アリシゼーション~アリスの恋人 (ジーザス)
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プロローグ
Ave atque vale.


気まぐれで書いた作品です。

アリスの私服は神である


自分を縛る拘束具が竜の首に繋がれる。竜が翼を羽ばたかせ、空へ舞い上がると自分の足が宙に浮き始める。隣では同じように足が地面から離れていく少女(・・)が、儚く哀しげな笑みを自分に向けてきた。

 

巻き込んでごめんね?

 

と瞳が囁いたように見えた。

 

「アリスっ!」

「カイトっ!」

 

友人たちが少女と自分の名前を呼ぶが答えることはできない。いや、言わないのでなく言えないというのが正しいだろう。

 

何故なら俺はこの世界の人類ではない(・・・・・・・・・・)から。キリトとはまた違う世界(・・・・・・・・・・・)から来ているから…。

 

だからなんと言っていいかわからない。

 

「ありがとうキリト・ユージオ。…さよなら」

 

 

 

 

 

We will never forget the time I spent with you.

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

あれからどれくらい経っただろう。8年ぐらいだろうか。

 

〈公理教会〉に連行されて《シンセサイズ》されたが、俺の記憶は改変されなかった。それは転生(・・)する際、特典の3つのうちの1つとして与えられていたもののおかげだ。

 

《自我保存》

 

何があろうと自分の意思を失うことがないということである。それは《シンセサイズ》されないためだけに与えられた特典。

 

残る2つはおいおい話すことにしよう。

 

「アリス、少しいいか?」

「なんですか?カイト」

 

金髪碧眼の少女が自分の竜から視線を外さず、感情少なく返事をする。あの日一緒に連行された少女が俺の目の前にいるアリスだ。

 

ここは〈整合騎士〉の竜を駐留させておく発着所でもあり、竜が暮らす獣舎でもある。今いるのは俺とアリスの2人だけだから、多少砕けた会話をしても問題は無い。

 

それにここは一応各〈整合騎士〉のプライベートスペースなので、アドミニストレータは干渉してこない。本人がその気になればそれは簡単にひっくり返るが、その時は俺のもう一つの特典を使えばいい。

 

さらにひっくり返して、なにもなかった(・・・・・・・)ことにできるから心配ご無用だ。

 

「相変わらず能面なことで」

「いつも通りです。これが本来の私ですから」

 

素っ気なく返してはいるが、これでも今のアリスであれば人当たりはいい方だ。一番心を開いてくれているのが自分ということに、何より喜びを感じる。

 

愛竜である夢縁(ゆめより)のかいていた喉から手を離して、アリスに近寄る。するとアリスはどういう状況なのか理解できないらしく、無機質な視線を俺に向けてくる。

 

「ちょっと!何をするんですか!?」

 

アリスの手を引いて、自分とアリスの竜から見えない位置まで移動してから振り返る。

 

「行動からではなくまずは口で…むぐ!」

 

文句を言いかけたアリスの整った唇を自分の口で塞ぐ。

 

「ちょっ何を!?ん、ダメ!でっ、やっ!」

 

逃げようとするアリスの腰を掴んで逃げられないようにする。

 

「誰か来たら、ん!大変で、んんんんんんん~!」

 

どうやらアリスの脳が羞恥の許容量をオーバーしたようで、抵抗がゼロになり俺にされるがままになる。

 

「…次の立ち合いでは斬りますからね///」

「おうおう怖いこと。昔はアリスからきてたのに、今されたら怒るというのはいささか可笑しくないか?」

「っ!それはその…あのときはどんなものか知りたかったので」

 

まったく可愛い奴である。あの日からどれだけ月日が流れようと、根本的なアリス(・・・)は変わらないようだ。例え今は片方が眠っていたとしても…。

 

「解」

 

俺が一言呟くとアリスが光に包まれる。光が消えて現れたのは、見た目は変わらないアリスだった。だが決定的に違うのは能面に近い表情のアリス(・・・)ではなく、表情の豊かなアリス(・・・)であること。

 

「やっほ~カイト。元気~?」

 

同一人物なのにここまで変わるのかというほどの変化である。同じアリスでも真逆の人間性だから、ここまで違っても仕方ないかもしれない。

 

ちなみにアリスの自我も特典で解消済みだ。二重人格にしているのはのちのち起こる事への保険である。互いに互いの記憶は残らないの。容姿や名前は一緒でも、人間性がまったく違うので違和感は感じない。

 

「ねえねえ、さっきまで何してたの?」

「別に何も。いつも通りに夢縁の世話をしてただけだよ」

「嘘つき」

「は?」

 

今の言い方で嘘がばれるか?普通。

 

「キスしてたでしょ?もう1人のアリスと」

「何を根拠に?」

「唇の周りの薄い口紅!」

 

アリスはビシッと指を突きつけながら俺の口を指さす。焦った俺は急いで袖を使って口の周りを拭く。だがそれはしてはならない行動だった。

 

「な、なんだよ」

「嘘だよ~ん。口紅なんてついてないもん」

「じゃあ、なんで口紅って言ったんだ?」

「女の勘よ」

 

どうやら俺ははめられたようだ。

 

「だから私にも宜しくね?」

「…わかった」

 

輝くような笑顔で言われれば頷くしかない。というより俺たちは整合騎士になる前から婚約者同士だったのだ。今更これを拒む理由もない。

 

 

 

 

それからというものアリスの機嫌が良くなるまでというより、気が済むまでキスが続けられた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

今、俺の目の前には薄い寝間着を着た銀髪の女性が、部屋の中心に置いてあるベッドにしだれかかって、妖艶な笑みを浮かべている。

 

悪いがそれぐらいで俺の感情は揺れ動かない。

 

アリスがいるという理由も大きいが最大は人の命を簡単に奪い、自分の思い通りに行かなければ強制的に終わらせるそんな奴だから。

 

こいつがどんな動きで誘惑しようとも俺には関係ない。

 

カイト・シンセシス・サーティ(・・・・・・・・・・・)、貴方には〈ノーランガルス帝立修剣学院〉に入学してもらいます。何か言いたいことはありますか?」

「アリス・シンセシス・サーティワン(・・・・・・)ではなく、自分が選ばれた理由とそこに行く理由をご説明下さい」

 

無表情にシンセサイズされている(・・・・・)ということを演じたまま問う。

 

「アリスちゃんではなく貴方を選んだのは、男性の方が動きやすいのではないかと思ったからよ。女性は人数が少ないから動きにくいと思うの。そこに行く理由としては、貴族が良からぬ行動をしていないかということを調べてもらうため。年齢が近いまま〈天命〉が凍結されていれば疑われることはないでしょう」

「自分に白羽の矢が立った理由がわかりました。身分はどうされるのですか?」

「そこに入学しようとする貴族の子供を殺すの(・・・)。その子供に成り代わって入学なさい」

 

こいつはなんの罪もない貴族の子供の命を奪えというのだ。殺した子供の名前を背負って生きろと言っている。

 

「ふざけるな!」と叫びたいが、ここで言えば何をされるかわからない。アドミニストレータから〈神器〉を渡されているとはいえ、他の〈整合騎士〉を相手にして勝てる気などあるはずもない。

 

ここは仕方なく従って時を待つしかないだろう。

 

「承りました。ご命令のままに」

 

一礼をして部屋を出て行った。

 

 

 

くそ!やはりあいつを生かしていてはこの世界に平和は訪れない。数年後にあいつを倒しても〈ダークテリトリー〉からの攻撃を受けるが、それでも僅かな合間でもアリスと過ごしたい。

 

キリト・ユージオ・アリスの4人で、もう一度野原を無邪気に駆け回りたい。

 

それを可能にするなら2人を〈公理教会〉の中に入れる必要がある。そうするためには事件を起こさなければならない。だがそうすれば2人や側付きが苦しむことになる。

 

1人でアドミニストレータを殺すことは不可能だ。武器もなければ神聖術でも倒すことができないとなれば、手を取り合ったほうが勝てる可能性は高い。

 

なにしろ2人は、アドミニストレータを倒せる武器を持っているのだから。

 

「両方のアリスに伝えておこうか」

 

誰にも聞こえないような声で呟いた声は、下降中のエレベーターの音でかき消された。



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ルーリッド編
束の間


レポートと免許で書く暇がないです。時間が欲しい…


ここはルーリッドの村から少し離れた森の中。

 

対峙しているのは身の丈2メル、全長は4メルを超える巨大猪だ。前足で地面をかいて、突進のタイミングを見計らっている。一際大きく地面をかいた瞬間に、突進攻撃を繰り出してきた。目の前の巨大な猪の突進をひらりと躱すと、猪は樹齢100年を超えているであろう巨木に突っ込み、ぶきー!と哀れな咆哮を上げる。

 

口内から収まりきれない大きな鋭く尖った牙を幹に突き刺したまま暴れる猪に歩み寄る。

 

「悪いけど食料になってもらうよ」

 

食材となる獲物に詫びを入れて、左腰に差していた片手用直剣を鞘から抜き出す。ソルスの光に照らされた刀身がキランと反射し、牙が刺さって身動きの取れない猪の首を突く。

 

頸動脈を切られた猪は、即座に〈天命〉を全損させてその場に倒れこむ。刀身についた血糊を剣を振るうことで落とした俺は、鞘に納めてから運ぶために色々と準備を始める。背負っていた革製のカバンから、しっかりとした縄を取り出して猪の四肢を縛る。四肢を縛る縄にもう1つの縄をくくりつけ、引っ張りながら来た道を歩いた。

 

 

 

「村長、本日の〈天職〉終了しました」

 

俺が住むルーリッドの村にある村長宅へと、猪を引きづりながら戻り家のドアをノックする。すると口髭を生やした男性が現れて笑顔を見せてくれた。

 

「お疲れ様だカイト。今日は獲物が捕れたようだな」

「最近、麦畑が荒らされていたので罠を張っていると簡単に捕まえることができました。分配はお願いしてもよろしいですか?」

「ああ、任せたまえ」

 

この村では肉が貴重なため、こうして大きな獲物が取れた場合はみんなで分け合う習わしだそうだ。といっても300人ほどが暮らす村では猪一匹の肉で足りるはずがない。だがそこは村長の手腕で上手く分配されている。1週間に1匹ほど大物がとれるので、生き物は違えど全員が肉にありつけるのだ。

 

「うむ、なかなかよく肥えた猪だ。これ以上麦を食い荒らされることもなく、村人の食料になるとはこの上ないカイトからの賜物だな。村人全員に代わって私、ガスフト・ツーベルクがお礼を言おう。本当に助かった」

 

猪の毛並みや肉付きを見ていた村長が、満面の笑みで微笑んでくれる。これは俺の仕事なわけだが、ここまで喜んでくれると嬉しさも倍増である。

 

「お礼なんて勿体無いです。これが俺の〈天職〉ですから」

「それはそうだがお礼は言わせてくれ。謙虚な君だからこそ我が娘であるアリスとの婚約を申し出たのだ」

「勿体無いお言葉です」

「良き働きだったから明日は休みとしよう」

「ありがとうございます。それではまた」

 

頭を下げて村長の家を後にした。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

〈天職〉は本来であれば毎日行うものだ。俺の〈天職〉が特別ということもあり、しなくてもいい日がある。《禁忌目録》に記されている通り、『何人たりとも生き物をむやみに殺生してはならない』という項目により、俺の〈天職〉である狩人は意外と自由な職である。

 

そのせいで代々村の衛士長を務める家系には、あらゆる場所で陰口を叩かれているらしい。村長や村人たちが何かと庇ってくれるので、何かしら影響を受けたりはしていない。

 

 

 

 

一度家に帰って着替えた俺は、村の南に向かって歩いて行く。するとコーンッという心地いい打撃音が微かに耳に届いてきた。真夏のソルスが注がせる光は、ジリジリと肌を妬いてくる。汗ばむ服に対してしかめっ面をしながらさらに歩いて行くと、木々に囲まれたかなり広い空間が見えてきた。

 

「お〜い、キリト・ユージオ〜」

 

名前を呼びながら手を振ると、2人が同じように片手を振って挨拶をしてくれる。坂を登りきると、目の前に立ちふさがるかのようにそそり立つ巨木が目に入る。根元から1メルほどの高さには、幹の1/4と思われるほどの切れ込みが入っている。

 

「今日の〈天職〉は終わったの?カイト」

「もちろん。明日は免除されたよ」

「ちぇ、いいなぁ。俺もカイトみたいな楽なのがよかったよ。毎日毎日同じように斧を振るだけの〈天職〉なんてやだ」

 

楽でいいと文句を言うキリトに俺は苦笑するが、ユージオは慌ててキリトの口を塞ぐ。

 

「むぐ!?ふぁんふぁふぉ?」

「ガリッタ爺さんや村長に聞かれたらタダじゃ済まないよ!」

「相変わらずユージオはお堅いな〜」

「「キリトが自由すぎだ」」

「う、…2人して言うなよ」

 

まさか2人から言われると思ってなかったのか。キリトは口をへの字にして拗ね始めた。その様子に俺とユージオは顔を見合わせて笑みを浮かべる。

 

「それで久々の〈天命〉はどうだった?」

「2ヶ月前から50しか減ってなかったよ。それでキリトが一生かかっても切り倒せないって愚痴り始めたんだ。だからあと18代、つまり約900年かかるって言おうとしてた」

「なんでお前はここでも優等生ぶりを見せるんだ?嫌味なのか?それならそれなりの報復をせねばならない。おりゃ!」

「うわぁ!こいつ何をする!」

 

キリトがユージオに飛びかかって亜麻色の髪をボサボサにし始めた。いつも通りの2人にかぶりを振って残念さをアピールするが、互いにくすぐり合っている2人が気付くはずもなく。

 

「お返しだ!」

「あひゃひゃひゃ!ユージオやめれ〜!」

 

今度は上と下が逆になった2人が攻守まで逆転する。キリトの脇腹をユージオがくすぐり始めた。

 

「カイト、傍観は一番の悪者だよ。この!」

「なんで!?」

 

腕を掴まれてキリトと同じようにユージオに組み伏せられた。やけくそで隣で呼吸困難に陥っているキリトに挑む。

 

「うひゃ!今はダメ!」

「こうなったら2人ともやってやらぁ!」

「ちょっとカイト、今は僕の番!あひぃ!あははははははは!」

 

2人の脇腹を、1年間の〈天職〉で鍛え上げた腕で高速くすぐりを喰らわせてる。全員が疲労困憊していると、怖れる者の声が背後から聞こえてきた。

 

「こらぁ〜!またサボってるわね!?」

「うっ…」

「やべっ」

「終わった」

 

三者三様の反応をしながら振り向くと、黄金の髪を風にたなびかせ空色のワンピースに、フリルのついたエプロンをつけた少女が籠を持って、少し大きな石の上から見下ろしていた。

 

「カイトまで参加だなんてどういう風の吹き回しかしら?」

「誤解だ!2人に強制参加させられただけだ!」

「「1人だけ逃げるのはズルいぞ(よ)!」」

 

疑われたことに反論すると2人から怒られたが、俺は別に参加したくて参加したのではない。

 

「カイトはお父様から今日の分の〈天職〉終わったと聞いているわ。だからサボりではないのは知ってる。それにしてもキリトとユージオは元気一杯ね」

「午前中の仕事は終わったんだよ、なあキリト?」

 

ユージオが聞くと、キリトはその通りとでもいうように深く深く頷く。その仕草があまりにも不自然だったので、俺とアリスがジト目を向けると、キリトの頷きはなりを潜めた。

 

「そこまで元気があるなら、ガリッタ爺さんに回数増やしてもらうようお願いしてみるのはありかな?」

「あら、それは名案ね」

「よしてよ!」

「それだけは勘弁だ!」

 

冗談で言っただけだがどうやら2人は本気と受け取ったらしい。

 

「「ごめんなさい」」

 

慌てて2人が謝ってくるので笑いがこみ上げてくる。先ほどまでふざけていた2人だが、根はとても真面目だから本気で回数を増やそうとは思っていない。

 

「冗談だよ。それより今日は早くないか?アリス」

「いつも通りよ。3人が遊んでたからそう感じただけじゃないの?」

 

澄まし顔で石から飛び降りたアリスは、地面に布を引いてその上へ昼食を並べていく。色とりどりの料理に、仕事をして空腹になった3人の胃を香りがくすぐる。

 

「あら、もうあまり〈天命〉がないわ、急いで持ってきたのにやっぱり暑いと保たないわね。15分以内に食べないとお腹を壊しちゃう」

 

〈ステイシアの窓〉を開いて、〈天命〉を見ていたアリスが残念そうに呟く。

 

「じゃあ早く食べよう!いてぇ!」

 

我先にと料理をつかもうとしたキリトの手をアリスが叩いた。叩かれたことで、キリトは大事なことを忘れていたことに気付き、慌てて姿勢を正す。

 

「「「「ステイシア様。我らに食事と安寧をもたらすことに深く感謝し、この身が果てるまでお守り願います」」」」

「さあ、食べましょう」

「「「いっただきまーす!」」」

 

〈ステイシアの戒め〉を合唱した4人は、その小さな身体のどこに入るのかという量を瞬く間に平らげるのだった。

 

 

 

 

 

僅か10分で完食した4人は、満足したかのように大の字になって空を見上げる。夏の日差しも、この巨木〈ギガスシダー〉の枝葉によって真下までは届かない。そのおかげか今この場所は夏にもかかわらずかなり涼しい状態だ。蒸し暑いところまでは避けることはできないが、日差しを遮ってもらえることで十分である。

 

「これだけ美味しいのに急いで食べるのは勿体無いよな。冬だったら長く保つのに。夏だと早くなるのは何故だろう」

「暑いからじゃないの?」

「それ理由になるのかな。だって芋とか麦もお湯で茹でるけど〈天命〉は減らないよ」

「冷やせば保つと思うんだけどそんなもの何処にあるかな?」

 

井戸水がとても冷たいといってもそれはくみ上げたときだけであり、昼食を冷やすことはできない。そこまで考えていると、キリトが何かを思いついたかのように起き上がる。それにつられて3人が同じように起き上がる。

 

「氷だ」

「「は?」」

「馬鹿でしょ」

 

まさかの言葉に3人は呆気にとられるが、キリトはあまり気にしていない様子で言葉を続ける。

 

「氷があれば冷やせる」

「言いたいことはわかるけどさ。どこに氷があるんだ?〈王都〉の中央市場にさえ、真夏は置いてないぞ」

「ふふふふふふ」

 

キリトの眼に嫌な光が浮かんだのを見て、3人はため息をつく。大抵彼がこのような光を浮かべるのは、よろしくないことを思いついた時だと経験として知っているからだ。それを身を以て知っているのはカイトとユージオである。アリスはキリトが悪戯っ子なことを知っているので、同じようにため息をついていた。

 

「ベルクーリの話を知らないか?」

「どの話よ」

 

ベルクーリとはルーリッドの村を開墾した初代衛士長である。彼の武勇伝は、300年経った今でも色褪せることなく語り継がれている。彼を主人公にした物語は数多くあり、その数は100を超えているようだ。どれも奇想天外な内容で、幼心あるときはよくそれを聞いてはしゃいでいたものだ。

 

「あれしかないだろう?『ベルクーリと北の白い竜』」

「あれね。内容は確か洞窟の中に剣があって、それが欲しくて近寄るけど守護者のような竜に追い返されたっていうベルクーリただ1つの負け話だよな?」

「うん。それによれば氷は入り口の近くにあるって書いてあったから、簡単に手に入るんじゃないかって思ったんだ」

 

キリトにしては的を射た考えであるが、問題は本当に氷があるのかということだ。

 

「でもキリト、それはお伽話だよ?それに本当にあったとしても、300年前の話だから正しいかわからないじゃないか」

「それを含めて確かめるのが冒険だろ?」

 

ユージオの言葉には、「怖いから僕は行かない」という意味合いが込められていた。それを見抜いていたのかはわからないが、キリトの眼には楽しそうな意思が浮かんでいる。

 

「「面白そうだ(ね)」」

「2人とも止めてよ。それに《禁忌目録》で果ての山脈に行くことは禁じられてるはずだよ」

「行く目的によっては構わないと思うんだけどな」

「カイトの言う通りよ。掟の正確な文章は〈大人の付き添いなく、子供だけで北の峠を越えて遊びに行ってはならない〉と書かれているの。今回はみんなのために行くのだから、遊びではなく仕事として考えるべきだわ。それから《禁忌目録》第一章三節十一項〈何人たりとも、人界を囲む果ての山脈を越えてはならない〉。…山を越えるということは《文字通り登って越える》ということよ。中に行くのだから問題ないわ」

 

頭の切れるアリスだからこそ説明できたことだが、なんとなく無理を言っている気がするのは気のせいだろうか。

 

「アリス、それって人の捉え方次第じゃないか?《公理協会》からしたら、そのままの意味で捉えているから捕まえに来ると思うぞ」

「捕まったらそれはそれよ。そんな危険を冒してもみんなのためになるならそれでいいわ」

「完敗だよ」

 

決意の表れに白旗を上げたカイトを見て、ユージオも諦めの境地に至った。

 

「じゃあ、次の安息日に行きましょう。遅れたら昼食抜きよ」

「「「了解しました!」」」

 

あの美味なる料理を口にできなくなるのは困るため男3人は元気よく返事をした。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

午後の仕事を手伝い夕焼けが空を染める頃、キリトとユージオの2人と別れる。すると先ほどまで活発に動いていたアリスが静かになった。歩き出すと俺の左腕に抱きつき、同じような速度で歩き始める。

 

「無理して静かにしたり明るく振る舞わなくてもいいんだぞ」

「カイトがどっちが好きなのか気になったから」

 

頬を真っ赤にして俯いているアリスは、細々とした声で返事をする。キリトとユージオは知らないだろうが、アリスは結構甘えたがり屋だ。2人きりになるとこうやって抱きついて来る。

 

「カイトはどっちの私が好き?」

「アリスはアリスだからどっちも好きだよ。静かにしていても2人とはしゃいでいても。可愛いからどっちも好きだ」

 

頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めてくれる。ステイシア神がどれだけ美しくとも、俺はアリス以外には考えられない。約1名はたまに嫉妬の眼を向けてくるけど、それは気にしなければ大丈夫だ。歩いているとアリスの家に着いた。着くと寂しいのかふくれっ面になって俺を見上げてくる。

 

「何?」

「また明日まで会えないの?」

「会えるんだからいいじゃないか」

「…わかった。でも最後に」

「仕方ないな」

 

眼をつぶっているアリスの唇に、苦笑しながらそっと自分の唇を押し当てる。甘酸っぱい空気が流れ、束の間の幸せを感じ取る。

 

「また明日な」

「うん、また明日」

 

笑顔で家に入って行くアリスを見送って、俺も足を家の方に向けた。



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出発

約束した日の昼から次の安息日までは、本当にあっという間だった。カイトは3日後にまた大きな獲物を狩り、村長であるガスフト・ツーベルクから褒め称えられた。キリトとユージオも普段よりやる気を出して仕事に励んでいたため、午前と午後はかなり早く終わっていた。それのおかげか4人は村の中で毎日のように駆け回っている。

 

 

 

そして約束の安息日当日。

 

 

 

「遅い」

 

キリトが不満そうに腕を組み、片足で地面をリズム良く叩いていた。それを見ながら仕方ないなぁとばかりに苦笑するカイトとユージオの様子は、日常茶飯事となっている。キリトもこの程度でぐちぐちと言う心の狭い少年ではないが、楽しみにしていた時間に遅れられるのは少々不満げそうだった。

 

「まあまあ、女の子には色々とすることがあるのさ」

「そうだよキリト。この程度で文句言ってたら、村のみんなから嫌われちゃうよ」

「むぅ、それは困る。それより来たときから気になってたんだが、背中に背負ってるのは剣か?」

 

キリトの視線はカイトが背負う剣に向けられていた。装飾など何一つ無い銀一色の状態の剣は、一見華やかさに欠ける。しかし〈クラス〉は、央都で売られている騎士団に支給されるものと同等である。

 

故に〈ルーリッド〉では、2番目に優先度(プライオリティー)が高い武器だ。ちなみに一番高いのは、キリトとユージオが普段使っている〈竜骨の斧〉。キリトが気になったのは、剣が格好いいと思ったのもあるだろう。大部分は冒険に剣が必要なのかという疑問だった。それはユージオも薄々感じていたらしく、不安そうな視線を向けている。

 

「心配するなよ2人とも。別に《ダークテリトリー》の敵と戦うわけじゃないんだからさ。保険だよ保険」

「「保険?」」

「うん。万が一熊とかが出てきたときに対処するためさ」

「怖いことさらっと言うなよカイト」

「あははははは。ゴメンゴメン」

 

ユージオは言葉通り、二の腕を両手でさすりながら睨んでいる。それを軽く謝ることで流していると、遠くから金色の光が見えてきた。

 

「来たね」

「怒ろうか」

 

ユージオの言葉に、それを確認したキリトが悪戯小僧の表情を浮かべる。まったくいつもいつも懲りずにそんなことが考え付くものだなと、あきれ半分関心半分で見ていると待ち人来たり。

 

「「「遅い」」」

「3人で言わないでよ!セルカと準備してたら遅くなったの。ごめんなさい」

「本気で言ったわけじゃないさ。じゃあ氷を探しに出~発」

「「「おー!」」」

 

簡単な掛け声に、3人が元気よく拳を天に突き上げ歩き出した。

 

 

 

4人は村の北の出入口から〈果ての山脈〉へと歩き出し、鼻歌を歌いながら森を抜けて川辺を歩いていた。

 

「ねえキリト、洞窟には竜がいたって物語に書いてあったけどさ。本当にいると思う?」

「どうだろう。氷があったなら可能性はあると思うけど。カイトはどう思う?」

「300年前のお伽噺だから信憑性は低いかもな。大体のお伽噺とかって尾ひれがたくさんつくもんだから」

「そんなこと言ってたら、村長やガリッタ爺さんに怒られるよ」

 

歴史あるお伽噺を愚弄というほど大袈裟ではないが、否定することはタブーである。ベルクーリは〈ルーリッド〉始まって以来の英雄であるし、何より大人でも憧れる存在なのだから悪口を言えば雷が落ちるのは、11歳の少年少女でも予測できる。

 

それでもそういうことを口にするのは、自分たちの目で見なければ納得できないという好奇心が高いからなのかもしれない。計画性・規則性の不足は、すなわち旺盛な好奇心と探求心の裏返しだから仕方ない。カイトやキリトは名前が似ているからか、似たような発想力や行動力がある。《禁忌目録》を破りそうになったことが一体何回あったことか。その度にユージオとアリスは悩まされてきた。

 

「簡単に言えば、今回の冒険がその疑問の解決に繋がるかもしれないということだね」

「さすが優等生は違うなぁ」

「からかわないでよ!」

 

ユージオのこういう初心なところに漬け込むのは楽しいが、そこはキリトに任せておくのが一番だ。

 

「というより疑問がある。俺とユージオは荷物を持ってるのに、何故にカイトは持ってないんだよ」

「文句はアリスに言いなさい」

 

キリトの言葉通りユージオとキリトの片手には、今日の昼食と水筒が握られているがカイトは何も持っていない。正確には剣を背負ってはいるが、それは頭数に入らないようだ。

 

カイト自身、荷物を持ってもいいのだが持つべき荷物が見つからないので、そのままの状態で歩くことになっていた。万が一、熊でも現れた際に対処できるようにというアリスなりの配慮なのだが。目の前で鼻歌を歌いながら、スキップをして歩くアリスの背を追いかける3人は、顔は違えど3つ子のように同じ背丈で似た雰囲気を醸し出している。

 

「もし竜がいたらどうする?」

「いっそのこと黙っておこうよ」

「鱗を持って帰ったらみんな羨ましがると思うぜ」

「貰えるという前提での話だけどね」

 

些細な小言を交わしながら歩いていると、同時に3人のお腹が鳴った。空を仰げばソルスがほぼ中心にまで昇っている。よくよく考えれば朝早くに歩き始めているのだから朝食を食べていても、昼にならずとも腹が減るのは至極当然のことだ。

 

「腹減った」

「同感」

「僕もだよ」

 

キリト・カイト・ユージオは、同じようにお腹を押さえながら呟く。

 

「仕方ないわね。少し早いけどお昼にしましょう」

「「「イエーイ!」」」

 

苦笑したアリスは、喜ぶ3人を見て「悪戯小僧3人組」の異名をつけられる理由を理解した。11年間一緒いたので知らないわけではない。相変わらず仲が良いなという意味合いが強い苦笑だったのは、言葉にして言うまでもないことだった。

 

 

 

フルーツパイを2切れずつたいらげた3人は、少しばかりの休憩をしていた。キリトの場合は手足を広げて寝転んだかと思うと、すぐにいびきをかいて眠り始めた。どこでも寝れる体質というのは羨ましいと思いながらも、同じように3人は寝転ぶ。夏でも〈果ての山脈〉に近づいているからか、吹き抜ける風は心地よいほどに涼しい。

 

「ねえカイト」

「ん~?」

 

鼻孔をくすぐる風に混ざって流れる森の香りを楽しんでいると、カイトはユージオに声をかけられた。

 

「〈天職〉のことなんだけどさ。〈衛士〉になりたいと思わないの?」

「無理になる必要はないから思ったことはないかな。〈狩人〉ってのも悪くはないし」

「剣の腕ならジンクに勝ってるのに不公平とは思わないの?」

 

ジンクとは現衛士長の息子のことである。性格は傲りに染まった人間のように他者を見下すそのもの。誰もが好きになれない人間性の持ち主だ。

 

〈ルーリッド〉は300年もの間、何一つ変わらない生活を続けてきた。それは生活基準や文明が発展しなかったということではなく、昔ながらの伝統を守るという意味合いでのことである。村長の子供は村長を、衛士長の子供は衛士長を。このように一種の世襲制度で村は存在し続けている。

 

それに対して違和感を抱くユージオは、この世界が間違っていると言いたいのだろうか。何も変わらず何も変えずに一生を終えるということが、酷く恐ろしいのかもしれない。

 

「今さら言ったところで後の祭りだろ?それにあいつが俺より剣の腕が劣っていながら、次期衛士長の教えを受けていたとしても腹は立たないよ。でもそれを理由にしてからかわれるのは嫌だけどな」

「…終わりのない〈天職〉(・・・・・・・・)ってなんだろう」

「きゃあっ!」

 

ユージオの呟きはアリスの悲鳴にかき消されて、カイトの耳には入らなかった。

 

「「アリス!?」」

 

起き上がって声のした方へ顔を向けると、アリスが川縁で両手を抑えて震えていた。嫌な予感がした2人が急いで駆け寄る。

 

「アリス、どうした!?」

「水が冷たいの」

「「…へ?」」

「だから水が冷たすぎて反射的に声を出しちゃったの!」

「…脅かすなよ」

「はぁ~」

 

2人して安堵の行きを盛大に吐き出し、アリスの両手を見ると、よほど冷たかったのだろう赤くなっている。カイトがその手を握ると、心地よいひんやりとしたものが伝わってくる。

 

「あう…///」

 

無意識に握られて顔を真っ赤にしたアリスに気付かず、カイトは川を覗き込む。透明感のある水色が穏やかに流れている以外には、目立った様子は見られない。

 

「ん?」

 

一瞬、水中で何かが光ったように見えた俺は覗き混んだが、水面の反射で中がよく見えない。水面ギリギリまで顔を近づけると、何かが沈んでいるのがなんとか見えた。

 

「どうしたの?カイト」

「ユージオ、悪いんだけど俺の足を抑えててくれないか?ちょっと試したいことがある」

「いいけど何するの?」

「まあ、見てなって。よっと」

 

キリトのような笑みを浮かべて、カイトは川に右手を突っ込んだ。

 

「うひぃ!冷てぇ!」

「さっき言ったじゃないの」

 

予想外の冷たさに悲鳴をあげると、アリスに呆れたとばかりに冷たい評価を下されたカイト。だが冷たさを我慢して、腕をさらに水の中へと入れていく。

 

「ぐひぃ!」

 

底に沈んでいる何かに触れる。さきほどとは違った冷たさを感じた。感じたというよりは、刺されたというほうが妥当な表現だろうか。痛いと思うほど掴んだ掌に冷たさが伝わってくる。

 

「おんどりゃぁ!」

 

右手では持ち上げられなかったので両手を使って持ち上げる。

 

「アリス、ユージオ。俺の足を引っ張ってくれ!」

「「わかった!」」

 

2人がカイトの両足を掴んで勢いよく引っ張った。

 

ズルズル!

 

「いてててててててて!」

 

河原の砂利や小石がすれて大きな声を出すが、2人は引き摺るのをやめない。

 

「止めてぇ~!」

 

痛みに耐えかねたカイトの叫びが、〈果ての山脈〉目前の森に響いた。

 

 

 

そろそろ十分だと思った2人が掴んでいた脚を離し振り替える。すると顔を地面につけたまま反応を示さないカイトがいた。

 

「「カイトぉぉ!」」

 

我に返った2人はカイトを引っくり返して揺すぶる。

 

「…程度は考えて」

「だってどこまで引っ張ればいいのか教えなかったでしょ」

「…ごもっともです」

「でも距離を考えなかった僕たちにも非はあるよね」

 

ユージオのおかげで罪悪感が薄れた3人は、カイトが握っているモノに視線を向けていた。

 

「剣…だよね?」

 

薔薇を象った透き通るような薄青色の柄と同じ色の鞘に柄頭。

 

「だな。でもそれにしちゃ…」

「「綺麗すぎる」」

「綺麗で問題があるの?」

 

カイトとユージオが暗い顔をしていると、アリスが不思議そうに聞いてきた。

 

「こう言ってはなんだけど、これは相当前からここに沈んでいた気がするんだ。自然にここまで流されてきたのか。はたまた何者かによって投げ入れられたのかわからないけど」

「どうしてつい最近ではないと言えるの?」

「俺たち3人は村の子供でもそこそこの筋力を持ってる。それは知ってるよな?」

 

カイトの質問にアリスは静かに頷く。

 

「《竜骨の斧》を1年間振り続けたユージオとキリト、剣を使って獲物を狩り続けた俺ならなんとなくわかるんだ。これはそう簡単に振ることは出来ないって」

「じゃあこれは自然にここまで何処からか流れてきたの?」

「その線はないと僕は思うよ。カイトが両手を使ってようやく持ち上げられたんだから、余程の大雨とかがない限り流れてくるのは無理だ。しかもここ10年以上、災害と呼べるほどの規模の雨は降ってないみたいだし」

「それを踏まえると、誰かがここに投げ込んだか忘れていったとしか考えつかないな」

 

とてつもない重量のこれを投げることができる生き物など、そうはいないというのがカイトとユージオの意見だった。

 

「抜いてみるか?」

「大丈夫?」

「なんとかなるだろ。おりゃっ!」

 

横たわせていた鞘から右手で柄を掴み一気に抜き去る。

 

シャリーン!

 

綺麗な音が鳴り響き、3割方軽くなった剣の刀身を見る。ソルスを反射させず斬るように存在し、優美にも可憐にも見えるが不思議と豪華すぎない。

 

「不思議な材質だね。ガラスでもましてや鋼でもないなんとも表現しづらいよ」

「ユージオ、もしかしたらこれは〈神器〉かもしれないぞ」

「…なんだって?」

 

〈神器〉。それは神が自ら創り出した、あるいは神の武器そのものを指す物のことである。〈現実世界〉の言い方をすれば、遺物や聖遺物(レリック)と呼ばれる物。それにはそこにあるだけで圧倒的な存在感を放ち、すべてをひれ伏せさせるような圧迫感を放出する。

 

「あながち間違いじゃないだろうね。だってここにあるだけで周囲の気温が下がっているんだもん」

「俺の右手が季節外れの霜焼けになりそうだ」

 

抜き出した剣を鞘に戻してその場に座り込む。何故このようなものが川の中にあるのだろうか。何故これほどの存在感を見せつけるのだろうか。

 

「…《青薔薇の剣》」

「カイト、あなた今なんて言った?」

「《青薔薇の剣》かなって思ったんだ」

「〈ベルクーリと北の竜〉にでてくるあれかい?」

「青いし薔薇を象った装飾がある。見た目からそう言ってみただけなんだけどね」

 

あり得ないとばかりにアリスとユージオは表情を浮かべている。だが本心では、そうあってほしいという思いが渦巻いているだろう。なにせお伽噺に出てくるものの可能性があるのだから。そしてそれを見つけたのが自分たちなのだから。

 

「でも持ち帰るのはやめとこう。持って帰るにも大変な労力と時間が必要だからな。沈めておけば誰も気づかないさ」

 

言葉通り元あった場所に、重さで左右に揺れながら持って行って、沈めたカイトが両手を濡らして帰ってくる。

 

「何をするつもり?」

「するべきことしないと先に進めないからな」

 

そう言いながらカイトは寝ているキリトの背中に、よく冷えた両手を突っ込んだ。

 

「あひゃー!」

 

突然の冷たさに眠っていたキリトが奇声を上げる。不意打ちの冷たさに痙攣している様子を見て、アリスとユージオがグッジョブとばかりに親指を立ててきた。それに対してカイトは、悪戯が成功した悪戯小僧の笑みを浮かべることで返事をした。




アンダーワールド行きたいなぁ〜…


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発見?

長過ぎた…過去のルーリッド編はこれで終わりになります。次からはキリトが来る予定です。


キリトを無理矢理起こしたあと、3人は〈果ての山脈〉へと足を向けていた。

 

「ねえカイト。さっきの剣が冷気を発していたなら、その周りの水が他の所より冷たいのは当たり前だよね?」

「凍りつくほどじゃないけどかなり冷たかった。でもその場所の上流と下流は、いつもと同じような温度だったからユージオの言う通りだろうな」

 

カイトとユージオだけが話しているのは、アリスが先頭をキリトが最後尾で歩いているからだ。キリトは気持ちよく寝ていたところを、理不尽な起こし方をされたことで恨んでいるのか。カイトに恨めしそうな視線を先程から向けている。

 

キリトの視線を無視して歩いていると、ポッカリと空いた穴が目に飛び込んできた。奥は暗くて数メートルしか目で確かめることができない。どれだけ奥まで続いているのかはわからないが、3人とも短いとは思ってはいないだろう。

 

「なんだか怖いね」

「別世界に行くような感じがする」

「間違ってないんじゃないかな。〈果ての山脈〉を挟んだ先は、《ダークテリトリー》なんだからさ。早く氷を見つけないと夕方までに帰れないよ」

 

そう言ってさっき摘んでおいた草穂を、カイトがアリスに渡す。それを不思議そうに見ているユージオとキリトの前で、アリスが何かを呟く。

 

「〈システムコール・ルミナスエレメント。アドフィア〉」

 

術式を唱え終えると草穂の先にほのかな光が発生した。

 

「「おお〜」」

「じゃあ行こうか」

 

アリスから光を受け取り、3人の前に立って洞窟内へと入っていく。後ろにはアリス・ユージオ・キリトの順番で並び、光に照らされた壁や天井や足元を見ながら歩く。特にこれといった特徴はなく、岩を自然が長い年月をかけて削ってできたと思われる様子しか見当たらない。

 

クシュン!

 

ユージオがくしゃみをしたことで全員の足が止まった。

 

「ねえ、寒くない?」

「そういや前々からそう思ってたんだよ」

 

二の腕をさすりながらキリトが呟く。

 

「「じゃあ言え(なさい)よ」」

「そこまで言わなくてもいいだろ!」

 

アリスとカイトの言葉に心外だとばかりにキリトが憤慨するが、2人は知ったことかとばかりにその言葉を無視した。

 

「寒いってことは、そろそろ氷があるってことじゃないの?」

「誰かさんが入り口の近くにあるって言わなかったっけ?」

「記憶にございません」

「「「…」」」

 

キリトの無責任な返事に対しては少しばかり苛立った3人だったが、狭い空間ではちょっとした音でも大きく反響してしまう。もしかしたら何かに気づかれるかもしれない。周囲を警戒していたからこそ、声を大きくして怒らなかったのだろう。

 

「それはおいといて。寒くなったから氷も近くにあるんじゃいかな。ほら」

「「「え?」」」

 

カイトが足を除けると、そこには薄い氷が割れているのが見えた。つまり氷ができるぐらいには気温が下がっており、奥に進むにつれて寒くなっているということだ。

 

4人は目を合わせて一直線に奥へと走り始める。一番最初に誰が氷を見つけられるのかを競うかのように、見えてきた光へと足を早めた。その光を抜け、目に飛び込んできたのは巨大な空間だった。直径は20m、高さは30mはあるだろうか。本当に大きな空間だ。

 

「うわぁ、ここは一体なんだろう」

「これは一体何かしら。氷じゃないみたいだけど」

 

アリスが触れているのは巨大な六角柱の塊だった。触れると程よい温度で、冷たくもなく熱くもない不思議な感触だった。

 

「硬いけど硬すぎなくて柔らかくはないけど柔らかい。…水晶かな?」

「ええ!?水晶って〈央都〉でも年に5個売られるかどうかの希少品のあれかい!?それがこんなにたくさん…」

 

4人の周囲には、11歳の少年少女の身長を容易く越える同じような六角柱の水晶がところせましと陳列し、これでもかとばかりに存在感を発している。

 

「これを持って帰ったら、村のみんなが2年間何もせずに過ごせるよ」

「いや、やめとこう。どう考えてもこれを持って帰ったら、みんなが正気を失う気がする」

「どういうこと?」

「〈央都〉にさえ滅多に売られない水晶が、〈果ての山脈〉の中にこれだけあるって知ったら商人がたくさん来る。そうすれば村は大混乱だよ」

「でも村が活気に溢れるならいいんじゃないの?」

 

アリスの問いにカイトはかぶりを振る。

 

「アリスの言う通り村は活気に溢れるだろうけど、取り尽くしたあとはどうなる?なくなったらみんな〈央都〉に戻って結局は今のような生活に戻ってしまう。むしろ今より酷くなるかもしれない。贅沢を知った者が堕ちると、まともに生きていけないと俺は思う」

「だからカイトは誰にも言わず、俺たちだけで秘密にしようって言ってるんだ。ここは潔く諦めて氷を集めようぜ」

 

目的を忘れていた3人は、苦笑して本来の目的に戻ることにした。水晶から回れ右して奥に進んだ4人はその目を疑う。目の前には氷に埋れた竜の骨が散乱していたからだ。

 

「な、んだよこれ…。竜が死んでる?」

「病気でなの?」

「いや、違うな。これは誰かに殺されたあとだよ」

 

カイトが近くに落ちていた骨を拾い上げ、3人に証拠を見せる。それを見た3人の表情は暗くなった。あまりにも傷だらけで痛ましいことに目を背けたくなったのだ。

 

「…これは刀傷だ。俺の剣で斬ればこっちがやられるな。相当な〈優先度〉のある剣でやられたんだと思うよ」

 

竜の骨は世界でも最高峰の〈優先度〉があるため、簡単に傷つけることはできない。そもそも竜の存在自体が伝説なのだから、こうして目の前にあること自体が異常だ。これが何を意味するのか。一体竜に何があったというのか。それを知ることは永劫叶わないだろう。知る人がいるのかどうかさえ疑わしいうえに、いたとしても今は既に死んでいる可能性があるからだ。

 

「竜を殺すなんて。…一体誰が何のために?」

「わからないことをいちいち考えていても仕方ないよ。氷を集めてさっさと帰ろう。暗いからどれくらい時間が経ったのかわからない」

 

ユージオを慰めてからちょうどいい大きさに割れている氷を、ユージオが持っている篭に手分けしていれていく。わずか10分で8割ほど満たされた篭の中身は、宝石のように煌めいている。飾っておきたいのは山々だが、氷であるためいつかは溶けてなくなってしまう。残念極まりないから悲しくなるが、翌日の食事の楽しみになるのだから気にしないようにしよう。

 

「これぐらいにして帰ろうか。遅くなったら怒られるかもしれない」

「そうね。でも入口はどっち?」

 

アリスの言葉を聞いて3人が笑顔を曇らせる。氷を拾っていた場所は巨大な空間のほぼ中心であるため、左右にあるどっちが入ってきた方向なのかわからない。

 

「水が流れ出している方だったよ」

「残念ながら両方に流れているな」

「困ったな…」

 

3人して考え込んでしまい無駄に時間が過ぎ去っていく。時間がわかる〈神聖術〉があればいいのだが、残念ながらそれは存在しない。あったとしても3人では使いこなせなかっただろう。

 

「取り敢えず片方ずつ見ていこう。片方がダメならもう一方が出口だ」

「じゃあ、まずはこっちね」

 

アリスが指を指した方向に歩を進め、出口かどうかを確認しに行く。

 

「壁ってこんなに黒かった?」

 

ユージオの疑問に3人は不思議そうに首を捻る。壁の凹凸は確認していたが、色までは意識して見ていなかったからか根拠が見つからない。まさか道に迷うとは3人とも予想していなかったから、そこまで気にしていなかったのだ。

 

「俺は覚えてない。キリトは?」

「ユージオやカイトが気付かないことに俺が気付くわけがない」

「…アリスは?」

 

自信満々に答えるキリトを無視してアリスに問いかける。キリトからは「無視するなぁ!」という叫びが聞こえたが、聞こえないふりをして左から右に流した。

 

「暗くて怖かったからそこまで気にしてなかったわ。ごめんなさい」

「落ち込まなくていいんだよ。初めてのところだし、人って暗いところに入ったら怖くなるのは当たり前だよ」

 

俯いたアリスの頭を優しく撫でて歩を進める。嬉しそうに頬を紅く染めるアリスは、その後ろをスキップするように軽い足取りでついていく。どのくらい進んだだろうか。かなり足を動かしたはずだが出口が見えてこない。

 

「こんなに歩いたっけ?」

「もうちょっと短かったような気がするけどなぁ」

「もしかしたら不安になってそう思ってるだけかもしれないよ?」

「出たらわかるでしょう」

 

歩いている間に風の音が聞こえ始め、出口が近いことに安堵する。光が大きくなると自然と動かす足に力がこもる。ほとんど走るような速度で足を動かしていると出口の全体が見えてきた。だが外の光がほのかに赤い。洞窟に入ったのが昼頃。中で氷を探したのはせいぜい1時間程度だと思っていたが、予想外に長時間籠っていたのかもしれない。

 

ソルスが傾き始めているとなると、夕方までに村へ着くことは不可能だろう。そうなればシスター・アザリヤやアリスの父である村長に、こっぴどく叱られるのが眼に見える。

 

「待って!洞窟内にいたとしてもここまで赤いのは可笑しいわ!」

 

アリスが後ろから危険を叫ぶが、ユージオは足を止めるより早めて外へ出ようとする。危険な思いはもうこりごりとばかりに足を動かす。洞窟からあと数メルで外に出ようとするところでユージオは足を止めた。

 

「どうした?ユージオ」

「キリト、あれ…」

「え?嘘、だろ…ここはまさか」

 

カイトが指差した先を見てキリトが目を見開く。

 

一面真っ赤な空。鈍く煌めく紅黒い大地。まるで血を辺り構わずぶちまけたように、全体が赤い世界が広がっている《ダークテリトリー》。お伽噺でもよく聞く〈人界〉の果てにある危険な土地だ。人間ではない異形の生物が数多存在し、今か今かと人を拐おうとする世界。そんなふうに教え込まれた場所が目の前に広がっている。

 

「ルーリッドって本当に〈人界〉の端にあったんだ…」

「戻ろう。ここは危険すぎる」

「待って。空に何かがいる」

 

カイトが促すがキリトはそれに従わない。言葉通りにキリトが見上げる先を見ると、豆粒のように小さな白い点と黒い点が、位置を高速で変えながら舞っている。小さく見えるのははるか上空を飛んでいるからであり、視認できる場所まで降下すれば人より大きいことだろう。

 

突如、爆発音が響いて黒い影が2つ落下してくる。落下しながら煙のようなものをあげているのは、炎のようなものを浴びたからだろうか。

 

落下する何かに巨大な矢が突き刺さった。

 

「ひっ!」

 

その様子にユージオが小さく悲鳴をあげる。地面に落下した黒い甲冑を着た何かは、おびただしい量の血液を吹き出している。

 

今すぐに治療しなければ、〈天命〉がなくなって死ぬだろう。助けるためには近寄らなければならない。だがそれは不可能だ。何故なら、《ダークテリトリー》侵入という〈禁忌目録〉で禁じられている掟を破ることになるからだ。

 

破れば〈整合騎士〉に捕縛され、尋問の後処罰を下されることになる。

 

「アリス?」

 

アリスが不自然な動作で歩きだした。感情が抜けきったかのような表情で、足を《ダークテリトリー》へと近付けていく。

 

「ダメだアリス!」

 

カイトがアリスを引き留めようと腕を掴むが、逆にカイトが引っ張られていく。

 

「アリス!正気に戻るんだ!越えちゃダメだ!アリス!」

 

カイトの声かけも虚しくアリスはどんどん歩を進める。アリスが足を動かす先では、黒色の騎士らしき人物が右手をこちらに向けて助けを請うている。その右手がアリスの歩みを進めさせているのだろうか。

 

「アリス!キリト・ユージオ、手伝ってくれ!」

「お、おう!」

「わかった!」

 

3人で止めるがそれでも止まらない。アリスの透き通るような蒼い眼は光を失い、何も写っているようには見えない。

 

「アリスぅ!」

「あ…」

 

カイトの懸命の呼び掛けでアリスが正気に戻ったが、足を滑らせたキリトとユージオが、カイトの手を離してしまった。

 

「アリス・カイト、大丈夫!?」

「ああ、大丈夫…だ…」

「カイト?」

 

返事が小さくなったことに疑問を抱いたユージオは、何が起こったのか視線を向け蒼白になった。アリスとカイトの左手と右手が、僅かに《ダークテリトリー》の地面に触れていた(・・・・・)のだ。

 

「アリス・カイト!」

「私は…」

「俺は…」

「だ、大丈夫だよ!入りたくて入ったんじゃないんだ!事故だから大丈夫さ!」

 

ユージオが禁忌を侵し、震えている2人に安心するよう声をかける。だがそれは気休めにもならない単なる言葉でしかなかった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

どうやって洞窟を抜け、〈ルーリッド〉に戻ったのか4人とも覚えていない。反対側の出口を抜け、夕日に変わりつつあるソルスが照らす白い光の安堵さだけは、しっかりと覚えている。

 

目の前で起きた惨劇を忘れようとした。何度何度も。だが脳裏にこびりついたかのように離れない1つの映像は今でも鮮明に覚えている。瞼を閉じても赤い空・赤黒い砂・黒い甲冑を着た騎士が鮮明に浮かぶする。そして大量に流れ出る赤い血も。

 

トラウマになるのではないかと思うほど記憶に結びついて離れない。小鳥のさえずり・川のせせらぎ・森の香りを感じても、心は軽くならなかった。むしろそれが、あの悲劇が現実であったことをフラッシュバックさせる。

 

「アリス、これ」

「…ありがとう」

 

ユージオが渡した籠を暗い表情で受け取ったアリスは、それ以上に言葉を発さず帰路へ着いた。

 

「カイト、アリスが落ち込む理由は俺たちだってわかってる。明日の昼食を楽しみにしてるって伝えてくれるかな?」

「もちろんだ。俺も楽しみにしてるから、明日また《ギガスシダー》で会おう」

 

カイトはキリトに返事を返して、アリスを追いかけるように駆けて行った。それを見るキリトの眼は悲しげだ。

 

「ねえ、キリト。明日本当に〈整合騎士〉は来るのかな?」

「…来るだろうな《禁忌目録》に背いたんだから。でも俺は認めない。あれは事故だ。それ以外のなんでもない」

「僕は来てほしくないよ。幼馴染を失うなんて絶対に嫌だ」

「俺だってそうだよ。だから来たとしても全力で守る」

 

言い切ったキリトの眼には、先ほどとは違った覚悟に満ちた光が浮かんでいた。

 

 

 

アリスに追いついたカイトはどう声をかけたらいいか迷っていた。慰めるべきなのか。明るく振舞って何もなかったかのようにするべきなのか。だが両方とも間違っていると思っている。禁忌を侵したことに変わりはないのだから。故意であろうと事故であろうと。

 

「…ねえ、カイト。このままどこかに逃げよう?」

「逃げるってどこに?」

「〈公理教会〉から。お父様から。お母様から。セルカから。村のみんなから。何よりキリトとユージオから。これ以上迷惑をかけられない。ううん、かけたくないの。カイトにもかけてしまってる私が言えたことじゃないけど。捕まったら絶対に元の生活には戻れない」

「俺は逃げないよ自分の罪は自分で償う。それが俺だからね」

 

アリスを抱きしめているというのに、当たり前のことしか口にできない自分が腹立たしい。逃げたとしても、おそらく〈整合騎士〉は地の果てまで追いかけて来るだろう。

 

罪人は〈公理教会〉の名において粛清せねば、300年間の永劫が失われる。さらには罪人を裁くことができなかったことに対する反感を、全員から買うことになるかもしれない。

 

〈人工フラクトライト〉である彼らが、〈公理教会〉に対して反旗を翻すはずはない。体裁だけは保つ必要があるため、〈公理教会〉は事を大きくしたくないだろう。だから迅速且つ慎重に事態を収束させる必要がある。ならばどこにいたとしても、アドミニストレーターが見つけ出してしまうだろう。

 

「大丈夫、アリスは俺が守る。キリトもユージオも村のみんなを誰1人傷つけやしない。ジンクだって嫌いだけど、死んでほしいほど憎んでいるわけじゃない」

「うん。ありがとう」

「キリトとユージオが明日の昼食を楽しみにしてる。氷は地下室に保存してほしい」

「わかった。明日はとびっきり美味しいの作って来るから楽しみにしててね」

「もちろんだ」

 

別れ際にアリスがキスをしてきたので喜んで受けておいた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

翌日、キリトとユージオはいつも通りに《天職》をしていた。梢の隙間から溢れる日差しが陰ったことに違和感を感じて、何気なく空を見上げる。

 

「飛竜!?」

「まさか〈整合騎士〉が!?」

 

キリトとユージオは顔を見合わせて走り出した。《ギガスシダー》を切るために握っていた〈竜骨の斧〉を掴んだまま…。

 

 

広場に降り立った飛竜を見て2人は恐怖を覚えた。

 

竜とは違う飛竜。

 

飼い慣らされたとはいえ、本能的に恐怖を覚えさせる佇まいと存在感。果てしないとばかりに圧力を放って来る。昨日見つけた〈青薔薇の剣〉とはまた別の圧倒的な存在感を。

 

「我はノーランガルス北域を統括する〈公理教会整合騎士〉デュソルバート・シンセシス・セブンである。アリス・ツーベルク及びカイト・イエンタルスを、《禁忌目録》禁止条項抵触により捕縛及び尋問の後に処罰する。ルーリッドの長よ、咎人を縛よ」

 

およそ人の声ではないように思える深く轟くような声が響いた。仮面をしているからなのかもしれないが、それでも異質な響きがあった。デュソルバートが伸ばした手には!2つの拘束具が握られている。アリスに結ぶものとカイトに結ぶものだ。

 

村人からは悲嘆に暮れるより、怒りの反応をする人物が多い。村から犯罪者を2人も出してしまったことに憤りを感じているのだ。開拓してから300年間。1人たりとも出さなかったはずなのに、1日で2人も出してしまったことに落胆していた。

 

「騎士殿、2人は一体どのような禁忌を犯したのですか?」

「《ダークテリトリー》への進入である」

 

集った村人からどよめきが漏れる。村でもっとも犯してはならないと言われた禁忌を犯したのだから。村人の反応は意外と薄いと言ってもいいだろう。

 

「騎士殿!2人は罪を犯したくて犯したのではありません!《ダークテリトリー》の騎士に術をかけられたんです!だから慈悲を。ご慈悲を願います!」

「意図的だろうとそうでなかろうと進入し、《禁忌目録》に抵触したことには変わらず」

 

キリトがいくら懇願しても、デュソルバートは受け入れる様子はない。

 

「なら俺たちだって同罪だ!俺たちも連れて行け!」

「ならん。ルーリッドの長よ、処遇を実行せよ」

 

集団の中央にいたアリスとカイトは、住民によって騎士の前に引きずり出された。2人にガスフトが慣れぬ手つきで拘束具を巻いていく。その表情は娘と婚約者を縛ることへの悲しみと、《禁忌目録》に背いたことに対する怒りを混ぜたものが溢れていた。

 

「ユージオ、俺が斧で切りかかるからその間に2人を連れて逃げてくれ」

「でも、そんなことをしたらキリトが…」

「命より〈禁忌目録〉の方が大事なのか?俺は行くぞ。うわあぁぁぁぁぁ!」

 

キリトが斧を振りかぶってデュソルバートへ接近する。

 

デュソルバートは子供の何も考えず、突っ込んでくることに嘆きを感じたのか少しだけ振り返る。デュソルバートの眼が怪しく光ったかと思うと、キリトが吹き飛ばされた。何が起こったのかわからず、キリトが眼を見開いているとデュソルバートが告げる。

 

「その子供を黙らせろ」

 

その言葉を聞いた大人たちがキリトを地面に押さえ込む。

 

「頼むユージオ!行ってくれ!2人を助けてくれ!」

「う、あ、う…」

 

キリトに頼まれ足を動かそうとするが根を張ったかのように足が動かない。まるでそこに根を生やし根付いてしまったかのように。

 

「ユージオ、何をやってるんだ!?2人を助けてくれ!それかこいつらを退けてくれ!ユージオぉぉ!」

 

キリトの懇願も虚しく、デュソルバートはアリスとカイトにつけた拘束具の先を飛竜の首にしっかりとつないだ。そのまま飛竜の背に上り、離陸準備をする。もはやキリトとユージオには成す術がない。ただ「やめろ!」と叫ぶ以外にできることはない。

 

飛竜が羽ばたき、2人の足が地面から離れて行く。

 

「アリスぅぅぅ!」

「カイトぉぉぉ!」

 

キリトとユージオは、離れていく大切な幼馴染の名前を呼ぶことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い長い夢から覚めたような感覚の中、眼を開けた俺はポツリと名前を呟く。

 

「アリス・カイト…?」

 

俺の頬には二筋の光の川が流れていた。




今回は早く書けました。


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二度目のルーリッド
出逢い


原作との相違があまりない…

オリジナル展開もっていくのは難しい…


鼻腔に流れ込む匂いに肉体が歓喜する。

 

木々の芳醇な匂い。

 

湿った土の匂い。

 

草木の青々とした匂い。

 

どれもがダイレクトに自分の脳を刺激する。嗅覚だけではなく聴覚にも意識を傾けてみると、これもまたダイレクトに脳を刺激してくる。

 

川のせせらぎ。

 

小鳥のさえずり。

 

木々の葉の擦れる音。

 

吹き抜ける風。

 

どれもが爽快に自分の胸を満たすが、自分が住む地域とはかけ離れた情報に首を傾げたくなる。人間がもっとも情報を得ている視覚で確認するため、眼を開けるとその光景に驚いた。森の中に倒れていたらしく、俺の眼には樹齢何十年ともわからない巨木が、数えきれないくらいに生えているのが映る。

 

「...どこだ?ここは」

 

呟く俺に返ってくる声はない。何故ここに自分がいるのかここはどこなのか。あらゆる疑問が湧いてくるが、まずは自分の認識が先である。

 

俺の名前は桐ケ谷和人17歳と8ヶ月。埼玉県川越市で母と妹の3人で暮らしている。

 

ソードアート・オンラインで2年間を過ごし、そのなかでアスナと出会った。クライン・エギル・リズ・シリカと色々なクエストに行った。ガンゲイル・オンラインでは、シノンと共に《ラフィン・コフィン》の生き残りと戦った。

 

まず自分の個人情報と記憶が滑らかに出てきたことに安堵する。つまり記憶喪失のような、自分が誰かわからないということはないようで一安心だ。息を吐いたことで顔をわずかながら下に向ける。そこで自分が奇妙な服装をしているのが見えた。

 

荒い木綿もしくは麻のような半袖シャツ。野草を編んだベルトが巻かれたズボン。革製の鋲が靴底に打ってある靴。まるで中世ヨーロッパ風。言い換えれば今の服装は、ファンタジー風のチェニック・コットンパンツ・レザーシューズである。〈仮想世界〉でのありきたりな服装であることに気付いてもう一度安心する。

 

〈仮想世界〉であるならば、自宅の付近と様子が違ってもおかしくはない。どういう理由で自分がここにいるかわからないので、さっさとログアウトしたい。

 

右手の人差し指と中指をまっすぐに揃えて縦に振る。いわゆるメインメニューを呼び出すためのコマンドだが、何も起こらない。もう一度振るが結果は同じ。左手なのかもしれないと思い、左手で行うが右手でやったことと同じになる。〈仮想世界〉ではないのかと再び疑問に思うが、ここが本当に〈現実世界〉であればおかしいのだ。

 

このような場所が日本にあるとは思えないし、地球上にあるとは思えない。ここまで原始的な自然が残る場所など、本当に数える程度だろうし、あったとしてもそこに人間1人を放置するなどあり得ない。そういう場所は国や機関によって厳重に保護されているから、無断侵入は不可能だ。

 

それを踏まえると、ここは指のコマンドでは外に出ることのできない〈仮想世界〉ということになる。自力では脱出できない(・・・・・・・・・・)。それは彼のデスゲームであるソードアート・オンラインを思い起こさせる。4000人が亡くなった人類史上稀に見る悲劇的な事件。

 

誰もが二度と経験したくないことがあったにも関わらず、俺は憎しみ以外の感情を抱いている。それはアスナという大切な女性と巡り会えたからだろうが。

 

だがそれだけではないはずだ。

 

俺はあの世界に、あの城で確かに生きた。

 

憎しみがないわけじゃない。サチ・ケイタ・テツオ・ディアベルなど。自分の目の前で消えてしまった人を思い出すと、憎悪に似た感情が沸き上がってくる。憎しみ以外の感情。それを言葉にするのは難しい。

 

2年間のデスゲームの中でたった2週間という短いアスナとの生活で、16年分の幸せを噛み締めた。あの時間に戻りたいという気持ちと、あれは記憶に残しておきたいという相反する感情が渦巻く。記憶にあるからこそ大切に思えて大切にしたい。

 

この世界は〈仮想世界〉であったとしても、SAO・ALO・GGO以上に〈現実世界〉に酷似している。いや、もはや〈現実世界〉と言ってもいいのではないか。

 

それほどまでに再現力が高い。試しに近くの草穂を千切ってみる。今まで自分がプレイしたゲームであれば、こうして決められた座標からはずれてしまうと本来の姿を保てなくなり、ポリゴンとなって消え去るはずだ。なのにこれは消えない。それに葉脈や千切った瞬間の感覚などが、〈現実世界〉となんら変わりがない。これほどの再現度を誇る技術を有している企業を俺は知らない。これだけの技術があるのであれば、特許を申請していてもおかしくないはずだ。

 

VRワールドを生成できる技術。〈仮想世界〉関係の特許等は、俺も逐一調べているからある程度のことは網羅している。まさか3日間のバイトとは関係あるまい。あのときの記憶は断片的で思い出せることなど…。思い出せない?それはつまり中で見た記憶が消えているということ。記憶とは、脳の中で色々なものと絡み付いて一つの記憶を形成している。

 

心は記憶と結び付いていると考えたはずだ。心とはどこにあるのか。脳細胞のニューロンとニューロンの隙間。シナプスにあるものが心ではないかとアスナとシノンと共に、エギルが営業しているダイシー・カフェで話し合った。そして細胞にはそれを支える骨格があり、それは中空の管になってその中にあるものが存在している。そこには〈光〉があり、それ自体が人の心ではないかと《RATH》の職員は話していた。

 

そういったことを研究できる科学力と技術力があれば、もしかしたらこのような〈世界〉を作り出せるかもしれない。

 

「…《ソウル・トランスレイター》の中。ここは〈アンダーワールド〉なのか?菊岡さん・比嘉さん、ここから出してくれ!システムに異常が発生しているみたいだ!」

 

どれだけ叫んでも返事は返ってこない。〈仮想世界〉であるならば、観察しているのだろうがどうやら今はいないらしい。

 

もしかしたら俺の〈仮想世界における習熟度〉とかという、しょうもない実験をしているのかもしれない。だから関わりを持たず、俺本来の腕でできることをしてみろとでも言っているのだろう。なんとも難しいお題を出してくれたものだと嘆いていると、遠くから心地よい不思議な音が聞こえてきた。半ば自然に身体が動きだし、音がする方向に足を向けて歩き出した。

 

どうやらその音は常時鳴り響いているわけではなく、一定間隔で鳴っては鳴らずを繰り返しているようだ。音が聞こえなくなると方向がわからなくなるので、鳴り始めるとその方角へ足を動かすという行動を繰り返した。何度目とも知れない行動をしたあと、目の前に広がる光景に驚く。空き地の広さは差し渡し30mほどはあるのだ。そしてその空き地の真ん中には、直径4mは軽くある巨木がそびえ立っている。

 

呆気にとられて無意識のうちに足を動かし、巨木が広げる枝の下まできていた。なんと恐ろしく巨大な樹だろうか。これほどまでに巨大な樹は日本でもそうそうないと思われる。俺はその樹の裏に人がいるとは思わず足を踏み出していた。

 

「君は誰?どこから来たの?」

 

感服していると声をかけられ、とっさに愛剣があった部分へ右手を持っていってしまった。そこに何もないことに気付き、誤魔化すように右手を後頭部へと持っていく。今聞こえたのは紛れもなく俺の母国の言語である日本語だ。わずかにイントネーションが異なるが気にするほどではない。

 

東洋人とも西洋人とも言えない不思議な顔立ちの少年は俺と同じような年齢に見える。何より眼を惹いたのは濃いグリーンの瞳だった。それを見た瞬間、俺の脳裏に懐かしい光景が浮かび上がる。

 

夕焼けの中、空色のワンピースを着た金色の髪の少女とその手に引かれる握茶髪の少年。そして黒髪の少年の横に立つアッシュブラウンの髪の少年。見るだけで胸に込み上げてくる焦燥。いつまでも続くと願い、望んだ時間。黒髪の少年が自分であると何故か言いきれる。

 

あり得ない。俺はあのような世界で生きたことはないのだから、今の光景は気のせいのはずだ。なのに何故こんなにも胸が苦しいのか。可能性があるとすれば3日間に及ぶテストプレイだが、あれは確か内部時間では10日間しか過ぎ去っていないはずだ。だがこの胸の疼きは10日間やそこらで育つような感情ではない。幼き頃から何年も何十年も一緒に暮らしていなければ、到底感じられない感情なはずだ。

 

「君、どうしたの?どこか痛むのかい?」

 

言われて頬を撫でると一筋の光の川ができていた。泣いている?俺が?何故だろう止めたくても止められない。目の前にいる少年の顔を見つめれば見つめるほど涙が、あとからあとから止めどなく溢れてくる。

 

「ユージオ…アリス…カイト。俺は…」

「え!?何で僕の名前を。それにその2人は…おい!」

 

遠くで少年の声が聞こえるが身体が動かない。頬が柔らかい何かに触れたと気付いたのは、視界に緑の草が見えてからだった。倒れたのかと認識した頃には俺の思考は途切れていた。

 

 

 

僕は突然背後に現れた黒髪の少年に驚いていた。服装は僕と変わらないのに、何処か孤独を味わってきたような悲しみを纏っているように見えたんだ。

 

声をかけると不思議な動作で右手を背後に移動させ、僕の顔をじっと見てきた。自分の顔に何かついているのか疑問に思ったけど、そのことは頭から消え去った。何故なら目の前の少年が涙を流し始めた。それが気になって聞いてみたら、いきなり僕の名前を呼んだんだ。

 

それだけでも驚きなのに、今度はあり得ない2人の名前を口にしたんだ。もう誰もが忘れて。ううん、忘れたんじゃない消したんだ。2人がいなかったと思い込むうちに。倒れた少年に呼び掛けても返事は返ってこないから怖くなって、〈天職〉を一時中断して彼を村に連れていったんだ。

 

そして今に至る。

 

「森に突然現れて突然倒れたのですか?」

 

そう聞いてくるのは〈ルーリッドの村〉にある協会のシスター・アザリヤ。厳格で規律には厳しいけど優しい人だから文句はないんだ。

 

それより彼について聞いておかなきゃ駄目だ。

 

「彼は大丈夫ですか?」

「医学の専門ではないのでなんとも言えませんが、おそらく大丈夫でしょう。のちほど先生に診てもらいますから貴方は〈天職〉に戻りなさい。診察結果は明日にでもお教えします」

「わかりました。それでは彼をお願いします」

 

お辞儀をしてから協会の外に出ると一人の少女が立っていた。橙と黄を混ぜたような明るい髪に修道女のような服装の少女は、なんとも言えない表情で僕を見ている。

 

「どうしたのセルカ?」

「彼は誰?どこから来たの?」

 

そう聞いてくるのが普通だろうと僕は思った。いきなり僕が午後の〈天職〉をせず、村に人を担いで帰ってきたら驚くよね。

 

「わからない。休憩中に後ろを振り返ったら《ギガスシダー》のところに立ってたんだ。たぶん南からやってきたんだと思う」

「南?〈ザッカリアの街〉から来たって言うの?」

「あの服装で来れるわけないよ。たぶん何かあったんだと思う」

 

〈ルーリッドの村〉からもっとも近い場所にある街は、南に真っ直ぐ3日程歩いたところにある〈ザッカリアの街〉だ。着替えや食料を持たずにここまで来れるとは到底思えない。

 

「もしかしたら《ベクタの迷子》なのかも」

「お伽噺でしょ?」

 

《ベクタの迷子》とは、ソルス神・テラリア神・ステイシア神と並ぶ神の一人であるベクタ神による悪戯の被害者のことだ。3柱と違ってベクタは悪の神だけど。ある日突然いなくなったり、逆にどことも知れない場所に現れる人を〈ルーリッドの村〉ではそう呼んでる。生まれた頃やそれまでの記憶をすべて消し去って、知らない土地に悪戯で放り出す。

 

無責任だけど神だから許されるとか。

 

「それだったらできるだけ記憶を取り戻してあげないと。その人の村の人や家族が心配するわ」

「うん。でもねなんとなくだけど彼が現れてから僕は落ち着かないんだ。なんだか胸に空いていた穴に何かががはまって、元に戻ったような感覚があるんだ」

 

馬鹿にされると思ったけど、意外なことにセルカも驚きの言葉を口にした。

 

「あら、偶然ね。私もよ」

「え?セルカも?」

「言葉には表せないんだけど、なんだかね安心できるの」

 

確信がないのに、不思議と長い間会えなかった人と会えた気がする。そんなはずがないのに。黒髪の少年なんてこの村にいなかったはずなのに。

 

「取り敢えず僕は〈天職〉に戻るよ」

「頑張ってね」

 

セルカの声に手を振ることで返事を返して、午後の分の仕事を終わらせるために、《ギガスシダー》に向かって走り出した。その時に自覚はしてなかったけど、歩く足はいつもより軽やかだった。




原作と少しだけ違うのはキリトが〈アンダーワールド〉で過ごした記憶を思い出すのがユージオに会ってから。そしてユージオとセルカの関係は良孝であることですね。

どうすれば皆さんが、楽しんでもらえるようなオリジナリティ溢れる物語になるのか模索しています。


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協力

やる気のでる感想を書いてもらえるのが嬉しい!

ということでこれからも頑張ります。


どれほどの間眠っていたのだろうか。俺が横たわっている場所は、清潔なシーツで覆われた布団だった。

 

記憶は名も知らない少年と、わずかばかり話したところで途切れている。おそらく慣れないこの世界に神経が高ぶり、一時的な失神を起こしたのだろう。体を起こして、斜め右後ろにある窓枠から差し込む太陽の日差しを浴びにいく。この世界は時期が春なのだろうか。日差しは優しくほっこりと体を暖めてくれる。

 

〈現実世界〉で感じる春とまったく遜色がない。むしろこちらの方がより自然的なのではないか。日射しを降り注がしている太陽の輝きは、直接見るとチクリと痛む。

 

左手で光を遮りながら太陽を観察する。この光の下で生活する彼は、どのように今まで生きてきたのだろうか。彼の眼を見て脳裏によぎった映像にいた亜麻色髪の少年が彼ならば、俺がバイトを受けた時から7年生きたことになる。

 

あれから3ヶ月経っただけで、ここが俺がダイブしていた世界なら、加速度は〈現実世界〉の一体何倍になるのだろうか。前提条件で、「俺のバイトの中身がこの世界にダイブしていたら」という確信も何もないものだが。内部時間がどれだけ進んでいるのかはわからないが、この世界がゼロから作られていたとしたら、もはや一種の文明シュミレーターだ。

 

窓から村を見下ろすと、子供たちが楽しそうにはしゃいでいる。平和な村だと感心していると、ドアが開く音がしたので振り返った。

 

「あら、目が覚めたの?体調はどう?」

「おかげさまで特に問題ないです。ご迷惑をお掛けしました」

 

橙と黄を混ぜたような明るい髪の少女が、心配そうに声をかけてくれる。どこかで見たことのあるような容姿だが、〈現実世界〉で見たとは思えない。もしかしたら、ここにいた頃に関わっていた人なのかもしれない。

 

「間違ってたら悪いけど、君と俺って出会ったことあるかな?」

「あら、初対面の相手にそれを聞くのは不躾ね。もしかして口説いてるの?」

「んな!そ、そんなわけないだろ!?」

 

冗談だったのか楽しそうに声を抑えて笑っている。俺は〈現実世界〉でも女性に弄られやすかったので、その特性がここでも発揮されているようだ。

 

「と、とにかくそれは置いておこう。ここの家のご主人に挨拶したいんだけど時間あるかな?」

「残念だけど夕方までは会えないわ。私と〈神聖術〉の練習があるから」

 

〈神聖術〉とはなんぞや。名前からして魔法に似た何かなのだろうか。

 

「それよりお客さんが来てるからその人に会うべきよ」

「俺に?」

 

知り合いなどいないはずの俺は首を傾げた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「もう体調はいいのかい?」

「ああ、心配してくれてありがとう。それに運んでくれたことにも感謝する。おかげで万全だよ」

「何もなくてよかったよ」

 

〈現実世界〉には浮かべることができる人物はいないであろう屈託のない笑顔を、昨日初めて会った少年が俺に見せてくれた。俺は今、運ばれた家(この村では教会というらしい)から、彼と会った場所まで歩いている最中だ。

 

セルカという名の少女に促されて外に出ると、恩人のユージオが待っていた。どうやら今日1日会った場所で話をするつもりで来たらしい。俺が目覚めていなければ、普段通りの生活をしていたよとのこと。運が良いのか微妙なところかな。俺からしたらとてもありがたいことだけど。

 

話は戻ってようやくあの場所についた。2回目だが見れば見るほど巨大な樹木である。樹皮は黒くて手で強く叩けば、こちらがダメージを喰らうほどの頑丈さだ。

 

「自己紹介がまだだったね。僕の名前はユージオ。よろしく」

「俺の名前は…キリト。ここ(・・)のことを知らないけど、これからよろしく頼む」

 

意味深で言ったのだが彼には通じなかったようだ。そりゃそうだよな。ここ(・・)というのが、この村ではなく〈現実世界〉のことだなんて理解できるわけがない。理解されたら俺は歓喜するかも。

 

いや、絶対にする。だってその人がRATHの関係者であることに間違いないからだ。

 

「僕は今から〈天職〉をするけど見る?といってもただこれに斧を叩き込むだけなんだけどね」

「見てみたいな俺は。伐るところを直接この眼で見たことはないから」

「クスッ、伐ったりはしないよ。言っただろ叩き込むだけだって」

「ユージオの仕事、〈天職〉は樵じゃないのか?」

 

斧を持ち、樹を伐るのであれば樵に他ならない。だが彼は伐ったりはせずに叩き込むだけと言った。一体どういうことだろうか。

 

「あながち間違いじゃないけどね。僕はこの〈天職〉を貰ってから7年が経つ。それでも1本も伐ってないんだ」

「じゃあユージオの仕事は何なんだ?」

「この巨木、その名も〈ギガスシダー〉。村のみんなからは《悪魔の樹》って言われてる。こいつをこの斧で午前中1000回と午後に1000回叩くのが仕事さ。ジンクには楽な仕事だなって言われるよ」

「ジンクって?」

「この村の現衛士長の息子さ。次期衛士長になる同い年の奴なんだけど、僕・アリス・カイトより剣の腕が下なのになれるのは可笑しいよ」

 

アリス。それはアスナとシノンと3人で、ダイシー・カフェにおいてそうではないかと結論付けた存在。〈RATH〉と〈アンダーワールド〉は、不思議の国のアリスからとったのではないかと。

 

「その2人は今どこに?」

「…連れていかれたんだ。手の届かないところに」

「手の届かないところ?」

「普通に生活していたら絶対に関わりのない場所さ。さあ、始めよう」

「なあユージオ、午前の仕事終わったらさっきの話の続きをしてほしい。聞きたいんだユージオがその2人ことを。どんなふうに生きていたのか」

 

あの光景に出てきた少年がユージオなら、他の2人がアリスとカイトなのだろう。

 

アリス。名前が一致しているのは偶然か必然か。彼女は俺の脱出のための鍵となり得る存在だろう。

 

カイト。どのような子供なのか予想できないが、名前からして男の子だろう。

 

2人との思い出は、俺の記憶にはないがそれでも会えるのであれば会いたい。会ってユージオがどんな少年だったのかを知りたい。こんなに優しく相手を思える少年のことを知らないのは、損以外のなにものでもない。

 

彼も〈人工フラクトライト〉なのだろうが、そんなことは関係ない。人工だろうと造られた存在だろうと彼らは生きている。本物の魂を持った生命体なのだ。俺・アリス・カイト・ユージオ・セルカを、〈現実世界〉に連れていきたい。この世界〈アンダーワールド〉の中ではなく、外の俺が生きる世界で共に生きたい。我が儘だとはわかっていても彼らに知ってほしい。外にはこのような場所があるのだと。

 

「…いいよ。僕の自慢の親友のことを聞かせてあげるよ」

「ありがとうユージオ。じゃあ、早く終わらせないとな。俺も手伝うよ」

「え?でも君は病み上がりだろ?無理しない方がいいと思うけど」

「早く終わらせて話を聞きたいからな。それに他人の〈天職〉を手伝ったらダメっていう項目でもあるのか?」

「そんなのはないけどキリトがしたいなら構わないよ。仕事が楽になるなら願ったり叶ったりだ」

 

ということで俺の樵参加が決定した。

 

 

 

 

 

「50っ!」

 

大きく振りかぶりコンパクトな腰の回転で斧を振るうと、見事狙っていた切り込み部分に直撃した。その際、小さな黒い破片が飛び散る。

 

「くは~!しんど!」

 

斧を静かに地面に下ろしたあと、大の字になって寝転がる。楽な仕事ではないことは予測していたが、ここまでハードだとは思わなかった。〈現実世界〉であれば、手足が筋肉痛を起こしていることだろう。それほどまでに肉体的ダメージが大きかった。

 

「お疲れ様」

「おう、サンキュー」

 

ユージオが投げ渡した革袋に入ったシラル水なるものを、貪るように飲む。甘酸っぱい液体が、乾燥でヒリヒリと痛んでいた喉を潤していく。

 

「さんきゅーってなんだい?」

 

アウチ!どうやら無意識で英語を使っていたようだ。

 

「ごめん、土地の言い回しが出たみたいだ。ありがとうって言いたかったんだよ」

「へぇ~。面白い使い方があるんだね」

 

ユージオが聞いたことのない言葉を聞けて嬉しいらしく、楽しそうに頬を緩めている。

 

〈アンダーワールド〉の世界は、神聖語なる言語と汎用語と呼ばれる言語を混ぜて生活しているようだ。神聖語が英語で汎用語が日本語といったところだろうが、ほんの少し違っている。例を上げながら説明しよう。俺が斧で懸命に削っていた巨木の名前は〈ギガスシダー〉という。英語にはそのような言葉はなかったが〈ギガスシダー〉とはラテン語であるGigasと、英語で杉を意味するCedarの合わさった造語だ。だから神聖語がすべて英語というわけではない。

 

「じゃあ少し早いけど休憩にしようか」

「待ってました!」

 

疲れて大の字からはね跳びの要領で起き上がる。疲労は何処へやら。飯となれば寝ている暇は無い。その様子にユージオが苦笑するので、ニカっと笑って何も起こっていないように誤魔化す。

 

「期待してくれるのは嬉しいけど、そんなに良いものではないよ?」

「貰えるだけで十分だ」

 

ユージオが渡してくれた丸パンを受け取りかぶりつこうとするが、ユージオが奇妙な行動をしたので、食べようとする自分の両手に緊急停止を命じる。緊急停止と空腹感を満たそうとする欲求が拮抗し、辛くも緊急停止を勝利させた俺はユージオの行動を見る。

 

人差し指と中指をそろえて伸ばし、それ以外を握った状態でSの字のような軌跡を描く。眼を点にさせている俺の横で、ユージオが2本の指ですかさずパンを叩く。

 

すると…。

 

何と言うことでしょう!金属が振動するような不思議な音とともに、薄紫色に発光する半透明の矩形が出現したではありませんか!

 

…すまん取り乱した。つい10年ほど前に企画されていた某番組の決まり台詞を使ってしまった。

 

ユージオが出現させたそれは、俺のおなじみ〈ステータス・ウィンドウ〉だ。これで完全に納得した。

 

ここは〈現実世界〉ではなく〈仮想世界〉であると。この世界に降り立ったとき、悩んでいたのが馬鹿らしく思えるがそれは仕方なかった。もしここが〈現実世界〉であったならば、周りに誰もいなかったとしても今のように指では動かさない。出現しなければ恥ずかしいの一言に尽きるからだ。

 

「ねえキリト、まさか《ステイシアの窓》を見るのが初めてとか言わないよね?」

「う~ん。俺のところでは、右手か左手でこうして上から下に動かしたら出てきたような気がする…」

「ふ~ん。もしかしたらキリトは地図にも載ってないような、小さな村の出身なのかもしれないね。それだったら早く記憶を取り戻さないと」

 

どうやら俺は、記憶喪失でこの村に来たということで話が進んでいるようだ。記憶を失ったわけではなく、知識が無いだけなのだが間違いではないかな?

 

まあ、今はそれでいいか。

 

「そうかもしれないな。でもたとえ記憶が戻ったとしても俺は戻らないと思う」

「え、なんでだい?戻りたくないの?」

「戻りたいさ。でも誰も知らないような村のことを聞き回っていたら、どれだけ時間がかかるかわかったもんじゃない。それなら俺はその時間を使って、この村で俺を助けてくれた人に恩返しをする。ユージオやセルカにね」

 

帰りたいのは事実だ。俺がこの世界に来てから既に24時間が過ぎている。たとえこの世界が〈現実世界〉の3倍加速(バイトのときの予測倍率)で過ぎ去っていたとしても、向こうでは8時間が経過しているのだ。明日奈・スグ・母さん・シノン・エギル・クライン・シリカ・リズを含めた大勢に迷惑をかけてしまっている。

 

だがこの世界で生きたいと願っている自分がいるのも事実だ。

 

〈仮想世界〉でありながら、ここまで〈現実世界〉に酷似した世界を楽しめる経験など普通ならできない。RATHのバイトで経験できるとはいえ、その中でどのようなことをしていたのかを知る術はない。何故ならダイブ中の記憶は〈現実世界〉に帰還する際、削除されるからだ。その理由としては、内部の機密漏洩を防ぐためだとスタッフの1人である比嘉さんは言っていた。

 

だが俺にはそれが詭弁に聞こえる。他に何か理由があってそれらしきことを伝え、口にしないようにしているのではないかと思う。だがそのことを証拠もなく考えても仕方が無い。

 

「…キリトがそれでいいなら僕は何も言わないよ。キリトと一緒にいたら楽しいから、ずっと一緒にいてくれたら嬉しいんだ」

「俺もだよ。ユージオにならなんでも話せそうだ」

 

嘘は言っていない。だが俺の本当のことを言えばユージオは動揺するだろう。下手をしたらフラクトライトが耐えきれず、崩壊してしまうかもしれない。初めてRATHに行って、魂のコピーとやらを見せてもらったときのように…。見ていてそれは心地良いものではなく、むしろ気分を害するような代物だった。

 

だがあれから3ヶ月という僅かな期間で、ここまでの文明と数多くの生命を生み出した。本当に恐ろしい限りだ。

 

「じゃあ時間も少ないし、パンを食べてキリトが聞きたがってた2人のことを話すよ」

「ああ、いただきます!」

 

俺は大きな口を開けて丸パンに齧りついた。




はやく2人とカイトを再会させたい。それだけを念じて書いております。


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思い出

オリジナル展開がぁ…

結局原作とほぼ一緒じゃねぇかぁ!


「カイトとアリスは僕の幼馴染だったんだ。生まれた日も近くて家族のように育ったよ」

 

ユージオの遠くを見る濃いグリーン色の瞳が揺れている。その話を俺は顎を抑えながら聞いていた。まさかあのパンが顎にくるほど堅いとは思わなかった。齧りついたまでは良かったが、まさかの堅さに顎と歯の耐久力が負けた。〈天命〉が僅かに減少したことによって、俺の精神力は若干下降気味だった。

 

「〈天職〉を与えられるまでは、3人で毎日のように走り回って平和な毎日を過ごしてたんだ。時には喧嘩したこともあったけど、お互いに信頼し合っていたから喧嘩していたんだと今では思うよ。〈神聖術〉はアリスが一番上手くて、剣の腕はカイトが一番上手かった。僕はどれも苦手で3番目だったけど、2人はそのことを理由にしてからかったりしなかったんだ。むしろ上手くなるように練習方法を探してくれたりするぐらいお節介だったよ」

 

ユージオは俺が痛みに耐えていることを気にせず、苦笑しながら話を続ける。気にしないというよりは気付いていないというのが現実だろうが、それを口にして話の腰を折る必要もないだろう。

 

「…僕は弱かった。僕はその2人の優しさにすがっていたんだ。だからあの日、何もできずに2人が連れていかれるところを、ただただ呆然として見ることしかできなかったんだ」

「なんで2人は連れていかれたんだ?」

「禁忌を犯したからさ」

「禁忌?」

「《ダークテリトリー》への侵入だよ。遠出した時に帰り道がわからなくなった僕たちは、広場の両端に空いている穴の片方へと足を向けたんだ。だけど向かった方向は行っては駄目な方向だった。アリスとカイトは入りたくて入ったわけじゃなくて、事故で《ダークテリトリー》に入ってしまったんだ。ううん、この言い方も正確じゃないね。《ダークテリトリー》の地面に、手が少し触れてしまっただけなのに2人は連れていかれた。あの時僕は何もできなかった!」

 

ユージオの眼には涙が溢れている。思い出せば思い出すほど、あの頃の自分の弱さを呪っているのだろう。何もできなかった自分が弱くて何もできなかった自分が腹立たしい。

 

何故あのとき手を差し伸べようとしなかったのか。俺も似た感情を感じたこともありユージオの気持ちは理解できた。

 

危険なことを伝えていれば。自分の本当のことを言っていれば。短い期間であっても、友人として接してくれた5人が死ぬことはなかった。初めて出会ってレベルを聞かれたときに、何故本当のLv.を言わなかったのか。本当のレベルを口にしていれば、彼らを巻き込むことも死なせることもなかった。

 

でも彼らのアットホームな雰囲気は、1年近くのソロプレイに少々疲れていた俺にとって、すがりつきたくなるような優しいものだった。だから俺は嘘をついてでも彼らと行動をしていたのだろう。その思いが他人を死に追いやる原因になるとは知らずに。

 

だから俺はユージオが涙を流していることに、笑ったり余計な言葉をかけて慰めようとは思わなかった。彼の言いたいようにさせておくことがベストだと思えたのだ。

 

「安息日に僕たちは〈果ての山脈〉に行ったんだ。氷を見つけるためにね」

「氷を?」

「うん。夏は料理の〈天命〉が速く減る。それをなくせるようにってことで、どれが効果が高いのか考えたんだ。そしたら氷なら長い間冷やせるっていう案が出たんだけど、そんなものは〈央都〉の市場にさえ夏には売ってないからダメだった」

 

〈央都〉とはなんぞやという思いが頭をよぎる。名前からしてどこかの都市の名前なのだろう。

 

しかしこの世界には氷という便利なものがないことに驚いた。

 

暑い夏にはあれが必須であるのにないとは残念だ。この先夏になるまでいたとしたら俺は耐えれるのだろうか。そんなどうでもいいことが、大切なことを話してくれているユージオの横にいる俺の頭の中で渦巻いた。

 

「考えていたら〈ベルクーリと北の白い竜〉っていうお伽噺に出てくるってことに気付いたんだ。そこで僕たちは冒険のように無邪気に向かって行った。そして結果はさっき話した通りさ。2人は僕の前から消えた」

「…そんなことが」

 

ユージオはこの6年間ずっと苦しみ続けてきたんだ。俺はなんて浅はかなんだろう。2年間の苦しみを、彼が感じていた苦しみと重ねるなんて。彼の方が何倍も何十倍も苦しんでいるじゃないか!なのに、俺は俺はっ!

 

…何故彼と自分を重ねたのだろう。同じ孤独を味わっていたことに対する共感だろうか。だがそれでは説明にならないような気がする。

 

「でも僕はこの6年間は耐え難くはなかったよ。そりゃ2人と幼馴染だったことで、みんなからは遠目で嫌な眼を向けられることはあったけど。でもセルカがいたからそれほど辛い思いをしなくて済んだよ」

「セルカってあの教会にいた女の子か?」

「うん、アリスの妹だよ。性格はなんとなく似てるけど、今は無理をして似せている気がするんだ」

「似せている?アリスとかいう子に?」

「うん。アリスは〈神聖術〉が村で一番の腕前だったんだ。それに比べてセルカはそこまで才能に恵まれていなかった。でもそれはアリスと比べたからであって、村のみんなと比べたら十分な腕前さ」

 

ユージオの説明する顔は、まるで妹の自慢をできる兄のように優しいものだ。

 

この世界でもどうやら俺がいた世界と似たような様子が起こっているらしい。才能のある者が身内にいると、それに劣る存在はすげなくあしらわれる。それは才能をその者にも求めているという事実に他ならない。

 

本人たちは才能がないことを残念に思っているつもりだろうが、その対象になっている存在からすれば同情されている。あるいは貶されていると勘ぐってしまうのだ。人間の心(彼等は人工フラクトライトだが)というものはままならないものである。

 

「でもそんなセルカだから僕はアリスを連れて帰りたい。あの頃みたいに純粋な笑顔を浮かべられるようにしたい。でも僕はそんなことできる人間じゃないんだ」

「どうして?」

「僕は臆病だからさ。動かそうとしてもあの時は足が根っこになったみたいで、まったくその場から動けなかったんだ」

「今なら助けに行けるんじゃないか?」

「それこそ無理だよ。僕にはこの〈天職〉があるからね」

「じゃあ安息日に行けば」

「1日しかないんだ。行けないのは当然だろ?早馬を使っても〈央都〉までは1週間かかるんだ。どうしたって間に合わないさ」

 

そこまで言われるとそれ以上は言えなくなる。それでも俺は一刻も早くこの世界から脱出しなければならないのだ。だが無理を言って連れて行ってもらうという選択肢は消えてしまった。この村から彼を連れ出すには、あの樹を倒せばいいのではないのだろうか。

 

可能ならばどんな手を使ってでも倒さなければならない。

 

「なあユージオ、この樹を伐る武器でこの斧より強いものはないのか?」

「あるわけないだろ?その斧は竜の骨から削り出したもの。今村にある物の中で一番優先度が高い。これ以上となるとそれこそ〈整合騎士〉が持つような…いや、ある。それに近い物が」

 

ユージオはそう言って立ち上がった。俺に仕事を再開しておくよう言い残して何処かへと走り去っていった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ユージオが帰ってきたのは、俺が50回斧を振り終わってからだった。

 

「これがさっき言ってたこれより優先度が高い物?」

「…ああ。気を、…つけなよ。…足に落としたら、…かすり傷じゃ、すまないぞ…」

 

そのようだ。

 

ユージオが地面に横たえた革袋に包まれた何かの重さは、尋常ではない。紐を解いて中身を露出させると、その見栄えの良さと存在感に圧倒される。水晶のように透き通りながらも、鈍く霞むような水色の刀身。同じ(いろ)の薔薇を模った柄頭は、なんとも優美な装飾だ。

 

「《青薔薇の剣》、僕は(・・)そう呼んでる」

僕は(・・)?それじゃあそれは正式名称じゃないのか?」

「たぶんね。それにこれがあることを知ってるのは僕だけさ。見つけたのは〈果ての山脈〉で3人で行ったときだ」

「試してみる価値はありそうだ」

 

鞘に収まった状態では到底持ち上げられるような重さではないが、柄を持って気合いを入れながら抜刀すると嘘のように軽くなった。軽くなったとはいえ、自由に振り回せるという意味ではなくどうにか支えられているという状態だ。

 

「この刀身の素材ってなんだ?」

「硝子でもないし、鉄でもなければ鋼でもないからよくわからないんだよね。触れると冷たいから、氷かと初めて見たときは思ったけどそんなはずがない」

 

冷たくもあるが凍るという感じではない。でも触れると芯が凍り付くような不可解な冷感があって、不思議な触り心地だ。

 

「ねえキリト、まさかそれで伐るとか言わないよね?」

「むっふふふふふ。そのまさかさユージオくんよ」

 

俺が剣を軽く素振りすると、ユージオが恐る恐る尋ねてきた。性格の悪い笑みを浮かべるとユージオが脱力するので、俺のこの笑みは他人の精神を疲弊させる特性があるらしい。新しい己の特徴に気付いて嬉しくもなりつつ、若干落ち込む感じで剣を構える。

 

イメージは剣を別物として見るのではなく、己の体の一部として捉える。動かない物体が目標であれば、単発の水平切り《ホリゾンタル》で十分なはずだ。

 

剣をテイクバックさせると、重さで左足が浮いてしまうがなんとか後ろに倒れないようにしながら浮かせる。その際、右足は強く地面を踏みしめ、滑らないように地面を捉える。右足で地面を強く蹴り、その勢いで体重を左半身へと移動させる。足と腰の捻転力によって、腕の力だけでは不可能な重さの剣が弧を描いていく。

 

システムアシストやライトエフェクトは発生しなかったが、俺の動きはまったく〈ソードスキル〉と同じ動きを模倣していた。体重が乗ったことで僅かに浮いていた左足が、地面を捉えて強く踏みしめられる。両脚が地面を捉えたことで体幹は安定し、重い剣が思うように自分が移動させたい空間を切り裂いて、目の前に佇む目標点へと接近する。

 

ズガァァァァァン!とすさまじい音がして剣がピンポイントで直撃した。

 

が…。

 

「いってぇぇぇぇぇ!」

「ほら、いわんこっちゃない!」

 

直撃するまでは良かったがその際の反動はすさまじく、右手は転げ回りたくなるような痛みに襲われていた。〈現実世界〉であれば手首だけではなく肩から脱臼し、下手をすれば二度と元には戻らなかっただろう。そう思わされるほどの痛みだった。

 

痛みを感じて気が付く。この世界で痛みを感じるということは、〈ペイン・アブソーバ〉が働かないということに。だがそれに気付くタイミングはもっと前にあった。丸パンを噛んだ際に感じた固さの反動だ。今頃になって気付くとは我ながら辟易とする。

 

「これは予想外の反動だ」

「そりゃそうだよ。なんせ〈竜骨の斧〉でやっても失敗したら呻くのに。より優先度が高いんだからそれくらいの痛みは感じるさ」

 

俺を笑いながら見下ろすユージオは、剣がめり込んだ〈ギガスシダー〉にあのSに似た模様を描いていく。叩いて浮かび上がった《ステイシアの窓》を見てユージオは驚愕した。

 

「どうした?ユージオ」

「…嘘だ、ろ?一撃でこんなに減るなんて…」

「ん?…うぇ…」

 

ユージオの後ろから覗き込んだ俺はついそう声を漏らした。そこには20何万という膨大な数字が書かれている。

 

「そんなに減ったのか?」

「キリトが伐る前が23万2315。今は22万2315。ちょうど1万減ったことになるね。僕が2ヶ月で50減らすのがやっとだったんだ。それを今の一瞬で覆すだなんて。考えは正しいけど、そこまで痛みを抱えると…」

「する気にはなれないよな。でもユージオならできるんじゃないか?斧をずっと振ってきたんだから、俺よりできると思うんだけど」

「やってみようかな。面白そうだし」

「さすがユージオ。わかってるねぇ」

 

俺の人を上げる調子の良さに苦笑しながらユージオは剣を握る。重そうにしてはいるが俺より安心して見ていられる。どうやら俺の予想通り、ユージオの筋力は俺より高いようで安定した立ち方をしている。

 

「重いよキリト」

「斧よりは重いだろうけど慣れたら大丈夫さ。やり方は重さをもっと意識して、腕だけでじゃなくて体でも感じるんだ」

「わかったやってみるよ」

 

剣を引いて一瞬のためのあと、シッ!という短い気合いと共に、地面にこすれるようなほど近い距離から振り抜かれた剣が幹へと接近する。切り込まれる瞬間、僅かに左足が滑り跳ね上がった剣は、切れ込みから大きく逸れた部分に接触し、甲高い音を発生させてユージオは後ろへと跳ね飛ばされた。

 

「おい、大丈夫か?」

「いたたたた、これは思ってた以上に痛いね」

「ユージオでもダメならこの案は没だな。いい線いってたと思うけどなぁ」

「上手くいけば効率は良いだろうけど、失敗したら効率は斧でやるより悪くなるね。さてと仕事に戻らないと」

 

そう言ってユージオは〈ギガスシダー〉に立てかけていた〈竜骨の斧〉を手にとって、嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべた。

 

「うわぁ、この斧が嘘みたいに軽く感じるよ。まるで羽みたいだ」

「うお、ここまで軽いのか!?これなら捗りそうだな。悪いな仕事の邪魔をして」

「いいんだ僕も楽しかったし。〈天命〉をかなり削ってくれたからね」

 

こうして喜んで貰えると実行して良かったなと思える。時間を無駄にしたわけだが、時にはこういった息抜きをしても良いだろう。

 

俺はまだ2日目だが…。

 

俺の横で斧を振り始めたユージオの楽しそうな表情を見て、俺も心が癒やされる気がした。




今はアイデアが溢れているのでアリシゼーションはまあまあ早くに投稿できるかと思います。


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苦悩

にゃはははははオリジナリティーゼロ

へばるぜよ


ユージオが熱心に斧を振るっている横で、俺は何故上手く剣を操れないのかを考えていた。確かにALOではこれほど重い剣を振るうことはなかった。

 

ALOだけでなく、〈旧アインクラッド〉でも支えるのがやっとの剣を握ろうと思ったことはない。SAOの世界では命が最優先される事態だったから、余計な想いを抱く暇はなかったのだから仕方ないが。ALOでも身の丈以上の重い剣を使っていたが、それでもこれほどまでの不安定さはなかった。

 

もしかしたらこの世界では、ステータス以上のアイテムは、装備することができないようになっているのかもしれない。ゲームでいうコスト制限に似た何かが存在するのだろう。

 

何気なく自分の〈ステータス・ウィンドウ〉、この世界でいう《ステイシアの窓》を開けてみる。左手の甲にSに似たような文字を描き、軽くタップする。浮かび上がった紫色の矩形を食い入るように眺める。ログアウトボタンを反射的に探してしまうが、それらしきものは見つからないので少しばかり落ち込む。

 

最上段には【UNIT ID】という文字が書かれているが、今は関係ないと認識してそれは無視する。その下にはパンや〈ギガスシダー〉にもあった【Durability】という耐久値。すなわちこの世界における〈天命〉を指している。3280/3289と数字が減っているのは、〈青薔薇の剣〉を振るった反動だろう。

 

2行目には【Object Control Authority:38】と【System Control Authority:1】という文字が書かれている。

 

「【オブジェクトコントロール権限(以下OCA)】…これか?」

 

単語の意味からして。アイテムを扱う権限のことだろうと予想するが果たしてどうだろうか。試しに革袋に包まれていた〈青薔薇の剣〉の《ステイシアの窓》を開けてみる。

 

すると【Durability 197758/197700】という〈ギガスシダー〉に迫る〈天命〉に頬をひくつかせるが、その下に書かれている数字を見て納得する。

 

【object Control Authority:45】

 

俺は38で剣が45。数値が届いていないのであれば、思うように振ることができなくて当然だ。だが問題は別に出てきた。思うように扱うためには、数値を同じかそれ以上まで上げなければならないのだが。その方法はまったくもって想像できない。

 

SAOのように敵を倒すことで上げられるのであればいい。だがそこでも問題が発生してくる。何を倒せば経験値とやらを得ることができ、どこに行けば出会うのか。方法がわかっても、それを達成させるための目標物がなければ意味はない。

 

ため息を吐いて、足元に咲き誇る植物を何気なく見る。翡翠色の花弁に藍青色の実という謎の植物はどこか儚げだ。摘み取ろうとするとユージオに制止される。

 

「キリト、ダメだよ!」

「え?」

 

…ユージオの静止も叶わず。間に合わずに俺は実を指先でつついてしまった。

 

「ごはぁ!なんじゃこりゃぁ!?」

 

つついた瞬間に、少量の液体と粘液性の物質を飛散させて実は破裂した。その臭いは強烈で、〈現実世界〉におけるアンモニアに近い刺激臭が鼻腔に突き刺さる。

 

「ぐおぉぉぉ!」

 

鼻がもげそうなまでの強烈さに、俺や先程まで斧を振るっていたユージオも〈天職〉を中断させるほどであった。

 

「ゲホゲホ!キリト、その植物は〈サンネリア〉っていう名前で、実が割れるととてつもない刺激臭がするんだ。それを利用して害獣の対処道具になってる。ただ原液じゃあまりにも強烈すぎて、獣たちは失神するからかなり薄めて使用するんだ」

「俺は大丈夫か?」

「人体には直接の影響はないらしいから大丈夫さ。ただその臭いをつけたままだと嫌われるよ」

 

最後は苦笑しながら言うので、ひくつきながらもなんとか笑みを返す。確かにこの臭いをそのままにして教会に帰ったら怒られるよ。シスターはそういうところに厳しいし、セルカにはまたバカにされかねない。それだけは勘弁だな。

 

「洗えば落ちるか?」

「水じゃ落ちないから、臭い消しの薬草があるところまでついていくよ」

「ありがとうユージオ」

 

ユージオは一時的に斧を置いて俺を案内してくれた。

 

 

 

「50っ!ふぅ、さあキリトの番だよ」

「あいよ」

 

〈サンネリアの実〉の臭いを落としてから、ユージオは斧振りを再開して、俺はそれを眺めていた。

 

ユージオが渡してきた斧を握り、〈ギガスシダー〉の前に立って構える。テイクバックさせて斧の全体重が乗った瞬間、腰と腕の捻転力で思いっきり振り抜く。〈青薔薇の剣〉よりはるかに軽く感じられる斧は、狙った部分へと吸い込まれるように向かう。

 

コーン!と心地よい音の余韻に浸りながら俺は頭の片隅で、先程の結果をもう一度吟味していた。俺の【OCA】は使用したい〈青薔薇の剣〉の【OCA】よりも低いため、自由に使用できない。振るうためには権限を上昇させなければならないが、そのための方法はわからない。

 

予想はついているが、それが正しいと証明できるまではなんとも言えない。試すにも回りには敵はいないし場所さえもわからない。

 

今はこの斧を振るうことで、少しでも上昇するのを祈るしかない。でも何故自由に使用できないのかという理由がわかっただけでも良しとしよう。俺は雑念を追い出すかのように懸命に斧を振り続けた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ユージオの思い出話を聞いていたのと〈青薔薇の剣〉の試し切りをしたことで、予定より少し遅れて〈天職〉を終えた。

 

「今日はこれで終わりだよ」

「かなりしんどいなぁ。ありとあらゆる関節が悲鳴あげてるぜ」

「あははははは。僕だって始めた頃はそうだったよ。でも300年かけてこれぐらいしか刻めないんだから、疲労で多少はかどらなくても問題はないよ」

「300年振り続けてたったこれだけなのか?」

「うん。この樹は1日刻んだ深さの半分を、夜のうちに回復させちゃうんだ。周囲の〈テラリアの恵み〉を膨大に吸い上げてね」

 

〈テラリアの恵み〉とはなんぞやと思う。だが周囲に木々が生えていないことや、傷を塞ぐことから栄養に近い何かなのだと推測できる。

 

「そのせいで僕らの村は、これ以上麦畑を広げられないんだ。だから〈央都〉から大変なお金をかけて、この〈竜骨の斧〉を取り寄せて代々刻み手に振らせているんだ」

「うえ、俺だったら逃げ出すよ」

「キリトならやりかねないかもね」

 

ユージオと他愛ない会話をはさみながら村へと帰っていく。ユージオが〈天職〉として仕事をする場所は、村からかなり離れているので、なんとなく不便なのではないかと思えてくる。

 

「なあ、ユージオ。村から遠くて面倒くさいと思わないのか?これだけ離れてるとさ」

「う~ん、もう慣れちゃったから今は特に思うことはないかな。あるとしたら鐘の音が聞こえないから、〈ソルス〉の高さで時間を予想しなきゃダメってことぐらい」

「そんなに気にしてないんだ」

「慣れたからね。それに村のみんなに見られることもなく、自分のやりたい速度でできるからむしろ嬉しいかな」

 

ユージオの顔に嘘をついているような様子は見られない。心優しいからなのか。それとも本当にそんなふうに感じているからなのか。出会って2日ではさすがに、そこまで見通せるほどの俺は素晴らしい洞察力を持ち合わせていない。アスナなら気付けたかもしれないが、いない人の能力を考えても今はどうしようもない。

 

俺自身でユージオの本心を聞き出して知るしかないのだ。

 

「じゃあ、また明日ねキリト。今日の仕事はなかなか楽しかったよ」

「俺のほうこそ付き合ってくれて嬉しかった。またやろうぜ」

 

ユージオと別れの挨拶をしてから教会のドアを開ける。本来であればノックしてから入らなければならないが、俺はここの住人として扱われているらしく、そこまで礼儀をわきまえなければならないことはないらしい。

 

礼儀正しいことができない脳筋野郎だからありがたいが…。

 

世間一般がどの程度までのことを指すのかわからないが、ある程度のことは網羅しているかなと思いたい。

 

「シスター、ただいま戻りました」

「あ、キリト兄ちゃんのお帰りだぁ!」

 

教会の主に声をかけたつもりだったのだが、反応したのはこの教会に引き取られている少年だった。歳は10才くらいだろうか。幼さの残る顔に嬉しそうな笑みを浮かべて、抱きついてきてくれるので優しく受け止める。

 

兄と呼ばれることに感極まるぞ。俺にはスグがいるから「お兄ちゃん」と呼ばれることは慣れているが、まったく知らない子供から2日で呼ばれることに新鮮味がある。

 

「お帰りなさいキリトさん。それにしても貴方は子供になつかれやすいのですね。彼は人見知りなので、あまり他人と話したがらないのです」

「こうして来てくれる辺りそうは思いませんけどね」

「貴方に何か惹かれるものがあるのでしょう」

 

背を向けて教会の奥に消えていくシスターの背中を眺める。子供が惹かれる何かを俺が持っているからか。周囲に壁を作り塞がりながらも、寂しがり屋である俺に惹かれる何かがあるのかと疑問に思う。

 

〈ベクタの迷子〉ということで、興味本位的に来ているのではないと俺にもわかる。もしかしたら無理無茶無謀という三拍子揃った俺の性格が、子供らしくて惹かれるのだろうか。

 

それはそれで悲しいのだが…。

 

「なあセルカ、子供が俺に惹かれる何かがあるのか?」

 

子供たちに食事の準備を指示したセルカに聞いてみる。

 

「子供っぽいところかしら」

「子供っぽいって…」

「悪い意味でとらないでね。無邪気で見ているこっちが和むみたいな感じだから」

「それはつまり俺の方がセルカより子供だってことか?」

「あら、今の言葉でよく気付いたわね」

 

まったくこの少女は人を弄るのが好きなようだ。もしかしたら俺限定なのかもしれないが、それは特別扱いという良い意味なのか。悪い意味でなのか判断はつかない。

 

「ひどいぜセルカ」

「こうやってあんたで遊ぶことで、少しは気を抜けるんだから感謝しなさい」

「弄られて喜ぶと思うか?」

「キリトならあり得るかも」

「この!」

「キャーキャー」

 

悲鳴をあげながらも楽しそうに笑っているセルカを見ると、こっちも何故か楽しくなってくる。不思議な少女だと思ったが、ふとユージオの言葉が脳裏をよぎった。

 

『セルカは性格をアリスに似せている』

 

今の様子を見る限りそのようには思えない。アリスがどのような性格だったのかわからないが、ユージオの話を聞く限りさぞ面倒見の良い少女だったのだろう。今のセルカも面倒見が良くて無理をしているようには見えない。自分がしっかりとしなければならないと思ってやっているのだろうが、楽しそうだから俺がわざわざ口に出す必要はないはずだ。

 

「もうすぐ夕食だから手を洗ってきてね。手を抜いたら夕食は1品抜きよ」

「…へいへい」

 

面倒臭がりな俺にとげを突き刺してくる。本当にしっかりしてるよトホホ…。

 

 

 

SAOで見たことのある子供たちの戦争じみた夕食を、シスターとセルカの3人で微笑ましく眺めてから今度は風呂へ入る。シスター・セルカ・女の子2名を含んだ4人が先に入ってから、俺と男の子4人の入浴となる。

 

「ふぃ~、極楽極楽」

 

散々はしゃぎ回った腕白坊主どもを風呂場から追い出し、ようやく静かになったところで、オッサンっぽいセリフを吐きながらゆっくりと湯船に浸る。

 

今日1日でわかったことは、RPGにおいてコスト制限なるものがあるように、この世界における【OCA】は、それ以上になると自由に使えなくなるということ。ゲームのようにコストがオーバーしていると、クエストに行けないということではなく、ただ単に使いづらくなるということ。

 

〈竜骨の斧〉の【OCA】を見ていないので定かではないが、俺より高く〈青薔薇の剣〉よりは低い。だから多少なりとも使いこなせる。だがそれがわかったところで根本的な解決にはならない。権限を上昇させるための方法が思い付かない以上、問題解決には至らないからだ。

 

ゲームというのは起動させる前、必ずといっていいほどするであろうその内容の把握が今回はない。ここの内部では〈現実世界〉と似て非なる存在があるから余計に悩ましい。〈神聖語〉は英語もあればラテン語との造語もあるので一概には一つの言語とは言えないし、迂闊に英語を口にすればユージオを不安にさせてしまう。

 

気を付けないと生きにくい場所だ。だが同時にそれ以上にわくわくする世界でもある。〈人工フラクトライト〉であるユージオたちと触れ合う機会が、こんなにも身近にあるのだから。

 

「あら、誰かまだ入ってるの?」

 

悩み事を脳内で再生させていると、セルカの声が扉越しに聞こえてきた。

 

「ごめん俺だ。すぐでるよ」

「ゆっくりでいいわ。でも出るときにはお湯を抜いといてね。それじゃおやすみ」

「あ、セルカ。このあと時間ある?」

「…私の部屋はもう子供たちが寝てるから、貴方の部屋で待ってる」

 

つまり話をするぐらいなら大丈夫ということだ。俺はセルカにカイトとアリスについて、セルカ目線からの意見が聞きたかった。我ながら簡単に女性を誘えたことに拍手を送る。人との間に壁を作ってきた俺ができたのだ。【OCA】を40にまで上げてほしいと創世主に願いたくなった。




ツンデレは神。撫でたいでふ


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悲劇 序章

実験レポートなしにしてくれ。免許とレポート2つ…

時間よさよなら


可能な限り早く体を洗って湯船の栓を抜く。セルカと約束したからには、遅れては申し訳ないので即座に行動を開始する。この世界では細菌などという雑菌は繁殖しないため、汗臭さなどとは縁遠い。だからといって適当に体を洗い終えるということはしない。

 

そんなことは置いといて、タオルで水分を拭き取り服を着てから自室へと向かう。

 

ノックしてからドアを開けると、セルカが布団に腰掛けながらぼんやりと部屋を眺めていた。窓枠から差し込む月明かりに照らされたセルカの髪と容姿は、どこか儚くて今にも崩れそうなほど脆く見えた。

 

「お帰りなさい。ところで用事って何?」

 

入ってきた俺に顔だけを向けて聞いてくる顔は、何故かユイを思わせる。ALOにおいてもその与えられた感情で、何度も俺を奮い立たせてくれた〈娘〉。今頃は俺を救うために、ありとあらゆる手段を用いて飛び回っているかもしれない。

 

文字通り羽を使って情報の海の中を。

 

「聞きたいんだ。アリスとカイトのこと」

「…どうして聞きたいの?」

「ユージオから聞いた。2人が自分にとってどんな存在だったのか。だから2人と親しかった君からも、どんな印象があったのかを聞きたい」

「聞いて貴方に得があるの?聞く必要があるの?」

 

強い口調で言われると聞かない方がいいのかもしれないが、俺は少しでも知りたい。ユージオが本当に心から親友であったと言える人物がどんな人だったのか。2人のことを何も知らない俺に聞く権利はないかもしれない。でも知っても2人は文句を言わない気がする。むしろ知ってほしいと言うだろう。根拠もない理由だが何故か自然とそう思える。

 

「別に教えてあげなくもないわ」

「なんで上から?」

「教会にいる間は私の立場が上だから」

「…はぁ、さいですか」

 

特権を出されると引き下がる他ない。まあ、とにかく話してくれるのであれば下にでてもいいだろうさ。今だけはな。

 

「アリス姉様は私より頭も良くて運動もできて、誰にも分け隔てなく接することのできるすごい人だったわ。それに比べたらカイトはちょっとがさつで面倒臭がりだったけど、アリス姉様と2人でいるとそんな雰囲気は一切感じられなかったわ。本当に2人はお似合いの婚約者同士だったの」

「それは初耳だな。2人がそんな関係だったなんて」

「ユージオもアリス姉様のこと好きだったみたいだから言えなかったのかも。もちろんアリス姉様もユージオのこと好きだったけど、カイト以上には想えなかった。ユージオにそれを伝えれば、ユージオは喜ぶけどカイトに申し訳なく思うだろうし、カイトにしたら親友にとられるかもしれないっていう不安を抱いてしまうかもしれなかったから」

「もし互いに知られれば、ユージオとカイトの関係がこじれると思ったのか」

 

その三角関係とも言える構図は、〈現実世界〉でも十分にあり得る話だ。人を好きになることはおかしくもない。普通のことであって、無理に隠す事柄ではない。知られたくない想いかもしれないが、それを咎める権利を持つ人間はいない。ただ好きになった相手が、友人や幼馴染といった近しい存在であった。ただそれだけなのだ。

 

人間という存在は、血縁者を好きになってしまうことだってある。たとえそれが報われない叶わない想いであったとしても。友情を選ぶか恋を選ぶかは本人次第だ。決めたことにたいして他人が口出しする必要はない。アドバイス程度ならいいかもしれないが、そのアドバイスがどれぐらい本人を追い込むのかはわからない。

 

言われている側にでもならないと気付けないだろう。

 

「カイトは今のキリトみたいにすこしだけ子供ぽかったけど、誰にも負けないくらいのしっかり者だったわ。怪我をしても虐められても泣き言は一切言わなかった。むしろ乗り越えるべき壁だって口癖のように言ってた。アリス姉様と婚約者同士になってもそれは変わらなくて、いつも優しく私の面倒を見てくれた。…私は姉様が羨ましかった。普段から明るく振る舞っていた姉様を支えているカイトの笑顔は、普段私に見せる笑顔とは違う優しさに溢れてた。それを見て喜ぶ姉様はとても幸せそうだった」

「セルカはカイトのことが好きだったんだな」

「…うん、姉様に負けないぐらいに。でもそう思ってたのは私だけだった。姉様は誰にも負けないぐらいに、カイトのご両親よりカイトのことを愛してた。カイトがどんな危険に遭っても隣に立って守る。心を打ち砕かれても、後ろから前に歩きだす力を与える覚悟を誰より持ってた。好きな人の隣にいて支えることだけを望んでた自分が馬鹿に思えてきて恥ずかしかった」

 

涙を止めどなく溢れさせながら想いを打ち明けてくれたセルカに、俺はどんな声をかければいいのかわからなかった。下手な言葉をかければ、余計に傷つけてしまう気がしたのだ。見習いとして教会に来ているセルカは、ここに引き取られている子供たちの姉であり、面倒を見てくれる母親のような存在。

 

だが実際は、恋に敏感な年頃の少女と何も変わらない普通の少女だ。彼女にとってこの6年間は、一体どれほどの苦悩に満ちた時間だったのだろう。ユージオとはまた違った苦しみ方をして過ごしてきたのは、話を聞くだけでもわかる。姉より〈神聖術〉の才能が劣る自分を見る眼がどのようなものだったのか。使えない俺には理解できない。

 

だがこれだけは言える。それに耐えてきた彼女の忍耐力は、称賛に値することだと。

 

「泣きたいときには泣けるだけ泣いたらいいんじゃないかな。感情を表に出したらダメってことはないんだし、それを咎める人に権利もなければ咎められる人に従う義務はないんだ。泣けるときに泣いとかないときっとあとで後悔する」

「…ありがとう。すこしだけ心が楽になったわ。それにしても今の言葉は、経験がありますって感じだったけど記憶戻ったの?」

「あ、いや!そうじゃないかなって思っただけだよ本当に!」

 

危ない危ない。なんとか誤魔化せたけど、いつまで上手く行くものか。バレたら村から追い出されるとかないよな?

