変わらない結末の話 (ろまねすこ)
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瞬く星の話 前編

「ステラ!」

 

今日も来た。

お世辞にも綺麗とは言えない身なりに、幸せそうな笑顔を携えて。

こんな、なんの得にもならないこと、やめたらいいのに、って。

口に出せない私はきっと、卑怯者なんだろう。

 

「テゾーロ。」

 

名前を呼ぶ、それだけで嬉しそうに細まるきれいな瞳が眩しくて、そっと目を伏せた。

 

今日もまた、格子越しの自由な世界に叶わない夢をみる。

 

 

 

変わらない結末の話

 

 

 

某海賊漫画の世界に、転生なんて非現実的なものをしたことには、割と早い段階から気づいていた。

だからといって冒険をしようとか、原作に関わろうとかは思うこともなく。ただ、星と海が綺麗な世界だな、とそれだけこの世界を好きになって。

この場所で過ごすうち、海軍や海賊を見る機会がある度に、そういえば、と思い出し。ちょっとした非日常にわくわくする程度で。

……だから、自分が例の漫画の劇場版にでてくる、悪役が悪役たる所以で。死亡が確定しているヒロインだなんてことは、全くもって考えもしなかった。

だってステラなんて名前は珍しくもないし、金髪碧眼はもっといっぱいいる。

それに、楽観的にみてもいい生活環境だとも良い親に恵まれたとも言えなかったから、そんなことを考えている余裕もあまりなかった。

そんな中でもこの綺麗と称してもいいだろう容姿と、ステラという名前。大変だけど充実した生活。そして時々見上げる空や海に、愛着を感じ始めてはいたけれど。その容姿のお陰であのクソ親父のギャンブルのために売られたんだからそれも今となっては好きじゃない。

とっくに自立はしていたから、この容姿を飾ったり、美味しいものを食べるために貯めていたお金もみんな取られてしまったし、残ったのは名前とこの身一つ。

見世物のように通りに面した格子に独り押し込められて、冷やかしに覗かれ、下卑た笑みや言動を投げかけられる日々。

ここからは美しい海も、街灯のせいで綺麗な夜空も見えやしない。

それに辟易しながらも、やることはないし、考える時間はいっぱいあったから。

そこで、自分のこの状況がどこか既視感を覚えるものであることに気づいたのだ。

正直、絶望した。

人買いに売られた時点で希望なんて持てやしなかったけど、そこそこ良い物件だからかそう粗末には扱われなかった。

それなら、加虐趣味の人間にでも売られない限りはまだましな環境だろうな、と考えないわけでもなかった。

ずっと悲観していてもどうにもならないし。

ここが少年漫画の世界だからといって、誰かが助けてくれるわけでもないことは知っていたから。

だから、自分の心くらい、自分で救ってやらなければと。

少しでも希望を見出し、心を奮い立たせて。

立って。前を向いて。まだ大丈夫だって。

─────思っていたのに。

私は、天竜人に買われて、そう経たないうちに死ぬ運命にあるらしい。

ばかみたい。

なにが運命だ。

漫画みたいに都合のいいことなんて今まで何一つ起こりやしなかったくせに、ここにきて、運命!

緑髪の男には関わるなって話は聞いていたけど、悪評高いその男の名前はもしかして「ギルド・テゾーロ」?

ふざけてる。

彼が悪役であるために私は存在して、こんなところに閉じ込められてるって?

私は、映画にでてくるようなきれいで心優しい「ステラ」なんかじゃないからな。

それなりに捻くれて、良い性格なんてしてないから、誇れるのは容姿くらい?

あぁ、それならテゾーロにとってはいいことかもしれない。

ステラを買えなかったことが彼をお金に執着する人間に変えたのなら、そもそも買おうと思わなければそんな傷はできやしない。よかったね。

それでも私は買われて死ぬんだ。やってられっか。

いっそのこと、彼も思いっきり傷ついてしまえばいいのに。そうしたって、どうせ映画通りに事が進むだけだ。

 

「……やな、性格。」

 

夜の帳は下りた。

今日も、私と同じ名前を冠する星たちは見えない。

震えた声は、誰に届くでもなく溶けていく。

自然と顔は俯いた。目元が熱い。

でも、涙だけは、絶対に流したくなかった。だって惨めだ。疲れるだけだ。

星に願いを、とは言うけれど、泣きたくなるくらいの切実な願いだって実際叶えられるわけじゃないこと、誰だって知ってるんだ。

だから、泣きたくなんかない。

誰かが助けてくれるわけでもないんだから。

私を助けられる人がいたとしたら、きっとそれは私だけ。

それでも、普通に生きる道は、見えてはこないけど。

 

一度は好きになったこの世界を、嫌いになってしまいそうだ。

 

 

 

 

 

─────…………、……、

 

 

「?」

 

ふと、耳に入った、掠れた旋律。

どこか切ない、胸を締め付けるような音たちに、また零れそうになった涙に慌てて顔を上へ向ける。

 

「…………。」

 

しばらくそうしていると、段々とリズムが変わり始めた。

アップテンポに紡がれるそれは、悲しみから始まる希望の歌なのだろうか。

思わず笑みが零れるような、ノリのいい曲。

はじめとは打って変わって、声の主も調子が良さそうにその美しい歌声をあたりに響かせた。楽しそうに歌う人だ。

夜に酔っ払いがここまできて私に絡むこともあるから、この人も酔ってふらふらとやってきたのかもしれない。

でもこのあたりは住宅が少ないから、聞いてる人はもしかしたら私だけかな。貸切のコンサートなんて贅沢だ。

そんなことを考えていたからだろうか。

聞く人に歌のような喜びを届ける、素敵な歌声のもち主に、曲の終わりとともに拍手を送ってしまったのは。

 

「え、」

「あっ、」

 

彼の声が聞こえていたのだ。

当然、向こうにも聞こえていただろう。

 

格子の面する通りの向こう側。

黒く影に染まった路地から、靴音が聞こえた。

どくり、と心臓が嫌な音を立てる。

予感がした。

これは、絶対に、いいことじゃないって。

 

格子の奥、街灯の光も届きにくい影の中に私が身を寄せると同時に、その人はこの檻の前に姿を現した。

 

その髪は、陽だまりの草原のような、優しい色をしていた。

 

 

 

  ◇

 

 

 

それから、毎日だ。

毎日彼はここに来る。

最近は、怪我も減ってきて、疲れてるけど笑顔も増えた。

そして、彼は私に言うのだ。

 

「ステラ。俺が君を自由にする。」

 

あぁ、嫌だ。

本当に嫌だ。

どうしてそんな、叶いもしない残酷なこと(きぼう)を言うのか。

 

「君が好きだ。」

 

私は嫌いだ。

あなたのその、幸せそうな笑顔を見ると吐き気がする。

 

でも、そんなあなたを突き放せない、わたしのことがいちばんきらいだった。

 




5話前後で完結予定です。
あと書き手はハッピーエンドが好きだと一応主張しておきます|ω・`)


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星を望む話 前編

 

─────彼女に出会ったことが、俺の人生で一番の幸せだと、そのときは信じて疑わなかった。

 

 

 

「くそっ、」

 

夜。

昼間は賑やかな街も、闇の中で静かに息を潜めている。

その静寂が、余計に俺の癇に障った。まるで、俺の存在が、ないもののようで。

 

 

その日は最悪の一日だった。

カジノで大敗して人買いに拘束され、仲間には見捨てられた。なんとか逃げ切ったと思ったら、この時間だ。

仲間の元にはもう帰れない。……いや、帰るわけがない。あいつらは仲間でもなんでもない。

だが、この時間じゃもう店も空いていない。空かせた腹を満たすには、酒場くらいか。

でも、あそこはあそこで、絡まれたら厄介な連中がいる。

まぁ、何かを買う金が、十分にあるわけでもないんだが。

 

暗い路地裏を、目的地もなく歩く。

とりあえず、街灯のある方にでも、と、足を進めて。

 

「、っと、」

 

あと少しで通りに差し掛かるという所で、足元にあったらしい、酒瓶に躓く。

バランスを崩した身体を、とっさに立て直そうとしたが、やめた。

もう、どうでもよくなった。

どうせ身体は人買いとの騒動で傷だらけだ。

今さら、打撲傷ひとつ増えたところでどうということもない。

 

どさっ、と、鈍い音を立てて汚い路地に倒れ込む。

仰向けに姿勢を変えると、狭い夜空が見えた。

なんとはなしに見ていても、俺は、瞬く星の名前さえ知らない。

 

