呪われた呪術師の走馬灯 (千α)
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早朝
序話


やってしまった呪術廻戦。
まだ早い?30話しかまだないのに?
うるせー俺は我慢できなかったんだ!!!

そんなわけで、更新は遅いでしょうがよろしくお願いします。


 朝

 

 いつものカップ麺に湯を注いで、待ってる3分間で顔を洗う。

 カップ麺が出来上がったら、いつものラジオをBGMにして朝食をとる。今日の天気は雨だと言われ、舌打ちをして麺をすする。と、そこでインターホンが鳴る。

 

「ふぁい」

「甘菜君、そろそろ時間です」

 

 何度も一緒に行動を共にしている男の声を聞き、麺を勢いよくすする。その後は…と彼は急いで支度を進める。

 全ての用意をし終わった甘菜は最後に、前合わせの部分と右袖に柄が白い作務衣を着る。下は学校の学ランのズボンであることが、彼の格好をチグハグとさせている。

 玄関に置いてある腰の高さまである筒を背負い、彼は玄関を開けた。

 

 

 

 

 甘菜(アマナ)(ツヅリ)は呪術師である。階級は準一級。ただし、この世界の階級は非常に数が少なく、同じ準一級術師でも力の差があるのだけれど。

 

 甘菜は元は一般の家庭に生まれ育った。人と違うことといえば、母親に鍛えられたおかげで地元では負け知らずだったこと、そして人とは違う何かを見ることができたこと。

 後からそれが"呪い"と呼ばれるもので、それを見ることは普通では無理なのだが、甘菜の母親は元は呪術師だった。彼女は最期に呪術の世界から逃げ出した、と言っていた。当時、甘菜にその理由は分からなかった。しかし今ならわかるような気がして仕方がない。

 

 

 

「お待たせしました、七海さん」

「いえ、それほど待っていません。では行きますか」

 

 最近ではこの男、七海建人と共に行動することが多くなった。常に人手不足な世界ではあるが、()()()()を1人で任務に行かせるよりは、マシだろう。

 

 

 

────────────

 

 

 

「夏油さん!」

「ん? ああ…綴か。今日はどうしたのかな?」

「ちょっと組手に付き合って欲しくて! いいですか?」

 

 甘菜は幼い頃に両親を亡くしていた。甘菜家の長女であった母親に似た呪術の才能を持っていたがために、甘菜家の権力争いに巻き込まれ、よく知りもしない呪術の世界に1人で身を投じそうになっていた。そこを助けてくれたのが夏油傑だった。

 彼は甘菜に呪術師として鍛えてくれた。そのおかげで甘菜家の人間達とも現在はある程度は良好な関係を築けている。甘菜は夏油を師として尊敬していた。

 だからあの日、夏油が甘菜達の前から姿を消したあの日、甘菜は信じることが出来なかった。たとえ、殺されかけたのだとしても甘菜は夏油に対する尊敬の思いは消え失せることは無かった。唯一信頼していた人物だった。

 

「帰ってこないよ、傑は」

「知ってるよ。でも、俺は……っ」

 

 

 

 それでもこの世で1番大好きで、1番憎んでいるその人を待っていた。

 

 そして、甘菜綴は、かけがえのない存在と会うことになっていく。



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01話

ちなみに甘菜が出てくるのは16話以降のイメージで書いてます。


「いや、これはねぇだろ」

 

 その死体を見て、甘菜はポツリと呟いた。緊急の仕事だというので辿り着くとそこには心臓のない死体が無残に転がっていた。そしてその傍には、同じ学校に通うよく知る後輩がいた。番傘を開いてその後輩の目の前に立つ。

 

 

「死んでんのか?」

 

 東京都立呪術高等専門学校3年、甘菜綴。

 

「はい」

 

 東京都立呪術高等専門学校1年、伏黒恵

 

「そうか」

 

 甘菜は死体にまた目を向ける。

 自分の()()()()()()()()()()()()()。でもそうならなかった彼に、甘菜は手を合わせた。

 

 これは無い。

 

 彼と伏黒、そしてもう1人の1年だけで特級に挑ませた上の連中に対しての言葉だ。そのせいで、また1人死んだ。何度も何度もこれを繰り返した。

 

「……とりあえず、帰るぞ」

「はい」

 

 甘菜は背負っていた筒を地面に置く。すると筒はガタガタと動き出したかと思うと、人ひとりが中に入れる大きさになった。その中にその死体を入れた。

 ああ、またこの中に人が入った。座らせれば、成長期の青年ですらすっぽりと入ってしまう。そういう意図を持ってこの筒を持っている訳では無い。筒、というには無理がある大きさになったこれを、皆は棺桶だと呼んでいたし、自分もそう思う。

 

「名前、なんだっけ?」

「……虎杖…悠仁です」

 

──イタドリ、か。

 

 この少年の関わった事件…宿儺のことは報告書で読んだ。

 最近まで一般人だった彼のことを一方的に知っている。今回の件、どれだけ辛かったのだろうか。どれだけ怖かったのだろうか。どれだけ逃げたかったのだろうか。どれだけ死にたくなかったのだろうか。

 

「良い奴でした」

「そっか」

「死んで欲しくはなかった」

「そっか」

 

 吐き出すように、絞り出すように声を出す伏黒に甘菜はそれしか言えなかった。また、こいつの前から救いたいと願った善人が消えたのか、と。

 

「……伏黒がそう言うなら、会ってみたかったよ」

 

本当に、

 

やってられないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──と思ってたんだわ」

「うん、ごめんね! 事情が変わったんだ!」

 

 イラッとした甘菜は目の前の男を殴る。

 

「え? すまん、少し雑音が酷くてな? もう1回言ってくれねぇか?」

「もちろん」

 

 男、五条悟は甘菜に胸ぐらを掴まれながら先程伝えたことをそっくりそのまま、また伝える。

 曰く、今回の件で死んだはずの虎杖悠仁は生き返り、現在は記録上では死亡扱い、だが裏では五条と修行中だそうだ。

 

「生き返ったカラクリはわからん、と……それで? なんで俺にこのことを?」

「綴には、ぜひやってもらいたいことがあってね」

「嫌な予感しかしない」

「素敵なことさ」

「マジで言うとんのか」

「マジさ」

 

 悔しいことに、甘菜は五条に対してのノーとは言えない。かつて甘菜は五条に助けれらたことがあり、その時の恩は一応感じている。

 

「……死んだ時、筒の中くらいには入れてやる」

 

 せめてもの嫌味を五条に言ってみるが、それでも五条の飄々とした態度は崩れない。

 

「うん、ありがとう。でも僕最強だから、死なないよ」

「俺より長生きするだろうしな」

 

 そう言うと、少し五条の顔が鋭くなった、ような気がする。

 

「な、なんだよ……」

「綴、冗談でもそれ(・・)はやめてくれ」

「………悪かった」

 

 やっぱり五条悟は苦手だ。

 

「それで? やって欲しいことって、なに?」

 

 

 

────────────

 

 

 

 甘菜と対話を終えた五条はふぅ、と息を吐く。甘菜とは昔からの付き合いだ、感覚的には弟に近い。そんな彼に久しぶりに会った、この半年は立て続けて任務へ出かけていたのだ。上はどうやら、甘菜と自分が顔を合わせる時間を極力減らしたいようである。

 

 しかしそんなことを許す五条悟ではない。

 甘菜にはもちろん味方になってもらう。呪術界の腐った部分を、他の学生よりも甘菜は見てきた。そんな甘菜なら、絶対に味方になってくれる。

 

「さて、悠仁には僕の他にもう1人先生がつくよ」

「先生が?」

 

 虎杖悠仁。甘菜が気にしていたことを思い出す。きっと伏黒のことがあるからだろう。彼が虎杖を連れて帰ってきた時、背負った大筒に虎杖を入れてきた。この筒は甘菜が作った特殊な筒で、外からも中からの衝撃に強い作りになっている。中身は……いや、今はやめておこう。それよりも、今は虎杖に甘菜のことを紹介しなくては。

 

 

 

「甘菜綴君だよ! これから僕がいない時は、彼が悠仁の面倒見てくれるから!」

「何勝手なこと言ってくれやがりますか手前は」

 

 甘菜に太もも辺りを蹴られた五条だが、あっけらかんとして笑っている。そんな五条を無視して、戸惑いを隠せていない虎杖を見る。

 

「……………マジで宿儺の器なのか?」

「虎杖悠仁です! えーと? 甘菜…先生?」

「悠仁、その子3年生の先輩だよ」

「あ! じゃあ甘菜先輩か!」

 

 思ってたよりも元気な虎杖を見て、少し戸惑った甘菜だが、すぐにいつも通りの仏頂面に戻る。と、虎杖が甘菜をジッと見て、ソワソワしているのを見た。

 

「……なに?」

「いや…呪高専(ここ)に来て、初めての先輩だなーって」

 

 2年の先輩ならいたけど、3年の先輩も初めてだ。と付け足す虎杖を見て伏黒の言葉を思い出す。良い奴だ、と言っていた。伏黒の言葉を疑う訳では無い、だからといって信じる訳でも無い。だからこそ、甘菜は虎杖に会えると五条から聞いてノコノコ着いてきたのだが……なんとなく、伏黒が言っていた意味がわかったような気がする。雰囲気、というか…上手く説明は出来ないが、虎杖は確かに良い奴ではあるようだ。しかし……。

 

「聞いてねぇぞ、五条」

「言ってなかったからね」

 

 虎杖を鍛えるなんて聞いてない。そんな面倒なことしたくない。

 

「でも恵は鍛えてくれたじゃん?」

「お前、三日三晩頭下げられたことあるか?」

「ないね」

 

 鍛える、といっても甘菜には式神のことはよくわからない。簡単な式神なら扱えるが、そもそも甘菜に刻まれている術式はそれではないのだから、当たり前なのだが……。

 

「悠仁、彼と腕相撲してみてくれない?」

「腕相撲?」

「うん、全力で」

「いいの? 先輩折れたりしない?」

「舐めてんのかはっ倒すぞ」

 

 虎杖は甘菜の体格を見てそう言った。コイツは今ここで黙らせないといけないと、甘菜は確信する。

 お互い向かい合い、手を組む。五条が2人の手を掴む。これで腕相撲をする準備は整った。

 

「じゃあ……Ready…GO!」

 

 その合図で2人は力を腕に込める。虎杖だって言われた通り全力だった。だが勝負は10秒も経たずに幕を下ろすこととなった。

 虎杖は気が付いたら床に転がっていた。机は見るも無残な姿になっていた。

 

「なにか、言うことはあるか?」

「イエ、ナニモゴザイマセン」

 

 舐めてるつもりはなかった。しかし甘菜は虎杖よりも細かったため、負けることが想像できなかった。

 

「……虎杖」

「は、はい」

「俺は体術・捕縛が専門の呪術師だ」

「はい」

「そんな俺が手前みてぇなド素人に負けるわけねぇだろうがよ、クソボケが」

「は、はいっ!」

 

 般若のような甘菜に虎杖は顔を青ざめさせながら謝る。

 

「ったく。これで交流戦間に合うのか?」

「間に合わせるさ」

 

 だから力を貸してくれ、五条はそう言う。あまり乗り気ではなかった。しかしあの1回で、虎杖には可能性があることがわかった。おそらくそれをわからせるために急に虎杖と腕相撲をするように言ったのだろう。

 伏黒に体術を教えたのは、式神使いにも関わらず接近戦でも戦えるようにしたい、という意気込みを伝えられたから。なら、虎杖はどうなんだ?

 

「………条件がある」

「条件?」

手前(テメェ)が卒業するまでに、俺に勝てるようになること」

「え、それでいいの?」

「自信が無いならやめとけ」

「いや、やる!」

 

 やる、とハッキリ言った。アレを見てもやると言った。虎杖は甘菜の事情は知らない。その条件がどんな意味を持っているかも、虎杖は知らない。




さて、こっからどうするかな。


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02話

虎杖、五条視点、かな?

虎杖と仲良くワイワイしてるだけです。
後編は五条先生とワイワイしてます。


 五条と一緒にやってきたその青年の第一印象は"ヤンキー"だった。

 

甘菜綴

 

 そう名乗った彼は、色が少し抜けてきた顎下まである金髪。耳には両方合わせて5つピアスを開けており、口調は非常に荒い。オマケに首元からは背中に続くであろう刺青まで掘ってある。しかしこの高校に来て初めての先輩は、案外面倒見のいい人物であるらしく、文句を言いながらも虎杖の特訓に付き合ってくれている。

 

「隙あり!」

「ぐえっ!?」

 

 背中を床に叩きつけられた虎杖は咳き込む。

 これで、甘菜には30敗目だ。ちなみに勝てたことはない。甘菜は虎杖のことをズブの素人だと罵るが、自分は動けていると思っていた虎杖からすれば、少し納得がいかない。

 

「先輩、今日はどの映画見る?」

「……これ」

 

 納得いかないが、甘菜とはなんだかんだ言って仲が良く過ごせている。朝の特訓が終わると映画を見て、特訓して映画を見て、を繰り返す虎杖だが、同年代の甘菜との会話がココ最近では楽しみの一つだ。

 

「しっかし意外だよな、甘菜先輩映画見たことないなんて」

「キョーミなかったんだよ」

 

 そう言いながら、甘菜は虎杖から貰ったコーラを飲む。ちなみにコーラもこの間勧められて初めて飲んだらしい。見た目はヤンキーだし、口も悪い。そんな人だがどこか古風な人間だと虎杖は甘菜のことを認識していた。

 

「炭酸は骨が溶けるからって、飲ませてもらえなかった……あと単純に炭酸飲料は苦手だった」

「その迷信信じてたんだ」

「悪いかコラ」

 

 そういえば、この間はコーラを飲む甘菜を見て五条がとんでもなく驚いていたのを思い出す。あんなに戸惑った五条を見たのはアレが初めてだ。自分が何度も勧めても飲まなかったのに!と五条と、面倒臭そうな顔になった甘菜のやり取りは、今思い出しても吹き出して笑いそうになる。その他にもケーキだのチョコだのポテトチップスだの、色々と勧めようと決心した虎杖は、今日はどれにしようか悩んでいた。

 

「今日はせんべい持ってきた」

「え? 先輩が持ってきたの?」

「勧められるばっかじゃ、俺が気に食わん。たまには勧められろ」

 

 甘菜の持ってきたせんべいは、箱入りでまだ開封された形跡もない。この箱の見た目から、スーパーのせんべいではないことは確かだ。

 

「うまっ! 何これ!?」

「だろ? 茶もいれてやっから、まあ待っとけや」

 

 甘菜のせんべいとお茶は美味かった。現代っ子を物の見事に虜にしたせんべい、恐るべし。しかしこれが甘菜の1番のお勧めではないと聞いた虎杖に戦慄が走る。

 

「これより、美味しいの?」

「せんべいじゃないんだが……美味いぞ、アレは」

 

 この数日で本当にこの先輩のいろんな部分に触れてきたように思う。人は見た目だけではないのだ。

 

「そういえば、先輩のその刺青って……」

「…………」

 

 少し、空気が変わった。

 しまった、これは禁句だったのかもしれない。だが飛び出した言葉は引っ込みがつかない。この甘菜の表情を見るからに、あまり良い思いはしていないはずだ。

 

「………」

 

 甘菜に睨まれ冷や汗をかき硬直する虎杖だが、甘菜のため息により解放される。

 

「手前はよくわかんねぇ奴だな」

 

 そう言うと、甘菜は作務衣を脱ぐ。作務衣の下は腹掛けを着用しておりその背中には、いくつもの蜘蛛とその巣の刺青が彫られていた。蜘蛛と巣は一見してみると本物のようで、今にも動き出しそうなリアルさを持っていた。

 

「好きであるわけじゃない。これは…まぁ、ある意味術式だ。

 産まれた頃からこの術式があったわけじゃないんだ。これが無いと俺は生きていけねぇ。そういう身体になったってだけだ」

 

 刺青に息を呑む虎杖を見た甘菜はすぐに作務衣を着る。

 

「ビビったか?」

「いや……刺青ってやっぱり痛いの?」

 

 その言葉に、キョトンと甘菜は目を見開いて虎杖を見る。こんな反応は初めてだ。この刺青の意味を知っている者も知らない者も、初見では大抵が哀れんだり、非難の目で見てきたり…とにかく印象は良くない。

 

「痛かったぜ。それこそ死ぬかと思ったくれぇにはな」

 

 虎杖はあえて深く突っ込まなかったんだろう。そんな彼に、甘菜は感謝した。

 

 

 

────────────

 

 

 

「あれ? 綴じゃん?」

 

 こんな所で珍しいね、と五条は甘菜に話し掛ける。

 2人が今いる場所は近くのコンビニだった。甘菜は昔からこういった場所には来なかった。甘菜の家の人間達はこういった物が嫌いだったため規制されていたこともあるが、綴が特に非呪術師の人混みが嫌いだったからなのが主な理由だ。

 そのため高校生になり寮生活をしているので、いくらか規制も緩和されても甘菜は学校にある自動販売機ですら使わなかった(自動販売機を使わないのは()()()()()()())中学の時からしている金髪とピアスがせめてもの反抗だったのだろう。

 

「これ、虎杖に勧められて」

「悠仁に?」

 

 甘菜が五条に見せたのは、ポテトチップスだった。

 

「近くでなおかつ家の奴らに見つかりそうに無いっつったらここしかないなって………おい、なにニヤニヤしてんだよ、キメェぞ」

「いやー?」

 

 甘菜の性格を一言で表すなら、優しい子だろう。見た目からは想像できないが、甘菜はなんだかんだ言って最終的には人のために行動する。昔はどんな子に育ってしまうのか気掛かりだったが、今ではその心配もいらないだろう。

 

「悠仁のこと気に入ってくれてなにより」

「……伏黒といい虎杖といい…手前の考えてることはよくわかんねぇよ………あの人(・・・)以上は俺にはいねぇし、これからもできねぇからな」

「うん」

 

 例え殺されかけても、突き放されても甘菜にとって無二の存在がいる。それは五条にとっても無二の存在だった。

 

「その様子だと、あのことは言ったみたいだね」

「これが無いと(・・・)生きていけないことは言ってある」

「それがあるから(・・・・)生きていけないことも?」

 

 甘菜はそっと背中に触れる。忌々しい、という顔ではない。諦めていると言うのが正しいのだろう。どんなにかつての師に生きることを望まれても、この子は自分の生死について諦めてしまっている。

 

「……」

「綴、僕は長生きして欲しいって思っているよ」

「……それは、手前の目的のために?」

「うん」

 

 ここはもっと良いことを言う場面だろう。とジト目で五条を見て、やめた。目元が隠れているせいで、表情はよく分からない。でも五条の口元はきつく結ばれていた。

 

「手前の目的の手伝いならしてやんよ」

「協力はしてくれないんだ」

「……なら、この呪い(・・)をどうにかしてくれよ。最強なんだろ?」

 

 甘菜は諦めている。無駄だとわかっていて五条にこう言っている。まだ18歳の子供なのに、人生は普通これからなのに、甘菜はこうやって人と距離を取ろうとする。

 

「うん、何とかしてみせるさ」

「……は?」

 

 信じられないと甘菜は驚きポテトチップスの袋を落とす。

 

「………無理だ」

「それはわからない」

「無理だ。絶対に、無理に決まってる」

 

 希望を持ちたくないから否定していることはわかっている。どんなに素晴らしい呪術師でも、甘菜の呪い(・・)は祓えない。それでも五条は自身の夢のためにも、これからを担う彼ら(・・)のためにも甘菜には生きて欲しい。心からそう願っている。

 

「ちっ」

「え? 舌打ち? それは無いでしょ」

「うるせぇよ。手前のそういうとこは昔っから気に食わねぇんだよ」

 

 知ってる。

 だからこうやって五条相手につい意地を張ってしまうのだ。

 

「おい五条」

「ん?」

「このうすしおとコンソメ? どっちが美味いんだ?」

 

 急に話題が変わったことにしばらくキョトンとする五条だが、すぐにいつもの調子に戻る。

 

「……んー…僕はこっちの方が好きかな?」

「それ、チョコレートじゃねぇかよ」

 

 どうしてもポテトチップスが食べたいらしい。

 

「どうせチョコも食べたことないんでしょ? この際、色んなもの食べてみたら? あそこなら甘菜家の人の目も無いし」

「………それもそうか」

 

 うすしおとコンソメのポテトチップスを両方五条のカゴに入れると、今度は飲料コーナーへと足を進める。足取りは軽い。今までしてこなかったことをするのが楽しいようだ。

 

それでも蜘蛛は這い寄っている。




とりあえず、容姿と性格。呪いについて。
原作の話が進んだら訂正するかもしれないです。


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03話

伏黒視点に…なってたらいいなぁ……。


「だから、隙見せんなっ()ってんだろうが!!」

「ぐへぇ!?」

 

 今日も今日とて特訓中。ちなみに最近は虎杖も甘菜との試合を、1分持ちこたえることができるようになってきていた。が、それでも勝負になっていないことは事実。

 

「これで50勝目か……ここまでくるともう、勝つことに躊躇いを感じるな」

 

 甘菜は模造紙に正の字を新たに完成させると、ため息を吐いた。

 

「うわー、これ勝ち越せんのか?」

「舐めてんのか? 殴んぞ、デコを。

 今勝ち越せなくても、俺が卒業までには1度でも勝ってもらうからな。約束したんだから果たせよ」

「出来なかった場合は?」

「足の爪が巻き爪になる呪いを掛けてやんよ」

「地味なのに痛い!」

 

 虎杖を見ると、だいぶ息が上がってきている。そろそろ切り上げるべきだろうと、甘菜は虎杖にタオルを手渡す。それを受け取ると虎杖はタオルで汗を拭いた。

 

「伏黒の奴には期待してるけど、勝ち越せるか微妙だし……」

 

 ポツリと思っていたことが口に出てしまった。あ、と思った時にはもう遅かった。虎杖は興味ありげにこちらを見ている。

 

「そーいえば、伏黒も先輩に教えて貰ってたんだっけ?」

「……断っても断っても諦めやがらねぇからな、仕方なくだ」

 

 初めは虎杖と同じ条件で特訓をしていたのだが、一応伏黒は甘菜に勝った、が伏黒にこれで終わりだと告げたのに関わらずまだ足りない、まだ教えて欲しいと言われ、仕方なく条件を更新した。それが『甘菜の卒業までに勝ち越す』ということだ。それを伝えると虎杖はへぇー、と感嘆の声を上げる。

 

「じゃあ、俺もしたほうがいい?」

「面倒臭いから却下だ。

 ちなみに伏黒は寝癖が治らない呪いを掛ける予定だ」

「また地味に辛いものを。

 でも、俺も先輩に勝ち越したいかも」

 

 やめておけ、と言おうとしたところでやめた。それよりも(・・・・・)何か嫌なものを感じ取ったからだ。

 

「……………虎杖」

「ん?」

「その、両面宿儺をどうにかしてくれないか?」

「あ! いつの間に!?」

 

 虎杖の頬からこちらを見ている宿儺の目を見てギョッとした甘菜は、それを虎杖に伝える。

 どうして宿儺がこちらを見ていたのか、それは甘菜にはわからないことだ。甘菜と宿儺には接点(・・)は実は3つほどあるのだが、今回宿儺が重要視したのはそのうちの1つだ。

 

 

 

────────────

 

 

 

「そういえば、甘菜先輩も停学に?」

 

 伏黒恵は気になっていたことを禪院真希に尋ねる。

 

「いや、あの人は確か長期任務だったはずだから、単純に今は学校にいないってだけだ」

「そうですか」

 

 なら、交流戦には出るだろうか。出なくても近いうちに会えるだろうか。口が悪く無愛想な人だが、その端からは人の良さが滲み出る。無理にあの約束を取り付けた伏黒は、そんな彼なら自分を最後まで鍛え抜いてくれると確信を持っていた。

 

「そういえば、この間甘菜先輩に1勝したんだっけ?」

「ギリギリでしたけど、なんとか」

「容赦ないからな……あの人」

 

 しかし1勝しただけで満足はしたくなかった伏黒は、追加条件で特訓を続けてもらうことにした。その時の心底嫌だ、という甘菜の顔は酷いことになっていた。その追加条件もなかなかのものであったが、達成するつもりでいる。そうでもしなければ、彼に合わせる顔がない。

 

「伏黒があの人に特訓をしてもらってるって聞いた時は、本当に驚いたな」

「しゃけ」

「初めは……その、確かに苦手でしたけど」

 

 でもそうでは無くなった。明確な理由はもちろんある。初めて会った時は、その容姿も相成って伏黒が受け入れることができないような人間だと思っていた。

 だが、共に過ごすこともよくあったせいで、今ではその印象もすっかり払拭された。

 彼は良い人である。良い人にもいろいろ種類があるが、彼の場合は人に厳しくなれる優しさを持つ人間である。嫌な役を引き取る事も多々あるような、そんな人だった。

 

「──にしても、最近あの人に会わないな…」

「1年の頃はしょっちゅう顔を合わせてたのにな」

「おかか」

「会ったら何でかしばかれてたけどな」

 

 昔から何かと理不尽なのは変わらないのか。甘菜はその優しさに触れる機会がなければ、正直ただのチンピラだ。悪い噂も絶えないほど、周りから避けられていた。入学当初は現在の3年生達とも少し距離を置いていて、2年生の後半で、ようやっとまともな交流が始まったと、伏黒は聞いている。

 

「甘菜先輩は2年の時、どんな感じだったんですか?」

 

 純粋な興味だ。甘菜が2年の頃のことは噂でしか聞いたことがなかったため、興味があった。

 

「今とそう変わんないよ」

「そうか? 昔よりはだいぶ丸くなってると思うけどな」

「ツナマヨ!」

「ああ、でもまだちょっと怖いところあるよな」

 

 2年生達は甘菜のことに関して、苦手意識を持っている様子だった。恐らく彼らだって甘菜がどんな人間なのかは知っているはずだ。しかし、それよりも昔のイメージと理不尽さとで苦手意識が払拭できない、といったところだろうか。

 

「次会ったら何を言われてしばかれるかな?」

「こんぶ、こんぶ……」

「落ち着け棘、やられる時はみんな一緒だ」

 

 掘り返してはいけないことを掘り返してしまったようだ。少し青ざめた2年生を見て、しまったと伏黒は顔を顰めるが、2年生達は気にしていないと否定する。

 

「確かにあの人は厳しいけどさ、何だかんだいっていつも味方になってくれるしな」

「任務とかでも面倒見てくれるし」

「しゃけ!」

 

 だいぶマシになった顔色でそう言われてしまえば何も言えなくなってしまう。同時に甘菜はそんな優しさをもう少し出していけば、と感じるがそこが甘菜の良い所なので、あえて何も言わないことにした。

 

「甘菜先輩って、何者よ……」

「チンピラ系呪術師」

「あ、そう」

 

 この会話に参加できなかった伏黒と同じく1年生の釘崎野薔薇は、至極当然の疑問を尋ねるが、サラリと特徴だけ言われてガックリと肩を落とす。

 

「ま、もし予定が合えばあの人も交流戦に参加するだろ。

 野薔薇にはその時に改めて紹介するよ」

「何だかんだ言って、2年連続出場してるもんな。真面目なんだかそうじゃないんだか」

 

 

 

────────────

 

 

 

「…………………今、噂された気がした」

「マジで? 先輩そういうのわかんの!?」

 

 

 虎杖に勧めれたスポーツドリンクを飲み休憩する甘菜は、さてどうするかと呟いた。

 

「先輩どうしたの?」

「いや……今年の交流戦に出るかどうかで悩んでる」

「え? 出ないの!?」

「今回は1,2年に任せた方が良さそう、て気になってるからな。3年がいねぇし、俺だけが出てもな……」

 

 この間買ってきていたポテトチップスを食べながら、考える。2年も交流戦に連続して出ているが、今年はやめておこうかと。3年生達とは仲は良いが、2年生にはどこか避けられているように感じる(それは甘菜の自業自得なのだが)なので、3年生が他にいないのに自分が出ても、2年生が困るだけだと甘菜は思っていた。

 

「俺は甘菜先輩が一緒に出てくれると嬉しいけどな」

「は?」

「だって、先輩頼りになるし」

 

 頼られるのは嫌いではない。頼られるより恐れられることのほうが多い甘菜に、虎杖のその一言は効いた。

 

「それ、マジで言ってんのか?」

「え?」

「た、頼りになるって………」

「うん、マジ」

 

 甘菜はその虎杖の返答で唸る。参加したいかしたくないかで言えば、そりゃあ参加したい。戦うこと=生きることとなっている甘菜からすればこの思考は当然のことだ。しかし、周りはあまりそれを肯定することはない。戦うことを求められることは少ない。

 

「つまり、俺に戦ってくれと、そう言ってんのか?」

「一緒に戦ってくれると嬉しい!」

 

 きっと、虎杖が何を言っているか理解はできないんだろう。何故なら、虎杖は純粋に甘菜と交流戦で一緒に戦いたいと思っているだけだ。でも甘菜は、そうじゃない。甘菜はこの瞬間戦うことを求められた(・・・・・)のである。

 

「考えといてやる」

「本当に? やったね!」

 

 答えなんて決まってる。それでも、そんな言葉が出たのは単純に甘菜がひねくれているからだ。



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04話

遅くなりました!
12月4日が楽しみで夜しか寝られない!!


 ツヅリ。ねぇ、聞こえているのでしょう?

 嬉しかった?

 自分の生きる意味を肯定されて、嬉しかった?

 そうよね、嬉しいわよね?

 でも、もうすぐ終わり。

 大丈夫、あなたが死んでも寂しくはない。

 だって…あなたは、私の■■の■■となるのだから。

 

寂しくなんか、ないのよ?

だから、泣かないでツヅリ……。

大丈夫、私はあなたが死んでも呪ってあげるから。

 

 

 

────────────

 

 

 

 咳き込むと、血が手に付いた。

 

「甘菜先輩?」

「………なんでもねぇよ」

 

 心配する後輩には血が見えていないようだ。このまま隠し通せるはずだった。しかし、この後輩ときたら、直ぐに何かを察してこちらの掌を覗いてきた。

 

「先輩、これ!」

「うるっせぇ…いつもの事だ、気にすんな」

 

 正確に言うと、夏油(あの人)と去年再会した時からだ。

 いや、こうなったのは自分が望んだことだ。だからあの人を恨む気なんて湧いてこないし、だからと言って未だにつき従おうだなんて思わない。

 ただあるのは…あーあ、やっぱりか。という落胆だけだ。

 結局、誰一人として彼が望む言葉を言ってくれはしなかった。あの人から言われるものだと思って、期待してたのに。

 

「虎杖、悪ぃけど俺はこれから仕事だ。今日は付き合ってやれねぇ」

「けど、めちゃくちゃ顔色悪いのに!」

 

 それでも、期待せずにはいられない。

 

「安心しろ…慣れてるし、対処の仕方も分かってる」

 

 嘘だ。

 

「手前が気にすることじゃねぇよ。死ぬわけじゃあるまいし」

 

 嘘だ。

 

「だから……」

「信じて、いいんだよな?」

「………うん」

 

 嘘だ。

 

 

 嘘をついた。真っ赤な嘘だ。

 本当は身体はボロボロだし、いつガタがきてもおかしくない。たまに身体が言うことをきかなくなる。それでも戦わないと行けない。もしかしたら、その一言(・・・・)を誰かに言われるかもしれない、と期待しているから。

 自分では自分を止めることが出来ない。

 

 甘菜は階段を登る。

 今日はすこぶる体調が悪い。目の前が白んできた。息も荒い。

 落ち着こうと深呼吸をする、と目の前に見慣れた男が立っていた。見慣れた、と言ってもほとんど形しか捉えることが出来なかったが、それでも知っている男に変わりない。

 

「んだよ、帰ってきたのか」

「やっほー、綴……今日はやけに顔色悪いね」

「ほっとけ」

 

 その一言を言ってから、我慢できずにまた咳き込んだ。さっきよりは血の量は少ない。だが、隠すことは叶わず、男に掌を見られる。

 

「綴……!」

「いつものだ。いちいち大袈裟に反応すんな」

「……綴…あと、何年(・・)だ?」

 

 目隠しをしていても、男の雰囲気がいつもよりだいぶ張り詰めているのがわかった。

 

「……あと、3年がいいところじゃねぇの?」

 

 むしろ、ここまでもたせたことを賞賛して欲しい。

 

「じゃ、俺はこれから仕事だから……虎杖のことは頼んだ」

 

 呼び止める男の声を無視して、甘菜は歩く。




ここまでプロローグ的なアレです。
では、次は3巻発売された頃に(多分)会いましょう。


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05話


3巻読んだ後→順平……順平ぃぃい。


「──と、言うわけで…綴も悠仁と同じ任務についてもらうから!」

「何がどうなしてそうなった」

 

 作務衣を羽織る手を止めて、甘菜はにこやかに笑う五条の太ももを蹴る。しかし、堪えている様子のない五条に舌打ちをして、いつもの1日の支度を始める。

 

「相変わらずだね、カップラーメン」

「簡単だから」

「半分残すのに?」

「ほっとけ」

 

 

 

────────────

 

 

 

「見えますか? これが呪力の残穢です」

「いや、全然見えない」

 

 甘菜は非常に憂鬱な気分である。

 

──今日は、一応休みだったはずなんだけどなー。

 

 この日に予定は無かった。予定が詰まって連日任務、なんてことはよくあるのに珍しくこの日は何も無かった。久々に学校の方に顔を出そうか、それとも疲れを取るために学校をサボるか……2択を選んでいた甘菜は、五条にその全てを打ち砕かれることとなる。

 

「先輩も見えてるんだよな」

「見えてんに決まってんだろ」

 

 甘菜はそう言いながら、ゴーグルを装着する。作業用ゴーグルのような形で、黒の半透明レンズが特徴だ。これは見られている、と気づけば襲ってくる呪霊が多く存在するため、視線を隠す目的で着用している物だ。

 

「甘菜君、ここからは別行動です。貴方は中を、私と虎杖君は外を見ます」

「了解」

 

 何とか残穢を見ることができるようになった虎杖を見て、甘菜はひとまず安心する。

 今日虎杖に引率するのは、1級呪術師の七海建人。最近よく一緒に任務へ行く間柄の人物だ。七海ならば虎杖に色々なことを教えられると信じている。五条は適当だから。

 

「おい、虎杖」

「なに?」

「今回の任務、俺は七海さんと別行動が多くなる。七海さんは手前と行動するし、なら手分けして当たろうってことだ。場合によっては手前が1人で行動することもある。

 だから、俺が助けてくれる、てことはまず無いと思ってくれ……生きたいなら、精々七海さんから見て学ぶこった」

 

 甘菜は遠回しに、心配していると虎杖に伝える。助けが来ると思って油断するなよ、でも一応そばに七海もいるし、虎杖も強くなってる、七海も凄い呪術師だから学ぶことまだあるよ。これを素直に言えない自分に少し嫌悪した。

 

「わかった。甘菜先輩も気をつけてな」

「………おう」

 

 どうやら甘菜の言葉の意味は虎杖に通じたようだ。何となく照れくさい気持ちになってそっぽを向くと、そこにいたのは七海だ。目が合った。(ゴーグルとグラサンをしているため、本当に目が合ったかは確かでないが)

 

「………な、何スか?」

「……いや、少し珍しいものを見ていただけですよ」

 

 珍しいもの。それは甘菜の言動に対しての、虎杖の受け取り方についてだ。虎杖は短期間でよく甘菜のことをよく理解できている。素直になることができず、何度も他の呪術師達と喧嘩をしていた甘菜だが、今回はその心配もなさそうだ。

 

「……気にしないでください。とにかく、そちらは頼みました」

「はいはい」

 

 

 

────────────

 

 

 

 甘菜綴は建物内にいた呪霊を捕縛する。袖から出ている細い糸に絡まり、呪霊はもがけばもがくほど自由が無くなっていく。そのまま、腕を軽く振るだけで呪霊は粉々にバラけた。

 今現在、この建物内には甘菜の糸が張り巡らされている。呪力に反応する特殊な糸は、目的のものを感知すると相手を捕縛することができる。しかし、捕縛してもその後は追撃できないため、甘菜自身がその場へ行かなければならない。

 

「とにかく、中にいるのはコイツらだけ……と」

「甘菜君」

 

 糸を解除しながら呟いていると、後ろから七海に話し掛けられる。

 

「そっちも終わったんすか?」

「はい……甘菜君、携帯電話は携帯してください」

「……」

 

 七海に言われて、甘菜はいつも携帯電話を入れているポケットを探るが、目的の物がないとわかると、深くため息を吐いた。恐らく七海は甘菜に電話をしてきたのだろう。しかし甘菜は携帯電話を寮に忘れていたため、その電話に出ることができなかったと……。

 

「すみません」

「それよりも、今回の件について報告しなければならないことが」

 

 なんのことだろう。甘菜は筒を背負い直すと、前にいる七海が差し出すスマホを受け取るために歩を進める。

 

「コレです」

 

 七海からスマホを受け取ると、そこに映っていたものに驚き目を見開く。呪霊らしきものが画面に映っている。呪霊は写真の類には残らない。そして、腕時計を腕にしている。

 

「……まさか」

「まだ断言はできませんが、恐らくはそうでしょう。

 ……甘菜君、頼めますか?」

「……持って帰るんでしょ? 俺がやります」

 

 筒に呪力を込めると、直ぐに大きくなる。

 元々そのつもりで甘菜にこのことを報告してきたんだろう。

 

「虎杖は?」

「外で待ってもらっています」

「……そうですか」

 

 甘菜はそれだけを言うと、自分がバラした呪霊…元人間の死体を筒の中に入れた。

 

「あとは……屋上ですね?」

 

 七海に確認すると、甘菜はそのまま筒を背負って屋上へ行ってしまった。七海は甘菜の背中を見送ってから建物の外へ出ることにした。

 

 

 

 彼にしては珍しく他人のことを気にかけている。

 七海は虎杖のことを気に掛けている甘菜に、少し意外だと感じていた。虎杖が甘菜をよく理解していたこともそうだが、甘菜は基本的に他人と距離を置きたがる、特に非呪術師には。それでも、1度懐へ入れていまえばとことん面倒見がよくなるが、そうでなければ……それはきっと七海の一学年先輩であるあの男(・・・)が原因なのだろう。

 たとえ呪術師であろうとも、たった数日の付き合いで甘菜が気に掛けることはない。その甘菜が、虎杖を気に掛けていることに七海は甘菜の成長を感じていた。

 

 これも、恐らく五条の思惑通りなのだと思うと、少し感動も薄れるが……。




4巻に向けて一言→真人は帰れ。


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06話

おそくなりました!!!


 結局、あれ(・・)は呪術で体の形を無理矢理変えられた、元人間であることがわかった。家入からそれを聞いて、甘菜は直ぐに屋外へでた。

 呪術と関わってしまった人の末路は、よく知っている。それ故に、呪術と関わり始めた頃の感覚が無くなってきている。

 酷い奴だと言われるだろうか。

 もちろん、今回の被害者に対してある程度の感情は持ち合わせている。同情するし、許せないと思える。

 しかし、だからと言って……そう、虎杖のように怒れるか、と聞かれれば「否」と答えるだろう。

 なんとなくそんな自分を、誰にも知られたくなかった。

 

「あ、こんな所にいた」

「虎杖……」

「ナナミンが呼んでたっすよ」

 

 本当に、なんでこんな人間に限って呪術と関わってしまうのだろう。

 

「わかった。直ぐに行く」

「…………甘菜先輩」

「ん?」

 

 虎杖の横を通り過ぎ、中へ入ろうとした時虎杖は甘菜を呼び止めた。顔は見なかった。それでも、なんとなくどんな顔をしているかは予想が着いた。

 このまま、見ないでいるのが正解なのか、それとも不正解なのか……積極的に後輩と関わることなんてしてこなかったから、甘菜には正解がわからない。

 

「俺、できるかな?」

「………」

 

 それは初めて聞いた虎杖の弱音だった。

 できるかな?

 そんなこと、答えは決まっている。

 

「お前がいきなりできるなんて、俺はコレっぽっちも思ってねぇよ。正直戦力にも数えてねぇ」

「………そッスよね」

「……お前にできることは全力でやればいいんじゃねぇの?

 それをどうにか補助するために俺がいるわけだし……つまり……あれだ……! くそっ、言葉が出てこんっ」

 

 言葉は呪いだ。だから慎重に選ばないといけない。いけないのだが……この目の前の落ち込んだ青年を見ているとどうしようもない気持ちが湧いて出てくる。

 頭をグシャグシャと掻きむしり、それから虎杖をキッと睨みつけるようにして見る。

 

「兎に角だ! お前が一丁前に呪術師として心構えを付けようとしているところが気に食わん!!」

「は!? へ!?」

「いいか! お前はまだまだ呪術師として何にもなっていない! やっていない!

 ……まだ、何も知らない(・・・・)。今は、それでいい。もっとちゃんと見てからだ、そういう(・・・・)悩み事は。まだ早い」

 

 この青年を、一人前にしてやりたいと思うのは、きっと自分勝手なんだろう。できるだけゆっくり育って欲しい。そんな思いもきっと自分勝手なんだろう。

 この世界で早く成長しても、才能が溢れていようと、結局行き着く先はきっと全員碌でもない。

 そんなことを考えていると、虎杖は何故か照れくさそうに頬をかいた。

 

「なんだ、その顔は」

「いや、先輩ってやっぱり良い人だなーって」

「は?」

 

 目が点になった。

 

「甘菜先輩、俺さ……呪高専(ここ)で初めてできた先輩が、甘菜先輩でほんと良かった」

「…………いや、本当に何言ってんだお前?」

「いや、何その有り得ないもの見る顔は!」

「待て、落ち着け虎杖、落ち着くんだ。俺が? ん? なに? なんて??」

「むしろ落ち着かないといけないのは甘菜先輩な気がしてきた」

 

 良い人と面を向かって言われたこと……いや、伏黒から一度言われたような気もするが、あれはまぁ、置いておいてだ。

 

「俺が? なに? 先輩で良かった?」

「もー、甘菜先輩は変なところで自信がないな……」

 

 とりあえず、虎杖の胸倉を掴めばいいのか?と自分よりも背の高い虎杖の胸倉を掴んで無理矢理しゃがませる。

 

「うるせぇ、虎杖コノヤロー」

 

 思ったよりも何倍もドスの効いた声が出た。サッと顔色を悪くした虎杖を見て、甘菜は突き飛ばすようにして虎杖を解放する。

 

「あれだ。今日のこと七海さんから聞いたけどよぉ……あー…まぁ、体術の基本はできてきてるよ。逕庭拳もいい感じにできてきてんじゃねぇの?」

「……! あ、ありがとうございます!!」

「あ、でも一応確認はすっからな! 後で道場に集合だからな!!」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──良い先輩?

  馬鹿野郎、それはこっちの台詞だ。

 

「俺はつくづく良い後輩に巡り会えるな……」

 

 虎杖といい、伏黒といい……乙骨といい……。

 だが、嗚呼なんてことだ。甘菜では(・・・・)そんな彼らの行く末を見守ることが不可能だなんて。

 




遅れたのに文章短い。
許してヒヤシンス。


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07話

ついに奴を書く。


「クソがっ」

 

 甘菜は苛立ちを隠さずに呟いた。

 今回の任務は七海、虎杖と共に映画館の事件について調査、解決するものである。はずだった。

 七海は敵アジトの調査……という名の乗り込み。虎杖と伊地知は今回の事件に関係していると思われる、吉野順平の調査。これに甘菜も参加することになっていたが、途中で状況が変わってしまった。

 

「伊地知さん、別件だ」

「え? あ、甘菜君!?」

 

 戸惑う虎杖と伊地知を車に置いて、そのまま街を走り出した。

 というのも、ある呪力を感じ取ったことが原因である。

 

「どこだ…どこにいやがるっ! なんで生きてる!?」

 

 糸を出すと、その呪力を感じる場所への近道となるであろう建物へ飛び移り、そのまま空を飛ぶようにして移動する。

 何とも言い表せない言葉が競り上がるが、結局意味を持たない言葉の叫びとなる。

 今となっては、それを直ぐに信用できる大人に話すべきだった。だが、今の甘菜にはそんなことは一切頭にない。

 

 たどり着いた場所にいたのは、黒い服を着た男。

 

「やぁ、久しぶりだね綴。キミならわかると思ったよ」

「……………そりゃあ、繋がってる(・・・・・)からな……夏油、さん」

 

 夏油傑。

 かつて甘菜に呪術を教えた人物。

 一般人を100人殺害し、高専を追われた特級呪術師。

 

「でも術者が呼ばないと、ソレには反応できないだろう?」

「アンタは、何もしなくてもわかるのにな。不公平だぞ、コレ」

 

 奥歯を噛み締める。

 1年前の百鬼夜行。あの時甘菜は乙骨達2年生の救援に向かったが、夏油に味方になるように持ち掛けられ、とある呪いを受けた。

 それは恐らく、今後(・・)、大きな戦力となる甘菜を確保する目的だったのだろう。

 

「アレからもう1年か……また強くなったね」

「余計なお世話だクソが」

「アレ? さらに口も悪くなった? 私の可愛い綴が……これが反抗期か……」

「安心しやがれください。アンタが高専からいなくなってから反抗期は始まってます」

 

 それでも、近づいてくる夏油から逃げることはない。

 

「キミも、刺青も順調に育っている。私は誇らしいよ。こんなに素晴らしい家族を持てて」

「………っ」

 

 家族。

 それを聞いて、甘菜は初めて夏油から目を逸らした。

 

「なんで、今頃……っ」

「綴には、私が生きていることを教えておこうと思ってね……今まで高専への潜入(・・)お疲れ様」

「は?」

「ん?」

 

 甘菜は目を点にさせ、夏油は首を傾げる。

 この人はいったい何を考えているんだろう。甘菜に姿を現せば、それが高専側に伝わるとは思っていないのだろうか。

 そんなはずはない。なら何故?もしかして本気で自分が呪術高専に潜入していると、そう思っていた?

 そこで綴の心に違和感の塊ができた。

 

「……わ、悪いけどアンタとはもう袂を分かってる。それは去年にもアンタに伝えてる。俺にそんなつもりは……」

「そうか、じゃあ……コレは要らなくなったかい?」

 

 夏油は本当に残念そうに、悲しそうに甘菜に箱を差し出した。目で開けろとそう訴えているのがわかった甘菜は、恐る恐る箱の蓋を開ける。

 そこにあったのは、蜘蛛(・・)だった。黒い蜘蛛。大きさは10cm以上ありそうなほど大きい。それを見て、甘菜は急激に腹が空くのを感じた。

 

「……あ、ああ…あぁぁあ……っ」

「もう、我慢しなくていい。綴は優秀な呪術師だ。あんな猿共と同じように生きる必要ないんだよ」

 

 美味しそう。なんて美味しそうなんだ。

 食べよう。食べちゃえ。食べなさい。食べようか。食べろ。

 

 がぶり

 

 それを見て、夏油は心底嬉しそうに微笑んだ。

 

「ほら、綴。やっぱり君はこっちにいるべきだ」

 

 その一言で、甘菜は正気に戻り顔を上げた。口の周りには、蜘蛛の体液がこびりついている。

 

「……ち、違う…違うんだ!! なんで、なんでこんなこと! たべっ、食べたくなかったのに!! お、俺は……っ」

「今の綴を、呪術高専が受け入れるとは思えない。

 本気で心配しているんだ。こんなに痩せて……これじゃあ、この呪いを綴に施した意味が無い。私はね、綴に長生きして欲しいんだ」

 

 夏油が甘菜の頭を撫でる。幼子にするように、慰めるために甘菜の背中を優しくたたく。

 

長生きして欲しい?この呪いがあるから生きられないのに?

 

 その言葉は喉から出てこなかった。

 

 

 

────────────

 

 

 

「……虎杖……と、誰だ?」

「それじゃぁ、綴。また今度会いに行くよ」

「………」

「答えてくれないのか? 流石に傷つく」

 

 橋の上で夏油と甘菜は虎杖を見つけた。その隣にいる青年を、甘菜は知らなかったが、夏油は知っている様子だ。

 

「高専には私と会ったことは、内緒だよ。また苦しい思いをするのはわかっているはずだ」

「…………」

「それから、次会った時にまたアレを持っていくよ。今の綴にはアレが1番美味しいし受け付けられないだろうからね」

「…………」

「綴」

「………はい、夏油さん」

 

 少し強く名前を呼ばれ、甘菜は苦虫を噛み潰したような顔で、返事をする。そんな甘菜に満足したのか、夏油はそのまま歩いて甘菜の前から去って行った。

 

 とにかく虎杖と合流しよう。

 甘菜は河川敷に飛び降りると真っ直ぐ虎杖の方へ向かう。

 

「あれ? 甘菜先輩?」

 

 キョトンとこちらを見る虎杖と、怯えたようにこちらを見る青年。

 だがそんなことは知ったことではない。

 

「何をしとんのんだ手前はぁ!!?」

「グハァッ!!?」

 

 甘菜はいつもの調子で虎杖の額を手のひらで叩いた。

 

 



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08話

B級ホラーはなんて言うのかな……よく世に出回る映画よりもグロい気がする。仕方ないね、世に出回る映画であんだけスプラッタはなかなか難しいよね。


「だいたい伊地知さんはどうしたんだよ、バカタレが」

「すんません。でも1番最初に別行動したのって甘菜先輩……」

「口答え!」

 

 虎杖のこめかみを拳で挟んでグリグリと押していく。悲鳴をあげているが知ったことではない。ちなみにこれをグリグリ攻撃、または梅干という。

 

「で、どうだった?」

 

 後ろで虎杖を心配そうに見ている青年、吉野順平について甘菜は尋ねる。

 今まで見ていた調子なら、吉野順平は今回の事件と何ら関わりがないと思われるが……。

 虎杖からは、吉野順平は最近呪霊が見えるようになった、ということ、変異した人間のことについても大した情報を得られた。

 

「最近……?」

「は、はい……」

「先輩、顔めっちゃ怖いことなってるって」

 

 ピリピリとした雰囲気の甘菜と、それに怯える吉野をリラックスさせようと、虎杖が茶々を入れようとするが、すぐ甘菜に額を叩かれる。

 

「最近……映画館でか?」

「え、ええと……はい」

「…………虎杖」

 

 痛みに悶絶する虎杖に、甘菜は近寄る。

 

「多分、ソイツ……死に際にあってる」

「え?」

「殺されそうだった、もしくはそういう場(・・・・・)になっていた……外れていたとしても呪霊が最近見えるようになったのなら、ソイツは既に例の呪霊と会っている可能性が極めて高い」

 

 吉野に聞こえないようにそう伝える。

 

「それって……俺が初めて呪霊にあった時と、同じ?」

「ただ、残穢は見えない。もしかするとソイツが餌の可能性も……」

「でも、順平は何もしてないんで、大丈夫ですよね?」

「………は?」

 

 いや、確かに今回虎杖と甘菜のメインは吉野が呪詛師であるかどうか、事件当日の聴取であるが、なんだ?おかしな方向に話が進んでいないか?

 虎杖は吉野の元へ向かう。

 

「この人は甘菜先輩。見た目とか口とか悪いけど、めっちゃいい人だから! 先輩も映画好きなんだ」

「話し聞いとんのかコラ。

 あと映画見始めたのここ最近だぞ」

 

 何が好きなんだっけ?と尋ねてくる虎杖を無視しようとするが、虎杖と吉野の視線に負けて、渋々素直に好きな映画を答える。

 

「……ザ・グラード」

「先輩、巨大生物出てくるやつ本当に好きっすね」

 

 しかし、その2人の目にはハッキリと「わかる」と言っていた。

 巨大クリーチャーと戦う主人公達、カッコイイ。という認識はこの3人の中では共通するもののようである。

 

 

 

────────────

 

 

 

「ミミズ人間なぁ……アレで全作が全く違う世界軸ってのも面白いと思うぞ」

「そう! そうなんですよ! 2が始まって、まさかの1が映画だったっていうオチが!」

 

 数分後、甘菜もこの中に馴染むこととなった。

 映画初心者である甘菜であるが、その総評は吉野も舌を巻いた。この人はかなり目利きが鋭い人だ、そう根っからの映画好きが確信するほどだ。

 

「アレ? 順平、珍しいね」

 

 3人が話していると後ろから女性に話し掛けられた。心做しか、何処か吉野に似ている。

 

「母さん!!」

 

 どうやら、吉田の母親であったようだ。

 甘菜は正直なところ、母親というものにあまり良い思い出はない。母親は大事な人物である。しかしそれ以上の溝があるのが現状だ。

 虎杖と吉野親子が話しているのを、ぼぅっとしながら甘菜はそんなことを考えていた。

 

「甘菜君? もご飯どう?」

「はい?」

 

 いつの間にか、虎杖は吉野家で晩飯をご馳走になるという話になっていた。

 

──虎杖(コイツ)、ぜってぇにあとでまたデコを叩く。

 

 心の中でそう決心しながら、甘菜は吉野の母親に断りを入れた。

 

「いや、俺はいいです」

「あら、そう?」

 

 その代わり、財布の中から1万円札を出すと、それを虎杖に手渡した。

 

「え? 甘菜先輩?」

「一応飯食わして貰うんだ、手土産の1つや2つ持っていけ」

「え、そんなのいいのに!」

「後輩が世話になるんです。それぐらいはさせてください。

 あ、ガス代とか食費とかも、このバカの分は出しますんで」

 

 流石にそこまでしなくていいって!と吉野の母親に肩を叩かれた甘菜はポカンと口を開いた。本当にいいのだろうか?と吉野を見ると、彼もいらないと言うように首を横に振っていた。

 

「……わかりました……でも、手土産の分は受け取ってください。俺の気が済まないんで。

 オラ、虎杖走れ、3分以内で戻ってこい」

 

 遅れたら修行量増やすからな。と小声で付け足すと、虎杖は顔を青ざめさせてすぐに走り出し、気が付くともう姿は見えなくなった。この感じだと、3分以内には帰ってきそうだ。

 

「甘菜君は部活かなんかの先輩?」

「まぁ、そんな感じです」

 

 懐から砂時計を取り出すと、先程まで座っていた石階段の上に置く。

 

「家の特徴とか、教えて貰えたら行けると思うんで、待てもらわなくても……」

「3分でしょ? 大丈夫よ。ねぇ、順平」

「う、うん……」

 

 吉野順平は、虎杖がいなくなってからの甘菜の様子の変化に、何となくだが気が付いた。

 

──なんだろう、この人……虎杖君がいなくなった瞬間、雰囲気が変わった、ような……?

 

 先程まで、映画の話を楽しそうに話していた人物とはまるで違う甘菜に戸惑う吉野だが、だんだんと違う面も見えてきた。

 

──あ、違う……この人、真人さんみたいな人が見えない人に、興味がない(・・・・・)んだ。

 

 その証拠に、吉野と話す時は比較的に柔らかな雰囲気になっている。ほんの僅か、もしかすると違和感に気が付かなかったかもしれない程の差に、吉野は少しの恐怖と興味、憧れを抱いた。つい先日であった、真人(・・)という呪霊と同じ、どこか浮世離れした甘菜綴という人物に。

 

「間に合った!? セーフ!? ねぇセーフ!!?」

「なんで3分以内に帰ってきてんだコラ」

「蹴った! つま先で弁慶蹴った!!」

 

 帰ってきた虎杖に、容赦なく理不尽な問い掛けをする甘菜を見て、吉野は思う。

 

──もう少し、話してみたかったな……。

 

 それを、もしも彼をよく知る人物に聞かれれば、きっと止められていただろう。

 何故なら『好奇心は猫をも殺す』のだから。



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09話

遅れてごめんなさい。


 その夜、珍しくまともに食事をとることができた。だが、やはりと言うべきか、味が薄く感じる。だからか、最近虎杖に薦められるジャンクフードのような味の濃いものが美味しくなった。

 

「昔は味が濃くて食えんかったのにな」

 

 甘菜の食べていた弁当のほかに、とあるお店のフライドポテトの箱が置いてあり、それが3分の1ずつ無くなっている。彼からすれば、よく食べた方だ。

 虎杖が帰ってくる前に部屋を片付ける。七海は現在治療を受けているので、今は1人だ。

 

「さて、張るか」

 

 甘菜は手のひらから糸を出す。呪術師でも見えるか見えないか、というくらい細い糸だ。

 

三十蠱毒・百呪蜘蛛

 それが甘菜の呪術のうちの1つだ。

 元々持っていた術式ではないが、ある過程で甘菜の身に刻まれた。

 これを用いることにより、甘菜は蜘蛛の糸を使うことが可能となった。

 今張っている糸は、いずれこの街を覆うだろう。七海から、特級呪霊の現在の潜伏先など調べるようにと言われている。

 

 

「……上手く隠れているな」

 

 もしくはこの街ではない場所に潜伏しているか。

 実際に映像などを見ているわけではなく、糸に伝わる感覚でしか呪霊を探せない甘菜は、ただひたすらに糸を伸ばすことしかできない。

 しかし妙だ。まるで自分の能力を知っているかのように糸から逃れられている。

 

「………」

 

 まさか?

 甘菜は術を解いた。コレにはもう意味がないと察したからだ。

 この時甘菜は、今日再会してしまった夏油と、探している特級呪霊が何らかの関わりがあることに気が付いてしまった。

 これを報告することは容易い。夏油と再会する前なら、自分の術式が知られていることを直ぐに報告していたはずだ。

 

「くそっ」

 

 甘菜は"くぅ"と鳴る腹を抱えた。そうだ、これさえなければ。この空腹感がなければ。そうだコレが無くなってしまえばきっと俺は自由になれるんだ。そうだ、そのはずだ。こんなものがあるせいで。

 腹を抉り出したい衝動に駆られた時、虎杖と伊地知が帰ってきた。

 

「ただいま帰りました!」

 

 少しおどけたようにそう言う虎杖の声を聞き、甘菜は現実に戻ってくる。

 自分は今、何をしていたんだろう。心臓の音が大きく、そして早い。視線を下にやると手が腹に添えられていた。

 

「甘菜先輩、もう飯食った?」

「…………今食ってる」

「順平の母ちゃんが色々詰めてくれたんですけど、いります?」

 

 虎杖の手元を見ると、使い捨ての容器の中に手作りであろう惣菜が詰められていた。まだほんのりと温かい。

 

「今から部屋に籠るから、そこで食べるわ」

「あ、じゃあ俺、持って行きます。飲み物いります?」

「麦茶」

「はーい」

 

 机の上に置いていた弁当類を虎杖に任せ、甘菜は一足先にあてがわれていた部屋に入り、また手のひらから糸を出す。

 糸は吉野順平の家の方へ伸びて行く。伊地知経由で家がどこにあるか把握できていたのが幸いした。ここで待っていれば、いずれ向こうから来るはずだ。

 

 そう思っていた。

 

「!?」

 

 見知った呪力がそこにはあった。禍々しくて重い。それがそこにある。知っている。この呪力はそう……もっと深く探ろう。甘菜が糸を伸ばした時、糸に誰が触れた。

 

「先輩?」

「……虎杖か」

 

 思考しすぎたせいで部屋に来ていた虎杖に気が付かなかった。

 

「はい、麦茶と弁当と……」

 

 虎杖は次々と机の上に食べ物を置いていく。

 

「先輩、見つかった?」

「……いや、見つからない」

 

 虎杖にはすでに自分のできることを伝えてある。1部内緒にしている箇所もあるが、必要な時がくれば伝えるし、自分が伝えなくてもいずれわかることだ。

 

「上手く隠れられている。多分だが見つからない」

 

 吉野の家に張っている糸については、虎杖には言わなかった。

 虎杖への配慮もあったがそれよりも、その中にいる呪霊にバレてはいけないと思ったこと、そしてその糸に触れてきた(・・・・・)人物から警告があったからだ。

 

──「綴、ここに宿儺の指があることは秘密だよ」

 

 夏油傑、やはり今回の件に関わっていた。

 だがそれを知ったからといってどうなる。他人に話してどうなる。

 

「甘菜先輩、めっちゃ怖い顔してるけど、どうかした?」

「なんでもない。先に飯食っちまおう……いや、お前は食ってきたんだったな」

「あ、まだ食えますよ」

「どうりで箸が2膳あると思ったよ」

 

 吉野の母親の料理はやはり味がわからなかった。

 

「美味いっすね」

「そうだな」

 

 塩の味はよくわかったような気がした。

 

 

 

────────────

 

 

 

「甘菜君は、虎杖君のフォローをお願いします」

「そっちは手伝わなくて大丈夫なんですか?」

 

 翌日、七海や虎杖よりも遅く起床した甘菜は、七海から指示を受ける。

 

「今の虎杖()を止められるのは、甘菜君以外にいないと思っています」

「俺よりも、大人のアンタが言ってやった方がいいんじゃないですか? 実際、言ったんでしょ?」

 

 今回、例の特級呪霊を祓うため、七海は行動する。一方で虎杖は吉野の監視だ。

 

「納得はしてしませんでした」

「なるほど」

 

 それで自分に言ってきたのか。

 

「七海さん、俺は虎杖がなにしようが、それが道を外れない限りは自由にさせます」

「でしょうね。しかし甘菜君、虎杖君と貴方は根本的に違う。そこを忘れないでください」

 

 

 

 などというやり取りを思い出し、甘菜は溜息を吐いた。

 虎杖と自分が違うことくらい、よくわかっている。虎杖はどこまでも善良だ。一時の欲に負けて道をはずれてしまった自分とは違う。

 虎杖も自分と同じように考え込んでいるようだ。

 このまま何も無ければいい。七海がその特級呪霊を祓ってくれればそれでいい。

 そう思ってる時に限って、不幸はやってくる。

 

「甘菜先輩!」

「ああ……帳が、下りた……っ!」

 

 "窓"からの報告を受け、監視対象である吉野の通う高校に帳が下りていることを2人は知った。

 

「虎杖、お前はいったん待機」

「は!?」

 

 一応、七海の言う通りに虎杖を止める。

 このことについて七海に報告してからこちらに来て欲しい。

 甘菜にとってはまだ、虎杖は足でまといだ。七海ではなく甘菜が、それも1人でカバーできるとは思えない。

 

「行きます! 甘菜先輩、俺も行かせてください!」

 

 伊地知の虎杖を制止する声がきこえた。

 

「………勝手にしろ」

「はい」

 

 時間のない今、くだらない言い争いはしたくない。勝手にすればいいと、甘菜は苦虫を噛み潰したような顔をして答える。

 その代わり、余裕がなければ助けにはいけない、と言葉にしなくても甘菜の考えは虎杖にもわかった。

 

「あ、甘菜君!」

「伊地知さん、責任は俺が取ります。全部俺の判断です。虎杖の判断ではない……七海さんへの報告、お願いします」

 

──どの口が言ってんだか。

 

 甘菜と虎杖は走り出した。

 

 

 

────────────

 

 

 

 里桜高校。

 甘菜と虎杖は帳が下りたそこへ入り込む。解決しない限り、そとへはきっと出ることはできないだろう。

 

「虎杖、糸を張るからその間……」

 

 糸を張るのは探索目的だけではない。自分の戦いやすい土俵を作る為にも用いる。しかしその間無防備となるので虎杖に辺りを警戒してもらおうとするが……。

 

「!?」

 

 甘菜が呪力を込めた途端、地面から黒く1件の家ほどの大きさを持つ蜘蛛が現れた。

 

「甘菜先輩!?」

「……っ! 虎杖、先行け!!」

「でも!」

 

 この蜘蛛の呪力を知っている。コイツも甘菜の知っているはずだ、おなじだから。

 だから虎杖を巻き込んではいけない。先に行けと言うのに動かない後輩を見て、甘菜は笑った。

 

「お前、俺が死ぬとか思ってんのか? ねぇから、それよりすることあるだろうがよぉ」

 

 とびきり恐ろしい笑顔だが。

 

「すぐ追いつく!」

「~~~~~っ! はい!」

 

 数秒の葛藤の末、虎杖はまた走り出した。

 

「さて、やろうか」

 

 ここは皿の上である。




戦闘シーンは書きにくいんじゃー。

最新話の伏黒にやられて急いで書き上げました。


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10話

スーパー説明会。説明しかしてない。


三十蠱毒・百呪蜘蛛

 ある蜘蛛から産まれた百匹の子蜘蛛の呪物である。

 これと同種の呪いは三十種あると言われているが、百呪蜘蛛以外全てはとうの昔に根絶されている。

 

 子蜘蛛は全て四級程度の呪力しかなく祓うことは容易だ。

 よって子蜘蛛達は兄弟を食べ、呪力を得る。百匹集まれば、特級呪物にすら匹敵するとされている。

 

 しかし、この呪法は厄介なところがある。それは、祓ったものを苗床としてしまうところだ。

 それはあの両面宿儺ですら有効。特級過呪怨霊・折本里香ですら、この子蜘蛛に攻撃を加えることができなかった。

 

 苗床となったものは、徐々に子蜘蛛へと変容していく。

 そうすることで、子蜘蛛の術式が苗床となったものに刻まれる。

 

 この呪いの恐ろしいところは、子蜘蛛は子蜘蛛しか食べれなくなっていく所だ。どんなに食べても腹が満たされなくなる所だ。

 子蜘蛛はいつでも飢えている。苗床はその子蜘蛛と同じ飢えに苦しむことになる。

 飢えないためには子蜘蛛を食べるしかなく、すると子蜘蛛の呪力が増し苗床をさらに飢えさせる。

 

 無理やり子蜘蛛へと作り替えられる身体は、それに耐えきれず内側からボロボロにされていく。それに耐えるには子蜘蛛を食うしかない。子蜘蛛を食えば幾らか楽になる。

 だが忘れてはいけない。そうすることで、刻一刻と、苗床は死に向かっていくことに。

 

 その子蜘蛛の現在唯一、人間としての形を保った苗床が甘菜綴である。

 

 

 

 

「何匹食ったらそんなに太くなれるんだよ、デブが」

 

 悪態をつくが、もう甘菜にはこの子蜘蛛が食事にしか見えていない。

 食えば人でいられなくなる。甘菜がそれでも高専に認められているのは、子蜘蛛を祓えるものは、上記の説明を見ての通り、子蜘蛛だけだからだ。

 

 

 服の裾の中から、手のひらから糸が出る。それを巧みに操り、子蜘蛛を何度も地面に叩きつけた。

 要所で呪力を子蜘蛛に流し込むことも忘れずに。

 甘菜のメインはどちらかと言えば体術だ。

 

 呪力を流す術、呪流術が甘菜の術式だ。それを使い生み出されたのが甘菜呪流体術。

 

 流すのにも色々な種類がある。

 相手の呪力を受け流す。相手に呪力を流す。相手の呪力の流れる向きを変える。自分の呪力の流れを早める。呪力の流れを反射的に変化させる。それらを応用して素早い動き、柔軟な動きを実現している。

 

──甘菜呪流体術・一ノ型蕾。

 

 一ノ型蕾、相手の呪力を受け流す型。初歩の初歩。しかし甘菜家の者が使うからこそ発揮される。イメージは雨を凌ぐ傘。

 

──ニノ型牡丹。

 

 ニノ型牡丹、自分の呪力を相手に流す型。

 虎杖の逕庭拳はこれを元にして指導している。イメージは勢いよく身体に当たる滝。

 

 基本はこの二つ。

 今回はこの二つで、体力呪力共に大きく失わずに祓う。

 

 甘菜はこの蜘蛛にさほど苦戦することはない。もうこの時点で、この子蜘蛛がどれほど食べているのか予想ができた。

 おそらく十五前後、それがこの子蜘蛛が食べた数だろう。

 対する甘菜は……いや、今はやめておこう。

 甘菜は自分の食べた子蜘蛛から意識を逸らし、目の前のことに集中することにした。

 

「さて、いただきます」

 

 本来なら、ここで五条辺りから制止が入る。

 食べてはいけないと、言われる。甘菜が甘菜綴であるために、子蜘蛛を食べるのはなるべく避けなければならない。避けて、捕獲しておく。食べるのは甘菜の土台ができてから。

 だが、もうそれが我慢できないほど甘菜の飢餓状態は限界に達しているのが現状だ。

 

 

 

────────────

 

 

 

 口元を拭い、甘菜は直ぐに校舎へ向かう。

 虎杖と、もう一つの呪力のぶつかりを感じたかと思えば、その一つが消え、新たな一つを感じた。

 

 校舎で見たのは、醜く変容した元人間。

 それが誰なのかは言われなくてもわかった。

 やっぱりこうなったかと、何もできなかった自分に嫌気が指す。

 

「吉野順平」

 

 きっと、こうなると予感がしていたと虎杖に打ち明ければ、嫌悪されるだろう。

 悲しいとは思わない、思ってはいけない。そんなことをしたところで、吉野順平への罪滅ぼしにすらならないのだから。

 

 甘菜は、吉野を筒の中にいれた。いつものように。

 

 




スーパー説のための子蜘蛛。
あんまりダラダラ書くとあれだし、今回めっちゃ短いです。
次回はおそらく真人戦になる。なるといいな。


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11話

気付いている方もいるかと思いますが、こちらのシリーズはあまり原作での会話などを入れないようにして作成しています。


 甘菜はそれ(・・)を捕まえようと糸を出す。

 排水溝から呪霊が逃走するところを見た甘菜は、直ぐに糸を出したが何の手応えもなくスルリと逃げられた。

 

「クソがっ」

 

 傍には七海と虎杖。結局特級のそれとの戦いに間に合わなかったことに、甘菜は己に腹を立てる。

 悪態をついて直ぐに走り、逃がすまいとするが……。

 

「ゲホッ」

 

 甘菜は血を吐いた。子蜘蛛を食べた甘菜は今、急激に体内の構造が変わろうとしている。全ての内臓を一つずつドロドロにするという方法でだ。食べた子蜘蛛の数により、その速さが変わる。

 そんな急激な変化に人間の甘菜が無傷でその負荷に耐えられるはずがない。しかも立て続けに子蜘蛛を食べたのだから、苦痛も時間も長引くはずだ。

 

「甘菜先輩!!」

「馬鹿! 手前は、呪霊を……っ」

 

 甘菜の元へ駆けつけた虎杖に呪霊を追えと、そう言おうとするが、虎杖も限界であることを悟り口を閉じた。虎杖が甘菜の元へ辿り着く前に、まるで電源を落とされたかのように突然意識を失った。

 

「虎杖君!!」

「寝てるよ、七海さん……ついでに俺も限界だ」

 

 まともに動けない甘菜、気を失った虎杖。七海は今の状況では真人は追えないと判断する。

 

「ゲホッゴホッゴホッ」

「甘菜君、呪術の使い過ぎです」

 

 甘菜がこうなる場合考えられることは二つ。呪力の使い過ぎにより、抑えている子蜘蛛の呪力が一時的に強まってしまっている。もう一つは、子蜘蛛を食べたか。

 子蜘蛛を気安く食べるなんてこと甘菜はしないだろうと、七海は前者で考えた。

 

「すみませんね」

「子蜘蛛と戦ったようですが、どうなりました?」

「……………逃げられた」

「珍しいですね」

「だから言いたくなかったんだよ」

 

 嘘をつくのは、いつだって心苦しい。

 甘菜は何とか立ち上がり、筒を背負う。

 

「虎杖頼みます」

「わかりました」

 

 甘菜はフラフラと校門まで向かう。

 そこで視界が真っ暗になるのだが……。

 

 

 目が覚めると、そこは見覚えのある天井だった。

 それを見て、自分があの後気絶した事に気が付いた。

 

「甘菜先輩!」

「虎杖……」

 

 甘菜はゆっくりと起き上がる。腕には点滴がされていた。甘菜の貴重な栄養源である。そして目の前には、見舞い品の数々が鎮座していた。

 

「凄いっすね、こんなにいっぱい」

「……どーせ、家の連中からだろ……虎杖、食いもんあったら持って行っていいぞ」

「え、いいの!?」

「無駄に高いのあると思う」

 

 虎杖は甘菜に言われて見舞い品を漁る。

 

「これ、めっちゃ有名和菓子店のやつじゃん!」

「あー、そんなんか……俺は知らん」

「世の中に疎すぎる!」

 

 甘菜はそんなことより……と和菓子を食べる虎杖に言葉をかける。

 

「もう良いのか?」

「……うん」

 

 何が、とは聞かなかった。二人とも共通の人物を思っていたのは分かっていた。

 

「虎杖」

「はい」

「頑張ったな」

「………はいっ」

 

 吉野を助けることはできなかった。それでも甘菜はそう言った。

 真人を祓うことができなかった。それでも甘菜はそう言った。

 人間を殺してしまった。それでも甘菜はそう言った。

 慰めだということは分かっている。それでも虎杖は頑張ったと、甘菜はいつもの仏頂面でなく穏やかにそう言った。

 泣きそうになるのを必死に堪えて、虎杖は俯く。

 

「泣いとけ。言いふらすなんてことはしねぇから」

 

 病室に虎杖の押し殺すような声が響いた。

 この青年は、己が死んだ時もこうやって泣いてくれるんだろうか。なんて、考えてみるが未来のことをあーだこーだ考えるのは不毛だと、思考を中断させる。

 ポンと虎杖の頭に手を乗せる。昔、悲しいことがあるとよく母がしてくれた。それを思い出しながら甘菜は虎杖の頭を撫でる。

 

 

 

────────────

 

 

 

 それからまた幾らか経って、甘菜はとりあえず五条の脛あたりを蹴っていた。

 

 というのも、甘菜の筒を貸してほしいと言われて、貸したらなんと改造され、プレゼントボックスになって台車に乗っていたからだ。なにを言っているのかわからない思うが、甘菜も何をされたのかわからなかった。

 わかったのは絶対にコイツを許してはいけないということだ。

 

「さて、僕はそろそろいってくるよ!」

「手前、待やがれ!! 筒返せ!!」

 

 

 

 五条を追うと、そこには見知った顔ぶれがいた。

 

「……五条、手前……まさかその中身……!」

 

 甘菜は察した。これから起こることも、結果も。これ関係でこの男がまともなことを考案したことはないのだから、甘菜の想像はほぼ確定したも同然だ。

 そう、ここは姉妹校交流戦会場である。見知った顔ぶれとは、二年生の後輩と伏黒だ。

 

「綴、言うな。分かってるだろ?」

「マジでやるのか、可哀想だからやめてや…ぶふっ」

 

 我慢できずに笑った。五条のこういうくだらないことが自分に向くのは嫌だが、他人がその被害者だと途端に甘菜にとって愉快なことになるのだ。

 もちろん甘菜は黙っているつもりだ。

 それにそんなことよりもやることがある。

 

 今まで音沙汰なかったのに突然現れた甘菜に戸惑う伏黒は、甘菜に額を掌で(はた)かれた。

 

「甘菜……先輩?」

「相変わらず湿気た面しやがって、あとなんで身長また伸びてんだよ叩くぞ」

「もう叩かれているんですけど」

 

 そして更に視線を外すと二年生達が少々引き気味にこちらを見ていたので全員平等に額を掌で叩いた。

 

「なんで!?」

「しゃけ! しゃけ!」

「まだ何もしてないのに!」

「何となくに決まってんだろ、クソが」

 

 理不尽だ。

 

 この後全員にやらないのは不平等だと、釘崎野薔薇も二年に取り押さえられて甘菜に額を叩かれた。



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12話


この作品でルビのない「叩く」は基本「はたく」と読みます。「たたく」にルビをつけることにしました。


 後輩全員叩いてスッキリしていると、五条が京都校の面々にお土産を渡していた。

 それを横目で見ていると、この中で一番会いたくなかった男と目が合う。すると、男・東堂葵は何故かフッと笑ってこちらへ向かってくる。

 

「やっと会えたな、我が好敵手(ライバル)よ」

「変な呼び方すんじゃねぇよ、クソきめぇ」

 

 そんな甘菜の返答に、東堂はまたフッと笑った。

 

「相変わらずだな我が好敵手(ライバル)甘菜。だが俺は知っているぞ、お前の本心を!」

 

 東堂は腕組をして自信たっぷりにそう言ったが、彼の前から甘菜は既に消えていた。それに気づかないでずっとしゃべり続ける東堂を冷ややかに見つめながら、甘菜は後輩達に語り掛けた。

 

「おい後輩共、あんな感じの奴にはついて行くなよ」

「はーい先輩」

「勿論です先輩」

「しゃけ」

 

 まるで東堂を不審者扱いである。あながち間違ってはいないが。

 二年と甘菜のテンションに微妙についていけていない伏黒と釘崎を押し退けるようにして、五条が甘菜の筒で作ったプレゼントボックスを全員の目の前に置いた。

 

「さて! 東京都の皆にはコチラ!!」

 

 その声を聞いて、甘菜は吹き出して笑うのを堪える。

 

「故人の虎杖悠仁君でぇーっす!!」

「はい!! おっぱっぴー!!」

 

 中から登場したのはやはり虎杖だった。

 それを見て、感動も喜びよりも呆気に取られ何とも言えない表情になる一年。虚空に話し掛ける東堂。お土産に夢中な京都校の面々。抱腹絶倒して地面に崩れ落ちた甘菜。

 虎杖は盛大に失敗した。だいたい五条のせいだが。

 

 

────────────

 

 

 

「あー、笑った笑った」

 

 先程の爆笑していた甘菜とはうって変わり、いつもの仏頂面に戻った甘菜は、遺影の縁を顔の前に掲げる虎杖から目をそらす。

 

 今回の団体戦は"チキチキ呪霊討伐猛レース"。区画内にいる二級呪霊を先に払うか、三級以下の呪霊討伐数が多い方が勝ちとなる。

 

「甘菜先輩も参加するんですね」

「あ?」

 

 伏黒に尋ねられた甘菜は頭をボリボリとかく。

 

「初めは参加する気なんてなかったよ。俺以外の三年停学だし。

 でも気が変わった。少し、気になる事もあるし」

「そう、ですか……」

「なんか文句でもあんのか?」

「え、いや……また一緒に戦えるのが嬉しくて」

 

 素直な気持ちを甘菜に伝えると、当の本人は苦虫を噛み潰したような顔になった。

 甘菜はこの伏黒の、何故か自分を尊敬しているかのような顔が大の苦手だった。そう言った意味では虎杖のあのキラキラした尊敬の眼差しも苦手だ。自分はそんな風に尊敬できるような人間じゃない。

 苦手だが、それはイコール嫌いにはならない。寧ろだからこそ大事にしたい。苦手だと思うのは、少しでも彼らに後ろめたさがあるからだ。

 

「うるせぇ。ならその顔どうにかしろ」

 

 甘菜はまた伏黒の額を叩いた。

 ああ、苦手苦手。伏黒はいつだってそうだ。自分を善人だと決めつけている。なんだかんだで助けてくれる存在だと無意識下で思っている。本当は、自分よりも才能があるくせに。

 

「あの、ところで甘菜先輩?」

「まだ何か用か?」

「刺青、前より大きくなってません?」

 

 ゾワっと首筋に鳥肌が立った。子蜘蛛を食べたことを気付かれたか?それでも、もしそうだとしても……。

 

「さぁ、気の所為だろ?」

 

 嫌われたくはない。

 だから精一杯の仏頂面で、そう答えた。

 

「で? 二年、作戦は?」

「それなんですけど、メンバーが増えちまったから作戦変更しようかなっと……先輩いるし」

「何かいい作戦とかないですか?」

 

 真希とパンダに言われ、甘菜は少し考える。確かにここで一番に年上なのは甘菜だし、引っ張っていくのが先輩としての役割なのだろう。実力だって真人との戦いの後、晴れて準一級から一級になったのだから一番だ。

 だが、ぽっと出の自分が水を差していいのだろうか?今まで二年生だけで一年生を面倒見てきたのに、そんなことしていいのか?作戦だって、三人で考えたはずだ。

 

「……今回は二年が中心になっとけ。俺は従う」

「え?」

「どうせ、来年は俺いねぇし」

 

 交流戦に参加できるのは三年生まで。来年甘菜は参加できない。

 だから二年生にこの場を任せると甘菜は言った。そんな甘菜を一度足りとも見たことがなく、いつも理不尽に叩いてくるあの甘菜とは思えない。

 真希がそう思っていると、キッと甘菜に睨まれる。

 

「文句あんのか?」

「ないです」

 

 それでも苦手なのに変わりはないが。

 

「とにかく、相談なら受けるが基本的なことは一、二年で決めろ。

 あ、それと……くれぐれも俺を東堂に当てようとか考えんなよ?」

 

 そしてそれ以外は口出しはしないと言わんばかりに、甘菜はその場に座り込んで目を瞑る。

 

 

 

 

 

 その後、どうやら東堂と遭遇したら一人だけ置いて散る。東堂をまず引きつけることが決まったらしい。

 その人物が、虎杖だった。

 

「……負けたらクソ映画耐久十本」

「俺の事どうしたいの!? それなら甘菜先輩に勝つまで帰れませんの方がいい!」

「手前が俺に勝つとかまず無理。三十本じゃないだけありがたいと思えや」

「ですよね!!」

 

 甘菜はガクガクと肩を掴んで揺さぶってくる虎杖を蹴る。

 

「で、甘菜先輩には糸を張って貰いたいんですけど……」

「これだけ区画が広いと時間が掛かるぞ?」

「ま、そこは先輩に頑張ってもらうとして」

「……まあいいけどよ。張り終えるまで俺は動けねぇから、何かあっても助けに行けねぇぞ」

「早めにお願いします」

「まぁいいけどよ」

 

 索敵用の糸を張り終えるまで、索敵は伏黒とパンダで行われる。

 それが終わったら、二級呪霊へ当たる班と京都校妨害班に別れる。

 

「ところで、甘菜先輩はなんで東堂から好敵手(ライバル)とか呼ばれているんですか?」

 

 パンダが甘菜に尋ねた。

 東堂に話し掛けられ、なおかつ少し友好的な東堂の態度が全員少し気になっていたからだ。

 その問いに、甘菜は疲れたような目をパンダに向けてから、ズカズカと詰め寄る。

 

「うるせぇ、初対面で女の好み答えたらそういう事になったんだよ」

「先輩好みの女性いたんですか!?」

「全然興味無さそうなのに!?」

「虎杖と釘崎、手前ら後で校舎裏に来い」

 

 一番驚いていた虎杖と釘崎を指名して、甘菜はパキパキと拳を鳴らしながら二人を捕まえるためにゆっくりと歩く。

 

「いったい何て答えたらそうなるんだ……」

「おい真希、その哀れなモン見る辞めろ。またボコられたいのか?」

 

 はぁ、と溜息を吐く甘菜を見て、真希はまた甘菜が丸くなったと感じた。乙骨と里香の件が無ければ、一生分かり合えないと思っていた甘菜は、今こうして先輩として頼れる存在となった。

 質問には答えてくれるし、一年前のように邪険にされることも無くなった。

 五条からは、非術師にほぼ悪感情しか持っていないから、と言われたがその時は納得できなかった。

 パンダや狗巻には普通に会話するのに、真希にはそんなこと一切しなかった。だから真希は甘菜が嫌いだった。

 

「でもあの時助けてくれたのも、先輩なんだよな……」

「ん? ああ、百鬼夜行の時のことか?」

 

 逃げようとする虎杖と釘崎の服の襟を掴んでイタズラをするかのように笑う甘菜を見ながら真希は呟く。パンダに尋ねられると、真希はパンダと狗巻にしか聞こえないように話す。

 

「あの時からじゃないか? 嫌いな人から苦手な人になったの」

「しゃけ」

「わかる、その気持ち」

 

 同級生の友人を邪険に扱われ、嫌な気分にならないはずがない。

 

「あの一件で全部は許せないけどな。

 でもあの後あの人の事を聞いたら、やっぱり思うところはあるよ」

「それも全部引っ括めて甘菜先輩じゃねーの? あと何年かしたら絶対に勝てるようになるだろ。その時は全員に謝ってもらおうせ」

「明太子!」

 

 

…………それはいったいいつのこと?



