ようやく、ここまで、来たな」

「はぁ、はぁ・・・えぇ、そう、ね」

「・・・思って、いたより、こほっ、かなり、きつかったな」

 

ハジメにオルクスの奈落まで送ってもらって、これでちょうど3日目、いや、厳密には2日目が終わるころか。俺たちは、ようやくオルクス大迷宮の最深部にたどり着いた。今いるのは、100層への階段を下りきったところだ。目の前には、無数の巨大な柱に支えられた、広大な空間が広がっている。

道中のことは、はっきり言ってあまり覚えていない。

生成魔法以外のすべての神代魔法の習得を前提にしているだけの難易度だった、というのもあるが、道中の2日間、ほとんどノンストップで走り続けたという方がでかい。

さすがに、99層ノンストップで魔物を屠りながら走り続けるというのは体力的にかなりきつかったし、何度か休んだ方がいいとは思った。

だが、ハジメに3日で戻ると言った以上、道中の99層はどうしても2日で突破する必要があった。そうなると、1層の攻略にかけていい時間は、およそ2時間。それも、表のオルクスよりも手強い魔物がはびこっている中を、だ。ハジメを探しに表のオルクスに潜った際、100層を2か月かけて降りていったのとはわけが違う。

結果、体力・魔力切れを起こさないように気を付けたものの、99層をずっと走りながらの攻略になってしまい、かなりへとへとになってしまった。

幸い、ハジメから預かったものの中には魔晶石も含まれており、ここまで温存したおかげで魔力はすぐに回復し、再生魔法も使って早急に体力を回復させた。

 

「ハジメとユエからのメモによると、ここには全部で7つの首を持ったヒュドラがいるらしいが、特徴は覚えているか?」

「最初は6つの首が生えていて、6属性を使う。白い頭は回復魔法を使うから、始めにたたくべき、だったわね」

「6つの首を倒した後にでてくる7つ目の首の極光は、フリードとやらの白竜と似て、毒素も含まれていて回復が遅い、だったな」

 

いつの間に用意したのか、ハジメから渡されたものの中にオルクスの内容、特にヒュドラについて書かれたメモがあり、休憩している間に目を通しておいた。

それにしても、ハジメは相変わらず身内には甘いな。これが例えば天之河相手なら、オルクスに送ることすらしようとしないだろうし。

まぁ、ここはハジメの気遣いに甘えておくとしよう。

 

「さて、そろそろ、俺とティアにとって最後の大迷宮攻略に行くとするか」

「えぇ」

「うむ」

 

休憩も終わらせ、俺たちは立ち上がって先へと進んだ。

200mほど歩くと、巨大な扉にたどり着いた。大迷宮の紋章が七角形に配置された、10mはある両開きの門だ。

 

「あらかじめ、展開しておくか。“魔導外装・展開”、“接続(コネクト)”」

 

魔物が現れるだろう場所の手前で、俺は“魔導外装”を展開した。

それくらい、今回は手加減なしだ。

そして、最後の柱を超えたところで、扉と俺たちの間に直径が30mほどの魔法陣が展開された。

 

「・・・おいおい、けっこうでかいな」

「それだけ、大きい魔物ってことかしら」

「大きいだけではないな。込められている魔力も尋常ではない」

 

イズモの言う通り、魔法陣に込められている魔力は、今まで見てきた大迷宮の魔法陣のどれよりも大きく、密度も高い。

おそらく、解放者すべての力を合わせて作った合作の魔物なのだろう。そう思うほどの魔力だ。

そして、魔法陣がよりいっそう輝き、はじけるように光を放った。

目をつぶされないように手で覆い、光が収まってから目を開けると、そこには体長30mほどの、6つの首を持った巨大な魔物、ヒュドラが現れた。

 

「さて、最後の大迷宮の試練、どれほどのものか見せてみろ!」

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

俺の宣戦布告と同時に、6つの首がそれぞれ雄叫びをあげ、赤紋様の頭が口を開いて巨大な火炎放射を放った。

 

「散開!」

 

もはや壁とも思える規模に、俺たちは咄嗟に飛びずさった。

 

「んじゃ、物の試しに、と」

 

俺はそのまま重力魔法を使って壁に着地し、赤紋様の首と青紋様の首に向けてゲイボルグを放った。

放ったゲイボルグは両方の首を消し飛ばし、体の方にも傷を与えたが、白紋様の首が「クルゥアン!」と叫ぶと、首が光に包まれ、逆再生のように戻っていった。

元通りになった首は、何事もなかったように俺にブレスを放ち、なんなく避けながら分析を続ける。

 

「ふぅん。回復魔法って言うより、再生魔法に近い回復能力だな」

 

話に聞いていたように、白紋様はかなり厄介なようだ。今の俺の魔法なら、首の1つや2つくらいならどうってことないが、いちいち回復されるのはめんどくさい。しかも、一度に回復できる量に制限がない。もしかしたらあるのかもしれないが、他の5つの首を同時に再生できるのが限界なら、くそったれもいいところだ。

それに、試しに白紋様に攻撃しても、他の首が盾になって致命傷を負わせられない。

ハジメとユエは、焼夷手榴弾と最上級魔法のごり押しで突破したらしいが・・・それなら、

 

『ティア、イズモ。俺が首を5本仕留める。その隙に、白紋様のやつをつぶしてくれ』

 

さっきの回復を見るに、首を丸々失った場合、瞬時に再生はされなかった。だったら、他の5つの首が回復される前に白紋様を倒してしまえばいい。幸い、ゲイボルグ1発で首1つ撃破できるのは確認済みだ。

それでも、5発同時に撃破すろというのは、少し自信がない部分もあるが、

 

『わかったわ。任せて』

『撃破は頼んだぞ』

 

ティアとイズモから、信頼のこもった言葉を返される。

こう言われたら、やらないわけにはいかない。

 

「さて・・・いっちょ、やってやるか」

 

自分から提案した作戦なのだから、ちゃんと責任をもって成し遂げなければならない。

俺はゲイボルグを5本生成し、攻撃をかわしながら狙いを定める。

だが、ヒュドラはゲイボルグの魔力を感知したのか、赤紋様と黄紋様が執拗に俺を狙ってきて、ろくに立ち止まって狙いをつけることができない。

ティアとイズモも俺の支援に向かおうとするが、他の首に邪魔されてなかなか近づけないでいる。

俺は、これにしびれを切らし、

 

「ええい、鬱陶しい!“蜻蛉切”!!」

 

6mの長槍を2本生成し、つかみ取って襲い掛かる首を力づくで打ち払った。そして、そのまま蜻蛉切を続けざまに投擲し、赤紋様と黄紋様を壁と床に縫い付けた。

それを確認してから俺は飛び上がり、5本の首に狙いをつけ、

 

「穿て、ゲイボルグ!」

 

レールガンの要領で斉射した。

放ったゲイボルグは、狙いたがわず5つの首をぶち抜いた。

 

「クルゥアン!」

 

当然、白紋様は破壊された首を治そうと回復魔法を発動したが、5つ分だけあって、回復速度も遅い。

そして、2人がこの機を逃すはずもない。

 

「“五天掌”!!」

「“黒炎槍・嵐雨”!!」

 

ティアがすべての属性を纏わせた拳を、イズモが“黒炎槍”の弾幕を放ち、最後の白紋様の首を跡形もなく消し飛ばした。

だが、沈黙したヒュドラの胴体から、さらに新たな銀紋様の首が生え、俺たちを睥睨するが、

 

「おい、余裕こいてていいのか?」

 

独り言程度の俺の声に反応したわけではないだろうが、銀紋様がぐるりと俺に視線を向ける。

俺はゲイボルグを放った直後、すぐに攻撃の準備をしていた。

ハジメのメモに書いてあった、ノーモーションで放たれる極光ごと迎撃できるような、最高火力の攻撃を。

それは、

 

「“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”!!」

 

俺は黄金の西洋剣を振り下ろし、刀身から黄金の光線を放った。

 

「クルァアアン!!」

 

銀紋様も、一拍遅れて巨大な銀の閃光を放つ。

黄金と銀の閃光は衝突し、中間でせめぎ合うが、

 

「さっさと、くたばりやがれええぇぇぇ!!!」

 

俺が昇華魔法でさらに強化することで均衡はあっけなく崩れ、銀紋様の頭はもちろん、残っていた胴体まで巻き込み、ヒュドラは黄金の爆発に包まれた。

 

「グゥルアアアア!!!」

 

ヒュドラは断末魔の絶叫をあげ、あっけなく体を崩して消えていった。

 

「はぁ、はぁ、あ、案外、あっけなかったな」

「息切れしながら言っても説得力ないわよ、ツルギ」

 

ティアの言うことももっともだが、五体満足でこれといった手傷も負わなかったんだ。あながち間違いでもないと思うが。

そんな軽口を言い合っていると、奥の扉がゴゴゴゴッと音をたてて開き始めた。

 

「さて、さっさと行くか」

「えぇ」

「うむ」

 

休憩もそこそこに、俺たちは開いた扉の中に足を踏み入れる。

そこは、今までとまた違った意味で、まるで別世界のようになっていた。

辺りは芝生や木々が生い茂っており、中央付近に住宅が建っていた。

だが、ヴァンドル・シュネーのものと違い、豪華絢爛というよりは、住みやすさ重視の機能美にあふれた建築物になっている。建物の近くに畑があったことからも、実際に生活できるように設計しているのがわかる。

そうか・・・・

 

「ここで、ハジメとユエがあんなことやこんなことをしながら生活していたのか・・・」

「ツルギ、抑えて。気持ちはわかるから」

「ま、まぁ、2人とも、ここに来るまでに死にかけたりしたからな」

 

それでも、俺が結構必死になって探しているときに、存分にイチャイチャされたのかと思うと、話は別だ。

帰ったら、ハジメの頭に1発くらい拳骨を落とそうか。

 

「ほ、ほら、ツルギ!早く生成魔法を習得しましょう!」

「そ、そうだ!これで、概念魔法を使えるようになるんだ。早く行こうではないか」

 

俺から殺気が漏れていたのか、ティアとイズモが必死になって先を促した。

そうだそうだ、ここで立ち止まっているわけにもいかない。さっさと生成魔法を習得して、ハジメたちのところに戻ろう。

俺も我に返り、住居の中に足を踏み入れた。

中も住みやすさを重視した設計になっており、錬成で建築したのか、壁や床に繋ぎ目が一切ない。それがまた、一種の美しさを宿していた。

2階に上がると、そこは書斎と工房のような部屋があった。今は封印されて扉があかないが、扉の紋様を見る限り、攻略の証があれば開くのだろう。

そして、3階に上がると、そこには魔法陣の部屋しかなかった。

つまり、これが神代魔法の魔法陣だろう。

 

「ようやく、ようやくここまで来たぞ」

 

最初は、難易度を考えて表の100層で断念したが、他の大迷宮を攻略し、神代魔法を手に入れ、ようやくここまでたどり着いた。

俺は高鳴る気持ちを抑え、魔法陣の上に乗った。ティアとイズモも、俺に続く。

すると、いつものように魔法陣が輝きだし、生成魔法の知識が俺たちに刻み込まれた。

そして、生成魔法を習得した直後、

 

「が、ぐぅぅっ!」

「っ、ああぁぁぁ!!」

 

俺とティアの脳に、神代魔法のさらなる深奥の知識が、強制的に流れ込んできた。

来るとわかっていたが、思っていた以上に量が多く、深い。

ハジメとユエが気を失うのも、納得できる。

イズモが近づいて話しかけてくるが、声が遠くて聞き取れない。

数時間が経過したような感覚にとらわれながら、ぷつりと情報の濁流が途切れ、そのまま意識を失った。

 

 

* * *

 

 

時は、ツルギたちが氷雪洞窟に向かっている最中にまで遡る。

リヒトは、自室に1人で座って書類に目を通していた。

内容は、フェアベルゲンへの侵攻と、その失敗の報告だ。1週間以上前のものだが、リヒトは何度も読み返していた。

正確には、ある一文を。

 

『樹海には、兎人族の皮をかぶった化け物がいる』

 

この内容に、フリードはもちろん、リヒトも思うところがあった。

それは、ツルギたちのパーティーにいる、常識はずれの強さを持った兎人族、シアだ。

そして、化け物というフレーズに、どうしてもハジメやツルギ(本人は否定するだろうが)を思い浮かべてしまう。

その場にいなくても悉く計画の邪魔をするハジメやツルギたちに、フリードは腸が煮えくり返るような激情を抱いた。

だが、リヒトは違った。

 

(・・・まったく、大したものだ)

 

自分たちだけでなく、他者にもその性質を与えたツルギとハジメ(とリヒトは考えている)に、むしろ感心に近い感情すら抱いた。

たしかに、計画は邪魔された。だが、それは自分たちの見込みが甘く、想定以上にツルギたちが厄介で、自分たちが弱かったからに過ぎない。

何より、リヒトにとって()()()()()()()()()()()()()()()()()

だから、リヒトはフリードのように激昂することはなかった。

そして、ツルギたちなら樹海も、あるいは氷雪洞窟も攻略するだろうとも。それだけの実力があると、リヒトは確信していた。

さらに言えば、ハジメたちの方はわからないが、ツルギとティアは必ずガーランドに攻め込んでくるとも確信していた。

もしそうなれば、王都侵攻で大敗したガーランドに勝ち目はないだろう。

・・・以前のままだったら。

 

(だが・・・)

 

ふと、リヒトは窓の外を見る。

そこには、まったく同じ顔をした神の使徒、およそ500体が整列して並んでいた。

先日、魔王から、いや、信仰する神"アルヴ”からもたらされた新たな戦力だ。

これを見たフリードや兵士、国民は、やはり我々こそ神に選ばれた種族なのだと、感動に震えながらその光景を見た。

普段は表情を表に出さないリヒトすら、驚愕を隠せなかった。

さらに、ガーランドと協力関係にある恵里も、王都侵攻の際にちょろまかした兵士の死体に、嫌悪感を抱きながらもフリードとリヒトが変成魔法によって強化を施した傀儡兵“屍獣兵”の兵隊、およそ500体もいる。

さすがにこの戦力では、ツルギたちと言えども、ひとたまりもないだろう。

それに、魔王からもたらされた勅命に、リヒトはわずかな同情を抱いた。

だが、これも自らの望む世界のためだ。

そこに、ドアがノックされた。

入室を許可すると、1人の兵隊が中に入って敬礼し、報告した。

 

「リヒト様。出陣の準備、すべて整いました!」

「・・・わかった。すぐに行く」

 

リヒトも報告書を机の引き出しにしまい、重い腰を上げた。

今回の作戦、ツルギたちには万が一の勝機もないだろう。

だが、

 

(だが、あの者たちならば・・・)

 

ツルギたちなら、なにか違う結果がでるかもしれない。

そう思いながら、リヒトは作戦遂行のために歩き出した。




「・・・兄者」
「・・・なんだ、リヒト」
「・・・彼らは、いつになったら出てくる?」
「・・・すぐに出る。そう神託が下っているのだ」
「・・・昨日も、それを言っていなかったか?」
「・・・リヒト。不信を疑われたいのか?そうでないなら、口を閉じろ」

ツルギのオルクス攻略のせいで、余計に待つ羽目になった魔人族軍の図。

~~~~~~~~~~~

気合入れるとか言っておきながら、思ったより大したものが書けませんでした・・・。
なんというか、思ったより書くのが難しかったのと、やけに頭が痛くて、あまり集中できなかったので、あっさり目に書きました。


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待ち受けていたのは

意識が覚醒し始めて最初に感じたのは、なぜか息苦しさだった。それに、目を開けても真っ暗だし、体も上手く動かせない。

ただ、本当に苦しいというわけではなくて、何か柔らかいものに包まれているような、そういう感覚。

まさかと思い、身をよじらせて顔を上げると、

 

「起きたか、ツルギ」

 

目の前に、イズモの顔があった。

いやまぁ、なんとなくわかってたけどな?

もはや、ツッコむ気すら起きない。

それはそうと、今いるのは住居の中の寝室でいいんだろうが、

 

「ティアはどこだ?」

 

動かせる範囲で周りを見渡しても、ティアの姿がない。別室の可能性もあるが、わざわざそうする意味はないだろうし。

 

「ん、んぅ・・・」

 

すると、どこからかティアの声が聞こえてきた。

近いところにいるようだが、声がくぐもっている。布団の中か?

首をかしげていると、イズモが少しいたずらっぽい笑みを浮かべ、

 

「ティアなら、ここだ」

 

そう言って、自慢の尻尾を振り振りさせた。

・・・まさか。

そう思って体を起き上がらせると、ティアの上半身がイズモの尻尾の中に埋まっていた。完全に顔が見えない位置まで深くもぐりこんでいるようだが。

ていうか、息できてるのか、これ?

少し心配になって、そっとイズモの尻尾を持ち上げてみると、

 

「んむぅ・・・えへへ・・・」

 

ずいぶんと幸せそうな表情で、イズモの尻尾に頬ずりしながら抱きついていた。

なんだか心配したのが馬鹿らしくなり、そっと尻尾を元の位置に戻して再び横になった。

 

「俺とティアが意識を失ってから、どれくらい経った?」

「3時間と少し、といったところだな」

 

なら、だいたいハジメたちと同じくらいの間か。

なるべく早いに越したことはないと飛ばしてきたが、予定の3日よりもだいぶ余裕を持てた。

今すぐ戻ってもいいが、ティアはまだ夢心地だし、少しくらいここでゴロゴロしても罰は当たらないか。

 

「それで、神代魔法の真髄は理解できたのか?」

「あぁ、問題ない。実践に関しても、何とかなりそうだ」

 

今回得た知識は、だいたい氷雪洞窟でハジメから聞いたのと同じだった。その分、頭の整理も簡単に済ませられる。

それに、俺の意図していなかった収穫もあった。

正直、それだけでもわざわざオルクスに挑んだ甲斐があったというものだ。

とはいえ、内容が内容だから、今はまだ話さないでおこう。

 

「にしても、解放者はこの深奥に自力でたどり着いたんだよな。そう考えると、俺たちよりもよっぽど化け物だな」

「・・・そういうツルギも、少しは独力でたどり着いただろう?」

「俺はあくまで推測だけで、実践なんてできる自信はなかったし、概念魔法の存在を聞かされたからこそだしな。それほどではない」

「ツルギなら、それでも時間をかければできそうだがな」

 

ずいぶんと俺のことを高く買ってくれるが、さすがに俺もそこまでは・・・できないって言いきれない、か?なんだろう、時間をかければできなくもない気がしてきた。

どうなんだろうと悶々としながら考えると、イズモが再び俺を胸元に引き寄せて抱きしめた。

 

「うわぷっ、いきなりだな」

「ツルギが悩んでいるときは、こうしてやるのが一番だからな」

 

すっかり味を占められているが、俺としても悪い気はしないから、抵抗せずにされるがままになってみる。

すでに何度もイズモに抱きしめられているが、やはりこの包容力には抗いがたいものがある。物理的にも、精神的にも。

やっぱり、この安らぎは年の功から成るもの、ということなのか・・・いや、そもそもの体つきが・・・

 

「ツ~ル~ギ~」

 

そこまで考えたところで、イズモの後ろから伸びてきた腕に抱きつかれ・・・いや、締め付けられる。

・・・もう、いつまで経っても学習しないとか、そういうことを考えることもなくなってきたな・・・。

むしろ、締め付けられるだけ感触がダイレクトに・・・。

 

「・・・ねぇ、まだ時間はあるのよね?」

 

すると、ティアが不意に尋ねてきた。

 

「え?あ、あぁ、もともと時間に余裕をもって攻略するつもりだったからな。3日目は丸々ではないが、それに近いくらいは時間がある」

 

質問の意図はわからないが、さっきイズモと話したことでもあるから、若干戸惑いつつも答える。

すると、

 

「・・・だったら、ここでしちゃわない?・・・3()()()

 

締め付けてくるティアの手が、指先で撫でるように俺の背筋をなぞった。

しちゃうってのは、つまり、そういうことか・・・?

・・・しかも、3人で?

・・・ちょっと俺にはハードルが高い、っていうか、ハジメもまだの領域だと思うんですが・・・。

 

「ね、ダメ・・・?」

 

イズモの肩からのぞいてきたティアの表情は、すでにやる気になっているのを示すように、頬が赤く染まっていた。

いやまさか、と思いながらイズモを見てみると、

 

「・・・ツルギとティアと、3人で?いや、だがそれも・・・」

 

わりとまんざらではない、というかむしろ乗り気にすら見えた。

これは・・・逃れられないパターンだな?

 

「ねぇ?ツルギ・・・いいでしょ?」

 

とどめに、ティアから潤んだ瞳でねだられて、そこで俺の理性がプッツンして2人を押し倒した。

ついでに、帰ったらハジメと一緒にユエも殴っておこうと心に決めた。

 

 

 

ちなみに、一瞬、ほんの一瞬だけ、ここでハジメとユエも、と考えたのを悟られて、2人にさらに激しく求められたのはここだけの秘密にしておこう。

 

 

* * *

 

 

結局、終わったあとにそのまま力尽きて眠り込んでしまい、目が覚めたときにはすでに時間ギリギリになってしまった。

とはいえ、ここで慌てて戻ろうものなら、ハジメたちに余計な勘ぐりをさせるに違いない。

だから、できるだけ「攻略してちょっと休憩してから戻ってきました」な態度を装ってゲートを通った。

 

「おう、ツルギ。攻略後はよろしくやっごぶふっ!?」

 

出会い頭に、ニヤニヤしながら話しかけてきたハジメに一発全力の右ストレート(浸透勁+魂魄への衝撃付き)を顔面にかまし、

 

「・・・ん。これは3人でやっはきゅん!?」

 

ハジメの言葉に同意しようとしたユエに強めの指弾(剣製魔法で生成して痛覚操作を無効にできる効果も付与)を額に直撃させた。

 

「・・・で?他に何か言いたい奴はいるか?」

 

言外に「ハジメとユエみたいな質問したらぶっ潰す」と伝えて、周りに視線を送った。

とりあえず、顔を真っ赤にしている谷口と、俺とティア、イズモを交互に見ながらぶつぶつ呟いている雫は見えないふりをし、雫を意味ありげに見るティアにも気づかないふりをして、主に天之河と坂上に尋ねた。「お前らはわかってるよな?」みたいな感じで。

シアとティオ、香織に話を振らなかったのは、小さい声でキャッキャとはしゃぎ気味に話しているからだ。主にシアが赤くした頬を抑えてイヤンイヤンしていることから、シアがユエと一緒にやるのかとか、そんな感じのことを話しているんだろう。

俺としても天之河に話を振るのは癪だが、ここで余計に事態を悪化させるよりはマシだ。

天之河も、俺の意志を理解してくれたのか、望んだ質問をしてくれた。

 

「そ、それで、峯坂。オルクスは攻略できたのか?」

「あぁ。ハジメの言っていた概念魔法の前提知識、神代魔法の深奥は、俺もティアも身に付けた」

 

おそらく、やろうと思えば概念魔法の構築も可能だろう。

それに、

 

「もう1つ、でかいおまけがついたな」

「え?それってなんだ?まさか、変成魔法で奈落の魔物を手なずけたとかか?」

 

坂上が、少し食い気味に尋ねてきた。

この3日で、谷口と坂上、雫は樹海の魔物を従えたが、単純な強さで言えば奈落の魔物の方がはるかに上だ。変成魔法で味方にしつつ強化すれば、かなり心強い。

だが、残念ながら違う。

 

「いや、悪いが今回は奈落の魔物は手なずけていない。一応、オルクスの隠れ家にもゲートを設置しておいたが、難易度を考えてもまた今度だな」

「だったら、なんなんだよ?」

「細かい話は後だ。俺としても、もう少し整理してから話したいしな」

 

今回ばかりは、俺も使いこなすのに骨が折れそうだ。だから、ある程度安定して使いこなせるようになって機会があれば言うくらいでいいだろう。

 

「おい、ツルギてめぇ!!」

 

あらかた話し終えたところで、復活したハジメが俺の方に近づいてきた。

 

「なんで1発殴るだけであんなに手が込んでいるんだよ!」

「1発だけだからこそ、いろいろと手間をかけるんだよ。1発でできるだけダメージを与えれるようにな」

「くそ、確信犯かよっ」

 

そもそも、俺とハジメのステータス差だと、ただ殴っただけではダメージを与えられない。だから、今までは浸透勁なんかを組み合わせていた。そして、神代魔法の深奥を理解した今なら、拳1発に様々な要素を追加することもできる。魂魄への衝撃もその1つだし、何なら昇華魔法の情報操作によって衝撃を全身に浸透させることだってできる。神代魔法の無駄使いな気がしなくもないが、有効打になるのであれば無駄ではない。

 

「・・・ん。ツルギひどい。わざわざ痛くなるように細工するなんて」

 

続いて、ユエが額を押さえながら俺に文句を言ってくるが、

 

「俺はな、ユエにもいろいろと言っておきたいことがあるんだよ。ティアに余計なことを吹き込みやがって」

「・・・ん、なんのことだか」

「とぼけんな。思えば、ライセンを攻略した後が最初だったな。わざわざ大胆にさせるように仕向けやがって」

「・・・でも、悪くはなかったでしょ?」

「良い悪いの問題じゃねぇんだよ。人の彼女をエロく仕上げやがって」

「・・・ティアは、私が育てた」

「それ、できればシアだけにしてほしかったな」

 

もうこの時点で、さっきまで何があったのか白状しているようなものだが、すでにばれていそうな雰囲気だったから気にしないことにした。実際、ティアがここまでエロくなっちゃったのは、だいたいユエのせいだし。

 

「まぁ、無駄話はこれくらいにしておいて、さっさと出るぞ」

 

これ以上この話を続けるのは、俺の精神的につらい。

 

「それで、出る準備はできているのか?」

「あぁ、この攻略の証で出られるだろう」

 

そう言って、ハジメは宝物庫から氷雪洞窟の攻略の証だというペンダントを取り出した。垂れる水滴を模した、青みがかった透明な石でできており、中に解放者の紋章が刻まれている。

ハジメはそれを持って邸宅を出て、泉の直前にある魔法陣の上に足を踏み入れた。

 

ビキビキッ

 

すると、眼前の泉が突然音をたてながら凍り付き始め、徐々に盛り上がっていった。そして、高さ10mほどの卵型の氷塊になると、膨張しながら全体に亀裂が入り始め、最後に氷塊がはじけ飛んだ。

バリンッ!と音を立てて中からでてきたのは、半透明の氷でできた竜で、その体は水晶のような光沢をおびている。

その竜は俺たちの近くに寄ると、ゆっくりと首を下ろした。どうやら、背中に乗れということらしい。

 

「これまたファンタジーなショートカットだな」

「・・・ん。ご褒美?」

「ずいぶんと粋なことをするな。徹頭徹尾、芸術にこだわっているともとれるが」

「でも、試練の内容とかけ離れた親切心よね」

 

あるいは、あのような試練を課したからこそ、かもしれないが。

そんなことを話しながら、鱗が階段状になっている首を登って背中に乗り込んだ。

全員が乗り終えると、氷竜は翼をはためかせて飛び上がった。みるみると天井が迫ってくるが、当たる直前に天井の伊津部が溶け出し、一本の通路になった。

俺たちを乗せた氷竜はぐんぐんと加速し、地上に飛び上がってもそのまま上昇し続け、とうとう雲の上にまでたどり着いた。

氷竜は俺たちを振り落とそうとはせず、そのまま雲海の上を優雅に飛翔し始めた。

 

「太陽の位置からして、北西に向かって飛んでいるな・・・どうやら、親切に雪原の境界まで乗せていってくれるらしい」

「へぇ・・・ミレディとメイルはどうして汚物みたいに流したんだよ」

「・・・ん。ミレディとメイルは見習うべき」

「私、解放者って女性の方が悪辣な気がします」

「たしかに、試練の内容も悪辣なのが多いわよね」

 

たしかに、リューティリス・ハルツィナは帰りは親切だったが、媚薬やGをふんだんに使うという正気とは思えない試練を用意しておきながら、最後の空間で休憩するスペースを用意しなかったしな。ある意味、解放者の女性陣には碌な人物がいなかったことがわかる。

それに、北西に飛んでるということは、北のガーランドにも西のライセン大峡谷にも行きやすい方角だ。

本当に、解放者の女性陣にはこういう気遣いを見習ってほしい。

そんなことを考えながらしばらくして、氷竜はゆっくりと降下を始めた。そのまま雲の中を突っ切り、吹雪の中を少し進んでちょうど雪原と峡谷の境界に柔らかく着地した。

最初から最後まで気遣いにあふれた、本当に素晴らしい帰還だった。

俺たちが降りると、氷竜は俺たちを一瞥してから飛び上がり、雪原の奥へと飛び去って行った。

後は、この雪原から出るだけだが・・・

 

「・・・お前ら、気を付けろ。境界の外にいろいろといやがるぞ」

「ずいぶんとやばい気配が、数えきれないくらいあるな・・・ざっと400から500ってところか。他にも、数百の魔物っぽい気配が待ち受けている」

 

俺とハジメの警告に、緊張が走った。全員が武器を手に取ったり、戦闘態勢に入った。

そして、互いに目を合わせて頷きあい、吹雪の外に足を踏み出した。

そこにいたのは、

 

「やはりここに出て来たか。私のときと同じだな・・・それで、全員攻略したのか?白髪の少年よ」

「来たな。峯坂ツルギ」

「ふふっ、光輝くん、久しぶり~。元気だったぁ?」

 

白竜ウラノスに乗るフリードに、白い竜の翼を生やして滞空するリヒト。

竜種を主軸にした飛行型の魔物の軍隊、およそ数百。

灰髪をなびかせ、同じく灰色の翼をはためかせている中村。

 

 

そして、銀髪銀翼のまったく同じ顔で、両手に大剣を持った女・・・真の神の使徒、およそ500体だった。




「さて、今日で3日目だが・・・ツルギたちはどうしていると思う?」
「無難なのは、攻略の疲れをとっているんじゃないかな?」
「むしろ、ツルギさんは疲れることになりそうですぅ」
「・・・案外、3人でしているという可能性も」
「ふむ、前までのイズモなら考えられないが、今なら・・・それなら妾も・・・」
「お前は却下だ、駄竜」
「ハジメ君・・・まだダメかな?」
「香織も、変なことを言わないでくれ」
「・・・なら、私とシアは?」
「えっ、ユエさん?!で、でも、それなら・・・」
「ユ~エ~?何を言っているのかな?そんなことしたら、ユエとシアの戦力差が露呈するだけだよ?」
「・・・香織っ、ぶっ殺すっ!」
「受けて立つよ!」
「・・・ダメだ。こっちもこっちで落ち着けねぇ」

ツルギたちがオルクスに行って3日目のハジメたちの図。

~~~~~~~~~~~

今回、ちょっとぶっこんでみましたが・・・大丈夫ですよね?
ちょっと不安な部分もありますが・・・ほら、最近はなろうでもそういうのが風当たり強いって聞きますし。
実際、それで自主削除&改稿予定になった作品もありますし。
まぁ、ハーメルンはそのあたりはまだゆるめですし、多少はね・・・?


さて、お知らせですが、しばらく本作の投稿をペースを下げようかなと思います。
息抜きもそうですが、次のありふれ文庫が零の方だと分かり、文庫に沿っている本作だと行き詰まるところが多少あるので。
もちろん、web版の方も参考にしながら書きますが、文庫が出てから書き直そうと思うと、かなり間が空いて、作業が大変なことになりかねないですし。
とはいえ、次からはオリジナル展開がわりとたくさんの予定なので、そこまで大変なことにはならないでしょうが。
とりあえず、しばらくは何か新作でも考えながら合間に本作を執筆する、という感じになると思います。


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人質問題

俺たちの前に現れた、リヒト、フリード、中村恵里、数万はいるだろう魔物たち、そして、数百の同じ顔を持った神の使徒。

余裕の態度をとるフリードと中村にハジメは剣呑に目を細め、俺も油断なく俺たちを見据えるリヒトに対抗するために刀を2本生成して両手に持った。天之河たちは、目の前の光景に体を強張らせているが。

それにしても、ハルツィナ樹海で察していたが、やっぱりたくさんいやがったか。

だが、それくらいなら今の俺たちの相手ではない。昇華魔法によってステータスやハジメの兵器の性能が引き上がっているから、1対1はもちろん、対多数でも問題なく相手できる。

しかし、それを考慮しても向こうのあの余裕は解せない。

おそらく、真の神の使徒がいるから、というだけではないはずだ。

王都侵攻の際は、相手の魔物を軽く10万を葬り、ハジメも苦戦したものの神の使徒を1人撃破した。

そんなことがあって、今さら“数の利”を信じるバカではないと思うが。

そんな俺の思考を知ってか知らずか、ハジメは今にも殺意を解き放とうとしたとき、先んじてフリードが口を開いた。

 

「逸るな。今は、貴様らと殺し合いに耽るつもりはない。地に這い蹲らせ、許しを乞わせたいのは山々だがな」

「へぇ、じゃあ、何をしに来たんだ?駄々を捏ねるしか能のない神に絶望でもして、自殺しに来たのかと思ったんだが?」

 

ハジメの挑発に、フリードとリヒトはピクリと眉を動かした。

ハジメの言う“能のない神”とは、もちろんエヒトのことで、この反応で魔人族の崇める神がエヒト本人かその眷属であり、エヒトにとってはどっちも玩具でしかない、という俺たちの推測はあながち間違っていないようだ。

もちろん、向こうがそのことをどれだけ理解しているかは知らないが・・・というか、理解しようといているかすら怪しいが。

 

「・・・挑発には乗らん。これも全ては我が主が私にお与え下さった命。私はただ、それを遂行するのみだ」

「・・・寛容なる我が主は」

「俺たちを招待しろ、とでも言ったか?目的は、おそらくユエあたりか」

 

フリードが答える前に、俺が被せるようにして答えを口にした。

フリードは自分の台詞を遮られたことに怒りで顔を赤くしているが、俺は気に留めずにしゃべり続ける。

 

「ティアから聞いたが、アルヴとはお前たちが信仰する神であると同時に、魔王でもある。何やら偉大なる目的がどうたらこうたら言っているようだが、まぁ、どうせどうでもいいことだろうから、今は気にすることでもないか。っつーか、むしろ今はお前の方が邪魔だから下がってろ」

 

どこまでも眼中にない言い方にフリードが爆発する寸前だが、さっさと視線を切って俺は中村に視線を向けた。

本来なら谷口や天之河と話させるべきなんだろうが、2人とも唐突過ぎる再会にうまく口を動かせないでいるから、代わりに俺が口を開く。

 

「中村。少し見ない間に、ずいぶんと愉快な格好になったな。魔王とやらに改造してもらったのか?」

「・・・本当に、うざったらしいくらいに聡いね。うん、そうだよ。ボクは光輝くんと2人だけで甘く生きたいだけなのに、そんなささやかな願いすら邪魔するクソったれ共が多いからさ。だから、ごみ共を掃除するためにこの力をもらったのさ!」

 

そう言った、中村は空中でくるりと回り、灰色の翼から羽をまき散らす。羽ははらりと舞い散り、地面に落ちると一瞬で触れた部分を分解した。

 

「・・・体はそのままに、力だけを付与した、ってことか。ずいぶんと器用なんだな、魔王サマってのは」

 

俺の目が、間違いなく目の前の少女は中村恵里であると示している。おそらく、俺たちでいう変成魔法と昇華魔法によるものだろう。

やはり、神とやらは当然のように神代魔法の深奥に足を踏み入れているようだ。

だが、相手から返答を得る前に、隣からジャキッ!と硬質な音が鳴った。

音のした方を見れば、ハジメがすでにドンナーを構えていた。

 

「取り敢えず、皆殺しでOKだろ?」

「・・・ん。招きに応じる理由もない」

「ぶっ飛ばして終わりですぅ!」

「・・・流石に、こんなに同じ顔が揃うと、自分じゃないと分かっていても不気味だね」

「そも、招き方もなっとらんのじゃ。礼儀知らずには、ちと、お灸を据えてやらねばいかんのぅ」

 

ハジメだけでなく、ユエたちもやる気満々というように戦闘態勢をとり、言葉にはしていないもののティアとイズモも静かに戦闘態勢をとっていた。

だが、

 

「待て、お前ら」

 

俺が一歩前に出て腕を振り上げ、ハジメたちを制止させた。

 

「どういうことだ、ツルギ?」

「相手が明らかに余裕すぎる。何かしら小細工があるはずだ。例えば・・・人質とかな」

 

俺の言葉に天之河たちがハッとし、フリードもニヤリと笑って遠く離れた場所の光景を映し出す空間魔法“仙鏡”で、ガーランドの王城らしき場所を映し出した。

そこには、

 

「・・・やっぱりか」

「・・・クソが」

 

赤黒い魔力に包まれた金属の檻の中に、クラスメイトを始めとした俺たちの知り合いが閉じ込められていた。中には、姫さんとアンナもいる。

ハジメから思わず汚い言葉が飛び出し、ユエたちも苦虫をかみつぶしたような表情になる。天之河たちも、特に動揺がひどい。

映像をよく見れば、応戦して負傷したらしき永山パーティーや、彼らほどでないにしても愛ちゃん護衛隊の面々も苦悶の表情でうずくまっている。

 

「チッ、本物か・・・」

 

ハジメが咄嗟に羅針盤を取り出して確かめると、たしかにみんなが捕らわれているのがガーランドの王城であり、映像が偽物でないことを証明していた。

 

「ほぅ、随分と面白い物を持っているな、少年。探査用のアーティファクトにしては、随分と強力な力を感じるぞ?それで大切な仲間の所在は確かめられたか?」

 

フリードは優越感たっぷりに、羅針盤に興味を持ったように話しかける。

香織たちも苦渋の表情になり、天之河が真っ先に吠えようとした。

だが、その寸前で俺が刀を振り上げて天之河を制止させ、先ほどから一言も言葉を発していないリヒトに話しかけた。

 

「意外だな。こういう手は好まないと思ったんだが?」

「これは戦争だ。卑怯も姑息もないだろう」

「ごもっともだな。だが・・・相手が悪かったな」

 

俺がそう言った直後、ドパンッドパンッドパンッ!と聞き慣れた銃声がとどろいた。

ハジメが放ったレールガンはフリード、リヒト、中村に真っすぐ飛翔し、だが神の使徒が直前で前に割り込んで銃弾をはじいた。

大剣は今の1発でかなりでかいヒビを入れられたが、破壊することはできなかったようで、ハジメが小さく舌打ちした。

とはいえ、ここで中村を殺されるのは俺としても不本意だから、刀を振り上げてハジメを制止させる。

さすがに動揺したのか、フリードは冷や汗を流しながらも余裕の態度を崩さずに話しかけてくる。

 

「・・・この狂人が。仲間の命が惜しくないのか」

「お前は、いつになったら学習するんだ?」

 

フリードの問い掛けに、ハジメの代わりに俺が呆れ100%の声音で答えた。

 

「前も言っただろう。あいつらはクラスメイトだが、仲間じゃない。それにどのみち、大人しくついて行ったところで、最終的に殺されるのがオチだろう?早いか遅いか、その違いでしかない。あぁ、俺の方も期待するなよ。積極的に見捨てるつもりはないが、全員助けることにこだわりもないからな。それに、だ」

 

そう言って、俺は右足を一歩前に踏み出し、

 

 

 

 

「招かれる前に皆殺ししても、招かれた後に皆殺ししても、どっちも変わらない。そうだろう?」

 

 

 

 

本気の殺気を放った。

それだけで、近くに展開していた魔物は一切の例外なく息絶え、それ以外の魔物も取り乱して暴れるか泡を吹いて気絶した。

リヒトや神の使徒は一斉に戦闘態勢をとり、傍にいるハジメも思わず冷や汗を一筋流しながら「あれ?こいつ、こんな性格だったっけか?」と呟いていた。

一応、この発言には「死んでも1時間くらいならなんとか蘇生できる」という打算もあるからだが、俺の限りなく本物に近い本気の殺気に、さすがのフリードと中村も余裕の態度を崩しかけ、リヒトも殺気を高めて臨戦態勢をとった。

だが、自分が気圧されたことに対する憤怒からか一瞬表情を歪め、それもすぐに取り繕って唇の端を吊り上げる。

 

「威勢のいいことだ。これだけの使徒様を前にして正気とは思えんが・・・ここは、もう1枚、カードを切らせてもらおうか」

「なに?」

「あぁ?」

 

さっきのだけだと思っていたんだが、まだ用意してあったのか?

訝しむ俺たちをよそに、フリードは映像の視点を切り替えた。

まだ檻を用意していたようで、先ほどのものと比べてずいぶんと小さい。

その中に誰が入っているのか、姿を映した瞬間、

 

 

 

すべての音が、消失した。

 

 

 

先ほど俺が放った殺気と同じ・・・いや、ひたすらに殺意を研ぎ澄ました俺のものとは違い、比較にならないほど暴力的で、先ほどの殺気で生き残っていた魔物のすべてにとどめを刺した。

それほど、この殺気・・・ハジメの放つ殺気はとてつもないもので、今度は俺が冷や汗を流す番だった。

それほどに、向こうが人質としてとらえた人物は、最悪だった。

 

「っ、っ、き、貴様、あの魚モドキ共がどうなっても、いいのかっ」

 

“魚モドキ共”・・・そうフリードが言った、クラスメイトとは別に用意した人質は、ミュウとレミアさんだった。

檻の中央で、お互いの存在を確かめるようにギュッと抱きしめ合っており、不安そうな表情を隠しきれていない。それでも、涙を浮かべることなく気丈に辺りを観察している辺り、本当に強い心を持っている。

とはいえ、俺は内心で驚きを隠せなかった。

エリセンを離れる時、もちろん何も対策をとらなかったハジメではない。

2人の存在を隠す気配遮断系のアーティファクトや、敵が現れた場合にハジメへ警告が行くようにした感知系アーティファクト、時間稼ぎをする為の結界系アーティファクトを、それとなくエリセンの街中やミュウ達の家に設置しておいたのだ。それに、俺も魔晶石を基点とした結界や罠をそこら中に敷き詰めた。

そのすべてに引っかからず、ミュウとレミアを誘拐してのけるなんて、ほぼ不可能なはず・・・いや、違うか。

俺とハジメの非常識な防衛システムとミュウとの絆、それらからこの発想にいきつき、なおかつ実行に移せる人物がここに1人だけいる。

その人物に、ハジメがスッと視線を向ける。

 

「ッ・・・」

 

視線を向けられた人物、中村恵里は、ハジメの殺気に体温を低下させ、呼吸も荒くなっていく。

だが、ハジメは数瞬で中村から視線を外し、発する鬼気はそのままだが、静かな瞳を宿し、その眼差しをフリードに向ける。

そして、静かな声音で口を開いた。

 

「・・・招待を受けてやろう」

「な、なに?」

 

ハジメの言葉にフリードは戸惑い、ハジメは続けて言葉を発する。

 

「・・・招待を受けてやると言ったんだ。さっさと案内しろ」

「っ・・・ふん、最初からそう言えばいいのだ」

 

繰り返される言葉と同時に収まっていく鬼気に、フリードは幾分か余裕を取り戻し、それでも周囲に散乱している魔物の死骸を見てわずかに憤怒に顔を歪ませ、それを抑えながら魔王城へと通じるゲートを開くための詠唱を始めた。

 

「・・・ツルギ、いいの?」

 

そこに、ティアがふと俺に耳打ちをしてきた。

ティアが聞いているのは、素直に招待に応じて大丈夫なのか、ということだろう。

その問いかけに、俺は小さくうなずいた。

 

「あぁ。今のクリスタルキーだと発動までタイムラグがあるし、あの檻には魔法を阻害する機能もある。空間魔法ですぐに連れ去るのも無理があるだろう。それは、向こうも承知のはずだ」

「たしかに、クラスメイト殿たちならまだしも、ミュウとレミア殿には自力で抗う力はないからな」

 

イズモの言う通り、この軍勢を叩き潰すにしても、先生たちを助けるにしても、この場所ではいささか遠くて安全が保障できない。ミュウとレミアさんの安全を確保するためにも、ここは相手の誘いに乗るしかない。

 

「・・・さぁ、我等が主の元へ案内しよう。なに、粗相をしなければ、あの半端な生物共と今一度触れ合えることもあるだろう。あんな汚れた生き物のなにがいいのか理解に苦しむがな」

 

話しているうちに、フリードがゲートを完成させて、うざったらしい言葉も添えてきた。

ゲートの先は、先ほどの謁見の間ではなく、王城の上部のテラスらしく、街並みが見えている。

おそらく、たとえフリードであっても謁見の間へ直接転移することはできないのだろう。魔王の防衛を考えたら、普通ではあるが。

すると、フリードが何かに気づいたように声をかけてきた。

 

「そうだった。少年、転移の前に武装を解いてもらおうか」

「・・・」

「聞こえなかったか?さっさと武装を解除しろと言ったのだ。あぁ、それと、この魔力封じの枷も付けてもらおうか」

 

言葉の節々に優位に立った愉悦と嘲笑を隠しもせずに要求してきて、じゃらりと手錠のような枷を取り出した。招待と言っておきながら、扱いは完全に捕虜だ。

いくら人質の強みがあるとはいえ、少々タガが外れすぎている感じが否めない。むしろ、小者臭さまで醸し出している。

おそらく、王都侵攻のあとに何かがあったのだろう。その何かによって、フリードの狂信がさらに深まったと考えるべきか。

むしろ、以前と態度がまるっきり変わっていないリヒトの方が、不自然かもしれない。

まぁ、それはそうと、

 

「「断る」」

 

フリードの問い掛けに、俺とハジメは同時に否を返した。

 

「・・・なんと言った?」

「今度は耳までおかしくなったのか?断ると言ったんだ」

 

フリードの再度の問い掛けに、今度は俺が嘲りも含んだ返答を返す。

さすがのリヒトも、俺たちに意外そうな表情を向けた。

次の瞬間、フリードは理解しがたいものを見るような眼差しを向けた。

 

「・・・己の立場を理解できていないのか? 貴様等に拒否権などない。黙って従わねば、あの醜い母娘が・・・」

「調子に乗るな」

「っ・・・なんだと?」

 

フリードのありきたりな台詞を、ハジメが静かな声音で遮り、言葉を届ける。

 

「ミュウとレミアを人質に取れば、俺の全てを封じたとでも思ったのか?理解しろ。お前たちが切ったカードは、諸刃の剣だってことを」

「諸刃の剣・・・だと」

 

今のハジメは、威圧も魔力も殺気も鬼気も、なにも放っていない。

それでも、ウラノスはわずかに後退し、フリードの手も小刻みに震えていた。

それに構わず、ハジメは無機質な言葉を紡いでいく。

 

「お前達が今生かされている理由もまた、ミュウとレミアのおかげということだ・・・二人に傷の一筋でも付けてみろ・・・子供、女、老人、生まれも貴賎も区別なく、魔人という種族を・・・絶滅させてやる」

「・・・っ」

「なにが目的で招待なんぞしようとしているのか知らないが、敵の本拠地に丸腰で乗り込むつもりはない。それではなにも出来ずに全て終わってしまうかもしれないからな。そんなことになるくらいなら、イチかバチか暴れた方がまだマシだ」

「・・・あの母娘を見捨てるというのか」

「見捨てないさ。ただ、ここで武器を失う方が、見捨てることに繋がると考えているだけだ」

 

たしかに、よくある物語では言われるがままに装備を手放すことも多いが、ハジメはそれを選ばない。それは、俺も同じだった。

人質を助けるのに、助ける側が無力化されては意味がない。それを弁えているから、ハジメはこの要求を突っぱねたのだ。

それに、死んでさえいなければ、あとはどうにでもなる。必要なのは、どんな状態でも()()()()()()()()()だ。

ついでに、

 

「あぁ、俺から言わせてもらうなら、その程度は枷にならない。あってもなくても同じだ」

 

そう言って、俺は空間魔法でフリードの持つ手錠を1つ手元に転移させ、自分から腕に取り付けた。

そして、強引に引きちぎることもせず、手錠を木っ端みじんに砕いた。

それは、俺だけではなく、フリードの持っている残りの手錠はもちろん、魔王城に捕らわれている全員に付けられている同じ手錠もすべて砕け散った。

 

「なっ、なっ・・・」

「お前たちを殺すことは、いつでもできる。お前たちの方こそ、立場を弁えてもらおうか」

 

突然の信じられない現象に、フリードは顔色をせわしなく変えて口をパクパクと開き、だが激昂してミュウたちを殺す命令は下さない。

さっきのハジメの発言があれば、ここでミュウとレミアさんに手を出せばどうなるか、さすがにこれでもわからない愚か者ではないようだ。

 

「さて、さっさと連れて行ってもらおうか。でないと、俺の隣にいる化け物が同族の全てを肉塊にするぞ」

 

俺の脅しに、フリードは露骨に表情を歪め、だが答えられないでいた。

今のフリードには、魔王のもとに危険分子を連れていく不敬と、同族の絶滅の可能性の間に揺れて答えを出せないでいる。

それに・・・おそらくだが、この武装解除はフリードの独断だ。ここで意固地にならずに揺れているということは、魔王からは武装については特に指示を受けていないのだろう。リヒトが口を挟まないのも、その証拠だ。

フリードが悩んでいると、神の使徒の1人がフリードに話しかけた。

 

「・・・フリード。不毛なことは止めなさい。あの御方は、このような些事を気にしません。むしろ良い余興とさえ思うでしょう。また、我等が控えている限り、万が一はありません。イレギュラーへの拘束は我等の存在そのもので足ります」

「むっ、しかし・・・」

 

それでも渋るフリードを尻目に、神の使徒は俺たちに視線を向けた。

 

「私の名は“アハト”と申します。イレギュラー、あなたとノイントとの戦闘データは既に解析済みです。二度も、我等に勝てるなどとは思わないことです」

 

言外に、武装できるものならしてみろと言っているようだ。

だから、

 

「なら、ここで1人殺しても文句を言うなよ?」

 

そう言って、俺は魔力を噴き上がらせ、指1本動かさずに前にいた神の使徒の首を刎ね飛ばした。

まったく察知出来ていなかった神の使徒は、露骨に俺に警戒心をむき出しにして大剣を構えた。

 

「・・・いったい、何をしたのですか」

「言うわけないだろ。少しは、その足りない頭で考えたらどうだ?」

 

俺は余裕の態度を崩さずに、神の使徒に視線を向けた。

俺がやったのは、昇華魔法の“情報に干渉する”という性質によって、殺気とともに「斬られた」という錯覚を強引に現実にさせるものだ。

発動条件として、俺の殺気に僅かでも恐怖を覚えれば発動するが、逆に言えば恐怖を覚えなければ発動しない。さらに、“斬られた”と錯覚させるほどの殺気は、今はまだ1度に1人しか向けられない。

ついでに言えば、ユエのような不死性を持っている相手には、首を切ることはできても殺すことはできない。

神相手にどれだけ通用するかはわからないが、少なくとも神の使徒に通じるとわかっただけ十分だ。

 

「ほら、さっさと案内しろ。いい加減待ちくたびれてきたからな」

 

俺の要求に、フリードはようやくゲートへと潜っていき、リヒトと中村もそれに続いた。

ゲートをくぐる直前、リヒトは俺に視線を向け、だがすぐに前を向いてゲートをくぐった。

その視線の意味を、俺はなんとなく察し、だが表面には出さずに、ハジメたちを連れてゲートをくぐっていった。




お久しぶりです。
ちょっとツルギを無双させてみましたが、ちょっとした伏線ともいえないような伏線なので。

それと、今さら感はありますが、念のためお知らせを。
読者様方のおかげで、「二人の魔王の異世界無双記」はお気に入り登録者1000を突破しました。
それを記念して、今アンケートでハジメパーティーのヒロインをifストーリーとしてツルギのヒロインにするキャラを投票してもらっています。
期日は、1月30日の0時0分までです。
今のところ、香織さんが怒涛の追い上げで1番ですが、まだ期日まで時間はありますので、どしどし投票してください。


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魔王の正体

ゲートで繋がれた先の巨大テラスは学校の校庭ほどの広さがあり、俺たち全員が降り立っても余裕があった。まぁ、灰竜や神の使徒は飛行していたが。

灰竜たちはどこかへと飛び立っていき、神の使徒も十数名を残してどこかに行った。残った神の使徒は、油断なく俺たちを囲んでいる。

いや、どちらかといえば、主に俺に意識を向けているようだ。それだけ、先ほどの攻撃を警戒しているのだろう。あるいは、集団なら勝てると踏んでいるのか。

もしそうだとしたら、戦闘データも取っていないのによくもそんな自信がでるものだと呆れるしかないが。

フリードがゲートを閉じると、リヒトが無言で俺たちの方を見て顎をしゃくった。どうやら、黙ってついてこいということらしい。俺たちも、特に何も言わずに黙ってリヒトについて行った。

 

「光輝く~ん、あの化け物、恐かったよぉ~、ボクを慰めてぇ~」

「え、恵里っ、君はっ」

 

すると、中村が急にニタニタと笑いながら悪びれる様子もなく天之河に抱きついた。それだけならまだよかったが、発情したように頬を赤くしながら息を吹きかけたり耳元でなにかをささやくなど、見るに堪えない光景にまで変化した。

俺としてはさっさと引きはがしてやりたいが、ここで下手に動くのもよくない。クラスメイトの手錠は破壊したとはいえ、強化された魔物や神の使徒には手も足も出ないことはわかっている。

それは天之河も同じなようで、中村を無理に振りほどこうとはしない。

そんなこんなで石造りの廊下を進んでいくと、巨大な扉が現れた。おそらく、ここが謁見の間に繋がっている扉だろう。

フリードが扉の前にいる魔人族に視線で合図を送ると、その魔人族が扉の一部にスッと手をかざし、その直後、重厚そうな音を響かせて扉が左右に開いていった。

扉の奥には、フリードが“仙鏡”で見せた豪華な空間が広がっており、クラスメイトや姫さん、アンナ、ミュウとレミアさんの姿もあった。

向こうも俺たちの姿が見えたようで、クラスメイトは大きく目を見開き、肩を叩かれて気がついた愛ちゃん先生と姫さん、アンナも驚いたように大きく息を呑んだ。

アンナはここでも申し訳なさそうに俯きそうになっていたが、「大丈夫だ」と視線で伝えると、力強い瞳で頷いた。

愛ちゃん先生と姫さんも、神の使徒に囲まれているのを見てわずかに表情を曇らせたが、ハジメがここで初めて唇の端を吊り上げて笑ったのを見て感極まったように涙ぐみ始め、そしてハジメの名前を呼ぼうと・・・

 

「ツルギお兄ちゃーーん!!パパぁーー!!」

「ツルギさん!!あなた!!」

 

よし、ちょっと待とうか、レミアさん。

ミュウがハジメのことをパパと呼ぶのは、まぁ、まだよしとしよう。

だけど、レミアさんがハジメを“あなた”と呼ぶのは違うのではないでしょうか。

ほら、愛ちゃん先生と姫さんが剣呑な眼差しをレミアさんとハジメの間で行ったり来たりさせてるし。

 

「ミュウ、レミア。すまない、巻き込んじまったな。待ってろ。直ぐに出してやる」

「パパ・・・ミュウは大丈夫なの。信じて待ってたの。だから、わるものに負けないで!」

「あらあら、ミュウったら・・・ハジメさん。私達は大丈夫ですから、どうかお気を付けて」

 

そんな中、ハジメさんはあくまでミュウとレミアさんを気にかけている様子で、完全にスルーされた愛ちゃん先生と姫さんはしょぼくれていた。

そこにフリードが忠告しようと口を開きかけたところに、玉座の方から声が響いた。

 

「いつの時代も、いいものだね。親子の絆というものは。私にも経験があるから分かるよ。もっとも、私の場合、姪と叔父という関係だったけれどね」

 

玉座の後ろの壁がスライドして開くと、中から金髪に紅眼の初老の美丈夫が現れた。漆黒に金の刺繍があしらわれた質のいい衣服とマントを着ており、髪型はオールバックにしている。

そして、漂うただ者でない気配。

おそらく、こいつが魔王で、アルヴ様とやらなのだろう。

俺の隣に立っているティアも、その姿を見て戦意を瞳に宿すが、人質のこともあってすぐに奥に収めた。

だが、この金髪紅眼という風貌、どこか見覚えがある。

まさかと思ったが、その答えはユエの口からもたらされた。

 

「・・・う、そ・・・どう、して・・・」

「ユエ?」

 

ユエはハジメの呼びかけに気づいた様子もなく、瞳を大きく見開いて真っすぐと魔王を見ていた。

 

「やぁ、()()()()()()。久しぶりだね。相変わらず、君は小さく可愛らしい」

 

魔王がユエに掛けた言葉は、とても初対面とは思えないほど親愛に満ちたものだった。

ここで、俺の推測は確信に代わり、ハジメも気づいたらしい。

そして、ユエが決定的な一言を放った。

 

 

 

 

「・・・叔父、さま・・・」

 

 

そう、目の前にいる魔王こそが、かつてユエを封印した叔父であるのだ。

まさかの事態に俺たちも驚愕を隠せず、そんな俺たちを尻目に魔王は昔の名でユエに語りかけた。

 

「そうだ、私だよ。アレーティア。驚いているようだね・・・無理もない。だが、そんな姿も懐かしく愛らしい。300年前から変わっていないね」

 

魔王は微笑み、ユエは思わず1歩後ずさった。

ユエは震える口で何かを呟こうとしたが、それを制するようにアハトが口を開く。

 

「アルヴ様?」

 

無表情ながらも疑問の声だと分かる声音で尋ねる。おそらく、魔王のユエに対する態度が予想外だったのか。それはフリードたちも同じなようで、僅かに訝しんでいる。

それに対し、魔王はうっすらとほほ笑み、使()()()()()()()()()()手をかざした。

次の瞬間、謁見の間を黄金の魔力の光が埋め尽くし、それが収まった時、神の使徒やフリードたちは全員倒れ伏していた。

突然の出来事で唖然としているユエたちを前に、魔王は緊張の糸が切れたように息を吐き、手を頭上に掲げてパチンッと鳴らして術を発動した。発動したのはどうやら障壁のようだが、通常の攻撃を防ぐためのものではない。

 

「これは、盗撮や盗聴なんかを防ぐ障壁か?」

「そう、私が用意した別の声と光景を見せるというものだ。これで、外にいる使徒達は、ここで起きていることには気がつかないだろう」

「・・・なんのつもりだ?」

 

まるで神の使徒と敵対しているような魔王の言葉に、ハジメが警戒心丸出しで尋ねる。

 

「南雲ハジメ君、といったね。君の警戒心はもっともだ。だから、回りくどいのは無しにして、単刀直入に言おう。私、ガーランド魔王国の現魔王にして、元吸血鬼の国アヴァタール王国の宰相、ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタールは・・・神に反逆する者だ」

 

ハジメの問いに、魔王が威厳を以て答えを返した。

俺は警戒心はそのままに、倒れている中村に近づいて脈を調べた。

 

「・・・死んではいないか」

 

俺の言葉に、今にも飛び出しそうだった谷口は胸をなでおろし、魔王・・・ディンリードも「不安にさせてすまない」と謝罪を口にした。

ついでに、神の使徒は一時的に生体機能を停止させたのだと説明した。

俺も油断なく周囲を見回し、ハジメが真意を尋ねようと口を開きかけたが、その前にユエが叫ぶような、必死に否定するような声音で叫んだ。

 

「うそ・・・そんなはずはないっ。ディン叔父様は普通の吸血鬼だった!確かに、突出して強かったけれど、私のような先祖返りじゃなかったっ!叔父様が、ディンリードが生きているはずがない!」

「アレーティア・・・動揺しているのだね。それも、当然か。必要なことだったとは言え、私は君に酷いことをしてしまった。そんな相手がいきなり目の前に現れれば、動揺しない方がおかしい」

「私をアレーティアと呼ぶなっ!叔父様の振りをするなっ!」

 

おそらく、ハジメですら見たことがないだろうユエの興奮している様子に、ディンリードは悲し気にほほ笑む。

対するユエは、荒れ狂う内心に身を任せたように、ディンリードに向けて“雷龍”を放った。

ディンリードは、微笑を浮かべたまま余裕の態度で指をはじき、玉座のある祭壇の縁に沿うようにして障壁を展開した。よほどの強度なのか、ユエの“雷龍”でも突破できる気配がしない。

 

「アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール。歴代でもっとも美しく聡明な女王、私の最愛の姪よ。私は確かに、君の叔父だよ。覚えているかな。私が、強力な魔物使いだったことを」

「なにをっ」

「今の君ならわかるはずだ。当時の私がどうしてあれほど強力な使い手だったのか」

「・・・っ、神代魔法・・・変成魔法」

「その通りだ。更に言うなら、私は生成魔法も修得していた。生憎、才能に乏しく宝の持ち腐れだったけれどね。代わりに変成魔法については頗る付きで才能があったと自負しているよ。相応の努力もした。その結果、単に魔物を作り出すだけでなく、己の肉体に対しても強化を施すことが出来るようになった。寿命が延びたのはそういうわけだよ」

 

あくまでおだやかな表情のディンリードに、ユエはさらに“雷龍”に魔力を込めようとしたが、その前にさりげなくレールガンを放って防がれたハジメが肩に手を置いた。

それでようやくユエは冷静さを取り戻し、“雷龍”を解除した。

そして、語気は荒いままだがディンリードに対して追求し、ディンリードから事情説明がされた。

ディンリードの話によると、アルヴはたしかにエヒトの眷属神で、最初の頃はエヒトの手足となって動いていたが、エヒトの数々の悪逆非道な行いに疑問を持ち続け、そのまま数千年過ごすうちに反逆の意志を抱くようになったらしい。

だが、主神であるリヒトに自分が敵わないと悟っていたから、表向きはエヒトの駒として動きながら、その裏でエヒトに抗いうる戦力を探し続けていたのだという。

だが、肉体を持たないアルヴが地上で活動するには器となる肉体が必要であり、それこそが魔王なのだという。魂の憑依も普通なら器となる人物が拒絶すれば上手くいかないが、自分が神であることを示すことで問題なく憑依で来たのだとか。

その中でも、ディンリードはこの世界の真実を知っている者であったため、アルヴと同志となり、いろいろと助けてもらったのだとか。

それが、ユエが王位に就く少し前のことだった。

ユエを封印したのは、先祖返りとしてとてつもない実力を持っていたから。突出しすぎた力は、ハジメのような“イレギュラー”としてエヒトに殺されてしまうか駒として利用される可能性が高い。

さらに、国の上層部はほとんどがエヒトを信仰する者で占められていた。それはユエの両親も同じであり、無条件に信仰させるのを防ぐためにユエを両親から離し、教師役としてディンリードがついた。

そして、本格的にユエの暗殺が計画されることになり、切り札となるユエを失わないために、暗殺が実行される前に殺したことにして、ユエをオルクスに封印したのだということだった。

この情報はユエの記憶の断片に当てはまるようで、感情が行き場を失ったように瞳が不安定に揺れる。

それでも、ユエは最後の疑問をディンリードに投げかけた。

 

「・・・人質は? 貴方が本当にディン叔父様なら・・・私を裏切っていなかったというのなら、どうして」

 

そう言うと、ディンリードは苦笑しながら「そうだった」と呟き、パチンと指を鳴らすと檻を覆っていた輝きが消えていき、檻自体の鍵も開いたようだった。

囚われていたクラスメイトたちやミュウたちが、キョトンと鍵の外れた扉を見つめる。

 

「こうでもしないと会うことすらしてもらえないと思ってね。それに、いざというときのために彼等を保護するという目的もあった。怪我に関しては許して欲しい。迎えに行ったのが使徒だったことと、彼女達の手前癒して上げることが出来なくてね。一応、死なせないようにと命じてはいたんだ。これからアレーティア共々、仲間になるかもしれないのだしね」

「・・・なか、ま?」

 

ディンリードが言うには、そういうことらしいが、ユエはディンリードから数々の無視できない情報を与えられ、その声音から力をなくしていた。シアたちやクラスメイトたちも、困惑を隠せないでいる。

そんな中、ユエの内心を見透かすように目を細めたディンリードが、微笑みを浮かべながら祭壇から降りて来て、ゆったりとユエに近づいていく。

 

「アレーティア。どうか信じて欲しい。私は、今も昔も、君を愛している。再び見まみえるこの日をどれだけ待ち侘びたか。この300年、君を忘れた日はなかったよ」

「・・・おじ、さま・・・」

「そうだ。君のディン叔父様だよ。私の可愛いアレーティア。時は来た。どうか、君の力を貸しておくれ。全てを終わらせるために」

「・・・力を、貸す?」

「共に神を打倒しよう。かつて外敵と背中合わせで戦ったように。エヒト神は既に、この時代を終わらせようとしている。本当に戦わねばならないときまで君を隠しているつもりだったが・・・僥倖だ。君は昔より遥かに強くなり、そしてこれだけの神代魔法の使い手も揃っている。きっとエヒト神にも届くはずだ」

「・・・わ、私は・・・」

 

ユエはディンリードの言葉に困惑し、ディンリードはそんなユエを抱きしめようとするかのように腕を広げた。ユエは瞳を揺らし、近づくディンリードを拒絶しない。

ディンリードの微笑みはますます深まっていき、あと少しでユエを抱きしめて迎えようとするところまできた。

 

「さぁ、共に行こう。アレーティ」

 

その直前、

 

 

 

ドパンッ

 

ズパパンッ

 

聞き慣れた銃声と共にディンリードが後ろに倒れ込みそうになり、そこに俺がさらに両手足と首を切断し、四肢と胴体、頭にそれぞれ槍を突き刺して追い打ちをかけた。

ディンリードを銃撃した人物は、言うまでもない。

 

「ドカスが。挽き肉にしてやろうか」

 

後ろを振り向けば、そこではハジメがドンナーを構えたまま額に青筋を浮かべていた。

 

「いや、ハジメ。すでに俺が串刺しにしたんだが」

 

俺もそう言いながら、無造作に腕を振り下ろして、倒れている使徒たちとフリードたちに特大の電撃を浴びせて消し炭にした。

そこでようやく、周囲が我を取り戻した。

 

「ちょ、ちょっと!峯坂君!なんで!?なんで恵里を消し炭にしちゃったの!?」

「そうですよ!あとハジメさんもですけど、ユエの叔父さん相手に何してるんですか!?」

「そ、そうだよ!脈絡と躊躇いがなさすぎるよ!ああ、頭を撃たれちゃってるし、首も斬られちゃってるぅ。あ、あと心臓も貫かれて・・・は、早く再生魔法で・・・」

「か、香織ぃ、急いでぇ!超急いでぇ!どう見ても即死級だけど、貴女ならなんとか出来るかもしれないわ!」

「な、南雲はいつかやらかすと思っていたが、まさか峯坂まで・・・」

 

谷口とシアを皮切りに香織と雫が騒ぎ出し、坂上が失礼なことを言いながら戦慄の表情を浮かべていた。

だが、ティオとイズモは顎に手をやって考え込んでおり、ティアも「さすがにちょっと・・・」みたいな表情になりながらも比較的落ち着いていた。

そして、目の前で叔父を恋人とその親友に惨殺されたユエは、

 

「・・・ハジ、メ?ツルギ?」

 

呆然と目を見開きながら、俺とハジメを交互に見ていた。

そんなユエに、ハジメは油断なくディンリードたちに銃口を向けつつ口を開いた。

 

「ユエが自分で区切りをつけるまでは、と思って黙っていたが、どうもユエが動揺しすぎてあの戯言を受け入れそうだったんでな。強制的に終わらせてもらった」

「俺としては、あんな茶番劇、わりと早い段階でさっさと切り上げたかったんだけどな。結局タイミングはハジメに任せたが」

「・・・戯言?茶番劇?どういうこと?」

 

やはり、突然の出来事で動揺しまくっていたらしいユエは気づいていなかったらしい。

これなら、俺がさっさとやっておけばよかったかもしれない。ハジメも、さっさと殺さなかったことを少々後悔しているような感じだった。

 

「いや、どう考えても穴だらけのめちゃくちゃな説明だったからな。下手すれば、バカ丸出しの天之河と同レベルだったぞ」

「ツルギの言う通りだ。ユエだってもう少し冷静であれば気がついただろ・・・まぁ、身内と同じ姿でいきなり登場されちゃあ仕方ないか」

 

まだ完全に理解できていないようで、俺とハジメから説明を入れた。

まず、隠す必要があったにしても、事を終えてからユエを直接迎えに行かなかったこと自体がおかしい。この招待のタイミングからしても、明らかにユエがオルクスから出てフリードたちと対峙した以降、おそらくは王都侵攻の時にユエの存在を知ったような感じだ。でなければ、その王都侵攻でフリードがユエに敵対感情を丸出しで殺しにかかるはずがない。

それに、数千年前から戦力を集めていたというのなら、解放者の話がでなかったことも明らかに不自然な話だ。少なくとも、氷雪洞窟とオルクス大迷宮の内部を熟知しているというのなら、フリードやリヒト以外にも過去に攻略者がいるはずだし、オルクス大迷宮に“真の大迷宮の攻略”のために偵察に行かせるのもおかしい。

さらに、ハジメ曰く、ユエに対して施された封印処置は徹底的に気配を遮断し、自分も死ぬことで完全に秘匿するという、間違いなく死後のことも考えて作られたもので、封印自体に到底ではないが愛情など込められていないという。

たしかに、口ぶりからして真実も含まれているんだろうが、それはむしろ相手を騙すための常套手段だ。

とはいえ、俺たちはディンリードのことを直接知らないし、300年前の時点でユエを迎えに行かなかった理由もわからない。

だから、俺とハジメ、それぞれでディンリードの言葉の真偽を確かめたのだ。

ハジメにはユエの邪魔をしないという目的もあったから俺から手は出さなかったが、俺としてはかなり早い段階で偽物だと気づいていた。

なぜなら、ディンリードの魂にはユエに似通っている部分は皆無で、むしろ他の薄汚い魂魄しか見えなかった。

普通、魂魄は人の身体と密接に結びついており、調和した状態で体の中心で輝いているものだ。そして、ディンリードの魂魄は中村の死霊術のように、死体に魂魄を憑依させたものだった。

だから、わざわざハジメから手を出すまで待ったものの、躊躇なくディンリードを殺害し、神の使徒やフリードたちも消し炭にしたのだ。

もちろん、ディンリードの魂魄がどこかに封じられている可能性も0ではなかったが、ハジメが撃つまで待った分まで探査した結果、あの体にディンリードの魂魄は一片すらも残っていない。

だから、さっさとぶち殺すことにしたのだと纏めると、他のメンバーもポカンとしながら「たしかに」とうなずき始めた。

ついでに言うなら、今までの話し方も不自然だった。

まるで、インパクトの強い情報を羅列することでごり押しして、無理やりユエを手中に収めようとするかのような、一時的にでも引き込めればいいという口ぶりだった。

 

「そういうことだから、あれの言っていたことには正当性の欠片もない、信じる理由なんて微塵もないってことだ」

「ツルギの言う通りだ。それにな・・・」

 

すると、俺の言葉に続いて、ハジメが未だ苛立ちが収まらないような口ぶりで、

 

「なにが“私の可愛いアレーティア”だぁ、ボケェ!こいつは“俺の可愛いユエ”だ!大体、アレーティア、アレーティア連呼してんじゃねぇよ、クソが。“共に行こう”だの抱き締めようだの、誰の許可得てんだ?ア゛ァ゛?勝手に連れて行かせるわけねぇだろうが。四肢切り取って肥溜めに沈めんぞ、ゴラァ!!」

「「「ただの嫉妬じゃない(ですかっ)!」」」

 

おい、ハジメ。お前はそっちが限りなく本音だろ。俺が丁寧に説明した時間を返してくれ。

まぁ、ぶっちゃければ、ハジメが「娘さんをください」って丁寧に接する光景自体思い浮かべないわけだが。どれだけ相手が好印象でも、「娘さんはいただきました、異論は認めません」ってなるに決まっている。

そういう俺だって、「娘さんはもらいました。認めないならどうぞかかってきてください」を実演したわけだから、あまり強く言えないわけだが。

そして、ハジメの本音を受けたユエは、

 

「・・・ハジメが嫉妬。私に嫉妬・・・ん。嬉しい」

 

未だ敵地とあって若干自制しているものの、あふれる喜びを隠しきれていなかった。

とはいえ、これでユエも正気に戻ったようで、完全に我を取り戻したようだった。

 

「・・・ハジメ、格好悪いところを見せた。ごめんなさい。もう大丈夫だから」

「謝る必要なんてない。ユエの中で、奈落に幽閉される前の出来事がどれほど大きいものか、俺はよく知っているから」

「・・・ハジメ。好き。大好き」

 

あ~あ。またイチャイチャし始めやがった。

 

「お前ら、いちゃつくのは後にしとけ・・・まだこれからだぞ」

 

俺がそう言った直後、パチパチと拍手の音が響いた。

 

「いや、全く、多少の不自然さがあっても、溺愛する恋人の父親も同然の相手となれば、少しは鈍ると思っていたのだがね。まさか、そんな理由でいきなり攻撃するとは・・・人間の矮小さというものを読み違えていたようだ」

「勘違いすんな。こんな真似をする奴がハジメ以外にいてたまるか」

 

思わずツッコミを入れてしまったが、気を取り直して、声のした方に視線を向けた。

そこには、何事もなかったかのようにたたずんでいる、まったく無傷のディンリードの姿があった。




「そういえば、まだイズモのところにもお付き合いの挨拶に行かなきゃいけないんだよな」
「そういえば、そうだな」
「それで、ツルギさんはなんて言うつもりなんですか?」
「ツルギなら、やっぱり誠実に・・・」
「今のところ、『イズモとお付き合いしていただいてます、異論はありませんよね?』で通すつもり・・・」
「南雲君とあまり変わらないじゃない!」
「考えてみれば、私の時も結局は力づくだったわよね・・・」

