ヒーロー向けじゃない個性 (神の筍)
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・主人公

個性「心臓潰すやつ」

性格「コミュ障。なんとかして改善しようとしたが、空回りして意味不明な口調になる。言ったことと考えていることが違うやつ」







 

 

 

 

 

 俺はヒーローになりたい。

 

 幼いころ、そんなことを思っていろんなことをした。アニメや絵本で読んだような修行を繰り返した。それでもテレビの中にいるヒーローのように岩は砕けないし、ビルを超えるようなジャンプ力は無い。手のひらから魔法を出せたり、目からビームを発射するこもできない。

 

 ――個性

 

 俺がそう呼ばれる、いわゆる異能力を授かったのは六歳のころだ。世界中の人間に個性を持って生まれるようになって数百年。それはもはや生きていく上に必要なものになり、無くてはならないものになった。しかし、個性が当たり前の世の中には何の皮肉かそれでも個性を持たない――無個性が生まれる。平均的な個性の発現年齢は四歳。保育園、幼稚園に入る際に病院に行って個性の種類を検査される。

 

『個性はありますね……ただ、個性の発現条件がわからないです』

 

 俺を担当した医者はそう言った。医者の癖にわからないのかよ、なんて文句はない。個性ってのは不思議なもので、当人によって全く違うものだ。解析等、理解できる個性を持っていてもわからないものはあるのだ。

 六歳のころ、俺は無個性を言われていじめられていた。暴力やモノを盗られるといった非人道的なことはなかったが、それでも無視をする奴がいた。そういうのがいれば俺も特に関わらなかったし、向こうが無視を決めてくるのならそれでいい。

 俺は本当にこのまま自分の個性がわからないまま死ぬのだろうか? なんてことを六歳にして考えていた。そのときから寡黙な性格も相まってか、同い年からは避けられていた。図書室で過ごす毎日は、先生からはおとなしくて偉い、なんて言われたものだ。そしてあるとき、俺の人生の凡そを変える出来事が起きた。

 

『ネコ、か』

 

 樹々に囲まれた幼稚園の運動場で、一匹の黒猫を見た。金の瞳を持ち、しなやかな体つきは俺の目を釘付けにするには十分なものだった。好奇心のままに黒猫を追いかけて、いつもお昼寝やらひらがなの勉強に使っている本館の裏で捕まえた。

 

 ――ニャア……

 

 腕の中の黒猫は小さく鳴くが、嫌がるそぶりは見せなかった。

 黒猫は不幸な象徴、なんて囁かれるが俺はそう思わない。今でも信じている人がいるのかも知れないが、大半の人は迷信だろ考えているだろう。それでも面白いから不幸だと指を指して避けるのだ。まぁ、黒猫はよく魔女のとんがり帽子のつばの上で寝ているのだから不幸だと言われるのも仕方ないのかもしれない。

 一撫で、二撫でとさすってやると気持ちよそうに身体を捩った。――不意に、俺は顎をこちらに見せている黒猫の胸を触った。今思えばなんでそんなことをしたのかもわからないし、きっと薄い毛並みがもこもこした外より心地よさそうだなんて考えたのだろう。

 

 きっと、それがいけなかった。

 

 腕が鈍く光った。光る、というよりは赤く滲んのだ。朱色に滲む腕は脈動して己の生を主張する。

 

 ――ニャッ!

 

 突如跳び起きたように猫がその腕を引っ掻いて飛び降りた。音もたてずに肉球から着地すると背中の毛を逆立てて唸った。

 そんな姿を、俺は逃げ水を眺めるように見ていた。猫の様子よりも気になることがある。朱色になった腕の先、地面を平行になるように開いた手のひらに理解できないものがある。

 

 どくん、どくん――

 

 呼吸をしている。

 これは、生きている。

 

 

 

 理解不能にあった俺は

 

 わけもわからずにその物体を眺めた

 

 赤い気色に包まれるそれに

 

 俺は異様に惹かれた

 

 目の前で声を上げる黒猫を他所に

 

 俺はそれを

 

 つまんだアリを殺すように

 

 

 

 

 ――潰した

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「――オールマイトぉぉ!!」

 

 『ウソの災害と事故ルーム』にて緑谷の悲痛な叫び声が響いた。己の無力さを思い知った卵は動けと足を叩くが動くことはない。不甲斐ない自分に何度も頬を叩きたくなるが、その時間すら今は無い。

 本当の悪意が襲ってきたとき、ここまで人は無力になるのかとヒーローの卵たちは現実を見た。

 

「ショック吸収か、厄介な……」

 

「ははっ、ここで死んでもらうよ平和の象徴。先生とあいつで作ったお前用の対生物は強いだろ?」

 

「ふむ、脳無の実力は知っていましたがさすが平和の象徴。粘りますね」

 

