ありふれた勇者と正義の味方 (海・海)
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プロローグとステータス

ありふれた世界×Fateは偶にあるけど英霊エミヤが出ない。→なら出そう。

そんな感じで生まれた小説です。どうぞ。



 俺の名前は天之河光輝(あまのがわこうき)

 自分でいうのもあれだけど、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、剣道は全国クラスと、かなり優秀な部類に入ると思う。

 

 今日は月曜。週の初めなので、親友の雫や龍太郎と一緒に学校に通っている。

 

 八重樫雫(やえがししずく)

 俺が通ってる剣術道場の道場主の娘で、長い黒髪のポニーテールがトレードマーク。

 凛とした雰囲気は侍を彷彿とさせる。

 

 坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)

 百九十センチメートルの身長に熊のような大きい体格の男。努力、根性、熱血が大好きな熱い男だ。

 

 

 「南雲君。おはよう。毎日大変ね」

 「香織、また彼の世話を焼いているのか?全く、本当に香織は優しいな」

 「全くだぜ、そんなやる気ない奴にゃあなに言っても無駄と思うけどなぁ」

 

 上から雫、俺、龍太郎の順であいさつしていく。

 

 今俺たちの目の前にいる二人は白崎香織と南雲ハジメだ。

 

 白崎香織(しらさきかおり)

 いつも微笑みが絶えなくてとても優しい性格をしている。非常に面倒見がよく、責任感が強い。

そのため学年問わずよく頼られるが、それを嫌な顔せず真摯に受け止める。

 

 南雲(なぐも)ハジメ

 授業は居眠りばかりで態度が悪い。休日はゲームばかりで、何かと気にかけてやっている香織の好意に報いようとすらしない最低な男だ。

今だってクラスメイトに小言を言われているのを香織に助けてもらっている。

 

 「まあ、自業自得ともいえるから仕方ないよ」

 

 確かに南雲が小言を受けるのは自業自得だが、それをいちいち助けなきゃいけない香織の気持ちを考えろよ。

 

 「それが分かっているなら治すべきじゃないか?いつまでも香織の優しさに甘えているのはどうかと思うよ。香織だって君に構ってばかりはいられないんだから」

 

 なんでこいつは香織が面倒臭がりつつも耐え忍んで一緒にいるのがわからな「?光輝君、何言ってるの?私は、私が南雲君と話したいから話してるだけだよ?」

 

 「え?」

 

 そんな馬鹿な!?いや、そうか。香織はきっと南雲に気を遣っているんだな。そうに違いない。

 

 「……ああ、ホント、香織は優しいよな」

 

 この会話の後、始業のチャイムが鳴ったので、急いで席についた。

 

 

 

 

 

~昼休み~

 

 

 

 

 

 授業が終わったので香織と一緒に弁当を食べようと思ったが、香織は相変わらず南雲に構っている。

全く、優しいのはいいことだけど、いきすぎると考え物だな。

 

 「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲もまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 「え?なんで光輝君の許しがいるの?」

 「ブフッ」

 

 また南雲に気を遣っているのか。優しすぎるよ香織。なぜか雫が笑ってるような気がしたけど、いや、雫はそんなことしないか。

 

 そして、俺が香織を説得していると、俺の足元からなぜか魔法陣が現れた。

 

 その魔法陣は徐々に輝きを増していき、ついには教室全体を巻き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎いたしますぞ。私は、聖教教会にて教皇の位置に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、よろしくお願い致しますぞ」

 

 

 

 この異世界召喚が、後に俺の運命をあんなに大きく狂わせるなんて、最初は思ってなかった。

 

 最初はただ困っている人を見捨てられず、助けようとしただけなのに。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 混乱している俺たちにイシュタルさんがしてくれた説明は、要約すると次のようなものだった。

 

 この国はトータスと呼ばれていて、トータスには亜人族、魔人族、人間族の三種類の人種がいる。

 人間族と魔人族は何百年も争ってきた。

 魔人族が魔物を使役出来るようになってピンチになったから人間族の守護神エヒト様が勇者(俺たち)を呼んだ。

 

 

 「ふざけないで下さい!結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰してください!きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしている事はただの誘拐ですよ!」

 

 いきなりの出来事に愛子先生が憤慨する。

 

 愛子先生

 今年二十五歳になるのに身長は百五十センチメートル、そして恐ろしいほどの童顔。言ったら本人は怒るが、皆愛ちゃんと呼んで慕っている。

 

 そんな先生の頑張りも虚しく……

 

 「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 とんでもない爆弾が落とされた。

 

 「うそだろ?帰れないってなんだよ!」

 

 「いやよ!なんでもいいから帰してよ!」

 

 「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」

 「なんで、なんで、なんで……」

 

 皆パニックになっている。もちろん俺もだ。だけど、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 帰れるなら俺だって帰りたい。だけど、このままパニックになったままだと何も変わらない。現実を受け入れて、少しでも前に進まないと。

 それに……この世界で苦しんでいる人たちを放っておいて帰るなんて、俺にはできない!

 

 「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味が無い。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人たちが滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん?どうですか?」

 

 「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

 

 「俺たちには大きな力があるんですよね?ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

 「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

 そんなにあるのか!?それなら、俺はこの力で世界を救ってみせる!

 

 「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 俺は、それを拳を握りながらこの場にいる全員に宣言した。その甲斐もあってか、パニックは収まりみんなの目には希望の光が灯し始めた。

 

 「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

 

 「龍太郎……」

 

 「今のところ、それしかないわよね。……気にくわないけど……私もやるわ」

 

 「雫……」

 

 「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 

 「香織……」

 

 皆……本当にありがとう。これだけ力になってくれる仲間がいれば、世界が救える。

 

 よし!頑張るぞ!

 

 

 そして、戦争にはクラス全員が参加することになった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 その後、ハイリヒ王国の王宮に移動した俺たちには、まず銀色のプレートが配られた。

 

 「よし、全員配り終わったな?このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 メルド・ロンギヌス

 ハイリヒ王国騎士団長。豪放磊落(ごうほうらいらく)な性格で、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらいだ。

 

 俺としてはそちらの方がありがたい。(はる)か年上の人達に慇懃(いんぎん)な態度を取られると居心地が悪くてしょうがない。

 

 その後、ステータスプレートの使い方やアーティファクトについての説明を受けたあと、皆プレートに血を垂らし始める。もちろん僕もだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このステータスの発現が、俺の運命を大きく狂わせることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐわぁああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 痛い、痛い、痛い、痛い、イタイ、イタイ、イタイ、イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ

 

 突然襲い掛かる激痛。いや、そんな表現が生ぬるいほどのとてつもない痛み。

まるで体の中の今まで使われていなかった機能が急に稼働したような疲労感と、体の中に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()不快感と激痛。

 

 「お、おいっ!?どうした光輝!?」

 

 「ちょっと!大丈夫なの!?」

 

 龍太郎と雫が何か言っている気がするが、こっちは激痛でそれどころじゃない。

 皆何を言っているのかわからない。そのはずなのに、なぜか、頭の中で声が響いた。

 無機質で、何の感情もない、機械のような声。

 

 

 

 

 

 「力が欲しいか?」

 

 (何?)

 

 人が大変な時に何言ってるんだ?こいつは?

 

 「欲しいか?人類を救う守護の力が?」

 

 そんな都合の良いものがあるのか?そんな夢みたいなことが。いや、異世界召喚なんてものがあるのなら、そんな力もあるかもしれない。もしそうなら……

 

 (ああ、欲しい!皆を、世界を救う力があるなら、俺は欲しい!)

 

 「なら契約しろ。その死後を、世界に捧げろ」

 

 意味は良く分からなかった。けど、みんなを救えるのなら、俺は何だってやってやる!

 

 (ああ、それで世界が救えるなら、いくらでも契約してやる!)

 

 俺はこの時、もっと良く考えるべきだった。死後を捧げるというその意味を。だが、激痛で頭が回らなかった俺は、世界を救えるという甘い言葉に乗せられて、契約してしまった。

 

 そして、突然白い光に包まれた俺は、激痛がやんだ瞬間に気絶してしまった。

 

 

 

 




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天之河光輝 17歳 男 レベル:1
天職:勇者/抑止の守護者(カウンターガーディアン)
筋力:100
体力:100
耐性:100
敏捷:100
魔力:150
魔耐:100
勇者技能:全属性適正・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解
守護者技能:英霊憑依・英霊適合・夢幻召喚(インストール)限定召喚(インクルード)・魔術回路・変化魔術・強化魔術・解析魔術・投影魔術
宝具:無■■剣■
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夢と出会い

 ……夢を見ている。

 

 ……地獄を見ている。

 

 何一つ救いのない火災の中を、一人の少年が歩いている。

 

 「どうか、どうか子供だけでも」

 

 その少年は、助けを求める声から耳を塞ぎながら、前を歩き続ける。

仕方のないことだ。その少年だって、自分が生き残るのだけで精一杯なのだから。

最初は震えながらも助けようとした。

だけどその人は、瓦礫に潰されて亡くなった。

少年は顔に恐怖を浮かべ、泣きながら歩き続ける。だけど、その地獄から抜け出すすべはなく、ついには力尽きて倒れてしまう。

それでも救いを求めて伸ばした手を、一人の男がとった。

 

 「生きてる!生きてる!生きてる!」

 

 男は涙を浮かべながら、少年を抱き上げる。

 

 「ありがとう……。ありがとう……」

 

 本来は助けられた少年が言うべきお礼を言ったのは、男の方だった。

 

 「見つけられてよかった。一人でも助けられて……。救われて」

 

 男は少年を救えたことを心の底から、泣きながら喜んでいた。

まるで、本当に救われたのは、助けた男のようにも見える、矛盾した光景。

だけど俺は、なぜかそれを……美しいと思った。

とても尊い、大切なもののように見えた。

 

 

 

 場面は変わり、見たこともない武家屋敷の縁側で、二人が語り合っている。

 

 

 

 片方は黒髪黒目の大人で、その眼は何か大切なものを諦めてしまったような、諦観を感じさせる瞳だった。

 

 もう片方は赤銅色の髪に琥珀色の瞳の少年で、厳しい表情を浮かべていた。

 

 「誰かを救うという事は、誰かを助けないという事なんだ。いいかい?人間の手で救えるものはね、自分が肩入れした側のものだけなんだ。当たり前のことだけど、それが正義の味方の定義なんだ」

 

 男の方が語った持論は、とても俺には受け入れられないものだった。

そんなことはないと、すべてを救う方法は必ずあると、いや、なくちゃいけないと、そう声に出して言いたかった。

ただ、夢の中で俺は何も言えず、俺と同じことを思っただろう少年が、何かを伝えて会話が終わった。

 

 

 

 また場面が変わった。

 

 場所はさっきと同じ縁側で、二人とも何をするわけでもなく、月を眺めている。

 

 「……子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた」

 

 「なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」

 

 正義の味方。弱きを助け悪を挫く、全てを救うヒーロー。この男だけじゃない、全ての男は、子供の頃はそれに憧れるだろう。だが、そんなものはアニメや漫画の中だけで、ヒーローはこの世には存在しない。そう考えると、自分は運が良かったのかも知れない。異世界召喚のおかげで、そんなヒーローみたいな力を手にすることができたのだから。

 

 「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、オトナになると、名乗るのが難しくなるんだ。そんなコト、もっと早くに気が付けばよかった」

 

 俺は、その言葉に疑問を覚えた。何でオトナはヒーローになれないのか?と。だって、皆を救う力と正義の心があれば、オトナでもヒーローになれるはずだ。そのはずなのに、何でそれを憧れた本人が否定するのか、俺には解らなかった。

 

 「そっか。それじゃしょうがないな」

 

 「そうだね。本当に、しょうがない」

 

 少年は納得したようだが、俺は納得できない。諦めなければ、オトナでもいつか正義の味方になれるはずだ。それをあの男は否定した。あの男は諦めたのだ。俺は男の結論を否定したかった。だが、そんなことはないというたった八文字さえ口に出せなかった。

 普段の俺なら、あの男を夢を諦めた意思の弱い軟弱ものと罵倒していただろう。だけど、諦観と絶望を宿した光の無い、死んだような目を見てしまうと、それを口に出すのは躊躇われた。なぜあの男がそんな目をするようになったのかを、自分は知らないのだから。

 

 「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ」

 

 それはさり気無く、けれど、強い決意を秘めた口調で放たれた言葉だった。

 

 「爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの夢は━━」

 

 「そうか。ああ━━安心した」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 パチリ

 

 

 「……今の夢は?」

 

 俺はムクリと体を起こしながら、今の夢について思考を巡らせた。あの火災も二人の登場人物も、俺は全く知らない。それなのになぜ、それが夢に出たんだろう?

ていうかここはどこだ?ベッドの上?

 

 「「「光輝(君)!!」」」

 

 どうやら俺が気絶している間、雫、香織、龍太郎の三人が看病してくれたらしい。てことは、ここは医務室か何かか。

 

 「皆、俺何時間くらい気絶してた?」

 

 「大体三時間くらいね。びっくりしたわよ。他の皆がステータスプレート使っても体に異常が無かったのに、あんただけ急に苦しみ出すんだもの」

 

 「アハハ……」

 

 雫の言葉が本当なら、あの痛みを味わったのは俺だけなのか。原因は何なんだ?

 正直あの痛みは二度と味わいたくない。あれは打撲や切り傷とは違う、マッドサイエンティストに人体実験でもされない限り味わうことのない慣れない痛みだ。体の中にあんな規模の異物が入ってくるなんて……いや、実際に何か入ったわけではないが、そんな感覚だったのは間違いない。

っと、そんなことより、看病のお礼言わないと。

 

 「雫、龍太郎、香織。わざわざ看病してくれてありがとう」

 

 「気にしないで。あんなに苦しんでたのに、放っておくなんてできないわ」

 

 「友達(ダチ)が寝込んでんだ。こんくらい当然だぜ」

 

 「私は治癒師だから、患者を看病するのは当然だよ」(本当は南雲君と一緒にいたかったけど)

 

 いつ目覚めるかもわからない俺を三時間も待っていてくれたなんて、俺は本当に最高の友人を持った。

 

 

 

 ……あとで聞いた話だが、治癒師の香織と付き添いの雫は容体を見るためずっと看病していたが、龍太郎は皆と外で喋っていて、少し様子を見に来た五分後に俺が起きたらしい。

 ……超恥ずかしい。なんだよ、最高の友人を持ったって。

このあと俺の龍太郎を見る目が白くなったのは仕方ない。俺は悪くないはずだ。

 

 「治癒師っていうのは、香織の天職かな?字面からして、治療に特化した職業みたいだね。優しくて、香織らしい良い天職だと思うよ」

 

 「ありがとう。光輝君」

 

 「そうだ!天職で思い出したけど、光輝、あんた天職が二つあるらしいわよ。メルド団長もこんなのは初めてで、あんたが気絶したのもそれが原因じゃないか?って」

 

 「すげぇじゃねぇか光輝!考えられねぇくらいすげぇよ!まあ、お前らしいっちゃあらしいけどよ」

 

 「ありがとう。龍太郎。そんなに期待されてるなら、俺も頑張ってそれに応えないとな」

 

 この後、香織に体の調子について聞かれて、四人で他愛もないお喋りを十分程した後、俺のステータスプレートを貰い、三人は部屋を出ていった。

 

 

 

 三人が部屋を出たあと、俺は自分のステータスプレートを見ていた。

 

「魔力は150でそれ以外は100か。でも基準がわからないとこれが強いか弱いか判断が付かないな」

 

 それに、天職だって勇者はなんとなくわかるが、もう一つは想像すらできない。いったい何なんだろう?抑止の守護者(カウンターガーディアン)って。

気絶するわ変な夢を見るわ、この世界に来てから散々な目にあってきてるな、俺。

 

 『確かに判断は付かないが、君は才能もあるようだし、その数字はレベル1にしては強いほうなのではないかね?』

 

 「うわっっ!!!」

 

 い、今の声は!?

 

 『急に声をかけてすまなかったな。いやしかし、この程度のことでそんなに驚くとは、今回の(マスター)、いや、宿主(マスター)はずいぶん臆病なようだな。いやはや、これではせっかくの才能も宝の持ち腐れというものだ』

 

 「いきなり誰もいないのに話しかけられたらそりゃ驚くよ!ていうか、どこから喋ってるんだ?」

 

 『私は君の体の中にいる。君と視界を共有してステータスプレートとやらを見させてもらったが、そこに記されている英霊憑依という技能が原因だろうな』

 

 「英霊?あなたはいったい……?」

 

 『ただの弓兵だよ。呼び名はアーチャー……いや、この状況では、真名の秘匿は何の意味も成さんか。では、良く聞くがいい』

 

 

 

 俺は一生忘れない。この出会いを、この人の真名を、この人の生き様を。この人は、それだけの影響を俺に与えたのだから。

 

 

 

 『英霊エミヤ。それが私の真名だ』

 

 

 

 これが、俺の全てを変える要因となる人物、英霊エミヤとの出会いだった。

 

 

 



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エミヤの選択と光輝の歪み

 英霊エミヤ。それがこの人の名前。

 

 「あの、そもそも英霊って何ですか?」

 

 『む、そこからか。まあいい、よく聞け。英霊とは、過去、現在、未来を問わず、ありとあらゆる時代に偉業を成した英雄が死後、英霊の座にその魂が登録された存在のことだ』

 

 「じゃあ、あなたも英雄なんですか!?」

 

 『いや。残念ながら、私は自らの光だけで座に登録された存在ではない。私は守護者だ』

 「守護者?」

 

 『守護者とは、死後自分の魂を世界に売り渡すことを条件に、英霊としての力を手に入れた者だ。その役割は、人類の滅亡の阻止。抑止の守護者とも呼ばれているな』

 

 「じゃあ、俺のこのもう一つの天職は……」

 

 『……そうだ。それは間違いなく、君が守護者になる契約を交わしたことにより得たものだろう』

 

 「じゃあ俺は、英霊になって多くの人を、世界を救う力を手に入れたってことですか!?」

 

 『……ああ。…………そうだろうな』

 

 確かに守護者になれば、多くの人間が助かることも、世界を救うこともできるだろう。だが、それは今光輝が思っているような、全てを救う正義の味方などでは断じてない。十人を救うために一人を殺す。百人を救うために十人を殺す。千人を救うために百人を殺す。そうすることによって人類の滅亡を防ぎ、世界を救う。それが守護者の役割だ。

 

 守護者は人など救わない。守護者のやることはただの掃除。それが結果的に多くの人を救うことになっているだけに過ぎない。それは正義の体現者ではあっても、正義の味方ではない。守護者では正義の体現者には成れても、正義の味方には成れない。

 

 エミヤはそれを教えることはできなかった。光輝とその友達の会話を聞いていたが、光輝は衛宮士郎のように破綻していない。信じられないことだが、光輝は十七歳にもなっていまだに性善説を信じ、誰も犠牲にせず全てを救うことができると本気で思い込んでいる、現実を知らない子供なのだ。

 

 そんな子供に自分は理想とは違う正義の体現者となり、多くの人間を殺すことになると、そんな救いのない残酷な現実を教えるほど、エミヤは非情になれなかった。だが、今後の光輝がその力をどんなふうに使うのか、それだけは確認しなければならない。

 

 『君は、その力を何の為に使うつもりだ?』

 

 これはエミヤにとって確認に過ぎない。なぜなら、この未熟な子供は、未熟だった頃の自分(衛宮士郎)に似ているから。

 

 「それはもちろん、この世界を救うためですよ」

 

 (やはりそう答えるか)

 

 この答えは予想がついていた。なぜなら、衛宮士郎だった頃の自分も、そう答えていただろうから。

 

 『なぜこの世界を救う?君と友達の会話を聞いて、ある程度君たちの状況は分かっている。異世界から誘拐されて、多種族と戦争しろなんて、断っても大抵の人間が納得するだろう。神を信仰している狂信者以外はな』

 

「確かにそうです。この世界の人達がやったことは良い事じゃありません。けど、仕方のない部分だってあるから、それは別にいいんです。戦争についてだって、この世界の人たちが困っているのに、それを見捨てるなんてできないし、それに、世界を救う力があるんだったら、そりゃ助けますよ」

 

 『それが、多くの人間を傷つけることになってもか?』

 

 「はい?」

 

俺は、この人が何を聞いているのかわからなかった。その意味が本気で理解できなかった。だって、世界を救うことが、多くの人間を傷つけることになんてあるはずないのに。

 

 「何言ってるんですか?世界を救うことが多くの人間を傷つけることになるはずないじゃないですか」

 

 『本気で言っているのか?戦争だぞ。戦場では多くの人間同士が争うことになる。魔人族も、人間族も、それぞれが掲げる大義も、何もかも関係なしに多くの人間が傷つき、死んでいく。君は誰も傷つかない戦場があると思うのか?』

 

 「だったら誰も傷つかないように力のある俺たちが魔人族を倒せば……」

 

 『それは、必要なら魔人族を殺すという解釈でいいのだな?おそらく魔人族は、アニメの悪役のような絶対悪の理由で戦場に立っていないと思うぞ』

 

 「そ、そうなんですか?じゃあどうすれば……あ!そうだ、話し合いでなんで人間族を攻撃するのか聞けばいいんですよ。それを解決したら戦争は終わります」

 

 『その交渉に魔人族が応じない可能性は?その理由が解決できない可能性はどうするつもりだ?』

 

 「魔物を全部倒して戦力を削げば交渉に応じてくれるはずです。理由の解決だって何とかなりますよ。俺たちには勇者の力があるんです。その力があればなんだってできます」

 

 『……その理由を解決しても戦うことを望む者がいたらどうするつもりだ?』

 

 「何言ってるんですか?そんな人いるわけないじゃないですか?皆本当は善い人なんですから、理由もなく戦うなんてありえないですよ。大丈夫。()()()()()()()()()()()()()()()、これも何とかなりますよ」

 

 (そういうことか)

 

 エミヤは理解した。なぜ光輝がこんな現実を知らない未熟者になったのかを。光輝は才能がありすぎたのだ。だから大抵のことは何でもできるし、困ったことは解決できる。そうやって他人の困りごとを解決して、その全てを正しいと言われ、褒められ続けたのだろう。

 

 子供は、自分のやっていることが間違いだとしても、それを指摘されないと間違いに気付けない。そして、光輝は才能がありすぎた故に、他人が指摘できるだけの間違いを犯さなかった。そして、指摘されないまま成長し、自分のやることが全て正しいと錯覚してしまった未熟者。それが天之河光輝という人間だ。

 

 (現実を知らない分あの未熟者(衛宮士郎)より(たち)が悪いな。この少年は、現実を身を持って味わい、一度挫折(ざせつ)させたほうがいい。それまでは、目に余る独善を行った場合それとなく注意するだけにとどめておくか。癇癪を起されて反抗的になってはたまらんからな)

 

 『そうか。こちらは、その力を悪のために使わないのなら何も言うことはない。せいぜい努力し、その力を磨きたまえ』

 

 「はい!俺、頑張ります」

 

 エミヤは理解していた。光輝が唯の独善者であるという部分は。

 だが、エミヤは気づかなかった。光輝のその思考は破綻こそしていないが、歪んだものではあるという事に。その思考を矯正させるための挫折が、後の光輝の人生に大きな影響を与えることに。

 

 だが、もう選択は為されてしまった。エミヤが少しずつ現実を教えて徐々に改善していく道を選ばなかった時点で、光輝の運命(fate)は定まってしまったのだから。

 

 

 

 

 

 



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暗い世界に光を

 エミヤさんと出会ってから二週間が経った。

 この二週間でやったことはほとんど剣術の訓練だ。

 今は前衛職は素振り、後衛職は魔法の訓練をしている。

 

 「ふう。素振り終わり。やっぱりこの世界に来てから体が疲れにくくなってるな。身体能力がものすごく上がってる」

 

 『それもあるだろうが、日を追うごとに無駄な動きが削れているのも疲れにくくなっている一因だろう。大した才能だ』

 

 「ありがとうございます。けど、英霊になったあなたには及びませんよ」

 

 『いいや、私に剣の才能などほとんどなかった。どの武器も精々二流の腕前だろうな。まともに扱えたのは弓だけだ。いや、まともというのもおかしいかもしれないが』

 

 嘘だ。いくら何でも謙遜が過ぎると思う。何で才能も無いのに英霊になれたんだ?

 

 「二流で英霊になれるんですか?」

 『なれないよ。だから私は抑止力と契約したんだ。自力で座に登録されるほどの力があったらわざわざ契約などしない』

 

 そうか!抑止力の力を借りれば凡人でも英霊になれるんだ!すごいな!

 

 異世界召喚の影響で急に強くなった光輝は気づかなかった。エミヤがどのような想いと努力で英霊になったのか。簡単に早く強くなるなんて都合の良いことなんてそうそうない。だが、光輝はその都合のいいことに遭遇してしまった。だから勘違いしてしまった。抑止力との契約もそういうものだと。

 

 「でも、それだったらなんで抑止力は守護者をたくさん増やさないんですか?たくさんいたほうが多くの人を助けられると思うのに」

 

 エミヤは、一瞬自分のような正義の体現者がたくさんいることを想像して恐怖した。そんなことが実際にあったら地獄だ。守護者は、全てを救うヒーローではなく、人類の害となるものを殺す殺人者なのだから。

 

 『……できればそんなに増えないで欲しいものだな。それで、質問の答えだが、簡単だ。そもそも、契約する者がいない』

 

 「ええっ!?なんでですか!?多くの人を救えるのに?」

 

 『その多くの人のために、死後の安寧を売り渡すものなどそうはいまい。死んだ後永遠に人の為に戦い続けるなど、常人には不可能だろう』

 

 その言葉を聞いて、俺は不安になった。永遠という言葉は、寿命のある人間である俺には想像もできない重みがあるだろうからだ。

 

 『もっとも、君は大丈夫だろうがな。永遠に戦うことすらできないものと契約など、抑止力はしないだろう』

 

 「そ、そうですか。よかった」

 

 エミヤが言ったことは出来る出来ないの話であって、辛いか平気かの話ではないのだから、喜ぶのは違うのだが、エミヤはあえてそれを指摘しなかった。

 

 『おそらく、君と私がいた世界は同じ世界だろうな。元の世界の抑止力は、守護者の候補として前から君に目をつけていた。だが、契約する前に異世界へと連れていかれてしまった。このままでは君に干渉できなくなってしまう。だから、召喚されたばかりでまだ位置が把握できている間に、契約と同時に私の霊核を無理やり適合させ、繋がりを作った……といったところか』

 

 さすがに抑止力も異世界に長期滞在されたら干渉できないらしい。まあ当然だ。異世界への移動は、エミヤ達の世界では魔法事象としてすら認識されていない奇跡なのだから。

 

 (正直今でも信じられない。この世界の神秘の発展は私達の世界の数段は上をいっている)

 

 そして、その発展した魔法を簡単に使用できる学生達を見て、この世界の常識はおかしいと思った。

 自分も生前召喚されていたら魔法がつかえただろうか?とも思ったが……

 

 「はあ、やっぱりうまくいかないなぁ~」

 

光輝と共有した視界でうまく魔法が発動できない南雲ハジメを見て、自分はああ なっていただろうと考えを改める。

 

 「南雲はあまりうまくいってないみたいだな。まったく、異世界に来ても南雲はやる気なしのままか。休憩時間は本ばかり読んでるし」

 

 『本を読んでいるのは、おそらく情報収集のためだろうな。何なら君も読むといい。敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。情報は時に単純な力以上の意味を持つ。闇雲に努力するよりも、知識を集めるほうがあの少年にとっては効率的だろう』

 

 「でも、そればかりで何の努力もしないのはどうかと思いますよ」

 

 『情報収集も立派な努力だ。彼の知識は、これから何らかの役に立つと保証しよう。それとも、幾度となく戦場を渡り歩いた私の言葉を、最近まで戦場と程遠い環境にいた学生が否定するのかね?それはそれは、私もなめられたものだ』

 

 「いえ!俺は別に、あなたを侮辱する気は……」

 

 『なら黙って彼の努力を見届けたまえ』

 

 クソ!なんでこの人は南雲の味方を?まさか、この人まで香織と同じように南雲に気を遣っているのか?

 

 何とか言い返したいが、光輝には反撃の言葉が浮かばない。下手な返しはエミヤへの侮辱になるからだ。光輝は英雄と呼ばれ、多くの人を救ってきただろうエミヤのことを尊敬している。そのエミヤを侮辱する気なんてない。

 

 だが、光輝が思い浮かべる反論ではどれもそう受け取られそうだった。それもそうだ。反論とは、相手のことを否定して初めて成り立つのだから。そうなれば光輝は何も言えない。そもそも、精神年齢が並みの高校生よりも低い光輝に、口が達者で皮肉屋なエミヤに口で勝てるわけないのだ。

 

 これでもエミヤは言葉を抑えているほうだ。なぜ抑えているかというと、下手に罵倒すれば反抗的になってこちらの言葉を受けいれなくなるだろうからだ。それと、将来守護者となり、茨の道を進むことが確定している光輝への同情もある。もし光輝がもう少し聞きわけが良くて、守護者候補になることがなかったら、思いっきりあかいあくまを怒らせた皮肉と罵倒の嵐がお見舞いされただろう。

 

 そんなふうに思い悩んでいるうちに、休憩時間がやってきた。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 「解析、開始(トレース・オン)

 

 休憩時間、俺は一般兵に支給される普通の剣を複数解析した。

 

 創造理念、基本骨子、構成材質、制作技術、成長経験、蓄積年月、その全てを読み取る。

 

 「ふう」

 

 案外簡単に見えるが、これがかなり疲れる。何せ、それなりに使い古された剣の情報が一気に頭に入ってくるのだ。当然脳に負担がかかる。話に聞いた宝具とやらがこれとは比べ物にならない情報量を誇るなら、おそらく今の自分には中身が空っぽの張りぼてですら投影できないだろう。

 

 「まさか、傍から見たら同じ剣なのに、一本一本にこんな違いがあるなんて」

 

 構成材質は同じだし、基本骨子は多少似通っているが、その他はまるで違う。

 

 『武器というのは奥が深いものだ。一見同じようなものが深く見れば全然違ったり、その些細な違いが性能に大きな差を生むことだってある』

 

 「はい!俺、これから自分の武器はちゃんと見て選びます」

 

 一般兵用の武器はどれも同じだと思っていたが、武器にはそれぞれ違いがある。その違いを、新しいことを知り、知的好奇心を満たすことはとても楽しい。俺は、徐々に武器の魅力にはまりつつあった。

 

 「そろそろ投影魔術も使ってみたいです」

 

 今まではエミヤさんの『武器のことをよく知らない半端者がいきなり投影だと?まずは解析魔術を上手く扱えるようになってから出直すんだな』という言葉と共に使用を禁じられた投影だが、そろそろ使ってもいいのではないだろうか。

 

 『せめて宝具の解析くらいはできるようになってから……と言いたいところだが、この世界では宝具の出番は無さそうだからな。普通の剣の投影ならば許可しよう』

 

 エミヤはクラスメイトのことをそれなりに観察していたが、だいたいが元の世界の一般人と比べれば高い戦闘能力を誇っていても、魔術師と比べたら精々二流の魔術師と打ち合えるレベルだった。八重樫雫や坂上竜太郎はこのままいけば一流の魔術師と張り合えるかもしれないが。

 ともかく、そのレベルで救世主ともてはやされるレベルなら、魔術師の力を超える宝具の投影は不要と判断した。

それに、早めに元の世界への帰還を望む光輝達を成長させる方法は、地道な努力よりも今は色々なことに挑戦させ、なるべく早く成長させるべきだと判断したのもある。

 

 「やった!じゃあ、早速やってみます。投影、開始(トレース・オン)

 

 そして、虚空から現れたのは、見た目は全く同じの一般兵用の剣だった。

 

 「よし!うまくできたぞ」

 

 俺はこの成果に満足したが……

 

 『ふん。それでうまくできただと?笑わせるな。見た目は全く同じでも、基本骨子は穴だらけで構造に理がない。さては、見た目ばかり気にして内側の構造の想定を疎かにしたな?たわけ!見てくれは良くてもそれでは実戦では使えん。格好を気にするならせめてこれくらいの剣、本物と大差ないくらいの性能を投影できるようになってからにしたまえ』

 

 容赦のない罵倒とともに否定された。しかし事実だ。確かに俺は剣の外側にばかり意識を向けていて、内側の構造の投影を疎かにしていた。けど、これはさすがに言いすぎではなかろうか?

 

 「酷いですよ!確かに内側の投影は意識していませんでしたが、それでもちゃんと投影できたんだから、それでいいじゃないですか!」

 

 『ならば、その剣を軽く叩いてみたまえ。すぐに砕けるぞ』

 

 投影品とは言え鉄なのだから、軽く叩いたくらいで砕けるわけないと思いながらも、俺はその剣を軽く小突いた。するとどうだろう。俺が始めて投影した剣は、いともあっさり砕けて、魔力の粒子となって消えた。

 

 『分かったか?内側の構造の投影に手を抜いた剣がどれだけ脆いか。そんな剣では誰も救えない。敵に向かって振るえば、傷つけることすら敵わずあっさり砕け散る』

 

 「クッ……!」

 

 ここまで見せつけられればさすがにわかる。俺の投影がどれだけ未熟で、ちゃんと投影できたと言えるレベルじゃないことくらい。でも、言われっぱなしはさすがに悔しかった。

 

 「そもそも、投影なんてやっても意味ないですよ。だって本物がすぐそばにあるのに、なんでわざわざ偽物を使わないといけないんですか?」

 

 『まあ、本物がそばにあればそれを使えばいい。だが、宝具クラスの武器はそばになかった。だから私は投影魔術を多用した。私は王様ではないからな。真作の宝具など大量に所有できない。だがな、真作に劣る贋作にもできることはある。例えば、内包する魔力を爆発させて敵を攻撃する、などだな。これは替えが聞く偽物だからできることだ。そもそも、投影魔術を最初にやりたいと言ったのは君だぞ。そんな君が、投影魔術は不要だと言うのかね?不用なら最初からやらなければ良いものを』

 

 「うっ……!」

 

 クソッ!反論が思い浮かばない。けど、このまま引き下がれるか!あんなに馬鹿にされたのに!