 

「じゃあ、私は戻るね。シスターに見つかったら怒られるから」

「ああ、話を聞かせてくれてありがとう」

 

ベッドから立ち上がって部屋を出ていこうとするセルカが、ドアの前で足を止める。そのことに首を傾げていると、セルカが振り返って聞いてきた。

 

「カイトやアリス姉様は何故連れていかれたの?」

「確か〈果ての山脈〉を越えた先にある《ダークテリトリー》の地面に手が触れたとか言ってたかな」

「…そう。〈果ての山脈〉ね…。明日は自分で起きてよ?あんたを起こすの地味に重労働だから」

「へいへい頑張りますよ」

 

脱力気味に返事を返すとセルカはしてやったりとばかりに、笑みを浮かべて部屋を出ていった。

 

 

 

セルカとの会話を終えて月明かりを浴びながら布団にくるまる。ユージオとセルカの話を聞いたところでは、2人の印象はかなり良い。幼馴染と片想いという個人的な意味合いを抜きにしても、2人はさぞ村のみんなからの評判は良かったのだろう。

 

どんな理由があって禁忌目録を破ってしまったのかは、ユージオに聞かないとわからない。だが聞けばその当時のことを思い出して、またユージオが苦しむかもしれない。6年間も苦しんできたというのに、さらに苦しませるようなことをしたくない。

 

だが2人が禁忌を犯した理由の中に、菊岡が求める何かがあるとしたらどうだろう。彼らが莫大な資金を投資して、〈アンダーワールド〉という一つの文明シミュレーションを造り上げた理由はまだわからない。

 

新しい〈フルダイブ〉技術の開発にしては大掛かりすぎる。

 

何を作るつもりなのかは、〈現実世界〉に戻って菊岡に問い詰めなければ吐かないだろう。吐いたところでそれが本当なのかはわからないが。2人の行動に何か意味があるのだとしたら、会いに行く必要がある。そして何故そのようなことをしたのか聞き出すのだ。俺が外に出るための脱出方法へと繋がる鍵が、そこにあるのかもしれない。

 

眠気によって落ちてくる瞼を、必死に意思力で持ち上げながら考える。

 

〈公理教会〉とやらに連行された2人に会うためには、〈央都〉に行く必要がある。〈央都〉に行ってからもやるべきことはたくさんあるらしいがそれがどうした。ユージオやセルカの大切な人を取り戻せるなら、システムだって相手にしてやる。勝てるとか勝てないという問題ではなく、2人を取り戻す。

 

それが今の俺にできる最大の恩返しだ。

 

といったものの、問題はOCAの上昇方法とどうやって〈央都〉に行くかだ。権限上昇の方法は皆目検討つかずだし、〈天職〉を終えなければ助けに行くこともできない。300年かけて大樹の直径のおよそ3分の1ようやく刻めたとなると伐り倒すには残り900年かかることになってしまう。

 

俺がバイトを始めたのが3ヶ月前で、〈アンダーワールド〉では既に300年過ぎ去っている。いやはやなんとも想像もできない速度なことだ。だが加速倍率のおかげで俺が失踪してしまっているとしても、それほど時間は経っていないということになる。

 

今はそれでいいのかもしれない…。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

眠気に勝てず寝落ちしてしまった俺は、頑張って5時半には起きた。我ながらやればできるではないかと思いながら、いつものように行動する。顔を洗ってステイシア神へのお祈りを終え、朝食を終えたあとはユージオの〈天職〉へと向かう。

 

俺がついた頃にはもう既にユージオは来ていて、あの曇りが一切ない笑顔を向けてきた。それに手を上げることで返事をした俺は、斧を持ったユージオの近くに座る。

 

「おはようキリト」

「おはようユージオ。しっかしちゃんと休めば、痛みは取れるものだな」

「〈天命〉が回復すれば、自然と痛みは消えるからね」

「筋肉痛にならないのはありがたいなぁ~」

「なることはあるさ。あまりにも追い込んだらの話だけど。僕も〈天職〉を与えられてすぐの頃は、毎日そうだったよ」

 

ユージオの〈ギガスシダー〉を眺める眼の奥には、一体どのような絵が写っているのだろう。2人とともにこの樹の下で過ごした頃の記憶だろうか。だがこうして眺めるユージオの眼には涙は見られないし、何より嬉しそうな笑みを浮かべていることから、マイナス的なものではないのは確かだ。

 

「僕はキリトに出会ってからここに来る度に思うんだ。カイトやアリスがいて、そこにキリトがいたらどんなに楽しかったのかなって。この数日でそう思えるから間違いないよ」

「俺は2人に会ったことないからなんとも言えないけど、ユージオの言う通りだと思えるよ。きっと楽しい毎日だったんじゃないかな」

「そうだね。僕はなんとなくだけど、2人があの日何をしようとしたのか今考えるとわかる気がするんだ。何故血塗れの竜騎士を助けようとしたのか」

 

血塗れ?竜騎士?まったくもって理解できない言葉だが、それが2人がいなくなった理由なのだ。〈禁忌目録〉とやらに書かれている《ダークテリトリーへの侵入》という項目への抵触。

 

どれほどの大罪なのか知識のない俺には計り知れない。なんのために行動を起こして、《ダークテリトリー》へ入ってしまったのか。本人に聞けばわかるだろうが、当人は手の届かない遥か彼方にいる。

 

会うために俺はここを去らなければならない。だが去ったところで知識や資金がない俺に、この世界で生きるのは過酷という言葉では表せないほど苦しみに満ちた険しい道になる。

 

それをなだらかな道にしてくれるのは他でもないユージオだ。だが彼は〈天職〉を終えなければ離れることはできない。

 

だから終わらせるのだなんとしてでも。

 

「じゃあ、始めようかユージオ。今日は俺からだ」

「今日も競うのかい?」

「勝負をすれば勝ちたいという思いで渾身の一撃が増えるからな」

「極たまに撃てるから渾身の一撃なんだけどなぁ」

 

苦笑するユージオに背を向けて斧を振りかぶる。

 

ココーン!という心地良い音を聞いて、今日は調子がいいとニヤける。4秒かけて1回の振りを終える仕事を50回こなすために、俺は意識を斧と〈ギガスシダー〉にすべてをむけた。

 

 

 

「50っ!」

「500回のうち全部で120回か。どうやら午前は俺の勝ちだな」

「たった5回の差じゃないか。すぐに追い付くさ」

 

恒例となっている軽口を交えながら地面に座る。2人合わせて1000回の撃ち込みを終えた俺たちは、少し早めの昼飯にすることにした。だが俺は渡されたパンにかぶりつく前に、わずかに臭ったことで開けた口を閉じる。

 

「なぁ、ユージオ。村では何かを燃やす〈天職〉でもあるのか?」

「1人だけならいるよ。衛士の剣を磨く専門の職人がね。それがどうしたの?」

「いや、なんだか生臭い感じの臭いがしたからさ」

「生臭い?まさかそんなのを感じるはずがないよ」

「だよなぁ。俺の鼻が疲れただけかもしれない。今の話は忘れてくれ」

 

勘違いだと頭を振ることで余計な雑念を追い出した俺は、パンにかぶりついた。顎に反抗するかのような歯応えのあるパンを、咀嚼しながら頭の隅でさきほどの疑問を思い返す。しかしさきほどの臭いは気のせいだろうか。何かの燃えるような焦げ臭いものは。何故気付いたのかというと、そのような臭いが村の方から流れる風にわずかに混じってここまでやってきたからだ。

 

村の方角?

 

「まさかね…」

 

自分の予測が外れているとわかりながら村へ向ける。

 

「なっ!」

「どうしたんだい?キリト」

「あれを見ろユージオ!」

「え?なんでみんな逃げてるの!?」

 

小高い丘にあるとはいえ、村からまあまあ離れているこの場所からでは村の様子を細かく見ることはできない。だがここから見てわかるのは、村の住民たちが何かに追われるように逃げていること。そして燃える家々。ただごとではないことが起こっている。

 

「ユージオ、戻るぞ!」

「え?でも〈天職〉がまだ...」

「村の人たちの命と〈天職〉どっちが大切なんだ!?」

 

俺の強い根拠のない言葉だが、驚いたのかユージオの眼が大きく見開かれる。確かに彼と出会ってから今のように大声をあげることはなかった。だが俺にとって今考えることはそのことじゃない。ユージオを動かして村まで全速力で戻ることが第一優先だ。

 

「わかった。行こう!」

「ああ!」

 

俺たちは〈天命〉が減らないギリギリのスピードで丘を駆け下り、村へと一直線に走った。



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悲劇の終焉 前

ははははははは。長くなったぜよ

ルーリッド編これで最後だから問題なし?


セルカがそれに気付いたのは偶然だった。

 

いつものようにシスター・アザリヤから〈神聖術〉を教えてもらい、今まさに実践しようとしていた時のことである。

 

「〈システムコール。ジェネレート・サーマルエレメント・トーチ」

 

片手の指に発生した5つの熱素を、5本並んだ蝋燭に向ける。するとそれぞれが自然と移動し始めた。数秒経つとすべてに炎がつき、明るく輝き始める。

 

「良い出来映えですね。所要時間がもう少し短くなれば、その歳でこれほどの〈神聖術〉を使える人は中々にいないでしょう。貴女は素晴らしい才能の持ち主です」

「ありがとうございますシスター」

 

シスターに誉められて、私は笑顔を浮かべてお礼を口にする。誉めてもらえることは素直に嬉しいけど、やっぱり心の底から言われている気がしない。それはお姉様に及ばない技量からなのだと理解していても、そう簡単には割りきれない。得手不得手が人にはあると言うけれどそれでも悔しい。

 

村始まって以来の天才だと言われた姉様に比べたら、足元にも及ばない自分の才能の無さに呆れる。努力次第で変われるとも言うけど人には限界がある。限界を越えられるのは選ばれた存在であり、一般人がそのおこぼれにあずかれるはずもなく…。

 

「午前中はこれで終了にしましょう。午後からは貴女の苦手な光素の練習ですよ。お昼の間にしっかりと休憩なさい」

「お、お手柔らかに」

 

困惑気味の笑みを浮かべると、シスターも楽しそうな悪い笑みを浮かべてくれる。けれど背を向けて教会へと入っていくシスターの背中からは、なんとなく期待外れという空気が漏れている気がする。

 

姉様を指導していたことがあるシスターは、自分の立場が危うくなるのではないかと思うほど、姉様の腕前に驚嘆したと6年前に言っていた。でもそれに対して恨みや妬みなどはなかったそう。むしろ後を任せられる後継者がいることに、誇りと安堵を感じていたとも言っていた。

 

でもその姉様はもうここにはいない。みんなが口には出さないけれど、今でも姉様のことを思い返すことがあるように思える。たとえ禁忌を犯した犯罪者であっても、自分たちの村にいた子供であり、才能溢れる天真爛漫な方だったのだから。

 

「それにしてもさっきのは気のせいかしら」

 

セルカが口にしたのは、熱素を生成しようとしたときに感じた違和感のことだ。〈神聖術〉を行使するには、周囲の〈空間リソース〉を集める必要が出てくる。周囲の〈空間リソース〉が低い状態。つまり枯渇していると、〈神聖術〉を使うことはできない。上級者になれば、ある程度離れた場所からでも集めることができるが。

 

だがそれは使用者次第であり、収集可能な範囲は使用者の技量によって変わってくる。

 

そのなかで感じた異様な何か。まるでこの世ならざる何かがいることを思わせるような異質なもの。それが何かなど眼にしなければ理解できるはずもなく、セルカは気のせいにして忘れることにした。

 

それが悪夢の始まりになるとは知らず…。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

〈ルーリッドの村〉を北に抜けた森の中。ある生き物の群れが、15匹ほど隠れながら移動していた。粗末な武器を片手に持った緑色の皮膚。ギョロリと動き回る黄色い眼球。〈現実世界〉では、お馴染みの雑魚モンスターである《ゴブリン》だ。

 

「ギヒッ!イウムだ。白イウムの村があるぜ喰っちまおう」

「いや、持って帰って高値で売ろうや。これだけいれば良い値がつくぜ」

 

小柄なゴブリンたちは口々に自分の意見を口にして、涎を滴ながら血走った眼を村で遊ぶ子供たちに向けていた。その子供たちはセルカが面倒を見ている教会に住んでいる孤児である。

 

「いいや殺せ。男のイウムなんぞ連れ帰ったって、労力のわりに金にはならねぇ。捕まえるのは女のイウムだけだ」

 

他のゴブリンとは存在感がけた違いな巨体を持つゴブリンが口を開くと、話していたゴブリンが咄嗟に口をつぐむ。キリトが住む〈人界〉でも、ゴブリンが住む〈ダークテリトリー〉でも力こそが支配を意味する。それをもっとも形あるもので表しているとすれば、今のように言葉を発するだけで周囲が平伏す。

 

そのような状態こそが支配である。

 

「《蜥蜴殺しのウガチ》の名を以て命じる。男イウムを殺して女イウムを奪え。行くぞてめぇらぁぁぁぁ!」

「「「「「ウギャギャギャギャギャギャ!」」」」」

 

ウガチと名乗った巨漢が蛮刀を抜刀して先頭を走る。それに続いて粗末な武器を持った小柄なゴブリンがあとに続いた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

セルカは昼食の準備ができたので、遊んでいる子供たちを迎えに〈北の門〉に近い道まで来ていた。

 

「ご飯だから教会に戻りなさいね」

「「「「「「はーい」」」」」」

 

素直に言うことを聞く子供たちを見送っていると、北風にのって生臭い臭いが漂ってきた。振り返ると遠くから大勢の足音が聞こえてくるではないか。眼を凝らすと緑色をした皮膚をもつ生き物が接近してきていた。それは昔、ガリッタ爺に聞いたお伽噺にでてくる生き物にそっくりだった。

 

「ゴブリン!?」

 

セルカは意識すると同時に、修道着で動かしにくい足を走らせて周囲の家へと危険を知らせた。

 

「ゴブリンが来たわ!みんな逃げて!」

「こんな昼間に何を騒いでいる?…セルカか。ゴブリンなんているはずないだろ」

「じゃあ見てください北の通りを!」

 

家からでた髭を生やした男性は言われるがまま、その方角を見る。そして驚愕した。

 

「本当にきているだと!?セルカ、みんなに知らせるんだ!」

「はい、父様!」

 

セルカは村長である父の命令通りに、危険を知らせる鐘を鳴らしに行くのだった。そして僅か10分後、家のひとつに火が放たれることになる。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

村に良からぬことが起こっていると直感したキリトとユージオは、息を絶え絶えにして歩けば10分後かかるところを、なんとか5分でやってきた。

 

「…何が起きてるんだ?」

「わからない。もし火事だったとしてもここまで村が喧騒に溢れるはずないんだ。きっとマズイことがあったんだ」

 

南の門から入って中央へと走ると、住民たちが不安そうに北へ眼を向けていた。

 

「セルカ!何があった!?」

「キリトにユージオ?なんでここに。ううん、今はどうでも良いわ。ゴブリンが攻めてきたの!今私の家の前の通りで衛士がなんとか防いでる!」

 

嫌な予感が的中だ。嫌な予感ほど当たりやすいというが、本当に困り物にしかならない。

 

「ユージオ、行くぞ!」

「…うん!」

「2人とも駄目!」

 

セルカの制止を無視して、2人はゴブリンが来ている場所へと走っていく。走り去っていく2人に手を伸ばしたまま何もできずにいる自分が悔しい。またあの日のように大切な人を失ってしまうの?

 

それだけは絶対に嫌!

 

「セルカ、戻りなさい!」

 

私はシスターに声をかけられても振り返らず2人を追いかける。ごめんなさいシスター。本当はシスターの言うことを聞きたい。でもユージオを死なせたくないの。

 

キリトだってまだ出会ってから数日だけどこんなに村のみんなと仲良くしてくれている。そんな2人をただ見送るだけなんて私にはできない。2人を帰ってこられるように支えるから。

 

3人で戻ってくるので待っててください。

 

私は何度も転けそうになる足を動かして、とてつもない速度で走り去っていった2人を追いかけた。

 

 

 

キリトとユージオは幾つかの角を曲がってからその惨状を目の当たりにして驚愕する。剣が折れて戦意を失った者、重症を負って呻き声を漏らす者。それは戦力の差と技量の違いを如実に示していた。

 

「退避、退避ぃ~!」

「に、逃げるのか!?」

 

まさかの衛士の撤退にユージオが声を荒げる。

 

「ユージオ、ここで戦うんだ!やらなきゃ俺たちだけじゃなく村のみんなが死ぬ」

「でも僕はまともに剣を振るったことないんだ」

「安心しろ。ここにある剣は〈青薔薇の剣〉みたいに扱えない代物じゃない。持ってみればわかるよ」

 

キリトが僕に衛士が落としていった剣を一つ渡してきた。鈍く白銀色にソルスを反射させる刀身は、戦いを恐れている僕に勇気を与えているみたいだった。

 

この剣を取らなければ家族・セルカ・村のみんな。そして隣で僕を奮い立たせようとしてくれているキリトを失う。そんなのはもう嫌だ!大切な人を守れないような弱い僕はもういらない!

 

「わかった。キリト、やろう!」

「そのいきだユージオ。…待たせたなゴブリン」

「ギヒィ!逃げないイウムがいるぜぇ!」

「殺せ!殺せ!」

 

口々に喚いているゴブリンたちの言葉が僕の嫌悪感をさらに増やす。〈闇の軍勢〉と合間見えることなどないはずの今、僕の前にいるのが現実だ。受け入れるしかないんだ。ここに〈人界〉に〈闇の軍勢〉がきてしまっていることを。

 

「いいかユージオ、剣で奴らが近づかないように牽制するだけでいい。俺がでかい奴を倒すまで時間を稼いでほしい」

「どれくらい?」

「15秒もしくは30秒だ」

「が、頑張るよ」

「頼むぜ相棒」

 

僕の肩を叩いて励ましてくれるキリトに感謝しながら剣を構える。柄が腕の振るえでカチャカチャと音を鳴らしているのがやけに大きく聞こえる。まるでその音以外には存在しないかのように。

 

「ハァハァ、う…」

「落ち着けユージオ、相手の動きをよく見るんだ。剣を振るうためにはどうしてもその前に前兆がある。そこをしっかりと確認できたらユージオは誰にも負けないさ」

「…やってみるよキリト」

 

キリトが僕の肩に手を置いてくれたことで、僕の体の震えが止まった。何故こんなにも安心させられるのだろう。キリトが声をかけてくれるだけで身体中から力が溢れてくるみたいだ。

 

「いくぞ!セアァァァァァ!」

「うん!うわぁぁぁぁぁ!」

 

キリトの気合いに似せて僕も喉の奥から声を出す。悲鳴じみたものだったけど、まさか僕たちが突っ込んでくるとは思っていなかったようで足が止まっている。

 

キリトが一番近くのゴブリンに不意打ちに近い体当たりしたことで、まとめて5匹のゴブリンがひっくり返った。僕も似たような体勢で体当たりをすると、以外にも軽い衝撃で彼らが同じようにひっくり返る。

 

「キリト、行って!」

「頼んだ!」

 

キリトが倒れたゴブリンたちの合間をぬって、もっとも体格の良い1匹に接近する間、僕はキリトを追いかけようとするゴブリンたちに斬りかかる。それだけでゴブリンたちの意識は僕に向く。14匹が放つ血に飢えて血走っている眼からは異様な圧力があった。それが僕の体にまとわりついて動きを鈍くする。

 

「殺す!白イウム!」

「っ!」

「ギャー!」

 

1匹と力比べしていると、横から現れたゴブリンが僕に斬りかかってきた。避けることができない僕は反射的に瞼を閉じたけど、体を切られる痛みは感じなかった。それどころか悲鳴が聞こえたので片目だけ開けると、何か液体を体に浴びて転げ回っているゴブリンが視界に入った。一体誰がこんなことをしたのか気になり周囲を見渡す。キリトは巨体のゴブリンと互角の戦いを繰り広げているから違う。

 

「一体、誰が僕を?」

 

唯一確認していない背後を見ると、肩を上下させ荒い息をついているセルカが右手に液体の入った小瓶を握っている。

 

「セ、セルカ!?っそれは?」

 

剣で鍔迫り合いをしながら、あまり余裕のない僕はセルカに聞いてみる。わずかに水色に染まっている液体は、何を媒体にしたものなのだろうか。

 

「聖水よ。一応の効果はあるみたいね。とりあえず持ってる分だけ投げるから、その間になんとかして!」

 

言葉が終わるか終わらないかのところで、セルカがまた小瓶をゴブリンたちにむかって投げつける。ゴブリンたちは我先にと飛び散った液体から逃げ回っている。そして何故か鼻をおさえて腰が引けているのが見えた。どうやらあの液体が発する臭いが苦手なようだ。だったらその液体の前に出なければセルカは怪我をしない。

 

「キリト、セルカは無事だから無理しないようにしてくれ!」

「任せろ!」

「グルァァァ!てめぇらさっさと餓鬼を殺せ!」

「殺すぅ!イウム殺すぅ!」

 

せっかくゴブリンたちの指揮を下げたというのに、僕の余計な一言でかえって上げてしまったみたいだ。自分の失敗は自分で取り返すんだ!

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

「ギヒィ!」

「ギャッ!」

 

彼らの粗末な剣を僕の剣が遠くへ弾き飛ばしていく。〈竜骨の斧〉で〈ギガスシダー〉を叩いていたお陰で、彼らの力にはどうやら勝てるみたいだ。

 

「ガルァ!」

 

痛みを堪えるような呻き声が聞こえたけど、気にする余裕は今の僕にはない。武器を失った彼らは一目散に北へと走り去っていった。僕はそれを深追いすることなく見逃しておく。余計なことをして自分が怪我をすれば、2人に迷惑をかけることになるから。

 

「ぐあっ!」

「イウムの餓鬼がぁ!この〈蜥蜴殺しのウガチ様〉に敵うわけあるかぁァァァァ!」

 

ウガチの攻撃によって吹き飛ばされたキリトは、住宅の壁に叩きつけられて意識が朦朧としているみたいだ。起き上がろうとしても痛みで足腰に力が入っていない。

 

「ハァハァ、この恨みはイウムどもの命3つ程度で消えると思うなぁァァァァ!」

 

ウガチという名のゴブリンはキリトに切り落とされたのか、肩から先がない左腕の傷口を右手で握りつぶす。メチメチと肉が潰れる音が否応なく耳に入り込んでくる。まるで洗脳するかのように脳裏にこびりついてくる。

 

「死ねぇイウムの餓鬼ィ!」

「キリトォォォォォ!」

 

僕はキリトにとどめを刺そうとしたウガチの前に立ちはだかった。立つこともままならないキリトが今あの剣を受ければ、間違いなく〈天命〉を全損してしまう。〈天命〉がなくなればキリトは死んでしまう。この数日間の楽しかった日々が幻になってしまう。

 

「それだけは嫌だぁぁ!」

「どけぇ白イウムのガキャァァァァ!」

 

ウガチの剣をもっとも力の入る体勢から振り抜いたことで、どうにか拮抗させる。僕がこの6年間1日2000回〈斧〉を振るい続けた結果が、今この瞬間に表れている。力では絶対に勝てるはずもない相手と力勝負を続けられるのは、キリトを守りたいという〈想い〉があるからだと思う。

 

愚直に斧を振り続けた毎日は僕を裏切らなかった。ジンクに馬鹿にされた日も。アリスやカイトがいなくなったあの日も。決して止めなかった理由は、きっとこのためだったんだ。

 

「今度こそ僕がみんなを守るんだぁ!」

「邪魔だぁガキャぁァァァァ!」

「うわ!」

 

予想以上の重みが両手に負荷を与えてくる。このまま押しきられたら、キリトではなく僕が完治不可能なほどの攻撃を喰らうことになる。

 

「負けない!負けられないんだ!」

「殺してやるイウムぅ!」

 

あり得ないほどの重さを持った剣が僕の握る剣を襲い、刀身を半ばから折ってしまった。

 

「しまっ!」

「死ねぇェェェ!」

「がはぁ!」

 

左脇腹から真横に切り裂かれた僕は、その勢いだけで5メル以上も吹き飛ばされ住宅にぶつかって止まった。その頃には僕の意識はもう霞がかって、心配して駆けつけた2人の声さえも聞こえなかった。



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悲劇の終焉 後

2話連続投稿の2個目です


「「ユージオ!」」

 

切り裂かれ吹き飛ばされたユージオに駆け寄ると、傷跡が眼に入った。ざらついた刀身で切られたからなのか、傷口は波うつように不規則な切り口をしていた。傷口からは絶え間なく血がこぼれ、〈天命〉がかなりの速度で減っていっているのがわかった。

 

「こ、子供の頃…約束した…ろ。僕たちは…生まれた日も…死ぬ日も一緒…だって。今度こそ…僕が…守るんだ…みんな…を...」

「もう喋るなユージオ…もう」

 

左手を俺に伸ばしながら、視線が虚空を見て言葉も絶え絶えに呟く。その言葉を言い終えたユージオの眼から光が薄れる。

 

「セルカ!治癒を頼む!」

「無理よこんな大怪我!高位の〈神聖術〉じゃないと治せない!」

「…高位の〈神聖術〉なら可能性はあるんだな?俺があいつを倒すまで、少しの間で良いからユージオの〈天命〉が減るのを抑えててくれ。必ずすぐに終わらせる」

「…あまり保たないから早くね。〈システム・コール。トランスファー・ヒューマンユニット・デュラビリティ。セルフ・トゥ・レフト〉!」

 

セルカが可能な限り、ユージオの〈天命〉の減少を止める努力をしてくれているのを背中で感じながら、息を荒くついているウガチに剣先を向ける。

 

「次で終わらせる!」

「イウム如きが舐めやがってェェェ!」

「俺はイウムじゃない!…っ剣士キリトだ!」

 

無意識のうちに口からその言葉が発せられる。右手に持った剣を振りかぶると同時に、左足のつま先から右手の指先・直剣の切っ先までが一本の鞭のように鋭くしなる。すると刀身がライトグリーンの光を放ち、見えない力が背中を押す。

 

〈片手剣突進技《ソニックリープ》〉。

 

ウガチの左腕を斬り落としたときに見つけた〈ソードスキル〉。この仮想世界でも何故か使用できる。使えるのであれば今目の前にいるこいつを倒すことが可能だ!手に少しの抵抗を感じた頃には、ウガチの首がゆっくりと宙を舞っていた。それを空いている左手で掴む。

 

「お前たちの大将は俺が討ち取った!認められない奴はかかってこい。でなければ今すぐこの村から出て行け!」

 

こちらに敵意を向けていたゴブリンたちに、ウガチの首を見せつけながら告げる。すると彼らは我先にと村から逃走を開始した。見えなくなるまで視線を送ったあと、その場にウガチの首を投げ捨ててユージオの横に素早く移動する。

 

「傷口を塞がないと〈天命〉の減少を止められないわ!」

「俺の〈天命〉を使ってくれ!」

「わかったわ!〈システム・コール。トランスファー・ヒューマンユニット・デュラビリティ。ライト・トゥ・レフト〉!」

 

声が響き渡ると同時にセルカを中心にして青い光が広がる。優しいなかにも荒々しい光の渦。それはセルカの技量が未熟というわけではなく、この術が元々これほど荒いものなのだろう。考えている間にも俺の体から発せられる光は、セルカによって握られている左手を通り、そしてセルカの左手を通ってユージオの体へと流れ込んでいる。

 

この光が〈天命〉を可視化させたものなのだろう。つまり今使っている〈高位神聖術〉は、〈天命〉を人から人へ移動させる術なのだ。俺から〈天命〉を供給したことで、ユージオの傷口は5割方塞がり始めている。だが傷口が塞がるにはまだまだ必要である。残念なことにその願いは叶いそうにない。何故ならセルカと俺の天命が残りわずかになっているからだ。

 

「キリト、大丈夫?」

「大丈夫、だ…もっと、あげてくれ…」

 

正直言えば俺の眼は何も見えていない。視力がなくなり周りの様子など見えていない。感じるのは自分の中の光がセルカに流れ込んでいる熱だけだ。

 

「これ以上渡したらキリトが!」

 

全部あげてくれと言おうとするが口が開かない。それどころか思考さえままならなくなっている。考えようとするとそこから先が霞むように消えるのだ。

 

思考ができなくなるのが死なのだろうか。俺は〈アンダーワールド〉で死んでも〈現実世界〉では死なない。いわば、魂における擬似的死は俺にしかないもの。俺が死んでもユージオは生き残るかもしれない。それはそれでいいかもしれないかな。

 

意識を手放そうとした瞬間、肩に2人分(・・・)の暖かみを感じた。そしてその温もりを俺は知っている。

 

1つは小鳥のように華奢でありながら、未来の光を掴もうとする力強い手。

 

もう1つは大地のようにすべてを包み込むよようで、穏やかに慰めるような優しい手。

 

君たち(・・・)は誰?

 

声にならない質問をすると左から女性の柔らかな声が。右からは男性の羽毛に包まれるようで、涙が溢れそうになるほど懐かしい声が聞こえた。

 

『『キリト、ユージオ…待ってる(わ)。《セントラル・カセドラル》の頂上で君(あなた)たちが来るのを。俺(私)の大切な友人たち』』

 

黄金色に輝く光が俺の体に流れ込む。〈天命〉の減少によって視力を失っていた俺の眼に視界が戻り、ユージオが眼に入ってくる。

 

左を見るとセルカがさきほどの言葉を受け止め、誠心誠意込めて〈天命〉を送り続けている。どうやらさきほど俺に起こった奇跡は見ても感じていないらしい。

 

俺の五体を隅々まで満たした光が。それでも圧倒的な輝きを放つエネルギーの奔流が、握られている左手を伝ってセルカに補給される。俺を満たした光が消えていくのと同時に、ユージオの醜い傷口を新しい皮膚が塞いでいた。

 

「セルカ、お疲れ様…セルカ?」

 

返事がないので顔を覗き込むとセルカは眼を閉じていた。〈高位神聖術〉をこれほどまで長時間使用したことはないのだろう。疲労で俺とユージオの手を握ったまま眠っていた。

 

そこまでは俺もよかったのだが、久々に感じた命のせめぎあいによる疲労からなのだろうか。俺の意識も薄れ始める。自分の意識が途切れる瞬間、視界に踏み潰された〈サンネリアの実〉が映っていた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

コーン!と澄んだ音が響き渡る。いつものように50回の撃ち込みを終えたユージオに、俺はシラル水の入った水筒を投げ渡した。

 

「傷の具合はもう良さそうだな」

「丸1日休んだから治ったみたい。気のせいかな?この斧がやけに軽く感じるんだ」

「気のせいじゃないと思うぞ。真芯の当たりが50回中42回あった」

「じゃあ今日の賭けは僕の勝ちで」

「そうはさせないよユージオくん」

 

ユージオから〈竜骨の斧〉を受け取った俺は、記憶にある重さより軽いことに少し驚く。確かにユージオの言う通り、片手で軽く振り回すことができることに喜びを感じた。肌を妬くような日差しの下で、いつものようにユージオの〈天職〉を手伝う状況。あの恐怖を体現させたような戦いをから、既に2日経っていた。

 

ウガチを倒してユージオの怪我を治した俺たちは、気絶していたところをシスター・アザリヤに発見され教会へと運ばれた。戦闘場面を目撃した住民がいなかったので、どうやって撃退したのかを知る術はなかった。知るためには気絶していた俺たち3人に聞くしかなかったのだが、気絶しているのでどうしようもなく昨日まで待つしかなかった。

 

2人より早く目覚めた俺は、その一部始終を事細かに説明した。もちろん村長とシスター・アザリヤからの雷が落ちた。それより村を守ったことに対する感謝が大きかったのが、何よりのご褒美だった。

 

怪我が比較的少なかった俺はゴブリンが残っていないか探すため、村の衛士たちと北の門から森へと入っていった。ウガチの首をもって歩いていると、〈ギガスシダー〉の生えている場所にポツンと咲いていた〈サンネリアの実〉の破裂したときに臭うあの独特の刺激臭が鼻をついた。

 

風下にいたことで発見できたが、その臭いに混ざる生臭さが衛士たちの戦意を削いでいった。木陰に隠れるようにして潜んでいた彼らを発見した俺は、ウガチの首を見せつけることでゴブリンたちを追い返した。ウガチの首をもう一度見せつけたことで、彼らはもう二度と〈果ての山脈〉を越えてこの村に来ることはないだろう。

 

「ユージオ、覚えてるか?斬られたときに不思議なことを言ったのを」

「…うん、覚えてる。そんなはずはないのにあのときは自然とそう思ったんだ。4人でずっと暮らしていたような気がしたんだ」

 

ユージオの歯切れの悪い言葉に俺は考え込んでしまった。

 

俺が〈アンダーワールド〉に試験としてダイブしていたのであれば、ユージオの記憶は正しいのだろう。俺がその場所にいて同じような場面を目撃していたのであれば。

 

だがそれが事実かどうかはわからない。俺がダイブしていたという証拠が見つからない限りは断定できないのだ。物思いを拳で軽く頭を小突くことで追い出した俺は、斧を両手で握り直して打ち込む。斧は狙った箇所に寸分たがわず命中した。

 

 

 

いつもより早く斧振りを終えた俺たちは、昼食を挟もうとしていた。だが俺はそれよりやりたいことがあったので、ユージオに待ったをかけて動き出した。

 

先日以来置きっぱなしにしていた〈青薔薇の剣〉の包みを足元に引き寄せる。思いのほか簡単に寄せられたことには、さきほど斧を握った頃のように驚いたりはしなかった。

 

昨日、何気なく自分の〈ステイシアの窓〉を開いて眼を疑った。OCAと〈天命〉の最大値が大幅に上昇していたのだ。予想は大体できている。あの日、ウガチやゴブリンと戦ったことで〈レベルアップ〉的な事象が作用したのだと。どうやらそれは俺だけではないらしく、セルカも同様のようだった。

 

ウガチの頭を使った恐喝から帰った翌日、ご機嫌なセルカがいたので何気なく聞いてみた。なんでも苦手だった光素の術式が滑らかにできたからと話してくれた。

 

つまり〈レベルアップ〉的な事象は、セルカやユージオにも適応されており、パラメータが大幅に上昇しているから起こりえたのだと。おそらく俺たちはパーティーとしての扱いを受け、あまり戦闘に参加していなかったセルカや、瀕死の重症を負ったユージオにも経験値として加算された。

 

それしか考えられる理由はないのでQEDとさせていただく。

 

「よっと。重さは、ちょうどいいな」

「キリト、持てるのかい?その剣が」

「ああ、まだじゃじゃ馬だけどな」

 

手首に伝わる重さはあるが、どちらかといえば心地良い重みだ。まるで昔使っていた〈エリュシデータ〉や、〈ダークリパルサー〉を手にしたときのような重み。相棒を手に入れたような充実感が体を満たしている。

 

〈ギガスシダー〉に相対して、右脚を引き半身になる。右手の剣を真横から後ろへテイクバックさせると、刀身を薄水色の光が包む。

 

「セイッ!」

 

短い気勢とともに地面を強く蹴り、腰の回転を使って後ろに折り畳まれていた右腕がしなり、幹へと吸い込まれていく。技のイメージを強くしたことで、システムアシストが剣速を加速させ、斬撃に精密な照準を与えた。

 

〈片手剣単発ソードスキル《ホリゾンタル》〉は、300年かけて刻んだ傷口に吸い込まれるかのように接近し、見事その部分へピンポイントで命中した。なかなかの衝撃音と手に返ってくる反動に感動していると、ユージオが走り寄ってくる。

 

「キリト、今のは〈剣術〉だよね?...よかったら僕にも教えてくれないかい?僕は二度と守られないぐらいに強くなりたいんだ。守られるんじゃなくて守る側になりたい」

「…いいぜ教える。俺が使う《アインクラッド流》剣術を」

 

ユージオの眼に宿る光を本心だと受け入れて、俺は彼に伝えることにした。この世界には2つとしてない流派の剣術を。

 

「ユージオ、お前の目的はなんだ?」

「アリスとカイトを連れて帰る。そしてキリトを含めた5人でこの村でずっと過ごすこと」

「そのためにしなければならないことは?」

「〈ギガスシダー〉を倒して〈央都〉に行く」

「その通りだ」

 

ユージオの決意の固さに俺は満面の笑みを浮かべて、〈青薔薇の剣〉をユージオに渡した。

 

セルカに聞いた話によれば、この世界では別の〈天職〉を同時に2つ持つことが禁じられているそうな。だから俺は〈ギガスシダー〉を倒して、〈衛士〉になろうとするユージオを止めなかった。

 

〈衛士〉としての実力を認められれば、〈央都〉にある剣術院への入学を合否する試験にでることができるらしい。そしてその剣術院で首席・次席を取れば、誇りある剣術大会「帝国剣武大会」に出場することができる。 そしてそこで優勝すれば、この世界でもっとも名誉ある〈整合騎士〉に取り立てられ、〈公理教会〉へと入ることができるのだ。入ることができれば、囚われているであろう2人に出会うことができる。

 

つまり今ユージオにある目標は、〈ギガスシダー〉を倒して〈天職〉から解放されることだ。解放されれば次の〈天職〉を自由に選ぶことができる権利が与えられる。その権利を使ってユージオは〈衛士〉を選ぶ。

 

そこからは先に話した通りだ。

 

「キリト、僕は6年間この時を待っていたんだ。今こうして自分の意思で成し遂げるべき事柄を決める日を。そして君が来てくれるのをずっと待っていたんだ」

「…ああ、俺もユージオに出会うためにこの森で目覚めたんだ」

 

無意識に発せられた言葉だったが、まるでそう運命付けられていたように自然なものと思えた。

 

 

 

 

 

俺がユージオに〈剣術〉を教えるようになってから5日後。ユージオの技は完成に近づきつつあった。素直で真面目な性格と強くなりたいという思い。6年間安息日を除いて愚直に斧を振り続けた結果の相乗効果で、ユージオは眼に見える形で腕を上げていった。

 

ユージオの腕が簡単に上がっていった理由の一つとして、〈ギガスシダー〉が格好の練習相手であったのもある。斬り倒すべき敵でありながら、練習台にもなるという偶然があってよかった。

 

「セイァァ!」

 

斧振りで鍛えられた腕と慣れ親しんだ腰の回転による剣筋は、俺でさえ惚れ惚れする正確さで繰り出された。見事な水平斬りは幾度めかの振り込みによって、直径が残り2割となった〈ギガスシダー〉の幹にクリーンヒットし、金属音のような甲高い音を炸裂させた。

 

初めてライトエフェクトとシステムアシストによる〈ソードスキル〉を放ったユージオに駆け寄る前にそれは起こった。〈ギガスシダー〉の影がなんとなく傾き始めたのである。

 

「…まさか?」

「…まさかね?」

 

2人して見上げていると、〈ギガスシダー〉は自身の体重を支えきれなくなり、80センチ(この世界では80セン)ほど残っていた幹の健在部分が、石炭のような破片を撒き散らしながら圧潰していった。〈ギガスシダー〉の断末魔は、ジェットエンジンもかくやとばかりの音をあげてその巨体を傾ける。

 

「「逃げろ!」」

 

俺とユージオは横目で意志疎通して、同時に叫んで左右に全力でダッシュした。だが巨木の衝撃通達範囲外まで退避する時間はなく、倒れた衝撃によって俺たちは空へと舞い上げられた。〈オブジェクトコントロール権限〉を45も必要とする〈青薔薇の剣〉を握ったままのユージオまで、俺と同じ高さまで放り上げられたのだから、その衝撃がどれほどだったのか伝わるだろう。

 

〈ギガスシダー〉の断末魔は、俺たちがいる場所から北の端にある衛士詰所まで響き渡った。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

〈ギガスシダー〉を斬り倒したあの歓喜の瞬間から、2日明けた今日。俺たちは遂に〈ルーリッド〉の村を去る。

 

俺が〈アンダーワールド〉にダイブして初めて眼にした村。そこから去るというのは、〈現実世界〉に帰るための手段を見つけるためという目的があっても、悲しくなり離れたくないと思ってしまう。僅か2週間足らずしか滞在していないというのに、ここまで思い出に残るものだろうか。思い出になるということは、それだけ衝撃的で感動的なものを与える何かが、この村にあったからなのだろう。

 

右も左もわからない俺に手を差し伸べてくれたユージオ。

 

俺をからかいもするがしっかりと面倒を見てくれたセルカ。

 

衣食住を提供してくれたシスター・アザリヤ。

 

《ベクタの迷子》と知っても、避けずに仲良くしてくれた孤児として引き取られていた子供たち。

 

そして疑いもせず受け入れてくれた村の人々。

 

すべてが重なり俺に与えてくれたから、こうして俺は寂しさを感じているのだ。もしこの村でユージオ・アリス・カイトと共に生きた時間を思い出せるなら思い出して、4人でいつまでも語り合いたい。俺が本当にこの村に生きていたという確証が得られたなら。

 

「お待たせキリト」

「よう、ユージオ。にしても少し荷物多くないか?」

「セルカにお弁当を渡されたからね。日持ちがよくてあまり荷物がかさばらない食料だよ。でも3日分のあるからこうなっちゃった」

「何から何までか。至れり尽くせりだな」

「まったくだよ」

 

本当にセルカは気が利く子だ。こうして俺たちに足りていないそして気付いていないものを、俺たちに何気なく渡してくれるのだから。そんな彼女のために俺たちは〈整合騎士〉になるのだ。ユージオと最終目的は違えど、思うことは同じ。目的が違えど思いが同じなら理由はそれで十分だ。

 

「なんだか少しだけ悲しいね。自分が生まれ育った場所から離れるのって。目的があってもなんだか不安だよ」

「人にとって不安は大切だと思うぞ。不安がないことなんてむしろそっちのほうが危険な気がする。でもある意味良いことだと思う。ここに返ってくる理由になるんだから」

「そうだねキリト。じゃあこれからもよろしく僕らの目的を成し遂げるためにいる相棒」

「こちらこそ頼むぜ相棒」

 

ユージオが差し出した細くも力強い右の掌を、同じ右の掌で強く握る。お互いの心意気を確認したところで、南へと続く道を2列になって歩いていく。

 

 

 

革袋に包まれた〈青薔薇の剣〉がユージオの背中に。

 

得体の知れない。だが存在感が〈青薔薇の剣〉に勝るとも劣らない何かを包んだ革袋が、キリトの背中で揺れる。願いと想いを2人で背負っているかのように、すべてを受け入れる覚悟をした背中が見えた。

 

だがこのときキリトは知らない。

 

もう二度とユージオとこの村に帰ってくることができなくなることを。セルカの喜んだ笑顔を見ることができなくなることを。

 

そのことをキリトが知るのは今はまだ先のことである。




簡略化どころか内容薄くなっちゃったな〜。

みなさんの期待に応えられなくてすみません。

今回でルーリッド編は終了とさせていただき、次話からはノーランガルス北帝国修剣学院の話に入っていこうと思います。

ようやくカイトの出番がやってきました。長かったな〜

と言いつつ、ほんの少しだけこの作品の投稿を休憩させていただきます。理由としては他に書いている作品の更新をしなければならないからです。

可能な限り早く書けるように頑張りますので、ご期待のほうよろしくお願いします。


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修剣学院1年目
再会


他のやつを投稿するから遅れると言ったな、あれは嘘だ。


やっぱりこっちを書く。だってこれ書く方が楽しいもん。


アドミニストレータに命じられたように、〈人工フラクトライト〉である貴族の跡取りを殺さず、俺はノーランガルス帝立修剣学院へ入学した。

 

アドミニストレータに頼み込み、偽造住民登録をした俺が平民として降り立った頃。季節は春で穏やかな気象だった。そして俺は興奮していた。普段は〈セントラル・カセドラル〉の中でしか生活は許されない。外出できる時間と言えば、アドミニストレータに命じられた仕事をこなす間のことだけ。

 

ゆっくりと物見遊山できず、任務完了すればその報告というなんとも味気ない生活だった。だが今の俺を縛る枷はない。自由に自分のやりたいことができるのだ。〈央都〉に住む住民は、剣術と簡単な〈神聖術〉の試験をパスすれば、ノーランガルス北帝国修剣学院に入学を許可される。余裕の成績で門をくぐった俺は、2人に会えることへの喜びを噛みしめながら足を踏み出したはずだった。

 

なのに…。

 

 

 

「《白鳥アラベスク》!」

 

相手の男が強烈な突き技を放ってくる。

 

どうしてこうなった!?んなアホな!と俺は突っ込みたくなる。何故ならそれはこの世界でありえない技名だからだ。

 

「ぐっ!くそっ!」

 

本来は蹴りであるはずの技が、連続突き技に変わった攻撃をなんとか剣でいなした俺は、玉砕覚悟で相手の懐へと突っ込む。剣の柄を両手で握り、右腰へと溜め込みながら全力で走り込む。

 

「セアァァ!」

「《うらぶれ白鳥(スワン)舞踏会》!あたぁ!」

 

渾身の力を込めて前に突きだした剣を、相手は酔拳のように左右へユラユラと揺れながら、俺の突き技をすべて交わす。それと同時にうねるように不規則な動きをする剣が、虎の顎を思わせる威力で俺へと襲いかかった。それをサイドステップとバックステップの連続でなんとか回避する。距離を詰められない以上、押し負けていると言われても仕方ない。

 

「その程度じゃあちしに勝てないわよぅ!」

「まさにその通りですよベンサム(・・・・)先輩」

 

技名と独特な一人称に話し方。そして何よりその名前。それが示すように俺を一方的に攻撃しているのは、彼の国民的アニメに出てくるキャラクターそのものだ。

 

俺が荒い息をついている間にも余裕な様子で、バレエダンサーのように片足の爪先を使い、その場で回転している。一体どのような力の使い方をすれば、あのような見事な動きができるのだろうか。

 

「今日で最後なのだからあちしに勝ってみなさいよぅ!...それともここで死ぬか?」

 

ふざけたような様子から一転して、ドスの効いた声音で話す男は俺の先輩であり、帝立修剣学院上級修剣士であるボン・クレーこと本名ベンサム・アンドラだ。学院でも上から5番目の成績を修める猛者である。

 

某アニメとまったく遜色の無い性格と人間性は、少しかじった程度の俺でも納得させられるほどだった。俺個人としてもあのキャラクターはかなり好きである。敵でありながら友情を育み、主人公を護るために強敵へと立ち向かう姿は、俺の男魂を燃やすには十分だった。それほどまでに強烈なインパクトを残したキャラクターと、まったく同じ相手に俺は負けるわけにいかない。

 

この1年間、寸止めであっても一本も取ることができなかった俺には難しいことかもしれない。だがその俺に対して最後まで手を抜いて勝たせようとせず、いつも全力で俺に挑んでくれるこの人に恩を仇で返すようなことはしてはならない。ならば今この場で一矢報いる。使い方を間違ってはいるが、気持ち的にはこれが一番合っていると思う。

 

俺は荒い呼吸を深呼吸することで抑え込む。左足を前に出し、右足を引いて半身になる。右足を引くことで俺の右手も自然と後ろへと移動し、自然な形で型を作り上げる。左手を前に出し、右手で剣を肩に担ぐように持つ。少し後ろに引けば〈奥義〉が発動するが、敢えて今はそうさせない。

 

何故なら相手にも全力でかかってきてほしいからだ。

 

「最後ですからベンサム先輩も全力でいいですよ」

「後悔したらあちしは許さないわよぅ!」

「全力と全力の勝負です。俺と先輩どっちが上か決めましょう。今、ここで!」

 

俺と先輩は同時にスキルを発動させる。

 

俺はわずかに後ろへと右手を引くと、刀身を赤い光芒であるライトエフェクトが満たしていく。それとともにジェットエンジンめいた甲高い音が修練場に響き渡る。

 

「それこそあちしが待ち望んだ強い技よぅ!」

「行きます!」

「かかってこいやぁ!」

 

俺と先輩は同時に地を蹴り、同じ突き技を繰り出した。

 

俺が繰り出したのは〈アインクラッド流(・・・・・・・・)重単発攻撃技《ヴォーパルストライク》〉。

 

対してベンサム先輩は〈アンドラ流単発技《蹴爪先(ケリ・ポアント)》〉。

 

どちらも同じ単発突き技だ。威力はどちらも高く並大抵の攻撃では防ぐことができない技だが、今目の前に起こっている事態は異常である。

 

修練用の木剣の先で攻めぎ合う様子は、見る者の気分を高揚させる。実際、審判をしている生徒は眼を光らせて続きを楽しんでいた。僅か1cmの幅で強力な力が互いを押し込もうと、膨大な熱を発している。いくら最高級の白金樫製とはいえ、これほどまでに圧力を受ければ相当の〈天命〉を失っているはずだ。

 

力の大きさで言えば、〈整合騎士〉である俺が負けることはない。しかしこうして目の前で互角の勝負をしている様子を見れば、ベンサム先輩の力量がわかるだろう。

 

この世界では単純な力勝負で勝敗は喫しない。何より大切なのは〈イメージ力〉。想いがそのすべてを左右する。

 

ベンサム先輩にあるのは、必ず首席を取ってみせるという強い想い。そして俺にあるのは友人といつまでもずっと一緒にいたいという強い想い。それが拮抗しているということは、どちらも譲れないほどの強さがあるからだ。

 

だが俺はここで止まってられないんだ!4人でまた笑顔で暮らせる日々を取り戻す!

 

「ぜあぁぁぁ!」

 

全身の力と想いを剣にのせると、少しずつベンサム先輩の剣を押し込む。

 

「ぬうぅぅぅぅ!」

 

ベンサム先輩も必死に想いを込めるが足が後退していく。

 

「はあぁぁぁ!」

 

もう一度体重と想いを込めると、赤いライトエフェクトが白色のライトエフェクトを放つ先輩の剣を弾き飛ばした。勢いを留めることなく突き進む俺の木剣は、切っ先で拮抗したときにずれたのか、ベンサム先輩の白桃色の制服を浅く切り裂いて後方へと抜けていった。

 

「そこまで!この勝負、カイト初等練士の勝ちとするだガネ(・・)!」

 

そう締め括ったのは、髪を数字の3のようにして眼鏡をかけたギャルディーノ・クレイルス上級修剣士だった。この人もまた某アニメの登場人物そのままだ。特徴的な口癖と名前を見れば誰だかわかるだろう。

 

「「ありがとうございました」」

 

お互いに剣に左手を置き、右手の拳で胸を押さえる〈騎士礼〉なるものをする。

 

「強くなったわねぇ。これで心置きなく最後の試験に望めるってもんよぅ」

「最後しか勝てなかったので若干悔しいですけど」

「ずっと負けてたらあちしの存在価値どうなるのよぅ。ジョーーーダンじゃなーーーいわよーーーう!」

「ははははははは…」

 

テンポ崩されるでしかし。だがふざけている様子に見えてもこの人はいたって真面目だ。周囲からはただの変態として扱われているが、俺や友人たちからすればぞんざいな対応はできない。先輩であったり自分へ剣の手解きをしてくれるからという理由もなくはないが、本心で言えば剣の腕が侮れないからだ。

 

大勢の修剣士がいるなかで、上位5名に名を連ねるのは決して簡単なことではない。現に俺も傍付き特権が与えられる成績上位12人のうちに入ってはいるが、次席はおろかましてや首席まで至ってはいない。剣術はまだいいが〈神聖術〉はどうも苦手なせいだ。術式を唱えるのは昔から苦手で、〈整合騎士〉になった今でもなかなかね。周囲と比べたらそこそこだとしても婚約者があれだとな…。

 

「今日で最後なのは悲しいけど頑張りなさいよぅ。来年に無様な負けかたしたら死刑にするわよぅ!」

「短い期間でしたが見事なご教授ありがとうございました!これからも日々精進して参りますのでよろしくお願いします!」

「んがははははは!」

「まあ、頑張るんだガネ。明後日の試合、我輩たちもすべてを賭けて挑む予定だから見逃したら許さないんだガネ!」

「楽しみにしていますギャルディーノ先輩」

 

謎の動きで修練場をあとにするボン・クレーもといベンサム・アンドラと、それを説教しているギャルディーノ・クレイルスをお辞儀をしたまま見送った。

 

 

 

 

 

2人が去ってから、俺は先程まで稽古をしていた修練場を真ん中から見渡す。修練場は木製の床に大理石のように白い壁と天井に囲まれた正方形をしている。無駄の無い装飾は何もしていないというのに、何処か気分を高揚させてくれる。

 

もう二度と、1年間も自分に手解きをしてくれたベンサム先輩と剣を交えることができないと思うと寂しくなる。入学した頃から短い期間だとはわかっていたが、今となっては本当にあっという間だった。〈神聖術〉の授業に剣術の授業が終われば、精神的にも身体的にも疲労が溜まる。だが何故かベンサム先輩と剣を交えれば、その疲労も何処かへと吹き飛ぶのだ。体がもっと剣を交えろと言うように。神経が加速したかのように、眼に入るものがスローモーションに見える。

 

自分の視覚が加速されたかのような錯覚によく陥ったものだ。その時は、あと一歩のところまで追い詰めることができたが、いつも技ありで敗北した。〈整合騎士〉である俺が負けるとはなんたることか!と弓使いのおっさんに言われそうだが、言い訳をさせてほしい。

 

〈セントラル・カセドラル〉には、それはもう剛剣としか形容できない腕前を持つ〈整合騎士〉は多くいたが、ベンサムのように予測不能な動きをする型を使う人はいなかった。ほぼ全員が一撃必殺といった一撃にすべてをかける。まあ、数名それに当てはまらない人がいるのもまた事実なのだが。

 

弓使いとか連続技の使い手とかめんどくさがり屋とか。

 

 

閑話休題

 

 

「やば、アズリカ先生に怒られる」

 

午後4時半を示す鐘が相当前になっているのを思い出した俺は、修練用の木剣を指定の場所に直してから修練場をあとにした。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

初等練士僚の正面入り口の石段を登り、エントランスホールを急ぎ足で駆け抜ける。カウンターの奥の茶髪をきっちりとまとめた顔立ちも峻厳のひとことで済ます年齢二十代後半の女性に、軽くにらまれるが気付かない振りをする。

 

別段刻限に遅れたわけではないので気にする必要はないのだが、この人に何かを言われるとそれが正しいように聞こえてしまう。論破される気しかしないので、正面切って口答えをしようと思わない。それに俺は簡単には勝たせてもらえないとわかっているから、捕縛されるような真似をしないと思われる。

 

実際、この女性(ひと)は〈神聖術〉だけでなく、剣術も尋常ならざる腕前だからだ。多くの練士は知らないかもしれないが、この方は多方面においてその名を馳せる有名人なのである。本人はそのことを表には出さないから、知る機会が少ないという理由もあるのだが。

 

そんなことを考えているうちに2階の206号室に辿り着いた。女子用フロアの1階106号室から男子フロア2階206号室で寝泊まりする初等練士は、全員庶民出身である。

 

10人部屋であるが今は俺以外誰1人いない。約2名はまだ練習に励んでいるだろうからいないのだろう。206号室には傍付きが3人だけなので、どうしても他の7人とは生活リズムがずれてしまう。だからといって仲が悪いということはない。むしろ仲は良い。

 

俺は怪我防止のためにつけていた肘と膝のサポーターを外し、自分の棚に投げ込む。そして残りの2人が戻ってくるのをベッドに腰かけて待つ。

 

〈傍付き〉というのは、初等練士成績上位12人のことを指している。そして上級修剣士である12人の身の回りの世話をすることになる。その見返りで直接指導してもらえるというご褒美があるのだ。俺は(オカマかどうかはさておき)性別が同じだったので、それほど気にはならなかった。だが友人である1名の上級修練士は、女性であるため素直には喜べないらしい。

 

別に危ないことを命じる先輩でもないし、それをまともに言うことを聞く人間性でもない友人なので気にしてはいないが。本人は女性と剣を交えることをあまり喜ばないが、先輩から学ぶことが多くまた楽しいからか笑顔を絶やすことはない。

 

もう1名も素晴らしい先輩にしごいてもらっているからか、最近技が重くなったような気がする。まだ負けるとは思っていないが注意していいかもしれない。

 

俺と2人の順位は1つ2つしか変わらないのだから。

 

「あ、カイト(・・・)だ。もう帰ってたのかい?」

 

最初に帰ってきたのは、残り2人のうちの真面目な方だった。

 

「20分の遅刻だぞユージオ。最後だから仕方ないけどな」

「いやぁ、ゴルゴロッソ先輩の部屋で話し込んじゃってさ」

 

亜麻色にグリーンの瞳をしたユージオが言うゴルゴロッソ先輩とは、上級修剣士三席のゴルゴロッソ・バルトーという巨漢な男子生徒のことだ。腕前はその順位に恥じないものであり、まるで地に生えた根のように地面から離れることがない構えは、圧巻の一言だ。

 

ついでに言うと、もう1人の友人が傍付きとして仕える生徒が次席である。成績によって順位が決まるので、上位成績者に選ばれることは確かに名誉なことであるが、すべてが成績ではないと俺は思っている。人間性がなければ、いくら腕前があろうと、ついてくる人間はいない。逆に腕前が人並みだろうと、人間性があれば自然と人々は集まってくる。

 

だから俺は2人が自分より成績が下にも関わらず、俺が仕える上級修練士より上の上級修剣士の傍付きとして稽古していようと文句はない。むしろ誇りに思えたりする。それだけ見込みがあるということなのだから。

 

「うぇ、2人とも揃ってんのか。最後の日もビリかよ」

 

20分後、ようやく最後の1人が帰ってきた。

 

「遅いよキリト」

「これは明日の安息日に、〈跳ね鹿亭〉の蜂蜜パイをおごってもらわなきゃな」

「あ、それいいね。よろしくキリト」

「…カイト、余計なこと言うなよ。ほんと勘弁してください」

 

黒目黒髪の友人のげんなりした様子に、ユージオと2人で苦笑している。その間にキリトはさっさと稽古道具を片付けていた。

 

「腹さ減ったべや。早く行こうぜ。間に合わないとまた嫌み言われるぞ」

「「どこの言葉遣いだ(よ)」」

「ふっふっふっ、〈アインクラッド流極意其の壱。《思い付いた言葉は躊躇わずに言う》〉だ」

「行こうかユージオ」

「そうだねお腹空いたし」

「無視すんなぁ!」

 

適当な言葉で誤魔化そうとした友人を放って、2人で部屋を出ていこうとすると後ろから叫ばれた。廊下に出るとキリトが俺たちの間に入って肩を組んでくる。

 

「あと1年だぜ。あと1年で俺たちの目的は目の前だ」

「そうだね」

「ああ」

 

キリトの力強い言葉に、ユージオとカイトは同じように力強く頷いた。




2名の名前は本名と作者が考えた名前で構成しております。


ベンサム・アンドラ・・・カイトの先輩であり上級修剣士第5位の猛者。

ギャルディーノ・クレイルス・・・ベンサムの友人であり上級修剣士第6位。


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休息

戦闘シーン下手だけど早く書いてみたい。

そして早く上級修剣士になったシーンも書きたい。


寮での夕食は夜7時までに食べ終えるべしという規則があるだけで、開始時間の午後6時に間に合うべしという規則はない。あるとすれば、お祈りの言葉を唱えないことへの忌避にも似た視線を向けられることだろうか。俺たちの場合、向けられる理由はそれだけではないのだが。

 

貴族出身の生徒からすれば、俺たちは〈平民出身のくせに傍付きとして働いている生意気なヤツら〉だからだ。学院では成績がすべてなので、地位ごときでなんだかんだ文句を言うのは少々大人気ない。実力がすべてといえどもそれは仕方ないことだ。他者より何か秀でる能力がなければ注目してもらうことはおろか、関心さえ持ってもらうことさえできないのだから。

 

俺たちは実力以外にも魅せる何かを持っていたから、選ばれたのだとも思っている。先に成績がすべてだと言ったが、それはこの学院内での話であって外に出るとそれは肩書きにしかならない。学院で剣術や〈神聖術〉が誰よりも上手かったとしても、いざ戦闘となって勝てません、使えませんでは意味がない。むしろそれは自らに汚名を着せることになるのだ。

 

〈学院首席〉という肩書きが一瞬にして、〈戦闘では何もできない腑抜け〉という天から地に落ちるほどの評価を下されることになる。だから俺たちはそうならないように、日頃の訓練を怠らないようにしている。まあ、俺は事情があって剣術においては本気を出していないが…。

 

そんなことを頭の片隅で考えていると、目の前に食堂の入り口が見えた。寮には男女合わせて120名が在籍しているが、その多さでも窮屈さを感じさせない食堂の広さに感動する。

 

〈セントラル・カセドラル〉にいた頃は人数のわりに広すぎて、逆に違和感が増し増しだったと思い返す。俺的にはこちらの方が性に合っているので有り難い。カウンターでトレイを受け取り、ちょうど3つほど連続して空いている席に滑り込む。着席と同時に午後6時を知らせる鐘が鳴ったのでほっと息を吐く。

 

〈公理教会〉に対する祈りを込めた(めんどくさい)聖句《アヴィ・アドミナ》を全員で唱えて、それから楽しみな夕食となる。メニュー的は、質素とも思える香草ソースをかけた白身魚・サラダ・根菜類のスープ・丸いパンが2個だ。

 

〈セントラル・カセドラル〉にいた頃は、満腹になるまで口にして良いという暗黙の了解があったが、俺は1度たりとも食いきれなくなるまで口に運んだことはない。テーブルには色とりどりの果物、東西南北セントリアでも料理名さえ出せば、通じるというほどの有名料理がところせましと並べられていた。

 

確かに〈整合騎士〉に出す料理としてはふさわしいものだろう。だが俺の口には合わなかった。美味いと口にできて腹が満たされても、心までは満たされなかった。どちらかと言えば、飾りとして使われていた果物の方が俺的には美味しかった。高級料理だからといって誰もが満たされるわけでもない。食材そのものの味を知ることが何より大切だとあのとき感じた。

 

だから学院で食べるメニューが不満ではなく、喜びあるものとして食せるのが嬉しい。ソースのかかった白身を口に運ぶと、酸味と苦味が絶妙にマッチしたソースに絡んだ白身が頬を緩ませる。ホロホロと噛まずとも口の中で崩れていく白身の旨味成分が、訓練での疲労を和らげてくれるような錯覚に陥りながら2口目、3口目と口に運ぶ。

 

「本当にここの料理は美味いよな。毎日似たような食事だけど味が異なるから飽きない」

「そうだね。〈ギガスシダー〉に向かって斧を振るってた頃のお昼はずっとパンだったし」

「前の日の売れ残りだけどな」

 

サラダを美味そうに咀嚼しながら、キリトは昔を懐かしむかのように呟く。俺もユージオが熱心に斧を振るっていた頃を思い出す。すると自然と笑みが浮かんでくる。小さな体に不釣り合いな重い斧を、汗を吹き出させながら懸命に振るっているユージオは可愛かった。

 

「満足できる食事だから、それ以上に望むことはないんじゃないかな」

「まったく羨ましいことですなライオス殿!」

「「「…」」」

 

背後から聞き慣れた気分をがた落ちさせてくれる声が響き、俺たち3人がげんなりした表情を浮かべる。

 

「我々が汗水垂らして掃除した食堂に、後から悠々とやってきて食べるだけとは。いや、まっこと羨ましい!」

「まあ、そう言うなウンベール。傍付きには我々に理解できないそれなりの苦労があるのだろうさ」

「それもそうですなぁ。聞くところによれば、傍付きは命じられたことをしなければならないとか」

「万が一《平民出》だの《禁令持ち》だの《変態》だのの指導生に付けられてしまった日には、何をさせられるか知れたものではないぞ」

「それは困りますなぁ」

「お前もそう思うかヒョールよ」

 

これ見よがしの言葉にせっかく美味しく食べていた食材が、いきなり何もなくなったかのように味を感じなくなった。飲み物であれば青汁になったと例えられたが、生憎俺の語彙力は高くないのでその程度にしか例えられない。

 

「無視しろ」と視線で2人に合図するが、腹が立つのは否めない。《平民出》がユージオの指導生であるゴルゴロッソ先輩を、《禁令持ち》がキリトのソルティーナ先輩を、そして《変態》が俺のベンサム先輩を暗に意味しているのは明らかだ。

 

尊敬する先輩を年下であり腕が劣る輩に言われるのが堪らないが、彼らの嫌みは今に始まったことではない。入学当初から被害に遭っていたのでもう慣れたものだ。この1年間での嫌みの回数は数えれば、数千回を越すのではないかとある意味称賛したくなる。まあ、そんな嫌みを含んだ賛辞を送るつもりは毛頭ないが。

 

腹が立つのが収まらないので、雑に白身魚へとフォークを突き刺す。そしてナイフで一口サイズに切らずにそのままかぶり付く。行儀の悪さにユージオからジト眼を向けられるが、ユージオも似た心境なのだろう。その行動を咎める様子はなかった。

 

それに「後から悠々と」というのがまたミソである。ギリギリになって入ってきたのは俺たち3人だけなので、意図的にからかっているのは丸わかりだ。こちらを意味ありげに見てくる視線を背中に感じながら食事を進める。

 

「もう少しの辛抱だよ。我慢しなって」

「それは俺よりキリトに言うべきだな。見ろ、今にも噛みつきそうな形相をしているぞ」

「え?…キリト、落ち着かないと〈神聖術〉の特別講義を行ってしまうけどいいのかい?」

 

ユージオの脅しにキリトは大人しく矛先を下ろした。キリトは入学当時から〈神聖術〉が苦手なので、親友であるユージオの授業とはいえ受けたくないのだろう。苦手な俺は、自分を棚にあげてキリトの左肩を軽く叩いてやる。

 

後ろで今なお高らかに捲し立てる3人のうち、灰色の髪をオールバックにしているのが、四等爵家出身のウンベール・ジーゼック。その隣で緩く波打つ金髪を背中まで長く伸ばしているのが、三等爵家出身のライオス・アンティノス。毒々しい紫の髪をスポーツ刈りにしているのが、ウンベールと同じ四等爵家出身のヒョール・マイコラス。

 

貴族の子供がこの学院に多く通うなか、一等爵家は特別待遇で直接指導してもらえるので基本的に学院には通わない。二等爵家といえば、首席のウォロ・リーバンテインなど数人しかいない。となると三等爵家はこの学院で言えば、地位は最上位と言ってもいい。だが何故あそこまで人の悪さを体現したような人間になれるのか疑問に思えてくる。

 

キリトの指導生ということで何度か会話をしたことのある、セルルト・ソルティリーナ先輩も三等爵家だ。とはいえ、善人のお手本と評価を出せる女性(ひと)と言える。3人の発言は〈自分たちは傍付きではない〉と公言しているのと同様。それはつまり彼らが初等練士上位12名に名を連ねていないということである。

 

順位が低いということは、成績が悪いということなのだが果たしてそうだろうか。三等爵家や四等爵家出身の彼らなら、幼い頃から剣の手解きを受けていたはずだ。そんな彼らがその程度の実力で留まっているはずがない。

 

彼らはプライドが無駄に高いので、上級生とはいえ自分より下の地位の者にはあれこれ命令されたくないから、意図的に順位を下げているのではないのだろうか。それを総称して〈自尊心の塊〉だとキリトは言うが、まさにその通りだ。彼らほど自分たちが上であると行動で示す輩には出会ったことがない。

 

「傍付きとなって本当に腕が上がるのか気になりますなぁライオス殿」

「まったくだウンベールよ。もしかしたら稽古とは別の何かをさせられているかもしれないぞ」

「一体どのようなことなのか気になるなウンベール」

 

…まったく気品の欠片が微塵もない貴族である。彼らは「俺たちがやましいことをしている」のではないかということを言いたいのだ。近くでは似たような性格の貴族たちが、笑いを堪えて手で口を押さえている。さすがにここまでくると言い返さなければ気が済まない。せっかく最後にベンサム先輩から勝利をもぎ取ったというのに、これでは台無しではないか。

 

「…情けない」

「何か言ったかな?カイト初等練士」

「ああ、言ったさ。その程度の話でよくそこまで盛り上がれるものだな。高位貴族とは思えない行動だなって言った」

「「ぷっ!」」

 

俺が嫌みを一言に集約した意味を伝えると、キリトとユージオが噴き出すのを堪えていた。タイミングが悪ければ、キリトは口から水を噴き出していたことだろう。俺はライオスたちに向き直って率直に告げる。

 

「学院では貴族だろうと平民だろうと扱いは平等だ。俺たちが遅れてやってきたことを馬鹿にすることは、上級修練士次席・三席・五席を侮辱することに他ならないが?いくら三等爵家と四等爵家出身でも、それはいささか礼儀がなってないのではないだろうか。それとも上級貴族の礼儀作法のなかには、年上だろうと自分が気に入らなければ、不遜な態度を取ってもいいという項目があるのか?」

「貴様ぁ!上級貴族への侮辱は《禁忌目録》違反だぞ!」

「侮辱は間違ってはいないが誤解をしているようだな。《禁忌目録》第五章二節三項〈何人たりとも理由なく他人への侮辱行為を禁ずる〉。これが正しい文章だ。確かに俺は上級貴族である貴方たちを侮辱したが、それは理由あってのことであり、理由もなく(・・・・・)という意味合いじゃない。理解した(Do you understand )かな?」

 

ライオスたちを含む上級貴族が、苦虫を噛み潰したように顔を盛大にしかめている。これ以上やれば本格的な戦闘になりかねないため、潔く矛先を収める。

 

許可のない戦闘は〈禁忌目録〉で禁止されているので気にしすぎかもしれないが、次の検定試験で偶然に見せかけた事故を起こしてくるかもしれない。怪我の程度によるが、治療期間が延びれば、その分あいつらに順位を上げる機会を与えてしまうことになる。一度くらいならば構わないがそれが連続して起こると困る。そうなってくると教員が疑問を抱いて調査にでるかもしれない。といってもそれはまだ望み薄で期待しない方が身のためかな。

 

言いたいことを言い終えて自分の席に向き直ると、キリトが右手の親指を立ててニヤっと笑った。その横でユージオが「本音を言ってくれてありがとう。あまり無茶しないでね」という眼を俺に向けていた。

 

「俺の代わりに言ってくれて助かったぜ」

「いつかは言わないと面倒だしな。それに鍛練最後の日に言われちゃあ我慢できない」

「僕も似たような心境だったから気持ちはわかるよ。でも言い過ぎない方がいいかもね。次はどんな手で揺さぶってくるかわからないし」

 

ライオスたちは陰口を叩くのが趣味というより生き甲斐なので、その可能性は高いだろう。そしていつどこで何をしてくるのかわからないから余計に質が悪い。ある意味TPOを考えているのだが、それは違うことに使ってほしいと思うのは俺だけだろうか。

 

その後は2人を無視して最後の修練の内容について、夕食時間が終わるまで3人で仲良く和気藹々として話した。

 

 

 

時間は流れて消灯時間前。俺・ユージオ・カイトの3人は、初等練士寮の206号室で駄弁っていた。

 

消灯時間まで残り30分となった今、同じ部屋にいる7人はすでに布団に潜り込んでいる。布団に入ったからといってすぐに眠るわけではなく、同じようにもぐりこんでいる近くの友人と話をしている。どちらかが眠気に抗えなくなると、自然に会話は途絶えて眠りに落ちるという流れができている。それがこの1年でずっと続いてきた恒例行事だ。

 

別室の練士たちはどのように過ごしているかは別にして。

 

「こうやって話できるのも今日で最後か。早かったよな1年って」

「集中していたら時間なんてあっという間だからね。授業のあとに先輩たちとの稽古が安息日を除いて毎日あったし」

「授業で疲れていても稽古となれば疲労はなかった」

「「確かに」」

 

寝間着に着替えてソファーで会話している俺たちの雰囲気は、不思議なことに大きく似ている。性格は違えど体格や纏っている雰囲気が似ているため、三つ子と呼ばれてもなんとなく頷いてしまいそうだ。カイトがしっかり者の長男、ユージオが臆病でありながら優しい次男、そしてやんちゃな俺が三男といったところか。

 

カイトが悪乗りすれば、カイトとユージオの立ち位置が逆になるかもしれない。俺とカイトは悪戯をするときや考え付いたときの表情・言動・行動が、そっくりなのである。俺からすればそれも誉め言葉なのだ。

 

「入学当時、傍付きとして選ばれたときには驚いたけど一番驚いたのはカイトに再会したことだね」

「何も言わずに来て済まなかったな」

「怒ってないよ。そりゃいることには驚いたけど。それより会えた嬉しさの方が大きかったよ」

 

微笑み合う2人を俺は苦笑しながら見ていた。親友というものはどれだけ離れていても、心の何処かで繋がっている。そしてそれは決してなくしてはいけないものだと、ユージオから改めて学んだ。カイトという名の少年が俺はルーリッドにいた頃から引っ掛かっていた。何故彼が禁忌を犯したのか。そして何故〈公理教会〉に連行されたはずなのに、剣術院へ入学できたのか不思議に思っていた。

 

ユージオによれば「禁忌を犯した者は尋問の後に処刑される」ということだった。その〈処刑〉がどんなものなのかは誰も知らないからなんとも言えないが、字面からして生半可な罰を下されるはずがない。それなりの罰があるはずなのに、彼には何もなかったかのように見える。彼が隠すのが上手いのかもしれないが、俺的に隠しているようには見えないのだ。

 

アスナのように、人の中を見る眼を持たない俺が言っても説得力は皆無だが。

 

なんにせよ幼馴染と再会できたユージオの喜ぶ顔が見れただけでも、本心からよかったと思える。あとはもう1人とユージオが出会えば任務完了に近づく。俺は絶対に出会えると信じている。いや、会わせるのだ。無邪気に遊んでいた頃の3人に戻れるように力を貸す。それが右も左もわからなかった俺に、衣食住を与えてくれた相棒への感謝の印だ。これだけですべての恩を返せるとは思っていない。

 

きっとユージオはそれで十分だと言うだろう。でも俺はそれだけで足りると思っていないから、〈アンダーワールド〉を出るまで恩を返し続ける。

 

それが今の俺が最優先でしなければならないことだ。

 

「寝る前に最後。1ついいか?」

「なんだい?キリト」

「明日はちょっと一緒に来てほしいんだ」

「安息日だよね。いいけどどうして?」

あれ(・・)が完成するからじゃないか?明日は3の月の7日だから」

 

するとユージオはポンっと手を叩いて思い出した。

 

「そうだったねすっかり忘れてた。キリトがソワソワしてた理由がわかったよ」

「そ、そんなに露骨に出てたか?」

「「バッチリと」」

「そんなぁ~…」

 

キラキラさせていた眼が光を失って、少し長めの前髪の奥に消えていく。先程までの態度のギャップに2人は笑い声をあげた。

 

「まあ、キリトだし」

「キリトだもんね」

「そこまで言わなくてもさぁ」

 

キリトの文句をどこ吹く風とばかりに無視する。すると部屋のドアをノックする音が聞こえ、3人が背筋を伸ばして飛び上がった。

 

「やべ!」

「過ぎてたよ!」

「ではお先に!」

「「ずるいぞ(よ)!」」

 

消灯時間を過ぎても起きていることを、寮官のアズリカが注意しに来たのだ。一目散に寝室へと逃げ込んだカイトへ、2人の怒りが投げつけられる。カイトを追いかけて2人が部屋に入ろうとしたが、タイミング悪くも最凶の笑みを浮かべたアズリカに見つかってしまった。

 

その後、先に寝室へと逃げ込んだカイトを2人して連れ出す

嫌々言う自分の両手をガッチリとホールドしたキリトたちに気持ちが伝わらないことを理解したのか、カイトは脱力して引きずられる形でアズリカの前に立たされた。それから数分後、エントランスからアズリカの雷が初等練士寮全体に響いたとさ。

 

これがノーランガルス帝立修剣学院に残る一種の歴史になるとは、キリトたちは思いもしなかった。




楽しいね~アリシゼーション。


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対面

2年生書きたいな~と思いながら書いております。

ついでに言うと昨日、新刊買いましたよ~。アリスの猫耳?萌える!


安息日。それは〈天職〉から解放される日のことを言う。

 

といっても行商人などが休んでしまっては、日々の生活に支障が出てしまう。安息日といっても休めるのは一部の者だけである。

 

それはカイトたちも例外ではなかった。

 

 

仲良し3人組は、通りを横一列になりながら歩いていた。

 

「相変わらず活気があるなぁ」

「そりゃ学院の近くにある市場だからな。ここが活気に溢れてないと何かあったのかと疑ってしまうよ」

「2人とも会話するのはいいけど目的は忘れてないよね?」

「「もちのろん!」」

 

息の合った答えに2人は右手でガッチリと握り合う。その様子にユージオも苦笑するしかないようだ。

 

「モギュ、リーナ先輩はモギュ、今日1日モギュ、どうするモギュ、んだろうなゴクン」

「真面目だから対ウォロ先輩打倒戦術を練り上げてるかも」

「あり得るぞ。なんせ《歩く戦術総覧》と謳われる猛者だからな」

「モギュ、ふっふっふっ。モギュ、俺の先輩のモギュ、凄さをモギュ、知ったかい?ゴクン」

「「なんでキリトが誇ってるの(んだ)?」」

 

鼻が高いと言いたいのだろうが、なんとも覇気がない言い様だ。その原因としては、一心不乱に数分前に買った〈跳ね鹿亭〉名物、蜂蜜パイを頬張っているからだろう。まったくキリトのものを取りに行くというのに、腹の虫を鳴らすものを食するとは何事だ。そんなことをされると買いたくなるではないか。

 

今日は〈安息日〉のため初等練士である俺たちも、自由行動を許可されている。上級修剣士は明日の剣術試合、そして最後の順位を決めることになる試合のため各々が準備をしている。

 

稽古が禁止されている安息日をどうやって過ごすかが、翌日の試合結果に影響を及ぼすことは想像に難くない。寮から出て気分転換するもよし。自室にこもって翌日に誰と対戦しても勝つイメージトレーニングをするもよし。

 

次席のソルティーナ先輩は休息と稽古のメリハリがあるので、おそらく今日は英気を養っているだろう。逆に筋肉マニアでもあるゴルゴロッソ先輩は、座禅などをして意思力を高めているはずだ。ボン・クレー先輩はだって?あの人は部屋で………踊ってるかな?爪先で。それを見てギャルディーノ先輩が楽しんでると思う。2人は友人だし同室だから気兼ねなく、一緒にいるだけで英気を養えるはずだ。

 

たとえ翌日の試合で戦うことになっても、お互い手加減することはない。

 

四等爵家のアンドラ家の出身であるベンサム先輩、同じく四等爵家クレイルス家出身のギャルディーノ先輩は、お家のために負けられないのもあるだろうが、本気で戦う理由で一番の要因は〈友人〉だからだろう。

 

共に高め合い共に同じ屋根の下で過ごした〈友人〉だからこそ、手加減無しの試合を望む。

 

双方共に〈ザッカライト流〉や〈ハイ・ノルキア流〉といった有名な剣流ではなく、開祖が作り上げたオリジナルの流派で戦っている。おそらく2人はその流派をノーランガルス中に広めること、己の強さを確かめることを目的にこの2年間を過ごしてきたのだ。

 

それは並の努力では済まされないほど、苦しく困難に満ちあふれた険しい道だったのだろう。1年間しか近くで見ていない俺には、どれほどの困難さなのか推し量ることさえできない。できるとなれば、入学以来ずっと一緒にいたお互いだけだ。互いに伝統ある流派でない型を造り上げてきた共通点があったからこそ、今までやってこれたのだ。

 

伝統でない流派といえば、それはキリトが側付きとして仕えているリーナ先輩も同じだ。聞いたところによれば、遠い祖先が今は亡き皇帝の不興を買ったことで、〈ハイ・ノルキア流〉の伝承を禁じられた家系であるとか。やむなく新しい流派を作らざる終えなくなったセルルト家に生まれたことで、お二人に近付くことができたのだ。

 

誰もが気味悪がって近寄らない2人に、己から進んで声をかけたと聞いたときは心なしか嬉しかった。やはり人間性が高い人は周囲に流されず、己の意思をしっかりと持って動くことができるのだと実感した。仲良くなり、互いにオリジナル流派について語り合った3人は、負けたくない思いから可能な限りの時間を己を高めることに費やした。

 

その努力の甲斐があってなのか。リーナ先輩は入学当時五席だったのに対して、上級修剣士に上がるための検定試験では次席へと上り詰めた。

 

ベンサム先輩は二十位から十席へと。ギャルディーノ先輩は二十三位から十二席へと上った。そして今では次席・五席・六席という院を代表する剣士へと上り詰めている。

 

ちなみに入学当時から首席を独走しているのは、ウォロ・リーバンテイン上級修剣士である。

 

3人揃って上級修剣士の中でもトップクラスの逸材になれたということで、今では3人の心は深い絆で結ばれている。

 

リーナ先輩に仕えるキリトと次席、三席という上位を争っているユージオが側付きをしているゴルゴロッソ先輩、そして2人と仲の良い俺がいるので、〈安息日〉には自然と次席・三席・五席が集まる機会が多かった。

 

月一という行事であったが、誰もが少しは羽目を外して楽しめる1日だった。笑いあり(笑いすぎでの)涙ありといった年頃の少年少女の遊びだった。そういうこともあってか、俺たちは戦い方の違う先輩方の説明を聞いて、そのアドバイスを己の技として会得しようと必死になっている。

 

俺は〈整合騎士〉であるからして、剣技を習う必要が無いと思うかもしれないが。ところがどっこい、これが意外と面白いことに自分では気付かない戦い方があると知った。

 

え?どんなのか教えろって?無理言わないでくれ。それは先輩たちの極意だから俺の一存では説明できない。

 

3人で1ヶ月ぶりの〈安息日〉で、若干はしゃぎながら目的地へと歩を進めていた。店に行くところまでは楽しくてよかったのだが。強面の店主が額に青筋を浮かべてカウンターに立っていたので、その楽しみも何処かへと飛び去っていった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「見ろぃこの有様を!」

 

濁声と共に俺たち3人が萎縮して立っている前にある机へと、ガランガランと音を立てて四角い石版が幾つも投げ出された。擦り切れて厚さが2センチ以下にまで薄くなっているところを見ると、これは砥石として使われていたものとわかる。

 

東国特産の砥石〈黒煉岩(こくれんがん)〉は、通常どんなに使っても3年は保つと言われている。のだがこうして怒り心頭な様子と、投げ出された〈黒煉岩〉を見ると嫌な予感しかしない。

 

「ガキ共が知ってるかどうかは知らんがな。この〈黒煉岩〉の砥石は、普通ならば3年保つ。この剣を磨いた1年で6個も使い切ったわい!」

「…いや、もうほんとなんか。すんませんでした」

 

顔を真っ赤にしている細工師サードレに、キリトは誠心誠意謝罪をしている。若干現実逃避気味だが、そこは友人として目をつぶっといてやろう。ちなみに俺とユージオは店に入る前から嫌な予感がしていたので、店主が出てくるまでにキリトから少しずつ距離をとっていた。

 

キリトも不穏な空気を感じていただろうが、受取人が自分なので逃げるわけにもいかなかった。「帰りに蜂蜜パイを片手の数だけ買ってやろうか」とユージオと目配せで意気投合した。

 

「それで剣はできたんですか?」

「これまでの人生で一番の大仕事じゃったわい。閉店後にずっとやっていたというのになかなか進まなくての。弟子に店を全部任せてずっとやってようやく先日出来上がったわい。…ほれ、褒めんか!」

「は、はいぃぃ!さすがですサードレさん!〈北セントリア〉一番です!」

「〈北セントリア〉だけかぁ!?」

「〈ノーランガルス〉一番です!」

「やかましいぃぃぃ!わかっとること言うなぁぁぁ!」

「ひいぃぃぃぃ!」

 

…おっかねえなぁさすが強面な店主。あの腕白なキリトさえ何と言えばいいのかわかっていないし、膝が笑ってる。見てるこっちさえ震えるぐらいだから、自分が同じ立場だったら泣いてるかな。

 

「…おっかないね。僕だったら即倒するよ絶対」

「どっちかというと、あれはキリトに怒鳴り散らすことで鬱憤を晴らしているんだと思うぞ」

「何の?」

「造り上げるまで溜まりに溜まった疲労と怒りかな」

「怒り?」

「〈黒煉岩〉6個を使わされたこととか」

 

それ以外というと正直思いつかない。だからありえそうなことをユージオと話していたのだが。

 

「外野は黙っとれぃ!」

「「すいません!」」

 

サードレ店長に怒られたので〈騎士礼〉で謝罪する。今ここでやりとりをしているのはキリトとサードレさんだ。付き添いである俺たちが口を挟むタイミングではない。

 

「剣を見せてもらってもいいですか?」

「ふん」

 

鼻息で答えたサードレは、カウンターの下から両手を使って白い布にくるまれた物体を取り出した。ゴトンと重量感のある音を響かせてカウンターの上に置かれる。布越しにも感じる存在感は、〈整合騎士〉が持つ《神器》にも劣らない。

 

「ひよっ子よ、金あるか?」

「うぐ」

「じゃろうな」

「まあそうなるよな」

「なるね」

 

一から研いでもらうのだから、それなりの金銭はかさむだろう。工期1年と砥石6個ぶんとなると相当な金額になるはず。〈安息日〉になれば街に行って買い食いをよくしていたキリトは、これまでに稼いだ貯金がそれなりに減っている。

 

彼の残金で足りるかどうか微妙。いや、かなり不安だ。

 

お代がどれくらいになるかわからなかったので、俺もそれなりには持ってきているから足りなくなるということはないだろう。もしもの時のためにアドミニストレータから渡されていた金銭が役に立つかもしれない。

 

「たまには役に立つなアドミニストレータ」と最高司祭に対してあるまじき思いを抱きつつ、キリトが試し振りしているのを見届ける。片手剣縦斬りによる風圧を、キリトの背中越しに感じて笑みを浮かべる。キリトの剣を持つ姿は本当に似合っていた。

 

稽古用の木剣では感じないキリト本来の強さが滲み出ている。これが〈現実世界〉からやってきたキリト自身が持つ力であり、生きる活力なのだ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「いやぁ、最高の剣を持って最高のお菓子を食べるのは格別だな」

 

隣で満面の笑みを浮かべながら大好物の〈跳ね鹿亭〉名物、蜂蜜パイを本日3つ目を食しているキリトは幸せそうだ。

 

今食べている分はキリトが自分のお金で買っている。

 

枝でさえ持ち上げるのに苦労したが剣として出来上がった瞬間、また一段と重くなったこれを振ることができたら駄賃はなしということだったそうだ。そして文句なくキリトが試し斬りしたので、言葉通り無料になった。

 

キリトが本心から良い剣だと伝えたところ、作り甲斐があったと強面の顔に意外と愛嬌のある笑みを浮かべながら言ったそうな。まあこれから研いでもらうには、別料金がかかるということでキリトは凹んでいたが。

 

「帰ったら俺は試し振りしようと思う。先に部屋に戻っててくれるか?」

「見たかったけど僕はゴルゴロッソ先輩と話をする予定だったから気にしないで。キリトの気が済むまで振ってなよ」

「俺は見に行こうかな。部屋帰っても暇だしさ。それとも試し振りの相手をしようか?」

 

俺の提案に2人が眼をパチクリさせてビックリしている。そこまで驚く提案かと疑問に思ったが、キリトがあの悪戯小僧のような笑みを浮かべたので心配は杞憂に終わりそうだ。

 

「喜んでお願いしようかな。俺より上の剣術を持つカイト初等練士」

「こちらからもよろしくお願いしようアインクラッド流()キリト初等練士。じゃあ部屋から剣取ってくるから先に行っててくれ」

「了解~」

 

 

キリトと初等練士寮の前で別れて、自室へと向かう最中ユージオに声をかけられた。

 

「ねえカイト、今日は〈安息日〉だから稽古は禁止だよ。どうするの?」

「稽古じゃなくて試し斬り(・・・・)だよ。気にしなくても大丈夫」

「それって悪知恵だよ?」

「生憎俺はそれをしないと考えつかないのさ」

「今更だけどあまり危険なことはしないでね?もうあんな思い(・・・・・)は嫌だよ僕は」

 

先程までの笑顔が嘘のように暗くなり俯く。〈整合騎士〉に連行されたときに、ユージオが感じた感情は俺にはわからない。

 

もし俺がされる側ではなく見ている側だったら、どんな思いを抱いただろう。きっとユージオと同じように後悔していたはずだ。俺も二度とあんな思いをユージオにはさせない。だからそのためにも強くならなきゃダメだ。アドミニストレータを倒すために、必要な力をつけるために。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

俺は自室から愛剣を持って、キリトが待つであろう空き地へと足早に向かった。キリトがリーナ先輩と約束した時間は午後5時。それまでに試し振りを含めて、剣にある程度慣れておく必要がある。

 

1年間の〈お礼〉として見(魅)せるのだから、無様な失敗は許されない。先輩を落胆させないために、そして何より首席として卒業してもらいたいから、キリトは自分に似合わないと思いながらも剣術を披露する。キリトは誰かに見せるための剣術ではなく、誰かを守るための剣術を〈掟〉のようなものとして鍛練している。多くの人に助けられた経験から、誰かを守れるような強い人間になりたいのだ。

 

俺は初めから強かったわけではなかった。〈シンセサイズ〉された後に、剣術と神聖術の反復練習を数えきれぬほどさせられた。

 

術式で直接〈フラクトライト〉へ刻んでもよいのではないかと思ったが、どうやら刻み込むと〈フラクトライト〉を傷つけることになるようで、さすがのアドミニストレータもためらったようだ。

 

彼女が欲しているのは、命令通りに動く扱いやすい駒。〈フラクトライト〉が傷ついてしまえば、崩壊せずとも〈魂〉のない生きた屍と化するだけだ。それを避けるためにアドミニストレータは、《学習》という生物に与えられた行動で高めることにした。

 

と俺は考えている。あいつが〈フラクトライト〉のことをどこまで理解し、どこまで干渉することができるのかを俺は知らない。人の記憶を抜き出し、その人の人格を保ち続けられるという事象が許されることなのだろうか。

 

記憶とはあらゆるものと密接に複雑に絡み合って形成されている。例えば手を使ってパンを食べたとしよう。その記憶をどうにかして手を使って(・・・・・)食べた記憶だけを消す。するとパンを食べたという記憶さえ消えてしまうのだ。このように、簡単にはどんな手を使っても特定の記憶だけを抜き出せないはずなのだ。なのにアドミニストレータは容易く成し遂げてしまう。

 

それがただただ恐ろしい。

 

俺があいつに渡された〈神器〉を手に取ると、長期間持たれなかったことに対する不満とばかりに、愛剣が容赦ない重みを伝えてくる。しょうがないなぁとばかりに柄を撫でてやると、嘘のように大人しくなった。

 

時折我が儘になる相棒に苦笑してしまうが、ユージオも似たような性格なので、人間と剣とはいえ似た者同士だと思ってしまう。

 

足早に初等練士寮から出てキリトが待つ空き地へと急ぐ。広大な敷地面積を持つ学院を一通り見て回るのは、時間もかかり面倒なので、キリトの性格上たむろっているであろう辺りを見て回る。

 

〈連続技〉を練習するとなれば、キリトは隠れて取り組むはずだ。何故なら〈この世界〉において、〈連続技〉の流派は一つとして存在しないからだ。唯一あるのは〈アインクラッド流派〉だが、それはキリトが持ち込んだものであって、〈この世界〉に最初から存在したものではない。

 

見たことも聞いたこともない流派の練習となれば、安息日だとしても見物客が大勢とは言わないまでもある程度は来てしまうだろう。それも新しい剣を試し振りするとなるとそれ以上に増える可能性だってある。

 

それを考えるとキリトは、練習しても見つからないようにする場所で行うだろう。

 

果たして。

 

「発見、キリト初等練士」

「おわぁ!いきなり声かけるなよなぁ」

「じゃあどうやって話しかけたらよかった?奥義でも発動すればよかったか?」

「むむむむむむむ」

 

俺の勝ちである。口喧嘩で俺に勝てると思ったら大間違いだよキリトくん。

 

「じゃあ、始めようか時間ないし」

「頼むぜカイト」

「「セアァァァ!」」

 

呼吸が重なった瞬間、キリトは透明感のある漆黒の剣を俺は翡翠色の剣を抜刀した。発動する〈ソードスキル〉は単発斜め斬り《スラント》。右上から斬り下ろすと技の発動中心点で交錯する。

 

ライトエフェクトが激しく光り、刀身の接触点から火花がこれでもかというほど零れる。全力を出せば俺はキリトに勝てるだろうが敢えてしないのは、これが戦闘をするための戦いではなく単なる試し斬りだからだ。

 

なのに俺たちの眼には軽い気持ちのようなものは浮かんでいない。真剣そのもので本来の目的を忘れているかのようだ。

 

「同じ技とは思わなかったよ」

「キリトの得意技はこれだろ?なら最初に来るのはそれしかない」

「読まれたのか。じゃあ次はどうだ!」

 

鍔迫り合いを解除して互いに3mほど距離をとる。右腰に構える予備動作は、単発水平斬り《ホリゾンタル》だ。それを見た俺は同じ構えをとった。同じ技であればあとはイメージ力が勝敗を決する。どれだけ想いを乗せるかが勝利への鍵となるのだ。

 

「っし!」

「ふん!」

 

腰と軸足回転、そして踏み込む足の三段ブーストでどうにかキリトの攻撃を捌く。どうにか弾けたのはいいが、初撃を先に発動させたキリトが優位なのは変わらなかった。するとキリトが左肩に担ぐように剣を引く。見たことのない構えに、俺はどう対応すればいいのかわからなかった。取り敢えずはどの方位からも対応できるよう、キリトの動きに感覚をすべて注ぎ込む。

 

視覚・聴覚・嗅覚。

 

戦闘で普通は使わない嗅覚まで使用するのは、人間にとってなくてはならない感覚器官だからだ。人間は情報の大半を視覚から得ているが、嗅覚だって非常になくてはならない感覚器官だ。

 

視覚では判別できない危険物を、臭いで判断することだってできるのだから。キリトから漏れるどのような技を繰り出そうとしているのか、フェイントを使おうとしているのかを嗅ぎわける。するとキリトの体が動いた。予備動作から少しの技の予兆さえ見せなかったことに驚愕し、本能的にバックステップで距離をとる。

 

「うおっ!」

「っ!」

 

鼻先をわずかに掠めた左上から右下へと振り下ろされた切っ先が、地面へと接近する。振り切る直前で跳ね返ると思われたが予測はむなしくも外れ、地面へと突き刺さる。キリトがダメージを軽減するためだろうか、20cmほど食い込んだ剣を背後に振り抜いた。その際の泥がわずかに俺へとかかるがもっとも最悪な問題が起きる。

 

振り抜いた瞬間に宙を舞った土と草の混合物が、今の今まで気付かなかった俺たちの背後にいる男子生徒の制服を汚す。

 

白に近いパールホワイトの制服に鮮やかなコバルトブルーのラインが走っている。基本色のグレーではない制服の色。それが示すのは上級修剣士のみ。そしてその特徴的な色合いの制服を俺たちは何度も眼にしている。恐ろしく堅く、重く強い剣を繰り出していながら普段の生活は不明。

 

傍付きでさえその真髄を見抜くことはできていないとか。薄い色の金髪を短く刈り込み、スチールブルーの(まなこ)を持つ生徒を2人は唯1人しか知らない。

 

「「ウォロ・リーバンテイン首席修剣士…」」

 

アインクラッド流の〈連続技〉を見られたくない人物の1人として、また見られていなくとも警戒しなければならない人物がそこに立っていた。




タノシイナーカクコトッテー


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作戦

今回は懲罰前の団欒です。

試合は次話ということで。


〈ギガスシダー〉。それは〈ルーリッドの村〉を開墾した当初からあった巨木の〈神聖語〉での名前だ。火をつけても燃えることはなく、斧で殴ろうものなら一発で刃こぼれしてしまうほどの優先度(プライオリティ)を持つ。

 

村の住民が考えうるすべての方法を試してみたが、どれもかすり傷以上の傷を付けることはできなかった。そのためこの巨木は《悪魔の樹》という縁起でもない名前をつけられるはめになったのだ。

 

300年かけて樹皮全体の1/4程度しか刻み込めなかったものを、ユージオはわずか8年で切り倒してしまった。その要因は、村に現れたゴブリンと戦ったからということだった。本来であればあり得ないことである。《ダークテリトリー》の〈人工フラクトライト〉が直接村にやって来て、殺戮を始めようとしたなど。

 

〈果ての山脈〉を定期的に〈整合騎士〉が見回っているのだが、そのわずかなタイミングを狙って外に出たとしたら、彼らを使役する長は統率のとれる優秀な〈人工フラクトライト〉と言える。そんな頭の切れる〈人工フラクトライト〉が、〈闇の軍勢〉に数多いればこの先起こる戦争での苦戦は免れない。〈整合騎士〉は数の劣性を覆すほどの実力者だが、時には数が物を言うこともある。

 

そのときにはどうするべきか。それは各々が気付かねばならないことであるため、今は一介の初等練士となっている俺がどうこう言える立場ではない。それよりもっとも優先することがある。下手をすれば退学扱いされるかもしれないのだ。特にキリトが。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

修剣学院大修練場においてキリトは、ウォロ・リーバンテイン首席と対面することになっている。何故そのようなことになったのかを説明すると長くなる。簡単に言うとキリトがウォロ首席の制服を汚してしまい、その懲罰として〈立ち合い〉をすることになってしまった。そのことが学院全体に広がってしまい、大事になったということだ。

 

そういうことで俺たち2人は、自室で正座しながらお叱りを受けている最中なのである。

 

「聞いてるのかなカイト!」

「聞いてなくもない」

「…〈神聖術〉の補習確定ね」

「…いや、ほんとなんかすんませんでした。つい熱くなっちゃって」

「そ、そうだぞユージオ。男なら剣を握ればだなぁ」

「僕に迷惑がかからなければね」

「「…」」

 

ぐうの音もでないとはこのことだ。普段は穏やかな好青年であるユージオが怒ると怖さが増し増しだ。優しい人ほど怒ると怖いというのはこういうことを言うのだろうか。裏表両方のアリスは優しいが、普段から怒らないからわからない。怒ったとしても〈いつもの〉アリスは満面の笑みを浮かべて、〈新しい〉アリスは無表情でヘッドロックしてくるだけだし。

 

ブルッ。

 

あ、やっべ、思い出したら寒気がすげぇ。やっぱ普段から優しい人の琴線に触れたら即死刑ってことが身に染みてわかりました。

 

「正直言うとキリトとカイトがこの1年間、問題という問題を起こさなかったのが奇跡なんだけどね」

「「め、面目ないっス…」」

「これっきりにしてくれるのであれば構わないよ。僕は巻き込まれ体質だから仕方ないのだけど」

 

う~ん、ユージオはどっちなんだろう。巻き込まれる回数の方が多いけど、実は巻き込んでいる事実があるんじゃないかな。俺たちが気付いてないだけで。

 

「カイト、何か文句ある?」

「ございませんユージオさん」

「よろしい。…それよりもキリト、対面では勝てるのかい?」

 

怒っているときとは違った真面目な顔で、ユージオは心配そうにキリトに問いかける。何をとまでは言わないが話の流れからして気付かないはずがない。それ関係で怒られていたのだから。

 

「勝てるとは言い切れないかな。リーナ先輩に一度も勝ったことないのに、首席に勝とうだなんておこがましいよ」

「自信を失うのはわかるよ。あの人の剣は人並みなんて言えないからね」

「もしかしてキリトは大事なことを忘れてないか?」

「「大事なこと?」」

 

2人が首を傾げながら復唱する。正座のままキリトに向き直ると、ユージオも正座をして同じようにキリトへと向く。

 

「この1年間、ずっとリーナ先輩と戦っていたからわからないのかもだけど、ウォロ首席とリーナ先輩にはとてもわかりやすい違いがある」

「戦術か?」

「そうだ。《歩く戦術総覧》と言われるだけあってリーナ先輩は前々から考えていた戦術に、試合のなかで見つけた相手の癖や動きなどを瞬時に把握して、これまでの情報をまとめた自分なりの戦術に組み込む。そしてそれを即座に発動して勝利してきた。でもウォロ首席は恐るべき剛剣で相手を圧倒して勝利してきた。簡単に言うと〈知識v.s.()力〉という人間が得意とする方法でそれぞれが戦ってきたんだ。キリトはどちらかと言えば力優先だろ?」

「ああ、強い技で相手を倒すのが好きだ。でもそれとどう繋がるんだ?」

 

ユージオはなんとなく察しがついているみたいだから嬉しいのだけれど、本当はキリトに早く気付いてほしかった。

 

「キリトは力技を好んで戦うけどリーナ先輩は知識で戦う人だ。こう言ったら2人に悪いけど、キリトとリーナ先輩はあまり合わない人間性なんだよ。でもこれまで2人にいざこざがなくむしろ関係を築き上げることができたのは、2人の人間性が相乗効果として成り立ったからだ。それは決して悪いことじゃないしむしろ誇りに思うべきことだよ。キリトは自分の内面を無意識に隠したがるから気付かないのだろうけどね」

「つまりカイトが言いたいのは、『力対力で今回は戦えるから負けることはない』ということだね?」

「こうやって励ましたあとに言うのは間違っているだろうけど、勝てるかどうかは微妙なところだ。最後にキリトが勝つために必要なのは〈想い〉だな。それがすべての命運をわける」

 

首席たるウォロ上級修剣士が、生半可なイメージ力であるはずがない。誰よりも強くあるために己を磨き続けてきたイメージ力は、〈整合騎士〉に軽く興味を持たれるほどなのではないだろうか。だがそれは俺の予測であって、古参の方々の意見を交えたものではない。

 

「〈想い〉かぁ。俺が込めるべきなのは自分で見つけなきゃダメだよな」

「他人に見つけてもらう手がないわけじゃないけど、それはキリトが自分で見つけないとな」

「思い浮かぶけどもそれでいいのかが悩みなんだよなぁ」

「何を考えたんだい?言いたくないなら言わなくてもいいけど」

「…リーナ先輩に首席を取ってほしいと思ったんだけど。ダメか…」

 

キリトの〈想い〉が意外なものだったので、俺とユージオは顔を見合わせる。キリトのことだから〈アインクラッド流〉のことを考えると思っていたのだ。だが実際は他者を思いやるというキリトらしからぬ〈想い〉だった。かといって決してキリトに人を思いやるという気持ちがないわけじゃない。むしろ誰よりもあるだろう。だがキリトは剣という限定的にされた条件であれば、流派などについて〈想い〉を込めると予想していたのだ。

 

だがそれはこの1年間、リーナ先輩に手解きを受けたからこその考えだった。傍付きとして仕えたのがリーナ先輩ではなく、ゴルゴロッソ先輩のような人であったならば、今のような回答を口にすることはなく、普段のキリトの〈想い〉を語っていたことだろう。そういう側面で言えばこの1年間は無駄ではなく、キリトという人間を確かに成長させてくれたようだ。

 

だが俺が求めている〈想い〉は、リーナ先輩との1年間で混合されたものではなく、キリト自身の〈想い〉を口にしてほしいのだ。キリトが〈この世界〉に来てから見て感じたことを。そしてキリトがこの先どうしたいのかということを自分の口で語ってほしい。

 

「キリトはどうしたい?リーナ先輩のためじゃなくて自分のために」

「俺のため?」

「今回の対面はキリトが主役だろ?だったらリーナ先輩のことを忘れて、自分のことだけを考えればいいんだ。キリトが今使える〈最高の連続技〉をその立ち合いで見せれば、先輩との約束も果たせてウォロ先輩と戦える。キリトがどうしたいかによって変わるけどな」

「俺の好きなようにすればいいのか…。俺は〈ウォロ先輩に勝って無礼を許してもらう。そして自分にできる最高の技をリーナ先輩に見せる〉。それが俺の〈想い〉だ」

 

キリトの本心が聞けたことで、俺とユージオは満足そうに頷く。キリトの眼には強い光が溢れ、負ける気など微塵もないと言っているかのように輝いていた。

 

「そろそろ5時前か。先に行って気持ちの整理してくるよ」

「気楽にやれよ」

「しっかりね」

「ああ!」

 

先ほどまで悩んでいたとは思えない清々しい笑顔を浮かべながら、初等練士寮を許される限りの速度で去っていく。

 

「僕は久々にカイトが格好いいと思ったよ」

「それはこの1年間まったく格好いいことをしてなかったと言いたいのかな?」

「そういうわけじゃないよ。カイトはいつだって僕の憧れだったんだ。小さな頃からジンクたちに虐められていた僕を守ってくれた。人数で負けていても僕が間違っていないことを信じて助けてくれた。嬉しかったけど何もできない自分が嫌だった。8年前だって、カイトとアリスが連れていかれたときに何かできたはずなんだ。なのに僕は何もできなかった」

「ユージオはもしかして恐怖することはダメだって思ってる?」

「え?」

 

言葉の意味が理解できないとばかりに、ユージオは眼をパチクリさせて俺に顔を向ける。深いグリーン色の瞳が夕焼けに照らされて不思議な色合いに変わっていた。何故かその色が焦燥に似た感情を沸き上がらせる。

 

「恐怖は人間になくてはならない感情だよ。怖くなかったら自分より強い相手だとわかっても逃げることはしなくなる。つまり命を無駄にしているんだ。『敵に背を向けるな』とか言うけど逃げてもいいことだってある。その場にいたら確実に死ぬなら逃げて勝つ機会を待てばいい。逃げてはならないときや逃げてもいいという線引きは、人それぞれだろうけど恐怖を感じることに間違いなんてない」

「カイトでも怖いことあるのかい?」

「そりゃあるさ。ウォロ首席と真剣勝負をしようだなんて思いたくないよ。あんなに強い人と剣を向け合うってだけで手が震えそうだ。それに〈天職〉で《狩人》をやってたのもあるかな」

「キリトは怖くないのかな」

「怖いさ。強者ほど恐怖という感情を否応なく知らされるというか知っているからな」

 

キリトは強い人間だ。己の意思を持って前に進む力を持っている。ユージオだってキリトとは違った強さを持っているが、本人は気付いていないようだ。誰にでも優しく接することはそう簡単なことではない。

 

自分を見下すような人間に嫌悪感を抱いたとしても、本心からその人を憎むことはできない。ユージオは優しすぎるから自分の気持ちに素直になれない。それがまた〈ユージオ〉という人間であり心安らぐ存在であるのは確かだ。

 

偉そうに人のことを評価しているが、結局のところ俺は自分の強さを詳しく知らない。あるのは《転生》した際に与えられた特典程度だろう。それを除いてしまえば、俺という人間には何が残るのだろうか。

 

たまに俺は俺がいなくなっても、〈この世界〉から消えても気にする人間はいないのではないかと思ってしまう。

 

キリトやユージオのように突出した印象に残る面影もないし抜きん出た才能も無い。でもいなくなればアリスの側にいられなくなるということになってしまう。違う世界に生きていた存在とはいえ、本当に心から愛している女性と永遠の別れをするのは苦しい。身を裂かれるような痛みと形容されるものだろうか。アリスの笑顔が見れなくなると考えるだけで左胸が鋭く痛む。

 

天真爛漫な〈昔〉のアリス。無口だが愛情をくれる〈新しい〉アリス。どちらもこの手から離したくないと心の底から思う。たとえ自分の命と引き替えにアドミニストレータを殺したとしても、俺はアリスを愛し続ける。

 

「キリトには勝ってもらわないとね」

「そうだな、それでこそ俺たちの師だ。負けたらあいつが大好物の〈跳ね鹿亭〉名物、《蜂蜜パイ袋一杯を目の前で頬張る刑》に処しようかな」

「クスッ、それは面白そうだね。どっちに賭けようか」

「友情を優先するならばキリトの勝利で、欲を優先するならウォロ先輩の勝利だな」

 

キリトが初等練士寮から出て走っていく後ろ姿を、2人して窓から見下ろしながら会話を続ける。

 

「難しいなぁ、どっちもというのはダメ?」

「上目遣いで聞いても許可しないぞ。親友なら信じてやれよ」

「と言いつつも実は、カイトもキリトが負けることを望んでいたりして」

「…ははははは。ま、まさか…」

 

「君のような勘の良いガキは嫌いだよ」って言ったら何を言われることやら。そんな言葉をさすがに口にはしないけどね。だって神経質で心配性なユージオくんですから!