やっぱりどこか似通っているハジメとツルギの図。


~~~~~~~~~~~


さっくりツルギも虐殺に加担させました。
基本的にハジメの肩を持っていますし、これくらいはね?


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リヒトの真意

ハジメの銃撃と俺の斬撃+串刺しがあったにも関わらず、ディンリードには少しの傷跡も残っていなかった。床に突き刺さったままのゲイボルグがなければ、白昼夢を疑うようなレベルだ。

 

「ったく、随分とタフなんだな。斬った時に傷口がつながらないように細工して、ゲイボルグもしっかりと固定したはずなんだが」

「あの程度で拘束される私ではない。だが、せっかくこちら側に傾きかけた精神まで立て直させてしまいよって。次善策に移らねばならんとは・・・あの御方に面目が立たないではないか」

「・・叔父様じゃない」

「ふん、お前の言う叔父様だとも。ただし、この肉体はというべきだがね」

「・・・それは乗っ取ったということ?」

 

ユエの尋問に、ディンリード、いや、その皮を被った神は口元をニヤーと裂きながら口を開こうとするが、その前に俺が答えを出した。

 

「いや、厳密には死体に憑依したってのが正しいだろうな。降霊術師でも似たようなことはできるんだ。神サマとやらができてもおかしくはない。おそらく、ディンリードがユエを隠したことにエヒトが癇癪起こしてかつての王国を滅ぼしたんだろう。なら、殺したのは十中八九、向こうのご自慢の使徒だな」

「・・・ふん、減らず口を。だが、いいのかね?実は・・・」

「今の言葉も嘘で、ディンリードは生きているかもしれない、ってのはなしな。ありきたりすぎてつまらん。あと、死に際にディンリードがユエを憎んでいたってのもなしな。悪役なら、もうちょっと凝った台詞を考えろよ」

「・・・・・・」

「あぁ、どこに隠れてるかまでは知らんが、そっちの戦力もさっさと出してこい。ハジメの魔眼石は誤魔化せても、俺の天眼は誤魔化せないからな」

 

あの体にも魂魄にもディンリードの魂魄が欠片もないのは確認済みだ。今のユエはともかく、俺にも揺さぶりをかけるなら、もうちょっと頭をひねってほしい。

それに、倒れていた中村やフリードが本人ではなく何かしらのアーティファクトであることも、変成魔法や生成魔法によって識別能力がさらに向上した“看破”によって見抜いていた。だから、遠慮なく消し炭にしたわけだし。

俺の言葉を受けて、神、おそらくはアルヴの表情が消え、スッと片腕を上げた。

俺も両手に双剣を生成しようとした直後、

 

「うぉおおおおおっ!!」

 

後ろにいた天之河が()()()()()聖剣を振り下ろしてきて、それを防ぐために生成した黒剣を天之河の防御にまわさずを得なくなった。

 

「っ」

 

そこに、ユエの頭上から白銀の光が真っすぐと振り落ちて来た。

あれがろくでもないものだと瞬時に察した俺は、ある魔法を行使した。

 

「“堕識ぃ”!」

「“震天”!」

「おおぉぉっ!」

 

その直後、何もない空間から中村、フリード、リヒトが現れ、中村はユエに、フリードはレミアとミュウに、リヒトは俺に向けてそれぞれ魔法や攻撃を放った。

 

「お返しだ、イレギュラー」

「駆逐します」

 

さらに、アルヴがお返しと言わんばかりに特大の魔弾を放ち、神の使徒数十体が一斉に俺たちに襲い掛かってきた。

ハジメは苦虫をかみつぶしたような表情になるが、俺は即座にハジメに目配せした。

すなわち、「ここは俺に任せてユエをどうにかしろ」と。

ハジメは「なに?」と一瞬眉を寄せるが、その答えはすぐに出た。

なぜなら、中村とフリードの魔法も、俺以外を狙った神の使徒の攻撃も、すべて明後日の方向へと飛んでいったから。

例外は、俺を狙ったリヒトの拳と数体の神の使徒の双大剣、アルヴの魔弾、そして、ユエの頭上の光だけだ。

 

「ちっ、“二倍加速(ダブルアクセル)”!」

 

俺は舌打ちしながらも、即座に再生魔法で俺の時間を少しの間2倍に加速させ、白剣を神の使徒の隙間を縫うように投擲、包囲網を抜けた先で白剣を基点に転移し、アルヴの魔弾を神の使徒が現れた空間に向けて逸らした。

そこで、ハジメたちも行動に移るが、今度こそ神の使徒や中村たちの意識はしっかりとハジメたちを捉えており、それぞれハジメたちの足止めに動いた。

ハジメたちも、ユエの頭上の光に対応するだけの余裕がない。

せめて俺がユエを突き飛ばせればと体勢を整えるが、

 

「はあぁっ!」

「くそっ」

 

俺の転移先を予測していたリヒトが、俺のすぐ近くにまで迫っていて、そっちを対処せざるを得なかった。

せめて、ユエがその場から逃げれればと、一瞬だけユエの方に目を向けたが、俺の視界に移ったのはティオともども中村の“堕識”によって一瞬呆けてしまい、動けないでいるところだった。

ティオも中村の跳び蹴りによって吹き飛ばされ、まずいと思ったときには手遅れだった。

 

ユエは、光の柱の中に閉じ込められてしまった。

 

「ユエっ!」

「ユエさん!」

 

ハジメとシアが、思わずといったように焦燥に駆られた声音で叫び、俺も対処できなかったことに歯噛みした。

昇華魔法“蜃気楼”。位置情報を強引にずらすことことによって対象の攻撃を外させる魔法だったが、下手に刺激しないために十分な準備ができなかったことに加え、クラスメイトたちやミュウたちにも使ったせいで、効果が不十分だった。

結果的に、天之河の攻撃を防ぐために動いた俺は効力が切れてしまい、神であるアルヴと神の力によるものだろう光の柱は誤魔化すことすらできなかった。

もっと言えば、安全をとるためにかなり強引な方向に捻じ曲げたから、同じ手は警戒されて使えない。

というより、半端な援護自体、目の前のリヒトが許さないだろう。

 

「もうすぐ、私の悲願が叶うのだ。大人しくしてもらうぞ!」

「悪いが、そんなことも言ってられないんだよ!」

 

ユエに降り注いでいる光がロクでもないことくらい、すぐに想像できる。なんとかして、ユエを救出しなければならない。

 

「ちっ。できれば、こいつは使いたくなかったんだがな」

 

俺はそう呟きながら、自分の宝物庫の中から赤黒い刀身の短剣を取り出した。

リヒトは、俺が取り出したものを一目で理解したらしく、興味深そうにつぶやいた。

 

「ほう、毒か。それも、魔物の魔力を使った」

「ご名答。ついでに言えば、さらに強化したものだがな」

 

1人で表のオルクスに潜っていたころ。食料調達のために魔物の肉から魔力を抜いて食べていたが、抜いた魔力をそのまま捨てるほど俺は考えなしではなかった。

なにせ、魔物の魔力は人間には劇毒だ。使わないのはもったいないだろう。

このナイフは、抜いた魔物の魔力を剣製魔法によって液状にしてとっておいたものを圧縮・硬化させ、刃にしたものだ。

使う機会がなかった分、神代魔法によってさらに強化された毒は、人間相手であればほんの少し斬られただけで死に至るし、それなりの量を流し込めばおそらく使徒も殺せるはずだ。

もちろん、俺としてもこんなものを開発し、使うのは気が引けたが、戦争であれば武器は多ければ多い方がいいと割り切っていた。

まさか、こんなところで使うことになるとは思わなかったが。

リヒトと言葉を交わしながらちらりと周囲を確認すると、ミュウとレミアさんはハジメのクロスビットによる結界である程度の安全を確保できたものの、アルヴによってさらに魔物と使徒、魔人族、人間族が召喚されていた。人間族はおそらく、中村によってさらなる強化が施された傀儡兵だろう。

ハジメはユエの救援に向かい、ティアとイズモもハジメを援護するように動いているが、使徒の妨害にあって思うように動けないでいるし、シアは愛ちゃん先生たちを守るのに、ティオ、雫、坂上、谷口も大勢の魔物や魔人族、傀儡兵に囲まれており、身を守るのに精いっぱいといった感じだ。ティアとイズモも、ハルツィナ樹海で似たような相手との戦闘は経験済みだが、使徒と実際に戦うのは初めてなこともあって攻めあぐねている。

そして、香織はなぜか天之河から襲われており、状態異常回復の魔法も通用していないようだった。

パッと見た限りは、天之河の意識が誘導されているようにも見えた。おそらく、中村によって()()()()()“縛魂”され、中村の思う通りの天之河にされた、というところか。

とはいえ、この状況を把握するのに使った時間は0.5秒。それがリヒトを目の前にしてとれる最大限の時間であり、分析する時間はなかった。

さらに、使徒が何体か俺のところに来た。

この状況は、かなりやばい。

 

「“禁域解放”!」

 

俺は即座に昇華魔法を発動して、一瞬だけ自分のステータスを10倍にまで引き上げ、魔力爆発でリヒトや使徒を吹き飛ばし、

 

「“魔導外装・展開”、“接続(コネクト)”!」

 

俺の奥の手である“魔導外装”を一瞬で展開・接続まで済ませた。

 

「“魔剣・虹玉(こうぎょく)”!」

 

さらに、昇華魔法による強化を3倍にまで落としてから、全属性の魔剣を、各属性ごとに10本ずつ生成、俺の周囲を円状に回転させるように展開した。

このまま俺もユエの救出に向かおうとするが、

 

「行かせません」

 

俺の魔力爆発の範囲外にいた別の使徒が分解の光を纏った双大剣で俺の魔剣を片っ端から消滅させていった。

元々手数重視の武器、耐久力は度外視だ。さすがに使徒の分解に耐えれるとは思っていない。

 

「いや、行かせてもらう」

 

俺は毒短剣を腰のホルスターに納め、再び白黒の双剣を両手に、今度は俺も分解を付与して突っ込んだ。

使徒は俺を迎撃しようと双大剣を振るうが、俺は小刻みにステップを刻むことで動きに緩急をつけ、無数の残像を魔力を使わずに生み出すことで使徒の目をかいくぐりながら首を切り飛ばしていく。

ハジメのいるところまで、あと30m。

 

「っ、止まりなさい!」

「“三倍加速(トリプルアクセル)”!」

 

さらに10体の使徒と魔物の大群が俺に向かってきたが、俺の時間を3倍に加速させて隙間を潜り抜けながら首を斬り落としていく。

ハジメのいるところまで、あと20m。

 

「止まりなさいと言っているのです!!」

「“千断・斬”!」

 

もはや連携もなく、壁となって使徒が俺の道を塞ごうとしたが、空間を直接斬ることで使徒を両断して突破した。

ハジメのいるところまで、あと10m。

ここまでくれば、もう十分だ。

 

「“震天・(つらぬき)”!」

 

空間の振動を一点に集中して威力と貫通力を増大させた“震天”を、アルヴとフリードにむけて放つ。

フリードは飛びずさることでこれを回避し、アルヴはハジメの壁になっているティオへの攻撃を中断して障壁を展開することでなんなく防いだ。

だが、これでいい。

 

「行け、ハジメ!」

「おう!」

 

俺の呼びかけにハジメは力強く応え、数体の使徒を粉砕してとうとう光の柱にたどり着いた。

 

「ユエっ!!」

「ッ!!」

 

ハジメの呼びかけにユエは口を開くが、声はでない。肩で息をしていることから、そうとう魔法を行使したようだ。表情に焦燥と苦痛を浮かべ、時折何かを振り切るように頭を振っていることから、もう余裕がないのは明らかだ。

 

「ぶち壊してやるっ」

 

ハジメはパイルバンカーを取り出し、光の柱に当てた。

阻止しようと飛んできた使徒は、俺がハジメの後ろに転移して迎撃することで時間を稼ぐ。

そして、ハジメのパイルバンカーのチャージが完了し、引き金を引いた。

 

ゴガァアアアアアアアン!!!

 

凄まじい轟音と共に、パイルバンカーが光の柱を貫いた。

ここで、俺は疑問を覚えた。

なぜ、ユエの魔法でも傷一つつかなかったのに、今になってあっさりと貫通を許したのか。

そして、なぜこの局面になって、アルヴは余裕の表情を崩していないのか。

 

「・・・まさかっ」

 

その答えに行きついた瞬間、ハジメがさらに“豪腕”と“振動破砕”の合わさった義手の拳によって、光の柱を完全に破壊した。

地上へと降り注いでいた光は氾濫したように荒れ狂い、光の粒子を撒き散らしながら、一時的に周囲からハジメとユエの姿を隠してしまう。

かろうじて、ハジメの傍にいたおかげでなんとかハジメとユエの姿を見ることができた俺は、ユエを視た。

 

「っ、ユエ!」

 

ハジメも嫌な予感がしたのか、必死にユエに向かって呼びかける。

 

「ユエっ」

「・・・ここにいる」

 

何度目かの呼びかけに、ユエはようやく応え、ハジメの胸の中に飛び込んだ。

だが、俺はわかってしまった。

ユエが、すでに違う何かに乗っ取られていることに。

 

「よかった。ユエ、なんともないか?」

「・・・ふふ、平気だ。むしろ、実に清々しい気分だ」

「あ?ユエ?お前・・・ッ」

 

ハジメも途中で気づき、急いで距離を取ろうとしたが、少し遅かった。

至近距離から、ユエの細腕がハジメを貫こうとし・・・

 

 

 

 

「・・・これでいいんだよな?()()()

 

 

 

 

その直前、俺はハジメとリヒトを空間魔法で入れ替えた。

 

「がはっ」

 

ハジメと位置を入れ替えたことで、ユエの細腕はハジメの代わりにリヒトの腹を突き破り、代わりにリヒトは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「えっ、父さん!?」

 

光の奔流がやみ、俺たちの姿を見て1番に反応したのはティアだった。

他の面々も、何が起こっているのかわからずに困惑している。

特にひどいのは、フリードだ。

 

「なっ!?リヒト、貴様!なんのつもりだっ!!」

 

フリードの表情は、まさに弟の愚行に怒り狂っているようにも見える。

それについて答える前に、俺は飛びずさって使徒の隣に立ち、リヒトと位置を入れ替えて再生魔法によって傷を治した。

身代わりに使った使徒は、入れ替えた直後に業火に呑まれて消し炭になった。

 

「・・・どういうことだ?」

 

心臓を刺されたユエ・・・いや、エヒトは、細めた目でじっと俺とリヒトを見据える。

これに俺は、簡単に答えた。

 

「本当に神殺しを為そうとしていたのはリヒトだった。それだけの話だ」

「なっ!だが、貴様らはそんなこと、少しも話していなかっただろう!!」

 

俺の返答に、フリードが理解できないといったようにまくし立ててくる。

俺はどうしたものかと一瞬眉をひそめたが、ハジメやティアたちも気になっているようだったから、説明することにした。

 

「最初に違和感を感じたのは、王都侵攻の時だ。あの時のリヒトは半端ない殺気を放っていたが、よくよく探れば殺意や敵意は微塵も感じなかった。ついでに言えば、アルヴのことについて一言も言及していなかった。この時点で、リヒトの目的が別にあると疑った。確信を持ったのは、氷雪洞窟の書庫だ。あそこは魔法とかの技術書や美術に関する資料なんかは大量にあったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。オルクスの書庫には歴史書が充実していたことから、オスカーに対抗意識を持っていたらしいヴァンドル・シュネーの氷雪洞窟の隠れ家にないのはおかしい。ここで、リヒトの目的が神殺しであることを完全に察した」

「そっ、それだけでは不十分だろう!!」

「考えてみれば、ティアの件に関しても不自然だった。グリューエン大火山で会った時点でも、人間族軍の横やりが入った程度で逃がすなんて考えづらい。わざと見逃したんだろうって考えに思い至ったのも、そのことに気づいてすぐだ。おそらく、ティアに施した魔物化の実験は、エヒトの器を人為的に作る目的もあったんだろう。魔石を埋め込んだ後も変成魔法をかけ続ければ、魔法の適性も上げることができるだろうからな。そのことに気づいたリヒトは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あわよくば、神殺しに足る人物を味方につけることも見越してな」

 

俺の解説に、ハジメたちは「え?マジで?」みたいな表情で顔を見合わせ、ティアは思わずリヒトの方を見て涙を流し、イズモと雫が慰めていた。

それでも、フリードはまだ納得できないようで、疑問をぶつけてくる。

 

「だ、だがっ、お前たちは間違いなく本気で殺し合っていた!」

「そりゃあ、そうだ。リヒトに負ける程度じゃ、とうてい神に勝てるはずもないしな。それに」

 

そう言って、俺はちらりとティアを振り返り、

 

「曲がりなりにも、ティアを奪った身だ。本気の殺気には本気の殺し合いで挑むのが筋だろう?」

 

そんなわけあるかっ!と雫やクラスメイト達からツッコミの念が送られたが、気づかないふりをした。

ハジメもうんうんとうなずいてシアたちから呆れた視線を向けられていたが、それも見えないふりをした。

フリードはようやくリヒトの神殺しの意志が本当であると理解したようで、血走った目でリヒトをにらみつけるが、ふと何かに気づいたかのように余裕の表情を取り戻した。

 

「ふんっ、だが、短剣で刺した程度で、神が死ぬはずがないだろう?」

「いいや、殺せる。そいつは、俺特製の毒だからな」

 

そう言った直後、エヒトの方からカランと音が鳴った。

見れば、短剣の柄だけがエヒトの足下に落ちていた。

 

「その短剣は、魔物の魔力を元に作った毒でできている。魔物の魔力が人間に毒なのは、魔力の流れが比較にならないほど速いからだ。魔物には、それを制御するために徐々に魔石が生成されるが、魔石を持たない人間は魔力の流れを制御できずに体組織を破壊され、絶命する」

 

このことは、すでにこの世界で仮説の1つとして存在するものだ。俺が今説明したのは、それが正しいということだけ。

だが、ここからが重要だ。

 

「この魔物の魔力を使った毒の肝は、()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。体という器を破壊されたら、器をなくした魂魄は数分で消滅する」

 

これも、魂魄魔法を習得した俺やハジメたちならすでに知っていることだが、そこで気づいたようだ。

俺の考えた神殺しというのを。

 

「それは、神であろうと同じだろう?」

 

ついさっき、アルヴが言っていた。地上で活動するには、相応の器が必要であると。

逆に言えば、器がなければ神であろうと地上では消滅しうるということだ。

 

「すでにお前の魂魄は捉えたし、今まで集めた魔物の魔力の毒はすべてお前の中に注ぎ込んだ。たとえ途中で逃げ出そうとしても、俺が逃がさないぞ」

 

俺がそう言うと、フリードや他の魔人族が焦燥の表情を浮かべ、ついで怒りに満ちた顔でエヒトが逃げる時間を稼ごうと動き出そうとした。

 

「ふふふ、ハハハハハハ!!」

 

その直前に、エヒトが笑い始めたことで、魔人族の動きも止まる。

そこで、俺もようやく気付いた。

エヒト、厳密にはユエの身体が、微塵も崩壊していないことに。

 

「その程度で、この我を殺せると思っていたのか?この程度の毒に適応できるように改造することなど、造作もないことだ」

 

そう言って、エヒトは自信の指を傷つけ、傷口から赤黒い液体をまるで意思があるかのように操作しながら取り出し、そのまま地面のシミにした。

 

「我ながら、お前を殺せてユエも助け出せる、一石二鳥の手だと思ったんだがな」

「残念だったが、まだ足りぬなぁ、人間?」

 

少し悔しそうに頭を掻く俺に対し、エヒトは盛大に口元に嫌らしい笑みを浮かべて煽ってくる。

やっていることからしても相当性格がねじ曲がっているだろうと思っていたが、実物はさらにうざいことこの上ないなぁ。

そう思っていたのだが、急にエヒトの態度が変わった。

浮かべる笑みや心底見下しているような声音は変わらない。だが、確実に何かが変わった予感がした。

 

「だが、そうだな。人間に我を殺せなくとも、貴様は別であろうな?」

 

そう言って、真っすぐに俺を見据え、衝撃的なことを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、神の末裔よ?」




しばらくは、小話は無しですかね。
全力のシリアスにネタをぶっこむのは、自分にはできませんでした。
前回?あれはまだセーフです。

さて、今回は2つほどぶっこんでみました。
一応、伏線と言えるかどうかわからない伏線はあったので、それを回収した形になりますが。
剣君のことに関しては、次回をお待ちください。


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剣の折れる時

「ツルギが神の末裔?どういうことだ?」

 

なんか気配が変わったと思ったら、いきなりとんでもないことを言われた。

疑問の声をあげたのは、使徒に囲まれながらもエヒトに訝し気な視線を送っているハジメだ。

問いかけられたエヒトは、あからさまに見下したような表情になりながら口を開いた。

 

「なんだ、知らなかったのか?まぁ、人間からすれば、数千年も前のことなど、誰の記憶にも残らぬのだろう。かの“解放者”とかいう輩のようにな」

 

たしかに、ハジメもユエからの最初の説明では“解放者”のことを“反逆者”と言われ、今ではそのことに関する書物すら残っていない。フェアベルゲンの口伝も、どちらかと言えばかなり曖昧な方だった。

こればっかりは、否定することでもないだろう。

 

「そうだな。なら特別に、お前たちにこの世界のある男の話をしてやろう」

 

エヒトはそう前置きして話し始めた。

 

「今から数千年前、解放者と同じ時代に、1人の男がいた。名をシュヴェルト・ノーマン。山奥で妻子とともに暮らしていた。

その男は、生まれつきある魔法を使えた。何もないところから、武器や道具を生み出す魔法だ」

「まさか・・・」

 

ティアの呟きに、エヒトはニヤリと口元を歪め、

 

「そう、お前たちで言う剣製魔法だ」

 

エヒトの言葉に、周囲にどよめきが走った。

日本組はクラスメイトはもちろん、ハジメたちも驚きを隠せず、シアたちトータス組もあからさまに動揺していた。

だが、俺はこのあたりでいろいろと腑に落ちた。

 

「なるほどな・・・話が見えてきたぞ」

「ツルギ、どういうことだ?」

 

ハジメの問い掛けに、俺はハジメたちに言っていなかったことを口にした。

 

「ハジメたちにはまだ言っていなかったが、真のオルクス大迷宮を攻略した時、俺は神代魔法だけではなく、剣製魔法についての深奥も理解したんだ」

「なっ、マジか?!」

「あぁ。そして、仮にシュヴェルトが俺の先祖なのだとしたら、神の末裔というのも頷ける」

「教えろ、ツルギ!剣製魔法の深奥ってのは、なんなんだ!」

 

ハジメの質問に、俺は一拍置いてから口にした。

 

「剣製魔法の本当の力は、魔力の変異と変質。簡単に言えば、魔力からあらゆるものを創造できる。武器はもちろん、食料や生命、果ては概念すらも、剣製魔法によって生み出すことができるんだ。もちろん、形のあるものは、固形化した魔力なんていう紛い物じゃなく、そのまま物質として現れる。要するに、万物創造の魔法ということだ、剣製魔法はな」

 

俺の説明に、今度こそハジメたちは絶句した。

だが、それもそうだろう。ハジメとユエが死に目に遭いながらも習得した概念創造を、それこそ俺は他の神代魔法を用いなくても剣製魔法1つで成しえるのだから。

まさに、神の力と言っても過言ではない。

俺の説明に、エヒトは満足げに拍手しながら口を開いた。

 

「ついでに言えば、その男の魔力は銀であった。銀や金、特殊な輝きを持つ魔力は、神の器を持つ者の証。まさしく、生まれながらの神であったのだ。それは、貴様も同じであろう?」

 

たしかに、俺の魔力の紅はハジメと比べて薄く、何か他の色が混じっているようでもあった。

そして、よくよく見れば、俺の紅の魔力に混じっていたのは、銀の魔力の粒子。俺自身にも、神の資質が受け継がれているということだ。

だが、次にはエヒトの表情が心底理解できないというようなものに変わった。

 

「だから私は、使徒を遣わして『私の眷属にならぬか?』と誘ったのに、あの男、何と言ったと思う?『自分には今の暮らしがあるだけで十分だ』と言って、私の誘いを断ったのだ!私の眷属になれるなど、この世界の人間からすればこれ以上にない幸せだろうに、まったく理解に苦しむ」

 

俺たちからすれば、むしろ「ナイス!」って感じだけどな。

こんな屑の眷属とか、人生終わってるし。

だが、そんな屑が相手だったからだろうか。

 

「だから私は、あいつの言う暮らしを壊してやったのだ。家を焼き、妻子を殺すという形でな」

 

シュヴェルトに降りかかったのは、あまりにもむごい報復だった。

 

「あいつの言う暮らしを壊してやれば、大人しく私の言うことを聞くだろうと思ったのだがな、結局、使徒を殺して逃げてしまったのだ。ずいぶんと怒り狂ってな」

 

このことを、本気で心底理解できないと思っているあたり、エヒトがどれだけ屑なのかがよくわかる。

 

「その後、あの男は一時期解放者の手を借り、剣製魔法の深奥に手をかけ、単身で私のいる領域に踏み込もうとしてきたのだ。だが、あの時は無理やり別の世界に転移先をずらしたのだが、その後になってもったいないことをしたと思ったよ。なにせ、わざわざ口説かなくとも、殺してから人形にすればよかったのだから。結局、気配を隠されて見つけることもできなかったしな。まぁ、まさか貴様らの世界にいたとは思わなかったが」

 

なるほど。これでベヒモス戦のときの急激なパワーアップにも合点がいった。

おそらくは、俺はシアのような先祖返りで、この世界に来て本格的に魔法の素質に目覚め、かつ魂の奥底から魔力をひねり出そうとした結果、俺の魂に刻まれていた剣製魔法が使えるようになった、ということか。

そう考えていると、エヒトの顔に再び愉悦の表情が浮かんだ。

 

「だが、こうして末裔と会えるとは、僥倖と言うものだ。しかも、貴様は先祖返りでもあるな?その力、かつてのシュヴェルトに匹敵している」

 

そう言って、エヒトは俺に手を差し伸べ、

 

「どうだ、私と手を組むつもりはないか?私と共に来れば、真に神としての力を振るうことができるぞ?」

 

そう告げられて、俺は道理でと思った。

なにせ、先ほどから俺に襲い掛かってくる神の使徒から、微塵も俺を殺す意思を感じなかったからだ。おそらく、ここで俺を勧誘するために、わざわざ生け捕りにするように命じていたのだろう。

 

「それに、私の近くにいれば、私を殺す機会も、この体を取り戻す機会も多くなるだろうなぁ。うん?さぁ、どうするのだ?」

 

どうやらエヒトは、合理的に考えて、俺にもそれなりにメリットがあるからと、この話に乗ってくると確信しているのだろう。

たしかに、エヒトの近くにいた方が都合がいいことは、いろいろとあるだろう。エヒトが言ったことも、あながち的外れではない。

その上で、俺は即答した。

 

 

 

 

「断る」

 

 

俺の返答に、ハジメたちはやっぱりなとうなずき、クラスメイト達や姫さんもホッと胸をなでおろした。

対してエヒトは、自分の思い通りにならないことが気に入らないのか、理解に苦しむといったように眉をしかめる。

 

「なんだ、貴様も仲間だの恋人だのと、そのようなくだらないことのために断るのか?まったく、今までと比較にならない力を手に入れることができるというのに・・・」

「あ?何言ってるんだ?それ以前の問題だろうが」

 

たしかに、ティアやハジメたちのこともある。

だが、もし万が一億が一、ティアやハジメがいなくても、まず大前提として、

 

「何が悲しくて、自分からバカと変態しかいないところに行かなきゃいけないんだ。一つまみの良心が残っているブルックの方が、まだ断然マシだぞ」

 

そう、エヒトのところにはまともな奴がいない。

エヒト自身、暇つぶしに戦争起こして喜ぶ変態だし、それに追従しているアルヴも同類の変態だ。

それに、もし魔人族や中村、天之河もエヒトについて行く場合、神様というワードだけで興奮して自ら死ねる変態共と天之河という存在だけで興奮するヤンデレの変態とご都合主義100%の人の話を聞かないバカが追加されることになるのだから、ブルックよりも手に負えない。

そんな地獄というのも生ぬるい魔境に、どうしてわざわざ真面目な俺が1人でがんばらなきゃいかんのだ。

馬鹿ばかりの環境に常識人1人の環境がどれだけ大変か、俺は身をもって知っているんだぞ。

 

「・・・貴様、生意気な口を・・・」

「なんだ、自覚がなかったのか?だったら、かわいそうな奴と言い直した方がいいか?それくらいしか趣味がないんだからな」

 

俺のあんまりと言えばあんまりな、だが割と正論な言葉に、背後でハジメが噴き出しそうになっているのを堪え、その他のメンバーが「ここできっぱり言うのはちょっと・・・」みたいな複雑な表情をしており、リヒトを除いたほぼすべての魔人族が瞳に今までで一番の殺気を宿している。

そして、エヒトは俺の言葉に憤るでも反論するでもなく、額に手を当てながらため息をついた。

 

「・・・まったく、貴様たちは一族揃って目に余る。よくもまぁ、そのような減らず愚痴を叩けるものだ。なら、仕方あるまい。予定通り、貴様を殺して人形として利用することにしよう」

 

そう言うと、すべての使徒の殺気が俺1人に向けられた。

どうやら、今度こそ全力で俺を殺しにかかるようだ。

だが、甘い。

 

「悪いが、おとなしく殺される筋合いはないぞ?それに・・・こっちの準備もできた」

 

そう言って、俺は話が始まってから準備していた魔法を行使した。

魔導外装が強く輝き、()()魔力の奔流が生じる。重力魔法によってこの世界の魔力を一点に集中させ、剣製魔法を発動した。

行使するのは、概念創造の力。

エヒトを倒しうる概念を、今ここで作り出す。

もちろん、使徒や魔人族がそれを許すはずもなかったが、魔人族はそもそもこの魔力の奔流に近づくこともできず、神の使徒もハジメやティア、リヒトたちが俺を守るように迎え撃つ。エヒトとアルヴは、余裕からか手を出さずに静観している。

その余裕を崩す意思も込め、俺はさらに魔力を収束する。

ここで用意できる、最も強い概念。それを創造し、武器の形に変えていく。

そして、魔力の奔流が収まった頃には、俺の前に1本の日本刀が浮かんでいた。

 

「・・・“無銘”」

 

俺は刀の名を呟き、柄を握った。

次の瞬間、俺に襲いかかろうとしていた使徒は、1人の例外もなく俺から即座に距離をとった。

まるで、本能で死を直感したかのように。

 

「っ、あり得ません!」

 

その事実を受け入れられなかったのか、1体の使徒が双大剣に分解の力を纏わせて俺に突撃してきた。

 

「はぁっ!」

 

対する俺は、向かってくる使徒に1歩踏み出し、“無銘”を一閃した。

振るわれた“無銘”は、何の抵抗もなく、バターを切るかのように大剣を両断し、使徒の首を斬り落とした。

他の使徒も動揺をあらわにするが、今度は障壁を展開して隊列を組みながら俺に襲い掛かってきた。

それも、ハジメたちが迎撃する前に俺が前に跳びだし、障壁ごとまとめて使徒を斬り伏せた。

ハジメたちも、使徒の強靭な守りを容易く切り裂く俺の刀に驚きを隠せていない。

だが、エヒトはこの刀の力を理解したようで、高笑いしながら正体を告げた。

 

「ハハハハハ!よもや、“斬る”という概念を()()()()()()()()()()完成させるとは!面白いことをするではないか!」

 

エヒトの言う通り、俺が組み上げた概念は「斬る」というものだが、それに俺自身を組み込むことでさらに補強したものだ。

「斬る」という概念では、エヒトを殺すのに足りない可能性があった。

だから、そこに俺の在り方を概念に昇華させて組み込むことで、“無銘”をさらに硬く、鋭く研ぎ澄ませた。

結果、たとえ障壁を展開しようが分解を纏おうが関係なしに切り裂く切れ味を手に入れた。

 

「さっきは詰めを誤った。だから、ここで確実にお前を斬らせてもらう」

 

俺は切っ先をエヒトに向け、宣戦布告をした。

対するエヒトは、あくまで余裕の表情を崩さない。

 

「ふん、たしかに、この土壇場で神の力を開花させたようだが・・・果たして、お前にできるかな?エヒトの名において命ずる、“動くな”」

「「「っ!?」」」

 

エヒトがそう言った直後、ハジメたちの身体が標本のように固定された。まるで、エヒトの命令に為すすべなく捕まってしまったようだ。

だが、

 

「やってやるさ。()()()なめんなよ」

 

俺は“無銘”を一振りして構えた。

 

「ふむ、“神言”では足止めにもならぬか。神たる私の命令に従わぬとは、なんとも不遜なことよ」

「何を言ってるんだ?お前の場合、神様の真似事をしているだけだろう?」

 

俺の挑発に、エヒトは眉をピクリと動かしたが、気にせずに次の攻撃を仕掛けようとしてきた。

その寸前、

 

「っ、オオオォォアアアアア!!」

 

裂帛の気合とともに、ハジメが拘束から逃れ、エヒトに向かってドンナーを放った。

だが、ドンナーの弾丸はエヒトの前で停止してしまい、傷はおろか、触れることすらできなかった。

 

「これはこれは、私の“神言”を自力で解くとは。さすが、イレギュラーといったところか」

 

エヒトは関心の表情を浮かべ、ハジメも弾丸を防がれたものの、微塵も衰えない戦意を瞳に宿してエヒトのところに近づこうとした。

だが、

 

「ハジメ。手を出すな」

「ツルギ?」

 

それを、俺が制止させた。

 

「これは、俺の戦いだ」

 

あくまでこれは、俺自身の戦いだと、ハジメに手を引かせる。

これにエヒトは、嘲りを隠そうとせずに笑い飛ばした。

 

「ふ、ハハハハハハ!!これは滑稽だ!よもや、この私を1人で倒すと言うのか!その身の程を弁えない愚かさも、ここまでくれば笑いものだな。だが、本気で私に勝てると、そう思っているのか?」

「当たり前だろう。それに、これは余裕でもない。そっちの方が都合がいいからだ」

 

この“斬る”という概念は、俺の斬りたいものだけを斬ることもできるから、同士討ちになるようなことはない。

だが、仲間を斬らないように気を付けるより、仲間を斬る心配をなくした方が思いきりやれる。

それに、エヒトの体はあくまでユエであり、身体能力はそれほど優れていないはずだ。

現に、武器を持つ仕草もなければ、動く気配すらない。

エヒトに接近戦に持ち込める俺からすれば、ハジメたちにはその場から動かないでもらった方がやりやすい。

それになにより、

 

「今ここで、お前の命に届きうるのは俺だけだ」

 

今ここにいるメンバーでエヒトと真っ向から対抗できているのは、シュヴェルトの力を開花させた俺しかいない。

ハジメは自力でエヒトの“神言”・・・おそらくは、魂魄魔法による無意識領域への洗脳だろうが、それを解除できたとはいえ、肝心の攻撃は届いていない。

だったら、ここで俺がやるしかない。

 

「ツルギ!待って!」

 

後ろから、ティアの悲痛な叫び声が聞こえてきた。

だが、未だにエヒトの神言を解けずにいる。必死に抗っているとはいえ、ティアが拘束から逃れるには、まだ時間がかかるだろう。

 

「ティア、心配すんな。すぐに終わらせる・・・“禁域解放”!」

 

俺はティアを一瞥して言い聞かせてから、昇華魔法による疑似限界突破ですべてのステータスを10倍に引き上げ、“無銘”を握って居合抜きの構えをとった。

 

「“紫電一閃”!」

 

そして、俺を中心に強力な電磁波を発生させ、レールガンと同じ要領で俺の体を射出した。

俺の体にとてつもない負担をかける、自爆もいいところの特攻だが、その分、俺の攻撃の中では最速だ。

それに、俺に神言は効かないし、障壁で防ごうとしても“斬る”概念によって意味をなさない。

避けることも、防ぐこともできず、反応することすら許さない、神速の一撃。

これなら、確実にエヒトを・・・

 

 

 

 

 

 

「言ったであろう?貴様に私は殺せない、と」

 

「んな・・・」

 

届いたと思った俺の一撃は、エヒトの首に届く前に刃の腹を摘ままれて止まっていた。

 

「私が、魔法しか使えないと思っていたか?これ程度なら、刃に触れずに摘まむことくらい、容易いことだ。そして・・・」

 

そう言って、エヒトは刃をつまむ指に力を込めた。

まずい、と思ったときには遅く、“無銘”はあっさりと砕かれた。

 

 

バキンッ!

 

「がはっ!」

 

“無銘”が砕かれたと同時に、俺は吐血して思わず膝をついてしまった。

なんとか距離をとろうとするが、尋常でない胸の痛みに立ち上がることすらままならない。

 

「自らを概念に組み込むということは、その武器のダメージはすべて使用者のお前に返ってくるということでもある。よっぽど自らを鍛えてきたのだろうが、所詮は鈍らだったな」

「くそっ、ツルギ!」

 

ハジメもやばいと察し、俺の元に駆け付けようとするが、

 

「エヒト()()()()の名において命ず、“平伏せ”」

「がっ!?」

 

先ほどと少し違う名前の“神言”によって、ハジメの体は地面に縫い付けられた。それこそ、先ほどよりも強大な力によって。

それでもハジメはすぐに束縛を解こうとするが、遅かった。

 

「さらばだ、神に成り損なった、愚かな人間よ」

「ダメェエエーーーー!!」

 

ティアが悲鳴を上げるが、それが届くことはなく、

 

 

 

 

 

 

エヒトの腕が俺の胸を貫き、俺の心臓を握りつぶした。

 

 

 

そこで俺の意識は、永遠の闇に閉ざされた。




2話連続でぶっこみました。
それはもうぶっこみました。
わりと最初の方から構想していた展開が、ようやく形になったって感じです。
この後どうなるかは、次回をお楽しみに。

あと、エヒトの1人称って原作だと「私」だったんですね。
なんか、こう、神様の1人称って「我」ってイメージが強かったので、前話のも直しておきました。


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魔獣の産声

「ふん。神の力を開花させたとはいえ、所詮は人間の領域。私に敵うはずもなかったか。まったく、無駄な努力であったな」

 

ツルギの心臓を握りつぶしたエヒトは、つまらなさそうな表情で腕を引き抜き、その拍子に落ちたティアとペアルックのペンダントを視線も向けないで踏みつけにした。

ツルギが殺されるのを、ハジメたちは見ることしかできなかった。

だが、仮に神言による拘束がなかったとしても、果たして何ができたか。

それほどに、先ほどのツルギの一撃は何よりも速く、鋭いものだった。ともすれば、ハジメのドンナーを上回るほどの。

にもかかわらず、エヒトはあっさりと受け止め、逆にツルギの心臓を握りつぶした。

クラスメイト達は何が起こったのかわからないといったように呆然としており、ハジメやイズモたちは一刻も早く拘束を解いてツルギの遺体を取り戻し、魂魄魔法で蘇生しようともがき、リヒトも拘束を解くために力を集中していた。

 

「いや、いや・・・」

 

その中で、ティアだけは他と違った。

その表情は絶望の色で塗りつぶされ、涙を流しながらうわ言のように「いや」と呟くだけ。

だが、それは最初だけの話。

 

 

 

 

 

 

「イヤアアアァァァーーーーーー!!!!!!」

 

 

 

 

 

次の瞬間、ティアの悲鳴と共に、先ほどのツルギと同等の魔力の奔流がティアを中心に巻き上がった。

その色は、本来の翠色ではなく、どす黒い赤。あり得ないはずの色の魔力の奔流は、ティアの身体を覆い尽くしていき、外から見えないほどに膨れ上がった。

さらに、その奔流はエヒトの神言すら弾き飛ばし、ハジメやイズモたちも動けるようになったが、ティアに起こっている現象がわからないでいる。

だが、ハジメだけは魔眼石によって、ティアの身体に起こっている異変に気が付いた。

 

(こいつは、“悪食”と同じ・・・!)

 

ハジメから見たティアの体は、すべてが赤黒い魔力で満たされており、本来の翠の魔力はどこにも見当たらない。

そして、ティアの心臓部にある魔石がティアの身体を侵食していっているのを確認して、そこでハジメは戦慄を覚えた。

つまり、今のティアは、自らの身体を本当に魔物のように変化させているのだ。それも、フリードが強化したような魔物ではなく、それこそ“悪食”のような規格外の化け物のように。

もちろん、ハジメもユエが奪われたことに対して、今までにないくらいの怒りの感情が渦巻いている。それこそツルギの行動がなければ、今にでもエヒトに襲い掛かろうとしていたくらいに。

だが、ティアの感情の爆発は、それこそハジメの怒りを上回っていて、ハジメも幾分か正気を取り戻すほどだった。

おそらく、爆発した感情が魔力の暴走を引き起こし、さらにその感情が魔力に乗せられて概念を形作っているのだろうと推測したが、今のハジメにどうにかすることもできない。

そうこうしているうちに暴風のような圧力と共に魔力の奔流が解除された。

中から現れたのは、ティアとは似ても似つかない化け物だった。

髪は血のようにどす黒くなり、肌には爬虫類のような鱗が所々に現れている。爪や犬歯は鋭くとがっており、目も本来の翠が見る影もなく、黒目が赤に、白目が黒に染まっていた。

そして、なにより目を引くのが、臀部から生えた竜のような尻尾だ。だが、表面は人肌のようなもので覆われており、見る者に怖気さすら感じさせる。

その容姿は魔物というにはあまりに禍々しく、赤黒い魔力を身に纏う姿は、もはや魔獣と言うべきものだった。

その中で平静さを保っているのは、エヒトとアルヴだけだ。

 

「ふむ、ずいぶんと醜い姿になったものだ。このような姿になるのなら、この者を器にしなかったのは正解であったな」

「我が主よ。いかがいたしますか?」

「どうでもよいことだ。この肉体がある以上、あの者にこだわる理由もない。だが、このまま殺さずに生かしておくのも、それはそれで面白そうだ」

 

この会話が聞こえたのか、それともエヒトしか眼中になかったのかはわからないが、ティアはエヒトを見据え、雄たけびを上げながらエヒトに突撃した。

 

「ヴヴゥ、ア”ア”ア”ア”ァァァーーーー!!」

 

ティアの上げる雄叫びは、もはや人のものではなく、獣と称すべきものだった。

床の岩石を砕きながらエヒトに迫るが、スピードは先ほどの剣と比べて格段に遅く、使徒が間に入る方が早かった。

 

「行かせません」

 

使徒は双大剣を交差させ、防御の姿勢を取りながらティアと相対する。

対するティアは、無造作に右腕を振り上げ、双大剣の上から殴りつけた。

たったそれだけで、使徒は目に留まらぬ勢いで吹き飛ばされ、エヒトの真横を通り過ぎて壁を貫通していった。

 

「っ、使徒様と主様を守れ!」

 

ここでようやく、魔人族が動き始めた。ハジメたちの周囲に展開させていた魔物の一部を、ティアに襲わせる。

スピードだけなら、強化された魔物でも十分対処できる。

だが、その選択は間違いだった。

 

「ア”ア”ァァ!」

 

ティアは両サイドから襲い掛かってきた狼を鷲掴みにし、その隙をついた他の狼がティアに噛みつくが、牙は少しもティアの肌を傷つけることができない。

それどころか、ティアに触れていた狼は、次第にその体がティアと一体化していき、最終的にティアの身体に飲み込まれてしまった。

その後も、灰竜やオーガといった数々の魔物がティアに襲い掛かるが、例外なくすべての魔物がティアに傷1つつけることもできず、逆に取り込まれてしまった。

魔人族は目の前のあり得ない事態に困惑するが、ハジメは目の前で起きた現象が何かを理解し、声を張り上げた。

 

「お前ら!絶対にティアに触れるな!今のティアは、触れた生物をすべて取り込んで力に変える概念の化け物だ!捕まったら、絶対に逃げられないと思え!」

 

ハジメの言う通り、今のティアは自らを概念に組み込むのではなく、自分そのものを概念にして異形化していた。

その概念は、“全テヲ喰ラウ獣”。名前の通り、自らに触れた生物すべてを取り込み、自らの肉体として強化する概念だ。

よく見れば、ティアの身体には今まで取り込んだ魔物の特徴が新たに現れている。

最初の使徒が取り込まれなかったのは、双大剣で防御していたからだ。おそらく、生身に攻撃を受ければ、成すすべなくティアの身体に取り込まれただろう。

ハジメの警告は敵にも知らせるものだったが、今のハジメにそれを気にする余裕はなかった。

なにせ、今のティアの様子を見た限り、下手をすればツルギの遺体やユエの身体さえも取り込みかねない。

だが、ティアを止めるには、決してティアに触れてはいけないし、だからといって殺してしまうのは論外だ。

幸い、無機物や魔法ならティアに取り込まれることはないが、それでも今のティアを拘束し続けること自体難しい。元々使徒の拘束のために開発したアーティファクトはあるが、その使途を軽々と吹き飛ばすティアにどれほどの効果があるのかはわからないのだ。

ハジメはどうするべきか、必死に頭を回す。

今のティアなら、あるいはエヒトに届くかもしれないが、確証はないし、それでユエの身体を取り込ませるわけにもいかない。

今の最善手は、なんとかしてティアの正気を取り戻すこと。

だが、

 

(ツルギがいない今、俺たちにそれができるのか?)

 

ティアの変異のトリガーは、ツルギの死亡だ。

なら、手っ取り早いのはツルギを蘇生することだが、そのためには少なからずエヒトとアルヴを相手取る必要があるし、最悪ティアからも身を守らなければならない。

さらに、仮にツルギの遺体を取り戻せたとしても、魂魄魔法による蘇生には長い時間がかかる。その間、今のティアを殺さずに抑えることが、果たしてできるのか。

少なくとも、ハジメには即答できるほどの自信はない。

使徒や魔人族の意識がティアに向けられているおかげで意識の大半を思考に割くことができているが、名案は浮かばない。

 

「っ、私がなんとかしなきゃ!」

 

すると、考える暇もないと雫が“縮地”を使って一気にエヒトに肉薄しようとした。

雫のスピードは、“禁域解放”を使えばハジメパーティーにも引けをとらない。

エヒトからツルギの遺体をかっさらうくらいなら、なんとかできるかもしれない。

そう思っていたが、

 

「行かせないよ、雫」

「くっ」

 

雫が動き出した直後に、光輝が間に割り込んできた。

雫は思わず歯噛みしながらも、黒鉄を抜刀して光輝に立ち向かう。

 

「どきなさい、光輝!私たちは、早くツルギを助けて、ティアを正気に戻さないといけないのよ!」

「そんなことはさせない。峯坂は、平気で人を殺す悪人なんだ。そんな危険な奴を蘇生させたら、次は誰が犠牲になるかわからない。あの魔物も、あとで俺が倒せばいい。そうすれば、皆助かるんだ。だから、雫こそ俺たちの邪魔をしないでほしい」

「このっ・・・!いい加減にしなさい!!」

 

光輝の自分勝手な、それこそ雫の想いを踏みにじるような発言に、雫は怒りをあらわに光輝に立ち向かう。

今、光輝に構っている暇はない。早く光輝を気絶させて、ツルギを回収しなければ。

その焦りが、致命的な隙を作ってしまった。

 

「行かせないよぉ。“堕識”!」

「っぅ」

 

横から恵里に“堕識”をかけられてしまう。

それでも雫は一瞬で立て直したが、使徒の力を手に入れている恵里にその一瞬は致命的だった。

恵里の双大剣による一撃をなんとか防いだものの、ツルギとの距離は開いてしまった。

それでも、なんとかツルギの遺体を回収しようと雫も策をめぐらすが、ティアが行動する方が早かった。

 

「ァアアアアアアア!!」

 

いつの間にか、ティアの周りには魔物が一切いなくなっていた。ティアに襲い掛かった魔物を、ティアがすべて取り込んだということだ。

邪魔がなくなったことでティアは再び咆哮をあげ、エヒトに迫る。

 

「ふん、ただの獣が、身の程を知るがいい。“捻れる界の聖痕”」

 

エヒトがそう言うと、ティアの頭上に空間の歪みによって作られた十字架が5本浮かんだ。

エヒトは視線だけでそれを誘導し、十字架をティアに落とした。

最初の1本をティアの背中に、時間差で残りの4本をティアの四肢に落とすことで、ティアを完全に押しつぶし、さらに十字架を固定することであっさりと自由を奪った。

ティアは必死にもがくが、ティアが吸収できるのは生物体であり、魔法は喰らえない。

だが、これはハジメたちにとっても好都合だった。

ティアが動けなくなったタイミングで、一斉にツルギの元に向かおうと足を踏み出そうとする。

それを、エヒトが許すはずもなかった。

 

「“喰らい尽くす変生の獣”」

 

シアたちの足下の床が石の狼のように変形し、その爪や牙をシアたちの身体に突き刺して動きを奪う。

香織は即座に分解で拘束を解こうとするが、

 

「エヒトの名において命ずる、“機能を停止せよ”」

「ぁ」

 

使徒の管理者権限によって香織の機能を停止させ、香織をあっさり無力化した。

エヒトは、今度は雫たちに向けて言葉を紡ぐ。

 

「“捕える悪夢の顕現”」

「っ、あ」

「ひっ」

「う、あ」

 

それだけで、雫たちは本当に現実に起こったと錯覚するほどの暗示をかけられ、首や手足が繋がっているか確認するように手を当てるが、立てそうにもなかった。

 

「“四方の震天”」

「がはっ!」

 

リヒトがため込んだ力を爆発させてエヒトに肉薄しようとしたが、周囲全ての空間を爆砕する衝撃波に見舞われ、その場に崩れ落ちた。なんとか腕をついて倒れるのは避けたが、立ち上がる気配はまったくない。

これで、残りはハジメだけとなった。

 

「くそっ・・・!」

「ふむ。まぁ、こんなものだろう。我が現界すれば全ては塵芥と同じということだ。もっとも、この優秀な肉体がなければ、力の行使などままならんかっただろうがな。聞いているか?イレギュラー」

 

エヒトの煽りに、ハジメは言葉を返せない。

なんとかクロスビットを動かそうとしても、レミアたちの護衛にまわしていたものも含めてとてつもない重力によって地面に縫い付けられ、クラスメイトたちも使徒に阻まれて援護に行けない。

それならばと、オルカンなどの爆発物で使徒やシアたちを貫いている石の狼を吹き飛ばそうと宝物庫を輝かせるが、それを読んでいたらしいエヒトが指をパチン!と鳴らすと、ハジメの指に嵌まっていた宝物庫が消えて、エヒトの手元に現れた。

いや、ハジメのものだけでなく、シアたちの宝物庫も収まっている。どうやら、ゲートを作らずに複数の対象物をピンポイントで転移させたらしい。

それだけでなく、ドンナーやシュラーク、黒鉄など、ハジメが手掛けた数々のアーティファクトがエヒトの前でクルクルと回転しながら浮いていた。

 

「よいアーティファクトだ。この中に収められているアーティファクトの数々も、中々に興味深かった。イレギュラーの世界は、それなりに愉快な場所のようだ。ふふ、この世界での戯れにも飽いていたところ。魂だけの存在では、異世界への転移は難行であったが・・・我の器も手に入れたことであるし、今度は異世界で遊んでみようか」

 

そう言って、エヒトが手を握り締めると、全てのアーティファクトが粉みじんとなって崩れ落ちた。宝物庫の中に収納されていたものもまとめて破壊されたらしく、中からアーティファクトが飛び出てくることもない。

 

「クソッたれ!」

 

ハジメは舌打ちしながらも、ハジメは身一つでエヒトに突貫した。

武器を奪われても、ハジメのステータス自体が十分な凶器だし、義手のギミックも残っている。これらを駆使すれば、ツルギの遺体を奪還するだけなら何とかなるかもしれない。

だが、それはエヒトも同じだったようで、

 

「おっと、忘れるところであった」

 

エヒトが指に魔力を込めてパチンと鳴らすと、ハジメの義手がゴバッ!と音をたてて崩壊した。

ハジメの義手には疑似的な神経が通っており、触覚はもちろん、痛覚も感知できる。

突然左腕を粉砕された激痛に、さしものハジメも左肩を抑えてうずくまる。

 

「がぁああああ!!」

「よく足掻くものだな。その魔力といいステータスといい、お前を器とするのも良かったかもしれんな。300年前に失ったはずの我が器が、生存していたことに心が逸ってしまったか・・・いや、魔法の才が比較にならんか」

 

紅い魔力の奔流を受けながらも、エヒトは気にした様子もなくユエの体をじっくり観察しながら思案顔になる。

まるで、ハジメのあがきなど取るに足らないというかのように。

 

「舐、めるなああぁぁぁぁぁ!!!」

 

それを見たハジメは、さらに魔力をより強く、より激しく吹き上がらせた。

“限界突破・覇潰”。今まで限界突破で倒せない敵がいなかったハジメが、エヒトというはるかに格上の相手と対峙したことで、ついに開花したのだ。

 

「我が主!」

「よい、よい、アルヴヘイト。所詮、羽虫の足掻きだ。エヒトルジュエの名において命ずる、“鎮まれ”」

 

エヒトが神言に用いた名は、先ほどハジメを拘束したエヒトの真名だ。

これに、うねりを上げていたハジメの魔力が強制的にその輝きを収めていく。

だが、

 

「ぁああああっ!!」

 

ハジメが再度絶叫を上げると、魔力の奔流が明滅を繰り返し始めた。

つまり、僅かにだが、エヒトの真名を用いた神言に抗ったのだ。

これを見たエヒトは、顔を邪悪にゆがめる。まるで、新たな玩具を見つけたかというように。

 

「ほぅ、まさか我が真名を用いた“神言”にすら抗うとはな・・・中々、楽しませてくれる。仲間は倒れ、最愛の恋人は奪われ、親友を殺され、頼みのアーティファクトも潰えた。これでもまだ、絶望が足りないというか」

「当たり、前だ。てめぇは・・・殺すっ。ユエもツルギも、取り戻すっ・・・それで終わりだっ」

「クックックッ、そうかそうか。ならば、そろそろ仕上げと行こうか。一思いに殲滅しなかった理由を披露できて我も嬉しい限りだ」

 

血反吐を吐きながら殺意を溢れさせるハジメに、エヒトは笑いながら右手を軽く振り上げる。

そこで、ふと気づいた。

ツルギの心臓を握りつぶした時に付着した血液が、未だにこびりついていることに。

その直後、付着していた血液が刃となってエヒトの腕を貫いた。

 

「なんだ?だが、今さら何を・・・ぐっ、こ、これはっ」

 

最初は訝し気にしていたエヒトだったが、次の瞬間には表情を苦悶に歪ませる。

そう、ツルギはタダでは殺されていなかった。

自らの血液にも概念を付与させることで、エヒトとユエのつながりを“斬ろう”としたのだ。

それでも、ツルギ自身が生きて発動するよりも効果は落ちたが、ユエが抵抗する余地を生み出すには十分だったようだ。

 

『・・・させない』

 

空間に響くのは、エヒトが発するものと同じでありながら、ハジメたちからすればずっと可憐で愛らしい声。

 

「ユエっ!」

「ユエさん!」

 

ハジメたちが、声に喜色を乗せて叫ぶ。

シアたちは拘束から抜け出して立ち上がろうとし、ハジメも活力をみなぎらせ、エヒトに踏み込もうとした。

だが、

 

「くっ、図に乗るな、人如きが。エヒトルジュエの名において命ずる!“苦しめ”!」

 

脂汗をかきながらも放った真名を用いた神言によって体にすさまじい激痛に襲われ、さらに痛みに対して耐性のあったハジメはおよそ100倍はあるだろう超重力によって地面に縫い付けられてしまった。

 

「・・・アルヴヘイト。我は一度、【神域】へ戻る。お前の騙りで揺らいだ精神の隙を突いたつもりだったが・・・やはり、開心している場合に比べれば、万全とはいかなかったようだ。こやつの横槍のせいでもあるが、信じられぬことに我を相手に抵抗している。調整と人形を作る時間が必要だ」

「わ、我が主。申し訳ございません・・・」

 

アルヴの最初の語らいの目的は、ユエの心を一瞬でも開かせることでエヒトの憑依を完全なものにするためだったが、それをハジメとツルギによって妨げられ、少しでも精神にゆさぶりをかけるために放とうとした言葉もツルギによって遮られてしまった。

精神をすでに立て直していたユエとツルギの妨害があっては、さすがのエヒトも完全に憑依することはできなかったようだ。

アルヴは恐縮するが、エヒトは軽く手を振ってこたえた。

 

「よい。3,4日あれば掌握できるだろうし、こやつの死体を使って人形を作るのも1,2日あれば十分だ。この場は任せる。フリード、恵里、共に来るがいい。お前達の望み、我が叶えてやろう」

「はっ、主の御心のままに」

「はいはぁ~い。光輝くんと2人っきりの世界をくれるんでしょ?なら、なんでもしちゃいますよぉ~と」

 

苦しみに悶えるハジメたちを尻目に、エヒトはどうにかユエの意識を抑え込んだようで、アルヴたちに指示を出すと手を頭上に掲げた。

すると、ユエに降り注いだものと似たような光の粒子が舞い上がり、天井の一部を消し去って天へと昇るゲートを作り出した。おそらく、エヒトの言う神域に通じるものなのだろう。

エヒトは掲げた腕を下ろすとツルギの遺体と共にふわりと浮き上がり、天井付近からハジメ達を睥睨した。

 

「イレギュラー諸君。我は、ここで失礼させてもらおう。可愛らしい抵抗をしている魂に、身の程というものを分からせてやらねばならんのでね。それと、4日後にはこの世界に花を咲かせようと思う。人で作る真っ赤な花で世界を埋め尽くす。最後の遊戯だ。その際は、極上の人形を用意するとしよう。その後は、是非、異世界で遊んでみようと思っている。もっとも、この場で死ぬお前達には関係のないことだがね」

 

どうやらエヒトは、本気でこの世界を終わらせて、今度はハジメたちの世界、地球で同じことをするつもりのようだ。

そして、そのタイムリミットが4日。ユエの肉体を掌握し、ツルギの遺体を用いた使徒を作り出すのに必要な時間。

 

「ま、てっ、ツルギと、ユエを、返せ・・・!」

 

ハジメは神言を解き、超重力に抗いながら立ち上がって、魔力をほとばしらせながら飛び上がろうとする。

だが、超重力の影響を受けていない神の使徒がすぐにハジメを組み伏せ、分解魔法によって仕込んでいた錬成の魔法陣を霧散されてしまった。

 

「ぐっ、おおぉぉぉ!!」

 

ハジメに続き、リヒトも傷ついた体に鞭を打って立ち上がるが、ハジメと同じように超重力をかけられて再び膝をついてしまう。

それでも、ハジメとエヒトは瞳に宿る戦意を微塵も衰えさせず、エヒトをにらみつける。

それを一瞥したエヒトは、口元を歪めて鼻で笑ってから、上空のゲートへと登っていった。

それにフリードと恵里、光輝も続いていく。

恵里は光輝の耳もとに近づいて何かを囁き、光輝も納得顔で頷いた。おそらく、理想の正しさを植え付けられているのだろう。その証拠に、真の敵であるはずのエヒトを前にして騒ぎもせず、むしろ仲間であるはずの雫たちに何かを決意したような視線を向けている。

鈴も、恵里に向かって何かを言おうとするが、苦痛によってそれも叶わない。

さらに3人に続いて神の使徒、傀儡兵、魔物も浮かび上がり、半数ほどが天へと昇っていった。

城の外では、おびただしい数の使徒や魔物、魔人族が上空のゲートを目指していく。

魔人族も、このことを知らされていたのか歓声を上げながら、自らゲートへと向かっていく。

エヒトは、そんな彼等に艶然と微笑むと、そのまま溶けるように光の中へと消えていった。

 

「ツルギぃいいい!!ユエェエエエエエエエエエッ!!!」

 

ハジメの絶叫がむなしく木霊し、手を伸ばしても何もつかめない。

 

 

この日、ハジメは最愛の人物と最高の友人を、同時になくした。




思ったより書くのが難しかったのと、大学の実習とかがあった関係で遅くなりました。
実習は終わりましたが、次は車検の合宿があるので、投稿の目途はあまりたっていません。
それでも、できるだけ早めに投稿できるように頑張ります。

余談ですが、皆様は新型コロナは大丈夫でしょうか?
自分の方も、新型コロナが原因で大学の実習の予定が大幅変更になりました。
いろいろと大変なことになっていますが、皆さんも手洗いうがい予防をしっかりしましょう。


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魔獣の暴走

あらかじめ言っておきます。
今回はわりとグロ注意です。
自分でも、どうしてこんな描写にしてしまったんだろうと、軽く反省しているくらいにはやばいです。


親友を殺され、最愛の恋人を奪われたハジメの慟哭は、あまりに悲痛な叫びだった。

さし伸ばした腕も、何とかして上げた首も使徒により床に押さえつけられたハジメの眼は・・・それでもまだ、死んでいなかった。

ツルギの置き土産により、ユエの魂が残っていることがわかった。なら、たとえエヒトが本気でユエの魂魄を消しにかかっても、ユエならなんとかするだろう。

それになにより、

 

(あいつが、ツルギが死んでも手を残して、あのクソ野郎に一矢報いようとしたんだ。だったら、俺がここで無意味に暴れるわけにはいかねぇ・・・!)

 

親友であるツルギが、死んでもなお抗ったのだから、まだ生き残っているハジメが絶望するにはまだ早い。

幸い、相手もまだ油断している。

ハジメたちにとどめを刺さずに、さっさと神域に戻ったのがいい証拠だ。

先ほどの叫び声も、向こうは絶望の慟哭と捉えているだろう。

 

「ククッ。無様なものだな、イレギュラー。最後に些か問題はあったが、エヒト様はあの器に大変満足されたようだ。それもこれも、お前が“あれ”を見つけ出し、力を与えて連れて来てくれたおかげだ。礼を言うぞ?」

 

そこに、アルヴヘイトがコツコツと足音を鳴らしながらハジメに近づき、どす黒い悪意の言葉を吐き出す。

これにハジメは、殺意をまき散らしながら立ち上がろうとする()()をする。まるで、必死に抵抗しているが、何もできないという風に。

 

「ふむ、威勢はいいようだが、何もできないようだな?だが、無理もあるまい。実際、貴様には何も出来ぬのだから。これ以上無意味に足掻くのは見苦しいぞ?それとも、恋人と親友を一度に失って、怒りに我を忘れているのか?うん?」

 

アルヴヘイトの言葉に、ハジメは耳を貸さない。

とはいえ、今の段階ではどうしようもないのは事実だ。

いっそ怒りに身を任せれば、何かしらの概念魔法を発動できたかもしれない。

だが、それで他に被害を出すようでは本末転倒だし、そもそも魔法陣がない今、“想像構成”を持たないハジメは錬成すらできない。

ちらりと視線をシアたちに向けると、どうにかして神言を解こうとしていた。

あの様子なら、近いうちに動けるようになるだろう。

それならば、まずは何とかして使徒をどかしてもらうか。

 

 

 

そう思うよりも先に、ティアが動き出した。

 

 

最初に変化があったのは、ハジメを押さえつけている使徒の1体だった。

ハジメの頭を押さえつけていた腕が、なんの前触れもなく消えたのだ。

 

「は・・・?」

 

目の前にいるハジメは身動き一つとれていなければ、他に神言を解除した者も、魔物の群れを破って救援に来た者もいない。

当然、ティアもまだ拘束を破って・・・

 

「な、んだ、あれは・・・」

 

頭の拘束がなくなったハジメは、嫌な予感と共に視線を向けた。

そこでは、相変わらずティアは拘束されたままだったが、またその姿が大きく変わっていた。

ティアの背中から、触手のようなものが8本伸びていたのだ。

触手の先には、骨か爪のようなもので作られた刃がついている。

そして、その刃で斬られたであろう使徒の腕は、空中で回転しながら分解されていき、赤黒い魔力を纏う触手に吸収されていった。

ハジメたちが呆然としている間にも、ティアの触手はヒュンヒュン!と風を切りながら振り回され、ティアを拘束していた空間の十字架を破壊し、ゆっくりと立ち上がった。

それだけでなく、シアたちを貫いていた石の狼の牙や爪も破壊する。

アルヴヘイトは、復活したティアに煩わし気な視線を送る。

 

「ふん。この土壇場で理性を取り戻しでもしたか?だが、所詮は無意味なこと、ッ、がっ、ぁぁあああああああっ!!」

 

だが、侮蔑の言葉を言い終えることもできず、アルヴヘイトの腕が肩からバッサリと切断された。

そこでアルヴヘイトは、ハジメに四肢と額を撃ちぬかれても平然としていたのに、今になって激痛に襲われ、切口を抑えて絶叫を上げる。

アルヴヘイトの腕もまた、分解されてティアの触手に吸収されたが、アルヴヘイトは腕を再生することもできず、激痛にうずくまることしかできないでいる。

突然の変化と生まれて初めての激痛にアルヴヘイトは混乱を隠せないが、その答えは使徒からもたらされた。

 

「お気を付けください、アルヴヘイト様。どうやら、対象の分解対象が魂魄にまで及び始めたようです」

 

そう、ここにきて、ティアの分解能力が魂魄や魔力にまで作用し始めたのだ。

これで、魔法による拘束はもうできない。

さらに、アルヴヘイトの腕が再生されないことから、ティアに喰われたものはその存在を抹消させるだろうことも予測できる。

ハジメも、そのことを理解していた。

その上で、違うことに対して焦燥を覚えた。

それは、

 

(ティアの野郎、とうとう俺たちまで認識できなくなってやがる・・・!)

 

アルヴヘイトはわずかに残った理性でハジメたちを助けたと考えたようだが、事実は全く逆。

むしろ、今のティアは見境なく襲うようになっている。

ハジメやシアたちを助けたのは結果的な話であり、ただの偶然だった。

ハジメたちが地面に縫い付けられるように拘束されていたおかげで、ティアの触手の射角から外れただけだ。

もし起き上がろうものなら、今度はハジメたちも容赦なく狙われることになるだろう。

それを理解しているのかいないのか、使徒は双大剣を構えてアルヴヘイトを守るように囲んだ。

 

「ですが、分解を纏った大剣でなら防げるでしょう。対象の始末は、我々、使徒が。これ以上、御身がきずつ」

 

言い終える前に、ティアの触手が()()()()使徒を両断した。

体を両断された使徒は、さらなる追撃によって細切れになり、分解された後に吸収されていった。

自身の腕を喰われ、目の前で使徒があっさり殺され、その上でアルヴヘイトが抱いたのは・・・怒りだった。

なぜなら、ティアは一度も使徒やアルヴヘイトに視線を向けず、ただ前傾姿勢でうつむいているだけだったから。

まるで、自分たちが取るに足らない存在であると、態度で示しているように、アルヴヘイトは錯覚した。

錯覚、してしまった。

 

「おのれっ、ケダモノの分際で逆らいおって!こうなれば、我が手ずから・・・」

 

怒りに我を忘れて魔法を発動しようとした瞬間、アルヴヘイトの四肢が消し飛んだ。

支えを失ったアルヴヘイトの体は、重力に引かれて地面に落ちる。

もちろん、神としての矜持があるアルヴヘイトは地面に這いつくばっている状況に耐えれるはずもなく、魔法で自らの体を浮かせようとするが、

 

(なっ、なぜだ!?魔法が発動できん!)

 

ただ芋虫のように体をよじらせることしかできず、簡単な魔法すら発動できなくなってしまっていた。

その理由は、アルヴヘイトの傷口にあった。

アルヴヘイトの傷口に赤黒い魔力が付着しており、そこから魔力が糸のように伸びてティアと繋がっているのだ。

これによって、アルヴヘイトが魔法を行使しようと魔力を放出すれば、それをティアが片っ端から喰らっているのだ。

ならば、使徒に運んでもらうしかないと、アルヴヘイトは縋るように顔を上げるが、

 

「ぁ・・・」

 

使徒はすでに、どこにも見当たらなかった。

残っていたのは、人数分の双大剣のみ。

あの短時間で、神の使徒が1人残らず、ティアに吸収されたのだ。

そこまでして、初めてティアがアルヴヘイトに視線を向けた。

視線を向けられたアルヴヘイトは今までに感じたことのない恐怖に襲われた。

今のティアの眼にあるのは、憤怒でも絶望でもなく、ただ対象を喰らうという、視界に写るすべてを餌としか思っていない、まさに獣のようなものだった。

 

「っ、きっ、貴様っ!!我を誰だと思っている!!エヒト様の眷属神である我に対して・・・」

 

恐怖を誤魔化すために、アルヴヘイトは声を張り上げるが、それはアルヴヘイトをさらに苦しませるだけだった。

 

「アガッ!」

 

ティアは触手をアルヴヘイトの背中に突き刺し、引きずりながら自身の近くに引き寄せる。

アルヴヘイトはその間も喚き散らすが、ティアは毛ほども気に留めずに引き寄せていく。

そしてついに、アルヴヘイトはティアに腕で押さえつけられる。

口を開けて顔を近づけるティアに、アルヴヘイトは自身の末路を理解して恥も外聞も捨てて命乞いを始めた。

 

「よっ、よせっ!やめろ!!こんなっ、このような結末など、決して認め」

 

ティアがそれを聞き入れるはずもなく、ティアはその牙をアルヴヘイトに突き立てた。

それも、一噛みで意識を奪うのではなく、端から削るように、なぶるように喰らっていく。

 

「イギィッ!や、やべてっ。もっ、もうごろじで・・・!」

 

もはやアルヴヘイトの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっており、先ほどまでの余裕の表情は欠片も残っていなかった。

アルヴヘイトの懇願が聞こえたのか、それともただの気まぐれなのか。

 

 

ティアはアルヴヘイトの頭を押さえている手に力を込め、グシャリと頭蓋を握りつぶした。

 

その後、ティアは開いた手を胸に突き立て、中から心臓を引きちぎって口の中に入れた。

その光景を誰もが血の引いた顔で見ることしかできなかった。

それは、ハジメも同じである。

いや、自身も奈落で同じような経験をしたからか、他よりも顔色が悪いようにも見えた。

 

(あれが、ティアだって・・・?)

 

思い出すのは、かつて奈落で爪熊に向けられた視線。

あの時も、ハジメのことを食料としか認識していなかったように感じた。

もしティアの視線が、自身に向けられたら、果たして、自分は逃げられるのか。

逃げられなかった時のことを想像し、ハジメの表情から血の気が引き、呼吸も浅く速くなっていき・・・

 

「ハジメさん!ハジメさんっ!!」

 

ティアに喰われる恐怖に捕らわれる寸前で、力強い声によってハッと意識を取り戻した。

視線を上げれば、シアがハジメの肩を掴んで真っすぐ見つめていた。

 

「っ、すまない、シア。危うく・・・」

「いえ、大丈夫です。ハジメさんの気持ちも、痛いほどわかりますから・・・」

 

シアたちも、直接ではないとはいえ、クリスタルキーを創造したときの魔力の奔流とともに、ハジメがあの時に味わった恐怖を感じている。

あのハジメが恐怖に囚われるのも無理はないと思った。

それに、

 

「それは、私たちも同じです。まさか、ティアさんがあのようになるなんて・・・」

 

シアが視線を向けた先には、ボリボリとアルヴヘイトの死体の残りを貪るティアの姿があった。

さらに、アルヴヘイトの体を取り込んだ影響か、ティアの身に纏う魔力がさらに濃くなり、もはや黒い靄が化け物の形を作っているようにも見えた。

その姿からは、つい最近までのツルギに寄り添い、様々な表情を浮かべていたティアを想像することはできない。

 

「それで・・・私たちは、どうすればいいんですか?」

「・・・・・・」

 

シアの問い掛けに、ハジメは答えを返すことができない。

周囲を見渡せば、ほぼ全員は動けるようになっている。香織がシアも含めた全員をある程度回復魔法によって回復させたから、いざとなれば、ある程度戦うこともできるだろう。

今のハジメは、親友への義理と現実的な問題の板挟みになっていた。

死んだツルギのことを想えば、ここでティアを殺すわけにもいかないが、本能のままに捕食を繰り返すティアの正気を取り戻す方法もまだ思い浮かばない。仮に殺すことになっても、ろくに武器を持っていない状態でできることでもない。

必死に最良を模索するが、ティアはそれを待ってくれない。

 

「AAAAAAAAAAA!!」

 

ティアは今までとは明らかに違う雄叫びをあげ、神門へと真っすぐに突っ込んだ。

魔人族はもうほとんど神門を通過しており、残りは100と数十人というところだった。その中には、女子供や老人など、非武装の一般人も混ざっている。

 

「なっ、き、来たぞ!」

「バカなっ、アルヴ様や使徒様は!?」

 

突然現れた、異形の姿となったティアに殿の魔人族が咄嗟に初級魔法を放つ。ほぼ無詠唱に近いそれは、ティアの触手によってすべてはじかれ、逆に切り刻まれ、ティアへと取り込まれてしまった。

 

「こっ、この!とま」

 

数人の魔人族が先に行かせまいと立ちふさがろうとするが、もはやティアに触れるだけで取り込まれてしまい、進路上にいた数十人の魔人族がティアに取り込まれてしまった。

あり得ない光景に他の魔人族は動揺を隠せずに硬直するが、ティアはそれらをすべて無視して神門へと突撃した。

だが、

 

「GAAA!!」

 

神門に突っ込む前に、光り輝く壁によって阻まれた。

ティアは何度も触手を振るい、拳をたたきつけるが、壁はびくともしない。

それでもティアは、神門を通らんと突撃を敢行し続ける。

 

「ハジメさん、これ・・・」

「あぁ、向こうに自分の()が大量にあると認識している動きだ」

 

おそらく、アルヴヘイトと使徒で味を占めてしまったのだろう。

 

「だが、この間に準備するしかない。簡単な武器をここで作るぞ。ただ頑丈なだけだが・・・」

「それで構いません。どうせ、今のティアさんに魔力を使った攻撃は通用しませんから」

 

幾分冷静さを取り戻したハジメは、自らの血で簡単な魔法陣を何個も描き、“錬成”を行使する。

作り出すのは、籠手を5個、短剣を2本、ハンマーと刀を1本ずつだ。

どれも生成魔法による能力付与はせず、頑丈さを重視した。

 

「お前ら、これを使え!」

 

ハジメは、籠手をリヒトと龍太郎に投げ渡し、自らも片腕にはめる。短剣はイズモとティオに、刀は雫に渡した。

 

「ないよりはマシなはずだ!これでなんとしてもティアを押さえるぞ!香織はそこらへんに落ちてる大剣を使え!」

 

ティアの触手は使徒の双大剣をあっさり折ったが、何本かは無事なものも残っていた。おそらく、正面から受け止めることはできずとも、受け流すくらいはなんとかできるだろう。

ハジメがちょうど錬成を終えた瞬間、神門は徐々に小さくなっていき、とうとう完全に閉じてしまった。

神門を通れなかったティアは、4本の触手を地面に突き刺して空中にとどまる。

 

「くそっ、貴様のせいで!」

「残りの者たちは、あの化け物に魔法を・・・」

 

神門を通り損ねた魔人族の兵士、およそ20人が、ティアに向けて魔法を放とうとする。

だが、そのすべてが、例外なくティアの触手によって切り刻まれ、吸収された。

残っているのは、非武装の一般人が70人ほどだ。

ティアはゆっくりと残りの魔人族に視線を向け、触手を放った。

ティアの触手が、その軌道にいる魔人族を切り裂こうとした。

その直前、

 

「おおぉぉぉ!!」

「どっせーい!」

 

ギリギリのタイミングでリヒトとシアが間に割り込んで、襲い掛かってきた触手を違う方向に逸らした。

 

「ちょっとは、大人しくなりやがれ!!」

 

触手が戻る前のタイミングでハジメがティアの顎にアッパーカットを放ち、体を浮かばせる。

だが、ティアは引き戻した触手を地面に突き刺し、アンカーのようにして体を固定した。

 

「ここ!」

「はぁ!」

 

そこに、触手が動かせないタイミングを狙った香織と雫が触手を根元から斬り落とす。

触手を斬り落とされたティアは、四つん這いになって地面に着地した。

 

「よかった!ちゃんと斬れたよ!」

「そうね。スピードを重視して、防御はそれほどでもないのかしら」

 

触手を斬れたことに、香織と雫はホッと息を吐く。

あれほど見せつけられた圧倒的なステータスなら、即席の刀と使徒の大剣でも斬れない可能性があったが、耐久はそれほどでもなかったようだ。

 

「お前ら!油断すんな!」

 

だが、ハジメの声にハッとしてティアを見ると、背中から新たに触手が生え始めていた。

しかも、それは先ほどのような太いものではなく、およそ20本の触手が絡まり合って1本の巨大な触手を形作っていた。

再び、ティアが残りの魔人族に向けて触手を放つ。

それをシアとリヒトが迎撃しようとするが、

 

「んなっ!?」

「ぐっ!」

 

先ほどよりも明らかに重くなった触手は、2人でも合わせて2本しか落とせなかった。

残りの触手は、魔人族の集団に突き刺さり、先端が花のように開いて針のように体を突き刺した。

触手を上げれば、40人近い魔人族が触手に貫かれ、持ち上げられている。

このままではまずいと、香織と雫は触手を斬り落とそうとするが、

 

ガキキンッ!

 

「えっ!?」

「うそでしょ!?」

 

振るわれた武器は、甲高い音とともに受け止められた。

今度の触手は、速度をある程度犠牲にし、耐久性能を上げた上で、縄のように束ねてさらに丈夫にしたものだったのだ。

さらに、触手の先を開くと、そこに新たな口が現れた。

 

「やっ、やめ」

 

必死の命乞いも届かず、捕まった魔人族は口の中に放り込まれ、血をまき散らしながら咀嚼された。

 

(くそっ、どうする?どうすればいい?)

 

このままでは、全滅の可能性も0ではない。

必死にハジメが頭を回していると、視界の端に黒い影が疾走するのが見えた。

その手に、ハジメが即席で作った武器は握られていない。

 

「八重樫!?」

「雫ちゃん!?」

 

ハジメと香織が驚きの声を上げるが、雫は一目散にある場所に向かっていた。

そこは、ツルギがエヒトに殺された場所。そこには、エヒトによって折られた“無銘”と、踏みつけにされたペンダントが転がっている。

雫は迷わずにその2つをつかみ取り、再びティアに接近する。

 

(お願い、ツルギ。力を貸して!)

「ティア!これを見なさい!」

 

雫はそう叫んで、ツルギが身に付けていたペンダントをティアの前に投げた。

ペンダントが視界に入ったティアは、ほんの一瞬だけ、すべての動きを止めた。

その一瞬を、雫は逃さなかった。

 

「はぁっ!!」

 

ティアの目の前に移動した雫は、裂帛の気合を込めて“無銘”を一閃した。

放たれた“無銘”はティアの喉元に迫り、()()()()()()()()()()()()()()()

次の瞬間、ティアを覆っていた赤黒い魔力がすべて消し飛び、中から元の魔人族の姿のティアが現れた。

 

「ぁっ・・・」

 

ティアはよろめきながら、雫の方に倒れ込みそうになり、

 

「反省しなさい、このおバカ!!」

「へぶぅっ!?」

 

思い切り頬に平手打ちを喰らった。

相当力を込めたのか、吹き飛ばされたティアは近くにあった柱に陥没した。

それでも物足りないのか、雫はずかずかと歩み寄り、胸倉をつかんで引っ張り出してさらに説教を重ねる。

 

「ツルギが、なんのために体を張ったと思ってるの?少しでも私たちに繋げるためでしょ!?それを、肝心のあなたが自分でぶち壊してどうするのよ!!」

「っ、ぁ・・・」

 

ツルギの狙いは、まさに雫の言う通りだった。

もちろん、ツルギは本気でエヒトを殺すつもりだったが、それができなかったときのことまで考えていたのだ。

それこそ、あの血の刃で少しでもエヒトとユエのつながりを断ち切り、早急にエヒトたちを退却させると同時に、猶予を作り出すことで、十分な準備をした上でで迎え撃たせようとしたのだ。

そのことを、ティアは雫に言われて気づき、一筋の涙をこぼした。

そこに、

 

「悪いが、俺からも1発ぶん殴らせてもらうぞ」

「はきゅんっ!?」

 

雫の後ろから現れたハジメが、ティアの頭に強めの拳骨を放った。

ティアは殴られた勢いのまま地面に激突した。

鼻の頭を赤くしながら見上げると、そこではハジメが先ほどの石の刀を肩の上でトントンしながら見下ろしていた。

 

「ったく、てめぇがブチ切れて暴れるくらいならまだ許すがな、俺たちまで無差別に襲おうとしてんじゃねぇよ。一歩間違えたら、間違いなく俺たちまであの世行きだったからな」

「うっ、えっと、その、はい、ごめん、なさい・・・」

「おう。んで、迷惑かけた分はきっちり働いて返してもらうぞ。逃げるのも無しだからな」

「はい・・・」

 

雫とハジメの説教(ハジメは迷惑料の取り立ても含む)によって、ようやく正気を取り戻したティアは、申し訳なさそうに俯く。

他の面々も、ようやく落ち着いたティアにやれやれと嘆息した。いろいろと言いたいことはあったが、全部雫とハジメが言ったから、それでよしとすることにしたのだろう。

だがそれでも、ツルギが死んだことによるティアの心の闇が完全に晴れたわけではない。

ツルギのことはどうすればいいのか。

そのことを口にしようとした、その直前、

 

 

 

 

 

 

 

 

『ったく、いつまで経っても世話が焼けるな』

 

 

ティアたちのいる空間に、聞き覚えのある声が響いた。

まさかと思って周りを見渡すが、どこにも姿が見えない。

 

 

『雫やハジメたちがいるから、大丈夫かと思っていたんだが・・・これは、簡単には死ねないな』

 

 

再び声が響くと、雫が握っている“無銘”が光を放ち始めた。

その色は、きれいな淡紅色。

思わず雫が“無銘”を手放すと、“無銘”は地面に落ちずに宙に浮かび、周囲から魔力を呼び寄せ、収束していく。

そして、“無銘”がひと際強い光を放った。

ティアたちは思わず顔を覆い、光が収まったのを感じてから目を開けた。

そこには、

 

「あっ・・・ツル、ギ・・・なの?」

 

「あぁ、正真正銘、峯坂ツルギだ」

 

わずかに光る体を宙に浮かばせた、峯坂ツルギの姿があった。




この時のティアさんのイメージは、ナルトの初期あたりの九尾みたいな感じですね、はい。
・・・いやまぁ、それで誤魔化せるような感じではないですが。
なんか興が乗ってノリノリで書いたら、こうなってしまいました。
こういう鬱展開、いくら敵に対してとはいえ、割と苦手なはずだったんですがね・・・。
書いている間も、その光景を想像してちょっと口から魂が抜き出そうになったのに、それでもキーボードをたたく指が止まらないという・・・。
歌ってみたの音声を流しながら執筆してなきゃ、途中でダウンしていたかもです。
後悔はしてません、が、反省は割としています。

さて、ツルギ君の復活です。
詳しい説明はまた次回に。


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タダでは終わらない

「ツルギ・・・ツルギぃ!!」

 

俺が姿を見せて地面に降りた途端、ティアは瞳に涙を浮かべて思い切り抱きついてきた。

先ほどまで大暴れしていたからか、抱きつく力はまだ弱いが、絶対に離さないと言わんばかりにしがみついてくる。

 

「ツルギ、ツルギぃっ・・・!」

「やれやれ、甘えん坊なのは変わらないな」

 

苦笑を浮かべながらティアの頭を撫でていると、背中と右腕にも誰かから抱きつかれた。

首を動かすと、背中にはイズモが、右腕には雫が抱きついていた。

 

「なんだ、雫とイズモも甘えん坊か?」

「・・・ツルギは、もう少し私たちのことを考えるべきだ」

「そうよ・・・目の前でツルギが殺されて、私たちがどういう思いで・・・」

 

俺は半ば茶化すように口を開いたが、2人の言葉で苦笑を消した。

たしかに、いくらこうして現れたとはいえ、あの時に、目の前で俺が殺される光景を見せつけてしまったことに変わりはない。

そのとき、他のみんながどのような気持ちだったか・・・想像に難くない。

 

「そう、だな。すまない。心労をかけさせてしまって」

「・・・もう少し、このままでいさせてくれ」

「そうしたら、許してあげるから」

「あぁ、好きなだけそうしてくれ」

 

2人の要望を、俺は甘んじて受け入れる。2人に味合わせてしまった絶望や失望に比べれば、むしろ軽すぎるくらいだ。

3人に抱きつかれたままじっとしていると、今度は正面からアンナがやってきた。

相当抵抗したのか、衣服はあちこち破けており、手に持っているナイフもボロボロだ。

 

「ツルギ様・・・」

「アンナ・・・お前にも、いろいろと心配をかけたな」

「いえ・・・私も、()()()も、こうしてツルギ様が戻って来てくださったのなら、それで十分です」

 

俺の謝罪に、アンナは姿勢を正して頭を下げる。

アンナの言う私たちとは、ティアや雫、イズモはもちろん、ハジメたちのことも含まれているのだろう。

本当に、いつの間にか俺の周りにも人が増えたものだ。

その事実に思わず苦笑を浮かべると、ハジメがアンナの後ろから近付いてきて、俺に問いかけてきた。

 

「さて、そこの4人にはわりぃが・・・いろいろと質問させろ。いったい、どういうことだ?お前は、エヒトに殺されたんじゃなかったのか?」

「当たり前だろ?心臓を握りつぶされたわけだし」

 

俺だって元は人間だし、むしろ心臓を握りつぶされても生きていられるのは、“自動再生”を持っているユエしかいないだろう。

 

「なら、今のお前は一体何なんだ?まさか、大迷宮の記録媒体みたいなものか?」

「まさか。俺は俺だ。偽物でも、記録媒体でもない」

「だったら・・・」

「答えは、エヒトが言っていただろ?」

「あのクソ野郎が?・・・まさか」

 

エヒトの煽りを青筋を浮かべながら思い出していって、ハジメも気づいたようだ。

 

「そう。この刀に、俺自身を組み込んだ、って。つまり、こいつは“無銘”であり、俺でもあるってことだ。原理的には、香織の魂魄を使徒の体に定着させたのと近いか。この体も、剣製魔法で作った魔力体だ」

「だが、あれはエヒトに折られただろ?つーか、なんでバレなかったんだ?」

「折られた程度で黙る俺だと思ったか?それに、あの手のバカは、一度壊した道具には目もくれないからな。まぁ・・・」

 

俺はそう言って、虚空に腕を伸ばす。

すると、何もないところからもう1本の“無銘”が現れた。

折られた方の“無銘”も、折れた切っ先が浮かんで近づき、眩い光を放つと共に折れる前の姿に戻った。

 

「万が一、こっちの“無銘”が分解されたときに備えて、空間の位相をずらした場所にも予備を生成しておいたからな」

 

最初に大量の魔力を収束させたとき、その陰に隠れてこことは違う位相にもこっそりと“無銘”を作っておいた。

どのみち、俺がこうして復活する分にはまったく問題なかった、というわけだ。

 

「・・・相変わらず、用意周到だな。だが、まさかとは思うが、あそこでお前が死んだことも、わざとじゃねぇよな?」

「当たり前だ。もちろん、あの時は殺すつもりで戦った。俺だって、自分が死ぬ前提の作戦なんてくまねぇよ」

 

俺がしたのは、あくまで死んだときのための備えであって、初めから死ぬつもりだったわけではない。

結果的に、備えが功をそうしたというだけだ。

 

「そんで、今聞いときたいのはこれで最後だが、その体でどれだけ動けるんだ?」

「そうだな・・・ぶっちゃけると、もって1週間、ってところか。まぁ、あくまで戦うことを前提にした日数だし、その分、最終的には前の体よりも動けるように仕上げるつもりだ」

「えっ、ツルギ、まだ戦うつもりなの?」

 

俺の言葉に、ティアがハッと顔を上げる。

その目には、もう無理はしないで欲しいと浮かんでいた。

ティアの気持ちも分からなくはないが、そうも言っていられない。

 

「戦うにしろ戦わないにしろ、この体には限りがあるし、そもそも俺の死体はエヒトに持っていかれたんだ。きちんと返してもらわなきゃな・・・!」

 

俺の体を好きにいじくるとか、今考えるだけでもはらわたが煮えくり返る。そのけじめをつけなきゃ、俺の気が治まらない。

それに、

 

「どのみち、4日後には向こうから攻めてくる。戦いは免れられないだろう。そのためにも、一度情報を整理しておこう」

 

俺は優しくティアたちを引きはがして立ち上がった。

そこで、ふとあることを思い出した。

 

「そういえば、ハジメが持ってた魔法陣、全部ダメになったんだよな」

「あぁ。隠してたのも1つ残らずバラバラにされちまった」

 

ハジメの言葉に、俺はふむと頷き、ハジメに昇華魔法を使った。

 

「おい、何をしたんだ?」

「お前の“錬成”を最終派生まで開花させた。つっても、2つしかないが。その中に“想像構成”もあるから、錬成に限れば魔法陣無しで発動できるぞ」

「「「「は?」」」」

 

何でもないような俺の説明に、ハジメたちはあんぐりと口を開けた。

そもそも、昇華魔法の真髄は情報への干渉だ。派生技能を目覚めさせるくらい、どうってことないと思うが。

それにもちろん、こっちの方が都合がいい。

 

「さっそくなんだが、先にそこの魔人族を檻で囲っといてくれ。言っちゃあなんだが、作戦立案には邪魔だし、ここに来て抵抗もしないだろう」

 

今残っているのは、女子供と老人だけの一般人だ。先ほどのティアの姿を見て、俺たちに襲い掛かっては来ないだろうが、念のためにある程度拘束しておく必要がある。

それに、ここに来て殺してしまうというのも、精神衛生上、あまりよくない。

 

「ったく。わあったよ」

 

それは、ハジメもわかっているのだろう。大人しく俺の指示に従い、サクッと床の石で檻を作り出した。

 

「すまない、気を遣わせてしまって・・・」

 

後ろから、リヒトが頭を下げてきたが、俺は軽く腕を振るにとどめた。

 

「なに、気にするな。っていうか、これくらいの名目がないとハジメがサクッとやりかねないし」

 

何をするのかは、ここでは口にしまい。

 

「ほら、お前らもさっさとこっちに来い。お前らだって、無関係じゃないからな」

 

続いて、俺はクラスメイト達にも号令をかけた。

立て続けに起こった出来事でいろいろと困惑しているようだったが、一応は俺の指示に従ってこっちに近づいてきた。

この後、ハジメに巨大なテーブルとを2つイスを人数分用意してもらい、それぞれ席に着いたところで俺が話を切り出した。

 

「さて、今確定しているのが、エヒトとやらはユエの体を乗っ取って、俺の死体も持ち去った。エヒトの言葉が正しければ、ユエの体の掌握と俺の死体を使った人形の製作に、合わせて4日かかる」

 

俺の確認に、一同が痛ましそうな表情になった。

だが、当のハジメには微塵も諦めた気配はなく、シアたちも微塵も揺るがない決意を瞳に宿す。

俺たちの中では、ユエや俺の体の奪還はもはや決定事項であり、必ず取り戻せると確信している。だからこそ、暗い表情になる理由はどこにもない。

俺も頷き、情報整理を続ける。

 

「ユエを奪還するには、あいつらの言う神域とやらに突入する必要があるが、リヒトはどこまで聞かされている?」

「俺が聞いたのは、神域は魔人族の楽園であり、そこに迎えられることでさらに高位の種族になれる、ということくらいだ。だが、あやつの言葉が正しければ、魂魄だけでも存在できるように整えられた、奴ら専用の世界、という方が正しいかもしれん。神門とやらも、おそらくはエヒトのみが開ける、神域へのゲートといったところだろう」

「ついでに言えば、入る奴を制限することもできる。暴走状態のティアでも傷1つつかなかったあたり、相当の強度だろう」

「ですが、ユエさんを取り戻すには、どうにかして神域へ行かなければなりませんよね?でしたら、別の対策が必要になります」

「そうね・・・こっちで神域へ行く手段を別に手に入れるか、4日後の大侵攻のときに出現すると予想される神門を、突破できる手段が必要だわ」

「ふむ、直接行く方法としては・・・ご主人様よ。やはり、クリスタルキーは・・・」

 

ティオの問い掛けに、ハジメはため息を吐きながら首を振った。

 

「ダメだ。宝物庫と一緒に、な。確かに、あれがあれば神域へ直接乗り込むことは出来るだろうが・・・ユエがいなきゃ、精々劣化版を作れるかどうかだろう」

「だが、ツルギなら作れるのではないか?」

 

今度はイズモから俺に尋ねられるが、俺も首を横に振る。

 

「たしかに、代わりのクリスタルキーを作るだけなら、どうにでもなるだろうが・・・俺の本命である、俺の体を使った人形・・・ここでは“ヌル”と呼称するが、俺にはそいつとの戦いがある。そいつのステータスが未知数である以上、戦闘前の消耗はできるだけ避けたい。今の魔力体だと、概念1つ作るだけでもバカにならない負担になるからな。世界を超える概念ならなおさらだ。いざ戦うときに体が動かなくなったり、最悪維持できなくなるのは本末転倒だ。だから、4日後まで待って、神門が現れた時に劣化版クリスタルキーを使った方がいいだろう。それなら、座標を指定する必要もないし、クリスタルキーよりかは簡単かつ、同じゲートへの干渉力の強いものを作れるだろう。その辺りは、ハジメに任せる」

 

俺は淡々と今後の予定を組み上げていくが、ここでクラスメイトの方から待ったがかかった。

どうやら、俺たちが俺たちが地球に戻る手段を手に入れたことを知らなかったようで、そのことを雫の口から説明した。

そしたら案の定、驚愕の声があがった。

 

「うるさいっての。どっちにしろ壊されたんだから意味ねぇよ。騒ぐな」

「でも、でも、せっかく帰れるかも知れなかったのに・・・」

「そうだよ!なんとかもう一度作れないのか!?」

「頼むよ、南雲、峯坂!ガッツを見せてくれ!」

 

園部や野村、玉井が懇願するような言葉を送り、他のクラスメイトもそれに賛同する。

そのすべてを、俺が斬り捨てた。

 

「なんども言わせるな。ハジメだけでは同じものを作れないし、俺も消耗を避けるためにここで作るわけにはいかない。そもそも、さっさと帰ったところで、今度は地球があのクソ野郎に狙われるんだぞ。俺たちの第一目標はユエと俺の体の奪還だが、それを抜きにしても地球への帰還は後回しだ」

「うっ、そう言えば・・・」

「確かに、そう言ってたな・・・」

「ちくしょうぉ・・・もう、放っておいてくれよぉ」

 

俺の正論に、クラスメイトは顔を覆ったり机に突っ伏したりして嘆くが、それを尻目に俺は話を続けた。

 

「とりあえず、さっきも言ったように、方針としては劣化版クリスタルキーを作ったうえで神門を突破する方がいいだろう」

「そうだな、口惜しいが・・・4日後の大侵攻まで待つしかないだろう」

「アルヴヘイトが戻らないことを気にして、向こうから出て来てくれたら楽なんだけど・・・」

「まっ、それはないだろうな」

 

おそらく、エヒトはユエの体を完全に掌握するまではでてこないだろうし、“ヌル”を作り上げるにも1日かけると言った以上、同じく引きこもるはずだ。

 

「・・・それ以前に、勝てるのかな?」

 

そうぽつりと呟いたのは、谷口だ。

エヒトに手も足も出なかったことを思い出しているのだろう。その表情には濃い影が差している。

それでも敢えて、俺は軽く口にした。

 

「勝つに決まってるだろ」

 

俺の軽い口調に、谷口は少しムッとした表情で反論した。

 

「・・・手も足も出なかったのに?」

「そうだな。だが、それでもだ」

「どうして、そう言い切れるのっ!言葉一つでなんでも出来て、魔法なんか比べ物にならないくらい強力で、おまけに使徒とかフリードとか魔物とか・・・恵里と・・・光輝くんまで向こう側に・・・正真正銘の化け物なんだよ?」

 

どうやら、少し心が折れかけているようだ。

それくらいに、先ほどの敗北は衝撃的で、自然と委縮してしまうのだろう。

それでも、俺は言った。

 

「で?それが?」

「え?」

「たしかに、手も足もでなかった。だが、俺たちにとどめを刺さずに帰っていった。それも、自分たちの情報を与えた上で、だ。つまり、向こうは俺たちを見くびってるってことだ。そういう馬鹿を出し抜くことくらい、呼吸と同じくらい簡単なことだ。そもそも・・・」

 

そう区切って、俺は視線をハジメに移す。

ハジメも俺の意図に気づいたようで、口を開いた。

 

「お前らも、忘れてないか?俺は、お前等が無能と呼んでいたときに奈落へ落ちて、這い上がって来たんだぞ?」

「あっ・・・」

 

谷口が思わず呆け、絶望の表情を浮かべてうつむいていたクラスメイト達も顔を上げる。

 

「誰の助けもない、食料もない、周りは化け物で溢れかえっている。おまけに、魔法の才能もなくて、左腕もなかった・・・だが、生き残った。なら、同じことだ。相手が神だろうと、その軍勢だろうと、な」

 

ハジメの眼がギラギラと殺意に輝き、犬歯をむき出しにして口角を上げる。

その獰猛な姿に、いくつか生唾を呑む音が聞こえる。

俺もハジメの言葉に頷き、続きを口にする。

 

「ユエも俺の体も奪い返すし、あのクソ野郎もきっちり殺す。自分が神で特別だと勘違いしているバカに、キツイ仕置きをくれてやるさ」

「あぁ、攻守どころの交代だ。俺たちが狩人で、奴が獲物だ。地の果てまでも追いかけて断末魔の悲鳴を上げさせてやる。自分が特別だと信じて疑わない自称神に、俺こそが化け物なのだと教えてやる」

 

ハジメの言葉に、俺は苦笑を漏らしつつも頼もしさを感じる。

なにやら、一部の女子が頬を赤くしている気もするが、見ないふりをして谷口に視線を向けて尋ねる。

 

「谷口。もう無理だって言うなら、目を閉じて、耳を塞いで待ってろ。俺たちが全部、終わらせてやる」

 

これは、谷口に気を遣っての言葉ではない。むしろ、谷口を試す言葉だ。

ロクに言いたいことも言えないまま、相手にされないまま、終わってもいいのかと。それでもいいと言うなら、中村を始末することを含めて終わらせてやると。

逆に言えば、ここで谷口が立ち上がるようなら、あとは好きにやらせるということでもある。

そして、同じ問いを含んだ視線を雫と坂上にも向ける。あの2人にも、天之河のことがある。ここで俺たちに任せるのであれば、当然、天之河は抹殺コースだ。

俺の言わんとすることはハジメも同じで、同じ問い掛けを視線に宿す。

しばしの静寂の後、最初に口を開いたのは谷口だった。

その表情に先ほどまでの陰鬱な雰囲気はまったくなく、決然とした表情を俺たちに向ける。

 

「必要ないよ、2人とも。恵里のことも光輝くんのことも鈴に任せて。神域でもどこでもカチ込んでやるんだから!」

 

いつものムードメイカー然とした雰囲気を放ちながら、ニッと笑う。

その雰囲気に触発されて、今度は坂上が声をあげる。

 

「だぁあああああっ!よしっ、くよくよすんのは終わりだ!南雲たちや鈴にばっか格好はつけさせねぇ!光輝の馬鹿野郎は俺がぶっ叩いて正気に戻してやるぜ!」

 

坂上は胸の前で片手の掌に拳を打ち付け、同じく不敵に笑う。

俺の見た限り、坂上も何もでなかったことに自信喪失気味だったが、もう心配はいらないようだ。

雫もそれを見て、「ふふふ」と笑った。

 

「そうね。光輝の馬鹿にはキツイ、それはもうキツ~イお仕置きが必要だし、恵里のあのニヤケ面は張り倒さないと気が済まないわ・・・そ、それに、ツルギの行くところなら、どこでもついて行くつもりだし・・・そのずっと、ね・・・」

 

ちらちらと俺に熱い視線を向ける雫に周囲が「まさか?」みたいな雰囲気になる。

そうだよ、雫からも告白されたよ。ついでに言えば、イズモのことも受け入れているよ。今は言わんけど。

こそこそ話しているクラスメイトからいったん視線を外し、ハジメたちに向き直る。

 

「なら、神域突撃組は、ハジメ、シア、ティオ、坂上、谷口、雫だな」

「・・・あれ?ツルギは?」

「ツルギ君、私は?」

 

俺の提案に雫と香織から疑問の声が挙がる。

俺は若干雫に申し訳ない視線を向けながら、理由を口にした。

 

「エヒトが言っていた限り、“ヌル”は大侵攻で使徒と共に降りてくるだろう。俺はそいつを迎え撃つ必要がある。香織は、エヒトには使徒の創造者権限があるから、また無力化されないとも限らない。だから、地上にお留守番だ」

「あぁ・・・そう言えば、そうだったわね」

「うっ、言われれば、そうかも・・・」

 

俺の言葉に、思い切り恥ずかしい勘違いをした雫は羞恥に顔を赤くし、香織もバツが悪そうな表情になる。

それでも、雫はすぐに気を取り直して、違うことを尋ねた。

 

「それなら、地上に残るツルギたちはどうするのかしら?」

「これから、そのことを話すつもりだ」

 

そこでいったん言葉を区切って、ハジメの方に視線を向ける。

 

「まず、神門を塞いで使徒の侵攻を食い止めることはできないだろう。神門への影響は、エヒトの方がでかいだろうからな。だから、現れる使徒を迎撃する必要がある。ハジメとしても、何もかもエヒトの思い通りにさせるつもりはないだろう?」

「あぁ、この世界の住人がどうなろうと知ったことじゃないが・・・だからと言って、今際の際に虐殺された人々を思って高笑いなんてされたら不愉快の極みだ。だから、使徒も眷属も、フリードも、その魔物共も皆殺しコースだ。奴のものも、その思惑も、根こそぎ全部ぶち壊してやる」

 

やる気満々でけっこう。ずいぶんとあくどい笑みを浮かべているが、今回は流しておこうじゃないか。

一部の女子がハジメにポーと熱に浮かされたような表情を浮かべているが、それもこの際は放っておいて、今度は姫さんに視線を向ける。

 

「そういうわけで、今回はハジメも協力的だからな。だから、ハジメ謹製のアーティファクトを大解放させるつもりだ。細かい部分は後で詰めるが、まずは全員に武装させて、対空兵器も完全配備させるところから始めようか。まぁ、4日しかないから、それなりにシビアなところではあるが・・・その辺は、そっちも協力してくれるだろ?」

 

俺の問い掛けに、姫さんは考え込むように瞑目し、一拍後に口を開いた。

 

「使徒の襲撃で混乱はしていると思いますが、幸い、私達を攫うことに目的を絞っていたようなので、一般兵や騎士団にはさほど被害はないはずです。しかし、それでも4日以内に動員できる戦力には限りがあると思います。一騎当千の使徒相手に十分と言えるかは・・・それに、仮に人数を集めたとしても、それだけの数の、それも使徒に対抗できるほど強力なアーティファクトを用意できるのですか?また、どこから侵攻してくるかもわからないままですし・・・」

「侵攻場所については、あらかた予想できる。おそらく、神山から来るはずだ。あそこは、地脈的にもっともエヒトが干渉しやすい場所のようだからな。アーティファクトに関しては、おそらくなんとかなると思うが・・・そういえば、どうやって集めるか、まだ考えてなかったな・・・」

「それなら問題ない」

 

俺が兵士を集める方法に頭を巡らせると、ハジメの方から声がかかった。

 

「実は、替えの効かないものとか、いくつか重要なものはシュネー雪原の境界で、ゲートをくぐる前に転送しておいたんだ。地中に」

「ということは、ゲートキーも無事ってことだな?」

「あぁ。何かあったとき、ミュウ達を逃がすためにと応用の利くクリスタルキーは持って来たから裏目に出たが・・・羅針盤とか攻略の証とか残りの神水とか・・・もちろんゲートキーも埋まっているはずだ。あ、あと、香織の元の体な。地中だから比較的冷えているだろうし、大丈夫だとは思うが・・・なるべく早く掘り返さないと氷が溶けて土葬になっちまう」

「か、回収をっ!回収を急がないとっ!私の体が・・・」

 

香織があわあわし始めるが、何気にファインプレイだった。なにせ、あのまま香織の体を宝物庫の中に入れっぱなしにしていたら、香織の身体がおじゃんになるところだった。

まぁ、さすがにちょっとやそっとじゃ溶けないだろうとはいえ、土葬と聞かれて慌てるのも仕方ないだろう。

慌てる香織をハジメが撫でて落ち着かせたところで、姫さんがさらなる問題を指摘する。

 

「なるほど、よく分かりました・・・しかし、もう1つ、問題があります。果たして、4日後に世界が終わるかもしれないと言われて、一体、どれだけの人が信じて集まってくれるか・・・まして、戦うのが使徒となれば、最悪、こちらが悪者になる可能性も・・・」

「それについては問題ない。香織とティオ、イズモ、俺で再生魔法を使う」

「再生魔法・・・ですか?」

 

聞き覚えのない魔法に姫さんが首を傾げるが、香織たちは俺の言わんとすることを察したようで、ポンと手を叩く。

 

「過去の光景を“再生”するんだね?メルジーネの大迷宮で体験したときみたいに」

「そういうことだ。ここであったことを再生して、映像記録のアーティファクトに保存して、各地の上層部に見せる。ひとまず、ブルックのキャサリン、フューレンのイルワ、ホルアドのロア、アンカジのランズィなら頭から疑ってかかることはないだろうし、フェアベルゲンのアルフレリックと帝国のガハルドはすでに真実を知っている。他と比べれば、比較的戦力を集めやすいだろう」

 

ここに、姫さんと王都のギルドマスターが加われば、指揮系統に関してはなんら問題ないだろう。

それにしても、随分と豪華なメンバーと知り合いになったものだ。やっぱ、こういう時に人とのつながりは役に立つ。

すると今度は、ハジメがなにやらニヤリと笑って愛ちゃん先生の方を見た。

 

「それと後は、先生に扇動でもやらせればいいんじゃないか?」

「えぇ!?わ、私ですか!?っていうか扇動!?」

 

愛ちゃん先生は突然名指しされたことに慌てるが、割といい案ではある。

愛ちゃん先生はすでに、“豊穣の女神”として信仰されつつある立場にある。ウルでの出来事もあるし、エヒトへの当てつけにもちょうどいいだろう。

それに、このハジメの提案で、面白いことを思いついた。

 

「ツルギ、何を考えているの?」

「今のツルギ、さっきの南雲君と変わらない、あくどい笑みを浮かべてたわよ」

 

思わず口角が吊り上がったのを、ティアと雫に指摘されてしまった。

 

「いやなに、こうなったら、愛ちゃん先生にも、とことん協力してもらおうと思ってな」

「えっ!?わ、私に何をやらせるつもりですか!?」

「そうだな・・・これくらいなら、ここで作っても問題ないか」

 

愛ちゃん先生の言葉には耳を貸さず、俺は剣製魔法を行使して、1つのペンダントを生成した。

 

「えっと、これは?」

「こいつは、エヒトが神になるための魔法を元に作ったペンダントだ」

「えっと、それはどういうことですか?」

 

姫さんの問い掛けに、俺はなるべく簡単に答える。

 

「詳しい説明や推測はここでは省くが、エヒトは元から神だったのではなく、信仰を力に変換する術式を使って神性を手に入れたんだ。こいつには、その考えを元に作った術式を組み込んである。違うのは、信仰心を変換して得た魔力を信仰者に還元する、ってことだ。これをつけて愛ちゃん先生が“豊穣の女神”としての立場を存分に見せつければ、兵士たちをさらに強化することができる」

「え、えぇ・・・」

「とはいえ、こいつはまだ粗削りだ。微調整はハジメに任せる」

「おう、任された」

「け、決定事項なんですか・・・」

 

ハジメもすでにノリノリになっている中、愛ちゃん先生はいまだに渋っている。

おそらく、自分に向けられる“豊穣の女神”コールを想像しているのだろう。

ハジメは苦笑を浮かべながら、愛ちゃん先生に“お願い”する。

 

「人類総力戦となるべき戦いだ。戦力を集めても烏合の衆じゃ意味がない。強力な旗頭が必要なんだ。それには一国の王くらいじゃ格が足りない。出来るのは愛子先生だけなんだ。いっちょ頼むよ」

 

ハジメの言葉に、愛ちゃん先生はビクン!と震えたが、何かに怯えているというよりかは、なんだろう、聞き逃せない何かを聞き取った、みたいな感じだろうか・・・。

 

「な、南雲君。今、最後の方、なんて言いました?」

「ん?いっちょ頼むって・・・」

「い、いえ、そうではなく・・・私のこと、あ、愛子先生と呼びませんでした?」

「・・・なにか、問題が?」

「い、いえ。南雲君は、いつも“先生”とだけ呼ぶので・・・」

「そうだったか?」

 

ハジメは首を傾げているが、俺はこの辺りでだいたいの展開が予想できた。

というか、愛ちゃん先生の頬とかが赤くなってもじもじし始めた時点で、だいたいの面子がわかってしまっただろう。

 

「そうですよ・・・その・・・もう一度、今の言ってくれませんか?」

「・・・今のって、最後の方を?」

「はい。但し、今度は、“先生”を抜いて・・・」

 

はい、確定しました~。もう完全にそういう関係ですね、そうですね。

愛ちゃん護衛隊の主に男子からも、歯ぎしりの音が聞こえる。

ハジメは助け舟を求めてくるが、シアたちは苦笑しながら首を横に振るだけで、俺たちもなるべく無関心を貫いた。

視線が集中する中、ハジメはため息を吐きながらも、意を決して口を開いた。

 

「・・・愛子、頼む」

「っ!!はい!任せて下さい!もうバンバン扇動しちゃいますよ!社会科教師の本領発揮です!」

 

社会科教師の本分が扇動とか、初めて聞いたよ。

いい具合に、愛ちゃん先生もハジメ色に染まって来ちゃったな・・・まぁ、やる気を出してくれる分には構わないけど。後になって部屋の隅でうずくまることになっても知らないけど。

 

「ご、ごほんっ!な、南雲さん・・・わ、私も頑張りますね!」

 

するとなぜか、姫さんも声を張り上げた。

その瞳からはキラキラがあふれ出ている。

 

「・・・ああ、頑張ってくれ、姫さん」

「・・・頑張りますね!」

「ああ」

「頑張りますね!」

「・・・」

「頑張りますね!」

「・・・」

「が、頑張ります、ね、ぐすっ」

「・・・・・・・・・・・・・頼んだ、リリアーナ」

「リリィ」

「ぐぅ・・・頼んだ、リリィ」

「はい!頼まれました!王女の権力と人気を見ていて下さい!民衆なんてイチコロですよ!」

 

おいこら王女。仮にも真っ当な王族が「民衆を操るなんてチョロい」みたいなことを言うんじゃないよ。

 

「・・・ハジメに関わった女性は、皆変わっていくんだな・・・」

「あぁ、そうだな。ティオ様も・・・」

「そうね、香織も、ね・・・」

「ちょ、ちょっと!元気を出して、2人とも!」

 

ハジメによって知り合いが劇的に変わってしまった代表2人が、遠い目をしながらつぶやく。ティアが必死に励まそうとするが、この2人の、特にイズモの傷は未だに完全には癒えていないのだ。またあとで、俺からも慰めておこう。

 

「・・・続けるぞ。“ヌル”と戦うのは、俺、ティア、イズモだ。他は全員、使徒の迎撃にまわってもらう」

「3人でいいの?」

「むしろ、数が多すぎると攻撃のタイミングを作りづらくなる。俺とティアが前に出て、イズモに中、遠距離で援護してもらう方が戦いやすいだろう」

「わかりました。ですが、リヒトさんは魔人族です。皆さんが受け入れてくれるでしょうか?」

「過去再生には、リヒトがエヒトに攻撃を加えたところも映す。それを上層部に見せておけば、まだなんとかなるだろう。それに、ティアも魔人族だ。あと1人くらい増えたところで今さらだ」

 

それに、いざとなれば変装用のアーティファクトで人間族の姿に似せればいいし、愛ちゃん先生と姫さんの扇動でどうにでもなる。

むしろ、防衛組の最高戦力の1人を出さないわけにはいかないから、勝つために必要とあらば、ひとまずは受け入れてくれるだろう。

それに、ここにいる魔人族の問題もある。ここで変に溝を作りたくはない。

 

「さて、それぞれの目標と役割は決まったな。それじゃあ、これからの予定を伝える。まず、ハジメはオルクスでアーティファクトの量産に入ってくれ。助手にミュウとレミアさん、香織も頼む」

「うん、わかったよ!任せてね、ハジメ君!」

「はいなの!お手伝いするの!」

「私に出来ることは何でも言って下さい」

 

3人から元気のいい返事が返ってくる。

この3人を選んだのは、ハジメの身に周りの世話をするのにちょうどいいということもあるが、ミュウとレミアさんの身の安全のこともある。万が一。人質として再び2人が誘拐されてはたまったものではない。エヒトが奈落50層のユエを感知できていなかったことから、オルクスの隠れ家なら十分大丈夫だろう。

 

「シアは、ライセン大迷宮に行ってくれ」

「・・・なるほど、ミレディさんの協力を仰ぐんですね?」

「その通りだ。神域の情報もそうだが、使えるアーティファクトももらえるだけもらっておいてくれ。この非常時だ。ミレディも出し渋ることはないだろう。ショートカットの方法はわからんが、攻略の証を持っていけばなんとかなるだろ。ブルックの泉で反応しなければ、大峡谷の方から入ってくれ」

「多分、それでも通してくれると思いますが・・・ダメでも、今度は半日でクリアして見せますよ。今の私なら、あの大迷宮は遊技場と変わりません」

「たしかに、そうだろうな。頼んだぞ」

「はいです!」

 

元気に頷くシアに、ハジメが微笑んでいる。やる気満々なのは、俺としてもいいことだ。

 

「ティオとイズモは・・・」

「いや、言われずともわかる」

「うむ。妾たちに里帰りせよということじゃろう?」

「察しが早くて助かる。竜人族と妖狐族にアーティファクトを渡せば、使徒とも十分渡り合えるだろうからな」

「そうじゃな。流石に、竜人族と妖狐族もこの事態で動かんという選択はない。その強さも保証しようぞ。ただ・・・」

「隠れ里は、それなりに遠い。仮にウルから出発しても、ティオ様でも4日以内にたどり着けるかはわからない」

「そこは、ハジメのアーティファクトに何とかしてもらおう。頼むぞ」

「おう」

 

今回の作戦、ハジメの負担がかなりのものになってしまっているが、それでもハジメは迷いなくうなずく。本当に、頼もしい限りだ。

 

「雫は帝国の方に行ってくれ。そこならゲートで行けるし、ゲートキーも複製してもらうから、ガハルドを説得して戦力を王都に送ってくれ」

「それは・・・いいけれど、どうして私なの?」

「まず1つ目に、ガハルドは雫のことを気に入っているからな。俺の方から軽く脅しておいたとはいえ、まだ諦めたわけではないだろう。それと、誓約の首輪のことで恨んでいる奴も多いだろうからな。そう考えると、帝国にある程度歓迎されやすくて腕っぷしもある雫が適任だ。なに、余計なことをするようなら、俺の名前を出してくれ。雫に手を出したら、峯坂ツルギが黙っていないってな」

「っ・・・ずるいわよ。そんな、不意打ちで・・・」

 

雫も、僅かに頬を赤くしながら了承する。

 

「愛ちゃん先生と姫さんは、王都に行って演説で士気を高めて、使徒相手でも戦えるようにしてくれ。あと、リヒトも連れて状況説明を頼む。2人からの説得なら、俺たちが言うより受け入れてくれるはずだ。そして、戦場は神山前の草原にするから、住民の避難誘導もしっかりな」

「わかりました。そうなると、王都の住民は避難させる必要がありますね。ゲートが使えるとはいえ、4日で全住民の避難・・・急ぐ必要がありそうです」

「避難先は帝都にしてもらえ。兵士を引き抜く分、十分な余裕はあるはずだ」

「でずが、峯坂君。空を飛ぶ使徒相手に平原での戦いは不利なのでは・・・」

「空なら香織もリヒトも飛べるし、対空兵器や重火器なんかも用意してもらう。他にもいろいろと準備してもらうつもりだ」

 

そして、今度はクラスメイトの方に視線を向ける。

 

「野村!」

「ぉお!?」

「お前には、王都の職人や鍛冶師、土系統の魔法に適性がある者をまとめて、平原に簡易的な要塞を作ってくれ。要塞と言っても、でかい壁くらいの認識でかまわない」

「お、おう・・・ていうか、なんで俺の適性がわかったんだ?」

「俺なら見るだけでわかる。天職やステータスも含めてな。それはさておき、壁づくりは王都の専門家に詳しいことを聞いてくれ。後でお前専用のアーティファクトも用意してもらう」

「わ、わかった。やってみる」

「次に・・・」

 

そうして、俺はクラスメイト達に次々と指示を出していく。

なにかやることがあった方が緊張がいい具合にほぐれるだろうし、ハジメの兵器の扱い方の理解も多少はある。役目を果たしたやつから、兵器のレクチャーに入ってもらうつもりだ。

 

「あと、谷口と坂上は樹海に行ってハウリアとフェアベルゲンに事情を説明しに行って、戦える奴らを王都に送ってくれ。それが終わったら、谷口はハジメに連絡を入れてオルクスに迎えてもらって、時間いっぱいまで奈落の魔物を手なずけてくれ。坂上は、王都に残ってリヒトと一緒に鍛錬だ」

「わかったよ!」

「お、おう。わかったが・・・なんで俺だけ?」

「逆に聞くが、お前、魔法を、それも神代魔法をまともに使えるのか?」

「うっ・・・」

 

俺の指摘に、坂上は口をつぐむ。本人にも自覚があったのだろう。

だが、ここで終わりではない。

 

「坂上に魔物を手なずけるのは難しいだろうが、変成魔法にはリヒトが使っている“天魔転変”がある。これなら魔法の性質上、坂上と相性がいい可能性が高い。頑張って自分のものにしろ」

 

“天魔転変”とは、魔石を媒体に自分の体を魔物と同じものに作り変えるものだ。この魔法はその性質上、自分の体のことをよく理解している必要がある。

空手を習っていたらしい坂上なら、けっして相性は悪くないはずだ。

 

「おう。そういうことなら、わかったぜ!」

 

俺の説明に坂上も納得し、拳を打ち鳴らす。

ちなみに、俺は基本的に各所に細かい指示を飛ばしつつ、兵士の練度をできるだけ上げるつもりだ。ティアとアンナにも、その補助にまわってもらう。

一通り、今後の予定を話し終え、俺はハジメに視線を向ける。

 

「さて、今回の作戦、ハジメに負担をかけてしまうが・・・」

「構わねぇよ。あのクソ野郎を叩きのめすためなら、これくらい容易いことだ」

「頼もしいな。それで、今回の兵器作成だが・・・」

「おう、どうすればいい?」

 

ハジメは、俺に意見を求めるように真っすぐに見るが、俺はあえて突っぱねた。

 

「俺からは何も言わない。すべてハジメに一任する」

「あ?そんなんでいいのか?」

「構わない。すべて、ハジメの好きにしてもらう」

「・・・つまり、どういうことだ?」

「言い方が悪かったか?なら、敢えてこう言おう。今回、自重も遠慮も一切しなくて構わない。お前の思いつく限りの兵器を作ってくれ。なんなら、地形を変えるくらいのものを作っても何も言わん。すべて、お前の好きにしろ」

 

今回の兵器作成、俺は最初からハジメにすべて一任することにした。

兵器に限れば、俺なんかよりもハジメの方が頭が回る。下手に俺が口を出すよりも、すべてハジメに任せた方がいいだろう。

俺の言葉に、ハジメはようやく意図を察して、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。

 

「あぁ、そういうことなら任せろ。度肝を抜くような奴を、大量に用意してやる」

「任せるぞ。あと、こいつを持っておけ」

 

そう言って、俺は懐から鱗状の黒い物体を取り出してハジメに投げ渡した。

 

「これは?」

「さっきのティアの体組織の一部」

「ちょっ、なんてもんを渡してんだよ!」

「大丈夫だ。魔力を込めなきゃ何も起こらん」

 

まぁ、先ほどまで大暴れしたティアの概念を含んだものだから、安全とは言い難いが。

 

「だが、どうしてこいつを?」

「エヒトを殺す分には有効だと思ってな。雫が斬った時、こっそりくすねておいた」

「くすねるって・・・だいたい、こいつがどう役に立つってんだ?」

「さっきティアが発動した概念・・・“全テヲ喰ラウ獣”とでも呼ぶか。こいつは、変成魔法と魂魄魔法で対象の肉体、魂魄を分解したうえで、昇華魔法で情報体として再構築して取り込むってものだが、こいつをちょいといじくって、再構築ではなく消滅に持っていくように仕向けた。アルヴヘイトにも効いたんだ。エヒトにも効果は望めるだろう」

「なるほどな・・・まぁ、切り札はいくつあっても困らんし、もらっておくか」

 

ハジメも納得し、少しビビりながらも鱗を受け取った。

 

「さて、最後に・・・ハジメの方から、気の利いた言葉を頼むぞ」

「あ?ったく、しょうがねぇな・・・」

 

ハジメはガシガシと頭を掻きつつも、不敵な笑みを浮かべて全員に視線を向けた。

 

「敵は神を名乗り、それに見合う強大さを誇る。

軍勢は全てが一騎当千。常識外の魔物や死を恐れず強化された傀儡兵までいる。

だが、それだけだ。

奴等は無敵なんかじゃない。ティアがそうしたように、神も使徒も殺せるんだ。

人は、超常の存在を討てるんだよ。

顔も知らない誰かのためとか、まして世界のためなんて思う必要はない。

そんなもの、背負う必要なんてない。

俺が、俺の最愛を取り戻すために戦うように、ここにいる者全員がそれぞれの理由で戦えばいい。

その理由に大小なんてない。重さなんてない。

家に帰りたいから。家族に会いたいから、友人のため、恋人のため、ただ生きるため、ただ気に食わないから・・・なんでもいいんだ。

一生に一度、奮い立つべきときがあるとするのなら、それは今、このときこそがそうだっ。

今、このとき、魂を燃やせ!望みのために一歩を踏み込め!そして、全員で生き残れ!

それが出来たなら、ご褒美に故郷へのキップをプレゼントしてやる!

だから・・・・・・勝つぞ」

 

「「「「「「「「「「オオォォォォーーーーー!!!!!」」」」」」」」」」

 

そう締めくくって返ってきたのは、無数の咆哮だ。

戦意は十分。策もあらかた考えた。準備はこれからすませる。

さて、最後の戦争、そのための準備を始めるとするか。




原作では、2つの派生技能に目覚めたという話でしたが、自分にはどうしても2つ目を見つけることができませんでした・・・。
もし知っている方がいらっしゃるなら、教えていただけると嬉しいです。


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俺はどうすればいい?

「そういえば、峯坂さん」

 

それぞれ目的の場所に送り、俺は姫さんや愛ちゃん先生たちと王都に戻ったのだが、その姫さんから尋ねられた。

 

「先ほど、細かい指示を出すと言っていましたが、指示自体はどうやって出すのでしょうか?峯坂さん1人で各所に指示を出すのは難しいと思うのですが・・・」

「それについては問題ない。こいつを使う」

 

そう言って、俺は虚空に八咫烏を生成した。それも、たった数羽ではなく、軽く100羽くらい。

 

「これなら、問題なく指示を送れるぞ」

「な、なるほど。ですが、その数を維持するのは難しいのでは?」

「今の魔力体なら、肉体的なリミッターはほとんどないに等しい。単純な力比べはともかく、情報処理の容量ならほぼ無制限だな」

「そ、そうですか・・・」

「つーか、これくらいならハジメでもできると思うぞ?これくらいで驚いてんじゃねえよ」

 

俺はいったん八咫烏を消して、姫さんに呆れた表情を向けるが、俺以外の全員は俺に対して呆れた表情を向けていた。

 

「・・・なんだ、その目は」

「いえ、峯坂さんも大概だと思いまして」

「自覚がないのが、質が悪いのよね」

「峯坂君も、あまりハジメ君のことを言えませんよね」

 

ちょっと何を言っているのかわからないな。基本的にハジメを諫める側の俺がハジメと似たり寄ったりのはずがないだろ。

 

「・・・まぁ、王都侵攻の際も同じようなことをしていたしな」

 

ちょっと、リヒトも。賛同するようなことを言わなくてもいいだろ。3人も「うんうん」って頷いちゃってるし。

たしかに、あの時は俺もハジメと一緒にまとめて魔物の大軍を消し飛ばしたけど、だからって同類扱いしなくてもよくない?

 

「・・・まぁ、それよりもだ。さっさと事情説明と避難誘導を始めるぞ」

 

なんかこれ以上は何を言っても藪蛇になりそうな気がしたから、先を促す。時間は限られているのだから、あまり無駄話をしていられない。

4人は呆れの視線を向けてきたが、時間がないというのは理解しているから、先を急いだ。

ちなみに、今は俺たちの姿を見えないようにしているから、他から変な視線を向けられることはない。

そのままツカツカと歩いていくと、王都を出て行くことになって以来の謁見の間のたどり着いた。中から様々な声が聞こえているから、いなくなった姫さんのことについて議論しているのだろう。

俺が不可視の魔法を解くと、扉の前に立っていた兵士がギョッと俺たち、厳密には姫さんとその後ろにいるリヒトを見て武器を構える。

 

「姫様!ご無事でしたか!」

「早くお下がりください!そこの男は・・・」

「武器を下ろしてください。彼は味方です。詳しいことは中で話します」

 

姫さんがそう言うと、兵士たちは困惑しながらも武器を下ろし、謁見の間に続く扉を開けた。

扉を開けると、議論をしていたうちの1人が俺たちの方を見て驚きの声を上げた。

 

「ひ、姫様!ご無事でしたか!!」

「姫様!っ、その後ろの男は、まさかリヒト・バグアーか!」

「なんだとっ、我々を始末しに来たと言うのか!」

 

リヒトの姿を見たことで、場が渾沌に包まれるが、

 

「落ち着いてください!!」

 

姫さんの鶴の一声で、一気に静かになった。

それを確認してから、姫さんは説明を始める。

 

「彼は今は味方です。それよりも、緊急事態が起こりました。私たちが連れ去られてからの出来事も含めて、説明します」

 

そう言って、映像記録のアーティファクトを起動して説明を始めた。

ユエのこと、俺のこと、エヒトのこと、リヒトのこと、そして、これから起こる大侵攻のこと。

これらのことを飲み込むのにはやはりそれなりの時間がかかったが、ここにいるのは本当の歴史を知っているメンバーだ。リヒトのことも半信半疑ではあったが、一応は受け入れてくれた。

ここで、姫さんの説明を俺が引き継ぐ。

 

「このことは、ブルックのキャサリン、フューレンのイルワ、ホルアドのロア、アンカジのランズィ、フェアベルゲンの長老衆のアルフレリック、帝国のガハルドにも伝えて、戦力を提供してもらうつもりだ」

「はい。亜人族の皆さんとリヒトさんについては、まだ思うところがあるかもしれませんが、今は世界の危機です。私たちが一致団結しなければ乗り越えられません。そのことを念頭に置いたうえで、これからのことを説明します」

 

ここからは、主に姫さんから今後の予定を話していった。

さすがは王族というか、説明に一切のよどみがなく、すらすらとそれぞれの役割を伝え、細かい指示を飛ばしていく。

 

「ここでは以上です。後のことは追って連絡します。それでは、皆さんもお願いします」

「「「「「わかりました!」」」」」

 

そう言って、側近たちは足早に部屋を出て行ってそれぞれの持ち場に向かった。

 

「さすが、姫さんだな」

「そうだな。ここまで人心掌握をしっかりできる者は、そうそういない」

「これくらいは当然です。さて、次は愛子さんですが・・・」

 

俺とリヒトの感嘆の言葉に、姫さんは何でもないように言って、次の予定に移ろうとするが、俺が待ったをかける。

 

「いや、愛ちゃん先生の出番はまだだな。まずは避難誘導を済ませて、戦力を集める方を優先しよう。士気上げの演説は、兵士が集まってからでいい」

「それは・・・いえ、たしかにそうですね。今回の場合、あまり何回もやるのは好ましくありませんし」

 

姫さんも、すぐに意図を察する。

今回の戦い、一般兵士には特にきつい戦いになる。

入念に士気を上げようと何回も演説を行うようでは、余計な緊張を抱く可能性も0ではない。

それに、演説とは大人数でやればやるほど、その効果は大きくなる。最も兵士が集まったときに一気にやった方が、効果を望めるだろう。

すぐにやるにしても、市民の前と兵士の前の2回がベストだ。

となると、

 

「さて、兵士が集まるかハジメからアーティファクトが届くまでは、俺たちは暇になるが・・・」

 

専門外のことにはなるべく手を出したくないが、このまま何もしないのもあまり良くない。

ハジメのアーティファクトに関しては、砦作成組に能力を底上げするものを渡しただけで、他の武器や兵器はまだ十分な数がそろっていない。

とはいえ、少数ならすでに送られているから、やっぱり一部の隊長格の人間にあらかじめ教えておこうか・・・。

 

「「「ツルギ様!!」」」

 

そんなことを悩んでいると、不意に扉の方から俺の名前を呼ぶ大合唱が。

振り返ると、そこには大勢のメイド服の女性が。

 

「お前ら・・・」

 

そう、“ツルギ様専属メイド会”だ。口に出すのは、そこはかとなくためらわれるが。

 

「皆さん!大丈夫でしたか!」

「アンナも、無事で何よりです。怪我は大丈夫ですか?」

 

アンナが駆け寄ると、先頭に立っていたメンバーの中では最年長(そうは言っても、おそらくは20代前半)っぽいメイドさんが話しかけた。

 

「はい。あくまで捕縛が目的であったので、怪我はありません。他の攫われた方々も同じです」

「そうですか。皆様も無事で何よりです」

 

アンナの返答に安堵の息をつき、ついで俺に視線を向けた。

 

「こうして直接お話しするのは、初めましてですね。わたくし、“ツルギ様専属メイド会”のリーダーを引き受けております、ウェンディ・ルアンと申します」

「いつの間に統制が取れるようになったのかは敢えて聞かないでおくが・・・どうやら、鍛錬は怠らなかったようだな」

 

流れるような動作に、服の上から見た体つきだけでも、彼女たちが毎日鍛錬を欠かさなかったことがわかる。

後ろから「あれ?私のことは・・・?」という声が聞こえたが、今は無視した。

さらに、隣からジト目の視線を感じるが、今はスルーする。

 

「はい。ですが・・・まるで敵いませんでした」

「まぁ、今回ばかりは相手が悪かったからな。仕方ないと言えば仕方ないだろう」

「たしかにそうかもしれませんが・・・話を聞けば、その為すすべなく破れた敵が、今度は大勢、襲い掛かってくるということです。それなら、到底このままでいるわけにはいきません」

「・・・つまり、どうしたい?」

 

俺がそう問うと、ウェンディは眼差しに強い意志を込め、

 

「再び、私たちの指導をお願いします。それも、以前よりも厳しいものを」

 

その要求に、俺は即答せずにじっと見る。

 

「・・・期間は4日しかない。いや、休息を考えれば、どれだけ長くても3日あるかどうか、といったところだろう」

「でしたら、その3日間で2倍でも3倍でも強くなってみせます」

「・・・本当にその気なら、相当きついものになるぞ。それこそ、本番までにリタイアする奴が出てくるくらいにな。それでもやるか?」

「構えません。それに、その程度で脱落するほど、生ぬるい覚悟はしておりません」

「・・・それは、お前たちの総意ということでいいな?」

「はい。皆様が攫われた後、私たちで話し合って決めました」

 

ウェンディの言葉に、他のメイドたちも力強くうなずく。

アンナも、ウェンディと同じく力強い眼差しを俺に向ける。

・・・彼女たちの覚悟は受け取った。

ならば、

 

「わかった。なら、前よりも相当キツイメニューをくれてやる。途中でくたばるなよ!」

「「「「はい!」」」」

「決戦のときまで残ったら、特別な装備も用意してやる!気張っていけよ!」

「「「「はい!」」」」

「いい返事だ!なら10分後、城内の訓練場に集合!各自、動きやすい戦闘に適した服装を用意して着替えておけ!」

「「「「はいっ!!」」」」

 

俺が号令をかけると、アンナやウェンディも含んだメイドたちは一礼してから、謁見の間を後にした。

・・・さて、そろそろ殺気に近い視線を向けているティアと「全員、私の方を見てくれない・・・私、王女なのに・・・」と暗いオーラが駄々洩れになっている姫さんにも構わないとな。

 

「・・・言っとくが、俺のせいばかりにされても困るぞ」

「でも、元をたどればツルギの普段の行動の結果よね」

「うぐっ・・・」

 

それを言われると、強く言い返せない。

俺にその気がなくても、相手の方が俺の知らないところでそういう行動を起こしているし、何より相手にまったく悪気も悪意もないから「やめてくれ」と強く言うこともできない。

「どうにかしたい」というのが俺の本音ではあるが、「どうしようもない」というのが現実であるだけだ。

ついでに言えば、

 

「それに・・・増えてたわよね?明らかに」

「・・・そう・・・だな・・・」

 

例のメイド会の人数が、明らかに増えていた。

以前は40人ほどだったが、ついさっき見た限りは60人ほどに増えていた。この場に来なかった人がいる可能性を考えれば、もっと増えるかもしれない。

いつの間に増えてたんだよ。ていうか、増えた分のメイドさんたちも他と変わらない洗練された動きになってるとか、俺はどう受け取ればいいんだ。

俺は(お姉様)じゃないんだぞ。

 

「ていうか、姫さんは知らなかったのか?人数が増えていたの」

「・・・いろいろと雑務をこなしていたので、見落としていました・・・それに、私の仕事を手伝ったりしてくれていたので、あまり気にしてなかったと言いますか・・・」

 

あぁ、姫さんも大変だったんだな。その結果があれだけど。

まぁ、それはともかくだ。

 

「俺は、いったいどうすればいいんだ・・・?」

「どうしようもないんじゃない?それか、責任をとって彼女たちの面倒を見るか」

 

ですよね~。

くっそ・・・これをハジメに知られたらなんて言われるか・・・。

それに、例のメイド会のメンバーって基本的に若手のメイドさんが集まってるわけだし、他のメンバーからも何を言われるか・・・。

ていうか、面倒を見るって言ってもどうすればいいんだ?まさか、数十人のメイドさんを日本に連れていくわけにもいかないだろ?

 

「はぁ・・・胃が重い・・・いや、重くなる胃もないけど・・・」

 

今の俺の魔力体は、基本的に魔力の塊であって、臓器とかそういう類は一切ないし筋肉とかもないから、基本的に物理的な痛みや疲労は感じない。

感じない、はずなんだがな・・・。

なのに、お腹の辺りが重くなっているのはどういうことなのだろうか・・・。

まぁ、このことは全部終わらせてから考えることにしよう。

新しい頭痛と腹痛のタネがやってきたし。

 

「・・・いるのはわかっている。来るなら来い」

 

俺が扉の方に向かって呼びかけたのを見て姫さんは首を傾げていたが、すぐに顔を引きつらせることになった。

なぜなら、今度は大量の女の騎士がなだれこんできたから。

特に、その先頭にいる女性騎士を見て驚いていた。

 

「ちょっ、あなた!こんなところで何をしているんですか!?」

「知り合いか?」

「えっとですね・・・元、私の近衛騎士です。ついでに言えば、クゼリー直属の部下でもあります」

 

クゼリーってのはたしか、今の騎士団長殿だったな。そういう話を聞いたことが・・・。

ん?()

 

「・・・今は?」

「・・・クゼリー直属の普通の騎士です。雫関連でトラブルを起こしすぎて、降格処分を与えたのですが・・・」

 

懲りるどころか、さらにやる気に満ち溢れているんだが。

ていうか、まーた義妹かよ、めんどくせぇ。

 

「んで?何の用だ?」

 

とりあえず、決戦前に無駄に戦力を削りたくないから、まずは話し合うことにする。

俺もね?問答無用で即斬るわけじゃないし?穏便に済むならそれに越したことはないと思ってるわけなんだよ。

あとは、相手が話し合いに応じてくれるかどうか・・・。

 

「決まっているのであります・・・今日こそ、お姉様からあなたという害虫を排除して」

「そこで害虫らしく潰れとけ」

 

早々に話し合いを諦めて、俺は重力魔法で連中を潰した。

もちろん、床のシミにしたわけではない。少し床にめり込むくらいだ。体感的には10倍くらいか?

 

「んじゃ、姫さん。さっさと外に出よう。残念だが、すでに数十人は使い物にならないことがわかっちまった。その分の戦力の補強を考えるとしよう」

「あ、はい」

 

あくまで無視を決め込む俺に姫さんは反射的に頷き、俺たちとともに扉へと歩き始めた。

扉の前で潰れた義妹は、空間魔法でどかした上で重力魔法をかけなおした。今の重力を固定しておいたし、決戦が終わるまでは、ここでこうしてもらおうか。

だが、

 

「な、なめるなでありますぅ!」

 

こともあろうに、義妹共は10倍の重力の中で立ち上がろうとした。

どういう根性をしているんだ、こいつら?

というわけで、

 

パチンッ

「「「ふぎゃっ!?」」」

 

重力を20倍に引き上げた。なにやらミシミシと音が鳴っている気がするが、気のせいだろう。

 

「さて、姫さん。早く行くぞ。時間は限られているんだからな」

「ハイ、ソウデスネ」

 

姫さんの眼から生気が消えて片言になった。

ティアも、ゴミ虫を見るような、というほどではないが、それに近い眼差しを送っている。

っつーか、義妹共も増えてないか?襲撃してきた人数が前よりも増えているんだが。

まさか、決戦の最中に背後からこいつらに刺されたりしないよな?

・・・できれば迅速に、このことを雫に話して対処してもらおう。少なくとも、決戦の最中に横やりを入れられることはないはずだ。

・・・多分、きっと。




「うおっ!き、君たちはいったいどうしたのだ?」
「いえ、お気になさらないでください。私たちも、こちらに用がありましたので」
「? そ、そうか・・・」

扉の外で待機していた大勢のメイドに一瞬ビビる官僚たちの図。

「ぬあっ!?お前たちも、いったいなんだというのだ!?」
「気にしないでくださいであります。少し害虫駆除をするだけでありますから」
「そ、そうか・・・?」

この後、大勢で待機している“義妹結社”にもビビる。

~~~~~~~~~~~


やはり、オリジナル回は何度書いても難しいものですね。
合宿免許に行っていて時間がとりづらいからというのもありますが、なかなか進みません。

それとお知らせなのですが、このままツルギ視点のままだと、神域組と使徒迎撃組って完全スルーになっちゃうんですよね。
ですが、雫パーティーと迎撃組には少なからずオリジナル要素があるので、完全無視というのも気が引けます。
ということで、いっそアンケートでどうするか決めてもらおうということにしました。
選択肢としては、

・両方無し
・雫パーティーのみ(オリ要素少なめ)
・迎撃組のみ(オリ要素そこそこ)
・両方書いて!

という感じです。
期日は未定ですが、目安としては最終決戦直前に締め切るつもりです。
ハジメパーティーの方はほぼオリジナル要素はないので、今のところがっつりは書かない予定です。
また、あくまで参考に、という形ですが、ご要望があればできる範囲で応えるつもりです。


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俺は悪くねぇ!

10分後、訓練場に向かうと、そこには総勢100名近くの女性が整列して待っていた。

顔ぶれからして、おそらくメイド会のメンバーだろう。

俺の言った通り、動くのに問題ない服装になっているが・・・さすがに、多すぎやしないか?

 

「・・・ねぇ、ツルギ。どうなっているの?」

「・・・んなもん、俺が聞きたい」

 

その増殖力、義妹に勝るとも劣らない。

まさか、義妹共とは違う意味で頭を抱えることになるとは・・・。

しかも、すでに全員分の得意武器の情報をまとめていて、それをレポートにわかりやすくまとめていた。

一応、そのレポートに沿って、ハジメの方に追加の装備の製作を依頼しておいたが、後で何を言われるか・・・。

ただでさえ、連絡入れた時に訝し気にしていたのに、この現状を見たらどうなることやら。

だが、俺から鍛えると言った以上、投げ出すことはできない。

俺は意を決して、咳払いしてから口を開いた。

 

「ゴホンッ・・・どうやら、全員集まったようだな」

「はい。“ツルギ様専属メイド会”、総員103名、全員集まりました」

 

103人・・・いったい、どこからそんな人数が集まったのか。

 

「さて、まずは念のために、現状の説明から入る」

 

始めに、まずは現状の説明を行うことにした。

内容は、ほぼ謁見の間で言ったことと変わらない。

やはり、俺が1回死んだということは、少なからず動揺があったが、ここで俺がこうして話していることと、体は必ず取り返すという説明ですぐに立て直した。

もうね、すごい優秀。

 

「以上が、この世界の現状だ。質問がある者は?」

「はい。私たちはどこに配属されることになるのでしょうか」

 

俺の問い掛けに、ためらいなく1人のメイドさんが挙手して質問してくる。

わからないこと、気になることがあれば、迷わずに質問する。簡単そうに聞こえて、実はなかなかできないものだが、逆にメイドさんがそんなんでいいのか?余計な口答えは場合によっては主を不快にさせることもあるから、基本的に主に対して身の回りの世話以外の質問などをすることはないと聞いた気がするが・・・。

まあ、今はこういう胆力も悪くないから、べつにいいか。

 

「お前たちには、遊撃を担当してもらう。少数部隊として動き回って、窮地に立っているところを助けるんだ」

 

最終的に、連合軍の戦力は数十万に及ぶだろうと聞いている。その中で103人というのは、1部隊にするとしても少ない。

だが、人数が少ないということは、他と比べて自由に動き回れるということでもある。

それに、各人の状況判断能力も高い。

であれば、1か所に集中させるよりかは、あえて分散させて遊撃部隊にして、自由に動き回って使徒や魔物を討ってもらう方がいいだろう。

幸い、実力も相応にある。ハジメのアーティファクトも追加すれば、使徒相手でも十分立ち回れるだろう。

 

「前は基礎トレだけだったが、今日から3日間は徹底的に実戦的な技術を叩き込んでいく。それと並行して、連携の訓練も追加するからな。始めに、10グループに分かれてくれ」

「「「はい!」」」

 

俺がそう言うと、まるですでに決められているかのようによどみなく動き、あっという間に10個のグループに分かれた。

 

「分かれたな?今のメンバーで迎撃に参加してもらうから、しっかり覚えておけよ」

「「「はい!」」」

「それじゃあ、これから指導を始める。しっかりついてこいよ!」

「「「はいっ!!」」」

 

威勢のいい返事とともに、俺はメイドたちへの指導を始めた。

その最中、ティアからの視線がかなり痛かったが、何とかしてスルーした。

 

 

* * *

 

 

昼頃に始めた指導も、気が付けば夕暮れまで続けていた。

 

「・・・止めっ!」

「「「は、はいっ!」」」

 

始めてからみっちり体を動かしただけあって、さすがに全員疲労の色が濃い。

だが、ほぼ全員が荒くなった息を整えていても、その場に座り込む者は誰もいない。基礎がしっかりしている証拠だ。

 

「よし、今日はここまでだ。各自、しっかり休息をとるように」

「「「はい!」」」

「それと、明日からは俺はハジメの武器のレクチャーに回る。続きはこの八咫烏越しで指導をするから、そのつもりで」

「「「はい!」」」

 

つい先ほど香織からハジメが本格的にアーティファクトの製作に入ったと連絡があった。明日からは、そのレクチャーもしなければならない。

幸い、明日教える人数はそこまで多くないから、できるだけ早めに使える人間を増やして、大勢で教えれるようにしていこう。

 

「連絡事項は以上だ。それじゃあ、解散!」

「「「はい!ありがとうございました!!」」」

 

元気のいい返事とともに、メイドさんたちは解散した。

ようやく、肩の荷が下りた気分だ。

なにせ、

 

「・・・終わった?」

「終わった。終わったから、そろそろ、その目をやめてくれ」

 

指導を始めてから、ずっとティアが俺のことをジト目で見てきたからな。

一応、邪魔にならないところにいたとはいえ、存在しないはずの俺の胃がキリキリと悲鳴を上げていて、そろそろ限界が近かった。

 

「言っとくが、あくまで必要だからやっているだけだからな」

「・・・本当に?」

「当たり前だろ?」

「・・・実は、ちょっとノリノリでやってるんじゃないの?」

「・・・気のせいじゃないか?」

 

実はちょっとだけ、指導に熱が入ってたりするのは事実だ。だって、全員教え甲斐があるし。

だからといって、ノリノリで指導しているわけでは断じてない。

だが、ティアはまだ疑っているようで、疑念の眼差しを俺に向け続ける。

うーむ、どうしたものか・・・。

悩んでいると、救いの念話がはいってきた。

 

『ツルギ、ちょっといいかしら』

「雫か、どうした?まさか、ガハルドとなんかあったか?」

 

内心で「助かった!」と思いながら、あくまでいつも通りに会話する。

 

『いえ、協力も無事得られたし、ツルギの名前を出したら少しは大人しくなったのだけど、その皇帝陛下が、ツルギに会わせろって言ってきたのよ』

「はぁ?」

 

ガハルドが、俺に?心当たりはなくもない・・・いや、結構あるが、この期に及んでなんか文句でもあんのか?

 

「・・・わかった。すぐに行くと伝えておいてくれ。今はどこにいる?」

『すでに王城の中よ。謁見の間にいるわ』

「あいよ」

 

それだけ言って、俺は念話を切った。

 

「話は聞こえてたと思うが・・・なんだろうな?」

「さぁ・・・ツルギの場合、呼ばれそうな理由の方が多いと思うけど・・・」

 

おいおい、随分な言い草だな。俺も似たようなことは考えたけど。

さて、皇帝自らが用があるとは、いったいどういうことなのか・・・。

 

 

* * *

 

 

謁見の間に入ると、そこにはすでに何人かの重役が揃っていた。その中には、ガハルドの姿もある。

 

「来たか、峯坂ツルギ」

「おう、来てやったぞ、ガハルド」

 

特に敬うでも遠慮するでもなく、タメでガハルドに話しかける。

このことを知らない人なんかは軽くギョッとしてたが、ガハルド本人が気にしていないのだから別に問題ない。

 

「んで?話ってなんだ?」

「あぁ。まずはこいつを見てくれ」

 

そう言ってガハルドは、1枚の紙を取り出して俺に渡してきた。

パッと見は、署名書みたいに名前が40個ほど並んでいるだけのものだ。

 

「そこに書いてある名前に、心当たりはないか?」

「心当たりって言ってもな、そもそも帝国の知り合いなんてほとんどいないぞ?」

 

それに、見た感じはほとんど女性の名前だ。帝国で会った女なんて、冒険者ギルドのやる気のない受付嬢と帝城で世話になった数人しかいない。

少なくとも、帝国でこんな大勢の女性と関わったことはないんだが・・・。

首をひねっていると、ガハルドの方から答えが出された。

 

「そこに書いてある名前は、俺の城の中で、お前に仕えたいと志願している若手メイドのリストだ」

「アウチッ!!!!」

 

ガハルドからのカミングアウトに、俺は思わず額を思い切りテーブルにたたきつけた。

え?なに?そっちでも増殖してんの!?

 

「もう一度聞くぞ、峯坂ツルギ。お前に、心当たりは、ないか?」

「あるわけねぇだろ!っつーか、そっちもかよ!!」

「あ?そっち()?」

 

俺の言い方に引っかかったのか、そこを尋ねてきたガハルドに例のメイド会のことを話した。

終始、ティアから発せられる、もはや殺気一歩手前の気迫と、雫から向けられる名状しがたい視線を背中に感じながら。

説明を終えると、ガハルドはそう言えばと手を額に当てた。

 

「そういやぁ、奴隷解放の救援を王国に頼んだ時、帝城の足りない防衛の穴埋めとして、何人かそっちのメイドがあてがわれたな。ずいぶんと高い戦闘技術を持っていると思っていたら、てめぇの仕込みだったのかよ・・・」

「たぶん、それを見て憧れた向こうのメイドが話を聞いて、参加を志願したってことだろうな・・・」

 

2人揃って、思わず頭を抱えてうなだれる。

いや、俺だってね?そんなつもりで指導したわけじゃねえんだよ。結果的に、こうなっちゃったってだけで。

 

「・・・で?どうするつもりだ?」

「・・・んなもん、俺が知るかよ・・・」

 

別に、問答無用で断るとは言わないが、だからといって、これ以上増やすのもな・・・。

それに帝国としても、今の人手不足の状態で、メイドとはいえ、さらに人員を減らすわけにもいかないだろう。

だが、それでこのまま帝城の方にいさせると、さらに増殖する可能性が0じゃないってのがまた・・・。

とりあえず、今のところは今回の迎撃に限ってこっちで戦闘の指導を行い、終わったらガハルドの方に戻すことを決めた。

メイド会のメンバーの増殖については、もういいやってことになった。どうせ何をしても増えるだろうし、俺がいなくても、ある程度の練度までは鍛えることができるみたいだし。少なくとも、ちゃんと自分の仕事をしてくれる分には、ガハルドも文句はないとのことだった。

どちらかと言えば、そう言わざるを得ないって言う方が正しいんだろうけど。

さて、

 

「「・・・・・・・・・」」

「オーケー、ちゃんと話は聞く。聞くから、ちょっと力を弱めてくれ。マジで壊れそう」

 

俺はこれから、黒いオーラを駄々洩れにしながら俺の肩をがっちりと掴むティアと、顔を伏せながら腕をへし折らんとばかりにしがみついてくる雫、この2人ときちんとOHANASHIをしなければならない。

覚悟を決めなきゃな・・・。

あと、ハジメに装備の追加を頼まないと・・・。

 

 

* * *

 

 

あの後、俺とティア、雫は王宮にあてがわれた自室に移動し、2人の心が済むまで話をすることになった。

話というか、愚痴と文句と注意とその他諸々を一方的にまくし立てられるだけだが。

結局、2人が落ち着いたのは深夜になってからで、最終的に俺を抱き枕にして眠ってしまった。

半ば自業自得な部分があるとはいえ、大変な目にあったな。

 

「やれやれ・・・さて、そろそろいいかな」

 

2人が完全に眠りについたのを確認した俺は、少し離れたところに新しい魔力体を生成し、本体の意識を移した。

こうすれば、ティアにバレず、様子を把握したまま離れたところで活動できる。

ほぼ全員が寝静まっている中、俺はそっと王城の外に出て、中庭へと向かった。

動くのにちょうどいい広さの場所まで移動した俺は、両手に双剣を持って素振りを始めた。

ここに来たのは、今の身体の感覚をより掴むためだ。

できるだけ動く分には生身と変わらないよう、最初に調整したが、やはり少なからず意識と動作の間にわずかにラグがあった。

最終的には前の体よりも動けるようにするためにも、空いた時間でできるだけ感覚をつかんで調整していきたい。

俺は目を閉じて意識を自分の内側に向けながら、ひたすら双剣を振るう。

そこで今の魔力体と俺の魂魄のズレを探し、見つけた端から修正・最適化していく。

即興で用意したこともあって、思った以上に誤差が見つかったが、1時間ほどで見つけた誤差はあらかた修正した。

その辺りで、俺はいったん動きを止めた。

 

「ふぅ。さて、ここからさらに動きをよくするには・・・」

 

先ほど修正した点を念頭に置きながら、さらに動きをよくするために必要な修正箇所を考える。

幸い、今の身体なら肉体的な疲労はほとんど考えなくていいから、存分に徹夜ができる。

動作と意識のリンクはしっかりしたから、今度は魔力の回路を重点的に確認するか・・・。

 

「ツルギ様、少しよろしいですか?」

 

物思いにふけっていると、後ろから声をかけられた。

そこには、タオルと軽食を両手に持ったアンナが立っていた。

 

「アンナか。きちんと休んでおけって言っただろ?」

「それはそうなのですが、偶然、外に向かうツルギ様を見かけたので、タオルと軽食を持ってきたのですが・・・」

「悪いが、今の俺は汗をかかなければ、食事も必要ない状態だからな。用意してもらってなんだが、自分で食べてもらっていいか?」

「はい。このまま捨ててしまうのももったいないですしね」

 

そう言って、アンナはその場に女の子座りをした。

 

「戻らないのか?」

「準備をしている間に、少し目が覚めてしまいましたから。なので、もう少しここにいようかと思います」

「別に見てて面白いものはないが、わかった。だが、早めに寝るようにしておけよ。明日も早いからな」

「はい」

 

そう言いながら、アンナは持ってきたサンドウィッチを食べ始めた。

 

「・・・自分から言っといてなんだが、夜中の食事は太るぞ?」

「女の子にその話題はマナー違反ですよ。それに、どうせ太る暇もないでしょうから」

 

たしかに、俺のスパルタ成分多めの指導をしていたら、不要な脂肪は燃焼されることだろう。

一応、健康に害がでないレベルの体脂肪率に抑えるつもりではあるが。

だから、アンナももしゃもしゃとサンドウィッチをほおばっていく。

その光景を見て、俺は思わず笑みを浮かべた。

 

「? どうかしたのですか?」

「いや、俺が王都から出る前のことを思い出してな。召喚されたばかりの頃も、こうして夜や早朝に俺が鍛錬をしていたら、アンナが軽食やタオルを持ってきてくれただろ?」

「言われてみれば、たしかにそうですね」

 

俺たちが召喚されたばかりの頃、俺はこうして1人で素振りをしていたが、その時はいつもアンナが軽食やタオルを持ってきてくれた。

就寝前とはいえ、体を動かした後は少なからず汗をかくし腹も減るから、何気にありがたかったりした。

まぁ、その時はまさか、他のメイドさんからもその様子を見られているとは思わなかったが・・・。

そこでふと、俺はあることが気になった。

 

「なぁ、ふと思ったんだが・・・」

「はい、なんでしょうか?」

「どうしてアンナは、あんな風に俺を慕ったんだ?少なくとも、初対面の時はそこまでだったと思うが・・・」

 

もちろん、初対面の時にアンナが俺のことを疎ましく思っていたというわけではないが、他のメイドさんたちと同じ、神の使徒であるからという側面が強かったように見えた。

少なくとも、今のように俺のことを信奉しているということは、なかったように思える。

こうなったのは、具体的には何とも言えないが、召喚されて少ししてからか。最初の時も、アンナが俺の朝と夜の鍛錬に軽食とタオルを用意してくれたのが発端だった。そのときを皮切りに、積極的に世話を焼いてくるようになったのだ。

そう尋ねると、アンナも上を見上げながら答えてくれた。

 

「そうですね・・・やはり、他の使徒様方と違ったから、でしょうか」

 

そう言って、アンナはぽつぽつと語り始めた。

 

「最初の頃は、ほとんどの方が自らが力を持っているということに浮ついているご様子でした。それは、勇者様も同じでしたよね?」

「あぁ、たしかにそうだな」

 

なにせ、自分には力があるから世界を救えるなどと、本気で思い込んでいたくらいだし。今となっては、むしろこの世界に対して牙を剥いているというのに、そのことに気づいてすらいないが。

そして、他のクラスメイトも、日本ではまずありえないだろう超常の力を使うということで、少なからず高揚していた。

 

「ですが、ツルギ様だけは違いました。自らの力に浮つくこともなく、ただ真摯に向き合って、ご自身を鍛えることにわずかな妥協もしませんでした。それに、この世界のことを知るために、空いた時間で図書館に赴き、様々な本を読んで知識を蓄えておりました」

 

・・・あれ?そのことも知ってたのか?

誰かに見られてた気はしなかったんだが・・・いや、そもそも香織にも気づいていなかったけど。

 

「そのどこまでも妥協しない姿勢を見て、私は、この方を支えたいと思ったのです」

「そうか・・・いや、だが、それだけというわけでもないと思うが」

 

話を聞いた限りだと、それだとあくまで“憧れ”の範疇にとどまる気もする。

それはアンナも分かっていたのか、さらに言葉をつづけた。

 

「はい。私は、その妥協しない姿勢を見た上で・・・とても必死なのだと思ったのです」

「あ?」

「自らを鍛える時、ツルギ様はいつも必死で、何かに怯えているように見えました。それが、自身の死が恐ろしかったのか、何かを失うのが恐ろしかったのか、その理由までは察することができませんでしたが・・・それを見て、このお方はとても強くて、弱い人なのだと思ったのです。だから、私はツルギ様を支えたいと、心から思ったのです」

「・・・なぁ、俺ってそんなにわかりやすいのか?」

「人によるのでしょうが、私以外にも気づいた方もいらっしゃいますよね?」

「・・・あぁ、そういやぁそうだったな」

 

ティアもそうだし、イズモも然り、愛ちゃん先生も然り。なんなら、ユエたちにもティアに暴露する前からバレていたっぽいし。

やっぱ俺って、わかりやすい人間なのか・・・。

弱い自分なんて見せていないと思っていたのは、自分だけだったのか・・・。

そんな俺の内心すらも見透かしたのか、アンナは苦笑を浮かべた。

 

「ツルギ様の内心を理解しているお方は、そう多くはないと思いますよ。事実、他の使徒様方は気づいておられないでしょう?」

「まぁ、そうだな」

「ですから、私が支えようと決心したのですが・・・次に会ったときには、すでに恋人ができていらして、さらにイズモ様や八重樫様とも関係を進めていらっしゃる様子で」

「いや、イズモはともかく雫はそんな、まだ・・・」

「なるほど、イズモ様と深い関係になったのは否定せず、八重樫様がまだということは、まだ一方的に思いを寄せられているということなのですね?」

「・・・反論のしようもございません・・・」

 

やっぱ、俺ってわかりやすい人間なんじゃないか。

ごくごく少数なんだろうとはいえ、こうまで内心を見透かされてしまうというのも、かなりはずい。

思わず頭を抱えていると、不意にアンナが立ち上がって俺に近づき、

 

 

 

「ですから、私がこのようなことをしても構いませんよね?」

 

 

ふわりと、俺の額にそっと口づけをした。

 

 

 

「・・・は?」

「では、これで失礼しますね」

 

そう言うと、アンナは空になったバスケットを持ち、さっさと城の中へと戻っていってしまった。

わずかに、頬と耳を赤くしながら。

・・・とりあえず、

 

「・・・俺もハジメのことを言えないな」

 

主従関係の間とか、それこそ生徒と教師の間と変わらないレベルの禁断の恋愛じゃんか。

ていうか、また断ってもしつこく来るパターンだな?

・・・ティアとイズモになんて説明しよう。あと、雫にも。




「・・・あれは、どう思う?」
「・・・ギリセーフ、ってところかしら」
「・・・下手したら、ティアよりも長い間、ツルギのことを好きでいたってことになるのよね」
「・・・今後のことは、イズモとも要相談ね」