 

 もはやこれは己の正しさを疑わない独善ですら無く、ただの子供の癇癪だった。

 

 『ハァ……。そうムキになるな。確かに君の投影はまだ未熟だが、それは私と比べればの話だ。初めての投影なら、失敗する可能性すらあった。それを君は一度で成功させた。しかも、見た目は全く同じの状態でな。これは素晴らしいことだ。だが、もっと成長して欲しいとあえてきつい言葉を与えてしまった。すまない』

 

 「な、な~んだ。そういう事だったんですか!いいですよ。ホント全然気にしてないですから。俺、これからも投影頑張ります!あ、そろそろ午後の訓練が始まる時間だ。訓練場にいかないと」

 

 さっきのムキになった態度とは一転、上機嫌になる光輝。

 エミヤは思った。こいつが単純で人を疑わない性格でよかったと。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 訓練場にはかなり人が集まっていた。その中に雫、龍太郎、香織もいたので早速三人のもとへ行く。

 

 「おう!珍しいな、お前が遅刻ギリギリなんて」

 

 「本当ね。明日は雨でも降るのかしら」

 

 「いや、ちょっと新しい魔術の練習をしてたんだ」

 

 「魔術?魔法じゃなくて?」

 

 「ああ。投影魔術って言うんだ。まだ腕は全然だけど、きっともっと上手くなって、強くなって見せるよ」

 

 「へ~、そうなんだ」(そういえば南雲君どこだろう?遅いなぁ)

 

 光輝の話より想い人のことが気になるらしく、雑な相槌をうつ香織。だが、そんな雑な相槌でもこちらの話をきちんと聞いていると勘違いした光輝の話はどんどん続いた。

 

 だが、その南雲が檜山達(南雲をいつもいじめているグループ)に連れていかれるところを見て、香織は光輝の話を無理やり打ち切った。

 

 「ねえ、南雲君が檜山君達に連れていかれてるんだけど、どう思う?」

 

 「きな臭いわね。確か南雲君と檜山君達は仲は良くないはずだったけど」

 

 「怪しいな。あとをつけてみるか?」

 

 「きっと訓練を機に仲良くなったんじゃないか?それだったら一緒に行動してもおかしくないだろ?」

 

 何とも見当違いなことを本気でのたまう光輝。これが面倒ごとに関わりたくなくて言った言葉なら、雫も幼馴染の言動に頭を痛めることはなかっただろう。

 

 「それでも万が一があるし、行ってみましょう」

 

 「いや、万が一もないだろう。それに、グループでの行動を勝手に見られたら、檜山達も嫌がるんじゃないか?」

 

 (なんであんたはそんなことは気を遣えるくせに、人の悪意が関わることになるとダメなのよ!?)

 

 安定の幼馴染の言動に、雫がどうやってこの馬鹿を説得しようかと考えるが、それは不要になった。

 

 「行こうよ光輝君。ほら、早く!」

 

 「うわ!ちょっと!?」

 

 有無を言わさず香織に引きずられていく光輝。恋する乙女は強し。錬鉄の英雄ですら勝てない存在に、独善勇者が敵うはずもなかった。

 

 エミヤの脳裏にあかいあくま、黒い後輩、金髪縦ロール、冬木の虎が浮かんだのは完全な余談である。うち一人はいき遅れで、乙女ですらないし。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 檜山達の後についていったら、確かに度が過ぎた暴力、と言うべきものが行われていた。その檜山達から助けられて、お礼を言う南雲。

 俺からすれば、南雲は誰かに頼ってばかりで、努力をしようとしない怠け者だ。檜山達も、そんな南雲を見かねてあんなに過剰に攻撃して、やる気を引き出そうとしたのかもしれない。

 そして、俺はそのことを南雲に指摘しようとした。具体的には、読書の時間を鍛錬にあてろ、などだが、これが情報収集の一環となると努力のうちに入ってしまうので、言葉に詰まってしまった。

 

 俺が何も言えずにいると……

 

 『すまない光輝。頼みがあるのだが』

 

 (なんですか?)

 

 周りに人がいるときは、エミヤさんとの会話を聞かれるわけにはいかないので、心の中で返事をする。

 

 『今から私が話すことを、南雲君にも伝えてくれないだろうか。少し、気になることがあってね』

 

 (わかりました)

 

 意図は分からないが、エミヤさんの頼みを断るわけにもいかないし、断る理由もないので承諾する。

 

 「『南雲、君はなんで檜山達にやり返そうとしないんだ?彼らが憎くないのか?』」

 

 ハジメは驚いた。何せあの光輝からだ。人が誰かを憎むなんて発想がなさそうな・あの・天之河光輝から、そんな人を憎まない方がおかしいだろう?みたいな感じの質問がきたからだ。

 だが、まともな質問ならちゃんと答えようと、口を開いた。

 

 「なんか人に悪意を持つって苦手なんだ。喧嘩だって、僕が折れればそれで済むんだから、争うよりそっちのほうが良いかな?って思って……」

 

 「『それは、自分より誰かが大切だからそうしているのか?』」

 

 「う~ん、多分違うと思う。こっちが折れれば下手に面倒ごとにならずに済むから、多分、僕は面倒ごとが嫌いだからそうしているんだよ」

 

 「『そうか。だけど、それで君が傷ついて、その結果悲しむ人がいるんだ。それだけは肝に銘じておけ』」

 

 もっとも、私に言えたことではないがな、と、エミヤは心の中で付け加える。

 それともう一つ、南雲が自分より他人が大切だなんて言わなくてよかったと思った。光輝の前で自分より他人が大切だという考えを否定すればなんて言うかわかったもんじゃないから何も言えなかったが、もし南雲が自分より他人が大切なんて言って、光輝が独善的でなかったら、その考えがいかに歪であるのか長時間語って聞かせるつもりだった。

 

 南雲は光輝の口から伝えられたエミヤの言葉を聞いて、日本にいる両親の顔を思い浮かべ、今こちらを心配そうに見つめている香織に申し訳なさを感じた。

 

 「『あと、最後に一つだけ。君は戦う者じゃない。君は生み出す者にすぎない。君にできるのはその一つだけだ。なら、その一つを馬鹿みたいに極めてみせろ。外敵なんて要らない。君にとって戦う相手とは、自身のイメージに他ならない。それを忘れるな』」

 

 

 

 訓練に戻った後、俺はエミヤさんに、なんでそんなに南雲を構うのか聞いてみた。

 

 『そうだな。特にこれといった理由はないが、強いて言えば、彼が私に似ているから、かな』

 

 (どこがですか?)

 

 『戦う者としての才能がないこと、生み出す者としての才能はあること、あとは、お人好しなところ……だな』

 

 (南雲はエミヤさんみたいな立派な人とは違いますよ!)

 

 『私はそんなに褒められるほど立派な人間じゃないよ。それに、南雲君は素晴らしい人間だ。彼は何かきっかけがあれば大成するタイプだな。君も見習うといい』

 

 南雲をベタ褒めするエミヤさんの言葉を聞いて、なぜか俺は、南雲に対して苛立ちがわいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このやり取りの後、訓練終了後にメルド団長から明日は【オルクス大迷宮】へ遠征に行くことが発表された。

 

 

 

 

 

 ~宿場町【ホルアド】の宿の一室~

 ~香織Side~

 

 

 

 

 

 「今日も色々あったな~。けどまさか、南雲君があんな目にあっていたなんて」

 

 きっとあれは初めてあったことじゃない。だとすると、今までそれに気付かず、何もできなかった自分に悔しくなった。

どうしてもっと南雲君を見てやれなかったんだろう。そうすれば、もっと早くに助けられたかもしれないのに。

 

 「そういえば雫ちゃん、あの後ずっと光輝が壊れたああああ!!!って騒いでたなぁ。まあ、確かに変だったけど、騒ぐほどのことかな?」

 

 でも、いつも冷静な雫ちゃんが慌てているところは面白くて、思い出すと笑ってしまう。そうしているうちに幾分か気が楽になった。

 

 「それにしても、光輝君の最後の言葉、カッコよかったなぁ~。まるで、創ることを極めた職人さんみたいで。あれ本当に光輝君の言葉なのかな?誰かの受け売り?」

 

 みたいな、ではなく実際に極致に至った者の言葉なのだが、香織はきっと光輝君の知り合いの職人さんの言葉なんだな~、と思った。

 

 「ふぁ~あ。眠くなってきちゃった。もうこんな時間だし、そろそろ寝よう」

 

 そして、私は夢の世界に旅立った。

 

 

 

 

 

 夢の中では、南雲君が目の前に立っていた。

 

 「南雲君?南雲君!聞いてるの!?南雲君!!」

 

 声をかけても返事がない。一生懸命手を伸ばしても届かない。そして、最後に南雲君は、暗い奈落の底へ消えてしまった。

 

 「いやぁあああああああああああああああ」

 

 

 

 

 

 

 そこで、急に場面が変わった。光が少ない、暗い荒野の上に、私は立っている。

 

 草も、木もない荒野の上に生えているのは、その広大な世界を埋め尽くさんとするほどの数の剣、剣、剣。

 

 前を見ると、遠くのほうに、一人だけ人が歩いている。褐色の肌に、鉛色の瞳の男性だ。

 

 前に向かって歩む姿は、何かを目指してまっすぐ進んでいるようにも、あてもなく彷徨っているようにも見えた。

 

 何故かあの男性とこの世界を見ていると、ふと、こんな詩が頭の中に浮かんだ。

 

 

 

 体は剣で出来ている

 

 

 

 血潮は鉄で、心は硝子

 

 

 

 幾たびの戦場を越えて不敗

 

 

 

 ただの一度も敗走はなく、虚しい勝利がそこにある

 

 

 

 彼の者は常に理解されず、剣の丘で鉄を打つ

 

 

 

 その生涯に意味はなく

 

 

 

 借り物の体は、それでも―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣で出来ていた――――――。

 

 

 

 

 

 この世界とこの詩が、彼を表す全てなのだとしたら、なんて悲しい事なのだろうと、私は思った。

 

 

 

 

 

 

 誰か、この暗い世界に、(つるぎ)しかないこの世界に……

 

 

 

 

 

 光を…………与えてあげてください。

 

 

 

 

 




藤村大河「だぁれがいき遅れだぁあああああ!!!!!」

作者「うお!後書きからいきなりタイガーが!?後書き普段書かないから、いきなり出たら読者は反応に困るでしょ!?」

虎「はい!そうゆうのは気にしない。面白い後書きがかけるときに書く。無理な時は書かない。ど~せおまけなんだから誰も気にしないわよ」

作者「そんなこと言わないで!」

藤村先生「そんなことより、よくも人のこといき遅れだとか婆だとか生きていて恥ずかしくないの?とか言ってくれたわねぇ~」

作者「そこまで言ってないし!」

藤村教論「問答無用!宝具【竹刀(虎ストラップ付)】インクルード」

作者「ギャアアア!令呪を持って命ずる。エミヤ、その虎を足止めしろ!」

エミヤ「ふん。足止めをするのはいいが、別に、あれを倒してしまっても構わんのだろう?」

作者「むしろ倒して!」

藤ねえ「士郎!あんたもどうせ私のこと馬鹿にしてるんでしょ!?そんな子にはお仕置きよ!面ぇ~ん!」

エミヤ「グボァ!!!」

作者「アーチャーが死んだ!この人でなし!」

タイガー「次はお前だぁあああ」

作者「グボァ!!!」

作者も死んだ!この人でなし!

まだまだピチピチな乙女「テヘッ、やりすぎちゃった」

「」の左側に突っ込むはずの二人は、すでに死んでいた。


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夢幻召喚

更新遅くなってすみんません。


 現在、俺達は【オルクス大迷宮】の正面入口がある広場に集まっていた。

 まるで博物館の入り口のような、ちょっとイメージとは違う広場で受付の人にチェックをしてもらい、迷宮に入る。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 迷宮はとても静かだった。

 

 縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔道具がなくてもある程度視認が可能だ。

 隊列を組みながら進んでいるうちに、ドーム状の広場に出た。そして、物珍しげに 辺りを見渡している俺達の前に灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

 「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな。準備しておけ!あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、大した敵じゃない。冷静に行け!」

 

 メルド団長の指示に従い、俺達は前衛に俺、雫、龍太郎を配置して魔物と戦闘。その間に後衛である香織と、特に親しい眼鏡をかけた女子、中村恵里、そして背が小さくていつも元気な谷口鈴が詠唱するという訓練通りのフォーメーションで対処する。

 

 俺はハイリヒ王国から貰った聖剣という名の純白に輝くバスターソードを振るう。

 この剣には光源に入った敵を弱体化させる効果と、担い手の身体能力を自動で強化する効果がある。

 ちなみにエミヤさんに「宝具と比べてこの剣はどうですか?」と聞いたら、『宝具で例えるとどんなに高く見積もってもランクE~Dが席の山だろうな。強化は魔術でも再現可能だし、この程度の弱体化、ライダーの宝具には到底及ばん』と返された。ちなみにライダーとはエミヤさんが聖杯戦争で戦ったり一時は共闘したりした背の高い女の人らしい。

 さすがに言いすぎだと思ったが、竜殺しの聖剣、必殺必中の呪いの槍、人々の祈りの結晶、終いには一つの世界が宝具だという英霊もいて、その世界すら破壊する宝具もあるらしい。

 

 それを聞いたら自分の聖剣もショボく見えてきた。

 

 龍太郎が篭手と脛当てのアーティファクトで衝撃波を放ち、雫は刀による洗練された抜刀術で一瞬で敵を切り裂いていく。

 

 そうこうしているうちに詠唱が完了したらしく、三人同時に放たれた魔法で残りの敵が焼き払われた。

 

 「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ―――螺炎」」」

 

 三人同時の詠唱で放たれた魔法は、簡単に広間にいる魔物を全滅させた。

 

 どうやら一階層の敵は、俺たちにとっては弱すぎるようだ。

 

 

 

 そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調よく階層を下げていった。

 

 そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。

 

 しかし、騎士団のサポートやアーティファクトがあるとはいえ、二週間で一流のレベルになれるなんて、勇者の力はすごいと思う。

 

 『全くだ。召喚されるだけでただの学生が二週間でこれほどの力をつけるとは。努力という言葉が馬鹿々々しく思えるよ』

 

 (そうですね。俺も、なんで今まで日本で筋トレやってたんだろって思います)

 『身体能力もそうだが、魔術もだな。日本の魔術と違って魔術回路も必要としないし、触媒も必要ないからな。私の師は宝石に内包されている魔力を利用する宝石魔術の使い手なのだが、いつも金欠に悩まされていたよ』

 

 (俺は日本に魔術があることにびっくりですけどね。異世界召喚は確か、第二魔法でしたっけ?)

 

 『異なる世界に移動するという点では、第二魔法の並行世界の運営と異世界召喚は似ているが、規模が違う。異世界など、そもそも存在自体証明されていない。もはや新しい魔法といっても過言ではない。異世界召喚とは、それほどの偉業だよ』

 

 (そんなにすごいんですか。さすが、神様といわれていることはありますね。エヒト神は)

 

 (……この世界の神とは、神霊のようなものだろうか?それにしては人間に干渉しすぎではないか?神代の頃は神が地上で暮らしていたところもあったわけだし、神が人に干渉するのはありえない話ではない。だが、異世界から召喚するより、その世界の人間に祝福を与えるのが普通ではないか?それとも、この世界と私達の世界は、神の在り方が違うのか?)

 

 しばらく神について考えたエミヤだが、まだ判断材料が少なく、途中で思考を放棄した。

 その間に光輝はメルドに怒られていた。どうやらこの密室で崩落の危険のある大技を使用したらしい。自業自得だ。

 

 『今のは君が悪い。よく反省すべきだな』

 

 (ちゃんと反省してます。けど、香織が怯えているのを見たら、頭がカッとなっちゃって……)

 

 『仲間がやられて怒るなとまでは言わないが、それを表に出すのはよしたほうがいい。君はクラスの中心、言い換えればリーダーだ。そんな重要人物がすぐに冷静さを失い、周りをまとめられなくなったら、それでもし予想外の緊急事態が起きたら、あっという間に全滅だ。君は、常に冷静な判断を下せる精神状態でいなければならない。リーダーとはそういうものだ』

 

 (わかりました。肝に銘じます)

 

 肝に銘じても、それを実際に行動に移せるかは別問題だ。エミヤもそのことはもちろん分かっている(肝心の光輝は分かっていないが)。だが、そこら辺は時間で解決するしかないだろうということも分かっていた。そもそも、二週間前までただの学生だった人物が、いきなり戦闘集団のリーダーになれと言うのも無茶な話だ。だからこそ騎士団の人達もサポートについてるわけだし、後は自分や周りの指導次第だと、前向きに考えることにした。

 

 「……あれ、何かな?キラキラしてる……」

 

 香織のその言葉に、クラスメイト達の視線は壁に生えている鉱石に向けられた。

 

 「素敵……」

 

 クラスの女子はもちろん、宝石なんて興味が無いはずの男子ですら、その輝きに目を奪われていた。

 

 ただ、エミヤは……

 

 

 

 (あれほどの大きさと質の鉱石、加工して宝石にすればどれほどの魔術が行使できるか……。凛が見たら奇声を上げて喜びそうだな)

 

 と、魔術師としては至極全うだが、クラスメイトとは ズレた考えを抱いていた。

 

 「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 そう言って、檜山はメルドの注意も聞かずに鉱石を回収した。

 そして……

 

 「団長!トラップです!」

 

 「ッ!?」

 

 突如床に魔法陣が現れ、転移系のトラップが発動された。

 転移した場所は、ざっと百メートルはありそうな巨大な石造りの橋の上。橋の両サイドのはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 メルドは地形を確認した後、すぐ全員に指示を出す。

 

 「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 その指示に従う生徒たち。だが、迷宮の罠が唯の転移で終わりのはずがない。

 

 新たな魔法陣が橋の上に現れ、階段側の入り口から大量の魔物が召喚された。そして、通路側からは一匹の巨大な魔物が召喚された。

 

 その魔物の名は……

 

 

 

 「----まさか、……べヒモス……なのか……」

 

 「グルァァァァァアアアアア!!」

 

 

 

 それは六十五階層に出現する魔物。最強といわれた冒険者ですら、歯が立たないと言わしめるほどの化け物だった。

 

 

 

 「ここは俺たちが食い止める!光輝、おまえたちは早く階段へ向かえ!」

 

 「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番やばいでしょう!俺達も……」

 

 なかなか指示に従わない光輝に、メルドはべヒモスの脅威を伝える。

 

 「分かったか!?奴は化け物だ!さっさと行け!私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

 その時のメルド団長の表情は鬼気迫るもので、俺は下がりそうになった。だけど、このままではメルド団長が危ない。俺は、絶対に人を見捨てたりなんかしない!

 

 『光輝、君のそれはメルドの覚悟を踏みにじるものだ!君は、勝てない相手に挑んでこの場にいる全員を無駄死にさせる気か!?』

 

 「俺は誰も死なせない!ここにいる全員、俺が守り切って見せる!!あんな化け物、俺が倒してやる!!!」

 

 それは独善であり、傲慢であり、愚行だった。

 他者の意見を聞かず、自分の意見を押し付けて、自分の正しさを貫く。これが独善以外のなんだ?

 

 自分は正しい?それは傲慢だ。人は完璧ではない。完璧ではないから、当然間違いを犯す。だが、光輝は自分は全て正しいと思い込んでしまっている。それは罪深いほどの傲慢だ。

 

 そして、その独善と傲慢に自分以外の人間を巻き込んで、破滅させる。はた迷惑な愚行だ。今の状況では、光輝はどうやっても仲間も自分も救えない。

 自分の身を犠牲にして皆を逃がす選択肢はない。だって死ぬのは怖いから。

 

 騎士団を犠牲にして生き残る選択肢もない。それは自分の正しさに反する。

 

 全員で協力する選択肢もない。だってこの危機的状況ではそこまで頭が回らない。

 

 自分の正しさを貫いて、貫かなかったら助かるはずの命を無駄死にさせて、周りを巻き込み破滅する。

 

 ああ、なんて滑稽なことだろう。それはもはや勇者でも、英雄でもない。ただの道化だ。

 

 魔王を倒すどころか、幹部にすら会っていない。迷宮の序盤でデットエンド。三流にも劣る駄作の舞台。だが……

 

 

 

 「天之河くん!早く撤退を!皆のところに!君がいないと!早く!」

 

 

 

 だが、この男がいる限り、そんなことにはさせない。並行世界(原作)で主人公を務めるこの男は、冷静に状況を判断し、その場の最適解を見つけ出す、光輝にはない強さを持っているからだ。

 

 「みんなリーダーがいないからパニックになっている!一撃で切り抜ける力が必要なんだ!皆の恐怖を吹き飛ばす力が!それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ!前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」

 

 俺は、普段おとなしい南雲とは思えない剣幕に圧倒されて、つい逃げていったクラスメイトを見た。そして目に映ったのは、万全の状態なら勝てるだろう相手に、パニックになって逃げ惑うみんなだった。

 

 この状況を見て、そして南雲にあれだけ説教されて気づかないほど光輝は愚かではなかった。

 

 「ああ、わかった。直ぐに行く!メルド団長!すいませ―――」

 

 「下がれぇーー!」

 

 俺の言葉は、騎士団の人達が張った障壁を破ったべヒモスの突進に遮られた。

南雲がとっさに作った石壁で多少は威力を殺せたが、それでも吹き飛ばされてしまう。

 だが、後方にいたおかげで俺と南雲、それと近くにいて巻き込まれた雫と龍太郎と香織はすぐに起き上がることができた。前にいた騎士団の人達を壁にしたようで少々心苦しいが。

 

 

 

 「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 

 聞いてみたが、二人の顔はきつそうな表情を浮かべている。それでも、確かな足取りで前に踏み出した。

 

 「やるしかねぇだろ!」

 

 「……なんとかしてみるわ!」

 

 「香織はメルドさん達の治療を!」

 

 「うん!」

 

 二人が時間を稼いでいる間に、俺は俺が放てる最大の攻撃の準備をする。

 

 「神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!神の息吹よ!全ての暗雲を払い、この世を聖浄で見たしたまえ!神の慈悲よ!この一撃を以って全ての罪科を許したまえ!―――神威!」

 

 詠唱とともに放たれる極光の光。橋を震動させるほどの威力。そして、その一撃がべヒモスに直撃した時、辺りは光に包まれ、橋に亀裂が入る。

 

 まぎれもない全力の一撃。だが、それを受けてもなお相手は……………

 

 

 

 

 

無傷。

 

 

 

 

 

 べヒモスは低いうなり声を上げた後、スッと頭を抱えた。頭の角がキィーーーという甲高い音を立てながら赤熱化していく。そしてついに、頭部の兜全体がマグマのように燃えたぎった。

 

 「ボケっとするな!逃げろ!」

 

 メルドの叫びに、ようやく無傷というショックから正気に戻った光輝達が身構えた瞬間、べヒモスが突進を始める。そして、光輝達のかなり手前絵で跳躍し、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下した。

 

 光輝達は、とっさに横っ飛びで回避するも、着弾時の衝撃をもろに浴びて吹き飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がりようやく止まったころには、満身創痍の状態だった。

 

 「お前等、動けるか!」

 

 メルドが叫ぶように尋ねるも返事はうめき声だ。おそらく全員衝撃で体が麻痺している。内蔵へのダメージも相当だろう。

 

 メルドは香織を呼ぼうとして、その視界に駆け込んでくるハジメの姿をとらえた。

 

 「坊主!香織を連れて、光輝を担いで下がれ!」

 

 光輝を、光輝だけを担いで下がれ、その指示は、すなわち、もう一人くらいしか逃げることも敵わないということだろう。

 

 メルドはこの場を死地と見定め、命を賭けて食い止めるつもりだ。

 

 だが、そうはさせまいとハジメはある提案をする。それは、この場の全員が助かるかもしれないが、成功の可能性も低く、ハジメが一番危険を請け負う方法だ。

 

 メルドは逡巡するが、べヒモスはすでに頭部を赤熱化させ、戦闘態勢を整えている。時間がない。

 

 「くっ、まさか、お前さんに命を預けることになるとはな……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

 

 「はい!」

 

 べヒモスは、メルドに向かって頭部を振り下ろす。だが、メルドが避けたことによって頭部は石中にめり込んでしまった。

 

 「―――錬成!」

 

 石中に埋まっていた頭部を抜こうとしたべヒモスの動きが止まる。周囲の意思を砕いて頭部を抜こうとしても、ハジメが錬成して直してしまうからだ。

 

 これがハジメの作戦。この方法なら、倒せはしないまでも時間を稼ぐことは可能だ。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 ハジメが時間を稼いでいる間、光輝は雑魚魔物の群れを突破していた。

 

 

 

 「―――天翔閃!」

 

 純白の斬撃が魔物達のド真ん中を切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。

 

 「皆!諦めるな!道は俺が切り開く!」

 

 光輝が発するカリスマに、生徒たちが活気づく。

 

 「お前達!今まで何をやってきた!訓練を思い出せ!さっさと連携を取らんか!馬鹿者共が!」

 

 皆の頼れる団長が天翔閃に勝るとも劣らない一撃を放ち、敵を次々と打ち倒す。

 

 二人の体力は香織の治療によってある程度回復していた。

 

 魔物を蹴散らしながら、光輝は考える。本当にこれでいいのか?と……

 

 (エミヤさん。俺は、どうしたらいいんでしょうか?南雲が強敵相手に頑張っているのに、俺は何もしていない)

 

 『ふむ、確かに実力差が分からずクラスメイトの指揮を放棄して皆を壊滅寸前まで追い込み、判断が遅くなってべヒモスの一撃をくらい自身も瀕死。最大の一撃は無傷という結果で終わり、一人置いて撤退するしかなかった。その一人は自分が見下していた人物であり、しかもその人物のほうがこの状況で自分よりはるかに貢献しているとは、英雄王が見たら笑い転げそうだな』

 

 「うぐっ!っでも、俺はこのままで終わりたくない!このままじゃ南雲が犠牲になる可能性のほうが高い。そんなのは嫌だ!」

 

 『ならどうする?全力の一撃は無傷だった。南雲君のように足止めに適した能力があるわけでもない。そんな君がもう一度あの場に戻ったところで、足手まといになるだけだ』

 

 (でも、俺はこのまま南雲に任せっきりは嫌だ!俺だって皆を助けたいんだ!)

 

 エミヤは躊躇った。力を貸すか貸さないか。

 元々力は貸さないつもりだった。光輝の独善と傲慢からくる愚行は目に余る。そのせいで周りが危険な目に遭ったのも事実だ。もしここで力を貸したら、調子に乗って今以上の愚行を繰り返さないとも限らない。それは光輝の成長のためにも良くない。故に、力は貸さないつもりだった。だが……

 

 (光輝は言った。皆を助けたいと)

 

 

 

 誰かを助けたい。それは、正義の味方(エミヤ)の行動原理。

 

 

 

 (それでも力を貸さないのは、かつての自分を否定することになるのではないか?)

 

 

 

 少し前なら、自分を憎んでいた時ならそうしてもよかったかもしれない。だが、今のエミヤはもうかつての自分を憎んではいない。

 

 

 

 (俺は遠坂と約束したはずだ。俺も、これから頑張っていくと。それが例え、今の俺でなくても、衛宮士郎であるのなら、自分がこの約束を破る理由にはならない)

 

 

 

 例えその約束が、記憶ではなく記録に成り下がったとしても、それを守ると誓った。

 

 

 

 (誰かを助けたいという想いは、決して間違いなんかじゃない。この言葉を聞いて、あの時の俺は答えを得た。そして、俺もこれから人を助けていこうと思った)

 

 

 

 光輝の想いが決して間違いではないのなら、光輝が人を助けるためなら、エミヤが力を貸さない理由は存在しない。なら……

 

 

 

 『光輝、夢幻召喚(インストール)を使え。その力を使えば、俺の力を一時的に行使することができる。つまり、戦える』

 

 (本当ですか!?)

 

 『ああ、だが、これだけは約束してくれ。この力は、誰かを助けるために使ってくれ。決して、間違ったことには使わないでくれ』

 

 俺は、その言葉にかかったとてつもない重圧を前に、返事を躊躇ってしまった。だけど、俺はこの力を間違ったことに使うつもりはない。だから、俺は約束した。その言葉にはとても釣り合わないような小さい覚悟で。

 

 「分かりました。俺はこの力を誰かのために使います」

 

 

 

 俺はそう遠くない未来で、この言葉を後悔することになる。俺は結局、誰かのために戦うことが出来なかったから。俺如きでは、この約束を守ることは出来ないから。それを、思い知らされることになるから。

 

 

 

 「【夢幻召喚(インストール)】」

 

 

 

 でも今は、そんな深いことなんて考えられない馬鹿な俺は、この力を使う。

 

 

 

 俺の外見が変わっていく。王国で支給された服から、赤い外套と黒のボディアーマーに変身した。見た目だけじゃない。力、速度、耐久、魔力、技術すらもこの身は英霊エミヤのモノへと変わっていく。

 

 

 

 (すごい。この力なら、俺は……)

 

 「雫、これ(聖剣)を預かってくれ。俺は南雲のところに加勢する。指揮は任せた」

 

 「ちょっと、いきなりそんなこと言われても、てかあんたじゃあの化け物には敵わな……何その格好!?」

 

 俺は状況が理解できずに呆然とする雫に強引に聖剣を押し付け、べヒモスに向かって跳躍する。

 

 

 

 「投影、開始(トレース・オン)

 

 

 

 投影するのは干将・莫邪。英霊エミヤが愛用した互いに引き合う性質を持つ夫婦剣。その贋作。

 それを思いっきり、頭が埋まっているべヒモスに振り下ろした。

 

 「ギャァァァァアアアア!!」

 

 

 

 神威ですら傷つけることが叶わなかったべヒモスを、干将・莫邪は簡単に傷つけた。

 

 

 

 「天之河君!?なんでここに!?それに、その姿は……」

 

 「話は後だ!急いで皆と合流しろ。こいつの相手は俺がする」

 

 ハジメが動揺して、錬成をやめた隙に、べヒモスは石中から脱出した。そして、頭部を赤熱化させて、光輝に向かって振り下ろす。

 

 だが、それを光輝は双剣を交差させることで受け止める。

 

 「嘘でしょ!?」

 

 「はああああっ!」

 

 そのままべヒモスの頭部を跳ね返し、距離をとる。

 

 「すごい」

 

 ハジメが思わず感嘆の声を漏らすが、光輝も同じことを思っていた。

 

 (さっきまで手も足も出なかったべヒモスがこんなにあっさり……。すごい。さすがはエミヤさんの力だ。これなら俺は戦える!こいつに勝てる!!!)