 

「…カイト、今僕のこと内心で馬鹿にした?」

「ま、まさか~」

 

ユージオに軽く睨まれてwついついキリトのように右手で後ろ髪をかいてしまう。

 

「今のはキリトが誤魔化そうとする仕草だよ!やっぱり馬鹿にしてたんだ!」

「うわぁ、誤解だユージオ!キリトのせいなんだよ!あいつが悪い!」

「人の所為にしたらダメだよカイト!」

「すいませんでした!」

 

そんな仲の良い会話が初等練士寮206号室から響いていたと205号室の住人から情報提供があった。




作者が格好いいこと書きたくて書いた話でした。語彙力も表現力もない作者からしたらこの程度が限界です。

誰もが特別なわけではなく、平凡な能力でいることは普通であると思うんです。作者もこれといった特徴がないので言えるのかもしれません。

あるとすれば趣味にのめり込むと周りが見えなくなることでしょうか。

↑これって特徴でいいんでしょうか?


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懲罰

長いなぁ。長くしようと思ったら一万字超えちゃった。

わりと作者的には凝って書けたかなと思います。


3人での作戦会議を終えた俺たちは、〈立ち合い〉が行われる修剣学院大修練場に来ていた。観戦席と思われる2階から試合場を見下ろす形で座る。俺の隣には、さも当たり前かのようにユージオが座るが、その顔は不安で彩られていた。

 

「ユージオ、キリトを信じろ。俺たちの師がそう簡単に負けるわけがない」

「わかってるんだけどね。でも首席が相手だから不安で」

「そこがまたユージオの優しさで長所なんだけどな」

「短所もあるって?」

「気弱なところ。なんでもかんでも深く考えすぎだ」

 

ユージオは物事をしっかりと見定めてから行動を開始するタイプだ。だからこういうことに関しては、ネガティブ思考になってしまうのかもしれない。反対にキリトは考えるより行動優先なので、空回りしなくもないことがある。対して俺はというと、2人を足して割った立ち位置だと思う。

 

時にはユージオのように物事を見たり、時にはキリトのように行動を先にしたり。そして空回りしてキリトと共に、ユージオからの雷を落とされる羽目に遭う。さして問題がないからずっと一緒にいられるのだろうが。

 

ウォロ首席とキリトが剣を鞘から抜くと、感嘆とどよめきが混ざった歓声が上がる。一方は見るだけでその存在感を刻み込まれる代物、もう一方は刀身だけでなく全体が黒一色である剣に向けられたもの。存在感はキリトの剣が上だが、それに劣らぬとばかりにウォロの剣からは陽炎が揺らいでいるように見える。

 

「おやおや、辺境では剣に墨を塗る風習でもあるのですかなぁライオス殿!」

「そう言ってやるなウンベール。傍付きは忙しくて剣を磨く暇もないのだろうよ」

「まったくライオス殿の意見は的を射ておりますなぁ」

「お前もそう思うか?ヒョールよ」

 

ライオスが哄笑しながら毎度の皮肉で返すと、貴族出身の生徒たちから失笑が上がった。それを聞いた俺はぶん殴ろうと立ち上がろうとしたが、ユージオが羽交い締めにしてくるので、近くまで歩み寄ることができない。

 

「離せユージオ。俺はやらなきゃならないことをやる」

「離したら終わりだよ、色々とぉ!もぅ暴れないのカイト!」

「あいつらを斬る(kill)!」

「それ一番やっちゃ駄目なやつ!また連行されるよ!」

「構わねぇ!親友を侮辱されて黙ってられっか!」

 

なおもギャーギャー喚く俺の声がキリトにも届いたのか。キリトがあの剣を振って、「落ち着け」と催促している。尚も暴れようとした俺だが、この場で一番精神的に疲れているはずのキリトに言われてはそれ以上何もできなかった。渋々ではあったが腰を下ろすると、ユージオは少なからず安心したようだ。

 

「まったく喧嘩っ早いんだからカイトは」

「…ユージオは不満じゃないのかよ」

「不満だよもちろん。でも僕は怒りを表に現すことが苦手だし、僕の代わりにカイトが怒ってくれるからそれでいいんだ」

「自分の意思を持とうぜユージオよ」

「善処するよ」

 

ユージオの穏やかな笑みを見て、俺も通常運転に戻ったようだ。その間にキリトがリーナ先輩と手短に話をし終えて剣を構えた。

 

ウォロ首席が重く(剣の重量ではない)、されど軽い動きで剣を大上段に構える。その構えは〈ハイ・ノルキア流《天山烈波》〉だ。キリトの指導士であるリーナ先輩を、これまでの検定試験にて何度も敗北させた奥義。

 

その技の強さを眼にしているからか俺は手に汗を握っていた。

 

「カアッ!」

「ぜあっ!」

 

2人がまったく同時に動き、互いの奥義をぶつけ合う。おそらくキリトの奥義を大勢は、〈ノルキア流《雷閃斬》〉だと認識しただろう。俺・ユージオ・リーナ先輩・ゴルゴロッソ先輩・ベンサム先輩は、単発技を繰り出すとは予想していなかった。

 

読み通りキリトは〈アインクラッド流単発技《バーチカル》〉ではなく、四連撃《バーチカル・スクエア》を繰り出した。

 

直接戦ったわけではないゴルゴロッソ先輩やベンサム先輩でさえ、キリトが〈連続技〉を使うと予想していたのは、剛剣であるウォロ首席の技が、生半可な技では防げないとわかっていたからだ。使うならば、〈連続技〉で何度も《天山烈波》へぶつけて威力を削いでいくしかない。初等練士であるキリトが、上級修剣士ウォロ首席に勝つにはそれしかないのだ。

 

2年間独学で学院にて鍛え、幼き頃から鍛練したウォロ首席が繰り出す技はそこら一介の衛兵隊長でも防ぐことはできない。だからキリトは〈連続技〉を選択した。

 

キリトの剣が二度弾かれるが、ぶつかり合う度にウォロ首席の剣速も鈍っていく。ついに三撃目に繰り出した上から下への垂直斬りで拮抗した。ウォロ首席とキリトの剣が放つオレンジ色とブルーのライトエフェクトが、激しくぶつかり合って修練場を白色に染め上げる。ウォロ首席と拮抗していることに多くの生徒がどよめく。リーナ先輩が力で勝てないのを理解しているからか、剣での鍔迫り合いは一度も見たことがない。

 

他の上級修剣士でさえ、そのような状態まで持ち込むことは不可能だ。持ち込めたところであっという間に力に押し負けるのだが、キリトは足を引くこともなく前に進もうとしている。鍔迫り合いから一転してキリトが四連撃目を繰り出すが、リーチの短い〈ソードスキル〉では僅かな距離で届かない。最後の攻撃による隙をウォロ首席が見逃すはずもなく、鋭く重い右薙ぎ払いがキリトに迫る。

 

だがそれも予測していたのかキリトがステップで避ける。そこからは、もう常人の動体視力では追い付けない高速戦闘が始まった。

 

「かあぁぁぁぁ!」

「はぁぁぁぁぁ!」

 

ウォロとキリトが気合いを迸らせながら高速で剣を振り合う。型を無視し、ただただ剣を振るう。ウォロ首席は帝国騎士団剣術指南役という家名を汚さないために、キリトは自分のためにがむしゃらに剣を振るう。

 

2人に映るのは目の前にいる勝つべき存在唯一人(ただひとり)。歓声は聞こえず生徒の存在も感じない。脳を占めているのは相手の動きを予測するための視覚、呼吸を聞くための聴覚からもたらされる僅かな情報。キリトは久々に感じることのできた感情に歓喜していた。強敵という言葉では足りない相手と出逢えたことが嬉しかった。普通に生活していれば、関わることのなかった人と剣を交わせることができた。

 

それだけでも嬉しかった。

 

「ぬう…んっ!」

「っ!」

 

再び鍔迫り合いになると、ウォロ首席からとてつもない圧力を感じた。どれほど腕に力を込めても押し返すことはできない。一瞬でも気を抜けば腕ごと切り落とされる。それほどまでにウォロ首席の剣は重い。

 

〈私は…負けられんのだ!〉

 

そんな声が聞こえたような気がした。その瞬間腕にのし掛かる重みが倍増する。全力でようやく互角だったというのに、それ以上の力を出されてはこちらも耐えられない。徐々に俺の剣が押し戻されていく。このまま押し戻されれば俺はきっと負ける。負ける?そんな結果にしてたまるか!俺は、俺は勝つんだ!誰だっていい、自分のためでも相手のためでも俺が勝つために力をくれ!

 

ドクン!

 

〈想い〉を心のなかで吐き出すと剣が拍動した。まるで生き物のように魂を持った動きだ。眼を見開いている間にも変化は続いていく。キンキンと音をたてながら刀身が伸びていく。それと同時に柄も片手で握るのがやっとだった広さから、両手持ちにできるほどにまで広がる。

 

俺は驚くより先に、左手を右手の下へと移動させて力強く握る。両手で握ると安心感と高揚感が体を走った。まるで水を得た魚のように元気になる。今までの疲労が消えたかのような錯覚に陥る。気付かずに浮かんでいた薄い笑みを引っ込めて、鋭い眼光でウォロ首席を見据える。

 

ウォロ首席、俺は貴方の〈想い〉が口や形だけのものだとは思いません。でも俺だって負けていられないんです。貴方が勝つ理由と俺が勝つ理由は違っても、求めることは根本的に一緒だからです。誰にも負けたくない。ただそれだけで剣の重さが変わる。

 

だから俺も全力でいかせていただきます!

 

俺が剣に全体重をのせて押し戻そうとすると、ウォロ首席も負けじと剣に力を込めてくる。押し負けるように見せかけて俺は半身になり、ウォロ首席の左を転がるように抜けた。俺が横に避けたことでウォロ首席は大きく体勢を崩している。最初で最後のチャンスだと俺はすべてをこの瞬間にかけた。

 

右腰に剣をためて振り向くと同時に、強く床を左足で蹴る。俺が奥義を発動すると読んでいたのだろう。ウォロ首席が距離をとろうとするが俺の方が迫るのが速い。

 

右手を懸命に伸ばしてリーチを可能な限り伸ばす。だが惜しくもウォロ首席には届かない。剣先が制服の腹部の繊維を数本切り取っただけで留まってしまう 。もともと突進技ではない〈単発水平斬り《ホリゾンタル》〉 は、射程距離がかなり短い。だから足による蹴りと右手を伸ばす二段ブーストでも、俺から距離をとったウォロ首席には届かなかったのだ。

 

「そこまで!」

 

生まれた極わずかな停滞を鋭い声が貫いた。剣では届かない間合いをとって剣を下ろすと、眼前に立つウォロ首席も戦闘体勢を解いている。そればかりか剣を鞘に納めて俺に歩み寄ってくる。

 

「あの方の裁定であれば従わぬわけにはいくまい」

「な、何故でしょう」

「あの方は7年前の四帝国統一大会に於ける、ノーランガルス北帝国第一代表剣士だからだ」

 

ぬわんだってぇ~!?俺たちが目指す最後の難関であるあの大会に出ていただなんて。…俺はなんて人に言い訳をしていたのだろう。謝らねば、この後でも可能な限り早めに謝罪せねば俺の命はない。文字通りになぁ!

 

「キリト初等練士、素晴らしい腕だった。卒業試験前に貴殿と剣を交えることができて嬉しく思う。初等練士がこれほどまでの腕をしているとはな。私もまだまだ鍛える余地があるようだ」

「ウォロ首席と互角にやり合えたのはこの剣とリーナ先輩、そして親友2人のおかげですよ」

 

先程までの気迫が嘘のように感じられるほど、穏やかな笑みを浮かべるウォロ首席に謙遜する。振り返るとカイトが親指を立てて笑顔を浮かべ、ユージオは涙を浮かべながら微笑んでいる。周りを見渡せば、多くの生徒たちが立ち上がっていた。割れんばかりの拍手を俺とウォロ首席に送ってくれている。

 

「いつの間にこんなに」

「私も終わるまで気付かなかった。それほどまで戦いにのめり込むとは私も自分の集中力に驚いた。君を側付きとしていれば、もっと早くに高みへと至れていたのかもしれんな」

「ウォロ首席、それは…」

「わかっている。これを言ってしまえば、この1年間私の傍付きをしてくれていた初等練士に無礼だろう。だが君を指名していれば、別の道を歩めたのかもしれないと思うことを今だけ許してほしい」

 

そう言って俺の右手を握って掲げる。すると先程の倍と思われる歓声と拍手が試合場を満たした。

 

 

 

キリトがウォロ首席と引き分けた瞬間、俺はユージオと同時に飛び上がって喜んだ。

 

「カイト、見たかい!?」

「当たり前だ!キリトがあのウォロ首席と引き分けた瞬間だ。この眼で見れるなんて最高だよ!」

 

初等練士が上級修剣士、それも首席と引き分けに持ち込むなど誰が予測できただろうか。キリトだから成し遂げられたことであって俺やユージオでは決してできない事だ。強さを求めたことで、剣がキリトの〈想い〉を感じ、力を貸したのではないだろうか。

 

キリトが片手持ちから両手持ちに移行する前、剣から鼓動のようなうずきを感じた。「早く戦わせろ。自分と共に戦おう」と催促するかのように。キリトがこちらを見上げてきたので、右の親指を立てて笑顔を送る。キリトも笑顔を浮かべ、引き分けたことに対する喜びを正直に伝えてくれた。

 

だが俺は重大なミスを見落としていた。その時には気付かず、後々人傷つけてしまう結果になる予兆を…。ライオス・ウンベール・ヒョールが屈辱に耐えている姿を…。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

リーナ先輩の提案で〈引き分けおめでとうの会〉を開催することとなった。ユージオ・ゴルゴロッソ先輩・カイト・ベンサム先輩を含んだみんなで、楽しく語り合いながらワインを開けて飲んだ。秘蔵の百年ものまで飲むことになったので、少々酔いが回ることになってしまった。

 

ユージオはともかく、意外にも筋肉マッチョであるゴルゴロッソ先輩と慣れていそうなベンサム先輩が2杯で顔を真っ赤にして撃沈したのには驚いた。酔いつぶれたユージオ・ゴルゴロッソ先輩・ベンサム先輩をそれぞれの部屋に運んだ後、俺は酔い覚ましのために初等練士寮の外へ出ていた。

 

寮から少し離れた場所にある噴水を眺めることのできるベンチへと小走りで向かったのだが、そこには既に先客が来ていた。

 

「カイトも酔い覚ましか?」

「キリトか。星を見ていたんだけどそれも間違いじゃないかな」

「隣に座っても?」

「構わないさ」

 

許可をもらってから隣に腰を下ろす。〈光素〉によって明るく照らされた花畑と噴水が、美しさと儚さのマッチングした風景を見せてくれる。四大聖花の一つ、春に咲く《アネモネ》が一面を埋め尽くす光景は見事だ。院の教師が毎日手を抜かずに手入れしてくれている。だからこうして乱れのない絵画のような光景が生まれるのだ。

 

「何度も言ったけど〈引き分け〉おめでとうキリト」

「ありがとうカイト」

 

カイトが持つ日本で言う緑茶のようなお茶を煎れたお湯のみと、俺が持つお湯のみを軽くぶつける。口内に広がる苦みと鼻から抜ける酸味という今までに味わったことのない味に舌鼓を打つ。

 

「これ高かったんじゃないか?」

「ふふふふふ、これがなんと安かったんだな。季節外れにできた葉らしくて、誰も買ってくれないと嘆いていた商人に買うって言ったら半額で売ってくれた」

「いい商売してるよ」

「同感」

 

カイトと話していると酔いが抜けてきた。もしかしたら今飲んでいるお茶には酔い覚まし効果、または酔いの分解を促進させる物質が含まれているのかもしれない。

 

「カイトは星を見て何を考えてたんだ?」

「俺が禁忌を犯した理由はユージオから聞いてると思う。あの時俺は歩み出すアリスを止められなかった。星を見るとそのことばかりが頭の中に浮かぶんだ。あの時俺にもっと力があれば、アリスを引き留められたのかもしれないのにって」

「アリスは禁忌を犯すようなまたは触れるような子だったのか?」

「まさか。誰より敏感だったけど、その分抜け穴を見つけるのが得意だったよ。今のキリトみたいに悪戯っ子だったからな」

「この野郎」

「怒んなよ。事実じゃないか」

 

まったくこいつは一言余計だっての。でも言い方が優しいし本気で言ってないから嫌な気持ちにはならない。むしろそれを楽しんでいる俺がいるからそれはそれでいいのかも。

 

「アリスに手を向けた騎士が何かしたんじゃないかってずっと思ってるんだ。助けを求めるかのように向けられた気がするんだけど、今ではそれが事実なのかわからない」

「操られたって言いたいのか?」

「さあね。あの時は俺も幼かったし理解できるほどの知識も無かった。今でもあれが何だったのかわからない。この歳であの事態に遭遇していたとしても解えは出なかったと思うよ」

「そうか。俺はカイトがユージオに隠していることがあるんじゃないかなって思ってる。俺にも隠していることも。もちろん話せないことなら言わなくていい。誰にだって隠したい過去はあるだろうし、言いたくないことだってあるはずだ」

 

カイトの眼を見ながら俺は聞いてみた。漠然とした問いではあったが、カイトも理解してくれているようで聞き返すことはなかった。疑問を感じたのは初対面のときだ。何故〈公理教会〉に囚われた彼がここに来ているのか。何故アリスは来ていないのか。

 

「…キリトの言う通りだよ。俺は2人に隠していることがある。でも話すわけにはいかないんだ今は(・・)ね。話すべき時が来るまで待ってくれないか?その時になったら必ず話す。〈公理教会〉に囚われたはずの俺が何故ここにいるのかを」

「話しても良いのか?」

「いつかは話さなければならないことだからね。遅いか早いかの違いだからキリトが気にすることはないさ。今言えることといえば、『ある目的でここにいる』ということだけだ」

「ある目的?」

「これ以上はまだ話せない。いずれ知ることになるからね。それにしても今日ここまで飲んで大丈夫なのか?明日は卒業試験だっていうのに」

「…まあ大丈夫じゃないかな?先輩たちだし」

 

露骨な話題転換だったが、俺も危惧していたことなので無視することはできなかった。軽く酔いが回っているリーナ先輩はともかく完全に出来上がってしまったゴルゴロッソ先輩とベンサム先輩が大丈夫なのかが問題だ。明日の試合時間までに起き上がれなかったり、起きていたとしても体調不良だったらどうしようと考えてしまう。だが酒は自己責任なので、結果がどうあれ俺たちに責任がないはずだ…。

 

「キリトさんよ、今自分は責任ないとか思ったよな?」

「うぐっ!…いや酒は自己責任だし」

「酒を飲むことになったのはキリトが引き分けた(・・・・・)からだよな?それから泥をつけなければこうならなかったよな?」

 

チーン。

 

人界歴384年3月7日、俺の精神(メンタル)は死んだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

3月の末。セルルト・ソルティリーナ次席上級修剣士は、〈卒業試合〉卒業トーナメント決勝戦でウォロ・リーバンテイン首席上級修剣士を激戦の末に破り、北セントリア修剣学院を第一位の成績で卒業した。

 

ユージオが傍付きを務めたゴルゴロッソ・バルト-上級修剣士は第三位、カイトが傍付きを務めたベンサム・アンドラ上級修剣士は第四位、その友人のギャルディーノ・クレイルス上級修剣士は第五位の成績で卒業。ユージオは卒業式のあとにある僅かな時間を話し合いで終わったとか。カイトの指導者の場合、ベンサム先輩が大声で涙を流しながら自分の傍付きと話しているギャルディーノ先輩に抱きついたりと、てんやわんやだったそうな。どちらも先輩らしくて苦笑しかできなかったけれども。

 

俺の場合は念を押されたな。酔いが回ったリーナ先輩が恋人のように俺にひっついていたことを。リーナ先輩は酔っていても記憶が残るそうで、顔を真っ赤にさせながら俺を脅したよ。あの凜とした面持ちのリーナ先輩の可愛らしい表情が見れたから、ある意味いい思い出だ。

 

本当の別れ際に「なんなら私を迎えに来ても良いぞ」と本気なのか冗談なのか判別のつかない言葉を残していった。俺も混乱したので「善処します」とだけ伝えておいた。俺はもともと〈この世界〉の住民ではないし、三等爵家のセルルト家のお嬢様を一介の平民が迎えるなどおこがましい。

 

万が一そうなったとしたら俺が婿入りになると思う。言っておくけど万が一だからな!?〈現実世界〉に戻れなかったらという仮定だからな!?そこ間違えないでよな!?

 

でも迷うよな。大切なアスナがいるといってもあんな美人に冗談で言われたら嬉しいさ。

 

 

人界歴384年3月31日 記入者 キリト

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

先輩方が卒業されてから時は流れて本格的な春を迎えた頃。僕は若干困惑していた。僅かながら現実逃避したいけど逃げるわけにはいかない。何故なら目の前には僕以上に緊張している生徒がいるからだ。

 

ユージオ上級修剣士(・・・・・・・・)殿、ご報告します!本日の清掃完了しました!」

 

灰色の制服を着込んだわずかに幼さの残る赤髪の少女が、きびきびという言葉を体現したかのように報告をしてくれる。緊張により直立不動になっている少女を僕はもてあましていた。できるだけ優しく接しているけれど、入学当初から傍付きになってまだ間もないから緊張が抜けないみたいだ。

 

僕も実際そうだったから理解できるし文句を言うつもりはない。キリトやカイトみたいに怖がらずにいれたら良かったけど、生来弱気な僕には無理な行動だよ。

 

読み古していた〈神聖術〉の教本から顔を上げて彼女を労う。

 

「ご苦労様ティーゼ。…それからごめんよロニエにユウキ(・・・)。いつも終わる頃には戻ってくるように言ってるんだけどね。特にキリトに」

「い、いえ掃除の完了を報告するのが傍付きの任務ですから!」

「そうです!」

 

キリトは何か理由を取って付けて逃げ出してしまうけど、カイトが遅いのが心配かな。普段だったら終わる5分前には僕の隣に座っているのに。

 

「本当にゴメンね。2人が望むなら傍付きを代えてもらってもいいけど」

「「とんでもないです!」」

「人の留守に何を言ってるんだ?」

 

そんな会話をしていると、入学以前からの相棒で親友のキリトが何故か窓から現れて見事な姿勢で着地した。

 

「キリト上級修剣士殿、ご報告します!本日の清掃終了しました!」

「はい、ご苦労さん」

「ただいまっと。キリトよ、ちゃんと正面ドアから入りなさい」

「あ、お疲れ様です。カイト上級修剣士殿、ご報告します!本日の清掃終了しました!」

「お疲れ様」

 

ちゃんと部屋のドアから入ってきたのは、幼馴染で親友のカイトだった。カイトが着ているのは灰色が少し混ざったような藍色を着ている僕と、キリトの漆黒を足して割ったような濃いめの群青色の制服だ。ただ一つ言えば、制服の第一ボタンを外して着崩しているのが残念で減点対象であることかな。ちょい悪感を出しているというのに、何故か格好良く見えてしまうのが不満事項だ。

 

「東三番通りから帰ってくるのは、この窓が最短距離なんだよ」

「余計な知識を3人に吸収させないでよ。キリトみたいになったらどうするのさ」

「ならないぞユージオ。キリトのこれは生まれたときから特有のものだ。誰にも伝染しないさ」

「俺の性格は病気じゃないぞ!」

 

キリトの怒りを無視して2人がどこから来たのかを思い出す。

 

「東三番通りといえば、キリトの持っているのが〈跳ね鹿亭〉の蜂蜜パイで、カイトのが〈丸牛亭〉の極上ミルクシュークリームだね。キリトが抜け出すのはともかく、カイトが時間内に戻らないなんて。一体どういう風の吹き回しだい?」

「今日が不定期に行われる特売日だという情報を入手したのでな。黙っていられなかったというわけだ」

「まさか恐喝まがいの行為はしてないよね?」

 

カイトには前科になりそうな事柄があったから、僕は睨みながら聞く。カイトは好きな物に眼がないので、邪魔する者がいれば容赦しないんだよね。それは僕もキリトも例外じゃないみたいで、一度キリトが悪戯心でちょっかいだしたら怒られて泣きそうになってた。恐る恐るカイトに聞いたは良いけど、不安が的中して僕は内心がっくりとうなだれた。

 

「失敬な。その情報を握っていた生徒の弱みを握って、詳しく教えてもらっただけだ」

「それ変わんないよ!」

 

僕が怒ってもカイトは何処吹く風とばかりにそっぽを向いている。

 

「…僕も買いに行きたかったよ。それにしても2人ともそこまで買ってくる必要はないだろ?」

「「ふっふっふっふ、ほしかったら素直に言いたまえよユージオくん」」

 

2人が不敵に笑って言うので頬を膨らませる。2人を睨んでいると、キリトとカイトが袋からそれぞれのお菓子を3個づつ取り出す。それを机に置いて、残りをロニエとユウキに渡した。どうやら2人は自分たちで食べることが目的なのではなく、ティーゼたちのために買ってくるつもりだったみたいだ。自分たちの分はおまけらしい。

 

「戻ったらみんなで食べろよ」

「食べ過ぎてお腹を壊さないようにね」

「「「〈天命〉が減少しないためにも全速力でお持ちします。本日もお疲れ様でした!」」」

 

見事に声を合わせて足早に僕らの部屋から出て行った。カイトが見送りから戻ってきて、「年頃の女の子みたいにはしゃいでた」と苦笑しながら話してくれた。

 

上級修剣士と違って初等練士は学則が厳しい。今のようにお菓子を貰えることは滅多にない。2週間に1回の回数でお菓子を貰える3人と同室の子たちは幸せなことだろう。でも一番気になるのはキリトのお財布事情だけど。

 

「キリト、そんなにお金を使っても大丈夫なのかい?」

「まだ余裕はあるから気にするな」

「僕も何か買ってこないと2人だけに任せっきりはティーゼに悪いよね」

「「ユージオがいてくれないと俺たちは好きな物を買って来れない」」

 

どうやら僕の提案は却下されたみたいだ。ティーゼたちも喜んでいるしキリトやカイトが気にするなって言ってるから、これは話題にしない方がいいかもね。

 

壁に立て掛けている3つの相棒を見つめる。

 

「目的を忘れちゃダメだよ2人とも」

「ああ」

「もちろん」

「ここまで来たんだから。あと1年頑張らないと」

 

カイトが何故ここにいるのかはわからない。もしかしたらアリスを助けるために禁忌目録に違反したことを考慮されて、罪が良い方に働いて処罰されなかったのかもしれない。アリスだけが〈公理教会〉に連行されているから助けるためにここに入学したのかもしれない。

 

〈整合騎士〉になれば堂々とアリスを助けられる。そのために3人で力を合わせてあと1年を無駄にせず過ごすんだ。

 

「キリト・カイト、あと1年よろしくね」

「当たり前だ」

「何があっても3人で迎えに行くんだ」

「そのためにはティーゼ・ロニエ・ユウキと仲良くならないと。キリトはこれから1週間掃除の間逃走禁止。僕の隣で待つこといいね?」

「ええ~、カイトは?」

「キリトが逃げないように監視させていただきます」

「うぐ…」

 

完全な包囲網のできあがりで、さすがのキリトも白旗を揚げるしかないみたいだ。その後、カイトが煎れてくれたコヒル茶を飲みながら蜂蜜パイと極上ミルクシュークリームに舌鼓を打った。




オリジナルキャラが2人追加ですね。1人はライオス、ウンベール側で1人はこっち側これからを書くのが楽しみです!

さてさて今回で1年生は終了で次回からは2年生に入っていきます。あの過激なところが書けるか心配ですが頑張ります。

書きたい欲が高いので更新速度はかなり速いかと思います。皆さんを飽きさせないよう努力しますので応援よろしくお願いします!





ヒョール・マイコラス・・・ウンベールと同じ四等爵家出身。毒々しい紫の髪をスポーツ刈りで自分の髪が何より美しいと思うナルシスト。そう思うだけあって髪は腹立つが綺麗に手入れされている。ライオスとウンベールと同じように自分より下の地位の存在を皮肉ることで優越感を満たしている。上級修剣士三席。一人称は私(わたくし)。

ユウキ・ナストス・・・五等爵家出身の女子生徒。ロニエやティーゼより地位は上だが見下すことはなく、誰にでも優しく接することのできる心優しき少女。性格は大雑把だが時に考えさせてくれる大人な発言をする。一人称はボク。モットーは《やるべきときにはとことんやる》。


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修剣学院2年目
衝突


切りがいいところで終わろうとすれば長くなるなぁ。


上級修剣士。それは入学1年目の年度末に行われる進級試験において、優秀な成績を修めた上位12名のことを指す。〈高等練士〉とは呼ばれない特待生とも言える。細かい学院規則の大部分から解放され、学院生徒の最終目標である《帝国剣武大会》の出場権獲得を目指し、修行漬けの1年を送ることができる。

 

毎日の学科授業と剣技指導を終えたあとの自主訓練は、肉体的にも精神的もきついものだ。とはいえ、短時間でも自分のやりたいことに取り組めるのは嬉しい限りである。

 

俺の最終目標は《帝国剣武大会》に出場することでも、優勝し名誉ある〈整合騎士〉に任ぜられることでもない。アドミニストレータが密かに企てている計画(・・)を阻止することだ。

 

すでに〈整合騎士〉である以上《帝国剣武大会》に出る必要はないのだが、2人がそれを目指している以上同調しないわけにはいかないのだ。それが嫌なわけでも不快なわけでもないので、文句を言うつもりもない。アドミニストレータの計画を阻むためには2人の協力が必須であり、連れていかないという選択肢はない。

 

ここにアリスが参加すれば、少なからずアドミニストレータとは互角に渡り合えるだろう。高位の〈神聖術〉を使えるのがアリスだけというのが懸念事項だが、無い物ねだりである以上悩んでも仕方がない。だから剣で勝てるようになるために、僅かな時間を利用してでも知識を吸収する必要がある。

 

そんなふうに〈上級修剣士〉になることを伝えられたある日。俺は何気なく思っていたのだが、傍付きとなった生徒によってその願いは(悪い意味ではない)儚き夢になった。今年16歳になったばかりの五等爵家のご息女が、(今は)一介の平民である俺の身の回りを世話してくれることに若干困惑していた。自分が傍付きだった頃は、やり甲斐があったからいいのだけれど貴族だ。それも女の子にされるのは罪悪感がある。

 

両方のアリスがこれを知ったら何を言われるかされるのか想像したくもない。よくて立ち合いをさせられるぐらいかな。まあ、条件付きはあるだろうけど。丸太に束縛された俺に木剣の素振りを、当たるか当たらないかという瀬戸際でするとか。それか条件はそのままで〈神聖術〉の試し撃ちの的にされるか。

 

考えただけで寒気が…。

 

話を戻そう。俺の傍付きとなったユウキ・ナストスは、名前の通りあのユウキと顔も性格もまったく一緒である。だからキリトが初めて見たときに切なそうな表情を浮かべたのだろう。だがそのことに対してユウキに罪があるわけでもなく、《システム》が勝手に生成した〈人工フラクトライト〉なのだから、本人を責めるのは間違っている。キリトがユウキに何かいちゃもんをつける性格ではないことを知っているから、まったくというほど気にしてはいないが。

 

最初の頃は俺もユウキもギクシャクした関係ではあったものの、打ち解けることができれば今までの壁はなんだったのかと思うほど変わるものだ。それはユウキの天真爛漫な性格が影響しているのだろうけど、ありがたいから文句などない。

 

掃除が終わったあと、ユウキとの予定が合えば剣の手解きをしている。とはいえあまり教えることはない気がする。剣の腕があのユウキと同じように完成された動きなのだ。〈ハイ・ノルキア流〉によって繰り出される技は、俺も気を抜いているとダメージを負いそうなほどの威力を持っている。伊達に傍付きとして選ばれるだけの成績を修めているわけではない。

 

傍付きを任命する順番は上位からと決まっているが、俺たちは最後に回してもらうことにした。12人から選ぶということは、順位をつけるようなことであるから気が引けたのだ。最後に残ったのはユウキたちだったわけであって今に至る。3人が残された理由は単純明快。五等爵家と六等爵家という所謂下級貴族ということだった。

 

俺たちと同じ〈上級修剣士〉である残りの9人は、ただそれだけの理由で彼女たちを虐げた。確かに傍付きに任命される上位12人の中で下級貴族なのは3人だけだった。

 

ちなみに四等爵家は、上級貴族でもなければ下級貴族でもない地位である。どちらにも含むことができるので、自然と虐げられることはない。だが五等爵家からは下級貴族と揶揄される。その理由としては貴族でありながら、生活環境などが平民とほぼ変わらないからだとか。

 

俺たちは正直言うと、下級貴族だろうと上級貴族だろうと気にしない。どちらにせよ自分たちより地位が上の生徒に、身の回りを世話してもらうことには変わりないからだ。困惑があるとすれば、傍付きが上級貴族出身であれば罪悪感が少し増えるということだが、〈貴族〉や〈地位〉が上というジャンルにひとくくりすれば気にはならない。

 

傍付きと初めて対面するときに、どういう選考をされたのかを伝える必要はない。教える義務もなければ聞く権利もないのだから。だが義務や権利があったとしても、俺たちは決して口にはしなかっただろう。そんな理由で俺たちの傍付きとなったことを知ってしまえば、彼女たちが耐えられないと共通の認識を持っていたからだ。

 

だからそのことを悟られないように可能な限り優しく接しているつもりだ。たとえ他の傍付きたちからそのことを知らされていたとしても、俺たちは変わらず接する。

 

そう3人で決めたのだ。

 

そして俺たちは今年度も仲良く同じ(・・)部屋でまた1年を過ごすことになっている。半分は狙ったことだが半分は当然のことだった。

 

これまでは首席と次席がひとつの部屋で三席と四席、五席と六席という割り当てだったが、三席と四席がその学則を拒絶したので首席から三席、四席から六席が同じ部屋ということになっている(・・・・・)。三席がヒョール・マイコラスで、四席が俺なのでどんな問題が起こるか説明しなくても予測できるだろう。

 

解=反発。以上証明終了Q.E.D!

 

簡単に言うと、三席のヒョールは平民出身の俺と同室が嫌。四席の俺は他人を見下す奴が嫌。奇遇(・・)にも同じ感情を抱き、一触即発になりかけていた俺たちに首席と次席、ユージオとキリトが助け船を出してくれた。

 

ヒョールを首席と次席の部屋へ、俺をユージオとキリトの部屋で生活するということに感謝して今に至る。本当は許されざることである。部屋で喧嘩されるよりはマシということで、特例で認めてもらうことができた。

 

アザリヤ先生がすんごい眼で睨んできたけど許してほしい。いくら俺が〈整合騎士〉であっても嫌なことはあるさ。耐えろと言われるかもだけどあれだけは受け入れ難い。まあ、そんなこんなで2年目はすでに1ヶ月が過ぎ去っている。明日は〈神聖術〉の試験なのであまり楽しくなく、むしろ憂鬱であるのが不満だ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

ユウキたちが初等練士寮に帰っていき、パイとシュークリームをそれぞれ食べ終えると、キリトが木剣を掴もうとしたのでユージオが待ったをかけた。

 

「キリト、明日は〈凍素〉の試験だけど大丈夫なのかい?」

「うっ」

「首席を狙うなら疎かにできないよな?」

「むむむむむむ」

 

自分でも〈神聖術〉が苦手だと理解しているから悩んでいる。剣を振って剣の腕を磨きたいという気持ち。〈神聖術〉を勉強しないと首席にはなれないという気持ちが葛藤しているのだ。肩を震わせながら数秒の間悩んでいたキリトは、見事に自制することに成功した。

 

「勉強は面倒くさい」

「ごもっともだよ」

「剣の腕がすべてじゃないからね」

 

項垂れるキリトは髪をかきあげて力ない声で言った。

 

「俺は今から一夜漬けを敢行するから、心あらば俺の夕食を食堂から持ってきてくれたまえ」

「俺に優しさはないから持ってこないよ」

「僕も面倒くさいから却下ね」

「う、裏切り者ぉぉ!」

「自業自得という言葉の意味をしっかりと噛み締めたまえ」

「サボるのが悪いんだよ」

 

謀反を起こされたキリトは憤慨するしかない。といっても2人が真面目に話を聞かないので、キリトのヘイトは上昇していく一方だった。

 

「カイトだって苦手じゃないか」

「苦手だからこそ授業を真面目に聞いて、キリトが素振りしに行っている間にも復習しているのだよ」

「い、いつのまに…」

「授業中に寝てるキリトとは違うのさ」

「俺の味方はなしか…」

「味方がほしいなら日々の行いを改めないとね」

 

ユージオの清々しい笑みはこういうときに、より効果を発揮する。純粋な笑みだから自然と受け入れてしまう。それが親友である存在であれば尚更だ。

 

「わかったわかった。夕食は持ってくるよ。…苦手だと自覚しているなら最初からやればいいのにさ」

「まったくもってその通り。でもそれができない人間も存在するのさ…」

 

「達観してるなぁ」と口にはしなくとも思っている2人は、両手を頭の後ろに組みながら自室へと引き下がっていくキリトを見送った。キリトがいなくなると、普段3人でいる部屋は広く感じる。もともとは2人部屋として造られていたが、カイトとヒョールが気にせず過ごせるようにという配慮で急遽3人部屋に改築されている。

 

「じゃあ、行こうか」

「わかった」

 

カイトとユージオは、練習用の木剣とタオルを手に持って修練場へと向かっていった。

 

 

 

上級修剣士寮に隣接している専用の修練場に向かって足を動かしながら、ユージオはカイトに話しかけていた。

 

「ねえカイト、なんでキリトはできるのにしないんだろう」

「天才馬鹿だからなあいつは」

「て、天才馬鹿?」

 

相反する単語による造語の意味が理解できないと、ユージオは疑問符を頭の上にいくつも浮かべながら聞き返した。

 

「難しく考えずにそのままの意味で考えなよ。剣術においては教師さえ凌駕する才能があるけど、普段の生活があれだから馬鹿って言ったんだ。やればできる子なんだよ本当は」

「その言い方は親父臭いよカイト」

「大人びていると言ってほしいなユージオよ」

 

本当にカイトは落ち着いた物腰だ。短気にみえるけどそれは親友が馬鹿にされたから怒っているのであって、実際は我慢強い。キリトが好奇心旺盛でカイトが大人しいから、余計にカイトが落ち着いているように見えるのかもしれない。カイトとは10年間と1年、キリトとは2年間の付き合いだ。それでも知らないことがまだまだ一杯ある。

 

キリトの生まれ故郷はわからないし、どうやって〈ルーリッド〉までやってきたのかもわからない。カイトとは8年間会うことはできなかったから、これまでどう成長してきたのか知らない。親友といっても仲が非常にいいからというだけで、そう呼びあっているわけじゃない。大切なものを共有してみんなで笑い会えるから親友なんだ。

 

うわべだけの仲じゃない。

 

 

 

2人は修練場のドアをくぐって普段練習している場所へと足を向ける。立ち止まって全体を見渡さなかったのは、奥に2人が嫌いな生徒がこちらを見て、いつもの見下すような笑みを浮かべていたからだ。

 

わざとらしく視線を向けずに丸太の前に立ち、剣をそれぞれ構えた。ユージオの日課は、丸太に左右からの上段斬り合計400回打ち込むこと。対してカイトは《バーチカル》・《スラント》・《ホリゾンタル》といった〈単発ソードスキル〉を、それぞれ50回打ち込むことだ。〈連続技〉はその時に応じて決めるので、する日もあればしない日もある。

 

ユージオは気になってそれとなく聞いてみたのだが、「そのときの気分」と一蹴されたのでそれ以降は聞かなかった。だがユージオはある日気付いた。カイトが〈連続技〉の練習をするときは、決まってライオス・ウンベール・ヒョールに皮肉られたときだと。といっても毎日言われるので、一定以上の水準に達したときにだけ使うのだと理解した。

 

果たして。

 

「せあっ!」

 

横目でチラリとカイトを見ると、〈アインクラッド流四連撃《バーチカル・スクエア》〉を繰り出していた。

 

どうやら今日も水準をオーバーしていたようだ。

 

〈カイト、あんまり無茶しないでね〉

 

ユージオは親友の心配をしながら自分の練習に集中することにした。上段斬りを30回ほど繰り出した頃には、ユージオの頭は目の前の丸太しか映っていなかった。耳に届くのは隣でカイトが繰り出す〈ソードスキル〉による衝撃音と、自分の撃ち込みによる真芯を喰った心地いい音のみ。

 

ライオス・ウンベール・ヒョールのことなど理解の範疇にさえなかった。だがそんな中でも頭の片隅で考えてしまうことがあった。何故あの3人はあそこまで他人を見下すのだろうか。特に自分たちを標的として。平民出身で上級修剣士になっている知り合いが他にも2人ほどいるというのに。

 

その2人にも嫌みを吐いてはいるらしいが、自分たちと比べると可愛いものだった。せいぜいすれ違ったときに〈平民のくせに〉というその程度。なのに僕たちには嫌悪ではなく怨念とか、そういうさらに暗い感情を向けてくる。それは傍付きとして仕えていた頃、次席・三席・五席に気に入られていたからなのだろうか。

 

それとも二等爵家のウォロ首席と引き分けたキリトとその友人である僕たちが気に入らないのか。どちらにしても僕たちからしたらいい迷惑だ。《禁忌目録》の〈他者の天命をいかなる方法でも減らしてはならない〉という項目があるから、剣を振るわれることはないからいいのだけれど。

 

でも裏を返せば事故などであれば〈天命〉を減らせる(・・・・)ということ。事故に見せかけて怪我をさせてくるという可能性がある以上、警戒を解くわけにもいかないので無意識のうちに疲労が蓄積する。

 

だからカイトがああやって時折解消しているのかもしれない。でもそのせいでこの修練用の丸太を折ること1回、修練用木剣を折ること2回。さすがの僕も助け船を出すことは憚れた。アザリヤ先生にこっぴどく叱られている様子をキリトが笑って、そのキリトも何故か一緒に怒られるという連鎖反応が起こった。

 

丸太も木剣もそう簡単には折れないはずなんだけどね。やっぱり〈想い〉の重さが関係しているのかな?カイトがどんな〈想い〉を剣に乗せているのかはわからない。アリスを護ることなのか、それとも僕とキリトと一緒にいることなのだろうか。知りたいけど、本音を言えばカイトが乗せる〈想い〉が何であろうと僕は構わない。

 

何を願おうと望もうと、カイトはカイトなのだから。

 

「400っ!」

 

400回目を撃ち込むのと思考を終えるのはほぼ同時だった。普段より考え込む情報量が多かったせいか、カイトより遅かったみたいだ。

 

「考え事でもしてたか?」

「まあね。でもいつもより集中できていたのも確かだよ」

「…みたいだな。ユージオの言うとおり剣を撃ち込んだ傷跡が、ほぼ同じ位置に集中している」

 

カイトは僕が撃ち込んでいた丸太の傷跡を、眼で見て手で触って確認していた。

 

「じゃあ帰ろうか。キリトがお腹を空かせて待っているだろうから」

「居間で拗ねてるかもな」

 

カイトとキリトの楽しい陰口を叩いていると、わざとらしい声が聞こえてうんざりする。端と端で修練していたというのにここまではっきりと聞こえるとは、一体どれだけ大声で話しているのだろうか。

 

「どうやらお二人は剣の撃ち込みだけで終わるようだぞウンベール」

「その言い様はまさかライオス殿からご教授していただけるということですかな?」

「さすがはライオス殿、私やウンベールより上の考えをお持ちだ。これぞ貴族の鏡ですなぁ」

「そうおだてるな私としても恥ずかしくなる。そういうことでいかがかな?ユージオ修剣士・カイト修剣士。このような機会はそうないと思うが」

 

まさかの提案に僕は眼を見開いて驚く。しかし反対にカイトの眼に炎が灯ったように見えた。

 

それは喜びではなく怒り故の炎だった。




〈整合騎士〉なのに短気なカイトくんであります。アリスの登場はまだかなまだかな~。


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試練

アリスとの再会まだかな〜


俺は一夜漬けのために自室へと引っ込んでいったキリトを置いて、ユージオと2人だけで修練場へとやってきた。日課である〈ソードスキル〉の反復練習は、数をこなすだけその動きが体に染み付いていく。唯〈システムアシスト〉に頼るのではなく、〈システムアシスト〉に体をのせた上で強く〈イメージ〉する。

 

そうすれば型通りではない自分自身の技となる。

 

キリトには〈想い〉を込めろと言ったが、実際は〈想い〉というより〈イメージ〉と言った方が適切だ。〈イメージ力〉。誰もが脳内で想像するようなことを剣にのせるわけなのだが、文字通りのせるだけでは現象など発現しない。誰よりも強く重く念じることによって、初めて〈イメージ〉と剣が一体となる。

 

〈イメージ〉は人それぞれだ。俺とユージオは生まれこそ一緒だが、生活環境が突如変わった俺とユージオは違う道を歩んできた。

 

生来の性格も影響するのかもしれない。でもそれを証明できる科学的根拠は何一つない。双子であっても性格が違うように〈イメージ〉は、どれだけ同じように育てられても決して同じになることはない。《クローン技術》で生まれない限り可能性はない。《クローン技術》でさえ、根本的に同じ〈イメージ〉をする〈フラクトライト〉は作れないだろう。

 

個は個であって、塊で縁取られているわけではないのだから。

 

なのに何故まったく同じと言っていいほど似た皮肉を、トリオでハモることができるのだろう。見下す思考回路を持てるとは皮肉だな。

 

 

 

 

 

「それはつまり〈ハイ・ノルキア流〉の真髄を見せてくれるということですしょうか。ライオス上級修剣士首席(・・)?」

 

稽古を終えて帰ろうとしたタイミングで、ライオスがわざとらしく独り言を呟いた。呟いたといえばそれは語弊がある。何故なら上級修剣士に与えられる修練場、つまり俺たちが今いる場所は12名が立ち合いをしても余裕がある広さを持っている。

 

ライオスらが占拠している場所。正反対の位置にある丸太置き場は、目測およそ20m(正確には24m)。壁から壁までは30mあるが6mもの差があるのは壁への接触を防ぐために、丸太の位置とライオスらの立ち位置が壁から3mほど離れているからだ。

 

それほど離れていながら声が聞こえるのは、俺たちに聞こえるように言うためだ。先程まで型の見映えを「ああでもないこうでもない」と評価し合っていたというのに。それが腹立たしくてつい強気に言い返してしまう。

 

「そう語彙を荒げなくともよかろう。私はただ丸太ばかりが相手では、鍛練に飽きてしまうのではないかと危惧しているだけなのだよ」

「お心遣い痛み入りますが自分たちはこれで十分ですので」

「無礼な!ライオス殿がわざわざお声をかけられておられるのだぞ!」

「今は貴方と会話をしておりませんのでウンベール上級修剣士次席」

「き、貴様ぁ!」

「なんという無礼を!」

「ウンベール・ヒョール」

 

ぶちギレたウンベールとヒョールを嗜めるライオスだが、同じように苛立ちは感じているらしく、目付きが普段の3割増しで鋭くなっている。

 

「何故そのように気遣ってもらえるのでしょうか?」

「同じ学舎に住まう者として熱心(・・)に鍛練している知り合いを無視できるとお思いかな?」

「首席殿が平民出身と見下している相手にそのような温情をお与えくださるとは、一体どういう風の吹き回しでしょう?」

「隠していることなど何もないぞカイト上級修剣士。さきほど述べたように、己を鍛え上げている知り合いをさらなる高みに至らせたいと思っているのだ。どうだろう悪い話ではないと思うが?」

 

裏があるとしか思えない言い様だ。まあ、その理由など知れているが。俺はともかくユージオはかなり驚いているらしく、眼を見開いている。あれほど憎んでいるはずの自分たちに機会を与えることに疑問を抱いている。いや、恐怖を感じているはずだ。見下されていた相手が、今度は掌を返して優しく接してきたのだから。

 

優しくという言葉は正しくないが、今までの行動や発言を考慮すればそう例えても可笑しくはない。

 

「本当のことを言えばよろしいのでは?『気に入らないからここで潰しておこう』と」

「はははははは、そんな物騒なことを私が言うと思うかな?」

「さあ、どうでしょう。なにしろそちらは、自分たちにまるで恨みがあるかのような眼を向けてきますからね」

 

うん、今の一言で相当のヘイトが溜まったようだ。眉間のしわがよっているし青筋が浮かんできてますね。これはチャンスかもしれないなと内心ほくそ笑んでいると、ユージオが俺の裾をあいつらから見えない絶妙な角度で引っ張った。

 

「何言ってるのさ!勝てるわけわけないじゃないか!」

「いつまでも勝てないと思っていたら勝てない。ユージオはそれでいいのか?〈整合騎士〉になってアリスと再会するんじゃなかったのか?」

「そ、それは…」

 

口を閉ざすユージオに俺はガッカリした。あれほどアリスを助けると口で言っておきながら、行動ではあまり示さない優柔不断なユージオが嫌だった。アリスは無事だと伝えないのは、再会するというユージオの信念を揺らがせたくなかったからだ。

 

だが今はそれがネックになって、足を前に進ませることができなくなっている。ならば真実を話した方がいいのかもしれない。だがそれはあらゆるリスクを伴ってしまう。俺がキリトとはまた違った異世界人(・・・・)であること、そして世界の中心である〈セントラル・カセドラル〉の最高司祭であるアドミニストレータの陰謀のこと。

 

そしてそいつを殺すこと。

 

すべてを説明しなければならなくなる。そんなことを言えば、これまでの19年間は一体何だったのだろうか。キリトやユージオが自分から離れてしまうのではないか。二度と親友として隣に立つことも夢を見ることもできなくなるのではないか。

 

そんなマイナス思考のことだけが脳裏をよぎってしまう。

 

「…僕は弱い人間なんだ。だから彼等には勝てない」

「…俺は一度もユージオが弱い人間だって思ったことはないよ。弱い人間は自分より弱い存在を探し、それを見下すことで優越感に浸る。それがユージオとどう重なる?」

「君はどうしてそこまでして僕を奮い立たせるんだい?捨ててくれても良いのに」

「親友を支えるのは当たり前だ。それに…」

「それに?」

 

勢いで口から出てしまった言葉を止めたが、ユージオはその先を知りたがっている。ここで言い淀んで適当に流してしまえば、ユージオは気になって無意識のうちに不安を抱え込んでしまうだろう。そうなれば、6月の半ばにある検定試験に万全の状態で挑むことはできない。第一の目標である首席と次席を逃すことになる。最初の検定試合であいつらに負けるようなことがあれば、この先後手に回った戦いを強いられる。

 

ここで負け癖がつくようであれば、勝つという気持ちがあっても体が恐怖で立ち尽くし、アリスを救うなど夢のその又夢になってしまう。それだけは防がないと4人でもう一度あの頃のような生活を共にすることはできない。だから告げるのだ。今言おうとした言葉の続きを。

 

「それにユージオは俺の家族(・・・)だ。見捨てることはできない」

「…カイト、君は酷い人だ。そんなこと言われたら逃げるわけには行かないじゃないか」

「ふふふふふふ、〈アインクラッド流極意其の伍。《逃走ルートは閉ざせ》〉だよ」

「そんな極意聞いたことないよカイト。でもそのおかげで戦う意思は固められた」

「それじゃあ頼みに行こうか。俺たちが首席と次席を得るために」

 

そうして俺たちは深々と頭を下げて願い出た。

 

「先程の身分を弁えぬ発言、許しを願うが如何に!」

「許そうカイト上級修剣士。では我々の教授を受けると言うのだね?」

「厚かましいご提案ではありますがよろしいでしょうか?」

「何かな?」

「首席たるライオス上級修剣士に特別教授を受けることは、平民出身である我々には過ぎたものであります。それ故次席ウンベール上級修剣士と三席ヒョール上級修剣士の高貴たる剣をこの身で受けたいと存じます」

 

予想外の提案に3人が眼を見開く。そこまで驚くことなのかと内心首を傾げた。

 

「カイト、何をする気だい?」

「今この瞬間にしか彼等の情報を得ることはできない。ここで見つけられたらこの先作戦を考えつけるかもしれないだろ?」

「本気で行かないとね」

「ユージオなら負けない。相手の動きを見逃さずにいれば、ユージオは誰にも負けないさ」

 

ユージオを奮い立たせたところで向こうも話し合いを終えたらしく、ウンベールがユージオの前に立ちヒョールが俺の前に立つ。五席のユージオは次席のウンベールにまったく恐れておらず、むしろ楽しみにしているように見える。

 

先程の言葉は、ユージオの気分を高揚させてしまったのかもしれない。本来の戦いができなくならなければユージオは負けないだろうから、気にせずに自分の試合に集中しておけばいいだろう。自分が負けたらユージオに合わせる顔がないし。

 

「では始めようかカイト上級修剣士・ユージオ上級修剣士。よろしいかな?」

「「いつでも」」

「それでは、始め!」

「「しゃあぁぁぁぁぁ!」」

「はあぁぁぁぁぁ!」

「…!」

 

ライオスの開始の合図でウンベールとヒョールが同時に突撃し、それをユージオと俺は迎え撃った。有声と無声の気合いだったが効果は同じ。右手だけで握った剣を肩に担ぐように振りかぶるモーションは、〈ハイ・ノルキア流《雷閃斬》〉だ。

 

高威力の《天山烈波》を使わないのは、俺たちの体を案じたというわけではなく、ただの出し惜しみだろう。それほどの技を使わずとも今の技で十分だろうという傲りが顕現したようだ。その技が簡単に防がれるとは思ってもいなかっただろう。俺は単発水平斬り《ホリゾンタル》を繰り出して、ヒョールの剣を受け止めていた。

 

「な、なんだと…!私の〈ハイ・ノルキア流〉が平民出身の分際に防がれるとは!」

「…どうやら平民からの成り上がりでも、あんたの剣を簡単に受け止めれるみたいだ。これじゃあ本気を見せなくても勝てるぜ」

 

勝てそう(・・)ではなく勝て()という断定。その発言は神経に障ったらしく、眉間のしわがさらに深く刻まれ額の青筋が今にも切れそうだ。ヒョールの〈イメージ〉は《自尊心》。己が誰よりも上であることを抱き続けられないと〈フラクトライト〉が自我を保っていられない。そんなゲスの思考回路が、誰よりもアリスを愛している俺に届くはずもない。

 

「貴様には負けん!」

「だったらやってみろよ。口だけじゃなくて行動でな」

「っ!…ならば喰らうがいい〈ハイ・ノルキア流《天山烈波》〉を。礼儀を知らぬその身を以て思い知れぃ!」

 

バックステップで距離をとったヒョールが、大上段に両手で握った木剣を掲げた。俺はその一瞬の隙でユージオを横目で見る。単発斜め斬り《スラント》で鍔迫り合いをしているようだが、心配になるほど負けている様子ではない。むしろ押しているようだ。

 

心配がないことを確認した俺は左脇に木剣を構えた。ライトエフェクトが一際強い光を放った瞬間、俺は床を蹴ってヒョールへと肉薄する。俺が防御すると予想していたのだろうか、ワンテンポずれたタイミングで、秘奥義を発動したヒョールの表情には驚愕が垣間見えた。

 

それはまるで〈アインクラッド第74層カームテッド〉にて行われた、血盟騎士団のクラディールvsキリトのデュエルのワンシーンだった。人は予想が外れると、ここまでの表情を見せるのかと不思議に思える。

 

俺の木剣が左から右へと、そして右から左へと即座に斬り返された。〈アインクラッド流ニ連撃《スネークバイト》。キリトがザッカリア剣術大会において、イゴーム・ザッカライトを破った技だ。

 

最初の一撃では勢いを緩める程度だったが二擊目で交差し、鍔迫り合いへと移行した。息を吸うと、彼等が普段使っている香料を否応なく嗅いでしまうが耐える。

 

「姑息な手を使うとはっ!」

「姑息か。それは君らから見た感想だろう?俺たちからしたらこれこそ完成された流派の技だと思うけどな」

「この平民風情がぁ!我々上級貴族と同じ立ち位置にいることが当たり前だと思うな!…な、何!?」

 

俺は鍔迫り合いをしているヒョールの足を払い、体勢を崩させると同時に刀身の腹で最後の一押しをいれる。それだけでヒョールは地面へと倒れる。顔面に剣先を突きつけるとライオスが声を出す。

 

「生憎、誰も剣術以外を使ってはならないと言ってないのでな。遠慮なく使わせてもらったよ」

「そこまで。その勝負カイト上級修剣士の勝利とする!」

 

立ち上がったヒョールと〈騎士礼〉をして、ユージオの試合を見る。といっても振り返った瞬間に、ユージオが放った《バーチカル》がウンベールの木剣を吹き飛ばしていた。

 

「それまで。この勝負双方引き分けとする!」

 

やけに芝居じみたセリフだが、ここで納めてくれるのであればありがたい。負けたことや引き分けたことに文句言おうとするヒョールとウンベールをライオスがたしなめる。

 

「なかなか興味深い戦法であったぞ。これからも精進すると良い」

 

嫌みたっぷりにそう言うと、ライオスはご機嫌斜めな2人を連れて修練場を後にした。

 

「なんでライオスたちはいつも毛嫌いしている僕たちに勝負をしようって言ったんだろう」

「様子見か〈アインクラッド流〉に興味があったか。はたまた偶然怪我をさせて、6月の検定試験に万全な状態で挑ませない作戦とかかな」

「それが嘘であることを願ってるよ。そろそろ食堂に行かないとキリトに怒られちゃう」

「キリトの自業自得だから我慢しろって言えばいいのさ」

 

試合をしていたのかと疑問に思えるほど、穏やかな会話が修練場に木霊した。

 

 

 

その後、部屋に帰ると案の定夕食を持ってくるのが遅れたことで腹を空かしたキリトに不満を投げつけられた2人であった。



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指導

アリスの声冷徹でいいですねぇ。あんな声で罵られたい。

あ、先に言っておきますが作者はMではないですよ?Sなのでそこはお忘れなく。


「てやぁぁぁ!」

「あらよっと」

「ひぃん!」

 

上段からの斬り下ろしを半身になることで、必要最低限の動きでいなす。足を滑らせる流れで相手の懐に滑り込み、剣先でおでこを軽く小突くと負けたことに対する不満だろうか。思った以上に情けない悲鳴を上げた。

 

「一本だな」

「むぅ」

「負けず嫌いで恐れぬことなく挑むことは良しとしよう。だが攻撃が直線的すぎるな」

「むぐぐぐぐぐぐ」

 

うん。(さが)なのか注意するとすんごいひねくれたジト眼を向けてくれるね。初等練士が上級剣士に向けるような視線ではないが、彼女はそういう礼儀が苦手だから気にしていない。俺も礼儀正しくされすぎたら困るからwinwinかな。とは言うものの、下級貴族であっても多少の作法は知っておくべきだろうに。聞いた話によると、父親もそこらへんは諦めているようど見て見ぬ振りをしているらしい。

 

おやっさん、頼むぜよ。

 

「今日のところはこれくらいかな。明日の準備もあるだろうし」

「準備ならもうすでに終わっていますのでお気になさらず」

「準備はえぇなおい」

「楽しみだったので」

 

えへへとはにかんで笑顔を浮かべられると、こっちも眼を背けてしまう。笑顔がアリスと違う明るさなのだが何故か眩しい。いつでもキラキラとした笑顔なので、キリトやユージオも手で顔を庇うような動作をしているが、傷つけたくないからかひくついた笑みを浮かべている。

 

「問題はキリトだな」

「キリト上級修剣士がですか?」

「キリト先輩でいいと思うぞ。普段からティーゼやロニエはそう呼んでるし」

「ではキリト先輩とお呼びします。何故心配なのですか?」

「寝起きが悪いから。起こしても『あと5分』とか言って寝返り打って寝始める」

 

朝に弱いのはわかるが、俺とユージオの苦労も理解してほしい。彼を起こすために、俺とユージオがわざわざ5分前に起きて準備をしているというのに。悩みだしたらまた頭が痛くなってきた。

 

「遅れないようにしっかりと叩き起こすから、予定通りの時間にいてくれたらいいよ」

「雑はダメですよ。ロニエが挙動不審になりますから」

 

キリトが俺たちに雑な起こされ方をして、そのことをロニエに愚痴っている光景が脳裏に浮かぶ。

 

『なあ、聞いてくれロニエ。あいつらったら俺を起こすときにティッシュをよじって、鼻にツッコんでくるんだ」

『そ、それは災難ですね』

『慰めてくれロニエぇ』

『え?//…はい、よしよし?』

 

演技で涙を流しながらこっちを見てにやつくキリトがいる。

 

ミシッ!

 

苛ついたことで握力が木剣の耐久値を超えたらしく、悲鳴を上げる音が聞こえる。

 

「カイト先輩!?」

「…すまん、キリトの悪戯顔を思い浮かべたら腹立った」

「おいたはダメですよ?」

「…善処します」

 

上目遣いで言われて、眼を逸らしながらその場限りの返事をする。

 

「コホン、今日の修練は今を以て終了する」

「ご教授ありがとうございました!」

 

一礼して修練場を後にするユウキを見送るが俺はその場に残る。今の時刻は午後5時10分前ぐらいかな。初等練士寮に戻ってすぐ食堂に行けば余裕で間に合うだろう。傍付きとはいえ初等練士規則に違反するわけにもいかないので、俺は可能な限り時間内に修練を終わらせるようにしている。

 

《禁忌目録》には〈初等練士規則に違反してはならない〉という項目がないから、すべてを守らなければならないわけではない。だが〈アンダーワールド人〉は規則に厳格なので守らないことはない。例外的に指導が長引くこともあるが。傍付きだから夕食の開始時間に間に合わなくて良いというわけでもない。ユウキにマイナスなイメージのレッテルを付けさせたくないからね。

 

俺は指導の後に自主練習として素振りをしている。〈ソードスキル〉を使わないのは、基礎に戻って自分の振りを確かめたいからだ。ここは〈北セントリア〉唯一の修剣学院であるため、運営費は上級貴族や〈公理協会〉の援助で賄われている。

 

だからここに普通の生活をしていれば、眼にすることのできない備品があったりする。例えば上級貴族現皇帝の銅像、卒業生のなかでも名を馳せた者の名前が刻まれた石碑。そして何より驚くべきなのは等身大の姿鏡だ。

 

〈北セントリア〉で生活していれば鏡を見る機会はある。だが等身大となるとそれは金持ちということを示すものなので、一般には普及していない。入り口近くのドアを開けると、同時に4人ほどが素振りできそうな広さの空間が現れた。

 

驚くべきなのは両端の壁には、等身大の姿鏡が敷き詰められていることだ。これだけあれば相当の金がかかりそうだが、そこはさすが上級貴族と〈公理教会〉らしく全財産の1割にも満たないらしい。だが俺がここに来たのは素振りだけが目的ではない。この部屋の壁際には、上級修剣士12名の名前が書かれたロッカーがある。

 

そこには水の入った革袋・汗ふきタオル・着替え等を入れておくことができて、俺もよく利用している。もっとも俺の場合はもう一つ利用方法があるのだが。ロッカー内の底の板を剥がすと、板と板の間の僅かな隙間に紙が挟まれている。ラブレターとかいうラブコメ的要素はゼロで大事なものだ(頼んだ相手の感情を抜きにして)。

 

紙を開いて予想通りの内容が書かれていることを確認する。何故ここに紙があるかというと、前々から頼んでいた調査が終わって、その結果報告であるからだ。依頼主は俺なのでここに届くのは当たり前であるが、何故そんなものがあるのか聞きたいだろう。だが生憎ここでは言えないことだ。

 

ただ末文に『1日自分の言うことを聞く刑』という文字が書いてあることで、誰が調査してくれたのかはわかるだろう。頼んだのは俺がここに入学する前のことで実に1年かけての調査になる。それぐらいのお願いは聞いてやらねばならない。依頼するまではよかったのだが、通達はどうするのかと思ったものだ。どうやってここに紙を置いていけるのかと紙で聞いてみたところ、なんとも言えない返事が返ってきた。

 

『愛のなせる技』と。

 

嬉しくもあったが疑問符しか浮かばないのはわかるだろうか。「愛」って〈システム〉に勝てるんかい!とツッコみたくなる気持ちが。

 

紙を折り畳んで制服の胸ポケットに入れてから素振りを開始する。3時間後、シラル水の入った革袋とタオルを手に取り《鏡の間》から退出した。

 

 

 

修練場から直接食堂へ向かい夕食を終えて部屋に戻る。すでに着替えを終えた友人たちが、なにやら深い会話をしていた。

 

「なんだか楽しそうだな」

「楽しいもんか。ライオスたちの話なんだからさ」

「珍しく今日は遅かったじゃないか」

 

ソファーの向かい側に座るユージオの表情は疑問に染まっており、首を逆さにして見てくるキリトの表情はあまり読み取れない。キリトの垂れた前髪を軽くイジってから、空いているソファーに座る。

 

「素振りしてたら真に迫った感じがしちゃってさ」

「これ以上カイトに剣術の点数離されたら師の顔が立たないなぁ」

「どうあってもキリトが俺の師であることに変わりはないよ」

「照れるなぁ」

 

右手で後頭部をさするキリトの顔はにやけている。誉められて嬉しくないことではないというのもあるだろうし、何より恥ずかしいのだろう。キリトが強いといってもまだ10代の青年なのだから。

 

「で、ライオスらがどうしたって?」

 

キリトの煎れたコヒル茶にミルクを少し注いでから聞いてみる。予想はできているが、同じだとしても聞く価値はある。それぞれの考えが一緒でも、そこから何か閃くことがあるかもしれないから。

 

「本人はともかく、ウンベールやヒョールが何もしてこないのが不気味だって話だ」

「なるほどね。確かにここ数日は嫌みを言わなかったな。憎々しげに視線を向けられることはあったけど、直接的な嫌がらせはゼロだ」

「それだけじゃないさ。あいつら今まで真面目に受けてなかった剣術に一生懸命取り組んでるみたいだ」

 

あの日、キリトには事の顛末を詳細に伝えていた。それほど心配してはいないようだが。それはそれで寒気がするかな。あんな奴らが真面目に授業受けるなんてさ。でも逆に言えば、真面目に授業を受けなくても俺たちより成績が良いということは、それだけの実力を持っているということだ。

 

でも性格が悪くて成績が良いのはなんか腹立つ。

 

俺は〈神聖術〉が苦手だからどうしても点数下がっちゃうんだよな。いくら剣術で満点取ろうが、〈神聖術〉で平均点ぐらいならあいつらより順位が下でも仕方ない。キリトは俺に似て剣術が得意で〈神聖術〉が苦手。ユージオは剣術も〈神聖術〉も平均以上。どちらかといえばユージオは〈神聖術〉が得意だからバランスは取れている。

 

「何かするぞと見せかけて何もしないっていう作戦かもな」

「ど、どういうことだい?」

「つまりキリトが言いたいのは、警戒させておいて気疲れさせるだけ作戦をあいつらが考えているかもしれないということだ」

「さ、作戦名はともかく俺の言いたいのはそういうことだよ」

 

なんかキリトが苦笑してるけど、間違ったこと言ってないから問題ないみたいだ。だがあいつらが何を企んでいるかを忘れてしまった。色々とありすぎて情報が脳の許容量を突破している。昔の知識がどんどん抜けていっている気がする。アドミニストレータの陰謀だけはちゃんと残っているから、目的を失ってあてもなく動くようなことにはならないが。

 

「よくカイトは勝てたよな三席にさ」

「ふふふふふ、剣術満点の俺にかかればこんなもんさ」

「「剣術が満点でも勝てないときは勝てないぞ(よ)」」

「甘いな少年よ。それでも勝つ男もいるのさ」

 

さあ、俺を崇めろ奉れ!…してくれるはずもないので、内心で自分に拍手を送っておくか。

 

「連続技は使ったのか?」

「あったりまえよぅ。精神をへし折ってやろうと使ったらものの見事に〈誇り〉に亀裂をいれてやったよ。…それが今回の原因なんだろうけどな」

「仕返しだと思っておけばいいのさ。悪いことではないからな」

「だといいけどね」

 

正直なことを言えば、あまりよろしくない現状であるのは確かだ。俺たちが仕返しだと考えていてもあいつらはそうとらないだろう。

 

自分たちの顔に泥を塗った平民風情なのだから。

 

「でもキリト、僕たちがそう取ってもライオスたちがそう捉えるとは限らないんじゃない?」

「俺だって鼻からそれを期待してる訳じゃないさ。そうだな願望に近い感情かもしれないな」

「じゃあ、あてにはならないな」

「…さすがカイト。言うことが違うぜ」

「四席のお言葉を直々に聞けるんだから感謝しろよ?」

 

おどけることで重たい空気が霧散した。

 

「ところでお二人さん。俺は明日は用事が…」

「逃げないの」

「逃げんなよ」

「明日は親睦会なんだからさ」

「明日のためにユウキたちが時間を割いてくれるんだ。それを無下するとは良い度胸じゃあないか」

 

上級修剣士と傍付きの仲を深めようということを企画したのは、何を隠そうユウキたちであった。明日の安息日に気分転換と親睦を深めるために、敷地内の森で遊ぼうということになっていた。誘われたときのキリトの反応からして、直前に逃げ出すと予測していた。いや、断定していた俺たちは引き留めにかかる。

 

「女の子と話すの苦手でさ」

「リーナ先輩とは仲良くやってたくせに」

「あ、あれは別だよ剣の稽古ときだけさ。懐かしいなぁ元気にやってくれてたらいいけど」

「遠い眼をするなってば。今度はキリトが見本となる先輩にならないとね」

 

キリトが女性と話すのが苦手なのは知っていた。それを克服させるための親睦会でもあるのだから、敵前逃亡させるわけにはいかない。

 

「明日の9時に3人が迎えに来るからそれまでに起きておくこといいね?」

「へいへーい」

 

乗り気ではない様子で立ち上がったキリトが、茶器を流し台に運び出す。それを追って俺たちも同じように動き出す。キリトが洗うそばからユージオが布巾で拭いていく。その間に俺が3人の寝室の布団を整える。それぐらいは自分でしてもいいのだが、2人が仕事をしているなか自分だけしないのはおかしいということで、俺が代わりにやっている。

 

キリトからすれば面倒くさいことをしてくれるからありがたいし、ユージオからすれば茶器を洗ったあとに整える手間が省ける。だからしなくていいとは言えないのだろう。就寝の準備を終えて部屋から戻ると、キリトが欠伸を噛み殺しながら呟いた。

 

「それではこれでお開きということで。明日は8時に起こしてくれ」

「遅いから7時半!」

「8時でいいんじゃないか?早すぎても暇になるだけだし」

「わかってるねカイトさんは」

「その代わり8時と言ったキリトが寝坊したらお仕置きな」

「…お仕置きとは?」

 

恐る恐る聞き返すキリトに悪の笑みを浮かべて告げた。

 

「凍素〈神聖術〉の書き取り100枚」

 

その時のキリトの絶望した顔といったらもうね。ユージオさえ爆笑していたから、相当のものだったということだけ記述しておく。




作者がSかMかなんて誰も気にしねえよとみなさん思うでしょうね。

作者自身もその通りです。


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相談①

今週で今年の学校も終わりかぁ早いなぁ。

アリシゼーションも1クール終わるし、始まったのが10月と考えるとあっという間だったなぁ。


予定時間の8時になっても起きなかったキリトを無理矢理起床させたのが1時間前。ユウキたちと森へ向かい始めたのが30分前。爆睡していたところを起こされたことで、不機嫌だったキリトであったが、ランチタイムとなると機嫌の悪さが嘘のようになりを潜めていた。

 

「お口に合うかどうかはわかりませんが」

 

食事用のシートを敷いてそこに座ったカイトたちに、緊張した様子で声をかける。ティーゼたちが恐る恐ると差し出した籐かごには、さまざまな料理が詰め込まれていた。色鮮やかなとは言わないまでも、普段食堂で口にするものと色合いが違うので美味しく見える。3人が心を込めて作ってくれたのだから不味いはずがない。〈アヴィ・アドミナ〉を唱えてから手に料理を握る。

 

「ではご賞味させていただきましょうか。キリト・ユージオ、準備はいいな?」

「おうよ」

「もちろん」

「「「コクン、いっただきま~す!」」」

 

息を合わせて料理へとかぶりつく。ほどよい量の肉汁が漏れだし、口内を満たしてくれる。香料にしっかりとつけてから揚げられた肉は、口のなかで崩れ去りながらも飽きることなく楽しませてくれる。

 

「うむ、〈跳ね鹿亭〉に勝るとも劣らない素晴らしい味だぞ3人とも」

「なんで上からなんだよ」

「普段は逃げ腰なのにね」

 

愚痴りながらも内心は同じ評価なので否定しない2人であった。そのことを気にせずキリトは、さっさと1つ目を食べ終えて2つ目へと突入していた。それからは和気藹々としながら籐かごにつまっていた料理をすべて片付けたカイトたちは、食後のティータイムへ入っていく。ミルクティーに似た味のお茶を飲んでいると、ティーゼが僕に疑問を投げ掛けてきた。

 

「失礼だとは思いますが、ユージオ先輩方はどのような関係だったのですか?詳しくお聞きしたいです」

「前に話したように僕とカイトは幼馴染なんだ。8年間の間離れ離れだったけど。キリトは2年前からずっと一緒にいる相棒だよ」

「カイト先輩とは何故離れ離れだったのですか?」

「え~と…」

 

言っていいのかわからなかったのでカイトに目配せする。視線を逸らされたので、詳しく言わなければ大丈夫という意味だと解釈した。

 

「事情があって別々に暮らしてたんだよ。詳しくは言えないけどね」

「詮索はしません!再会できてどうでした?」

「最初は驚いたよ。まさかここに来てるとは思わなかったからね」

 

そう、あの日まさか〈整合騎士〉に連行されたカイトに出会うことになるとは思っていなかったから。

 

 

 

 

1年前…。

 

ノーランガルス北帝立修剣学院に入学した日。学院の説明を聞き終えた僕はキリトと一緒に、上級修剣士が稽古する修練場へと来ていた。いるのは僕たち2人だけではなく、初等練士上位12名が集められている。今日が自分たちが〈傍付き〉として仕える上級修剣士との初対面(はつたいめん)の日なんだ。

 

上級修剣士首席の傍付きから教員が発表するんだけど、僕たちがいつ呼ばれるのかが不安だった。初等練士上位12名にいる以上、どなたかの傍付きになるのは決定しているのだけれど、怖い人だったらどうしようと悩んでしまう。

 

『セルルト・ソルティリーナ上級修剣士次席指名。入学試験第七位キリト初等練士、前へ』

『…え?』

 

予想外の順位の先輩に選ばれていたことにキリトが間の抜けた言葉を発している。僕も驚いているけど、呼ばれた本人が一番驚いているんだろうなぁ。

 

『キリト、前に行かないと』

『あ、ああ。キリト初等練士ですよろしくお願いします!』

 

元気よく大きな声で傍付きとして仕える先輩に挨拶したことで、キリトの驚愕もどこかへと吹き飛んだみたいだ。緊張しているけれど、喜びに満ちた笑みを浮かべているから間違った人選じゃないみたいだ。

 

『次、ゴルゴロッソ・バルトー上級修剣士三席指名。入学試験第八位ユージオ初等練士、前へ』

『は、はい!』

 

まさかキリトの次に呼ばれるなんて。さすがに予想はしてなかったなぁ。連続で選ばれるなんてどんな確率なんだろうと思いながらゴルゴロッソ・バルトー上級修剣士三席の前に歩を進める。そして僕はあんぐりと口を開けた。目の前に立つ先輩は、肩幅がとてつもなく広く隆起した筋肉が制服越しにも感じられる。よく見れば筋肉が制服を押し上げている。

 

制服が小さいわけではなく、先輩の筋肉が巨大すぎて小さく見えているみたいだ。それほどまでに鍛え上げられた肉体から、繰り出される技とは一体どれほどなのだろうか。1年間この人の傍付きをしていれば、いつかはその強さを知ることができるのではないかと思うと、体が歓喜で震えるのを感じた。

 

『ユージオ初等練士ですよろしくお願いします!』

『うむ、いい声だ。生半可な鍛え方をしておらず必要最低限、それ故に無駄のない修行を行っていたのだとわかるぞ』

 

挨拶だけでそこまで読み取れるものだろうか。いや、三席に名を連ねる猛者であり肉体を鍛え上げた人だからこそ気付けたのだ。同じように努力をして手に入れた〈強さ〉があるから。

 

四席と傍付きの対面が終わり、次は五席の順になって僕は自分の眼を疑った。残った6人の初等練士の中にその人はいた。僕が守りきれなかった大切な友人の1人に瓜二つの青年。茶髪(・・)に少し鋭い眼、右目に少しかぶるように垂れ下がった前髪に柔らかな面差し。それは紛れもなくあの人の成長した姿だ。

 

五席の位置にいる先輩は、誰もが初めて見れば「変人」だと言うであろう様子をしている。何故ならその場でつま先だけで回転しているのだから。僕は見た目だけで人を判断しないけど、何人かはあの人に選ばれていませんようにと願っているのが見えた。

 

そしてその瞬間が訪れる。

 

『ベンサム・アンドラ上級修剣士五席指名。入学試験第五位、カイト(・・・)初等練士前へ』

『はい』

 

名前と声を聞いて、僕の体はさきほどとは違った意味で震えた。それはさきほどとは違う《魂》からの喜び。

 

『カイト?』

 

キリトもまさかと思っているのだろうか。名前を口に出して復唱している。

 

『カイト初等練士です。剣術が少しできることしか特徴のない自分ですが、精一杯勤めさせていただきます』

 

僕は礼をしたカイトという名の生徒の仕草を見て確信した。相手を見上げる際、失礼にならない程度に右手を腰にあてる癖。それは紛れもない幼馴染のカイトの癖だ。

 

『な、なんで君がここに…』

『ユージオ、彼はお前が言ってた奴なのか?』

『うん、間違いないよ。あの癖は幼馴染のカイトだ』

『癖?あの腰に右手をおいたあれか?』

 

さすがキリトだ。初めて見るはずなのに無意識に癖を見つけているだなんて。観察力が高いのは出会ってから否応なく見せられていたけど、こうして言われるとやっぱり凄いなと思える。

 

『あとで聞かなきゃね』

『ああ』

 

隣だからこそ聞こえる程度の声量で会話をしていたけど、最後の発表が終わるまで僕たちは一言も発さなかった。対面が終わるまで僕とキリトの眼はカイトに向けられていたから。

 

 

 

傍付きとして仕えることになったゴルゴロッソ先輩と、最初の会話を終えて色々したあと僕は206号室の広間に座っていた。同席しているのはキリトとあのカイトだ。カイトはソファーに座りながらキリトの煎れたコヒル茶を味わうように飲んでいる。あと10分もすれば、消灯時間なので端的に話を終わらさなければならない。だから僕は思いきって言葉に出してみた。

 

『…君はカイトであってるよね?』

『ああ、俺の名前はカイトだ』

『出身は〈ルーリッドの村〉かい?』

『その通りだよ。…ユージオ(・・・・)久しぶり。いや、ただいまと言った方がいいか?』

『…カイト』

 

昔と変わらない優しい笑顔を向けられて、僕は年甲斐もなく涙を流しカイトに抱きついていた。カイトの温もりを確かめるかのようにカイトの胸にすがり付く。

 

『カイト!カイト!』

『甘えん坊だなユージオは』

 

僕の名前を呼ぶカイトの声も震えていた。

 

『この温もり。この匂い。この安堵感。カイトだ…。二度と会えないと思っていたカイトだ』

『泣くなよユージオ。俺まで泣いちゃうじゃないか』

 

言葉通り、カイトの涙が頬を伝って僕の頭頂部に落ちてくる。それだけで僕は満たされる気がした。

 

 

 

 

 

…思い出したら自分が恥ずかしくなってきた。今なら笑い話になるけど、あのときはそれぐらい嬉しかったんだ。

 

「…ぱい」

 

どうしてもっと早くに気付けなかったのだろう。そうすればもっと長くいれたのに。

 

「…先輩」

 

こんなことティーゼたちに話したらなんて言われるんだろう。

 

「…オ先輩」

 

ティーゼたちが知ってたら僕はもう顔向けできない気がする。

 

「ユージオ先輩!」

「は、はい!?」

「聞こえてますか?」

「え、何が?」

「聞いてないじゃないですか!」

 

どうやら僕は去年のことを思い出しているうちに、ティーゼの話を聞き逃していたらしい。平謝りを続ける僕をよそに、隣でカイトは手作りパイを食べさせようとしているユウキに脅されていた。

 

「カイト先輩、あーん(・・・)してください」

「え、なんで?」

「約束破ったからです」

「や、約束?」

「キリト先輩の起こし方です」

「起こし方?あ…」

 

今日の起こし方を思い出してからユウキとの約束を思い出す。確か「雑な起こし方をしたらロニエが挙動不審になる」だったな。完全に忘れてたよ。ん?待てよ、そのことを何故ユウキが知っている?まさか…。

 

「…おいキリトさんよぉ。ロニエに話してねぇよな?」

「な、なんのことやら。フヒューフヒュー」

 

吹けない口笛を吹こうとして眼を逸らすキリトにヘイトが溜まる。

 

「何告げ口してんだてめぇはぁ!」

「うるせぇ!あんな起こされ方したら告げ口したくなるわ!」

「〈神聖術〉で起こして何が悪いんだよ!」

「悪いわボケ!気持ちよく寝ている人の顔面に〈風素〉をバーストさせるか?普通!」

「そうでもしねぇと起きないからだろうが!」

「普段の起こし方でいいだろ!」

「それじゃあ時間がかかるんだよ!」

 

ったく言い合ってたららちがあかねぇ。事態を収集するためにはどうしたらいいだろうか。

 

「…矛先を収めるにはどうすればいい?」

「ユウキのあーんを受け入れるんだ」

「…斬る(kill)ぞこら」

 

アリスに知られたら俺の命は真面目にないぞ。両方から殺される。前と後ろからの《時間差ダブルラリアット》を喰らわされる。

 

「カイト、甘んじて受け入れようよ」

「ユージオまで…。わかりましたよ。すればいいんだろ?すればさ。...あーん」

「あーん」

 

ユウキの満面のしかし恥ずかしそうな笑顔を、意識的に遮断して食べる。

 

パク。

 

ピキーン!

 

「ヒッ!」

「カイト先輩?」

「だいひょふ…」

 

絶対今視線向けられたぞ。氷柱とかそんなんじゃなくて氷属性の《ゲイ・○ルク》だわ今の。

 

 

 

セントラル・カセドラルside

 

「む?」

 

私は剣を向けていた相手から視線を北に向ける。

 

「どうした?嬢ちゃん」

「いえ、カイトによからぬ何かがあったように感じたので」

「よからぬこと?」

「命とかそういうことではなく、私の存在意義に関わる何かです」

 

そう、まるでカイトが他の女性と仲良くしている(・・・・・・・・・・・・)ような乙女の直感。

 

「…俺にはわかんねぇぜ。そら続けっぞ」

「はい、よろしくお願いします」

 

カイト、何があったのかを戻ってきたら説明してもらいますからね。

 

「セアァァァ!」

「よっ!」

 

雑念を気合いで追い出し、指導してくれている恩師に斬りかかった。

 

セントラル・カセドラルsideout

 

 

 

罰ゲームによって大ダメージを喰らったカイトはともかく、キリトとユージオも澄み渡る池のほとりに寝転んで初夏の日を浴びている。その後ろの木陰では、3人の傍付きが仲良く女子トークを蹴り広げていた。

 

「毎日こんなふうにゆっくりできたらいいのにな」

「メリハリつけるならそれでもいいが、キリトの場合は寝ることを優先しそうで却下だ」

「そう邪険にするなよなぁ。ユージオはどう思う?」

「カイトに一票だね」

「…俺の味方はまたゼロかよ」

 

味方がいないことにキリトが口を尖らせて、「俺は拗ねてます」と見せつけるかのように寝返りを打つ。そんなキリトにユージオは同情する笑みを浮かべ、淡い微笑みを浮かべながら地面に腰を下ろして、水面を見ているカイトの横顔を見る。

 

去年、再会したときよりさらに大人びた雰囲気を見ると、アリスがカイトを好きになった理由がわかる気がした。ふざけることがあってもやるべきときはやる。メリハリのある行動に鋭い感と洞察力、観察力で誰もが考え付かない案を掲示することがある。

 

そしてその頭脳に比例するかのように、容姿もまた〈カイト〉という人間をより魅せていた。

 

シャープに見える顔立ちはさらに鋭くなっているが、微笑むと年相応の愛嬌があって優しくなる。形のいい唇に凛とした面差しは、見るものすべてを癒してくれるかのようだ。群青色の制服の下には鍛え上げられ引き締まった肉体が隠れている。〈整合騎士〉に連行されたあとに、何かしらの理由があって釈放され、8年間の間ずっと鍛えていたのではないのだろうか。

 

僕はカイトを真似て座り直し池の水面を眺める。

 

アリスを護れなかった自分の不甲斐なさを呪いながら、きっと僕以上にカイトは悔やんでいるはずだ。あのとき力があれば、アリスを止められて僕と離れることはなかったと。アリスが連行されることもなかったと。水面の波紋を見ていると、自分の不安が泡のように沸き上がってきた。

 

でもそれは仮定の話であってもう過去に戻ることはできない。できないならその悔しさを糧にしてこの先、二の舞を演じないよう生きていかなければならない。〈整合騎士〉になれば何があっても強くいられるのかな?僕はそう疑問に思った。

 

「ユージオ、ロニエたちが呼んでるから戻ろうぜ」

「え?うん、わかった今行くよ」

 

声をかけられて顔をあげると立ち上がった2人が僕を見下ろしていた。カイトが差し出した手を握って立ち上がる。3人でティーゼたちが待つ場所に向かいながら、僕はこんな何の変哲もない普通の日常が卒業するまで続くことを願った。




あと2話ぐらいでセントラル・カセドラルに入れるかな?