実は、こっそり覗いていたティアと雫の図。

~~~~~~~~~~~

ツルギの指導の仕方が、どことなく自動車免許の教習にみたいに見えました。
最初は敷地内で教官が一緒に乗って、慣れたら今度は無線越しで1人で乗ってみよう、みたいな。
それで、最後は実際に路上(戦場)でやってみようかー、って感じ。

メイド会の増殖は収まることを知りません。
たぶん、数だけなら後にハジメが設立したメイドさんたちよりも多くなるかも。
ていうか、ツルギ派閥とハジメ派閥に二分しそう。若手組と熟年組で。

書いていて思ったのが、ツルギってある程度距離が近い人間にはとことん自分を隠すことができないっていうか、見透かされやすい人間なんだって感じですよね。
こういう人が、将来的にたらしになるんだなって。
とはいえ、ここまで内心を見透かす人物は限られてきそうですが。
ある程度区別するなら、ファンと親友または恋人で、剣の理解度に大きな差が現れるといったところでしょうか。
かっこいいところしか見ていない人物と、かっこいいところもかっこわるいところも両方見ている人物とでは、受け取り方が違ってきますからね。
そして、ツルギは心の底では理解者を求めているため、ティアたちのような女の子に対して、強く断ることができないといったところでしょうか。


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一通りの作戦

翌朝、俺はティアと雫が目覚める前に元の体に戻った。

なんだか、すごい不満気な表情になっていたが・・・。

 

「・・・なぁ、なんでそんなに不機嫌なんだ?」

「・・・べつに」

「・・・なんでもないわよ」

「? そうか・・・」

 

どっからどう見ても何かある感じだが、これ以上探るのは地雷な気がするから、ここでは放っておくことにしようか。

微妙な雰囲気のまま訓練場に向かうと、そこにはすでに選抜された指揮官が並んでいた。その中には、ガハルドの姿もある。

ハジメのアーティファクトもすでにいくつか用意されている。

すると、ガハルドは俺に気づいて振り向いた。

 

「おい、峯坂ツルギ。朝っぱらから女2人を侍らせながら来るとは、いい度胸をしてるなぁ、あ?」

「で?それが?それで終わりなら、ちょっと引っ込んでろ」

「・・・ちっ。ちっとも悪びれねぇのかよ」

 

雫をとられたことが気に入らないのか、単純にマウントをとろうとしているのか、ガハルドがやけに喧嘩腰で突っかかってくるが、そこまで強気になってくることはない。立場を理解しているようでなによりだ。

ちなみに、雫をついてこさせるようにしているのは、わざとだ。ガハルドが事あるごとに雫にちょっかいを出すようになるくらいなら、最初からこうした方がいい。

 

「さて、自己紹介は姫さんと先生から話があっただろうから省くが、俺たちでこのアーティファクトの使い方を教えていく。あんたらに教えた後は、他の兵士への指導も手伝ってもらうから、そのつもりで頼む」

 

俺の説明に、ここに集まっている指揮官たちが眉をひそめた。

ありゃ?もしかして、本当は話が通ってなかったやつか?いや、俺のことはすでに話したって、姫さんから直接聞いた。

となると、あれか。単純に俺のことが気にくわないないのか、それとも口調の方が気に入らないのか。

まぁ、王都侵攻の時は助けたとはいえ、指揮官と言えど兵士の人間にはエヒトの真実は聞かされていないし、それ以前に国王と教皇の射殺未遂もあるから、当然と言えば当然かもしれない。

だが、この事態でそういう風に思われるのは、ちょっと良くないんだけどな・・・。

どうしたものかと思っていると、意外にもガハルドの方から助け舟が出た。

 

「あぁ、俺の方はそれで構わねぇ。だから、さっさとそいつらの使い方ってのを教えろ」

 

人間族の迎撃軍の中では、まず間違いなく最強であろうガハルドから俺を受け入れると公言したおかげで、他の指揮官も内心はともかく、表面上は俺の言うことを聞く気になった。

やはり、弱肉強食の国のトップに立つ人間なだけあって、兵士の扱い方はかなり上手い。

それなら、今回はガハルドには存分に頑張ってもらうことにしようか。

 

「わかった。なら、まずはこいつからだな」

 

そう言って、俺は並べられている武器の中から、1本のバスターソードを持ち出した。

 

「見た目は、ただの長剣にしか見えないが?」

「見た目はな。こいつは“高速振動剣”ってやつでな。ギミックを起動させると、刃が高速で振動するようになっている」

 

そう言って、俺は刃を縦に立てて、ギミックを発動させた。

よく見れば、刃が細かく振動していることがわかる。

 

「なるほどな。だが、これに何の意味があるってんだ?」

「単純に、切れ味が上がる。試しに、そうだな・・・ティア、そこの石レンガを持ってきてくれ」

「はいはい」

 

ティアに指示を出すと、返事をしながら近くにあった石レンガを持ってきてくれた。

ちなみに、なぜティアに頼んだのかと言えば、その石レンガは普通なら持ち上げることはできない、そりに乗せてようやく運べるかどうかというサイズのものだからだ。おそらく、筋力トレーニング目的のものだろう。

その軽く数百㎏はあるだろう石レンガを、ティアはひょいと持ち上げて俺の前に置いた。

 

「・・・さて、この石レンガだが、こいつを一般兵士が斬れると思うか?」

「・・・無理だな。ちっせえのを斬れる奴ならそれなりにいるかもしれんが、このサイズだと俺やメルドでもやっとってところだ」

「だろうな。だが、こいつを使えば・・・」

 

言いながら、俺はバスターソードを石レンガの上に軽く乗せる。

それだけで、長剣はバターのように石レンガを切り裂き、すぐに刃が地面に着いた。

これには、ガハルドたちも驚きをあらわにする。

 

「こんな感じで、簡単に切れる」

「・・・お前は、何も特別なことはしていないんだな?」

「あぁ、ただ乗せただけだ。なんなら、自分で試してみるか?」

 

そう言って、俺は高速振動剣をガハルドに投げ渡した。

 

「うぉい!危ねぇぞ!」

「今はギミックを起動させていないから大丈夫だ。刃自体は、丸太程度なら斬れる、少し薄い普通の刃でしかない。ギミックは、柄についているボタンでオンオフができる」

「丸太を斬り落とせる時点で、普通ではないがな・・・」

 

辟易しながらも、ガハルドはギミックを起動させて、刃を軽く石レンガに乗せた。当然、先ほどと同じように石レンガをスライスしていく。

それで、このバスターソードが本物だと理解したのか、ガハルドは興奮気味に眺める。

 

「お~、こいつはいいな!おい、峯坂ツルギ!」

「やらんぞ」

「・・・まだ何も言ってないだろうが」

「てめぇが何を考えているかくらい、すぐにわかるっての」

 

もっと言えば、ハジメ製のアーティファクトは今回の戦いが終わったらすべて廃棄する予定なのだが、それはまだ言わない方がいいだろう。

ここで変に拗ねられても困る。

あまりこの話題を続けないためにも、俺は機能の説明を再開した。

 

「あー、そうそう。この振動なんだが、魔力そのものにも効果が及んでいる。使徒に攻撃するときは、このギミックを忘れずに起動させるようにしろよ」

「なぜだ?」

「使徒には、分解っつー固有魔法がある。こいつの前には、並みの魔法も武器も通用しない。なにせ、物体・魔法どちらにも関わらず、触れた瞬間に塵にされちまうからな。だが、他の鎧なんかもそうなんだが、これらのアーティファクトなら、それを軽減することができる。お前らが使徒と戦う場合、これは必須だ」

「なるほどなぁ・・・ちなみに、参考までにどんなもんか、聞かせてもらっても?」

「多分だが、王都侵攻の時と同じままなら、単騎で王都の結界も余裕でぶち抜くぞ。ほぼ無限に出てくることも考えたら、出てくる数によっては3枚同時抜きもあり得るか」

 

俺の推測に、さすがのガハルドも顔を引きつらせる。

改めて、自分たちが戦う敵の規格外さを認識したようだ。

 

「当然、問答無用で虐殺されないように策は練るし、相応のアーティファクトを用意する。まぁ、その辺りを考えるのはハジメだけどな。もちろん、俺も協力する。それじゃ、こいつの使い方の説明に戻るが、コツとしては斬るときには、できるだけ力を抜いたほうがいい。ハジメが作ったアーティファクトだからちょっとやそっとじゃ壊れないだろうが、それでも消耗は早くなるだろう」

「そいつはわかった。なら、二刀流なんかにするのもありなのか?」

「できるっちゃできるが、今回はやめた方がいいだろう。使徒のステータスは最低でもすべて1万オーバーだ。弱体化の目途も立っているとはいえ、それでも数千はくだらない。受け止められることが前提なら、両手で持った方がいい」

「なるほどな・・・逆に言えば、確実に斬る自信があるなら片手持ちでも構わないってことだな?」

「自信があるならな。まぁ、その辺りのことはおいおい決めていこう。次に、こいつだな」

 

次に、俺は黒い鎧と兜を持ち上げた。

 

「今から説明する4つは身に付けるだけでいいから簡単な説明で済ませるが、鎧には常時発動型の“金剛”と、触れた瞬間に発動する“衝撃変換”が付与されている。どっちも防御に特化した機能になっているから、簡単には壊されないし、死にもしない。こっちの兜には“瞬光”が付与されていて、知覚を拡大させる。これで使徒の動きが目で追えなくなるようなことは少なくなるはずだ」

 

それだけ言って、鎧と兜を適当な場所にポイっと放り投げた。

どっちも丈夫にできてるし、機能も切ってあるから問題ないだろ。

次に、籠手と脚甲を取り出した。

 

「こっちの籠手には“豪腕”が、こっちの脚甲には“豪脚”が付与されている。今説明した5つのアーティファクトが、()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

「あ?基本装備?」

「あぁ、基本装備」

 

なに同じことを繰り返しているんだ?今になって頭か耳がおかしくなった、なんてことはないだろう。

そう思っていたが、ガハルドや他の面々が気になっていたのは、そこではないらしい。

 

「っつーことは、あれか?今説明したやつよりもすごいのが、まだ控えているってことか?」

「そういうことになるな」

 

とはいえ、俺もまだハジメから構想を聞かされたくらいでしかないから、詳しいことはわからないが。

それに、

 

「まさかとは思うが、この程度の装備で倒せる相手と思っていたのか?まだまだあるぞ」

「それは、いつもあいつが使っていた兵器の類か?」

「もちろん、それもある。だが、それとは別に切り札も用意しているらしいぞ」

「・・・てめぇらがどんなものを用意すんのか、むしろ怖くなってきたぞ」

 

なんだ、むしろ喜ぶべきだと思うが?あいつが私情を多分に混じらせて、かつ今回限りとはいえ、見ず知らずの大勢にアーティファクトを大盤振る舞いするなんて、前にも後にもないことだぞ?

 

「ちなみに、試作品ならいくつかここにあるぞ」

 

そう言って、俺はポケットから1つの赤い宝珠のついたペンダントを取り出した。

 

「こいつも、ゆくゆくは全員に配備する予定だ」

「そいつは、どういうアーティファクトなんだ?」

「名前は“ラスト・ゼーレ”。平たく言えば、装着者に“限界突破・覇潰”を付与させる」

「「「はぁ!?」」」「「えっ!?」」

 

俺の簡単な説明に、ガハルドたちだけでなくティアと雫も素っ頓狂な声を上げた。

そう言えば、これはまだ2人に見せてなかったな。

だが、そこまで驚くことか?

 

「おいおいおい、“限界突破”はただでさえ使えるやつが限られる、希少なスキルだぞ?」

「ハジメも“限界突破”は使える。だったら付与できてもおかしくはないだろう」

「それはそうだが、そうじゃなくてだな!」

「仮にも神様と戦争しようっていうんだ。限界の1つや2つ超えてもらわなきゃ困るぞ?」

 

そう言うと、ガハルドは一応は引き下がって落ち着いた。

そこに、雫が別の疑問を投げかけてきた。

 

「でも、ただでさえ“限界突破”は負荷が大きくて、なおかつ時間制限も付いてるわ。それが“覇潰”ならなおさらよ。いくら使徒が相手とはいえ、リスクが大きすぎないかしら?」

 

雫の言うことも、最もではある。

それに、身に付けるのは一般人がほとんどだ。消耗はハジメよりも激しいだろう。

もちろん、その辺りのことも考慮されている。

 

「こいつの特徴は、いきなり“覇潰”の強化を施すわけじゃなくて、段階を踏まえて強化されていくってところだ。もちろん、活動限界はあるが、体になじんでから強化する分、普通よりも長い時間もつぞ」

「・・・本当に、何でもありだな」

 

本当は、もっとやばいやつもあるが、それはガハルドたちには関係ないことだ。ここで言うことでもない。

 

「他にも支給するやつはあるが、ここにいる面子が使うのはこんなもんだ。他のアーティファクトは、使うやつに重点的に教える」

「それは構わん。が、どういうやつなのかは俺たちにも説明しろ。概要くらいは知っておきたい」

 

ガハルドの言うことも尤もだ。あまり関係ないとはいえ、教えて損はないだろう。

 

「まず、愛ちゃん先生に持ってもらうアーティファクト、“豊穣神の加護(ブレス・オブ・フレイヤ)”は、愛ちゃん先生を信仰する人物を強化する、というのが原形だったが、ハジメの改良で、信仰していなくても対になるアーティファクトを持つことで、信仰によって得られた力を全員に等しく分配できるようにしたそうだ。理論上は、“ラスト・ゼーレ”の効果時間を倍にできるらしい」

 

詳しい仕組みは知らないが、ノリノリで改造したハジメの姿が容易に想像できる。

たぶん、愛ちゃん先生も結果的にノリノリで使うことになるんだろうな。

 

「それと、“覇堕の聖歌”と王都の結界をさらに強化する。だが、結界の方は戦場よりも聖歌隊を重視させる。“覇堕の聖歌”があって初めて、使徒と対等に渡り合えるからな。代わりと言ってはなんだが、戦場には重力場の結界を使う。飛んでいる奴らを叩き落せば、戦いやすくはなるだろう。アンチマテリアルライフルやミサイルなんかも、大量に配備する」

「・・・ここまで説明してもらってなんだが、本当に用意できるのか?たしかに、今も大量に送られているが、数十万も用意できるとは・・・」

「それができる魔法はある。ハジメなら、そいつのアーティファクトを作れるだろう」

 

そう、再生魔法は時間に干渉できる魔法だ。

そして、香織はすべての神代魔法を取得していないものの、適性の高さと努力の甲斐があって、限定的にだがその領域に達している。

おそらく、時間を引き延ばす空間を作るくらいならできるはずだ。

それでもギリギリになるだろうが、ハジメなら間に合うはずだ。

 

「そういうわけだから、アーティファクトに関しては問題ない。そもそも、ハジメにしかできないことだしな」

「それもそうだな。それでだが・・・あいつが神域ってところに突っ込む作戦は聞いているのか?」

 

おそらく、これが最後の質問だろう。

その問いに、俺は軽く首を横に振った。

 

「それは知らん。そもそも俺は、地上に残るからな。ユエ奪還に動くハジメたちとバカ勇者と中村を連れ戻す雫たちに関しては、俺は関与するつもりはない。なにせ、俺の方も大仕事になるだろうからな」

 

俺の体を使った使徒の創造。

どれくらいのスペックになるのか、まったく想像がつかないが、神の力に目覚めており、なおかつ1日も時間をかけている以上、最低でもアルヴと同等以上と考えていいだろう。

だったら、他に世話を焼きっぱなしにしている暇はない。

俺の方も、できるだけコンディションを仕上げなければ。

 

「そういうわけだ。ここからお前らも忙しくなるぞ。まずは、こいつらの使い方をマスターするところから始めようか。最終的には、最低でもハウリアと同じくらい戦えるようになってもらうからな」

 

そう締めくくると、なぜか微妙な顔をされた。特にガハルドに。

ティアと雫からも、「大丈夫なの?」みたいな視線を向けられている。

別に、変な指導をするつもりはないからな?ハジメと一緒にするなよ?




えー、盛大に遅くなってしまってすみません。
モチベーションが上がらなくて、文章もネタも思いつかずにゲームとか他作品の執筆をやってたら、ずるずるとここまで引っ張っちゃいました。
免許も無事取得し終えたので、少しはペースを元に戻すように頑張ります。

後ですね、かな~り今さらなんですが、“峯坂剣”だと、名前が漢字でいろいろとめんどくさいことになってきたので、いっそ“峯坂ツルギ”に変えようかと検討しています。
それについてのコメントもいただけたら幸いです。

最後に、アンケートをこれで締め切らせていただきます。
ちゃんと、原作パクリにならないように、内容を考えていかなければ・・・。


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苦労人にはなりたくない

『峯坂さん、このスナイパーライフルなんですが、反動が強くて・・・』

『峯坂さん、防壁の配備場所は、このような設計で問題ないですか?』

『峯坂様、各隊との打ち合わせが終わりました。新しく入ってきたメイドたちも、問題なく動けます』

『峯坂!こっちの物資が足りなくなってきたから、こっちに多めに回してほしいんだが!』

『峯坂君!新しい訓練場の場所を確保しておきたいんだけど、どこにすれば・・・』

 

準備を始めてから2日目も後半に差し掛かり、ハジメの作ったアーティファクトが配備されてくると、様々な場所で質問やら指示の催促やらが多くなった。

中には、明らかに俺に聞くようなことじゃないものも混じっている。

だが、

 

「反動は抑え込むんじゃなくて、受け止めるようにしろ。肩で支えるようにして構えるんだ」

「それだと複数人でスナイパーライフルを構えるには少し狭い。出入口付近を階段状にしてスペースを確保できるか?」

「わかった。なら、余裕があるなら連携の確認もしておいてくれ。この戦争、少数精鋭であるお前たちに大きな役割がある。できるだけ動きの自由度を確保するんだ」

「それに関しては今、姫さんに連絡する。すぐに調整されるはずだ。それまでは余計な消耗は抑えるようにしろ」

「訓練の場所は戦場の外周を簡単に整地して確保してくれ。そこなら、多少荒れようが関係ない」

 

そのすべての返答を、同時にこなす。

八咫烏越しなら、魔力のパターンで言葉を送って指示をだすことができる。そのラインを維持するのは骨が折れるが、慣れてしまいさえすれば後は楽だ。

だが、

 

「つーか、俺の配分、やけに多くないか?専門外のことまで聞かれるんだが」

 

物資のこととか、どう考えても姫さんに聞くことだと思うが。

これは、あれか?体のいい無線通信機みたいになってないか?

そう思ったが、ティアと雫から呆れ混じりで説明された。

 

「ツルギの八咫烏が近くにあるからでしょ。今の八咫烏の数、たしか200を超えていたわよね?」

「それに、ツルギの説明とか指示ってすごい的確だから、他の人に聞くよりもわかりやすくていいんだって」

 

なんと、そうだったのか。的確な指示もここまで来たら、いっそ余計なものなのかもしれない。

俺としては、口出しは最低限に抑えたいのが本音なんだがな・・・めんどくさいし・・・。

 

「ていうか、肝心の姫さんはなにをしているんだ?」

「いろいろと話し合いをしているそうよ」

「規模が大きくなって、いろいろとすり合わせが大変らしいわ」

 

そういえば、竜人族と妖狐族を除いた戦力が、ついさっき集まったところだったな。

俺は現場での指示・指導に専念していたから詳しいことは知らないが、カムとアルフレリックはすでに現地入りしてて、各トップが立ち会った上で姫さんと愛ちゃん先生で避難の誘導も済ませているらしい。

やっぱ、王国のお姫様と豊穣の女神のダブル演説は効果絶大だったようで、避難に関しては特に問題なさそうだと聞いた。

・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()

あれ、完全に洗脳されてる側の人間だったよ。絶対参考にならないやつだったよ。間違いなく周りからドン引きされるような光景だったに違いないよ。

 

「ツルギ?どうかしたの?」

「さっきから遠い目をしてるけど・・・」

「いや、なんでもない」

 

思わずその光景を想像して、ティアと雫に心配をかけてしまった。

頭を振って浮かんだ光景を振り払ったところで、姫さんの方から八咫烏を通じて通信が入ってきた。

 

『ツルギさん。兵士の配備について相談したいことがあるので、こちらに来てもらっても構いませんか?』

「了解した。転移でそっちに向かう」

 

野村と王国や帝国の職人の尽力あって、作戦本部はすでに出来上がっており、外壁についても十分な猶予を持って間に合うくらいには進んでいる。

だから、姫さんを始めとした各トップもそこで作戦会議をしている。

ぶっちゃけ、本体が行かなくても問題ないのだが、軍としての体面を考えれば行った方がいいだろう。

 

「そういうわけだから、行くぞ」

 

俺は2人に声をかけてから、あらかじめ設置しておいたマーカーを基点にしてゲートを開いた。

ゲートをくぐれば、姫さんと愛ちゃん先生に、ガハルドやランズィ、ビィズ、イルワ、バルス、キャサリンがいた・・・のだが、

 

「・・・ちょっと待ってくれ。なんでクリスタベルがいるんだ?」

 

なぜか、ブルックの服屋の店主であるクリスタベルまでいた。

いや、戦力として見ていなかったわけではないが、それにしてもどうしてここにいるんだ?

その答えは、姫さんからもたらされた。

 

「えっとですね、クリスタベルさんには漢女の方々の部隊長を務めていただくことになっているので、作戦の概要を報せるために・・・」

 

そういえば、ハジメとユエの影響で漢女が大量生産されたときに、そのほとんどがクリスタベルによって改z・・・鍛えられているらしいという話を、ハジメから聞いたっけな。

さらに、マリアベル自身も元々金ランクの冒険者であり、ハジメが遭遇したマリアベルと名乗った漢女も現役の金ランクの冒険者を瞬殺したらしいし・・・。

 

「・・・クリスタベル。集まった漢女の人数と1人当たりの実力は?」

「そうねぇん。集まってくれたのは50人ちょっとで、最低でも金ランクの冒険者と同じくらいの実力は保証するわよん♥」

 

これが50人か・・・まぁ、優秀な戦力が増えたくらいに考えておこう。

それ以上は深く考えない方がいいかもしれない。

俺も親父の部下で少しは慣れているが、大勢を目の前にしたらどうなるかはわからん。免疫のないハジメは特に。

 

「それで、姫さん。俺に相談したいことってのは?」

「はい。いくつかありますが、まずはそのクリスタベルさんたちのことについてです」

 

姫さん曰く、戦力であることに違いはないのだが、正直自分たちでは持て余し気味だから、俺に決めてほしいということだった。

まぁ、気持ちはわからんでもない。さっきからチラッチラッとあちこちからクリスタベルに視線が向けられているし。

だからと言って、俺が扱いに慣れているみたいに思われるのは心外なんだがな・・・。

 

「そうだな・・・クリスタベルたちは、できるだけ均等に、薄く配備しておこう。等間隔に距離をとって。人数も、3~4人程度でいい」

「それでいいのですか?数としては少ない気もしますが・・・」

「クリスタベルの話が本当なら、ハジメのアーティファクトによる強化も込みで、それで十分だ。それに・・・こう言ってはなんだが、5人以上は味方がもたない」

 

後半の部分は、クリスタベルに聞こえないように姫さんの耳もとに囁くようにして言った。

なにせ、ゴリゴリの筋肉がきわどいフリフリのワンピースを身に纏って動き回るのだ。この非常事態でなければ、並の人間では1分も直視できないと考えていいだろう。

そして、クリスタベルら漢女たちは、その自覚はあってもすべてを許容しているわけではないから、この理由はあまり大っぴらに言わない方がいい。

姫さんもなんとなく察したようで、「あっ、はい、そうですね・・・」と若干クリスタベルから目を逸らしながら同意した。

他のトップたちも、俺の言いたいことがなんとなくわかったのか、戦慄の表情を浮かべながらも頷いた。

とりあえず、漢女についてはこれで終わりにして、次の話に移る。

 

「こほんっ。それで次ですが、亜人族たちの配備です」

「そうか・・・そういえば、カムとアルフレリックは?」

「すでに呼んでいますので、すぐに来ると思います」

 

姫さんがそう言った直後、扉が開く音が響いた。

そちらを振り向けば、カムとアルフレリックが案内役の兵士に連れられてやってきたところだった。

その時に、ちらっと兵士の顔色を見たが、姫さんの近衛騎士だったようで、あまり嫌悪の表情は浮かべていなかった。

 

「来たか、カム、アルフレリック」

「お久しぶりです、兄貴」

「久しいな、峯坂殿」

 

俺が挨拶をすると、カムは敬礼しながら、アルフレリックは頭を下げながら返してきた。

 

「そういえば、2人は国民の避難を始めた時には、すでにいたんだったか?」

「えぇ。顔合わせという名目もあって、同胞よりも先に現地入りしやした」

「兵士たちも、今日の時点ですでに全員集まっている。細かい配備については、今から決めるということで呼ばれた」

「なるほどな」

 

亜人族は人間族と比べれば数は少ないとはいえ、この前の奴隷解放によって増えた分も含めて、かなりの数がいる。そのため、移動にそれなりの時間を要してしまったのだろう。

そんなことを考えていると、ふと思い出したかのようにガハルドが俺に尋ねてきた。

 

「そういやぁ、国民の避難で思い出したんだが、お前さんたちは豊穣の女神とリリアーナ姫にどういう頼み方をしたんだ?」

「あ?どういう・・・」

 

どうしたそんなことを聞くのかと思ったが、ここに来る前の不安を思い出して言葉を止めてしまった。

よく見れば、ガハルドはもちろん、カムと当事者の2人以外はまるで嫌なものを見たかのような顔をしていた。

カムは不敵な笑みを浮かべて俺に親指を立てており、姫さんと愛ちゃん先生は軽く目を逸らしていた。

 

「・・・ずいぶんとひどかったようだな?」

「皇帝になってから、今までで一番ドン引きしたぜ」

 

やっぱ、後でハジメにも責任をとらせようか。

とりあえず、ガハルドの問いに答えるとするならば、

 

「それは、あれだ。愛ちゃん先生の呼び方と姫さんの態度で察してくれ」

「あん?まさか、そういうことなのか?」

 

「マジか?」といった様子のガハルドに、俺は頷きを返す。ティアと雫も、ガハルドに視線を向けられて気まずげに目を逸らした。

ガハルドも2人の様子と愛ちゃん先生からたまに漏れる『ハジメ君』呼び、そして姫さんの以前の照れ照れした態度から察したようで、納得した様子で下がった。

そして、視線の集中砲火を浴びた姫さんは、再び咳ばらいをしてから本題に入った。

 

「それでですね、亜人族の兵士は人間族の兵士から分かれるように配備すると決めてはいるのですが、ハウリア族の方々をどうするかを決めかねておりまして。なので、私たちより彼らのことを理解している峯坂さんに相談しようという話になったのです」

 

なるほど、言われてみればたしかにそうだ。この世界の(知識的な意味での)一般人に、このヒャッハー兎共の扱いを丸投げさせるというのは苦というものだろう。

ぶっちゃければ、俺とハジメもだいぶ持て余し気味になっているが、姫さんたちよりはまだマシな方だ。

とりあえず、ここは姫さんの頼みを聞いておくことにしよう。

 

「そうだな・・・ハウリア族は、漢女たちの穴を埋めるような形でバラバラに配置しよう。ハウリアに限れば、今さら人間族の兵士から何かしら思われたところで動揺する玉じゃないし。とはいえ、念のため亜人族への差別が少なめなところに配備できるようにはしておこう。それと、ハウリアの何人かは狙撃部隊だな。狙撃部隊の選抜はカムに任せる」

「了解しやした」

 

ハウリア族には、パル君を始めとした優秀な狙撃手が何人かいる。その辺りはカムたちに任せれば問題ないだろう。

もちろん、細かい部分は姫さんたちの方に丸投げするが。

とりあえず、ハウリア族に関しての相談はこんなもんでいいだろう。

そして、姫さんがここからが本番だと言わんばかりに、深呼吸をしてから口を開いた。

 

「そして、最後の相談なのですが・・・」

「なんだ?」

「その・・・『義妹結社(ソウルシスターズ)』のことで・・・」

「知らん」

「そこをなんとか!」

「だから知らん。あのバカ共は潰れたままにしておけばいいだろう」

 

この一大事に後ろから刺されたくないから重力魔法で死なない程度に潰して生かさず殺さずにしているのに、なんで自分から面倒ごとに首を突っ込まにゃならんのだ。

だが、姫さんの意志も固いようで、必死に食い下がってくる。

 

「峯坂さんに苦労をかけさせてしまうのはわかっているのですが、やはり今は少しでも戦力が欲しいので・・・」

「そうは言うがな、姫さん。俺だけならともかく、ガハルドも狙われることになると思うぞ?前も今も雫に求婚したからってことで敵認定されているからな。それに、あいつらが暴走して一番苦労するのは現騎士団長殿だと思うんだが?」

「あ・・・」

 

そう、問題なのは、もはや俺1人だけの問題ではないということだ。

今、義妹どものヘイトは俺に集中しているが、だからと言ってガハルドにヘイトが向かないという保証はないし、俺にしろガハルドにしろ、暴走した義妹共の抑止に一番苦労するのは現騎士団長であるクゼリーだ。

 

「この一大事に、騎士団長がいらん苦労かけて疲れた姿を晒す方が、士気に直結する分、よっぽど問題だからな。それに戦力については、義妹共の分は香織とリヒトで十分穴埋めできるだろう。だから、あのまま大人しくしてもらった方が好都合だ」

「それは、そうでしょうが・・・」

 

俺の言い分に姫さんも言い返せないでいる。

これでこの話は終わりだと切り上げようとしたが、横から雫がくいッと俺の袖を引っ張ってきた。

 

「なんだ?」

「ねぇ・・・リリィのお願い、聞いてあげて?」

「え?」

「雫?」

 

姫さんも意外だったのか、目を丸くして雫の方を見ている。

というか、雫も義妹共と無関係どころか、むしろ中心人物だというのに。

とはいえ、なんとなく想像はついている。

おそらく、いつもの世話焼きだろうな。ここでばっさり切り捨てるようなら、最初から義妹なんて生まれていない。

 

「・・・本気か?」

「えぇ。ツルギの言ったことも尤もだけど、やっぱり戦える人は1人でも多い方がいいでしょ?私がなんとかするから・・・」

 

申し訳なさそうにしながらも、断固として引くつもりがないのは明らかだ。

やはり、この根っからの苦労人気質は変わりようもないし、変わるはずがないか・・・。

 

「はぁ、わかったわかった。だが、俺も行かせてもらう」

「え?」

「氷雪洞窟であぁ言った手前、雫1人にやらせるわけにはいかねぇよ。まぁ、なるようになればいいさ」

「ツルギ・・・」

 

俺の言葉に、雫は瞳を潤ませて腕にしがみついてきた。ティアもそんな雫の頭をよしよししている。

恨めしそうな視線を向けてくるガハルドを睨んで黙らせながら、この後のことについて考えておく。

とはいえ・・・俺は苦労人になるつもりはないんだがなぁ・・・。良くも悪くも、雫の影響を受けてしまったか。

だが、自分で言ったことの責任は取るとしよう。




え~、「できるだけ元の速さに戻したい」とか言っておきながら、休憩期間を更新してトップクラスに投稿が遅くなって申し訳ありません。
途中あたりから、執筆しようにもまったく指が進まなくて、かれこれ1週間以上は手つけずな状態が続き、手をつけようとしても文章が思い浮かばなくて100文字とか200文字で中断という流れが続きました。
最終的に、もっと書きやすい形にしようとして、途中まで書き上げた分の3分の2を書き直すことにして、ようやく投稿できるようになった、ということです。
結果として、前話からちょっとごり押し気味の展開になってしまいましたが、ご愛敬ということで。

ぶっちゃけた話、最近になって鬱病の症状がひどくなってきて、思うように指が動かない(いい文が思い浮かばない。特に長い文)のが現状なんですよね。
もう片方の方は1話当たりの文字数が本作と比べてもかなり少ないので投稿を続けていますが、もう5000文字も難しくなってきてしまって・・・。
とりあえず、次からは無理のない範囲で、できるだけ1~2週間以内に投稿できるように頑張ります。


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飴と鞭は使いよう

今回はいつもと比べてかなり短めです。
キリがよかったというのもありますが、最近になって文章を考えるのがしんどくなってきたこともあるので、無理のない範囲で投降を続けていく予定です。


作戦本部を後にした俺と雫、ティアは、義妹共が未だに潰れているであろう謁見の間に向かった。

正直、行きたくない気持ちが勝っている俺は最後の抵抗として、転移は城の出入り口の前までで、それからは徒歩での移動にした。

2人も俺の気持ちはなんとなくわかっているのか、それについて文句を言うことはなかったが、2人揃って「仕方ないんだから」みたいな視線を向けられたのは少しだけ辛かった、

 

「ねぇ、ふと思ったんだけど・・・」

 

しばらく歩いていると、ティアがそういえばと俺に尋ねかけてきた。

 

「その義妹って人たちって、ツルギが重力魔法で潰してたわよね?」

「そうだな。それが?」

「・・・まさか、うっかり死んじゃったりってことはない?20倍の重力なんでしょ?」

 

たしかに、普通の人間なら20倍の重力は場合によっては即死レベルだ。

さらに義妹共には騎士もいるから、甲冑も込みで重さはさらに跳ね上がる。

それをこの2日かけられ続けているのだから、普通に考えたら死んでてもおかしくない。

だがしかし、だ。

 

「ティア。お前は義妹共を甘く見ている。あいつらなら、これくらいでは死なないはずだ。なにせ、1匹見つけたら30匹は確実にいるような奴らだからな。生命力もそれなり以上ににある」

「ツルギ、それはちょっと言い過ぎじゃない?」

 

俺の評価に雫がたしなめてくるが、俺にはその確信があった。

 

「だったら、実際に見て確認するとしよう」

 

幸か不幸か、ちょうど謁見の間にたどり着いた。

俺の予想が正しければ、未だに重力に抗おうとしている義妹共がいるはずだ。

 

「それじゃあ、開けるぞ」

 

軽く深呼吸をしてから、俺は謁見の間の扉を開け放った。

次の瞬間、

 

「覚悟でありますぅ!」

 

俺の頭上から、殺気と共に叫び声が聞こえた。上を見れば、短剣を逆両手で持って強襲してくる義妹筆頭の女騎士の姿が。

とりあえず、

 

「てめぇは逆戻りしとけ」

「ぶぇッ、ぎゃんっ!?」

 

軽く頭を振って短剣を避けてから、顔面を鷲掴みして超重力エリアに投げ飛ばした。

重力場に投げ返された女騎士は、重力場に入った途端にほぼ90度に軌道が曲がって床に激突した。

 

「な?大丈夫だっただろ?」

「たしかに、そうね・・・」

「むしろ、ツルギの予想を超えてたわよね」

 

俺としても、まさか20倍の重力場から抜け出してたとは思わなかった。

さらに恐ろしいことに、完全に抜け出していたのはさっきの奴だけだったが、他の輩もあと少しで抜け出せるというところまで這いずっていた。

こいつら、とてつもないスピードで進化してやがる・・・!

 

「お前ら、どういう身体能力をしてるんだよ」

「こっ、これくらいっ、お姉様を思えば当然でありますぅ!とはいえ、抜け出せたのはついさっきでありますがっ」

 

どうやら、抜け出したはいいものの、俺を襲撃しに向かうより先に、俺たちが、というか雫がここに来ていることを察知して、傍にいるだろう俺を強襲するために天井でスタンバっていた、ということか。

こいつらは、何を目指しているんだ?

というか、もはや人間じゃなくて義妹って生き物になってないか?

 

「・・・なぁ、やっぱ、こいつらを開放すんのはなしにしないか?マジで厄介な存在になっているんだが・・・」

「で、でも、この子たちが戦力になったら心強いでしょ?」

「敵意と殺意その他諸々がすべて俺に向けられてるんだから手に負えないんだよ」

 

たしかに、20倍の重力に耐えうるというなら、戦力としては申し分ない。

申し分ないのだが、それらがすべて俺に向けられるというのだから、この大戦において邪魔でしかない。下手をすれば、ストッパーであるクゼリーが機能しなくなる恐れすらある。

だから、このまま放置で・・・いや、それを言ったら、こいつらなら冗談抜きで20倍の重力に適応しかねない。ならいっそ30倍にしようかとも考えたが、このタイミングで人死には出したくないし、30倍重力にまで適応されたら目も当てられない。

どうしたものか・・・。

どうすべきか悩んでいると、雫が先に女騎士に話しかけた。

 

「ねぇ、あなたは今の状況をどれだけ知っているの?」

「何も知らないのであります!」

「ティア、離せ!こいつを殴れない!」

「今は雫が話してるところだから、もうちょっと我慢して!」

 

「やめて」ではなく「我慢して」と言っている辺り、あとで殴るのはいいのか。

だが、雫はいったい何をしようとしているのか・・・。

いまいち雫の意図を掴めずに考えている中、雫はだいたいのあらまし(いくらかフィクションの入った大衆向け)を説明した。

その上での、義妹たちの反応は、

 

「そんなこと、知ったこっちゃないであります!ですが、お姉様が危ないのであれば、私たちが盾になるのであります!」

「他の奴らなんてどうでもいいですが、お姉様が傷つくわけにはいきません!ですから、お姉様は後ろに下がっていてください!」

「その間は、私たちが全霊をかけてお守りします!いっそ、今からでもお姉様を狙う害虫を排除しなければ!」

「ティア、止めないでくれ。こいつらは1,2回死ななきゃ変わらない類なんだ」

「ツルギ、もう少し辛抱して、気持ちはすごいわかるから」

 

半ば予想していた「お姉様以外はどうでもいい!」だったが、ここまで明言されるともはや殺意すら覚えてしまう。

さすがの雫も、だいぶ頬が引きつってるし。

マジで、こいつらはいない方が世の中のためになるんじゃないか?

俺としては、もうさっさと排除したいくらいなんだけど。

だが、それでも根気よく話を続けようとする雫に免じて、今はまだ堪えてやろう。

それはそうと、雫はこのどうしようもない連中をどうするつもりなのか・・・。

 

「えっとね、お願いだから、今はみんなと協力してくれない?あなたたちの力が必要なの」

「うぅ、お姉様のお願いなのであれば、わかったのであります・・・」

「ですが、やはり危険分子をお姉様に近づけさせるわけには・・・」

「特に、そこにいる峯坂ツルギと皇帝陛下は要注意しなければ・・・」

「・・・・・・」

「えっと、ツルギ?元気を出して?」

 

そうは言うがな、ティア。俺は一体、何をどうすればいいんだ?

俺としては、こいつらは野放しにすると絶対に碌なことをしないからさっさと始末したいってのが本音なんだけど、雫の手前あまり過激な手はとれないし、そもそも雫の世話焼きによって生まれる存在だからどうあがいても絶滅しない。

つまり、根本的な解決策はない、ということだ。

できることはと言えば、襲われた時の自衛と、雫の対処しかない。

ただ、雫の性格的に、いつも折れるのは雫の方だから、雫の対処はあまり期待できないわけで・・・。

とはいえ、今はこれ以上にない有事だ。さすがに妥協はしないはず。

 

「あのね、今回の戦いは、私たちみんなが力を合わせなければ勝てないほどに強大なの。だから、今は力を貸して。この戦いが終わったら、その後のことは好きにしていいから」

「っ!?」

「本当でありますか!?」

 

この雫の発言には、俺はもちろん、義妹共も驚愕の表情を浮かべた。

雫の言ったことはつまり、義妹の今後の活動を容認とはいかないまでも、あれこれ口出ししないことにした、ということだ。

今まで、雫は義妹の活動については肯定も否定も言わなかった。

自他問わず迷惑なときもある・・・いや、むしろ迷惑なことがほとんどか。まぁ、迷惑なことも多々あるし、年齢の垣根を余裕でぶっ壊して「お姉様」なんて言ってくるから割と困ってはいたものの、あくまで好意からくる行動だと複雑ながらにわかっていたのと、生来の人の良さから強くNoと拒絶できなかったのが、ここに来て「Noとは言わない」と明言したのだ。

こうなったら、義妹の行動は早かった。

 

「よっしゃあ!こうなったらとことんやってやるでありますぅ!!」

「神様とやらが相手だろうが、私たちのお姉様への愛の前には紙切れ同然です!」

「すぐに待機している義妹結社のメンバーに連絡を!」

 

「お姉様の期待に応えるであります!」とやる気をみなぎらせて、戦いに参加するための準備や連絡を始めていく。

その様子を、俺は右腕に雫を引っ付けながら、呆然と見ていることしかできなかった。

 

「・・・やってくれたな」

「わ、悪いとは思ってるわよ。ただ、あの子たちを動かすには、こうするしかなくて・・・」

「・・・まぁ、こうなった以上、俺も無理にやめろとは言わん」

 

それに、責任感第一で動いてきた雫が、ちょっとは自分にわがままになったのだと考えれば、別に悪いことばかりではないだろう。

そのとばっちりが、主にクゼリーとガハルドに飛んでしまうわけだが、大して親しいわけでもないからいいか。

まぁ、とはいえ、だ。

 

「・・・ガハルドに、念入りに忠告しとくか」

 

すぐに雫から手を引かないと、20倍の重力に適応した超人と化した義妹共が襲い掛かってくるぞ、と。

あと、クゼリーさんに専用のアーティファクトを贈るようにハジメに進言しとくか。

両方とも、戦争の最中はもちろん、終わってからもいなくなられたら困るし。




義妹がもはやサイヤ人と化してしまっている・・・。
いったい彼女たちはどこに向かって突き進んでいくのか、自分でもわからなくなってきました。
こうなったらいっそ、超サイヤ人ならぬ超義妹にまでしてみましょうかね。


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頼れる援軍

「そうか、そっちの作業はもう終わったか」

『あぁ。谷口もいろいろと魔物を従えることもできたし、俺たちもそっちに向かおうと思う』

 

義妹共に半ば取り返しがつかない約束を取り付けてからしばらく、姫さんたちと義妹共の配備について話しているところで、ハジメたちが作業を一区切りさせてこっちに向かっていると連絡が入った。

 

「あぁ、それで大丈夫だ。思った以上に時間に余裕ができたとはいえ、休めるだけ休んで損はないからな」

『それはそうと、そっちはどんだけ進んでるんだ?ずっとオルクスに籠ってたから、そっちの情報はあまり伝わってねぇんだ』

「こっちも、あらかた作業は終わりつつある。後は細かい配備の調整と、休憩をとりながら練兵をして武器の練度を上げるくらいだな。とはいえ、まだ来てない戦力もいるが」

『・・・竜人族と妖狐族だな?』

「あぁ」

 

準備を始めてから2日目も終わり3日目に差し掛かってきたが、ティオとイズモが言っていた隠れ里とやらはよほど遠いらしく、未だに来る気配がない。さらに、距離の関係上、イズモたちには連絡手段がないこともあって、今どのあたりにいるのかすらわからない。

こんなことなら、遠距離通信のアーティファクトも作っておくべきだったか。基本的に離れることがあっても一つの街の中だったから、念話石だけで十分だったしな。

とはいえ、俺が心配していることは別にある。

 

「あの2人に限って途中でくたばっていることはないだろうが、現状が分からない以上、どうしようもないんだよな」

『だが、2人には移動速度を上げれるアーティファクトを持たせただろ?』

「それが問題なんだよ。いや、ティオに贈った疑似限界突破のペンダントはまだいい。だがな、なんでイズモに昇華魔法を付与した鞭を持たせてんだよ」

 

そう、ティオの飛行速度を上げれるアーティファクトの中に、“ご主人様の愛(仮)”というのがあり、これを対象に叩きつけることでステータスを上昇させることができる。ティオの“痛覚変換”と合わせれば、相乗効果によってさらにステータスが上昇するという、対ティオ専用アーティファクトなのだが・・・。

これを受け取って説明を受けた時のイズモの表情、くっきりと俺の脳裏に張り付いてるんだよ。

煮つけの魚の目の方がまだ生気があったぞ、あれ。

一応、まだ製作途中のアーティファクトであることもあって、イズモに貸し出すのは今回だけという話になってはいるが、それでもその鞭でティオを叩かなければならないイズモの心労は計り知れない。

ティオの変態化はある程度受け入れることができていても、自分の手で何度も叩くとなれば話は別だ。

とりあえず、すでにイズモが戻ってきたら思い切り甘やかそうと心に決めている。

 

『そんな問題だったか?イズモも、ティオの変態化については、すでに割り切ってただろ?』

「イズモに手を下させるなって言ってんだよ。イズモはどうであれ、お前がティオを喜ばせることについては割り切ってるが、あいつ自身が手を下すのは許容の範囲外なんだよ」

 

というか、実際はイズモも完全に割り切っているわけではない。あくまで、「最初と比べて割り切れるようになった」だけだ。

だから、今でも時折、ティオがハジメから折檻を受けて恍惚の表情を浮かべているのを見て悲し気な目になることが多々ある。

そして、そのたびに俺やティアが甘やかすことで、なんとか心の均衡を保ってきたわけだが・・・今は、俺もティアもイズモの傍にいない。

おそらく、というか十中八九、イズモの心はボロボロになっているに違いない。

・・・本当に、イズモが心配になってきたな・・・。

 

「そういうわけだから、イズモたちが戻ってきたら、俺はティアと雫と一緒にイズモのフォローに入るから、少なくとも竜人族の相手はお前に任せるぞ。ていうか、ティオのこともあるんだから、その責任もきちんととれよ」

『わ、わかったっての・・・』

 

ハジメに強めに釘を刺しておいたあとは、軽く合流場所を決めてそこに向かった。

 

「ねぇ、ツルギはいつくらいに帰ってくると思っているの?」

 

その道中、ティアがイズモの帰還がいつになるかを尋ねてきた。

 

「さぁな。隠れ里の具体的な位置がわからんから何とも言えん。一応、隠れ里とやらから北の山脈につくまでに見つからないように移動して数日かかったって話だったから、アーティファクトの強化で真っすぐ帰るなら、2,3日で着くとは思う。帰りはゲートキーで一発だしな」

 

だが、あくまで予測だし、向こうの状況説明や出発準備もある。

先の迫害で相当の数を減らしたとはいえ、戦闘要員としては竜人族と妖狐族合わせて100人前後はいるだろうから、スムーズに移動とはいかないだろう。

そんな感じで、竜人族と妖狐族についてのあれこれを考えていると、今度は雫の方から声をかけられた。

 

「ねぇ、ツルギ。ふと思ったのだけど、妖狐族ってことは、全員イズモみたいにキツネ耳と尻尾があるってことよね」

「一応、キツネ耳と尻尾に関しては狐人族もあるけどな。ただ、妖狐族は尻尾は必ず複数あるらしい」

 

以前、イズモから聞いたことがあるのだが、妖狐族の尻尾は必ず2本以上あり、尻尾の数が多いほど優れた力を持っているという。

その中でも、イズモの9本が今までの中でも一番多い数であり、里ではその優秀な才能と本人の並ならぬ努力もあってティオの付き人になった、ということらしい。

ついでに言えば、ティオ共々、同族の中では高嶺の花であった、とも。

イズモは、まぁ、わかるんだが、ティオはなぁ・・・。

一応、真正のお姫様とはいえ、俺たちの前じゃドMの変態の姿がもっぱらだからなぁ・・・。

そう考えると、竜人族の方々、とくに親族と男性陣の心傷が心配だな。

それに、妖狐族の人たちだって、ティオのことを尊敬している人は少なからずいるだろうし。

なのに、2人が戻って来て最初に見るのは、イズモに鞭で叩かれて興奮するティオとか・・・。

・・・最悪、土下座も視野に入れよう。

直接的な原因はハジメにあるとはいえ、止められなかった俺も十分同罪だ。

・・・まぁ、胃が重くなる案件はさておき、雫がそう尋ねたくなる気持ちもわからなくはない。

 

「言っておくが、欲望に身を任せるようなことはするなよ」

「わ、わかってるわよ。私も、イズモから浮気するつもりはないわ」

 

雫の言い方はあれだが、ちゃんと自重してくれるなら俺からは何も言わない。

雫の言う通り、妖狐族にはもれなく全員、モフモフのキツネ耳と尻尾がある。

だが、それは男女両方ということでもあり、イズモ以外は初対面だ。

もし初対面の男の尻尾に飛びつこうものなら、いったい何を言われることか・・・。

万が一の時は、鎖でぐるぐる巻きにしてでも止めよう。

そんな感じで、俺の中でいろいろと決意を固めながら歩いているうちに、ハジメとの集合場所である作戦本部の広間にたどり着いた。

 

「失礼するぞ」

 

一言言ってから近付くと、なにやら微妙な空気になっているところだった。

 

「おう、ツルギ。遅かったじゃねぇか」

「転移するには近くて、歩いてきたからな。んで、これはどうなってんだ?」

「あぁ、先生と姫さんはやっぱすごかったって話をしてたところだ」

「あ~」

 

そりゃ、こんな微妙な空気になるか。

とりあえず、俺が来て全員揃ったということで本格的に会議が始まった。

と言っても、どちらかと言えばオルクスにこもっていたハジメへの説明が主で、竜人族と妖狐族が来てからの会議もあるからということで、会議自体は割とすぐに終わった。

そんなときに、ランズィがしみじみと言ったように口を開いた。

 

「それにしても、我が公国の英雄が、遂には世界の英雄か・・・やはり、あのときの決断は間違いではなかったようだ」

「初めてうちに来たときから、何か大きなことをやらかしそうだとは思っていたけれどねぇ。でも、まさか世界の命運を左右するまでになるなんて・・・流石のあたしも、予想しきれなかったよ」

「そうですね。フューレンで大暴れしてくれたときは、まだまだ何かやらかすだろうとは思っていましたし、あるいは世界の秘密に関する何らかの騒動に関わるだろうとは思っていましたが・・・それが世界の存亡をかけた戦いとは。はぁ、胃が痛い。もう“イルワ支部長の懐刀”なんて肩書きは恥ずかしくて使えませんね」

「あらん?私は最初からわかっていたわん。ハジメちゃんとツルギちゃんなら、いつか魔王だって倒すって。それに、ハジメちゃんがいつも漢女を贈って来てくれるのは、来るべき日に備えておけっていう意味だって、私、ちゃ~~んと分かっていたわ。いい漢女は、察しもいいのよん!」

 

ランズィに追随するようにキャサリン、イルワ、クリスタベルが口を開くが、クリスタベルのバチコンッというウインク付きの言葉にはいろいろと反論したい。

別に、ハジメにそういう意図はまったくないから。ただただ、自分の女に手を出されそうになってキレてただけだから。好きで漢女を増やしてるわけじゃないから。

あと、魔王に関しては暴走したティアが食い散らかしちゃったわけだから、厳密には俺やハジメがやったわけではない。

ハジメもクリスタベルの言葉には頬を引きつらせるが、他の重鎮たちはその瞳に悲愴とも同情ともとれる複雑な色を宿していた。

そういう俺も、クリスタベルが明るく振舞うようにしている理由も察しがついている。

要するに、最愛の女をとられたハジメと、殺された上で死体を好き勝手改造されている俺を気遣っているというわけだ。

もちろん、ハジメもその心中はついているようで、その上で不敵な笑みを浮かべながら返した。

 

「別に不思議でも何でもないだろう?空気の読めない馬鹿な自称神が、俺の女に手を出した。だから、死ぬ。それだけのことだ。あんたらも、この程度の戦い、余裕で生き残ってくれよ?ユエを連れ帰ったら、もう一度くらいあんたらの町に遊びに行くからよ。今度は冒険なしに、のんびりと観光でな」

 

今回の戦いは、言葉通り簡単な戦いではない。それこそ、この世界の歴史にも類を見ない、世界規模の大戦だ。

だが、だからこそ、そううそぶくハジメの言葉はランズィたちにとって励ましの言葉にもなる。

そして、それは俺も同じだ。

 

「そっちが気にしなくても、これは俺の戦いだ。さっさと終わらせて加勢しに行ってやる。せいぜい、それまで頑張ってくれ」

 

俺の方も、今回はほとんど1対1に近い。

他の使徒の横槍も、ティアとイズモに任せれば問題ない。

そんなことを話していると、前触れなく外が騒がしくなった。

重鎮たちは何事かと緊張感をにじませたが、慌てて駆けこんできた兵士の期待と畏怖が混じった言葉によって変わった。

 

「ひ、広場の転移陣から多数の竜が出現!竜の背中には人影も確認しました!助力に来た竜人族と妖狐族とのことです!」

 

どうやら、最後の援軍と頼れる仲間が戻ってきたような。

それを聞いて、俺はイズモのことを心配しながら、ハジメは口元を釣り上げながら立ち上がって会議室を出た。




およそ2か月か3か月ぶりに長いお出かけをしました。
いつもは必要な買い物か、10~20分くらいしかとどまらない外出くらいでしたからね。
まだコロナの影響が治まりきったわけではないとはいえ、ちょうどいいリフレッシュになりました。


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親友が申し訳ない

「ご主人様よ!愛しの下僕が帰って来たのじゃ!さぁ、愛でてたもう!」

 

俺たちが着いて最初に聞いたのは、ティオの変態発言だった。

なので、ハジメもそれに応える。

 

ドパンッ!

 

お馴染みの発砲音と共に非殺傷のゴム弾がティオの額に直撃し、ティオは空中で後方三回転を決めてからハジメの前で後頭部を強打させた。

 

「ツルギ!」

 

突然の事態に場が静寂に包まれている中、イズモが俺の名前を呼びながら駆け寄ってきた。

イズモは俺の数歩前で軽く飛び上がると、体が光に包まれて子キツネ状態になり、ちょうど俺の腕の中に収まった。

そんなイズモの心情は決まっている。

 

「大丈夫か、イズモ?」

「ツルギ・・・私はいったい、どうすれば・・・」

 

やはり、自らの主であるティオの尻を、自らの手で鞭打たなければならなかったことにかなり消耗しているようだ。

予想通り、いや、ちょっと予想以上に消耗しているな、これは。

 

「大丈夫だ。今後は金輪際、イズモに手を下させるようなことはさせない。ハジメにもキツく言っておく。だから、今は休め。変なことは考えるな」

「ツルギ・・・」

 

イズモの頭を優しく撫でながら慰めの言葉をかけると、イズモも幾分か救われたのか、あるいはもっと構ってほしいのか、いつもよりも強めに顔を俺の胸に押し付ける。

ティアと雫も、横からイズモをよしよしして、少しでもイズモを慰めようとする。

その甲斐あって、少しずつだがイズモも落ち着いてきた。

 

「なるほど。本当にその者たちを信頼しているんだな。そのようにして甘える姿は、俺も久しく見ていない」

 

すると、イズモが走ってきた方向から声をかけられた。

イズモのメンタルを回復することに意識を割いていた俺は、ようやく1人の妖狐族の男性が近づいてきたことに気付いた。

俺の前に来た人物は、立派なキツネ耳と5本の尻尾を持っており、髪の色はイズモと似た黄金色で、無精ひげを生やしているが顔だちもイズモと似ている。

まさかと思ったが、答えはイズモからもたらされた。

 

「ち、父上!すみません!」

 

まるで恥ずかしい秘密を知られたような子供のように、イズモは慌てて俺の腕の中から脱出して人の姿に戻った。

いや、心情としてはそのまま当たりだろう。イズモの顔が赤い。

対するイズモの父親は、愉快そうに笑いながら話しかけてきた。

 

「はっはっは!なに、謝らなくてもいい。お前だって、誰かに甘えたくなることくらいあるだろう。むしろ、そのような相手を見つけてくれて、俺としてもうれしい限りだ」

「そ、それは・・・」

 

さっきからイズモの表情が、親に恥ずかしいところを見られて恥ずかしいやら、俺のことを認めてくれていてうれしいやらで複雑な感じになっている。

俺としても、こういう嬉し恥ずかしなイズモは見た記憶がない。

ふぅむ、こういうイズモも悪くないなぁ。

 

「おっと、自己紹介がまだだったな。初めまして、峯坂ツルギ君。俺はグレン・クレハ。イズモの父であり、アドゥル様の付き人兼、諜報部隊の隊長をしている」

「ご丁寧にありがとうございます、グレンさん」

「おっと、そう堅苦しくしなくてもいい。俺自身はそれほどえらいわけでもないし、娘の伴侶となるなら義理の父親にもなるわけだからな。そうかしこまることもないだろう?」

「いえ、だからこそ、最低限の礼儀は弁えさせていただきます」

「あぁ、だから、もっと軽くてもかまわん。むしろ、そうもかしこまった言葉遣いをされるとむず痒くて仕方ない」

「はぁ・・・そういうことなら」

 

どうやら、グレンさんは思った以上にフランクな人らしい。たぶん、普段はそういう硬い敬語を使う立場の方だから、自分に使われるのは慣れないのだろうか。

というか・・・

 

「堂々と二股をかけているから申し訳ない、か?」

「っ、バレていましたか」

 

どうやら、俺の考えていたことはバレバレだったらしい。あるいは、すでにイズモから聞いているのか。

ついでに言えば、あと2人ほど追加される可能性もあるわけだが・・・それについては今は何も言うまい。

 

「なに、そう身構えなくてもいい。別に、そのことで君を責めることはない。たしかに、父親としては娘を1番に見てほしいとは思うが、イズモがこうして幸せそうに、誰かに甘えることができる相手なのであれば、それは些細なことだ。むしろ、人間族の貴族や王族も側室や愛人を持つことがあるからな。今さらだ」

「自分は、そのような身分ではありませんが」

「それこそ今さらだろう。君ほどの男なら、複数の女性を養うことくらい容易いだろう?」

「・・・ずいぶんと、自分のことを買ってくれているんですね」

 

なんか、こうも無条件に受け入れられると、むしろ不信感を覚えてしまう。

そう思っていたのだが、俺の考えは少し違ったようだ。

 

「あぁ、それもないわけではないが、俺が信頼しているのはイズモの方だ」

「イズモを、ですか?」

「あぁ、9本の尻尾を持っているイズモは、生まれた時からティオ様の付き人になることが決まっていた。だから、物心がついた時から俺が厳しく指導した。ティオ様の付き人として相応しいように、な」

 

なるほど。自身がイズモを竜人族の姫の付き人としてふさわしくなるように厳しく指導し、それを乗り越えたイズモだからこそ、全幅の信頼を置いているというわけか。

そう思っていたら、今度はため息を吐き始めた。

 

「だがなぁ、無事にティオ様の付き人として、ティオ様と共に行動するようになったのはよかったんだが、どこで指導を間違えたのか、変にプライドが高くなってしまってなぁ」

「へぇ?」

「ち、父上、話はそれくらいに・・・」

「我が娘ながら、このように美しく育ったから、他の妖狐族はもちろん、同年代の竜人族からも告白を受けることがあったのだが、そのすべてを『自分がティオ様から離れるわけにはいかない』って断って、時には実力行使で追い返すこともあったんだ」

「そうだったんですか」

「父上!その話は・・・わぷっ!?」

「ごめんね、イズモ」

「私たちも聞かせてもらっていいかしら?」

 

途中からイズモが割って入ろうとしていたが、ティアにホールドされて身動きが取れなくなってしまった。

イズモはなんとか脱出しようとしているが、単純な膂力はティアの方が数段上だ。しかも全体的に包みこむにして胸元に引き寄せているから、“変化”で脱出するのも難しい。

グレンさんも、そんなイズモを見てみぬふりをしながら話を続けた。

 

「ティオ様も、『自分より強い者を伴侶にする』と公言なされていたこともあって、イズモもティオ様と並んで同年代の男からは高嶺の花だったんだが、当の本人は力を持て余し気味で少しイライラしててなぁ。同年代で互角なのはティオ様だけだが、まさか自分の主相手に本気でぶつかるわけにもいかないし、だからと言って他に同等の実力を持っていた者はいなかったし」

「へぇ、意外ですね。イズモがイライラしていたなんて」

「本人は隠していたがな。まぁ、普段から仏頂面になっていたし、ティオ様から離れているときもそっけなかったから俺や家内にはすぐにばれたが」

 

へぇ~、あのしっかり者のイズモがねぇ~。

まさか、子供時代にちょっと中二病をこじらせていたとは。とてもじゃないけど、想像できない。

そんな恥ずかしい昔話をされている最中、イズモは耳を真っ赤にしながら手で押さえて、自分からティアの胸元に顔をぐりぐりしていた。

 

「一応、時間が経つごとに多少は丸くなっていったんだが、それでも嫁の貰い手がいないんじゃないかって心配していたんだ。『ティオ様のお傍にいることが第一』を地でいってたから、恋人なんて半分諦めていたんだよ。それなのに、いきなり帰ってきたと思ったらティオ様を鞭で叩いているし、ティオ様も満更でもなさそうだったし、どういうことだと思ったらこの世界の危機だと説明され、挙句に恋人ができたと打ち明けられたからな。いやぁ、俺も長いこと生きてきたが、あそこまで驚いたことはなかった」

「あぁ・・・」

 

・・・そういえば、まだ言うべきことがあったな。

言うべき相手が違うとはいえ、言わないわけにはいかないだろう。

 

「なんというか・・・俺の親友がすみません・・・」

「ん?あぁ、ティオ様のことか・・・」

 

俺の謝罪に、グレンさんが一瞬首を傾げるが、すぐに思い至ったようで複雑な表情になった。

 

「直接的な原因はあのバカですが、止めることができなかった自分も同罪ですから・・・」

「あ~、うん、たしかに俺らも驚いたが・・・まぁ、ツルギがそこまで気負う必要はないと思うぞ?少なくとも、アドゥル様・・・ティオ様の御祖父は、ティオ様の変化を受け入れておられたからな」

「え?そうなんですか?」

「『ティオが幸せそうにしているなら、性癖は些細なことだ』と、そうおっしゃられてな・・・」

 

マジかよ。懐が深すぎだろ。

俺だったら、セルフ整形するくらいの勢いで殴り倒す自信がある。

これが、王族として最も模範的であり、気品高い竜人族なのか・・・。

 

「俺も、イズモが幸せなら相手との関係は些細なことだと言った手前、強く言うこともできなくてな・・・さすがに、全員が納得したわけではないが」

「それは、そうでしょうね」

 

ちらりと横を見れば、藍色の竜人がハジメに突っかかっていた。

まぁ、あれが普通の反応だよな。

ティオの変態化を受け入れているアドゥルさんが、いっそ異常ってだけで。

 

「まぁ、自分も似たようなものですが」

「それもそうだな」

 

俺の言葉に苦笑するグレンさんの後ろには、何人か俺に敵意の眼差しを向けてくる連中が。

一応、ここにいるのはまだ一部で、後からゲートを通ってさらに増援が来るらしいんだが、後から来る連中も似たような感じなんだろうか。

だが、不意にグレンさんが真顔になった。

 

「さて、世間話はこれくらいにするとして・・・1つ聞いておきたい。お前らは本当に、神エヒトを相手に勝つつもりなんだな?俺は、隊長として部下を率いる立場にある。俺の大切な部下を、勝ち目のない戦いに参加させるつもりはない。本当に、勝てるんだろうな?」

 

この問いかけは、当然と言えば当然だろう。

なにせ、エヒトはもちろん、使徒もフリードも中村たちも誰もかれもが強大であり、一瞬たりとも油断できない相手だ。

あれこれ手を打っているとはいえ、一歩間違えればあっさり死ぬ可能性だってある。

誰だって、一切の気のゆるみを許されない。俺たちが戦おうとしているのは、そういう相手だ。

だが、俺は強く返した。

 

「当然です。そもそも、相手は悦に浸ることしか能のない神モドキでしかない。それなりに苦労はするでしょうが、勝つ程度のことは問題ありません」

 

俺がそう断言すると、グレンさんは一瞬きょとんとし、次の瞬間に腹を抱えて笑い始めた。

 

「くくっ、はっはっはっはっは!!そうかそうか、たかが神モドキか!まさか、そのような返しをされるとは思っていなかったな!それに、そう言われては俺たちも無様な姿は晒せないな!」

 

ひとしきり笑い終えたグレンさんは、一息ついてから再び俺に向き直った。

 

「親バカと言われても構わんが、俺はイズモが信じているお前を信じている。だからこそ、俺の娘を裏切るような真似はしないでくれよ。もしそのようなことがあったら、俺が息の根を止めにいってやる」

「えぇ、わかっています」

「いい返事だ。それなら、せっかくだしイズモの昔話を・・・」

「グレン。そちらの話は済んだか?」

 

グレンさんがさらなるイズモの昔話をしようとしたところで、後ろからアドゥルさんが声をかけてきた。

 

「これから、アールスハイドの姫様やヘルシャーの皇帝陛下らを交えて作戦を聞く。お前も隊長として同席せよ」

「はっ、承知しました。そういうわけだ。悪いが、この話はまた後でな」

「構いません。戦いまでは丸1日残っていますし、戦いが終わればいくらでもできます」

「くくっ、そうだな。その時は、妻も交えて話をしよう」

 

そう言って、グレンさんはアドゥルさんの後ろについて行って会議室へと向かっていった。

さて、

 

「イズモ~、そろそろ落ち着いたか~?」

「・・・頼むから、あまり恥ずかしいことは聞かないでくれ・・・」

 

よし、話せる程度には大丈夫だな。

とはいえ、イズモの懇願は了承しかねる。

 

「悪いが、俺ももっとイズモのことを知りたいし、あの調子なら俺が黙っててもいろいろと話してくれるだろうな」

「うぅ・・・」

 

恥ずかしそうにうめくイズモの頬をムニムニしていると、今度はハジメたちが近づいてきた。

 

「おい、なんでそっちはそんな平和に話し合いを終えているんだよ」

「お前とティオがアブノーマルすぎるからだろう」

 

片やドSの魔王サマで、片やドMのお姫サマだからな。そりゃあ、周囲の注目を浴びるだろう。

 

「ったく、こっちは俺が敬語を使っただけで香織に回復魔法をかけられたり、シアにヴィレドリュッケンで殴られそうになったり、世界の終わりだとか言われたり、ティオにすらドン引きされたってのに」

「そういうのは、今までの行動を振り返ってから言おうな?」

 

極めて正しい反応だと思うが?

ついでにいえば、ヴィレドリュッケンは破壊されたドリュッケンに代わるシアの新しい戦槌だ。ドリュッケンからさらに改良と改造を施している。

 

「まっ、そういうわけだから、こっちは楽しく昔話に興じさせてもらうさ」

「ちっ、納得いかねぇ・・・」

 

そこ、聞こえてるぞ。




イズモの父親はフランクかつちょっと親バカな感じに仕上げてみました。
誰もかれもお堅い敬語なのは、ちょっと息が詰まりますからね。
そして、イズモの中二病時代もいつかは書きたい。
力を持て余してイライラしていたせいでツンツンしていたイズモをぜひ書きたい。


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腕試しも兼ねて

「おい、ちょっと待て」

 

姫さんやグレンさん、アドゥルさんが作戦や配置を伝えるために会議室に連れて行って姿が見えなくなったところで俺もその場を離れようとしたのだが、後ろから声をかけられて動きを止めざるを得なくなった。

声の主は、先ほど俺に敵意を向けていた妖狐族のうちの1人だ。

尻尾の数は3本で、雪のような銀色の毛並みをしている。

これは、さっそくか?

 

「あんたは?」

「俺の名前はライ・ギンセツだ。峯坂ツルギ、イズモ嬢をかけて勝負しろ!」

 

案の定というか、俺がイズモと付き合っているのを快く思っていない類だった。

それよりも、

 

「イズモ嬢?イズモって実はお嬢様だったりするのか?」

「気にしないでくれ、向こうが勝手に言っているだけだ」

 

イズモが後ろから俺にもたれかかりながら否定の言葉を返した。

まぁ、竜人族のお姫様の付き人だから、お嬢様と言えなくもないが、家柄自体は特別ってわけでもないしな。

イズモはため息を吐きながら、諭すようにライに話しかけた。

 

「ライも、あまり嫉妬に駆られるものではないと思うが?私はツルギのことが好きで、ツルギも私のことを受け入れてくれている。ツルギにはティアもいるが、むしろ仲良くやれているよ。父上だって、そのことを踏まえた上でツルギのことを認めてくれている。今さら、ライが口を挟む余地はないだろう?」

「ぐっ・・・」

 

イズモがつらつらと並べた事実と正論に、ライは口を紡ぐ。後ろにいる面々も似たような感じだ。

まぁ、ティアとイズモの仲がいいっていうのは事実だしな。良くも悪くも。

・・・これから増える可能性については見て見ないふりをするが。

だが、ここまで言われてもライは引き下がらなかった。

 

「ですが、その男はすでに死んでいるのでしょう!それに、肉体もエヒト神に奪われたと聞いています。だったら・・・」

 

あぁ、なるほど。死人と付き合ったって幸せになれるはずがないって考えているのか。

まぁ、今は不必要な器官を省いたただの魔力体だからなぁ。何がとは言わないが、できることも限られる。

俺からすれば、「まぁ、言われればそうだよなぁ」くらいにしか考えていなかったが、イズモにとってはそうではなかったようで、声のトーンを低くしながら口を開いた。

 

「それで?だったらお前に何ができるという?」

「そ、それは・・・」

「たしかに、あの時ツルギの肉体は死に、エヒトに奪われた。だが、ツルギの魂はここに在る。そして、ツルギは自身の肉体を必ず取り戻すと言った。なら、過去にツルギが死んだという事実も、今のツルギの肉体も些事だ。私はツルギが元の体を取り戻すと信じているし、私もそのために力を尽くす」

「・・・・・・」

 

イズモの信頼と覚悟が込められた言葉に、ライはぐぅの音もでなくなってしまった。

なんか、イズモがここまでキレるところを見るのは初めてな気がする。

今までだって、怒るにしても基本的に諭すような感じだし、そもそも怒ること自体が少なかった。

そう考えると、こういうイズモは何気にレアだな。

まぁ、それはそれとして。

 

「そういうわけだから、ツルギと私のことは・・・」

「イズモ云々はともかく、手合わせ自体は別に構わんぞ」

 

イズモの台詞を遮って、俺はライの申し出を部分的に承諾した。

 

「は?」

「イズモを賭けての勝負は受け付けられないが、単純な力比べならやってもいいと言っている」

「あ、あれ?ツルギ、ここは追い返すところではないのか?」

「別に、ここで追い返すことにこだわりはないな」

 

むしろ、戦力把握できるいい機会だ。これを参考にして姫さんたちに配備を助言することもできるだろうし。

ただ、向こうは「イズモは賭けない」という部分に勘違いする形で反応した。

 

「ふっ、なんだ、自信がないのか?」

「それ以前の問題だ。そもそも、自分の恋人を賭けの対象にすること自体が間違ってるに決まっているだろ」

 

漫画とかアニメでは主人公が恋人を賭けてライバルと勝負するシーンがあったりするが、俺からすれば理解できない。

恋人があっけなく攫われたりするのも問題だが、そもそも大切な存在なら、たとえどんな真剣勝負でも賭けの対象にするのは間違っているだろう。

必要なのは、恋人を賭けて勝負する意気込みではなく、必ず恋人を守るか奪い返す覚悟。それができないなら、俺はそもそもこの場に立っていないし、ハジメもまた同じだ。

「そんなこともわからんのか?」と視線を向ければ、ライはもっともなことを言われたことに対する羞恥からか顔を赤くした。

 

「そういうことだから、俺はイズモを賭けた勝負をするつもりは微塵もない。とはいえ、戦力把握はしておきたいから、手合わせならしてやってもいいって言っているんだ。それがわからないなら、そこで大人しくお座りでもしとけ。相手をするだけ無駄だしな」

「ツルギ・・・」

 

俺の言葉に、イズモが照れながらも嬉しそうに抱きつく腕に力を込めた。ティアと雫も微笑ましい表情をしている。

たしかに、俺にとっての1番はティアだとかなんだとか言ったが、大事にしない理由にはならない。俺の手の届くところにいる限りは、何としてでも守るしできるかぎりのフォローもする。

 

「・・・わかった」

 

対するライは、顔を真っ赤にして俯きながらも、絞り出すような声で俺の申し出を受け入れた。

あぁ、そうだ。

 

「そうそう、他に俺のことが気に入らない奴がいるなら、まとめてかかってこい。そっちの方が手間が省ける」

 

そう言うと、もはや殺気と呼べるほどのすさまじい視線が後ろの輩から飛んできた。

完全に舐め切っていると思っているらしい。

俺の言葉に反応して前に出てきたのは5人。

ライを含めれば6人の相手をすることになる。

 

「なぁ、大丈夫なのか?」

「ん~、大丈夫だろ。戦意が折れない程度にボコすくらいでちょうどいいだろうし」

 

イズモとしては俺のことが心配だったのだろうが、俺はあえて相手の心配をしているという風に解釈して返した。

そうすれば案の定、6人の妖狐族は青筋を浮かべて敵意も倍増しになった。

あくまで挑発の姿勢を崩さない俺にイズモは軽くため息を吐き、ティアと雫も「しょうがないなぁ」という感じになりつつも微妙な表情になる。

こうして、急遽俺と6人の妖狐族による模擬戦が行われることになった。

さて、どうやって身の程を知らせようかね。

 

 

* * *

 

 

作戦本部前だと十分なスペースがなかったから、訓練場として使っている森方面の空き地に移動した。

そうして移動している間に、俺と妖狐族が模擬戦をすることになったという話が兵士たちの間に広がり、目的の場所に着くころにはそこそこの数のギャラリーが集まっていた。

そこにはハジメたちはもちろん、姫さんやガハルド、グレンさんの姿もあった。

 

「・・・グレンさん、作戦会議はどうしたんですか?」

「お前がうちの奴らと模擬戦をするって聞いたからな。実際の実力を見て配備を変更する可能性もあるし、どうせならそれを見てからでもいいだろう。アドゥル様からも許可をもらったし」

「ガハルドは・・・」

「ただの興味本位だ。妖狐族もそうだが、今のお前の力も見ておきたい」

「なるほど」

 

今回の作戦、総司令は姫さんだが、戦場で兵を率いるのはガハルドだ。兵を預かる者としても、この模擬戦は見逃せないんだろう。

あとは、

 

「ハジメ。何をそこでニヤニヤしている」

「いやぁ、やっぱお前も苦労人だなと思ってな」

 

他人事だからやたらとウザイ絡み方をしてくる。シアたちも、口にはしないが似たような感じだ。

ハジメの方は魔王丸出しで手を出そうとするやつがいないからなぁ。ティオがああなっちゃったってのもあるだろうが。

 

「にしても、実際問題、お前の方は大丈夫なのか?さすがにあの妖狐族相手に1対6はどうかと思うんだが・・・」

 

まぁ、それが普通だよな。

だが、

 

「ならお前は、竜人族相手に1対6は勝てないのか?」

「はっ、まさか」

「つまりは、そういうことだ」

 

相手がなんだろうと、みすみす負けるつもりはない。

そもそも、俺たちがこれから戦うのは【解放者】や竜人族、妖狐族をして結果的に手も足も出なかった神と、それに限りなく近い力を持つだろう人形、そして数えきれないほどの使徒、あるいは他にも強化された魔物なんかが出てくる可能性も高い。

たかが6人相手にてこずっていては話にならない。

だから、俺の方はなんら問題ない。

そこに、今度は姫さんから疑念の声が挙がった。

 

「ですが、この模擬戦で士気が下がる可能性はないのでしょうか。お相手もそうですが、他の兵士たちも」

 

姫さんは、妖狐族がボコボコにされることで他の兵士の士気に影響しないかを心配しているようだった。

たしかに、大戦の前に士気を下げてしまうのは本末転倒もいいところだが、もちろんその辺りのことも考えていた。

 

「あぁ、その辺りに関しては問題ないと思う。ライたちには派手にやっても構わないって言っておいたからな。俺に負ける形になっても、十分に力を見せつけられれば逆に士気が上がるだろう。ライたち自身に関しては・・・」

 

そう言いながら、俺はグレンさんに視線を向けた。

グレンさんは、俺の考えていることがわかったようで、苦笑しながら口を開いた。

 

「あいつらは、今回参加する者の中でも若い方だからな。ついでに言えばイズモにフラれた連中でもあるが。そういうことだから、ここで1回痛い目を見るのも悪くないだろうし、後から来る奴らもイズモを狙おうとは思わなくなるだろうさ」

 

やはりというか、ライたちはイズモと比べれば竜人族や妖狐族の矜持がまだ身に染みていない方だったようだ。良くも悪くもまだ若い。

もちろん、俺もグレンさんもそのことを責めるつもりはないが、このままにしておくつもりもない。

 

「そういうことだから、あいつらのことは死なない程度は好きにしても構わないぜ」

「どうも」

 

内心、「別に魂魄魔法と再生魔法があるから1回くらいは・・・」と思ったが、余計な魔力を使うこともないと考え直した。香織にもハジメから専用のアーティファクトを渡されたようだが、俺から言った以上、香織を巻き込むのも気が引けるし。

そういうわけだから、痛い目にあわせる程度にしよう。

審判は、グレンさんがやることになった。

 

「それじゃ、審判は俺が務めさせてもらう。ルールは致死性の攻撃の禁止のみ。多少の怪我や欠損程度ならどうにでもなるそうだ。勝敗は、俺が戦闘続行不可能と判断するか、どちらかが降参するかで決めるものとする。他に質問は?」

「俺は特に何も」

「自分たちもありません」

 

グレンさんの簡単な説明に、俺とライたちは頷きを返す。

 

「双方、準備はいいな?それでは、始め!」

 

グレンさんの合図と同時に、俺は()()()ライたちに近づく。

俺の無防備な姿に向こうも戸惑うが、すぐに気を取り直して6方向から俺を囲む。

 

「さすがのお前でも、全方位からの攻撃には対応できないだろう!」

 

ライが若干フラグっぽいことを言った後に、4人の妖狐族が同時に飛び掛かってきた。他の2人は魔法の準備をしている。

飛び掛かってきた4人の妖狐族は両手に短刀を持っている。こうして見ると、衣服と相まってマジで忍者に見えなくもない。

そんなことを考えながら、冷静に短刀の軌道を見切って攻撃を躱したりいなしたりして、合間に放たれる炎弾は障壁で防ぐ。

隠れ里で相当訓練していたのか、6人の連携には一切のよどみがなく、隙も少ない。魔法も前衛の邪魔にならないように調整されており、時折闇魔法で生み出したらしき幻影も混じっている。

グレンさんはまだ若いと言っていたが、相当な手練れであるのは間違いない。

まぁ、洗練されている分、俺には4人の動きが手に取るようにわかるし、魔法も“魔眼”でまったく問題ないが。

6人は攻撃できない俺が手も足も出ないと思っているのかだんだんと攻撃を苛烈にさせていくが、それでも涼しい顔をしてすべての攻撃を捌く俺にだんだん焦りの表情を浮かべ始める。

 

「くそぉっ!」

「あっ、おい待て!」

 

一番初めにしびれを切らしたのは、やはりライだった。

本来なら後ろに下がるだろうタイミングで、やけくそ気味に突貫してきた。

仲間の1人が止めようとするが、もう遅い。

俺もそろそろ反撃に回ることにしようか。

 

「シッ!」

「あぐっ」

 

躱しざまに顎に掠らせるように拳を放てば、ライは脳震盪によってもうろうとした意識の中で倒れた。

 

「くそっ、いったん距離を・・・」

「取らせるかっての」

「なっ、これは!?」

 

俺から離れようと飛びずさろうとした3人の妖狐族を、重力魔法によって無理やり俺の方に引きつける。

飛び上がってしまった3人の妖狐族は踏ん張れるはずもなく、なすすべなく俺に向かって飛んできた。

 

「せ~のっ!」

「「「ぎゃあっ!」」」

 

向かってくる途中でさらに重力を強くすれば、ちょうど俺の真上で顔面から正面衝突し、そのまま落下して顔を抑えてうずくまる。

 

「さて・・・」

「ひっ、ま、参った!」

「降参!降参だ!」

 

残りの2人はどうしてやろうかと思っていたら、向こうが先に降参宣言をしてしまった。

 

「勝負あり!勝者、峯坂ツルギ!」

「「「おおおっ!」」」

 

グレンさんが俺の名前を宣言し、周囲からもざわめきの声が挙がる。

俺としては、ちょっと不完全燃焼なところがあるが、勝敗が決まった以上、手を出すわけにもいかない。

 

「ふぅ・・・」

「おう、余裕だったな」

 

あっけなく終わった模擬戦に一息つくと、ハジメたちが近づいてきた。

 

「これくらいはな。むしろ物足りないくらいだ」

「そりゃそうだろうな。今の、本気の半分も出していなかっただろ?」

「連携は悪くなかったが、思った以上に短気だったもんなぁ」

 

俺としては、もうちょいあの連携を受けて体を動かしたかったが、ライの我慢の限界が早すぎた。あそこで攻めてきたから、俺も反撃せざるを得なくなったし。

 

「はっはっは!あいつらを赤子扱いとはたいしたもんだ」

 

そんなことを話していると、グレンさんが拍手をしながら近づいてきた。

 

「これくらいは当然です。まぁ幸い、あれ程ならアーティファクトの強化込みで使徒とも十分戦えるでしょう。戦力としては申し分ないです」

「そう言ってもらえて何よりだ。それに、俺としても強い男が娘についてくれるとわかって一安心だな。そんじゃ、俺はあいつらを叩き起こしてくる」

 

そう言って、グレンさんはライたちが寝転がっている方に向かっていった。

そこで、ふと気になることが。

 

「そういえば、グレンさんの実力はどんなもんなんだ?隊長なんだから、少なくともあいつらよりは強いのか?」

 

この俺の疑問には、イズモが答えてくれた。

 

「あぁ。父上もその気になれば、さっきのツルギと同じようなことができるだろう。それに、乱取り稽古もしょっちゅうしていたしな」

「なるほど」

 

つまり、妖狐族の中ではイズモを除けば最も強いってことになるのか。

というより、経験面では俺でも普通に負けそうだ。

まっ、イズモのことはすでに認めてもらえているから、余計な心配はいらないか。




ありふれ11巻を買いましたが、赤面する優花ちゃんと日常を除けばお初のレミアさん(お風呂場)がもう・・・。
やけに新巻が遅いな~と待ちわびていたんですが、思った以上に加筆修正が多くてびっくりしつつも、新巻の出版の遅さなんてどうでもよくなりました。
竜人族?彼らは犠牲となったのだ・・・変態化したティオ、その犠牲にな・・・。


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父親として

喧嘩を売ってきた妖狐族を返り討ちにした後、俺は1人である場所に向かった。

そこは、リヒトが使っている天幕だ。

グレンさんと話したから、というだけでもないが、思い出してみたらリヒトとサシで話し合ったことはあまりなかったというのと、やはりこの作戦で唯一の魔人族であるリヒトがどういう扱いを受けているのかが気になったことから、ティアたちとは別行動にしてもらって俺だけでリヒトのところに向かうことにした。

リヒトの天幕が用意されているのは城の裏手だ。余計な問題やわだかまりを防ぐために人族や亜人族の天幕からは離れたところに設置されている。

だからといって、リヒトがここにいるとは限らないが・・・。

 

「リヒト、いるか?」

「む?峯坂ツルギか。どうした?」

 

どうやら、運よくいたようだ。

リヒトと一緒に昇華魔法の訓練をしていた坂上は「リヒト?どこにいるかなんて知らんぞ」とか言われたし、だからと言って他の兵士に聞くのもはばかられるし。

 

「いやなに、ちょっと話でもと思ってな。今は大丈夫か?」

「問題ない。入ってくれ」

 

リヒトの許可を得たところで、天幕の中に入った。

中に入ると、極端に物が少なかった。

あるのは、小さめの食卓と寝床らしき布が1枚だけ。

あれ?実はかなり嫌われてたりすんの?

 

「なぁ、さすがに物が少なすぎないか?」

「これだけあれば十分だろう。別に私は娯楽をたしなんでいるわけではないからな。無論、食事も不自由しない程度には持ってきてもらっている」

 

ん?実はリヒトって脳筋が混じってたりするのか?少なくとも、日本の武人でも多少の趣味や娯楽はあるもんだと思うけど・・・。

 

「いや、寝床とかどうしてるんだ?さすがに布きれ1枚だと休まらないと思うが・・・」

「睡眠をとる分には寝床は必要ない。あったらあったでいいのだろうが、私にはこれで十分だ」

 

やばい、今になって俺の中にすっげぇ罪悪感が湧いて出てきた。

俺とか、城の客室のベッドでティアとイズモに挟まれたり、雫がティアに連れてこられたりしてるんだもんな。

いや、リヒトがこれでいいって言ってんならいいんだろうけどさ、さすがに申し訳なくなってくるというか・・・連合軍の野営の方がもっと環境がいいぞ。

一応、姫さんはリヒトから必要なものを聞いて用意させるって言ってたけど、絶対用意した人は困惑してたと思うぞ。自陣に味方と伝えたとはいえ、敵の大将の1人に何が必要か尋ねたら小さい食卓と寝れるだけの布1枚だけでいいって言われるんだもん。俺でも耳を疑うね。

 

「それで、ツルギは何を話しにきた?まさか、俺の扱いを心配していたのか?」

「いや、まあ、それもないわけではなかったというか、むしろ思った以上に無欲で罪悪感が湧いたというか・・・ともかく、別に特別な用事があったわけじゃない。実はついさっき、イズモの父親と話してな。それで、リヒトと2人で話したことがないと思って来ただけだ」

「そうか・・・たしかに、今までは敵同士だったわけだからな。こうして話し合うのは初めてか」

 

一応、肉体言語なら話したといわなくもないが、こうしてゆっくり言葉を交わすのは初めてだな。

 

「そういえば、坂上の方はどうなんだ?ここに来る前に会ったが、手ごたえは掴めていそうだったが」

「あぁ。ツルギの言っていた通り、龍太郎は“天魔転変”と相性がよかったようだ。本来は変成魔法の中でも高難易度なのだが、この短期間で発動までこぎつけることができた。今のままでは効果と時間、共に実戦では十分とは言い難いが、南雲ハジメの()()があれば中村恵里やその傀儡兵、いや、屍獣兵(しじゅうへい)相手でも通用するだろう」

 

屍獣兵。中村の傀儡兵に魔石を埋め込むことで魔物の特性を取り組ませてさらに強化したってやつか。そのおかげで、亜人族のような身体能力に加えて、人間族や魔人族と同等の魔法を発動することができるということらしい。

たしかに、魔人領で見た傀儡兵には獣耳や尻尾が生えていたと思っていたが、そんなことになっていたのかと聞いてから思った。

まぁ、神域に行かない俺には関係ない話だが。

 

「そうか・・・連合軍の方もハジメのアーティファクトがなじんできたみたいだし、戦力としては問題なしだな。そういうリヒトはどうなんだ?」

「私の方も、空き時間を利用して鍛錬している・・・本当に、あの者のアーティファクトは尋常ではないな。私の知る限り、これほどのアーティファクトは存在しないぞ」

「まぁ、それもそうだろうな」

 

あいつのアーティファクトは地球のなんちゃって科学や漫画・ゲームのロマンを元にして作られているからな。

科学や創作物の発展が乏しいトータスではあいつのアーティファクトに敵うはずが・・・いや、オスカー・オルクスなら敵うか。ちょいちょいハジメと価値観が一致してるし、何よりハジメと違って他の魔法も人並みかそれ以上に使える。

もし、ハジメとオスカーが相対したらどうなるか、興味と悪寒が半々といったところだ。

そこで、俺とリヒトの会話が途切れてしまう。

今度は何を話そうかと思い・・・ふと、今まで気になっていたことを尋ねることにした。

 

「・・・そういえば、1個聞いておきたいことがあるんだが」

「なんだ?」

「リヒトは・・・ティアのことを、どう思っているんだ?」

「・・・」

 

俺の質問に、リヒトは黙ってしまう。

たしかに、俺が魔王城で言ったように、リヒトはティアを逃がすために、自分を憎むように仕向けたという推測をたてた。あの時、俺が言ったことはだいたい合っているということはリヒトの反応でわかる。

だが、そのためとはいえ、嫌がる自分の娘に無理やり魔石を生成して魔物化させたリヒトの心境は、どのようなものなのか。

ティア自身、あの時は涙を流していたが、それでも胸に抱えるわだかまりは解けていないようだった。今までにリヒトと積極的に話そうとしていないことからもそれがわかる。

俺が1人でここに来た理由の1つにも、ティアがリヒトと話すことに乗り気ではなかったことがある。

俺の問い掛けに、リヒトはしばらく口を閉ざし・・・再び話し始めた。

 

「・・・()()のことは、当然、私の娘だと思っている。だが、今になって私が父親面できるはずがないだろう。私の目的のために、私を恨ませるために、一方的に酷な思いをさせたのだ。今さら、()()を大切な娘などと言えるはずがない、言って許されるはずがない。もはや、名前を呼ぶことすら憚られるのだからな」

 

道理で、ティアのことはわざわざ「彼女」なんて言い換えたのか。この感じだと、なんなら敵対してた時の方がまだ話せてた気がする。

ただ、それはティアにも同じようなことが言えるわけだが。

王都侵攻の時にあんな堂々と決別宣言した手前、今さら味方になったからといって「はい、そうですか」と割り切れるはずもない。

これは、かなりめんどくさいことになっているが・・・幸い、俺からも口出しできる。

 

「なるほどな・・・だが、その辺りのことなんて、考えたところでどうしようもないと思うぞ」

「なに?」

 

断言する俺に、リヒトが訝し気な表情になる。

 

「たとえ何を考えようとも、リヒトとティアは親子だってことだ。どれだけお互いが気まずかろうが、過去に許されない出来事がろうが、その事実は絶対に変わらないし、一生ついて回ってくる。いや、どっちかが死んだとしても同じか」

 

それは、俺自身が証明している。

俺の場合はかなり特殊だが、それでも10年経った今になっても死んだ母さんのことを忘れたことは片時もない。

ハジメだってそうだ。今のハジメになったそもそもの動力源は、日本にいる家族に、知り合いに再び会うためであり、そのために何が何でも日本に帰ろうと足掻いていたのだから。

 

「あんたもティアも、あれこれ理由をつけて避けている様だが、いつまでもそのまんまというわけにもいかんだろう」

「だが・・・」

「ついでに言うなら、別に大事にするだけが愛情ではないと思うぞ。なんなら、俺だって実の母親に殺されそうになったわけだし」

「そうなのか?」

「まぁな。もちろん、親だって人間だから、中にはどうしようもないクズの親もいるだろうが・・・リヒト、あんたはその限りじゃないだろう」

 

たしかに、方法としてはあまり褒められたものじゃないだろうが、逆に言えばそこまでしなければティアがエヒトの傀儡になっていた可能性もあったし、俺と会うこともなかったから、悪いことばかりじゃないだろう。

 

「そういうことだ。だから、別にあんたの実力を疑うわけじゃないが・・・決戦の前に心残りは残しておきたくない。存分に話し合ってくれ」

 

そう言って、俺はゲートをティアの後ろに開いて手を突っ込み、ティアの首根っこを掴んで引きずりだした。

 

「きゃっ!?ちょっ、ツルギ!?」

「んじゃ、俺はこれで」

 

悲鳴と困惑の声を挙げるティアをスルーして、俺はゲートに潜り込んでさっさと閉じた。

ティアがいたのは、どうやら休憩室だったようで、イズモや、雫、ハジメたちの姿もあった。

もし、これでティアが更衣室で着替えの真っ最中とかだったら決戦前に社会的に死んでいたところだったから、運がよかったな、ハハハ。

みんなもゲートの先にリヒトがいたのが見えていたのか、俺の行動の理由を察してくれているようだ。

 

「ツルギ・・・その強引なところ、ハジメ殿に似てきたぞ」

「そうですねぇ。私もまぁ、あまり人のことは言えませんが、それでも指摘してしまいたくなるくらいにはツルギさんも変わりましたよね」

「うむ、妾たちと会ったときの方が、まだいろいろと気遣いができておったな」

「でも、地球にいた頃はむしろツルギの方が力ずくで解決しようとしたことが多かったわよね?」

「言われてみりゃあ、檜山たちのこともよく実力行使で黙らせてたよな」

「そう考えると、今のハジメ君が昔のツルギ君に似たのかな?」

 

・・・察してくれたうえで、いろいろと心外なことを言われた。

俺がハジメと同じだと?やめてくれよ。

ハジメの方も、なんかすごい嫌そうな顔をしてるし。

俺も似たような顔になってるんだろうなぁ。

 

 

* * *

 

 

「・・・」

「・・・」

 

一方、ツルギによって急に無理やり親子で2人きりにされたティアとリヒトは、ガチガチに緊張した慣れないお見合いのように視線も合わせずに黙りこくっていた。

いろいろと悩んだり複雑な気持ちでいたところに、心の準備も何もなしに強引に2人きりにされたのだから、当然と言えば当然だが。

このまま黙っているわけにいかないのはわかっているが、どうやって切り出せばいいのかまるで分らない。

そんな微妙な雰囲気になっている中、最初にしゃべり始めたのはリヒトだった。

 

「ティア」

「っ、な、なに?」

 

いきなり話しかけられて、思わずティアも声が強張ってしまうが、対するリヒトの言葉は簡単なものだった。

 

「すまなかった」

「え?」

「あの時、ああするしか他に方法になかったとはいえ、今更謝ったところで、とうてい許されることではないとわかっている。だが、それでも・・・そうしてでも、ティアには、ティアの道を歩んでほしかった。そのためなら、私も恨まれてかまわないと思っていた。それこそ、親子の縁が切れることになったとしてもだ。だが・・・」

 

そう言って、リヒトは苦笑を浮かべた。

 

「本当に、峯坂ツルギは大した男だ。私も詳しく聞いたわけではないが・・・親に殺されそうになったというのに、歪ながらも己を持って生きてきた。ツルギとティアが出会ったのは、私としても幸運だったようだ。まさか、私が年下の、それこそティアと同い年の男から諭されることになるとは思わなかったな」

 

リヒトの言葉は、独白とも、ティアへの言葉とも受け取れるものだった。

だから、ティアは静かにリヒトの言葉に耳を傾ける。

 

「思えば、私もあの時から、ティアから逃げてばかりだったのだろうな。たとえ覚悟していても、自分の娘から非難や罵倒の言葉を浴びせられるのは怖かったのかもしれん。だから・・・」

「もう、いいわよ」

 

そこで、ティアはリヒトの言葉を切り上げ、そっともたれかかった。

 

「たしかに、お父さんのしたことは、周りからすれば許されないことだったのかもしれない。でも・・・それでも、あの時はそうやって守ってくれた。そうでしょ?だって、わざわざ私を逃がしてくれたんだから。それに・・・私のお父さんは、1人だけだから」

「・・・そうか」

「私たちには、いろいろなことがあったけど・・・でも、ゆっくりでいいから、私は父さんと一緒にいれるようにしたい。だって、またこうやって、2人で話せるようになったから」

 

ティアの言葉に、リヒトは今までの重荷が降りたかのような、朗らかな表情をしていた。

元々リヒトは、()()()()()()()()()()()()()()()()

ティアにも、人間族にも、そうすることでしか償うことができないと思っていたから。

だが・・・死ねない理由ができてしまった。

こう言われてしまっては、自分だけ勝手に死ぬことはできない。

もちろん、人間族から今までの罪の清算を求められるだろうが、その辺りはリリアーナが今回の大戦を引き合いに便宜を図ってくれるだろう。根っこに腹黒い部分はあるが、それくらいの優しさはある、に違いない・・・はずだ。

 

(あぁ、やはり私は、負けられない理由があった方が戦える類のようだな)

 

もちろん、さっきまでも微塵も手を抜くつもりはなかったが、さっきまでよりも体の、魂の奥底から力が沸き上がってくる。

ここまでお膳立てしてくれたツルギには、礼を言わなければならない。

そうして、リヒトは内心でさらなる戦意をみなぎらせながら、しばらくぶりのティアと2人の家族の時間を過ごした。




あらすじを見てもわかりますが、一応こっちでも言っておこうかなと。
最近になって、ハーメルン用のTwitterアカウントを作りました。
詳しいことは自分のユーザーページの方に書いてあるので、そちらをご覧ください。

いい感じに煮詰まってきたところで、次回からはいよいよ決戦に移ります。
ツルギ組はもちろん、城防衛組や対恵里・光輝組のオリ要素有りストーリーを考える必要があるので大変になりますね。
もちろん、アンケートでやると決めた以上は頑張ります!


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大戦の幕開け

エヒトから予告された決戦の日までの、最後の夜。

だからといって兵士や俺たちの間で特に何かが変わっているわけでもなく、各々思うように過ごしている。

とはいえ、自然と緊張感が増していることもあって、仮眠をとっている人間はほとんどおらず、武器の習熟に努めているのがほとんどだ。

かくいう俺は、暇だしどうせだからハジメと話でもしておこうと思っていたのだが、

 

「あれ?峯坂君、そんなところでどうかしたの?」

 

壁にもたれかかりながら立っていると、横から声をかけられた。

声をかけられた方を向けば、園部を始めとしたクラスメイトが集まっていた。

 

「あ~、まあ、ちょいとハジメと話をしようと思ったんだがな・・・」

 

そう言いながら、ハジメの方に視線を向ける。

そこには、ひっきりなしに訪れる来客に、長椅子に座りながらなんやかんやで対応してるハジメの姿があった。

ハジメと話をしようと思っていたが、先客が多すぎて諦めた形だ。

 

「あの調子じゃ、もうちょい時間がかかりそうだからな。この辺りで待つことにした」

「そっか・・・なんだかんだ言って、あいつの周りって人が絶えないのよね・・・」

 

園部の言う通り、性格や状況の良し悪しを別にすれば、ハジメの周りには割と人がいた。

俺もそうだし、香織たちや檜山たちもそうだ。

 

「こっち来て、奈落に落ちてからのあいつには余裕が無かったから、基本的に突っぱねることが多かったが・・・こうして、めんどくさそうにしながらも相手をしてる辺り、少しでも前のあいつは戻って来てると思うな。それがわからずに、一方的に敵視してたお前らの目は節穴だったってことになるが」

「まぁ、それに関しちゃ言い訳のしようもねぇな」

 

俺の言葉に坂上は苦笑しながらも同意した。

 

「・・・勝てるよね?南雲っも、峯坂っちも」

 

そこで、宮崎がふとこぼしたようにつぶやいた。

その言葉に、クラスメイトから俺に視線が集まる。

その問いに、俺は肩を竦めながら答えた。

 

「さぁな。だがまぁ、なんとかなるだろ。今までだって、そうしてきたからな」

 

大迷宮攻略だって、悪食戦だって、魔王城での一戦だって、一歩間違えていたら死んでいたかもしれない。そんな綱渡りを今まで繰り返してきて、今ままで生き延びてきた。

当然、物事には、特に戦いには絶対と言えるものは存在しない。が、だからといって『できない』と言う理由はどこにも存在しない。

それに、この時のために、向こうからわざわざ4日も用意してくれたわけだ。だったら、負ける方が難しいというものだろう。

 

「それにな、人の心配よりも、自分たちの心配をしたらどうだ?やばいのはそっちだって同じ・・・いや、相対的に考えれば俺たちよりもやばいだろ」

 

なにせ、道中や取り巻きを除けば、俺たちの目的がそれぞれ1人ずつなのに対して、地上組が相手をするのは無数の魔物と神の使徒だ。しかも、単純なステータスで言えば香織とリヒト以外は使徒と比べて大きく劣っている。

この世界の人間はもちろん、召喚組でさえも話にならない。魔王城にあっさり幽閉されたことからも、実力の差は歴然だ。

そんな俺の言葉に、クラスメイトたちは力強い笑みを浮かべて返した。

 

「なに言ってんのよ。南雲があんな激を飛ばしたのに、私らが無様にやられるわけにもいかないでしょ」

「それに、そのためにいろいろと準備したのは俺たちだって同じだし、南雲にお膳立てもしてもらったんだ。だったら、意地でも負けるわけにはいけねぇぜ」

 

それは、他の者も同じなようで、全員が力強い笑みを浮かべて頷いている。

どうやら、以前に使徒にいいようにやられた時の敗北感はいい具合に消えているらしい。その表情には、欠片も絶望の色はない。

 

「ならけっこう。なに、俺の方もさっさと終わらせて、お前らの救援に行ってやるさ。せいぜい、その時まで死ぬんじゃねぇぞ」

 

俺の軽口にも、力強い笑みは崩れない。

これなら、俺も余計なことを考えずに、俺の敵に集中できそうだ。

 

 

* * *

 

 

ハジメへの来客が途切れたのは、もうすぐ夜が明けるかどうか、といった頃合いだった。

ハジメに尋ねてきている人がいないことを確認してから、俺はハジメに近づいた。

さっきまではシアたちの姿もあったが、今はハジメしかいない。

気を利かせているのかは知らないが、いつの間にか少し離れたところに移動していた。

 

「よう。ずいぶんと人気だったな」

「ツルギか。そりゃ、あの時の意趣返しのつもりか?」

「お前の場合、俺と違って自分のツケが回ってきただけだろ」

 

ハジメを尋ねていたのは、主に漢女や竜人族の面々だ。一応、ユンケル商会のモットーやその娘らしき女性、亜人族からギルやレギン、マオの姿もあった。

ユンケルや亜人族の面々はともかく、漢女軍団はおよそ半分ほどがユエやハジメの股間スマッシュによって誕生したらしいし、ティオの関係で竜人族の男たちやティオの乳母という女性がハジメと腹を割って話したがっていたみたいだし。

 

「それを考えれば、俺の方がまだ平和的だったな」

「決闘を申し込まれた時点で、平和とは言い難いと思うけどな・・・」

 

そういうハジメも微妙にげんなりしている辺り、ずいぶんと苦労したようだ。

 

「にしても・・・まさか、こんなことになるなんてな。日本にいた頃じゃ、欠片も想像できなかった」

「たしかにな。向こうじゃ、魔法とか魔物なんて創作物の中だけの話だったわけだしな。だが、ツルギの家系からして、案外そんなこともなさそうだが」

「だな。案外、俺たちの知らないところで蔓延ってるのかもしれんな」

 

少なくとも、俺の母さんか父さんのどっちかが魔法使いの家系であることは間違いない。

だとしたら、実は俺たちの知らない裏の世界にはそれなりに魔法の技術や文明が存在している可能性もある。

 

「だが、それを確認するのはエヒトをぶっ殺してからだ・・・ハジメの方は問題ないか?」

「はっ、当然だろ。そういうツルギこそ、微調整とやらは済んでいるのか?」

「とっくにな。どうやら、互いに準備は万端のようだな」

「あぁ」

 

俺も、ハジメも、「勝てるか?」なんて野暮なことは問わない。

互いに、やれるだけの準備を整えた。

後は、結果を出すだけだ。

 

「長年世界を裏から操り続けていた神に、その神と同等かそれ以上の力を持った人形。どっちもわずかにも油断できない、今まで最も尋常ならざる相手だ。だが」

「あぁ。俺たちのやることは変わらねぇ。俺はふざけた神モドキをぶっ殺してユエを救うし、ツルギも人形を黙らせて体を取り戻す」

「今までも、道理や理不尽、不可能を蹴っ飛ばして先に進んできた。だったら、恐れることもない」

「やることはただ1つ。邪魔なものは全部ぶっ飛ばして、何が何でも奪われたもんを取り戻す。ふざけたクソ神は殺すし、何一つあいつの思い通りにはさせやしねぇ」

 

絶対に目的を達成する誓いを立て、俺とハジメは拳を打ち合わせた。

 

「ねぇ、なんだかあの2人、いい雰囲気になってない?」

「うぅ、私たちですら、あの2人の間には入れないですぅ・・・」

「いや、本人たちも否定しとる・・・いや、意固地になって認めないだけなのじゃろうか?」

「まぁ・・・ここまでくると、あながち否定もしきれないですね」

「だ、大丈夫だよ!あれもきっと友情なんだよ!多分、きっと!」

「香織こそ、ちょっと自信なくしてるじゃない・・・」

 

後ろから、ちょ~っと看過できない声が聞こえてきた。

あれほど、俺とハジメはホモじゃないって言ってんのに、ま~だ疑惑がでてくるのかね。

 

「ったく、あいつら・・・」

「あぁ、きつく言っておかねぇとな」

 

大きくため息を吐きながら、俺とハジメは立ち上がってティアたちのところに向かった。

この後、小一時間ほど俺とハジメはそういう関係じゃないと釘を刺しておいたが、結局疑惑の目が晴れることはなかった。

 

 

* * *

 

 

精神的にちょいと疲れたものの、あれこれ弁明したところで簡単に疑いは晴れそうにないと判断して、この話はまた今度ということになった。

どうしたものかと悩んでいると、とうとう最後の日の出を迎え、神山から覗く太陽が空を朝焼けのオレンジに染める。

同時に、

 

「・・・来たか」

 

世界が、赤黒い色に染まった。

まるで、魔物の眼のような、見る者の不安感や恐怖心を煽るような、禍々しい色だ。

太陽もただの黒い点に成り果ててしまい、自然と人々の注目が神山上空に集まる。

そして、

 

「空が、割れる・・・」

 

誰が呟いたのか。

だが、実際に空には蜘蛛の巣のような亀裂が入り、限界を超える圧力を受けたガラスのような音を立ててひび割れていく。

 

 

遂に、神にとっては世界に、人類にとっては弄ばれた歴史に終止符を打つための戦いが、ここに始まった。




今回はだいぶ短めです。
どちらかと言えば、間章に近いですかね。
キリの良さを考えると、どうしてもこうならざるを得なくて。
あと、最近は夏バテもひどくて・・・。
次から本気になります。


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開幕は盛大に

神山上空の空が割れ、空間の破片が割れたガラスのように落ちていく光景は、場合によってはきれいに見えたかもしれない。

だが、割れた先に見えるのは深く濃い闇の深淵であり、そこからどす黒い瘴気のようなものがあふれ出てくる。

そして、そこから黒い雨のように現れるのは、数千万にのぼる絶望すら生ぬるい魔物の数。さらには、銀の雨となって神の使徒も降りてくる。

 

「うっはぁ、こりゃすげぇな。なんかウルの時を思い出すな」

「たしかにな。あのときはどれくらいの数だったっけか?」

「たしか、5万と少しぐらいですね」

「つまり、最低でも200倍か。やべぇな」

「数だけではない。その質も、ウルの時とは比べ物にならんじゃろう」

「おそらく、あの1体1体でもオルクスの深部の魔物と同じレベルはあるでしょう」

「それに加えて、神の使徒も大勢いるんでしょ?本当にシャレにならないわね」

 

それを前にしても、俺たちの態度は崩れない。

この程度でビビってたら、俺たちの相手に勝てるはずもない。

とはいえ、このまま放っておくのも問題だが。

 

「そろそろ俺たちの出番か」

「あぁ、そうだな」

 

その直後、今回の戦いで最も重要と言える存在が口を開いた。

 

「連合軍の皆さんっ。世界の危機に立ち上がった勇気ある戦士の皆さん!恐れないで下さい!神のご加護は私達にあります!神を騙り、今、まさに人類へと牙を剥いた邪神から、全てを守るのですっ。この場に武器を取って立った時点で、皆さんは既に勇者です!1人1人が、神の戦士です!さぁっ、この神の使徒である“豊穣の女神”と共に、叫びましょう! 私達は決して悪意に負けはしないっ。私達が掴み取るのは勝利のみですっ!!」

 

怖気づいている兵士たちに向かって高らかに声をかけるのは、“豊穣の女神”たる愛ちゃん先生だ。

愛ちゃん先生が兵士たちに呼びかけるとともに、愛ちゃん先生にかけられているペンダントから紅の光が降り注ぐ。

“叛逆の祝福”。俺が粗削りで作り出してハジメが調整を加えた、アーティファクトを身に着けた者に信仰をささげるほど強化されるアーティファクトの完成形だ。

信仰の純度によって効果が変動するという欠点はあるが、愛ちゃん先生の演説によって兵士たちの信仰の全てが愛ちゃん先生に向けられている。

その証拠に、“反逆の祝福”から降り注がれる光は兵士たちを覆い、“限界突破”ほどではないにしても大幅にステータスが強化されているのがわかる。

それによって兵士たちも瞳に力強さと決意を取り戻し、一斉に足を踏み鳴らし、まるで事前に打ち合わせたかのように声を合わせる。

 

「「「「「「「「「「勝利!勝利!!勝利!!!」」」」」」」」」」

「邪神に滅びを!人類に栄光を!」

「「「「「「「「「「邪神に滅びをっ!!人類に栄光をっ!!」」」」」」」」」」

 

ちなみに、愛ちゃん先生の台詞はハジメお手製の台本を読み込んで覚えたものだ。付け焼刃にしてはなかなか様になっているのは、ハジメに対する想いがあってこそなのか。

 

「悪しき神の下僕など恐れるに足りません!“我が剣”よ!その証を見せてやるのです!」

 

愛ちゃん先生がそう叫べば、次は俺たちの番だ。

 

「「仰せの通りに、我が女神」」

 

示し合わせていた台詞を言いつつ、俺たちは愛ちゃん先生の後ろから飛び上がって空中にとどまる。

先に始めるのはハジメだ。

ハジメがダイヤのような宝珠を掲げると、宝珠から眩い光が愛ちゃん先生を照らす。

その一拍後、赤い空の一部が一瞬キラリと光り、次の瞬間、すさまじい轟音とともに山肌ごと魔物の群れが吹き飛んだ。その爆撃はさらに続き、高度8000mの山を削っていく。

この爆撃の正体は、大質量の金属球の自由落下、いわゆる“メテオインパクト”と呼ぶべきものだ。

さすがに宇宙空間からだと砦にも被害がでかねないことから成層圏からの落下だが、それでも局所的に降り注ぐ数百発の大質量は爆弾など比ではないほどの破壊を生む。

 

「「「「「「「「「「・・・・・・ッ」」」」」」」」」」

 

これを見た兵士たちは、歓喜によって、莫大な戦意によって震え、轟音にも負けないほどの絶叫が上がる。

 

「「「「「「「「「「ウォオオオオオオオオオオオオッーーー!!!!!!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「愛子様万歳! 女神様万歳!!」」」」」」」」」」

 

襲撃場所をシアの“未来視”によって確定させてから、その地点を丸ごと吹き飛ばすという目論見が成功して、俺は内心でホッとした。

これが失敗したら、この後の予定が大幅に狂ってしまうからな。

この開幕直後の攻撃に、さすがの神の使徒も少しの間動きを止めていたが、それでもすぐに編隊を組みなおして突撃してくる。

そこに、ハジメから第2波が加えられる。

 

「随分と虚仮にしてくれたんだ。この程度で済ますわけがないだろう?かのイカロスのように、翼を焼かれて堕ちろ、木偶共」

 

ハジメが別の宝珠を取り出して輝かせた直後、天から光の豪雨が降り注いだ。

太陽光収束レーザー“バルスヒュベリオン”。王都侵攻の時に使った“ヒュベリオン”の完成形だ。

それを、今回は7機。不意を突かれて消滅した使徒は数知れず、分解魔法で防ごうと試みた使徒も前回より性能がはるかに上がった太陽光レーザーを防ぎきることができずに消滅していく。

それでも何とか生き残った使徒や、新たに裂け目から現れた使徒がこっちに向かって迫ってくるが、これで終わりではなかった。

 

「遠慮するな。まだまだ、たらふく喰わせてやるよ。それこそ、全身はち切れるくらいになぁっ」

 

獰猛な笑みを浮かべるハジメは、同時にまた別の宝珠を輝かせる。

すると、バルスヒュベリオンの全機から30㎝程度の二等辺三角形の小型のビットが現れた。

そして、使徒やバルスヒュベリオンの周囲を飛び回りながら、レーザーを反射して全方位から使徒を焼き尽くしていく。

“ミラービット”は空間魔法によってビット表面の空間を歪曲させることで、レーザーの軌道を曲げて多角的に攻撃できるようにしている。ちなみに、ほとんど鋭角に軌道を曲げることができるから鏡でもないのに“ミラー”と名付けたそうな。

 

「まぁ、こんなもんだろう」

 

ハジメとしては戦果としては上々だったようで、鼻で嗤いつつそう呟いた。

そして、最後に宝珠を操作してバルスヒュベリオンの中から拳大の光り輝く何かを落とし、

 

「まとめて消えろ」

 

ドォオオオオオオオオオオオンッ!!!!

 

次の瞬間、轟音と共に空に太陽の華が咲いた。

太陽光集束専用型宝物庫“ロゼ・ヘリオス”。言ってしまえば、宝物庫に臨界ギリギリまで太陽光を収束した、大熱量爆弾だ。レーザーに使うものとは別のため、バルスヒュベリオン自体も問題なく運用できる。

1機につき1つしか搭載できない虎の子だが、バルスヒュベリオンの破壊に動いていた使徒はもちろん、裂け目から新たに出てきた使徒も丸ごと消し飛び、これまでの攻撃で巻き上がっていた粉塵も一気に押し流されていく。

一応、要塞にも熱波は襲い掛かってきたものの、王都から引っ張り出してきた大結界のおかげで余波くらいなら凌ぐことができた。

横を見れば、ハジメも軽くだが冷や汗をかいている。ハジメもここまでとは思っていなかったようだ。

 

「うはぁ、すごいことになってますねぇ~」

「ちょっと、どうするのよ。ツルギがあんなこと言うから、ハジメが有言実行しちゃったじゃない」

「これが、完全に自重しなくなったハジメ君の本気なんだね・・・」

「う~ん、地形を変えてもいいとは言ったが、まさか神山を消し飛ばすとはなぁ・・・こりゃあ、日本に戻ったら全力で自重させなきゃなぁ」

「・・・そうよね。地球で例えるなら、エベレストが消滅して、核を乱発したようなものなのよね。私も、力づくで止めに行った方がいいのかしら・・・」

「・・・どっちにしろ、峯坂君とシズシズは苦労するんだね。鈴も出来る限り協力はするよ。地球の泣き声が聞こえてきそうだもん」

「この世界は既に涙目だな・・・俺、向こうに行ったら即行で光輝をぶっ飛ばすわ。俺が真っ先に相手しねぇと・・・南雲と殺り合ったら、あいつ塵も残らねぇぞ」

 

一応、この場にいる全員がどういう方法で開幕先制攻撃を仕掛けるかはわかっていたが、予想をはるかに超えた惨劇を前にほとんどが遠い目をしている。

すぐ近くでは、はしゃいでいるティオの隣でアドゥルさんが白目をむいてるし、一部は腰を抜かしてしまっている。

ハウリア族は半分くらい狂乱状態になっているが、全体的には士気が上がっているように見えるし、ガハルドも素早く立て直して指揮を執っている。

先制攻撃としては、十分以上と言えるだろう。

とはいえ、だ。

 

「さて、先制攻撃としては十分だが・・・俺も“女神の剣”である以上、俺だけこのままボーっとしてるわけにもいかんからな~。俺もでかいのをかましておくか」

 

そういうと、ハジメ以外の全員がギョッとして俺の方を見てきた。

 

「ちょっと、ツルギ!これ以上何をするつもりなの!?」

「峯坂君!お願いだから、できるだけ鈴たちの心臓に優しい攻撃にして!」

「まさかとは思うが、これ以上の惨劇を生み出すつもりじゃないだろうな?」

 

雫、谷口、坂上がそれぞれ盛大に反応してくる。

さすがに、ちょっと心外だな。

 

「安心しろって。これ以上、何を破壊するってんだよ。さすがに、この後の戦いに影響が出てくるような地形破壊はしないって」

「本当なのね?本当にそうなのね?」

「いやだから大丈夫だって。ちゃんと丁寧に範囲を絞るから」

 

さすがにちょっと信用が無さすぎる気がするんだがな~。

見てみれば、ティアたちもちょっと疑心暗鬼になってるし。

まぁ、いいや。ちゃっちゃと始めちゃおう。

 

「えっと、範囲はこんなもんで、数は・・・適当でいいや」

 

範囲を指定し、相殺し合わない程度に距離をとって魔法陣を展開した。

そして、魔法を唱える。

 

「“黒天窮・絶”」

 

魔法を発動すると、魔法陣の中心に黒い球体が出現し、その周囲を飛んでいた使徒や地上を移動していた魔物たちを巻き込み、飲み込んでいく。

というより、

 

「あ、あの~、ハジメさん?」

「・・・なんだ?」

「えっとですね、私の見間違えでなければ、ツルギさんの魔法陣のところ、()()()()()()()()()()()ように見えるんですが・・・」

 

シアの言う通り、黒い球体の周囲の空間はねじ曲がっている。

この現象に、地球組は心当たりがあったようで、顔を青くしていた。

 

「ねぇ、ツルギ。あれってまさか・・・」

「ん。ちょっとしたブラックホール」

「なんてもんを生み出してんのよ!!」

 

雫からどえらい怒声をいただいてしまった。

“黒天窮・絶”。相手を押しつぶす球体の重力場を生み出す“黒天窮”にアレンジを加えつつ出力を増大、光すら巻き込む重力場を生み出す魔法だ。ちなみに、魔力も巻き込むように調節したため、放っておいても周囲の魔力が尽きない限り存在し続ける上に、解除の設定次第では巻き込んだ物体の質量・魔力量の分のエネルギーを放出する。今回は戦場に近いから、消滅時に爆発しないようにしたが。

今回は、範囲を控えめにして多数生成してみた。

使徒も分解を試みているが、さすがに光を歪めるほどの重力場には太刀打ちしようがないらしく、魔物と共にどんどん吸い込まれていく。戦果としては上々なはずだ。

だが、周りには、特に雫にはお気に召さなかったらしい。

 

「ん~?結構減らせるからいいと思うが?」

「減らせる減らせないって問題じゃないわよ!明らかに地形を変えるどころか、ツルギが世界を終わらせにかかってるじゃない!」

「いや、そうならないためにちゃんと範囲を指定してあるんだって。だから、大丈夫大丈夫」

「そういう問題じゃないって言ってるの!まさか、他にもあんな魔法を開発してないでしょうね!?」

「ちょっ、あんまし揺らさないでくれって」

 

さっきから、ガチギレ状態になった雫が俺の胸倉をつかんでグワングワンって思い切り揺らしてくる。

今の身体なら物理的には問題ないが、気分的にちょっと酔ってきた。

 

「うわぁ、あんなに怒ってるシズシズ、見たことないよ」

「俺もだ。こりゃあ、雫は相当苦労するぞ」

「えっと、ハジメさん。あれって、そんなに危ないんですか?」

「あぁ。八重樫が言った通り、一歩制御を間違えたらマジで世界が滅ぶ」

「それを“ちょっとした”って言っちゃうツルギ君も、あまりハジメ君のこと言えないよね・・・」

「あれで、常識人を気取ってるのよね・・・」

「なぁ、イズモ・・・お前の伴侶、実はかなり危険なんじゃないのか?俺は、交際を許したのを軽く後悔してきたぞ」

「いえ、その、まぁ、あまり否定はできませんが・・・たまに、羽目を外すことがあるというか、認識が周りとずれることがあるというか・・・」

「まぁ、頼もしくはあるか・・・」

 

後ろから、あれやこれやと心外な言葉を投げかけられる。リヒトですら、誰からもわかるくらい微妙な表情を浮かべている。

う~ん、ちゃんと安全に配慮してるんだがな~。

それに、

 

「あの程度で黙ってくれるほど、相手も甘くないだろ」

「え?」

 

俺がそう言った直後、使徒と比較にならないレベルの魔力の圧力が裂け目から降り注いできた。

同時に、俺が生成したブラックホールが見えない何かに切り裂かれ、消滅した。

そして、ここからでは点でしか見えないはずなのに、そこにいるとはっきりわかるほどの圧倒的な存在感。

 

「案外、出てくるのが早かったな。もう少し出し渋ると思ったんだが」

 

間違いない。あれこそが、俺の肉体を利用して作った神の使徒、“ヌル”だ。

 

「不敬である」

 

すると、どういう魔法を使っているのか知らないが、俺たちの陣営に言葉を発する。

俺と同じ声というのが、また腹立たしい。

 

「我が主の玩具にすぎぬ駒共が、破滅を受け入れずに足掻こうなど、主に対する不敬である。主の玩具であるなら、大人しく首を垂れ、自らの死を・・・」

「“ラグナロク”」

 

言っている途中で、俺は頭上に巨大な魔法陣を生成、広域殲滅魔法“ラグナロク”を対空に適した空中炸裂と連射のアレンジを加えて放つ。

だが、ヌルは万を超える炎弾の雨を一刀で斬り払い、魔法陣ごと消滅させた。

 

「ちっ、うざってぇ」

 

それでも終わらず、今度は数百の魔法陣を生成し、そのすべてから最上級魔法レベルの威力を持った、異なる属性の魔法弾を乱れ撃つ。

一太刀ごとに魔法陣も消滅するが、消滅した分をすぐに再生成することで穴を埋める。

そこで、さっきまでボーっと立っていたハジメたちが詰め寄ってきた。

 

「ちょっ、待て待て待て!さすがにやりすぎっつーか、どういう魔力量だよ、これは!?」

「まさか、今までの4日間、俺がずっと指導と動作確認しかしてないと思っていたのか?」

 

もちろん、両方とも必要なことであったとはいえ、それだけで勝てるとは俺も思っていなかった。

だから、この時までにいくつか対策を用意していた。

この魔力量も、その1つ。

 

「重力魔法の真髄は星のエネルギーへの干渉。これは、世界に充満している魔力に対しても干渉できる。俺はあの時から、訓練に影響が出ないようにできるだけ静かに、かつ最大限魔力を集め続けた。今の俺の魔力は、ステータス値で言えば軽く数十万を超えている」

 

魔王城での攻防を見た限り、エヒトの魔力量はハジメと比べても確実に桁1つくらいは差がある。さらに、あれだけのステータスを持つ使徒を無限と言える数を用意していることから、魔力値は下手をすれば100万近い可能性もある。

であれば、魔力体の俺がまともに戦うには、相手と同等以上の魔力を持つ必要がある。

そのために、重力魔法でひたすら魔力を集め続けた。

その甲斐あって、魔法はともかく、俺自身が相手の魔力だけで消し飛ばされるという事態は免れたようだ。

 

「さて、俺たちはそろそろ本格的にあれの相手に行ってくる。ティア、イズモ、準備はいいか?」

「・・・えぇ、問題ないわ」

「・・・あぁ、いつでも行ける」

 

俺の問いかけに、ティアとイズモは一拍置いて力強く返した。

 

「そういうことだから、お前らも気張っていけよ?」

「はっ、そりゃこっちの台詞だ」

「あぁ。こちらは、我々に任せろ」

 

俺の激励には、ハジメが挑発的に、リヒトがゆるぎない声音で返してきた。

 

「それじゃあ、行くぞ!!」

 

掛け声1つ、俺はヌルがいるだろう座標にゲートを開き、3人で力強く飛び込む。

 

 

こうして、俺の本当の戦いが幕を開いた。




今は手元に文庫がないので、web版ベースで書きました。
実家に帰る際に持ってくのを忘れてしまって・・・。
影響は少ないとはいえ、戻ったら少し書き直す予定です。

あと、ラストスパートで盛り上がってきたので、更新速度を上げます。
とりあえず、週に1回投稿できればいいかなーってくらいで。
でも、文庫がこの調子だと最終巻になるだろう次巻でも加筆とかしまくりそうなので、その辺りも考えないといけないんですよねぇ。
とりあえず、せっかちなのは承知のうえで早く出してほしい感はある。


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決戦のための切り札

転移した場所は、ヌルのちょうど真上。

下手をすれば自分の魔法に当たりかねないが、こっちの方が()()()()()

 

「さっさと落ちやがれ!」

 

空中戦闘の手段が乏しいティアとイズモのためにも、地面に引きずり下ろすために100倍の重力場を展開した。

砦の外壁から乱れ撃ちしてた魔法がちょうどいい撹乱になったおかげで、難なくヌルを地上に叩き落すことができた。

だが、ヌルの身体能力も相当高いようで、地面に衝突する前に体勢を立て直して着地し、すぐに重力場から抜け出した。

 

「なるほどなぁ。こいつは相当な難物だ」

「たしかに、100倍の重力からあっさり抜け出すなんて・・・」

「ツルギ。お前の眼には、あれのステータスはどう見える?」

「俺が想像してた数倍はやばい」

 

だいたいのステータスが30万ほどあり、魔力・魔耐に至っては100万を超えている。

おそらく、これこそが神とやらのステータスなのだろう。あるいは、身体能力で言えばユエを媒体にしているエヒトを超える可能性すらある。

 

「とはいえ、ステータスの差で負けるつもりもない。ティア、イズモ、他の有象無象の相手は頼んだ」

「えぇ、任せて」

「あぁ、任された」

 

2人を遠くから向かってくる魔物や使徒に向かわせ、俺は両手に二振りの“無銘”を握った。

当初の予定では、3人でヌルを追い込むつもりだったが、予想以上にヌルのステータスが高かったこと、いくらかの魔物と使徒が俺たちの方を狙っていることを鑑みて、最初のところは俺が1人でヌルの相手をしてティアとイズモに魔物と使徒の相手をさせることにした。

できれば、隙を見て2人を俺の方に来させたいところだ。

 

「愚かなことだ。神たる私を相手に、1人で挑もうなどと」

 

対するヌルは、他の使徒と同じ人形のような無機質な表情と声で話してくる。

 

「人の身でありながら限りなく神に近しい器を用いて、我が主の至高の術によって作り出された私は、他の使徒とは格が違う。本来であれば、私1人だけでもこの世界を終わらせることはできるが、それでは主の余興にならない。だからこそ、主の余興を邪魔立てするなど・・・」

「あーもう黙れ。それ以上、てめぇの声を聞きたくない」

 

俺の体を使っているから、声もまるっきり俺そのままなんだよな。

それなのに、エヒトに忠誠を誓っているかのような・・・いや、事実忠誠を誓っている言葉なんて聞きたくもない。

まったく、我ながらとんだ油断をしてしまったものだな。こうも気色悪い相手と戦う羽目になってしまうとは。

とはいえ、どっちにしろエヒトは近接戦闘は弱いと高を括っていた俺の落ち度であることに変わりはない。

 

「神だ何だとバカの一つ覚えみたいに。よくもまあエヒトは数千、もしくは万年も続けられるもんだ。そういう()()()()()()()()()()()()()()()って類の馬鹿は、はっきり言って死んだ方がよっぽど世のためになる。まぁ、エヒトの方はハジメに任せるとして、俺は、俺の落ち度そのもののお前を殺して、俺の体を取り戻す。正直、あのバカが手を加えた体で生きるってのもだいぶ苦痛だが・・・まぁ、その辺りは後で自分で作り変えるしかないか」

 

この際、あまり贅沢は言っていられない。

身体を取り戻した後、自分のできる限りでエヒトがいじった部分を書き換えるしかないだろう。

その俺の宣言に、ヌルは不快な表情を隠そうともしないで双大剣を構えた。

 

「・・・創造主たる我が主が作ったものに手を加えるなど、万死に値する不敬。貴様はここで必ず仕留める」

「できるもんならやってみろ、木偶人形」

 

これ以上の問答は必要ない。

俺とヌルは同時に踏み込み、刀と剣を衝突させた。

“斬る”という概念を収束した“無銘”であれば、たとえ分解の光を纏った大剣であっても即座に斬り落とす。

そう思っていたが、

 

「無駄だ」

「ちっ、結局こうなったか」

 

僅かな抵抗もなく両断すると思っていた大剣は、刃を合わせて拮抗していた。

こうなってしまった原因は、ヌルが持つ双大剣が纏っている光だろう。

あれはおそらく、俺の“無銘”と同じ“斬る”概念に限りなく近い魔法の光だ。

俺の魂魄はここにあるから剣製魔法そのままを使っているわけではないだろうが、それに近い魔法は使えるのだろう。

そして、今の俺の5倍近くある魔力で無理やり概念を作り出しているというわけか。

こんなやつ、ますます砦付近の戦場に行かせるわけにはいかなくなった。

こんな化け物が砦の戦場に現れたら、たとえ香織やリヒトがいても速攻で蹂躙されかねない。

幸い、ヌルの目的は俺に向いているようだから、俺が負けない限りはヌルもここを離れない。

逆に言えば、ここで俺が負ければそれでジエンドなわけだが。

俺は弾き飛ばそうとするヌルの動きに逆らわずに身を任せ、衝撃を受け流しつつ距離をとった。

ヌルもすかさず距離を詰めて斬りかかってくるが、その圧倒的なステータス差を、今までの死闘で身に着けた直感と5手6手先を読む眼ですべてを捌き切る。

とはいえ、俺の方から攻撃をすることは難しく、防戦一方のままだ。

それで余裕が出てきたのか、ヌルは大仰に口を開いた。

 

「これ以上の抵抗は無駄なことである。我々使徒の軍勢は無限、矮小な軍などいずれ破滅する。そして、たとえ化け物に堕ちていようとも、人の身で神たる我が主に敵う道理はない。さらには、フリードやナンバーズ、使徒と化した中村恵里と天之河光輝、そして死を恐れない屍獣兵。我々が負ける道理はどこにもなく、貴様らが敵う道理もまた存在しない。貴様もしぶとく生き残っているようだが、果たしてそのあがき、いつまで続く?」

「はっ。話になんねぇな。ハジメに、俺たちにそんな道理は通用しねぇ。俺たちは、我を通すために何が何でも無理を押し付けてやるさ」

 

それに、

 

「あながち、不可能ってわけでもねぇさ」

「なに?」

 

ヌルは僅かに眉を顰めるが、俺は視線を向けずとも、意識を傾けずともわかっていた。

少なくとも、俺の近くにいる2人は、連中の言うくそったれな道理を捻じ曲げていると。

 

 

* * *

 

 

ツルギとヌルが衝突した時、ティアとイズモはまだ残っていた魔物の群れと使徒の軍勢と相対した。

 

「私たちが全部やる必要はないって言っても、さすがに多いわね」

「だが、ここで素通りさせてツルギの邪魔をさせるわけにもいかない。ならば、相手をするしかないだろう。そのために、ハジメから新しい装備をもらったのだからな」

 

そう言うイズモの両手には黒を基調とした1対の鉄扇が握られており、ティアの両腕両足にはフェンリルとは装飾が異なる黒い籠手と脛当てを身に着けている。

ティアは両手の拳を打ち合わせて闘志をむき出しにし、イズモも鉄扇を広げて静かに構える。

 

「「「神の裁きを」」」

 

先に仕掛けたのは神の使徒だった。

銀翼をはためかせ、一直線に2人の下に飛翔する。

それは、イズモが狙った通りだった。

 

「“紫炎壁”、“紫炎弾・爆”」

 

イズモは鉄扇を振るって紫炎の壁を生み出し、さらに壁から無数の紫炎の弾を放つ。放たれた紫炎は対空兵器のように爆裂し、何体かの使徒を飲み込んだ。

さらに、

 

「なっ、これはっ」

 

使徒が紫炎を浴びた部分は、即座に炭化してボロボロと灰のようになって崩れていく。

それでも、後続の使徒は爆発に巻き込まれた前衛の使徒を盾代わりにして、なおも突撃を続ける。

そこに、イズモからさらに追撃が加わる。

 

「“紫炎弾・爆・誘”」

 

障壁として展開していた紫炎を分裂させ、数百の紫炎弾を生み出した。さらに、そのすべてに爆発とホーミング機能がついているため、的確に使徒を落としていく。

イズモ専用鉄扇型アーティファクト“黒鳳蝶(くろあげは)”。魔法の補助に特化したアーティファクトで、それぞれの鉄扇で火魔法、闇魔法を制御し、パーツごとに設定された機能を自由に付与できるようにしたものだ。

当然、出力も大幅に上がるため、1万を超える()()の魔耐なら簡単に貫通するほどの威力を持っている。

だが、使徒の対応も早かった。

 

「ですが、それほどの威力、全方位には展開できないでしょう。ならば、後ろから近付けばいいだけの話です」

 

使徒を軽く殲滅するほどの威力の魔法弾の弾幕を、広範囲かつ長時間ばらまき続けることはさすがに難しいはず。

ならばと、およそ3分の1ほどの使徒が弾幕の外から回り込むように大きく迂回し、背後から襲い掛かってくる。

 

「ティア、後ろは任せた」

「えぇ、任せて」

 

それは当然、2人も承知していたため、あらかじめ示し合わせていたティアがイズモの背後をかばうようにして立つ。

 

「“烈波”!」

 

ティアが思い切り拳を突き出すと、拳から空間が波打つように衝撃波が放たれ、使徒の動きが止まる。

 

「“空喰(そらばみ)”!」

 

続いて、ティアが上空に向けて回し蹴りを放つと、その軌道にいた使徒の体が前触れもなく消滅した。

 

「“烈進”!」

 

そして、再びティアの拳から放たれた衝撃波は、今度はドーム状に広がることなく一直線に使徒へと襲い掛かり、1発ごとに使徒の頭部や胸部を消し飛ばす。大剣や分解の光を纏った銀翼で防御しようとしても、防御もろとも消し飛ばして使徒を消滅させていく。

ティア専用籠手・脛当て型アーティファクト“ハティ”。従来の“フェンリル”と同じ武装に、ティアが生み出した概念魔法“全テヲ喰ラウ獣”が込められた鱗を粉末状にしてすり込んだものだ。そのため、“ハティ”を用いた魔法攻撃は相手の肉体はもちろん、魔法すらも喰らえるようになり、喰らった分だけ魔力を使用者に還元・強化するようになる。

概念魔法によって変異していたとはいえ、ティアの体組織を用いて作成したため、ティア以外が使えば使用者本人が喰われる恐れもある物騒な代物で、攻撃範囲が広すぎると相手によっては直撃しても喰らえない、魂魄魔法を用いても対象の指定が難しいといった欠点はあるが、実質防御は不可能で攻撃するたびに使用者を強化するこのアーティファクトは、対多戦闘で一度暴れだしたら、たとえ神の使徒でも止めることは難しい。

 

「かかってきなさい。絶対に、イズモにも、ツルギにも近づけさせないんだから!!」

 

気合一拍、戦意をむき出しにして吼えたティアは、脛当ての“空力”の機能を使って空中に飛び出し、使徒の大軍に突撃して片っ端から使徒を屠り始めた。

 

「まったく。できれば、さっきのまま私の後ろにいてほしかったのだがな・・・」

 

戦意が旺盛なのはいいが、ハッスルしすぎるのは困るとイズモはため息をついた。

だが、元々ティアの本分は、シアのように圧倒的ステータスを生かした肉弾戦だ。

得意分野を殺して戦力を下げてでも一緒にいてもらうよりかは、いっそ得意分野を思う存分生かして暴れてもらおうと考え直すことにした。

それに、

 

「私の方も、特に問題ないしな」

 

イズモの紫炎弾は、燃やしたものに宿った魔力を魔素としてそのまま空間中に充満させる。

鉄扇には周囲の魔素を自動的に収束する機能があるため、このまま燃やし続けていれば、よっぽど魔力に困ることはない。

やろうと思えば、全方位無差別攻撃もできないことはない。

だが、そうすると序盤の魔力に困ることが容易に想像できるから、正面のみの攻撃に専念したのだ。

 

「こちらも、実戦を通して新しいアーティファクトが馴染んできたところだ。ここからは正真正銘、全力でやらせてもらおう」

 

そう言うと、イズモは軽やかに舞を踊るように鉄扇を振るう。

だが、その直後、イズモの放つ紫炎弾は倍以上に膨れ上がり、先ほどよりも多くの使徒を消し炭にする。

傍にティアがいなくなったことで使徒がイズモに近付くことができても、無数の紫炎弾によって行く手を阻まれてしまい、その手数と威力によって分解の装甲もイズモにたどり着く前に剥がされてしまう。

まさに死の妖舞を舞うイズモは、何も知らない人が見れば美しく見えただろうが、使徒からは自身の死を体現するかのように見えた。

そして、それを証明するかのように次々に使徒が落とされていく。

3人程度、すぐに倒すことができると踏んでいた使徒たちは、それが濡れた紙のように脆い願望であったと気づくのにそれなりの時を要してしまい、多くの使徒が無駄死にして散っていった。

 

 

* * *

 

 

「これは・・・」

 

現在進行形でティアとイズモに迎撃されている使徒の情報を共有したのだろう。ヌルは呆然と呟く。

 

「てめぇらの馬鹿な主が、4日もくれたんだ。まさかその間、俺たちが何も対策しないはずがないだろう?砦の連中や、神域に突撃していったハジメたちもそうだ。そうやって調子に乗っていると、あっさり寝首をかかれるぞ?」

 

剣戟を交わしながら、今度は俺がヌルに挑発的な態度をとる。

 

「・・・主の決定に従わず、醜く足掻くなど、不敬にもほどがある。すぐに貴様を始末して、粛清をしなければなるまい」

「お前にできるものならやってみろ・・・!“魔導外装・展開”!“接続(コネクト)”!」

 

激しい剣戟の中で、俺は“魔導外装”を素早く展開、接続した。

この間、0.1秒ほどしか経っておらず、出力も今までで最高だ。

一瞬、昇華魔法によってステータスを5倍以上跳ね上げ、思い切りヌルを弾き飛ばした。

驚愕を隠せないヌルに、俺は“無銘”の切っ先を向けて宣言した。

 

「神の木偶人形ごときが、人間を舐めんなよ・・・!!」




YouTubeで映画の切り抜きとか見てて、戦艦とかの対空砲撃のシーンにすごいロマンを感じるのは自分だけではないはず。
戦闘機があぁいう弾幕をすり抜けて敵船に爆撃するシーンとか最高にかっこいい。

やっぱり、完全オリジナルを書くのは自分には難しいですね・・・。
ぶっちゃけ、自分でもいい感じに書けてるか不安な部分がどうしても抜けないというか。
それでも、やれるだけ頑張ります。

最後に、1週間で投稿したいとか言いながら予定より遅くなって申し訳ありません。
たぶん、今後もこんな感じになると思います。
それと、UA30万突破ありがとうございます。
これからも頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。


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勝つためなら

「・・・貴様は危険だ。ここで確実に排除する」

 

ヌルの纏う雰囲気が、一気に変わった。

先ほどまでの俺を格下として見下すような気配がなくなり、完全に俺を敵と認識したようだ。

だが、俺はこの時点であることに気付いていた。

 

(外部からの魔力供給はなし・・・やっぱり、こいつは特別製のようだな)

 

“魔眼”で見た限りは、通常の使徒にあったエヒトからの魔力供給がヌルには存在しない。

おそらく、100万近いステータスの魔力を供給し続けるのは、エヒトと言えども難しいのだろう。他にも無尽蔵の使徒がいるのであればなおさらだ。

とはいえ、さすがに強化が何もないとは思っていないが。

 

「“神位解放”」

 

ヌルの言葉とともに、魔力がさらに膨れ上がり、背中に銀の魔法陣に似た幾何模様が現れた。

おそらく、さっきまでが使徒としてのヌルであり、今の状態が神性を解き放った状態なのだろう。

先ほどまで、どれだけ俺たちを下に見ていたかがよくわかる。

正直、見下してくれていた方がやりやすかったが、最初に仕留めきれなかった以上、こうなってしまったのは仕方ない。

 

「さて、俺もどれだけやれるか・・・“禁域解放”、“存在固定”」

 

昇華魔法でステータスを10倍近く底上げし、この魔力体が崩壊しないように俺と言う構成要素を情報と見立てて今の状態を維持するように固定した。

先ほどよりも濃密な銀の魔力を纏うヌルと、俺も赤い魔力をほとばしらせて対峙する。

 

「裁きを」

 

先に仕掛けてきたのはヌルの方だった。

ヌルが口を開いたと思った次の瞬間には、ヌルの姿が消えていた。

 

「ッ!!」

 

それを認識するよりも早く、体を捻って体勢を低くした。

その直後、さっきまで俺の首があったところを大剣が通り過ぎた。

今の体なら首を斬り落とされても即死することはないが、どうしてもわずかな隙ができてしまう。

そして、こいつの前でそんな隙を晒そうものなら、瞬く間に俺の魂魄が魔力体ごと消滅されかねない。

どうにかして攻勢に回りたいが、このステータス差だ。一瞬でも油断すれば即座に切り捨てられる。

だから、今はただ防戦に回るしかない。

一瞬たりとも止まっていられない。

首への一撃を躱したら、今度は体を捻ってその場から離れる。

空振りしたわずかな隙で体勢を立て直し、胴を狙った斬撃を“無銘”で受け止め、受けきらずにいなす。

時には自分から隙を晒して、それにかかったヌルの攻撃を紙一重で躱して弾き飛ばす。

2手3手先を読むだけでは足りない。5手先でも10手先でも読み切り、致命傷を躱す。

身体能力は圧倒的に不利、剣術はいいとこ互角、駆け引きは俺の方が上。

この針の上にあふれる寸前のコップを乗せるようなバランスを、延々と繰り返す。

1秒が1時間にも永遠にも感じられる極限状態を一瞬たりとも切らさず、永遠の1秒をつなぎ続ける。

だが、

 

「ぐっ」

 

胴を薙ぐ一撃を受け、僅かに力を読み違えて俺の方が弾き飛ばされてしまった。

 

「終わりだ」

 

当然、ヌルがそれを見逃すはずがなく、俺の首を切り落とさんと大剣が迫り、

 

「舐めんなっ」

 

首を斬り落とされる直前、俺を殺すためにわずかに力んだ隙をついてなんとか柄で大剣を受け止め、体を回転させて威力を分散、そのまま回転運動を利用して地面を蹴って距離をとった。

 

「ふぅ・・・くそっ、少しミスっただけでこれか」

 

なんとか機転を利かせてしのいだが、あそこでコンマ1秒にも満たない隙がなければ、俺の首が斬り落とされていた。

それに加え、こっちはただでさえついて行くのに精いっぱいだというのに、向こうは余裕綽々なのだから、いい加減嫌気がさしてくる。

なんとかして隙を作りたいところだが・・・

 

「・・・次は殺す」

「ちっ」

 

ヌルもステータスのアドバンテージを理解しているはずだから、おそらくはさっきのようにしくじったところを狙ってくるはずだ。

そして、次こそはさっきのような勝ちを焦った隙も晒さないだろう。

できるだけ早くティアとイズモの支援が欲しいところだが、今どれだけ時間が経っているかの感覚がすでに麻痺しているし、向こうがどうなっているか確認する余裕もない。

だが、幸いさっきの打ち合いでヌルの呼吸は大方つかめた。

 

「ふぅ~・・・・・・」

 

瞑目して深く息を吐き、再び集中する。

そして、ヌルの気配を肌で感じ取り・・・背後から振り下ろされた大剣を、振り向かずに“無銘”で受け流した。

さらに、受け流した刃をそのまま振りぬき、ヌルの右腕を切り裂いた。

血が少し滲む程度のかすり傷だが、たしかに俺の攻撃がヌルに届いた。

 

「・・・」

 

ヌルはわずかも表情を変えず、今度は横薙ぎに大剣を振るう。

これに俺は刃で受け止めつつ体勢を低くし、コマのように体を回転させてヌルのわき腹を切り裂いた。

先ほどよりも深く刃が入り、血もより多く流れた。

 

「・・・・・・」

 

それでもヌルは決して止まらず、より苛烈に攻めてくる。

俺も受け流しながら何回も攻撃を加えるが、ヌルの速度はまったく落ちない。

なぜなのか。理由はわかっている。

俺が斬ったところが、数秒と経たずに塞がってしまっているのだ。

 

(まぁ、やっぱこうなるか)

 

おそらくは再生魔法で斬られたそばから治しているんだろうが、切り傷程度とはいえ時間稼ぎにもなりやしない。

致命傷を与えるためには、もっと深く斬りこむ必要があるが、そうすると攻撃の後の離脱が間に合わない可能性が高くなる。

とはいえ、俺の攻撃が届き始めている事実に変わりはない。

ここからあともう一押しできれば・・・

 

 

 

「はぁあああ!!」

 

ズガァァアアンッ!!!!

 

ヌルの振り下ろしを受け止めた瞬間、背後からティアの回し蹴りがヌルのわき腹に刺さり、横っ飛びに吹き飛ばされ、盛大に砂煙を巻き上げながら彼方の岩壁に激突してクレーターを生み出した。

 

「ツルギっ、大丈夫!?」

「安心しろ、かすり傷1つない。まぁ、仕留められる気配が微塵もなかったことにちょいと傷ついたが」

 

ヌルを盛大に吹き飛ばした直後とは思えない態度だが、心配してくれるのはありがたいっちゃありがたい。

 

「ていうか、そっちこそ大丈夫なのか?相当な数の使徒がいたはずだが・・・」

「あぁ、それについては問題ない」

 

ティアの後ろから、少し遅れてイズモもやってきた。

 

「ティアが片っ端から使徒を喰らい続けて際限なく上がっていく火力とステータスに、途中から使徒も狙いを私たちから砦の方に狙いを変えた。その分、あちらも過酷なことになるだろうが・・・」

「それに関しては、向こうに任せるしかないな・・・こっちはこっちでそれどころじゃないし」

 

そう言った俺の視線の先では、ヌルが何事もなかったかのように起き上がり、俺たちの前に転移してきた。

 

「ティアの不意打ちは決まったはずだが・・・」

「ティアに蹴られたとき、あいつは自分から吹き飛んだ。それで衝撃を逃がしたんだ。おそらく、俺に斬られるよりもマシだと考えたんだろう」

 

俺の“無銘”は魂魄も貫通して攻撃することができる。

当然、かすり傷ではほとんど効果はないが、せめて両断できるくらい斬りこめればダメージも見込めるだろう。

逆に言えば、おそらくヌル相手では外傷での致命傷はあまり効果が見込めない。

特に打撃では今みたいに衝撃を逃がされてしまうからなおさらだ。

だから、やはりどうにかして“無銘”で斬るしかない。

いや・・・どのみちこの魔力差だと決定打になるかは微妙なところか。

それでも、やらないよりはマシだが。

 

「それで、戦ってみてどうだった?」

「そうだな。ステータスは圧倒的に不利、剣術は良くて互角、駆け引きでなんとかってところか。それと、あいつの剣が纏っている光、あれは俺の『斬る』概念に限りなく近い。分解と違って、武器は当然だが魔力でも防ぐのも難しそうだ」

「つまり、ツルギの“無銘”でしか受け止めることができないってこと?」

「そういうこと」

 

俺の言葉に2人とも、特にティアが厳しい表情になる。

刃に触れていけないというのは、接近戦がメインのティアには特に厳しい条件だ。

もちろん、やりようがないわけではない。

あくまで刃に注意すればいいのだから、極論刃に触れないように立ち回れば対処できないこともないが、ティアにそれを要求するのは酷というものだろう。

 

「幸い、俺の“無銘”も直撃さえすれば決定打になりうる。できるだけ俺の方でも上手く立ち回るから、ティアは近距離、イズモは遠距離で援護してくれ」

「わかったわ」

「了解したが・・・効くのか?」

「ないよりはマシだ。さすがにヌルでも、イズモの魔法で無傷ってわけにもいかないだろう。迎撃するなり負傷するなりで動きが鈍れば御の字ってところか。それに、元より通用する手札は限られてるしな・・・ぶっちゃけ、アルヴやエヒトみたいに油断と慢心でまみれててくれれば楽だったんだが、そこは使徒として調整されたってことか」

 

使徒とは、基本的にエヒトの命令を遵守する人形であり、駒だ。

そこを履き違えない程度には、エヒトもこじらせていないということか。

単純に、外面だけでも俺がエヒトの人形として動いていることに愉悦を感じているだけという見方もできるが。

 

「だが、手も足も出ないというほどではない。今のところは3:7くらいで向こうが有利だが、ここから5分5分にもっていく。ここからは使えるものは全部使うぞ」

「ええ!!」

「ああ!」

 

気合を入れる2人に笑みを浮かべつつも、意識は微塵もヌルから離さない。

まだ見える距離にはいないが、この距離でもヌルの射程範囲に違いない。

 

轟ッ!!

 

そう思っていた矢先、ヌルが吹き飛んだ方向から銀の閃光が巨大なレーザーとなって襲い掛かってきた。

 

「ちぃっ!」

 

できれば避けたいところだが、そうすると俺たちの後ろにある砦や戦場に甚大な被害がでかねない。

 

「下がってろ!」

 

咄嗟に叫び、左手の無銘を手放して空間に固定して右手に持っている無銘で居合抜きの構えをとる。

 

「はあッ!!」

 

2人の気配がなくなったことを確認してから、無銘にありったけの魔力を込め、刀身を握って力を溜めてから振りぬく。

溜めた分の力を上乗せした居合抜きは、“斬る”概念を含んだ魔力の放出も合わさって、一撃でバカげた分解砲撃を相殺した。

だが、これだけで大人しくなるほどヌルは甘くないはず。

おそらく、今の攻撃は俺とティア、イズモを分断するためのものだ。

だとすれば狙いは、俺よりも仕留めやすい2人のほうだ。

 

「気を付け・・・!」

 

忠告しようとしたが、一足遅く、

 

 

 

「はっ!」

 

ギギンッ!!

 

 

俺の予想通り、イズモの方を狙って斬りかかってきたヌルは、ヌルに勝るとも劣らない速度で割り込んできたティアによってはじかれた。

さっきの俺の忠告通り、刃に触れないように柄や鍔を狙った拳によって。

 

「なに?」

 

かろうじて見えた唇の動きと表情で、ヌルも困惑しているのがわかる。

ヌルとほぼ互角の膂力と速度で迎撃されたことではなく、ティアの体から微かに滲み出る()()()()()にだろう。

たしかに、使徒を魔力ごと喰らえば使徒の魔力も一時的に取り込むのだろうが、それでも意識せずとも魔力が立ち昇るとなると、いったいどれほどの使徒を喰らったのか。

俺も、ここまでティアの身体能力が上がっているのは予想外だったが、むしろ都合がいい。

これで、単純な力ではヌルとようやく互角になった。

 

「やあ!!」

「くッ」

 

ヌルの攻撃を弾き飛ばしたティアは、そこから脛当てに付与した“空力”で器用に体を回転させて、ヌルに踵落としをくらわす。

ヌルは辛うじて両腕を交差させて防ぐが、姿勢が不十分だったからか地面に叩き落される。

その瞬間を逃がさず、俺も即座に落下地点に向かい、首を斬り落とすように無銘を振り上げる。

それでもヌルはこれに反応、右手の大剣を引き戻してこれを防ぐ。

だが、俺も今の一撃が届くとはいない。

ヌルを防御にまわさせただけで十分だ。

 

「はああぁぁああ!!!」

 

再び“空力”を使用したティアが、今度は拳を突き出して隕石のように襲い掛かる。

数mのクレーターを作り出す一撃を、それでもヌルは辛うじて飛びずさることで避け、その逃げ足を読んだ俺がヌルの動きに合わせて移動、剣戟を再開する。

だが、最初と比べてわずかにだが、明らかにヌルの動きが鈍っている。

 

「これはッ・・・!」

 

その答えは、ヌルの体にまとわりついている紫の燐光だ。

 

「“紫燐夜桜”」

 

イズモの舞に合わせて吹き上がる、桜の花びらにも似た紫の炎は、魂魄魔法によって選別した相手にまとわりつくことでステータスを落とすだけでなく、逆にステータスを上げることもできる、攻守を兼ね備えた火・魂魄・昇華複合魔法だ。

さらに、燐光がまとわりつけばまとわりつくほど効果も上乗せされるため、特に持久戦において効果を発揮する。

とはいえ、元がバカげたステータスを持っていることに加えて効果そのものは劇的に変わるわけではないこともあって、俺のステータスが強化されて相手の動きが鈍ったといっても焼け石に水程度だ。

だが、そこにティアが加われば話は違ってくる。

使徒を喰らい続けたことで一時的にヌルに迫るステータスを手に入れたティアがヌルを守勢に回らせ、そこに俺が攻勢に回ることでさらに圧をかける。

俺に足りないステータスはティアが、ティアに足りない武は俺がそれぞれ補い、外部からイズモが支援に徹する。

ここまでできて、()()()()()

ここから、さらに天秤を傾ける。

 

「“堕神結界”」

「っ!これはっ」

 

俺たちを中心として五芒星の頂点に苦無を生成し、足元に魔法陣を形成。さらにヌルのステータスを落とす。

ここでようやく、形成が逆転した。

 

「さすがに苦労したが・・・ここいらで幕引きといこうか、この木偶人形が!」




え~、更新が遅くなってしまって申し訳ありません。
なかなかモチベーションが上がらなくて、ゲームやったりYouTube見たりラノベ読んだりなろう作品を読んだりしてだらだらしてたら1ヵ月ほど経ってました。
というか、更新が遅くなったことより有言不実行になってしまったことの方が申し訳なくて・・・。
できるだけモチベーションの向上に努めます。



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もう一つの取り戻すための戦い

ここからは神域sideと戦場sideを書いていきます。
とはいえ、おおまかな流れは原作と似たり寄ったりになるので、展開が完全に被ってしまうところは端折れるだけ端折って2,3話ずつにまとめられたらなあ・・・って感じで進める予定です。


ツルギたちがヌルとの激戦を繰り広げているころ。

ハジメや雫たちもまた神域に突入し、そこで光輝、恵里と対峙したところだった。

その前に、伏兵を殲滅するついでに恵里たちがいたという廃ビルめがけてハジメがミサイルランチャーをぶっ放して廃ビルを崩落させる(本人は逃げる2人の足止めだと言い張ったが、シアとティオから見れば明らかにフラストレーションも溜まっていたという側面もあった)という出来事もあったが、結果的に言えば逃げようとしていた2人の足止めにはなった。

この神域はいくつもの世界がつながったような造りになっているのだが、ハジメたちがいる廃都市にそびえ立つ時計塔に向かおうとしていたことから、その時計塔が他の空間と繋がっているのだろうと看破。追撃されるリスクから他の廃ビルの屋上から動かなかった2人の前に降り立ったのだが、明らかに様子が違っていた。

 

「あぁ~あ、見つかっちゃった。わざわざ、エヒトのコレクションした空間の一つに隠れてたのに、何でよりによってここに来ちゃうかなぁ~。空間的には【神門】から一番遠い場所なのにぃ」

「恵里。どちらにしろ、俺は峯坂から皆を解放しなきゃならなかったんだ。南雲もまだ操られているみたいだし、向こうから来てくれたなら、むしろ僥倖だろう?」

 

まるで恋人のようにべったりと寄り添い合いながら交わされる言葉は、だが微妙にかみ合っていない。

恵里としてはただひたすらにハジメとは関わりたくなかったのだが、光輝はツルギに洗脳された仲間を助け出し、死体になってなお傀儡にされているハジメを開放しなければならないという思いが残っているようで、先ほどの逃げ出そうとしていた行動と矛盾する。その濁ったような瞳から、もはやその程度の矛盾すらも矛盾と感じないほどに“縛魂”によって洗脳されてしまっているのだろう。

ハジメを捉える瞳は、聖剣や聖鎧の放つ痛いくらいまぶしい光と対称に、様々な負の感情によってどろりとしたものになっている。

そして、そんな光輝にべったりとしなだれかかって甘い猫なで声を発する恵里は、胸元や背中が大きく開き、深いスリットが入っている純白のドレスを身に纏っている。

まるで自分が光輝のヒロインにふさわしいとでもいわんばかりだが、もしここにツルギがいれば、その男に媚を売るようにも見える姿に「結局、蛙の子は蛙か」と呟いていただろう。

それに構わず、ハジメはあくまで天之河を見据える。

 

「よう。相変わらず、てめぇの中だと俺は死んだことになってんだな。そもそも、峯坂が死んだら術の効果も切れるんじゃねぇのか?中村の“縛魂”でも、こんな風にぺらぺらしゃべることができないわけだし。ていうか、他の奴らの洗脳も解けたとは思わないのか?」

「峯坂は神の血をひいているんだろ?だったら、偽物の感情を植え付けることだってできるはずだ。洗脳も、峯坂が死んでも解けないようにしたに違いない」

「・・・使徒を見る限り、エヒトでもできないことをツルギができると思うのか?」

「そうか、やっぱりお前も峯坂に洗脳されているのか。親友すらも洗脳して、死んでからも利用しようとするなんて、やっぱり峯坂は許せないな。だから、俺がここで南雲を殺して、峯坂から解放してみせる」

「・・・・・・なるほど。期待してたわけじゃないが、話にならんな」

 

話の矛盾点を突けば、すべて洗脳のせいにする。

話を聞く限り、ツルギが剣製魔法で生きながらえていることは知らないようだが、それでもツルギが元凶だと断言するのをやめない。

人殺しは悪いことだと言っておきながら、自分が人を殺すことに欠片のためらいも持たない。

氷雪洞窟でもそうだったが、その時以上に今の光輝は話のロジックが崩壊している。

 

「そういうわけだ。ずいぶんと妙なことになっているが、俺に殺させたくないなら頑張ることだな」

「・・・ずいぶんとあっけないわね。南雲君なら、少しくらいは残りそうだと思っていたのだけど」

 

ハジメの言う“妙なこと”は2人の言動のことではなく、今までとは比べ物にならないほどに充溢している力のことだ。

間違いなく、使徒クラスの力を持っている。

雫の問いかけに、ハジメは軽く苦笑して肩をすくめた。

 

「俺のことを諸悪の根源とか言うならまだしも、死んで操られている俺を殺しなおすとか気持ち悪いことをぬかすやつと関わりたくもねぇし、関わるだけ時間と体力の無駄だ。だったら、最初からお前らに任せた方が早いと考えただけだ。それに、俺らがお膳立てしたんだ。あのバカ共の相手は最初から決まっていただろ?」

 

この言葉に、シアとティオは軽く、雫、鈴、龍太郎は盛大に目を見開いた。

なにせ、先ほどの爆撃もそうだが、それ以前にも獰猛な笑みを浮かべて使徒を葬りまくっているのだ。

今までの所業も考えれば、いくら仲間とはいえ、シアやティオと違って“大切”のくくりにいるわけではない人物に優しく話すなど、本当にハジメなのか疑ってしまいそうになる。

ハジメもそれを感じ取ったのか、額に青筋を浮かべてドンナーを肩でトントンと叩いた。

 

「・・・やっぱ、ここでサクッと殺しとくか」

「待ってっ、それはいいから!私たちでなんとかするから!」

「悪かったって、悪かったから!頼むから南雲は手を出すな!振りじゃねぇぞ!!」

「そうだよ!南雲君に任せたら2人とも跡形もなくなっちゃうよ!だから落ち着いて!」

 

せっかくハジメからの厚意を得られそうだったのに、ここでそれを無駄にするわけにもいかない。

雫たちもなんとか抑えるために必死になるが、その中にしれっとディスリが入ってしまうのは、やはり普段の行いが原因なのだろう。

ハジメもキリリと眉を吊り上げるが、ここで時間を浪費するわけにもいかない。

ため息をこらえつつも、ハジメはシアとティオに視線で先を促した。

光輝もハジメたちが自分を無視して先に進もうとしていることを察知し、魔力を膨れ上がらせ、聖剣を振りかぶる。

 

「待てっ。南雲は俺が・・・!」

 

そうして聖剣を振りかぶろうとした瞬間、光輝は衝撃と共に吹き飛ばされ、引っ付いていた恵里もいつの間にか間近に展開されていた極小のシールドの爆発によって強制的に距離を取らされた。

 

「くっ、龍太郎。やっぱり、お前も峯坂に洗脳されて・・・」

「なに言ってんだ。今のは、むしろお前を助けたんだぜ?南雲に殺気を向けるとか・・・親友をミンチにさせるわけにはいかねぇからな」

「なにを言って・・・」

「わかんねぇだろうな。今のお前には。滅茶苦茶ダセェもんな。だからよぉ、いっちょこの親友様が、死ぬほどぶっ叩いて目ぇ覚まさしてやらぁ!」

 

龍太郎はガツンッと拳と拳を打ち合わせ、現実を見ようとしない親友と、何もできなかった無力な自分に対して怒りを募らせて咆える。

そして、その怒りを拳に込めて、龍太郎は光輝に飛び掛かった。

 

「あぁ~ん、もうっ、光輝くんと引き離すなんて酷いじゃない。それがし・ん・ゆ・う・のすること?ねぇ、すずぅ?」

「・・・親友だと思っていたから、今、ここにいるんだよ。南雲くん達には手を出させないから、そんなに怯えなくていいよ。ね、恵里?」

「・・・へぇ、言うようになったねぇ」

 

恵里は鈴が取るに足らない相手ではないことを認識し、また内心でハジメの対策で頭をフル回転させていたことを見抜かれ、スッと表情を消した。

 

「南雲君。シズシズの言う通り、ここは鈴達に任せて、ね?」

 

杖の先を恵里に向けて構えながら、鈴はハジメに言う。

 

「・・・半端はするなよ。ツルギがサクッと殺しなおす可能性もあるし、場合によっては俺も手を出すからな」

「うん。わかってる。どんな形でも、きちんと結果は出すから。南雲くん達も、気を付けてね」

 

ハジメは肩を竦め、それから雫と龍太郎を一瞥した後、今度こそ振り返らずにシアとティオを伴って真っすぐと時計塔に向かい、文字盤から別の空間へと向かっていった。

 

「あらら~、本当に行っちゃった。意地を張らずに助けてぇ~って言えば良かったのに。はっきり言って、あの化け物がいないなら何の問題もないよぉ?」

「それはどうかしらね。確かに、今のあなた達からは尋常でない気配を感じるわ。でも、私達だって、以前のままというわけではないのよ?」

「あははっ、コワイコワイ。特に、雫は油断ならないからねぇ~。それじゃあ、僕も心強ぉ~い仲間を呼んじゃおうかなぁ!」

 

そう言って恵里がパチンと指を鳴らすと、倒壊した建物の残骸がゴバッと爆ぜ、中から無数の人影が跳躍して鈴と雫を取り囲んだ。

 

「傀儡兵・・・さっき南雲くんに潰されたんじゃ・・・」

「ふふふっ、言ったでしょう。化け物がいないなら問題ないって。こいつらはねぇ、特別製の体になってるから、流石にミサイルの直撃は無理だけど、建物の崩壊に巻き込まれたくらいじゃ壊れないんだよぉ」

 

さらに、

 

「どわぁああああっ!?」

 

そんな豪快な悲鳴を上げながら、雫と鈴に向かって龍太郎が吹き飛ばされてきた。

 

「“光輪”!」

 

鈴は咄嗟に杖を龍太郎が吹き飛ばされる先に向け、光のリングが連なってできた網を展開して龍太郎を受け止めた。

 

「やべぇやべぇ。鈴、助かったぜ」

「どういたしまして、光輝くんはどう?」

「ダメだなぁ、ありゃ。自分の立場も、なにをしているのかも、なんにも分かっちゃいねぇ。矛盾を指摘されても全部“洗脳”で片付けやがる。拳骨の1発や2発じゃ足りなさそうだ」

 

頭を掻きながら龍太郎が溜息を吐くように報告し、雫が周囲の傀儡兵と、ちょうど恵里の隣に着地した光輝に視線を向けながら質問を重ねる。

 

「強さはどうだった?」

「間違いなく、なんかされてやがるな。“限界突破”みたいな光を纏っていやがるだろ?実際、強くなってやがるんだが、“限界突破”みてぇに疲れる様子が微塵もねぇ」

「そう・・・まぁ、前途多難は最初から覚悟の上ね」

 

小声で情報を確認し合う3人に、光輝は光に包まれながら悲しげな表情を見せて口を開いた。

 

「雫、鈴、龍太郎。降伏してくれないか?俺はお前等と戦いたくないんだ。洗脳されていて、俺の言っていることは戯言にしか聞こえないのかもしれないけど、俺は、皆を救いたいんだ。峯坂の呪縛から解放したいんだ!」

「光輝くん、可哀想ぉ~。幼馴染達に裏切られてぇ、それでも健気に助けようなんてぇ」

「恵里・・・いいんだ、俺のことは。皆が無事ならそれで。悪の権化である峯坂から解放させれば・・・」

「大丈夫だよぉ!僕はぁ、僕だけはぁ、光輝くんの味方だからねぇ~」

「ありがとう。恵里。昔から、恵里には支えられてばかりだな・・・」

 

矛盾にまみれた会話に、空虚さを増していく光輝の瞳と亀裂を帯びる恵里の歪んだ笑みに、雫は思わずため息を漏らす。

 

「な?会話が通じる段階じゃあねぇだろ?」

「・・・はぁ、確かに、ね。そうすると、あの馬鹿を元に戻すには、恵里の“縛魂”からの解放と・・・」

「その上で、光輝くんを完膚無きまでに叩きのめして現実を教えて上げる必要があるってことだね・・・取り敢えず、恵里は鈴が担当するよ。光輝くんの突破力に、恵里の闇系魔法のサポートは最悪だから」

 

3人は互いに頷きあい、光輝はそれを見て悲しげに頭を振った。

 

「やっぱりダメか・・・わかった。なら、たとえ恨まれることになっても、まずは3人を無力化しよう。その後に、南雲も峯坂から解放する!」

 

ここに、それぞれの親友と幼馴染を巡った戦いが開幕した。




ありふれの12巻の発売日が年をまたぐどころか半年以上先になるっていうことを知って、軽く頭を抱えてしまいそうに・・・。
いや、10巻と11巻の間を考えれば納得はできなくもないんですが。
それに、さすがにその間に零の方が出ると思いますし・・・出ますよね?
出ると思いたい。


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鈴の覚悟

雫たちと恵里、光輝が衝突してから、苦戦しながらも恵里と光輝を吹き飛ばして分断することに成功した3人は、恵里には鈴が、光輝には雫と龍太郎が向かった。

鈴はなんとなく恵里が自分を放置せずに向かってくるという直感を抱きながら、奈落で従えた黒紋蝶と花弁をかたどった結界を従えて廃ビルの谷間を進んでいく。

 

「きゅう、きゅ」

「イナバさん・・・ありがとう。ちょっと緊張し過ぎだね」

 

鈴が緊張の汗を流しながら進んでいると、その横にいるイナバさん・・・という名の蹴りウサギが器用に前足を鈴の額にぺしぺしと叩いた。(イナバはハジメ命名)

この蹴りウサギ、オルクスの奈落の1層に生息している魔物であり、ハジメが奈落に落ちて間もないときに左腕を砕いた魔物(イナバはその蹴りウサギとは別個体)でもある。

本来であれば、80層で戦力を探していた鈴が出会うはずがない魔物なのだが、こうして共にいるのはこの蹴りウサギが特殊だからだ。

イナバはハジメが奈落1層の階層主である爪熊を倒した現場を見ており、その階層の王を倒したハジメを最大限に警戒していた。だが、ハジメが仮拠点にしていた洞穴から出て行ったところでその中に入り、そこの窪みにわずかに残っていた神水を発見して飲んだところ、人間に近い思考能力と理性を手にし、普段よりも力が湧き出るようになったという。

これは魔物が神水を飲んだ結果なのだが、当然ハジメも知らなかった。貴重な神水を魔物に飲ませるはずもないのだから、当然と言えば当然だが。

そして、イナバは他にも神水がないか探していたところで、運悪く爪熊と遭遇。逃げ場はないと判断してやけくそ気味に勝負を挑んだ結果、死闘の果てに新たな固有魔法に目覚めて爪熊の頭部を蹴り壊し、生き残った。

そこで、イナバは「鍛えれば生き物は強くなる」と理解し、きっかけを与えた(当人からすればその気は一切ない)ハジメに追いつくこと、追いついてハジメに強くなった自分の姿を見てもらって礼を言うことを目標に、武者修行をしながら階層を下に降りて行き、最終的にハジメのおこぼれの神水を見つけては飲みながら単独で80層まで下れるほどの実力と成人並の思考力を身に着けたのだ。

この「どこのラノベだ」と言わんばかりの展開に、ハジメはもちろん、軽く話を聞いたツルギもめちゃくちゃ微妙な表情になった。

特にツルギは、自身がオルクス大迷宮を攻略している際にイナバと会わなかったのは運がよかったのか悪かったのか判断に困るところだった。

ちなみに、イナバは鈴が正式に従魔にしているわけではなく、あくまで臨時的なものだ。

鈴は護衛である香織と“天魔転変”を試す龍太郎と共に80層あたりで変成魔法で従える魔物を探していたのだが、鈴はとある理由で精神的にかなりすり減っていた。

その時に、やけに人間味にあふれるイナバと出会い、最初こそその異様さに警戒していたが、愛嬌のある仕草に一瞬でノックアウトされ、

 

「衣食住保証。1日3食、否、4食昼寝付き、週休2日制、有給あり!その他、自由時間についても応相談!しかも!今ならなんと、鈴特製の魔石が付いてくる!これであなたも昨日までの自分とおさらばです!さぁ、この機会に、素敵な職場で愉快な仲間に囲まれつつ、ステータスアップしてみませんか!?」

 

などという胡散臭い求人票のような勧誘に香織と龍太郎をドン引きさせながらも、イナバも最後の「ステータスアップ」という言葉に反応。最終的に、雇用契約を結ぶという流れになった。

そんなこんなで、いろいろとツッコミどころがありながらもイナバは鈴によって変成魔法をかけられて強化され、それに加えてハジメのアーティファクトを装備して前衛を担うことになった。

今のイナバは、素の状態でシアと渡り合うことができ、アーティファクト込みであれば通常の使徒とも互角以上に戦える力を持っている。

そんな実力と愛嬌を兼ね備えたイナバは、緊張していた鈴の肩の力を抜いたことを確認してうんうんとうなずき、次の瞬間、鈴の頭を利用して逆立ちの要領で回転し、ズガンッ!と衝撃音を響かせて後ろから振り下ろされた灰色に輝く剣を受け止めた。

 

「・・・本当、その気持ち悪いウサギは鬱陶しいね」

「恵里っ」

 

鈴の直感通り、恵里は光輝のところに行かずに、鈴の前に現れた。

恵里の眼差しは氷のように冷たく無機質で、頭部に振り下ろされた剣とイナバの脚甲と鍔競り合う力強さを見れば、恵里が本気で鈴を殺そうとしていたことがわかる。

イナバが空中で回転して固有魔法“旋破”で衝撃波を放ち、恵里は灰翼をはばたかせて衝撃波を躱しながら距離をとり、イナバを見て不機嫌そうに目を眇める。

 

「変成魔法で魔物を進化させるには、それなりに時間がかかるって聞いてたんだけどなぁ。その魔物、ちょっと異常すぎない?」

「まぁ、イナバさんは色々と特別だから。ほとんど素の能力だし」

「なにそれ、反則臭いなぁ~。でも、数の暴力には敵わないでしょ?流石に、そのレベルの魔物を何匹も抱えているとは思えないしねぇ!“邪纏”!」

 

手練れの魔物がイナバしかいないと判断した恵里は、イナバを狙って闇魔法を発動し、咄嗟に動こうとしたイナバの動きを一瞬止める。

そのタイミングで恵里は分解砲撃を放ち、逃げ場をなくすように廃ビルに潜ませていた屍獣兵(変成魔法によって固有魔法を使えるようになった屍兵)を襲い掛からせた。

そして、鈴もここで切り札の1つをきった。

 

「みんな、お願い!“聖絶・界”!」

 

鈴は眼前に迫る灰色の閃光を“聖絶”を50枚重ねにし、分解される端から補充しながら防ぎつつ、腰にぶら下げていた魔宝珠(某紅白ボール)からオルクスの奈落で従えた魔物を呼び出した。

出てきたのは、体長10mはあるムカデが2体に、黒に赤の縞模様がある体長1mのハチが10体、6本の鎌を持つカマキリが4体、そして、赤黒い眼が8つも付いている体長4mはある蜘蛛が1体。

そう、これが鈴が精神的にすり減っていた理由。

鈴はなぜか、オルクスの奈落で80層あたりに生息している魔物では虫系しか従えることができなかったのだ。

雇用契約を結んだイナバは別だが、なぜか鈴は奈落では獣系の魔物はなかなか従えることができず、虫系の魔物はあっさりと従えることができたのだ。

樹海では獣系、というよりモフモフしている魔物を従えることはできたはずなのだが、オルクスの魔物との相性があるのか、単純に鈴の力量の問題なのかはわからないが、とにかく虫系の魔物しか従えることができなかった。

唯一、様々な効果を持つ鱗粉をばら撒くことができる蝶は目の保養になるため、他と比べても大量に従えた。

そういうこともあって、一時鈴のテンションをダダ下がりにした虫系魔物たちだが、当然奈落の下層に生息しているだけあって、基礎能力はもちろん、持っている特殊能力も強力だったり厄介なものが多い。

ハチの魔物が針をミサイルのように飛ばして爆撃を行い、カマキリの魔物が6本の鎌からかまいたちを放って切り刻み、鈴の周りを守るようにとぐろを巻いているムカデは屍獣兵の攻撃を受けて爆散しながらも破片から溶解液を噴射することで溶かし、さらに10匹に分裂して見方を避けて溶解液を噴出し、廃ビルの陰からさらに現れた屍獣兵の援軍は地面から現れたアリの魔物が強靭な顎でとらえて地面に引きづり込んでいく。そして、その周りは強靭なクモの糸によって囲われているため逃げることもできない。

死体が持っていた技術と練度に加え、フリードの変成魔法によってさらなる強化と固有魔法を手に入れたことで以前の傀儡兵とは比べ物にならないほどの力を得た恵里の屍獣兵たちは、鈴が変成魔法で強化を施した奈落の魔物によって次々と殺られていき、恵里から余裕を奪っていく。

 

「ちょっ、冗談だよね!?なにその魔物っ!フリードだってそこまで進化させてるのは少ないのに!」

 

苛立つを募らせて怒声を上げる恵里に、鈴は己の目的を果たすための魔法を唱える。

 

「“禁域解放”!“聖絶・刃”!」

 

鈴は昇華魔法によって身体能力を底上げさせ、さらに杖の先に“聖絶”の刃を作り出して薙刀の構えをとった。

そして、ここで鈴が初めて()()()()()()()()()()()()()()

 

「やぁぁぁぁ!!!」

「調子に、乗るなぁ!!」

 

後衛であるはずの鈴が自分から近付いて接近戦を仕掛けるという愚行に、恵里は逆上して自らも襲い掛かる。

恵里自身に剣術は使えないが、死霊術師である恵里は王国最強の剣士であるメルドを憑依させることで剣を扱えるようにしている。

だから、いくら昇華魔法で強化したとはいえ、武術は素人に近い鈴であれば使徒に近いステータスも合わせて簡単に殺すことができる。

そう思っていたが、

 

「っ!?押し切れ、ない・・・!?」

 

使徒に近いスペックと王国最強の剣士の剣術をもってしても、鈴に攻撃が届かない。鈴の攻撃も恵里に届いていないが、ほとんど互角の勝負を繰り広げていた。

力も速さも上回っているはずなのに、攻めきれない。

そのからくりは、鈴が両腕につけている腕輪だ。

これは、大侵攻が始まる前日にツルギ(正確には分身体)から渡されたものだ。

 

『・・・本当にやるんだな?』

『うん』

 

オルクスの奈落で魔物を従えて地上に戻ってきた鈴は、ツルギに接近戦でも戦えるようにしてほしいと志願した。

当然、ツルギとしては乗り気ではない、というか自殺の片棒を担ぐような真似はしたくなかったのだが、鈴の瞳に宿る鉄壁の障壁の如く硬い決意に音を上げた。

 

『今の中村は、エヒトによって使徒と同じ強化を施されている。さすがにそのまま使徒と同じスペックではないだろうが、イナバと同じくらいのスペックはないと厳しいだろう。もっと言えば、あいつの死霊術ならメルドさんの剣術を模倣することもできるはずだ。それでも、やるんだな?』

『うん。鈴は結界師だから、守ることが本分だけど・・・鈴は、ちゃんと恵里と話がしたい。仲間や従魔を守るだけじゃなくて、恵里とぶつかりたいんだ』

『・・・そうか』

 

正直な話、ツルギが鈴に薙刀をメインとした武術を教えていたのは護身のため、自分を守れるようにするためだ。自分よりも格上の相手とタイマンでやりあうためではない。

だが結果として、鈴が恵里と対等に話し合うためのきっかけを作ることになってしまった。

とはいえ、ツルギもこの事態をまったく予想していなかったわけではない。鈴がそのことを言い出しても大丈夫なように、すでに準備は済ませてあった。

ため息をついたツルギは、宝物庫から2つの腕輪を取り出した。

 

『それは?』

『“天武の円環”、とでも言おうか。1つずつでも効果はあるが、鈴なら両方使うべきだな。その腕輪には、片方には自分にかかる重力魔法が、もう片方には俺の剣術が込められている』

『峯坂君の剣術が?』

『あぁ。魂魄魔法で無意識領域に俺の剣術をインプットするようにしてある。それを付けて発動すれば、俺と同じような動きで薙刀を扱うことができる。もちろん、使っても副作用とかはないようにしてあるから。例えるなら、外付けの無意識領域みたいなものか。とはいえ、それだけだと攻撃力も防御力も欠けるから、もう片方の腕輪で攻撃の瞬間は重力を重くして攻撃力と破壊力を上げて、攻撃を防いだり避けるときは重力を軽くして衝撃を受け流せるようにする。どっちも自動で機能するから、いたずらに魔法の発動を阻害することはないはずだ』

 

一通り説明を聞いた鈴は、試しに腕輪を付けて起動させ、“聖絶・刃”を発動して薙刀を振ってみた。

 

『う、うぅん?なんか変な感じがする』

『あくまで体を動かすのは無意識からな。例えるなら、マリオネットになったみたいなもんだ。違和感は頑張って慣れてくれ』

 

薙刀を振ってみると、たしかに以前までとは比較にならない鋭さで振るうことができたが、頭で考えるものとは違う動きをするという慣れない感覚に鈴は戸惑いを隠せない。

ツルギもそうなることはわかっていたため、自身も長剣を生成した。

 

『そういうことだから、その感覚に慣れるためにも稽古だ』

『えっと・・・ちなみに、内容は?』

『そう身構えるな。べつにいつもみたくボコボコにしてしごくわけじゃない。俺は今から、使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()。もちろん、必要以上の怪我はさせない。中村の対策には十分だろう』

『!!』

 

そう言われて、鈴もツルギの稽古がどれほど有益なものか理解した。

たしかに、恵里と戦うための準備にちょうどいい、いや、十分すぎるくらいだ。

 