 

 光輝は双剣をさらに強い力で握りしめながら、吠える。

 

 

 

 「さあ来いべヒモス!俺がいる限り、ここにいる人たちは誰一人殺させはしない!」

 

 「グルァァァァァアアアアア」

 

 

 

 第二ラウンドが始まった。

 

 

 

 

 




この話の内容について説明していない部分や、おかしな部分について自分で気づいた範囲で解説していきます。

まず、エミヤについて。

この作品に出てくるエミヤは、UBWのことは座に帰った後記録になったけど、その記録でも影響を受けて過去の自分を憎むことをやめた状態です。

次に光輝が夢幻召喚で詠唱していない件について。

本来あの詠唱は英霊の座にある本体からその力を空間置換により自分の体に置換するためのものですが、光輝の体にはすでにエミヤの分霊が存在するので詠唱の必要はないのです。プリヤ士郎がカードを使わなくても力を使えるのと似ています。本来はインストールと唱える必要もないのですが、そこは光輝がカッコつけてやりました。

他にも設定に矛盾点、おかしな部分、誤字脱字などがありましたら、ご報告お願いします。


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疑惑

更新遅れてすみません。

今回は文字数少なめです。


 「ハァッッ!」

 

 「グァァァァアアアア!!!」

 

 俺はべヒモスの懐に入り双剣を振るう。干将・莫邪はべヒモスの体に傷をつけ、そのべヒモスは苦悶(くもん)の声を上げている。俺がエミヤさんの力を借りずに放てる最高の一撃、神威を受けても傷一つ付かなかったあの怪物が。

 

 道具が良いといえばそうなのだろう。贋作とはいえCランクの宝具だ。切れ味が悪いはずがない。だが、それを扱う技量も物凄い。腕を振るたびに自覚するこの動きの無駄のなさ。とても合理的な動きだ。

 けど、本当に驚くべきところは、この剣技が誰でも振れる可能性があること。

 

 自慢じゃないが俺は天才だ。剣の才能だけなら雫にだって負けていないと思う。そんな俺や雫が振るう剣と今俺がエミヤさんの技術で振るう剣は次元が違うのだ。

 今俺が振るう剣は八重樫剣術道場であまり結果を残せていない一門下生が振るう剣、その延長線上にあるものだ。

 

 エミヤさんが自分のことを二流だといっていた理由がようやくわかった。そして、その二流の剣技をこの怪物に立ち向かえるほどに鍛えるためにしてきた努力を想像すると身震いしてしまう。だけど、そんなことで震えていたら英雄になんてなれはしない。

 

 俺は英雄になりたい。勇者になりたい。正義の味方になりたい。そして、助けを求めている多くの人を救いたい。努力して、強くなって、憧れの人(エミヤさん)に近づきたい。そのためには前に進まなくちゃいけない。だから……

 

 「お前なんかに立ち止まっている場合じゃないんだ!」

 

 「グルァァァァァアアアアア」

 

 莫邪による突きとべヒモスの頭突きが衝突する。それによって生じた衝撃波が俺とべヒモスを中心にクレーターを作った。そして、俺はその衝撃波に抗わず、意図的に吹き飛ばされることで距離をとった。

 

 「雫に任せたとはいえ他の皆のことも心配だからな。これで終わらせる」

 

 俺は干将莫邪を消して、左手に黒弓を投影する。そして、右手には螺旋状に改良した剣を投影する。そして、剣をつがえ、思いっきり引く。

 

 「これで終わりだ!(カラド)・―――」

 

 そして、矢を放とうとした瞬間、背後に急激な魔力の高まりを感じた。

 

 後ろを見ると、クラスメイト達が攻撃魔法を放とうとしていた。

 

 「まずい!急いで離脱しないと!」

 

 さすがにあの人数で放たれた魔法は危険すぎる。俺は投影した弓矢を消して、急いでべヒモスから離れた。遅れて南雲も離脱し始めた。あのペースなら巻き添えを食うことはないだろう。

 

 べヒモスとはなるべく自分の手で決着をつけたかったが、俺の目的はみんなを助けること。どんな方法だろうが何の犠牲もなくべヒモスを倒せたのならそれでいい。

 

 だが、そう思っていた俺の視界に驚くべき光景が目に映った。

 

 べヒモスに向かっていった魔法のうちの一つが、途中で方向転換して南雲に向かっていったのだ。

 

 何とか避けた南雲だが、そこからさらに災難が降りかかる。復活したべヒモスが南雲に向かって頭突きしたのだ。あの魔法の雨は足止めにしかなっていなかった。

 

 「うぉぉぉおおおお!」

 

 渾身の力でべヒモスの頭突きをかわす南雲。だが、その努力は報われない。度重なる強大な攻撃にさらされた石橋が限界を迎え、崩壊したからだ。

 

 南雲が奈落に向かって落下していく。このままでは死ぬだろう。だが、俺は助けようとはしなかった。いや、できなかった。それ以上に衝撃的なものが俺の視界に入ったからだ。それが俺の足と思考を止めた。

 

 それは上に向かって手を伸ばす南雲の姿でも、悲鳴を上げて落下していくべヒモスでもなく、南雲を助けようととび出す香織を雫が羽交い絞めしている光景でもない。

 

 

 

 

 

 俺の足と思考を停止させたのは、奈落に落ちる南雲を見て邪悪に嗤う檜山の顔だった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 ~檜山Side~

 

 

 天之河が俺達から離れてべヒモスに向かっていったときは恐怖を感じた。俺を守る奴がいないから。そして、天之河がべヒモスにやられて死ぬことを想像すると、これからどうすればいいのか不安になった。

 

 だが、それは杞憂だった。パワーアップした天之河は、あのべヒモスを圧倒するだけの力を持っていたからだ。

 

 安心して心に余裕ができた俺はふと、香織のほうを見た。俺が好意を持っている相手を。そして、その香織が視線を向けている相手は今圧倒的な力でべヒモスと戦っている天之河ではなく、その近くで呆然としている南雲だった。

 

 昨日、香織が突然南雲の部屋に行ったときから分かっていた。香織は南雲が好きだと。

 

 

 

 

 ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!

 

 天之河みたいな完璧超人なら諦めもつく。誰だって惚れるだろうあんな天才。俺なんかじゃ勝てるはずない。

 

 だけど……だけどなんで南雲なんだ!?あんなキモオタより、俺のほうがいいに決まってる!なのに何で俺に振り向いてくれないんだ!?

 

 心が南雲への憎悪に塗りつぶされたとき、一つの案が浮かんだ。それは、南雲を殺す方法だ。

 

 「皆、このままでいいのか?」

 

 俺はクラスメイトに呼び掛ける。

 

 「このままでいいって何が?」

 

 「このまま天之河に任せっぱなしでいいのかよ!?俺達もあの化け物に一泡吹かせてやろうぜ!」

 

 「でもどうやって?」

 

 「今余裕のあるやつ全員で魔法を打つんだよ!全員でやれば威力は相当なはずだ!あんなでか物イチコロだぜ」

 

 俺の言葉に周りのやつらはやる気を出した。こいつらの魔法に紛れて南雲を攻撃してやる。

 

 「ちょっと、勝手な行動は……」

 

 「無理だ雫。皆すっかり舞い上がっちまって収集が付かなくなってる。今はとにかく向かってくる魔物を止めるぞ」

 

 「……はい!」

 

 止めようとした八重樫はメルド団長に抑えられた。順調だ。死ね!南雲ぉぉぉぉおおおお!!!

 

 

 

 

 

 南雲が奈落に落ちたとき、俺は思わず嗤ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 檜山の邪悪な笑顔は、光輝に疑念を抱かせた。人間に悪い奴はいない。きっと誰かの悪行には理由があって、もしかしたら被害者のほうにも原因がある。今までそう思っていた光輝が、初めて人の善性を疑った。

 

 

 

 

 

 




改めて自分の戦闘シーンの描写の下手さが実感させられる。かといってそれ以外はいいってわけでもないけど。

他の人の文才が妬ましい。


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光輝の夢~エミヤの過去~

 南雲が奈落に落ちたあと、取り乱した香織を気絶させ、何とか体勢を立て直し、俺たちは迷宮を脱出した。そして、現在の拠点であるホルアドの町に戻った。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 俺を含めて生徒たちは何もする元気がなく、それぞれの部屋で休んでいた。

 

 

 

 「エミヤさん。エミヤさんは確か、俺と五感を共有してるんですよね?」

 

 『いや、五感全てを共有してるわけじゃない。だが、視覚と聴覚は完全に共有している。それがどうかしたのか?』

 

 「じゃあ、エミヤさんも見たんですか?檜山の魔法が南雲に命中しそうになったのを」

 

 『…………ああ。確かに見た』

 

 檜山は横暴な態度は目立つけど根は悪い奴じゃない。魔法だってきっと緊張して誤って暴走した結果偶然南雲に当たりそうになった可能性がある。

 

 ……だけど、だけどエミヤさんの力で強化された視力は確かにとらえた。皆の魔法が南雲の頭上を通り過ぎる寸前、どさくさに紛れるように突然檜山の火球が軌道を変えたのを。偶然にしては都合が良すぎる。

 

 何より南雲が落ちた後の檜山の邪悪な笑み。あの笑顔が頭の中にこびり付いて離れない。

 

 「あの魔法が、檜山の誤射によるものという可能性はありますか?」

 

 『いや、ないな。緊張状態による誤射なら、もっと大きく軌道がずれていなければ不自然だ。軌道の変化の仕方、タイミング、これらを全て偶然で片付けるにはいささか問題点が多すぎる。あれは間違いなく南雲君を狙って撃った攻撃だ』

 

 そんな……どうして檜山がそんなことを……。

 

 『今は疲労で頭も働かない。そんな状態で考えても何も進展しないだろう。今はゆっくり休め』

 

 「そうさせて……もらい……ます」

 

 エミヤさんの言う通り疲労がたまっていたのだろう。俺はあっさり眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 「問おう。あなたが私の……マスターか?」

 

 

 

 尻もちをついた赤毛の少年の前にたたずむ、凛とした雰囲気の金髪の少女騎士。

 

 なんだこの夢は?俺はあの少年のことも、少女のことも知らない。なのになんでこんなにハッキリと夢の中で現れる?

 

 

 

 「それは、この夢が私の過去だからだ」

 

 

 

 いつの間にか俺の隣には、背の高い褐色肌の赤い騎士が立っていた。この声は……

 

 

 

 「まさか、あなたがエミヤさんなんですか?」

 

 「姿を見せるのは初めてだったな。そうだ。ちなみに、そこで呆然と尻もちをついている未熟者は若いころの私だ」

 

 「えええええっっ!?」

 

 いや、嘘だ!だって身長、髪の色、目の色、肌の色、何もかもが違いすぎる。むしろ共通点を探す方が難しい。

 

 「言いたいことはわかるが、今は置いておけ。しかし、サーヴァントがマスターの夢に直接現れるとは……霊核を適合された影響か?」

 

 

 

 

 

 俺がエミヤさんと衛宮士郎の違いや、エミヤさんの過去を突然見ることになったことに戸惑っていたり、エミヤさんが何やら考察している間に、場面はどんどん進んでいく。

 

 

 

 

 

 「エミヤさんって、十年前の冬木の大災害の生き残りなんですね。にしてもまさか、俺が知らない間にこんな壮大な戦いが行われていたなんて。冬木市ってかなり家から近いのに」

 

 「魔術協会と聖堂教会が共同で隠蔽していたからな。一般人には分からないだろう。それで、君は私の行動を見てどう思った?」

 

 

 

 行動とは、自己犠牲のことだろうか?それは……

 

 

 

 「素晴らしいと思います。自分の身を(てい)して大切なものを守るなんて、すごい事じゃないですか」

 

 「……それが、人として破綻しているとしてもか?」

 

 「はい!むしろ憧れます!俺はあなたみたいになりたいです」

 

 この人の過去を見て実感した。俺はどうしようもないほど正義の味方に憧れてしまっている。この人が例えどれほど人として破綻していても、この人は俺の理想だ。自己犠牲、それこそが俺が目指す在り方なんだ。命を賭けて多くの人々を救う。まだ未熟な自分には無理だけど、いつかきっとこの人と同じ位置にたどり着いて見せる。

 

 (違うんだ光輝。俺は君が憧れるほど偉大な人物じゃない。俺はただ、決して叶わない借り物の理想に向かって突き進むことしかできなかった愚者でしかないんだ。そのために多くの人を犠牲にしても止まれなかった。君は俺を目指すべきじゃない)

 

 だが、口で言っても光輝は理解しないだろう。なので、エミヤは一度流れに任せて、自分が人を殺した場面になったところで、正義の味方がどういった存在なのかを叩き込むことにした。

 

 

 

 聖杯戦争の終盤。俺は信じられないものを見た。人の不幸を嗤い、人の死を嗤い、それらを愉悦と言い切り、己を絶対悪と定め、人の悪性を全面的に肯定する神父の存在を。

 

 

 

 「そんな……こんな人間が存在するはずがない!人はみんな善の心を持ってる。絶対悪なんて存在しないんだ!」

 

 「いいや、この神父は紛れもない絶対悪。生まれ落ちた時から悪にしかなれなかった破綻者だ」

 

 そんな……悪の存在が本当にあるなら、あの時の檜山の顔は、そういうことなのか?檜山は根はいい奴じゃなく、悪人なのか?そんな馬鹿な!

 

 「信じられないだろうが、ああいう存在は現実にこの世にいるのだ。人を傷つけるたびに笑顔になるような奴を、悪という言葉以外にどう表現する?」

 

 

 

 この言葉を聞いて、俺の中にある人間はそうそう悪い事はしないという価値観は、完全に打ち砕かれた。今まで生きてきた人生の中で最も大きな衝撃だった。これ以上ないと思うほどに。

 だが、俺はこの後すぐにこれ以上の衝撃に打ちのめされることになる。

 

 

 

 

 

 聖杯戦争終了後、エミヤさんは遠坂さんのもとで魔術を習った後世界を(めぐ)る旅に出た。多くの人を救う旅に。

 楽しみだった。憧れに人がどんなふうに人を救うのか。

 血の滲むような努力で鍛えた双剣技術で敵を倒すのか、それとも卓越した弓で倒すのか、それとも魔術を利用して災害救助でもするのか。

 

 

 

 

 

 違った。どれでもなかった。エミヤさんがしたことは、英雄のような華々しい活躍じゃなかった。

 

 

 

 

 殺した。

 

 

 

 

 

 「え?」

 

 

 

 

 

 男を殺した。女を殺した。老人を殺した。子供を殺した。一人殺した。十人殺した。百人殺した。千人殺した。

 

 

 

 

 

 殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した

 死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ

 死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

 

 

 

 

 

 年齢も、性格も、掲げる大義も、善も、悪も、関係なかった。ただ、数が多い方を救って、少ない方は殺していった。

 

 

 

 「どうして!?どうして殺したんですか!?優しい人もいた、子供もいた、死ぬべき人じゃなかった。なのにどうして!?」

 

 「全てを救うことはできない。だから少数を犠牲にした。より多くを救うため、幸福の席から外れた人間を切り捨てた。個より全を取り、味方した側しか救わない。それが正義だ。君が信じたものだ。何も矛盾していない」

 

 「違う!何かあるはずだ!全てを救う方法が!少なくとも、こんな殺人行為は正義じゃない!!!」

 

 「なら教えてくれ。どう救うのか。君ならどうするのか」

 

 「どうって……」

 

 

 

 あれ?どうすればいい?殺さずにどう戦争を終わらせればいい?殺さずにどう病気の感染を防げばいい?殺すしかない?それが正義なのか違う違う違う!そんなはずがあるか!

 

 

 

 「それが正義なら、俺が今まで信じた正義はいったい何なんだ!?」

 

 「幻想だよ」

 

 

 

 即答だった。まるで初めから用意していたような、それほどの速さで答えられた。

 

 

 

 「幻……想……?」

 

 「そうだ。全てを救えると、正義の味方は存在すると、そんなものが存在しないことすら知らない無知な子供が抱く夢。それが君が信じた正義だ」

 

 「そんなはず……」

 

 「あるんだよ。見ればわかるだろう?」

 

 

 

 こうして会話している間にも場面は進み、ついに聖杯に汚染された後輩をエミヤさんが殺すところまで進んだ。誰よりもエミヤさんを愛していた少女を。エミヤさん自身大切に思っていた少女を、その手にかけた。

 

 そしてその数年後、仲間の裏切りによって処刑台で殺された。

 

 

 

 

 

 「あなたは……いったい何がしたかったんだ!?大切な人を自分の手で殺して、自分が救いたいはずだった人を殺して、そうまでしていったい何が欲しかったんだ!?」

 

 「……………」

 

 

 

 エミヤさんは数秒考えたあと、独り言のように語り出した。

 

 

 

 「俺は、憧れの人との約束を守りたかった。憧れたモノになりたかった」

 

 「!」

 

 

 

 俺は、ステータスを発現して気絶した後見た夢を思い出した。

 

 

 

 「俺が代わりになってやるよ。まかせろって、爺さんの夢は―――」

 

 「そうか。ああ―――安心した」

 

 

 

 まさか、そんな子供の頃の約束をずっと……!?

 

 

 

 

 

 「火災で記憶を失い、空っぽだった俺には、爺さんとの約束しかなかったんだ。正義の味方になるという、借り物の理想しかなかったんだ。それに向かって突き進むことが、衛宮士郎の全てだったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミヤさんのしてきたことは、どんな理由があろうと、許されることじゃない。だけど、エミヤさんのしてきたことが、それでも人を救ったのは事実なんだ。

 頑張って頑張って、血の滲むような努力をして、全てを救おうとあがき続け、誰かのために戦い続けた。

 だけど、その努力と想いは報われることはなく、助けようとした誰かに殺された。

 

 

 

 もしも少数を犠牲にすることが正義なら、その少数に大切な人がいたらそれでも殺すのが正義なら、そうまでしたのにその献身も想いも努力も報われないのなら、俺が今まで信じた正義が幻想なら………………

 

 

 

…………その幻想を信じて今まで生きてきた俺は、一体これからどうすればいいのだろう。

 

 

 

 



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光輝の罪

UA一万突破、お気に入り百人越え。

エミヤメインの話めっちゃ人気ある気がする。


 目覚めは最悪だった。心臓の鼓動がうるさい。頭が重く感じる。体がだるい。何もする気が起きない。

 

 「人生最大の悪夢だ」

 

 清廉な騎士の王の在り方を見た。優雅たれと己を律する気高き魔術師の在り方を見た。自分を犠牲にして他者を助ける正義の味方の在り方を見た。それらは本当に美しいものだった。

 だが、それ以上に醜いものを見た。

 神を信仰する絶対悪。大勢の人間の死。仕方のない犠牲。その人達の嘆き、苦しみ、それらはまるで呪いだった。

 悪ではなかった。だが害ではあった。いない方がよかった。だから殺された。殺した側も苦しんだ。だって殺した側が本当に救いたかったのは自分が殺した人々なのだから。

 

 ……そして、歪な正義の最後を知った。

 

 あまりにも悲しい。あまりにも報われない愚かな正義の在り方を。

 

 そして、自分の正義が幻想だと思い知らされた。

 

 

 

 (とりあえず、食堂へ行こう)

 

 

 

 今日は静かに一人で食べよう。正直今は誰かと話す気にはなれない。

 それを察してか、エミヤさんは今朝は話しかけてこなかった。

 

 

 

 

 

 ~食堂~

 

 

 

 

 

 南雲の事件の影響か、食堂は異様に静かだった。

 まあ、俺としては都合がいい。俺が喋りたくないのは南雲の件は関係……なくはないが、昨日の夢に比べれば些細なことだ。皆と理由は違うが、俺も皆とワイワイお喋りという気分ではなかった。

 

 

 

 「光輝、大丈夫?」

 

 それでも、話しかける存在はいた。最後の一口のスープを飲み込み、顔を合わせる。

 

 「雫か。まあ、正直に言うと大丈夫じゃない。けど、雫こそ大丈夫なのか?」

 

 「まあ、大丈夫って程でもないけど、香織の苦しみに比べればなんでことはないわ」

 

 「そういえば、香織は何かと南雲に構っていたからな。それに、人一倍優しい香織のことだ。きっと誰かの死は香織にとってとてつもなく重いものに違いない」

 

 「いや、それもあるけど、そうじゃないって言うか……はぁ」

 

 香織が南雲のことで取り乱したのはただ優しいからだけではなく、南雲のことが異性として好きだからということもあるのだが、それに気付かないあたり、まだまだ天之河光輝は健在である。

 

 「皆、南雲君のことについて意図的に話題を避けてる。あの魔法の誤射。もし自分だったらと思うと、恐ろしくて口が出せないんでしょうね」

 

 「…………」

 

 「光輝?」

 

 

 

 誰が撃ったか?そんなものもうわかってる。しかも誤射ではなく意図的なものということも。だが、それは今雫に言っていい事じゃないだろう。雫だって今は自分のことでいっぱいいっぱいなんだ。これ以上負担を与えるべきじゃない。

 

 ……いや、違うな。俺もまだ心の整理がついてないんだ。本当に檜山がやったのか。そもそもあの魔法は意図的なものなのか。あの笑顔は見間違いじゃないのか。思考が都合のいい方向にばかり逃げていく。だが、昨日の夢が、現実が、逃げることを許してくれない。

 

 

 

 「……うき、……光輝?……光輝!!」

 

 「ん?ごめん雫。考え事してた。何の話だっけ?」

 

 「あんた、今日は休んだほうがいいんじゃないの?皆より辛そうよ。リーダーとしての責任感ってやつなの?」

 

 「いや、これは南雲の件とは別だよ」

 

 「……話しては、くれないのね?」

 

 「……ごめん。俺も、何をどうすればいいのかわからないんだ。だから、少し考えさせてくれないか?」

 

 「……わかった。答えが出たら話してね」

 

 

 

 数秒、迷ってしまった。これは俺の問題だ。俺自身が解決すべきだ。ああ、だけど、誰かに頼るのは別に悪い事じゃないはずだ。

 雫に全てを、檜山のことも、英霊のことも、夢のことも何もかも話せば、いい答えが得られるかもしれない。

 それはとても魅力的な考えで、つい縋り付いてしまいそうになって、だけど、心の奥ではそれはただの現実逃避だと、雫に半分自分の問題を背負わせて自分が楽になりたいだけだと分かっていて……どうすればいいのかわからないのは変わらなくて。

 

 

 

 俺は、逃げるように自分の部屋に戻った。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 「エミヤさん、俺は、どうすればいいんでしょうか?」

 

 『……勇者などやめて、一般の高校生に戻るべきだ。ただの学生の君達に、戦争など荷が重すぎる』

 

 ああ、その通りだ。俺たちには荷が重い。だけど……

 

 「それを、この世界の人達が許してくれますか?」

 

 『……無理だろうな。君は世界を救うと宣言してしまった。強引にやらされていたのならともかく、同意の上での行動なら撤回するのは難しい』

 

 「そんな……俺が、俺が勇者になるなんて言わなければ。こんなことには……」

 

 俺があの時、愛子先生の意見に賛同していれば、悪夢を見ることも、檜山があんな凶行に走ることも、南雲が奈落に落ちることもなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 「あれ?」

 

 

 

 

 

 俺が言わなければ、全てなかったことなのか?夢のことも、檜山のこともも、南雲のことも?それってつまり……?

 

 

 

 

 

 「俺のせいなのか?なにもかも?檜山があんなことしたのも、南雲が死んだのも?全部、俺が……?…………クッ、ククッ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 

 

 

 なんだ!何もかも自業自得じゃないか!南雲が死んだのが俺のせいなら、俺は間接的に人を殺したことになるな!

 召喚されたばかりの頃の俺が今の俺を見たらなんて言うか、きっとあの時は誰かが死ぬなんて思ってなかった。知らなかった。過ちは誰にでもある。反省して次に活かすべきだなんて綺麗ごとを言うに違いない。

 

 けど、向こうは戦争に参加してもらうとちゃんと伝えたぞ。戦いならなんで自分たちが傷つかないと思ったんだ?知らなかった?過ちは誰にでもある?そんなチープな言葉で人が一人死んだことの免罪符になるものか!次に活かす?そもそも人が死ぬなんて一度でもあっていいことじゃないんだよ!次なんてあったらいけないんだ!

 

 何が勇者だ英雄だ。仲間が死ぬ可能性を考えず、皆より強いだけで想い上がって、結局守れなかったじゃないか。それどころか、自分のせいで危機にさらしているじゃないか。

 まあ、そうしないとこの世界の人たちが危ないんだから、俺達や南雲はそのための犠牲ってことじゃないか!?夢で見て俺が最初に否定した正義じゃないか!皮肉だな、俺が最初否定した正義を、知らず知らずのうちに俺が実行していたなんて。

 

 善意で勇者になると言った。その言葉のせいでクラスメイトに犠牲を強いた。犠牲になった命を背負う覚悟もなく。

 本当にすべてを救う手段はないんだな。誰かを救うということは、誰かを助けないという事、まさにその通りじゃないか。

 人に犠牲を強いた俺は、とんでもないエゴイストだな。何が俺は正しいだ。最初から最後まで全て間違えてるじゃないか。

 

 

 

 

 「アハハハハハハハハ、アーーッハッハッハ…………」

 

 

 

 

 

 俺はその後も、狂ったように、壊れたように、それしかできないかのように、泣きながら笑い続けた。泣いて泣いて、結局疲れて寝るまで泣いた。

 

 

 

 (…………)

 

 

 

 エミヤは声をかけれなかった。言葉が見つからなかった。下手なことを言えばかえって傷つくことになる。ここは黙っておくが吉だ。

 

 

 ……だが、それでも何もできないことはもどかしく、辛く、悔しかった。

 結局自分は、一番近くにいる子供すら救えないのかと自嘲した。

 

 

 

 

 




夜舞桜火さんから台本形式は見づらいとの要望がありましたので、今回はそれをなくしました。

もし他にも見づらい、それとも台本形式のほうがいいと思う人は感想欄に送ってください。

読者の反応次第でどっちにするか決めようと思います。

できれば見づらい見やすいだけでなく、面白かったとか、ここはこうしたほうがいい、などの意見も送ってくれるとうれしいです。


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光輝の夢~エミヤの過去~2

 また、夢の中だ。

 

 夢の中でエミヤさんは、殺して、殺して、殺し続ける。まるで、命なんてどうでもいいかのように。

 

 

 

 「なんで……エミヤさんは、死んだはずじゃ……」

 

 

 

 昨日の夢で、エミヤさんは死んだ。あの人の最後は終わったはずだ。なのに、なんで殺戮は続いているのか?

 

 

 

 「それが、守護者の役割だからだ」

 

 「え?」

 

 

 

 守護者は、世界を救うために、世界と契約した人のことじゃないのか?これじゃむしろ加害者じゃないか!

 

 「生前、抑止力と契約した俺は死後、英霊となり、霊長の抑止力として、世界のバランスを崩すものと戦った」

 

 「これが、その結果なんですか?生前のあなたと何が違うんですか。いや、むしろひどくなってる」

 

 生前より多くの人を殺し、生前より多くの人を救っている。規模が違うだけで、何も変わっていない。なにも救えていない。

 

 「守護者は人など救わない。すでに起きてしまったこと、創られてしまった人間の業を、その力で、無にするだけの存在だった。霊長の世に害を与える人々を、善悪関係なく処理する殺戮者。それが守護者だ。君の未来だ」

 

 

 

 俺は、世界と契約すれば、皆を、窮地にある仲間を救えると思ったから契約した。そしてその力が、クラスメイトだけでなく世界を救えると思って、本当に嬉しかった。世界の力なら、俺は正義になれると。

 

 自分が間違えていると知って泣きながら笑っていた時、頭の片隅で考えたことがある。もしここで俺が死んで守護者になれば、檜山のことも、南雲のことも、この世界のことも、全てを救えるのかと。生前は間違い続けてきたけど、死後、守護者になれば、正しく在れるのではないかと。けど……これは……

 

 

 

 「これはないだろ。俺は、俺はこんなことをするために世界と契約したんじゃない!俺は、誰かを助ける力が欲しかったから世界と契約したんだ!こんな、こんな殺戮を行うために力を求めたわけじゃない!」

 

 エミヤは思った。光輝と自分は似ている。自分もそうだった。本来救われない人々。例えば、冬木の大火災で死んだ自分以外の人のような者を救うために、自分は守護者になった。自分が契約することで、誰も泣かずに済むのなら、それでいいと思った。そのためなら、死後の安らぎなどどうでもよかった。

 

 けど、そんな願いは叶わない。何を代償に払おうと、誰もが幸福だという結果は手に入らない。借り物の理想は叶わない。

 

 その現実を夢という形で見せることを、心苦しく思う。けど、これは紛れもなく自分の過去であり、光輝の未来でもある。決して避けられない未来。

 

 ならせめて、この夢を最後まで見て、あの時の自分のように、答えを得てほしいと思う。

 

 エミヤは願う。その答えが後悔を生まないものであることを。

 

 光輝には、衛宮士郎を憎んだ自分のようになってほしくない。かつての自分の所業、思想を後悔し、呪い、自分自身を消そうなんて考えてほしくない。

 

 

 

 

 場面が変わった。

 

 

 

 

 「また、聖杯戦争」

 

 どうやら今度は、昨日の夢で見た聖杯戦争とは違うらしい。エミヤさんが衛宮士郎を背後から切りつけた。

 おそらくこの二人は戦うことになるのだろう。英霊エミヤと衛宮士郎は決して相容れない存在。過去を否定する男と、その男が否定した理想を進む男。ぶつかり合わないはずがない。

 

 

 

 「理想を抱いて溺死しろ。あれはどういう意味だ?」

 

 「言葉通りの意味だ。付け加えるものなどないが?」

 

 衛宮士郎の問。エミヤさんに言われた言葉の意味。俺には分かる。間違った、借り物の理想を抱いて生き続けるなら、いっそその理想を抱いたことを後悔する前に死んでしまえと、そういう事なのだろう。

 

 「じゃあお前は、なんのために戦ってるんだ!?」

 

 「知れたこと。私の戦う意義は、ただ己の為のみだ」

 

 それはおそらく違うだろう。この人は、どこまで行ってもその借り物の理想のためにしか戦えない。自分の為になんか戦えない。悲しい生き方しかできない。

それでも自分の為に戦うと言うのは、自分の為に戦いたいという願望からなのか、本当に自分の為に戦えていると思い込んでいるからなのか。

 

 「自分の意思で戦うというのなら、その罪も罰もすべて自分が生み出したもの。背負うことすら理想のうちだ」

 

 そうだ。南雲のことも檜山のことも、他の生徒達のことも、俺の意思で巻き込んだ結果なのだから、その罪も罰も俺のものだ。

 ただ、世界を救うと宣言した時の俺は、その罪も罰も背負う覚悟がなかった。全てが正しいと思っていた俺は、自分が受ける罪や罰があるなんて思っていなかった。

 

 「戦いには理由がいる。だがそれは理想であってはならない。理想のために戦うのなら、救えるのは理想だけだ。そこに、人を助ける道はない」

 

 その通りだ。俺は、俺が正しいと思ったから、勇者になった。自分の正義を貫くという理想のために。だが、それで何が起こった?南雲は奈落から落ちた。檜山は暴走した。香織は眠った。理想は貫けたが、救えたものは何もない。

 そして、そうまでして貫いた理想(正義)は、叶えられない幻想だった。

 

 「他者による救いは救いではない。そんなものは金貨と同じだよ。使えば他人の手にまわってしまう。確かに、誰かを救うという望みは達成できるだろう。だがそこに、お前自身を救うという望みがない。お前はお前のものでない、借り物の理想を抱いて、おそらくは死ぬまで繰り返す」

 

 幻想の理想。俺はもうそれを抱いてはいない。いつまでも存在しないものに固執しても無意味なだけだ。たとえその幻想が、俺自身のものだとしても。

 

 「だから無意味なんだ。お前の理想は」

 

 自身の幻想が無意味なら、借り物の理想はそれ以上に無意味なのだろう。

 

 「人助けの果てには何もない。結局、他人も自分も救えない。偽りのような人生だ」

 

 「違う。……違う。それは……」

 

 違わない。幻想の果てには絶望があった。借り物の果てには殺戮があった。そして……正義の果てには、犠牲があった。

 誰も犠牲にならないようにと願いながら、結局、犠牲者を殺すしかできなかった。そしてその結果は自分に何のプラスにもなっていない。傷ついて傷ついて、傷ついた果てには借り物の理想すら叶えられず、守護者として永遠に殺戮を続ける未来だけ。これを無意味と言わずなんと言う。

 

 

 

 無意味な幻想を抱いた俺と、借り物の理想を抱いた衛宮士郎。

 

 

 

 

 

 ああ…………本当に俺達は、よく似ている。

 

 

 

 

 

 



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光輝の夢~エミヤの過去~3

大変お待たせしました。申し訳ありません。




ついに、この時が来た。

 

 

 

衛宮士郎(過去の自分)英霊エミヤ(未来の自分)の戦い。

 

 

この戦いは待ち望んだようにも思えるし、できれば見たくなかったような気もする。複雑な気持ちだ。

だが、この戦いの結果は目に見えている。衛宮士郎の相手は英霊となった未来の自分。人間がサーヴァントに勝てるはずもないし、過去の自分が未来の自分に勝てるはずもない。ましてや、エミヤさんは本気で衛宮士郎を憎み、殺そうとしている。

セイバーと対峙したときエミヤさんはこう口にした。

 

 

 

俺は英雄になどならなければよかった

 

 

 

……と。

 

そんなエミヤさんが衛宮士郎に手心を加えるはずもない。間違いなく、衛宮士郎は負ける。

 

 

 

「……自害しろ。衛宮士郎」

 

 

 

エミヤさんは投影した大剣を投げて、衛宮士郎に自害を命令した。衛宮士郎の未来(エミヤの過去)を教えた上で。

 

 

 

俺は、自害すると思った。自分の理想が、真の意味で叶えられることは無いのだと知って、それでも生きる理由は衛宮士郎にはないのだから、だから……

 

 

 

「俺は何があっても、後悔はしない。お前が俺の理想だって言うのなら、そんな間違った理想は俺自身の手で叩き出す!」

 

 

 

そう返答した衛宮士郎に驚愕した。未来の自分に、自分の理想がどういうものかを伝えられて、それでもなおその理想を貫き続けるのかと。

 

 

 

「その考えがそもそもの原因だ。お前もいずれ、俺に追いつく時が来る」

 

 

 

そういったエミヤさんの眼は、忌々しいものを見るような、それでいて衛宮士郎を憐れんでいるような、そんな眼をしていた。

 

 

 

「来ない。そんなもの絶対に来るもんか」

「そうか、確かに来ないな。ここで逃げないのなら、どうあれ貴様に未来はない」

 

 

互いに足を進めながら、同時に魔術を発動させる。一言一句(たが)わず、同じ言葉で。

 

 

「「投影、開始(トレース・オン)」」

 

投影された剣は干将・莫邪。英霊エミヤが使う数多くの剣の中で最も使用頻度の高い剣。

 

互いに間合いに入る。

 

そして二人同時に、同じ動作で、同じ剣筋で剣が振るわれ、衝突した。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

始まった戦いは、最初は一方的なものだった。

 

エミヤさんの猛攻に防戦一方の衛宮士郎。反応はできていたが、反撃の(すべ)などなかった。だが、徐々にそれが変わっていった。力も速度も技術も反応速度も何もかもが上昇し、ついには反撃さえしたのだ。エミヤさんと、同じ動作で。成長にしては、あまりにも速すぎる実力の向上。

 

「前世の自分を降霊、憑依させることでかつての技術を習得する魔術があると聞くが、俺と打ち合うたびに、お前の技術は鍛えられているようだな」

 

そうか、剣を通して吸収しているのか。未来の自分の技術を。

 

「ふん。余裕ぶってろ。すぐお前に追いついてやる」

 

確かに、この調子で行けば衛宮士郎の剣術は英霊エミヤに追いつくかもしれない。

 

 

 

だが違う。おそらく、衛宮士郎(過去の自分)英霊エミヤ(未来の自分)に追いつくというのは、そんな軽いのもじゃない。

 

「俺に追いつく?ひどい勘違いだ。やはりお前は何も分かっていない」

 

瞬間、空気が変わった。英霊エミヤが発する圧によって、周囲の空気が何倍にも重くなったように感じられた。

 

 

 

ああ、ついに見せるのか。それを……

 

 

 

「I am the bone of my sword.