年末までか新年明けるまでに入りたい。


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相談②

長いなぁもう。

切りがいいところで切ろうとしたら長くなるなんでだろ


食後の休憩から戻ったカイトたちは、ユウキたちが座っているシートの上に腰を下ろした。俯いた3人の様子から見てあまりよろしくない内容だとはわかっている。本当なら口に出すのも嫌なのだろうが、誰かのために力を貸したいという思いが瞳に溢れている。カイトたちはそれを読み取っていたから、話さなくてもいいとは言わなかった。

 

「実はお話したいことがありまして。指導生の変更申請について学院管理部にお口添え頂きたく...」

「僕たちが何か嫌なことをしてしまったかな?」

「先輩方にということではなく友人のことなのです。同室の友人はフレニーカとシオンという剣も〈神聖術〉もできるのに優しい子たちなんですが…」

 

その先を自分の口からは言い難いとばかりに口をつぐんだティーゼに代わって、ユウキが話を続けた。

 

「フレニーカとシオンを傍付きとした上級修剣士が厳しい方らしいんです。長時間の罰や稽古が続くのはまだいいと言っているのですが、女子生徒にとって受忍しがたい命令をされているのが嫌だと」

「学院則に定められた規則以外は命令してはならないし、範囲外であれば拒否することもできる。しないのは何でだい?」

「しないではなくできないそうなんです。拒否すれば翌日の稽古はより厳しくなったりするそうで」

 

まさかのカミングアウトにカイトたちは顔を顰める。学院則に違反しないからといって、その範囲内のことでも他人を傷つける命令を下すことは許されない。人として当たり前のことなのだが、それができない人間も一定数存在するのはどこの世界でも同じようだ。

 

それは〈アンダーワールド〉も例外ではないらしい。

 

「誰であろうと許されることじゃないなそれは」

「まったくだ。自分の欲が他人を傷つけることになるということを知らないから、そういうことが平然とできるんだろうね」

 

キリトとカイトの意見はまったく同じらしく、意気投合した言葉をつむぎ出していた。

 

「やめさせたいんだろう?」

「はい、しかし私たちの一存では無理なので」

「教官だけでなくその指導生の許可も必要になってくるからね。簡単にはいかないさ。ところでその指導生というのは誰なのかな?」

「ウンベール・ジーゼック、ヒョール・マイコラス両上級修剣士です」

 

その名前を聞いてカイトたちはさらに深く顔を顰める。普段から嫌味を言い放ってくる3人のうちの2人が関わっていると聞いて、大きく嘆きたくなったのだ。相変わらず性根は腐ったまま。勝負に負けてから一度も嫌味を言ってこなかったのは、こういうことなのかと疑問に思う。

 

「負けたことに対する嫌がらせかよ」

「負けた...ですか?」

 

ロニエが初耳ですとばかりに疑問を返した。

 

「そういえばロニエたちには言ってなかったな。カイトとユージオは、数日前にヒョールとウンベールと立ち合っているんだ」

「勝ったんですか?」

「カイトは勝ったけど僕は引き分けたよ。もしかしたらそれが今回の原因じゃないかって思うと...」

「無視はできないな。たとえヒョールやウンベールじゃなかったとしても止めるべき事案だけど」

「腹いせに2人に対して無茶な要望をしていると?」

「そうなるな」

 

俯いてしまった3人に俺はどう声をかけるべきなのか迷っていた。今回の騒動の原因は、俺たちがあの2人を苛立たせてしまったことから始まっているのだ。その当事者がかける言葉など意味はあるのだろうか。その場にいたからあいつらが苛ついているのを知っている。上級貴族としての地位を揺るがせる結果にさせた俺たちは、さぞ憎いことだろう。

 

だがそれ以上にこっちもあいつらが嫌いだ。その苛立ちを自分で消し去らず、傍付きで発散するなど貴族としてあるまじき行為だ。貴族というより人間としてと言うべきだろうか。貴族以前に人としてしてはならぬことを知っておくべきだ。いくら自尊心の塊であると考えても許せないこともある。

 

俺はユージオ以上に〈ルーリッド〉時代にジンクから虐められた。俺がアリスの婚約者であることを知っていて攻撃してきた。

 

だがそれは至極単純な理由だった。

 

ジンクもアリスのことが好きだったから、婚約者である俺よりいい男だと見せびらかしたかったのだろう。だがそれはアリスからの好感度を下げる結果にしかならなかった。大人数で俺を虐めることで、俺より信頼されているということ。友人が多いことを示して、アリスを自分のものにしようとしたのだ。

 

だが彼と一緒に俺を虐めていた奴らの顔を見れば、それが嘘であることがすぐにわかる。涙を流している者。申し訳なさそうにしている者。ジンクに脅されてやっているのだと一目瞭然だった。だから俺は自分を攻撃してきた奴らに対して仕返しをしなかったし、無視することもなかった。むしろ同情して悪いことをしていないことを教えてあげた。

 

それのおかげかなのか。ジンクの命令通りに動くやつらはいなくなり、むしろ俺に味方をするようになっていた。それが大変面白くなかったのだろう。ジンクは俺がこいつらを買収したのだとぬかし始めた。そして俺が悪者であるかのように言いふらして回っていた。まあ、それも結局ジンクという人間の評価を下げることになっていたのだが。

 

自分の記憶を読み返していると、俯いていたティーゼの口からポツリと本音が吐露されていく。

 

「お二人の気持ちが理解できない訳ではありません。自分たちより成績が下だった者に負ければ悔しいでしょう」

「俺たちも同情はできないが理解はできる。そんな気持ちが無いわけじゃないからな」

 

キリトの言葉にティーゼは頷き自分の気持ちを吐き出す。

 

「しかし大部分が私にはわかりません。何故そのようなことで他人に当たるのでしょう。私の実家はご先祖がささやかな武功を上げて、その時の皇帝の眼に止まったから貴族としての地位を得ています。ですが父は口癖のように言うのです。『今の生活を当たり前だと思ってはならない。我々が貴族としての生活ができているのは平民がいるからこそだ』と」

「私の父も似たようなことを話してくれました。『自分より下の身分の者には同情するな。同じ立場であると考えろ』と。家訓であるかのように話しています」

「ユウキのところもか?」

「微妙なところですね。正直なことを言うと、地位と名声が優先的ですが『人のことを考えて行動しろ』と私生活でいつも言います。目の前にあることだけがすべてではなく、もっと未来のことを考えて行動するということだと私は思っています」

 

3人の親は素晴らしい人だ。下級貴族だから平民の生活がどのようなものなのかを知っている。いや、知ろうとしているからそのように差別するような事を口にしないのだ。

 

「上級貴族だからこそ弱い立場の存在を見なければならないのではないのですか?自分の行動が他人を苦しめているということを、知らなければならないのではないのですか?ウンベール上級修剣士の行いは、確かに学院則に違反していないのかもしれません。それでもしてはならないことがあるのではないのですか?罰を与えられた日に2人はずっとベッドで泣いていました」

「ティーゼの言葉は何一つ間違ってないよ」

 

長い長い言葉を言い終えたティーゼに、カイトはユージオが見た中でも上位に入ると思える笑顔を浮かべながら優しく言う。

 

「学院則や《禁忌目録》に記されていることをしてはならないのは当たり前だ。殺人や強盗なんて人としてすることじゃない。でもそれを取り締まる規則が存在するということは、それをしてきた人たちがいたということなんだ。でも禁止されていることが当たり前(・・・・)だと思ってはいけない」

「禁止されていることが当たり前ではない?」

 

カイトの言葉にユージオが首を傾げて問い返す。カイトが立ち上がって池の方へと歩きだし、2mほど離れてから立ち止まった。

 

「規則で禁止されているのはしてはいけないこと。それは文句のつけようもなく正しい。でもそれが全てだと誰が言った?『規則に記されていることはすべて禁止』だと誰もが言うけど、記されていないことをしても許されるのだろうか」

「何が言いたいんだい?カイト」

 

ユージオの問いかけにカイトは、しばしの間無言で池を見ては空を見る。そして近くの樹木の幹に片手を押し当て、呟くように言葉を発した。

 

「キリトは人殺しをどう思う?」

 

目を合わせることなくカイトは問いかける。

 

「良いと思えるわけないよな。人の命を奪っているんだから。どんな理由があっても命を奪ってはダメだ」

「ユージオは?」

「許されることじゃないよ。《禁忌目録》で禁止されているんだし」

 

2人の答えにカイトは満足そうに幹を見つめながら頷く。

 

「今の答えが違うように人それぞれの意見は異なる。キリトが言うようにどんな理由があっても人を殺してはダメだし、ユージオが言うように《禁忌目録》で禁止されていることをするのは許されない。でも自分の大切な人がある人のせいで死んでしまったらキリトは許せるか?人を殺さなければならない事態になったらユージオは人を殺すか?」

 

振り向いたカイトの眼を見て5人が驚く。涙を溢れさせたカイトが目の前に立っているのを見れば、その異常さに驚くだろう。何故カイトは泣いているのだろうか。何故そこまで《禁忌目録》のことにこだわるのだろうか。

 

ユージオにはその理由がまだ(・・)わからなかった。

 

「俺にはわからない(・・・・・)。禁止されているからしない。禁止されていないからしてもいい。そんな風に何故考えるのか理解できない。禁止されていなかったら何をしても許されるのか?残された者がどんな思いをするのか誰も考えない。俺はそれが許せない」

「...私、カイト先輩が言いたいことわかった気がします。『力ある者は、力なき者に手を差し伸べなければならない。必ずではなくとも少しでもそういう考えを持つべき。禁止されていないことでもしてはならないことがある。』ということですよね?」

「ああ、《禁忌目録》に違反してでもしなければならないことだってあるはずだ」

 

ユウキの解えに満足そうに頷きながらカイトは南の空を見上げる。そこにいて自分の帰りを待ってくれている女性(ひと)を慈しむかのように。

 

だがユージオたちは息を飲んでいた。《禁忌目録》を否定するカイトの言葉に。《禁忌目録》を否定することは〈公理教会〉を否定することと同義であることを理解している上で、カイトが話しているのをわかっている。だがそれでも揺るがない声で言われてはやめろとは言えない。

 

「そういうのを〈誇り〉って言うんだろうな」

「ああ。誰もが持つ強い力の源さ」

 

キリトの一言にユージオが同意して誰もが頷いた。たった一言にまとめられた言葉でも、それにたくさんの意味が含まれていたから。自然豊かな森の中で話せたから、こうして清らかな心で人間の間違いについて話せたのだ。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

夕方、ユウキたちと初等練士寮の前で別れた後3人で帰っている間に先程の話をしていた。

 

「妙だよな」

 

キリトの呟きは独り言なのか聞かせるためだったのかはわからない。もしかしたら考えていたら自然と口からこぼれたのもしれないし、2人の意見を聞きたかったから口にしたのかもしれない。

 

「何がだい?」

「なんでライオスは同室の2人が傍付きに対して不適切な対応をしているのに、それに対して口を挟まないのかなって。放っておいたら自分の評判を下げるだけなのにさ」

「ライオスにも止められないくらい荒れているとかかな?」

「それかそれを見て楽しんでいるのかもな」

「無きにしも非ずだろうなカイトの意見も。どちらにせよフレニーカとシオンが傷つくのには変わりない」

 

己の苛立ちを発散するため、または欲を満たすための行動であっても許されることではない。傍付きと指導生の間には信頼関係がなければ成り立たない。だがヒョールとウンベールはそれを壊そうとしている。いや、もう既に壊れている。他人を願望のはけ口にするとはクズ以外の何者でもない。それは傍観しているであろうライオスも同じだ。

 

「その八つ当たりが俺とユージオの立ち合いが理由なんだとしたら、嫌でも俺たちが止めないとな。当事者である者が止めなくてどうするのかって話しだ」

「そうだね。僕たちが直接言わないとウンベールたちもやめないだろうから」

 

目的意識を持って上級修剣士寮へと足を速めた。

 

 

 

「...ということでウンベール上級修剣士次席及びヒョール上級修剣士三席、学院則に違反していないまでも屈辱的な罰を与えるなど言語道断です。傍付きの嫌がることを命令し、それを見て楽しむなど貴族としてあるまじき行為です」

 

上級修剣士寮の三階の東の部屋で、ユージオたちはライオスらに注意喚起していた。ライオスは赤色、ウンベールは真っ黄色、ヒョールは紫色のゆったりとした長衣を身につけている。色がどキツくて着崩しているところは、自室で休息日なのだから構わない。だが話しているというのに、異常に横長のソファーに体を横たえられては不満がある。

 

「ふむ、ユージオ修剣士が言いたいことはよくわかった。だがその情報はどこから得たのかな?根も葉もない中傷は、私とて無視はできない。それも同室の友人であれば尚更だがね」

「僕たちの傍付きからです。ウンベール上級修剣士次席とヒョール上級修剣士三席の傍付きが友人なので」

「何故その傍付きはウンベールとヒョールに言わなかったのだろうか。私にはそこが不思議でならないね」

「言いたくても言えないこともあるでしょう。仮にも御三方は学院の上位3名ですから言い難いはずです。そしてお二人の傍付きが言えないのは、自分の指導生に下級貴族である自分が意見することはできない。そう思っているからですよ」

 

ひらりひらりと会話を交わそうとするライオスにユージオは苛立っていた。同室の者が卑しい行為に走っていても咎めるどころか、むしろ推奨しているように感じる。それが非常に腹立たしかった。

 

「ウンベール・ヒョールよ。このようなことを言われているが、思い当たる節はあるか?」

「ありませんな」

「私もです。稽古で疲れた体をマッサージしてもらっているだけで何が卑しいのか疑問に思いますな。辺境出身のユージオ上級修剣士には、その光景がいささか刺激的なのでしょう」

 

ヒョールの言葉がユージオの逆鱗に触れた瞬間、肩に誰かの手が置かれユージオを正気に戻した。振り返るとカイトが無表情にライオスらを睨みつけていた。

 

「たとえ学院則で禁止されていなくとも、してはならないこともあるでしょう。御三方はそうそうないでしょうが、万が一屈辱的な命令を下されればどう思いますか?」

「有り得ない仮定を言われては考える気も起こらないのだよ」

「有り得なくはないでしょう。二等爵家や一等爵家が上にはいます。そこに命令されれば断れますまい」

「...話にならない。出て行くが良い。あまり踏み込むなよ平民風情が」

「注意はしました。もしお二人の傍付きがこれ以上傷つくようであれば、教官に調べを依頼することになるでしょう。最悪それ以上の権力を持つ者(・・・・・・)が裁くことになりますが」

 

カイトの意味深な言葉に理解できないと、間の抜けた表情を浮かべるライオスらを背にして3人は部屋を出た。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

自室に戻ってからも3人の空気は重かった。反省の色がまったく見えないことに、怒るより呆れていたのが余計に精神的疲労を増加させていた。

 

「あっぶねぇ、暴言吐きそうになった」

「キリトが真っ先にキレるかと思ってたのに」

「剣があれば危なかったな」

 

キリトも色々と限界だったらしく鬱憤を晴らしたがっている。その気持ちは大いに理解できるので咎めなかった。

 

「でも裏があるよなあれは」

「意図的にユージオを挑発してたからな。ユージオが言いすぎていたら、それを逸礼行為として罰を与える気だったみたいだし」

「カイトが肩を叩いてくれなかったら終わってたかもね」

 

俺がユージオの肩を叩いたのは、ユージオの意識を逸らすためでもあったが、どちらかといえば自分が自分でいられるようにユージオを利用したのが正しい。だがユージオの正気を取り戻す結果になったのであれば、結果オーライでも構わない。

 

「しかしここまで反省の色がないとは。これも俺たちがあいつらに恥をかかせたせいだ」

「そう悲観的になるなよ。どちらにせよそろそろ検定試合があるんだからさ。学院代表になるためには、遅かれ早かれあいつらに勝たないとダメだから恨みは買っていた。恨みを買う時間が早いか遅いかの違いなんだから気にしなくてもいい」

「しばらくは様子見というところだな。何かあれば教官に言えるようにしていればいい」

 

カイトの言葉に同調するようにユージオとキリトが深く頷いた。




あと2話で終わると言いましたが終わりそうにないですね。

どのくらいになるかはまだわかりません。長くても3話ぐらいだと思います。



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裁決①

長くなったなぁ。1万3千文字か。我ながら笑えてきますね


散々3人を虚仮にしたことで満足したらしく、ライオスらは翌日から絡んでくることはなかった。憎しみを込めた視線を向けることもなく、完全な無視を決め込んでいるウンベールとヒョール。

 

その方がカイトたちも楽だったから特に関わろうとはしなかった。普通に生活しているときでも可能な限り関わりたくはないのだから、その感情を抱くのは当たり前だが。

 

 

 

 

 

「てっきり嫌がらせをしてくると思ったんだけどなぁ」

 

夕方、授業を終えて自室でくつろいでいると、キリトが前置きもなくそんなことを言い出した。

 

「心を入れ替えた…わけじゃないだろうしね」

「そう簡単にあいつらが改心するわけないからな」

「断定的だねカイトは」

「あれだけ性格の悪さを魅せられたら否応なく思うだろ」

「…今さ、言葉の意味を変えなかった?」

 

ユージオの鋭いツッコミに俺は冷や汗をかいていた。それをごまかすように笑顔を浮かべ、ユージオが煎れたピーチティーに似た味のお茶をすする。誤魔化したのがキリトにもバレているらしく、にやつきながらこちらを見ていた。

 

「〈システム・コール・ジェネレート・エアリアル・エレメント。…バースト・エレメント〉」

「ぐおっ!眼が!眼がぁぁ!」

 

呟くように式句を唱えて右手に風素を生成し、キリトの両目の前まで移動させて解放する。その風圧で眼球を攻撃されて、悶えながらキリトが椅子から崩れ落ちた。してやったりと笑みを浮かべる俺と、苦笑しているユージオの表情は反対であるが似た笑顔である。その要因はようやく痛みから解放されたキリトが、恨めしそうに俺を見ているからなのであるが。

 

「…許すまじカイト」

「自業自得だ。これは正当防衛に他ならない」

「その言い方と深い笑みは悪人そのものだよカイト」

「俺が悪人ならキリトは極悪人だな」

 

眼圧検査程度の風圧で、大袈裟に転げ回っているキリトに同情はせん。キリトだって〈現実世界〉では、何度も経験しているはずなのに。そこまで痛がるほどの強さだろうか。〈現実世界〉で慣れていたとしても〈アンダーワールド〉にいるキリトは、キリトであって本体のキリトではないから慣れていなくても可笑しくはないのかも。

 

「話は戻るが今の状態が卒業まで続いてほしいものだ」

「そう簡単にあいつらが諦めるとは思えないんだよな。カイトの気持ちと同じだけど、あいつらの性格を考えるとさ一時的なもんじゃないかって」

「僕もこのまま何もなく終えてほしいけど、キリトの考えもあり得ると思うかな。なんせ僕たちが言いに行っても、悪いことをしたとは思っていない様子だったからね」

「むしろ当然って感じだったからな。よくあそこまで自分の意志を曲げないものだ」

 

本当にある意味尊敬に値するほどひねくれた性格である。真似したくもないが、真似しろと言われてもできる気はしない。それだけあいつらの性格が完璧に近いと言えるクズの極みなのだろう。考えただけで吐き気がしてくるから、ここで思考を停止させていただく。

 

「あとはティーゼたちに報告すれば作戦の第一段階は終わりだね」

「といっても作戦は二段階だけなんだけどな」

「そこはそうだねって言っておこうよキリト」

「ではキリトの〈神聖術〉補講を行おうか」

「お、お手柔らかに…」

 

キリトのひくついた笑みを見て、俺とユージオの悪戯心に火がついたのは言うまでもない。

 

「勘弁してくれぇ!」「諦めるのにはまだ早いよキリト!」「容量が足りない!」「じゃあ増やそうか」「待て!今俺から剣術の知識を抜き出すな!」「安心しろ、また戻してやる」「安心できない!や、やめ…いやあぁぁぁぁ!」

 

とまあこんなやりとりが行われたかどうかは定かではない。だが消灯までの2時間、こってりと絞られたキリトが廃人と化していたことだけ明記しておく。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

その翌日、定刻である16時の鐘が鳴る前にユウキたちが掃除をしにやってきた。といっても3日おきに掃除をしてくれているので汚れることはないのだが、傍付きの仕事の一番とも言えるので疎かにすることはないのだ。

 

「もう少し汚してくれたらボクもやりがいがあるのに」

「いや、3日おきに掃除されてたら汚れる暇も無いでしょ」

「では汚してください。どうぞ」

「意図的に汚してどうすんのさ。余計に汚しにくいんだけど?」

「掃除するのはボクだから気にしないで下さい。さあどうぞ!」

「話を聞いてくれ」

 

いや、ほんともうどう対処したら良いのかわからなくなってきた。ユウキは俺の寝室を掃除しているのだが、汚れていないことが少々不満なようだ。汚そうと思っても汚すに汚せないし、散らかそうにも散らかすほど物品があるわけでもない。仕事といえば布団のシーツの取り替えや洗濯、天日干しのような軽い作業ばかりだ。

 

綺麗になった布団で眠れるのは嬉しいし、太陽(ソルス)の香りにふんわりと鼻腔をくすぐられるのは最高だ。まるで羽毛に包まれたかのように心が安らぐから癖になる。羽毛と聞いて思いだした。俺の飛竜の夢縁(ゆめより)が、そろそろしびれを切らして飛来してくるかもしれない。あいつは雄なんだけど甘えん坊だから俺がいなくなったら拗ねるんだよなぁ。世話をアリスに任しているし懐いてるから、あまり心配かけるようなことはしたくないだろう。

 

我慢してアリスの言うことを聞いて俺を待つか。アリスに心配をかけてでも己の欲を優先して俺に会いに来るか。困ったなぁ。来られたら俺の身分がバレるし、何よりパニックに陥る気がする。〈整合騎士〉にしか操ることのできない飛竜が空を駆けてきたら、(悪い意味で)お祭り騒ぎだ。それは勘弁してくれよ。

 

万が一夢縁が来ちゃってその後〈セントラル・カセドラル〉に帰ったら、皆さんから怒られるだろうなぁ。爺さん・連続技使い・弓使いはともかく、アドミニストレータとアリスは無理。アドミニストレータには愛でられる気がするし、アリスからは無言の怒りの笑みを四六時中向けられるわ絶対。

 

あ、でもアリスに向けられるならそれはそれで良いかも。なんせアリスだからな!

 

「じゃあボクが汚しますね」

「待てぇ!」

 

物思いにふけっている間に居間から持ってきた紅茶を、こぼそうとするユウキを羽交い締めにして押さえ込む。

 

「先輩、汚させてください!」

「ダメダメ!それはダメ!」

「問題ありません。片付けるのはボクなので」

「そうだとしてもやめて!」

 

なんで俺がこんな苦労しないとダメなわけ!?日頃の行いそんなに悪い!?キリトの〈神聖術〉補講にキリト弄り、ユウキへの剣術指導にユージオ弄り。うん、人への嫌がらせしかしてないわ。そりゃこんな目に遭っても仕方ないかな。

 

「…こ、この体勢は、恥ずかしいかな///」

「え?」

 

暴れるユウキも抑えるために動いていたのだが、何故か謎の体勢になってしまっていた。よく見れば俺の右手は紅茶の入った瓶を斜め上に差し伸べられたユウキの右手首を掴み、左手はユウキの左腰に回っている。

 

俗に言うダンスを踊る女性をリードする男の図である。

 

わざとこういった姿勢をしているわけではないのだが偶然とはいえ、このような体勢はユウキの言う通り少しいやかなり恥ずかしい。それも人生最大級に。

 

ズドドドドドド!

 

この音は!?チラリと窓の外を見てみる。

 

アリスがランスで突っ込んでくる!しかもその武器はロンゴミニアドではないですか!危険危険!身のキケ~ン!

 

無敵状態でも回避スキルでも不可避!防御アップせねば!マシ〇、マシ〇はおらぬか!?何、魔神柱との戦闘で来れないだと!?おのれ七十二柱。いや、ソ⚪モンめ。そこまでして俺に攻撃を喰らわせたいのか。よかろう我が身だけで耐えてみせるわ!

 

…とまあ鋭い視線が、遙か彼方から飛んできた気がするが何もなかったことにしておこう。

 

 

 

〈セントラル・カセドラル〉side

 

私は最愛の男性(ひと)の弟子に指導している最中、身の毛がよだつ何かを感じて北の方角を見る。

 

「アリス様、どうなされたのです?」

「カイトが他の女とひっついている気がしただけです」

「師がですか?まさかそのようなことが」

「女の勘ですから気にしないでください。では続けましょうか」

「…はいアリス様」

 

面と向かって「女の勘は良く当たる」と言えない一ヶ月前に召喚(・・・・・・・)されたばかりの見目麗しい〈整合騎士〉であった。

 

〈セントラル・カセドラル〉sideout

 

 

 

事件発生から30分後、掃除を終えたユウキが俺の部屋から出てきた。

 

「カイト上級修剣士殿、報告します。本日の掃除終了しました!」

「お疲れ様。それからこの前の件、しっかりと抗議しておいた。あいつもこれ以上大事にはしたくないだろうから逸脱した命令はしないはずだ」

「ありがとうございます!2人も安心して過ごせることでしょう!」

 

純粋に喜んでくれるユウキを見ていると、ライオスらのことで悩んでいる自分がバカバカしく思えてくる。あいつらによって汚染された心が浄化されていくそんな錯覚を覚える。

 

「今回の件は俺がライオスの言葉に過剰に反応してしまったことが原因だ。本当にゴメン。多くの被害をだしてユウキたちにも迷惑をかけてしまった」

「先輩とライオス上級修剣士首席との間にどのようなことがあったのかはわかりません。でも先輩はどんなことがあっても間違ったことはしないとボクは知っています。だから先輩の責任ではないと思います」

「『ぶつからなきゃわからないことだってある』か。本当にその通りだよ」

 

本家と何も変わらない性格には本当に助けられる。いつかお礼ができたらいいな。

 

「今日はもう帰って良いよ。明日は〈神聖術〉の試験だろう?それもユウキが苦手な鋼素の」

「うっ!では失礼させていただきます!」

 

ユウキは一礼して許される限りの速度で、初等練士寮へと帰宅していった。それを見送ってからユージオがいる部屋へと足を向けドアを開けようとしたが、何故か少しだけ開いていた。

 

ノックしようと拳を持ち上げたタイミングで、ドアの隙間からユージオの声が聞こえてきた。

 

「大会が終わったら君に会いに行くよ」

 

2人の空気を壊すわけにもいかず、俺は先に掃除を終えて修練しにいったキリトを追い掛けた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

それから月日が流れて5月22日。その日は例年にないほどの強風と雨で気分は暗かった。人間は気圧が低いと元気がなくなるのだろうか同室の3人は口数も少なく唯手を動かしていた。

 

「ねえキリト、早くその剣の名前を決めてあげなよ」

「キリトがその剣に合った名前を考えつくとは思えないけどな俺は」

「まったくもってその通り。俺には命名する才能は無いのさ」

 

ため息を吐き出したキリトは、油革で刀身の磨きを再開する。口数が少なかった理由は、各々が愛剣を磨くために集中していたからだった。キリトが愛剣を手に入れてから早2ヶ月。今になって尚銘が決まっていないことに、ユージオは不満を述べながらも待ち遠しいらしい。こうして剣を磨くときには決まって聞き手に徹している。

 

「それにしても遅くないか?」

「何がだい?」

「さっきの鐘が4時半のはずだ。あの3人が遅れてくることなんてこれまで一度もなかった」

「そういえば遅いね」

 

3人は遅れることなく、16時の鐘が鳴った頃には掃除を始めていた。30分も遅れているというのに連絡の一つもないのは可笑しい。キリトも同様らしく厳しい顔をして考え込んでいる。なんとも言えない不安感が込み上げてくるのを、無理矢理に押さえつけるように愛剣磨きを再開する。だが磨けば磨くほど不安は大きくなる。このままいいのだろうか。来るのを待っていれば良いのだろうか。

 

「初等練士寮に探しに行ってくる。なんだか嫌な予感がする」

「俺も行くよ。初等練士寮にいなければ何処かにいるはずだから」

 

キリトも立ち上がって不安を振り払うかのように意見を出してくれる。

 

「いや、キリトは修練場に行ってみてくれ。傍付きは上級修剣士寮の寮官に許可をもらえば使える。もしかしたらそこにいるかもしれない」

「なら僕も…」

「ユージオはここで待っててほしい。ユウキたちと入れ違いになったら困るからさ」

「わかったよ」

 

ユージオが頷いたところで、キリトとともに窓を開け放って近くの樹に飛び移った。

 

「正面玄関からってもういないし。まあ、正面玄関から出て行くより窓からいった方が近いのはわかるけどさ。相変わらず頭より行動が先なんだから」

 

僕は風とともに入ってくる雨粒を防ぐため、窓を閉めてからソファーに座り込む。2人がいなくなった部屋はやけに広く感じられた。3人部屋だから、1人になればそれは当然のことなのかもしれないけど、僕からしたらそれだけが理由ではないとわかっている。

 

不安によって心が傾きを平衡状態に戻そうとする副作用によるものであると。

 

愛剣磨きを続けるか迷っていると、小さなノック音が聞こえてきた。ドアから出て行けば行き違いにならなくて良かったのにと思うけど、今言ったところでどうにもならない。3人を労おうとドアを開ける。

 

「よかった。心配し…」

 

そこまで言いかけて僕は眼を見張った。視界に飛び込んできたのは、赤毛でも焦げ茶でも漆黒でもない。見たことのない髪色をした少女2人だった。1人は薄茶色でもう1人は珍しい水色の髪色をしている。

 

「…君たちは?」

「あ、あのユージオ上級修剣士殿でしょうか?」

「そうだけど…」

「私はフレニーカ・シェスキ初等練士です。ご、ご面会の許可を取らずに訪問したことをお詫び申し上げます。でも私はす、すぐにでもお伝えしないと思いまして…」

 

妙に震えながら言うから、怖がりなのかなと思ったけどそうじゃない。雨に濡れただけの震えではないのは僕にもわかった。寒さによる震えではなく、恐怖と不安によるものだと。人を見る能力のない僕でも一目瞭然だった。

 

「私はシオン・エニルです。この度は尽力していただきありがとうございました。あの日からは屈辱的なご奉仕は減ったのですが、本日のは少し…。そこでティーゼたちに相談というよりも中退を申し出たんです。『これ以上このようなことが続くのであれば学院を辞めたい』と。そしたら3人が直接嘆願すると言って飛び出してしまって。なかなか戻ってこなかったのでどうしたらいいかわらずここに来た次第です」

 

水色の髪に獰猛な瞳をしているけど、柔らかな顔立ちが相まって可愛らしい雰囲気をしている少女が俯いて呟いたのを見て僕は怒りが湧いてきた。あれほど抗議したというのにまだ求めるかと。

 

「いつ頃出て行ったの?」

「15時半頃だったと思います」

 

あれから1時間以上が経過している。嘆願しに行ったとしてはらあまりにも時間がかかりすぎている。よくないことが起こっていると考えるしかない。

 

「君たちはここで待ってて。友人2人が帰ってきたときに、僕がライオスたちのところにいるって言っておいてほしい」

 

僕は2人の返事を聞かずに愛剣を握ったまま部屋を飛び出した。




シオン・エニル・・・ヒョールの傍付きで水色の髪をして獰猛な瞳をしているが、柔らかな容姿で可愛らしく見える少女。


シオンはGGOのシノンに似た少女です。性格はシノンよりもっと優しくて包容力があるキャラです。


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裁決②

2話連続ですみません。


東に向かって全速力で廊下を走る間にも、不安の種が育っていくのを感じる。3人がライオスたちの部屋に行ってから、1時間が経っても帰ってこないのは可笑しい。何もなくて「心配かけてみたかった」と笑顔で出てきてくれるだろうと信じている。

 

でも…。

 

「最初からティーゼたちが狙いなら何故このような面倒なことを…まさか!」

 

最初から僕たちを狙っているなら、あの日ウンベールに苦戦していた僕に剣を振るっていれば良かったのだ。ウンベール1人に精一杯だった僕を、ライオスならそれほど力を込めなくても倒せたはずだ。なのにそれをしなかったのは、ウンベールとヒョールの性格を知っていたからだ。それに自分の欲を満たすという目的を重ねることで優越感に浸っていたのだ。

 

勝負して引き分けたことを率先して話すまでは想定していなかっただろうけど、自分の傍付きに話すことはわかっていたのかもしれない。

 

①自分の話題を持ち出させてそこから立ち合いの話を繋げる。②屈辱的なことを自分の傍付きに命令して、僕たちの傍付きに相談させる。③ティーゼたちがそのことを僕たちに話す。④それを聞いた僕たちが注意喚起しに行く。⑤僕たちがティーゼたちに報告する。⑥間隔を開けて僕たちを油断させる。⑦そしてもう一度自分たちの傍付きに屈辱的な命令をして、ティーゼたちに相談させる。⑧ティーゼたちに嘆願させに来る。⑨そして最後に捕縛する。

 

これがライオスたちの作戦だったんだ!

 

「ティーゼっ!」

 

大切な傍付きの名前を呼びながら走り続ける。

 

ライオスらの部屋に着いても息を整える時間が惜しい。ドアを乱暴に叩き出てくるように催促する。すると扉を開けたライオスがいつものにやけた顔で僕を迎え入れた。

 

「おやおや、予想より遅い到着だ。さあ入り給えユージオ上級修剣士」

 

まるで自分が来るのを待っていたかのような言い方に、納得感と同時に憤怒が沸き上がる。(いざ)なわれながら部屋に入ると、ランプの明かりだけでソルス光は布によって遮られ薄暗い。香が炊かれ部屋中に充満しているのが気にくわなかった。これはまるで何かの儀式ではないかと、口にしなかった自分がいることに驚く。

 

「ここに僕たちの傍付きが来ているはずです。何処にいますか?」

「なるほど彼女たちはユージオ上級修剣士とご友人の傍付きであったか。件の傍付きは面会の許可もなく来ては、下級貴族の分際で我々には誇りがないとぬかしよったのだよ。さすがに心の広い我々でも、揺るせぬ振る舞いだったのだ」

「非礼は後日謝罪します。それより3人の居場所を教えてくださいご存じなのでしょう?」

「そう気を荒立てなくともよかろうユージオ上級修剣士。私と楽しい会話をしようではないか」

 

背後に目をやると、ウンベールとヒョールが下品な笑みを浮かべて舌なめずりまでしている。僕は自分の体に寒気が走るのを感じたが、それを悟られないように《青薔薇の剣》を強く強く握った。

 

「観客が来たのですから、今宵最高の演目を楽しんでもらいましょうライオス殿!」

「私としてはもう少しユージオ上級修剣士と話したかったのだがな。まあいいウンベール、私も待ちわびていた」

「ついにこの日が来たのですねライオス殿!」

「演目?待ちわびた?この日が来た?一体どういうことですライオス殿!」

 

言葉の意味がわからなかった。何をする気で今日まで過ごしていたのか。僕には理解できなかった。

 

「では移動しようかユージオ上級修剣士殿」

 

ライオスらは長衣を翻して奥の部屋へと入っていく。それをおぼつかない足取りで追い掛け、その光景を眼にして凍り付いた。眼に入ってきたのは、寝室のベッドに縄をくくりつけられ、猿轡のようなもので口を塞がれているティーゼたち。部屋に漂う芳香など気にはならないほどの怒りが、僕の内側を満たしていく。

 

「動くな平民!」

 

足を動かそうとするとライオスが僕を制止させる。

 

「何の真似ですかライオス殿!」

「これは致し方ない処置なのだよ。彼女たちはあろうことに甚だしい非礼を働いたばかりか、教官に告げ口すると言い出したのだ」

「ライオス殿の言う通り。ウンベール同様に私がそのようなことをさせると思うか?我々にそのことを言わなければ、今頃貴殿らの部屋にいたであろうに。まったく脳のない小娘は嫌いだ。だがここまで顔が整っているのであれば例外だろうな。ひょっひょっひょっひょっ!」

「たとえ逸脱した行為であっても、縄で縛る必要はありません!学院則で禁じられていることをしてもいいのですか!?」

 

修剣士懲罰権には、『著しく傍付きを追い込んではならない』という項目が存在する。今の状況は精神的にも肉体的にも苦痛を与えている。もはや修剣士懲罰権の範疇を大きく超えているのだ。

 

「修剣士懲罰権?我々がいつそのようなことを口にした?我々が今使用しているのは、修剣士懲罰権というくだらない法ではない。《貴族裁決権(・・・・・)》という代物だよ」

「なっ!?」

 

《貴族裁決権》。は四等爵家にまで与えられる権利であり、下級貴族である五等及び六等爵家はその裁決の対象となる。修剣士懲罰権などと比べることもできない権利だ。それを使用されれば何人たりとも抗うことはできない。

 

「我々が楽しむのをそこで見ているがいい!」

 

そう言うとライオスらは、長衣をはぎ取ってティーゼたちに飛び掛かった。悲鳴が上がるが猿轡をされていては出る声も出ない。今ここで声を出すことは、ライオスらの嗜虐心を煽る行動でしかない。だがそのことに縛られている少女たちが気付けるはずもなく、可能な限り離れようとベッドの奥へと逃げる。それもまたライオスらの興奮を高める結果になるとも知らずに。

 

「や、やめろ!」

「動くなと言ったはずだ平民!これは《禁忌目録》に則った正当で厳粛なる貴族の裁決である!邪魔をすれば貴様も大罪人となるぞ。我々はそれでも構わんがな。この程度で大罪人の肩書きを持つことにならぬのだから、彼女たちも喜ぶことだろう」

「ライオス殿、いざ参りましょう!」

「よかろう三等爵家の私が許可する」

「待てっ!」

 

僕はその先を口にすることができなかった。『法を破った大罪人』という単語が頭の中で何度も繰り返される。足が床に縫い付けられたかのように動かない。どれだけ力を込めて動かそうにも動こうとしない。

 

僕はまた護れないのか。

 

大切な幼馴染を護れなかったあの日のように。

 

2人が連行されてから、どれだけ泣いても懇願しても帰ってこなかった。夢だと何もかもが悪夢だったと願った。でも何度目覚めても2人はいなかった。帰ってこなかった。その日から2人と関わりがあった僕を村の人々は避けるようになった。まるで僕が禁忌を犯すかもしれないと危惧するかのように。でも僕はそれでよかった。2人がいない世界が、日常があるなんて想像もしていなかった僕にとって、これこそが世界の残酷さなのだと知った。

 

力なき者は何もできず、地に這いつくばって生きるしかないと僕はずっと思い込んでいた。〈ギガスシダー〉を刻む〈天職〉に選ばれた以上、僕には自由がなかった。11歳になって与えられてから死ぬ間際に譲るまでずっと続けると誓った。誰かと一緒になることはないと。自分にはそんな権利はないと。孤独で生きていくと。

 

でもある日、森に突然現れた1人の少年によって僕は変われた。〈ルーリッド〉で生まれて死ぬと思っていたのに、彼は底なし沼から僕を無理矢理引き上げて、前に進むきっかけと力を与えてくれた。「前を向かないと生きていけない」と口癖のように言う相棒が格好良かった。あんな風に人を奮い立たせれるような人間になりたい。誰かに力を与えられる人になりたい。出会ってからの2年間で何度思ったことか。今でもその思いは増すばかりだ。でも僕には力がない。キリトのように誰かの心を動かす力も。カイトのように誰かを魅せる能力も。

 

ライオスらがティーゼたちの服を脱がしていく様子が、思考のせいで狭くなった視界の端にに見える。動かなければ助けなきゃ。きっとティーゼたちは二度と立ち上がれなくなる。生きることに絶望してしまうかもしれない。それだけは絶対に起こしてはいけないことだ。

 

でも、でも足が動かないんだ。僕には人を助ける力はないんだ。

 

ライオスらの指がティーゼたちの頬や額を撫でている。唇に触れないのは、婚姻の誓いを立てる前の接触は禁止されているからだ。たとえ貴族裁決権でも《禁忌目録》に記されていることは貴族裁決権でも覆すことはできない。だが一つだけ抜け道はある。

 

それは互いが合意したときだけ唇への接触が許される。だがその合意は強制でも構わない。もしライオスらがそのことに気付いてしまえばかならず汚されるだろう。汚れを知らない少女を痛めつけてもいいという法とは一体何なのだろうか。その法とは完全な法と言えるのだろうか。

 

「ユージオ先輩は自分のことだけ考えてください!私はユージオ先輩が傷つく方が嫌です!」

 

いつの間にか猿轡を外されていたティーゼの声が聞こえてくる。

 

でも罪のない人を裁く法は法と呼ばない!

 

ス「ぐっ!」

 

突然、右眼に鋭い痛みが走った。

 

痛いはずなのに慣れている(・・・・・)。この痛みを忘れるはずがないんだ。あの日2人を助けようとしたときに感じた痛みとまったく同じなんだ。こんな痛み。あんな苦しみ。ゴブリンに斬られたときよりも、今ティーゼたちが感じている屈辱に比べたらなんでもない!

 

『どんなときでも優先しなきゃ駄目なことってある?』

『ああ、もちろんあるさ』

 

いつも通りに生活している時、ふと思ったことを聞いてみたことがあった。寝転がっていた親友はソファーから起き上がって座り直し、真面目な顔をして僕に言ってくれた。

 

『人が苦しんでいるときは拒まれても助けないと駄目だ。たとえそれがその人が望んでいる結末じゃなくても』

 

言い終わったカイトは照れ笑いを浮かべていた。僕はカイトをからかったけど、今ならその言葉の意味がわかる気がする。何故あの時カイトがそんなことを言ったのか。何故そこまで人との関わりを気にするのか。

 

きっとカイトは、人が笑顔で誰もが苦しまない世界を作りたいんだと。作るために〈整合騎士〉になるんだと思えるんだ。もしかしたらその先にある何かを見据えているからなのかもしれない。

 

目の前でライオスらが決定的な行動に移った。3人に覆い被さって体を汚れた手で蹂躙していく。

 

「う…う…くそ!」

 

愛剣を振るおうにも、途中で腕が何かに引っかかったように止まってしまう。守れないのかまた。あの日のように暗い毎日を繰り返すのか?ティーゼたちが傷ついてもいいのか?無理に右腕を動かすと右眼が真っ赤に染まる。文字が浮かんでいるがそれを読み取る時間が惜しい。

 

『《禁忌目録》で禁止されていても、しなきゃいけないことがあるはずだ』

 

カイトが涙ながらに発した言葉が僕の体の呪縛を緩める。

 

「ユージオ先輩、助けてぇ!」

「うわあぁぁぁぁ!」

 

ティーゼの叫びが引き金になって僕は抜刀した。右眼から血が噴き出し、視界が半分狭まるがそれさえ気にせず奥義を発動する。

 

〈単発水平斬り《ホリゾンタル》〉

 

痛みも忘れて3人がいるベッドへ肉薄し剣を振るう。

 

雷閃にも似た一撃を視界の端で捉えていたのだろうか。ライオスは間一髪のところで躱したが、ウンベールは反射的に左腕を持ち上げていた。

 

僅かな手応えも感じずに振り抜かれた剣の先には、肘先から斬り落とされたウンベール、その血しぶきを浴びて何が起こっているのかを理解できていないヒョールがいる。

 

「…腕、が。俺の、腕がぁぁぁ!」

 

ウンベールの叫びは僕の耳には入らなかった。いや、入る余地もなかった。人を斬ってしまった。《禁忌目録》を破ってしまったという二重の苦しみが自分の体を駆け巡る。

 

人殺し。大罪人。人殺し。大罪人。

 

同じ言葉が何度もループする。呼吸が荒くなる。視界が揺らぐ。

 

「…よもやここまでの禁忌を犯す人間がいるとは…。素晴らしい!私は幸運だ!ステイシア神よ感謝いたしますぞ!」

「…君なんかに祈られても嬉しくないよ」

 

何故そのような皮肉が自分の口から出たのかわからなかった。自然と頭に浮かび上がった言葉を、口が勝手に言ったように感じられた。

 

「…怪我をしたウンベールでは君を罰することはできないだろう。よって首席の私自らが貴様を処断してやる。〈天命〉すべてを神に捧げ償うがいい!」

 

ライオスが僕に剣を振り下ろすのを眼を逸らさずに見ていた。反撃もせず、それを見ることで僕は僕の罪を受け入れる。

 

ごめんねアリス。君との約束は果たせなかったよ。

 

『諦めるにはまだ早いぞ』

 

何処からかそんな声が聞こえてきたと同時に、薄暗い部屋を横切って黒い何かがライオスの剣を防いでいた。何が起こっているのか僕には理解できていない。黒い何かがやってきた方向に眼を向けて声を出す。

 

「キリ…ト?」

「なんとか間に合ったな」

 

立っていたのは雨に濡れた前髪をかきあげて息を切らし、ライオスの剣をあの剣で拮抗させている相棒の姿だった。

 

「下がれライオス、お前にユージオは傷つけさせない」

「遅かったなキリト上級修剣士。さきほど後ろのご友人が大罪人になったばかりだ。貴様も仲良く法を犯すがいい!」

禁忌だの貴族だの(・・・・・・・・)知ったことか。お前は《ダークテリトリー》のゴブリンにも劣るクソ野郎だ!」

「…そこまで私を侮辱するか平民風情が!類は友を呼ぶとはこういうことよ。貴様も消してくれるわ!」

「こいライオス!積もりに積もった借り、まとめて返すぜ!」

 

キリトとライオスが剣を交わせているのを、僕は見上げることしかできなかった。高速で振り抜かれる剣。その余波が僕の髪と服を揺らしている。左腕を斬り落とされたウンベールはともかく、ヒョールは2人の高速戦闘に圧倒されて何も言えないみたいだ。

 

「〈ハイ・ノルキア流〉奥義《天山烈波》を受けてみよ!」

「返り討ちだライオス!」

 

最上段に構えられるライオスの剣と右腰に構えられたキリトの剣。その構えはキリトの指導生であるリーナ先輩が得意としていた〈セルルト流秘奥義《輪渦(りんか)》〉だ。互いに光を発しながら振り抜かれる。

 

「キエェェェェ!」

「セアァァァァ!」

 

上から抑え込むライオスと押し上げるキリトの体勢は、どう見てもキリトが不利だ。立ち上がる力より抑え込む方が、人間の体の構造上の問題で力を込めやすい。いずれはライオスの剣がキリトの体を討つ。そんなことになれば〈天命〉は大幅に減ってしまう。

 

「キリト!」

「っ安心しろユージオ。俺は負けない。どんな奴にも」

「今の状況でよく言えるものだなキリト上級修剣士!」

 

ライオスが語尾を高めることでキリトにかかる重さは倍になる。助けなきゃ今動かないとキリトが。

 

「俺は守る!間違ったことをしていない友人を守るために、俺はお前を倒すぜ!ハアァァァァア!」

 

気合いを迸らせたキリトの左薙ぎ払いが、ライオスの剣を真っ二つにへし折った。そして今度は反転して右薙ぎ払いがライオスの両腕を斬り落とす。

 

「手が、手がぁ!俺の手が手がぁ!〈天命〉が止まらない!助けてくれぇ!」

「ライオス殿!この大罪人がぁ!」

 

ヒョールがライオスを助けんがためにキリトに飛びかかる。いつの間に剣を拾っていたのかわからないが、全力で剣を振り抜いた状態のキリトでは防御が間に合わない。僕が立ち上がって守ろうにも、間に合うかどうかはわからない。それでも動くんだ。これ以上友人を傷つけさせないために。

 

「キリトぉ!」

「死ねぇ大罪人がぁ!」

 

あと少しで防げると剣を伸ばすがヒョールが斬りつける方が速い。

 

「やめろぉぉ!」

「ごはぁ!」

 

キリトに剣が刺さる10セン手前で、ヒョールが大きく吹き飛んだ。正確には吹き飛んできた扉に吹き飛ばされていた。扉があった場所は吹き抜けになり、その奥に破壊したであろう人物が俯いたまま立っている。それが誰なのかわかっていながら僕は声に出せなかった。その存在感と怒りに怯えていたから。

 

「舐めた真似してくれたなてめぇら」

 

その声は聞いたことのないほど低い声だった。その声音に縛られたかのようにウンベールとヒョールが硬直し、キリトは片膝をついて眼を見開いている。

 

「さあ始めようか俺たちの復讐を」

 

怒りに歪む形相で寝室に入ってくる存在に僕たちは恐怖した。萎縮して畏れた。

 

怒りに。悲しみに。愛に。

 

「貴様らの命は俺の掌だ。逃げ切れると思うなよクズどもが」

 

その正体は僕たちにとってかけがえのない人だった。

 

「カイト…」




ティーゼたちの描写は省かせていただきました。作者の語彙力では書けないのとアニメを見て引いてしまったからなのですみません。

さてライオスはこの先どうなるのでしょうか。まだ構想さえできていないので作者にもどうなるかわかりません。


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罪と罰

みなさんクリスマス楽しみましたか?作者はまたしてもくりぼっちでしたよ~

さてさて一気にUAが増えてビックリしています。それとついでに評価はジェットコースターですが…。

いいのさ書くのである。我は書く。


不安を感じたのは鐘の音が聞こえてからだった。それまでは愛剣磨きに精を出していたという言い訳もしてはならない。鞘に入れているだけで、〈天命〉は回復するが見栄えは変わらない。俺の場合は、愛剣の機嫌取りも含まれるのではあるが。

 

それはともかくとして。違和感というより危険を感じた俺は、キリトと二手に別れてユウキたちの捜索に乗り出した。窓から跳び出し、大きな樹を伝って地面へ降りる。強風によって銃弾と化した雨粒から顔を庇いながら、初等錬士寮に向かった。

 

上級修剣士寮から初等錬士寮までは歩けば10分。走れば5分で着くというのに、何故かそれ以上かかっている感じがした。錯覚だとはわかっている。だが頭で理解していても体が納得しない。まるでゴムを体に巻き付けたまま走り出して、その場に引き戻されるような不快感を。

 

それでも俺は走り続けた。それを忘れるために。気のせいであると誤魔化すために。

 

「アズリカ寮官、自分はカイト上級修剣士四席であります!至急のご用のため、謝罪と罰は願わくば後日に!」

 

初等錬士寮の玄関をノックせずに駆け込む。返事を待つ時間さえ惜しかった。その人の存在の確認さえできればそれでよかった。

 

「そんなに慌ててどうされたのです?そこまで濡れているとは傘もささずして…「緊急の用であります!」…わかりました。どのようなご用でしょうか?」

「ユウキ・ティーゼ・ロニエ初等練士はおられますか?」

「いえ、1時間ほど前に外出許可がほしいということで許可しましたが」

 

1時間前?いくらなんでもそれにしては遅すぎる。

 

「名目は聞いていますか?」

「自分の指導生ではない上級修剣士に面会しに行くと」

「その上級修剣士は誰ですか?」

「確かウンベール・ジーゼック次席とヒョール・マイコラス三席と」

「くそっ!」

 

俺は毒づいてから来た道を駆け戻った。

 

「カイト上級修剣士!」

 

呼び止めるアズリカ寮官の声を無視して、俺は〈天命〉が減るのも気にせず走った。

 

1時間も前に面会へ行ったにしてはあまりにも帰宅が遅すぎる。前日に面会の許可を取らなければ失礼だが、1時間前に行かなければならない理由があったのだ。だが何故それが1時間前だったのか。何故今日だったのか。あまりにも不可解なことが多すぎる。

 

嘆願するだけで1時間もかかるものだろうか。かかるはずがないのだ。お願いをするだけなのだから、突然の面会に対しての謝罪。2人への対応の改善を願い出るだけなのだから。だが俺たちが注意喚起してもまったく意に返さなかったのだ。初等練士であるユウキたちの嘆願を受け入れるはずがない。

 

平民と下級貴族という階級差があったとしても、上級貴族であるあいつらが首を縦に振るはずがない。しびれを切らしたユウキが言葉を誤ってしまえば、あいつらは階級にものを言わせて何かをするかもしれない。

 

何かをする…まさかそれが狙いなのか?…さすがに〈人工フラクトライト〉であり、《禁忌目録》に違反できないのだからそこまでするだろうか。

 

…有り得ない。ことではないか。

 

あいつらは『自尊心の塊』だ。己の欲を最優先にし他人を見下すことで自己を保っている存在。もしかしたらユウキたちに修剣士懲罰権で事に及ぶかもしれない。

 

今までの行動を考えれば辻褄が合う。

 

①自分の話題を持ち出させてそこから立ち合いの話を繋げる。②屈辱的なことを自分の傍付きに命令して、俺たちの傍付きに相談させる。③ユウキたちがそのことを俺たちに話す。④それを聞いた俺たちが注意喚起しに行く。⑤俺たちがユウキたちに報告する。⑥間隔を開けて俺たちを油断させる。⑦そしてもう一度自分たちの傍付きに屈辱的な命令をしてユウキたちに相談させる。⑧ユウキたちに嘆願させに来る。⑨そして最後に捕縛する。

 

最初からユウキたちが狙いだったのだ。気にくわない存在を消すために。3対3では勝てるかどうかわからない俺たちの存在を亡き者にするために。だからユウキたちに狙いを定めた。監督が行き届かなかった責任をかぶせて、俺たちを学院から排除するのがあいつらの真の目的だったのだ。

 

「クズ共が!」

 

カイトは悪態をつきながら走る。下りるときに使った樹を手慣れたように上り、流れるように部屋に入る。知らない女子生徒が2人ほどソファーに座ってこちらを見ている。容姿の幼さから初等練士だろうと決めつけ、前髪を伝い落ちてくる水滴を手で拭き取ってから声をかけた。

 

「君たちは?」

「フレニーカ・シェスキ初等練士です」

「同じくシオン・エニルです」

「君たちがユウキたちが言っていた被害を受けている傍付きか。何故ここに?ユージオはいないしキリトもいないじゃないか」

 

そう、机の上に置いてあったはずの2人の剣がないのだ。10分前までは置いてあった〈神器〉に迫る業物が。

 

「ユージオ上級修剣士は10分前に。キリト上級修剣士は5分前に首席方の部屋に行かれました。血相を変えて剣を持ちながら」

「…ありがとう。それから頼みがある。アズリカ寮官と学長をその部屋まで連れてきてほしい」

「今すぐにでしょうか?」

「ああ、今すぐだ」

 

2人が出て行ったあと、俺は愛剣を掴んで休む暇も無くライオスらの部屋へと走った。心臓が嫌な意味で高鳴る。それと同時に体の奥から黒い何かが沸き上がってくるのを感じた。ライオス・ウンベール・ヒョールの顔と声。ユウキたちの叫ぶ声を思い浮かべる度に、その黒い何かはあふれ出す。

 

あいつらの部屋に近付くほど俺の体を満たしていく。だがそれと同時に頭は冷えて行っている。冷静さを取り戻した俺は、それが何によるものなのか理解した。

 

ノックもせず扉を開けて中に入ると、鼻孔をつく香が部屋中に充満している。それがさらに俺の冷静さを取り戻させる。人の気配がする方へと視線を向けると、扉は閉められてはいるが中から抑えきれないほどの戦闘臭が漂っている。

 

手で開けるのももどかしかった俺は、右足で目の前の扉を蹴り飛ばした。

 

「ごはぁ!」

 

〈整合騎士〉にされてから強化された筋力によって吹き飛んだ扉は、何故か宙を飛翔していた何かともろとも寝室の奥へと吹き飛んでいった。吹き抜けとなった場所から内部を見なくとも、流れ出る空気で何があったのかは推測できた。

 

「舐めた真似してくれたなてめぇら」

 

自分の口から出たとは思えない声音だったが、何故かそれが心地良い。面を上げると室内の様子が視界に入り込む。硬直するウンベールとヒョールの表情が俺の心を満たす。

 

「さあ始めようか俺たちの復讐を」

 

俺が一歩踏み出す度にクズの顔を恐怖が満たしていく。それが気持ちいい。今まで俺たちを見下して優越感に浸り、快楽を得ていた存在が命乞いをする様子は滑稽だった。

 

「貴様らの命は俺の掌だ。逃げ切れると思うなよクズ共が」

「カイト…」

 

自分の名前を呼ぶ幼馴染の顔を見て、自分の発言が周囲を凍り付かせていたことに気付く。ユウキたちは3人で肩を寄せ合い、化け物を見るかのような視線を自分に向けている。そう見られても仕方がない。今の俺は性別を抜きにしても、恐怖するほどの怒りに包まれているだろうから。

 

「ごめんなユージオ・キリト。俺が浅はかだった。お前らに心の傷を負わせてしまった。許して貰えるとは思っていない。でもこれだけは言わせてくれ。ありがとう」

「「カイト…」」

 

2人から視線を外して元凶に眼を向ける。

 

「さてお前らをどうやって処罰しようか」

「血がっ!〈天命〉がっ!血がっ!〈天命〉がっ!」

「五月蠅いな。〈システムコール・ジェネレート・ルミナス・エレメント。フォーム・エレメント、ダブルロープ・シェイプ〉」

 

床でわめいているライオスに対して〈神聖術〉を唱えると、縄が2本俺の掌に現れた。それを痛みでうめいているライオスの両腕に強く巻き付ける。

 

「簡易的な処置だ。最終的には医者に診てもらうんだな」

「貴様も仲間入りをするつもりか!」

「仲間入りも何も。俺はお前らを処断するためにここへきた」

「平民風情がぁ!」

 

ヒョールが剣で斬り込んでくるのを愛剣で弾いていく。怒りに任せて剣を振るうため、奥義を使うことなく来る軌道に置くだけで仕事は終わる。

 

「何故だ!何故なのだ!貴様如きが何故俺たちに楯突く!?平民が何故上級貴族に楯突くのだ!?」

「楯突いているのはお前たちだけにじゃない。他にも色々とな」

「そこまで楯突くには理由があるのだろう!納得できる理由をを言え!」

 

よもや『自尊心の塊』であるはずのこいつが人の話を聞こうとするとは。もしかしたら俺はこいつを見誤っていたのかもしれない。

 

「お前らのように我欲を優先し、他人を見境なく見下すような人間が嫌いだ。そんな存在がこの学院で自由に振る舞えばどうなる?それこそ学院の歴史を穢し、あったことがなくなってしまう。俺はそれが嫌だった」

「そのためだけに我々に剣を向けるのか!?大罪であるとわかっていながらも!」

「生憎俺は罪とか法とか気にしない性分でな。もっとも過去には貴様らには理解できない不祥事(・・・)を起こしているが。そのおかげで俺は気兼ねなく法を犯すことができるってわけだ」

「俺には理解できぬ!何故法を破ってもいいと言えるのだ!法こそが全てだ!法こそが善だ!法を犯すものこそが悪だ!」

 

ヒョール、お前が言いたいことはわかる。

 

それはお前が〈アンダーワールド人〉であるということを如実に示しているから。だが「法こそが全て」という時代は終わっていた。いや、最初から存在なんざしていなかった。《禁忌目録》が創られた瞬間からこの世界の秩序は崩れていた。秩序が形成され維持されているように見えながら、その裏では崩壊を始めていた。だが信仰に厚く抗うことを知らない〈人工フラクトライト〉たちは、それこそが神の思し召しだと信じ疑わなかった。

 

だがそれでも300年以上もの月日の中で、一度たりとも謀反が起こらなかったのは、アドミニストレータが誰よりも気高く支配していた賜物だから。それでも俺は抗いこの世界に生きる。決めたからには果たす。それはこの世界のことを上辺だけでも知っている《外の世界》からやってきた俺にできる唯一のことだから。

 

「…贅に溺れた人間は、二度と質素な生活に戻ることはできない。俺はそんな奴らを嫌というほど見てきた。それを見る平民の顔が苦痛に歪んでいるのを幾度も見てきた。辛かった。苦しかった。苦しみから解放できたら、どれだけの人々が幸福になるかずっと考えていた。でも俺だけでは無理だった。力がなかった。人の心を動かす力が圧倒的に劣っている俺にはできなかった。それでも俺のことを親友だと言ってくれる友がいる。俺のことを好きだといってくれる女性(ひと)がいる。だから俺はみんなのために法を破る。何度だって立ち上がる。今度こそ俺が護る!」

「っその少数の人間のためだけに上級貴族全てを敵に回すのか!?貴様に何ができる!剣の腕でさえ我々に勝てぬ貴様に、世を変えることができるというのか!?」

 

その通り俺にはできないさ。でもそれは俺が上級修剣士(・・・・・)としてであって、本来の地位(・・・・・)でということではない。俺は臆病で恐がりだ。いつになっても護りたいものが護れなかった。今回の件にしてもそうだ。俺が怒りに身を任せてウンベールの挑発に乗らなければ、フレニーカやユウキたちが傷つくことはなかった。

 

結局俺は甘えていたのだ。

 

ユージオと再会し、憧れのキリトと一緒に過ごす日常を当たり前だと思っていた。本来の目的を優先しているつもりで当たり前のことを楽しんでいた。だけどそれら全てが嘘だったとは言わない。

 

嬉しかった。罪を犯した大罪人ではなく、神によって(・・・・・)召喚された〈整合騎士〉としてでもなく。普通の少年として、同年代の彼らと同じ場所で同じような生活ができることが嬉しかったんだ。

 

傍付きとしての生活も。キリトに剣術を教えて貰う時間も。ユージオと一緒にキリトに〈神聖術〉を教える時間も。どれもがかけがえない思い出だ。全ては無駄なんかじゃない。全てに意味はあった。だからそれを壊さないために俺は前を見る。今見えている道を歩く。たとえそれが茨の道であっても、1人では乗り越えられない壁であっても乗り越えてみせる。

 

4人(・・)で。

 

「俺は諦めない。不可能だったとしても必ず乗り越えてみせる。そう俺は誓った!」

「ステイシア神にか?ソルス神か?テラリア神か?はたまたベクタ神か?貴様は誰に誓ったというのだ!」

「自分自身にだ!俺の魂にこの命に代えても俺はみんなを護る!」

「できるならやってみろ!貴様にそれだけの力があるというのならば、それだけの権利があるというのならば!」

「俺は…」

 

言うんだ。今言わなきゃ誰が俺の決心を認めるのだろうか。アリスはわかってくれている。俺の目的を言っても正体を話しても首を縦に振ってくれた。ユージオやキリトが俺を嫌いになってくれてもいい。短い間でも2人を護れるならいいんだ。そう決めたんだ2人のために。この世界を敵に回してでも救ってみせるって。

 

「俺は…俺はセントリア市域統括、〈公理教会整合騎士〉カイト・シンセシス・サーティだ!これより〈整合騎士〉特権により貴様らを処断する!」




あと2話で終わると言っておきながら長々と続いていますね。

頑張ってあと1話で修剣学院2年生編終わらせます。というより終わります。


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往来

アリス登場ぜよ!


今カイトはなんと言った?

 

《〈整合騎士〉カイト・シンセシス・サーティ》だって?〈整合騎士〉が何故学院に?何故カイトが〈整合騎士〉になっているんだ?俺は何を見ている?

 

ここにいるのはカイトであってカイトではない。

 

今俺たちを護っているのは、上級修剣士四席のカイトではなく、〈整合騎士〉のカイトなんだ。俺たちの知っているカイトであって、俺たちの知らないカイトなんだ。

 

人の心を動かす力がないなんて嘘だ。俺は何度もお前に助けられた。この1年間お前の存在はかけがえのないものだった。ユージオと出会ってから今まで積み上げてきた時間と友情と同等か、それ以上の濃密な思い出がある。

 

俺はカイト、お前を見捨てたりはしない。

 

今まで黙っていたとしても、それを責めたり咎めたりするつもりはない。だって〈整合騎士〉だなんて言えるわけがないじゃないか。みんなが恐れ敬う存在だなんて言えるわけないじゃないか。絶対に嫌いになったりはしない。

 

だってカイトは俺の大切な友人だから。

 

 

 

 

 

今カイトはなんて言った?

 

《〈整合騎士〉カイト・シンセシス・サーティ》だって?なんで〈整合騎士〉が学院にいるの?何故カイトが〈整合騎士〉なんだい?僕の前に立っているカイトは本当にカイトなのか?

 

いや、カイトだ。入学したときにカイトだって認識したじゃないか。側にいてくれるときの安心感と幸福感。たまにキリトと悪戯をする子供っぽさ。でも根は真面目で人をよく見ている観察眼と洞察力。8年間離ればなれでもまったく変わらなかったじゃないか。

 

今なら君と過ごした12年間は無駄じゃなかったって言えるんだ。君はキリトに言ったよね。「人には言えないこともある」って。きっとそれがこのことだったんだ。僕だって君には言えないことだってある。『アリスのことが好き』だなんて言えるわけないじゃないか。

 

僕が想いを打ち明けてもきっとアリスは君を選ぶ。悲しくはないよ。だってそれが自然なんだから。アリスは君のことを誰よりも愛してる。君のご両親より世界の誰より愛情を抱いてる。普通だったら重いとか言いそうだけど、君は一度たりともそんなことを言わなかった。アリスがしっかりと想いの比重を考えて、君に与えていたから君は普通に過ごすことができたんだ。

 

カイト、アリスに感謝しなよ?そしてアリスを幸せにするんだ。そうじゃなきゃ僕がアリスに気持ちを伝えずにいる意味がないじゃないか。君がそれに応えないなら僕は君を許さない。

 

…でも僕はそれでもいいかなって思うことがあるんだ。カイトの生きたいように生きる世界を見ることが、僕の望み(・・)でもあるから。だからカイト、僕は君がこの1年間黙っていたことを責めたり咎めたりはしないよ。

 

だってカイトは幼馴染で家族(・・)だから。

 

 

 

 

カイトが高らかに自分の正体を明らかにすると、鍔迫り合いをしていたヒョールの表情がみるみるうちに青ざめていく。何故カイトが嘘をついていると疑わないのか。それは〈整合騎士〉、つまり〈公理教会〉の権威を否定することができないからだ。それは上級貴族であるヒョール・ウンベール・ライオスもそうだ。

 

「今ここで誠心誠意謝罪し、自分の罰を受け入れるのであれば〈公理教会〉へは連行しない。どうする?連行され処断されるか。謝罪を行い自らの過ちを受け入れるか」

「…私、ヒョール・マイコラス上級修剣士三席はこれまでの行いを反省し、自らの処分を受け入れる次第であります」

「お前たちは?」

「…俺、いえ私ウンベール・ジーゼック上級修剣士次席も反省し処分を受け入れる覚悟でございます」

「自分、ライオス・アンティノス上級修剣士首席も深く反省し処分を受け入れます」

 

さすがにライオスも疑うことはしないようだ。ここで噛みつけば自分の首が飛ぶと理解していたのだろう。

 

「〈整合騎士〉の権限を以て3名の処罰は俺が決める。それまで沙汰を待て」

「「「仰せのままに」」」

「こ、これは一体どういう状況ですか!?」

 

どうやらようやくアズリカ先生と学長の到着のようだ。2名の説得は容易ではないだろうし、連れてこれただけでも大義と考えるべきだろう。フレニーカとシオンには感謝せねばならない。

 

「アズリカ先生・学長、自分はセントリア市域統括〈公理教会整合騎士〉カイト・シンセシス・サーティです。事態の究明は後ほど。今は事後処理をしたいと考えています」

「…なんなりと」

「ライオス・アンティノス、ウンベール・ジーゼック、ヒョール・マイコラス以上3名を地下懲罰房にお願いします」

「承りました」

 

ライオスらを連れて行ってもらった後、ユウキたちを縛っている縄を愛剣で断ち切る。手足が自由になっても3人は動こうとしない。俺には眼を合わせる。いや、同じ場所に立つ資格はない。5人を騙し続けた裏切り者であり大罪人なのだから。だから俺は何も言わずに部屋を出て行こうとした。

 

「…カイト、何処に行くんだい?」

「…俺はみんなと同じ場所に立つ資格なんてない。裏切り者で大罪人なんだ。当たり前だろう?」

「カイト…」

 

ユージオの問いに振り返った俺の顔は、一体どんなことになっているだろう。涙が頬を伝って床に落ちているのを感じる。きっと俺は情けない顔をしているはずだ。

 

「なんで、なんでそんな顔をするんだよ。カイトは何も悪くないじゃないか。黙っていたことを悔やむ必要はないんだ。『言えないことは誰にだってある』ってカイトが言ったじゃないか!」

「問題が違う。俺は〈整合騎士〉だってことを黙っていた。言えない事なんてこれと比べたらお粗末なものだ」

「違う!カイトは悪くない!大罪人でもいいじゃないか!僕だってウンベールの手を斬り落とした。《禁忌目録》に違反した大罪人だ」

「俺もそうだぞカイト。ウンベールの両腕を斬り落としたクズだ」

「…それは遠回しに俺もクズだって言いたいのか?キリト」

「ふふふふ、それはカイトのとらえ方によるぜ」

 

俺がどう突き放そうと側から離れさせてはくれないらしい。まったく腹が立つくらいに優しい人だ。でも今はそれが酷く心地良い。

 

「先輩!」

「ユウキ…」

 

俺の胸に飛び込んできたのは、いつものように満面の笑みを浮かべているユウキではない。親が帰ってきたことに安堵した表情を浮かべる雛鳥のように幼かった。

 

「ごめんな。俺が秘密にしたせいで君にはひどい仕打ちを受けさせてしまった」

「いいんです。ボクが何も考えずに個人的な感情で行動したからこんなことに…」

「君は友達のために勇気を振り絞って行動したんだ。責められるはずがない」

 

そうさ人のために自分の口から言えない友人の代わりに、恐れながらも突き進む心意気は称賛されるべきだ。きっとそれこそが今俺に必要な心構えなんだ。隣を見ればティーゼとロニエがユージオとキリトに縋り付いている。2人を弄る状態でもないのでにやつきを浮かべずにいると、それは不意に現れた。

 

「2人ともユウキたちに聞かせるな!」

 

2人にそう言いながらユウキの耳を両手で押さえ込み、両腕で強く抱きかかえる。

 

『シンギュラー・ユニット・ディクティド。アイディー・トレーシング…コーディネート・フィクスト。リポート・コンプリート』

 

宙に突如浮かんだ人のような仮面が口を開いて、心の多くをざらりとした何かで撫で回すかのような不快な声で何かを呟き、現れたときのように突如消えていった。

 

「い、今のは何?」

「カイト、何か知っているか?」

「ああ。だが今は話せない」

「話してくれるんだろ?」

「もちろんだ。話さないという選択肢はない」

「それが1年後じゃないことを祈ってるよ」

 

どうやらキリトは、ウォロ首席との「引き分けおめでとうの会」の後に話したときのことを言っているらしい。あの日言った「隠していること」を話したのが1年経った今なのだから、そう釘を刺されても仕方ない。

 

「今日はこれで帰ろう。話はまた明日にキリトとユージオは部屋の風呂使ってすぐに寝た方がいい。明日からは忙しくなる」

「カイトはどうする?」

「俺にはすべきことがあるから今日はここでお別れだ。また明日の朝会おう」

 

不安そうにしているキリトとユージオを安心させるように俺は笑みを浮かべた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「キリト修剣士・ユージオ修剣士、あなた方に会わせなければならない方がいます。ついてきなさい」

 

僕はキリトと中庭に向かうアズリカ先生の後を追う。

 

昨日僕たちは《禁忌目録》に記されている〈如何なる理由であっても他人の天命を減らしてならない〉という項目に違反した。ティーゼたちを護るためだったとはいえ、許されないことをしたのは事実だ。カイトと別れてからは自室で一夜を過ごした。

 

その間にカイトは学院の職員とずっと話していたらしく、僕たちと同じように一睡もできていないらしい。今ここにいないのは、きっと中庭で待っているからだろう。いつもなら生徒たちが賑やかに行き交う校舎も今は静まりかえっている。

 

たぶん昨日あんなことがあったから、臨時休校になっているんだと思う。外出禁止なんだと他人事のようにため息をつく。実際、昨日の事は夢物語であったと思いたくなる。自分が禁忌を犯したなんて思いたくなかった。でも右眼が消え去ったのを触れずとも、見えないことで確認すれば昨日のことが現実だったと認識できる。

 

これから僕は罰を受けに行くんだ。

 

でも1人じゃない。キリトがカイトがいるから怖くなんてない。

 

角を曲がって目の前に広がる光景を見て僕は眼を見開いた。晴天から降り注ぐソルス光によってまばゆく輝く巨大な生物。胸や頭部に付けられた金属鎧を抜きにしても圧巻だった。

 

全身を覆う三角形の鱗も艶があり、毛繕いがきちんとされている毛並みも白銀色に輝いている。法と秩序の守護者たる〈公理教会整合騎士〉が駆る、人界最大にして最強の霊獣である飛竜が目の前に降り立っていた。

 

いつの間にかアズリカ先生はおらず、僕とキリトだけがここにはいる。そしてその飛竜の側で背を向けて立っている人物に声をかけた。

 

「北セントリア帝立修剣学院所属、ユージオ上級修剣士です」

「同じくキリトです」

 

いつもなら手抜きせずに言いなよと言ってはいるけど、今の状況では言うことはできない。僕とその少女の距離的には近くても心は離れている。間を張るの風が吹き抜けていく。その声を聞かずとも薄々感じていた。物心ついた頃から毎日のように見ていた柔らかく、そして見るもの全てを癒やすような黄金の髪。見間違えるはずもない。

 

あれは…。

 

「セントリア市域統括、〈公理教会整合騎士〉アリス・シンセシス・サーティワン(・・・・・・・・・・・・・・)です」

 

〈アリス〉だ!

 

「アリス…君なのか?…アリス…なのか?」

 

僕が自覚するよりも先に足が勝手に動いていた。手を伸ばせばいつものように悪戯っぽい、つんと澄ました笑顔を浮かべてくれる。あと少しで手が触れるという刹那。

 

きらりと閃いた一条の光が僕の予感を打ち砕いた。

 

「ユージオ!」

 

凄まじい衝撃が右頬を襲い、僕は地面に這いつくばってしまった。キリトの呼びかけと同時に助け起こされたけど、何が起こったのか理解できていなかった。アリスは僕に何をしたんだ?わからない。何も見えなかった。

 

今なお背を向けている騎士の伸ばされた右手には、一振りの長剣が握られていた。しかし剣は抜刀されておらず、鞘に収められたままだ。つまりアリスはあの一瞬で鞘ごと剣帯から外し、その先端で僕の頬を打ったんだ。

 

「言動には気をつけなさい。私にはお前たちの〈天命〉を7割まで奪う権利があります。私に触れて良いのはカイトだけです。それ以外の者が許可なく触れようとすれば、容赦なく斬りますからそのつもりで。例外はありますが」

「アリス…」

 

冷徹な声音で告げるアリスに、僕は名前を呼ぶことしかできなかった。あの優しかったアリスが僕をぶつだなんて有り得ない。だってアリスは、一度だって僕に暴力を振るったことはなかったんだ。剣の遊び以外では絶対に。

 

振り返って僕を見下ろすアリスの眼は、8年前から全く変わっていない。でも違う。あの頃のように優しい瞳じゃない。冬の蒼穹を思わせる透き通った青色ではなく、無機質に異物を見下ろすような色合いだ。そして眼に宿る光も昔のアリスじゃない。今僕の前に立っているのは、僕の知っているアリスではないアリスなんだ。僕の知っているアリスじゃないんだ。

 

そう理解したら僕は、体中の力が抜けて地面にへたり込んでしまった。僕は何のためにこの3年間を過ごしてきたんだろう。アリスともう一度出会って〈ルーリッド〉に一緒に帰ることを望んで、今までやってきたのにこれじゃ意味がないじゃないか。君のためにやってきた時間は何だったんだろう。

 

「あちゃ~言わんこっちゃねぇな。先に言っておけば良かった」

「カイト…」

 

声をかけてきたのは、いつもの制服に身を包んだカイトだった。苦笑いを浮かべているのは、こうなることを予測していたからだろうか。

 

「わかっていたなら先に言えよなぁ。危うくユージオの右頬が変形してるところだぞ」

「ご心配なく。アリスだったらそれぐらい元に戻してくれるさ」

「…このアリスがユージオの言ってたアリスなのか?」

「ちょいと事情があって彼女はアリスであってアリスじゃない」

 

カイトの言うことが理解できなかった。アリスであってアリスじゃない?どういうことなのかさっぱりわからなかった。

 

「カイト、無駄口叩かずに任務続行を願います」

「真面目だなアリス」

「真面目も何もせねばならないことなのです。いいですね?」

「へ~い」

「返事は短く端的に!」

「イエス・マム!」

 

なんだろうカイトが怒られているのを見たら安心してきた。きっと言い忘れてたことを謝罪するのと、先程のことで僕が落ち込まないようにするためのカイトなりの気配りだったんだ。ほんとに余計なところでお人好しなんだから。

 

でもそれは僕のことを幼馴染として家族として見てくれているからなんだろ?だったら僕はそれに答えないわけには行かないじゃないか。

 

君は卑怯者だよカイト。

 

「さてと。2人とも心の準備はいいか?」

「何の?」

「これから2人を〈セントラル・カセドラル〉に連行する。そこから先は俺たちじゃなくて他の人が裁くことになる。もう二度とこの学院には戻って来れないのを理解してくれるか?」

「…端から戻れるとは思っていないさ。でも心残りがあるとすれば、ここを首席で卒業して大会でリーナ先輩に剣を見せたかったよ」

 

そうだろうな。キリトはそれを二つ目の目標としてきたんだから。

 

「必ず叶えてみせるよキリトの夢を」

「それってどういう「いい加減にしなさいカイト」…」

「いてててててて。アリスさん痛いです。耳は引っ張らないで」

「さっさとする」

「えぇぇぇぇぇぇ」

「長い!」

「はう!」

「「…」」

 

罪人であるということを忘れてユージオたちは、夫婦漫才を気恥ずかしそうに見ていた。怒るアリスとしょんぼりとしているカイトは、妻に夜遊びがバレて説教されている旦那の図である。

 

ちなみに夜遊びとは飲み会のことである。

 

「念のために拘束具をつけるぞ」

 

先ほどまでのやり取りがなかったかのように振る舞うカイト。

 

「体裁を守るためか」

「まあな。そもそもこんなことはしたくないが、飛竜が来ている以上は何もせず帰るということはできないからな」

「〈人界の果て〉に行くなら見られているんじゃないのか?」

「飛行高度が違うのさ。〈人界の果て〉に行くときは、地上からは見えない程度まで上昇する。今回は見える高度で飛んできているから、何かをしていなきゃ疑問を持たれる」

 

カイトは2人に拘束具をくくりつけながら説明をしている。慣れた手つきで行っているのは、アドミニストレータに訓練されていたからであって、カイト自身にそんな趣味があるわけではない。あっても《禁忌目録》に違反するから行使は不可能だが。

 

拘束具の鎖を飛竜の足にくくりつけられた2人だったが、体裁を保つためという理由があってもこのような状態は耐え難かった。それでも抵抗しないのは、カイトが必ず何かしらの方法で助けてくれると信じていたからだ。

 

「「「騎士様!」」」

 

声がした方向には、ユージオたちの傍付きが腕に剣を抱えながら走ってきていた。2人でさえ持ち上げるには気合いを入れなければならないものを、抱えているのだからいつものように走れるわけがない。

 

カイトとアリスは、3人(・・)を迎えるために飛竜から離れた。

 

「この剣をお返ししても良いですか?」

「構わない。その代わりそれを預っても良いかな?」

「はい」

 

ティーゼとロニエから2人の剣を受け取ってアリスに渡す。拘束具が入っていた荷入れに、アリスが収納するのを確認してから向き直る。

 

「会話は1分だけ許可する。これは〈公理教会〉によるものだからどうしようもないけど」

 

するとティーゼとロニエがユージオとキリトに縋り付いていくのを視界の端で捉えながらも、俺は目の前に立っているユウキから視線を逸らさなかった。ユウキだって似たようなことをしたいだろう。だが俺はもう上級修剣士ではなく〈整合騎士〉なのだから、それは不可能だと思っているのだろう。

 

「ユウキ、おいで」

 

両手を広げると間髪入れずにユウキが飛び込んできた。アリスからの突き刺さるような視線に耐えながらユウキを抱きしめた。華奢な体から感じる温もりを体に覚え込ませる。

 

「…二度と会えないのですか?」

「会おうと思えば会えるさ。ユウキがそれを望んでいるなら。でもいつ会えるかはわからない。俺は上級修剣士ではなく〈整合騎士〉だから。でも君が会いたいと願うなら俺は君に会いに行くよ。上級修剣士ではなく〈整合騎士〉としてでもなく、唯のカイト(・・・)としてね」

「ずっと祈ってますそして待っています。またカイト先輩とユージオ先輩・キリト先輩・ティーゼ・ロニエ・ボクの6人で森に行きましょう。それからボクを…「時間です離れなさい」」

 

ユウキの最後の言葉を遮るかのようにアリスが声を出す。伝わったかどうかわからない様子のユウキだったが、頭を撫でてやると眼を細めて笑みを浮かべてくれた。その笑みを忘れないように胸の奥にしまい込み、手綱を握って待っているアリスの飛竜によじ登る。

 

アリスの背中から手を回し手綱を握ると、アリスの愛竜《雨縁(あまより)》が翼を持ち上げる。翼膜を広げて羽ばたかせ、飛翔準備に入った。地響きを立てて助走に入り、一際強く地面を蹴ると雨縁の巨体が宙に舞った。螺旋を描いて空へ舞い上がるにつれて眼下の建造物やユウキたちが小さくなっていく。

 

2人の整合騎士と罪人2人を乗せた飛竜は、重さを全く感じさせない速度で、〈セントラル・カセドラル〉へ一直線に飛翔する。風切り音が耳に流れ込んでくるのを感じながら、俺はユウキに心の中で謝罪していた。

 

『それからボクを迎え(・・)に来て下さい』

 

ユウキの言葉に俺は悔しさと嫌悪感を感じながら青い虚空を眺める。ごめんなユウキ。俺は君の気持ちには応えられない。俺には心に決めた女性(ひと)がいるから。

 

手綱を先程より強く握ると、アリスが優しく俺の両手を包み込んでくれた。飛行中であるためアリスの顔は見えないが、極微かに。けど穏やかに微笑んでくれているのだろう。

 

心の迷いを消し去り、俺はもう一度強く手綱を鳴らす。指令通り雨縁は翼を強く羽ばたかせ、加速し目の前にそびえ立つ白亜の塔へ空を駆けた。




これにて修剣学院2年生編は終了です。

次話からはセントラル・カセドラル編となりますので宜しくお願いします。


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セントラル・カセドラル編
救出


今年最後の投稿です。みなさん今年はお世話になりましたまた来年もよろしくお願いします。


「任務達成ねカイト・シンセシス・サーティ」

「ありがとうございます最高司祭様」

 

感情の少ない(・・・・・・)声をだし、片膝をつき(こうべ)を垂れる。カイトとアリスの前には、巨大な天蓋付きのベッドがあるがレースが下ろされているため内部は見えない。それでも漏れ出す言葉には形容しがたい〈何か〉が溢れ2人を包み込む。

 

相手が見えないからこその恐怖もあるが、それ以上に同じ場所にいること自体が恐ろしい。圧倒的な存在感と支配力。それが今の〈人界〉を統括するアドミニストレータの権威だ。

 

「1年間の潜入任務をやり遂げるなんてね。少々貴方を過小評価していたかしら?」

「いえ、〈神聖術〉の技量がない自分に任命して貰えたことがステイシア神の導きです」

「そう、ならこの話はこれでお終いにしましょう。任務達成の褒美として長期休暇を与えます。飛竜で〈人界〉を旅するのも良いですし、〈神聖術〉に精を出すのも貴方の自由よ」

「寛大な報酬に感謝します。それでは」

 

〈セントラル・カセドラル〉最上階《神界の間》を後にしようと重い腰を上げた瞬間、またしても声をかけられてしまった。仕方なくその場で振り返る。

 

「エルドリエ・シンセシス・サーティツーを連れてきてほしいのだけど」

「かしこまりました。呼んで参ります」

 

今度こそカイトとアリスは《神界の間》を後にした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

エルドリエをアリスに呼び出してもらい、アドミニストレータの元へと向かうのを見送った後。俺は自室に帰り学院の制服からラフな服装に着替えて、久々のベッドへ仰向けに寝転がる。1年ぶりのベッドのシーツは、太陽の香りがしたがなんとなくさみしさを感じる。それは1年間過ごした学院のベッドが恋しいからだろうか。

 

あのベッドにはたくさんの思い出が詰まっている。鍛錬で疲れた体を横たえて眠りに(いざな)ってくれたり、休息するための場所でもあった。今思い返して懐かしさを感じるとは、どれだけあの日常が楽しく、かけがえのないものだったのかを実感する。

 

「今更何を願うんだろうか俺は」

 

誰も聞いていない空間で1人言葉をこぼす。

 

「カイト、入ってもいい?」

「…いいよ」

 

アリスの声に一瞬躊躇ってから俺は入室を許可した。今の俺の顔を見れば、きっとアリスは心配して何か元気になるようにするだろう1年間離ればなれになっていたのだから、アリスに好きにさせても良かったが何故かそれははばかれた。

 

アリスだってするべきことはいくらでもあるのだから、余計な時間を使わせたくなかった。ゆっくりと部屋に入ってきたアリスは薄い水色のワンピースを着ていた。その可憐な姿に俺は見とれてしまい、アリスが恥ずかしがっている(・・・・・・・・)ことに気付かなかった。

 

「そ、そんなに見られるとね。は、恥ずかしいかな//」

「え、あ、すまん。綺麗だったから見とれてた」

「バカ//」

「うわ」

 

怒りながらもベッドに腰掛けていた俺の胸に飛び込んできた。その対策をしていなかったので、運動法則に従ってそのままベッドに倒れ込んでしまう。抱きしめた体に鍛えられていても華奢な腰の細さに心配するより、安堵した俺は優しくでも強く抱きしめた。

 

…1年ぶりのアリスの体は俺にとって何なのだろう。俺なんかが独り占めしても良いのだろうか。恋人としてはお互いにわかっている。でも生涯の伴侶であることを俺たちはまだ誓い合っていない。恋人だからアリスを自分のものとして扱って良いのだろうか。伴侶になってからじゃないと駄目なんじゃないかって思うけどアリスは一体どう思っているんだろう。

 

「…カイト、もしかして悩んでる?」

 

耳元でそんな声で言われたらヤバい。

 

「わかるのか?」

「カイトのことは全部知りたいもの。好きな人のことをなんでも知りたいって思うのは普通のことだと思う。でも場合によっては重いって言われるかもしれないけど、カイトは言わない気がしたの」

「…俺はアリスが好きだ。だからどんなことを聞かれても答えたい。でもそれがアリスを傷つけるかもしれないって思うと言えなくなるんだ」

 

アリスが傷つく姿なんて見たくない。傷つけるのが他人であっても自分だったら尚更に。でも君は話してほしいという。俺はどうしたら良い?

 

「カイトは私にどうしてほしい?」

「この先もずっと一緒にいてほしい。世界が終わるその瞬間まで」

「だったらなんでも言わなきゃね」

 

俺は言ってから気付いた。アリスの誘導尋問に乗せられていたことに。そしてプロポーズをしたことに。でもいつかは言うつもりだったから気にしていない。未来に言うのか今言うかの違いだから。

 

「別れ際のあの子のこと考えてた?」

「無きにしも非ずかな。好意を向けられるのは純粋に嬉しいから」

「ふう~ん」

「いや、選ぶのはもちろんアリスだぞ。俺にはアリス以外考えられないからな」

 

アリスの声音がワントーン低くなったことに気付いて、俺は慌てて言い添えた。本心だったし嫌われたくないのもあったのでとにかくご機嫌を取る。

 

「で、一つ聞いても良いか?」

「何?」

 

部屋に入ってきたアリスに、ずっと疑問に思ってたことを聞いてみた。

 

「いつの間に感情豊かな(・・・・・)アリスに入れ替わったんだ?」

 

冷徹なアリスと別れてから10分前後しか経っていない。俺はシンセサイズ後のアリスとシンセサイズ前のアリスを入れ替える術を解いてもいない。それなのに何故入れ替わっているのだろうか。

 

「知りたい?」

「ふぇ?」

「貴方がいない間に鍛錬したの!貴方のいない1年間がどれだけ退屈でさみしかったのか。学生生活をお楽しみだった人にはわからないでしょうね!」

「ふぉふぇんなひゃい」

「心がこもってない!」

 

アリスに頬をつねられながら謝罪したが、余計にヒートアップさせてしまったようだ。だが無理矢理つねりを解除したら、長引くだけなのでそのまま言い続けるしか俺にはできることがない。

 

「ふぉんなこひょしゃれてひゃら言いひゃいことひょ言えなひふぉ」

「うるさい!私だってカイトと一緒に学生生活を謳歌したかったのぉ!」

「むひひゃろ。ふふゃりにばふぇるふぃ」

「バカバカ!」

「いふぇふぇふぇふぇふぇふぇ!」

 

いつまで続くのだろうこの罰は。なんだか明日になるまでこのままな気がするけどそれは勘弁してほしい。ユージオとキリトを助けに行かないと、2人がシンセサイズされてしまう。それじゃあ1年かけて行った〈本当の任務〉が、水の泡になってしまうではないか。

 

それだけは防がないと意味がないぞ。

 

「早く2人を助けに行かないとこれまでの努力が水の泡だ」

「そうだけど今の時間帯じゃ監視がきつくて無理よ」

「そうなんだよな~」

 

2人を牢屋に入れたのが昼頃。今が夕方の6時だから人の出入りが一番少なくなる深夜までは警戒されるような無謀はしたくない。助けたいなら僅かなチャンスに狙いを定めるしかない。

 

「深夜までは大人しくしてるよ」

「そこが《エクストラ・クエスト》の決行時間なのね」

「…何処で覚えたんだその単語は」

「ヒ・ミ・ツ」

 

…本当に何処からその知識を得たのだろうか。まさかあの人(・・・)がバレないように教えたんじゃないだろうな。まあ知っても問題はないからいいんだけど。俺が〈この世界〉にいること事態がイレギュラーなのだから気にしても無駄だろうなぁ。

 

「でももう少しだけこのままでいさせてほしいかな」

「アリスと触れあっている間にキリトが脱走していないことを願うよ」

 

アリスの頭を撫でてやると頬を赤くしながら俺に強く抱きついてきた。その気持ちに応えるように俺もアリスを抱きしめた。

 

 

 

だがカイトの願いは数時間後に儚く散る。といっても〈原作〉と同じ方法と逃走経路だったのが幸いしたことだろう。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

カイトに投獄されてからどのくらい経ったのだろう。この言い方ではカイトが悪いみたいな言い方になるから誤解を生むかな。 カイトだってこんなところに俺たちを放り込みたくなかっただろうし、願わくばカイトの側にいたかった。

 

まあ、カイトが〈整合騎士〉である時点で近くにいることさえおっかないのに側にいたいなんて自分から言えないよな。カイトがどんな風に思っているのかわからないから、そう言っているだけだけど。

 

それでも力になりたいと思うのはエゴだろうか。

 

親友である以前に同じ釜の飯を食った仲というわけではないが、同じ立ち位置で学院で生活し飯を食って過ごしてきた。下級とはいえ、貴族の女の子に身の回りの世話をしてもらうという何かの罰なのかという事態にも遭遇した。それに加え上級貴族たちの嫌がらせにも手を取り合って対抗した。

 

最終的にはカイトの権力で謝罪まで至ったが、本心から謝っていたとは思えない。形だけの謝罪であり内心では復讐を考えているかもしれない

 

でも今考えるとあのわずかな時間が恋しくなる。俺が〈現実世界〉に帰還するためには、憶測ではあるが〈公理教会〉にあると思われる《ログアウトシステム》へ行く必要がある。

 

〈公理教会〉すなわち〈セントラル・カセドラル〉の内部へ入るためには、〈整合騎士〉になるか大罪人として連行されるのどちらか。俺は〈整合騎士〉となって入る予定だったが、少々異なる方法で来てしまっていた。

 

ユージオの目的のために学院に入っていたことを考えれば、自分の目的が二の次になっているのは気のせいではないだろう。それにしても長い時間を此処で過ごしてきたものだ。内部時間で2年と少し経っていても、FLAが1000倍であると考えると〈現実世界〉ではまだ50時間程度しか過ぎ去っていないのだ。

 

そう考えるとありがたいが、アスナやスグに心配をかけていると思うと申し訳なくなってしまう。ここからメールや電話の一本でも連絡を取れればいいと何度思ったことか。だがこの塔を登りきれば外へ連絡できるかもしれない。そう考えると目的地までは近いのだが、如何せんここは敵の本拠地なのだから簡単に登らせてもらえるはずもない。

 

必ず敵として立ちはだかる〈整合騎士〉が大勢いることだろう。できれば味方が欲しいのだがないものねだりというものかもしれない。だがカイトはどうだろうか。大罪人の俺たちを「必ず助ける」と言って消えたのだから、もしかしたらカイトとアリスは味方になってくれるかもしれない。

 

「...起きてるの?キリト」

「悪いなユージオ、起こしちゃったか?」

 

俺が醸し出していた不安を敏感に感じとって、ユージオが起きてしまったようだ。地下牢に投獄されてから9時間程が経っている。その間に俺は3時間程度しか睡眠を取れていない。寝たくてもこんなところでは安心して眠れないさ。

 

「こんなところで眠れるわけないだろ?」

「休息が取れればいいんだよ。さてとここを脱走したいのだが知恵を貸してもらえないかな?」

「カイトが来るまで待てばいいんじゃないのかい?助けるって言ってたんだからさ」

「俺がいつ来るかもわからないカイトを待つと思うか?」

「…キリトは我慢ができない奴だってこと忘れてたよ」

 

肩を竦めながらため息を吐く。それでもって笑みを浮かべるユージオに悪戯っぽく微笑む。「無理・無茶・無謀」が俺を形成していると言っても過言ではないので否定はしないけどな。これのおかげで生き抜けてこれた実績がある。といってもそれが今回も役に立つかどうかは誰にもわからないが。

 

「鎖で動きを制限されている以上は自由に動けないよ」

「最初にするべきことは鎖の切断方法だな。...それよりいいのか?ここから脱獄するということは〈公理教会〉に真っ向から反逆することと一緒だぜ?」

「...しなきゃならないんだ。カイトとアリスとキリトの4人で暮らすためには、それしか方法がないんだろ?連行されるときからいや、もっと前からだね。ウンベールの手を斬ったその瞬間から覚悟はしてた」

 

あれほど《禁忌目録》に背いてはならないと言っていたユージオが、ここまで反逆するなど誰が思うだろう。カイトだってアリスだって思わないはずだ。

 

「そういや、アリスはあんなにきつい性格だったのか?」

「中庭でのことだね?あんなにひどくはなかったよ。暴力なんて一度もなかったしあれほど冷たい視線を向けられることはなかったさ」

「ふーむ。とまあ何にせよここから出ることを優先しようぜ。まずはこの鎖だが...お?〈ステイシアの窓〉は出たぞ」

 

いつものジェスチャーをすると紫色の矩形が現れる。ここまではいいが、問題はその〈クラス〉と〈天命量〉がいかほどなのかということだが。

 

「うえ、〈クラス:38〉で〈天命〉が23500だ。〈神器〉に近いなぁ。これじゃいくら引っ張ってもビクともしないぞ」

「周囲を探したってこれを断ち切る物が置いてあるわけないだろ?そもそもあるのはベッドと革袋と鎖だけ(・・)なんだからさ」

「...鎖だけ(・・)か。いやあるじゃないか2本」

「キリト、まさか...」

 

どうやら俺の考えを理解したらしく、ユージオがやめてくれという顔をしている。悪いなユージオ、俺は一度決めたことは途中で中断しない男なのだよ。

 

だから今回も実行させていただくぜ。

 

「そう、そのまさか。俺の鎖とお前の鎖を引っ張りあって〈天命〉を削り合うのさ」

「無茶しないでよ?」

「自由になるならやらなきゃダメだ」

 

ユージオの言葉に答えながら俺は着々と準備を進める。ユージオの鎖の下をくぐり、今度は上を跨いで最初の位置に戻る。こうすれば俺の鎖とユージオの鎖がクロスして引っ張り合えば、互いに〈天命〉を削りあってくれるはずだ。

 

「せーのでやるぞ?…せーの、ふんっ!」

「この!」

 

全力で引っ張り合ったことで、鎖の〈天命〉は急激に減少していくのだが、あまりにも全力で引っ張り合ってしまったので減少する速度が異常になる。数値を確認せずにいたために0になった瞬間、俺たちは後方の石壁に後頭部を激突させた。

 

「いつつつつ、今ので〈天命〉はいくら減った?」

「大きく減ってたら嫌だから見ないでおこうぜ。それよりほら」

「うわぁ!やったねキリト!」

 

手元を見れば1m20cmほどを残して鎖が断ち切られている。できれば外れて欲しかったのだが、これならば武器として使えそうだ。丸腰で脱獄も怖かったので不幸中の幸いかな。

 

「さてと作戦の第一段階は完了だ。いいんだな?ユージオ」

「もちろん。僕は決めたんだもう一度みんなで生きるって」

「ほんじゃまいっちょやりますか」

 

鉄格子を睨みつけながら指の関節を鳴らす。〈アンダーワールド〉でする意味があるのかは不明だ。でもなんとなく気持ちを整える意味合いを含めて俺は気にせず鳴らした。

 

「キリト、大丈夫かい?鎖で壊すつもりみたいだけど」

「任せろって。リーナ先輩に鞭の使い方をある程度は習ったからさ」

 

避けることはできても扱うのは難しいんだよな。下手したら自分が打たれるから力加減をしっかりとしないと。

 

「セイっ!」

 

気合を吐き出すと鎖の先端が鍵の部分に狙い違わず炸裂し、とてつもない大音響を地下牢全体に響かせた。誰か寝ていたら跳ね起きそうなほどの音量だ。

 

「…来ないみたいだね」

「今ので気絶したかもな。そんじゃま脱獄開始だ」

 

俺たちは右も左もわからない地下牢から地上に出るため、無謀な逃走を開始した。

 

 

 

 

 

 

カイトとアリスがキリトとユージオの脱走(脱獄?)を知ったのは2人が戦闘を開始した直後である。2人を投獄した牢の吹き飛んだ鉄格子を見て、「やっぱりかぁぁ!」とカイトの叫びが爆睡する看守のいる地下牢に響き渡った。




急ぎめで書いたので文はかなり荒いです。時間があれば編集します。

来年も皆様にとってよい年でありますように。


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避難

明けましておめでとうございました。遅い!と罵られそうなので言い訳を。

バイトが忙しくて書けませんでした!あとFateでキャラが当たっちゃったんで育成してました!すいませんでした!

...と言いながらもテストが近いので今月は投稿回数かなり少ないと思います。頑張りますので本年も何卒よろしくお願いします。


〈世界の果て〉。

 

それは〈人界〉と〈ダークテリトリー〉を分ける〈果ての山脈〉とは真逆にある場所。文字通りその先は何も無く、唯〈虚無〉がどこまでも広がっている。そんな辺境の地でも〈世界の果て〉の手前には、広大な土地が見渡す限り何処までもあった。そこには古龍と呼ばれる太古の昔の姿のまま生きている彼らがいた。

 

古龍だけではなく〈アンダーワールド〉の外の世界。つまり〈現実世界〉である惑星、地球に存在した大昔の生き物に酷似した生物が生きていた。その中に偶然として有り得ない存在が生まれてしまった。言えば〈システム〉が無造作(ランダム)に湧出させる有り得ない〈優先度〉と〈天命〉を持った生き物だ。

 

〈整合騎士〉が飼い慣らした〈人界〉最強の霊獣である飛竜に勝るとも劣らない存在が生まれてしまったのだ。古龍を除けば存在していいものではない。それは余程の悪運か。それとも存在しない神が作り出した異物なのか。なんのために〈システム〉が排出させたのかはわからない。唯1つ言えるのは、〈不朽の壁〉を壊して〈人界〉にやってきてしまえば、瞬時に〈人界〉は終わるということだった。

 

 

 

生まれるはずのなかった暴君とも呼べる存在は、好き放題に土地を破壊していた。破壊と言えば誰もが眉を顰めるだろうが、彼自身は決してそのようなことをしているつもりはなかった。ただ若さ故に、恐れを知らぬが故に生きたいように生きているだけだった。一日中野山を駆け回り邪魔をするものすべてを破壊した。

 

岩であろうと樹木であろうと生物であろうと。その頑丈な肉体と自慢の脚力、暴力的な怪力で捩じ伏せた。彼が駆け抜けた証拠は目を疑うほどの惨状であった。

 

多くの生き物は恐れた。

 

「彼には敵わない。逃げよう。彼が来ないであろう遥か辺境の地へ。そうでもしなければ我々は生きていけない」

 

そう思わなければ生きてはいけない世界だった。

 

だがどれほど遠くへ逃げても彼はやってきた。夜な夜な雄叫びを上げながら駆け巡る様子は、恐怖以外の何物でもなかった。雄叫びが聞こえる範囲にいる生物は見境なく殺された。もちろん一方的にやられているわけもなく、果敢に反撃するものもいた。その力と存在感には敵わず、儚くもその身を〈空間リソース〉に変えて消え去って行った。

 

もはやその戦闘は戦闘とは呼べず、まさに殺戮という単語の一言に尽きた。雄叫びが聞こえるのではないかと不安な夜を過ごしていた彼らは、目に見えて衰弱していった。〈天命〉が最大値であろうと精神的疲労がたたればその意味はない。

 

 

 

だがその暴君にも敵わない存在がいたのは確かだった。目の前に現れた〈アンダーワールド〉始まって以来生き続けていた古龍だとは知らず挑んだ彼は、呆気なく敗北しその心に2度と癒えない傷を刻み込まれた。その衝撃に彼は打ちひしがれた。生まれてから今まで一度も負けなかったことで、1度の敗北は死と同じに感じられた。

 

「敗北とはこのことなのか。知らぬ、知らぬ!我はこのようなものは知らぬ!」

 

負けた自分が腹立たしかった。何故このような感情を覚えなければならないのか。何故自分が負けなければならないのか。彼は初めて自分を鍛えることを覚悟した。自分を負かした存在を蹴散らさなければこの体の疼きは収まらない。心の傷は癒えない。

 

彼の者を倒す力を得るまで鍛えると誓った。それから長い時を経て暴君はついに古龍に勝利した。古龍の血を浴びた彼は夜空に向かって雄叫びを放った。自分の力こそが最強なのだと証明してみせた。

 

...なのに、なのに何故この胸の痛みは収まらないのだろう。何故野望を成し遂げたというのに満足できないのだろう。彼は重傷を負った自分の体を引きずりながらその悩みを抱え歩き出した。

 

 

 

あれからどのくらいの時が経ったのだろう。何日、何ヶ月、何年?記憶さえ曖昧な状態。しかも自分の体が自分のものではない感覚。

 

『眠いな...。少しぐらいなら休んでもいいか...』

 

彼は自分と比べものにはならないほど巨大な岩に体を預け目を閉じた。

 

一時の休みだと願って。

 

...だが彼は2度と目を覚まさなかった。寿命で死んだのではなく〈天命〉の減少による死。そのことを自覚することはなく永遠の眠りに落ちる。1つの感情を抱いたまま。

 

300年の長い長い年月をかけて彼の体は変化した。ただ一振の長剣へと。

 

 

 

ある日、その岩にもたれかかるように佇んでいた剣を1人の美しき女性が手にした。その女性は宝を見つけたように歓喜に満ちた表情を浮かべ自分の住居へと持ち帰った。新たなる(しもべ)へ与えようとしたが、その剣は一度も共鳴しなかった。幾人もの僕へ与えたが、誰一人としてその剣の力を引き出すことはできなかった。興味をなくした女性はその剣を眠らせることにした。使用できる誰かが現れるまで2度と手にしないと。

 

それからまた数十年が過ぎた頃、2人の大罪人が女性の前にやってきた。1人は金髪の少女、もう1人は茶髪の少年。〈シンセサイズ〉してから少女はすぐに《器》を手にしたが、少年はどの〈器〉ともそぐわなかった。何度試しても〈器〉はその少年を主として認めなかった。

 

主が〈器〉を選ぶのではなく、〈器〉が主を選ぶのだとその女性は知っていた。だからこそこの少年がどれにも適合しないことに、残念感より期待感を抱いていた。

 

〈もしかしたらこの子は、あれ(・・)に認められるかもしれない〉

 

そんな期待を抱いていた。

 

いざ持たせてみるとその剣が鳴いたのだ。翼を得て大空を羽ばたくのではなく、〈力〉を得て竜へと昇華したように。

 

〈ああ、我が望んでいた感情はこれだったのだ。破壊と殺戮を繰り返してきた我が求めていたのはこれだった。背中を預けられる《信頼》という感情を〉

 

剣は眼を覚ました。いや、覚醒したと言うべきだろうか。本来あるべき場所にもどったかのような一体感を剣は感じた。

 

 

 

暴君として恐れられた彼は体色からこう呼ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翡翠鬼(ひすいき)》と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮眠を取ってから俺は地下の牢へと足を向けていた。深夜に移動した方が何かと疑われることは少ないという理由もあったが、主な理由としては監視が少ないから絶好の機会だということだった。

 

何はともあれまずはキリトたちと合流することが最優先だ。最悪な事態としては、キリトとユージオが〈整合騎士〉と衝突することである。今の2人が〈シンセサイズの儀〉により強化された〈整合騎士〉に勝てないとは言わないが、それでも簡単にはいかないだろう。

 

昼頃に呼び出されたエルドリエ・シンセシス・サーティツーならなんとかなるかな。だが俺やアリス以前の〈整合騎士〉には間違いなく勝てないだろう。今のままでは(・・・・・・)という注釈付きだが。

 

「どのように動けば全員を納得させることができるのでしょう」

「無理だろうな。アドミニストレータの陰謀を赤裸々に公にしなければ誰も納得しないさ。特にデュソルバートさんは頭お堅いから」

「小父様はどうでしょう」

「気まぐれだから予測不能。ファナティオさんもデュソルバートさんみたいにお堅いからこれも却下」

「…ほとんど不可能ではないのですか?」

 

背後から問いかけてくるアリスに苦笑しながら返答する。仕方ないのさ。これが380年も続くアドミニストレータによる支配の病気なのだから。治療はできても完治は不可能である以上、根本的に解決するしか道はないのだ。

 

〈セントラル・カセドラル〉内にいるアドミニストレータを崇拝する存在を漂白する。

 

それが今の目的の一つだ。

 

会話をしているがそれなりには周囲を警戒している。今は〈セントラル・カセドラル〉から直接地下牢へと続く階段を下りているところだ。声はそれなりに反響するが、完全防音の〈整合騎士〉の自室には届かない。聞かれているとすれば、〈セントラル・カセドラル〉全域を掌握するアドミニストレータと〈元老院〉ぐらいだ。

 

もしくは時たまに内部を徘徊する初老の〈整合騎士〉や、手に余る双子に見える〈整合騎士見習い〉ぐらいかな。聞かれたところで事実を言っているだけだから、文句を言われる筋合いはない。まあ、面倒なことにしかならないので本人の前で口にすることはないが。

 

数分かけて螺旋階段を下り終えた先には、黒々とした重々しい鉄の扉が待ち構えている。普通に生活していれば通ることのない場所にあるため、眼にする機会など有り得ない。

 

だが俺とアリスはこれで3度目だ。

 

1度目はここに連行された8年前。2度目はキリトとユージオを連れてきた9時間前。3度目が救出へ向かう今だ。

 

〈セントラル・カセドラル〉側からは自由に入ることができるが、地下牢からはそうもいかない。この扉は地下牢側から開ける際、〈セントラル・カセドラル〉側と同時に互いが反対にハンドルを回さなければ解錠されない設定になっている。何故このように面倒な造りにしたのか疑問だ。そもそも罪人が来ることさえ類を見ない出来事であるのに、脱獄しようと考える罪人がいるはずもないのだ。

 

…約1名しそうな人間はいるが。それは純粋な〈アンダーワールド人〉ではないから、頭数に数えることは間違っている。今回は特に両方から回す必要はないので2人揃って中へと入る。地下牢への入り口は2つあり、1つは今通った扉と2人を連れて入った地上から繋がっている入り口。キリトたちが最初に向かうのは必ずそちらである。こっちは入り組んだ迷路の先にありながら開かない扉なのだから。

 

「いてくれたらいいんだけどなぁ」

「カイトが心配するほどの腕白者なのですか?そのキリトとユージオというのは」

「ユージオはともかく、キリトは禁止事項の抜け道を見つけ出すのが病的に上手い」

「…カイトに苦労をかけさせるとは。助けた暁にはどう料理させてもらいましょうか」

「物騒なこと簡単に口に出さないで」

 

そんなことになればキリトの〈天命〉がいくらあっても足りない。ユージオが卒倒するかもしれないから気をつけないとな。不安を飲み込み2人を投獄した部屋へと駆け足で向かう。いくら深夜で人通りがないとはいえ、もたもたしてバレてしまっては意味がないので少しばかり急ぐ。

 

角を曲がって叫んだ。

 

「やっぱりかぁぁ!」

「そこまで大声を出さなくてもいいのでは?鎖を引きちぎって脱獄したのであれば、反逆行為をするという意思表示でもあります」

「なら早く合流しないとな。アリスは覚悟できてるか?」

「愚問ですね。貴方に出会ってから私の生きる道は決まっています。貴方が〈整合騎士〉として生きていくのであれば同じように。〈公理教会〉に反逆するのであれば私も。優柔不断と言われるかもしれませんが、私の生きる理由は貴方なので」

「…毎回毎回済まないな。苦労ばっかかけて何も返せていないのに」

 

俺はまだアリスに恩返しを何一つできていない。アリスの明るさと心の強さのおかげで今まで生きて来れたのに、恩返しをしていないなど笑えてくる。でもアリスは反対の意見のようだ。

 

「恩を返していないと思っているのは貴方だけです。私は貴方からたくさんの知識と考え。そして愛をもらいました。それに比べたら私のこの想いなど秤にかける価値もありません。重要なのは結果より過程です。戦争で勝利しても味方の犠牲が多ければ、それを勝利とは言いません。戦争で負けても犠牲を最小限に留めて惜敗になる方が評価されるように、今の貴方に必要なのは過程を重要視することです。その貴方を護るのが私の役目なのであしからず。そうでもしなければ、アリスに示しがつきませんから」

「お見それしました。では参りましょうか?姫」

「ええ、行きましょう私の殿方」

 

アリスの声に背中を押されるように、俺は2人が通った階段を駆け上がった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

脱獄して〈公理教会〉に反逆する覚悟を決めたというのに、あれほどの強さを見せつけられては揺らいでしまう。《武装完全支配術》とは一体何だ?鞭の形状が変化したことと何か意味があるのだろうか。俺にはその手の知識がない以上、余計な推測はやめておくべきだろう。的外れな予測にすがり、それでユージオに被害が出るのは俺の望むところではない。ならば自分の不安を消して目の前の敵に集中するべきだろう。

 

〈整合騎士〉エルドリエ・シンセシス・サーティツーという強敵に。

 

「ふむ。《禁忌目録》に違反し、投獄された身でありながら脱獄。あまつさえ〈人界〉を守護する〈整合騎士〉に矛先を向けるとは。愚かと言うべきか能無しと言うべきか」

「悪いが討論している暇は無いんでな。無理にでも通させてもらうぜ」

「誉れある〈整合騎士〉エルドリエ・シンセシス・サーティツーがここを通すと思うかい?」

「無理矢理にでも通してもらうぜ!」

「無理・無茶・無謀の三拍子が揃っているキリトでも簡単じゃないと思うけどな」

 

ユージオが仕掛けている間に攻撃しようと地面を蹴る瞬間、知った声が耳に届いて踏み出すのを堪える。左奥に眼を向ければ、深い群青色の俺が着ている制服と同じ服装の少年。そしてその傍らに寄り添う金色の髪に淡い草原色の上着、亜麻色のズボンを履いた女性が薔薇の茂みの奥に立っている。

 

「カイトにアリス?」

「アリス様?我が師よ一体どうされたというのですか?」

「剣を退けエルドリエ。お前にはキリトとユージオを傷つけさせない」

「な、何を仰いますか師よ!反逆者ですぞ彼等は!《禁忌目録》に抵触し、〈公理教会〉に反逆した大罪人を庇うなど。いくら〈整合騎士〉であっても許されませんぞ!」

〈公理教会〉だの最高司祭だの(・・・・・・・・・・・・・・)知ったことか。俺にとって大切な人を傷つける存在は決して許さねぇ!」

「師よ!」

 

カイトが翡翠色の剣を抜刀するとエルドリエが後退った。あれほど俺たちをコテンパンにした彼が怖じ気づくなんて予想だにしなかった。確かに今カイトから感じる圧力は、生半可なもんじゃないのは俺にだってわかる。

 

でも何故エルドリエはそこまで怯えているのだろう。

 

「気は確かですか!?反逆するなど愚劣にも程がありますぞ!」

「正気だろうと狂気だろうとどっちだっていい。大切な誰かを失うぐらいなら、全てを敵に回してでも護る。それが俺の決めた道だ。思い出せエルドリエ・ウールスブルーグ(・・・・・・・・・・・・・・)!」

「「なっ!」」

 

その名前を聞いて俺は思い出した。今年のノーランガルス北帝国第一代表剣士。そして四帝国統一大会の優勝者である《エルドリエ・ウールスブルーグ》だ。なのに何故彼はそこまで怯えているのだろうか。先とは違い頭を抱えて苦痛に耐えるようにしているのは何故か。次の瞬間、エルドリエの額から水晶のように三角柱の何かが迫り出してくる。

 

「思い出せ。お前が忘れさせられた記憶(・・・・・・・・)を!お前が失った記憶は母親だ。その名前はアルメラ!」

「ア…ルメ…ラ。かあ…さん…」

 

カイトが意味不明なことを言う間にも、紫色をした三角柱の物体はもう少しでエルドリエから抜けそうだ。だがそれより前にカイトとエルドリエの間に矢が突き刺さっていた。それと同時にカイトがアリスを抱えて俺の方へと飛び去ってくる。カイトが足をついて方向転換した場所を見れば、同じような矢が何本も突き刺さっている。

 

恐るべき精密狙撃だと関心しながらも、それが来たであろう上空に眼を向ける。エルドリエが着ているのとよく似た銀色の鎧を纏った〈整合騎士〉が、赤銅の弓をつがえて見下ろしていた。

 

「罪人よ、エルドリエ・シンセシス・サーティツーから離れろ!光輝ある〈整合騎士〉に堕落の誘いを試みた罪。最早許せぬ!四肢を射貫いてから牢に叩き返してくれるわ!」

 

俺ではないんですけど!と言い返したいが、罪人の言葉を大人しく〈整合騎士〉が聞き入れるはずもない。何より飛竜にまたがり、ホバリングしている〈整合騎士〉の意識はカイトとアリスに向いている。今口を挟んでも無視されるか矢で射貫かれるかのどちらかなので何も言わず上空を仰ぐ。

 

「カイト・シンセシス・サーティそしてアリス・シンセシス・サーティワン、何故(なにゆえ)罪人とともにいる!?返答によっては貴様らもこの矢の餌食にしてくれる!」

「答えるまでもないんじゃないか?デュソルバートさん。ここにいて罪人と横に並んでいる以上、彼らと手を組んだと思ってくれていい」

「…墜ちるところまで墜ちたというわけか若人よ。ならば余計に許せぬ!栄誉ある〈整合騎士〉としてあるまじき行為であることを自覚せんとは最早愛想尽きた。故にここが貴様らの死に場所だ!」

 

嘘でしょ!?と言いたくなるがぐっと堪える。何故なら矢筒から同時に5本の矢を取り出して長弓にまとめてつがえる。これは避けるというより逃げるべきだとは思うが、ユージオをこの場所に置いてはいけない。エルドリエの攻撃を喰らって背後の噴水に落水したままのユージオを放っておけない。

 

「2人とも今すぐ光素を唱えてください」

「今?」

「ええ、今すぐ即座に!」

「はい!」

「「「〈システムコール。ジェネレート・ルミナス・エレメント〉」」」

 

アリスに怒られながら俺は〈神聖術〉の式句を唱える。俺は片手の指に3つ、カイトは5つ、アリスに至っては両手の7つだ。ここで技量の差を見せつけられるが落ち込んでいる暇は無い。

 

「何をするかは予測不能だが笑止!貴様ら程度の〈神聖術〉で我が矢を防げるものか!」

「防御が目的ではありません。2人とも背後に光素を投げて最後の言葉を告げなさい。投げた瞬間に全力疾走します!」

「了解!キリト、ユージオの回収を頼むぞ」

「わかった」

「射ねぃ!」

「今!」

「「「〈バースト・エレメント〉!」」」

 

背後に投げられた合計15個の光素が破裂し、背後から膨大な光の奔流が押し寄せる。

 

「ぬう!」

 

俺たちにとっては背後だったから視界を奪われずに済んだが、おそらくデュソルバートと呼ばれた〈整合騎士〉は光を眼にしたはずだ。あれほどの光量を眼で捉えてしまえば恐るべき精密狙撃はできない。ならばこのまま何処かに逃げる時間を稼ぐのだ。陽動と攻撃の二重の作戦を即座に考えつくなど俺には不可能だ。攻撃といっても目をくらます程度だが、人間は情報の大部分を視覚から得ている以上、視界以外からの即座の情報収集は容易ではないはずだ。

 

「おのれ姑息な真似を!」

「うそん!」

 

ついに俺は堪えきれなくなったので叫んでしまった。何故なら矢筒から全ての矢を抜き出し、俺たちに発射してきたからだ。数本で個々を撃ち抜くのではなく、数多で範囲を広げて攻撃するという作戦を考えたらしい。こちらも侮れない頭の回転速度だと敵ながらあっぱれと思ってしまう。

 

全速力で足を回転させ、噴水に浮かんでいたユージオを抱えてカイトとアリスの後を追う。右に左に幾度も曲がり来た道など忘れた頃、何度目かの分岐点を左に曲がったカイトを追い掛けるとそこは行き止まりだった。万事休すではないか!と内心叫びながら追い掛ける。

 

「行き止まりだぁ!」

「そのままついてこい!」

 

それでも走れと言うカイトの背中を追い掛ける。飛竜から一定の距離を保ててはいるが、行き止まりに来ている時点で詰みなのだが!