「なんなんだよ、ほんと……。」

 

ついてない。

それは俺の、今までの人生においても言えることだけど。

 

ろくに教育も受けていない。

まともな仕事もしていない。

毎日のように暴力を奮って、生傷も絶えない。

こんな生活を、俺は望んでいたんだろうか。

 

昔よりは、自由になったのかもしれないが。

夢にみた、人を笑顔にするような、エンターテイナーとはほど遠い。

自由に、誰かに遮られることもなく歌うことはできても、観客はいない。

むしろ、人々は俺に嫌悪の目を向ける。

悪評を享受し、好き勝手にやってきたのは俺だけど。

全てを、別の何かのせいにするつもりもないけど。

普通にさせてくれなかったのはこの世界だと、思わずにはいられない。

もう、この際、多くは望まないから。

あたりまえのことで、いいから。

普通の、

 

「幸せがほしいっ……。」

 

倒れた時の衝撃でか、昼に一度止まったはずが、もう一度流れ出した鼻血を拭って、そのまま目を覆った。

普通に生きることさえ許してくれない、この世界が嫌いだ。

 

 

 

 

 

「………………。」

 

いつまで、そうしていただろう。

もしかしたら、気を失っていたのかもしれない。

 

いいかげんに、と起き上がって、壁にもたれて座りこむ。

調子は、当たり前だがでない。

俺になにが起ころうと、明日はやってくるわけだから、このままではいられない、けど。

 

小さく、息を吸って。

こういうときは、と口を開いた。

おもむろに、思いついたままに歌いだす。

気分の落ち着かないときは、歌うに限る。観客はいなくても、その行為自体が好きだった。

歌いながらメロディをつくって、思い浮かぶ言葉を歌詞にする。

陰鬱だった気持ちのせいか、酷く暗い始まりだったけど。

だんだんと、気分が上を向いていく。

歌うことは、なによりも俺を救った。救ってきた。

いつだって、どこだって。

 

今の生活からは望めないような希望を歌う。

歌だけは、どこまでも自由だった。

 

 

 

「っは、」

 

歌い終わって、息をつく。

いつもは、それで終わりだったけど。

そのときだけは違っていた。

 

「え、」

 

控えめな拍手が、通りから路地へと響く。

その瞬間、あるはずのない、スポットライトを幻視した。

たった一人、俺だけを照らしている、それを。

 

─────そのとき、俺の世界が一転した。

人は大袈裟だと、笑うのかもかもしれない。でも、確かにそこで、俺の世界は変わったんだろう。

目の前も見えないような暗い夜から、星の瞬くやさしい夜へ。

 

 

 

音の出どころへ足を向ければ、あるのは鉄格子。

ぱっと見ただけでは誰もいないように見えたけど、奥の影からはみ出して、似合わない枷のついた白い足が覗いていた。

 

「拍手、ありがとう。」

 

他にもなにか、言いたいことがあった気がしたけど、そのときはそんな言葉しか思い浮かばなかった。

たぶん、声も震えていた。

それでも、彼女が俺を笑うことはなかった。

 

「あの、さ。俺はテゾーロ。君は?」

 

返事は、なかった。

落胆しなかったと言えば嘘になるけど、それでもかまわない。

姿は見えない。声も出さない。

 

「明日、また来る。」

 

でも、彼女が俺に拍手をくれたことだけは確かだった。

 

 

 

  ◇

 

 

 

翌日、適当に一日分の金を得て、鉄格子の前へ向かう。

夕方に近い時間帯。まだあたりは明るく、人も行き交っている。

見覚えのある通りに出ると、格子の前には数名の先客がいた。

 

「ねーちゃんよぉ、まだ売れ残ってんのか?」

 

人々がそこを避けて通る。

 

「俺がもらってやろうか?ほら、ゴシュジンサマって呼んでみな!」

「オイオイよせよ。この女は上玉だから高くて残ってんのさ。お前なんかに買えねーよ!」

 

ゲラゲラと、汚い笑い声が響く。

 

「上玉ったって奴隷だろ!ほらこっちこいよ!」

 

格子の間に、集団の一人がその汚い腕を入れている。

 

自然と眉間に皺がよる。

ああいいう輩が俺は大嫌いだ。正義感でもなんでもなく、見ていてぶん殴りたくなる。

声をあげようと、口を開いて、

 

「ってぇえええ!!」

「……は?」

 

手を差し込んでいた男の痛みを訴える声に、吸った空気が抜けていった。

 

「は!?なんだよ急に!!」

「こんのクソアマァ!!こいつ俺のこと殴りやがった!!」

「はぁ?」

 

周りの男達は、だからなんだ、といった感じである。

かく言う俺もだからどうした、と思っている。

格子の中の人物は女性なのだし、多少は痛みもあるだろうが、そう叫ぶような威力でもないだろう。

……いや、その前に、随分と度胸がある。

 

昨夜とは、些か異なる印象を受けた。

 

「ちげーよ!こいつこれで殴ったんだぞ!?」

 

これ?

男達が揃って中を覗くので、俺も後ろから覗き込む。

 

星の輝きをもつ長い髪に、夜明けを閉じ込めたような綺麗な瞳。

初めて目にした彼女の姿は、儚げで美しかった。

 

……不機嫌そうに構えられた手に、ごつい枷がなかったならば。

 

「う、っわ……。」

 

まわりの男達が殴られた男に同情的な目を向ける。

それに羞恥を感じたのか知らないが、男は格子を蹴りつけた。

 

「っのシネ!」

 

ガン、と大きな音がした後に、その振動で格子が揺れて鈍い音を出している。

満足したのか、ふん、と息をついて振り返った男と、目が合った。

 

「んだてめぇ。」

「…………。」

 

とりあえず。と拳を握り。

 

「がっ!?」

 

振り抜いた腕は男の頬へ。

 

「もう、行っていいぞ。」

 

すっきりした。

 

一発殴って満足したため、男を押しのけて格子の前に立つ。

後ろで、怒鳴る男を押さえる他のやつが、怯えたように俺の名前を言ったがそんなことはどうでもよかった。

 

「…………。」

 

俺が前に立っても彼女の眉間の皺がなくなることはなかったが、ようやく、初めての観客の顔が見られた。

 

「名前を、教えてほしい。」

 

見つめた彼女の瞳は迷うように揺れている。

 

「…………ステラ。」

「!いい名前だな。」

 

その瞳が彼女……ステラの笑顔とともに輝くところが見たいと、自然に思えた。

 

 

その日、格子の前に俺は座り込んで、あたりに人がいなくなる時間までそうしていた。

彼女に話しかけると、時々相槌や返答がある。

さっきのことも気になって、男に対してあんな態度に出るのはやめた方がいいと進言したが、彼女は俺を一瞥するだけで聞き入れる様子はなかった。

それに対して俺が咎めるような目でもしていたのか、彼女は眉根を寄せたまま、ポツリポツリとそのわけを言う。

 

自分はこの檻から出ることはないから問題ない。

檻にいればやつらは手を出せない。

ここから出たとしても、それは商品としてで。

あいつらに自分は買えないし、自分を将来買うやつに対して、喧嘩を売る度胸もないだろう、と。

 

淡々と言葉を紡いでいった。

それがなんだか気に食わなくて。

思わず、自分が売られることはなんとも思わないのか、なんて、ひどい質問を投げかけた。

 

それに彼女は、おかしげに笑って答えた。

 

「思うに決まってる。」

 

思わないとでも思ったの?と、目を閉じて、なにかに耐えるように続けた。

 

「私は、いつか買われる。

それで、買ったやつの気分で、殺されることだってあるだろうね。」

 

まるで、未来に本当にそれが起こるみたいに。

 

「最悪、だよ。」

 

そして、最低だ、と。聞き取れたのはおそらく偶然だろう、ってくらい、小さく呟いた。

その真意は、会ったばかりの俺にはわからない。

 

「自分を、助けられるだけの力があればいいのに。」

 

独り言みたいに、言った。

それでも、目の前にいる俺に助けを求めることはないんだな、と。

どうしてか、胸が締め付けられた。

 

さっきといい、見た目はこんなにか弱そうなのに。

変なところで気の強い女だと思った。

 

初めは、ただそれだけ。

 

 

 

それから、時間が空くと彼女の元へ向かった。

そして、ひとつひとつ、ステラのことを知っていく。

 

ひとつめは、変に気の強い女ってこと。

 

そして、俺が来ると、隠しきれていない嫌そうな顔をする。

ふたつ、俺の事が嫌いらしい。

 

俺が怪我をしていると、あまり目が合わない。

みっつ、暴力ごとも嫌い?