 

 

 

Unknown to Death.Nor known to Life.

 

 

 

Unlimited Blade Works.」

 

 

 

その詠唱が終わった瞬間、世界が塗りつぶされた。

 

 

 

一人の男が、たった一つの理想を目指して、足掻いて足掻いて足掻き続け、人にも、世界にも、ついには叶えたかった理想にすら裏切られ続けた男の、歩みの果て。

 

 

 

その世界に草木はなく、あるのは墓標のように突き立てられた無限の剣。そして、空には巨大な歯車が、虚しく音を鳴らして回るような、そんな世界。

 

 

 

固有結界、無限の剣製。

 

英霊エミヤの宝具にして、衛宮士郎に許された唯一つの魔術。

 

そして、その伽藍洞な世界は、英霊エミヤの心そのものだ。

 

 

 

「うぉおおおお!」

 

 

 

この世界の本質を理解してもなお立ち向かう衛宮士郎。だが、そこに先程のような迫力はない。剣には碌に力が入っておらず、受け止められた。

 

「お前は本当に英雄になりたいのか?」

 

そんな世界を出した後にエミヤさんが衛宮士郎に問うたのは、衛宮士郎にとっては聞くまでもない当たり前のことだった。

 

「なりたいじゃない。絶対になるんだよ!」

 

そう、それは衛宮士郎にとって当たり前のことだ。幼い日に、父の理想を受け継いだあの時から衛宮士郎は正義の味方を目指したのだから。

それが、衛宮士郎が持つ唯一の感情(呪い)なのだから。

 

「それは自身の(うち)から出たものではない。衛宮切嗣の自分を助けたときの顔が、あまりにも嬉しそうだったから、自分もそうなりたいと思っただけ」

 

「正義の味方だと?誰かのためになろうと、そう繰り返し続けたお前の思いは、決して自ら生み出したものではない」

「そんな男が誰かの助けになるなどと、思い上がりも甚だしい!」

「ぐがぁぁ!!」

 

エミヤさんの振るう剣が、衛宮士郎の肌を傷つける。もうすでに衛宮士郎の体はボロボロだ。だが、それでもエミヤさんは剣を振るう。その剣に憎しみを載せて。

 

剣とともに言葉が放たれる。

 

お前の正義は偽物だと。

 

お前はあってはならない偽物だと。

 

その醜悪な正義の体現者が、おまえの馴れの果てだと。

 

衛宮士郎を一番傷つけたのは、剣よりもその言葉なのだろう。俺の目から見ても、どちらが正しいかは明白だ。エミヤさんの言っていることは全て正しい。その発言はすべてが事実で、真実で、正論だ。他ならない彼の人生が、それを証明している。

 

そして、衛宮士郎はそれを受け入れる心を持っていない。

 

 

 

ああ、これで終わりかと、衛宮士郎の死を確信した時だった。

 

 

 

 

 

「体は……剣で出来ている」

 

 

 

 

 

 

全身の傷が治り、立ち上がり、瞳に光を宿した衛宮士郎がそこにいた。

 

 

 

「ようやく入り口に至ったか。だがそれでどうなる?実力差は、嫌というほど理解したはずだが?」

「手も足もまだ動く。負けていたのは俺の心だ。お前を正しいと受け入れていた、俺の心が弱かった」

 

 

 

 

 

…………………………は?

 

 

 

 

 

「お前の正しさは、ただ正しいだけのものだ。そんなもの俺はいらない。俺は正義の味方になる。お前が俺を否定するように、俺も死力を尽くして、おまえという自分を打ち負かす」

 

 

 

意味が……分からない!

 

 

 

ただ正しいだけのもの?それの何が悪い!何でそれを分かっていながら受け入れないんだ衛宮士郎。確かに真実は残酷だ。けどそれは、受け入れなければいけない現実だ。それを理解していながらも否定する。そんな考えは理解できない。

 

だが滅茶苦茶なようでいて、本人は真面目だ。心は折れない。本気で英霊エミヤ(正しさ)を否定しようとしている。なぜ?なぜ?なぜ?

 

 

 

混乱しているとき、衛宮士郎の瞳が視界に入り、気づく。その眼を、俺は知っている。

 

エミヤさんが世界と契約する前の、ただがむしゃらに人を救い続けたときの、あの時の眼だ。

 

だが、今はそんな眼をしていられるのかもしれないが……未来では絶望するかもしれない。エミヤさんも同じことを考えたみたいだ。

 

 

 

「お前も同じように、絶望する」

 

剣が放たれる。そして、それをすべて受け切った衛宮士郎は、尻もちをついた。

 

「限界のようだな。衛宮士郎の戦いは、これで終わりだ」

 

 

 

ついに終わるのか。この悲しい戦いが。

 

 

 

「ああ、おまえは正しい。俺の思いは偽物だ」

 

 

 

衛宮士郎は肯定する。今まで否定しようとした英霊エミヤを。

 

 

 

「けど、美しいと感じたんだ」

 

 

 

その言葉を聞いたとき、俺が思い浮かべたのは、この世界に来て一番最初に見た夢の光景だった。助けられた子供は無表情なのに、助けた側が涙しながら喜んだ、助けた側が救われたような、歪ながらも、美しい光景。

 

 

 

「自分より他人が大切なんてのは、偽善だと分かっている。それでも、そう生きられたのなら、どんなにいいだろうと憧れた」

 

確かに、その生き方は、偽物でも、正しくなくても、美しい。

 

「俺は無くさない。愚かでも引き返すことなんてしない。この夢は、俺が最後まで偽物であっても、決して……間違いなんかじゃないんだから!」

 

 

 

自分は愚かでも間違っていないと、そう言いながら突っ込んでいった衛宮士郎の剣を、英霊エミヤは受け入れた。

 

そして、戦いが終わる。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「そして、座に帰った後、俺の霊格に分霊を押し付けられたわけですね。抑止力に無理やり」

「まあ、あの戦いの後にもいろいろ奔走した末に座に帰ったわけだが、そこはどうでもいいか。所詮は記録だ。俺自身が体験したという実感も薄い。長々と語るべきことでもないだろう。それよりも、この戦いを見て、君はこれからどうするのか、その答えを知りたい」

「俺は……」

「無論、今すぐにとは言わん。君はまだ若い。結論を急ぐべきではない。なに、時間はたっぷりある。自分のペースで解を導き出せばいい」

「はい」

 

 

 

あの戦いを見た後だと、なおさら易々と答えを出すわけにはいかなくなった。

 

 

 

だけど、衛宮士郎の言葉を聞いたとき、こう思ったんだ。

 

 

 

 

 

正しくはなくても、間違ってはいない。だから、偽物でも進み続ける。そんな生き方もあるんだなって。それは、とても美しいことなんだなって。

 

 

 

その事実に、少し救われた気がした。

 

 

 

 



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香織の夢/蝶の羽ばたき

 ~香織Side~

 

 

 

 夢を見ている。南雲君の夢の後に見た、暗い世界、ただ、その世界で行われていることは前見たときとは別だった。前見たときはいき場のない世界を彷徨っているだけだった。

 

 

 

 戦っている。

 

 

 

 自分と同い年くらいの少年と、二十代前半くらいの青年が、同じ武器、同じ技で戦っている。

 

 剣、双剣、刀、長刀、弓、石斧。それらすべてが青年には通用しなかった。

 

 

 

 その戦いは一方的だった。

 

 

 

 「やめて!その剣を離して!」

 

 

 

 自分の声はこの二人には届かないだろう。何せここは夢の世界なのだから。自分の声が届くわけない。

 それでも、この二人の戦いを見るのは、なんとなく辛かった。心が張り裂けるかと思うほどに。

 

 

 

 その二人に、自分は見覚えなどないというのに。

 

 

 

 「ふむ、なるほど。予知夢か。昏睡状態にあったからたまたま君の夢に出て面白そうなことを聞こうと思ったわけだけど、その夢が予知夢なんて、なんて面白い偶然だ」

 

 

 

 いつの間にか私の横には、白いフードを深くかぶった長身の白ローブの男性が立っていた。

 

 

 

 「え!?あの!?ここは夢なのに、なんで私に話しかけれるんですか!?というか誰ですか!?」

 

 「何で君に話しかけれるか、それは私が夢魔と人間のハーフだからだよ。夢の世界は私の世界でもある。私の名前はマーリン。気軽にマーリンお兄さんと呼んでもいいよ」

 

 「は、はぁ」

 

 

 

 マーリン、どこかで聞いたことがあるような気がする。確か南雲君と会話がしたくて集めたオタク関連の情報にそんな名前があったような……。

 

 

 

 「まあ、私のことなんてこの夢に比べれば些細なことさ。すごいね予知夢なんて。特殊な家系でもないのにこんな力を持っているなんて、君はすごく貴重な存在だ」

 

 「予知夢ってことは……この戦いはこれから起こることなんですか!?」

 

 「そうだよ」

 

 「ど、どうすれば止められるんですか!?」

 

 「慌てない慌てない。呪文噛むからね。結論から言うと、この戦いを止めることは不可能だ」

 

 「え?」

 

 どうゆうことなの?まだ起こる前の事象なら、止められてもいいはずなのに。

 

 「君の夢はこれから起こる可能性のある事象を夢に見るんじゃなくて、これから確実に起こることを夢としてみるものみたいだ。夢で戦いが起こっている以上、この戦いは現実で必ず起こる」

 

 

 

 そんな会話をしている間にも、少年はやられていく。そして膝をついた。

 青年はそんな少年にとどめを刺そうと近づいていく。

 

 

 

 「早く逃げて!」

 

 「無理だね。私の治療魔術であの少年の体は回復しているはずだ。私は夢魔だから、この夢にもある程度干渉できる。体は回復しても動けないってことは、問題は心かな?」

 

 

 

 青年が少年ののど元に剣を突きつける。その時に少年が何を言ったのか、不思議と理解できた。

 

 

 

 

 

 ああ、俺は生きているべきじゃなかった。

 

 

 

 

 

 少年は確かにそう言った。

 

 

 

 「だめぇえええええ」

 

 

 

 夢はそこで終わった。あとは真っ暗な空間に、私とマーリンさんが立っているだけ。

 

 

 

 「君に頼みたいことがある。どうか、夢に出てきた少年を助けてはくれないだろうか。異世界召喚、勇者対魔族。ああ、なんて素晴らしい刺激の少ない現代では貴重な戦い。そんな面白そうな物語にこんなバッドエンドがあるなんて、私には耐えられない。あの少年には個人的に死んでほしくないんだよね」

 

 

 

 返事なんて決まっている。

 

 

 

 「言われなくても助けます。私も、あの少年には死んでほしくないです」

 

 「うん。私の我が儘を聞いてくれてありがとう。お礼に、君が一番知りたい情報を教えてあげるよ。南雲君は生きている」

 

 「ホントですか!?」

 

 「うん。パワーアップもしてるみたいだし、あと数日もすれば封印されている美少女吸血鬼の封印といてフラグでも建てるんじゃないかな?」

 

 

 

 よしちょっとその吸血鬼と南雲君にOHANASIしなきゃ。

 

 

 

 「そろそろお目覚めみたいだ。頑張ってね。君達の物語が祝福に満ちていることを祈るよ」

 

 「はい。ありがとうございます」

 

 

 

 あの夢では青年が少年にとどめを刺す前に夢が終わった。つまり、あの少年が死ぬ未来は確定していない。

 

 

 

 「絶対に助けてみせる。南雲君も、あの少年も」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バタフライエフェクトという言葉がある。

 小さな蝶の羽ばたきが、もしかすると遠くの地域に竜巻を起こすかもしれない。そんな疑問から創られた言葉だ。日本語訳すると蝶の影響。

 

 さて、蝶の羽ばたきですら遠くで竜巻を起こす可能性があるのに、世界と契約した勇者や予知夢に干渉した魔術師の影響が干渉した本人だけで済むなんてことがありえるのだろうか?

 

 そんなことはありえない。

 

 

 

 

 

 ここは神域と呼ばれる、文字通り神の領域。神が住まう場所。

 

 そこに描かれた魔法陣の前に立つのは一人の人物……いや神物。

 

 その名はエヒトルジュエ。人間族、魔人族を騙し争わせている争いの元凶。この世界においては最も罪深い詐称の罪神。

 

 今その神が発動させる()()は……

 

 

 

 

 英霊召喚。エヒトルジュエからした異世界から一クラス分の人間を召喚したこの神にとって、異世界に存在する既存の術式を応用すれば英霊の召喚は容易ではないが、十分に可能なことだった。

 

 「閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する」

 

 

 

 もうこの神は器を求める必要はない。異世界の魔法、第三魔法魂の物質化。そしてこの世界の魔法、魂魄魔法。この二つの知識があれば、器がなくても簡単に肉体を得ることができる。というか、すでに肉体は得ている。わざわざ神域に引きこもる必要などない。

 

 

 

 「―――Anfang(セット)

 

 「――――告げる」

 

 

 

 だがこの神は止まらない。人を騙し、魔人を騙し、戦争を起こさせたその動機は()()。快楽を求めるこの神は、戦争(ゲーム)のパワーバランスを調整するために、この英霊召喚を行っているのだ。世界と契約した勇者に対抗するために。

 

 

 

 「―――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成るもの、

 我は常世総ての悪を敷くもの。

 

 汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――!」

 

 

 

 

 

 詠唱が終わり、魔法陣の上に立っていたのは一体の英霊。

 

 

 

 

 

 「まさか貴様が召喚されるとはな。いや、あの守護者との縁を考えれば当然か?セイバー」

 

 英霊は何も言わない。

 

 「応えよ。貴様の真名は何だ?」

 

 「…………」

 

 「成程。ア■■■■か。では、これからは我に従ってもらうぞ」

 

 「……」

 

 「何?条件だと?」

 

 「…………」

 

 エヒトルジュエは、その条件の内容を吟味する。

 

 「クッ、ククッ、アハハハハハッ。いいだろう。その条件をのんでやる。我にとってもその方が都合がいいし、何より、面白そうだ」

 

 

 

 

 

 この神の悪意は、何があっても止まらない、止められない。たとえ本神が望んだとしても。その悪意は止まらず進む。神殺しの英雄が現れるまで。

 

 

 

 




アから始まる5文字のセイバー。一体何者なんだ?


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誓いと後悔

 エミヤさんの過去を全て見た後、目を覚ました俺の目の前には、雫の顔があった。

 

 「………雫、なんでここに?」

 

 「あんな逃げるように席を立たれたら、気にならない方がおかしいわよ」

 

 「……いつからいたんだ?」

 

 「あんたが寝た時。中に入ったら、涙を流しながら寝てたから、つい気になって……」

 

 「えっと、ごめん。気を遣わせちゃったみたいで……」

 

 よし。この様子だと、エミヤさんとの会話は聞かれてないみたいだ。

 

 「それにしても、えらくうなされてたけど、どんな夢見てたの?」

 

 ……どんな夢、か。どんな夢と聞かれれば、それは……。

 

 

 

 「いい夢だったよ。うん、とても、美しい夢だった」

 

 エミヤさんの人生は、衛宮士郎の決意は、伽藍洞でも、歪でも、偽物でも、偽善でも……それでも、美しかった。

 

 「……そう。よかった」

 

 雫は複雑な表情でそう言った。まるで、何か言いたいことを我慢しているように。

 

 ……本当はもっと色々言いたいことがあるのだろう。伊達に幼馴染として長い間過ごしていない。きっと雫は、俺に何かあったことに気づいてる。気になるはずだ、聞きたいはずだ、心配なはずだ。けど、それをこらえて、踏み込まないようにしている。俺が踏み込まれたくないことを察して。

 

 「すまない。……すまない」

 

 「何謝ってるのよ?しかも二回も」

 

 一回目のすまないは、ここまで心配をかけておきながら、何も話せないことに対して。もう一つは……

 

 

 

 「俺があの時、軽々しく勇者になるなんて言わなければ、雫を含めた皆を戦いに巻き込むことはなかったかもしれない。南雲も死なずに済んだかもしれない。だから本当にすまない」

 

 「!?」

 

 雫は驚愕の表情になった後、俺を睨みつける。その瞳には憤怒が宿っていた。当然だ。俺は恨まれて当然のことをしたんだ。

 

 「……俺は、このことについて全員の前で謝罪するつもりだ。恨みなら、その時に思いっきりぶつけてくれ。どんな罵詈雑言も受け入れるつもりだ。何なら殴ってくれて構わない。俺はそれだけのことをした」

 

 「…………」

 

 雫は何も言わない。ただ睨みつけるだけだ。

 

 

 

 

 

 ―――と思ったら、いきなりビンタが飛んできた。

 

 

 

 パァンと小気味いい音が鳴った後、ジンジンと痺れる頬を抑えながら、俺は茫然とした。そんな俺に向かって放たれた雫の第一声に、俺は驚愕した。

 

 

 

 「あんた、馬鹿じゃないの?」

 

 正直、もっとひどい言葉が来ると思っていた。それとも、悪口を言い慣れていないから悪口のレパートリーが少ないのだろうか?自分の罪がこの程度の罰で済むわけないという自虐的な感情が、そんな見当違いの憶測を進めていく。

 

 「何……で…?」

 

 「その顔、あんたもしかしてどうして自分の罰がこの程度なんだ~とか考えてるんじゃないでしょうね?」

 

 そうか、いや、当然か。

 

 「すまない。そんなわけないよな。この後皆に謝罪した後に思いっきり怒りをぶつけるつもりなんだろ?ただ、今のは俺が突然謝ったから感情の整理がつかなくて、思わず手が出ちゃったからで……」

 

 

 

 ゴンッ!!

 

 

 

 今度は脳天にチョップを叩き込まれた。

 

 「痛っ!」

 

 「そんなわけないでしょ!全く、少しは変わったかと思ったら、思い込みが激しい所は相変わらずね。むしろ方向性が前より悪い方向に進んでない?」

 

 違うならなぜビンタやチョップが飛んでくるのか。俺には全く理解できない。

 

 「はぁ、あんたは勇者になることを皆に強要したみたいなこと言ってるけど、あそこで断る選択肢はあったんだから、勇者になったのは本人の意思なの。そりゃあ断り辛い空気はあったけど、本当に嫌ならその空気を無視してでも断るはずよ。皆案外勇者になるってのも、満更でもなかったんじゃない?」

 

 「それは……」

 

 「まあ、私はそんなんじゃなくて、絶対に無茶をやらかすあんたをサポートするために勇者になるのを引き受けたわけだけど」

 

 「それは本当にすま……」

 

 「はい謝るの禁止。あんたのサポートをすることも含めて、自分の意思で決めたことだから、あんたは気にしなくていいの」

 

 謝罪の言葉をさえぎって、雫は俺に説明を続ける。

 

 「そもそも異世界の常識を知らない私達はどのみち王国の世話にならないといけないわけだから、光輝が言わなくても勇者になってたわ」

 

 「そうだとしても、俺が勇者になるのを勧めたのは事実だ」

 

 「そうね。でも、それが分かっているなら、反省して、もう同じことを起こさないようにすればいいじゃない。そもそも、あんたが私に謝った時、なんで私が怒ったかわかる?」

 

 「いや、全くわからない」

 

 「……はぁ」

 

 雫は呆れたように溜息を吐きながら、その呆れを隠そうともしない、うんざりとした表情で、言葉を発する。

 

 「見当違いなことで私に心配をかけた挙句、自分一人で勝手に押しつぶされそうになって、私があんたのことを恨んでるなんて勝手に決めつけたことよ」

 

 「見当違い?」

 

 「勇者になることは皆自分の意思で決めたことだから、あんたがそれを背負う必要なんてないの。それなのに背負うつもりになって罪を感じるなんて、見当違いもいいとこだわ」

 

 「けど、南雲の死は、俺の軽率な行動が起こしたものだ。俺があの時べヒモスを前に早く撤退を決意していたら、南雲は……」

 

 皆が勇者になったことが雫の言う通り見当違いだったとしても、南雲の死の一因が俺にあることは間違いない。これにはどんな免罪符も意味をなさない。人の命は一つしかなく、人は一度死んだら還らない。そんな取り返しのつかない罪は、許されるものではないし、償いようもないのだ。

 

 「確かに、あの時何かが違えば、南雲君は死ななかったかもしれない」

 

 「…………」

 

 その通りだ。こればかりはどうしようもなく、見当違いでもなく、俺が背負うべき罪なんだ。

 

 「けど……」

 

 「?」

 

 「けど、あなたはメルド団長を助けようとして、べヒモスと戦おうとした。たとえそれがどんなに愚かな行動だとしても、メルド団長を助けようとしたあなたの想いは、間違いなんかじゃないわ。勇者になったのも、この世界で困っている人を助けようとしたからなんでしょう?だったら、そんな自分の行動が全て間違っているような、そんな言い方しないで」

 

 正しくはなくとも、間違ってはいない。だから、その道を進み続ける。そうだ、俺はついさっき、その美しい在り方に救われたばかりだ。

 

 「……ありがとう雫。少し、救われた気分だ」

 

 違う。本当は少しなんてものじゃない。もっと、それこそ、これからの未来でも、こんな多幸福感は味わえないだろうというくらい、救われた。ただ、それを直接伝えるのは恥ずかしくて、つい控えめになってしまう。本当はもう、これ以上ないくらい、それこそ、ありがとうなんて言葉だけでは表せないくらい、感謝しているというのに。

 

 「……本当に、俺のことを、恨んでないんだな?」

 

 「まだ言うの?こんなことで恨む性格をしていたら、あんたの幼馴染なんてできないわよ。今までどんなに迷惑かけられたと思ってるの?」

 

 「……そんなにかけたっけ?」

 

 「ええ、それこそ私が恨みそうになるくらい」

 

 そして雫は、俺がどれだけ迷惑をかけたか話し始めた。話してるうちにヒートアップしてきたのか、説明口調からだんだん愚痴っぽくなってきて、ていうかほぼ愚痴になって、それなのに俺のどんな行動や感情が原因で雫が被害を被ったのかものすごく分かりやすく言ってくるのだ。中学どころか小学生の時の過去までさかのぼられたときは、もう絶対恨んでるだろと思った。何か途中から黒いオーラが見えた気がする。

 

まあ、とりあえず、なんというか……。

 

 「誠に申し訳ございませんでした!!」

 

 俺は頭を床につけて、低姿勢で、敬語で謝った。そう、土下座をしたのだ。というか、これ以上の謝罪が思いつかなかった。

 

 「はぁ、もういいわ。何時までも過去のことをグチグチと言ってもしょうがないもの。あんた自身に悪気はなかったみたいだし、だから質が悪いんだけど、まあ、許してあげるわ」

 

 雫が優しいことは前から知っていたが、ここまで心が広いとは、今初めて知った。本当に感謝しかない。

 

 「本当にありがとう雫。もしこれから何かあったら、今まで迷惑かけた分、どんどん俺を頼ってくれ。雫のことは、絶対守るから」

 

 「え!?あ、コホンッ!!うん。どうせあれでしょ。人を助けるのは当たり前で、特に深い意味なんてないんでしょ。私以外の人も、平等に助けるんでしょ、どうせ今まで通りに」

 

 「…………」

 

 平等。なぜか、その言葉が、今は重くのしかかった。本当に平等に全てを助けられたら、どれだけよかっただろう。だけど世界は不平等で、理不尽で、どうしても救えない人間が出てくるんだ。もし十の人間を切り捨てることで百の人間が救われるのなら、もし、その十人に雫が入ってしまったら、俺は、どうするのだろう。

 

 「……ごめん雫。確かに、絶対なんて軽々しく口にするべきじゃなかった。俺には全てを救う力なんて無いから」

 

 「……光輝?」

 

 「それでも!!!」

 

 

 

 俺は雫の手を自分の手で包みながら、雫にも、そして自分にも宣言する。

 

 

 

 「それでも、俺は頑張る!限りなく全てに近い人を救えるように、雫を死なせないように、俺は今まで以上に頑張るよ!絶対守るなんて言えない。もしかしたら、また雫に迷惑をかけるかもしれない。それでも、俺は、雫を、皆を死なせたくないから」

 

 「え!?あの、ちょっと!?……コホンッ!!まあ、あまり期待してないけど、もし自分でもどうしようもない問題があったら、頼るとするわ」

 

 雫は顔を赤らめたあと、冷たい態度でそう口にした。それは冷たくもなるだろう。絶対ではなく、頑張るなんて曖昧な言葉では信用できるはずもないし、不快にもなるだろう。でも、本当に申し訳ないけど、全てを救えない俺は、十の側に立った雫を前に迷いなく百を切り捨てられない俺は、どうしても、絶対を口にすることはできないし、許せないんだ。他ならない、俺自身が。

 

 (ふむ、光輝は何やら見当違いなことを考えていそうだな。その赤い顔、八重樫君は君に惚れかけているぞ。どれだけ鈍感なんだ)

 

 終始空気だったエミヤは最後の最後で突っ込んだ。だが所詮は心の中で思ったこと。光輝には伝わっていない。なのになぜか光輝は突然こう思ってしまった。

 

 

 

 あなたにだけは言われたくない。

 

 

 

 …………と。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 ~雫Side~

 

 

 

 今日の朝食の後、光輝が逃げるように部屋を去ってから、心配になって様子を見に来たら、泣きながら寝ていた。正直、意外だった。光輝がここまで追い詰められていたなんて。光輝は自分のことに関しては強い意思を持っている。何事も決して諦めないし、正義感は強いから自分の正しさを疑わない。

 言い換えれば思い込みが激しいとも言えるから決して良いとは言えない、というか光輝の場合は悪いと言えるかもしれない。けど、光輝は異世界でもその強い意志で、自分の正しさを貫けていると思った。ただ、それは思い違いだったみたいだ。

 

 

 

 光輝が目を覚ました後、どんな夢を見たか聞いてみた。そしたら、美しい夢だったと答えたのだ。あんなにうなされていたのに、てっきり悪夢だと思っていたのに、そんな答えが出たことに驚いた。驚いたが、その時の光輝の顔が晴れやかだったので、納得してしまった。

 

 光輝はきっと、今も何かを抱えている。きっと私の知らないところで何かあったのだろう。それはきっと、私にも言えない何かで、私にも踏み込んで欲しくない何かだ。だから私は、無理にそれに踏み込んだりしない。光輝のことは心配だけど、光輝はきっと、自分で解決するだろう。人の問題を解決するのは苦手だけど、自分のことは何とかしてしまうのが光輝だ。光輝は天才だから、思い込みの激しさによる意思の強さと行動力で、大抵のことは何とかしてしまう。

 

 ただ、思い込みの激しさが自虐的な方向に変わっていたのは予想外だった。

 

 光輝はみんなが勇者になったことも、それによって起きた悪影響も全て背負おうとしている。

 

 その懺悔を聞いた時、まず思い込みが激しい光輝が自分の行動が間違っていると思えるほどに変わったことに驚愕し、その次に、私の心は怒りに包まれた。

 

 私は光輝のことを恨んでいない。光輝の行動は、確かに後先考えない無責任で無鉄砲な行動だったが、全くの間違いだったとは思っていない。私は光輝の正義感のあるところは嫌いじゃない。むしろ好ましく思っている。その正義感で動いた行動が全て間違いであると言い、しかも勝手に私がそれを恨んでいると思われたのは心外だった。

 

 だから言ってやった。あなたの想いは間違いじゃないと。あなたは悪くないと。自分が思ったことを全て、口に出して、自分が悪いと思い込んでいる正義感の強い鈍感で馬鹿な幼馴染にも伝わるように。

 

 そうして話が進むうちに、なぜか私の今までの苦労(原因は光輝)を話すことになった。今の光輝なら素直に自分の非を認められるだろうと思ったら、つい口が滑って、今まで溜め込んだものを吐き出すかの如く、小学校のことまで愚痴ってしまった。

 当時私と光輝の仲に嫉妬した女子から「あんた女だったの?」と言われた時のことを愚痴った後は、自分が女であること、女として見てもらいたいことを今までの愚痴以上に強調して伝えたのだが、絶対気付いていないこの馬鹿。

 

 そのあとこうきに土下座で謝罪された後、キメ顔で「今まで迷惑かけた分、どんどん俺を頼ってくれ。雫のことは、絶対守るから」と言われた。

 

 不覚にも守るという言葉に少しドキッとしてしまった。自分で言うのも恥ずかしいが、私だって心は乙女なのだ。王子様に守ってもらいたい系の女子なのだ。その私が光輝のようなイケメンに、そんな歯が浮くようなせりふを言われたら、少しは動揺する。

 まあ、そこは長年付き添ってきた幼馴染。きっと今まで条件反射で言って来たような何の重みもないような言葉だと割り切り、反論する。全く、無駄に女を動揺させるようなことを言わないでほしい。だがこの男は、そんな普通の男子にはできないことを、軽々しくやってのける男なのだ。女がその言葉をいくら重く受け止めても、光輝にとっては軽い気持ちで言ったことにすぎないのだ。

 

 

 

 「……ごめん雫。確かに、絶対なんて軽々しく口にするべきじゃなかった。俺には全てを救う力なんて無いから」

 

 「……光輝?」

 

 

 

 返事が、私の予想と違った。

 

 もっと、そんなことないよ。とか、そんなわけないだろ。今まで助けられなかった分も助けるさ。とか、そんな薄っぺらな言葉が返ってくると思っていたのだが。

まるでさっきの発言を悔いるように、顔をうつむかせて、拳を握りしめている。

 

 

 

 ―――するといきなり、私の手を包み、顔を近づけてきた!?