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13話

甘菜くんの兄弟が出てくるよ!しまった兄弟出したら名字表記したらややこしいやん!
てことで今回から甘菜くんの表記は名前の綴になります。


 この交流戦が始まってから、東京校と京都校両者の教師が控え室に集まっていた。しかしここには招かれていない人物もやって来ていた。

 

「まさか、纜栄(らんえい)さんまで来るとは思ってなかったなー」

「なに、宿儺の器に興味があるからな。なぁ、(あや)

「そうですね、兄様。それに今回は七男の綴と九男の繚介(りょうすけ)も参加致しますしね」

 

 五条の問いかけに答えたのは、甘菜家当主・長男の甘菜纜栄。その後ろに控えているのは長女の綵だ。

 

「我らは宿儺の器に嫌悪は抱いておらんよ、そう警戒するな。彼を否定することは綴を否定することになる」

「相変わらず身内には甘いんですね」

 

 宿儺の器、虎杖を嫌悪していない、という割に目が笑っていないことに気が付いたがそれについては何も言わなかった。

 

 甘菜家、御三家には数えられることはないが、その実力は呪術界でもトップクラスを誇る。

 特徴的な家柄として、兄弟達のだいたいが直接的な血の繋がりはないということが挙げられる。甘菜の兄弟は様々な優秀な呪術師と子供を作り、その子供がある程度大きくなれば親元から引き剥がされ、当主の養子となる。養子となった子供達はそこから当主の座を争うのだ。

 ちなみに、今代の甘菜家の兄弟は男九人、女十一人の二十人兄弟だ。綴はその中で、下から三番目ではあるが実力は上から四番目と、かなり当主に近い。

 

「綴も繚介も、互いに話す機会は少なかったが、仲良くしてくれるとこの兄は安心する! 兄弟は仲が良いほうがいいならな!」

「はい、兄様。繚介にはよく言い聞かせてあります故、心配はいりませんよ」

 

 纜栄と綵は、一部では兄妹の垣根を越えてしまっているのではないかという噂がたつほど仲が良い。そのため、常に共に行動するという異常な兄弟愛を持ち、それを他の兄弟にも教え込んでいた。

 

「本当はそれだけじゃないくせに」

「何か?」

「綴がどれだけ当主争いに絡めるか、見に来たんでしょ?

 纜栄さんは直接綴と戦ったことないですもんねー」

 

 五条の問いに、纜栄は黙る。

 

「そうだな。当主争いは一番下の繚介が十三になったころから始まっているが、綴は全く興味が無いようでな」

「そりゃあ、綴は昔から纜栄さんのこと嫌いだもん」

 

 重苦しい沈黙がその場を支配する。義兄である纜栄と兄のような存在の五条、そして五条の親友であった夏油は昔から綴のことについて何かと彼と対立していた。

 

 甘菜家の人間は、血の繋がりが実兄弟より薄くても、甘菜の人間はそれを遥かに凌駕する繋がりを持っていると信じている。

 

「本当ならば、綴は京都校に入学するはずだったのだがな」

「それは綴があんた達から離れたかったからでしょ?」

「中学の頃にわざわざ京都から埼玉に綴が引越したのは、貴様の手引きか」

「あんなに綴から頼み込まれたらやるしかないじゃん」

 

 あの一帯だけ氷河期に突入している、と巻き込まれないように遠目から見ていた歌姫は遠い目をしていた。

 

 そもそも綴は無理矢理甘菜家に連れてこられたようなもので、そこまで兄弟達に何かを思うことは無かった。なのに過保護で過干渉な義兄弟達にある日嫌気が差して中学入学を気に埼玉に逃げた。それまでも何度も家出を繰り返し、気が付いたら夏油の膝の上で共に授業を受けていたことなんてよくあった。

 それでも家に連れ戻さなかったのは甘菜家の人間が兄弟に甘いからだ。せめて、と使用人は送り込まれていたが。

 

──それでも、綴は自由を欲していた。

 

 一生、甘菜家の兄弟達には理解されない綴の思いを五条は知っていた。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 手のひらから出ていた糸から、振動と呪力が伝わる。

 作戦通り綴は糸を張り、東京校のセンサーとしての役割をこなす。

 

「よし、だいたい張り終えたか。

 向こうで虎杖が東堂と交戦中か……」

 

 京都校への妨害は数が足りている。なら自分は呪霊に当たることにして走り出そうとするが、ある呪力を感じ取り、後ろを振り返る。

 

「………出てこいよ、いるのは分かってんだ」

「流石、綴兄様! 噂は兄様達や姉様達から常々聞いておりました!」

「……やっぱり手前かよ。始まる前から気色悪ぃ呪力垂れ流しやがって……」

「それは、綴兄様が兄弟の俺よりも他の者との交流を優先するからでしょう!?」

 

 甘菜繚介。京都校の一年生であり呪術師としての実力三級程度。正直綴よりはだいぶ弱い。

 深い深いため息を吐いて、綴は繚介の意識を刈り取ろうと拳を構える。それを見て、繚介はパッと嬉しそうな顔をして同じように構えた。

 

「まさか、綴兄様と手合わせができるなんて! 感激のあまり泣いてしまいそうです!」

「そんなに泣きたいなら綵さんのところへ行け。

 俺を手前達の兄弟ごっこに付き合わせるんじゃぁねェよ」

 

 繚介は綴の隙を見逃さず、拳を振るう。だが綴はそんなものを簡単に食らってやるようなお人好しではない。

 ここで繚介を放って呪霊を狩りに行ってもいいのだが、一人くらい京都校の人間を脱落させておこうと綴は技をだす。

 

──甘菜呪流体術・二ノ型 牡丹。

 

 拳を振るい、繚介の身体に呪力を流す。だが繚介も甘菜家の人間。この程度では倒れることは無い。

 

──甘菜呪流体術・一ノ型 蕾。

 

 綴の拳から流れた呪力を、繚介は『蕾』でそのまま受け流した。

 

「───…っ! なかなかやりますね! まさかここまで効くとは思ってもいませんでした!」

「手前、俺を舐めてんのか?」

 

 綴と繚介の戦いはだんだんとエスカレートしていく。だが綴には到底かなわない繚介がだんだんと押され始めてきた。

 この戦いの間にも、綴は他の呪力も感じている。繚介はそれに気が付かないが、綴はだんだんと味方がいる方へといどうしていた。

 

 『蕾』は呪力を受け流す型であるが、弱点がある。込めた呪力が少なければ少ないほど受け流す呪力の量が少なくなり、多くすればするほど量が多くなる。

 どれだけ精一杯呪力を込めても、相手の呪力が自身を上回っていれば上手く受け流すことができないのだ。

 

──とりあえず、伏黒の所だな。加茂対策に繚介(このバカ)を盾にしよう。パンダはまあ問題ないだろう。釘崎のほうには真希がいる……虎杖は……東堂に会うのは嫌だから絶対に行かねぇ……。

 

 とにかく一人でも多くの味方を呪霊に当てられるようにする。もちろん妨害だってするつもりなので、こうして繚介を引き付けている。

 

 だがその時、多にな呪力が辺り一体を包んだ。

 

「何だ!?」

「帳がおりてる!?」

 

 



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14話

「伏黒と狗巻の所か……おい、手前は呪詛師に当たれ」

「でも兄様!」

 

 綴はすぐに糸から全体の状況を把握して繚介に指示を出す。

 

「手前が特級呪霊とまともにやり合えるわけねぇだろ」

「………それは、そうですけど。俺は、兄様の役に立ちたい!」

 

 このままでは埒が明かない。だからといって繚介を連れて行く訳にもいかない。せいぜい三級程度の実力しかなく、まだ一年生の繚介が行ってもどうせ足でまといになるだけだ。

 

「尚更だろ、バカが」

「え?」

「尚更俺の邪魔されねぇように、呪詛師を殺れって()ってんだよ」

 

 それを聞いた繚介の顔が喜びに染まる。

 

「はい! もちろんです、兄様!!」

「うるせ」

 

 繚介は手を大きく振りながら、綴に言われた呪詛師の元へ走り去る。厄介な奴に好かれたなー、と舌打ちしてから綴は特級呪霊と戦う伏黒達の元へ急ぐ。

 足は速いほうだ。それに加えて糸を使いターザンのように移動もするので、だいぶ早くその場所につくことができた。

 

「伏黒、真希!」

「甘菜先輩!」

 

 伏黒の状態は、極めて不安定。何かしらの術により上手く動けないと、伏黒の腹から出ている植物を見て判断する。次に真希、こちらもよくはない。腕から大量に出血している。綴はそんな二人の前に庇うように立つ。

 

「待ってください! いくら先輩でも……!」

「うっせェんだよ。人の心配するより自分の心配しやがれ。

 おい真希、その馬鹿つれて逃げろ」

「一人でやる気かよ、あんた」

 

 綴は構える。

 一人で戦おうなどとは微塵も考えてなどいない。何故なら糸から伝わる振動が、呪力がこちらへ向かっていると気が付いていたからだ。

 

「腹は立つけど、今一番心強い」

 

 だが、来るまでまだ時間がかかる。

 綴は特級呪霊・花御に攻撃する。

 

──甘菜呪流体術 弐ノ型・牡丹

 

 今までで一番の呪力を込める。花御はそれを受けて吹き飛ぶが、持ち耐えたようだ。

 

「かなり頑丈じゃねぇか」

《なるほど、そこの二人よりはできますね》

 

 花御からの攻撃を蕾で受け流し、綴は後ろへ下がる。

 内側(・・)から壊した方がいいだろう。外側が硬くて流した呪力が内側まで届かなかったのだろう。綴は改めて構え直す。

 

「甘菜呪流体術 参ノ型・松葉」

 

 綴は素早く移動し、花御の懐へ入り込むと手のひらを花御の腹に叩き込む。牡丹に比べて痛くもないそれを受けた花御だが、次の瞬間酷い痛みが全身を駆け巡った。

 

「甘菜の基本は呪力操作……自分はもちろん他の存在にも有効……今お前の呪力をかき乱させてもらった。

 お前、丈夫で良かったな? 普通なら今ので五回は死んでいる」

 

 松葉は相手の呪力に自身の呪力を干渉させて暴れ回させる技である。呪力の大きいものになるにつれて威力も高くなる。その時、術者の呪力は相手よりも大きな呪力を流してはいけない。イメージするのは渦潮。

 渦潮は流れの速い潮が遅い潮にぶつかり、遅い潮の方に速い潮が曲がることから発生する。松葉の場合、速い潮が相手の呪力、遅い波が自分の呪力となる。

 この松葉を防ぐ方法は、同じ体術の蕾だけではないかと、度々呪術界でも議論になることがある。

 

「おいおい、こんなもんじゃねぇだろ特級呪霊」

 

 不敵な笑みを浮かべる綴を見て、花御は綴を倒すのは容易くはないと考えを改めて対峙する。

 伏黒は、そんな高レベルな戦いを見て、まだ自身が綴の足元にも及ばないと感じてしまった。しかし、花御に有効だった松葉は乱発はできないことも伏黒は知っていた。この松葉は恐ろしく集中力が必要で、一瞬でも気を抜いてしまえばその日のうちにもう一度連続して使うことは困難。何より、連発すればそれだけ集中力が削がれてしまう。

 

《貴方は、自身の生命を削っている》

「………」

《何故、ここへ来たのですか?》

「………」

 

 伏黒と真希にはその花御の問いの意味を理解することはできなかった。ただ一人、綴だけがその問いの真意を知っていた。

 

 甘菜呪流体術と百呪蜘蛛この二つは相性が悪い。普段は呪力操作をして子蜘蛛を押さえ込んでいる。しかしその操作を体術の方に使えば子蜘蛛に使っている呪力に綻びを産んでしまう。だからと言って百呪蜘蛛の呪力ばかりを使えば綴の中にある子蜘蛛が彼の身体を蝕んでいく。

 綴の取った対策方法、それは呪流体術を使うその時に、子蜘蛛に当てる呪力を自身の生命力で補おうというものだ。子蜘蛛に意識を乗っ取られてしまうなら、死んだ方がマシだった。

 

「……うるせぇ。手前は俺の後輩に手を出した、俺の居場所を襲撃した。それだけだ」

 

 綴はまた構える。もう一度松葉を花御に打つ気でいるのだろう。それを察知した花御は後ろへ下がる。もしもこれを何度も受けてしまえば祓われはしないだろうが、動きを封じられると感じた。

 もちろん、綴は花御の動きを封じるつもりでいた。今倒せなくても、帳の外にいる五条なら祓えると確信していた。

 

──その五条はなにしてやがる? 全くこちらに来た気配がねぇぞ?

  他の教師達は来ている……となると、五条は今回のこれが生徒の成長に繋がるとおもっているか……この帳が特殊で五条が入れないのか……後者だな。

  恐らくこの帳は中にいる呪詛師のどれかのものだろう。繚介(あの馬鹿)に任せているが……五条の場合なんか自力でどうにかしてそう。

 

「もう少し弱らせてから糸で捕縛だな。俺の糸は、切れたことがない。一度捕まれば逃げられない」

 

──とはいえ、ここでコイツをこれ以上弱らせられる自信が無い。どちらかといえば俺は技術での攻撃だから、相手にそれほどダメージを与えられない。今余裕ぶってみせてはいるが……はよ来いや東堂、この糞野郎が。

 

 東堂の人格は認めてはいないが悪い奴ではないし、純粋に彼の強さは認めている。その東堂がこの場に向かっている。だから早く来いとさっきから思っているのだが一向にこない。虎杖も東堂と一緒に動いているがこない。来たら額を叩くことを心にきめる。

 

──黒閃、やるか……。

 

 あまりにも集中力を使う黒閃は綴にとってご法度。しかしここで負けるよりはマシだと、構えを松葉の構えから黒閃を扱う際に使っている構えにする。

 

 覚悟は決まった。

 その瞬間、東堂と虎杖がこの場に到着したことに気付き、腕を下ろした。

 

「おっせぇんだよ!! 何してやがった、東堂! 虎杖ぃ!!」

「遅れました!! 大丈夫っすか! 甘菜先輩!?」

「やはりお前だったか! 我が宿敵(甘菜)!!」

「うるせぇ! 叩くぞ!!」

 



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15話

 時は少し遡る────

 

 甘菜綴と東堂葵が出会ったのは高校一年生の頃、京都校との姉妹校交流戦でだ。

 同じ一年生での出場ということもあり二人は自然とお互いを意識していた。その戦いはまさに運命(Destiny)。二人は互いを認め、更に高め合うことを誓った。二年生時の交流戦でも死闘を交わし、いつしか二人の戦いは聖戦と呼ばれるようになった。

 今年の交流戦で決着がつくのだ……。

 

 綴が育てたと聞いていた伏黒恵は予想していたよりもつまらなかった。まず女の好みからしてつまらない。綴から様々なことを教わっているのにいったい何を学んできたのかと問うと、伏黒は目をギラつかせて東堂を睨みつけてきた。それを見て、随分と綴は後輩に慕われていると感じた。そして綴の見る目は間違いではなかったと考えを改めた。

 

 そしてもう一人、永遠の好敵手(ライバル)の弟子がもう一人己の前に立っている。

 

「我が好敵手(ライバル)甘菜は強い」

「そんなこと知ってるけど?」

 

 なんの疑問もなくそう答えるが虎杖よ、その強さの理由をお前は知らないだろう。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 虎杖と東堂は綴に額を叩かれた。それはもう響き渡るくらいに。

 

「全く……」

 

 それと同時にパンダもこの場に駆けつけた。これならば伏黒と真希を気遣う必要も無いだろう。

 

「パンダ、伏黒と真希を頼む」

「あいよ」

 

 東堂は同じ京都校の西宮から聞いた帳の効力について語る。だいたいは綴が思っていたことで合っており、この帳は対五条悟用でそれ以外であれば誰でも出入りが可能だということだ。

 

「待て!! いくらアンタ達でも」

 

 伏黒は綴達を引き止める。無理もない、相手は特級呪霊だ。綴が伏黒に何かを言う前に虎杖が口を開いた。

 

「伏黒、大丈夫」

 

 その一言で伏黒は言葉を紡ぐことを止めた。綴にはこの虎杖と伏黒の関係はよくわからない。初めから見てきた訳では無い。だが一つわかることがある。虎杖がちゃんと成長していることだ、それは伏黒もわかったことだろう。だが綴はあえて何も言わない(東堂がなにやらベラベラと喋っているが)伏黒には伏黒なりに考える時間が必要だ。

 

「次死んだら殺す!!」

「そんじゃ、死ぬワケにはいかねーな」

 

 虎杖は本当に成長したなー、口には絶対に出さないけど。と思っていると隣で信じられない言葉を聞いた。東堂はハッキリと黒閃を出さないと手出しをしないと言った。綴も同じだとハッキリと言った。空いた口が塞がらない。それに対して虎杖も満更では無い様子だ。

 

「おい、東堂……」

「甘菜よ、俺はお前のことを認めている。だがお前が虎杖に伝授した逕庭拳、あれだけはハッキリと違うと感じた」

「いや、アレは五条がだな……俺は鍛えてやれとしか言われてねぇ……」

「何も言うな、お前が何も考えずにアレを伝授したとは思わない」

「だから伝授してねぇって、俺は逕庭拳できないからな」

「そこで俺は考えた。甘菜、お前はわざと俺と虎杖が出会うために逕庭拳を伝授したのでは、と……」

「人の話を聞け」

 

 こうなったら話を聞かなくなるのはこの二年間でよくわかったことだが、今日はそれがいつにも増して酷いと綴はため息を吐く。

 しかし今はそんなことよりも虎杖が黒閃について東堂から教わっていたということの方が重要だった。今回のことが終わったら問いただしてやろうと拳を握りしめる。覚悟しろ虎杖。

 

「ところで、『松葉』を打ち込んだようだが……倒れない呪霊は初めて見るな」

「何度かやってるがな。まるで効果なし、てわけでもないのが救いだよ」

「虎杖が終わったら、俺達の実力を示してやろう」

「やだ」

「いい返事だ!」

 

 きっと東堂にはいい感じに綴の言葉が改変されていることだろう。今はもう諦めたが死ぬ前に一回本気で殴ろうと決めている。覚悟しろ東堂。

 

 

 虎杖と花御との戦いは見事、虎杖の黒閃連続四回の使用により幕を閉じた。

 ここからは三人で花御と対峙する……はずだったのだが、東堂の突拍子もない発言で綴は混乱させられることとなる。

 

「甘菜、ここは俺達に任せてサポートを頼む」

「は?」

「師として虎杖と共闘したい気持ちはわかる」

「ねェよ」

「しかし今は親友(ブラザー)との久々の共闘を俺に譲ってはくれないか?」

「手前ら今日が初対面だろ」

 

 では頼むぞ、と綴を振り返らずにそう言ってのけた東堂を止めようと腕を伸ばすが、その瞬間右手に引き攣るような痛みが走った。それを感じた綴は呪力の使い過ぎとこのくらいで動けなくなる弱くなった己の身体に悪態をつく。どうやら今回は、東堂に従わないといけないようだ。

 

「仕方ねぇか……」

 

 綴は虎杖達と離れ、糸を張る。バレないように戦闘の邪魔にならないように隠れながら移動を始める。

 そのことを知らない花御と虎杖は東堂も交えての戦闘となった。綴が裏で動いていることを知っているのは東堂だけ、だからこそ東堂は最高のタイミングで虎杖にも花御にも悟られないように誘導(・・)していかなければならなかった。

 

《所々に呪力で編まれた糸がある……先程別れた彼のものですね?》

 

 花御はここぞという時に動かなくなる身体で綴が裏で何かをしているということには気が付いた。それが何かはハッキリとはわからないが、きっと花御にとって碌でもないことだ。しかし狙いがわからない。彼はサポートをするために後ろへ下がったのだろうか。そうだとすればもう少し穴なく糸を張れていただろう。

 

《それをしないということは………もっと大きな何かがある》

「どうだろうな。甘菜はきっと何かしてくれる。だが長い付き合いの俺でもアイツのやることにはド肝を抜かされる!」

 

 東堂がそう言った途端、地響きが起こる。虎杖と花御がその場を見渡すと、花御の下から円形の模様が浮かび上がってきた。いや、これは模様ではない。花御が気が付いた時には既に遅く、地面に潜っていた糸が地表に出くると、そのまま花御を縛り上げた。

 

「捕獲成功だな!」

「うるせ! はよそれをどうにかしろ!!」

「甘菜先輩!」

 

 綴は糸を掴み引っ張っている、これを緩めれば花御は簡単に逃げてしまうことだろう。花御の抵抗が激しいこともあり綴の手のひらからは血が流れている。この糸は己すら傷付ける。完璧に子蜘蛛になれていない綴の身体がこの全く別物の呪力を受け入れるのは難しかった。きっと身体共に子蜘蛛であればこのように自分自身の身体を傷付けずに済んだのだろうか。

 というかそろそろ花御をどうにかして欲しい。このままだと手のひらがズタズタになって使い物にならなくなる。

 

「いや、どうやらその必要は無さそうだぞ甘菜」

 

 東堂がそれ(・・)を感知すると同時に綴もそれに気が付いた。タイミングを見計らって糸を緩めると、その瞬間地面に大きな穴が空いた。

 

「相変わらず規格外だな、これでは祓えたかどうかも分からん」

 

 上を見ると、いつの間にか帳が消え五条が空からこちらを見ていた。

 術式順転「(あお)」そして術式反転「(あか)」の二つを合わせた複合術式虚式「(むらさき)」により、地面がえぐれたのだ。

 

「………東堂、俺は寝る」

使い過ぎか(・・・・・)?」

「虎杖にはくれぐれも子蜘蛛のことは内密にしといてくれ」

 

 東堂は綴が好敵手(ライバル)自分にそんなことを頼んで来たことに驚く。プライドの高いあの綴が、誰よりも負けたくない(と、東堂は思っている)自分にこんな頼みをしてくるのだからただ事ではないのだろう。

 

「わかった、任された」

「………本当にわかってんのか、コイツ」

 

 まあいいか、と綴は目を閉じた。



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16話

 目が覚めるとそこはよく知る自室だった。

 辺りを見渡すと、何故かいる東堂に戸惑う。

 そして綴はそのまま何故か東堂に引きずられて部屋を出た。

 

虎杖(ブラザー)の所へ行くぞ、甘菜!」

「なんなのこいつ」

 

 綴は頭を抱えて面倒くさそうに東堂の後ろをついて行く。

 着いた場所は伏黒の病室だ。確かあの特級呪霊によって深手を負ったんだったか……とぼうっと考えていると東堂がそのまま病室に入っていった。と思ったら虎杖と東堂が猛ダッシュで病室の窓から出て行った。虎杖は綴に気がつかなかったようだ。

 

「………なんなのあいつ」

「あ、甘菜先輩」

 

 伏黒と釘崎は綴に気が付く。

 

「自室療養じゃ……」

「成り行きだ」

 

 そう言うと、綴はたまたま(・・・・)持っていた硝子の瓶を伏黒と釘崎に渡す。

 

「これは?」

「金平糖」

 

 二人は目を丸くして綴を見る。このチンピラ系呪術師と言われる綴が金平糖……?

 なんか文句でも?と言われるが二人は全力で首を横に振る。こんなところで綴に額を叩かれてなるものか。というより……これは綴の見舞いの品なのだろう。硝子の瓶をもう一つ持っているのが見える。これはきっと虎杖の分だったのだろう。

 伏黒と釘崎は金平糖のお礼にと、先程まで三人で食べていたピザを勧める。伏黒は食べないだろうな、と思い食べないなら後でまた何か持って行こうと思っていたのだが……。

 

「ん、食べる」

「え?」

 

 あの綴がピザを食べた。

 

「………なにこれ?」

「え、甘菜先輩食べたことないの? ピザですよ、ピザ」

「ぴざ? …………ん、美味い」

 

 それどころか一切れ食べ切った。あの味の濃い物が嫌いな甘菜綴が、ポテトチップスなどの菓子類は愚かクッキーでさえ躊躇うあの甘菜綴が。

 

「伏黒、あんた凄い顔になってるわよ?」

 

 釘崎に指摘されて伏黒は我に返る。

 

「じゃあ、俺はそろそろ帰るわ」

「え、もうですか?」

 

 できればもう少し話をしたい。今回の呪霊との戦闘で自分はまだ綴の足元に遠く及ばないということを理解し、強くなりたいと思ったからこそ出た言葉だった。その伏黒の気持ちを察したのか、綴は深く溜息を吐く。

 

「ならその面どうにかしてから来いや」

 

 伏黒の頼みを一蹴りすると、綴は病室から出て行った。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 嘔吐く。

 先程食べた物は全く消化されていなかった。

 騙し騙しで食べていたが、一口入れた時から吐き出したくて仕方がなかった。

 誰にも見られない場所に移動していたが、結局廊下で蹲り吐いてしまった。何か拭くものはないかと視線を上げると、そこには五条がいた。

 

「なんだよ」

「綴、いつから(・・・・)?」

「……よく、覚えてねぇよ」

 

 五条はもう綴がまともな食事をできていないということに気が付いてしまった。

 何故もっと早く気が付けなかったのかと後悔する。

 綴は親友の忘れ形見のようなものだ、大切にしたいと心の底からそう思っている。だが上手く伝わらない。いや、恐らくその五条の気持ちは綴に伝わっている。だが綴にそれを受け入れるつもりがないのだろう。

 何故なら五条の唯一の親友が夏油傑であるように、綴が唯一緒にいて唯一安心できる人物は夏油傑だからだ。何年経とうと、夏油が綴を殺しかけても、それこそ夏油が綴を殺してもそれは変わらない。殺されても、綴は何の未練もなく死ぬだろう。一年前の百鬼夜行がいい例だ。

 

「家入の所へ行こう」

「……何しても無駄なのに?」

 

 夏油が姿を消して、俯く綴を五条は無理矢理でも立たせて引っ張ってきた。伏黒や乙骨、虎杖のような後輩と接して行くうちに、同級生達と打ち解けて行くうちに前を向くようになってきていた。しかし、ここに来て、自分の死期を悟り出してまた俯くようになった。

 

「点滴打ってもらおう」

「……………うん」

 

 何とか綴は立ち上がると歩く、フラフラとした彼の手を五条は引っ張る。

 夏油がいなくなったあの日(・・・)こうやって綴の手を引いていたっけ。そんなことを思い出しながら家入の所へ向かう。

 

 

 綴はもう長くない。それを知らされてからもう十年程経とうとしている。綴の呪いを解く術は未だに見つからない。

 過去、百呪蜘蛛以外の三十蠱毒に巻き込まれた人間は多数いた。そのどれもが悲惨な末路を辿る。この蠱毒を止めるために多くの呪術師が命を散らし、今では百呪蜘蛛以外には存在していないとされている。

 呪術界のトップ達は、綴が最後の三十蠱毒を祓うことを期待している。先人達が記したとおりに綴に子蜘蛛を祓わせようとする。子蜘蛛を祓う、つまりは子蜘蛛を食べることだ。それを知っていて、仕方がないことだと必要な犠牲だと切り捨てた。

 だが、五条はそんなことを認められなかった。あのクソ生意気な弟分でも、いざ死ぬかもしれないとなった時五条の身体は自然と動いた。

 できるだけ子蜘蛛を食べさせない。それは綴にとっての苦行である。子蜘蛛は封印し綴から遠ざけた。この祓うことができない呪いを祓う方法を探すことにした。

 

 だが、今回の件で高専から複数が流出した。特級呪物・両面宿儺六本と呪胎九相図一〜三番。そして、今まで高専が捕まえて封印していた三十蠱毒・百呪蜘蛛の子蜘蛛全てだ。

 嫌な予感がする。五条は綴を握る手に力を込めた。



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17話

 野球ってなんぞや?

 自分がいない間になんでかとんでもないことが決まっているような気がする。

 

「はい、これ綴のユニフォーム」

「………」

 

 五条から手渡されたユニフォームを見るが、とにかく嫌な予感しかしない。

 

「はい、あと監督用のメガホン」

「………」

 

 そのユニフォームの上にまた一つ積まれる。

 いったいこれはなんなんだ。監督ってなに、まさか自分が?野球なんて授業で少ししたくらいだぞ?

 

「あ、これで野球のルール確認してね」

「………」

 

 最後手渡されたのは、『野球入門書』と書かれた一冊の本。よく見れば向こうで綴と同じように野球入門書を読み込む繚介の姿が。綴が見ていることに気がつくと、綴に向かって親指を立てて何故か自慢気である。ふざけんなよ。

 

「先輩……いや、甘菜監督!」

「虎杖、叩くぞ」

「はい」

 

 とりあえず決まってしまったことは仕方がないと、野球入門書を読み始める綴だった。そしてポツリとそうだと呟いた。

 

「おい手前ら」

 

 ユニフォームに着替える後輩達は、ニヤリと笑う綴を見てギョッとする。付き合いの長いものなら、悪巧みをしているなと直ぐに気が付いた。そんな綴から告げられた言葉は……。

 

「この試合、勝ったら焼肉奢ってやるよ………五条がな!」

 

 後輩達は喜び勇んだ。焼肉を食べれるというのもそうだが、何よりあの五条の奢りであるということに。

 

「え?」

 

 戸惑ったのは五条だった。まさか綴がそんなことを言い出すとは思っておらず、反応が遅れた。

 

「俺、たまには悟兄ちゃん(・・・・・)となんか食べたいなーって……」

「そんな呼び方小2になってからほとんどしたことないじゃん!? この卑怯者!!」

 

 ていうか、今固形食禁止されてるでしょ!?とは他の生徒達が多数いるこの場所では言えなかった。

 綴に腕をガッチリと握られ(僅かに呪力を帯びている)、更には昔は呼んでくれていた『悟兄ちゃん』という言葉、照れているのか頬が赤くなっていた。こんなに綴が全力で五条に焼肉奢らせようとしているのだから………と五条は折れた。別に弟分の甘えにやられたとかそんなんじゃないと、全力で否定できない。それとプラス、自分も行かないと綴が焼肉を食べてしまう恐れがある。しばらく固形食を家入に禁止されているが、それを虎杖達には絶対に言わないはずだ。

 

「めっちゃ体張ったな、甘菜先輩」

「五条にとりあえず一泡吹かせたかった」

「断られたら?」

「松葉」

 

 真希と恐ろしい会話をしている気がするが気にしない。まあ、物理攻撃は五条には効かないのだが。

 

「野球で負けたら、虎杖と伏黒校舎裏」

「勝つぞ伏黒」

「ああ……」

 

 負けたらボコボコにされる悟った二人は顔を見合わせてガクガクと震えることしかできなかった。

 そんな虎杖と伏黒を見ていた綴だが、真希に話しかけられて目を逸らす。

 

「甘菜先輩、ちょっといいですか?」

「なんだよ、真希」

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 綴は真希に連れ出されて人が殆どいない場所へ来た。

 

「で、こんな所に呼び出してなんだよ」

 

 黙りを決め込んでいた真希だが、しばらくして意を決したようで綴に頭を下げる。

 

「体術を、教えてください!」

「………」

 

 真希が強くなろうとする理由は五条から聞いている。呪術師としての最低限の力を持たない禪院家の落ちこぼれ。だが、そんな真希は禪院家の者達を見返すために禪院家の当主となる道を選んだ。

 初めはできるわけが無いだろうと馬鹿にしていた。もともと呪術師では無い人間が大嫌いだったから真希への当たりは強かった。何度も何度五条に叱られたが懲りることはなかった。だがその度に夏油の言葉を思い出す。

 

──「綴、力のある呪術師は力のない非呪術師を守らなくてはいけないんだよ」──

 

 わかってるよ、わかってるんだ。でもどうしても苦手意識が無くならない。非呪術師(彼ら)を見ていると不安になる。

 思い出すのは歩道橋から落下する視界と、そんな綴に必死に手を伸ばす母親。心無い言葉を吐く非呪術師(彼ら)と、それをかき消そうとする夏油。

 

 

「なんで俺に? 嫌いだろ?」

 

 真希は真正面から綴が嫌いだと言われたことがある。それが今軟化して普通に喋ってはいるが、綴が未だ非呪術師に対して不信感を抱いているのと同じで、真希も綴のことが嫌いなのだろうとそう確信して言葉を吐く。

 

「いや全く。私はそこまでネチネチしてないんで、どっかの先輩とは違って」

「……喧嘩売ってんのか?」

「他の三年生は停学中で、頼れるのは甘菜先輩だけ……ていうのもあります。でも、一番は甘菜先輩が体術に関しては今の高専内ではトップクラスだからです。お願いします。私は強くならないといけないから!!」

 

 真希は禪院家の当主になろうと本気だ。できるわけがないと言っていたが、もしかしたらと思ってしまっている自分がいる。

 だが、今の身体の状態でどこまで真希を鍛えることができるだろうか。というのも、五条に連れられて家入に点滴を打ってもらっていた時に、卒業まで持つだろうと言われていた身体の状態が悪くなっていたからだ。

 固形食を受け入れることができない身体はきっとこれからもっと痩せ細っていくだろう。そのうち腕力では後輩達に負けてしまう日が来るだろう。足も遅くなるだろう。体力も衰えるはずだ。ここから成長するのは、子蜘蛛としての呪力だけ。

 

「………本気か?」

「本気です」

 

 なんで自分の後輩には諦めの悪い奴らしか居ないのだろう。

 

「真希正直に言うが、俺はしばらくしたら高専から離れる」

 

 嘘は言っていない。学園長の夜蛾にもそうなるように根回しをしてもらうつもりだ。多くの思い出を作りすぎた。交流する人間が増えすぎた。そんな呪術高専にいたら、きっと後悔するに決まっている。だから綴は早くここから離れたかった。

 

「だから、教えることはできない」

 

 真希が肩を落としたのが見える。本当は断る気でいたのに、そこまで意気消沈している真希を見たらつい口が滑る。

 

「相談…とか、そういうのならいつでも聞いてやる」

 

 それが精一杯だ。

 真希は先程よりも目に見えて嬉しそうにしているのがわかった。

 

「早く戻るぞ、今は野球のことについてどうにかしないといけないからな」

「はい!」

 

 綴は野球帽を被り、ジャンパーを羽織るとグラウンドへ足を進めた。



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18話

呪術廻戦祝アニメ化!!!!!!!!!!!


 意外と綴の采配は好評だった。

 

「先輩が指示したところ東堂にボールぶつけるとこくらいじゃ……」

「ルールよくわからんから」

「あれデッドボールって言って……」

「ちょっと言ってる意味がよくわからんから」

 

 綴は野球のことをなんか打って走れば良いゲームだと思っている。(途中からルールを把握したが)

 ならもうルールのわかる後輩達に任せた方が良いだろうということで、ほぼ特等席で野球観戦しているようなものだった。あと乱闘に担ぎ出されたりとなかなか面白かった。

 結果、東京校が勝ったので良しとする。

 

 綴は虎杖と一緒に野球の感想などを言い合いながら寮内を歩いていた。焼き肉の肉を買いに行くための用意をするためだ。ちなみに費用は既に綴が五条から巻き上げていた。

 

「あ、俺飲み物買いたい。先輩ついてきて!」

「はぁ? なんで俺が……別にいいけど」

 

 数少ない自販機を見つけた虎杖は財布を取り出すが、その前に綴が財布出していた。

 

「ほれ、五百円で足りるか?」

「え、いいの!?」

 

 虎杖に耳と尻尾が見えたような気がする。

 普段全くこうしたことにお金を使わないのだ。よく使ってくれる後輩に奢った方がお金も喜ぶだろう。と思いながら虎杖の手のひらに五百円玉を置くと、虎杖はそれをしげしげと見つめる。

 

「何してんだよ?」

「いや、なんか使うの勿体なくって」

 

 綴には意味がわからなかったが虎杖は本当に、ただの五百円玉を大切そうに見つめていた。

 

「なら財布に入れとけ」

 

 そんな物で本当に良いのか、と確認すると虎杖は嬉しそうに、しかし申し訳なさそうにしていたので、無理やり財布にねじ込んだ。

 

「本当に良いの? 五百円ですよ!?」

「いいって言ってんだろしつけぇな」

 

 ねじ込んだはずの五百円玉を持って、虎杖は尋ねる。すると綴が睨みと共にそう言ったので、有難く受け取ることにした。

 

「お、この五百円、記念硬貨じゃん!」

「記念硬貨?」

「えーと……」

 

 虎杖はスマホを取り出すと、何かを調べ始める。

 

「あった、天皇陛下御即位記念硬貨だって。

 1990年から1991年に発行……結構最近?」

「まあ、俺ら産まれてねぇけどな」

 

 調べていると自動販売機では使用できないとあったが、虎杖は綴に黙っておくことにした。

 

「甘菜先輩、お釣りの分は返しますよ」

「いらん」

「えー…」

 

 頑なに受け取らないので綴が忘れた頃に何かしらの形で返そうと虎杖は心に誓う。

 早く行かないとそろそろ釘崎がキレるだろうと、綴と虎杖は部屋までの道を急ぐ。

 

「あら、こんな所にいましたか」

 

 綴の足はピタリと止まった。

 

「なんで、アンタ達がここにいんだよ……」

「先輩の知り合い?」

 

 綴と虎杖の目の前に現れたのは纜栄と綵だった。

 

「君が虎杖君か、綴の兄で甘菜家の当主をしている、甘菜纜栄だ。こちらは綴の姉、甘菜綵だ」

 

 綵は纜栄から虎杖に紹介されると、微笑みを絶やさずにお辞儀する。それに釣られて虎杖も頭を下げるが、綴にすぐ襟を掴まれて頭を上げさせられると、そのまま襟を引っ張り綴の後ろに放り投げられる。虎杖は綴に抗議しようと口を開くが、握りしめた綴の拳が僅かに震えていることに気が付いた。

 

「なんの用だ?」

「弟のことが気になったからではダメか? 綴とはもう何年もまともに話していないからな」

「……アンタが気にしてるのは自分の保身だけだろ? 俺がアンタの座を奪うんじゃないかって……」

 

 一瞬纜栄と綵の空気が剣呑なものに変わるが、すぐに落ち着く。

 

「そんなことは無い。我らは兄弟なのだから……」

「俺はアンタ達のことを兄弟だと思ったことは一度もない」

 

 その一言で、纜栄の隣にいた綵が綴を睨みつける。

 甘菜家では兄の言うことは絶対だ。纜栄の言うことであれば誰も反発するものはいないだろう、それはもう洗脳と一緒だ。だが綴は他の兄弟達とは違った育ちをして、甘菜家の兄弟第一主義に違和感と嫌悪感を持っている。それを綴はこの時初めてハッキリと纜栄に伝えた。

 弟、妹の反発は兄や姉にとって見過ごすことはできない。

 先程収まっていた剣呑な空気がまた辺りを包み込む。ほぼ同時に綴、纜栄、綵が構えをとる。

 

「せ、先輩……!?」

「焼き肉、俺は行けないからさっさと準備して五条達には適当に言い訳しとけ」

 

 多分負けるから、と呟くと虎杖は目を見開いた。あの綴が負けるところなど見たことがない。交流戦でも綴は花御をサポートだったとはいえ翻弄していたのに。

 

「虎杖君の今後の成長を考えれば、見せる方がいいのではないか?

 教えているのだろう?」

「後輩にダセェとこ見せられっかよ……」

 

 虎杖は動かなかった。否動けなかった。何故なら綵が綴ではなく虎杖を見ていたからだ。もちろん綴は綵が虎杖に攻撃を仕掛けようとすればそれを庇うだろう。ならば綴の言うことを聞くべきだ。

 だが、逃げたくなかった。もしここで逃げてしまったら、自分の中にある大事なものが崩れそうだから。

 動いたのはどちらが先だったか、それすら虎杖にはわからなかった。わかったのは、綴が纜栄に手首を掴まれて床に叩きつけられたということだ。

 それを見た虎杖はすぐに綴を助けに行こうとするが、綵がそれを阻止する。

 

「動かない方がいいですよ? 私、これでも甘菜家では二番目に強いですから」

 

 虎杖は綵から距離をとる。呪霊や呪詛師ではなく同じ呪術師である虎杖に向けた尋常ではない殺気を受けたからだ。綵は隙あらば、纜栄に逆らうものは殺す気でいることに虎杖は気が付いた。

 

「さて、綴……先程お前が言っていたことはハズレだ。

 『お前が俺の座を奪うんじゃないか』だと?」

「……」

 

 纜栄は倒れた綴にしゃがみこんで話しかける。

 

「身の程をわきまえろ。お前は弱すぎる」

 

 甘菜纜栄、甘菜家の長男で当主。その等級は特級。

 この世に五人しかいない特級呪術師の一人である。

 

「まったく、こんなにも綴が反抗的になってしまうとはな」

「………」

 

 弱すぎるということは否定しない、事実そうだからだ。

 きっと自分は憧れていた夏油のようにはなれない。どれだけあの人に近づこうと努力しても近づけない。どれだけあの人の気持ちを理解しようとしてもできない。なにもできない。だから未だに五条に庇護対象だと思われるのだ。そうなりたくなかった。認めて欲しいだけなのに、誰もが自分を守るべき人間だと判断する。

 大嫌いだ。みんな大嫌いだ。

 

「先輩は! 強い!!!」

 

 その声にハッとした。

 この声はよく知っている、虎杖だ。

 

「俺は一度も勝てたことない! 落ち込んだ時もめっちゃ励ましてくれるし! 何だかんだ言って優しい、怖い時もあるけど!

 俺達の先輩を馬鹿にすんな、先輩は誰よりも強い!」

 

 『俺達の先輩』そう言われただけで、充分だった。

 嬉しかった。優しいのはお前の方だ。そんな自分を信じてくれている後輩がここにいるのだから、もう少し頑張ってみるか。

 

「む、まだ立つか」

 

 フラフラと立ち上がる綴を見て纜栄はほぅ、と感心したように息を吐く。

 

「こうなったのは、夏油傑のせいだな。

 余計なことを教えおって……」

「うるせぇ、あの人は関係ねぇだろうが」

「何がお前をそうさせる? 何故(なにゆえ)辛いと分かっている道を自ら望んで歩む?」

「……知らねぇよ」

 

──なんで自分が進んでいるか。

 

「でもそうしないと」

 

──壊れてしまう。

 

「俺は俺でなくなってしまう。

 自分のことは自分で決める」

 

──「あなただけは呪いと無縁でいて欲しい」──

──「君は僕の自慢だ」──

 

「俺は母さんの息子だ。夏油さんの弟子だ。後輩(あいつら)の先輩だ。

 それだけでいい。それだけで充分なんだよ」

 

 そう言って腕に力を込めようとした時だった。

 ソッと誰かが綴の腕を掴んだ。纜栄に掴まれた時とは違うそれを綴は目でゆっくり辿る。

 

「五条……」

「や、遅かったから迎えに来たんだけど………俺の(・・)弟分に何か用ですか? 纜栄さん」

 

 五条がいてこんなにも心強いと思ったことはない。綴は安心して肩の力を抜いた。

 

俺の(・・)愛する弟なのだがな」

「愛する弟をこれだけボコっといてよく言うよ」

 

 五条は綴を庇うようにして立つ。それが無性に腹が立つが、今は疲れているので何も言わなかった。

 

「五条悟っ! 兄様に指一本触れてみろ……!」

「それはこっちの台詞だ。

 今から綴と悠仁に指一本でも触れたら……タダではおかない」

 

 目隠しに指を掛け、五条は纜栄と綵にそう宣言する。

 身体が動かない。綵は身体を無理矢理動かそうとするがどんなに力を入れてもできなかった。

 

──五条悟の気迫に押された? まさか、そんな……この私が!

  これが、呪術界最強の男か……!

 

「……ふむ、綵ここは引こう。本当であれば綴を連れて帰りたかったのだがな。貴様を相手にするのは俺でもキツイ」

「やっぱりそれが目的か」

 

 纜栄はクルリと向きを変えると寮の玄関に向かって歩き出した。綵の肩に纜栄の手が乗ると、今までの金縛りが解ける。すぐに纜栄のそばに寄る綵だが、目は五条を睨みつけている。

 

「では、また会おう」

 

 二度と来んな、という五条の横を纜栄と綵が通り過ぎる。

 

「甘菜先輩! 大丈夫?」

「大丈夫、に見えるか?」

 

 綴は虎杖の額を叩く。いつもと同じいい音がする。

 

「……焼き肉の気分じゃなくなったわ、俺抜きで行ってくれ」

「嫌です!」

「あのなぁ…」

「ま、綴が発案者なんだし、行かないと後輩達が不安がるよ?」

「嫌だ」

 

 結局、綴は五条と虎杖に強制連行されることとなる。



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19話


過去編入ります。

過去現在を行き来するような内容にはいるので、少し見にくい場面があるかもしれません。


 伏黒恵と甘菜綴は中学が同じだった。

 

「はよ家帰れや」

「……もう少しだけ」

 

 甘菜綴は善人でも悪人でもない。ただ優しい人ではあるため、自分の家に入り浸る伏黒を無理矢理追い出すようなことはしなかった。伏黒が何故ここに入り浸るのかは何となく察してる。姉の津美紀を避けているのだろう。

 綴の家は、本家から与えられたこじんまりとした屋敷だ。そこには家事だけをして帰る使用人しか来ないことが拍車をかけ、伏黒は綴の家に泊まるなんてことも多々あった。

 

「先輩は呪術師になることに抵抗はなかったんですか?」

 

 いつかそんなことを伏黒に聞かれた。

 伏黒のことは五条に聞かされている。親が蒸発した子供が将来呪術師になることを条件に金銭的援助を受ける。それが五条が高専に通した話しである。

 

「……選択肢なんてもんがあったら、俺もお前もこんなクソみたいな世界にいねぇだろうがよ」

 

 用意されていた夕食を二人分に取り分けながら綴は不機嫌そうに答えた。

 そこでインターホンが鳴った。綴は眉をひそめながら玄関へ向かう。

 

「あ、甘菜さん…恵はいますか?」

「いるけど」

 

 津美紀だ。帰りが遅い伏黒を迎えに来たのだろう。

 

「帰るかどうかはアイツに任せるからな」

 

 綴はあまり津美紀とは関わりたくなかった。どうしても非術者であることが嫌悪感を抱かせるからだ。非術者は苦手だ。自身の人生の半分は非術者に壊されたようなものだから。

 

 結局、伏黒はその日綴の家に泊まることになった。

 

「お前、そんなんで来年大丈夫かよ」

「先輩は寮に入るんでしたっけ?」

 

 綴は中学三年生、伏黒は中学一年生。来年はこうやって一緒に食卓を囲むこともないだろう。

 

「だから今年までに津美紀との仲どうにかしとけ。

 いちいち家に来くんのいい加減にして欲しいんだよ」

 

 伏黒は眉に皺を寄せる。すると綴はため息を吐く。いつもの光景だ。

 それから、綴は中学を卒業する。気に食わない不良達を軒並み叩きのめすという多大な悪影響を与えた伏黒恵を残して。

 

 

 

────────────

 

 

 

 綴の高校生生活は、お世辞にも上手くいっているとは言えなかった。

 同級生達とは、自身にかけられた呪いのこともありもうすぐ死ぬからと言って距離を取っていた。

 それから一年ほどが経ってから津美紀が呪いによって寝たきりになったと五条から聞いたが、やはり心が揺れ動くことはなかった。

 伏黒はというと、あれから津美紀への意識を変えたようで綴に頭を下げて、わざわざ長期休みを利用し体術を習いに来た。

 

 それからまた一年が過ぎ……綴は乙骨憂太と出会う。

 

 

「つーづーりー」

「鬱陶しいな。何だよ死ね」

「あー、昔は悟兄ちゃんって可愛かったのになー」

 

 いったい何年前の話しをしているんだこの男は。

 

「綴はよく恵に体術教えてるじゃん?」

「そーですね」

「で、もう一人面倒を見て欲しい子がいるんだけど……」

「は?」



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20話

「くっそ、引きずんな!」

「強制連行ー」

「しないからな! これ以上面倒なことはしないからな!!」

「その台詞、いつまで持つかな?」

「なんでキメ顔なんだよ腹立つなおい!!」

 

 綴は五条に襟を掴まれて廊下を引きずられる。目的の場所はどうやら一年のクラスのようだ。

 この男、いい加減にどうにかせねば。しかしそれができない自分に歯痒さを覚える。助けて夏油さん俺にこの人のお守りは荷が重いです。

 

「はいこれ資料ね」

「は?」

 

 五条から手渡されたのは、例の生徒の資料だった。それを五条に引きずられながら読む。

 

 乙骨憂太。一年生。呪力、問題ナシ。戦闘経験、ほぼゼロ。特級呪術師。特級過呪怨霊・折本里香に取り憑かれている。

 資料を見て読み込めた綴は眉間に皺を寄せる。

 

「特級呪術師なら俺が出る幕ねぇだろ」

「いやいや、綴には憂太と一度会って欲しくてね」

 

 何を考えているかわからない五条を無視して、綴は更に資料を読む。途中で「げ」という声が五条の耳に聞こえた。恐らく綴が苦手なものの名前を発見したからだろう。

 

「いい加減、そう邪険にするのはやめた方がいいと思うよ」

「なんで?」

「曇りなき眼。

 でも、そろそろ人付き合いとか見直していかないと苦しくなるのは綴だよ」

「なんで? どうせすぐ死ぬ(・・・・)のに」

 

 五条は顔を顰めたが、すぐにいつもの胡散臭い笑みを浮かべる。

 

「大丈夫、そうなる前に僕がどうにかするから」

 

 綴はその言葉を信じてはいないのだろう。

 

 

 

────────────

 

 

 

「というわけで! 特別講師の甘菜綴君です!」

 

 ハイテンションの五条。嫌悪感を隠そうとしない、真希、狗巻、パンダ。何が何だかよくわかっていない憂太。そして面倒くさそうに五条の隣で資料を読み続ける綴。

 

「憂太以外のみんなは知ってると思うけど、二年生で階級は準一級! 捕縛と体術が専門の呪術師だ。憂太と、余裕もあれば他の子達も面倒見て貰えると嬉しい」

 

 前半は一年生達に、後半は綴に向けて五条は言う。

 

「嫌です」

「真希と同じ」

「しゃけ」

「えぇ!?」

 

 憂太は同級生達の反応に驚く。

 

「俺だって嫌だよ。なにが楽しくて手前らみてぇなクソ共にあれこれ教えなきゃなんねぇだよ。」

「うーん、相変わらず口が悪い。綴、笑顔笑顔」

「張り倒すぞ」

 

 綴は無理矢理頬を引っ張って顔を笑顔にさせようとする五条の脳天に手刀をキメる。

 

「酷い! 昔はこーーーんなにちっちゃくて可愛かったのに!!」

「その頃あんたと会ってねぇよ」

 

 親指と人差し指を使い、1センチ程の大きさを作り綴の目の前にずいっと持っていくが、綴はそれを叩いた。

 

「とにかく、憂太にとって綴から教わることは多いと思うよ。

 強くなるために、綴は必要だ」

 

 

 

 

 そう言われて放り込まれたのは、校内にある道場。

 

「貧弱だとは聞いてたが……ここまでとは思いたくなかった」

 

 そこにはボコボコにされた憂太の姿があった。それは一方的なリンチだ、誰が見てもそう言える。

 

──正直、真希さんよりもキツい。

 

 というのも、未だに綴が両手を使っていないからだ。だというのに憂太の攻撃は綴にかすりもしない。

 

「……五条、帰っていいか?」

「うーん、憂太はどうしたい?」

 

 憂太は五条の問いかけに迷う。強くなるためには、綴が必要だと五条は言った。大きな壁だ、それに怖気付いてしまっている。怖い。だがそれと同時に、やらないと何も進まないと理解した。

 

──この人を超えたい。

 

 普段の自分であれば、考えないようなことが頭に巡る。

 

「お、お願いします」

「………めんどくせぇ」

 

 その一言を聞いた後、憂太の視界は暗転した。

 

 

 

「やり過ぎ」

「うっせぇよ。ここまでやりゃ、もうやる気も起きねぇだろ」

「いや、それはどうかな?」

 

 五条の言葉を無視して綴は壁に立て掛けて置いた筒を取り背負うと、その場から去っていった。

 

「でも、筒を置くくらいには本気になってくれたんだろう?」

 

 それにしても、と五条は憂太を見る。

 里香が一切出てこなかった。綴がここまで憂太をボコボコにしたのは、恐らく里香の存在を確認するためだ。だが出てこなかった。いや、出られなかった。

 

 恐らく、誤って綴を殺せば里香はもちろん憂太にも綴に取り憑いている子蜘蛛の脅威に晒されることとなるからだろう。

 三十蠱毒百呪蜘蛛は一匹だけなら四級程度の呪霊。しかし百体全てが集まれば特級レベルになる。更に恐ろしいのは、祓えばその人物に呪いが掛かり子蜘蛛へと変貌する。人が食べる食事をだんだん受け付けなくなり、同じ子蜘蛛を貪る。

 子蜘蛛が子蜘蛛を食べ、強い個体が大きくなり、成体となり、また更に強い蜘蛛を生み出すために百体の子蜘蛛を産む。

 三十蠱毒の被呪者は最終的に個を失うのだ。呪術界が生んだ最悪の呪術。それが三十蠱毒。

 

「彼女でも、その脅威は変わらず………大丈夫、きっと間に合う」

 

 自分でも分かるくらい、声が震えていた。

 

「きっと綴の呪いを解呪する方法があるはずだ」

 

 死なせてたまるか。

 

 

 

......................................................

 

 

 

 一年前のことを思い出しながら、綴は呪霊を祓った。

 そういえば乙骨はあれからどれほど強くなったのだろうか。まだ負ける気はないがそろそろ危ないかもしれない。

 と、その時綴のスマホに電話が入る。

 

「もしもし甘菜です」

『ああ、良かった通じた。伊地知です』

 

 伊地知からの突然の電話に綴は何かあったのかと尋ねる。

 

『それが、津美紀さんの件で……』

 

 話を聞くと、現在寝たきりの津美紀にそれとは別の呪いが掛かっているということ、伏黒が津美紀の護衛を求めていること、現在手の空いている呪術師では手に余るということ、綴の任務がそろそろ終わる頃なのを思い出し電話をしたということ。

 

「確かに任務はさっき終わりました」

 

 伊地知は断られることを前提で津美紀の護衛を綴に頼んでいる。綴は非呪術師に興味がほとんどない。最近ようやっと真希との関係が改善されたほどだ。

 

「……………わかった。すぐにそっちに向かう」

 

 綴は筒を背負い直して車に乗り込む。

 

『……え?』

「文句あるんですか?」

『いや、いやいや!! 無いよ!?』

 

 無いけどその答えがあまりにも意外過ぎた。

 

『それじゃあ、場所を伝えますから……』

 

 電話を終えた綴は深くため息を吐いた。

 

「眠い」

 

 津美紀がいる病院に着くまでの間、綴は目を閉じて眠ることにした。



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21話

【一年前……】

 

 今日も今日とて修行の日々。憂太は綴に思い切り投げ飛ばされて床にへばりついた。

 しかし憂太は立ち上がる。綴と初めて組手をした日、憂太は綴に体術を教えてもらうことを頼み込んだ。そんな憂太に、綴は──。

 

「俺が卒業するまでに俺に勝つこと、これが条件だ」

「え」

「無理ならやめとけ」

「いや、えと……や、やります、よろしくお願いします!」

 

 憂太の返事を聞いた綴の顔は不機嫌丸出しだった。ちなみに後日、五条から聞いた話だがもしも条件をクリア出来なかったらみかんの皮をむく時汁が飛び散る呪いを掛けるとか呟いていたらしい。地味に嫌な呪いを掛けようとしてくる。

 

 そんな日々の連続だったが、綴は最近憂太を迎えに来るようになった(ほぼ強制連行だが)

 真希達はそんな綴にブーイングするがひとたび睨みつけられれば全員すぐに大人しくなる。どうやら彼らは綴に相当なトラウマを抱いているようだ。じゃあブーイングなんか辞めればいいのに、と言ったことがあるがどうしても引けないところがあるらしい。

 

「綴は一年生達をボッコボコにしたことがあるからね」

 

 なんでもないように五条は憂太にそう言ってみせた。

 真希も狗巻もパンダも、その強さや凄さは憂太がよく知っていた。入学したての後輩になんの躊躇もしなかったらしい。

 

「でも、何も理由なくそんなことする人には……」

「その辺もちょっと込み入ってるから……でも綴は悪い子じゃない。不器用だけど、なんだかんだで優しい子だよ」

 

 綴のことを語る五条の雰囲気はなんだか柔らかい気がした。

 

「その綴は今任務何だけど、連絡がつかなくなってるらしいよ!」

「ええ!?」

 

 憂太はその詳細を五条から聞かされる。

 綴との連絡が取れなくなったのは二日前。大した任務ではないだろうと言われていた、実際に呪霊はすぐに祓われた。だが綴は行方不明となった。

 

「憂太、真希、パンダ、棘は綴の生死を確認。できれば綴が何故行方不明になったかの理由解明。これが今回の任務だ」

 

 集められたのは一年生全員。あの綴が行方不明になるような案件だ。彼らは気を引き締める。

 場所は自殺の名所と呼ばれる橋の下。

 

「普通なら一級呪術師案件だ。もしも自分達だけでは無理だと判断した場合、すぐに引き返すこと。いいね?」

 

 帳はもう降りている。

 

 

 

────────────

 

 

 

「何だこれ」

 

 それを呟いていたのはいったい誰だったか。帳の中にあったのは夥しい数の蜘蛛の巣。空間は歪んで最早原型を留めていない。

 

「さて、あの人はどこにいるんだか……」

「とりあえずこの蜘蛛の巣には気を付けよう」

 

 蜘蛛の巣に触れないように慎重に進んで行く。時折何かを削るようなゴリゴリという音が聞こえてくるが、その正体は確認することができない。一言で言えば気味が悪い、こんな場所に綴は二日間もいるのだ。早く綴を助けに行かないと。

 

「うわっ」

 

 パンダの驚く声を聞いて、全員がそちらを見る。そこにいたのは光を通さない程真っ黒で小さな蜘蛛、互いを攻撃しあっていた。それが何十匹もいれば誰だって悲鳴をあげる。しかもだ、なんと一匹が死ぬと近くにいる小さな蜘蛛がこぞってその死体を食っているではないか。蜘蛛達がいなくなると、そこにはなにも残っていなかった。

 

「なんだ、ここ……」

 

 憂太が呟いた時、蜘蛛がこちらを見た。一斉にキリキリと言う威嚇音を出す蜘蛛を見て四人は戦闘態勢に入るが、憂太の脳内に里香の声が届く。

 

《憂太、ダメ!》

「みんな、待って!」

 

 憂太は里香の声を聞いてすぐに三人を止める。

 

「どうかしたのか、憂太?」

「里香ちゃんがダメだって……この蜘蛛、なにかあるんじゃ……っ」

 

 しかしそう言っている間に蜘蛛は憂太の方へ向かってくるではないか。

 

「な、なんで!?」

「とにかく逃げるぞ!」

 

 しかし帰り道は塞がれ、奥へ奥へと誘導されてしまう。意外と蜘蛛は足が速く、追い付かれそうになった。その時、四人の身体が宙に浮き、上へ引っ張られた。

 

「何やってんだ、手前ら」

 

 憂太達を釣り上げたのは呪霊対策のゴーグルを付けた綴だった。

 

「甘菜先輩!? 無事だったんですね!?」

 

 憂太は半べそをかきながら綴の無事を喜んだ。特に怪我をしている、という訳でもなさそうだ。

 

「ここはいったい何なんですか?」

 

 真希が綴に尋ねると、綴は至極面倒くさそうに答える。

 

「手前ら、三十蠱毒の子蜘蛛を知ってるな?」

「アレですよね、百匹の蜘蛛が共食いする……」

「呪術界でも知らない人がいないほどの呪いですよね?」

「しゃけ、しゃけ!」

 

 だがそんな有名な呪いでも憂太は全くわからないのであった。それを察したのか、綴は三十蠱毒について説明する。

 

「祓ってはダメな呪い?」

「祓うということは、つまり三十蠱毒の元になったものになる、ということだ。

 三十蠱毒には犬や百足、毒蛙……まぁ、蜘蛛以外はもうとっくの昔に祓われてこの世には存在しない」

 

 綴曰く、元々は千年ほど前に呪術師が開発したとされる呪いだったそうだ。余りにも強力な呪いの王である両面宿儺を祓うため開発されたという説もあるが、その辺りはまだハッキリとはしていないらしい。らしい、というのもこの三十蠱毒の資料はとても少ないからだ。

 どんな理由で開発した三十蠱毒かわからないが、その恐ろしさを最初に味わったのが開発した呪術師だ。この三十蠱毒に使われた虫等は初めは特別な力を持たない変哲もないものだ。その内の一つが呪術師を恨み、呪術師を呪った。

 

「そうして制御する呪術師が死んで三十蠱毒は各地で猛威を奮った。祓うと子蜘蛛になる。

 一番美味しく感じるのが同じ種類の蠱毒だが、放っておけば飢餓を埋めるために人だって呪いだって食べる。

 呪い側にとっても呪術師にとっても迷惑極まりない呪霊だよ」

 

 綴に連れて行かれた先には数人の一般人の姿があった。どの人達もすっかり疲弊しきっている。

 

「ここの橋に来た自殺志願者だ。

 コイツらのせいで思うように動けねぇ。手前らさっさと連れて帰れ。五条には子蜘蛛が出たとだけ伝えてくれたらいい」

「あんたはどうすんだよ」

「………残る。

 さっき言ってた、乙骨を狙っていた理由は恐らく折本里香だ。奴らはより強い呪力に引き寄せられる習性がある。まぁ、これは誤って両面宿儺以外を狙わないようにした対策の名残なんだろうが………とにかく、手前らがここにいても迷惑だ」

 

 シッシッといかにも早く帰って欲しそうな綴だが、当然納得ができない。確かに足でまといかもしれない。なのにこの人をここに一人置いていくことなんて憂太にはできない。きっと他の皆も同じはず……。

 

「よし、行くぞ憂太!」

「え!?」

 

 見るとパンダが自殺志願者達を担いでいるではないか。

 

「待って! 皆、甘菜先輩置いてく気?」

 

 綴は当然なことだと、全員が逃げれる道を探り始める。

 そもそもこういう時のために周りには冷たくしていたのだし、真希に至っては呪力も持たない、呪具が無ければただの一般人だというだけで普通に嫌悪の対象だった。

 

「っんなわけないだろ?」

 

 真希の一言に綴の顔は強ばった。

 この馬鹿今なんて言ったんだ?

 

「っつーか先輩、スマホは?」

「は?」

「スマホ! スマートフォン! 現代社会の便利機器!」

「……………ああ、携帯電話」

「あんた未だにガラケーなのかよ……」

 

 真希の勢いに押されて綴は携帯電話を取り出す。

 

「それで五条に連絡とればいいんじゃないですか?」

「………」

 

 すっかり携帯電話のことを忘れていた。パンダに言われるまでそのことを思い付きもしなかった。いや、連絡したからといって子蜘蛛がどうなるわけでもないんだが。

 

「とにかく! 私達はあんたをここに置いていくつもりは無い」

「甘菜先輩、とりあえず連絡取ってみたらどうですか?

 五条先生はあれでも心配してると思うんです」

 

 憂太にそう言われて携帯電話を開く綴だったが……。

 

「………………………あれ?」

 

 カコカコという音が聞こえたと思うと、綴の口から疑問の声が聞こえてきた。

 

「いや、こうだった…か? んん?」

 

 まさか、という視線が綴に集まる。

 

「あ」

 

 嫌な予感。

 

「すまん、なんか画面暗くなった」

 

 何やってんだこの人は。

 結局真希が五条に電話しました。




綴は機械音痴


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22話

「とりあえず、ここから出るぞ。

 この一般人共を避難させる。そっからは五条と相談して上手いことやる。いいな、絶対に子蜘蛛に攻撃するな。あの大きさだと簡単に祓える」

 

 一般人は全員で三人。二人はパンダが抱えもう一人を真希が背負う。

 綴はこの後輩をどうにか子蜘蛛と関わらせないように努めるつもりだった。綴を置いていく気がないというのなら、出てからまた入ればいい。綴が拒んだとしても上層部はそう言うだろう。

 

「狗巻はパンダと真希のサポート、俺と乙骨は狗巻にできるだけ呪言を使わせないように子蜘蛛を意地でも近づけさせないようにする。

 この程度の子蜘蛛なら少し脅すだけでも怯むから、必要以上に追うな」

「はい!」

「すじこ!」

 

 四人の返事を聞いて、綴は先頭に立つ。あらかじめ糸は張っているため、手のひらから伝わってくる感覚で内部の構造は知っている。ナビゲートは充分できるはずだ。

 綴が走り出すと、パンダ、真希、狗巻、乙骨の順番で着いてくる。

 

 しばらくすると後から子蜘蛛が二匹顔を出した。できるだけいない所を選んで進んでいるが全部を捌くのは無理だ、どうしても情報に漏れが出る。一つの場所を見るためには全ての場所から感覚をそらさなければならない。

 

「ひっ!」

 

 乙骨が出遅れた。綴はすぐに後ろへまわり糸で子蜘蛛を拘束する。

 

「手前が怯えてどうすんだよ!?」

「す、すみませんっ!」

 

 思い切り額を叩くと、乙骨は涙目になる。綴は先が思いやられると、元いたポジションに戻る途中で綴はこのイライラを発散させるべく、目の前にいた後輩に目をつけた。

 

「狗巻、乙骨のサポートはしなくていんだよ。さっき、乙骨のために呪言使おうとしたろ。手前がすんのはパンダと真希のサポートだ! 乱すな油断するな、下手すりゃ死ぬぞ」

「明太子!?」

 

 狗巻の額も叩く。

 

「真希! 後ろをチラチラ気にすんじゃねぇ! 鬱陶しい!」

「イッ!?」

 

 真希も叩く。

 

「パンダ……は、特にないが発散させろや」

「なんで!?」

 

 理不尽にも額を叩かれ蹲る四人を後目に、綴は行くぞと言いまた走り出した。

 

「頭割れるかと思った」

「平手なのに殴られたみたいに痛い」

「しゃけ、しゃけ……」

「俺なんかめっちゃ理不尽なんですけど?」

 

 ヒソヒソと話し合う後輩達を睨みつければ、四人ともまた元の位置にそそくさと戻る。

 それからは順調に道を進む。初めは苦戦していた乙骨だが、次第に呪力を放出して子蜘蛛に敵わない相手であることを知らせることができていた。

 子蜘蛛は殺した相手を子蜘蛛にするが、殺された子蜘蛛は祓われたこととなり自我を失う。子蜘蛛の目的はより強くなるために食い殺し合うことだ。

 

「無駄な時間食ったじゃねぇか。

 いいか止まるな何があっても持ち場離れるな」

 

 怖い。乙骨は般若のような人相をした綴に震え上がる。しかし乙骨を助けてくれていたこと、一人づつ悪かった点を教えたりと、面倒見はいい人だ(パンダは思い切りとばっちりだが)

 

「見えた、出口だ!」

 

 あと少しで外に出られる。綴は出口の前に立って殿をする。パンダと真希、狗巻が帳から出ていよいよ乙骨というところで、綴の悲鳴を乙骨は聞き、後ろを振り返る。今まで見てきた子蜘蛛よりも大きな子蜘蛛が綴に噛み付いていたのだ。

 

「甘菜先輩!」

「早く行け! 止まるな!!」

 

 ここで、もしも綴の言う通り帳から出たら綴はどうなるんだろうか。乙骨は迷った、その時足に違和感をおぼえた乙骨が足元を見ると、子蜘蛛達が糸で乙骨の足を縛っているではないか。

 

「あ、甘菜先輩! 足が!!」

「何やってんだ手前はぁ!?」

 

 子蜘蛛を振り払った綴が乙骨の元へ駆けつけようとした時、上から大きな何が降ってきた。

 

 

 

......................................................

 

 

 

【現在・病院内】

 

 

「………」

 

 久しぶりに見た津美紀は、何をしても反応が無かった。つい二年前までは伏黒のことで相談してきていたというのに、その口が動くことはない。

 用意されていた椅子に座り、津美紀を観察する。流石にずっと寝たきりだったため、痩せてしまっている。自分のことは棚に上げるがとても体調が良いようには思えない。

 

「……不思議な感じだ」

 

 自分にとってどうだっていい存在は、死んだって構わない。だが何故だろう、伏黒が助けを必要として、津美紀を守らなければならないとなった時、綴はほぼ迷わずに津美紀の護衛を承諾した。前の自分には無かった変化だ、きっと良い方向に変わっているんだろう。

 夏油は昔、どうしても非呪術師が大嫌いで何を言われても頑として守るだなんてことするつもりがなかった綴に、弱者生存、呪術師は非呪術師を守るべき存在だと何度も言った。

 尊敬する夏油の教えの中で一番理解ができなかった。それでもその教えを綴は守った。だから子蜘蛛が出たあの任務でも一般人を助けることを決めたのだ。そのせいで上手く動くことができなくなってしまったが。

 

 綴は辺りに糸を張る。姿が見えずとも呪力は感じられる。恐らくこれには意味がない。それでも何かできることは無いかと、綴は考える。本当に何をしているんだか、自分でも呆れてしまう。

 

 ん?と綴は糸を張った後に違和感に気が付いた。

 

「まじかよ」

 

 すぐにそちら(・・・)へ向かいたかったが津美紀の護衛を放棄するわけにはいかない。綴は苦虫を噛み潰したような表情を見せるがその場からは動かなかった。

 

 

 

 それからどれほど時間が経っただろう。気が付くと病室の扉を伏黒が開けて入ってくるところだった。

 

「甘菜先輩」

「終わったのか?」

「はい」

 

 そうか、と言うと綴は椅子から腰を上げて伏黒の元へ向かう。

 

「……ま、ちょっとはマシな(ツラ)になったか」

「え? それってどういう……」

「その感覚を忘れんじゃねぇぞ」

 

 伏黒が綴に質問しようとすると、綴は伏黒の額を叩く。訳も分からず呆然とする伏黒だが、綴はさっさと病室を出ていってしまった。

 

「………マシな面…か」

 

 普段から綴には「その面が気に食わない」と額を叩かれる伏黒だが、今回はそこまで痛くなかったような気がする。それに嬉しかった。綴に少しでも認めてもらえた気がした。顔が少しニヤけてるのが自分でもわかった。

 

 

 そんなふうに伏黒から思われているとは梅雨知らず、綴はこの病院の問題の場所へたどり着いた。そこは個室のようで、女の子のクスクスという笑い声が聞こえてくる。誰かと話しているようだが、綴にはそれを気遣う余裕はない。

 躊躇なく扉を開けると、笑い声がピタリと止まる。

 

「……だれ?」

 

 ベッドの上にいたのは幼い少女。そしてその膝の上にいたのは、丸くて黒い、大人の頭とほぼ同じ大きさの同類(・・)だった。

 

《初めましてだな、兄弟よ》

 

 綴は我慢できずにそれを鷲掴みにして地面に叩きつける。

 

「なぁにが、兄弟だ!」

「もち丸!」

 

 少女はベッドから降りるとそれ(子蜘蛛)に駆け寄った。

 有り得ないと綴は頭を抱えるが何度見ても目の前に広がる光景は変わらない。

 

「しっかり使役されてやがる……」

 

 ベシャッと潰れた子蜘蛛だが、徐々に元の形に戻っていっている姿が腹立つ。

 そして、少女の呪力はかなり強力なものであることがわかる。だが、その姿から少女がただの一般人であることがわかった。だからこそわからない。この子蜘蛛は少女に使役されている。

 それは子蜘蛛を生み出した呪術師ですら出来なかった術だ。それを、この何も呪術を学んでいない少女が使役しているだなんて。

 

《まあ話しは聞いてほしい》

「……なんで使役されてんだ?」

《キミ、私の話し聞く気ないな?

 まあいいさ、私が彼女に使役されている理由……それは、彼女が可愛かったから……っ!!》

「ロリコンじゃねぇか!」

 

 綴はまた子蜘蛛を地面に叩きつけた。

 

「もち丸、大丈夫?」

《大丈夫さ、マツリが私の手を握ってくれたらね》

 

 それを聞いて綴はまたキレた。

 

《ええい! 私の話しを聞きたまえよ!》

「いちいち癇に障るようなこと言ってる手前のせいだろうが!

 そんで? これはどういうことだ?」

《話せば長いが……》

「三行で話せ」

《マツリがちっちゃい頃の私を飼う。

 マツリが可愛い。ずっと一緒にいたい。

 マツリと契約したよ、やったねハッピー!!》

「今この場で食ってやろうか……?」

《まってまーーって!! 悪かったからこれ以上マツリの前で無様な姿にしないでくれ!!!》

 

 綴はあまりの出来事に頭を抱え、そして携帯電話を取り出した。

 

「もしもし、五条? ………助けて」

 

 五条に助けを求めるくらい、割と綴は限界だった。



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23話

「──えーと……どういう状況?」

 

 五条が病室にやって来ると、ちょうど綴が怒りながら黒い物体を床に叩きつけるところだった。五条の問いかけにグリンと振り返り、綴は目を血走らせながら「俺もわからねぇよ!!!」と叫んでココ最近で一番の八つ当たり(飛び蹴り)を五条に食らわせる(避けられたが)

 

「綴が僕に助けを求めるくらいだから、ヤバい案件だとは思ってたけど……ヤバいの方向性が違うよこれは」

「どうするべき? 祓う? 祓う?? これ祓おうぜ? 今すぐ食うから」

「綴の殺意が天元突破。

 食べるのは駄目だからね。ひとまず落ち着いたら?」

 

 そうする、と言い綴は病室を出て行く。

 病室に残ったのは五条ともち丸と呼ばれた子蜘蛛、そしてもち丸を使役しているマツリだけだ。

 

「……使役されている理由は聞いた。随分その子のことを気に入っている」

《────》

「えーとね。《まぁな、マツリのじゅりょく、は私の腹をみたす?のに、じゅーぶんにあるからな》だって」

 

 なるほど、使役者と同類(子蜘蛛)にしか言葉が通じないのか。

 

「君はマツリちゃんだっけ?」

「うん、夏岸(なつぎし)(まつり)です!」

「歳はいくつ?」

「えーとね……五歳!」

「お父さんやお母さんは?」

「いないよ?」

「なるほどー……お前、食ったな?」

《────》

「?」

 

 子蜘蛛は飢えると人や他の呪霊を食べる。カマをかけて言葉がわかるはずがないのにあからさまに狼狽したということがわかった、ということは正解だったようだ。なんてわかりやすい呪霊なんだろう。

 しかしここまでの大きさになっているということは綴ほどとは言えないが、それなりに子蜘蛛を食べている。

 

「クソがっ」

「おかえり」

 

 そうこうしているうちに、綴がペットボトルに入ったジュース類を三本持って帰ってきた。まさか知らないうちに自販機も使えるようになっていたとは。昔は爆発するからと言って近寄りもしなかったのに…………次はどんな嘘をついてやろうかな?

 

「なんか失礼なこと考えてたろ?」

「ナンノコトカナー?」

 

 五条はジュースを受け取ると本題に入ろうと声を掛ける。マツリはいちごオレに気を取られているようだ。

 

「もち丸だったかな?」

《餅のように柔らかいからもち丸だ》

「メカ丸と被るから改名しやがれ」

《無茶を言うな。キミ、さてはこのもちもちパーフェクトBODY(ボディ)が羨ましいのだろう? キミは人型だ、無理もな痛たただただ!! やめっ! 頭が潰れ!? マ、マツリー!!》

「綴ステイ」

 

 もち丸の言葉は綴が同時翻訳することで五条との会話が成立する。途中でそれを放棄されるのは不味いので、できるだけ綴の癇に障るようなことを言わないで欲しいものだ。一応マツリがいるのだが、言葉足らずで言葉の意味がわからないので、発音も曖昧、変な所で言葉を切るのでスムーズに話を聞くには綴の翻訳が最適だ。

 

「もち丸! これおいしい!」

《そうか、良かったな。兄弟よ、褒めて遣わす》

 

 我慢の限界だった綴は、「うがぁぁぁあ!!!」と五条も初めて聞くような声を張り上げてもち丸を床に叩きつけた。本日四回目である。

 

「話進まねぇ……」

「もう頭空っぽにした方がいいと思うよ」

「そうする」

 

 もち丸の話を聞くと、マツリは昔三十蠱毒を生み出した呪術師の子孫であり、その先祖返りであるそうだ。マツリとその家族自体は呪術界とは繋がりはなく、ただの一般人。先祖返りしたマツリを初めは呪ってやろうと画策するものの、その純粋さと優しさに惚れ、百匹揃い、且つマツリがある程度大きくなってから身体を皮として使ってやろうと考えたらしい。

 

「──五条、やっぱり食うか祓うかした方がいい。

 子蜘蛛はどこまで行ってもただの畜生だ。折本里香みてぇに、憑いてる奴絶対に守ろうだなんて意思はねぇだろうし、隙があれば百匹だとか成長してからだとか言う前に食うぞ」

 

 その畜生の兄弟に呪われている綴だからこそ説得力がある。首筋には前相変わらず忌々しい刺青が見える。

 

《そんなことはない、私はマツリがとても大事だ》

「うるせぇよ、ロリコン(畜生)が」

《食物前提でお付き合いしたい》

「──~~っ!」

「綴、翻訳ー、翻訳翻訳〜」

 

 怒りのあまり翻訳を忘れていた。

 

「うーん、どうするべきか……」

「乙骨と虎杖の時みたいにどうにかするのか?」

「ま、あの二人よりもマツリの方が受け入れやすいだろうね。

 飢えなければ主に被害に合うのは被呪者だ。ただ……」

 

 それでは百匹しかいない子蜘蛛を二人が奪い合うことになる。高専が封印していた子蜘蛛は全て盗まれている。オマケに綴が食べた子蜘蛛は三十匹以上、子蜘蛛の残りが少ない。

 それに、いつ許容量を超えるかわからないと度々上層部でも議題に上がる。今は甘菜家という後ろ盾があるが……もしも綴の後釜、呪われている訳ではなく使役している人間、更には三十蠱毒を生み出すほどの実力を持った呪術師の先祖返りが現れれば、恐らく綴は虎杖の時と同じように消されるだろう。

 かといって、この少女を見捨てることはできない。

 

「……ま、死期が早まるってだけだろ? 俺がやるべきことはその時まで変わらない。むしろホッとしてるよ」

「悪いけど、綴には僕よりも強くなってもらって後輩達を育ててもらう予定だから」

「俺が指導者とかマジ無理だわ」

 

 綴はこれを奇跡(・・)だと信じた。三十蠱毒の使役がどんなものかは前例がない。だがこの使役が成功すれば?マツリがこの子蜘蛛共を本当の意味で統制できたら?