 

「嘘だろ!?」

「いいから飛び込め!」

「ひぃ!」

 

カイトが何の躊躇もなく目の前の薔薇の生け垣に飛び込み、アリスも迷わず飛び込んだ。走っている間に目を覚まして隣を並走しているユージオと眼を合わせる。ユージオの眼にも不安が映っていたが、俺も似た感情を抱いているので文句は言えない。

 

「どうとでもなれ!」

「やけくそだぁ!」

 

ユージオとやぶれかぶれの気合いを発しながら生け垣へと飛び込んだ。薔薇の棘が刺さると思い身構えるが、痛みはいつまで経ってもやってこない。

 

「ん?え…う、嘘だろぉぉぉ!」

「え?う、わぁぁぁ!」

 

眼を開けて見れば周囲には何もない。と確認したところで体が落下を開始した。

 

「うげ!いててててて、なんだよ今のは?」

「むぎゅっ!うううううう、腰が痛い」

「ようこそ我らがアジト《カーディナル(・・・・・・)》へ」

 

眼を開ければ、そこには大量の書籍に囲まれた〈大図書室〉と呼べそうな巨大な空間の真ん中にカイトとアリスが立っていた。




長かった...。登校中の1時間で3000文字弱。帰宅してからの5時間で5000文字はハードでした。久々に書くと疲労が溜まりますね。

また頑張って書いていきます。


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救援

FGOの育成に時間を割いていたから遅れたわけではないぞ…。

正直言うとそれもありますが今回の話を書くことが非常に困難だったのも大きな理由の1つです。原作と自分の設定をごちゃ混ぜにして辻褄を合わせるのは至難の技ですね。




〈カーディナル〉。

 

俺が知る範囲でその名称には3つの意味がある。

 

1つ目は、〈現実世界〉のカトリック教会組織における高位の役職。日本では枢機卿と呼ばれる。2つ目は、アトリ科の鳥の名前。日本語では猩猩紅冠鳥(しょうじょうこうかんちょう)、全身に枢機卿が着る法衣と同じ緋色の羽毛が生えていることから名付けられた。3つ目は、茅場晶彦によって開発されたVRMMOゲーム運営用の高機能自律プログラム《カーディナル・システム》。

 

それなのにカイトは、ここのことを〈カーディナル〉と言った。そしてアジト(・・・)とも。〈整合騎士〉が助ける必要は無いはずだ。そもそも俺たちは反逆者なのだから、手助けすることは〈整合騎士〉としてマズい行為だ。なのにカイトとアリスは罪悪感など微塵も見せず、俺たちを助けてくれた。もしかしたらそこに理由があるのかもしれない。

 

「ほら、こんなところで立ち止まらずに歩きなさい。このバックドアは廃棄だから」

「え?ああ、はい」

 

ほのかに緋色の混ざった白色のワンピースを着た妙齢の女性(・・・・・)が、俺とユージオの後ろに立っていることに今気付いた。てかそもそもいたのか?存在感をまったく感じなかったんだが。いや、でもここにいてカイトがまったく警戒していないということは、味方であると考えて良いはずだ。なら言うことを聞いて利益になるよう動くことが、今の俺にとって最善の策だと思う。

 

「えっと、助けてくれてありがとう。取り敢えず〈カーディナル〉ってのとここについて教えてもらいたいんだけど」

「それを含めて話したいことがあるからついてきてくれるかしら?」

「わかりました」

 

〈大図書室〉と呼べるような空間でテーブルを囲んで座る。周囲を見渡せば、膨大な量の本が棚に押し込まれているのが見えた。種類によっては、俺の前腕と同じぐらいの分厚さを持ったものまである。手に取って読む気にもなれない分厚さなので視線を3人に戻した。

 

「クシュン!」

 

突如ユージオがくしゃみをする。無理もないかな。びしょ濡れのままここまで逃げてきたから乾燥させる暇も無かったし。

 

「貴方は先に体を温めた方がいいでしょうね。あの先に風呂場があるから好きなだけ入っていなさい。それから貴方が興味ありそうな本が近くにあるから読んでも構わないわ」

「それではお言葉に甘えて失礼します」

 

走り去るユージオを見送り残された俺は、その女性を少し警戒しながら見る。女性が羨むプロポーションではあるが、俺は何故かその女性から言い知れぬ圧迫感を感じていた。デュソールバートと呼ばれたあの弓使いとは違った圧迫感を。まるでこの世ならざる何かである(・・・・・・・・・・・・)ように。

 

「何から聞きたい?」

「ここのことについて。そして〈カーディナル〉という意味合いについてかな」

「いいわ。ここはあなたの推測通り〈大図書室〉と呼ばれる場所。〈セントラル・カセドラル〉の内部にありながら、そうでもない場所にある空間。〈現実世界〉の言葉を使えば、《亜空間》と言えるかしら」

「《亜空間》ね。存在していながら存在していないと認識される場所とは予想外だな」

 

どうやら俺が生粋の〈アンダーワールド人〉ではないことは承知の上らしい。その方が話は進むし話しやすいから問題ない。

 

「〈カーディナル〉ってのはどういう意味なんだ?」

「まず〈カーディナル〉とはどんな存在かは知ってる?」

「〈人間によるメンテナンスを必要とせず、長期間に渡って稼働できるプログラム〉… だったはずだ」

「そう。〈カーディナル・システム〉はメインとサブプロセスの2つによって運営されているわ。メインプロセスがバランス制御を行っている間に、サブプロセスがメインのエラーチェックを行うの。〈カーディナル〉のサブが私でメインがクィネラ。またの名を最高司祭アドミニストレータ」

 

名前を聞いて俺は驚愕とともに納得感も感じていた。〈administ〉とは英語で支配を意味する。支配者・執政者・管理者ということで〈アドミニストレータ〉と称したのも理解出来る。だが何故そのことを俺だけではなく、カイトやアリスを同席させて話すのだろう。ユージオを追い出した理由もわからなければ、2人がこのことを理解できるはずもないのに。

 

「ラスボスのことはわかったけどさ。どうしてユージオを除け者にしたんだ?カイトとアリスはここにいるのに」

「ユージオには聞かせたくなかったからカイトのことを」

「何故?」

「カイトは貴方と同じように外の世界(・・・・)からやってきた人だから」

 

...何を言っているんだ?カイトが〈アンダーワールド人〉ではなく俺と同じ〈現実世界〉からやってきた人間だと?では一体誰なのだ?まさかRATHのオペレーターかエンジニア?はたまた関係者なのか?そうであったならば外部と連絡を繋いでもらい、アスナに無事を報告できる。そしてこの世界のことを菊岡や比嘉さんにも聞くことが出来る。

 

「俺と同じ〈現実世界〉の人間だったのか」

「これはあらぬ誤解を与えてしまったかしら。本当のことを言えば、カイトはその外の世界から来ているの」

「...は?」

 

意味が全くわからない。〈現実世界〉の外の世界から?どうやって来たというのだ。

 

「理解できないよなキリト。悪いけどこれは事実なんだ。どうか受け入れて欲しい」

「信じたい…信じたいさ。でも証拠がない...」

「キリトは小さい頃に事故に遭って桐ヶ谷家に引き取られた。妹の直葉とはあまり上手くいかなかったが、〈ソードアート・オンライン〉に囚われ帰還してからは距離が近くなった。それから〈アルブヘイム・オンライン〉にダイブして、オベイロンなる須郷信之の陰謀を暴き、恋人であるアスナを救出。〈ガンゲイル・オンライン〉では死銃またの名を〈デス・ガン〉をシノンと共謀して撃破。〈アルブヘイム・オンライン〉で《絶剣》の2つ名を持つ紺野木綿季ことユウキと出会って、《メディキュボイド》について知った。〈アルブヘイム・オンライン〉でスリュムを〈SAO〉時代の仲間と協力して倒し、エクスキャリバーをゲット。大まかな事柄だけどこれで信用してもらえるか?」

 

俺がこれまで向き合ってきた事象を、何一つ間違えることも無く話すカイトに驚いた。実際に体験してきた俺だから否定はできない。何故見ても一緒にいた訳でもないカイトが知っているのだろう。〈現実世界〉の外側とは一体どういうことなのだろう。

 

「〈現実世界〉の外側ってどういう意味なんだ?」

「〈アンダーワールド〉がキリトの世界によって造られたのは知っているだろ?」

「まあな。そのおかげで俺はここにいるわけなんだから」

「つまりキリトがいる〈現実世界〉は俺がいた世界に作られた(・・・・)世界なんだ」

「...お、俺の世界がカイトの世界に作られた世界だって?そんなわけないだろ...だって俺は現にこうして生きてる。〈現実世界〉で息をして食事をして過ごしていた。それが偽物だって言うのか?」

「偽物なんかじゃないさ。キリトはちゃんと〈現実世界〉で生きていた。だがそれは俺にとって、俺たち(・・・)にとっては作られた世界なんだ。でも俺はこうして〈アンダーワールド〉で生きているから蔑むようなことはできないさ」

 

ようするに〈アンダーワールド〉は、俺の世界によって造られた(・・・・)世界。その実は俺にとっての〈現実世界〉はカイトがいた世界によって作られた(・・・・)世界ということ。ややこしい世界だがカイトの言葉に嘘は見られない。信じるしかないのだ。俺は作られた人間なのだと。でもカイトは作られた人間とは言わなかった。自分と同じ人間だと言ってくれた。

 

「でもなんでそんなファンタジックなことが起きているんだ?作られた世界によって造られた世界に生きているって、普通なら有り得ないだろ?」

「そりゃな。なんせ俺は〈転生者〉だから」

「は?」

 

また俺は間の抜けた返事をしてしまった。〈転生〉と言えば小説や漫画でありがちな設定で、その人にとっての〈現実世界〉から別世界または異世界へ新しい生命として生きることを示す。俺でも知ってる有名どころで言えば、「転生したらス⚪イムだった件」とかだな。もともとは某無料小説投稿サイトに掲載されていたweb小説だったが、内容がシリアルでありながらコミカルでもあったので圧倒的人気を博していた。

 

だが〈転生〉するというのは、2つのうちどちらかの条件を満たす必要がある。

 

1.事故かなんらかの原因による死。

2.偶然的か突発的な強制転移。

 

つまりカイトはなんらかの理由で死亡し、〈アンダーワールド〉に〈転生〉してきた。または空間のゆがみやひずみによって〈転生〉した。どっちであるかはカイトに悪いから聞かないほうがいいだろう。聞いても俺には理解できないだろうから。全く知らない世界に。知人が誰一人としていない世界に来てしまった辛さを知ることはできないから。

 

でも理解度がゼロってわけじゃない。俺だって目が覚めたら〈ルーリッド村〉の近くの森に倒れていたのだから。〈仮想世界〉だと認識するまで時間はかかったが、〈仮想世界〉に慣れていたこともあってしばらくすれば順応することができた。だがカイトはどうなのだろうか。〈仮想世界〉についてVRMMOについてどのくらいの知識があるのだろうか。時代によってはそういうものがあるとさえ情報が回っていないだろう。

 

話を戻そう。〈転生〉するには神様か女神様が必要で〈特典〉という特殊能力に似たものを3つほど貰えるらしい。カイトが貰ったのは何なのだろう。力か?知識か?はたまたそれを含めてもうひとつの何かなのか?

 

「小説とか漫画によくあるやつだな。カイトがその〈転生者〉なら隣の女性は〈転生〉させた女神様ってとこか」

「理解が早くて助かるわ。今はこの世界を見守る裏の管理者だけど」

「じゃあアリスもカイトと同じなのか?」

「いいえ、私はこの世界に生まれたアリス・ツーベルクです。(・・)の私はアリス・シンセシス・サーティワンですが」

()は?」

「そのことについては私から説明するわ。〈転生〉する際に、特典と呼ばれる異能あるいは特殊能力を手にすることができるの。私がカイトを〈転生〉させた暁に3つほど与えたわ」

「それは?」

「《自我保存》と《偽造》だよ」

「もう1つは?」

「秘密だ。それを使う機会は近いと思う。その時になったら眼にするかもしれない」

 

おいそれとは教えてくれないか。カイトが教えたくないのであれば無理に聞き出すことはしない。それよりその特典について説明してもらおうと思う。それがカイトの強さの秘密かもしれないから。

 

「2つの説明をお願いしてもいいか?」

「まずは《自我保存》からね。これはカイトを〈転生〉させるためにもっとも必要な特典であることを前置きしておくわ。これがなければ、万が一の時に〈転生〉させた意味がなくなるから」

「意味がなくなる?」

「ええ。アドミニストレータは、人の記憶を抜き去り偽りの記憶を埋め込み自分の駒にしいるの」

「カイトがそうならないように〈自我保存〉という特典を与えたんだな」

「ええ。奪われてしまえば、私にはどうすることもできないもの」

 

恐ろしいな。技量はともかくそんなことをして許されるはずがない。どんな理由があれ人の記憶に触れて良いのは、本人の許可を得た時だけだ。それ以外に遠回しにでも聞くことさえ許されない。

 

「〈自我保存〉のことは後ほどまた話すわ。次に貴方にとって、最大の敵となる最高司祭について。〈人界〉を統治する〈公理教会〉の最高権力者であるアドミニストレータは、その名前に恥じない〈オブジェクトコントロール権限〉と〈システムアクセス権限〉を持っている。〈システムコール。インスペクト・エンタイア・コマンド・リスト〉」

 

俺の予想通り女神様であった女性が、聞いたこともない式句を唱える。〈ステイシアの窓〉とは違った窓が手元に現れた。でも紫色で矩形なのは変わらない。しかし同時に俺は、それがこの世界でもっとも危険なものであることを直感的に察した。

 

「ここに記されているのは、この世界で使用可能なシステムコマンド。〈システムアクセス権限〉が高水準であれば、記されている文字を読み上げるだけで誰もが自由に使用できるようになっているわ」

「つまりアドミニストレータは、それをすでに見つけていたと?」

「その通り。幼き頃に驚くべき洞察力と思考力によって、それぞれの単語の意味を理解した。齢80を越え、日に日に減少していく自分の〈天命〉を眺めるしかできなくなったクィネラは、遂に〈この窓〉を開けてしまった。内部からワールドバランスを操作する必要が生じた時のために設置されていたこれを。〈カーディナル・システム〉の全権限を奪い、真の神となるためのコマンドをリストの末尾に記されているのを見つけてしまった」

 

死ぬ間際に見つけた最後の〈希望〉の味は、一体どれほどのものなのだろう。アドミニストレータを敵として見ている存在からすれば〈絶望〉の光ではあるが、もし自分が同じ立場であれば仕方がないと納得できる気がする。自分が生きたいと願ってもどうしようもなく迫ってくる魔の手。それから逃げるためにあらゆる手を以て足掻く。偶然的に見つけたあらゆる権限を自分のものにするコマンドを眼にすれば、どれほど善人であってもすがりつきたくなるだろう。

 

それを自分のものにできれば恐れるものなどないのだから。だがそれは同時に人間を捨てることに他ならない。人間に与えられていた権限を超えて、何不自由もなく扱えるようになるのだから当然のことだ。

 

「なんでそんなものが記されたリストが残っているんだよ」

「かつてこの世界に降り立った4人のオペレーターが残した最大最悪のミス。〈アンダーワールド〉から去る前に削除しておくべきだったのにしなかった。いえ、本当はそれを任されたオペレーターの1人が意図的に残したの」

「そんなことをするメリットってあるのか?」

「あるわ。何故ならその人物は敵と内通しているから」

「な、んだと!?」

 

それはつまりRATHの中にスパイが潜んでいるということ。下手をすれば極秘情報をすべて奪われる危険性があるのだ。放っておくわけにはいかない。

 

「あんたの力でどうにかできないのか?」

「残念だけどそれは不可能なの。神はあらゆる世界に干渉することは許されない。如何なる理由があろうと手を出してはならない」

「...それって矛盾してないか?現に貴女はこうして降り立っているのだから」

「そこも説明しなければならないわ。私〈転生神〉だけでなくすべての神は天照大御神、貴方達の世界が最高神と崇める最上位の存在によって束ねられています」

 

なんとなくこの女性の存在する意味が理解できた。だが理解と納得はまったくの別物だ。

 

「今回、私が特別に干渉の許可を得たのはこの世界があまりに酷すぎたから。私もこの世界の事情を知って放っておけなかった。たった1人の人間によって、すべての人間が生き方を決められるというのはあまりにも世の摂理から逸脱しすぎていると思ったの。物語に特別干渉しなければ、援助をしてもいいと許可を得ているわ。何かあれば手を貸すから安心してね」

「有効活用させていただきます。話を戻してっと。アドミニストレータのことだけど」

「そのコマンドで自分の権限レベルを最上位に引き上げ、世界をコントロールする〈カーディナル・システム〉への直接的干渉を可能としてわ。カーディナルが持つすべての権限を己に付随させ何もかもを思い通りにできるようにしていった。〈天命操作権限〉を得たクィネラは、齢80を越えていつ消失してもおかしくなかった肉体の回復を行った。つまり〈天命〉の全回復ね。あの輝くばかりの美貌を持つ10代の若々しい頃にまで。次に行ったのが〈自然減少〉の停止」

 

〈天命〉が生きている間、減らなくなるというのはいつまでも生きられるということなのだろうか。〈自然減少〉は年齢によって加算されていく。歳を取ればとるほど減少は進む。それが起こらないということは、永遠の命を手に入れたのと同意義なのでは?

 

「〈自然減少〉が起こらない=不死ではないぞキリト。いくらアドミニストレータでも、ダメージを受ければ〈天命〉は減るんだからさ」

「おうともよ。ある程度の意味はわかったけど、貴女が〈カーディナル・システム〉の〈サブプロセス〉というのがまだ理解できないかな。そもそもなんでもともとは1つだったシステムが、わざわざ2つに別れて敵対しているのかがわからない」

 

〈カーディナル・システム〉は、2つ揃って初めてシステムとしての基礎を持つ。それぞれが別で稼働すれば、いずれ何処かでエラーが発生するはずだ。なのにまったくその様子は見られない。〈サブプロセス〉の彼女が神であるという理由も無きにしも非ずだろうが。

 

「人の記憶というのは150年までなら保管が可能と言われていて、〈人工フラクトライト〉も同じ容量よ。アドミニストレータがクィネラとして生まれ落ちてから150年が過ぎ去れば、記憶が限界を迎えるのは道理。それにより彼女は意識を失うことが多くなりやがて気付いた。〈このままでは自分の望む世界は保てない〉と。悪魔的な考えに至ったアドミニストレータはある日、〈公理教会〉の修道女見習いとして育っていた少女を呼び出した。システムのランダムパラメータというより、もともとあったことで他人より遥かに高いシステムアクセス権限を持つ自身と瓜二つの容姿をした女子を」

「...それがあんたなのか」

「ええ。呼び出された私はアドミニストレータの〈フラクトライト〉の思考領域と重要な記憶を上書き複写された。まあ、されたところで私に意味はありませんが」

 

そりゃそうでしょうとも。科学文明と縁のない〈アンダーワールド人〉であるアドミニストレータが、本当の神である〈カーディナル〉さんに勝てるはずもない。

 

神業で無効にできるだろうしな。

 

「私という存在は神であり、〈カーディナル〉のサブプロセスでもあるややこしいもの。神とサブプロセスという存在として覚醒した私は、目の前のクィネラから逃走することを決心した」

「神であるというあんたならその時に倒せたんじゃないのか?」

 

俺の質問に首を振ることで否を唱える女神様の表情は暗い。神であることさえ忘れて、俺は人間らしい様子に見つめてしまう。

 

「残念ながらそれは叶わなかった。私は神であるため先に述べた通り干渉することは禁じられているから。しかし抜け道はあるわ。私の今の立場は、本来〈カーディナル〉のサブプロセスがいるはずだった。〈本来の物語〉から逸脱しなければ、いるはずだった人の立場で干渉することが可能よ」

「...つまり本来いるはずだったサブプロセスは、俺を味方として受け入れるつもりだったということか?」

「この世界の知識について何もかもを伝える予定だったのでしょうね。キリト、貴方が望むのであれば、私は〈物語〉を逸脱しない限り手を貸そうと思っているわ。お願いできるかしら?」

 

...正直言うと、とてつもなくありがたいことだろう。俺とユージオだけでは決して成し遂げることのできない目標を抱えているから。外部とコンタクトするためのコンソールがあると思われる〈セントラル・カセドラル〉の部屋。アリスと再会するというユージオの目標。ユージオに至っては完遂しかけているのが現状だ。〈アリス〉という存在に出会えている以上、きっかけさえあれば会話をすることができるからだ。

 

問題は俺だ。1ヵ月前に召喚されたばかりと言ったエルドリエ・シンセシス・サーティーツーでさえ手強かった。味方は多ければ多いほど良い。愛剣を使えなかったのも苦戦した理由だが、愛剣があったとしても簡単には勝てなかった。

 

それは断言できるほどだ。

 

《記憶解放》という奥義を使われては勝てない。使われなければ勝てる相手もいるだろうが、それほど簡単に勝てるとも思っていない。彼よりも強い存在はきっとまだまだいる。

 

彼らに勝つためには力が必要だ。だから...。

 

「力を貸してください。そして貴女にこの世界を護ってもらいたい。だからお願いします」

「頭を下げることではないわ。お願いしているのはこっちだもの。それじゃあこれからのことについて話し合いましょうか」

「ありがとうございます」

 

待っていろよアドミニストレータ。俺はこの世界を守るためにそして外部と連絡を取るために貴女と戦う。




次話もカイトとアンダーワールド、女神様のことを話してから〈セントラル・カセドラル〉に突入しようかなと思います。これまた遅くなると思いますが宜しくお願いします。





特典

①自我保存
②偽造
③?


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整合騎士編
寄贈


再来週に1話書けるかなという感じです。遅くてすみません。


俺こと桐ヶ谷和人は!知らぬ()に〈仮想世界 アンダーワールド〉に意識を取り込まれていた。どんな紆余曲折があったのかわからない。

 

気がつけばこの世界に現界していた。見慣れぬ植物と見慣れぬ景色。なのに胸には懐かしいという感情が湧き上がっていた。〈アンダーワールド〉にいたはずもないのに、そんな感情が溢れたことに首を傾げたものだ。森の中で何故か目覚めた俺は音が聞こえる方角に向かい初めて人間と出会った。

 

西洋人とも東洋人とも似て似つかない容姿の少年。彼だけではない。この世界の人々はみんなそうだった。髪色も人によれば赤や茶など、〈現実世界〉では自然に発生しない色でも当たり前のように暮らしていた。そんなこんなで苦労しながら俺は、内部時間において2年間を過ごした。山あり谷ありの日常だったが、自信を持って誰かに報告したくなるほどの充実した日々でもあった。

 

右も左も分からない俺に最低限の知識と世界の情勢を教え、ずっと支え続けてきてくれた最初に出会った〈アンダーワールド人〉のユージオには感謝している。あの瞬間から剣術院に入るまでは二人三脚でやってきた。屈託のない笑顔と安らぐ声だって忘れるもんか。

 

もちろんカイトのことだって大切だ。学院に入ったときに、まさかユージオが再会したいと願い続けていた人物に会えるとは思っていたかったからさ。1年ちょっとを隣で見ていてなんでユージオがあんなに会いたがっていたのかを理解した。ユージオとは違う懐の広さと強い言葉であって、傷つけない優しさを持つ不思議な声音がある。そして何より剣技が尋常ではなかった。〈アインクラッド流〉を教えて1ヶ月後には、〈ルーリッド〉にいた頃から教えているユージオと同等の腕になった。

 

1年後には、いつの間にか師である俺や兄弟子であるユージオを超える腕前になっていた。今思えば〈整合騎士〉となってから8年間みっちりと剣技を仕込まれていたのだから当たり前である。

 

俺は〈現実世界〉で少しの間だけ剣道を、〈ソードアート・オンライン〉で2年間、《ザ・シード》企画を導入した〈アルブヘイム・オンライン〉で1年と2ヶ月。そして〈アンダーワールド〉での2年間を合わせた5年程度が俺の剣技を鍛えた期間なのだ。

 

特に〈ソードアート・オンライン〉での2年間は、生きるために必死だったから濃密な時間であったのは確かだ。でもカイトはそれ以上に長い期間、〈人界〉の守たる〈整合騎士〉から直接仕込まれていたのであれば俺より上なのは理解できる。

 

きっと俺が思っている以上に厳しい訓練をしてきたのだろう。この世界を護るに値する力を蓄えるためにきっと。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

〈カーディナル・システム〉のサブプロセスであり、〈転生神〉でもある女神様にこの世界と支配者について教えてもらいながら、俺はこれからのことを考えていた。カイトが俺の世界の外の世界からやってきたことをとやかく言うことはしない。俺とは違う人間であったとしても、この世界が間違っていて傷つくとわかっていながら反逆するということに重大な意味を持つからだ。

 

本来〈整合騎士〉なる存在は、〈人界〉を守護するためにいるのだ。間違っても守護するべき世界の最高位の存在に対して反逆することなどしない。「できない」というわけではなく、「する」という考えにさえ辿り着かない。それは〈フラクトライト〉に刻み込まれた絶対的存在である〈公理教会〉に対する恐怖故に。

 

「〈自我保存〉について詳しく教えてくれないか?そんな特典を与えた理由は教えてもらったが、〈整合騎士〉になるからといって自我を奪い去る必要はないだろ?」

「クィネラが必要とするのは思い通りに動く手駒よ。手に入れれば今まで蓄積した記憶は必要ない。貴方はここに来るまでに可笑しなものを見たと思うのだけど?」

「ああ、エルドリエの額から出てきた三角柱の物体を見た。あれが記憶の欠損とどんな繋がりが?」

「それは《敬神(バイエティ)モジュール》と呼ばれるわ。クィネラが自分の思うがままに操れるようにするための媒体と言えるかしら。その人物がもっとも大切にしていた記憶を抜き取り、その空白部分に埋め込むの。口で言えば簡単だけど実際は生半可なものじゃないわ」

 

だろうな。自分が抜き取るべき記憶に狙いを定めて他を残しながら、それだけを取り出すなんて不可能だ。いくら〈アンダーワールド〉始まって以来の天才であったとしても、他人の〈フラクトライト〉に作用するなど苦労という言葉では表せない。

 

「1回で上手く行くはずがない。きっとそれまでに何度も失敗をしているはずだ。たとえ〈アンダーワールド〉に存在するコマンドを、自分の〈フラクトライト〉に焼き付けていた存在だったとしても」

「その通り。さすがのクィネラにもそれはコマンドを唱えるだけで上手く行くはずもなく、幾度も失敗を繰り返していったわ。でも数十回程度の失敗で諦めるほどクィネラは可愛くないの。思惑通りに行くまで諦めない欲望は、ついにその不可能を実現させてしまった」

「…それまでに失敗した人達はどうなったんだ?」

 

嫌な答えが返ってくるとわかっていながら俺は聞いた。

 

「貴方は二度(・・)見たことあるわ。空中に現れる人の顔を」

「あれが失敗した人の成れの果てなのか?」

「今では違反者を取り締まるための道具としか扱われていないけど」

 

ぞっとしない話だ。俺はテーブルの下に置いた両手掌を擦りあわせて恐怖を誤魔化した。落ち着きを取り戻すに要した時間は、数秒程度だが俺には数分に感じられた。

 

「実験最初の成功者の名前はベルクーリ、ベルクーリ・シンセシス・ワン。〈ルーリッド村〉に伝わる御伽噺の本人よ」

「…本当にいたんだなその人は」

「〈整合騎士〉となった人間は、《禁忌目録》に違反した罪人か剣術大会の優勝者のどちらかだから実在した人間なのよ。《敬神モジュール》は、〈絶対忠実〉させることが可能なのだけれど。どういうことなのか知ってる?」

 

問われても困るんだよな。俺はこの世界のことを知らないし、《禁忌目録》の知識も1割に満たなければ〈整合騎士〉の誕生のことを知ったのもつい数分前なのだ。だが今の口ぶりからして俺は既にそれを眼にしているらしい。

 

…〈公理教会〉に疑問を持てば何かしらの事象が起こる。

 

空中に現れた人の顔だろうか?いや、違うな。あれは実験に失敗した人間の成れの果てだから、話の流れを考えればそれ以前に起こっているはずだ。思い出せ。それ以前に何があったのかを。おそらくライオスたちがいた部屋であったはずだ。俺が部屋に着いたときには剣がユージオに振り下ろされる瞬間だった。

 

そのときの部屋の様子はどうだっただろう。

 

部屋にはあいつらが好む香がこれでもかとばかりに漂っていた。薄暗い部屋のベッドに寝転がされ縄で縛られているロニエ・ティーゼ・ユウキ。後ろには右眼を閉ざし、俺を見上げているユージオ。

 

閉じている右眼?

 

そうか…そういうことか。

 

「…枷とかそんなものだろう?右眼に何か仕掛けられたものによる束縛」

「それには2つの意味合いが含まれているわ。1つはクィネラが世を統べるため反逆させないようにするためのもの。もう1つが外界の者によるもの」

「外界の者によるもの?一体どういうことなんだ?」

「それは貴方が自分の眼で確認してほしいの。私にはどうこうできる問題ではないのだから」

 

仕方ないよな。干渉することが制限されている以上、破ることはできない。

 

「最後になりますがキリト、貴方には帰還してもらった際にあちら側の責任者に伝えて欲しいことがあるの。『最終負荷実験が差し迫っている。即座に援軍を〈アンダーワールド〉にダイブさせろ』と」

「『最終負荷実験』?援軍?」

「クィネラと対峙し言葉を交せばその意味を理解できると思うわ。それから貴方には、アリスを〈現実世界〉に保護するという目的を果たしてもらう」

「アリスを?〈人工フラクトライト〉を持ち出せってことなのか?そんなことをしたらアリスはこの世界からいなくなってしまう。それだけじゃない。カイトから大切な女性(ひと)を奪うことになる。それは許容できない」

 

カイトは俺にとって友でありもうひとつの家族だ。苦楽を共にした親友の大切な女性を奪うなんて事俺はしたくない。そんなことが許されるわけがないんだ。大切な存在を失うということがどれほど辛く悲しく虚しい事なのかを知ってほしくない。

 

「勘違いはしないでね。アリスといってもいなくなるのは、アリス・シンセシス・サーティワンであってアリス・ツーベルクではないわ」

「同じじゃないか!アリス・ツーベルクに宿ったアリス・シンセシス・サーティワンでもアリスはアリスだ。カイトにとって大切な女性なのには変わりない!」

「では貴方はこの世界がなくなってもいいと言うの?貴方が出会った人々が皆殺しにされても良いと言うの?」

「っ!嫌だ…。みんなが殺されるのは嫌だ。でもアリスがいなくなるのも嫌だ」

「…2つの選択肢を与えられ、どちらかを選ばなければならない事態に陥らないとは限らないのよ。それが自分の命と大切な人の命の選択を迫られたときとか」

「なら俺は自分の命を捨てる。俺にとって大切な人は俺の命より尊い。だから俺はそうなったら潔く捨ててやる!」

 

俺は〈アインクラッド〉で自分の命を優先して多くの命を奪った。直接手にかけたのは3人だが、間接的に殺した人は数え切れない。〈月夜の黒猫団〉メンバーだって、俺が嘘をつかなければ今も生きていたはずなのに。

 

「その答えが聞きたかったの」

「は?」

「その言葉を忘れないように」

 

意味がわからないが満足した表情を浮かべる女神様を見ると、反論する言葉を口にはできなくなる。この世界で俺が死のうと、〈現実世界〉に横たわっている俺には一切の影響は及ばない。死ぬなら誰かの力になってから死にたいものだ。

 

それが俺の罪滅ぼしの一歩になるのであれば。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

話はさっきので終わりらしく、ユージオが消えていった風呂場の近くにあるテーブルに場所を移した。足を向ければユージオが本を読み終えた直後らしく、三冊ほど分厚い本が床に置いてある。

 

「ごめんよ集中しすぎたみたいだね」

「気にするなよ。誰だって好きな物があれば夢中になるもんだからな」

「キリトの集中力には負けるよ」

「この野郎」

 

床から立ち上がるユージオは、売り言葉を笑みを浮かべながら口にした。買い言葉でキリトが反論しようとしたが、その時間はないとばかりにキリトの顔が引き締められる。

 

「本に書かれていることはほとんど同じでさ。面白いけど物足りないんだよね」

「ここにあるのはあった事象をあるがままに保存したものだからな。面白みに欠けるのは仕方ないさ」

「カイト、後ろの女性は?」

「紹介するよ。俺とアリスに居場所を与えてくれてユージオやキリトに手を貸してくれるカーディナル。この人にも目的があるから共闘作戦でいこうってことだ」

 

とても簡単な説明だが、優しいユージオはそれで納得してくれたようだ。危機を救ってくれた人に対する感謝をするために動くことを決めたのだろう。

 

「どう動くかは決めたのかい?」

「カーディナルはこの部屋から出ると最高司祭様に見つかる。最終局面になるまでは俺たちだけで動くさ」

「どうやって辿り着くんだい?2人がいるっていっても僕らには剣がないんだよ?戦うにもこれだけじゃね」

 

カーディナルに風呂へ入る前に外してもらっていた鎖を、手元に持ち上げながら嘆息するユージオにキリトも難しい顔をする。剣がなければ実力は半減というよりゼロにまで落ちている。〈神聖術〉を使えるといっても。〈人界〉を守護する〈整合騎士〉に院を中退したキリトたちでは無様に散るしかない。

 

2名の〈整合騎士〉がいるといっても、向こうには大勢いるのだから火力不足なのは否めない。まずは取り戻すことから始めるのが最優先なのは間違いないだろう。

 

「剣を手に入れるのが最初だろうな。あれがなきゃやりたいこともできないし」

「それなら武具庫にしまってあるぞ」

「カイトが入れたから知っているのか?」

「入れたのはアリスだけどな。場所は覚えているから任せろ」

「そういえばカイト。君の隣にいるアリスは誰なんだい?」

 

何も言わず3人の会話を聞いていたアリスに視線を向けるユージオ。言っている意味がわからないとばかりにアリスが首を傾げる。首の動きと共に肩に掛かった髪がさらりと流れ、ユージオの眼を釘付けにした。

 

「説明してなかったな。アリスはアリス・シンセシス・サーティワンであってアリス・ツーベルクでもあるんだ」

「「なっ!」」

 

カイトが説明しながら右手の指を鳴らした。するとアリスを目がくらむほどの光量が包み込み姿を覆い隠す。

 

「いきなり呼び出すなんてどういう了見なのカイト?」

「怒んなよ。会わせたい人がいるから呼んだ」

「会わせたい人?…え?」

 

若干起こり気味なアリスは、カイトが指差すその先にいる人物を眼にしてその蒼い瞳を見開く。会えるとは聞いていたもののこんなに早くだとは思っていなかったのだろう。驚いて何も口にできずにいた。

 

「アリス?」

「ユージオ?」

 

互いに両手を少しずつ持ち上げながら足を一歩ずつ前に出す。

 

「アリス、…なんだね?」

「ユージオ、ユージオなのね?」

 

互いに互いを確かめるために名前を呼び合う。

 

「アリス!」

「ユージオ!」

 

互いに同時に走り出し抱き合う。これでもかと思うほど力込めて抱き締め合う。ユージオにとっては想いを寄せる女性、アリスにとっては幼馴染で婚約者であるカイトの親友。自分の手で触れれる事と再会できた歓喜で、2人の頬には二筋の川ができあがっていた。

 

「アリス!やっと会えた!」

「ユージオ!二度と会えないと思ってた。でもやっと会えた!」

「…ごめんよ。あの日〈整合騎士〉に立ち向かえていたらこんなことにはなってなかったのに」

「違うわ。あの日ユージオたち(・・)が何もしなかったから出会えたんだもん。あの日に抵抗してたらきっと会えなかった」

 

確かに〈整合騎士〉に反抗していたら、それも《禁忌目録》違反でユージオたち(・・)も連行されていただろう。〈自我〉を保っていたかどうかは置いといて。

 

「今のも〈自我保存〉なのか?」

「ご名答。何も自分だけが残るわけじゃなくて、他人にも作用できるのが特徴であるかな」

 

カイトの耳にこそっと聞いたキリトの声は、再会の喜びに浸っている2人には聞こえなかった。聞こえていたとしてもユージオには理解できなかっただろう。カイトはユージオに教えておきたいが決して言わないと決めている。大切な友人には包み隠さず教えたいこともあるだろうが、大切な友人だからこそ伝えられない、伝えたくないこともある。

 

伝えられない罪悪感を感じながらも、カイトは今もこれからも口にはしない。

 

「さてと再会できた感傷に浸るのもそこまでだ2人とも。次にやらなきゃいけないことがあるからな」

「「やらねばならないこと?」」

「力を得ることさ。2人が苦戦したエルドリエが使ったのを覚えているだろ?」

「蛇になった奴か」

 

キリトが神器《霜鱗鞭》にやられた傷に触れながら呟く。

 

「ああ、あれは《記憶解放》といって神器の糧となったものの性質を色濃く受け継いでいるからな。俺とアリスのだって同じだ。あれより上の《完全支配術》を使う術式の高速詠唱の練習を含めて、〈整合騎士〉は完全に会得している」

 

《記憶解放》と《武装完全支配術》という意味を知るはずもない2人が首を傾げている間に、カーディナルが着々と準備を進めていく。

 

「ここに座って想像しなさい」

「「何を(ですか)?」」

「この世界の力は単なる腕力の源である筋力だけでは決まらないわ」

 

確かにそうだよな。俺より華奢な体格のリーナ先輩には何度も負けたし、弟子であるユージオにも押し負けることもあった。俺はカーディナルが示した椅子に座りながら思案に暮れていた。力で全てが決まっているなら、女性より筋肉量が多い男性が勝ってしまう。力によって決まるのでなければ、それ以外の原因があるはずなのは明白だった。

 

だが何によるものなのかまではわからなかった。今思えばカイトが言っていた言葉に答えはあったんだ。元首席だったウォロ・リーバンテイン先輩と立ち合う前にカイトはこう言った。

 

『最後にキリトが勝つために必要なのは《思い》だな。それがすべての命運をわける』

 

 

《想い》それはつまり《イメージ力》。願えば願うほど筋力では出せない力を得ることができる。ライオスらが強かったのは、上級貴族に生まれたという自尊心からだったのだと今考えれば納得がいく。平民上がりの俺たちが力を得ることを恐れるあまり思い出したくもない暴挙に出た。

 

《イメージ力》であるならば俺は負けない自信がある。俺が〈アンダーワールド〉に来てから無意識のうちに鍛え上げた眼に見えない力。ゴブリンと戦っている間に見つけた〈ソードスキル〉を使うために必要とした力。意識せずに手にした力ではあったが意味がなかったわけではないのだから、今まで気付かなかったことに残念がる必要はない。

 

「自分の中で想いなさい。それが何処で生まれ何処で育ちどのようなことを経験してきたのかを。貴方たちが知らなくても剣は知っている。手にしたこの2年間の間に培った共に過ごしたことで貴方たちの中にはここになくともそれは存在する。〈呼応せよ 相反せよ 汝の身に潜むその力 今一度現界せすべし〉」

 

遠くから声が聞こえるが気にはならない。

 

今の俺の目の前にあるのは一本の樹だ。黒くて太く、畏怖するほどの存在感を持った〈それ〉が枝を伸ばして俺に纏わり付く。

 

違う、纏わり付いているんじゃない。俺を取り込もうとしているのではなく俺の中に入ろうとしている。

 

痛みを感じず異物感も感じない。〈それ〉が入ってくることで自分に足りなかった何かが増えた気がした。見つからず探していたパズルのピースを見つけ、はめ込んだように清々しい爽快感が胸を満たす。

 

…なのに何故悲しいんだろう。虚無感が胸を蝕んでいく不快感が体中に広がっていく。ああ、きっとこれが《ギガスシダー》が味わってきた感情なんだ。「孤独」という俺も感じたことのある負の感情。望んでも望んでも拒絶され、いるだけで不気味なもの扱いされることへの怒り。

 

『復讐だ。蔑んだことへの復讐として全てを奪う』

 

根に力を込めて土から栄養分を吸い上げる。

 

『そうだこれはしても可笑しくないことだ。人は傷つけた何もせず唯此処に根を張っているだけで。…でもあの時は嬉しかった。誰かの力になれることが嬉しかった。…でも今は悲しい。必要としてくれる誰かが離れていくのが。二度とあの頃のような思いはしたくない。だから側にいさせてほしい』

 

俺は自分の中に入ってきたそれの感情を身を以て知った。いつまで経っても減ることのない、むしろ増えていくだけの孤独感を癒やしてやれるのは俺だけだ。だから俺に力を貸してくれ《夜空の剣》。俺はお前を見捨てたりはしない!

 

そう誓った瞬間俺の体が光を発した。いや、違う。発している〈それ〉は俺の中にある。《ギガスシダー》が俺を求めてくれた認めてくれたのだと直感的に察した。行こう。俺とお前が力を合わせれば負けることはない。

 

「…そこまで。貴方たちが描いた《剣の記憶》はしかと受け取ったわ」

「ふい~、疲れたぞ」

「あれ?いつの間にか戻ってる」

 

どうやらユージオも同じように《剣の記憶》と出逢えたみたいだ。眼に浮かぶ光がさっきまでとは違って明るくそして何より強い。

 

「これがキリトのもの。そしてこれがユージオのもの」

「うげっ」

「これは難問だね」

 

声が出たのは許してくれ。【system call】から始まって【enhance armament】で終わるそれを数えると、実に25個もの英単語が並んでいるのだ。英語にそこそこ慣れている俺でも眼を背けたくなる量だ。

 

「持ち出して良いですか?」

「許可するとでも?試験で教科書見ながら書くことなど許されない。恥を知りなさい」

「「「キリト…」」」

 

隣と背後から情けないとばかりに3人の声が聞こえた。ん?待てよ?3人だって?可笑しいんだけど…。

 

「暗記時間は30分間。覚えなければ負けると覚悟しなさい」

 

うおぉぉぉ!疑問を抱いている場合ではないぞこれは!覚えるぞ俺は記憶容量を限界にまで圧縮してでも詰め込んだらぁ!

 

俺は脳細胞をフル動員して懸命にコピー&ペーストした。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「じゃあ行ってらっしゃい。時が来ればそこで会いましょう」

 

背後からカーディナルが楽しそうな笑みを浮かべた後に扉を閉めた。30分間の暗記を終えた俺とユージオは、コマンドが書かれた羊皮紙をカーディナルに返して、カイトとユージオと共に開けてもらった扉から出たという次第である。

 

背後を見れば扉はない。何の変哲もない長い廊下がずっと奥まで続いている。

 

「ついに入っちまったのか」

「世界を取り戻すんだから思い詰めるなよ。さてとのんびりはしてられないぞ。24時間を過ぎれば剣の所有者がリセットされるからな」

「ああ。行こうぜ」

「覚悟はできているんだから。カイト・キリト・アリス、行こう」

 

ユージオの掛け声に合わせて、3人は数多の〈整合騎士〉がひしめくダンジョンへと歩を進める。自分たちとここにはいない友人たちの平和を取り戻すために4人は剣を手に持ち振るう。

 

己の覚悟と想いを刃に乗せて。




試験嫌です。誰もが抱く気持ちでしょうが作者はそれ以上です。


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奪取

勉強の息抜きに書いたのでなんとか投稿。

勉強より書くことがメインになってるって?気にしたら負けですよ〜


カツンコツン、廊下というより回廊という表現が正しい空間に4人分の足音が響く。どこまでも白く床の真ん中だけに敷かれた赤色の絨毯。左右に灯る蝋燭の火が白亜の壁に反射して、幻想的な風景を生み出していた。

 

「隠れながら行かなくてもいいのか?」

 

物陰に隠れようともせず堂々と歩くカイトとアリスに、キリトが不安そうに問いかける。

 

「今はというより本来ここら辺りを徘徊する輩は、一部を除いていないから安心していいよ。その一部に見つかったら速攻戦闘開始だけどね」

「強いのか?」

「「死ぬほど」」

 

ハモリながら答えたカイトとアリスの真面目な表情に、さすがのキリトも厳しい顔を浮かべる。アリスはともかく、自分より上の技術を持つカイトが言うのだから間違いはない。〈整合騎士〉なのだからアリスの腕もその程度で済むような代物ではないとわかる。カイトと同等かそれ以上の腕前であり侮れない存在だとも。

 

長い回廊を歩き続け左に曲がると階段が見えた。少しだけ周囲を警戒しながら登りきると、有翼獣の彫像に囲まれた両開きの大扉が眼に入る。カイトとアリスが押し開けるのをユージオと2人で見ていると、音を立てず滑らかな動きで扉が少しだけ開く。

 

手招きで自分たちを呼び寄せるので、足音を立てないようにしながらも急ぎ足で、開けられた扉の隙間に身体を滑り込ませる。ユージオが入ったところで扉を閉めると、内部は真っ暗だった。

 

「〈システムコール。ジェネレート・ルミナス・エレメント〉」

 

灯りが欲しいなと式句を唱えようとしたところ、滑らかに艶やかな声音が遮った。前を見ると何かが入っている籠を床に置いて、上を向いている右の5本の指に純白の光が生まれる。

 

5つの光素が浮かび上がり、深淵のような闇を押し退けてその場を明るく照らし出す。

 

「うお...」

「壮観だねこれは…」

 

思っていた以上に広い収納室は、奥行きを予測したくもないほどだ。ウォロ元首席と立ち合いをした大修練場ほどの規模がありそうで、無駄に広いというのが初見の感想だった。防具や武器が所狭しと並べられながらも、きちんと整理されている総数はおそらく500は下らまいだろう。

 

「これは武具庫というより『宝物庫』だな。カイトもそう思うのか?」

「これだけ色とりどりの甲冑やら剣があればそう思うだろうさ。それよりもお前らのはっと。あったあった、ほれ」

「あざっす」

「ありがとう」

 

カイトが投げずに直接渡して2人が受け取る。キリトは鞘に収納されたままの愛剣を掴んだ。離されていたことへの不満と悲しみなのか、容赦なく手首にその重量を与えてくる。だがそれは不快ではなく、懐かしさと安堵感が同時に流れ込んできた。腰帯に吊るしたところでもう一度宝物庫ではなく武具庫へ視線をむける。

 

しかし見れば見るほど見事な光景で、光素の光によって磨かれて艶のある表面が自身の色を浮かび上がらせる。疑問に思うのは何故これほどまでに収集されているのかということだ。ここまでして武具をかき集める意味がわからないのだが、どちらにせよ何かしらの意味があるのだろう。

 

「これだけ武具があれば軍隊を作れそうなんだけどな」

「最高司祭は作らせないためにここにかき集めている」

「どういうことだ?」

「教会の権威をもっとも信用していないのは、最高司祭本人ってことさ。ほら、いつまでもそんなぼろ切れ着てないでこれに着替えろ」

 

カイトが渡してきた服を受け取り、その肌触りに眼を見開く。滑らかな上にしっかりとした生地で重さを感じさせないため、着ていないのではないかと錯覚してしまうほどだ。着替え終え顔をカイトの方に向けると、ユージオは少し顔を赤くさせキリトは露骨に嫌そうに顔を顰めた。

 

「おう、着替え終わったか?」

「「恥ずかしいもの見せ(んな)ないで」」

「偶にはいいじゃないか」

「時と場合を考えようぜ…うっし行くか」

 

カイトの左腕にしがみついていたアリスには文句を言わずに、足を大扉に向けて歩き出したキリトだったがその足はすぐに止まる。取っ手を掴んだ瞬間に襟首を引っ張られてしまったのだ。

 

「クエッ!?」

「ん?鳥の首根っこでも掴んだかな」

「「雑いですね(よ)」」

 

鳥が鳴くのをミスったような声を出したキリトだったが、文句を口にはしなかった。何故なら…どかかかっ!と鋼矢が大扉の表面に何本も突き刺さっていたからだ。着弾の威力で大扉は押し開かれ、4人は格好の的になってしまっている。

 

大階段の踊り場には、見覚えのある赤銅色の鎧を着た騎士が立っている。身の丈もある巨大な長弓に、新たな矢をつがえようとしていた。同時に4本ということは、全員に狙いを定めているということだ。彼我の距離は30mといったところだろうか。剣は決して届かないが、弓の達人であればおそらく必中距離だろう。鏃の傾き具合からして、全員の脚のどちらかを射貫こうとしているのだと推測できる。このままの体勢でいれば捕獲され記憶を抜かれてしまう。

 

「全員前方に全力疾走!」

 

カイトの指示を聞いて理解するよりも早く、3人の体は動き出していた。カイトの指示が正しいと理解して動き出したのもあったが、体が立ち止まっていては危険だと本能的に察していたからだ。

 

「〈ディスチャージ〉!」

 

途端3人の背後から式句が紡がれる。早口過ぎて最初の部分さえ聞き取れなかったが、黒い何かが長弓に矢をつがえた騎士の顔にまとわりついていく。兜で視界を塞がれさらに黒い靄によって視界を奪われては、如何に達人といえども精密射撃はできない。

 

そう4人は思っていた。

 

「笑止!」

 

顔の周りに漂う黒い靄を払うのをやめたかと思えば、慣れた手つきで矢筒から残り全ての矢を取り出しつがえた。ぎりぎりぎりっと嫌な音が目指す前方から聞こえてくる。30本を超える矢に弦が耐えきれるとは思えなかったが、今後ろに跳んでも避けることはままならないだろう。上手くいけばかすり傷か数本刺さる程度で済むだろうが、最悪の場合全身を穿れて〈天命〉を全損されてしまいかねない。

 

どうする。今このタイミングで熱素を全員で放ったとしても、数本は確実にこちらに届くだろう。だが爆風によって軌道が変わった矢が、どのように落下してくるのかを予測している間に突き刺さるのは目に見えている。

 

どうする。

 

「カイト、私が迎撃しますのでそのタイミングで突っ込んでください」

「可能なのか?」

「数と強度では負けません」

「...頼んだ」

「はい!」

 

アリスが溜めるまでにどうにか時間を稼がねばならない。それほど時間がかかる訳でもないが、5秒弱は余裕を持って見ておいた方がいい。だが眼前の騎士が反逆者である4人に時間を与えるとは思えない。

 

どうすればいい。

 

「「「〈システムコール。ジェネレート・サーマル・エレメント。フォーム・エレメント、アロー・シェイプ・フライ・ストレート。ディスチャージ〉!」」」

 

まったく同じ術式を3人が唱え13の矢が騎士へと飛翔する。

 

「〈システムコール。ジェネレート・エアリアル・エレメント。テイルウインド・ディスチャージ〉!」

 

継いで背後から風を発生させ飛翔力を上げ、避けさせる隙を与えないようにした。しかしさすがは最古参の〈整合騎士〉。手を使わずにアクロバティックな動きで全てを避けた。どうやればあれだけの重量の鎧を身につけていながら、華麗な後方宙返りができるのだろうか。

 

「射ねぃ!」

「《(めぐ)れ、花たち》!」

 

どうにか間に合ったらしくアリスが、〈武装完全支配術〉を唱えあげた。アリスの神器《金木犀の剣》の刀身が分裂を起こし、小刀へと姿を変えていく。数多の小刀が宙にふわふわと漂っている様子は、言葉通りに花のように見えた。弦から放たれた30本を超える矢に向かって、花たちが渦を巻きながら迫る。全速力でアリスの背後に移動した俺たちは、渦が竜巻へと変化していく様子に目を奪われた。

 

全ての矢を跳ね返し、あるいはへし折って進撃する竜巻の威力は凄まじい。顔を腕で覆わなければ、眼を開けていられないほどの風圧が襲ってくる。ここが密閉空間であることも威力を上げる要因でもあるが、それを抜きにしてもその威力は侮れない恐れるに値するものだ。

 

「...恐ろしいね」

「アリスの神器は永劫不朽の名剣。この世界に一番最初に設置された破壊不能オブジェクトだ」

「...道理で」

 

竜巻が収まると小刀はアリスが握る柄へと舞い戻る。ジャキンっという音と共に、元の姿に戻った〈金木犀の剣〉を右大腿の少し上へと移動させ構えるアリス。〈翡翠鬼〉を逆手に右脚を前に出した半身で構えるカイト。その2人の様子にキリトとユージオは疑問を抱いた。矢筒には矢もなければ、弓の弦が切れている相手に何が出来るのかと思っているはずだ。

 

だが2人は知らなかった。未だ騎士が〈武装完全支配術〉を使っていなかったことに。

 

「ねえカイト...「〈システムコール〉」え?」

「まさか...〈神聖術〉じゃない。これは...」

 

〈大図書室〉で勉強させられたおかげか。かなりの高速詠唱をなんとか聞き分けられるほどには理解できた。主語・動詞・形容詞。それは〈神聖術〉を生成するのとは変わらない。だが聞こえてくる単語の中には威力・強度・温度といった普段詠唱しないものが聞こえてくる。

 

「〈エンハンス・アーマメント〉!」

「〈武装完全支配術〉だ!」

 

ぼっという音が聞こえたかと思うと、切れて垂れ下がっていた2本の弦の先端に橙色の炎が生まれた。炎はあっという間に弦を燃やし尽くし弓全体に広がっていく。長弓の先端に達した瞬間、真紅の火焔が巻き上がった。肌を熱するより炙るといった表現が正しい熱を、20m離れたところからでも感じる。それを手に持ち全身に浴びている騎士は、どのように感じているのだろう。

 

「凄いなぁ。あの炎は何が元になってるんだろう」

「感心してる場合じゃないよ」

「感心すんな」

「感心している暇があれば策を考えてください」

 

…キリトは興味本位で呟いた自分に萎えた。口は災いの元と言うが、まさにこれがお手本であり教本に記しておくべきである。

 

「...こうして《熾焔弓》の炎を浴びるのは久方振りだ。なるほどエルドリエ・シンセシス・サーティーツーと渡り合えるだけの技はあるようだな。評価を詫びよう咎人どもよ」

「生憎、2人は咎人じゃないんだ。あんたには理解できないことだろうけどねデュソルバートさん」

「どのような罪を犯したか我は知らぬ。だが〈整合騎士〉に連行されたというのであれば、罪を犯したのと同意!」

 

ぐうの音も出ないかな。罪を犯したのは事実だし、言い返すことは出来ない。けどもしかしたらあ貴方もなんらかの罪を犯しているかもしれないんだよ。デュソルバートさんが何故〈整合騎士〉として此処にいるのか知らない。

 

此処にいるということは、つまり何らかの罪を犯した可能性が半分あるってことだ。デュソルバートさん、俺は貴方が罪を犯したのかなんてどうでもいい。〈公理協会〉と最高司祭が善で、罪を犯す民が悪という考えに縛られているのなら俺はそれを解く。

 

「ルールが全て」という呪縛に縛られているなら俺が解放しよう。貴方に罪があるならば俺が貴方の罪も背負おう。

 

「キリト、行けるか?」

「ああ。どんな性能なのかわかるか?」

 

デュソルバートさんが燃える弦に指先を添えて腕を引く。それだけで炎でできた矢が生成される。

 

「〈記憶解放〉はおろか〈武装完全支配術〉を見せてもらえたことは一度もない。最終奥義なんだから手の内を見せるわけにはいかないからな」

「弦切れも弾切れもなしか。無理ゲーだわこれ。...連射は不可能と信じていいかな?」

 

限界まで張り詰めた炎の弦が鳴く。それは解放されたが故の歓喜か反逆者が目の前にいるが故の怒りか。

 

「そうであると俺も願うよ。俺とキリトで矢を防ぐから、ユージオは俺たちの後ろを少しだけ間隔をあけて着いてきてほしい。アリスは俺たちの回復か援護を頼む」

「わかったよ」

「わかりました」

 

全員が頷いたところで、照準しているデュソルバートさんと視線が交わる。もはや同志としての想いはなく、咎人としての存在としか見ていない眼光が兜の奥にある。だがほんの一瞬だけ哀れみを含んだ光が垣間見えた気がした。

 

「行くぞ!」

「おおおぉぉぉぉ!」

「はああぁぁぁぁ!」

 

左右に駆けながら接近する。俺とキリトはジグザグに動くがユージオはただ真っ直ぐに突っ込んでいく。だがそれこそ俺が望んでいた動きだ。

 

「笑止!」

 

矢が放たれかなりの速度で接近してくる。剣で打ち落とそうした瞬間に矢が翼をはためかせ、嘴を突き出した猛禽のような姿に変貌した。

 

「せああぁぁぁぁ!」

 

臆することなく〈翡翠鬼〉で撃ち落とす。火焔と刀身が衝突した瞬間、炎が飛び散り制服と肌を妬く。熱さと痛みに顔を顰めるがここで止まる訳には行かない。俺が弾いた頃には、次の矢を構えたデュソルバートさんがそこにはいた。連射ではなく速射であったことに安堵するが、俺の身が危険なことに変わりはない。

 

スイッチ(・・・・)!」

「っ!ぜああぁぁぁぁ!ぐっ!」

 

矢が放たれた瞬間にキリトと入れ替わり、着地と同時にキリトが矢を弾く。

 

「スイッチ!」

「せいあぁぁぁ!ぐう!」

 

炎に妬かれたキリトが着地した瞬間に俺が跳び上がり剣で弾く。

 

「スイッチ!」

「はあああぁぁぁ!ぐあ!」

 

幾度も攻撃を受けながら俺とキリトは矢を防ぐ。ユージオが行く道を切り開くために自らの身を犠牲にして。

 

「「止まるなユージオぉぉぉぉ!」」

「っ!いやあぁぁぁぁぁ!」

 

僕は2人が炎に妬かれた身を床に横たえている姿に立ち止まりそうになった。けど2人の声が背中を押して僕に行けと言ってる。ここで止まってちゃダメなんだ!今しかこの一瞬しかこの〈整合騎士〉に近寄ることはできない。

 

この機会を失わせない為にも僕は失敗できない。

 

やるんだ!すべては〈想い〉で決まる。僕はみんなで暮らすことを願ってるんだ。それを剣に込めれば僕は負けない!

 

「舐めるな小僧!」

 

抜刀し奥義を発動するために構えた状態の僕に、燃える長弓を掴んだ拳を振り抜く騎士の攻撃は避けられない。できることは剣で迎え撃つことだけ。今アリスはきっと2人の治療をしている。援護は期待できないのなら僕だけの力でやるんだ。相棒と幼馴染に力を借りることは恥ずかしいことじゃない。人に頼ることは間違っていない。

 

1人で出来ない事を協力して成し遂げることは、褒められど非難されることじゃない。でも今は助けを乞うところじゃない。僕だって1人でやれることを証明するんだ!

 

「お...おおぉぉ!」

 

大上段に振りかぶった〈青薔薇の剣〉を鮮やかな青い光が包み込む。〈アインクラッド流秘奥義《バーチカル》〉が赤銅色の篭手をつけた拳と激しくぶつかり合う。全身全霊を持って振り下ろした剣が、地面に根を張ったかのように微動だにしない騎士の拳を切りつけようとする。けど拳も僕の剣を折ることを目的とするかのように反抗してくる。

 

でもそれがなんだ!僕は負けない2度と誰にも負けない。そう剣に魂に誓ったんだ!想いを重くすれど拳は巌のように小動もしない。だが均衡状態は長くは続かなかった。長弓の炎が〈青薔薇の剣〉の刀身を舐め始めていたからだ。その熱に耐えかねるかのように光がチカチカと点滅を始める。ここで奥義を強制停止されれば、業火を纏った拳に顔面を強打されるだろう。

 

「はあああぁぁぁ!」

 

体重までも重みをかすが動かない。それどころか炎の熱によって刀身が赤熟されていく。カーディナルさんに命じられて見た「剣の記憶」によれば〈青薔薇の剣〉は氷属性の剣だ。

 

炎属性である〈熾焔弓〉との相性は最悪のはずで、このまま熱にやられ続けていれば〈天命〉の減少を早めるだけだ。そうなればその先の〈整合騎士〉と戦えることは無くなり3人に任せっきりになってしまう。

 

それだけは嫌だ!―剣よお前も神器であるならこんな炎に負けるな!―

 

ユージオの想いを受け取ったのか刀身から霜が広がっていく。柄を握っている右手だけでなく、柄頭に添えただけの左手にも刺すような冷感が生まれる。それと同時に熱せられていた部分から霜が業火を纏った拳へと這い上がっていく。熱をものともせずに霜で覆っていく様子に仮面の奥に光る眼が見開かれた。

 

「い...えああぁぁぁぁ!」

 

力で押勝ったが惜しいところで体には剣が届かなかった。気合を入れて喉から声を絞り出すと剣が急角度で跳ね上がる。破格の重量を持つ〈青薔薇の剣〉を全力で振り下ろしたにもかかわらず、その重さを微塵も感じさせない速度で舞い戻る剣に、デュソルバートは今度こそ心の底から驚愕した。

 

「ぐぬぅ!」

 

跳ね上がった剣、〈アインクラッド流二連撃秘奥義《バーチカル・アーク》〉が赤銅色の鎧を砕き、肉体を切りつけたことを示す紅い液体が宙に舞った。だが傷は浅い。このままいれば腰を回転させ右拳による攻撃を受けるのは必須。秘奥義を放った場合、技後硬直と呼ばれる動けない時間が生まれる。それを防ぐ方法はたった1つだけ。それはユージオとカイトの師であるキリトでさえ成功率は5割という秘技。

 

《秘奥義連携》。

 

左上から斬り下ろされる刃が、弾かれたように前方へ飛び出した体とともに迫る。〈単発秘奥義《スラント》〉が見たことのない流派による攻撃に、体が動かなくなっているデュソルバートを襲った。

 

「っ...!」

「ごはぁ!」

 

無声の気迫を発しながら振り下ろした剣が騎士の右肩を直撃する。鎧を砕き鈍く柔らかい何かに直撃した感触と衝撃がユージオの右手に伝わった。それは紛れもなく1人の人間の肉体を己が傷つけたことに他ならなかった。兜の下からくぐもった苦悶の声が上がり、白亜の大理石で造られた床に倒れる。

 

真っ白な床には、赤銅色の鎧より一際紅い真紅の液体が大量に吹き出していた。




展開速すぎるかな?


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真相

テスト終了〜。同時に大学生命も終了かも...。そうならないよう願うばかりですね!

では文才のない物語の再開です。


未だ手に残る不愉快な感触に吐き気を催すが意志力で抑え込む。人を斬ることは2度目だというのに慣れる様子はない。むしろ慣れてはならないものではあると理解していても、守るためにはやむを得ない場合も有ると無理矢理納得させる。

 

感情を察したのか〈青薔薇の剣〉がもう一度冷気を放ち、刀身に付着していた返り血を霜に変えた。剣を振るうことで霜を払い、落とし鞘に納めてから目の前に倒れている騎士を見やる。切り裂かれた肩口や弓を握ったままの拳には、霜がまとわりついて緋色の霜柱を作り上げていた。凍りついた左手を見て動くこともままならない騎士は諦めたのか。最後の力を振り絞って周囲に放出していた威圧を解いた。

 

「...よもや我が負けるとは思わなんだな。ここまで心に刻まれた敗北の味など数える程度のものだった。...小僧は唯の反逆者ではないと申すか?」

「...罪人で反逆者なのは否定しないよ。でも僕たちは自分のためだけに剣を教会に向けてるわけじゃない。みんなのために戦ってる」

「大勢のためだと?」

「貴方が任務としてやっていることと同じだよ」

 

僕たちの会話に割り込んできたのは、制服のあちこちに焼け焦げた痕を残しているカイトだった。傷口は塞がっているようだけど、減少した〈天命〉までは回復していないみたいだ。〈空間リソース〉の少ない此処じゃ、〈天命〉を回復させるより傷口を塞いだ方が効率はいい。それも2人分ともなれば尚更ね。

 

「怪我はいいのかい?」

「アリスのおかげで傷は塞がってるよ」

「俺じゃあ片手の数しか塞げないからな」

 

僕とカイトの会話に割り込んできたのは、同じように火傷痕を残しているキリトだった。

 

「キリトに治されたら痛みが倍増する気がするけどな」

「そ、そこまで下手じゃないぞ!」

 

...売り言葉に買い言葉の2人だってことは、怪我の具合を気にしなくていいみたいだね。心配して損した気分だけど、それぐらいの軽傷で済ませた2人が凄いのか。はたまたそこまで回復させたアリスの腕前が良いのか。

 

どちらに投票するか迷うところだよ。

 

「カイト・シンセシス・サーティ、それはどういう意味なのか教えてもらえるだろうか?」

 

切り裂かれた痛みもあるだろうに、無理矢理右腕を動かして兜を脱いだ騎士は、真剣な眼差しでカイトを見つめる。

 

「貴方は民を守ることが任務ですよね?」

「然り。我だけではなく多くの騎士はそうである」

「俺も民を守りたい」

「では何故エルドリエ・シンセシス・サーティーツーをたらしこんだのだ!?」

 

激怒しながらカイトに詰め寄る騎士を止めようと、僕とキリトがカイトの前に立ちはだかろうとしたけど、カイトが肩に手を置いて何もするなと言ってきた。〈整合騎士〉であれば今のような瀕死の状態でも至近距離であれば、カイトを殺すことだってできるはずだ。それをカイトだってわかってる。でも僕たちに動くなと言っているということは、この騎士がそんなことをしないとわかっているからなのかな。

 

「たらしこんでなどいないさ。俺はありのままのことを口にしただけだ。奪い取られた大切な記憶を呼び起こすために」

「奪われた?誰に何をだ」

「最高司祭アドミニストレータによって。愛する人の記憶を」

 

強面の騎士の顔が驚愕に歪む。誰もが恐れ敬う存在でありこの世界を統括している人が、そんなことをしているなど到底信じられないことだろう。最古参の〈整合騎士〉であるなら尚更に。

 

「...最高司祭猊下がそのようなことを?有り得ぬ。何故そのようなことをしたのか」

「貴方には過去の記憶はありますか?」

「...ない」

「それは貴方にとって大切な記憶を抜かれているからだ。アドミニストレータを見た貴方は恐らく最初にこう聞いたはずだ。『貴方は神によって召喚された。記憶が無いのはそのためです』と」

「...」

 

沈黙は肯定。もし違っているのであれば否定すればいい。しないということは、それが正しく間違っていないということだ。

 

「それは嘘だ。貴方を自分の思い通りに動く駒として扱うためについた嘘。だが記憶のない貴方は、それが真実だと信じ込み今まで生きてきた」

「そのようなことをして何の意味があると言うのだ!?我は何のために今此処で地面に這いつくばっているのだ!?」

 

誉れある騎士からすれば、地に手をつくことは屈辱以外何物でもないはず。それを気にしていないのは、それ以上の衝撃が騎士を襲っているからだ。

 

「...命を絶て、〈天命〉を消してくれ」

「デュソルバートさん...」

「...ふ、ふざけるな!」

 

普段の自分からは想像もできない怒りを含んだ声が発せられた。誰が口にしたのかさえわからなかったのか。カイト・キリト・アリスまでが互いに目を合わせ、最後に視線を僕に向ける。よろよろと上体を揺らし、膝から崩れ落ちている騎士へと歩み寄る。恐ろしく感情のない顔と冷徹な瞳がデュソルバートを貫いた。

 

「命を断て?...〈天命〉を消せだって?勝手なこと言うなよ...。たった11歳の子供2人を鎖で連れ去った奴が勝手なこと言うなぁ!」

 

僕は怒りに任せて抜刀し、《青薔薇の剣》を大上段に構えた。

 

「自分から罪を犯したくて犯したわけじゃない子供を連れ去った奴が何を言うんだよ...」

 

僕の感情に触発されたのか刀身を霜が覆っていく。それだけではない。空気が冷え息が白くなる。空間をそのまま凍結させそうな勢いの冷気がここら一帯を侵略する。絶対に許されない言葉を吐いた騎士の左肩から右脇腹までを切り裂けるほどの力を込めて振り下ろそうとした刹那。暖かな温もりを持った手が僕の左肩に触れた。

 

「...なんで止めるんだいカイト!?こいつは君とアリスを連行して、当たり前の生活を奪い去った張本人なんだよ!?」

「知ってるさ。でも記憶が無い人にそんなことを頼んでも酷だ。もしデュソルバートさんが〈整合騎士〉じゃなくて、何かしらの権力者だったら俺は止めなかった。記憶が無いならそんなことをするのは許されない」

「我はそのようなことをした記憶はない」

「記憶を消されたって言ったろ?だから俺とアリスを連行した記憶が無いのに命を絶つなんてできないよ」

 

悲しげに目を伏せるカイトに僕はなんて言えばいいのかわからなかった。でもそれと同時に疑問が浮かんだ。何故カイトはアリスは記憶があるのだろう。〈整合騎士〉となれば、記憶がなくなるのなら僕たちのことを覚えていないはずだ。

 

「ねえ「デュソルバートさん」...」

 

カイトに尋ねようとしたけど、発せられた言葉に込められた意志力に引き下がるしかなかった。

 

「俺は当たり前の日常を貴方に奪われたことを絶対に許さない。貴方に記憶がなくとも、俺とアリス・ユージオは覚えてる。でも俺とアリスは貴方を責めることはしない。〈人界〉を守護する〈整合騎士〉が、罪人を連行することは間違ってないから」

「記憶がない...か。確かに我には青二才であるそなたらを連行した覚えはない。記憶と呼べるかどうかはわからぬ...だが、だが忘れられぬものが一つだけあった。〈人界〉に降り立った頃から何度も見たのだ。眠る我を優しく揺らして目覚めさせてくれる優しい声と小さな手を。指に光る銀色の指輪が何度も脳裏をかすめた。顔は逆光でいつも見えず、手を伸ばしてもいつの間にか消えている。目が覚めるとそこには誰もいない...」

 

思い出そうとしても思い出せない様子で語る〈整合騎士〉は辛そうだ。

 

「その先はきっと思い出せない。何故ならそれが貴方にとってもっとも大切な記憶であり、アドミニストレータに奪われたものだから。これから俺たちは〈セントラル・カセドラル〉を上ります。俺たちの言葉が信用ならないのであれば、傷を癒やし追ってきて始末すれば良い。これからの生き方を決めるのは貴方自身です」

 

カイトは告げるべき言葉だけを残し踊り場から離れていく。その背中を僕とキリト・アリスの順番で追った。

 

 

 

 

 

我は階段を駆け上がっていく4人の無防備な背中を、自身の弓で射貫くこと可能であったにもかかわらず行動しなかった。騎士としての誇りもあったが、何より戦う意思のない者に武器を向けることができなかった。カイト・シンセシス・サーティの言葉を全て信用したわけではない。最高司祭猊下が〈整合騎士〉の記憶を改竄し、人間ではない存在にしていたなど信じれるはずもない。

 

だが…。

 

ただ霞みである我を揺する華奢な手。我を「あなた」と呼ぶ声が脳裏を掠める理由だけがいつもわからなかった。

 

〈人界〉に降り立ってから幾度も夢に出てきたそれを掴もうとしたが、手を伸ばせば消え去ってしまっていた。疑問を感じ猊下に問うてみようと思ったが決してしなかった。尋ねてしまえば消されるのではないかと危惧したからだ。我はその夢が見れなくなることを恐れた。

 

それは長きにわたって〈人界〉を守護してきた我にとって、時たまに眼にして耳にしていた心安らぐものだった。〈整合騎士序列一位〉の御方と食事を共に話をしていたときにも感じなかった感情。それを夢にしただけで安堵できた。カイト・シンセシス・サーティの言葉が本当であれば、何故そのようなことをしたのか疑問が浮かぶ。気にしすぎだと言うこともできたはずなのに口にはできなかった。

 

それは心の何処かで我の気付かない場所で芽生えていた〈教会〉への疑念だったのであろうか。

 

「ぐっ!」

 

そう自覚した途端、右眼に今まで感じたことのない痛みが走った。眼をえぐられるというよりは、内部から圧迫されていると表現した方が正しく感じる。責務として〈ダークテリトリー〉からやってくる《暗黒騎士》と戦い、傷を負ったことを凌駕するほどの痛みだ。この痛みに比べれば、《暗黒騎士》に負傷させられた痛みなど可愛いものだ。

 

〈人界〉に召還されてから、〈教会〉へ不信感を抱くことなど一度たりともなかった。〈教会〉こそが善であり考えが異なれば、悪と信じこれまで全うしてきたつもりであった。だが〈教会〉への不信感を抱いた瞬間、右眼に走る痛みと記憶の曖昧さを考えるとあのカイト・シンセシス・サーティの言葉が正しいと思えてくる。

 

だが気になるのはカイト・シンセシス・サーティが何故そのことを知っているのだろうか。記憶を消されているのであればないはずであろう。

 

 

カイト(・・・)よ、何故貴殿は最高司祭猊下が記憶を改竄したと知っている(・・・・・)のだ?」

 

デュソルバートは膝をつき誰もおらず返答する声もない空間において、白亜の天井に向かって心からの疑問を1人呟いた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

しばらくの間、4人の靴音と息を吸い息を吐く音だけが響いていた。それ以外は耳が痛くなるほどの静寂に包まれ、戦闘を終えた後なのかと思うほどである。先頭を走るカイトの表情は見えず、ユージオ・キリト・アリスもカイトが何を思い何を感じているのかわからなかった。ただ黙々と上へと脚を動かすので、遅れぬように同じく脚を動かす以外に方法はなかった。

 

「なあ、今何階?」

 

沈黙に耐えられなくなったのか、はたまた普通に疑問に感じたのかキリトが疑問を口にした。

 

「二十九階です。数えていなかったのですか?」

「階数表示は書いてあって然るべきだと思うんだけどな」

 

アリスの情けないとばかりに返答する声に、キリトも居心地が悪いようで視線を逸らしていた。疑問を口にした理由はおそらく両方だったのだろう。

 

「それは思わなくはないが。取り敢えず五十階まで行けばわかるだろうさ」

「なんでだい?」

「五十階は《霊光の大回廊》って名前がついてて、〈セントラル・カセドラル〉における岐点の1つだから。そこには絶対的に強い〈整合騎士〉が待ち構えてる」

 

久々に聞いたカイトの声は何処か重々しい。これから先の戦いは、デュソルバートより遙かに辛いものになることが予想させた。

 

「その騎士はどれくらい強いかわかるかい?」

「そうだな。デュソルバートさんより強い人としか言えないかな」

「うげ、あの人より強いのかよ」

「〈整合騎士〉が弱いはずないと知っているはずです。先程の戦闘も然りですが、貴方の頭はお花畑ですか?」

「し、辛辣ぅ~」

「「…」」

 

アリスの棘が生えまくった言葉に、キリトは精神的大ダメージを受けたらしく、首だけをガックリと沈めながら階段を駆け上がるという秘技を身につけた。

 

「…まあ、行けばわかるだろうさ」

 

カイトの慰めかどうか微妙な台詞を受け流し3人は脚を動かす。

 

「ムギュッ!?」

 

突然、前方を走っていたカイトが立ち止まったので、ユージオはブレーキが間に合わずに背中へ突っ込んでしまった。鼻がつぶれた痛みと鍛えられた背中に触れた嬉しさの混じった微妙な表情で、ユージオはカイトの背中越しに階段上に立つ人物を見上げた。

 

「初めまして。あたしじゃない。私は〈公理教会修道女見習い〉のフィゼルと」

「り、リネルです」

「お、女の子?」

 

ユージオの眼に入ったのは、不安そうな表情で踊り場に立つ年齢が10歳前後に見える少女2人だった。




文才ほしくてたまらないですね。こればかりは書き続けないと増えないのか元からあるのか分かりませんが。


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突撃

バイトばっかで書く暇がありませんでした。遅れてすみません


幼い少女が目の前にいることに、僕は違和感というより危機感を感じていた。直感や確信があったわけじゃなかったけど、可笑しいとは思った。〈セントラル・カセドラル〉内部に、こんな幼い子供がいるとは思わなかったからさ。

 

「なんで子供がこんなところに。カイト、どうする?」

「正面突破する」

「子供なのに?」

「見た目だけで実力は測れないぞ」

 

ごもっともですよ。子供だからって侮っていたら、寝首をかられる事もないわけじゃないだろうし。何より此処は〈公理教会〉の中枢部分なのだから、要注意人物が溢れていても可笑しい話じゃないよね。それにしても何故カイトはそこまで臨戦態勢を立てているのだろう。見た目で判断してはいけないとわかっていても、2人の少女はまだ学院に通うほどの年齢じゃないんだから。

 

「疑問に思うのが、何故此処に〈整合騎士〉が2名いるのかということですけど」

「そんなに疑問か?」

「それはそうですよ。だって〈整合騎士〉が《ダークテリトリー》から来たと聞いていた魔物といるだなんて思わないじゃないですか。実際は普通の人間みたいですけど」

 

カイトは少し勝ち気な容姿をしたフィゼルという名の少女に冷たい視線を向けている。そこまで温もりを感じさせない視線を向ける理由はなんなのだろう。

 

「そこをどいてもらえるかな?お二人さん」

「却下します。〈整合騎士〉たる者が反逆者と共に上ることなど許容できません。と言いたいところですが構いませんよ」

「え?」

 

止められると思っていたのに、あっさりと通して貰える許可を得ることができたことに驚いた。通した理由としては〈見習い〉の少女2人が、〈整合騎士〉2名と元学術院生の僕とキリトを含めた4人に勝てるはずもないということもあったのだろうか。

 

「じゃあ遠慮なく」

「ちょ、待ってカイト」

 

少女2人の間を抜けようとするカイトを追い掛けるために足を踏み出そうとした瞬間、カイトの両手が眼に見えない速度で閃いた。あまりの速度に僕は視認することはできなかったけど、耳にできたのは空を切り裂く音と剣を振るったときに聞こえる金属音だけ。カイトの両手の先を見ると、その音の元凶が存在していた。濁った緑色をした刀身をよく見れば、階段の灯籠によって照らし出されて濡れたように光を反射させている。何が起こったのか理解できていないのか。少女たちはぽかーんとした表情を浮かべていたが、ゆっくりと崩れ落ちていく。

 

「カイトは何をしたんだ?」

「彼女らが持つ武器には麻痺毒が塗り込まれています。〈ルベリルの毒鋼〉から作られた剣は、いとも容易く負傷者を麻痺させ全身の感覚を奪う恐ろしい素材です」

「それを何故10歳程度の女の子が…」

「彼女らはある頃に召喚された〈新米整合騎士〉を瞬殺した鬼人です」

 

キリトは自信の頬を汗が伝っていくのを感じながら、倒れ込んでいる少女らに視線を向けた。未だにあどけなさが残っている容姿の子供が召喚されたばかりとはいえ、〈整合騎士〉を殺せるなど有り得ない。だがアリスの真剣な眼差しと声音を見て聞けば、それが真実なのだと認めなければならない。

 

「さてと。アリス、この2人を運んでくれないか?」

「人使いが粗いですねカイトは」

 

文句を言いながらも言う通りに2人を抱え上げるアリスは、まんざらでもない様子だ。頼られるというのが嬉しいのだろうが、一番は「カイト」にという注釈があるからだろう。

 

「カイトは刺されると予想していたの?」

「此処にいた頃によく死角から飛び掛かられたり、『暗殺ごっこ』という遊びをさせられてたから」

「…怖いことさらっと言わないでよ」

「…カイトって怖いもの知らずなのか」

「そこが好感度が増す理由なのですけど」

 

カイトの返事に三者三様の感想を抱きながら階段を上っていく。六十階で2人の自室を発見し、そこに運び込んでからさらに上層を目指して歩く。

 

「どれだけ上れば着くんだ?」

「あと二十階分だ。もしかしてへばったのか?」

「そういうわけじゃなんだけどさ。景色が変わらないから飽きてきたんだよな~」

「物見遊山にきたんじゃないんだよキリト」

「ガキだな」

「子供ですね」

 

愚痴を口にしたことで、キリトは集中砲火を浴びる羽目になってしまった。それでもめげないのがキリトの精神HPの膨大さなのである。

 

「その程度の罵りではへこたれないのが俺だからな」

「じゃあ次の戦闘はキリトに全部任せようか」

「それはいいね。僕たちは後ろから援護射撃するだけで楽できるし」

「もし負ければ《霊光の大回廊》の外周部からダイブしてもらうのもありですね」

 

さすがのキリトでもそこまで言われては反論したくなるのだろう。駄々をこねる子供のように手足を振り回しながら大声を出す。

 

「バンジージャンプは論外だ!」

「誰も縄ありとは言ってないぞ」

「え、それってつまり?」

 

恐る恐る聞き返すキリト。

 

「文字通りの意味」

「余計にダメぇ!」

 

許しを請うようにカイトを褒めちぎろうとする様子を見てユージオとアリスは穏やかに微笑んでいた。〈セントラル・カセドラル〉に入ってから心安らぐ時間などなかったのだから、ほんの少しだけでもこうして本心からの笑みを浮かべられることを喜ぶべきだろう。

 

だがその楽しげな会話も何度目かもわからない踊り場を駆け抜け、目の前にあるより豪華な装飾をされた大扉を目にすると次第に大人しくなっていく。扉越しにでもわかる強者の存在感と威圧感は尋常ではない。1人ではなく取り巻きらしき人の気配もする。それは複数の〈整合騎士〉が待ち構えているということなのだろうか。規格外の圧力にキリトとユージオの足が止まり、冷や汗が頬を伝っていくのが見えた。

 

「この先に騎士デュソルバートより強い《整合騎士》がいるのか…」

「これだけの圧力でさえまだ最強の騎士じゃないだなんて。一体最強の騎士はどれくらいの強さなんだろう」

 

キリトとユージオの呟きには触れず、カイトとアリス目配せをしてから踏み出す。2人を守るかのように前に出て扉に手を触れる。ひんやりとした冷気を扉から感じるが、触れた瞬間から体に吹き付ける風に手汗をかいてしまう。髪も服もたなびかせる宙をかける風ではなく、心の奥底に恐怖を刻みつけるかのように吹き付ける(ちから)。思わず生唾を飲み込んでしまうほどの圧倒力に怖じ気づいた。いや、これほどの圧力を感じても尚戦意を失わないカイトとアリスの精神力を称賛するべきかもしれない。

 

意を決して大扉を開け放つ。その瞬間に先程の圧力とは比べものにならないほどの重量を持った風が吹き付けた。つい手で顔を庇ってしまうほどの強さ。これほどの威圧感を放っている人物は1人しか知らない。騎士長を除いてこれほどの圧力を放てる人物それは…。

 

「ファナティオ・シンセシス・ツー…」

 

全体が優美な薄紫色の輝きを帯び、装甲も比較的華奢で腰に携えられている刺突技に突出していると思しき剣。デュソルバートより軽装に見えるが、闘気の密度はデュソルバートを凌駕している。猛禽類の翼を模ったと思しき兜の奥は見えないが、デュソルバートと同等かそれ以上の憎しみを含んだ視線が4人を射貫く。

 

これほどの圧力を受け、まともに立っていられることに俺は自分自身に驚いていた。普段の俺なら怖じ気づき戦意を失い、地に手をついていただろうに。でも何故か俺はしっかりと地面に足を触れさせ、眼前に立つ一際闘気を放つ騎士を見据えることができていた。

 

その理由としては〈アインクラッド〉にいた頃より精神的に成長したからなのか。騎士デュソルバートとの戦闘で〈整合騎士〉という絶対の守護者に勝利したという自信からなのか。それは俺自身でも判断は下せまいがこれだけは言えることがある。カイト・ユージオ・アリスが隣にいて、背中を支えてくれているからだと。

 

「咎人はともかく、〈整合騎士〉ともあろう者が反旗を翻すとはな。貴様らを見誤っていたか」

 

金属質の残響を含んだ兜によってくぐもった少し高い声音が4人の耳に入ってきた。苛立ちというよりは哀れみを大分含んだように聞こえたが、そのことを気にする暇など4人には無かった。一斉に色とりどりの愛剣を抜刀してそれぞれの構えを取る。

 

「「悪いけどその台詞は聞き飽きたぜ!」」

 

同じ言葉を発しながらカイトとキリトは〈下段突進技《レイジスパイク》〉を繰り出し、圧倒的存在感を放つ騎士へと突っ込んでいく。並ならぬ速度ではあったがその騎士の後ろに控えていた4人の騎士が、庇うかのように前へ躍り出て2人の攻撃を防いだ。激しい衝突音と金属音。それに大量の火花が発生し、白亜の空間を橙色に照らし出す。

 

「さすがは〈四旋剣〉だな。そう簡単には触れさせてくれないか」

「黙れ、薄汚れた反逆者め!貴様などに騎士殿を汚させる訳には行かぬ!」

「その言葉は痛いな。でも自分自身の剣が汚れているのは否定しないよ!」

「っ!」

 

左掌底を鎧の上から喰らい僅かに騎士から声が漏れる。鎧によってさしたるダメージはないだろうが、それでも鎧越しに伝わる振動はやわな攻撃などではない。〈整合騎士〉として鍛え上げられた肉体と敵を倒すという〈イメージ力〉によって重くなった攻撃は、鎧をも貫くばかりである。

 

その威力に驚いたのか防御姿勢をとる〈四旋剣〉の1人に、これ以上の時間を取られる訳には行かない。左腰に剣を構えると、刀身を淡いペールブルーのライトエフェクトが包み込む。もっとも強くライトエフェクトが輝いた瞬間に俺は突進を開始した。〈ソードスキル〉は決められたモーションを行わねば発動しない。そして使用する〈ソードスキル〉の発動範囲から外れてしまえば定義破綻することとなる。

 

逆に言えば発動範囲内であれば、どのような体勢でも問題なく発動できるということ。つまり左腰に構えたまま走り出しても〈左腰から抜刀する寸前〉という定義に違反しなければいいということだ。

 

「せいあぁぁぁ!」

「ぐはぁ!」

 

刃部分ではなく腹で振り払ったため傷口ができることはない。鎧によって守られているのだから、打撲になるかどうかという範疇に怪我は収まるだろう。だが〈ソードスキル〉によって攻撃をまともに受けたのだ。しばらくは痛みで剣を握ることはおろか立ち上がることは困難である。剣の威力は右脇腹部分の鎧にヒビを入れているのを見れば一目瞭然だ。

 

ただ、刃部分ではない場所を使ったため剣にはそれなりの負荷がかかっている。〈天命〉も少なからず減ってしまっていることだろう。勝利する為にもそれなりのリスクはあるのだからやむを得ない。

 

「俺は〈公理協会〉の過ちを正すために戦っている。反逆だと思われてもいい。だがアリス・キリト・ユージオまで反逆者だと言われるの許容できない」

「んなこと言われても反逆は反逆だぜカイト」

「僕はそれでも構わないよ。カイトと戦えるならね」

「私は隣にいることさえできればそれでいいです」

 

余裕の様子で〈四旋剣〉を倒した3人が横一列に並ぶ。俺と同じようにファナティオさんへと負ける気は微塵もないとばかりに眼を飛ばすキリト。俺を支えるために覚悟を決めた視線を向けるユージオ。俺を守るために意思のある視線を向けるアリス。

 

そんな3人の感情が俺に流れ込んでくる。勝つこと自体不可能に近いかもしれない騎士へと俺を挑ませてくれる。そんな恋人と友人を護る。それが今の俺が成すべき事だ。

 

「やってやるさ」

 

カイトは薄紫色の鎧を着た騎士を笑顔で睨み付けるのであった。




オリジナルってなんなのだろうとこの頃思い始めています。


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恐怖

1週間ぶりの投稿になって済みません。小説家になろうに新しく投稿している作品を書いていると時間が経ってしまいました。

バイトばかりで書く時間がないので遅くなりますが書き続けるので宜しくお願いします。


〈整合騎士〉。それは驚異的と言えるほどの剣技と〈神聖術〉を使う人間ならざる存在。そして〈人界〉を守護する最強の存在でもある。総数は32人と小規模だが、1人1人が一騎当千。もしくは一騎当万にも値する実力者であるのは間違いない。

 

だが半分はある理由で戦闘不能だし、可能な騎士でもさらに半分は〈果ての山脈〉へ赴き、絶え間なく〈ダークテリトリー〉から侵入してくる悪鬼共から〈人界〉を守護している。そうなるとこの場に居ることができるのは、多くて8人というところだ。

 

といってもその内の2人は敵対することを選んでいるし、1人はカイトに記憶を揺さぶられて戦闘不能。1人は4人の戦略によって敗北し、2名は4人の背後で自らが所持する毒武器で戦闘不能。残るは騎士長なる〈整合騎士〉最強の存在と、眼前で直立不動とばかりにその場を護り抜く騎士のみ。

 

ファナティオ・シンセシス・ツーという名が示すとおり、〈人界〉へ2番目に召喚された最古参の騎士だ。名に恥じない強さをその華奢に見える立ち姿の奥に秘めている。それを直感的にキリトとユージオは察し、カイトとアリスは8年間をこの場で過ごしてきたので知っている。勝てるかどうかと思わせられるほどの圧力だが、決して4人は諦めの言葉を口にはしていない。

 

それは「勝てるかもしれない」という安易な希望ではなく、勝つという断固とした決意を胸の内に秘めているからだ。負けることは消してできない。必ず勝って自分たちの正しさを証明してみせるという力で突き進む。

 

 

 

 

 

鞘に剣が収められているというのに、闘気を抑え込めていないのか不気味な圧力が肌をこがす。むせかえるような気迫に後退りしそうな脚に活を入れて見据える。

 

「ここまでやってくるとは私も正直驚いている。デュソルバート殿であれば、簡単に捕縛していると予測していたのでな」

「それは良い意味で裏切られたと言いたいのですか?ファナティオさん。それとも仲間を傷つけられたことに憤りを感じているのかわからないけどさ」

「半々というのが正直なところだ。騎士カイトと騎士アリスの2人とは本気で剣を交えたことなど、これまでで一度たりともなかったのだからな」

 

それを聞いて俺は内心うへぇと思ってしまった。

 

〈整合騎士〉の中でも2番目に強いこの人と勝負をしてこなかったのは機会がなかったのもあったが、一番の理由としては戦いたくなかったというのがある。こうして剣を向け合っていないというのに冷や汗が止まらないのだから正面から向き合うなんてしたくない。だが今の状態ではそれは不可能だ。意見が相違なのであれば剣を交えなければならないのは明白だから。

 

んで、俺の隣で若干不機嫌そうにしてる人いるんですけど。何でなの?

 

「ファナティオ殿、私は貴女の強さを痛いほど知っています。そんな貴女を倒さねばならない日が来ることを私はこれまで恐れていた。今もこうして向かい合うだけで本能的に危険だと理解しています。それでも私は貴女と戦う。私たちが間違っていないということを示すために戦います!」

 

アリスは気迫溢れる台詞を吐いて、腰から黄金色に輝く自身の〈神器〉である《金木犀の剣》を勢いよく抜刀した。りんっと微かに剣が鳴いたような音と共に、切っ先をファナティオに向けて告げた。

 

「私からカイトを奪おうとした罪をここであがなってもらいますよ!」

「「「はぁぁ!?」」」

 

わけのわからぬ理由で宣戦布告をしたアリスに、キリトとユージオは興を削がれたように体勢を崩した。ついでに言えば、ファナティオもおよそ騎士が出すべき言葉ではない言葉を発していたのでそれだけ予想外だったのだろう。蹈鞴を踏んで体勢を回復させたキリトとユージオは、問題の張本人の顔を覗き込みそしてげんなりとした表情を浮かべた。

 

「カイト、お前その顔はヤバいぞ…」

「…カイトだってわかっているんだけどね。そんな顔されたらカイトだって納得できなくなったよ」

 

2人が見て損したカイトの顔は、これ以上ないほどに緩みきっていた。緩みきっているという表現で良いのかわからないほどの有様だということだけ記しておくべきだろうか。

 

「いやぁ、アリスにそこまで言われるとは思ってなかったなぁ。萌え死にしそうだけどしちゃって大丈夫かな?いいよねしちゃっていいよね!?」

「落ち着けカイト!ここで戦力4割減なんてシャレにならないぞ!」

「カイト戻ってきて!昇天はダメ!」

 

今にも天使の輪っかがついた状態で肉体から半透明のカイトが出ていきそうだ。2人が賢明にこの場に留めようと自棄になっている傍らで、アリスは眼に炎が点ったかのような強さの視線をファナティオに向けていた。炎と形容していいのか悩むほどの熱量を発しているのが、アリスの背後にいるカイトたちにも感じられていた。それなのにカイトの顔はだらしないことになったままである。

 

「カイトに色仕掛けで接近するとは何事ですか!?」

「知らぬ!我にそんな記憶などない!」

「それが余計に腹立つんですよぉ!」

 

言い終わるか終わらないかのタイミングで、アリスはファナティオへと突っ込んでいく。そしてファナティオも迎え撃つとばかりに跳躍する。アリスからすれば恋人を横取りしようとする騎士。ファナティオからすれば記憶にない罪を擦り付けてきた騎士。どちらも敵と認識するには十分すぎる理由であった。

 

「カイトは渡しません!」

「奪うつもりなど毛頭ないわ!」

 

同時に地を蹴り、〈単発水平斬り〉を互いに繰り出す。ぎぃん!と大音量の金属音が回廊一帯に響き渡り、3人の鼓膜を振るわせる。鍔迫り合いに移行してからも高速戦闘が続行されているのを見て、だらしないを通り越して顔面崩壊を起こしていたカイトも真顔に戻った。

 

相手に負荷を与えるような連続技を繰り出すファナティオに対して、一発勝負かと思うほどの一撃を乗せた攻撃で応戦するアリス。時折アリスの頬や服を剣先がかすめ血や繊維を宙に舞う。アリスの攻撃を神器で受け止め、その重さで体力と〈天命〉を減少させられるファナティオ。

 

互いに一歩も退かず、絶え間なく攻撃を繰り出すことで相手の攻撃を緩めようとしている。だが決定打に欠け時間が過ぎ〈天命〉が際限なく減少していく。

 

というのに…。

 

「カイトは私のものです!相手が副騎士長だとしても却下です!」

「先程からそうではないと言っている!」

「では3年前の宴会の席での行動はなんと説明するのですか!?」

「っ!あれは酒に酔っていただけだ!それが騎士カイトを奪うことには繋がらないだろう!」

「いいえありますぅ!カイトに抱きついたり頬に口づけしてたじゃないですか!騎士とはいえそんな行為が許されるとも!?許されません!許されません!」

 

視認さえ難しい速度で剣を振るっているというのに、口では残念なことしか発されていない。傍観者というより空気となっている3人からすれば、ツッコむこともできない状況であった。

 

「「「…」」」

「…どうなってんだ?これ」

 

沈黙に耐えられなくなったキリトが発した言葉がこれだった。そんな言葉しか出なくとも仕方ないと2人は感じていた。自分が口を開いていたなら同じ言葉しか出てこなかっただろうから。

 

「カイトは覚えてる?その宴席でのこと」

「…あぁ~、覚えてるんだがあまり口に出したくないかな?だって口にしたらアリスが「カイト、何か言いましたか!?」ひぃ!なんでもありません!…こうなる」

「なるほどな。アリスは地獄耳なわけだカイトに関しては。っうひぃ!」

 

余計な言葉を口にしたからだろうか。アリスが高速詠唱で風素を1つ生成し、キリトに向かって打ち出していた。立ち位置を見もせずに正確に照準させ直撃させるとは恐ろしい才能である。と言ってはカッコいいが、アリスが視線を向けずともキリトに命中させたのは、意外と単純な理由である。

 

キリトとユージオは普段、カイトを挟んで両隣を歩いている。左にユージオ右にキリトというのを出会って数時間で理解していたのだ。普通であれば偶然か今だけと思うはずだが確信がアリスにはあった。アリス本人に聞けば、「愛のなせる技」と言うかもしれない。もしかしたらそれは無意識なうちに《アリス》という〈人工フラクトライト〉に刻み込まれていた《記憶》なのかもしれない。

 

3人にあの頃(・・・)から何も変わらないものを感じていたからなのか。

 

「とまあ、キリトの被害は無視してっと。あの日俺たちは〈セントラル・カセドラル〉にいる全員で食事をしていたのさ…。」

 

カイトは今回の事件の発端となった起点へと意識を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

3年前…

 

『騎士長dance!踊れや騒げや 』

『『『『や~や~や!♪朝が来るまで!』』』』

 

騎士という威厳は何処へやら。それほどにまで泥酔し鎧を脱ぎ捨て、壇上でジョッキを傾けながら騎士長以下の騎士を自身が煽っている。上気しているらしく、頬が紅潮しながらラフな和服姿で叫んでいる騎士長を遠巻きに俺は眺めていた。

 

『騎士長がこれでいいのか…』

『時には羽目を外してもいいだろうさ』

『ファナティオさん…。副騎士長なら上の暴走くらい止めて下さい』

 

そこには宴会の席だというのに兜を脱がずにいる副騎士長ことファナティオ・シンセシス・ツーが立っていた。ご丁寧なことにグラスに注がれたワインにストローをさして、胸当と兜の隙間から吸い込んでいる。そこまでして自分の素顔をさらしたくないのだろうか。

 

『〈時には〉と言いますが、騎士長は普段から羽目を外していると思いますよ」

 

俺の言い分は最もだろう。なんせ騎士長がまともに事を成している姿を見たことなど週に1回程度だからだ。そりゃ真面目にやっているときは、「普段のだらしなさの象徴」とはかけ離れたものになるのだが。今の有様と普段の生活を見ていると羽目を外して良いとは言えない。

 

『それが騎士長閣下の性格なのだ。ああしても騎士は皆ついて行くのだから、評価を低くするのは野暮というものだ』

『ファナティオさんがそう言うのであれば、今までの評価はなかったことにしておきます。…しかしこの様子では明日に影響出ますが宜しいので?』

『私もそれは危惧している。翌日からまた〈巡回〉が始まるというのにこれではな』

 

〈整合騎士〉は全部で31人存在しているが、その半分は《再調整中(ディープ・フリーズ)》になっているから、実質活動できるのは最大で15人ほどである。

 

アリスは食材確保に赴いているので今は近くにいない。《暁星の望楼》を支えている柱の1つにもたれかかっている俺と目の前に立つファナティオさん、そして今回の宴会のためにある特設ステージでダンスを披露しながら酒を飲んでいる騎士長。

 

それを除くとここにいる騎士は11人。そのすべてが騎士長とともに騒いでいるので、12人の暴走を止められる存在はいない。唯一止められるのがアリスなのだが、当人は『今日ぐらいはご自由にさせてあげましょう』と言っているので歯止めが効かない。

 

完全に〈チェックメイト〉なのである。

 

そもそも今回の宴会の立案者が、ダンスを披露中の某騎士であるため誰も口にできないのが現状。楽しんでいるから止めたくないのだろうけどな11人の騎士様は、今回の宴会は長期間の〈巡回〉を終えた騎士を労うために開かれているので楽しんでいることに水を差すのは、確かにファナティオさんの言う通り野暮だろう。

 

〈巡回〉を終えた騎士と待機していた騎士の総入れ替えの日でもあるから大目に見ておこうか。もっとも新しい〈整合騎士〉である俺が言えたことではないが。かく言う俺もそれなりに楽しんでいるから人のことは言えない。

 

『しかしこれほどまで盛り上がっていると難しいですね。止めれば楽しい空気がなくなりますし、止めなければこれからの仕事に支障が出ますから』

『四面楚歌か』

「周囲を囲まれているわけではありませんが。改善策が見つからない以上、そう表現しても可笑しくはないでしょう』

『ということは?』

 

一泊置いて叫ぶ。

 

『『我々も楽しむ者なり!』』

 

同じ言葉を発した俺たちは、席に置いてあった肉料理を胃に流し込む。といっても某アニメ主人公のように口一杯に頬張って大量に食べるのではなく、ナイフとフォークを用いて行儀良く食べるのであった。

 

 

 

10分後…。

 

赤ワインを大量に飲酒したことで、ファナティオさんは泥酔していた。

 

『カイトぉ~、どうしてあの人は振り向いてくれないにょかにゃ?』

 

兜を外して、俺にもたれかかるように頬を紅潮させているファナティオさん。

 

アリスという一番の存在がいるというのに俺の心は揺らいでいた。紫色の艶のある髪。白く透き通った肌。鋭さのある顔立ちなのに酒を飲み上気したことで、俺の心を爆発させるほどの色香を醸し出している。そして酒に酔った口調は、某アニメの黒和服を着た猫妖怪っぽくなってるし。元の人間性を知っていれば別人と評しても可笑しくないほどの変貌ぶりなので、どうすればいいのか俺は悩んでいた。

 

助けを呼ぼうにもこの状態を見られれば、はやし立てられるだろう。声をかけても相手にされないのは想像に難くない。こちらも八方塞がりなため、俺1人で解決するしかないようだ。

 

『その相手がどなたなのか存じ上げませんのでお答えできかねます。ですが騎士であっても恋心を抱くのは可笑しくありませんし笑い飛ばすこともしません。俺も想いを寄せる相手がいますから』

『アリスちゃんのことかにゃ?悪い子じゃにゃいけど料理が終わってるにゃ。それじゃ妻としてダメにゃにょ』

 

へべれけを通り越して人格崩壊してる!メーデー!メーデー!それかSOS!エス・オー・エス!俺じゃ収拾付けられへんから誰か助けてぇな!はやし立てられてもええから誰かぁ!

 

『…髪に櫛を入れて唇に朱をさしてもあの人は気付かぬばかりか見もしない。私はどうすればいいのだ』

 

本心を口にして静かな寝息を立て始めたフォナティオさんに、俺は同情するより安堵していた。〈神界〉から〈召喚〉されたと信じているこの人でも、〈人界〉の民と同じように恋をして結ばれたいと思うのだと。俺の膝の上で穏やかな寝顔を浮かべている副騎士長を見ながらそんなことを考えていたためか。自身に向けられている〈嫉妬〉と〈羨望〉を含んだ視線に気付かなかった。

 

 

 

 

「…というわけなのです」

「おぅ、思ったよりハードじゃん。カイトも苦労してんなぁ」

「あはははは、業が深いと言っていいのかな?」

 

カイトの話を聞き終えた2人は、なんと言っていいのかわからなくなっているらしい。頬をひくつかせているキリトと感情が含まれていない笑い声を上げるユージオ。その視線の先では未だに口と剣で戦闘続行している2人の騎士がいる。

 

「羨ましいんですよぉ!膝枕なんて!」

「会話の内容なんぞ覚えておらんわ!酒に酔っていただけなのだから許せ!この嫉妬騎士が!」

「言いましたね!?だから貴女の想いは届かないんですよ!この片想い騎士!」

 

アリスの台詞で空気が割れた。それを感じたのか男勢が身を寄せ合い絶望の表情を浮かべる。

 

「おいカイト!これ収拾しろ!」「無茶言うな!こうなったら言葉じゃ通じないってば!」「同じ騎士だろ!?」「同じ騎士でも次元が違うんだよ!」「そんなことで言い合わないでよ2人とも!解決策考えて!」

 

とっくみあいを始める3人の前で、数mの距離をとりつつ互いに相手の動きを観察する2人。双方ともに眼に宿るのは、光を超え炎のように荒れ狂っている謎物質。

 

「そこまで言うのであれば見せてやろう!我が神器《天穿剣》の驚異を思い知れ!〈エンハンス・アーマメント〉!」

 

〈記憶解放〉ではなく〈武装強化〉を発動したファナティオは、アリスだけではなくカイトたちまでも攻撃対象と認識していた。詠唱もなく発動させるのはいかに副騎士長でも容易ではない。だがアリスの言葉が琴線に触れたことで発動を可能にさせていた。

 

剣先から放たれた青白い何かがアリスに放たれる。視認するなど不可能な速度でアリスに接近する、アリスやカイトたちより後ろから業火の矢が飛来する。鋭角に近い角度で上空から方向転換した矢が青白い光と衝突した。

 

爆風と熱によってアリスの肌が妬かれる。

 

「っ!」

 

跳躍を繰り返し、カイトの隣まで移動したアリスは振り返り驚愕した。

 

「貴様はっ!」

 

ファナティオの驚愕にカイトたちも振り返り眼を疑う。そこに立っていたのはいるはずもない存在。右肩から大きく剣によって削がれた赤銅色の鎧。全てを焼き尽くすばかりに熱を発する長弓を左手に持つ男。そして何より眼を惹いたのが、ユージオが経験しキリトがそれを眼にしている光景。

 

後に《隻眼の炎騎士(せきがんのえんきし)》とカイトによって語り継がれることとなる右眼のない(・・・・・)人物。

 

「遅れて申し訳ない。副騎士長ファナティオ・シンセシス・ツーよ、我は此より其方との立ち合いを所望する!」

「…最古参の騎士ともあろう者が情けない。我が神器で無に還してやろう!」

「〈整合騎士〉が1人デュソルバート・シンセシス・セブン。いざ参る!」

 

弦を親指と人差し指を握り引くことで、業火製の一本の矢を生成するのではない。デュソルバートは中指・薬指・小指までも弦に番えて引き絞る。

 

「我が神器《熾焔弓》は、塵も残さぬ故その場合は許さなくとも構わん。ゆくぞ猛火(ほのお)よ!」

 

生成された4本の業火矢(えんし)が放たれ、ファナティオへと空間を焦がし明確な敵対の意思を持ったまま飛翔した。




…アリスのキャラ崩壊がマズいな。一部の台詞でお嬢様的な口調になっているので違和感満載ですが時にはこういうのもありかなと思い書いてみました。

デュソルバートさん登場させたけど次どうしよう!考えてないぞぉ!

どうにかして辻褄合わせて書きます!