『・・・わかった、お願い!』

『よし。ちょうどハジメからいいものを借りてるし、徹底的にやるぞ』

 

そう言って、ツルギは宝物庫から水晶柱を取り出した。

 

『それって、南雲君がオルクスの隠れ家でアーティファクトを量産するときに使ってた?』

『あぁ。“アワークリスタル”って言ってたな。これを使うと、一定範囲の空間の時間が10倍に引き延ばされる。雫たちの中だと、お前が一番近接戦の心得がないからな。ハジメに少し無理を言って貸してもらった』

 

それだけ、ツルギも本気で鈴のことをサポートするということだ。同時に、恵里との戦いはそれほど厳しいものになるということでもある。

 

『それと、これはついでだ』

 

そう言って、ツルギがパチンッと指を鳴らすと、鈴がはいているスカートの真ん中が縫われていき、縫い目が股下まで到達したところでズボンのように分かれた。

 

『今まではあくまで後衛が主体だったからそのままにしてたが、これからはハードに動く。スカートだと動きにくいことこの上ないからな』

『う、う~ん、鈴的にはちょっといまいちだけど・・・しょうがないね』

 

ツルギの言うことも一理あるため、今までの服装が気に入っていた鈴も渋々受け入れた。

 

『それじゃあ、“天武の円環”をもう1度起動させて構えろ。10倍に引き延ばされているとはいえ、時間は限られているからな』

『うんっ!』

 

そうして、鈴はアワークリスタル内での時間でおよそ50時間かけて“天武の円環”を完全に自分のものにし、なおかつツルギが調整を加えて鈴にあった動きに改良していった。

そのため、使徒に近いスペックを持つ恵里を相手に、従魔へのサポートをしながらも互角に渡り合うことができた。

これに恵里も苛立ちをあらわにしながら、全身から分解の魔力を噴き上げた。

鈴の無意識領域に刻み込まれたツルギの動きはこれを敏感に感知し、重力を軽くしてその場から飛びずさった。

 

「なんなの?何で僕が押されているの?使徒の体に変質させて、能力も手に入れて、屍獣兵も揃えて、王国最高の剣士を憑依させているのに、何で?何で、僕がやられ役みたいに追い詰められなくちゃならないの?相手はあの化け物じゃないんだよ?それなのに、何で?ねぇ、何で?何で?何で!?」

 

今の今まで、いや、こうしている間でも見下している鈴に互角の戦いを強いられている事実に、恵里の目に狂気的な光が宿り、狂ったように髪を搔きむしる恵里に、鈴は“禁域解放”を解除し、多少息を切らせながらも静かな声音と瞳で告げた。

 

「決まってるよ。鈴が、恵里とお話したかったから」

「は?」

 

鈴の言葉に間抜けな声を漏らす恵里に、鈴は臆することなく恵里に踏み込んでいく。

恵里の家のこと、光輝のこと、恵里の肉体のからくり。

そして、鈴がもう一度恵里と友達になりたいこと。

以前までなら嫌われることを恐れて踏み出さなかった一歩を、鈴は恐れずにずかずかと踏み込んでいく。

恵里も的確に過去を突いてくる言葉に苛立ちをあらわにしながら攻撃を続けるが、鈴は巧みに障壁を操作してそれらを防ぎ、語り続ける。

次第に無言になっていった恵里の攻撃は収まっていき、話の途中で鈴を襲った灰色の砲撃もなくなり、最終的に屍獣兵の動きも止まった。

鈴も、話が通じたのか、と。今なら心も・・・、と。

そう、思ったが、

 

「ばっかじゃないの?」

 

返ってきたのは、侮蔑に満ちた、氷のように冷たい眼差しと声音だった。

次の瞬間、天空に巨大な灰色の魔法陣が出現し、魔法陣からどす黒い瘴気が噴き出した。

恵里は鈴の言葉に心を打たれたのではなく、鈴を攻撃している間にどさくさに紛れて展開していた灰羽で召喚の魔法陣を形成していたのだ。

中から現れたのは、神域に突入する前に地上に現れたものと同じ、大量の魔物の群れ。

 

「戯言はもういいよね?一体何を話すのかと思えば・・・鈴って本当に馬鹿丸出しだねぇ?たっぷり時間稼ぎしてくれてありがとうぉ~。それじゃあ、魔物の波に呑まれて死んじゃおっか?」

「・・・」

 

今度こそ自分が優位になったと、恵里は愉悦に表情を歪める。

対し、今度は鈴が無言になる。

残っている従魔は、イナバにミサイルハチが3体、風刃カマキリが1体で、イナバを除けばどれもが戦闘の続行は不可能な重傷を負っている。

対し、恵里の屍獣兵はまだ70体ほど残っており、召喚した魔物の中には飛行系の魔物も多くいる。

イナバだけではとうてい敵わないし、仮にツルギの剣術を模倣できる鈴が参加しても魔力と身体能力が足りない。

さらに、雫と龍太郎は光輝の相手にかかりきりになっているため、援軍に期待することもできない。

 

「一応?し・ん・ゆ・う、だし?遺言くらいは聞いてあげるよ?」

 

再び余裕の態度になった恵里は、合図を出すために剣を振り上げる。

そして、絶望の淵に立たされた鈴は、

 

「恵里。鈴を舐めすぎだよ・・・イナバさん!魔法陣をお願い!」

「きゅきゅう!」

 

これくらいは覚悟できていたと言わんばかりに鈴はまっすぐ恵里を見つめ返し、再び“聖絶・刃”を展開して構えた。

恵里は思わず一歩後ずさってしまい、それに気づいて歯噛みをして、これ以上のやり取りは御免だと剣を振り下ろした。

次の瞬間、屍獣兵と魔物は一斉に襲い掛かり・・・魔物は屍獣兵によって蹂躙されていった。

 

「なっ、何がっ。命令はちゃんと届いてるのにっ!」

 

突然同士討ちを始めた魔物と屍獣兵に、恵里は混乱混じりの怒声を上げる。

恵里の命令が阻害された様子はなく、たしかに屍獣兵に届いたはずだった。

だが、屍獣兵はピンポイントで恵里が召喚した魔物を狙って襲い掛かっている。

当然、これは鈴がもたらしたものだ。

 

「鈴の黒紋蝶・・・何の為に飛ばしていたと思ってるの?」

「ま、まさか・・・」

「やっと気がついた? この子達はね、いろんな特性の鱗粉を撒くことが出来るんだよ。屍獣兵も十分に浴びたみたいだね。今、彼等は魔物が鈴や鈴の従魔達に見えているはずだよ」

 

こうなることは当然、ツルギもハジメも想定していた。

そのため、蝶はあえて直接的な攻撃力がない闇魔法が使える蝶だけを連れて、もしものときのための布石としていたのだ。

この隙に、イナバは魔物の群れをかいくぐって召喚の魔法陣を破壊し、鈴も再び“禁域解放”を発動して恵里に立ち向かう。

恵里が召喚した魔物は、元々魔物討伐のエキスパートだった王国の騎士・兵士たちを素体にしてステータスを向上させた屍獣兵によって次々と討たれていき、さらに幻覚によって鈴の従魔が味方に見えるため回復魔法をかけていき、数は減りながらも戦線復帰して魔物を屠っていく。

歯噛みする恵里は、鈴の攻撃を受けながらも忠実に命令に従う魔物に黒紋蝶を優先して殺すように命じ、魔物は黒紋蝶に襲い掛かる。

が、

 

ドォオオン!!ドォオオン!!ドォオオン!!

 

その瞬間、廃都市の空に次々と爆炎が生まれ、魔物たちを飲み込んでいった。

鈴は最初、100匹近くの黒紋蝶を従えていたが、それらすべてが魔物と言うわけではなく、半分くらいはハジメお手製の生体ゴーレムで、鱗粉の代わりに大量の燃焼粉を抱えていた。

それを鈴から知らされた恵里は、歯噛みしながらもよどみなく剣を振り下ろし、鈴もふわりと躱して後ろに飛びずさった。

 

「・・・詰んだってこと?こんなところで?あははっ、おかしいぃねぇ~。僕の計画を壊すのが、まさか鈴だなんて。あのまま這い蹲っていれば良かったのに。これも、あの化け物のせいかなぁ」

「南雲くん、っていうよりは峯坂くんの影響かもね。でも、ここにいるのは紛れもなく鈴の意志だよ。放っておけば、恵里は南雲くんか峯坂くんに殺されちゃうと思ったからね」

「なに? 助けてあげたとでも言うつもりかな?」

「うん。恵里を助ける為に来たんだよ。恵里ともう一度やり直したいから」

「・・・もう、いい」

 

一瞬、恵里は押し黙り、直後に鈴に“落識”を発動して鈴に飛び掛かった。

一直線に、その瞳に殺意を宿して。

 

「あぁあああああああっ!!死ねよぉおおおおおおっ!!」

 

普段なら上げないような絶叫を響かせて特攻してくる恵里に、鈴はギュッと唇を噛む。

 

「どうして、こんなことになったんだろう・・・なんて言葉は、きっと言っちゃダメなんだよね」

 

泣き笑いのような表情になった鈴は、唇から血を流しながら切っ先を恵里に向けて前に駆けだし、恵里と激突する直前、()()()()()()()()

なぜ、どうして。まったく予想外の動きに恵里の動きは一瞬にぶり、その隙を“天武の円環”は見逃がさなかった。

 

「恵里の、バカァアア!!」

 

声の大きさだけなら恵里にも負けないほどに叫びながら、鈴は()()()()()()()()()()()()()()()()()

本来であれば少し痛い程度で済んだだろう鈴の小さい拳は、恵里の頭部をすさまじい衝撃で揺らし、脳が揺れて意識が朦朧としている恵里に追い打ちをかけるように鈴は連打を叩き込んでいく。

もはや視界が定まらない恵里にはわからないが、今の鈴の両手の拳には球状の結界が展開されていた。

“聖絶・衝拳”。“衝撃変換”を付与したごく小さい規模の“聖絶”を拳に展開することで、非力な鈴でも並の魔物なら木っ端微塵にすることができる。

恵里が人の形を保っているのは、使徒の肉体を持っているからこそだ。

鈴はおよそ20発恵里を殴打し続け、最後の一撃であえて“天武の円環”を停止させ、渾身のボディブローを叩き込んだ。

威力は“天武の円環”を使うよりも落ちるが、それでもそれがとどめになった恵里は吐血しながら地面に倒れ込んだ。

ヒトの形を保っているのはもはや外見だけで、内臓はいたるところが傷つき、押し潰れ、骨折していない骨の方が少ないほどだった。衝撃には魔力的なものも含まれているため、魔力は根こそぎ吹き飛ばされて魔法で治すこともできない。

それとほぼ同時に、廃都市のいたるところで蝶型ゴーレムが自爆し、魔物を倒し終えた屍獣兵を巻き込んでいった。

周囲が爆炎で囲われていると、鈴の頭上にイナバが降りて来て、もふもふの前足で鈴をいたわるように額を叩いた。

鈴は頭からイナバを下ろし、杖を拾い上げて恵里の傍らに立った。

 

「かはっ、ごほっ・・・・・・殺し、なよ」

 

全身がボロボロになってなお意識を保っている恵里は、鈴の方を見るでもなく、虚空を見上げてとどめを要求した。

 

「恵里・・・」

「とも、だち?ありえ、ない・・・死んだ、方が・・・まし」

「・・・」

「何もかも、最低、だよ・・・僕は、ただ・・・」

「恵里?ただ・・・なに?教えて」

「・・・」

 

途中でこぼれた言葉は、恵里にとっても思わず零れ落ちた言葉なのか、それ以上は口にしなかった。

恵里は今、使徒のスペックでなんとか命をつないでいる状態だ。このまま放置しても、いつか息絶えるだろう。

鈴は、全回復とはいかないにしても、命をつなぎとめようと宝物庫からハジメ特製の回復薬を取り出すが、恵里は『情けをかけられるくらいなら死んだ方がましだ』と死にかけとは思えないほどの苛烈な視線を向ける。

こうなることは半ばわかっていた鈴は、歯噛みしながら回復薬を宝物庫にしまった。

本心を言えば、このまま恵里を助けてあげたいが、ハジメと「半端はしない」と約束し、恵里の心を助けられなかった以上、ここで力任せに連れて帰ることはできない。

ここで都合のいい未来を盲信して、半端なままで連れて帰ったらどのような悲劇が起こるか。それがわからない鈴ではない。

ならば、せめて自分の手で。

そう思い、“聖絶・刃”を発動して切っ先を恵里に向けた。

鈴と恵里の視線が交差する。

その時、鈴たちがいるところから廃ビルの谷間を挟んで離れた場所から、天を衝く純白の魔力の奔流が噴き上がり、それは体長10mの巨人に姿を変え、その巨腕を眼下に振り下ろした。凄まじい衝撃が鈴達のいる場所まで伝播してくる。

魔力の色と、噴き上がっている場所。この2つから、何が起こっているのかは想像に難くなかった。

 

「光輝、くん・・・」

 

恵里が目を見開いて呟いた直後、巨人の姿が霧散した。

その意味するところは・・・

 

「光輝、くん・・・光輝くん!!」

「え、恵里っ!?」

 

直後、恵里の体が一瞬灰色の光に包まれ、死にかけとは思えない勢いで飛んで行ってしまった。

唖然として咄嗟に動けなかった鈴も、ハッと我に返るとすぐに恵里の後を追っていった。




最近、鬼滅の刃の無限列車編を映画館で見てテンションが爆上がりしました。
できればもう1回見たいですけど、FGOとかもあるので悩む・・・。

ちょ~っと雑になってしまいましたが許してください。
頑張って年内に投稿しようとした結果、こうなってしまいました。
まぁ、結局ほぼ年越しと同時に投稿することになってしまったんですが。

さて、“守り”が本分の鈴に無理やりツルギを組み込んで“攻め”の鈴を書いてみたんですが・・・どうですかね?
たぶん、後にも先にも、こんな拳で殴り飛ばす真似は恵里以外にはしないでしょうね。
自分なりに“恵里とタイマンでぶつかる鈴”を書いてみたんですが、まぁ他の作品でこんな鈴は見た記憶がないので、いろいろと自信がない部分も・・・。
自分では悪くはないとは思うんですが、反応次第ではもしかしたら修正を加えるかも・・・。


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断ち切る一閃

鈴が恵里を追っていった後、雫と龍太郎もまた光輝と屍獣兵を相手取っていた。

より厳密には、龍太郎が光輝を、雫がほぼすべての屍獣兵を。光輝に集中する龍太郎を守るように、邪魔をする、あるいは隙を突こうとする屍獣兵を雫が対処する。

当然、普通なら物量と個々のステータスに押し負けるだろうが、そうならないための布石はハジメによって用意されていた。

1つは、雫の周囲を飛び交う20本の黒刀、“意思示す刀群(リビングソードズ)”。四振五陣で形成された刀の群れには重力魔法と変成魔法が付与されており、自在に宙を飛び回りながらもタイムラグなしに雫の技をほぼそのまま使うことができ、技を唱えれば刀自体がある程度自己判断して敵に襲い掛かる。さらに、これらは一陣から五陣、一振から四振と陣名が割り振られているため、陣名を指定することで複数の戦況に対応することができる。

そしてもう1つが、“チートメイト”。これはカルシウムなど人体に害がない金属に変成魔法と昇華魔法を付与し、それを粉末状にして固形型食料に混ぜ込んだものだ。

これを食べることで一時的に肉体を変成魔法に適したものにし、“限界突破”に近い強化を施すことで多大な負荷にも耐えることができる。さらに、一度服用すれば半日ほど効果が持続し、効果が切れた後の副作用もないというハジメの会心作で、神域突入組は全員服用している。

雫の刀の20本同時操作や龍太郎の“天魔転変”の行使を容易にしているのも、このチートメイトがあってこそだ。

そのおかげで、60体いた屍獣兵はすべて雫によって倒された。

だが、光輝には未だに決定打を与えられていない。

その理由は、光輝の周囲に飛びまわっている光でできた竜だ。

“神威・千変万化”。常時発動状態にした神威を変幻自在に操る魔法で、神域にいることによって魔力の供給を受けていることも相まって龍太郎にここぞという一撃を与えさせない。

現在、龍太郎はスピードに優れたワーウルフ状態となって光輝に攻め込んでいるが、防御力に欠けたこの形態では光輝の火力を前にその攻撃を受け止めることはできず、“神威”の全方位爆発を受けてダメージを負いながらも距離をとった。

 

「龍太郎!無事!?」

「応っ、ちぃとばっかし効いたけどなぁ。これくらいどうってことねぇ」

 

雫は屍獣兵を数体切り裂いてから龍太郎に駆け寄り、ハジメ特製の回復液を龍太郎の体にぶっかけた。

即座に負傷を回復させつつ、龍太郎は険しい目で光輝の方を見る。

 

「それより、あの神威はやっぱり厄介だぜ。変幻自在すぎだろう。ここぞって時に攻めきれねぇ」

「なら、今度は二人掛りで行きましょう。龍太郎が光輝を押さえてくれていたおかげで、屍獣兵なら大方片付けたから。それに、ツルギから教えてもらったのは私たちも同じでしょう」

「それもそうだな。それに、鈴だって気張ってるだろうからな。2人でやって勝てませんでした、なんて言えねぇぜ」

「まったくね。さっさと、あのバカをぶちのめすわよ!」

「応っ!」

 

仕切り直しだと言わんばかりに気合を入れなおした二人は、光輝が神威の光竜を形成してブレスを放ってきたのを確認し、一気に散開する。

それを見た光輝は、一度頭を振ってから決然とした表情でさらに魔力を噴き上げた。

 

「そろそろ恵里が心配だ。二人には色々と驚かされたけど、手札はもう尽きただろう?終わりにさせてもらうよ」

 

ツルギの技は自分には効かないと信じて疑っていないのか、光輝はさらに小光竜、神威版天翔剣、神威版天落流雨を同時発動して戦場を蹂躙しにかかった。

たしかに威力だけで見れば今までで一番と言えるが、あくまで威力に任せた砲撃であるからかなり大雑把だ。

それを待っていたと言わんばかりに、龍太郎は笑みを浮かべながら対光輝の切り札を切った。

 

「来たれ、天衝の大樹っ、“天魔転変”!」

 

龍太郎が魔法を唱えると、ワーウルフの体毛が抜け落ち、代わりに体の至るところが節くれ立ち、肌は黒褐色へ、髪は深緑色へと変わった。その中で眼だけが赤黒い光を炯々と放っている。

直後、龍太郎は避けずにそのまま突進し、光と爆風に飲まれた。

 

「龍太郎、しばらく眠っていてくれ」

 

防御する素振りすら見せなかった龍太郎に今の攻撃を耐えられるはずがないと、龍太郎を倒したと確信した光輝はそう呟いた。

だが、

 

「ざけんな。てめぇを叩き起こすまで寝てられるかよ!」

「なっ!?」

 

光輝の予想を裏切り、光の中から龍太郎が無傷のまま飛び出してきて、そのまま光輝に突貫する。

完全に意表を突かれた光輝は回避はもちろん、防御すらも間に合わず、龍太郎の正拳突きをまともに喰らってしまう。

 

「ごはっ!?」

 

龍太郎の拳が光輝の腹部に突き刺さると、今までとは比較にならないほどの衝撃が光輝を襲い、鎧や衝撃緩和を貫通して光輝を吐血させた。

龍太郎が使用した魔石は、奈落の90層クラスに出現する植物系のトレントのような魔物だ。この魔物は光の吸収と吸収した光のエネルギー変換の2つの特性を持っており、全属性の適性を持つ中で光魔法に特に適性が高く、また光魔法を多用する光輝に限りなく刺さる。

このエネルギー変換は魔力や体力はもちろん、膂力にも変換することができ、龍太郎は吸収した神威のエネルギーを膂力に変換して一点集中で叩きつける。

 

「よぉ、少しは眼ぇ覚めたかよ、親友」

「ぐっ、りゅうた・・・」

「おまけだ。いつまでも寝ぼけてんじゃねぇぞ!」

「ッ・・・ぐぁ!?」

 

衝撃で咄嗟に動けない光輝に、龍太郎は今度は顔面に拳を見舞う。

ゴバッ!と顔から鳴ってはいけないような音が響き、鼻血をまき散らしながらさらに吹き飛んでいく。

それでも、エヒトによって強化された体はなんとか意識を繋ぎ留め、光竜を駆使してなんとか体勢を立て直そうとする。

だが、そこで“気配感知”で吹き飛ばされた方角にいた雫の気配を戦慄と共に感じ取る。

雫は抜刀の体勢で構えており、鞘がギチギチと軋み、鯉口から濃紺色が溢れるほどの魔力を凝縮している。

 

「し、ずくっ」

「甘んじて受けなさい、この一撃」

 

光輝は必死に制動をかけ、それでもどうにか聖剣を正面に構えて雫の攻撃を防ごうとする。

だが、

 

「“魄崩・胡蝶の夢”」

 

雫が小さく呟くと、光輝の視界から雫の姿が消え、気づいた時には光輝の背後で黒鉄を鞘に納めて立っていた。

 

 

 

 

 

 

鈴がツルギによるハードトレーニングを受けている頃、雫と龍太郎も別の場所でツルギから指導を受けていた。

ただ、鈴と違って武術は習っているため、2人は鍛錬ではなく新技の習得を行った。

 

「さて、黒鉄もまた改造されたことだし、それに合った技を教えよう。ただ、これはあくまで俺が生み出した、っていうよりは思いつきで出来た技だから、雫の技として落とし込むには少し苦労するかもしれない。俺の技なんて、基本的に邪道だし」

「この際、邪道だなんて気にしないわよ。それを言ったら、南雲君が追加してくれた追加オプションもズルになるわよ」

「“魄崩”だったな。よくもまぁ、神代魔法ありきとはいえ剣術の極致に足を踏み入れた機能を追加できたもんだ」

 

“魄崩”とは、新たに作られた黒鉄に追加された機能、というよりは技に近いもので、魂魄魔法の『生物の持つ非物質に干渉できる』という点を追求したものだ。“魄崩”を使えば、相手の肉体には一切影響を与えずに、体力や魔力、精神などを斬ることができる。

とはいえ、便利かと言われれば必ずしもそうではなく、斬るものを明確にイメージしなければならず、さらにそれだけを斬るという強い意志も必要になる。この2つができなければ、十分に効果を発揮することができない。

故に、“魄崩”を完璧に扱えるのは今のところ雫とツルギの2人しかおらず、他の者では“斬りたいものだけを斬る”という芸当はできない。

 

「とはいえ、逆に言えば刀の間合いに入らなければ効果は発揮できない。そして、ステータスや身体能力だけを見たら、光輝は雫に敵う相手じゃない。エヒトに改造されたんならなおさらな」

 

光輝が恵里と同じようにエヒトによる改造を受けているだろうという推測は、ツルギから神域突入組に説明されている。ハジメからもたらされたアーティファクトだけでも十分と言えば十分だろうが、念には念を入れるという意味合いも込めてツルギによる指導を行っている。

 

「だから、今から教えるのは、自分の攻撃を相手に必ず当てる()()()技だ」

「必ず攻撃を当てる、ための・・・?」

「厳密に言えば、技というよりは歩法だ。相手に気付かれず、真正面から近付く、な」

「えっ?」

 

ツルギがそう言った直後、雫はいつの間にかツルギの姿を見失い、ツンッと背後から頬を指で突かれた。

 

「とまぁ、こんな感じだ。にしても、けっこう柔らかいのな。意外と新鮮な感じだ」

「え、えっ!?」

 

そのまま頬をムニムニと弄ばれ、完全に混乱した雫は咄嗟にその場から飛びずさった。

 

「い、今のが?」

「そう。“抜き足”って言うんだが、言葉だけなら知ってるだろ?」

「それって、あれよね。抜き足差し足忍び足、の」

「あぁ。概ね間違いない。ただ、意味合いは少し違う。この“抜き足”は、簡単に言えば相手の無意識に滑り込む歩法だ。いや、厳密に言えば、認識の狭間、って言った方がいいのか」

「認識の狭間・・・?」

 

少し難しい言葉に、雫は首を傾げる。

認識の狭間というのは、簡単に言えば必要のない情報を捨て去る意識の領域だ。人間の脳というのは、目に映るものすべてを認識して処理しているわけではない。脳がオーバーヒートを起こさないように、必要のない情報を認識の狭間に放り込むことで情報量を減らしている。

要するにこの“抜き足”は、その認識の狭間に滑り込むことで『相手が見えているのに見えていることがわからない』という状況を作り出すのだ。

 

「これはあくまで俺の予想だが、遠藤のあの隠密は似たような原理なんだと思う。単純に影が薄いっていうより、遠藤の存在が必要のない情報として処理されるんだろうな・・・いやまぁ、それはそれで悲しいというか、コンピューターとか戸籍なんかのデータとかにも反映されてるのはいっそオカルトの領域というか、こんな言い方をするのはあれだが、世界が遠藤のことを必要ないって認識している、っていう考え方もできなくはないというか・・・」

「それは、まぁ、そうね・・・」

 

ツルギの微妙な表情での説明に、雫もまた微妙な表情になる。

少なくとも、このことは遠藤に言わない方がいいだろう。下手をすれば、遠藤が自身の存在の定義に疑問を持ちかねなくなる。

単純に人間が気づきにくいだけなら、無意識で“抜き足”を使っていると説明がつくだろう。だが、自動ドアにも3回に2回は反応されず、名簿上ですら存在を忘れてしまうとなると、もはやツルギでも真相はわからない。

微妙な空気になったことに気付いたツルギは、咳払いをして気を取り直した。

 

「ゴホンッ。とりあえず、このことは置いておくとしてだ。この技術は覚えておいた方がいいだろう」

「でも、それなら“無拍子”でも動きは撹乱できるわよね?」

「それはそうだが、“抜き足”だからこそのメリットがある」

 

“無拍子”というのは、動きにほぼ0と100の緩急を作ることで動きを惑わす技能だが、言ってしまえばこの動きに対応できてしまう身体能力を持っている相手には通用しない。

それに対し、“抜き足”は『見えているのに見えていることをわからなくする』技術であるため、この技術を磨けば“気配感知”にも引っかからなくなる。さらに、この認識の狭間は集中すればするほど深くなってしまうため、見失ったことに対して警戒心を強めれば強めるほどより刺さる。

もちろん、この技術にも対処法がないわけではない。この認識の狭間に意識を向けることができる人物には通用しない。

だが、命がかかった戦闘の中でそれができるほど自身の意識や身体をコントロール下における人物はそう多くない。それこそ、それができるのはツルギくらいか、あるいはリヒトもできるかどうか、といったところか。

 

「それこそ、光輝にはドンピシャで刺さるはずだ」

 

今の光輝であれば、自身のステータスに物を言わせた戦法をとるだろうことは容易に想像できた。

だからこそ、ツルギは“抜き足”の習得を勧めたのだ。

 

「それじゃあ、さっそく指導を始めよう。幸い、この技術は日本にいた頃に習ったから、指導もしやすい」

「えぇ・・・え?日本にいた頃に?」

 

さっそく始めようとしたところで、ツルギが告げた意外な事実に雫は軽く驚いた。

 

「あぁ。俺を道場破りに連れまわした人物に教わったんだ、が・・・」

 

ツルギも、自分で言っているうちにその発言に疑問を持った。

なにせ、“抜き足”は忍者の“抜き足差し足忍び足”にあるように、忍術に近い技術だ。

と、いうことは、

 

「・・・現代日本に、忍者なんているのか?」

「さ、さぁ?私は聞いたことないけれど・・・」

 

唐突に出てきた疑問に、2人は揃って首を傾げ・・・

 

「・・・まぁ、ここで気にすることじゃないな!」

「そ、そうね!今は光輝のことに集中すべきよ!」

 

なかったことにした。




大学の期末試験を間に挟んで、いつもと比べてそれなりに長い間待たせてしまいました。
地味に大変だったというか、書くのが難しかったというか。
ある意味、鈴vs恵里よりもオリジナル要素の差し込みが難しかったですね。
そのおかげで、なかなか執筆が進まなくて、そのくせ出来上がりは微妙な感じに・・・。
結局、予定の半分くらいで切り上げて投稿する形になってしまったので、明日にでも急いで執筆して続きを投稿します。
それくらいしないと、まじで空きまくった期間と釣り合わない。


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差し伸べる手

結果的に言えば、“抜き足”は光輝に対して十分以上に効果を発揮し、光輝は成すすべなく雫に斬られた。

だが、初撃ではエヒトの供給を断ち切ることはできたものの、“縛魂”は魔力によって守られていたため斬ることができなかった。

そのため、雫は再び“魄崩”を発動し、未だに都合のいい夢を見たままの光輝を“縛魂”から解放した。

 

「光輝、どう?これで洗脳は解けたはずよ。自分が何をしていたのか。今、何が起きているのか・・・分かっているわね?」

「・・・」

「まぁ、何だ。取り敢えず、ド反省しやがれ。後はさっさと南雲達を追って、クソ神をぶっ飛ばして、地上で戦ってる連中を助けて・・・・・・帰ろうぜ、光輝」

「・・・」

 

ようやく終わったと、光輝を連れ帰るために雫と龍太郎は声をかける。

だが、対する光輝は四つん這いになったまま顔を上げず、ずっとうなだれたまま、何かをぶつぶつと呟く。

 

「光輝?」

「・・・・・・嘘だ、有り得ない。こんなのおかしい。絶対、間違ってる。だって俺は正しいんだ。ただ、洗脳されていただけなんだ。俺が敵だなんて・・・雫に・・・龍太郎に・・・なんてことを・・・こんなはずじゃなかったのに・・・ただ正しく在りたかっただけなのに・・・ヒーローになりたかっただけなんだ・・・じいちゃんみたいに・・・ただ、それだけで・・・どうしてこんなことに・・・全部奪われて・・・雫も香織もあいつらが奪ったから・・・龍太郎もあいつらの味方を・・・」

「お、おい。光輝!」

「そうだ・・・これは罠だ。卑劣な策略なんだ・・・あいつらが仕組んだんだ・・・俺は嵌められただけ・・・俺は悪くない。俺は悪くないんだ。あいつらが俺の大切なものを全部奪ったから。悪いのはあいつらだ。あいつらさえいなければ全部上手くいったんだ。なのに、香織も雫も龍太郎も鈴も、皆、あいつらを・・・裏切りだ。俺は裏切られたんだ。俺はっ、裏切られたんだ!お前等に!」

 

そう言って、バッと顔を上げた光輝の顔には憎悪の表情が浮かび、()()()()()()負の感情で飽和しきって完全に恐慌状態に陥っていた。

その姿は、まるで子供のようにも見えるが、光輝が内包する力はそれどころではなく・・・

次の瞬間、光輝の体から天を衝くほどの莫大な魔力が放出された。

この魔力は、エヒトや周囲の魔素によるものではない。それらの繋がりは雫が斬った。

つまりこれは、光輝自身が魂や生命力を犠牲に無理やり生み出されたものであり、このまま放置すれば碌でもないことになるのは目に見えている。

雫と龍太郎が戸惑っている間にも、光輝は周囲に破壊をまき散らしながら魔力を収束させていく。

その光景を前に、龍太郎は険しい表情を浮かべながらも、覚悟を決めて雫に告げた。

 

「・・・おい、雫。神威は俺が抑える。光輝を頼むぜ」

「正気?あの神威、さっきまでのそれより遥かに危険よ。トレント形態でも吸収しきれないわ・・・死ぬわよ」

「へっ、死なねぇよ。あいつの手で殺されてなんてやるかよ。死ぬわけにはいかねぇから、俺は絶対に死なねぇ!」

「この脳筋。理屈も何もないわね・・・でも、いいわ。今は理屈が必要なときじゃない。あの不貞腐れて自棄を起こしている馬鹿が泣いて謝るまで、ぶっ飛ばすわよ!」

「応よっ!」

 

そう言うと、龍太郎は獰猛な笑みを浮かべ、足を力強く地面へと叩きつける。すると、ハジメから渡されたブーツは脛当ての部分を残してバラバラにはじけ飛び、爪が鋭く尖った黒い素足があらわになった。

その直後、2人に光輝から絶叫と共に放たれた神威が強襲する。

絶望的な光景を前にして、それでも龍太郎は上等だと言わんばかりに雄叫びを上げ、両腕を正面にクロスさせて迎え撃った。

凄まじい衝撃と共に神威が龍太郎に直撃し、周囲に破壊をまき散らしながら、それでもなお龍太郎は踏みとどまり、1歩ずつ、それでも確実に光輝へと近づいていく。

まさか受け止められると思っていなかった光輝は驚愕に目を見開き、龍太郎の必ずそこに行くという意思を込めた眼差しに貫かれて思わず後ずさりした。

そして気づけば、もうすでに間近に近づかれていた。

 

「く、来るな!来るんじゃない!それ以上、来たら、本当に殺すぞ!たとえ、龍太郎でも、本当に殺すぞ!」

 

今にも泣きそうな表情で錯乱しながら叫ぶ光輝の前には、ほとんど無傷に近い龍太郎の姿がある。

ところどころ血を流してはいるが、攻撃の威力から考えたら明らかに軽すぎる傷だ。

そんな中で、不敵な笑みを浮かべながらまた1歩前進する龍太郎に、とうとう光輝の中で限界を迎えた。

 

「あ、あ、あぁああああああっ!」

 

もはや自分でも何をしたいのか分からず、ただ目の前の現実を否定したいがために絶叫しながら力を振るう。

神威の奔流は巨人として明確な形を作り上げ、龍太郎に向けて恒星のごとき拳を龍太郎に振り下ろす。

龍太郎もまた、その拳を前に一歩も引かずに立ち向かい、次の瞬間、すさまじい衝撃と轟音とともに鉄槌が振り下ろされた。

 

 

 

訓練場からさらに離れた更地で、ツルギは龍太郎に対する指導を行っていた。

 

「さて、お前にも奥の手を教えるわけだが、お前にはあの2人とは違って防御の技だ」

「防御って、できることなら俺だって光輝を殴り飛ばしたいんだが・・・」

 

龍太郎は基本的に脳筋だが、友情の面では人一倍熱い。

だからこそ、不甲斐ないことになっている光輝に何発でもぶちかますつもりでいたかった。

ツルギも、そんな龍太郎の思いを理解した上で理由を述べた。

 

「たしかに、お前の気持ちもわからなくはない。だが、天之河と中村を相手にするにあたって、まず間違いなく谷口は中村とやり合うことになる。そうなると、坂上と雫の2人で光輝を相手にするわけだが、ここで1つ問題が出てくる」

「問題?」

「谷口の防御支援がなくなるんだよ。頑丈なお前ならまだしも、防御面で言えば雫は他と比べてかなり脆い。だから、いざというときはお前が肉壁になる必要があるんだよ」

「峯坂もはっきりと肉壁って言いやがったな・・・だが、言われてみればたしかにそうだな。だから、俺に防御の技を教えるってわけだな?」

「そうだ。それに、上手く使いこなせれば、お前の“天魔転変”とも相性がいい」

「おう!だったら、早く教えてくれよ!」

 

自分の役割を説明された途端にやる気になった龍太郎に、ツルギは内心で「単純なやつ」と思いながらも指導を始めた。

 

「わかった。っと、その前に」

 

そう言うと、ツルギは靴を脱いだ。

脱いだというよりは、消したという方が近いが。

 

「なんで靴を脱いでんだ?」

「それが前提の技なんだよ。さて、さっそくだが、思い切り殴ってみろ。口で説明するより実際に見せた方が早い」

「そういうことなら、おらぁ!!」

 

早く技を教わりたい龍太郎は「それなら遠慮なく!」と言わんばかりに、最短距離を詰めて拳を放った。

空手を習っている龍太郎の拳は、自身の体重も乗せて勢いよくツルギに迫り、

 

「・・・俺から来いとは言ったが、遠慮が無さすぎるだろう」

「うおっ・・・!?」

 

あっさりとつかみ取られた。

だが、龍太郎が驚いたのは防がれたことに対してではない。

つかみ取られた拳が、ピクリとも動かせないからだ。

これがハジメ相手なら、動揺は少なかったかもしれない。ハジメのステータスは魔力操作による身体強化がなくてもずば抜けており、義手や魔物の肉を喰らった影響で体重、というか重量そのものが見かけよりもかなり重い。

だが、今のツルギは実体こそあるものの、魔力によってできた体であるため見た目よりもかなり軽い。重力魔法を使えば同じ結果は出せるだろうが、今のツルギは魔法を使っている気配がない。

つまり、純粋な身体能力で龍太郎の拳を受け止め、なおかつ静止させたことになる。

 

「と、まぁ。こんな感じだ」

「お、おう。どうなってんだ?」

「これが靴を脱いだ理由にもなるんだが、簡単に言えば足の指で地面を掴んだ」

「・・・それだけか?」

 

起こった現象にしては簡単すぎるからくりに龍太郎は首を傾げる。

 

「それだけだ。だが、ただ文字通り掴むだけじゃない。それこそ、手の指で物を掴むように、地面の硬い部分に杭を打って自身を固定するようにがっつり掴むんだ。そうすれば、地面ごと吹き飛ばされない限りはその場に踏みとどまれる。これがお前にぴったりの防御の構え、“富嶽”だ」

 

これをとことんまで極めれば、足場と一体化することで地盤そのものを自身の重量をすることができるため、ちょっとやそっとでは吹き飛ばされなくなる。さらに、重心移動による衝撃の受け流しもマスターしていれば、体の中に受けた衝撃を地面に逃がすことで、さらに堅牢な防御を実現することができる。

まさに、“天魔転変”で一時的に魔物の姿になれる龍太郎にぴったりと言えるだろう。

 

「おぉ、そりゃあすげぇな!」

「だが、弱点もある。足場そのものを崩されたら終わりだし、砂地や砂利場みたいなそもそもしっかりした地盤がない場所だと機能しない」

 

さらに言えば、ブロックやアスファルトのような表面が細かいパーツに分かれている場所でも効果は減少するし、足場そのものが小さいとこれも効果が減少する。

つまり、かなり使う場所を限られる技なのだ。

 

「そして、神域の内部の構造がわからない以上、必ずしも“富嶽”を十全に使うことができるとは限らない」

「・・・なんだ、その欠陥だらけの技は」

「あくまで使える場所が限られるってだけで、欠陥だらけというほどでもないんだけどな」

 

それでも、戦う場所がどのようなところなのかわからない場合に不安要素が生まれてしまうのは、それは大きい欠点であることに違いない。

当然、ツルギもその点を考えていないわけではなかった。

 

「もちろん、その辺りのことも考えている。というか、考えた上でこれが最も坂上に適していると判断した」

「どういうことだ?何がなんだかわからなくなってきたんだが・・・」

「お前には“天魔転変”があるだろう」

 

そのツルギの指摘に、龍太郎は「あっ」と声を漏らした。

“天魔転変”によって自身の体が魔物のようになるということはつまり、通常では“富嶽”が使えないような場所でも使えるようになるということだ。

 

「ってことは、鋭くなった爪で引っかけることもできるってことか?」

「それもある。が、これが一番の本題なんだが、あの例のトレント形態、あれで足から根っこを生やすってことはできるか?」

 

さらなるツルギの指摘に、完全に盲点だったらしい龍太郎は再び「あっ・・・」と声を漏らした。

 

「・・・ぶっちゃけ、わからん。けど、もしかしたらできるかもしれねぇ」

「となると、目標は形だけでも“富嶽”を物にすることと、“天魔転変”の更なる形状変化。この2つだ。時間は限られているからな、ハードに行くぞ」

 

 

 

 

「あ、ああ・・・」

 

とうとう、親友を自身の手にかけてしまったのだと、思考の隅で確信してしまった光輝の心は軋みを上げ、その精神は崩壊しそうになり、

 

「よぉ、親友。なに、クソ情けねぇ面ぁ、晒してんだ?」

「え?」

 

その時、粉塵が薙ぎ払われ、中から巨人の鉄槌を受け止めた龍太郎の姿が現れた。

ところどころに亀裂が走っているが出血は少なく、瞳に宿る力強さは微塵も衰えていない。

実戦形式(ツルギのわりと本気の攻撃を龍太郎が必死に防ぐのを繰り返しただけ)で習得した龍太郎の“富嶽”は、光輝の渾身の一撃にも耐えきってみせた。

ちなみに、地上部だけ見れば龍太郎が受け止めきっただけに見えるが、地下には龍太郎の足下から伸びた根で埋め尽くされている。

先ほどまで軽傷で済んでいたのも、受けたエネルギーを再生力にも変換して足裏から根を生やし、根を切り離すことで一歩ずつ前に踏み出していたのだ。

 

「りゅ、龍太郎?そ、そんな、なんで、受け止められるはずが・・・」

「へっ、馬鹿、野郎。こんな、気合の一つも入ってねぇ拳が、俺に効くかってんだ・・・なぁ、光輝。お前じゃ、俺は殺せねぇよ。なんでか分かるかよ?」

「う、え?」

「それはな、てめぇを連れ戻すって決めたからだ。そのためなら、なんだってやってやるよ。そのためなら、あいつに教えを請うし、無敵にだってなってやる。だから、お前は俺を殺せねぇっ。てめぇを、バカな親友を連れ戻すまで、殺されてなんてやらねぇッッッ!」

「ぅ、ぁ・・・な、なんで、そこまで・・・」

「そんなの、決まってるだろ?道を間違えたってんなら、殴って止めてやるのが・・・親友の、役目じゃねぇか」

「しん、ゆう、だから・・・」

「応よ・・・だが、まぁ、今回は、その役目はあいつに譲るぜ。情けねぇが、俺の拳は・・・届きそうに、ねぇからな」

「え?」

 

龍太郎の言葉に、一瞬光輝は呆け、その隙をつくかのように龍太郎が受け止める鉄槌の下を雫が真っすぐに駆け抜けていき、

 

「“魄崩”!」

「っ・・・!?」

 

不可視の斬撃が再び光輝の中の魔力を切り裂き、神威の巨人も斜めにずれて霧散していった。

斬撃の衝撃でのけぞる中、光輝は視界の中で雫が再び黒鉄を抜刀して攻撃の意思を宿しているのを目にし、「あぁ、これが報いか・・・」と刃を受け入れようとした。

だが、雫から刃は振りぬかれなかった。

 

「歯ぁ食いしばりなさいっ!大馬鹿者っ!」

「っ!?ぐぁっ!?」

 

ズガンッ!!と凄まじい音と共に、光輝の脳天に衝撃が走った。

その正体は、納刀したままの黒鉄で思い切り殴り飛ばした音だ。

衝撃の位置と自分の視界が地面で埋め尽くされていることから、光輝もそのことを理解したが、それを認識する暇もなく今度は顎をかちあげられて視界が空で埋め尽くされる。

だが、それでもなお足りないと言わんばかりに、光輝の全身をくまなく殴打する。

ちなみに、雫としては最初その顔面を拳でタコ殴りにするつもりだったのだが、ティアからの「あんな馬鹿にシズクの拳を使うのはもったいないわ」というティアの言葉と「どうせだからあいつの体にもう一度八重樫流を叩き込んでやれ」と黒鉄の鞘に『これで殴っても死なないけどいかなる防御でも防げない』という峰打ち機能を追加したツルギの指摘によって、納刀した黒鉄の鞘で殴打することになった。

最初こそ、今までの鬱憤を晴らすかのように、というよりも実際に晴らしながら殴打しまくった雫だが、最後には光輝の胸倉をつかんで、親友だから、家族同然の幼馴染だから、絶対に見捨てないと、逃げずに戦えと、そう叱咤し、それでようやく光輝も自らの過ちを受け入れることができた。それこそ、雫がツルギにベタ惚れな現実を前にしても嫉妬に囚われないくらいには。

 

「・・・お前ら、俺のこと忘れてねぇか?」

 

そんな特に深い意味のない2人の世界を展開している雫と光輝に、龍太郎が近寄ってきた。

すでに“天魔転変”は解除されており、肩をゴキゴキと鳴らしながらもこれといった傷は残っていない。

 

「・・・任せておいてなんだけど、よくその程度で済んだわね?」

「おうっ。南雲の回復液も飲んだしな。ここに来る前に峯坂にボロボロにされた甲斐があったぜ」

「いったい、どういう鍛錬をしたのよ・・・」

 

雫にはかなり丁寧に指導していただけに、他の2人がどのような扱いをされたのか少し気になったが、それはあとで追及しようといったん隅に置いておいた。

そして、光輝も真っすぐに龍太郎のことを見た。

 

「龍太郎・・・すまなかった」

「おう」

 

頭は下げず、何があっても目をそらさないと態度で示す光輝に、龍太郎もニカッと笑って、それだけ返した。余計な言葉はいらないと。




投稿は少し遅れてしまいましたが、急いで作り上げた続きです。
タイトルは違いますけど、気持ち的には前後編に分かれている感じに近いですかね。
本当は、この後の恵里と鈴のやつも書こうか悩んだんですが、どうせ似たり寄ったりの展開でダラダラ続くくらいならいいやってことでスルーすることにしました。
この後の展開が知りたい方は原作を読んで、どうぞ。

さて、次からは地上編になりますね。
こっちの方がオリジナル要素てんこ盛りになる予定なので、頑張らなければ。


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地上の決戦 前編

神域で激しい戦闘が行われている中、地上でもまた凄まじい激戦が繰り広げられていた。

ハジメのアーティファクトによって兵士たちを大幅に強化し、神の使徒を大幅に弱体化させて、さらに多数の兵士が1人の使徒に集団戦を仕掛けるが、素のステータスが違い過ぎるためこれでようやく五分五分といったところだ。

地上の兵士が狙うのは、外部からの砲撃を防ぐ大結界の要と大幅に強化された“覇墜の聖歌”を行使する聖歌隊を狙いに下りた使徒。

どれだけ条件を整えてもなお死を覚悟しなければならない相手に、それでもいくつかの場所では優勢を維持していた。

そこは、“ツルギ様専属メイド会”と“義妹結社”が配置されているところである。

 

 

戦場のいたるところで使徒による蹂躙が行われている中、鋼色に近い迷彩を施した軍服のような戦闘装束を纏った10人の少女たちは拳銃を手に戦場を駆け回っていた。

その少女たちには例外なく赤の装飾を施されたモノクルを装着していた。

 

「次、北北東にいる集団です!数3!」

「「「「了解!」」」」

 

部隊長の指揮に従い、10人の少女たちは微塵も速度を落とさずに人の間をすり抜けて目的の使徒の背後に迫る。

 

「各員、散開!」

「っ、排除します」

 

僅かに不意を突かれた使徒がまとわりつく兵士を吹き飛ばして少女たちに向かって双大剣を構える。

それに対し、少女たちは3チームに分かれて使徒を包囲した。

1人の使徒に対して、少女たちは3人か4人。決して有利とは言えない。

だが、

 

「くっ、ちょこまかと・・・っ」

 

少女たちは徹底して双大剣の間合いよりも外に位置取り、死角から射撃する。

たとえ一方向からの攻撃を防いだとしても、それによってできた僅かな隙をついて頭か心臓を撃ち抜いて使徒を仕留める。

その姿は、まるでどこぞの首狩りウサギをほうふつとさせるものだった。

 

「使徒3体を撃破。次は南に向かって中距離援護!」

「「「「了解!」」」」

 

使徒を倒しても欠片も気を抜かず、すぐに次の行動に移り味方の援護を徹底する。

このような正確かつ迅速な集団行動を行えるのは、やはりモノクルのおかげだ。

ハジメ特製“ス〇ウター”もどき。モノクルにはグラス部分に“魔力探知”と“先読”、“瞬光”が付与されており、使徒の魔力に反応して数と大まかな位置が表示されるようになっている。さらに、金属部分には念話石も埋め込まれているため、轟音の中でも指示が行き届く。また、視界にはコンパスも表示されているため、方向伝達も即座に行うことができるという、まさに“ツルギ様専属メイド会”部隊のために作られたと言っても過言ではない仕様になっている。(ちなみに、最初ハジメはサングラス型を作ろうとしたが、余計に視界が狭まるのとさすがにメイド女子にはダサすぎるということで却下された。スカ〇ター型なのはハジメの趣味とツルギの妥協の結果)

また、メイド会のメンバーには限界突破用アーティファクト“ラスト・ゼーレ”ではなく、別のアーティファクトを渡されている。

その名も“ヴァルキリエ・ソウル”。“ラスト・ゼーレ”と比べて強化倍率を5倍から3倍に落とした代わりに、使用している最中は一切の疲労を感じなくなる効果を持っている。遊撃部隊である彼女たちは戦場を縦横無尽に駆け回るため、ステイタス強化よりも持久力の強化を優先させた。これのおかげで、メイド会の部隊はほとんど休憩を挟むことなく常に動き回ることができている。

とはいえ、あくまで疲労を感じないというだけで蓄積はされるため、使用後の反動は下手をすれば“ラスト・ゼーレ”よりもひどくなる場合がある。

そのことをツルギから説明されたが、それでもメイド会のメンバーの全員はそれでもかまわないと一切のためらいもなくうなずいた。

さらにツルギによって連携と乱闘の訓練を徹底的に叩きこまれたことも相まって、メイド会のメンバーは十二分に戦場の潤滑油としての役割を果たしていた。

そして、その中で最も気を吐いていたのは、メイド会の中でも特に精鋭が集まったアンナがいる部隊だ。

隊長を務めているのはメイド会のリーダーであるウェンディだが、鬼気迫る勢いで使徒を倒しまくっているのはアンナだ。

そんなアンナは、他のメイド会のメンバーと比べて少し異様とも言える格好をしていた。

基本的な戦闘装束は変わらないが、アンナだけ拳銃を4()()装備しているのだ。両手に1丁ずつに加え、両足のかかと部分にも1丁ずつ拳銃を固定する形で装備している。

また、拳銃の形状も微妙に異なる。基本的にメイド会のメンバーに配られたのはリボルバー式だが、アンナが手にしている拳銃にはリボルバーの弾倉が存在せず、銃身も短い。さらに銃口が縦に2つ連なっている、いわゆるデリンジャーに近い形状になっている。

 

「アンナ!そちらの1体は任せます!」

「わかりました!」

 

アンナの部隊が向かった先にいる使徒の数は4体。いくら精鋭とはいえ、圧倒的なスペックを持つ使徒を相手にするには最低でも1体につき3人で相手しなければならない。

にもかかわらず、ウェンディは1体の使徒の相手をアンナ一人に任せた。

 

「見くびられたものですね。人間が1人で敵うはずが・・・」

「ふっ!」

 

使徒が余裕の発言をするのも構わず、アンナは姿勢を低くして一気に使徒に肉薄する。

使徒も当然これに反応し、アンナに向かって分解を纏った大剣を振り下ろす。

 

ガキィンッ!

パンパンッ

 

だが、その動きを読んでいたアンナは振り上げた足で大剣の柄の部分を受け止め、さらにそのまま発砲することで手首を撃ち抜き大剣を落とす。

それでも使徒はもう片方の大剣でアンナを斬り伏せようとするが、即座に死角に回り込んで足払いをかけつつ使徒の膝を撃ち抜く。

そして、これに対応できず崩れ落ちた使徒の頭部を撃ちぬいた。

この一連の動きにかかった時間は、5秒にも満たない。

それもそのはずで、アンナに渡された“ヴァルキリエ・ソウル”の強化倍率は“ラスト・ゼーレ”と同じ5倍となっている。

さらに、アンナに渡された拳銃は見た目こそデリンジャーのような形状だが、内部には弾丸のみを詰め込んだ宝物庫が仕込まれており、リロードの必要はない。発砲に関しても、魔力を流すことで自動的に行えるようにしている。

また、これは他のメイド会のメンバーに渡された物にも同じことが言えるが、拳銃はレールガンではなく炸薬で撃ちだしているものの、弾丸そのものに貫通力と発射速度が増大する仕組みが施されているため、使徒相手にも十分にダメージを与えることができる。

ちなみに、このスタイルを提案したのはアンナだ。

“ヴァルキリエ・ソウル”の強化版をアンナに渡すことに関してはツルギもあまり乗り気ではなかったのだが、

 

『私はツルギ様の隣で戦うことはできません。でしたら、これくらいのことをしなければ私自身が納得できないんです』

 

決意に満ちた目でこのようなことを言われてはツルギとしても断るというわけにはいかず、渋々承諾した。

拳銃の4丁持ちに関しては、ツルギはもちろん、ハジメも完全に寝耳に水だった。

ツルギやハジメが4丁拳銃を思いつかなかったのは、単純に2人の戦闘スタイルに合わなかったからだ。ツルギは剣を基本武装にしているし、ハジメのガン・カタも足技は密着されたときに距離をとるために使うことがあるかないか、といったところだ。そもそも、2人のステータスなら並の相手ならただの蹴りでも致命打になる。そのため、足にも拳銃を取り付ける、という発想は思い浮かびすらしなかった。

そのため、創作意欲を刺激されたハジメはノリノリで要望通りに仕上げた。

打撃のためにもより硬く、だが女性でも十分に扱える軽量性を持ち、さらにリロードを必要としない機構。

それらを追求した結果が、デリンジャーに類似した見た目だった。

さらに、女性特有の柔軟な関節を活かし、ツルギの指導とハジメの指摘によって形になったのが今のスタイルだ。

これらによって、アンナの実力はメイド会の中でも最強となった。

それこそ、自身の大幅強化&使徒の大幅弱体化ありきとはいえ、使徒と1対1でも優位に戦えるくらいには。

ちなみに、ハジメのステータスを大幅に減少させ(強化した“覇墜の聖歌”の試運転も兼ねて)、使用可能な武器を拳銃のみに限定し、さらに近接戦闘のみに縛った上で模擬戦をしたところ、かなりいい勝負を披露した。

最終的にハジメが勝利したものの、ハジメ曰く「見た目よりも間合いが広いわ蹴りを防いでも気が抜けないわで思ったよりえぐい」とのことだった。

また、関節可動域はどうしても女性の方が優れているため、ハジメでも同じレベルまでは真似できないという結論に至った。

このように、ハジメからもお墨付きをもらったわけだが、その際に感極まったアンナがツルギに抱きついて軽く修羅場が発生したのだが、それはまた別の話である。

これらのおかげで、アンナが単身で倒した使徒の数は10体近くにのぼり、連携で倒した使徒も数えればさらに増える。

 

「アンナ!大丈夫ですか!?」

「問題ありません!」

 

“ヴァルキリエ・ソウル”によって肉体的な疲労は感じないものの、精神的な疲労は別だ。相手をするのが使徒であるならなおさらであり、1人で相手するのであればさらにキツイ。

それでも、ウェンディの問い掛けにアンナは一切のためらいもなく答えた。

たしかに、これほどの相手と絶え間なく戦い続けるというのはツルギとの鍛錬を経ても負担が大きい。

だが、それはこの戦場にいる全員が同じであり、さらに神域組やツルギたちはさらに強大な敵と戦っている。

ならば、自分がここで無理をしないわけにはいかない。

それになにより、ツルギが授けてくれた力を、ツルギたちが戻ってくる場所を守るために使わずしてどこで使うと言うのか。

端的に言えば、「この程度、ツルギ様を想えば」ということだ。

その内心を正確に理解しているウェンディは、内心で小さくため息を吐いた。

 

(ここまでお慕いできる殿方がいるというのは、少し羨ましいですね)

 

当然、ウェンディも年相応には恋愛に興味を持っているし、貴族の令嬢であることから嫁入りあるいは婿取りも視野に入れている。

だが、侍女という立場上恋愛できる機会は非常に限られているし、ツルギに抱いている感情は尊敬であって恋慕ではない。(なお、周りからは忠誠を誓っているようにしか見えていない)

そのため、特定の異性のためにここまで必死になれるアンナが、ウェンディは少し眩しいもののように見えた。

だが、ここは戦場。感傷に浸る時間も余裕もない。

ここで、周囲から次々に魔力が噴き上がり始めた。

ラスト・ゼーレによる“限界突破・覇潰”を発動し始めたのだ。

 

(ここからが正念場ですね)

「次、南西方面です!数2!」

「「「「了解!!」」」」

 

少女たちはまた、各自の役割を果たすために戦場を走り抜けていった。

 

 

 

 

 

一方で、とある戦場では他と違った異様な熱気に包まれていた。

言わずもがな、“義妹結社”が配置された戦場である。

 

「くっ、何者なんですかっ、あなたたちは!」

「雫お姉様の義妹(ソウルシスター)でありますっ!!」

 

感情がないはずの使徒に困惑を引き出させている義妹結社の筆頭である女騎士は、その名を魂に刻み込め!とでも言わんばかりに斬りかかる。

 

「無駄なことを・・・っ!」

 

使徒が女騎士の攻撃を防ごうとした直前、使徒は背後から殺気が近づいていることに気付いた。

集団戦法をとっているとすでに分析している使徒は、防御の手を残しつつ背後の気配めがけて大剣を振りぬいた。

だが、確実に対象を斬ったはずの大剣は、空を切っていた。

 

(なっ)

「覚悟でありますぅ!」

 

不意を突かれてできた一瞬の隙に、女騎士は一気に接近してそのまま使徒の首を斬り落とした。

女騎士は闇魔法を得意としており、ハジメからも闇魔法を強化するアーティファクトを渡されている。そのため、使徒の魔耐を突破して闇魔法による幻術をかけることができる。今のも、闇魔法によって使徒に偽りの殺気を感じさせたのだ。

そして、闇魔法によって優位に戦っている女騎士に限らず、いたるところで義妹(ソウルシスター)が暴れまわっていた。

当然、彼女たちはメイド会のように他と違うアーティファクトを渡されているわけではない。渡されたのは他の普通の兵士たちと同じ“ラスト・ゼーレ”などの基本武装と、一部に魔法を補助するアーティファクトのみだ。

にもかかわらず、普通の兵士と比べても使徒を圧倒しているのは、端的に言えばツルギのせいである。

彼女たちは大戦がはじまる前、ツルギに襲撃を仕掛けた際に20倍の重力によって押しつぶされ、それでもなお床を這って動き、女騎士に至っては脱出すらした。

そう、20倍の重力の中で、だ。

20倍の重力を経験した義妹(ソウルシスター)からすれば、もはや通常の重力など感じないに等しいのである。

そのため、ステータスの数値上では目立った変化はないのだが、謎の力によってステータス以上の動きが可能となってしまっているのだ。

この事実に、ツルギは頭を抱えて軽く絶望し、ハジメや雫ですらもドン引きしていた。

義妹とはいったどういう生き物なのだ、と。

当人たちは「これこそお姉様への愛によってなせる技!」とでも言わんばかりに胸を張り、雫に「褒めて褒めて!」と期待の眼差しを向けた。この時点で、ツルギはこれ以上相手にしていられないとさっさと雫を連れてその場から逃げた。

その後、ツルギはあの手この手で義妹結社と雫を接触させないように立ち回り、見事開戦の時まで雫と義妹結社を引き離して雫の集中力を保たせることに成功した。

逆に、その時以来開戦までに雫と会うことができなかった義妹結社の面々はツルギに対してこれ以上ないレベルで敵意や殺意その他諸々を抱き、だが雫との言いつけを守るためにそれらをすべて使徒にぶつけると決めた。

これらの結果、義妹結社は獣というよりもはや狂戦士に近い気迫で使徒に襲い掛かり、使徒に謎の恐怖を抱かせるに至った。

ちなみに、使徒ですら恐怖を覚える義妹結社の様相に普通の兵士が耐えれるはずもなく、一塊にされている義妹結社が戦っている部分だけ謎の空白ができており、義妹結社が移動すると兵士たちもきれいに義妹結社を避けていくように移動するという謎の現象が起きていた。

とはいえ、使徒にとって目先の脅威であることに変わりない。

 

「彼女たちを取り囲みなさい。何やら妙な力を発揮していますが、所詮は人間。数で押し切れます。」

 

隊長格の使徒が、他の使徒に向けて指示を出す。

空中で砲撃の準備をしては的になるため、今度は多くの使徒が義妹結社を取り囲むようにして降り立った。

だが、

 

「「「「「・・・」」」」」グリンッ

「ひっ!」

 

思わずあがった悲鳴は、偶然その場面を目撃してしまった兵士か。もしかしたら、情報を共有していた使徒のうちの誰かだったのか。

義妹結社はまるで全員が1つの意思を持っているかのように、全員が一切の乱れもなく首を動かして使徒たちを見据えた。

気のせいか、目が魔物のように赤く光って見える。

次の瞬間、義妹結社は獰猛な獣のように使徒へと襲い掛かった。

 

結果的に言えば、義妹結社を包囲した使徒ができたのは、少しの足止めとわずかに義妹結社を分散させるにとどまり、その後も義妹結社は軍隊アリのように戦場を移動しては使徒を殲滅していった。

このとき、たまたま義妹結社の近くで戦い生き延びた兵士たちは、義妹結社の戦う姿を見て、口をそろえてこう言った。

「あれは人ではない、魔物どころか使徒よりも恐ろしいナニかだった」と。




今回はメイド会とやべー奴らを中心に書いてみました。

ス〇ウター風モノクルをかけた少女たちが、軍服風の服を着て戦場を縦横無尽に駆け回る・・・文章にするとめちゃくそシュールで笑えますね。
ちなみに、アンナがやってたベヨネッタのガンアクションは、自分は(見てる分には)けっこう好きです。
ハジメですらやっていない両手両足の四丁拳銃ってカッコよくないですか?カッコいいですよね?

義妹結社に関しては・・・うん、これくらいは普通のはず。
たぶん、きっと。
メイド会に比べれば文章量は少ないですけど、それにも関わらずとんでもないヤバさがすごい伝わってくる。
これは大戦が終わってもツルギはめちゃくちゃ苦労しそう。
とりあえず、義妹結社を敵に回してはいけない。


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地上の決戦 後編

「おーおー、いよいよこの戦場も温まってきたか」

 

いたるところで“限界突破”の魔力が噴き上がる中、グレンは少し盛り上がった丘の上からその様子を眺めた。

その両手には、2本の小刀が握られている。

 

「さて、ツルギにああ言った手前、ここで手を抜くわけにはいかんな」

 

そう言うと、グレンは自らも“限界突破”を発動させ、小刀を構えて使徒へと突撃した。

当然、使徒もこれを察知し、迎撃態勢に入る。

だが、

 

「はっ、当たるかよ!」

 

グレンは使徒の攻撃をすべて読み切り、紙一重で躱しながらすれ違いざまに斬撃を浴びせる。

刃渡りが30㎝ほどの小刀は、使徒の胴体を容易く()()()()()して屠り、次々と使徒の残骸を積み上げていく。

他の妖狐族が火魔法や闇魔法を用いた搦め手で使徒を倒していくのと比べて、次々と斬り倒していくグレンの戦い方はひと際目立っていた。

というのも、実はグレンの小刀だけ他の妖狐族に配られたものとは少し仕様が違うものになっている。

ハジメが製作したものにツルギがさらに手を加えた特別製小刀“天羽々斬”は、重力魔法によって刃とその延長線上1mの範囲に極薄の斥力場による刃を発生させる。魔力を込められた極薄の斥力場は分解の魔力すら割断するため、実質防御不能に近い。消費魔力が多いという欠点も、周囲の魔素を吸収する機能を追加したことで解決させた。

グレンだけこのような処置が施されたと言うのはイズモの父親である贔屓と思われるかもしれないのは、実際はそうではない。

諜報部隊の隊長を務めるグレンだが、実は魔法がそれほど得意というわけではないのだ。

当然、トータスの平均的な天職持ちと比べると非常に優れているが、他の妖狐族と竜人族、さらには同じ炎術師の天職を持つ異世界転移組と比べるとどうしても劣ってしまう。

その代わりに、グレンには数百年もの間磨き上げられて来た武術の才があった。

グレンが隊長を務める理由は、武術だけで他を圧倒するだけの実力と幅広い応用による諜報技術があったからだ。

単純な武だけで言えば、ツルギやリヒトと比べても劣らないどころか、圧倒的な経験値も加味すれば2人よりも頭一つ抜き出ている。

そのため、グレンをより活かすためにツルギが急遽手を加えることになったのだ。

その成果は、グレンが斬り倒した使徒の数が物語っている。

 

(当然、土台になっているこの小刀のアーティファクトも一級品だし、それを短時間で量産した南雲ハジメも相当だが、さらに手を加えてここまで昇華させるとはな・・・やはり、イズモが選んだ男なだけあるか)

 

使徒を斬り伏せながら、グレンは内心でツルギの評価をさらに一段階上げた。

アーティファクトと言えば、超一流の錬成師(あくまでトータスの一般を基準として)ですら構造に手を出すなんてとてもできない代物だ。

あくまでハジメによる量産品とはいえ、即興でさらに機能を追加したツルギの手腕にグレンは「ツルギは本当に何者なんだ?」と首を傾げざるを得ない。

とはいえ、グレンはツルギがハジメの作業を手伝った際の豊富な経験があるとは聞かされていないからこその感想だが。さらに言えば、ツルギには“魔眼”があるため、元から機能を損なわないように改造するくらいは容易い。

その辺りのことをそこまで知らないグレンは、この戦いが終わったらたっぷり聞こうと内心で決める。

 

(まぁ、さすがに余裕というわけにはいかないが)

 

グレンの視線の先には、使徒の残骸の他に兵士たちの死体も転がっている。

いくら兵士たちを強化し、使徒を弱体化させたところで、使徒と兵士の間には覆らないステータス差がある。

そのため、どうしても死亡する兵士は出てしまう。

ほとんど被害を出さずに戦えているのは、メイド会や義妹結社を始めとしたごくごく一部だ。

それでも、まだこうして互角のままでいられるのは、

 

(あの嬢ちゃんのおかげだな)

 

上空を見ると、そこでは竜化した竜人族に加え、純白の竜人と黒銀の天使が縦横無尽に暴れまわっていた。

リヒトと香織だ。

その中で、香織から時折黒銀の雫が戦場に落ち、兵士たちの頭上で眩い光と共に波紋が広がると負傷した兵士はもちろん、死んだはずの兵士まで起き上がった。

香織は使徒と戦いながら、使徒の魔力を奪って兵士たちを回復・蘇生させていた。

頭部を欠損していたり死後10分が経過した場合は蘇生できないものの、これのおかげで被害はかなり軽減されている。

それでもじわじわと戦力は減ってしまうが、ないよりは断然マシだ。

 

(問題は、この均衡がどこまで保つか。それまでに向こうの決着がつくかどうか)

 

たしかに、現在はまだ互角の勝負を繰り広げている。

だが、これが使徒たちの全力だという保証はどこにもないし、少しずつでもこちらの戦力は削られ続けている。

おそらくは、どこかで使徒たちが勝負を決めにいくはずだろう。

そのことにグレンは一抹の不安を抱えながら、それでも自分たちの勝利を信じて再び使徒の集団へと突撃していった。

 

 

* * *

 

 

その頃、上空ではおそらく最も使徒を仕留めているであろう2人が空中で暴れまわっていた。

1人は使徒の体で戦う香織、もう1人は竜の体で戦うリヒトである。

 

「おおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

リヒトは縦横無尽に飛びまわりながら、純白の魔力を纏った拳を以て使徒を相手に無双していた。

香織が時折地上の援護に向かう分、リヒトは上空の使徒を集中的に狙って攻撃を続ける。

リヒトが倒した使徒の数は、攻撃に専念している分香織よりも多い。

 

「ふぅ・・・さすがに、これほどの数と質を空中で相手し続けるのは体に堪えるな」

 

使徒を倒し続けてできた僅かな襲撃の合間にリヒトは一息ついて辺りを見回した。

周囲には未だに数多の使徒が浮遊しているが、接近されるのを嫌ってか一定の距離を保っている。

 

「なるほど。お前たち使徒は群にして個だと言っていたな。こうして戦っている間にも、データは共有されて対策もとられる、ということか」

「そういうことです。故にあなたたちの敗北はすでに決定事項。愚かな抵抗はやめなさい、反逆者」

 

リヒトのぼやきに、使徒は無機質な声で返答する。

リヒトのことを“反逆者”と呼んでいるのは、リヒトがエヒトを裏切ったからか。

そのことに苦笑を浮かべつつも、リヒトは使徒の強さを再認識した。

使徒の強みは、圧倒的なステータスや分解魔法は当然のことだが、それらはあくまで表面的なものにすぎない。

本当に厄介なのは、無限とも言える戦闘継続能力だ。

使徒は人形であるが故に疲労を感じず、魔力もエヒトから供給を受けているため魔力切れはほぼない。

そして、どこまでが本当かはわからないが、これほどの戦力が無限だと言う。

さすがに一度に出せる数に限りはあるだろうが、ここまでくればもはや誤差の範囲でしかない。

まさに悪夢だ。

だが、それでもリヒトは獰猛な笑みを浮かべた。

 

「何を言っている。戦いはまだ始まったばかりだろう。絶望するには早すぎるし、まだまだ足りない」

 

そう言うと、リヒトは右手に尋常ではないほどの魔力を込め、大きく後ろに振りかぶり、

 

「ついでに言えば、その程度の距離は離れたうちに入らない」

 

思い切り横に薙いだ。

次の瞬間、使徒がいる空間に突如として純白の爆発が連鎖して発生し、爆発に巻き込まれた使徒を例外なく木っ端みじんに吹き飛ばした。

 

「なっ・・・」

「まだ終わらないぞ」

 

まったく新しい攻撃に使徒の動きが少し鈍り、そこに追い打ちをかけるようにリヒトは掌に生成した魔力弾を次々と使徒に叩き込んでいく。さらに放たれた魔力弾は小規模な爆発を引き起こし、爆発の範囲を弾数でカバーしてまるで絨毯爆撃のように使徒を爆殺する。

これらのリヒトの多彩な攻撃は、当然ハジメが製作したアーティファクトによるものだ。

当初、かつて敵同士であったこともあって、ハジメはリヒトには他の兵士たちと同じような武装にしようとしていたが、そこをツルギが直訴してリヒトにも専用のアーティファクトを作るように頼み込んだ。

というのも、リヒトは自身に変成魔法による強化を施しているため、素のステータスは非常に優秀だ。その上、空間魔法も取得しているため、地上組の中では香織に次ぐ戦力を持っている。

だというのに、通常武装だけ渡して遊ばせるのは非常にもったいなさすぎる。

そのようなツルギの説得もあって、ハジメも渋々これを受け入れたのだが、最終的にハジメはノリノリでこのアーティファクトの開発に取り組んだ。

その名も“ドラグ・ファウスト”。

ツルギのオーダーである“拳による近接戦と魔力弾による遠距離戦の両方をこなせる装備”を、ハジメの持つロマンの限りを詰め込んで作り上げた籠手だ。当然、参考にしたのは某サイヤ人のあれだ。

といっても、“ドラグ・ファウスト”の性能はいたってシンプルだ。

基本設計は龍太郎の籠手とほぼ同じで、そこに専用の追加オプションを加えたのみ。

その追加オプションは、リヒトの改造元になっている白竜のブレスを籠手からも放出・操作できるようにしたものだ。

爆発によるダメージはもちろん、少しでも爆発に触れようものなら使徒の耐性すら貫通する毒素によって体を焼くため、当初想定していたよりもかなりえぐい性能になっている。

さらに、このアーティファクトの性能が予想以上にリヒトとかみ合っていたため、単純な殲滅力だけで言えば香織を上回ることになった。

白竜のブレスの効力のせいで加減ができないのが欠点だが、ここははるか上空。よほど下に撃たなければ被害はほとんどでない。

 

「あぁ、そうだとも。俺は兄者を、同胞を裏切った反逆者だ。だが、俺は俺の意思で戦う。決して神の傀儡になどなりはしない」

 

本音を言えば、リヒトもフリードを連れ戻し、かつての同族のために誇りをもって戦った姿を取り戻したい。

だが、道はすでに分かたれ、二度と交わることはない。それは、他の同族にも同じことが言えるだろう。

それでも、

 

「俺は、愚かな神からすべてを解放させる。そのために、今この場で戦っている」

 

であれば、たとえ同族から反逆者と言われようとも、人間族から懐疑や嫌悪の視線を向けられようとも、それらはすべて些事だ。

 

「感情も、矜持も、覚悟も持たない人形よ。半端な力で、俺を止められると思うなよ!!」

 

リヒトは生粋の武人だ。戦うことでしか己の価値を示せない。

故に、リヒトは雄叫びを上げて、ひたすら使徒を屠り続けた。




だいぶ短くなってしまいましたが、許して・・・許して・・・。

さ~て、物語もいよいよ大詰めですねぇ。
ここからが一番の気合の入りどころなんですが・・・その分、執筆に時間がかかるかもしれません。
というか、次話からは書き溜めてから本編最終話まで一気に投稿しようと思います。
原作のスタイルにのっとって、というわけではないですけど、盛り上がる最終話付近で投稿期間が空くのはちょっと中途半端ですからね。
そういうことで、次回の投稿はそれなりに先になります。
とりあえず、本編はあと5話ほどで終わるので、目安としては1ヵ月ちょっとになりますかね。少なくとも4月中には投稿したいところ。


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猛攻と反攻

いったい、どれだけの間戦い続けたのか。

あるいは、今いる場所はどこなのか。

それすらも定かではなくなってきた。

ただわかるのは、未だに目の前の相手を倒せないということくらいか。

 

「クソッ、いい加減にキツくなってきたぞ!」

 

思わず悪態をついてしまうくらいには、ヌルは些かも動きが衰えていなかった。

最初こそ動きは鈍ったものの、魔法を解析したのか、しばらく戦ううちに元に戻っていってしまった。

エヒトからの魔力供給は受けていないはずなのに、いくらなんでも規格外すぎる。

たしかにイズモのステータス減少が累積しているはずなのに、それを感じさせない速度で動き回っているのは、いっそ質の悪い冗談のようだ。

それに、不安材料はまだある。

 

「ハア、ハアっ」

「大丈夫か、ティア!」

「っ、まだまだ!」

 

ティアの方が限界になってきた。

たしかにティアの“ハティ”は対象を喰らうことでステータスを強化できるが、あくまでそれは一時的なものだ。取り込んだ力は使えば使うほど消耗していく。

ティアも相当な数の使徒を取り込んだはずだが、そのストックが尽きそうになってきている。

ヌルが早い段階で“ハティ”と“黒鳳蝶”の魔素吸収機能に気付いて魔力を使った攻撃をしなくなったのも原因の1つとはいえ、ここで押し切れなくなるのは少しばかりまずい。

 

「イズモ!あとどれくらい保つ!?」

「10分が限界だ!」

 

だいたい10分か。

なら、その時間を使い切るしかない。

 

「“禁域解放・極”!」

 

俺はここで最後の切り札でもある昇華魔法による超強化に踏み切った。

今まで使わなかったのは、魔力の消費が激しすぎるからだ。

使っている間はステータスを100倍以上に上昇させることができるが、その間は魔力を馬鹿食いしてしまい、時間切れになると魔力体を維持できなくなってしまう。

それを避けるために今まで使わなかったが、それでこいつに負けてしまっては本末転倒だ。

だからこそ、ここで使用に踏み切った。

 

「紫電一閃!」

 

直後に、電磁誘導を利用した抜刀技でヌルに斬りかかるが、ヌルはこれを当然のように受け止める。

とはいえ、それはエヒトにもやられたことだ。今さら動揺することもない。

今度は電磁加速の勢いを利用して、さらに体を回転させてもう片方の“無銘”で二連撃に繋げる。

その対応のために俺に意識が向いたところで、背後からティアが強襲する。

だが、

 

「無駄だ」

 

この連携も、ヌルは当然のように両手の双大剣で受け止める。

だが、これくらいは想定内だ。

 

「“紫炎弾・穿”!」

 

両手が塞がって無防備にあったヌルの横っ腹に、イズモから紫炎弾が直撃する。

威力と速度を重視した炎弾をもろにくらったヌルは、それでもわずかに焦げ目ができるにとどまった。

 

「くそっ、いい加減やられてくれよ、おい」

「お前たちこそ、いい加減これ以上の抵抗は無駄だと悟れ」

 

相変わらず上から目線で物を言ってくるヌルに腹が立つが、ぶっちゃけこっちもそろそろやばい。

イズモの魔法では決定打に欠け、俺の斬撃とティアの打撃はことごとく防がれる。どれだけ隙を作ろうとも、すべてわかっているかのように防いでしまう。

 

(“先読”にしては的確すぎる・・・シアのような“未来視”か、あるいは魂魄魔法で思考を読んでいるのか)

 

少なくとも、単純な技術の類ではないはずだ。

あいつの剣術も、おそらくは使徒が使うものと同じ剣術のはず。下手な小細工を使わない、スピードとパワーを重視した剣筋は、読みやすくはあるが圧倒的なステータスのせいで先を読んでもギリギリになってしまう。

言ってしまえば、あいつの最たる強みは圧倒的なステータスであり、そのため小細工が通用しづらいし、真っ向からやり合おうにもステータスの差がそれを阻んでしまう。

だからこそ、ステータスを減少させればなんとかなるかと思ったが、通常の使徒が持つものよりも数段は優れているだろう解析能力と先読みでそれも空振りに終わった。

あと俺たちができることは、小細工無しで正面からぶつかることくらい。

果てしなく厳しい茨の道だが、それでもやらないわけにはいかない。

 

「悪いが、俺たちはこれでも諦めは悪い方だからな。無駄だとか不可能だとか言われると、ついついひっくり返したくなっちまう。俺の体がかかっているんだからなおさらな」

 

「諦めろ」と言われて「はい、わかりました」なんて言うような性分だったら、そもそもこんなところまで来ていない。ここまで来たら、徹底的にやってやるとも。

ティアとイズモも、俺の言葉に同調するように笑みを浮かべる。

対するヌルは、ピクリとも表情を動かさずに双大剣を構える。

それからは、まさに死闘だった。

もちろん、今までが楽だったというわけでは決してないが、それでもどこかで有利を得ていると考えていた。

だが、それでも足りないと思い知らされ、正真正銘の決死の覚悟で挑み始めたのはここからだ。

守りは必要ない。回避もいらない。

10分以内にやつを片づけることだけに集中する。

 

「おおぉーーー!!」

 

雄叫びをあげながら、斬られるのも構わずに攻撃を続ける。

首や腕、足を斬られても、再生・魂魄複合魔法を常時発動し続けることで即座に再生。斬り飛ばされた腕も目くらましに使ってコンマ数秒の時間を稼ぐ。

ティアとイズモも、さっきまでの連携重視の立ち回りではなく、俺のサポートのために一歩引いた間合いを保って攻撃を続ける。

主要な攻撃役が俺だけになった分手数は減るが、生半可な攻撃が通じない以上、ここにきて下手に手数に頼るのは愚策だ。

俺とヌルの周囲には無数の火花が飛び散り、双大剣と“無銘”が激しくぶつかり合う。

 

「はあっ!!」

「ぐっ」

 

ここにきて、ようやくヌルから苦悶の声が漏れだした。

“魔眼”で奴の魔力をよく観察すると、最初と比べて魔力が弱まっている。

半分にも届いていない程度だが、確実に力は削れている。

さらに、背中の魔法陣もわずかだが点滅し始めている。

おそらく、神の力を持っているとはいえベースは使徒なのだろう。

そして、“限界突破”が霞んで見えるほどの強化をもたらす“神位解放”。

その上で補給を絶っているのだから、通常の使徒の最大の強みである戦闘継続能力は落ちているはず。

エヒトでも時間が足りなかったのか、他になにか別の理由があるのかは知らないが、都合がいい。

ここで一気に畳みかける!

 

「疾ッ!」

「ぐ、このっ・・・!」

 

刀と剣がぶつかり合う直前に即座に葉筋を修正し、刃を滑らせるようにして受け流しながらさらに内側に潜り込んだ。

リーチは双大剣である向こうが上だが、内側に潜りこまれれば相手の選択肢は減り、俺の間合いにもっていくことができる。

案の定、ヌルは苦渋の表情を浮かべながら俺を弾き飛ばそうと双大剣を前に構えた。

 

「はぁっ!!」

「ガハッ!?」

 

その隙を見逃さず、ティアが背後からヌルのわき腹に後ろ回し蹴りを叩き込む。

最初と比べれば威力は落ちているが、その代わりに“ラスト・ゼーレ”による限界突破の光を纏っており、打撃の衝撃はヌルの体内を貫いてダメージを浸透させる。

相手の防御を貫く分、単純なダメージだけで言えば今の俺にも迫る。

ティアという新たな脅威に、ヌルの注意がさらに割かれる。

 

「隙だらけだ」

「なにっ!?」

 

さらにその隙をつく形で、ヌルの死角からイズモが割り込み、閉じられた“黒鳳蝶”に紫炎の剣を纏わせてヌルの肩を切り裂く。

後方支援に徹すると思っていただろうヌルは避けることも防ぐこともできず、もろにイズモの攻撃を喰らう。

あるいは喰らっても問題ないと考えたのだろうが、その判断は過ちだ。

 

「これは・・・!」

 

気付けば、ヌルの体に紫炎がまとわりついていた。

見た目の負傷こそ少ないものの、その紫炎は確実にヌルの体を焼いていく。

ここにきて、ようやくヌルの表情から余裕が消えた。

こんなことなら最初からこうすればよかったと思わなくもないが、要するに気の持ちようの問題なのだから、最初から背水の陣で攻めてもこうはならなかっただろう。

それに、さっきまでの戦いで消耗してるのは間違いないのだから、無駄というわけでもなかったはずだ。

気付けば、形勢は逆転していた。

致命傷や重傷は避けられているものの、着実にダメージを与えている。

このまま油断せずに押し切れば勝てる!

 

 

 

だが、

 

(・・・なんだ、この感覚は)

 

さっきの攻勢で、ペースは一気に俺たちに持っていった。

だというのに、心のどこかで嫌な予感を抱いている。

俺は毛ほども油断してないし、それはティアとイズモも同じのはず。

このまま追い詰めれば、時間の問題・・・

 

(まさかっ)

 

気付いた時には、遅かった。

 

がくんっ

「なっ」

 

さらに踏み込もうとした瞬間、地面を踏む感触が消えて前のめりに倒れそうになった。

足下を見れば、俺の右足の膝から下が消えていた。

そうだ、相手が消耗しているということは、俺たちだって相応に消耗している。いや、ステータス差を考えれば、ヌルよりも激しく消耗していたかもしれない。

それに加えて“禁域解放・極”を発動した影響で、魔力体を維持できる時間が想定よりも大幅に短くなってしまった。

おそらく、ヌルはそれを早い段階で察知していた。

だから、すべてを防ぐのではなく、あえて致命傷のみを避けて、大きな問題のない攻撃を最小限のダメージに抑えるようにしながら受けた。

攻めることに意識を割きすぎて、あと少しのところで詰めを誤ってしまった。

だが、そんなことを考える暇もなく、俺の眼前に大剣が迫ってきた。

 

「くっ!」

 

俺とてバランスを崩した程度で隙ができるほど軟な鍛え方はしていない。

なんとか大剣を“無銘”で受け、受けた攻撃の勢いを利用してヌルから距離をとった。

だが、

 

(くそっ、左腕まで・・・!)

 

衝撃をもろに受けた左腕まで霧散してしまった。

なんとか着地には成功したものの、もはやまともに戦える状態じゃない。

 

「「ツルギ!」」

 

着地したところで、俺を攻撃した隙に離脱したらしいティアとイズモが駆け寄ってきた。

ヌルは余裕の表れなのか、追撃せずに俺を見据える。

 

「ちっ、見下しやがって」

「それが分相応というものだ」

 

何か嫌味の一つでも返してやりたいが、さすがにこの状態でそんな余裕はない。

今この瞬間にも、俺の体は少しずつ透明になり始めている。

身体の魔力を手足に流し込むことでどうにか四肢は揃ったが、まず間違いなくヌルの攻撃を受けることはできない。

 

(さて、どうする・・・)

 

むやみに近づいたところで斬り伏せられるのは目に見えているし、半端な遠距離攻撃が通用するはずもない。

諦めるつもりはないが、手詰まりもいいところだ。

どうするべきか、頭の中で必死に策を巡らせる。

 

 

だが、結果的にそれが失敗だった。

 

 

気付いた時には、ヌルは俺たちの眼前に迫っており、大剣を振り上げていた。

避けるにはもう遅い。

だから、俺にできたのはなりふりかまわずティアとイズモを突き飛ばすことだけだった。

 

「きゃあ!」

「ツルギ!?」

 

そのとき、2人がどういう表情を浮かべていたのかわからないまま、

大剣は振り下ろされ、俺の意識は2度目の闇へと落ちていった。




ありふれ零の5巻、発売されましたね。
当然、自分は買いました。
とりあえず、ミレディが可愛かったとだけ言っておきましょう。


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決着の時

本日は6話連続投稿です。
「猛攻と反攻」から読み始めてください。


ツルギが斬り裂かれ、消滅していく様子を、2人は見ることしかできなかった。

だが、イズモはもちろん、ティアも取り乱す様子はない。

その理由を、ヌルも理解していた。

 

「あとは、この刀を破壊すれば終わりだ」

「っ、させない!!」

 

ツルギが立っていた場所に突き刺さっている“無銘”を破壊するためにヌルは大剣を振り上げるが、その前にティアが全力で疾駆して大剣が振り下ろされる前に“無銘”を回収した。

“無銘”にツルギの魂が宿っているかぎり、ツルギが本当の意味で死ぬことはない。逆に言えば、“無銘”を破壊されればツルギの生還は不可能になる。

ならばと、ヌルはもう片方の“無銘”を破壊しようと振り返るが、イズモがいつの間にか“無銘”を握って構えていた。

とはいえ、ツルギと比べれば2人の構えはあまりにも拙い。

ヌルからすれば隙だらけもいいところだった。

だが、未だに瞳に諦めや絶望の色が見えないことが、ヌルには気に入らなかった。

 

「くどい。もう何もかもが無駄だと、なぜ理解できない」

 

僅かに苛立ちをにじませたヌルの声に、ティアとイズモは沈黙で答える。

つまり、限りなく最悪と言える状況になってもまだどうにかできる算段があるということだ。

ここまで出し尽くして何が残っているのか、ヌルにも想像はつかない。

いくつか想定することはできるが、問題なく対処できるものか、現実的でないものばかりだ。

だから、今の消耗した状態でも問題はないとヌルは判断した。

 

「そうか。ならば、ここで死ぬといい」

 

そう言って、ヌルはティアに斬りかかった。

先にイズモを攻撃しようとしたところで邪魔されると考えてティアを標的にしたが、拙い剣捌きながらも持ち前の運動能力でなんとか躱し続ける。

 

「はぁ!!」

「無駄だ」

 

背後からイズモが奇襲を仕掛けるが、ヌルは当然のようにこれを防ぐ。

先ほどと比べてかなり余裕の攻防を繰り広げるヌルだが、2人が逃げを重点に立ち回っているため微妙に攻撃が届かない。

もはや消化試合だと思っていたヌルは、僅かに苛立ちを覚える。

よほど油断しないかぎり負けることはまずないが、これ以上時間を使うというのも癪に障る。

だから、ヌルは本気で終わらせることにした。

 

「まずはお前からだ」

「あっ・・・!?」

 

ヌルは背後から襲い掛かってきたティアを力任せに弾き飛ばし、一気に肉薄した。

ティアはなんとか“無銘”を引き戻そうとするが間に合わず、右腕の肘から先を斬り落とされてしまった。

 

「ティア!」

「次はお前だ」

 

突然の事態に思わず足を止めてしまったイズモに、ヌルは再び急接近する。

右手の大剣を振り上げるヌルにイズモは咄嗟に“無銘”を正面に構えるが、ヌルは振り下ろす右手の大剣をフェイントに左手の大剣でイズモの両足を斬り落とした。

 

「これで終わりだ」

「イズモ!!」

 

今度こそイズモにとどめを刺そうとするヌルに、ティアはどうにかして助け出そうと駆け出す。

だが、

 

「言っただろう。これで終わりだと」

 

ヌルはすべてわかっていたかのように振り向き、大剣を横薙ぎに振るう。

大剣はティアの横腹に吸い込まれるように迫り、ヌルにははっきりとティアの体を両断するビジョンが見えた。

 

だが、次の瞬間、振りぬかれた大剣はわずかにティアの横腹に食い込み、それ以上刃が進まなかった。

 

「なにっ」

 

完全に不意を突かれたヌルはどうなっているのか混乱する。

刃をよく見ると、大剣には血がべったりと付着していた。おそらく、ティアの腕を斬ったときに付着したのか。

さらに、刃毀れもひどいことになっている。

原因は付着している血液だろう。

ただでさえ刀や剣は肉を斬る度に脂肪や血液が付着して切れ味が悪くなる。

おそらく、変成魔法と昇華魔法を組み合わせて刃の切れ味を極端に鈍らせているのだろう。

だが、それだけでは刃を受け止めることはできない。

だから、ツルギは先ほどの攻防でヌルに気付かれないように刃毀れさせていたのだ。

 

(まさかっ・・・!)

 

ツルギは最初からこれを狙っていたというのか。

だが、賭けにしても分が悪すぎるし、なにより先ほどまでの戦いは確実に自分を殺すつもりで刀を振っていた。

策を弄する余裕はなかったはずだ。

ヌルが混乱していたのはごく短い時間だったが、それで十分だった。

気が付けば、ティアが受け止めた大剣を左手で掴んで固定し、腕の力だけで跳躍したのかイズモも先ほどよりも近づいていた。

イズモの右手には刃渡りが5㎝ほどのナイフが握られており、一目見てヌルの魂が警鐘を鳴らす。

だが、片方の大剣はまだ残っているし、イズモの動きも遅い。

一度冷静になれば対処は容易い。

受け止められたのは驚いたが、逆に言えば今ティアは動くことができない。

ならば、まずはイズモから仕留める。

飛び掛かってくるイズモを正面から刺すように、ヌルは大剣を突きだそうとした。

だが、ティアの動きを止めるために大剣を握ったままだったのが失敗だった。

ティアは最後の力を振り絞って、大剣を思い切り()()()()()

大剣を強く握りしめていたことも災いして、ヌルは大きくバランスを崩した。

結果、突きは大きく外れ、イズモの接近を許すことになった。

さらに、イズモがいる方向に体が傾いてしまったため、余計に距離が縮まって避けることもできない。

そして、イズモが突き出したナイフはヌルの胸に突き立てられた。

 

 

 

「さて、2人にはこれを渡しておこう」

 

大戦前日、新装備と連携の鍛錬を終えた後、ツルギは小さめのナイフをティアとイズモに渡した。

 

「これって?」

「簡単に言えば、劣化版“無銘”みたいなものだ。違うのは、“斬る”概念が込められていない点と、刺したときに俺の魂魄が流し込まれるようになっている点だ」

「だが、どうしてそれを私たちに?」

「言ってしまえば、保険だ。最悪、俺の体が消滅したら、そいつをヌルに突き刺してくれ。俺の魂次第だが、体を乗っ取り返すことができる」

 

ツルギとて、ヌルの存在が未知数なこともあって、どれだけ万全を期しても勝てるかどうかわからなかった。

だから、使える手はできるだけ多く用意する必要があった。

 

「俺だって、一から十まで全部が俺の思い通りにいくとは思っていない。なんだったら、失敗したときのことも考えてある」

「それが、これということか?」

「そうだ。それと、これも共有しておこう」

 

そういうと、ツルギは人差し指で2人の額を小突いた。

次の瞬間、ティアとイズモの頭の中に様々な情報が流れ込んできた。

いや、正しくは“作戦”と言うべきか。

 

「ツルギ、今のって・・・」

「とりあえず今のところ考えられる事態と、それら全部の対処法」

 

いわゆるマルチチャート方式と呼ばれるもので、相手が取りうる行動に対してそれぞれ対処をあらかじめ決めておいたのだ。

ツルギが想定した事態は6パターン。

そのパターンの中から、さらに起こりうる事象と起こりうる数十の結末。

それらすべてを、魂魄魔法によって2人の記憶にインプットしたのだ。

 

「本番までには整理しておいてくれ。いくら先読みできても、咄嗟の対応をしくじれば水の泡だからな」

「う、う~ん、なんか、変な感じがする・・・」

「無理やり記憶をねじ込まれたのだからな・・・だが、本当にこれだけ必要なのか?」

「無いままやるよりは、よっぽど安心できる。俺だって、シアみたく未来が見えるわけじゃない・・・いや、見えたところであまり意味がないからな。だったら、考えうる可能性すべてに対処できるようにした方がいい」

 

準備万端と言えば聞こえはいいが、見方を変えればかなり神経質になっているとも見える。

だが、それにしてはツルギが用意した作戦は何がなんでも勝ってみせるという意思で溢れていた。

実際、あらゆる事態を想定しているが、最終的に自分が負けるというビジョンはどこにもない。

負ける可能性を示したチャートも存在するが、そうならないための道筋も用意されている。

それだけ、ツルギが本気だということだ。

今までの中で最も頼もしいツルギの姿に、2人は思わず笑みを浮かべながら、本番のときのためにツルギが用意した作戦に思考を巡らせた。

 

 

 

「ぐっ、だが、この程度・・・なに?」

 

異変が起きたのはすぐだった。

短剣を突き刺した場所から紅い魔力光が噴き上がり、さらにヌルの全身に鎖が巻き付いて自由を奪う。

さらに、2人が握っていた“無銘”とティアが忍ばせていたナイフもまた紅い魔力の粒子となり、ナイフの刺し口に吸い込まれていった。

 

「な、なんだっ、これは!?いや、まさか・・・!!」

 

最初こそ何が起こったのかまったくわからなかったヌルだったが、自身の中の何かが浸食されるような感覚に、自分の身に迫る危機を悟った。

万全の状態であれば、あるいは抗うことができたかもしれないが、エヒトから魔力が補給されず、消耗戦を続けていたことと魂魄に対する防御が十分でなかったこともあって、もはや抗うことすらできない。

このとき、初めてヌルの表情に感情が生まれた。

 

「よせっ、やめろ!私が、()が消える!いや、消えてたまるものか!俺が!俺こそが!この肉体と力をっ・・・!!」

 

それは、エヒトの改造による影響だったのか、死とも違う自らの消滅を目前にして自我と感情が芽生えたのか、理由はわからない。

だが、結果的に言えば無駄だった。

 

「あああぁぁぁぁぁああああぁぁ!!!!」

 

咆哮と共に、ヌルの全身が眉のように紅い魔力に包まれ、まるで太陽がもう1つ現れたかのように輝き始める。

あまりの眩しさに目を細めながら、それでもティアとイズモは少しも目を逸らさなかった。

数秒の間か、あるいは数分も経ったか。

徐々に雄叫びは薄れていき、そして消えていった。

次の瞬間、全身を包んでいた魔力は薄れていき、中から目を閉じたままの姿で立っている姿が現れた。

果たして、()()()なのか。

答えは、考えるまでもなかった。

 

「・・・ただいま。待たせたな、2人とも」

 

中から現れたのは、紛れもなく峯坂ツルギであった。

2人もまた、気配が愛する男とまったく同一であると確信して、体がボロボロなのも構わずにツルギに飛びついた。

 

「「おかえりなさい、ツルギ!」」

 

ここに、峯坂ツルギは完全に復活した。



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反撃の始まり

本日は6話連続投稿です。
本話ではなく「猛攻と反攻」から読み始めてください


ようやく、俺の体を取り戻すことができた。

なんとか全部想定内の事態で終わったが、俺が不甲斐ないせいで2人に負担をかける方法をとらせてしまった。

その結果が、ティアの右腕とイズモの両足だ。

だが、治すことはできる。

 

「“絶象”」

 

ひとまずは、再生魔法で2人の怪我、というか損傷を治す。

幸い、戦い始めた辺りに使ってた限りなく概念に近い力は使われていなかったようで、怪我自体はあっさりと治った。

だが、魔力の消費と精神的な疲労も相まって、2人はもう立ち上がることすら困難になっている。

 

「2人とも、大丈夫か?」

「大丈夫って言えば、大丈夫だけど・・・」

「正直に言って、かなり消耗しているな・・・だが、ツルギはどうなんだ?」

「俺の方は問題ない。乗っ取るときに、その辺りの調整も同時に済ませておいたし」

 

エヒトに改造されて気持ち悪くなった部分とか、自分に合わない部分、そもそも必要ない部分は全部抹消して、他の部分を俺に合うように改良させてもらった。

結果、まったく新しい体になってむしろ違和感を覚えるくらいになったが、代わりに元の体とは比べ物にならないほどの力を感じる。

おそらく、神の力を使うのに最もアジャストされた肉体になっているんだろう。

この点だけに関しては、エヒトに感謝してやらんでもない。

当然、恩は微塵もないが。

 

「だから、俺もさっさと戦線に復帰しないとな。戦える状態でいつまでも呆けているわけにはいかない」

「だったら、私も・・・」

「ティアとイズモは休んでおけ。曲がりなりにも、俺抜きであれと戦ったんだ。腕とか脚も斬られたし、消耗しているのは間違いないだろ」

 

それに、2人から望んだこととはいえ、俺のケジメに付き合わせてしまった。

もう十分働いただろう。

 

「だから、あとは俺に任せろ」

「・・・わかった」

「それで、ツルギはどこに行くつもりだ?」

 

不承不承といった様子で頷くティアに対し、イズモはすでに自身の限界を悟っていたのか、俺だけ戦い続けることに関しては何も言わずにどうするか尋ねてきた。

当然、どこに加勢しにいくかはすでに決まっている。

 

「あぁ。行くのは・・・」

 

 

* * *

 

 

地上では、とうとう均衡が破られてしまった。

途中で万の魔物と数千の使徒の増援が送られたものの、このタイミングでミレディが参戦したことで魔物の軍勢は問題にならなかった。

だが、増援として贈られた使徒は地上の兵士ではなく“覇墜の聖歌”を展開している聖歌隊に狙いを絞り、千の使徒が集結して一槍となって突撃。

聖歌隊はほぼ全滅し、“覇墜の聖歌”も解除されて兵士たちは為すすべもなく蹂躙されていった。

ミレディによって戦場から使徒が離されて一時凌ぎにはなったものの、本当に一時凌ぎにしかならなかった。

そして、圧倒的な数の暴力による排除を選択した使徒による超大規模分解砲撃によって、今まさに敗北の危機を迎えていた。

 

「させないっ、絶対にっ!」

 

戦場を守っていた結界はもうない。

だから、香織も最後の防衛手段を取り出した。

香織専用大規模守護結界石“シュッツエンゲル”、それによって展開される“不抜の聖絶”。

自身の最後の守りを以て、使徒の砲撃に備える。

 

「滅びなさい」

「“不抜のせ・・・」

 

銀の太陽が放たれようとした、その直前、

 

ゴウッ!!

 

使徒が生み出した特大砲撃すら飲み込む紅の奔流が使徒の大群を包み、一切の抵抗すら許さずに使徒を消滅させた。

 

「これって・・・?」

「どうやら、来たようだな」

 

唖然とする香織に対し、先ほどの奔流が誰によるものなのか察したリヒトはニヤリと笑みを浮かべる。

声をかけられたのは、それからすぐだった。

 

「よう。待たせたな」

 

香織のすぐそばに、ティアとイズモを抱えたツルギが転移してきた。

 

 

* * *

 

 

「ツルギくん!・・・なんだよね?」

「後半で自信を無くさないでほしかったが・・・正真正銘、峯坂ツルギだ」

 

というか、ティアとイズモを抱えて転移した時点で気づいてほしかった。

ちなみに、2人とも気絶はしていないものの、かなりぐったりしている。

 

「ティアに、イズモも・・・無事なんだよね?」

「傷の類は俺が治したが、それでも腕とか脚を切断されてたし、魔力とか精神的な疲労はかなり溜まっている。念のため、2人を頼むぞ。というか、ティアとイズモに限らず、香織は自分の本職を全うしろ」

「うん、わかった」

「それで、ツルギはどうする。必要なら手を貸そうか」

 

どうやら、リヒトはまだ暴れる元気があるらしい。

まぁ、地上の戦力はかなりボロボロになっているし、リヒトも少なからず傷ついているが、それでもまだ余裕を感じさせるあたり、さすがは超がつく武人だ。

だが、

 

「悪いが、その必要はない。俺が1人で片付ける」

 

リヒトの申し出を、俺は却下した。

 

「・・・なぜだ?」

「そっちだってそれなりに消耗しているだろ。それに・・・今回ばかりは俺も腹に据えかねているからな。久々に、いや、王都戦のときよりも()()()暴れさせてもらう。その時に、うっかり巻き添えにしたくないし、巻き込まないように配慮するのも面倒なんだよ。だったら、最初から1人でやった方が気が楽だ」

「っ・・・そうか」

 

俺が本気だというのを理解したんだろう。

香織はさっきとまた違う意味で不安げな表情を向けてくるし、あのリヒトですら表情が引きつっている。

だが、そんなことは関係ないのが使徒だった。

 

「無駄です。我々は無限。どれだけ力を持っていても、所詮は個。我々に敵う道理はありません」

 

根こそぎ吹き飛ばしたはずだったが、すぐにわらわらと湧いて出てきた。

一応、最大火力のエクスカリバーをぶっ放したはずなんだが、どうやら空間を超えて消滅させることはできなかったらしい。

まぁ、それはともかく、だ。

 

「はっ!木偶人形ごときが、誰に向かって言ってやがる」

 

まさか、さっきまでの戦いで消耗してるから問題なく勝てる、とでも思っているのか。

だとしたら、思い上がりも甚だしい。

 

「せっかくだ。憂さ晴らしも兼ねて、お前らで新しい体のテストをしてやる」

 

相手は無限にいると言うんだから、サンドバックにちょうどいい。

俺は右手を頭上に掲げ、新たな力を行使するための言霊を呟いた。

 

「“神位解放”」

 

 

* * *

 

 

ツルギが右手を頭上に掲げた次の瞬間、暴風のごとき銀と紅の魔力の奔流が辺り一帯を包み込んだ。

 

「ッ、“不抜の聖絶”!!」

 

判断は一瞬だった。

香織は咄嗟にティアとイズモをリヒトに託し、使徒の砲撃を防ぐために用意していた結界を、魔力の奔流から地上の兵士たちを防ぐために展開した。

事実、香織が“不抜の聖絶”を展開するのが遅れていたら、ボロボロになった兵士たちにとどめを刺す事態になりかねなかった。

どうにかして魔力の奔流を防ぎながら、香織はツルギの様子を見ようとする。

だが、ツルギの全身は濃密な紅と銀の魔力に覆い尽くされており、視認することはできない。

そして、使徒たちもまたツルギに近づくことも攻撃することもできない。

近づこうとしても奔流に飲み込めれてたどり着けず、離れたところから砲撃しても魔力の圧力によって蹴散らされてしまう。

時間にしたら、1分も経たなかっただろうか。

爆風のような圧力とともに魔力の奔流が解除され、中から見た目が大きく変わったツルギが現れた。

髪は銀髪の中に細い赤のメッシュが何本か生えており、瞳も赤と銀のオッドアイになっている。

ツルギの背中には銀の魔法陣がゆっくりと回転しながら滞空している。

そして、

 

「な、なんだ、あれ・・・」

「空に・・・」

 

上空には、この世界を覆い尽くさんと言わんばかりの、超巨大な魔法陣が存在していた。

よく見れば、空が血のような赤からツルギの魔力にも似た紅になっている。

一目見ただけでツルギが何かをしたというのが分かるが、あまりにもスケールが大きすぎて何をしたのかはわからない。

だが、使徒たちは自分たちの身に降りかかっている事態にすぐに気づいた。

 

「これは、力が抑えられて・・・!」

 

使徒のステイタスが、“覇墜の聖歌”を受けていた時よりもはるかに低くなっていた。

普通に考えれば、紅い空が関係しているとしか思えない。

 

「あなたはいったい、何をしたのですかっ!」

 

対するツルギは、自分の中でも整理するように答えた。

 

「そうだな・・・世界の改変、とでも言おうか。空間魔法でこの辺り一帯を隔離して、昇華魔法で空間内の情報を俺の都合のいいようにいじったのさ」

 

なんてことのないように言ったツルギだったが、ツルギ以外の他全員は絶句した。

世界の在り方に干渉する。

ツルギが行使している魔法は、まさしく神の技に等しかった。

 

「名付けるなら、“俺の世界”とでも呼ぼうか。思い付きにしてはなかなかだろう」

 

そんな絶技が、ただの思い付き。

ここでようやく、使徒は自らの過ちを悟った。

自分たちの目の前にいるのは、自分たちの創造主に匹敵する、あるいは凌駕するかもしれないほどの化け物であると。

 

「さて、お前らは普段なら蹂躙する側の存在なんだろうが、たまには蹂躙される側の気分も味わってみろ」

 

そう言うと、ツルギは再び右手を頭上に掲げてパチンッ!と指を鳴らした。

次の瞬間、虚空から無数の鳥やグリフォン、使徒のような翼の生えた人型が現れた。

香織とリヒトは、それが“ブリーシンガメン”と同じようなものであるとすぐに理解した。

だが、“ブリーシンガメン”を使わずに何もないところから生み出されたことから、剣製魔法のみで作りだしたことがわかる。

言うなれば、“神の不死兵(エインヘリヤル)”といったところか。

それから起こったのは、ツルギが宣言した通りの蹂躙だった。

使徒たちのステータスはすべて1000を下回っており、ツルギが生み出した軍勢によってまたたくまに殲滅されていった。

増援も絶えず送られてきているが、ツルギの領域に入った瞬間にステータスを減少させられ、ツルギの軍勢はさらに増え続ける。

まさに、使徒は個の力でも数の力でも一切の太刀打ちができなくなっていた。

一部の使徒たちは自身のステータス減少を解除しようと試みるが、ツルギが展開している領域は概念魔法によって作られた物。概念魔法を使うことができない使徒にはどうすることもできず、ただただ徒労に終わって駆逐されていく。

戦況は、ツルギ1人によって完全に覆された。

 

「足掻けよ、人形共。せいぜい、ハジメの戦いが終わるまでの時間つぶしにでもなってろ」

 

この様子を見ていたクラスメイトの心境は、すでに1つだった。

 

「やべぇよ・・・魔王は南雲だけでも十分だったのに、峯坂まで魔王になっちまったよ・・・」

「いや、なんか神の力がどうとか聞こえたし、魔神とかじゃねぇの?」

「だけど、南雲が峯坂の下ってのも違うだろうし・・・」

 

わりと最近まで魔王一歩手前だったツルギの扱いは、この瞬間をもって完全に魔王に昇格した。

とはいえ、その時間は長く続かなかった。

突然、使徒たちが纏っている銀の魔力が消滅し、糸が切れた操り人形のようにカクンッと力が抜けて次々に墜落していったのだ。

 

「へぇ、そっちも終わったか」

 

空を見上げてみれば、そこには空間の裂け目から神域の内部であろう空間が崩落していくのが見えた。

十中八九、ハジメがエヒトにとどめを刺したか、そうでなくとも致命的なダメージを与えたのだろうことがわかる。

だが、このまま放っておくには危うそうに見えた。

 

「香織。俺は今から神域に突入する。ハジメあたりはともかく、雫たちに万一があっても困るしな。香織は、念のため地上で待機してくれ」

「う、うん。ツルギ君のせいで余計な魔力を使って疲れちゃったし・・・」

 

ツルギが“神位解放”と“俺の世界”の概念を生み出したときにまき散らした魔力の奔流は、使徒の砲撃もかくやという威力で結界を殴りつけた。

そのため、余計な魔力を消耗して体力的にも精神的にも香織は疲労していた。

それを見たツルギは「やりすぎたか・・・要改良だな」と呟きつつも、軽い調子で告げた。

 

「そんじゃ、さっさとあの2人を迎えに行ってくる」

 

結果なんて、すでにわかりきっていると言わんばかりに。

そして、ツルギは単身神域に突入していった。

 

「はっ!?ちょっと待って!ミレディちゃんを置いてかないでぇー!!」

 

ツルギの後ろからがミレディの慌てた声が響いたが、ツルギはとりあえずスルーした。




なんか、途中からツルギのやってることが呪術廻戦の領域展開に思えなくもないような感じが・・・。
いや、別に意識してたとかじゃなくて、最初からこうするって決めてたんですけどね。
たぶん、呪術廻戦がアニメ化してヒットしたタイミングだからでしょうね。


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すべての終わり

本日は6話連続投稿です。
「猛攻と反攻」から読み始めてください。


神域の内部は、けっこうひどいありさまになっていた。

おそらく、かつて滅ぼした都市や島を記念かなんかにくり抜いて神域に持ってきたのだろう。

それらの空の孤島が、空間の崩落に巻き込まれて次々に消滅していく。

その中を、俺は全速力で移動していた。

空間魔法で転移すれば一発だが、転移先でうっかり空間の崩落に巻き込まれるのもいやだから、別の空間に移動するとき以外は再生魔法の時間加速を併用した高速移動で先を急いだ。

途中でちょっと()()()もしたし、その分の遅れを取り戻すためにも超特急で駆け抜ける。

幸い、エヒトの気配ははっきりとわかるから、最短距離でたどり着くことができた。

全速力で駆け抜けた勢いのままエヒトがいるだろう空間に突っ込むと、そこには巨大な肉塊が存在していた。

おそらく、魔物や人間関係なく肉体をかき集め、むりやり結合した結果なのだろう。

精神が弱い者なら見ることすらできないような、グロテスクかつ醜悪な姿だ。

だが、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。

 

「っ、やべぇ!」

 

ギィィァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛

 

直後、不意に肉塊が絶叫を上げて黒い瘴気をまき散らし、不可視の衝撃を生み出した。

だが、なんとかその衝撃が届く前に、この空間に突入したときにチラッと見えた2人の前に立って衝撃を防ぐことができた。

 

「よう、ハジメ」

「ツルギ!?ツルギなんだよな!?」

 

さすがのハジメでも俺の登場に驚いているようで、ボロボロになった体に構わず怒鳴るように問いかけてきた。

隣にいるやたら大きくなったユエも、目をパチクリと丸くしている。

 

「あぁ、ティアとイズモのおかげで、体を取り戻すことができた。それはさておき・・・あれはエヒトなのか?」

 

見た目は醜悪な化け物だが、かろうじて神性は残っている。

だとしたら、エヒト以外にないだろう。

何をどうすればあんな見た目になるのかは知らんが。

 

「あぁ、簡単に言えば、追い詰められてやけになった結果だ」

「なるほど」

 

ようするに、それだけ生への執着がすさまじかった、ということか。

あんな姿になってまで生きながらえようとするのは、理解できないが。

とりあえず、

 

「さて、ここに来ておいてなんだが、俺はこれ以上手を出さないぞ」

「なに?」

「これは、お前が始めた戦いだ。だったら、お前が最後まで終わらせろ」

「・・・あぁ、そうだな」

 

俺の言葉に、ハジメは獰猛な笑みを浮かべて頷いた。

返すように俺も不適に笑い、目の前の攻撃を防ぐのに集中する。

正直なところ、移動に体力と魔力を使い過ぎて俺も少し疲れている。

今のコンディションだと、背後のハジメとユエに意識を割きながら目の前の攻撃を防ぐのは難しい・・・いや、ちょっと待て。

 

「こうすればいいだけか」

 

周囲の空間を見て、考え方を改めた。

すでに崩落しつつある空間を利用して、空間の歪みを意図的に俺の前に生み出す。

そこに触手が突っ込んできたが、空間の歪みに巻き込まれて消滅した。いや、どこか違う空間に放逐された、と言った方が正しいか。

これなら、より少ない魔力で確実に防御できる。

おかげで、少しだが背後に意識を回す余裕ができた。

俺の背後では、なにやらハジメとユエがキスしていちゃついていた。

 

「チッ」

 

いや、さすがにこの状況でただいちゃついているだけとは思わないけど。何かしらの切り札は用意してあるんだろうけど。

それでも、俺だって早く戻った体でティアやイズモといちゃつきたいのに、一足先に満足しやがって。

だが、そう思ったのは一瞬だった。

 

「おわっ!?」

 

次の瞬間、2人から莫大な魔力があふれ出てきた。

あぁ、なるほど。ハジメの血液にユエの力をブーストさせる成分なりアーティファクトを仕込んでいたのか。

これなら、歪曲空間を閉じても問題なさそうだ。

歪曲空間を解除した俺は、さっさと2人から少し離れた。あそこに長居すると俺も巻き込まれそうだったし。

俺の予想通り、ハジメの“衝撃変換”によって不可視の衝撃も触手による攻撃もすべてを跳ね返していた。

いっそ、2人にスルーされているエヒトが哀れに見える。

・・・いや、その理屈で言ったら、俺も意識されていない哀れな存在になるのか。

ちょっとナイーブな気分になったが、次の瞬間には触手は俺を狙って攻撃し始めた。

攻撃自体は空間歪曲で難なく防いだが、ここに来て俺を狙うのか。

 

「あぁ、なるほど。ユエを乗っ取れないなら、俺を乗っ取ろうって腹か」

 

たしかに、今の2人に干渉するのは難しい、というかまず不可能だろう。

なら、狙いを俺に変えるというのは間違っていない。

ただし、

 

「できるはずもないがな」

 

そもそも、奴の攻撃が空間歪曲を貫通できない時点で、俺を倒せる道理はどこにもない。

2人が概念を生み出す時間を稼ぐのは簡単だった。

そして、ふと2人の方を見ると、2人の手の中に燦然と光る銃が握られていた。

そして、銃口から音もなく閃光が放たれる。

放たれた閃光がエヒトのど真ん中を貫いた、その一拍後、

 

ギィイ゛イ゛イ゛イ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!

 

先ほどとは比較にならないほどの絶叫をあげ、同時に黒い瘴気と銀の魔力が混ざったものが天を衝いた。

先ほど放たれた概念は、おそらくエヒトが振りまいた厄災をすべてエヒトに返すというもの。

万年もの間振りまき続けてきただろう苦痛が、一瞬の間にすべて返ってきたのだから、その苦しみは計り知れない。

しばらくの間もがき続けたエヒトだったが、徐々に体がボロボロと崩れていき、やがて消滅していった。

こうして、諸悪の根源である神は消え去った。

その代償として、2人は、というか特にハジメがかなりボロボロになっているが、2人とも生きているだけで御の字だろう。

 

「とりあえず、簡単な止血はしておくから、あとは香織に治してもらえ」

「ここで治してもいいと思うんだが・・・わあったよ」

 

ハジメも、俺よりは香織に治してもらいたい気持ちもあるのか、特に反論することもなかった。

ハジメをサクッと止血して、俺は周囲を見渡した。

 

「さて・・・これからどうしようか」

「あ?このまま帰るだけじゃねぇのか?」

「実は、問題が2つある。1つは、2人を優先したから雫たちをまだ回収できてないこと。もう1つは、この空間を放置したら地上にまで被害がでかねないってことだ。雫たちを回収してからこの空間をどうにかするにしても、時間が足りない」

 

エヒトが消滅したことで、空間の崩落が早まっている。

このペースだと、雫たちを見つけて地上に送り、この空間の処理をする頃には手遅れになりかねない。

 

「それに、この規模だ。処理するにしてもこっちの空間に残る必要がある」

「それって・・・」

「当然、自己犠牲のつもりはないが、取れる手も考える時間もない」

 

どうする、まず先にハジメとユエを地上に送ってから雫たちを探すか。

いや、空間の崩落のせいか雫たちの気配が掴めない。

今から探すには遅すぎる。

それに、この空間を放置することもできない。

だが、考える時間も残されていない。

なら、後のことはハジメとユエを地上に送ってから考えるか。

そこまで考えたところで、

 

『ちょあーーー!絶妙なタイミングで現れるぅ、美少女戦士、ミレディ・ライセンたん☆ここに参上!私を呼んだのは君達かなっ?かなっ?』

 

なんか現れた。

 

「「・・・」」

「・・・あぁ、なんだ、ミレディもいたのか」

 

素で気づかなかったわ。

 

『やだなぁ~、この天才美少女戦士ミレディちゃんを忘れるだなんて、ひどいんだゾ☆というかマジで気づいてほしかったよね。君が神域に突入したとき、後ろから思い切り呼んだはずなんだけど』

 

そういえば、なんか声が聞こえたと思ったら、ミレディだったのか。

 

『にしても、驚いたよ。君が大暴れしたのもそうだけど、彼の魔法を完璧、いや、それ以上に使いこなしたのも』

「彼って、シュヴェルトのことか?」

『知ってたんだ?いや~、本当に懐かしい・・・って今はそんなことを話してる暇はなかったね』

 

よく見ると、俺たちの周りだけ崩壊が止まっている。

どうやら、ミレディが重力魔法で食い止めているようだ。

おそらく、数分ももたないだろうが。

 

『それじゃ、“劣化版界越の矢”と回復薬を・・・って、もういらないみたいだね』

「俺がいるからな。さっきまで、雫たちの救出とこの空間の処理をどうするか話していたところだったんだが・・・」

『それについてはモーマンタイ。あの子たちは一足先に逃がしておいたし、この空間のこともお姉さんにまっかせっなさーい!』

「・・・ミレディが残るのか」

 

たしかに、ミレディの重力魔法なら、この崩壊する空間を重力魔法で極限まで圧縮して消滅させることもできるだろう。

だが、

 

「そんなの自分の存在まるごと使って、ようやくできるようなものだろ」

「なんだ、そりゃあ。自己犠牲の精神か?似合わねぇよ。それより・・・」

 

ハジメが何かを言い募ろうとしたとき、ミレディ・ゴーレムに重なるようにして、14,5歳ほどの少女が現れた。

おそらくは、これがミレディの本来の姿なのだろう。

 

『自己満足さぁ。仲間との、私の大切な人達との約束・・・「悪い神を倒して世界を救おう!」な~んて御伽噺みたいな、馬鹿げてるけど本気で交わし合った約束を果たしたいだけだよん』

「・・・」

『あのとき、なにも出来ずに負けて、みんなバラバラになって、それでもって大迷宮なんて作って・・・ずっと、この時を待ってた。今、この時、この場所で、人々の為に全力を振るうことが、ここまで私が生き長らえた理由なんだもん』

 

ミレディの独白にも聞こえる言葉に、俺たちは黙って耳を傾けた。

そして、理解した。

今からやろうとしていることこそ、彼女が数千年もの間胸に秘め続けた想いであり、願いなのだと。

 

『ありがとうね、南雲ハジメくん、ユエちゃん、峯坂ツルギ君。私達の悲願を叶えてくれて。私達の魔法を正しく使ってくれて』

「・・・ん。ミレディ。あなたの魔法は一番役に立った」

『くふふ、当然!なにせ私だからね!前に言ったこともその通りだったでしょ?「君が君である限り、必ず神殺しを為す」って』

「・・・『思う通りに生きればいい。君の選択が、きっとこの世界にとっての最良だから』とも言っていたな。俺の選択は最良だったか?」

『もっちろん!現に、あのクソ野郎はあの世の彼方までぶっ飛んで、私はここにいるからね!この残りカスみたいな命を誓い通りに人々の為に使える・・・やっと、安心して皆のところに逝ける』

 

そう告げるミレディの言葉には、万感の想いが込められていた。

 

『さぁ、3人とも。そろそろ崩壊を抑えるのも限界だよん。君達は待ってくれている人達の所へ戻らなきゃね。私も、待ってくれている人達のところへ行くから』

 

ミレディがそう言うと、再び空間が震え始めた。

おそらく、すぐに崩落するだろう。

ハジメとユエが支え合って立ち上がるのを後ろ目に、俺は地上に繋がる空間を開いた。

だが、そこに飛び込む前に、言わなければならないことがある。

 

「・・・ミレディ・ライセン。あなたに敬意を。幾星霜の時を経て、尚、傷一つないその意志の強さ、紛れもなく天下一品だ。オスカー・オルクス。ナイズ・グリューエン。メイル・メルジーネ。ラウス・バーン。リューティリス・ハルツィナ。ヴァンドゥル・シュネー。あなたの大切な人達共々、俺は決して忘れない」

「・・・ん。なに一つ、あなた達が足掻いた軌跡は無駄じゃなかった。必ず、後世に伝える」

「だから、安心して逝ってくれ」

『三人共・・・な、なんだよぉ~。なんか、もうっ、なにも言えないでしょ!そんなこと言われたら!ほら、本当に限界だから!さっさと帰れ、帰れ!』

 

珍しく、ミレディが激しく照れていて、プイっと俺たちから目を逸らした。

その様子に思わず微苦笑を浮かべながら、最後に告げた。

 

「じゃあな、世界の守護者」

「俺たちも、あんたらに救われたよ」

「・・・さよなら」

 

そう言って、俺たちは地上に向かって飛び出した。

 

 

 

「あ~、そういえば空中だったな」

 

そりゃあ、あの空間の裂け目も上空にできたんだから、直接地上に下りれるはずもなかったか。

とりあえず、単身で落下している俺と抱き合ったまま落下しているハジメとユエに重力魔法をかけて、落下をゆるやかなものにした。

さっさと戻りたいからそれなりのスピードは出ているが、下手な反動でハジメとユエの体に響かないように調節はしてある。

 

「さて・・・俺はこのまま落下の制御をしてるから、あとは好きにしてろ」

「いいのか?」

「後の騒ぎは全部お前に押し付けるが」

「それなら、遠慮なく」

「んっ・・・」

 

すぐに背後からくちゅくちゅと水音が聞こえてきた。

まさか、空中でおっぱじめるような真似はしない・・・よな?

さすがに、公開プレイなんてするはずがないし。

とりあえず、俺は何も見てないし何も聞えないを貫くが・・・は~、俺も早くイチャイチャしたい。

その前に、地上に俺たちの生還を伝えるために、紅い魔力の波紋を生み出した。

 

『わ、私たちの勝利です!!』

ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!

 

すると、地上の方から愛ちゃん先生の宣言と共に、とてつもない歓声が響いてきた。

地上を見ると、雫たちの姿もある。どうやら、無事に脱出できたようだ。

少しの間、空中散歩を楽しみながら、フワッと着地した。

とはいえ、ハジメとユエは疲れ切っていたから、そのままパタンっと地面に倒れてしまったが。

 

「あーー!やっぱりイチャついてますぅ!人の気も知らないで!っていうか、ユエさんが・・・」

「大人になってるぅううう!ユエが大人の魅力でハジメくんを襲ってるぅ!」

「うぅむ。予想通りじゃな。いや、大人になっとるのは予想外じゃが・・・どれ、妾も参戦しようかの」

 

地面に降り立つと、シアと香織、ティオが我先にとハジメたちの方に駆け寄っていった。

おそらく、いつもの光景が繰り広げられることになるのだろう。

そのいつもの光景が繰り広げられるようになったことに、俺は笑みを浮かべた。



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まだ終わらない物語

本日は6話連続投稿です。
「猛攻と反攻」から読み始めてください。


とりあえず、背後で繰り広げられているだろうあれこれは無視することにして、俺は最後の用事を済ませるために雫のところに向かった。

 

「よう、戻ったぞ」

「お疲れ様、ツルギ・・・ようやく、全部終わったのね」

 

全員生きて帰ってこれたことに、雫は安堵の息を吐いた。

 

「ティアとイズモは?」

「向こうの方で寝てるわ。香織が治療したみたいだから、すぐに目覚めるわよ」

「それもそうだな・・・それで、谷口と天之河は?」

「2人なら、そこに・・・」

 

雫の視線の先には、どこかスッキリした様子の谷口と、なんだか落ち着かない様子の天之河が立っていた。

試しに近づいて見ると、天之河は少し視線を泳がせたが、すぐに真っすぐに俺の目を見て口を開いた。

 

「峯坂・・・すまなかった」

「なるほど、前よりもマシになったようだな」

 

以前までの、自分の正義を盲目に信じていた天之河の姿はどこにもない。

どうやら、幼馴染みの説教は無事成功したようだ。

これなら、()()()()を話してもいいだろう。

谷口の反応が少し気がかりだが・・・

 

「さて、2人に話しておかなきゃいけないことがある」

「俺と、鈴に?」

「私と光輝君に、ってこと?」

 

一瞬、谷口の一人称が「鈴」から「私」に変わっていたのが気になったが、この場ではスルーして本題に入る。

 

「まずは、こいつを見てくれ」

 

そう言って、俺は懐から灰色の光を放つ宝珠を取り出した。

 

「これは・・・」

「これって、なに?峯坂君」

「単刀直入に言おう。これは、中村恵里の魂魄だ」

「「「「えっ!!??」」」」

 

俺の告白に、谷口と天之河だけでなく、近くにいた雫と坂上も驚きの声をあげた。

幸い、兵士たちの歓声のおかげで俺たち以外に聞こえた人間はいない。

4人の中で、もっとも困惑していたのは谷口だった。

 

「でも、なんで・・・恵里は、あのとき・・・」

 

俺も少しだけだが事の顛末は“過去視”で覗いた。

中村は最後に、“最後の忠誠”による爆発で消滅したはずだった。

 

「たしかに、あの時に中村の肉体は消滅した。だが、神域の内部はけっこう特殊でな。魂魄だけでも、ある程度は生存できるんだ」

 

おそらく、エヒトが実体を持っていなかったから、それに適応するように空間を作ったのだろう。

それによって、死んだ中村恵里の魂魄が分解されずに漂っていた。

それを偶然発見した俺は、軽く“過去視”で何があったのか覗いてから、魂魄魔法と剣製魔法で中村の魂魄を宝珠の中に保護した。

そして、

 

「今の俺なら、生き返らせることが可能だ」

「「「「ッ!!」」」」

 

その言葉に、4人の間に衝撃が走る。

 

「俺は最後の結末しか見ていないから、それまでにどういうやり取りがあったのかは知らん。もしかしたら、余計な世話かもしれんが、それでも言おう。

 

中村恵里を、生き返らせるか?」

 

想像しなかった選択肢を突き付けられて、谷口はひどく狼狽する。

俺は、中村が最後に自爆したところしか確認していない。

もしかしたら、谷口の説得は失敗に終わったのかもしれないし、一度は殺す覚悟をしたのかもしれない。

それを承知の上で、俺は選択肢を突き付けた。

中村を生き返らせるか、それともこのまま消滅させるか。

俺たちの様子を不思議に思ったギャラリーが集まってきた中で、谷口は瞳に決意を宿して顔を上げた。

 

「お願い」

「それは、生き返らせるってことでいいのか?」

「うん」

「もしかしたら、また同じことを繰り返すかもしれないぞ」

「私が絶対にさせない」

「周囲の目はかなり厳しくなる。相応の首輪をつける必要があるぞ」

「それでも、お願い。今度こそ、恵里とやり直したいから」

「俺からも、頼む」

 

決意の言葉を並べる谷口に続いて、天之河も俺に向かって頭を下げた。

 

「今度こそ俺は、恵里に向き合わないといけない。今までの罪を償う、っていうのとは少し違うかもしれないけど、俺は少しでも恵里に対しても罪滅ぼしをしなくちゃいけないんだ」

「・・・そうか」

 

2人の声音と視線には、上辺だけではないたしかな覚悟の光があった。

これならいいだろう。

 

「わかった。だが、ここだと目立つ。場所を変えよう」

 

さすがにここでは人目が多すぎる。

とりあえず、まだ人が少ない王城に転移して、周囲に他に誰もいないことを確認してから中村の蘇生を始めた。

魔法陣の中心に中村の魂魄を置き、魂魄魔法、再生魔法、変成魔法、剣製魔法を同時に使用する。

魂魄魔法と再生魔法でかつての中村の肉体の情報を読み取り、変成魔法と剣製魔法で肉体を作り上げていく。

人体錬成とか普通に禁忌なんだろうが、それを言ったら死者蘇生も似たようなものだし、気にすることもない。

ただ、さすがの俺も人の体を作るのは初めてだから、極限まで集中して中村の体を作り上げていく。

谷口たちが固唾をのんで見守っている中(今の中村は素っ裸だから、男子2人は強制的に後ろ向きにされているが)、恵里の体は5分程度で完成した。

そして最後に、宝珠から解き放った中村の魂魄を肉体に憑依、定着させた。

それと同時に魔法陣を解除して、ついでに倒れこむ中村に布を一枚生成して被せた。

 

「・・・終わったぞ」

「ッ、恵里!」

 

終わりを告げると同時に、谷口が駆け足で近づいて中村の身体を抱き上げ、坂上と天之河も恐る恐る様子をうかがう。

今はまだ、目を閉じたままだが・・・

 

「・・・ぅぅ、ここは・・・」

 

目を覚ました中村が、寝起きのような表情で周囲を見渡す。

だが、谷口にはそれだけで十分だったようで。

 

「恵里ぃ!!」

「うわっ、ちょっ、鈴!?なんで・・・」

 

感極まって思い切り抱きついた谷口に中村は目を白黒させ、雫、坂上、天之河へと視線を巡らせ、最後に俺を見たところですべてを悟ったのか、途端に不機嫌になった。

 

「・・・また、余計なことをしてくれたね」

「悪いが、俺はどちらかと言えば死に逃げは許さない質なんだ」

「それ、余計なお世話だってわかってる?」

「わかった上でやった。後悔も反省もするつもりはない」

「・・・ほんと、うざったい」

 

どうやら、憎まれ口を叩ける程度には問題ないらしい。

 

「だいたい、ボクみたいな女を生き返らせたところで、どうするのさ?クラスの、人類の裏切り者だよ?」

「それを言ったら、天之河がここにいるはずもない」

 

クラスメイトを殺したか殺してないかの差はあるが、裏切り者が生きることを許されないと言うのなら、天之河だって許されない。

せいぜい、一緒に苦しめばいい。

というか、ぶっちゃけ中村が自分の行いを反省するとも思ってない。

それがわかっていた上で蘇生したのは、

 

「それに、お前を生き返らせたのは、どちらかと言えば俺の都合だ」

「はぁ?なにそれ、どういうこと?」

 

自分を生き返らせて、何か俺に得があるのか。

まるで意味がわからないと首を傾げる中村と他の4人に、今まで話していなかったことを打ち明けることにした。

 

「実はな、俺は俺の方で中村と天之河をくっつける算段を整えていたんだよ」

「え、どういうこと?」

「俺は元々、中村の危うさに気付いていたことは話しただろ?その原因が天之河にあることも。だから、中村が何かでかい騒ぎを起こす前に、元凶の天之河とくっつけさせて未然に防ごうとしてたんだよ」

 

当然、このような犯罪の未然防止は警察の管轄外だから、中村と天之河が関わるようなことは俺の方で事を進めた。

まずは、中村の母親の監視。

これは親父の部署の中でも暇な人に交代でやってもらった。

というか、度々問題を起こしてたらしいから、俺に言われなくとも要注意対称として警察にマークされてたらしいが。

それで、もし刑務所にぶち込まれるようなことになったとき、中村を俺たちの目の届くところで、なおかつ天之河からあまり離れないところに保護してもらうことになっていた。

本当は天之河の家に送りこもうかとも考えていたが、現実的じゃないからやめた。

いや、天之河にそれとなく伝えて煽っておけば、もしかしたらいけたかもしれないが。

それはさておき、その後は俺の方で中村と天之河をくっつけさせようと画策した。

というか、

 

「手っ取り早い話、既成事実でも作ってもらおうかと考えた」

「「「「「えっ!!??」」」」」

 

俺の告白に、雫と谷口はもちろん、中村も顔を赤くして驚愕していた。

あれ?こいつ、けっこうきわどいというか、天之河に対してセクハラとも言えなくない下ネタを言ってた気がするんだが。

というか、神域ですでに事を済ませたのかと思っていた。

変なところでピュアなのな、こいつ。

あと、天之河と坂上が戦慄の表情を浮かべていた。

 

「お、お前ってやつは!なんてことを考えてたんだ!!」

 

なんか、天之河の俺を見る目が、時折ハジメに向けるような鬼畜に対するそれとほとんど同じだった。

いや、俺だって本気で必要だと思ってたんだぞ?

 

「お前を真人間に戻すには、それが一番手っ取り早いと思ったからな」

 

さすがの天之河でも、自分が中村を孕ませたってなったら、その子供を無視するような真似はしないだろう。

自分の子供を見捨てるというのは、大勢から見て“間違って”いるから。

だから、天之河が自分の子供のために働くなり世話するなりして改心してくれるならそれでよし。

仮に天之河が子供を頑なに認知しようとしなくても、確実に天之河から大勢の人間が離れていくからそれもよし。

どっちに転ぼうとも天之河が苦労するのは変わりないから、天之河の改心にはちょうどいいと考えたわけだ。

 

「だ、だけど、俺と中村が、その・・・するとは限らないだろう!?」

「そのときは、法に触れない程度のお香とか媚薬を仕込ませて」

 

というか、ぶっちゃけどっちも用意してる。

別に、むやみに性欲を刺激するようなものじゃなくて、ちょっと気分を高ぶらせたりする程度の軽めのやつだ。

それを、天之河と中村が2人きりになったタイミングで、気配を消して近づきながら香らせる。あるいは、こっそり天之河宅に忍び込んででも。

それで、2人が行為をしてくれれば、あとはそのまま。

こんな計画を知られたら怒られるのは間違いないから、かなり慎重に用意していたんだが・・・

 

「それが全部、エヒトの召喚のせいでご破算だ」

 

下手をすれば今頃、俺が用意したあれこれが親父に見つかった可能性もなくはない。

うわー、そう考えると急に帰りたくなってきたな~・・・。

とまぁ、そんな計画を今になって打ち明けたわけだが・・・

 

「「「「「・・・・・・」」」」」

 

完全に、俺に向けられる目が人に対するものじゃなくなった。

中村からですら、「え?マジで・・・?」みたいな視線を向けられている。

必要最低限の犠牲で済む、けっこういいアイデアだと思ってたんだけどなー。

ちなみに、そのときは天之河の取り巻きの女共もあの手この手で説得、というか意識操作するつもりだった。

当然、変な薬は使わない。

ちょっと話して、認識を誘導するだけで。

「天之河は本当はあぁいう男だったんだぞー、男はちゃんと見た方がいいぞー」みたいな感じにするだけで。

そんな今までの入念な準備がすべてパーになったんだから、ここで中村を生き返らせるくらいはしてもいいと思うんだ。

とりあえず、その場は俺に対する冷ややかな視線が絶えなかったが、谷口だけでなく、中村もスッキリしたような表情を浮かべるようになったのは、本当によかった。




というわけで、中村蘇生エンドです。
ある意味、一度は覚悟を決めた鈴を裏切る演出と言えなくもないですが、恵里の最後的にこんな感じでもいいんじゃないかと思いました。
ハ〇レンの世界観からすれば卒倒は間違いなさそうですが。
それと、今回のツルギの打ち明け話と「まとめて抹殺」に書いてある内容に齟齬が生じてしまうため、「まとめて抹殺」の文章を「何もしなかった」から「直接干渉しなかった」に変えました。
暗躍大好きなツルギ君です。


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エピローグ

本日は6話連続投稿です。
「猛攻と反攻」から読み始めてください。


後に神話大戦と呼ばれるようになったあの大戦から、1ヵ月が過ぎた。

その間に、まぁいろんなことがあった。

怪我人や死者の確認に、神山攻撃の際に消えた王都の代わりになる仮設住宅の設営といった戦後処理もそうだが、一番大きいのは聖教教会だ。

あれだけの大戦にエヒトの消滅。今まで通りに活動するなんてことができるはずもないが、だからといって国民に何も言わずに取り上げると不安が広がってしまう。

そこで活躍したのが、ハジメ、姫さんの扇動家コンビと愛ちゃん先生の演説だった。

ハジメと姫さんによって作られたストーリーはこんな感じだ。

 

『敵はエヒトの名を騙っていた邪神エヒトルジュエであり、エヒト神の真名であるエヒクリベレイはエヒトルジュエによって名を奪われていた。

かつて“反逆者”と呼ばれていた“解放者”がエヒトルジュエに挑んだものの、卑劣な策略によって敗走してしまった。

“解放者”たちは各地の大迷宮の奥底でエヒトを倒しうる者に力を授けるために眠りについていた。

その力は異世界から召喚され選ばれた者に与えられ、その神の代弁者が“豊穣の女神”である愛子であり、最も力を得たのが“女神の双剣”だった。

そして、ハジメたちが神域に潜んでいた邪神エヒトルジュエを打ち倒し、ゴーレムに憑依することでずっと地上を見守っていた“解放者”の最後の1人であるミレディ・ライセンが自らの存在と引き換えに世界を救った』

 

まぁ、嘘はついていない。微妙に事実と違うけど。

ちなみに、エヒクリベレイは“7人の解放者”という意味を込めた造語らしい。

この演説によって、神話大戦を書に残そうと躍起になった歴史家たちによって、ミレディたち“解放者”が世界を救った偉大な“七賢人”として表舞台に上がることになった。

そして、教会の内部も大幅に変更。

新たなトップ陣は中央とそりが合わなかった地方の司祭と神話決戦で生き残った聖歌隊のメンバーによって再編された。狂信者と化していた元中央の司祭共と違って良識的な人間がほとんどだったから、特に問題はないだろう。

他に大きな戦後処理と言えば、ハジメ謹製のアーティファクトの処分か。

あの後気絶していたハジメが目を覚ました後、すぐに俺と共同で実行に移した。

ハジメのアーティファクトを探すアーティファクトも作って例外を除いて残らず処分したんだが、ここで最もごねたのがガハルドだった。まぁ、当然と言えば当然かもしれんが。

ちなみに、ハウリアにはいろいろと残しており、メイド会にも拳銃だけ支給されることになった。王城の保管庫に弾丸を作り出すアーティファクトも設置したため、弾丸に困ることもない。

とまぁ、そういう例外がいたことでガハルドが子供のように拗ねて、それをうざがったハジメが小型のフェルニルをプレゼントしたところ、ハジメとガハルドが親友ってことになった。

あれ、爆弾が仕込まれている上に、姫さんとカムがスイッチを握ってるっていうのにな。世の中、知らない方がいいこともあるってことか。

それと、今回の大戦を経て亜人族の扱いも大幅に見直されることになった。

戦場はできるだけ分けたとはいえ、共に命を預け合ったという事実は差別意識を塗り替えるに十分だったらしい。

それに加えて、ティオとシアの存在のでかさもあるが。

とはいえ、さすがに「今から仲良くしましょう」とはならない。

ということで、まずは聖教教会によって“亜人族”という蔑称から“獣人族”を正式な呼称とするというお触れが出され、竜人族の里も大陸のどこかに移すという話もでてきた。

それに伴い、帝国の皇族と貴族につけられた“誓約の首輪”も外すことになった。

さすがにあんな物騒なものをつけっぱなしにして「仲良くしましょう」は難しいだろうし。

とはいえ、ハジメとハウリアという爆弾が存在するから、どのみち首輪を外しても仲良くせざるを得ない。実質、首につけられた首輪が化け物と首狩り集団による監視に変わっただけだ。

そして、もっとも扱いに困ったのが、魔人族だ。

なぜか魔人族は神域の崩壊に巻き込まれなかったようで、魔都に近い荒野で眠っているところを俺が発見した。

ティアとリヒトは共に戦ったとはいえ、逆に言えばこの2人しか協力していない。さらに言えば、魔人族のアルヴやエヒトへの信仰はそのままだ。

そのため、今までの人間族対魔人族の戦争の観点で言えば魔人族は敗戦国家ということになるのだが、今の人間族と考えを同じにできるかと問われれば限りなくNOに近い。

というか、そもそも戦後処理とか復興その他諸々で忙しすぎるせいでそれどころの話ではない。

そのため、眠っている魔人族はしばらくの間、まとめて魔都で厳重に封印して様子見するということになった。

すべてが落ち着いてから魔人族の扱いを取り決めることにしたが、意外なことにリヒトはその扱いをすべて人間族、というかハイリヒ王国の王族に委ねた。

リヒトは今回の大戦の立役者の1人でもあるため、全部は無理でもある程度は聞き入れるつもりだった姫さんや関係者は驚いていた。

曰く、

 

「魔人族も限りなくエヒトの被害者に近いが、それでも今までの犠牲をなかったことにはできない。それに、魔人族はエヒトを選んで敗北した。であれば、魔人族の扱いは勝利したお前たちに委ねるべきと判断したまでだ」

 

ということらしい。

なんというか、本当に生粋の武人なんだな。

とはいえ、姫さんたちとしてもこの期に及んで魔人族を徹底的に排除するつもりはあまりないため、まずはティアの暴走から生き残った魔人族をリヒトに任せることにした。

最終的に裏切ったとはいえ、さすがはリヒトと言うべきか、生き残りの魔人族たちは大人しく言うことを聞いているようで、今のところ問題らしい問題は起きていない。

というか、一応はあの大戦を見ていたわけだから、俺やハジメに逆らうわけにもいかない、といったところか。

最初はティアに対して特に怯えていた様子だったが、1ヵ月ほど経った現在では幾分かマシになっている。

彼ら彼女らには、魔都の封印が解除されることになったら、魔人族における新時代の先駆者として先頭に立ってもらうつもりだ。

大戦の後の大きな出来事は、だいたいこんなもんか。

個人の出来事としては、こっちもいろいろあった。

まず、中村と天之河の生還はいろいろなところで波紋を呼んだ。

特に中村に関しては王国の騎士やクラスメイトを手にかけたこともあって危険視する声が上がったが、俺が黙らせた。

別に脅したというわけじゃなくて、俺の方で中村にいろいろと制約をかけて納得してもらった、というだけだが。

まず当然のことだが、“縛魂”やそれに類する魔法は全部封印。エヒトにもたらされた使徒化も撤廃。罪のない一般人を1人でも殺したら中村も命を落とす誓約をかける。

これだけやって、どうにかごり押しすることができた。

ちなみに、いろんなところで頭を下げて回っている天之河と違い、中村からは謝罪の言葉は一切出てきていない。

天之河の後ろでそっぽを向くか、黙って頭を下げるのみだと姫さんから聞いた。

やはり非難の声は尽きないが、俺はそれでもいいと思っていた。

誠意のない謝罪をするよりは、黙って自分がしてきたことの報いを受ける方がよっぽど建設的だ。

中村が変われるかどうかは、天之河と谷口に任せることにしよう。

それと、俺とハジメの女性関係もちょっと変わった。

というか増えた。

俺の場合、雫とアンナが、ハジメの場合、ティオ、香織、レミアさん、愛ちゃん先生、姫さんが、正式に関係を持つことになった。

ストレートに言えば、ヤッた。

これで、俺は4人、ハジメは7人の恋人を持つことになった、ということだ。

だから、というわけではないが、この1ヵ月の間は休まることはなかった。ハジメは特に。

ていうか、ハジメの場合はミュウも候補に入ってるんだよな~。

大変だ。いろんな意味で。

と、ここまで長々と回想を垂れ流してきたわけだが、どうしてこんなことをしているかというと、今日が約束の日だからだ。

というのも、この1か月間、トータスでダラダラしてたのは、日本に帰りたくても帰れなかったからだ。

概念を作れなかったわけではないが、それを付与する素材がなかった。

当然、概念魔法は神代魔法とは一線を画する魔法だ。そんじょそこらの鉱石に付与したところで、不完全なものになるのは目に見えている。

トータスに残る関係者を考えたら、使い捨てになるのは避けたい。

問題なく付与できるとしたら神結晶くらいだが、手元には欠片すら残ってないし、“道越の羅針盤”もエヒトとの決戦で喪失したため探すのも難しい。

一応、俺なら概念も神結晶もすぐに作れると打診したんだが、ハジメから丁重に断られた。

 

「俺がやるって決めたんだから、お前の手は借りん」

 

そう言われては、俺も納得せざるを得ない。

これはハジメの物語の終着点だ。だったら、ここで俺がでしゃばるのは興覚めというものだろう。

最終的に、重力魔法で自然の魔素を収集するアーティファクトを作り出し、そこに俺以外の面々が毎日魔力を注ぎ込むことで、1ヵ月かけてようやく必要な分の大きさの神結晶が出来上がった、というわけだ。

今は、ここ1ヵ月の間拠点にしていたフェアベルゲンの広場で、ハジメとユエが概念創造の儀式を行おうとしているところだ。

ちなみに、現在のハジメは義手も義眼も元通りになっており、日本に戻るにあたって人工の皮膚なんかでできるだけ外見を人間に寄せる予定になっている。

ハジメとユエが神結晶を挟んで向かい合っている様子を、俺は少し離れたところから座って眺めていた。

 

「こんなところにいていいの、ツルギ?」

 

後ろから声をかけられて振り向くと、そこには人間族の姿のティアが立っていた。

実は、この人間族の姿はアーティファクトによる変身ではなく、変成魔法によって完全に人間族になった結果だ。

これはティアに限った話ではないのだが、日本に帰るにあたって、ユエやティアたち異世界人はそのままの姿ではまず間違いなく馴染めない。というか、確実に問題になる。

だから、それぞれに変身のアーティファクトを渡して普通の人間のような姿にすることにしたのだが、ここで問題になったのがティアだった。

少し尖った耳は当然隠すとして、議論になったのが肌の色だった。

別に俺が嫌だとかそういうわけではないのだが、魔人族のような浅黒い肌は日本どころか地球にもいない。見ようによっては黒人のように見えなくもないが、やはり色や顔だちは微妙に違う。

それに、日本では黒人は珍しいため、ある意味ユエやシアたちよりも目立ってしまう。

そのため、最終的に肌の色も誤魔化した方がいいという結論に至ったのだが、ここで爆弾を投下したのがリヒトだった。

 

「肌の色も誤魔化すくらいなら、いっそ変成魔法で人間族に変えてしまえばいいだろう。魔人族の姿のままでいる必要はない」

 

当然と言えば当然だが、まぁティアはキレた。

他のみんなは隠すだけなのに、なんで私だけ!って。

そりゃそうだ。ある意味、親子のつながりを断ち切ると言っているようなもんだし。

変成魔法でいつでも戻すことができるとはいえ、変えたらそのままでいいと父親であるリヒトが言いきってしまったのが大問題だった。

そこで盛大な親子喧嘩に発展し、最終的にリヒトの提案を受け入れることになった、というわけだ。

いやぁ、あれはすごかった。戦闘の余波がでかすぎて仮設住宅が軽くパニックになったくらいだし。

まあ、結果的にいい方に転がったのは不幸中の幸いだったか。

ちなみに、2人とも魔石はそのままだ。

こっちはそのままにしても私生活にほとんど問題がないからってのが一番の理由だが、ティアは今までの道のりを忘れないために、リヒトは自らの贖罪の証にするために、っていうのもある。

 

「いや、終わったあとのことを考えてみろ。絶対に大騒ぎになるぞ」

 

特に、ハジメの周りの女性陣が。

そこに突っ込むのはもちろん、近づくのもちょっと遠慮したかった。さらに増えた分、なおさら。

それに、俺は俺でやりたいことがあるし。

 

「そう」

 

ティアはそれだけ呟いて、俺の隣に腰を下ろした。

その視線の先では、黄金と深紅の魔力がうねりを上げて、螺旋を描きながら天へと昇っていた。

概念創造の際に現れる、魔力の奔流だ。

次第に魔力の奔流は、地上・・・そこにあるだろう神結晶へと収束していき、フェアベルゲンの森一帯を眩い輝きで照らす。

その輝きも次第に落ち着いていき、ついになくなった。

そして、少し経った後、歓声が爆発した。

その意味するところは、考えるまでもない。

 

「成功したか」

「最初から心配してなかったでしょ」

 

それはそうだ。

あいつの故郷に帰りたいという想いを疑うはずもない。

それなのに、ちょっと帰りたくない理由ができてしまった俺が片手間で作れるんだから、本当にずるいよな。

さて、

 

「それじゃあ、ちょっと場所を変えようか」

 

そう言って、俺はティアの手を掴んだ。

 

「どこに行くの?」

「ちょっと2人きりになれる場所」

 

それだけ言って、俺はとある場所に転移した。

転移したのは、フェアベルゲンの森の中でも特に見晴らしのいい木の上だ。

もっと言えば、イズモに膝枕をしてもらったり告白した場所でもある。

もしかしたら他の場所がよかったかもしれないが、ここが最も見晴らしがよくて、なおかつ人の目につかない場所だからしょうがない。

 

「それで、ここに来て何をするの?」

「話しておきたいことがあってな」

 

今から話すことは、2人きりの時でなくてはならない。

だから、この場所を選んだ。

 

「俺は、ティアが好きだ」

「? えぇ、私もツルギのことが好きよ」

 

今までも言ってきたことだし、当然その気持ちは嘘ではない。

ただ、

 

「だが、そこから先のことはまだ話していないと思ってな」

「先のこと・・・?」

 

恋人同士としては、今までも数えきれないほど気持ちを交わし合ったし、愛し合ってきた。

だが、恋人の、さらにその先のことは、今まで一度も話したことがなかった。

臆していた、というわけではないが、なかなかそこまでの一歩を踏み出すことができなかった。

だが、さすがにこれ以上先延ばしにするのはダメだ。

だから、その気持ちをティアに示すために、俺は懐から小さな箱を取り出した。

 

「この箱が、どうかしたの?」

「中を見ればわかる」

 

そう言って、俺はパカリと箱を開けた。

その中には、神結晶による装飾が施された2つの指輪が入っていた。

そう、これは・・・

 

「この指輪は・・・?」

「俺たちの世界には、好きな人に指輪をプレゼントしてプロポーズする、っていう習慣があるんだ」

「ぁ・・・」

 

ティアも、俺が何を言いたいのかわかったようで頬を紅潮させた。

そして、俺は意を決して口を開いた。

 

 

 

「ティア。俺と結婚してくれ」

 

 

 

精一杯の、俺のプロポーズ。

その時のティアの気持ちは、俺にもわかったかもしれないしわからなかったかもしれない。

だが、頬を赤くしながら瞳を潤ませるティアが何て言うのか、それだけは確信していた。

 

 

 

「はいっ。私を、ツルギの奥さんにしてください!」

 

 

 

そう言って、ティアは満面の笑みを浮かべて抱きついてきた。

俺も、ティアの気持ちに応えるように強く抱きしめ返す。

しばらくそのままの状態でいたが、いつまでもこのまま、というわけにもいかない。

 

「ティア。ちょっと左手を出してくれないか?」

「? えぇ」

 

俺に言われるがままに、ティアは左手を差し出した。

その薬指に、指輪をはめる。

 

「ティアも、これ」

「ふふっ、わかったわ」

 

ティアに指輪を渡すと、ティアも何をすればいいのかわかったようで、そっと俺の左手の薬指に指輪をはめた。

手をかざせば、おそろいの指輪が日の光に照らされてキラリと光る。

その指輪を、ティアは愛おしそうに撫でた。

 

「それで?この指輪はあとどれだけ用意するの?」

「・・・実は、もうすでにあと3人分そろえてある」

 

もうちょっと余韻に浸りたかったが、言われると思っていた質問にちょっと目を逸らしながら答えた。

実は、イズモ、雫、アンナの分もすでに用意してある。

最初に渡すのはティアだと決めていたが、あとの3人にも近いうちに渡す予定だ。

 

「ふふっ。準備がいいのね」

「まさか、ティアに渡してあの3人に渡さないわけにもいかんし・・・」

 

日本の価値観的にあまりいい目は向けられないだろうが、そんなの知ったことではない。

俺も親友に倣って、最善の道を模索し続けるさ。

さて、ひとまずは、

 

「これからも、末永くよろしく頼む、ティア」

「こちらこそ、末永くよろしくね、ツルギ」

 

トータスに来て1年。

短いようにも長いようにも感じたが、いろいろなことがあった。

日本に帰還してからどうなるかなんてわからないが、俺たちならきっとどうにかできる。

どうにかしてみせるとも。

だからその前に、今はティアとの2人の時間を存分に楽しもう。




「二人の魔王の異世界無双記」、これにて本編完結です。
ここまで来たのに、だいたい2年半ですか。150話近くかけて、文字数も100万を超えて。
最初からずっと読み続けていただいた読者様、途中から本作を見つけて読んでくださった読者様には、本当に感謝してもしきれません。
自分が執筆した二次創作の中で、最も読者やお気に入り登録が多くてモチベに繋がっていた作品なので、完結したということがすごい感慨深いです。
ついでに言えば、あくまで本編とはいえ物語を完結させたのは、本作が初めてなんですよね。
以前から様々な二次創作を執筆・投稿していたんですが、UAが思うように伸びなかったり原作への意欲が薄くなって執筆できなかったりで削除したことが何度もあったので。
そのため、ようやく作品を完結させることができて、すごいホッとしています。
さて、これからの「二人の魔王の異世界無双記」ですが、察している読者もいると思いますがアフターストーリーを投稿していきます。
まずは、神話大戦が終わってからの1ヵ月間の話を3話ほど投稿してから、日本に帰還してからの話を執筆していきます。
このアフターストーリーがどこまで続くのかはまだ未定ですが、これからも読んでいただければ幸いです。
それと、お気に入り登録者数1500突破記念の内容をTwitterで募集しようと考えています。
ハーメルンのメッセージで応募するよりは、募集しやすいかなと思ったので。
アカウント名はあらすじに記載しておきます。


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幕間
おそらく史上最大の親子喧嘩


神話大戦を終え、まだ復興やらなんやらで忙しい頃。

今、俺は王都の仮設住宅から離れた森の中にいるのだが、

 

ドゴォン!!

ズガガガガガガッ!!

 

俺の視線の先では、激しい土煙が立ち昇り、すさまじい衝撃をまき散らしながら、ティアとリヒトがガチの殴り合いをしていた。

この場には俺以外にも何人かいるが、例外を除いて揃って遠い目になっている。

どうして、このようなことになったのか。

事の発端は、少し前にさかのぼる。

 

 

* * *

 

 

神話大戦から、1週間と少し経った頃。

ようやく戦後処理が一段落し、王都の復興が始まった。

王都では多くの建築士や錬成師が協力して建物を建てている。

ひとまずは、ギルド本部といった重要施設から建築を始め、国民の住居はひとまず後回しになっている。

仮設住宅だと不便も多いだろうが、幸い数は揃っているため、屋根なしで生活している国民はいない。

実は、俺もその中でちょいちょい復興を手伝っている。

親切心、というよりは、何かやっていないと落ち着かないからだ。

ハジメを筆頭に、シアとティオ、ティアとイズモはかなり消耗したためフェアベルゲンで療養していたが、俺は肉体を取り戻しただけで消耗はほとんどない。

神の使徒相手に大暴れしたのも大して疲れなかったし、なんだったら中村の蘇生の方がよっぽど疲れたまである。

だから、暇つぶしも兼ねて王都復興の現場指揮をとっていた。

周囲からは効率が段違いに跳ね上がると感謝されているが、内心では「何かしていないと落ち着かないとか、もしかして俺、ワーカーホリックだったりするのか・・・?」と首を傾げていたりもする。

とはいえ、別に最初から最後まで指揮しているわけではない。

むしろその辺りは姫さんの仕事だ。

だから、俺がしているのはあくまでお手伝いとか細かい修正とか、そんな感じだ。

その分、暇な時間も多い。

というか、周りから「魔王様を働かせるだなんて!!」みたいな感じになることも多い。

その結果、本当に暇つぶし程度しか働いていない。

というか、ナチュラルに俺まで魔王扱いされてるのがなぁ・・・。

この日も早い段階でやることがなくなったため、転移でフェアベルゲンに戻った。

すると、ちょうど転移した場所の近くにいたハジメが声をかけてきた。

 

「よう、ツルギ。ちょっといいか」

「なんだ?」

「今、日本に帰った時にユエたちが問題なく過ごせるように変装のアーティファクトを作っているところなんだが、ティアはどうしておこうかと思ってな」

「ティアを?・・・あぁ、どこまで変えるか、ってことか?」

 

たしかに、ティアの場合はちょっと他と違ってくるか。

ユエやシアたちであれば、外観的な特徴を隠すだけで事足りる。

例えば、ユエの場合は鋭い犬歯だったり、シアの場合はウサ耳と尻尾だったり。

だが、ティアの場合、尖った耳だけを隠せばいいのかと言われると、少し悩む。

魔人族由来の浅黒い肌は、日本は当然だが、地球にもほぼ存在しない。

もしかしたら、俺の知らない部族でそういう肌色の人種はいるかもしれないが、まず間違いなくマイナーだ。

そして、いざ日本に戻った時に、行方不明になったクラスメイトに混じって何人か増えていて、その中に肌色が特に違うティアが混じると、良くも悪くも目立つ。

おそらく、メディアの注目度は最も高くなるだろう。

そう考えると、ティアの肌の色も隠した方がいいってことになるが。

 

「前まで戦争の都合で隠してきたとはいえ、終わった後になってまで、っていうのはなぁ・・」

 

なんだか、気が引ける。

当然、俺は肌の色が違うからって気にすることはまったくないんだが、今後起こるだろう事態に備えて、やはり肌色は隠した方がいいか。

ただ、ティアが何て言うかわからないしなぁ・・・。

 

「・・・俺たちだけで決めるのもアレだ。ティアにも話しといた方がいいだろう」

「それもそうか」

 

とりあえず、本人に直接尋ねることにしよう。

そう決めて、俺とハジメは普段過ごしているところに向かった。

 

 

 

俺たちがこっちで普段生活しているのは、アルフレリックから提供された離れの小屋だ。

親切に、ハジメたちの分と俺たちの分にそれぞれ用意してもらって。

まぁ、ここで俺とハジメが同じ空間にいたら、思うようにできないもんな。何がとは言わんが。

アルフレリックとしても、アルテナの関係で俺たちがフェアベルゲンに滞在するのは歓迎したいだろうし。

俺が過ごしている小屋の中に入ると、予想通りティアがいた。さらに、少し意外なことにリヒトまでいた。

 

「あっ、ツルギ」

「おう。珍しいな、リヒトがこっちにいるなんて」

「ティアに同胞の様子を伝えるために来ただけだ」

「なるほど」

 

今いる魔人族は、全員ティアによる暴走から生き残った者たちだ。

そのため、ティアは同胞から非常に恐れられている。

あまりこういう言い方はしたくないが、今でもティア=化け物というイメージがこびりついている状態だ。

だから、今はまだティアは魔人族の生き残りの輪の中に入れていない。

リヒトが取りなしているものの、普段通りに接するにはもう少し時間がかかりそうだというのが実情だ。

 

「それで、ツルギはどうしたの?珍しくハジメを連れて来て」

「実はな・・・」

 

そこで、ティアに変装のアーティファクトについて話した。

大方説明し終えると、ティアの返答はあっさりとしたものだった。

 

「そう。そういうことなら、わかったわ」

「・・・いいのか?」

「ツルギにあまり迷惑はかけたくないし、それを言ったらアイデンティティを丸ごと隠してるシアはどうなるのよ」

「「あ~・・・」」

 

たしかに、ウサ耳と尻尾がなくなったシアとか、それってシアと言えるのか?すでに最初の頃にあった残念ウサギ属性は影も形も残っていないというのに。

少なくとも、俺は「言える」とは断言できない。納得の声をこぼしたハジメも似たようなものなのかもしれない。

そう考えれば、肌の色くらい今さらかもしれん。

まぁ、そういうことなら。

 

「わかった。そういうことなら・・・」

「そういうことなら、いっそ変成魔法で人間族と同じ姿にしてしまえばいいだろう」

 

一瞬で、空気が死んだ。

主に、ティアが放ったプレッシャーによって。

いや、そもそもの原因はリヒトの発現なんだろうが。

どこからどう考えても地雷発言だろう。

 

「・・・どういうこと?」

 

ティアから発せられる声は、絶対零度の冷気を纏っていた。俺はもちろん、ハジメすらも思わず身震いしてしまうくらいには。

対し、リヒトは眉1つ動かさない。

 

「今、言った通りだ。肌の色も誤魔化してしまうくらいなら、いっそ変成魔法で人間族と同じ姿にしてしまえばいい、と。アーティファクトで変装してまで魔人族でいる必要はない」

 

それこそ変成魔法を使って人間族になるまでもないと思うんだけど。

いや、まぁ、たしかにアーティファクトだとボロが出てしまう可能性も0ではない。

ないが、それはティアだけじゃなく、異世界の異種族全員に当てはまることだ。

だというのに、

 

「それって、ユエやシア、イズモたちにも同じことを言えるの?」

「言うわけないだろう」

 

それをティアだけに押し付けるというのは、どう考えても違うだろう。

だが、表情を見る限り、リヒトは本気だ。

戻そうと思えばいつでも戻せるとはいえ、あんまりと言えばあんまりだ。

そして、

 

「ティア。お前は人間族になった方がいい」

「ッ!!」

 

このとどめの一言で、ティアの沸点を超えたのだろう。

次の瞬間、ティアの体がぶれた。

 

「少し待て」

 

ティアの拳がリヒトを捉える直前、どうにか腕を伸ばしてティアの拳を受け止めることができた。

咄嗟だったとはいえ、魔力で強化したにも関わらず掌がしびれたことから、ティアが限りなく本気だったことがわかる。

 

「ツルギ、どいて」

「俺は、少し待てと言った」

 

先ほどから、ティアの言葉に抑揚が無い。

まず間違いなく、かなりブチキレている。

対するリヒトは、見た限りは冷静なままだ。

それもまた、ティアの怒りを買っているのだろう。

とはいえ、ここで俺が引くわけにはいかない。

 

「別に喧嘩するのは構わないが、ここではダメだ。余計な被害を出すわけにはいかないだろう」

「・・・わかったわ」

 

ここはフェアベルゲンだ。

このままこの2人に喧嘩をさせたら、周囲への被害は計り知れない。

とはいえ、この2人が話し合いで解決できるとは俺も思っていない。

だから、

 

「場所を変えるぞ。ドンパチやるならその後だ」

 

 

* * *

 

 

2人の話し合い・・・という建前の殴り合いの場所に選んだのは、神話大戦で俺たちがヌルと戦ったあたりの場所だ。

ここなら、フェアベルゲンはもちろん、王都の仮説住宅からも程よく離れている。

よっぽどじゃない限り、余計な被害は出ないはずだ。

 

「そんじゃ、喧嘩するならここでやってくれ。一応、俺もここで見てるから、最悪死んでもどうにでもなる。ただ、魔法や魔力による強化はいいが、武器の使用は無しだ」

 

なんかやってることが審判みたいだよな~、なんて思いながら、注意事項を説明する。

リヒトの籠手はともかく、ティアの“空喰”なんて危なっかしくて使わせられない。

だから、2人とも武装無しで殴り合った方が、バランス的にもいいだろう。

ちなみに、他にはハジメ、イズモ、雫、アンナ、ユエ、シア、ティオ、香織が野次馬根性丸出しで見学している。

親子喧嘩に興味があるというよりは、ティアとリヒトだからこそだろう。

結局、今まで機会がなくて、2人がガチで殴り合ったことはない。

リヒトとの勝負は、ずっと俺がやってたからな。

だから、どういう風になるのか興味津々といったところか。

特にシアが。

肉弾戦大好きな兎だから、この2人の親子喧嘩はたいそう興味があるらしい。

 

「準備はいいな?それじゃあ、始め!」

 

俺が試合(喧嘩)開始の合図を出すのと、ティアが飛び出してリヒトが“天魔転変”で白竜人になったのは同時だった。

あっという間にリヒトに肉薄したティアが拳を振り上げ、対するリヒトは両腕をクロスしてティアの拳に備える。

ティアの拳が、リヒトを捉えた次の瞬間、

 

ズガァッ!

 

普通じゃあり得ないような轟音と衝撃がまき散らされ、リヒトの足下がクレーター状に陥没した。

後ろを振り向けば、俺よりも離れた場所にいる女性陣の髪が衝撃波でなびいている。

いったい、ティアはどれだけの力で殴ったんだ?

ていうか、なんでリヒトはあれを真正面から受けたんだ?

とりあえず、いったん俺もハジメたちがいるところまで下がる。

下がったところで、ハジメが真顔で尋ねてきた。

 

「・・・なぁ。今、何が起こったんだ?」

「ティアがリヒトを殴った」

「それはわかってる。俺が聞きたいのは、何をどうすればあんな風になるんだってことだ」

「ティアが全力でリヒトを殴り飛ばそうとして、リヒトが受け止めきれない衝撃を地面に逃がした結果があれだろうな」

 

要するに、原理は俺が坂上に教えた“富嶽”と似たようなものだ。

そのレベルが、坂上とは比較にならないほど高いだけで。

今のティアのステータスは、かつての暴走の影響か、“ハティ”込みで全力で強化すればそれこそバグウサギのシアを凌駕する。

とはいえ、今はそこまでの出力は出ていない。

数値で見れば、せいぜい5万がいいところか。

いや、それでもだいぶバカげているし、数倍は差があるだろうステータスで互角に張り合っているリヒトも大概おかしいが。

やろうと思えば、俺でも同じことはできるだろう。

できるだろうが・・・完全に抑えきる自信はない。

そして、見た限りではリヒトはティアの膂力をすべて受け止めきっている。

マジか・・・俺と戦ったときよりも、数段は強くなっている。

まさか、神話大戦で使徒と戦いながら成長したとでも言うのだろうか。

そんなことを考えている間にも、目の前ではド派手な戦闘が繰り広げられている。

ティアが姿を消さんばかりの勢いで攻撃を繰り出しては、リヒトはその場から動かないまますべての攻撃を対処する。

時には威力に負けて地面を削りながら吹き飛ばされたりもしたが、体勢はまったく崩れていない。

 

「おぉ!すごいですね!私もやってみたいですぅ!」

 

この中で、シアだけが興奮しながらシャドウボクシングしている。

まぁ、シアもやろうと思えばやれなくもないよな。

すると、

 

「んあ?リリィか。どうしたんだ?」

 

何やら姫さんから念話が届いたようで、ハジメがそっちに意識を割いた。

 

「敵?いや、んなもん来てねぇけど。ティアとリヒトがちょっと喧嘩を・・・は?マジで?」

 

なんか、ハジメと姫さんの会話の雲行きが怪しくなってきた。

いや、嫌な感じというよりは、想定外のことが起こってるみたいな感じみたいだけど。

 

「おい、ツルギ。2人の喧嘩の衝撃、王都まで届いてるみたいだぞ。ちょっとした騒ぎも起こってるとさ」

「・・・」

 

マジか~。

考えてみれば、その辺りの感覚がマヒしてたかもしれん。

俺たちからすれば「すごいな~」程度でも、この世界の基準からすれば天災みたいなもんなんだよな。

ちゃんと離れた場所だから問題ないと思っていたが、少し油断していたか。

 

「・・・まぁ、向こうのことは姫さんに任せるか」

 

とりあえず、俺たちの周囲5㎞くらいを空間魔法で隔離した。

2人の喧嘩に水を差さないように、しっかり隠ぺいもしておきながら。

すると、イズモが微妙な感じになりつつある空気をリセットするために尋ねた。

 

「そう言えば、ツルギはどっちが有利だと思う?」

「・・・俺の見立てだと、有利なのはリヒトだな」

 

見た限り、リヒトの武は数倍のステータス差も苦にしないほどまで極まっている。

ティアも俺と雫の指導でそれなりの技は備わっているが、リヒトの前ではもはや意味はない。

ともかく、

 

「問題なのは、2人の決着がどこでつくかなんだよなぁ・・・」

 

何回も言ったが、これは親子喧嘩だ。

最低限のものを除けばルールなんてない。

最悪、死んでも蘇生できるとはいえ、そうならないに越したことはない。

ただ、割り込む方もかなり度胸がいるわけで。

 

「・・・頼むから、無事に終わってくれよ」

 

こればっかりは、俺でも祈ることしかできなかった。

 

 

* * *

 

 

(やっぱり、強いっ・・・!)

 

一方的に攻め立てるティアは、どれだけ攻撃しても疲れる素振りすら見せないリヒトに焦りを覚え始めた。

ステータスでは圧倒的に優位なはずのティアが、一向に攻め切ることができない。

それはつまり、このままではティアはジリ貧だということだ。

だが、ティアは戦いの真っ最中に考えるというのは苦手だ。

ツルギのように、戦いの中であれこれ小細工することはできない。

だから、

 

(このまま押し切る!!)

 

ステータスによるごり押し。

作戦というには単純すぎるが、それこそがティアの強みでもあるのだ。

このままリヒトを圧倒するべく、さらにギアを上げていくティアだったが、ここでリヒトの動きが変わった。

 

「オオォッ!!」

 

今までティアの拳を受けてばかりだったリヒトが、攻めに転じた。

ティアの拳を受け止めるのではなく、己の拳で迎え撃った。

拳と拳がぶつかり合った瞬間、さらに凄まじい衝撃波が発生し、その余波で大地が抉れた。

それほどの衝撃にも関わらず、リヒトの背中は微塵も曲がっていなかった。

むしろ、

 

(お、重いっ・・・!?)

 

ティアの方が押し込まれてしまうほど、リヒトの拳は重かった。

いや、拳だけでなく、リヒトという存在そのものが、まるで“神山”もかくやというほどの重みがあった。

当然と言えば当然だが、リヒトもなんの小細工もなしに正面から迎え撃ったわけではない。

“富嶽”による防御に加え、インパクトの瞬間に合わせて魔力による強化を施し、固く握りしめた一本拳を真っすぐに突き出すことで衝撃を針のように一点に集中させて、ティアの膂力を殺しきったのだ。

当然、普通の人間がやれば指の骨が粉砕されてしまうか、そもそも受け止めることすらできずに吹き飛ばされてしまうだろう。

それができたのは、巌のように鍛え上げられたリヒトの肉体だからこそだ。

だが、武術に関してはまだ未熟なティアには、それがわからない。

理解できない現象を前に、ティアの思考は混乱する。

そして、それは武人の前では致命的な隙になる。

気付いた時には、リヒトに腕をガッと掴まれていた。

 

「あっ」

「ぬぅん!」

 

咄嗟のことで踏ん張りがきかなかったティアは、そのままリヒトに投げ飛ばされてしまう。

ただ力任せに投げただけにも関わらず、ティアの身体は木々をへし折りながら1㎞ほどまで投げ飛ばされた。

直接的なダメージはないものの、内部への衝撃は防げなかったため視界がわずかに揺れている。

当然、それをリヒトが見逃すはずもなく。

視界の揺れが収まった時には、すでにリヒトはティアの目の前で拳を振り上げていた。

 

「こ、んのぉ!!」

「ぬっ!?」

 

対するティアは、拳ではなく蹴りでリヒトの拳を弾いた。

いくらリヒトがティアのパワーを殺す術を持っているとはいえ、腕よりも数倍以上力を込めれる足蹴りであれば、リヒトでも封殺しきることはできない。

だがリヒトの判断も早く、弾き飛ばされるや否や体を回転させて衝撃を逃がし、腕へのダメージを最小限にとどめた。

それからは、互いに一歩も引かない打撃の応酬が繰り広げられた。

当然、どこぞの脳筋(龍太郎)のように殴られたら殴り返すを続けるような不良の喧嘩ではない。

ティアがステータスに任せて一方的に攻める中、リヒトは最適な力・角度でティアの猛攻を捌き、的確に反撃を入れる。

一撃一撃が地面を吹き飛ばす衝撃波を発生させるほどのティアの打撃を、リヒトは卓越した武をもって捌く。

だが、攻撃のたびに反撃を受けるティアはもちろん、殺しきれない衝撃を受け続けるリヒトにも、次第に傷が増えていく。

ティアの身体にはあちこちに青黒いあざができており、内臓も部分的に傷ついて口から血を流している。

リヒトにいたっては、左腕の骨にひびが入っており、頭からも血を流していた。

それでも、2人の膝は僅かばかりも曲がっていない。

互いに、戦意に満ちた視線を交わし合う。

 

「はあああああ!!!」

「おおおおおお!!!」

 

雄叫びをあげ、雌雄を決さんと互いに踏み込み、

 

 

 

 

『そこまでだ』

 

 

次の瞬間、2人の頭上からツルギの声が響き渡り、2人の動きがビタッ!と止まった。

 

 

* * *

 

 

「ふ~ん、けっこう便利だな」

 

眼下の光景を見ながら、俺は小さく呟いた。

今使ったのは、エヒトが使っていた“神言”だ。

“神言”は魂魄魔法による無意識領域への洗脳を言葉に乗せて放つ魔法であり、コツを掴めば習得は容易かった。ユエからアドバイスも聞いたし。

使えるようになったのは最近だが、剣製魔法よりも発動が早く、対象を傷つけることもあまりないから使い勝手がいい。その気になれば、複数人に対して行使することも可能だ。

そんな覚えたての魔法を使って2人を止めたのは、言うまでもない。

 

「さて、さすがにそれ以上は生死に関わってくる。ひとまずは拳を収めてもらおう」

 

2人のダメージが、そろそろ限界を迎えていたからだ。

見る限り、ティアは内臓が傷ついているし、リヒトも骨にひびが入っている。

あのままやらせようものなら、最悪どっちかが死ぬ事態になりかねなかった。

蘇生できるとはいえ、そのような事態は避けるに越したことはない。

それに、

 

「これ以上暴れられると、森を再生する手間がさらに増える」

 

周囲を見渡せば、結界のほぼ全域で木々がなぎ倒され、所々地面が抉れた森の跡が広がっていた。

いったいどういうステータスで殴り合ったら、短時間で森が荒野になってしまうと言うのか。

 

「ったく、本当に似た者親子だな・・・」

 

目の前のことに集中しすぎて周りがまったく見えなくなるあたり、良くも悪くも真っすぐというか、脳筋というか・・・。

 

「とりあえず、2人の治療は香織に任せた。俺は森を元に戻す」

「わかったよ」

 

2人を座らせてから再生魔法で治療を始めた香織を横目に、俺も再生魔法を使って森を再生する。

魔法はほとんど使われてないはずなのに、森を戻すのにそこそこの魔力を持ってかれた。

信じられるか?素手での殴り合いの結果なんだぜ?これ。

今の身体ならまったく問題ないわけだが、まさかこんなところでエヒトの改造に感謝することになるとは・・・。

そんなことを考えながら、つつがなく森の再生を終わらせた。

2人の治療も終わったようで、ちょうど立ち上がっているところだった。

 

「さて、俺の方からも口を挟ませてもらうが・・・はっきり言って、リヒトに関しては余計なお世話としか言いようがないぞ」

「むっ・・・」

「え?ツルギはわかってたの?」

 

何が、というのは、リヒトの真意のことだろう。

なんとなくだが、リヒトがあんなことを言った理由を察していた。

 

「おそらくだが、魔人族の風当たりを気にした結果だろう?」

 

今回の大戦を経て、魔人族の立場はある意味大戦前よりもさらに不安定なものになっている。

大きな理由は、今まで長い間戦争を続けてきたということと、大戦では陣営で言えばエヒト側についたこと。

大戦では直接戦わなかったとはいえ、世界の危機に参戦しなかったというだけでも魔人族の評価は高くない。

むしろ、ティアとリヒトという存在がなかったら、魔人領で封印されている魔人族の()()がすでに決定していてもおかしくないほどだ。実際、そうするべきだと唱えている貴族も存在する。

逆に言えば、ティアとリヒトのおかげで魔人族の最低限の人権が守られているとも言える。

とはいえ、それでも魔人族に対する風当たりは決してよくない。

ティアはともかく、リヒトや生き残りの魔人族に対して「まだ何か良からぬことを考えているのではないか」という意見は、庶民・貴族に関わらず存在する。

ティアに関しては、俺の恋人でハジメの仲間ということもあって風当たりはそこまで強くないが、魔人族の保護に動いているティアを良く思っていない貴族はやはり存在する。

 

「だから、ティアを魔人族というくくりから遠ざけようと思ったんだろう?魔人族の業を、ティアに背負わせないために」

「・・・」

 

リヒトは無言のままだったが、もはや肯定しているようなものだった。

ティアもまた、黙ったままリヒトの様子を見ている。

 

「とはいえ、そう言ったところで納得するティアじゃないだろう。どっかの誰かに似て頑固だからな」

 

ティアは、自分だけを仲間外れにするということがかなり嫌いだ。

そんなティアが、自分だけ魔人族の業を背負わなくてもいいと言われたところで、それを受け入れるはずがない。

だからこそ、こんな喧嘩になったわけだし。

 

「そういうわけだから、説得は諦めて・・・」

「待って、ツルギ」

 

リヒトを諭そうとしたところで、不意に横からティアが話しかけてきた。

 

「やっぱり、お父さんの言う通りにして」

「あ?」

 

リヒトの言う通りってことはつまり、変成魔法で人間族の姿にしてくれってことだろ?

え?どういう掌返しというか、心境の変化だ?

 

「・・・どういうことだ?」

「そっちの方が、都合が良くなるってことでしょ?」

 

何のことを言ってるんだ?と思わず首を傾げたが、すぐにティアが何を言っているのか理解した。

 

「つまり、()()()()()()()()魔人族の復権の力になる、ってことか?」

「えぇ」

 

人によっては「たかが見た目が変わっただけ」と思うかもしれないが、この世界ではなかなかバカにならない。

この世界では、種族の差が見た目に大きく現れるということもあって見た目から入ることが多い。

こう言ってはなんだが、前まであった亜人・・・獣人族差別も大部分は見た目によるものだ。

だから、人間族の姿で魔人族に対して友好的な態度をとれば、たしかにハードルは下がるだろう。

また、魔人族側も人間族の姿のティアと接すれば、他の人間族とのコミュニケーションも幾分かはとりやすいはずだ。

とはいえ、ティアが魔人族だって知ってる人はわりといるし、ティアが人間族になったことに不満を持つ魔人族も出てくるだろうし、その他にもいろいろと穴はあるんだが・・・。

 

「・・・本当にやるんだな?」

「えぇ、お願い」

 

ティアは再び頷き、一拍置いて、

 

 

 

「だって私は、父さんの娘だから」

 

魔人族の復活のためなら、なんだってやる。

そう言わんばかりの雰囲気に、俺は思わずため息をついた。

 

「・・・本当、似た者親子だな」

 

頑固というか、不器用というか、変に真っすぐというか・・・。

とりあえず、ティアを変成魔法で人間族の姿にするということになり、今回の喧嘩をきっかけにティアとリヒトの親子としての距離がさらに縮まった。

俺は肉親関係で言えば天涯孤独の身だが、2人には今までの分を取り戻すくらいの親子の時間を送ってほしいものだ。




「・・・あれ?私たち、蚊帳の外です?」
「いやぁ、あの中に割って入るってのは・・・」
「・・・ん。空気を読まないと」
「やはり、放置プレイというのも悪くないの」
「ティオ様、そのようなことは言わないでください」
「私たち、なんのためにここに来たのかしらね・・・」

野次馬根性丸出しで来て、けっきょく出番をほとんど与えられなかった者たちの図。