「本当、初犯でこれとはおいたが過ぎるぞ……!」

 

 着ていたシャツが破れそうになるほど筋肉を膨張させてオールマイトは目の前の脅威に殴りかかる。オールマイトと脳無、筋力、速さとともに互角で最初から戦いは互角のままに進んでいる。それでもオールマイトは生徒を助ける際に怪我を負ってしまい時間がたてば経つほど不利になっていく。打ち合った拳からは衝撃波がおこり、周囲の人間はその風圧で動くことができない。

 

「どう、すればいいんだ」

 

 師であるオールマイトが窮地に陥る中、その教え子である緑谷は見ているだけだった。クラス内の実力者でもある入試一位爆豪も、推薦入学でもある轟ですら動けずにいた。

 その状況、オールマイトと脳無を除いて全員に黒い影が横切った。

 

「……」

 

 黒いぼろ衣を身体すべてに覆っている。足は包帯を巻いたように、まったく音を立てていない。腕も手首には皮膚と同じ黒い包帯を巻き、いつでも止血できるよう備えている。個性によって人間から乖離した見た目の者は多くいるが、それでも異様な雰囲気が彼にはあった。

 顔は――真っ白な髑髏仮面に包まれており伺うことができない。

 

「彼はたしか――」

 

 緑谷や他の者は彼を見た。名前は知らないが、同じクラスだ。今でこそヒーローコスチュームを着てわからないが、その体躯は猫背であるためわかりにくが二百と少し。褐色の肌に灰黒い髪の毛を片口までぼさぼさと伸ばしていた。ダウナー系の瞳をぶらさげているが、自然と不潔感は抱かなかった。

 

「――余りに愚か。異物を組み合わせて存在するなど、私の目には塵にしか見えぬ」

 

 包帯に巻かれた腕が解かれていく。しゅるしゅると音を立てながら拳の応酬によって起きた風圧で持ち主を失った包帯はどこかに飛んでいく。その異形な様相に、緑谷たちは目が離せなかった。二百を超えた彼の身長よりもさらに長い腕。先が朱色なっており根元に行くほど黒い。

 あれは何だと理解する前に、彼の姿がブレた。

 

「形骸を晒せ――」

 

 渾身の一撃を食らわせるべくオールマイトと脳無は同じ動きで大振りを放とうとする。脳無は戦闘経験の差を埋めるべくオールマイトの戦い方を模倣してるが故の行動だ。その数瞬、一秒にも満たぬ刻の狭間で割り込める戦いの中例外が入った。

 

「……ッ!?」

 

 知能を持たず声も発せぬ人造人間は自身の左胸に塗り付けるよう触れる朱い指に気付いた。ほんの少し動揺があったが、神経が働く前に反射行動によってその腕に向かって巨腕を振るった。

 

「鈍いな」

 

 予測していたかのように大きく後ろに腕の持ち主は飛んだ。距離にして二十メートル。本来ならばすぐに追撃を繰り出せる距離だが、持ち主によってオールマイトを仕留めろと命令が出ている。隙を見てオールマイトはこちらを見てくる脳無から離れた。生徒たちの前に盾のように立ち、いまだ血が垂れる脇腹を抑えた。

 

「なんだお前」

 

「死柄木、ご注意を。厄介な個性の持ち主かもしれません」

 

「君は……」

 

「すでにその異物は私の手の中にある」

 

「なにを意味わからないことを……脳無、あいつを潰してからオールマイトを殺せ」

 

 土埃が立つと、縮地の用法で脳無は飛んでくる。

 自分を狙っていると思っていたオールマイトは少し出遅れて飛ぶが、彼の救出には毎合わないだろう。そんな脅威が迫っていながらも、なお彼は冷静だった。

 

「言っただろう。私の手の中にあると――」

 

 ただ一言、必殺の言葉を紡ぐ。

 

 

 

「――『妄想心音(ザバーニーヤ)』」

 

 

 

「――ッッッ!」

 

 自我はなく、痛みも感じぬ人造人間。それでも元が人間ならば生命の源なる器官がある。鼓動するそれは――心臓。彼の手のひらに作り出された心臓は本体の心臓を全く同じ、それでいて全く非なるもの。細長く伸びた指で突き刺すように現れた心臓を握り潰した。

 

「……味わい深い、な」

 

 赤い血が、彼の仮面に季節外れの紅葉を散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (――なにが味わい深いだよ!! これじゃあただのやばい奴じゃねえか! ただでさえクラスで浮いてんのにこれ以上こんなことしちゃいかんでしょ! くそっ、うまくコミュ障を治そうと高校デビューしたけど失敗か……!?)

 

 

 

 これは、どう見てもヒーロー向けじゃない個性を持った青年のヒーローアカデミアである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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