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覚悟

調子乗ってこんなの書いちゃいました


召還されてから早、数百年の月日が過ぎ去っていた。愛竜の背から見える眼下の景色は、どれほど時が過ぎても相も変わらず素朴なものだった。

 

〈整合騎士〉であるからして民との接触は言わずもがな。言葉を交すことも同じ土を踏むことさえ許されなかった。自分自身関わることを忌避していたのかもしれない。自分が気付かない心の奥深くで、いつのまにか芽生えていた民への不信感。

 

眼にすることも声さえ耳にすることを避けていた我は、〈人界〉を護る〈整合騎士〉の任務として幾度も〈果ての山脈〉を越えて《ダークテリトリー》へと赴く。隙を伺い僅かに捜索の目が緩めば侵入してくる悪鬼どもを、最高司祭猊下直々に頂戴した〈神器〉で葬っていた。

 

上空から矢を番え狙いを定め放つ。命中したかどうかは長年共に過ごした愛弓が教えてくれる。悪鬼とはいえ命ある者の〈天命〉を奪うことは、始めて赴いた際にも苦痛でしかなかった。感情が希薄が故に、精神異常をきたすまではいかなかったがそれなりには苦しんだ。

 

〈整合騎士〉として召還され、〈人界〉を護ることだけに全てを費やしていた我は、ある日新しく召還された2人の整合騎士を見て疑問に感じた。1人は金色(こんじき)の髪に薄青水晶のような瞳をした幼い少女。1人は茶髪で他人を庇護するような光を瞳に灯す少年。

 

『何故こんなにも幼い子供が召還されるのだ?これが〈人界〉を守護する〈整合騎士〉になれるはずがない。切り捨ててしまおう。そうすればこの子らが苦しむことはなく天に召される』

 

何も知らなかった我は〈天命〉を奪う機会を模索していた。他の〈整合騎士〉に見られず、知られることのない場所と時間を任務の合間に模索した。

 

そしてついに我はその機会を得た。〈セントラル・カセドラル〉80階別名《雲上庭園》にて、甘い香りを吐き出す木にもたれて肩を寄せ合っている2人の新人〈整合騎士〉を。低木に身を潜めて瞬時に、そして同時に〈天命〉を消せると我は確信していた。直系5メルはあるであろう巨木の幹の奥にいる2人に狙いを定め、駆け出そうとした瞬間。少女の肩が震えているのが見えた。笑っているのかと疑問に思っていたが、微かにすすり泣くのを聞いて泣いているのだと察した。

 

幼くとも〈整合騎士〉たる者が泣くとは情けない。やはり子供には過ぎた地位であり、天に還すべきであると考えた。息を深く吸い呼吸を止め腰に携えた愛剣に手を添える。だが我は抜刀することも、間合いに接近することができなかった。怖じ気づいたのではなく躊躇ったわけでもない。ここで自分が成さねば2人のためにも、他の〈整合騎士〉のためにもならないとわかっていた。なのに中断せざるを得なかった。

 

見えたのだ。感じたのだ。少年の瞳から発される光が我を貫いたのが。涙をこぼす少女を抱き寄せ、何かを呟いている少年の行為は別段普通だと我にもわかった。何かを堪えるようにまばたきをするのも奇妙な事ではない。

 

〈整合騎士〉は任務の過酷さ故に、傷を負い痛みを無論感じる。傷が深ければあまりの痛みに涙を流すことさえある。我も最初の任務ではこっぴどくやられ、命からがら逃げ帰ってきたのだから。だからその様子が奇妙とは思わなかった。だが何故我の動きは止まり、背を向けてその場を去らねばならなかったのか理解できなかった。

 

 

 

 

翌日からの様子は特に変わったこともない。最古参の1人である我を見かければ、丁寧に挨拶をしてくれる。笑顔で〈セントラル・カセドラル〉内を駆けていく幼い2人の背中を見て、今まで感じたことのない感情が少しだが湧いてきた。その時は気のせいだと忘れるようにしていた。だが見かける度に言葉を交す度にその感情は膨れ上がていき、いつの間にか自覚しないうちに行動や表情に表れるようになっていた。

 

〈神聖術〉や剣技で苦戦していれば、自分のやるべきことを途中で切り上げ自ら教えたりした。〈神聖術〉が苦手であった茶髪の青年も、その甲斐あってかそれなりには行使できるようになった。といっても〈整合騎士〉にしては、二流や三流もいいところではあったが。

 

行使権限がある程度上昇し、最高司祭猊下が鼻を鳴らして満足できる程度になったときには、満面の笑みを浮かべお礼を言ってきた。その笑顔は普段から兜を被り顔の見えない我を変えた。その時は自覚するまでには至ってはいなかったが、口角が僅かばかり上がっていたのだと今だとわかる。

 

あれだけ無邪気に喜んでいるのを見るとどこか安心できた。

 

金色の髪をした表情の起伏がない少女に、手を差し伸べることは一度もなかった。断られたのではなく自ら教えなかったわけでもない。唯教えることがないほど〈神聖術〉や剣技が完成していたからだ。いつの日か我をも越える〈整合騎士〉になるのではと危機感を抱くほどに。

 

それからさらに月日は流れ、2年ほど前に少年は最高司祭猊下直々の任務ということで下界つまりは〈人界〉へ。〈神器〉と己の体一つで旅立っていった。その旅立つ日に見た少年の背を見て成長したと感じた。初めて眼にしたときは頼り甲斐のない、一目見ただけではこれといった特徴もなかった幼子が今は1人で任務を果たそうとしている。

 

それを自覚すると胸に熱い何かが込み上げてきた。背が見えなくなる瞬間声が聞こえてきた。

 

「今までありがとう父さん(・・・・)

 

幻聴だ。

 

そんなことを言われる立場でも筋合いもないと切り捨てた。

 

 

 

しばらく経って、少年が帰ってくると聞いたときには握り拳をつくったものだ。ようやく再会できるのかと年甲斐もなく内心高揚していた。しかしそれをぶち壊すとばかりに〈公理教会〉に反旗を翻し、〈セントラル・カセドラル〉に宣戦を布告した。

 

当初は罪人と共に捕縛し、罰を下すだけで抑えようと思ってはいた。だが罪人を救出しそればかりか罪人に武器を与えるのを知った我は処分すると決心した。

 

そして少年少女と罪人の前に姿をさらした。

 

最古参の〈整合騎士〉である我の実力を知らぬはずがない。投降するかもしれないと思わなかったといえば嘘になる。心の何処かでそうなるのではと期待した。だが此度も裏切られた。少女に至っては《武装完全支配術》を行使し、我に接近するための道を造り上げた。

 

少年たちの〈人界〉の端から端までを飛び交った我でも見たことのない流派に恐怖した。矢筒が空になり我も《武装完全支配術》を発言させ戦った。

 

4人の連携は見事であった。《記憶解放》を使わなかった我に敗北をもたらすほどの連携は、よほどの信頼度がなければ成り立たない。おそらく4人は言葉を交す必要もないほどの信頼を寄せ合っているのだと認識した。

 

〈整合騎士〉には必要のない感情。

 

だが現にそれは〈整合騎士〉に勝った。打ち破り、騎士に勝てるものである強さを証明して見せた。負けたことに悔しさや自分への嫌悪感はまったくなかった。むしろ自分を打ち負かした4人に、祝福をしたいという謎の感情に苛まれた。

 

そして少年らは我にとって信じられない言葉を残して去って行った。

 

我は神によって召喚されたのではなく、〈人界〉に住まう我ら〈整合騎士〉が護るべき存在と同じであること。記憶がないのは最高司祭猊下が付けた枷であること。逃がさぬように自分の駒であることを認識することで、優越感に浸っていると。

 

聞いたときは信じられなかった。いや、信じたくなかった。あの御方がそのような非人道的行為をするはずがないと。だが疑問に感じたことは幾度となくあったのは確かだった。顔も知らず名も知らない誰かが我を揺すっている夢を何度も見ていたから。

 

そのことを気にしだすと、そればかりが頭を駆け回り思考がままならなくなる。考え込みすぎると右眼に痛みが走った。えぐられるような痛みではなく、内部から圧迫するような不快な痛みを感じた。きっとそれが少年らの言う最高司祭猊下が付けた枷なのだ。

 

走り去る4人の背中からは覚悟がにじみ出ていた。それもただならぬ中途半端な覚悟ではなく、自らの命を犠牲にしてでも突き進むといった覚悟が。〈整合騎士〉でさえ死は恐ろしく、避けたい代物であるというのに。罪人である2人と若い〈整合騎士〉が抱くなど有り得ない。見間違いで勘違いだと思い込もうとした。だが何故こんなにも胸をえぐられるような辛い哀しみが暴れ回るのだろう。張り裂けそうな哀しみが全身を駆け巡る。

 

あの2人がいなくなってしまうのを危惧しているのか?

 

馬鹿なそんなことは有り得ない。

 

我は騎士。〈人界〉を《ダークテリトリー》の悪鬼から守護する〈整合騎士〉デュソルバート・シンセシス・セブンである。人のような感情を抱くことはない。

 

そのはずだ。

 

なのになのに何故少年の笑みが脳裏に浮かび上がるのだろう。何故少女が初めて自分に見せた僅かな微笑みが、走馬燈のように駆け巡るのだろう。

 

…あぁ、そうか。我が抱いていた感情は庇護欲でも哀れみでもない。生き物が己より弱きものに抱く、そして失いたくないものに抱く《愛情(・・)》だったのだ。護りたかった。失いたくなかった。あの汚れのない純粋な気持ちを表した笑顔を微笑みを。

 

「これより我デュソルバート・シンセシス・セブンは〈公理教会〉に反逆し、騎士カイト・シンセシス・サーティ・騎士アリス・シンセシス・サーティワン及び罪人とともに行動を開始いたす!」

 

高らかに決意を露わにすると、痛みを発し続けていた右眼が吹き飛び、右半分の視界が失われ暗闇に染まる。このくらいの痛み。この程度の代償。2人を失うことに比べればかすり傷にもならぬ!

 

きっと我が求めていたのは、我に対価を求めず正の感情を惜しみなく、そして重すぎない程度に与えてくれる存在だったのだ。

 

少年らが言っていたことが正しければ、夢に出てきた女性と我は未来を共に約束した者同士だったのだろう。そして我の腕とその女性の腕には、今にも散りそうな儚い命を大切に抱いていたのであろう。

 

そんな日々を奪った最高司祭猊下。否、極悪人よ。我はもう迷わぬ。己が決めた道を歩き、何者にも邪魔されない幸福と呼べる当たり前のような生活を取り戻すのだ。たとえこの安き命が散ろうとも。我が意思はきっと彼らが引き継いでくれる。

 

そして未来へと語り継いでくれることだろう。

 

何より我の愛しい子供たち(・・・・)なのだから。

 

「今()くぞ!」

 

そうして我は愛弓《熾焔弓》を強く握り、上階へと駆け出した。




キャラ崩壊してるなぁ。でもデュソルバートさんって厳しいけど優しいお父さんなんじゃないかなっていうイメージが作者の中にはあります。


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英雄

こうなってしまって良かったのか?戦闘シーンがないがそれで良かったのだろうか…


アリスの危機を救った矢の来た方向に視線を向けて驚いた。「原作」では決してここに立つことのなかった騎士。武具庫前で敗北してから戦争に至るまでのことを俺は知らない。

 

共に〈人界〉を死守することを決意した民に剣の手解きをしたということ以外知り得ない。だがこうしてアリスの危機を救ってくれたこと、ファナティオさんに対して勝負を挑んだことを考慮すれば疑う余地はない。

 

俺たちの心意気に感動したかどうかはわからない。それでも俺たちに味方してくれるというだけで十分だ。背を無防備に見せているが、それは俺たちを信頼しているからであって「いつでも倒せ」と言っているわけではない。

 

だから信じてみよう。どうやってこの状況を切り抜けて俺たちを(いざな)ってくれるのか。右眼を失っていても精密射撃ができるこの人の雄志をこの眼に魂に刻み込むのだ。

 

それが俺、俺たちにできるそしてするべき義務だ。

 

 

 

 

よもやここまでの強さとは。業火を纏った…違うな。業火そのものが媒体とみた。デュソルバート殿の意思を繁栄した。そしてそれ自体を武器とした〈人界〉に2つとないデュソルバート殿独自の〈神器〉。

 

あまく見ていたわけではない。むしろ最大限に近いほどの警戒を抱いて対峙していたが、ここまでとは予想外であった。連射ではないのが唯一の幸運と言えるべきほどの技量を有していた。それでも速射は困る。私の《記憶解放》は攻撃の予兆を見せることなく発動することが可能だ。逆にデュソルバート殿は業火の弦を握り引くという行動をしなければ、あの攻撃を繰り出すことができない。

 

狭い空間とはいえ、絶えず動き続ける高速戦闘では一瞬の判断間違いや行動が命取りになるのは必須。だというのに何故デュソルバート殿の攻撃回数が、私とそれほど変わらないのだろう。それと同時に、何故私の不可視の攻撃を業火で撃ち落とすことが可能なのだろうか。

 

理解できぬ。最古参の騎士同士でも副騎士長の私が追い詰められることがあるはずがない。《記憶解放》を使用している私が《完全武装支配術》を使うデュソルバート殿に押し負けるはずがないのだ!

 

「隙有り!」

「ちっ!」

 

余計な思考を行った所為だろう。攻撃に緩みが生じた隙に絶え間なく矢を放ってくる。それを脚による回避と《記憶解放》での相殺で直撃を避ける。だが相殺したというのに周囲に散った小さな炎が私の鎧を焦がしていく。痛みや熱は全く感じないが不快だ。まるで鎧を熱することを目的にしているようだ。暑さに耐えられなくなり、鎧を脱ぐことを狙っているのだろうか。だがこの程度の熱で私が鎧を邪魔な物として捨てるわけがない。鎧は武器であり防具なのだ。

 

〈整合騎士〉が所有する鎧は優先度が高い。耐水性・耐火性に優れ、防御力を備えた鎧をその程度の貧弱な火の粉で貫通するわけがない。むせかえるような熱も業火矢を弾いた瞬間に発生する余波である。

 

「これほどとは。腕を上げたのだなデュソルバート殿」

「貴殿に屈していた頃の軟弱者ではないのだ!」

 

今の言葉は余計に彼を勢いづけさせる結果になるとは予想もしていなかったな。あの頃の召喚されたばかりのように右も左も知らない騎士ではないというわけか。どれほどの時が経ったのか数えることさえ忘れていた事を思い出した。

 

騎士長の次に召喚された私は、7番目に召喚された彼より若かった。〈神界〉で生まれたのが私が遅く彼が早かったのかわからない。〈神界〉での記憶は消され、〈人界〉を守護する誉れある騎士となった以上は過去の出来事などないに等しい。思い出せない記憶など自身の剣を鈍らせるだけの異物である。だから私は敵となってしまった彼を、本当の責務を全うするための騎士に戻すために全力で戦う!

 

「いいだろう貴殿のその精神しかと受け取った!こいデュソルバート・シンセシス・セブン!貴殿のその汚れきった魂を我が浄化する!」

「我の魂は汚れてなどいない!我は護る!失わない!人であった頃(・・・・・・)に護れなかった命を!」

「何!?」

 

デュソルバートが誓いを口にすると《熾焔弓》が一際強く、そして大きく明るく煌めいた。それは誰よりも強く願うからこそ。その《想い》に〈神器〉が応えたのだ。《想い》すなわち《イメージ力》は全ての力の源となる。どんな不可能なことでも諦めず強く願うから応えてくれる。それは人間だろうと動物であろうと植物であろうと例外はない。《想い》は不可能を可能にし可能性を現実にする。剣の腕が未熟だったとしても、ある程度極めた者に勝つきっかけだけではなく、その先へと続く道を手に入れることにも繋がるものだ。

 

「人であった頃だと?ふざけるな!我ら〈整合騎士〉に過去などない!あるのは未来をそして〈人界〉を守護するそれだけだ!〈穿て《天穿剣》〉!」

「なんの。...《リリース・リコレクション》!〈絶ち昂ぼれ《熾焔弓》〉!」

 

ファナティオの剣先にこれまで以上の光が凝縮する。それと同時に《記憶解放》を発動したことで、大理石の床に敷かれていた絨毯が円を描きながら炎を立ち上る。くすぶっていた、そして煙を少しずつ発生させていた火種が、息を吹き返したように大きな炎となってファナティオを包み込んだ。

 

「我も覚悟を決めた身故殺すかもしれぬ。その時は許しを請うしかないのだ覚悟なされよ」

 

炎の壁と熱波によってデュソルバート殿の声は聞き取れなかったが、おそらく殺すかもしれないということを口にしているのだろう。私が負けるだと?私が死ぬだと?誰に向かって口を利いているのだ。私は〈整合騎士〉ファナティオ・シンセシス・ツーである。

 

負けるなどあり得ぬ!死ぬなどあり得ぬ!

 

「我は〈整合騎士〉序列二位副騎士長ファナティオ・シンセシス・ツーである!敵にそそのかされ、神聖な場である〈セントラル・カセドラル〉に剣を向けたことを後悔するがいい!〈光は熱 光は無 目指すは最果ての境地〉これが私が放つ最強の《記憶解放》である!ぜあぁぁぁぁ!」

「《燄陣望楼(しじんぼうろう)》を破るとでも言うのか!?カイト・アリス・そして咎人共、今すぐに逃げよ!余波が届かない遠くまで!これほどの圧力など眼にしたことがない!」

「馬鹿言うなデュソルバートさん!貴方1人で勝てないのは自分自身が一番わかっているはずだ!」

 

普段は物静かで怒りは見せても怒鳴ることなど少なかったカイトが、最古参の騎士に無礼を承知の上で喰ってかかる。その様子に3人が眼を見開いてカイトを見上げた。

 

「貴方は何もわかっていない!あの女性(ひと)がどれほど強く、どれほどの存在なのか貴方なら知っているはずだ!なのに貴方はそれでも勝てるとでも言うのか!?」

「わかっていないのは貴様の方だ!」

「何ぃ!?」

「ここで全員が攻撃を受ければ終わりだということを理解していないのか!?そこまで未熟な奴に育てた覚えはないぞ!それでも貴様は〈セントラル・カセドラル〉に剣を向けると決意した人間か!?ぬぅぅぅぅ!」

「っ!」

 

振り向かず鋭い声音で言われて、カイトは悔しそうに黙り込むしかなかった。どれほど自分が言葉を口にしても想いを口にしてもきっと騎士の決意は揺るがない。そのことを声音と立ち振る舞いで直感していたカイトはそう理解していた。

 

自分が〈セントラル・カセドラル〉に剣を向け、アドミニストレータを倒すことを決意したのと同等程度の固さを持っているのだと理解していた。だから何を言っても無駄だと理解し、それを踏まえて左隣に立ち剣を抜く。

 

「貴方が自分と同じくらいの決意を固めているのを知りました。ですがこの戦いをただ後ろで。そして見えないところで終わるのなんか見たくも知りたくもない。貴方をアリスをユージオをキリトを失わないために。だから父さん(・・・)、俺も戦うよ」

「...まったく父親(・・)の言うことを聞かない馬鹿息子だ」

 

ファナティオが《燄陣望楼》を破ろうとしているのを前にしても、デュソルバートは不器用な薄い笑みを浮かべかぶりを振った。その様子にカイトは嬉しそうな笑みを浮かべて、自身の〈神器《翡翠鬼》〉を身体の中心線に構える。

 

「ぐぬぅぅぅ!これ以上は保たぬぞ。破られた瞬間は火の粉で進めぬだろうが、一拍おいてからお前の技で決めろ」

「わかりました」

 

そう言いつつデュソルバートはカイトの援護をするために弦から矢を形成する。破られる寸前の陣を維持しながら矢を創り出す精神力は生半可なものではない。この瞬間のために全精神力と集中力を注ぎ込んでいるのだ。

 

「ぐあっ!今だ!」

 

そう言ってデュソルバートが指を離す。

 

「はあぁぁぁぁ!なっ!何を!」

 

業火矢は引き絞られた弦の反動で発射されると同時に2本に分離した。1本は陣を破ったばかりで無防備なファナティオへ。そして片方はカイトの背後へと進行速度を急転換させて襟首を射貫く。その勢いは留まるところを知らず、カイトをアリスたちが伏せている場所へと運び込んだ。

 

「何を!?っ!」

 

文句を口にしようとしたカイトだったが、デュソルバートのさらなる行動で辞めざる終えなかった。

 

見えないはずの右眼(・・・・・・・・)を向けるように首を向けてくる。

 

普通なら左から振り向くはずなのに右から振り向いた。

 

その意味を理解できないカイトではない。右眼の代償がカイトとアリス(自分たち)を護るためであったということを。

 

「デュソルバートォォォ!」

 

爆音と共に熱波をも吹くんだ爆風と爆煙、火の粉で視界を奪われ見えなくなった人物に声を届ける。轟音で人間1人の声が届くとは自分も思っていない。いや、それは肉体の聴覚(・・・・)であって魂の聴覚(・・・・)にではない。

 

《想い》を乗せた声ならば届くはずだ。どれほど怪我をした者にでも届くと信じていた。だがどれほど経っても返事どころか鎧の動く金属音さえ聞こえない。爆煙が晴れていくと腹部を紅くしたファナティオが立っているのが見えた。

 

「ファナティオさん!」

 

体勢を崩したのを見て駆け出し、床に直撃するまでにどうにか抱き留める。口からは血が流れ出し、腹部はえぐられたような傷口になっている。だが出血は全くといっていいほどないので、〈天命〉の減少は気にしなくていいだろう。

 

「アリス、治療を頼む!」

「わかりました!」

 

アリスにファナティオさんを預けてもう1人の存在を探す。

 

「デュソルバートさん、いたら返事をしてください!デュソルバートさん!」

 

返事が…ない。まさか…。そんなはずがない!きっと吹き飛ばされて俺たちの背後にある階段に落ちていったんだ!そうに違いない!事情を飲み込めないキリトとユージオの側を駆け抜けて、風圧で大破した扉を抜けて階段を見下ろす。

 

「う…そだろ。そんな、そんなことがあってたまるかぁぁぁ!あああぁぁぁぁぁ!」

 

俺は泣いた。泣き叫んだ。これでもかと思うほど嗚咽を漏らして、涙が階段に敷かれた絨毯に吸い込まれていくことさえ認識する暇もなかった。ただただ額を地面に擦りつけ両手を叩き付けた。

 

「何が決意だ!何が戦うだ!何もできていないじゃないか!誰1人護れないような奴が、そんな言葉を軽々しく口にするな!このクソ野郎がぁぁぁ!」

 

自分への罵りと罵倒を口にしているカイトの背中を、3人は眺めるしかなかった。カイトの先には主を失い、ただそこにあるだけの物となった〈神器《熾焔弓》〉が悲しく寂しく横たわっていた。




書いていて予想外だなと思っていました。流れは一緒なのに途中退場する人が重要人物だっていうのはマズいのでは?

楽しんで読んで貰えるのであれば願ったり叶ったりではありますが。


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休憩

久しぶりの投稿。月末は忙しくパソコンを開く暇もありませんでした。

小説を書くのはやっぱりパソコンが一番楽ですねぇ。


眼下で我の〈神器《熾焔弓》〉を見て号泣する青年。それは胸を締め付けられるような光景ではあったが、それと同時に深く安堵もできていた。〈整合騎士〉には過去など存在せず、〈人界〉を守護することだけを責務としてきた我にとって、彼ほど哀しみを抱いてくれる人物とは、相見えることなどなかった。

 

自分を責める様子は、背を丸めて鳴き声を押し殺している幼子にも見える。実際の年齢とは違う想像に我ながら苦笑を漏らすしかなかった。

 

泣くな若人よ。我が本当の意味で天に召されようとしている今この時に、そうやって涙を流し嗚咽を漏らすほど思いを抱いてくれる。それを知れただけで十分である。

 

〈整合騎士〉の中で騎士長閣下を除き、親密な関係を取ることなどなかった我にとって、お前はかけがえのないものだった。剣の腕は文句なし。〈神聖術〉は残念ではあるが、まったく教え甲斐のある後輩騎士であった。そして我が子のように愛おしくもあった。

 

我に子供がいたのであればお前のような人間に育っていてほしいものだ。といっても我の召喚時期を考えると、我より先に召されているか。名を残せていなくとも、誰かのために何か1つできていたのであればしかりはせん。

 

『あなた』

 

ふむ、どうやら本格的な迎えが来たようだ。これで永遠の別れとはなるが、お前は忘れることはしないだろう。血の繋がりがなくとも「父」と呼んでくれたのだからな。

 

ではそろそろ行くとしよう。これは少しばかりの選別だ。《熾焔弓》はなくなりはせぬが、次の所有者である者が現れるまで預けておくことにしよう。願わくばお前とアリスの子供に持たせて欲しいものだ。

 

『あなた』

 

ああ、今行くよ。

 

別れの言葉にしては長すぎたかもしれぬ。だがお前なら文句を言わずに受け止めてくれるだろう。この世界をそして民を頼んだぞカイト(・・・)

 

夢に見ていた我を揺する細い腕と、優しい声音の持ち主にようやく会うことができる。長い長い時を待たせてしまった。

 

きっと怒られるんだろうな。あの日のように。

 

初めて2人で街を歩こうと誘った頃のように。

 

『ただいまアイリ』

『お帰りなさい貴方。いえ、デュソルバート』

 

この瞬間を以て〈整合騎士〉デュソルバート・シンセシス・セブンとかつての妻であるアイリは、〈アンダーワールド〉から完全に消滅した。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「こ、これがアリスが作ったものだとぉ!」

 

目の前に置かれた色とりどりのパイやらケーキを見て、キリトが思わず叫んだ。

 

「驚きすぎだよキリト」

「しかしなぁ、ここまで手が込んでいると勿体ないと思ってしまうんだが」

「じゃあキリトの分も僕がもらうからね」

「それは駄目だぞ!」

 

字面を見るだけでも幼いと思うが、その光景を眼にすれば年相応という言葉からかけ離れた様子であるのを理解してもらえるだろう。

 

「じゃあいっただきまぁす!」

「あ、〈アヴィ・アドミナ〉唱えないと」

「俺たちは反逆者だぜ?そんなの唱える必要はないのさ。ガブッと。うんまぁ!何だこれは!何だこれはぁ!」

「気持ちはわからなくはないよ。じゃあ僕も…」

「ユージオ?」

 

口に入れてから動かなくなり、涙を流し始めたユージオを心配したのだろうか。心配そうに(・・・・・)覗き込むアリスを視界に入れて、ユージオはかぶりを振った。

 

「ご、ごめん。懐かしくて堪えきれなかったんだ。この食感にこの味…ずっと待ってたんだ。もう一度食べられる日を」

「大袈裟とは言えないわね。あんなことがあったらそう思っても仕方ないもの」

「6年間僕は一度たりとも忘れることはなかったんだ。2人を護れていたらこうやって苦労することはなかったのにって」

「ユージオ…」

「暗い話はやめにして食べようぜ!食材は有限、時間は無限だ!」

 

そう言ってアリスお手製のパイやらケーキやらを胃に流し込んでくキリトを見て、アリスとユージオはこっそりと笑みを交換し合っていた。

 

ここは〈セントラル・カセドラル〉80階別名《雲上庭園》。かつてアリスとカイトが互いに剣の腕を競い合い、〈神聖術〉を高めあった場所でもある。2人にとってかけがえない時間であり、唯一心安らぐ環境が揃った場所でもあった。

 

楽しそうにしている3人の中で1人だけ、その空気に乗れていない人物がいた。カイトはアリスのパイを口に運びながらも、あまり会話に入らず黙々と食しているだけだった。

 

「美味しくなかった?カイト」

「え?いやいや、いつも通り美味しいぞ。手は止まっていないだろ?」

「その割には会話にも入ってこないじゃないか。もしかして引きずってんのか?」

 

キリトははっきりと「何が」とは言わなかったが、カイトには理解できていたし、2人も言わんとすることがわかっていた。それ以外に自身が落ち込むことがないというのもあったし、2人はずっと気にしていたからだ。

 

「気にするな。とは言っても無理だろうけど、今はアリスの手料理を楽しもうぜ。じゃないとせっかくの料理が勿体ないぞ」

「…ああ、そうだな。こうしてアリスの手料理を口にできる機会はそうないし、こうやって4人で食べれる機会なんてないもんな」

 

いつも通りの笑みを浮かべたカイトに、3人は安堵し各々の速度で食事を再開した。

 

「あの籠にこれだけの料理が入っているとは。高級料亭に並べてもいいんじゃないか?」

「ほとんど目分量で作ってるから日替わりになっちゃうかな。それに店に出すのは嬉しいけど、私は気ままに作りたいから遠慮させてもらうわ」

「ちぇ~店に並んだらまとめ買いしようと思ったのになぁ」

 

キリトのぼやきにカイトの眼に嫌な光が宿った。ユージオはそれを長年の付き合いから気付き、ホットなお茶を飲みて始め現実逃避を開始した。

 

「はぁ、意地汚いなぁ。気が向いたらむた作ってあげるわよ」

「じゃあキリトにだけは金を払わせたら良いのさ。そうしたら店で買うのと同じ事になる」

「ええ!?それはやめてくれよ。俺だけ払わないと無理だなんてそりゃないぜ」

 

カイトの冗談にキリトがのっかることで空気は和んでいく。もしかしたらキリトの反応は素だったのかもしれないが、どちらにせよ場は和んだだろうから詮索はしないでおこう。

 

芝生の上に座り込んで食事する4人は本当にそっくりだ。他の人の分まで胃に入れようとしているキリトを止めようとするカイト。取られた分を取り返そうとするユージオ。キリトの食べかけを横取りするカイトに叱るユージオ。それを見て涙が出るほど笑っているアリス。

 

本当に昔の4人(・・)に戻ったような何の変哲もない平和な光景だ。カイトとアリスが《禁忌目録》に抵触せずにあのまま過ごし、キリトが降り立っていたら、きっとこんな普段は眼にしない光景があったのかもしれない。

 

いやきっとそうだったはずだ。

 

誰にも干渉されずに笑顔を浮かべ、笑い声が飛び交うようなそんな当たり前の日常が描かれていた。《禁忌目録》があっても〈公理教会〉がここまで厳格でなければ、見えていたはずの未来がねじ曲げられることはなかった。

 

アドミニストレータが己の欲望に素直でなければ。

 

〈人界の民〉のように穏やかな心を持っていれば。だがこれはifであってrealではないのだ。本当の意味でのrealはこれだ。〈人界〉を己の掌の上に置き永劫の平和を求める。

 

だがその完全包囲網は崩壊を始めている。始めているというよりは「崩壊を終えて創成を始めている」というのが正しいだろう。今この瞬間にも〈現実世界〉では一進一退の攻防が行われているのだから。

 

カイトが知っていてもキリトは知らないし、アリスもましてやユージオが知ることはない。アリスにカイトは教えてもユージオには絶対に教えたくはないだろう。アリスを巻き込んでもユージオを巻き込みたくないから。アリスもユージオもカイトについて行くと言うだろうがカイトは許可しない。

 

アリスにさえ許可したくないのにユージオに許可できるわけがない。何故ならアリスは誰より大切な人で自分が護りたい人だから。普通であれば大切な人は危険を回避させて生き延びさせたいと思うだろう。

 

だがカイトは側にいてほしいから突き放さない。

 

突き放せば自分が自分でいられなくなるから。自分は弱く誰かの力を借りなければ生きることはできないから。失うかもしれないとわかっていながら、カイトはアリスに自身の背を預け敵に立ち向かう。それが例えかつての友人や家族であっても。何よりアリスがユージオが大切だから。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

長時間にわたって精神を酷使させたせいで、俺たち4人の精神HPは限界に達していた。それもそうだろう。何しろデュソルバートさんとファナティオさんの二代騎士と戦ったのだから。デュソルバートさんとの戦闘では、俺とキリトが身を挺して業火を幾度も防ぎ、アリスは〈武装完全支配術〉を使用してまで立ち向かった。

 

ユージオに至っては自身がもっとも忌み嫌う〈他人の天命を減少させる〉という行いをした。3人ほどではなくともユージオにとっては相当な消耗だろう。

 

次は副騎士長のファナティオさんが立ちはだかり、アリスが予想だにしない方法で戦闘を開始した。超高速近接戦闘で互いに〈天命〉を削り合い、アリスが禁句を口にしたことで《記憶解放》を使われてしまった。その事に対して俺はアリスに非があるとは思っていない。思いを寄せる相手が端から見れば、美人と親密にしている様子は嫉妬しないわけにも行かないだろうから。

 

俺だってアリスがそんな風に誰かと近い距離で話していたら嫉妬する。それでは済まずに斬り掛かっていたかもしれない。だから文句を言わずに背を巨木の幹に預けて、こうしてアリスに膝枕をしてやっている。

 

〈武装完全支配術〉を使用したことで、アリスの〈神器《金木犀の剣》〉は〈天命〉を大きく減少させていた。〈武装完全支配術〉ならあと何度かは発動できる。だがアリスの《金木犀の剣》がそこまで大きく減らしていたのは、本来〈神器〉が持つ特性とは正反対のものを相手にしたからだ。

 

デュソルバートさんの〈神器《熾焔弓》〉の元は「炎」。

 

非存在的情報物質を敵にするのは苦手なのだ。「炎」の存在源は熱であり、《金木犀の剣》は高い優先度を持つ。その性質上、物理的存在である物を相手にすることを得意とする。それ故に無理強いをさせたことで、〈天命〉が大きく減少してしまっていた。だからこうして顕現させて日の光を浴びさせている。鞘に入れているだけでも〈天命〉は回復するが、特性を考慮するだけでも回復速度が大きく増加する。

 

《金木犀の剣》は元々〈セントラル・カセドラル〉が存在する前から自生していた世界最古の樹木。属性は《永劫普及》。決して朽ちることなくその場にあり続ける究極の存在。

 

「んっ。カイト、こしょばいよ」

「ごめんごめん起こしちゃったな」

 

絹のように肌触りの良い黄金の髪を優しく撫でながら物思いにふけっていたが、髪を触ることに集中しすぎてアリスを起こしてしまったようだ。

 

「ううん大丈夫。夢を見てた」

「どんな夢?」

「4人でずっと暮らしてる夢なの。カイトが1日の〈天職〉を終えてから向かうのは、《ギガスシダー》があるいつもの場所。着いたらキリトとユージオがこしょばしあってて、それに巻き込まれていくの。そこにちょうど私が到着して怒るっていう普段と何も変わらない日常」

「アリス、それは…」

 

続きを口にしなくともアリスはわかるだろう。その夢はキリトがいた頃(・・・・・・・)の記憶だから覚えているはずがない。ユージオにはなかったのだからアリスにあるはずがない。

 

「うん、わかってる。それは夢であって現実じゃないもの。…でもあれは現実にあったわ。6年前にキリトがこの世界にいて、一緒に暮らして生きてくことを誓い合ったんだって」

「あるのか?あの記憶が」

「ユージオにはないから不思議だと思っているんでしょ?私の予想だけど、キリトがこの世界にいたことはリセットされたからみんなの中にはないんだと私は思うの」

存在したけど存在しなかった(・・・・・・・・・・・・・)ことにされているのか」

 

アリスの予想は確かに理に適っている。そうでないと俺たちにあってユージオにないのは可笑しいからだ。俺にその記憶があるのは〈転生者〉というのもあるだろうし、《第一特典 自己保存》のおかげだろう。それを踏まえると、アリスにその記憶があるのは俺と同じで《特典》のおかげだ。キリトに記憶がありながらないのは、〈STR〉をでる時に記憶をブロックされるからだ。それは秘密保持の側面もありながら、キリトの命の保護というのが主な理由だろう。

 

〈フラクトライト〉の寿命は約150年とされているが、実質は±10年だろう。現代医学なら100歳を余裕で生きられるから、その安全マージンというわけだ。

 

「だからといってこのことをキリトに話すつもりはないから安心して?言うべきことはカイトが言わなくちゃキリトは納得しない。キリトはそういう人間でしょ?」

「そうだな。キリトは人懐っこくて悪ガキだけど我が儘だもんな」

 

俺の頬に添えられている柔らかな手を自分の手で包み込む。この暖かさと安らぎを無償に惜しみなく注いでくれるアリスを失っちゃ駄目だ。護らないとこの与えられた命を捨ててでも全ての魔の手から護るんだ。

 

「なあアリス、俺って浮気者だよな」

「どういうこと?」

アリス・ツーベルク(・・・・・・・・・)を好きでいながらもアリス・シンセシス・サーティワン(・・・・・・・・・・・・・・・・)も好きだからさ」

 

正直ややこしい言い方だが事実である以上、そうやって言い分けるしか方法はない。

 

「…呆れた。私は私であって彼女は彼女なのよ?アリスという人間に2人が宿っていても好きならそれでいいの」

「怒らないのか?」

「怒ったところででしょ?アリス・ツーベルク()は、カイトが好きだしアリス・シンセシス・サーティワン(もう1人の私)もカイトが好き。独占したいと思わなくはないけど、それで誰かが傷つくぐらいなら諦めた方がマシだわ」

 

どうやればここまで心を広く持てるのだろう。生前の俺が二重人格で俺を好きでいてくれる女性が、もう1人の俺も好きだったら悔しい。俺だけを好きでいろと言いたくなる。だがアリスはそう言わずに受け入れてくれている。自分と他人が違うといっても限度ってもんがある。

 

共感できることがなければ意見の一致は起こらない。対立が起き続けて決めるべき事柄も決まらずじまいだ。だがこうして受け入れてくれる人間がいるからこそ、物事が上手く回っているのかもしれない。

 

「優しいなアリスは」

「優しさにもいろいろな種類があるのよ。カイトのように誰かを護ろうとする優しさ、誰かを傷つけられて怒る優しさとかね。迷いとか苦しみを自分自身で解決しようとせず相談してくれる。そんなところが私は好きなの」

「適わないな本当に」

 

アリスの穏やかで華やかな笑顔で俺は救われた気がした。

 

丘の下から優しく見守っているキリトとユージオの2人に、カイトたちは気付いていなかった。




ほのぼの系を書くといったのに全然ほのぼのじゃねぇ。むしろシリアスになってんじゃね?


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夢想

ようやくほのぼの系?書けたかな。

物足りない気がするけれども。


「ふふっ」

 

カイトとアリスの仲むつまじい様子を見ていると、気付かぬうちにユージオは笑いをこぼしていた。笑いといってもあざ笑うような冷やかしの笑いではなく、幸せを眼にして誘われるように浮かんだというものだった。

 

「どうしたんだユージオ?いきなり笑いをこぼすなんて」

「え、僕は笑ってたの?」

「無意識って怖いよ。でもまあその気持ちはわからなくはないけどなぁ」

 

そうおどける俺も2人を視界に入れて穏やかに微笑む。空気に混じったほのかに甘酸っぱい香りが、余計にそう思わせているのかもしれない。それでも俺はそれに対して気のせいだとか思い違いというような感情は抱かなかった。むしろ今感じている感情が当たり前で、人にはあるべきものだとそう信じていた。

 

「そうだね。あんなに幸せそうな2人を見てたら、ここが敵陣の真ん中だってこと忘れそうだよ。一瞬も気が抜けないそういう事態だっていうのにさ」

「神経の張り詰めすぎは身体に触るぜ?休めないとこれから先にも影響してくるしな」

「なんだか経験有りだっていう風な口ぶりだねキリト」

「おうよ。〈アインクラッド極意其の三『休めるときは休め』〉だぜ」

「適当に言うなよ」

 

少し強めに肩を小突いてくるが、それは信頼の証ということで俺は素直に受け取っておいた。それにしてもこの場所は変に落ち着ける不思議な何かに包まれている。天井に近い壁の上部から差し込む太陽光(ソルスの光)が、昼間にもかかわらず幻想的な空間を実現させているようだ。

 

幾何学模様に阻害され、光の柱のように降り注ぐそれを掴むように手を伸ばす。もちろん実体はない唯の光源なので、掌に収まることはなく温かい温度だけが肌を駆け巡る。

 

この世界(アンダーワールド)〉において光や虹などの非物理的なものは、人間(正確には人工フラクトライト)には作ることができない。〈現実世界〉でも機械を使わなければ不可能だが、こちらではそういう機械さえ存在しないから比較対象にはならない。

 

(ソルス)》は神が民に捧げる恩恵の1つであり、一個人が独占できるものではない。《(アバノ)》は神が民に〈掲示〉を示すものとして扱われている。どちらも〈現実世界〉では非科学的と一蹴されるだろうが、俺からすれば間違っているとは思えない。《光》は太陽光と言い、水素の核融合における副産物と定義されている。《虹》は太陽光が空気中の水滴によって、屈折または反射して起こるメカニズムだ。

 

どちらも環境の一環として起こるものなのだから、〈神の御業〉やら〈神の思し召し〉とも宗教的には捉えることが出来る。それに日本人は宗教に無頓着なのだから、ピーピーギャーギャー言うのは可笑しいのではないだろうか。

 

バレンタインやらクリスマスやらハロウィンやら。一体何処の宗教を崇めてるんですかね?と思わなくもない。バレンタインとクリスマスはキリスト教であるし、ハロウィンもケルト系キリスト教からだしな。ハロウィンに至っては、ケルトの自然崇拝からの派生だからキリスト教と言えるかどうかは微妙だが。

 

日本は仏教と神道が95%を占めているのに、どうしてこうも恒例行事として扱うのか疑問に思う。良く言えば宗教や文化にはオープンで、悪く言えば一貫性がないということだ。

 

俺は正直どっちでも構わないから、どっちかを選べとは言わないし強制もしない。小学生や中学生の頃はそんなことより、VRMMMOだったから気にしなかったのもあるが。今はといわれれば無視できないというのが正直なところだ。〈アインクラッド〉で恋したアスナから貰えるのが嬉しかったからだ。

 

まあ、言うかどうかはわからないし、個人的意見であるから無視してもらって構わないのだが。

 

…かなり話が逸れてしまったな。つまり俺が言いたいのは神を崇めようと崇めないと、結局は変わらないのだからご自由にということだ。

 

「キリトはこれからどうするんだい?」

 

突如、ユージオから話を振られ思考を通常運転に切り替える。

 

「これからとは?」

「最高司祭を倒してからのことだよ。〈整合騎士〉が名誉ある《職》であるのは事実だったけど、正体は記憶を改竄された元は僕たちと同じ人間だったんだからさ。キリトの目標が〈整合騎士〉になることで、アリスを連れ帰るのが2番目の理由だった。いざ来てみれば、よくわからないけどアリスはアリスだった。だからキリトの目標がなくなったから、この先どうするのか気になったんだ」

 

うわぁ~考えてなかったな。そういえばユージオには〈整合騎士〉の存在が元は自分たちと同じ(俺は別)人間で、実際に存在した人だってこと階段を昇りながら説明していた。最初は信じられなかったようだが、脱獄して最初にまみえた敵が、俺の先輩であるソルティリーナ・セルルト先輩が挑んだ《帝国剣武大会》の優勝者で、《四帝国統一神前大会》の優勝者であったことを知っていたから疑う余地もなかった。

 

相棒には申し訳ないが、俺の真の目的は《ログアウトシステム》があると思われる〈公理教会〉へ乗り込むことだった。そのためには〈整合騎士〉になる必要があったから、「何処の生まれかはわからないけど、剣士だったのは確かだ。剣士なら〈整合騎士〉になるのを夢見ても可笑しくないだろ?」とユージオに言っていた。

 

そしてユージオの目標でもある「アリスとカイトを取り戻す」ことを後押しする形で、修剣学院へ入学し腕を高めあった。だがそこではカイトが何故か入学していたし、アリスも何故か記憶を奪われずにいたから疑問には感じていた。

 

〈整合騎士〉の闇を知ってからはなる気はなくなったが。…だが疑問なのはカイトの目的だ。カイトは何を目的にこれまで生きてきたんだ?俺には想像もできない何かをしようとしているのだろうか。情報がゼロな今では結論も出せないし、間違った予測で足を引っ張るのも嫌だな。今はこの疑問は棚上げにしてこれからのことを考えるべきだ。

 

ユージオの言う通り〈整合騎士〉が、〈人界〉に知られているような実態ではなかったことを考えればなるわけにもいかない。《ログアウトシステム》さえあればどうにかできるのだろうが、それは何処にあるか予想できない。《ログアウトシステム》がないことを考慮すると、4人で〈ルーリッド村〉に戻って生活するという意外にはないか。時間を見つけては飛竜でそれらしきものを探す旅に出るのも面白そうだな。それに村に戻れば、ユージオに出会った頃の約束が果たせそうだ。

 

『何処にあるかわからない故郷の村を聞いて回る膨大な時間を使うぐらいなら、この村で俺を助けてくれた人に恩返しをする。ユージオやセルカにね』

 

「3人と一緒に〈ルーリッド〉に戻るよ。〈整合騎士〉がみんなの知ってる実態と違えばなりたくないしな」

「故郷には戻らなくていいの?キリトと一緒にいられなくなるのは嫌だけど、君のことを心配している人達の気持ちを考えたら言えないよね」

 

それを言われるのは痛いな。そりゃ還れるなら還りたいさ。アスナ・スグ・シノン・クライン・リズ・シリカ・エギル・母さん。これ以上の心配をかけられないしかけたくない。

 

だがFLTが1000倍程度であれば、そこまで気にしなくてもいいと思う自分がいるのも確かだ。これまで出会ったみんなと別れたくないからそう思うんだろうな。これが板挟みという奴なのかと身を以て思い知ったなぁ。

 

「前にも言ったろ?俺は助けてくれたユージオやセルカに恩返しがしたいって。だから俺は恩返しができてから故郷を探すことにするよ」

「まったく君って奴は僕の気も知らないでそう言うんだね」

 

ユージオは眼に涙を浮かべながら淡く優しい笑みを浮かべてくれた。この笑顔に一体何度俺は救われただろうか。〈ルーリッド〉を旅立って〈ザッカリア〉に着くまでと、〈央都〉にある修剣学院に入学してからも見せてくれた。

 

ライオス・ウンベール・ヒョールに日常的な精神的虐待を受けた日でも癒やしてくれた。親友だから相棒だからという理由でもない。俺たちは家族(・・)に他ならない。失ってたまるかこんなに人の良いユージオを、寿命以外で死なせてたまるもんか。

 

「でもキリトが恩返しを終えるのは不可能かもね。終わるとすればキリトが恩を仇で返したときだけだ」

「この野郎。直ぐにその減らず口を言わせなくしてやる!」

「やってみなよキリト。負ける気がしないからね!」

「言ったな!?おりゃ!」

「なんの!」

 

ユージオが放った言葉が売り言葉だったので俺は買うことにした。そこで俺はユージオに飛び掛かって、こしょばしの刑に処すのであった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「まったく何をやっているのかしら」

「いいんじゃないか?あの頃(・・・)に戻ったみたいで」

 

丘の下において遊びで取っ組み合っている2人を、アリスはため息を吐きながらカイトはしょうがないなとばかりに微笑みながら見下ろしていた。止めない辺り2人も似たようなものだが、昔に戻ったように懐かしく思えるから傍観していたいのかもしれない。

 

愛剣を腰帯から外しているからなのか。2人はやりたい放題で転げ回っている。19歳にしては少々大人げないが、激戦を潜り抜けてきたのだから、これぐらいの羽目の外しには眼をつぶってやるのも友人としての務めだ。そういう風に2人は思い込むことにして、取っ組み合いを温かく見守るのだ。

 

時折「うひぃ!そこは駄目だぁ!」やら「あはははは!こしょばいよキリトぉ!」とか、「髪をぼさぼさにするのは反則だよ!」など「傷を擦る攻撃は万死に値するぞ!」となかなか温和な空間に反響する。

 

「何、アリス?」

 

じ~っとこちらを見るアリスにカイトは聞いてみた。

 

「キスして」

「ここでは駄目」

「ツーン」

「それって口にはしない擬音語でしょ」

 

バッシャーン!

 

「あら」

「ありゃまぁ」

 

突如可笑しな音が響いたので視線を向ける。丘をぐるりと囲んでいる小川なのか用水路なのか判別しにくい流れに、落ちた2人を見てアリスとカイトは似たような声を上げた。それでも2人は取っ組み合いをやめないどころか、むしろ楽しそうに水の掛け合いを始める。仕方ないなとばかりにカイトが下りていくと、2人が視線をカイトに向ける。

 

「そら掴まれ2人とも」

 

カイトが両手を伸ばすが、待ってましたとばかりにキリトが悪戯小僧の笑みを浮かべたのでユージオは嫌な予感がした。そしてそれは現実となる。

 

「傍観は最大の罪だ!」

なんでや(・・・・)!?ブフォァ!」

 

キリトとユージオを引き上げるために伸ばしていた両手を、何故かキリトが握りカイトを引きずり込んだ。顔面から水面に突っ込んだカイトは、情けない声を上げながら水を飲み込んでしまう。咳き込む様子をユージオがお腹を押さえて笑っているのを見て、カイトの心に復讐心の炎が燃え盛る。

 

「…ほほ~う?よし死刑だ。〈整合騎士〉権限において2人を処分する」

「やってみやがれ!」

「返り討ちだよ!」

「悪即斬!」

 

カイトの両手が瞬時に閃いた。

 

「グフォア!」

「ぎゃん!」

 

こうしてキリトとユージオはカイトによって瞬殺されました。水面には白目をむいたキリトとユージオが浮かび上がり、流れるプールのように浮かんでは沈みを繰り返して周回を繰り返す。

 

その後、アリスによる熱烈なキスを受けカイトもまた眼を回し、アリスだけが残りましたとさ。




さてさてこのままでいけばどのくらいでアドミニストレータを倒せるのでしょうか。

先は長いぞえ。


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翻弄

期間が空いてすいません 。

バイトの連続で書き上げる暇も体力もありませんでした。

それから大学生活は余裕で継続できるようになりました!よくやったオレ!σ(゚ᴥ゚*)!

...ただ三回生になりインターンや授業が多くなりますので、投稿頻度は下がるかと思います。しかしながらどうにか投稿していくのでこれからもよろしくお願いします!


「眼を開く」。

 

それを行うには多工程の動作が必要となるが、人間は意識して行うことはない。「眼を開く」と脳に指示すれば、眼球を支える筋肉やら筋繊維やらが指示を受け取り動作を開始する。と言うが別段その事を意識して行ったことはない。「瞼を上げる」やら「眼を開ける」といったほうが、「眼を開く」という行動原理に近い気がするからだ。だから何かの気配を感じ眼を覚まして視界に入り込む景色を見ても、驚きやがっかり感を抱いたりはしないのだ。

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ。思った以上に深い眠りだったかな」

 

独り言を呟いても返す声はない。右手を背中側に置いて上半身だけ起き上がらせる。慣れない芝生での長時間の睡眠によって、関節がポキポキと鳴るのがまた心地良い。左下に視線を向ければ、俺の腰に抱きついて至福の寝顔を浮かべているアリスがいる。右には大の字で大胆な寝相に加えて、ボリボリと自身の脇腹をかいているキリト。そして目の前には俺の両足を枕代わりにし、俯せで規則正しい寝息を立てているユージオがいる。

 

それぞれが個性のある所謂その人の性格を表した寝相に頬を緩ませてしまう。敵陣のまっただ中だというのに、周囲を警戒しないというよりする気もないらしい。まあ実際、攻撃してくる敵といえば騎士長と最高司祭そして元老長だけなのだが。

 

《バラ園》にて精神不安定に陥ったエルドリエ、《霊光の大回廊》で大怪我を負ったファナティオさん(〈四旋剣〉を含む)は〈アジト カーディナル〉において現在治療中だ。

 

颯爽と負傷者を回収し治療を施すとは、駄女神のくせになかなかやりおる。2人は殺したくもなければ死んでほしいわけでもない。むしろ生き抜いてもらわなければならないのだから感謝している。

 

それにしても何故俺はエルドリエに「師」と呼ばれるのだろうか。記憶にある限りではほんの少しアドバイスしただけだが。その程度のことで呼称される言われは無いはずだ。だって俺よりエルドリエの方が〈神聖術〉の扱いに長けているし?キリトがいなかったら俺は自分の流派を見つけられなかったし?どうせ俺は出来損ないのぺーぺー〈整合騎士〉ですよ。

 

…まあ、おふざけや自身への誹謗中傷はこれぐらいにしておいて。

 

問題はこれからの方針だ。ここ80階《雲上庭園》より上層で主な名称がついているのは4つだけ。90階《大浴場》、95階《暁星の望楼》、96~99階《元老院》そして100階《神界の間》所謂アドミニストレータの所在地。

 

《暁星の望楼》と《元老院》は危険度が高くないが、アドミニストレータがいる場所へ至るための最大の関門が90階《大浴場》。名称的には対したことないがそこにいるであろう人物には、おそらくここにいる4人は誰1人勝つことはできないだろう。あの人は圧倒的すぎる。剣の腕前と〈神聖術〉の完成度が別次元だ。

 

一振りで敵を薙ぎ払い、ニ振りで戦闘不能にし、三振りで命を絶つ。

 

実際、一振りでも敵を殺すのは容易いことだろう。一撃の重さが異次元だから稽古用木剣で受ければ、腕は痺れて数秒間は使い物にはならなくなってしまう。戦場であればそれは死と同義。敵につけいる隙を与えれば、自分どころか友人や家族などの大切なものを奪われることになる。さて、どうしたものか。腕を抱えながら悩んでいると、俺の両足を枕にして俯せに寝ていたユージオが眼を覚ました。

 

「おはようカイト」

「おはようユージオ。よく眠れたか?」

 

伸びをしながらユージオが朗らかな笑みを浮かべる。

 

「おかげさまでね。これだけ眠ったのはいつ以来かな」

「といっても此処に来てから2日しか経ってないぞ」

「そこは良かったねって言っておくべきだよカイト」

「ふふふふ。そこまで世の中は甘くないのだよユージオくん」

 

おちゃらけてくるユージオに乗って俺もおちゃらける。こうして砕けた態度でいられるのも今だけだろうな。おそらくこの先はこういった油断も許されない状況になるとしか思えない。いや、むしろそうでなければ可笑しいだろう。なんせ90階《大浴場》には、最強の刺客が鎮座しているだろうから。嫌だねぇそんな強い人と戦わないといけないなんてさ。勝てる見込みが万に一つもないというわけではないが、それでも苦戦は免れないというのだけは断定できる。

 

「さてこれからの方針だが。ユージオはどう思う?」

「あのねぇカイト。僕は部外者なんだよ?どうすればいいかなんてわかるわけないだろ?」

「それもそうだ。では簡単にこれからのことを説明しよう。まず次の岐点である90階《大浴場》が、アドミニストレータへ近づくための最大の関門だ。ここにいるであろう人物は、これまで以上の実力者であることを肝に銘じていてほしい」

 

肝に銘じたところで焼け石に水なわけだが、していて大ダメージを喰らうよりはマシになるはずだ。見た目じゃ強さは測れない。とは言うものの、あの人は見た目と性格が歯車のようにがっちりと噛み合っているからなぁ。そのままの人間としてしか形容できん。

 

「それはわかっているつもりだけど何で僕にだけ言うんだい?アリスはともかくキリトにだって言っておくべきじゃないか」

「キリトは言わなくても察しているさ。キリトはどんなことがこの先で起こるのか、何がどのように作用して俺たちを待ち受けるのかをな。こうして大胆な寝相をしていてもそれなりに危惧しているのさ」

「なんせ僕たちからしたら黒の英雄(・・・・)と呼びたくなるもんね」

 

寝返りを打ちながら「うへへ、蜂蜜パイうめぇ」とよだれを垂らすキリトに2人して苦笑する。戦闘での鬼気迫る声音と表情とのギャップがどうしてもキリトの年齢を錯覚させる。戦闘では場数を乗り越えてきた(実際、2年間をデスゲームで経験している)もあるだろう。だが好物になると眼がなくなるのか、だらしなく顔を綻ばせるから心に余裕を保たせてくれる。不思議な人間性を持ちながら人を引きつける魅力を持ち合わせる。

 

これが人の持つ「無自覚な性」というものなのだろうか。

 

「もう少ししたら出発しようか。あまり時間をかけていたら敵に防衛の余裕を与えることになるから」

「そうだね。本心を言えばもう少しだけこの空気を味わいたいけど。目的を終えればいつまでもこの空気を味わえるんだから、我が儘はもう少し後に取っておくことにするよ」

「ようやくユージオも肝が据わってきたみたいだな」

「それは今まで据わってなかったって言いたいのかな?」

「さあ、どうでしょうね」

 

本当にユージオとの会話は心が温まる。これもユージオが持つ「無自覚な性」なんだろうなと思いながらも、上層へと向かうために準備を進めることにした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

キリトとアリスを起こしたカイトとユージオは、先陣を切って上層へと足の回転を速めていた。カイトが何故誰より率先して階段を上るのかは言葉にしなくともわかるだろう。では何故ユージオがカイトと共に足を動かしているのかわかるだろうか。

 

先程の会話におけるカイトの言葉にユージオは触発されていたのだ。臆病者だと自分自身でも理解し、それのせいで誰かが傷ついてきたのも身を以て知っている。ようやく理解し始めていると言えばわかるだろうか。今すべきことが何なのかを、他人に聞くこともなく自ずと行動し始めていることが。

 

だから後ろを走る2人が若干首を傾げているのも無理がないことだった。

 

「…冗談抜きでそろそろこの何も変哲もない階段に飽きてきたぞ俺は」

「わからなくはないですけどね。デザインが統一されているというより、装飾をしていないと指摘するのが正しいと思います。〈公理教会〉の中枢である〈セントラル・カセドラル〉は、華美な装飾をされるのが当たり前ですから」

「つまりそれを眼にしないということは、する必要がないということなのか。カイトはどう思う?」

 

自分でも意見を口にしながらカイトに話を振る。それはカイトが〈整合騎士〉だからなのだろうか。それとも《外界》からの転移者だからなのだろうか。

 

「俺はアリスとキリトの意見と同じだよ。裕福を越えて贅沢な生活を送る輩は、心がすさみきり自分の権力を示したがる。それは剣の腕前でも人望の厚さでもない財力の他ならない。金銭があればどんなことでも可能になると思い込みそれに酔いしれる。人間って何を見れば金持ちだと思う?」

「所有物じゃないか?それか誰もが一目見てわかるような代物だ」

「ああ、だから金持ち共は豪華に飾ったオブジェや宝石などの装飾を施した像などを庭先に置く。それを見た人間に『ここに住む家主は金持ちに違いない』と思い込ませる。つまり刷り込みだな。人間は初めて眼にしたものが記憶に残りやすいから、その習性を利用しているんだよ。意識的になのか無意識のうちになのかを置いといてな。初対面で抱いたマイナスな感情を、二度目に再開して拭いきれないとかいうものがこれだろうさ」

 

まるで経験でもしているかのように話すカイト。いや、カイトだけではなくキリトもユージオも既に経験している。もう二度と戻れない剣術院で否応なく会う機会があった貴族。ライオス、ウンベールそしてヒョールといった上級貴族の跡継ぎたち。

 

 

 

 

 

階段に響く4つの足音。統率のとれた動きにはほど遠いが、反響する音を聞けば不思議と心地良い。それを感じているらしく、4人の表情は引き締められながらも穏やかに頬の筋肉がほぐれていた。

 

しばらく足を動かしていると唐突に階段が途切れた。階を通り過ぎる度に数えた階数は10。つまり今4人が足を置いている場所は90階。カイトとアリスが最大に恐れる人物が待つであろう場所。立っているだけでは別段何ともなく、むしろのんびりと形容するのが適当な空気で覆われている。

 

予想とは違う結果にキリトが片眉だけを上げてカイトを横目で見やる。それに居心地が少し悪いのかカイトが視線を逸らす。

 

「何これ」

「なんでしょうね」

「カイト…「行きましょう」」

 

キリトの間の抜けた問いに敬語で答えるカイト。何かを言おうとしたユージオを遮るように、アリスが大扉の前に移動する。アリスが口を動かしたタイミングが、ユージオと重なったのは単なる偶然であって故意ではない。

 

全員が揃ったところでアリスが少し力を込めて扉を押し開ける。見た目とは裏腹にスムーズに開いていく扉の先から、白い靄が大量に押し寄せてきた。〈神聖術〉による攻撃かと戦闘態勢に入りかけるキリトとユージオだったが、アリスとカイトが何もせずに佇んでいるので戦闘態勢を解く。

 

《大浴場》と名称があるのだがこれまで二つ名を与えられていた場で、戦闘を行ってきたのだから少しぐらい過敏に反応してしまっても仕方ないだろう。だからカイトとアリスは、キリトとユージオに冗談で嫌みを言わなかった。歩を進め内部へと入るとその面積に眼を疑う。90階すべてを使用するほどの面積の風呂場が目の前に広がっている。キリトとユージオが眼を見開いているのも当然のことだ。

 

「…広いな」

「…壮観だね」

 

それしか感想は出てこないらしい。人間は怖がったり恐怖を抱くと脳が簡単な言葉しか発せなくなってしまう。今2人の状態はまさにこれなのだろう。

 

一面白い靄で覆われ床は見えず、その湿度に汗を浮かべ呼吸が少し苦しい。水面から立ち上る白い靄の正体である湯気と、そこかしこから大量の湯が水面を叩く轟きが聞こえてくる。時折ボコっボコっという音も聞こえてくるが、どうやら巨大な泡が浴槽の底から沸き上がっているらしい。

 

開いたままの扉から外部の空気が大量に流れ込み、溢れた湯気を吹き飛ばしていく。視界が開けたことでキリトの危機感が少し下がり、浴槽の湯へ手を伸ばしている。誘惑されたのか、ユージオまでが同じように片手を湯に突っ込み頬を緩ませている。

 

それを見てカイトとアリスが、しょうがないなとばかりに苦笑している。

 

「良い湯加減だな。いっそ服を全部脱いで飛び込みたいぜ」

「いいねそれ」

「目的忘れてるだろお前ら」

「「それとこれは別」」

 

息の揃った返答にカイトは頭を抱える。それを紛らわすために、奥へと進んでいくと湯気の向こうに人影が見えた。その瞬間、湯気になって消えていった量を補充するかのように大量の湯が投入される。遠くで2人の声が聞こえた気がしたが、それを気にする余裕がなかった。

 

「おう?もう来ちまったのか。(わり)いけどよもう少しだけ待ってくれねえか?ついさっき飛竜で帰ってきたばっかりでよ。身体が硬直してんだわ」

 

緊張感のないそれでいて良く通る声音を発せられ、カイトとアリスの警戒心が高まる。飾り気のない言葉遣いと態度は相手を油断させるものではないのだが、2人からすれば関係のないことだった。

 

「ウウ~ム」と言いながら立ち上がり、通路に置いてあった服に袖を通しているのが見える。

 

「そう警戒心高めなくてもいいぜ。不意打ちなんてのはオレの柄じゃねえからな」

 

どうやらカイトとアリスの警戒心は相手に伝わっていたらしい。身体から滲み出ていたというよりは、その男の感覚が鋭いというのが正しい。剣を腰帯に差し込んでくるりと振り返ってこちらに歩んでくる。

 

「おう、待たせたな」

 

そう口にしながら湯気の先から現れたのは、鉄灰色の髪が短く刈り込まれ服の上からでもわかる鍛えられ上げられた肉体をした初老の男だった。眼に宿る光は鋭く自然に佇んでいるだけだというのに、身体がきしむような圧力を発している。

 

そして一番気になるのは、右眼を閉じている(・・・・・・・・)ことだった。

 

「…立っているのは咎人だと思っていたが。まさか坊主と嬢ちゃんとはな。オレと戦う気はあるのか?」

 

腕を組みながら温和に微笑んでいる恩師に、カイトとアリスは脚が震え出すのを止められなかった。それを一瞥で見破った男の観察力は称賛に値する。

 

「と聞かれれば困るよな。叩くといっても個々では俺に勝てないのは、自分がわかっているはずだが?それでも戦うというならオレはやるぜ」

「…俺は貴方に剣を向けることも剣を交わすことも嫌だ。でもアリスや2人のために戦う!」

「私も同様です叔父様。カイトがそう決めたのなら私も戦います!」

 

2人が鞘から己の〈神器〉を抜刀する。剣先を腕組みしながら佇む男に向けるも切っ先は微かに揺れている。心の動揺ではなく、勝つ力のない自分への怒りだった。それを理解しているかどうかはわからないが、男は笑みを深めて大声で笑い声を上げ始めた。突然のことで状況を理解できていない2人はキョトンとしている。

 

「はっはははははは!いいぜその心意気気に入ったぞ。勝てない勝負だとわかっていながらも、逃げずに戦いを挑むその精神は俺の育てた賜物だな。で、此処まで来た目的は何だ?〈整合騎士〉を全員倒すことか?」

「いえ、そうではありません。俺の目的は最高司祭猊下を倒すことです騎士長閣下」

「む…」

 

予想外なのかはたまた威勢だけの発言なのか。それはさすがの〈整合騎士騎士長〉ベルクーリ・シンセシス・ワンにも察することはできなかった。だがカイトの眼に宿る光を見てベルクーリは薄い笑みを浮かべる。

 

「坊主が冗談を口にする時は、そんな真面目な顔つきじゃねぇから本気なんだろうな。それにそんなことを冗談でも口にはできねぇ

。だったら信じてやるのが師としての立場ってもんだ。じゃ、飲むぜ?付き合え2人とも。咎人も連れてこい」

「「はあぁぁぁ!?」」

 

まさかの酒盛り決定にカイトとアリスは、まぬけな声を上げることしかできなかった。いそいそと準備に取りかかるベルクーリを、ぼーっと見ていることしかできない2人だった。




次回はアリスの入浴が見れますよ!←ネタバレ

情景描写が苦手ですが、アリスの魅力を精一杯描けるように頑張ります!


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同盟

上手く書けませんねアリスの魅力は。作者の腕前というより、あの魅力は言葉では文字では表せないものですから!映像でしか不可能なもんですからね!


「いやぁ、咎人と酒を交わすことになるとは。世の中わかったもんじゃねぇな」

「そうですね。まさか〈整合騎士騎士長〉とこうして飲むことができるとは。さあさあ騎士長、どうぞどうぞ」

「ついでくれるのか?いい役買ってくれるなおい!」

 

良い笑顔を浮かべながらおちょこを差し出すキリト。それに応える〈整合騎士騎士長〉のベルクーリ。

 

「…どうしてこうなった?」

「気にしたら負けですよカイト。今は状況を受け入れるべきかと」

 

今目の前で起こっていることを受け入れられないのは誰もがそうだろうし、それに微塵の違和感も感じさせず、溶け込んでいるキリトが異常と言えば異常なのだ。

 

事の発端はベルクーリが「飲むぞ」とか言いだしたことだ。その理由としては、手解きしてきた部下を倒した強さの真髄を知りたかったから。〈整合騎士〉になったばかりのカイトとアリスが、最古参の騎士2人を倒したことに興味を持ったのもあるだろう。

 

そして大量に投入された湯に押し流されたキリトとユージオが、服を脱ぎ散らかして至福の笑みを浮かべながら楽しんでいたのも理由の一つだろう。

 

娯楽といえば、かれこれ1日を戦いに費やし、半日をカーディナルのアジトで過ごして85階の《雲上庭園》で睡眠を取っただけ。〈この世界〉では汗臭さや雑菌などは再現されていないから気にする必要もないが、どうしても風呂に入りたいと思うのは人間として植え付けられた〈原始的本能〉だからだろうか。アリスやユージオは〈人工フラクトライト〉だが、カイトやキリトに触発されたからなのかもしれない。

 

だがどの土地でも風呂に入り身を清めることは当たり前として行われている。《禁忌目録》に〈風呂に入らざるべからず〉といった禁止事項は存在しない。〈システム管理者〉がどういう理由で、風呂に入ることが当たり前で、疑問に思わないというふうにしたのか考えたくはない。

 

だから2人がはしゃいでいることになんら疑問は覚えなかったし、むしろ自分も入りたいと思っていたからお互い様だろう。

 

先程から話している(正確には入っている)ここは90階《大浴場》。先程の再会から一転して飲み会に発展してしまうとは、カイトもアリスも想像もしていなかった。〈整合騎士〉を統括する騎士長が反逆の騎士(決して彼の有名なキャラクターではない)になった2人と、罪人であるキリトとユージオを捕縛しないのも可笑しな話だ。

 

副騎士長や最古参でもあるデュソルバート、つい最近召喚(・・)されたばかりのエルドリエ。これほどの相手を倒してきた事を称賛するのは人柄を見れば可笑しな事はない。だが称賛しても捕縛しないのは如何なものかと思わずにはいられない。〈整合騎士〉の任として〈セントラル・カセドラル〉の守護も含まれるのだから、全うしないのは一体どうなのだろうかとカイトの中で渦巻いていた。反逆している自分が言えたことではないが、そう思わずにはいられなかった。

 

そんな現状を受け入れきれないカイトを慰めるアリスが可愛いと、ユージオは横目で2人を見ていた。

 

カイトの頭を優しく撫でながら朗らかに微笑む〈整合騎士〉アリスが幻想的だと思えて仕方ない。細いうなじに浮かぶ湯の粒。周囲の壁に置かれたランプから零れる橙の光に照らされたアリスの姿態は美しく、さながら妖精のように魅惑的に見えた。

 

白いタオルというのがまた、アリスという人間が持つ魅力を最大限に引き出しているのかもしれない。若い人間特有の張りと艶のある肌。鍛えられていながらも女性らしさの一つである丸みを帯びた腕と脚。そして何より眼を惹くのが上品に白いタオルを押し上げる双丘。

 

眼にするのが毒ではないかと思うほどの美貌を見せられては、想いを寄せるユージオもカイトに嫉妬せざる終えなかった。だがそれを口にする気はないし自分だけが思うことにしておいた。楽しそうに酒を流し込んでいる2人に混ざるため、ユージオは居座る場所を変更するのだった。

 

「…俺は必要なくないか?」

「キリトもユージオも楽しそうなんですから茶々を入れるのは野暮ですよ?」

「そうは言ってもなぁ。てかここでこんなにゆっくりしてていいのか?アドミニストレータが完成させてしまうかもしれないのに」

「もはや手遅れです。私があの手紙を渡したときには、既に8割方唱え終えていたようですから」

 

酒を飲んでどんちゃん騒ぎしている3人を横目で見ながら俺たちは深刻な話をしていた。向こうでは腰に薄青色のタオルを巻いて、右手に徳利を持ちながら「騎士長Danse♪踊れや騒げや、や~や~や♪」と歌っている。さらにはキリトとユージオが「「朝が来るまで♪」」と楽しそうに合いの手を入れている始末。

 

キリトはともかくユージオがその台詞を知っていることに驚いた。いや、たぶんノリでそう言っただけだろう。剣術院時代、キリトがウォロ主席との立ち合いで引き分けたときに「引き分けおめでとうの会」を開いた。その時にソルティーナ先輩が秘蔵の百年ワインを開けながら「朝まで飲み明かそう」と言ったっけ?たぶんその言葉を思い出して言ったんだろうな。

 

「カイトはこういう雰囲気が嫌いですか?」

「うっ、そんなわけないだろ?キリトやユージオがあれだけ楽しそうにしているのに反対なわけがないじゃないか。だがアドミニストレータに挑む直前だというのに、この無神経さは如何なものかと思っただけさ」

「ここに至るために私たちは苦しくも辛い道のりを歩んできました。たとえこの先に最高司祭様がいようと今だけは良いと思います」

「そ、そうだな…」

 

そう言いながらアリスが俺の肩にぴったりとひっついてきた。なんだか甘い香りが漂ってくんぞぉぉ!?うおおぉぉぉぉぉ!マズイマズイマズイマズイ!俺の心がオーバーキルされそうだぁぁぁぁ!嬉しすぎて幸せすぎてどうしようもないんだよぉぉぉ!

 

今ならアリスに何しても良いかな?あんなことやこんなこと…ゲフンゲフン落ち着け俺の煩悩よ!今そんなことしたらアリスに嫌われてしまう!アリスが俺の生き甲斐なんだ失うわけには行かない!ならばどうする?今俺がするべき事とは煩悩を抑えることだ!

 

南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経、祓え給え、清め給え、神ながら守り給え、幸え給え。…最後のは別の方法だった。どうやら混乱して別の意味合いを抽斗から引き出してしまったようだ。ふははははははは!抽斗だけに引き出す。

 

ああ、やめてアリス!?そんな眼で俺を見ないで!加工場に連れて行かれる哀れな丸々と太った豚さんを見送るような生暖かい視線はやめて!

 

…それにしても3人はあれほど飲んでも良いのか?酔い覚ましには何が良かったっけ?水分補給とか睡眠、シャワーを浴びる、軽い運動、ツボ押しとか言うがどれが良いのだろう。個人差があるのだし適当に済ますのもどうか。合わないものを飲ませて悪化させるのは論外だし。自己責任で終わらせてもいいんじゃね?と思っても良い気がしてきた。だって俺が止めてもやめないんだからさ。もはや投げやりになってきた自分にほくそ笑む。

 

「どうしたのですか?カイト」

「ん?いや、酔い覚ましに何をしたら良いかなって考えてた」

「ここまで飲めばそれを考えても可笑しくはありませんね」

 

アリスさんよ、その服装でしだれかかりながら話さないで下さいませんかね。嬉しいんだけどさ、せっかく煩悩を押さえ込んだのにぶり返してしまうではないですか!ついでにうっとりと息を吐かないで下さいませんか?その魅力の威力に飲み込まれそうなんですよ!形を変形させる柔らかな物体もわざと当ててるんですかね!?衝動的に襲いかかりたくなるんですけどぉ!?

 

ユージオ・キリトに加えて挙げ句の果てには、騎士長さんがいるからしないけどさぁ!いや、いなくともしない………はず。ダメだ、確信が持てない。俺はどうしてここまで優柔不断な人間になってしまったのだろうか。白いタオルに包まれていない両腕に、湯をすくって肌に塗り込むかのように馴染ませているのがまた魅力的だ。浴槽の中にはすらりと伸びた純白の脚が眩しい。水面がユラリと揺れてはっきりと見えないからこそまた芸術的なのだろう。

 

ほら良く言うじゃん?真っ裸より一部に衣類残した方が萌えるとか言う人がさ。

 

…俺は断じてそんな癖はないからな!あったとしても〈この世界〉ではそんなことするのは不可能だし!え?アリスが許可したらしたいかって?

 

ぶち殺すぞコラ。そんなことしないし言わせねぇよ。アリスが望んだとしても俺はそんなことさせねえ。

 

 

 

 

何故カイトはこっちを見てくれないのでしょう。こんなに近くにいるというのに意図的に視線を外して、こちらを見ようとはしないなんて。私には魅力がないと?副騎士長のファナティオ殿と比べれば私は劣るでしょう。しかしそれだけの理由で揺らがれないのは、乙女として不満以外の何物でもありません。

 

まさか剣術院で傍付きになっていたという少女の方が良いと言うのですか?そうとあらば此処を出てから、成敗(討伐?)に向かわせていただきますからね。私の方がカイトを想っているという真実を見せつけてやるんだから!

 

だって誰よりも長くカイトの側にいたのは私だし、〈神聖術〉のこつを教えてあげたのも私だもん。セルカもカイトを奪おうとするし、ファナティオさんだってあの傍付きだって絶対にそうだもん。カイトに向ける視線に含まれている感情が異質だし。

 

誰にも負けないくらい好きだってことは周囲に示したい。

 

だからこうして色気を使っているのに、見向きをしてくれないなんて辛いです。何が足りないのか教えてほしいけど、聞くのも恥ずかしいから聞かないでおこう。いつかその理由を知る日が来るかもしれないから。

 

 

 

 

アリスがカイトの心中を的外れな理由で避けてからしばらく。泥酔していびきをかいている2人を、入り口付近の少しばかり涼しい場所に移動させて、アリスとの2人がかりで風素を使って涼ませていた。少し経ってベルクーリに呼び出された2人は、湯船に浸かっているのが現状である。

 

「単刀直入に聞くが、どうして小僧は最高司祭に挑もうとしているんだ?」

 

腰を下ろしてすぐに問いかけられカイトは肩を振るわせたが、眼に光を宿らせてベルクーリを見据えた。その眼は真剣そのものであり、生半可な覚悟を抱いた者のそれではない。ベルクーリが納得できるほどの活気に満ちた目力だ。

 

「世界を護るためです」

「…世界ってのは〈人界〉か?それとも〈ダークテリトリー〉のことか?」

「その両方です」

「…そうか」

 

ベルクーリにとっては意外だったのだろうか。〈人界〉だけではなく〈ダークテリトリー〉をも護ろうとしているカイトに、どのような心情でいるのか本人以外にはわからないだろう。何故なら彼は世界最古の〈整合騎士〉であり、誰にも予測できない考えを胸に秘めている人物なのだから。

 

「ふっ」

「可笑しな事を口にしたつもりはないのですが」

「気を悪くさせたのなら許してくれ。弟子がそんな壮大な夢を描いているとは思いもしなかったんだよ」

 

口元に浮かんだ笑みをカイトは見落とさなかった。本人は至って本気だし、馬鹿にされるようなことを口にしたつもりもない。〈整合騎士〉である以上、いつかは〈人界〉を護るために〈果ての山脈〉へと趣き、〈ダークテリトリー〉からやって来る悪鬼と剣を交える。勝つか負けるかは本人次第だ。負ければ命はなく、勝てばまた次にやって来る悪鬼と戦うことになる。それは一種のジレンマに他ならない。カイトからすればそれは望んでもいない未来であり、迎えたくもない現実。

 

悪鬼としてやって来る彼等も〈人工フラクトライト〉として造られた一つの命だ。見た目がどんなに醜くてもどれほど卑怯な手を使ってこようとも、カイトにとっては何も変わらない《命》。〈人界〉に暮らす民と何も変わらない生を受けた一つの魂。

 

傷つけたくない。殺すなどできるはずがない。

 

だがそれでもそれを乗り越えてでも護らなければならない存在がある。それは己自身でも〈世界〉でもない唯一人愛した人のために誓いを破る。

 

「本心を言えば、オレも同じように護れるなら護りたい。だがなぁ、どちらか一方しか救えないこともあるんだぜ?どちらかを選ばなければ自身が死に、友が死に、愛する者が死ぬ。そういう選択肢を突きつけられ、即座に決めろと言われればお前はどうする?」

「自分の命に代えてでも守り切ってみせます。たとえ立ちはだかった敵に勝つ要素が見つからなくとも、勝機がゼロだったとしても。俺は最後まで諦めずに守り切ってみせる。それがこの2年間で学んだ己の生き様です」

「自分の命を勘定に入れなくて良いとオレは教えたつもりはないぜ?」

 

立ち上がり鋭い眼光をカイトに向けるベルクーリに負けるつもりはないとばかりに、カイトも立ち上がって睨み付ける。身長差は優に15cmほどあり、カイトが見上げる形になっている。だがそれでもカイトは恐れず、胸に秘めた己の覚悟を見せつけるように立つ。2人の距離は20cm程度。拳を繰り出せば、腕を伸ばしきらずに叩き込むことが可能なほどの至近距離だ。〈最古の整合騎士〉と〈新米整合騎士〉が戦えば誰もが勝敗など予測できる。だがその佇まいだけを見れば、むしろカイトの方が勝っているのではないかと思えてくる。

 

ベルクーリが睨みをきつくするとカイトも負けじと目力を込める。空気が張り詰め、《大浴場》だというのに肌寒く感じるほどの冷気。湯気がダイヤモンドダストへと変貌する。波打っていた浴槽の大量の湯が一瞬にして重量のある氷へと凝固する。湯の投入音が聞こえなくなったのは、投入口までが凍ってしまったからだろうか。

 

ベルクーリとカイトから漏れ出す覇気が渦巻き周囲を蹂躙し始める。風などが起こるはずもないというのに3人の髪がたなびく。それも朗らかなとはかけ離れた嵐と呼べるほどの風圧が密封空間内で吹き荒れる。

 

ギィン!

 

金属音がした瞬間、ベルクーリとカイトの眼前で銀色の光が弾けた。それを見逃さなかったアリスがカイトを覗き込む。

 

「…安心しな嬢ちゃん。こいつは防いだ。それも完全なタイミングと威力でな」

 

心配そうにカイトの頬を両手で掴み何か起きていないか心配していると、ベルクーリが心暖まる声音で諭すように語った。

 

「それはつまり…」

「オレは今こいつに《心意の太刀》ならぬ《心意の小太刀》を撃った。まともに受けていれば薄皮1枚は軽く切れていただろうよ」

 

《心意の腕》をも越える秘技《心意の太刀》は〈整合騎士〉でも使えるのは極一部。自由自在に扱えるのはベルクーリだけとアリスは聞いていた。だが今の言葉からしてカイトも使えるという事実が明るみに出た。決して知ることのなかったカイトの実力を知った瞬間だ。

 

「オレも驚いたぜ。まさか〈整合騎士〉になったばかりの奴が手加減したとはいえ、騎士長であるオレの《心意》を受け止めるなんてよ。坊主、一体何処で使い方を知った?オレが知る限りお前は物体を少し移動させるのが精一杯だったはずだ」

「…別に隠していたわけではないですよ。《想い》を意思力に代えるよう努力した成果としか言えないですが。なんせできたのは今が初めてですから」

「…ほう?見様見真似でやったと言いたいのか。とぼけるなよ?《心意の腕》はともかく、《心意の太刀》はオレでさえ習得には100年を費やした。それを2年やそこら前になった野郎ができてたまるか」

「俺が騎士長に嘘などついたことは一度もありませんよ。嘘は他人ばかりか自身までをも腐らせる。嘘をつくのはそれなりに理由があるときにしか使いません」

 

よほど消耗していたのか、カイトは細く早い呼吸をしながらベルクーリの問いに答える。見れば湯による水滴ではない何かが体中に溢れているのが見える。そして気付けばダイヤモンドダストに見えていた空気は湯気に、湯の投入音が聞こえて、湯船は温かく波打ち、吹き荒れていた風が収まっている。

 

環境を一変させるほどの意思力だったのか、はたまたそう錯覚させるような《想い》が溢れていたのかわからない。

 

「…そういうことにしておくか。じゃ、少し休憩したら向かうか」

「向かうとは何処に?」

 

カイトが何処に行くのかとかけると、ベルクーリが凄むような笑みを浮かべながら振り返り言った。

 

最高司祭様を倒し(・・・・・・)にだよ」

 

かくして〈整合騎士〉騎士長ベルクーリ・シンセシス・ワンが、カイトらとアドミニストレータを倒すことになったのだった。




さてさてこの先どうしたらいいんでしょうね〜

アリスは天使ぃ〜萌え萌えきゅん!


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セントラル・カセドラル決戦編
上層


約1ヶ月ぶりの投稿...。さり気にスっと載せるという悪どい方法ですね。

いや、ほんとなんかもうすんませんでした!書きたくても書く暇がなく、あったとしても疲労でモチベーションが上がらないという悪循環でした。

授業が鬼なので投稿はどうなるか分かりませんが頑張りますのでよろしくお願いします!


「うぐ、頭が…」

「うぅぅぅ、気持ち悪いよぉ...」

「だから止めたろうに」

 

90階《大浴場》から出て95階《暁星の望楼》に至ったカイトは、二日酔いに苦しんでいるキリトとユージオにため息をつく。2人の自業自得なので、それほど心配はしていないらしい。そんな状況であるからか、〈整合騎士騎士長〉ベルクーリの同行が決定したことで、カイトの中には少しばかりの余裕ができていた。

 

〈整合騎士〉最強の肩書きを持つ人物が味方につくのだから、これ以上を求めるのは不可能だし、求めるのはベルクーリを侮辱することにも繋がる。だがカイトはそう思う前に、そんなくだらないことを考えようとはしなかった。考える余地も余裕もなかったわけではなく、考える(・・・)という思考回路にさえ至ることもなかったというのが正確なところだ。「ベルクーリがいてくれれば目的を完遂できる」という希望があるだけで十分だからだ。

 

これ以上はいないと確信できるほどの手練れが、己の目的に賛同してくれているのだから失敗は許されない。目の前に立ちはだかる敵がいくら現れようと全員を護って討ち取る。

 

それが今のカイトを動かす原動力だ。

 

と思ってはいても、親友2人が歩くのもままならない様子でいると、頭を抱えずにはいられないらしい。現にカイトは、《暁星の望楼》に置かれた椅子を外周部に移動させて黄昏れている。その後ろではキリトとユージオが机に埋もれているので、その気持ちもわからなくはなかった。

 

「み、水を…」

「準備してるんだから少しぐらい我慢しろ。このとんま」

「…病人に対して、いささか扱いがぞんざいじゃないですかね?」

「へべれけ状態になるまで飲むのが悪い」

 

これ見よがしにカイトは、キリトの不満へ辛辣な言い方で返答していた。一見すると、カイトの態度は素っ気ないものだが、キリトの行動がそうさせたのだから責められるいわれはないはずだ。止めたにもかかわらず「此処でしか飲めない代物だから止めるな」と言う始末。確かに美味ではあったが、最終戦目前で泥酔するまで飲めるほど楽観的になれなかった。

 

カイトが深く考えすぎやら、キリトが楽観的すぎるというわけではない。アドミニストレータの本性を知っているかどうかという、情報量の差によるものだ。だがカイトにとっての疑問事項はもう1つある。それはベルクーリが隻眼になっているということ。左眼であったなら違和感。いや、疑いなど抱かなかった。右眼(・・)ということが問題なのだ。左眼ではなく右眼ということは、彼も疑問を抱き真意に気付いたのだろうか。

 

だが彼は「頭がない」と『原作』で言っていた。それが事実ならば簡単に気付けるはずがない。「頭がない」というのは、作戦などを考える柔軟さがないというだけで、知識が少ないというわけじゃない。むしろ誰よりも長い年月を生きているのだから、知識量は多いだろうというのが俺の見解だ。

 

そこから考えると、長い長い時間をかけて今の〈セントラル・カセドラル〉のあり方に疑問を募らせていった。そして俺がいない2年間の間に《コード871》を破るまでに至った。そういうことなのではないだろうか。実際に「原作」ではアドミニストレータが、ベルクーリが100年前にこの世界に違和感を覚えているのを知って、〈シンセサイズ〉をもう一度執り行っている。

 

俺がいる世界でどうなっているのかはわからない。封印を破っているところを見ると、100年前に〈シンセサイズ〉されていないように思える。されるような違和感を感じていなかったのか。感じていても悟られないように生活してきたのか俺にはわからない。きっとアドミニストレータと対峙した時に話してくれるだろうと信じている。そのために今は2人の介抱に全力を注いだ方がいい。

 

雲ひとつない月明かりが、照らす虚空を眺めながらカイトは2人へと歩を進めた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

白亜の階段の真ん中に敷かれた緋色の絨毯によって、響くくぐもった足音は5つ。周囲が静かすぎる影響なのか。やけに足音が大きく反響しているように感じる。だがそれが自身の錯覚だと理解している。わかっていてもそう感じてしまうのは、最終局面が近い所為なのだろうか。

 

チラリと視線を後ろに向けると同伴者4人の姿が視界に入る。淡い草原色の上着にいつの間にか着替えたのか、純白のスカートに着替えたアリス。濃い群青色の制服らしきものに身を包むキリト。淡い水色の制服らしきものに身を包むユージオ。そして灰褐色の和服に身を包んだベルクーリ・シンセシス・ワン。

 

キリトとユージオはここまで幾つもの死線を潜り抜けてきている。普通に生活していれば決して眼にすることもなく、耳に入ることもなかった事態に後戻りできないところまで入り込んでしまった。キリトの剣の腕は文句なしだ。互角とは言えなくとも、〈整合騎士〉とそこそこ渡り合えるだけの技量を有している。キリトは〈剣の世界〉で死を間近に感じながら鍛え上げてきた。

 

ヒットポイントの名で知られるHPがなくなれば死。文字通りその世界からも〈現実世界〉からも永久に退場するという、危険極まりない状況を生き抜いた。主犯の目的は俺にもわからない。唯自分だけが悦に浸りたかったのか。それとも自分が〈神〉という存在になりたかったのか。

 

4000人以上もの命を奪ったにも関わらず、VRMMOという新しいジャンルの世界を創り出すことに成功したのはいうまでもない。キリトやその仲間たちもそれがあったからこそ出逢えたのだし、今のキリトがここにいるのだから俺が口出しできることではない。だが憎悪や哀しみがなかったわけではないとキリトは「原作」で言っていた。

 

デスゲームとならなければ、キリトはビーター(ズルをするチーターとβ版参加者のベータテスターを掛け合わせた造語)と揶揄されることはなかった。数多のビーターに向けられる怨みを自分1人で請け負い、嫌われるような行動を自ら買って出た。

 

そしてデスゲーム開始から1年が経った頃、キリトはひょんなことから5人しかいない小さなギルドに入ることになった。それがキリトの心を少なからず癒やしたのは想像に難くない。だが自身がチーターだということを言い出せず、長い間所属していた所為で全員を殺してしまった。

 

3人は大量のモンスターの所為で救出できず、1人は助けられたにもかかわらず手が届かなかった。パーティーメンバー全員を失ってから、残ったメンバーに詳細と自身の素性を明かした。許されると思っていなかっただろうが、そんなキリトに追い打ちをかけるかのように、その人物はキリトを糾弾した。

 

「ビーターのお前が、俺たちに関わる資格なんてなかったんだ」と言い放ち、仲間の後を追うように〈アインクラッド〉の外周部から飛び降り自殺した。それがキリトの心の枷となり、誰とも交わらず自身のステータス強化に繋がっていった。だが皮肉なことに強化し続けたことで、キリトはさらに周囲から孤立していくこととなる。

 

仲間を失わないために、自身が死なないために強くなったというだけで、周囲から嫌われるということがあって良いのだろうか。過去のことを知れば、誰もができないというだろうがキリトが口にするはずがない。ジレンマでキリトは〈自身〉という殻に閉じこもり過ごしていく。

 

そんなキリトを救ったのは、他でもない〈アインクラッド〉で結婚し、今でも仲睦まじいカップルとして支えているアスナだ。あの世界で彼女は〈閃光のアスナ〉と恐れられ称えられてきた。それの要因として容姿も合ったが今は関係ない。今でも〈バーサクヒーラー〉として名を馳せているのもまた別にしておこう。

 

傷心し自身でも己を傷つけていたキリトに、救いの手を差し出した彼女が殻にひびを入れるきっかけを作った。そのひびを割ったのはキリト自身だが、きっかけがなければキリトもそのまま居続けただろう。かく言うアスナも初期はとげとげしていたが、キリトの影響で今のアスナに変われている。

 

キリトの強さはきっとここから来ていたのだろう。自身を変えた愛する者を護るため。そしてこの世界から生きて帰るための原動力。そんなキリトを殺させるわけには行かない。

 

護るんだ。どんな方法を使っても。たとえそれがキリトとの仲がつぶれる原因になるとしてもだ。

 

ユージオは剣の腕でいえば、元々の性格も相まって〈整合騎士〉から一段から二段ほど落ちてしまうのは否めない。どちらかといえば〈神聖術〉を扱う方が優れている。〈整合騎士〉と比べれば熟練度がかなり低いのは仕方がないが。剣術院では2年程度しか筆記と実技をしなかった。学校で習うといっても基本知識とちょっとした応用程度だけ。実戦なんぞする機会はないしすることもない。あるとすれば、案山子に向けて放つだけであって動く標的は相手にしない。

 

「対人戦闘をすればいい」と思うだろうが、残念なことに『理由なく他人の〈天命〉を減少させてはならない』という面倒な《禁忌目録》があるから不可能だ。ユージオがキリトより扱える理由としては、カイトとアリスを救えなかったことが影響している。

 

あの日、2人を救えなかったその自責の念が積もりに積もったことで、一度〈神聖術〉を嗜んでみたことがあった。独学とは行かず、セルカにそれとなく聞いてみたことで初歩的なものは扱えるようになった。〈天職〉の合間や〈安息日〉に行うことで気分転換にもなったのだ。

 

だが〈神聖術〉を練習することで、連行されるのを見ていることしかできなかった自分に嫌気がさす。何故あの日自分は動けなかったのか。何故手を伸ばすこともせず、空の彼方へと消えてく姿しか見ることができなかったのか。練習すればするほど心が重くなっていった。

 

それでもやめなかったのはエゴにも等しいものだった。あの日のような自分を見たくない。見せてはならない。そう思い込むうちに清々しい気分に浸るようになり、いつの間にかセルカには劣るが村で3番目の腕前になった。だからといって自慢する気もなかったし、誰にも話さなかった。

 

上達した理由が、罪人を護れなかったというものだと知られれば自分の居場所がなくなると思ったからだ。唯でさえ罪人2人と親しかったというだけで、ユージオから離れていったのだから余計に自分の立場を悪くする必要はない。おそらくユージオがそのことを口にしていたとしても、村人たちの飯能は「またか」という程度で済んでいただろう。

 

「類は友を呼ぶ」という諺のように避けるはずだ。〈アンダーワールド〉にそのような諺があるかは微妙だが、〈現実世界〉で起こることと似たことが起これば無視は出来ない。元々〈人工フラクトライト〉は、人間の赤ん坊の魂をコピーしたものなのだから。

 

そんな風に6年間を過ごしてきたユージオも失うわけには行かない。キリトと同じように〈整合騎士〉3人で護り向く。平民として育った2人は、民を護る使命がある〈整合騎士〉が命に代えても護る。

 

 

 

「ここが《元老院》か…」

 

幾つかのフロアを抜けた先には筒状の暇が広がっていた。円形の床に、見上げれば明かりによって天井が見えない。天井が湾曲しているのを踏まえて予測すれば20mほどだろうか。そして周囲には顔を顰めてしまいそうになる光景が広がっていた。

 

「こ、これは一体…」

「何これ...」

「…おいおい、なんだよこれは」

 

そのあまりの光景にキリトとユージオは予想通りの反応をした。だが疑問に思ったのは〈最古の整合騎士〉がここのことを知らなかったことだ。300年前に〈召喚〉された人物であれば、〈セントラル・カセドラル〉内部を知り尽くしていると思っていたのだが。

 

「騎士長はご存じでないのですか?」

「気にする余裕もないんでな。ついでに言やぁ、此処のことを知り尽くそうなんて事思わなかったからな。俺の余裕のない頭の容量には重すぎる」

「余裕はあると思いますが…」

 

ここで脳筋だと肯定しないのがカイトの良さだろう。実際、ベルクーリは策を考えることが一番苦手な〈整合騎士〉でもあるからだ。

 

「カイトは知ってたのか?」

「此処だけやけに警備が厳しかったからな。元老長は暇さえあれば此処を徘徊してる」

「よく見ようと思ったね」

「隠しているものを見たくなるのが人間の性ですから」

「「…」」

 

自信満々に言い放つアリスに2人は黙り込むしかなかった。キリトは自身に覚えがあったから尚更にちょっと視線を外していた。

 

「にしてもこれはどういうこった?最高司祭猊下がこんなことしていたら許せない事柄だぜ」

「元老長という可能性も否定できませんが、放っておける事柄ではないですね」

 

カイトたちの前に広がっている光景は悲惨なものだった。人外的扱いに等しい状況に、人間性を見定めることができることが長所なユージオからすれば、余計に許せないことなのは間違いない。何故ならそこには壁一面に人間が埋め込まれており、首だけが壁から生えているように見える悲惨な光景だったから。




久々なくせに内容は進んでないです...。しかも久々なので国語能力低下が甚だしい。何を書きたかったのか自分でも行方不明なのが実際です。

頑張っりますのでよろしくお願いします。


追記 アリシゼーション1期最終話ガチ泣きしました。親がいない時に見ていて正解でした。見られたら笑われたかもしれませんからね。1ヶ月経って感想を書くとは残念無念。

次まで半年...。泣きそうです!


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通達

頑張って即日投稿!せめてセントラル・カセドラル決戦編だけは終わらせたいので頑張ります


なんとも口にし難い光景に眉を顰める。人間的扱いを受けていない様子は、不快以外の何ものでもなかった。何故このような状況になっているのか理解ができない。騎士長ならそう思うのが普通であり、すぐさま飲み込める訳では無いはずだ。300年の永きに渡って〈人界〉を守護し、〈公理協会〉に忠誠を誓ってきた最古参の〈整合騎士〉には受け入れられないこと。

 

そうであるに違いない。

 

「一体、こいつらは何者だ?不気味な式句をつらつらと発してやがるな。一層、呪詛と言ってもいいんじゃねぇか?」

「その表現はあながち間違いではないでしょうね。ここにいる彼等は、《禁忌目録違反者》を見つけ出す式句を唱えていますから」

「...《禁忌目録違反者》だと?」

「はい、それが彼等《元老院》の〈天職〉です」

「「「っ!」」

 

予想だにしない真実を告げられたキリト・ユージオ・ベルクーリは、鋭く呼気を吐き出した。

 

《元老院》の役割としては、〈神聖術〉の解析や新術の開発などが主だ。表向き(・・・)という注釈付きで。だが本来の役割は、〈人界〉全土を監視し、違反者を発見するという掃除屋である。騎士長でさえ知らないのは、知る機会もなければ疑いを抱くことがなかったからだ。

 

〈アンダーワールド人〉は、そもそも〈公理協会〉や《禁忌目録》に疑いを抱いたり不満に思ったりはしない。〈公理協会〉と《禁忌目録》が正しい。どのようなことがあっても、神が善で罪人が悪という心理を当たり前だと思っている。仕方がないと割り切れなくはない。それは〈人工フラクトライト〉に刻み込まれた枷や、檻として存在しているからだ。だがそれが全てではなく、矯正することも可能だということが判明している。

 

その例がユージオと騎士長だ。ユージオは〈外来人〉であるキリトによって、〈人界〉の在り方に疑問を抱くようになった。《禁忌目録》を知らないが故に。また自身が暮らしていた〈現実世界〉での常識がある故に、ユージオを変わらせた。

 

人として当たり前のことをしただけだと言うのに、罰せられるような世界があっていいのかと。疑問という形にはならないまでも、ユージオの中では渦巻いていた感情。キリトが現れるまでずっと燻っていた火種が、火となり炎となり今のユージオを生み出した。

 

《禁忌目録》は絶対の法であり、何者にも侵されない絶対の存在。それに不信感を抱いた者は、容赦なく連行されて道具と化した。

 

「〈人界〉全土から違反者を血眼になって探す。それが今の《元老院》という存在。キリトとユージオはこれを眼にしてるぞ」

「え?ああ、あれか…。ライオスらの部屋に浮かんだ白い人の顔をした」

「その通り。あれは違反者を見つけたことを確認する行動だ。胸くそ悪いことにな」

 

2回(・・)眼にしているなどと言えない。言えば、キリトは疑いを持ちユージオを不安で揺らすことになる。この状況で精神的に疲労させることは、望ましいことではない。

 

「それにしてもこいつらは一体誰だ?」

「おそらくは〈人界〉のあちこちから集められた特殊な能力を持つ人々でしょう」

「カイト、特殊な能力とは?」

「戦闘能力はないけど〈神聖術〉に秀でた者。他に考えられるのは《シンセサイズの秘儀》の失敗者だろうな」

 

その言葉に4人が眉を顰める。騎士長がどう感じているかわからないが、おそらくは黒いものが胸中に渦巻いていることだろう。

 

「…解せんな。どのような理由があろうと人外扱いする行為は断じて許せん。それが元老長の独断だろうと最高司祭猊下の直々の命令だろうとな」

「同感です」

「それにしても小僧は何故黙っていた?今の今まで」

「聞かれたくありませんでしたから。それにいつ何処に元老長がいるかわかりませんでしたし、言いたくとも騎士長がサボって何処かに行くから、話したくても話せなかったんです」

「うっし、行くぞぉ」

 

自分の立場が危うくなったのを誤魔化すように、先を急ぐベルクーリに全員が苦笑を浮かべた。〈天命凍結〉を受けているとはいえ、〈整合騎士〉になったのが中年から初老の頃。大の大人がそそくさと先へと行く姿は、緊張と顔を顰めてしまう光景で披露していた精神を、少なからず癒やす効果を持っていた。

 

深呼吸をして互いにうなずき合い、少しばかり先に入ったベルクーリを追い掛ける。姿が見えなくなって少しした頃。

 

「ホワッハッハハァァァァ!?」

 

意味不明な高音質な絶叫が耳に入ってきた。聞き覚えのある不快な声音にカイトとアリスは三度顔を顰め、キリトとユージオはどのような人物が待っているのか想像できていなかった。狭い通路を抜け見渡すと、下品としか言い様がないほどの金で彩られた部家が露わになる。

 

上を見上げれば豪邸にしか置かれていないであろう、シャンデリアと思しき照明が眩しく部屋を照らしている。眩しいのはシャンデリアだけではない。金色のタンスや机、椅子やら。それはまだ金持ちなどであれば納得できる類いのものだ。

 

だがベッドの上に置かれた奇抜な色のぬいぐるみやら、上半身がデビルで下半身が人間の人形、さらには生き物なのかと疑問に思えるような、不気味な怪物が床に所狭しと並んでいる。果てには積み木やウマのような乗り物など。子供が遊ぶような玩具が数多く鎮座していた。

 

そんな異世界かと思うなような部屋の中央で、この部屋の主と騎士長ベルクーリが対峙していた。いや、この言い方は誤解を招くものだ。正確に言えば、ベルクーリが部屋の主である元老長チュデルキンの胸元を、左手で掴んで宙へ持ち上げている。

 

そして右手には〈神器《時穿剣》〉が握られ、切っ先はその人物へと向けられていた。剣先は微動だにせず、妙な行動をすればすぐさま肉体を貫く。それを予感させるほどの緊張感が漂っている。

 

「教えてくれねぇかな元老長よぉ。アレは何だ?」

 

カイトとアリスが聞いたことのないような、凄む声音でベルクーリはその人物に問いかける。キリトとユージオはその声の恐ろしさから、教師に怒られたかのようにピンッと背筋を伸ばした。

 

「…アレとは何のことですかね、ホヒッホヒッ」

「とぼけんじゃねぇよ。わかってんだろ?俺が何のことを聞いているかをよ。早く自分の口から言った方が良いぜ?今の俺は我慢が効かなくてな」

「脅しですかネ?その程度でアタシを思い通りに扱えると思ってるンですかね?ホヒヒヒヒヒ」

 

ベルクーリのドスの利いた声音に、怯えることなく余裕の表情でベルクーリを見据えるチェデルキン。その振る舞いは尊敬に値するが、カイトやアリスそしてベルクーリの神経を逆撫でていることに変わりなかった。

 

「ほぉう?俺の脅しに屈しないのは褒めてやるが、それは自殺行為だぜ?お前が応えないなら最高司祭様に直接聞きに行ってやるさ」

「ホッヒィィィィ!?それは困りますよゥ!今は猊下に近づくのは禁止なんですからねェ!」

「何故禁止なのか教えてくれないか?元老長」

「知りませンよゥ!誰も近づけるなというのが命令ですからァ。アタシにも教えてくれないンですよゥ!猊下を一番崇拝しているアタシにも教えられないことなンでしょうよゥ!きっとどんな輩にも理解できない完全無欠な〈神聖術〉なンですよゥ!」

 

手足が異様に短いからか。空中でジタバタする様子は、滑稽極まりないものだった。〈公理教会〉の最重要人物にして最高位の神聖術士の今の光景に、笑いが込み上げてくるのを抑えながらカイトはベルクーリの背後から顔を覗かせた。そして耳にした言葉を繰り返す。

 

「『誰も近づけないようにしろ』ね。案外あんたも信頼されてないんだな元老長さん」

「ホワッハッハァァァァ!?何で此処に一号以外に三十号がいるンですよゥ!?」

 

どうやらチェデルキンはカイトがいることに気付いていなかったらしい。となるとキリトやユージオがいることにさえ気付いていないのだろう。その反応がカイトを更に優越の海へと浸していく。

 

「俺は三十号じゃねぇよ俺の名前はカイトだ。それにいるのは俺だけじゃない」

 

そう言うと3人がカイトの横に並ぶ。

 

「何を言って…ホヒッヒッヒィィィ!?三十一号に小僧共ですとォ!?どうして斬らないンですよォ!?反逆者であるこいつらをさっさと処断しなさいィ!」

「却下させてもらう。俺には2人を斬る理由もなければ処断する義務もない。俺が処断する相手は2人じゃなくてあんただよ元老長。…いや、チェデルキン」

 

腰帯に携えていた〈神器《翡翠鬼》〉を鞘から抜き出し、剣先を宙に浮かんでいるチェデルキンに向ける。思いもしなかった現状に脳の処理が追いつかないのか。チェデルキンは意味のある言葉を発さず、時々「そ、そんな…」やら「アタシが…ホヒィ」という単語しか口にしない。

 

「…ええ、教えて差し上げますよアレについてねェ。アレは猊下が行った実験のゴミを再利用したンですよォ。生ける屍と成り果て、廃棄せざる終えなくなったそいつらを使うことで人員削減!アタシ以外に考えつかない至高の作品ンン!」

「この外道が!」

「ホヒーホッホ、いくらでも言いなさいィ。どうせお前らもいつかああなるンですからねェ。ホッ、ホッ」

 

アリスの罵倒にも動じず愉快そうに笑う態度は、此処にいる全員を苛つかせるには十分すぎるほどの質だった。だからキリトとユージオ・アリス・ベルクーリが握る指に力が籠もったのも可笑しな事ではない。だがカイトだけが唯一怒りの感情を表していなかった。

 

いや、表情に出してないだけで胸中では4人以上に怒りを抱いていた。怒りの業火とでも形容できそうなものが、渦巻き身体の隅々まで行き渡る。主の感情の変化に合わせて《翡翠鬼》が強く拍動する。

 

「今、聞き捨てならないことを言ったな『いつかはアレになる』と。つまり〈整合騎士〉でアレになった人がいる(・・・・・・・・・・・・)ということだな?」

「「「なっ!」」」

「ちっ、胸くそ悪いぜ」

「ホヒッ、案外と耳ざといですねェ。その通りですよゥ?アンデルス・シンセシス・ナインからムーリン・シンセシス・フィフティーンはアレのどれかですよゥ」

 

信じられない事実に全員が驚愕する。驚愕がもっとも大きいのは〈整合騎士〉であるベルクーリ・カイト・アリスだろう。ベルクーリはその驚きのあまり、一瞬の隙を突いて手から離れたチェデルキンを捕まえなかった。チェデルキンは酸素をむさぼるように呼吸を繰り返す。

 

「…その人たちと出会わないと思っていたのは間違いではなかったのですね」

「…俺はてっきり〈果ての山脈〉に行ってると思ってたんだがな」

「俺がいない間になんという卑劣な真似をっ!」

 

自分の知らないところで、あのような存在に変わり果てていたという事実にカイトは爆発しそうになっていた。人の命を弄び、あまつさえそれを道具としか見ない言動に我慢ならなかった。

 

「許さん!…っ騎士長」

 

飛び掛かろうとした瞬間、ベルクーリがカイトを手でその通り道を塞いだ。カイトが視線を向けるとベルクーリは振り返らず、壁際まで下がっていたチェデルキンに近寄っていく。

 

「ヒィィィ!」

 

あまりにゆったりとした歩み寄りにチェデルキンは悲鳴を上げる。抜刀して駆け寄られるよりも、ゆっくりと時間をかけてにじり寄られると精神的な負担は大きくなる。ベルクーリは意図して行っているわけではなく、怒り故に歩みがゆっくりとなっていた。

 

「随分と前からてめぇのことは気に食わなかったが、今度という今度は許さねぇぞ。よくも部下共を道具に代えやがって。俺たちは駒じゃねえ!れっきとした人間だ!」

「ホヒッヒィィィィ!?なっ、オボハッハハァァァァァ!」

 

ベルクーリが上段に《時穿剣》を構え、振り下ろそうとした瞬間彼の横を一陣の風が吹き抜けた。見れば、1本の剣が死の色を思わせるライトエフェクトを纏い、チェデルキンの腹部を刺し貫いていた。刀身の半ばまで貫通した剣を引き抜くと、流れる動作で血の海へと転がる。ベルクーリの上段の構えの恐怖により、視界が狭まっていたチェデルキンは為す術がなかった。

 

「〈アインクラッド流単発重攻撃技《ヴォーパルストライク》〉...」

「…おいおい」

「うっ!」

「っ!」

「まさか…」

 

それぞれの反応を無視して刀身にこびりついた血痕を、一振り二振りすることで払い落とす。チンっという剣を鞘に収めた音で、ベルクーリが処断した人物に問いかけた。

 

「何故殺した?俺がお前を止めた理由がわからなくはないだろうが」

「…こいつに生きる価値はない。そう思ったのは俺だけではないはずです」

 

カイトが感情をなくしたかのような無表情でベルクーリの問いかけに応える。その感情のない声音と表情にアリスは両手を胸の前で握り、キリトとユージオは知らない人物を見るかのような視線を向けている。

 

「何故俺に殺らせなかった?」

「貴方の手を汚させるような相手ではない。汚すのは俺だけで十分だ」

 

それだけを告げると、カイトは部屋の奥にある小さな通路へと入っていく。その背中を真っ先に追いかけたのはアリスだった。カイトとアリスが見えなくなってから、ベルクーリは不満そうにそして申し訳なさそうに呟く。

 

「お前こそ汚しちゃ駄目だろうが。お前は俺たちの《切り札(・・・)》なんだからよ」

 

ベルクーリの呟きはキリトとユージオには聞こえなかったが、かぶりを振って2人を追いかける様子に、キリトとユージオは不安感を抱いた。それでもその不安を棚上げして3人を追うのだった。




アンケートを作りましたのでよろしくお願いします!