いや、男殴る女だぞ……。

……その日から、喧嘩をするのはやめた。

 

よっつ、意外と口が悪い。

 

いつつ、寝ている時はかわいい。

 

「ん?」

 

ふと見かけた店で、ステラに似合いそうなものを見つけた。

買うつもりがあったわけではないが、確認すれば手元には出どころの言えない金だけ。

…………あらゆるところに頭を下げて、まっとうな仕事を得た。

 

むっつ、ななつ、やっつ…………。

 

彼女の元に行くうちに、いつの間にか、俺を嫌悪する視線が少なくなった。

彼女も、呆れながらも俺の名前を呼んでくれるようになった。

前よりも息がしやすい。

前よりも、毎日が楽しい。

 

 

 

「え、」

 

その日も、彼女の前で歌を歌った。

今までも、ステラの前で歌うことはあった。

彼女は、それをただ、目を伏せて聞いていた。

 

その日、彼女は、俺の歌を聞いて。

小さく、幸せそうに、笑った。

 

「?」

 

ステラは、気づいていないようだったけど。

 

その日、俺は星に恋をした。

……もうずっと、そうだったのかもしれない。

 

 

 

それからは、彼女を自由にするための金を集めることに終始している。

まっとうな仕事で、自分で稼いだ金で。

彼女を自由にできたなら、俺の望む、自由も得られるような予感がしていた。

 

ステラが、俺が「自由にする。」と口にするたび、罪悪感を抱いてることは知っていた。

俺が「好きだ。」と言うたび、唇を噛み締めるのを知っていた。

 

それも、本当に自由になれば、変わることだと思っていた。

 

 

「ステラ。君が好きだ。」

 

 

好きなんだよ。どうしようもないくらい。

君に出会って、どれくらい俺が変わったと思う。

どれくらい、幸せだと思う?

 

「ステラ。」

 

だから、今更そんなことを言われたって、君を嫌いになんてなれないんだってこと、いい加減気づいてくれないか。

顔を、上げてくれ。

もう少しで、君を自由にするだけの金が貯まるんだ。

君の笑顔が、見たいのに。

時間が経つごとに、君の笑顔は減っていく。

 

下を向いたまま、首を振るばかりの彼女を気にしながらも、夜からの仕事に向った、次の日だった。

 

次の日、ステラは、俺の目の前で買われた。

 

「ふ、ざけんな。」

 

最後に、またひとつ君のことを知る。

彼女は、俺のために涙を流す、唯一の人だった。

 

 

 

  ◇

 

 

 

彼女を取り返そうと、買い手の天竜人に歯向かって、奴隷の烙印を押される。

 

何もかもが憎かった。天竜人も、世界も。

最後まで、俺になにか望むことはなかった、彼女さえ。

 

でも、一番憎いのは、他でもない自分だった。

 

 

 

許可がなければ笑うこともできない最低の場所で、あの日、路地裏で見上げた星空を思い出す。

名前を知らずとも、星々は綺麗だった。

 

「…………。」

 

ただ、一人。

たった一人、初めて思った彼女と。

彼女といたいと思うことは、そんなにも欲張りなことなんだろうか。

 

目を覆って倒れても、あの日聞こえた拍手は、もう。

 

 

(きみ)を望むことが、そんなにも多くを望むことで、あたりまえでもない特別なことだと言うのなら。

 

ただ、これだけでも叶えられたらよかったのに。

 

……君が、「たすけて」を言えるだけの人間になりたかった。

 




ステラ「自分は自分で助ける(物理)」
テゾーロ「(´・ω・`)」


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瞬く星の話 後編

 

「私、ずっとあなたのことが嫌いだった。」

 

まっとうなお金じゃなくてもいいから解放してくれたらいいのに、なんて思ったこともある。

毎日、毎日鬱陶しかった。あなたを見るのも嫌だった。

嘘じゃない。本当に思ってたんだ。

あなたなんて嫌いだ。大嫌いだ。

 

「っ、」

 

きらいだったんだ。

だから、そんな優しい目で私を見ないでよ。

 

「嫌いだ……!」

 

卑怯な私は、顔も見ないでそう叫んだ。

 

ふ、と息をついて笑う気配がする。

見上げた彼は、私の言葉に傷ついた心を隠して笑っていた。

そして、噛み締めるように、言葉を紡ぐ。

 

今更そんなことを言われたって、嫌いになんてなれないんだって、気づいてくれないか。

……なんて。

ぐっ、と喉がつまって、声がでなくなった。

 

それは、懇願するような声で。

彼は私に声をかけ続ける。それが全て、私のためであることを知っていた。

 

 

今更、だってこと、わかってなかったわけじゃない。

もうきっと遅いんだってこと、知っていた。

最悪だ。最低だ。

私を好きだと言うこの人を、私の手で暗い未来へ導くことになる。

違う未来があったかもしれないこの人を、私が満たされるためだけに縛り付けた、そのせいで。

もっと早くに、突き放そうとすればよかったんだ。

それかあのとき、初めから、拍手なんてしなければ。

 

今更、彼を突き放そうと、傷つけて、こちらは気遣われて。

それでも、嫌われなかったことに安堵して。

これから、恐らく彼が辿る未来を、哀しいと感じる私がどれだけ厚かましいか。

 

彼の前にいるのが、恥ずかしい。

『ステラ』のように成りたいと、思っても、ここには『私』しかいなかった。

 

 

その日、私は天竜人の噂を聞いていた。

 

 

 

  ◇

 

 

 

「テゾーロ。」

「ん?」

 

声をかければ、優しく返事が返る。

それが当たり前になったのはいつからだろう。

 

仕事を一日中やっているのに、少しでも時間が空いたら彼はここに来る。

そしてたわいもないことを話したり、歌を歌ってくれたり。

拍手をしたのは最初の一度きりだったけど、ずっと、彼の歌が好きだった。

そう、口にすることも、笑うこともしなかった私はさぞかしつまらない観客だっただろうけど。

格子の前で、ただの路上でも、彼のステージはきらきらと輝いて。

その唯一の観客であれることが、こんな私でも持てる、たったひとつの誇りだった。

 

「言いたいことがあるんだけど。」

「珍しいな。どうした?」

 

最近、テゾーロはちょっと犬っぽい。気がする。

いや、言いたいのはそんなことではなくて。

 

「あなたはよく私を自由にするって言うけど。」

「ああ。」

「それってあなたの奴隷であること?」

「え!?」

 

彼の歌を聞いた後だったから、それが明るい歌だったから、そのときは気分がよくて。

ありもしない未来を想像した。もしもの話。

 

「違う、誤解しないでくれ。そういうわけじゃない。

本当に、自由になってほしくて。」

 

顔を青くしながら、慌てたように訂正するのが、ちょっとおかしかった。

 

「ただ、この檻が、邪魔だとは思ってて。」

 

うん。

 

「俺が、君を自由にできたら、また金を貯めて、」

 

……うん。

 

「俺のステージを用意したいんだ。ずっと、夢だったから。」

 

…………。

 

「その、一番初めの観客に、君がいてほしいとは、思ってる。

今度は、格子越しの離れた場所じゃなくて、観客席から、拍手を送ってほしい。」

 

言いながら、段々と声が震えて。顔を赤くしながら、彼は言った。

でも、目だけは逸らされなかった。

 

「……いや、でも、結局同じなのかもな。」

「?」

「俺の描く未来には、ステラがいる。」

 

へらりと、幸せそうに笑って。

 

「……私が、自由になった後、あなたの傍にいる保証はないけど。」

「それは!……そりゃ、そうだけど。

でも、無理矢理じゃ、意味ないから。

そしたら、自由になったステラに、他でもない君に、俺の隣を選んでもらう。」

 

檻越しに口説くより、100倍ましだ。

そのために、金を集めてるんだって、思うことにするさ。

ちゃんとステラが、俺の隣を選べるように。

 

に、っと笑ったその顔が、

 

「むかつく。」

「え!?」

 

自分を助けることができるのは自分だけだと思ってた。

でもそれはただの傲慢で。

とっくに、私は彼に救われていた。

 