~~~~~~~~~~~

大学でいろいろとやることが増えてきて、執筆が遅くなりました・・・。
いや、書く時間がないというよりは、書く余力がないっていう感じなんですけどね・・・。
あ"~、なんだか大学に行く、というか研究室で活動するの思った以上に苦痛になってる・・・。

ちなみに言うと、別にコロナ禍で登校できなくて~、とかじゃないんですけどね。
むしろ「オンラインの何が悪いんだ?」って首を傾げるレベル。


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日陰に残された者たち

「それじゃあ、お前たちはトータスに残るんだな」

「はい」

 

日本への帰還まであと1週間程度に迫った頃、俺はハイリヒ王国の王城でメイド会のメンバーに最後の確認をとっていた。

その内容は、「日本に行くか、トータスに残るか」ということ。

一応、俺を慕っているメイドたちだから、もしかしたら日本について行きたいという人間がいるかもしれないと思って聞いてみたが、アンナ以外はトータスに残ることを決意した。

まぁ、彼女たちにも家族がいるし、おそらく行き来できるとはいえ帰れる機会はそう多くない。

それに、彼女たちがいなくなっては王城が困るのだから、当たり前と言えば当たり前の判断だ。

まぁ、それだけが理由ではないのだが。

 

()()()()()の面倒を見れるのは、私たちだけでしょうから」

「・・・そうだな」

 

メイド会のリーダーであるウェンディが言う『あの方たち』とは、魔人族のことだ。

一応は生活が認められている魔人族だが、今まで戦争をしてきた歴史、一般人とはいえ魔法も使える危険性から、世話役を買って出る人はほぼいなかった。

例外的に、俺とティアの繋がりと彼らを制圧できるだけの実力があるということで、メイド会に白羽の矢が立ったということだ。

メイド会のメンバーも自分たちしか適任がいないということを理解していたから、この申し出を承諾した。

そういう理由でも、メイド会が王城から去るわけにはいかないというわけだ。

ついでに、話に出てきたから俺は気になることを尋ねた。

 

「とりあえず聞いてみたいんだが・・・あいつらとティアの様子はどうだ?」

「・・・最初に比べればまだ、としか」

「・・・そうか」

 

最初の頃は俺も一緒にいたが、まぁ魔人族がティアに対してひどく怯えていたのが印象的だった。

あのような事件があったんだから当然と言えば当然なんだが、やはりショックは大きかったようで、ティアはその日の夜ひどく落ち込んだ。

それでも、ティアが人間族になってからは、少しは態度は緩和した。

べつに魔人族の姿じゃないから当時のことがフラッシュバックしない、というわけではないのだろうが、魔人族の人権回復のために動いているティアを見ていたこととリヒトの執り成しが合わさった結果だろう。

だが、あくまで少しだけだ。

未だに、魔人族とティアの間には距離がある。

 

「まぁ、こればっかりは時間に任せるしかない。次戻って来たときにどうなるか。話はそれからだな」

 

具体的にどれだけの間かはわからないが、日本に帰還してすぐにトータスに戻るということはないはずだ。

だったら、時間が彼らの恐怖心を和らげると同時に、魔人族の地位も幾分かよくなるはずだ。

それに、

 

「幸か不幸か、あいつらは俺に対してはそこまで警戒心を持ってないし」

「それもそうですね」

 

魔人族にとって、俺は自分たちの生存というか、最低限の生活を保障してくれるように口添えしてくれたということで、リヒトと同じくらいには信用してもらえている。

だから、俺の方からもティアとの関係の改善を手伝うことはできるはずだ。

 

「それで、これからどうされるおつもりですか?あの方たちの様子を見に行きますか?」

「いや、そっちは後だ。まず先に、もう片方の問題の方に行く」

「もう片方の問題、というと・・・」

 

俺の言い回しで、ウェンディも誰のことを言っているのか察したようだ。

 

「とりあえず、中村の様子を先に見に行くことにしよう」

 

 

* * *

 

 

現在、中村の扱いは魔人族よりもさらに厳しいことになっている。

なにせ、大勢の王国の騎士を殺して傀儡にし、勇者をたぶらかして人類を裏切らせた張本人なのだから。

当然、監視は厳重に厳重を重ねているし、行動の自由も制限されている。

具体的には、基本的に中村は監視用の個室に軟禁状態になっており、外に出るには上の許可が必要になる。

その監視役も最低でも2人の騎士と2人のメイドの4人で担当しており、身の回りの世話をメイド会のメイドが行うことでわずかな陰謀の可能性も許さないようにしている。

曲がりなりにも自由行動が許されている天之河とは大違いだ。

だが、これでもまだまだマシな方で、なんだったら、中村を殺すべきだと言う声は魔人族に対するものよりも多い。

それでも、こうして中村の存在が許されているのは、俺と谷口の働きかけによるものだ。

俺が中村の能力を封印し、谷口が姫さんに協力を持ち掛けてどうにか実現することができた。

こちらの言い分としては、中村による事件は国民に対して表沙汰にしていないこと、曲がりなりにも神の使徒であることから、公然で死刑にするにせよ秘密裏に死刑にするにせよ問題が残る。そして、今は大戦を乗り越えたばかりであり、その中で中村の死刑を執行することで戦勝ムードが冷えてしまう可能性があるため、中村を死刑にするべきではない。といった感じだ。

これでどうにか家臣たちを納得させることができて、様々な制限付きだがこうして中村にもある程度の生活が保障されることになった。

まぁ、扱いは囚人に近いが。

言ってしまえば、今の中村の扱いは無期限の執行猶予がついた凶悪殺人犯のようなものだ。

はっきり言って、立場の危うさは魔人族の比ではない。

とはいえ、そうなるとわかった上で、谷口は当然だが、俺も自分のエゴも含めて中村を蘇生したのだから、できるだけ面倒は見るつもりだ。

そういうこともあって、俺はちょくちょく中村の様子を見に行っている。

というか、そうしないとマジで中村が死刑にされかねない。

そんなこんなで、すでに慣れてた道を通って中村が幽閉されている部屋に向かう。

中村の部屋の前に着くと、扉の前で立っていた見張りの兵士がビシッ!と姿勢を正した。

今回の大戦で、ハジメは“神殺しの魔王”として、俺は“使徒殺しの魔王”として、この世界の人から広く認知されることになった。

王城では特にそれが顕著で、別に俺やハジメの方から何か言ったわけでもないのに、まるで王族でも相手にするかのような態度で接されるようになった。その表情には畏敬の念が込められていて、誰もが自然とそんな態度をとるもんだからこそばゆいことこの上ない。

 

「お疲れさん。中村は?」

「先ほど、食事を終えたところです」

「わかった」

 

中村に出される食事は、姫さんの息がかかった料理人に用意してもらっている。

万が一、どっかの顔も知らない貴族が指示して毒が混ぜられようものなら、目も当てられないしな。

とはいえ、当然内容は質素というか簡単なもので、平民が食べるようなものと同じになっている。

それだけ尋ねて、俺はドアをノックしてから中に入った。

中はけっこう広く、ベッドや食卓に加えて簡単なストレッチができる程度にはスペースが確保されている。

窓もそれなりに大きいため、日の光も十分に入り込むようになっている。

その中で、中村は椅子に座って読書をしていた。

その表情は静かなものだったが、ドアの音で俺に気が付いた途端に一転して不機嫌な顔になった。

中村の後ろで控えていた2人のメイドは、俺が入ってきたタイミングで頭を下げて、すぐに部屋から出て行った。

本来であればメイドもいた方がいいのかもしれないが、なにせデリケートな話が多いものだから、俺がいる間は部屋から出て行ってもらうように頼んだ。

メイドたちも俺の実力を理解しているから、特に反論するでもなく俺の言う通りに従ってくれている。

メイドたちが部屋から出たところで、俺も中村と向かい合うように椅子に座った。

 

「よう、随分と不機嫌そうだな」

「あんたの顔を見てるだけでムカムカしてくんの」

「なるほど、些細なことでイライラする程度には元気があるようだな」

 

このやり取りも、俺が中村を訪ねたときの恒例みたいなものになっている。

これを中村が変わったととるべきか変わっていないととるべきかは、悩ましいところだ。

 

「それで?またどうでもいいことでもしゃべるのかな?」

「カウンセリングと言え、カウンセリングと」

 

人聞きの悪い。

 

「それはさておき、今回はどうでもいいことだけじゃない」

「どういうこと?」

「日本に帰る日の目星がついた。だいたいあと1週間くらいだ」

「・・・そう」

 

俺の言葉に、中村はわずかに眉をしかめた。

まぁ、他と違って中村は帰る理由はあまりないからな。なんだったら、このままここにいた方が最低限の生活は保障される。

まぁ、置いてくわけにはいかないが。

 

「言っておくが、中村は一度強制的に同行してもらうぞ。親父にもいろいろと報告しなきゃいけないことがあるしな。トータスに残るんだったら、その後だ」

「・・・わかったよ」

 

俺の命令に、中村は不承不承ながらも頷いた。

そして、目を合わせようとしないまま俺に尋ねてきた。

 

「・・・光輝君は、どうするって?」

 

まぁ、それは聞いておきたいだろうな。

 

「一度日本に戻るのはあいつも同じだ。だが、今のあいつは自己嫌悪と罪悪感にまみれてるからな。どっかのタイミングでトータスに戻ることになるだろう」

「そっか」

 

中村の返事は、そっけないものだった。

だが、べつに天之河のことがどうでもよくなったとか、そういうわけではない。

どちらかと言えば、感情を持て余しているといった方が正しいか。

前までは、中村にとって天之河がすべてだった。今までの事件や行動も、天之河を手に入れるために起こしたものだ。

だが、中村の方から天之河に対して何かを期待したことは、ただの一度もない

それに、今は谷口がいる。谷口といることで、中村の中で何かが救われているのは間違いない。

そうして、中村の中に谷口の存在が割り込んでくる形になった。

そのため、谷口と一緒にいることで自分を肯定できるようになったものの、今さらになって天之河のことを捨てることができずにいる状態が出来上がった。

天之河の方から中村に対して贖罪がしたいと近づくようになったことも相まって、天之河を突き放す口実がまったくなくなってしまった。

そのため、天之河に対する執着はなくなったものの、今さらになって天之河の方から接触するようになってどのような態度をとるべきか決めあぐねているのだ。

本当に欲しいときに手に入れることができず、必要性が少なくなったタイミングで相手の方から意識されるようになったというのは、皮肉もいいところだ。

こうなると、俺の方で無理やりくっつけるというのは悪いだろう。

媚薬、無駄になっちまったなぁ・・・。

いや、いっそ天之河の荷物にこっそり忍び込ませてみようか?面白いことになりそうだ。

 

「それで?話は終わり?」

「それ、むしろ俺の方が聞きたいんだが。もっと他に言うことはないのか?」

「だって・・・ボクだって、どうすればいいのかわからないし・・・」

 

うーん、人より少ない程度でも良心が戻って来たのは喜ばしいことだが、これはこれでまどろっこしいな。

天之河との関係をはっきりさせるのは、わりと冗談抜きで中村にとって重要事項だ。

これは推測でしかないが、天之河はおそらく過去に中村に言った「俺が恵里を守る」という約束を守ろうとするだろう。

他の女の扱いがどうなるかは定かではないが、中村を優先しようとするのは間違いないはずだ。

いや、取り巻きの女は俺の方でなんとかしなくもないというか、あんなことを暴露したツケを払うつもりではいる。

だが、今さらになって天之河が約束を守ろうとしたところで、中村が再び天之河を意識するようになる可能性は低いだろう。

他人の人生を壊してまで欲しいもの(天之河光輝)を手に入れようとした中村と、自分が信じたいものだけを信じて様々な人間に迷惑をかけてきた天之河。

この2人が交わるのは、かなり先のことになりそうだ。

とはいえ、俺だって全部丸投げにするつもりはない。

最終的に決めるのは2人だが、俺の勝手で中村を蘇生したケジメをつけるためにも、悪い結末にならないよう手伝うくらいのことはしよう。

そういうわけで、

 

「お前には、これを渡しておこう」

「なにこれ?」

「とある大迷宮でくらった媚薬魔法の粘液を再現したものだ」

「いらないから!!」

 

え~?あって損はないと思うんだけどなあ?




「ふむ・・・どうしたものか・・・」
「ツルギ?なにそれ?」
「ハルツィナでくらった、媚薬の魔法・・・媚法のやつを再現してみたんだが、作った後になって扱いに困ってな」
「なんでそんなもの作ったのよ・・・」
「俺だってわからん」