 それに、これは呪霊操術だ。かつての師を思い出し、綴はもしものことを考えてしまう。あの人のように、完璧に呪霊操術をマスターして、子蜘蛛と主従関係をハッキリとさせてしまえれば。

 

「………」

 

 いや、なにを考えている?

 今一瞬なにか(・・・)に思考を奪われなかったか?

 とにかく自分はこのもち丸をはやく祓ったほうがいいと………考えているはずなのに?この一連の思考、もち丸を祓わない方向で考えていなかったか?

 

「綴、幸いマツリともち丸は今のところ一心同体という訳では無いらしい。食べた数もそれなりで、綴よりは少ない。いざとなったら引き剥せるだろう。

 この子もこちらに引き込んじゃおうか」

「俺、これ祓おうって……」

「え?そんなこと言ってたっけ?」

「わざとらしい……」

 

 綴は頭をボリボリとかいてから、深くため息を吐きながらわかったよ、とぶっきらぼうに返した。

 

「よし、じゃあマツリともち丸を見つけた綴に二人のこと任せるから」

「え?」

「じゃあ僕はこれで! あ、上層部(馬鹿共)のことは任せて、説得はちゃーんとするから!」

「は?」

 

 まさか、まさかまさかなのか?

 

「マツリちゃん、このお兄ちゃんは甘菜綴君。君のお師匠になる人だ」

「おししょー!」

「それからもち丸、片腕上げて僕と同じ言葉を繰り返してくれ。

 綴は兄弟、食べ物じゃない」

《綴は兄弟、食べ物じゃない》

 

 それだけ言い残すと五条は消えた。

 残るのはやたら高い声で自分をおししょーと呼ぶ少女と、その腕にすっぽりと収まり兄弟と呼んでくる黒い物体だけだった。

 

「五条────!!!」

 

 そして綴はストレスで血反吐を吐いた。

 

 

 

......................................................

 

 

 

【一年前】

 

 

 綴と乙骨の目の前に現れたのはでかい蜘蛛だった。

 

「ま、まさかこれも……」

「子蜘蛛だな」

 

 こんなにでかいのにまだ子供であると言われ、乙骨は戦慄する。生体になればどれほど大きくなるんだろうか。

 

「数的には……十七前後ってところか」

「え、なにが?」

「食った数だよ………やっぱり、ここらの蜘蛛全部食ってやがるな」

 

 現在、綴の食べた子蜘蛛の数はこの子蜘蛛とほぼ変わらない。

 

「食い方悪ぃからデブるんだよ」

 

 綴の挑発を受けたのか、子蜘蛛が糸を吐く。乙骨の足元に絡みついた糸を取って乙骨を抱えると、綴は腕から糸を出して上に避ける。

 

「いいか、絶対に出てくんな。できるだけ戦いを見るな」

「そんな! 先輩一人でそんなこと……っ」

「余裕だっつーの。舐めんなボケ」

 

 綴は子蜘蛛に見えない場所に乙骨を放り捨てると、子蜘蛛と対面する。乙骨がコチラを見ていないことを確認してから綴は足元にいた小さな子蜘蛛を食べた。

 子蜘蛛同士、食べた数が似通っている場合力は拮抗する。ここは少しでも食べて相手と差をつけないと負ける。

 五条や学長の夜蛾にはこっぴどく叱られるだろうが、この場合は仕方がないだろう。ということにして、今回のことは見逃してもらえないだろうか。無理か。




五条悟はとんでもないものを置いていきました。
それは、綴のストレスです。


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24話

 乙骨の顔の横を蜘蛛の足らしきものが横切る。それはしばらく激しく動いた後にパタリと倒れる。

 綴の方を見たい衝動に駆られるが綴の言いつけを破った時が怖いので必死に物陰を背にして自身の気持ちを抑える。

 

 一方綴は子蜘蛛の八本の足のうち三本を切り離し、そのうちの一本を食べていた。

 これで子蜘蛛の身体の部位を完全に切り離すことで、その子蜘蛛の食べたものを奪える。なので数が同等の綴と子蜘蛛はまずその奪い合いから始まっていた。奪って食うことでその子蜘蛛の今までの記憶を引き継ぐことができ、それを即戦闘に活かす。こうして呪力も戦闘経験も一気に向上することができた。

 乙骨は綴に言われた通りに、物陰に隠れてこちらを見ないようにしているため周りを気にせずに戦える。この場で全部食べてしまえば乙骨に自分が子蜘蛛だと教えてしまうことになるので、全部食べないように我慢しなければならないことが一番のネックだが。

 

「先輩!!」

 

 後ろから乙骨の声が聞こえた。綴が後ろを振り向くと、物陰から顔を出した乙骨、それから怯えた顔をした少女がいた。

 

 乙骨が物陰に隠れていると、少し離れた場所の物陰に少女を見つけた。乙骨とは違い、顔を物陰からだして綴と子蜘蛛の戦闘を見ているようだ。乙骨は勇気を振り絞ってその少女のところまでなんとか向かう。

 

「だ、大丈夫?」

「ひっ」

 

 すっかり怯えきってしまっている。

 

「えーと、大丈夫だから。俺達は、その……味方というか、えと、君達を助けに来たというか……」

 

 必死で説明するが、途中から自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。

 とにかくこの少女をどうにかしてここから連れ出さないと。

 しかし出口の前には子蜘蛛がいて出ることなど到底不可能だ。乙骨は綴にこのことを伝えるために腹の底から声を出した。

 

「先輩!!」

 

 それを伝えるために綴の方を向いた。そして何故見るなと言われたのか理解できた。

 綴の口の周りは何か、液体らしきものがベッタリと付いている。そして手元を見てわかってしまった。綴は蜘蛛の足を持っていた。それに噛み付いたような跡もある。

 綴は子蜘蛛を食べていたのだ。綴も子蜘蛛なのだ。

 

「見んなっつっただろうが……」

 

 今まで聞いたどの声よりも恐ろしかった。

 綴は目の前にいるすっかり弱った子蜘蛛を糸で捕縛する。身動きが取れなくなり、子蜘蛛は諦めたように抵抗することを止めた。諦めて食われることを望んでいるわけではないが、今この場で抵抗してもこの糸は更に絡みつくだけだとわかったのだろう。

 

 綴は口元を作務衣の袖で拭うと呆然としていた乙骨の頬を殴る。一瞬何が起きたのかわからなかった乙骨だが、ジンジンとした痛みで、自分は綴に頬を殴られたことに気が付いた。

 きっと見られたくなかったのだろう。今更見てしまったことを後悔する。

 

 出口から外へ出るまではみんな無言だった。

 外へ出ると出迎えたのは五条で、乙骨は心底安心したようにほっと一息ついた。

 

「子蜘蛛が出たんだって?」

「一応糸で縛ってある。早いとこ封印しようと思う」

「それはもちろん……だけど綴、食べたね?」

「………」

 

 空気がピリッと変わる。重苦しく、痛々しい。

 乙骨は耐え切れず五条に綴は自分を守るために仕方がなかったんだと伝えようとするが、綴に睨まれてしまって声が出なくなった。

 

「帰ったらすぐ検査だからな」

「わかってる」

 

 綴が一歩踏み出して車へ向かおうとした時、綴の頭に石が当たった。

 

「ば、化け物!!」

 

 少女だ。少女は綴と子蜘蛛の戦いを最初から全部見ていたのだろう。綴を見る目は恐怖と嫌悪感で塗れている。綴は足を止めると少女を睨みつけた。

 

「綴、ストップ」

 

 綴の腕を五条が掴む。細すぎる腕に顔を顰めそうになるが、それを堪えて綴を抑えだ。そうでもしなければ綴はこの少女に何をしたかわからない。元々非呪術師に苦手意識があり、同時に嫌悪感も心の隅にあるような綴だ。戦闘後だということもあり、気が高ぶっているところにそこをつつかれて、綴は怒りを爆発させてしまったのだろう。

 

「帰るよ」

「…………わかってるよ」

 

 この場で堪えたのは五条が止めたから、であるのと同時にかつて師が、非呪術師は守るべき存在だとそう綴に何度も論してくれたからだ。尊敬する彼の教えの中で一番理解ができなかったことだが、綴はそれを守っていた。

 

 

 

────────────

 

 

 

 それから数日が経ち、乙骨達一年生はしばらく会わなかった綴と学校の廊下でたまたま出会ってしまった。

 

「………」

 

 露骨に嫌そうな顔になる綴は、何も言わずに通り過ぎようとする。

 

「先輩、あの……ありがとうございました!」

 

 乙骨は綴の背中に向かって頭を下げてそう言った。チラリと乙骨達の方を見ると、他の一年生達も頭を下げていた。

 

「………は?」

 

 意味がわからないと綴は四人を睨みつける。

 四人は綴の過去、子蜘蛛関連以外のことを五条から聞かされていた。本人の承諾もなしなところが五条のデリカシーのなさを更に浮き彫りにさせたが。

 その過去は非呪術師や、呪力のない真希を毛嫌いする理由になった。今までの仕打ちを真希は許せないと言ったが、今回助けられてしまたのは事実だ。

 綴がいなければもっと苦戦していたし、最悪死んでいた。あの時一般人を見捨てることもできたはず。一年生を気にして戦わなくても良かったはず。それでも綴は決してどちらもしなかった。

 五条曰く、綴は優しい子だから見捨てることはできなかったのだろう、と。綴は自分達に実はそこまでの悪感情を抱いている訳では無いということだ。

 

 綴は一年生達を無視して去っていった。

 

「あの人、いつまでもあんな感じなのかな?」

「さぁな……でも、あの時私を無視しなかった」

 

 あの時とは、子蜘蛛の件で全員が額を叩かれた時だ。一人一人の悪かったところ(パンダは理不尽に叩かれただけ)を的確に伝える際、いつもの綴であれば真希を無視していただろう。だがそれをしなかった。

 

「このまま仲良くなっていけたらいいのにね」

「いや、それは……」

「ない、ないない」

「しゃけ」

「…………みんな、本当にどれだけトラウマになってるの?」

 

 顔を青くさせてガタガタと震える三人を見て、乙骨は本当に何したんだろう、と内心三人のように震えるのであった。

 

 

 

 綴はその日、自分の身体に起きた不調をハッキリと自覚してしまった。

 味がよくわからない。何を食べても薄味に感じてしまう。自業自得なのはわかっている。それでもたった数匹食べただけでこんな風になるとは思ってもいなかった。

 

「上が、前の任務で捕まえた子蜘蛛全部食っとけってよ」

 

 不安になった。身体がどんどん自分のものでは無くなっていくことに。だから綴はそれをぶつけられる唯一の人物にそれとなく今自分が不安になっていることを伝えた。

 

「嫌なら無理しなくてもいい」

 

 サングラス姿の五条はいつもより表情がわかりやすい。あからさまに顔を顰めている。

 上層部からの綴の印象は、子蜘蛛を祓うための生贄だ。子蜘蛛全てと道連れに死んでくれと、そう思っている。だから綴に次々と子蜘蛛を食わせようとする。暴走したらどうする、という五条に対して彼らは、ならばまた(・・)閉じ込めればいい、虫は虫かごに入れるのが一番いい。とそう言った。

 綴が一言、もう嫌だと言えばきっと上層部は無理矢理にでも綴を従わせようとするだろう。しかし、五条に助けてと言えば、きっと五条は綴を助けようと尽力してくれるだろう。

 でもだめだ。どうしても恐怖が勝ってしまう。もう二度とあそこ(・・・)には戻りたくない。

 

「嫌………なわけねぇだろ? 俺が決めたんだ、最期までやってやる」

 

 綴と付き合いの長い五条は、綴が不安になっていることには気がついていた。

 

「綴、本当に無理しなくてもいい。どうにかするから」

 

 五条はいつもそうだった。あそこにいた時も、助けてくれたのは夏油でも甘菜家でもなく、五条悟という男だった。

 

「……………やめてくれよ、これ以上俺に優しくすんな」

「やだね! 僕は綴をこれでもかってくらい甘やかしてやるって決めてるから!」

「へいへい」

 

 鬱陶しいはずの存在なのに、酷く心が落ち着いてしまう。

 

 

 

────────────

 

 

 

 冬の某日。

 任務明けに家入の検査を終えた綴は、突然感じたよく知っている呪力を感知した。

 怠くて仕方がない身体を引きずって、急いでその場所へ向かった。乙骨と真希、パンダに狗巻が最初に接触していたようだ……ずっと会いたかった人。かつて自分を殺しかけた人。憎くてたまらない人、大好きで仕方がない人。

 

「久しぶりだね、綴」

「夏油……さん?」

 

 夏油傑。その人が今目の前にいる。

 夏油は迷わず綴の元へやってくる。一年生達が警戒しているのがわかるが、夏油はそんなものお構い無しで綴を抱きしめた。

 

「大きくなったね、綴。今は16歳か、今まで誕生日を祝えなかったからね、今回は今までの分を合わせてお祝いしたい!」

 

 突然過ぎて何が何だかわからない。誕生日とか、そんなことどうだっていい。

 

「なんで? なんで、今更……っ!?」

 

 わからない。この人がわからない。

 綴は酷く混乱していた。

 

「綴なら、私の思想に共感してくれるはずだ。

 綴、私と一緒にこの世界から非呪術師、猿共を一人残らず殺す。綴も猿共は嫌いだっただろう?」

 

 そういう事か、きっと夏油は綴を戦力としたいのだ。だからこうやって誘いにくるんだ。疲れのせいでまともな思考が出来ていないと自覚しつつ、綴はそう結論づけた。恐らく夏油の真意はそうではないと心の奥底ではわかっている。でもそうしなければ、直ぐに夏油に揺れ動いてしまいそうだった。だから気が付かないフリをした。

 

「……確かに、非呪術師は嫌いです。人とは違うことを認めようとしない非呪術師が嫌いです。当たり前を押し付けてくる非呪術師が嫌いです。でも、俺は非呪術師を猿だと思ったことは一度もねぇよ。非呪術師は守るべき存在だ」

 

 口から臓物が出そうになるほど、綴は内心怯えていた。夏油に呆れられてしまうのではないかと、嫌われてしまうのではないかと。あれだけの仕打ちを受けてなお、綴は夏油のことを実の兄のような存在として慕っといた。

 

「そうか……残念だ。でも綴の本音が聞けてよかった。

 綴は本当に優しい子だね。私はそんな綴だからこそ、迎えに来たんだ」

「え?」

「綴、君にしたことは許されないことだというのはわかっている。

 それでも、綴が私を許してくれると言ってくれるなら……またあの日のように、私の隣にいて欲しい」

 

 綴の目線に合わせて夏油がしゃがんでいる。幼い頃と同じように、良く言い聞かせるために夏油が昔綴にしていた行動と一緒だ。

 奥歯がギリギリと鳴ったのがよく分かった。叫びたい。ふざけるなと。でも、言いたいことを全部言ってしまえば、きっとこの人を傷付けることになってしまう。綴が視線を地面に落とした時、視界の端に五条の姿を捉えた。

 

「僕の生徒にイカれた思想を吹き込まないでもらおうか」

「悟ー!! 久しいねー!!」

 

 満面の笑みとは対照的に、五条の顔は険しかった。夏油が動き出して、真っ先に綴と接触してくるだろうと思っていた。その綴の表情は苦悩を浮かべている。

 

「まずその子達から離れろ、傑」



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25話

「おぇ」

 

 好物を吐き出してしまった。せっかく買ってきた物なのに。

 現在、綴が食べた子蜘蛛の数は三十四匹。最近まではたったの十七匹だったのにだ。上層部からの命令と強い術式研究を推し進める甘菜家からの圧力により、綴は一気に人から遠ざかった。それに加えて、先日の夏油の件で綴はすっかり参ってしまったのだ。

 

「12月24日、か……」

 

 カレンダーを見ると、もうそれは明日に迫っている。

 夏油は宣言した。12月24日、東京・新宿と京都に千の呪いを解き放つ。百鬼夜行を行なうと。

 綴は正直夏油と戦う気などなかった。そんなことできるはずがない。総力戦だと言われたが覚悟ができるはずがなかった。

 

「何でだよ、傑兄ちゃん」

 

 いつの日か、夏油を面と向かってそう呼ぶことは無くなった。小学2年生になってから、途端に気恥ずかしくなったからだ。それに幼心に"さん"を付けて読んだ方が師弟関係のようでかっこいい、等と思ったのだ。まだ夏油のことを忘れることが出来ない自分に腹が立つ。

 

──仕方がないだろう? 大好きだったんだ。

 

 眠れない夜を綴は過ごした。

 

 

 

 翌日、綴達は新宿にて夏油一派を迎え撃つ準備をしていた。今二年生達は京都に遠征中だったが、綴は任務と体調不良のためついて行けなかった。

 新宿内に糸を張っていく。一度に一箇所しか感知することができなかったが、先日食べた子蜘蛛のおかげで一度に全ての場所の呪力を感知できるようになっていた。

 その場に座り込んでしばらく目を瞑りその時を待つ。その間、まだ夏油が呪詛師になっていない頃を思い出す。なんてことはない、ただの日常の一つ。夏油が綴の右手を持ち、五条が左手を持って、ブランコのようにゆらゆらと綴を揺らして遊んでくれていた時のこと。よく強請ってやってもらっていたっけ。二人ともノリが良かったから断ることなんか無かったし、むしろもっと面白い方法はないか模索していた時もあった。

 

「……来る」

 

 綴は同時に感じた呪力により、目を開けた。

 

「数多数、呪力それなり、夏油さん………がいない?」

「綴も気が付いたか」

 

 すぐ側にいた五条も、ここに夏油が来ていないことがわかったようだ。

 

「おかしいよな?」

「あの目立ちたがりが前線に出てこない……京都の方なら何かしら連絡があるだろ」

 

 二人が何かあると警戒心を上げる中、伊地知が走ってやって来た。どうやら五条に報告があるようだ。その間、綴は糸の範囲を伸ばしていく。その中には高専も入っていた。ここまですると身体の節々が痛んでくる。

 

「綴!」

「!?」

 

 急に五条に引っ張られた綴は、パンダと狗巻の元へ連れて行かれる。

 

「今から三人を呪術高専に送る(・・)

「はぁ!??」

 

 夏油は呪術高専にいると、五条はそう言った。そして最悪の場合乙骨と真希が死ぬであろうと。五条は夏油一派の中にいる異人の呪詛師を倒してからこちらに向かうようだ。

 綴は最悪を考えた。人の死は多く見てきたつもりだ。それなりに長い付き合いをした人物もその中に入っている。それなのに綴は乙骨が真希の死を考え、サッと血の気が引いてしまった。出会って、まともに交流したのはここ数週間のことだ。しかし綴はハッキリと「それは嫌だ」と思った。

 

「綴、一年生達を頼んだ!」

「わかった」

 

 綴の返事を聞いてから五条は三人を呪術高専へ術で飛ばした。

 

 

 

......................................................

 

 

 

【現在】

 

 夏岸祭が病院にいた理由は両親を何者かに殺害され、彼女は精神的に参ったダメージにより虚空に話しかけ、もち丸という架空の友人を作ってしまっているから……ということらしい。

 マツリの両親は親族とは殆ど縁を切っており、誰がマツリを引き取るのか揉めていたようだ。

 そこに現れたのが五条悟と名乗る胡散臭い男。なんとこの男、マツリを引き取ると言ってきたのだ。胡散臭いが彼は高等専門学校の教師と言うではないか。しかも知り合いに専門の医師がいるそうだ。

 しかし何故縁もゆかりも無い五条がマツリを引き取ると言い出した?その質問をぶつけると、マツリの両親とは交流がありもしもの時はマツリのことを任されているのだ。という冷静に考えると色々と嘘くさい話だが、厄介者を押し付け合っていた親族からすれば手を挙げて喜ぶほど、違和感など感じていなかった。

 

「そんなわけで! 今日から呪術師見習いの夏岸祭ちゃんでーす!!」

「マジでやりやがったこの男!」

 

 そしてそのマツリを綴に押し付けてくるのは目に見てえいる。

 

「おししょー! ふつつかもの、ですが、よろしくお願いします」

《世話になるぞ、兄弟》

「あーもー、何が何だかー!!」

 

 綴は頭を抱えて叫ぶ。最近こんなことが多いような気がする。

 

「あ、それから一年と二年が一級呪術師に推薦されたから、そっちの修行もよろしくー!」

「は!? それも!? 待て待て! いくら何でも今の俺には重労働だし、なにより俺学長に根回し……」

「え? ナンノコトカナー?」

 

 残念、五条はこんな奴だ。無責任に色んなことを押し付けていった五条はそのままどこかへ行ってしまった。

 夜蛾に後輩や同級生との接触をできるだけ無くしたいと言っていた。夜蛾も渋々ではあるがそれを了承してくれたはずだ。きっとこれは五条の独断だろう。

 

「あ、甘菜先輩マジでいた!」

 

 五条と入れ替わりのようにやってきたのは一年生達だった。

 

「……もう、どうにでもなりやがれってんだ!!」

 

 とりあえずこのイライラをぶつけるべく、虎杖、伏黒、釘崎の順番で額を叩いた。あまりの痛みに床に崩れ落ちる三人を見下ろして、綴は修行の準備に取り掛かる。

 といっても綴がやれることは少ない。準備中に時間ができれば五条も手伝うという旨のメールがきていたから、そこまで深く考えなくてもいいようだ。なら初めからそう言ってくれと壁をぶん殴る。

 

「先輩、あの子誰?」

 

 もう虎杖と馴染んで肩車してもらっている作務衣姿のマツリを釘崎が指差しで質問する。

 

「コイツも今日から一緒に鍛える。夏岸祭だ」

「マツリです! おししょーのでしです!」

《マツリの嫁、もち丸です》

 

 もち丸は綴に踏み潰された。

 

「手前ら一年共の面倒を見ろと言われたが、基本的に各自好きなことしてりゃいいよ」

「じゃあ先輩に挑んでもいいっすか!?」

「その場合強制的に俺から一本取らないと出られない道場にシフトチェンジする」

「何その仕様!?」

 

 各自それぞれ組手をしたり思い思いにしている間、綴はマツリの相手をすることになる。

 

「腕もうちょい上げろ」

 

 まずは構えから。見本を見せながらゆっくりと教えていく。

 マツリが子供だからか、虎杖や伏黒の時よりもだいぶ優しい教え方をしている。

 

「こう?」

「次は上げすぎ……そう、基本はそれ。あとは……」

 

 その様子を見て、虎杖はなんとなくモヤッと煙のように現れた感情に戸惑った。

 

「どうした、虎杖?」

「や、なんでもない!」

 

 今のはいったいなんだったのだろう。と考える間もなく、足元にいた蜘蛛の呪霊に虎杖は驚く。

 

「びっっくりしたぁ!!?」

《ほう、懐かしい呪力を感知したと思ったら……両面宿儺だな。

 初めまして私は三十蠱毒の百呪蜘蛛、もち丸だ。母の腹の中で貴方の呪力はよく感知していたぞ! しかし産まれてビックリ、その頃には貴方はバラバラにされて封印されたというでは無いか!》

 

 当然、虎杖やその中にいる宿儺にもち丸の言葉が通じるはずもなく。もち丸は虎杖に指(?)を差して「ぎゅーぎゅー」鳴く蜘蛛である。もちろん宿儺はこれが子蜘蛛であることに気が付いたが、毛ほども興味がなかった。なんなら伏黒をガン見してた。

 

《しかもなんだね、その姿! 人の身体に入り、しかも乗っ取れないとは! 我が兄弟も似たようなものだが、それでも呪霊の王かね!? む!? 何をする両面宿儺の器! 私のもちもちPerfectBodyを鷲掴みにするでない!!》

「せんぱーい、この怪生物なんスか?」

「マツリが使役してる呪霊だ。あんま触んな、汚れるから」

 

 「ぎゅーぎゅー」いいながら、やれやれというポーズを取っていたもち丸を鷲掴みにして綴に見せる。しかし綴は助けるどころか、もち丸を遠回しに汚いと言った。

 

《マーツリー!!!》

「あ! もち丸ー! わたし、かっこいい!?」

《かっこかわいいよー! 私のマツリー!!》

 

 マツリに助けを求めたが、マツリの満面の笑みを見れたのでもうなんでも良くなったもち丸であった。

 

「アイツ、まじで埋めてこようかな?」

 

 綴の呟きは聞こえないふりをしてもち丸はマツリに愛を叫ぶ。



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26話

【1年前・呪術高専】

 

「素晴らしい!! 素晴らしいよ!!! 私は今!! 猛烈に感動している!!!

 乙骨を助けに馳せ参じたのだろう!!? 呪術師が呪術師を、自己を犠牲にしてまで慈しみ!! 敬う!!

 私の望む世界が今、目の前にある!!!」

 

 真希もパンダも狗巻も地面に伏せっていた。その中で綴だけが、三人を庇うようにして夏油の前に立っていた。

 

「綴もそう思うだろう?」

「なんで?」

「ん?」

 

 微笑みを浮かべる夏油と真逆で、綴は苦痛そうだ。今にも泣き出してしまいそうで、一言しか言えなかった。次に会った時、疑問を全てぶつけてやろうと思っていたのに。

 

「君を、殺そうとしてしまったのは、本当に済まないと思っているよ。綴を迎えに行けなかったのは、また同じことをしてしまうかもしれないと思ったからだ。でも、今なら大丈夫だ。綴私と一緒に……」

 

 夏油がそう言いながら綴に近寄ろうとするが、綴は構えをとったまま半歩ほど退る。

 

「それがアンタの本音だとしても! 俺は、俺があの時どれだけ……夏油さんを信じたくて、何度も嘘だと思って……きっとまた、五条と一緒に迎えに来てくれるんだって……でも、現実は変わらなかった!!」

 

 綴は腕から伸びた糸を引っ張る。すると夏油の周りにある地面が割れていく。それがある程度持ち上がると綴は地面を引っ張りあげていた糸を切り、夏油の真上から落ちる。

 

「毎日毎日、辛くて……一番いて欲しい時に、アンタはいてくれなかったじゃねぇか」

 

 思い出すのは、真っ白な部屋。自分はその真ん中で虫の標本のように磔にされている。どれだけ叫んでも、どれだけ正気を失っても、どれだけ許しを乞うても、誰も助けてなんてくれなかった。

 

「そう簡単に許してもらえるだなんて思っていないよ。

 でも綴、今度こそ(・・・・)私は綴と一緒にこの世界を変えたい。綴が幼い頃に語っていたものとはかけ離れているものだが、綴も思っているはずだ」

 

 また夏油は綴の目の前でしゃがみ目線を合わせてくる。あの攻撃を呪霊を使って逃れたようだ。別にそれで仕留めることなどできないとわかっていたから、驚くことは無い。

 

「猿……は綴に怒られるな。非呪術師はこの世から消えた方がいい。アレがいる限り、綴と同じ子が後を絶たない」

 

 父親の怒号と母親の悲鳴はよく覚えている。あの日まで、あんなに仲の良い家族だったのに、俺が見えて(・・・)持ってしまった(・・・・・・・)から起きた悲劇だ。"化け物"という言葉はあの頃から大嫌いで仕方がない。例え自分に向けられていない言葉だとしても、冗談で言った言葉だとしても、綴は大嫌いだ。大好きな父親から吐き出され続けた呪いだから、綴は大嫌いだ。

 

「…………アンタの言ってることは理解できるし、共感だってするよ。前の俺なら、即答して夏油さんについてった。でも、俺は非呪術師を皆殺しになんかしたくない。これは俺の罪滅ぼしだから、その中には真希や、父さんも入っているんだから」

 

 今度は俯くことはしなかった。家族を壊してしまった自分にできるたった一つの罪滅ぼし。非呪術師を守るという生き方を示してくれたのは、他でもない夏油だったから。かつての夏油傑を否定したくない。夏油が殺して捨てた夏油を自分だけでも抱えていたい。

 

「俺も、夏油さんにわかってほしい。夏油が俺にわかってほしいように、俺をわかってほしい」

「………綴、残念だよ。でも、良い目になった」

「ありがとうございます」

 

 二人とも笑っていた。穏やかな雰囲気であるが、この時二人は袂を分かったのだ。もう二度と同じ道を行くことはできないだろう。

 夏油は呪霊を出すことはしなかった。体術がメインの攻防が始まる。夏油に教えて貰っていた時のように。きっと綴は昔のように夏油に一度も勝てずに終わるだろう。

 

 結局、綴は負けた。

 

「おや、泣かないんだな?」

「いつの話してんだよ」

「私に負けた後、泣いてるところを悟に揶揄われて更に泣いてたよね」

「はいはいはい、その後夏油さんに慰めてもらうまでがフルセット」

「負けず嫌いだったからな、綴は」

「クソがっ! あーもー、また五条に揶揄われる。っざけんなよ」

「そういえば、口が悪くなった!? 私の可愛い綴がついに反抗期に!?」

「うるせぇ! こちとら十年前から反抗期してんだよ!」

 

 地面に寝転がる綴とそれを見下ろす夏油。

 

「………マジでやるの?」

「うん」

「……夏油さん、ちょっとお願いがあるんだけど」

「ん?」

行かないで

 

 綴は夏油の方を見なかった。その目尻には涙の跡がある。あまりにも小さくて震える声を、綴は言ってしまったあとに口を手で覆う。そんな綴の頭を優しく撫でてから、これから来るであろう乙骨を待ち構えるために気持ちを切り替える。

 

 

 

────────────

 

 

 

「綴、大きくなったな」

 

 夏油は乙骨に負けた。何とか逃げることができたが、今度は五条に見つかった。もう逃げられない。だが焦りは無かった。最期に言い残すことは無いかと問われ、自身の思いを語った後、夏油はあの(・・)小さかった手を思い出す。

 

「この前測ったら164cmだったな」

「その間の写真とかない?」

「あるけど、持ってない。なんで今あると思ったんだよ」

 

 五条に手を差し出して写真を催促するが当然、五条が今綴の写真を持っているわけなく。ガックリと夏油は肩を落とす。

 

「それから、綴になんか術かけただろ!? あとで解呪しとくからな!」

「私が死んだら意味なくなるから、別に大丈夫だよ」

 

 それにしても、と夏油は五条を見る。

 

「綴に過保護になってないか?」

「綴はこれでもかってくらい甘やかしてやるつもりだから。お前の分もね」

「……それはありがたい。綴のこと、頼むよ。

 子蜘蛛は綴の器ができてからゆっくり食べさせてあげてくれ。あんまりあげないでいると、今度は飢餓状態になって人を襲い始めるだろうから。

 負けず嫌いだから絶対に揶揄うのはやめてくれ。

 あと、根が優しい子で頼られるのが大好きだ。無理しない程度に頼ってあげてほしい。

 それから、綴に伝えて欲しいことがある──」

 

 綴について夏油は五条に付き合い方の注意点などを話す。夏油にとって綴は心残りなのだ。本当は置いていきたくないはずだ。

 

「過保護はどっちだよ」

「全くだ」

「傑、────」

「はっ、最期くらい呪いの言葉を吐けよ」

 

 こうして夏油傑は親友である五条悟に殺された。

 

「怒らないの?」

「俺が手前を? できるわけねぇだろうが」

 

 夏油の遺体を抱き締めながら、綴はハッキリとそう言った。申し訳なさそうに綴は五条から目を逸らしている。

 

「むしろ、アンタの方が辛いだろ?」

「………」

「ごめん、ごめん。嫌なことばっかり、アンタに押し付けて。助けられてばっかりで」

「そう思うなら、強くなってよ。俺に置いていかれないくらいに」

 

 泣きたくなるのをぐっとこらえて綴は頷いた。

 そろそろ夏油の遺体を引き渡さなければならない。五条は綴から夏油の遺体を受け取り、背を向ける。綴はそれをジッと見つめる。五条の背中がだんだん遠くなる。

 

──五条だって辛いんだ。五条が一番辛いんだ。我慢しなければいけない。我慢しろ。

 

 一緒にいたかった。

 まだ、やりたいことがあった。

 

「綴、傑から伝言。 『生きて欲しい』 てさ」

 

 綴はそれを聞いて、もう我慢ができなかった。五条の背中に突撃すると、その腕から夏油の遺体が地面に落下する。綴はまるで連れて行かれないようにするようにそれを抱き締める。

 

「綴」

「嫌だ! 嫌だぁ!! まだ、一緒にいたい! 夏油さん……っうわぁあぁあっ!!」

 

 こんなに泣いた綴は久しぶりに見る。いつの間にか泣かなくなった綴の泣き顔、声は昔と全く変わらなかった。

 

「五条、ごめん。ありがとう」

「うん」

 

 暫くしてから綴は抱き締めていた腕を離した。

 今度こそ連れて行かれてしまう。でも、綴はそれを見ないように背を向けた。

 

 

 

 こうして、東京・渋谷と京都で起こった百鬼夜行は幕を下ろしたのであった。



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27話

この章は完全オリジナルとなっております。
この後にハロウィンできたらいいなー。


 そんな大きな事件があってから、あと2ヶ月ほどで1年が経つ。

 甘菜綴は大の字に寝そべり、その周りを五条悟とその五条に任された(強制的)1年生達と夏岸祭が取り囲んでいた。

 

「悠仁が呼びに来たから何事かと思ったら……何やってんの?」

「くっ! 殺せ!!」

「いや、殺せじゃなくて」

 

 来る日も来る日も1年生とマツリの面倒を見る日々に、綴はついに壊れた。虎杖1人見るのにも精一杯だった綴からすれば、同時に4人は流石にキツかった。虎杖曰く、自分達がここに来た時点でもうこの状態だとか。

 

「そもそもおれの任務どうしたよ!?」

「そこはほら、僕の人脈で」

「人脈あっても人徳ないくせによく引き受けてもらえたな!?」

「綴は人脈も人徳もないよな!」

 

 五条が綴の両腕を引っ張り無理矢理起こそうとするが、綴は逆に下へ五条を引っ張る。ただ、綴の体重が軽いため五条が本気を出せばすぐに引っ張り上げられてしまうだろう。

 

「甘菜先輩めっちゃ楽しそうだな」

「何を見たらそんな感想言えんのよ」

 

 虎杖の感想に釘崎が突っ込む。

 

「え? 伏黒もそう思わね?」

「まあ……いつもよりかは、テンション高い気がする」

「あー、はいはい。あんた達が甘菜先輩のこと大好きなのはわかったわ」

 

 綴がここまでテンションが高くなっているのは、久々に五条を振り回して構って貰えているからなのだが、五条はそれを知らないし綴は言うつもりなどない。どんな人間でもたまには子供に返りたいのだ。

 五条が綴の「あー…」という間の抜けた声と共に、綴をついに引っ張り上げたのを綴と五条のやり取りを静観していた虎杖達は見て、綴の周りへやってきた。

 

「とりあえず組手してろ」

 

 心做しかゲンナリした様子の綴が五条に吊られながら言い渡す。

 

「はい!」

「なんだ虎杖」

「ずっと組手しかしてません!」

「アドバイスとかしてるだろ」

 

 いや、そういうことじゃなくて。と言いたくても綴に威圧されて黙るしかなかった。

 まともに指導しているのはマツリくらいだ。他はもう基礎が出来ているのだし、と基本放置。チラッと見て良くない箇所を指摘する程度。この男、指導者として全く向いていない。

 

「え、今までずっと? ウケる」

「ウケないでください」

 

 五条は綴に苦言するどころか、ただ笑うだけだった。

 この頃にはもう虎杖も釘崎も五条が綴にめっぽう甘いことに薄々気が付き始めていた。伏黒はすでに知っていたことだが毎度毎度呆れてしまう。他の生徒に比べると5割増くらい綴に構いたがって、何かと特別扱いしているのが五条悟という男だ。

 しかし、綴が本気で1年生達を教える気がないことを察した五条は、流石にこれは良くないと、五条なりに綴を説得してみることにした。

 

「そっかー、綴には無理だったかー」

 

 つーん、と素っ気ない態度をとる綴に、五条はイラッとするがすぐに綴に気付かれないようあくどい笑みをその顔に浮かべた。

 

「これでも頼りにしてたんだけどなー、綴なら余裕でこれくらい出来ると思ってたんだけどなー。そっかそっかー、綴はそうやって出来ないことから逃げるんだー」

「は? 逃げてねぇし」

 

 よし食い付いたぞ。

 

「えー? だって自信がないから適当に3人をはぐらかして、終わらせようとしているんだろ?」

「ちげーし、勝手なこと言ってんなよ」

「ならちゃーんと相手してあげられると思うんだけどなー?」

「できるし、クソ余裕だわ」

 

 五条はそう言った綴の肩をポンと叩き「ならできるよね?」と伝えると、綴はハッとする。しまった、つい"できる"と言ってしまった。しかも"余裕"だとも言ってしまった。

 恐る恐る

虎杖達の方を見ると、虎杖は目をキラキラと輝かせ伏黒も何となく嬉しそうにしているようだ。

 やられた。言質を取られた。まずい。様々な思いが頭の中を飛び交う。どうすれば諦めてくれるんだろう?だがそうやって焦る綴を置いて、五条は「じゃ、あとよろしくー!」と去って行った。

 

「……………………次来たら松葉」

「物騒!?」

 

 長い沈黙の後に綴は仕方なく3人をまともに教えたが、終わった後にはいつも以上に疲れて起き上がってこない1年生達の姿があったという。

 

 



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28話

昨日の日間ランキングを見た。

( ゚д゚)

(つд⊂)ゴシゴシ

( ゚д゚)

(つд⊂)ゴシゴシ

( ゜Д゜)


日間ランキング、24位になってました!
皆さんありがとうございます!!!


 死屍累々。

 そんな言葉がこの場には似合うだろう。疲れ果てた1年生を見下ろして、綴はフンと鼻を鳴らす。ちなみにマツリはその様子を見学していた。

 

「このくらいで倒れるなら、俺の相手はまだ当分出来そうにないな?」

「せんせー、お兄ちゃんたちだいじょうぶ?」

「しらん」

 

 虎杖、伏黒、釘崎に課せられた課題。それは綴から一本とること。明確なルールはなく。いつ、どこでも、奇襲でもなんでもいいとのことだ。ハンデとして綴は呪流体術や糸を使わないことにしている。

 しかし勝てない。かつて綴から一本取れたという伏黒ですら、赤子のように捻られる。

 

「おかしくない? 伏黒とか式神使ってんのよ?」

「釘崎のピコハンも避けに避けられるしな」

「式神ってビビるんだな」

 

 のろのろと起き上がり、3人は作戦会議をすることになった。このままだとどうやっても勝てない。噂によれば、2年生のなかで似たようなことをした先輩がいるそうだが、現在海外に行っていて国内にはいないそうだ。

 

「てゆーかさ伏黒、釘崎。俺の頭へこんでない? 大丈夫? めっちゃ痛いんだけど?」

「あー…逆に盛り上がってるな」

「あんた思いっきり床に投げ付けられてたもんね」

 

 虎杖に言われて伏黒と釘崎は頭を確認すると、見事なたんこぶができあがっていた。道理でさっきから頭がジンジンとしているわけだ。痛みは波のように虎杖を襲う。

 チラリと綴のほうを見れば、もうマツリに稽古を付けてやっている。

 

「………」

「どうしたの?」

 

 虎杖はその様子をジッと見ていた。

 

「え? いや、なーんか……羨ましいなーって」

 

 ツイ最近までは虎杖に付きっきりで面倒を見てくれていた綴が、あまり見てくれないとなり、虎杖はマツリに嫉妬していた。子供っぽいだの自分らしくないだの、思うことは沢山あるがもう少し構って欲しいというのが、虎杖の本音だ。

 

「手前ら、休憩にすんぞ」

「はーい」

 

 素直に返事をする1年生達だが、疲れ果てており、流石にやり過ぎたかもしれないと内心で思う。基本理不尽の塊みたいな綴だが、こういう時に申し訳ないといつ気持ちはちゃんと持ち合わせている。

 

「………虎杖、ちょっと付き合え」

 

 そうだ、飲み物でも買って来てやろう。面と向かって何が欲しいか聞けない綴は、こういうことに聡い虎杖を連れて行けば2人の欲しい飲み物がわかるだろうと、無理矢理立たせて連れて行く。

 

「頑張れ虎杖、骨は拾ってやるわ」

「多分叩かれる程度だろうから」

 

 ただ、飲み物を買ってくるなど一言も言わなかったため、3人の中では虎杖が何か不味いことをやってしまっていて、それについて叩かれるとしか思えなかった。誰も助けてくれないと悟った虎杖は渋々綴について行く。

 

 

 

────────────

 

 

 

「ほれ」

「え、何これ?」

「それで4人分の飲み物が買っとけ」

 

 綴が虎杖に渡したのは千円札だった。

 虎杖と伏黒、釘崎それからマツリの分だ。

 

「この手のことは、手前がよくわかってんだろ?」

「良いんですか?」

「良いから出してんだろうが」

 

 飲み物、というチョイスはこの場面で間違いなんだろうか?と虎杖の反応を見て焦るが、喜んで千円札を自販機に投下した虎杖を見て良かったと安心する。

 

「先輩は買わないんすか?」

「いくら残ってる?」

「えーと、460円です」

「麦茶」

 

 綴と虎杖は飲み物を分けて持つ。

 

「手前、何にやけてんだ?」

 

 ふ、と虎杖の顔を見ると、明らかにニヤけているのがわかる。なんだコイツ、と引き気味に見ていると虎杖は焦ったように「違うんです!」と叫んだ。

 

「いや、甘菜先輩って兄ちゃんみたいだなーって……」

「……世間一般の兄弟がどういう関係を築くこは知らんが、手前がそう思うならそうなんだろ」

 

 綴にとっての兄や姉は五条であったり、夏油であったり、家入であったり……とにかく綴と虎杖の関係性とはかけ離れている。綴はどうやっても弟だとかいう存在は守られてしまう、という思いがあるが、虎杖に関しては何も思わない。むしろもっと苦労して強くなっていって欲しい。守ってやるだなんてまっぴらだ。なんて思っている。

 

「綴兄ちゃん……なんつって」

「その口縫い合わせんぞ」

「すみません」

 

 虎杖からは耳しか見えなかったが、きっと綴の顔は真っ赤になっているだろう。照れている。

 

「伏黒達、喜んでくれたらいいっすね」

「いや、別にそこまでは思ってねぇよ。これは詫びだし……」

「詫び? なんで?」

「なんでって………その、今日は流石にやり過ぎた、から……」

 

 五条に乗せられたこともあり、イラついていたのを八つ当たりしていたようなものだ。自分だったらそんなことをされるのは嫌だし、それをならばどんな形でもいいから何かしらしておかなければならないだろうと、綴が思った結果だった。自分がされて嫌なことを他人にするな、と幼い頃に喧嘩っ早い綴に母親が言ってくれた。

 額を叩くのはもう、癖のようなものなので被害者達には我慢してもらうしかない。

 

 綴が用意した飲み物は初めは驚かれたが、大いに喜ばれたのでよしとする。次はチョコレートやスナック菓子などでもいいかもしれない。いや、ケーキ類の方が喜ばれるだろうか。しかし甘いものが嫌いという人もいるかもしれない。好き嫌いについては事前に聞いておくべきなのだろうが、そんなことにできない綴は悶々と考え込んでいた。

 

 

 

【数日後──】

 

 修行終わりにクッキー類やスナック菓子等を囲み疲れを癒していた綴達の元に五条がやってきた。

 

「あ、僕にも1個ちょうだい!」

「手前にくれてやる菓子なんてねぇよ。まあ、サルミアッキならある」

「なんで!?」

 

 これは虎杖と釘崎に買い出しに行ったスーパーで世界一不味い飴だと言われて、その場のノリで3人で買ったものになる。というかよくあったな。

 

「そのうちシュールストレミングとか買い出しそう」

「しゅーる……?」

「あれよ、世界一臭い魚の缶詰」

「なにそれめっちゃ面白そう」

 

 頼むからこれ以上綴に変な知識を与えないで欲しい。そう思っている五条が1番綴に変な知識を与えているのだが。

 

「で? なんの用だよ」

「用がなかったら来ちゃダメ?」

「うん」

「傷付いたー! 綴の辛辣な態度に五条先生は傷付いたー!!」

 

 用がないなら帰れよ。とため息を吐くが、本当に用があったようで五条は綴と虎杖、伏黒、釘崎を呼ぶ。

 

「突然だけど緊急で任務が入ったよ」



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29話


 昔の夢を見ていた。

 

「素晴らしい! 君は本当に素晴らしいよ!」

 

 興奮したような男の声が耳に届く。

 自分は白い部屋で仰向けになって寝転んでいて、その胸や足、腕には鉄杭が刺さって、まるで虫の標本のようだ。なのに、自分はまだ生きている。

 襲ってくる痛みを耐えて、どれだけ死んだほうがマシだと叫んでも繰り返される。

 

 痛い、痛い痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い、痛い。

 

 何年……いや、もしかしたら2ヶ月も経っていなかったかもしれない。だがそれだけ長い地獄のような日々は、まだ10歳にもなっていない子供の人格を壊すには充分過ぎた。その頃になると自分は痛みに叫ぶことも無くなっていた。

 あの男はそれが気に入らなかったのだろう。今度は白い杭を持ってきた。

 

「これは、君の■■■■■だよ。よかったね、これからずっと一緒にいてくれるそうだ」

 

 実に数週間ぶりに声を上げた。殺してやる、とだがそれも虚しく白い杭は腹に突き刺さり、激痛を与えた。

 

 

 死んでしまえ、死んでしまえ死んでしまえ、あいつら全員死んでしまえ。殺す殺す、殺してやる。ここから出せ。出せ。なんでどうして。痛い痛い痛い。嫌だ嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺して。

 

 

 

 

 白い部屋がの壁が崩れた。

 いったいなんだろう、と目だけを動かすとそこにはよく知っている姿があった。

 

「遅くなってごめん。綴、迎えに来たよ」

 

 自然と涙が溢れてくる。

 

 

 

 

 

 そこで悪夢は終わり、後輩達の声で現実へ引っ張られた。

 

「先輩、なんか魘されてたけど、大丈夫?」

「………大丈夫」

 

 とりあえずそう答えてみる。

 

「ついたのか?」

「ええ、でも……あそこにいるのって、甘菜家の……」

 

 車から降りれば嫌でも目に入るのはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる男だ。甘菜綱治(つなはる)。甘菜家の四男だ。

 綴は思わず息を詰まらせるが、すぐに平常時の仏頂面に戻る。

 

「やあ、綴! 会えるのを楽しみにしていたよ。いったい何年ぶりだ? 大きくなって!」

 

 笑って綴の肩に触れる綱治だが、綴はその行動に鳥肌を立てる。

 

「任務が目的だ。俺は楽しみじゃなかった」

 

 綴がそう言うと、綱治は残念だと綴から離れる。

 

「その反応は、まだあの時(・・・)のことを覚えてくれているんだね? 嬉しいなぁ……あの時は五条悟に邪魔されたけど、次は絶対に邪魔が入らないようにするから。だから一緒に家に戻らないか?」

「うるせぇ……今回の任務、アンタとも勿論協力はする。たがそれ以上、おれに関わってくんな」

 

 そう吐き捨てると、綴は綱治から離れて宿泊先へとむかう。

 今回の任務は京都のとある山奥での失踪事件。それと同時にその山の近くで失踪者と同じ数の呪霊が確認された。失踪者の捜索と呪霊の討伐。それが任務の内容だ。

 

「しかし、こんな任務に5人も使うなんて……何処も彼処も人手不足だってのによ」

「先輩、さっきの人は?」

「認めたくはないが、戸籍上では上から4番目の兄貴。伏黒は1回会ったことあるな?」

「まぁ……はい。良い印象はありませんけど」

 

 後を追ってきた虎杖と伏黒、釘崎をチラリと見てから綴は答える。

 

「できるだけアイツに近寄んな。特に虎杖」

「え!? なんで名指し!?」

「アイツは呪霊研究を主にやってるからな。宿儺の受肉体なんざ、解剖したくてしょうがねぇだろうさ」

 

 下手すれば解剖されると知った虎杖の背中はゾワっとした。マジで?と伏黒のほうを見れば、首を縦に振って肯定される。

 

「気ぃつけろ。アイツは甘菜の中でも我慢できないタイプの人間だから、寝てる間に首と身体離れてるってこともある」

 

 そう虎杖に言い放つ綴の笑みは、今まで見たことがないほどに悪どいものだった。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

「今回の任務、あんたも着いて行ったら?」

「綴のこと?」

 

 家入梢子の言葉に五条はカルテを見ながらうーんと唸る。

 五条が見ているカルテには現在綴が併発している症状が書き込まれていた。

 

「味覚障害、不眠症、鈍痛、幻聴、幻覚、光過敏性発作……聴覚過敏……増えてるね」

「蛍光灯の音でも気になって仕方がないみたいだ」

 

 過食症までは五条も知っていた症状だったが、ここ数日で聴覚過敏が追加されていた。確かに最近は妙に物音に敏感になっている様子が見られていたが……。

 

「私の前でも誤魔化していたみたいだが、すぐにわかったよ」

「身長と体重も気になるね」

 

 現在、綴の身長は166cm。2年前は163cmで、ほとんど伸びていない。成長期が始まるのはだいたい12歳からだが……その頃からも綴の身長は1年で1cmから2cm、よくて3cmほどしか伸びないのだ。

 

「元々身長は高い方だったから、すぐに成長が終わっちゃったっていう可能性もあるかも知れないけど」

「そこは本人も気にしていたな」

 

 それよりも気にするべき点は……。

 

「46kgか……」

 

 軽い。166cmの標準体重は60.6kg、理想体重でも57.9kgだ。綴の体重はそれを大きく下回っている。この季節になってから作務衣の上に羽織を着たりして誤魔化しているようだがたまに袖から見える腕はとても細い。

 

「最近は綴の体調のこともあって任務に行かせなかったんだろ? なんでまた、この任務に……」

「僕も断り続けてたんだけど、甘菜家(あっち)が諦めてくれなくてさ。挙句の果てには上層部やらなんやらが加わって……って感じかな」

 

 上層部は綴を任務に行かせなさすぎだという理由で任務に引っ張りだそうとしていた。もちろん五条も黙っていない。ほかの任務ならまだいい。だが今回の任務はダメだ。そう何度も訴え、交渉するが、今回は相手が何枚も上手だった。きっと飽きる程の時間をこの時のために費やしたに違いない。

 

「……正直やり過ぎたかな」

「最近の過保護ぶりには本当に飽きれるよ」

 

 綴も引くほどに過保護になっていた自覚はある。過保護だとそういったが、あれ(・・)を見た家入も、綴には特別目を掛けてしまっている。

 過保護なのは甘菜家の人間と変わらないが、綴がそれを許容していること、過保護ではあるが過干渉はしていないことで綴は五条に嫌悪感を持つことはなかった。ただ、庇護対象として見られるのは我慢ならないようではある。

 

「だからこそ、僕がこれ以上綴にあーだこーだ言えば確実に冷たくなる。5割増しくらいで。

 最終的に行くと言ったのは綴だ。それにあの3人もいるから綴が嫌な思いをすることには、きっとならないと思う。

 綴には、僕や(あいつ)以外にも安心出来る場所が必要なんだよ」

 

 



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30話

今回も前章みたいな過去と現在行ったり来たりになると思います。


【12年前】

 

「傑兄ちゃんの嘘つきー!!!」

「ごめん! 本当にごめんね、綴!!」

 

 夏油傑の足にしがみついて離れない黒髪の少年、甘菜綴は長期休暇を利用して夏油に会いに来ていた。この日は、せっかくの休みだし遊園地でも行って一緒に遊ぼうか、と約束をした日だった。

 しかし、そんな夏油に緊急の任務が入り、夜も眠れなかったほどこの日を楽しみにしていた綴は置いていかれることとなった。

 

「任務と俺、どっちがだいじなのー!?」

「なんでそんな言葉知ってるの!? 誰から教わった!?」

「悟兄ちゃんー!」

「さーとーるー」

 

 夏油の部屋での騒ぎを聞きつけてやって来て、勝手に部屋で寛いでいる五条悟を睨みつけるが、五条は何処吹く風。

 

「あのな、綴。別に綴が嫌いだから行くわけじゃないんだ」

 

 出て行かなければならない時間はもうそこまで迫ってきている。夏油はしゃがんで目線を綴に合わせて語りかける。

 

「じゃあ、一緒に遊園地行こ」

「それは……ちょっと」

「やっぱり傑兄ちゃんは嘘つき!」

「うん、本当にごめん!」

 

 前日からあまり好きではないはずの非術師が沢山いるスーパーマーケットへ行き、300円分のお菓子(和菓子が多かった)を買い、明日着る服をこれでもないあれでもないとコーディネートする綴の姿を見ているからこそ、罪悪感が半端ない。

 

「傑ー、綴のことは俺が何とかしておくから、早く行ってこいよ」

「すまない悟! 綴、次は絶対に一緒に行こうな!」

「次っていつー!!?」

 

 綴は五条に抱き上げられ、夏油を捕まえることができない。

 

「綴、呪術は非術師を守るためにあるんだ」

「………うん」

 

 それはこういった時によく夏油が綴に言い聞かせる言葉だ。そしてこの後は絶対に……。

 

「いつもの喫茶店のいちごショートケーキ、買って帰るからさ」

「いちごショートケーキ!」

 

 そう言うと、綴の顔がパッと明るくなった。とある喫茶店でお持ち帰りもできるいちごショートケーキは綴の大好物である。食べることが大好きな綴だが味の濃い物や洋食が苦手だった。だがここのショートケーキはあまさが控え目で綴の舌にもあうようだった。

 

「えー、あそこのショートケーキ全然甘くないじゃん。却下!」

「別に悟に買ってくるわけじゃないからな。綴のために買うんだからな」

 

 この図々しい親友は置いておいて、夏油は綴の頭を撫でる。もっともっと、と強請る綴に構ってあげたいのは山々だがもう行かなくてはならない。

 

「行ってきます、綴」

「行ってらっしゃい、傑兄ちゃん」

 

 綴は素直で優しい子だ。表情はコロコロ変わって、でも1番多いのは満面の笑みだろう。仏頂面をしている時は約束を破られたとか、五条に揶揄われて泣かされた後とか、それくらいしか見たことがない。

 今日は速攻で終わらせよう。夏油は気合を入れて任務へ挑んだ。

 

 

「悟兄ちゃん、悟兄ちゃん、なんで自動販売機っていつも飲み物いっぱいあるの?」

「………」

 

──でた、綴の何故何攻撃。

 

 夏油がいなくなった部屋で、長期休暇の宿題をしていた綴が五条に聞いた。

 もちろん五条にとっても綴は大事な弟分だ。夏油のそれは少し度が超えている部分もあるように感じることもあるが。非術師でなければどんな人間とも仲良くなれる人懐っこさと可愛らしい笑顔は贔屓目なしでもそこらの子供よりも上だ。オマケに小学生とは思えないほどの純粋無垢さから出てくる癒しオーラは誰にも負けないはずだ。

 が、この何故何攻撃だけは五条は苦手だった。

 

──傑はよくこの何故何攻撃にスラスラと答えられるよな。いい加減にしてくれとか思わないんだろうか……?

 

「綴、知ってる?」

「なにを?」

「自動販売機のボタン……あれね、押すとたまに爆発するんだよ」

「え?」

 

 綴の顔はみるみるうちに真っ青になる。

 

「ずっと外にある自動販売機なんか特に。だってそうだろ? 機械を雨の日も外に置きっぱなしなんだから。

 業者は自動販売機を開けられるから、自動販売機が壊れていないか観るついでに飲み物補充してるんだよ。ま、たまにめんどくさくて、悪いところがあってもそのまんまーってこともある」

 

 綴が右手に持っていた鉛筆が机の上にカターンっと音を立てて落ちた。

 

「ちなみに、怪死者・行方不明者のほとんどが呪いのせいだけど………その第2位って……自動販売機爆発事件で起きてるんだって……まあ、政府は隠蔽して……」

 

 綴はカタカタと震え出す。

 

「す、傑にいちゃーーん!!」

「あ、綴!? どこ行くんだよ!?」

 

 綴は思わず部屋を飛び出した。

 夏油に助けを求めて走っていると、呪術高専では数少ない自動販売機で飲み物を買おうとする家入硝子と鉢合わせる。

 

「硝子姉ちゃん! ダメーー!! 自動販売機はダメーー!!」

「ん、綴? どうかした?」

 

 家入にしがみつくと、案の定家入は困惑する。

 彼女にとっても綴は可愛い弟のようなものだ。しがみついてきた綴を抱き上げたところで、追いかけてきた五条がやって来る。

 

「悟兄ちゃんがー、悟兄ちゃんがー!」

「……五条、まさかとうとう犯罪を……」

「違うから!」

「硝子姉ちゃん、ジュースなら作って持ってきた梅シロップあるから、それ飲もうよー。自動販売機爆発するよー」

「え、あの桐箱に入ってたのってまさか梅シロップ!?」

 

 えぐえぐと泣きながらわけのわからないことを言う綴と、胡散臭い笑みを浮かべる五条を見て、また五条が綴をからかったのだということがすぐにわかった。

 

「……五条は帰ってきた夏油に殴られたらいい」

「なんで!? 俺良いお兄ちゃんしてたよ!?」

 

 後日、五条は自動販売機とは別件に、綴に五条の宿題(数学)を教えて解かせていた件で任務から帰ってきた夏油に殴られるがそれは別の話とする。

 

 

 

......................................................

 

 

 

【現在・京都】

 

 

「……また、夢を見ていたような気がする」

 

 綴はまだ日も昇っていない時間にも関わらず、隣で寝ている虎杖と伏黒を起こさないように制服に着替え始める。

 昨日はまともに調査ができず、次の日に改めて調査することになった。今日は少しでもいい、何か成果を上げておかないと綱治に何を言われるかわからない。

 

「しかし、久々に寝れたような気がするな……」

 

 とはいえ、綴が最後に時計を見たのは夜中の3時、それからまだ1時間も経っていない。

 衣類を脱ぐ音でも脳に突き刺さるような感覚を覚えながら着替え終えた綴は、部屋のベランダへと向かった。カーテンを開けて窓の外を見る。街中でよく見かけるような蛍光灯の類はこの辺りにはなく、月の光だけがこの辺りいったいを照らしていた。そちらの方が綴には都合がよかった。

 蛍光灯やテレビの光などを見ていると最近よく頭痛を起こす。まだ事情を知らないものにはバレていないようではあるが、いつバレてしまうかわからない。

 

「んん?」

「悪い、起こしたか?」

 

 月の光が思ったよりも眩しかったのか布団の中で伏黒が目をこすっている。

 

「……まだ4時前ですよ?」

「目が覚めた。もう眠くないから起きてる」

 

 本当はまだ眠い。しかし布団に入っても寝られる気がしないのだ。

 

「そういえば、先輩が寝てるとこ、見たことがないです」

 

 綴が中学生になった頃、当時小学5年生だった伏黒を五条に紹介されてから、2人の交流は始まった。来るものを拒まず、去るものを追わずな綴といるのは結構気が楽だった。伏黒は五条から綴は自分と少し似た生い立ちだと聞かされている。詳しいことはあのデリカシーのない五条にしては珍しく何も言わなかった。

 

「伏黒、俺に付き合って無理して起きてないでとっとと寝ろ」

 

 綴と話すために起きていることを見破られて、伏黒は大人しく布団に入った。

 

「俺はそこまで寝なくても良いんだよ。寝たって、しんどいだけだ」

 

 今日はひどい夢を見たが悪夢を見た訳では無い。しかしいつもはこうではないのだ。だからできるだけ寝たくない。寝る時は何も考えられないくらいどっぷりと眠りたい。

 

──やっぱり、もう1回くらい家入さんに薬の相談するか……病院には行きたくないし。

 

 そんなことを考えている綴の横顔を眺めながら、伏黒はまた眠りについた。



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31話

 朝、3人で布団を片付けていると部屋のインターホンが鳴る。

 

「釘崎かな?」

「先輩、出てもらっても?」

「っんでだよ」

「着替えてんの先輩だけだし」

 

 悪態をつきながらも部屋の扉を開けると確かに釘崎はいた、のだがその後ろにいた綱治を見て綴は釘崎を部屋に引き入れてからすぐに扉を閉めた。

 

「おはよ、釘崎………あれ? 先輩どうかした?」

 

 綴に指を差しながら虎杖が聞く。釘崎はこの部屋へ向かう途中で綱治と出会い、何度断ってもこの部屋へ一緒に行くと聞かなかったそうだ。その結果、外から扉を何度も叩く綱治とその扉の前で硬い顔をしている綴、という図が出来上がった。

 

 

「いやぁ! 朝からすまないね。お邪魔するよ」

 

 いつまでも外にいられると周りに迷惑だということで、4人は渋々綱治を部屋の中に入れる。

 

「悪いと思うならはよ出てけや」

「ところでお茶を出してはくれないのかな?」

 

 綴がイラッとしたところで伏黒がティーパックだけを入れた湯呑みを机にダンと置く。

 

「こちら、セルフサービスです」

「あー……うんうん、わかった。綴、お湯入れて欲しいんだけど」

「なんで?」

「お兄ちゃん、綴が淹れるお茶飲みたいなーって」

 

 と言われても、電気ポットの使い方など知らない綴は思わずポットを睨みつける。

 なんだ、なんでそんなに電気ポット(手前)はボタンが多い?手前も爆発するのか?

 

「あー、はいはい、俺やるんで先輩は気にしないでいいっすよ!」

 

 綴の横からテキパキと虎杖が湯呑みにお湯を注ぐ。なんほど、これはそう使うのかと、虎杖の手元をマジマジと見つめる。

 なんだろうこの後輩3人組、心做しか機嫌が悪くないだろうか?

 

「うーん……まぁ、いいか。

 綴、早速本題に入ろうか!いやー、綴が後輩を指揮する姿なんて()()()()()()()想像できないなー!」

「甘菜先輩はめっちゃ頼りになるんスよ!」

「こっちはこっちでやっとくんで、お茶飲んだらどうぞお帰りください」

 

 虎杖、伏黒と綱治の雰囲気がギスギスしていないか?なんだこれ。何が起きているんだ?と釘崎に目線だけで訴えるが、何故かヤレヤレと首を横に振る。

 

 

「綴が後輩達に慕われてるっていう繚介の情報は本当だったみたいだね。安心したよ」

 

 綱治はお茶を飲み干すと、綴に手を振って帰っていった。パタン、という扉の音を聞いて、4人は深い深い溜息を吐いた。

 

 

 

────────────

 

 

 

 朝食はこの宿の大広間でのバイキング形式で食べることができた。

 

「あれ? 甘菜先輩は?」

「朝食はいらないんですって」

 

 それどころか単独行動をし始めた綴を今窓の人間が追いかけているところだ。

 

「しっかしなんか嫌な人だったわね」

「綱治さんのことか?」

「そうそう。そういえば、虎杖(あんた)は特に敵視してたわね」

 

 口を大きく開けて朝食を食べる虎杖に尋ねると、虎杖はうーんと腕を組み考える。

 

「……先輩の兄弟って、繚介以外は先輩のことを見る目が怖いって言うか……」

「あー、そうそれ。なんか粘着質よね」

 

 そら綴があれだけ警戒するわ……と綴の性格から考えるとすぐに分かることだった。

 

「伏黒、あんた知り合いなのよね?」

「顔を何回か見たぐらいだ」

「先輩の兄弟ってみんなあんな感じなの?」

「……まあ、度は超えてるとは思う。ことある事に兄弟全員が先輩を連れて帰ろうとするし。月イチで大量に土産送ってくるし、どうしても五条先生とは引き離したいみたいだし」

 

 うげぇと虎杖も釘崎も苦々しい顔をする。しかも連れて帰ろうとする兄弟のほとんどが綴とほぼ初対面だという事実が更に2人を戦慄させる。

 

「やぁ、何か楽しそうな話をしているね?」

 

 声をしたほうを見れば、3人は三者三様の驚きを見せる。そこにいたのは綱治だった。

 

「なんでここに!?」

「いや、私もここに泊まってるからね?」

 

 なんの疑問もなく3人が座っていた席に座ると、綱治も食事をとりはじめる。

 

「綴の話なら私も混ぜたまえよ」

「嫌です」

 

 同時に即答する3人に、綱治は苦笑いする。

 

「綴の子供の頃とか興味無い?」

 

 その言葉に釣られそうになった人物は約2名。虎杖と伏黒は知りたい気持ちと、この男からそれを聞くという屈辱の葛藤に挟まれる。

 

「何やってんのアンタら、あの人の子供の頃なんか五条先生に聞けばいいでしょ?」

「あ、そうか!」

 

 綴とは兄弟のようなものだ、と語っていた五条の言葉を思い出し、2人は何とか持ち堪えるが、その次でトドメを刺される。

 

「ちなみにこれ綴が6歳の時ね」

「え、めっちゃイメージと違う!?」

「おおい!?」

 

 まんまと一本釣りされた虎杖と伏黒。これだから男は、と額を抑え既にバイキングを満喫していた釘崎はそそくさとその場を後にする。

 

「やっぱり綴は後輩に慕われてるな。

 綴は6歳の頃に甘菜家の養子になってね。その時から綴の師匠となる男にはベッタリだったんだけど」

「え? 先輩の師匠って五条先生じゃないんですか?」

「長い期間ってならそうだけど、綴が唯一だと思っている人は五条悟ではないね。

 ……君達、本当に綴のこと何にも知らないんだね?」

 

 綱治はニヤニヤと笑いながらそう言い放った。

 

「私達としては君達なんか眼中にないんだ。あー、でも両面宿儺の受肉体には少し興味はある。

 綴はね、レアケース(・・・・・)なんだよ。だから兄様達はどうしても綴が欲しいし、私も研究してみたい。兄弟のことはなんでも知りたい。綴だけが持つ綴だけのあの術式を紐解けば、きっと我々もその恩恵に預かれるだろう。たとえ綴を犠牲にしても。甘菜の人間は甘菜の為に死ぬのが1番幸せなはずだ。

 そのためには、五条悟が邪魔なんだよね」

 

 ザワっと背中に鳥肌が立つ。やはりこの兄弟達はイカれている。兄弟のことはなんでも知りたいだと?何故?そもそもどうしてわざわざ綴もいないのにここに来た?

 

「五条悟は綴を弟分だと言うけどね、本当の兄弟にはきっと及ばないと思うんだよね。なんだかんだで綴は優しいし。

 で、先日聞き捨てならないことを虎杖君から聞いてしまったのだけど……綴がお兄ちゃんみたいだって?」

「………は?」

 

 確かに言った。しかしあれは誰もいない時の会話だ。

 

「呪力で操作出来る盗聴器ってやつだね。私は元々研究専門だから、綴の頭を弄り回した時にちょっとね。流石に呪力が不足するからしょっちゅうはできないけど、いざって時にはね……これからも改良に改良を重ねないと使い物にはならないよ。あの時はたまたま起動確認したら聞こえちゃって」

 

 つまり、何が言いたい?

 

「君達さ、目障りなんだよね。綴のことたいして何も知らないくせさ。あれはうちの財産だ。あれは甘菜の為に生きて甘菜の為に死ぬ義務がある」

 

 頭が真っ白になった心地になった。この男の、綴をまるで物扱いするその言動に。自分達に術師としての基本を教えてくれたあの人が教えてくれなかった苦悩に。

 

 

 

────────────

 

 

 

「甘菜君! 待ってくださぁい!!」

「?」

 

 今回4人の補助監督である重森は綴を呼び止める。

 

「足、速すぎますって!」

「アンタが遅いんだろ? 着いてくるんならもっとスピードあげれば?」

 

 先輩である伊地知から聞いた通り、親しい人間以外にはとことんこういった態度である。流石あの悪魔五条悟(重森の印象)の弟分だ。なんて酷いやつ。

 

「で、何か用?」

「いえ、たとえ貴方が1級術者であっても、連絡取れないと困るので……」

「なんで?」

「甘菜君、携帯電話使えないって聞きましたよ?」

 

 綴はたしかに機械を使うことが大の苦手だ。1度テレビを壊しかけてからなるべく機械には近付きなくない。

 

「…………情報収集は任せた」

「任されました!」

 

 綴と重森はお土産屋が立ち並ぶ通りを進んで行く。



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32話

 お土産屋に入ると、観光客はチラホラと見える程度だ。特に目新しい物があるという訳ではないが、京都土産としては上々のラインナップだ。

 

「やー、懐かしいですねー。昔は修学旅行でよくこういうよく分からないキーホルダー買ってたなー」

 

 重森が持つ剣のキーホルダーをぼんやりと眺めつつ、綴は店の様子に気を配る。

 

「……おい、店の人に人が少ない理由を聞け」

「え? なんで?」

「この時間帯、もう少し人が入ってもいいはずだ」

 

 コミュニケーション能力皆無な綴は重森に頼るしかない。

 重森はそこに気が付くとは流石京都に住んでいたことはある、と1人で納得して店で品出しなどをしていた店員に話を聞くことにした。

 重森がいなくなってから、綴はまた店内をぼんやり眺め始めた。すると視界の端に見知った姿を捉える。

 

「釘崎?」

「あ、先輩」

「こんな所で何やってんだよ」

「何って、お土産見に来たんです。

 せっかく京都に来たんだし!」

 

 任務先が京都と聞いて、1番喜んだのは釘崎だった。前回の姉妹校交流会では釘崎の盛大な勘違いもあり、京都に行く準備をしていたのに京都に行けなかった彼女にとって、飛びつくほど嬉しい頼りだった。

 

「ま、速攻で片付けられたら観光する時間くらい取れるだろ。

 土産は帰る時でいい、荷物かさばる。帰る時間気にするなら事前に誰に何を買うか決めて在庫がどの程度とか店員に聞いておけばいい」

 

 それを聞いて、釘崎はポカンと口を開け目を丸くして綴を見る。

 

「っんだよ」

「いや、めっちゃ詳しいっていうか。流石京都に住んでいたことはある」

「ちげェよ。五条とか3年の連中に任務先の土産強請られるから、覚えちまっただけだ」

 

 釘崎は綴に額を叩かれた。人の少ない店内ではよく響き、何人かが何事かとこちらを見る。

 

「いったぁ!?」

「言っとくが、京都に住んでるからって土産事情に聡いわけじゃねんだよ。何夢見てやがる?」

 

 叩く理由はあったのだろうか。

 そもそも釘崎は綴のことがよくわからない。顔が良くて、五条とは昔からの付き合いで、2年生にトラウマを植え付けていて、虎杖と伏黒に何故か大尊敬されている。ということくらいしか知らない。

 釘崎と綴の交流は全くと言ってもいいほどない。せいぜい最近の綴主催『五条にムカついたのでその八つ当たり(OKでないと休めません大会)』でボコボコにされたくらいだ。

 

「あの、お土産選びで困っていますか?」

 

 2人が話していると、着物を着たこのお土産屋で1番大人しそうな女性がやって来た。

 

「良ければ、私相談に乗りますけど……」

「えと……じゃあ、とりあえず食べ物でなにか」

 

 釘崎は女性について食品コーナーへ進んで行く。一方綴は店の外に置いてあった長椅子に腰掛けた。

 

「あの方、お連れ様では?」

「え? あー、あれよ、学校の先輩」

「制服姿ですし、やっぱり学生さんだったんですね? でも、今日は平日ですよ? 何をしにここへ?」

 

 えーと……と釘崎は悩む。こういうことは基本窓がやってくれている。下手なことを言ってしまえば不信感を持たれてしまうだろうし、そしたら同じ制服を着ている虎杖や伏黒もとばっちりを受けてしまうのではないだろうか?

 

「学校活動の一環ですよ!」

 

 そこに割って入ってきたのは重森だった。

 

「えーと、貴方は?」

「僕は引率で着いてきてるんです。だから、安心(・・)してください」

 

 女性はホッとしたように胸を撫で下ろす。

 

「す、すみません。実は最近この近くで行方不明者が多発していると根も葉もない噂が立っていて……それに釣られるように、ガラの悪い学生が集まっていて。そのせいでお客さんが減っていて……」

「根も葉もない噂?」

「はい。あそこの山、見えますか?」

 

 店内からでも見える場所に山がそびえているのが見えた。何の変哲もない普通の山に見えるし、女性が言うには実際にそうなのだというが、最近どうやらそうでも無いらしいのだ。

 

「あそこに入った人は行方不明になると……それに尾鰭が付くような形で。今度は行方不明者が多発していると。今度はその行方不明者が化け物になって襲いに来るとか……それを間に受けて度胸試しに来るんですよ」

 

 女性は本当に迷惑しているようで、着けていた前掛けをギュッと握りしめていた。

 

「なるほどね……その噂が嘘なら、あの山入っても大丈夫だね! 

 実は学校活動って、紅葉する前の木々の様子及び市場の調査で、ここが穴場って聞いたからなんですよ」

「そうだったんですね。本当にごめんなさい、勘違いしていて……あなた達も度胸試しに来たのかと……さっきの方、かなりガラが悪そうだったし」

 

 さっきの方、とは綴のことだろう。確かに綴のことを知らない人から見ればただのガラの悪いヤンキーだ。本人はずーっと外の長椅子に腰掛けて、またにあくびをしているようだ。

 

「茶化しに来た人でないなら大歓迎ですよ! お土産のことなら、この私にドンとお任せ下さい!」

 

 先程の大人しさはなんだったのか。女性はやけにグイグイと釘崎に商品の説明を始めていた。しかしそのどれもが今後のお土産選びには欠かせない情報ばかりで、釘崎も楽しそうにしている。

 

「甘菜君も混ざればいいのにー、どうせ五条さんに買うんだか、ら……」

 

 重森が綴の方に目線をやると、そこにはさっき女性が言っていた、度胸試しにきたであろうヤンキー達に囲まれた。

 

──この人、なにやってんのー!!?

 

 

 

 時は少々遡る。

 綴は長椅子でぼんやり外を眺めていただけだ。そこにたまたま通りかかったヤンキー集団。綴はそれも眺めていただけだ。だが、何故かそれがガンをつけていると思われたらしく、いつの間にか喧嘩を売られていた。ので、丁重にもてなした結果何故か兄貴と呼ばれ囲まれていた。

 

「なにやってんの、あんた?」

「知らん」

 

 重森に話しかけられた綴はヤンキー集団に手でどっか行けと伝えると、それを汲んだ彼らがすぐ綴に頭を下げながらそそくさとその場を後にした。

 

「アイツら、度胸試しとかなんとか言ってたが……そっちはなんか収穫あったか?」

「まさにそれですよ。最近の若者に大人気らしいです」

 

 その言葉に綴は馬鹿だなぁ、と溜息を吐きながら思った。

 

「っていうか、なにやったらヤンキーにあんなに懐かれるんですか?」

「喧嘩売られたから回し蹴りした」

「やめてくださいよ。ここで甘菜君に何かあったら、僕が五条さんに殺されるんですからね」

「ねぇよ」

「……」

 

 綴関連で五条が補助監督の人間の胃に穴を開けそうになったことは多々あると、噂では聞いている。

 

「せいぜい俺の事笑いに来てからかわれるだけだ」

「………はぁ…」

 

 綴は五条が自分に妙に甘いことを知っているが、まさか他人が被害にあっているとは思ってもみていないのだろう。そんなところが更に彼らの胃を苦しめるのだ。

 

 

 

......................................................

 

 

 

【11年前・京都】

 

 

 黒いふわふわとした髪を持つ少年、甘菜綴は道の先にいた呪霊を見て固まっていた。

 

「どうしよ……人いっぱいいるし…あんまり祓うとこ見られたくないな……うわ、目合っちゃった、ついてくるやつ? なら都合いいかな?」

 

 ランドセルを背負ったまま綴はうーんと悩む。

 例え非術師が見えないからといって目立つ場所で祓ってしまうのはなんとなく気が引けてしまう。周りに被害を出したくないからだ。

 

「よし、ならこのまま……」

「このまま、どうするの?」

「え? あ、あれ? 夏油さん? なんでここに!?」

 

 振り返ると、そこにいたのは敬愛する師である夏油だった。

 

「あの程度なら綴も祓えると思うけど?」

「うん、出来ると思うよ」

「ならどうしてここで悩んでいたんだ?」

「いや、だって夏油さんいつも言ってるじゃん。非術師は守らないと。俺だと……ほら、失敗するかもだし」

 

 なるほど、と夏油が呟くと呪霊が道にいた呪霊を食い殺した。

 

「これはら良いかな?」

「わ、やっぱり夏油さんすごい! でもいいの? 食べないの?」

「今はそれより綴が大事だから」

 

 綴は夏油にそう言ってもらえたらだけで頬を紅潮させた。

 

「そうだ、夏油さんは任務?」

「ううん、私はね綴に会いたかったんだよ。ただそれだけの為にここに来た」

 

 夏油の言っている意味がよくわからず、綴は首をこてんと傾けた。本当に?自分に会うためだけに?なんの約束もしていないのに?その事実をひとつひとつ噛み締めてから、綴の顔はパッと花が咲くようにほころんだ。

 

「俺のために!?」

「うん」

「俺と会うためだけに!?」

「そうだよ」

「夏油さん! 俺、うれしい!」

 

 綴は夏油に抱きつく。夏油もそれに応えるように綴を抱き締める。そして頭まで撫でられたら今度はデレデレと顔が溶けてしまいそうになる。

 

「最近、五条さんも全然会えなかったから、すごくうれしい。

 あ、五条さんは? 任務?」

「まあ、そんなところかな」

 

 綴と夏油は近くにある公園のベンチに座ろうと手を繋いでから進む。

 

「七海さんも?」

「さぁ、どうだったかな?」

「あ、じゃあ灰原さんは? この前ね灰原さんが混ぜたら美味しくなるお菓子? 持ってきてくれるって………夏油さん?」

 

 夏油や五条の後輩である灰原雄に有名な知育菓子のことを聞いて食べてみたいと思ったが、家の人間に阻まれたので灰原に今度こっそり持ってくると約束をしていたのだ。恐らく綴の口には合わないだろうということは2人共百も承知。しかし好奇心を刺激されてしまったのだ。食べれなければ自分がたべるから、と灰原が言ってくれたので安心してチャレンジできる。

 だが、灰原のことを尋ねると夏油はその場で足を止めてしまった。

 

「………綴、灰原は…」

 

 そこで綴は察してしまった。灰原が死んでしまったことを。

 

「夏油さん、無理、しなくていいからね?」

「綴、強がってるけど目からポロポロ涙が出てるよ?」

「そんなことないもん!」

 

 しかし溢れる涙は抑えられない。それからしばらく、綴は夏油に抱き締められたまま声を押し殺して泣いた。呪術師にはよくあることだ。しかし、辛いものは辛い。

 

 

 この日、綴は人生で最も大きな転機を迎えることになってしまう。



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33話

「綴、何か飲み物でもいるかな?」

「良いの? でもこの近くに喫茶店ない……あ、自動販売機を!? ダメだよ夏油さん! 爆発する!」

 

 五条に余計なことを教えられたせいで未だに自動販売機は爆発するものだと綴は思っているようだ。

 

「綴」

「なに?」

「私はね、百発百中で安全なボタンを当てることができるんだ」

「あ、安全なボタン……!?」

 

 とてつもなく衝撃を受けた顔をしている。そんなものがあったのかと言わんばかりに口をぽかんと開けている。なるほど、これはからかいたくなるのもわかる。

 夏油と綴はそれぞれ好きな飲み物のペットボトルを持ってベンチに座る。

 

「夏油さん、これからどうする? 遊びに行くなら家に帰ってからじゃないと、みんなに心配されるから……」

「……綴、聞いて欲しいことがあるんだ」

 

 夏油の話しを綴は真剣に聞いた。綴は本当にいい子だ、それがよくわかる。イカれて(・・・・)しまった(・・・・)自分の思想を綴は1度も否定することはなかった。真っ直ぐこちらを見つめる澄んだその目が恐ろしい。

 

「夏油さんの言ってることよくわかるような気がするし、夏油さんに着いていけば夏油さんと一緒にいれるっていうのは嬉しい……俺夏油さんのためならなんでもできるから」

 

 綴はベンチから立ち上がる。いつの間にか夕方になっており、公園を夕日が染めていた。

 

「俺、夏油さんが大好きだから……」

 

 そう言った瞬間、綴の目の前は真っ赤に染まった。

 何があったか自分の胸元を見てすぐにわかった。胸元から腹にかけて大きな傷跡ができて血と(はらわた)が吹き出ている。夏油を見れば、うっすらと笑っているように見えた。

 

「なん、で?」

 

 なんで?どうして?