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逆心

期間が空いてすみません⤵︎ ︎。本当に予定がなくて、書く時間があったとしても疲労の蓄積でモチベーションが上がらず。

テンポとしてはこのような感じになりますので、よろしくお願いします。


先へ先へと進んでいくカイトの背中を追う。その背中からは、あまりにも痛々しいほどの苦悩が立ち上っているように見えます。先程の戦闘といい、此処に戻ってきてからのカイトは無理をしすぎている気がします。そこまで無理をしてどうするのでしょうか。

 

私たち(・・・)は納得が出来ないのです。いくら〈整合騎士〉であると言っても、食事をしなければ〈天命〉が減少しますし、休憩を取らなれければ気を失ってしまうこともあります。《雲上庭園》で少なからず休息を取ったとはいえ、これまでの戦闘を思い返せば、雀の涙程度しか効果はないように思えます。

 

キリトやユージオがいてくれるとしても、カイトは安心することは出来ないでしょう。むしろいることが逆に、カイトを追い詰めているのではないかと思ったりします。でも決して2人を責めるつもりはありません。いてくれるからこそ戦闘に支障はありませんし、楽しませてくれるので気分転換させてくれます。

 

カイトの背中から漂っているのは、2人を巻き込んでしまったことへの罪悪感なのでしょうか。私はそんなカイトを責めたりはしません。たとえカイトがそのことで打ちのめされそうでも、奮い立たせてみせます。カイトが私を拒絶しようと果たすべき事柄を終えるまでは、手足がもげて五体満足でいられなくなっても。〈天命〉が消え去るまで支え続けます。

 

「アリス?」

 

愛しの彼の背に抱きつくと、当然のことに驚いて不思議そうに問いかけてきました。

 

「すみません、どうしても今こうしなければならない気がしたんです。今の状態で最高司祭様の部屋に行けば、貴方はきっと自我を失い、何の策も立てずに突撃するかもしれないと」

「...否定はしないよ。たぶんアリスの言う通りこのままあの部屋に入っていれば、何も考えずに相棒だけで斬りかかっていた。でもそうしなきゃ俺は彼らに顔向けできない。何も知らず2年間を学院でのらりくらりと暮らしている間に、知った人たちがおぞましい計画に利用されていただなんて。知っていれば防げたかもしれないのに」

 

体に回された腕に微かな振動が伝わってきます。そして顔を填めた背中も微かに上下しているのを感じます。〈公理協会〉に連行された6年前から、1度たりとも涙を見せたことの無いカイトが泣いている?

 

いえ、カイトが涙を見せるはずがありません。それは決してカイトが薄情者であったり、他人の不幸を悲しく感じることがないという訳ではありません。むしろ他人よりその手の感情は濃いことでしょう。誰よりも人を愛し、人が幸せに生きる世界を望むカイトは、自分ではなく関わりがあった人物が、あのようなことになっていることを知れば、正気でいられないはずです。

 

でもそれを元老長チェデルキンを処分することで、どうにか抑えたカイトが、今このタイミングで泣くはずがないのです。

 

「どうしてそこまで自分を蔑むのですか?貴方に救われた人々が数多くいるというのに。〈整合騎士〉も然り、私や修剣学院で助けられた傍付きも。悲観的にならなくてもいいのでは?」

「確かに俺は少なからず誰かを救ってきただろうさ。偶然でも当然だとしても同じようにね。でもそれだけじゃ俺の罪は償えない。自分の〈天命〉全てを捧げたとしても消えない罪が俺にはある」

 

罪とはなんなのでしょう。此処に連行される前のことを、私はもう1人の私(・・・・・)から口でしか話を聞いていない。彼女の言うことを否定したり、疑うつもりはさらさらない。そんな話を作る必要も無いことだから。自分を見下すような言葉であっても、冗談であっても口にしてはなりません。《禁忌目録》に縛られているということを含めての理由ではないです。

 

「それほどまで言うということは、それなりの罪があるのですか?」

「キリトとユージオを巻き込んでしまったことさ。〈人界〉いや、〈アンダーワールド〉を救うためにはアドミニストレータを倒さないと無理だ。倒すためにはキリトとユージオの手助けが必須だった。2人に接触するために、俺はノーランガルス帝立修剣学院に入学した」

 

勿論それだけが理由ではない。アドミニストレータの命令を遂行するのがサブの任務として行い、メインとして2人と仲を深めることをしてきた。2人を弄ぶつもりは毛頭なかったし、「原作」で仲睦まじい様子に自分が入ることができたら、どれほど幸せなのだろうと思ったりもしていた。

 

実際、関わることができてからの毎日が夢のようだった。上級貴族のいびりを含めても、充実した1年半だったのは言うまでもない。変人として扱われていたベンサム・アンドラ先輩との稽古も思い出深い。〈整合騎士〉である俺よりも剣の腕が上だったことには驚いたな。

 

いや、まあ俺の剣技が高くないことが敗因の大半を占めているが。だってユラユラと揺られながら攻撃を避けられて、的確な攻撃を繰り出してくる相手に勝てるわけないじゃないか。ギャップと言うのかな?普段は変人的行動をしていても、やるときにはしっかりとそのTPOに相応しい雰囲気に変わる。

 

それが俺・キリト・ユージオと言う辺境出身の3人には眩しく見えた。

 

「…2人に接触しなければ良かったと思っているのですか?」

「最近じゃそれがずっと脳裏を駆け巡ってるよ。あの日、心躍らせて入学しなかったら出会わずに2人を傷つけることもなかったからさ」

 

パァンっ!

 

何かをはたいたような甲高い音が、99階の広いとも狭いとも言えない空間に響いた。俺は自分の右頬がじわじわと熱を放ち、ひりひりとした痛みが広がっていくのを感じて、無意識のうちに左頬へ手を運んでいた。視線を上げると、蒼穹の瞳に涙を浮かべた(アリス)が俺を見つめていた。

 

「そんなこと言わないでよ!2人がそんなことで怒るとでも思ってるの!?カイトの知ってるユージオが、キリトが聞いたら怒るに決まってる…。私、悲しいよ。カイトは2人のことを親友だと思ってなかったの?2人はカイトと出逢えたことが偶然ではなくて必然だって理解してる。カイトと出会わなかったら世界に立ち向かおうとは思わなかったよ」

「…でもそれは俺が2人と関係を持ったからだ。自分だけで成し遂げておくべきだった。そうすれば今まで出会ってきた人達を巻き込まなくて済んだのに…」

「それが間違いだって言ってるの!どうしてカイトは全部を1人だけで終わらせようとするの!?他人を頼っても誰も怒らないのにどうして?!1人じゃできないことを終わらせようとして、終わらせれなかったら誰が継ぐの!?お願いだから1人でなんでも抱え込もうとしないで…そんなことを続けてたらきっといつかカイトが壊れちゃう」

「それでも俺は行かないと。…怒らずに聞いてほしい。これからアドミニストレータを倒しに行くけど、此処で待っててくれないか?」

 

無駄だとわかっていてもそう口にしてしまう。ユージオやキリトを失ってしまうのは耐えられない。でもそれ以上にアリスが消えてしまうのは生きてる意味がない。きっと俺は自ら自身の命を絶ち、アリスの元へと向かうだろう。アリスが俺が生きることを望んでいたとしても俺は追い掛ける。俺の言葉を聞いたアリスの動きが止まった。裏切られたと思っているのだろう。涙を浮かべる瞳が大きく開かれ動きを止めた。

 

「…どうしてそんなこと今言うの?」

「何が起こるかわからないんだ。〈原作通り〉に事が運ぶなんて都合が良すぎる。〈神界の間〉で何が起こるかわからない。怖いんだ…アリスにもしものことがあったらって思うと…」

「…そんな危険な場所に1人で行って、私には此処に残ってろと言うの?」

 

俺の顔を覗き込むように近寄ってくるアリスの瞳には、激情の炎が立ち上りどれほどの怒りを抱いているのかがよくわかった。

 

「もしそれでカイトが帰ってこなかったら、私は自殺するよ。カイトがいなくなった世界なんて私には考えられないもん。生きてる意味がないし、ただ待ってた自分が許せない。…逃げるなら1人じゃなくて2人で逃げようよ。誰もいない〈世界の果て〉にでもいいから。…でもね、〈人界〉で当たり前のように生活している人達のために、私たちは戦わないといけない。これからを担う幼い子供たちや、たくさんの歴史を積み重ねてきた〈世界〉を護るために」

「…ごめん。俺、弱気になってる。本心ではアドミニストレータを倒せなくても、何処かで4人で静かに暮らしたいと思ってるんだ。〈世界〉を救えなくてもいいからずっといつまでも…」

「…そうだよね。そうだったらどれだけ幸せなことか。…でもそれじゃ私たちのこれまでの時間は何だったのかわからなくなっちゃう。この19年間を無駄にしないためにも、前を向いて行こう?カイトならできるよ」

 

先程とは違い、慈愛に満ちた優しい微笑みで背中を支えてくれるアリスの存在。これがどれだけ俺の心の拠り所になっているのか自分でもわからない。ただ言えるのは、アリスの心の強さが誰よりも何よりも代えがたいものだということ。

 

「アリス、俺は必ず果たしてみせる。それでも2人を連れて行けない」

「…本当のことを言うとね、私も2人を連れていきたくないの。本当なら関わる必要もないんだから、ここで縁を切っても仕方ないと思う」

「ああ、これからは〈整合騎士〉としての任務だ。〈システムコール。ジェネレート・ルミナス・エレメント〉…」

 

俺は自身の信念を貫くために動き出した。

 

 

 

少しして騎士長と2人が追いついてきた。何もない空間を見渡している2人には敢えて声をかけずにいて、騎士長に視線で思いを伝える。少しばかり視線を送り続けると、理解してくれたようで頷いてくれた。

 

「ここが99階なのか。何もないな」

「最上階の手前だから何かあると思ってたけど、何もなくて逆に驚いてるよ」

 

感想を口にする2人に悪いと思いながら〈神聖術〉を組み上げる。

 

「次が最終ボスか。やってやるぜ〈世界〉を救うために!」

「〈システムコール。ジェネレート・アンブラ・エレメント〉」

「なんでカイトは〈暗素〉を構築してるんだい?」

 

ユージオが問いかけてくるのを背後に感じながら俺は解放した。

 

「〈バースト・メレメント〉!」

「なっ!?」

「何で!?」

 

自身に纏わり付いてくる黒い靄を祓おうと、両腕を振り回すキリトとユージオ。だがどれだけ手を振り回しても身体から離れようとしない。まるで意思を持った生き物のように的確に視界を奪ってくる。

 

「ど、どうして!」

「…ごめん、ユージオ・キリト。俺はやっぱり2人を巻き込めない。自分勝手な奴を最後まで信じてくれてありがとう」

 

そう言いながら天井から、降りてきていた円盤に3人の騎士が乗り込む。キリトとユージオも乗り込もうと脚を動かすが、〈暗素〉で視界を妨げられては、的確な方向に進むことも距離を測ることもできない。円盤が上昇していく僅かな振動音が耳に届く。

 

「「〈システムコール。ジェネレート・ルミナス・エレメント。バースト〉!」」

 

2人が同時に相反する〈神聖術〉を唱え霧散させた頃には、跳躍力では届かない高度まで円盤が上昇していた。3人とも背を向けて、毅然とした姿勢で立っているのが2人の胸を穿つ。

 

「カイトぉぉぉ!」

「アリスぅぅぅ!」

 

大切な友人と幼馴染の名前を喉をからして叫ぶ。また失ってしまうのか。二度と会えなくなるのだろうか。何度それを悔いたことだろう。あの喪失感がどれだけ自身の心を蝕み、周囲のみんなに影響を与えただろうか。

 

「な、なんで…」

 

消えゆく幼馴染の顔が振り返って口だけを動かした。

 

「さよなら」




結局、原作通りの進行になってしまうんだよなぁ。アリシゼーション再開までの5ヶ月。ハーメルンでスタンバってます(白目)


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相対

なんとか今月中に投稿...。疲労とモチベーションの影響で書けません...。

書きたいんですよ?もちろん。書きたくても睡眠不足で指が動かない。できたとしても短時間しかないからそこまで書けない。

今日の行き帰りでどうにか完成までこぎつけたって感じです。

愚痴ってすみませんww。そろそろこの章もクライマックスですね。頑張って書きますのでよろしくお願いします!


どうして?僕じゃ足でまといにでもなるのかい?

 

僕の剣技じゃ君には勝てないのはわかってる。自分の限界が見えるというより、君が僕には至れない次元にいる気がするから。

 

〈整合騎士〉だっていう理由だけじゃないだろ?確かに〈整合騎士〉になった君は、7年前と比べ物にならないほど成長してる。遊びで剣をぶつけあった時だってそうだった。どんなに僕が全力で挑んでも、君は余裕の動きで攻撃を躱していた。そして隙をついては僕を上回った。

 

そのことについて恨み言を言うつもりは無いよ。そんなことを言えるほど、僕は偉くもないし強くもない。剣の才能がない自分が悪いんだから。そして君はそれに対して、文句を口にすることは1度もなかった。どれほど僕が惨めな負け方をしても、改善点を諭すように教えてくれた。

 

負け続ければ投げ出したくなるだろうけど、そんなことを思うことなくむしろそれを楽しみにしている自分がいた。普通ならそんなことは思わないよね。もしかしたら僕は周囲の人とは感じ方が違うのかもしれない。僕が可笑しくて周りが普通なのか僕には判断できないよ。

 

でもこれだけは言える気がするんだ。僕が諦めることなく君たちに挑むことが出来たのは、不思議な魅力を秘めているからなんだって。知り合いを。そして素性の知れない会ったこともない人を引き寄せてしまう何かを持ってる。だから僕を置いていかないでよ。ここまで来て置いていかれるのは、耐え難いぐらいに辛いよ。カイト、君はどうしてそこまで僕を踏み込ませないんだい?

 

僕が大切だから?失いたくないから?じゃあ何でアリスは連れていくの?教えてよカイト。隠し事を親友にするなんて卑怯だよ。

 

見なよ。キリトはずっと君の名前を叫び続けてる。聞こえないと分かっていながら、君を連れ戻そうと足掻いてる。痛いんだ。心がじゃなくて魂がさ。キリトの叫びが心からではなく、魂からの叫びだってことは悲鳴に似た声音から分かるんだ。

 

だからまた君の隣を歩かせてよ。今まで見れなかったはずの新しい景色を僕にも見せてよ。

 

「「カイトぉぉぉぉぉ!」」

 

2人の魂の叫びが99階の空間に木霊した。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「「「...」」」

 

99階から100階である〈神界の間〉に至る上昇通路を進む間、3人は言葉を交わそうとしない。会話がないためか。はたまたこの上に待つ最終最悪の敵が、もうそこまで近づいているからなのか。

 

不穏な空気だけが狭い空間に漂う中、アリスはカイトの左手を握っていた。2人を拒絶するような行動してしまったことで、自分への腹立たしさが許容量をオーバーしたカイトを慰めるように。だがカイトの手を握るアリスの手も震えていた。アリスも似たような心情であり、上に行けば行くほど空気が重くなっているのを実感しているから。

 

目に見えなくとも、そこにいるだけで感じるほどの重圧。強者だと、簡単には倒せない敵だとわかっていても冷や汗が浮かびそうになる。いや、あの存在(・・・・)を知らずとも一度相対すれば、大抵の人間が恐怖するだろう。恐れ。畏れ。魂の根源にまで影響を及ぼしかねないその視線。

 

銀色の透明な視線で何者も見通す視線。人を見ているようで見ていない。真に見ているのは魂そのもの。どのような物がそれ(・・)には詰まっているのか。その凶悪な探究心こそが、最高司祭アドミニストレータの存在意義そのものなのかもしれない。

 

「よかったのか?」

「...何がですか?」

 

我慢しきれなくなったようでベルクーリが沈黙を破った。普段の彼ならその強靭的な鋼の意思で、己の我慢を抑え込むはずだ。なのに彼は今回は素直に己の感情を口にした。それだけ彼も2人のことを気にしているのだろう。

 

「あいつらを裏切ったこと(・・・・・・)以外にねぇだろ」

「叔父様っ!」

「いいんだアリス、その言い方が適切だしね。それにオブラートに包まれて言われるよりは直球の方がありがたいよ」

 

アリスを宥めながらカイトは、なんとも形容し難い表情と眼をベルクーリに向ける。その視線にベルクーリは居心地が悪いのだろうか。少しばかり視線を外しながら続きを話す。

 

「本心を言えば、あいつらを連れていくべきだったと思うんだ。最高司祭様と戦うなら、戦力は多いことに越したことはねぇからな。だがお前は2人を拒絶(・・)した。一体どういうつもりだ?」

「簡単なことです。2人をこのまま連れて行けば、2人は命を賭けて最高司祭と戦うでしょう」

「良いことじゃねぇか。2人の命で数万の命が救われるんだからよ」

「2人の命を無駄にする必要はありません!」

 

大声で言い返すカイトの声音は固く冷たい。それでいて他人の命を尊いと感じさせるもの。ベルクーリはカイトをただ静かに見つめる。まるで言いたいことを吐き出せとでも言うように。

 

「何故2人が命を失わなければならないのです!?...2人こそこの先の未来を担う存在なんです。そんな必要とされる人が死ぬ必要はない...」

 

カイトから零された本音。それは2人に死んで欲しくないという思いだけではない。これから先に起こるであろう人災(・・)を生き抜いてもらうために。力をつけてもらうために今は共に行動しない。したくても〈世界〉のために耐える。己の感情より優先するべき事柄だから。

 

だがカイトを見るベルクーリの瞳には蔑む光がなかった。むしろ暖かく見守っているような、そんな不思議な光がこぼれているように見える。

 

「...犠牲のない進歩なんてものはない。文明は数多の犠牲の上に成り立ち、前へと進んでいくもんさ」

 

それぐらいカイトにだってわかっている。でも親友がその犠牲になる必要は無い。させたくない。それを堪えるカイトにベルクーリは言葉を続ける。

 

「まったくお前ってやつは。相も変わらず他人の命を優先して、自分の命を勘定に入れない馬鹿だな」

 

ベルクーリの口調は穏やかで優しさに溢れていた。柔和な微笑みは、恐怖にひきつっていた2人の心を少しずつではあったが溶かしていった。昇降盤の狭い空間内にて行われる、少し異常な光景。2人の歳若い騎士を1人の初老の騎士が、幼子をあやすようなそんな様子。

 

異常や異様などというよりは、不思議なと言った方がいいかもしれない。ベルクーリの普段見せない新たな一面が、そんな風に和やかな雰囲気にさせていた。

 

「覚えてるか?お前の愛竜〈夢縁〉の母竜が歳で病気になった時のことを。オレは『安楽死させてやったほうがそいつのためだ』って言ったのにお前ってやつはな。『今を生きている生き物を殺す必要はない。竜だろうと。人間だろうと。植物だろうと。この世に生を受けた存在だ。それでも殺るというのなら自分を先に殺せ』って言いやがったんだ」

 

嬉しそうに微笑む騎士長が楽しそうだ。そんなことを言っていたのか。今改めて聞かされると、羞恥心で顔から火が出そうだ。でもそういえばそう言っていたかもしれない。今の俺が言えたことではないけど、それなりに命の大切さを考えていたんだろう。あの時は助けるのに必死で自然と口から出たんだと思う。

 

俺の愛竜〈夢縁〉の母竜は元々体が弱く、1年のうち巣で横たわっている日数の方が多いくらいだった。〈整合騎士〉に任ぜられて(・・・・・・・・・・・)から、暇さえあれば容態を見に行くぐらい世話をしていたっけ。

 

最初のうちは威嚇されて近寄れなかったが、何十回と繰り返すうちに受け入れてくれるようになった。行けばキュルキュルと鳴き声を上げて甘えてくれたし、産まれたばかりの〈夢縁〉を触らせてさえくれた。巣の手入れをすれば背中に鼻を擦りつけたり、頭や肩を甘噛みしてくれたり。「いつからそんなかまちょになったんだよ」というぐらいの変貌ぶりだった。

 

〈夢縁〉がそれなりに歩けるようになってからは、巣の周りを駆けたり昼寝したりと。動けない母竜の親代わりをしていた。

 

それがいけなかったのかな。

 

その日は朝からジメジメした雨が降っていた。

 

俺が〈夢縁〉の所へ行くのは珍しいことじゃない。母竜が好きな果物を両腕一杯に抱えて向かった。いつもの体勢で眠る母竜がいる。眠ったように動かない姿を見て、最初は深い眠りなんだろうなとあんまり気にしていなかった。だが何故か眼が離せなかった。

 

魂とその器が合わさった重量感がない。中身がなく外側だけがある籠のような感じといえばいいかな。だからしばらくしたらわかったんだ。

 

母竜はもういないって。

 

そう自覚したら母竜の身体が光の粒子になって空へ昇って行ったんだ。目の前から母親が消えたことに戸惑った〈夢縁〉が、俺に頬擦りしてくる。全ての光が舞い上がると空が晴れたんだ。朝からの雨が嘘のような、春の訪れを感じさせる暖かい光が零れる。その光はいつものような唯輝いているだけのソルスじゃない。

 

優しく包み込んでくれるような温かさをもたらす光だった。まるで俺と〈夢縁〉を見守っていると言ってるかのようで、〈夢縁〉を抱きしめながら泣いた。その雨が何かを理解したのかな。〈夢縁〉も身体を震わせて泣くのを必死に堪えていた。〈夢縁〉の弱さを見たのはそれが最後で、それ以来は前向きにストイックになっていった。

 

〈夢縁〉の存在がどれほど心の支えになったことか。感謝してもしきれないのが素直な気持ちだ。甘えん坊なのは、あの頃から変わらないが。

 

「お恥ずかしい話です。黒歴史なので記憶から削除しといて下さい」

「そいつはぁちと難しいぜ。なんせオレは覚えるのは苦手だし、忘れるのも得意じゃねぇからな。あんま期待しねぇ方が身のためだ」

「胸を張って言うことなんでしょうか?叔父様」

「...嬢ちゃんや、そんな眼でオレを見ないでくれ。惨めな気持ちになっちまう」

 

どうやらベルクーリも、アリスの絶対零度の視線には耐えられないらしい。耐えられる人物はいないだろうというのがカイトの本音である。キリトでさえ頬を引き攣らせるほどの威力であるから、当然といえば当然なのだろう。本人の意識がそれにどれほど割かれているのかわからないが。

 

そうこうしているうちに、昇降盤の動きが緩やかになる。上を見れば、天蓋の煌めきが眩しい。それに耳をすませば高らかに唄う声音が微かに聞こえてくる。その声音は攻撃系統の猛々しい響きではない。日常的に使用されるものであるのは、なんとなくではあるものの聞き取れた。

 

相手が気づいていないうちに攻撃を加えるべきだろうか?だが今立っている場所から、巨大な円形のベッドまでは、15mほどの距離が空いている。〈アインクラッド流〉を使うとしても、これほどの距離を一瞬で詰めきれる〈ソードスキル〉はほぼない。使えるとすれば《ヴォーパルストライク》がある。

 

...しかしあれはとてつもない〈イメージ力〉と〈心意〉を必要とする。しかも純白のカーテンによって、内部にいる目標を見つけられないのでは命中させることも出来ない。それでもやるしかない。外したとしても突進力の勢いで、間合いからは逃れられるはすだ。突進力はおそらく〈全アインクラッド流ソードスキル〉でも最高峰なのは間違いない。

 

「っ!」

 

右肩に担ぐような形に、抜刀した愛剣を移動させながら意思を固めていく。宙に漂うだけだった力の源が、凝縮されるように剣へと集まりだす。光は剣だけにではなく、カイトの身体をも覆っていく。それと共に、カイトが着ていた剣術学院の制服にも変化が現れる。高い襟と長い裾を持つ黒革の外套(・・・・・・・・・・・・・・・・)が、どこからともなく出現した。

 

その変化にアリスとベルクーリが(まなこ)を見開き、何が起こっているのかさえ理解出来ていない。それは当然のことである。たとえ〈整合騎士〉だったとしても、2人は〈現実世界〉と関係の無い〈アンダーワールド〉で暮らしている〈人工フラクトライト〉なのだから。科学文明と関わりのない2人には、その変化の意味がわからない。だがキリトが見ればこう言ったはずだ。

 

黒い騎士()》のようだと。

 

ジェットエンジンじみた金属音の轟音と、炎よりもずっと深いクリムゾン・レッドの閃光を放つ〈神器《翡翠鬼》〉。それはまるで死へと誘う死神のような出で立ちだ。

 

「ちっ!」

 

打ち出すと思われた直後、カイトが舌打ちをして攻撃モーショーンを解いた。金属音の轟音は空気に解けるように消え失せ、〈神界の間〉には先程までの静寂が訪れる。カイトが纏っていた黒のロングコートは光の粒子となって消え、剣術院の制服へと戻っていく。何故カイトは攻撃を止めたのか。

 

それは巨大な円形のベッドを見ればわかる。

 

「...まさか謀反を起こされるとはね。甘く見ていたかしらベルクーリ。そしてカイトとアリスちゃんも」

 

風素によって持ち上げられた純白のカーテンの隙間から、耳にこびりつくような不快な甘い声が聞こえてきた。僅かに開けられた隙間からは、どこにいるのか見えない。斬り付けようにも〈神聖術〉で攻撃されるのが目に見える。現れるのを待って隙を突くしかない。後手ではあるがそうするしかない。

 

「分かってたんなら話が早くて助かるぜ最高司祭さんよ。オレはオレのやり方でこの世界を変えるぜ」

「世界を変える…ね。簡単にそんなことができるとでも?」

「頭の出来が悪いオレにはできねぇだろうなぁ。でもそれは1人だったらという仮定だ。今のオレは1人じゃねぇ。ましてや自分だけでやろうとは思ってねぇよ。意見の一致したこいつらに手を貸すことしたんだ。覚悟しろよ最高司祭様」

 

ベルクーリが〈神器《時穿剣》〉を右手に構えて、アドミニストレータがいるベッドを睨みつけた。一方アリスはあまりの恐怖で震え、立つことさえ覚束無い様子だ。だが無理もないことだろう。アドミニストレータの存在は〈絶対〉で〈不変〉。その恐怖は計り知れない。アリスが弱いのではなく、ベルクーリやカイトが素の状態でいられることの方が、異常と言ってもいいだろう。

 

「呆れたわね。私に従っていれば《愛》を惜しみなく受け取れたというのに」

「言っとくがあんたの《愛》ってのは一方的すぎる。オレたちはそんなものを必要としねぇし、求める気はさらさらねぇ。無駄なもんとしか見ねぇよ」

「...ふふふふふ。そこまで言えるなんて成長したわねベルクーリ。あれから(・・・・)100年も経ってしまえば、壊れても仕方ないのかしら。いいでしょう。もう一度私の《愛》を教えてあげるわ」

 

その言葉が終わると同時に、3人へと得体の知れない何かが吹き付けた。それが何であるのかカイトにもベルクーリにもわからない。だがそれは異質で受け入れてはならないと、本能的に身体が拒絶したのは嫌でもわかった。愛剣の柄を強く握り直したカイトは、カーテンの隙間をぬうように現れた〈人界〉を統括する〈公理協会最高司祭〉アドミニストレータへと突進した。



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開始

約1ヶ月ぶりの投稿ですね…申し訳ありませんでした。自分的にも書きたかったのは山々だったのですが、何分忙しく投稿通知が来た作品を読む程度しか無理でした。

小テスト勉強が3週連続であったり、時間が少しあっても寝不足とバイトで消えていきました。頑張って投稿を続けていきますのでこれからもよろしくお願いします。

※今回、文字数が多いですが許して下さい。途中で切る場所がなかったのでこうなりました。


決して広いとは言えない空間を、一陣の風が吹き抜ける。瞬きをすれば、その間に認識可能範囲内にそれ(・・)はない。風と一体となったそれ(・・)は、血よりも濃いクリムゾン・レッドの光を放つ。そして耳を塞ぎたくなるような、神経を突き刺すような唸りを放ちながら駆け抜ける。

 

それはさながら「死」を現界させたような、不気味な存在感を放っていた。

 

「はぁぁぁぁ!」

「なんて愚か。そして滑稽なのかしらね。なんの策もなくただ一直線に私へ向かってくるなんて。〈システムコール。ジェネレート・クライオゼニック・エレメント。バースト〉」

 

切っ先が鋭利で僅かな返しがついている氷柱が、カイトの突き出した剣先を避けるように飛来してくる。深く刺されば刺さるほど、痛みを与えるのはそれを見れば分かるだろう。〈ソードスキル〉を放っている状態では避けられない。型を崩せば、《肩から一直線に前へ突き出す》という定義から逸脱する。つまりそれはカイトの攻撃が行われず、敵に殺させる(・・・・)機会を与えることになる。

 

そうなればカイトは終わる。何がではなくすべてが。

 

「さようなら騎士カイト。愚策な特攻で散らす命を、私が余さず頂くから気にしなくていいわ...「〈舞え、花たち〉!」小癪なっ!」

 

アドミニストレータの勝利宣言も虚しく。カイトの喉元・水月・眉間へと突き刺さる直前の巨大な氷柱が儚く砕け散る。アリスの〈武装完全支配術〉によって、カイトは届かない〈片手剣重単発技《ヴォーパル・ストライク》〉を放ち、一時的な行動不能から立ち直って危険区域から逃れた。

 

転がるようにして、カイトは間合いから離れ臨戦態勢をとる。顔を上げれば、周囲を飛翔しながら攻撃を行っている小太刀が見えた。だがアドミニストレータは余裕の表情で、全てをステップを踏むように軽やかな様子で避ける。その様子を見てアリスは当然だと感じていた。

 

この程度の攻撃で必死になって避けられては、カイトの危惧していたほどではない。だからといってアリスも手を抜いて攻撃している訳でも無い。

 

「あれほど特攻するなと言っておいたはずですが」

「アリスが援護してくれるとわかってたからさ。別にあのまま接近してても、〈秘奥義連携〉で迎え撃てたよ。でもそれは可能な限り見せずにおきたい」

「わかりました。可能な限り後方支援に徹します」

 

膝立ち状態から立ち上がったカイトは、《翡翠鬼》を左手に構えて右手を剣の側面に軽く置くような姿勢をとる。

 

「〈システムコール。ジェネレート・エアリアル・エレメント。バースト〉!」

「まあ、そうやるわな。さてと...」

 

風素で小太刀を吹き飛ばしたアドミニストレータが、カイトとアリスを銀色の瞳で射抜く。鏡のように自分の視線が跳ね返って思考を読み取れない。こちらからの情報を遮断し、〈魂〉を読み取ろうとする悪魔のような行動が身体を撫でる。視線が自分自身にではなく、〈魂〉に向けられる不快さ。それは言葉には表せないほど気持ちの悪いものだった。

 

「不愉快としか言いようがないわね。あれほど愛情を注いであげたというのに、それを切り捨てられるなんて」

「誰も欲しいと望んじゃいない。あんたが勝手に思い込みそして汚した。俺たちの〈魂〉そのものを」

「穢したとでも言いたいのかしら?」

「ああ、そうさ。あんたは穢した。俺をアリスをみんなを。そして〈世界〉までを」

 

こいつがいるから〈世界〉は回らないんだ。こいつの考えが蔓延しているが故に、貴族たちは間違いと気付かず怠惰にふけって沈堕ちていく。間違いだと知らないから。間違いだと思わないから。誰もそう言わないから。だから何も変わらず進歩せず文明は開化していかない。

 

「何故そうまでして怒るの?〈世界〉とか言ったかしらね。お前の言う〈世界〉とは何?〈人界〉?〈ダークテリトリー〉?」

「言う必要があるのか?言うことはたった一つだけ。あんたが創造したこの〈世界〉が間違っているということだけだ!」

 

予備動作なく前方へ走り出した。《翡翠鬼》を右手で逆手に持ちながら、左手に高速詠唱で生成した凍素の槍を保持する。それをなんのために使用するのか。2人の背後にいるだけで牽制をかけるベルクーリさんや援護するアリスにもわからない。

 

俺はなんてダメな人間なんだろう。この世に生を与えられて、幸せな一時(ひととき)を勿体ないほど人の良い友人たちに巡り会えた。18年間の時間は長くて短いものだ。《禁忌目録違反者》になってしまった俺を、ユージオは待ち続けてくれた。8年間の永きに渡って忘れずにいてくれたことに感謝しかない。修剣学院においては、毎日が楽しくてしょうがなかった。

 

憧れの存在だったキリトに出会えたことも。ユージオと昔のように語り合える時間が好きだった。1日のうちの僅か1時間程度が、誰の邪魔のない3人だけの世界で、どんなことでも語り合えた。〈アインクラッド流〉の極意や〈ソードスキル〉の発動方法・発動条件など。こんな体勢になっても、こうすればこの〈ソードスキル〉を発動できるとか。《秘奥義連携》や身体の動かし方などを教え合った。

 

消灯時間ギリギリまで楽しくいたものだから、寮監のアズリカ先生から直々の叱責も受けた。教師陣の間では俺とキリトはちょっとした有名人だ。いざこざに俺たち2人が関わっていると真っ先に疑われるほどだ。といっても俺たち2人がいざこざの原因になったことは、これまで1度もない。あるとすれば、それは上級貴族3人組とぐらいだ。

 

教師陣に目をつけられている理由として、キリトの場合は剣術が高得点なのに対して〈神聖術〉がかなり悪いから。俺だと修練場の丸太と稽古用の木剣を何度か折っているからだ。キリトは授業を真面目に受ければ済むんだが、俺の場合は仕方ないとしか言いようがない。そもそも〈整合騎士(・・・・)〉が木剣を持って、丸太に振り下ろしたら折れるだろうさ。

 

そんな2人を裏切ってまで此処にいる。ならばそれに値する事はしなければならないのではないか。2人が戦うことを、〈世界〉への反逆を決意してくれた心を踏み躙って此処にいる。

 

「勝機の見えない戦いに挑むのは、余程の馬鹿か世間知らずか。今の貴方はどちらでもないようだけどねっ!」

「そう判断してもらえるだけで光栄だな!」

 

凍素で生成された槍を左肩に担ぐように移動させ、そのままの状態を維持する。先程とは違い、〈神聖術〉の詠唱を破棄した手加減なしの風の刃が飛来してくる。少しでも触れれば、その部位だけではなく周囲まで余波を喰らう。そうなるほどの密度と圧力がある。俺が避けたことで、床や壁に衝突した痕跡がその威力を物語っている。だが俺はそれが何故か驚異には思えない。

 

手を抜いている?まさかそんなことがあるわけがない。反逆され裏切られたというのに、あいつがそんなことをする必要性が見当たらない。自身の思い通りに動く駒であったものが、意思(・・)を持って牙を剥いたのだから、軽くひねる程度で済むはずがない。

 

捕縛されればチェデルキンの行っていた《再調整(ディープ・フリーズ)》。もしくは本当の意味で〈魂〉を支配されるかもしれない。

 

...まったく笑えないなぁ。絶対的なボスにこれまでの冒険をしていた意味を白紙化されるようなことに似てる。そしたらなんのために此処まで来たのか分からなくなるじゃないか。時間の無駄でしかない。友を裏切ってまで此処まで来たというのに、何も出来ないまま終わるのか。

 

...そんなことさせるわけないだろ。せっかく覚悟を決めてくれたユージオやキリトを救うためにも、どんなことがあっても失敗しちゃいけないんだ。

 

「セアッ!」

 

突進の勢いを利用して、左肩に担ぐようにしていた氷の槍を腹筋・背筋・腕力を全力投与してアドミニストレータへと投げつける。その直後、薄い水色の光を纏った〈ソードスキル〉が発動する。目にも止まらぬ速度で氷の槍を追随し、右手を突き出す。

 

〈片手剣下段突進技《レイジスパイク》〉。〈旧アインクラッド〉で、片手剣の中でも割と初期に入手できる〈ソードスキル〉として存在したものだ。初期から使えると言われれば、終盤になれば使われることがなくなると思うだろう。実際それは間違いではないと俺も思う。RPGというものはストーリーが進み、レベルが上がればより強い技を覚える。

 

だが威力が高く特殊効果のある技だけが全てなのだろうか。高威力の技を幾つも所持していたとしても、使いこなせなければ勝負には勝てない。逆に低威力でも使いこなせば、勝負に勝つことがある。

 

とは言うものの〈アインクラッド〉では、《レイジスパイク》という〈初期ソードスキル〉でも、対人戦闘や50層以下の階層ボスにも使われていた。通用しないという訳ではなく、ダメージが通りにくいということでもない。要は使い様なのだ。どのタイミングでどのような使い方をするかによって、〈ソードスキル〉の存在価値は変わる。

 

「哀れな人間。それがお前の本質なのかしらね!」

 

アドミニストレータが右手を伸ばして熱素を生成する。それは瞬く間に盾へと変化し氷の槍と衝突した。相反する2つの属性は、より洗練されたものが勝る。

 

つまりは俺の負け。

 

「SCA(システムコントロール権限)」が、メーターを振り切っているであろうアドミニストレータに、〈整合騎士〉にして三流の俺が勝つなど不可能だ。だから接触した部分から溶けだすことに、驚きも落胆もなかった。むしろそうでなければ俺は疑問を感じて、〈ソードスキル〉を途中で止めざるを得なかっただろう。

 

氷の槍が全て溶けると、今度は盾が幾重にも分裂した炎の矢に変形して、突進している俺に向けられる。槍から2mの位置にいる俺を穿つには十分すぎる距離だ。いわば必中距離であるが、驚愕も落胆も絶望も感じない。

 

「散りなさい!」

「させない!」

「させるかよ!」

 

2人の声が響く。炎の矢を弾き絞り撃ち出す瞬間、氷の鳥が飛翔して矢に突撃し、小刀程度の数多の剣がアドミニストレータを襲った。さすがの最高司祭もそれは予測していなかったのだろうか。反応が遅く、少しではあるが表情に余裕が無い。

 

「小癪なっ!」

「余所見は戦闘において勝敗を決する大きな要因になる。もらったぁ!」

 

炎の矢は氷の鳥に消滅させられ、足下や周囲は無数の小刀に包囲されている。〈神聖術〉を使おうにも、発動させてから逃げるまでにコンマ5秒はかかる。それだけの時間があれば、〈ソードスキル〉を当てることは可能である。

 

右手を《レイジスパイク》の発動範囲から外れる危険性があると思われるところまで伸ばす。翡翠色の切っ先が、アドミニストレータの体を今まさに貫かんとするその刹那、予想通り(・・・・)の現象が起こった。

 

雷鳴にも似た衝撃音が轟き腕に衝撃が走った。それと同時に、紫色の光の膜が短剣を中心として同心円状に現れる。輝く膜を形作るのは、ごく微細な数多の神聖文字の連なり。実体を持たないはずのその薄膜が、俺の攻撃を防いでいる。侵入を拒み傷つけるものから、我が身を守ろうとする邪魔なもの。

 

「っあぁぁぁぁ!」

 

歯を食い縛り、ありったけの力を振り絞って巨大な反発力に抵抗する。一瞬でも気を抜けば、吹き飛ばされてしまいそうなほどの力だ。それでも俺は後ろに吹き飛ばされはしない。覚悟を決めて前に進む勇気をくれるアリスを、不安にさせないためにも俺は負けられない。

 

そんな想いを込め、片手から両腕に持ち替えて進む。歩を進めようにも、反発力が強すぎて進めない。でも進む必要は無いんだ。足ではなく剣を進ませれば(・・・・・・・・・・・・)いいんだ。

 

今はそれだけで十分だ。

 

「うっ、おぉぉぉ!」

 

切っ先か僅かに膜を貫いた瞬間、神聖文字が爆発して目の前を真っ白に染め上げた。

 

「ぐあっ!」

 

あまりの風圧に耐えられず、俺の身体は宙を舞い〈神界の間〉の中心から端へと吹き飛ばされる。

 

「カイトっ!きゃあ!」

「むうっ!」

 

吹き飛ばされた俺をアリスが保護しようとするが、その勢いはとどまることを知らない。俺の腕を掴んだアリスまでもがその場から吹き飛ばされる。騎士長は風圧を、腕で顔を覆うことでダメージを防いだ。壁に衝突しかけるがどうにか体勢を立て直し、両足を使って衝撃を吸収した。壁を蹴って前方へ転がり立ち上がる。

 

隣には厳しい表情を浮かべた騎士長が佇んでいる。先程の動きで、アドミニストレータがどれほどの強さを持つのかを知ったのだろう。それで良い。今はそれだけで。

 

視線を向け直すと、天蓋のレースは爆発の勢いで跡形もなくなり、円形のベッドが露になっている。その奥に直立する人影。俺と同様に障壁の爆発に吹き飛ばされたはずなのに、場所を何一つ移動していない。

 

長い髪が波打っているだけで、傷を負った様子はない。さすがに纏っていた薄布は、爆発の威力に耐えきれず引きちぎられ消滅しているようだ。アドミニストレータが右手を持ち上げ、長い銀髪の乱れを直した。続いて、まるで空中に椅子でも存在するかのようにふわりと腰を下ろす。

 

凍てつくような視線を向けられ冷や汗が頬から床に落ちる。ポタリ、という床への落下音がやけに大きく聞こえるのは何故か。空気が重く呼吸がしづらい。酸素が薄いわけでも、俺の心肺機能が衰えているわけでもないのに。でも何だろうこの窮屈さは。動きを阻害されるような不快な何かだ。

 

「...その剣...ふぅん、そういうこと...」

 

追撃せず、俺が右手に握る〈神器《翡翠鬼》〉を必要以上に凝視する銀色の瞳が恐怖。その時間は俺の心の余裕を奪うのに十分すぎた。俺の持つ〈神器〉の特性(・・)までは知られていないだろうが、今ので恐らくアドミニストレータは知ったことだろう。俺が持つ〈神器〉が自身を傷つけることが可能(・・・・・・・・・・・・・)だということが。

 

「100年しか此処にいない俺にはわからねぇけどよ。あんたは何がしたかったんだ?過去も現在(いま)もそして未来も。あんたが何を目的にこれまで生きてきたんだ?」

 

俺とアドミニストレータの立ち位置に、割って入るかのように言葉を漏らす騎士長へと3人の視線が注がれる。

 

「俺より長く生きてるあんたは、そりゃ多くのことを見てきたんだろうよ。人の生死をその眼で何度も、何十回も何百回も。命がこの世界に生まれる瞬間の喜び。命がひとつ消える瞬間の悲しみ。数え切れないほど記憶にあるだろうさ。たかが1人の命が生まれ、消えていくその間にあんたの脳裏には何が駆け巡った?」

「騎士長風情がこの私を諭すとでも言うの?」

「そんなつもりはねぇよ。頭のねぇ俺には誰かを正す力はない。ただきっかけを与えるに過ぎない粗末なもんさ。...だがこの10分程度の戦闘で、俺はあんたがこの世界(・・・・)を正そうと、治そうとしているようには見えなかった」

 

騎士長という立場ではなく、1人の人間としての見解を述べるベルクーリ。100年という永きに渡って〈人界〉を護り、〈公理協会〉を支えてきた存在だからこそ言える言葉。それはとてつもない意思と決意、そして生命に溢れた言葉だ。騎士長だからこそ言えるのであって、俺やアリスが口にできるものではない。

 

「10分程度の戦闘で何がわかると言うの?それですべてが計れるとでも言うの?」

「無理だろうな。でもあんたはカイトを殺すつもりだった。氷の槍を溶かした後、風素で吹き飛ばして気絶させればいいはずだった。だがあんたは炎の矢を放とうとした。ほんとにそれだけのことをする必要はあったのか?」

「あったとも言えるしなかったとも言えるわ」

「...どういう意味だ」

 

言っていることがわからないとばかりに、騎士長が疑問を返す。俺も実際アドミニストレータが言っていることを理解できない。反逆されれば統治する者からすれば、反逆者を処断することは可能だ。統括者にはその権利が、不正を正す義務がある。だがアドミニストレータの言葉は、「反逆されれば処断しても良し、処断しなくても良し」という矛盾した意見だと推測されるものだ。

 

処断するならば当然理解できる。それだけの罪を犯しているということなのだから。しかし処断しないというのはどういう意味だ?殺すなら殺せ。捕縛され屈辱を味わい、アリスやユージオ、キリトにまで迷惑がかかるなら俺は命を捨てる。

 

「私に言わせることが出来ればいいんじゃなくて?...さて、私自身が相手するのも面倒だし、チェデルキンにでも頼もうかしら」

 

整った顔にもかかわらず、悪魔めいた笑みを浮かべるアドミニストレータの視線を辿ると。あろうことか床の一部が下がっている(・・・・・・・・・・・・)ではないか。いつの間にと言いかけたが大体の予想はつく。障壁の爆発した瞬間に〈神聖術〉を飛ばしていたのだろう。

 

「元老長なら来ないぜ」

 

勝利が目の前にあることを見たアドミニストレータの顔が、怪訝そうな表情に変わり頬が緩みそうになった。言葉を発したのは騎士長でその理由は俺にもわかる。何しろそうした張本人なのだから。

 

「何故そう言いきれるのかしら」

「なんせ元老長は死んでるからな」

「...嘘をついて私を混乱させようという魂胆かしら?」

「いやいや、そんな面倒くさいことはしねぇよ。否定しようたって、それを目の前で見ちまったから無理だしな」

「何を見たと言うかしら?」

「元老長が死ぬところをだよ」

「なっ!」

 

まず言わせてもらうと、アドミニストレータの驚愕した顔を見れたことが嬉しい。普段穏やかに微笑んでいるように見えているからな。実際はそれで他人の反応を楽しんでいるが。ニヤリと笑わずにはいられないな。これだけでも此処で戦う楽しみにもなる。

 

「誰が殺したの?」

「カイトだよ。そりゃまあ呆気なく散っていったぜあのクソ野郎はよ」

「...コード871(・・・・・・)を自力で破ったと言うの?いいえ、ありえないわね。右目が存在しているということは、起こらなかったのか治療したのか。...ますます貴方が惜しくなったわカイト。今謝ればすべてを無にして愛してあげるけど?」

 

こういう風に相手に都合のいい言葉で誘惑する。それがこの支配者のやり方だ。ああ、くだらない。腹が立つ。なんてドロドロした感情だろう。身体が熱い。身体中を満たそうと血流に乗って循環していく。

 

「誰がその誘いに乗るかよ。俺は俺の意思で元老長チェデルキンを殺した」

「呆れたわね。再三の説得も棒に振るなんて。だったら壊してあげるわ!」

「っ!」

 

アドミニストレータが目を見開いた瞬間に圧が押し寄せる。左手を顔の前に持ってこなければ、瞼を閉じてしまいそうなほどに。ストンっと音がした方向を見れば、アリスが体を震わせて座り込んでいた。圧に気圧され立つこともままならない。どれほどの恐怖を感じているか俺にも少しはわかる。アリスを抱き上げ壁に寄りかからせると、アドミニストレータが視線をアリスに向けていた。

 

「素直ねアリスちゃんは。素直な子は好きよ。だって決して私の言うことを守らないことは無いんだもの。さて、昇降盤は上げておくべきでしょうね。いつまでも開けておく必要は無いもの」

 

〈神聖術〉で床の一部を操作して俺へと宙を滑ってくる。隣では騎士長も、〈神器〉を抜いて臨戦態勢を取っている。10cm近づかれるだけで冷や汗が倍になって頬を伝っていく。笑えないよなこんな状況。笑える奴といえば、戦いを諦めた敗北者か余程の馬鹿か...。

 

「終わりよカイト・ベルクーリ。ここで貴方達は...何?」

 

宙を滑る椅子が途中で止まる。〈ソードスキル〉を発動させようとしていた俺は、向けられた視線を辿る。まだ何も見えない。なのにそれを見ている(・・・・・・・)。何か見えているのだろうか。いや、感じているのだ。アドミニストレータも俺もアリスも騎士長も。

 

存在感というより安心感や幸福感と言うのが正しい。心が洗われるような爽快感。何故こんなに安らぎをくれるものを切り捨てたのだろう。損にしかならないというのに。

 

怖かったんだ。

 

嫌だったんだ。

 

伸ばしても伸ばしても届かない存在になるのが怖かった。それが幻想か夢であったなら、これほど焦がれることはないというのに。昇降盤が上昇を続ける。

 

見えてきたのは漆黒の髪。さらに硝子越しに見える夜空よりなお黒く、星々より強く明るく煌めく双眸。そして最後に、不敵な笑みを浮かべる頬と唇━━━━━━━━━━━━━━。

 

後ろには亜麻色の髪。さらにショーケース越しに見える宝石よりなお美しく、高級品さえみすぼらしく見えてしまう程の魅力を持つ双眸。そして最後に、温和な笑みを浮かべる頬と唇━━━━━━━━━━━━━━。

 

「.........キリト、ユージオ.........」

 

俺は涙ぐんだような情けない声音で2人の名を呼ぶ。10mも離れた場所に届く声量ではなかったが、親友と幼馴染はまるでそこにいることがわかっていたかのように、俺へ視線を向ける。そして優しく穏やかに笑みを消さず頷いた。

 

12年間(・・・・)を過ごす中で幾度となく眼にした行動。直後、昇降盤がズシンという重い音とともに停止した。

 

ーキリト・ユージオ、お前らは...。

 

左胸の奥深くを、言葉にできない疼きが走る。だが決して不快なものではなかった。むしろ心地良い。2人を裏切った瞬間に感じた罪悪感に比べれば、ずっと優しく甘く切なく、愛おしい痛みだった。立ち尽くす俺をしっかりと見据えたまま、親友であり剣の師でもあるキリトは笑みを浮かべて言った。

 

「よう、カイト」

「別れを言ったのに...」

 

口から出た言葉はそんなものだった。

 

「俺が2人の言うことを反論せず素直に聞いたことあったか?」

「...ああ、忘れてたよ。...お前ってやつは、いつも言うことを聞かなくて...」

 

その先は言葉にならない。

 

親友を裏切った罪は償えない。いくらキリトが気にするなと謝ることは無いと言ったとしても、俺の中から消えはしないんだ。背に十字架を背負ったまま死んでいく。それが俺の決められた運命だ。

 

「僕のことも忘れないでよね」

 

キリトの言葉に感極まっていると、キリトの後ろからまた泣かせる言葉が聞こえてきた。

 

「ユージオ...」

「本当に君は頑固だよ。昔からいつもそうだった。自分の決めたことを諦めさせるのが、どれだけ大変だったか覚えてる?」

「...ははははは、お前らは揃いも揃って馬鹿だな。馬鹿を通り越して大馬鹿野郎だよ。まったく...」

「なんたってカイトの親友で師だからな」

「なんたってカイトの幼馴染で家族だからね」

 

本当に泣かせる言葉を淡々と言ってくれるよ。使命を果たせぬまま、2人と此処で再会してしまったというのに。いや、キリトがユージオが自らの意思で此処に来たんだ。拒絶されたことに対する恨み言を冗談でも口にせず。さらにはそんなことを思わせること無く歓喜させる優しさ。

 

普通なら痛い(・・)はずなのに、今はとても心地良い。でも再会の喜びを、此処で爆発させるわけにはいかない。させるなら役目を使命を果たしたその瞬間のみ。少しばかり戦意を失いかけていた俺は、2人の登場で復帰する。この世界(・・・・)にこの戦場に明確な意志を持って。

 

音がして横を見れば、壁によりかかっていたはずのアリスと、腕組みをしながら少しばかり獰猛な笑みを浮かべた騎士長がいた。

 

「アリス・騎士長...」

「今こそ戦うときですカイト。2人の意思は私たち全員の意志。それ以外に必要なことは無いはず」

「ま、反逆できる最大戦力が揃ったんだ。やるべきことはひとつしかないと思うが?」

 

まったく好戦的な人間ばかりが揃っちゃったなぁ。これじゃ、逃げることも負けることも許されないじゃないか。酷いなぁ。でも逆に言えば、それは前に進めっていう応援でもあるんだよな。逃げ出すつもりも負けるつもりはない。今この瞬間が最終決戦の始まりなんだ。

 

「賽は投げられた。俺たちがやるべき事、成すべきことはただ一つ。この戦争に勝つこと(・・・・・・・・・)だ!」

 

今此処に5人の人間が〈人界〉を統べる管理者。

 

否、支配者へ牙を剥く。




ベルクーリさんの出番少なすぎね?と思っている作者です。ベルクーリさんを登場させるタイミングがなかなか見つからず苦戦していますが頑張ります。

2人との再会が自分で書いててジワッときちゃいました。


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共闘

時間ができたので書けました。といっても話は進んでいませんが。

よろしくお願いします!


『みんな知ってるか?杯を交わしたら家族になれるんだぜ!』

 

いつかの安息日に4人はいつものようにルール川に来ていた。天気は快晴で湿度も高くなく、そよ風が優しく抜けていく絶好の気象だ。川辺の草原で寝転んでいると、キリトが突然そんなことを言いだし、籠の中からコップを4つ取りだした。3人が意味がわからないとばかりに首を傾げてキリトを見る。

 

『…説明してくれないかなキリト』

『あったり前よぅ!俺たちはいつでも、そしていつまでも一緒だって約束したよな?』

『もちろん覚えてるよ。みんなが10歳の誕生日を迎えたその日にしたのを』

 

1年前、キリトが10歳の誕生日を迎えた日にみんなで誓い合ったのだ。誕生日が違っても生まれた日は一緒で、死ぬときも一緒だと。

 

『でもそれは口だけの約束だ。カイト・アリス・ユージオが約束を破るなんてこれっぽちも思ってないけど、やっぱり形ある何かで残したいなと思ったんだ』

『キリトらしいよ。でも杯って言ったらお酒だよね?15歳を迎えるまでは飲めないのを知ってるだろ?』

 

《禁忌目録》には、「成人を迎えるまで酒類を飲むことを禁ずる」という項目がきっちりと記されている。いかに悪戯小僧を体現させたキリトでも、掟破りはしないだろうと思うユージオだった。

 

『さすがに俺でもそんなことはしないさ』

『珍しいわねキリトが自覚するなんて』

『本当にキリトなのかな?〈ダークテリトリー〉の悪鬼が化けてるとしか思えないんだけど』

『うおい!』

 

アリスとカイトの心ない言葉に、キリトが堪らないと言わんばかりにツッコむ。もちろん2人の言葉は、キリトを弄るだけの言葉であって本気でそう思ってはいない。それをわかっているキリトだが、ツッコまずにはいられない言葉だったのでツッコんでしまったという次第だ。

 

『ねぇキリト、それで飲んだら形になるの?』

『形になるというよりは、〈魂〉に刻む(・・・・・・)って感じかな』

『〈魂〉に刻む?』

『ああ、記憶に残るよりそっち(・・・)にある方が《誓い》とか《儀式》っぽいだろ?』

 

いつもような悪戯小僧の笑顔ではなく、純粋で無邪気な屈託のない笑みを浮かべるキリトに3人は呆気にとられるより納得した。そんなことを提案してくれるキリトに感謝しながら立ち上がる。少しばかり移動してちょうど良いサイズの岩を4人で囲みながら、ルール川に注ぐ湧き水をコップですくう。全員分のコップに入っていることを確認してからキリトが言葉を発した。

 

『じゃあ改めて言葉を言うぜ。〈俺たちはいつ如何なる時も共に学び、共に生きる。別れの日が来ても、これまでの道のりは心に《魂》に生きる〉』

 

キリトが高らかに謳う。

 

『これで俺たちは〈家族〉(・・・・)だ!』

 

4人のコップがぶつかり合い、コッブの四重奏が森中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

俺を見る眼が複雑だ。

 

複雑そう(・・・・)ではなく複雑だ(・・・)」という断定したのにはわけがある。向けられた瞳に浮かぶ感情の葛藤が、簡単に読み取れるほどの動揺と言うべきかな。せわしなく目まぐるしく駆け巡る。

 

どれだけの種類の感情が、今身体中をかき混ぜているのか俺にはわからない。そんな事態に相対したことのない俺には、共感することは当然にして理解することさえできないだろう。共感できなかろうと理解できなかろうと、今もこれからもどっちでもいい。

 

今この場所でそれが必要なわけではないからだ。必要なのは戦力と戦場把握、そして親友の正気を取り戻させることだけ。あいつが俺とユージオを置いていったのには驚いたが、それなりの理由があったのだと理解している。だってそうじゃなきゃ可笑しいだろ。そうでもなければ命を削るような戦闘をしているはずがないし、わざわざ〈整合騎士〉3人だけで乗り込む理由がない。

 

俺を見る親友の顔を見ていると、自分の口角が上がっていくのがわかった。悪戯心からなのかあいつの驚いている顔を見れたのが嬉しかったのか。俺が感じているのはそのどちらでもない。

 

「......キリト・ユージオ......」

 

涙ぐんだような声音で俺と相棒を呼んできた。情けないぞ。そんな弱いお前を見たいわけじゃなくて、お前の嬉しそうな顔を見たいんだ俺は。俺たちは。軽く頷き言葉にならない感情を受け取る。

 

「よう、カイト」

「別れを言ったのに…」

 

再会の挨拶の次がそんな言葉なんてお前らしくないな。涙を見せられちゃ、俺がいたたまれなくなるから我慢を頼むよ。

 

「俺が2人の言うことを反論せず素直に聞いたことあったか?」

「…ああ、忘れてたよ。お前って奴は、いつも言うことを聞かなくて…」

 

ふふん、我が儘が俺の取り柄でもあるのさ。無理無茶無謀という三拍子以外にも、俺を形成する言葉は数多あるということを知ったか?これからは崇めてもいいんだぜ?まあ、この戦いに勝ってからの話だけどな。

 

「僕のことも忘れないでよね」

 

カイトと言葉を交わしていると、ユージオが混ぜてくれとばかりに介入してきた。このタイミングで入ってくるのは間違っていないし、むしろ入ってくるべきところだ。それをわかっていたのかはわからないが、どちらにせよ言葉を交わしてくれることに損はない。

 

「ユージオ…」

「本当に君は頑固だよ。昔からいつもそうだった。自分の決めたことを諦めさせるのが、どれだけ大変だったことか覚えてる?」

「…ははははははは。…お前らは揃いも揃って馬鹿だな。…馬鹿を通り越して大馬鹿野郎だよ。まったく…」

 

言ってくれるじゃねぇかカイトさんよ。だがそれは俺たちの士気を高める言葉にしかならねぇぞ。後悔させてやるからなめんたま見開いて凝視してろ!

 

「なんたってカイトの親友で師だからな」

「なんたってカイトの幼馴染で家族(・・)だからね」

 

俺とユージオの言葉が少しでも、カイトの罪悪感を軽減させることできていればいい。多分カイトは今、俺たちを99階に残してきたことを悔いているはずだ。どうしようもないほどの罪悪感に押し潰されそうなほどに。1人で抱え込ませはしない。1人で抱え込めば抱え込むほど、周りに心配させて余計に思い詰めてしまう。

 

俺も似たような経験をしたからカイトの気持ちがわかる。脳裏をよぎるのは、〈アインクラッド 75層〉で〈血盟騎士団 団長ヒースクリフ〉もとい、世紀の大犯罪者と呼ばれる茅場昭彦と戦ったときのこと。

 

あの時、俺はヒースクリフが茅場昭彦だとほぼ確信していた。75層ボスを討伐して疲労困憊している攻略組を見るあいつの視線に、違和感を抱き攻撃を繰り出した。目論見は予想通りで、あいつがそのゲームの支配者だと露見させることができた。だが露見させたことで、あいつは生き残った攻略組全員を人質に取った。彼等を救うために、俺は己を犠牲にするつもりであいつの条件をのんだ。戦いに望もうとしたが、ゲーム内で出会った友人に泣きつかれてしまった。俺を死なせたくないが故の行動だったのだと。その瞬間は今でも覚えている。

 

俺は生き残り、人質になった人達を救うという使命感に苛まれたから、その友人を悪い意味ではない方で切り捨てるという手段を取ってしまった。それはつまり己自身ですべてを抱え込もうとするという自分勝手な行動。そのため不甲斐ない思いをさせてしまうことになり、自分自身の罪を増やすことになってしまった。

 

あんな思いをカイトにさせて堪るか。その思いを経験するのは俺だけで十分だ。

 

「今こそ戦うときですカイト。2人の意思は私たち全員の意思。それ以外に必要なことはないはず」

「ま、反逆できる最大戦力が揃ったんだ。やるべきことはひとつしかないと思うが?」

 

アリスと騎士長ベルクーリがカイトの隣に立つ。好戦的だと言ってもいいがそれは俺も同じだ。戦いは始まったばかり。俺とユージオが此処に至ったこの瞬間が戦い、いや戦争の始まりに過ぎない。今から始まる戦闘がこの世界の行方を左右するのは言うまでもない。

 

最終決戦は必ず俺たちが勝つ。勝ってアドミニストレータによる独裁政権を終わらせることが、最低限の成功と言える。俺の最終目標が〈この世界から現実世界への帰還〉。あいつを倒さなければ、〈ログアウトシステム〉を自由に探すこともできない。だから倒すことが絶対必須条件となる。もちろん自分が帰還するためだけに倒すわけじゃない。世界を救うことも目的のひとつだ。天秤にかければ世界を救う方向に大きく傾く。

 

世界を救うことも帰還することも大事だが、一番起きてはならないことは4人を死なせない(・・・・・・・・)こと。4人は決して失ってはならない。俺は死んでも死なない(・・・・・・・・)この世界では。だから命に代えても4人を生き延びさせる。たとえ4人に恨まれることがあっても必ず。

 

「賽は投げられた。俺たちがやるべき事、成すべき事はただ一つ。この戦争に勝つことだけだ(・・・・・・・・・・・・)!」

 

気合いの入る言葉を言ってくれるなぁ。覚悟を決めて強く握った拳に、さらに力を込めて精神を落ち着かせる。いくら気合いが入っていても、入りすぎでは体が動きにくくなってしまう。どんなことがあっても、常に冷静でいることが求められる。

 

パニックは自分自身だけでなく仲間に伝染させてしまう。自分の危険を仲間にも負わせることなど許されない。〈剣士〉であると名乗ったからには、それを突き通さなければならない。戒めに近い言葉だが、きっとそれで間違いないと思う。

 

カイトの横にユージオと2人で一列で並ぶ。〈神界の間〉に〈整合騎士〉2人と罪人兼反逆者2名が並ぶ様子は、壮観と言わざる終えない。異常であるはずの光景だというのに、それが当たり前であるかのように感じる。それは何故か。強者が揃っているからなのか、それともカイトとまた戦えることが嬉しいからなのか。

 

我ながら理由のない喜びに笑みがこぼれる。

 

嬉しい。嬉しい。楽しい。楽しい。

 

心が高揚している。

 

《魂》が震えている。

 

カイトという人間、〈人工フラクトライト〉が持つ一つの意思。生命がもたらす生きる活力というものがこれのことなのだろう。カイト、俺はこの命を無駄にはしない。お前が生きる世界を守ってみせる。




今回はキリト視点でした。ワンピースのあの感動場面を題材にしましたがどうでしたか?

作者的には良くも悪くもないという感じです。次回は本格的な戦闘シーンになっていきます。描写が病気的に書けませんが全力で書きますのでよろしくお願いします!


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発動

はい、またしても投稿に1ヶ月かかってしまった作者です。書きたくても構想が浮かばず、時間があってもテストといったスパイラルに陥っていました。

夏休みに入れば少しは書けるかな?と思っているのですが...。如何せん、忙しいのでどうなるかわかりません。

前置きはこれぐらいにして本編へ...

レッツ、パァァーリィィィ!


キリトの視線の先では、アドミニストレータがしなやかな手を口元に移動させて薄ら笑いを浮かべている。それはカイトたちに対する哀れみか。自身が存在する事への傲慢さ故か。

 

「あなたの詳細プロパティを参照できないのは、非正規婚姻から発生した未登録ユニットだと思って見ていたけど、…違うわね。《向こう側の世界》から来たのねあなたは」

 

4人に向けていた視線をキリトだけに変えて甘ったるい注ぎながら、アドミニストレータは問いかける。

 

「…そうだ。とは言っても俺に与えられたシステム権限は、この世界の人達と同等かそれ以下で、あんたには遠く及ばないんだけどな。クィネラさん」

「図書館の馬鹿につまらない話を吹き込まれたのかしら。それを聞いて貴方はそれを信じたの?真実かどうかを確認できないことを話されただけで」

「ああ、信じるさ」

「…」

 

迷うことなく信じると言い切ったキリトに、アドミニストレータは不快感を表すように笑みを消し、無表情でキリトを見定める。10m以上も距離があると言うのに、首元へ刃を突きつけられるような錯覚を覚えながら、ユージオはキリトを横目で見る。

 

《向こう側の世界》とは一体どういうことなのだろうか。2年前のあの日、荷物も持たず森に突如現れたことと何か関係あるのかという思考が頭の中で駆け巡る。そんなユージオの疑問を知らずして、キリトは《向こう側の世界》から来たことを認めた上で会話を続ける。

 

「何も知らず生きることになった俺だけど、生活することには満足してた。学院で卑怯な手段によって騙されるまでは」

「騙された...ね。それはあなた自身の弱さの現れだったのではないのかしら?」

「そうだろうな。俺は脆弱でお人好しで学習ができない大馬鹿野郎だ。でもあんたはそれ以上のクズだ」

「不愉快極まりないわね。外部からの招かれざる人間風情(・・・・)に存在を否定されるなんて」

 

言葉通りに不機嫌そうな声音で、アドミニストレータはぶっきらぼうに言い放つ。キリトからすれば、この場所に立つことを想像さえしていなかった。〈現実世界〉に帰還するためのログアウトシステムがあるかもしれないという理由だけで、此処にやって来ることになったのだから。

 

本当にあるかどうかもわからないのに、希望を持って長い道のりを歩んできた。あらゆる試練を乗り越え今此処に立っている。〈アンダーワールド〉の真実を知って、救おうと世界の守護者たる〈整合騎士〉を倒してきた。

 

隣で共に戦ってくれることのありがたさ。背中を託すことの出来る信頼性。それに感謝してもしきれないぐらいにカイトは救われてきた。〈セントラル・カセドラル〉だけでなく学院の時も同じだった。そんな優しさしか見せていない友人が(いか)っている。この世界の在り方とその在り方を貫こうとする存在に。

 

「1つ予言しようか」

「予言ですって?一介の民でしかないあなたに何が視えるというのかしら?」

「近いうちにこの世界は亡びる。あんた自身の望みが故に」

 

アドミニストレータの思考が一時的に停止する。

 

何を言っているのだろうか。外部からやってきただけの脆弱な存在が、何を知っていると言うのだろうか。これまでの苦労と情熱を、一瞬にして無駄にしようとする言葉に長年感じなかった憎悪が湧き上がってくる。

 

「あんたの過ちは〈ダークテリトリー〉の脅威への対抗手段として、〈整合騎士団〉を作り上げたこと。...いや、作ってしまったこと自体だからだ」

 

本来向けられるはずのない感情。〈人界〉を支配する自分には感じないはず。なのに、なのに何故このような感情を抱かなければならないのか。

 

不快!不快!不快!邪魔!邪魔!邪魔!

 

ああ、腹が立つ。憎たらしい。今すぐに自身の心の臓をこの手で抉り出して掻き毟りたい。できるならばこの少年の魂までも手中に収めて、耐え難い屈辱と痛みを死ぬまで与え続けたい。

 

「あんたも聞いていたはずだ最高司祭アドミニストレータ。ベルクーリ騎士長・ファナティオ副騎士長・デュソルバートさんの報告でさ。『〈果ての山脈〉において、ここ10年で戦闘回数が大幅に増えている』と。俺たちは命の限り戦うつもりだったが、騎士団亡き後はどうするつもりだった?民を守る手だてがあったなんて俺には思えない」

 

カイトの言葉に、アドミニストレータは心中で歯ぎしりしていた。満たされぬ欲望は、底のないコップのように漏れていく。底なし沼などという言葉では表せない。矯正しよう。全てを受けいれ全てを飲み干そう。それが神たる自身(・・・・・)への褒美でしかない。

 

「私たちは〈整合騎士〉になって何度も苦しみました。僅か7年という短い期間の中で、身も裂けるような思いを何度もしました。300年の永きにわたって、〈人界〉を守護し続けた叔父様のお気持ちが貴女にわかるのですか!?自分自身の思いどおりになる駒として、私達を造り上げた貴女に!」

「...心外ね。私はあなた達を愛していたわ。〈ダークテリトリー〉の侵入者に敗北して、情けなく帰ってきた騎士たちに愛想をつかすことも無くね」

「違います!それを愛しているとは言いません!貴女に命じられ、命を散らす覚悟を持って戦ってきた騎士を情けないと言い放つ。それは支配者がしていいことではありません!」

 

アドミニストレータの情を一切含まない声音に、アリスは叫ばずにいられなかった。責務を果たそうとした者に哀れと思い、労うこともしない。人を人として見ない在り方に、人を愛しているアリスには納得できない。

 

「いいえ、それは愛なのよ。人はいつしか壊れその身を消してしまう。でもね、人形(・・)ならそんなことにはならない。壊れることもなく消えることもないから重宝できるわ」

「...壊れています」

「壊れてなんかいないわ。壊れているとすればそれはあなた達。せっかく壊れることのない人形にしてあげた(・・・・・・・・・・・・・)のに、壊れる存在に戻ってしまったのだから」

 

人間性の欠けらも無いアドミニストレータの言葉がアリスに衝撃を与える。人を人と思わず物としか見ていないその考えは、人間でも神(・・・・・)でもない。ただの偽善者に他ならない。

 

「壊れているのはあんたの方だよアドミニストレータさん。人は人であって物じゃない。知性を宿し生きる術を探していく。それは生き物として当然の義務と権利なんだ。奪い去る資格はあんたにも他の誰にもない」

「部外者がしゃしゃりでてきちゃって。なら言わせてもらうけど、あなたにも私を叱る権利はないわ。此処のそしてこの世界の支配者たる私を裁く者は誰1人いないのだから」

 

熱に浮かされたような言葉を漏らすアドミニストレータ。いや、実際に自身の欲に振り回されているとしか思えない。その吐き出し口は、反逆者であるカイトたち以外に向けられることは無い。

 

「最高司祭さんよ、あんたを裁く者がいなきゃこの世界は壊れるんだ。壊れる原因は、あんたが存在する(・・・・・・・・)ということ以外にねぇんだよ」

 

今まで1度も口を開かなかったベルクーリがその口を開く。それがどういうことを意味しているのだろうか。

 

「私が愛するこの世界を壊す?有り得ないわね。こんなにも愛おしいというのに。では聞くけど、《向こう側の世界から来た》あなたはこの世界が終わればいいと言うのかしら?」

「いや、そんなことはない。むしろこの世界が繁栄してくれればいいと思っている」

「なら「けど、」...」

「けど、あなたのような独裁者に任せることは出来ない。自由を奪い成長する機会までも失わせるあなたの考えは、いつかこの世界を滅ぼす元凶となりうる。あなた自身までも破滅させるだろう」

 

自身の願望による崩壊。それは在るべき姿ではない。自信が望むのは世界の平和と安定。自分の思うがままの姿こそがあるべき本来の姿である。崩壊などさせるものか。自分はこの世界を愛し、そして誰からも愛される(・・・・・・・・)ことを望む。

 

「クスッ、あはははははははは!可笑しい!可笑しいわね!私が望む世界を私自身が壊すなんてあるはずがないのに。...いいわ、そこまで言うのなら自身の行動が、どれだけ愚かで愚劣なのかをその身を以て知る機会を与えましょう。おいでなさい私の人形にして忠実なる僕!魂なき殺戮者よ!〈リリース・リコレクション(・・・・・・・・・・)〉!」

「「「「「なっ!」」」」」

 

アドミニストレータの口から放たれた無慈悲極まりない宣言。それにはさしもの〈整合騎士〉の3人と、キリトとユージオは驚愕せずにはいられなかった。神器の奥の手である〈武装完全支配術〉を超える〈記憶解放〉に恐怖する。両手を広げたままの状態で何が起こるというのか。武器になるものを何一つ持たないアドミニストレータに何が出来るのか。

 

何が起こるかわからず、呆然としている5人の耳が微かなしかし確かな音を拾い上げた。キンキン、という高い金属音が断続的に、そしてどんどんと大きくなっていく。後ろから右から左から。最終的には全方位から同じ音が聞こえてくる。

 

5人がそれ(・・)を見て激しく喘ぐ。

 

「こ、これがっ!」

「ありえん!」

「そ、そんな、...!」

「馬鹿な!」

「無茶苦茶だ!」

 

眼にすれば誰もが疑ってしまう光景が目の前で行われている。直径40mにもなる巨大な空間を支える柱が無数に生えた〈神界の間〉。その柱を飾る模造の大小様々な黄金色の剣が、宙を舞って形作っていく。比較的小さな剣が脚となり巨大な剣が胴体となり、最も大きな3mにもなる大剣が両腕を成す。剣で体を形成した剣が剣を振るう。

 

普通ならばありえないことなのだ。〈記憶解放〉は自身と一体になるほどにまで使い込まれたものでなければ、扱うことなど不可能である。持ち主と愛剣が深い絆を結ぶことで、初めて剣の記憶に触れることが出来る。

 

〈整合騎士〉や自分を崇めている民を人間として見ていないアドミニストレータが、30本もの模造剣の記憶を共有することなどできるはずがない。彼女が解放した記憶とは一体なんなのだろうか。人間の倍以上の4本もの脚を持つ巨体。もはや剣などではなく怪物としか形容できない。

 

そしていつ何処から取り出したのか。アドミニストレータの左手には〈敬神(バイエティ)モジュール〉が握られていた。左手を天に捧げるよう持ち上げると、何かに引かれるように〈敬神モジュール〉はアドミニストレータの手から離れていく。上昇した〈敬神モジュール〉は、怪物の背骨と巨大な剣の中心。人間で言う肩甲骨の内側へと吸い込まれる。そして人間の心臓がある場所に謎の模様が浮き上がった。

 

その模様が光を放ったと思うと、激しい閃光が5人の視界を塗りつぶしていく。紫色の光は、怪物の胸部から腕・腹部・脚を舐めるように広がっていく。光が全身を覆うと、飾りでしかなかった剣の刃部分が鋭さを取り戻す。鋭利なそれは、触れるだけで裂けるのではないかと思ってしまうほどだ。

 

この瞬間に、アドミニストレータの術式が完成してしまったとカイトは覚る。防ぐためアリスを危険に晒したというのに間に合わなかった。会話中に飛び込むことは不可能に近いと分かっていた。

 

飛び込めば、5人がまとめて攻撃を受けることが容易に予測できるからだ。それにアドミニストレータは隙という隙を一切見せていない。リスクが高すぎたことがカイトの心に歯止めをかけていたのだ。

 

アドミニストレータが勝利の微笑みを浮かべた。

 

その直後。

 

怪物は巨体を軽々と持ち上げ高く飛翔すると、アドミニストレータとカイトたちの中間辺りに硬質な地響きを立てて着地する。身の丈5mはありそうな巨体を見上げながら、カイトたちは後退ってしまう。見た目は子供が絵に書いたようなお茶目なような...でも実際はそれほど可愛げのあるものでは無い。ましてや命を刈り取るような剣先が見えてはさらに恐怖がある。

 

「...有り得ない。同時に30もの武器に対して、ここまで大掛かりな術式を使役できるなど術の理に反している。アドミニストレータとはいえ、〈神聖術〉の大原則には背けないはず...」

「思い知ったかしら?これが私の望んだ力。決して逆らわず私の命令通りに動いてくれる人形。攻撃に特化した最強の兵器。そうね、名前は《ソードゴーレム(・・・・・・)》とでもしておきましょうか」

「剣の...自動人形...」

 

神聖語ならざる英語(・・)の言葉を汎用語にしたキリトの訳は、アドミニストレータにとって満足のいくものだったようだ。膨大な〈天命〉と圧倒的な攻撃力を持つそれ(・・)に抗う術はない...はずだった。

 

「攻撃に特化したか。でも攻撃に特化したものは1つだけじゃない(・・・・・・・)

「何?」

「聞こえなかったか?それはつまり此処にもある(・・・・・)ということさ」

 

カイトが腰から愛剣である〈神器《翡翠鬼》〉を抜刀する。アドミニストレータに向けると思いきや、《翡翠鬼》の切っ先を天を突き上げた。

 

そして...。

 

「《リリース・リコレクション(・・・・・・・・・・)》!」

 

《記憶解放》を発動させた。

 

「ぬあっ!」

「きゃっ!」

「うおっ!」

「うわっ!」

 

爆発的な風圧に、近距離にいた4人が大きく吹き飛ばされる。重厚な鎧を着ていないとはいえ、軽々とベルクーリの巨体を吹き飛ばす圧力は尋常ではない。床に転がりながらも顔を上げたアリスは、カイトが持つ剣に起こる現象に眼を見開いて驚愕した。

 

刀身部分が引き伸ばされるかのように長くなる。80cmほどしかなかった刀身が今では1mを越えていく。すると突如として刃部分が湾曲して鎌のように形取る。さらには、持ち手部分も同様に上下に伸びていき1m50cmほどにもなる。さらに極めつけは、柄頭であった所から長い鎖が伸びていることだ。

 

本来の姿へと形取った瞬間に淡い緋色の光が弾ける。反射的に閉じた瞼を持ち上げてみる。そこには膝立ち程度まで腰を下げ、《翡翠鬼》を握る右手を背中まで回した姿のカイトがいた。鎌の部分が天を向いているため、(そら)を穿つようでもある。さらにはカイトの着ている服装も変わっていた。学院時代から愛用していた淡い群青色ではなく、愛剣と同じ翡翠色へと変化している。

 

両肩から流れる毛皮のようなフード付きのロングコート。長袖の袖口にも似たものがある。肩口から袖へと伸びる緋色のラインが、そのフード付きロングコートの存在感を倍増させている。

 

「カ、カイト...」

 

フードによって見えない横顔にはどのような感情が込められているのだろう。これほど身体に吹き付ける圧力が何を意味しているのか。

 

吹き付ける圧力とは言っても、アドミニストレータの召喚した《ソードゴーレム》とは別種のものである。《ソードゴーレム》からは〈傲慢〉・〈憤怒〉・〈憎悪〉といった負の感情が押し寄せてくる(・・・・・・)。対して、カイトから溢れる圧力は〈謙虚〉、〈幸福〉・〈勇気〉といった正の感情が伝わってくる(・・・・・)

 

これが〈善と悪(・・・)〉の違いなのかと、アリスの心を揺らがせた。

 

カイトと《ソードゴーレム》の発する圧力がぶつかり合い、火花を散らしているようにも見える(・・・・・・・)。俯いていた顔が上げられると同時に、空気を裂くような乾いた音が聞こえ、次の瞬間には滑らかに何かを切り裂いた(・・・・・)音が4人の耳に届いた。視線を移せば、何かを切り裂いて鎌を振り下ろした(・・・・・・・・・・・)体勢でいるカイトがいる。

 

『...〈記憶解放《襲色 紫苑の鎌》〉』

 

カイトがカイトらしくない声音で〈記憶解放〉した《翡翠鬼》の"真名"を呟いた瞬間、《ソードゴーレム》の右腕の剣が刀身半ばから粉々に砕け散った(・・・・・)。その光景にベルクーリは眼を見開き、アリス・キリト・ユージオは動くことも思考を回すことも出来なかった。

 

『さあ、始めよう俺たち(・・・)の反逆を』

 

カイトが目の前に立つアドミニストレータへ、本格的な宣戦を告げる。

 

その姿はまさに、命を刈り取る《死神》のようであった。




ちょいとカッコつけすぎましたかね?次回以降にカイトの本領がついに発揮されます!

それではまたお会いしましょう!



オッス、オラ○空。カイトの奴すんげぇもん隠してたぞぉ、おっでれぇたなぁ
。どんな風に《ソードゴーレム》っちゅうバケモンを倒すのか、オラワクワクすっぞ。

次回、アリシゼーション~アリスの恋人〈不滅〉。ぜってぇ見てくれよな!


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不滅

纏衣かっこいいですよね!?あのシーンだけでも永久保存版として見たくなる!青田坊とか首無とか見てみたい!


俺の持つ剣では切れぬと。見るだけで覚ってしまうほどのものをいとも容易く粉砕する。その圧倒的な攻撃力に俺はどう反応すればいいのかわからなかった。

 

本来であれば口にして喜びを伝えるべきなのだろう。だが今の状況で悠長にそんなことを口にできるはずもない。それともカイトに続いて攻撃を加えるべきなのだろうか。いや、そんなことをすれば返り討ちに合うのは眼に見えている。

 

ならどうするべきなのだろう。此処にただ立ってカイトが戦うのを見ているだけでいいのか?そんなことが許されるわけがない。カイトだけが戦って俺は何もせず見ているだけなんて、情けないばかりか〈剣士〉としての名折れだ。戦うんだ。カイトに迷惑をかけることなくカイトの助けになるように戦うんだ。

 

そう身体に命令すると、大人しく言うことを聞いてくれた。強ばっていたはずの脚が地面に立つ感覚を覚えさせ、不規則だった呼吸も安定した呼吸数に移っている。空気を大きく吸い込み肺を満たす。剣を左に構えて腰を低くすると、愛剣をライトエフェクトが鮮やかに包み込む。

 

「っ!」

 

無声の気合いを吐き出し、10m程先で自分の右腕を破壊したカイトを見る《ソードゴーレム》へと突っ込んだ。背中を向けている今であれば、〈単発ソードスキル〉を叩き込むことが出来る。

 

攻撃すれば俺へと攻撃対象が変化し、その間にまたカイトが攻撃を繰り出してくれるはずだ。俺が攻撃をして注意が俺に向いている間、カイトが攻撃をする。カイトに注意か向いている間、俺が攻撃を加える。それを繰り返していけば、相手も狙いを絞ることが出来なくなるはずだ。決め技としてユージオ・アリス・ベルクーリさんに強攻撃を繋げば勝てる。

 

「うおっ!」

 

そんなふうに策を立てたのだが生憎、現実はそこまで甘くないらしい。〈アインクラッド流下段突進技《レイジスパイク》〉が、《ソードゴーレム》の4本あるうちの1本の脚にぶつかる瞬間。恐るべき速度で煌めいた光とキインッ!という甲高い金属音、そして左手に伝わるとてつもない衝撃が〈神界の間〉に反響した。

 

見れば俺の持つ剣が、ぶつかるはずだった脚とは反対の位置から振り抜かれた剣に横腹を弾かれていた。振り抜いた脚とは別の位置から攻撃が突き出される予備動作が見える。あまりの衝撃に体を泳がされたため、この体勢では避けることは出来ない。剣を引き戻すか剣に引っ張られるようにその場から逃げるべきなのか。どちらにせよ間に合うことはないだろう。上手くいったとしても剣によって俺の脇腹は深くえぐられる。諦めかけたその刹那。

 

「キリトぉぉぉ!セィァァァァ!」

 

剣が流された方向からユージオの声が聞こえ、〈アインクラッド流単発水平斬り《ホリゾンタル》〉を繰り出した。

 

「うあっ!」

 

〈ソードスキル〉が《ソードゴーレム》の剣と衝突し勢いを殺したと思ったが、止まることなくその剣を振り抜いたことでユージオは紙切れのように吹き飛んだ。そのお陰で吹き飛ぶ間に俺が体制を直す猶予が発生していた。バックステップで《ソードゴーレム》の間合いから距離を取る。

 

今のちょっとした攻防で《ソードゴーレム》の危険度を理解した。〈ソードスキル〉を対処する反応速度。剣の横腹に衝突させる正確性。更に言えば攻撃速度も並程度のものではない。〈アインクラッド〉で言う弾く(パリィ)に近いものだ。

 

吹き飛んだユージオを追従しなかったのは、未だカイトに向けられるヘイトが残っているからだろう。それほどまでに、右手であった剣を粉砕されたことが憎々しいのか。まさかこれが〈記憶解放〉と関係あるのだろうか。いや、今それを考えている暇は無い。

 

やるべきことは即座に目の前の《ソードゴーレム》を倒すことだけ。それ以外に目をくれている暇なんて無いんだ。今カイトがいる場所は《ソードゴーレム》を挟んで真反対。どうすればカイトと合流して共闘することができるだろう。

 

「はあぁぁぁぁぁ!」

 

考え込んでいるうちに裂帛の気合いと共にアリスが両手で握った〈金木犀の剣〉を、全身を限界まで反らして大きく振りかぶるの見えた。それを難無く捌く《ソードゴーレム》の動きは軽快で、むしろ攻撃を加えたアリスの方が切羽詰まっているようにも見える。

 

「アリス、大丈夫か!?」

「キリト!?」

 

どうにかして攻撃範囲から退いたアリスと合流して問いかけた。寄ってくるようには見えなかったらしく、俺の声かけに驚きを露わにしたが直ぐに真顔に戻して、カイトを攻撃している《ソードゴーレム》の動きを観察していた。カイトは的確に攻撃を避けながら、攻撃を繰り出しているが決定打は言わずもがな。耐久力を貫通するほどの攻撃は繰り出せていないようだ。

 

「…どう視る?」

「…正直言って手の出しようがありません。あの巨体からは想像もできないような速度で攻撃を回避し、的確に無駄のない動きで攻撃を繰り出してきます。気を抜けば一瞬で命を絶たれることでしょう」

「アリスが満点評価を下すなんてな。わかってはいるが簡単には勝たせてくれないようだ。ただ気がかりなのは、アドミニストレータが静かにこっちを眺めていることだな」

 

横目で見ると、余裕の笑みを浮かべながらカイトを観察している支配者がいる。〈記憶解放〉した《ソードゴーレム》の片腕を簡単に破壊されたというのに、何故そこまでの余裕を持てるのだろうか。これ以上に強い駒を持っているから大丈夫という意味の余裕なのか?

 

「ぬううぅぅぅぅんんんん!」

 

重々しい気迫と同様にとてつもない重さの剣が、カイトを狙っていた《ソードゴーレム》の剣を跳ね返している。だが攻撃を放った騎士長に、回し蹴りの要領で射程範囲外へと押し出させる陽動も無駄がない。それを視界の端に捉えながら思考を働かす。

 

いや、カイトは言っていた「これほどの規模の〈神聖術〉など理に反している」と。これがそうならばあれの上位互換など存在できるはずがない。だがあれほどの余裕があるのはそれだけの自信があるからだろう。不気味だ。不気味と言うにもほどがある。それが俺の言葉にできない違和感の正体なのかもしれない。

 

「ぐっ!」

「「カイト!」」

 

ついにカイトの身体を《ソードゴーレム》が捉えた。かすり傷といっても風圧で吹き飛ばされたカイトが立ち上がるより、追撃が届く方が明らかに速いだろう。〈ソードスキル〉を発動させたら間に合うか?いや、おそらくどれだけ最速の奥義を使おうとも間に合わない。

 

「「カイトぉぉぉぉ!」」

 

命を刈られる親友の名前を呼んだその刹那。

 

「〈咲け 青薔薇〉!」

 

張り詰めた声音が聞こえたかと思うと、《ソードゴーレム》の足下から茨の生えた蔓が無数に飛び出してきた。一本一本が小指ほどの太さでありながら、それらが幾重にも巻き付くことで強度は格段に増す。それが現実となって、剣がカイトを貫かんばかりの速度で移動していた《ソードゴーレム》の動きを完全に押さえ込んでいた。

 

声のした方を見れば、口元から少しばかり血を垂らしたユージオが〈青薔薇の剣〉を〈神界の間〉の床に深々と突き刺していた。床には剣の場所から《ソードゴーレム》の立っている場所までの道を作るように、霜の道が出来上がっている。

 

「ユージオ、大丈夫か?」

「なんとかね。吹き飛ばされたときに強く地面に打ち付けられただけだから、時間が経てば自然と回復するよ。まあ、でも今は即座に治さないと致命傷になりかねないかな。〈システムコール。ジェネレート・ルミナスエレメント〉」

 

自分で治癒術を施しているユージオから視線を戻すと、《ソードゴーレム》が氷の蔓を砕こうともがいているのが見えた。動く度に氷がきしんで破片がパラパラと崩れていくのが眼に映る。いかに拘束したと言っても所詮は一時的なものだ。優先度が高い〈青薔薇の剣〉でも神器級の優先度を誇る武器が数十本も集まった集合体を、いつまでも捉えておけるわけがない。

 

『っくそ!しくじった』

「かすり傷で済んだじゃないか。さてどうしたもんかな」

『...全員で総攻撃をかけるか陽動作戦を組み込んでトドメをさすかの二択だろうな』

 

ユージオの時間稼ぎでどうにか生き残ったカイトが、キリトたちと合流しこれからの作戦を考えていた。こうしている間にもユージオは集中を続けているというのに策が浮かばない。《ソードゴーレム》を拘束している氷の蔓が割れるのが先か。ユージオの集中力が切れるのが先か。

 

「だったらオレらが道を作れば良いだけの話だ。嬢ちゃん、初擊は俺が行くから二擊目を狙え。坊主はその後に《ソードゴーレム》とかいうやつを攪乱させてカイトにトドメをささせろ。いいな?」

「「『はい!』」」」

「んじゃ行くぜ!おららららぁぁぁぁ!」

「はあぁぁぁぁぁ!」

「おおおぉぉぉぉ!」

 

ベルクーリが動きアリスが一拍遅れて動き出す。さらに一拍遅れてキリトが右肩に剣を担ぐような姿勢を作り出す。紅色よりも格段に濃いクリムゾン・レッドのライトエフェクトが剣を包み込む。それと共にジェットエンジンめいた甲高い音が響き渡る。

 

「ぜあっ!ぐっ、どわあぁぁぁ!」

「叔父様!?はあぁぁぁぁ!?なっ!?きゃあっ!」

 

ベルクーリが横へ一閃した剣は、氷の蔓を砕くために回転させた大きな左腕の剣によって防がれる。衝突した勢いと振り抜かれたことで、ベルクーリが大きく吹き飛ばされた。呆気なく軽々と吹き飛んだ騎士長の姿を眼にして、アリスが右上から左下への斬り払いを繰り出す。だが本来はあるはずのない、カイトによって砕かれた右腕の剣(・・・・・・・・・・・・・)によって、アリスは遙か彼方へとはじき返される。

 

ベルクーリが吹き飛ばされる瞬間、奇妙な現象がキリトに起きていた。剣を持つキリトの全身が眩く輝く光に覆われ、それまでとは違う出で立ちとして現れる。キリトが身につけていたのは、〈セントラル・カセドラル〉に侵入して手に入れた学院の頃に着ていたものと似た黒色の上下だったはずだ。

 

だが光の波が右腕から身体、脚へと通過するにつれて高い襟と長い裾を持つ黒革の外套がどこからともなく現れ、ズボンもまた細身の革素材へと変わっている。瞬きするよりも短い間の変化ではあったが、それは服装以外にも現れている。黒い髪が僅かに伸びて瞳を軽く覆い隠していく。

 

次に瞳に宿る光が大きく変わっていた。今までは戦う事への意思を表した光だったが、今は自身ができることを全力で成そうとしている覚悟を決めた者の光が、黒水晶よりも黒く星空よりも深く澄み渡った優しくも力強いものが映っている。

 

「う…、おおおぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

食いしばった歯の隙間から零れる言葉とむき出された牙のように鋭い歯の奥から、獰猛な雄叫びが放たれた。剣が放つ金属質の咆哮と眩い深紅の光が急激に高まる。手が見えなくなるほどの速度で右手が撃ち出された。コートの裾がはためき、宙を駆けるように2人を吹き飛ばした《ソードゴーレム》へ向かっていく。

 

アリスを吹き飛ばしたばかりで剣を引き戻す余裕もない《ソードゴーレム》が、さすがの速度でキリトを迎え撃とうと攻撃態勢を整える。もしキリトの攻撃がコンマ一秒でも速かったならば、《ソードゴーレム》の唯一の急所である〈敬神モジュール〉を貫けただろう。

 

だがアドミニストレータが造りだした兵器はそれすらも許さなかった。ベルクーリを吹き飛ばした右腕の剣の刃部分で、キリトの突きだした剣先をごく僅かに滑らせる。ただそれだけの必要最低限。そして必要最大限の攻撃を繰り出す態勢へと移行する。

 

「…へへ、頼んだぜカイト」

 

キリトが自分の役目は終わったというように眼を閉じてその時を待つ。

 

『…ありがとうアリス・キリト・騎士長・そしてユージオ。行くぜ化け物、これが俺たち(・・・)の力だ!」

 

カイトが深く沈み込み、高く高く跳躍した。片手で持っていた〈翡翠鬼〉が鎌の状態から剣の形へ移行する。それもカイトの身長を遙かに超える、身の丈3mの超大型の片刃剣が出来上がった。そしてなんの躊躇もなくそれを《ソードゴーレム》へと、両手にあらん限りの力を込めて不自然なほど無表情に振り下ろした。

 

『…〈記憶解放 《濃紅大申爪(こきくれないだいしんそう)》』

 

神器級武器数十本の集合体である《ソードゴーレム》の身体を容易く斬り裂き、それを制御していた《敬神モジュール》を真っ二つに斬り捨てた。

 

『次はあんただアドミニストレータ』

 

核を破壊された《ソードゴーレム》が残っていた膨大な〈天命〉を周囲に吐き出していくのを背にして、カイトは元の形へと戻った〈翡翠鬼〉の切っ先をアドミニストレータに向けながらそう言い放った。その横には満身創痍にも近い状態の4人が、肩で息をしながら立っていた。肉体が悲鳴を上げていても心はまだ諦めていない。心が死なない限り諦めないと言うかのように。

 

「あははははははは!〈向こう側の世界〉ではこれはなんて言ったかしら。ブラボー、そうブラボーよ私の可愛いお人形たち。まさか《ソードゴーレム》を苦戦しながらも倒すなんて。ますます殺すのが惜しくなっちゃうわね」

「…もう終わりだぜ最高司祭さんよ。あれが出たならもうこれ以上はないんだからな」

 

最高の人形を破壊されたというのにまったく気にしていない。というよりこうでなければ面白くないと言っているかのように聞こえたのだろう。戦闘時間は短いがそれでも多大なダメージを受けたベルクーリは、動揺の欠片も見せないアドミニストレータに言い寄る。

 

平常心でいるわけでもなく、むしろ興奮しているように見えるアドミニストレータの様子に誰もが虚勢だと思った。その場にいればそうだったに違いない。だがそれは軽率な行動に他ならなかった。

 

「確かに《ソードゴーレム》は壊されちゃったけど、まだ負けてないわ」

「いいや。あんたの負けだアドミニストレータ。あのようなものを造り出してしまえば、あれ以上のものは絶対に造り出せない」

「ええ、そうね。あれ以上(・・・・)のものは私には造り出せない。でもねそれはつまり、あれと同等(・・・・・)のものなら造り出せるということなのよ!」

「何!?」

「《リリース・リコレクション(・・・・・・・・・・・)》!」

 

有り得ないはずの二度目の〈記憶解放〉。それは死を告げる支配者の台詞であった。アドミニストレータが口にした瞬間、〈神界の間〉を支える複数の柱に飾られた大小様々な剣が震え出す。そしてそれら全て(・・・・・)が空中に浮遊して移動を始めた。

 

「ま、まさか…」

「…くそったれが」

「うそ…」

「悪夢だ…」

「な、なんで…」

 

5人の前でそれが形作っていく。

 

「…悪夢でも見ているのか?有り得ない有り得ない!」

 

カイトが絶望を口にする。

 

「うふふふふふふ、その顔はいいわね。希望から絶望に変わるその瞬間の表情こそ私が欲するもの。そのまま凍らせて飾っておきたいぐらいに素敵だわ」

 

アドミニストレータの猟奇的な発言でさえ、今の5人の耳には届かない。ついに形取ったそれへ。アドミニストレータが何処からか取り出したあの〈敬神モジュール〉が埋め込まれて起動した。

 

「さあ、終わらせてしまいなさい。私の可愛い2体(・・)の《ソードゴーレム》」

 

それは世界の終焉を告げる支配者の欲望を体現したものだった。




まあまあ期間が短く書けたと思います。どれだけの鬼纏を出演させることができるかわかりませんが頑張ります。ではまた次話でお会いしましょう!


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迷宮

はい、またまた投稿間隔が空いてしまった作者です。思ってた以上に夏休みが忙しくて時間が取れませんでした。申し訳ありません!

みなさん、熱中症や夏バテには十分ご注意ください!そして残り少ない夏休みを思いっきり楽しみましょう!



そんなことあるわけがない。

 

あのような存在をいとも容易く同時に複数を創作できるはずがない。視界の先では認めたくもない様子が現れ、それが現実であることを示そうとしている。受け入れたくない。こんなことがあって良いはずがない。そう自分自身に言い聞かせるがそれは意味のない行動だった。

 

存在感が。圧迫力が。畏怖が桁違いに濃いことがそれが現実だと認識させてくる。そう思わないようにするという行為自体が、現実(・・)であるということを助長させている。そうわかっていても否定したくなる。4人が苦労して作り上げてくれたブレイクタイムを使って、ギリギリ倒すことができたというのにそれが2体も残っているだと?

 

悪夢だと言ってくれ。こんなことがあってたまるかよ。そんな相手が2体いるだなんて勝てるわけがない。絶望だ。希望が見えた瞬間に舞い降りた絶望という名の現実。どうしたら未来(・・)という一筋の光がこの先に見えるのだろうか。

 

 

 

 

重々しい音を鳴らしながら、《ソードゴーレム》がカイトたちを包囲する。さらにその周囲で円を描くように動き続けるため、カイトたちはベルクーリを中心に卍の陣を敷きながら警戒していた。

 

「同等のものを造り上げれると言ったものの、さすがの私でもこれが限界だわ。記憶領域を崩壊寸前まで圧縮して造り上げたのだから、簡単に壊されるのは少し癪ね。さっきは呆気なく破壊されたけど、それは5人で協力した(・・・・・)結果であって少数(・・)でという結果ではないの。つまりこうなった以上、あなたたちに勝つ見込みはない。万に一つもね」

「…あなたのしたいことは何なんだ?」

「支配よ。未来永劫決して崩壊することなく平和が保たれる世界を見守る。周囲に怯える必要もない安心できる世界。争うことがない安全な世界。自由に生きることのできる世界を見て感じてようやく私は満たされる」

 

両手を広げながら話す仕草は、まるで世界を包み込むようでもあった。アドミニストレータの手中に世界と民が囚われ、文明の発達や人類の繁栄は管理される。それの何処に〈自由〉が存在するのだろうか。

 

「周囲に怯えることもなく争いのない世界…か。そりゃ誰もが夢見る理想の世界なんだろうさ。でもそれじゃ人は学習しない。何も学ぶこともなく死を迎えてしまう!」

「それが悪いの?人が学習すると言うことは破滅へと向かうことを示唆するというのに」

「違う!人が学習することで文明は発達してきた。確かに人は争うことでしか物事を解決できない生き物だ。それでも争いを望まず、平和的な解決を望む人がいるのも事実だということがわからないのか!」

「人間ほど欲深い生物はいないわ。だから私がすべてを支配して管理するの」

 

キリトとアドミニストレータが主張し合っている間も、《ソードゴーレム》×2はカイトたちを包囲している。その動きは、どのようにしてカイトたちを仕留めるか観察している猛禽類そのものだ。

 

「…どうする?」

「2人と3人で分担しなきゃ駄目だろうな。オレと小僧2人、坊主と嬢ちゃんでという感じだ。行くぞ!」

「「「「はい!」」」」

 

それぞれがベルクーリの方針通りに《ソードゴーレム》へと突撃していく。カイトは〈記憶解放《襲色 紫苑の鎌》〉を武装して大きく振りかぶった。

 

鎌の部分が横に一閃された《ソードゴーレム》の剣と激しくぶつかり合う。単なる力勝負なら、カイトは呆気なく押し負けて吹き飛ばされるだろう。しかしカイトがそのことを認識できていないはずがなく。

 

鎌の部分と剣がぶつかった瞬間に、カイトは持ち手部分を剣の刃部分で滑らせていた。火花が飛び散り耳を貫くような高周波が鳴り響く。そのままの勢いでカイトは脚で剣を踏みつけ優雅に宙を舞う。その身体へ剣を突き出そうとした《ソードゴーレム》へ、単発水平斬りを繰り出したアリスによって中断を余儀なくされる。

 

その間に着地したカイトは、地を這うようにそして滑るように移動し鎌を左右へ往復させる。とてつもない衝撃音が響き渡り、《ソードゴーレム》が僅かに体勢を崩す。そこへ怒濤の勢いで2人が攻撃を仕掛ける。アリスが左右へ重い払いを繰り出すと、今度はカイトが上下から攻撃を繰り出す。

 

〈アインクラッド〉でモンスターは、異なる攻撃パラメータ(片手剣や細剣など)を持つプレイヤー複数に攻撃されると、反応が鈍くなるという実例があった。それはつまりアルゴリズムで動いているということだからだ。モンスターの危険性は誰もが知っている通り、攻撃力や防御力の高さ、状態異常攻撃などを絡めた戦闘方法が厄介だった。

 

アルゴリズムのもっとも強力な点は学習能力の高さにある。相手の動きを覚えることで予測を可能にし、攻撃を躱したりプレイヤーを殺すなど容易くこなした。単独戦闘ならば、簡単に倒せないモンスターだって何度も出くわす。倒せたとしても、HPバ-が半分程度まで減らす敵だっていただろう。

 

それほどの強敵であったモンスターでも苦手なことはある。アルゴリズムの性能には限界があり、それを超える行動をされれば対処できなくなる。誘導される動きならば尚更予測不能だろう。そのことを〈知識(・・)〉として知っているカイトだったが、《ソードゴーレム》の学習速度を甘く見ていた。

 

《ソードゴーレム》の学習能力は、カイトの知っている〈アインクラッド〉のモンスターと比べることができないほど高度だ。直接相対したわけでもないカイトが比べるのは実に可笑しいことだが、それでもカイトの予想以上に《ソードゴーレム》が学んだことで、呆気なく均衡は崩れてしまった。

 

数分前に倒したときも最大限に集中して攻撃を行ったし、破壊できたのも偶然や必然ではなく、協力したことで成し遂げれたと理解している。だから今の事態も動揺を少なくして攻撃と周囲に集中していた。その甲斐あって攻撃を喰らうことなく、回避もなく確実にダメージを与えていた。

 

回避がないのはカイトにする必要がないからだ。カイトの〈神器《翡翠鬼》〉の特徴はその移動速度にある。《ソードゴーレム》の片腕にあたる右の剣を簡単に破壊した攻撃力も恐れるにたるものだが、もっとも注目するところは動きの軽やかさだ。

 

《翡翠鬼》のもつ特性は【(ばく)】。これは〈神器〉としての基本能力であるが、それ故に最強の能力でもある。【暴】は能力を強化するというもので、例えば走りであれば速度を上げたり、攻撃であれば攻撃力そのものを。防御であれば防御力を上げることができる。

 

特性というものは〈神器〉のかつての事象や存在を意味する。《翡翠鬼》の元となった生物は、翡翠色の体色をした鬼だった。鬼としての存在は異質で、暴力的な力であらゆるものを破壊していた。そして走る速度も並の鬼で勝てるはずもない。それらを可能にしていたのが肉体を形作っていた筋肉量である。筋肉はあらゆるものの礎となり、また力を引き出す根源にもなる。

 

〈神器〉との調和があればあるほど力を引き出すことは可能だ。ベルクーリは《時穿剣》と共に100年を過ごしているのだから、絆値など見なくともお互いが信頼しているのはわかる。ならば何故カイトが10年も共にしていない《翡翠鬼》を使いこなせているのか。それは後々わかることだろう。

 

カイトたちが交戦していたのとは違う《ソードゴーレム》と戦っていたキリトたちが、今まさにその命を散らそうとしていた。

 

どかっ!ざしゅっ!ぐさっ!

 

連続して3つの肉が断ち切られる音がカイトとアリスの耳に届いた。視線を向けると、血に染まった巨大な剣が眼に入る。そんなことがあるはずがないと懇願しながら視線を移動させると、とめどなく血を床に流して倒れている3人がいた。

 

「あ、ああああ、…ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「キリト・ユージオ・叔父様ぁぁぁぁぁ!!!!」

 

先程まで交戦していた《ソードゴーレム》を無視して、俺たちは3人を斬り倒した張本人へと猛然と突進した。決定的な死を与えようとしている敵に最大速度で接近していると、俺たちを追って《ソードゴーレム》が追従してきた。

 

「ここは私が!カイトは行って下さい!」

「っ頼んだ!」

 

アリス1人では足止めできないとわかっていながら、アリスの想いを無碍にはできず脚を動かす。アリス1人では《ソードゴーレム》を止めることができたとしても数秒が関の山だ。決してアリスの技量が低いわけじゃない。《ソードゴーレム》が異常なまでに強すぎるだけだ。

 

「届けぇぇぇぇぇぇ!」

 

〈記憶解放〉を解除して通常形態に戻し、俺は〈アインクラッド流上段突進技《ソニックリープ》〉を発動させた。約10mを突進できるこの〈ソードスキル〉は、こういう危険なときに使うことで、走るより速く動くことができる。

 

キリトに振り下ろされかけていた巨大な剣の側面に、《ソニックリープ》が直撃して大きく跳ね上げた。だがその凄まじいまでの反動が俺の右手を伝って、身体の芯までも振るわせる。跳ね上げた剣では俺は斬られないだろうが、奴には未だ5本もの攻撃剣が存在している。1本しか攻撃剣を持たない俺に躱5など不可能な話だ。

 

だがそんなことで諦められるわけがない。諦めてしまえば、俺だけでなく致命傷を負っている3人までもが死んでしまう。

 

「諦められるわけないだろ!っせい!」

 

衝撃で跳ね返される勢いを利用して俺は後方宙返りをした。その際に右足のブーツの先に眩い光が生まれる。俺が使用したのは〈後方宙返り蹴り技《弦月》〉。《体術》を扱えるのは、剣術院時代キリトにユージオと2人して習っていたからだ。とはいえ主に習得したのは、拳や肩による攻撃である〈閃打〉や〈メテオブレイク〉といったものだけ。なのに何故使えるというと、それは見様見真似でやってみたらできたというだけの話。

 

〈アンダーワールド〉でキリトが《体術》を用いた戦闘を行ったことは一度もない。

 

理由としては、双方の了解がなければ〈天命〉を減らすことは《禁忌目録》で禁止されているから。その前に剣で戦いをするのだから《体術》を使ってしまえば、どんな理由で罰則を喰らうか予想もできない。

 

《体術》を仕込まれた期間は、1ヶ月だけだったがそれなりには使えるようになった。キリトとの戦闘では勝率5割ではあったけども、自分もそれなりに扱えるようにはなったと自負していた。だから見様見真似でも発動できたことに、これといった感慨めいたものは何一つ浮かばなかった。

 

あるとすれば発動できて良かったという安心感ぐらいだ。

 

「っ!」

 

うなりを上げて突き出された剣を辛くも避けて着地する。後方宙返りが成功していなければ、今頃俺の首は宙を舞っていたことだろう。

 

「かはっ…」

 

攻撃を繰り出そうとモーションを起こした瞬間、背後でアリスの吐血する声が聞こえた。振り返ればその細い身体を分断するかのように突き出された剣で、串刺しにされたアリスが剣を引き抜かれて床に倒れるところだった。倒れた瞬間からあふれ出る鮮血が、純白の大理石を染めていく。

 

「アリス!クソがぁぁぁぁぁ!」

 

我を忘れて俺はアリスを串刺しにした《ソードゴーレム》へと、無謀な突進をしてしまう。その哀れな姿が《ソードゴーレム》×2にどのように映っているだろうか。これぞ「飛んで火に入る夏の虫」というものだ。〈アインクラッド流単発重攻撃技《ヴォーパルストライク》〉を繰り出すために引き絞った右手を突き出す瞬間。

 

「ぐはっ!」

 

背後から背中を串刺しにされ、その衝撃が全身に伝わる。胸元から飛び出した切っ先に、付着した自身の血に触れてみる。

 

生暖かく紅い。そして多い。

 

痛みなんぞ感じない。ただただ貫かれた部分が熱くて苦しい。身体を貫いていた剣が引き抜かれたことで、俺は背中から床へと倒れ込む。5人もの人間の血が散乱した〈神界の間〉。よくもまあそんな皮肉じみた名称にしたなと、薄れゆく意識の中で笑った。

 

黒ずんでいく視界の先にアドミニストレータが佇んでいる。最後の力を振り絞って今の表情を見てやろうと視線を上げる。だがそこには俺の予想していた表情とは違う表情を浮かべるアドミニストレータがいた。頬から涙を流し憂いているようにも見える表情に驚く。

 

この7年間何度か見てきたアドミニストレータと、《知識》として知っているアドミニストレータとの違いに脳が思考を躓かせる。いや、気のせいだろう。〈天命〉減少による視界の縮小の見間違いだ。あいつがそんな表情を浮かべるはずがないのだから。

 

意識を手放そうと眼をつぶった瞬間、特大の雷鳴が轟き瞼を閉じた状態でも眼を潰されそうな閃光が〈神界の間〉に拡散した。僅かばかり瞼を持ち上げると、見間違いようのない緋色のワンピースを着た妙齢の女性が、微笑みながら俺を見ていた。

 

「…カ、カーディ...ナル」

「よく頑張りましたねカイト。ようやく私の番ということなのだから、少しぐらいは休んでいて良いのですよ?」

「そ、んな...こ、と…で、きる…わ、け、な...い…だろ。抑止、力に…な、る、と…決め...た、あの…日、から」

 

この世界が間違っていると理解した日から。カーディナルと出会った日から。俺は世界を護るべく抑止力になると誓った。生きる意味を失わず、夢を追い続けている子供たちを。そんな子供を応援している親たちを庇護する。

 

俺がこの世界の《覇者》になると己自身の魂に誓ったんだ!