媚法粘液を製作したときの現場。作った理由は特にない。


~~~~~~~~~~~


今回は予告なしで更新です。
思ったよりも短めに仕上がって完成したので、投稿しちゃいました。
とりあえず、魔人族と恵里のその後を簡潔にまとめてみました。
この先どうなるかは、あとあと詰めていくと思います。


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魔王対魔王

「パパとツルギお兄ちゃんって、どっちが強いの?」

 

事の発端は、ミュウの疑問だった。

その時にいたのは、ユエ、シア、ティオのハジメ組と、ティア、イズモのツルギ組だ。

 

「・・・ハジメ」

「ツルギよね」

 

当然と言えば当然だが、意見は分かれた。

 

「・・・どう考えても、ハジメが勝つ。アーティファクトでごり押しすれば勝てる」

「手数で言ったら、ツルギの方が上よ。選択肢だって多いし、概念も自在に作れるのよ?」

 

両者共に最愛の男のこともあって、一歩も譲らない。

 

「でも、普通に考えればツルギさんの方が強い気がしますよねぇ。普段の手合わせでも、ツルギさんが勝ち越してますし」

「だが、執念や気持ちの強さで言ったら、ハジメ殿に軍配が上がるな。相手が格上でも粘り強く戦い続けることができる」

 

シアとイズモは、逆の相手を支持する形になった。

そうなると、残るティオに視線が向けられるわけだが。

 

「うーむ・・・妾としては、長期戦ではツルギ殿が有利、短期戦ではご主人様が有利な気もするが・・・実際どうなるかはわからんのう」

 

返ってきたのは少しひよった解答だが、あながち間違ってはいない。

この2人が全力でぶつかったことは一度もないのだから、判断材料が少ないのだ。

さらに言えば、ツルギはエヒトによって神性に適した体となっており、ステータスが以前と比較にならないほど上昇している。

そもそも2人が手合わせをするときは基本的に近接攻撃のみで行うが、ハジメの本領は強力なアーティファクトを用いた物量戦で、ツルギの本領は剣術と魔法を交えたオールラウンダーな立ち回りだ。

その2人が全力でぶつかったら、いったいどうなるのか。この場にいるメンバーではちょっと予想できなかった。

試しに、クラスメイトや他の人たちにも同じことを尋ねてみたのだが、

 

「そりゃあ、南雲が勝つだろ」

「いや、峯坂が勝つだろ」

「ネーミングで言えば、“神殺しの魔王”の南雲君が勝つんじゃない?」

「でも、峯坂君だって大量の使徒を一瞬で殲滅してたよね」

「南雲なら、世界を改変できる峯坂にも勝てそうな気がする」

「いや、峯坂なら南雲の必死の抵抗を笑いながら潰しそうだろ」

 

こちらも賛否両論という形になった。

ツルギが有利という見方が多いが、ハジメなら負けないという意見も決して少なくない。

というより、クラスメイトたちは2人の全力を見たことが無いため、想像でしか勝敗を予想することができなかった。

結局、侃侃諤諤の議論が行われ、それでも結論は出ないまま平行線をたどり・・・

 

 

* * *

 

 

「そういうわけだから、ハジメと全力で戦ってみてくれない?」

「いや、どういうわけだよ」

 

分からなくはないけど、ちょっと急すぎやしないか?

あと、俺のことを「必死の抵抗を笑いながら潰しそう」とか言ったやつ、ちょっと出てこい。俺についての認識を小一時間ほど問い詰めてやる。

にしても、俺とハジメ、どっちが強いか、ねぇ。

 

「普通に戦えば、俺が勝つと思うけどなぁ」

「すごい自信ね」

「まぁ、概念魔法のアドバンテージがあるからな」

 

概念魔法とは本来、極限の意思が無ければ生み出すことはできないが、俺なら剣製魔法で直接生み出すことができる。

それに対し、ハジメが今生み出すことができる概念は、おそらく日本への帰還に必要なもののみ。

攻撃手段の質は、まず間違いなく俺の方が上だ。

だが、

 

「ただ、俺だってノータイムで概念を生み出すことができるわけじゃない。瞬間的な攻撃の火力や速度はハジメのレールガンには敵わないから、必ずしも概念魔法によるごり押しができるとも限らない」

 

概念とは、非常にデリケートなものだ。

剣製魔法で生み出すには、簡単なものでも数秒の時間を要する。

そして、数秒もあればハジメの兵器が火を噴くのは目に見えている。

だから、ハジメと本気で戦おうと思うと、あまり概念魔法に頼ることはできない。

つまり、概念魔法によるごり押しは非常に難しいというわけだ。

さらに言えば、物量戦に関しても俺は剣製魔法で量産できるが、ハジメのアーティファクトに対抗できるものを生み出すには1秒未満程度の隙が生まれる。誤差程度でも、武装したハジメを前にして1秒はあまりにも長い。

とはいえ、だ。

 

「近接戦なら俺の土俵だ。十中八九勝てる」

 

要するに、刀の間合いまで接近すれば俺が勝つが、間合いに入る前に押しつぶされれば負けるかもしれない、といったところだ。

ただ、

 

「でもなぁ、俺とハジメが全力でやり合う機会なんて、そうそうないぞ」

「なんで?」

「まず間違いなく、地形が変わる。最悪、周囲数㎞くらい」

 

俺の魔法もハジメのアーティファクトも、広域殲滅できるものを備えている。

そんなものを使ってまでぶつかろうものなら、周囲への被害がとんでもないことになる。わりと冗談抜きで。

それなら、そういう広域殲滅系の攻撃手段を使わずに戦えばいいのかもしれないが、そういうのはすでに何度もやってる。

そして、

 

「限られた攻撃手段での戦闘なら、俺が勝つ」

 

少なくとも、ハジメのガンカタと手合わせをして負けたことはない。

だから、俺とハジメの序列は半ば決まっているようなものだ。

 

「そういうわけだから、そっちの希望には添えないぞ」

「そっかぁ・・・」

 

いや、そんな残念そうな表情をされても困るんだが。

ちなみに、後で聞いたところ、ハジメの方でもユエが同じことを尋ね、返答は俺と大して変わらなかったらしい。

まぁ、何度も手合わせしてるからそうなるよなぁ。

・・・そう言えば、最近は体を動かす機会がめっきり減ったよなぁ。夜は別として。

適度な運動はしているが、がっつり手合わせする機会はかなり減った。

大戦を終えたばかりだから必要ないと言えば必要ないんだろうが、勘が鈍るというのもよろしくない。

そうだな・・・すぐにと言うのは難しいが、そこまで時間がかかると言うわけでもない。

せっかくだし、ハジメと一緒にちょうどいいものを作ってみるとするか。

 

 

* * *

 

 

ティアの話から3日後。

あるアーティファクトの試験運用のために王城の訓練場を訪れていた。

ここには、俺の他にもハジメやティアたちいつものメンバーに、中村を含めたクラスメイト達、さらには姫さんや一部王城の面子、獣人族その他暇を持て余していた様々な人物たちが集まっている。

暇だから来たというよりは、暇だったら来てくれと俺とハジメで呼んだのだが。

王都の復興で忙しい中、ここまで集まるとは思わなかったな。

 

「っし。それじゃあ、ハジメ。起動してみてくれ」

「あいよ」

 

観客が所定の位置についたことを確認して、ハジメは右手に持っている赤いダイヤモンドのような宝石を掲げた。

次の瞬間、訓練場が紅い光の膜につつまれ、半球状に覆い尽くした。

さらに、観客たちの足下に魔法陣が生成され、観客を守るように障壁が形成された。

その様子を見届けたハジメは、満足そうにうなずく。

 

「うっし。ひとまずは成功だな」

「あぁ。思い付きで持ち掛けてみたが・・・案外、いいものができたな」

 

アーティファクト“決戦のバトルフィールド”。

ざっくり説明すれば、即席の闘技場と観客席を作り出すアーティファクトだ。

指定した範囲の空間を周囲から隔離し、内部の空間を拡張。観客がいる場合、観客を守るために障壁を展開する。

すべての手順を使用者が手動で行わなければならなかったり、障壁に“不抜”の概念を付与した分そこそこ魔力を消費するという使い勝手の悪さはあるが、その分性能は折り紙付きでいいものができたという自負がある。

ただ、魔力消費に関してはちょっとした対策を施してある。

 

「ユエ。そっちのスペアの調子はどうだ?」

『ん。問題ない』

 

今、ユエの右手にはハジメが持っているものよりも一回り小さい宝石が握られている。

あれは“決戦のバトルフィールド”の制御装置のスペアのようなもので、オリジナルが展開した空間に接続することで同じように魔力を流すことができる。

そのため、仮に使用者に何かがあってオリジナルが破損しても周囲に被害を出さないようにすることができる。

 

「スペアの接続も問題なし。あとは、耐久の確認だけか」

「おう。にしても、なんだかんだ初めてだな。俺とツルギが遠慮なくやり合うなんて」

「そうだな・・・まさか、ミュウの素朴な疑問をこんな形で確かめることになるとは」

 

世の中、何がきっかけになるかわからないもんだな。

ちなみに、この疑問の出所がミュウだったせいか、ハジメはけっこうノリノリでこのアーティファクトを作っていた。

ほんと、この親バカ野郎が。

まぁ、提案した俺も人のことは言えないか。

 

「そんじゃ、ティア。合図は頼んだ」

「はいはい、わかったわよ」

 

なんだかんだ言って俺もノリノリなのがバレバレなようで、ティアから呆れた眼差しを送られる。

仕方ないだろう。今の俺と互角に戦えそうな奴なんてハジメくらいしかいないんだし。

 

「別に注意事項はいらないわよね?元々、どれだけ暴れても問題ないか確かめるわけだし」

「そうだな。まっ、死なない程度に、な」

 

魂魄魔法があるからと言って、あんまり命を粗末にするのもいただけない。

 

「準備はいい?それじゃあ、始め!!」

 

ティアが右手を振り下ろして合図を出した直後、俺とハジメは同時に駆けだした。

 

 

* * *

 

 

両者が飛び出すと同時に、ハジメはドンナー・シュラークを、ツルギは1本の日本刀を手に持ち、火花を散らしながら衝突した。

 

「始まりましたねぇ」

「ん」

 

観客席では、ユエとシアがワクワクしながらその様子を見守っていた。

 

「そう言えば、ハジメ君の全力を見るのはこれが初めてかな?」

「そうですね。地上にいたツルギはともかく、ハジメ君は神域にいましたし」

 

実はちゃっかり訪れていたアドゥルとグレンは、興味深そうに戦いの行く末を見据える。

この2人は、ハジメが大量の広域殲滅兵器を使って使徒や魔物をなぎ倒したところは見ていても、ドンナーとシュラークを用いた白兵戦、生体ゴーレムやクロスビットを用いた物量戦はまだ見たことはないのだ。

そのため、2人は割とハジメの実力に興味津々だったりする。

 

「それで、父さんはどっちが有利だと思うの?」

 

この場にいる中でも上位の実力を持ち、なおかつ武芸においては右に出るものはいないリヒトに、ティアは第三者としての意見を求めた。

訊かれたリヒトは、僅かな間だけ思案して答えた。

 

「まだ2人とも全開とは程遠いから断言はできないが・・・今の段階で有利なのは、峯坂ツルギだ」

 

そう言った直後、ハジメがツルギの後ろ蹴りによって間合いからはじき出された。

ツルギの蹴りはドンナーで防いだためダメージはないが、結果的に現段階での優劣をはっきりさせた。

 

「中距離では雷速で攻撃できる南雲ハジメが有利だろうが、近接戦では峯坂ツルギの方が圧倒的に手札が多い。南雲ハジメも動きは悪くはないが、それでも相手が相手だ」

 

そもそもハジメは完全な我流だが、ツルギも我流とはいえ武術の手ほどきを受けている。

そこに差が出てくるのは明らかだった。

 

「さらに言えば、南雲ハジメの射撃は基本的に点の攻撃だ。雷速とはいえ、軌道を見極めることができれば回避は容易い」

 

ハジメであれば“先読み”の技能で回避先に照準を合わせることも容易だが、ツルギが持っているのは“天眼”だ。今までの経験と類まれなセンスも相まってさらに先を読まれれば、ハジメの“先読み”は意味を持たない。

だが、

 

「これはあくまで、近・中距離の場合だ」

 

まだ、圧倒的な物量も、神の領域の魔法もない。

本当の勝負は、ここからだ。

 

 

* * *

 

 

「ん~、まだ様子見とはいえ、有効打は無しか」

 

そもそも、今回の勝負は新しいアーティファクトの試験だ。このまま近接で終わらせてしまっては意味がない。

だから多少手加減したんだが、まさか一度も有効打が入らないとは思わなかった。

伊達にあのエヒトを殺したわけじゃないってことか。

そんなことを考えていると、ハジメがニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。

 

「おいおい。あの程度で勝てると思ってたのか?」

「まさか」

「だろうな」

「さて、準備運動は済ませたし、そろそろ始めるか」

 

今回の本題でもある、一切容赦しない本気のぶつかり合いを。

 

 

 

「“神位解放”」

「“限界突破”」

 

 

次の瞬間、俺から紅と銀の魔力が、ハジメから深紅の魔力が天を衝いて噴き上がる。

さらに、ハジメの周囲にはグリフォンを中心とした生体ゴーレム“グリムリーパーズ”が多数出現し、俺の周囲にも翼が生えた人型“エインヘリヤル”を生成する。

 

「蹂躙しろ」

「鏖殺だ」

 

突撃の命令を出したのはほぼ同時だった。

ハジメの“グリムリーパーズ”が縦横無尽に飛びまわりながらガトリングレールガンを乱射し、俺の“エインヘリヤル”が盾兵で攻撃を防ぎながら後衛が魔法で迎撃し、前衛では銃撃を避けながら双大剣を振るう。

この時点ですでに周囲には大小多数のクレーターが出来上がっているが、まだまだ序の口だ。

 

「吹っ飛ばしてやる」

 

ハジメが右手にガトリングレールガン“メツェライ・デザストル”を、左手に“アグニ・オルカン”を構え、俺に照準を定めた。

 

「迎撃システムを展開。同時に“エインヘリヤル”の展開を多角的なものにする」

 

俺は即座に“不抜”の概念を付与した“聖絶”を展開し、ここ最近で新たに生み出した技術、『魔導プログラム』による新生“フリズスキャルヴ”を展開した。

『魔導プログラム』とは、簡単に言えば魔法の自動化と効率化を追求した俺独自の理論で、コンソールを模した魔法陣を展開して魔法にパターンを組み込み、多数の魔法を同時に自動で発動できるようにした。(ちなみに、音声認識は趣味と効率両方から採用した)

魔法の自動発動だけなら背後の魔法陣だけでも事足りるが、それだけだと魔力の効率が悪い。

それを解消したくて編み出した技術だが、魔法の発動数の向上と発動の高速化という副産物までついてきたのはラッキーだった。

おかげで、ハジメの物量攻撃にも難なく対応することができている。

ただ、

 

(さすがに、この数をこなすのはキツイな・・・)

 

こうも発動している魔法が多いと、いくら効率化したとはいえそれなりに魔力を持っていかれる。

魔力消費のコスパだけで言ったら、兵器を起動させているだけのハジメの方がよっぽど上だ。

さすがに数に限りはあるだろうが、(“宝物庫”の破壊は別として)全部削りきるまで魔力が保つかは怪しい。

だが、こちらにもアドバンテージはある。

それは、射線だ。

俺は全方位からハジメを攻撃することが可能だが、対するハジメは攻撃方向はほぼ正面に限られている。

“グリムリーパーズ”による包囲か“アグニオルカン”の弾道軌道は例外だが、銃火器に関してはハジメが引き金を引く必要がある以上、正面の防御を空ける必要がある。

逆に言えば、俺がハジメの正面へ攻撃を続ければハジメの攻撃の手は緩む。

さらに言えば、ハジメは防御越しからの攻撃手段が乏しい。

ハジメも全方位に障壁を展開することは可能だが、障壁の内側から攻撃することはできない。

必ず、攻撃方向の防御を空ける必要がある。

だから、このまま全方位攻撃を続ければハジメも守勢に回らざるをえなくなる。

とはいえ、ハジメもそのことはわかっているわけで、“グリムリーパーズ”による迎撃を徹底している。

せめて、“アグニ・オルカン”を迎撃にまわしてくれれば少しは楽になるんだがな・・・。

 

「うしっ、さらに圧をかけていこうか」

 

比喩的にも、物理的にも。

 

「障壁を“不抜”から空間障壁に変更。同時にハジメの周囲に50倍の重力場を生成」

 

コンソールに指を走らせて、瞬時に魔法を切り替える。

障壁を消耗の激しい“不抜”から比較的消耗が少ない“絶界”に変更し、同時にハジメの周囲に50倍の重力場を生み出した。

“限界突破”を発動したハジメにとって50倍程度の重力は何でもないだろうが、狙いはハジメ本人ではなく、兵器の方だ。

どれだけ強力な兵器でも、ハジメの“限界突破”の影響を受けて威力が増大するわけではない。

ガトリングレールガンの弾丸は軌道を捻じ曲げられて俺の障壁の手前数mに着弾し、ミサイルは重力場に逆らうことができず地面に落ちる。

これで、ハジメの攻撃力は半減した。

それを見たハジメは憎々し気に舌打ちする。

 

(さて、ここからどう来る?)

 

ここで終わらせるのは簡単かもしれないが、どうせならもう少し追い込んでからにしたい。

そう思っていたが、その判断は尚早だった。

 

「うげっ」

 

“メツェライ・デザストル”の銃口を上げて軌道を修正したのは、まだいい。

ただ、“アグニ・オルカン”をしまって代わりに出したのが、ガトリング・パイルバンカーとかいう頭のおかしい兵器で・・・

 

「障壁を“不抜”に変更!」

 

判断は一瞬だった。

障壁を“不抜”に戻した瞬間、すさまじい衝撃が障壁の中を揺らした。

なにせ、重量20tの金属杭が毎秒6発とかいうふざけた連射速度で飛んでくるんだから、“絶界”のままだったら貫かれてたかもしれん。

ただ、今展開している“不抜”も咄嗟に作ったもので完全とは言えない状態だから、徐々にだがヒビが入り始めている。

不完全とはいえ、概念製の障壁にヒビを入れるとか、バカげてる。

こうなると、完全に俺の攻撃の手が緩んでしまう。

気付けば、エインヘリヤルも少しずつだが押され始めている。肝心の俺が防御に手を回さざるを得なくなったからだ。

このままだと、ガチでやばいかもしれない。

 

(・・・まぁ、あのエヒトをぶっ殺したんだから、同じような戦いを仕掛けたら危ういに決まっているか)

 

近接戦闘ならともかく、やはり物量戦術だとハジメの方に軍配が上がるか。

とはいえ、負けるつもりはさらさらないが。

 

「出し惜しみしてる場合じゃないな・・・・“エインヘリヤル”を防御態勢に移行。続いて“エクスカリバー”を生成、チャージ開始」

 

“エインヘリヤル”による攻撃を、殲滅から時間稼ぎによるものに変更し、“グリムリーパーズ”の進攻を阻止。

そこで稼いだ時間を使い、最大威力を込めた“エクスカリバー”を100本生成する。

対するハジメも、“宝物庫”から太陽光レーザー兵器“バルス・ヒュベリオン”を5基取り出してチャージを開始した。同時に、“グリムリーパーズ”をさらに追加して攻勢を激しくする。

俺の“エインヘリヤル”が次々と撃墜されていくが、それでもチャージまでの時間稼ぎには十分だった。

臨界に近づくエクスカリバーが紅のスパークをほとばしらせ、ハジメの“バルス・ヒュベリオン”からも光が漏れだす。

あと数秒で、エクスカリバーの臨界点を超えて射出される。

決着の時が近づいていき・・・

 

 

 

 

ビーッ!!ビーッ!ビーッ!

 

 

次の瞬間、空間内が赤く点滅して警報が鳴り響いた。

 

「ありゃ」

「あ?限界だったか」

 

どうやら、“決戦のバトルフィールド”の安全装置が起動したらしい。

安全装置と言っても、空間が耐え切れないような攻撃を検知したときに警報を鳴らす程度のものだが。

だが、念のためで付けておいた安全装置が機能することになるとは・・・。

 

「もしかして、空間の強度、思ったより高くなかったか?」

「考えてみれば、結界の強度よりも空間の拡張を優先してたからな。こうなるのも当然と言えば当然だったか」

 

心置きなく兵器とか魔法をぶっぱしようぜ!の下に作ったが、今回はそれが裏目に出たようだ。

 

「んで・・・どうする?ぶっちゃけ、俺は萎えたんだが」

「俺も似たようなもんだ」

 

ここから再開することもできなくはないが、盛り上がってきたところで中断されて気分が萎えた。

ハジメも同じなようで、すでに限界突破を解除している。

 

「ん~、改良の余地あり、だな。そもそも、方向性を変えた方がいいのか?魂魄魔法も使って精神世界を作った方がいろいろと都合がいいかもしれん」

「かもなぁ・・・まぁ、その辺りのアイデアはハジメに任せる」

 

別に、俺はそこまで物作りが得意ってわけじゃないし。

 

「んじゃ、今日のところはこれで終わりとしようか。そういうことだから、解散だ、解散」

 

ハジメが“決戦のバトルフィールド”を解除したのを確認してから、俺は観客に解散を促した。

すると、ティアが俺のところに駆け寄ってきた。

 

「お疲れ様、ツルギ」

「不完全燃焼だけどな」

 

せっかく盛り上がってきたというのに、お預けをくらった気分だ。

 

「そういうことだから、リヒト。ちょいと付き合ってくれ」

「まだやるのか?」

「クールダウンだよ、クールダウン」

 

このまま何もしないでいると、明日になって肩とか凝りそう。

 

「まぁ、俺は構わんが」

「んじゃ、よろしく頼む」

 

こうして、10分くらいリヒトと素手でやり合って汗を流してから部屋に戻った。

う~ん、こういう時にリヒトの存在に感謝したくなるな。

 

 

* * *

 

 

訓練場の端のあたりでツルギとリヒトが手合わせしているところを、ハジメは少し遠い目になりながら見ていた。

 

「・・・ハジメ、どうしたの?」

「いや。改めて、俺とツルギの差を実感したと思っただけだ」

 

今回の試験という名目のガチ勝負。ツルギとしては引き分けくらいに考えていたが、ハジメの中では自分が負けたと思っていた。

 

「俺はけっこう殺すつもりでやってたのに、あいつは俺を殺さない程度に加減しながら戦っていたからな」

 

そうでなければ、ハジメが一方的に攻撃できるなどあり得ない。

今回のツルギは攻撃と防御半々で立ち回っていたが、それでハジメとほぼ互角だった。

ならば、どちらかに偏った時点でハジメは押し負けるか、削りきれずに敗北していたかもしれない。

それになにより、

 

「あれのアラート、俺じゃあ鳴らせなかったからな」

 

実は、ハジメはこっそり“決戦のバトルフィールド”の強度を確認しており、そのときは“バルス・ヒュベリオン”5基の自爆でも問題なかったのだ。

もしかしたら、ハジメの攻撃とツルギの攻撃の両方が合わさって反応したのかもしれないが、ハジメはそう考えていなかった。

だからこそ、

 

「俺の完敗だ。ったく、相変わらず追いつくのに苦労する背中だ」

 

日本にいた時から追いかけ続けてきたツルギの背中。まだまだ追い越すのには時間がかかりそうだ。

それでも、ハジメには欠片も諦めなんてものは存在しない。

“神殺しの魔王”なんて呼ばれているのだから、神の力を使うツルギに勝てなければ“神殺しの魔王”の名折れだ。

いつか絶対に勝ってみせる。

そんな決意に満ちるハジメの横顔を、ユエは内心キュンキュンしながら眺めていた。




一部でリクエストがあって、元々書くつもりだった話ですね。
まぁ、2人とも地形クラッシャーですし、決戦のバトルフィールドはあって困りません。
あと、時系列的には深淵卿対魔王よりも前になりますかね。
投稿順に時間はあまり関係ありません。思いついたものから書いたので。

さて、次回はお気に入り登録者1500人突破記念回になります。
思った以上に投票が少なかったので、こっちで割と勝手に決めさせてもらいます。


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アフターストーリー “帰還者”騒動編
帰還


新たな“導越の羅針盤”と“クリスタルキー”を作った後、俺たちは日本に行くメンバーを集めて、各自必要な物を揃えてから日本へとゲートを繋げた。物と言っても、着の身着のままで転移されたからほとんどないが。

転移されたのは、学校の屋上。すでに夜も遅いようで、月が頭上に上っている。

 

「ぜぇ、ぜぇ・・・どうやら、無事転移できたみたいだな」

「あぁ。それに・・・こっちでも魔法の類は使えるようだ。必要量の魔力を別にすれば、トータスにも問題なく戻れるだろうな」

 

息絶え絶えなハジメに代わって、俺がこっちでも魔法を使えるか確認したところ、問題なく使用できたし、こっちからでもトータスを感知することができることがわかった。

その後は感極まったクラスメイトたち全員がハジメに襲い掛かって胴上げを敢行し、お祭り騒ぎのような様子になった。

ある程度熱狂も収まってきたタイミングで、俺は柏手を打って注目を俺に集めた。

 

「うし、ここからは各自帰宅ってことにするが、あまり目立つようなことはするなよ。はしゃぎたくなる気持ちもわかるが、本当に大変なのはこれからだ。まずはそれぞれの家族に帰ってきたことを報告してから、明日に備えるように」

 

どうやら俺もトータスでの1か月間で人のまとめ方を覚えたようで、クラスメイトたちは文句を言うこともなく素直に従った。

ちなみに、ティアやユエたちはこのまま待機だ。

一緒に連れて行ってもいいが、まずは家族に帰還を報告してからだ。

その後は、各々自宅に向かっていった。

俺も、途中までハジメと一緒に歩いてからいつもの登下校の場所で別れた。

たった1年なのにこんなにも懐かしく感じるのは、トータスで過ごした1年が濃すぎたからだろうか。

なんとも言えない感覚を抱きながら歩いていき、俺は自宅の前に立った。

そこで、自分が柄にもなく緊張していることがわかった。

 

「すぅー、はぁー・・・」

 

深呼吸しながら、逸る心を落ち着かせる。

トータスでの出来事を話して、親父が何を思い、俺をどうするのか。

それがわからないのが怖いが・・・ここで物怖じしても何も始まらない。

意を決して、俺はインターホンを押した。

 

『へいへーい、ったく、こんな夜遅くに・・・』

 

インターホンを鳴らして少し経ってから、親父の声が返ってきた。

だが、その声はすぐに止まった。

 

「あー、親父。俺だ。帰ったぞ」

 

何て言おうが迷ったが、変に飾らずにいつも通りを装って話しかけると、インターホンからドタバタと騒がしい音が聞こえてきた。

どうやら、親父以外にも人がいたようだ。

そして、玄関の方から聞こる足音が大きくなってくる。

気配が近づいてくるたびに、俺の身体が緊張で強張って・・・

ん?なんか足音と一緒に悲鳴が聞こえるような・・・

 

「ツルgごぶふぁあ!?」

「ツルギきゅん!!」

 

一瞬親父の姿が見えたかと思ったら横に吹き飛ばされて、代わりに身長2m越えで筋肉モリモリの婦警姿の漢女が俺にルパンダイブをかましてきた。

なので、

 

「こっち来んな」

「んむ!?」

 

その顔面を足裏で思い切り踏んで止めた。

 

「この素直になれない感じ、やっぱりツルギきゅんなのね!!」

「あぁ、そうだ。だからいったん動きを止めて離れろ。んでもってしばらく近づくな」

「あぁん!相変わらずいけずなんだから!でも、そんなツルギきゅんも好きよ!!」

 

やめろ、それ以上言葉を紡ぐな、鳥肌が治まらなくなる。

 

「・・・なぁ、親父。もうあと1年くらい失踪してもいいか?」

「・・・それは、勘弁してくれ・・・」

 

玄関から親父がフラフラになりながらも、心底嫌そうな顔をする俺を引きとどめた。

中の様子を見れば、見知った顔が何人も床に這いつくばっている。おそらく、これの突進の被害に遭ったのだろう。

・・・くそぅ。なんで、こう、俺にはまともな出迎えがなかったんだ・・・。

 

 

* * *

 

 

とりあえず、親父の部下たちには帰ってもらって、ようやく親子水入らずの時間をとることができた。

まぁ、親父は軽く死にかけてたけど。

 

「・・・親父、大丈夫か?」

「ん?あぁ、どうにかな・・・」

 

ただ、いざこうやって面と向かって顔を合わせると、何を話せばいいのかわからない。

たぶん、俺も親父もなんて言えばいいのか決めあぐねているのもあるんだろうが、原因はあの漢女によって空気をぶち壊されたからだろう。

言葉が出てこずに、ふと視線をテーブルの上に向けると、数々の資料や新聞の記事が散乱していた。

そのどれもが、1年前の失踪に関する記事だ。

 

「・・・そうか、親父のところが担当してたのか」

「・・・あぁ、最近はほとんど俺たちが独自で動いていた形だがな。上からしても、押し付けるのにちょうどよかったんだろうよ」

 

そう言って、親父は真っすぐに俺の目を見つめた。

 

「さて、いろいろと聞きたいことはあるが・・・話してくれるな?」

「当然だ。そのために、ここに来たんだ。だが、長くなるぞ?」

「構わん。この1年に比べれば、どんな長話も短い」

 

それもそうだ、と苦笑いを浮かべながら、俺は今までのことを話した。

とはいえ、さすがに全部話そうと思うと時間がいくらあっても足りないから、要点だけかいつまんで話した。

異世界に転移したところから始まり、クラスメイトたちと別れて行動したこと、大迷宮攻略、魔人族との戦争、そして、神話大戦とその結末。

すべて話し終えるころには、すでに夜が明けそうになっていた。

一通り話し終えると、親父は深々と背もたれにもたれかかって大きなため息を吐いた。

 

「はぁー・・・なるほどなぁ・・・」

「・・・やっぱ、信じられないか?」

「いや、むしろ納得した」

 

マジで?

 

「・・・どこに納得する要素があったんだ?」

「まず、あの事件はあまりにも不可解すぎた。なにせ、なんの前兆も証拠もなく、いきなり教室から生徒たちが消えた。俺も現場の検分に立ち会ったが、校舎に侵入した不審者の姿はおろか、指紋や足跡すら残っていなかった。それこそ、まるで神隠しのようにな」

「だからって、異世界に転移しましたって言って納得できるものなのか?」

「たしかに、異世界の存在なんて証明されていない。だが、否定するに足る証拠がないのもまた事実だ。そして、観測されていない以上、俺たちに想像がつかない未知がある可能性だって0じゃない。さすがに、上に提出する報告書には書けなかったけどな」

 

なるほど。観測されていない=存在しない、ってわけじゃないからな。

たしかに異世界転移なんてぶっ飛んでいるが、逆に証拠の無さがその可能性に行きつかせたのか。

 

「それに、ここでお前が嘘を吐く理由もないだろう」

「・・・そうか」

 

こんな状況でも、俺を信用してくれる親父に思わず胸にくるものがあったが、だからこそ余計に怖くなった。

 

「・・・それで」

「いい。言いたいことはわかる」

 

俺の言葉を、親父はぴしゃりと遮った。

その勢いに、俺は思わず黙ってしまう。

そして、親父はゆっくりと口を開いた。

 

「たしかに、俺とお前に血のつながりはない。お前の父親に頼まれて養子として引き取っただけだ。だが、それでも俺は、お前のことを実の息子だと思っている。そして、見ず知らずの人間よりも、お前の命の方が最優先だ」

「ぁ・・・」

 

親父の言葉に、俺は二の句が継げなかった。

俺と血のつながりがない親父は、もしかしたら俺を見捨てるのではないかと、心のどこかで思っていた。

だが、そうではなかった。

血がつながっていなくても、実の息子なのだと言い切ってくれた親父に、俺は思わず涙腺が緩んでしまった。

 

「はっ。俺が知らない間に涙もろくなったな」

「うっせぇよ・・・」

 

思わず、目元を抑えながらそっぽを向いてしまった。

だが、ようやく帰ってきたという実感が湧いてきて、胸の中に言い知れない感情が沸き上がってくるのを抑えることができなかった。

おかしそうに笑う親父が憎らしかったが、すぐに笑みを収めて真面目な表情になった。

 

「それはそうと、今後のことはどうする?必要ならこっちで対処するが・・・」

「いや、その必要はない。ありのままを話すさ」

「なに?」

 

俺の返答が意外だったのか、親父が珍しく目を丸くした。

 

「それはつまり、『自分たちは異世界召喚されました』と馬鹿正直に言うってことか?」

「そうだ」

「正気か?」

「正気だし、本気だ。これは、クラスの中でも決定事項だ」

 

たしかにそれっぽい情報と証拠をでっちあげれば周囲の目は誤魔化せるかもしれない。

だが、1年もの間この世界に存在していなかった以上、どうあがいても証拠にはボロが出てくる。そうなった場合、親父の方でも責任が追及される可能性が高い。

だからといって、記憶喪失で誤魔化そうとすればマスコミが何か隠しているのではないかと騒ぐのは目に見えている。帰ってこなかったクラスメイトがいるのならなおさら。

だったら、「自分たちは異世界に召喚されて邪神とその手下と戦ってました」と事実を言ってしまおうということにした。

ちなみに、この案はハジメが提案した。

別に嘘はついていないからそこまで図太くないクラスメイトたちでも心労をため込むことがないし、それでもちょっかいを出そうとしてくる輩がいたり問題が起きた場合は、俺やユエの方でちょちょいと記憶を改ざんしたり意識を誘導すればいい。

つまり、

 

「これは、俺たちの問題で、戦いだ。親父の手を借りるまでもない」

 

俺の言葉に、親父はパチパチと瞬きした後、どでかいため息をついた。

 

「はああああああ・・・・・・」

「ずいぶんと嫌そうだな?」

「そりゃあそうだ。絶対に上からいろいろと言われるに決まってる・・・」

「大丈夫だって。そうならないようにするからさ」

「それが一番の不安材料なんだっての・・・」

 

頭をガシガシと乱暴に掻きむしりながら、それでも止めるつもりはないようで。

 

「・・・あまりやり過ぎるなよ。少なくとも、人死にを出すのだけは勘弁してくれ」

「わかってるわかってる」

 

その辺り、特にハジメが気にするだろうし。

あいつ、いっちょ前に「善良で模範的な日本人」を心がけようとしてるんだもんな。まじでウケる。

必要なことを話し終えて、ふとまだ言ってないことがあることに気付いた。

 

「あー、そうそう。1つ忘れてた」

「なんだ?」

「実はな、向こうで恋人ができた」

「ほうほう・・・なに?」

 

次の瞬間、親父の瞳に冷たい光が宿った。

あ~、親父、まだ自分の相手を見つけれてないのか。

俺のいない1年間の間に事件の調査をした関係で、とも思ったが、そもそも行方不明問題の関係者の女性は大半が人妻だ。手を出せるはずもない。

なら、恋人を作る暇がなかったのも当然と言えば当然か。

それよりも、息子が恋人の報告をした途端に不機嫌になるのはいい年した大人としてどうなんだ・・・。

 

「それで、こっちに呼ぼうと思うんだが」

「呼ぶ?あぁ、魔法で連れてくるってことか?」

 

さすが、理解が速い。

さっそく、念話石でティアに連絡を入れる。

 

「ティア、今大丈夫か?」

『えぇ。お話は終わった?』

「あぁ。問題なく終わった。それじゃあ、そっちにゲートを繋げるぞ」

『わかったわ』

「ほう、それが異世界の交信技術か・・・」

 

なにやら親父が念話石での会話に興味を持っているようだが、気にせずにティアたちの位置を改めて特定してから、指を鳴らしてゲートを開いた。

いきなり学校の屋上の景色が見えたことにさしもの親父もギョッとしていたが、ティアとイズモ、アンナが続々と入ってくるとピシリと動きを止めた。

 

「は、はじめまして。ティアです。今はツルギと同じ見た目ですけど、元々は魔人族です」

「はじめまして、イズモ・クレハと申します。私は妖狐族ですね」

「私はアンナ・クリスティアと言います。私は普通の人間族ですが、王城でメイドをしておりました。ツルギ様の元使用人でもあります」

 

続々と自己紹介していき、情報は許容量を超えたのか親父の動きが止まった。

ちなみに、ティアたちには“言語理解”を付与したアクセサリーをプレゼントしているため、言葉に困ることはない。

たっぷり数十秒動きが止まったところで、親父が再起動した。

 

「・・・あー、ツルギ?まさか、3人も恋人がいるのか?」

「違うぞ?」

「そうだよな。さすがに2人は友達とかそういう・・・」

「クラスメイトにあと1人いるから4人だな」

「ふざけんな!!」

 

なんか親父が爆発した。

 

「お前たちが向こうで苦労したことはわかっている。わかっているがなぁ、これは違うだろ!」

「違うって、何がだよ」

「どうして親よりも先に恋人作ってんだよ!しかも4人!?ハーレムとか冗談じゃねぇ!!」

「ほら、そういうとこだぞ、親父。同僚が結婚報告したときも拗ねて祝いの言葉の一つも送らないから、いつまでたってもいい相手が見つからないんだ」

 

親父はもう40近いが、微塵も色恋沙汰の気配がない行き遅れだ。完全に婚期を逃しているため、同僚や部下が結婚報告すると途端にふてくされる。

本当、いい歳してなにやってんだか。

 

「それになぁ、これくらい今さらだぞ?」

「はぁ!?4人も恋人を作っておいて何を・・・」

「ハジメなんて嫁が7人、いや、嫁候補の幼女と愛人候補のクラスメイトを含めれば9人もいるからな」

「はぁ!?!?あのハジメ君が!?候補を含めて9人も!?信じられるかクソがぁああああ!!!!」

 

おぉ、盛大に荒ぶっておられる。

恋人がいない男の僻みは見るに堪えねぇなぁ。

さらに、ハジメはさらに数十人の女性(主にハウリア)が側室の座を狙っていると聞いたらどうなるか。

非常に興味が湧いたが、これ以上暴れられても困るからそっとしておこう。

 

「ね、ねぇ。ツルギのお父さん、大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。後で酒でも飲ませればいい」

 

そうすれば二日酔いと引き換えに理性を手に入れることができるからな。

それに、親父のことだからティアたちを認めないだなんて言わないだろう。

なんにせよ、明日、いや、今日からのことが楽しみになってきたな。




今回はジャブ程度で、次から(たぶん)本気出していきます。
いや、本当に書くこと多いですからね。
もしかしたらジャブをひたすら連打する感じになるかも。


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“帰還者”騒動

俺たちが日本に帰還してからしばらく、それからは怒涛の勢いで状況が進んでいった。

俺たちが帰還したことはご近所ネットワークで一気に広がっていき、警察はもちろん、マスコミ関連もかなり早い段階で俺たちに関する特集を報道した。

当然、俺たちの集団失踪に関する報道は数か月ほどで消滅していったらしいが、戻って来たとなれば再加熱するのもまた当然だった。

ちなみに、異世界転移を経てファンタジーな力を身に着けた俺たちだったが、幸いかかった時間に差はあれど異世界に関する話は全員に信じてもらうことができ、家族から拒絶されたクラスメイトは1人としていなかったようだ。

というか、集団失踪の件でクラスメイトの家族で家族会を形成していたようで、他のクラスメイトも同じようなことになっているという情報がすぐに知れ渡ったことで信じざるを得なくなった、という方が正しいかもしれないが。

そういうこともあって、家族ぐるみのマスコミ対策も円滑に進んだ。

あとは実行に移すだけなのだが、問題なのは誰が表舞台に立つか、ということ。

まず、愛ちゃん先生は唯一の大人ということで確定。生徒代表は、主に俺が受け持つことになった。というか、公の場に出る際は親父の代理って形になった。

そして、ハジメには裏でのあれこれを一任した。

「親父の言質も取ったから、殺さない程度に好きにしろ」と言伝も添えて。

まぁ、俺の場合は他にも目的があるんだが。

そうしていろいろと準備しながら、初めて記者会見が行われることになった。

 

「はぁ、めんどくせー」

「み、峯坂君は、どうしてそんなに堂々としてるんですか・・・?」

 

早く終わらせてーなーとため息をついている傍らで、愛ちゃん先生が控室の隅でガクブルしていた。

なんでって言われても、めんどくさいとしか思ってないから、としか。

インタビュー自体は、すでに何度も行われている。

ただ、その中でちょくちょく問題が起こったため、こうして記者会見を開くことになった、というわけだ。

そして、

 

「あのさぁ・・・なんでボクまでここにいるの?」

 

テーブルを挟んだ向かい側には、ふくれっ面の中村が座っていた。

どうしてここに中村を呼んだかだって?

 

「根無し草になったお前を馬車馬のごとく働かせるために決まってるだろ」

「チッ」

 

そう、実は中村の母親はすでに逮捕されて塀の中にぶち込まれていた。

というのも、中村が失踪したことで変な箍が外れたのか、再び男にべったりするようになった。

なったのだが、その相手の男がヤのつく職業の人だったらしい。

それでも中村母はわかっていた上で付き合っていたようなのだが、その世界にどっぷり浸かった挙句、近所の人と喧嘩になった際に組の名前を出して脅したため暴対法でしょっぴかれ、余罪もいろいろと追加されて刑務所にぶち込まれたとのことだった。

うーん、まじで救いようがないな。

ちなみに、中村母の実家はだいぶ前に縁を切っていたためダメージは最小限で済んだらしい。『娘が危ない人と関係を持った』というレッテルは貼られてしまったが、すでに引っ越しているためあまり関係ないとのこと。

そういうわけで、みごとに天涯孤独の身になった中村は一時的にうちで預かることになり、こうして俺の都合に連れまわしている、ということだ。

ティアたちも中村がこの期に及んで変な気を起こすことはないとわかっているからか、中村に対してそこまで嫌な顔はしなかった。

俺にはだいぶ厳しめの視線が注がれたけど。

ちなみに、中村は記者会見に参加するわけじゃない。俺たちの荷物持ちだ。

愛ちゃん先生は終始申し訳なさそうにしてたけど、今までのことを考えたらこれくらいの扱いは当然だろうに。

すると、コンコンと控室の扉がノックされた。

 

「峯坂さん、畑山さん。もうすぐ会見が始まります」

 

あ~、もうそんな時間か。

 

「わっ、わかりました!」

 

ガチガチに緊張した愛ちゃん先生が若干噛みながら立ち上がった。

ん~、この人に任せて本当に大丈夫かね。

 

「ねぇ、あの人に任せていいの?」

「言ってやるな。俺も同じことを考えてたところだが」

 

中村から心配されるあたり、愛ちゃん先生の緊張は限界突破してそうだ。

後ろから手を叩いて驚かせてやれば緊張がほぐれるかもしれんが、涙目で睨まれる未来が見えるからやめとこう。

まぁ、俺の方でフォローしてやるか。

・・・あれ?記者から俺が保護者だと思われたりしないよな?

いや、さすがに資料くらいは配られてるだろうから、さすがにないか。

さて、ある意味では神の使徒よりも厄介かつ面倒な輩の相手をしに行くとするか。

 

 

* * *

 

 

会場に着くと、そこには多くの記者がメモやカメラを持って待機していた。テレビ局のカメラもざっと10台くらいまわっている。

あまりの記者とカメラの数に、愛ちゃん先生は完全にガチガチになっていた。

あ~、これは完全に頼りにならないやつだな、うん。

 

「それでは、これより“帰還者”への記者会見を始めます」

 

司会の人の言葉と同時に、愛ちゃん先生の身体がビクンッ!と震えた。

 

「今回の会見は、記者からの質疑応答を主に進めていきます。それでよろしいでしょうか?」

「はい、問題ありません」

「は、はひっ!」

 

先生、もうちょい落ち着こうや。

たぶん、これから先も同じような場面は多いだろうから、今のうちに慣れておかないと。

ちなみに、質疑応答の順番はある程度決まっており、先に各社1人1回ずつ質問してから後で追加の時間をとる、という形になっている。

まぁ、俺たちに聞きたいことなんていくらでもあるだろうからな。

司会の人に指名された記者が立ち上がり、俺と先生に質問を投げかけていく。

 

「あなたたちは失踪していた1年間、異世界にいたと言っていますが、それは事実ですか?」

「はい、事実です」

 

俺が真面目な表情で頷くと、記者たちに憐憫の表情が浮かんだ。

まぁ、普通はそうだろうな。俺だって同じ立場ならそうなる。

 

「もし本当に異世界にいたと言うのなら、それを証明することはできますか?」

「証拠となるものを出すことはできません。ですが、私たちが言っていることは事実です。また、それに類する技術を提供することもありません」

 

トータスの存在は、世間には知らせないということですでに決まっている。

仮にその存在を証明したら、まず間違いなく姫さんたちを始めとしたトータスの住人に迷惑をかけることになってしまう。

それに、魔法の技術なんてこっちじゃ劇薬もいいところだ。

だから、基本的には異世界と魔法の存在は隠すことに決まっており、もし知られてしまった場合は記憶処置も辞さない。

まぁ、このあたりの質問はどうってことない。

問題なのは、次からか。

 

「君たち“帰還者”の中には3名ほど帰還していない生徒がいますが、その生徒たちについてはどう考えていますか?」

 

・・・来るとは思っていたが、いきなりか。

会場も、ざわざわとにわかに騒がしくなった。

それくらい、この記者がした質問はタブーと言ってもいい内容だ。

まぁ、想定の範囲内ではあるが。

 

「それは、我々で帰還できなかった3名の命に責任を持つべきだ、と言うことですか?」

「そ、そうです」

 

まさか堂々と問い返されるとは思わなかったのか、わずかに狼狽しながらも頷いた。

 

「ならば、その答えはNoです。少なくとも、自分はその命に責任を持ちません」

 

会場内に、どよめきが走った。

愛ちゃん先生も意外だったのか、目を白黒させている。

 

「これを無責任だと言うのであれば、それは傲慢、あるいは偽善というものです。そうですね、たとえ話をしましょう。災害が起きた時、我先にと逃げようとする一般人がいたとき、あなた方はそれを“悪”だと言いますか?」

 

俺の問い掛けに、誰一人として言葉を発しなかった。

 

「たしかに警察官や消防官であれば避難誘導を行うでしょう。ですが、それはあくまで最低限の安全が保障されている場合に限った話です。危険がまさに目の前に迫れば、避難誘導をやめてでも逃げるでしょう。自分たちがいた場所は、そういった“死”が近くに存在するところです。であれば、救えなかったからといって一方的に非難するのは、それこそお門違いではないですか?」

 

まぁ、死んだ奴3人ともクラスメイトに殺されてるんだけどな。わざわざ言うことではない。

ただ、彼らの中では俺たちは「妄想を現実だと信じ込んでいる哀れな子供たち」という印象が強かったんだろう。

大半の記者は俺の態度に気圧されたのか、消極的な質問が続いた。

中には明らかにビビり散らしている愛ちゃん先生に狙いを絞って攻撃しようとした記者もいたが、そこは俺が親父の代理で来ている立場と愛ちゃん先生は緊張で体調が優れないということでごり押しして無理やり俺が答えた。

質疑応答は1時間ほど続き、俺が主導で流れを作って“帰還者”にできるだけ悪感情を抱かせないように正論を交えて反論しつつ、俺たちにちょっかいをかけないように牽制して記者会見は終わりを迎えた。

控室に入ると、中では中村がスマホをいじりながら待っていた。

 

「あ。お疲れ様」

「反応はどうだ?」

「まちまちってところじゃない?肯定派と否定派、両方ともいるって感じ。ただ、気持ち否定派が多いかも。主に、先生じゃなくてあんたがずっと喋ってたってことで」

 

べつに中村は本当に荷物持ちのためだけに呼んだわけではなく、今回の記者会見の反応をリアルタイムで確認してもらっていた。

ちなみに、中村の報告を聞いた先生は部屋の隅で丸まって「教職なのに、説明を生徒に丸投げする役立たずですみません・・・」と小さい声で謝り続けている。

 

「なるほどな・・・まぁ、それくらいは想定の範囲内だ。あとはしばらく様子見と、ハジメの対応次第か」

 

これでマスコミの方が落ち着くならそれでよし。行政とかがちょっかいを出して来たら相応の対応をする。これが長続きするようなら、ハジメが言ってた最終手段をとる。

とりあえず、数か月くらいは受け身の姿勢でいこうか。

 

「それで?何を企んでんの?」

 

今後の方針を考えていると、中村からそんなことを言われた。

 

「企んでいるとは、どういうことだ?」

「とぼけなくてもいいっての。あんたがこんな目立つ役回りをするとか、絶対にありえないでしょ」

 

まぁ、自分でもそう思う。

 

「まさか、お前に俺を理解されるときがくるとはなぁ」

「そういうのはいいっての。ていうか、ティアとか南雲も不思議がってたけど?」

「マジで?」

 

なんか、やたらと知り合いにバレバレになってる。

俺、いつの間に隠し事が下手になったんだ?

というか、理解度がカンストされてるだけなのか?

なんだかなぁ。

 

「・・・まぁ、別に隠してるわけじゃないんだけどな。ちょいと個人的にちょっかいをかけてくるのを待ってる輩がいるだけだ」

「はぁ?誰それ」

「は?なんでお前にまで言わなきゃいけないんだよ」

「チッ」

 

舌打ちされたが、そこまで話してやる義理はないもんね。

さて、向こうがどう動くか、どっしり構えて待つとしようか。

 

 

* * *

 

 

「・・・彼がそうなのですか?」

「あぁ、そうだ。戸籍等も調査させたが、間違いない」

「では・・・」

「あぁ。悲願のためにも、峯坂ツルギを我々の下に迎え入れる。どのような手段を用いてもだ」




はい、ジャブです。
いや、最近マジで頭痛がひどくて、まともに書けない・・・。
とりあえず、最低限の部分は書きました。
最低限すぎて、字数が少なくなっちゃってますけど。
たぶん、次こそはもうちょっとまともになるはず。


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つけるべきケジメ

記者会見の日からおよそ1週間。

あれ以降、俺は基本的に静観を徹していた。

というのも、最近は愛ちゃん先生だけが呼ばれることが増えたからだ。

さすがに、記者会見という公の場で大人である先生ではなく生徒の俺が喋り続けるというのは悪印象だったようだ。

目に見えて日に日にすり減っているが、そこのところはハジメが上手くやってくれていると思う。

というか、現在進行形でいろいろやってるだろう。

なにせ、すでに政府の表向きには言えないような組織らしき人間が動いているようだし。

一応、俺も必要なら動くつもりなのだが、今のところはハジメの方だけでも対処できている。

あるいは、俺の目的を知った上で、気を遣って力を借りていないのかもしれないが。

そのおかげで、最近は比較的平和な日々を過ごしている。

というか、

 

「・・・暇」

 

むしろ平和過ぎてやることが何もない。

ハジメたちが頑張っている中、俺だけこうしてだらけているというのは非常に落ち着かない。

ハジメからは「こっちは俺たちだけでなんとかなってるから気にすんな」って言われたけど、やっぱり気になってしょうがない。

だが、これでは姫さんの同類だと思われてしまう。

あんなブラック企業さながらの仕事を嬉々としてやるようなワーカホリックと同じになりたくない。

いやしかし、やっぱり何もしないのは落ち着かない・・・。

今、家に俺しかいなくてよかった。

ちなみに現在、ティアたち異世界組はハジメの家に行って作戦会議(俺も行こうとしたが来なくていいと押し返された)、親父は記者会見に行っている(俺を代理にすることができなくなったから)。

「休むべき」と「働きたい」の間に挟まれて悶々する無様な姿なんざ、ティアや親父に見せられるはずがない。親父からは確実に笑われるし、ティア経由でユエやハジメに知られたら何を言われるかわかったもんじゃない。

くそっ、こうなったら何かバイトでも始めようか・・・いや、世間一般に“帰還者”筆頭として認識されている俺を雇いたいところなんてあるはずがない。だからといって、バイトするためだけに魔法で認識操作するのはいろいろとダメな気がするし・・・。

ぐぉぉぉ・・・俺はどうすればいいんだ・・・。

 

ピンポーン

 

「んぁ?」

 

どうすればいいのかわからずに悩みまくっていると、インターホンが鳴った。

おかしいな。今日は別に来客の予定はないはずだし、宅配を頼んだ記憶もない。

それに、記者会見のこともあって俺へのインタビューはめっきりなくなった。

親父やティアたちが帰ってくるにしても早すぎる。

いや、()()()()()()()()()()、という可能性もあるか。

となると・・・

 

「・・・さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

相手はなんとなく想像がついたが、どういう風に出てくるかはまだわからない。

居留守を使う手もなくはないが、一定間隔で鳴り続けるあたり、向こうも俺がいるのはわかりきっているようだ。

とりあえず、まずは会ってみよう。話はそれからだ。

心なしか、記者会見の時よりは軽い足取りで玄関へと向かう。

扉を開けると、初老の男が1人、その両脇にボディーガードらしき青年が2人、スーツを着て立っていた。

 

「えっと、どちら様ですか?」

「どうも、峯坂ツルギ君。私は藤堂清嗣(とうどうきよつぐ)。あなたの母親である時武小梢(ときたけこずえ)の叔父ですよ」

 

時武小梢。

たしかにそれは母さんの名前で、時武は親父に引き取られる前の俺の姓だ。

そして、藤堂は母さんが結婚する前の姓。

魂魄を見る限り、母さんの叔父というのも嘘ではないようだ。

 

「それで、母さんの叔父であるあなたがどうしてここに?おや・・・義父はいませんが」

「いや、実はこちらから樫司殿に連絡を入れようとしたのですが、門前払いされまして。なので、こうして直接訪ねて来たということですよ。ですが、まさか樫司殿がいらっしゃらないとは。挨拶でもしようかと思ったのですが・・・」

 

嘘つけ。親父がいないタイミングを狙ったくせに。

 

「義父は例の件で忙しいですから」

「なるほど。それもそうですね」

 

表面上は何でもない世間話だが、向こうは向こうでこのまま帰る気がないのが目に見えている。

 

「・・・ここで立ち話もなんですし、家に上がりますか?自分しかいないので、これといったもてなしはできませんが」

「いえ、構いませんよ。今まで会ったことがなかったとはいえ、私たちは親戚同士です。気を遣わなくてもけっこうですよ。それに、いきなり押しかけてきたのは我々の方です。茶菓子はこちらで用意しているので問題ないですよ」

 

よくもまぁ、いけしゃあしゃあと。一瞬、「好都合だ」と言わんばかりに唇が吊り上がったの見逃さなかったぞ。

ただまぁ、ここでは気づかない振りをするが。

 

「そうですか。なら、どうぞ上がってください」

「えぇ、失礼します」

 

とりあえず、乗り気ではないが藤堂清嗣を家に上げることにした。

客間に案内してからは、テーブルを挟んで対面に座る。

その直後、ボディーガードらしき男が手慣れた手つきでお茶を入れた。

どうやら、執事兼護衛といったところのようだ。

淹れられた紅茶を飲みながら、俺は口を開いた。

 

「さて、さっそく本題に入っても?」

「えぇ、構いませんよ」

 

元より、世間話をするような間柄でもない。

むしろ、さっさと帰らせたいから先を促す。

 

「では・・・峯坂ツルギ君。我々藤堂家は、帰還者の保護に協力します」

 

・・・ほぅ?それは斜め上の回答だな。

 

「理由をお聞きしても?」

「えぇ。まずは前提の話になるのですが、この世界にも魔法と呼ばれるものは存在します」

 

・・・へぇ、なるほどねぇ。

火のない所に煙は立たぬとは言うが、実在したのか。

 

「つまり、自分たちが剣と魔法のファンタジーな異世界にいたという話も信じていると?」

「えぇ。こちらにも、魔力と呼ばれるものを感知する手段はありますから」

 

なるほど。

魔法が存在する、いや、技術として体系化されて発展しているトータスの住人と比較しても、クラスメイトの魔力は優れている。俺やハジメ、ティアやユエたちならなおさら。

だったら、こっちの一般人と比べるまでもない魔力を察知することくらい、なんてことないわけか。

 

「ですが、なぜ自分たちの保護を?そちらにメリットがあるとは思えませんが」

「そうですね・・・元々、魔法やそれに類する力を持った一族は古より存在しました。わかりやすい例を挙げれば、陰陽師やエクソシストがそれにあたります。ですが、近代化によって科学を重視する風潮が生まれ、当時の政府によって魔法の力を使う家系は表舞台から排斥されました」

 

それはそうだろう。

魔法は基本的に個人の才能に大きく左右されるが、科学によって生み出された道具は普通に使う分には才能に左右されない。全体的な利益を考えれば、科学に路線を変更するというのは間違っていない。

同時に、科学の発展に魔法の技術が疎ましくなるのもまた当然と言えば当然だ。

 

「まぁ、我々としてはそこまで気にしていないのですが。たしかに表舞台から排斥されましたが、魔法の探求を重視していた我々からすれば排除されないだけマシではありましたから。それに、表と裏の顔を使い分ければ、政府からの援助がなくとも資金を集めることもできます」

 

そう言えば、藤堂家って日本でもそこそこ有名な財閥だったな。

事業とか幅広くやってるって話だったし、政治家も何人かいたはずだから、金には困らないか。

 

「つまり、かつてと同じく魔法を使える者が排斥されるのを不憫に思い、同時に自分たちの研究に協力してもらうために自分たちを保護する、ということでいいですか?」

「はい、その解釈で間違っていません」

 

なーるほどねぇ・・・

 

「帰還者の中でも、あなたは全体に指示を出せる立場でしょう。どうです?この提案に賛同してもらえますか?」

 

人の良さそうな笑みを浮かべて、清嗣は俺の返事を待つ。

この提案にのるかどうか、だって?

当然、

 

「論外だ。考えるまでもない」

 

清嗣の提案を蹴り飛ばした。

 

「・・・なぜですか?あなた方にもメリットが・・・」

「言っただろう、論外だと。勘違いしているみたいだが、まず前提条件としてあんたらの手を借りるまでもない。今は静観してるが、準備が整えばこっちでどうにかする」

 

主にハジメが。

ハジメがやるんだから、俺の方で新たに人手を集める必要はまったくない。

それに、

 

「よくもまぁ、心にもないことをあんなペラペラと喋れるもんだ」

「心にもない?そのようなことは・・・」

「この紅茶、暗示をかける薬なり魔法を仕掛けただろう。そんな手を使ってまで引き込もうとするってことは、何か後ろ暗いことでも考えてるんだろう?」

 

俺の指摘に、清嗣は息を呑み、後ろの護衛2人からも剣呑な雰囲気が放たれる。

暗示の内容は、清嗣の条件への賛同。

つまり、何が何でも俺たちを引き入れたい理由があるというわけで。

 

「おそらく、あんたらの目的は帰還者、というよりは俺個人。その目的までは知らんが、まぁ俺の力で何かを企んでいるのは間違いないか」

 

まぁ、しょうもないことなのは間違いない。

そして、

 

「あんたらから、自己紹介以降母さんの話が一度も出てきていない。何か話したら困るようなことでもあったか?あくまでこれは推測だが、俺の父さんが殺された通り魔事件。あれ、あんたらの手引きだろ」

 

瞬間、空気が一変した。

2人の護衛から放たれる空気が、もはや殺気と変わらなくなる。

まぁ、この程度ではどうとも思わないが。

 

「どういう理由かはわからんが、おそらく俺がガキの時からあんたらは俺に目を付けていた。父さんを殺すように手引きしたのも、それを理由に母さんごとあんたらの家に引き込むためか」

 

気にせずに言葉を続けるなかで、清嗣の表情がさっきまでの人の良さそうな笑みが嘘のように険しい表情になっていく。

 

「・・・否定は無し、か。まぁ、そういうことだから、あんたらは信用するに値しない。さっさと帰ってくれ」

 

強い口調で帰るように促すと、清嗣は先ほどまでの態度から一変して剣呑な空気が放ちながら口を開いた。

 

「勘違いしているみたいですがね、これは確定事項です。あなたが頷かないのであれば」

「俺と近しい人間が不幸な目に合う、なんてつまらない脅し文句を吐くのはやめてくれよ。俺を脅したいならもうちょっと凝ったことを言ってくれ」

 

俺が心底どうでもよさそうな口調で遮ると、清嗣の顔が面白いくらいに真っ赤に染まっていき、

 

「っ、その判断を後悔しないことですね」

 

そんな捨て台詞を吐いて、ドスドスと乱暴な足取りで部屋を出て行った。

 

「・・・最後の最後までつまらないやつだ」

 

思わずつぶやきながら、俺は携帯を取り出した。

 

「そういうわけだから、そろそろ俺も動くぞ」

『へいへい、わーったよ』

 

携帯からは、ハジメが仕方ないと言わんばかりの呆れ口調で返事が返ってきた。

実は、清嗣を客間に案内した時点でこっそり雷魔法を使って携帯の電源を入れて、ハジメの方に通話をスピーカーでつないでいた。

当然、その場にいただろうティアたちにも話は伝わっているだろう。

 

『にしても、こっちの世界にも魔法が存在してたってのは、寝耳に水だったな』

「そこまで意外ってほどでもないけどな。伝承にも魔法や神秘とかの記録は残ってるし、こっちでも魔法が使えるんだ。その可能性は十分にあった」

 

まぁ、トータスで魔法と共に過ごしたからその可能性も思い浮かんだ、とも言えるが。

 

「とりあえず、あれの対処は俺の方でする。ハジメは引き続き行政やマスコミを頼んだぞ」

『あいよ。必要なら手を貸すぞ』

「わかった」

 

それだけ言って、俺は通話を切った。

さて、つまらない奴らではあるが、俺が招いた面倒ごとだ。

暇だったから、というわけでもないが、相手をしてやることにしよう。




申し訳ありません、投稿するのを完全に忘れていました。
なんか、頭が軽く朦朧としているあたり、まじでやばいかもしれない・・・。


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全面戦争

「これはいったいどういうことだ!!」

 

東京の某所に存在する藤堂邸。その一室では怒鳴り声が響いていた。

声の主は藤堂業平(なりひら)。藤堂家の現当主だ。

パッと見は白髪に無精ひげを生やした普通の老人だが、体つきはしっかりしており見ようによっては60代前半にも見える。

だが、その顔は怒りに染まっていた。

その原因は、彼の手元にある報告書だった。

 

「も、申し訳ありませんっ」

「謝罪など求めておらん!なぜこのような事態になったのか、そう聞いているのだ!!」

 

報告書の内容は、峯坂ツルギを脅すために行われた工作。そのすべてが失敗と記されていた。

 

計画:ティアを始めとした4人の恋人の拿捕

結果:失敗。工作員は住宅にたどり着くことすらできなかった。

 

計画:偽の横領の証拠を用いた峯坂樫司の懲戒免職

結果:失敗。協力者の全員が帰還者サイドに寝返り、工作員は偽証を持ち掛けたとして逮捕された。

 

計画:クラスメイト全員に対する襲撃

結果:失敗。派遣した戦闘員全員が返り討ちに遭い、藤堂家のことを忘却して()()()()()へと戻っていった。

 

ツルギと交渉決裂してからおよそ1週間、あの手この手でツルギを脅迫、あるいは実力行使で無理やり藤堂家の傘下に加えようとしたが、そのすべてが失敗に終わってしまい、運用可能な人員はもはや数えるほどしか残っていなかった。

そして、失った工作員の中にはリーダー格や優秀な人材も多くいるため、実質的に藤堂家の工作部隊は行動不能状態に陥っていた。

 

「くそっ、魔法を使えるとはいえ、たかが学生にいいようにやられるとは・・・」

「ど、どうされますか?」

 

報告のために呼び出された藤堂清嗣は、怒髪冠を衝く当主にびくびくと怯えながら問いかける。

 

「・・・全面戦争だ」

 

一瞬、清嗣は業平が何を言っているのかわからなかった。

だが、すぐにその意味を察した。

 

「まっ、まさか・・・」

「即座に分家に連絡を入れて本家に集結させろ。儂も出る」

 

藤堂家の当主は、最も優れた魔術師がなると決まっている。

年老いてなお当主の座に座り続ける業平は、歴代の当主の中でも群を抜いていると言われている。

当主自ら前線に出て一族を率いる。

それは、帰還者に対して総力戦を仕掛けるという意味だ。

 

「使用人に命令を出せ」

「わ、わかりました!」

 

清嗣が頷き、部屋から出ようとした次の瞬間、その前に扉が突然勢いよく開かれた。

そして、若い男が息を切らしながら飛び込んできた。

 

「はぁ、はぁっ。と、当主!緊急事態です!」

「ええい、騒がしい!いったい何が起こった!」

 

尋常ではない様子に嫌な予感を覚えながら、業平は先を促した。

 

「ほ、報告すべき事柄は2つ!まず1つは、連絡手段がすべて断たれました!外部と一切通信がつながりません!」

「なんだとっ!?」

 

男の報告に、清嗣は目を見開かせた。

藤堂家は科学的・魔術的両方において高度な連絡網を確保している。

それらがすべて断たれるなど、尋常ではない。

だが、業平はもう1つの報告に、果てしなく嫌な予感を覚えた。

 

「・・・もう1つの報告はなんだ?」

 

そして、それは当たりだった。

 

 

 

「それがっ、峯坂ツルギが、単身で本家に乗り込んできましたっ!!」

 

 

* * *

 

 

「へ~、ここが藤堂家の屋敷か。ずいぶんとまぁ立派だな」

 

向こうの手立てとか刺客とかあらかた撃退して、いよいよ本丸に攻め込むことになったわけだが、ずいぶんと立派な豪邸だな。

俺は建築に詳しくないからよくわからんけど、和と洋を上手く融合させてる感じがする。さぞかし金がかかってるんだろうな~。

まぁ、それはさておき、だ。

 

「さて、挨拶しに行くとするか」

 

相手の結末が決まっていようと、最低限の礼儀は必要だ。

門の傍にあるインターホンを押すと、すぐに女性の声が返ってきた。

 

『どちら様でしょうか?』

「峯坂ツルギだ。ちょいと、あんたらのご当主様に会いに来た。通してもらっても?」

『・・・申し訳ありませんが、私は一介の使用人にすぎません。上から許可を得るまでお待ちください』

「いや、その必要はない」

 

そう言って、俺はパチンッと指を鳴らして重力魔法を発動、閉じられていた門を無理やりこじ開けた。

 

「あんたらの返答に関係なく、通してもらうからな」

 

ここら一帯はすでに空間魔法と魂魄魔法で隔離してあるから、警察に通報されることもないし、近所から不審に思われることもない。

少しばかり大人気ないが、手を出してきたのは向こうからだから、そこまで気にすることでもないか。

屋敷の中がにわかに騒がしくなるのを感じながら、敷地の中に足を踏み入れる。

次の瞬間、傍の植木から拳大の氷の塊が飛び出てきた。

大して速度も出ていないから、手で掴み取りつつ割って口に放り込んだ。うん、普通。

 

「なるほどなぁ。こういう魔法的な迎撃装置もあるわけか」

 

ただ、見た限りその仕組みは相当古そうだ。

おそらく、全盛期時代に組まれたものか。

この程度しか威力が出ていないのは、メンテナンス不足による機能不全ってところなのか、それともこれで精いっぱいだったのか。

どちらにせよ、この手の類の罠が庭にも屋敷の中にも敷き詰められていると見ていいな。

 

「まぁ、あまり意味はないだろうけどな」

 

サクッと全部無力化させることもできるが、それはそれで面白くないし、試しに全部起動させながら進んでみよう。

庭のど真ん中を歩きながら進んでいく最中、様々なところから火球とかレーザーとか石礫とかいろんなものが飛んでくるが、威力は下の下だから特に苦労するでもなく先に進む。

というか、障壁を張るまでもなく全部素手で叩き落とせるあたり、こっちの魔法の水準がどれだけ低いのかがわかる。

もしかしたら、全盛期はそうでもないのかもしれないが、そんなことを言ったところで今さらだ。

庭に人影が見えないのが気になるところだが、たぶん屋敷の中に戦力を集中させているんだろうな。

そもそもの話、贅沢に使えるほど戦力が残っているわけでもないし。

そのおかげもあって、屋敷の扉まであっけなくたどり着くことができた。

 

(ん~、扉の奥に気配多数。こりゃあ待ち構えてるか)

 

気配の数は、俺が把握している実働部隊よりも明らかに多い。

こりゃあ、使用人とかにも問答無用で武装させたりしてるのか?

 

「まぁいいや。邪魔するぜー!」

 

特に気にすることもなく、扉を開け放つ。

扉を開けた先には、予想通り多くの使用人が集まって銃を構えており、何人かは杖を持って詠唱を唱えていた。

 

「今だ!撃・・・」

『動くな』

 

相手が動くよりも先に、俺は“神言”を発動。使用人たちの動きを止めた。

 

「体が、動かっ・・・!」

「あんたらに用はない。そこで待ってろ」

 

拘束を解こうと必死に体を動かしているのを横目に、俺は無慈悲に告げながら横を通っていった。

屋敷の中にも、案の定というか魔法による罠が多数仕掛けられていたが、屋内だからかむしろ庭のものよりも威力が低くなっていて、さらに張り合いがなくなっている。

やる気あんのか?

結局、最初よりもかなり楽に進んでいき、あっさりと当主の部屋にたどり着いた。

おそらく防音処理を施されているだろうにも関わらず、中からは汚い怒鳴り声が聞こえてくる。

正直、相手したくない感はあるが、ここでほったらかしにするわけにもいかない。

覚悟を決めて、俺は当主の部屋の扉を蹴破った。

 

「邪魔するぜ」

「なっ、き、貴様は!」

「よう。あんたのお望み通り、出向いてやったぞ」

 

もちろん、手を貸すつもりは毛頭ないが。

 

「こ、こんなことをして、ただで済むと思うのか!?ここで儂らを始末しても、分家が貴様たちを・・・」

「あぁ、無駄だぞ。分家とやらはすでに全部始末しておいた」

 

そう言うと、業平はわかりやすく顔を青くした。

当然、殺したわけじゃない。

ただ、軽く叩き潰した後で魔法の力をまるっと封印し、認識をちょいと改ざんしただけだ。その気になれば、元に戻すこともできるし。

まぁ、それもこれもこいつの返答次第だが。

 

「さて、あんたらの現状を理解してもらったところで、本題といこうか」

「お、脅すつもりか・・・?」

「あくまで交渉、と言いたいところだが、敢えてそうだと言っておこうか。こっちの要求は主に2つ。1つはあんたや分家も含めた老人共の引退。もちろん、隠居先はてめぇらで用意しとけ。もう1つは、藤堂家とその一族は俺が管轄する。といっても、方針にあーだこーだ口を出すつもりはない。有事に俺たちの手足となって働いてもらうだけだ」

 

ぶっちゃけ、ハジメとしてはまるごと壊滅させたそうな空気を出していたが、そうするにはあまりにももったいなさすぎる。

それに、今はいろいろと忙しい時期で人手はいくらあっても足りない。だったら、中村みたく馬車馬のように働かせるくらいがちょうどいい。

 

「もちろん、俺たち“帰還者”に害意を持ったりちょっかいを出そうっていうんなら、相応の報いを受けてもらう。安心しろ、殺しはしない。生かさず殺さず、生殺し状態にはなるだろうがな」

 

なにせ、ハジメが作った洗脳用アーティファクト。まだ試作品とはいえ、ちょいとアレだからなぁ。

肉体的には死なないだろうが、精神的あるいは社会的に死ぬとも限らない。

 

「で?どうする?当然、断るようなら容赦はしないが」

 

重ねて問いかけると、青ざめていた業平の顔が、次第に赤くなっていった。

 

「・・・ざけるな」

「あ?なんだって?」

「ふざけるな!!たかが小僧が、力を持って増長しおって!!」

 

自分の立場を理解しているのかしていないのか、業平は顔を真っ赤にしながら次々にまくし立てていく。

 

「我々一族が、いったどれほどの年月をかけて魔法を突き詰めてきたと思っている!それを、身につけてたかが1年しか経っていない若造共が歯向かいおって!!その力は、我々こそが使うにふさわしいということが、なぜわからん!!」

 

ん~、言い訳のしようがないくらいの老害だな。

俺たちをどうするつもりだったのかが手に取るようにわかる。

 

「あぁそうだ!あの力は、神の座を目指す我々にこそふさわしい!あの力さえあれば、我ら一族の悲願に大きく近づく!故に、貴様らは儂らによって管理されるべきなのだ!」

 

・・・へぇ?

 

「覚悟しろよ!貴様の妄言など信じるものか!我ら一族の悲願を邪魔立てするのであれば容赦・・・」

「“神位解放”」

 

業平が言い切る前に、俺は神の力を解放した。

 

「・・・これが、お前の言う神の力だ。ついでに言えば、ハジメは俺とは違う神を殺した。その意味がわかるか?つまり、お前たちは神の座と神殺しを相手に喧嘩を売ったってことだ」

 

業平に問いかけるが、返答は返ってこない。

いや、返せない、と言った方が正しいか。

業平の顔面は青を通り越して真っ白になっており、もはや歯をガタガタと鳴らしながら体を震わせることしかできない。

 

「利用価値があれば残してやろうとも考えていたが、どうやら害にしかならなさそうだ。人手が増えればラッキー程度には思っていたが、お前らを存続させることにこだわりはない。せいぜい、俺たちに喧嘩を売ったことを後悔するんだな」

 

業平の顔に手をかざし、記憶消去の発動準備に入る。

業平はすでに抵抗の意思を失っており、逃げる素振りすら見せない。

あとは魔法を発動すれば、それで終わり・・・

 

「少し待ってくれませんかね?」

 

魔法を発動する直前、扉の方から声がかけられた。

そこには、サラリーマンにも見える風貌の中年男性が立っていた。

その顔には、見覚えがあった。

 

「・・・あんたはたしか、藤堂吉城(よしき)、だったか?」

 

藤堂吉城。

俺の母さんの兄であり、要するに俺の伯父にあたる人物だ。

 

「待って、どうするつもりだ?」

「私は、君の要件を呑もうと思っています。ですので、それ以上はやめてもらいたい」

「その言葉が信用できるとでも?」

「こればかりは信じてほしい、としか言えません。ただ、分家を含めたすべての実働部隊が全滅。残りはこの屋敷に残っている者たちくらいです。そして、その者たちは君の力を前に抵抗する気力をなくしています。父上のように徹底抗戦しようだなんて考えていません」

 

・・・なるほど、考えてみればそうか。

“神言”で動きを止めた連中の表情。それは例外なく畏怖や恐怖で塗りつぶされていた。

だったら、この爺みたいな余程の馬鹿でないかぎり歯向かおうだなんて考えるはずもないか。

 

「そういうわけですから、父上。今この時を持って、藤堂家の当主は私になります。それで構いませんね?」

「あ、あぁ・・・」

 

業平は完全に心が折れたのか、吉城の言葉に呆然としながら頷いた。

 

「では、藤堂家は峯坂ツルギ君の要求を受け入れます。ですが、まずはエントランスにいる者たちを自由にしてもらってもいいですか?」

「わかった」

 

吉城の要求を呑み、指を鳴らして“神言”を解除した。

 

「それじゃあ、折を見て分家や実働部隊も元に戻す、ということでいいか?」

「感謝します」

 

どうやら、吉城は業平と違って人格者のようだ。あるいは、業平と比べて、というだけかもしれないが。

そんなことを考えると、吉城が神妙な表情で尋ねてきた。

 

「さて、それでですが、少し時間をもらっても構いませんか?」

「なんだ?」

 

 

 

「10年前の真実。そのすべてを話そうと思います」




最近、夏らしくめっちゃ暑くなってきてさらに執筆速度が落ちてきましたね・・・。
さらに大学の定期試験も近づいてきたので、更新速度はさらに下がるかもです。


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10年前の真実

業平がどこかに連れていかれた後、俺は吉城に連れられて部屋を出た。

案内されたのは、こじんまりとした応接間。まぁ、やたらとでかくて装飾が施されているよりかは気が楽でいい。

 

「さて、どこから話しましょうか・・・」

 

席に着いた吉城が、内容を頭の中で整理しているのか、言葉を選びながら語り始めた。

 

「では、まずは藤堂家の成り立ちから話しましょう。正確なところはわかりませんが、藤堂家の起源は太古、それこそ紀元前から存在するのではと言われています。もちろん、初代の血筋は相応に薄くなっていますが。いえ、初代と言うよりは神祖と言ったほうがいいですか」

「神祖?」

「それほどまでに、強大な力を持っていたのですよ。何もないところから物を生み出すことができたと言われています」

 

・・・間違いない。シュヴェルトのことだ。

やはり、エヒトによって地球に飛ばされていたようだ。

 

「神祖についての情報は多くが失伝しているため、詳しいことはわかりません。元々、多くを語らなかったようですしね。ですが、まさに神に等しい力を持っていた神祖を人々は畏怖し、同時に敬いました。それこそ、神のように扱ったと言われています」

 

まぁ、それはそうなるだろうな。エヒトをして神の力だと断言していたんだ。

普通の人間からすれば、まさしく神の奇跡に他ならない。

だが、神を否定しようとしたシュヴェルトが神扱いされるというのは、皮肉もいいところだ。

 

「神祖は、何人か子供を作りました。そして、その子供たちは神祖ほどではないにしても魔法の力を使うことができました。それが藤堂家の始まりです。とはいえ、数千年も経てば神祖の血はかなり薄れていきます。いずれは力を失うのではないかと焦りだした先祖は、ある目標を立てた」

「まさか・・・」

「そう。自らが神になる、という目標です」

 

・・・現代人が聞いたら、正気を疑うかあほくさいって鼻で笑いそうな目標だな。

だが、そもそも魔法や神なんて存在しないって考えているからであって、幸か不幸か、藤堂家にはその指針となる人物がいた。

となれば、あながち間違っていると断言できるわけではない。

まぁ、どっちにしろ現実的じゃないのはたしかだが。

 

「察しの通り、神に至るための探求はなかなか実を結びませんでした。私たちが持つ魔力は少なすぎましたからね。それでもあきらめられずに今の今まで探求は行われてきました。そこで現れたのが、君です」

 

・・・なるほど?ろくでもない予感がプンプンする。

 

「ここからは、あなたの母親の話になります。我が家では、本家の直系であれば、大なり小なり誰でも魔法を使えます。ですが、小梢は魔法を使うことができなかった・・・いえ、少し違いますね。魔力は多少ありましたが、それを魔法に変換することができなかった。彼女ができたのは、魔力を視認することだけ。いわゆる魔眼の一つですが、これは直系の者でなくてもできるもので、魔術師としては欠陥の烙印を押され、追放されました。本家に連なるものが魔法を使うことができないのは恥だ、ということで」

 

・・・なるほどねぇ。記憶に残っている父さんと母さんがラブラブなわけだ。

母さんが家から捨てられたんだから、父さんに懐くのは当然と言えば当然か。

でも・・・待てよ?父さんはその辺りの事情は把握していたのか?

その答えは、吉城からもたらされた。

 

「ちなみに、あなたの父親はごく普通のサラリーマンで、魔法を知らないただの一般人です」

 

あー、うん、なるほどね。

なんだろう、俺の中の父さんがだんだん天之河みたいになっていっている。

まぁ、ほったらかしにしていない時点で比べるまでもないが。

 

「あの2人がどのような生活を送っていたのかは置いておくとして、あなたが生まれてからの話ですね」

「しれっと言ってるが、把握はしてたんだな」

「えぇ。万が一、一般人に魔法の存在を知られるわけにはいきませんから」

 

それもそうか。

なんとなく納得したが、なぜか吉城がわずかに口をつぐんだ。

 

「・・・たしかに、彼は普通のサラリーマンで、魔法のことを知りません。ですが、家系を辿ったところ、末端とはいえ陰陽師の血筋を引いていることがわかりました。とはいえ、彼にそういった能力は備わっていませんし、それは家族や親族も同じです。おそらくは、血が薄くなりすぎたのでしょう。なので、我々は大して注目していなかった。あなたが生まれるまでは」

 

そう言って、吉城は正面から俺を見据えた。

 

「系統が違う2つの魔法の血統が交わったことに関係があったのか、それともただの偶然だったのか。詳しいことはわかりません。ですが結果として、あなたには他とは一線を画するほどの魔力が備わっていた。今のあなたと比べればまだ微々たるものでしょうが、おそらくは世界的に見ても最高水準だったはずです。この報告を受けた本家の人間は目の色を変えました。おそらくは、最も神祖に近い領域にいるはずだ、と」

 

・・・ふーん。父さんが末端とはいえ、陰陽師の家系だった、ねぇ。

俺も推測でしかわからないが、シュヴェルトの剣製魔法と陰陽術の相性がよかったのかもしれない。

たしか、陰陽術は調伏と召喚が基礎の“生み出す”技術だったはず。

おそらく、俺が先祖返りであることに加えて、陰陽術の“生み出す”ノウハウが何かしらの形で剣製魔法とかみ合ったんだろう。

だとすれば、神話大戦の際に剣製魔法による自立型人形兵の生成がぶっつけ本番にも関わらず容易にできたことにも、ある程度の筋が通る。

 

「なので、本家の上層部はどんな手を使ってでも君を本家に迎え入れようとしました。厳密には、君だけを、ですが」

 

まぁ、母さんを欠陥呼ばわりして放り出しておきながら、俺が欲しいから戻ってくれ、なんて言えるわけもないし、仮に言ったとしても母さんがそれを受け入れるはずがない。

 

「そうしてとられた手段が、あの殺害事件です。君の父親を殺害することで、君を本家に迎える大義名分を得ようとしました。結果的には、小梢が虐待に近い形で家に閉じ込め、自ら死んだ後に峯坂樫司に君を託すことで本家の目論見は潰えましたが。一応、彼もあなたの父親の親族ですからね。天之河完治による根回しもあって、結局あなたを引き込むことはできなかった」

 

虐待に近いっていうか、されてたんだけどな。まぁ、今思えばあれは演技だったのかもしれないが。

・・・ん?ちょっと待て。

 

「天之河?今、天之河って言ったか?」

「? えぇ、言いましたよ。あなたのクラスメイトの天之河光輝君の祖父で、敏腕弁護士としてその界隈では名をはせていたんですよ。すでに心不全で亡くなっていますが」

 

・・・マジかよ。

いや、だからってあいつに対して何も思わないが、なんだろう。すごいモヤっとするというか、釈然としない部分がある。

何て言えばいいか・・・あれか?“本人に悪気はなかったけど結果的に悪役に影響を与えてしまったキャラ”に対する複雑な心境と同じアレか?

というか、しれっと天之河家のエリート具合が出てきたな。

そうか、あいつの祖父は弁護士だったのか・・・。

あいつにはちょっと申し訳ないが、今度暇なときに天之河の家系を調べてみよう。面白いものが見つかりそうだ。

 

「少し話が逸れてしまいましたね。とはいえ、あとはあなたも知っているか、想像がついていることくらいでしょうね。本家の者たちは峯坂樫司に対して君を本家に差し出すように要求しましたが、樫司は断固として拒否。今までうかつに手を出せずにいましたが、今回の“帰還者”事件を機に接触を試み、こうして徹底的に叩きのめされた、ということです」

 

ふ~ん。

まぁ、概要はおおよそわかった。というか、気になる部分はだいたい知れたな。

 

「私からは以上ですが、他に何か聞きたいことは?」

「そうだな・・・とりあえず、気になっていた部分はだいたいわかった。強いて言うなら・・・あんた、()()()()人間だ?」

 

目を細くしながらの問い掛けに、吉城は一瞬ビクッと肩を揺らしたが、すぐに気を取り直して答えた。

 

「・・・言い訳のようになってしまいますが、10年前の件に私は関与していません。そもそも、妹がいるということすら聞かされていませんでした」

「・・・本当か?」

「えぇ。藤堂家では、正式に本家の一員として迎え入れられるのは10歳になってからで、それまでに魔法の才を認められなければ放逐されます。さすがに保護施設に放り出すようなことはしませんでしたが、16歳を迎えれば屋敷から追い出され、それまでの間も屋敷の地下で軟禁状態で過ごすことになります。私に妹がいると知ったのは、今回の件で君のことを聞かされてからです」

 

・・・嘘はついていないようだな。

おそらく、能無しの存在を徹底的に秘匿したかったんだろう。

仮に10年前の時点で俺が藤堂家に迎えられることになったら、おそらく母さんは()()()()()で亡くなった可能性すらある。

・・・思えば、母さんは逃れられない自分の死を察していたのかもしれない。だからこそ、あの時自ら刃物を胸に突き立てて命を絶ったのだろう。

 

「今回の件に関しては、私は反対しました。もし敵対した場合、甚大な被害を被ることになりかねない、と。ですが、父上は自分たちが失敗するはずがないと根拠もなく信じていたようで。また、藤堂家では当主の決定が絶対であるため、反対意見も出ませんでした」

 

聞けば聞くほど腐ってんなぁ。典型的なワンマン老害じゃねぇか。そんな老害共が母さんを迫害していたと思うと・・・もうちょっとくらい懲らしめてもよかったか?

表向きは和解した以上、俺の方からはもう手を出せないが。

 

「そうか・・・」

「・・・他には、なにか?」

「いや、ひとまずは十分だ。俺もいったん帰らせてもらう・・・和解の条件、忘れるなよ?」

「えぇ、重々承知していますとも」

 

ひとまず、ここですべきことは全部終わらせた。

あとでハジメとティアたちに連絡を入れておこう。

 

 

* * *

 

 

「・・・ふぅ~。ひとまず、穏便に事を済ませることができましたね・・・」

 

ツルギが対談を終え、部屋から出て行ったあと、吉城はため込んだものを吐き出すように大きくため息をつき、背もたれに深くもたれかかった。

できるだけ表に出さないようにしていたが、吉城は内心ではひたすら冷や汗を流しながら話をしていた。

なにせ、相手は言葉一つで相手を意のままにすることができるほどの力の持ち主で、さらには魔法らしい魔法を使わずに藤堂家のセキュリティを力技で突破。

敵対すべきではないと半ば本能的に悟っていたが、ツルギの力は吉城の想像をはるかに上回っていた。

何か一つでも言葉を間違えれば、藤堂家は抹消される。

吉城には、その確信があった。

だからこそ、できるだけ嘘をつかずに、慎重に言葉を選んでツルギとの対談に臨んだわけだが、結果的には限りなく最善に近い形で終えることができた。

 

「彼が、現実的な利用価値で我々を判断してくれて助かりました・・・」

 

もしツルギが復讐を行動基準にしていれば、間違いなく藤堂家は壊滅していた。

こうして無事でいるのは、藤堂家には利用価値があると判断されたからだ。

だというのに、藤堂業平はツルギを敵に回すような言動をとった。

だからこそ、あの場に出てきて半ば無理やり当主の座を寄越すように申し出た。

内心ずっと冷や冷やしていたが、どうにか無事に事を終えることができて、ようやく安心できた。

とはいえ、“帰還者”に全面的に協力することになった以上、政府との対立は避けられないため、本当に安心できるのはまだまだ先だが。

そうして今後の立ち回り方を考える中で、吉城がふと呟いた。

 

「・・・今のこの状況を知ったら、あなたはなんと言うのでしょうかね」

 

吉城の頭の中に思い浮かぶのは、ツルギの母親である小梢の顔だ。

吉城は小梢と顔を合わせたことはない。せいぜい、例の事件を独自に調べた時に顔写真を見たことがある程度だ。

そのため、吉城は小梢に対して思うところはまったくと言っていいほどない。

だから、もし小梢があの世で見守っていたとして、その様子を想像することはまったくできない。

それでも、今まで一度も会ったことがない妹のことを、吉城は考えていた。

もちろん、死者の考えが生者にわかるはずがない。

ない、が。

 

「あるいは、彼ならわかるのかもしれませんね。いえ、これから知るのかもしれませんか」

 

そこまで呟いて、吉城は自身が想像以上に疲弊していることに気が付いた。

こうも雑念ばかりでは、冷静に計画を練ることなどできないだろう。

今、屋敷の中は先ほどの襲撃と当主の交代でどこもかしこもあわただしいが、少しくらい休んでも罰は当たらないはずだ。

思わず苦笑を浮かべながら、吉城は行儀悪い自覚がありながらも、そのまま応接間の長椅子の上に横になって目を閉じて、まどろみに身をゆだねて意識を落としていった。




今回は過去の真実の説明回ですね。
父親の件は、若干後付け感があるのは否めませんが、そこまで不自然じゃないし別にいいかなと。
そして、“帰還者騒動”編は次回で終わりにして、次々回からいろいろと盛り込んでいこうかなと思います。
ひとまずは溜め込んでいるアイデアを放出して、もしリクエストがあればTwitterのDMかハーメルンのメッセージ機能で書いていただければ、もしかしたら採用するかもしれません。


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どうしても言いたくて

ひとまず、藤堂家に関するあれこれはあらかた収束した。

当主の座には藤堂吉城がつくことになったが、いや、当主って本当に藤堂家内の影響力がでかいんだな。

俺が潰しに行ったときは分家の連中も前当主みたいなことを口走ってたくせに、今では不承不承ながらも真っ当な帰還者の保護を徹底している。

あるいは、また俺に潰されるのが怖いだけなのかもしれないが。

ひとまず、吉城の協力が得られたこととハジメがインターネットを利用した全世界洗脳装置を開発したおかげで、表向き“帰還者騒動”は沈静化した。

とはいえ、あくまで表向きの話であって、裏では未だに俺たちを狙っている組織も存在するが、政府や行政がちょっかいを出してこないだけで段違いに楽になった。

そのおかげで、再び俺のやることがなくなった。

とはいえ、さすがに前みたくぐーたらしてるだけじゃなくて、俺の方でも対応に動くようにはしているが。

それと秘密裏に公安の職員から接触があった。

内容は、事実上の降伏と協力関係の提携。

要するに、俺たち“帰還者”を政府の下で管理することを諦め、諸外国の諜報機関やら秘密部隊やらの対処に協力する。その代わり、オカルトな案件が発生した場合は依頼という形で俺たちにも協力してもらう。といったところだ。

正直に言って、俺たちだけで対処するのは必要だったとはいえ面倒でもあったから、この申し出はありがたかった。

それに、こっちの世界の魔法はクラスメイト全体で見ても十分対処可能な範疇だから、依頼の件もこれといった問題はない。

あと、これは俺個人の話にはなるが、正式に帰還者のまとめ役になることになった。

というのも、俺の親父は警察官で、漠然ではあったが俺も将来はその手の職に就こうかと考えていた。

だが、そうなるには俺の力は強大すぎる。

ということで、帰還者を政府非公認の独立部隊みたいな立ち位置にして、そのトップに俺を据える、という案が出された。

さすがにこれを「はい、わかりました」と承諾するわけにはいかないのだが、政府としてはどうしても“帰還者は組織として管理されている”という内々での認識が欲しかったようで、接触してきた担当者から土下座されそうな勢いで頭を下げられた。

だから、それらに関する全権を俺に一任すること、否と判断した依頼は決して受けないことを条件に受け入れた。

さすがにクラスメイトを政府の意向で戦いに駆り立てるようなことをしたくはないし、させるつもりもない。

おそらく、俺やハジメの方で解決できるような依頼しか受けないことになるだろう。

・・・いや、場合によっては遠藤にも協力を要請することになるか。

あいつ、俺やハジメといった例外を除けばクラスメイトの中でも最強だからな。なにせ、かくかくしかじかあって本気のハジメと決闘した時に、ハジメに傷をつけたからな、あいつ。

ハジメも遠藤のことは信頼してるし、積極的に巻き込みにいくことだろう。

とまぁ、前置きが長くなってしまったが、最終的に“帰還者騒動”は俺たちに利益のある形で収束し、今まで通りの日常を送ることができるようになった。

だから・・・俺は最後のケジメをつけることにした。

 

「・・・この辺りに来るのは久しぶりだが、案外変わらないもんだな」

 

俺が今いるのは、かつて時武ツルギとして過ごしていたころの場所。

ここには1人で来た。

どうしても、すべきことがあったから。

周囲には、休日ということもあってそれなりに人通りがある。

だが、今はハジメ謹製の認識阻害の眼鏡型アーティファクトを付けているから人目につくことはない。

・・・ない、はずなんだが、なんだか視線を感じる。

そういえば、これはもともとユエたち異世界組が余計な注目を浴びないために作られた代物だが、これをユエに付けたらアーティファクトの効果を貫通して存在感が増したって話があったな。

・・・まぁ、いざとなれば自前で用意できるからいいか。

ちなみに、眼鏡なのはハジメの趣味で、眼鏡っ子ユエがそうとうツボにはまったらしい。

結局、眼鏡は外して自分で気配を消しながら歩くこと数分、目的地に着いた。

 

「・・・まだ残ってたんだな」

 

俺が訪れたのは、かつて住んでいた家。

てっきり取り壊されたか違う人間が住んでいるものだと思っていたが、児童虐待や殺人が起きたというだけあって、買い手がついていないようだ。

とはいえ、さすがに倒壊の危険有りということで親父が業者に頼んで、近々取り壊されることになっているが。

だから、これが最初で最後のチャンスだ。

詠唱のために口を開こうとしたが、思わず詰まってしまった。

 

「・・・そうか、緊張しているのか」

 

自分の手を見下ろせば、僅かにだが震えていた。

だが、無理もないことではある。

俺が今やろうとしているのは、それだけのことだからだ。

だが、いつまでも棒立ちしているわけにはいかない。

意を決して、俺は詠唱を始めた。

 

「今この時、我が魂は天の理に背く」

 

本来は不要な詠唱だが、今回は少しでも成功率を上げるために使用する。

 

「其の願い、其の望み、矮小たる人の身において不相応なれど、其の意思、其の決意を止めることは何人たりともできず、天すらも敵わない」

 

正直に言ってしまえば、俺が今やっていることに大きな意味はない。

成功しようが失敗しようが、何かが変わるということもない。

 

「禁忌を犯し、摂理に逆らい、それでも私は許しを請わず、いかなる代償も厭わない」

 

これは、俺のわがままだ。

どうしても過去に縋りついてしまう、俺のエゴだ。

 

「どうか、夢を見させてほしい」

 

だが、だからこそ、失敗することはできない。

 

「“いつか望んだ在りし日を此処に(今、我が魂は時を超える)”」

 

詠唱を終えた次の瞬間、俺の視界が純白に染まった。

 

 

 

 

 

視界に色が戻っていくと、目の前に広がる景色が変わっていた。

ボロボロになっていた家は新品同然にキレイになっており、時武の表札がかけられていた。

そして、俺の手を見下ろしてみれば、俺の手を透過して道路が見えていた。

 

『・・・どうやら、成功したみたいだな』

 

俺が発動した概念魔法“いつか望んだ在りし日を此処に”は、言ってしまえばタイムトラベルの魔法だ。

再生魔法が時間を司る神代魔法であるなら、もしかしたらタイムマシン的な物も作れるのではないかとハジメとも話したのだが、結果的に言えば不可能だった。

一応、俺とユエ、香織が万全に万全を重ねて試してみたことはあるんだが、肉体への負荷が異常すぎて1秒も遡れなかった。

これはあくまで推測でしかないが、おそらく再生魔法は世界の時間を器に共有させる魔法なんだと思う。

再生魔法によって傷が元に戻ったり逆に同じ傷を再現させるのは、世界に刻まれた時間の情報を器に共有させたから。再生魔法によって加速できるのは、加速させた世界の時間を器に共有させたから。

世界の時間の流れを幅が広く底が深い大河のようなものだとすれば、前者は河の流れの一部を汲み取るようなもの、後者は河の流れに身を任せて流れるようなものだ。

それらに対して、時間の遡行はいわば、流れに逆らって無理やり突き進むような行為。言ってしまえば、世界の全てに対して喧嘩を売るようなものだ。器にかかる負荷は並大抵のものではない。

だが逆に言えば、器に依らない魂のみの状態であれば、短時間であれば時間遡行が可能であることが判明した。

要するに、魂を時間の遡行に適した形にすることで、負荷を極限まで減らすということだ。

とはいえ、あくまで可能というだけで実際は困難極まりないものだが。

まず、時間を遡るという行為自体、どれだけ負荷を減らしても力技であることに変わりはなく、発動だけでもバカみたいに魔力を喰う。それに加えて、時間と座標を指定するための昇華魔法と魂を時間遡行に適した形に作り変えるための魂魄魔法も同時に使用しなければならないのだから、半端じゃない技量を要求される。

さらに言えば、遡るのは魂だけなため、できることはかなり限られている。

せいぜい、過去視や過去再生よりもリアルな情景を楽しむくらいか。

そんな労力に対してつり合いがまったく取れないどころかむしろマイナスでしかないために、計画は頓挫することになった。

だが、それでも俺は、今日この時のために改良を続け、どうにか魂魄魔法によるコミュニケーションを可能にするレベルまで行きつくことができた。

そして、俺が訪れた時間は、俺が母さんを殺したあの時だ。

家の中からは、わずかにだが暴れるような物音が聞こえてくる。

我ながら完璧なタイミングだったようだ。

中に入ると、そこではちょうど母さんが俺に覆いかぶさっているところだった。

そして、母さんが俺に向けていた刃を自分に向け、

 

「・・・ごめんなさい」

 

そう言って、自分の心臓に突き立てた。

・・・やっぱり、俺の推測は間違っていなかった。

母さんは、自ら死ぬことを選んでいた。

理由は、これから聞こう。

魂魄魔法を発動して母さんの魂魄を固定し、俺が知っている姿を映し出す。

俺の目の前に現れた母さんは、口元を手で押さえて驚きをあらわにしていた。

 

『ツルギ・・・なの?』

『っ』

 

俺の名前を呼んだ。

ただそれだけのはずなのに、それがどうしようもなく嬉しい。

実体はないはずなのに、まるで心臓が高鳴るような感覚を覚える。

 

『・・・そうだよ。俺からすれば、久しぶりって言えばいいのかな』

『でも、どうして・・・』

『詳しい説明は省くけど、魔法だよ。いろいろあって、神の力とやらを持つことになって、だいたい10年くらい未来から魂だけでこっちに来た』

『そうなの・・・』

 

神の力、という言葉に、母さんは目元を伏せる。

いったい何を考えているのか、すぐにわかった。

 

『母さんの実家のことは大丈夫。すでに、ケリはつけてきたから』

『・・・ごめんなさい』

 

返ってきたのは、謝罪だった。

 

『・・・それは、何に対する“ごめんなさい”なんだ?』

『・・・いろいろ、かしらね。あなたに辛い思いをさせてしまったことも、私の家の事情に巻き込んでしまったことも・・・私には、あなたに何もしてあげられなかったことも』

 

伏せたままの視線の先は、母さんを刺したと思い込んでぐちゃぐちゃな感情になっている過去の俺に向けられていた。

・・・たぶん、母さんは苦悩を抱えながら逝ってしまったのだろう。

あぁするしか方法はなかったとはいえ、結果的に俺に酷な道を進ませることを強要させてしまった。

本当に正しかったかどうか、それすらわからないまま、死んでいったのだろう。

だから、その不安をなくすために、俺は言葉を紡いだ。

 

『・・・この10年、辛いことも苦しいことも、いろんなことがあった。ここ1年は特に。でも、こうして乗り切ることができたのは、母さん譲りの目のおかげだ』

 

今ならわかる。

俺の“天眼”の技能は、母さん譲りの魔法だ。

俺はトータスではずっと、母さんの眼に助けられて来た。

魔法の才能は、たぶん父さん譲りかもしれないが。

 

『たしかに、こんなことがあったから、俺は強くならざるを得なかった。でも、だからこそ、こうしてまた母さんと話すことができるし、幸せだって言い切れるような出会いや出来事もあった。だから、母さんは何も悩まなくていい。母さんのおかげで、今の俺があるから』

 

そう言って、俺はそっと手を伸ばし、母さんの涙をぬぐうように顔に手を這わせる。

そして、俺が一番言いたかったことを口にした。

 

 

 

『ありがとう、母さん。今まで、俺を守ってくれて』

 

そう言うと、母さんの目からボロボロと涙が流れ、俺に抱きついてきた。

 

『ツルギ、ありがとう、ツルギっ・・・!』

 

ボロボロと泣きながら感謝の言葉を伝えてくる母さんに応えるために、俺も母さんの背中に手を回して、そっと抱きしめた。

そこで、俺の手が最初よりも色が薄くなっていることに気付いた。見てみれば俺から光の粒子がこぼれており、視界も白く染まりつつある。

どうやら、時間が来たようだ。

 

『・・・ごめん。もう少し一緒に居たかったけど、もう終わりみたいだ』

『! そう・・・』

 

どんどん透けていく俺の身体を見て、母さんは少し名残惜しそうにしながらも俺から離れた。

 

『もう、終わりなのね』

『そうだな・・・』

 

本音を言えば、まだ話していたい。

だが、ここに来たのは過去のことを完全に清算するため。もう二度と、こうして母さんと話すことはない。

 

『さようなら、母さん。俺は、これから幸せに過ごしていくよ。だから、安心してくれ』

『・・・えぇ、わかったわ。さようなら、ツルギ。私は、あなたを愛しているわ』

 

その母さんの言葉を最後に、俺の視界は完全に白に染まっていった。

 

 

 

 

 

視界が元に戻ったのはすぐだった。

たぶん、流れに乗る分戻る方が早いんだろうな。

だが、色が戻った途端、視界が歪んだ。

目元を押さえれば、知らないうちに俺の目には涙がにじんでいた。

 

「・・・ははっ、本当に涙もろくなったな」

 

いいことなのか悪いことなのかはわからないが、どちらにせよ俺も変わったということだろう。

それに、今さらティアたちが幻滅するようなこともないはずだ。

 

「・・・さて、帰るか」

 

俺はもう、過去に囚われない。

ティアたちと一緒に、これからを歩いていこう。




「“帰還者”騒動」編、これにて完結ですね。
地味にタイムトラベルの説明が難しかった。
少なくとも原作で出来るっていう描写がなかったので、自分の方であれこれ理由を考えて頑張って文章にして、やたら疲れました。
そして、ツルギのお母さんとの邂逅ですが、書いてる途中で思わずウルっときちゃった自分は涙もろい方なんですかね?

それはさておき、次からはシリアスとギャグを程よく混ぜた話になりますが・・・地味にすごい久しぶりになりますね。
神話決戦からは、ずっとシリアスが続いてましたからね~。
もしかしたら、ネタの入れ方とかちょっと手さぐりになってしまうかも。


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アフターストーリー 吸血鬼編
つい拾っちゃうのは仕方ない


「はっ、はっ、はっ、はっ・・・!」

 

なんてことのない、ある夜。

()()は、山の中をただひたすら走っていた。

裸足のまま、布一枚だけを羽織り、がむしゃらに。

まるで、何かから逃げるかのように。

だが、

 

「あぅっ!?」

 

裸足で不安定な山の斜面を走るというのは、普通よりも体力の消耗が激しく、非常に転びやすい。

さらに、一度転んでしまえば、勢いがなくなるまで止まらない。

()()は山の斜面を転がり続け、時には何かにぶつかりながら、止まる頃にはすでに意識も朦朧としていた。

それでも、何かに急かされるように進もうとし、だが精も根も尽き果ててしまい、()()はゆっくりと意識を閉ざしていった。

 

 

* * *

 

 

「は~、ダル」

 

現在、鍬を片手に籠を背負い、俺はとある竹林に足を運んでいた。

事の発端は、ティアの何気ない一言。

 

『ねぇ、美味しいタケノコってどんな味なの?』

 

今さらだが、トータスに竹という植物はない。

いや、もしかしたら北の山脈地帯のどこかに生えているのかもしれないが、少なくとも俺は見たことはない。

ということは、タケノコも存在しない。

まぁ、竹って地球でも自生してる地域はそこそこ少ないが。

これは前提の話になるが、“帰還者”騒動はあらかた収束した。細々としたものは残っているが、ハジメたちだけでも十分対処できる程度だ。

余裕ができたこともあって、異世界組はそれぞれ地球で興味の湧いたものというか、各々の趣味を持ち始めた。

その中でも、ティアが興味を持ったのは、地球の食べ物。

一応、俺とイズモ、アンナのスパルタ特訓で人並み程度には家事炊事ができるようになったティアは、アンナと共にトータスにはない食材に興味津々だった。

まぁ、向こうでは料理のスキルが絶望的になかったが、けっこうグルメなところはあったしな。

だから、珍しい食材を見つけてはアンナと一緒に料理するということが増えて、たまに俺に珍しい食材をねだることもあった。

そんなティアが、タケノコに目を付けた。

一応、スーパーで売ってる水煮のやつは食べたことはあるが、あれって当たり外れがあるからな。

そういうわけで、本当においしいタケノコに興味が湧いたらしい。

ただ問題なのは、今の季節が秋ということ。

タケノコのシーズンは春のごく限られた間だけ。

だから今は無理だと、そう言ったのだが、ここで親父が悪乗りしてきた。

 

『それだったら、秋が旬のタケノコを採ってくればいいだろう。たしか、今がちょうどシーズンのはずだ』

 

この親父、まず間違いなく自分が美味いものを食べたいだけだ。欲に塗れた笑みがそれを証明していた。

しかも、俺が収穫してくることが前提になっている。

いやまぁ、たしかに、帰還者を総括する立場になったとはいえ、実際はやることなんてあまりない。

必然的に、暇を持て余すことになる。

しかも、ティアたちはタケノコ収穫のノウハウなんてない。

俺は・・・ないことはない。一応、一度だけやったことはある。

ただ、自然に押し付けられたのが納得いかないが。

とはいえ、俺も秋のタケノコに興味が湧いてしまったのは事実で、結局こうして1人、竹林をさまよいながらタケノコを採っていた。

ちなみに、ここの土地の所有者には許可をとってるし、収穫したタケノコは特製の籠に入れて空間魔法とか再生魔法で採れたて新鮮の状態をキープしている。

おもしろいのが、このタケノコ、四角い。

地元の人に聞いたところ、生だと傷みやすいから流通量は少ないそうだ。

灰汁も少なくシャキシャキとした食感で、地元の人には人気らしい。

あまり大量に採るわけにはいかないが、ティアたちは喜びそうだ。

親父は・・・どうしよう、お預けでもしてやろうか。

でも、帰還者関連で苦労させたし、ちょっとくらいは親孝行してやった方がいいか・・・。

 

「・・・ん?」

 

全員で食べるには十分な量が集まったところで、ふと妙な気配を捉えた。

やたらとでかく感じるが、ずいぶんと弱っているようにも思える。

山の中ってことを考えると、クマとかか?冬眠前で活発になっているという可能性はなくもないが、だとしたらここまで弱っているというのは不自然だし、なによりこの辺りで大型のクマが出るという話は聞いたことがない。

だとしたら、なにか厄介ごとのタネか?だとしたら関わりたくねぇな~、でも無視するってのもな~。

よし、ちらっとだけ確認しよう。

それで、特に問題なさそうだったら放置しよう。

俺はハジメと違って、良識のある日本人という立場にこだわりはない・・・いや、それは日本人以前に人としてダメか。

まぁ、もしクマだったらこっそり持って帰ろう。クマ肉料理もそれはそれで面白そうだ。

とりあえず、まずは確認してから判断を・・・

 

「・・・なんでや」

 

気配を感じた場所にあったのは、布でくるまれた何かだった。

この時点で事案が確定してしまった。

いや、もしかしたら実は俺が感じている気配は全部気のせいというか考えすぎなだけで、中にあるのは人じゃなくて大きめの魚だったりクッションだったりする可能性だって万が一にも億が一にもあるかもしれない。というかそうあってほしい。

そんな期待を抱きながら、そっと布の中を確認し・・・

 

「・・・マジか」

 

中身は、俺の想定よりも斜め上なものだった。

中にいたのは、もはや幼女と言っても過言ではない容姿をした女の子だった。

しかも、身に纏っているのはこのぼろい布切れ一枚のみで、服はおろか靴すら履いていない。

ずっと山の中を走っていたのか、腰まで伸びている銀髪は泥で汚れてしまっている。

・・・いや、待て。何かおかしい。

 

「・・・傷がない?」

 

そんなの、あり得ない。

身に纏っているボロ布や銀髪は汚れており、こんなところで気を失っているくらいなんだから、こんな格好で、しかも裸足で走り続けていたのはまず間違いない。

だというのに、肌や素足には汚れが目立つだけで傷はどこにも見当たらない。

どういうことだ?

・・・いや、まずはこの娘の健康状態の確認が先だ。

肌には特に目立った症状はでていない。

なら、次は口の中を・・・

 

「そこの君!」

 

確認しようとしたところで、上の方から声をかけられた。

見上げてみれば、3人の警察官が近づいてくるところだった。

 

「あなたたちは?」

「失礼。実は、このあたりで行方不明になった少女の捜索届が出されていまして。あぁ、よかった。あなたが保護してくださったのですか。よろしければ、引き渡してもらっても?」

 

なるほど。行方不明になった少女、ねぇ。

まぁ、普通なら「はい、どうぞ」って渡して帰りたいところだが、

 

「断る」

「・・・はい?」

 

よほど衝撃的だったのか、俺に話しかけてきた警察官の目が点になる。

まぁ、ここで食い下がるわけにもいかんしな。

 

「・・・我々は、その少女を保護しに来たのです。あなたがここで断る理由は・・・」

「悪いが、()()()()()はどうでもいい」

「嘘?どうして我々が・・・」

「これでも、家族に警察官がいてな。そういう情報も調べることができるんだが、この辺りで捜索願なんて出されていない」

 

ここに来るにあたって、念のために現地の情報をある程度集めておいた。

何か問題があるようだったら別の場所にしようとも思ったが、何もないからここを選んだ。

・・・何もなかった、はずなんだがな。

それ以前に、魂魄を見れば一目瞭然というのもある。

あと、ついでに言うなら、

 

「拳銃はともかく、()()を仕込んだ警察官なんて、俺は知らない」

 

重心や服のわずかな膨らみから、ナイフを忍ばせているのは明らかだ。

そんな奴が警察官?やる気あんのか。

スラスラと理由を述べると、自称警察官かの表情が消えた。

 

「・・・あまり調子に乗らない方がいいですよ」

「あと5人、俺の隙を伺っているから、か?」

 

自称警察官や周囲から、動揺の気配が漏れた。

 

「周囲にいるのは斥候か?あんたらの素性は知らないが、目的はこの女の子。斥候が女の子を捜索し、見つけたら場所を知らせてあんたらが保護を装って誘拐。そんなところか?」

 

話が進んでいくにつれて、だんだんと殺気が強くなってくる。

こりゃ図星だな。

 

「・・・小僧、何者だ?」

「ん?俺を知らないのか」

 

何かしらの裏の組織だとは思うが、帰還者筆頭の俺を知らないということは、ハジメの全世界認識操作の影響をもろにくらって、なおかつ再び認識することができていない部類か?

だとしたら、むやみに魔法は見せたくないな。

だったら、

 

「なら、じゃあの!」

 

少女を即座に抱えて、逃走を開始した。

 

「なっ、追え!!」

 

一瞬反応が遅れた自称警察官たちは、グングンと距離が離されて慌てている。

だが、さっきまで隠れていた5人の気配は、ぴったりと追いついてきている。

 

(へぇ、抑えているとはいえ、俺に追いつくか)

 

俺が帰還者だと思われないために人間に見える程度にはスピードを抑え、抱えている少女に負担がかからないように気を遣っているとはいえ、この不安定な足場で俺に追いついてくる。どうやら、評価を見直した方がいいかもしれない。

一気に距離を離して見えなくなったところで転移するつもりだったが、この5人を対処してからの方がいいか。

とはいえ、俺の手持ちの武器は鍬1本。しかも片腕は塞がっている。

 

「まぁ、問題はないか」

 

背後から聞こえる空を切る音。数は5。狙いは足下。

 

「ふっ!」

 

一息ついてから跳躍し、投擲物を回避しながら体を捻って後ろを向く。

追ってきているのは、黒いマントのようなものを被った5人の性別不詳の人間。

俺が飛び上がるのを狙い、さらにナイフを投擲してくる。

狙いは完璧で、このままでは胴体に2本、足に3本は命中する。

俺が何もしなければ、の話だが。

 

「よっと」

 

俺は指先を使って鍬を操り、円運動の勢いのままにナイフをはじき返す。

丁寧に5人の追跡者に当てるようにして。

 

「「「っ!?」」」

 

さすがに鍬ではじき返されるとは思わなかったのか、追跡者たちは動揺をあらわにしながら慌ててナイフを防ぐ。

その瞬間、全員の意識が俺から外れた。

 

「じゃあな」

 

その瞬間を見逃さず、俺は空間魔法を発動。その場から転移して姿をくらませた。

 

 

* * *

 

 

「逃がしただと?」

「はい。申し訳ありません」

 

暗闇の中。そこでは2つの人影が会話をしていた。

一つは、玉座のような椅子に座っている青年。もう一つは燕尾服を来た初老の男。

青年は、初老の男の報告を聞いて眉をひそめた。

 

「たかが子供を捕まえることすらできなかったというのか?」

「報告によると、どうやら邪魔者が入ったようでして。あの者らの所属を怪しまれてかの少女を連れ去ってしまったということです」

「ふん、不甲斐ないことだ」

「ですが、相当な手練れのようで。タケノコ狩りに来た少年のようですが、山道で少女を1人抱えているにも関わらず影と同等の速度で走ることができ、投げナイフも鍬ではじき返されたと。そして、返ってきたナイフを対処した一瞬の隙に姿をくらました、とのことでした」

「ほう?」

 

初老の男の報告に、青年は眉をピクリと跳ね上げた。

 

「なるほど。欲しいな、その少年」

「では?」

「あの少女の足取りはいくらでもつかめる。あと、その少年はできるだけ生かして捕らえよ。手段は問わん。手足の1,2本を落としてでも私の前に連れてこい」

「承知しました」

 

初老の男は恭しく頭を下げ、闇に溶けるように姿を消した。

青年は捕らえた後のことを考えているのか、獰猛な笑みを浮かべながらワイングラスに口をつけた。




トータスに竹はなかったですよね?なかったはず・・・
もしあったら、根本的に書き換えなければ・・・

ちなみに、今回のシーンはFate Heaven's Feelの言峰がイリヤを抱えて走るシーンがモチーフです。
あのシーンめっちゃ好き。


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月の名を

転移先は、家の玄関の中。

さすがに、ボロボロの幼女を抱えたまま人目につくわけにはいかない。冗談抜きで通報される。

それに、早くこの娘を看た方がいい。

あえてわかりやすいように魔力を散らしたから、すぐに来るはずだ。

 

「ツルギ、おかえりなさい!って、その子どうしたの!?」

 

真っ先に来たのはティアだった。

当然と言うべきか、俺が抱えている幼女を見て驚きの声をあげた。

 

「戻ったぞ、ティア。さっそくで悪いが、この娘の面倒を頼む。イズモとアンナは?」

「どうかしましたか?イズモさんは買い物に出かけていますけど・・・」

 

玄関近くの扉から、アンナが出てきた。

余談だが、アンナの服装はメイドではなく、こっちに適応したものになっている。

最初はメイド服のままだったが、さすがに目立ち過ぎたからティアとイズモ、雫の三人と一緒にいろいろと服を用意した。

閑話休題。

 

「アンナはこの娘をどこかに寝かせてくれ。山の中で気を失っていたようだから、あとで容体を診る。できれば、体もきれいにしてやってくれ」

「わかりました。すぐに準備します」

「俺はハジメのところに行って、ミュウの服を何着か貰ってくる。それと、おかゆか何かを用意してやってくれ」

「わかったわ」

 

手早く指示を出してからティアに幼女を預け、俺はすぐに南雲家に転移した。

 

「よう」

「うおっ。いきなり来るなんて珍しいな、ツルギ」

「さっそくでなんだが、ミュウの服を何着かくれないか?できれば下着も」

「あ?」

 

瞬間、ハジメの瞳孔が収縮して殺気を放ち始めた。

まぁ、そうなるよな。自分で言っておいてなんだが、俺だってちょっと問題だと思う。

だから、タケノコ狩りに行ったら幼女を拾ったということを手短に説明した。

 

「信じられないって言うなら、家に来てくれ。できれば、ユエにも来てもらえると助かる」

「あ?ユエもか?」

 

俺の要求の意図が読めないのか、ハジメは胡散臭げに首を傾げる。

 

「・・・ん?呼んだ?」

 

そこに、ちょうどいいタイミングでユエが顔を出してきた。

 

「あぁ、ちょっとミュウの服を持って家に来てくれ。ちょっと確認してほしいことがある」

「?・・・よくわからないけど、わかった」

 

ユエの了承も得られたところで、ミュウの服を何着か見繕ってもらってから俺の家に転移した。

 

「戻ったぞ。様子は?」

「まだ眠ったままね」

「案内してくれ」

 

ティアにさっきの娘を寝かせている部屋に案内してもらう。

今はアンナの部屋で寝かせているようで、しばらくアンナはティアかイズモの部屋で寝ることになりそうだ。

部屋の中に入ると、幼女は幾分か落ち着いたようで、規則的に寝息を立てて眠りについている。

 

「その幼女が、どうかしたのか?」

「見てもらった方が早い」

 

ハジメの疑問に答えるために、俺はそっと幼女の口を開けた。

そして、()()()()を見てハジメも納得の表情を浮かべた。

 

「・・・へぇ、なるほどな」

「・・・ん。私が呼ばれたのも、納得」

 

俺は最初に抱えた時にチラッと確認したのだが、この幼女、普通の人間と比べて犬歯が発達していた。

それこそ、

 

「・・・まるで、吸血鬼族みたい」

「あるいは、まんま吸血鬼かもしれないけどな」

 

だから、吸血姫であるユエに来てもらったということだ。

 

「もしかしたら、ユエと同じなのかと思ったんだが、やっぱり違うのか?」

「・・・断言はできないけど、違う。そもそも、私が生きていた時に、同胞が異世界になんて話は聞いていない。もしかしたら、私が知らないだけで生まれる前にはあるかもしれないけど・・・」

「まぁ、考えずらいことではあるな。年月が経ち過ぎている」

「ってことは、こいつは地球の吸血鬼ってことなのか?」

「消去法だとそうなるが、それでもいろいろと疑問は残るんだよな」

 

吸血鬼伝説は、日本人でもおとぎ話程度にはよく知られている。

吸血鬼は強大な存在だが、同時に弱点も多く抱えている。

最も有名なのは、日光だろう。

闇夜に動く吸血鬼は、日光に当たると灰になって死んでしまう、と言われている。

だが、この幼女は日光の下で気を失っていたが、外傷らしい外傷はないし、灰になっている部分もない。

 

「だから、もしかしたらユエの同類かもしれないと考えたんだが、当てが外れたな」

「・・・ごめん」

「謝ることはない。まぁ、他に当てがないこともないし・・・」

 

できれば頼りたくはないが、頼らざるを得ないならば仕方ない。

とりあえず、アポは早いうちにとっておくか。予定は・・・

 

「・・・ん・・・?」

 

そんなことを話していると、小さな呻き声と共に、幼女が布団の中でもぞもぞと動いた。

その場にいた全員が思わず幼女の方を見ると、幼女はゆっくりと目を開けた。

ユエに似た紅の瞳がきょろきょろと周囲を見回し、不意に俺の方を向いて止まった。

なぜか俺のことをジッと見つめて、ゆっくりと体を起こした。

汚れていた体はきれいになっており、おそらくアンナの物だろうぶかぶかのTシャツを身に着けていた。

起き上がってからもジッと見つめてくるものだから、とりあえず俺も幼女に近づいた。

ベッドの傍にまで近づくと、幼女はさらに顔を近づけて、すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅いでくる。

そして、

 

「・・・ん」

 

俺の服をギュッと掴んで、俺に抱きついて胸に顔をうずめてきた。

 

「っとと」

 

その際にベッドから落ちそうな勢いで乗り出してきたものだから、慌てて幼女の身体を支えた。

というか、意外と力が強い。

まず間違いなく、吸血鬼か限りなくそれに近い存在であることは確かだ。

確か・・・なんだが・・・

 

「・・・ずいぶんと懐かれてるな?」

「いや、まぁ、うん。そう、だな」

 

どう反応しろと。

まさか、逃げている間も意識があったのか?あるいは、無意識にやってるのか?

うーむ、わからん。

ただ、やたらと匂いを嗅がれるのが落ち着かない。

とりあえず、俺もベッドの上に座って幼女の体勢を安定させる。

さすがにまだ疲れているだろうし、できるだけ楽にさせた方がいい。

ただ、俺もベッドに座ると、それなりに幼女との距離が詰まる。

今も、顔を胸から肩にうずめて・・・

 

「っ」

 

次の瞬間、僅かな痛みと共に、幼女の犬歯が俺の首筋に突き立てられた。

ティアとハジメは反射的に身構えるが、俺は左手を上げて2人を制止させる。

・・・吸血鬼に噛まれた者は新たな吸血鬼になる、と言われているが、まずはそれが真実かどうかを見極める。仮に俺が吸血鬼になったとしても、ユエとティオの力を借りれば何とかなるはずだ。

 

「ハジメ、俺の身体や魔力に変化は?」

「・・・今のところはない」

「んっ、そうか」

 

・・・幼女は一心不乱に俺の血を吸っているのだが、不思議と嫌悪感のようなものはない。

というか、むしろ舌で舐められるたびに変な感覚を覚える。

感じてるとか、そういうのじゃないよな?

・・・それ以前に、この幼女がここまで夢中で血を吸っているというのが気になる。

たしかに吸血鬼にとって血液は栄養源なのだろうが、ユエのように力を増すためのもの、という可能性もある。

だが、仮に栄養源なのだとしたら・・・いったい、どれほどの間さまよっていたのか。あるいは、さまよう前から、なのかもしれない。

とりあえず、今はできるだけ優しく幼女の頭を撫でることに努めよう。

そう思って、幼女の髪に触れた次の瞬間、

 

「ひっ・・・ご、ごめん、なさい・・・」

 

幼女は体を強張らせ、咄嗟に俺から距離をとった。

幸か不幸か、おかげでようやく幼女の瞳を真っすぐに見つめることができる。

瞳に映る感情は、恐怖。それも、何度も刷り込まれたもの。

過去視はプライバシー的に控えたが、おそらく暴力ないし虐待を受けていた可能性は高い。

ならば、俺が取るべき行動は、

 

「大丈夫だ、怖くないよ」

 

できるだけ優しい笑みを作って、安心感を与えるように頭を撫でることだった。

最初は体を強張らせていた幼女だったが、次第に体から力が抜けていき、再び俺の胸元に抱きついた。

ひとまず、この娘の精神的な容態は大丈夫そうだ。

 

「・・・ねぇ、今の見た?私たちでも滅多に見ない、優しさに満ちた微笑みだったわよ」

「・・・あぁ、まるで天之河のようなキラキラスマイルだった」

「・・・ん。あんな笑みを浮かべるのはミュウのとき以来かも?」

 

おい、後ろ。ごちゃごちゃ言うんじゃねぇ。

それと、俺をあのバカ勇者と同じにするな。俺は無差別に女子を篭絡するような真似はしない。

ただ、ちょっと女の子に安心感を与えるためにやっているだけであって、やましい気持ちなど一片たりとも持っていない。

 

「ツルギ様。おかゆができました・・・って、目が覚めたんですね」

 

そこに、ちょうどいいタイミングでアンナがおかゆを持って入ってきた。

 

「それじゃあ、食べさせますか?」

「あぁ・・・っていっても、さっき俺の血を吸ったばかりだしな」

「血を吸う・・・?もしかして、その娘って吸血鬼なんですか?」

 

そういえば、アンナには話していなかったな。

とりあえず、さっき話した内容を同じことをアンナにも話す。

 

「なるほど・・・とりあえず、試してみますか?」

「・・・そうだな。血液以外も口にするのかは知っておきたい」

 

俺で試して何も変化がなかったとはいえ、さすがに繰り返し吸血させるリスクを考えれば普通の食事も試しておきたい。

 

「わかりました。それじゃあ・・・はい、あ~ん」

 

アンナがスプーンにおかゆをよそい、幼女の顔に近づける。

だが、

 

「・・・んっ」

「あら・・・」

 

幼女はそっぽを向いてしまった。

 

「う~ん、やっぱり血液じゃないとダメなのでしょうか?」

「・・・試しにツルギにやらせてみたらどうだ?」

 

どうしたものかとアンナが悩んでいるところに、ハジメが嫌らしい笑みを浮かべながらそう提案した。

アンナは疑問符を浮かべているが、他は完全にハジメの意図を察している。

当然、俺も。

ここはどうにか誤魔化したいところだが、断る理由が思いつかない。

渋々、アンナからおかゆを受け取って、先ほどと同じように幼女に近づける。

 

「・・・あむっ」

 

今度は食べた。しかも、目がおかわりを要求している。

 

「・・・なるほど、そういうことでしたか」

 

やめろ、やめるんだアンナ。頼むからそんな目で俺を見ないでくれ。

とりあえず、スプーンは幼女に渡した。このまま俺が食べさせたら、何を言われるかわからん。

すると、幼女は不器用ながらもスプーンを使っておかゆを食べ始めた。

どうやら、最低限の知識はあるようだ。

 

「さて・・・これ、俺が面倒見なきゃいけない流れか?」

「「「「当然(だ)(です)(よ)」」」」

 

ですよねー。

ただ、さすがに他の面々にも心を開けるようにはしておこう。一から十まで俺に押し付けられるのは納得がいかん。

とりあえず、この幼女の面倒を俺が見ることになったことが決まったところで、ふとあることに気が付いた。

 

「そういえば、この娘の名前がわからん」

 

しまったなぁ、拾ったときに会った自称警察官に聞いとけばよかったか。いや、聞いたところで答えが返ってくるとは思わないけど。

もっと言えば、この娘がどこから来たのかもわからない。

この娘の銀髪は明らかに日本人離れしているが、拾ったのは日本だし、拙いながらも日本語をしゃべっていた。

判断材料が少なすぎて、どうしたものか・・・。

まぁ、直接聞けばいいか。

 

「なぁ。君の名前はなんて言うんだ?」

「・・・なまえ、ない」

 

一番困る返答が来た。

いや、マジでどうしたものか・・・。

悩んでいると、幼女が上目遣いで俺の顔を覗き込んできて、

 

「なまえ、つけて?」

 

そんなことを言われた。

ま~た返答に困ることを・・・。

というか、吸血鬼に名前を付けてほしいって頼まれるとか、なんというデジャヴ。

さ~て、どうしたものか・・・。

思ったよりもサラサラしている銀髪を撫でながら、この娘の名前を考える。

そうだなぁ・・・。

 

「・・・ルナ、ってのはどうだ?」

 

ユエの金とは違う、銀の月。

我ながら安直な気もするが、どうだろうか。

 

「るな、るな・・・えへへ」

 

お気に召したようで、嬉しそうにはにかんだ。

そして、

 

「ありがとう、ぱぱ」

 

そんな爆弾発言を放り込んだ。部屋の中に流れる静寂がつらい。

ただ、なんだろう・・・この言い知れない感覚・・・

 

「なんか、ハジメがミュウにぞっこんになった理由がわかる気がする」

「おいこら。人聞きの悪いこと言ってんじゃ・・・」

「いや、傍から見てもぞっこんだったわよ」

「ん、ミュウには甘々だった」

「私は神話決戦以降しか知りませんが、親バカなのは間違いありませんよね」

「うぐっ・・・」

 

なるほどなぁ、これがパパと言われる感覚なのかぁ・・・。

ただ、なんとなく引っかかる。

俺と会うまで、ルナの面倒を見ていたのはいったい誰なのか。

もっと言えば、ルナの生みの親とはどういう人物なのか。

場合によっては、俺の方でケジメをつけなきゃいけないかもしれないな・・・。




ひらがなで喋る幼女って、謎に庇護欲をそそられますよね。
一応言っておきますが、決して変な意味ではなくて。


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吸血鬼の正体

ルナを保護した翌日。

俺はルナを連れて藤堂邸に訪れていた。

目的は、吸血鬼についてだ。

俺たちがトータスという異世界の魔法に詳しいように、藤堂家は地球の魔法に詳しい。

餅は餅屋、というわけではないが、吸血鬼について何かしら知っている可能性は非常に高い。

だから吉城にアポを取って訪れたのだが・・・ルナを連れて行くつもりは毛頭なかった。

藤堂家、というか吉城とはあくまで利害関係に基づいた付き合いをしていることから、信用はしていても信頼はしていない。

だから、吸血姫であるルナを連れていくわけにはいかなかったのだが、ルナがこれに猛反発し、最終的には泣きじゃくってしまったため、仕方なく連れてきた、というわけだ。

まぁ、それ以前に疲れがたまっていた、というのもあるが・・・。

それはさておいて、インターホンを鳴らして連絡を入れる。

 

「峯坂ツルギだ。当主の藤堂吉城に話があって来た」

『峯坂ツルギ様ですね。どうぞお入りください』

 

一応、俺はフリーパスで藤堂邸に入れるのだが、そこまで気を許すつもりはないという意思表示のためにもインターホンは鳴らすようにしている。

まぁ、屋敷の中にはずかずか入るが。

ただ、当主の部屋に向かう道中、使用人やらメイドやらの好奇の視線が痛かった。

そりゃそうだ。いきなり銀髪の幼女を連れてきたんだから、何事かと思うのは無理のない話ではある。

周囲の視線をできるだけ無視しながら足早に歩き、当主の部屋の扉をノックした。

 

「峯坂ツルギだ」

『どうぞ、入ってください』

 

許可をもらったところで、扉を開けて中に入る。

そこでは、吉城がなにやら書類をまとめているところだった。

 

「タイミング悪かったか?」

「いえ、もう終わるので気にしないでください・・・はい、終わりました。それで、今回はその少女についてですか?」

「端的に言えばそうだな」

「・・・何やらお疲れのようですが、何かあったんですか?」

 

・・・どうやら、吉城にも簡単に見破られてしまうくらいに、今の俺は疲労がたまっているらしい。

 

「あ~、気にするな。ただの育児疲れみたいなものだ」

「それは・・・あぁ、そういうことですか」

 

俺のズボンのすそを掴んでいるルナを見て、吉城は納得の声をあげた。

本当に、大したことがあったわけじゃない。

ただ、ルナが俺の傍を離れようとしなかっただけだ。

・・・寝床はそうだが、風呂も。

昨夜はなんとかしてティアとアンナに任せることができたが、以降もこれが続くと、正直しんどい。

現在、我が家ではルナに俺以外の人間でも普通に接することができるようにすることが急務になっている。

 

「それで、今回訪れたのは吸血鬼についてですね?」

「あぁ。この娘が吸血鬼なのはこっちで確認済みだ。だが、地球の吸血鬼についてはあまり知らない。知っていることがあれば教えてもらいたい」

「構いませんよ」

 

どうやら、吸血鬼についてはそれなり以上の知識があるようだ。

無駄足にならなかったのはよかったな。

 

「それでは、まずツルギさんが知っている吸血鬼像はどのようなものですか?」

「そうだな・・・まぁ、世間一般とあまり変わらないな。人の血を吸う悪魔で、弱点以外では死なない、限りなく不老不死に近い存在。弱点は太陽の光、銀、十字架や聖水のような聖なる物、ニンニク。木の杭を心臓に打つことでも死ぬ。噛まれた人間も吸血鬼になる。こんなところか」

「えぇ。たしかに、それが世間一般に知られている吸血鬼像ですね。ですが、事実はいくつか異なります」

 

いくつか違うってことは、正しい部分もあるってことか。

 

「まず吸血鬼の定義ですが、大きく分けて3つあります。

1つ目は規格外の生命力。完全な不老不死ではありませんが限りなく近い生命力を持っており、基本的に不老で部位欠損程度の傷であれば簡単に再生します。

2つ目は吸血行為。詳しくは後で話しますが、食事と自己強化の2つの目的で行っています。

3つ目は眷属化。人間に限らず他の生物を吸血鬼化させ、自らの従属にします。

主にこの3つの特徴によって、吸血鬼は定義されています」

 

なるほどなぁ。なんか講義を受けているみたいで新鮮な気分だな。

こうして魔法関連の事象について説明を受けるのは、トータスに召喚されたばかりの時以来じゃないか?

 

「また、一口に吸血鬼と言っても主に2つの種類に分けられます。1つは、純粋に化生としての吸血鬼。いわゆる悪魔の類ですね。そしてもう1つが、人間が吸血鬼になった場合です。我々はこのような存在をスレイヴと呼んでいます」

「その2つに違いはあるのか?」

「えぇ。スレイヴは本来吸血鬼が持つ弱点をある程度克服していますが、能力は純粋な吸血鬼に劣ります。また、先ほどの吸血の話になりますが、オリジナルの吸血鬼は吸血しなくても生存になんら問題はありませんが、スレイヴの場合、吸血は生存に必須となります。これは、スレイヴから生まれた子供も同じです」

「もう1つ・・・その口ぶりから察するに、人から吸血鬼になった例は、吸血鬼による眷属化だけじゃなく、自分から吸血鬼になった例もある、ってことか?」

「・・・そうですね。特に研究者基質な魔法使いにとって、不老不死はとても魅力的なものです。永遠に魔法を研究することができますからね。その中で、吸血鬼の性質を魔法で再現して自らに施した人間も、たしかにいます」

 

・・・やっぱり、か。

まったく理解できない、とは言わないが、人を辞めてまで欲しいもんかね。

 

「おそらく、その少女はスレイヴでしょうね。オリジナルの吸血鬼は子孫は残しませんし」

「そうなのか?・・・まぁ、妖怪やら悪魔やらが生物と同じように子孫を残すってのは考えづらいか」

 

なにせ基本的に歳をとらないんだから、生物としての本能なんて残っているはずがない。

 

「そして吸血鬼の弱点ですが、基本的には太陽光のみです。聖なる魔力が籠った特別な銀であれば効果はありますが、十字架や聖水は効果がありません。気休めにもなりませんね」

「じゃあなんで・・・あぁ、なるほど、教会のプロパガンダか」

「そういうことです。特にスレイヴは人に害を与えることが多かったので、教会はスレイヴの討伐を信仰心向上のために利用しました。そのおかげで、現代になっても間違った知識で吸血鬼を討伐しようとするば・・・吸血鬼狩りもいます」

 

吉城さん、そこは素直に馬鹿って言ってもバチは当たらないと思うぞ。

 

「ついでに言えば、吸血鬼、特にスレイヴの生命力は絶対ではありません。吸血鬼は心臓に核を持っているため、心臓が物理的に破壊されれば死にます。木の杭を心臓で打つと死ぬというのも、木の杭くらいの大きさで心臓を貫けば殺せる、ということです」

 

なるほどね~。

なんか、思ってたよりも興味深いことが聞けたな。

だが、まだ気になることはある。

 

「だが、この娘が吸血鬼なのは確定でいいとして、どうして太陽の光にさらされてもなんともないんだ?」

「おそらくは、突然変異の類でしょうね。先ほども言いましたが、スレイヴは吸血鬼の弱点をある程度克服しています。と言っても、弱点であることに変わりはありませんが。オリジナルは太陽の光を浴びると灰になって死亡しますが、スレイヴは火傷程度で済みます。まぁ、全身やけどになって苦しむことになりますがね。ですが、裏を返せばスレイヴは生身の肉体があるが故に太陽光に対して多少の耐性を持っているということでもあります。おそらく、この少女はその耐性が他と比べて特別高いのでしょう。それこそ、ほとんど無効化できるほどに」

 

なるほど。

言われてみれば、ユエも太陽の光が苦手とか全くないしな。

生身の肉体があるかないかというだけでも、化生にとって相当違ってくるんだろう。

 

「これはあくまで推測ですが、おそらくこの少女は他のスレイヴによって囚われていたのではないでしょうか。そして、そのカインはどうにかしてその少女の能力を取り込むことで、太陽の光に対して完全な耐性を得ようとしたのではないかと」

「なるほど・・・たしかに、その可能性はあるな」

 

そのために、ルナに対してひどい扱いをしていたのだと考えれば、あの怯え方も納得がいく。

 

「そういえば、眷属化の条件は?噛まれたら吸血鬼になる、なんて話もあるが」

「結論から言えば、噛まれて吸血鬼になることはありません。眷属化の条件は、対象に吸血鬼の体液を取り込ませること。主に血液ですね。唾液でも眷属化しないことはありませんが、相当な量が必要になります」

 

なんだろう。不謹慎かもしれないが、それだけ聞くとエイズみたいに聞こえなくもない。

というか・・・

 

「・・・これは個人的な疑問なんだが、どうしてそんなに吸血鬼について詳しいんだ?」

「藤堂家に保管されている書物の中に、吸血鬼に関するものがあるのです。どうやら、過去に吸血鬼と親しくなった者がいたようでして。ずいぶんと意気投合して、酒まで交わしていたようですよ」

「なんというか、ずいぶんと人間臭いな・・・」

 

まぁ、吸血鬼だって長い間生きていれば俗世に染まることもあるか。あまり想像はできないけど。

 

「にしても、不老ねぇ・・・繁殖とかどうなってるんだ?」

「たしか、肉体の最盛期までは成長し、それからは年を取らなかったはずです。性行為は・・・あまり変わらないのでは?」

「まぁ、気にしたところで意味はないんだがなぁ」

「おや、その少女は・・・」

「あまり余計な口を叩くなよ」

「あ、はい」

 

最近、ミュウは南雲家の人間の影響をわりと強く受けている。

というか、身も蓋もない言い方を言ってしまえば、良くも悪くも毒されている。

だからこそ、俺の心の安寧の安寧のためにも、ルナは真っ当に育てるつもりだ。

まぁ、人付き合いの時点ですでに暗礁に乗り上げているが。

それに、ハジメはともかく、ミュウにも顔を合わせないってわけにはいかないしなぁ。

とりあえず、今後ティオは出禁にしよう。

あとは、ルナの洋服だったり食器だったりと用意しないと・・・

 

「あ、そうだ。スレイヴは吸血が必須だと言っていたが、普段の食事も必要なのか?」

「無くても大丈夫なはずです。食事はどちらかと言えば趣味に近いでしょうね。ついでに言えば、基本的に睡眠も必要としません。ですが、子育てにおいて生活サイクルは重要ですし、気にして損はないでしょう」

「その口ぶり、あんたにも子供がいたのか?」

「えぇ。これでも既婚者ですよ。一族で決められた許嫁ですが、夫婦仲は良好です」

 

吉城が実は父親だったということが判明し、それからは吉城に子育てについていろいろと教えてもらった。

いや~、まともな大人って本当に大切なんだな。

ちなみに俺と吉城が話している間、ルナはずっと茶菓子をほおばっていた。

普通に可愛い。




ここに出てくる「カイン」は英語で眷属の“kin”をドイツ語読みしてみました。
まぁ、ギリおかしくはない・・・かな、って感じで。
執筆してて思うのが、マジで造語を作るのが難しいというかめんどくさい。
意外と言語力と語彙力が必要になってくるので、ファンタジー系のラノベを書いている方々はマジで尊敬します。

*眷属の名称を「カイン」から「スレイヴ」に変更しました。


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目先の問題と新たな問題

「とまぁ、吉城から聞いた吸血鬼の情報はこんなもんか」

「「「へぇ~」」」

 

藤堂邸を後にした俺は、再びハジメを呼んで情報を共有した。

一通り話し終わると、ティアやハジメたちから感嘆の息がこぼれた。

 

「なるほどなぁ。トータスの吸血鬼族とはまた違った感じなのか」

「トータスの吸血鬼族は、あくまでエヒトが作り出した一種族にすぎないからな。本物の吸血鬼が存在する分、こっちの方がよりファンタジーだ」

 

トータスに存在する種族は、すべてエヒトが生物実験によって作り出したもの。いわば人工的な存在だ。

そう考えると、純粋なファンタジーの多様性はトータスよりむしろ地球の方が多いかもしれない。トータスのファンタジーなんて、魔物と魔法しかない・・・いや、魔法はエヒトが持ち込んだものだから、むしろエヒトを除外すると魔物しかないのか。

 

「とりあえず、今後の方針としてはルナの保護を第一に、ルナを幽閉していた存在の調査だな。だが、ぶっちゃけ出来ることなんてほとんどないんだよなぁ・・・」

「だな。さすがに、何も情報がない状態で一から探すのは骨が折れる。ましてや、相手はマジもんの吸血鬼の可能性が高いんだもんな」

 

藤堂家も吸血鬼に関する知識は豊富に持っているが、さすがに個人レベルの情報なんて持ち合わせていない。