 綴は立っていられずその場で崩れ落ちる。視界の端にある飛び出て砂まみれになった腸をぼんやり眺めながら、綴は意識を手放した。

 

 

 夏油が高専から去ってから、五条は夏油に殺されかけた綴を探していた。どんなに探しても、綴は生きているという情報しか出てこず日に日に焦りが募るばかりだ。

 最後に夏油に会った時、綴を殺そうとした理由を知っているからこそ、綴はどうしても探し出さないといけなかった。

 

 疑ったのはもちろん甘菜家だ。しかし誰に何を聞いても知らぬ存ぜぬではぐらかされる。

 それならば、と五条はついに京都にある甘菜家に潜入を試みた。

 

 何処も彼処も警備は厚く、普通ならば困難を極めるだろうが、五条は普通ではないのでその警備を何ともないようにスルスルと攻略していく。

 

「そういえば、綴はどうなったの?」

 

 女性の声が聞こえる。綴の名前が出ると五条はその会話に耳を傾ける。

 

「地下で綱治兄様が面倒を見ているとか……」

「綴も可哀想よね、自分の師匠に殺されかけるんですもの」

「だからあんな輩達とは縁を切りなさいと……」

「けれど、綴は最期に甘菜のために死んでくれるのだから、感謝しないと」

 

──は?

 

 綴が死ぬ?

 

 気が付けば五条は地下に向かって隠れもせず走って向かっていた。

 辿り着いた場所にいたのはガラス越しの何かを見る綱治の姿だった。五条に気が付き、相変わらず何を考えているかわからない笑みを五条に見せる。

 

「君も綴を見に来たのかな? この間は上の人間が何人か来たけど……」

 

 五条は綱治を押し退けてガラスの向こうを覗く。

 そこにいたのは綴だ。確かに、自分のよく知る綴なのだが……。

 

「凄いだろ? あれでも生きてるんだよ」

 

 十数本ある白い杭で床に磔にされ血を流し、腕や足は変な方向に折れ、更には黒い蜘蛛に腹を食いちぎられ貪られる綴がそこにいた。

 

「子蜘蛛になってから生命力が凄まじくてね。しかも子蜘蛛に変容せず人間の形を保てているなんて、こんな例は他にはないよ。

 同じ子蜘蛛に食べれたらその生命力に変化はあるのかと思ってちょっとやりすぎた感はあるけど……やはり子蜘蛛には子蜘蛛だね、若干弱ってきてる気がするよ」

「アンタは!! 綴を殺す気か!!?」

 

 それまで怒りで震えていた五条は綱治の胸ぐらを掴んだ。

 

「いや? ただああなってしまった以上、甘菜のために生きてもらうよ。子蜘蛛の力は目を見張るものがあってね。彼らが持つ糸なんてその筆頭さ。あれが欲しいという呪術師もいるが、子蜘蛛を使役するのはなかなか困難だ。

 だから、子蜘蛛の呪いは綴に受けてもらって、甘菜(私達)があの能力を得られないか、と今研究しているとこなんだ」

 

 五条は綱治を殴った。何度も何度も何度も。

 そうして綱治の意識がなくなってから、五条は部屋の壁を壊す。早く、早く綴のところに行かなくてはいけない。なんでもっと早く見つけてあげられなかったんだ。

 

「遅くなってごめん。綴、迎えに来たよ」

 

 精一杯、綴が安心できるように笑いかけてそう言った。

 涙を流して五条を見つめる綴をそっと抱き上げると五条はその場から離れようとするが、足元にいた小さな子蜘蛛はそれを抗議するかのように威嚇しているのがわかる。

 

「………邪魔だ」

 

 五条は子蜘蛛の動きを封じると、それを無視して上へ帰って行った。

 

 

 

......................................................

 

 

 

【現在・京都 宿泊施設】

 

 

「仕入れた情報によれば、今日ひとつのグループが夜に山に入るそうだ」

 

 部屋に集まった4人は、そのグループが山に入る前に怪異の解決に挑むつもりだ。

 

「いいか、早くこの任務を終えて早く帰る。それが今回の目標だからな」

「いえっさー!」

 

 虎杖と釘崎の元気のいい返事を聞いて、綴はよし、と頷いた。

 

「じゃ、各自準備は入念に済ませておけよ、準備が済み次第エントランスに集合。綱治(あの野郎)に絶対に、くれぐれも悟られないように気を付けろ」

「いえっさー!!」

 

 何か質問あるか?という綴の言葉に伏黒が手を挙げる。

 

「呪霊について、何か情報はあったんですか?」

「ない。何とかなるだろ」

 

 この人指揮官にむいていない。

 そういったことは基本よく一緒に任務へ行っていた七海辺りに丸投げしているので、本人が何か作戦を考えるとかはほとんどなかったりする。基本はもちろん抑えてはいるが、それ以外はちゃらんぽらんだ。

 

──五条先生の影響をこんな所に受けなくても。

 

「予想外の事態になった場合は手前らだけでも逃げろ。応援呼ぶなりなんなりしてくれりゃあこっちでなんとかやる」

「あ、大丈夫。そんなことには多分ならねぇと思うから」

「予想外の事態になったらだよ。

 ここ最近で手前らがどれだけやれるかは俺が1番知ってんだからよ」

 

 それを聞いて虎杖と伏黒がそわっと落ち着きをなくす。

 

「まあ、伏黒の言う通りどういうカラクリがあるかほとんどわからん状況だ。必ずスムーズにいくなんてことはねぇだろうな。

 だがこれ以上被害を拡大する訳にはいかねぇ。てことで、頼むぞ手前ら」

 

 

「なーんかね、綴に無視されてる気がするんだけど、君ら何か知らない?」

 

──なんでこんな時に……。

 

 虎杖と伏黒、釘崎は綱治に絡まれていた。

 あと少しでエントランスだが、ここで3人についてくる綱治を無視してもエントランスで待つ綴と鉢合わせてしまう可能性がある。それは何としてでも避けたい。これからの任務で機嫌が超絶悪い綴と一緒になれば前髪付近の毛根が消滅しかねない。叩かれすぎて。

 

「まあ、無視してもらってもいいんだけどさ。

 綴に近付くな。綴から離れろ。早ければ早い方がいい。でなければ後悔するぞ」

 

 そう吐き捨てて綱治は自分の部屋に帰って行った。

 

「本当になんなのアイツ」

 

 釘崎は嫌悪感を隠さず二の腕をさする。

 

「先輩って変な奴に好かれるよな」

「あんたも含めてね」

「え、どゆこと!?」

 

 エントランスに向かいながらギャーギャーと騒いでいると、エントランスからやってきた綴にやかましいと額を叩かれる3人だった。(伏黒はとばっちり)

 

 



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34話

 その山に入った瞬間、どこか懐かしい気持ちになった。ここは決して悪い場所ではないはずなのだ。ならばなぜ、決して穏やかではない噂が流れ、呪霊が確認されたのだろうか。

 

 それはそうと──。

 

 

「アイツらなんではぐれんだ」

 

 ポツンと山の中で1人で立つ綴は呟いた。後からついてくるような気配もなく、振り返るとそこには木々が鬱蒼と茂っているだけだ。

 迷子になったな、と後輩3人が慌てふためいている姿を想像しながら綴はため息を吐いた。やれやれ全く、自分がいないとこう(・・)だ、仕方の無い奴らめ。

 

 

 一方、その後輩達はというと。

 

「先輩が消えた!?」

「目を離した隙に!?」

「だから先輩から目を離すなと!」

 

 実際に迷子になったのは綴である。

 事前に伏黒に綴がこういった場所でよく迷子になることを聞かされていた虎杖と釘崎だったが、それにしても早すぎる。忽然と消えてしまった綴を思い、3人は頭を抱える。

 まさか伏黒が式神出して全員がそちらを注視したその一瞬で消えるだなんて誰も思わないだろう。

 

「甘菜先輩が迷子になりやすいのは、一緒に任務した時になんとなーくわかってたけど」

 

 虎杖はまだ死亡扱いだった頃の任務を思い出しながらぽつりと呟く。

 気になることがあると一直線。もう子供ではないのだからと、行先を告げずに単独行動。目を離した隙に不良グループに絡まれていた、なんてこともあった。

 

「まだ山に入って30分も経ってないわよ?」

「15分持っただけでも奇跡だな」

「妙に素早いんだよ、何もかもが」

 

 アンタらの尊敬する先輩がそんな奴で良いのか、と釘崎は虎杖と伏黒にいろいろ言ってやりたい気分になった。

 

「とりあえず先輩と合流が優先で。あの人そろそろ糸張るだろうから、それを探しながら……」

 

 言葉を続けようとした伏黒だが、すぐ近くに呪力を感じ取りそちらを振り返る。釘崎と虎杖もそれに気が付いたようで、既に戦闘態勢に入っていた。

 そこにいたのはブリキ人形のように鈍く動く呪霊だった。

 

 

「今、なんか……?」

 

 山を彷徨っていた綴は呪力を感じて立ち止まる。任務の時はいつも付けているゴーグルの位置を少し直してからそちらへ走ろうとする。のだが、別のものも感じ取ってしまい足を止めた。

 感じ取ったものを確認するために綴は山の奥へ進む。その正体は小さな祠だ。石でできたとても簡素なもので変わったことといえば………その祠は壊れていた。

 

「…………」

 

 いったい、なんの為の祠なのか綴には全くわからない。何やら文字が刻まれているが、長い年月雨風に晒されたそれは潰れて見えない。

 

「自然にではこうはならんな……横から、押された……いや違うな、横からハンマーらしきもので叩き壊された……みたいだな」

 

 祠の左側は地面に接しており、その反対である右側に丸いへこみ跡が幾つも見られ、上向きになって倒れている。人の手によってこの祠は壊されたようだ。

 

「アンタも災難だな」

 

 恐らく、ここで()()()()()()()()をできるだけ見ないようにして、綴は祠を起こした。祠の中も散々なことになっており、中に入っていた地蔵の首が折れてしまっている。

 

「………これは流石に直せんな。伊地知さんに手配してもらって……と」

 

 それ(・・)は悪いものではないはずだ。それどころか懐かしいものを感じる。

 いつの間にか、それが綴のすぐそばまで来て顔を覗き込んでいる。異様に大きな目がこちらを見ているが綴は気が付いていない、見えていないように振舞った。ムワッとした息が吹きかけられるが、綴は微動だにしない。そんなことで反応してもっと面倒事を起こしたくはない。

 それより、なんというか……この呪霊に手を出そうなどとはとてもじゃないが思えなかった(・・・・・・)

 

「さて、アイツらどこに行ったんだか……」

 

 立ち上がり歩き出すと、今度は這いつくばりながら綴を追いかけ始める。

 言葉とは裏腹に、綴は山を下山しようと進んでいる。彼らが未だに山の中にいるであろうと確信しているのに、足が止まらない。

 しかし綴はなにも疑問に思わなかった。それが普通だと、この山から早く立ち去らなくてはならないと。

 

「それはちょっと、困るんだよね」

 

 後ろにいた呪霊がなにかによって潰された。

 そして、新たに現れたツギハギの呪霊を確認して、綴は拳を構える。

 

「いいのか? 宿儺(虎杖)じゃなくて俺で」

「いいんだよ。今日は君と話に来たんだから」

 

 あの日、里桜高校で逃した真人がそこにいた。

 

「夏油のお使いでね」

「夏油、さんから?」

 

 綴は思わず拳を下ろしそうになる。しかし、それをグッと堪えて真人を睨みつける。

 

「うん、夏油がねそろそろ決心がついたかなって」

「……つまり?」

「わかってるんだろ? 高専裏切るかどうかだよ」

「夏油さんとはもう決別してる。あの時(・・・)にその気にさせたのかもしれねぇが、俺にその気は全くない」

「夏油に聞いていた通り。でもいいの? もうほとんど()()()()()()のに……」

 

 綴はそう言った真人を鼻で笑った。

 

「───」

 

 真人に放ったその言葉は、他の誰かに聞こえることはなく風に乗って消えてしまった。

 

 

 

────────────

 

 

 

「大丈夫か!?」

 

 一方、虎杖達はブリキの呪霊に苦戦していた。

 というのも、この呪霊が放つ呪力の塊に触れてしまったことで、腕や足が鉛のように重くなり、動きがぎこちなくなってしまっているのだ。

 

「やりにくい!」

 

 早いところ綴と合流したい3人だが、どうしてもこの呪霊が邪魔をする。

 

「コイツが今回の原因なのかな?」

「どうだろうな」

「でも見逃すことはできないでしょ。かといってあの先輩1人にしたままなのも良くないし」

 

 虎杖は右腕と左足に釘崎は右腹、伏黒は右肩に攻撃を受け身体が重くなっている。虎杖は前衛で立ち回っているため、2人よりもより攻撃を受けそうになってしまう。

 するとどこからか、複数の赤ん坊の泣き声が山に響く。

 

「今度はいったい何!?」

「赤ちゃんの声?」

 

 そちらに一瞬気をやってしまうと、ブリキの呪霊はその声がする方へ走り出した。先程の鈍い動きとは違い、俊敏なそれに3人は驚きしかしそれを追いかけねばと、急いで更に山の奥へ入って行く。

 

 赤ん坊の泣き声は鳴り止まない。

 

 ブリキの呪霊はとある場所で止まった。

 

「足元に何かいねえ?」

 

 それは赤ん坊だった。

 しかしただの赤ん坊ではない。呪霊だった。

 

「この山、いったい……」

 

 ブリキの呪霊がその赤ん坊をその大きな口で取り込もうとした瞬間、何故かズタボロになった姿の綴がどこからか現れてブリキの呪霊をぶん殴った。

 

「せ、先輩!?」

「どこ行ってたんすか!?」

 

 声を掛けたが、どこか様子がおかしい。綴はブリキの呪霊の首を持ち、そのまま首をへし折った。それからは何度も何度もブリキの呪霊を踏みつける。何かあったのだろうか、そう聞こうとした時、綴は3人を見て自嘲するかのように笑った。

 

「今回、俺がここに来させられた理由だよ」

「へ?」

 

 腹が立つ。

 

「何が、俺を観察(・・)するためだ。ふざけるな。ふざけるな、ふざけるな」

 

 湧き上がってくるのはただひたすら怒りだ。

 

「そのために、寝てる人間掘り出して、何考えてやがるっ」

「寝ている人間?」

「…………ここに来る前に小さな祠があった。

 聞いた(・・・)話によると、昔この近くで災害が多発していたそうだ。それを収めるために、この土地にいる神とやらに健康な母子を生贄として捧げたそうだ」

 

 生贄、その言葉を聞くと気が重くなった。健康であったはずの子供とその母親を土地のために生贄にしてしまうなんて。

 

「母子は神に同情され、子供と同化し、2度とこのような事がないようにこの村に安寧を与えた。それを祀り、人々が感謝するためにあの祠が造られた」

 

 とされている。

 

「同化とはいかんが、赤子の呪霊の呪力は大きい。それを狙ってこの呪霊がここに来て、人を殺して最期にはお仲間をつくってたってことだ」

 

 そう言うと、赤ん坊の呪霊も綴は祓った。

 どうかあの子が、母親の元へ行けますように………。



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35話

「いやー、悪いね! 私が部屋でのーんびりしている間に!」

 

 綴しかいない部屋にやって来た綱治の胸倉を綴が掴む。

 

「おい、これ(・・)はどういうことだ?」

「どういうことかな?」

「っ……アンタだろ? くっだらねぇ噂を最初に流したのは」

 

 しらを切ろうとする綱治に苛立ちを覚え、彼の頬を殴る。しかし綱治の笑みが歪むことはなかった。

 

「誰に何を聞いてそれに辿り着いたのかは知らない。

 でも少なからず、ここにいたあの赤子は人を襲い始めていただろうさ。その前に祓ったんだから、別にいいじゃない。母親の無念を受けてそれに縛られて強くなっていた子供1人救えたと思えば………君がそこまでアレを気にするのは、母子だったからかな?

 可哀想だねー、ずっと過去に縛られたまんまで。ずっと子供の頃を忘れられないでいて。ずっと子供のままで」

 

 何が言いたい?

 俺が可哀想?

 

「うん、でも今回は失敗だったかな? 君たちが先に行ってしまうだなんて思ってなくてさ。記録残せなかったや」

「やっぱりっ」

「ほら、あんまり怒ってるとお肌に良くないよ。ただでさえ調子悪いんだから。

 さて、私は報告にでも行ってこようかな? もちろん兄様達には綴は"良い子"だったと伝えておくよ」

 

 

 身体を引きずりながら廊下を歩く。真人とはあの後結局戦い、何とか撃退したもののこのザマだ。痛みはさほど感じ無いが、足に違和感を覚えるため歩き方がどうしても不自然になる。

 明日東京に帰る予定になっているが、甘菜の人々がそれを許すかどうか。なにか妨害があるだろうと覚悟しておく必要がある。後輩達には迷惑が掛からないようにしなければ………。

 

「綴」

 

 その声を聞いて、何も心配することが無くなったと、綴はぼんやりとその声の主を見る。

 

「………なんでここにいんの?」

 

 五条だ。急に安心感を覚え、目の前がぼやける。

 

「ん? 任務帰り。近くで任務してたの思い出して………どうかした?」

「いや……なんでもない」

 

 あの母親の呪霊は、どうして自分を山から出そうとしていたんだろうか。冷静になった頭で綴は考えるが、結局結論に至ることはできなかった。それよりもまぶたが重い。

 

 

 

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【11年前・東京】

 

 

 その日、五条はとある男に呼ばれていた。その五条の傍らにはタオルケットの塊、ではなくタオルケットに包まれた綴だった。あの日から一言も発することがなく、瞬きすらほとんどしなくなり、1日中部屋の隅で座っている。手を引いてやれば動くのだが、その時もぼうっと虚空を見つめるだけだ。

 

「さて、初めましてだな。五条悟」

 

 五条と綴の反対側に座っているのは甘菜絃栄。甘菜家の次男だ。絃栄を見ても、綴はなにも反応しない。

 

「話に聞いていた通り、今の綴は伽藍堂だな」

 

 その言葉に五条は怒りを露わにする。

 

「誰のせいで綴がこうなったと!」

「元はと言えば、夏油傑が綴を殺そうとしたからだろう?」

「違う、傑は!」

「何が違う? 弟子の綴を殺しかけて、子蜘蛛を中に入れたのは夏油傑だ。それは事実だと、貴様も本人から聞いているのだろう?」

 

 そうなのだ。そのことは五条がすでに夏油と決別した時に聞いていた。その時の夏油の思いも。それは決して許せるような内容ではない。それでも、未だに綴が夏油を思っていることくらいはしっている。

 

「それで、だ。俺がここに来た理由は聞いているな?」

 

 そう、それが今回の本題。今綴は五条に誘拐された、という扱いになっているそうだ。

 冗談じゃない。どうして綴を傷付けるような人間達にそんなふうに思われなくてはならないのだ。あの(・・)綴を見ていないからそんなことを言えるんだ。綴が流した涙は未だに五条の脳裏に焼き付いて離れない。

 

「綴をこちらに引き渡せ」

「嫌だね。渡したら綴はまたあそこへ戻されるんだろ?

 綴は物でも呪霊でもない。まだ8歳の子供だぞ」

 

 連れて行かせるものか。幸い自分は最強だ。絃栄を撃退することなど容易いだろう。綴は守る絶対に、夏油の代わりに自分が守る。それが夏油(親友)からの頼みだった。

 

「俺は今年で23になる。貴様よりも5つほどだが年は上で、それなりに苦労も重ねたつもりではある」

「何が言いたいんですか?」

 

 五条の手に自然と力が篭もる。

 

「五条悟、貴様は子供だ。子供が子供の面倒を見れると? 貴様はできるつもりかもしれんが、はっきり言ってやろう、無理だ。

 せめて綴がよく見聞きでき、それなりに自身で判断し発言できていたならまだ考えた。しかしこれではそれも到底不可能だ」

 

 大人ではない。まだ自分のことで精一杯な18歳の子供に人形も同然な綴の世話ができるとは絃栄は思わない。五条がここまで綴にこだわるのは恐らく夏油の存在と、もう戻ることのできない自身の過去の残影を見たいがため。あまりにも子供らしいそれを、絃栄は好感的には思うがだからといって綴を預けるわけにはいかない。もしも、そのまま一緒にいてもなにも2人にとって良い方向へは進まない。ズルズルと深みにはまって溺れ死ぬのが関の山だ。

 何も答えない、見ようとしない、聞こうとしない綴は完璧に外界を拒絶している。綴の最も深い傷を治せるのは夏油だけだ。きっと、それは五条もわかっている。

 唇を噛んで、必死に綴を守ろうと絃栄を睨みつける五条を見て、絃栄は1つ賭けてみることにした。

 

「そこまで、綴が大切か?」

「大切だ」

「………叔母上……綴の母親は父上、ではなく伯父上にもしもの時、綴のことを頼んでいた。

 叔母上は伯父上と最も仲が良かった、と聞いている。その伯父上も数年前に亡くなった。その時、初めて伯父上からその話を聞き、綴のことを任された」

 

 それは絃栄は綴を傷付けるつもりはないと言いたいのだろう。実際、ここに乗り込もうとした甘菜の人間は多くおり、それを抑えたのが絃栄だという噂を聞いている。だから今回の場に応じたのだ。

 

──この人はまだ話が通じる。

 

「甘菜の子供は中学までの間、呪流体術を仕込む期間となっている。その間は俺が綴の面倒を見よう」

「それは……っ!」

「納得できんだろうな。しかしそうせねば綴は中途半端なまま呪霊と対峙することになる。死亡率は上がる。更にはうちの人間からの圧も掛かってくる」

 

 どちらが綴にとっていいのか、まだこの時点ではわからない。しかし五条は綴に呪流体術を教えることはできない。そこは甘菜の人間に任せるしかないと夏油も言っていた。

 

「しかしもちろん条件がある」

 

 黙った五条を見て、絃栄の案を肯定したと判断したのだろう。絃栄は更に言葉を続ける。

 

「今から半年ほどであれば小学校側にはある程度話を通すことはできるだろう。貴様もこれから任務等で忙しくなる身だしな。

 その間で、綴をせめて自分の意思で行動できるようにしろ。それができたら、半年以降の綴を任せる。中学に上がるまでは綴のことは逐一報告する。いつでもどこでも連れて行くのだって構わない」

 

 力強い目と口調で絃栄は五条にそう言いきった。

 長男の纜栄が綱治に綴の研究をしても良いと言ったから綴はあそこに入れられた。絃栄はそれに反対。絃栄の伯父の遺言を盾に、纜栄に交渉していたところだった。綴の面倒は自分が見る、他の兄弟姉妹からの指図は一切受けないと。

 そこで現れたのが五条だ。絃栄からしてみれば都合が良かった。甘菜家の次男である絃栄と御三家の1つ、五条家の人間…それも1人で多くに影響を及ぼす力を持つことになるであろう五条悟が後ろ盾になれば、上層部や纜栄を綴から遠ざけることができる可能性が高くなる。

 

「どうするかは貴様次第だ、五条悟」

 

 五条はもちろん、首を縦に振った。



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36話

 あれからもう半年近く経ってしまった。あと1ヶ月ほどで半年になるが、綴は一向に自発的に行動をしなかった。

 トイレですら手を引かれなければ行かないほどだ。どんなに手を握っても握り返さない綴、何を話しかけても頷きもしない綴。

 五条はとうとう限界を迎えてしまった。

 

「硝子、悪いんだけど俺が任務してる間綴のこと頼んでいい?」

「随分疲れているな」

 

 五条に手首を掴まれた綴はぼうっと虚空を見つめる。家入を見ても無反応だ。それに比べて五条は見たこともないくらいに疲れている。

 

「すぐ終わらせるから」

「別にいいけど……綴はそれでいいの?」

 

 その家入の質問にも綴は答えない。

 

 

 先日のことだ。五条は綴を思い切り殴ってしまった。言い訳になってしまうが、何をしても無反応な人間を相手にするということはかなりのストレスとなるものなのだ。ゴンと床に頭を打ち付けてそのまま動かない綴を見て初めてそのことを自覚したくらい無自覚でしてしまったのだ。

 しまった、と思った時にはもう遅く、腫れ上がった頬が痛々しい。慌てて保冷剤を綴の頬に当てて様子を見るが、すぐにその腫れは引いてぃた。

 その時に危機感めいたものを感じてしまった。このまま綴と一緒にいればもっと良くないことを綴にしてしまうのではないか。綴は大切な弟分だ、そんなことをこれまでの五条ならば絶対にしないと言い切ることができた。だが状況が変わってしまった今、それは難しいだろう。

 人形も同然な綴に話しかけ、返ってこない返事を待ってもう期限はそこまで来ている。

 

「じゃ、俺もう行くから……」

 

 この半年近く、綴はいったい何を感じて生きてきたのだろう。一切五条を見ない綴が家入の部屋の扉で隠れるのを見届けて、その場から離れようとした時だ。

 

ドンっ

 

 それは小さな音だった。

 

ドンドンっ

 

 家入の部屋の扉から聞こえてくる。ゆっくり後ろを振り返ると部屋の扉が開いた。

 信じられないものを見たかのように目を丸くした家入が扉を開けたからだ。その後ろから飛び出して小さな腕を精一杯伸ばした綴が五条に抱きついた。

 

「う、うぅうああんっ

 うわぁぁあんっ!」

 

──「行かないで」──

──「置いてかないで」──

──「一緒にいて」──

 

 綴が泣いている。あの綴が五条の服をしっかりと握りしめて泣いている。それは初めて綴が見せた自発的な行動だった。

 五条は任務のことも忘れて綴を抱きしめ返した。

 

「綴!」

 

──守らないと。

  俺が(・・)この子を守らないと。

 

「置いて行かない。俺は綴を置いて行かない。大丈夫、一緒にいるから」

「ううっ」

「げっ! お前鼻水、制服についた!」

 

 綴の顔をよく見ようとすると、自分の制服に綴の鼻水がみょんと付着していることに気が付き、信じられないと綴を軽くデコピンするが懲りずに綴は五条に抱きついた。

 

「一緒に連れて行ってやりなよ。綴、私よりもあんたが良いんだって」

「連れてくよ、綴は俺が守らなくちゃな」

 

 その日の任務、五条はいつにも増して絶好調であったという。

 

 

 その後の綴は手を引かれずとも五条の後を雛鳥のようについて行くようになった。とはいえ未だにそれ以外のことはできないようで、意思表示はまだできないようだ。

 

「自分でご飯を食べられるようになったのか」

「そうなんだよー! 綴ってば成長しただろー?」

 

 お茶漬けをサラサラと食べる綴を五条はまるで宝物を見せびらかすように家入に自慢する。前までは口元まで持って行ってやらないと食べなかった。

 

「ただ、量が少ないんだよ。このお茶碗半分で残りがいらなくなるみたいで」

「え?」

 

 綴は食べることが好きだ。食べられる物は好みの味によって左右されるが、好きな物は永遠に食べられると豪語するほどにはよく食べる。その細い身体のどこにはいっているんだ?と思うほどだ。それが、子供用茶碗一杯も食べられなくなったという。

 

「でも腹は減ってるみたいなんだよ」

 五条の言葉の通り、綴はもう食べられないと茶碗を机の上に置くが、未練がましくジッとそれを見ている。

 

「な?」

「やっぱり子蜘蛛のこと詳しく調べるのが1番じゃない? それか三十蠱毒の被呪者の記録とか……」

「そこは絃栄さんに任せてる。俺には綴のことに集中して欲しいみたいだ」

 

 綴本人にはいい傾向が見られ始めたが、子蜘蛛の方は難航しているようだった。何せ資料が少ない。他の蠱毒の生態等は腐るほどあると言うのに子蜘蛛だけがないのだ。理由は簡単、他の蠱毒は既に祓われておりそれまで被呪者を記録していたからだ。だが綴の前の被呪者がなくなってから100年近くは経っているためかその記録も曖昧な部分がおおい。

 千年もの間呪術師はこの呪いを消そうとし続けた、たった30しかない蠱毒を残り1つにするまでに千年。その中で最後まで人間の形を保ち続けた被呪者はいない。

 

「まだ呪術師として未熟な綴が人間の形を保てているのが奇跡、ていうのはよくわかる」

 

 お茶漬けを諦めて、綴は五条の隣でぼうっといつものように虚空を見つめはじめた。

 

「ま、何があっても綴は俺が何とかするし不安になることは無いよ」

 

 綴の頭をわしゃわしゃと撫でると、首に力がほとんど入っていない綴の頭が本坪鈴のように動く。

 

「あとは話すことだけか、頑張れ」

「もちろん」

「五条じゃない、綴に言ったんだ。

 そういえば、この間子蜘蛛を捕まえたんだっけ?」

 

 家入の言葉に五条はどうだと言わんばかりにふんぞり返る。

 

「ムカつく」

「食べても大丈夫っていう保証が出たら試しに1匹食べさせてあげようかなって。他の蠱毒もそうだけど、被呪者が1番美味しく食べられるのは同類の蠱毒だけらしい…し…………」

「どうした、五条?」

「硝子、俺の勘が正しかったらちょっとやばいかもしれない」

 

 その五条の言葉通り、この時綴の胃はほとんど人間が持つ機能を失っていた。食べられる物を子蜘蛛だけにする、食べるものが見つからなければ人や呪霊を食べればいい。普通の元の生き物としての機能を奪い取り、成体となるのを早めるために。

 

 

 

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【現在・東京】

 

 

「───はぁ、疲れた」

「疲れたところ悪いけど、何があったかくらいは教えてよね」

 

 綴は今日こそ五条悟という男を殴ってやると覚悟を決める。

 

 京都から帰ってきて後輩達とも別れあとは自室で寝ようとしていたのに、この男は悪魔か?悪魔だわ。

 

「残念、最強呪術師五条悟様です!」

「無下限んんんっ」

 

 放った拳は五条の無下限術式によって防がれた。

 

「あの程度の呪霊、綴が苦戦するわけないでしょ? あの時、何があった?」

「………里桜高校のときに対敵した呪霊と会った」

「成程」

「高専を裏切れって言われたよ」

 

 流石に夏油のことを白状する気にはなれなかった。何せ夏油から秘密にしておくようにと伝えられたからだ。

 

「その時に、そいつから今回の怪異について聞かされた。

 あの馬鹿が俺を観察したいがために負の感情を集めて呪霊を強化していたそうだ」

 

 どこで仕入れた情報かはしらないが、妙にしっくりときてしまった。あの男なら、目的のためならやりかねない。

 

「もちろん、誘いには嫌だと返したよ。その後逃がす訳にもいかねぇから交戦した」

「相変わらず無茶するなあ……」

「無茶しとかねぇと死ぬ時に絶対後悔する」

「僕、綴のそういうところ嫌い」

「残念、これが俺です!」

 

 いつの間にか大きくなってしまった綴を見て、五条は複雑な気持ちになる。これからもっと大きくなって欲しい、それと同時にもう少し子供でいて欲しい。大人にはまだならないで欲しい。そう感じるようになったのはいつだったか。大きくなって、いろんなことを知って、きっとこの子は遠くへ行けるようになる。そんな綴を見守るのが楽しくて嬉しくて仕方がなかったのに。

 

「五条?」

「綴、大きくなったね」

「当たり前だ、3月で18だぞ?」

 

 珍しく穏やかに笑う彼が眩しくて仕方がない。

 親友もあの時、こんな気持ちだったのだろうか。



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37話

《アナタダケズルイ》

《オ前ガイナケレバ》

 

 綴は思わず耳を塞いだ。

 深夜に1人でぼうっと外を見ていても一向に眠れる気がしない。そんな日々に追い討ちをかけるように母親と父親の声が聞こえてくるようになったのは、いつの頃だっただろう。

 

《ドウシテオ前ダケ生キテイル?》

《ドウシテ?》

《ドウシテ?》

 

《ドウシテ、母サントノ約束(・・)ヲ破ッタノ!?》

 

 何度謝っても2人の影と声は消えない。それでも綴はその酷い罵りを受け入れる。それが自分への罰だからと信じて疑わないからだ。

 

「……ごめんなさい」

 

 

 あの任務の後で綴は何故あの赤子と女性の呪霊がいたのかを独自に調べた。真人から聞いていたとおりの文献が幾つか見つかった。

 どうやら自分はあの女性の呪霊に母親を無意識に重ねていたらしい。だから攻撃できなかったし彼女になら()()()()()()()と思った。今思うと馬鹿馬鹿しい考えだと吐き捨ててやることができるが、その時は本気でそう感じてしまった。

 

 だからだろうか、早く死ねとどこからか両親が現れて自分にそう言ってくるのは。

 

 

 

 綴がまだ両親と一緒に仲睦まじく暮らしていた頃から綴には呪霊が見えていた。

 父親は綴のその話を作り話だとしてそれなりに楽しんでいた。「ここには何がいるんだ?」「綴の怖い話はおもしろいな」綴はそれを聞いてつい得意になっていた。この力は父親を楽しませるものなんだと勘違いしていた。

 母親だけが、綴が呪霊の存在を指摘する度に怯えていたことを綴は知らなかった。

 

「かあさん、みて!」

 

 綴はその日、空き缶を手を使わずに穴を開けた。

 

「すごいでしょ?」

 

 綴は自信満々に母親にそう言ってみせた。両親は綴は賢い子だと良い子だと褒め、綴も実際にそうだと思っている。綴が素晴らしいことをすると両親は手を叩いて喜ぶのだ。だが、この日は違った。

 

「なんで? どうして?」

「かあさん?」

 

 母親は綴の頬を(たた)いた。武術を見る時以外に母親が綴を(たた)いたのはこれが初めてだった。

 

「なんで!? なんでよ!? お願いだから、これ以上はやめて! お願い、おねがい、これ以上母さんを困らせないで! 母さんの幸せを壊さないで!!」

「…………ごめんなさい」

 

 ポツリと綴がそう言ったのを聞いて、母親はハッとする。頬を腫らした綴がポロポロと涙を流しながら何度も何度も謝っている。

 

「ごめんなさい、もうしない、約束するから、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 母親は綴を抱きしめた。

 

「ううん、謝るのは母さんの方。ごめんね、綴……」

 

 その日、母親から父親が呪術のような非現実的なものが大嫌いであること、母親は呪術師だったが父親を愛してしまったということを聞いた。その間に綴が産まれ、父親は綴が見ているものを作り話だと思っているが、もし本当のことだと知ればきっと父親は綴を嫌うだろうということも、幼い綴にもわかるように丁寧に教えてくれた。

 

「いい? 絶対に父さんにだけはバレちゃダメだからね?」

「うん」

 

 それからの綴の世界は途端に生き辛いものとなった。作り話を披露しなくなった綴に初めは首を傾げていた父親だったが、母親が上手いことを言ってくれたのだろう、数日後にはそんな綴になんの違和感も持たなくなった。

 

 このままこれを貫けばいい。そうすれば母親は怒らない、悲しそうな顔をしない。父親が自分を嫌うことは無い。

 

 だが綴はあの日、大好きな父親を見殺しにすることができなかった。

 

 

 

 

「約束破ってごめんなさい」

 

 今はこうやって幻に謝ることしかできない。

 

 

 

......................................................

 

 

 

【11年前・東京】

 

 

「綴を殺しかけたのは、なんでだ? それにも意味があるのか!?」

 

 押し殺したような声で五条は夏油に問いかけた。

 家入から電話を受けた五条は両親を殺し、100人以上の非術者を殺して逃走した夏油と対面していた。

 

「………悟にとって、綴はどんな子だ?」

「は?」

「私はね、あの日綴が神様のように見えたんだ」

 

 優しく綴は夏油を見つめていた。

 醜く汚い呪霊や非術者とは大違いだ。どこまでも純粋で無垢で、ああ、なんて……なんて、綺麗なんだろう。

 呪霊の味は知っている、吐瀉物を処理した雑巾だ。夕日を背にする綴はまるで神様のように、美しく、綺麗だ。こんなに綺麗な子は、いったいどんな味がするんだろう?もしも、この子が成長すれば、大人になれば醜く汚くなってしまうのだろうか?なら、その前に……。

 

 そう思ったとき、綴の腸がこぼれ落ちたのを見て、夏油は正気に戻る。綴が、自身が使役している呪霊に腸を食い破られたのだ。

 何度呼んでも綴は目を覚まさない。

 

──違う、こんなことをしたかったんじゃない。

──違う、綴は私にとって大事な……。

──綴、綴、綴、綴!!

 

 弱った綴からこぼれた腸に、何が付いているのが見えた。それは腸を食べようとする、弱った呪霊だった。夏油はその呪霊を綴から引き離そうとするが、その呪霊は四級程度の呪力しかなく、しかし脅威を感じる。それが三十蠱毒の1つ、百呪蜘蛛であることに夏油は気が付いた。

 子蜘蛛の生命力は強いと聞く。もしも成功すれば? これを綴の中に入れてすぐに使役できれば? この子蜘蛛はよわった四級呪霊だ。

 

 藁にもすがる思いで夏油は子蜘蛛を綴の中に入れた。

 

 

「言い訳だとわかっている。あの時、私は正気じゃなかった」

 

 右手で頭を抱える夏油は五条に懺悔するかのようにそう言った。

 

「あの後、中の子蜘蛛は私を拒絶した。まるで綴に拒絶された気分だった」

「そのせいで! 綴がどうなったか、わかってんのか!? 俺がどれだけ探っても、生きてるってことしかわからない!」

「………綴を連れて行きたかったよ、でもまた同じように綴を傷付けるかもしれない。綴と向き合うのは、時間がいるんだ。

 だから、綴のことは頼む」

 

 五条は夏油に向けて印を結ぶ。

 

「殺したければ殺せ、それには意味がある」

 

 術は発動しなかった。

 

 




次は番外編の予定です。一応全部やる気なので、順番はアンケートで決めようかと……渋谷編はもう少し構想を練ってから書こうと思います。


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38話

次は番外編だと言ったな!
すまん、嘘だ!!

着物着てるだけのダラダラしてる回。ダラダラするのは普段と変わらない?まあ良いではないか。


【現在・甘菜綴の部屋】

 

「なんか用?」

「あー、任務の後全然話せなかったから……」

 

 綴の部屋を訪れたのは虎杖だった。

 

「……そういえば、東京に帰ってくるまでの記憶がねぇんだがよ、運んだのは手前か?」

 

 体重が軽いため綴はそれをバレるわけにはいかないと、普段よりも低い声と睨みで虎杖に尋ねる。虎杖はそんな綴を見て背筋をピンと伸ばして答えた。

 

「五条先生です!」

「ほーん……ならいいか」

 

 五条におんぶされて新幹線に乗ったことは黙っておこう。五条のため、何より綴のプライドのために心に決めた虎杖だった。

 

「ほら、入れよ」

「え、いいの?」

「あのな、せっかく来た奴を何もなしで追い出すわけねぇだろ? 茶菓子くらいは出す」

 

 こういうところに綴の育ちの良さが垣間見られる。

 綴の部屋は虎杖の部屋とほぼ間取りは一緒。しかし物が多いせいか少し狭く感じる。

 

「これ、全部家の人から?」

「そこら辺はな。そろそろ処分しねぇと……虎杖、欲しいもんあったら持ってけ。ついでに伏黒と釘崎、2年の連中にも欲しいもんあったら持って行っていいって伝えといてくれ」

「了解っス。相変わらず茶菓子多いっすね」

「俺は食べないって言ってんだけどな」

 

 綴の部屋が狭い理由は甘菜家の人間からもらう茶菓子や貴金属類etc.....だった。毎回断るのだが、これくらいは受け取って、受け取ってくれないと泣くかもしれない、兄弟には伝えておくからとりあえず今日は受け取って、と言いくるめられて断りきれないのが常だ。

 虎杖は綴の愚痴を聞きながら、兄弟に伝えておくとか言ってる奴は絶対に伝えてないな、と綴を同情するのと同時に綴の人が良いことを再確認した。

 

「緑茶飲めるか?」

「はい! 俺嫌いな物とか基本ないんで」

「ふーん……どら焼きでいっか」

 

 綴は適当に兄弟の贈り物の中から選んだどら焼きの箱を開けて、2個皿に乗せて虎杖の前に出す。

 

「先輩はいらないの?」

「いらん」

「俺、最近先輩が飯食ってるとこ見ないけど、大丈夫?」

「食べてる食べてる。気にすんな」

 

 若干棒読みになったが虎杖は納得してくれたようだ。

 

「あ、めっちゃ美味い!」

「ほーん、五条が狙ってただけあるな」

「え?」

 

 なにやら聞き捨てならないことを聞いた虎杖は手を止めた。

 

「え、誰が狙ってたって?」

「五条だよ。誰にもやるなって言われてたけど全然来ないし、これ以上ほっとくと腐らせそう」

 

 一応それなりの訳はあるのだが、恐らく十中八九は五条に向けた嫌がらせだろう。なんて酷い奴なんだ、巻き込まれるのは自分だというのにただただ五条への嫌がらせしか考えていない綴を今だけ恨む。

 

「そういえば、甘菜先輩の普段着初めて見た」

 

 話題を変えよう。虎杖がそう思ってパッと目に付いたのが綴の着流し姿だった。

 

「そうだったか?」

「先輩、普段は着物なんスね」

「洋服は窮屈だ。制服だって色々と我慢している。

 こういった服装で街出ると、写真一緒に撮ってくれと声かけられるし」

 

 主に外国人観光客。そのためなるべく目立たない格好を選んでいるのだが、それがどうして上半身のみ作務衣になったかは本人しか知らない。ちなみに小、中学校は制服だったので、余計に普通の洋服を着る機会がなかった。

 

「大事に着れば、何年も着られる。今着ているのはお下がりだし、これで出歩くと恥ずかしいから外着にはせんがな」

「へー、他にもあんの?」

「箪笥にある。見るか?」

「見る!」

 

 綴は着物箪笥を開けて何着か虎杖の前に並べる。

 

「と言っても俺の普段着は着流しがほとんどなんだがな」

「え、色々あんの?」

「袴着てるやつもいるよ。袴も見るか?」

 

 色々出したせいですっかり部屋の踏み場が少なくなったが2人は気にしなかった。

 着流しの他に、袴、作務衣、甚平、羽織に帯、襟巻まで綴は引っ張り出てきた。どれも綴が呉服屋に直接立ち寄って選んだと言うので虎杖は驚く。こういうことに綴は無頓着そうだと勝手に思っていたからだ。話を聞いていると、綴はこういったことが好きなオシャレさんらしい。

 

「靴はブーツとかで合わせてる」

「そこは洋物なんスね」

「草履も下駄も履くんだが……ブーツは鼻緒が切れなくていい。手入れは面倒だが、まあそれもまた良しだ。使えば使うほどいい味が出る。磨くの楽しい」

「先輩、もしかしてブーツ、革なんじゃ……?」

「……革以外のブーツとかあんのか?」

 

 これだからボンボンは!!

 叫びたいのを虎杖はぐっと堪えた。

 

 

「綴ー! お菓子食べに来た……てあれ?」

 

 五条が綴の部屋にやって来ると、部屋中に散乱する(キチンと畳まれている)着物や帯に囲まれて虎杖が綴に着付けされているところだった。

 

「あ、五条先生」

「虎杖動くな」

 

 五条に気が付いてそちらを見ようとするが、綴に言われてピシッと虎杖は固まる。

 

「悠仁のサイズあったの?」

「手前からのお下がりだよ」

「あー、3年前くらいにあげたやつ?」

「忘れてんのかよ」

「綴が今着てるやつは僕からのお下がりだよね」

「それは覚えてんのか」

 

 帯を締め終わると、綴は羽織を選び始めた。

 

「うーん、この生地だとこれが1番合うんだが…… 俺のサイズだと袖が短くなるな……五条のは……手前のお下がり暗い色がほとんどだな!」

「えー? ならこっちで合わせたら?」

「虎杖にその色は合わん」

 

 ダメだ会話についていけない。

 

「あ、絃栄さんの羽織なら……」

 

 綴はブツブツと呟きながら着物箪笥を開ける。

 

「悠仁、綴に付き合ってくれてありがとう」

「え? あー、いや俺も気になってからっつーか」

 

 五条と虎杖が話していても、綴はお構い無しに羽織を虎杖に合わせていく。五条と虎杖の会話は綴の耳には入っていないようだ。

 

「綴の数少ない趣味だからさ、腕は確かだ。僕も何度か綴に合わせて貰ってるし」

「え、先生も?」

「ちなみに恵も。祭りに行こう! ってなった時に、わざわざ買いに行ってさー」

 

 その時は津美妃もいたので、女物を吟味する綴の目はとても輝いていた。曰く、女物の方が綺麗で選びがいがある、だそうだ。その時だけは津美妃とまともに会話出来ていたように感じる。

 

「あれからもう結構経ってるし、もしもの為に新しいやつ持ってた方がいいぞ」

「あら、聞いてたの?」

「伏黒のところから。

 よし、これでいくか。虎杖、これ羽織っとけ」

 

 ようやく決まったのか、綴は虎杖に羽織りを渡しその間に幾つか着物を片付けていく。

 

「流石に仕舞いっぱなしも悪いしな、着てくれるやつが近くにいて良かったよ………今度伏黒と狗巻も呼ぶか」

「先輩、これでいい?」

「おう。襟巻はこれがいいな。下駄と草履はこれかな」

 

 ここからは綴の独断と偏見によってテキパキと決まっていく。

 

「あれ? 綴! 僕のどら焼きないんだけど!?」

「期限近かったから捨てた」

「えー!?」

「他の食べていいから」

 

 文句を言う五条を軽く躱して、綴は全身鏡を出す。

 

「こんなもんかな? どうだ、なんかリクエストあったら聞くが?」

「うわ、凄! さっすが先輩だなー!」

「うーん……やっぱり羽織が……今度買いに行くか」

「え、俺着物もってないんだけど?」

 

 着物を全て片付け終わった綴は、既に何箱か菓子を出している五条の前にメロンソーダ(五条用と書かれている)を湯呑みに入れて出す。

 着付けが終わったというのに綴は納得が出来てないようで、ずっと唸っている。

 

「それやるよ。保管方法は教えるし、一式くらい持ってろ。

 衣装箱あったかな?」

「先輩、本当になんでもくれるけど、いいの!?」

 

 またゴソゴソと物置を探り始めた綴は桐でできた衣装箱を出してくる。

 

「あげた本人目の前にそういうことする?」

「手前のは俺には大きすぎる。全く着れないやつの手元にあるよりは着物も喜ぶ。うん、やっぱり手前がくれたやつは生地がいいな」

「こういう時だけ素直!」

 

 虎杖から今度はテキパキと脱がせて衣装箱に入れていく。その隙に着替え直した虎杖はコソコソと五条に小声で話しかけた。

 

「着物って高いんだよね? いくらくらいすんの?」

「うーん、物によるけど綴の良く行くところの羽織なら、安くて7万円くらいじゃない?」

「やっぱり高い!」

「は? 何言ってんだ、俺に手前が付き合うんだから俺が買ってやるに決まってんだろ? 何を心配することがあんだ?」

 

 どうやら会話は聞こえていたようで、綴は虎杖の頭にチョップする。

 

「……五条先生、俺たまに先輩の金銭感覚疑うんだけど」

「任務でお金入ってくるし、無駄に小遣いもらってるからね。何だったら家の人からの貰い物、売ってるし」

 

 これだからボンボンは!!

 

「あ、そうだ釘崎がいるな。この際だ、伏黒のも選んでやるか。

 おい虎杖、3人全員が休み被ったらその日空けとけよ。他2人にも言っとけ!」

 

 この男、3人分買うつもりである。特に女物を見るのが楽しみで仕方が無いようだ。

 

「ま、テンション上がるとこうなるから、悠仁、最後まで(・・・・)付き合ってやってね」

「マジで!?」

 

 その後、五条は「酒盛り(メロンソーダ)だー」と2人を巻き込んで菓子パーティーを初め、3人物の見事に場酔いして次の日に支障をきたしたとかきたさなかったとか。どちらが真実にせよ、とにかく綴の部屋は大変な荒れようになっていたのは事実である。特に空のペットボトルと同じく空の菓子箱の残骸が。



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39話

話しが1つ抜けていたので補足的なものにしてみました。


「いや、まいったまいった」

 

 あっはっはーと笑いながら、ボロボロになった真人は思い切り伸びをする。

 

弱ってる(・・・・)って聞いてたのに、全然弱くないんだもん、アイツ」

 

 夏油からは綴の全盛期は既に終わっており、その頃からだいぶ弱っていると聞かされていた。虎杖にとっても決して浅くはない関係を持つ綴を殺せる(・・・)かもしれない、と聞いた真人は喜び勇みなんなら綴と肉体の主導権を常に争い、綴の意思の深くにいる子蜘蛛と綴との立場を入れ替えてやろうかと思っていた。そちらの方が虎杖にはきついかもしれないと考えたからだ。

 だが結果はどうだ。逆に追いかけ回されてこのザマだ。

 

「夏油がこっち側に欲しいって言う気持ちがわかる」

 

 

 

────────────

 

 

 

 真人と綴の戦闘では、最初こそ真人が押していた。真人とは初対面ではないが、直接対決が初めてだった綴はどう真人が攻めてくるかわからずに防戦一方となっていた。

 このまま押し込んでこの男を見るも無残な姿に変えてやろう。そうやって綴の腕を掴み無為転変を行おうとするが……。

 

「手前……ナメてんのか?」

 

 綴は逆に真人をぶん殴った。

 

「うっそだろ? 何したんだ?」

 

 無為転変が効かなかった、それどころか真人は口から血を吐き出す。これは殴られたからではない。その前、綴に無為転変を行おうとした瞬間に何かがあった。

 綴も虎杖と同じような存在である。そのため魂の輪郭の知覚を行っているのではいか、と疑ったが、その可能性は夏油が否定した。

 綴と子蜘蛛は魂を同じにしている。2つの魂が一旦ドロドロに溶けて混ざりあってしまっている。そこから2つを分解することは難しく、これが三十蠱毒の被呪者がそれを解呪することができない大きな要因の1つだ。子蜘蛛の魂を引き剥がそうとすれば、綴の魂も一緒になってしまう。

 子蜘蛛と同一個体といっても差し支えない綴は、子蜘蛛の魂を知覚することはできない。ならば何故?

 

「俺の術式は呪流術。自分の呪力の流れ、相手の呪力の流れすら操ることができる。だから手前が俺に触れた時、俺と手前の呪力の流れを変えた。俺は単純に俺の呪力で手前の呪力を押し返したんだよ」

 

 真人は人の魂に触れる。それを押し返してしまえば魂の輪郭を知覚できない綴でも攻撃可能になる、ということだ。

 

──慣れんことするもんじゃねぇな。押し返すのは思ったよりもしんどい。しかも特級呪霊、何度もできる芸当じゃない。

  それに、もちろんこの呪流術にも縛り(・・)はある。術式の開示をして一気に畳み掛けてもいいが……。

 

「手前に付き合ってやれる程俺は暇じゃない」

「けどもう少し付き合ってもらうよ。この山がなんでこんな状況になったのかも、知りたいんじゃない?」

 

 真人が切り出したのはある人物(・・・・)からの情報。つまり呪術師側にいる内通者からだ。

 この山にまつわる話を全てを打ち明けると、綴の表情が真人でもわかるほどに崩れた。今すぐに泣いてしまいそうなそんな魂の揺らぎだった。

 

「それを俺に言ってどうする?」

「毒をもって毒を制す、てやつでこの土地には全く災いが寄り付かなかったわけだけど。その毒が強くなったらどうなるかな?」

「………人をこの山に集めていた理由はそれか?」

「別に俺達が人を集めていたわけじゃないよ?

 えーと……確か、甘菜綱治だっけ? この場を整えて、君を観察しようとしていた、ていうのが本当だったら?」

 

 何故、真人がそんなことを詳しく知っているかはこの際どうでもいい。どうせ内通者がいるんだろう。それは前から五条に聞かされているし、その内通者についてもそろそろ解決に向かっている頃合いだ。

 ()()()()()()()()、綱治がこの一件に関わっていると聞いた瞬間、綴の頭の中には怒りしか無かった。

 

「お? なーんだ、そんな顔(・・・・)ができるなら、君もやっぱりちゃんと呪い(・・)なんだ。もしかしたらって思ってたけど本当にそうでビックリだ」

 

 甘菜綴は呪霊だ。真人は綴が人間には見えないとそう言った。

 

「………答えろ。手前は俺に()()()()()()()?」

 

 パリッと頬が裂ける。そこから覗くのは黒い闇。

 

()()()()()()はさっきと変わらない。こっちにこない? 甘菜綴。そっちにいるより、こっちにいたほうが君は楽に生きられる」

 

 真人は綴に手を伸ばした。

 もしもこの手を綴が掴んだら、虎杖はいったいどんな顔をするだろう。

 

「嫌だ」

「あ、うん……わかってたけど」

 

 その時にはもう既に先程までの激情はなりを潜めてしまっていた。

 ほとんど感情を乗せていないその一言は真人も予想していたことなので、そこまで何かを思うことは無かった。

 

「その理由はさっきも言った。

 俺は今の呪術界がどうなろうと関係ねぇし、勝手にやってろって感じだ。でも、それをひっくり返そうとしてる馬鹿(・・)を俺は放っておくことなんかできない」

 

 

 綴は構える。

 

──七海さんから聞いていた通りの術式。きっと俺じゃアイツを祓えない。だが手を抜く気はない。標的変えられて虎杖の方へ行かれるのは面倒極まりない。だから、アイツは俺が強制的に下山させてやる。

 

「甘菜呪流体術・四ノ型柳」

 

 人差し指と中指、それを揃えて真人の額に打ち込む。

 

「?」

 

 だが真人にダメージはない。いったい何をしたのだろう?真人は綴に問おうとした時、綴は少し真人から距離を取り、もう一度柳の構えを取る。

 

「蜂って知ってるか?」

「蜂? 虫の?」

「1回刺されると、身体の中に抗体ができるんだ。そのせいで1年以内…期間が短ければ短いほど身体は過剰反応を起こす。それは抗体が蜂毒と一緒に正常な組織にも無差別に攻撃するからだ。1回目よりも2回目、2回目よりも3回目。多く刺されればその分抗体は増える、強くなる。しかも蜂毒に免疫はつかない。

 柳の効果は1年以内。受ければ受けるほど、ダメージは大きくなる。さて、手前はあと何回呪力()を流されたら祓われる?」

 

 祓うことはできなくてもいい。言葉にした祓うという言葉は虚勢だ。それでもいい。今はただ、この呪霊に自分では綴を殺せないと認識させれば、そのまま逃げ帰ってくれたらそれでいい。そこまで追い詰めてやる。

 

 そうして、逃げる真人とそれを追いかける綴の鬼ごっこは、綴の勝利に終わったのであった。

 

 

 

────────────

 

 

 

「彼はどうだった?」

「あ、夏油! 俺1年はアイツに近づけないんだけど!」

 

 真人が受けた柳の数は10にも及ぶ。避けようにも糸のトラップでそれを塞がれるというとんでもないことをしてくるため、何回も受けてしまった。

 1回目は痛みも全くなかったのに、3回目になった途端酷い痛みを真人を襲った。3回目の段階でアレなのだからその先はもっと酷かった。

 

「治せるからいいけど……本当にアレで弱ってるの?」

「弱ってるよ。よほど子蜘蛛に苦労させられているようだ、動きが鈍い。オマケに食事もまともにできないから痩せる一方だし、呪力を使って誤魔化しているけど立っているのも一苦労なはずだ」

 

 全てギリギリで生きている。

 それは五条も気が付いているはずだが、どうすることもできない。なぜなら子蜘蛛が綴の生命維持装置でもあることに加え、子蜘蛛と綴は同一個体になってしまっているのだ。そうなってしまえば、いくら最強と名高い五条でも綴の中にいる子蜘蛛を祓うことは限りなく不可能だ。それでも綴を救う方法を五条は探っている。

 

「全盛期の彼なら、もっと大変だったと思うよ? 何せあの五条悟のお気に入りだ。他のどの生徒よりも目を掛けられている。そんなあの子が、あの程度の強さであるはずがない」

 

 子蜘蛛に身を任せてしまえばあんなふうに弱ったりはしなかっただろう。子蜘蛛の強さを手に入れてもっと強く、より呪霊のようになるのを、綴は拒んだ。

 

「えらくべた褒めするじゃん? なんで?」

「さあ、なんでかな?」

 

 彼は綴が味方になればきっと呪術師にとっての脅威になると考える。祓うことができない呪いは、それだけ厄介なのだから。なにより、綴が影響を与えた呪術師は少なくはない、五条悟を含める虎杖悠仁、伏黒恵、乙骨憂太に東堂葵。もしかするともっといるかもしれない。

 

 もしも、そんな綴が敵になれば彼らはどんな反応をするだろうか。



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番外編
夢中説夢


if夏油が高専からいなくならなかったら。
 本編ではミミナナと夏油出会う→綴と夏油会話の順でしたが、こちらでは綴と夏油会話→ミミナナと夏油出会うという順序になっているifの世界です。

重た以上に長くなった……。


アンケートを設置してからだいたい1週間経ったので、アンケートを終了します。ネタが思いついたらアンケートやろうとおもうので、その時はまたお願い致します。


「悟兄ちゃん、匿って!!」

 

 1年生の教室にやってきたのは、ふわふわとした黒髪の男子生徒だった。彼のことを知らない虎杖と釘崎は首を傾げる。

 

「綴、またなんかやったの?」

「3年みんな久しぶりに集まったから隠れんぼしてんだよ! 今さ、鬼が青木だから悟兄ちゃんとこ行けばいいかなって。青木、悟兄ちゃんのこと嫌いだから!」

 

 180cmはある男子生徒はガタガタと五条が陣取っていた教卓の中に入る。

 

「あ、傑兄ちゃんもしてるけど、ここにいるの内緒ね? 実は傑兄ちゃんも鬼なんだ」

「はいはい、君はどんだけ僕のこと信用してないのさ?」

 

 その会話のあと、五条は何事も無かったかのように授業、という名の雑談を再開する。

 

「あの、良いんですか?」

「何が?」

 

 たまらず伏黒が五条に尋ねるが、五条はそれをスルーしていく。この教師、匿う気マンマンである。

 それから何分経っただろう、相変わらず1年生の教室ではたわいもない雑談が繰り広げられている。しかし、それに集中できている生徒はこの中にはいない。何故なら教卓の中にいる3年生が気になって仕方がないから。

 

「悟、ここに綴が来なかったかい?」

 

 すると僧侶が着るような袈裟を身に纏う男が教室にやってきた。この人物は1年生達も何度か会って知っていた。

 夏油傑だ。現在は3年生の担任を受け持っている。五条のブレーキ役として紹介されたが、どちらかと言われればアクセルを踏む五条を煽って更にアクセルを踏み込ませている感があるが、しかし五条よりは大人なのでタイミングや止め時はちゃんと心得ているようではある。

 

「いや、見てないけど?」

 

 と五条は答えるがその人差し指は教卓を差している。

 

「うーん……青木が来れないここかと思ったんだけど……当てが外れたかな?」

 

 ニッコリ笑いながら、夏油は教卓に近づく。

 

「他の3年生は?」

「今さっき秤を見つけたところ。あとは綴だけだよ」

「へぇー。だってさ、綴!」

 

 2人は同時に教卓の中をのぞき込む。

 

「綴みーつけた!」

「あー!! 悟兄ちゃん嘘付いた! 酷いな!」

 

 ハッハッハと笑う五条と夏油はハイタッチをしている。

 

「あーあ、ショートケーキ逃した」

「え、クソ甘くないあの?」

「制限時間内にどちらかのチームが勝てたら事前に申告していたものを負けた方が買うっていうルールでね」

 

 教卓から出てくると、男子生徒は1年生の方を見た。

 

「あ、伏黒じゃん。久しぶり」

「どうも」

「それとー、えーと……新しく入ってきた子?」

 

 伏黒とは前から面識があったようで、互いに挨拶を交わすが虎杖と釘崎とは初対面なので自己紹介が始まる。

 

「虎杖悠仁に釘崎野薔薇ね、おっけ覚えた!

 俺は甘菜綴ね。あ、甘菜ってこの界隈多いから綴でいいよ」

 

 にっと笑う綴と名乗った彼は2人に手を差し伸べる。

 

「うっす、綴先輩!」

「よろしくお願いします」

 

 後輩が増えたーと喜ぶ綴は自分達よりも年下のように見える。その時、子犬のような鳴き声が廊下から聞こえてきた。

 

「あ、青木が呼んでる。行こう、傑兄ちゃん!」

「そうだね、そろそろ授業も進めないと。済まないね、悟。こっちの授業を邪魔してしまって」

「いや、大丈夫大丈夫、大したことしてないから」

「雑談ばっかしてたよ」

「悟……」

 

 じゃあね、また話そうと1年生達に手を振ると綴は走って廊下へ出ていく。

 

 

 

────────────

 

 

 

「綴、また呪詛師を改心させたんだって?」

「話を聞いてたらいつの間にか自首してた」

 

 たまに自分の弟子は悪しき人の心を浄化する術式でも持っているんじゃないかと感じることがある。昔から綴は人の話を真摯に聞いて相談に乗ったりすることがあった。その経験が呪詛師を改心させるのに役に立っているようだ。

 

「あ、美々子と菜々子が新作クレープ食べたいって言ってたから、次の休み出かけてきますね」

「はいはい。綴はあの2人に甘いな」

「だって妹みたいでさ」

 

 美々子と菜々子とは、ある日突然夏油が連れてきた双子の少女のことである。

 やって来た時は綴も驚いていたが、その人から受けたことがよくわかる傷を見てすぐに状況を理解した。献身的に2人の世話をする綴はよく知っている。美々子と菜々子を綴に会わせて本当に良かった。今では高専の2年生として過ごしている2人を思い浮かべて、夏油は笑う。

 

 

 

......................................................

 

 

 

 ()()()()()()()()()、その中には夏油も含まれている。夏油はかつて非術師を排除して術師だけの世界を作ろうという考えを頭に巡らせそうになったことがある。その前に、夏油は綴の元を訪れた。

 綴は非術師が苦手だ。当時まだ小学生だった綴に自身の胸の内を打ち明けた。綴は口を挟まず、うんうんと頷く。

 その後、綴は夏油に付いていくと言った、大好きだからと。

 

──純粋で無垢。重く暗くなった世界を照らしたのはついだって綴だった。こんなに綺麗な子はいったいどんな………。

 

「でもいいの?」

 

 一瞬、良くない考えが巡ったが綴の一言で意識が帰ってきた。

 

「俺は、夏油さんが非術師は守る人だって教えてもらった。夏油さんがどんなことしても、俺はそれについて行くよ。でも、夏油さんにそれを捨てて欲しくない……夏油さんは、夏油さんを殺しちゃいけないよ。そんな気がする。何か、他に方法があるかも、しれないし……俺、そのためならがんばるから!」

 

──いつまでも肯定するだけの子供じゃない、か。

 

 夏油は綴の成長を心から喜んだ。いつか大人になる綴を、夏油は祝福することができた。

 

「綴、ごめんね」

「難しいかもしれないけどさ、2人で頑張ろうよ」

「私にできるだろうか?」

「できるよ! だって夏油さんは俺を助けてくれたんだから。

 あ、でも無理そうなら言ってね! 俺、いつでも準備しとくから!」

 

 綴は夏油の手を引いて公園を出る。夕日に照らされた綴の背中は、とても美しかった。

 後日、任務に赴いた先で2人の少女と出会い、村から虐待を受ける2人を夏油は引き取ることとなった。

 

 

 

......................................................

 

 

 

「傑兄ちゃん?」

「いや、なんでもないよ」

 

 心配そうにこちらを見る綴を安心させるように夏油は微笑む。

 もしもあの一件が無ければ、大人に近づく綴を夏油は素直に喜べなかっただろう。いつまでも子供でいて欲しい。その思いのままに綴を殺していたかもしれない。

 

「じゃあ、面倒見のいい綴に私から何かしてあげないと」

「え?」

「ショートケーキ、食べに行こう。」

「いつもの喫茶店!?」

「もちろん」

 

 ヤッター!と喜び、五条にその連絡をしている綴を見て、夏油は穏やかな気持ちになる。

 非術師は好きか嫌いかで言われれば、嫌いと答えるだろう。だが守るべき存在であることには変わらない。それを捨ててはいけないと綴が言っていたのだからそうなのだ。

 

「悟兄ちゃんも行くって。あそこのショートケーキ嫌いなくせに、いっつも来るよなー。あ、理子ねぇ(・・・・)も呼ぼうよ」

「そうだね。暇してると良いんだけど」

 

 

 

────────────

 

 

 

「悟兄ちゃんにぎゃふんと言わせたい、言わないだろうけど言わせたい」

「………なんの話ですか?」

「思わない? あのニヤけた顔腹立つって」

「今度は何されたんですか?」

 

 椅子に持たれながら綴は伏黒に問う。

 

「俺のヨーグルト、砂糖めっちゃ入れて食ってた。俺でも食べられるかもって七海さんから貰ってたやつ」

「え、それだけ?」

「ただのヨーグルトじゃないんだよ。小分けしたやつじゃなくて大きめの入れ物に入ったプレーンヨーグルト。任務から帰ったら食べようとしてたプレーンヨーグルト。帰ってきたら、食われてた」

 

 味の濃い食べ物、特に洋食全般が苦手な綴にとって、一般スーパーなどで売られている菓子などの既製品は食べれないものがほとんどだ。事情を知る人間はそんな綴の為に食べられそうなものをたまに持ってきてくれる。甘菜家の人間が聞けば卒倒しそうではあるが、そういったものを悪しき食べ物と断定するのはどうかと思う。

 そのヨーグルトを器に入れず容器にそのまま砂糖をこれでもかと言うほど入れて食していた五条を綴は許せないでいた。

 

「俺、非術師の人混み嫌いだからさ。同じ物買いに行けないし、七海さんにもう一度頼むのも、ほら気が引けるっつーか……」

「変なところ律儀ですよね」

「硝子姉ちゃんから見本にするなら灰原さんか七海さんって言われてるから。とにかく、五条に恨み辛みありそうな人集めてるんだけど、伏黒も混ざらない?」

 

 この様子だと、あと何人か綴の呼び掛けに答えているようだ。

 

「具体的に何をするんですか?」

「あれ? 意外と乗り気?

 もちろん計画は立ててある。ぎゃふんとまでは行かないだろうけど、悟兄ちゃんが反省するようなことだよ。俺らもきっと盛り上がる」

 

 

「──てなわけで、1年生の入学を祝してパーティーだ!

 つっても、3・4年生軒並み任務で、2年くらいしか集まらんかったけど」

「いや、じゅーぶんっすよ!」

 

 

 綴の部屋に、1年生と2年生が集まっていた。

 

「傑兄ちゃんは任務帰りに来るって。それまで俺らで楽しんじゃおう」

「あんたもなかなかエグいこと考えるな」

 

 グラスを綴に手渡しながら、真希が言う。

 

「悟兄ちゃん、寂しんぼだからさ。仲間外れにしたら絶ーっ対後悔すると思うんだ。食べ物の恨みは怖いぞ!

 ま、悟兄ちゃんはこの際ついでだからさ。本当に1年生をお祝いしたくて仕方がなかったんだよ」

 

 部屋の飾り付けは綴が先導して2年生達と行ったそうだ。

 計画としては、入学祝いをした後日に五条の目の前でその話を繰り広げてやろうという筋書きだ。会話に入りたいのに入れないというもどかしい空気にしてやろうという魂胆である。

 

「謝ってくるんなら悟兄ちゃんの参加を認めてやらん訳でもない」

「いくら」

「狗巻、お前いいこと言うな」

 

 綴は狗巻の頭をわしゃわしゃと撫でる。というか何を言ったのかわかったのか。恐ろしいなこの人。

 

「食い物も1年生のリクエストだ」

「先輩、食べれるものあるんですか?」

 

 初めリクエストを聞いた時、綴に気を使う様子があったので一喝すると思い思いの料理が上がった。買い出しは2年生に行かせたが、なんとか全てあつまったのである。

 

「大丈夫、和食なら食えんこともないから」

 

 綴の言う味の濃い食べ物とは、基本的脂っこいのがほとんどで、そうでないものなら食べることはできる。ただし洋食はどうしても食べていると疲れてきてしまい、苦手意識が取れないのだ。しかも多い量を食べると吐き気をもよおしてしまう。

 

「あ、菓子類なら俺が選んだからな! 抹茶も点ててやるから、いつでも言ってくれ」

 

 そう言いながら桐箱を開けると、色とりどりの美しい和菓子がお披露目される。綴が選ぶものはセンスがいい。それはよく知っているし、それになによりこの手のものは基本美味いし、学生の自分達に手が届かないくらい高い。それを知っているからこそ、お披露目された和菓子に感嘆の声があがる。

 

「家が無駄に送ってくるからさ。貰いもんで悪いけど、俺なりに厳選してみたから味は保証する」

「すっげー!」

「もっと褒めてもいいよ!」

「凄いです!」

「最高!」

 

 エッヘンと胸を張ったあと、綴が麦茶が入ったグラスを手に取る。

 

「じゃ、1年生のみんな! 入学おめでとう! ようこそ呪術高専へ!」

 

 

「随分盛り上がっているね」

「夏油先生!」

「傑兄ちゃん、おっそいよ!」

 

 遅れやってきた夏油を招き入れ、入学祝いは続く。

 

「傑兄ちゃん、はい、グラス。何か飲みますか?」

「とりあえず麦茶で」

「了解っと、でもご飯系ほとんど食べちゃいましたよ」

「抹茶は綴が点ててくれるんだろう? なら充分だ」

 

 夏油の言葉に綴はワナワナと歓喜によって震える。夏油を神の如く慕っている綴にとって、この一言が聞けただけでこの会を開いてよかったと心の底から思えるのだ。

 

「用意してくる! お菓子何がいい!?」

「綴のオススメで」

「すぐ持ってくるから! 待ってて!」

 

 和菓子を厳選し始める綴を見ながら夏油は微笑む。

 

「本当に夏油先生が好きだな、綴先輩」

「わー、無いはずの尻尾が見える。千切れそう」

 

 そうやってそろそろお開きにしようか、となった時部屋の扉が開く音がした。

 

「あれ? なんでこんなに集まってんの?」

 

 五条悟だ。

 

「悟、綴のヨーグルト食べたんだって?」

「なんで傑が知ってんの?」

 

 嬉嬉として抹茶を点てている綴を見て、なにあれ?と夏油に尋ねる。

 

「綴の抹茶は美味しいよ。茶菓子との相性も良かった」

「ふーん……綴僕にもちょうだ……」

「嫌だ」

 

 五条の言葉に被せるかのように、綴が答えた。全身全霊の拒否の声音に五条は固まる。

 まさか、これが噂に聞く反抗期なんだろうか?

 

「悟兄ちゃん、食べ物の恨みは怖いぞ。

 よーし! ちょっと予定は狂ったけどこれでお開きにしよう!」

 

 気を付けて帰るんだぞー、と後輩達を気にかける様子は、まさに先輩の鏡と言えるだろう。

 だが……そうなのだが……。

 

「なにこの疎外感! 僕蚊帳の外なんですけど!?」

「悟兄ちゃんは俺にしたことを振り返ってみなよ」

「……ヨーグルト、そんなに食べたかったの?」

「うん。楽しみにしてたのにさ!」

 

 最近やらかしたことで思うところがあるのはそれくらいだ。

 拗ねる綴はまるで子供のようだ。伏黒のほうがよほど大人らしいと言える。だが、綴はこれでいい。このままでいい。

 

「綴、これなーんだ」

「ヨーグルト!」

「はい、これで許してよね。

 僕、手毬がいいなー!」

「わかった! すぐ持ってくる!」

 

 部屋の隅には菓子の箱が積まれている。綴はその中から箱を1つ取り出している。

 

「悟はいつまでも綴を子供扱いだな」

「実際子供だろ? 大人な綴なんて想像したくもない」

「それはたぶんお前が子供だから綴に抜かれたくないんだろ」

「はあ? 僕もう28なんですけど?」

「知ってるよ」

 

 五条はあれ、と今の状況(・・)について考える。

 なにか違和感(・・・)がないか?

 

「悟、綴はもう手を引かなくても歩ける」

 

 いつの間にか、五条は暗い場所で立っていた。

 自分がいた場所は綴の部屋だったはずだ。なのに、ここはどこだ?

 

「子供じゃないんだ」

「違う。綴は子供だ。俺がついていなくちゃいけない。俺が守らないと綴はあの時(・・・)みたいに!」

 

 あの時(・・・)とはいつのことだ?綴が死にそうになったことなど1度もないじゃないか?

 

「悟兄ちゃん」

 

 振り返ると、どう見ても今の綴よりも背の低い……しかし幼い顔立ちではない綴がそこにいた。

 

「ちゃんと、俺を見て」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、そこは自室だった。

 

 

何か夢を見たような気がする。内容忘れたけど。

 

「奇遇だな、俺もなんか……幸せな夢をみたような気がするよ」

 

手毬食べたい。

 

「わかった、部屋から取ってきてやる」

 

綴。

 

「ん?」

 

ヨーグルト食べたことある?

 

「ない。俺がそういうの無理だって知ってんだろ?

 変な五条」

 

そう、変なのかな?

 

 

 

 綴の背中は、子供のように小さかった。




【夢中説夢】
・内に何も無く、頼りにならないこと。
・または、この世の全てのものには実体がなく、虚ろで儚いものであるということ。
・夢の中で夢の話をするという意味から。「夢中夢を説く」とも読む。


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空谷足音

初めてショートケーキを食べる綴の話し。
実際にショートケーキ食べるのは後半です。


 甘菜綴と五条悟は、かつてとても仲が悪かった。

 綴にとって五条は夏油の親友という唯一無二の存在であることを早い段階で察していたために彼がいると夏油に構ってもらえなくなる、と綴は感じていた。五条にとっての綴も同じようなことが挙げられる。

 今日も綴は五条と出会うと生意気だと頬をこねくり回して嫌がらせをしてくるので、額をベシベシと叩いて反撃するのであった。

 

「デコを叩くな、この馬鹿力!!」

「嫌い! ほんっっとに嫌い!!」

「いったぁ!? 呪力流したな!?」

 

 身体に電気が流れるような感覚を覚え、五条は綴の頬を離す。

 

「悟……またやったのか……」

「傑兄ちゃん!!」

 

 ちょうどやって来た夏油に綴はすぐに助けを求めるべく抱きついた。こうなると夏油は綴の味方しかしないので、五条は苦虫を噛み潰したような顔にみるみるなっていく。

 

「前にも言ったが綴は繊細なんだ」

「へぇー? 習ったばっかりの呪流術使って反撃するような子供が、繊細ねー?」

 

 五条が夏油の後ろに隠れてしおらしくしている綴を覗き込みながらそう言ってやる。

 

「綴、使ったのかい?」

「ごめんなさい。でもたたくの、お腹は止めたよ?」

「うん、偉い!」

「待って傑、なんかおかしい」

 

 それで今日はあちこち殴られなかったのか、と五条は納得する。しかし、まず攻撃することを止めさせないか?と夏油を避難するが、夏油は綴にちょっかいをだし続ける五条の自業自得だと返した。夏油は綴に周りより5割増しくらいで甘い。

 

「さて、綴今日はどこに行きたい?」

「傑兄ちゃんが行きたいとこ! 昨日はおれが行きたいところだったから」

 

 綴は夏油の手をギュッと握ると五条に勝ち誇った笑みをむけた。

 

「腹立つ! 傑、俺も行くからな!」

「え、悟も?」

 

 それを聞いて1番慌てたのは綴だった。イヤイヤと首を振るが夏油はそんな綴を見てニッコリ笑う。

 

「綴、悟はアレで意外と良い奴だから」

「意外は余計だっての」

「大丈夫、綴は僕が護るよ」

 

 綴の視線に合わせて夏油はしゃがむ。しばらく不安そうに夏油を見つめる綴だったが、遂にこくんと頷いた。

 

「傑兄ちゃんが、そう言うなら……」

 

 とても不服そうだった。

 

 

「傑兄ちゃん、この黒いところ踏んじゃだめだかんね」

「踏んだらどうなるのかな?」

「呪霊に襲われます」

「それは大変だ。踏まないように気を付けないと」

 

 車が滅多に通らない横断歩道で綴が夏油と遊ぶ。こういった手のゲームは先程から何度もしており、綴に付き合うのがほぼ初めてな五条からしてみれば、いい加減にしてくれと叫びたくなりそうだった。

 横断歩道の白線をバランスを取りながら踏み、夏油よりも先に向こうへたどり着く。自信満々に笑顔を振りまく綴を見てから、夏油はわざと黒い部分を踏んだ。

 

「おっと、黒を踏んでしまったようだ!」

「えー!? じゃあ呪霊から傑兄ちゃんを助けまーす!」

 

 綴は夏油の所まで戻り手を握ると、そのまま走る。

 

「悟も早く」

 

 茶番を見せられ続けて、五条はこの2人に着いてきたことを早くも後悔し始めた。

 

「五条さん、黒いとこ踏んじゃダメだって!」

 

 綴の決めたルールを無視すると、綴はムッと頬を膨らませて怒る。だが知ったこっちゃない。なんで大嫌いなクソガキの言うことを聞かなくてはならないのだ。

 

「綴、この公園を通ると近道なんだけど、良いかな?」

「んと………うん、大丈夫」

 

 横断歩道の近くにある広大な広さがある公園には、何人もの人間がいた。夏油は綴が非呪術師に対して苦手意識を持っていることを知っているため、こういった場所に立ち入る時には綴が大丈夫かどうかを聞いてから入るようにしている。

 大丈夫と言ったが、不安に思っているのであろう。その手に入る力は先程よりも強い。

 

「綴、無理なら遠回りして……」

 

 だからこそ、綴が公園へ入ることを避けようと声を掛けようとするが……。

 

「え? なに? お前公園も入れないの?  どんだけ箱入りなんだよお前? 俺も手、繋いであげよっか?」

 

 と、五条が綴を煽る。

 

「入れるし! 五条さんに繋いでもらわなくて大丈夫だし!」

 

 そういうと、綴は夏油とも手を繋がずに公園へ入っていった。昼間の公園には少し浮いた着物を着る綴は目立っていた。

 

「悟、綴を煽るのは止めてくれないか?」

「なんでだよ。そもそも傑がアイツを甘やかしすぎなんだよ。ちょっとは旅させてみれば?」

「そうは言うが………あれ? 綴は?」

「え、いやそこに……………あれ?」

 

 綴の姿はすでになかった。

 

「悟」

「なに?」

「綴はすぐに迷子になる、最速で10秒。そして、呪詛師達から懸賞金を掛けられているんだ」

「それを早く言えってっ──の!!!」

 

 五条の心からの叫びが公園に響き渡った。

 2人は手分けして公園を探し回る。クソガキめ、手間をかけさせやがって、とイライラしながらその目立つ容姿で公園を歩き回っていると、見覚えのある後ろ姿が見えた。というかこんな場所で着物を着ていたら十中八九そうなのだが。どうやら2人組の女性に話しかけられているようだ。

 

「こんなところにいたのか!」

 

 声を掛けると、2人組の女性の視線は五条に向けられた。そしてちいさな黄色い声を出す。自分の顔が一般人よりも良いことは知っている。だからこの反応は珍しくはない。

 

「この子のお兄さんですか?」

「その友達ですよ、おねーさん」

「この子、迷子になっててぇ…」

 

 綴は五条に気が付くと、すぐに五条の後ろに隠れた。

 この子供はこんなに人見知りするような子だっただろうか?いいや、そんなハズはない。何故なら綴と初めて会った日や、他にも高専にいる人々とは初対面でも人懐っこく話しかけていたはずだ。

 

「さっきからそんな調子で、何にも答えてくれなくて」

「人見知りなんですか?」

 

 それから何度か女性と言葉を交わしてから別れる。

 

「で、お前はなんで……」

 

 綴は震えていた。気になって綴の顔を覗き込むとその顔面は蒼白になっていて、歯をガタガタといわせているではないか。怖がっている。何に?人懐っこいいつもの綴はいったいどうしたと言うのだろうか?

 ただ、ギュッと五条の服を握る小さな手を見ると何も問い詰める気にはなれなかった。五条は夏油に連絡を入れてから、綴を人気のない場所にあるベンチに座らせることにした。

 

「ほら、傑に連絡してやったから」

 

 五条がそう言うと綴はホッと一息つく。しかしその顔色は相変わらず悪いままだ。

 結局夏油がやって来るまで綴は五条の服から手を離すことはなかった。

 

 

「綴は、非術師に苦手意識…いや恐怖心を持っているんだ」

「恐怖心?」

「一般家庭で産まれた術師が全員周りからの理解を得ているわけではないんだ」

 

 それはポツリと吐かれた言葉だった。一般家庭から産まれた術師がどんな運命を辿るのか、五条は全く知らない。理解を得られず周りから迫害され、その結果非術師にトラウマを持ってしまったのが綴だと言う。だが綴だけではない。そんな呪術師はきっとこの世にまだまだ沢山いるはずだ。

 

「悟が見つけてくれて本当に良かった」

「俺は別に何にもしてないけど?」

「綴は悟がいてくれて心強かったんだと思うよ。そうでなきゃ、今頃帰るって言っていただろうからね」

 

 そういえば、と少し先で蝶を追いかける綴から目を離さずにふと思いついたことを夏油に尋ねる。

 

「綴の親は? 詳しくはしらないけど父親が非術師なんだっけ?」

「………うん。呪術だの、非科学的なことが大嫌いなら人だったらしい」

「甘菜(つむぎ)はよくそんな人と結婚する気になったな」

「それ以外には寛大で優しいひと()()()()()()

 

 その夏油の言い回しに五条は少し違和感を覚える。それは綴の父親を夏油は知っているかのような言い方だ。しかし、五条は問い詰めなかった。夏油の表情が見た事がないくらい、悲しそうに歪んでいたからだ。

 

「何はともあれ綴がぐずらなくてよかった」

「で、どこに向かってんの?」

喫茶店(・・・)

 

 

 

────────────

 

 

 

 カランカラン…と客の来訪を伝える鐘が鳴る。

 レトロな雰囲気之する喫茶店には、パッと見で2、3人がそれぞれ思い思いの場所に座っている。

 窓から外がよく見える4人がけのテーブルに着くと、夏油はそこに2人を招く。夏油の隣に綴が座り、その前に五条が座った。

 

「わぁ……洋食ばっかりだ」

 

 なんというか、落胆するような声だ。

 

「まさか洋食たべれないとか?」

「味濃くて、あんまり好きじゃない」

「マジかよ」

 

 子供から絶大な支持を得ているカレーも今ひとつだと言ったが、逆に何が食べられるというのだ?