 

「あらあら、言うことを聞かない子供だこと」

 

口でそう言っていても表情はまったく怒ってなどいない。むしろ今の状況を楽しんでいるようにも見える。そんなよくわからないもう1人の支配者であり、裏の管理者であるカーディナルが杖を振ると、煌めくものが床に横たわる俺たちを包んでいく。

 

柔らかい羽毛の布団のようなもので包まれたような暖かさと安堵感を同時に感じられた。光が傷口に吸い込まれていくが痛みは一切伴わない。少しだけ熱が走り手を触れると完全に塞がっていた。俺がこれほどの治癒力を得ることは絶対に無理だろう。立ち上がると、床に倒れていた他の4人が少し遅れて横に並んでくれる。相変わらず息の合った動きに苦笑しながらも、周囲の警戒は怠らない。

 

「坊主、こいつは誰だ?」

「名前はカーディナル。200年前にアドミニストレータと戦い、追放されたもう1人の最高司祭です。もちろん敵ではありませんよ。俺たちをここまで導いてくれた人です」

「信用できるなその言葉は。〈神聖術〉ってのは使用者の感情を映すと言われる。俺たちを治した高位の術は暖かさに溢れていた。それはつまり術者が俺たちの命を憂いているということだ」

 

再び全員が怪我をしたとは思えない立ち振る舞いをするので、《ソードゴーレム》×2が僅かに狼狽しているようにも見えた。今この瞬間こそが、世界の破滅か存続を決定づける分かれ目になることは間違いない。

 

「さあ、この落とし前を付けさせてもらうぞアドミニストレータ」

 

俺は《翡翠鬼》の切っ先をアドミニストレータへと突きつけた。




クライマックスですね〜。あと3話ぐらいで〈セントラル・カセドラル決戦編〉も終わるかなと思っております。なんとしてでも学校が始まるまでに、投稿すると決めましたのでよろしくお願いします!


追記。Fate Stay night Heven's FeelⅡ lost butterfly初回限定盤届きました!映画館でも見ましたが、作画のレベルにただただ感嘆するばかりです!最終章にも期待です!


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願い(ギアス)

時間が空きましたが今回もよろしくお願いします。


互いに向き合う瓜二つの容姿をした妙齢の女性たち。

 

自分自身、終わると思っていた命を繋ぎ止め救ってくれた人物が横で敵を見据えている。今にも〈高位神聖術〉の応酬が起こっても可笑しくない空気でも、2人は理由のない笑みをぶつけ合っている。いや、互いが互いを視線と身体から発せられる雰囲気で牽制し合っているのだ。

 

〈人界〉の支配者にして〈公理教会 最高司祭〉であるアドミニストレータ。片やサブシステムにして〈裏の管理者〉たるカーディナル。両者の中間を境に空気が割れているようにも見えた。

 

「来ると思ったわ。反逆者共を懲らしめていれば、いつかは黴臭い穴倉から出てくるって。私を倒すための道具を手にしながらそれを見捨てることもできない、非情にもなれないあまちゃんが一体何をしに来たのかしら?」

「好きなだけ笑っておけばいいけど、今の言葉に少々誤解しているところがあるわ」

「ふぅん、何を誤解しているのか教えてもらいましょうか」

 

つまらないとばかりに口元に移動させていた指をチロリと、妖艶な彼女らしい仕草で問いかける。問いかけると言えば優しいものだが、正確には尋問や脅しに近い恐喝行為そのものだ。

 

「今の状況以外にあるとでも?〈人界〉にいる〈整合騎士〉30人のうち9人は深い眠りの中。残った21人のうち6人は生命活動は停止、さらに15人のうち9人は〈果ての山脈〉で巡回中。〈セントラル・カセドラル〉にいる〈整合騎士〉6人のうち3人は戦線離脱、残った3人は貴女が罪人と称する2人に手を貸している。余談だけど、元老長 チュデルキンも呼べない。つまり貴女には味方は誰1人いない。いるとすれば傍に控えている《ソードゴーレム》×2だけ。要するに貴女はチェックメイトなの」

 

アドミニストレータに賢者が持つような杖を向けながら、もう1人の最高司祭が堂々とした様子で告げていく。自分たち以外でもっとも頼りになる存在が現れたことで、致命傷を負っていた5人は安堵していた。それは人間として何も可笑しな事はなく、むしろ当然や自然といった方が適切な状況だ。

 

それに自分より力のある者や強力な武器はどうしても頼りたくなる。自分1人では成し遂げられないことでも、1人が増えたことで成功すればその人物のおかげだと感じてしまう。カーディナルが現れるまでに致命傷を受けて死を覚悟していた4人からすれば、戦況がひっくり返っても可笑しくはないと思っていた。

 

「あはははははは!あまいあまい、あますぎるわ?!あまりにも杜撰で現在のことにしか見れていないその眼。まさか今の状況が6対1とでも思っているのかしら?正確には6対600であると言えるのよ。私を含めなくてもねっ!」

「「「「なっ!」」」」

 

カイトとカーディナル以外がその現実を突きつけられ、驚愕の反応を見せた。驚きの差が出た要因としては、情報があったかどうかという違いだけだ。知っているか知らないかというだけで、人間に与える影響は大幅に変わってくる。

 

「…思った以上に驚かないのね。もしかして知っていたのかしら?」

「いや、知らなかった(・・・・・・)さ。唯可能性があるんじゃないかと思っていたことが偶然(・・)当たったというだけだ」

 

本当なら知っていた。俺にはその手の〈知識〉があるから驚かなかったけども、何も知らずに耳にしていたらみんなと同じような反応をしていたことだろう。嘘をついた理由としては、アドミニストレータに俺の状態を知られるわけには行かないからだ。

 

知られればきっとあいつは、俺の〈フラクトライト〉を取り出して研究を開始することだろう。俺自身が死ぬことを推奨するつもりはない。あるとすれば隅々まで調べ尽くされ、〈現実世界〉の知識を吸収されてしまうことだ。〈科学文明〉と関わりを持たなかったアドミニストレータがそれを知ってしまえば、それこそ〈アンダーワールド〉としても〈現実世界〉であっても破滅に行き着いてしまう。

 

「貴女には人の心がないのか!?統治者であるはずの人が守るべき民を愚弄してどうする!」

「浅はかね。この私が今更矮小な存在である〈フラクトライト〉を気にするわけないじゃない。一つや二つならいざ知らず、600人程度ならいくらでも補充は可能よ。今この瞬間にも〈人界〉では数人が生まれ落ちている。いずれ人口が過密化するならば、今摘み取っておいても何も問題はないわ」

「死んでもいい命などありはしない!富と財を手にし、贅と快楽をむさぼるだけの存在の上級貴族であっても例外ではない!」

 

〈人工フラクトライト〉の存在であっても命は命だ。この世界に生まれ落ちた一つの生命であり、生きる権利と義務を持ち合わせている。生まれ落ちることを本人が望んでなくても生き続けなければならない。それは命として生まれ落ちた生命体に付随した枷だ。

 

「私は支配者。何事も自由に操作することが許される至高の存在。意思のままに操れるものが下界にあればそれで構わない。民であろうと剣であろうとね」

「ゲス野郎が!」

「いくらでも罵れば良いわ。それにたった600人程度で私の計画が完成するとでも思ったの?お生憎様、その程度のちんけな計画で終わるはずがないじゃない。今までの戦闘で蓄積したデータを基に新たな《ソードゴーレム》を増産し、来たるべき時までに備えるのが終点なの。だからここで終わらされるわけには行かないわ」

 

アドミニストレータが両足を交差させ、両手を差し伸べるかのように広げた瞬間。言葉には形容し難い何かがとてつもない風圧を伴ってカイトたちに吹き付けた。両腕で顔を覆い、風圧から守るようにしながらもカイトはアドミニストレータを腕の隙間から見ていた。あまりの存在感にアドミニストレータの身体は薄れ、両目だけが激しく輝いているようにも見える。だがカイトは違和感を僅かながら感じていた。吹き付ける風圧は異常なほどの威圧感ではあるものの、奇妙なことに紛れ込んでいる殺意は思いの外薄かった。

 

「《ソードゴーレム》の身体は人間の記憶なの。正確には、〈整合騎士〉から奪った記憶にある最愛の人間をリソースから構成されているのだけれど。貴方たちは理解したかしら?そこにいるもう1人の私には打つ手がないということを」

「…ええ、そうね。私にはその剣を破壊できない。形が変わっているといっても基を辿ればそれは人間そのもの。どうあがこうと、その剣を破壊することも傷つけることもできない」

 

カーディナルの言葉にキリト一行は絶望した。幾度の戦いで絶望に近い思いを味わってきてはいるが、今のような最強の存在に打つ手がないとわかった感情は絶望でしかない。希望が見えたと思えば、奈落に突き落とされたような衝撃。

 

あぁ、希望とは一体何だ。絶望とは、夢とは、現実とは。

 

「欲望によって突き動かされる存在は存在してはならない」

「面白いことを言うわねベルクーリ。愛は欲望よ。抱きしめたい。手に入れたい。触りたい。抱きしめたい。そういう強い想いがこの剣の機動力なのだから」

「違う!愛は無意識のうちに与え、与えられるものだ!対価を必要とせず、人の繋がりを知らせてくれる大切な感情に他ならない!」

 

愛をせがむような存在を、俺はアドミニストレータ以外に知らない。強制的に愛情を注いでもらい、駒にするために必要だと割り切って純粋な愛を自分は注がない。まるで毒を少しずつ蓄積させていくかのように。致死量に達すれば愛がほしいとせがむ。愛をもらうためには命令に従い結果を残す必要がある。依存性の高い危険な代物であると魂が警告を発せようとも、注がれた瞬間の僅かな時間の幸福感を味わいたくて駒に徹する。

 

「死ぬ前に一つだけ頼みがあるわ。私が死んだ後、この子たちには手を出さず下界に下りることを許してほしいの。下ろしても口を割ることはしないでしょう。〈公理教会〉の力は圧倒的なのだから、たとえ〈整合騎士〉であっても罪人であっても真実を伝えようと誰も信じない。そうでしょう?クィネラ」

「当たり前じゃない〈公理教会〉の存在は絶対なのだから。さてと、これまで積もりに積もった苛立ちを一撃に込めて葬ってあげるわ」

 

1人だけ前に進み出るカーディナルを引き留める者は誰1人いなかった。いや、できなかったと言う方が適切だろうか。少しばかり手を伸ばせば届く距離であるはずなのにできない。それはカーディナルから発せられる空気によるものからだろうか。手を差し伸べる必要はないと言うような、張り詰めた空気が漂う背中を見送ることしかできない。

 

「さよなら、可愛いもう1人の私!」

 

アドミニストレータが宙に細く息を吹きかけると、銀色の細い長剣が現れた。片手剣のようでもありながら細剣(レイピア)と呼べるぐらいの華奢な姿。だが同時にそれには驚異的な優先度と攻撃力が伴っていると、煌めく刀身を見れば一目瞭然だった。

 

切っ先に白銀色の光が生まれ始める。ある程度まで成長してから、無理矢理押さえ込まれるように収縮と膨張を繰り返す光。突然視界が白く染まったかと思うと、ズガァァァァァァァン!という落雷のような凄まじい音を発生させた。トサッ、という乾いた音が聞こえ視認できる程度まで回復した視力で音の出所を見る。

 

「カーディナル!」

 

呪縛から解き放たれたかのようにすぐさま傍に駆け寄る。抱き上げるとその軽さに吐き気を催しそうになる。来ていた緋色のワンピースはところどころが焦げ落ち、かろうじて色を残している部分が、否応なくその痛ましさを倍増させていた。消えゆくカーディナルの命を明瞭に感じる痛哭、無慈悲な処刑を快楽として震える身体を押さえつけているアドミニストレータへの憤激。しかしもっとも大きな怒りは、死にゆくカーディナルに何もできない己の無力さ。引き留めることができたはずなのにしなかった。

 

剣を振るって、アドミニストレータに挑むことができたはずなのに動けない。敵を取るべきなのに、身体は石化したように動かすことができない。7年前に何もできなかったユージオが感じた感情とは、これに似たものだったのだろうか。苦しくて。悲しくて。切なくて。そしてもどかしい。

 

「ぐはっ!」

「叔父様!」

「おっさん!」

「ひっ!」

 

駆け寄ろうとしていた4人のうち、最後尾を走っていたベルクーリを《ソードゴーレム》が無残にも斬り捨てた。防御姿勢を何一つ取っていなかったベルクーリは、為す術なく吹き飛ばされる。ベルクーリを追ってアリスが傍に駆け寄るが、何故か《ソードゴーレム》は追撃をしない。どうにか傍にやってきたキリトとユージオが、カーディナルの片方ずつの腕を握る。そして互いにうなずき合って言葉を告げる。

 

「カーディナルさん、僕にはまだやるべきことが残っています。いつみんなの役に立てるかわからず、言い出せませんでしたが今ここで言います。僕の命を使って下さい」

「俺からも頼む。俺の命を使ってくれ」

「2人ともやめろ!そんなことをすればお前らはっ!」

 

そんなこと容認できるわけがない!魂の姿を変形させることなど自殺行為だ。上手く倒せたとしても元の人間の姿に戻れる確率はごく僅か。それに《ソードゴーレム》のようになったとしても勝てる見込みは半々かそれ以下だ。そんな危険なことをさせるわけにはいかない。

 

「いいんだよカイト、僕の剣の腕前ではみんなの力にはなれない。でもこうすれば少しの間だけど力になれる。…嬉しいんだ僕は。今まで守り続けられた僕ができる唯一の選択肢なんだから。カイトやアリスを護れるなら本望だって」

 

穏やかに儚く微笑むユージオの慈愛に満ちた笑みを、真っ直ぐに俺は見ることができなかった。眩しくて自分の決意の甘さを痛感されたみたいで痛い。

 

「そう泣くなよカイト。これはユージオと話し合って決めたことなんだ。〈セントラル・カセドラル〉に着いてから、俺たちはカイトとアリスに守られ続けてきた。そのお返しをできる機会は今しかない。だから反対せず明るく見送ってほしいんだ。お前が笑ってくれないと俺たちは前に進めない」

 

羽毛のように穏やかに包んでくれるキリトの声音と、今まで見たことのない穏やかな微笑みで罪悪感が薄まっていくように感じた。ユージオ・キリト、お前たちは俺が誓うよりも前から魂に誓っていたんだな。二度と会えなくなるかもしれないと知った上で覚悟を決めていたんだ。でもそれは裏切りなんかじゃない。〈世界〉を愛する人を、非力な自分が守るにはそれしかないとわかっていながら。

 

あぁ、わかったよ。だったら俺も誓おう。笑顔で笑ってお前たちを送り出すと。そして後悔しないと。お前たちの選択が決して間違っていなかったと証明してみせる。

 

「カーディナル、あんたに残った最後の力でキリトとユージオの体を剣に変えてくれ。2人はもう覚悟を決めているんだ。それを無碍にしないためにも踏みにじらないためにも。2人をあんたの傍に行かせるため、自らを犠牲にした騎士長のためにも」

 

視界の端で必死に治癒術を施しているアリスを見ながら、俺はカーディナルに願い出る。

 

「…いい、でしょう。私の…生涯最後、の〈神聖術〉…を貴方、たち、に施し…ましょう。私に、続、いて…発し…て下さい…」

「「〈システムコール。リムーブ・コア・プロテクション〉」」

 

眼を閉じた2人の額から、まるで電子回路のような複雑な模様が紫色の光で描き出された。それは見る間に両頬から首を伝って伸び、両肩・二の腕・そして指先へと達する。指先から2人が握るカーディナルの両手に到達し、入力待ちしているかのようにチカチカと点滅している。

 

核心防壁解除(・・・・・・)》。

 

式句の意味は、己の〈フラクトライト〉を保護する壁を取り除き、無制限の操作権をカーディナルに委ねるという代物だ。もちろんこのような式句を口にできるのは、絶大な信頼を2人がカーディナルに寄せているからであって普通ならしない。相手がアリス・キリト・ユージオであっても僅かながら俺は躊躇ってしまうだろう。

 

「本当にいいんだな?2人とも。望みが叶わないのに…」

「今更だよカイト。もちろん4人でもう一度何もなかったように生活したいっていう想いがないわけじゃないよ。でも今の僕を占める望みは、カイトとアリスが幸せに暮らしてる世界なんだ。法に縛られながらも理不尽な事にはならなくて、笑顔が絶えない空間。それが今の僕の願い(・・)なんだ」

「俺の望みはこの世界が理不尽で溢れないことだ。〈人界〉は美しくて儚くて綺麗だ。そんな世界を壊させるわけにはいかないさ。そしてそれを実現させるのはカイト、お前自身だ。民を導いて何者にも侵されない理想郷を創り上げてくれ」

「「これが俺(僕)の成すべきことだ(よ)」

「貴方たちの決意をしかと受け取りました。その想いに私の全てを捧げましょう」

 

燃え尽きる蝋燭の如く、いっとき力強さを取り戻した声が頭の芯に響く。開かれた藍色の瞳の奥で、紫色の光が灯ったように見えたような気がした。キリトとユージオの手からカーディナルの手へと接続される光の回路が強烈に輝いた。その光は2人の身体を凄まじい速度で駆け上がり、額の紋様に到達するとそこから光をあふれ出させてる。その高さは驚異的で、〈神界の間〉の天井にまで届きそうだ。

 

「死に損ないが何をしている!」

 

アドミニストレータが異変に気付き、剣を振るい自ら攻撃を開始した。

 

「させない!」

 

ベルクーリに治療を施していたアリスが、剣を抜刀して剣を相殺し合う。その間にも2人の変化は続いていく。力が抜けた2人の身体が空中へと上昇していき、さらに輝きを増していく。静かに閉じられた瞼は苦しみを一切感じていないようにも見えた。2人の手に握られていた愛剣は色を失いその存在感も薄れていく。半透明になったそれらが2人の身体に吸い込まれるように消えていく。溶け込んだことで2人の身体もさらい薄れていく。

 

天井には太古の大空を舞う小鳥たちがいる。その目が静かに微かに瞬くと、天蓋から2つ外れて煌めきながら半透明の2人に寄り添うように舞い降りる。凄まじい光量を発しながらその水晶は、2人が溶け合ってできた光に吸い込まれるように形を失っていく。融合した光が割れるように。周囲に光をまき散らしてその存在を現した。夜空のように深い群青の柄と刃、そして星を散りばめたように所々に咲く薄い水色の薔薇。

 

 

「《リリース・リコレクション》」

 

きいぃぃぃん!という共振音が放たれ、2人の魂と太古の存在である樹と華の記憶を持った一振りの剣が、今此処に出来上がった。

 

『さあ、行こうカイト。世界を救いに。

君の手で』

 

2人の声が混じった剣が発する音が胸を打つ。でも不快ではない。焦燥に似た甘い痛みが俺を突き動かす。

 

「あぁ、行こう2人とも。これが最終決戦だ」

 

腕の中から微笑みながら消えていくカーディナルを感じながら、2人の想いの結晶を見つめる。完成させるために、僅かな時間を稼いでくれた倒れているアリスに感謝して立ち上がった。

 

友が残した形見を見送るために。




次話でセントラル・カセドラル決戦編は終了となります。更新頑張りますのでよろしくお願いします!


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惜別

セントラル・カセドラル決戦編最終話です!


美しくて可憐でそして儚い。

 

木々の枝を伸ばしたかのように広がる両翼をはためかせて、宙を舞い在り方を探しているようだった。剣が放つ圧倒的存在感と安らぎが、2体の《ソードゴーレム》を怖気づかせていた。

 

「余計な真似をしてくれたわね」

「これが2人の決意だ。それを理解できないお前には、一生知ることはないだろうさ!」

「ならその決意とやらを粉砕してあげるわ!」

 

アドミニストレータが、カーディナルに致命傷を与えた雷撃を放つ細剣を振る。すると、2体の《ソードゴーレム》が飛翔している2人の命。《星薔薇の剣》を破壊せんとばかりに、その巨体を高速移動させて向かってきた。

 

一つ一つの〈優先度〉が〈神器〉に迫るほどのものが300本も集まった敵に、2人の命が果たして勝てるのだろうか。いや、勝てる。勝たなければならないのだ。たとえ〈優先度〉で勝てなくても勝つ方法はある。この世界における特徴的なものであり、すべてを決定づける最強のものがあるではないか。それに関していえば、2人は決して負けることはない。誰よりも強く願う心の強さが、2人には根強く息づいているから信じるんだ。

 

《星薔薇の剣》がわずかばかりホバリングしたかと思うと、翼を一度力強く羽ばたかせた。するととてつもない速度で宙を駆けて、《ソードゴーレム》へと直進していく。《星薔薇の剣》の脅威に怯んだのか、前方を走っていた《ソードゴーレム》が急停止した。その後ろで追従していたもう一体が、不意な行動に反応出来ず背中へと衝突してしまう。

 

2体が接触した状態であるところを狙って、《星薔薇の剣》がさらに直進速度を上げた。接近するごくわずかな時間の間に、前に立つ《ソードゴーレム》が両手の剣と肋骨の小剣をいっぱいに広げる。まるで肉食動物のあぎとであるかのように凶悪な印象を放っている。

 

だが2人の魂と〈神器〉が合わさった武器は、それをものともせずに自身の刀身を衝突させた。黄金と群青が身を削り合って命をすり減らしながら互いに押し合う。《星薔薇の剣》が照準しているのは、3本の剣によって構成される背骨の中心部分。剣と剣の隙間からこぼれる紫色の光。

 

《敬神モジュール》である。

 

わずかな拮抗の後に交差させた両手の巨大な剣の隙間をぬって、爆音を振りまきながら《星薔薇の剣》が深々と刺し貫いていた。それは後方で衝突させて体勢を崩していた2体目の《ソードゴーレム》をも巻き込んでいた。貫かれた部分から白い光がこぼれるように漂いだし、周囲へ散って俺たちを優しく包み込んでから空へと上っていく。

 

〈記憶の雨〉とでも呼べるような光が身体の周囲を回ると、脳裏にいろいろな映像が流れ込んできた。愛の結晶である子供と楽しそうに遊んでいる妻の笑顔。初めての交際で緊張している様子の彼氏。誕生日祝いの玩具を渡すと飛び上がって喜んでくれている弟。結婚相手の家に向かう笑顔で手を振る娘。

 

幸せそうで暖かくて微笑ましくて。胸に熱いものが広がっていく。そしてどれもが本人の視点からの記憶だった。剣となった彼ら彼女らのもっとも大切な思い出。いつになってもどんなことがあっても、残り続けるかけがえのない記憶。すべての光が空へと上ってくと、殺戮兵器であった存在は不自然な角度で停止してその躰を空間リソースへと変換していった。あれほどの攻撃力を誇った存在の呆気ない最後に、嘆かわしさや哀れみよりも悲しみの念が大きかった。

 

浮遊し続けている《星薔薇の剣》がゆっくりと旋回して、切っ先を最終最強の敵へと向けた。刀身が怒りを示すかのように点滅を繰り返している。1本の剣が纏う輝きが増すと同時に、キィンキィンという振動音と周波数を高めていく。

 

「…駄目だ2人とも」

 

伸ばしても届かない左手を、柄を握るかのように何もない空中へと伸ばしていく。

 

「勝手に行くなよ。俺も一緒に行くから待ってくれ」

 

焦燥に突き動かされるように、動かない両足を賢明に動かして床を移動していく。もう少しで握ることができるという瞬間、《星薔薇の剣》を包んでいる輝きが指先に触れて弾けて消えた。その直後、大剣の柄部分から枝を伸ばしたかのような両翼を、さらに大きくさせて力強く羽ばたかせた。一直線にアドミニストレータへと突撃する。

 

「粉々にしてあげるわ!」

 

支配者の真珠色の唇に凶悪な笑みが浮かんだ。触れたものすべてを破壊すると思わせる圧を放つ細剣を振り下ろし、カーディナルを焼き殺したものと同じ雷光が迸った。剣の切っ先が稲妻に触れた瞬間。《ソードゴーレム》を破壊した時を上回る衝撃波が広がり、離れたところにいた俺の全身を波打たせた。

 

剣と衝突した影響かまたは最初からそうなる設定だったのか。アドミニストレータが放った稲妻が無数の細線へと変わるのを見た。轟音とともに無数のスパークが100階の各所に飛び散って、小規模な爆発を何度も引き起こしている。

 

とてつもないエネルギーの激流を正面から受け止めながら、《星薔薇の剣》は飛翔の勢いを衰えさせることなく輝きを空中に振りまきながら進軍し続ける。まるで命を散らしながらそれを輝かせているようだ。…いや、命そのものを削ってその美しさが錯覚させている。刀身の表面が微細にひび割れ、欠片を散らしながらアドミニストレータへと駆け抜ける。それはキリトとユージオの命そのものだというのに。

 

「キリト!ユージオ!」

「こしゃくな!」

 

俺の叫びはすさまじさを増していく衝突音にかき消されて届くことはない。自身の強力な技をダメージを受けながらも抜けて、自身へと迫ってくる恐怖からだろうか。笑みを浮かべていたアドミニストレータの顔から余裕が消え失せ、必死の形相を浮かべ始める。

 

ついに雷撃の発生源まで到達した群青色の剣が、アドミニストレータが持つ細剣の切っ先に正確に衝突させた。すると耳を塞いでも、隙間という隙間から流れ込んでくる超高周波が俺に吹き付けた。神の力そのものであるアドミニストレータの細剣と、2人の命そのものである大剣。微動だにせず静止しているようにも見える状況であるが、それは見かけ上でのことである。実際は双方の強大な力が一点に集中してせめぎ合っているに過ぎない。だがそれは次なる破壊の前兆であるには違いなかった。次の瞬間に起こった現象を俺は鮮明に記憶させられた。

 

アドミニストレータが持っていた銀の細剣が粉々に砕け、群青色の大剣が光を散らしながら刀身が真っ二つに折れる。回転しながら吹き飛んだ刀身の前半分が、アドミニストレータの右腕を肩口から音もなく断ち切った。砕けた細剣から溢れ出した膨大なリソースが、行き場を失って虹色の大爆発を引き起こす。

 

爆風と煙が晴れると、視界に映ったのは右肩を左手で押さえるアドミニストレータと床に横たわっている2つの破片。視線を向けていると、剣が点滅を繰り返してその姿を溶かしていく。形をなくした光が今度は人型へと変質していく。切っ先から刀身の半ばまでが下半身に。そして十字の鍔を含んだ破片が上半身へと。瞼を閉じた2人の手には水晶のプリズムが握られ、心臓の上辺りに乗せられていた。2人の面影を残す髪色と肌が人間らしさを取り戻した直後、これでもかと思うほどの鮮血が分断された傷口から迸った。

 

その血から逃げるように、しかしダメージをさほど負っていないような滑らかな動きで移動したアドミニストレータには目もくれず。横たわったままの2人の両手を握りしめる。コン、と刀身の半分を失った《青薔薇の剣》が俺の目の前の床に突き刺さった。偶然なのか必然なのか突き刺さった部分から霜が広がり、2人の傷口を簡易的ではあるが止血を行った。キリトの左手付近には、《青薔薇の剣》と同じように刀身の大部分を失った《黒い奴》が突き刺さっている。

 

「…あ…あ…あぁぁ」

 

自分の喉から絞り出されるしゃがれた声が、自分のだと気付かないほど色を失った声音が零れる。色彩を失ったかのように白黒の世界となっているのに、2人の血だけが鮮やかに鮮明に視界に映りこんでくる。終わりたい。2人と共にこの身体へ《翡翠鬼》を突き立て〈天命〉を消し去りたい。だがそんなことをすればアリスはどうなる?カーディナルは?騎士長は?デュソルバートさんは?リセットしたい。今からでもすべてを白紙に戻して何もなかったことにしたい。

 

だがそんなことしたら2人はどうなる?危険を承知で自身を武器へと変質させた決意は無駄になってしまう。諦めるな。2人が覚悟を決めたとき俺だって誓ったはずだ。後悔しないと。2人の決意を鈍らせないと無碍にはしないと。

 

「さて…まさかカイトが最後まで残るなんてね。〈向こう側の世界〉から来たあの子が残るならなんとなくわかるけど。まあいいわ、これで終わりにしましょう。さようなら私の可愛いお人形さん!」

 

眼を声がした方へ向けると、いつの間にか右肩の治療を終わらせていたアドミニストレータが、どこから用意したのか先程の剣に似た銀色の長剣を振りかぶっていた。振り下ろされるのを望むかのように眼を閉じて、首を差し出し下りてくるのを待つ。しかし俺の諦めは予想外の事態で中途半端に終わってしまう。

 

「諦、らめん…な!てめぇ…がい、な、くなっ…たら、誰が終わらせるんだ!?」

「カイ…ト、気を…確か、に…持って!2人が残した希望を捨てないで!」

 

視線を上げれば血反吐を地面にしたたらせながら、アドミニストレータの剣を、それぞれの〈神器〉で受け止めている騎士長とアリスがいた。

 

「……騎士長・アリス、後は任せてほしい。すべての憎しみを今ここで絶つ。俺自身の手で!」

「頼んだ、ぜ…」

「願っています…カイ、ト…」

 

崩れ落ちる2人を抱えてキリトの横にそっと寝かせる。そして左腰につるしている鞘から愛剣を抜刀し、切っ先をアドミニストレータへ微動だにせず向ける。すると勝利の笑みを浮かべていたアドミニストレータの顔が厳しく歪んだ。

 

「…さすがにここまでくると不愉快ね」

 

冷え切った極低温で憎しみを孕んだ声音が俺の耳へ侵入してくる。それと共に俺を射貫く視線は無機物を見るように冷徹だった。

 

「一体何なの?お前たちは。何故そんなに醜く無為に足掻くの?苦しみを感じ、己の無力さを思い知らされるだけだというのに」

「それが人間だからだ。1人で勝てない相手であっても、力を貸してくれる誰かがいれば勝てるんだ!」

 

いつだってそうだった。人間は愚かで貪欲で醜悪な生き物で、他者の犠牲なくして生を謳歌できない。生き物を殺し何よりも無駄な行いしかできない害悪だ。でもそれでも人間は生き抜かなければならない。〈人工フラクトライト〉だろうとそうでなかろうと関係ない。

 

俺は深く強くイメージする。誰よりも強くて優しくて朗らかで頼りたくて。誰にも負けないぐらいの俺を信じてくれている友人を。憧れて夢見ていつかはそうなりたいと思った英雄。本人は枷や呪縛だと言うかも知れない。

 

でもそれでも俺は好きだった。

 

さみしがり屋なくせに周囲に壁を作って浮くような存在の彼が。

 

でもそれでも好きだった。

 

気弱で泣き虫なくせにやるべきことだとわかれば走り続ける彼が。

 

瞼を閉じて深く深く強く強くイメージしてみる。俺が誰よりも信じて、そして俺を信じてくれた友の姿を自分に投影するんだ。いつだって側にいて、笑わせて楽しませてくれた友の生きた証を魂に刻むように。

 

眼を開けて歩く俺の服装は剣術院で着ていた制服ではなく、《記憶解放 翡翠鬼》で纏っていたフード付コートでもない。黒布に星を散りばめたように見える、薄い蒼い薔薇の装いのロングコートを身に纏い、歩みを進めてアドミニストレータとの距離を詰める。

 

「…複雑な印象ね。〈ダークテリトリー〉の〈暗黒騎士〉を思わせる黒色に、〈人界〉の〈整合騎士〉を思わせる薄い蒼色。まあいいでしょう。私に楯突くということは、苦痛を望んでいるということに他ならないということを。お前には殺してくれと懇願されるまで苦痛を与えてあげるわ」

「…懇願か。別にするつもりはないさ。いつもそう願っていたからな!」

 

〈ソードスキル〉を使うことなく、自身の〈イメージ力〉と技量で立ち向かう。すべての〈神聖術〉が載っているコマンドリストを、自身の〈フラクトライト〉に焼き付けたほどの存在だ。おそらくこの世界で使用できる〈ソードスキル〉を把握していることだろう。モーションから攻撃の軌道や種類などすべてを網羅しているはずだ。そんな奴に〈ソードスキル〉を使うのは、自殺行為意外の何物でもない。今までの俺ならば最短時間で終わらせるために、四連擊の大技を発動させていた。

 

だが今の俺は死など望んでなどいない。生きる意味を知ったからこそ戦いの意味合いが変わってくる。勝たなければならない。今この瞬間の戦いは俺だけの勝利じゃない。〈人界〉を守りたい、平和に生きたいと願っている民であるみんなが勝ち取った勝利になる。

 

なのになのになのに!何故アドミニストレータに俺の剣は届かないんだ!あいつの剣は確かに俺を捉え、〈天命〉を少しずつ奪って行っているというのに!

 

「くそっ!」

 

自棄になった俺は、使用してはならないとあれほど自身に言い聞かせていた〈ソードスキル〉を発動させてしまった。俺を見るアドミニストレータの顔に驚喜の笑みが浮かんだのが見えた。しかし一度発動させてしまえば、終わるまでキャンセルすることはできない。ならば俺たちしか知らない方法で切り抜けるしかない。

 

「セアぁぁぁぁ!」

 

〈片手剣四連擊業《バーチカル・スクエア》〉を渾身の腕のしなりと腰の捻転力、脚の瞬発力による3段ブーストで放った。斬り下ろしから斬り上げ、2連撃の斬り払いを繰り出す。最後の斬り払いを放ったその瞬間に2歩前に脚を移動させると、左腰に溜めて引くというあのモーションが出来上がる。

 

《秘奥義連携》。

 

練習した回数はいざ知らず、成功した回数など片手の数でしかない。だが、今だけは何度繰り返しても発動出来そうな気がした。奥義を放った後の技後硬直で止まる瞬間を狙って、アドミニストレータがおそらく〈単発重攻撃技《ヴォーパルストライク》〉であろう構えをした。逆に俺がそのタイミングを狙って〈片手剣下段突進技《レイジスパイク》〉を発動させる。

 

決まったと思いきや。よく見ればアドミニストレータの持つ剣が、幅と厚みを増して刃が緩やかに反っている。

 

「シッ!」

 

アドミニストレータの口から抑制のある鋭い気合いが放たれ、俺が伸ばした剣の脇をすり抜けて《ヴォーパルストライク》より美しい曲線を描いた一閃が、俺のスキだらけの胸を切り裂いた。

 

「がはっ!」

 

少し遅れて巨大な手に突き飛ばされたかのような衝撃が俺を襲う。軽々10m以上も空中へ吹き飛ばされ、偶然にもキリトとユージオの間に落下した。

 

「ふふふ、どう?〈カタナ単発技《ゼックウ》〉の威力は」

 

見たこともない〈ソードスキル〉に俺は為す術がなかった。俺が知っているのは訓練でキリトとユージオが使ってくれたものだけ。〈アインクラッド〉で生き抜いていない俺にはどうしようもない。知らないから仕方ないと終わらせることがどれだけ簡単なことか。

 

覚悟が足りなかったんだ。2人のように自身の身体を剣に変えるぐらいの覚悟がないんじゃ無理だ。騎士長とアリスに意地張って言ったのになぁ。やっぱり俺には成し遂げることのできない重すぎる役目だったんだ。

 

「らしく…ないぞ。諦め、る…なんて。それ、に...憎し、みは...憎し、みで絶、っちゃ...いけ、...ない、よ」

「お前…は、そん…なに、弱、虫じゃな…いだろ…」

 

腕を床に付けて這いつくばり諦めを口にしかけていた時。かすれた今にもかき消えそうな声が左右から聞こえてきた。聞き違えるはずもない。泣きたくなるぐらい懐かしい緑色と黒の瞳が、僅かに持ち上げられた瞼の奥に見える。

 

「ユージオ・キリト…」

 

名前を呼ぶと、嬉しそうに笑みを浮かべてくれる。《ソードゴーレム》によって受けた背中から貫通した剣による痛みでさえ、俺の意識の大半を奪い去るのに十分だったというのに。今2人が受けている傷や痛みは俺の比ではない。骨や内臓が完全に分断され、〈フラクトライト〉が崩壊しても可笑しくないのに…。

 

「あの日、僕は…連れ、て行…か、れる…君た、ちを、助け…る、こと…ができ、な…かった。力、のな…い僕、は…何、もで、きな…かった…」

「それがなんだよユージオ!」

「だ…から、今度は僕…が君を、助け…る。…何、度地、面に這…い、つく…ばされて、も君…は立ち、上がれる」

「…前を、見る…んだカイ、ト。後…ろばか、り見て…ても、何も始…まらな、い」

 

2人が各々の〈神器〉の柄を握って重ね合わせる。2人が眼を閉じると、緋色の光が俺たちの足下から発せられ包まれた。アドミニストレータは光を恐れるように顔を覆いながら、じりじりと後退していく。床で輝いていた光が無数の光子へと分れて浮かび上がる。

 

浮かんだ光子は2つの剣が重なっている部分へと凝集していき、すべてが1つになり一拍おいてから凄まじい光量を発しながらはじけ飛んだ。だがその光が眼に入ってもまぶしさは感じない。むしろ眼の疲れや痛みを癒やすかのようにも感じられた。術を唱えていないというのに、半ばから折れた剣の先に、新しい刀身が出来上がった深紅の剣が、俺の左手に吸い込まれるように握られる。

 

〈物質組成変換〉。

 

世界に2人の管理者にしか引き起こすことのできない奇跡を目の当たりにして、俺は息を詰まらせてしまう。いや、2人は奇跡を起こしたのではない。実力で詠唱もせずに実現させてみたのだ。言葉にし難い感情が胸の奥から溢れてきたが、どうにか押さえ込んで左手に握られた剣を強く握る。

 

《星薔薇の剣》はキリトの《黒い奴》が基本だったが、今回の剣はユージオの《青薔薇の剣》をモチーフにした剣のようだ。刀身も鍔も柄も光沢のある黒が混ぜ込まれたダークブラッドとでも形容できる色合いである。

 

「俺の…剣の、名…前は、《夜空の剣》…だっ、た。…で、も今…はそん、な名前…じゃ、ない」

 

キリトが強い意志を持った視線を俺に向けてくる。天命が3桁をきるのではないかというぐらいしか〈天命〉がないだろうに。でもそれを感じさせないキリトの意思力が伝わってくる。

 

『さあ、立ってカイト。僕の親友…僕の…英雄…』

『さあ、終わらせようカイト。俺の親友…俺の…英雄…』

 

耳にではなく魂に2人の声ではなく想いが響いた。その瞬間、身体中に走っていた痛みが突如として消え失せる。瞼を閉じて、穏やかな笑みを浮かべる2人の頬を撫でながら囁いた。

 

「あぁ、何度でも立つよユージオ。お前のためなら何度だって。終わらせようキリト、君の強いその想いで」

 

先程までの虚無感が嘘のように消え去った身体を持ち上げる。鉛のように重くて思い通りに動かない。でも俺は動かし続ける。すべてを託してくれた2人の想いを糧にして。脚を引きずりながらもよろけながら進む俺に、燃える火の赤色を越えた白い炎を、瞳に宿したアドミニストレータが俺を見据えた。

 

「…何故だ。何故そうまでして運命に抗うのだ」

「それが今の俺にできる唯一のことだからだ。あんたの言う通り、人間は他の生き物より自我が強く欲望が果てしない。でも守るべきものがあるとその力は何倍にもなるんだ。神だと公言するあんたにはわからないだろうが、人間だったことに俺は感謝してるぜ!」

 

俺が脚を踏み出す度に、アドミニストレータが少しずつ上体を反らして俺から距離をとる。

 

「…許さぬ」

 

鬼神の如き憤怒の炎がアドミニストレータの口か零れる。だが耳に届く声は俺を恐れさせず、歩む力を与える結果にしかならない。

 

「此処は私の世界だ。招かれざる反逆者によるそのような行いは断じて許さぬ。首を差し出せ。〈天命〉をよこせ。恭順せよ!」

「…違う」

 

どす黒いオーラがアドミニストレータの怒りと比例するように足許から沸き上がる。髪を揺らす自然的な風ではない。アドミニストレータの本質を教えるようなそんな様子だった。

 

「あんたは唯の偽善者だ。偽りの玉座に座り、民に崇められていると思い込んでいた哀れな道化でしかない。本当の愛を知らず、己の愛という鎖で縛っていた大馬鹿野郎だ!」

 

右手に握った《翡翠鬼》と左手に握った《黄昏の剣》を構える。

 

「愛は支配なり!愛は世界を救う!」

「あんたの愛は願望ではなく単なる欲望だ!終わらせてやるアドミニストレータ、地獄に落ちて自身の罪を思い知れぇ!」

「貴ぃ様ぁぁぁ!」

 

最上段に構えたアドミニストレータに向かって俺は突撃した。さっきまで思い通りに動かないでいた身体が、自由に思い通りに動くようになっている。左手から流れ込んでくる暖かな熱が俺の身体を癒やしてくれてるんだ。

 

「おおおぉぉぉぉ!」

 

振り下ろされた凶悪極まりない一振りを、2本の剣を交差させて完璧に防御する。〈二刀流武器防御スキル(・・・・・・・・・・)《クロス・ブロック》〉。

 

「てりゃぁぁぁ!」

 

全身の力を振り絞って、剣を弾き飛ばす。忘れるものか。いつかは背を預けあって目の当たりにしたいと思っていたものが、今は俺が握っているのだから使わない手はない。奴に勝てる見込みがあるとすればこれしかない。渾身の攻撃を弾き返されたアドミニストレータの上体がわずかに浮いた。その最初で最後の機会を逃すわけにはいかない。失敗は許されない。一度でも眼にすれば対抗措置を作られるのは簡単に予測がつく。

 

「…《スターバースト・ストリーム》!」

 

上体が浮いたアドミニストレータに〈二刀流上位16連擊〉を繰り出した。1撃目から5擊目までは完全にパリィされてしまうが、6擊目から徐々にアドミニストレータの反応が遅れていく。10擊目になればもう弾くという概念さえ消えたように、来る軌道に剣を置くということしかできていない。

 

15擊目がアドミニストレータの繰り出した《ヴォーパルストライク》と衝突した。わずかな拮抗の後、アドミニストレータの持つ細剣が切っ先から柄部分まで微細な亀裂が走る。緋い光がその亀裂から零れ始めるのが見えた。まるで人間が怪我をして血を流しているのにそっくりだった。

 

そのまま細剣は砕け散り、行き場を失った《翡翠鬼》がアドミニストレータの左腕を肩から斬り落とした。真っ赤に染まっていく床と傷口を見据えたまま、左手に握られた《黄昏の剣》が16擊目を繰り出す。

 

殺す殺す殺す!俺はこいつを殺すんだ!

 

『憎しみは憎しみで絶ってはならないよ』

 

殺意に目がくらんだ俺の頭に、太陽の日だまりのような声音が響いて正気に返してくれた。先程の二の舞を演じかけた俺を正してくれた。

 

俺たちの愛(・・・・・)を思い知れぇ!」

 

《黄昏の剣》が肉体を貫く瞬間、アドミニストレータの顔に穏やかな微笑が浮かんだように見えた。まるで死ねることに安堵するかのように。左手に伝わったのは、重くそして決定的な生々しい手応えだった。剣先がアドミニストレータの汚れを知らない肌を引き裂き、胸骨を砕きいて心臓を吹き飛ばしたのを。〈人工フラクトライト〉であったとしても、人間1人を確実に殺したのだと痛いほど自覚した。

 

アドミニストレータを貫いたままの《黄昏の剣》に視線を落とす。

 

これでいいか?2人とも。

 

そう問いかけると、剣が2回点滅して返事をしたように見えた。ユージオが朗らかに、キリトが無邪気な悪戯っ子のような笑みを浮かべる。幼い2人が俺を褒めてくれたと深く安堵した。

 

刺し穿ったアドミニストレータの傷口が大爆発を引き起こし、付近のあらゆるものを彼方へと吹き飛ばした。衝撃波によってめくれ上がった床の大理石。爆発によって瓦礫と化した柱。俺も吹き飛ばされ、またしてもユージオとキリトの中間に俯せに落下した。

 

どうにかして膝立ちの姿に態勢を変えると、アドミニストレータがいつの間にか目前にまで移動してきていた。本能的な恐怖を覚え、左手に持つ剣を持ち上げようとした。だが。

 

「なっ!」

「ふふふ、もうその剣は使えないわね。貴方に残ったのは右手に残った〈神器〉だけ。でもその剣の〈天命〉は私と一戦交えた瞬間に尽きてしまう。では言わせてもらうわ、チェックメイトよ」

 

致命傷を与えた剣が、《黄昏の剣》が二振りの剣に変化し元の姿へと戻ってしまう。《黄昏の剣》が消えた瞬間、身体に尋常ではない痛みと疲労が押し寄せてきた。右手の《翡翠鬼》は普段の輝きを失わせ、〈天命〉を尽きさせようとしているのは目に見えている。

 

だがそれはアドミニストレータも同じだ。胸の中心を穿れて背中まで貫通しているというのに、一向に死ぬ様子がない。皮膚のすべてに亀裂が走り〈天命〉が消えているのに何故動ける。今の俺では絶対に全員を助けることなどできない。

 

「さようならカイト」

「っ!」

 

訪れるであろう痛みから少しでも意識を消そうと眼をつぶった。だが俺の身体にきた衝撃は、剣などではなくふわりとした柔らかな甘い香りが鼻腔に流れ込んできた。

 

「…えっ?」

 

瞼を上げれば薄い紫色の髪が右側から流れている。何が起こっている?

 

「…こうして誰かを抱きしめられる日が来ようとはね。ごめんなさいカイト。どう謝罪しようと、涙を流そうと、後悔しようと償うことはできない。…わかっていたわかっていたのよ!いつかは自分が誰かに憎まれ口をたたかれ殺されると。でももう戻れなかった。世界を破壊し時間を戻すことのできない以上、罪を増やしてくことが唯一の生き甲斐だった」

「…わかっていたのか。自分が過ちを犯し人外の存在になっていると」

「ええ。許しを請おうと誰からも相手にされない。神として存在すると口にしてしまってから、誰にも相談することができなかった。だから誰かを殺すのではなく、誰かに殺してほしかった」

 

そういえば、アドミニストレータは直接的に俺たちを殺そうとはしなかった。やろうと思えばできたはずなのにしなかった。《ソードゴーレム》ならば、一太刀で俺たちの〈天命〉を吹き飛ばすことなど容易だったはずだ。なのにしなかった。

 

「貴女の望みは死ぬことだったのか?」

「この世に生を受けてから200年を生きても、私を満たしてくれるものは何もなかった。乾きはどんなものを見ようと、口にしようと満たされなかった。…でも今は十二分に癒やされた。何もいらないの。…でも1つだけある…わ」

「アドミニストレータ!」

 

髪で俺を抱きしめていたアドミニストレータが崩れていく。倒れる背中を抱き寄せ名前を叫ぶ。

 

「アドミニストレータ、勝手に死ぬな!お前にはまだやるべきことがあるはずだ!世界を壊したお前には、蘇った先の世界を見る義務がある!」

「…ねぇ、何処、なの?カイト…見えない感じない。寒い。寒いわ」

「アドミニストレータ!」

 

光の失せた瞳は何も見ていない。虚空を眺め何かを探すように先のない両肩を動かす。

 

「いるんでしょ?カイト。呼んで、もう一度私の名前を」

「アドミニストレータ!」

「ううん、違う…の。私、の本…当の名、前を」

「クィネラ!正気に戻れクィネラ!」

 

あぁ、なんて優しい声なの。初めて心を振るわせてくれたあの人と同じ声(・・・・・・・)同じ性格(・・・・)同じ名前(・・・・)

 

「カイト…世界、を守、って…」

 

名前を呼びながら願いを残してアドミニストレータ。いや、クィネラはその身体を空間リソースに代えていく。

 

『さあ、行こうクィネラ』

『えぇ!』

 

顔は逆光で見えなかったが、優しい声でアドミニストレータを呼ぶ。すると幼いアドミニストレータが満面の笑みを浮かべてその少年の腕に抱きつく。その光景が泡となって世界を覆う空へと旅立っていった。旅だったアドミニストレータを見上げてから、2人が倒れている傍に移動して傷口に手を添えて〈神聖術〉を施す。だが傷口は塞がるどころか広がっていく。

 

「止まれよ!クソが何で止まらないんだよ!」

 

イメージを強くすれば奇跡だって起こった。アドミニストレータと戦ったときと同等か、それ以上の想いを念じているのに。

 

「「カイト…」」

 

視線を向けると、2人が俺の手首を優しく握ってくれていた。しかしその力は弱い。赤ん坊が指を握るぐらいの非力さで。

 

「待ってろ2人とも。必ず助ける!だから!」

「ステイ・クール…だ、カイト」

「いい…んだ、よカイ…ト。僕、の役、目…は終、わった…んだ。僕は…この、先生き…る理由、はな…い。生きる…のは、カイトとアリスだ」

 

そんなわけない。ユージオは俺より生きなきゃダメなんだ。こんなところで終わって良いはずがない。

 

「なら戦え!剣を取って俺と勝負しろよ!お前の方が剣も術も上じゃないか!」

「ほら、泣かないでカイト。…ねぇ何処なの?カイト、見えないよ何にも」

「ユージオ!」

 

輝きが消えた瞳を目まぐるしく彷徨わせ、俺の名前を呼ぶ。身を乗り出してユージオの頭をかき抱くように抱きしめる。昔のような暖かみは薄れ、消え入るような死にかけているのが肉体を通して伝わってくる。

 

「あぁ、いいなぁ。4人で…暮らせ、てい…たら…どれ、だけ…幸…せだった、ろう、ね。何不自…由なく、笑顔で笑…いが、溢れる…時間、だっ…た、ん…だろ、うね。今、カイト、の心…臓...が生、きた、いって...叫んで、るよ。この...暖か、さ、この...温もり…をみ、んな…にも...知って、ほしい…んだ」

「ユージオ…セルカは君を待ってる。俺たちみんなが帰ってくることを」

 

嗚咽が涙が止まらない。もう叶わない願いだとわかっていながらどうしてもすがりつきたくなる。でも、ユージオが本当に望んでいるから看取ろう。それが今の俺にできる唯一のこと。

 

「ねぇカイト、僕は…君が大、好きだ…ったんだ。人として…家族として、友達として。そんな…君、が作った…世界、は…きっとみ、んなが…心の底…から、笑い…合える場、所な…んだ、ろうね。…カイト、最後…の僕の、願い…聞いて…ほしい…んだ」

「あぁ、聞くよ。お前の願い俺が叶えてみせる」

 

徐々に軽くなっていくユージオの身体を抱きしめて、涙を浮かべながら微笑んでみる。

 

「カイト、笑って?...アリスを、キリトを...守っ...て...」

 

睫毛に残っていた光の粒が零れる。ささやかな重みを残して、ユージオは緩やかに両瞼を閉じた。

 

 

 

 

光の粒となって消えていくユージオを見送って、キリトの傍に座り傷口に両手を添える。

 

「先に行く、だな…んて…馬、鹿野郎!っへ、HPが…多、いこと…を恨、んだ…の、は初…めてだ」

「んなこと言えるなら、案外余裕ありそうだなキリト」

「んな、わけ…ある、かよ…。〈ステイシアの窓〉…見た、ら残…り2桁だ、っての」

 

学院時代と変わらない無駄口を交えながらキリトに治療を施す。さっきまでは上手くいかなかったのに、今は驚くぐらいに自然と行使できている。もっと早くに使えてほしかったよなぁ。ユージオ、君は空から俺を見守ってくれるんだろ?

 

「あとはキリトを〈現実世界〉に戻すだけだが…」

 

何処かにあるはずの外部との連絡用のパソコンらしきものを探してみる。アドミニストレータは「原作」で、自ら操作していたから何処にあるのかわからない。

 

「探してくるからここで…」

 

キリトにそう告げようとした瞬間、得体の知れない何かが空から振ってくるのを感じた。〈神聖術〉でもましてや《武装完全支配術》や《記憶解放》でもない。白い何かが天井を突き抜けて横たわっているキリトに直撃した。

 

「キリトぉぉぉぉ!」

 

衝撃で浮き上がったキリトが再び地面に落下して眼を閉じている。何度名前を呼びかけて揺すっても、キリトは二度と眼を覚まさなかった。




連載50話達成と、重要な話を終えることができて感慨深い思いです!

これからも頑張りますのでよろしくお願いします!


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IF編
IF


もしアリスとカイトが〈整合騎士〉に連行されなかったら、というお話です。


「50っ!」

 

疲労で思い通りに動かない両腕に握った斧を、やや力任せに極太の樹の幹へと斬りつける。

 

コキイーン!

 

真芯を喰った音ではなく、やや鈍い音が甲高く響いて容赦ない振動が僕の腕に跳ね返ってくる。

 

「外れてんぞぉユージオさんよ」

「ふん、何もしてない君に言われたくないよ。ならやってみる?僕より上手くできるって言うならさ」

「別にいいぜ?50回のうち30回以上真芯を喰った音を出したことのある俺に挑もうとは」

 

幼馴染が不敵な笑みを浮かべると、声をかけた側の僕が慌てたように言い訳らしきものを口にしてしまう。

 

「そ、そういうわけじゃないよ!真芯をそんなに喰えない人間が、それだけ苦労してるか知ってほしかったんだ」

「あのなぁ、俺だって最初からできたわけじゃないんだぞ。お前だって知ってるだろ。初めて振るったときにどうなったのかを」

「うん、まあね」

 

その光景を思い出したのか。茶髪に夜空よりも深く、されど穏やかな瞳を若干曇らせながら両腕をさすっている。

 

8年前、〈天職〉を先代から引き継いだ僕たちはその苦労を初めて知った。10歳になるまでは毎日が遊ぶだけの生活だったけど、それまでの時間を奪われるかのような内容だったのは今でも覚えてる。僕は先代のガリッタじいさんから〈ギガスシダー〉の刻み手、いわば樵という〈天職〉を引き継いだ。

 

だがこの〈天職〉は想像していたより達成感のない仕事だった。毎日2000回斧を振るうだけの単純作業に、仕事が捗ったかは〈天命〉を見なければわからない。さらに落胆させるのはその〈天命量〉の膨大さだ。減らしたと思えば次の日にはその半分を回復させるという鬼畜さ。それを否応なく半年で思い知らされ僕だけど、それを7年間も続けていることは、称賛に値するんじゃないかなと自身を褒めてしまいたくなる。

 

「じゃあ、代わろうか。ユージオの50回の打ち込みが終わったんだし」

「頼んだよ」

「任しとけって」

 

カイトに斧を渡してから、地面に無造作に放り出されていた革袋を掴む。むさぼるように若干生ぬるくなったシラル水を喉に流し込む。乾燥でひりひりと痛んでいた喉が潤いを取り戻したことで、生き返ったような気分になる。

 

「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」

 

…とんでもない勢いで樹に斧で斬りつけている幼馴染を見つめる。男としては長めの前髪を右眼が少し隠れるように流した髪型に、実りの季節を迎えた麦畑のような明るいチェニックとコットンパンツ。派手なはずなのに彼が着ると質素に見えるのが不思議かな。もしかしたらそれが村のみんなから好かれる理由なのかもしれない。もちろんそれだけが理由なわけではないとわかってる。カイトは気配りができるし優しいし格好良い。

 

ジンクが悪人とするならばきっとカイトは善人である。と断定できるぐらいには差が歴然としている。きっとカイトという人間は、人が理想としている姿を凝縮させたような存在なのかもしれない。

 

「ふぃ~、いい汗かいたぜ。そらユージオの番だぞ」

「えぇ!速すぎない!?まだ一息しかついてないんだけど!?」

「つべこべ言わず仕事を終わらせた方がいいぞ。なんせもう少しでアリスが来るだろうから。もしそれまでに終わらなければ一品抜きだからな」

「うりゃりゃりゃりゃりゃ!」

 

…訂正しよう。カイトは優しくもなければ善人でもない。鬼だ!僕はアリスのお弁当を減らされないために、過去最短記録を目指して斧を全力で振るうのだった。

 

 

 

 

「「じゃあ、いただきます!」」

「はい、召し上がれ」

 

涎を垂らすのを我慢しながら叫ぶと、満面の笑みを浮かべたアリスが僕たちが手を伸ばすのを許可してくれた。朝ごはんを食べてからシラル水以外に口にしていなかった胃に、アリスお手製のケーキやらパイやらパンが染み渡っていく。

 

「美味い!美味い!」

「あ!それ僕が狙いを付けていたのに」

「早い者勝ちだよユージオくん」

 

丁寧にフォークでケーキを食しているカイトを睨み付けながら、6等分にされたパイの僅かに大きいのを口に運んでやる。

 

「あ、クソぉ」

「早い者勝ち、だったよね?」

「ふん」

 

してやったりとニヤついてやると、気分を害したようにそっぽを向くカイトに苦笑してしまう。何故ならそっぽを向いたカイトの口角が、隠しているつもりなのだろうけど大きく上がっていたから。

 

「子供じゃないんだから食べ物くらいで喧嘩しないでよ」

「「喧嘩じゃないじゃれあいだ」」

「まったく…」

 

2人の息の合った言い訳に、アリスはやれやれと首を振るのだった。

 

「本当に平和ね」

「同じく」

「深く納得できるな。あれから7年あっという間だった」

 

先程の明るい雰囲気は何処へやら。一瞬にして暗くなった雰囲気は僕が簡単に払拭できるものではない。

 

「あんな思いを僕はもうしたくない」

「俺だってごめんだ。だから決めたじゃないか二度と〈ダークテリトリー〉に近付かない(・・・・・・・・・・・・)って」

「うん、そうだね」

 

7年前のある日、僕たち3人は〈果ての山脈〉へ氷探しの冒険に行った。出口を間違えた僕たちは〈ダークテリトリー〉側へ歩いてしまい、〈人界〉を守る〈整合騎士〉と〈ダークテリトリー〉を代表する〈暗黒騎士〉との攻防を眼にした。負けた〈暗黒騎士〉が地面に落下し僕たちに向けて手を伸ばしてきた。それに惹かれるようにアリスが歩き出したけど、僕とカイトがどうにか引き留めることに成功して、その場所から逃げるように村へ帰ったのを今でも鮮明に覚えている。

 

「君は誰だい?何処から来たんだ?」

「え?」

 

思案に暮れていた僕は、カイトが口にした理由がわからず隣に眼を向けた。だけどカイトは僕の方を見ておらず、視線は〈ギガスシダー〉の後ろへと向けられていた。その視線を辿ってみると、そこには記憶にない少年が僕たちを見ていた。

 

「ええと、俺の名前はキリト。あっちから来たんだ」

「あっちって森の南から?〈ザッカリアの街〉から来たのか?」

「いや、そういうわけじゃなくて…。自分が何処から来たのか記憶がないんだ…」

 

カイトが真剣そうに悩み始めたのを横目に、僕は何処から来たのか覚えていない少年の様子を観察してみた。墨以上に黒い髪と同じように黒い瞳。でも闇とかではなく、夜空を思わせるような強くて優しい魂が宿っているようにも見える。

 

「驚いたな。《ベクタの迷子》を見るのは初めてだ」

「べくたのまいご?」

「気にしなくていいこっちの問題だ。行く当てがないなら俺たちが君を支援するよ」

「いや、そこまでお世話になるわけには」

「困ったらお互い様だ。おっと挨拶が遅れたな」

 

カイトが右手を差し出していい笑顔で名前を名乗った。

 

「カイトだ。よろしくキリト」

「よろしくキリト。僕はユージオ」

「私はアリス。よろしくキリト」

 

全員の名前を聞いて、キリトは初めて安心したような笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

キリトが〈ルーリッドの村〉に来てから3年。今日はカイトとアリスの婚姻の儀が執り行われることとなっていた。何故過去形なのか。それは少し前に時間を遡る。

 

 

 

 

『アリスの結婚は不当だと申すかドイク!』

 

そう声を荒げているのは、〈ルーリッド村〉の長にしてアリスの実父ガスフト・ツーベルクである。

 

『当然であろうガスフト!村一番の〈神聖術師〉の相手には、村一番の〈剣士〉である我が息子が相応しい!断じて〈狩人〉という汚れ仕事を行うカイトではない!』

『…汚れ仕事だと?無礼なっ!彼のおかげでこの村は定期的に肉を食べることができているのだぞ!それでも貴様は我が娘の婚約者を穢れているとでも言うか!』

『そんなこと知ったことか!カイトなんぞいなくとも、我が息子が毎日のように肉を満足できるほど捕ることができるわ!』

『その証拠は何処にある!一度でもジンクは獣を捕ったことがあったか!?』

『っ!行く機会がなかっただけだろうが!その程度も知らん貴様が長だと?ほざけっ片腹痛いわ!』

 

そんなやりとりを僕は偶然にも耳にしてしまった。ううん、違う。否応なく耳に入ってきてしまったんだ。それもそのはずだよね、何故ならアリスの家の前でそんなことが起こっているのだから仕方ない。僕がそれを耳にしてしまったのは、式を挙げる準備をしているカイトに会うためだった。

 

式は村にある教会で執り行われることになっている。教会に行くためにはアリスの家の前を通るのが一番の近道だから、それを耳にしてしまうのはどうしようもなかった。

 

『今更そんなことを!?キリトに知らせなくちゃ!』

 

教会へ行くのをやめて、式の飾りの仕上げを行っている村の入り口へと僕は走り出した。

 

 

 

『キリトぉ!』

『どうしたんだ?ユージオ。せっかくの祝いの日なのにそんな必死な顔して』

 

脚立に上ってリボンを村の入り口の上にかけようとしているキリトが、僕に会えたからなのか笑顔を浮かべている。そんな様子に喜びそうになるのを必死に抑えて、キリトにさっき聞いたことを伝える。

 

『それどころじゃないんだよキリト!ドイクがカイトとアリスの結婚を中止させて、自分の息子のジンクとくっつけさせるつもりなんだ!』

『はあっ!?先に言えよ!』

『だから今言ったじゃないか!』

 

相当の高さである脚立から跳び下りて、一目散にアリスの家へと走っていく。キリトの近くにいる友人に後を頼んで、僕もキリトの後を追った。

 

 

 

『まだ文句があるかドイク!』

『貴様が諦めるまで俺はやめんぞガスフト!』

 

僕たちが到着しても未だに口喧嘩は続き、村のみんなが集まってそれを心配そうに見つめていた。暴力にまで発展しない理由は〈相手の天命を理由なく奪ってはならない〉という項目が《禁忌目録》にあるから。でも逆に言えば、理由があれば〈天命〉を減らしてもいい(・・・・・・・・・・・・・・・)ということ。

 

『…ドイク、これ以上話してもらちが明かない』

『まったくだガスフト。ならば』

『『やりあうしかない!』』

 

互いにその意味を理解したのか。道で仁王立ちになりながら相手の目を睨んでいる。もう始まってしまうんだと思った瞬間。

 

『やめろ!』

 

僕たちの後ろから、怒りを抑え込んだカイトの声が聞こえてきた。振り返ると式に相応しい格好の白い服を着たカイトと、その手を強く握ったアリスが心配そうに見つめている。その先にいるのは、自身の父親と邪魔をしようとしているドイクとジンクがいた。

 

『これ以上争うというのなら、俺はこの村を抜ける。それが嫌ならば、今すぐ自分たちの立場を思い出せ!』

『ほう、これはこれは元凶である本人のお出ましだ』

『なんだと?』

 

見つかったというのにドイクは動揺するどころか、嬉しそうにカイトを見ていた。カイトの姿を眼にしたガスフトは、怒りの矛先を沈めて自分の失態を悔いているようだった。

 

『お前がいたからこうなった。恥を知れ!貴様のような穢れた存在に、神の使いとして生まれたアリスをくれてやるわけにはいかん。アリスはジンクのものだ!』

『そうだ!アリスこそ村一番の〈剣士〉である俺にこそ相応しい!』

 

そんあわけあるか!我欲のために他人の幸せを奪うなど許されない!アリスは、カイトは2人でこそ1つなんだ。アリスはカイトが、カイトにはアリスが。2人が幸せになれば村のみんなが幸せになれる。そう僕は信じてる。

 

『ふざけないで!私は誰のものでもないわ!私はカイトについていく』

『その道がお前を苦しめることになってもかアリス!』

『ええ、楽な道なんて平坦な道なんて何処にもないもの。あるとすればそれは、誰かが得をして誰かが損をする世界。私はそんな世界を望まない。カイトと歩む道がけわしかろうと茨であってもわたしはそっちを選ぶ。簡単な道なんて生き甲斐のない退屈な人生よ。さよならジンク、もう会うことはないでしょう』

 

吐き捨てるようにそんな言葉を残して、アリスはカイトの手を引いて村の中心部へ歩いて行った。

 

『格好良いなぁ。男として負けた気しかしないよ』

『…ねぇキリト』

『ん?』

 

僕はキリトの眼を真っ直ぐ見た。

 

『僕は決めたよ。いつかこの村を出るって』

『あぁ、俺もそうするさ』

『じゃあ、明日からまた頑張らないとね』

 

僕たちの決意は偶然にも一緒だった。ううん、きっとこうなると決まっていたんだろうね。

 

 

 

『本当にもう行くのか?』

 

数日後の朝。キリトがそう聞くと、ため息を吐く幼馴染になんとも言えなくなってしまう。

 

『耳にたこができるぐらい聞いたぞその台詞。まったく笑顔で簡単に送り出して貰えないものかね』

『簡単に言うなよぉ~。うっうっ』

『この泣き虫め』

『な、泣いてないよぉ』

 

楽しそうに僕の頭をぐしゃぐしゃにしてくるのを嬉しく思いながらも、どうしようもなく胸が締め付けられて悲しくなってくる。当然だろうね。幼馴染がこれから遠くに行ってしまうんだから。

 

『この村から離れるのは辛いけど夢見てた場所に行けるんだ。いつかは2人にも来てほしいな』

『必ず行くよ。でもよく村長が許可してくれたね』

『そりゃあんなことがあったんだから当然だと思うけどな俺は』

『キリトは相変わらず楽観的だね』

 

今の会話からわかるように、カイトとアリスは〈天職〉の移動の許可をもらっていた。カイトの後任としてカイトの弟が。アリスの後任をアリスの妹が継ぐことになった。異例というより特別という方が正しいかもしれない。傲慢な行動をいさめることができなかった村長は、いざこざを押さえ込んでくれたアリスの願いを叶える形でカイトも移動となった。

 

本来ならば〈天職〉は引き継ぎが終わらなければやめることができないけど、今回は事情が事情なだけにということでこういうことになっている。

 

次会うのはいつになることか。おそらく僕らが自分の子供に受け継がせた後になってからになると思う。おそらく50年やそれ以上先になる。こんなに長い間会えないなんて考えたくない。でもその道を選んだのはカイトとアリス自身だ。僕たちがどうこう言える立場じゃない。

 

『しばらくの別れになるけど、その時まで楽しみにしててくれ。みんなを笑顔にする店を作ってみせるよ』

『ならなかったら俺の雷が落ちるから頑張れよ』

『その言葉覚えておくからな』

 

村の出入り口から手を振って離れていく2人に僕は笑顔で送り出すことを選んだ。涙を浮かべながら送り出すのは2人の決意を踏みにじることになるから。きっと2人は言葉だけでなく実績でそれを見せてくれるんだろう。

 

空を見上げると、番の鳥が蒼く澄んだ彼方へと飛び立っていった。




IF編は幾つか構想してあります。機会があれば投稿しようかなと思っております。


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アンダーワールド大戦編
夢見


今回は筆が進んだので連日投稿です。


青い空、白い雲。見上げる度に色は変わらないけれども、雲はその形を刻一刻と変えていく。地面に生える草木はそれほど高くなく、立っていてもくすぐったいことはない。黄昏れていると木枯らしのような強い風が吹き抜けた。

 

吹き抜ける風は季節相応に冷たく、重ね着した服でも隙間から入り込んできて、身体の芯から凍えさせていくようでもあった。まるで誰かがやることが考えられず、時間を無駄にしているだけの身体を、前に進むために背中を押してくれているようでもある。

 

 

 

あの死闘から早くも5ヶ月か過ぎました。私たちは今〈ルーリッド村〉にほど近い、大きく開けた土地に家を建てて暮らしています。

 

〈セントラル・カセドラル〉での最終幕。〈天命〉が尽きかけるほどの傷を受け、動かすことのできない身体を大理石の床に横たえたまま、私は戦いの行方を朧気な意識の中見ていました。

 

最高司祭アドミニストレータと双剣を携えたカイトの死闘。

 

カイトに抱かれて幸せそうに消えていったアドミニストレータの表情。

 

愛剣共々肉体を分断されてしまったキリトとユージオ。

 

キリトが生きていると言っても今は受け答えもできない状態であり、ユージオに至っては二度と会うことができない。アドミニストレータとユージオを看取ったカイトは、キリトと少しばかり話してから何かを探していたけど、突然キリトが白い光に撃たれて気を失ったのを見ました。

 

それが誰かによる〈神聖術〉の攻撃ではないのを直感的に察しました。気を失ったキリトに何度も呼びかけていたカイトも、いつしかその声を薄れさせて穏やかな寝息を立て始めました。空間が静寂に包まれてしばらく経った頃、東の窓から曙光が差し込んできました。

 

その光を〈神聖力源〉として私はまずカイトを。その次にキリトと叔父様の傷を癒やしました。どうにか眼を覚ました叔父様と2人で、カイトとキリトを背負って99階に飛び降りました。そこからは長い階段をひたすら下りて、〈整合騎士〉の在中空間である寝室に2人を寝かして、やるべき事を行うことにしました。

 

薔薇園の中央で完全に傷の癒えた状態で寝かされていたファナティオさん。元老長によって石化されていたエルドリエを50階《霊光の大回廊》に集めて、叔父様が真実を全て話しました。激闘の末、最高司祭アドミニストレータはカイトに敗れたこと。その最高司祭が民の半分を剣の怪物兵器に変えるという恐ろしい計画を進めていたこと。騎士団の上位組織たる〈元老院〉が、実質的には元老長チュデルキン唯1人によって運営されており、その本人も戦いにて死亡したこと。

 

伏せられたのは、〈整合騎士〉の製法のみ。正確には、アドミニストレータが完全な悪ではなかったということを、私は叔父様に伝えていなかった。伝えるべきなのはカイトの口からが良いと思ったから。2人とも激しい動揺を見せたけど、私たちの凄まじい傷跡と眼の力、声音に真実と悟ったのでしょう。話をむし返すようなことはありませんでした。

 

それから叔父様は〈整合騎士〉の本来の任務である〈人界の守護〉を全うすべく、精力的に動き始めました。半壊した〈整合騎士〉を立て直し、形ばかりだった軍隊の人界四帝国近衛軍の再編と再訓練という大仕事に取りかかりました。もちろん傷をある程度癒やしたカイトも、セントリアを北へ南へ西へ東へと飛び交いました。

 

でもその場所に長い間留まることができませんでした。カイトが戦闘による発作と思われる体調不良や情緒不安定になり、職務を続けられる状態でなくなることが多々あったからです。ある程度仕事が落ち着いてから私たちは雨縁に乗り、夢縁を連れて王都を去りました。〈人界〉の切り札となるカイトの治療が優先と言うことで、キリトと共に行くことは叶いませんでした。私たちがいない間の世話役として、フィゼルとジゼルが名乗りを上げてくれました。

 

本当のことを言うと心配で仕方ないのですが、「副騎士長から話を聞きました。そあるべき姿を教えてくれた人の介護をお礼として返したい」という言葉を聞いて安堵しました。

 

3日かかって央都から〈ルーリッド村〉にやってきた。でも思っていた通りに私たち2人を、村の人々は受け入れてくれなかった。罪人としてこの村を連行された身であるから、その対応は間違っていないと私は思う。それでも故郷の人達に、そんな風に言われるのは悔しくて悲しくてしょうがなかった。

 

私のことならいくらでも罵ってくれて構わない。私が原因でカイトも連行されてしまったのだから当然です。でもカイトまで虐げられることは耐え難い苦痛だった。何のためにカイトは自分の身を削って戦ったのか。親友が意識不明になり、幼馴染の命を失ってまで守った人達にこんな風に言われるのはどうしようもなく痛かった。

 

心や体ではなく魂が。

 

命を捨ててまで〈人界〉を民を守ったユージオの命が無駄になってしまう。無駄死にするためにユージオはこの村を旅立ったわけじゃないのに。

 

「罪人を村に置くことができない」と言われた私たちは、行く当てもなく彷徨うことになるだろうと思っていた。でも木々に隠れて私たちを追い掛けてきてくれたセルカが、ガリッタ爺さんに会わせてくれた。8年ぶりに再会したガリッタ爺さんは、笑顔で私たちを迎えてくれた。昔と何一つ変わらない穏やかで温かい笑みを浮かべてくれた。

 

ガリッタ爺さんの指示通りに樹を斬って建てた家は、こじんまりとしながらもしっかりとした小屋でした。白金樫できた小屋は、余程の強風でもなければ壊れないと自負できるぐらいです。窓から見える景色は、8年前と何一つ変わらない懐かしいもの。記憶にあるものに、あてはめても違和感がないぐらいに何も変わっていない。

 

「お姉様、また手が止まってる」

 

セルカに怒られて気が付けば、皮むきをしていた手の動きが止まっていた。動かしているつもりだったけど、いつの間にか外を眺めることに集中していたみたい。

 

「ごめんなさい。ついぼーっとしちゃって」

「またカイトを見てたの?お姉様はぞっこんね」

「もちろん将来の旦那だもん。そうでなきゃ死ぬまで一緒にいられないわ」

「むぅ、私もいつか迎えに来てもらうもん」

 

セルカは昔からこんな様子だった。カイトと私が仲良くしていると機嫌を悪くしたり、間に割って入ってきたりしたかしら。それを怒らずに楽しそうに笑顔を浮かべていたカイトには妬いてしまう。

 

「もしかして一夫多妻制を執るつもりなのセルカ?」

「そうでもしなきゃカイトと一緒にいられないもん」

「まったく悪女だこと」

 

口ではそう言っても私の顔はきっと綻んでいるのでしょう。そんな楽しい姉妹の会話をしながら、夕飯のシチューで煮込む芋をむき続けた。

 

 

 

背もたれにしたかつて〈ギガスシダー〉と呼ばれた大樹の切り株にもたれながら、少しばかり空から視線を外せば、窓越しに2人が楽しそうに夕飯の支度をしていた。昔のように喧嘩はしても仲の良さが変わらない。むしろさらに深まっている様子は、写真や映像に残しておきたいぐらいだ。

 

「そうだろ?ユージオ(・・・・)

 

俺の左側に立てかけられた本来の半分の長さしかない、蒼い薔薇の装飾がされた剣(・・・・・・・・・・・・)に問いかける。もちろん返事はないが、こうして問いかけるのが此処に来てからの俺の日課だ。未練がましい行為だがそれが精神安定剤として働いてしまっている以上、俺にはやめることができない。

 

「キリト、お前が元気だったらこうして2人のほのぼのとした光景が見れたのにな」

 

飛竜に乗って3日かかる場所にいる療養中の親友に、聞こえないとわかっていながら声を出す。みすぼらしいほど筋力と力強さを失った声音に、我ながら苦笑したくなる。

 

アドミニストレータと《ソードゴーレム》と戦闘していたとは思えないほど、弱りきった肉体をキリトに見られれば心配されるだろう。だがどうしようとも力が戻ってくる気がしない。精神的な回復があっても肉体の回復はおろか、むしろ衰退して行っているようだ。

 

「カイト、夕ご飯できるよ~」

 

風に乗って、シチューに含まれた香草とキノコ類の合わさった良い香りが、俺の鼻腔に流れ込んでくる。窓を開けて俺を呼んでくれるセルカに手を振ることで返事をして立ち上がる。

 

「また明日なユージオ。明日も一緒に空を見上げよう」

 

そう声をかけると、《青薔薇の剣》が返事をするかのように一瞬だけ煌めいたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

大きな翼を広げた飛竜が着地するまでの時間が惜しいのか。脚が地面につく前に飛び降りた〈暗黒騎士〉リピア・ザンケールは、発着台と帝宮を繋ぐ空中回廊を全力で走り始めた。普段なら愛竜を自身の手で最後まで行うのだが、今回ばかりは至急伝えなければならない言伝があったため、飼育係に任せて急いでいたのだった。

 

重い兜による圧迫感と息苦しさを取り払うかのようにはぎ取ると、灰青色の髪がふわりと流れた。強いて言えば、鎧も脱ぎ去りたいぐらいだが、肌の一片たりとも帝宮にはびこるうっとうしい執政官共に見せつもりはない。湾曲する回廊を曲がると、紅い空を切り裂くようにそびえる赤黒い城郭が姿を現した。

 

この〈ダークテリトリー〉で一番高い(忌々しい〈果ての山脈〉を除いて)建築物であり、100年以上もの歳月をかけて岩山を掘り抜いて造られた。帝宮オブディジア城の〈玉座の間〉からは、西の地平線にうっすらと浮かぶ〈果ての山脈〉とその山々を穿つ巨大な門が望めるという。王の側付きでもなければ王族でもないリピアには、今のところ関係のない話ではあるが。

 

それ以前に遙か昔、初代皇帝〈暗黒神ベクタ〉が地の底に去ってからは、無限に近い〈天命〉を持つ黒い鎖によって大扉が閉じられているので、考える行為自体が意味のないことだ。高速移動しながらの思案であったが、本来の用件を思い出してさらに速度を上げる。

 

「〈暗黒騎士〉第十一位ザンケールである。開門せよ!」

 

狼頭人身である衛兵たちは、力自慢であるもののやや頭の回転が鈍い節がある。リピアが鋳鉄の門にそこそこ近付いてから開閉装置の把手に手をつけ始めた。ゴ、ゴンという重々しい音を立てながら開いていく門の間をすり抜ける。2ヶ月ぶりの帰還は、以前と全く以て変わっておらず冷え冷えとした空気がそこかしこに漂っている。下働きのゴブリンたちが決して高くない給料でありながら、毎日愚直に磨き上げている黒曜石の廊下には塵一つ落ちていない。〈窓〉を開けば、その〈天命量〉が完全回復しているのがわかることだろう。

 

外出用の靴を履いていることが災いしているのか。カンカンという少しばかり甲高い音が響き渡る。いつもであればこの音を聞き取って嘲笑するために、肌を露わにするほどの露出度で歩く〈暗黒術士〉が出てくる。…はずだったのだが、珍しいことに廊下を歩いている〈暗黒術士〉は見習いを含めて誰1人いなかった。

 

深く考える必要もなければありがたいことなので別段気にせず、向かうべきところに向かって足を進める。無人の広間を一直線に横切り、大階段を二段飛ばしでひたすら駆け上る。それなりに鍛え上げた肉体ではあるものの、それなりに疲労が蓄積してきた頃。ようやく目指す階に到達した。奥まった一室の前に着くまでに速度は落とされ、呼吸も普段と何一つ変わらない状態にまで落ち着かせてから、扉を三度ノックした。

 

「入れ」

 

すぐに低い声でのいらえがあった。周囲を確認して追跡者や監視者・下働きたちがいないのを確認してから中に滑り込む形で入る。部屋の装飾は一族の長にふさわしい豪華なものでは溢れておらず、どれだけお世辞を言おうとも質素という言葉しか見当たらない。だが不思議とこの空間は贅沢な雰囲気を醸し出しており、この部屋の住人が特別であることを如実に示していた。

 

「騎士リピア・ザンケール、ただいま帰参つかまつりました」

「ご苦労様。そんな堅苦しい挨拶は抜きにして鎧を脱いで楽にしろ」

「それはなりません。報告が終わるまでが任務でありますので」

「俺がそうしろと言っているんだ」

「…了解しました」

 

リピアは言いつけ通りに張っていた空気を和らげ、重い寄りの留め金を外し、普段自身が訪れたときに使う椅子の上へ置いていく。彼女が大人しく命令に従っているのは、彼が彼女が所属する〈暗黒騎士〉の暗黒騎士長別名《暗黒将軍》であるというだけでなく、彼女の実父(・・・・・)であるというのがあるからだ。本心を覗けばそちらの側面が大半だろうが、彼女の名誉のために口をつぐんでおくのが正解だろう。

 

「まあ座れ。それでそなたが使い魔で知らせてきた一大事とは何だ?」

「〈人界〉の〈公理教会〉最高司祭アドミニストレータが…死にました」

 

さしもの驚きに両眼を見開いたが、すぐに落ち着きを取り戻して深い長いため息を吐き出した。いや、この場合は落ち着きを取り戻したと言うよりは、無理矢理落ち着かせたというのが正しいだろうか。

 

「…ふむ。あの不死者が、か」

「私もにわかには信じられず《耳虫》を忍ばせて裏を取りました」

「何という無茶を。下手をすれば術を辿られ、自身に危険が舞い降りていたところだぞ」

「はい。…案の定、逆探知され捕縛されました」

「…は?」

 

想定通りの結果に、さしもの《暗黒将軍》もすっとぼけた声音を出してしまった。そんな声を出した本人より、事実を伝えた人物の方が顔を真っ赤にしていたのはお約束だろう。

 

「…してどうやって逃げることができたのだ?」

「逆探知に気付かず隠れ場所にいるところを、背後からの不意打ちで〈整合騎士〉に捕まりました。捕縛と言ってもその場での厳重注意と即座に立ち去れという命令だけでしたが。ついでに言うと、停留させていた愛竜の場所まで運んでもらいました」

「おいおいおいおいおい!」

 

有り得ない状況に《暗黒将軍》シャスターは、普段決して見せない動揺や声音を愛娘がいる前で爆発させていた。だがシャスターの動揺は当然なのである。何しろ〈暗黒騎士〉と〈整合騎士〉は相容れぬ仲で宿敵でもあり、互いに憎しみ合う存在だ。長年にわたって殺し殺されを繰り返してきた間柄なのだから、憎しみが募っても親愛などの感情は抱かない。

 

「どんな大馬鹿野郎だ?!逃がすなど可笑しな事だろうが!」

 

愛娘の帰還を喜びながらも殺さずにいた〈人界〉の甘さに若干の怒りを感じているシャスターの横で、リピアは捕縛されたときのことを思い出していた。

 

 

 

 

『《耳虫》...か。諜報分野に秀でた術があるとは聞いていたけど、これのこととは恐れ入った』

 

突如、音もなく現れた人物に驚いてリピアは反射的に振り返った。そこに立っているのは騎士が着ているであろう鎧では一切なく。普段着と思しき服装の青年だった。

 

『見つかったのであればお役御免!』

 

スパイは敵に見つかれば、自身や味方の情報を奪われないために自殺を行う。リピアも騎士の傍らスパイとしても活動していたため、そういう知識を埋め込まれていた。だから何のためらいもなく自身の首に、腰に携えていた剣で引き裂こうとした。

 

だが。

 

『死ぬ必要はない。ちょっとだけ頼まれてくれないかな美しいお嬢さん?』

『なっ/////?!』

 

生まれて初めて女扱いされたリピアは、その言葉で脳がショートし冷静な判断ができなくなっていた。女扱いされたことがないというのは、年頃になってからであって幼い頃には両親や周囲からそういう扱いは受けていた。だが戦士として騎士として剣を磨いていく上で、そのような扱いは不必要になった。戦場や訓練場では性別など関係ない。実力がものを言う世界であり、性別など判定材料にもならないのだ。剣の腕前が凄まじく、男勝りだったという性格も相まって、リピアは先程の言葉に慣れていなかったのだ。

 

『別に取って食ったりはしないさ。あんたがその気なら別に構わないが、俺が社会的に死ぬから簡便だ。少しばかり聞きたいことと頼みたいことがあるから覚えてくれ』

『ひゃ、ひゃい//////…』

 

羽交い締めされながら耳元で囁かれたことで、リピアの理性は既に崩壊し冷静な判断を下せる状況ではなかった。もちろん耳元で囁いたのには、それなりの理由がある。1つは周囲にスパイがいるということを知られないため。1つは彼女の精神面を余計に圧迫させないため。

 

のはずだった...。

 

身体が熱い!?何だ!こ、この高揚感と幸福感は?!あぁ、やめてくれ。み、耳元で話さないでくれ。こしょばくて身体の力が抜けていく…。

 

『…頼んだよ。いいね?あとついでにこれを渡しといてくれ』

 

その場で凄まじい速度で書き上げた巻物を左手に巻握らされたリピアは、惚けたような表情を浮かべながら幸せそうに気絶した。その身体を労るように優しくかついだ人物は、愛竜に乗って空を駆けていった。

 

 

 

「…コ、コホン。捕縛された人物からある物を預ってきました」

「ある物?」

「これです」

 

鎧と上着の間にあるポケットらしき部分から、高級な巻物を取り出してシャスターに手渡した。その時には恋する乙女のような顔ではなく、騎士としての佇まいになっている。この切り替えの速さを、シャスターは父としても一族の長としても認める部分でもあった。

それほど多くの文字が書かれているのだろうか。それなりに時間をかけて読み、〈暗黒術〉を用いて術式による罠がないかどうかを慎重に調べていたシャスターが息を吐きだす。そのままその羊皮紙を自身の前にある机に置いた。

 

「どうなされました?」

「…少し気がかりでな。お前も読んでみろ」

「はっ、では失礼します」

 

許可をもらい置かれていた羊皮紙を持ち上げて、書かれている文字に目を通していく。両眼を目一杯に開いて驚きながらシャスターを見やった。

 

「こ、これはっ!」

「うむ、十中八九本当だろう。こんなことを嘘として書くならば、それこそ天の雷が落ちることだろうよ。あの名前を使っているあたり、贋物と疑いたいところだがお前の手に入れた情報と合わせればこの手紙に嘘はない。リピア、これをどう思う?」

「…受けるべきだろうと思います。父上のお考えと合致いたします」

「これは良い機会だ。〈和平〉を結ぶ機ではあるが、どうやらそう簡単には行かんようだ。リピア、長老共を集めろ。〈一族会議〉でこの手紙についての議論を交わし、受けるべきか否かを決める」

「はい!」

 

リピアはきびすを返して、〈暗黒騎士〉が領地としている場所へ愛竜に乗って向かった。それを見送ったシャスターは、自室からは見えない西にある〈果ての山脈〉を見つめる。

 

「戦争、か。これは骨が折れるぞ」

 

リピアと飲むために開けていたワインをグラスに注いで、一気にむさぼるのだった。

 

 

 

 

【 《暗黒将軍》ビクスル・ウル・シャスター殿。

 

 突然のお手紙失礼だと重々承知の上で送付させていただきました。本来ならば直接お会いして渡すべきなのでありましょうが、こちらの事情も言わずもがな。ましてや〈人界〉と〈ダークテリトリー〉に所属する我々が、現時点で相見えることは叶わないでしょう。相対したことが知れ渡れば、双方共に痛手を被ることは想像に難くありません。

 

 前置きはこれぐらいにして、本題に入らせていただきます。昨日、私は〈公理教会〉最高司祭アドミニストレータを打ち破り、その支配の終焉を迎えさせました。このことは諜報の適任者によって既にご存じのことだろうと思います。それに相まって近々起こるであろう〈ダークテリトリー〉による〈人界〉への侵攻に対して、我々によるお願いへの判断をお願いしたいのです。

 

 我々〈人界〉の軍は、戦いという現象を全くといっていいほど知りません。争い事は〈人界〉を統べる〈公理教会〉が発行する《禁忌目録》によって禁止され、戦いという概念を持ちません。

 

戦いは見世物であり、命を散らさない物だと魂に刻み込まれております。しかし此度の侵攻は互いの全勢力を以てして達成される総力戦であります。しかし我々〈人界〉の軍隊は戦いの方法を知らず、本当の戦いがどのような物であるかを知るまで、生き残るという考えを持たないでしょう。

 

 そこで〈整合騎士騎士長〉ベルクーリ・シンセシス・ワンから《暗黒将軍》と称される騎士のお話を伺いました。貴方様が争いを望んではおらず、和平を望んでいるのではないかという見解をまとめ、時間を頂いた次第であります。

 

そこで私個人ではなく〈整合騎士長〉との意見一致に則り、《暗黒将軍》以下〈暗黒騎士〉を、我が部隊の味方となり得る返事を頂きたいと存じます。

 

 この文を〈ダークテリトリー〉側の上層部と共有し、我々を葬る算段をつけても文句は言いますまい。もしそうであったならば、我々も全勢力を以てして対抗措置を考え、対抗するということをお忘れなく。

 

 我々の文を吟味の上、良い返事を頂けることをステイシア神に願い申し上げます。返事をいただけるのであれば、文に記した術式に〈神聖力〉を注いでいただければ幸いです。失礼いたしまする。

 

〈公理教会統括組織 整合騎士第四位 カイト・シンセシス・サーティ〉】




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告白

...2ヶ月ぶりの更新ですね。時間経つの早すぎる気がするのですが。え〜、遅くなって申し訳ありませんでした。3ヶ月ぶりに感想を頂き、書く意欲を高めてくれる内容だったので筆が乗りました。ww

ここまで期間が空いてしまった理由としては、2作品ほど新しく創作していたのと、執筆時間がとれなかったからです。やはり大学3回生の後期は、いろいろと面倒な時期ですね。

レポートは必ず週に1つ、重なれば3つから4つ。しかもそのうちの1つは、計算が面倒な上に書き漏らしがあれば1点ずつ引かれていくという鬼畜さ。そうされないためにも、ケアレスミスなく書かなければなりません。

そうすると自然に時間がかかってしまうのです。とまあ、こんなふうに愚痴を吐いていますが、2週間ほどすれば落ち着くのではないかなと思っております。

では気を取り直してSAO関係の話に移りましょうか。ついに始まりましたアンダーワールドの続編War of Underworld 。コンテもかなりこっていて、自分的にかなり満足していますよ。

テンポ的には3期より少し遅いかな程度ですが、それでももう少しゆっくりやってほしいと思ってしまいます。それにしてもセルカ可愛くなりすぎじゃないか!?アリスとは違う可憐さを持ち合わせてるでしょうあれ!

落ち着くのだ浮気は良くないぞ...。いや、しかしあれはそう思わせるほどの魅力を秘めている。別段おかしなことではないはずだ。推しキャラはいくらいても問題は無い。

コホン。〈ダークテリトリー〉側の声優を予測してみたのですが、物の見事に外れましたww。上手くいかないものですね。長々と書いてしまいましたがそれではよろしくお願いします。


カイトとアリスに事の詳細が届いたのは、2人が〈ルーリッドの村〉で養生を始めてから半年が経つ頃だった。その知らせを運んできたのは、2人にとって後輩騎士にあたるエルドリエ・シンセシス・サーティーツーであった。

 

彼の任務は〈果ての山脈〉の上空を飛び交い、侵入者がいないかは確認すること。つまりはいつもの〈整合騎士〉の任務である。どうやら少しばかりの休息として、〈央都〉に戻ってから文を届ける役目を与えられたのだろう。警備は長期間にわたって続くため、彼も彼の愛竜も疲労しているだろうに。

 

それでもやってきた理由として、彼の真面目な性格も影響していただろうが、大半は2人に会えるという喜びが大きかった。彼にとってカイトは手紙越しにとはいえ、助言をくれた人間であり、アリスは教育者という立場だからだ。

 

 

 

「...という次第で参りました」

「というより明後日には来るじゃないか。迎え入れる準備なんかできてないぞ」

「仕方ありますまい。あちらも時間を取れることもないでしょうから」

 

嘆息するように浮かない表情を浮かべるカイトに、エルドリエは諭すような言葉を慎重に選んでいた。余程のことがない限り、カイトが会話で気分を害することは無いとわかっている。それでもエルドリエはカイトを敬う形で話をしていた。

 

「騎士長はそれはもう待ちきれないとばかりに浮ついていましたよ」

「そんなにか?」

「はい。騎士長は普段から〈ダークテリトリー〉からの進行を防ぐべく、部下の訓練に邁進しております。その間は厳しい表情をしておられますが、その知らせを聞いてからは小躍りしそうなほど明るくなられています」

 

ニコニコと報告するエルドリエに、カイトは曖昧な笑みを浮かべることしか出来なかった。あの騎士長が小躍りするなど考えられない。するならば酒に酔った時ぐらいだと思っていたのだが、予想外にはしゃいでいるようだ。まあ、カイト自身も似たような心境であったから指摘できる立場にないのだが。

 

「エルドリエも明後日はいてくれるんだろう?」

「勿論でございます。何千人とも訪れる〈暗黒騎士団〉を誘導するためには、1人でも多く人手がある方がよいですから。先導する者と後方から警備をする者が必要となりますが、それ以外に何かできるならと思っております」

 

今のところ、先導するのは文書に名前を記している俺になる予定だ。頼み事をしておきながらその代表者が、指揮官として動いていないとなればある意味責任放棄だ。後方からはアリスに警護してもらい、上空からの監視役をエルドリエにしてもらうつもりだ。正直、上空と後方はどちらが担っても問題は無い。だからそこはあまり気にしていない。

 

問題は住民への説明をどうするかだ。突然〈闇の軍勢〉が列を成して村を縦断すれば、パニックを起こすのは想像に難くない。最悪の場合、〈暗黒騎士団〉に攻撃を加えることになるかもしれない。そうなれば未だ完全な同盟を結んでいる訳では無い〈暗黒騎士団〉との亀裂は、決定的なものとなってしまう。

 

下手をすれば修復不可能に陥るかもしれない。そうなれば〈人界〉側にやってきている彼らは、周辺の村々を襲撃するだろう。やがてその襲撃は野営を行っている〈人界軍〉の背後から奇襲をかけることだろう。そうなれば挟み撃ちとなり、〈人界〉は真の意味で終焉を迎えることとなる。

 

そうしないためにもパニックを起こさせず、やり過ごすというのがもっとも簡単で効果の高い策となるだろう。だから明日、村の住民を集めて説明をすることにしている。納得はして貰えないだろうが、理解してもらえればそれでいい。ただ村を通り過ぎる間だけ何もせず、そのままいてくれるだけでいいと伝えればいいのだ。まあ、一部が簡単には許可を下ろすことは無いだろうが。

 

「わかった。明日にはこのことを村の住民に知らせておく。納得はして貰えなくとも理解して貰えるように務めるよ」

「それでこそ我が師でありますな」

「俺はあんたの師になったつもりはないんだけど」

「心がけの問題です。私が貴方を師と仰ぎたいと思っているだけのことで、何も気にする必要はありません」

 

いや、だからそこなんだよ。アドバイスしただけで師と仰ぐ必要は無いはず。歳は俺より上だし〈神聖術〉の行使権限も圧倒的に上だ。俺が低すぎるというのもあるが...。剣技はどっちが上かと聞かれると判断に迷うところだ。

 

何故なら流派が違う上に、得意とする武器の種類が違いすぎるからだ。俺は剣であってエルドリエは鞭のような柔軟な武器を得意としている。〈記憶解放〉や〈武装完全支配術〉を使えば話は別だが。俺は鎌を使うようになるし、エルドリエは鞭を使用する。模擬戦をすればどうなるかはわからない。エルドリエの流派が何かを詳しくは知らない。だがリーナ先輩のように、一族独自の流派ではないと思われる。上級貴族出身ならば二大流派のどちらかを使うだろうから。

 

だが俺はこの世界にありはしないオリジナル流派。その名も〈アインクラッド流〉を使用している。一撃必殺を家訓のように掲げる二大流派とは違い、連続攻撃を含む〈アインクラッド流〉は根本的に異なっている。だからどちらが上なのかを、正確に決められないのが現実だ。

 

美男子の笑みを向けられるのが恥ずかしくて、わざとらしく窓の外に視線を向けてみる。その先ではアリスとセルカが、仲良く畑で野菜の収穫を行っている。屈託のない笑顔は、互いに幸せをかみ締めながら今を楽しんでいるといことがよくわかる。

 

10年もの間、会うこともなかった今。セルカはこの時間が、ずっと続けばいいと思っていることだろう。無意識的に窓に近づいてそこから2人を眺める。黄金色に輝くどの宝石よりも美しく価値のある髪。橙と黄金色を混ぜたような、血縁関係を思わせる優しく温かみのある髪。自分たちが戦いに負ければ、それは鮮血に染まり二度と目にすることは出来なくなる。

 

髪だけではない。その笑顔も声も温かさも全てを失うことになる。守らなければ。ユージオが命を賭して守ったように、自分も命をかけて戦うのだと。

 

「美しいですな」

 

気がつけばエルドリエが自分の横に立っていた。俺とそれほど身長は変わらないが、夕焼けに照らされたその美貌と声音は、世の女性を虜にすると思わされる。

 

「私は恋をしておりました」

「恋?」

「はい。初めてアリス様にお会いした頃に衝撃を受け、それからというもの目で追ってしまう自分がいました。食事に誘う。剣の手ほどきを願うなど。少しでも近くにいれるよう努力をしてみました。こう言ってはなんですが、自分は容姿に自信があります」

 

まあ、そうだろうな。これで自信が無いと言われれば、俺は殴っていたかもしれない。嫉妬という情けない理由であるが。

 

「しかしアリス様は、決して振り向こうとされませんでした。どれほど豪華な食事に誘おうとも、首を縦には振ってくれませんでした。少しばかり僥倖と思えたのは、剣技の手ほどきを受けることが出来たぐらいです。何故私には無理向いてくれないのか。悩みに悩みましたが、私にはわかりませんでした」

 

その頃の自分を見ているのか遠い目をしている。そこには少しばかりの悲しみと懐かしさが入り交じっているようにも見えた。

 

「ある日、少しはマシな模擬戦ができたのでしょうか。普段より柔らかな雰囲気のアリス様が零したのです。『何故私が貴方の誘いに乗らなかったのか。それは貴方より優れた人物がいるからです』と。それを聞いて眼が点になりましたよ。その優れた人物とは誰なのか気になり、自分の中で当てはまる人物を想像してみました。アリス様より優れた人とはどのような御方なのか。剣の腕ならば、副騎士長と騎士長のみとなる。その頃の私は、副騎士長がどのような御方なのかまったく存じませんでした」

 

召喚(・・)されて間もないならば、あの人を知ることは無いだろう。普段から兜をかぶり、騎士長以外とはあまり話すこともなかったのだから。アリスやその他の女性たちは何度かその素顔を見ているが、エルドリエは戦いが終わるまで見たことないだろう。何故それを知っているかというと、〈ダークテリトリー〉からの侵攻を防ぐために訓練を始めた頃から、ファナティオさんが兜を脱ぐようになったからだ。アリスは東西に飛び交っていたから、見る機会はなかったけども。

 

「知っている限りならば騎士長かと思いました。容姿ならば私より上はいない。しかしアリス様がそのようなことで、人を図るわけがないと疑問に思い、それも違うと結論づけました。では誰がアリス様の心を射止めることができるのか」

「で、結果は?」

「考えつきませんでした」

「...は?」

 

仕方ないかと言えるだろうか。エルドリエが〈整合騎士〉となったのは、俺が学院に入学してから1年後だ。もう1人いると思わないのは、任務に赴いていると考えたのだろうか。そのようなことで怒るつもりは毛頭ないが。

 

「アリス様に直接聞く訳にも行かず、騎士長に尋ねることにしました。アリス様にお聞きすれば斬られると思いましたからな」

「そんなことで殴打はしないだろうけどな」

「はっはっはっはっ。そういうわけで騎士長に尋ねたところ、貴方だということを教えていただきました。『今は任務で〈セントラル・カセドラル〉にはいないが、戻ってくればアリスの嬢ちゃんがぞっこんな理由がわかるさ』と。まあ、いざ相対したかと思えば敵に寝返られていたわけですが」

 

笑っているが少しばかり痛いな。手紙でアドバイスしてからは何故か俺が師みたいになって、〈セントラル・カセドラル〉に戻った途端に忠誠誓われたし。そんなことまでする必要あるか?もしかして貴族だった頃の癖が抜けないとか?家訓で自信が成長出来たならば、感謝を怠るなとかそういうやつでもあるのか?上級貴族ならばそんなことを家訓にはしないだろうけど。なんせ今の上級貴族は根本から腐ってるんだしな。目上だろうと感謝なんかしないだろうから。

 

「私は貴方を目にして納得致しました。何故アリス様がそこまで好意を抱くのかを」

「何処にあった?」

「雰囲気ですかな。もちろんそれだけではありませんが。誰かを守りたいという強い気持ちが内側に抑え込めず、放出されているという感じがしました。そして一緒にいると心が落ち着く。今こうして隣に貴方がいるだけで、私の心は暖かく癒されているのです」

 

俺を見るエルドリエの瞳は嘘や偽りを語っていない。一切の濁りなく澄んだ瞳が俺を捉えていた。穏やかにごく自然と浮かんでいる微笑みがそれを示している。

 

「人間は外見だけで判断はできませんな。今もあまり信じ難いですが、最高司祭猊下もそのようなものだったのでしょう?」

「...まあな」

 

嘘を口にしかできない現状に居心地が悪くなる。アドミニストレータは魂自体から悪人だったわけではない。しっかりと自分の罪を認めた上で、100年間罪を重ね続けた。普通ならば、それは異常だと罵っても可笑しくはない。

 

だが俺は罵ることができない。あいつのやり方は確かに間違っていた。〈人界〉の人々を守りたいという気持ちがあったのは確かだったと思っている。ただその守り方に問題があったのだ。守るべき民を武器に変え、残った民を守る。民を守るという意味では成り立っている。だが守る民を減らしているのは、矛盾していることになるだろう。

 

「師は幸せ者であります」

「あぁ、そうだろうな」

 

〈神聖術〉で野菜を水洗いしている2人を眺めながらそう呟く。

 

「アリス様のようにお美しい方と、その妹君であると言われるセルカ殿に愛されるとは。騎士でありながら嫉妬してしまいます」

「いつの間にかそうなっていたんだ。嫉妬される筋合いはないんだが」

「はははははは、他の者が聞けば血眼になって呪詛を吐き散らすかもしれませんな」

「それだけは勘弁だ」

 

思い当たる人物は学院時代の3人組、この村の衛士長となっているジンクぐらいだが。

 

「では、私はこれで」

「何処に行くんだ?この時間から外へ出れば、寒さで〈天命〉が減少するぞ」

「食事を邪魔するわけにはいきませんから」

「誰も気にしないっての。それに今日は試したいことがあるんだが、感想を言ってくれるとありがたいんだ」

「と、仰いますと?」

 

あの頃のように悪戯小僧のような光を眼にうかべて口にする。

 

ドラム缶(・・・・)風呂さ」

 

 

 

カポーン。

 

そんな音が鳴るような雰囲気の中で俺たちは湯船に浸かっていた。

 

「ふはぁ〜、これはなかなかに」

「なんだかんだ言って幸せそうな顔してんなぁ」

 

俺の隣では至極満足そうな表情をしたエルドリエが、肩まで湯船に浸けている。最初見た時はこれが風呂とは思えなかったらしく、眼をパチクリさせていたが。

 

「〈公理協会〉の大浴場は広大で、どれだけ手足を伸ばそうと届きません。しかしこれは浸かるだけで伸ばす余地もない。だがむしろそれが心地良い。閉塞感があるにもかかわらず、疲労がすっきりと抜けていく不思議なものです」

 

やけに熱く語ってくれた。まあ確かに俺も入ったことないから、疑問に感じていたのは確かだ。そしていざ入ってみると、これが思いの外居心地がいい。このまま寝ればとても幸せになれそうだが、のぼせてしまいそうだからやめておこう。

 

ちなみにドラム缶風呂と称しているが、実際は白金樫を大きな桶状にした器を使用した風呂だ。名称はともかく趣きとしては、五右衛門風呂のほうが近いかもしれない。何故金属ではなく木製なのか。それはドラム缶のような大きな金属をこの世界には存在しないからだ。〈神聖術〉を使って鋼素を基に作ってもいいが、如何せん強度が足りなくなる。

 

人間1人と熱による耐久を求めると、優先度として普通の金属製武器より高い白金樫を使う方がより効率的だ。そんな事情もあって今は五右衛門風呂で日々の疲れを癒している。

 

「このような風呂は聞いたこともありませんな。一体何処でお知りになったので?」

「キリトが教えてくれた。あいつの出身地ではそういう風習があったらしい」

「どこの出身地なのでしょうか」

「《ベクタの迷子》としてやってきたらしいから、詳しいことは俺も分からない」

 

〈外の世界〉からやってきたなんて言えるわけない。カーディナルのことも知らせていないのは癪だが、あまり伝えないようにしておくことが今のところはいいだろうというのが、騎士長ベルクーリの判断だ。ただでさえ最高司祭が非人道的計画を企て、人間から記憶を抜き去り、〈整合騎士〉にしたという衝撃の真実を話したばかりだ。追い打ちをかけるように、そんな真実を騎士全員に告げるわけにはいかなかった。

 

全てが終わり、キリトの口から語ってもらうのが1番だと思う。本人からの口で言うこと以上に信頼度の高い情報はない。それにキリトは隠し事をできない性格だ。必ず自分から口にしてくれることだろう。正確には、隠せないというのは隠すのが下手という意味になるのだが。そこはキリトの面子を考慮して、何も聞かなかったことにしてやるのも、友人としての優しさだろう。

 

疲労が完全に回復したところで、俺たちは風呂から上がることにした。本来ならばアリスやセルカにも味わってもらいたいものだが、2人の素肌をエルドリエに見せるわけにはいかない。たとえ信頼出来る騎士であっても。アリスは自信が構わないとしても、セルカは見せることに抵抗があるだろう。嫌がるのを見て喜ぶ癖を生憎俺は持ち合わせていない。

 

明後日の到着時刻までは、少しばかりの温和な一時を過ごしたいものだ。




カイトの存在は〈整合騎士〉にとって、なくてはならない存在だということを書きたかった回でした。主人公だからという意味は無きにしも非ずですが、彼と関わっていく人たちが救われるようなことになってほしいと、自分は考えています。

カイトとキリトがいて、ようやくこの世界の救世主になり得るということをこれから書けていければいいかなと思っております。


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