あなたの思い描く未来に私がいることが、どれだけ私を救っているのか、彼は知りもしないんだ。

彼と共にいられる時間が、泣きたいくらいに幸せだって。

でも、そうして、彼がお金を貯めるほど、この幸せのタイムリミットが迫ることはわかっていた。

 

だから、街の人間が天竜人の噂をしていようと、驚くことはない。

いつかくる本当の未来は、彼が語るような綺麗なものじゃないこと、私はずっと前から知っていたから。

 

嫌いだなんて言ってもいまさら彼は離れてはくれなかった。

この先の未来にもやっぱり希望は持てなかった。

彼の言うことが残酷なことだと今でも思う。

 

でも、きっとこのときすでに、私の中には変わらない結末が描かれていたのだろう。

 

 

 

「ステラ!!」

「っ!」

 

首に嵌められた重い枷を引かれ、声を出そうとした喉が押しつぶされる。

苦しい。怖い。痛い。嫌だ。でも、

 

「テゾーロ。」

 

これは意地だ。

彼の記憶に残る私は、さぞかし可愛げのない女だっただろう。

じゃあ今くらい、笑ってみせよう。

 

「あなたの歌、好きだった。」

 

笑ってみせるから。

 

「あなたが舞台に立つことが、私の夢。」

 

本当は、そんなの嘘だ。

その隣に私がいられることが、本当の望み。

あなたが語って聞かせたそれが、なによりも望んだ未来。

 

「なにを、言って……、」

 

私のことが好きだと言うのなら、危ないことはやめて、お願いを聞いて。

ねぇ、

 

「幸せになって。」

 

呆然とこちらを見る彼が、そのままなにもしなければいい。

天竜人なんかに歯向かわないで、稼いだお金で夢を叶えてくれればいいのに。

……でも、きっと、彼はそうしてはくれないんだろう。

 

彼は押さえつけられて、私は引きずられるように連れていかれて、距離が離れる。

 

どうして、上手くいかないんだろう。

笑顔さえ、上手くつくれない。

ずっと堪えていた涙が落ちる。

泣いても星は願いを叶えてくれないけど、彼は思いとどまってくれたりしないかな。

 

「………、!……!!」

 

…………あぁ、無理みたい。

怒りに染まる顔で、動いた口は「ふざけるな」?

泣いたって助けてくれなくていいから、もうやめてよ。

あなたが血を流すところは見たくない。

みたくないよ。

だって、あなたを好きになってしまった。

いいことなんてなかった、この世界を好きでいさせてくれる、ゆいいつなんだ。

 

そんなこと、あなたは知らなかったでしょう?

 

 

涙で、視界がぼやけていく。

 

 

 

  ◇

 

 

 

連れられた先で、背中に奴隷の烙印が刻まれる。

 

そこは最悪で、最低で、クソみたいな場所だった。

相手の気分で私たちは死んでいく。

意味のわからない、死んだほうがましな場所。

 

古参の一人が教えてくれた。

 

「あいつは反抗するやつが好きなんだ。絶望した顔が面白いから。諦めたやつから死んでいく。」

 

死んだほうがましだって、死んでくやつもいるけど。

と、仄暗い瞳で呟いた。

彼は14歳からここにいて、今年で3年になると言う。

植物みたいに、成長を観察されているんだと、言っていた。

私はこの何年か先に、フィッシャー・タイガーが来ることを知っている。

その前に私は死ぬみたいだけど、救いがあることは知っていて、でも、彼は知らない。

なのにどうして、希望もない場所で生きてこられたのか、聞いてみた。

 

「妹がいるんだ。2歳下の。俺のこといつもかっこいいって、慕ってくれてたから。情けないことしてられないだろ。」

 

それが唯一の光だと、言っていた。

 

「それ、もう飽きたえ。捨ててこい!」

 

その日、彼は、捨てられた。

奴隷の兵士に引きずられていった。それを私は、見ていることしかできなかった。

あれは私の、未来の姿だった。

 

 

それから、生きるのも嫌だったけど、死ぬのも嫌で。

あまり覚えていないけど、数年経ったらしい。

天竜人には、汚くも生に執着しているのがいいと、一応気に入られているらしく、ゴミみたいになっても生きていた。

諦めて、テゾーロといた時間が幸せだったと、それだけを思って死ぬこともできたけど、そんなお綺麗に死んでいくのは絶対に嫌だと思い直した。

一瞬でもそう考えた自分にふざけんな、と思う。

なんでそんなことだけが、人生で一番の幸せだったと悟りを開いたようなことを考えたのか。

ありえない。ばかみたいだ。

 

そうだ、私はフィッシャー・タイガーがここに来ることを知っている。

なんとか、どれだけ惨めな目にあおうが、そのときがくるまで足掻きたい。綺麗に死んでなんてやりたくない。

最初に私が思ったことだ。

だって私は『ステラ』じゃない!

 

テゾーロといたことが幸せだったなんて、独り善がりだ。

あの時間が幸せであったのは事実だけど、そうじゃない。それじゃない。

私にはもっとほしいものがある。

私は、傲慢な人間だから。

あのとき、テゾーロを突き放せなかった自分が、そう簡単に変わるはずがなかった。

 

 

「……そなたの目は、死んでいないのだな。」

 

まわりが死んでいく中で、生を手繰り寄せて、何年目だろう。

また新しい奴隷が増えていく。

そのうちの一人、黒い髪の、言葉では言い表せないくらい美しい少女が私に言った。

名を、ハンコックと言うらしい。

 

そういう、彼女の瞳も光を持って、美しかった。

 

「わらわには、妹が、いるから。」

 

唇を噛み締めて、涙をこらえて。

それでも情けないところは見せまいと、私より小さな女の子が、この地獄を耐えている。

 

それを見て、やっぱり私は─────

 

 

 

 

 

ある日、一人の女が黒髪の少女への痛ぶりを、かわりに自分へと、望んだ。

生きるのに執着している様を気に入られた女だった。

 

 

その日、金髪の女奴隷が一人、捨てられたらしい。

 




ステラ視点はこれにて一旦おしまいです|ω・)
主人公と映画のステラの違いは、テゾーロに愛されただけで幸せだなんて笑えない欲張りなところにあります。
だから愛されて幸せだったと笑顔で死ぬことはありません。


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星を望む話 後編

 

「は?」

 

その言葉を正しく処理できなかった。

 

「あの女は死んだえ。」

 

あの女。

あの女って、誰だ。

 

「笑っていいぞ。面白いだろう?ほら。」

 

面白い?なにが。どうして。

思考は止まり続けても、唇は、言われた言葉に忠実に従った。

ここではそれが、ルールだったから。

 

笑った。

……なぜ。

俺は今、誰の死を笑っている。

 

─────金の髪がチラつく。

 

いやだ。

 

─────青い瞳が細まる。

 

うそだ。

 

─────「テゾーロ。」

 

あ、

 

「ア゙ア゙ァ゙ァ゙ア゙ア゙ア゙!!」

 

ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう!

 

─────「あなたの歌、好きだった。」

 

そんな、そんなことで、笑ってほしいわけじゃなかったんだ。

 

「あ、ぁ、」

 

うそだと、言ってくれ。

 

 

 

目を、強く閉じる。

瞼の裏には満点の星達が煌めく。

拍手が、聞こえて、

 

─────「幸せになって。」

 

君もいないのに、どうやって。

 

 

 

そこから先の、記憶は途切れている。

 

 

 

  ◇

 

 

 

「テゾーロ様!」

「……どうした。」

 

俺の名前を呼ぶ声に、ぼんやりとしていた意識が現実に引き戻される。

多くある俺のプライベートルームの一室で、近寄るヒールの音を聞きながら、ワインを呷った。

 

これまでの出来事を思い返せと言われても、恐らく正確には思い出せないだろう。

あの日からすでに13年が経っているのに、まだ、どこかで自分が立ち止まっている気がしてならない。

自分の中では、まだ、この場所に立っている実感が湧かない。

あのときの、ままな気がした。

 

 

 

俺は、数年前の奴隷解放事件の際にマリージョアから逃げ出し、ドフラミンゴとの敵対を覚悟しながらも悪魔の実を得た。

そこからは、今までの苦労が嘘のように事が進んでいる。

まったく問題がなかったわけではないが、新しく部下に加わったバカラのお陰で、このエンターテインメントシティ『グラン・テゾーロ』、……俺の夢を叶える場所も手に入れた。

まだショーを開催することはできていないが、カジノやホテルにはすでに人が大勢入っている。

それも、今夜俺のショーを行うと告知したが故なのだが。

 