 

「えーとね、今日の朝はね、菜の花と高野豆腐でしょ? それからね、しいたけとかぼちゃ!」

「精進料理かよ!?」

「綴は朝は基本、精進料理だね」

 

 そりゃあそんな食生活していれば味覚も濃い味を受け付けなくなるわ、という内容だった。

 

「綴、ショートケーキは食べたことないんだよね?」

「しょーとけーき?」

「うん、いちごが乗ってるケーキ」

「食べたことないよ?」

 

 いちご、という単語を聞いて綴の笑みが華やいだ。どうやらいちごは以前に食べたことがあるらしい。

 

「食べられなかったらいちごだけ食べていいから」

 

 夏油がやって来たバイトであろう店員に自分と綴の注文をする。五条もアレコレ悩んでから注文していた。

 しばらくはたわいもない話が続く。主に綴のことだ。家ではこんなことしてこうなった、と必死に伝えようとする様子はとても微笑ましいものだ。

 夏油は連日の任務で疲れていたこともすっかり忘れ、綴の話に聞き入っていた。五条は夏油が綴のおかげでストレスを解消できていると、本人から直接聞かなくても理解した。だからそんな2人の会話を終わらせないように、極力聞き手に徹する。

 

「お待たせ致しました」

 

 3人が注文したものが、全て一緒にやってきた。綴の目の前にはいちごが使われたショートケーキがある。

 

「白と黄色と赤でキレイ!」

「そうだね。ああ綴、お箸じゃなくてフォークを使うんだ」

「ふぉーく? 使ったことないやつ」

 

 綴はフォークの使い方がわからず、幼い子供がするように上からグーで持って恐る恐るショートケーキをフォークで切る。思っていた以上に柔らかいそれに綴は驚くが、それ以上に口の中に早く入れてみたい気持ちが勝っていた。パクリとひとくち食べると、綴はどんどん満面の笑みになり、両手で頬に手を当てる。

 

「傑兄ちゃん! おれのほっぺた落ちてない!?」

「そんなに美味しかった?」

「うん! 傑兄ちゃんもひとくち食べていいよ!」

「いいの?」

「うん!」

 

 じゃあ遠慮なく、と少しだけ綴からショートケーキをわけてもらう。

 

「本当だ、すごく美味しいね」

「美味しいねー。ほっぺた落っこちたと思った………」

 

 そう言ってから、先程から会話に参加していない五条と目が合った。ショートケーキと五条を何度か見比べてから、綴は五条にショートケーキの皿を寄せる。

 

「……五条さんも、食べていいよ」

「え?」

 

 言われると思ってなかった一言が綴から飛び出した。

 

さっき(・・・)のお礼。いちごショートケーキ、美味しいから五条さんにも食べて欲しい」

 

 今まで向けられたことがないような笑顔で綴にそう言われた五条は、一瞬反応が遅れる。さっき、とは公園での出来事のことだろうか?この子供に感謝されることなどそれくらいしかしていないので、きっとそうなのだ。

 

「悟?」

「お前、俺の事嫌いなんだろ?」

「でも、さっきすごく嬉しかったよ?」

 

 だから食べて、五条のものよりも短い腕を限界まで伸ばして更にショートケーキを五条に近づける。

 

「………そこまで言うなら」

 

 ぶっきらぼうに答えるが、実は五条もショートケーキのことが気になっていた。ひとくちだけ綴のショートケーキにフォークを入れる。綴は後悔している様子もなく、五条がそれを口に入れるのをワクワクとした笑顔で今か今かと待っていた。

 

 

「なにこれ、全然甘くないじゃん!?」

 

 ショートケーキは甘さ控えめのあっさり系。甘い物が苦手ですという人向けに作られたと言われてもそれを信じそうになるような味だった。正直メロンソーダフロートの後に食べるような代物ではない。

 

「うっわ、俺これ無理だわ。甘くないショートケーキってなに?」

「悟」

「これでほっぺた落ちるとか、有り得ないわー」

「悟、ちょっと黙ろうか」

 

 夏油に止められるが五条は気にする様子もない。

 

「五条さんにはもうあげない!!」

「俺もいらないから別にいいよー! メロンソーダの方が美味しいし! あ、綴は食べられないのかー? 残念だったなー!」

 

 その様子を見て、夏油は頭を抱えたくなった。やっぱり五条を連れてくるべきではなかったんだろうか?綴は公園での一件で五条に心を開きかけていたというのに、その五条がそれを閉じた。

 

──悟は後で絶対に殴る。

 

 帰りは綴と五条がずっと喧嘩をしていた。いや、喧嘩と呼べる代物ではない。五条は綴を面白半分でからかい、綴はムキになって言い返す。綴は同じ土俵にも立たせて貰えていないのだ。

 

「嫌い! 本当に嫌い!!」

「お前に嫌われても屁でもないから」

「いじわるー!!」

「はいはい、意地悪で結構です!」

 

 その後、大号泣する綴を抱っこしてやりながら、五条を説教する夏油の姿が高専内で発見されたという。

 

 

 

────────────

 

 

 

 それから数日が経ち、綴が京都へ帰ることになった。

 

「やだー、帰りたくない」

「また来月来ればいいから」

「でもやだー」

 

 迎えが来たというのに綴は夏油に張り付いて離れなかった。しかし帰らなくてはならない綴は結局夏油から手を離した。

 

「ささ、綴様帰りましょうか。お兄様達が待っていますよ」

 

 使用人と思われる男が綴に揉み手しながら伝える。その表情は暗いものだ。以前から綴が甘菜家の人間を苦手だと感じているのは知っている。

 

 綴は以前、自分の家に帰りたいと、まだ存命である祖母の家に行きたかったと泣き喚いたことがある。綴にとっての家族は彼らではないのだ。本来なら祖母に引き取られる予定だった綴は無理矢理甘菜家に連れてこられた。甘菜家の元有力者である紬の息子として綴を持ち上げ、当主にどうか、という派閥にもみくちゃにされ、綴の精神は疲弊していた。

 行きたくない。ずっとここにいて、大好きな人達と一緒にいたい。

 

「別に一生の別れってわけじゃないんだし、来たい時に来たらいいじゃん」

 

 そう言ったのはいつまで経ってもこない夏油に痺れを切らした五条だった。

 

「…………いつでも?」

「そーだよ。なんで嫌いな奴らの言うこと聞かなくちゃならないんだよ? お前変なところ律儀だよな」

 

 呆れたように言う五条だが、サッサと帰って欲しいというのが本音だ。

 綴はいつでも?と何度か唱えたあと、夏油に抱きつく。

 

「また来るからね、傑兄ちゃん! 大好き!!」

「綴様! そのような……いいですか? ()()()()です。彼は貴方のお兄様では……」

「嫌だ!」

 

 初めて綴に反抗された使用人はヒステリックな悲鳴をあげる。綴はそんな使用人を無視して夏油に抱きついたまま五条の服を引っ張りしゃがませる。なにするんだ、とイラついた時、綴は夏油と五条にしか聞こえないような声で囁いた。

 

「あのね、おれ、悟兄ちゃん(・・・・・)も大好きだからね」

 

 

「その顔、傑作だな」

 

 綴が去ったその場で五条は2、3分ほどポカンとしていた。

 

「いや、何アイツ?」

「良かったじゃないか、綴に好かれて。この間まではあんなに嫌われていたのに………悟、満更でもないって顔になってるぞ?」

「うるせー」

 

 悟兄ちゃん(・・・・・)。悟兄ちゃんか、そう呼ばれるのも悪くない。今度来た時はもっと優しくしてやろう。

 

 綴に付けられていた使用人は綴の拒否で変えられることになったと聞いたのは割とすぐで、今度は料理が上手な女性が付けられたらしい。

 それから数日後、綴は夏油の膝の上で授業を受け受けていたという。

 

「綴ー! お菓子いるー?」

「麩菓子だぁ!」

「これが欲しければ俺を褒め称えるのだ!」

「悟兄チャン、カッコイイー、ダイスキー」

「悟、それは餌付けって言うんだよ?」

 

 若干棒読みで五条を褒める綴と、そんな綴にまんざらでもなさそうな五条を見て、夏油は優しく笑った。




【空谷足音】
・寂しい所へ人の来訪を受ける。予期しない喜び。また頼り甲斐のある例え。
・人気のない谷間に人の足音が聞こえてくるという意。


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晴耕雨読

じゅしゅさんぽwith綴。

アンケートした番外編はここまででしたが、渋谷編がとんでもないことになってきているので、後にやろうと思っていた番外編を渋谷編の前にやろうとおもいます。
もう少しだけお付き合い願います。


「五条、こっちとこっちの帯、どっちがいいと思う?」

「僕はその着物なら、こっちの方が合ってると思うけど?」

「わかった」

 

 なんでもない日常的な会話。だが五条はそれに違和感を持った。

 

「綴、どっか出かけるの?」

「1年生の着物買いに」

 

 そういえば、前にそんなことを言っていたな……と五条が記憶を掘り起こしていると、綴は慣れた手つきで帯を締めてすぐにブーツを履く。

 

「んじゃ行ってくるわ。土産何がいい?」

「甘いヤツ」

「いつもと変わんねぇな」

「………綴、3人から離れちゃだめだからね」

「子供じゃねぇんだから」

 

 お前は子供よりタチが悪い。喉まで出かかった言葉は綴が扉を閉めたことで引っ込んでしまう。

 

「まあ、恵もいるし大丈夫か」

 

 

「私、絶対に何かあると思うんだけど」

「いや、甘菜先輩純粋に釘崎の着物選ぶの楽しみにしてたから」

「そもそも、その先輩はどこいったのよ」

 

 東京都某所で待ち合わせをしていた4人だったが、呼び出した綴が来る気配が全くない。

 

「あってんでしょうね?」

「時間も場所もバッチリだって」

「伏黒、見つかった?」

「いや」

 

 迷子になっている可能性もある、と伏黒が玉犬を使って探すが成果は得られなかった。本当に何をしているんだあの人は。

 

「あ」

「どうした、虎杖?」

「伏黒、釘崎……あれ」

 

 虎杖に言われて伏黒と釘崎がそちらを見ると、着物に羽織姿の綴がいた。普段とは違う、よそ行きの着物なのだろう。東京のど真ん中ではその姿はよく目立つ。すぐに声を掛けようとした虎杖だったが、すぐにやめる。

 

「なんか、絡まれてない?」

 

 そうなのだ。人混みの先で何故か綴の前には綴を睨みつけるヤンキーと思わしき男がいた。それに負けじと睨みつける綴の迫力も凄まじい。あの空間だけポッカリと穴が空いているようだ。

 

「誰が呼ぶの?」

「虎杖、行け」

「俺だってやだよ!?」

 

 冗談じゃない、と虎杖は被りを振る。いくらコミュニケーション能力が高い虎杖だとしても、あの中には入れない。だが次の瞬間にはヤンキーと思わしき男はそそくさと綴から離れた。

 

「あれ?」

「と、とりあえず先輩呼ぶぞ」

「おーい先輩?」

 

 呼ばれて綴はこちらに気が付く。

 

「手前らどこに行ってた?」

「それこっちの台詞! だから一緒に行こうって言ったんすよ!」

「さっきの事か? なんでかガンつけられたんでつけ返しただけだ」

 

 伏黒はそんなヤンキーが何故急に逃げたのかを、綴の首を見て察した。

 

「先輩、刺青見えてます」

「最近隠すのもめんどくさい」

 

 刺青に着物で綴のことをその筋の人間だと思ったのだろう。とにかく喧嘩にならなかっただけ良かった。

 普段、こういった場所であれば襟巻を巻くなどして隠しているのだが、伏黒に言った通り綴はあまり隠さなくなった。

 

「よし、行くぞ手前ら」

「路地裏に?」

「呉服屋に」

 

 絶対裏があると警戒する釘崎だが、虎杖と伏黒はなんの疑いもなく綴について行く。そんな姿を見て釘崎は今回は私がしっかりしないと、気持ちを引き締める。

 

 着いた場所は落ち着いた雰囲気の呉服屋。何百年、という歴史がありそうだ。

 着物を着た店員が綴達に気が付くと、ニッコリと笑顔で綴達の所へやってくる。

 

 

「いらっしゃいませ、いつもご利用ありがとうございます。

 今日はどのようなご用件でございますか?」

 

 綴は伏黒と釘崎を指差して、要件を伝える。

 

「この2人の着物を見に」

「はい、でしたらこちらへどうぞ」

 

 店員は綴達を奥へ通す。そのスムーズさから綴がこの店の常連であることがすぐにわかった。

 

「あの、俺もとか聞いてないんですけど」

「は? 虎杖から聞いてねぇのか?」

「え、釘崎だけだと思ってた」

「じゃあ伏黒呼ぶ意味ねぇだろ」

 

 そんな雑談をする3人だが、たまたま着物の値札を見てしまった釘崎は固まる。ゼロの数が間違ってるんじゃないか?と思う程多い。どうやらこの店が取り扱っているものは高級なものばかりらしい。

 

「……先輩、これ買ってくれるって本当なんですか?」

「そのかわり、選ぶのは俺だ」

 

 着物はその手間賃だとでも言わんばかりの回答に釘崎は絶句する。この値段で手間賃はないだろう。

 

「値段を気にしているならその心配はない。そこの一角はその値段の物が多いからな。気軽に買うのならこっちだ」

 

 気軽……?と3人は首を捻る。綴が差したそれもさっきの着物ほどではないがかなり高い。

 

「お待たせ致しました。こちらつい先日入荷した品でございます」

「うわぁ、綺麗……」

 

 思わず釘崎は感想を述べてしまう。そのくらいキメ細やかな柄、色だった。

 

「他にこちらもありますよ」

「釘崎、どんな時に着たい?」

「え? お正月とか?」

「なら冬物だな。成人式もあるし……ま、その時に新しい着物買うなりレンタルするなり、今から選ぶものを着るなりすればいいと思う。

 いい着物なら何年経ってもいい物だ」

 

 店員はすぐに冬物の着物を何点か出してくる。綴はそれをなんの躊躇もなく手に取ると釘崎に合わせる。

 初めは警戒していた釘崎もだんだんと乗ってきたようで、あーでもないこーでもないと綴と一緒に着物を選ぶ。その様子を見る虎杖と伏黒は店内の座敷に座ってその様子をぼうっと見ているだけだ。

 

「そういや、伏黒は先輩に選んでもらったことあるって聞いたけど?」

「中学の時に1回だけだ。その時は五条先生が払ってくれた……後で値段知って着れなくなったが」

 

 そんな何気ない会話をしていると、綴が伏黒に何着か着物を持ってきた。

 

「釘崎に合わせて冬ものだ。伏黒に合いそうなものをもってきた。虎杖、選ぶの手伝ってやれ。最終確認は俺がする」

 

 マジで2人分買うつもりだ。と虎杖と伏黒は覚悟を決める。

 

 

「やっぱり女物を選ぶのは楽しい」

「え、なんでですか?」

「女物は彩も明るい物が多いし、柄も綺麗だ。

 その点男物は、暗い色が多い。そっちを好む男の方が多いのかもしれないが、地味で仕方がない」

 

 なるほど、と釘崎は納得する。しかし男物を選ぶのが楽しくないわけではないのだろう。釘崎の物を選ぶ片手間に、綴は男物にも手を伸ばし、いい物があれば伏黒の元へ持って行っている。

 

「そういえば、虎杖のぶんはいいんですか?」

「この間俺のお下がりをやった。買ってやるって言ったら、充分だと断られた」

 

 心底残念そうに綴はそう言った。

 

「うーん………色は良いんだが、柄が違う気が……」

「じゃあこっちとかは?」

「ま、そっちのほうが……でもこっちの方が釘崎には合う気が……」

 

 これは時間が掛かるな、と既に選び終え掛けている伏黒は思った。

 結局、店員も巻き込み2時間ほどかけてやっと満足のできる一式をえらぶことができたようだ。ちなみに伏黒はダメ出しをくらって、結局それから1時間掛けて綴が選んだ物を買うことになった。

 

「疲れた」

「釘崎と先輩はあんなにやり遂げた感あるのにな」

 

 着物は寮まで輸送してくれるそうだ。

 

「さて、こっからどうする?」

「? まだ用事があるのか?」

「いや、特には? でもまだ時間あるし昼飯とか……」

 

 綴は本当に着物を選びに来ただけだ。それからのことなんて考えていない。

 

「この近くならあそこが近いな」

 

 昼飯と聞いて、綴はポツリと呟く。

 

「先輩いい所の知ってるの?」

「ただの喫茶店だ。最後に行ったのは、1年前だが。確か飯も出していたはずだ」

「じゃあ昼はそこ行きましょうよ!」

 

 綴が選ぶ物はだいたいハズレがない。それを身をもって知っている虎杖はキラキラと目を輝かせた。

 

「伏黒と釘崎もそれでいい?」

「俺は構わない」

「この辺のこと知らないしね」

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 カランカランと来店を告げる鐘が鳴る。

 やって来たのはレトロな雰囲気の喫茶店。昼時だというのに客はほとんどいない。

 綴は窓際の外がよく見える4人がけの席に座ると、3人もそれに倣うようにその席に座る。

 

「ほい、メニュー」

 

 ランチメニューを出した虎杖はそれをテーブルに広げる。オムレツやスパゲティ、などなど昼時に最適な料理もあるようだ。

 

「あれ? 綴君じゃないか?」

 

 店主と思われる初老の男性が綴に話しかけた。

 

「お久しぶりです」

「最近来てくれなかったけど、何かあったのかな?」

「あー、忙しくて」

「ま、綴君も学生だからね………この3人は?」

「後輩です」

 

 彼はにこやかに綴に話しかける。その一方で、綴は手短に答えて会話をすぐに終わらせようとしている。そんな綴を気にすることも無く、男性は笑顔のままだ。

 

「綴君はここの常連でね。小さい頃はよくお兄ちゃんと来てくれてたんだよ。

 悟君はたまにメロンソーダ飲みに来てくれてるね。こないだアイスをサービスしたらすごく喜んでくれたよ」

「え、先生来るの!?」

 

 1年生達が驚いて男性に聞きかえす。

 

「まぁね、メロンソーダフロートとあと……ホットケーキに蜂蜜をありえない程かけて食べてるね。

 そうか、彼は学校の先生になったんだね? 職業なんて聞いた事なかったから、驚いたよ。あの悟君が……」

 

 男性はしみじみと言った。時の流れは早い。昔は白髪なんてなかった男性の髪はそのほとんどが白髪になってしまっている。

 

「注文は決まったかな?」

 

 男性に言われて、3人は思い思いの料理を頼む。しかし綴だけは、何も頼まなかった。

 

「先輩、いいの?」

「昼飯なら俺の食えるものはないからな」

 

 綴は洋食が嫌いだ。それを3人は知っていたので、それ以上は詮索をしなかった。

 しばらくすると男性が料理を運んでくる。

 

「おぉ! 結構量ある!」

「美味しそう!」

「そう言ってもらえると、嬉しいよ」

 

 ホカホカと美味しそうな匂いのするそれを見て、虎杖と釘崎は素直な反応を見せる。伏黒も何も言わなかったが匂いで食欲が湧く思いだった。

 

「綴君、これサービスだよ」

「え」

 

 綴の前に置かれたのはいのごショートケーキだった。

 

「この時間帯、これメニューにないんじゃ?」

「いいんだよ。3時からのメニューだし、作りたてだよ。

 綴君、ここに来るといつもこれだったよね。あ、お代はいらないから」

「………ありがとうございます」

 

 綴はなんの躊躇もなくショートケーキをフォークで切る。

 

「先輩がケーキ食ってる?」

「うちのショートケーキなら食べられるんだって」

「ひとくちいるか?」

 

 ショートケーキに興味津々だった3人に、綴はそう言った。

 3人はテーブル横にあるフォークを手に取ってひとくち綴からショートケーキをもらう。

 

「あ、意外とあっさり系?」

「確かにこれなら先輩も食べられそう」

「悟君はあまくないからこれをショートケーキと認めないとか言ってたけどね」

「うちのバカがすみません」

 

 

 昼食を終えた頃、綴がお手洗に行っている間に、男性と3人の会話は続いていた。

 

「また来ますね」

「めっちゃ美味かったです」

「そうかい? でも……もう今年いっぱいで閉めようかと思っているんだよ」

 

 え、と思わす言ったのは誰だったか。

 

「お客も最近は滅多に入らなくてね。私も歳だし……閉めどきかな? と。10年前もそう思ってたんだけど、綴君が来てくれる度に嬉しくて、もう1年、あともう1年…とずるずるここまでやって来たんだよ。

 私のショートケーキ、あっさりしすぎだって評判悪かったから、綴君のお陰で自信が持てた。満面の笑みで食べてくれるのが、嬉しかった」

 

 ほっぺたが落ちるくらい美味しいと綴はあの時そう言った。それから月に1度は必ず来て、この窓際の席を特等席にしてショートケーキを食べるのだ。

 

「綴君には、沢山助けて貰ったよ。綴君には、1年前には伝えててね。食べれなくなるのが残念だって、そう言ってくれて………料理人冥利に尽きるね!」

 

 少し涙声になった男性はそれをぐっと堪える。

 

「そういえば、綴君はいまでこそあんな感じだけど、昔は天使と言われていたんだよ。私と常連客が、だけど」

「天使? 先輩が?」

 

 釘崎はありえないと目を見張るが、綴の幼いころの写真を見たことのある2人は納得する。

 

「綴君が笑顔を見せるのは、悟君と傑君くらいだったけどね」

「すぐる?」

「おや、傑君のことは知らないのかい? まあ、あの2人も無闇に誰かに言うようなタイプではないし……一言で言うなら、綴君のお兄ちゃんだね」

 

 男性はある日パッタリ来なくなった夏油傑を思い出す。去年の冬、仕事帰りだという五条に、夏油はどうしているか尋ねた。五条は今まで見たことの無いような虚無の表情で、夏油が死んだことを伝えたのだ。その頃から綴はこの喫茶店へよることはほとんどなくなってしまった。

 

 

 

 その綴は強烈な吐気で立っていられなくなっていた。胃にあるものは全てトイレの中に吐き出し、出てくるのはもう胃液だけだというのに、まだせり上がってくるものを感じてしまう。

 昔は食べれた、大好きだったそれの残骸を見て頭を抱える。

 まるで味のないプラスチックを食べているような感覚で、後輩達の感想を聞いてから、昔と味が何一つ変わっていないことを知った。

 

「……しんど」

 

 

 

 

 時刻は夕方近く。それまでダラダラと遊んでいた4人だが、ここに来てやっと方針が定まったようだ。

 

「よし! じゃあカラオケ行くか!」

「空桶?」

 

 だが、空桶とはなんぞや?と綴は顔を顰めている。

 

「カラオケです。歌をうたうところですね」

「……人が多いならパス」

「個室です」

「行くか」

 

 伏黒との短い会話を終えて、綴は3人の後をついて行く。カラオケとやらがどんなものかは知らないが、この3人が楽しめる場所ならばどこでも良かった。

 

 

 

────────────

 

 

 

「──で、思った以上に音が大きいし、目がチカチカしたと」

「頭痛くて気分悪い」

「それ言わずに最後まで粘る綴も馬鹿だな」

「うるせぇ叩くぞ」

 

 医務室で綴は五条、家入と話していた。

 部屋に帰るまでは何とか後輩達に無様な姿を見せなかった綴だが、部屋に入った途端倒れた。綴は何度か歌うことを勧められたが、そんな状態でもなく。ただただ無表情でその場を見つめていただけである。このとき任務で使っているサングラスのように黒いレンズのゴーグルがあればまた違っていたのかもしれない、と後悔するが終わったことを嘆いても仕方が無い。

 家入のところへ行って薬をもらおうとフラフラと寮を出たところで五条と出会ってしまった。

 

「でも楽しかった?」

「楽しかった」

 

 痛みを堪えるために無表情になっていたが、3人のやり取りを見ているだけでも楽しかった。

 

「立派に先輩やっちゃってー。憂太が聞いたら羨ましがるんじゃない?」

「なんで乙骨が?」

「綴は、意外と慕われてるってこと」

「ないな」

 

 ベッドに寝転んで家入から貰った蒸しタオルを目に当てる。

 

「でなきゃ、悠仁も恵も綴の後ろアヒルみたいについて行かないって」

「それは……俺以外にもアイツらに何かしてやれる奴がいればそっちにいくだろ。3、4年とか…それこそ乙骨とかは伏黒に尊敬されてんだろ?」

 

 じんわりと暖かい蒸しタオルと頭痛薬の副作用のせいか頭がぼうっとしてくる。このまま寝られるのではないか?たとえ5分でも寝られる時に寝ておいたほうがいいだろうと判断する。

 

「綴、お前は……色んな人から頼りにされてるんだよ。もちろん僕もそうだ」

「………だったら、俺を子ども扱いするんじゃねぇよ」

「だって子供だもん」

「くそが」

 

 それから綴が口を開くことはなかったかった。

 

「硝子、子供ってなんで大人になっちゃうんだろうね?」

「……何当たり前のことを」

 

 




【晴耕雨読】
・田園で世間のわずらわしさを離れて、心穏やかに暮らすこと。
・晴れた日には田畑を耕し、雨の日には家に引きこもって読書する意から。


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会者定離

甘菜綴、高校1年生。


「お前、どんな女が好み(タイプ)だ?」

 

 京都府立呪術高専高校 1年・東堂葵

 

「手前は何言ってんの?」

 

 東京都立呪術高専高校 1年・甘菜綴

 

 姉妹校交流戦にて、初対面の相手にそんなことを聞かれた綴は眉間に皺を寄せていた。その間にもベラベラと訳の分からないことを言われていたような気がするが綴はそれを右から左へ受け流す。

 

「男でもいいぞ」

「なんなのコイツ……」

 

 頭が痛い。

 

「同じ1年、そして俺と同等……いや、それ以上の実力を持つお前の女の好みを俺は知りたい!」

「…………」

 

 無視することにした。

 しかし、好み………綴が思い浮かべたのは黒く短い髪に自分よりも背の低い彼女(・・)の姿だった。

 

「答えるまで俺はお前を逃がさんぞ!」

「めんっどくせぇ……」

 

 だがいつまでも東堂に絡まれるのも時間の無駄だ。これは恐らく答えるまで逃げられない。運のいいことに、この場には誰もいない。別に聞かれて恥ずかしいことでもないし……と綴は諦めてため息を吐いた。

 

「黒髪、短髪で……俺より、小さい人?」

 

 ここで東堂に衝撃が走る。綴の身長は自分よりも低い。つまりこれよりも小さいということは……。

 

「─つは?」

「は?」

「尻は、でかい方が好みか?」

「…は?……はぁ?」

 

 綴は念入りに2回聞き返した。

 しかし何を隠そうこの綴、基本は真面目で律儀だったりするので、東堂の問いに本気で考える。あの人(・・・)はどうだったのだろうか、と。

 

……………………つ、慎ましいんじゃ、ない、か?

!!!!???

 

 彼女が万位が一にここにいたら聞かれたくないと、綴は小声でそう言う。それを聞いて更なる衝撃を東堂は受けた。

 これだけの実力を持ち、しかしその好みに魅力を感じない。矛盾したこれは、もしや!

 

「なるほど、わかったぞ甘菜綴、つまりそういう事だな?」

「何が?」

「甘菜綴、いや我が好敵手(ライバル)よ!!」

 

 絶句。

 着ていたシャツをビリビリと破く東堂を見て、綴はすぐさま仲がいいというわけでもない先輩達の所へ行きたくなった。なんだコイツわけがわからなさすぎる。

 

 

 

 

 

 

 

「──俺と甘菜は永遠に競い合う運命の相手だったのだ、こうして俺達は互いを高め……」

「甘菜は東堂を酷く避けるようになったな」

 

 3年生となった東堂は、目の前にいる1年生の甘菜繚介に綴との出会いをそれはそれは熱く熱く語り、実は東堂と綴が出会った時、その場に隠れ潜んでいた加茂がそれについて訂正を入れている。

 

「なるほど、ありがとうございます! 東堂先輩!」

「甘菜のことなら幾らでも語れるぞ。いや、甘菜と言うとお前と被るな。今後は綴と呼ぼう」

「次に会った時の甘菜君の苦虫を噛み潰したような顔が想像つくわ」

 

 同じく3年生の西宮は今後の綴の苦労に合掌する。

 とはいえ、あの綴に好みの女性がいることについては加茂も西宮も気になるところだ。

 東堂はというと、そんな自分よりも強かった頃の綴に思いを馳せる。今の綴に不満があるわけではない。むしろ、あんな呪いを受けて身体がボロボロになってもなお、生き続け戦い続ける綴を尊敬している。

 

 

 

......................................................

 

 

 

 甘菜綴の高校生活は3年の先輩にドロップキックをしたことから始まった。

 

「なーんでそうなるかな?」

「うるせぇ」

 

 しっかりと高専の学ランを着込み、プイとそっぽを向く綴の顔を掴み、五条は無理矢理こちらを向かせる。

 

「都合悪くなると顔を背けるのは綴の悪い癖だよ。

 で、何があったの?」

「………気に食わなかっただけだよ。人のこと依怙贔屓だのなんだのと。俺は俺の実力でここにいるのに」

 

 綴と五条は所謂幼馴染というやつだ。夏油もそうでこの世で1番尊敬している師であり兄。五条のほうは友人であり兄のような存在である。というか、多分この世でまともに話せる人物は五条や家入、七海に伊地知といった昔からの付き合いがある大人ぐらいではないだろうか?

 だからこそ、事情を知らない人間から見れば実力を持つ大人達に囲まれ、目をかけられている綴は依怙贔屓されていると見られ、嫉妬と羨望の的になってしまっている。

 

「もうちょっと周りと仲良くしてみれば?」

「嫌だ、必要ない」

 

 甘やかしすぎだ、と家入や七海に言われたことを五条は思い出す。確かにそうかもしれないが、だからといって綴を甘やかすのを止める気は無い。

 綴はこれまで散々な目に合ってきたのだから、これからは楽しく学生生活を謳歌して貰いたい、そう思っていたのだが、まさか入学と同時に先輩にドロップキックする奴があるか。

 

「綴は本当に自分に素直だな」

「手前に言われたかねぇっての」

 

 五条(アンタ)だってやられたらやり返しはするだろ?と暗に言われると、五条はもちろんと答えた。でもね、ドロップキックしてその上、ボッコボコにして()()()()()()()()まではしないかな?と伝えてみても綴はツンと澄まし顔である。

 

「呪術師ってあれだけやっても死なないし、本気で殴れる」

「1人でスッキリするなよ。このあと怒られるの僕なんだから」

 

 中学生になってからの綴の教育者は五条だ。あの時は「綴がやっと帰って来た!」と嬉し過ぎて小脇に綴を抱えながら当時小学5年生だった伏黒に大興奮で紹介したほどである。その時の伏黒が助けずに哀れみの眼でこちらを見ていたことを綴は忘れない。許さない、絶対に許さない、絶対にだ。

 

「あ、そうだ。綴、犬は好き?」

「犬? 非術師よりは好きだ」

 

 なら良かった、と五条はニンマリ笑い、机の下から綴の目の前に白い塊を置く。

 

「綴と青木(・・)には、早速だけど2年生と一緒に任務へ行ってもらう」

 

 

 2年生である尾上(おのえ)小町(こまち)は頭を抱えていた。

 

「先生! これ、何かの冗談ですよね!?」

 

 尾上は綴が抱きかかえる白い塊を指差す。

 

「青木製鉄所から発見された、ポメラニアンの青木君(推定15歳)、立派な高専の1年生だよ?」

 

 ヘッヘッヘッと尻尾を激しく振る青木はただのポメラニアンにしか見えない。それを当たり前のように受け入れている後輩もなんだか腹が立つ。

 

「3人には病院に向かってもらう。依頼してきたのは妊婦さんのようでね、その病院に入院してから不思議な現象に苛まれているようで、知り合いに相談したら高専に行き着いたらしい……」

「つまり、その妊婦さんを助ければいいんですね?」

「そう! 護衛期間は赤ん坊が産まれるまで、もしくは現象の根源を祓うこと。頑張ってよ、期待してるから」

 

 そう言ってニンマリ笑う五条を尾上は殴りたくなった。この訳の分からないことメンツでどないせいっちゅうねん。

 五条が教室から出ると、そこには綴と尾上、青木しかいなくなる。綴と青木は尾上に興味が無いと言わんばかりに1人と1匹で戯れ始める。

 

「あ、あのー、甘菜君?」

「なんだよ?」

 

 タメ語かい。

 

「えーと……君は何が出来るのかな?」

「戦闘と捕縛」

「へ、へぇ………じゃあ、青木君は? 何か知ってる?」

「危機察知。その危機に合わせて呪力が向上する。上限はあるらしいけど」

 

 簡単なことしか言わず、青木と遊ぶことが優先だと言わんばかりの態度に尾上はキレそうになるが、自分は先輩なのだからと言い聞かせてグッと堪える。

 しかし、あまり付き合いたいと思う人間ではない。何故なら綴は3年生をドロップキック、ボコボコにして校舎に釣り上げた男なのだから、いったい次は誰が綴の地雷を踏み抜くか、同級生も先輩も不安に思っていた。

 

「とりあえず、伊地知さん来るまで、ここで待とうか」

「え、他にどこで待つの?」

 

 馬鹿にされたような気分だ。

 結局伊地知が来るまでの間、綴と尾上は一言も喋ることはなかった。その気まずい雰囲気を伊地知は察知するが結局なにもすることができなかったという。



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会者定離②

「え……とマジでここ?」

 

 着いた婦人科病院の前で2人と1匹は立ち止まる。

 

「青木、病院に犬は入れないらしいぞ」

「キャン」

「そうだな、何かあれば呼ぶ」

「なんで会話成立してんのよ?」

 

 尾上は目の前で繰り広げられる訳の分からないやり取りを見て頭を抱える。不安で仕方がないのだ。片方は協調性がないしもう片方はそもそも意思疎通が取れない。上の人間はなんだってこんなメンツを任務に行かせようとしたな。というか犬って、なんで犬が学校に通ってるんだよなんで入れない病院の任務割り振られてるんだよ、と上げれば上げるほど疑問は尽きない。でもたかが3級ね自分ではどうすることも出来ない。

 

 そんなことよりもだ。

 この病院は一般人がみればそれはそれは立派なものに見えるのだろう。建物は大きく綺麗で、ホームページを見ればこの病院がどれだけ成功をしているのか一目瞭然だ。しかしそれはあくまで一般人が見れば。呪術師からみれば病院はどす黒い霧に包まれていることがよく見える。

 

「創業80年だって」

「昔は経営的に難があったそうですけど、50年ほど前の今の院長が就任してから建て直したようですね」

「伊地知さん、青木のリードは?」

「これですよ」

 

 伊地知は綴に青いリードを手渡すと、綴はそれを病院の敷地内にあるポールに括り付ける。

 

「そういえば、伊地知さんと甘菜君って昔からの知り合いなんですよね?」

「まあ、はい」

「昔からあんな感じなんですか?」

 

 尾上は綴を指差す。綴は相変わらず青木とじゃれあっており、それだけ見ると3年生にドロップキックした男には見えない。

 

「実は私、今日久しぶりに甘菜君があれだけ嬉しそうにしているのを見ました。昔は、もっと人懐っこい子だったんですけど………あ、これ言ったの内緒に!」

「わかってますって……でも、全然想像できないな」

 

 まるで人を威嚇する獣のような綴が人懐っこいだなんて全く想像ができない。いったいなにがあったらあんな人間になるのだろうか。

 

 

 

「俺、一般人嫌いだから、アンタが話して」

「は?」

「耳遠いのかよ」

「雑音が酷くてね。もう1回言って?」

「耳遠いのかよ」

「そこじゃなくて!」

 

 病室の前まで来て、綴はそう言うとサッサとスライド式の扉を開ける。

 そこにいたのは黒髪のどちらかと言われると幸が薄そうな女性。ノックをせずに入ってきた綴を訝しげに見ているようだ。

 

「ちょっと、甘菜君! いきなり何やってんのよ!」

 

 綴に代わって尾上は謝る。

 

「あの、私達呪術高専の者です……お話しはもう通っていると聞いていますが……」

「あ、あなた達が?」

 

 名乗っても女性はなかなか警戒を解かない。不可解な現象に悩ませているためか、警戒心が高まっているようだ。

 

「はい! 私は尾上小町と言います。こっちは甘菜綴君、それと補助を担当してくれている伊地知さん。外にもう1人いますけど、訳あって中には入れないんです。今回は基本的にこの4名で貴女の悩みを解決します」

「さ、佐々木です……あの、本当に大丈夫なんですか?」

 

 佐々木と名乗った女性は視線を彷徨わせながら問う。

 

「はい! もちろんですよ。

 私はまだ階級が3級なんですけど、甘菜君は1年生にして2級の術師なんです。この歳でそこまでの階級の子ってなかなかいないんです」

「えと、かなり優秀な方、であっていますか?」

「そうです」

 

 ムカつくことに、この後輩は入学と同時に2級術師として認められている。実力はまだわからないが、3年生をボコボコにしている時点で彼が強いということは明白である。

 

「というわけで、佐々木さんは私達が守りますから!」

 

 そう言い終えたところでやっと佐々木は安心したようだ。まさか子供がやってくるとは思っておらず、それ故に不安と不満があったらしい。

 綴はそれを見届けてから病室を出る。尾上に止められたがそれを聞く理由もない。

 

 この病院には嫌なものを感じて仕方がない。佐々木のことは尾上に任せて自分はそちらへ向かおうと言う魂胆だ。

 

「立ち入り禁止」

 

 嫌なものは地下へ続く階段の下から感じる。だがその階段の前には立ち入り禁止の札が立っていた。別に気にせず進んでもいいのだが、そうすると今後の活動に支障が出るかもしれない。それに、何となく入っては行けないような気がした。というより、今は入るべきではないが正しい。

 

「………」

「何か、ここに用ですか?」

 

 声を掛けられて後ろを振り向くと、そこには白衣を着た老人がたっていた。尾上に見せられたホームページに載っていたこの病院の院長のようだ。

 

「………何を犠牲(・・)にした?」

「……ああ、貴方はわかる(・・・)人間なのですか。たまにいるんですよ。しかし、犠牲とは聞き捨てなりませんね。私は何も犠牲になどしていませんよ」

 

 そう言うと院長はその場を去っていった。

 

「こんだけドス黒いもの閉まっといてよく言うよ」

 

 

「ちょっと失礼しますねー」

 

 尾上は佐々木が纏う残穢を見て、直ぐに手毬柄の千代紙を取り出す。

 

「佐々木さん、直接申します。貴女は呪われている」

「やっぱり、私が?」

「あ、具体的にいうと、貴女のお腹のお子様がです」

 

 千代紙に呪力を込めると文字が刻まれていく。

 

「『我、汝を護りし者也。故に闇は見えず聞こえず匂わず、汝を見失うであろう』」

 

 その千代紙を、尾上は佐々木の腹に貼り付ける。

 

──結界術・千代紙『手毬』

 

 尾上は人を守ることに秀でた結界術を用いて腹の子と佐々木を護る。

 

「この結界術で、貴女を呪う呪霊には貴女のことが見えないし聞こえないし匂いすらわかりません。ただ、効果は札が黒く染まるまで。それからはしばらくこの術は使えなくなります」

「あ、ありがとうございます」

 

 佐々木は頭を下げる。尾上はそんな佐々木の様子を見て嬉しそうに笑った。

 尾上は非術師の家系に生まれた人間だ。尾上だけが不思議なものが見えていた。あまりにも幼い頃から見えていたそれは、尾上にとっては日常の1つで恐ろしさも感じなかった。だが、ある日その目に見えないものと戦う人間を見てしまった時から尾上は認識を改める。

 

──アレは恐しいものだ。

 

 私はアレのことを知っているんだから、私はアレが見えるんだから、私はいろんな人を守るために生まれてきたんだ。

 今思うと気負いすぎていて、変に自信がある自分の頬を平手打ちしたくなる。しかし術師になったことについては後悔していない。

 術式がなくても尾上には向き不向きが分かれる結界術を得意としていた。それでもなかなか戦果を挙げられず、3級に昇級したのも同級生達のサポートがあってのことだ。

 呪術高専2年の中で1番弱い。結界術がなければ攻撃手段を持たないただの役ただず。だから誰かに感謝されると、自分のしていることはきっと間違いではないのだろうと、自信を持てた。

 

「あの、早速お話を伺いたいのですが……」

「え?」

「あー、佐々木さんは今呪われている、というのは理解していますよね?」

「はい、知り合いにもそう言われて」

「呪いというのは、こんがらがっている糸を解くような過程を経て解呪ができるんです。

 今のまま、佐々木さんに取り憑いている呪いを祓っても……恐らく良い結果にはならないかと」

 

 なにか1つでもいい。何故佐々木が呪われるような事態に陥ってしまったのか、その切っ掛けさえわかればこの任務を無事に終わらせることができるはずだ。それを佐々木に伝えると、彼女は軽く頷く。

 

「………でも…その、理由がわからなくて、私が入院してその日に、色んなことが起きて」

「例えば?」

「赤ん坊の泣き声が、聞こえるんです」



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会者定離③

「赤ん坊の泣き声、ですか?」

「はい、夜中の2時から3時頃に。

 初めは婦人科病院だし赤ん坊の声くらいするだろうって、気にしなかったんですが、日に日にその泣き声が近付いて来るんです」

 

 それでまともに寝れていないのだろう、佐々木は疲れた様子だ。

 

「あの、赤ん坊となにかあったとかは……?」

「………ご、ごめんなさい」

 

 尾上の問いに佐々木は顔を伏せて謝る。

 佐々木から聞き出せたのは、『呪われた理由がわからない』『2時から3時頃に聞こえる赤ん坊の泣き声』ということだけだった。

 

 

「で、キミはどこ行ってたの?」

「対象の方じゃなくて、なんでこの病院が呪われてんだろうな、と思っただけだ」

 

 時刻は草木も眠る丑三つ時。2人と1匹は佐々木を護衛するために病院の駐車場付近に待機していた。もちろん病院側からの許可は出ているようだ。

 

「タメ語! またタメ語!

 まさか甘菜君他の先輩にもそんな調子なの?」

「敬う気もないのになんで敬語使わないといけねぇの?」

 

 敬う気もない、と言われて尾上は頭に衝撃を受けた。

 

「そ、そう………そう。

 病院のことについて、何かわかったの?」

 

 尾上はのの字を地面に書きながら綴に尋ねる。

 

「地下になんか嫌なものがいるってのと、そこ容易に立ち入ったらやばそうなこと。院長の野郎がなんか隠してやがること」

「院長が?」

「多分病院の呪いは院長のせいだ」

 

 綴は確信を持ってそう言った。佐々木の呪いと何か関係があるかどうかは結局わからず、今日呪霊がどのように被呪者にアプローチしているのか、それを見て判断をするようだ。

 

「きゃんッ」

 

 青木が何かを感じ取って吠える。

 

「来た」

 

 病院から聞こえてきたのはか細い赤ん坊の泣き声だ。

 しかし、昼間でも人の声が聞こえることがなかった病院で、赤ん坊の泣き声が外にまで聞こえてくるのは不自然だ。

 

「青木、あそこまで頼む」

 

 青木はムクムクと巨大化し、まるで狛犬のような姿になる。大きさはだいたい自動車よりも少し小さいくらいか。呪霊の危険度を察知してそれに見合う呪力を引き出して身体を大きく、もしくは攻撃力を高める呪術だ。

 青木は綴からの指示を聞くと、いの一番に病院の中へ入っていく。綴と尾上はその後ろから佐々木の病室に向かう。

 

 今の青木とほぼ大きさの変わらない呪霊は地下から這い出して来たところだった。

 綴はそれを糸で捕縛、青木が呪霊に噛み付いた。まるでまるまると太った赤子のような呪霊はいっそうけたたましく泣き声をあげる。

 

「アンタは対象のとこ行け!」

「うん!」

 

 尾上は佐々木の病室へ向かう。

 ここまで来るのにかかった時間は玄関から5分程。それでも呪霊が地下から這い出したところだった。尾上の結界術で呪霊が佐々木を見失っていたからだ。尾上の結界術はこの呪霊に有効だ、佐々木が見えず近付けないならこちらのもの。だが地下から出てきたのなら佐々木の結界が壊れてしまったはずだ。普通ならば数日持つ結界術を壊すということは、それだけ強い呪力をこの呪霊は持っているということになる。

 

──甘菜呪流体術・ニノ型 牡丹

 

 呪霊の叫び声を聞いて、攻撃が通じることを綴は確認する。

 綴の攻撃で呪霊が怯んだ隙を見て、青木は呪霊を地下に押し戻そうとするが、呪霊も力が強くなかなか上手くいかない。綴は呪霊の間から地下への階段へ向かい、後ろから呪霊を糸で引っ張る。

 

「青木そのままやれ!」

「バウッ」

 

 青木の突進力と綴の糸で呪霊はズルズルと後ろへ後退していく。

 するとこの2人に力で敵わないと察したのか、呪霊は動きを止める。

 

──なにかするな。いったい何を……。

 

 呪霊がモゾモゾと動いたかと思うと、背中の肉塊が砲弾となり全方位に向けて砲撃が始まった。 それを避けるために綴は糸を切る。だが砲弾は綴の足元へ命中、その衝撃で綴は階段の下まで転がり落ちた。

 上から綴を呼ぶ青木の声が聞こえてくる。青木は無事なようだ。

 さて、ここはいったいなんだろう。と綴がうしろを振り返ると呪霊が開けた扉が見えた。その中に何かがある。

 

「青木! 少し耐えてくれ、すぐに戻る!」

 

 上から青木の返事が聞こえてから、綴は部屋の中へ入った。

 部屋にあったのは、金庫のようだ。ここからドス黒い呪力を感じる。金庫は数字が並ぶダイヤル式の鍵を持っている。それが、2つ。開けるのは容易でないだろう。

 

「………ここは、今は無理か」

 

 綴はすぐに諦めて上へ戻る。

 しかし既に呪霊の姿は見えず、いるのはポメラニアンの姿に戻った青木だけだった。

 

「青木!」

「きゃんッ」

「なんだ、元気じゃねぇかよ、心配させやがって」

 

 そう言って綴はすぐに青木と共に佐々木の病室へ向かう。

 

 

 

────────────

 

 

 

「佐々木さん!」

「尾上さん、赤ん坊の泣き声が!」

「大丈夫です、絶対に守りますよ。

 『我、汝を護りし者! 楯となり矛となる! 闇は汝を切り裂けぬであろう!』」

 

──結界術・千代紙『扇』

 

 佐々木の部屋は赤い扇柄の千代紙が大量に貼られていく。

 『扇』は尾上にとって1番得意とする結界術だ、その上尾上が持ち得る結界術で1番の防御力を誇る。きっと破られることはまず無いだろう。

 

「尾上さん、今外でなにが!?」

「呪霊は地下からここへ来ています。地下からここまでだいぶ距離があるので、丑三つ時が終わるまでは甘菜君と青木君が対象しています!」

 

 そう言った時、扉が外から殴られる。凄まじい音は、『扇』がなければ扉が破壊されていたことを想像させることができた。

 それよりも、綴はいったいどうしたのだろうか。彼が簡単に負けるとは思わないが、ならどうして呪霊がここまでやって来たのだろう?尾上は思考するがなにもわからなかった。

 

「『扇』は札を貼った空間にいる人を守ります。ただ、物は直接貼らないと効果を得られません」

「あの、尾上さん?」

「あ、これ術式の開示ってやつで、これすると強くなれるんですよね。だからちょっと聞いててください」

「は、はい……」

 

 破られることはないと信じているがもしもということがある。だから尾上は術式を佐々木に向けて開示していく。

 

「建物なんかの壁がある場所じゃないとできないのが難点ですけど、こんな建前の中だと絶対に破れません。特にここは身重の人のための部屋。だから、その概念が『扇』をさらに強化してくれるはずです!」

 

 だから早く来て欲しい。尾上は一向に来る気配のない生意気な後輩の到着を今か今かと待っていた。来たら思い切り殴ってやろうと心に決めて。

 また扉が殴られる。それと同時に赤ん坊の泣き声が大きくなる。

 

「うるさっ」

 

 まるで頭の中を直接攻撃されているようなそれに、尾上と佐々木は思わず耳を塞ぐ。その時、赤ん坊の泣き声が肉塊を殴るような音と共に止まった。

 

「甘菜君!?」

 

 綴と青木はすぐに部屋まで来た。

 呪霊を殴り飛ばすと、すぐに部屋の中に入る。

 

「無事だったんだ、良かった………って! 結界壊すな!」

「知らん、もう1回しろ」

「あのね、『扇』は外から誰かが入ると効果が無くなるって任務前に何度も……」

「いいからやれ、佐々木(コイツ)死ぬぞ」

 

 綴の鬼のような形相を見て、尾上は半べそをかきながら千代紙を部屋中に貼っていく。

 

「──で、だ」

 

 綴は佐々木を睨みつける。

 

「アンタ、俺らに言ってねぇことがあるな?」

「え?」

「ちょ、止めなよ! 佐々木さん困ってんじゃん!」

 

 尾上が綴の背中をドスドスとチョップするが綴は堪えていないようだ。

 

「ここには今妊娠間近な妊婦がアンタ以外にも10人いる。なのにこの現象に悩まされてるのはアンタだけだ」

「そ、そんなこと言われても、私には全く……」

「身に覚えがないとは言わせねぇ。アンタ、()()()()()()()()()()?」

「ち、違う! 私は……ただ、あの人(・・・)に会いたくて!」

 

 佐々木はハッとして口を抑えるがもう遅い。

 

「あの人?」

「詳しく言え、死にたくなかったらな」

 

 佐々木は俯くとぽつりぽつりと話し始めた。



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会者定離④

会話が多い気がしますが気にしない。


 時刻は3時半。未だに扉を殴る音が外から聞こえる。

 

「実は、私は…………この子を、望んで身篭った訳では無いんです」

 

 気まづそうに佐々木は綴と尾上から目を背ける。

 

「望んで無かった?」

「はい」

 

 2人は思わず怪訝な表情を見せる。

 

「その、私は所謂、愛人というやつで……」

「え!?」

「知らなかったんです!

 最初は本当に私は何も知らなくて……後にそれがわかって、それでも、あの人と一緒にいたくて関係を持ってしまって。ダメだってわかっていたのに……」

 

 佐々木は泣いているのか、顔を両手で覆う。

 

「子供がお腹にいるとわかって、下ろそうにもお金もないし、調べれば調べるほど怖くなって……そのままズルズルと、こんなことに。あの人にも伝えたけど、それっきり連絡はつかなくて」

 

 本当には産みたくない。誰にも頼れなくなってしまった佐々木は途方に暮れたのだろう。そうとう心身ともに疲れたはずだ、それを察したのか尾上は佐々木の背中を撫でる。

 

「本当に望んで無かったのか?」

「……はい」

「子供が死んでもいいと?」

「もちろん」

「……本当のことを言え」

 

 佐々木の表情はだんだんと暗くなっていく。

 

「甘菜君、あんまり佐々木さんを追い詰めないであげてよ」

「じゃあコイツは死ぬぞ。

 俺は非術師は大嫌いだ。無闇矢鱈に感情を振りまいて、それの尻拭いをしている人間がいるとも思わない。人との違いを認められないような生き物、救う価値なんてないと思ってる」

 

 でも

 

──「非術師は力を持つ私達が守らなくてはならない存在だ」──

 

 あの人(・・・)がかつてそう言っていたのだから、自分は非術師を無理矢理にでも守らなくてはならないのだ。かつてのあの人を殺さないために。

 

「俺が初めてここに来た時、アンタは無意識だろうがその腹を庇った。

 アンタの男と会ってないってのは嘘だ。そんでまだ何もされていないのに腹を庇ったってことは、子供を守ろうとしたってことだろ。

 その男、定期的に来て子供をどうにかしようとしてる。バレたらヤバいだろうしな」

 

 次々と言っていく綴を佐々木は信じられないものを見るような目で見て、尾上は佐々木を見つめる。

 

「呪いは元々この病院に巣食っていた。恐らく50年程前に、何かを犠牲にして破産気味だったこの病院を建て直した」

「の、呪いを? 悪い物なんじゃ?」

 

 佐々木の問いは最もだ。呪いとは人から流れ出した負の感情の塊。お世辞にも病院を建て直すことができるほどの力を持っているとは思えない。

 

「というか、よく破産気味だったとか知ってたわね」

「困った時は伊地知さん、と五条が言ってた」

 

 他にも色々とやることがあるだろうに、50年以上も前のことまで調べることになった伊地知に尾上は合掌する。

 

「話戻すぞ。

 強い呪いは呪いを寄せ付けない。まあ、悪習であることには変わんねぇけど。とにかく当時この病院は何らかの恨みでも買ってたんだろ。そんで呪詛師によって解呪とまではいかないが間違った方法を教えられた」

「………それも、伊地知さんが?」

「いや、院長室に忍び込んで」

「いつの間に!? ダメだって、そんなことしたら!」

「なりふり構ってられるか。これが当時の手紙だ」

「あああ! なんてことしてんのよ!!」

 

 不法侵入に盗難。呪術高専の力を使えば恐らくスムーズにいっていたであろう調査を、いろんな過程すっ飛ばしてやってしまった綴に尾上は頭を抱える。

 

「……いや、階級は俺の方が上で責任は俺が取るし、アンタが焦らなくても」

「あのね! 私はキミの先輩なの! 先輩が後輩の面倒見るのは当たり前なの!!」

「はぁ……」

 

 そう言いながらもしっかりと尾上は手紙に目を通す。

 

「え、これって……」

 

 尾上は目を見開いた。

 

それらしきもの(・・・・・・・)なら地下で見つけた。

 アンタは子供を思っていた、それを子供を恨む気持ちで蓋をして。

 どんな子供でも思うんだよ、愛されたいと。だから(・・・)アンタは呪われた」

 

 厳密にその事について佐々木に伝えたわけではない。しかし佐々木は心当たりがあるようで、ハッと息を飲む。

 

「アンタの本心を言えよ。子供は、()()()()()()んだから」

「わ、たしは……」

 

 知り合いに紹介されて、この病院に来た。

 お金が無いなんて嘘だ。

 下ろす勇気がなかったもの嘘。

 もし、もしもこの子が無事に産まれたら。

 あの人から逃げることができたら。

 私は、この子と一緒に────。

 

「いきたい、この子と一緒に生きたい!

 誰も味方なんていなくて、毎日辛くて、あの人も、この子を要らないって、下ろせって……なんで、この子のせいで、私ばっかりなんでこんなに辛いの? 全部この子のせい………でも、私はこの子が大好きなの。だって、だって……」

 

 エコー検査でその子を見てから、佐々木の心は定まっていた。愛おしくて愛おしくて仕方がなかった。医者から手や足がどこにあるのかを聞かされて、なんて小さくて可愛いんだろうと思った。この子は私の宝物。

 

「私はこの子が大好きなの。私に、この子を守らせて……」

「なら立て」

 

 綴は佐々木に手を伸ばした。

 

「ここを出る」

「え?」

「まだ文句があるのか?」

「いや、佐々木さんを連れて行かなくても!」

「解呪するにはこの人がいる。それはアンタもわかってんだろ?」

 

 呪霊の正体(・・)と推測の域をでないがその目的も知ってしまった尾上は、ウッと顔を引きつらせる。

 そしてなにより時間だ。2時から3時頃までなはずの赤ん坊の泣き声が3時を過ぎても収まらない。つまり術師が現れ佐々木に手が出せなくなってしまう前に、彼女を殺すつもりなのだ。

 

「逃げ込む場所は地下、アイツの核がある場所だ。広さはここと変わらない、四方はコンクリートの壁で、扉は鉄でできている」

「……『扇』は問題なく展開できるわ。ただ核が近いから呪霊の力が強まる可能性が……その場合は、多分やばいと思う」

 

 2人は速やかに情報をやり取りし合う。情報の漏れは時に恐ろしい事態を招くことは2人はよく承知していた。

 

「その中に、コレ(・・)があるのね?」

「ああ、ある」

 

 2人は覚悟を決めた、あとは……。

 

「佐々木さん、準備はいいですか?」

「はい、もちろんです」

 

 

 

────────────

 

 

 

AM 3:40

 

 

 綴は扉を壊して外へ飛び出した。扉が呪霊にぶつかり、呪霊は後方に吹き飛ぶ。

 

「今だ、青木!」

 

 尾上と佐々木を背中に乗せた青木が地下に向かって走り出す。

 綴はその場に残り呪霊を食い止める。呪霊がモゾモゾと動き出し、またあの砲撃で攻撃を仕掛けてくる。

 

──一ノ型 蕾。

 

 綴はそれを蕾で受け流した。

 

「さて、足止め足止めっと………アイツら何分でつくかな?」

 

 

 尾上と青木、佐々木は地下へ急ぐ。

 

「あの、甘菜君は大丈夫なんですか!?」

「はい! なんたって2級術師、ですから!」

 

 不自然に静かな病院を駆ける青木の上で、佐々木が綴を心配する素振りを見せる。

 

「……私、本当にこの子を望んでもいいんでしょうか?」

「佐々木さん……」

「この子は、私を恨まないでしょうか?」

「佐々木さん!」

 

 俯いていた佐々木は尾上に言われてハッと顔を上げる。

 

「大丈夫です! ほら、笑って笑って! でないとお腹の子も佐々木さんを心配しちゃうますよ! 

 これからです。これから大事にしていけば、良いんです!」

 

 尾上に勇気づけられて、佐々木は涙をこぼす。

 誰も味方がいなかった今までとは違う。今は自分を、お腹の子を守ろうとしてくれる心強い味方がいるのだと実感して佐々木は安心した。

 

「……ごめんなさい、望まない子だなんていって……守るから私が絶対に守るからね!」

 

 佐々木はそう言って精一杯笑った。

 そうこうしている間に尾上達はついに地下室へと辿り着いた。

 

「青木、合図をお願い!」

「ワオーーーンっ!!!!」

 

 その咆哮は青木がした中で今までで1番大きなものだった。青木が綴を呼んでいる間、尾上は佐々木を青木から下ろし、地下室の中へ入る。そして部屋の至る所に千代紙を貼り付けていく。

 

「尾上さん、私も手伝います」

「! は、はい、お願いいたします!」

 

 ことは一刻を争う。佐々木の申し出は有難く、札を佐々木に手渡す。貼る人間は誰でも構わない。これを作った人間が尾上であること、それがこの術には必要なのだ。

 

 

 

AM 3:45

 

 

「遅い!」

「アンタが足止めするか!?」

 

 切羽詰まった尾上はやってきた綴にそう言うが、もうこの時点でこのやり取りは戯れの1種のようなものになっていた。どちらも顔は笑っていた。

 

「この手紙に金庫の暗証番号が書いてあった。この中にある物の詳細も……俺がコレを開ける。その間は青木に足止めを……」

「甘菜君、私も行く」

「は?」

 

 ピンと腕を伸ばして尾上はそう言った。この場にいる全員が全力を出して佐々木を救おうとしている。ならば自分1人がこんな場所で守られていてはダメだと、尾上は考えたのだ。

 

「術師が死ねば結界は消える。そのリスクを背負うことで、結界の強化を計るわ。それに、青木のサポートもしたい」

 

 青木は尻尾を千切れそうな勢いで振る。

 

「……わかつた。青木、この人頼む」

「きゃんッ」

 

 それを合図に、尾上と青木は地下室の外へ出た。



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会者定離⑤

 さて、と綴は金庫の前にどかりと座る。

 尾上と青木が呪霊を引き受けてくれた、綴の役目は早くこの金庫を開けて呪霊を祓うこと。2人にだけ負担をかけられない、早急に終わらせる必要がある。

 手順通りにダイヤルを回していく。佐々木も隣で見守るなか、綴はその4桁の数字を全て入れ終えた。しかし金庫の扉は開かず、綴の頬に切り傷が刻まれた。

 

「え? な、なんで!?」

 

 困惑する佐々木だが、綴には検討がついていた。

 

──やりやがったな、あの院長(ジジイ)

 

 恐らくこの金庫が破られてしまうことを恐れ、以前に暗証番号を変えていたのだろう。それだけの物が、この中にあるのだ。

 

「どうするの? このままだと……」

「………」

 

 外では尾上と青木が待っている。この場合どうするべきか、綴は考える。

 

「金庫は100万変換ダイヤル式金庫、それも2つ。恐らくこの金庫自体が呪物、破壊の場合リスクが大きいだろうし、全部試すのには、時間が………」

 

 しかし、やるしかないのだ。綴はポケットからケータイを取り出し、それを佐々木に手渡した。

 

「連絡履歴の1番上にいる伊地知さんって人に電話掛けて、俺の耳にそれ当てといて」

 

 綴は佐々木にそう言いながら金庫の扉に手を置いた。

 

「まさか、これ全部試すの?」

「ああ、100万変換ダイヤルならなかに4つのディスクがあるはず。ダイヤル錠の閂とキリカリ(ディスクの凹み)が全部はまって開くはずだ。

 構造がどうなってるのか知らないから、全部とりあえず試すしかない」

──呪物からの妨害は酷そうだが。

 

 時間を掛ければこの金庫とは幾らでも付き合える。気掛かりなのは外だ。綴はその応援を伊地知に頼むつもりだ。今すぐに来てくれそうな呪術師、無理な相談だとはわかっている。だが、綴は1つの希望に賭けてみた。

 

「伊地知さん、甘菜です」

 

 電話で話している間も綴は神経を集中させて呪力を流しながら中を探る。

 呪物がどこまで許容するかはわからない。呪力を流すことは範囲内ということなのだろう。しかし時間制限はあるようだ。先程から背後から誰かに首を締められる感覚がしている。恐らく時間が経過する事に強くなっていくはずだ。

 

「至急応援を願いたいのですけど、誰か手の空いている人は…?」

 

 しかし呪術師は人手不足。そう簡単に今すぐに向かえる呪術師なんているはずがない。

 伊地知も滅多にない綴からの申し出に精一杯応えようとするが成果は思わしくない。その時だ、今ちょうど()()()()()()()()男が伊地知からスマホを奪い取った。

 

『やっほー、綴? そっちどう?』

「割とヤバい」

 

 電話を変わったのは五条だった。

 そうやって会話しているうちに、既に10回目の挑戦が失敗に終わった。佐々木に渡したメモ用紙にはそれを残酷に突きつける光景が記されている。オマケに、綴の身体に何箇所も傷ができている。

 

『え、何それどういう状況?』

「解呪したいけど呪霊が暴れてて青木達が足止めしてる。目的の呪霊の本体は呪物の金庫の中。暗証番号変えられてるから一通り試すつもり」

『わかった、今から行くよ(・・・)

 

 それに返事をする前に電話は切れる。マジか、と驚いたが同時にホッとした。これで尾上や青木が死なないはずだ。

 

「よし、次」

「はい!」

 

 

 

────────────

 

 

 

AM 3:55

 

 

「死ぬ! 死んじゃう!」

 

 尾上は逃げ惑いながら青木に千代紙を貼る。呪霊に攻撃される度に黒く染る千代紙を見て苦い顔をするが、青木を呪霊の攻撃から守る盾なのだから自分が気をしっかりと持っておかないと、と頬を両頬を(たた)く。

 青木も疲れが見え始めた、しかし呪霊の攻撃は止まない。どうにかしないとと思うが尾上には結界術しかない。守ることしかできず、攻撃など以ての外な尾上は初めて自分の術式に嫌気が差した。誰かを守るために呪術師になったのに、思うような力を手にすることが尾上にはできない。

 

「小町、大丈夫?」

 

 溜まった涙を目を瞑って落とすと、目の前によく知る人物が立っていた。

 

「五条、先生? ほ、本物?」

「そうだよー、綴が助けてーって言ってきたから来ちゃった!」

「甘菜君に限ってそんなことしないと思うんだけど」

 

 そう言っている間にも、五条は襲いかかってきた呪霊を返り討ちにして霧散させる。

 

「き、消えた?」

「まだ祓われてないな。本体はこの中か」

 

 五条は地下室の扉を見る。

 呪霊は五条に敵わないと察したのか、出てくる気配がない。なら、あとは中にいる綴に任せるしかないだろう。

 

「この結界、開けたら壊れるやつ?」

「はい。何があっても良いように、絶対に開けるなって甘菜君が」

「ならあとは待つだけか」

 

 尾上は静かに頷くが、戦闘中から気になることがあった。

 

「あの、先生……スマホ、めっちゃ鳴ってるんですけど、まさか任務放棄とかしてませんよね?」

「大丈夫大丈夫」

「何が大丈夫なんですか!? 甘菜君まだ出てこないから、任務行け!」

 

 だが五条は動かない。

 

「小町、僕にとってはこっちの方が大事だし、伊地知が何とかしてくれるだろうし」

 

 尾上は心の底から伊地知に同情した。

 

 

AM 4:45

 

 手にダイヤルの感覚が伝わってくる。それを時たまに呪力が邪魔をする。しかしダイヤルの感覚が変わる時を綴はこの短時間で覚え始めていた。

 

──1、6……次は56? いや違うな、75じゃないか? だめだ、集中力切れてきた。

 

 指先の感覚と、呪術師のなかでもトップクラスの呪力コントロールで1つ目のダイヤルと2つ目のダイヤルの2ケタまでの数字を当てることができた。

 だが呪物は金庫を破られないように妨害をより一層強める。学ランの上着は鬱陶しくて脱ぎ、カッターシャツ姿になる。そのカッターシャツも血だらけになって赤く染まっている。手に血がついた時に、自分は今鼻血を出していることに気が付く。息がしずらい。息を吸うために口を開けるがほとんど入ってこない。

 いろいろと限界が近い。それでも綴が手を止めないとは佐々木の存在が大きかった。自分が諦めてしまえば佐々木は死んでしまう、それどころか佐々木と同じようにまた妊婦が呪われるかもしれない。

 綴はそれが嫌だった。守らなくてはいけない人間が増えてしまうのは、かつての夏油であればきっと良い顔はしないだろうから。

 

 一つ一つ慎重にダイヤルを回していく。

 

──68。

 

 あと1つ。

 

──87。

 

 金庫から音がした。

 

「開いた」

「開いた……? 本当に?」

「こっからはアンタに任せるから」

 

 綴は金庫の扉を開けて後方に下がる。『扇』は結界の中にいる、術者が守ろうとする対象が攻撃から身を守るための術だ。少しなら近付いたところで攻撃をされることはないだろう。

 そういえば、任務をしていたようだが五条はもう来たのだろうか?来ていると信じたい。そうでないと尾上や青木が危険な目にあっているかもしれない。任務も仲間も綴にとっては大事なのだ。

 

 

 

 佐々木は金庫の中を覗く。

 

「久しぶりね?」

 

 中にあったのは水子のミイラだった。

 

《お母さん》

「……そうね、私があの時そう言ったのよね」

 

 まだ、この病院に入院して間がない時のことだ。

 佐々木は1人の少女と出会っていた。不思議なことに鼻元から上の顔を思い出すことができない。

 

「あの時、私はあの人からお腹の子を下ろすように言われて参っていたわ」

 

 そんな時に出会った。少女は佐々木を見ると嬉しそうに《遊ぼう》と誘ってきた。佐々木は子供が嫌いではない。だから少女とは何度も遊んだ。しかしふと気になった。この子は誰の子供なんだろうか?初めは誰かのお見舞いへ来ているのだろうと思っていたが、どうやらそうではないらしいのだ。しかしそれを聞いてはいけないような気がした。

 

「私、そんな時に言ったのよね。アナタが私の子供ならきっと毎日が楽しいだろうって」

《じゃま、それ邪魔だよ、私がはいれない》

 

 呪霊は佐々木の腹を触ろうとするが『扇』によって弾かれる。

 

「ごめんね。私はアナタのお母さんにはなれないの。

 だって、私は、この子のお母さんだから」

 

 しっかりと前を向いて佐々木は赤子に伝えた。

 赤子は悲鳴のような怒気を込めたような叫びを上げる。綴が糸を出して赤子を捕縛しようとした時、佐々木はポツリとしかしハッキリと赤子に告げる。

 

「アナタのお陰で、私は救われた。()()()()()

 

 赤子は産まれて直ぐに呪物にされた。

 この病院の発展のために殺された。

 初めて自分を見てくれたお母さん、お母さん。大好きなお母さん。

 そのお母さんの腹の中にいるそれが大嫌いだった。

 でも、お母さんを困らせているのは、わたしだ。

 

 赤子の呪霊が姿を現した。どこにでもいる、可愛らしい赤子はその顔に見合う、可愛らしい笑顔を佐々木に向けた。

 

「遊んでくれて()()()()()



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会者定離⑥

 地下室の扉が開く。

 尾上はそれを見て胸をホッと撫で下ろすが、無傷な佐々木に対して綴が酷い怪我をしていることに驚きを隠せなかった。

 

「甘菜君、大丈夫!?」

「耳元で叫ぶんじゃねぇよ……」

「またタメ語! 私、先輩なのに!」

 

 そこに座って、と尾上に言われた綴は尾上の圧に耐えきれずその場に座る。すると尾上は綴の応急手当を始めた。

 

「や、綴。ボロボロだね」

「来てたんか」

 

 大人しく尾上に手当てされている綴を見て、いい傾向だと五条は内心ほくそ笑んだ。綴は他人と距離を取ろうとする。

 それに気が付いたのは当時小学5年生だった伏黒と中学1年生の綴が出会った時だった。これまで非術師の人間にしか発動しなかった人見知りを伏黒と津美紀に対して起こした。

 1度人格が壊れて人懐っこさが消え失せた綴は、術師にも警戒の姿勢を見せ始めた。最初こそ五条も困惑したが、綴の素直なところや優しいところは変わらなかったと安堵した。それが綴の良いところだ、それが潰れなくて本当によかった。

 だが、人を警戒するせいでそれが隠れてしまっている。だが尾上はやはり綴と相性が良いみたいだ。変に先輩風を吹かせないが、決してへりくだる訳では無く、綴のことをしっかりと年下だと認識している。

 

「さて、彼女を病室に帰してあげようか」

 

 五条は佐々木を指差しでそう言った。

 

 

「本当にありがとうございました」

「呪いが解呪されて、本当に良かったです!

 でも、結局なんで佐々木さんを呪ったんだろ?」

「呪ったのはその人の腹の中にいる子供だよ」

 

 佐々木は腹を撫でる。これからも自分1人でこの子を守る、と覚悟を決めるために。

 

AM 5:10

 

「結局、朝になっちゃった」

「1時間とちょっとで金庫破った俺を褒めて欲しいくらいだ」

 

 さて、あとは任務の詳細を報告書にまとめて休もう。この病院の院長には高専側から介入があるらしく、きっとこの病院の栄光は無事では済まないだろう。

 

「尾上さん、甘菜君本当にありがとう」

 

 佐々木はニッコリと笑いかける。すると下で青木がキャンとそこに時分の名前が入っていないことに対して不満そうに鳴く。

 

「青木君を忘れてたわけじゃないの、ごめんなさい」

「きゃんっ」

「あんた、本当に人間の言葉がわかるのね?」

 

 礼を言われて佐々木に頭を撫でられた青木は嬉しそうに佐々木の周りを飛び跳ねてぐるぐると回っている。

 佐々木は病院の玄関まで綴達を見送ることにした。

 

「じゃあ佐々木さん、元気で!」

「ええ、あなた達も」

「高専の人に頼んであと数日で別の病院に転院できるし、きっと静かに出産できるはずです」

 

 佐々木は今、子供のことで圧力を掛けられている。ならば早く転院して誰にもバレないように出産させてあげたいという尾上のわがままを聞いた綴は、仕方がないと別の病院を手配した。

 非術師が全員嫌いというわけではない。呪霊と関わりその存在を認知できているなら綴はその人間に対して露骨に嫌な態度を取ることはない。もしそんな人間でも術師の真似事をしていればキレると確信しているが。それと、救った子供にもしものことがあれば寝覚めが悪い。

 

「そういえば、佐々木さんに高専を紹介した知り合いって何者なんですか? もしかして、元高専生とか?」

 

 高専を知る一般人は少ない。ならば関係者だろうと考えた。

 

「いえ、そんな話は聞いていないですけど……。

 この子がお腹にできてしばらくしてから会った方なんです。この病院に入院することを勧めたのも……」

 

 え?と尾上は呟く。もしも高専の関係者ならば見ただけで呪われているとわかるようなこの病院をわざわざ紹介するのだろうか?

 考えられるとすれば呪詛師。だがそうならば呪詛師の目的がわからない。いったいなんのつもりで佐々木にここを勧めたのだろう?

 

「あの、その方の名前って……」

「もちろん知っています。夏油傑(・・・)さんです。とても親切な方でしたよ。その方が呪術高専の甘菜君を指名するようにと……」

「────っ!?」

「優しい子だから、と聞いていて、それが本当で良かったと思っています」

 

 夏油傑?と尾上は首を傾げるが、綴は目を見開いた。そして佐々木の肩を掴む。

 

「場所は!?」

「え?」

「どこで会った!? 最後に会ったのはいつだ!?」

 

 その場所を佐々木から聞いて綴は病院から飛び出した。そこは病院から走って30分程離れた人気のない神社。神社に目的の人物はもちろんおらず、綴はただ声にならない叫びをあげるだけだ。

 佐々木と最後に会ったとはだいぶ前。入院してからは電話のみでの交流となり、ここ数日は全く連絡がつかないそうだ。

 

──どこにいるんだ? 何故こんなことをしたんだ?

 

 それをぶつける術もなく、綴は項垂れた。

 

 

 

────────────

 

 

 

「──で? 僕に渡したいもって?」

「はい、これ」

 

 高専に帰ってきた綴は五条に何重にも札が貼られた小さな桐箱を手渡した。

 

「これは……なるほど、アレだけ大きな呪霊になったのは、コレが原因か」

 

 そこに入っていたのは()。それはみただけですぐに両面宿儺(・・・・)の指であることがわかるほど、禍々しい呪力を纏っている。

 

「金庫から出てきた時は驚いた」

「札もほとんど意味を成してないね。あの程度の呪霊だった事が軌跡だ」

 

 綴は、それと……とこっちが本題だと言わんばかりに宿儺の指の話を切り上げる。

 

「夏油さん、あの人と接触してたみたい」

 

 2人の間に流れる雰囲気が変わる。

 

「マジ?」

「俺が冗談でこんなこと言うと思うか?」

「だよね」

 

 口調は軽いが、雰囲気は重苦しい。

 

「手掛かりはナシ。でも夏油さんは高専に頼るように助言したらしいし、何かを企んでたんだと思うよ?」

「はー、あの目立ちたがり屋め。こういう時に本名名乗るか?」

「夏油さんならやると思うぞ?」

「僕もそう思う」

 

 はぁ、と2人は同じタイミングで溜息を吐く。とりあえず夏油を見つけたら五条にすぐさま連絡してやると心に決めて綴は部屋に戻ることにした。

 

「綴、お疲れ様」

「ん、手前もなー」

 

 ほぼ1日起きていたのだから相当眠くなっているはずだ。フラフラと歩くのを見て五条は寮までついて行こうかとするが、綴の猛反対によりその場に残ることを余儀なくされる。

 

 

 

 ほぼ同時刻。

 夏油傑は失敗したなー、と呟いた。

 

「まさか悟が出てくるとはね」

 

 佐々木と知り合ったのはたまたまで、その後は計画通りに進んでいた。あの病院にいた呪霊を使役しようと画策していた時に佐々木と知り合い、あの病院を紹介した。その後、賭けではあったが佐々木が呪われたことで、こんどは高専を紹介した。高専を紹介したというよりは、今年入学した()にとっていい経験(・・・・)になるだろうと思っての行動だった。

 その後、綴が金庫を開けた時に呪霊を手に入れようとしていたのだが、綴は応援に五条を呼んでしまった。

 

「アイツ、綴に甘すぎるだろ」

 

 綴の為におあつらえ向きの呪霊を用意する自分も自分だが。

 

「さて、次はどうしようかな?」

 

 綴を甘やかす五条に対して、夏油は誰も知らぬ間に対抗心を燃やす。

 こうして(五条)(夏油)の対決が本人達も意識しない間に始まった。

 

 

 

────────────

 

 

 

「あ、綴君!」

「……なんか用?」

 

 アレから数日が経った。

 校舎を青木と歩いていると、尾上に出会った。あれから何故か尾上は綴を名前で呼ぶようになった。曰くこの界隈で甘菜姓が多すぎるとのこと。恐らくほかの甘菜と任務が一緒になったのだろう。

 

「五条先生から聞いたよ、任務だったんだよね?」

「今帰り」

「そっか、じゃあこれ」

 

 そう言って尾上は綴にペットボトル2本を渡す。

 

「?」

「水は青木のぶんね」

 

 ぶどう柄のそれを見て綴は首を傾げた。

 

「なにこれ?」

「私の奢り、お疲れ様ってことで!」

 

 綴はぽかんと尾上を見る。それはつまり、どういうことなのだろうか?もしかして、と綴は尾上を少し睨みながらペットボトルを返そうとする。

 

「俺、こういうことで懐柔されねぇから。アイツらに何言われたか知らねぇけど………」

「アイツら?」

 

 ぽかんとするのは今度は尾上だった。

 話が噛み合わない。綴はどうせ甘菜の誰かに何か吹き込まれたのだろうと思っていたのだが、尾上の反応を見るとどうやら違うようだ。

 

「よくわからないけど、私は綴君の先輩でしょ? 先輩が後輩を気に掛けるのは当たり前のことだしさ」

「いや、でも……」

「遠慮しなくていいよ!」

「なんか返す。貰いっぱなしは嫌だ」

 

 綴は財布を取り出したが、尾上に止められる。

 

「いいの!」

「俺が良くない」

「綴君は私の()()()()()なんだから、奢って当たり前!

 どうしてもって言うなら、綴君が先輩になった時に後輩に私の分まで奢ってあげてよ。私はそれで充分だから」

 

 その言葉に、綴は胸がじんわり温かくなったような気がした。

 綴を大事にしてくれる人間は沢山いる。でもそれはなんというか、()()()()()()という上からな思いがあることを綴は気付いていた。そんなことしてもらわなくていいのに。自分はもう充分強いんだから。

 しかし尾上のこれは、純粋に自分と仲良くしたいという気持ちを感じ取った。下心もなく、自分に恐怖心を持っているわけでもなく。

 

「……あ、ありがとう……ございます」

「わかればよろしい! それじゃ、私これから任務だから!

 青木もバイバイ!」

 

 尾上は綴と青木に手を振って別れる。

 

「気を付けてくださいね………尾上、先輩」

 

 

 

 

 

「……あれ? アイツさっき、敬語使ってなかった?」

 

 校門まで来た時、尾上は綴が敬語で礼を言ったことに気が付いた。そして尾上を気遣う言葉に……。

 

「先輩、先輩(・・)かぁ……」

 

 その言葉はとても小さい、まるで聞こえないでほしいと言わんばかりの声だった。恥ずかしかったのかもしれない。

 

「これから慣れてくれるといいなぁ。

 先輩、私は先輩なんだ!」

 

 うふふふ!と笑っていると尾上は同級生に怖がられた、がそれを気にする事はなかった。




まだもう少し続くんじゃー。


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会者定離⑦

 あの日飲んだ炭酸ジュースは、綴の口には合わなかった。

 それでも炭酸が抜けきるのを待ち、水に薄めて綴は全て飲み干した。次の日にであった尾上にはもちろん「美味しかった」と答える。その時の尾上の笑顔が綴の頭から離れない。不思議な感覚を覚えるが答えは見つからず、それから何日も経っていた。出会う度にあのぶどうの炭酸ジュースを綴に手渡す尾上と何気ない話をするのが綴の数少ない楽しみの1つになっていた。

 少し時間があれば、そういえば尾上は何をしているのだろう?と考える日々。毎日の日課である同室である青木の散歩中もそんなことを考えているせいで、この間青木に前足でしばかれた。

 

「これは何かの呪いなのでは?」

 

 こんなにも集中ができないなんて綴の人生で1度だってなかった。これはもう呪いを受けたとしか考えようが無い。

 なるほど、だから些細なきっかけで尾上のことを思い浮かべてしまうのだ。尾上が男子生徒と喋っているといてもたってもいられなくなるのも呪いのせいだ。

 ──と、言う旨を相談するならこの人と決めている家入に伝えてみる。

 

「……綴、それは……」

 

 何故か家入は呆れたような、しかしどこか生暖かいような目をしている。医務室にたまたま訪れていた七海も似たような眼差しだ。

 

「まあ、ある意味で呪いだな」

「な! 困ります、何か解呪できる方法とかないんですか?」

 

 家入や七海にとって、綴は自分達の腰辺りしか身長がなかった頃から知っているため、どうしてもあの頃の綴の印象が強い。五条に綴の今後が任された時はどうなることか心配になっていたが、夏油が育てた綴の素直さと純粋さが失われなくてほんとうに良かった。

 何が言いたいかと言うと、そんな小さかった綴がついに()()()()()()()()のかと、親のような気持ちになっているのだ。

 

「七海さん、何か知ってるんですか!?」

「ほかに何か変わったことはありますか? 尾上さん関係で」

「……なんか、目で追っちゃう。こう、可愛く? 見える?」

 

 いつまで経っても答えてくれない家入に痺れを切らして綴は七海に詰め寄る。

 綴の最後の言葉で、七海と家入は綴の感情がなんなのか確信する。

 

「……甘菜君、それは世間一般的には()というものです」

 

 七海に似合わない、ありえない言葉が飛び出し綴は固まる。

 

「………錦?」

「それは鯉ですね」

「なにベタなボケをしているんだ?