 

 

 

 「それでも、俺は頑張る!限りなく全てに近い人を救えるように、雫を死なせないように、俺は今まで以上に頑張るよ!絶対守るなんて言えない。もしかしたら、また雫に迷惑をかけるかもしれない。それでも、俺は、雫を、皆を死なせたくないから」

 

 

 

 その言葉を聞いたとき、私は、今までにないほど動揺してしまった。こんなに間近で、真剣な顔で、私を守ると言ってくれた。絶対守るとは言わなかった。人によっては曖昧で真剣さが感じられないなんて思うかもしれない。だが、いつも絶対守るなんて口にして、その言葉が薄っぺらく感じてしまうようになるほどの光輝から絶対がなくなったら、一気に現実感が増して、その言葉の重みが伝わってくるのだ。それに、光輝の目は、今までにないほど真剣で、その言葉が今までのような軽々しい、無責任な守るとは違う、本気で言っていることが伝わってくる。

 

 

 

 ――――だから私は、その言葉に、自分でもおかしいと思ってしまうほど、胸が、熱くなってしまった。

 

 ――――まるで、燃え盛る炎のように、熱く、熱く、顔が真っ赤になってしまうほどに。

 

 

 

 その動揺を隠すために、少し態度を冷たくしてしまったが、それはまあいいだろう。

 

 ただ、このやり取りのおかげで光輝の抱えていたものがなくなったし、光輝の成長が私の想像以上だったことも知ることができたし、本当に良かった。私はそれで安心した。……してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 私はこの時、自分がもっと光輝の心に踏み込まなかったことを後悔することになる。

 

 

 

 私がもっと冷静でいれば、今無くなった悩みは光輝が抱えていたもののほんの一部に過ぎないと気付けたかもしれないのに。

 

 

 

 私がもっと踏み込んでいれば、光輝はそれを一人で抱え込まず、誰かと共有して軽くすることができたかもしれないのに。

 

 

 

 けど、私はそれができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――だから、()が生まれてしまったのだ。

 

 

 

 




作者「今回の後書きは、ゲストに本編ではほとんど空気だったエミヤさんと、この話で正式にメインヒロインに決定した八重樫雫……の原作ver(本編完結後)を連れてきました」

藤村「ねぇ作者君私は~?」

作者「藤村先生は後書きでのキャラクターのやり取りには毎回出てもらうつもりなので、ゲストではなくこっち側ですね(本編では出番ないし)」

藤村「わ~い」

雫(原作ver)「それで、ゲストとして呼ばれた私は何をすればいいの?」

エミヤ「私もそれが疑問だったのだが。というか空気って…」

作者「まあ、今回の話の感想でも言ってくだされば」

雫(原作ver)「じゃあさっそく……こっちの光輝をうちのと交換してほしいくらいかっこいいんだけど!?」

三人「「「酷い!!!」」」

作者「でもわかるわ~。今まで散々苦労してきたもんね~。幼馴染なんてラブコメものではヒロインルート待ったなしのポジにいながら惚れないくらいには苦労したもんね~」

藤村「士郎も無鉄砲なところはあるけど、出来る出来ないを考えた上で、最終的には自分が犠牲になって誰かが助かるのならそれでいいって突っ込むのに対して、光輝君は本当に後先考えないもんね~」

エミヤ「衛宮士郎の話は私の黒歴史だからやめてほしいのだが……と、本編の感想だったな。最後の一文、なぜかものすごく嫌な予感がするのだが」

作者「一人だけ光輝を批判しなかった。まあ、あまり深く考えないで。どうせ最終回に近い辺りまで来ればわかるよ多分」

雫(原作ver)「私、南雲君に惚れる前だったらあの光輝に惚れてたかもしれない」

作者「ほぼオリ主にするのもあれだから思い込みが激しいところと鈍感なところは残しといたぜ。どう思う?本編でブーメランどころか自殺ゲイボルグ発言をかましたエミヤんは?」

エミヤ「誰がエミヤんか!そして私は鈍感ではない」

作者・藤村「「ダウト!!!」」

作者「まあ、俺の中では順調に光輝を違和感なくカッコよく性格改変できてると思います。本編に出てくる名前分からない登場人物。ぜひ当ててみてください。結構重要なポジにいます。出番少ない予定だけど。あっ、時間来ちゃった。それでは……」

四人「「「「次回もよろしくお願いします」」」」

作者「ゲストの人はこの後書き空間を抜けたらこのやり取りは記憶から消去されるからそこんとこよろしく」

雫(原作ver)「え!?まあいいわ。どうせこの空間のことを誰かに話しても信じてもらえないもの」

エミヤ「本編に戻ったら後書きでのやり取りが不都合な場合もあるだろう。別に構わん」

作者「それでは読者の皆様、また次回~」




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香織の目覚め

 「そろそろ香織のところへ行きましょう」

 

 俺が改めて雫を含めた皆を救う決意を固めた後、雫はそう提案してきた。

 

 「香織はまだ眠ったままだったな。もう目覚めているといいんだが……」

 

 「……厳しいでしょうね。クラスメイトが死んだってだけでをかなりショックなはずなのに、ましてやそれが南雲君なら、香織の精神的負担は計り知れないわ」

 

 今思えば、香織は南雲に気を遣っていたわけじゃなく、本当にただ仲良くしたかっただけなのだろう。それに気付かず俺は、無自覚に香織の邪魔をしていたのか。

 ……もし過去に戻ることができたら、過去の俺を助走をつけてぶん殴った後に、エミヤさんの夢の内容を聞かせてやりたい。

 

 いや、しかし香織はどうも南雲と二人で一緒にいることにこだわってた気がする。友達として仲良くなりたいのなら俺達のグループに南雲を混ぜてもいいはずなのに。確かに俺と南雲は気が合わないところもあるが、香織なら気にせず「皆で仲良くしたほうがいいよ~。光輝君も、南雲君も、あまり喧嘩しないで」とか言いながら強引にグループに入れそうなものだが、もしかして……

 

 「もしかして、香織は南雲のことが異性として好きなのか?」

 

 「……あんた、自分への好意には鈍いけど他人の恋愛には敏感なタイプ?いや、そういうわけでもなさそうね。あんなにあからさまな香織の態度に今まで気づかなかったし。もしかして、たった今そんなタイプになった感じ?」

 

 改めて冷静になって考えると、友達だからって弁当をわけるのは少しいきすぎかもしれないな。それに友達の俺達より先に南雲に挨拶してたし、あと表情だって俺や雫より南雲といる方が嬉しそうだったような……じゃああれはそういうことで……えっとこれも……う~ん、あっ!?あの時のあれもそういう事だったのか!えっ!?じゃああれも……

 

 そして、しばらく過去を振り返った結果、俺は自分がどんな最低な行為をしていたか見直すことができた。

 

 「もしかしなくても、俺、かなりのお邪魔虫だったんだな」

 

 「ええ、傍から見てる方は面白かったけど、当事者からしたらたまったもんじゃないでしょうね。香織じゃなかったらブチギレられてたわよ」

 

 「……目を覚ましたら、勇者云々の前にまずそっちを謝らないとな」

 

 そのような会話を、香織の部屋に着くまで続けていると、ちょうど区切りのいいところで、扉の前に着いた。

雫がドアノブに手をかける。

 

 

 

 ギィィ―――という古臭い音とともに開かれた扉の先には、ベットの上で、上半身を起こしながら、こちらに視線を向ける香織の姿があった。

 

 

 

 「香織!」

 

 「雫ちゃん!」

 

 

 

 目が合った途端、お互いの存在を確かめるかのようにお互いを抱き合う二人。香織の方は思いっきり抱きしめているが、雫の方は目覚めたばかりの香織の体を気遣って、優しく抱きしめている。それを眺めている俺は、自分だけ取り残されたような感じがして、一人だけ男ということもあり、いたたまれない感じになっていた。

 

 (なんだろうこの俺はいちゃいけないような感じ。エミヤさん、何とかしてください!)

 

 『なぜそこで今まで全く発言しなかった私に振るのだ!?そも、女性のことに関しては専門外だ。生憎勝てたためしがない。諦めろ。こちらが悪くなくても女性相手だと悪い感じになってしまう。……理不尽の塊だ』

 

 (なんか、その疲れ切った声だけで何となくあなたの女性関係が分かった気がします)

 

 表情を見ることができたら、きっとその顔は悟りを開いたような、そしてこの世全ての労働を押し付けられたような、疲れ切った表情になっているだろう。

 

 『特に我が強い人には注意しろ。あれこそまさに理不尽の権化。やることなすことハチャメチャなくせに、なぜかいい感じに働き、被害者の方も怒るに怒れないような、そんな感じになるからな!そして、その被害者は大体俺だったからな!』

 

 主にあかいあくまとか冬木の虎とか。

 

 (なんというか、ご愁傷さまです)

 

 

 

 俺とエミヤさんがそんな会話をしている間に、香織は俺に気付いたらしく、「あっ、光輝君」と声をかけてくる。

 

 そして、雫を抱きしめていた腕を離して、こちらに向かって歩き出す。雫は、目覚めたばかりで足取りがおぼつかない香織を支えながらも、どこか名残惜しそうな表情をしていた。心なしかこちらを睨んでいるような気がする。被害妄想なのかもしれないが。

 

 これは……俺が悪いのだろうか?もしそうなら、女が理不尽の権化というのは、あながち誇張ではないのかもしれない。

 

 

 

 「香織、体は大丈夫なのか?痛いところはないか?」

 

 「うん。特に痛いところはないよ。体は大丈夫。それやり、早く南雲君を助けに行かないと」

 

 瞬間、雫の表情が痛ましそうに歪むのが見えた。おそらく俺も似たような表情をしているだろう。明らかに死んだ確率の方が高いのに、それでも生存を信じる。それは、どれほど辛いことなのだろう。

 

 「香織、その、言い辛いけど……」

 

 「香織、南雲は死んだよ。君も見ただろ。南雲が奈落に落ちるのを」

 

 雫が言いよどむ中、俺ははっきりと、その事実を口にした。雫から咎めるような視線を受けるが、それを受け流しながら、淡々と続きを話す……ことはできなかった。

 

 「ううん。南雲君は死んでないよ。マーリンさんがそう言ってたもん」

 

 「は?」

 

 「『はぁっ!?』」

 

 俺、雫、エミヤさんが同時に声を上げる。雫は完全に疑問の声だが、俺とエミヤさんは驚愕の感情の方が強く声に出てしまっている。なぜなら俺達は、マーリンという言葉が誰を指すのかを知っているのだから。

 

 「香織、マーリンっていうのはあの人か?古代ブリテンの宮廷魔術師で夢魔と人間のハーフの、あのマーリンなのか!?」

 

 「えっと、それはちょっと良く分からないけど、マーリンって名乗った人が、夢の中に出てきたの」

 

 念のため聞いてみたが、夢の中に出てきたというあたり、俺達の知るマーリンで間違いなさそうだ。

 

 (けど、なんで異世界にそんな昔の人が干渉できたんだ?)

 

 『マーリンの逸話によれば、マーリンは塔に閉じ込められてはいるが、死亡したわけではない。生きているなら、夢に干渉することはできるのだろう。だが、異世界にも干渉してくるとは、どうやらキャスターの英霊を基準に考えても相当規格外の実力の持ち主らしいな』

 

 まあ、その本人は呪文噛むからと言ってエクスカリバーを振り回す物理攻撃系のなんちゃってキャスターだったりするのだが。

 

 「マーリンさんが、南雲君は生きてるって確かに言った。だからきっと生きてるよ!」

 

 (どう思いますか?エミヤさん)

 

 『アルトリアの話を聞く限り、マーリンはかなりの曲者だ。信用しすぎるのは良くないだろう。だが、わざわざ異世界に干渉してまで嘘を教える意味も無いはずだ。南雲君が生きているというのは、本当だと思っていいだろうな』

 

 「……そうか。生きているのか。南雲は……」

 

 今まで死んだと思っていたクラスメイトの生存を知り、安堵にも似た気持ちを抱いていると……

 

 「ちょっと!なんで夢の話なんか信じてるのよ!光輝!しっかりして!南雲君が死んだのがショックなのはわかるけど、そんな妄想信じないでよ!」

 

 (ああ、確かにマーリンのことを知らなかったら、至極当然の反応だよな)

 

 俺は二人に、俺が知る限りのマーリンの情報を伝えた。

 

 

 

 

 

 「へ~、マーリンさんってそんなすごい人なんだ」

 

 「アーサー王?楽園の塔?それらがすべて実在する?」

 

 香織の方は実際に会っているからだろうか?それとも本人の性格か、あるいは両方か。この話をある程度受け入れてくれた。しかし、雫の方はいまだに困惑しているようだ。

 

 「え~っと、マーリンって言うのは、この世界のものすごい魔法使いってことでいいのかしら?」

 

 「異世界にはすごい魔法使いがいるんだね~」

 

 どうやら雫も香織も俺達の世界にも魔術があるなんて受け入れられず、この世界にに登場する伝説の魔法使いと解釈されてしまったようだ。まあ、話が進みやすいからそう思ってもらおう。

 

 「まあ、そういう事だ。そんなすごい魔法使いの言うことだから、南雲の生存は信じてもいいと思う」

 

 俺がそう言うと、二人共もほっとした表情になった。どうやら、香織も夢で見たというあいまいな情報だったので、100%無条件に信じていたわけではないらしい。

 

 「よかった。じゃあさっそく皆で南雲君を助けに行かないと!」 

 

 「待って香織。南雲君は私達の中で無能の扱いを受けていたわ。その南雲君を助けることを王国が簡単に許可してくれるとは思えない。それにみんな遠征で疲れている上に、べヒモスや南雲君のことはトラウマになってる。そんな状態で助けに行こうなんて無茶だわ」

 

 !……それもそうだ。南雲を助けられると分かって冷静さを欠いてしまったが、よくよく考えれば俺達は精神的に追い詰められているんだ。皆のメンタルケアのことも考えないと。

 それにしても、それにいち早く気づくなんて、雫は冷静で、皆のこともよく見ていて、本当に頼りになる。自分のことで精一杯な俺とは大違いだ。

 

 「なら私一人でも行く!」

 

 「「何考えてる(の)(んだ)!?」」

 

 香織、まさか南雲のために命を捨てるような凶行に走るなんて……これが恋は盲目という奴なのだろうか?

 

 「あなた治癒師じゃない!非戦闘職のあなたが、迷宮で一人生き残れると思ってるの!?」

 

 「でも誰も南雲君を助けてくれないのなら、私が行くしかないじゃん!」

 

 ……誰も助けてくれないなら……か。

 

 『光輝、どうする?』

 

 エミヤさん、あなたも人が悪い。俺がどうするか分かった上で、あえて聞いてくるのだから。

 

 「俺が一人で助けに行く」

 

 「「!?」」

 

 俺がそう言うと、二人とも驚いた表情になった後、急に俺を心配し始めた。

 

 「光輝、落ち着いて。南雲君のために後先考えられなくなるのは香織だけで十分よ!」

 

 「光輝君、一人なんて無茶だよ!一人で突っ込んでいくなんてだめ!」

 

 雫、俺は別に後先見えなくなったわけじゃない。あと香織、君にだけは言われたくない。数秒前の自分の発言を思い出してほしい。

 

 「別に何も考えていないわけじゃない。俺がべヒモスと戦ったときに見せた力、夢幻召喚(インストール)なら迷宮でも一人で活動できる。皆の精神的負担を考えたら、俺が一人で行ったほうがいい」

 

 「待って!皆のまとめ役の光輝がいなくなったら、皆の不安は増えるばかりよ」

 

 「いいや、香織が目覚めたことは皆の心に希望を与えてくれるはずだ。それに、周りを見るのが得意とは言えない俺より、冷静で周りがよく見える雫や、治癒師の香織の方が負担を和らげるのに適任だ」

 

 「それでも他の皆は納得しないかも……」

 

 「そこは俺が口八丁手八丁で何とかするさ。俺の口は皆を勇者にすることができたんだ。たった一人の人間を助けることくらい、許可してくれるさ。王国の方もそれで何とかしてみせる」

 

 雫が提示してくる問題点に対し解決法を提示する。正直俺の解決法は確実にうまくいくわけじゃない。どれも希望的観測だ。だけど、その可能性にすがってでも、南雲を助ける理由が俺にはある。

 

 誰も助けてくれない。見捨てられる人達。冬木の大火災の被害者達。正義の味方(エミヤさん)が殺した人達。無能の勇者(南雲ハジメ)。俺も、そういう人達を見捨てたくない。

 例え全てを救うことが不可能だとしても、自分の手に届く範囲の人は……その中に南雲が入っているのなら、俺は、救いたい。

 

 「だから、南雲のことは、俺に任せてくれないか?」

 

 「「…………」」

 

 二人はしばらく考え込むような動作をしたが……

 

 

 

 「そこまで言うんだったら、何とかしてみなさい。ただし、やるんだったら絶対に助けなきゃだめよ。だからクラスの皆のことは私達に任せて、あんたはそっちに集中しなさい」

 

 「光輝君だったら南雲君のことを任せられるよ。お願い、南雲君も光輝君も、二人とも無事に帰ってきてね。あまり怪我しないようにね」

 

 

 

 俺を快く送り出してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、南雲救出はこれでいいとして、今残っている問題点は……檜山のことだな。

 

 

 

 早いうちに解決しないとな。それが多少強引な解決法になったとしても。

 

 

 

 

 



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会談

 香織が目覚めた翌日、俺は、今王宮の広間にいる。それも、国王、王妃、王女、王子、教皇、騎士団長、クラスメイト、貴族等、このハイリヒ王国の重要人物を集めてもらってだ。

 

 「勇者殿、大事な話があると聞きましたが、どのようなご用件で我らを集めたのか、お聞かせ願えますかな?」

 

 始めに口を開いたのは、教皇イシュタルさんだ。この国では国王ではなく神が国を動かしている。従って、神に使えるものの中でも一番地位の高い教皇であるイシュタルさんが、この場ではトップに立っている。今この会談の主導権を握っているのは、間違いなくこの人だ。

 

 俺は緊張しながらも、それを表情に出さないよう意識しながら、発言する。

 

 「一昨日の迷宮で奈落に落ちた勇者、南雲ハジメの生存が判明しました。なので、その救出の許可をいただこうと思いました。それが、皆さんを集めた理由です」

 

 俺の言葉に驚かなかったのは、すでにこの事実を知っている雫と香織だけだろう。檜山は憎々しい表情になっており、あのイシュタルさんですら、いつもの好々爺(こうこうや)じみた笑みを崩し、その眼を驚きに見開いていた。

だが、それも一瞬のこと。すぐさま表情を戻し、俺に問いかけてくる。

 

 「勇者殿、聞けば今回の遠征、皆さんはべヒモスに歯が立たなかったと聞きましたが、そのような危険な場所へ、たった一人を救うために、全員行かせると?もしかしたら、勇者が全員死ぬかもしれませんぞ?」

 

 「いいえ、行くのは俺一人です。他の皆には、王宮に残ってもらいます」

 

俺のこの発言に、周りの人は南雲の生存が判明した時以上に驚いた。

 

 「勇者が束になっても敵わなかった相手にお一人とは、これは、面白い冗談ですな」

 

 「前提からして間違っています。他の皆はともかく、俺は決してべヒモスに歯が立たなかったわけではありません」

 

 俺はメルド団長にアイコンタクトを送る。事前に打ち合わせしたわけではないが、それでも俺の意思をくみ取ってくれたようで、俺の望む発言をしてくれた。

 

 「確かに、天之河殿が戦いの途中で初めて見せた力、あれはべヒモスの力に劣っていなかった。他の勇者たちによる魔法の一斉攻撃がなかったら、確実にべヒモスを倒していたでしょう」

 

 さすがのメルド団長も、国の重鎮がそろっているこの場では硬く丁寧な言葉使いになっている。けど、その眼は俺にこう告げていた。

 絶対にあの小僧を救出しろ。協力はする。……と。

 

 メルドさんは、こちら側だ。南雲の救出を望む側。だが、問題はそれ以外の人達だ。表情を見たところ、メルドさん率いる騎士達は救出派。国王、王妃、女王、王子は流れに身を任せる中立派。だが、雫と香織、そして熱血な性格の龍太郎は救出派だが、それ以外のクラスメイトは反対派だろう。イシュタルさんや神官、貴族達は表情からは読み取れなかったが、状況からして反対派だ。

 

 こちらは数が圧倒的に少ない上に、発言力の高い勇者と教皇が反対に回っている。その次に発言力の高い国王様達は味方とは言えない。貴族たちだって発言力はあまりないとは言え無視できる勢力ではない。こちらの味方は雫、香織、龍太郎、そしてメルドさん率いる騎士達のみ。……正直なところかなり厳しいな。

 

 「天之河君、あなたがいなかったら私達はどうすればいいの?」

 

 「天之河、リーダーがいなくなったら俺達はどうすりゃいいのか分かんねぇよ」

 

まずは、発言力が高いが、一番簡単に説得できそうなクラスメイト達からだな。

 

 「皆、俺はまず、皆に言っておきたいことがあるんだ。この世界に召喚されたとき、勇者になることがどれだけ危険や責任を伴うかも知らず、軽々しく勧めたこと、本当にすまない」

 

 「「「!?」」」

 

 「俺は、南雲を含めた皆が勇者になった一因だ。だから、その責任を取るためにも、皆を生きて元の世界に帰さないといけないと思ってる。もちろん南雲もだ。だから俺は、クラスメイトを誰一人死なせない。それを叶えるために、俺に南雲を助けさせてくれ!」

 

 俺のその言葉に、クラスメイト達は肯定の言葉を投げかけた。

 

 「さすが天之河君、南雲君すら見捨てないなんて、カッコいい」

 

 「ぜって~南雲を助けろよ!そんで、クラス全員で帰ろうぜ!」

 

 唯一檜山だけが不満そうな顔をしていたが、クラスの大半が救出派になった状態では発言もし辛いだろう。次は……

 

 「待ってください!無能の勇者のために天之河殿が危険を犯す必要はありません!」

 

 「そうです!無能のことなど放っておいて、あなたには他の勇者の引率と、対魔人族の訓練に尽力していただかなくては……」

 

 貴族達だな。しかし、好き勝手言ってくれる。南雲は決して無能じゃないというのに。

 

 「………確かに南雲は、他のクラスメイトと違い力こそ一般人と大差ありませんでしたが、その知識と錬成師ならではの戦い方、咄嗟(とっさ)の機転で俺達の危機を救ってくれました。それに、たとえ南雲が無能だとしても、力が劣ると分かっていながらも人間族のために勇者として戦った南雲を侮辱する発言は人として見過ごせません」

 

 「そうですな。同じ戦場に立った者として、戦友が侮辱されるのは我慢なりません。人間族のために戦った一人の尊い命を侮辱など、よくそんな恥ずかしい真似ができますな」

 

 メルドさんから思わぬ援護がきた。後ろの騎士達もメルドさんと同じことを思っているようだ。やはり、同じ戦場で命を賭けた仲間として、貴族たちの物言いは許せなかったようだ。

 

 「別に我々はそのようなつもりはありません。大変失礼しました」

 

 顔には不満そうな表情が浮かんでいたが、メルドさん率いる騎士達全員に睨まれては閉口せざるおえなかったようだ。騎士の発言だって、優先度は権力の関係で貴族にすら劣るものの、決して無視していいわけじゃない。

 

 (ありがとうございます)

 

 (気にするな。それより問題はこの後だ。必ず小僧を助けろよ)

 

 俺とメルドさんは目だけでこのやり取りを行った(いつの間にこんなことができるほど仲良くなったんだろう?)。

 そして、メルドさんの言う通り、この次は最難関の相手、イシュタルさん率いる神官達だ。今まではただの前座、ここからが本番と言っていい。いつもの好々爺(こうこうや)じみた笑みが、まるで悪魔の笑みに見えてしまう。戦場に立っているわけでもないのに恐怖を感じてしまう。いや、弁舌の場も一種の戦場ということだろうか?なんにしろ、俺のやることは変わらない。全力を尽くすだけだ。

 

 「勇者達のまとめ役のあなたがいなくなればどのようなことが起こるかわかりません。その責任はどうとるおつもりで?」

 

 「俺がまとめなくても戦場での指揮はメルドさんがとってくれます。メンタルケアの方は雫と香織に任せています。何も心配はいりません」

 

 「では実力が一番上のあなたが抜けることによって起こる損失についてはどうお考えで?」

 

 「メルドさんは俺と変わらない実力を持っています。雫や龍太郎だって負けていません。これほどの戦力があれば十分では?」

 

 「それでもあなたが初めて見せた、べヒモスを圧倒した力に比べれば劣るでしょうな。あなたほどの力があっても、迷宮では何が起こるかわかりません。もし万が一があれば、その損失は計り知れない。考え直してください勇者殿。この決断には、我々人類の未来がかかっているかもしれないのです」

 

 

 

 ……わかっていたが、一筋縄ではいかないな。いつもは優しい雰囲気のおじいちゃんにしか見えなかったけど、立場次第でここまで化けるなんて。けど、俺は諦めるわけにはいかないんだ。

 ……誓ったんだ。皆を助けるって。そのためなら、できることは何でもするって。だから、俺の考えは変わらない。

 

 とにかく足掻(あが)こうと口を開いたが、それは思わぬ人物に遮られた。

 

 

 

 遮った人物は、急に扉から入ってきた下っ端の神官だった。

 

 

 

 「ほ、報告します。エヒト様から神託が降りました!」

 

 「「「!?」」」

 

 これにはこの場にいる全員が例外なく驚いた。特に神官、その中でもイシュタルさんの反応は劇的だ。口を大きく開き、その顔は狂喜に歪んでいるように見えた。もしかしたら、この人は狂信者と呼ばれる類なのかもしれない。これから発言には気を付けよう。間違って神を冒涜するようなことを言ったら、何をされるかわからない。

 

 「それで、エヒト様は何と?」

 

 「……勇者を迷宮に向かわせろ。さすればその勇者、奈落の底で絶大なる力を得て帰ってくるだろう。……と」

 

 神託の内容を吟味し、しばらく考え込んだイシュタルさんだが、その答えは、俺の予想通りだった。

 

 「神は私たちを見捨てていなかったか。もしかしたらあの錬成師はこのためだけにこの世界に呼ばれたのかも知れぬな。勇者殿、必ずエヒト様の言う絶大なる力を得て帰ってくるのです。決して救出した後すぐ帰るような真似はしてはいけませんぞ」

 

 「……わかりました」

 

 思わぬ横やりが入ったが、これは好都合だ。待っていてくれ南雲。必ず助け出す。

 

 

 

 

 

 こうして会談は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~神域~

 

 

 

 「神託は降した。あの勇者は奈落でイレギュラーと会合を果たし、魔物の肉を喰らい、力をつけるだろう。しかし、この我に頼み事とはな。貴様が我の使い魔であることと、その頼み事の結果が面白そうではなかったら、切って捨てているところだ」

 

 「…………」

 

 「感謝などいらん。そのかわり、必ず我が満足する結末を作り出せ」

 

 「…………」

 

 「よほど憎いようだな。あの偽善者の皮を被った醜悪なエゴイストが、本来正義の味方が使うべき力を、我が物顔で使っていることが。だがセイバー。タイミングというものは重要だ。あの勇者を殺すのは、勇者が我の所に偽善者面でたどり着いたその時だ。すぐに殺すことは許さん」

 

 「…………」

 

 「わかっているならいい。さて、では我は夢幻召喚(インストール)の技術を再現する研究を続けるとしよう。しかし、英霊の力を人形に置換するとは、面白い技術だな」

 

 

 

 こうして、神は裏で暗躍する。神が望むのはバッドエンド。人間族を守る勇者の凄惨(せいさん)な死。それに向けて着々と準備を進めていく。それはまるで、ハッピーエンドに向けて異世界に干渉した魔術師に対抗するかのように。

 

 

 

 

 

 



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初めて

 さすがに話が終わってすぐ救出というわけにはいかず、色々と準備が必要なこともあり、南雲救出は翌日に行われることになった。

 

 それまでの時間に、俺はできる限り必要なことをやることにした。まずは、雫と龍太郎、香織を鍛えることだ。

 

 

 

 ~訓練場~

 

 

 

 「わざわざ訓練時間に俺ら三人だけ呼び出して鍛えるって、なんで三人だけなんだよ?全員鍛えりゃいいじゃねぇか」

 

 「そうよ。私達だけ鍛えるんじゃなくて、全員鍛えたほうが生存率も上がると思うんだけど?」

 

 「そもそも私は治癒師なのに、何で鍛える必要があるの?」

 

 龍太郎、雫、香織が順に意見を言ってくる。俺はそれに答える。

 

 「自分で言っといてあれだけど、鍛えるって言うのは語弊(ごへい)があるかもな。そもそも、俺達はこの世界では最高水準の才能と力を持ってるんだ。わざわざ特別な鍛錬を積まなくたって、十分強くなっていける」

 

 「じゃあなんで俺達を集めたんだよ?」

 

 「話は最後まで聞いてくれ。龍太郎はせっかちだな。さっき言ったとおり、俺達はこの間のべヒモスみたいな滅多なことがない限り余裕で戦える力を持っている。その俺達に足りないものは何だと思う?」

 

 「「?」」

 

 龍太郎と香織は答えが見つからないようだが、雫はすぐに気が付いたようだ。

 

 「実戦経験ね」

 

 「正解だ」

 

 まだ疑問に思っている龍太郎と香織に、俺は経験の大切さを説く。

 

 「この間の迷宮だって、俺が冷静になって指揮を取っていればもっと楽に切り抜けられたはずだ。だけど、想定外の出来事で冷静さを失ってしまった。実戦経験があれば、そういう時に立ち直りが早くなる」

 

 「だったらもう大丈夫……なわけねぇか」

 

 「ああ、経験って言うのは、そう簡単に身につくものじゃないからな。なるべく多くの状況を経験する必要がある」

 

 「けど光輝君、私たちが光輝君と戦うことと、迷宮の想定外の状況は違いすぎて、経験を積んでもあまり意味が無いんじゃないかな?」

 

 「確かに香織の言うことも尤もだ。だけど良く考えてみてくれ。今までの訓練や迷宮の遠征は何のために行われた?」

 

 「あ!そっか」

 

 香織は気づいたようだ。雫は初めから分かっていたのか表情を変えない。だが、龍太郎は……

 

 「何って、強くなるためじゃねぇのかよ?」

 

 いや、それもそうなんだが……龍太郎はあまり深く考えることが苦手なようだ。

 

 「魔人族との戦争のためだ。魔人にも人が付くわけだし、そもそも魔物を操ることが出来るんだ。おそらく、俺達人間と同じくらいの知能があると見て間違いない。相手は魔物と違って戦略も練ってくるし、一対一の戦いでも単純な力比べだけじゃなく、心理戦の要素だって出てくるはずだ。つまり俺達に今最も必要なのは実戦経験。さらに詳しく言えば……」

 

 「対人戦闘の実戦訓練」

 

 「ご名答」

 

 雫はこちらの言いたいことをよく理解している。もしかして最初から分かっていたのだろうか?俺達に足りないものを。それこそ、迷宮で遠征が行われるより、ずっと前から。

 

 だとしたら、やはり雫は頭がいい。視野も広い。周囲の状況も理解できる。カリスマも持っている。もしかしたら雫には剣士のほかに、一軍の将としての才能もあるかもしれない。

 

 「じゃあなんで全員に経験を積ませずに、私達だけ訓練するの?」

 

 「いい質問だ香織。それは、南雲の死で皆実戦に恐怖が残ってるからだな。死を身近に感じて、おそらく戦いたくないという者も出てくるはずだ。そんな者達を無理に鍛えてもしょうがないし、俺一人でそんなにたくさん鍛えられるわけじゃないからな。そこで人数を絞った結果、実力がトップクラスで、メンタルも強くて、おそらく俺がいない間クラスのまとめ役になるだろう雫、龍太郎、香織を選んだわけだ」

 

 メルドさんに手伝いを頼むのもいいけど、メルドさんは他の皆の訓練で忙しいだろうし、あまり迷惑をかけるわけにはいかないからな。

 

 「というわけで、今から俺達は実戦形式で戦う訓練を行う。俺対龍太郎、雫、香織の三人でな」

 

 「あん?三対一だと?なめてんのか光輝?」

 

 「治癒師の香織を引いても二対一。それもクラスメイトの中でもトップクラスの私たち二人を相手なんて、正気なの光輝?」

 

 「ああ、夢幻召喚(インストール)を使うから問題ない。べヒモスと戦えた力だ。二人相手なら問題ないだろ」

 

 そして俺は、赤い外套と黒のボディアーマーの姿に変身する。そして、白と黒の双剣、干将・莫邪を投影した。

 

 「さて、ではこれから(エミヤさんが俺を通して)指導するが、厳しくいくぞ。ついてこれるか?」

 

 念のため確認してみたが、この質問は無意味だったようだ。何故なら三人とも、まるで問われるまでもないとでも言うように、笑っていたから。

 

 

 

 「「「上等!!」」」

 

 

 

 この実戦形式の訓練は、夕方まで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はあ、疲れた」

 

 夢幻召喚(インストール)を使っている間は余裕だったが、魔力が切れて変身が解除された途端形勢が逆転してしまった。エミヤさんの指示のおかげですぐ持ち直したが、俺一人だと間違いなくやられていた。

 

 『君は夢幻召喚(インストール)に頼りすぎだな。もう少し自分自身の力を磨くといい。せっかく才能があるのだ。誰かの真似をするより、自分自身の究極の一を磨くべきだ』

 

 「それもそうですね。そもそも、俺にあなたのスタイルは合ってないですし」

 

 そもそも双剣という時点でアウトだ。俺も別に扱えないというわけではないが、やはり剣は一本の方が俺には合っている。

 

 しかし、この実戦訓練のおかげで全員の課題が浮き彫りになった。

 

 龍太郎は挑発に乗りやすく、一人で突っ走って連係を崩しがち。あと遠距離攻撃に弱い。香織は防御を魔法に頼りがちで、不意打ちや近距離攻撃に対応できてなかった。俺はさっきエミヤさんに指摘されたとおり、夢幻召喚(インストール)に頼りがちなところだ。

 ちなみに、雫は特にこれといった致命的な弱点や課題はなかった。

 

 「雫に課題があるとすれば……」

 

 『人に剣を向ける時や攻撃を当てる時に、剣先がぶれるときがあることぐらいだろうな』

 

 雫は自分にも他人にも厳しいけど、根は優しいから、誰かを傷つけることが怖いのだろう。その優しさをもっていること自体はとてもいいことだが、こと実践においてそれは邪魔でしかない。

 

 『だがそれは本人が一番分かっているだろう。現に攻撃するたびに本人は苦い表情をしていた。だからあえて指摘することはしなかった。これは我々ではどうしようもない、八重樫君自身の問題だからな』

 

 「……そうですね」

 

 そんな会話をしている間に、俺達は目的地についた。ここは……

 

 

 

 

 

 檜山の部屋の前だ。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 コンコン

 

 

 

 「ん?誰だこんな時間に。まあいいや。上がれよ」

 

 本人からも許可をもらったことだし、遠慮なく上がらせてもらうとする。

 

 ギイィーと音を立てて入ってきた意外な客に、檜山は大層驚いた様子だった。

 

 「お!天之河じゃねぇか。珍しいな。お前が俺の部屋に来るなんて。珍しいって言うか、初めてか」

 

 「悪いけど、世間話をしに来たわけじゃないんだ。前置きは飛ばして本題に入らせてもらうぞ。どうして俺が南雲の生存を発表した時、あんなに不愉快そうな表情をしたんだ?」

 

 「!?」

 

 その瞬間、檜山は面白いくらい動揺した。挙動は明らかに不自然だし、冷や汗も掻いている。必死に目を逸らしてこっちを見ようともしない。

 

 「な、何言ってんだよ天之河。南雲は同じクラスメイトだぜ?生きてて嬉しかったに決まってんだろ!」

 

 「ああ、お前の魔法のミスで奈落に落ちたんだ。良かったな。殺人者にならなくて」

 

 「そういう事じゃねぇよ!確かに俺の魔法のミスで南雲が奈落に落ちて、もしかして俺がころしちまったのか?って不安だったけどよぉ、そんなんじゃなくて俺は純粋に南雲を心配して……」

 

 「それはおかしいだろ」

 

 「あん?」

 

 お前の発言はおかしい。だって……

 

 「あの時はクラス全員で魔法を放った。お前の放った魔法がどれかわからなくなくなるほどたくさんな。それなのに、何でお前は自分の魔法のミスだって断言できたんだ?」

 

 実際俺もエミヤさんの超人的な視力と檜山の魔法を放った後の歪んだ表情がなかったら分からなかっただろう。なのに、誰の魔法が南雲を落したか断言できる奴なんて、南雲を故意に落とした犯人しかいない。

 

 「て、てめぇ、嵌めやがったな!?」

 

 「落ち着け。俺はお前を責めに来たわけじゃない。むしろ感謝している。俺も南雲は気に入らなかったからな」

 

 ここで檜山にやけになって暴れられても困る。だから俺は落ち着かせるために檜山の行動を肯定する。正直反吐が出そうだが、波風立たせないためにはしょうがない。今檜山をどうこうすると、せっかく落ち着いたクラスメイト達がまた動揺するからな。

 

 「感謝だあ?おいおいまじかよ。まさか()()()仮面かぶってたのかよ。普段は良い子ちゃんぶって実は俺と同じ穴の狢だったってかあ?」

 

 「そういうことだ。正直南雲が奈落に落ちたときはスカッとしたよ」

 

 スカッとしたどころか心が罪悪感やら何やらで滅茶苦茶だ!と文句を言ってやりたいが、それをぐっとこらえて、俺は檜山に話を合わせる。まずは南雲を殺そうとした動機を聞きださないと。

 

 「けど、なんで南雲を殺そうとしたんだ?そんなに南雲のことが嫌いだったのか?」

 

 「当たり前だ!」

 

 それを聞いたとき、檜山の表情が今までにないほど苦渋に歪んだものになった。

 

 「あいつは、香織に好かれてんだぞ!キモオタのくせに、ごみクズのくせに、無能のくせに!あんなやつに香織が、俺の香織が奪われるなんて我慢ならねえ!香織は俺のもんだ!誰にも渡さねえ!邪魔する奴はぶっ殺してやる」

 

 そう南雲に対して呪詛を吐く檜山の顔は、狂気に歪んでいた。香織に対する想いを叫ぶ顔は狂喜に歪んでいた。言っていることは全くわからない。滅茶苦茶で、出鱈目(でたらめ)で、理解不能だ。

 

 これが人の悪性なのか?俺が今までの人生で一度も目にしなかった。隠された。目を逸らしていたものがこれなのか?