……彼女を諦めていれば、もっと早くにこの未来を手に入れられたのかもしれないな、と、自然と皮肉げな笑みが浮かんだ。

 

「それが、テゾーロ様に会わせてほしいと言う者が……。」

 

ヒールの持ち主───バカラが歯切れ悪く言葉を紡ぐ。

俺に会いたいという人間は、今までも一定数いた。

媚を売りたい人間がほとんどだが、記者や、ファンなんかもいただろうか。

だが、じきにショーが開かれるというのに、一体誰が。

そう、怪訝に思う気持ちが顔に出ていたのだろう。

バカラも戸惑いながら言葉を続ける。

 

「短い金髪の、男だと思うのですが。

ショーの席を予約しているはずだ、と。何を言っても、テゾーロ様に会えば確認がとれるから、の一点張りで。」

 

予約をしているならそれでいいはずだが。

要領を得ない言葉に、自然と眉間に皺がよる。

 

「テゾーロ様が直々に招待した方がいるとも聞いていませんでしたが、どうしようかと、判断を仰ぎに。」

 

困ったようにこちらを窺うバカラに、まぁ、仕方がないだろう、と思う。

まだここでの仕事には慣れていないはずだ。

本来なら問答無用で断るところだが、時間が無いわけでもなし、その厚かましい男の顔を見てやろうと思い、そのように伝える。

聞いてひとつ頭を下げると、俺の休んでいた一室から出て行くバカラを尻目に、ソファに深く腰掛け直した。

天井を仰ぎ見れば、豪華絢爛なシャンデリアが目に眩しい。

手で遮って視界を覆えば、いつかの過去と重なって、ため息をつくように笑みがこぼれた。

 

 

目の前には、いつか望んだ自分だけのステージがある。

でも本当に、これが俺の望んだものだったのだろうかと、くだらないことをときどき考える。

確かに俺が望んだもののはずなのに、どうしてこうも、なにかが足りない気がするのか。

 

大勢の観客の待つショーを目前にしているというのに、なぜこんなにも満たされないのか。

俺だけの舞台がここにあるのに、かつて路上で歌ったあの時のほうがよっぽど輝いて思えるのはなぜなのか。

 

かつて望んでいたもの全てがここにあるのに、君だけが隣にいないというそれだけで。

それだけで、こんなにも色褪せてしまう。

 

「ハッ。」

 

こんなときにまで俺の思考を埋める彼女が憎い。

 

残酷なことを言う女だった。

俺が何を望んでいるのか知りながら、独りで幸せになれと言う。

憎かった。

そんなことを笑顔で言う彼女が憎くて仕方がなかった。

そして今、俺は彼女のいない現実を呪っている。

エンターテイナーになる夢も叶えた。金も掃いて捨てるほどある。

全てが、この手にあるというのに。

 

「……きみだけが、ここにいない。」

 

掠れた声が、思わず落ちる。

 

何よりも望んだ君だけが、ここにいない。

他のものなら、なんだって、手に入らないものはないというのに。

皮肉だ。

なにもなかったあの頃を、今一番、ほしいと感じている。

 

なぜ。

なぜ。

なぜ。

答えはいつだって出ない。

 

なぜ彼女は、あのとき笑ったのだろう。

その先が地獄だと知っていて。あんなにも、美しく。

 

どうして、彼女自身のために泣いてくれないんだ。

どうして、俺は、彼女の希望であれなかったのだろう。

 

「…………。」

 

首を振る。

彼女について考えるといつもこうだ。

答えが出ないと知っていても、ぐるぐると、同じことばかりで。

 

いまでも、彼女の言葉がチラついて離れないことがある。

もう、どれだけ前のことだろう。

あのとき、俺は、

 

─────「自分を、助けられるだけの力があればいいのに。」

 

……俺には今、力がある。

金も名誉も地位さえも。

なのに、彼女の言う『力』がないように思えるのは、どうしてか。

いくら心で問いかけようと、やはり当然のように応えはない。

…………彼女の声も、もう思い出せなかった。

 

 

 

  ◇

 

 

 

カツカツと、通路から響く足音に、そちらへ意識を向ける。

例の男を連れて来たのだろう。

 

「……君は観客席に、いないというのに。」

 

ポツリと、自嘲の笑みと共に言葉がこぼれる。

本当にいてほしい人以外は、広い観客席を埋めるほどにいる。

本当に、皮肉が効いてるな。

 

歪んだ口元を隠すように指を組むと、ソファから客を見上げた。

 

バカラの後、入ってきたのは。

細身で、星の輝きをもつ、短い、か、みを

 

 

「……は?」

 

 

きらきらと。

 

夜空に浮かぶ色に輝く髪と。

その夜明けの瞳を、俺は知っていなかっただろうか。

そう、間違えようもなく、星のようなその人を。

ずっと、望んではいなかっただろうか。

 

恐らく、そのときの俺は今までで一番、かっこ悪い顔を晒していた。

でも、相手は、そんなことは気にせずに、

 

「今回のショー。

観客席の一番いいところは、確か予約が入っていたと思うんだけど。」

 

綺麗に、笑ってみせた。

 

確かに俺は、その笑顔を知っている。

情けなく、言葉に詰まった喉を、無理やりにでも動かして。

動揺したままに紡いだ台詞は、やっぱりかっこのつかないものだった。

 

 

「、一番いい席、とは、言ってない。」

 

 

はず。

 




どうしようもなく望んだ星に、ようやく、手が届く。


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幕間

 

─────あの人は、星を表す記号をもっている。

 

 

 

「カリーナ!?」

「うん?」

 

唐突にかけられた声が、随分懐かしいものだった気がして、反射的に振り向いた。

視界に入った姿は、想像していた通りの、みかん色。

その後ろにはぞろぞろと、彼女の所属する一味のメンバーが。

 

「ナミ?」

「そうよ!あんた、こんなところで一体なにして……、ってまさか!?」

 

唐突に話しかけて、唐突に驚愕をこちらに向ける彼女の言う、こんなところとは、この『グラン・テゾーロ』のことだろうか。

その驚きは、この世界最大のエンターテインメントシティに、私が手を出そうとしているとでも思ったがゆえか。

まったく。

 

「なに考えてるかなんとなく察しはつくけど、それこそまさか!

ここに手を出すほど身の程知らずじゃないっての!」

「じゃあ、どうして……。」

 

どうしてもなにも。

 

「人に会いに来たのよ。その帰り。」

 

だから船着場にいるんでしょ、と続ける。

私の足の先には、この巨艦から近くの島へと運んでくれる定期便がある。

彼女たちの後ろには、かわいらしいライオンの船が。

それでもナミはなんだか疑わしそうな顔をした。

 

「こんなところに?」

「こんなところに。」

 

訝しげな問いに、クスクスと、思わず笑ってしまった。

もしその知り合いが、この街でも有名な人だと言ったら、彼女はもっと驚くだろうか。

数年前、グランドラインのとある島で。

偶然出会った彼女を、賭けで負かしたあの時のように。

 

「あ、」

 

時間だ。

思い出に浸るのもいいけど、もう行かなければ。

 

「じゃあね、ナミ。」

「え、ちょっと!」

 

ひらひらと手を振って、止めていた足を再度進める。

私の背を追う声を気にとめず、船のタラップに足をかけたところで、ふと、悪戯心が湧いた。

……ううん、それよりも、親を自慢したい子供の気持ち?