 綴は尾上が好きなんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

──鯉、恋? 好き? すき……?

  こ、こここここここここここ………………っ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁーーー!!!!!!!?」

 

 綴は顔を真っ赤にさせて叫んだ。

 

「あ、あああ有り得ない!

 いや、いやいや違う! 違うってば絶対に! ちちち違うもん! 違う!! してない! そんなわけ、ない! そうだ、ない!!」

「なら綴は尾上が嫌いなのか?」

「違う! 嫌いじゃない!

 いや! そういう意味でなく!!」

 

 想像以上の慌てふためきようである。

 綴の今の心境では富士山まで全力疾走して頂上まで行き、帰ってきて今度は高専の校舎内を走り回っている。というか医務室で絶賛暴れ回っている。七海と家入はそのせいで壊れてはいけないものを動かしていく。

 するとその叫び声を聞きつけた五条が医務室の扉を開けた。

 

「綴ー? なんか叫び声が響き渡ってるけど……」

「うわぁぁあ!!!!」

 

 五条に向けて渾身の松葉を繰り出したが無下限によって防がれる。

 

「今マジだったよね!? マジで殺す気だったよね!?」

 

 無下限がなかったら、恐らく五条の身体は呪力によってかき混ぜられていただろう。なにやってんだ、と七海と家入に問いかけると2人は数秒顔を見合わせる。

 

「思春期だ」

「は?」

「そっとしてあげてください」

「え、ちょっと待って」

 

 七海は医務室の扉を閉じた。五条にバレた場合、綴が可哀想なことになるとは目に見えている。

 扉を閉めるて後ろを振り返ると、綴は仰向けに倒れて家入につつかれていた。

 

「落ち着きましたか?」

「ある程度はな」

 

 綴は家入につつかれながら、小声で謝っている。しかし顔はまだ真っ赤で収まる気配はなかった。

 恋心を自覚せず、本気で呪いかなにかだと思っていたことと、それを他人に相談してしまったことが綴の羞恥心を助長させていた。それもある程度山を越えると途端に冷静になってきた。

 

「俺、尾上先輩のこと、好きなんだ……」

 

 やっと納得したようだ。

 小学校、中学校と人の恋愛話を耳にする機会は沢山あった。それを鬱陶しいと聞いていることもあったし、何度か綴に思いを告げる人がいたこともあった。しかし綴には全く関係ない世界の話だと興味など全く持っていなかった。つまりこれが綴の初恋なのである。

 

「甘菜君、立てますか?」

「すみません、本当にすみません」

「申し訳なく思っているなら片付けてくれないか?」

 

 そう言われた綴はすぐに医務室を片付けて始める。その間にも外から五条が綴達に声をかけているのだが、全員無視を決め込んだ。

 

 

 

────────────

 

 

 

「あ、綴君おはよう!」

「おはようございます」

 

 大丈夫だろうか、顔は赤くなっていないだろうか?あ、変な髪型になっていないだろうか?

 

「久しぶりだね。交流戦のことで話があるんだけど」

「あー、そんな季節ですか。先輩出るんですっけ?」

 

 何気ない会話が続けられる。交流戦に出るのはだいたいが2、3年生だと聞いているので綴は自分には関係がない話だと思っている。

 

「うん、出るよ。

 でね、綴君にお願いがあるんだけど」

「お願い?」

 

 そういえば、前に体術を教えて欲しいと頼まれたはずだ。2人共忙しくてその約束は未だに果たせないままになっているのだが、もしかするとそのことについてだろうか。

 交流戦では活躍した在学生に昇級のチャンスが多く与えられる。それを尾上が望んでいることを綴は知っていた。だが、正直にいうと3級から昇級して欲しくない。昇級してもっと危険な任務に当たってしまったら、と考えると気が気ではなかった。

 

「あのね、交流戦に出て欲しいの!」

「は?」

 

 思ってなかった言葉が尾上から飛び出して、綴は目を丸くする。

 

「実は京都校にいる1年生が交流戦に出るらしくてね、それに対抗心を燃やした3年生が、東京校(うち)の1年生で1番強い綴君を出そうってことになったらしいの……」

「で、俺とまともに話せる先輩が来たわけですか」

「そうなの。私は綴君がその1年生より強いって確信してるから、綴君が交流戦に出るのは大賛成!」

 

 尾上はニッコリと綴に笑いかける。

 

「頼りにしてるんだ、綴君のこと」

「頼りに……」

 

 綴は嬉しくなった。綴は頼られることなんてほとんどない。それは子蜘蛛が影響しているせいなのだろう。誰も綴に無茶をさせようとはしないのだ、なぜなら無茶をしてもしも綴の中にいる子蜘蛛が出てきたらと、事情を知っている呪術師は思っているのだ。最近もそんな呪術師と組まされて任務に出ることが多い気がする。

 

「あの、俺でよければ……頑張ります」

「本当に? 嬉しい! じゃあ久しぶりに綴君と一緒に戦えるんだね」

「そう……なりますね」

 

 頼られることが、それも大好きな人に頼られることがこんなに嬉しいことだなんて思ってもみなかった。

 

 自室へ帰ると、部屋で待っていた青木が綴の顔を見て首を傾げる。

 

「あ、ごめん青木。俺、しばらくにやけてるかも」

 

 いつものあれか。と青木は納得すると犬用ベッドの上で寝始める。

 

「青木、寝るのか? ちょっと話に付き合ってくれよ」

 

 嫌だよ、だって綴の話は長いんだから。と青木はそっぽを向く。

 

「まあ、聞く気なくても話すんだけどな」

 

 話すのかよ。と青木は思いながらも楽しそうに話す綴の言葉に耳を傾けた。

 犬で言う15歳は人間で言うところの76歳だという。そのため青木は綴よりもずっと落ち着いたおじいちゃんなのだ。綴の恋バナを聞くことは何の苦にもなりはしない。

 ただ、この孫であり友人が最近夜に魘されているのを聞いてしまい、それに何もできない自分のほうが嫌だった。

 綴は尾上といったいどうなるんだろうか?と青木は綴を微笑ましそうに眺めていた。



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会者定離⑧

ギャグ回は書きやすくて好き。


「ついにこの日が来たわね!」

「めっちゃ気合い入れますね」

 

 京都校との交流戦当日、綴は尾上と共に京都校の生徒達を待っていた。

 

「当たり前でしょ。この日のためにいっぱい修行してきたんだから」

 

 そう言いながら尾上は両手を腰に当てて胸を張る。

 その姿に、あ、この先輩可愛いなと思ったところで、五条の騒々しい声で意識をそちらに引かれる。

 

「綴ー、無人島に持っていくならどんなバランスボールがいい?」

「………青木が遊べるサイズのやつ」

 

 その訳の分からない質問に綴は真面目に考えて真面目に答えた。スルーをした方が五条は面倒くさくなるので、こういったことはできるだけ答えるようにしている。

 

「それただのボールじゃん。あれでしょ? 最近買った青木と同じサイズの」

「青木にとってあれはバランスボールだ」

「前足でバランス取ってるから確かにバランスボールだけど」

「青木も爺ちゃんだからな、足腰の為にそろそろ犬用バランスボール買うか」

「今度恵にも同じ質問しよっと」

「多分めっちゃ嫌そうな顔されんぞ」

 

 もうなんの話をしているのか周りからはさっぱりだ。無人島の話をしていたはずなのに、今度は青木の話になった。と思ったらまた違う話になる。この独特の話のテンポは2人の長年の付き合いによる賜物なので深く気にしないことをオススメする。

 

「───だからさ、絶対わたあめがいいと思うんだよね」

「わたあめよりも麩菓子のほうがいい」

「なんだって、生意気なヤツめ」

 

 そんな会話が続き、そろそろ収拾がつかなくなりそうだという時に京都校の面々が到着する。

 

「あ、そうだ綴」

「なに?」

「個人戦で負けたら校舎裏な」

 

──あ、これマジなやつだ。

 

 五条が綴に多大な期待を寄せていることには気が付いているので特に何か思うところはなかったが、とりあえず負けると1から鍛え直されそうなので、今回の交流戦では少し本気を出そうと心に決める。

 

 

 

────────────

 

 

 

 弟分の様子が最近おかしい。そう感じるようになったのは医務室での一件からだ。

 五条は首を傾げるが、トンと心当たりがない。つまり自分が知らない内に何かしらあったということ。

 

「急に交流戦にも出るとか言い出すし」

 

 それまでほとんど興味もなかった交流戦に出ると言い出し、たいして仲の良くない2、3年生には歓迎されていた。というか綴と仲の良い生徒なんて同級生の青木か2年生の尾上くらいだ。噂によれば、3年生に言われて尾上が綴を交流戦に誘ったのだとか。

 それに応えるのだから、綴にとって尾上は本当に相性の良い先輩だったのだろう。

 

 そうこうしている間に団体戦が始まる。

 綴は噂の京都校1年生・東堂葵との戦闘になっていた。何か会話をした後、綴は着ていたシャツをビリビリと破り捨てた東堂から全力疾走で逃げ出していた。それまでは綴が東堂を圧倒していたので、恐らく綴と相性が悪かったようだ。

 

「綴君、変わったわね」

「でしょ? 僕の教育の賜物だよね!」

「絶対に違う」

 

 引率の庵歌姫はもちろん幼い頃の綴を知っている。夏油がいなくなり別人のようになった綴を見てこの子はいったいどうなってしまうのかと心配していた。しかもその綴の面倒をあの五条が見るだなんて。高校生になって、家入から綴が入学当日に上級生にドロップキックしたと聞いた時はそらみたことか、と頭を抱えたほどだ。

 だが、今日見た限りでは中学生の頃までのトゲトゲしさはだいぶ丸くなっているように感じる。

 

「良い先輩に会えたからってのもある。ほらあそこの小町と1回任務一緒にしただけで小町に懐いて……」

 

 ん?ちょっと待てよ?綴の様子がおかしくなったのは確か?なるほど、なんでもっと早く気が付かなかったんだろう。

 五条は綴の様子がおかしくなった理由を察してニヤニヤと1人で笑う。

 

「なに? 気持ち悪いわね」

「青春の波動を感じて」

「は?」

 

 なんで家入も七海もこんなに面白いことを教えてくれなかったんだ。楽しくなってきた五条は今すぐにでも綴を小脇に抱えて頭をグリグリと撫で回したい衝動に駆られる。

 確かに綴は尾上にだけ敬う言葉を使い、心配したり優しく接していた。尾上から貰った大嫌いな炭酸ジュースも工夫して全て飲むようにしていたし、1度尾上に綴が炭酸ジュース(というか市販のジュースは全般が苦手)が嫌いだということを伝えようとするとぶん殴られた。

 ちなみに炭酸飲料は尾上に貰った物が初めてで、あの炭酸独特のパチパチした刺激が衝撃的過ぎたらしく、炭酸が抜けないと飲む勇気が出ないらしい。

 

「それで今年は梅シロップ作らなかったのか。あれ美味しいのになー」

 

 名残惜しいがこれも綴の成長だ。もしかすると来年は作るかもしれないし、と期待も込めてみる。

 

「綴君の梅シロップなら今年も届いたけど?」

「は!? 僕貰ってないんだけど!?」

 

 新事実が発覚したところで、綴が東堂の脳天に牡丹を打ち込んで気絶させた。

 

「あとで絶対に問い詰めてやる」

 

 そんな事を言っている五条を見て溜息を吐きながら歌姫は、そういえば昔よりも()()()()()()()()()ような気がする、と綴の梅シロップの味が変わったことを五条に伝えようとするがその前に団体戦が終わりを告げ、そのタイミングを逃してしまった。

 

 

 

────────────

 

 

 

「こんな所にいたのか! 我が好敵手(ライバル)甘菜!」

「げぇ!?」

 

 団体戦後、綴は東堂に追い回されていた。

 逃げた先にいたのは尾上。綴はすぐに方向転換しようとするが、尾上に話し掛けられてしまい急ブレーキをかけてしまう。

 

「そんなに急いでどうしたの?」

「いや、その……っ」

「追いついたぞ!」

 

 前門の(尾上)後門の(東堂)

 

▽呪術師の尾上と東堂があらわれた!

▽どうする?

 ▽戦う

 ▽逃げる←

▽綴は逃げられなかった!

 

 などという幼い頃に五条に付き合わされたテレビゲームで見たような光景が見えたような気がした。1回ゲームの機械に躓いて五条に追いかけ回され、夏油が助けてくれたなーという記憶が走馬灯のように蘇ってくる。その時は新しいゲーム機を買おうという話に纏まったな。当時五条のやっていた機械は一昔前のものだそうだし。

 いや、そんなことはどうでもいいんだ。俺は今、ここから逃げたい。などと考えていると、東堂が尾上を頭からつま先までジロジロと見ているではないか。やめろ尾上をそんなふうにジロジロ見るなと目で訴えると、何故か東堂はこちらに向かって親指を立てた。

 

──任せろ(・・・)、我が好敵手よ!

 

──いや、何を?

 

 東堂は一応デリカシーのある男のようで、綴が尾上に好意を持っていることに気が付いたがそれを尾上に言うつもりはなく、むしろ綴と尾上の関係を進めたいと思った。しかし綴は東堂が何かを任せろと言っていることに気が付いたが、その詳細は全く伝わらない。ただただ困惑するだけである。

 

「えーと、東堂君だっけ?」

「そうだ」

「綴君、強かったでしょ?」

「甘菜と出会えたのは運命(デスティニー)だ!

 お前も()()()()()()()のではないか?」

 

──何を言っとるんだ手前は!?

 

──大丈夫だ、わかっているぞ!

 

 俺が言いたいことわかってねぇだろ!?頭を抱え、東堂を睨み付けるがその東堂は尾上と全く繋がらない会話をしている最中だ。

 綴は尾上に気付かれないようにジェスチャーで伝え、同じように東堂もジェスチャーで答える。わからないならジェスチャーにジェスチャーで返してくんな。

 

「うーん、まあ人との出会いは運命めいたところあるのはわかるよ?

 だから、綴君と出会えたのも運命ってやつだよね!」

 

 顔が赤くなる。やめろ東堂、そんな目で俺を見るな。なんでそんなに微笑ましそうな目でこちらを見るんだ?

 

「あ、綴ー! こんな所にいた!」

「五条?」

「なんで歌姫には梅シロップ送ったのに僕にくれないんだよ!?」

 

 またカオスなことになってきた。

 

「あ、小町と葵………? あ、あー……なるほど」

 

 この男はいったい何に対して納得したのか、おもむろに小町に話しかける。

 

「小町、綴の好きなタイプ知ってる?」

「え? 何の話?」

「なっ!? んで知って……っ?」

 

 これには東堂もビックリ。

 

「黒髪ショートで背のちっちゃい子」

「へぇ……結構具体的、綴はそんなの興味無いと思ってた」

「あとおしりの小さい子」

 

 思わず綴も東堂も叫んだ。なんで言っちゃうのコイツ、しかも好きな相手の目の前で。

 

「ちょうど小町の体系とピッタリだね!」

「……………………ふぅーん……?」

 

 終わった。なにもかも。

 尾上はそう言うと、五条を引っぱたいて(無下限で防いだが)怒りながらどこかへ行ってしまった。尾上の冷たい目が忘れられない。

 

「あれ?」

 

 キョトンとしている五条を綴は思いっきり五条を筒で殴る。

 

「いったあ!?」

「最低!! 最ッ低!!!」

「そんなことより早く追いかけろ、甘菜!」

「言われなくてもする!!」

 

 綴は走って尾上を追いかけた。

 

「あ、俺今日はもう五条とは口聞かねぇかんな」

「えー?」

 

 冗談だと思っていた言葉を本当に実行されると思っていない五条は、この時はまだ余裕だった。



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会者定離⑨

「先輩!」

 

 前を歩く尾上に追いついた綴はすぐに深々と頭を下げる。

 

「すみませんでした!」

「……なんで綴君が謝るの?」

 

 尾上にそう言われ、綴はそっと下げていた頭をあげる。そこには少し複雑そうな表情の尾上がいた。

 

「いや、その……」

「別に、その人が好きなタイプとかもそれぞれだし……私が怒ってるのは五条先生だしさ……」

「………せんぱっ」

「綴君はさ、好きな人っている?」

 

 また歩き始めた尾上の後ろを綴はついて行く。

 衝突に尋ねられた問いの真意がわからず答えを必死になって考えるが、いくら考えてもわからないので素直に答えることにした。

 

「はい……います」

「え、意外!? 誰? 私の知ってる人!?」

 

 あんただよ!と言える勇気もなく、顔を真っ赤にさせた綴は何も答えず俯いた。そんな綴に微笑みかけ、尾上は壁にもたれかかる。

 2人以外には誰もいないそこは綴にとって特別な場所にも思えた。この感覚は、まだ夏油がいたあの(・・)教室に似たようなものを持っている。

 

 

「あのね、私も()()()()()()()()

 

──え?

 

 綴の言葉は喉の奥から出てくることはなかった。

 

「1年生の時にね、同じ任務に行ってその人に助けて貰ったことがあって。それからずっと。

 綴君は私の信頼できる後輩だから特別ね! 誰にも言ってないんだから、私達だけの秘密!」

 

 普段であれば彼女のそういった言葉に胸を高鳴らせる綴だが、今はそれが無い。ただ、サッと血の気が引いたような気がしてならない。尾上の表情や言動からその対象が自分ではないことは明らかだ。

 

「男の人って、体型とかやっぱり気にする、かな?

 私ってチビだし、その、お世辞にもスタイルがいいわけじゃないしさ。その辺綴君はどうなの? あ、綴君のタイプの問題は抜きにして! えっと……好みの外見じゃなくても、好きになってもらえるかな?」

 

 尾上は本当にその人が好きなんだとわかってしまった。普段の行い等、変えられる箇所ならば人間その気になればいくらでも変えられる。しかし外見はそうではない。

 

「あの、俺が言うと説得力ないかもしれないんですけど。俺は尾上先輩は充分魅力的な人だと思ってます」

 

 この場にいたくない。

 

「俺、結構高専でも浮いてるけど、でも尾上先輩は分け隔てなく接してくれるし、だから………先輩はハッキリ言うから、それが厳しいこともあるけど、それが優しさだっていうのもわかるし………えーと、なんて言えば……」

 

 言葉が出てこない。こんなにかっこ悪いところ見て欲しくない。

 

「とにかく、先輩は俺にとって大事な人だから! だから……」

 

 本当は言いたくない。

 

「俺、先輩のこと、すごく応援しています。

 相談にならいくらでも乗ります。

 だから……」

 

 綴は勇気を振り絞って尾上に嘘偽りのない(・・・・・・)本音を尾上に伝えた。

 

「俺、先輩に()()()()()()()()()、です」

 

 例えそれが自分の隣でなくてもいいから。

 言いたいこと(・・・・・・)は言えなかった。尾上を困らせてでもいいから、この人の記憶に残るようなことをしたかった。でも、この人の今にも泣いてしまいそうな顔を見てしまうとそれができなかった。この人には笑顔が1番似合う。

 

「すみません、結局答えになってないですよね。

 えっと、外見の話、でしたっけ?」

「綴君、顔真っ赤だよ?」

「すみません」

「ありがとう、綴君。

 私なんかより綴君の方が優しいと思うよ? 今の私でも魅力的かぁ……それだけでも本当に充分だよ。いきなり困らせちゃってごめんね?」

 

 真っ赤になった顔を隠すために綴は俯いた。そんな綴を尾上は覗き込もうとするので、綴は今度はそっぽを向いた。

 

「うん! 自信ちょっと出てきたかな? 私は私にしかできないことで頑張るよ。綴君にも応援されちゃったしね」

「はい、先輩なら大丈夫だと思いますよ」

「あとは女子力上げて、ちょっとずつでいいからアピールしようかなって……」

 

 その日はずっとその話で持ち切りだった。答えたくない、振られてしまえばいいのになんて酷いことを考える自分を殴りたくて仕方がない。自分はこの人の役に立ちたいんだ、幸せになって欲しいんだ。だから、そんな最低なことを考えるな。

 

 

「………青木、背中を踏むな」

 

 自室でうつ伏せになっていると、青木の前足で背中を踏まれる。なんとなくだが、青木が綴を慰めているのはわかった。

 

「はぁ……俺って本当に意気地無し」

「わふっ」

 

 まぁ元気出せよ。と青木は綴の背中をふみふみしていると、綴が顔を少し上げる。

 

「でも先輩に幸せになって欲しいのは確かだ。後悔はしない……」

 

 だが未練はある。

 青木はそれをじっと聞いていた。青木はそこまで聞き終えると、今日はまだ散歩に行っていないことに気が付く。部屋の壁に掛かっているリードを引っ張り出すと綴の前に持っていき、気分転換しようよ。とてしてしとリードを叩く。

 

「それもそうか。行こう、青木」

「きゃんっ」

 

 綴は青木に誘われてリードを手に持つ。ほぼ毎日高専内で見られる光景は交流戦があっても変わることはなかった。ただ、宣言通りに五条を無視する綴は普段よりも数倍人を寄せつけないような雰囲気を持っていたという……。

 

 

 

────────────

 

 

 

 交流戦での個人戦では、やはりと言うべきか綴は東堂と戦うことになった。だが問題なく快勝。綴は校舎裏を免れたのであった。しかし結果は京都校のほうが勝利数が多かった。

 

「来年は京都校で交流戦か」

「はい、綴君お疲れ様〜」

 

 尾上に渡された炭酸ジュースを綴はありがたくもらう。

 

「先輩の結界術、凄いですね」

「え、そう? でも攻撃はできないし、やっぱり個人戦じゃ役に立たないから……」

「いや、団体戦のほうで」

「あ、そっち?」

 

 綴は尾上の結界術が羨ましかった。

 夏油の「非術師は守るべき存在」という言葉は呪いのように綴をがんじ絡めにしているところがある、だが綴はそれを自覚することはなかった。ただ自分の術では守ることが困難だと思っている。どんなに頑張ったとしても1度に守れる人数は決まっている、それも尾上に比べればだいぶ少ない数だ。団体戦では尾上が守れる範囲の広さ、数の多さに感嘆したほどだ。

 

「うーん千代紙結界は、というか結界術は向き不向きの差が凄いからなぁ……教えたくても……」

「大丈夫です、俺結界術は諦めてるんで」

 

 式神ならいけるんだけどなぁ……とぼんやり考えている横で、尾上は何やらうんうんと唸っている。

 

「あ、そうだ! じゃあこういうのはどうかな?」

 

 綴が結界術を使えるようになる方法を考えてくれていたようだ。

 尾上が伝えたのは結界術とは違うものだった。しかしそれ(・・)は綴の得意分野であったし、なかなか興味深いものだった。

 

「それなら俺にもできそうです」

「良かったー! 綴君の術式って凡庸性高いし、術式の解釈を広げればもっと凄いことできそうだよね」

 

 もっと凄いこと、それを想像しようにも綴はまだまだ自身の力を本当に理解できていない。

 

「綴君はさ、どうして糸の術と呪流術を一緒に使わないの?」

「それは……」

 

 子蜘蛛の術は呪流術と相性が悪い。呪力を操作し流す行為を繊細に行う必要がある術が多い呪流体術は集中力を使う。そもそも綴のものとは全く異なる子蜘蛛の呪力を操るのも難しくて最初は困難だったのに、2つも同時に使えるはずがない。例えるなら自転車に乗りながら絵を描くようなものだ。

 そのことをそれとなく伝えると、尾上は良い考えだと思ったんだけどなぁ…とまた考え込む。

 

「でも、すごく参考にはなります。そんなこと俺は考えたこともなかったから……もしできたら、基礎的なこともいろいろと成長すると思います」

「そう? もうちょっと先輩らしくアドバイスできたら良いんだけど……」

「充分先輩やってますよ、尾上先輩は」

 

 そうかな?と照れる尾上は本当に可愛らしい。誰だクラスで6番目辺りにいる女子の顔とか抜かした奴は。確か3年生だったはずだ、叩くぞデコを。どう考えても1番だろ。

 

「あ、それでさちょっと綴君に協力してほしくて」

 

 そう言うと尾上は懐から手作りと思われるクッキーを取り出した。尾上がしたと思われるラッピングはとても可愛らしい。

 

例の件(・・・)で、綴君に味見してもらいたく」

「ああ、例の件(・・・)ですね」

 

 例の件とは、尾上が片思いしている意中の相手への相談のことだ。

 綴はクッキーを一口食べる。苦手な甘さだ。きっとこれが世間一般では普通の味なんだろう。しかしどうしてももう一口ができない。やっぱり味の濃い食べ物や洋食が苦手だと言うべきか?

 

「どう? 美味しいかな?」

「すごく美味いです」

 

 無理だった。

 物凄く食い気味に答えクッキーを更に頬張ったた綴は、すぐに後悔する。ちゃんと言わないと尾上のためにはならないというのに。でもこの役目を他の誰かに取られてしまうのも嫌だ。

 

「ならあの人に渡せるね

 あ、これは綴君の分だから」

「ありがとうございます」

 

 それからいくらか話して、綴は尾上と別れた。

 

「………」

「何見てんの?」

「!?」

 

 ラッピングされたクッキーを見つめていると、背後にいつの間にか五条が立っていた。綴からの総無視経験から、綴と尾上の関係にあまり首を突っ込まないようになったが、気になるものは気になってしまうようだ。

 

「いや、尾上先輩からクッキー貰っただけで……」

「綴が? 洋食嫌いなのによく貰ったね。僕が貰ってあげようか?」

「だめ、絶対にだめ」

 

 クッキーを隠すと、五条は嬉しそうに声を出して笑った。

 

「なんだよ?」

「なんでもないよ」



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会者定離⑩

さよならギャグ回
こんばんはシリアス回


「青木、最近元気ないね」

 

 寒い冬になってすぐ、青木は寝込むようになった。ポメラニアンの平均寿命であると言われている12〜16歳で青木は現在15歳、それが過ぎようとしているためかそれとも連日の任務での疲れか、それは綴にもわからなかった。

 

「明日任務がないですし、病院行くつもりです」

 

 家入には流石に動物は専門外だと言われたので、綴は近くの動物病院まで連れていくことにした。だがここまで衰弱してしまっているのだから覚悟はしておいたほうがいいだろう、ということを尾上に伝える。

 動物と人間の寿命は違う。それを充分理解しているため、綴は大きく取り乱すことはなかった。

 

「私もついて行きたいけど、任務あるから行けないな……ごめんね、青木」

 

 尾上に頭を撫でられると、青木は大丈夫だ、と答えるように尾上の手を舐める。

 

 

 そんな会話をしたのは昨日。やはり寿命が近いというのが診断結果だった。自宅で最期まで一緒にいてあげてください、という医者の言葉に従って綴はできるだけ青木の傍にいるようにした。

 

「青木、雪降ってきたぞ」

 

 青木を抱くと、綴は窓へ向かう。チラチラと雪が降っているが積もりそうな量ではない。これなら傘も要らないし、と綴は青木をできるだけ暖かい格好にさせると外へ出た。

 

「寒いな、青木は大丈夫か?」

「きゃん」

「雪を一緒に見るのは初めてだな。青木は雪が好きか?」

 

 正直に言うと雪は好きではない。

 青木製鉄所での日々は困難ではなかった。こんな見た目だから製鉄所の人間には可愛がられていたし、しかし1つ不満があるとすれば心から信頼できる友達がいなかったことだ。

 呪力と術式を持って生まれた突然変異動物。それ故に同じ犬とも人間とも深く馴染めることはなかった。

 

「俺、青木と友達になれて本当に良かったと思うよ」

 

 青木も綴と同じ気持ちだ。雪が降ると製鉄所の近くで子供達が雪合戦をしたり雪だるまを作ったりして遊んでいた。人間みたいに遊びたいとは思わないが、もしもこんなに寒くて辛い日に寄り添ってくれる仲間がいてくれたらと思っていた。

 青木は綴を見上げる。綴は青木をとても泣きそうな顔で見つめていた。

 

──嬉しいなぁ……。

 

 全然寒くない。あんなに嫌いだった冬がこんなに大好きになるなんて。もっと早く綴や尾上に会いたかった。そうすればきっと孤独な日々も無かったはずだ。撫でてくれる綴の手のひらが暖かい。

 

──まだ、生きていたい。

 

 綴と一緒にいたい。優しくていっぱい遊んでくれる綴と一緒にいたい。一緒にいたい。でももう自分はあと少しで死んでしまう。

 そうだ、死んでしまうのだ。

 

──()()()()()()()

 

 青木はそこで死への未知の恐怖に危機(・・)を覚えた。

 

 いやだ。死にたくない。いやだ、ひとりぼっちはもういやだ。

 綴、綴、ねぇ嫌だよ。死にたくないよ。一緒にいてよ。ずっと僕と一緒にいてよ。

 

「え?」

 

 青木の顔が変容し、油断していた綴に牙を向いた。

 

 

 

ゴクン

 

 

 

────────────

 

 

 

 高専内で1年生の青木が暴走。

 たまたま見掛けた3年生が青木と応戦するものの、被害は今も尚拡大中。直前まで傍にいたと思われる甘菜綴の呪力が青木の腹の中から感知されたことにより、甘菜綴は青木に食われた(・・・・)と思われる。

 

 

「確かに中にいるね」

 

 五条は青木の中にいる綴の呪力を感知し、溜息を吐く。

 今まで見たどの青木とも違う禍々しい姿は今高専にいる呪術師をなぎ払う。

 

 青木がこうなった理由は恐らく、死への恐怖だ。青木の危機察知は死への恐怖により暴走してしまったのだろう。それで何故綴を殺さず腹の中に入れたのかはわからないが。犬とはいえ青木には青木の思いがあったのだろう。

 五条がその場に降り立つと青木は五条からの危機を察知してさらに呪力を上げ、こちらへ突進してくる。

 

「悪いけど、綴は返してもらうよ」

 

 青木は五条に腹を殴られて地面に倒れる。

 本来であれば青木を落ち着けさせることが1番だが、死への恐怖が原因であるならばそれを抑えることは容易ではないだろう。誰だって、どんな生き物でも死は怖いのだから、落ち着けというほうが無理な話だ。

 こうなった青木を静めることができるのは、綴だけだろう。だがその綴は青木の腹の中だ。

 起き上がった青木は五条を威嚇する。

 

《嫌だ返さない。綴と一緒にいたい》

 

 それは聞いたことの無い声だった。しかし五条はすぐに青木の言葉だと理解する。

 

《小町はどこ? 嫌だよ。ひとりにしないで。まだみんなと一緒にいたい。死にたくない。一緒にいたい。一緒にいたい。

 一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい!!》

「青木、それは無理だ」

《なんで!? ずるい! お前はずるい! ずっと綴と一緒にいたお前はずるい! 僕はもっと沢山一緒にいたいのに! これからも綴と小町と沢山一緒にいられるお前たちはずるい!!》

 

 青木は元々の姿が犬だとは思えないような姿になる。

 

「だから食べてでも一緒にいようって?」

《ひとりはいや》

 

 口から零れ落ちる涎は地面を溶かす。

 もう手遅れだ。これはもうどんな言葉を持ってしても元の青木には戻らない。

 兎に角綴が青木に消化されてしまう前に吐き出させなくてはならない。綴が子蜘蛛であるからという理由もあるが、綴がいなくなると五条が困る。具体的にどう困るかは省くが、かつての親友が五条を殺しにくる勢いで怒り狂うことは確実だ。

 青木を殺すことは簡単だが、それだと中にいる綴も諸共になる。だから五条はもう一度青木に腹を殴って綴を吐き出させようとする。

 

《かえさない、かえさない!》

 

 しかし限界まで強化された青木は中々しぶとい。

 五条に敵わないと悟った青木は、五条から逃げるために足を動かした。

 

「待てよ! 綴は置いていけ!」

 

 だが青木よりも五条の方が早い。また腹を殴られる。

 逃げられない。まだ尾上を食べていないのに。青木は五条の攻撃を3回もくらったことにより、若干足元がおぼつかず、胃から込み上げてくるものを感じ取る。

 

──だめ! 出てこないで!

 

 そんな思いも虚しく、青木は胃から綴を吐き出してしまった。

 しまった、と青木はすぐに綴をまた胃袋に収めようとするが、その前に五条が綴を後方に投げる。投げられた綴だが、落ちた場所にちょうど植え込みがあり、それがクッションになって地面に叩きつけられることはなかった。

 

「さて」

 

 青木は良い生徒だった。しかしここで終わらせなければならない。どんなに頑張ったとしても青木は死ぬ。それだけは免れない。

 青木を拾ったのは五条だ。そんな五条が、青木に何も思わないなんてことは無い。むしろだからこそ五条自身の手で終わらせないといけない。綴や他の誰にもその役を譲ってはならないと、五条は覚悟を決めていた。

 

「ごめんね、青木」

 

 だが、己の意に反して術は発動しなかった。

 

「綴……」

 

 いつの間にか起きていた綴が青木を庇うように五条の前に立っていたからだ。

 

《綴?》

「五条、ごめん……でも、生徒を殺すことだけは、アンタはしちゃダメだ。だって先生なんだから」

 

 先生が生徒を傷付けてはダメだ。

 しばらく綴と五条は睨み合うが、綴に根負けした五条は印を結んでいた腕を下ろす。しかし警戒は怠らない。また綴が食われてしまったら大変だ。

 

「食われそうになったらすぐに殺すからな」

「させねぇっ()ってんだろ」

 

 綴は振り返って青木をみつめる。

 

「青木」

 

 綴は両手を広げて青木を呼ぶ。そんな無防備な綴を青木は丸呑みにしようと口を開けるが、今度は油断しなかった綴に僅かに避けられ、丸呑みではなく綴ほ右肩に噛み付いてしまう。五条はそれを見てすぐに青木に攻撃しようとするが……。

 

「攻撃すんじゃねぇ! 青木に攻撃したら、アンタのこと恨むからな! 一生恨んでやるからな!!」

「っ!」

 

 綴がそう言えば絶対にそうする。それはキツい、だが綴が死んでしまえば大変なことになるため、もし()()()()()()は恨まれてもいいから攻撃するつもりで今度は印を結んだままにする。

 青木は噛み付いたまま動かない。綴を傷付けてしまったことに対しての困惑と、今ここで離してしまえば一生チャンスが訪れないと感じてしまい、動けなくなった。

 

「青木、大丈夫だ。大丈夫だからな」

 

 動く左手で、綴は青木を撫でる。動きが鈍くなった右腕で青木を抱きしめる。

 

《綴と一緒にいたいだけなんだ。小町と一緒にいたいだけなんだ》

「うん、わかるよ。俺も青木と一緒にいたい。

 でもさ、俺まだやりたいことがある」

《なんで? どうして? 一緒にいたいよ》

「俺にはさ、夢があるんだ。俺にしか出来ない事。

 でも安心しろよ、俺もすぐにそっちに行くから。そしたらさ、また遊ぼう、散歩して、飯食ってさ。だから、大丈夫、寂しくない」

《……………………綴は、嘘つかない》

 

 青木は綴から口を離した。青木は綴の傷を労わるようにして舐める。

 

《ごめんね、綴……ごめんね。また遊ぼうね、散歩して、ご飯食べようね? 約束だからね?》

「勿論だ」

 

 綴も青木も、もう覚悟はできていた。青木は綴に殺されることを望んだ。だから綴は青木をせめて腕の中で眠らせようと抱きしめたまま首をひねろうとした時、青木の身体が傾いた。

 

「……青木?」

 

 青木は動かない。青木からは大量の血が流れ、それと同時に元の姿へと戻っていく。

 慌てて青木を抱き上げるが、もう息をしていなかった。

 

「五条?」

「僕はなにもしてないよ」

「じゃあ、誰が?」

「ここにはいない」

 

 青木は殺された。その人物もわからない。

 五条はすぐにその人物が校舎屋上からこの機を伺っていたことに気が付く。

 

「綴、青木を連れて早く硝子の所へ行くよ」

「冗談じゃねぇ! それよりまずそいつをぶっ殺してやるのが先だ!!」

「気持ちはわかるけど、今アイツ(・・・)と鉢合わせるのは僕が嫌だ」

 

 怒る綴を引きずり、五条は家入の元へ急いだ。



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会者定離⑪

「邪魔すんなよ」

 

 家入に治療をされている綴を部屋に入らず扉の前で待っていると、気に食わない人間がやって来た。自身がまだ学生だった頃、よく交流戦で夏油と一緒に言い合いやら殴り合いやらをしていた。

 

「なんの用?」

「可愛い弟に会いに来たんだよ。そこにいるんだろ? 出せよ、綴」

「やだね」

 

 甘菜紘平、甘菜家の五男であり五条とは同じ歳だ。

 

「つまんないなぁ……」

「……青木を殺したのはお前か?」

 

 五条に尋ねられた紘平はニンマリと笑う。

 

「そうそう。俺みたいに呪力あっても術式無い人間は遠距離攻撃するしかないからな」

 

 紘平は五条にライフルの形をした呪具を見せる。

 

「そういう話をしているんじゃない」

「は? ……ああ…確か綴と仲良かったんだっけ? でも仕方がないじゃん? ()()()()()()()()が攻撃されてたら誰だってああするよ」

 

 つまり綴でなければ見殺しにしているとでも言いたそうな言葉だ。いや、おそらくコイツなら見殺しにしている。

 

「綴も災難だよな。可哀想に、友達に殺されかけるなんてさぁ。

 あれ? こんなこと前にも無かったか? あ、思い出したぞ。夏油の時だ。次は誰に殺されかけるんだろうな?」

 

 本気でそう思っていないのだろう。まるでこちらを煽るかのようにニヤニヤと嗤う紘平はこの調子で綴に言葉をかけるだろう。それは善意でもなんでもなく、100%悪意でだ。

 

「お前、相変わらず綴が嫌いだな」

「嫌いじゃないって。ただ、備品(・・)のくせにうろうろ歩き回ってんのが気に食わないだけだ。大人しく飾られていたらいいのにさ」

 

 甘菜家の人間にとって、自分より歳下の兄弟は自身達が所有している備品と同じだ。それを弟や妹達も自覚しているし、疑問に思わない。そういう育ち方をしているから。甘菜家の人間からすれば、綴が異常なのだ。

 

「何回も言うけど、綴は備品でもなんでもない」

「いいや、備品だね。俺なんかと違って性能がいいから、替えがきかないからみんなに大事にされてる」

 

 紘平は呪具を背負い直す。

 

「ってか、本当にそこどいてくれない? 俺、今日は綴に用事があるんだよ」

「用事?」

「任務がここの近くでさ。ちょっと虐めに来たんだよ。そしたらあんなことになってて……」

 

 もうコイツと話したくない。五条は溜息を吐く。

 初めて交流戦で会った時、やけに夏油に絡んでくる人物が紘平だった。その時に初めて綴の兄だと知った。それまで興味の欠片もなかった甘菜家の実体を知った。感想は、そりゃ綴が家出を頻繁に繰り返すわ、だ。それと同時に弟分の綴を物扱いされたことに腹が立った。

 後から夏油に聞いた話だが、紘平は特に綴への当たりが酷いらしい。蝶よ花よと愛でられていて甘菜紬の息子として期待されて、ある程度の自由を許されている綴が気に食わないそうだ。

 

「嫉妬かよ」

「はぁ? なんで俺が備品に嫉妬しないといけないんだよ」

 

 その時、医務室の扉が開いた。

 

「うるせぇんだけど?」

 

 綴だ。

 綴は五条と紘平を交互に見てから、五条に話しかける。

 

「青木の遺体、家入さんに預けた。火葬はまた後でやるから」

「わかった。とりあえず今日は休んだほうがいい」

「じゃあ部屋に戻るわ」

 

 その場から離れようとした綴を引き止めたのはやはり紘平だだった。

 

「待てよ、お兄様に挨拶もなしか?」

「………なんでこの人ここにいんだよ?」

「綴虐めに来たんだって。

 僕がどうにかしておくから、帰っていいよ」

 

 綴は特に何も答えず廊下を進む。

 

「おい、綴!」

「それ以上綴に近くな」

 

 五条が本気になれば紘平など敵では無い。それを紘平も理解しているため、これ以上綴にちょっかいをかけることができなくなってしまう。

 

「絃栄さんにこの事言われたくなかったら早く帰れ」

「なっ!? お前、それは卑怯だぞ!」

 

 五条と絃栄の繋がりは紘平も知っている。綴を甘菜家から守っているのは次男の絃栄で、上層部から守っているのは御三家であり、最強と名高い五条だ。綴に紘平がちょっかいをかけても五条に屈することはないが、絃栄が相手となれば話は別だ。

 

「~~~っわかったよ!」

 

 紘平はそれだけ吐き捨てると高専から出て行った。

 

 

 

────────────

 

 

 

【数日後……】

 

 

「綴君、出かけるよ!」

「………今から、ですか?」

「今から!」

「と、突然ですね」

 

 青木が死んでから、綴は元気がなかった。尾上もそうだったが、綴はそれ以上だった。ならば先輩の自分が頑張るしかない、と尾上は綴を誘う。

 

「綴君は行きたいところとかある?」

「いえ、特には……」

「そ、そっか………じゃあ私の買い物に付き合ってくれない?」

「荷物持ちですね、わかりました」

「言い方っ! 私そこまで酷くないよ?」

 

 尾上はぷくっと頬を膨らませる。

 

「冗談です。でも荷物は持ちますよ」

「本当にそんなことしなくても良いんだよ?」

「俺、後輩ですから。尾上先輩は先輩らしくどんと構えててください」

「え……う、うん」

 

 尾上の返事を聞いてから、綴はすぐに部屋に戻り用意を始める。

 今日はこの着物にしようか、と青木に尋ねようと青木の定位置である犬用ベッドを見る。だがそこには誰もいない。青木はもういないんだった、と綴は肩を落とした。

 

 

「綴君、コレとかどうかな?」

「だったらコッチの色の方が合うと思います」

 

 綴と尾上はデパートの服屋へやって来ていた。人混みが嫌いな綴のために、人が少ない朝早くにやって来ていた。服屋も開いている場所は少なく、綴は尾上が楽しめているかよくわからなかった。

 

「綴君、もしかして服とか好きなの?」

「……洋服を選ぶのは初めてです」

「やっぱり着物の方が好きなんだ」

 

 服を見ながら、尾上は綴に話し掛ける。

 

「……小、中学校の制服以外に洋服なんて着たことない………いや、小さい時に洋服を着ていた記憶は朧気にありますね」

「え、見たかったなぁ……」

「洋服は窮屈です」

「そんなことないよ? むしろ着るなら洋服の方が楽でいいんじゃない?」

 

 尾上は可愛らしい赤いバルーンスカートを鏡の前で身体にあてる。それを見て、綴はそれに合いそうな服を尾上に差し出した。

 

「あ、この組み合わせ可愛い! どうしよっかな……?」

「洋服のことはよくわかりませんけど、似合うと思いますよ」

「本当? んー、なら買っちゃおうかな?」

 

 尾上はニコニコと笑いながらカウンターへ服とスカートを持ってレジカウンターへ向かった。自分が尾上の物を選んだ、ということに顔がニヤけそうになるが必死になって堪える。

 

「私の買い物終わったら、次は綴君の番だね!」

「俺の?」

「何か欲しいものある? 適当にブラブラするのもアリだね」

 

 行こう、と言われて綴は尾上と一緒に歩き始める。このままだと本当にブラブラするだけで終わりそうだな、と思ったが綴はそれでもいいと感じた。とはいえ、尾上が尋ねてくれているのだから、と綴は欲しいものを考える。

 

──欲しいもの……最近寒いし青木の服………あ、いや違う。青木はもういない。

 

 また頭をよぎったのは青木のことだ。しかもこれは自分が欲しいものではなく青木に欲しいものだ。青木のことは今日は忘れろ、せっかく尾上が気分転換に連れ出してくれたのだから。

 綴は必死になって頭をひねる。

 

「……便箋って売ってますか?」

「便箋?」

「はい」

「あ、佐々木さんと文通してるんだよね。私はよく電話で話すけど、文通かぁ……私もしてみようかな? あれ? でもこの前も買ってなかった?」

「いや、その……別の人用に」

「別?」

 

 綴の言葉に尾上は反応する。綴と文通する人間が他にもいるだなんて、尾上は知らなかった。

 

「誰? もしかして……この前言ってた好きな人?」

「違います」

「えー?」

「………そろそろ、母さんの命日なので」

 

 尾上は歩いていた足を止めた。

 

「そ、そっか……ごめんね、なんか踏み込んだこと聞いちゃった?」

「いえ、大丈夫です」

 

 綴の母親と父親死んでしまっていることは、尾上は本人から直接聞いている。それ以来尾上は綴に気を使っていたが……。

 

「あの日は晴れていました。久しぶりに家族揃って出かけてて………服は洋服だったはずです」

「……そう、なんだ。仲良かったの?」

「昔は。まあ、記憶は朧気ですけど」

 

 昔は、ということは母親と父親が死んだ頃には、仲が悪くなったということだろうか?

 

「すみません、なんか暗い雰囲気にしちゃいましたね」

「ううん、大丈夫だよ!

 それより、便箋だね! 専門店はないけど、種類がいっぱいあって安いところはあるよ」

「そうなんですか?」

「百均って言うんだけどね」

「ひゃっきん……?」

「あれ? ボケのつもりだったんだけど……もしかして百均知らない?」

「はい」

 

 この後、めちゃくちゃ百均巡りをした綴と尾上であった。




甘菜兄弟、これ以上増えませんように(多分増える)


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会者定離⑫

友人曰く、私は鬼畜野郎らしい。
いやいや、あの単眼鬼畜猫には及ばんよ。


 2年生に上がった頃、綴には後輩と呼ばれるものができた。のだが。

 

「綴君、また真希ちゃんのこと無視したでしょ?」

「……」

「目をそらさない!」

 

 入ってきた人物が綴にとっての最大の天敵だった。

 新しく入ってきた1年生の禪院真希には呪力がない。故に呪具がなければ呪霊が見えないのだ。

 

「綴君が呪霊見えない人が嫌いって言うのは知ってたけど……」

「これでも努力はしてます」

 

 現在は4月上旬だが、その時点で尾上に何度も言われてしまい、綴はできるだけ真希に対して対応を柔らかくしようとしたのだが………。

 

「でもどうしても嫌悪感が勝ってしまって……」

 

 そもそも夏油でさえ自分の非術師嫌いを克服させることはできなかったのだから、誰が何を言っても無駄だと綴は思っている。

 

「……わかった」

「え?」

「ま、嫌いなものを急に克服しろ、ていうのが無理な話よね」

 

 わたしも納豆きらいだもん、と尾上は綴にある程度の理解を示した。

 

「こればっかりは、時間が解決してくれるよ」

「できるでしょうか?」

「できるよ。綴君は本当は優しい子なんだから」

 

 そんなことを言う人はいなかったはずだ。それも、食べ物の好き嫌いと同じように言うなんて。無理矢理綴に非術師を関わらせようとする人もいれば、そもそも綴が非術師が嫌いなことに対してなにも思っていない人もいる。ちなみに五条は後者だったりする。(真希のことについてはどうにかしようという気は一応あるようだが)

 

「さて! そんなことよりも任務よ、久しぶりによろしくね」

「……はい、よろしくお願いします」

 

 そう、今日は尾上と同じ任務なのだ。この日が綴は楽しみで仕方がなかった。

 ところで尾上が思いを寄せている人物とは最近会った。本当にたまたま偶然。任務帰りの尾上と一緒に校内をうろついていた。何故尾上がそね人物が好きなのか気付けたかというと、どう考えても自分へ向ける視線と違っていたからだ。振られてしまえばいいのに、という最低なことを考えて自己嫌悪に浸ったのは良くない思い出だ。ちきしょうそのニット帽毟るぞと心の中で唱えた回数はもう覚えていない。そのくらいあの男を恨んだ。

 

 青木がいなくなって、しばらく立ち直れなかった綴だが、尾上のおかげで今はこうして任務にも行けるようになった。

 また今度お礼をしなければならないと考えて、しかしタイミングを逃してしまう日々。いつの間にか2年生に進級してしまった。

 

──この後、先輩に用事が無かったら何か奢ってお礼を言おう。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

「硝子姉ちゃん!!」

 

 そう言って、任務へ行った綴が医務室の扉を(たた)く。扉を開けた家入が見たのは、()()()()()()()()()を抱えた綴だった。

 

「硝子姉ちゃん、お願い! 先輩が、先輩が!!」

 

 必死になって家入に治療を頼む綴だが、これはもう手の施しようがない。何故なら……。

 

「綴、私は()()()()()を生き返らせることはできないよ」

 

 もう、尾上は息をしていなかった。死後からだいぶ時間が経っているのだろう、尾上の身体はすでに硬く、冷たくなってしまっている。

 綴はそれをやっと自覚して、その場にペタンとへたり込む。

 

「いやだ……嫌だ」

「綴……」

 

 

 

 河原で任務は遂行した。河原には一般人がいたため、そちらを尾上に任せて綴は呪霊を祓った。そして尾上の元へ帰ってくると、ナタを持った一般人と、足が離れた場所に落ちている尾上がいた。

 一般人がなにか喋っている。なにが起こったのかさっぱりわからない綴だが、その一般人が尾上を殺したことはすぐにわかった。

 

「お金無くて、()()()()だった、そうです」

 

 抵抗されてついカッとなって足を切り落としたという。そのまま男は自身の欲を尾上に吐き出して、その間に尾上は大量出血、そして自分自身で舌を噛み切ったことが死体解剖の末にわかった。

 尾上の呪術は結果術、祝詞を唱えて札を対象にはるまでが千代紙結界。襲われてから尾上が冷静にそこまでできなかった。誰だって混乱するだろう。女性ならとくに。

 

 

 

 

「常習犯だったらしい。最近身体の一部が無い女性の遺体があの近くで多数見付かっていた。綴にボコボコにされて、補助監督に警察へ突き出されていたそうだ」

「………綴は?」

「そこで寝てる」

 

 カーテンがかかったベッドを指差しながら、先程任務から帰ってきた五条に事のあらましを伝える。

 呪霊を祓って、犯罪者を捕まえてめでたしめでたしとはいかなかった。代償が大きすぎる。

 

「非術師嫌い、この一件で更に激しくなるかもしれない」

「だろうね……尾上は、今どこ?」

「安置所だよ。顔、見ていくか?」

 

 五条は頷いた。

 尾上が1年生の時も五条は1年生を受け持っていた。呪術の世界はほぼ初めてだと言う尾上の成長はとても伸び代のあるものだった。千代紙結界は強力で、綴も度々それを褒めるほど。

 遺体は安らかだった。これはドッキリで実は尾上は生きていました!なんてことはないのだろうか。と心のどこかで期待する自分がいたが、足のない尾上を見て、冷たくなった尾上の頬を触って、彼女が死んだことを実感させられた。

 

 

 医務室へ帰ってくると、綴の楽しそうな話し声が聞こえてきた。家入と五条は顔を見合わせる。高専内で綴と親しい人間は自分達以外にいただろうかと。一瞬七海か?と思ったが、まだ任務なはずだ。

 急いで医務室の扉を開けると、そこには何も無い空間に話しかける綴がいた。

 

「綴?」

 

 五条が話し掛けても綴は何も反応を示さなかった。ずっと喋り続けている。その中に"尾上先輩"と"青木"という言葉も混じり、まるでそこに2人がいるかのように会話をしている。

 

「綴!」

 

 これはいけない。そう感じた五条は綴の両肩を掴んで綴をこちらに向けさせる。

 

「…………?」

 

 綴は首を傾げる。そして現実にだんだんと戻ってきて、絶望したように顔が歪んでいく。

 いったい何があったんだ?そんなに尾上のことがショックだったのか?いいや、そんな風に繊細には育てていない。どんな人間でも、死ぬ時は死ぬのだと教えている。だから、()()()()になるなんて……。

 

 ふと、目に入ったのは札が貼られた虫かごだった。それが蓋を開けて床に転がっている。

 

「綴、これなに?」

「………食べろって、言われた、から……」

 

──綴に子蜘蛛を食わせたな!?

 

 怒髪天を衝くほどの怒りが五条に込み上げてきた。恐らく、綴に早いところ子蜘蛛を祓わせようとしている上層部の仕業だ。

 すると、綴は耳を塞いだ。声を掛けようとすると、声を震わせて謝り始めた。

 

「綴、何かあったのか?」

「五条には聞こえないの? そこにいる。先輩が怒ってる。なんで助けてくれなかったのって、怒ってる」

 

 もちろん五条には聞こえない。

 

「硝子、これ……」

「幻覚と幻聴それが同時に発症している」

 

 子蜘蛛を食べたことと同時に、尾上の無惨な死を見てしまったことが関係しているのでは、というのが家入の考えだ。

 

「しばらくは部屋の中で安静にさせてあげた方がいい」

「わかった」

 

 五条は綴の部屋に綴を連れて帰る。

 その間もずっと、綴は何かに怯えているようだった。部屋に着いても、綴は何度も窓の外を見たりとソワソワして落ち着かない。

 

「綴、どうかした?」

「外に母さんがいる」

 

 こっちを見てる、と顔を青くさせて言うが五条が窓の外を見ても、そこには誰もいない。

 

「……そっか、でも大丈夫だよ。この部屋は綴の部屋だから、綴を傷付ける人はいない、入ってこない。大丈夫、何かあれば、僕が守るから」

 

 五条は綴を布団に寝かせて、優しい口調で綴に言い聞かせる。ゆっくり、刷り込むように。五条の言葉の抑揚に合わせて、綴も何度もゆっくりと頷く。それを何度か繰り返して、やっと綴から寝息が聞こえて来た。

 

「これは……ヤバいな」

 

 皺を寄せる綴の眉間を解しながら五条は呟いた。

 どうにかしなければ、綴が壊れる。あの時(・・・)のように伽藍堂のようになってしまう。それだけは避けなければ、もしもそうなれば、きっと甘菜家が黙っていないはずだ。あの手この手で綴を五条から引き離そうとするはずだ。絃栄も次は庇えない、と言っている。

 

「大丈夫、何とかするから」

 

 綴にその言葉は聞こえていないとわかっていても、言わずにいられなかった。



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会者定離⑬

 本日2回目の投稿となっています。前話を読んでいない方はそちらを読んでからをオススメします。


「俺に体術を教えてください!」

 

 目の前で自分に頭を下げる少年に目眩がした。

 

 尾上が死んでから、綴は任務以外で部屋の外へ出ることが無くなった。幻覚幻聴も酷くなり、どんどんおかしくなっていく自分がわかる。この状態で外に出て症状が現れると周りに迷惑をかけるだろうと、最近は部屋に篭もりっぱなしだ。

 そんな綴の目の前に現れた少年も幻覚幻聴なのかもしれない。だが、どう考えても実体がある。

 

 ほぼ1年ぶりに会った中学からの後輩、伏黒恵を見て綴は盛大な溜息を吐いた。そもそも伏黒は呪術師になることにたいして反発的だったはずだ。それがどうして体術を教えろだのと言ってきたのか………いや、心当たりはある。確か彼の義姉の津美紀が呪いのせいで寝たきりになったんだったか。

 

「………なんで俺? 五条とか、他にもいるだろ?」

 

 綴は部屋の扉にもたれ掛かりながら腕を組む。1年前よりもだいぶやつれているように見える綴はそれでも伏黒を拒絶することなく、昔と変わらず接した。

 

「でも、体術は先輩から教えて欲しい」

「………」

 

 来る者拒まず去るものを追わず。そんなスタンスの綴は、まだ呪術師としての未来に反発的だった自分からしてみればとても心地よいものだった。最初に会った時からそうだった。そんな綴に伏黒は憧れた。

 

「………悪いけど、俺にそんな気はねぇよ。

 誰かを教えるなんざしたくねぇ。体術なら五条のほうが……」

「お願いします!」

 

 伏黒はまた綴に頭を下げる。

 綴はそんな伏黒をぼうっと見詰めるが、その後ろに自分を睨みつけている尾上の幻覚を見て、すぐに部屋の中に入る。

 

「せ、先輩?」

「帰れ。俺には無理だ」

 

 誰も守れない自分に、誰かを教え導くことなんてできるはずがない。部屋の中にいれば大丈夫。ここには誰も来ない、傷付くこともない。

 扉の前から人の気配が消えて、綴は安堵する。これ以上誰かを弔いたくないのだ。だから早く帰ってくれ。もう2度と来ないでくれ。

 

 

 翌日、昨日と同じように伏黒が頭を下げていた。

 綴は昨日と同じように部屋の扉を閉めた。

 

 

 その次の日も同じだった。頭を下げる伏黒とそれを睨みつける綴。

 違うところがあるとすれば、その日綴に任務が入っていたということだろう。綴は筒を背負い直すと、伏黒を無視して寮を出る。

 

──人の気も知らないで。そんな奴に教えることなんて何も無い。早いところ諦めてくれ。なんで自分なんだ。そもそも俺はコイツの目が嫌いなんだ。気に食わないツラしやがって、呪術師になるなら、もっと意識を変えろ。

 

 今は自分のことだけで精一杯なのだ。こうやって任務へおもむくのも精一杯。

 

「や、綴。おはよー」

「五条……」

「恵に追い掛けられてどうしたの?」

 

 五条に言われて後ろを振り返ると伏黒が追いかけて来ていた。息が上がっているところを見ると、自分は走って移動してしまっていたようだ。

 

「体術を教えてくれだとよ」

「綴に?」

「俺は無理だ。体術なら手前のほうが……」

 

 すると五条はニンマリと笑った。嫌な予感がする、と綴は逃げ出そうとするが、案の定すぐに肩を掴まれて捕まえられる。

 

「綴の任務なら僕がどうにかしておくから、恵のこと頼んだよ!」

「はぁ!?」

 

 どうしていつもいつもこうなるんだ。綴は自分の思うようにならない運命とやらをぶん殴りたくなった。

 

 

 

────────────

 

 

 

「呪術のことについては、五条から聞いてるな?」

「はい」

 

 一応来年からは高専に入学するのだからそれぐらいは教えているようだ。使う呪術は影を媒介とする式神を召喚する…… 十種影法術。式神使いは圧倒的に近距離戦が不利だ。だからこそ、体術を学びたいという伏黒の思いは買うが、だからといって教えてやろうとはこの時点でも微塵にも思っていない。

 

──適当にボコってこそらに転がしておけばいいか。

 

 なんてことを考えていた。

 

 綴は何度も転がしてやるが、それでも伏黒は諦めない。ふざけんな、なんで今頃やる気出してんだよ、とイライラし始めるが伏黒はそんな綴にはお構い無しだ。

 

「………やめだ」

「え?」

 

 綴は構えるのをやめた。

 

「まず基礎がなってねぇ。我武者羅に突っ込むだけなら馬鹿でもできるわ、ボケ。あと式神の使い方も及第点、本気でやってこなかったツケだ」

 

 五条はどういうつもりだ?これじゃあすぐに死ぬぞコイツ。適当なのにも程がある。頭を抱えて綴は今日何度目かの溜息を吐いた。

 

「手前がなんで今頃やる気になったのかは、だいたい知ってる。だからそれを否定しようとは思わない。俺にだって守りたい人の1人や2人はいる」

 

 その守りたい人は、もう何人も死んでしまった。尾上や青木が頭を()ぎるが、綴はそれを振り払うように話を続ける。

 

「でも、力がなけりゃなんにもできねぇんだよ」

 

 自分には力が無かったから、非術師相手ですら大切な人を奪われた。

 

「手前は何のために呪術師になる?」

「俺は……少しでも、幸せになるべき善人が報われるように……っ」

 

 溜め込んでいたものを吐き出すように伏黒がそう言う。

 幸せになるべき人間、それは綴にも思うところがある。両親や夏油、五条に青木…そして、尾上。彼らは救われるべき、幸せになるべき人間だ。

 この世界は数多くの人間によって成り立っている。しかし、綴にとっての世界はたった数人で事足りる。それ以外がいなくたって何も困らない。それ以外がどうなったって……ただ、綴は1度懐に入れてしまったものを見捨てることが出来ない。1度、()()()()()()()()()()()()()()を放棄することが出来ないから、だからここまで苦悶する。

 

「……俺は両親を間接的にとはいえ殺している。同級生も尊敬していた先輩すら救うことができなかったぞ。そんな人間は善人か? 悪人か?」

 

 自分が手も足も出ないような強さを持った綴でも救えない人がいる。初めての吐露に、伏黒はしばらく固まった。だが、息を吐き出して綴をしっかりと見る。

 

「俺にとって、先輩は善人でも悪人でもありません。でも、尊敬できる優しい人だと俺は思っています」

 

 綴は善人というには人を蔑ろにする、悪人というには人に優しいひとだ。アンバランスでチグハグした綴だが、そんなところが魅力的だった。それはつまり、人を客観的に見ることができるということだ。

 

「だから、俺はアナタに教えて欲しい」

 

 また伏黒の後ろに自分を睨みつけている尾上を見る。ずっと自分を責めている。

 

──どうして助けてくれなかったの?何度も呼んだのに。助けてって叫んだのに。──

 

 尾上を助けたかった青木を殺してやりたかった両親を幸せにしたかった。それはどんなに願ってもできないことだ。でも──。

 

──先輩、俺は……コイツを少しでも強くできるだろうか? もしもコイツが強くなったら、俺は安心できるだろうか? 

 

 綴はいるはずがない尾上に問いかける。代わりに返ってくるのは、それに否定的な言葉を投げかける自分自身。

 

──無理だ。

──この世界に安心できる場所はない。

──死ぬぞ。コイツはお前を置いて逝くぞ。

──やめておけ。

──後悔する。

 

「お願いします!! 俺は強くならなきゃいけないんだ!!」

 

 伏黒が綴に土下座をしながら頼み込む。

 最後に見た時の伏黒はそんな人間には見えなかった。プライドも何もかもを擲つ伏黒を見て、綴は目を丸くさせる。

 

──やめろ。

  もうこれ以上はやめてくれ。これ以上、俺に縋らないでくれ。俺は手前が思っているような、強い人間じゃないんだ……。

 

 だが、この後輩はそんな自分を信じている。なら逆に自分はその思いに縋らせてもらおう。

 

 俺は先輩なんだから、後輩を導かなければならない。尾上が自分にしてくれたように。

 綴はそうやって自らに()()()()()()

 

「条件がある」

「条件?」

「手前が卒業するまでに、俺に勝つこと」

「それは……」

「自信が無いのか?」

「いや、やります! お願いします!」

 

 綴はまた頭を下げた伏黒の額を叩いた。

 

「まずはその辛気臭いツラどうにかしやがれ。ずっと弱いままなら置いていく」

「は、はい!」

 

 額を抑えながら伏黒は返事をする。

 幻覚、幻聴は治らない。ずっと綴を責め立てる。何故、どうして?自分達にしでかした過ちを忘れたか?どうせ出来ないことを。

 だからどうだと言うのだ。自分は決めてしまった。その罪を全て背負って、この少年に向き合うことに。

 

 

 

 

 

──がんばれ。──

 

 責め立てる声の中に、優しい人の声が聞こえた。

 

──うん、やれることは、やってみるよ……。




 もっと辛い展開を考えていましたが、読者もおなかいっぱいになると思って控えました。


【補足】
 これまでの綴の思考がごちゃごちゃしていると感じた方、それが正解です。綴はこの時点で幻覚や幻聴、夏油の教えや、自分の非術師嫌いな部分のらせいで思考等がいろいろおかしなことになっていることが増えています。本編で書けそうにない設定なので、こちらに書かせていただきました。


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会者定離⑭

最近書くのが楽しくてめっちゃ投稿してしまいます。
え、大丈夫かな、これ?コイツ暇人かよって思われない???


「だぁから! 何回言わせんだよ!!」

 

 綴の容赦ない蹴りが伏黒の後頭部を襲う。外でやっているため、伏黒の服はもうドロドロだ。

 ビシビシと伏黒を指導(?)していく綴を見て、五条は微笑む。尾上が死んでからの綴の幻覚幻聴症状は治らなかったが、それでも綴がまた自ら部屋の外へ出ることがでるようになったことが嬉しかった。

 

「何度言われりゃ気が済むんだ手前は、隙が多すぎる相手をよく見ろ、そんで次を予想しろ」

「……っはい」

 

 既に伏黒は綴に30敗しているところだ。手を一切緩めない綴は、伏黒にとっても都合がよかった。この人なら最後まで鍛え抜いてくれるだろうと、伏黒は確信が持てた。

 

「綴ー、その調子で呪力操作もおねがいねー」

「ふざけんなそれは手前がやれや!」

 

 五条に言われて綴は筒を投げつける。それを避けて、五条はじゃあね〜とスキップをしそうなテンションでこの場をあとにした。

 

「……本っ当に信じらんねぇ」

 

 筒を拾い傷ができていないか確認し、綴は伏黒の前に立つ。

 

「呪力操作、手前はできるだろ?」

「基礎的なことはひと通り教えてもらいました」

「なら必要ねぇじゃん」

 

 しかし、伏黒は以前五条が言っていたことを思い出す。その時は自分には必要ないことだと気にしていなかったが……。

 

「五条先生は、甘菜先輩の呪力操作は自分に迫るものと言ってました」

「……なにそれ」

「言葉の意味そのままだと思います」

「あー、いや……そうじゃなくて」

 

 夏油と呪力操作の特訓中にかなり自信があった呪力操作をこき下ろされたことがあったので、綴は未だにそれを引きずっていたのだが、伏黒に五条がそう言っていたと聞いて混乱した。

 

「……つってもな……ここに小石が2個ある」

 

 綴はすぐ側にある小石を拾い上げる。

 

「俺の術式は知ってるな?」

「呪流術、ですよね?」

「そうだ。次、説明」

「自分の呪力を相手に流したり……流れを変えたりして攻守に利用したのが甘菜呪流体術です」

「だいぶざっくりしてるが正解。

 呪流体術には1から5までの型がある。その中で、三ノ型・松葉はその呪力操作が極限まで必要になってくる。だから(うち)で三ノ型ができる人間はそれだけ重宝される」

 

 見とけ、と伏黒に言うと手のひらに乗せた小石に呪力を流す。するとどうだ、2個あった小石のうち1つだけが砂のようになって砕けた。

 

「手のひらに乗せた小石を1つだけ残して砕く、今の俺なら手遊びでもできるが昔は散々だった。

 俺は式神なんざ使えないから、こういうことしか教えられねぇけどまあ、何かしら考えといてやるよ」

 

 伏黒は砕けた小石を見つめながら頷いた。

 

「それから戦闘時情報は大切になってくる。事前にどんな術式かもわからない敵に遭遇することもあるだろう。俺が事前に調査することがないからがしれんが……とにかく、戦闘時にわからないことがあれば死にものぐるいでそれを分析しろ。

 だが熱くなるな、冷静に、主観も客観も織り交ぜて。ただし分析したからといって戦略がわかるわけでもない。ここは経験でどうにかするしかないな」

 

 さてどうするか、と考え始める綴の横で伏黒は目を輝かせた(普段とあまり変わらない表情だが)五条はここまでの説明をしない。彼が適当だからそうなってしまうようだが、綴は違った。必要なことは全て教える。特訓中は一方的に殴られるだけだったが、要所要所でこういったことを教えてくれる。

 一方、綴は内心で教えているのが伏黒1人で良かったと感じていた。多分これが複数人になるとまともに指導なんてできない、理解力の薄い奴なんかぶん殴りたくなるだろう。伏黒でよかった、本当に良かった。

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 予定の時間を迎えた頃、伏黒は綴の元から去ろうとする。

 

「何言ってんだ? 手前はこれから俺の任務に連れていくぞ?」

「え? 俺を、ですか?」

「基礎の次は応用だ。実戦、するだろ?」

 

 まるでいたずらっ子のような笑みを伏黒に向けて、綴は伏黒に校門に集合な、と一方的に言うと去り際に伏黒の額を叩いてから自室へ帰って行った。

 

「……急な無茶振りするところが似なくても……」

 

 伏黒は軽薄な笑みを浮かべる五条を思い浮かべながら、しかしどこか期待して、額を擦りながら手のひらに2つ小石を乗せる。

 

「……………やっぱり無理か」

 

 

「あれ? もうそんな時間?」

「この際、なんで俺の部屋に勝手に入って菓子食ってジュース飲んで布団を占領してるかは聞かない」

 

 綴は制服に着替える。しかし一切五条の方は向かなかった、向いたら負けなような気がして。

 ふと、学ランに手を伸ばしたところで綴の動きは止まった。思い出深い学ランだ。同時に辛いことをいっぱい一緒に経験してきた。ボロボロになったそれを、綴はまたクローゼットに仕舞う。

 

「綴?」

 

 その様子を見ていた五条は首を傾げる。しかし綴は何も答えず、1着の作務衣を取り出した。

 

「五条、俺もう仲間を死なせないから。だから学ランは脱ぐよ。ただの気分って感じだけど、でも俺は学生だからって理由で誰かに守られんのは御免だから」

 

 そう言って壁に掛かっていたゴーグルを取り、そのまま部屋を出て行った。

 

「………僕としては、まだ守られていて欲しいんだけどな」

 

 五条はそう呟くと、あることを思い出して部屋の扉を開ける。まだすぐそばに居た綴を五条は引き止める。

 

「行ってらっしゃい、綴」

「……うん、行ってきます」

 

 白い作務衣をはためかせながら、綴は寮を出た。

 

 

 

......................................................

 

 

 

【現在・東京都立呪術高専】

 

 

「今、なんか悪寒がしたんだが?」

「東堂辺りが噂でもしたんじゃないですか?」

「縁起でもねぇこと言うんじゃねぇぞ、真希」

 

 真希の額を叩いて綴は溜息を吐いた。

 

「もう一本するか?」

「もちろん!」

 

 綴と真希はこれで通算10本以上組手をしているが、どちらも疲れた様子が見れない。ちなみに真希は1度も勝てなかった。

 虎杖はそれに混ざりたそうにその様子を見ていた。

 

「悠仁は本当に綴のことが好きだな」

「いやー、やっぱり憧れが強くって」

 

 そう言いながら後頭部を照れたように掻きむしる虎杖を見て、五条はニンマリと笑う。

 

「そう言えば、悠仁はいつまで綴のこと名字で呼ぶわけ?」

「え? だってこの前"綴兄ちゃん"て呼んだらめっちゃ怒られたよ?」

「綴兄ちゃんって呼んだの?」

 

 そりゃ怒られるわ、とゲラゲラ笑う五条を見て、虎杖は少しムッとする。

 

「多分、兄ちゃんの部分が嫌だったんだと思うよ。綴にとって、それは大好き〜って言葉と同じだから、自分に使って欲しくないんだと思う。面と向かって大好きって言われると照れるタイプだし」

 

 なるほど?と理解出来たような、出来なかったようなそんな釈然としない気持ちになるが、ふと気が付く。

 

「じゃあ綴先輩って呼んでいいってこと!?」

「むしろ、この界隈に甘菜が多すぎるから名前で読んだ方が僕はいいと思うよ? 1回呼んでみたら?」

 

 虎杖は五条に背中を押されて勇気を振り絞って綴の名前を呼ぶ。だが小さな声だったため、聞こえなかったようだ、もう1度虎杖は大きな声を出す。

 

「綴先輩!!!」

 

 すると綴はグリンと虎杖の方へ首を向ける。睨みつけられているのは気の所為だと思いたい。

 

「っんな大声出さなくても聞こえんだよ! 耳イカれるかと思ったわ!」

 

 綴は虎杖の元へズカズカとやって来ると、そのまま額を叩いた。

 

「いったぁ!?」

「──で?」

「?」

「呼んだだろ? なんか用か?」

 

 綴は急に名前を呼ばれたというのに、そのことに怒らず、当たり前のことのように虎杖と接していた。

 

「いや……その」

「用もねぇのに呼んだとか抜かしたら叩く」

「ある! あります! 俺も、混ぜて!!」

「だから声がデカいんだよ」

 

 結局叩かれた。

 声が大きくなるのは緊張しているからだ。いろんな意味で。

 

「真希、悠仁(・・)も混ざるってよ」

 

 ん?虎杖は信じられないものを見たかのように目を丸くさせて綴を見た。真希も目を丸くさせ、五条は愉快そうに笑っている。

 真希は名字でなく名前で呼ばれることを好んでいるため、京都校の真依と被るからという理由で名前を呼んでいたが、虎杖はそうではなかった。そんな虎杖を綴は名前で呼んだのだ。

 

「……なんだ、手前ら? 鳩が豆鉄砲食らったみてぇな顔しやがって」

「な、なんでもないです! ほら、続きしましょう!」

「?」

 

 嬉しそうに笑う虎杖を見て、綴はそんなに混ざりたかったのか、と虎杖が嬉しそうにしている本当の理由に気がつくことはなかった。




そんな訳で会者定離編終わりです。
次回渋谷編、やっと書こうかとおもいます。ただ、原作でまだ渋谷編が終わっていないのと、そろそろオリジナル要素を混ぜていこうかな?と考えているので原作沿いとは違う感じになるかもしれません。ご了承ください。


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慧可断臂

番外編第2弾。

原作キャラの綴語り………になって無いやつないか、これ?
そういうところは綴がいない時にどう語られたか、という体で読んで頂けたら幸いです。
やるって言ったものの、意外と難しかったので残念な出来です、はい。


このキャラでやって欲しい、というリクエストも受け付けております。きたらいいなー。


【東堂葵の場合】

 

 人目見た時から分かってた。コイツ(・・・)は退屈だと。

 でも人を見た目で判断してはいけない。何より、そう彼は……。

 

 

 

 

 

 

「甘菜の弟子だと聞いていたんだがな?」

 

 伏黒恵は京都からやって来た東堂葵と相対していた。

 そこで出てきた甘菜、という言葉に伏黒は反応する。それは恐らく、いや絶対に甘菜綴のことだろう。

 

「なんで甘菜先輩が出てくるんだよ」

 

 もう半年以上会っていない綴は、確かに伏黒の師と呼べる存在だ。適当な五条とは違い、彼なりにわかりやすく指導してくれるし何より人に厳しくなれる優しさがあるという気質がある。そんな彼を伏黒は尊敬していたし憧れている。

 その綴の名が何故こんなところで出てくるのか……。

 

「俺と甘菜は……運命の好敵手(ライバル)だからだ!」

 

 …………は?

 

「出会いはそう、俺と甘菜が1年の時!

 甘菜の好みは黒髪低身長、そしてケツは小さめだったよ。しかし甘菜は強い! そう甘菜に出会ったのは運命だった!」

 

──今、何て言った? 先輩の……好み? そもそもあの人そういうことに興味があったのか?

 

 伏黒は混乱する。

 出会ってまだ間もない男に尊敬する綴の好みを暴露され、もう何がなんだかわからない。ちょっと綴へのイメージが崩れそうになる。

 

「俺達は時に語り合い、夕日が沈む海岸で共に切磋琢磨し、交流戦では俺達が戦うことは伝統だとさえ言われている!

 今年はそれも最後だ……それを甘菜に伝えると「正々堂々と戦おう」と言われた。「ああ、勿論だ!」と俺は答えたさ、今後も俺達はそうやって強くなれる!」

 

──これ、いつ終わるんだ?