さらに、吉城から聞いた話では吸血鬼はそれぞれ特殊な能力を持っているらしく、対策は難しいと言う。

 

「だから、今回は“待ち”を徹底しようと思う」

「待ち?ってことは、わざわざ襲いに来てもらうってことか?」

「相手がルナを取り戻そうとしてくるのは、ほぼ確実とみていい。だったら、襲撃者を捕まえて情報を吐かせる方が手っ取り早い。家の中に居れば、よほどのことがない限り安全だし」

 

地球に帰還してから、俺やハジメは“帰還者”メンバーの家に魔法によるセキュリティを構築した。

南雲家や我が家には、さらに強固な防衛プログラムを仕込んである。

結果、たとえ核ミサイルを撃ち込まれようと南雲家と我が家だけは無傷のまま残るという状態になっている。

 

「問題は、向こうがどんな手を持っているかだ。俺が向こうで遭遇した手練れの身体能力は、明らかに一般人を凌駕していた。昼間に活動していた以上、吸血鬼ではないだろうが、何かしら仕込まれていると考えた方がいい。まぁ、それでも家の防衛を突破できるとは思えないが・・・不安がないわけじゃない」

「と、言うと?」

「これは吉城から直接確認を取ったわけじゃないが、吸血鬼は限りなく不老不死に近いし、不老なのはまず間違いない。つまり、無限かそれに近い生命力を持っていると考えられる」

 

これは生命力の定義にもよるが、ここでは魂魄に由来するエネルギーであると仮定しよう。

魂魄は肉体の影響を強く受けるが、吸血鬼の場合、おそらくこれが逆。つまり、肉体が無限に近いエネルギーを持っている魂魄の影響を強く受けているとも考える。

そうなると、何が厄介なのか。

 

「もし仮に、生命力を魔力に変換する術式か技術があった場合、吸血鬼は理論上無限に近い魔力を扱うことができるということになる」

 

もちろん、理論上は無限でも実際に扱える魔力には限りがあると考えられる。

これは、俺やユエにはできない。

厳密に言えば、やる必要がない、と言った方が正しいが。別にわざわざそんなことをしなくても、素のままで人智を超えた魔力を保有しているわけだし。

だが、生命力から変換されたエネルギーは時と場合によって限界突破を超える力を生み出すこともある。

もし、そんな火事場の馬鹿力と言えるような力を自在に扱えるのだとしたら、厄介極まりない。

 

「ひとまず、ルナは基本的に家の中か、外出するにしても最低2人は一緒にいた方がいいだろう。ハジメの方は、指示を出すまで動かなくてもいい。ただ、もし襲われたら連絡をくれ」

 

あくまで狙いはルナだろうが、俺たちの素性を調べた結果、狙いがハジメやクラスメイトに向かないとも限らない。できるだけ万全を期した方がいい。

・・・ただ、()()()()なら話は早いんだよ。

問題は・・・

 

「・・・()()だよなぁ」

「んぅ?」

 

一番の問題は、現在俺の膝の上に座っているルナ。

まー俺以外に懐かない。

一応、ティアやアンナあたりは少し心を許しているが、ハジメやユエは接する機会があまりないから警戒心を解き切れていない。他の南雲家嫁~ズならなおさらだ。

もしかしたら、ミュウとは早い段階で仲良くなれると思うが、ミュウの場合はいろいろと別格だから、まだ時期尚早な部分はある。

 

「どうしたもんかなぁ・・・」

「そう言うわりには、けっこう自然な流れで座らせなかったか?」

「それは・・・否定できんが」

 

実際、当たり前のように俺の隣に座ったルナを当たり前のように俺の膝の上に乗せたから、否定はできない。単純に、俺の隣にティアが座るスペースを確保するために乗せただけなんだが。

 

「ただ、さすがにいつまでもこのままってわけにもいかないし、おいおい人に慣れさせようとは思っている。まずは身内からだが・・・まぁ、親父は後でいいな」

「いや、なんでだ?仮にも父親・・・」

「昨夜、親父がルナの顔を見ようとしたら、いつも以上の力で俺にしがみついて顔を見せようとしなかった」

 

初対面のイズモですら、チラリとだが顔を見合わせたというのに、親父には決して振り向こうとしなかった。

その時の親父たるや、すさまじいショックを受けていた。

下手をすれば、同僚の結婚報告よりも傷ついていたかもしれない。

ちなみに、イズモは普通くらいで俺が傍にいれば顔を合わせられる程度だ。

 

「だから、俺とティア、イズモ、アンナで慣れさせてからだな。明日は雫も呼んでみるが」

 

都合が合わなくて、雫はまだルナと顔を合わせていない。

まぁ、初対面がどうなろうとも、時間をかけていい関係を築き上げていけばいいか。

 

 

 

そう思ってたんだよ、俺は。

 

「えっと、まだ食べる?」

「うん!」

 

翌日。

俺たちの目の前では、ルナが満面の笑みを浮かべて雫の膝の上に座りながらお菓子をほおばっていた。

 

「う~ん、まさか瞬殺とは・・・」

「意外なような、そうでもないような・・・」

 

最初は、ルナも雫のことはまぁまぁ警戒していた。

していたんだが、雫が微笑みかけながら「おいで?」と手を差し出すと、ルナは恐る恐る近づいて雫の手を取り、雫がよしよしと頭を撫でるとギュッとしがみついて、今に至る。

俺は、あの時助けたからまだわかる。

だというのに、初対面のはずの雫には一発で心を許した。

これは・・・

 

「さすが、みんなのオカンってところだな」

「誰がオカンよ」

 

ハジメの言葉を雫は否定するが、目の前の光景を見れば説得力は皆無だ。

そうなんだよ。最近は俺と一緒にいることで乙女の姿が出ていたから忘れかけていたが、甲斐甲斐しく世話を焼くオカンの姿もまた雫の本質なのだ。

そして、日本にいた頃やトータスの中盤まではオカンの部分が鍛え上げられ、最近では乙女の部分が鍛え上げられた今の雫は、

 

「もはや雫は、本物の母親の貫録をも身に着けた、ということか・・・?」

「何をどうしたらそうなるのよ!ちょっと、皆もなんで頷いてるの!?」

 

それはそうだろう。

世の中の母親というのは、大なり小なり恋や愛を経験してから子を産み、育てるものだ。

つまり、こう言ってはなんだが、俺に本気の恋を覚えた今、従来の世話焼き気質と相まって、女性陣の中で最も母親に近い存在なのかもしれない・・・!

そんなことを話していたからだろうか。

不意にルナが雫の顔を覗き込んだ。

 

「ルナ?どうしたの?」

 

咄嗟に表情を切り替えれるあたり、マジで母親の素質があるのかもしれない。

だが、そんなことを考えられる余裕があるのも今の内だけだった。

 

「・・・まま?」

 

瞬間、部屋の中に電撃が走った。

ルナが俺のことをパパと呼び、雫のことをママと呼んだ。

これは、つまり・・・

 

「・・・正妻の地位に雫が?」

「ちょっと!?」

 

いや、まぁ、間違いでもない・・・か?

ただ、そうなった場合、目の前で昼ドラなんて目じゃないレベルの泥沼が繰り広げられることになりそうなんだが・・・

 

「・・・だめ?」

「うっ・・・」

 

ルナから純粋無垢な瞳を向けられては、否定したくてもできない。

それは、雫だけでなくティアたちも同じなわけで。

 

「・・・わかったわ、ルナ」

「えへへ」

 

結局、雫が折れることになった。ティアも特に異論はなさそうだ。

まぁ、あくまでルナから見て、って話だし、何より子供の言葉にあれこれ目くじらを立てるのはそれこそ大人気ない。

今回ばかりは、ルナの要望を呑むことにしよう。

ただし、

 

「ハジメ。あとで覚悟してろよ」

「何がだ?」

 

さっきからニヤニヤしているハジメは絶対にしばき倒す。

くっそ、こいつ他人事になると途端に楽しみ始めるからな。

というか、ハジメだってある意味他人事じゃないはずなんだが・・・。

 

「・・・まぁ、しばらくは俺と雫で面倒を見るとして・・・雫はどうする?さすがにずっとこっちにいるわけにはいかないだろう」

「そうね・・・家族と相談して、できるだけ都合をつけることにするわ」

「・・・一応、俺もいた方がいいか?」

「大丈夫だと思うけど・・・ルナのことも説明したいし、お願いしてもいいかしら?」

 

当然と言えば当然だが、俺と雫のことは八重樫の親御さんに説明している。当然、他に恋人がいることも。

当時、俺は殴られることも覚悟の上だったが、最初に受けた言葉は罵倒でも怒声でもなく、感謝だった。

 

『そうか、雫は、もう大丈夫か』

『雫を1人の女の子にしてくれたこと、感謝する』

 

それが、雫の父親である虎一さんと祖父である鷲三さんの言葉だった。

おそらくは、雫に八重樫流を教えたことを後悔していたとは言わなくとも、ずっと悩んでいたのだろう。根掘り葉掘り聞いたわけではないが、聞いていた範囲での話で理解できた。

あと、幼少時に道場破りに来たときから目を付けられていたらしく、あわよくば、という思いは無きにしも非ずだったようだが、思ったよりも反対されずに良好な関係を築けている。

まぁ、他にちょっとした苦労もできたが、ここで言うことではないだろう。

 

「あとは、どうやって人に慣れさせるかってことだが・・・しばらくは顔見知りで慣れさせるしかないか」

「でも、ツルギの知り合いって・・・」

 

ここにいる面子を除けば、クラスメイトと親父の部下くらいだな。

まぁ、クラスメイトはまだいいんだよ。

問題は、親父の部下の方だ。

あんな濃い面子に関わらせてルナに悪影響を与えたくないっていうのが本心だ。

だが、あれこれ理由をつけて人と関わらせないというのも、情操教育上よくない。

・・・腹を括るしかないかぁ。




次回は、ようやく待ちに待った濃い面子の紹介です。
今のところ紹介してるのは、漢女、バイク好き、ビッグダディ、道場破りに連れまわした人あたりですかね。
たぶん、この4人の説明とちょっとした絡みだけで1話終わりそう。


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やべー奴ら

「はぁ~・・・」

「ぱぱ?」

「いや、なんでもない」

 

とうとう、この日が来てしまった。

ルナと()()の顔合わせの日が。

ちなみに、雫の件に関しては雫の家族から許可をもらった。

なんの許可と言われれば、しばらくの間、雫が家に泊まる許可だ。具体的には、ルナが並み程度に人と接することができるようになるまで。

最初は難色を示すこと思ったんだが、実際にルナと会わせた上でこれまでの経緯を説明したところ、あっさりと承諾してくれた。

それだけ、俺のことを信頼してくれている、ということだろう。

その代わり、「雫に何かあったら・・・わかっているだろうね?」とガチ殺気も添えて忠告されたが。

だから、残る問題はこれだけなんだが・・・。

 

「・・・はぁぁぁぁぁぁぁ・・・」

 

思わずため息がこぼれてしまう。

いや、必要なことだってのはわかってるんだが、よりによってルナに会わせるのが人の業を煮詰めて取り出した灰汁のような奴らってのがなぁ・・・。

 

「・・・仕方ない。腹を括るか」

 

やたらと重く感じる足を引きずりながら歩くことしばらく、目的地である交番に到着した。

その名も『警視庁特殊事件対策部』。

元々名もない部署だったのだが、“帰還者騒動”が起きた際に帰還者やそれに類する事件を専門とした対策本部を設立しようということになり、親父がいろいろと適任ということで無名の部署に名前がつくことになったわけだ。まぁ、名前がなかったというよりは、思い出させたくないから名前を付けたくなかった、というのが本音だろうが。

だが、交番と言うにはやたらとでかく、見方を変えれば3階建ての立派な一軒家のように見えなくもない。だいたいは立派な屋内ガレージとアパートのような造りのせいだが。応接のスペースに対してそれ以外が多すぎるしでかすぎる。

一応、親父が管轄している部署という扱いだが、実際は独立した組織に近い。

なぜなら、上がある程度の裁量権を与えてしまったから。

ここは、能力だけを見れば優秀なのに癖が強すぎて本部では扱いきれないような連中を閉じ込めるために作られたもので、能力を活かしてもらえるなら好きにしても構わないと放り出してしまったのだ。

その結果、かつては一般的な部類に入っていた交番が改修に改修を重ねられ、今のような立派な建物になってしまった、というわけだ。

ちなみに、ガレージは最近作られたもので、二階より上は過去にいつの間にか造られたものらしい。詳しいことは知らないが、一夜城よろしく気づいたら出来上がっていたとのこと。

なんでそんな奴が警察官やってたんだよ。そいつの天職、大工か建築士だろ。

とまぁ、過去にもそんな()()奴らが所属しているわけだが、今の面子もそいつらに見劣りしない。なんだったら、過去最高にやばいとすら噂されている。俺も同感。

さて、これからお邪魔するわけだが・・・

 

「ルナ。初めに言っておくけど、ここにいる人たちは世間一般からかけ離れているから、決して参考にしないように」

「せけんいっぱん?」

「普通の人たちじゃないってこと。まぁ、悪い人はいない、はずだから」

 

断言できないのはご愛敬。その程度には信用できないし、本部も信用していない。存在するだけでやばい奴もいるし。

だから、できれば会わせるのは今回限りにしたいところだ。

 

「すー、は~・・・よし、行くぞ」

 

深呼吸してから、意を決して中に入る。

まぁ、まずは応接間なんだからぶっ飛んだ奴はいないはず・・・

 

「あら!ツルギきゅんじゃない!」

「ひぅ!?」

 

現れたのは漢女だった。

あまりに異様な姿に、ルナが小さく悲鳴を上げて俺の脚にしがみついた。

ポニーテールにまとめた黒髪を肩まで伸ばし、ガチムチの筋肉にピッチピチの婦警服を身に着け、スカートからは惜しげもなく太ももをちらつかせるその異様。股間スレスレのスカートは見る者に吐き気を催させる。

この漢女、名をジャンヌと言う。

明らかに偽名というか、いっそトータスから迷い込んだんじゃないかと思うようなネーミングなのだが、本名は誰も知らない。

名前に関しては人事からも突っ込まれているはずなんだが、ウィンクを交えて「漢女に秘密は付き物よん♪」と言われて気を失ってしまったという。なお、その担当者は当時の記憶が抹消されており、思い出そうものなら激しい動悸に見舞われてしまう。

ただ、有能なのは間違いない。それも、超が付くレベルで。

デスクワークはそつなくこなし、検挙率もNo1。

間違いなく優秀な警察官なのだ。

ただし、見ての通り並大抵の精神の持ち主では近くに存在するだけで心身に不調をもたらす。

同僚は言わずもがな。巡回すれば親が子供に「しっ、見ちゃだめよ!」と目を覆い隠すし、職質したら泡を吹いて気絶されることもしばしば。犯人確保の際は捕縛した人間に片っ端からトラウマを植え付ける。挙句の果てに、同僚・容疑者問わず色目を使おうとするため、周囲への被害が割とシャレにならない。

良くも悪くも数多の伝説を残し、「火炙りをサウナと勘違いしている人外」、「性の解放のために戦う戦漢女」、「メガ〇ンカしたジャンヌ・オ〇タ(バーサー〇ー)」など、数々の異名を持っている。

この化け物の対処に、上層部はそれはもう頭を悩ませた。

大多数の警官の安寧を考えれば人が少ないところに左遷すべきなのだが、だからといってジャンヌの能力で閑職に異動させると諸々の仕事に悪影響がでかねない。

結果、ここに所属することになった、というわけだ。

存在するだけで周囲に悪影響をまき散らす公害なのだが、同時に最高戦力であるのだから質が悪い。

 

「どうしたのん?って、その子が例の?」

「あぁ、この子がルナだ。そんじゃ、仕事頑張ってくれ」

 

できるだけ早くルナをこの化け物から引き離すために、挨拶もそこそこに奥の階段を駆け上がる。

 

「・・・だいじょうぶ?」

「あぁ。ここにはもういない」

 

いつもなら、こんなことを言えばかつてのクリスタベルのようにブチギレるだろうが、相手は幼女だ。さすがに自制してくれるだろう。

そんなことを考えながら階段を登っていき、登りきった突き当りの扉を開けた。

ここは普段仕事をスペースするオフィスなのだが、まぁ普通じゃない。それなりのスペースが個人の好き勝手に作られている。

まぁ、そもそも数人しかいないのに無駄に広すぎるから、当然の成り行きなのかもしれないが。

中にいるのは、親父を含めて3人だった。

 

「おや、ツルギ君。いらっしゃい。その子がルナちゃんでいいのかな?」

 

爽やかな笑みを浮かべながら近づいてきた赤に近い茶髪短髪の好青年の名前は、上月甚弥(うえづきじんや)

ジャンヌほどではないが、優秀な成績を修め若いながらに刑事を務めていたのだが、とある事件を起こしてここに左遷となった。

それが、“暗器持ち込み発覚事件”。

逃走犯を追跡していた際に、逃走犯に対して苦無を投擲して足を止めて捕縛したことがあるのだ。

まさかと思いつつ、事件解決後に荷物検査をしたところ、苦無やら手裏剣やらまきびしやら他にも様々な暗器や危険物がごろごろと出てきたそうだ。

当然、上はこのことを把握していない。

本来なら一発でクビになるレベルなのだが、今までそれらを使わずに仕事に多大な貢献してきたことや、当時の犯人逮捕に使用したものの他のことで使ったことは一度もなかったということから、めちゃくちゃ情状酌量が働いてここに所属することになったわけだ。

それ以降、彼は堂々と暗器を持ち込むようになり、なんだったらこのオフィスや3階に存在する寝泊まり用の自室にも大量に備蓄されている。

そういえば、かの有名な忍者である猿飛佐助のモデルになった人物に『上月』の姓を持つ忍者がいたはずだが・・・真相を知る者はいない。

 

「なるほど・・・たしかに、言われてみれば雰囲気が少し違いますね」

「わかるのか?」

 

ちなみに、ここにいる人間とはそれなりに付き合いが長いのと、そもそも礼儀を気にするような連中が少ないこともあって、人前でなければタメで話している。

ただ、上月さんは俺の修行によく付き合ってくれたこともあって、本人は気にしなくてもいいと言っているがなんとなく頭が上がらない。

 

「えぇ。なんと言えばいいでしょうか、どことなく在り方が違う感じがするんですよ」

「ふ~ん」

 

上月さん、忍者っぽいアイテムを持っていることも関係あるのか、それなり以上の武術を修めていて、様々な道場にも顔が利く。

子供時代の時に道場破りに連れまわしてくれたのは他ならない上月さんなんだが、いったいどんな経緯があって警察をやることになったんだか・・・。

 

「ほら、来馬(くるま)さんも。顔くらい見たらどうですか」

「いい。興味ない」

 

上月さんが声をかけたのは、パソコンと向き合って一向にこちらを見る気配がない黒髪ツンツン頭の中年である矢作(やはぎ)来馬。

こいつはジャンヌや上月さんと違い、どちらかと言えば問題しか起こしていない人種だ。

名は体を表すというか、こいつは車とかバイクとかをこよなく愛する人間で、パトカーや白バイを勝手に改造することもあるほどの問題人物だ。

軽くどころかガッツリ法に触れるレベルの改造を施すため、こいつが他の署に所属していたころはパトロールに出ようとしたらうっかり事故りそうになったことが多々あり、クビを言い渡される寸前だったという。

それでもこうして警官を続けているのは、優秀なメカニックであり、超優秀なドライバーだからだ。

運転席に座ると性格が変わる人種ではあるものの、ドラテクで彼に敵う人物は同僚どころかプロレーサーにもそうそういない。

本当になんでこいつ警官をやってるんだと思った警官は数知れず。

ちなみに、本人曰く「好きなだけ車やバイクをいじれると思ったから」だそうだ。

いや、なんでだよ。明らかにおかしいだろ。

それともあれか?まさか経費で改造してたのか?それも、国民の血税で?

まぁ、全体的に見ればまともに整備したパトカーの方が多いから、ギリギリ許されるのかもしれないが。

 

「それで、黒井さんは?」

「今日は休みですね」

「あぁ・・・“家”の方ですか」

 

ここにはいない黒井信吾(くろいしんご)は、うちの中でも1,2を争うレベルのやべーやつのことだ。

何がやべーのかと言うと、ビッグダディに憧れているやべーやつだ。

憧れるだけならまだいいのだが、自分がビッグダディになりたいという願望を叶えるために自宅を改装して孤児院を設立し、しかも自分のことを“お父さん”と呼ばせている筋金入りの変態だ。

不幸中の幸いと言うべきか、“お父さん”呼びを強制させているわけでもなければ孤児院内で問題を起こしたこともないのと、引き取り先に困る子供はどうしても存在してしまうことも相まって、特例的にその孤児院の運営を認めている。

ちなみに、その孤児院の名前は『俺たちの家』といい、これまた犯罪臭が漂っている。

本当、いい歳して何やってんだか。

余談だが、実は俺もそこに引き取られる予定だったんだが、やべー気配を察知して全力で断って親父に引き取ってもらった。

当時、ベクトルは違えども母さんに襲われた時と同等の恐怖というか危機感を覚えたのは、ジャンヌとこいつしかいない。

以上、親父を含めたこの5名が、現在の『警視庁特殊事件対策部』のメンバーだ。

はっきり言って、不安と心労しか感じない。

まぁ、そういう面子しかいないわけで、

 

「・・・・・・」

 

現在、ルナは俺の足にヒシッとしがみついており、まったく外を見ようとしない。

 

「・・・なんとなくわかってはいたが、ルナにここは早すぎたな。やっぱ、ハジメの所で慣れさせてくる」

「あ~、そうか。わかった、行ってこい」

 

親父のなんとも言えないような複雑な返事が、不思議と印象に残った。

まぁ、親父だって同僚の結婚話に癇癪起こしてここに飛ばされた問題児だからな。

しょうがない、うん。




そこそこ時間がかかった割には、内容が薄めになってしまった・・・。
最近、マジで頭痛がひどくて、長時間の作業ができなくなりつつある・・・。


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良い(?)出会い

「で、ここに来たってわけか」

「あぁ。突然悪かったな」

 

あの後、さっさと出て行った俺とルナはそのまま南雲家にお邪魔することになった。

事の経緯を話したら、ハジメも「だよなぁ・・・」みたいな複雑な表情になった。

一応、ハジメもあの面子とは“帰還者”騒動関連で面識がある。

ジャンヌと顔を合わせたときの反応は・・・言うまでもないか。

 

「んで、結局これからどうすんだ?」

「そうだな・・・とりあえず、ユエたちと会う機会を徐々に増やしつつ、俺と雫で出かけたりして徐々に慣らしていく・・・ってのが無難だな」

「そりゃそうか」

 

現状、それくらいしかやることがない。

とりあえず、しばらくは様子見を続けていくことになるだろう。

 

「・・・まぁ、案外すぐに慣れるかもしれないけどな」

 

そう呟きながら、チラリと横を見る。

そこでは、

 

「はい、どうぞなの!」

「あ、ありがとう」

 

ミュウがルナにお菓子をあげて、ルナは少し遠慮がちになりながらもお礼を言って受け取っている姿があった。

 

「やっぱ、人馴れには同年代だったな。完全に頭から抜け落ちていた」

「だなぁ。そりゃあ、むさいおっさんばかりの場所に連れてって心が開くわけもねぇか」

 

ミュウの気質もあるかもしれないが、案外早くルナとミュウは打ち解けていた。

その姿を見ていると、自然と頬が緩む。

ついでに、ハジメも似たような表情になっていた。

 

「・・・お互い、意外と親をやれているもんだな」

「俺は前からだぞ?」

「お前の場合は親バカって言うんだよ。いや、バカ親にも一歩足を踏み込んでいるか」

 

なにせ、ミュウに対してはダダ甘になってるからな、こいつ。

俺はそんなハジメを反面教師として、節度をもって教育することにするさ。

・・・あ、教育と言えば、

 

「そういやぁ、ルナの戸籍も用意しなきゃダメか。保護者欄とかいろいろと悩むところがあるが・・・」

「それだったら、俺の方で用意してやるよ。どうせ、お前はお前で忙しいだろ?」

「助かる」

 

ルナを軟禁していた連中の情報は未だに掴めていない。

いつ接触してくるかわからない以上、できるだけルナと一緒にいる必要がある。

そもそも、地球の吸血鬼自体、いろいろと未知数なところが多すぎるからな・・・。

 

「一応、家のセキュリティは強化してあるが、未だに怪しい反応は出ていない。いっそこっちから打って出たい気持ちもあるが、情報がない上にルナから離れるわけにもいかないから難しいんだよな・・・」

「藤堂のところからの情報もまだなのか?」

「まだだ。少なくとも、この近くとルナを拾った周辺にはそれらしき拠点はないってのはわかっているが、逆に言えばそれだけだ。“導越の羅針盤”を使う手もなくはないが、最終手段だな」

 

“導越の羅針盤”はあらゆるものを探査することができる便利アイテムではあるが、相手によっては逆探知されてしまうリスクも背負っている。

そして、相手は力が未知数な吸血鬼。

慎重に慎重を重ねて損はない。

向こうもルナを捜索している以上、万が一にも逆探知されて自分から場所をばらすようなことはしたくない。

 

「・・・あー、駄目だ。今さらになっていろいろと不安になってきた。吸血鬼相手とかわからんことが多すぎて不確定要素が尽きん」

「俺の方でもできることはしてやるから落ち着けって。まぁ、気持ちはわからんでもないが」

「エヒトやヌルとは方向性が違うからな~」

 

エヒトやヌルは規格外ではあったが、あくまで魔法やステータスという尺度に当てはまる存在だったし、立場で言えば俺らが攻める側だった。

だからいくらでも対策できたし、俺たちの領域に引きずりこんだことで上手く事を運ぶことができた。

だが、今回は相手の情報がほとんど分からず、俺たちは守勢で主導権は相手が握っている。

こんな状況的に不利な戦いは、今までにもあったかどうかわからない。

強いて言うなら、メルジーネの“悪食”くらいか。

あの時はハジメの機転とリーマンのリーさんの手助けのおかげでどうにかなったが、最初から最後まで相手の土俵で戦っていたあたり、下手をすればエヒトとかヌルよりもよっぽど死を覚悟したかもしれない。

 

「・・・今のうちに、対吸血鬼の神器を揃えておくか」

 

“神器”。

俺がそう呼んでいるものは、俺が剣製魔法で生み出した概念を付与した武具のことだ。

さすがにトータスのようなファンタジーな事件はないと思っていた・・・今となってはそう思いたかったが、ハジメが自身の兵器の改良を続けているのを見ると、俺もやっぱり何かした方がいいんじゃないかと落ち着かなくなって作るようにしたものだ。

コスパの関係で多くても1日に1つくらいしか作れないが、即席で生み出したものよりも性能は段違いだ。

最近はルナの世話で時間が確保できなかったが、最近はティアやイズモたちにも打ち解け始めているから、これを機に神器製作の時間を作った方がいいかもしれない。

“吸血鬼殺し”なんて“神殺し”と同じくらい需要が限られてるし、効果も確かめようがないから『ないよりマシ』程度になるだろうが。

 

「まぁ、どうしようもないことは置いといて・・・本当、今回はミュウに助けられたな」

 

チラリと横を覗いてみれば、ミュウと接するにつれて目に見えてルナの表情が柔らかくなっていく。

そういえば、ミュウはすでに幼稚園に通っており、そのまま小学校にも通うことになっているが、ルナもミュウと同じ幼稚園と小学校に通えるようにした方がいいだろうか。

そんなことを考えていたら、ハジメが微妙な表情で尋ねて来た。

 

「つっても、別にミュウじゃなくても、黒井って人のところに行けば・・・」

「却下だ。あの変態の前にルナを連れていけるか」

「あ~、だよな」

 

ルナが置かれている状況は、確実にあの変態にロックオンされる要因になる。

あの変態に預けるくらいなら、俺たちで預かる方が数百倍安心できる。

なにせ、中村を引き取るために動こうとした前科の持ち主でもあるからな。

行ってから反省したが、金輪際ルナとあの変態は関わらせないようにしよう。

一応、南雲家にも駄竜(ティオ)という変態がいるが、多少なりとも自制が利く分、幾分かマシだ。

ただ、ミュウも良くも悪くも南雲家、というかハジメの影響が出始めている分、接触は計画的に行うべきではあるか。

・・・我ながら、なかなか親バカになってんなぁ。ハジメもそうだが、やっぱ子育てってのは親にも影響を与えるものなのか。

まぁ、ミュウは良くも悪くも純粋というか、別にミュウが悪影響を振りまくことはないだろうから、取り越し苦労にはなるだろうが。

とりあえず、最低限ミュウと一緒に小学校に通うことになるまでには人に慣れさせたいところだが、仮に人慣れできたとしても世間体のことも考えておかないとルナに変な気苦労をかけさせてしまいかねない。

ミュウとハジメの場合、レミアさんがいるから変な目で見られることはないだろうが、ルナは俺を父親として、雫を母親として見ているから、どうあがいても変な噂を立てられかねない。

日本って、何かと孤児を見る目が冷たいからなぁ。

年齢も相まって、孤立する可能性は極めて高い。

その辺りのフォローもミュウにしてもらえればいいんだが、クラスが別になるとそれも難しいしなぁ。

いっそ、ルナとミュウのクラスが同じになるように細工するか?

・・・いや、これだとあまりにもミュウ頼りになってしまう。

ルナにもある程度自立できるだけの精神力を養わせることも視野に入れた方がいいか。

とはいえ、今はまだ片付いていない問題が多すぎる。

こういうのは、今ある問題を片づけてからだな。

 

「だがなぁ、藤堂家って本当に大丈夫なのか?」

「その辺りは大丈夫だ。厳密には、藤堂家じゃなくて藤堂吉城は、だが。あいつは信頼することはできないが、信用することはできる」

 

あくまでビジネス的な関係ってやつだ。油断していい相手ではないが、味方なのは間違いない。

そうでもなければ、ルナのことを教えようとも思わないし、ましてや屋敷に連れて行くはずもない。

まぁ、どちらかと言えば「俺たちに手を出すとどうなるか、わかってるよな?」って脅してる方が近いかもしれんが。分家の奴らだって徹底的にトラウマを植え付けたわけだし。

とにかく、藤堂家が俺を裏切る可能性は極めて低い。

 

「そういうわけだから、身内の裏切りを気にする必要はあまりない」

「ツルギがそう言うならいいんだが・・・」

 

帰還者騒動の件があるからか、ハジメはあまり納得していないようだ。

だが、別にそれでもかまわない。その方が。万が一藤堂家が裏切ったときにハジメが素早く察知してくれる可能性が高くなる。

だが、今はまた別だが。

 

「そら、辛気臭い話はこれで終わりだ。今はミュウとルナの話をするぞ」

「それもそうだな」

 

今は仲良くお菓子を食べているルナとミュウの方が重要だ。

こうして日頃の疲れが取れていく感じ、ハジメがミュウにぞっこんの理由がよくわかる・・・

 

「ルナちゃん、これもどうぞなの!」

「ありがとう、ミュウ!」

 

・・・おやぁ?

心なしか、最初よりも楽し気というか、ずいぶんと声音が弾んでいるような・・・

ていうか、しれっと『ミュウ』って名前で呼んでるし。

今日が初対面のはずなんだけどなぁ?

 

「・・・なぁ、ハジメ」

「・・・言いたいことはわかってる」

 

ハジメも思うところはあるらしい。

そりゃあ、自分の娘がたらしだとは思いたくないわな。

まぁ、仲良くなるだけなら初対面でもなくはないだろう。

なんかやたらと心の距離が近いような気がするが、もしかしたら気のせいかもしれないし・・・

 

「ねぇ、これなに?」

「それはパパが買ってくれた絵本なの!」

 

おやおやぁ?なんか物理的にも距離が近い気がするぞ?

密着ってほどじゃないけど、限りなくそれに近い距離まで近づいてる。

そして、ミュウもまた楽しそうに、というよりルナを楽しませるように絵本やおもちゃ(ハジメ謹製も含む)を取り出して一緒に遊んでいる。

そう、その姿はまるで、

 

「心に傷を負った少女を励ますラブコメが始まったな」

「いや、少女っつーか幼女だし、そもそも同性だぞ」

 

いやー、こうなったかぁ・・・。

でも、ミュウって割と気配りができるというか、濃い経験のおかげか精神年齢がそんじょそこらの5歳児とは違うからなー。

なんか、心なしかイケメンになってないか?

 

「・・・まぁ、ハジメのところならセキュリティ的にも安心できるか」

「しれっと押し付けようとしてんじゃねぇよ」

 

いやいや、人聞きの悪いことを言わないでほしいんだが。

せいぜい、ちょっと巻き込ませてもらおうと思っただけだぞ?

結局、しばらくはルナとミュウで交流を続けることが決定した。

いったいいつまで続くことになるんだろうな~。




実は精神科クリニックに通うことになりました。
言ってなかったんですけど、講義の最中に倒れちゃったことがあって。
やっぱりうつは早めに対処しないとダメですね~。自分の場合、体調への影響が大きめで精神的にはまだ余裕があると思ってたのと、親もまだ行くほどではないって考えてたのがあって、結果的に後手後手になっちゃった部分があるんですよね。
だいぶ長い間放置してた問題なんで時間はかかりそうですけど、ゆっくり療養していきたいところ。
精神的にも余裕ができたら、更新ペースも上げていきたいところですねー。最近は微妙に週一投稿ができないラインなんで、週に1,2回は投稿できるようにしたい。


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襲撃

ルナとミュウの間に百合疑惑が発生したその日の夜。

住宅街の一角に、黒ずくめの人物が3人集まっていた。

顔も完全に覆っているため性別はわからないが、音もたてずに屋根から屋根へと飛び移っていく姿は明らかに人間離れしている。

そんな3人だが、しばらく移動しては止まり、また移動しては止まってを繰り返していた。

 

「・・・どうだ?」

「・・・間違いありません。ある境界から向こうに行けないようになっています」

 

口から出る声はなぜかノイズがかかっていており、声から特徴を分析することが困難になっている。

だが、それでも雰囲気から困惑している様子が見て取れた。

 

「まさか、ここまで高度な魔法を使えるとは・・・トウドウの者でしょうか?」

「いや、トウドウの人間でもできないだろう。ざっと半径数百メートルにわたって侵入不可の結界を張るなど、それこそ他の魔法組織でも困難を極める」

「ということは、ハンターが協力している可能性が?」

「吸血鬼に特化した結界ならばあり得る。だが、だとすればなぜ我々の動向を察知することができた・・・?」

 

言葉を交わしているのは3人中2人で、最後の1人は一歩下がった場所から無言を貫いている。

2人もそのことを気にしていない、というかそれがいつも通りなのか会話を続ける。

 

「ひとまず、今夜は結界の穴を探して、見つけ次第突入する」

「ありますか?」

「これほどの規模だ。どこも完全無欠というわけではないだろう。それこそ、上空だったりな」

「わかりました。では、さっそく・・・」

「さっそくどうするんだ?ぜひ聞かせてほしいな」

 

瞬間、3人は一斉に散開した。

現在、3人は(この世界では)高度な隠密を施している。一般人はもちろん、魔法を扱える者でも気づくことが困難なほどだ。

だというのに、当たり前のように声をかけ、さらには微塵も気配を感じることなく近づかれていたという事実に、3人の警戒レベルは一気に高まった。

 

「まぁ、言わなくてもいい。だいたい想像がつくからな」

 

声がした方向に振り向くと、そこには半袖短パンのラフな格好をした、峯坂ツルギが立っていた。

 

 

* * *

 

 

まさか、さっそく現れるとはなぁ。

もともと、家の周囲には“帰還者”騒動の最中に政府や裏世界の組織からの襲撃を防ぐために結界を張っていた。

ハジメと協力してクラスメイトの家にも施した結界は、主に2種類。

1つは、俺たちに敵意や悪意を持って近づこうとする存在を拒絶する結界。

そして、もう1つが怪しい動きをしている存在を探知する結界だ。

1つ目の結界はともかく、2つ目の結界は特に苦労した。

なにせ、万が一魔法について知識がある輩にも対策できるようにできるだけ隠密性を高くして、なおかつ1つ目の結界を覆うように広範囲をカバーしているから、その辺りの調節が本当にめんどくさかった。

まぁ、こうして役に立っているわけだから、苦労は無駄にならなかったわけだが。

にしても、さぁ寝るぞ!って時に襲ってきやがって・・・。

俺と同じベッドですでに寝ていたルナに気付かれないように抜け出すのにも苦労したし、こんな格好でこんな時間に外に出たもんだから肌寒くて仕方ない。

別に着替えてから行ってもよかったんだが、ルナって吸血鬼だからか気配に敏感で、抜け出すのに時間喰い過ぎて着替えるどころじゃなくなったんだよな。

まぁ、この程度で風邪ひいたり動きが悪くなるような軟な鍛え方はしてないが。

ただ、ちょっと眠い。

 

「ふぁ~・・・さて、ルナを置いてちまったからな。ここは、さっさと片付けさせてもらう」

 

そう言って、俺は右手に刀を生成して握った。

配置は、手前にガタイがいい奴と女っぽい奴、奥に小柄な奴が控えている。3人とも黒いローブや覆面で容姿がわからないし、声にもノイズがかかっているから、ぱっと見でわかることは少ない。

さて、もう少し粘って情報を引き出すか、さっさと倒して尋問するか、どうしたもんかね。

 

「何もないところから武器が?・・・何者だ、貴様」

 

ふ~ん?藤堂家みたいに、俺たちに魔力があることを把握しているわけではない。

やっぱり、俺とハジメによる世界規模の認識改ざんの影響を受けている。

となると、向こうもまだ俺たちの正体がわかっていないのか?

 

「なんだ、わかった上で襲撃してきたわけじゃないのか。俺はてっきり、俺たちのことは把握してるもんだと思っていたが、買い被りだったか?」

 

試しに少し挑発してみると、3人組は剣呑な気配を放ち始めた。

 

「・・・状況が読めていないようだな。貴様こそ、我々の正体を知らないのではないか?こうしてのこのこと1人で現れたのがいい証拠だ」

 

実際はある程度把握してるんだけどな~。

だが、できるだけ情報を引き出すために知らないふりを続ける。

 

「なんだ、あんたらはそんな大した存在なのか?悪いが、俺にはわからんな」

「・・・調子に乗るなよ、クソガキ。我々は」

「待ってください」

 

所属をべらべらと喋ってくれるかと思ったら、途中で女っぽい奴が引きとどめた。

 

「この男、捕縛対象です」

「なに・・・?」

 

報告を受けて、ガタイがいい奴は動揺をあらわにする。

が、それはすぐに治まった。

 

「なるほど。なら話は早い。お前たちはもう片方の捕縛対象を捕らえに行け。その男は俺が拘束する」

「その案に頷くわけないでしょう。さっきまで結界をどうするか話していたじゃないですか。それよりは、私たち全員で確実に拘束して、結界について吐かせた方がいいです」

 

血の気が盛んなガタイがいい奴に対して、女っぽい奴は比較的冷静に物事を考えられるようだ。

ただ、後ろの小柄な奴がさっきから一度も口を開いていないのが気になる。そういう性格なのか、あるいは何か理由があるのか。

今のところ、一番の不確定要素はあの小柄な奴だな。

 

「・・・なら、お前たちは下がって援護に徹していろ。奴は俺がやる」

「わかりました。それでいいでしょう」

 

そう言って、女っぽい奴は小柄な奴の傍まで下がった。

 

「・・・で?お前が相手なのか?」

「そうだ」

「なら、名前くらいは教えてもらってもいいか?呼び方がわからないと不便なんだが」

「我々に名前はない。あの方の所有物にすぎないのだからな」

「ふ~ん」

 

あの方、ねぇ。

手駒を所有物扱いとか、どこぞのクソ神を彷彿とさせるような奴だなぁ。

まぁ、自分を神とかと勘違いしたバカは例に漏れず態度ばかりデカくなるし、ルナのことも考えれば驚きはしないが。

できればもう少し『あの方』について聞き出したいところだが、ここでやることでもないか。

 

「貴様は殺さずに捕まえろと命令されているが、死ななければどうなってもいいとも言われている。手足の2,3本は覚悟してもらうぞ」

 

なるほど、元々の狙いはルナだけだっただろうが、欲を出して俺を眷属にしようとしているのか。

そうなると、下手をすればハジメやティアたちも標的にされる可能性がある。

ならなおさら、こいつらを捕まえて『あの方』とやらにカチコミしに行かなきゃな。

 

「そうか。なら、そうならないように気をつけさせてもらう」

「できるものならやってみせろ!!」

 

そう言って、ガタイがいい奴が屋根を破壊するような勢いで迫ってきた。

とはいえ、俺からすれば遅い。

特に慌てることもなく、突っ込んでくるタイミングに合わせて刀を振り下ろす。

 

ガキィンッ!!

 

「なにっ?」

 

拳と刀がぶつかり合った次の瞬間、拳を斬り裂くはずだった刀は甲高い金属音のような音をたてて止められた。

 

「っ、ちっ」

 

視界の端に刀に伸びる腕が映り、やむなく後ろに跳躍して距離をとる。

 

(普通の人間じゃないとは思っていたが、特殊能力持ちだったか・・・シアの“鋼纏衣”みたいなものか?)

 

変成魔法“鋼纏衣”は皮膚を鋼のように固くする、シアがよく使う魔法だ。(シアは“気合防御”と呼んでいる)変成魔法の深奥を理解している俺ならば、それこそダイヤモンドと同じ硬さを生み出すことができる。

特に特殊効果は付与していないとはいえ、俺の斬撃を受け止めることができるとは。少なくとも並みの鋼よりは硬いか。

にしても、俺の攻撃が受け止められるとか、ちょっとプライドが傷つきそうだ。

 

「わかったか?貴様の攻撃で俺に傷をつけることはできない。いさぎよく諦めることだ」

 

そんなことを言っているが、奴の言葉に耳は貸さない。

硬質化は便利だが、当然デメリットもある。

それは可動性だ。鎧を見ればわかるように、全身を硬くするとまともに動けなくなるため、関節などは装甲で覆うことができない。

奴の硬質化の効果がどんなものなのかはわからないが、全身刃が通らないなんてことはないだろう。

ならば、まずは攻撃が通る部位を見極める・・・そんな時間すら、今は惜しい。

 

「どうした。まさか我々を相手に勝つつもりでいるのか?ならば、それが思い上がりであることを知らしめてやろう」

「・・・いや、もういい。もう少し遊んでやってもよかったが、これ以上長引かせるわけにもいかない」

 

今回ばかりは、俺も相手のことを甘く見ていた。

まさか、こんな特殊能力まで持っているとは思わなかったからな。明らかに見込みが甘かった。

これ以上ダラダラと続けていると、思わぬ一手をとられかねない。

ならば、ここで一気に終わらせる。

 

「安心しろ。お前たちにはいろいろと聞きたいことがある。四肢は斬り落とすだろうが、殺しはしない」

「ふん、まだ理解できないのか?貴様では我々に勝てない・・・」

 

奴が言い切る前に、背後に転移。まずは両腕を斬り落とす

 

「と・・・?」

 

続けてしゃがみながら回転し、両足も斬り落とす。

同時に、ガタイがいい奴を挟むように正面に壁を生成。さらに壁と俺の位置を入れ替える。

最後に、ガタイがいい奴の両肩と両太ももに直剣を突き刺して磔にした。

 

「これで1人完了っと」

「なっ・・・」

「あぁ、しばらく黙ってろよ。騒ぐようなら口にこいつを突き刺す。さすがに初めての相手じゃ加減がわからんからな。俺のうっかりで死にたくはないだろう?」

 

一応、こいつらに話しかける前に人払いと隔離の結界は張っておいたから、付近に人が近づいてくることも、結界内の人間が俺たちに気付くこともないが、万が一がないとも限らない。

もう、少しも油断しない。

 

「さて・・・」

「っ、“惑え”!」

 

女っぽい奴がそう叫んだ瞬間、僅かに視界が揺らいだ。

だが、

 

「ふぅん、幻惑の類か?」

「そんなっ、効いてない!?」

 

すぐに元に戻った。

おそらくは魔法の類だろうが、今の俺の魔耐はクラスメイトや異世界組の中でもずば抜けている。そんじょそこらの幻惑程度、どうということはない。

 

「まぁ見ての通り、そういう搦め手は俺には通用しない。そういうわけで、大人しく縛られてくれれば楽なんだが」

「くっ・・・!」

「あぁ、逃げるのは無駄だぞ。ここら一帯の空間は隔離してあるからな」

 

そう言うと、小柄な奴の魂魄がわずかに揺らいだ。

おそらく、そいつが逃走要員なんだろう。

前衛・後衛・逃走役がきっちり揃っているあたり、バランスがいいな。

それでも、個々の実力は俺にはとうてい及ばなかったようだが。

 

「それじゃあ・・・ここまでだ」

 

これは実質、相手に対する終了宣言だ。

あとは全部、一瞬で終わらせる。

 

『動くな』

「「ッ!?」」

 

まずは“神言”で2人の動きを止める。

正直、これだけでもまったく問題はないんだが、ここにもうひと手間加える。

 

「縛れ、“グレイプニル”」

 

詠唱を唱えると、2人の背後に魔法陣が現れ、そこから紐が出現して2人の体に巻き付き、拘束した。

北欧神話においてフェンリルを縛った紐を象った拘束魔法、“グレイプニル”。

天の鎖(エルキドゥ)”と違って空間固定はないが、対象の魔力や生命力なんかを糧にして、時間が経つにつれて拘束力を増すと共に対象の力を奪う、ここ最近の中でも会心の出来栄えだ。

空間固定ができないという欠点も、“グレイプニル”を生み出す魔法陣にその機能を付与させれば解決できる。

 

「さて・・・」

 

ひとまず、襲撃してきた3人はまとめて黙らせた。

ガタイがいい奴には“グレイプニル”を使用していないが、突き刺したナイフに回復と再生を阻害する効果を付与した上で空間魔法で固定しているから、まず大丈夫だろう。

“グレイプニル”で拘束した2人は言わずもがな。

今のところ、周囲数㎞に怪しい反応はない。

ひとまず、この場はこれで落ち着いた。

問題はこいつらの扱いだが・・・まぁ、家の地下室に閉じ込めておけばいいか。

ハジメと協力して作った、空間魔法で拡張させまくったエリアだが、まさか監禁に役立つときがくるとは思わなかったな・・・。

 

「んじゃ、さっさと転移させて・・・?」

 

3人を地下室に転移させるために改めて見て、気づいた。

3人とも、抵抗に体を動かすどころか、口すら開いていない。

 

「まさか・・・!」

 

まず間違いないが、念のため近づいて確認する。

仮面をはぎ取ってあらわになった素顔は、筋骨隆々の青年に20代頃ほどに見える女性、そしてミュウやルナより少しばかり年上だろう少年。

その3人ともが、目から光を失っていた。

 

「我々は“あのお方”の道具、か。ここまで徹底していると、いっそ感心さえするな」

 

おそらく、こいつらに自害用の毒物なんかは持たせていない。吸血鬼用の毒もあるかもしれないが、少なくともこいつらはそれらしき物を仕込んでいる様子はなかった。

つまり、“あのお方”とやらは離れた場所から自分の手ごまを正確に把握する術を持っている、というわけだ。

そして自身の刺客が捕らわれたと把握するや、いっさいのためらいもなく切り捨てる。

まさしく、世間一般像の“吸血鬼”にふさわしい冷酷さだ。

だが、今回ばかりは裏目に出たな。

 

「・・・そこか」

 

“あのお方”が直接手を下したのなら、魔力の軌跡を追えばある程度の場所を把握することはできる。

おそらくは俺のことも正確に認識されただろうが、俺の刃もまた奴に向けられた。

ここからは、狩るか狩られるかの競争だ。




週一投稿したいとか言いながら、結局一週間以上過ぎてしまった・・・。
頭が痛いし重いしで進まないっていう言い訳はしたいですが、いい加減有言実行できるようにしなければ・・・。


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使える手はなんだって使う

「そういうわけで、大まかだが黒幕の位置は特定した」

「どういうわけで、昨日の今日でそんなことになるんだ・・・」

 

翌朝、親父に事の顛末を話したところ、盛大に頭を抱えられた。

ちなみに、ティアや雫といった他の面々は「まぁツルギだしな~」みたいな表情を浮かべていた。

 

「それで、さっそく反撃に行くの?」

「俺もそうしたいんだが、今日からは普通に学校があるからな・・・」

 

ルナを保護したときは連休だったため、多少時間に都合をつけることができた。

だが、高校生である俺たちは学校に行かなければならない。

それなら夜とか夕方に行けばいい話かもしれないが、そもそも夜は吸血鬼の独壇場だ。俺でも万が一がないとは限らない。

それに俺が得た情報が正しいとも限らない。もしかしたら、逆探知してすでにその場所を引き払っているかもしれない。

だから、連続で昼に行動できる休日まで待たなければいけない。

とはいえ、それも2,3日の話だ。

警戒態勢もさらに引き上げたし、昼間は一度も襲撃されないどころか監視の気配すら感じなかったことから、学校に行ってもすぐにどうこうされることはないはずだ。

万全に万全を重ねて、来たる日までルナを守り通さなければならない。

 

「そういうわけだから、イズモ、アンナ、頼んだぞ」

「あぁ」

「わかりました」

 

現状、昼間も家にいるのはこの2人だけだ。

ここ数日は、2人にルナを任せることになる。

幸い、ルナも峯坂家と南雲家の人間であれば問題なく接することができるようになっているため、もしものときはティオにも助力を乞うことはできる。個人的には少し癪だが、ルナの安全を考えれば仕方ないことではある。

ちなみに、本当はアンナも高校に通った方がいいのではないかと考えていたんだが、本人が家にいることを強く望んだため、高校には通っていない。

その代わり、家の家事全般はアンナが担っている。

閑話休題。

 

「それと、俺は今日の夜は少し地下室にこもる」

「それは・・・」

「そういうことだ」

 

ルナがいる手前、明言はしないが、俺が言っているのは昨日の3人の襲撃者のことだ。

結局、あの3人は“あの方”によって殺されてしまったが、俺ならば死体からも情報を得ることができる。

これはどちらかと言えば中村の領分なんだろうが、今中村はここにはいない。

というのも、トータスに戻った天之河について行ったからだ。

元々天之河は神話決戦で裏切ったことを気にしており、日本に戻ってからも贖罪もしていないのに平和に暮らしているという事実から罪悪感に苛まれ、最終的に高校を自主退学、トータスに一冒険者として神域の魔物の生き残りを討伐しに戻ったのだ。

とはいえ、本来であれば中村がそれに同行する理由はない。なんだったら、天之河は「恵里を巻き込むわけにはいかない」と拒絶を示したのだが、結局強引に同行した。

これは俺だけが聞いた話なのだが、中村はここで天之河との距離を測り直すつもりらしい。

つまり、前までの望みの通りに共にいるか、それとも天之河から離れて新たな出会いを探すか。

とはいえ、俺もそうだが、中村だって今さら新たな出会いに恵まれるとは思っていない。

だから、共に過ごすにしてもどのような関係を望むか、その落としどころを探しに行くつもりだそうだ。

そう言われれば、俺としてもあまり反論はないし、中村のトータスでの社会的地位を取り戻すのであればむしろ良いことですらある。

もっと言えば、ぶっちゃけこっちにいることが中村にとって最善とも限らない。

トータスとは違う意味で、日本でも中村の社会的地位は決して高くないのだ。さらに、中村の気質は現代社会の日本に決して馴染むことはない。

であれば、いっそトータスで天之河と一緒に贖罪の旅を続ける方がベターではある。

ちなみに、谷口がこのことを知ったのは天之河と中村がトータスに渡った後で、説明したところ秘密にしていたことを怒られてバカ高いスイーツをおごらされた。また、なぜか坂上もそれに同行し、「そんなに食ったら太らねぇか?」と口にしてブチギレられていた。

まぁ、谷口も本気で怒っているわけでもなかったようだから、どう想っているのかはお察しというやつだ。まぁ、坂上はまず間違いなく本気で言ってたのだろうが。

長くなったが、そういうわけで現時点で降霊術に長けている人物はあまりいない。

ユエも使えないことはないんだろうが、闇魔法に属するとはいえ降霊術は超高等技術で、闇魔法の適性持ちでも使える人物は少ない。だからこそ、降霊術に天賦の才を持つ“降霊術師”は地味に激レア天職だったりするわけだが。

そして、それはユエも例外ではなく、使用頻度が圧倒的に少ないこともあって降霊術はそこまで得意ではない。

その代わり、魂魄魔法という降霊術の上位互換を使えるが、技能の関係で死へのイメージが苦手だからか、蘇生はできても死体を死体のまま利用するのは不得手なようだった。

その点、俺は中村と似たり寄ったりでそのあたりの倫理観はぶっ飛んでいるし、母さんや自分自身で死を近くで感じた経験もあって、降霊術に属する技術はユエよりも上だったりする。

まぁ、それでもユエだったらコツを掴めばすぐに追いついてきそうな気もするが、本人はそういうのに乗り気じゃないから(どちらかと言えば『死んだら蘇生させればいいじゃない』と考えているだろうだが)、こういうのは基本的に俺が担当することになっている。

とはいえ、ハジメが“模範的な日本人”を気取って死人が出ないように立ち回っていたから、使う機会はなかったが。

ちなみに、なぜあの3人を蘇生しなかったのかと聞かれたら、『できなかったから』としか言いようがない。

あくまで推測でしかないが、ユエの不老不死は“自動再生”による疑似的なもので、老いないと言うよりは『老いても元に戻る』が正しいんだろうが、こっちの吸血鬼は正真正銘『老いない』存在であり、根本からして生物からかけ離れている。だからこそ、再生魔法と魂魄魔法による蘇生がしづらいのではないか、と考えている。

だからこそ、あの3人がどうやって殺されたのか、推測はできても確信できる答えは見えていない。

そのことも含めて、今夜はあの3人の死体を徹底的に検死するつもりだ。

 

「っと、あまりのんびりしてられなくなってきたな」

 

時計を見れば、いつの間にか家を出る時間に近づいている。

必要に迫られない限りは日常生活で異世界使用のステータスや魔法を使うことは控えているから、普通に時間に気を付けて行動しないと遅刻しかねない。

さっさと朝食を口に詰め込んで、カバンを持って玄関に向かう。

 

「それじゃあ、行ってくる、ルナ」

「うん、いってらっしゃい」

 

笑顔を浮かべて控えめに手を振って見送るルナは、控えめにいって天使のようだった。いやマジで。

 

「まったく、ツルギも骨抜きになってるじゃない」

「本当、でれっでれよね。これじゃあ南雲君のことも言えないわよ」

「ま、まぁ、以前と比べて心のゆとりが出来たということでしょうし、悪いことではないのでは?」

「アンナ、さすがにその弁護は何回も使えるものではないぞ・・・」

 

いろんなところから散々に言われてるが、別に最低限の節度はわきまえてるんだからいいじゃん、これくらい。

 

 

* * *

 

 

学校にいる間、内心では柄にもなくずっとソワソワしていた。

今回は事が事だから、つい気になってしまう。

・・・たぶん、ルナのことが気になって仕方ないというわけではないはず。

幸いだったのは、それを察していただろうハジメたちは事情を知っているからウザ絡みしてこなかったことか。

学校が終わってからは、初めてティアと雫を置いていきそうになったくらい足早になってしまい、帰宅してからは一直線に地下室に向かった。

そして、3つの死体と対面する。

 

「さぁて・・・見えている地雷を踏みに行くほど嫌なことはないよな」

 

襲撃してきた3人の死体。

その3つすべてに何かしらの罠が仕掛けられている。

ここに連れて来ても作動した様子を見せないということは、解剖した時に起爆するのか、それとも探知の類なのか。

ここに置く前にあらかじめ部屋の空間は隔離してあるから位置がバレることはないと思うが、絶対とは言い切れないし下手にいじくって地雷を踏みぬく方がよっぽど怖い。

まだ何が仕掛けられてるかは把握してないんだよなぁ・・・。

とにもかくにも、過剰なレベルで警戒度を引き上げて調べるとしよう。

 

「とりあえず、探査は五重に展開して、何か起こった時のために空間も隔離。動かれても困るし、念のため“グレイプニル”で固定しておくか」

 

下手に刺激しないように“魔眼”でくまなく観察しながら、慎重に魔法陣を形成して外部から情報を掻きだしていく。

何度か危うく罠を踏みそうになったが、作動する前に解除してやりすごす。

幸い、こっちの魔法体系はトータスと似ているため、こっちの技術で問題なく対処できた。

問題は、それだけ苦労しながらも大した情報は得られなかったことだ。

得られた情報は、いくつかの拠点の大雑把な場所だけ。

その場所だって、ほんのわずかに残った魔力の残滓から候補をいくつか絞り込んだ程度。

これはあくまで推測でしかないが、襲撃者が死んだからくりは“魂魄を強奪されたことによるショック死”。

情報が得られなかったのは、魂魄が根こそぎ消失していたせいで情報を引き出せなかったからだと考えられる。

この推測が正しければ、“あの方”の能力は『奪う』ことに長けている可能性が高い。

幸いと言うべきか、肉体には魔力の残滓がいくらか残っていたから、何かしらの制限はあると思う。一度に奪えるのは1種類だけとか、使ったらインターバルが必要とか。

ここまで足がかりがないってのもな~。電子的なネットワークを使ってないことはハジメの調査でわかっているし、こうして地道に自分の足で探すしかないのか・・・。

長期戦になりそうな予感に思わずげんなりしながら、地下室を出た。

 

ビー!ビー!ビー!ビー!

 

次の瞬間、アラームがけたたましく鳴りだした。

これは、結界を超えて襲撃者がやって来たことに対する警報だ。

 

「ちっ、来やがったか!」

 

どうしてここがバレた?いや、結界は球状に展開されていて、あの3人も結界の周囲を移動していたようだから、だいたいの位置は割り出せるか。あるいは、転移の跡を辿られた可能性もある。

ともかく、まずは情報を引き出す。

感知した魔力は襲撃者より大きいものの、後衛職のクラスメイトには及ばないことから“あの方”の可能性は低い。

だが、まったく安心はできない。

ルナのところに向かうために階段を駆け上っていく。

リビングに到着すると、ルナは雫に抱きしめられておりティアたちも戦闘態勢に入っていた。

 

「大丈夫か!」

「ツルギ!」

「パパ!!」

 

俺の姿を見るやいなや、ルナは雫から離れて一目散に俺の下に向かって来た。

とりあえず、まだ襲撃は受けていないようで安心した。

 

「状況は?」

「すぐに結界から離れていきました。おそらく、結界を突破できるか確認したのかと」

 

俺の問い掛けにアンナが答える。

たしかに、襲撃者の情報をリアルタイムで取得していたのなら、結界を張ってあることも知っているはず。その可能性は高い。

そして、結界を破ったはいいが侵入を感知されて徹底した、といったところか。

それにしても暗くなってきた途端に仕掛けてくるとは、案外我慢が苦手なようだ。

おかげで、思ったよりも簡単に尻尾を掴むことができた。

 

「さて・・・予定変更だ。明日には仕掛けるぞ」

 

 

* * *

 

 

「失敗した、だと?」

「申し訳ございません」

 

暗闇の中、明らかに怒気を含んだ声音の青年に、初老の男が恭しく跪きながら冷や汗を流していた。

 

「・・・あの3つの駒が捕縛されたことといい、お前が姿を確認することすらできなかったことといい、いったい何者なのだ・・・?」

「私が調べたところ、“帰還者”と呼ばれる1年前に起きた集団失踪事件の当事者の1人のようで、その中でもリーダー格の人物のようです」

「あぁ、たしか不思議な力を持っているのではないかと騒がれていたな。結局、それらはガセだったと結論付けられたが・・・ガセではなかった、ということか?」

「おそらくは」

「くくくっ、だとしたら、なおさら欲しくなったな。その男さえ手に入れば、残りの帰還者とやらも私の下にくだるだろう」

 

まるで確定事項のように語る青年に、初老の男は内心で冗談ではないと愚痴をこぼした。

先ほどの結界、なんとか破ることができたものの、相手にばれてしまって警戒されてしまい、仕方なく撤退した。

その際に、探知の類までかけられてしまい、その解除にそれなりの時間をかけてしまった。

少なくとも、自分より格上。それも圧倒的に。

さらに、当初の目的であった少女を保護しており、自分たちに対して少なからず敵意を抱いている。

そのような存在に再び接近するというのは、現実的にも感情的にも拒否したいところだった。

だが、目の前の人物は自分の主。誤魔化さずに言うなら自分の“所有者”だ。

逆らうことは決して許されない。

だから、初老の男は反論するのではなく、違う方法を提案した。

 

「でしたら、御自ら出向いてはいかがでしょうか?我々のような下っ端では門前払いされましたが、貴方様なら話を聞いてくださるでしょう」

「ふむ・・・それもそうか。なら、明日の夜に出向くとしよう」

 

自分の意見を好意的に受け取ってもらえたことにホッとしつつ、初老の男は自分はどうするべきか考える。

できるなら同行するべきだろうが、おそらく自分のことは把握されているだろう。下手をすれば、自分のせいで追い返される事態もあり得る。

だが、自分以外に青年の傍に付けることができる駒はいない。

 

「明日のことはおいおい伝える。もう下がれ」

「かしこまりました」

 

まるで考えがわかっているような口調で、青年は初老の男にそう命じた。

いや、実際にわかっているのだ。眷属となった者は、主に対して己の全てを掌握される。

行動はもちろん、思考までも。

そして、青年の力は絶大。逆らえる者は誰一人としていない。

帰還者に対して湧きそうになった同情の念を押し殺しながら、初老の男はその場を後にした。

自分たちが喧嘩を売った相手がどのような存在なのか、少しも考えないまま。




思い返せば、ユエって蘇生とか幽霊の演出はけっこうしてるけど、死体を使ってあれこれしてる場面がなかった気がする。
まぁ、そんなことをしなくても1人で殲滅できるんだから必要ないし、そもそも魂魄魔法自体が降霊術の完全上位互換だから使う機会がないってのが正しいんでしょうが。
死体を再利用するくらいならさっさと蘇生しちゃうし。


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カチコミ本番

翌日、俺は学校でハジメに昨夜の顛末を報告し、今夜仕掛けに行くことを話した。

 

「なるほどな・・・一応聞いておきたいんだが、夜に行くってことは対策を用意してあるってことだよな?」

「当たり前だろ」

 

厳密には、今日用意した、というのが正しいが。

さすがに吸血鬼の絶対領域である夜に無策で突っ込むような真似はしない。

 

「それで、俺の方にも協力してほしいって話か?」

「いや、そう言うわけじゃない。というか、自分のことに専念してくれ。おそらく、向こうも俺たちのことを異能の力を持つ“帰還者”として認識したはずだ。そうなると、俺だけでなく他の奴らが狙われる可能性もある。そうなったときの対処をハジメに任せたい。具体的には、周囲に被害が出ない程度に抑え込みつつ、できれば俺の方に連絡を入れてくれ。俺の方に転移させてまとめて潰す」

 

吸血鬼の類であれば、俺が用意した対策に巻き込めばまとめて対処できる。

問題なのは、相手の出方がまったくわからないこと。

相手の性格がわからない以上、拠点で俺を待ち構える可能性があれば、逆に俺たちの方に攻め込んでくる可能性もある。

わかるのは、容赦なく手駒を()()する程度には冷酷で、ルナをしつこく取り戻そうとしてくるだけでなく俺たちまで手に入れようとするほど強欲であること。

これを考えると向こうから出向いてくる可能性は非常に高いが、こちらの危険度はそれなりに伝わっているはずだから昨日の今日で来ることはない、と思いたい。

 

「一応、その辺りのことはティアたちにも話したが、情報が少なすぎるからなぁ・・・そのうち、俺の方で情報収集に特化した神器でも作っておくか」

「マジか?だったら、もしできたら俺の方でもちょっと使わせてくれ」

「なんだ、まだ終わってないのか?」

「まだめんどくせぇのがいくつか残ってる。それに、俺の方でもいろいろとやりたいことがあるからな」

 

一応、表向きの帰還者騒動は完全に沈黙したが、裏側での騒動、秘密組織とかそういう奴らの問題はまだ治まっていないようだ。

まぁ、そういう手合いの奴らは簡単に見つけて潰せるものじゃないからな。ゲートキーの改良にも忙しいだろうし、ハジメでもてこずるのはしょうがないだろう。

そういうことなら、こちらとしても協力をしぶる理由はないな。

となると、俺以外が使えるようにする必要もあるか・・・コンピューターの外付けハードみたいなのを付けて使用者の負担を減らせるようにすればいけるか?

まぁ、それについてはおいおい考えていこう。

今は今夜の襲撃の予定を・・・

 

 

* * *

 

 

「すっかり考え込んでるわね」

「そうね」

 

ツルギが思考に没頭している様子を、ティアと雫の2人は少し離れたところから眺めていた。

 

「・・・しょうがないってわかっていても、今回私たちにできることはあまりないわね」

 

少し寂し気な表情を浮かべながら、ティアは呟いた。

今回の作戦、基本的に襲撃はツルギが1人で行うことが決まっている。

当然、ティアたちを信頼していないわけではない。

むしろ信頼しているからこそ、ツルギはティアたちを連れて行かないことにした。

というのも、ツルギがいない間はどうしても家が手薄になってしまう。

その警備、というより防衛を任せられるのは、ルナのこともあってそう多くはない。

相手がルナを狙っている以上、“あの方”が直接乗り込んでくる可能性は決して低くないのだ。

だからこそ、ツルギは攻勢よりも防衛に人員を割いた。

ツルギ1人で攻めに行けば、自分たちに被害が出る前に撤退することも用意だが、複数人いるとどうしてもその分手間がかかってしまう。その点、ツルギ1人だけの方がいろいろと気楽に行けるのだ。

これらの理由はティアたちも理解しているが、やはり本心ではツルギと共に戦いたいのだ。雫とアンナは神話決戦で共闘していないこともあってなおさら。

だが、ルナがツルギ以外で最も懐いているのは雫で、その次がアンナだ。この2人がルナから離れるわけにはいかない。

それでも、基本的にツルギ側の女性陣は良くも悪くも1人で背負い込みやすいツルギの役に立ちたい、あるいは甘やかしたい性分なため、どうしてもモヤモヤしたものが残ってしまうのもまた事実だ。

とはいえ、それを抑える術も発散する術も両方持っているため、問題になったことはあまりないが。

 

「私たちが守るべきは、第一にルナ、第二にお義父さんや知り合いの人たち。クラスメイトに関してはハジメに任せる・・・相手を考えれば、これくらい慎重な方がいいわね」

 

相手は伝説の吸血鬼。ユエとは違う、正真正銘の化け物。しかも、何かしらの“奪う”能力を持っている。

相手の力が未知数である以上、慎重に慎重を重ねて損はない。

ないのだが・・・

役回り的に損だと思ってしまうのは、仕方ないことでもあるだろう。

 

「・・・やっぱり、他にもできることが」

「あればいいわねー」

「うぐぅ」

 

被せ気味に声を重ねる雫にティアは思わず呻く。

ツルギ、イズモ、アンナによる地獄の特訓によって人並みの家事力を手に入れたとはいえ、ツルギメンバーの中ではまだ最弱でやることを取られがちなティアは役に立てる機会を虎視眈々と狙っている。

ただ、今回はどうしようもないだろう。

そう思いながら、雫はあーでもないこーでもないと頭を抱えるティアを苦笑を浮かべながらに眺め続けた。

 

 

* * *

 

 

学校から帰り日も沈んだ頃、俺は黒の装束に身を包んで山の中を走っていた。

一応、夜中に行動するということで、できるだけ目立たないようにと用意したものだが、図らずも忍者っぽくなってしまったのは、忍者のあの格好が合理的でもあるということなのだろうか・・・用意してくれたのも上月さんだし・・・。

それはそうと、今向かっているのは一番近くにあった拠点なのだが、なんと俺たちが住んでいる町のすぐ近くの山の中だった。

少なくとも、そこから突然現れたかのように残滓が残っていた。

おそらく、空間魔法の類で本拠地と仮拠点の間に通路を繋げているのかもしれない。

だとしたら、日本人離れした容姿のルナが日本の山奥で見つけた理由にもある程度合点がいく。

問題は、詳しい場所までわかっていないということだが、それはあまり問題にならなかった。

 

「へぇ・・・案外わかりやすいもんだな」

 

目星をつけていた付近に近づいてすぐにわかった。

まさに魔窟と呼ぶにふさわしいような、独特な気配を放っている場所がある。

十中八九、そこが奴らの本拠地に繋がる通路だ。

周囲を探りながら、慎重に気配の出所へと向かう。

しばらく進んでいくと、大きめのうろがある樹を見つけた。

間違いなく、これが独特な気配の出所だ。

さて、見つけたはいいが、どうやって入ろう。力づくで入ることはできるだろうが、できるだけ向こうにばれないように侵入したいところだ。

遠藤なら難なく侵入できそうなものだろうが、残念ながら隠形に関しては遠藤よりも下だ。というか、あいつよりも隠形に優れている人間がいるのかは甚だ疑問だが。

とはいえ、俺だからこそできる方法もある。

周囲とうろの辺りに誰もいないことを確認してから接近し、“魔眼”でうろを視る。

・・・やっぱり、空間魔法の類か。俺が知っているものとは微妙に違うが、これなら俺でも干渉できる。

 

「さて・・・覚悟しておけよ」

 

俺に喧嘩を売ったらどうなるか、骨の髄まで刻み込んでやる。

 

 

 

侵入は思っていたよりも簡単にできた。

転移された先は石レンガでできた円形の部屋で、部屋の中央でもある俺の足下には精緻な魔法陣が描かれていた。他に特徴的なものはなく、あとは1つの扉の奥に通路が繋がっているだけだ。

 

「・・・なるほど、ここだけでいろんな場所に転移できるようになっているのか」

 

転移先の座標を決める条件まではわからないが、活動範囲は相当広いだろう。

そもそも、ここはどこだ?地下にあるのか窓がないから、外の様子がわからん。

敵の拠点のど真ん中で無防備になるような真似はしたくないんだが、それでもだいたいの位置は把握しておきたい。

ひとまず魔法陣からどいて、半径10mの探知結界を展開してから視界を外に飛ばす。

 

「・・・あぁ?」

 

外の景色は、はっきり言って奇妙の一言だった。

周囲に広がる枯れ木の森に、おそらく俺が中にいるであろう中世ヨーロッパのような城はまだいい。

問題なのは、それらがすべて赤で染まっていること。それこそ、空や霧、地面なんかもすべて。

城や木自体が赤いのではなく、空間そのものが赤い感じだ。

俺の記憶では、こんな場所は存在しないはずなんだが・・・。

 

「いや、なるほど、結界の類か」

 

おそらく、結界の内部を異界化させて、現実の世界から切り離しているんだろう。

物理的な手段では侵入することができず、さっきのような魔法を用いた特殊な通路を通ることでこの空間に行きつくことができる、といったところか。

おそらく、原理としては大樹ウーア・アルトの隠蔽に近い。違うのは、物体ではなく空間そのものに働きかけているところか。

 

「こりゃ、思ったよりめんどくさくなりそうだな・・・」

 

最低でも、黒幕が神代クラスの魔法、それこそ境界への干渉を行えるくらいの力を持っていることが判明した。

同時に、相手が超常の存在という実感が湧いてくる。

もちろん、今さらになって怖気づくことはないんだが、少しティアたちのことが気がかりになってくる。

入れたのはいいが、この魔法陣無しで外に出るのは少し骨だし、よほど特別な空間なのか端末の調子が悪い。最悪、俺がここにいる間に攻められる可能性すらある。

それを考えると、ここからは派手に行動して俺に注意を向けさせる方がいいかもしれない。

なら手始めに、まずはここをぶっ壊しておこうか。

 

「“黒天窮”」

 

もう少し離れてから重力魔法を発動し、床ごと魔法陣を消滅させる。

あ、しまったな。目立つように動くならシンプルに火魔法とかで爆発させた方がよかったかもしれない。

まぁ、結果から言えば杞憂だったが。

城の中の気配が一気にあわただしくなった。

どうやら、音とか衝撃に関係なく魔法陣に何かあったらわかるようになっているようだ。

ただ、特別大きな気配を感じないのが気になる。

まさか、本命はここにはいないとかそういうオチじゃないよな?

・・・なんだか胸騒ぎがする。やっぱ魔法陣を壊したのは早計だったか・・・。

まずいな、ハジメの行き当たりばったりの悪癖が俺にも移ってるかもしれん。

今回の件が済んだら、ちょっと自分を見つめなおしておこう。

 

「いたぞ!侵入者だ!」

 

そんなことを考えていると、通路の奥から大勢やってきた。

この気配は、前に襲撃してきた3人と同じだ。ということは、“あのお方”の手駒といったところか。

ていうか、思っていたよりも多いな。捜索願とか出されなかったのか?あるいは、けっこう昔からこまめに攫ったりしてたのか?

まぁ、俺がそんなことを気にする必要はないわけだが。

 

「悪いが、俺のエゴと安寧のために死ね」




久しぶりの「二人の魔王」更新です。短いのは許せ。
今まで鬱で死にそうとか言ってましたが、精神科クリニックに行ったところ症状としては鬱じゃなくてパニック障がいの類って言われました。
まぁ、体調面でキツイのはあまり変わりませんが。
ついでに言えば、発達障がい持ってるって言われるのってこういう気分なのかー、って思いました。
まぁ、だからといって今後の活動が大幅に変わるとか、そういうのはないんですけどね。


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来襲

まずは手始めに、右手に刀を持ち、左手の拳銃を構え、集団の先頭に向けて発砲する。

 

「ぎゃっ!?」

「ぐぁ!!」

 

狭い通路で一直線に並んでいたおかげで、狙いが甘めだったが貫通弾と跳弾でかなり巻き込めた。

前の時の大男のような硬化能力を持っている奴はいなかったのか、あるいは能力を発動させる暇がなかったのか、見た限り防げた奴はいないようだ。

拍子抜けと言えば拍子抜けだが、

 

「まぁ、楽に済むならそれに越したことはないか」

 

敵の動きが乱れた隙をついて、一気に懐に潜り込む。

素人感丸出しの動きから察するに、これといった戦闘訓練は受けていないようだ。

まぁ、一般人と比べれば能力は高いから必要はなかったかもしれないが、それでも怠慢と言う他ない。

刃で攻撃を受ける必要すらない。最低限の体捌きで躱し、がら空きの胴体か首を斬り落とし、あるいは拳銃で心臓か頭を撃ちぬく。この繰り返し。

気が付けば場所は狭い地下通路から地上のだだっ広い廊下に移っていた。

ザッと100人は片付けたはずだが、それでもまだ100人以上で挟み撃ちを狙おうとしてするくらいにはまだまだ湧いて出てくる。

・・・いや、よく視ると魔力の色や波長がまったく同じ奴が混じっている。

同じ眷属でも魔力に違いはあったはずだから、使い魔の類か?

 

「ったく、眷属とはいえ仮にも吸血鬼なんだ。もう少し骨のある奴はいないのか?」

「ふざけるなっ!!」

 

相手の出方を探るために挑発してみると、思った以上の怒声が返ってきた。

声の主は、比較的若く見える青年だ。だが、見た目通りの年齢ではないんだろうな。

 

「俺たちだって、好きでこの体になったわけじゃない!あいつが、あの男がっ・・・!」

「攫うなり脅すなりして、無理やり眷属にした、ってところか?」

「っ」

 

図星だったのか、青年は口をつぐんで1歩後ずさった。

 

「ずいぶんと敵視しているようだが、それでも今の立場に甘んじているのは、足掻いたところで意味がないと諦めているからか、それとも単純に死にたくないからか。どちらにしろ、同情するに値しないな。自分の尊厳を主張するのはけっこうだが、それに見合う行動はしておいた方がいい。俺は、一縷の望みにかけて逃げた女の子を知っているぞ?」

「そ、そいつは、ただ運がよかっただけだ!それに、ガキだからあいつの恐ろしさも知らないで・・・」

「おいおい、いい歳して言い訳か?それとも子供に対して嫉妬か?ずいぶんとみっともないことだな」

 

軽くバカにしたような口調で煽ってやると、あっという間に青年の顔が赤色に染まっていった。

まぁ、「バカにしたような」というか、わりと本気でバカにしてるが。

 

「人としての矜持は捨ててないとでも言うか?だとしたら立派なことだ。だがさっきも言ったが、お前たちの場合はただ諦念に身を任せて現状に甘んじているに過ぎない。もし本当に許せないんだったら、僅かな可能性に賭けてでも行動を起こすべきだった。だが、そうすれば十中八九死ぬことになる。矜持と命を天秤にかけて命を選んだ。それがお前たちだ」

「な。なんだ!お前は生きようとするのが悪いとでも言うのか!」

「べつに?そうとは言わんよ。お前たちの矜持とやらがその程度だった、というだけだ。我が身可愛さに、ダラダラと生き続けてきた程度の、な」

「貴様ぁ・・・!」

 

青年は完全に頭に血が上って顔が真っ赤になっており、周囲からは殺意が駄々洩れになってきている。どうやら、ほとんどが図星だったらしい。

 

「そうだな・・・ついでに、お前らが“あの男”の言いなりになっている理由をもう1つ当ててみようか?“あの男”が死んだら、お前らもまとめて死ぬんだろ?」

 

ザワリ、とどよめきが広がった。

まさかとは思っていたが、当たりだったか。先に確認しておいて正解だったな。

 

「“あの男”が許せないと言っておきながら、自分が死にたくないから必死で守る。ずいぶんと滑稽なもんだな」

「ッ、死ねぇ!!」

 

とうとうこらえきれずにナイフを振り上げて襲い掛かってきた青年を、俺は軽く躱しざまに首を斬り落とした。

 

「・・・べつに俺は、『死が救済になる』なんて言うつもりは毛頭ないが、せめてもの慈悲だ。お前たちに意味を持たせて終わらせよう。お前たちの主の死という結果を以てな」

 

俺は聖人じゃない。だからと言って悪者を自称するわけではないが、人に誇れるような生き方をしていない自覚はある。

今の俺の言葉だって、世間一般からすれば狂人スレスレだ。

だが、そういうやり方でしか解決できないこともあるということを、俺は理解してしまっている。こいつらがその類だということも。

だからというわけではないが、俺はその“執行者”となることに躊躇いはない。

傲慢?けっこう。理解も共感も必要ない。

 

「死にたい奴からかかってこい。すぐに終わらせてやる」

 

それからは、再び一方的な蹂躙が始まった。

以前襲撃してきた3人組ほどの手練れがいなかったのは、所用で外に出払っているのか、単純にあれほどの手練れは数が少ないのか。

おそらくは前者か。

一般人や今の時代の術師なら蹂躙できる戦力を引きこもらせる理由はあまりない。

目的まではわからないが、どうせ俺のところに来たのと大して変わらないか。

見込みのある奴を攫って駒にする。それくらいしかやることなさそうだし。

問題なのはその範囲と期間だが・・・戦った感じ、質はそこまで高くなさそうだ。少なくとも、後衛職のクラスメイトでも対応可能なレベルか。

それよりもさらに問題なのは、未だに黒幕らしき気配を捉えられないことだ。

まさか、本当にここにいないとかじゃないよな。できれば、奴の居場所を知っているやつを見つけたいところだ。

そのために、城の中を駆け巡りながら広く戦いの場を移していく。

時には中庭、時には屋外の通路、時には壁を斬って部屋に侵入もした。

だが、何もない。

まったくないわけじゃなくて、不意打ちを仕掛けようとした輩を何人か巻き添えにしたりもしたが、肝心の黒幕が見当たらない。

結局、あらかた倒しきってしまった頃になっても黒幕を見つけることができなかった。クソ、1人か2人くらいは生かして捕らえておくべきだったな。

となると、もう少し当たりをつけてから探した方がいいか。

・・・城っぽい建物だし、玉座みたいなところがあったりするのか?だとしたら、それはどこにあるんだ?建築の知識なんてないからさっぱりわからん。

あるとすれば、正面から見て中央線上か?

中央線の位置は・・・すぐ近くか。だったら、さっさと斬って先に・・・

 

「困りますな。これ以上城を破壊なさるのは」

 

途端に声をかけられた。

横を見てみれば、そこには執事復を身に纏った初老の男が立っていた。

気配に気づかなかったのは、俺が考え事に意識を割きすぎたか、こいつが隠密に長けているからか・・・いや、こいつは。

 

「お前か。昨日ちょっかいをかけようとしてきたのは」

「おや、やはりお気づきになられましたか」

「お前の魔力には見覚えがあるからな」

 

よく“魔眼”で視てみれば、昨日ちょっかいをかけてきたやつと魔力のパターンが酷似している。

隙の少ない立ち振る舞いからして、駒の中ではかなりの上位の実力を持っているのは間違いない。

 

「それで?わざわざ俺の前に現れて何をしに来た」

「いえ、あなたを主の下に案内しようかと。先ほども申し上げましたが、これ以上城を破壊されると修復が大変になりますし、我が主もあなたとの対面を心待ちにしておりますので」

()()()

 

そう言って、俺は初老の男の首を斬り落とした。

表情や仕草だけなら騙されたかもしれないが、魂魄を見れば初老の男の魂胆は丸わかりだ。

尋問でもしようかと考えたが、手間が省けた。

 

「なっ・・・」

「目的は案内ではなく時間稼ぎ。狙いは・・・ちっ、そういうことか」

 

道理でこいつらの主らしき気配を捉えられないわけだ。

こいつらの主は、()()()()()()()()()

 

 

* * *

 

 

ツルギが暴れ始めて少し経った頃、

峯坂家では()()()平和な時間が流れていた。

というのも、

 

「ぱぱ、だいじょうぶかな・・・?」

 

ツルギがいなくなったことで少し不安げになっているルナの面倒を見なければならないためである。

当然、ティアたちもツルギから全面的に信頼されているのがわかっているため張り切ってルナの面倒を見ている(張り切り過ぎて失敗しないように気をつけながら)のだが、やはりティアの中ではツルギの存在感が特に大きいため、どうしても不安を拭いきるのは難しかった。

おそらく、雫がいなければ今よりもさらに難しい状況になっていただろう。

 

「大丈夫よ。パパは世界で一番強い人だから」

「ほんと?」

「えぇ、本当よ」

 

というよりむしろ、雫1人でルナの相手をしているようなもので、生来の“オカン属性”が遺憾なく発揮されている状態だった。

そのこともあって、特にティアは言い知れない敗北感を味わっていた。

 

「・・・私にも、シズクみたいな包容力があれば・・・!」

「ティアの嬢ちゃん言いたいことはわからんでもないし、俺が言うことでもないんだろうが、包容力の化身みたいなイズモさんでもダメならどうしようもなくないか?」

「おそらく、包容力というよりは母性なのかもしれないな。私とて、誰かを甲斐甲斐しく世話したことはあまりないからな」

「私も、姫様の身のお世話をしてきましたが、雫さんとは立場や状況が違いますからね・・・たぶん、勇者様の世話をしていたら自然と身についたのでしょうか?」

「・・・私だって、ツルギのお世話してたのに・・・」

 

それは身の回りではなく夜の方でまた別問題だ、とは言わなかった。子供の前でする話ではないのである。

最近ではできることも増えているものの、まだまだ経験は浅いから仕方ないことでもあるが。

それに、今の状況で言えばティアはむしろこれ以上にないほど適任だ。

 

「この鬱憤、“あのお方”ってのが来たらぶつけてやるわ・・・!」

「ティアの嬢ちゃん。そいつは逆恨みってもんだ」

 

ティアはツルギを除けば峯坂家の中でもトップクラスの戦闘力を持っている。

もし襲ってきている吸血鬼のトップが家に来た場合は、ティアが相手をすることになっている。

そのため、居間にいるにもかかわらずティアの腰にはハティがぶら下がっている。

 

「もし“あのお方”が来たら、対侵入者用の空間に転移させて倒すか、できなくても可能なかぎり時間を稼ぐ、よね」

「それと、できるだけ“空喰”を使わないようにする、だな。吸血鬼を取り込むとなると、どのようなことになるか、想像もつかないからな」

 

“空喰”はあくまで喰らった対象を一時的に魔力やステータスに変換するため、本来であれば肉体や魂魄に影響はない。

だが、相手が純粋な化生という未知の存在。リスクはできるだけ排除するに越したことはない。

そんなことを話していると、雫の膝の上に座っていたルナが突然ブルッと体を震わせて雫の胸にしがみついた。

 

「ルナ、どうしたの?」

「くる・・・」

 

何が、とは言わなかったが、言われずともわかった。

ルナが恐れる存在。わざわざ考えるまでもない。

雫はルナをギュッと強く抱きしめ、ティアもハティを手にはめ、イズモとアンナもそれぞれ武器を手にした。

戦闘力0の樫司はツルギから事前に渡された宝珠を使って南雲家に転移した。これでハジメのところにも情報がいくため、すぐに警戒態勢に入るだろう。

だが、しばらく経っても何も起きない。

襲撃されるどころか、結界のアラームもハジメからの連絡も何もなかった。

まるで、嵐の前の静けさとでも言わんばかりの静寂だった。

 

「・・・どういうこと?」

「わからない。だが、何かがおかしいのはたしか・・・」

 

 

「ほう、ここにいたか」

 

次の瞬間、ここにいる誰のものでもない声が響いた。

その時、ティアの身体は反射的に動いていた。

声がした場所。その方向に向けて跳び蹴りを放つ。

だが、

 

ガギィンッ!

 

「うそっ」

 

ティアの跳び蹴りは何もない空間で甲高い音を発しながら止められた。

 

「ほう?それほどの膂力・・・なるほど、“帰還者”とやらが異界の理を有しているというのは、あながち間違いではなさそうだ」

 

“帰還者”、“異界の理”。その単語に、一気にその場の緊張感が高まった。

さらに、先ほどのティアの蹴りを受け止めた不可視の障壁。

見間違いでなければ、それは空間魔法“絶界”と同じものだった。

 

「あなた・・・いったい何者なの?」

「ふむ?我のことを知らないと言うのか。ならば、特別に聞かせてやろう。

 

 

我が名はアルカード。今を生きる最後にして最強の真なる吸血鬼だ」




え~、投稿がくっそ遅くなってしまって申し訳ありません。
大学のゼミの関係だったり頭痛がひどかったりめっちゃ気分が悪かったりで、途中から執筆どころじゃなくなってしまって1、2週間ほど放置してました。
それと、前回「パニック障害だった~」みたいなことを書きましたが結果的には違うって言われました。“非定型発達”っていう、健常者と障がい者のグレーゾーンってやつですね。それも、その中でもホワイト寄りの。
自分の場合、長い間自分で認識してたのと、その間我慢というかずっと1人で抱え込んでいたこと、自分はメンタルがダイレクトに体調に影響を与えることが重なって、一気に崩れちゃったんじゃないかなと。
とりあえず、通院の必要がない程度には大丈夫なので、いろいろと気を付けながらこれからも頑張っていきます。


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紅い夜

アルカード。

目の前に現れた男、もとい吸血鬼はそう名乗った。

創作物に現れる吸血鬼の名前としてはメジャーなものだが、目の前にいる人物がそのオリジナルか、それともただ名前を騙っているだけかはティアたちには知りようがない。

だが、その実力は疑いようもないことはその場にいる全員が直感していた。

 

「・・・それで、わざわざ敵地の真ん中に来て、どのようなつもりだ?」

 

イズモが“黒鳳蝶”を構え、油断のない視線を向けながらアルカードに問いかける。

対して、質問を受けたアルカードは見るからに不機嫌そうに顔を歪ませる。

 

「私の許可なく問いを投げかけるとは、不敬甚だしいが・・・まぁ、いいだろう。今宵は特別だ」

 

これだけで、ティアたちは察した。

こいつ、エヒトの同類だ、と。

当然、アルカードはそんなティアたちの胸中など知る由もないが。

 

「私がここに来たのは、“帰還者”とやらを私の手駒に加えるためだ」

「手駒、ですって・・・?」

「本当はそこの少女を取り戻すだけでよかったのだがな、私の駒を生け捕りにできるほどの力を持っているのであれば、配下に加えようと思ったわけだ。だが、お前たちの筆頭である峯坂ツルギとやらが私の城でずいぶんと暴れてくれたのでな。先にそこの少女とお前たちからいくらかを私の駒として利用すれば、峯坂ツルギも大人しく私の言うことを聞くようになるだろう」

 

傲慢。ただただその一言に尽きる内容だった。

だが、その傲慢に見合うだけの力があるのは間違いない。

だからこそ、ティアたちにその誘いに頷くという選択肢はなかった。

 

「断る、と言ったら?」

「その時は、1人か2人くらいは死んでもらおう。力を持っていると言っても、たかが人間。私に敵う道理はない。力の差を見せれば、自ずと首を垂れることになる」

 

言葉は必要なかった。

床を破壊するほどの踏み込みで即座にアルカードに肉薄し、“空喰”を空間そのものに対して発動してアルカードの空間障壁を食い破らんと後ろ蹴りを放った。

魔法に直接作用するわけではないためか、ティアの膂力をもってしても空間障壁を突破することはできなかったが、アルカードから余裕の表情を奪うことに成功していた。

その様子を観察しながら、イズモはアンナに念話を飛ばした。

 

『アンナ。あの男をアーティファクトで転移させることはできるか?』

『無理ですね。先ほどから干渉していますが、阻害されています。空間魔法を使えるのは間違いないでしょう』

『せめて私が空間魔法を使えれば・・・いや、言っても詮無いことか』

 

この場にいる中で空間魔法を使えるのはティアのみだが、ティアは基本的に前衛のアタッカーであって魔法は特別得意というわけではない。それを抜きにしても、未知の力を持っている可能性が高い吸血鬼を相手にしながら、魔法の扱いに関しては格上だろう相手を転移させるのは至難の技だ。

だから先ほどからアンナが少し離れた場所で端末を操作してアルカードを転移させようとしていたが、結果は失敗に終わった。

イズモはグリューエン大迷宮の攻略に参加しなかったことを一瞬悔やみそうになったが、香織とミュウの護衛もまた同じくらい重要であったと思いなおした。

できれば樫司経由でユエの助力を得たいところだが、未だに何の連絡もないことから、他のところでも何かあったのかもしれないと予感した。

 

 

 

イズモの予感は的中していた。

南雲家に転移した樫司からハジメたちも状況を把握し、すぐに峯坂家に向かおうとした。

だが、

 

「・・・ちっ、うざってぇな」

 

ハジメたちは、突如として出現した赤い霧に足止めを喰らっていた。

いつの間にか現れた赤い霧は南雲宅を取り囲んでおり、見える範囲も1mあるかどうかといったところだった。

そして、最も厄介なのが、この赤い霧がハジメたちを閉じ込めているということだった。

真っすぐ進んでも霧を抜けることはできず、だが引き返すとすぐに家に戻る。転移も試したが、通常のゲートキーや劣化版クリスタルキーでは効果がなく、ハジメが持っているオリジナルのクリスタルキーでようやくだった。

 

「ユエ、解除はできるか」

「・・・できなくはない。けど、時間がかかる」

「だよな・・・こりゃ明らかに、“境界への干渉”だ。ツルギの奴、向こうで何かやらかしたか?・・・いや、俺たちも標的になってるのか?」

「・・・前の件で、“帰還者”に興味を持った?」

「かもな」

 

最初の内は、たしかに敵の狙いはルナ一人だけだった。

だが、以前の襲撃でツルギが襲撃者をなんなく生け捕りにしたことから“帰還者”も目的に加えたのだろう。

おそらくは、他のクラスメイトたちにも同じ現象が起こっているはずだ。

 

「俺たち全員の家に同じことをしているとしたら、さすがは吸血鬼ってところか?ツルギが言ってた『理論上無限に近い魔力を扱える』ってのも、あながち間違いじゃなさそうだ」

 

ハジメもまた、敵への警戒レベルを引き上げた。

後手後手に回ってしまったのは痛いが、それでもまだかろうじて手遅れにはなっていない。

 

「ひとまずは、この赤い霧をどうにかしねぇとな。話はそれからだ。ユエ、解除にはどれくらいかかりそうだ?」

「・・・頑張れば、5分くらい?」

「わかった。俺はこのままクリスタルキーでツルギの家に行く。襲われてるとしたらそこくらいだろ」

「あれ?他の皆さんのところには行かないんですか?というか、ハジメさんだけで行くんですか?」

 

背後から、暇を持て余したシアが尋ねて来た。

ちなみに、シアはシアで身体能力強化を使ったごり押し(拳圧で霧を吹き飛ばそうとしたり、全力ダッシュで霧の外側に走ったり)で霧を突破しようとしたが、あえなく失敗したため大人しくユエが霧を解除するのを待っていた。

 

「親玉は十中八九、ルナを取り戻すためにツルギの家に行ってるだろうし、仮に襲撃者が他のところに行ったとしても、さすがに手に負えないレベルじゃないだろ。ツルギ曰く、『初見殺しの能力さえ気を付ければベヒーモスよりも断然弱い』って言ってたしな」

「あー、それならたしかに大丈夫ですね」

 

そもそも比べる対象がおかしいのだが、ここにいるのはチートな強さを持つ“帰還者”の中でもずば抜けている奈落の化物と吸血姫とバグ兎なため、否定の言葉が出なければツッコミを入れる人物もいなかった。

 

「問題は、峯坂の家に問題なく入れるかどうかだな」

「あれ?クリスタルキーで行けないんですか?」

「境界を超えるっつーことは、極端な話世界を超えるようなもんだ。少し試してみたんだが、トータスに繋げるほどじゃないにせよ、ごっそり魔力を持ってかれそうだ。少なくとも、2回分は厳しいな」

 

恐るべきは、これほどの結界を気づかれないうちに構築・展開した吸血鬼の技量と魔力だろう。もしかしたら、空間魔法に限ればユエを上回るかもしれない。あるいは、空間魔法のみを極めた、ある種“解放者”たちのようなスペシャリストなのかもしれない。事実、ライセン大迷宮と神域でミレディの重力魔法を見ているハジメとユエは、ミレディがユエを上回る重力魔法の使い手であることは共通認識になっている。

 

「う~ん、私もどうにか気合でこの霧を超えれればいいんですけどね~」

「できてたまるか」

「ですが、義妹(ソウルシスター)さんたちを見てるとできそうな気がしますよ?」

「さすがに無理だろ・・・無理だよな?」

 

だいたいツルギのせいで変なところが覚醒しそうな義妹(ソウルシスター)を見てると、さすがに生身で越えるのは無理にしても、そのうち大迷宮に挑んで本当に雫を求めて世界を越えそうな勢いになっているため、ハジメも思わず否定の言葉を飲み込んでしまった。

それと比べれば、たしかにシアも気合で世界を越えてもおかしくないかもしれない。

 

「まぁ、そのことは置いといてだ。俺はこのままツルギの家に向かうから、2人は念のため他のクラスメイトを確認して、もし全員の無事を確認した後も例の吸血鬼をどうにかできなかったときは俺たちの方に加勢してくれ」

「・・・ん」

「わかりました」

 

2人が頷いたのを確認して、ハジメはゲートに飛び込んだ。

 

 

 

「おいおい、いったいどうなってんだ?」

 

紅い霧の外に出たハジメの最初の言葉は、呆れと驚きが混ざったものだった。

てっきりハジメは赤い霧のドームが点在している状態なのだと思っていたが、実際はそれに加えて空間そのものが赤く染まっていた。

さらに奇妙なことに、これだけの異変が起こっているにも関わらず、町は不気味なほどに静まり返っていた。

 

「ったく、何がどうなってやがる・・・?」

 

そこまで呟いて、ハジメは違和感を覚えた。

具体的に何がというわけではないが、妙な圧迫感のようなものを感じる。まるで、大気汚染のような息苦しさが、魂にまで影響を及ぼしているような・・・

 

「まさかっ・・・!」

 

嫌な予感を覚えたハジメは、すぐさま魔眼石で周囲を見渡した。

結果は、当たりだった。

 

「んの野郎、まさか周囲一帯を異界にでもするつもりか!?」

 

確証はない。

だが、周囲に満ちる異質な魔力と優れた空間魔法の使い手という事実が、その可能性に信憑性を持たせていた。

となると、時間はあまり残されていないのかもしれない。

 

「くそっ、先にこの結界をどうにかした方がいいのか?・・・いや、そっちはユエに任せた方がいいか。だが、俺の方でも霧の解析をしとかないとな・・・」

 

未知の現象・未知の相手を前に、ハジメはツルギの家に向かいながら頭をフル回転させる。

だが、まるでそれを阻むかのように、突如として現れた赤い霧がハジメを囲った。

ハジメの周囲を漂う赤い霧は、立ち止まったハジメの前でみるみると収束していき、動物をかたどっていった。狼、烏、熊、大小さまざまな獣の群れが、ハジメを取り囲む。

 

「邪魔だ、そこをどけぇ!」

 

雄叫びを上げながら、ハジメはドンナーを抜いて獣に向けて発砲した。だが、放たれた銃弾は獣をすり抜け、虚空を飛んでいった。

ならばと、今度は接近して“魔衝波”を放つと、獣はあっさりと霧散した。

おそらくは、赤い霧に魔力を込めて形作っているのだろう。ならば、魔力を直接叩き込めば簡単に倒せる。

だが、1体1体は大した事はないが、1体どころか数体まとめて吹き飛ばしても、無尽蔵に湧いて出てくるため、ハジメは足を止めざるを得なかった。

 

「・・・てめぇも早く戻って来いよ、ツルギ」

 

その中で、ハジメは自身の友人の名前を呼んだ。

 

 

 

その頃、藤堂邸でも動きがあった。

 

「工作員の情報操作を急がせてください!近隣住民の通行規制もです!インターネットおよびSNSの監視も厳戒態勢を続行!」

 

幸か不幸か、藤堂邸は赤い霧の影響を受けなかったものの、突如として出現した赤い霧による混乱を最小限に収めるために、吉城の指示で藤堂家の人員が工作活動を行っていた。

工作といっても、あくまで赤い霧に対する情報操作だが。

できることなら、あの赤い霧の内部の情報を探りたいのだが、侵入が困難なせいでそれもできないでいた。

そのため、吉城は事後処理に関する手続きをしていた。

もちろん、赤い霧の調査も並行して進めていたのだが、

 

「それで、例の赤い霧について何かわかりましたか?」

「いえ、詳しいことは何も・・・」

「そうですか・・・」

 

やはり、“帰還者”と比べると大幅に見劣りする藤堂家の人員では限界があった。

 

「ですが、昔の文献からいくらか情報を得ることができました」

「では、それを教えてください」

「あくまで憶測の域を出ませんが、おそらくは吸血鬼の血を媒介にしたものかと。文献によると、吸血鬼は自らの血液を媒介にして魔法を行使することができるようです」

「そうですか」

「おそらく、その力をもって空間に干渉しているのだと思われます。あるいは、あの内部を自らの領域にしているのかもしれません」

「ですが、それにしては霧の展開が早すぎますね・・・まさか、“帰還者”の結界を利用して・・・?」

「可能性はあるかと」

 

だからといって、吉城たちにどうにかできる問題ではなかった。

ただでさえ、“帰還者”の結界には手も足もでなかったのだ。

そこに、さらに吸血鬼が手を加えたとなるとどうしようもない。

 

「どちらにしろ、我々にできることは少ないですね」

「また、政府からいろいろと言われそうですね」

「こればかりは仕方ありません。さすがに事が事ですから、彼らも助力は惜しまないでしょうが・・・」

 

吉城が言っているのは、ハジメやツルギが行えるインターネットを使った大規模意識操作のことだ。

藤堂家にしろ政府にしろ、“帰還者”が絡んだ異能事件は公にしたくないことであり、“帰還者”側(主にハジメとツルギ)も自らの平穏のために情報操作にはできるだけ協力する意思を示している。

だが、当然それを実行するには少なくない労力が必要であり、なおかつそれができるのが南雲家と峯坂家の限られた数人しかいない。

当然、ツルギもハジメも人手は欲しいが、だからといっておいそれと任せることはできない。

それは政府も同じで、“帰還者”に関わる人員が極端に少ないため人手が欲しいが、“帰還者”、厳密には“帰還者”が持つ異能や魔法の力は極秘事項であるため、こちらもおいそれと人手を増やすことができない。

だからこそ、こうして藤堂家が足りない人手を補っているのだが、それでも限界がある。

というか、すでにいっぱいいっぱいだった。

 

「できるなら、政府にも動いてもらいたいところですが」

「あまり期待しない方がいいでしょう。できるのは、我々の手伝いと事態が終わった後に嘘の情報を発表することくらいです」

「いっそ、政府も人員を増やしてくれませんかね」

「無理でしょうね。今現在、“帰還者”以外で少しでも魔法を使えるのは私たちだけですし、少しの魔法に対抗できる政府の人員も今いる分くらいです。できることなら、我々以外にも魔法を使える一族に協力を仰ぎたいところですが・・・」

「それこそ無理でしょう。そもそも、日本国内でそれができるのは京の陰陽師くらいです。ですが、あそこは我々よりもさらに力が衰えています。力が戻れば話は別かもしれませんが」

「・・・ないものねだりはこれくらいにしましょう。文句を言っている暇はないようですからね」

 

そう言って、吉城は再び指示を飛ばし始めた。




ゼミ関連で少し忙しかったのと、ドラけしとホロウナイトとベヨネッタ2が面白くてすごいハマってしまって、まーた遅れてしまって申し訳ありません。
いや、それだけってわけじゃないんですが。
今回に限った話ではないんですが、最近どうにもスランプ気味でして。文章が思い浮かばなくてなかなか執筆が進まなくて、できるだけ隔週投稿を心がけてるんですけどどうしても少し遅れがちになって、あげくに『早く仕上げないと!』みたいになって投げやりになりやすくなってるという負の連鎖が出来上がってしまってるんですよ。
とりあえず、次回か次々回あたりにはありふれアニメ2期がまともであることを祈りつつ視聴してモチベーションを回復させたいところ。
・・・いや、ほんとにまともであってほしい。
ただでさえ1期がアレだったのに、終わってからたいして日をまたがずに2期放送決定って言われた時は、正気かと思いましたよ、ほんと。まぁ、あの時は急な作画変更で一から作り直しになった結果ってのもあるでしょうから、さすがにマシになってるはずだと思いたい。

それと、『ありふれ零』が完結したということで、せっかくなので零路線の話でも作ろうかなと思います。正確には、シュヴェルトの話ですね。
ぶっちゃけ、書こうかわりと迷ってたんですよ。ですが、あまり内容が固まらなくて途中から思い切り原作に寄りかかるような作品になりかねなかったので、そのまま没にしてました。
ですけど、最近は『ありふれ』作品のモチベーションが下がり気味になっていたので、ちょっと自分の作品を見つめなおすのも兼ねて執筆してみようかなと。
というか、そうでもしないとマジで質と投稿頻度が下がりそうなので。

そして、少し先の話になりますが、吸血鬼編が終わったら本作の大規模な改変作業も行う予定です。おおまかな展開は変えずに、細かい展開や文章などを書き直していきます。
これも、自分の作品の改善のために必要だと思うので。
本編が完結してからは完全オリジナルストーリーを執筆しているわけですが、ぶっつけで書いてたせいか、自分でも思ったより消耗してて、何度も言ってたように質が下がり気味になってたんですよね。
なので、一回自分の作品を見つめ直して、あまりに原作の展開にもたれかかっていた部分を修正していくことで、自分自身の作品というものを再確認することにします。

おそらくは大学関係もこれからさらに忙しくなってくるので、しばらくは執筆に身が入らないと思いますが、それでも応援し続けてくだされば幸いです。


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ヒーローは遅れない

峯坂家における戦闘は膠着していた。

だが、拮抗しているわけではない。

要因は、主に2つ。

1つは、アルカードがティアたちを完全に下に見ていること。ティアたちを格下と侮っているのか、敢えて手を抜くことで格の違いを見せつけようとしているのか、必要以上に殺さないように手加減をしているのか。その真意はティアたちにはわからないが、そのおかげで今のところティアたちに特に目立って大きな負傷はない。

だが、もう1つの要因が問題だった。

それは、戦っている場所と状況だ。あまり広いとは言えない一軒家の中で、すぐそばに庇護対象のルナがいる。そんな中で、大規模な魔法や飛び道具は使いづらい。家だけなら戦いが終わった後でどうにでもなるが、この吸血鬼を前に死者の蘇生をしている暇はない。

このせいで、アルカードから得られているアドバンテージをほとんど活用できず、ただただ時間が過ぎていった。

しかし、そのような状況の中で有利なのはアルカードだった。

 

「どうした?息が上がってきているぞ?」

「はぁ、はぁ、ッ、まだまだ!」

 

アルカードを押さえつけているのはティアだが、吸血鬼を相手にしていることと様々な制約が相まって想定よりも激しく消耗していた。あくまで消耗しているのは精神面なため動く分には問題ないが、攻撃はすでに精彩を欠きつつある。イズモとアンナもできる限り攻撃には参加しているが、主な攻撃手段ががそれぞれ魔法と銃撃なため、思うように攻撃できない状態だ。

結果、ティアたちは有利を取れずにジリ貧を強いられていた。

そんな中、雫は少し離れた場所でルナを抱えながら戦いを見守っていた。己の不甲斐なさを悔やみながら。

 

「まま・・・?」

「大丈夫よ」

 

雫とてわかっている。戦いに参加していないのは足手まといだからではなく、少しでもルナの不安を払拭するためであり、自分が万が一の時の最後の砦ということだと。だから、ルナを置いて1人にさせるわけにはいかない。

それでも、苦戦を強いられている状況を見て何も感じないはずがない。

できることなら、すぐにでも駆け付けたい。だが、この状況でルナを放っておくわけにもいかない。

雫はこの2つの思考に板挟みにされながら、自分ができることを必死に考えていた。

幸い、“黒鉄”は手元にあるから即戦力にはなる。

あとは、ルナをどうにかした上で覚悟を決めるだけ。

ティアたちを助けるために、雫は必死に思考を巡らせる。

すると、雫の右頬にそっと柔らかい手が添えられた。

視線を下に向けると、ルナが頬に左手を添えながら心配そうな表情で雫を見上げていた。

 

「・・・大丈夫?」

「えぇ、大丈夫よ。ティアたちなら・・・」

「まま、つらそう」

「ッ」

 

一瞬、呼吸が止まった。

子供だからと侮っていたわけではないが、まさかルナに見抜かれるとは思わなかった雫は動揺を表に出さないように平静を装った。

 

「ルナ、私は・・・」

「ルナは、だいじょうぶ、だよ?だから・・・」

 

 おねえちゃんたちを、たすけて?

 

最後の言葉は、ルナの口から発せられたものではなかった。まるで、頭の中に直接語りかけてきたような、そんな感覚。

気付けば、ルナの身体は僅かだが光を纏っていた。

そして、放たれる光はルナの左手をつたって雫の身体を包み込んでいく。

光に包まれた雫は、力が沸き上がってくるのを感じた。“禁域解放”と比べれば大したものではないが、力だけではなく温もりのようなものも感じる。

これは、雫に手助けにいってほしいというだけではない、ルナも雫を守るという意思の表れだった。

 

「・・・ありがとう、ルナ」

 

正直に言って、ルナの力がどういったものなのか、雫は少しもわかっていない。

だが、温もりと共に伝わってきたルナの意思は理解できた。

ルナの意思を受け取った雫は、“黒鉄”を手に飛び出した。

 

「アンナ!ルナをお願い!」

「! わかりました!」

 

なぜ、とは聞かない。雫が身に纏う光と覚悟を決めた表情を見れば、何かがあったのはすぐにわかる。

ここでアンナを呼んだのは、銃を使っているアンナが最もアルカードと相性が悪かったからだ。

誤射の危険性が高かったため、なかなか攻撃できないでいたアンナも、雫の呼びかけにすぐさま応えて入れ替わるようにルナの下に駆け寄った。

対するアルカードは、興味深げに雫を観察していた。正確には、雫が身に纏う光か。

 

「ほう、その光・・・」

 

動揺していない辺り、どうやらアルカードはルナの能力について心当たりがあるようだ。

だが警戒している様子は見られないため、まだ雫のことを下に見ているのは間違いない。

だからこそ、雫はその隙を全力で突きに行った。

 

「“魄崩”!」

 

放つのは斬りたいものだけを斬る魔剣。神話大戦が終わってからも改良を続けてきたその魔剣は、空間障壁を含めたあらゆる防御・障害を無視して対象を斬り伏せる。

雫がイメージするのはアルカードの魔力。吸血鬼の魂魄まではイメージできないが、魔力を断ち切って一時的に魔法を使えないようにさせるくらいのことはできる。もっと言えば、ハジメたちが一向に来ない原因を取り除けるかもしれない。

そのために、雫は鞘に通常よりもさらに魔力を込め、さらに深く踏み込む。

 

「疾ッ!」

 

裂帛の気合と共に、雫は黒鉄を抜き放った。

放たれた黒鉄はアルカードの空間障壁をすり抜け、まったく避ける素振りを見せないアルカードの喉元に吸い込まれていき・・・

 

 

 

「ふむ、なかなか悪くないな」

 

「あぐッ」

 

黒鉄を振りきった次の瞬間、アルカードは何事もなかったかのように腕を伸ばし、雫の喉を鷲掴みにした。

 

(今のは、いったい・・・!)

 

雫の“魄崩”は、たしかにアルカードを捉えたはずだった。

だというのに、雫の手には微塵も手ごたえがなく、まるで霞でも斬ったかのような感触だった。

だが、その疑問について考える暇もなく、雫は空中で見えない十字架に磔にされた。

 

「シズクっ!!」

「動くなよ?この娘の命は、私次第だからな」

 

すぐさま雫を助けに行こうとしたティアだが、雫を人質とされたことで思うように動けない。

 

「さて、この女の命が惜しいならば、すぐに私に服従することだ」

「断る、って言ったら?」

「当然、殺す。だが見たところ、この娘は特に慕われているようだ。ならば、先にこの娘を服従させるのもまた一興かもしれんな」

 

いっそ清々しいほどに某クソ神を連想させるようなクズな言動にティアは殺意を剝き出しにするが、アルカードは涼し気に受け流す。

迂闊に動けない中、イズモが念話を発した。

 

『ティア。少しでもツルギが戻ってくるまでの時間を稼ぐぞ』

『・・・わかったわ』

 

癪ではあるが、ティアとイズモではアルカードの空間障壁を突破するのは難しく、雫の“魄崩”も通用しなかった以上、ツルギの帰還を待つしかない。

 

「・・・あんたの目的はなんなの?」

「ふむ、あの者を待つための時間稼ぎか?」

「っ」

 

時間を稼ぐ間もなく、目的を悟られてしまった。

 

「まぁいい。あの城はすでに牢獄に変えてある。如何に力があろうと、あそこから抜け出すことは出来んだろう。ならば、少しばかり付き合ってもよいか」

 

だが、アルカードは僅かばかりも気にしていなかった。おそらく、ツルギのことはすでに問題にもならないと高を括っているのだろう。

ティアたちも今のツルギの状況に一抹の不安を覚えたが、それでも剣ならば大丈夫だと信じて己の心を強く保った。

 

「私の目的と言ったな?なに、言ってしまえば簡単なことだ。私は、完全な存在になりたいのだよ」

「完全な存在・・・?」

 

一瞬、アルカードの言葉が理解できなかった。

だが、彼が吸血鬼であるということから、すぐに推測できた。

 

「やっぱり、太陽の光を克服するため?」

「違うな。いや、浅いと言うべきか」

 

違うらしい。

そうなると、いよいよアルカードの言う“完全な存在”が何を示しているのかが分からなくなってくる。

頭の上に疑問符を浮かべるティアたちをあざ笑うかのようにアルカードは口元を歪ませた。

 

「吸血鬼は、生まれながらにして特殊な能力を持っている。いわゆる魔法と呼ばれるものだが、今となってはせいぜいが身体強化か火や風などを生み出す程度。だが、中には稀にこの世界の理に干渉することができるほどの絶大な力を持つことがある」

 

その言葉を聞いて、ティアたちはゾクリとした。

それはまさしく、神代魔法そのものだ。

 

「この世界の理に干渉する魔法は派生はあれど、大本となる魔法は7つ存在する。お前たちはすでにいくつか使えているようだが、この魔法にはさらに先がある。7つの魔法をその身に、魂に備えることで、その存在はより上位のものへと昇華される。吸血鬼や他の化生の根源とも呼べる存在へとな」

 

概念魔法。

その言葉に思い至るのは難しいことではなかったが、どうやらアルカードとティアたちとでは概念魔法に対する認識が根本から異なるらしい。

ティアたちからすれば、極論を言えば概念魔法はあくまで魔法の延長線上にすぎないが、化生からすれば自分自身の存在に関わるようなものらしい。

それこそ、概念に至っているかそうでないかで、己の存在そのものが変化するほど。

そして、アルカードは視線をルナに向けた。

 

「その少女は、星を司る力を持っている。それも、母星だけでなく、宙に存在する太陽や月にまで干渉できるほどの力だ。太陽の下でも無事なことなど、その副産物に過ぎん。その力は、価値と利用方法を正しく認識している私にこそふさわしいと思わないか?」

「思わ、ないわ・・・!」

 

そう言ったのは、空中に磔にされている雫だった。

 

「ルナの力は、ルナのものよ。あなたのものじゃ・・・ぐぅッ!」

「少しばかり、口が過ぎるようだな」

 

アルカードは、雫の首を鷲掴みにし、さらに首筋に鋭利な爪を突き立てた。爪が刺さった部分からは、ツーと血が垂れる。

 

「シズク!」

「もう少し付き合ってやってもよかったが、ここまでだ。まずは貴様から僕にしてやろう」

「させない!!」

 

堪らずティアは爆発的な勢いで踏み込んだが、展開された空間障壁によって阻まれる。さらに、先ほどまでは手を抜いていたのか、今まで展開していたものよりも数段強固だった。

 

「最後に何か、言い残すことはあるか?」

 

その問いかけは慈悲によるものではなく、最後の最後まで余裕を崩さないという傲慢の表れだ。

その問いに対し、雫は口元に笑みを浮かべた。

 

「それが・・・あなたの命取りよ」

 

次の瞬間、雫の首を掴んでいたアルカードの右腕が空間障壁ごと切り裂かれた。

 

 

* * *

 

 

「・・・ちっ、めんどくせぇことになってやがる」

 

側近をさっさと斬り捨てて玉座の間にたどり着いたわけだが、当然と言うべきかもぬけの殻だった。

さらに、“過去視”で確認したら黒幕らしき吸血鬼がどこかへ転移したのが視えた。十中八九、ルナのところに向かったはずだ。

だからさっさと転移しようとしたら、ここの領域は当然のこと、町の方まで境界を閉ざしたらしく、転移だけでバカにならないほどの魔力が持っていかれる。もっと言えば、家の方も境界を閉ざしているようだ。

つまり、直接転移するには3つ分の境界を乗り越える必要があるということ。

ここまできたらトータスに転移する方がまだマシなレベルだ。

幸いなのは、奴が転移してからそこまで時は経っていないことか。まだ間に合う可能性は十分ある。

問題なのは、どうやって転移するか。

いつも通りに転移するのは不可能だ。

どうにかして最低限の消耗で境界を突破してから転移する手もあるが、時間が足りない上に、ここの境界がどこにあって外がどうなってるかまったくわからないから、確実性が薄すぎる。

まだ猶予があるかもしれないとはいえ、さすがに悠長に考える暇はないだろう。

ならば、俺にできることはなんなのか・・・。

 

「・・・ハッ、我ながら勝算が少ない方法に手を出そうとするなんてな」

 

邪道とはいえ、俺も剣士の端くれだ。

魔法に活路を見出せないのであれば、剣に答えを見出す他ない。

そもそも、俺の本来の得意技は剣と魔法の複合。今の身体になってからは別々で鍛えることが多くなって、すっかり忘れていた。

今の俺なら、剣で空間を斬り拓くくらい、造作もないはずだ。

ならばイメージしろ。この場で斬るべきもの、先にある斬るべき場所、この2つを繋ぐ道を。

そして斬るべきものを視ろ、全てを見通す天眼で、今まで信じ続けてきた心眼で。

初めての試みを前に、俺は集中の極致に立っていた。

失敗できないプレッシャーも、ティアたちが無事かわからない不安も、今この時は何も気にならなかった。

ただ、自分が為すべきことだけを考える。

そして、斬るべきものを見据えて、俺は刀を抜き放った。




今さらですが、吸血鬼の従属を“カイン”から“スレイヴ”にします。
なんでかと言われれば、気分的にバトスピの動画見てたらスレイヴ・ガイアスラがでてきて、「あれ、スレイヴの方がよくね?」ってなったからですね。

あと、ゼミ関係で忙しくなるので少しの間投稿頻度が落ちます。
とりあえず、2週間くらいで復活する予定です。


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剣の神子vs吸血鬼

斬り拓いた空間の狭間に飛び込むと、寸分の狂いなく我が家に転移することができた。魔力消費も許容範囲内だし、成功と言えるだろう。

そして、転移した先では知らない男が雫を空間に磔にしていた。

 

「離せよ、クソ野郎」

 

口からこぼれた言葉は、自分でも驚くほど低く、怒気で満ちていた。

雫に手を出されそうになったから、というのももちろんある。

だが、それ以上に目の前にいる存在を許容できなかった。

すべてを見下すような眼差しには、愉悦を孕んだ光が宿っている。

俺の本能が、こいつはエヒトの同類だと警鐘を鳴らす。

つまり、比類なき強大な力を持った、比類なきクソ野郎だということだ。

 

「貴様、誰の許しを・・・」

「んなもん必要ねぇよ」

 

即座に雫を縛っている空間拘束を看破し、斬り祓って雫を解放。解放した雫はルナの近くに転移させる。

そして、さらに目の前の男の首を斬り捨てようと“無銘”を振りぬく。

だが、

 

「無駄だ」

 

振りぬいた刃には欠片も斬った感触が返ってこなかった。

さっきの転移の時には、たしかにこいつの腕を斬った感触があったんだが。

 

「・・・なるほど。今のお前は霞のようなものか。自分の存在を魂魄ごと微粒子レベルにまで細分化し、空間に投影してるってところか。言ってしまえば、今のお前は霧に映った映像のようなもの。道理で手ごたえがないわけだ」

 

さすがの俺でも分子レベルでの切断は難しい。仮に広範囲を薙ぎ払ったとしても、有効打にはならないだろう。

となれば、こいつを殺す最も手っ取り早い方法は、こいつが存在する空間をすべて空間魔法で薙ぎ払う。だが、こいつの全体像がつかめない上に、無視できないレベルの巻き添えが出る。

ただでさえ十全に魔法が使えない中で、広範囲の人間を一気に殺したとなると蘇生が間に合わない可能性がある。

一見、打つ手がないようにも思えるが。

 

(とはいえ、核もなしにこんなことをやれるか?仮にやれたとして、リスクもバカにならないんじゃないか?)

 

自身の肉体と魂魄を細分化するということは、再構築の工程も含まれているはず。でなければ、物理的に干渉することができないし、さっき斬れた説明もつかない。

だが、微粒子レベルまで分解しておきながら基点もなしに再構築できるとは思えない。

おそらく、再構築の基点となる核があるはず。

それさえも見えないとなれば、おそらく核も細分化してある程度まとめた上で、再構築の工程を核と本体の二段階にわけてあるか。

だとすれば、ねらい目は核が実体化するタイミング。

それは、

 

「魔法を使うとき、あとは物理的に接触するときは実体化するな。そして、実体化した状態でなければお前も魔法を満足に扱えない」

「知ったような口を!」

 

俺の推測に逆上したような形で、吸血鬼は不可視の空間の刃を飛ばしてきた。

俺からすれば見え見えの攻撃でしかない斬撃を、ルナたちの方に飛ばないように斬り払う。

 

「ちっ、場所が悪いな」

 

こうも狭い室内だと、満足に刀を振るのも難しい。

 

「ティア、親父はどこだ?」

「お義父さんは、ハジメの家にいるはずよ」

「そうか・・・後で再生しとくから勘弁してくれよ」

 

ボソッと親父に向けて謝罪の言葉を贈りつつ、全方位に魔法陣を展開した。

 

「伏せろ!」

 

声を張り上げるとほぼ同時に、俺は魔法を発動した。

放つ魔法は分解砲撃。ティアたちを巻き込まないように射角を気を付けながら、周囲を薙ぎ払っていく。

当然、壁や柱などの支えを失った家は倒壊し始めるが、落ちてくる瓦礫もまとめて分解砲撃で塵へと変えていく。分解砲撃を放っていた時間は10秒にも満たないが、それだけの時間で我が家は腰から上の範囲はきれいさっぱり消え去った。

 

「ちょ、ちょっと!家がなくなっちゃったけど!?」

「後で戻しておくから勘弁してくれ」

 

家くらいなら再生魔法でわりと簡単に直せるから、これくらいは目をつむってほしい。というか、どうせさっきまでの戦闘で少なからずボロボロになってたから、ちょっと消し飛ばしても大して変わらないはず、うん。

それはさておき、

 

「ふっ、無差別の全方位攻撃とは、この程度で倒せると思っていたのか?」

「まさか。てめぇよりバカでもあるまいし」

 

そもそも、通用すればラッキー程度にも思ってなかった。

すでに分解済みのような構造してる相手に分解が効くと思うほど、俺も頭お花畑じゃねぇよ。

あくまでこの分解砲撃の目的は、戦場を広くするためのものだからな。

というか、いちいち鼻で笑ってるのがうざったい。

 

「それにしても・・・この赤い霧の結界で境界を遮断してるのか。なるほど、大したもんだ」

 

家の敷地の周囲には、赤い霧が渦巻いていた。

これが、転移を阻害していた結界だろう。まずはこれをどうにかした方がいいか。

 

「・・・吸血鬼が相手なら、これ以上手を抜くこともないか」

「なに?」

 

ルナが近くにいたから出し渋っていたが、これだけ広くなれば巻き添えの心配はいらないだろう。

だから、俺も本気を出すことにした。

 

「“神位解放”」

 

紡ぐ言霊は、神の力を解放する詠唱。

魔力の奔流をまき散らし、背に銀の魔法陣を背負う。

 

「貴様、その力・・・!」

「まずは、この鬱陶しい結界からだ」

 

そう言って、俺は背後の魔法陣を操作して境界の結界を解除する魔法を構築、発動した。

すぐに解除できたが、どうやら町全体を覆う結界に加え、ハジメ宅を含めた帰還者が済んでいる家すべてに同じ結界を張っているらしい。ずいぶんと大盤振る舞いなことだ。

なら、次は町を覆っているもの以外のすべての結界を解除しようか。

 

「貴様ぁ!!」

 

次の瞬間、激昂した吸血鬼が爪をたてて襲い掛かってきた。

攻撃は難なく“無銘”で受け止めたが、吸血鬼の目が血走っている顔が眼前にまで迫ってきた。

ついでに言えば、口が大きく開かれて鋭い犬歯が丸見えになっている。

 

「危ねっ」

 

危うく噛みつかれる直前に吸血鬼の背後に転移することで事なきを得たが、あのまま噛みつかれたらどうなっていたことやら。

内心で冷や汗を流すが、吸血鬼の方はそれどころではないようだった。

 

「貴様っ、たかが人間如きが、それだけの力を持つなど!!」

「おーおー、ずいぶんと気が短いな。それとも、引きこもってばかりで世間知らずだったのか?まさに、大海を知らない蛙だな」

「貴様ぁ・・・!」

 

ずいぶんと煽り耐性が低い吸血鬼だ。

年齢だけ見ればティオやイズモよりも年上だろうに、ここまで精神年齢が低いとは。まったくもって嘆かわしい。

あぁ、だが、おそらくこいつよりも長生きしただろうエヒトがあれだったから、不思議ではないとも言えるか。

 

「その力は、私にこそふさわしいものだ!それを寄越せぇ!!」

「はっ、ずいぶんと切羽詰まってんな。さっきまでの余裕はどうした」

「黙れぇ!!」

 

目の前の吸血鬼には冷静さなど欠片も残っておらず、ただただ激情に身と心を任せて襲い掛かってくるだけ。

勝利しか知らない者は得てして精神的に未熟だと聞くが、数千年も驕りっぱなしだとこうなるらしい。

ただ、さすがは古代の吸血鬼と言うべきか、純粋な身体能力と魔力は大したもので、かすっただけでも重傷になり得る威力を秘めている。

とはいえ、そういう戦いは経験済みだから、動揺することも精神的にキツイということもないが。

 

「ふぅむ、ずいぶんと大雑把だな。少しは術理を身につけようと思わなかったのか?」

「そのようなもの、弱者が縋るようなものだ!絶対強者たる私には・・・」

「あーもういい。お前の三下台詞は聞き飽きたし時間の無駄だ」

 

あまりにもお粗末すぎて、途中から軽く遊んでいたほどだ。

とはいえ、こいつをこれ以上生かしても何も面白くないから、ここで終わらせる。

 

「概念構築、術式“俺の世界”・起動、世界改変・実行」

 

すぐさま“フリズスキャルヴ”を展開し、“俺の世界”を発動した。

前は“神位解放”と同時並行で構築したが、今回は先に“神位解放”を済ませた状態でこの吸血鬼を無力化するための世界の法則を構築していく。

実体化している今なら殺せるかもしれないが、肝心の核がまだ見つかっていない。だから、まずは核を暴く法則を構築する。本格的な弱体化はその後だ。

 

「これはまさか、世界への・・・!」

「余所見してる場合か?」

 

とはいえ、狙えるときは迷わず狙っていく。掠りさえすれば、だいたいの当たりはつくはずだ。

頭部、首、心臓、肺、丹田、腕、脚、疑わしい場所は1回と言わず何度でもすべて斬っていく。

だがやはりと言うべきか、手ごたえは感じない。

ならば、

 

「“至天・十刀”」

 

今の状態ならノータイムで放てるようになった瞬間10連斬で、怪しいと思った箇所すべてを同時に斬る。

普通なら、これで片が付くだろうが、

 

「無駄だ・・・」

 

やはりと言うべきか、とどめを刺すには至らなかった。

同時に吸血鬼の様相も変わっていく。

さっきまではまだ人の姿を保っていたが、今は爪と牙はさらに鋭くなり、瞳孔も縦に割れてケモノのようにも見える。

そして何より、全身から立ち昇る魔力が、先ほどまでと比べて明らかに禍々しくなっている。

どうやら、向こうもいよいよ本気を出すらしい。

 

「人間如きに、この姿を晒すことはないと思っていたがっ・・・」

「なんだ、今まで遊んでいてくれたのか?ずいぶんと優しいな。それとも、単に見立てが甘かっただけか?」

 

俺が言えたことではないが。

 

「貴様の減らず口はここまでだ。心身共に無事でいられると思うな・・・!!」

「それは無理な話だな」

 

ドパンッ

 

銃声と共に、深紅の閃光が吸血鬼の身体を貫いた。

 

「遅かったな、ハジメ」

「それはこっちの台詞だ、ツルギ」

 

俺と吸血鬼の戦闘で生じた瓦礫の山から、ハジメが姿を現した。

右手にはドンナーが構えられていて、銃口から煙が上がっている。

 

「てめぇ、いくらなんでもちんたらしすぎだ。どこで道草食ってたんだよ」

「勘弁してくれ。こいつの居城も境界で遮られてたんだ。むしろ、こいつの手下を全滅させてから境界3つを越えて間に合った俺を褒めてほしいくらいだ。それに、核を暴く概念も完成させたんだし、俺が責められる理由はどこにもないだろ?」

 

実は、核を暴く概念を付与した“俺の世界”は“至天・十刀”とほぼ同じタイミングで完成していた。

どうやってこいつの核を斬ろうかと考えようとしたところで、吸血鬼が形態変化していき、同時に核もはっきりと見えるようになった。

そこで、ついさっき来ただろうハジメの気配を捉えた俺はハジメに情報を共有させて、ハジメに核を貫かせた、ということだ。

なんだが、

 

「まぁ、まだ終わっていないようだが」

「あ?」

 

訝しがるハジメの視線の先では、核を貫かれて絶命したはずの吸血鬼が動き出していた。

 

「おいおい、俺はたしかに核を撃ちぬいたぞ」

「どうやら、思い違いをしていたようだな」

「どういうことだ?」

「ハジメが撃ちぬいたのは、あくまで()()()()()()()()()だ。こいつの本当の核は別にある」

「なんだそりゃ」

 

ハジメがそう吐き捨てる気持ちはわかる。

ただ、俺の方も本当の核の情報を渡さなかった理由がある。

 

「コイツの核は、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。いや、核を拡張して結界にした、ってのが正しいか。つまりこの空間は、奴の世界だ」

 

途中から疑問に思っていた。やけに“俺の世界”の構築が遅いと。

当然だ。この境界の内側は、奴の世界で、奴の理なんだからな。

 

『その通りだ』

 

突如、空間に響き渡るように吸血鬼の声が聞こえてきた。

頭上を見上げると、そこにはまるでだまし絵のように霧に浮かび上がる吸血鬼の顔があった。

さらに周囲を見渡せば、さっきまでの吸血鬼が何体も現れていた。

 

『ここは私の世界。故に、何人も私に逆らうことなどできはしない!』

「んで?どうすればいい?」

 

吸血鬼が高らかに叫んでいるのをスルーしながら、ハジメが尋ねてきた。

 

「そうだな、できるだけ時間を稼いでくれ。10分はかからんと思うが、5分は欲しいな。その間に、ユエと合流してこの空間をどうにかする」

 

この空間をどうにかできるとしたら、ユエしか思い浮かばない。というか、空間魔法を使えて魔法に精通している人物はユエしか該当しない。

とはいえ、それでもこの空間をどうにかするのは少し骨が折れそうだ。

 

「そういうわけだから、足止めは任せた」

 

そうして俺は、ハジメにあるものを投げ渡しつつ時間稼ぎを任せてユエのところに転移した。

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

『逃がさん!』

「おいおい、俺は無視か?」

 

そう言いながら、ハジメは同時撃ちで現れたアルカードの核をすべて撃ちぬいた。

 

『無駄だ!この程度の分身、どこにでも生み出せるわ!!』

「そうかな?」

 

そう言って、ハジメは口元を歪ませる。

その直後、ハジメの周囲に次々と吸血鬼が現れ始めた。

 

『なにっ・・・!?』

 

だが、これはアルカードが意図したものではなかった。

 

「わりぃが、こいつがある限り、てめぇの分身は俺の周囲にしか現れない」

 

ハジメの右腕には、いつの間にか銀装飾の腕輪がはめられていた。

これはツルギが直前に即興で生み出した、いわば誘導装置であり、アルカードが生み出したものはすべて装着者であるハジメの周囲にしか発生しないようになっている。

これで、ハジメは心置きなく足止めに徹することができる、というわけだ。

とはいえ、足止めはあくまでツルギからのオーダーであり、ハジメは足止めだけで済ませるつもりはなかった。

 

「“限界突破”」

 

ハジメは“限界突破”を発動させ、数百にのぼるクロス・ヴェルトと200を超えるグリムリーパーの軍隊を出現させた。

 

「俺たちに手を出そうとしてきたんだ。相応の報いを受ける覚悟はしてるんだろうなぁ?」

『貴様ッ・・・!!』

 

凶悪な笑みを浮かべる奈落の化物を前に、アルカードは察しざるをえなかった。

目の前の怪物をどうにかしなければ、生き残ることすら難しいと。




ちょいと遅くなりましたが、大学も終わったのでしばらくは自由な時間が作れます。
・・・ていうか、同期生が卒論発表をした中、自分はそれを見てると、留年してもう1回遊べるドンという現実がじわじわと身に染みてくる・・・。
いや、留年自体は親も先生も自分も納得の上なのでいいんですが、それでも事実だけ見るとボディブローのようにじわじわ効いてくるというか・・・。
それに、就活も考えないといけないとか、気が重すぎて重すぎて・・・。
とりあえず、今の自分でも大丈夫そうな就職先を見つけるところから始めなければ。

アニメはあまり見れてないんでほとんど切り抜きだけですけど、マジで良くなっててけっこう感激してます。
特に猫になった雫がやばすぎた。


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吸血鬼殺し

転移した先では、すでにユエが赤い霧の結界を解除して南雲宅を守る障壁を張っているところだった。

 

「ユエ、今は手空いてるか?」

「・・・ん。これから例のクソ野郎のところに行くところ」

 

おう、けっこうギリギリだったな。あと少し遅かったら行き違いになるところだった。

 

「それは少し待って、俺の方を手伝ってくれ。今のままじゃ奴を殺せない」

「・・・どういうこと?」

 

首を傾げるユエに、俺は手短に説明した。

奴を殺すには核を消滅させるしかないこと。その核は町を覆っている霧の内部の空間そのものだということ。そして、その対処のための時間をハジメが稼いでいること。

そこまで説明すると、ユエは露骨に眉をしかめた。

 

「・・・わかった。それで、私は何を手伝えばいい?」

「“俺の世界”をこの空間に完全な形で構築して、奴だけを殺す概念を付与する。ただの“吸血鬼殺し”じゃだめだ。ルナまで巻き添えになる。ユエには空間構築の制御権を渡すから、“俺の世界”を完成させてくれ。俺はやつを殺す、それができなくとも殺せるようにする概念を生み出す」

 

魔法の制御の譲渡は、魔導プログラムから生まれた産物ではあるが、“俺の世界”ともなると構築難度が高すぎてユエにしかまともに扱えない。

だが、制御権を渡すとユエも俺も無防備になってしまう。

 

「それで、シアとティオは?あと、ティアたちも来てないか?」

「妾はここじゃ」

 

南雲宅からティオが出てきた。

その後ろには、ティアと雫もいる。さらに、雫の傍にはルナもいる。

 

「話は聞いたが、ユエの“神罰之炎”ではダメなのか?」

「奴の存在そのものが概念のようなものだ。完全に殺そうと思ったら、概念クラスの魔法じゃないとダメだ。それこそ、“吸血鬼殺し”だとか、な。だが、それにルナを巻き込むわけにはいかない。できるだけ奴の情報をくれ」

「名前はアルカードって言ってたわ。だけど、それ以外のことは・・・」

 

アルカード、か。あくまで創作上の名前だが、オリジナルなのか名を騙っているだけなのかまではわからないな。

さらに、それしかわからないとなると、さすがに情報が少なすぎる。

やはり、弱体化に絞るべきか・・・。

 

「パパ」

 

ふと、ズボンの裾を引っ張られた。

下を見ると、ルナが俺のズボンの裾を掴んで見上げていた。

 

「なんだ?」

「わたしの力も、つかって?」

 

どういうことだ?と尋ね返す暇もなかった。

ルナは指を口の中に入れたかと思うと、牙で指を噛み切った。

 

「ルナっ!?」

 

雫が慌てて駆け寄るが、その間にもルナの指からは血が流れ、いや、もはや溢れていた。

俺も思わず瞠目するが、あふれ出た血液は流れ落ちずに形が整えられ、ゴルフボールほどの大きさの球体になった。

血のボールを素手で受け取ったが、ゼリーのように形が崩れずに手で持つことができる。

すぐさま天眼で血液を解析すると、信じがたい情報が視えた。

 

「これが、ルナの力?重力、いや、星への干渉・・・?」

「そ、そういえばアルカードが、ルナは星を司る力を持ってるって言ってたわ。地球だけじゃなくて、太陽や月にも干渉できるって。ルナが太陽の下で無事なのは、その力のおかげだって」

 

つまり、理由はともかくアルカードがルナを狙うのは、この力を奪うため、ということか。

というか、重力魔法の延長線上に星への干渉が存在するはずなんだが、ルナの場合は逆になっていて、重力への干渉は強くないが星の力は難なく操れるらしい。

ただ、地殻変動を起こしたりとかというよりは、星のエネルギー、例えば地球の地脈とか太陽光線を魔力や生命力に変換する術式が刻み込まれている、といったところか。エネルギーの抽出範囲は、ルナの魔法の腕を度外視すれば、科学的・魔法的に限らず概念的なレベルにまで達している。

なるほど、めちゃくちゃだ。アルカードとやらが目の色を変えるのも頷ける。

だからこそ、奴にルナを渡すわけにはいかない。

 

「ありがとう、ルナ。おかげで、奴をどうにかできそうだ」

 

雫に抱かれたルナの頭をポンポンと撫でて、“フリズスキャルヴ”にルナの血を落とした。

“フリズスキャルヴ”に落とされた血は空中に幾何模様を描いて魔法陣の形をとった。

概念の構築と並行しつつルナの血から術式を抽出し、概念に組み込んでいく。

ちらりとユエの方を確認すると、ユエの方も着々と“俺の世界”の構築が進んでいた。この調子ならおそらく、あと1,2分程度で出来上がるはず。

と、思っていたが、

 

「ッ、しまった・・・!」

 

ユエの方に変化があった。悪い意味で。

ユエが操作しているコンソールに、赤い染みのように魔力がにじんでいた。

どうやら、アルカードに“俺の世界”の存在を把握されてしまったようだ。

ユエもどうにかしてアルカードの干渉を排除しようとしているが、不慣れなコンソールによる魔力操作が祟ったのか、それともこの環境下によるアルカードの影響がよほど強いのか、苦戦しているようだった。

とはいえ、俺の方も概念の構築がまだで手が離せない。

というか、

 

「・・・ユエ、なんで最初から本気を出してないんだ?」

 

ユエの方も、エヒトの依り代になった影響で俺ほどではないにしろ神格化は可能だ。わざわざ大人モードになる手間は必要だが、出力は相応に上がる。

だというのに、今のユエは普段の姿のまま。

いったいどういうことかと思ったが、答えは割と簡単だった。

 

「・・・ごめんなさい。割とすぐに出来上がったから、ちょっと油断してました」

「ふざけんな」

 

肝心なところで慢心しやがってこの駄吸血姫が。

空間魔法に関しては最低でも俺たちと同等なんだから、欠片も油断してほしくなかったんだがな。

 

「それで、どれだけ浸食されてる?」

「・・・全体の1割もないけど、完全に掌握するのは難しい、かも」

 

神格化も、変成魔法によって大人モードになる手順を踏まなければならないが、アルカードの干渉を防ぎながらはそれも難しい、か。

俺も、概念を想像しながらは難しいだろうが・・・

 

「1分で仕上げる。それまでもたせろ」

「・・・わか、った・・・!」

 

僅かに苦しそうな声を漏らしながらも、ユエはコンソールを操作して侵入を食い止める。

・・・1分で仕上げる、とはいったが、1分後のユエの状況次第では難しいかもしれない。

やはり俺も加勢するべきかと迷うが、またしてもルナが力を貸してくれた。

 

「わたしも、てつだう・・・!」

 

ルナがユエの身体に触れると、触れた箇所から光が漏れ出し、ユエの身体を包んでいった。

 

「これ、私のときの・・・」

 

雫の反応を見る限り、これがルナの力で間違いないだろう。証拠に、ユエの魔力出力が見るからに上昇しており、赤い染みが追いやられていく。おそらくは、“限界突破”以上の出力で反動も軽いだろう。

これはなかなか面白い。

 

(再現しようと思えば、重力魔法と昇華魔法、魂魄魔法でいけるか?いや、下手に再現しても手間と消費魔力に見合わないか。おそらく、この世界でもトータスでも、マネできる奴はいないだろう)

 

まさに、ルナにだけ許された力だ。

そんな幼い吸血鬼が、事実上俺と雫の娘ってことになるのか・・・そう考えると頭が痛くなってくるというか、守ってやらねばと決意が固まるというか。

だが、そういうあれこれを考えるのはアルカードを始末してからだ。

再度概念創造に集中し、一気に作業を進める。

それから概念が出来上がったのは、ジャスト1分後だった。

 

「ユエ!そっちの制御を寄越せ!」

「ッ!」

 

タイミングとしてはギリギリだったのか、ユエが半ば放り投げるような形で“俺の世界”の制御権を渡してきた。

そこへ、先ほど完成したばかりのアルカードを殺すための概念を組み込み、詠唱を始める。

 

「日が暮れ逢魔が時は過ぎ、世に闇夜が訪れる。

魑魅魍魎・妖魔がのさばり、人の生を許さぬ丑三つ時。

ならば今この時、我が手で人の時・人の世を生み出さん。

不浄を祓い、魔を滅し、闇を照らす。

我が身を星の繰り手と為し、ここに日ノ神を招来せよ。

 

“天輪・天照”!」

 

 

* * *

 

 

『ガァアアアアアアッ!!』

 

ツルギが概念魔法“天輪・天照”を発動させた直後、アルカードは苦悶の雄叫びをあげ、周囲に群がっていた分身体が炎を上げながら倒れていった。

 

「やってくれたな、ツルギ」

 

その光景を見て、ハジメはニヤリと笑みを浮かべた。

概念魔法“天輪・天照”は、場所・時間に限らず指定した空間内を『太陽の光が照らしている』状態に書き換える。

一見地味に見えるが、吸血鬼に対しては無類の効果を発揮する。

たとえ建物などの影に隠れようとも、まるでスポットライトに四方から照らされた舞台のようにすべてを光で照らされているため意味をなさない。

 

『クソが、クソがァッ・・・!!』

 

ここにいては命が危ない。

業腹ではあるが、アルカードは撤退を決めた。

格下とみなした相手を前に敗走は自らの矜持が許さないが、その屈辱は次こそ晴らしてみせると転移しようとして、

 