もう一度彼女たちに向き直ると、一緒に揺れた星のイヤリングがチリリと音をたてた。

 

「ね、よかったらあの人に会ってみて!」

 

言った後、定期便の甲板から船員がこちらを見て困った顔をしているのに気づいた。

どうやら私が船に乗る最後の一人だったらしい。

 

「あの人って誰よ!?」

 

タラップを上がりきってから、船の欄干に身を乗り出す。

波風が揺らす髪を押さえて、思わず弧を描いた口そのままに言葉を紡いだ。

 

「星みたいな人!!」

 

ウシシ、と笑顔になる私に、ナミは虚をつかれたような顔をする。

その隙を見逃さず、「それじゃあ、楽しんで!」と船着場から離れる船から一方的に叫んだ。

今度こそ、呼び止める声を無視して欄干から身体を引くと、甲板から船の行く先を見つめた。

今度はどこに行こうかな。

 

「……どこでもいいか。」

 

きっとどこだって新しいものに溢れていて、私を楽しませてくれるだろう。

あの人と一緒に、海を渡ったときのように。

 

 

 

  ◇

 

 

 

島に着けば、そこは明るい賑わいに満ちていた。

ここには『グラン・テゾーロ』からの定期便が来るため、それに乗る人や、あの街のホテルに泊まれない人などが滞在している。

それに乗じて、商魂たくましく島の人々も遅くまで働いているため、夜になったというのにこの島は明るい。

あの巨艦もおそらくあと1ヵ月はこのあたりに停泊しているだろうから、この騒ぎもしばらく続くことだろう。

そんな賑わいの中を、軽い足取りで横切って、予約を入れている宿へと向かった。

宿へ入れば、笑顔で女将さんが迎え入れてくれる。

 

「カリーナちゃん!おかえり。向こうの様子はどうだった?」

 

この宿にはもう何度か泊まったことがあるため、彼女とは顔見知りだ。

 

「相変わらず、すごかったわ。」

「なぁに、それ!それじゃなにもわからないじゃないか。

でも、相変わらずならよかったわ。テゾーロ様に何事もなかったってことでしょう。」

「まぁ、そうね。ショーも見てきたけど絶好調だった。」

「あら羨ましい。私も見に行きたいわ。」

 

一度しか見たことないのよね、と呟きながらも、入ってすぐの食堂のカウンターに座った私に食事をサーブする。

 

「ありがと。」

 

ここの料理は美味しいから好きだ。

掬ったスープを口に含むと、あたりをちょっと見回した女将さんが、内緒話をするように顔を寄せた。

 

「実は、近くであの麦わらの一味の船を見たって漁師がいてね。ちょっと心配だったのよ。

テゾーロ様がどうにかされるとも思わないけど、ほら、あの一味凶悪だって噂だろ?」

 

その一味に「楽しんで!」なんて声をかけたとはとても言えないな。

私の顔はちょっと引きつっていたかもしれない。

 

「そ、そうね。」

 

ナミはいいやつだし、あの一味もいい人ばっかりみたいだから、そう邪険にされるのもどうかと思うけど、彼らがそれを気にしていないなら私が気にしてもしょうがないか。

おそらくそんな噂も知らずに、彼らはあのエンターテインメントシティを楽しんでくれることだろう。

私も一度あの街全てを遊び倒してやろうと思ったが、途方もなさすぎて諦めた。それくらい娯楽という娯楽の詰まった夢の街。

 

「テゾーロ様も昔は悪い噂の絶えないお人だったけど、きっとあれはガセだね。

今じゃこの島もテゾーロ様のお陰でこの賑わいだ。」

 

そんな夢の街のオーナー、ギルド・テゾーロは、過去、黒い噂の絶えない人だった。

悪どい商売に手を出しているとか、裏社会と密接な関係を築いているとか。

……まぁ、事実だったりするんだけど。

 

「そういえば、噂のテゾーロ様の宝物の姿は見た?」

「んっ!?いや、見れてないかなぁ……。」

 

それでも、彼のエンターテイナーとしての才や、意外と思われるかもしれないが魚人差別などもしないこと、補って余りあるカリスマなど、そのときから人を惹き付けてやまない人ではあったそうだが。

数年前から、そんな彼の悪い噂も途絶えている。

裏社会との繋がりは極力断ち、慈善事業に力を入れているという。

この島もその恩恵にあずかっているため、ここでのテゾーロさんへの好感度はこれでもかというほど高い。

 

……そんなテゾーロさんが、なによりも大事にしている人物が、私の知り合いで、噂の人だったりするわけだけど。

 

「ごちそうさま。」

「おそまつさまでした。ゆっくり休んでね。」

「はーい。おやすみなさい。」

 

カウンターから離れて、割り振られた部屋へと足を向ける。

部屋に入って、一つ息をつくと、ベッドに身体を投げ出した。そして枕に顔を押し付ける。

 

「~~~~~~!」

 

なんだか、嬉しいような、そうじゃないような。

しばらく足をばたつかせてから、仰向けになって天井を見上げた。

 

数年前、あの人と出会ったときを自然と思い出す。

 

 

 

 

 

「わっ!ごめんなさぁい!」

「っと、大丈夫だよ。気をつけてね。」

 

あのころは盗みで食い扶持を稼いでいたから、その日もスリのカモを探していた。

スリなんかじゃそういい金額は稼げないけど、幼かった私にはそれ以外にお金を稼ぐ方法がなかったから。

もっと大きくなったら海賊なんかからも宝を盗んでやろう、とたくましくも考えていた私は、その日、あの人を見つけた。

短い金髪の上に無造作に帽子を被って、顔は影になっていて見えないけど全体的に小綺麗で。

おそらくそこそこ若いのだろう、男にしては華奢な身体に低めの背。

弱そうだ、というのが第一印象で、真っ先にカモに選んだ。

財布を盗るためにぶつかって、返ってきた声も声変わり前の少年のようだったから、いいカモだなとほくそ笑み立ち去ろうとしたら。

 

「ん?ちょっと待った。」

「え、」

 

すぐに腕を掴まれて、屈んで顔を覗き込まれた。

 

「女の子がこんなことやるもんじゃない。」

 

危ないでしょ、と。

予想外のセリフが返ってきてぽかんとしたのを覚えている。

そのときの私はまだ性差もほとんど身体に表れてなくて、確かに男の子にも見えたかもしれない。だけど、もしそうだったら財布は渡してしまうつもりだったんだろうか、と思うと心底呆れた。

というか、そのことについて聞いてみたらなにも考えてなかったと返ってきてもっと呆れた。

そんな私を見て、眉根を寄せて悩むそぶりをすると、「自分でも吹っ切れたと思うけど、」と前置きをして。

 

「案外、お金がないくらいはどうとでもなる。ここは檻の外なんだから。」

 

そうあっさり言うその人を、あのときは冗談でしょと鼻で笑ったけど、今はそれが本当であることを知っている。

会話の後一悶着あって、なにか探しものがあるらしいその人の旅になぜか同行することになり、しばらく経ったある日。

私を気遣ってか、別々にしていた宿の部屋の扉を、ノックを忘れて開けてしまったことがある。

こちらに背を向けてベッドに座るその人は、上半身に何も纏っていなくて、白く柔らかそうな身体についた星型の大きな傷痕があらわになっていた。

緩んだサラシを巻き直そうとしていたらしい。

そのとき、その人の本当の性別を知ったし、想像していたよりも苦労してきたのだということを漠然と悟った。

その傷痕の下に、天駆ける竜の蹄の紋章があったと知って絶句するのはもう少し後の話だけど。

 

その人とした、長いようで短い旅の楽しさは今でも忘れない。

すごく強いわけではないけど、自分自身で身を守り、一人で旅を続けてきたという彼女に憧れた。

私が今も一人で旅をしているのにはそういう訳があったりする。

 

でも、探しものがグランドラインにないからと、新世界まで行く行動力はイカれている。

そう思ったし、そう言いもしたけど、あの人は、全く気にしていないようだった。

吹っ切れたのだと、ほしいものは自分で掴みに行くと決めたのだと、そう言っていた。

 

「…………。」

 

そんなことまでしてもあのとき、彼女の探しものは、なかなか見つからなくて。

なにかを追うように場所を移動して、噂を集め、たまに新聞を見ては落胆する。

私はそんな彼女を見ていることしかできなかった。

 

そうして、ようやく辿り着いたのが、『グラン・テゾーロ』だ。

悪い噂の絶えない男が取り仕切るエンターテインメントシティ。

そのときはできたばかりだったけど、初めてのショーが開催されるということで、人も大勢集まっていた。

彼女はその巨艦に乗り込み、そこで一人の女性を見つけたと思うと、その人に突撃していった。

私はびっくりしてその場で固まってしまったけど、あの人がその女性に滅茶苦茶なことを言って困らせていたのは聞こえていた。

何をしているんだと女性が去った後に詰めよれば、バツが悪そうにしながらも、珍しく拗ねたようにぽつりとこぼした。

 

「別に嘘は言ってない。」

 

その後、本当の本当に彼女の言った通りだったことに呆然とするより、なんかもう頭が痛くなった。

正直意味がわからなかったけど、私も一緒に一番いい席でショーを見ることができてテンションが上がっていたため、興奮でそのあたりはよく覚えていない。

初めて見たショーはきらきらと星のように輝いて、別世界みたいで、一瞬で魅了されたことだけは覚えている。

 

ショーの後、隣で拍手を送る彼女に、テゾーロさんが泣きそうな顔で、でも、とても幸せそうに笑っていたのが、印象に残っていた。

 