 

「甘菜は強い男だ。無駄なことはしないし、人を見る目もある。

 だが、その甘菜が初めて弟子に選んだというお前がこの程度ではな……本当に甘菜から1本取れたのか?」

 

 伏黒は奥歯を噛み締める。

 綴との稽古で1本取れたのは本当だ。しかし、それはたまたま偶然が重なった結果で、本当に勝てたとは言い難いお粗末なものだ。事実、それ以降は勝てていない。

 

「お前は甘菜の期待を裏切っている! アイツは伸び代がない奴は切り捨てるような男だ! これ以上呪術師でいることは無駄だと、厳しく言うだろう、それがアイツの優しさだ。

 しかし、この様子を見るとそんなことは言われていないようだ。つまりあの甘菜が期待しているということになる……だというのに、この程度、甘菜に申し訳ないと思わないのか!?」

 

 綴は強い、それは誰もが知っている事だ。

 綴に申し訳ないと思わないのか?思うに決まっているだろ、卒業までもう2年半しかないんだぞ。と言いたくなったがぐっと堪える。

 以前綴に「よく知らねぇのにベラベラと話しかけてくるゴリラがいたら悪いことはいわん、無視しろ、右から左に受け流せ」と言われていた。というかコイツのことなんじゃないか?そう思ったら、途端に冷静になる。右から左に受け流そう。

 

「そして何より甘菜は………!」

 

 東堂の言ったことは綴と再会するまで半信半疑だった伏黒だが、東堂を無視して誰よりも蔑ろに扱っているのを見てしまえば、嘘だったと確信が持てたのであった。

 

 

 

 

【七海健人の場合】

 

「虎杖のこと、ありがとうございます」

 

 里桜高校の1件の後、綴はそう言うと頭を下げた。

 

「俺、一応アイツの指導任されてるんで、今回は本当に助かりました」

 

 それが少し意外だった。

 

 

 

 七海にとって綴はまだまだ子供である。幼い頃を知っているから余計に。

 初めて会った頃は、こんな所に何故子供がいるんだと疑問に思っていたが、それも1年を過ぎる頃には慣れてしまっていた。1つ上の五条や夏油以外でなら同級生だった灰原にはよく懐いていたような気がする。

 

「綴、どうだった?」

「いつもと同じですよ、真面目に取り組んでくれました」

 

 どっかの誰かさんと違って。

 五条に尋ねられた七海は、今回の綴の行動を思い返す。ここ半年はかなりの頻度で綴と一緒に任務することが多かった。

 綴は気の知れた人間でないとトラブルを起こすことが多いし、1人で無茶することもあるということで、付き合いの長い人間と任務へ行くことが必然的に多くなっていた。

 

「ならよかった」

「………何故、虎杖君と綴君を会わせたんですか?」

 

 それはずっと五条に聞きたいことだった。

 

「相性良いと思って」

「そういうことではなく……綴君が両面宿儺に()()()()()()()()()()()、それをわかって……」

 

 それを聞いて、五条はゲラゲラと笑う。

 

「大丈夫、綴は悠仁のことちゃんと見てるから。

 確かに悠仁の話を最初にした時とんでもない顔になってたけど、でもちゃんと折り合いはつけてるよ。悠仁は悠仁、宿儺は宿儺って」

 

 それはわかっているんだろ?と尋ねられたら頷くしかない。綴は虎杖を大事な後輩だとして接していることなんて見ればすぐにわかった。最近では見ることができなかった表情もするようになった。

 

「七海は綴のこと、どう思ってんの?」

「子供ですよ、今も昔もあまり変わりません。

 少し目を離した隙に迷子になったり、携帯電話を携帯していなかったり、お土産コーナーで小一時間悩んだり……5歳児とほぼ変わらないです」

「それ綴に言ったらめっちゃ怒るよ」

「事実です」

 

 1年の頃はよく振り回されていた。断れなかったのは必ず後ろに綴のことをとことん甘やかしていた先輩達の影があったからだ。

 しかしそれからしばらくしてなにか心境に変化があったのか、綴は大人しくなり、無理なお願いをしなくなった「見本にするなら七海さんと灰原さん!」とニッコリ笑ってこちらを観察していたこともあり、甘やかす筆頭の先輩約2名に尋問紛いなことをされたこともある。

 

「七海は綴のこと随分気にかけてくれるから、任せられるよ」

「……彼は五条さんと違って、素直な子ですから」

「それどういう意味だこら」

 

 もう一度、あの時のように笑いかけて欲しい、と思うのは贅沢だろうか。

 

 

 

 

【1年生の場合】

 

 さいたま市立浦見東中学校にて。

 

「そういえば、甘菜君と同じ高校に入学したって聞いたけど、彼は元気かい?」

 

 この中学校の校務員武田の言葉で虎杖と釘崎に衝撃が走る。

 

「え、甘菜ってあの甘菜先輩??」

「傍若無人チンピラ系甘菜の??」

「お前らの中で甘菜先輩はどんなイメージだ」

 

 そのチンピラ系甘菜も、昔は中学生だったという当たり前であるのに意外だと思ってしまうのは、彼の醸し出す雰囲気のせいだろう。

 

「いいなー、羨ましい」

「そんなこと言うのあんただけよ」

 

 虎杖が伏黒を羨ましがっていると武田は懐かしそうに話し始める。

 

「懐かしい。彼は5月頃になると、よくそこに植えてあるツツジの木の花の蜜を吸って、1本絶滅させてたんだよ。毒性は弱い種類だけど、やめなさいって言ってもやめなくてね……」

「なにやってんの、あの人!?」

 

 いや、やりそうだわ。と虎杖は校内に植えられていたサルビアの蜜を吸っていた綴を思い出して納得する。ちなみに虎杖もそれに誘われて吸っていたらサルビアが全滅して叱られた。

 

 ここで綴の話は終わったが、この任務後に会った綴にツツジの話をすると、校内にある美味しいツツジを教えられた1年生達であった。

 

 

 

 

【五条・夏油の場合】

 

 

「しまった綴に任務の連絡するの忘れてた」

「マジで? 高専に来てたら今頃ギャン泣きじゃん?」

「綴、とは誰なのじゃ?」

 

 天内理子護衛任務中、夏油はしまったと顔を顰めながら携帯電話を取り出す。

 

「傑ー、終わったら次は俺に代われよ」

「はいはい」

「だから綴って誰なんじゃ!?」

 

 電話が繋がったのか、夏油は二言三言言葉を交わす。それからしばらく静かになったと思うと、夏油は携帯電話を耳から離し、五条は耳を塞ぐ。理子が疑問に思っていると、離れていても聞こえるくらい大きな声が聞こえてきた。

 

『もし、もし! 傑、兄ちゃん、ですか!!?』

「はい、傑兄ちゃんです。

 綴、電話はそんなに大きな声出さなくても聞こえてるからね」

『あ、ごめんなさい。

 あの、今日は電話してくれて、ありがとうございます』

 

 聞こえてきたのは可愛らしい男の子の声だった。

 

「実は、今任務でね……」

『え、いつまで?』

「大丈夫、そこまで長くは掛からないから」

 

 楽しそうに夏油は話している。

 

「いったい誰なのじゃ?」

「俺らの弟分」

「弟?」

「なんで疑惑の眼してんだよ」

 

 理子はじとっと五条を見る。

 夏油ならまだわかるが、五条が声から察するにまだ小学生の男の子の面倒が見れるはずないと思ったからだ。

 

「傑に懐いててさ、しょっちゅう遊びに来んだよ。

 だいたい月イチで来てるからそろそろその時期で、だから傑が焦ってたってわけ」

「なるほ、ど?」

 

 首を傾げる理子をよそに、夏油の笑い声が聞こえてくる。

 

『そんでね、悟兄ちゃんがいってたイタズラしたらね、紘平さんがね、飛んだの』

「それ! どういう状況? でもよくやったよ、本当に」

『えへへー。

 あ、任務、どんなことしてるの?』

「ん? ああ、天元様ってこの前教えたろう?」

 

 夏油は理子について説明する。うんうんと頷きながら話を聞いている綴は、全ての説明が終わると、声を弾ませた。

 

『傑兄ちゃん、すごい!』

「綴もいつか凄い任務を任されると思うよ?」

『そうかな?』

「傑ー! そろそろ俺にも代わって!」

 

 痺れを切らした五条が夏油から携帯電話を奪おうとするが、夏油は五条の顔を押しのけて代わろうとしない。

 

「綴ー! 傑に言って! 代わってって言え! ショートケーキ買ってあげるから!」

『悟兄ちゃんともオハナシシタイナー』

「仕方がない。ほら、悟」

 

 五条に携帯電話を渡すと、五条と夏油の場所が入れ替わり、必然的に理子の隣に夏油が来た。

 綴と話す五条の顔は、今まで見たことがないほど穏やかだ。

 

「大切なんじゃな」

「まあね。綴も理子ちゃんと同じで小さい時に両親を亡くしていてね、だから私や悟が家族のようなものなんだ」

「家族……」

「私も綴のことは弟だと思っている。綴のおかげで色んなことを耐えられた。あの子の笑顔を見るとね気が楽になるんだ、私も悟も」

 

 そんなに褒める子供を一目でいいから見てみたい。理子はそう思いながら、五条を見つめる。




【慧可断臂】
・非常に強い決意のほどを示すこと。
・切なる求道の思いを示すこと。
・「慧可」は中国南北朝時代後期の高僧で、禅宗の第二祖。「断臂」は臂を切り落とすこと。


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為虎添翼

舞台は京都ですが京都弁はわからないので、モブも標準語です。


「来たな、甘菜!」

「………」

 

 6月。

 綴は不機嫌そうに眉を顰める。目の前にいるのは綴の天敵とも言える東堂葵だった。

 

 待ち合わせに指定されたそこは、テラスのある食事ができる店のようで、綴や東堂意外にも人がまばらにいる。そんな店の奥に通された綴は、先に注文して座っている東堂を何故か無性にぶん殴りたくなった。

 

「とりあえず、座ったらどうだ?」

 

 テーブルにはまだ注文した品が残っている。東堂を引っ張って店を出ることも考えたが料理を粗末に扱うことは避けたい。綴は舌打ちすると席に座った。

 

「甘菜も何か頼むか?」

「いらねぇ。さっさと食い終われ。俺は人が多い所は嫌いだ」

 

 東堂はやれやれと首を横に振る。そんな彼にイラッとしつつ、綴は椅子に座った。

 

 

 

────────────

 

 

 

 今回の任務は京都で起きている、変死についての調査及びその解決。

 なのだが、と綴はため息を吐いた。東堂と一緒に任務など久しぶりだ。なにせ1年生の時に東堂とやらかして(・・・・・)から一切一緒になったことはなかったのだ。

 

「ほんっと最悪」

「ところで、今年から弟子が入学したそうだな」

「は? 弟子?」

「伏黒とかいう……」

「………なんで伏黒が俺の弟子になってんだよ?」

「俺に聞くな。京都にいれば自然と耳に入る」

 

 別に伏黒は弟子という認識ではない。むしろ五条の初めての生徒、という感覚だ。初めて会った時は眼中に無かったが、もう高校生となると、感慨深いものがある。

 

「だが、体術を教えているのは事実だろう?」

「三日三晩頭下げられた人間の気持ちがわかるか?」

「お前がその伏黒に何かを感じたということは確かだな! でなければ甘菜が人の面倒を見るなんてするはずがない」

「人の話を聞けってんだ!」

 

 会うのが楽しみだ、とワクワクした様子の東堂は綴の話を全く聞かず伏黒がどんな好み(性癖)なのかに思いを馳せていた。

 

「…それよりも……調査しても情報が出てこねぇ」

「参ったな、今日は高田ちゃんがラジオのゲストとして参加するのに……それまでに終わらねぇと!」

「た? 何それ?」

 

 聞きなれない単語が東堂から飛び出し、疑問を口にするがすぐに後悔した。

 

「興味があるんだな!?」

 

 東堂は綴の両肩をガっと掴むとそのまま詰め寄ってくる。綴はそんな東堂の顔を押しのけようとするが何故かビクリとも動かない。

 

「ない、ないないない! ないからやめろ! ほんっっとやめろ! なんか目が怖いぞ手前!」

 

 人が往来する道で綴と東堂は攻防を繰り広げる。

 

「仕方がない! 今日の夜までに終わらせて、一緒に高田ちゃんのラジオを聞くぞ!」

「嫌だよ! 任務終わったらすぐ帰るよ! ていうかソイツのラジオじゃねぇよ! ゲストなんだろ!?」

「大丈夫だ! 低身長が好みの甘菜も高田ちゃんのファンに、俺達の同志になれる!」

「やめろー! 俺によく分からんもんを勧めんのはやめろー!!」

 

 しばらく取っ組み合いを続けたが、結局帰りの車内でラジオを聞いて後日感想を伝えることになった。

 

──だから嫌なんだよ、コイツと一緒は。

 

 遠い目をして虚空を見つめていると、東堂が飲み物を差し出してきた。よく五条が頼むなんとかフラペチーノとか言ってた飲み物の緑女性のマークが描かれたの容器に似ているような気がする。

 

「そんなに叫んだら喉が渇くぞ。

 安心しろ、ただのミルクティーだ」

「ほぼ手前のせいだよ。っつーかなんでこんなところで……」

 

 綴と東堂は屋台が出ている公園へ移動していた。このミルクティーはその屋台で買ったものらしい。

 ミルクティー、確か紅茶と牛乳を混ぜた飲み物。1度飲んだことがある。五条のゲロ甘なやつを。その後に夏油が作り直してくれた物はちゃんと飲めたので(好みかはともかく)これも飲めるだろう。しかも既製品でなく屋台で作られたもの、何故か綴の食の好みを知っている東堂ならではの気遣いだろう(何故かこういうことには気が利くから本当に腹がたつ)そして何より、紅茶は緑茶と葉っぱが同じ。その分警戒心も緩むというもの。あと純粋に好奇心が勝った。

 綴は意を決してミルクティーを飲んだ。

 そして吹いた。

 

「なんだこれ!? なんだこれ!!?」

「タピオカミルクティーだ」

「タッ!? なにそれ!?」

 

 よくわからない球体の何かが喉を直撃したことで綴はその場で盛大に噎せる。

 

「これから流行るぞ」

「知らねぇよ!! ミルクティーが飲める味だからその分腹立つ!」

「砂糖はセルフだったからな、俺が入れてきた」

「尚更腹立つわ!」

 

 東堂は自身が持っていた容器の側面を綴に見せる。容器の側面は黒い斑点があり、綴はマジマジと見ていなかったので模様かなにかだと思っていたが、東堂が軽く振るとその斑点が動いたではないか。

 

「この黒い粒がタピオカだ」

「………カエルのたまっ」

「それ以上は言うな、タピオカ狂信者が聞いていたらどうする」

「狂信……? このたぴおかには、そんな盲信されるような力が? 開発者はいったい何者なんだ? まさか、催眠系呪術を使う術師か何かか?」

「甘菜、俺はたまにお前が心配だ」

 

 ちなみにタピオカ開発に呪術師は関わっていない。タピオカはトウダイグサ科のキャッサバの根茎から製造したデンプンのことであるが綴がその事を知る機会はこの先もないだろう。

 

「この、たぴおか……餅みたいだな………」

「気に入ったか?」

「いや、勿体ないから飲むのであって、これはもう2度と飲まん」

 

 よっぽど喉に直撃したのが衝撃的だったようだ。虚無の目をしてタピオカミルクティーを啜る。

 

「1年の時に食わされたパクチーよりはマシだわな」

「あれもなかなか酷い顔をしていたぞ」

 

 パクチーを食べた時は「非術師はこんなもん流行らせて何がしたいんだ!? 臭いとかただのカメムシじゃねぇか!?」とのたうち回りながら叫んでいた。

 綴がタピオカミルクティーをやっと飲み終えた時、どこからが声が聞こえてきた。

 

「ねぇ、知ってる? この間また死んだんだって」

「知ってる。また女子生徒なんでしょ?」

「次私らかもよ?」

 

 春から夏へ移行するための合服に身を包んだ女子生徒達が話し込んでいる。

 

「ユウコさんの掲示板、やっぱり本物なんじゃ?」

「馬鹿なこと言わないでよ。そんなのあるはずないって」

「でも、私らに掲示板のこと教えてくれた隣のクラスのあの子も……」

 

 それを聞いていた綴と東堂は目を見合わせることはせずとも、同じことを考えていた。

 

「東堂、その掲示板ってどこにあるか知ってるか?」

「恐らくインターネット上の掲示板だろうな」

「……………?」

 

──いんたーねっと、とは確かパソコンを使う為に必要な物だったはず。そう、五条が言ってた。パソコンの中に入ってる百科事典みたいなもんだって…俺も1度、使ったことある……その上に掲示板が立ってるのか? いったい誰に見せるために? そんなところでお知らせ情報貼って誰が見るんだ?

 

 パソコン初心者にさえ足を踏み入れることができない綴は目をグルグルさせながら考える。使ったと言っても中学の時の自由研究で五条に借りた時くらいだ。

 

「ユウコさんの掲示板だったか」

「え、なんで手前携帯電話なんか出してんだ?」

 

 正確にはスマホだが、突然の東堂の行動に綴は驚く。パソコンじゃないのか、その掲示板があるのは?と更に混乱する。なにか言いたくても言えない。何故なら綴はそういうことに慣れていないから。

 

「あったぞ」

「え?」

 

 東堂が見せてきたスマホにはしっかり検索結果欄に「【拡散希望】ユウコさん【ホラー】」と書かれている。

 

「……け、携帯電話に、パソコンの画面が………あれ?なんか俺の知ってる画面と違う?」

「お前がパソコンを使ったことがあるのが衝撃的だがな、何が違うんだ?」

「ここに文字がない」

 

 綴が指差したのはインターネットのポータルサイトのロゴマーク。

 

「俺が五条に貸してもらった時はこの下に、『ケー、アイ、ディー、エス』ってあった」

 

 ケー、アイ、ディー、エス。kids(子供)………。

 ……………………。

 

「………え? なに? パソコンの使い方教える? スマホ変えよう? は? 英語? 成績聞いてどうすんだよ。別にあんなの無くても生きていけるし。五条もそれでいいって………」

 

 東堂は思わず綴に同情した。



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為虎添翼②

呪術廻戦、アニメ!!!!!10月ですよ!!!!
芥見下々先生並びにアニメ製作に携わる皆様の益々の発展とご活躍を願っております!!


【拡散希望】ユウコさん【ホラー】

 

 そう書かれた掲示板には【ユウコさん】と呼ばれる、スレ主の同級生が書いたとされる物語が書かれていた。

 ただただ憂鬱とした内容で、万人受けする内容とは到底思えない。とにかくそんな見ているだけでも気分が悪くなるような内容だった。物語については圧倒的に批評するコメントが殺到している。

 その次に、【ユウコさん】についての説明だ。

 

 【ユウコさん】はクラスメイトからイジメを受け、スレ主はその光景を何も言えずに見ているだけだった、という滑り出しだ。

 

 しかし、その話の途中で【ユウコさん】とスレ主は何度か言葉を交わすことになる。【ユウコさん】はいつもノートに何かを書いており、それについて尋ねたことからその関係ができたそうで、【ユウコさん】は何度尋ねられても「内緒」と言うだけだったらしい。

 

 ある日、【ユウコさん】のノートの存在をイジメを繰り返していた女子生徒達に知られることになる。【ユウコさん】がイジメについて書いているのだと思った女子生徒の1人はノートを奪い、中身を読んだ。反応はこの掲示板を読んだ人間達と同じだった。

 スレ主は益々内容が気になった。ある日【ユウコさん】はスレ主に例のノートを見せてきた。やはり酷い内容だ。だがどういう訳か、この物語の内容が全く頭から離れない。結局、その日は憂鬱とした気分で過ごすことになったのだが、その数日後に【ユウコさん】が学校の屋上から飛び降りて死んだ。

 

 異変が起きたのはその翌日。ノートを読んだ女子生徒が死んだのだ。それも、身体をバラバラにされて。

 その日の夜自分に関係するような事柄でもなく恐ろしく、そして気味が悪いと思いながらも、眠りについたスレ主だったが、なんと夢の中に【ユウコさん】が現れた。

 【ユウコさん】はスレ主が自分に興味を持ってくれたことが好ましく思ったらしく、スレ主にこう言った。

 

 曰く、

 あのノートを読んだ人間を、私は呪いになって殺しに行く。

 次はあなたの番かもしれない。

 

 目が覚めると、母親からスレ主のクラスが突然休みとなった。

 【ユウコさん】のノートを読んだのは1人ではない。あの日、イジメグループの女子生徒と、その後別クラスの女子生徒、そしてそのノートを女子生徒達から没収した女性教師だ。

 その女性教師が死亡した。

 

 それを理解した瞬間、スレ主は絶望する。自分自身もそのノートを読んだと。

 しかし、どうやら見た順番に殺しに行っている様子ではないようで、ならば多くの人に見せれば死ぬ順番が遅く来るようになるかもしれないと思いいたり、この掲示板に書き込んだそうだ。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

「とんだ自己中女じゃねぇか」

「そう言ってやるな、人間とはそういう生き物だからな」

「なんでそんなに悟ってんだよ手前は」

「ただ、これは本物(・・)だな」

 

 それ以降の書き込みを見るにスレ主の思惑は外れなかったようだ。

 

「これを読んだ人間の前に【ユウコさん】が現れる、ね」

 

 書き込みには、「口が縦に長い2mもある女が家の前にいる」「最近それによく似た女が付き纏ってくる」など【ユウコさん】を目撃したという情報が書き込まれていた。

 

「性別は男女共にだな」

「ならさっきの奴らの言ってたことは? "また女子生徒が死んだ"って言ってたじゃねぇか」

「それはまだ何とも言えないが」

 

 しかし、インターネット上での呪いとなると厄介だ。その理由に単純に規模がでかいことと、こういう情報を完璧に消してしまうことは困難であることがあげられる。こういうことに疎い綴は何にも理解していないが、東堂はこの事態に危機感を覚えていた。

 

「これが呪いであることはわかったが……甘菜、糸はこの市内全域に張ることはできるか?」

「できんことはないが、任務が終わるまでとなると片方の呪力をだいぶ使うことになるぞ。しかも範囲が広すぎて、次動けるようになるまで時間が掛かる」

 

 東堂はひょんなことから綴が子蜘蛛であることを知ってしまっているため、どういう原理で綴の呪力が使われているかもわかっている。だから綴が自身か子蜘蛛の呪力を片方だけしか使えなくなる状態が好ましくないことも理解していた。

 よく子蜘蛛と自身の呪力を同時に使えばいい、などと言われているが呪力のコントロールが呪術界でもトップクラスの綴ができないと言うのだから、余程難しいのだろう。

 

「ふむ、どうするべきか……」

 

 東堂が考え込んだ時、綴の携帯電話が振動した。綴が携帯電話をポケットから取り出すと、そのディスプレイを東堂に見せる。そこに表示されていたのは「五条悟」という文字だった。それを見せると、綴は少々ボタン操作を迷いながらも通知を繋ぐ。

 

「なに?」

『あ、綴ー? 元気?』

「用件は?」

『元気そうでなにより。今どこだっけ?』

「京都」

『あー、京都か』

 

 淡々と五条の問いに答えていく。何故現在地を教えなければならないんだ、そう言ってやろうとしたが五条は衝撃的な発言を綴に伝える。

 

『新しく高専に入学することになった子がいるんだけど、その子元々一般人でさ。だから帰って来たら呪力のコントロール方法教えてあげて。あと何回か任務を一緒にしてくれたら悟兄ちゃん超助かる!

 いやー、その子虎杖悠仁って言うんだけど、両面宿儺の指を食べちゃってさー!』

「…………」

『あれ? 綴?』

 

 呪力のコントロールやらは1年の担任のアンタの仕事だとか、今の自分は基本的に2級呪術師から上でないとと一緒じゃないと任務へ行けないだとか、色々と言ってやりたいことはあったが最後の一言で全てが吹き飛んだ。

 

「……特級呪物食って生きてる奴いるわけねぇだろ」

『いやいや、それがいたんだって。千年生まれてこなかった逸材だよ。綴も興味あるでしょ?』

「ない。あと俺が両面宿儺のことが()()()()()()()()ってのは知ってんだろ?」

『知ってるよ。だけど、悠仁と綴は相性良いと思う』

 

 何を言っても、綴が虎杖悠仁という人物に呪力コントロールを教えることは確定しているようだ。

 

「…………………五条、今近くにパソコンある?」

『あるよ? 綴がパソコンについて尋ねてくるなんて珍しいね』

「ユウコさんの掲示板って調べてくれ」

 

 しばらくキーボードのタイピング音が聞こえてくる。

 

『綴、ユウコさんの掲示板で本当にあってる?』

「あってる」

『……出て来ないよ。それどころか検索結果0件、ちょっと異常だね?』

 

 綴は携帯電話を耳から離して東堂に声を掛ける。

 

「……………東堂、東京じゃユウコさんの掲示板は出てこないらしい。ちょっと他の奴らに声掛けてくれねぇか?」

「わかった」

 

 そう言うと東堂はスマホを取り出して電話を書ける。

 

『で、受けてくれるんだろ?』

「はいはい。その代わり他にも、俺が請け負ってる任務で起きてる変死が他地域でも多発してるかどうか調べて欲しい」

『それで引き受けてくれるなら安いもんだ。』

「あと、本当に呪力コントロールだけだからな。体術は教えないからな?」

『はいはい』

 

 後日、呪力コントロールではなく体術面の指南を任されることとなり、あの時もっと念を押しておけばよかった(聞いてくれるかは別として)と後悔する綴であったが、まだ誰にもわからない未来の話である。

 

「甘菜、どうやらこの掲示板はこの地域のみで閲覧できるようだな」

「やっぱりか。そんで狙われているのは、女子生徒のみ」

「少しわかってきたな」

 

 綴は頷く。掲示板が見れる地域は限定された、狙われる人物も限定された。ならばあとは地域外での呪いの効果の継続。これがわかればかなり動きやすくなるはずだ。



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為虎添翼③

呪霊は瞬殺する。


 目を瞑ると人間の呪力が感知できる。

 市内全域、という訳にはいかないがやらないよりはマシだという判断で、綴は糸を張っていた。

 

「どうだ?」

「特に周りに何か問題があるって訳では無いな……」

 

 あの後、五条からは【ユウコさん】からの被害者はこの市以外にはいないだろうと聞かされた。

 つまり、この掲示板を見てもこの市を出れば【ユウコさん】から逃げられる、という可能性がある。

 とはいえ【ユウコさん】が人間を襲う順番はランダムであるため、そうハッキリと断言することはできないが……。

 

 時刻は夕方。

 もう午後の16時を過ぎている。女子生徒がよく通るような場所を選んでそこにいるのだが、全く【ユウコさん】が現れる気配はない。

 

「そうか……なら、他にも何か策を考えたほうが……」

 

 そう東堂が言いかけた時、糸の端に人間出は考えられない重さと一般人にしては多い呪力を感じ取る。

 

「………左から何か来る。あの掲示板で見た物語と似たような呪力だ」

 

 そちらには目も向けずに綴はポツリと東堂に声を掛ける。

 まだ姿は見えないが、こちらに向かってゆっくり歩いてくる。

 

「これは……誰かの後ろにくっついてるな」

「次のターゲットだな」

「おそらく」

 

 人間を襲う気配がないそれをしばらくその場で待っていると、ついに綴と東堂の前にそれが現れた。

 

 2m以上ありそうな巨体に不釣り合いな小さな手足と頭。何より特徴的なのは縦に大きい口だ。その口は横から見ると身体と同化していることがわかる。

 それがもう既に次のターゲットである女子生徒の後ろをついて歩いていた。

 

「甘菜」

「わかってる」

 

 綴は即座にその女子生徒の手首に糸をまきつける。

 

「これで居場所はいつでもわかるはずだ」

「それは常時発動していてもいいのか?」

「そこまで消費するようなもんでもねぇから、今日1日は大丈夫だろ」

 

 それを聞いて東堂は安心する。

 元々残りの寿命が近いとされている綴は、無茶をするとそれが縮むと聞いている。それはどうしても避けたい。

 東堂と綴は、互いに意識し切磋琢磨(東堂の一方的な感情)する関係にある。東堂はこの関係を続けたいと思っている。綴のおかげで刺激され強くなった部分もあり、東堂は綴に対して尊敬の念も籠るライバル心を燃やしているのだ。

 

「ここで後追って気付かれたら面倒だからしばらくしてから行くぞ」

 

 

 

 

 

【17:30】

 

 

「──と、その時高田ちゃんが」

「待て、なんでそこで出てくる。鬼から逃げきったら賞金貰えるその番組みには出ていなかったんじゃねぇの?」

「高田ちゃんはゲスト出演だ。出番こそ短かったがとても素晴らしい名演技をだな……」

 

 隣にいて何も喋らない、というもの気まずいしそれこそ周りの人間に怪しまれては困るので、綴と東堂はたわいない話をして件の女子生徒の家まで向かう。

 

「甘菜がここまで高田ちゃんに興味をもっとはな……やはりそれだけ高田ちゃんが魅力的なんだな」

「いや、ムカつくけど手前の話し方が上手いだけだ」

 

 そう、ムカつくことに東堂の説明はわかりやすく、度々こちらが思わず笑ってしまいそうな、そんな話し方をしているため飽きがこない。人間、好きなものを語るとこんな風になるのかと感心してしまうほどだ。

 

「東堂、この家だ」

 

 太陽が傾きかけた空を背景に、女子生徒の家が佇んでいる。

 

「たしかに呪霊の呪力が感じられるな」

()()()()()()()()()だ」

「OKだ。それがわかっていれば()()()()()()()

 

 と、その時だった。家の中から女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。

 

「東堂!」

「わかっている!」

 

 東堂はそう言うと手を叩いた。

 「不義遊戯」

 手を叩くことで、術式範囲内にある“一定以上の呪力を持ったモノ”の位置を入れ替えることができる術式。それを用いて綴と女子生徒の手首に巻いていた糸の場所を入れ替えた。

 

 女子生徒の部屋の中は【ユウコさん】の生得領域となっていた。女子生徒自体は気を失っており倒れている。綴は即座に女子生徒の安全を糸で覆い安全を確保、同時にまた糸の束を用意すると、その瞬間東堂が現れた。

 

「やっぱりコイツを外に出すのは無理か?」

「中に入るのは簡単だが、出るのは難しいようだ。人間は特に」

 

 女子生徒を指差しで尋ねるが、東堂は首を振る。

 綴が突入した時点で、次に東堂が女子生徒と入れ替わる予定だったがそれができなかったため、糸の束を用意したのだ。

 

「しかし、なかなか広いな」

「1つの市内とはいえあんだけ噂になって恐れられてんだ。ここまで成長していても不思議じゃねぇよ」

 

 【ユウコさん】は綴と東堂に気が付くと突進してくる。

 

「ま、手こずらないだろうが」

 

 綴は糸を目の前に張る。すると【ユウコさん】はその糸に足が絡まり派手に倒れる。それを東堂が横から殴る。

 

「動きは鈍いな」

「そりゃあんだけ足が短かったらな」

 

 転がっていった【ユウコさん】を呆れたように見つめる綴だが、【ユウコさん】からは目を離さない、東堂も同様である。

 【ユウコさん】が起き上がると、綴と東堂は構える。何を言っているか理解ができないが【ユウコさん】は2人になにやら恨み言を言っているようだと感じる。この呪霊にそこまでの知能があるとは思えないが、獲物を殺すところを邪魔されて不満だという感情くらいはあるのだろう。

 

 再び【ユウコさん】がこちらへ突進してくる。

 

「甘菜呪流体術 二の型・牡丹」

 

 綴の拳は【ユウコさん】を貫いた。

 

『いや……だって、まだ』

「………」

 

 そう聞こえたような気がしたが、ハッキリとは聞こえず【ユウコさん】の身体は崩れた。

 

「甘菜、早いとこ逃げるぞ」

「あ、そっか」

 

 【ユウコさん】を祓ってしまえば生得領域は崩れてしまう。

 綴と東堂は部屋の窓を開けてすぐに部屋を出た。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

「甘菜! 今、何時だ!?」

「6時ぴったり」

「まだ時間に余裕があるな!」

 

 すると東堂はよしっと拳を高々と振り上げるとスマホを取り出す。

 

「なんでスマホ?」

「本当に何も知らないんだな」

 

 スマホでもラジオが聞けると東堂は軽く綴に説明するが、綴はちんぷんかんぷんなようだ。

 

「甘菜、一緒に聞くぞ!」

「なんで!? だから帰りに聞くって言ってんじゃん!?」

「高田ちゃんの魅力を伝えるためだ!」

「やめろー! 顔を近づけるんじゃない!!」

 

 その後ギャーギャーと道端で叫ぶ綴の声を聞き付けた警察に東堂が事情聴取され、歌姫が呼び出されたのであった。

 

「大変だったわね」

「もうやだアイツ」

 

 しかしあの東堂と会話が続くとは凄い。それだけ東堂が綴を認めているということになるが、綴がウザ絡みに耐性がつきすぎているからなのだろう。

 結局、綴は東堂から土産を貰ってからわかれて新幹線の駅のホームまで歌姫に送って貰っていた。

 

「庵さん、俺本当にアイツ無理なんですけど」

「でも嫌いじゃないんでしょ?」

 

 その歌姫の問いには答えなかったが、きっと肯定の意味なのだろう。綴が本気で東堂を嫌っているなら律儀に話に付き合うこともしないだろう。

 

「五条のがまだマシ。あの人、俺の嫌いなこととか知ってるし」

「その感性は分からないわ」

 

 おそらく、五条が人の嫌がることをしないのは綴ぐらいだと思うが。

 

「そういえば、東堂から何を貰ったの?」

「ああ、これなんですけど………なんですか、これ?」

「あー、ワックスね」

 

 青い新品の容器を筒の中から取り出すと、綴は歌姫に尋ねる。ワックス、という聞き慣れない言葉に耳を傾げるが歌姫はワックスがどういう意図で使うものかを説明した。

 

「髪を固める?」

「もしくは整えたりするものよ」

「だからアイツ髪が鬱陶しいとかなんとか言ってたのか」

「そういえば、髪伸ばしてるの? 去年に比べてだいぶ長くなったわね」

 

 綴は少し色が落ちてきた髪を触る。

 

「……なんか、五条は切りたがるんですけどね。俺は、ほら……ちょっと、()()()()()()

 

 綴が真似したい人物……それはおそらく去年の12月24日に五条に殺された………。

 

「……なら前髪にワックス使ってみたら?」

「あー、そうやって使うのか。何度やっても失敗するから……まぁ、まだ髪が短くてできないんですけどね」

 

 すると、丁度新幹線がやってきた。

 

「また梅シロップ送ります」

「本当に? 私あれ毎年楽しみにしてんのよね! お酒によく合うし」

 

 そうやって綴は京都から東京へ帰って行った。ちゃんと携帯型ラジオを聞きながら。




【為虎添翼】
・強いものに、さらに勢いをつけること。


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孟母三遷

番外編です。ふと思いついたネタ。
綴が小さい頃の話。

お気に入り登録ありがとうございます。


「傑兄ちゃーん!」

「綴!」

 

 夏油は自分の元へ駆け寄ってくる綴を受け止める。夏油に抱きつく綴は金木犀の香りがする、濃くもなく薄くもない金木犀の香りは癒されるには程よかった。

 

「あのね、あのね! きいて、傑兄ちゃん!」

「はいはい。そんなに急がなくても今日は1日、ゆっくり綴といられるんだから」

 

 それを聞くと、綴は照れたように笑う。

 綴のお付の女性は夏油に一礼してから去って行く。あまり夏油との交流に干渉されたくないと綴が願ったため、彼女が四六時中一緒にいることはない。

 

「さて、今日は何をしようか」

「えーっとね、かくれんぼとね、おにごっことね……んと、あとね、えーっと……」

「綴はしたいことがいっぱいあるんだな」

「うん!」

 

 夏油は綴の頭を撫でる。嬉しそうに夏油に撫でられる綴は、もっとして欲しいと言うように頭に置かれた夏油の手を掴む。

 

「さて、そろそろ行こうか。悟も待ってる」

「悟兄ちゃんだけ? 硝子姉ちゃんは?」

「残念、硝子姉ちゃんは任務です」

「ざんねん」

 

 というやり取りを五条が聞いていた場合、「なに、俺じゃ不満かよ!」と拗ねるのだろう。しかし最近綴と夏油はそんな五条の様子を楽しんでいる節がある。そんな2人に似た者師弟め、と言うと2人とも嬉しそうににするので五条はもう言わないつもりである。

 

 

 

 

「綴寝た?」

 

 午前中にたくさん遊んだ綴は昼ごはんを食べている途中で船を漕いでいた。夏油と五条の手伝いによりなんとか完食し、そのまま綴専用のお昼寝布団で夏油が寝かしつけるとすぐに寝息を立てて寝てしまった。

 

「うわ、ヨダレ出てんじゃん。写真撮って綴が大きくなったら見せよっと」

「程々ににてあげてくれよ。あとその写真、私も欲しい」

 

 それからの時間は五条と夏油の時間だ。今日から明日の午前中にかけて綴メインの生活となるので、こういった時間は貴重だ。少し寂しくはあるかが、ホッとひと息つける。

 五条がしたように夏油も綴の寝顔を写真に納める。その写真を見つめる姿は、満面の笑みだ。綴がそれほど可愛くて仕方がないのだとわかる。

 

「綴は本当にちっちゃいなー」

「……そんな綴も、いつかは()()()()()()()()()んだよな」

 

 五条の言葉に夏油は10秒ほど固まった。それからゆっくりと五条の方を向き、「なんでそんなこと言うの?」と真顔になって無言で訴えてくる。

 

「いや、父親か。あと綴は女の子じゃないからな?」

「こんなに小さくて可愛い綴が彼女作るとか有り得ない。綴が連れてくる子だから性格が良いのはわかってるけど、でも悟よりも顔が良くないと認めない」

「それ一生無理じゃん」

「そこは冗談半分だけど」

「半分本気なのかよ」

 

 地味に五条が自分をイケメンと自信満々に肯定したがそれにツッコミを入れる気力もない。

 

「そうだよな、綴も大きくなるんだよな。

 お風呂はいつか綴のほうから一緒に入るのを拒否されるのはわかってる。それは覚悟してる。でも、洗濯物一緒にしないでとか言われたらどうしよう。言われた暁には死んでしまうかもしれない」

「だから父親か」

 

 普段周囲を振り回すのは五条だが、こういった時は夏油が振り回す。

 

「反抗期とかも来たら、暴言とか言うんだろうな。どうしよう、悟みたいになったら」

「あれ、俺なんかディスられてる?」

「悟も今のうちに覚悟しておいた方がいいよ。そのうち悟のこと呼び捨てにするかもしれない、しかも苗字呼び」

「あ、ちょっと耐えられないかもしれない」

 

 まだ百歩譲って五条さん呼びに戻るならまだ耐えられる。しかし呼び捨て(苗字の)をされて正気でいられる自信が無い。

 

「でもいつか本当に来るんだよな」

「綴だけ例外じゃないって言いきれないからな。まあ……8割そうなるって思ってた方がいいかもしれない」

 

 こんなに可愛いのにな、と五条は綴の頬をフニフニとつつく。

 すると、綴の目が僅かに開く。起こしてしまったかと身構えるが、綴は五条の指を掴むとまたそのまま寝てしまった。

 

「………でも、綴の子供は見てみたいな」

「わかる。そんで今日の傑みたいなこと言ってんだよ」

「その時は私が相談に乗るよ」

「俺も混ぜろよな」

 

 




思いついて初めは楽しく書いてたけどだんだんしんどくなってきた。(自分で自分の首を絞めるスタイル)
綴が結婚云々の話は夏油も冗談半分って感じです。その時がきたら多分誰よりも喜んでいるのが夏油です。


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芝蘭結契

甘菜綴12歳、伏黒恵10歳


 その日、伏黒恵は五条悟に連れられて新幹線の駅まで来ていた。

 五条は伏黒を駅の前で待つように伝え、伏黒はその言葉の通り待っていた。ちなみに津美紀は友達と一緒に遊びに行っている。

 なにやら会わせたい人が今日から埼玉で暮らすのだとかなんとか。

 しばらくすると五条が小脇に自分よりも少し背の高い金髪少年を抱えて走って帰ってきた。

 

 

「ほら恵! 綴だよ!」

 

 新幹線から降りて直ぐに、迎えに来ていた五条と出会い周りの目も気にせずに「生綴だー! 本物だー!」と頬ずりしたかと思えば、急に小脇に抱えられて駅を出て愛想のない少年に紹介された。小脇に抱えられたまま。

 

「………」

「ほらほ2人共表情かたーい!」

 

 そう言うと五条は小脇に抱えていた綴を地面に立たせるとグ二グ二と頬を引っ張る。

 

「うるっせぇ」

「綴が口も態度も悪くなってる!? 反抗期!?」

 

 五条の手を綴が叩き落とすと、五条があからさまにショックを受けていることがわかった。

 

「綴は今年で埼玉の中学校に入学することになっててね。今日はその準備。筆記用具とか買いに行こ」

「それ俺いるんですか?」

「綴と仲良くして欲しいんだよ。埼玉に知り合いほとんどいないし」

 

 かと言って知り合いの多い東京で面倒を見ることは難しい。

 何故なら東京にいればただでさえ子蜘蛛として上層部から受ける圧が重いというのに更に重くなる可能性があるのだ。早急に子蜘蛛を祓いたい考えだろうが、そのせいで綴が子蜘蛛の力に耐えられなくなることも考えられる。それは嫌だ。だから五条は綴が高専に入るまでの間できるだけ綴と上層部の繋がりを完璧でなくても切っておきたかった。

 

「ってなわけでレッツゴー!」

 

 五条は綴と伏黒の手首をガッチリ掴むとそのまま目的の場所まで歩き出した。

 目的地に着くまでほとんど喋っていたのは五条だったが、綴はその五条との受け答えをまともにしていた。それを伏黒は不思議な気持ちで眺めていた。五条との話をここまで受けて答えることができる人間がいたことに驚きを隠せなかったのだ。しかもイラついている様子もない。

 

「ってか本当に金髪にしたんだ」

「めっちゃ止められたけど。

 ってか五条、新幹線に一緒に乗ってた家の奴わざと置いてきただろ」

「えー? なんのことかなー?

 そんなことより買い物終わったらご飯どこ行く?」

「どこでも」

「そんなこと言ってたらデパートのフードコートにしちゃうぞ?」

 

 会話が途切れない。

 最初に対面させられた時のあの気まずい無言はなんだったのだろうかと思うほど、綴は五条とよく喋る。

 

「恵は?」

「え?」

「ご飯、どこで食べたい?」

「……俺もどこでも大丈夫です」

「えー? お寿司でも焼肉でもなんでも良いんだよ!? 2人共よく無さすぎ、本当に子供?」

 

 隣からため息を吐く声が聞こえる。綴だ。綴は盛大に五条にわかりやすくため息を吐いてから口を開く。

 

「じゃあ五条が食べたい物」

「おっけー、デパートのフードコート行こっか」

 

 最初からフードコートに行きたかったんじゃないだろうか?と疑いたくなるほどの即決だったが。どこでもいい、と言っていた綴の表情が更に不機嫌そうなものになる。そんな綴を見て五条はしたり顔だ。

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 着いた場所はよくあるデパート。

 しかし着物姿の綴はそこで浮きまくっていた。

 

「中学校何がいるんだっけ?」

「筆記用具は向こうに全部置いてった」

「あー、あのクソダサいヤツ」

 

 綴の使っていた物はほとんどが本人が選んだものでは無い。全て決められていたものだ。だから思い入れなんてものは当然なく、綴はあっさりとそれらを捨ててしまった。

 

「じゃあ……筆記用具見に行こっか」

 

 そこで伏黒は気が付いたのだが、五条はずっと綴の手首を掴んだままだ。まるで子供にするかのような行動に首を傾げる。綴よりも年下の自分の方はもうとっくに解放されているというのに。

 すると五条と目が合った。すぐにそらそうとするが、五条は伏黒の言いたいことがすぐにわかったようで、綴に聞こえないようヒソッと話す。

 

「綴からは絶対に目を離さないでね」

「それってどういう………」

「五条、あそこ呉服屋ある」

「綴、あそこに綴の求めているものはないと思うよ」

 

 結局聞けなかったが、五条がそう言った理由は案外すぐに伏黒も知ることとなる。

 

「ちょっと会計してくるから、綴と恵はそこ座って待ってて。綴、動くなよ。絶対にそこから動くなよ」

「なんで俺だけ念入りなんだよ」

 

 文房具屋前にあるソファーに腰かける。何人も載せてきたソファーはお世辞にも座り心地がいいとは言えないが、ここまで振り回されてきた分、ホッと一息つくことができた。そう、伏黒は気を抜いたのだ。隣をちらりと見ると、綴は何処にもいなかった。

 

「………………え?」

 

 ちょうど会計から帰ってきた五条に慌てて綴がいなくなったことを五条に伝えると普段見れないくらい五条が慌てふためきはじめる。

 

「だから、目を離すなと!」

「一瞬ですよ!? 一瞬目を離しただけですよ!?」

「覚えておいて、恵。綴はその一瞬で迷子になる」

 

 そんな12歳いるわけない、と言いたかったが実際目の前で起きてしまえば何も言えない。だから五条はずっと綴の手首を掴んでいて、目を離さないといけない会計で綴を伏黒に任せたのだ。

 

「でもそれは最初に言っておいてください」

「それが綴に聞かれたらしばらく不機嫌になって口聞いてくれないから嫌」

 

 迷子になられるのと口聞いてくれないのどっちがマシなんだ。

 

「とにかく綴の興味のありそうな場所行くか」

 

 五条は伏黒を連れて先程の呉服屋や和菓子屋など様々な場所を探しに行くが一向に見つかる気配がない。

 

「元の場所に戻ってるとかはないんですか?」

「多分ない。移動したなら絶対元の場所の道順なんて覚えてない」

 

 最終手段だ、と五条は綴の呪力を探る。初めからそうしていれば良かったんじゃ?と思ったが、この時五条はかなりテンパっていた。

 

 そうして綴を見つけたのは人通りの少ない階段近くの椅子だった。

 

「こんな所にいた」

「遅い」

 

 何故かキレ気味である。

 

「なんでこんな所に?」

「頭痛い。早く飯でもなんでも食べて帰ろう」

 

 綴は(非術師の)人混みが嫌いだ。五条を待っている間どうしても我慢できなかったらしい。だからといってなにも言わずに伏黒から離れるのはどうかと思ったが。

 

「……やっぱり、ご飯買って帰ろっか」

 

 そもそも綴がデパートに来たこと自体が奇跡だ。伏黒に()()()()()()()()、という綴は素直にここまで来てくれた。そう、綴にとっての今日のメインは入学準備でなく伏黒と会うことだったのだ。

 

 

 この後、買って帰った惣菜は全て綴の舌に合わなかったが、五条がカップラーメンを持ち出したことにより、好奇心が勝った綴がどうにかして食べれるように水で薄めたりするのだが、それはまたの機会とする。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 水で薄めたカップラーメンを美味しそうに食べる綴は、もうすでに食事を終えた伏黒にも勧めてみるが断られる。

 五条は携帯電話に連絡が入り席を外している。

 

「……俺、なんかお前の顔好きじゃねぇわ」

 

 は?と綴の顔を睨みつけるが、綴は何処吹く風でカップラーメンを啜っている。

 

「呪術師らしくない」

「どういう意味だよ」

「そのまんま。五条が良く話してたから興味があったけど、なんか想像と違った」

 

 いったいどんな風に五条から話を聞いていたんだろうか。

 

「ま、俺よりマシだろうけど」

 

 綴はテーブルの上にカップラーメンを置く。まだ中身は入っているが、もういらないらしい。

 

「俺もお前も呪術師になるしか選択肢がなかったとはいえ、まだだいぶマシだ」

 

 そう言うと綴は目を瞑って寝てしまった。

 

「あれ、綴寝た?

 どう恵、綴とは仲良くなれそう?」

「俺、顔が好きじゃないって言われたんですけど」

 

 すると五条は爆笑した。

 

「なに笑ってるんですか?」

「いや、初対面にしてはかなり打ち解けてるなって!」

 

 さっきのを聞いていったいどうそんな判断ができるんだ。

 

「綴はね、人混みが嫌いなんだよ、特に非術師の。そんで術師でも最初は警戒してる。昔、色々あってね。

 だから……もしも恵が禪院に行ってたら、こんな感じになってたかもしれないね」

 

 綴はもしもの伏黒だった。

 甘菜家に搾取された結果が綴だった。

 

「大丈夫、綴は恵のこと嫌いじゃない。だっていつもの綴なら自分から話しかけることなんてまずしないから」




【芝蘭結契】
・よい感化をもたらす才能・人徳にすぐれた人との付き合い。
・「芝蘭」は、レイシとフジバカマ。ともに香りがよい草で、性質・才能・人徳にすぐれた人のたとえ。


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宣戦布告

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 子蜘蛛、と呼ばれているが、私はもう何百年も生きた呪いである。

 私はとても弱く、兄弟に喰われそうになってボロボロになりながら逃げていた。

 

 とにかくお腹が空いていた。

 そこに現れた弱った人間の子供を見つけた。

 食べようと食いつけば、私は気が付いた時にその子の中にいた。

 初めは戸惑ったがすぐに乗っ取ってやろうと呪力を子供の身体中に張り巡らせようとするが、だんだん意識が遠のいていく。

 

 目の前にいる男が、何度も何度も子供に呼びかけていたことは覚えている。

 後から気がついたことだがどうやらこの男は操霊呪術を使い、完璧とは言えないが、私を大人しくさせることが出来たようだ。

 危なかった、もう少し弱っていたら私はこの男に完全に使役されていた。

 

 その男のせいで、しばらく子供を乗っ取ることもできず、子蜘蛛に変えることもできず、ただただぼーっと子供の様子を見る日々だった。

 

 その子供の名前は『綴』と言うらしい。

 

 綴は人間に傷付けられていた。

 死にたいと思いながら死ねないのは、私が生きようとしていたからだ。

 そうやっていくうちに、綴の自我はだんだん摩耗していった。

 初めのうちはそんな綴を嘲笑っていた。なのに、だんだんこの子供が可哀想に思えてきた。

 

 何百年生きてきて、憎いはずの人間をそんなふうに思うだなんて……。

 私はいったいどうしてしまったんだろうか。

 

 私はそもそも両面宿儺を殺すために産まれた、人間の都合によって作られた呪霊。

 呪霊にされた母の憎しみを私達も継いでいる。しかし本質は()()()()()()()なのだ。そのために生まれてきたのだ。

 もしかしたら、私はこの子供に()()を見出していたのかもしれない。

 人間を守ろうだなんて思わない。でも、私はこの子供をまるで我が子のように感じていたのは確かだった。

 

 どうにかしてこの子を私が存命させなければならない。

 それは使命感にも近いものだった。

 

 そんなことを考えていたある日、その考え全てが吹き飛んだ。

 私が必死で繋いでいた小さな命は、突然やってきたあの男によっていとも簡単に救われた。

 安心した反面、すごく不快な思いになった。

 この頃になると、綴は私のものであるという思いが強くなっていた。

 

 あの男、五条悟が私は大嫌いだった。

 彼に睨まれた時、私の頭を占めたのは恐怖の2文字。

 いつか絶対に殺してやると心に決めた。あんな男に綴をくれてやるものか。

 

 そんなある日、綴がやっと自我を取り戻した。

 私が何度も話しかけたのに、五条悟に()()()()()()()と感じた瞬間にほんの少しだけ自我が浮上した。

 余計に嫉妬で狂いそうになった。

 

 なのでそこから、夏油傑の呪いを解くことに集中した。

 綴と早く同化することを優先していた。

 初めに胃の機能を停止。でもあまりやりすぎると餓死してしまうので、やり過ぎないようその辺の配分も考えないと。

 

 もっと子蜘蛛を食べれば綴ともっと早く同化できる。

 夏油傑の呪いは結局完璧には解けなかったが、少しずつなら綴と同化できるとわかった時は本当に嬉しかった。

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 綴の自我が完璧に表へ出ていない時、私は少しだけ表へ出たことがある。

 久々の地面は不思議な感じがした。

 

 

「綴ー! ただい……」

 

 部屋に入ってきたのは五条悟だ。

 ああ、本当に大嫌い。

 

「…………お前、綴じゃないな?」

 

 直ぐに見破ってきた。

 

「……だったら何?」

 

 心底鬱陶しそうにそう言ってやる。

 勿論綴の見た目、綴の声で。

 

「子蜘蛛か」

「そうよ? 今は綴の自我がほぼないから出てこれたけど。普通ならこうはいかないわね。

 そう殺気立たないでちょうだい。私、貴方と戦う気ないから」

 

 五条悟の六眼を見て、本当は身震いするほど怖かったがなんとかそれを耐える。

 

「なんで今頃になって出てきた」

「宣戦布告ってやつよ。本当はそこの紙に書こうかと思ってたのだけど……直接言うわ」

 

 私はそう言いながら愛おしそうに両腕で綴の身体を抱くようにする。

 その瞬間の五条悟の顔と言ったら、笑えるくらい怒っていた。あんな顔に私がさせたのだと、一矢報いたような心地になった。

 

「この子は私の子供よ。私、綴と一緒になるの。わかる?

 この子と一緒に成体になって、次の子供を産むの。あら? それって綴と私の子供ってことになるのよね?」

 

 五条悟は思わず掴みかかってきた。

 そういうところはまだまだ子供ね。

 ダメじゃない、この身体はまだ綴のものなんだから。

 

「私は綴が好きよ。綴があの虫かごにいる間、私が綴を守ってたのよ?

 ならそのお礼に綴を貰っても別にいいでしょ?」

「………綴はお前には渡さない」

「どうやって? このままいけば必ず綴と私は同化する。

 あの夏油傑とか言う男に呪われたから、その速度は遅いけど」

 

 でもいつかその時はくる。

 

「傑が?」

「あら、知らなかったの?」

 

 夏油傑が私を呪ったから、綴が助かったことをこの男は知らなかったらしい。

 綴の状態を見て、人々は奇跡だとか原因の解明とか、耐性があるだとか言っているが、実はそんなものではない。

 単純に綴の師である夏油傑の決死の思いが実を結んだに過ぎないのだ。

 

「忌々しい。本当に忌々しい。あの男が死んだとしても残る呪いよ。

 成体になった暁には真っ先に栄養分にしてやるわ」

 

 その時、意識が遠のいていく感覚を覚える。

 限界だったみたいだ。

 

 気がついた時には、また綴の意識の裏にいた。

 

「あー、楽しかった♡」

 

 本当にタノシカッタ。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 床に倒れる綴を五条は抱き上げベッドに戻す。

 頬を触ると暖かく、胸は上下している。それを見て、やっと安心することができた。

 

「……傑ー、やるならもっと完璧にしろよなー」

 

 届くことの無い思いを呟く。返ってくる返事はもちろんない。

 

「大丈夫、なんとかするから。絶対に、絶対に……」

 

 絶対にあんな子蜘蛛と同化なんてさせてたまるか。

 時間は親友が稼いでくれている。

 思いつく限りのことはできるだけやったが、結局どうすることもできなかった。

 

「それでも」

 

 もう一度、あの無垢な笑みを見たかった。

 

 毎日毎日いくら最強を自称していても、神経をすり減らす日々。

 そんな日々の中で変わらず自分に笑いかけてくれた綴。

 媚びを売るわけでも、恐れているわけでもない、純粋な笑顔。

 

 あんな呪霊の言うことにいちいち反応するだなんて、自分でも自分らしくないと思う。

 

「俺が守るから」

 

 だからずっと……どうか、この子が子供のままでいてくれますように、と柄にもなく願っている。




完結に向けて…
まだ原作のほうで渋谷事変が続くと予想しています。
その間、書かないでいると恐らく書き方を忘れてしまいそうになります。
なので引き続き原作のキャラ達に綴のことについてを書いていきます。

もしこのキャラは綴についてどう思っていたか、など見たいものがありましたら気軽にコメント欄へ……。


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一笑千金

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ふと思いついたネタ。




 東京都立呪術高等専門学校の学長を勤める夜蛾正道は頭を抱えた。

 

「つまり、一緒に任務に行っていた虎杖を庇って、呪詛師の攻撃を受けた結果……こうなった、と」

 

 夜蛾の目の前では、1年生達に連れられたブカブカの作務衣を着た1歳前後の子供が大号泣していた。

 そしてこの子供は何を隠そう綴である。

 

「呪詛師は倒して呪いも解かせたんですけど、元に戻らなくて……」

 

 虎杖と釘崎が綴を宥めようとしている間、伏黒が詳細を説明する。

 綴は虎杖と釘崎に「あっち(行け)! あっち(行け)!」と叫んでおり、そろそろ2人が可哀想になってきた。

 

「ギャー!!!!」

 

 子供特有の泣き声が高専中に響き渡る。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

「先輩ってちっちゃい頃から人見知りなの?」

 

 ちなみに綴(小)は未だに泣きわめいている。

 

「そうだ! 伏黒、玉犬は?」

「場合によっちゃもっと酷くなるぞ」

 

 そんなリスクを背負いたくない。虎杖と釘崎は首を横に振った。

 あれからもう30分を過ぎているのに綴は泣き止む気配がない、話し掛けると更に泣くので構うこともできない。

 

 泣きわめく綴を家入に診せたところ、年齢は1歳くらいで健康そのものらしいが、記憶がないことと、術を上手く扱えないようである。

 家入が綴を落ち着けさせしばらくは泣き止んでいたが、急患により家入がいなくなるとまたこの調子に戻ってしまった。

 

「やっほー! GTGだよー!」

「五条先生!」

 

 どうしようかと頭を悩ませていた時、担任の五条悟が出張から帰ってきた。

 その顔はどこか嬉しそうだ。多分事の顛末は聞いているのだろう。

 

「マジでちっちゃくなってる!」

 

 テンションがおかしい。

 しかし五条の行動は落ち着いており、鼻水と涙でベショベショになった綴の顔を慣れた手つきで拭き取ると、これまた慣れた手つきで抱き上げる。

 泣き声は酷くなったが、五条が綴を寝かしつけるように背中を優しく叩くとすぐに落ち着き、極めつけに耳のマッサージを始めると最後には寝てしまった。

 

「五条先生慣れてんね……」

「まぁね。1歳の綴と5歳の綴の寝かしつけ方が同じでよかった」

 

 五条曰く、あと足を揉む、頭を撫でるのも効果的らしい。

 

「綴、泣くとしばらく止まらないんだよね」

 

 嗚咽を漏らしながら寝る綴はがっしりと五条の服を掴んでいる。

 

「あ、指吸ってる」

「可愛い……あの人と同一人物とは思えないわね」

 

 五条は呪詛師の話によると、綴は明日まではこのままである可能性が高い、と生徒達に伝える。

 それまで綴はこのまま。もしも明日以降も呪いが解けない場合、捕まえた呪詛師を尋問するそうだ。

 

「──と、言うわけで! 明日は僕、任務もないし綴とお出かけしたいと思いまーす!」

「だからやたらハイテンションだったのか」

「先生が任務無くても授業は普通にありますよ」

「というか、先輩高専から出したら駄目って学長から言われてるんですけど」

「大丈夫、僕最強だから!」

 

 それで全部まかり通ると思うなよ、とこの場にいた誰もが思ったがグッと堪える。

 どうせ何言っても聞かないのだから。

 

「でも大丈夫? 先輩の人見知り、今よりめっちゃ激しいけど」

「んー、まぁ大丈夫でしょ。

 扱いが全部同じって訳にはいかないだろうけど、5歳の綴思い出してやってみるから」

 

 五条がベッドの上に綴を寝かせる。

 

「それに、あんまり綴を不安にさせたくないし」

 

 普段と打って変わった雰囲気に、虎杖と釘崎は少し目を見開く。

 この男にそんなふうに人を気遣う心があったとは、と感心していると伏黒が口を開いた。

 

「いや、ただ先輩で遊びたいだけでしょう?」

「あ、バレた?」

 

 やっぱりいつもの五条だった。

 

 

「結局、綴先輩起きてからもずーっと五条先生にベッタリだったな」

「伏黒、あんた生きてる?」

 

 五条に抱っこされている綴はボケっと玉犬を見つめていた。

 その近くで待機している1年生達、とりわけ伏黒はグッタリとしていた。

 伏黒がこうなったのには理由がある。

 いつまでも、どこへでも綴を抱っこしているわけにもいかない五条は、つい先程生理現象だと告げて綴を1年生に任せた。

 「無理だ」と首を横に振るが、綴は動物好きだから玉犬も気に入る、というアドバイスにより玉犬を出す。

 

「食いついたところまでは、良かったんだよな」

 

 綴は興味津々と言った様子で玉犬にヨチヨチ歩きで自分から近寄り、そしてもふもふと顔をうずめたり、乗ろうとしたりとにかくめちゃくちゃなことをしていた。

 何度も肝が冷えた。ここで怪我をさせると後が怖い、主に五条の反応が。

 それは五条が帰ってきてからも収まらず、伏黒が玉犬をしまうと「やー! わんわん!」と泣き始めた。

 よってそれからずーっと伏黒は玉犬を出しっぱなしにしているのである。

 見ていない、遊んでいないと思って消すとすぐに気が付いて火がついたように泣く。

 

「もー、泣き声が耳に残りそう」

 

 ところで何で五条はあんなに嬉しそうにしているんだろうか。

 

「先生、そろそろ俺ら部屋に帰りたいんだけど」

「え? ああ、もうそんな時間か……うん、じゃあ綴、バイバイしよっか」

 

 と、五条が3人に向けて手を振る。

 

「や」

「え?」

「やー!」

 

 綴は気に入った物を溜め込むタイプの人間である。

 例えば着物。

 別に着る訳でもないそれを買うことがよくある。そう、着る訳でもないのに。

 そして箪笥に入り切らなかった場合、場所を借りてそこに保管する。つまり手放したがらない。

 別に着る訳でもないのに。ただ単に好きな物に囲まれていたいがために。

 

「この頃から、そういう性分だったんだなぁ……」

 

 しかもわがまま。いったいどれだけ甘やかされて育ったんだろう。

 ちなみに伏黒はその犠牲者となり呪力が底をついた。

  ▽伏黒は倒れた。

  ▽玉犬は消えた。

  ▽綴は泣いた。

 大号泣する綴を別のもので落ち着かせるが、玉犬のことをふと思い出すとまた泣きそうになる。

 

「先輩ちっちゃくなったって?」

「真希先輩!」

 

 それを繰り返していると、2年生達がやって来た。

 真希の他にも狗巻とパンダも一緒だ。

 

「ぱんら!」

 

 ▽綴はパンダを見て機嫌を直した。

 

「なんか、複雑だわ……」

「俺らめっちゃ泣かれてたのに」

 

 今度はパンダに興味津々になった綴だが、一向に五条から降りる気配がない。

 

「しっかし意外だな」

「なにが?」

 

 真希が綴を見ながら呟く。

 

「いや、先輩ってどっちかって言うと真面目なタイプじゃんか。

 わがまま何て、滅多に言わないし。言ったとしても五条か伊地知さんくらいで」

「まあ、確かに」

 

 ここまでわがままをするなんてこと、見たことがない。

 本当に普通の、どこにでもいる子供にしては少しわがまま過ぎるが、綴もこんな時期があるのだと思う。

 

「そう言えば、何で伊地知さんにはわがまま言うんだろ。五条先生はなんかわかるけど」

「ん? ああ、あれでもマシになったんだよ。

 昔は多分、伊地知のこと自分よりも下に見てたから」

 

 主に五条のせいである。

 そしてその度に夏油にたしなめられて今の状態。ちなみに怒られた際謝るのだが、何故か伊地知にではなく夏油に謝り夏油はそれで許すので、夏油もそれに無自覚に加担していた。

 高専に入学した綴は言った。

 「これからはもう少し、伊地知さんに優しくしよう」と。

 




続く。


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一笑千金②

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アニメ先行配信マジで良かったですね!
アニメオリジナルシーンなんかも本当に良くて……10月2日が待ち遠しい!


【翌日】

 

「可愛い〜!」

 

 結局一晩経っても元に戻らなかった綴は、買い物へ連れ回されていた。

 子供、特に乳児専用の服屋で釘崎と五条に着せ替え人形にされる綴は、心做しか嬉しそうだ。

 

「あの人、絶対可愛いって言葉が褒め言葉だって気付き始めたぞ」

「可愛いって言われるたんびに五条先生が教えたぶりっ子ポーズしてるよ」

 

 虎杖と伏黒はそんな3人についていけず、店前にあるベンチに座って見ているだけだ。

 

「次、次コレ!」

 

 テンションが上がってきた釘崎が試着室に入り綴を着替えさせる。

 昨日、ほぼまる1日一緒にいたせいか1年生達にもすっかり慣れ、気が付くと虎杖に肩車されて高専中を走り回っていた。

 

「慣れるのは時間かかるけど、慣れたら遠慮が無くなるタイプか」

「先輩昔は内弁慶だったんだな」

 

 五条に聞いたところ、5歳の綴は呪術師限定で人見知りしない人懐っこい子供だったそうだ。

 いったい1歳から5歳の間になにがあってこうなったというのだろう。

 

「っつーか、これ先輩にバレたら俺ら殺されるんじゃね?」

「良くてデコ叩かれる程度か……」

「俺、そろそろ叩かれ過ぎて生え際後退しそうなんだけど」

 

 虎杖が生え際を気にしている間に、また綴が着替え終わっていた。

 

「……まあ、いいか。先輩ノリノリだし」

 

 店内では五条が服を厳選していた。

 家入と夜蛾から、多くてそれぞれ2着で良いと言われており、1年生達は五条が買い過ぎないかを見張る役目を夜蛾から直々に言い渡された。

 悩んでいると、店員の女性が五条に話しかけて来る。

 

息子さん(・・・・)、ですか? 可愛らしいお子様ですね!」

 

 何とも複雑な気分に五条はなった。

 どちらかと言われると、五条と綴の関係は兄弟である。

 なんとなく受け入れ難い。いや、別に不快になっているわけではないのだが……。

 と、五条が思っていると釘崎があることを思いつき、綴に耳打ちをする。それを聞いた綴は少し恥ずかしいそうに五条のズボンを掴むと、一言。

 

「パパ?」

「はいそうです、僕が綴のパパです」

 

 手のひらがすぐにひっくり返った。

 天使かよ、天使かな?天使だったわ。

 

「パパ!」

「綴は可愛いなー」

 

 パパ、と五条に言うと喜んでくれるということを知った綴は何度も繰り返してパパと呼ぶ。

 そして釘崎と厳選に厳選を重ねた服を着て、店を出たのであった。

 

「お、先輩めっちゃ可愛い!」

 

 虎杖に言われた綴は、五条と釘崎に見せていたようにぶりっ子ポーズをして虎杖にアピールする。

 

「可愛い、可愛いけども……っ」

 

 このまま大きくなったら多分大変なことになりそうだ。

 いや、明日には元に戻っている可能性が高いのだが。

 

「はー、いい買い物したわー」

「釘崎、お前これ……バレたら叩かれるぞ」

「そんなの言わなきゃいいのよ」

「ま、綴は女の子には優しいから手加減はしてくれると思うよ」

 

 それにしては修行中めっちゃくちゃボコボコにされたのだが。

 

「それはそれ。

 綴はそういうところはちゃんとしてるからね。厳しくするのは生き残って欲しいからだよ」

 

 綴の頭を撫でながら五条は釘崎に伝える。

 手を抜いて教えていてもなにも身につかない。それで死んでしまったらやりきれない。

 2年も含む後輩達に対してゆっくり育って欲しい、それと同時に早く強くなって生き残って欲しいと綴は思っている。

 

「なのに素直に口に出さないから誤解されまくるんだよ」

 

 それを聞いて虎杖は自分の祖父を思い出した。

 頑固で気難しい祖父。そんな彼と綴を重ねる。

 綴と初めて会った時、なんとなく祖父に雰囲気が似ているように感じていた。

 だが、自分のことを案じて優しさを見せてくれる。初めはそんな2人の共通点を見つけようとしていた。

 今はそれが綴に失礼だと思っていたが、やっぱりどうしても重ねてしまう。

 

「なんかさ、たまに先輩が()()()()()()()()んじゃないかって思うことがあるんだよね」

 

 特に重ねてしまうのは、そこ(・・)だった。

 五条は虎杖の言葉に思わず綴を撫でていた手を止める。

 

「悠仁、大丈夫綴はどこにも行かないよ」

 

 虎杖を安心させるように五条はそう言った。

 手が止まったことに綴は不思議そうな顔をして五条を見つめている。

 

「だと、いいんすけど……」

「そもそも綴は呪術以外のことはからっきし! 不器用で家事はおろか、非呪術師とのコミュニケーションなんて壊滅的!」

 

 ケラケラと笑いながら五条は綴の欠点を話し始める。

 それを綴が聞いたらきっとしばらく口聞いて貰えなくなるな……とぼんやりと思っていると、五条はピタリと笑うのをやめる。

 

「そんな綴が、どっか行って呪術師以外になるなんてありえない」

 

 そういう意味で言ったのではないが、虎杖は五条が言うことに納得して頷いた。

 綴が呪術師以外のことをしている姿が思いつかない。これから先も虎杖達の前にいてくれる大きな存在であることは確かだ。

 

「パパ?」

「んー? どうした綴?」

 

 綴に呼ばれ、五条は綴を抱き上げる。

 それが嬉しかったのか、綴はケラケラと笑っている。

 でも呪術師以外はありえないと思うのと同時に、こうやって平和に過ごしている姿も似合うと思ってしまうのは、自分だけだろうか。虎杖は心に隙間が空いたような感覚を覚えた。

 

 

 歩いて散策していると、子供達が舞台に集まっていた。

 そこには特撮ヒーローの舞台ショーが開かれる内容の看板が立っている。

 始まってしばらく経っているようで、ヒーローが敵を倒している。それを見て子供達が歓声を上げて応援していた。

 

「あ、あ!」

「先輩もしかして気になる?」

 

 綴が大変興味を示していることもあり少し見ていこうということになったのだが………ショーの中盤、敵が観客席にいる子供達を攫ってしまおうとするシーンで事件は起きた。

 

「あ、うちの子どうぞ」

 

 なんと攫いに来た敵の部下に五条が綴を差し出したのだ。

 これには敵の部下ビックリ。

 

「いや、先生ダメだって!」

「1歳児だし!」

「泣いたらなかなか泣き止まないんですよ!?」

 

 生徒達の批難は右から左に受け流し、五条は自分の主張をし始める。

 

「綴が泣け叫んで助けを求める姿を見たくないの!? 僕は見たい!」

「あんた鬼か!」

 

 五条の片手ではスマホのカメラを起動しているところだった。撮る気満々だ。

 

「じゃあ聞くけど、見たいか見たくないならどっち!?」

「正直言っていい? めっちゃ見たい!」

「よぉし!」

「お前らぶっ殺されるぞ!?」

 

 五条の問いについうっかり答えてしまうが、伏黒の一言で正気に戻る。

 しかしそうこうしている間に綴は五条によって敵の部下に引き渡され連れ去られる。

 

「ギャー!!! いやー!!」

 

 思った通り綴は泣け叫び、舞台まで敵部下に優しく抱っこされて行ってしまう。

 五条はそれを手を振って爆笑しながら見送っていた。

 

『ばっか野郎! こんなちっちゃい子を連れてくる奴があるか!

 あのイケメンのパパさんの所に返してきなさい!!』

 

 しかし舞台まで行った敵の部下は、敵ボスのナイスツッコミにより戻ってきたのであった。

 

「えー、面白くない」

「パパー!!!」

 

 大号泣する綴は五条にしがみつくともう離さないといわんばかりの力をこめる。

 

「いだだだだっ! 呪力を流すな馬鹿っ」

「然るべき報いよね」

「虎杖も行ってこい」

「え!?」

 

 相当怒っているようだ。これはしばらく機嫌は直らないだろう。

 虎杖は伏黒と釘崎の手によって、五条の言葉に乗った罰だと五条と一緒に綴の呪流の刑に処されていた。

 

「電気浴びた気分……」

「悠仁、綴の呪力のせいで髪ボサボサなってるよ」

「そう言う先生もね」

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

【翌日・呪術高等専門学校】

 

「えー、綴が元に戻りましたー」

「なんでテンション下がってんの?」

 

 綴は小さくなっていた頃の記憶はなく、だいたいのことは夜蛾が伝えているのだが、何をしていたかは知らされていない、というのが綴の現状だ。

 

 座学が終わった虎杖達の元に、その綴が現れた。

 

「迷惑かけたらしいな」

「あ、いや全然! 泣かれたけど基本的に大人しかったし!」

「……泣いていたのか?」

 

 初耳だと目を丸くさせる綴は少し恥ずかしそうだ。

 

「悪かったな、予想以上にやらかしてるみたいで。

 次、2年ところ行ってくるわ」

 

 それじゃ、ともう一言謝ると綴は扉を閉めて教室を出ていった。

 

「……いいか、甘菜先輩にあのこと絶対に言うなよ」

「分かってるわよ。あの人の機嫌悪くなって直接被害に合うのは五条先生だけど、その五条先生からのとばっちり受けんのは私達よ?」

「先生、綴先輩に直接いかないんだよな」

 

 と、愚痴っていると教室の扉が開いた。綴だ。

 

「………………手前ら、知ってることは全部吐け」

 

 その右手には呪力が集まってきている。

 本当のことを言わないとあれで額を叩く気なのだろう。

 3人は観念して全てを話した。

 

 

 

 

 その日、五条に話しかけられるがそれを全てシカトする綴の姿があった。

 五条は1年生達に何か言うことはなかったという。一部始終を見ていた家入曰く、綴が一言五条に言ってくれていたようで、更にはそのやり取りを五条自身が楽しんでいたそうだ。

 

「あの2人、なんだかんだ言ってあのやり取りが結構好きらしい。

 喧嘩も仲直りも、2人でないとできないからな」

 

 

 

 

 

 ちなみに、虎杖は思いっきり綴に額を叩かれていた。




すぐにシリアスにしちゃう病がところどころで発動していますが、ギャグ書く方が好きです、はい。
ショタ綴を書くのだいぶしんどかったんですけど、どうでしたでしょうか?個人的に血反吐吐いてました。可愛く、違和感なくかけていたらいいなー。


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深夜
40話


渋谷編


パリッ

 

 二の腕にヒビが入ったのは10月に中旬をすぎた頃。ヒビからは黒い物が見えている。それに包帯を巻いて、綴はいつものように筒を背負う。

 

──もう、時間が無い。

 

 綴はおそらく大人になれない、その前に死ぬ。

 

 

 2018年10月31日19:00

 東急百貨店 東急東横店を中心に半径およそ400mの"帳"が降ろされる。

 

「は? なんでアンタが1人で行かなきゃなんねんだよ」

 

 五条から突如言われたことに、綴は眉をひそめた。

 今回の件を起こしたのは、交流戦の時と同一犯と思われその犯人が五条悟を指名した。「五条悟を連れてこい」それが閉じ込められた人々の訴えだ。上層部はこれを受けて、五条1人をこの帳の中へ向かわせることに決定した。

 

「ま、こればっかりは仕方がない。僕だって、一般人巻き込まない為にも()()()を借りたいんだから」

「じゃあ連れてけよ」

「やだよ。

 ま、僕だけで充分だって。綴は何も心配することなんてないよ」

 

 綴は補助監督の人間からも五条から言われても納得はしなかった。いつものようにこうやって粘っていれば、きっと考えを変えてくれると綴は思い、訴えるが今回は考えが変わることは無いようだ。

 

「………ふっざけんなよ、手前はいつもそうだな」

 

 綴は五条をジロっと睨みつける。

 

「本当に心配することないよ?」

「ある。手前に何言われたってある」

 

 いつも五条は自分を心配してくれる。だから自分も五条を心配している。大事だから。その気持ちは五条も綴も一緒なはずなのに、どうしてもそれが噛み合うことがない。

 

「綴、今日なんか変じゃない?」

 

 目ざとく綴の変化に気が付いた五条は綴の肩を触る。その時、皮膚が()()()()感覚が肩に走る。パラパラと少量だが、袖からそれが落ちる。それを見た五条が、綴の作務衣を剥いだ。

 

「……っ!?」

 

 左二の腕から肘にかけて走るヒビを見て、五条は絶句する。

 

「綴、部屋に帰ろう」

「は?」

「それが治るまで任務に出なくていいから」

「ちょ、待てよ、何言ってんだよ手前は!?」

 

 五条は綴の右腕を掴んで部屋に連れ戻そうとする。だが綴はその手を振りほどき、五条を拒絶する。

 冗談ではない、この男は戦うなと言ったのだ。綴に言ってはいけないことを言ったのだ。

 

「やめろ! 変なのは手前のほうだ! なんで俺が……っ」

 

 いくら五条を蹴ろうが、もう決定事項だと言わんばかりに五条は綴を引きずりながら部屋へ向かう。

 何故、どうしてと尋ねてくる綴を五条は無視して部屋の中へ綴を押し込めるように入れる。

 

「五条!」

「ごめん、綴……でも、お前まで死んだら、僕は……」

 

 それは五条悟の小さな悲鳴のように聞こえた。それを聞いてしまえばもう何もできなかった。綴は1発殴ってやろうと振り上げていた拳を下げる。

 

「………五条、質問に答えろ。

 なんで、伏黒や悠仁には変化を求めるのに、俺には求めないんだ? その方が都合がいいからか?」

 

 違う、五条はそんな風に思っていない。しかし口から出た不満と不安は次々と吐き出されていく。

 

「そんなに俺に戦って欲しくないなら、あの虫かごから出さなけりゃ良かったんだ。そしたら、誰も、俺もお前もこんな思いしなかった。俺はあの時何も感じなかったんだ、そのままでいさせてくれたら、こんなに苦しむこともなかったんだ!」

 

 ドンッと五条が壁を叩く。

 

「綴があの虫かごから出なかったら? なんの冗談だよ? 

 俺が、お前があんな物みたいに扱われてて、黙っていられると思うか!?」

「…………"綴"は、()()()()()()()()()()()()()()()、そういう意味でつけられてる。母さんは自分の存在がバレたら俺を差し出すつもりだった。そうでなければ、甘菜家が好む糸を含んだ名前をつけるはずがない。

 俺は最初から道具なんだよ! 母さんが大事にしてたのは、思った以上に愛着持ったってだけで、それを夏油さんが人間みたいに使ったから、人間になっただけの道具なんだ!」

 

 違うんだ。こんなことを言いたくないんだ。自分はただ、五条が心配なだけなんだ。一緒にいたいだけなんだ。死んで欲しくないだけなんだ。

 甘菜綴にとって五条悟は最強ではない。どうしても、まだ最強ではなかったあの頃(・・・)の五条のほうが印象深い。子供っぽくて軽薄で、口が悪くて適当……でもとても寂しがり屋な五条悟という男を間近で見てきたのだ。

 だから、五条が自分に向ける感情と同じで、綴は五条が心配なのだ。もしかしたら傷付いてしまうんじゃないか、死んでしまうんじゃないかと、彼が任務へ行くたびに不安になる。

 

「………誰がなんと言おうと、綴は道具なんかじゃない。

 絶対にここから出ないで。僕が帰ってくるまで、ここにいて、待ってて」

 

 先程の激情はなんだったのか、五条は今度は綴に言い聞かせるように話しかける。それが、まるで夏油のようで腹が立った。

 

「──~~~っ! 好きにしろ! 俺の気持ちも知らないで! 手前のことなんか、もう知らん! 嫌い、大っ嫌い!!」

 

 綴は思い切り扉を閉める。

 

「口から思わず出たって感じだけど……思ってたより、キツイな……」

 

 扉の前で五条は綴に言われた「嫌い」という言葉に少なからずショックを受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋で待機する綴は、誰かに呼ばれる。いや、通信機器無しに綴を呼び出せる人間なんて1人しかいない。

 

「……………夏油さん?」

 

 綴は急いで部屋の扉へ向かうが……そこから足が進まない。五条から言われたことが足枷となったからだ。

 

「俺は、知らない、あんな奴の言うことなんか、聞かなくていい」

 

 綴は意を決して扉を開け、渋谷(呼ばれた場所)へ急いで向かったのだった。



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41話

ここから先は10巻以降のネタバレが含まれています。
それでもよろしいかたはお進み下さい!


「おししょー、行っちゃったね」

《心配はないさ、マツリ》

 

 高専を去った綴の後ろ姿を見ながら、マツリはもち丸に話しかける。

 

「わたしも行きたい」

《しかし、我々には甘菜綴からの頼まれ事がある。ここを動いて自らの命を危険に脅かすことはできないだろう》

「そうだけどさ……」

《今は信じるしかない。甘菜綴はマツリの師匠なのだろう?》

「………うん」

 

 

 

────────────

 

 

 

【東京都・渋谷】

 

 

 甘菜綴を初めて見た時、彼は綴を"綺麗すぎる"と感じた。幼子のように人に守られ育まれ、その結果17歳とは思えないほどの純粋さを持ったまま大きくなった。考え方、行動は大人であるはずなのに根本的には子供。綴の本質は素直で一途、そして無垢だ。

 そんな綴が、知っているだけでも過去に3度酷く取り乱したことがある。青木、尾上小町、そして夏油傑がそれぞれ死んだ時だ。

 綴は人の死、又はそれに準ずるものに敏感だった。それは母父のどちらもが綴の目の前で死んだからなのだろうと、彼は考えていた。

 

 甘菜綴という殺してはいけない呪霊を彼は手に入れたかった。他の子蜘蛛と違い、意思疎通が可能で今の彼の言うことであれば聞くであろう存在を。

 彼にとってそれ自体は必須事項ではないにしても、それでも敵にいられるよりは味方であるほうがいくらかは安心できるというものだ。間違ってもしも彼を殺した場合、きっとその呪いは彼自身(・・・)に降りかかる厄災となるのだ。

 それだけ強力な千年前の失敗作でも飼い慣らせばいい、今の自分ならそれができるのだから。

 

 

 

 

──「甘菜綴を味方に引き入れられなかった場合、どうなる?」──

──「どうもならない、味方にならなくてもこちらの計画に支障はない。しかしその場合全力でコチラに特攻してくる子蜘蛛を相手にしなければならなくなる」──

 

 真人が失敗した勧誘の後、漏瑚に尋ねられた際に夏油はそう答えた。

 綴をこの場所(・・・・)へ誘導し勧誘する。それで3度目だ。3度の勧誘を蹴られた時、その時は綴を諦める(・・・)

 

 

 

「甘菜綴を殺したい呪詛師は5万といる。

 あの甘菜家先代当主(・・・・)・甘菜紬の息子であり、五条悟のお気に入りのあの子はそれだけで真っ先に狙われる。五条悟や死んでしまった人間を殺すことはできないから、それの大事なものを奪ってやろうと考えている」

 

 渋谷には綴の内にいる子蜘蛛の存在を知らない呪詛師もいる。五条や紬を恨みを持つ人間、その全てが綴を亡き者にして見せしめようとしているのだ。

 

「それで綴が死ぬとは思っていないけど。あの子は強いから、きっとここまでたどり着く」

 

 夏油の目の前にいるのは獄門疆に捕らえられた五条だった。

 

「残念だったな、綴は渋谷にはいないよ。

 て言うか、綴の名前を軽々しく呼ぶな。綴はお前(・・)の弟子じゃない、()の弟子だ」

 

 五条の目の前にいるのは夏油の頭から剥き出しになった口の付いた脳。

 目の前で動いて喋っているのは本物の夏油傑ではない。夏油傑は1年前に五条が殺している。その遺体を使い、夏油──…彼は夏油になりすましていた。

 

「この身体が欲しかった理由はさっきも言った通りこの状況を作り出したかったこと、呪霊操術が欲しかったことに加えてもう1つある」

「傑の身体を使って綴を勧誘するって? 無駄だろ。だいたい綴ならお前が偽物なくらいすぐに……」

「信じたよ、綴は。私が夏油傑であると」

 

 五条は信じられないものを見るかのように目を見開いた。

 綴は既に彼と会っていた。それも彼を本物だと騙された。

 

「綴は本当に扱いやすかったよ。混乱して動揺して隙を見せてくれた。

 完全に私が本物だと信じている」

 

 では何故綴はこのことを自分に言わなかった?言うはずだ、綴ならきっと……いや、言わなかったんじゃない、言えなかったんだ。

 

「綴に、何をした?」

「何も? ただ、子蜘蛛を15匹ほど用意してあげた、それだけだ」

 

 綴が食べたと報告している子蜘蛛の数は37匹だ。しかしそれが本当なら、綴はそれを報告できない。子蜘蛛を食べられるのは五条の承諾がないとできない、1年前にハッキリと決めたことだ。上層部が何度か綴に圧力を掛けていたが、それを理由に避けてきたはずだ。飢え死にをしないようにギリギリでやってきた。なのに、彼はそれを……。

 

「お前……っ!」

「ああ、そうだ。綴はさっき呼んだよ。夏油傑は随分と便利な呪霊を綴に住まわせているね」

 

 彼がそう言って夏油と同じ顔で夏油と同じように笑う。しかしその意味はきっと嘲りなのだろう。

 

「五条悟がいなければ高専から引き抜けるんじゃないかと思ってね。彼の高専への未練は君だけだろう?」

 

 それを聞いて五条は鼻で笑う。

 なるほど、彼は綴を本当に理解はしていないらしい。夏油と綴との交流は実は片手で数える程だ。付き合いで言えば五条の方が長く一緒にいる。そんな五条がハッキリと言えることがある。

 

「ありえない。

 綴は絶対にそっちには行かない、綴にとっての高専は人間への感情はそんなことで揺らがない」

 

 あまりにも自信満々に言うものだから、彼は目をまん丸にさせる。だがやってみなければわからない、自分が偽物だと気付かれたとしてもその時は始末(・・)してしまえばいいと考えているほどだ。

 

 そうして五条悟は封印された。どうやら、綴のことをそこまで心配はしていなかったように思う。当たり前か、子蜘蛛を殺し、被害がないのは子蜘蛛のみ。綴の食べた子蜘蛛の数は52匹。あと何匹がこの日本に生息しているかわからない現状で最も強い子蜘蛛は確実に綴だ。

 

「だが、それを削る(・・)方法ならある」

 

 こちら側に来ないなら、甘菜綴にはここで退場してもらおう。

 

 

 

────────────

 

 

 

 

「──内通者の可能性がある人間ハ、甘菜綴(・・・)ダ」

 

 それを耳元にいたミニメカ丸から言われた虎杖は固まった。

 何を言っている?そんなはずがない。そう言う前に、共に任務へ当たっていた冥冥が口を開く。

 

「夏油傑がいるなら、その可能性は高いはずだよ」

「そんなこと!」

「甘菜綴はかつて夏油の弟子だった」

「でも、確か殺されかけたのですよね?」

 

 冥冥の言葉に、同じく一緒に行動をしていた憂憂が問いかける。

 

「……彼は今でも夏油を慕っているさ。そうでなければ、自身に埋め込まれている呪霊を切除しているはずだ」

「埋め込まれている?」

「効果は、残穢を残さない通話と位置の把握。しかしそれは呪霊を使役している人間からしかできない」

 

 ありえない、綴が高専を、五条を裏切るなんてありえない。それを虎杖はよく知っていた。あの2人の間には独特の雰囲気がある。それを嘘だとは思いたくない。

 

「兎に角、甘菜綴を確保しテ話を聞くことしか今はできないだろウ」

「けど、先輩は高専で待機って……」

「………なら、何故……この渋谷にいル?」

 

 まさか、と虎杖達は顔を強ばらせる。待機しているはずの綴が渋谷にいるということは、もしかすると本当に綴が内通者の可能性があるということだ。

 

「俺は、綴先輩を信じる」

「根拠は?」

「カッコイイ俺の先輩だから」

 

 いつだって綴は自分の味方でいてくれた。

 かっこよくて、強くて、優しくて、真っ白な嘘しか言わないあの人を信じたい。

 

 

 

 その綴は現在、渋谷にて多くの呪詛師を気絶させていた。

 

「………さて、とりあえず現状把握が最優先か………」

 

 いくら気絶さてせも湧いてくる呪詛師にいい加減うんざりしながら綴は前へ進む。それを繰り返し幾らか経った頃、突如渋谷に聞きなれた声が響く。

 

「ナ、ナ、ミ──ン!!!! ナナミンいる──!??」

 

 姿は見えないが、これは虎杖の声だ。

 

「虎杖……こっちからか、とりあえずアイツに今起きていることを……」

 

 虎杖の声が聞こえた方向へ急ごうとする綴だが、思わず足を止めてしまう。その次の虎杖の言葉が、綴には信じられなかったからだ。

 

「五条先生があっ、()()()()()んだけどー!!!」

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 思い浮かべたのは、最後に見た酷く傷付いた顔をした五条の顔。



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42話

 弱っている自分の身体を感じ取っても、綴は走ることを止めなかった。呪力を使わなくては呼吸すらままならない。それでも綴は目的の場所まで走る。しかし、その場所に向かう途中で綴は帳が降りていることに気が付き足を止めた。

 

「これは……」

 

 さっきまでは無かったはずだ。

 五条が封印されたそれに触れようとすれば弾かれる。

 

「呪術師を入れないための帳か……」

 

 やはりあの交流戦で襲撃してきた呪霊達は夏油と真人と関係があるようだ。そう思考がすぐに完結するほど、五条を入れないための帳と酷似している。綴は深呼吸をして、また帳にそっと触れる。

 虎杖と合流することも視野に入れていたが、そんなことをしている余裕が無い。虎杖は七海を呼んでいた、ならばきっと七海が適切に指示を出し、虎杖は既にその通りに動いているはずだ。

 

──なら、俺は自分にできることをする。

   呪術師が入れないというのなら、呪霊(・・)はどうだ?