 

 エミヤさんの夢で見たときとは違って、リアルに実感できる。これ(悪性)が人間が持つものと思いたくない。これ(悪人)が人間だと認識したくない。ただただこいつ(檜山)が気持ち悪い。

 

 『落ち着け光輝!』

 

 「!」

 

 エミヤさんの言葉で我に返った俺は、とにかくこの場から離れるため、話を切り上げることにした。

 

 「そうか。まあ安心してくれ。俺が迷宮に行って南雲を殺すからな。じゃあもう行くよ。俺は何でお前が南雲を殺したか気になっただけだしな」

 

 そして俺は、急ぎ足で部屋を出た。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 『よく頑張ったな光輝。いくら私が犯罪者に対し波風立たせず会話する方法を叩き込んだとはいえ、義憤に駆られて殴る可能性は視野に入れていたが、よく耐えた』

 

 「俺は、ただ動揺して何もできなかっただけですよ」

 

 憤る暇もなかった。それほど俺の心は困惑と嫌悪感で満ちていた。

 

 『しかし檜山が南雲君を殺した動機が香織君への独占欲とはな。これは八重樫君に伝えなければ』

 

 「香織には伝えますか?」

 

 『いや、やめておこう。香織君には刺激が強すぎるかもしれん』

 

 確かに、檜山の狂気は尋常じゃなかった。

 

 

 

 初めてだった。あんなに人を醜いと思ったのは。

 

 

 

 初めてだった。あんなに人を怖いと思ったのは。

 

 

 

 

 

 初めてだった。あんなに人を…………殺したいと思ったのは。

 

 

 

 「俺は、本当に何もわかっていなかった。クラスメイトのことを、何も見れてなかった」

 

 もっと俺に色々なものが見えていたら、南雲が実は凄かったことも、檜山の悪性も早く気付けていたら、何か変わったかもしれないのに。

 

 『過ぎたことを悔やんでも仕方ないだろう。今は檜山に対しどうするかだ。そういえば、さっき檜山が気になることを言っていたな。お前も仮面をかぶっていたのか。お前もということは、他に誰か仮面をかぶっているものがいるのか?』

 

 「さあ?それより早く雫の部屋に行きましょう。一刻も早く檜山のことを知らせないと」

 

 『それもそうだな』

 

 

 

 俺は檜山についての話を早く終わらせたくて、わざと話の流れを切った。だがそれは間違いだった。

 

 

 

 

 

 俺達はもう一人についてもっと深く考えるべきだった。

 

 

 

 

 

 



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別√短編:もしもアラヤがハジメに目を付けたら

久しぶりの更新なのに本編じゃなくてすみません。

でも書きたかった。

書きたいときに書きたいものを書く。それが私のスタンスです。


 これは、もしもの話。

 

 ありえたかもしれないもしもではなく、決してあり得ない空想の話である。

 

 

 

~南雲side~

 

 

 

 ある日、突然異世界召喚された僕は、ステータスプレートに触れた後、とてつもない激痛に襲われた。

 

 そして、そんな僕に語り掛けてくる声。

 

 

 

 「力が欲しいか?」

 

 

 

 欲しいに決まってる。この先どんな戦いが待ち受けているのかわからない。敵に殺されるのはごめんだ。どんな強い敵にも立ち向かえる力が欲しい。

 

 

 痛みで気絶した後、目を覚ましたら、僕の中に知らない人がいた。

 

 『英霊エミヤだ。これからよろしく頼むぞ。宿主(マスター)

 

 何者かと聞いたら英雄で、僕はその力を使えるという。とにかく僕は、その人と一蓮托生になった。

 

 

 

~休憩時間~

 

 「投影、開始(トレース・オン)

 

 僕は訓練用の剣を投影した。とりあえず、自分にできる精いっぱいはやったつもりだ。

 

 『基本骨子がしっかりしているな。構成材質、蓄積年月、制作技術、成長経験、きちんと投影されている。とても初めての投影とは思えんな。うらやましいほどの才能だ』

 

 「そうですか?あまり褒められたことないから、ちょっと照れ臭いな……」

 

 『君と投影魔術はとても相性がいい。鍛えればもしかしたら私を超えられるかもしれん』

 

 「そんな!あなたに比べれば僕なんて……」

 

 『謙遜することはない。自分の力なのだから誇っていい。だが、決して驕るな』

 

 「はい」

 

 錬成師と投影は相性が良かった。エミヤさんの言うことは大げさだと思うけど、褒められたのは嬉しかったし、周りが思うほど自分は無能じゃないと確信できた。

 

 

 

 檜山君達が絡んできたときもあったが、エミヤさんの指示通りに戦って何とか勝てた。不意を突いたり急所を執拗に狙ったりと泥臭い戦い方だったけど、勝利は勝利だ。

 

 

 

 ~迷宮探索~

 

 

 トラップに引っかかって、ベヒモスと戦うことになってしまった。

 

 

 「力を貸してください。エミヤさん!」

 

 『いいだろう。存分に振るうがいい』

 

 【夢幻召喚(インストール)】でベヒモスに圧勝し、無事に迷宮から帰還した。

 

 「お前、本当に強くなっちまったな。……香織のことは、諦めるよ。お前のほうが相応しいもんな」

 

 「檜山君、なんでそこに白崎さんが出てくるの?」

 

 『鈍感だな』

 

 (なんでだろう?この人には言われたくないなあ)

 

 檜山君との距離が近くなった気がする。

 

 

 

 ~夢の中~

 

 

 

 エミヤさんの過去を見た。辛く悲しい、救いのない、そんな過去を。

 

 「君は私の過去を見て、どうあるべきだと思った?」

 

 「……僕は、あなたみたいにはなれないし、なりたいとも思えない」

 

 この人みたいになりたいと思っている人は、相当歪んでいる。どうしようもないと思うくらい。そんな人に比べて、僕は普通の人間だ。正義の味方なんてちっとも共感できない。

 

 「僕は、この力を、大切な人を守るために使います。自分の手の中にある大切なものを、取りこぼさないように」

 

 「それがいい。……きっと、俺もそう在るべきだったんだ」

 

 「……あなたの正義は、歪んでいます。きっとこの世に歪んでいない正義はない」

 

 けど、この人の人生がただ間違っていたで片付けられるなんて、納得できない。たとえ本人がそう思っていたとしても。

 

 「あなたの正義に救われた人は、たくさんいると思います」

 

 「……ありがとう」

 

 僕の言葉が、少しでもこの人の救いになればいいと、心からそう思う。

 

 

 

~迷宮~

 

 

 

 オルクス迷宮100層を攻略して、さらに下があることを知った僕は、一人で探索することにした。ほかのみんなの実力だと足手まといになるだろうからだ。

 

 迷宮内で鉱石を発見した後は銃を作ることにした。剣よりこっちのほうがあっている。

 

 エミヤさんが銃には厳しく、いろいろ口出しして正直うるさい。

 

 メインで使う銃の種類や教わった撃ち方には絶対エミヤさんの趣味が入っていると思う。けど反対はしない。

 

 

 なぜなら僕もかっこいいと思うから!二丁拳銃は男のロマン!

 

 

 そして、封印されていた吸血鬼ユエを助けた後、協力して迷宮を攻略し、神の真実を知った。

 

 「絶対に神を倒して、元の世界に帰る」

 

 「ハジメがやるなら、私も協力する」

 

 「ありがとう。ユエ」

 

 奈落を脱出した後、ハウリア族を助けたり、クラスメイトと再会したりと色々あったが、ひと段落して王都に戻った。

 

 「貴方が好きです」

 

 ……ひと段落したと思ったらまた波乱。白崎さんから急に告白されたよ。けど、僕はどうすればいいかわからない。

 

 (どうすればいいですか教えてくださいエミヤさん)

 

 『なぜそこで私に振る!?』

 

 (なんか女慣れしてそうじゃないですか!)

 

 『どこがだ!?全然慣れてないぞ!』

 

 (日サロで肌焼いてるし、髪染めてカラコンまでして、なんかチャラ男っぽいじゃないですか)

 

 『これは魔術の影響でこうなったのだ。断じて女慣れしているからこうなったのではない!断じて!』

 

 大事なことなので二回言いました。

 

 

 

 「その、ごめんなさい。返事はもう少し考えさせてください」

 

 ヘタレは逃げた。

 

 

 

 

 

 

 もちろん、全てうまくいったわけではない。時には辛いこともあった。

 

 「ゴミを掃除して何が悪いんだよ!僕はこの世界で光輝君とずっと二人きりで過ごすんだ。それにはゴミどもが邪魔なんだよ。だから掃除してやったんだ!」

 

 一部の騎士の様子がおかしいことに気付いて、降霊術師である中村恵里を問い詰めたら案の定ぼろを出した。正直ここまで闇が深いとは思っていなかったが。

 

 僕は何とか説得しようと口を開こうとしたが、意識を失ってしまった。

 

 「悪いが、君を野放しにするわけにはいかない。ここで殺す」

 

 「……あなた、誰?」

 

 「ただの掃除屋だよ。これからやることは、君に合わせで言うなら、ただのゴミ掃除だ」

 

 ……その後、中村恵里の死体は内密に処分し、クラスメイトには行方不明になったと報告した。

 

 「すみません。あなたに罪を背負わせて。けど、他に方法はなかったんですか?」

 

 『君が気に病むことじゃない。それに、あれはもうどうしようもないほど壊れていた。殺す以外に方法はなかった。それほどあの能力は厄介だ』

 

 「すみません。それでも考えちゃうんです。説得すればよかったんじゃないか、話し合えば分かり合えたんじゃないか。殺さなくても止める方法はあったんじゃないかって」

 

 『……そうだな。きっと、そう思える君が正しくて、即座に切り捨てた私が間違ってる。君は私のようにならないでくれ』

 

 「はい」

 

 中村恵里に関しては全てエミヤさんに任せきり。エミヤさんが完全に僕を乗っ取ったのはこれが最初で最後だった。

 

 

 

 その後は順調に迷宮攻略を進め、概念魔法の習得した。……そして、エヒトルジュエのもとへ。

 

 

 

 「ついにここまでたどり着いたかイレギュラー。だが、異世界の英雄の力を身に着けた程度の人間が神を殺そうなどと、思い上がりも甚だしい」

 

 「あまり人間をなめるなよ」

 

 ユエの体が乗っ取られているが、作戦は十分に練った。まず、神殺しの概念魔法を命中させる。

 

 「この我に魔法で作られた概念が通用すると思ったのか?」

 

 「いいや。これはお前とユエの魂魄を明確に区別するためのものだ」

 

 「なに!?」

 

 「ユエの体、返してもらうぞ」

 

 

 

 ユエの体を取り返し魂魄だけの状態になったエヒトルジュエと向かい合う。

 

 『ここは【神域】。我の領域だ!魂魄だけの身となれど、貴様らを討つなどたやすいことだ』

 

 「なら、まずは神域からひきはがしてやる」

 

 

 

 正義の味方の、理想の果てへ――――――。

 

 

 

 「I am the bone of my sword.

 

 

 

 Steel is my body, and fire is my blood. I have created over a thousand blades.

 

 

 

 I have created over a thousand blades. Nor known to Life.Have withstood pain to create many weapons.

 

 

 

  Yet, those hands will never hold anything.

 

 

 

  So as I pray, Unlimited Blade Works.」

 

 

 

 『ここは、心象世界!?神域から引きずり出された?おのれ貴様ぁ!』

 

 「この世界にある武器は全て贋作だ。けど、贋作にもお前を殺すだけの力はある。ここにある神殺しの武器は概念魔法より絶対的な概念を持ち、神としての格が高いほどその力を発揮する。いくぞエヒトルジュエ。魔力の貯蔵は十分か?」

 

 『贋作で我を殺そうとは、思い上がったな。人間』

 

 

 

 

 そして、苦戦を強いられたが、何とか神に勝利した僕は概念魔法【破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)】で抑止力とのつながりを断った。だがそれは、エミヤさんとの別れを意味していた。

 

 「最後まで、ありがとうございました。エミヤさん」

 

 『こちらのセリフだよ。君と過ごした時間は、なかなか悪くなかった。ありがとう。……達者でな』

 

 

 

 

 そして、元の世界に帰る概念魔法を作り、あの時の決着をつける時が来た。

 

 

 

 「白崎さん。いや、香織。僕も、君のことが好きです。こんな僕でよければ、付き合ってください」

 

 「嬉しい!よろしくお願いします。南雲君」

 

 

 

 

 

 そして、僕の異世界での長い戦いは終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




補足

南雲一……魔物の肉を食べていない。エミヤと自分の力ですべて乗り切った。
     香織一筋。ハーレム?魔王?何のことですか?
     主人公と主人公が合わさり最強に見える状態。

白崎香織……ハーレムの一員ではなく正妻ポジ。旦那を尊重しつつ尻に敷くタイプ。

八重樫雫……南雲と香織を応援し隊隊長(隊員はいない)
      自分の恋はこれから。

天之川光輝……イタイ性格は変わってないけどやらかしてはいない。
       今日も元気に異世界を救っています。

ユエ……南雲のことは好きだけど香織に負けた。
    隙があれば略奪愛を狙っている。

シア……南雲に恩はあるが恋はない。
    ハウリアの厨二化は今も根に持っている。

ティオ……清水の事件がなかったので蚊帳の外。

清水……敵に寝返ったのは南雲が奈落に落ちてビビッて引きこもって書物あさって(あれ、もしかして俺Tueeeeできるんじゃね?)っておもったからなのでこの世界では普通にモブ)

檜山……南雲がキモオタから一転スーパーヒーローみたいになったので香織をあきらめモブになった。

愛子先生……南雲とは普通に教師と生徒。

恵里……エミヤに殺された。何人か騎士を殺しているので自業自得。

ミュウ……南雲を兄のように慕っている。パパとは呼ばない。

レミア……南雲のことは普通に恩人と思っている。

リリアーナ……国を救ってくれた南雲には感謝しているがそれだけ。恋などない。

メルド……この世界では生きてます。

遠藤……深淵卿はどの世界でも不滅なのだ。 


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救出

久しぶりの投稿にも関わらず、短編を見てくださった方々、評価や感想を送ってくれた方には特に感謝です。励みになります。

このような駄文を好意的に受け止めてくださりありがとうございます。

今後もよろしくおねがいします。


~オルクス迷宮二十階層~

 

 「俺が同行できるのはここまでだ」

 

 「いえ、むしろここまで一緒に来てくれてありがとうございます。メルドさん」

 

 おかげでだいぶ南雲救出のための力を温存できた。雫や龍太郎はほかのクラスメイトをまとめるため王宮に残ったままだから、この人の同行は本当にありがたい。

 

 「この先は一人になる。なるべく早く帰ってこい。神託の絶大なる力云々は気にするな」

 

 「はい。必ず南雲を連れて、生きて帰ります」

 

 そして俺は、トラップを作動させた。

 

 

 

 「グルァアアアア!!!」

 

 「ベヒモス……」

 

 この魔物には苦い思いでしかない。もっと自分に力があれば、早く決着をつけられれば。そんなマイナスな思いばかり募っていく。

 

 「加減はしない。【夢幻召喚(インストール)】」

 

 弓を構え、矢をつがえる。

 

 「ガァアアアアア!!!」

 

 ベヒモスが突進してくるが、遅い。矢を放つほうが速い。

 

 「偽・螺旋剣(カラドボルグ)

 

 矢が、ベヒモスごと地面をえぐる。そして、通過した後には何も残っていなかった。

 

 「急ごう」

 

 そして、破壊の跡には目もくれず、奈落に向かって飛び降りた。時々壁に剣を突き刺し、スピードを調節しながら。

 

 

 

~奈落~

 

 

 

 「結構深かったな。こんなところから落ちて、南雲は本当に生きているのか?」

 

 『君が弱気になってどうする。必ず助けると決めたのだろう』

 

 そうだ。まだ確実に死んだと決まっているわけじゃない。絶対にあきらめてたまるか。

 

 「少し暗いな。‘火種’」

 

 魔法で明かりを作る。

 

 『全属性適性……魔術師で言うところの五大元素(アベレージ・ワン)か。君は剣士としてだけでなく、魔術師の才能も一流のようだ。この世界に合わせると、魔法使いか?』

 

 「攻撃力は剣のほうが高いですけど、魔法は色々応用がききますから、暇を見つけては鍛えています」

 

 『究極の一が強力とはいえ、手数は多いほうがいいからな。多方面に才能があるなら全てある程度は伸ばすべきだ』

 

 そんなやり取りをしながら進むと、目の前に影が見えた。人影にしては小さい。

 

 (魔物か?)

 

 出てきたのは、異様に両足が発達した小さいうさぎだった。

 

 (なんだうさぎか)

 

 小さい見た目に油断していると……

 

 『気を緩めるな!』

 

 エミヤさんの一喝が耳に入るのと同時に、うさぎが物凄いスピードで蹴りかかってきた。

 

 「うわっ!?」

 

 反射的に干将を振る。その動作が運よくカウンターとなり、うさぎは絶命した。

 

 (あ、危なかった……。この目がなかったら、確実に死んでた)

 

 夢幻召喚(インストール) すると、遠くのものもよく見えるし、動体視力も上がる。エミヤさんは生前から目がよかったらしい。

 

 『予想はしていたが、上の階層とは敵の強さが段違いだ。あのうさぎ、スピードはベヒモスより速い。こんな奴らがうようよしているのだとしたら、急がないと南雲君が殺されるかもしれんぞ』

 

 エミヤさんの声には、明らかに焦燥が混じっていた。冷静なこの人が、声に感情を出すのは珍しい。つまり、今はそれほど危機的状況だということ。

 

 「急がないと。待ってろ南雲!」

 

 そして、奈落を探索していくうちに錬成や生活の痕跡を発見した。その跡は下に続いている。

 

 「なんでわざわざ下のほうに?いや、どうでもいい。重要なのはスピードだ」

 

 『あの少年がやけになって行動するとは考えにくい。何か生き残る手段を手に入れたのだろう。だが、おそらく下にいる敵はうさぎよりはるかに強いぞ』

 

 「関係ない。やるべきことはもう決まってる」

 

 俺は奈落の魔物に苦戦しながらも、どんどん下に降りていった。

 

 

 

 そしてついに、巨大なサソリもどきと戦う人影を発見した。きっと南雲に違いない!

 

 「偽・螺旋剣(カラドボルグ)

 

 サソリもどきに命中。しかし、ひびが入っただけで倒せてはいない。

 

 サソリもどきのことは一旦おいて、俺は南雲の前に立った。

 

 「大丈夫か南雲!?」

 

 

 

 しかし、そこにいたのは南雲ではなかった。最初に目に入ったのは痛々しい隻腕だった。そして、全体に目を向けると……

 

 筋肉質な体、高身長、白い髪、赤い目、刺々しい雰囲気。あと小さい女の子も背負ってるし、どう見ても南雲とは別人だった。

 

 「すみません。人違いでした」

 

こんなに明らかな別人と間違えるなんて、この人にも南雲にも失礼だ。

 

 「いや待て待て待て。あってるから。違わないから」

 

 「何がだ?」

 

 「俺が南雲だ!」

 

 ……何を言っているんだ?

 

 「こっちは真剣に南雲を探してるんだ。そんな茶化すような冗談はやめろ」

 

 「冗談じゃねえよ!よく見ろ面影とかあんだろ!?」

 

 「いや全くない。エミヤさんだって何年もたって徐々に変わっていったんだぞ。一か月もたってないのにそんな劇的に変わるか!別人だと認めろ!」

 

 「知るか!誰だよエミヤさんって!?」

 

 「ハジメ、この人だれ?知り合い?」

 

 「ユエ。いや、知り合いってか、あんま仲良くはないんだが……」

 

 「なりすましに加えて幼女誘拐……見下げはてたぞこの凶悪犯」

 

 「少しは人の話を聞け!相変わらず思い込みの激しい野郎だな!」

 

 話している間に回復したらしいサソリもどきが、針を放ってきた。ジャンプで回避する。

 

 南雲を名乗る怪しい男も、この攻撃を回避するほどの実力はあるらしい。隻腕で、しかも人を背負っているのに大した男だ。

 

 

 

 「おい天之河。なんでお前がここにいるのか、その力は何なのか、他の奴らはどうしているのか、聞きたいことは山ほどあるが……」

 

 「こっちもなぜ南雲の名を騙るのか、その女の子はどうしたのか、聞きたいことはたくさんあるが」

 

 「「まずはそこの敵を倒してからだな」」

 

 俺は剣で、偽南雲は兵器で猛攻を始めた。

 

 

 

 だが、互いに敵の毒攻撃に対処しながら攻撃を加えるも、頑丈な外殻はびくともしない。

 

 

 

 「くっそ!熱でもダメとはな。あいつの外殻は何でできてるんだ?」

 

 偽南雲の疑問に同感した俺は、解析魔術を使うことにした。

 

 (解析、開始(トレース・オン)

 

 「偽南雲。どうやらこいつの外殻は、何らかの鉱物でできているらしい。本当に生物かこいつ?」

 

 「偽南雲!?……この際それでいい!しかし、鉱物だと?もしかしたら……。天之河!あいつの動きを一瞬止められるか!?」

 

 「エミヤさん……了解しました。投影、開始(トレース・オン)

 

 自分の周りに、なるべく頑丈な大剣を複数投影する。

 

 「はあっ!」

 

 そして、それをサソリもどきの関節部分に放つ。

 

 剣はほかの部位と違い、簡単にその体を貫いた。

 

 (エミヤさんの助言どおりだ。どんなに頑丈な生物も、関節だけは柔らかい)

 

 「さすが勇者だな。錬成ぇえええ!」

 

 関節を傷つけられて動けなくなったサソリもどきに触れた南雲は錬成を使って、外殻に穴をあける。

 

 「‘蒼天’」

 

 錬成で穴の開いた外殻に、女の子の強力な魔法が放たれ、サソリもどきは絶命した。

 

 (予想通りだ。鉱物なら、たとえそれが魔物の一部だろうが錬成で加工できる)

 

 それはさておき、この状況については天之河とじっくり話し合わなければ、とハジメは思った。

 

 

 

 

 「その錬成術……まさか本物の南雲なのか!?」

 

 「最初からそう言ってるだろうが!」

 

 相変わらず思い込みが激しいな、と毒づきながらもその変わってない部分に少し安心感を覚えたハジメだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




作者「今回のあとがきは、思ったより人気が出た別√短編について話し合おうと思います」

藤村「イエーイ!ゲストには別√の南雲一(以降√ハと表記)君とティオ(原作Ver)ちゃんをお呼びしてま~す」

√ハ「ど、どうも……」

ティオ(原作Ver)「なぜこの√では妾とご主人様の出会いがないのじゃ!?思いっきり蚊帳の外じゃと!?」

作者「清水の一件なしに√ハとティオが出会う展開が思い浮かばなかった。それに√ハならティオがいなくても何とかなるかなって」

ティオ(原作Ver)「ガーン。それを考えたらあ奴に操られたこと、感謝できなくもないのう。は~、ご主人様にいじめられたい(√ハをチラ見しながら)」

√ハ「いじめないよ!」

藤村「でもSの素質はあるんじゃないの?同じハジメだし」

√ハ「いらないよ!」

作者「ぜひ長編で読みたいとの声を多数いただいております。よかったね√ハ」

√ハ「読者の皆様ありがとうございます。けど世界と契約したくないです」

作者「そんな世界と契約しちゃった光輝のことはどう思ってんの?」

√ハ「天之河君は契約を解消できる方法があってもすすんで守護者になりそうで心配です」

作者「守護者になる可能性はぶっちゃけ五分五分」

藤村「光輝くーん。世界救済なんて詐欺同然の売り文句に騙されて契約しちゃだめよー。ちゃんと破棄して!」

作者「それでは読者の皆様。また次回お会いしましょう」





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三者+αの語らい

 迷宮の奈落なんて危険な場所に錬成師なんて非戦闘職がそう何人もいるとは思えない。それに教えてもいないのに俺の名前を何回も呼んだこと、使っている武器が俺たちのいた世界の現代兵器に酷似していたこと……以上のことからこの男が本物の南雲である可能性を導き出したわけだが……どうしよう、まだ確証が持てない。

 

 『もう本人に聞くほうが手っ取り早いだろう。どんなに考えてもあの豹変の理由はわからん。私が言うのもあれだが、本当に何があったらああなるんだ?』

 

 「よし、天之河。早速俺の質問に……」

 

 こっちが混乱しているというのに南雲はマイペースに質問しようとしてくる。そうはさせるか。

 

 「待て。君にもいろいろ聞きたいことはあるだろうがまず最初にこれだけははっきりさせてくれ。その姿はどうした……」

 

 「あ~……超頑張った」

 

 「そうなのか……って納得できるか!真面目に答えろ!」 

 

 (面倒くせえな)

 

 しかし、天之河の場合、何も説明しないでずっと問い詰められるほうが面倒くさそうだと思ったハジメは、諦めてきちんと説明することにした。

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 「……なるほど。魔物の肉を食べて激痛が走ったと思ったらそんな姿に……」

 

 「そういうことだ。納得したか?」

 

 「……一応は」

 

 

 確かに体が変わった理由は納得した。だが、精神面が変わったことについては説明を受けていない。しかし……

 

 『あそこまで性格が豹変したのは、余程辛いことがあったからなのだろう。あまり深く聞いてやるな』

 

 エミヤさんの言葉で、俺も自分の変化に気付いた雫が何も聞いてこなかったとき、安心したことを思い出し、聞くのをやめた。

 

 「次、その女の子は誰だ?」

 

 「待て。こっちは質問に答えてやったんだ。次はそっちの番だろ?お前のその力は何だ?装備も変わってたし威力も段違いだ。なんかこの世界のスキルとは違う感じがするぞ」

 

 『鋭いな』

 

 (ちょっとごまかすのは難しそうですね)

 

 『ここは正直に話したほうがいいだろう。口はそこまで軽くなさそうだ。別に話してもこちらに害があるわけではないしな』

 

 「えっと、ちょっと長くなるけど、大丈夫か?」

 

 「長いのか?だったら後でいい。先にこの女、ユエの話がしたい。俺もさっき封印されてたとこを解放したばっかで全然知らねえんだ」

 

 『封印されていたとは、穏やかじゃないな。警戒したほうがいいかもしれん』

 

 「!?」

 

 「天之河……で合ってる?別に警戒しなくていい。ちゃんと全部話す」

 

 

 

 そして、話が終わるまで待った。

 

 

 

 「つまり、君は吸血鬼の先祖返りで、その力を危険視した身内が殺そうとしたが、再生能力が高すぎて殺せず仕方なく封印したと」

 

 想像してたよりだいぶ重い話だった。というか人間じゃない時点で想定外だ。あとこの見た目で300歳以上って……詐欺だ。

 

 「今度はこっちの番。ハジメたちはどうしてこんなところにいるの?」

 

 「別に面白い話じゃないんだがな……」

 

 

 

 そう前置きして、南雲は話し始めた。自分が異世界から召喚されてきたこと。無能と蔑まれ傷ついてきたこと。裏切られたこと。それから必死の思いで生きてきたこと。

 

 

 

 「とまあそんなわけで……って、なんで泣いてるんだユエ?……そしてなんで土下座してるんだ天之河!?」

 

 「ぐすっ……ハジメが辛いと、私も辛いから……」

 

 「そもそも俺が皆に勇者になることを勧めなければこんなことは起こらなかったはずで、南雲の被害の全部は俺に一因があると思うといたたまれなくて……本当にすまなかった」

 

 「いや、別に謝らなくていい。俺も正直勇者ってのはまんざらでもなかったし、もう過ぎたことだ」

 

 (にしても素直に謝られると気持ち悪いな。こいつ絶対こんなキャラじゃなかっただろ)

 

 ハジメにとって、天之河光輝とは自分の正しさを疑わず、こちらにいちいち自分の理屈で突っ込んでくる鬱陶しいやつ。悪いやつではないが苦手な部類にカテゴライズされている。そんな男にこうも低姿勢で謝られると、思わず鳥肌が立ってしまう。

 

 「この迷宮は反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属が作ったといわれている。この迷宮の最深部には反逆者の住まう場所があるといわれているから、そこにたどり着けば地上への道もあるかもしれない」

 

 そんな微妙な雰囲気を感じてか、ユエが話題を変えた。

 

 「地上への帰り道か。だったらなおさらこの迷宮を攻略しないとな」

 

 「待て南雲。一回戻ってあの壁を上ったほうが安全じゃないか?上ったところにベヒモスがすぐ現れたとしても、今の俺たちの敵じゃないだろ?」

 

 (……それもそうだな)

 

 ハジメは奈落に落ちたばかりの頃は壁を上るほどのステータスはなかったし生きることに必死だった。だからそんな発想はできなかったし、仮に思いついても実行には移さなかっただろう。しかし、今は魔物の肉を食べて力も魔力も上がっている。錬成で壁を加工してボルダリングみたいに凹凸を作れば簡単に帰れるかもしれない。

 

 「……いや、俺はこの迷宮の魔物を食い尽くして強くならないといけない」

 

 ハジメの目的は故郷への帰還。だが、その目的を果たすためには半端な覚悟と力では足りないだろう。もしかしたらここ以外の迷宮を攻略しないといけないかもしれない。魔人族が行く手を阻むかもしれない。故郷へと帰る過程で魔物に食い殺されるかもしれない。より確実に帰る手段を手に入れるためには、ここで安全策を図って逃げるようではダメなのだ。

 

 「そうか。だったら俺も協力する。俺も元の世界に帰りたい」

 

 この場にいるのが日本人だけならそれで終わっただろうが、ここには一人、日本人どころか人ですらない者がいた。

 

 「……私、帰る場所……もう、ない」

 

 そうか。ユエさんは同族に裏切られて、長い間封印されていたから知り合いの伝手を頼ることもできないのか。

 

 俺がどうすればいいか悩んでいるうちに、南雲は答えを出した。

 

 「……ユエも俺の故郷に来るか?まあ、普通の人間しかいない世界だし、戸籍やら人外やら問題は山積みだが、まあどうとでもなるだろ」

 

 「本当に、私もついて行っていいの?嬉しい」

 

 嬉しいという言葉とともに放たれたのは、思わず見とれてしまうほどの花が咲くような美しい笑顔だった。だからこそ……

 

 『吸血鬼か……聖堂教会の連中が死徒と混同して討伐するようなことが起こらないといいが……』

 

 その言葉に強烈な不安を覚えた。そういえば元の世界にも吸血鬼やそれ以外の吸血種……それに対抗する勢力も存在するんだった。

 

 「なあ南雲。元の世界にも吸血鬼が存在して、ユエさんがほかの吸血鬼と同一視されて討伐されるような可能性があったらどうする?」

 

 「いや、ない可能性を考えてもしょうがねえだろ」

 

 「……信じられないかもしれないが、元の世界にも吸血鬼はいるし、魔術だって存在するんだ。ただ、一般人には秘匿されているだけで」

 

 「天之河……お前……」

 

 光輝の衝撃的な話を聞いて、ハジメの脳内にある可能性が浮かぶ。それは……

 

 「お前、厨二病だったのか。……高校生でそのレベルはまずいぞ」

 

 天之河光輝が重度の厨二病という可能性。よくよく考えれば自分の正しさを疑わない傲慢や思い込みの激しさには厨二病の片鱗が見えていた気がしなくもない。

もしそうなら頭をしこたま殴ってでも治療しなければならない。ただでさえ苦手な部類に入るこの男が己の黒歴史の鏡写しとなる未来はごめんである。

 

 「その厨二病っていう単語の意味はよくわからないけど多分違う。そして、これは本当の話だ。俺の力のことも含めてまとめて説明する」

 

 そして、俺はステータスプレートに血を垂らしたとき英霊に霊核を無理矢理適合されたこと、それにより英霊の力を一時的に行使できるようになったこと。そしてその英霊エミヤから聞いた、魔術、聖杯戦争、聖堂教会、死徒のことをかいつまんで説明した。

 

 「信じられねえ。元の世界にそんなファンタジーが存在するだと?しかも冬木市って俺の家から自転車でも行けるような距離だぞ。そんな近くで物凄いやつらがドンパチやってたのかよ……」

 

 「異世界の同族……私たちとずいぶん違う。私たちは太陽なんて平気。異世界の同族はずいぶん不便な体質」

 

 ユエはともかく、ハジメは正直半信半疑だが、厨二病が作った設定にしてはずいぶん凝っているし、冬木の大災害は原因不明で自然現象じゃなければ神秘が関わっていると言われたほうが納得がいく。そして、異世界召喚されたことで元の世界にも異世界にもあり得ないなど存在しないことが身に染みた。

そして何より……元の世界にも魔術があるって信じたい!憧れや幻想の類でしかない魔法、魔術がどちらの世界にも存在するなんて、最高か!