 

そのあとはそれなりに長いこと『グラン・テゾーロ』に滞在していた。

賭博が得意になったのもそこでの経験ゆえだ。

そうしていたら、いつのまにか彼の悪い噂も減っていて。

カジノで大敗した人間は地獄を味わう予定だったらしいけど、それも借金のぶん街で働くか、各地に散ってテゾーロさんの手駒として動くかの二択を与えることにしたらしい。

バカラ姉さんがちょっと嬉しそうに教えてくれた。

 

そんなこんなで慈善事業をしているのもあって今ではテゾーロさんは一部の人間には聖人とまで言われていたりするそうだ。かつては怪物なんて言う人もいたようだけど。

実際に会いに行った人がこれでもかとテゾーロさんを褒め讃えたことがあるそうだが、それに微妙な顔をしていたことからなんて謙虚なんだ、とまた評価が上がるというこのなんともいえない循環。

私は彼が割とイイ性格をしているのを知っているから彼の心境もさもありなん、といったところである。

また、彼のファンが彼に会うためにカジノで勝ち星をあげ、VIPルームまでいってショーのファンだと伝えたこともあるらしい。それに笑顔で対応してくれたとか、そういった話によってギルド・テゾーロは世の中では人格者であるともっぱらの噂である。

まぁ、人格者うんぬんはともかく、他のことは事実だろう。

彼は彼女と一緒にいるとき以外では、歌っているときが一番幸せそうだし、だからかファンには優しい。

一番のファンとして、彼女がいるというのも大きいのだろうけど。

 

その他にも、天竜人と対等にあれる唯一の人なのではないか、とよくわからない期待をする人もいるらしい。

確かに、あそこには天竜人も来るようだけど。

テゾーロさんは対等になるよりは、なんとか上に立って天竜人をゴミでも見るように踏み潰しそうだ。あの人の天竜人への目が恐ろしく冷たいのも知っていたりする。

 

でも、そういったことはあまり私には関係ないかな。

私は、あの街だとバカラ姉さんと一番仲がよくて、話もよく聞くけど、あの人を構いすぎてたまに鬱陶しがられているとか、面白くて、普通の人みたいな話の方がよく知っている。

聖人や人格者という言葉にはいつも首を傾げてしまう。

あと、彼が私のことを可愛がってくれてるのもわかるから、あの大きな手が不器用に私の頭を撫でてくれるのも好きだったりする。

 

今では『グラン・テゾーロ』は私の帰るべき場所で、家族のいる家だ。そう思っている。

そんな場所に導いてくれたあの星のような人を、親のように慕うのは私としては当然のことで。

彼女の噂が広がればそわそわするし、他の人にだって自慢したくなっても仕方がないというものだ。

 

「ウシシッ!」

 

テゾーロさんの隣で、綺麗に笑う彼女はとても素敵で。

私もあんな風になれたらな、と思わないでもない。

 

でも今は、まだ色んな所を冒険する方が先!

 

照明のついていない部屋で、未来に思いを馳せながら、意識がふわふわと落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

今でこそ、彼女の隣にいるのはテゾーロさんだと認めているが、実は初めは、彼女を取られたような気がして、彼に嫉妬していた。

他にもたくさんのものを持っているくせに、どうしてそんなに欲張りなの、って。

彼女がいなくたって幸せでしょ、って。

 

一度、直接彼に聞いたことがある。

 

それに、彼は驚いたあと、眉を下げてちょっと情けない顔をして。

彼女と、他の全てのものをかけたら、俺は彼女をとるだろう、って。

 

それを聞いて、なんだかなにも言えなくなって、誤魔化すように、

 

「……今、しあわせ?」

 

繋がらない質問に、パチリと一つ瞬きをした後。

ちょっとだけ子供っぽい笑顔で、彼は言った。

 

「今が一番幸せだ。」

 




5話で終わりにする予定でしたが、あと1話、続きます。
よろしければお付き合いくださいm(* _ _)m


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変わらない結末の話

 

本当は、少し怖かった。

全てが遅くて、もう、受け入れてはもらえない可能性も、考えていた。

でも、私は自分で掴むと決めたから。

 

その目を逸らすことだけはしない。

 

「本当に、ステラ、なのか。」

「……うん。」

 

願いは、自分で掴んでみせる。

 

 

 

  ◇

 

 

 

奴隷になってから数年。

考える時間はたくさんあった。

死にたいと思うことはしょっちゅうだった。

だけど、

 

「ステラ?」

 

彼女の目を見て意思が固まった。

ボア・ハンコック。未来の海賊女帝。でも、今はそんな肩書き関係ない。

彼女は、そのときただの12歳の女の子だった。

それでも、諦めを口にはしなかった。

 

だから、私がこんなんじゃダメだと、思う。

ここで奴隷をやっていても、年数が経つほど飽きられて、捨てられる可能性が高くなるっていうのは、考えればわかることで。

嘆くばかりで行動に移さなければ確実にいつか死ぬ。

意地でも生きたいという気持ちは変わらない。

なら、やることはひとつ、策を講じなければ。

 

目的は、生きてこの地獄から出ていくために、死なないこと。

期限はフィッシャー・タイガーがここにくるまで。そのときまで、絶対に生き延びてみせる。

そのために必要なものは、すでに明確になっていた。

今、私に必要なのは、綺麗な思い出なんかじゃなくて、揺るぎない未来への渇望だ。

欲望は人を強くすると言うし、貪欲なまでに求めてやろう。

もう、ぐだぐだと考えることはやめにして、自分の足で未来を掴みにいこう。

 

「ハンコックちゃん、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど。」

 

星に願いを、とはいうけれど、実際は願ったところで何も起こらないことは知っていた。

そんな不確かな希望に縋るのは、いくらここが少年漫画の世界でも受け身がすぎるだろう、ってことも。

待っているだけじゃなにも起こらない。

そんなことは、当たり前なんだけれど。だからこそ、私は自分から掴みにいくと今決めた。

 

私の名前はなんだ。

唯一、残されていた私を示すもの。ステラ。星を表す記号。

ならば、叶えてみせなければ。

他でもない、私自身の願いを。

空で輝く、ただただ綺麗な星とは違うけど。

時には汚く泥に塗れたって、罵倒されたって馬鹿にされたって、そんなことできっこないって、わかりきった当たり前を言われたって。

私が(わたし)である限り、願いを叶えることを諦めないとここに誓おう。

 

だって、私が望むあなたの隣は、なによりも、綺麗な場所だと、そう思うから。

胸を張れる自分でありたい。もう自分の無力さに嘆くのはごめんだ。

何もしないで、ただ運命を享受するくらいなら全力で足掻いてやる。

誰かの願いを叶えられるような星になんてなれないのはわかってるけど、それでも。

自分自身の願いくらい、叶えたって、いいじゃんか。

 

─────最悪で、最低の場所だった。

でも、だからこそ、ここで無残に死ぬ以上に怖いものなんてもうない。

 

黒髪の、気高い少女の前に出て、相手を見据える。

 

 

 

 

 

「本当に、行くのか。」

 

こちらを見る老年の兵士が、ぐ、っと眉間に皺を寄せて言う。

 

賭けをした。

天竜人がいらなくなった奴隷をその場で殺すか、連れ出させるか。

賭けに勝っても、首についた枷は取れないから、もしその場で殺されなくても、逃げられはしない。命令された奴隷の兵士に別のどこかで殺されるだけ。

でも、一度目の賭けに勝てさえすれば、次の賭けには勝算があった。

おそらく、天竜人の多くは奴隷の数を把握していない。

それぞれの天竜人に固有の紋章などはないから、別の天竜人の奴隷に混ざってしまえばわからない。

だから、生きるだけならできると思った。

飽きられて殺される前に、私は、別の地獄に行ってやる。

死んだことにして、別人を装って。

この場所よりも酷いところかもしれない。今度こそ死にたくなるかもしれない。

でも、どうせ死ぬなら、どれだけ無様だろうと足掻いてやると決めたんだ。

綺麗に死ぬほど私はかわいい性格をしていない。

 

奴隷の兵士は、奴隷でありながらも私達に同情的だった。

精神的に彼らの方が余裕があるんだ。抗うことはできなくとも、戦える力をもっていて、それを望まれているから。

まぁ、同情心でもなんでもいいから、この際全て利用するつもりで、協力してくれそうな兵士を何日も見極めた。

そして、その日、私はその少女の前に立つ。

彼女にはあらかじめ言っていた。生きるために別の地獄に行くことを。後で、あの美しい少女が負い目を感じることが万が一にもないように。

私はあなたを利用させてもらうと、そう言った。

それに、彼女は怒るでもなく、ただ、「なぜ。」と呟いた。

 