「逃げようとしても無駄だ。今ここは、あいつの世界だ」

『ッ!?バカな!!』

 

ハジメの言った通り、アルカードは転移で逃げられなかった。

“天輪・天照”の発動によってアルカードが生み出した異界は完全に消え去り、代わりにツルギの“俺の世界”によって世界が塗りつぶされていた。

ツルギが生み出した世界の理によって、アルカードがこの空間から出ることは叶わない。

すでに、退路は断たれた。

 

『ならば、せめて貴様だけでも殺してくれる・・・!』

 

そう言って、アルカードは霧のように薄く広がっていた自らの存在をできる限り圧縮させて人型を作った。

太陽が弱点であることに変わりはないが、薄く広げずに圧縮させればある程度抵抗することはできる。

その許された時間で、何としてでもハジメを殺す。

たとえ目的を達成しようとも、親友を殺されれば深い絶望に襲われることになる。それを以てツルギへの復讐としようとした。

だが、その判断はハジメの前では致命的なまでに悪手だった。

 

「ようやく、当てやすくなったな?」

「なっ・・・!」

 

ハジメの右手には、変わった形状の大砲のようなものが握られていた。

改良型太陽光圧縮レーザー兵器“バルス・ヒュベリオン”。

ハジメも、吸血鬼の命に届きうる兵器を持っていた。

だが、レーザー兵器であるため広範囲に広がる核を消滅させることはできなかったのだが、的が人型に絞られたのなら話は別だ。

 

「今まで散々こけにしてくれたんだ。覚悟はできてんだろうな?」

 

バルス・ヒュベリオンのチャージはすでに完了しており、照準もアルカードに向けられている。

 

「ひっ!」

 

凶悪な笑みを浮かべるハジメを目にして、アルカードは生まれて初めて心の底から恐怖を感じ、逃げることも襲い掛かることもできずに動きを止める。

だがそれは、ハジメを前にしてあまりにも無防備な行動で、

 

「死ね」

 

一切の容赦なく、ハジメは引き金を引いた。

放たれた極光は、瞬きする間もなくアルカードを包み込んだ。

 

「まっ」

 

それが、アルカードの最期の言葉だった。

極光に飲み込まれたアルカードは、塵一つ残さずにこの世から姿を消した。




次回で吸血鬼編は終わる予定です。
この内容だったら、前回とつなげても良かったかな・・・。
それと、前に吸血鬼編が完結したら『二人の魔王の異世界無双記』の全体書き直しをすると言いましたが、3月になったら始めちゃいます。
もしかしたら吸血鬼編の最終話の投稿がちょっと遅くなっちゃうかもしれませんが、できるだけキリがいいタイミングで始めたいので。


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増える家族

アルカードの襲撃から、おおよそ1週間。ようやくいつもの平穏が戻って来た。

この1週間でやったのは、主に情報および認識操作だ。

内側にいた俺たちは知る由もなかったが、どうやら赤い霧のドームは不完全だったからか大勢の人に見られていたらしく、写真なんかもSNSで拡散されたりした。そのため、それらのデータを抹消しつつ、大規模認識操作によって一般人の今回の事件の記憶も抹消した。

今回の認識操作は、上の承認をもらったものだ。さすがに政府としてもあんなものを当たり障りなく片付けるのは難しかったようで、思ったよりあっさりと許可は下りた。

その分、俺たちの仕事量は格段に増えてしまったわけだが、相応に報酬はきちんと支払ってもらったから文句はない。

そんで、ルナを始めとした吸血鬼への対処なんだが・・・アルカードが消滅した現状、ルナを除いて他の吸血鬼を確認できていない()()()()()()()。“導越の羅針盤”を使えば一発だが、政府にその存在を知らせるわけにはいかないしな。

というか、アルカードが消滅したならルナにも影響があるのかもしれないと危惧していたのだが、幸か不幸か特に変化は確認されなかった。体調を崩したとか能力が使えなくなったとかそういうのもない。

これはあくまで推測でしかないが、おそらくルナの潜在能力はアルカードを上回っていたのではないだろうか。その結果、一度はアルカードの支配下から脱した。

そうでなければ、真の吸血鬼だなんだと豪語していたアルカードが能力を奪うのにてこずるとは考えづらい。

そこで、アルカードはルナの心を完全にへし折った上で改めて服従を誓わせることで能力を奪おうとしたのだろうが、途中でルナが逃走したことでそれも頓挫。そこで追跡の最中に偶然出くわした俺たち帰還者に目を付けて今回の事件が起こった、というのが、だいたいのあらましだと思う。

まぁ、アルカードは跡形もなく消し飛んだから、事の真相は誰にもわからないし、ぶっちゃけそこまで興味もないが。

そして最後にルナについてだが、正式に俺と雫の娘として戸籍に登録することになった。あくまで『戸籍上は』だが。

一応、親の欄に俺の名前だけ登録するという手もなくはなかったんだが、それだと雫をママと慕っているルナがさすがに可哀そうということで、最終的に俺と雫がルナの保護者ということになった。

当然、と言ってはなんだが、あくまで保護者として名前を連ねているだけで、ティアたちを差し置いて籍を入れたとかそういうわけではないのだが、親父はそういう捉え方をしてめちゃくちゃ不機嫌になった。

そんなんだからいつまで経っても出会いが訪れないんだと何度も言ってるし他からも言われてるはずなんだが、懲りないというかなんというか・・・。

一応、他からは特に反対意見はなかった。ハジメとミュウ、レミアさんが似たような感じになってるからな。

ただ、あらかた落ち着いたことで雫は実家の方に戻ることになった。

さすがに学生のうちに同居させるわけもないだろうから当然と言えば当然だが、ルナのこともあるため峯坂家に来る頻度は以前よりも多くなりそうだ。

そんなこんなで、一通りの事後処理を終えた俺は藤堂邸に足を運んでいた。ちなみに、今回はルナは連れてきていない。大人の会話なんて下手に聞かせるものじゃないしな。

 

「・・・で、ひとまず事態は沈静化したとみて問題ないな?」

「そうですね。一部の魔法的組織や吸血鬼狩りはまだ虎視眈々と狙っているかもしれませんが、余程でない限り我々で対応できる範囲です。こちらがその資料になります」

 

吉城の報告と差し出された資料の内容に、俺はホッと息を吐いた。

今回の騒動は世間のみにならず、国内外の裏組織にも広く知れ渡ってしまっている。

そのため、騒動の後処理に加えてそいつらの相手までしなくてはならなかったのだが、そっちは暇を持て余してたやつらに割り当てて事なきを得た。

ただ、中には今回の事件で記憶操作に勘づいた輩がいたようで、手を出さずに静観してたらしいやつもちらほらいた。

当面はそいつらに気を付ける必要があるが、そっちは藤堂家が対応してくれるとのことだから俺らがでしゃばる必要もないだろう。

 

「にしても、最初に適当な情報を寄越しやがって・・・」

「それに関しては、私も反論できませんね。固定観念にとらわれていたのもあるでしょうが、峯坂君が頼ってきたことで、知らず知らずのうちに浮かれていたのかもしれません」

 

まぁ、組織的にはともかく、個人的には基本的に立場は逆だからなぁ。

ぶっちゃけ、やろうと思えば藤堂家の力を借りなくても俺たちだけでどうとでもなる。

ただ、そうなると少なからず直接的な手段が増えるわけで、必然的に日本国内での小競り合いも多くなる。

政府としては、当然そんな事態を容認するわけにはいかない。

そのため、“帰還者”が組織として動いているという大義名分を得るために、そのお目付け役兼補佐として藤堂家が動いている。

そういうわけで、立場としては俺らが藤堂家に対して「お願いします」と頼んでいるのではなくて、藤堂家が俺らに対して「お願いしてください」と頼んでいるようなものだ。

だから、あくまで情報収集のみとはいえ俺から藤堂家に頼んだのは今回が初めてなのだから、浮かれるのもわからなくはない。

もちろん、次はないが。

 

「まぁ、それに関してはきちんと反省して再発防止に努めてくれればいい」

「肝に銘じます。それで、あのお嬢さんはどうですか?」

「あぁ、ルナのことか?」

 

言うまでもないことではあるが、俺は笑みを浮かべて答えた。

 

「当然、上手くやってるよ。元気いっぱいだ」

 

 

* * *

 

 

吉城との対談を終え、帰路につく。

道中、ふと視線を横に向けると、ケーキ屋があった。

 

「・・・土産に買っていくか」

 

別に手ぶらで帰ったところで文句は言われないだろうが、買っていけば喜ぶだろう。

特に最近は、ルナがよく食べるようになっている。

その分、献立も気を遣うようになった。吸血鬼とはいえ、子供の食事ということで栄養バランスを前よりも考えるようにしようと話し合った。

 

「すみません。これとこれとこれと・・・」

「お買い上げ、ありがとうございます。合計で2180円になります」

 

まったく、ルナが来てから、本当に親をやるようになった。

ぶっちゃけ、まともな子供時代を送ってこなかった俺がやれるもんかと最初は軽く不安になったこともあったが、やろうと思えばやれるもんだ。

・・・あるいは、俺が送りたかった生活を意識した結果、それが上手くいったのか。

おおよそ10年、見ようとも思わなかった光景が目の前にあると思うと、どうしても物思いにふけってしまうな。

母さんと過去で再会して話し合ったときもそうだ。

異世界召喚を経て地球に帰還してから、こうも“今さら”が連続して起こるというのはどういう偶然なのか。

神や運命のいたずら、とは思いたくもないものだ。

だが、なるべくしてなった、とも言い難い。

どうにも俺の人生というのは、様々な苦難・苦悩が待ち構えているようだ。

そして、その先には些細な幸せが待っている。解決した苦難や苦悩に見合うかどうかは別として。

 

「帰ったぞー」

「パパ!おかえりなさい!」

 

玄関で靴を脱いでいると、ルナがとててて!と駆け足で近づいてきた。

俺がしゃがむと、その勢いのまま俺の胸に飛び込んできたルナを回転して勢いを分散しながら抱きかかえた。

 

「パパ、それ何?」

「ケーキだ。帰る途中で買ってきた」

「ケーキ!」

 

あれから、ルナはよくしゃべるようになった。

言葉通りの意味でもあるが、言葉足らずで口下手なしゃべり方が、年相応の子供のようにはきはきと喋るようになった。

ルナの中でどういう変化があったのかはわからないが、それがいい方向なら何だっていい。

 

「おかえりなさい、ツルギ」

 

遅れて、雫も奥からやってきた。

 

「あら、お土産を買ってきたの?」

「あぁ。せっかくだし買っておこうと思ってな。アンナに飲み物を用意するように言ってくれないか?」

「わかったわ」

 

なんとも()()()会話だが、こればっかりはどうにも自然とこうなってしまう。雫がオカン故だからだろうか、あるいはユエたちをしてチートと言わしめる乙女力からくるのか。

たまにティアたちから羨まし気な視線を向けられることもあるが、本気で嫉妬しているというわけではないだろう。あるいは、子供が出来たら自分たちも、と思っているのかもしれない。

とはいえ、世間から見て俺たちはまだ学生の身。そう言った話はまだ先の未来のことだ。

そう考えると、ルナはその先の未来を先取りしている、ということになるな。

 

「パパ?」

「いや、なんでもない。おやつにしようか」

「うん!」

 

ただ今は、この幸せを噛みしめながら前に進んでいこう。

だから、俺たちのところに来て些細な幸せを運んでくれてありがとう、ルナ。




短いですが、吸血鬼編はこれにて完結です。
しばらくは改修作業に集中します。おそらく、3月いっぱいは投稿は難しいかもしれません。
改修作業が終わったら、間話を2つくらい挟んで新章突入って感じで。
今のところ、原作の深淵卿1章のアレンジを予定しています。


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幕間
中村恵里という少女


今回はかなり短めです。
諸々の事情があって、執筆できるだけの体力・精神的な余裕に乏しいので。


「・・・やっちまったなぁ」

 

とある休日の昼過ぎ。

俺は空間魔法で拡張された地下室で1人、途方に暮れていた。

というのも、

 

「これ、どうしたもんか」

 

右手に抱えた、二枚刃の大鎌だ。

ハジメが日々アーティファクトの開発や改良に明け暮れているように、俺も俺でいろいろな武器を作っては試していた。

今までは剣と槍くらいしか使ってこなかったが、トータスに居た頃に比べれば暇を持て余しているし、物質化によってハジメのアーティファクトのように様々な機能を持たせることができるようになったから、他にもいろいろな武器を作っては使ってみたわけだ。

そうなると、ハジメの創作意欲に刺激されてか、たまに凝ったものを作りたくなる時がある。

この大鎌もその一つなんだが・・・いつにも増して、いろいろと機能を付けすぎてしまった。

いろいろなアニメやゲームの大鎌を参考にしてみたんだが・・・やりすぎたか?

とはいえ、せっかく作ったものだし、出来そのものは悪くない。ちょいと振り回してみるか?

 

ガチャッ

「パパ?」

 

そんなことを考えていると、ルナがわずかに開けたドアから顔を覗かせた。

俺は大鎌を宝物庫にしまいながら、ルナに尋ねかける。

一応、時計を見る限りはおやつの時間というわけでもなさそうだが。

 

「どうしたんだ?」

「パパに、聞きたいことがあるの」

「聞きたいことって、なんだ?」

 

俺は手招きしてルナを膝の上に座らせながら、内容を尋ねた。

 

「えっとね、なかむらって、どんな人なの?」

「あ?中村?」

 

俺の知る中村は、中村恵里しか思い浮かばない。

だが、ルナとの接点は欠片ほどもないはずだ。

なぜルナの口から、中村の名前が出てくるのか。

心当たりはないんだが、その答えはルナからもたらされた。

 

「おじいちゃんが、『中村がいたら何て言ってたんだろうな』って言ってたの」

「親父・・・」

 

あのバカ親父、興味本位でとんでもないことを呟きやがったな。

気持ちはわからなくもないが、よりにもよってルナの前でそんなことを言うんじゃねぇよ。

こうなると、適当に誤魔化して有耶無耶にするのは難しいだろうな。

・・・仕方ない。ルナの情操教育に支障が出ない範囲で話すとするか。

 

「そうだな・・・まぁ、ルナと似たような境遇の女の子だな」

「ルナと?」

「あぁ。子供の頃、親から愛されずに憎まれて育って、誰からも助けてもらえなかった、そんな女の子だ」

 

改めて口にしてみると、碌でもない家庭だな。俺も人のことはあまり言えないが。

 

「一応、中村のことを助けようとした勇者もいたが、そいつはとんでもない大馬鹿野郎で、上辺だけで満足して、中村の本当の望みを叶えようとはしなかった・・・いや、ちょっと違うな。中村は勇者に自分のことを特別に見てほしかったが、勇者はその望みに気付こうとすらせず、中村は一度壊れた」

 

改めて口にしてみると、天之河の碌でもなさがさらに際立つな。最近は俺にもブーメランになりつつあるが。

 

「そして、2人は大きな過ちを犯した。中村は、大勢の罪のない人間を殺して自らの傀儡にし、勇者は世界の存亡をかけた戦いで人類側を裏切って敵に与したんだ」

「・・・それで、どうなったの?」

 

そういえば、ルナにはトータスの話をしたことがなかったな。機会があれば、トータスの話もしてやるか。

 

「世界を滅ぼそうとした神モドキはハジメが倒して、世界はとりあえず平和になった。中村と勇者は、今頃人類を裏切った罪を償うために、あちこちへ飛び回っているだろうさ。まぁ、詳しいことはあまり知らないが」

「そうなの?」

「ここではない別の世界の話だからな。俺も向こうのことはあまりわからない」

 

天之河と中村がトータスに戻ったのは、この前クラスメイト総出でトータスに渡った時だ。

その時は、日本→トータスの移動と往復の試験を兼ねたものだったが、転移前に天之河が贖罪のためにトータスに残りたいと申し出てきた。到底許されないことをしたのに、日本でのうのうと日常生活を送ることはできない、と。

天之河としては自分に対する罰を欲しているんだろうが、日本ではそんな機会はまずない。クラスメイトからしたら半ば今さらな話だし、公的な裁きも論外だ。であれば、トータスにそれを求めるのも自然な流れと言えばそうかもしれない。

とはいえ、今の天之河は割と精神的に不安定だ。

別に情緒不安定になったり自ら死にたがるようなことはないが、強い自責の念に駆られている。それなりに無茶なことをするのは間違いないだろう。

俺としてはわりとどうでもいいというか、「めんどくせぇ奴だなぁ」くらいにしか思わなかったが、幼馴染みからすれば心配の一つや二つはするだろう。

そういうわけだから、

 

『天之河がトータスに残るらしいが、お前はどうする?』

『は?なにそれ嫌味?』

 

俺は中村に全力でぶん投げてみた。

ちなみに理由だが、

 

『いいや?ただの嫌がらせ半分だぞ?』

『僕に?』

『天之河に』

 

今回の件、天之河は中村には伝えないでほしいと願い出た。中村を巻き込むわけにはいかない、と。

俺は「ほーん。まぁ、覚えてたらな」と返しながら、内心で中村に伝えようと決めていた。なぜ俺が天之河の言うことを聞かなければならない。

まぁ、理由としては半分くらいだが。

 

『で?もう半分は?』

『お前への興味』

『は?趣味悪くない?』

 

何に対する興味かと言えば、中村の返答に対してだ。

一応、天之河への執着は割ときれいさっぱり消え去った中村だが、俺の見た限りでは完全に関心を失ったというわけではない。むしろ、本当の意味で中村を見るようになった天之河の行動や反応を観察しているようにも見えた。

当然、もう一度天之河を自身の物にしようとしているわけではないだろう。あるいは本人も無自覚なのか、それとも自覚はあっても理由はわからないままなのか。

俺はそんな中村と天之河のやり取りを興味半分面白半分で眺めていた。ティアたちからも悪趣味だとたしなめられてしまったが、そうは言ってもなかなか面白い。主に、いろいろと必死な天之河が。

とはいえ、俺も強制的に同行させるつもりはない。あくまで、中村の返答を聞くだけだ。

俺が本気で嫌がらせ半分興味半分で聞いてきたと理解したのか、中村は盛大にため息をついてから答えた。

 

『・・・はぁ~、わかったよ。僕も行くよ』

『言っておくが、別に強制じゃないぞ?』

『別に、僕もそろそろケジメを付けた方がいいってだけだから』

 

何に対するケジメなのかは、あえて聞かないでおいた。

中村もまた、天之河に対していろいろと複雑な心境を持っている。あまりしつこく問いかけるのは少しばかり可哀そうというものだろう。

そういうわけで、現在天之河と中村は神域の魔物の生き残りを討伐しながら、ひぃこらあちこちを駆け回っているはずだ。

まぁ、死んではいないだろう。神域の魔物が相手とはいえ、天之河は相変わらずチートスペックだし、中村も様々な制約が付いているとはいえ援護の手段は豊富だ。降霊術や闇魔法は縛ってないから、闇魔法で意識に干渉するなりその場その場で魔物の死骸を利用するなりしていることだろう。

 

「ルナも、いつかは会える?」

「正直、ルナに会わせたくないってのが本音だが・・・まぁ、いつかな」

 

さすがの天之河と言えど、補給も無しで戦い続けることができるわけではないし、姫さんに定期報告するために偶に王都にも戻っている。

一応、いつかは俺やハジメの家族を連れてトータスに旅行に行く予定だから、その時に会うこともあるかもしれない。

・・・本当に、ルナには会わせたくないんだけどな。

 

「とまぁ、中村に関してはこんなもんかな」

「ありがとう、パパ」

「これくらいは別にいい。それじゃ、上に戻るか」

 

あらかたやりたいことは済ませたし、休憩がてらおやつにしよう。

そう考えて、俺はルナを下ろして立ち上がった。

すると、ルナが俺のズボンの裾を引っ張って引き止めた。

 

「パパ。もう1つ、お願いしてもいい?」

「なんだ?」

 

まだ教えてほしいことでもあるのか?

できれば、中村みたいな返答に困る質問は控えてくれると嬉しいが。

 

「ルナも戦えるようになりたいから、パパが教えて?」

「・・・・・・・・・ん?」

 

え?今なんて?




皆さんは、大鎌と言えば何を思い浮かべますか?
自分は、ゲームではブラッドボーンの葬送の刃とベヨネッタ2のチェルノボーグ、アニメでは戦姫絶唱シンフォギアのイガリマとRWBYのアレあたりですね。
自分はシンプルなやつより機構鎌の方が好きです。


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娘の特訓

「えーと・・・悪い。もう1回言ってもらってもいいか?」

「ルナも戦えるようになりたいから、パパが教えて?」

「なんで?」

 

正直、脈絡がなさすぎてかなり困ってる。

どうしてそうなった?

 

「ミュウがね?ハジメお兄ちゃんたちにいろんなこと教えてもらってるって言ってたから。ミュウも強くなりたいからって」

「あ~・・・」

 

現在、南雲家ではミュウに戦闘のエリート教育を施しているところだ。

ぶっちゃけ、あまり必要ない気はしなくもないが、ミュウ自身の要望とハジメの親バカ、それに加えてユエたちもノリノリになったことから、あれやこれやとそれぞれの得意分野を教えている。

幼女相手に何してるんだと思わなくもないが、俺たちは事情が事情だ。最低限自衛できるだけの戦闘力を持つに越したことはない。

とはいえ、まさかルナにも飛び火するとは思わなかったが。

 

「ルナも、パパやみんなに守られるだけじゃなくて、守りたいから。だから、ルナにも教えて?」

 

そうかぁ・・・そうかぁ~・・・。

正直、ルナにはあまり乱暴なことを教えたくはないんだが、ルナだって他人事ではない。

ルナは吸血鬼だ。裏の魔法界隈の人間からすれば研究材料として垂涎ものだろうし、吸血鬼ハンターにも狙われる可能性が高い。

なら、ルナにも戦闘能力を身につける必要性がないとは言い切れない。

とはいえ、ルナはまだ幼い。

ミュウは保護者側の頭がちょっとあれだから仕方ないかもしれないが、ルナはまだ純粋な方だ。あまり血なまぐさいことをさせるのもな・・・。

 

「・・・とりあえず、ティアたちとも相談してみる」

 

結局、この場では返事を返せなかった。

まぁ、事が事だし、相談は必要だろう。

 

 

* * *

 

 

「ということで、ルナが戦闘訓練を所望したんだが・・・どうすべきだと思う?」

 

翌日。

ルナの昼寝の時間に雫も呼んで昨日の件を話した。

意見は、見事に真っ二つに割れた。

 

「私は、賛成かしら」

「そうだな。最低限自衛できるよう越したことはないだろう」

 

ティアとイズモは賛成派。

 

「う~ん、でもさすがに早すぎない?」

「そうですね。襲撃も落ち着いているので、もう少し様子を見てからでもいいかもしれません」

 

雫とアンナは反対派。とはいえ、反対と言っても今すぐやるのに反対なだけで、特訓そのものは異議はないらしい。

となると、多数決で決めるなら俺の意見で決まることになるわけだが。

 

「俺は、どちらかと言えば賛成だな。今覚えさせておいた方がいいと思う」

 

俺は賛成だ。

もちろん、ルナに自衛手段を覚えさせるというのもあるが、一晩考えて違う問題に思い至った。

 

「はっきり言って、今のルナは自分の力を持て余している状態だ。ルナの力は星への干渉。ルナ自身何もしなくても、地脈やらなんやらから勝手にエネルギーを吸収するようになっている。もしこのままだと、ルナが自分の力を暴走させる可能性も0ではない」

 

あの時、ルナが触れないと力を流し込めなかったのも、おそらく魔力操作を学んでいないからだろう。吸血鬼の本能から直感的にあの行動をとった可能性もあるが、まだ未熟もいいところだ。

そして、魔力を溜めこみ過ぎて魔力の流れが淀んでしまうと、最悪魔物のように魔石が生成されて狂暴化する可能性すらある。

とはいえ、ルナは吸血鬼。相応に魔力を受け止める器は大きい。すぐ近くの未来にエネルギーが飽和するようなことはないだろうが、自分の力を操る術はできるだけ早いうちに教えておくに越したことはないだろう。

 

「そういうわけだから、ルナに覚えさせるのは主に魔法や魔力操作だ。とりあえず、しばらくは俺とイズモで面倒を見ようと思う。ある程度魔力操作を覚えて身体能力強化もできるようになったら、雫と俺で武術を教えてもいいと思うんだが、どうだ?」

 

そこまで言うと、雫とアンナも少し考えこんだ後に、「・・・わかったわ」「・・・わかりました」と了承してくれた。

これで、ルナの戦闘指導(主に魔法)を行うことが決まった。

あとは、スケジュールを考えるだけだな。

 

 

* * *

 

 

「それじゃあ、これからルナに魔法を教えるぞ」

「はーい!」

 

その日の夜の地下室にて、さっそくルナへの魔法講座を始める。

ちなみに、なぜ夜にやっているのかというと、ルナの力は星への干渉であり、星からエネルギーを受け取ることができる。そうなると、ルナの魔力は少なからず受取元の性質の影響を受ける可能性がある。もし昼にやった場合、ルナの魔力に太陽の性質が反映されているとしたら、考えるだけでも恐ろしい。そのため、ルナの魔法講座はまずは夜に行うことにした。

あと、イズモはここにはいない。とりあえず今日は様子見ということで、俺だけでやることにした。

元気よく返事するルナに頬を緩ませながら、俺は今回の指導に使う道具を並べた。

魔法陣と杖が主で、念のために魔力貯蓄用の神結晶も用意してある。

 

「まずは、魔力を知覚するところから始めようか。ルナ、ちょっと手を出してくれ」

「こう?」

 

俺の言う通りに出してくれたルナの手を握って、微量の俺の魔力を流し込む。

他者の魔力を流し込むのは、ぶっちゃけいいことではない。場合によっては、拒絶反応が起こる可能性もある。

とはいえ、ルナの魔力は膨大だ。普通の人間よりかは許容量も多い。

そして、魔力の流れを知覚するのに最も有効な手段の一つが、自分のものではない魔力を流すことなのだ。

ルナも自分のものではない感覚がするのか、困惑の表情を浮かべている。

 

「これ、なに?」

「これが、ルナの魔力の流れだ。厳密には、俺の魔力を混ぜているが。まずは、この流れを掴むところからだ」

 

そう言って、俺は魔法陣が書かれた紙をルナの前に出した。

特別魔法を仕込んだわけではない。流した魔力に反応して光るくらいだ。

 

「この魔法陣に魔力を流してみてくれ」

「どうすればいいの?」

「基本的に、魔力操作はイメージが重要だ。ルナなら、自分の中に流れている血を外に流すようなイメージで」

 

魔法の詠唱も、このイメージの補強としての役割を持っている。たしかに“魔力操作”を持っていれば詠唱は必要ないが、やはり声に出した方がイメージは固まりやすい。“魔力操作”はある程度以上の魔力を必要とする技能でもあるわけだ。

だが、ルナは触れている状態ならけっこう簡単に魔力を流せる。

 

「わっ、光った!」

「上手くできたな」

 

ルナが魔法陣にそっと手を添えると、魔法陣は黒色に光った。

漆黒とか闇と言うよりは、月が照らす夜空のような色だ。

 

「触れている状態なら問題なし。なら、次は少し離れたところから流してみよう」

 

今度は、魔法陣から手を離して試させてみる。

すると今度は、先ほどと違って上手くいかない。

 

「うーん、難しい・・・」

「初めてだからな。そんなものだ」

 

というか、子供ながらに触れている状態とはいえ魔力を流せる時点で十分すぎるくらいなんだよな。

というか、人間と吸血鬼で魔法発動のメカニズムが同じかどうかがわからんから、この教え方で大丈夫なのか不安・・・

 

「パパ!できた!」

「マジで?」

 

全然問題なかったわ。

というか、ルナの呑み込みの早さが異常だ。

魔力量でごり押してるようにも見えるが、逆に言えばそれだけの出力があるということでもある。

今はまだ無駄が多いが、もしルナが十全に魔力を操れるようになって、限りなく100%に近い効率で魔力を運用することができれば、出力はさらに上がるだろう。

ユエといい、吸血鬼は魔法チートのオンパレードだな。

これなら、魔力操作は短い期間で済みそうだ。

ならば、先を見据えて少しだけ魔法を使わせてみるか。

 

「ルナ、これを持ってみてくれ」

「なに?」

 

俺が取り出したのは、炎の初級魔法・火球を発動させるためだけの杖だ。魔力を流すだけで発動できるため、手っ取り早く魔法を体験させるために作った。

当然、子供用として出力は落としてあるが。

 

「これを持って魔力を流してみてくれ。簡単なやつだけど、魔法を発動できる」

「わかった!」

 

簡単なものとはいえ、初めて自分で魔法を発動できるとなってルナのテンションが上がった。

これを体験して、モチベーションの向上につなげてほしいものだ。

 

「あれに向かって撃つんだ」

 

50mほど先にカカシを生成し、杖の先を向けさせる。

ルナも視線をカカシに向けて、杖に魔力を流し込む。

 

 

次の瞬間、現れたのは直径が3mを越える特大の火の玉だった。

 

「え?」

「っ、ルナ!あのカカシに向かって“火球”と唱えるんだ!」

「か、“火球”!」

 

ルナの言霊と共に特大の“火球”が放たれ、カカシに着弾する直前でカカシの周囲に空間遮断障壁を展開し、爆発の余波を抑え込む。

返ってくる感触は、まず間違いなくトータス時代のユエの最上級魔法に匹敵している。

嘘みたいだろ?これでも一定以上の出力は10分の1になるように絞ったんだぜ?

なんというか、我ながらとんでもないものを育てることになりそうだ。

 

「パパ?」

「あ~、いや、なんでもない。すごいな、ルナ」

「えへへ~」

 

俺に褒められて嬉しそうにはにかむルナを眺めながら、俺は次からユエを呼ぶことを決めた。

確実に俺とイズモの手に余るわ、これ。

・・・いや、そもそもユエは感覚派だから指導できない立場だったか、ちくしょう。




twitter予告なしの投稿です。本当は明日投稿する予定だったんですが、短めに仕上げたらできちゃったので投稿します。
そこ、「誰もお前のtwitterなんか見てねぇよ」なんて言わない。

「メラゾーマではない。メラだ」なルナちゃん、最高に魔王してますね。やはり魔王の娘は魔王だったか・・・。
一応解説しておくと、ルナにこれといった出力制限はありません。常に星からエネルギー供給を受けており、ロスも限りなく0に近いどころかルナの中で増幅しているため、ルナの最大出力=星を滅ぼせる火力になります。
まさに『星に愛された寵児』ということになりますね。
こんな核兵器も真っ青なことできるって知れ渡ったら、いろいろととんでもないことになりそう。


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with深淵卿編
海外出張


ルナの魔法指導を始めて少し経った。

あれからルナはメキメキと魔法の腕を上げ、トータスの基準で言えばレベル20程度の技量を持つに至った。

どうやらトータスの魔法は地球でも問題ないどころか、むしろ相性が良いようにも見える。

おかげで、ルナは日に日に上手くなっていくから、これからの成長がさらに楽しみだ。

とはいえ、ルナのことばかりに時間を割いてはいられない。

俺も俺でやらなければならないことがある。

 

「・・・そうか。ひとまず目先の問題は片付けたってところか」

『あぁ。さすがに全部に手をつけるのは難しいからな』

 

現在は、ハジメから前々から問題になっていた事案について報告を受けていた。

秘密結社“ヒュドラ”。神秘を追い求める狂信者によって構成された裏組織だ。

神秘、要するに魔法やそれに類する力を得るためであれば誘拐、殺人、強盗はもちろん、果ては人体実験や戦争の誘発まで何でもやる連中だ。

その歴史は古く、“ヒュドラ”という名前も、何度も幹部や組織を潰されても復活することから名づけられている。実際、歴史の中で何度も壊滅しているが、いつの間にか復活している。

この組織の面倒なところは、世界のあらゆる場所に組織の息がかかった施設や人員がいることで、一度に潰すには規模が大きすぎる。

そのため、今回は首領を含めた多くの幹部が集まったタイミングで確保し、洗脳することで組織としての機能を停止させた。

とはいえ、それをやったのは俺でもハジメでもない。

 

「ったく、ちゃんと遠藤を労ってやれよ。おつかい感覚で秘密結社を潰せって指示された遠藤には同情するよ」

『別によかっただろ。ちょうど近くにいたんだからよ』

 

遠藤浩介。

俺たちのクラスメイトであり、俺やハジメを除けばクラスメイトの中では最強と言われている。というか、実際そうで、なんと一騎討ちで本気のハジメに傷をつけたほどだ。

遠藤が生まれ持った影の薄さに加え、トータスで得た数々の“暗殺者”の技能、さらには神話大戦後に手に入れた重力魔法によって現在の遠藤はチートとは言わずとも最強と言ってもいい力を持っている。

その最たる例が“深淵卿”と呼ばれる技能で、実質デメリット無しで“限界突破”が可能となるぶっ壊れ性能だ。

まぁ、相応の代償と言うか、言葉に出すのもはばかるようなデメリットを引っ提げているが・・・遠藤は上手くやれているようだし、それについてあれやこれや言うのはお門違いというものだろう。

ついでに言えば、遠藤は“魔王の右腕”として主にハジメの指示で動いている。

正式な上司と部下というわけではないが、まぁいろいろあってあの2人には友情のような何かで繋がっている。

さらに言えば、遠藤の恋人はハウリア族の女性で、なおかつ遠藤は次期族長候補として見られているため、そういう意味でもハジメとは強いつながりを持っている。

ハジメと遠藤の一騎討ちも、そういう背景があったりするわけだが・・・俺としてはあまり深く関わりたくない事柄のため多くは語らないでおく。

 

「まぁ、それはさておきだ。ひとまず、目先の大きな問題は解決したってことでいいな?」

『おう。しばらくは奴らも派手には動けねぇはずだし、時間ができる分、俺もやりたいことに専念できる』

「ゲートの改良、だな」

 

一応、日本に帰った時点で日本→トータスの移動が可能というのは実証済みだが、それでも必要な魔力は膨大だ。それこそ、クリスタルキー発動に必要な魔力を重力魔法で収集したら1年はかかるほどに。

そのため、急務と言うほどではないものの、日本とトータスの間でも転移の簡易化は現在のハジメの課題になっている。

ちなみに、俺なら単身であれば転移は可能だが、この件に関して俺は基本的に関与していない。アーティファクトに関してはハジメの方が圧倒的に上だし、そもそも転移を俺個人に依存するわけにもいかない。

そういう事情もあって、クリスタルキー関連に関してはハジメに一任している。

 

「んじゃ、そっちはそっちで頑張ってくれ。とりあえず、報告は以上でいいな?」

『おう・・・いや、どうでもいいことだが、面白いことはあったな』

「あ?面白いことだ?」

 

秘密結社をぶっ潰したくらいで面白いことなんてないと思うが。

 

『いやな、遠藤から電話で連絡してきた最後の方なんだが、なんか黒塗りの車が遠藤の方に突っ込んできたみたいでな』

「は?なんでそうなる?」

『知らねぇよ。なんか、派手なカーチェイスでも繰り広げてたみてぇだぞ?遠藤は「やっぱ、外国ってこえぇわ」とか言ってたな』

「カーチェイスが外国の日常とでも思ってるのか、あいつは?」

 

仮にそうだとしても、そういうのは遠藤がいるイギリスじゃなくてアメリカの方がそれっぽい気がするんだが。

 

『俺だって詳しいことは知らねぇ。ただ、そういうことがあったってだけだ』

「ふぅん・・・まぁ、最近は俺も暇してたところだ。後処理ついでに覗いてくるかね」

 

最近は本当にハジメたちと遠藤だけで対処できる事案が増えたから、俺のすることがほとんどない。

仕事の名目で観光ついでに遠藤の様子でも見に行くか。

電話を切って、俺はリビングに向かった。

そこでは、親父は仕事の途中でダウンしたのか半ば書類だらけのテーブルに突っ伏すようにして眠っており、イズモが代わりに整理しているところだった。

すると、俺に気付いたイズモが顔を上げて俺の方を向いた。

 

「む?ハジメ殿の話は終わったのか?」

「あぁ。問題なく終わったってよ」

「そうか、さすがは遠藤殿だな」

「まったくだ。そっちは?」

「藤堂の者からの報告書だ。といっても、変わったことはないようだが」

「そうか・・・まぁ、すでに認識操作はあらかた済ませたからな。問題はないに越したことはない」

 

また1つ、俺たちの平穏に近づいた、というわけだ。

そこで、ふと気になることを聞いてみた。

 

「なぁ。日本にいる外国のエージェントに動きはあったか?」

「見た限り、特に動きは・・・いや、ないわけではないな」

「と、言うと?」

「イギリスのエージェントが日本から引き上げたらしい。とはいえ、彼らは私たちを狙っていたわけではない。念のため監視対象に入ってはいたが、やはり杞憂だったそうだ」

「ふぅん・・・?」

 

俺たちを狙っていたわけではないエージェントが、いきなり帰国する、ねぇ?

ハジメが言ってた遠藤の件といい、なんか面白そうなことになってそうだ。

 

「ツルギ。あくどい笑みが浮かんでいるぞ」

「おっと」

 

どうやら、思わず表に出てしまったようだ。

 

「それで、何か企んでいるのか?」

「企むなんて大袈裟じゃねぇよ。後始末ついでにイギリス観光にでも行こうかと思っていただけだ」

「そうか・・・」

「とはいえ、なんか面白いことが起こっているらしい。ハジメ曰く、遠藤が黒塗りの車のカーチェイスに巻き込まれかけたらしいぞ?」

「何をどうすればそうなるんだ・・・」

 

まったくもって同感だ。

とはいえ、あらかじめ何が起こっているのか調べておくとしよう。

 

「アカシックレコード・接続」

 

“アカシックレコード”。重力・再生・昇華複合の概念魔法で、世界に刻まれた情報を閲覧することができる。

とはいえ、そのままだと情報量が多すぎるため、適宜情報をフィルター分けする必要があり、さらに閲覧できるのは事実とそれに付随する情報のみで細かい内情までは把握できない。

とはいえ、これのおかげでヒュドラの捜査もかなり楽に行えたのは確かだ。

今回は、イギリスで起こっている事件に情報を絞る。それも、表沙汰になっていない秘匿されたものだ。

さらに重要度が高い順に並べ直して、それっぽいものを探してみる。

ひとまずは一番上の最も重要なものから・・・

 

「・・・へぇ」

 

いきなりそれらしき情報がヒットした。

しかも、なかなかにぶっ飛んだものだ。

 

「どうかしたのか?」

 

俺の雰囲気が変わったのを察知したのか、イズモが俺の顔を覗き込みながらたずねて来た。

 

「いやなに、面白いものを見つけたってだけだ。まぁ、笑えない話でもあるが」

 

そう言って、俺はイズモに問題の情報を見せた。

すると、イズモも険しい表情になる。

 

「これは・・・」

「俺はちょっくらイギリスに行ってくる。後始末もそうだが、こいつを放っておくのはやばそうだ」

「ティアたちには?」

「言わないでおいてくれ。少なくとも、ルナの前でこの話はなしだ。場合によっては長丁場になるかもしれんが、長くても1週間以内には済ませる」

「わかった」

 

イズモも頷き、再び資料の整理に戻った。

さて、今回は完全に休日出勤のサービス残業みたいなもんだが、事が事だ。後処理も含めてさっさと終わらせてしまおう。




というわけで、with深淵卿編Part1です。今回はプロローグなので短いですが。
割と早い段階で書きたいと思っていた話ですが、流し気味で行く予定です。
原作から引用しすぎると反感を買いやすいですしね。
最近はオリジナル話が続いたので、息抜きも兼ねてって感じです。


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事態は常に一歩先を行く

今回は最初から飛ばしていきます。
詳しいストーリーが知りたいって人は原作既読推奨です。


「ここがイギリスか。実際に来るのは初めてだな」

 

ひとまず、イギリスはロンドン、その中の人気のない屋上の上に転移して辺りを見渡す。

時差もあってこっちはがっつり昼頃で、周囲には日本とは全く違う景色が広がっている。

今回は給料が発生しない時間外労働だが、いつかはティアたちを連れて海外旅行としゃれ込んでもいいかもしれない。

 

「さて、ひとまずは情報を整理するとするか・・・」

 

今回の件は非常にデリケートだ。

なにせ、状況証拠から国家の暗部がすでに動いており、下手をすれば他の勢力がでしゃばってくる可能性もある。

そいつらをまとめて消し飛ばすだけなら楽なのだが、それはできない。

人道的な問題もそうだが、今回ばかりは下手に騒ぎを大きくするわけにはいかない。

 

「“ベルセルク”、ね。こっちの科学がバカにならないのか、それともこいつを生み出した奴がよっぽどの天才なのか」

 

“ベルセルク”。

狂戦士(バーサーカー)が語源となっているだろうそれは、某バイオのような生物兵器だ。

ざっと確認した限り、接種したら発症率はほぼ100%。身体能力と再生能力の急激な向上と引き換えに理性を失った獣と化す。さらに、涎や血液といった体液を摂取しても感染が広がると言う、非常に危険な代物だ。

意図して作ったのか、あるいは何かしらの副産物なのかまではまだわからないが、結果として製作者とベルセルクを巡る争いが起こったというわけだ。

とはいえ、さっきざっくりとだけ調べてわかったのはこの程度。

さらに詳しく調べる必要がある。

 

「マスメディアの方は・・・あ?もう流出してんのか?」

 

期待半分でマスメディアを漁ってみると、すでにベルセルクの感染者らしき人間が暴れたというニュースが出回っていた。ベルセルク、というかその原因になっている薬品の名前こそ出ていないものの、様々なニュースでやれ陰謀論だのやれUMAだのと騒ぎになっている。

少なからず政府が動いているのは間違いないのに、すでにこんなことになっているのか。

 

「となると・・・政府が関与し始めたのはこの事件の後。だが、事件の前には外部に流出していたのか?」

 

生み出したのが意図的だったのかどうかはこの際置いとくとして、こんな危険物だ。おそらく、研究室のメンバーは徹底して秘匿しようとしたはず。

ということは、だ。

 

「裏切者でもいたか」

 

研究室のメンバーの中に1人、外部の組織と通じ合っていた人物がいる。

とはいえ、その犯人捜しは後回しだ。

まずは、目先の問題からだな。

 

「開発者はエミリー・グラント。大学の研究室に所属していて・・・あ?11歳?まだガキじゃねぇか。ずいぶんとまぁ・・・」

 

どうやら、この薬品の開発者はよほどの天才だったらしい。

それと、どうやら彼女の祖母がアルツハイマーらしい。おそらく、この薬品はその特効薬を開発する過程で生み出された副産物なのだろう。

 

「ベルセルクを狙ってるのは・・・まぁ、政府は案の定か。それと・・・へぇ、なるほどねぇ」

 

調べれば調べるほど、面白いものが見つかる。

半分くらいは暇つぶしのつもりだったが、思ったよりは他人事というわけでもなかったようだ。

あるいは、ハジメの話がなくても首を突っ込むことになった可能性もあるだろう。

どうやら、退屈はしなさそうだ。

 

「さて、どれから手を付けようか・・・ひとまずは、すぐに片づけられる方からやるか?となると、政府の方か・・・指示を出している奴を把握して、話はそれからだな」

 

政府の情報管理は厳重かもしれないが、企業や秘密結社と比べれば、規模が大きく基盤もしっかりしている分まだ楽だ。まぁ、もう片方の方も足取りは簡単に追えるだろうが、政府の組織に潜り込んでいるならそっちからあぶりだした方が手っ取り早い。

ならば、今後の方針は決まりだ。

 

「まずは、どの政府の組織が動いているかだな。そして人員と上司の把握。あと、並行して開発者のエミリー・グラントの動向も探っておかないとな」

 

ここまで多忙だといっそ遠藤に手伝ってもらいたくなってくるが、今回は正式な仕事ではなく俺の個人的なものだ。別の仕事明けの遠藤に、さすがにそこまで頼むわけにはいかない。

さて、バカなことを考えている連中をシバきにいくとするか。

 

 

* * *

 

 

夜の帳が完全に降りた時間帯。

ロンドンの郊外に存在する倉庫街では、2つの勢力がぶつかっていた。

しかし、一方はたった3人の少数に対し、もう一方は十数人に加えて銃まで武装している特殊部隊。

普通なら、3人程度ではどうしようもできない戦力差。

だが、優勢だったのは3人組の方だった。

それもそのはず。3人組のうちの1人は黒装束に身を包んだ少年、“帰還者”の中でも人類最強と謳われている遠藤浩介だったのだから。

事の発端は、遠藤がヒュドラの始末を終えた後の夜に止まった安いホテルでトラブルに巻き込まれたことだった。

なんの偶然か、そのトラブルは“ベルセルク”の開発者であるエミリー・グラントを巡る争いであり、さらに遠藤は政府のブラックリストに記載されている殺し屋“ミスターK”と勘違いされ、なし崩し的に協力することになったのだ。

ちなみに、この時エミリーの護衛をしていたヴァネッサ・パラディは国家保安局のエージェントなのだが、組織の内部に裏切り者が出たことに加え、その際に本部からの応援と不自然なほどに合流できなかったことが重なって本部そのものに疑心を抱くようになり、半ば本部の命令に背くような形で単身エミリーを保護していた。

当然、個人で組織に立ち向かうというわけではなく、あくまで局長の真意を探ったうえで確実に『白』だと判断した人物に救援を求めることにしていた。

そのために“ミスターK”に護衛の依頼を出したらしいのだが、遠藤が勘違いされたのは幸だったのか不幸だったのか。結果的に言えば、ヴァネッサやエミリーからすれば幸運だっただろう。遠藤からすれば微妙なところではあるが。

そして、エミリーの家族を人質にされた形で倉庫街に赴いたところ、そこで国家保安局の局長であるシャロン=マグダネスと邂逅した。

結果を言えば、マグダネス局長は黒。裏切者とは別口であったものの、やはり政府の意向でベルセルクを狙っていて、研究所にもエージェントを送り込んでいた。

さらに、“ミスターK”の正体が政府の非合法機関のエージェントであることも明かされ、エミリーとヴァネッサは窮地に追いやられた。

だが遠藤からすれば、この程度は窮地の内に入らなかった。

保安局の裏切者でもあるキンバリー=ウォーレンの横槍も入ったものの、それらもすべてまとめて手玉に取った。

保安局の強襲部隊は無力化、キンバリーが率いる部隊は全滅という形で。

 

「さて、それでは守護者よ。貴様に選択のチャンスをやろう」

 

力の差を見せつけたところで、遠藤はマグダネス局長にそう語りかけた。

ちなみに、遠藤の口調が何やら痛々しい感じになっているのは、ぶっ壊れ技能である“深淵卿”の副作用だ。なぜか“深淵卿”発動中、遠藤はあらゆる言動・行動が香ばしくなる。よく言えばカッコつけている、悪く言えば中二病を拗らせているそれは、ハジメの過去にダイレクトアタックしているため、ハジメは何度か技能封印のアーティファクトを遠藤に打診したが、遠藤の恋人であるラナ・ハウリアはこれを気に入っている他、ハウリア族の中に真面目なまま混じるのもなんか嫌だということでそのままにしている。

そのため発動するたびに遠藤の精神に多大なダメージを与えるのだが、それはまた別の話だ。

遠藤が持ち掛けた選択肢は、『このまま抵抗して全滅するか』、『全力で上層部を説得してエミリーから手を引かせるか』の2つ。

これは、脅迫でも提案でもなく、宣言だった。

国を相手にしての後始末に乏しい遠藤としては、マグダネス局長に“ベルセルク”に関する事案を破棄させることが最も最良の選択肢だ。

だが、エミリーの境遇や心境を聞いた、聞いてしまった遠藤は、全力をかけてエミリーを守ると誓った。であれば、仮にマグダネス局長が事案の破棄に応じなければ、それこそ遠藤は国を相手に真っ向から戦うつもりだった。

そして、マグダネス局長もまた遠藤の現実離れした力を目の当たりにし、“帰還者”の事案と不自然なレベルで自然に収束した事実から、芋づる式に“帰還者”の異常性を再認識。“ベルセルク”と“帰還者”の問題を天秤にかける。

 

「それで、返答はいかに?」

 

遠藤から再び迫られた選択に、マグダネス局長は再び沈黙する。

マグダネス局長にとって、国家保安が自身のすべて。

利益を追求した先の脅威に国家転覆の可能性すらある戦争が待っているのなら、本末転倒もいいところ。だが、“帰還者”の情報を隠したまま上層部に事案の破棄を要求するのは困難極まりないことでもある。

マグダネス局長の頭の中では、この選択に対する最適な回答を求め・・・

 

「いや、それに答える必要はない」

 

だが、再び現れた場違いな声によって思考は中断された。

この声の主は遠藤のものではない。であれば、誰が、どこから放たれたものなのか。

マグダネス局長と部下は周囲に視線を巡らせるが、遠藤が愕然とした様子で視線を倉庫の屋上に向けていた。

その視線の先に居たのは、屋上の縁に腰かけてこちらを見下ろしている黒髪の青年の姿があった。

いったい誰なのか。

その答えは遠藤からもたらされた。

 

「アイエエエエ!峯坂!?峯坂ナンデ!?」

 

 

* * *

 

 

「よう、遠藤。んな忍者を目の当たりにしたみたいな反応してんじゃねぇよ。どちらかと言えばお前の方だろ、言われるの」

 

ずいぶんとまぁ驚かれているが、俺も内心では負けず劣らず驚いているんだが。

マジでなんでいるんだよ、遠藤。

 

「ちょっ、はぁ!?なんでお前がここにいんの!?」

「なんで、とは愚問だな。同じ質問を返してやろうか?」

「ひっ」

「にしても、ずいぶんとまぁ派手に暴れやがって・・・」

「えっと、その・・・」

 

辺りを見渡せば、保安局の局長とその部下らしき人員以外の武装した連中が軒並み全滅していた。

まさかとは思うが、一般市民の目が無いとはいえ、人前で思い切り技能や魔法を使ったな?

 

「遠藤。一応建前とはいえ、俺たちも政府の非公認組織としての体裁はあるんだ。他所の国で勝手にアーティファクトや力を使ってドンパチやってんじゃねぇよ」

「それは、そのぉ、ど~しても引けない事情がありまして・・・」

「あ?」

「はい、すみません・・・」

 

ったく、上の連中から大目玉を喰らうのは間違いないな。

ひとまず倉庫の屋上から飛び降りて、遠藤の元に近づく。

 

「折檻はひとまず後だ。ったく、余計な手間が増えたのか減ったのか・・・」

「・・・少しいいかしら」

 

余計に増えた後処理のことを考えてため息を吐いていると、初老の女性から声を掛けられた。

彼女こそが、イギリスの国家保安局の局長であるシャロン=マグダネスだ。

 

「なんだ?」

「いくつか聞きたいことがあるのだけど・・・まず、あなたは“帰還者”の1人で間違いないわね?」

「そうだ。ついでに言えば、まとめ役も担当している」

「つまり、あなたが実質的な“帰還者”のトップとして考えてもいいのかしら?」

「そうだな。もちろん、交渉に応じるつもりはないが」

「そうでしょうね・・・次に、あなたは今回の件をどれくらい知っているのかしら?」

「だいたい、とだけ言っておこう」

「最後に、彼の問いに答える必要がないとはどういうことかしら?」

「言葉通りの意味だ。今回の“ベルセルク”に関する事案、その撤回の手は打っておいた」

「それはいいんだけどさ・・・いったいどうやったんだ?」

 

その問いは遠藤からもたらされた。

まぁ、答えておくか。

 

「今回の命令を出した上層部の連中に、ちょっとリアリティを持たせた夢を見させてやった。書置きも添えてな」

「・・・具体的には、どんな?」

「ベルセルクによって街は荒廃、外では一般市民がベルセルクに襲われる光景が広がり、そして自身はベルセルクを発症した家族や友人に食い殺される。そこに『この光景を現実のものにしたくなければ手を引け』と一筆添えてやった。恐怖を増幅させるように意識誘導も仕掛けといたし、これで手を引くだろ」

「いや、それはやりすぎじゃね?」

「十分平和的だろ」

 

かなり顔色は悪くなってたし、うわごとのように何かを呟いていたが、生きているだけまだマシなはずだ。

それに、

 

「これは実際に起こり得る未来でもある」

 

俺の言葉に反応したのは、局長と金髪の少女だ。

こっちの少女が、“ベルセルク”の開発者のエミリー・グラントか。

 

「・・・それは、どういうことかしら?」

「適当な死刑囚にベルセルクを投与することで、自国の兵から犠牲を出さずにテロリストやゲリラ兵を掃討する。なるほど、一見スマートにも思えるが、敵に利用される可能性をまるで考えていないのは落ち度だな」

「ベルセルクの製造方法は、現段階ではグラント博士しか知らないはずよ。それに、開発できるだけの設備を整えるのも難しいでしょう」

「別に必ずしも製法を確立させる必要はない。適当な人間を()に捕獲して、体液を抽出して利用すればお手軽に無差別テロを仕掛けられる。あるいは、液体を媒介するなら水道に死体を放り込むだけでも一般市民が数万は死ぬな」

 

俺の話を聞いた局長は押し黙る。

おそらく、局長も上層部もその可能性をまったく考えなかったわけではないはずだ。でなければ、バカが過ぎる。

考えてなお、それでも利益を優先したあたり、救いようがないのには変わりないが。

とはいえ、だ。

 

「まぁ、あんたらが手を出さなくとも、そうなる未来が消えるわけじゃないが」

「・・・キンバリーの背後にいる組織、ね」

「そうだ。ついでに言えば、研究室の内通者も問題だが・・・」

「え・・・」

 

俺の言葉に声を漏らしたのは、エミリー博士だった。

まるで信じられないといったように目を見開いている。

局長は、想定はしていたのか取り乱すようなことはなかったものの、表情は険しいままだ。

俺は視線を遠藤に向ける。

 

「・・・まさか、そういう話はしなかったのか?」

「いや、証拠も何もないし・・・」

「状況証拠ならいくらでも揃ってただろうが・・・」

「ちなみに、あなたはどれだけ情報を掴んでいるのかしら?」

「あくまで状況証拠による推測だが・・・少なくとも、政府が介入する前からベルセルクに関する情報や実物は流出していたと見て間違いない。それこそ、“ベルセルク”が生まれたすぐ後には外部の組織に持ち掛けたんじゃないか?正体も見当はついているが・・・黒幕に吐かせた方が早いだろ。ひとまず、現場の片付けから始めないか?」

 

辺りは裏切者であるキンバリーが率いていた武装集団の死体で死屍累々の様相を呈している。

いつまでもこのままというわけにはいかないだろう。

ひとまず、死体の処理は保安局の面々に任せるとして、

 

「来い、遠藤。折檻の時間だ。あぁそうだな、深淵卿かアビスゲートとでも呼んだ方がいいか?」

「やめろぉ!!」

 

遠藤への折檻は精神的ダメージをゴリゴリ与えていく方針にするか。




耳元でひたすら黒歴史を囁かれ続けたら、自分だったらたぶん死にそう。

ひとまず、すっ飛ばし気味にいきました。
大学が忙しくなり始めて頭痛と吐き気がこみあげてくるようになってきたし・・・。
とりあえず、今回はクリニックから処方してもらった漢方があるんで、それで乗り切る予定です。
ケミカルな薬より漢方の方が健康に良さそうに聞こえるのはなんでなんでしょうね。
いや、副作用がほとんどない分、実際健康にはいいんでしょうけど。


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オタクの性

「しっかり!しっかりして、こうすけ!」

 

夜の倉庫街にて、場所に似つかわしくない悲壮な声をあげているのはエミリー博士だ。

とはいえ、状況に見合うような惨事が起こっているのかと言われればそういうわけではない。

遠藤に折檻としてひたすら『深淵卿』や『アビスゲート卿』と呼んだり、(保安局にばれない程度に)過去視を使って当時の状況を確認しながら耳元でささやき続けた結果、遠藤のメンタルがミジンコレベルまで弱まっただけだ。

今も死んだ目を浮かべて乾いた笑みを浮かべる遠藤を、エミリー博士がガクガクと揺さぶって必死に現実に連れ戻そうとしている。

そんな遠藤を横目に、俺はキンバリーの部下の死体を片づけてはめぼしい情報がないか探していた。

ちなみに、キンバリーはまだ生きている。イケメンであっただろう顔は見るも無残なほどに腫れあがったまま白目を向いて気絶しているが。そういうわけで、尋問も行えないでいる。

一応、俺なら直接記憶を探って情報を得ることもできるが、遠藤と局長、エミリー博士とその付き添いをしているパラディ捜査官の4人だけならまだしも、他にも大勢の局員がいる状況で大っぴらに魔法を使うことはできない。

そのため、俺も大人しく倉庫の壁にもたれかかりながら情報をまとめていた。

“ベルセルク”に関する案件だが、けっきょく局長からも撤回を具申してもらうことにした。俺の方だけでも十分かもしれないが、取れる手段は使っておくに越したことはない。とりあえず、『ベルセルクは突然変異によって気体からも感染する可能性あり。制御は不可能とされ兵器化は困難』ということにしておくらしい。これで意固地な上層部がいても納得させられるだろうとのことだ。やはり本職なだけあってでっちあげが上手い。

これでひとまず政府は“ベルセルク”から手を引くだろう。

とりあえず、

 

「遠藤ー、そろそろ正気に戻ってくんねぇか~」

「誰のせいだと思ってるんだよ!」

「自業自得だろ」

「そうだったね!」

 

こいつが派手に暴れなければダメージは最小限で済んだだろうに、“深淵卿”まで使ってんだから、仮に俺が何もしなくても壁のシミになってたのは想像に難くない。

 

「まぁ、そんなことはどうでもいい。一つ、確認しておきたいことがある」

「なんだよぉ・・・」

「お前は、()()()()()()()()()()?」

 

そう尋ねると、遠藤は真剣な顔つきになり、真っすぐに俺の目を見据えて言った。

 

()()()

「そうか」

 

少なくとも、ベルセルクにおけるエミリー博士の安全を完全に確保するまでは手を貸す、ということだろう。

それこそ、国を相手にすることになっても。

 

「なら、俺の方からはとやかく言わん。俺も手を貸そう。だが、半端はするなよ」

「わかってるよ」

 

ひとまず、遠藤が半端な覚悟で今回の件に首を突っ込んでいるわけではないことがわかって安心した。

となると、今後は俺も保安局に協力した方がいいかもしれないな。

それはそうと、エミリー博士の目が潤んでいるのがまぁまぁ気になるが・・・遠藤に責任をとらせればいいか。

 

「少しよろしいでしょうか、我が神」

 

そこに、パラディ捜査官が神妙な顔つきでやってきた。

てかちょっと待て。

 

「我が神ってのはなんだ?まさか遠藤のことか?」

「そうです」

 

それが何か?とでも言わんばかりに首を傾げているのが腹立つ。

 

「・・・できれば説明を頼む」

「日本の伝統と文化では、正しい敬意の示し方であり敬称として神という呼称を使うと聞いているのですが」

「んなわけあるか。誰だ、その歪みに歪んだ日本の分化と伝統を植え付けたバカは」

 

そんな簡単に神がポンポンと生まれてたまるか。

だったら俺を敬え。これでもリアルに神の力を持ってる人間だぞ。

 

「はぁ・・・めんどくさ。遠藤、後は任せた」

「ちょっ!」

 

面倒なオタクの相手は遠藤に任せることにして、俺は局長の元に向かった。

別に話しておきたいことがあるわけではない。あの面倒くさい捜査官を相手にするよりはマシなだけだ。

 

「なぁ。なんであんなオタクを雇ったのか聞いてもいいか?」

「・・・私の知る限りでは、優秀な局員だったのよ」

「それはそうかもしれないが」

 

伊達に1人でエミリー博士を連れてベルセルクが蔓延る研究所から脱出し、さらに保安局とキンバリー一派の追手をかいくぐったわけではないのはわかっている。

わかってはいるんだが、もう少し内面はどうにかならなかったものなのか。

日本に対する“偏った”という言葉だけでは表現できないような知識といい、深淵卿モードの遠藤に深い感銘を受けていることといい、変にハウリア族と意気投合しそうなのが怖いところだ。

局長も優秀だと思っていた捜査官の知らなかった一面を見なかったことにしたいのか、局長モードになって俺に尋ねかけた。

 

「それで、あなたから“帰還者”のことについて情報を提供してもらうことは可能かしら」

「できなくはないが、あまり多くのことは答えられないぞ。さっきも言ったが、あくまで建前でほとんど独立しているとはいえ、“帰還者”は日本政府の非合法機関として活動することもある」

「それはつまり、日本政府の指示に従って動いている、ということかしら?」

「その答えはYesであり、Noでもある。非合法機関と言ったが、実態は外部組織に近い。政府から依頼を出されることもあるが、拒否権はある。名義上“帰還者”の統率者として俺が内容を査定して、俺たち“帰還者”に危害が及ぶ可能性があると判断したときに依頼を受けることになっている」

「よくもそんな関係を、政府が許したものね」

「利害の一致だ。元々は政府も俺たちを力づくで従えようとしたが、そのすべてを返り討ちにした。あいつや俺らほどじゃないにしろ、“帰還者”は全員が超常の力を持った手練れだ。当然、相手にもならない。そこで、最低でも国内での立場を安定させるために、海外の非合法機関や秘密組織を俺たちが片付ける代わりに日本政府は俺たちに手出ししない、という取引をした。それが超常対策専門特殊機関“帰還者”だ。まぁ、具体的に組織の名前があるわけじゃないし、この名前も今適当に付けただけだが、そんなもんだと思っておいてくれ」

「超常対策専門・・・あなたたち以外にも、超常の力を持つ存在がいるということかしら?」

「あ~・・・いるにはいる。が、俺たちも全容は知らん。そもそも、超常と言っても微々たるものだし、使えない奴の方が圧倒的に多い。だから、あくまで俺たちに手を出そうとするやつらの対処が主だ」

 

あ、あぶねぇ。適当につけたネーミングで墓穴を掘るところだった。

政府内では、魔法に関するあれこれは機密扱いになっている。藤堂家だけならまだしも、特に吸血鬼に関する情報はトップシークレットだ。

元から地球に存在し、なおかつ強大な力を持っている。さらに個体数や生息地域すらまったく明らかになっていない、正体不明の存在。そんな奴らがいると民衆にバレたらまず間違いなく混乱するということで機密事項になっているんだが、危うく勘づかれるところだった。

アルカードが起こした事件はすでに対処済みとはいえ、一度でもSNSで広まってしまった以上、どこから情報が洩れるともわからない。

うっかり口を滑らせないように気を付けないとな・・・。

 

「今のところ、俺から話せるのはそれくらいだな」

「そう・・・情報提供、感謝するわ」

「言っとくが、今話したことは内密にな。こうなっちまった以上、後で上に報告しておかねぇと・・・」

 

今なら中間管理職の気持ちがよくわかる気がする。部下がしでかした問題を上司に報告するときとかマジでテンション下がるな・・・。

まぁ、こんな気分が下がる回想をしてるのも、視界の端で起きてるめんどくせぇオタクのあれこれから目を逸らすためだが。

軽く流す程度で聞いていたが、まぁオタクエピソードが出てくる出てくる。

保安局に入った動機が「悪の組織に挑む捜査官とか格好よくない?」と思ったからだの、保安局に入ってからも「国家陰謀に巻き込まれないかな?」とドキドキしていただの、局長を見て「リアルMじゃん!」と思っただの、挙句に「よし、私がリアル0〇7になろう」と決意するとか、小学生か何かか?

疲れた表情を浮かべる局長の内心も察して余りあるというものだ。

ついでに、エミリー博士との家族ともちょっといろいろとあったが、そっちはもっと俺には関係が無い。

たとえ遠藤が恋人がいる身でありながら(向こうは知らない模様)エミリー博士の初めてを奪った(何とは言ってない)という衝撃的事実が明らかになったとしても、俺には関係のない話だ。

そんなプチカオスな状況も現場の後始末が終わったことで区切りがつき、改めて遠藤も交えて局長と話し合いをしようというところで、スマホを持った局員の1人が張り詰めた表情で局長に駆け寄った。

訝しむ局長に、局員はすでにどこかと繋がっているらしいスマホを局長に渡した。

 

「局長。キンバリーの奴から押収したスマホです・・・貴女に代われと」

「・・・そう。準備は?」

「OKです。ですが、対策はしてあるかと。なるべく引き延ばしてください」

「承知よ。全員、音を立てないで。スピーカーにするわよ」

 

スマホを受け取った局長が指示を飛ばし、局員や隊員たちの間に緊張が走る。

通話の主は、ほぼほぼ間違いなくキンバリーの背後にいる組織だ。キンバリーからの結果報告か、あるいは定時報告が来ないことを訝しんだのかは知らないが、自ら連絡したきたようだ。

すぐさま逆探知の準備を済ませ、準備完了のGOサインがでたところで局長が通話ボタンを押した。

電話の主は、自らをオーディンと名乗った。痛々しいネーミングに遠藤がひそかにダメージを受けていたが、今はどうでもいいことだ。

電話の主の要求は、やはりと言うべきかエミリー博士の身柄の引き渡し。

当然、局長はこれに応じるつもりはないが、向こうもそれはわかりきっていたのだろう。断った場合のデモンストレーションをキンバリーで実践した。

キンバリーの体内にはあらかじめベルセルクを仕込んだカプセルが仕込まれていたようで、たちまち筋肉が肥大化し、拘束具を破壊する。

俺としては始めて見るベルセルクを少し観察したい気持ちもあったが、それは長く続かなかった。

ベルセルクが入ったカプセルをさらにもう1つ、それも限界量の3倍まで圧縮したものも仕込んでいたらしく、限界を超えるベルセルクを投与されたキンバリーは3mほどまで肥大化した後に急速にしぼんで死亡した。

ここまで分かりやすいデモンストレーションをされては、さすがに断り続けるのは難しい。

相手はテロリストではなくビジネスマンを自称しているが、己の利益のためならいかなる犠牲もためらわない姿勢は、ある意味テロリストよりも質が悪い。

そして、長考の末に局長は引き渡しに応じる決断をした。

だが、それは諦め故ではなく、エミリー博士が決意の炎を宿したからだ。もちろん、そのきっかけは遠藤なのだが。

そして、相手は通話を切った。

 

「探知は?」

「・・・すみません。ダミーに泳がされました」

 

悔しそうに返答する局員に局長は「そう」とだけ返答し、視線を俺と遠藤に向けた。

 

「それで、貴方たちはどう出るのかしら?」

 

尋ねられた遠藤は、肩を竦めてから肩越しにエミリー博士へと振り返った。2人の間に言葉はなかったが、遠藤が二ッと笑えばエミリー博士も微塵も不安はないと言うようにふわりとほほ笑んだ。

ずいぶんとまぁ、親密になったものだ。ラナが見たらなんと言うことやら・・・

とはいえ、俺もやる気であるのに変わりはないが。

 

「向こうから誘ってきたんだ。むしろ手間が省けた。こっからは神殺しの時間だ。せいぜい、手を出す相手を間違えたことを後悔してもらおう」

 

幸い、こっちは自称神の相手は慣れている。しくじる可能性の方が低い。

こっからは、イギリス保安局と“帰還者”の共同戦線といこうか。




突然ですが、with深淵卿編が終わり次第、「二人の魔王の異世界無双記」の投稿を一時停止します。
大学の方が忙しくなってきたので、モチベーションというよりは質を維持するために投稿作品を1つに絞ります。なので、すでに本編完結しているこちらを一時投稿停止します。
投稿再開の予定は未定ですが、そのまま更新を止める可能性も0ではありません。
とりあえず、詳しいことはwith深淵卿編が完結したら書きます。


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基本的に手段は選ばない

「こちらルーラー1。対象を無力化した」

『了解。こちらで回収する』

 

多数のモニターが存在する空間の中で、俺は局員に連絡をいれた。

何をしているのかと言うと、エミリー博士を狙っている組織の対処だ。

現在、エミリー博士を狙っている組織は街にいるランダムな人間にベルセルク入りのカプセルを仕込んでおり、もし引き渡しに不都合があればベルセルクを発症させることができるようになっている。

とはいえ、当然俺たちも素直にエミリー博士を引き渡すはずもなく、本人の護衛は遠藤に任せ、俺と局員、実行部隊で取引を監視している人員を排除しているところだ。

俺がいるのも、その中の一つ。残りもすべて特定しており、保安局の方で排除しているはずだ。

ちなみに、“ルーラー1”は俺の便宜的なコードだが、仮にも部外者、それも他国の秘密組織のトップに“裁定者”って名づけるのはどうなんだ?それとも、第三者としての役割を期待されてんのか?

 

「黒幕に繋がりそうなものは・・・案の定無し、か。まぁ、だいたい想像はついてるが、やっぱ証拠は欲しいか・・・」

 

俺個人としては司法の場で裁くことにこだわりはないが、保安局としてはそうはいかないだろう。

なにせ、こんなバカげたことをしでかした奴だ。まず間違いなく余罪がボロボロ出てくるに違いない。おそらく、保安局もそれを狙っているはずだ。

とはいえ、この場で証拠を集める必要はあまりない。

今回は遠藤がいる。あいつの隠形があれば、敵の本丸まで尾行するのは容易い。ならば、そこで黒幕本人に直接問いただす方が早いだろう。

そう考えていると、武装した特殊部隊が入ってきた。

 

「協力、感謝します」

「これくらいはな。それと、黒幕に繋がるようなものはなかった。これなら、このまま()()()()でいいだろう」

「そうですか。では、あとはこちらで引き継ぎます」

「わかった。俺は一度拠点に戻る」

 

引き渡しの日程はまだ先だから休む、というのもあるが、精神的に疲れた。

なにせモニタールームにいたこいつら、さっきまで録画鑑賞会してたからな。

もともとここは遠藤が取引先の店で見つけた監視カメラの通信経路を辿って見つけたわけだが、その際にカメラにフッと移った遠藤の黒い影を見て「シャ、シャドウマンだ! 俺、初めて見た!」とか「嘘だろ・・・俺、霊感なんてないはずなのに」とか騒いでたのだ。

さらに質が悪いのが、局員の方もそんな遠藤に軽くテンションをあげていたこと。

初対面であんな戦い方を見せられたら無理はないかもしれないが、仮にも国を守るために働いているはずの保安局員が子供みたいにはしゃぐのはどうなんだ?さくっと終わらせた俺に対して内心で不満そうにしてるのはどうなんだ?

いい歳して何してんだかと思わずため息を吐く程度には脱力しながらも、仕事ということでさっさと終わらせた。

とりあえず、この後は遠藤に任せよう。俺は黒幕を確保するまで引っ込んでおくことにしよう。

今のところ、今回はできるだけ遠藤の自主性を優先させるつもりだ。

正直、やろうと思えば俺の方ですべて終わらせられる。

だが、日本に戻って来てからはハジメやティアたちはもちろん、クラスメイトからも俺が立ち上がろうとすると全力で止められることがある。

おそらく、トータスでいろいろと働き過ぎたから地球ではゆっくりしてほしいとか、そんなところだろう。

これに関しては、俺も素直に受け入れるようにしている。

それがあまりできなくてブラック企業の社畜のようになっている某お姫様を反面教師として見れば、なおさら自分は気を付けようとなるものだ。

そういうわけで、ここも局員に任せて俺はその場を後にした。

そして、人の視線やカメラがなくなったタイミングで俺の分身を生み出し、分身を残して転移した。

俺がこっちで拠点に使っているのは、ロンドン郊外にある廃墟だ。一応、保安局に提供してもらったホテルもあるが、どうせ監視の目があってそれほど自由に動けない。そういうわけで、分身を囮にして俺はこっちの方でいろいろとやることにしている。

というか、今やっていることはとてもじゃないが街中でできることではない。

 

「まさか、こいつを屋内とはいえ街中で出すわけにもいかんしな・・・」

 

そう呟いて俺が取り出したのは、例の機構大鎌だ。

これ、まだ完成してないというか、まだまだ改善の余地がありそうな気がするんだよな。

こういう、モノ作りであとちょっとを繰り返す感じ、俺もハジメの影響を受けつつあるんだろうか・・・。

以前、シアから「ハジメさんったら、工房に籠るとご飯の時間になっても出てこないことがあるんですよね~。そういう時は力づくで引っ張り出さないといけないので大変ですぅ」って話を聞いたし、俺も気を付けた方がいいかもしれない。

そんなことを考えながら、俺は大鎌を取り出していじくり始めた。

・・・そう言えば、こいつの名前を決めてなかったな。いじりながら考えるとしようか。

 

 

* * *

 

 

「・・・んで、結果出したのはいいんだが、これはどうなんだ?」

「これはー、その~・・・」

 

翌日、予定通り黒幕を確保したわけだが、ツッコミどころが多すぎて反応にだいぶ困っている。

まず結果から言うと、黒幕の正体は大手製薬会社“Gamma製薬会社”の社長であるケイシス=ウェントワーカー。ある意味、テンプレのようではあるが、そこは別にいい。

問題は潜入方法なんだが、遠藤が取引現場に来た腹心、名をウディと言うのだが、そいつを洗脳して案内してもらっただけだ。

なのだが、なぜかサーモンサンド狂信者にしていた。サーモンサンド1年分で裏切らせたとか、訳が分からん。

そして、ケイシスを周囲にいた護衛ごと丸々確保したんだが、ケイシスを椅子に座らせてワイヤーで固定させ、なぜか護衛を半裸にしてサングラスをかけさせて香ばしいポーズにして固定させていた。

これを制圧の時間も合わせて数分で仕上げたのだから、頭も痛くなるというものだ。

こいつ、目を離した隙に限って深淵卿を解放してやがる。サーモンサンドは別として。

ちなみに、この場には他に遠藤、エミリー博士、ウディ、局長、パラディ捜査官、そして局長の腹心のエージェントで凄腕の殺し屋でもあるアレン=パーカーがいる。

このアレンという男、この前のいざこざで比喩抜きで顔面崩壊レベルの重傷を負っていたのを、俺の回復魔法で動ける程度に回復させた。トータスの回復薬を使ってもよかったんだが、エミリー博士に変な期待を持たせないために俺が回復魔法を使って「怪我程度なら治せるが、ベルセルクはどうにもできない」と念を押させた。

実際は再生魔法でどうにでもなるが、不必要に保安局や政府に注目されないようにするためにもできるだけ情報は伏せておいた。

 

「はぁ・・・まぁ、今回はあまりあれこれ言わないでおく。ただ、ちょっとは抑える努力をしろ。最近、その辺りのネジがかなり緩くなってるからな」

「うす・・・」

 

適当に無駄話を切り上げ、ケイシスの尋問を始めることにする。

ついさっきまでは尋問も遠藤に任せようかと思っていたが、現段階でこの調子だととてもじゃないが任せる気になれない。

一応、俺は認識阻害の眼鏡をかけているから、目覚めてすぐに俺の正体がバレるということはない。俺の正体がバレて困ることはあまりないが、出鼻から話がこじれるのは面倒だから出来れば避けたい。

 

「おーい、起きろー。ちっ、完全に伸びてやがるな・・・おら」

 

身体をゆすってもペチペチと頬を叩いても一向に反応を示さないケイシスに業を煮やした俺は、少し強めにデコピンをかました。

おかげで、ケイシスの意識が戻った。

 

「ぶべっ!?ハッ、な、なんだ!?なにが起き、ヒッ!?」

 

目が覚めたケイシスの第一声は悲鳴だった。

まぁ、そりゃそうなるよなぁ。俺でもたぶんそうなる。

少しの間混乱しまくっていたケイシスだが、俺たち、というよりはたぶん遠藤とエミリー博士、局長の顔を見て幾分か冷静さを取り戻したようだ。

 

「・・・これはこれは、国家保安局局長様自らおいでとは。光栄ですねぇ。しかし、随分と悪手を打たれたものだ。流石の女傑も、耄碌されたということですかね?」

「きっしょ」

 

おっと、あまりにもねちっこい言葉に思わず罵倒がこぼれてしまった。

とはいえ、ケイシスも完全に冷静さを取り戻しているわけではないようで、今の言葉も余裕半分強がり半分といったところだろう。

 

「・・・君は誰かな?そこの彼とはまた別のエージェントか?ここまでのことをしてくれたんだ。必ず君たちのことを調べ尽くそう。そして、君たちの大切なものを・・・」

「はぁ、どうして自称神を気取る奴ってのは、こうも身の程を弁えないんだろうな」

 

僅かに苛立ちを込めて呟くと、部屋の中がシンと静まり返った。

目の前のケイシスも、背後にいる局長たちも、俺を前にアクションをとることができないでいる。

 

「分不相応の力を求めるバカは、どの世界、どの時代にもいるものだが、なまじ権力や財力を持っている分、余計に質が悪い。とはいえ、これ以上話を脱線させるわけにもいかん。お前には解除コードは当然、事件の発端や今後の計画、協力者の名前まですべて洗いざらい吐いてもらうぞ」

「そ、それを、本気で私が話すと思って・・・」

「言っただろう、身の程を弁えろと。これは決定事項だ。それに・・・まさか俺の顔を知らないわけじゃないだろう」

 

そう言って、俺は眼鏡を取り外した。そうすれば当然、認識阻害の効果が解けて俺が誰かわかるようになる。

ケイシスの反応は、わかりやすいものだった。

 

「なに?・・・なっ、まさかっ、貴様は!?」

「相手が悪かったな」

 

そう言って、俺はケイシスの顔のすぐ横で指を鳴らす。

すると、ケイシスは糸が切れた操り人形のように再び意識を失った。

 

「・・・ミスターアビスゲート。彼は大丈夫なの?」

「だから俺の名前は浩介ですって。まぁ、大丈夫なんじゃないですか?」

 

局長が若干訝し気に遠藤に尋ねたが、遠藤が言った通りケイシスは無事だ。

頭以外は。

 

「初めまして、お客人。私はケイシス。この【Gamma製薬】の長をしている。それで、私に、どのような用事かな?」

 

次の瞬間、バッ!と目覚めたケイシスは先ほどまでのねちっこさが嘘のような爽やかさと丁寧さで話しかけてきた。

これこそ、ハジメ直伝の洗脳方法。その名も“村人式洗脳”。

まるでRPGの村人のように聞かれたことには何でも答え、言うことを聞き、勝手に家に押し入って物色しても文句一つ言わない、そんな素敵な人間に作り変える洗脳方法は、俺の他に遠藤にも専用の洗脳アーティファクト“村人の誇りに賭けて”という形で使えるようにしている。

 

「よし、いい具合に仕上がったな」

「さすが峯坂。やっぱ手際がいいな」

「お前の場合、ちょいと時間がかかるからな。その点、俺なら一発だ」

「まったく羨ましいよ」

 

軽い調子で話す俺と遠藤を見て、保安局組は完全にドン引きしているようだが、俺たちはさくっと無視してケイシスに向き直った。

 

「さて。それじゃあ、洗いざらい吐いてもらおうか」




大学が忙しくて手が付けられなかったので、投稿が遅くなりました。
1日に発表が2つとか死にそう。
とりあえず、山場は越えたので、これ以上遅くなることはない・・・と思いたい。
山場を越えたとはいえ、どのみち忙しいのには変わりないですし、わりと疲れっぱなしですし。
とりあえず、できるだけ早めの段階で区切りをつけておきたいですね。あまりダラダラ続けても碌なことにならないですし。


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ゲームの世界観

尋問はつつがなく終わった。

ケイシスがヒュドラの幹部だったことで少し一悶着あったが、知りたい情報はあらかた引き出せた、といったところだ。

ちなみに、ヒュドラは保安局も手を焼いていたようで、ケイシスからの情報で逮捕にこぎつけれると息巻いていたが、すでに遠藤によって村人にされていたため逮捕が難しくなってしまった。

俺もケイシスがヒュドラの幹部であることは掴んでいたが、まさか保安局と手を組むことになるとは予測できなかったから、同情半分不幸なすれ違い半分の眼差しを送った。

ここで俺たちと協力することにならなければ、ヒュドラの現状を知ることなく比較的穏やかに過ごせただろうにな。

それはさておき、ケイシスの目的はおおよそ以下の通りだった。

ケイシスの目的は、端的に言えば世界の支配。その方法がベルセルクだった。

ベルセルクの活性化までの時間を伸ばした改良型を服用させることで潜在的にベルセルク化させ、日常的に抑制薬を飲まなければならないように仕向ける。そうして得た利益を以てヒュドラ内での地位を向上させ、その権力とベルセルクで世界を裏から支配しようとしたらしい。

エミリー博士を誘拐しようとしたのは、抑制薬に加えてその改良型ベルセルクを作らせるためだ。改良型を生み出すために必要なデータは、すでに協力者によって人体実験を繰り返してある程度得られているらしいが、実物を作り出すとなるとエミリー博士が必要になる。

問題なのは、その潜在的なベルセルクにさせる方法。

それは水を利用したものだ。

ベルセルクは空気感染はしないが、水などの液体を媒介にすれば容易に感染する。ケイシスはベルセルクを上水道やダム、川、浄水場、果てには雨水や海水すらも利用して全人類を潜在的にベルセルク化させる計画を立てていた。

こんなの、アカシックレコードが反応して当然だ。なにせ、完全に世界の危機だったわけだからな。

ただ、本社にあるデータや薬品はすべて破棄したものの、中には当然他の研究所に移送されたものがある。

厄介なのは、その中にダムや浄水場がいくつか含まれていたこと。いずれもヒュドラが関与している施設で、その中に研究所があるらしい。

つまり、これらの施設を真っ先に、なおかつベルセルクを流させる前に制圧しなければならない。

そのため、今回の作戦は保安局だけでなく軍にも協力を要請して行うことになった。

現在は、保安局の特殊部隊と共にヘリコプターに乗り、研究所の一つに向かっているところだ。

ヘリコプターの中には俺と特殊部隊の何人かの他に、遠藤、アレン、パラディ捜査官、さらにはエミリー博士まで乗っている。

だが、その中は微妙な空気に包まれていた。

原因は、まぁわかってる。

 

「・・・あー、その、ミスター・ミネサカ?本当にそれを使うのか?」

 

おずおずと俺に尋ねてきたのは、保安局の特殊部隊総隊長であるバーナード=ペイズだ。

ちなみに、俺と遠藤の正体を上層部に隠すために、ここと他2機のヘリコプターには保安局所属の特殊部隊しかいない。軍の特殊部隊がいる他の場所と比べると数は少ないが、俺と遠藤がいればまったく問題にならない。

そんなバーナードが言っているのは、俺が持っている大鎌“タナトス”のことだ。

 

「そうだが、何か問題が?」

「いや、俺たちは別にいいんだが・・・今回は室内戦も想定している。そんな長物で大丈夫なのか?」

「問題ない。これにはいろいろと機能を詰め込んであるからな。例えば、こーいうこともできる」

 

そう言って、俺はタナトスの機構の1つを発動させた。

すると、タナトスはガシャガシャと音をたてながら折りたたまれ、最終的にカバン程度の大きさになった。

 

「・・・なるほど、そのようにして持ち運んだというわけか。金属探知機に引っかからなかったのが気になるが・・・」

 

バーナードは真剣な様子で呟くが、こいつ自体は宝物庫に入れてるから半分くらいは趣味だ。

もう半分は、宝物庫の存在から意識を逸らすためのミスリードでもある。

今回、俺は転移でこっちに移動してきたわけだが、そのことは局長にも話していない。仮にカメラで確認されようものなら、俺の得物である刀なんて目立つものを持っている人物を見つけられないと不審に思われてしまう。だが、これならもし発見されなくても「俺も遠藤ほどじゃないが隠形はできるんで」と言い訳できる。

 

「あとは、こう」

 

もう一つの機構を発動すれば、タナトスの刃の部分だけが2枚飛び出て来て、刃のつけ根にある持ち手を掴んだ。

 

「これで、狭いところでも使える」

「おぉ、これは・・・」

 

元々二枚刃だったが、それを少し改良して半刃の鎌を2枚合わせるようにして一枚刃にする方針に切り替えた。おかげで、さらに機能を詰め込む余裕ができた。

 

「そして、こう」

 

最後に、中からデリンジャーに近い形状に仕上げたマグナム2丁が飛び出て来た。

 

「こいつは、大鎌の状態でも撃てるようになってる」

「おお・・・!!」

 

バーナードが無邪気な子供の用に目を輝かせている。あと、少し離れたところの対面に座っているパラディ捜査官も興味津々だ。

しまったな、少し調子に乗って見せすぎたか・・・。

ていうか、

 

「おい、遠藤。お前からもなんか気の利いたことを言えよ。まさか会話まで全部俺に丸投げするつもりじゃないだろうな」

「いや、俺にどうしろって言うんだよ」

 

わざわざこんなときまで気配を消さなくてもいいんじゃないか?

バーナードやパラディ捜査官も「そういえば!」みたいな表情になった。

 

「こんな微妙な空気になってるの、峯坂のそれのせいだろ?それしまった方が早いんじゃないの?」

「バカ言え、もうすぐ戦場だ。すぐに使えるように手元に置いておくに越したことはないだろう」

「それはそうだけど・・・」

「なら、お前は博士にでもかまってろ。それなら適材適所だろ」

「かまうって、そんな猫みたいに・・・」

 

今回、エミリー博士も本人のわがままがあって同行しているが、気丈に振舞っているものの、その表情には陰りがある。

とはいえ、それは仕方のないことだ。

 

(そりゃあ、研究室の裏切者が自分の恩人とは思いたくないわな)

 

ベルセルクを巡る事件のすべての原因とも言える、ベルセルクの情報と実物を外部に流出させた裏切者は、エミリー博士が所属する研究室の教授でエミリー博士の恩人でもあるレジナルド=ダウンと呼ばれる男だ。

エミリー博士が無理を言って同行したのも、その真意を探るためでもある。

覚悟はある程度決まっているだろうが、それでも感情は別だろう。

そんなエミリー博士にとって頼りになるのが、他でもない遠藤だ。

見た感じ、まず間違いなくエミリー博士は遠藤に惚れている。それもベタ惚れだ。さらに、遠藤に恋人がいることもまだ知らないようだ。

となれば、エミリー博士には遠藤を押し付けておけば、とりあえず問題はないだろう。

ついでに、魂魄魔法と再生魔法で映像記録を録って後でハジメに見せよう。ハウリア込みのハーレム仲間ができたと喜ぶに違いない。

そんなことを、あくまで軽い調子で話していると、バーナードが俺たちに視線を向けていることに気付いた。

それは遠藤も同じなようで、「ちょっとはお前も喋れ」と遠藤に視線を向けた。

 

「どうしたんすか、隊長さん」

「いや、実に落ち着いていると思ってね。敵となれば君たちほど恐ろしい存在はいないと思うが、味方として共に戦えると思うと、これほど頼もしい存在はないな」

「まぁ、待ち構えているっていっても、ただの脳筋集団でしょう。純粋に騙されてベルセルク化してしまう人には申し訳ないけど、データを見た限りブラックな人間が大半みたいだし、それほど罪悪感もない。明確な弱点もある。落ち着いて戦えば、隊長さん達だけでもどうにでもなると思いますよ?」

「随分と軽く言ってくれる。私より、よほど修羅場を抜けた戦士のようだな。似たような存在との戦闘経験でもあるのかい?」

 

ベルセルクと似たような存在、ねぇ。特徴だけで言うならブルタールあたりとかか?

でも、あの辺の雑魚と比べてもなぁ。

 

「空飛んだり、当たり前のように音速移動したり、攻撃・防御無視の分解能力を持ってたり、そんなのがゴキブリレベルで湧いてきたりってのと比べれば、ベルセルクとか雑魚以外の何物でもないよなぁ」

「「「・・・」」」

 

思わず出た呟きにバーナードたちは黙った。

「うそでしょ?」みたいな視線を遠藤に向ければ、遠藤も遠い目になったのを見て「え?冗談だよね?ね!?」みたいな感じになっている。

ただ、結果的に隊員たちの士気が上がったから、結果オーライといったところか。

 

「もうすぐポイントに着きます!ご準備を!」

 

すると、ヘリのパイロットから報告が届いた。

降下ポイントは浄水場から少し離れた場所にある材木置き場だ。浄水場は一帯を森に囲まれた川の付近に建てられており、そこに併設する形で研究所が存在している。

方針としては、降下ポイントから相手にバレないように接近し、一気に制圧する。関連施設に襲撃を悟らせないようにさせるのがポイントで、静かかつ迅速に、ベルセルクを使わせる暇も与えずに制圧するのが理想だ。

とはいえ、ただでさえ出し抜かれていたのが現状だ。やすやすと事が上手く運ぶとは限らないだろう。

 

「っ、待ってくれ、パイロットさん!森の中に人がいる!10人以上だ!」

「なっ。まさか」

 

着陸しようと高度を下げようとしたパイロットに遠藤が警告を飛ばす。

俺も小窓から外の様子を覗いて状況を確認する。

 

「伐採場の職員、ってのはないか。ただの木こりが、降下ポイントを包囲するように移動するわけもない」

 

やはりと言うべきか、敵は襲撃を警戒していたようで、すでに人員を配置していたようだ。

見た限りはただの人間の犯罪者だが、ただの人間であるはずがない。おそらく、体内にベルセルク入りのカプセルが仕込まれているはずだ。

 

「おそらく、もう連絡もされているか・・・」

「そうでしょうね。もう隠密制圧の方針は意味がないっすよ」

「ああ、強襲しかない」

 

バーナードはパイロットに命令を飛ばし、直接浄水場に向かおうとする。

だが、このままただで行かせてくれるはずもなさそうだ。

 

「パイロット。そのまま最短距離で向かってくれ」

 

俺がそう言った次の瞬間、森の中から携帯地対空ミサイルが発射された。

 

「ミサイルッ!来るぞ!」

「“黒渦”」

 

警告とほぼ同時に、“黒渦”を発動してヘリの周囲に重力場を構築した。ミサイルは重力場によって軌道を逸らされ、あらぬ方向へと飛んでいく。

 

「遠藤」

「あいよ」

 

短く遠藤の名前を呼べば、遠藤もすぐに俺の意図を察して印を組んだ。(意味はない)

ヘリの外に分身体を出した遠藤は、周囲に12本の苦無を展開し、射出、森の中に潜んでいるベルセルクの脳天を貫いた。

パイロットも次々と現れる非常識な光景を前に目を白黒させるが、バーナードの指示ですぐに持ち直して浄水場に急行した。

やがて、目的地の浄水場が見えてきた。

浄水場施設の傍には研究所らしき建物も建てられており、ヘリでの移動も想定しているのか二重のフェンスで囲われている内側には大きな広場とヘリポートも存在していた。

だが、やはり連絡がいっていたようで、施設から次々と人間が出てきた。どう見てもただの警備員でないのは明らかで、中には線の細い女性や老人の姿もあった。まず間違いなく、すべてベルセルク化すると見ていい。

 

「パイロット、ハッチを開けてくれ。俺と遠藤で降下場所を確保する」

 

バーナードとパイロットが苦い表情を浮かべながら作戦を立てていたが、そこに待ったをかけた。

 

「まさか、2人で行く気か?相手は脳を破壊するしか殺しきれない怪物集団だぞ?」

「逆に言えば、致命傷を与えれば殺せる、ということでもある。さすがに不安定な足場の遠距離から片付けていたら時間がかかるし、相手に逃亡される可能性が高い」

「それは・・・確かに、その通りだ。だからこそ、気が付かれないよう5㎞以上離れたあの伐採場を着陸ポイントにしたわけだしな」

 

バーナードが頭をガシガシと掻きむしる。どうやら、出鼻をくじかれたツケを、本来なら無関係のはずだった俺たちに払わさせるのが納得し難いらしい。

別に俺は気にしてないし、そんな心情を慮る必要もないのだが、遠藤の方が気を遣った。

 

「関係ないのに、なんて思わないで下さいよ。むしろ、これは俺の戦いです。エミリーの行く道に立ち塞がるものを排除し、彼女を守り、手を伸ばしたその先へ導く。むしろ、隊長さん達の方が俺達の協力者なんです」

「ミスターアビスゲート・・・」

「浩介です。まぁ、そういうわけですから、皆さんは援護をお願いしますよ?あぁ、それと念の為、俺は浩介です」

 

自分の名前を強調しながらも、遠藤は不敵な笑みを浮かべる。

それを前に、遠藤の実力を知っているが故に、隊員たちは俺たちに頼もしさと奮い立つ感覚を覚えたのか、勢員がキリっとした表情と敬礼で遠藤の指示に応えた。

 

「「「「「イエスッ、アビスゲートッ!!」」」」」

「だからっ、俺は浩介だっつってんだろうがっ!!わざとか!?わざとなのか!?」

「ミスターアビスゲートッ!間もなく上空に着きますよ!本当に高度を下げなくていいんですね!?」

「ええいっ、パイロット!お前もかっ!高度はそのままでいいよ、ちくしょうめっ!」

「アビス!奴等がベルセルク化し始めたぞ!」

「隊長ェ!なにフレンドリーな感じに呼んでんだ!強制ノーロープバンジーの刑してやろうか!?ベルセルクは20体くらいっすね、こんちくしょう!」

「アビスゲートさん!ハッチ開放します!ご武運を!」

「完璧な敬礼ありがとう!でもあんたは後で殴る!それじゃあ一番槍、行ってくるぞ!」

「さぁ、あなた達!刮目しなさい!アビスゲート様のご降臨よ!」

「駄ネッサ、てめぇは後で素敵な村人にしてやるぅ!覚悟しとけ!」

「アビッ、こうすけっ。頑張って!」

「おいおいおいおい、エミリーちゃん。今、俺のことアビスゲートって呼びかけたろ!?どういうこと!?割とショックなんだけど!?」

 

・・・隊員たちのテンションが爆上がりしてるのは、まだ許そう。アメコミヒーローを前にすればテンションの1つや2つ上がってもおかしくはない。

ただ、影の薄さNo1の遠藤がいながら、隣にいる俺には一切目もくれないのが、無性に腹が立つ。ベルセルクの投擲を防いでいる手間をかけているのに、だ。

なんかムカつく。

というわけで、

 

「おら、アビスゲート。さっさと逝ってこい」

「あ」

 

遠藤の背中を強めに蹴飛ばした。反省も後悔もしない。

 

「こ、こうすけぇえええっ!」

 

エミリー博士の悲鳴を背に受けながら、俺も遠藤に続く形でヘリから飛び降りる。

ひとまず、さっき遠藤が言ったように、ベルセルクの数は見た感じ20とちょっと。俺と遠藤で10体ずつ、といったところか。

遠藤が宙を蹴って密度が濃い場所に降り立ったのを確認してから、俺も遠藤とは逆サイドに降り立つ。

遠藤を先に落としたおかげで、俺の着地点の傍にベルセルクはいなかった。

とはいえ、着地した気配を感じ取ったのか、ベルセルクが10体ほど俺のところに向かってくる。

 

「お前ら相手じゃ準備運動にもならないが、現実でゲームみたいな奴らとやり合うのは稀だ。せっかくだ、少し遊んでやる」

 

理性の無い獣同然の相手に返答を期待したわけではないが、そう言って俺はタナトスを一閃した。

すると、前にいた3体のベルセルクの首がゴトンと地面に落ちる。刃に高熱を発生させておいたため、傷口は焼き切れて血は噴き出さない。

俺はタナトスをベルセルクの群れへ向け、宣言した。

 

「少しは楽しませてくれよ、獣共」




今回は楽めにいきました。
とりあえず、忙しいピークは過ぎたので少しは落ち着けそう。
まぁ、忙しくないわけではないですが。
最近になって一気に暑くなってきましたし、体調管理を気を付けねば・・・。


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久方ぶりの蹂躙

遠藤が倒した4体も含めれば、残りは13体。

だが、大きな武器を見て俺の方が危険だと判断したのか、8体が俺の方へと向かってきた。

 

「さて、一撃で終わらせるのは容易いが、せっかくだ。少し遊んでやる」

 

逆を言えば、3分が奴らに許された時間でもある。

タナトスを構え、あくまでベルセルクの方から襲ってくるのを待つ。

僅かな間硬直していたベルセルクたちだったが、1体が前に出てくるのと同時に他の7体も襲い掛かってきた。

 

「まず1体目」

 

ベルセルクが飛び掛かってきたところを、タナトスを地面に突き刺してから飛び上がり、すれ違いざまにタナトスの刃に押し付けるように後頭部を蹴り飛ばして首を斬り飛ばす。

 

「2体目、3体目」

 

タナトスを地面から引き抜きざまに、その勢いを利用してバク転しながらタナトスに仕込んだマグナムを放ち2体のベルセルクの頭を吹き飛ばした。

 

「4体目」

 

マグナムの反動で空中回転しているところに、後ろから襲い掛かろうとしたベルセルクを上から柄で押さえ込み、回転の勢いのままベルセルクの首を斬り落とす。

 

「5体目、6体目」

 

タナトスの刃を再び地面に突き刺して無理やり回転を止め、同時に内蔵したマグナム2丁を射出してつかみ取り、2体のベルセルクの脳天を吹き飛ばす。

 

「7体目」

 

マグナムを空中に放り投げ、地面を抉るようにタナトスを振り上げて正面から襲い掛かってきたタナトスを両断した。

 

「ラスト、8体目」

 

そして、三度タナトスを地面に突き刺してから飛び上がり、空中で踵にマグナムを装着し、ベルセルクの顔を踏みつけながら発砲してベルセルクの頭を撃ちぬいた。

これで、俺の方に来たベルセルクはすべて片付けた。

チラリと遠藤の方を見やれば、遠藤の方もベルセルクをすべて片付けたところだった。

 

「3分・・・も経ってないな。まぁ、こんなもんか」

 

むしろ、遊んでいたとはいえ3分も耐えれれば上出来な方だろう。

 

「おっ、きたきた」

 

ベルセルクが全滅したのを確認したのか、次々とヘリコプターが降りて来た。

それを確認した俺は、タナトスを折りたたんで収納形態にして背中に背負いつつ、踵に装着したマグナムを両手に持った。

刃を持って前で斬りまくってもいいんだが、それだと特殊部隊の攻撃の邪魔になりかねない。ここは仕方ないが、屋内は特殊部隊に任せて、俺は後ろからの援護に徹しよう。

さすがにベルセルク相手は俺と遠藤がやった方がいいだろうが、()()()()()相手なら特殊部隊の方が適任だ。

 

「おい峯坂ぁ!!」

 

そんなことを考えていると、遠藤から怒鳴り声が響いた。

 

「なんだ?」

「なんだ?じゃないだろ!?なんでお前俺のこと蹴落としたの!?」

「むしゃくしゃしたからやった。反省も後悔もしてないし、今後するつもりもない」

「どっちもしろよぉ!!危うくベルセルクの餌になるところだったんだけど!?」

「何を言ってるんだ。お前が獣如きに後れをとるはずがないだろ。つまりは、信頼した上でお前を蹴落としたわけだ、うん」

「なお質悪いわ!」

「でもなんの問題もなかっただろ?」

「そうだけど!そうなんだけどぉ!!」

 

やっぱ、遠藤は少し弄り倒すくらいがちょうどいい。

遠藤は基本的にシリアスを求めたがるが、こいつくらいの常識人ならツッコミさせる方がよっぽど活きる。

そんなコントを繰り広げていると、ヘリコプターから降りたエミリー博士が俺たちの方に走ってきたかと思えば、遠藤をかばうようにバッと両手を広げて俺の前に立ちふさがった。

 

「こ、こうすけをいじめないでっ」

「ほう?」

 

これはこれは。新しいオモチャが自分からやってきてくれるとは。

 

「え、エミリー?別に俺は・・・」

「おいおい、遠藤。仮にも男が年下の少女に庇われるのはどうなんだ?そういえば、アビスゲートになった後の傷心も、こっちではよく癒してもらってたよなぁ?」

「ふぐぅ!?」

「こうすけ!?しっかりして!あなたも!こ、こうすけをそれ以上いじめないで!」

 

精一杯の勇気を振り絞っているのだろう。涙目になりながらも、勇気を振り絞って俺を睨みつけている。

だが悲しいかな。俺からすればこの程度、子猫の威嚇となんら変わらない。

 

「これはこれは、威勢の良いお嬢さんだ。だが、それもいつまで続くかな?」

 

俺もついノリノリになって、ちょっと魔王ムーブをかましてみる。

それだけで、エミリー博士は「ひっ」と軽く悲鳴を上げてプルプルと震えるが、それでも遠藤の前から動かない。その姿勢は、健気と言うには少しばかり情熱的だ。

ここまでからかい甲斐のある女性は、俺やハジメの周りにはいないのではないだろうか。強いて言うなら、たまに雫を照れさせるくらいか。

俺でさえそうなのだ。ラナを始めとしたハウリア族は、嬉々として彼女を迎え入れることだろう。

それが遠藤にとっていいことなのか悪いことなのかは別として。

さて、ここまでからかい甲斐のあるおも・・・女性はなかなか珍しい。もう少し遊んでみようかとも思ったが、さすがにそこまでの時間はなかった。

 

「あ~、ミスター・ミネサカ、コウスケさん、エミリー博士。じゃれ合うのはその辺りで」

 

後ろから、パラディ捜査官が声をかけてきた。

見てみれば、保安局の特殊部隊はすでに準備できていて、後は俺たちを待っているだけだった。

 

「わかった。ほら、遠藤。さっさといくぞ」

「どの口で・・・」

「あ?」

「いえっ、何でもないであります、Sir!」

 

おいおい、俺をどこぞの鬼畜教官と一緒にしないでもらいたいんだが。

ちなみに、エミリー博士はそのまましれっと遠藤の横に立っている。

彼女にとっての安全地帯であるのは確かだが、それでもずいぶんと大胆になったものだ。あるいは、図太くなった、とも言えるかもしれないが。

とりあえず、

 

(ほい。ハジメに渡すネタゲット、っと)

 

この光景を写真に収めてハジメに流そう。んで、ハジメの方からもいじってもらおう。

 

 

* * *

 

 

研究所に突入してからは、ほとんど特殊部隊が敵を駆逐していった。

ある程度わかってはいたが、ベルセルク化していない人間が相手とはいえ、武装集団を相手にまったく後れをとらないのはさすがと言う他ない。各部隊に1体ずつ送っている遠藤の分身体がほとんど活躍していないことも考えれば、やはり実力は相当なものだ。

こうして、敵はほとんど俺たちを足止めできないまま、どんどん先へと進んでいく。

そして、ひと際広い部屋に到着した。

ケイシスから奪った情報が正しければ、ここがメインの研究室のはずだ。

 

「隊長さん」

「あぁ、分かってる」

 

小さく声をかけた遠藤に、バーナードは頷いた。既にハンドサインを出し終えていて、隊員達も死角のないよう銃口を向けている。

 

「よぉよぉ、保安局のエリートさんじゃねぇか。こんな場所で雁首そろえて、いったいどうしたんだ?」

 

軽いノリで、そんなことを言ったのは、大きな頬傷が特徴の軽薄そうな男だった。たしか、名前はヴァイス=イングラム。金さえもらえれば何でもやる傭兵集団の頭で、今まで散々あくどいことをやってきて指名手配されているはずだ。

保安局、厳密には裏組織であるJ・D機関のエージェントが取り逃がして行方不明になっていたはずだが、どうやらケイシスに雇われていたらしい。

とりあえず、殺すのは確定した。

 

「お、おいおい、ちょっと待ってくれって。俺を殺したら、大変なことに・・・」

「撃てッ!」

 

何かを言い募ろうとしたヴァイスの言葉をさくっと無視し、バーナードは銃撃の合図を出した。

ヴァイスは横っ飛びで回避しながらデスクの陰に隠れ、愚痴りながらも無線を飛ばし、部屋に隠れていた彼の部下が一斉に引き金を引いた。

隊員たちも即座に互いをカバーできる位置に散開し、応戦を始めた。遠藤も、半分アビスゲートになりながらエミリー博士を守っている。

 

「くそっ。ケイシスの野郎。これじゃあ全然、割に合ってねぇっての!おいっ、おっさん!まだか!?もう持たねぇぞ!」

「ッ」

 

ヴァイスが軽マシンガンで応戦しながら怒声を上げると、部屋の奥のデスクの陰から四つん這いの男が這い出てきた。おそらくは、彼がレジナルド教授だろう。さすがに銃撃戦のさなかにいるのは初めてなのか、身動きが取れずに蹲っている。

それを見たヴァイスは舌打ちしながら、スマホを操作し、ためらいなくボタンを押した。

 

「悪ぃな。ちょいと俺のために死んでくれ」

「ちっ、気を付けろ!ベルセルク化するぞ!」

 

ヴァイスの部下が悲鳴を上げ始めるよりも一瞬早く、俺はマグナムを踵に装着してから背中に背負ったタナトスを装備し、前に駆けだした。

このままヴァイスとレジナルドを捕らえようかとも考えたが、どうにも特殊部隊と奴の部下の距離が近く、さらに周囲を囲まれてしまっている。1人でも内側からベルセルクになってしまえば、壊滅状態になってもおかしくない。

やむを得ずいったん追跡を諦め、ベルセルクになりかけている奴らの排除を優先する。

とはいえ、ここには俺や遠藤以外に手練れの捜査官やプロの殺し屋もいる。エミリー博士を守りながらベルセルクを駆逐するのは難しいことではない。

だが、俺がある程度崩したとはいえ、さすがに囲まれている状態ではヴァイスたちから意識が逸れるのは避けられず、

 

「ちッ」

 

ベルセルクを片づけた頃には、ヴァイスたちの逃走を許してしまった。

遠藤もヴァイスを捕らえようと踏み出そうとした直前、

 

「そんじゃあ、さよならみなさん。是非、最後まで歓迎の品を堪能していってくれ」

 

ヴァイスはそう言い残して、頑丈そうな扉を閉めた。

あの手の輩があーいう捨て台詞を残して逃げるということは、相応の()()があるということだろう。

それはすぐに明らかになった。

 

「グルゥルルルルル」

 

低い唸り声が、ヴァイスたちが出て行った扉の反対側から聞こえてきた。

 

「隊長さん!奥の扉だ!」

「ッ、おいおい、なんだあれは・・・」

 

遠藤が指さした先に居たのは、体長が2mはあるだろう巨大な獣だった。おそらく元は猫だろうが、ベルセルクによって肥大化し狂暴性も比較にならないほど増している。

さらに、奥からは犬やネズミ、サルなど、ベルセルクを投与されただろう動物たちが次々と現れる。

 

「なるほど。ベルセルクを人間以外に投与させてはいけない、なんて決まりはない。ましてや、ここは研究所。サンプルには事欠かないか」

 

おそらくは、他の場所にも出てきているだろう。遠藤の分身がいるから間違っても全滅はないだろうが、足止めをくらうのは間違いない。

なら、

 

「遠藤、お前たちは先に行け。あれは俺がやる」

 

そう言って、遠藤の返事を待つよりも先に飛び出した。

さすがに動物をベースにしている分、人間のベルセルクよりも敏捷性は段違いだが、対処できないわけではない。

それでも厄介なのは、たとえベルセルクで狂暴化しても野生の本能が残っているのか、逃げ足も速い。おかげで、大鎌で確実に仕留めるには通常のベルセルクよりも深く踏み込む必要がある。本来ならば気にならない程度の誤差が、力を大幅にセーブしている今に限って、その僅かな差のせいで1体にしか詰め切れない。

できればさっさとすべて片付けたいところだが、未だに途切れる気配がない。この部屋に閉じ込めて俺も追いかけるという手もなくはないが、1匹たりとも外に逃がすわけにはいかない以上、それはできない。

マグナムで対処するにしても、数が多すぎる。どのみち接近されるのは変わらないだろうし、俺のガン・カタはハジメと比べればまだまだだ。大鎌で切る方が早い。

少しばかり悩んでいると、俺から少し離れた場所にいた獣がアサルトライフルの銃撃によって撃ち抜かれた。

 

「ミスター・ミネサカ!ここは俺たちに任せてくれ!」

 

そう声をかけてきたのは、隊長のバーナードだ。

他の隊員はすでに戦闘を開始しており、だがヴァイスらが逃げた扉は確保している。

俺は武器をマグナムに持ち替えて獣を牽制しながら、バーナードに問いかける。

 

「あんたらは大丈夫なのか?さすがにこの数は手に余ると思うが」

「なぁに、この戦いが終わったらアビィと酒を飲む約束をした。ここで死んだりしないさ」

 

それは死亡フラグだ、とは思ったが、口には出さないでおいた。口にした方が縁起が悪い気がするし。

ただ、あくまで時間稼ぎに徹するようで、遠藤も分身体を送るつもりらしい。

それなら、まぁ大丈夫か。ここは厚意に甘えさせてもらおう。

 

「なら、ここは任せた」

「おう、任された!そうだ、あんたもこの戦いの後に」

「んじゃ」

 

最後まで言わせずに、俺も扉を通って遠藤たちの後を追った。

・・・これ、あいつが死んでも俺のせいにならないよな?




RWBYの動画見ながら書いてました。
普通にクオリティ高くすぎてめっちゃ感動して、思わず執筆の手が止まっちゃいました。
あーいう言語化が難しい高速戦闘は映像作品の醍醐味ですねぇ。

あと、前回言ったデリンジャー型の拳銃をデリンジャーみたいなマグナムにしました。
そっちの方がロマンあるし、多少はね?


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為さねばならぬこと

今回はくっそ短いです。過去一レベルで短いです。
キリの良い繋ぎってのもありますが、大学が忙しすぎてめちゃくちゃ疲れてたんで許して・・・。


ツルギとバーナードらの助けもあってヴァイスを追うために先行していた浩介たちは、地下駐車場兼貨物置場の広大な空間で足止めを喰らっていた。

その原因は、ヴァイスたちが繰り返してきた実験の副産物にして、超常の力を持つ浩介を足止めするための切り札。

ベルセルクを投与し続けると同時に若くて健康な肉体も与え続け、再生に巻き込む形で元の身体と別の肉体との融合を繰り返した結果生まれた、全身が巨大な肉塊の醜悪な怪物、ベルセルク・キメラによって。

さらに、人質として被検体として連れてこられた3人の子供もケージごと取り込まれようとしているため、その子供たちも助ける必要がある。

だが、ベルセルク・キメラは触手による連撃を繰り出しているため、エミリーたちを守るためにも容易に動けない。

そんな状況の中で、浩介は焦るでも思案するでもなく、表情が抜け落ちるほどにキレていた。

それは、ベルセルク・キメラが生み出された背景を正確に理解したからだ。

この化物を生み出すために、いったいどれほどの命が、尊厳が、欲望や悪意によって踏みにじられたか。

だからこそ、遠藤は目の前の化物を滅することを決めた。

だが、結果的にそれは叶わなかった。

 

「おいおい、ずいぶんと愉快なことになってんな」

 

無数の斬閃と共に現れたのは、目の前の化物とも、憤怒に燃える浩介とも比較にならない、理不尽の権化だった。

 

 

* * *

 

 

「峯坂!どうしてここに・・・」

「向こうはバーナードに任してきた。わりかし急いできたが・・・連中、こんなもんまで作ってたのか」

 

遠藤たちによって掃討された廊下を走っていると、謎の衝撃が断続的に響いてきたから、少し急いでここまでやってきたら、地下駐車場と思しき空間にいたのは醜悪の肉塊の怪物だった。

どことなくエヒトの最終形態を思わせるそれは、肌色の触手を伸ばしながら俺たちに襲い掛かってくる。

できれば使わないでおきたかったが、相手が相手なだけに“聖絶”を展開した。直後、僅かだが衝撃が“聖絶”を突き抜けた。

“聖絶”を展開しているから万一にも突破されることはないが、地球由来のものでここまで俺の障壁を揺らしてくるような存在は、吸血鬼くらいしかない。科学由来なら皆無だ。

まさか、魔法に頼らず、欲望と執念でここまでの物を作り上げるとは、現代の科学もバカにならないものだ。

 

「大方、こいつに足止めさせられてるってところか?なら、こいつの相手は俺がやる。お前らは先に行け」

「峯坂っ、こいつは・・・」

「遠藤」

 

何かを言い募ろうとする遠藤を、強めに制した。

見た限り、今の遠藤は俺の記憶にないレベルでブチ切れている。おそらくは、目の前の怪物がどのような存在なのか、それを察してしまったからだろう。

だが、今回ばかりは遠藤の希望を叶えるつもりはない。

 

「まさかお前が、本当に正義のヒーローを気取ってここに来たわけじゃないだろう」

「っ・・・」

「ここに来た目的を履き違えるな。お前はそいつを達成することだけを考えろ。どうしても納得いかないってんなら・・・」

 

言いながら、俺はパチンッと指を鳴らして空間転移を発動させた。

結界内に転移させたのは、3人の子供だ。あの化け物の中に化け物のものとは違う魂魄があるのは確認していたから、この子供らを人質代わりにとって足止めしたのだろう。

 

「こいつらを安全な場所に避難させておけ。中はともかく、外に出て控えている特殊部隊に預ければマシだろう。それと、こいつを持っておけ」

 

そう言って、俺は剣製魔法で指輪を作り出し、遠藤とエミリー博士に渡した。

 

「これを使えば、すぐに博士のところに転移できる。さっさと子供を逃がしてこい。道は俺が作る」

 

“過去視”で逃走経路を把握した扉に向けて、“聖絶”を引き延ばしてアーチ状の通路を生み出す。

 

「行くなら早く行け。俺の気はそう長くないぞ」

「わ、わかりました!コウスケ!その子たちをお願い!」

 

エミリー博士の心の距離が遠藤よりも遠く感じた。

いやまぁ、俺からすればそれくらいの方がちょうどいいんだが、こうも露骨になると複雑な気持ちになる。

そんな心境になっている中、全員を送り出した俺は改めて目の前の化物と向き合う。

 

「さて・・・アルカードに続き、まさか地球で2度もこんなファンタジーな奴とやり合うとはな」

 

さすがにトータス原産でここまでsan値が削れるような奴はいなかったが、やはりエヒトの最終形態とダブる。

あんな醜悪極まりない存在と2度も対面することになろうとは、いったい誰が予想できただろうか。

とはいえ、あの時はハジメに譲ったが、今回は俺がやることになる。

 

「触手を出してくる肉塊とやり合う機会なんて、そうそうない。せっかくだし、存分に楽しませてもらうとするか」

 

遠藤には悪いが、俺は目の前の化物に対して思うところはそんなにない。

たしかに狂気の産物であることに変わりないが、俺は同じようなことをしないかと言われると、正直ちょっと自信がない。

この場にはティアや雫もいないし、多少開き直ってでもこの戦いを楽しんでも罰は当たらない・・・はずだ。

まぁ、あいつらの同類になるくらいなら、多少は遠藤の意思を汲んでやってもいいか。

 

「こい、化け物。せめてもの手向けだ。殺すときはせめて苦しませずに殺してやる」




今年の夏アニメでやるRWBY見る人います?
ちなみに自分は見たいです(見るとは言ってない)。


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魔王たる所以

今回も短めです。
暑すぎていい感じの文章が思い浮かばなくて・・・。
マジで下手したら暑さで死にそう。


「・・・なるほど。俺だけを見るか。そんななりでも本能は残っているようだな」

 

先ほどまでは手当たり次第に生き物を襲っていた肉塊だったが、遠藤たちを送り出してもその通路を追撃しようとはせずに、あくまで俺のみを警戒していた。

あんな見た目になっても、目の前にいるのがどのような存在なのか、ある程度理解できるらしい。

踵に装着したマグナムをタナトスに戻し、銃口を肉塊に向ける。

 

「さて、何もしないんなら、俺の方から仕掛けさせてもらおう」

 

俺が引き金を引くのと、肉塊から触手が飛び出してきたのはほぼ同時だった。

引き金を引く瞬間、俺は跳び上がって反動を利用して後ろに飛んで触手を躱し、放たれた銃弾は正確に肉塊の頭部を消し飛ばした。

だが、

 

「まぁ、この程度で終わっても拍子抜けか」

 

肉塊は白煙を上げながら一瞬で頭頂部を再生させ、新たな触手を生やして襲い掛かってきた。

触手を斬り飛ばしながら、俺は“天眼”で肉塊の弱点を捜索する。

 

(ふむ、熱源、電磁波共に脳らしき組織は見当たらない。心臓も同じ・・・というか、そもそも普通の臓器があるかどうかも怪しいな。魂魄は・・・めちゃくちゃだな。“悪食”の時と似たようなものか)

 

驚くことに、肉塊に魂魄らしきものは確認できなかった。

いや、肉体すべてに魂魄が宿っており、全てが核、と言った方が正しいか。

まさに、メルジーネで遭遇した“悪食”と同じだ。

 

(そう言えば、ハジメが神域にも似たような魔物がいたって言ってたな。まさか、そんなものが科学的に生み出されるとはな・・・いや、魔法が絡まないからこそ、か?なんにせよ、殺しきるのは骨・・・待て。ってことは・・・ッ)

 

嫌な予感を感じた直後、警鐘に身を任せて思い切りしゃがむと、その上を無数の親指大の触手が通り過ぎた。

発射元は、さっきから俺が斬り飛ばした触手の肉片だ。

 

「本体から離れても動き続ける、か。んでもって、無尽蔵に触手を伸ばし続ける・・・いや、()()()()()()()()()ってことは・・・」

 

肉塊の正体に気付くのと、四方八方に飛び散り付着した肉片から触手が襲い掛かってきたのは、ほとんど同時だった。

放たれる触手は転移で回避した。そして、転移先は肉塊の真正面だ。

 

「少し確かめてみるか。“千断・斬”」

 

タナトスを高速で振るい、空間ごと肉塊を細切れに斬り裂いた。

空間に干渉できない限り防御不可の斬撃を肉塊がどうにかできるはずもなく、肉塊は無数の肉片になり果て、だが、その肉片の全てから触手が俺に向かって飛んできた。

 

「なるほどな」

 

それを再び転移で躱し、同時に目の前の肉塊の正体も判明した。

 

「プラナリア、だったか。体のどこを切っても再生する万能細胞を持ってるって話だったな。元となった個体に実験材料を手当たり次第に取り込ませた後に、大量のプラナリアを投入したってところか」

 

よくもまぁ、こんなものを生み出そうと考えたものだ。俺でも思わず呆れてしまった。

だが、そうなるとこいつは一片の肉片でさえも残すわけにはいかない。

もし一片の肉片が世に放たれようものなら、次々に兵士や一般人に限らず、あらゆる生物を取り込み肥大化する、B級映画の如きパンデミックが起こるだろう。

まさか、ここに来て世界の命運を分けるような戦いに身を投じることになろうとは、夢にも思わなかった。

だが、俺ならできる。

とはいえ、さすがに少し時間はかかるが。

 

「3分、ってところか。その間は遊んでやる」

 

そう言って俺はタナトスを大きく振りかぶり、思い切りぶん回した。

同時に、タナトスの刃の接続を外すことで、刃を射出する。

さらに、柄からマグナムを射出して手に取り、即座に踵に装着、残った柄は宝物庫に収納し、射出した刃を基点に転移して刃を手に取る。

 

「こりゃ、遠藤に任せなくて正解だったな。あいつだったらもっとてこずってたか」

 

俺は空間魔法や再生魔法、変成魔法でどうにでもなるが、遠藤だったら触手はもちろん、体液や傷口から噴き出す血すらもすべて回避しないといけない鬼畜ゲーを強いられるところだった。

それでも無理ゲーにはならないだろうが。

 

「まぁ、俺は楽させてもらうが。“絶界・鎧”」

 

俺の身に鎧をまとうように“絶界”を展開し、肉塊の中へと突っ込んだ。

同時に刃に炎を纏わせ、抉るように回転しながら肉塊を内部から斬り裂いていく。

当然、そんな突っ込み方をすればもろに体液を浴びることになるが、“絶界・鎧”によって俺が体液に晒されることはない。

さらに、斬った場所から炎で焼いていき、再生を阻害する。

内部から焼かれる苦痛に耐えかねてか、肉塊は無理やり肉体を再生させて俺を押し潰そうとしてくる。

 

「なるほど、こんな形になっても痛覚はあるのか。それは悪いことをしたな」

 

この肉塊をこれ以上暴れさせるわけにもいかないため、外へと向かって斬り進んでいく。

外に躍り出ると、すでに地下駐車場の大部分は肉塊で埋め尽くされようとしていた。

 

「なるほど。俺が逃げられないほど体をでかくして飲み込むつもりか。獣の癖によく頭が回る」

 

あんな姿になっては、残っているのは原始的な本能だけだろうに。あるいは、あらゆる生物を取り込んでいるからこそ、か。

 

「だがまぁ、肥大化()()に全力を注いでいるっていうなら話は早い。これなら1分もかからないな」

 

細胞の分裂による肉体の肥大化を最優先にしているのか、触手による攻撃が止んだ。

おかげで、俺も仕掛けの準備に集中できる。

魔法陣を生成し、一気に魔法を作り上げた。

 

「概念以外の魔法を新しく作るだなんて、久方ぶりだな・・・“界牢”」

 

魔法を唱えた次の瞬間、地下駐車場一帯に広がっていた肉塊や触手片が、見えない壁に張り付く。そして、建物やは巻き込まず、()()()()が見えない壁によって立方体に押し付けられ、圧縮されていく。

空間・魂魄・昇華複合魔法“界牢”。魂魄・昇華魔法によって決められたものだけを空間の牢獄に閉じ込める、捕縛に特化した魔法。

一片の肉片すら残さないために、この地下駐車場よりも広い範囲で構築していたから、攻撃しながらというのも相まって3分も時間を使う必要があったが、対象が動かなくなったからこそ手早く構築できた。

とはいえ、この魔法の効果はあくまで捕縛のみ。これそのものに攻撃力はない。

だが、こういう類の相手を格段に仕留めやすくすることはできる。

 

「楽しませてくれた礼だ。特別に、世界の果てに連れて行ってやる。“黒天窮・絶”」

 

発動する魔法は、神話大戦の開幕に使用したブラックホールを生み出す重力魔法。

肉塊の中心あたりで発動させると、肉塊の中央部分の空間がぐにゃりと歪み、肉塊と周囲の構造物を巻き込んでいく。

肉塊は必死に逃げようとするが、空間によってできた牢獄を突破できるはずもなく、ズルズルと引きずり込まれていく。

このままでもいずれ終わるだろうが、あまりダラダラとしてるのも良くない。

だから、最終宣告を告げた。

 

「じゃあな」

 

そう言って、“黒天窮・絶”の出力を一気に上げ、同時に“界牢”の範囲を一気に狭めた。

そうすれば、肉塊は一気に飲み込まれていき、断末魔を上げる暇もなく消滅した。

“黒天窮・絶”を解除すれば、そこには超重力によって抉られた床以外、肉塊が存在した痕跡はどこにも残ってなかった。

 

「異形と化した奴の魂がどうなるかなんて知らんが・・・ま、せめて安らかに眠れることを願おう。さて、向こうはどうなっていることやら」

 

俺がここですべきことは終わった。あとは、俺が手を出さなくてもいい、あるいは出さない方がいい案件だけだ。

いっそ、ここで待っててもバチは当たらんかもしれないが、ここには仕事で来ている身だ。せめて現場には向かった方がいいだろう。

博士の方は、どうせ遠藤が向かうだろうから、行くとしたらヴァイスが逃げた方か、いっそ地上に戻って特殊部隊の増援に向かうか。

少し悩むが・・・

 

「・・・ヴァイスの方に行くか。特殊部隊にも遠藤の分身がついてるしな」

 

アレンも優秀な殺し屋なのは間違いないが、ヴァイスがどんな奥の手を隠しているかわからない以上、そっちに行った方がいいか。

 

「そっちは頼んだぞ、遠藤」

 

曲がりなりにも、ハジメの右腕を名乗ってるんだ。つまらないへまを犯すなよ。




新RWBYがやばすぎる・・・。
いやもうめっちゃ感動しました。
Web版の方の一昔前のmmdみたいな3D映像ももちろん嫌いじゃないんですけど、こっちもこっちでなんというか、もう、マジでやばい(語彙力消失)。


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とりあえず、消し飛ばそう

通路を通り抜けてアレンの元に追いつくと、バーナードの部隊と遠藤の分身が合流してすでにヴァイスを捕縛し終えていたところだった。

 

「なんだ、もう終わってたのか」

「いや、どちらかと言えばそれはこっちの台詞なんですけど。峯坂さん、もうあの化け物を倒したんですか?」

「あぁ、細胞1つ残らず消し飛ばしたから、問題ないはずだ」

 

事もなげに言うと、アレンが頬を引きつらせた。

まぁ、そりゃそうなるか。あの肉塊の前で合流するまで、俺は大鎌とマグナムだけでベルセルクを圧倒していて、魔法は見せていない。肉塊の前で使ったのも、簡単な障壁だけだ。

まさか、あの化け物を跡形もなく消滅させる攻撃手段を持っているとは思っていなかっただろう。

正直、最初はできるだけ力を隠して注目されすぎない程度に事を進めようと思っていたが、もっと派手目に暴れて牽制しても良かったかもしれない。

結果的に中途半端な形で終わらせてしまったのは、少しもったいなかったかもしれない。

とはいえ、後は遠藤の報告を待つだけか。

 

「遠藤、そっちはどうだ?」

「あぁ、本体もなんとか間に合ったみたいだ。これなら・・・ッ、峯坂!すぐにこっちに来てくれ!」

 

途端、分身が切羽詰まった表情になった。

バーナードたちも何が尋常ではないことが起こったのかと身構える。

 

「場所は、あの通路を進んだ先でいいな?」

「あぁ!」

「少し待ってろ・・・見つけた」

 

さっきの地下駐車場と通り抜けて来た通路から構造を逆算し、おおよその位置にあたりをつけると、遠藤の魔力を確認できた。

本来なら遠藤を見つけるのは至難の技なんだが、今回は魔力を高めてくれていたおかげですぐに見つけることができた。

他の気配も探ってみるが、1つ弱々しいというか、ほとんど死んでいる気配を感じる。

どうにも面倒な予感しかしないが、ここで断ったら断ったで面倒なことになるのは間違いない。

ひとまず、まずは遠藤の言い分を聞いてからだ。幸い、今なら半日程度なら蘇生できる範疇だ。

移動は・・・転移でいいか。すでにアレンに見られているから今さらだ。

手早く転移で移動すると、遠藤の前には腹部が内側から破裂して血まみれになっているダウン教授が横たわっており、エミリー博士はその前で呆然と座り込んでいた。

 

「遠藤、状況は?」

「こいつが貯水場で自爆しようとした。ベルセルクを流し込もうとしたんだ。どうにか血とか肉は落ちないようにしたから、ベルセルクは大丈夫・・・だと思う」

 

遠藤の報告を聞きながら、俺も貯水場の方を見て確認する。

“過去視”も使って確認するが、遠藤が言った通り、ベルセルクは流出していないようだ。

だが、そうだな・・・使えなくもない、か。

 

「遠藤、時間がないからこれだけ聞いておく。お前は、本気なんだな?」

 

時間が無い、という言葉に遠藤が顔を強張らせるが、すぐに俺の質問に対し力強くうなずく。

 

「あぁ。頼む、峯坂っ」

「貸しだからな。遠藤はバーナードの方に状況を報告しろ」

 

そう言って、俺はダウン教授に再生魔法と魂魄魔法を施す。

再生魔法によって破裂した腹部を元に戻し、魂魄魔法で霧散しそうになっているダウン教授の魂魄を保護し、再び肉体に定着される。

その様子を、エミリー博士は奇跡を目の当たりにしたかのような表情で見つめる。

ダウン教授の蘇生には、1分もかからなかった。

とはいえ、余計な手間がかかるのを防ぐために、まだ目が覚めないようにしたが。

 

「えっ、え?」

「遠藤、そっちはどうだ?」

「ダメだ。制御装置にウィルスが流しこまれてて、解除に8分かかるらしい」

「そうか」

 

戸惑いを隠せないエミリー博士を横目に俺と遠藤は状況を確認する。

そして、このままではどうすることもできないことがわかった。

そして、遠藤は申し訳なさそうに俺を見た。

 

「すまない、峯坂・・・」

「まぁいい。俺がやってやる。排水施設には誰も行かないようにさせとけ」

 

そう言って、俺は端末を取り出して画面を操作する。

 

「屋上に行くぞ。そっちの教授は俺が担ぐから、遠藤はパラディ捜査官の方を運べ」

「わかった」

「こうすけ・・・?」

「エミリー、大丈夫だ。情けない話、俺には何もできないけど・・・目の前の魔王陛下にどうにかしてもらうさ」

 

 

* * *

 

 

俺が教授を担ぎ、遠藤がパラディ捜査官に肩を貸して、浄水施設の屋上にたどり着いた。目下の下流には配水施設も見える。

 

「それで、峯坂。どうするんだ?俺はてっきり、魔法でどうにかするものだと・・・」

「まぁ、それでもいいんだが、ちょっと思うところがあってな」

 

たしかに、俺なら再生魔法や変成魔法で貯水所に流れ込んだベルセルクを除去することができる。

まぁ、別に流れ込んでないが。

その手段をとらないのは、下手に『利用価値がある』と思わせないためだ。

ただでさえ、パラディ捜査官とエミリー博士だけとはいえ、死者蘇生の現場を見せてしまった。そこに『ベルセルクを無力化する方法を持っている』と思われたら、再び狙われる可能性も0ではない。

遠藤が痛い目にあわせているとはいえ、そのショックを越える価値を見出されたら面倒だ。

ならどうするか。

 

「とりあえず、『手を出したらこうなるぞ』ってことで、見せしめに消し飛ばす。別にやんなくてもいいんだが、保険は大事だからな」

「え?やんなくてもいい?まさかお前・・・」

「ね、ねえ、こうすけ。あれって、なに?」

 

こういうのは察しのいい遠藤の言葉を遮って、エミリー博士が顔を引きつらせながら遠藤に問いかけてきた。

天を仰いでいる視線の先には、もう1つの太陽と言うべき、場違いな光が輝いている。

その質問には、俺が答えた。

 

「ベルセルクは空気感染しない。液体状でも、蒸発させれば問題ない。だから、施設ごと圧倒的熱量で消し飛ばそう、というわけだ。とりあえず、直接見ないようにしとけ。目に良くないからな」

 

次の瞬間、天から降り注いだ光の柱が曇天を吹き飛ばし、施設はもちろん、その周辺も更地にし、巨大なクレーターを作り出した。

ハジメ作・太陽光集束型レーザー“バルスヒュベリオン”。

ハジメが操作権を持っている兵器の中でも割とシャレにならない破壊力を持っているそれを、ちょろっと魔法でハッキングして勝手に使わせてもらった。

エミリー博士とパラディ捜査官が白目を向いて軽く失禁している中、周辺の地形を変えて施設を消滅させた光が消えていったタイミングで、端末に電話の通知が届いた。

相手は、当然と言うかハジメだった。

 

「もしもし」

『おう。ちょっといいか、ツルギ。なんか俺のバルスヒュベリオンが勝手に使われたみたいなんだが・・・』

「あぁ、俺だ」

『だと思った。俺の兵器を乗っ取れる奴なんて、ツルギ以外に思い浮かばん。んで、どういうことだ?』

「イヤなに。実は諸事情でイギリスにいるんだが、ちょっといろいろとあってな。まぁ、詳しいことは後で話す。本当は事後処理もけっこうあるんだが、遠藤がいるから任せりゃいいし」

『あ?遠藤もいんのか?マジで何があったんだ?』

「後で話す。っつか今からそっちに行く。一から話すと長くなるからな。あぁそうだ。どうせならティアたちも一緒でいいか?イズモには言ったが、ティアたちには何も言わないまま出ちまったから、その辺の説明もしたい」

『あいよ』

 

そう言って、俺は通話を切って端末をしまった。

 

「そういうわけで、俺が手を貸すのはここまでだ。後はわかってるな?」

「あ、あぁ」

「なら、俺はこれで帰る。一段落したら報告入れろよ」

 

そう言って、俺はさっさと自分の家に転移した。

 

「ただいま~っと」

「ちょっとツルギ!どこ行ってたのよ!」

 

帰宅早々、ティアに掴みかかられ、そのままグワングワンと揺さぶられる。

 

「わ、悪い。ていうか、イズモから聞かなかったのか?」

「イギリスに行った、としか聞いてないわよ」

 

ティアの後ろから、雫が非難半分呆れ半分の眼差しで見つめてくる。

や、やめろ。そんな目で俺を見ないでくれ。

 

「そ、そうか。その、なんだ、勝手に出て行って悪かった」

「それで、いったいどういう用事でイギリスに行ったの?私たちに何も言わずに出たってことは、それなりに危ないことでもあったの?」

「実は、それに関してはハジメにも話すことになってる。だから、イズモとアンナも呼んでくれ。今からハジメの家に行くから」

「そう・・・しっかり説明してもらうから」

 

そう言って、雫はアンナとイズモを呼びに奥へと戻っていった。

残されたのは、俺と俺の胸に顔をうずめるティアだけだ。

 

「・・・その、なんだ。何も言わずに出て行って悪かった」

「・・・どうして、何も相談しなかったの?」

「詳しいことはハジメのところで話すが・・・時間的にけっこうギリギリだったんだ。それに、隠密にことを済ませる必要があった。本当なら、イズモも連れて行った方がよかったんだろうが・・・イズモは空間魔法での転移ができないし、事情を説明するためにも残ってもらったんだ」

「そんなに、大切なことだったの?」

「あぁ。端的に言えば、世界の危機を救ったってところだな」

「・・・なにそれ」

 

思わず笑いをこぼして、ようやくティアは俺から離れた。

 

「ちゃんと、全部話してもらうから」

「わかってる」

「ツルギ、帰って来たのか」

「お帰りなさいませ、ツルギ様。それで、今からハジメ様のところに行くんですよね?」

 

ティアに許しをもらったタイミングで、イズモとアンナがやってきた。

 

「あぁ。これからハジメにも土産話を聞かせる。いろいろと面白い話があるから、楽しみにしてくれ」

 

そう言って、俺はハジメの家へとゲートを開いた。

さて、事件のこともそうだが、遠藤のことを話した時のハジメ側の反応が楽しみだ。

少しワクワクしながら、俺たちはゲートをくぐってハジメ宅へと足を踏み入れた。




深淵卿編は次回で終わりです。
んで、深淵卿編を区切りとして本作は連載を終了とします。
本当は他にも書きたい話がいろいろとあったんですが、このままだとダラダラ続くだけになりかねないので、この辺りで区切りとします。
突然で中途半端な形になってしまいますが、お許しください。

・・・なんか、遠藤が何もできてねぇな。
まぁ、ツルギと比べたら出来ないことの方が圧倒的に多いんで、仕方ないって言えば仕方ないですが。


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他人事だからこそ美味しい

「・・・なるほどなぁ。そんなことがあったのか」

 

一通り事情を説明し終えると、ハジメは椅子の背もたれに倒れこむように身を預けた。

他のユエやティアたちの反応も、だいたいハジメと似たり寄ったりだ。

 

「少し調べてみたが、たしかにそれらしき事件のニュースが報道されてたな。偶然気づいたツルギと偶然巻き込まれた遠藤がいなけりゃどうなってたことやら・・・」

「俺たちだけならどうにでもなる。が、逆に言えばそれ以外は全滅の可能性もあったし、ベルセルクの影響を受けていないことがバレたらまた狙われる可能性もあった。わりと間一髪だったな」

「それにしても・・・地球って、思っていたよりもファンタジーな世界だったのね」

 

そう呟いたのは雫だ。

俺たちだって、トータスという異世界に転移したからこそ、まだ冷静に受け止められているが、もしそうでなかったら『そんなバカな話があるか』と一蹴していただろう。

 

「んで、後のことは遠藤に任せてあんのか?」

「あぁ。さすがに全部片付くには数日かかるだろうし、俺も俺で上の方に報告しなきゃな・・・」

「・・・イギリス政府とは、上手くいきそうか?」

 

イズモの問いは、今後イギリス政府と敵対するようなことがないか、ということだろう。

それに関しては、まだ確定はできないが・・・

 

「おそらく、真っ向から衝突することはないはずだ。向こうからすれば、俺と遠藤はイギリス、ひいては世界を救ったヒーローだし、万が一敵対したとして、そうなったらどうなるかって見せしめもしておいた。それに何より、国家を第一に考えてる局長殿が、国を危険にさらすような真似はさせないはずだ」

 

遠藤や俺に対する恩という意味でも、敵対した場合のリスクという意味でも、あの局長が俺たちと政府を敵対させるような真似は絶対阻止しようとするはずだ。

あるいは、その辺のことも遠藤の後始末に含まれているなら、遠藤がどうにかするだろう。

 

「とりあえず、俺は俺で上に報告してくる。ていうか、さっきメール送ったら、すぐ来るように返信が来た」

「そうか」

「いってらっしゃい、ツルギ」

 

皆に見送られながら、俺は上への報告に向かった。

当然というか、上から大目玉を喰らってしまったが、あくまで異能を見せたのは保安局の面々にエミリー博士とその関係者だけで、政府や軍には大っぴらに認識されていないこと、もしかしたら保安局とは協力関係を結べる可能性もあることを話すと、遠藤から報告が来るまで保留ということになった。

ぶっちゃけ、何かしら処罰を喰らうと思っていたが、事が事だけにその場で判断を下せることではなかったようだ。

とりあえず、ついでに俺たち“帰還者”の今後の扱いも遠藤の手に委ねられることになりそうだ。

もちろん、遠藤には言わないが。

 

 

* * *

 

 

翌日、遠藤から連絡がきた。

とりあえず、だいたい上手くいったらしい。

まずベルセルクについて、上層部に対するベルセルク不要論は、今のところ聞き入れられそうな感じらしい。

どうやら、俺が見せた悪夢がいい具合に効いてくれたようで、さらに局長の声もあって、ベルセルクの運用は見直されることになりそうだということだ。

別の拠点を制圧した軍が押収した実物と製造データも遠藤が一つ残らず破壊したらしいし、ベルセルクはエミリー博士の頭の中以外からは完全に抹消したと言っていい。

次に俺たち帰還者の扱いについて、こちらも特別悪いようなことはなかったらしい。

さすがにバルスヒュベリオンで派手に地形を変えた後始末やら情報統制やらで苦労をかけさせた良心の呵責(やったのは遠藤じゃなくて俺だが)もあってかイギリスでの活動に条件は付けられたものの、遠藤に専用回線を渡してイギリスで何か活動をするときは一報を入れる程度に収まった。

最後に、エミリー博士について、こちらは実家に保安局の護衛だけでなく、遠藤からも分身体を送ることにしたらしい。

エミリー博士はずいぶんと遠藤に懐いていたし、本人じゃないとはいえ嬉しいのは間違いないだろう。

また、一命を取り留めた、というか俺が蘇生したダウン教授も、一生塀の中にはなるらしいが、面会の許可は出せるようだ。「こんな形で生きながらえるくらいなら!」とかなんとか言ってたらしいが、遠藤の説得もあって今は落ち着いているようだ。とはいえ、エミリー博士に対するあれこれが消えたわけではないから、面会できるとは言ってもまともに会話できるのはまだ先になりそうだ。

そして、予定通りであれば、遠藤は今日帰国するはずだ。

今頃は、空港でお別れでもしているところだろう。

 

「そんで、ハジメ。()()()は送ったんだな?」

「おう。今頃、ちょうどいいタイミングで合流しているはずだ」

 

遠藤からの報告をハジメの家で話していたのだが、話し終わってから俺とハジメは口元に笑みを浮かべた。

その様子を、ハジメサイド、というか主にシアが軽く上機嫌になりながら頷き、俺サイドは呆れ半分の苦笑を浮かべていた。

 

「このタイミングでラナさんを送り込むのは、ちょっと悪趣味じゃない?」

 

そう。実はゲートキーの実験と称してトータスから地球に移住してきたラナを遠藤がいるだろう空港に送り出したのだ。

普通なら、エミリー博士の恋心は遠藤に恋人がいたということで儚く散ってしまうだろう。

だが、これは遠藤も知らないことなのだが、ラナは『ハウリア族の次期族長で、なおかつハーレム作ってる魔王の右腕たる者、嫁が1人では足りない!せめてあと6人ほしい!』などと言っているのだ。

嫁を7人集めてどうしたいのかはともかく、ラナは割と重婚バッチこい!な考えのため、合流しているのなら修羅場になっているはずだ。

まぁ、こればっかりは根本的に価値観が違うからなぁ。

現代ではどの身分というか立場でも重婚は嫌われているが、トータスでは身分が上の者は普通に愛人がいたり重婚もしていたりする。というか、亡くなったあとでも再婚どころか恋人すら作っていないカムが珍しいというか、いっそ特殊と言っても過言ではない。

そんなことを考えていると、ハジメのスマホに電話がかかってきた。

表示されている名前は、遠藤だ。

 

「おう、遠藤。どうし・・・」

『覚えてろよ、南雲』

「は?あ、ラナと合流したんだな?その様子だと、面白いことになってるみたいだな?」

 

そんなことを言いながら、ハジメはカラカラと笑う。

俺も似たような笑いを堪えるが、漏れ出た声が聞こえたのだろう。

 

『今度は絶対ぶん殴ってやる!峯坂も近くにいるんだろ!俺にラスト・ゼーレを渡したこと、後悔しろ!』

「え、ちょっ、おまっ・・・切りやがった」

「あらら・・・」

 

他人事のように言葉を漏らすが、まさか俺も巻き添えになるとは。

ぶっちゃけラナを送り込んだのはハジメの判断で、俺は止めなかったとはいえ、別に何も言ってないんだがな。

ただ「今回の事件で遠藤に惚れた女がいる」と話しただけなんだが、アウトだったらしい。

まぁ、こんなバカ騒ぎができる程度には平和になった、ということにしておこう。




前回にも言いましたが、今話をもって「二人の魔王の異世界無双記」は完結および連載終了とさせていただきます。
本当は二次アレンジ・オリジナル共にいくつか書きたかったアフターがあったんですが、今の調子だとただグダグダ続くだけになり、質がひどく低下してしまう恐れがあるため、今回で区切りといたします。
もしかしたら、いつか書ける余裕が生まれる可能性も0ではありませんが、大学その他諸々の関係で難しいのは目に見えており、仮に生まれたとしてもその時書いたものと今書きたかったものが一致するとは限らないので、未練を断ち切るという意味でも連載終了とさせていただきます。
投稿開始から3年と9か月、長い間本シリーズを読んでくださり、感謝の極みです。
今まで「二人の魔王の異世界無双記」を読んでくださり、本当にありがとうございます。

それでは、これで「二人の魔王の異世界無双記」の連載を終了させていただきます。
改めて、今まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


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