 

 「そんなわけで、ユエさんがこのまま俺たちの世界へ帰ると聖堂協会が死徒と同一視して討伐に来る可能性があるわけだが……どうするんだ?俺としては、この世界に永住できる場所を見つけてあげるか、元の世界で人間として暮らしたほうがいいと思うんだが」

 

 『私も同意見だ。日光も平気なら種族を偽ることはそう難しいことでもないだろうしな』

 

 「エミヤさんも同意見だって……」

 

 エミヤの声は光輝以外には聞こえないため、説明を挟む必要がある。

 

 「……」

 

 ユエは何も答えられなかった。同族に裏切られたとはいえ、自分は吸血鬼という種族に生まれたことを誇りに思っている。それを偽って生活するなど快く思えない。苦痛ですらある。しかし、そうすることでハジメや天之河に迷惑がかからないのであれば、そうするべきだという自分もいる。

 

 「私は……」

 

 「知るかよ」

 

 それでいい、という言葉に、ハジメは待ったをかけた。

 

 「教会だか代行者だかがユエのことをどう思おうが知ったこっちゃねえ。ユエが俺の故郷までついて来るってんなら、俺が責任をもってそんな奴らからユエを守ってやる。種族を偽るなんて窮屈な思いをさせてたまるか!」

 

 最初にユエを元の世界に誘ったのはハジメである。なら、自分は最後までその責任を取らなければいけない。教会の代行者とやらがユエの前に立ちふさがるのなら、その障害を排除するのも含めて自分の責任だ。断じて、ユエの優しさに甘えて種族を偽らせるような真似はさせてはならない。

 

 この時、ハジメは自分が思っている以上にユエを気に入っていることを自覚した。徹頭徹尾自分のためにという己のスタンスからは外れるが、不思議とユエを想うこの感情に悪い気はしなかった。

 

 「ハジメ……」

 

 ユエはハジメの言葉を聞き、感動に胸を震わせる。そして……

 

 「私、ハジメの故郷で吸血鬼として暮らしたい」

 

 吸血鬼として暮らすことに、一切の妥協をしないことを決意した。

 

 『どうする?おそらくあの二人は梃子でも動かんぞ』

 

 (どうするも何もないでしょう)

 

 「そこまでの覚悟があるんだったら、それでいい。いいや、それがいいんだ」

 

 だって、南雲とユエさん、二人の願いは決して、間違いなんかじゃないんだから。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 「さて、話もひと段落ついたところで飯にするか。俺はサソリもどきの肉を食べるが、ユエと天之河は……」

 

 「私はハジメの血がいい」

 

 「俺は南雲を見つけるまで長期的な迷宮探索を想定していたから、保存食を用意してある」

 

 「おいちょっと待て」

 

 ハジメは聞き捨てならなかった。ユエはいい。血を吸うのはむしろ吸血鬼らしい。だが天之河、テメーはだめだ。

 

 「俺が味気のない焼き肉を食うってのに自分は保存食ってどういうことだ?あぁん?」

 

 「いや、欲しいなら南雲にも分けるぞ。ほら」

 

 「そういうことじゃねえんだよ!あ、保存食はもらう」

 

 (そういえばクラスメイトのことなんて白崎と八重樫以外は本当にどうでもよかったが、あいつら俺が苦しんでる間に王宮でうまい飯食ってんだよな?やっぱ許せねえ。特に檜山)

 

 「なあ天之河。檜山のことなんだが……おそらくあいつが俺を奈落に落とした犯人だ。白崎への独占欲が暴走した結果だろうな。白崎は大丈夫なのか?ついでに八重樫も」

 

 ハジメは学校でも自分を気にかけてくれていた香織と雫のことは、ほかのクラスメイトより気になっていた。それでもほんの少しでしかなく、目の前に天之河がいるからちょっと聞いてみようみといった軽い感覚ではあるが。

 

 「迷宮に入る前に、雫には檜山に注意するように伝えてある。雫は信じられないといった表情だったけど、香織のためなら警戒を怠るような真似はしないはずだ。檜山もすぐにバカな行動は起こさないはずだし、大丈夫だろ」

 

 「まあ、みんなの魔法に紛れないと俺一人嵌められない小物だからな」

 

 ハジメは地上のわずかな不安要素が無くなったことで、少し気が楽になった。

 

 「それはもういいとして、天之河。ちょっと魔物の肉を食べてみないか」

 

 「なんでだ?人間には毒なんだろ?いやだぞ絶対」

 

 誰が好き好んで自分から痛い目に合うもんか。

 

 「俺だって魔物の肉なんて食いたくなかったさ。けどお前が勇者になってみんなで世界を救おうなんて言うからこんな目にあって……ああ痛かったなー、苦しかったなー、辛かったなー」

 

 「うぐっ」

 

 それを言われると弱い。雫の言葉のおかげで俺の思いは間違っていないと思うことはできたが、それでも俺の短慮が南雲をひどい目に合わせたという負い目は変わらない。南雲が目の前にいることで罪悪感は募っていくばかりだ。

 

 (思った通りだ。こいつ俺に相当負い目を感じてやがる。畳みかけるか)

 

 ハジメは別に天之河のことを勇者云々で恨んではいないし、助けに来てくれたことには感謝すらしている(口には出さないが)。しかし、それは食べ物の恨みに勝るものではない。自分と同じ苦しみを味合わせないと気が済まない。なら、使えるものは何でも使う。それが例え、向こうが勝手に抱えている感じる必要のない負い目だろうがだ。

 

 「お前が魔物の肉を食べて強くなって、迷宮攻略により一層協力してくれたら許してやらなくもないんだがなあ。ん~?」

 

 「セリフが完全に悪役のそれだぞ。ユエさんも何とか言ってくれ」

 

 「天之河、さっさと肉を食べて」

 

 ユエの好感度は【ハジメ>超えられない壁>光輝】となっている。つまり、何事においてもハジメが優先される。

 

 「エミヤさん」

 

 『今後のためにも強くなって損はない。あきらめて食べろ』

 

 「他人事だと思って!」

 

 最大の味方が敵にまわった。多数決ではすでに敗北している。

 

 「勇者君の、ちょっといいとこ見てみたい。ハイ!」

 

 「勇者君の、ちょっといいとこ見てみたい」

 

 『男は度胸だ。いっそ一思いに行け』

 

 最初にハジメが言葉を発し、ユエもノリで復唱する。エミヤも味方する気はなし。四面楚歌とはまさにこのこと。

 

 「こうなったらヤケだ!いただきます!」

 

 アウェイな空気に耐えられなくなり、光輝はサソリもどきの肉にかじりついた。

 

 「よし、神水を飲め。……よし、飲んだな?」

 

 神水とは、膨大な量の魔力を内包した伝説級の秘宝。飲めば部位欠損以外の傷はたいてい治る。これがなければハジメは魔物の肉を食べたとき死んでいた。

 

 そして……

 

 

 

 「ぐわぁあああああああああ!!!」

 

 

 

 魔物の肉を取り込んだことによる肉体の破壊と神水による肉体の急速な再生による激痛が絶え間なく光輝を襲う。

 

 

 

 その苦しみ様にハジメは思わず同情し、ユエは血があれば食料がいらない自分の種族に感謝し、エミヤは視覚と聴覚だけで、痛覚を共有していないことに心底安堵した。

 

 

 

おまけ

 

 「天之河はなんで私のことをさん付けで呼ぶの?」

 

 「え?だって何百歳も年上ですし……」

 

 「年上扱いしないで」

 

 「じゃあユエちゃん?」

 

 「子ども扱いしないで」

 

 (なんだろう。この難しい年ごろの女の子を相手にしているような感覚は)

 

 「じゃあユエ」

 

 「馴れ馴れしく呼び捨てしないで」

 

 「じゃあどうしろと!?」

 

 「ユエ様で」

 

 「嫌だよ!」

 

 「……しょうがない。特別に呼び捨てを許可してあげる」

 

 「ありがとう?」

 

 (なんか釈然としないなあ)

 

 『いつの時代、どの世界でも女性は難しいものだ』

 

 

 

 

 



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ガンオタ

日本に帰還したときのことを考えて、Fateとありふれのつじつまを合わせることは無理だと思いました。

私はこの二次創作を書き始めたとき、ありふれのアフターはあまり読んでなかったんです。今読んでみたら現実にエクソシストやら悪魔やら地獄やら陰陽師やら魑魅魍魎やらなんでもありになってる。

こんなになってるんだったら何も考えずにありふれの日本とFateを同じ世界の設定にしなかった!


仮に日本に帰るストーリーを作る時があれば、その日本はありふれよりFateに近いです。

ありふれの日本無茶苦茶すぎる。異世界の人間より日本の保護者のほうがキャラが濃いってどういうこっちゃ。

アフターにも使えるネタがあったら使いますけど、うまく使える自信がない。



 「へえ、血抜きをするだけでも随分食感や味が変わるもんだな。それでもまずいが」

 

 これが血抜きした魔物の肉を食べた南雲の感想だ。

 

 「調味料がないからしかたないだろ。保存食はお前が全部食べちゃったし」

 

 「しょうがねえだろ。久しぶりのまともな飯で舞い上がってたんだ。どのみち魔物はたくさん食わないといけないしな」

 

 「私は血があればそれでいい。ハジメの血、美味しい」

 

 「「……うらやましい」」

 

 サソリもどきの肉を食べてパワーアップした俺は、背が伸びて、髪が白くなった。目も赤いし、まるで別人だ。

顔の骨格は変わってないから多少面影はあるが、クラスメイトに会っても自分だとは気づいてくれないだろう。

ちなみに、それ以降の魔物はちゃんと下処理をしたうえで食べている。血抜きなどのやり方はエミヤさんに教わった。けど調味料がないのは痛い。せめて塩が欲しい。

 

 ユエが本当にうらやましい。この奈落で美味しいという感覚が味わえるなんて……。

 

 「天之河、ステータスはどんな感じだ?わざわざ戻ってうさぎや狼も食わせたんだ。スキルがたくさんあるだろ?」

 

 「ちょっと見てみるよ」

 

 そういえばステータスを見るのは久しぶりだなと思いながら見てみたら、とんでもないことになっていた。

 

=========================================

 

天之河光輝 17歳 男 レベル70

天職:勇者/抑止の守護者(カウンターガーディアン)

筋力:2280

体力:2350

耐性:2300

敏捷:2660

魔力:2510

魔耐:1900

勇者技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読み・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・言語理解

守護者技能:英霊憑依[+意識交代]・英霊適合[適合率21%]・夢幻召喚(インストール)限定召喚(インクルード)・魔術回路・変化魔術・強化魔術・解析魔術・投影魔術

宝具:無■■剣■

 

==========================================

 

 勇者技能がたくさん増えていた。それだけではない。守護者技能も派生が増えて、適合率なんてものも表記されている。

 

 『意識交代は、この体の主導権を君から私に交代するものだろう。適合率は……光輝、少し上着を脱いでくれないか』

 

 「?……はい」

 

 意図はわからなかったが、言われた通り上着を脱ぐ。南雲とユエが急な奇行に驚いていたが、気にしない。

 

 「これは!?」

 

 服を脱いで分かったが、俺の胸のあたりの肌が浅黒くなっていた。

 

 『やはり、君の体を私の体が侵食している。いや、融合か?光輝、今のところ不調はないか?』

 

 「ないです。むしろ調子がいいくらいで……」

 

 『……どうやら、君の肉体を私の肉体に上書きするでもなく、ちょうどいいように融合されているようだな。原因は、守護者技能か?』

 

 エミヤさんが言うには、肉体の情報を完全に上書きする場合、俺の容姿や力、能力は完全にエミヤさんと同じになるが、今の状態は天之河光輝と英霊エミヤ、二人の能力が同じ肉体で使えるように丁度いい割合での融合が進んでいる状態らしい。

 

 (よかった。エミヤさんにはあこがれてますけど、能力はともかく、容姿も何もかも一緒はさすがに嫌です)

 

 『このスキルはまだ未知数だ。融合が進んだことによって不調があるならすぐ伝えてくれ。それと、守護者技能の使用には気を使ったほうがいい。魔物の肉を食べて強くなったのはよかったな。おかげで使用頻度が減った』

 

 「……あの激痛を味わってないからそんなことが言えるんですよ」

 

 あれは本当に痛かった。南雲もあんな思いをしてたんだと思うと同情できなくもないが、俺に魔物の肉を食わせたことは許せそうにない。

 

 『それについては本当にすまなかったな。だが、天歩や金剛など、君と相性のいい技能を得られたのは大きい』

 

 天歩は瞬発力をあげる技能、その派生で縮地という高速移動法を身につけ、空力で空中で足場を作ることもできる。豪脚で蹴りの威力も上がった。風爪で見えない攻撃が使えるようになった。金剛で防御力もあげられる。接近戦が得意な俺に相性のいい技能、魔物の固有魔法を手に入れることで、俺の攻撃手段が充実したものになった。

 

 (けど、それを無理矢理させた南雲に感謝はできない。けど、南雲に対する贖罪だと思えば耐えられる)

 

 その南雲は光輝を恨んでおらず、魔物を食べさせたのは自分がまずい肉を食べている間美味しいものを食べていたことへの私怨であるのが理由なのだが、それは知らぬが仏という奴だろう。

 

 「ステータスはどうだった?天之河」

 

 「いろいろ増えてたよ。魔物の固有魔法だけじゃない。俺自身の技能も、守護者の技能も」

 

 抑止力の守護者についての詳細は南雲には話していない。俺が世界の奴隷になるなんて、南雲が知る必要はない。

 

 「意識交代っていう技能があった。これを使えば、南雲たちもエミヤさんとスムーズに会話ができる」

 

 『おい、守護者技能の使用には気を使えといったばかりだろう!』

 

 「お!そうなのか。じゃあ頼む。俺もエミヤさんとやらと話がしたいと思ってたんだ」

 

 「私も」

 

 エミヤさんの静止を振り切り、意識交代を発動。

 

 「……なるほど。技能の発動の主導権は光輝の側にあるということか」

 

 『そうみたいですね』

 

 そして、肉体の主導権が入れ替わった。

 

 「こうして正面から向かい合うのは初めてだな。南雲君、ユエ君」

 

 「はじめまして、だな」

 

 英霊と吸血鬼と後の魔王が、ついに対峙する。

 

 「……君付け」

 

 「君付けはお気に召さなかったかな?では、Ms.ユエとお呼びしても?」

 

 「Ms.……おお、いい響き。天之河にもそう呼ばせ……いや、天之河には似合わないからやっぱりいい」

 

 俺もユエをMs.というなれない呼び方で呼称したくない。

 

 「ちょっといいか?俺、あんたにはいろいろ聞きたいことがあるんだが……」

 

 「私も君には言いたいことがあってな。まず、銃の手入れはどうしてる?」

 

 「あ?そういやしてねえな。まあそんなことより……」

 

 「そんなことではないわこの戯けぇ!」

 

 エミヤさんの普段の温厚な様子からは想像できないほど激情に満ちた声が発せられた。

 

 「消耗品であり、替えがきくし自分で作れるとはいえ、もっと愛着はないのか!?纏雷の技能で超電磁砲(レールガン)を生み出しているなら、銃身にかかる負荷は相当のはず。君は銃にかかる負担を計算しているのか?」

 

 「あ~、いや、道具を粗末にしてるつもりはないぞ。ただ、俺は銃に関しては趣味の範疇でしか知らない。自分なりに改良しているつもりだが、そこまで考えられなかった。生き残るのに必死で、手入れとか、そんな余裕はなかったしな」

 

 「確かに状況的に余裕はなかっただろうな。うむ。君の銃を改めてみてみると、研鑽(けんさん)の跡が感じられる。素人にしては構造も丁寧に作られている。だが、改善点がまだまだあるぞ。そもそも銃とは……」

 

 そして、俺やユエがついていけない領域の話が始まった。

 

 「こういう構造になっていてな……」

 

 「なるほど。確かに耐久性を重視した構造になってるな。無骨ながら、どこか引き寄せられる魅力を感じる」

 

 「ああ。機能美、合理性を重視したスマートな構造は魂を揺さぶる。まさに男の浪漫(ロマン)だ」

 

 ハジメは嬉しかった。銃について語れる身近な人物など、父親くらいしかいなかったから、あまり熱く語れなかった。しかし、ここに自分より詳しい人物がいて色々なことを教えてもらえる。オタクにとって、趣味が合う人間が現れたことは歓喜すべき貴重な機会なのだ。

 

 しかし……

 

 「……こういう歴史があって、それで……」

 

 「はいはい」

 

 「もっとこうして……それで……」

 

 「……」

 

 「さらに……」

 

 「……なげえよ!」

 

 自分の好きなジャンルのことになると話し出したら止まらないというオタク特有の習性に、自分もオタクであることを棚に上げてハジメは突っ込んだ。

 

 「ハンドガンの話だけでどんだけ時間使ってんだ!?ユエや天之河だけじゃなく俺まで途中から置いてけぼりにされたわ!」

 

 「Zzz」

 

 ユエは途中から寝ていた。

 

 そして俺は……エミヤさんのキャラの違いに戸惑っていた。

 

 俺の中でエミヤさんは強くてかっこよくて冷静で、それでいて正義の味方という熱い理想を持っている。まさに完璧超人。そんな人物が、自分のよくわからないジャンルの話を引くほど力説しているのだ。普通に動揺する。

 

 『ちょっと整理する時間をください』

 

 「む?確かに一度にたくさん話しすぎたな。だが、それほど銃は奥が深いのだ。光輝も整理し終わったら、銃に対する理解度が深まるさ」

 

 『そっち()じゃなくて!』

 

 「?」

 

 自身のキャラ崩壊についてのことだとはみじんも思わないエミヤだった。

 

 「もう銃については嫌というほどわかった。今度は俺の質問に答えてくれ」

 

 南雲が今のグダグダな雰囲気を変えるほど真面目な顔つきになった。

 

 「生み出すことしかできないなら、その一つを馬鹿みたいに極めて見せろ。戦う相手は自身のイメージに他ならない。この言葉を教えてくれたのは、あんただろ?天之河が言ったにしては深みがあったからな。あんたが天之河を通して伝えたと考えれば納得がいく」

 

 「ああ、その通り。あれは私の言葉だ」

 

 「そうか……ありがとな」

 

 南雲は感謝の言葉を口にし、頭を下げた。

 

 「この銃を作る時、何千回も失敗して、心が折れそうになったんだ。やっぱり素人に銃を作るなんて無理だって。けど、不思議とあんたの言葉を思い出した。そのたびに、俺にはこれしかないんだ、自分に負けてたまるかって、そう念じて持ち直すことができたんだ。だから本当にありがとう。あの言葉がなかったら俺は、今も奈落で一人怯えて暮らしていたかもしてない」

 

 「そうか」

 

 エミヤさんはしばらく悩むそぶりを見せて、口を開いた。

 

 「その言葉は、私の人生そのものなんだ。生み出し、自分と戦い、研鑽する。私は私の人生があまり好きではなかったが、この言葉が君の救いになれたのなら、よかった」

 

 「本当に、あんたには感謝してるんだ。あんたのおかげで、俺は錬成師なんて非戦闘職でも自信をもって生き抜くことができた」

 

 「……君はきっと、いい職人になるよ。私が保証しよう」

 

 

 

 

 ……言葉で人を救ったこの人を見て、改めて思った。

 

 

 

 俺もこの人みたいに、誰かを救える人間になりたい。今までにのように都合のいい解釈で救ったと勘違いするのではなく、本当の意味で人を救えるような、正義の味方になりたいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




作者「どうも読者の皆さんおはこんばんにちは。今日のゲストにはザビ子さんをお呼びしています」

藤村「よろしくね!ザビ子ちゃん!」

ザビ子「よろしくお願いします。う~ん。アーチャーは銃の話もそうだけど、家電の話も長いよ。ここは異世界だから家電の話は出ないけど、出たら銃以上に力説されてたかも」

作者「銃の話でもだましだまし力説してます感出そうとして出し切れてないのに、家電ではそれ以上を求められるなら絶対出しません。書ける気がしない」

藤村「fateニワカオタクだもんね作者君。銃も魔術もそんな詳しくないのにどうしてこの小説を書こうと思ったの?」

作者「ついテンションで……」

ザビ子「見た感じアーチャーと相性がいいのは光輝君より南雲君だと思うんだけど。銃の話途中までついてこれたし。それに光輝君ってアーチャーの嫌いなタイプだと思うよ。正義についてアーチャーは複雑な思いを抱えてるから」

作者「そうです。なので次回は本編ではなく特別編で、光輝とエミヤが他人だった時の話を描写してみようと思います」

藤村「本編からは想像もできないほど仲が悪くなりそう」

作者「それではまた次回。特別編でお会いしましょう」


ここからは真面目な話。

読者の皆様、このような駄文を読んでくださり感謝しています。本当に作者はFateニワカで、好きなだけで詳しくはないんです。ありふれも今wedを読み返しています。
読者の皆様の感想は私の知らない知識があって、そこから新しい発想、ネタが生まれたりするので大変参考、励みになります。

これからも感想を送ってくれると本当にありがたいです。

次回の特別編も、感想から思いついたネタなんです。

本当にありがとうございます。


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特別短編:ありふれたサーヴァント第一弾

読者に今後サーヴァントを増やすか聞かれ、設定上そんなに増やせないと返してしばらくしてふと思った。

特別編なら設定めちゃくちゃにして増やせるじゃん……と。




 突然異世界に召喚されたクラスメイト達は、教皇イシュタルに告げられた。

 

 あなたたちの世界に存在する英霊を呼び出し、共に魔人族と戦いなさい……と。

 

 元の世界にも魔術が存在したこと、英霊とは何なのか、なんでわざわざ自分たちが呼び出さないといけないのか、そんな疑問は一旦おいといて、みんな言われたとおりに召喚した。

 

 

 

 それが……混沌(カオス)のはじまりだった。

 

 

 坂上龍太郎、サーヴァントを三体召喚。

 

 一体目:バーサーカー【真名:ベオウルフ】

 二体目:ルーラー【真名:マルタ】

 三体目:ルーラー【真名:ジャンヌ・ダルク】

 

 クラスのみんなは疑問に思った。脳筋代表のこの男がなんで聖女という美しく、優しく、可憐で、慈愛に満ちた、そんなイメージのサーヴァントを召喚できたのか。

 

 その疑問は割とすぐ解消した。

 

 

 

 「龍太郎、これが戦いの根源ってやつだ。要するに殴って蹴って立っていた方の勝ちってやつよ。んじゃ、殴り合うか」

 

 「同感だぜ!喧嘩は最後まで立っていた奴の勝ちだ。今度こそ勝たせてもらうぜ!うぉおおお!」

 

 恒例となりつつあるベオウルフと龍太郎の殴り合い。ちなみに戦績は龍太郎の0勝10敗。

 

 この戦いを経て、彼らの仲は良好になっていた。それはもう兄弟かってくらい。クラスの中で性格的に一番相性のいいコンビはこの二人かもしれない。

 

 コミュニケーションの大半が殴り合いなので周りは引いているが。

 

 「ちょっとマスター!ただ闇雲に殴ってればいいってもんじゃないでしょ!もっと腰を入れて、拳にひねりを……コホンッ。ただ拳をふるえばいいというものではありません。一撃一撃に祈りを込めて放つのです」

 

 「いや、今更言い直しても遅いっすよ姐さん。素はバレてますって」

 

 「これは違うのです。ライダーで召喚されればもう少し聖女らしく振舞えるのですが……って二人とも、いい加減殴り合いをやめなさい!聞かないなら二人まとめて拳で沈めるわよ!」

 

 龍太郎はマルタのことを姐さんと呼ぶ。どこかの竜と気が合いそうだ。

 

 龍太郎は素がどうとか言っているが、聖女としての彼女も田舎娘としての彼女も、どちらも彼女自身であり、どちらが素というものではない。

 

 ……田舎娘っていうか女番長って感じだけど。

 

 「なるほど。拳もまた一つの祈りの形なのですね。ではここはマルタ様に(なら)い、旗は置いて拳で戦いましょう」

 

 最後の希望、ジャンヌも進んで戦いに参加し、四人の混戦になった。

 

 マルタは祈りだけで邪竜を退けた逸話をもつ聖女の中の聖女、トップオブ聖女なのである。その彼女が拳は祈りだというのだ。ならばこの戦いも、聖女として正しい行いなのである。……多分。

 

 あ!龍太郎が三人のサーヴァントから同時に殴られて戦線離脱。それでも戦いは終わらない。

 

 

 

 (((聖女って、脳筋なんだ……)))

 

 

 

 クラスメイトの総意。できれば知りたくない真実を知った瞬間だった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 八重樫雫、サーヴァントを三体召喚。

 

 一体目:アサシン【真名:風魔小太郎】

 二体目:セイバー【真名:沖田総司】

 三体目:セイバー【真名:アルトリア・ペンドラゴン】

 

 召喚シーン

 

 (日本のサーヴァント。できれば侍がいいわね)

 

 雫は自分たちの世界から英雄が呼べると知って、呼ぶなら侍がいいと思っていた。

 

 (来い!宮本武蔵、佐々木小次郎、柳生十兵衛、沖田総司、斎藤一、土方歳三、近藤勇)

 

 できるだけ会いたい剣士の名前を連ねる。そして一体目。

 

 「サーヴァント、風魔小太郎。召喚に応じ参上しました」

 

 「あ、ありがとう」

 

 (忍者、召喚されてくれたことはありがたいけど、できれば侍が……いやせっかく来てくれたのに失礼よ。まだチャンスはある。もう一度召喚を……)

 

 「新選組一番隊隊長、沖田総司推参!」

 

 (やった!侍が来た!しかも幕末最強の剣の天才。あれ……)

 

 白髪と呼べるほど色素の薄い髪、160㎝にも満たない小さな体躯、その身長に不釣り合いなほど大きい……胸。

 

 「あなた女だったの!?」

 

 「召喚早々ひどくないですか!?」

 

 思わず人生で一番傷ついた言葉ランキング一位のセリフを自分から言ってしまう雫。まあしょうがない。誰も沖田総司が女だったなんて予想していないだろうから。てかできるか。

 

 (三体目、お願い来て!宮本武蔵)

 

 宮本武蔵が召喚される場合、召喚されるのはショタコンの女性である。根本的に史実とは違う存在とはいえ、宮本武蔵がそのような人物と知らずにいれたのは幸か不幸か。三体目は……

 

 「問おう。貴方が私のマスターか?」

 

 それは、西洋の甲冑に身を包んだ青い騎士。

 

 「あなたは……」

 

 「我が真名はアルトリア・ペンドラゴン。アーサーのほうが馴染み深いかもしれません」

 

 神話などに明るくない雫でも知っている。古代ブリテンの騎士王アーサー。

 

 「女だったの!?」

 

 「国を治めている間は男装していました」

 

 本日二度目の女だったの!?雫は自分が言われて傷ついた言葉を一日に二度も言う時が来るとは思わなかった。そして、もう二度とそんなことは言わないと誓った。

 

 ……割とすぐその誓いが破られることを、彼女は知らない。

 

 

 

 

 

 

ー風魔小太郎ー

 

 

 

 「主殿には、忍びの才能も備わっているようですね。剣が得意とのことでしたが、これを期に忍術も学んでみてはいかがですか?」

 

 柔軟な体、器用な手先、瞬時の状況判断を可能とする思考能力など、八重樫雫は、およそ忍びとして必要な要素を兼ね備えていた。

 

 「ごめんなさい。私は剣一筋で他はちょっと……。遠藤君はどう?」

 

 肝心の雫は小太郎がおだてているだけで、忍術なんて縁遠いものは自分には合ってないと思っているが。

 

 「彼の才能はすさまじいですね。隠密能力はなぜかムラがあるようですが、その能力を最大限発揮すれば忍びとして僕をしのぐほどの逸材です。失礼ながら、先に主殿が僕を召喚していなければ、彼が僕を召喚していたでしょう。それに、彼とはなぜか気が合う気がします。機会があれば、一度ゆっくり語り合いたいものです。園部殿の投擲術も素晴らしいです。一度苦無(クナイ)を持たせてみたいですね」

 

 風魔小太郎、厨二病。遠藤康介、後の深淵卿。これが親近感の正体です。

 

 園部優花、天職は投擲師。投擲技術だけならサーヴァントに迫る勢いの才能を見せている。くノ一属性が追加されるかもしれない。

 

 「ねえ、忍術はともかく風魔の剣術には興味があるわ。良ければ教えてくれる?」

 

 「ええ」

 

 (風魔の剣術、どこか八重樫流と似ているような……いえ、気のせいね)

 

 (彼女の扱う八重樫流、どこか風魔の術を彷彿とさせますが、気のせいでしょうか?)

 

 互いに疑問はあるものの、二人の仲は良好だった。

 

 

 

 

 

 ー沖田総司ー

 

 

 

 「マスター、お菓子持ってきたんですけど食べますか~?」

 

 「ありがとう。いただくわ」

 

 同じ刀を使う者同士、二人は相性が良かった。倫理観の部分を除けば。

 

 「アルトリアさんが騎士道がどうとかでいちゃもんつけてくるんですよね~。戦場は生きるか死ぬかですよ?ただ敵を切ればいいんですよ。それなのに名乗りだの礼儀だの、理解に苦しみます」

 

 「あはは……」

 

 雫としては、心情的にはアルトリアの考えに傾いている、しかし、沖田総司の考えも正しいものだとはわかっているのだ。むしろ自分は沖田と同じ振る舞いをするべきかもしれない。戦場に礼儀をもって生きていられるほど、自分の強さを信じきれないから。

 

 「あと天之河くんもうっとおしいです。なんですかアレ。話が通じない」

 

 「……後で私から言っておくわ」

 

 どうせ沖田の考えが合わなくて文句を言って、反論されたからそれをご都合解釈して混乱させたのだろう。場の情景が頭に浮かぶほど幼馴染のアレになれている自分にため息が出る。

 

 「あの、私の剣はあなたから見てどうですか?」

 

 雫は憂鬱な気分を変えようと話題を転換してみた。その話題が剣という武骨なものであることにまた憂鬱になったが。ガールズトークが剣の話なのは悲しいかもしれないが、天職剣士と幕末最強の剣士がそろえば、この会話は必然である。

 

 「ん?いい感じですよ。死に物狂いで修業すれば、いずれその剣技は宝具の域に達するかもしれません」

 

 雫は、沖田総司の奥義を見たことがある。

 

 

 

 無明三段突き。

 

 

 

 同じ軌道をまったく同時に三本の剣が貫くという、物理法則を超越した剣技ではないナニカ。卓越した技術のみが起こす次元屈折現象。

 

 「自分がそんな剣を使える姿なんて、全く想像できないわ」

 

 「まあ使えたとしても遠い先の話です。あ、天之河くんも将来的に使えるようになるかもしれません。才能だけはありますから」

 

 「あはは」

 

 才能だけ……幼馴染のあまりの言われようにもはや笑うしかない。

 

 「あと、マスターは精神がごちゃごちゃでそれが悪い方向に傾いていますから、それがなくなればもっといい剣になると思います」

 

 「え?」

 

 「剣にはその人の生き方や性格、今の感情なんかが現れるんですが、マスターの剣からは迷いや恐怖、葛藤が渦巻いて、それが剣に悪い影響を与えています」

 

 「……」

 

 誰かを殺したくないという思いから出る迷い、戦場に出るという恐怖、女の子らしい趣味と剣の狭間で揺れる葛藤。雫はいつも、それにとらわれている。

 

 「ただ斬ることだけを考えていたらいいんです。斬らなければ、隣にいる誰かが死にます」

 

 「っ!」

 

 

 

 死ぬ。

 

 

 

 その言葉を突き付けられて脳裏に浮かんだのは、親友の香織と幼馴染の光輝の顔だった。

 

 

 

 瞬間、己のサーヴァントから放たれる濃厚な殺気。首に迫る刃。

 

 雫はその時、死を予感した。

 

 

 

 (駄目。今ここで死ねない。私が死んだら、香織と光輝はどうなるの?)