「なぜ、そんなにも前を向いていられる。」

 

別に、前を向いているとか、そういうつもりはなかったんだけど。

 

「ほしいものが、あるから?」

 

私は、強欲な人間だから。

そう返せば、なんだか泣きそうな顔で、「そうか。」と、彼女は笑った。

 

そして、私は、賭けに勝った。

 

私を連れる老年の兵士の奴隷が、同情の目を向けてくる。

 

「死んだ方がましだと、他の者は言うぞ。」

 

そう言うあなたは、一度、私が選ぶ道を他の誰かに提示したことがあるのだろうか。

なんて、くだらない質問をしそうになった。

 

「そう。」

「これから、やはりそう思うかもしれない。」

「そうかもね。」

 

だからと言って、死ぬつもりは一切ない。

その同情が、私にとっては有難いものだとは思うけど。同情を寄越すくらいなら、お金でもなく、私は戦うための剣がほしいと、ふと思って。

剣の使い方なんてわからないのに、何を考えているんだろうと、少しおかしくなる。

それに、剣はもらうものでもないだろう。自分で、手に入れなければ。

 

「それでも、行くんだな。」

 

次にあるのが、また地獄だとしても。

 

「行くよ。」

 

首筋に刃を差し出す。

金色の、髪がこぼれる。

 

長い髪も、今までの振る舞いも、邪魔だというのなら置いていこう。

 

 

「ん?こんな奴隷、いたかえ……?」

 

 

さて、次の地獄だ。

解放まで、あと─────

 

 

 

  ◇

 

 

 

結果として、私は生き残った。

マリージョアで7年も奴隷をやっていたのだと思うと、よく耐えたなと自分を褒めたくなる。

……でも、テゾーロも同じだけこの地獄にいたのだと知っているから、なんだか、やるせない。

 

奴隷解放のとき、テゾーロに会えないかと、ほんの少しだけ思ったけれど。

世界はそう都合良くできていないのはわかっていたから、いまさら会えないことに落胆なんてしない。

それに、解放後はどうしようかと思っていたら、ここにきて運が向いてきたらしい。

ハンコックと合流することができた。

つまり、シルバーズ・レイリーに会えた。

女ヶ島にどうか、と誘われもしたが、私は彼女たちのように戦えないし、なによりあの島は排他的だ。

あそこにいては私の願いは掴めない。

だから、シャッキーさんのぼったくりBARに、身を寄せさせて頂くことにした。

そこで、ある程度世界をまわれるぐらいの護身の術を好意から教えてもらえたし、背中の紋章の上に、新しく星型を刻むことまでしてくれた。

本当に、頭が上がらない。

 

そうして、私は宝物を探す旅に出た。

女の一人旅には少し不安を感じたから、短い髪に合う男の姿を装って。

ここにきて、少年漫画のようなことしているのだから笑ってしまう。

 

そこからは、また、長かった。

初めは本当に手がかりもなくて、あらゆる所をさ迷った。

奴隷から解放されたばかりで当然かもしれないが、少しの噂さえ聞こえてこなかったからだ。

少しずつ、テゾーロの話だと思われるものが流れ出しても、それだけじゃ場所はわからないし、場所がわかって追いかけても、着いた時にはもういない。

テゾーロは全くもって知らないだろうけど、私は世界を股にかけた追いかけっこでもしてるのかと思い始めていた。

そんなとき出会ったのが、カリーナだ。

最初にスリをされたときは誰なのか全然わかっていなかった。

後であのカリーナだと知って、変なところで縁が繋がるものだと、妙に感心してしまった。

一度関わってしまったからには、この女の子にまたスリをするような生活をさせる訳にもいかないと、偽善だと自覚しながらも、彼女を旅に連れていくことにして。

楽しみもなく続けてきた旅に、彼女の笑顔が加わって、随分と救われた。

結局また、私が救われているのだから世話がない。

 

そうして、新世界にも行って、やっと、見つけた。

 

彼の夢が詰まった、大きな船だった。

 

 

 

  ◇

 

 

 

……震える声で、こちらに手が伸ばされる。

 

「っ髪は。」

「切っちゃった。似合うでしょ?」

「……俺は、長い方が好きだ。」

 

はは、頑固。

そういうところ、変わらないなぁ。

 

「今まで、いったい……、」

「あなたの、追っかけ?」

 

全然捕まらなくて、困ったよ。

笑って続ければ、彼はくしゃりとその顔を情けなく歪めるから。

 

「……すごく、情けない顔してるけど。」

「……君には、情けないところばかり見られているから、いまさらだ。」

 

そっか。確かに、そうかも。

 

「…………。」

 

唇を噛んで、目を強く瞑って。

もう一度そろりと、上げられた瞼の下。きれいなその目が、安心したようにこちらを見る。

 

「夢じゃ、ないのか。」

 

私の肩に触れようとした手を、少しさ迷わせてから下げて、そっと、手を握られる。

確かめるように、つよく。

 

冷たい手が、緊張を私に伝えた。

 

「ステラ。」

 

「うん。」

 

「すてら。」

 

「……うん。なに、テゾーロ。」

 

「……やっと、君に、手が届いた……!」

 

「……うん。」

 

前はずっと、間に鉄格子があったから。

 

…………きっと、それだけの意味じゃ、ないんだろうけど。

ぎゅっと、温めるように手を握り返すと、彼は、ついにその瞳からボロボロと涙をこぼした。

ぐずぐずと、鼻をすする音がする。

 

「泣かないでよ。」

 

頬に手を伸ばして、涙を拭う。

私の手は、震えていなかっただろうか。

 

「あなたのステージが待ってるんでしょう。」

「ああ。」

「私の席は、あるんでしょ?」

「っああ!」

 

あと、連れがいるからプラス一席ね、とそれだけは忘れずに伝えれば、テゾーロは一瞬理解が及ばないという顔をした後、脱力した。

 

「……そうだな、君はそういう人だった。」

「なにそれ。」

「俺に助けを求めることもない。

自分で全部勝手に解決して、逆に俺を助けるような女だ、ってことだ。」

 

俺の記憶の中の儚いステラは思い出補正だった。

なんて、失礼なことを言う男だ。

あと、一つ間違っている。

 

「私が助けを求める前に、あなたが助けてくれただけ。」

「え?」

「ほら、早く。」

 

彼の大きな背を押した。

 

 

「観客席で、待ってる。」

 

 

光が、満ちていた。

 

彼にあたるスポットライト。

初めは、街灯と、星達の小さな光だけだったのに。

 

でも、彼自身の輝きは変わっていない。

私が、あなたに一番に拍手を送るということも。

 

「拍手、ありがとう。……ステラ。」

 

あなたが望むのなら、この先、何度だって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────ずっと、望んできた。

 

 

どんなことがあっても、

 

何度諦めようと思っても、

 

ずっと、心のどこかで考えていた。

 

「夢は叶った?」

「……星に願ったお陰でな。」

 

願いは伝えてみるものだ、と。

揶揄するように、私の隣でテゾーロ(たからもの)が笑う。

 

「……私も、叶えたよ。」

 

これは、

 

望み続けて、思い描いて、

 

揺らぐことのなかった、変わらない結末の話。

 




明確なビジョンと揺るがない意思がもたらす、望んだままのハッピーエンド。

というわけで、このお話はこれにて完結になります!
ここまでお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました。

【挿絵表示】

完結記念に!

新世界へはハンコックに連れて行ってもらったという裏話があったりします。
事情を説明してはいましたが、彼女が主人公に庇われたという事実は変わりません。返そうと思う程度には、それに恩を感じていました。
そしてなにより、あの地獄でまっすぐ前を向いて立つ主人公の背中が、彼女の望む、強い女性としての理想を形作ることに一役買っていたり……してるといいなって!!
どちらにせよ、希望を失わない人間が傍にいたことは少なからず彼女を救ったことでしょう。
その借りを返すために、主人公の願いを掴む旅の手助けをした。……という内容を、入れようとして、書けなかったので!ここに書いときます……_(:3」∠)

全体的に見れば短い小説ではありますが、完結できてよかったです。
拙い文であったことでしょうが、最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ
楽しんで頂けていましたら幸いです。


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