 

 

 

 もちろん自分も死にたくない。しかしそれ以上に、大切な人を死なせたくない。

 

 迷いを断ち切れ、恐怖を押し殺せ、葛藤を無視しろ。

 

 目の前に死が迫っている。

 

 

 

 死に抗え。剣を振れ。大切な人のために。その思いを一太刀に込めて。

 

 

 

 「はあっ!」

 

 その剣は、見事沖田総司の()()を斬った。

 

 「さすがマスター。凄まじい気迫がこもった、とても鋭い一太刀でした。そして、殺気を向けた無礼をお許しください。私は、あなたに下らぬ迷いで死んでほしくありませんでしたから、少々荒療治をさせていただきました」

 

 「あれは、幻?」

 

 先ほど雫に迫った刃は、沖田総司のあまりに濃密で鋭い殺気と剣気が見せた幻。

 

 「……ありがとう沖田さん。恐怖も迷いも葛藤も、まだ私の中に残ってる。けど、それを抑えて力に変えるすべは手に入れた」

 

 「お役に立てたのなら何よりです。では私は散歩にでも……カフッ!」

 

 スキル病弱、発動。

 

 「大丈夫沖田さん!?」

 

 倒れこむ沖田の体をとっさに支える雫。

 

 「すみませんマスター。ご迷惑をおかけして……」

 

 「いいのよ。苦労には慣れてるから……」

 

 ……自分で言って悲しくなった雫だった。

 

 (光輝がまともになれば、私の苦労の大半はなくなるんだけどな……)

 

 

 

ーアルトリア・ペンドラゴンー

 

 

 

 「はあっ!」

 

 「まだ踏み込みが浅いです。もっと強く」

 

 二人は訓練用の剣で打ち合っていた。

 

 「休憩にしましょう。しかし、日に日に動きがよくなっていきますね。教えがいがあります」

 

 「自分じゃ強くなったかわからないわ。あなたとの差は全然埋まらない」

 

 「そう簡単に埋められては困ります。この身は英霊なのですから」

 

 「アルトリアさん……あなた、王様だった時は男装していたんでしょう?いやじゃなかったの?」

 

 「どうして、そのようなことを聞くのですか?」

 

 雫は話した。家が剣術道場で、物心ついた時から竹刀を握っていたこと。自分の才能を喜ぶ家族の顔がうれしくて剣を振り続けたこと。

 

 けど、道場の袴よりフリルのついたかわいい洋服が着たかった。竹刀を持つよりお人形が欲しかった。期待はだんだん重荷になっていった。あんた女だったのって言葉に物凄く傷ついた。

 

 その思いのたけを、すべて吐き出した。

 

 「……雫、私は男として国を治めたことに、辛さなど感じませんでした。性別を偽るだけで国が治めやすくなるのなら、なんてことありません」

 

 「……本当に?」

 

 「ええ。私は当時、女であることどころか、人であることも捨てていましたから。人の生き方をやめて、正しくあろうとしました。臣下の一人に、こう言われたことがあります。王には人の心がわからないと……」

 

 「そんな……!?」

 

 それは、雫が言われた、最も傷ついた言葉よりも残酷で、鋭く、重い。雫は女であることを否定された。だが雫の目の前にいるこの英霊は、生前人であることを否定されたのだ。

 

 「傷つかなかったと言えば嘘になります。けれど、それが私の選んだ道なのだと、甘んじて受け入れました。王であるのなら、人としての生き方など望めない。私はブリテンのためなら、人でなくなっても良かった」

 

 「それは……ちがう。あなたは、人なのに……」

 

 「貴方が悲しむ必要はありません。私はこの結末に納得しているのだから」

 

 「そんなの、ひどい」

 

 雫は男装の麗人であるアルトリアと自分を重ねて見ていた。ともに周囲の都合で女を捨てた身だと。スケールは違うが、似た境遇ではあるのだと。

 

 なんという思い違いだろうか。彼女は人であることすら否定され、自らそれを受け入れた。今も女だ剣術だと悩んでいる自分とは全く違う。

 

 覚悟も、強さも、美しさも、自分はこの剣士に似ている部分など一つもない。

 

 「生前は確かにそうかもしれませんが、英霊となってからはそうでもありませんよ。征服王や英雄王とひと悶着ありましたし、切嗣とは険悪な関係で第四次は散々でしたが、第五次聖杯戦争で私はその時のマスターに恋をしました」

 

 「え?」

 

 「英霊になってから人になって女になるなんて、少しおかしいですよね。けど、そういうこともあるのです」

 

 「あなたは今、女なの?女に、なれたの?」

 

 「はい。なので貴方もきっとなれます。女にも、剣士にも」

 

 「え?」

 

 「恋をして女になっても、私が騎士であることは変わらない。私の剣は衰えない。剣士であることと女であることは矛盾しないのです」

 

 「あ……」

 

 「貴方ほど強く美しい剣士なら女と剣、どちらも磨けるはずだ。私はそう思います」

 

 「私も、あなたみたいになれるかしら?」

 

 「私みたいになる必要はありません。あなたは私を目指さなくても、強く美しい女性になれるはずですから。……長くなってしまいましたね。稽古を再開しましょう」

 

 「はい!では、いきます」

 

 (肩の力が抜けて、動きが柔らかくなっている。何か吹っ切れたようですね)

 

 「はあっ!」

 

 「っ!」

 

 アルトリアが放つ上段振り下ろしを逆手に持った剣で受け流し、カウンターを放つ。八重樫流刀術、音刃流し。

 

 アルトリアが雫の成長に喜んで気が緩んでいたこと、自分より弱い英霊ですらないただの人間だと油断していたこと、雫が今までの稽古でアルトリアの剣をある程度予測できるようになっていたこと、異世界召喚により急激に上がった身体能力にようやく慣れてきたこと。さまざまな要因が重なり、雫はアルトリアから一本取ることができた。

 

 「っ、やったぁ~~~~!!!」

 

 「……ええ。お見事です。よく頑張りましたね」

 

 それは、掛け値なしの称賛の言葉。雫という剣士の成長が、アルトリアは嬉しかった。

 

 

 

 「では、今の感覚を忘れないうちに、あと百本いきましょうか」

 

 

 

 でもそれ以上に悔しかった。

 

 「あの、アルトリアさん。そんなにやったら日が暮れちゃう……」

 

 「何を言いますか。今ここでやらなければさっきの感覚が薄れて、せっかくの成長のチャンスがなくなってしまうではないですか。これはあなたのためなのですよ。フフフフフフ」

 

 (この人一本取られたこと相当根に持ってる!)

 

 この日、訓練場に雫の悲鳴が鳴り響いた。

 

 

 

 王様は、負けず嫌い。

 

 

 

 南雲一、サーヴァントを一体召喚。

 

 アーチャー【真名:エミヤ】

 

 

 

 「錬成師か……いい職業だな。真作を作る。私にはできなかったことだ」

 

 「ありふれた職業だって、みんなは笑いますけどね」

 

 「錬成師という職業がありふれていても、その能力をどう使うかは個人によって違うだろう。君には君にしかできないことがある。まずはそれを磨けばいい」

 

 「はい」

 

 こちらもいい主従関係を結んでいるといえる。話してみると、存外馬が合うのだ。

 

 「見てください。錬成でドリル式の槍を作ってみました」

 

 「一瞬の攻防が勝敗を分ける戦闘では自動高速回転式ならともかく、手動のドリルは意味をなさないのでは?」

 

 「僕の能力なら簡単に敵を拘束できますから、その隙を突けばドリルも使えるかと思って……」

 

 「やはり君はすごいな。非戦闘職である能力をたやすく戦闘に使えるように応用する。大した発想力だ」

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 もはや完全に二人の世界になっていたが、空気を読まない男が一人。

 

 「南雲。君はそんなところで喋ってないで、訓練をするべきなんじゃないか?」

 

 勇者(笑)天之河光輝。

 

 「俺たちは勇者なんだ。今この時にも魔人族の脅威が人々を苦しめているかもしれないんだぞ。なら、それを取り除くためにも最大限努力すべきなんじゃないのか?」

 

 光輝はハジメに訓練しろと急かしてくる。このやり取りはすでに飽きるほど繰り返されたものだ。

 

 「はぁ。何度も言うが、南雲君は戦闘職ではない。無理に訓練をしなくても、こうして武器を作ってみんなの役に立とうとしているじゃないか。それの何が不満なのかね?」

 

 「武器なら王国が支給してくれている。南雲は武器を作るより、戦うための訓練をするべきだ」

 

 「ステータスが平均的な南雲君は、君たちの訓練についてこれないだろう。そもそも、君はなぜ南雲君を勇者にしたんだ?召喚者は巻き込まれただけだ。君たちは戦う義務なんてないのになぜ?」

 

 「それが正しいことだからに決まっている!」

 

 「っ!君は、自分の言葉がどれほど他人の人生を歪めているのかわかっているのか!?君が戦争に参加するよう勧めたことで、無理矢理呼ばれただけのクラスメイト全員が死ぬ可能性が出てきたんだぞ!君は自分がどれほど罪深いことをしたか理解しているのか!?」

 

 「勇者の力がある俺たちが魔人族なんかに負けるはずないだろ!それに、無理矢理呼ばれたからってこの世界の人たちを見捨てるのは間違っている!」

 

 光輝は自分の周囲の状況を自分の都合のいいように解釈する悪癖がある。光輝の中で自分はこの世界を救う絶対無敵のヒーローで、彼の頭の中には仲間の死や自分の罪など存在しない。誰が何と言おうとそんなものは信じない。

 

 「俺は、誰も死なせずこの世界を救ってみせる」

 

 誰も死なせない。その言葉は、エミヤにとって地雷だ。思わず殺意が芽生えるほどに。

 

 誰も死なない戦場など存在しない。それでも、誰よりもそんな戦場を渇望したのがエミヤなのだ。人の生を願って、救いを願って、それでも多くを殺すしかなかった。そんな男にとって、現実を知らない甘ったれなガキの戯言など、根拠のない薄っぺらな妄想に過ぎない。

 

 (もう、何を言っても無駄だな)

 

 エミヤは対話すら放棄した。

 

 「いこう、南雲君。時間の無駄だ」

 

 「あ、はい」

 

 (結構怒ってる。珍しいっていうか、初めてだ)

 

 エミヤは温厚な人物だ。だから気が弱い南雲ともうまく付き合えているし、皮肉屋ではあるが、その皮肉はそこまで悪意があるわけでもなく、ただそういうものだと受け入れれば悪い部分を指摘しているだけだ。

 

 そのエミヤが目に見えて怒っていることが、ハジメは少し恐ろしかった。

 

 「逃げるのか!?」

 

 「……」

 

 光輝に何を言われようと、エミヤは答えるつもりはない。

 

 (天之河光輝……衛宮士郎に似ているが、奴以上に質が悪い。まるで衛宮士郎の悪い部分だけを取り出して、そこに才能と自尊心を埋め込んだような……悪夢の擬人化のような人間だな。生きていて恥ずかしくないのか?)

 

 エミヤの光輝に対する好感度はだだ下がり。衛宮士郎の次に嫌っているといっても過言ではない。

 

 本編とはえらい違いだが、むしろ本編のような関係性になることの方が珍しい。理想と現実の区別がつかない愚者と、現実を知り、それでもなお諦めきれない愚者……気が合うはずもない。

 

 「マスターが君でよかったよ。ありがとう南雲君」

 

 「え!?はい、どういたしまして」

 

 「怖がらせて悪かったな。お詫びに今日の夕食は豪勢なものにしよう」

 

 「王宮の料理人さん、エミヤさんに対抗意識を燃やしてましたよ。天職調理師の本領を見せつけるんだって」

 

 「料理は単純なステータスやファンタジーな技能で成立するものではない。生前世界中のプロの料理人百人とメル友になって切磋琢磨したこの腕前、天職に胡坐をかいた料理人に負けてなるものか」

 

 (何してんのこの人!?)

 

 ハジメのツッコミが心の中で炸裂する。

 

 魔術師で傭兵で料理人。……エミヤの生前が全く想像できなかった。唯一わかったのは波乱万丈ということだけである。

 

 

 

 食堂にて

 

 

 「アーチャー。今日はあなたの料理が食べられるのですか。それは楽しみです」

 

 アルトリアと遭遇。

 

 「どうしましたアーチャー。機嫌が悪いようですが……何かありましたか?」

 

 「ああ、天之河君と遭遇してね。私はアレを好きになれそうにないよ」

 

 「そういえば、マスターも幼馴染の悪癖には苦労していると愚痴をこぼしていました」

 

 ハジメは黙って席を離れた。この二人はただならぬ関係であると察してのことだ。ハジメは空気が読める男なのだ。魔王になるまでは。

 

 「コウキは、人はどう生きても完璧にはなれないと知るべきだ。それを知らなければ、いつかその事実を突き付けられたとき、追い込まれてしまう。征服王の言葉に反論できなかった私のように」

 

 「セイバー、君はあの男をどう思っている?私は吐き気がするほど嫌いだが……」

 

 「そうですね……好きでも嫌いでもありませんが、気になることが一つ」

 

 「なんだ?」

 

 「コウキが自分が正しくないと知って、その過ちが取り返しのつかないものだと知ったら一体どうなってしまうのか。それが少し、気になります」

 

 「……碌な人間にはならないだろうな。あの男は、自分の過ちを受け入れられるほどできた人間ではない」

 

 「私にとってのシロウのような人間が、彼にもいればいいのですが。いえ、マスターがいれば大丈夫ですね」

 

 雫がいる限り、光輝はどのような過ちを犯しても立ち直ることができる。

 

 原作でも、本編でも、雫の言葉で前に進めるようになったのだから。

 

 

 

 ―――雫さえ、隣にいれば。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 そして、魔人族側もサーヴァントを召喚していた。

 

 

 

 なぜか適性を持つものが少なく、召喚できたのは一人だけだったが。

 

 

 

 魔人族フリード、サーヴァントを二体召喚。

 

 一体目:ライダー【真名:坂本龍馬】

 二体目:ライダー【真名:マルタ】

 

 「お前とフリードって奴、お竜さんと龍馬ほどではないが、ベストパートナーってやつだな」

 

 「クルァアン」

 

 お竜さんに返事をするのはフリードの愛竜、ウラノス。

 

 「貴様らは神の術式で召喚された、いわば使徒。ならば、神のためにその力を使うべきだ。たとえ貴様がどれほど高名な英雄だとしてもな」

 

 「わかってるよ。使い魔としての領分はわきまえてるつもりさ。主従っていうのはちょっと苦手だけど、まあ、仲良くやろう」

 

 人間族の敵側としてフリードに召喚された坂本龍馬。

 

 (けど、敵側だからできることもあるか。しかし神、神って、もっと他に大事なことがあるだろうに)

 

 「異世界のものであっても、主を信仰することは素晴らしいことです。しかし、妄信していては、大切なことを見逃してしまいます」

 

 神を信仰するドラゴンライダー、聖女マルタ。

 

 「神は全て正しい。ならば我が信仰になんら問題はない」

 

 「信仰とは考えることを放棄することではありません。道を切り開くのは自分自身。その道を歩むことは、たとえ主であっても(ゆだ)ねてはならないのです」

 

 「貴様は神のことを何も理解していない」

 

 「……何もわかってないのはあんたでしょうが!あんた神様の指示でウラノスを使いつぶす気!?あんなにあんたのために強くなろうとしてるのに、少しは竜の気持ちを考えてやりなさいよ!」

 

 「宝具でその相棒の竜を殴り飛ばす貴様に言われたくないわ!貴様の竜、宝具発動のたびに泣いてるからな!間違いない!それに引き換え、私はウラノスを傷つけたりしていない。歯磨きや鱗の掃除だって毎日欠かしていない。餌だって栄養バランスや食事量を考えてだしているんだ!貴様よりよっぽど竜想いの飼い主だ私は!」

 

「私だってタラスクのことを大切にしているわよ!ずっと面倒見るって約束した、家族のようなものよ!」

 

 (マスターのことは、あの聖女さんに任せておけば悪いようにはならないな)

 

 龍馬にはマスター以上に気になることがあった。

 

 「神とやらが与えた情報では、勇者君は並行世界で抑止力と契約しているのか」

 

 龍馬も抑止力の守護者。それがどれほど辛い役目かは嫌というほど実感している。

 

 「僕は自分の意思で選んだ。守護者になったことに思うところはあるけど後悔はない。けど、並行世界の君はどうなのかな?」

 

 龍馬は並行世界の勇者を憐れんで、目を細めた。

 

 後悔していようがしていまいが、守護者としての人生はろくなものじゃない。生前も、死後も、およそ幸せとはほど遠いものだろうから。

 

 「見ろ!ウラノスのこの美しい鱗の輝きを!」

 

 「私のタラスクの甲羅は頑丈なの!あなたの綺麗なだけで軟弱な鱗とは違うのよ!」

 

 フリードとマルタの口論はいつの間にか互いの竜の自慢大会になっていた。

 

 「おい龍馬、お前も混ざれ。お竜さんのすごさを見せつけろ」

 

 「はいはいわかったよ。お竜さん」

 

 最初は不安だったが、このマスターとは思いのほかうまくやれそうだと、龍馬はほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 天之河光輝、サーヴァントをニ体召喚。

 

 一体目:アルターエゴ【魔神・沖田総司】

 二体目:アサシン【エミヤ】

 

 

 

ー魔神・沖田総司ー

 

 

 

 「マスター?いや、守護者の後輩?だいぶ見た目は違うが、同じ感じがする。どっちだ?……後輩だな」

 

 「なんで俺があなたの後輩なんだ!?」

 

 状況をあまり理解できない光輝。当然だ。この世界線では守護者の契約をしていないのだから。

 

 「む!あそこに守護者の先輩が!挨拶に行くぞ守護者の後輩!」

 

 「いや、俺ちょっとあの人と仲悪くて……」

 

 「私がどうかしたのかね?」

 

 守護者の先輩英霊エミヤ。

 

 「挨拶が遅れてすまない守護者の先ぱ……」

 

 「その話はやめよう」

 

 守護者の話はエミヤにとって禁句(タブー)なのだ。

 

 「守護者の後輩。守護者の先輩と仲が悪いとはどういうことだ?何か失礼を働いたのか?」

 

 「いや、俺は正しいことを言ったのになぜか無視されているんだ」

 

 正しいと思い込んでいるだけで、実際は地雷しか踏んでいないことに気付かない光輝。

 

 「自分が正しいと思っていても先輩には頭を下げろ!後輩だろう!すまない守護者の先輩。守護者の後輩が失礼を!」

 

 守護者の先輩後輩はそんな会社の先輩後輩みたいな関係性ではないはずだ。多分。

 

 「守護者の先輩はやめてくれ。エミヤでいい。しかし、守護者の後輩とはどういうことだ?」

 

 「守護者の後輩はそのまま守護者の後輩だが……」

 

 沖田オルタに聞いてもらちが明かないと思ったエミヤは、光輝に聞くことにした

 

 「おい天之河君、貴様まさか世界と契約などしていないだろうな?」

 

 「何わけのわからないことを言っているんだ?あと魔神・沖田総司だっけ?後輩じゃなくてマスターと呼んでくれ」

 

 「わかったマスター」

 

 「あと守護者ってなんだ?教えてくれ」

 

 この三人の中で守護者のことを知らないのは光輝だけ。ずっと疎外感があったのだ。

 

 沖田オルタは、とりあえず世界を救う存在だと伝えた。

 

 「守護者、なんて素晴らしい存在なんだ!俺も世界と契約するぞ!そして世界を救ってみせる」

 

 またしてもエミヤの地雷を踏みぬく光輝。エミヤが無言で干将・莫邪を構えた。

 

 「落ち着けエミヤ先輩。私のマスターに危害を加えるなら、先輩でも容赦はしない」

 

 「……先輩はやめてくれ。何なら呼び捨てでいい」

 

 このやり取りで毒気を抜かれたエミヤは、武器をおろした。

 

 (案外この男は、守護者による大量の殺人すら都合のいいように解釈し、喜んで抑止力の命令に従うかもな。コレは悪い意味で守護者に向いている)

 

 守護者になって後悔すること、喜ぶこと、どちらがいいかエミヤにはわからなかった。

 

 大量の殺人を喜ぶ人間はろくな人間じゃないが、自分のように過去の己を憎むようになるよりかはましかもしれない。

 

 ただ一つ言えることは、守護者なんてろくなもんじゃないということだけだ。

 

 

 

ーエミヤー

 

 

 

 「君は綺麗事で世界を救えると思っているのか?もしそうだとしたら、虫唾が走る」

 

 「なんだと!?」

 

 エミヤアサシンと光輝の相性は最悪だ。もしかしたらアーチャーのエミヤ以上に悪いかもしれない。

 

 「あんたの事情なんて知ったことじゃないし、聞きたくもない。ただこれだけは言っておく。世界を救うなんて甘い考えは、さっさと捨てたほうが身のためだ」

 

 「そんなはずないだろ!世界を救うことは正しいことだ。なら、捨てたほうがいいなんて絶対ないはずだ」

 

 「……あんたとはそりが合わないな。この会話はどこまで行っても平行線。馬鹿に何を言っても時間の無駄だ」

 

 エミヤアサシンの嫌いなものは、綺麗事で世の中を救えるなんて甘ったれたことを抜かす奴。光輝はこれに該当する。

 

 「お前は、世界を救いたいと思ったことはないのか!?平和な世界を望んだことはないのか!?」

 

 またしても守護者の地雷を踏みぬく光輝。だが、意外にもエミヤアサシンは無反応だった。

 

 「……」

 

 「何とか言ったらどうだ」

 

 声をかける光輝に、答えた。

 

 「世界を救うなんて戯言、言ったはずがない。……だけど、なぜかあんたを見ていると、誰かのことを思い出す。……シャーレイ。僕にとって、彼女がどんな人物かは思い出せないが……」

 

 正義の味方になりたい。子供の頃の夢。

 

 エミヤアサシンは、結局その夢を少女に告げることはできなかった。聖杯に出会ったのも養子に夢を託したのも、全ては並行世界の話。エミヤアサシンはただ、理想を抱かず汚れ仕事をこなすだけ。

 

 正義の味方なんてものはエミヤアサシンとは程遠い、青臭いガキの理想でしかない。だから思い出すのだろう。青臭いガキ(光輝)を見て、衛宮切嗣だった時のことを。

 

 「話しすぎたな。僕らはただのマスターとサーヴァントでしかない。それ以上の関係は不要だ」

 

 「そうだな。協力してくれるなら、こちらに言うことはない」

 

 ただの主従関係。そこには信頼も、同情も、親愛も、友情も、共感もない。

 

 それが、この二人が築けるうえで最も最適な関係。それを超えたら、マスターとサーヴァントの関係は破綻してしまう。このままでいいのだ。

 

 

 

 

 

 「守護者の先ぱ……エミヤ。あそこに守護者のバイトさんがいる」

 

 「切嗣!?なぜここに!?バイトとはどういうことだ!?」

 

 「守護者のバイトさんは私たちがどうしても現界できないときに、代わりに仕事をやってくれるんだ。その時の功績が認められれば、抑止力から正式に守護者に採用されるかもしれない。そうなったら私たちの後輩だ」

 

 「恐ろしいことを言うな!切嗣、頼むから守護者にならないでくれよ……」

 

 「では挨拶に……」

 

 「やめろ。君が絡むと話がややこしくなる」

 

 近くでは沖田オルタとアーチャーエミヤのこんな会話がなされていた。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 ~IF召喚~

 

 

 

 天之河光輝、サーヴァントを一体召喚。

 

 セイバー【真名:ア■■■■】

 

 

 

 「あなたが俺のサーヴァントか。よし、俺と一緒に世界を救ってくれ」

 

 「殺す!」

 

 ともに世界を救うことを頼んできた光輝に対するア■■■■の返事は、殺意と刃。

 

 ア■■■■の刃が光輝の首を跳ね飛ばす前に、その剣を止めるものが現れる。

 

 「召喚早々マスター殺害とは、物騒な英霊がいたものだ」

 

 アーチャー、英霊エミヤ。

 

 「君は誰なんだ!?なんで俺を殺そうとする!?」

 

 「……」

 

 光輝の質問に、ア■■■■は答えない。ただ剣を構えるだけだ。

 

 「その聖剣、まさか……!?」

 

 エミヤはア■■■■の持つ聖剣を解析し、その正体を察した。

 

 「なぜこのような真似を!?君のやろうとしていることは間違っている。自分を棚に上げて言うが、そのようなことには何も意味はない」

 

 「■がこいつを殺すのに意味など要らない。憎しみさえあれば、それでいい」

 

 「よっぽど憎まれるようなことをしたようだな」

 

 もはや光輝は置いてけぼりで、エミヤとア■■■■の会話が続く。

 

 「あなたにだけは、■のこんな落ちぶれた姿は見せたくなかった」

 

 「私も君のそんな姿は見たくなかったよ」

 

 「■の目的を邪魔するのか?他ならないあなたが」

 

 「こいつはこれでも、勇者の代表だからな。死なせるわけにもいかんだろう?」

 

 「ならばあなたも■の敵だアーチャー。行くぞ!」

 

 「わかりきったことを……。来い!セイバー!」

 

 

 

 エミヤとア■■■■、二人の戦いが、当事者の光輝を置いてけぼりにしたまま始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




作者「思ったより長くなって途中書くのしんどくなった作者です」

藤村「今回のゲストには、本編の光輝&エミヤをお呼びしてまーす」

光輝&エミヤ「「よろしく(お願いします)(頼む)」」

作者「今回の感想は?」

光輝「エミヤさんの過去を見る前の俺、こんな感じだったんだ。……恥ずかしい」

作者「原作の君はもっと恥ずかしいよ」

光輝「言わないでください!」

エミヤ「しかし、私たちはよく仲良くなれたものだ。改めて光輝を見ると、本当に悪夢の擬人化のような存在だな」

光輝「エミヤさんが俺に合わせて付き合ってくれたおかげです。俺本編でも地雷踏んでたのに」

エミヤ「君が世界と契約したことには同情していたし、霊核が混ざって一蓮托生になっていたんだ。だからある程度は我慢できたさ」

光輝「やっぱり少しは怒ってたんですね」

エミヤ「欲を言えば南雲君と一蓮托生になりたかった」

光輝「南雲は本当にエミヤさんと相性がいいよな。羨ましい」

藤村「いや本編と特別編の二人の親密度の違いよ。特別編のシロウ光輝君に殺意沸いてたわよ」

光輝「まあ自業自得です。すみませんエミヤさん。しかしア■■■■は何者なんですかね?俺殺されるほどの恨みを買った覚えは本当にないんですけど」

作者「ア■■■■は本編の重要キャラだからネタバレ防止のためにも掘り下げないで!」

エミヤ「まあ、アから始まる五文字の聖剣使い。しかも私と密接な関係があるものなど限られているがな」

作者「ちなみにア■■■■のセリフの所々に■が入ってるのは一人称です。私でも僕でも俺でも儂でも我でも好きにはめ込んでください。それでは読者の皆様、また次回お会いしましょう」



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妄想設定:ぼくのかんがえたさいきょうのえんどうこうすけ

型月の起源や属性についてあれこれ調べているうちに思い付いた設定。

本編でも使用しますが、大半は妄想です。でもこんな遠藤もいてほしい。

作者は遠藤っていうか、深淵卿好きです。面白いから(笑)。


 遠藤康介

 

 使役サーヴァント二体

 アサシン:李書文(老)

 アサシン:酒呑童子

 

 その気になればもっと召喚できるが、いったんここまで。

 たくさん召喚したとしても呼び出されるのは全部アサシン。なぜなら、相手サーヴァントとの性格的な相性というよりは、アサシンというクラスそのものとの相性のおかげで召喚できているためである。

 

 アサシン先生に中国拳法を教わって圏鏡を見せてもらった結果、なんと三日で圏鏡を習得。肝心の中国拳法はそこそこ。基礎は全然できてないのに奥義だけ習得した感じ。

 先生曰く、色々おかしい。

 

 

 

 起源【消失】

 魔術属性【消失】

 魔術回路:23本

 

 魔術回路の本数は一般人にしては多い。

 属性が消失なのは、遠藤の起源が表に出すぎて、それが属性にも表れたため。

 得意な魔術もかなり限定的。認識阻害、透明化。他は催眠術や暗示の類(自分についての記憶を消す場合に限る)。他の魔術も使えるには使えるが、あまり得意ではないので攻撃魔術はせいぜい目くらまし程度。

 

 その起源故に生まれつき影が薄かったが、幼稚園生の頃兄に言われた心無い一言「お前が家に要らないから幼稚園の迎えとか忘れられるんじゃないか?」により心に大きな傷を負う。その時のショックで魔術回路が開いた。ちなみに家族全員で慰めた結果その一言はトラウマにはならずに済んだ。

 しかし魔術回路は開いたまま。そして無意識のうちに魔術が暴走し、回路が開く前より他者に認識されづらくなった。

 通常であれば儀式に失敗したわけでもないのに、個人の魔力で解決するような小規模な魔術が暴走するなどありえないが、遠藤の高すぎる適性がそうさせた。

 だが、自覚してしまえば制御も簡単で、別のクラスメイトが召喚したキャスターに魔術や起源について教えてもらった結果、本人の意思で影の濃薄を操作できるようになった。

 

 ちなみに、圏鏡を三日で習得できたのはこの起源があったから。

 圏鏡に魔術を重ねることでさらに気配を断つ、宇宙と同化?することができる。それを実行に移した場合、遠藤を認識できる存在は英霊を含めてもあまりいない。李書文先生なら気付ける可能性がある。キングハサンには通じない。色々すごいから。英雄王も宝具の中に対抗できるものがあれば可能性はある。他にもいるかもしれない。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 起源覚醒した場合。

 

 起源に覚醒したら、完全に自分の存在を世界から消すことができるようになる。肉体、精神、魂は確かにそこに在る。けれどそのどれも消失しているという矛盾を可能とする。この状態の遠藤にはどんな攻撃も届かない。いや、武蔵の空位に至った剣なら届くかもしれない。けどやっぱりよくわからない。

 そして例えば、遠藤が通りすがりの人の首を斬って通り過ぎたとしても、それを見た人はいきなり目の前の人間の首がとれたようにしか映らない。しかも、誰かが殺したという考えには至れず、不思議な自然現象として認識される。

 世界からも認識されていないため、たとえ遠藤が世界を滅ぼそうとしてもそれに抑止力が干渉することはない。ただいつの間にか世界が滅ぶ。

 

 ここまでくれば遠藤を認識できる存在はいなくなる。キングハサン、英雄王ですら不可能。

 

 わかりやすく言えば某週刊誌で連載中のア〇デッドア〇ラックに出てくるアンノウンの能力の任意発動型みたいな感じです。厳密にいえば違いますが、ほとんど違いはありませんし、作者も書いててよくわからなかったのでこれで勘弁してください。

 

 次元跳躍が可能になる。

 

 アストルフォの宝具、ピポグリフは存在するかしないかすら曖昧である特性を利用し次元を飛ぶ。ピポグリフが不確かな存在故一度消えても、それに騎乗している確かな存在が完全な消失を防ぐ。一度消え、再度現れるまでに次元を超えている。これはピポグリフと騎乗者、この二つがそろっていないとできないが、遠藤はこれを一人でできる。しかもあまり魔力を消耗しない(認識阻害や暗示よりは消耗する)のでかなり頻繁に行使できる。

 

 

 

 相性もあるし全サーヴァント最強とまではいかないだろうが、アサシンとしては起源に覚醒した遠藤の右に出るものはいない。

 

 再生能力や不死性、ものすごく頑丈だったりする敵には相性が悪い。が、遠藤の攻撃力でも殺せる相手ならそれがどれほどの強さでも殺せる。そして相性が悪い敵でも不意打ち、逃亡の成功確率100%。

 

 

 

 ものすごく強い。

 

 ただ、起源が覚醒した影響で性格が大幅に変わっており、何事に対しても消極的で、ふとした瞬間に消えたくなるようになった。死にたくなる、ではなく消えたくなる、である。それが例え、大切な人の記憶の中からでも。

 

 

 

 

 

 

 




作者「今回も本編じゃないどころか妄想設定なんてもの書いてすみません。作者です」

藤村「藤村で~す。今日のゲストは遠藤君(原作ver)をお呼びしてま~す」

遠藤(原作ver)「よろしくお願いします。ってか妄想の俺めっちゃ強いな!影の薄さコントロールで来てるし羨ましい!」

藤村「君も努力すればできるようになるんじゃない?」

遠藤(原作ver)「いやこの妄想はクロスオーバーだからこそで、原作の俺は起源も魔術回路もないから無理ですって」

作者「実は書いてて思ったことがあるんだが……」

遠藤(原作ver)「ん?」

作者「原作の設定よりこの妄想の設定の方がしっくりこないか?ただ影が薄いだけで自動ドアが反応しないっておかしいだろ」

遠藤(原作ver)「ちゃんと三回に一回は反応するっつの!」

作者「普通は十回中十回反応するの。魔術も起源も関係なくその影の薄さはおかしいから」

遠藤(原作ver)「ちくしょう!俺だってちゃんと納得できる理由が欲しいわ!影が薄いからで納得できるか!学校皆勤なのに出席日数足りないとか理不尽だろ!」

藤村「それは教師として許せないわね。生徒の頑張りはきちんと評価しないと可哀そうよ。え~と、あれ?遠藤君どこ?」

遠藤(原作ver)「目の前だよ!俺動いてないぞ」

藤村「あはは~。こめんごめん」

作者「作者も見失ってた。この影の薄さ本当に魔法でも何でもないんだよな?では読者の皆様、また次回お会いしましょう」



ところで起源とか属性ってどうやって調べるんですかね?色々調べてみましたけど見つからなかったです。

魔術回路調べればいろいろ解るんですか?でも起源は魔術回路の有無関係なく誰にもあるし……どなたか知ってる人いたら教えてください。


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