 

 綴は上手く子蜘蛛の呪力をコントロールすると、腕をズブズブと帳の中に入れていく、身体に異変を感じられないことを確認するとそのまま帳の中に入っていった。あまりにも無謀だということは百も承知。しかし綴にはどうしても確認しなければならないことがある。

 

──本当に、夏油さんが五条を封印したのか?

 

 虎杖の言ったことが本当で、夏油が封印した、もしくは実行犯が夏油でなくてもそれに協力していたのなら、自分はなにか大きな()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だとすればこの状況は自分のせいだ。高専で油を売っている暇は無い。

 

 

 夏油に呼ばれたその場所で、綴は立ち止まる。目の前にいるのは変わらず綴に微笑みかける夏油だった。

 

「やっと来たね、綴」

「五条が、封印されたって聞いたんですけど?」

 

 見ての通りだ、と言われ視線を夏油が指した方へ向けると、そこには盗まれた獄門疆が地面に穴を開けて転がっていた。

 

「………いったい何が?」

「封印したのはいいんだが、悟の情報を処理するのに手間取っているようなんだ」

 

 なるほど五条らしい。

 

「さて、これで3度目になるのだけど……綴、私と一緒に来ないかい?」

 

 夏油は高専を裏切れと言ってきた、これは予想ができた言葉だ。夏油と再会したあの日に持っていた違和感がまた顔を出す。

 

「……1つ、聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

 

 信じたくない、もしもこの違和感の正体が綴の思っている通りならば、その事実は自分にとって辛い現実でしかないとわかっているからだ。

 

「それは、()()()()()()()()()3()()()ですか?」

 

 これが本物の夏油なら、去年の1度も合わせ4度目と言うのではいか? もしも今年からのことだとすれば、と自身を納得させたい気持ちを抑え込んで尋ねる。

 

「………」

「俺は去年、1度夏油さんに勧誘されて、断った。夏油さんはわかってくれたから、こうやって勧誘されている事に違和感を覚える。俺は頑固だってあの人知ってるから、諦めたなら、もう……しないはずで……それに、吉野順平(呪術師)を夏油さんなら見殺しには……」

 

 綴は少し俯く。

 

「アンタ、誰だ(・・)?」

 

 信じたくないから違和感から目を逸らした。その結果がコレだ。

 

「私は夏油傑だよ? いったいどういたと言うんだ綴、顔色が悪い」

 

 夏油が綴に手を伸ばすが、綴はそれを叩き落とす。

 違う、この人は違う。決定的になったのはそう、ここに来て1番大きな違和感。

 

「夏油さんなら、五条を()()()()()()()()()

 勝つために囮を使って相対するのを避けるのはあるだろうけど、封印はきっとしない。夏油さんにとっての五条は、そういう人だから」

 

 違うと言って欲しい。本当は自分の推理が外れていて欲しい。

 でも、夏油と五条の関係というのは綴が嫉妬するほどのものだった。それを間近で見てきた綴は、今この状況を見てこれは夏油らしからぬ行動だと判断した。

 

「もう1回聞くぞ……手前は誰だ? なんで夏油さんの身体で動いてんだ?」

 

 それを聞いて、夏油は溜め息を吐いた。

 

「五条悟といい君といい……正解(・・)だ、甘菜綴」

 

 ニッコリと笑う彼はどう見てもよく知る夏油なのに、夏油ではない。その事実が綴の心を酷く乱したが、予想できたことだ、とすぐに心を整え拳を構える。

 

「もっと早く気付いていれば、五条悟は封印されなかっただろう。吉野順平とその母親も死ななかっただろう。この渋谷で多くの人間が死ぬことはなかっただろう。全て君が招いたことだよ、甘菜綴」

「だからここに来たんだ。俺がしでかしたことは俺が落とし前を付ける」

 

 自分が今回の戦犯だということは自覚している。だからここにはその責任を果たしに来た。

 

「夏油さん今助けますんで、そこ……()()()()()()()()()っ!」

 

 綴は彼の顔面を殴る。

 彼はそれを避けようとした。したのにも関わらず、身体が動かなかった。この感覚には覚えがある。五条と会話していた時にも夏油の肉体がひとりでに動き、自身の首を締めた、それと同じ。

 

──それほどまでにこの子供が大事か、夏油傑!

 

 殴られたことで彼は大きくふらつく、綴はそれを狙って今度は頭に向かって回し蹴りを放つ。

 

「その頭、気になンだよ……そこだな? 手前がいるのは」

 

 彼の頭を両手で固定すると膝を顔面に蹴りこんだ。

 

「くっ」

 

 綴の武器(体術)は甘菜呪流体術だけではない。夏油と五条の体術、それぞれを間近で見て学び、同時に直接教えられてきた。

 

「おら、出てこい、そんで返せ。夏油さんの身体を返せ」

「その夏油傑の身体がボコボコになっているが?」

「は? 何言ってんだ、夏油さんなら許してくれる。

 出てこねぇなら、引きずり出すぞ」

 

 その自信はどこから湧いてくるのか。いや、身体が未だに動かないということはそういうことなのだろう。

 

──このままでは本当に引きずり出されるな。

 

 これが死にかけた人間の力か?真人が苦手になるのもわかるような気がする。この青年は容赦がない、敵には勿論だが自分にもだ。だから身体を酷使することも厭わないし、それが当たり前とすら思っている節がある。

 

「甘菜呪流体術・二ノ型牡丹」

 

 綴はまた頭を狙ってくる。まさか自分の師にもここまで容赦がないとは。

 

「三ノ型……っ」

 

 不味い、それをくらうわけにはいかない。そう思っているのに身体が動かない。

 

「松葉!」

 

 激しい痛みが身体を駆け巡る。

 

 

 

 甘菜家は負け続けてきた、蔑まれたてきた。五条家に、禪院家に、加茂家に。御三家にもなれない、使い勝手がいいだけの極めれば誰だってその域に達することの出来る呪流という術式。

 

 だが諦めなかった。その結果生まれたのが呪流体術、その三ノ型松葉。巨大な力に弱い力で対抗する、どんなに優れた呪術師でも五条以外は松葉からは逃げられない。

 

 そして松葉を扱うために、呪力のコントロール力がいる。相手よりも強く呪力を流せば松葉は破綻する。しかし弱すぎてもいいわけではない。相手の呪力に揉み消されない弱さでないと松葉は成立しない。そのコントロールを円滑にするために、術師の集中力は必須なのだ。

 

 そしてそれを極めたのが先代当主・甘菜紬であり、その教え子が特級呪術師となった、それが甘菜纜栄。この時、特級呪術師を排出できていない禪院家と加茂家に、甘菜家は下克上を果たしたのではいかと呪術界では囁かれ、呪流術は見直されることとなった。

 

 

 

 

 

「だというのに、綴は五条悟に教えを乞いているらしい」

「何を考えているのやら?」

「恥知らず」

「恩知らず」

「禪院家、加茂家の次は五条家だ」

「味方ではない」

「敵だ」

「五条悟は敵だ」

「言うことを聞いていればいい」

「それがお前の幸せだ」

「お前の兄はここに沢山いるだろう?」

「何故五条悟などに親愛を向ける?」

 

 

 

 

 

──五月蝿いっ! 

──俺の幸せは俺が決める、手前らじゃない! 

──夏油さんと五条が俺の兄貴だ、手前らじゃない!

──俺が大好きなのは……かっこよくて、強くて、色んなことを知っていて、俺をこの地獄から救ってくれた、優し過ぎた夏油傑だ!

──いつもヘラヘラして、軽薄で、子供ぽくて、でも俺を大切にしてくれる、本当は寂しがり屋の五条悟だ!!

 

 

 

 

 だから守りたい。

 

「もう一発!!」

 

 まずはこの男から、綴は夏油を守りたい。そのつもりでまた松葉を放つ。

 

「出ていかねぇなら、何度でも、やってやる! オラ、出てこいよ、出てきたら、存分に殺してやっから!」

 

 息が上がってきたというのに、綴はニヤリと笑っている。これは虚勢でも何でもなく、心の底から彼を蔑んでの笑みだ。

 

「全く、面倒な師弟だ!」

 

 それを合図に、綴の元に何かが飛んできた。それをすかさず綴は編んだ糸で防ぐ。

 

「ああ……そう言えば、そうだったな」

 

 綴の前に現れたのはおかめの面をした四つん這いでボロボロの十二単を纏う子蜘蛛だった。

 

「蜘蛛って形じゃねぇなぁ……俺も大して変わんねぇか」







Q アナタにとって五条悟とは?

「なに、これ答えねぇとだめか?
 五条……性格がクソ。昔ほどじゃねぇけど。

 は?もっと具体的に?俺以外の奴も具体的に言ってねぇだろ?

 …………他の奴とは五条のこと最強とか言ってたけど、そんな事ないと思う。強いけど、やっぱり人間だし、どっかしら弱点はある。

 心配になる人、だな。うん。1人だと絶対に自滅するタイプ。夏油さんがいて本当に良かったよ。

 え?言いたいこと?
 おい何だこれ、公開処刑か?
 笑うな手前ら!後で手前らも言えよ!?

 ……そんなこと言えるか!

 ……………ダイスキダヨ。
 ほら、言ったぞ、約束通り全員デコを出せ!」



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43話

子蜘蛛と戦うとなると、動けない彼を相手にするよりも周りに被害が出る。ここにいる一般人を巻き込む訳にはいかない、しかし彼をこの場に放置する訳にもいかない。だが、優先するべきものは子蜘蛛だ。

 見たところ五条を封印した獄門疆はまだ情報を処理できず、動かすことができないようである。加えて自身が食べた子蜘蛛の数は52匹、つまりどんな子蜘蛛にも有利が取れる数だ。それならば速攻でカタをつけて戻ってくることも恐らくは可能だろう。

 

──仕方がない。

 

 綴は一般人が巻き込まれない退却ルートを一瞬で見つけ出すと、そちらに向かって駆ける。

 

「五条! 後でまた来るからなぁ!!」

 

 聞こえていないのはわかっている。それでもそう叫ばずにはいられなかった。絶対に次は助ける。綴は子蜘蛛から人を守るためにこの場を退却しなければならないが、情報を処理される前にもう1度この場所に戻り彼から獄門疆を引き離す。

 

──やり方は無茶苦茶になるだろうがな。

 

 今はとにかく、すぐ戻ってこれるような広い場所へ向かう。

 そうして綴と子蜘蛛の姿が見えなくなると、彼は安堵とも取れる溜息を吐いた。

 

「子蜘蛛がもう少し遅ければ、どうなっていたのやら?」

 

 

 

────────────

 

 

 

「伏黒、どう思う?」

「先輩のことか?」

 

 帳を破る方法を探る虎杖、伏黒、そして猪野の話題は綴のことになる。

 

「あの人が五条先生を裏切ることがまず想像できないな」

「綴先輩、五条先生のこと大好きだもんな。

 伏黒がそういうなら俺も自信出てきたわ」

 

 虎杖も伏黒も、綴が内通者である可能性は無いだろうと感じていた。

 まず、綴が裏切るのであれば虎杖や伏黒達を鍛えるようなことはしないだろう。

 

「綴って……あの(・・)甘菜綴のことだよな?」

「あの甘菜綴です」

 

 話を聞いていた猪野はなんとも言えない微妙な顔をしている。

 

「それ本当に俺の知ってる甘菜か?」

「?」

「どういう意味っすか?」

 

 猪野の言っている意味がよくわからず尋ねる。その問いに少し悩んでから猪野は答えた。

 

「俺、アイツとまともに話せたこと無くって」

「先輩はほぼ初対面の人にはそんなんですよ?」

「いや、俺と甘菜、結構()()()()()()()()()()

 

 え?と言ったのはいったい誰だったのだろうか。2人とも一緒に言ったのかもしれない。

 

「ちなみにアイツが1年の頃から知ってる」

「え、ちょっと聞きたい」

「お前ら本当にアイツのこと尊敬してんだな」

 

 露骨にソワソワし始める虎杖と伏黒に若干引きつつも、猪野は綴のことを思い出す。

 

「二言目には「ニット帽毟る」だったな」

「綴先輩になにやったんすか!?」

「俺がやったの前提かよ! してない、初めっからそんな態度! 本当に可愛くねぇ後輩だな、アイツ」

 

 初めて会った時はそう、後輩の尾上小町(・・・・)に紹介された時だった。

 尾上がいるときは素直な後輩の鏡のような態度をしているのに、その尾上が席を外すと豹変した。話しかけるなオーラを放ち、こちらを睨みつけてくる姿は事前に尾上と聞いていた話と全く違っていた。

 尾上にそのことを言うと、初対面の人にはそんな態度らしい。これが呪霊が見えない人間になるともっと酷くなるのだとか。

 しかし尾上よ、自分はもう割と綴と会ってそれなりに経つのに未だに軟化しないんだが?むしろ日に日に態度が辛辣になっているんだが?

 いくら考えても綴の猪野への態度についての答えは出なかった。まあ、話しかけたら話しかけたらキチンと返事を返してくれるのでまだマシなのだろうけれど。

 あの綴の手網を持てたのは尾上だけだった。猪野はもうこの世にいない後輩に思いを馳せる。

 

「尾上の言うことは聞くのになぁ……」

「尾上って?」

「俺の後輩で……甘菜の1つ上の先輩だよ。甘菜はアイツの言うことは聞くって高専でも有名だったよ。ま、尾上はそれだけ人徳者だったし甘菜が懐くのも無理ないんだろうけどな。

 そういえばお前ら甘菜に飲み物とか奢って貰ってんのか?」

 

 虎杖と伏黒は何故そんな質問をされたのかわからず首を傾げるが、猪野の問いに頷いた。

 

「………そっか。甘菜も先輩(・・)になったんだな」

 

 猪野はしみじみと思う。

 尾上に自分にもしもの事があれば綴のことを気にかけて欲しいと言われた。それが尾上の命日と近かったため、猪野にはそれが尾上の遺言だと受け止められた。

 そして綴が誰かに飲み物を奢る、という行為はかつて尾上にしてもらっていたことで、今度は綴が自分の後輩に奢るのだ、という話も聞いていた。ちなみに、誰が見ても炭酸ジュースを受け取る時の綴の顔は引きつっていたが、尾上は気が付かなかったようである。苦手だと言わず、喜んで受け取る綴も綴だが。

 

「よし、甘菜の話はこれが終わってからいくらでもしてやるよ!」

「本当ですか!?」

「っつっても、任務の時と街中でばったり会った時の事とかしかねぇけど」

 

 どんなに生意気な後輩でも、尾上に向けるあの(・・)眼差しを見ていれば嫌悪も軽減されるというもの。むしろ可愛気もあるのだと関心した。

 猪野は綴が尾上に好意を抱いていることを知っていた。それを確信したのは綴が七海に尾上のことを相談していたのを偶然聞いてしまったからなのだが。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

「今なんか無性に猪野のニット帽毟りたい」

 

 人が少なく広い場所を見つけ、綴はそこで子蜘蛛を迎え撃つ。しかし人が少ない、と言うか人がいないことに違和感を覚えながらも綴は構える。

 

「……さて、やるか」

 

 子蜘蛛が複数体……5匹いることを確認して気を引き締める。子蜘蛛が徒党を組む、ということはほぼ有り得ない。それだけ綴が警戒されているということになるが、どういうことは無い。

 

「1匹につき3分以内だな。それ以上は割けない」

 

 確認するかのように綴は呟く。

 ケタケタと笑う子蜘蛛を見て不快に思う。ここにいる子蜘蛛は全て綴や他の呪術師が1度捕まえたものがほとんどだ。綴の子蜘蛛の数は52匹、もち丸は5匹、そして目の前にいる子蜘蛛の数は合計でおそらく43匹。今までで1番多く、そしてこれまで捕まえてきた子蜘蛛と比較してそうだろうと綴は感じ取る。

 43匹、つまり残りの子蜘蛛がここに集まった、ということになる。

 

 子蜘蛛の1匹が、糸で出来た弾丸を口から飛ばす。

 綴は糸で編んだ盾でそれを防ぎながら走る。子蜘蛛の群れに突っ込むと、弾丸を飛ばした子蜘蛛に飛びかかり、その口の中に左腕を突っ込む。

 

「甘菜呪流体術・五ノ型 散り菊」

 

 口の中から腕を抜いて、すぐにその子蜘蛛から離れる。すると子蜘蛛の頭が膨れて爆発する。

 それを見た周りの子蜘蛛はわかりやすく狼狽えた。

 

 五ノ型 散り菊。

 イメージは風船。自身の呪力は風船に入れる空気である。それを一瞬で任意の場所に吹き込み爆発させる、必ず確実に殺すための技である。

 

 血が吹き出て、それがまるで菊が舞う様とよく似ている。それを全身に浴びる子蜘蛛とは対照的に、綴は筒から取り出した番傘をさして余裕そうな笑みを浮かべる。

 

「夏油さんがいない、五条もいない、守るべき人間もこの場にはいない………つまり、()()()()()()()()()()()()ってわけだ」

 

散り菊を使わない

 

 呪流術の縛りは約束だ。誰かと誰かがする約束ではなく、自身が自身に課す約束。

 その量に比例して呪力の出力は落ちる、その代わりに身体は頑丈となり、怪我も直ぐに治る。攻撃に回す呪力を回復、防御に使う。

 それを破るということはその逆が起きる。その量に比例して呪力が多くなり、代わりに回復力と防御力が下がるのだ。

 

「1匹残らずもう1度捕まえてやるよ、覚悟しろや」




勘のいい人なら尾上先輩の好きな人がわかるはず。


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44話

展開が早いとか、戦闘描写が拙いけど気にしない。


 あまりこういうことを誰かに言いたくはないが、綴は呪力がなければ非力である。体力もほぼない。

 

 子蜘蛛になってからは身体の造りがほとんど変わり、今まで夏油に教えてもらっていたことが全て無駄になるのではないかとさえ思っていた。

 

「それは違うぞ」

「………そうなの?」

 

 呪流体術を綴に教えたのは義兄の絃栄である。

 綴の身体は以前のように思うように動かない。造りが変わった身体に綴がついていけていない。いや、これについて行こうとしようものなら、子蜘蛛に引っ張られてしまうだろう。未だに綴が子蜘蛛に飲み込まれない理由は分かっていないため、下手なことはできない。

 

「呪流術は人に流すことを主軸にしている。だがそれを己の中で流すことで、強い身体を造り上げることは可能だ」

「…………えと、今までの応用をすればいいってこと?」

「そうだ。但し強すぎても駄目、弱すぎても駄目だ。

 呪力操作は基礎の基礎、できていることを前提で話すがいいな?」

 

 絃栄の問いに綴は頷く。

 

「これからお前は呪力に頼りきって生活を送る。

 その中で、流す呪力が強過ぎるとその分呪力を消費することになり、いざと言う時に動けなくなるだろう。逆に弱すぎると、単純に動けなくなる」

 

 綴は自身の手のひらをジッと見つめる。

 

「歳を追うごとに、そして子蜘蛛を食べるごとに、お前は子蜘蛛と身体の主導権を取り合うことになる。そうなれば身体はもっと思うようには動かなくなる」

 

 それも子蜘蛛に全て身を委ねれば楽になれる。しかし綴はそれを決してしない、なぜなら自分を失うことはもうしないと五条と約束したからだ。

 

「それと同時に縛りを作る。呪流術の縛りは己が己とする約束だ。それで少しでもお前の身体を丈夫にする」

「わかった」

「さて、まず初めの約束は……」

「絃栄さん、もう決めてるよ」

「……そうか、なら言ってみろ」

 

──ここに帰ってくる前に五条に言われたこと、絶対にこれだけはしてはいけないと言われたこと。

 

・子蜘蛛に己を差し出さない。

 

 それが1番最初の約束だった。

 

 それからはある意味辛い日々。でも前よりはだいぶ楽。絃栄と、彼と直接的な血の繋がりのある六男とで毎日ズタボロにやられた。今では六男には勝てるようにまで成長でき、甘菜家で4番目に強いのではないかと囁かれるようになっていた。

 甘菜家は喜んだ。子蜘蛛に唯一対抗できる存在としても上層部から期待の掛かる綴の成長は、きっと甘菜家の更なる発展をもたらすと誰もが思っていた。

 だが年々綴の身体は弱っていく。食るという行為ができないから筋肉もなかなか付かない、そのせいで呪力がなければ綴の握力は甘菜家でも最下層に属する。確かに綴は強い、しかしそれは呪力がなければ成立しない。

 

 小学生もいよいよ終わるという頃、綴は本家で学ぶことが無くなり、長男の纜栄からの圧に耐えかねて中学に進学すると本家に黙って埼玉へ移り住んだのであった。

 が、日々の鍛錬と比較的口が悪い兄弟達などなどにもまれ心がすり減った綴はこの頃既にグレていた。更に絃栄の口調が移ってきていたので、久々に綴と会った五条は大変ショックを受けていたという。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 話が脱線したが、綴にとって呪力は生命線。無くなればそこで力尽きてしばらくは起き上がることができない。それは非常にまずい。目の前にいる子蜘蛛を倒したら次は五条を救出しに行かなければならないのに、こんな所で倒れている場合ではない。

 

 綴は子蜘蛛に飛びかかり頭を潰す。頭が潰れたからといって完璧に祓ったことにはならない。だがとりあえずはこれでいい、頭が無ければまともには動けない。行動不能にしてしまえば後でどうにでもできる。ここで食べては駄目だ。ただでさえ食べた数が50匹を超えているのだから、これ以上は自分でもどうなるか予想ができない。

 

──あと3体!

 

 綴は次の子蜘蛛の頭を掴むと地面に叩きつける。

 その隙を着いて、後ろから子蜘蛛が迫ってくるのを感知した綴は、地面に叩きつけた子蜘蛛を蹴りあげて目くらましに使うと、蹴りあげた子蜘蛛の下をくぐり抜けて子蜘蛛の顎に牡丹を流す。その子蜘蛛の背後へまわると、そのまま首を絞めて捻り、首を折る。

 

──あと1体!

 

「どうしたぁ!? こんなモンで俺を食う気だったのか!?」

 

 最後の1体に向けて挑発的な笑みを浮かべ、そちらへ向かって走る。

 散り菊を解禁し、呪力の総量も増した。加えて圧倒的に食べた子蜘蛛量では綴に敵わない。

 残りは1体。1体にかける時間は3分が限度だと思っていたが、それよりも早くことが終わってしまいそうだ。綴が子蜘蛛に向けて攻撃しようとする。

 すると後ろから何かが飛んでくる気配を感じ取り、糸を編んで作った盾を出す。

 

 綴が見たのは白い杭(・・・)

 それが盾をブチブチと破っていた。

 

「………これ、は……っ」

 

 思い出すのは、あの虫かごと………父親(・・)

 

 綴の左眼に深く杭が突き刺さる。

 

 

 

 

 

 

 

──「ごめんね、気が付かなくて。もう大丈夫、安心して」──

──「……あのね、おばあちゃん。ぼくね、父さんをいい子で待ってるって約束したの。いい子で待ってたの、お外にも出なかったよ? だから、父さん、帰って来てくれるんだよね?」──

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、あぁぁああああぁぁああ!!?」

 

 左眼に走る激痛に、綴は思わず絶叫し蹲る。

 綴に痛みはほぼ通用しない。鈍痛になったからこそ痛みには異常に強くなったが、これ(・・)は別だ。

 左眼に突き刺さった白い杭を掴むとそのまま引き抜く。しかしその頭上から子蜘蛛の拳が綴を襲う。

 

「クソがっ」

 

 白い杭を掴んだまま綴は転がるようにして拳を避ける。

 地面は抉れ、まともにくらっていれば大きなダメージにはなっていたであろう。

 

 それよりも、そんなことよりもだ。

 残った右眼でこの白い杭を投擲した相手を探す。左眼は既に血が止まっているが、この分では機能することはもう無いだろう。

 白い杭が投げられたであろう場所を見ると、そこにあるのは1番最初に散り菊で頭を潰したはずの子蜘蛛しかいない。だが、その子蜘蛛の腕が動いたと思うと、起き上がる。頭は元の形に戻ってしまっていた。

 

──反転術式!?

 

 ありえない。5体全部で43匹だとしても、均等にして1体はだいたい8匹しか食べていない計算になる。もち丸より少し多い程度。だというのに何故反転術式が使える?たとえ呪霊だとしても8匹の3級程度の力しか持たない子蜘蛛が何故?

 

「………違う、5体で43匹なんじゃない。4()3()()()5()()5()()()1()()だったか!」

 

──どういう原理だ?分身?これがこの子蜘蛛の特性か?

 

 だがそうとしかこの状況、説明ができない。

 

「まて、1体が反転術式を使えるようになったってことは……」

 

 肉が潰れ、膨れるような音が聞こえる。それと同時にケタケタと綴を馬鹿にするような笑い声も聞こえる。

 次々と子蜘蛛が反転術式により元の形を取り戻し、それぞれが白い杭を手に持っている。

 

──やばい。

 

 1体が綴に白い杭を突き立てようと向かってくる。

 それを綴が左眼から引き抜いた白い杭で食い止めるが、後ろから迫ってきた子蜘蛛により後ろから白い杭で背中を刺される。

 

「────~~~っっっ!!!」

 

 あまりの激痛に意識を飛ばしそうになるが、目の前にいる子の頭を左手で掴んで後ろにいる子蜘蛛にぶつける。

 背中に刺さる白い杭を引き抜き、筒の中へ入れる。

 

「………はっ。まさかこんな所で見つけるとはな。

 ()()()()()()()()()()()()()。全部返してもらうからな」

 

 血は止まったが、出る量が多すぎた。貧血を起こし目の前が霞んで良く見えない。

 それどころか、子蜘蛛の頭を掴んだ時に、左手の中指と薬指そして小指を食われた(・・・・)

 

──動揺しすぎだろ、俺。判断ミスった。何匹持ってかれた(・・・・・・)? だいたい5匹か、まだその程度で良かった。

 

 だが、これで綴の子蜘蛛の総数は47匹。あちらは48匹。1匹の差だが、それだけで優劣が逆転する。

 白い杭を見つめながら、綴は舌を打つ。

 

──こんなモン、あの野郎(綱治)が作らなけりゃ、こんなことには。




【現在の綴の状況】
・怪我
 左眼破損、背中右下部から大量出血、左指の欠損(中指・薬指・小指)
・状態異常
 幻覚、幻聴、視界の霞、聴覚過敏、左二の腕亀裂
 (比較的暗い場所のため、光過敏はある程度押さえられている)
・子蜘蛛の数
 47匹


 割と酷い状態だった。ごめん綴。


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45話

最近、思いっきりグロくしたせいなのかお気に入りがめっちゃ減りました。なのであらすじにグロ等その他についての注意書きを書かせていただきました。
これからもめちゃくちゃやってると思いますが、最後までお付き合いして頂ければ幸いです。

こんだけ好き勝手やってるのに未だに評価、お気に入り登録してくださっている方々には本当に感謝しかありません。いつもありがとうございます。


 白い杭の原料は人骨だ。それに用いた人間と関係が深ければ深いほど効果が出る。これによって尋常ではないほどの傷や痛みを綴は負っていた。綱治が作った当初は(子蜘蛛)を制御するために、綴の痛みに対する抵抗力がどこまであるのかを調べる為に作られていた。というのは口実で、本当は泣き叫ばなくなった綴が気に入らなくなったからが本音だろう。

 この白い杭は綴の父親の骨からできている。

 初めて知った時は絶望したし、こんな姿になった父親にできることが何も無く、ただただ泣きながら謝っていた、ように思う。というのもその時の記憶が曖昧なのだ。

 

 五条に尋ねてみれば、「思い出さなくていい」「何か不安になるような事があったのか」と笑顔であるはずなのに怖いと思ってしまう顔で言われてしまったので、綴は五条を安心させるためにそれ以上何も言わずに首を横に振った。

 この人は自分が良い子でないと安心ができないのだ。と思うようになったのはいつだったか。

 

 それから数年後、然るべき場所に埋め直した父親の遺骨でできた白い杭が盗まれた。これには綴も大激怒し、子蜘蛛を祓うことと並行して(というか優先して)白い杭を集めていた。白い杭は全部で20本、綴が集めた数は8本だ。

 白い杭を集めるためにできた筒は、今では別用途でも使えるように綴が大改造することになった。五条はそれが気に入らないようだが綴自身は大満足だった。

 

 

 

 そんな白い杭(父親)が呪霊に勝手に使われているという事実が綴の怒りを助長させていた。だが決して熱くなるようなことはない。頭は冷水を浴びせられたように冷静である。

 

──さて、どうするかな。

 

 この場は明るさがある程度抑えられているため、綴にとっては好都合な場所だ。だが広さがある。それでは5体が同時に攻撃してくる。ほぼ子蜘蛛が同等数の5体と同時に戦うのは非常に勝てる見込みが薄い。

 

──かといって無闇矢鱈に逃げててもな……それこそ勝てないし、そこに一般人がいれば大変なことになる。

──……………。

──いや、まともに相手をする必要なんてない。

 

 筒の中から白い杭を取り出す。

 

──ごめん、今は力を貸してほしい。

 

 綴が思い出すのはあの虫かごでの出来事。鮮明に思い出している訳では無いが、アレと似た状態を造ることは綴にもできるだろう。

 

──それが一時的な足止めだとしても、効果はある。

──その間に、アイツらから何匹か食う。それしか勝つ方法が見えてこない。

 

 ふぅ、と綴は目を瞑り息を深く吐く。子蜘蛛はそれを見て、好機と綴に襲いかかるが綴は右手に持っていた白い杭を子蜘蛛に突き立てた。

 

 悲鳴が子蜘蛛から上がる。

 

「まあ、俺を食って自分の一部にしてんだから当たり前だわな」

 

 たとえそれがたったの5匹だとしても、少しでも綴であった部分が子蜘蛛に渡ることで白い杭の効果は子蜘蛛にも有効となった。

 白い杭を深く突き刺すと、また筒から白い杭を取り出して次は後方から襲いかかってくる子蜘蛛に白い杭を投げて突き刺す。杭が突き刺さった子蜘蛛に飛びつき、杭を飛びついた勢いを利用して、足で杭をこちらも深く突き刺す。

 子蜘蛛の腕の1本を引きちぎり、なんの躊躇もなく口の中へ放り込む。ブチブチと鳴る肉の感触とそこから溢れてくる血が喉を潤し、腹を満たす。そして約束を1つ破る。

 

呪霊との戦闘時、筒を地面に下ろさない。

 

 綴は筒を肩から下ろす。地面とぶつかる音でこの筒が常に持ち運ぶには普通ではない重さをしていることがわかる。重さはだいたい大人2人分、呪力を流して形を変えてもその重さは変わらない。

 しかしこの筒を下ろして戦闘をおこない、もしも(・・・)筒から離れてしまうことにより、別用途で使われる能力の発動にタイムラグが発生してしまうために設けた約束だ。

 

 しかしそんな呪力を上げた綴を見て子蜘蛛は逃げを選択した。

 2匹は白い杭が身体に突き刺さりバタバタと暴れていたが、だんだん大人しくなってきている。どうやら、白い杭に貫かれたままなら反転術式を持っていたとしても傷を治すことはできないようだ。それに加えて白い杭に綴自身の呪力を流しておいたのでこれで抜けにくくなっているはずだ。

 

「逃げてんじゃあねぇぞ、クソ蜘蛛共」

 

 綴は逃げた子蜘蛛を追いかけて走り出した。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 虎杖悠仁は綴を兄のように思っている。口の悪いところは何となく虎杖の祖父を思い出させるため、余計に親近感が湧いていまう。

 誰よりも強くて優しい人だ。自分が間違ったことをしない限り、絶対に味方になってくれる、そばにいてくれる心強い兄だ。

 

 だから綴が内通者である可能性を示唆された時はそれをすぐに否定した。

 

「甘菜綴が攻撃を受けていル!」

 

 ミニメカ丸から綴が呪霊から駅構内で攻撃を受けていると聞き、虎杖も伏黒も急いで帳を解呪しようと、帳を守る呪詛師との戦闘を開始する。

 しかし、呪詛師は手強く彼が使う呪術の正体を見破らなくてはまともにダメージを与えることはできないだろう。

 

「甘菜綴……確か数年前まで懸賞金がかけられていたな」

 

 呪詛師の男、粟坂はニヤリと笑う。

 

「今は取り下げられたが……甘菜家前当主の息子であの五条悟のお気に入りだ。奴らに恨みを持っている人間に狙われるのは当然だろう」

 

 粟坂自身もそのうちの1人だった。

 死体となった綴を五条に見せつければ、その時の絶望した顔を見ることができればどれほど気持ちが晴れることか。きっと懸賞金をかけられていなくても、それだけで綴の命を狙う呪詛師は多くいた。ちなみに、綴が子蜘蛛であることは1級呪術しから上の等級の人間のうちでも僅かにしか伝わっていない情報であるため、呪詛師が綴が子蜘蛛であるということは知れ渡っていないのだ。

 綴は狙われた分強くなっていった。1人では無理だと判断し、徒党を組んだ呪詛師は綴を殺しに行く前に、何かがあったようで尽くその前に諦めていた。その後ろには長髪の坊主がいるとか何とか……そこは噂なので粟坂にも詳しいことはわからない。

 

「綴先輩は強いから、そこら辺の呪詛師には負けねぇよ」

 

 何言ってんの?と虎杖は強い口調でそう言ってのけた。

 虎杖と伏黒が急がないと、と思ったのは早くも帳の中に入りもう戦闘を開始している綴と合流するためで、決して綴が押されているなどという考えではない。

 

「早く先輩と合流して五条先生の所に行くぞ」

「先輩と合流できるなら、なんか安心するな」

 

 それを聞いて粟坂は開いた口が塞がらない様子だ。

 虎杖と伏黒の様子はワクワクしているようだった。一緒に任務を受ける回数は2人ともまだ少なく、もっと綴を見て学びたいと思っている2人からすればこれは絶好の機会である。最近はマツリに付きっきりになることが増えていたから余計にだ。

 

 そうと決まればやる気は更に増すというもの。虎杖と伏黒は綴と早く合流するために粟坂の術式攻略を始めるのであった。




また停滞してきたなー、ギャグ書きたいなー……よし、こんな時は番外編アンケートだ!

前回と同じで順番決めです。
アンケートに書かれている番外編は全てやります。

①東堂と任務へ行った時の話
②綴を語る原作キャラ達
③綴12歳、伏黒10歳


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46話

「っし、3体目」

 

 綴は逃げた子蜘蛛の1体白い杭で突き刺すと、子蜘蛛の腕を1本ちぎり取り口の中へ放り込む。するとどうだ、世界がぼやけて見え始めた。だがその代わりに光の感知であまり見えていない視界を補う。それに加えて視覚情報がすぐに脳に伝わってくる。視覚情報の伝達が早ければ、その分動きも早くなる。

 ポタリと鼻から血が出る。身体が急激な変化に耐えられないと悲鳴を上げる。だがそれ以上に自身が興奮していることがわかる。ボロボロになる身体も気にならないほどに気分はここ最近で1番いいと言えるだろう。

 

子蜘蛛数・56匹

 

 もう半分以上が人間では無くなっている。

 予定していた子蜘蛛との戦闘時間はとうに過ぎた。何かをしなければいけないと思っていたのに、今はそれよりも子蜘蛛を貪り食いたくて仕方がない。だがダメだ。それでは五条との約束を破ることになる。

 

「………あ、そうだった。思い出した。五条の所に早く行かねぇと……」

 

 しかし子蜘蛛を無視しておく訳にはいかない。子蜘蛛が人間を食べる可能性が全くのゼロではない。

 子蜘蛛の栄養源は同じ子蜘蛛だが。人間や他の呪霊は子蜘蛛が食べることができない時の苦肉の策。人間が食べ物がない時に水で腹を膨れさせるのと一緒だ。それで幾ら生き延びることができていても、いつかは限界が来る。終わりのない飢餓は子蜘蛛を狂わせるには充分だ。

 

──本当なら、もち丸みてぇに契約術師から呪力を貰えたら1番良いんだろうが……。

 

 呪霊操術を扱えるマツリからもち丸は呪力を貰って腹を満たしている。子蜘蛛が生まれた千年前は術者から呪力を貰い契約を結ぶことを想定していた。マツリともち丸の関係は、三十蠱毒の本来あるべき姿である。

 しかしそれが簡単にできるかと言われたら、綴は無理だと答えるだろう。子蜘蛛は基本的に人間に支配されることを拒む。どんなに飢餓から逃れられる方法の1つだとしてもだ。それだけ、己達を呪いへ転じさせた人間という生き物への恨みは凄まじい。

 

 今、捕まえた子蜘蛛を全て食べてしまうと本当に呪霊と成り果ててしまう。そうなった時、自分がいったいどうなってしまうかは綴でもわからない。きっと、碌でもないことが起きるのだろうというぼんやりとした想像でしかその先を予想することができなかった。

 

「ゲホっ」

 

 息が苦しくなり思わず咳き込むと、手のひらに血が付着した。今までで見たことの無い量の吐血。だというのに身体に倦怠感は感じられない。その逆だ、身体が軽い。

 潰れた左眼側を執拗に攻撃してくる子蜘蛛だが、この時綴は最盛期であった高専1年であった頃の感覚に戻ってきている。呪力を使わなくても綴の身体は思うように動いてくれる。こんな感覚はいつ以来だっただろうか。

 

 

 

......................................................

 

 

 

【1年前・呪術高専】

 

 綴は足を滑らせて階段から落ちた。

 その事実に呆然としながら起き上がろうとしてみるも、腕や足に力が入らない。声を出そうとしてもそれは意味の無いか細い声となるばかりだった。

 運悪く、この階段には人が近寄らない。

 

「こんな所で何やってんの?」

「…………」

 

 声色はいつもと同じ、しかしその表情はどことなく焦りが見えた五条が綴を探し出すまで、綴はずっと階段の下で倒れていた。

 

「綴?」

「…………」

 

 声が出ない、身体が動かない。それすら伝えることができない。

 五条は何も答えず動かない綴の四肢を持ちゆっくり動かして正常かどうかを調べていく。

 結果は問題なし。折れているわけでも脱臼しているわけでもない。肺や喉にも異常はない。

 

「綴、ちょっと我慢しててね」

 

 そう言うと五条は綴を抱き上げて急いで家入の所まで走った。抵抗はしたくてもできなかったが、不思議と悪い気にはならなかった。

 

──なんか、こういうの懐かしいな。

 

 

 

 

「硝子〜、ちょっと綴診てあげて〜」

「今度はどんな無茶を……」

 

 綴を抱き上げたまま、五条は器用に医務室の扉を開ける。

 家入は、また綴が任務か何かで無茶をしたのだろうと思ったが、五条に抱き上げられている綴を見て考えを改める。

 

「何があった?」

「僕もよくはわからない。綴が見えないから探しに行って階段の踊り場で見つけた」

 

 その時にはもうこの状態だった。

 

「外傷は頭のたんこぶ以外特にないな」

「まさか階段から落ちた?」

 

──その通りだよコノヤロウ。

 

 とは今は言えないので少し表情がムッとしただけだが、長年の付き合いにより意図は五条に伝わったらしく軽く謝ってくる。

 

「五条、通訳しろ」

「わかった」

 

 綴の表情を見て何を言いたいか完璧でないにしろわかるのはこの場に五条しかいない。

 

「綴、どうして階段から落ちた?」

「………」

 

──わからない。急に身体に力が入らなくなった。

 

「……わからないみたいだよ」

「呪力の操作はどうだ? どちらの呪力(・・・・・・)も操作できるか?」

 

 試してみると、どちらの呪力も操作することがままならない。何も出来ない。このままでは本当に、どうすることもできない。

 

「……できてない? 綴、お前から呪力操作と体術取ったら何が残るんだよ」

 

 とりあえずこれが治ったら五条はぶん殴る。いや、確かに五条に稽古を付けてもらうと「呪力操作と体術以外は平均って感じ」等とダメ出しを受けることが多かったが。

 しかしこの状態は本当にヤバい。もしも甘菜家、もしくは上層部にこのことが知られでもすれば「綴を引き渡せ」という命令を出すに決まっている。

 綴は自分で戦い自分で子蜘蛛を捕まえるとそう宣言していたからこそ、甘菜家も上層部もそこまでの圧力を綴にかけてこなかった。しかし綴が戦えなくなったらその時は……。

 

──どうしよう。

 

「そう不安な顔しなくていいから。どんなことがあっても僕がいる」

 

 五条が思い出すのはあの虫かごだ。綴がまるで本当に虫のように飼育されていたあの場所。あそこで綴は子蜘蛛を何匹も与えられていた。生体にして早く先人達が(したた)めた方法で子蜘蛛を祓ってしまいたいのが上層部の考えだったからだ。

 

 綴がこのまま動けず戦えなくなったら、きっとまた綴は甘菜家の繁栄の為に虫かごで人権もないような扱いを受け、臆病な上層部によって子蜘蛛を食わされ最期に諸共殺される。

 

 仕方がなかった犠牲だと。最後の三十蠱毒を祓ったのは我々の判断の賜物だと。甘菜綴は快く協力してくれたのだと。そうなった時奴らはそう言うはずだ。自分達を正当化させて、綴に対して罪悪感など持たず、子蜘蛛を祓ったのは自分達の手柄だと言うのだろう。

 

 

「綴、まずは呪力操作からやっていこうか」

 

 五条に声を掛けられて、綴は使いやすい自分の呪力を操作しようとする。のだがやはり上手くいかない。

 

「落ち着いて、ゆっくりでいいから」

 

 今まで意識せずともできていた、1番得意だと言っても過言ではないことができなくなるのは思っていた以上にストレスになる。

 焦る綴を落ち着かせながら、五条は綴の頭を撫でる。

 

 

 

 それから綴は寮の部屋に運ばれ、3日間呪力操作ができずにいた。コツを掴んできたのは4日目の昼だった。

 

「あー、あー」

「お、声出るようになったね!

 喉に違和感とかある?」

「ない」

「それは良かった。あとは腕と足だね、綴今できそう?」

「…………無理」

 

 声を出したのと同じ容量で四肢を動かそうとするが指先すら動かない。

 

 五条は家入から綴がこうなった原因を、身体が弱っているからだと伝えられた。

 その身に巣食う子蜘蛛と毎日身体の主導権を争っている綴の身体が限界を迎えてしまい、自力ではまともに立つことすらもうできないだろうと言うのが家入の見解だ。

 今回は腕や足、声だったからまだ良かった、これがもしも心臓等の生きるために必要不可欠な部分の機能低下だったら?今後綴に同じようなことが起きたら?

 五条が考え込んでいると、視界の端で何かが倒れる。綴が布団から僅かに離れた場所で仰向けになっていた。

 

「綴!?」

「……コツは、掴んだ。だから、あんまり、不安そうな顔、すんじゃねぇよ」

 

 もう少しで上手くいきそうだと、綴はまた呪力を身体に流す。ゆっくり、しかし確実に綴の足が動く。

 五条が長年の付き合いにより綴の表情で言いたいことがわかるように、綴も五条の感情がそれだけでわかる。表情を変えないように努めていた五条だが、綴には看破されてしまう。

 

「立つから、もう1回、だから見てろ」

 

 綴はゆっくりと立ち上がる。まるで産まれたての子鹿か何かのようだ。でも立った。綴はまだ立てるのだ。

 

「綴、頑張ろう」

「うん」

 

 そう返事した瞬間、綴はバランスを崩してまた後ろに倒れた。




ここから先ただの茶番

・格付けチェックパロ

 常勝無敗の五条悟!しかしそんな五条の相方をするのは相当なプレッシャーが掛かり、誰も一緒にやってくれない!そんな時に現れた甘菜綴!綴は五条の誘いに一言でOKを出す!
 他の参加メンバーからの「ずるい!」「この2人を一緒にすんな!」というブーイングも諸共せず、五条と綴はノーミスという快進撃を続け………。

五条「A」
綴「B」
「「………………」」

 どうなる!?じゅじゅ格付けチェック!?



────────────

アンケート選択肢
①東堂と任務へ行った時の話
②綴を語る原作キャラ達
③綴12歳、伏黒10歳


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47話

早くジャンプを読みたい。月曜日、来て欲しくないのに来て欲しいという矛盾……誰か共感して。

今回短めです。


 

「あ〜!! また、落ちた!」

 

 五条は階段からバランスを崩して落ちた綴を爆笑しながら助け起こす。

 

「次伏黒が来るまでに何とかしねぇと……」

「恵のこと、ちゃんと見てやってるんだね」

「約束したからな」

 

 何とか手すりを掴んで立ち上がると、綴はまた階段を上る。

 尾上の影響なのか、綴は乙骨を始めとする後輩という存在に優しくなった(ような気がする)特に以前のように真希を邪険にすることも無くなったことはとてもいい傾向だと言えるだろう。

 

「うわっ!?」

 

 また落ちた。

 それから何度も10段も行かずに落ちるので、いったん休憩させることにした。

 

「硝子の所行く?」

「こんくらいの怪我で行く必要ねぇよ」

 

 高専の中でも景色がいい場所に綴を座らせ、階段で打った場所に冷えピタを貼っていく。

 

「やっぱり階段はまだ早いんじゃない?」

「平面の地面は歩けるんだ、階段ももう行けんだろ」

「の割には落ちまくってたじゃん」

「うるせぇ。

 箸の練習もしねぇとな、フォークは使いにくい」

「フォークを使いにくいって言う奴初めて見たわ」

 

 夏油から聞いた話だと、綴は物心ついたころにはもうフォークは卒業し、それ以降使ったことがないそうだ。しかしそれだけ手先が器用なら、夏休みの工作はもっとマシな物になったんじゃ?と綴の小学校初めての夏休みの工作で大爆笑し、その後工作の手直しするのを手伝った五条はぼんやりと思う。

 

「………なんだよ?」

「いや、毛虫炙ったの見て泣き喚いてた綴が懐かしいなーと」

「うるせぇ! 未だにトラウマだなんだぞ、アレ!」

 

 ちょうど小学1年生だった頃の焼け死んだ毛虫を菜箸で掴んだまま全力で逃げ綴を追いかけまわし、夏油に殴られたのはいい思い出だ。

 

「思い出したらゾワゾワしてきた」

「僕的には爆笑物なんだけどなー」

「信じらんねぇ」

 

 五条は見える範囲で冷えピタと絆創膏を綴に貼り終えると、ニヤリと笑う。

 

「もう1回見てみる?」

「しんっっじらんねぇ!!」

「今なら綴はほぼ動けないから、僕から逃げられないもんねー!」

「最悪だぁ! も、ほんっと最悪だコイツ!」

 

 綴を肩に担ぐと五条は毛虫を探しに校内を散策しようとするが、途中で夜蛾に見つかり彼のおかげで綴は救出されたのであった。

 

 

「それは災難だったな」

「笑い事じゃねぇよ……」

 

 結局綴は家入の所で避難することになった。今頃五条は夜蛾に絞められていることだろう。反省して欲しい、本当に、切実に。

 

「五条にあのこと・・・・は伝えなかったのか?」

「伝えてない。怒るじゃん、アイツ」

「いつかはバレるよ?」

 

 わかっている。それでも今は言いたくなかった。言えるものか、自分の寿命があと5年も無い・・・・・だなんて。

 

「あのさ、家入さん」

「なんだ?」

「俺、できるだけ五条に心配掛けたくない」

 

 五条を気遣う言葉を綴は吐き出す。本当に優しい子だと家入は思う。だがその優しさが五条を苦しめていることには誰も気が付かない。綴が五条に見せる優しさは、何かを我慢させているのでは?という五条の疑念となり苦しめてしまう。しかしそれは飄々とした態度によって隠されてしまうのだ。

 

「だから、絶対に言わないで欲しい。俺の事で五条の夢を、台無しにしたくないから」

「わかった。その代わり寿命のことは私からじゃなく、綴から話すこと、それが無理なら私は今すぐにでも五条にこのことを伝えに行く」

「わかってる、そこまで家入さんには頼らねぇよ」

 

 本当だろうか?もしかしたらこのまま有耶無耶にして一生五条が気付かない、なんてことにもなるかもしれない。ただ、その可能性は限りなく低いと言えるだろう。なぜかと問われれば家入はハッキリと答えることができる。

 

五条悟は甘菜綴に優し過ぎる。

 

 どちらも互いを思い、優しさを持っているのに互いにそれを伝える気がないのだ。

 

──2人とも、変な所で不器用だ。

  ………そういえば、あの夏休みの工作貯金箱は結局どうなったんだっけ?

 

 不器用な綴のために、五条と夏油が一緒に手伝ったあの貯金箱を綴はとても気に入っていた。しばらくはどこへ行くにもその貯金箱を子供サイズのリュックの中に詰めて持ち歩いていたほどだ。

 しかしある時パッタリとやめてしまった。夏油に聞けば恥ずかしくなったんだろう、と言われた。確かにその頃から高専の生徒達を「兄ちゃん」「姉ちゃん」と恥ずかしがって呼ばなくなったな気がする。誰よりも五条と灰原が残念がっていたのは笑えたな。

 貯金箱のことは聞けば答えてくれるだろうか。だがそれを聞くということは自然と夏油の話にも触れることになるので……。

 

「綴ー! 待ったー!? 綴が見捨てた悟兄ちゃんだよー!」

「げぇ!? 待ってねぇよ、帰れ!」

「綴が慰めてくれるまで帰りませーん! 

 ってか僕がいないと部屋に帰れないでしょ?」

「そん時は秤辺りに頼むわ」

「……噂通り同級生とも仲良くできてるじゃん」

 

 五条は抗議する綴を担ぐと家入に礼を言ってから医務室を飛び出した。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 それから数日が経って、任務も支障なく終えることができるようになった。

 綴は金額の増えた通帳を見て、よし、と気合いを入れる。

 少し予定がズレてしまったが、この調子なら目標金額・・・・になるまで4年生までかかると思っていたが、3年生の夏頃には目標金額を超えるはずだ。

 決してこれは冥冥の真似というわけではない。綴には綴なりの金を貯める理由がある。元々金はほとんど使わないので貯まるのは早かった。

 

「今年中には超えてやる……着物、ちょっと売るかな?」

 

 正直着ないで箪笥の肥やしになる着物が多いのだ。

 無駄遣いと言われてしまえばぐうの音も出ないのだが、言い訳をさせて欲しい。誘惑されたのだ。買って欲しいと着物が言うのだ。

 

「いや、いやいや……でもこれ眺めてるだけでも満足するやつだし」

 

 そう、着ていないやつは観賞用だ。こんな高い物ものしょっちゅう着れるわけないだろう。

 

「甘菜先輩、あの時間なんですけど」

 

 普段使わない着物をしまっている桐箪笥を開けながらうんうんと悩んでいると、部屋に伏黒が入ってきた。

 

「何で入ってきてんだ手前はよぉ……!」

 

 思わず伏黒の額を叩く。

 

「呼べよ、外から!」

「呼んだのに出てこなかったのはそっちじゃないですか!?」

「じゃあ、ちょっと待ってろや!」

 

 待っていたら待っていたで怒るに決まっているが、それ以上伏黒は何も言わなかった。これ以上面倒なことにはなりたくない。

 

「………」

「あの、甘菜先輩?」

「伏黒、ちょっとこれ着てみてくれないか?」

「は?」

 

 




毛虫は実際に近所の兄ちゃんがやってたのを見たことがあるのでそれをネタにしてます。

────────────

アンケート選択肢
①東堂と任務へ行った時の話
②綴を語る原作キャラ達
③綴12歳、伏黒10歳


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48話

そろそろ終わりが見えてきました。



 あの頃から着実に綴の身体は衰え始めた。呪力でなんとかしても、その分に割く呪力のせいで今度は技の威力が衰える。限界は目に見えていた。

 だがその身体の衰えは子蜘蛛に抗っているという証だ。恥じるべきことでは無い。

 

 ただひたすらに子蜘蛛を追って走る。

 あちらは綴が弱るのを待っているはずだ。だから綴に求められるのは短期決戦。あと2匹捕らえればそこで自分の役目は終わる。

 高専に帰ったら家入と寿命がいくら減ったか調べないといけないな、と考えながら走っていると、ふとよく知っている呪力を感知した。

 

「悠仁?」

 

 虎杖がここに来て、呪霊と戦っている。しかも、今まさにその虎杖に異変が起きている。真っ先に思い浮かべたのは虎杖の死。

 しかし綴は今子蜘蛛を追っている。虎杖か子蜘蛛か、どちらを優先するべきか、普通ならそこで悩んでしまうところだ。しかし綴はそれに対して悩むことはしなかった。

 綴は走る。()()()()へ。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 史上最悪の呪術師であり、御三家の汚点・加茂憲倫が妊婦への実験によって生み出した特級呪物・呪胎九相図の一番が受肉し生まれた脹相には、弟が8人いる。

 しかしそのうちの2人は釘崎と目の前にいる虎杖によって殺された。

 その虎杖は、肝臓や他にも重賞の傷を負わせ、あともう少しという所まで追い詰めている。弟達の仇を、今ここで……。

 

 だがその時、虎杖にしか集中していなかった脹相の目の前に拳が現れた。

 思わず飛び退くと、虎杖を庇うようにしてボロボロの男が立っていた。

 

「……甘菜、綴」

「俺の事知ってんのか?」

 

 絶対に殺してはいけない呪霊、子蜘蛛に呪われ子蜘蛛になった男、甘菜綴。

 その存在を確認した瞬間、脹相の警戒心は格段に上がる。

 

「悠仁、大丈夫か?

 なわけないか……ちょっと我慢してろ、どうにかするから」

 

 なんとか意識を保っていた虎杖だったが、その言葉を聞いて気が抜けてしまったのか、目を閉じる。

 綴はあくまで表向きは冷静なフリをして頭では様々な思考を巡らせる。綴には脹相が特級呪物・呪胎九相図の一番であることは全く知らないことであったが、その呪力を感じ取ってしまったからだ。

 

──おそらく特級だな。悠仁がこれだけやられるわけだ。

  まだ悠仁が戦える状態ならまだしも、これはまずい。

 

 自分を知っているということは、綴が子蜘蛛であることがあちらはわかっているのだろう。ならば殺されることはない。しかしいくら殺されないという確信があっても、1人では手に余る相手だ。

 

──真人(ツギハギ呪霊)の時もそうだったが、ちょっとこれは勝てる気がしない。

 

 かと言って、真人のように追い払えるかと聞かれたら頷くことはできない。真人の時は事前に七海や虎杖からの情報があったからこその作戦。しかし脹相は完全に初見の相手。しかも綴の状態は万全なものではない。

 綴は虎杖を抱えると脹相に背を向けて走り出した。

 

「なに!?」

 

──①できるだけ遠い所へ逃げる。

  ②そこで糸張って頭を回す時間を作る。

  ③なんとかして虎杖を治療する。

 

 正直この状態ではよくない方向へと進んでしまう。綴は①を達成するために、糸で幾つもの罠を仕掛ける。後ろから仕掛けが作動する音がしたのでこれで時間稼ぎができるだろう。

 

 しかし、弟の仇である虎杖を脹相がそう簡単に諦めることはない。

 脹相は糸の罠に引っかかり、思わず足を止めた。糸は脹相の皮膚を容易に切り裂くほどの威力を持っている。にも関わらず逃げたということは、この糸は決して常時発動できるようなものではないことが伺える。

 ならば、必ず綴に隙が生まれるはずだ。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 なんとかして綴は①を達成することができていた。次は②。

 しかし綴と虎杖の血がボタボタと地面に流れる。血が流れすぎて頭がうまく回らない。

 どうしたらいい、虎杖を助ける方法はないか?綴は糸を周囲に張りながら思考を巡らせる。

 無理だ。自分には反転術式は使えない。呪力を流すための操作能力と体術しか取り柄はない。

 

「おえっ……」

 

 ビシャビシャと口から血が吹き出す。そこからゴロンと転がるそれ(・・)を見て、乾いた声で綴は笑う。

 

「死にかけだな」

 

 虎杖から虎杖ではない声が聞こえてきた。

 

「……案外あと2、3年生きてるかもしれねぇぞ?」

 

 虎杖の目尻に洗われた目と口を見て、綴は気を引き締める。

 

「この小僧の命になんの意味がある?」

「さぁてな。何にも意味なんてないかもしれないな」

「ならば何故、救おうとする? そんな貧相な身体で」

「………」

「小僧を救わず子蜘蛛を追い、喰えば僅かでも延びた寿命だろう。

 まあ、この状況では救えたかも怪しいがな」

「だからその方法を考えてんだろうがよ」

 

 どうしたらいい、何をしたらいい。ふと目に留まったのは自身の細い腕。

 綴はあることに気が付いてしまった。

 

「………ま、そうするしかないよな」

 

 綴は虎杖の肝臓が貫かれた箇所に両手を置く。

 その綴の行動を見て、宿儺は首をかしげる。何をする気だ?酷く、凪いだ呪力が虎杖の身体に流れている。

 

「昔、落語で「死神」てのを見たことがある」

 

 別に宿儺に話すために言ったのではない。今からする術の開示を綴は行うつもりなのだ。

 

「やることなすこと失敗し、金もない、妻にも貶された男の前に死神が現れる。死神と男には縁があり、それによって死神は男を助けるという。

 「どんな重病人であっても死神が足元に座っていればまだ寿命ではなく、逆に症状が軽そうに見えても枕元に死神が座っている場合は程なく死ぬ。足元にいる場合は呪文を唱えれば死神は消えるので、それで医者を始めるといい」そう言って死神は男の前から消える」

 

 ケホケホと咳き込むと、今度は鼻から血が出てきた。

 

「男はその言葉通りに医者を初め成功するが、しばらく経つと、患者の枕元に死神がいて治すことができなくなってまた金に困るようなった。

 そんな時に大金が舞い込む仕事ができて、その金欲しさに枕元の死神がうたた寝している隙に主人の布団の向きを変え死神が足元に来るようにした瞬間に呪文を唱え、死神を消した」

 

「その帰り道、その事を死神に咎められ、洞窟に連れて行かれる。

 そこには沢山の蝋燭が、あって……男と、その患者の寿命が入れ替わっていた。他の人間の蝋燭に自身の蝋燭を継ぎ足せば、助かるという、死神の言葉を信じ、男は蝋燭に火を付けようとする。話は男の「あぁ、消える…」という台詞で締めくくられる」

 

 イメージするのは、火の点る蝋燭を他の蝋燭で継ぎ足すこと。

 それを行うには、子蜘蛛の糸と呪流術を同時に使う必要がある。自分の命を継ぎ足しても、傷が塞がっていなければ意味が無いのだ。

 正直、子蜘蛛の糸と呪流術を同時に使うのは苦手ではあるが、四の五の言っている場合ではない。

 

「ケヒッ。その物語通りなら、小僧も貴様も死ぬぞ?」

「できるよ、俺は、この世で最も素晴らしい呪術師の弟子だぞ」

 

 強がってみるが勝率は5分。

 

──夏油さん俺さ……今、やっと呪術師としての答え(・・)を見つけられそうなんだ。

 

 虎杖の傷を糸で縫い合わせ、そこから自身の呪力を流し込む。

 

「死ぬなよ、悠仁……死んだら、伏黒に殺されんだろ?」

 

 死んだら殺せねぇよ、と交流戦での呪霊の襲撃時での虎杖と伏黒の会話を思い出す。

 

「生きろよ、しつこく呆れられるくらい、生きてやれよ」

 

 この男に思うのはそれだけだ。

 だが、その時腹部から血が流れる。何かが刺さった。後ろを振り返ると、そこには追いかけてきた脹相が立っていた。

 

「なんだ、もう追いついてきやがったか」

 

 綴が何らかの治療を虎杖にしていると気が付いた脹相は、また攻撃しようとするが、綴が先程よりもだいぶ弱っていることに気が付いた。

 

「………何故、そこまでする?」

 

 思わずそう聞いてしまった。

 弱っている、もう生きているのも不思議だ。なのに、綴の目はまだ死んでいない。目の前の虎杖の為に全てをつぎ込もうとしている。

 

「何故? さぁ……俺がコイツのこと好きだからじゃねぇの? 悠仁は俺を兄貴みてぇだって言ってくれたんだ。なら、()()()()()()()()()()()()()()()()じゃねぇの」

 

 挑発的な笑み。

 その言葉を聞いて脹相が思い出すのは、虎杖と釘崎に殺された壊相と血塗。

 

「血の繋がりはねぇけどさ……嬉しかったんだよ」

 

 脹相は思わず動けなくなってしまった。



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49話

 暗闇の中で、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。その声を頼りに虎杖は目を覚ました。

 

 

「悠仁、起きたか?」

「……綴、せん、ぱい?」

 

 目を覚ました虎杖の目に一番最初に飛び込んできたのは血だらけになった綴だった。見える箇所だけでも左目と脇腹、そして左の中指、薬指、小指は特に酷いように見える。

 

「な!? なんで、先輩、これ!」

 

 虎杖が起き上がると、綴の後ろには脹相が険しい顔をしてこちらを見ていた。何故、攻撃してこない?なのにどうしてこの人がこんなに傷付いている?なんで、地面がこんなにも赤く染っている?

 

「ゴハッ」

 

 綴は血を吐きながら倒れる。そんな綴を虎杖は抱き抱えた。

 

「綴先輩!? なんで、なぁ!? なんとか言ってくれよ、何があったんだよ……」

「貴様が死にかけたからだ」

 

 頬から聞こえてきた声に虎杖はゾッと背筋を凍らせる。

 

「すく、な……」

「この男は貴様を生かすためだけに、残り少ない生命を文字通り削ったぞ、もう生きているだけで精一杯だ。ケヒッケヒッ」

 

 絶望する。

 なんで、なんで、なんで?

 

「しかしこの男もつまらんことに生命を賭ける。無駄だ、何もかも、この小僧もそう長くない内に死ぬぞ?」

「お前……っ!」

 

 そう、宿儺の指を20本集めれば虎杖は死刑される。きっと長くは生きられない。だというのに何らかの方法で虎杖の傷を治してこうなってしまった。

 

「……まっ、ろ」

「まだ喋れるのか。

 まあそうだろうな。貴様が死んでいれば今頃小僧が死んでいる、貴様の手によって。なぜなら貴様は……」

「黙ってろっつったんだよ、補聴器つけろよクソジジイ」

 

 死ぬ間際の人間とは思えないほど、鋭い眼力で綴は虎杖の目尻に浮かぶ宿儺の目を睨みつける。

 宿儺から綴は虎杖に視線を移し、息を深く吐いてからポツリポツリと話し始めた。

 

「………とりあえず、俺達が今後何をすべきか、なんとなく考えてみた」

「こんな時に何言ってんだよ! 先輩、ちょっと頑張って! すぐに治療してもらおう!」

「いや、無理だ」

 

 虎杖は綴を抱えようとする。脹相がこちらの様子を伺っているのも見え、どうすれば振り切れるかをかを考えたが、それは綴に静止される。

 

「………俺の、寿命は、多分あともって数時間だ」

「なんでっ!?」

 

 ぐったりとしていてほとんど力が入っていない綴の身体は、いつものあの綴のイメージとは全く異なり、虎杖は困惑する。それ以上に、綴の寿命を聞いて目を見開いた。

 

「元々、手前と会った時から、あと3年って言われてたんだ。その分を、手前の治療で使った。

 もう、目もほとんど見えてねぇし、呪力が無くなりかけて、立つのもやっとだ」

 

 嘘だと思いたかった。だって出会えばいつもあんなに楽しそうに自分達と会話していたのに。3年しか寿命がないようには全く見えなかった。

 なにも知らなかった。綴がそんな状態であるなんて、どうやったらわかるというんだ。

 

「俺が死んだら、高専に小さい墓があるんだ。俺の、同級生で青木って言うんだけど、たまに墓参りしてやってくれねぇか? 青木は、寂しがり屋だから。あと部屋の食いもん適当に処分しておいてくれ」

 

 混乱しているそんな時にいったい何を言っているんだ。

 

「なんで今そんなこと? 食いもん溜めるからそんなことになるんだよ、あの量は俺1人じゃ無理だって!」

「大丈夫大丈夫、なんなら伏黒辺りも巻き込め」

「伏黒甘い物苦手だって知ってんだろ!? だから早めに処分したほうがいいって言ったんですよ」

「いや、五条が来たら適当に渡せるし」

 

 軽口を叩く綴が本当に死に際なのか怪しくなってきた。本当は全部冗談なのではないかと虎杖は少しだけ希望を抱く。

 

「手伝うから、一緒に帰ってたべよう! 墓参りだっていくらでも付き合うから。

 だから、死ぬなんてそんなこと事言うなよ! なんでそんな、先輩っ! 俺とした約束は!? 伏黒ともしてたんだろ!? こんなところで死んだら、アンタは嘘吐きになるじゃんか!」

 

 虎杖の言葉に、綴はスっと目を閉じる。

 本当に往生際が悪い奴だ。しかしそんな往生際が悪い奴でも人ひとりの命を延ばすことはできない。残りの時間は限られている、だから綴は虎杖に伝えなければいけないことを必死に声を絞り出して伝える。

 

「………そうだ。俺は、嘘吐き(・・・)だ」

「……っ」

 

 綴が開いた目は、どこまでも空虚なものだった。今までの綴が嘘のように感じる。

 

「全部嘘だ。お前が会った俺も、五条や伏黒や、夏油さんと会った俺も結局は全部、誰かに好いてもらえるように身につけた処世術だった。そうあるべきと言われたから、そうし続けてきた」

「先輩は、俺らに優しくしてくれてっ」

 

 あの優しかった綴の笑みを嘘だとは思いたくなかった。少しでも抱いた希望がガラガラと崩れ落ちていく。

 

「それも嘘だ。

 優しくて、素直で良い子の綴。それが皆が求めた甘菜綴という人間だ。俺はそれを、皆の理想を、なぞっていただけだ」

 

 しかしどれだけ願っていても、現実は変わらない。崩れたものは元に戻らない。

 

「虎杖、俺はお前と初めて会った時……五条に止められたとしても、俺はお前を殺そうと思っていたよ」

「───え?」

「お前、と言うよりも両面宿儺をだがな」

 

 綴は言葉をつむぎ続ける。

 何故宿儺をそんなに殺したかったのか、何故それを今まで隠し通してきていたのか。虎杖には何も分からない、だから虎杖は綴に尋ねる。

 

「宿儺を、殺したかった?」

 

 その問いに、綴は絶対に答えてくれると確信して虎杖は言葉を吐いた。

 

「どこから話せばいいか……それが子蜘蛛も本能というか……だから、俺が死ねば俺の中にいる子蜘蛛はお前に襲いかかる。宿儺がさっき言ってたのは、そういう意味だ」

 

 子蜘蛛、という聞きなれない言葉を聞いて虎杖は首を傾げる。

 綴はああそうか、と子蜘蛛の説明を始める。時間が無いので酷くざっくりとしたものであったが、それでも虎杖が子蜘蛛の驚異を知るには充分であった。

 

「じゃあ、その子蜘蛛は宿儺を祓うために産まれたから、先輩は宿儺を殺したかったってこと?」

「そうだ…………いや、違うな、元々子蜘蛛になる前から、俺は宿儺が憎かった……」

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 小さい頃から呪いが見えていた。父親は呪いだとか、そう言うのが嫌いで、綴と母親は呪いが見えることを秘密にして生活してた。

 ずっとそれが続くんだと綴は思っていた。

 

「母さん、あのね、父さんの肩にくろいのいる」

「そ、そうね……大丈夫よ、すぐにどっか行くから。だから絶対にアレは使わないでね」

「……うん」

 

 当時4歳だったが綴にはハッキリと呪いが見えていた。感覚でだが呪力を流すこともこの頃にはできていた。

 

「どうしたんだ? 2人でヒソヒソ話なんかして、俺にも教えてくれよ」

「ひみつー!」

 

 母親と秘密を共有することは嫌ではなかった。それが父親のためであれば尚更だ。

 秘密さえ守っていればいい。約束を守る良い子でいれば誰も自分を嫌わない、家族でずっと一緒にいられる。

 しかしそんな平和は簡単に崩れ落ちるものだった。

 

「父さん、なにかもってる?」

 

 父親の鞄から嫌な感じがする。綴は堪らず父親に聞くと、彼はよくわかったな、と鞄の中身を取り出した。

 綴りの手のひらにギリギリ収まるサイズの木箱だった。まさにそれから嫌な感じがする。

 

「父さんの仕事場に届いたんだよ」

「なんで?」

「さあ? でも、気にするような事じゃないからな。

 全く、こんな物をいわく付きだのなんだのって……処分できないからって押し付けられちゃったよ」

 

 当時の綴には父親が言っているは理解できなかった。それに記憶が曖昧でどういう経緯でそれを引き取ることになったかはさっぱりわからない。しかしそれこそが家族の不幸の始まりだった。



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50話

 黒い嫌な物(・・・・・)

 見た途端にそれが理解できた。

 これはここにあってはいけないものだ。

 

「ねぇ、あれ……やっぱり何処か専門の所に持っていった方が……」

「お前、まさかそんな物がこの世にあると思ってるのか? ないよ、そんな現象とかはだいたいが人間の思い込みなんだから」

 

 父親は全く母親の言葉に耳を傾けることは無かった。

 食事中、テレビの前に置かれた木箱を見つめながら綴は悪寒を感じていた。母親も一緒だったようで、できるだけ木箱から目を逸らしている。

 

「かあさん、あれ何?」

「……大丈夫、母さんの知り合いにこっそり見てもらうわ。あなたは何も気にしなくていいの。いつも通り、黒いものは知らないフリして普通(・・)に生活してたらいいの」

 

 わからないことだらけだ。

 アレはいったいなんなんだ?という綴の興味は日に日に増していく。だからある日、綴は誰もいないリビングにある木箱を手に取った。

 

「………だれ?」

 

 なんとなく、誰かがそこにいるような気がした。しかし答えてくれる様子はない。当たり前なことだが、綴はそれが少し納得できなかった。いるなら「いる」と言ってくれたらいいのに、遊び相手くらいにはなって欲しいなんて、今考えればとんでもないことを考えてから、綴は木箱の蓋を取った。嫌な物だと理解しているが、今はそれよりも興味が勝ってしまっているのだ。

 

「なんでそこにいるの?」

 

 気配はあるが、綴を無視するソレに徐々に興味を無くしていく。

 

「父さん迎えに行くよー」

「はーい」

 

 今日は父親の誕生日だ。家族は迎えに行ってそのまま料亭で食事をする予定だ。

 綴は木箱に蓋をすると、特に何が入っているわけでもないが、お気に入りのリュックサックを背負って母親の元へ向かう。

 

 

「とうさんだ!」

 

 駅で父親を見つけた綴はそのまま抱き着く。

 

「ただいま! 待ってたかー?」

「うん! おたんじょーび、おめでとう!」

「ありがとう!」

 

 父親に抱き上げられて、綴はケラケラと笑う。そのまま肩車をされて家族は駅を出て歩道橋へ向かう。

 その途中で、綴はふと、リュックサックが少し重たいことに気が付いた。ハンカチとポケットティッシュ以外に何か入れていただろうか?不思議に思った綴は父親に降ろしてもらい、歩きながらリュックサックの中身を見る。

 

「あれ? なんでここにいるの?」

 

 その正体はあこ木箱だった。

 

「いっしょに行きたいならそういえばいいのに」

 

 綴はヒソヒソと声を潜めてそう言った。

 母親にバレたら絶対に怒られると思ったからだ。そこでまた()()()()()()()()()。立ち止まってナップサックの中で木箱の蓋を開ける。

 それには紙が巻かれていた。それを剥がしたらどうなっているのだろう、と。ダメだとわかっているのに、どこかで警笛が鳴っているというのに綴は何かに導かれるかのように紙を剥がしていく。

 

「うわ、おっきいゆび」

 

 そう、その正体は指だった。成人男性の物と思われる指をしばらく見つめていると、母親に呼ばれる。指をナップサックの内ポケットの中に入れると、返事をして少し離れてしまった両親の元へ駆け寄ろうとする。

 そこで、あれ?と違和感を覚えた。この歩道橋はこんなにも長かった(・・・・)だろうか、と。1歩が重たい。思ったように進まない。

 何か、嫌な物が来る。

 

「とうさんっ! かあさん!」

 

 嫌な物(・・・)は大きな口を開けて歩道橋の先で家族を待っていた。

 母親もそれに気が付き足を止める。綴も母親も、それが今までのように無視できるものでは無いと感じ取っていたが、父親だけは違う。

 父親は綴や母親のように嫌な物が見えるわけではない、だからなんの違和感も覚えず口の中へ吸い込まれるかのように歩いていく。

 

「どうした、そんな所で止まって」

 

 父親に促されて母親は無理矢理笑顔を作って歩く。

 母親がもし、甘菜家当主である甘菜紬のままであれば苦戦することもない存在。

 しかし、母親は父親に嫌われたくなかった。呪術などという非現実的なものだと知られたくなかった。何故なら父親は、そういった類のものを忌み嫌っているからだ。

 

「かあさん! だめ!」

 

 だが綴にはそれが深く理解できない。どれだけ呼び止めても2人は立ち止まらない。

 たまらず綴は2人の腕を引っ張る。その途端、凄まじい強い力で綴は引っ張られ歩道橋から落ちる。綴の襟を細い腕が掴んでいた。どうすることもできない。どうにかするには母親に止められていた力を使うしかない。落ちる時にふと目に映った嫌な物は大きな口を開けながら綴を嘲笑うかのように笑っていた。

 

──たすけて。

 

 恐怖で声も出ない。全てがスローモーションのようにゆっくり動く。周りの音も聞こえない。

 なのに自分を呼ぶ声だけがやけに鮮明に聞こえたような気がした。

 

 

 

────────────

 

 

 

 

「歩道橋で……」

「子供だけ助かったって」

「お母さんは庇って……」

 

 

 目が覚めるとそこは病院だった。

 

「目が覚めたか?」

 

 声を掛けられると、そこには父親がいた。

 

「突然強い風が吹いて、飛ばされちゃったんだよ。大きな怪我がなくて本当に良かった」

「………とうさん」

「ん、なんだ?」

「かあさんは?」

 

 母親のことを尋ねると父親は黙ってしまう。しかししばらくしてから声を震わせながらポツリと声を出す。

 

「母さんは、お空に行ったんだよ」

「なんで?」

「………」

 

 父親は綴を抱きしめて声も出さずに泣いた。

 

 

「お前、お母さん殺したんだって?」

「やめてよ、なんでそんなことに言うの?」

 

 退院してすぐのたまたま公園に遊びに行っていた時の出来事だった。

 

「俺のお父さんとお母さんが言ってた」

 

 どう見ても小学生くらいの男の子は、確か父親と職場を同じくしている親がいたはずだ。何度か一緒に遊んだことがある。特別、彼と遊ぶことが楽しいと感じたことは無かったが。

 

「わざと落ちたんだろ? 風で飛んじゃうわけないじゃん!」

「ちがう」

「じゃなんで落ちたんだよ? 本当に風?」

 

 本当のことは言えない。言っちゃいけないと母親と約束していたから。だから言えない。

 綴が黙っていると、男の子はまた囃し立てるように言葉を吐き出す。

 

「やっぱりわざとだ! お父さんが言ってた通り! お前が殺したんだ!」

 

 違う。

 

「ちがう!!!」

 

 その瞬間、綴と男の子の間の地面に亀裂が走った。

 

「うわぁ!?」

「だ、大丈夫?」

 

 それを見て驚く男の子に綴は手を差し伸べる。しかし男の子は綴の手を見て叫んだ。

 

「助けて! 殺される!!」

 

──え?

 

 それ以降のことはよく覚えていない。

 しかしそれがきっかけで呪力がコントロールできず辺りに被害を出ていたこと、何も理解されずに誰もが綴をまるで化け物を見るかのような目で見ていたこと、それが父親の耳にも届いてしまったこと、その父親の怒号、罵り声が綴にのしかかったことはよくわかった。

 

 

 

 

 

「おにいちゃん、そっち黒いのいるよ?」

「………もしかして、あれが見えるのかい?」

 

 綴はできるだけ目立たないように、父親に気に入って貰えるように良い子(・・・)に徹していた。それでも周りからの視線は冷たい。

 だから、久しぶりに誰かに優しくされたのが嬉しかった。

 

「おにいちゃんも見えるの?」

「うん、まぁね」

「かあさんのほかにもいたんだ!」

 

 そこは人通りが全くないと言ってもいいほど、隠れたように存在する公園。彼と綴はベンチに座る。

 

「そっか、辛かったね」

 

 綴の話を聞いた彼は、綴の頭を撫でる。

 上手く話せない綴は嫌な物が見えてよく窓ガラス等を割ってしまい、色んな人が綴を怖がることだけを伝えた。

 

「えへへ」

 

 頭を撫でられて綴はたまらず顔がデレデレに溶けたような笑顔になってしまう。

 

「でもね、かあさんとの約束、破ったのボクだから」

 

 そう言うと、彼の顔が酷く辛そうに歪んだ。まるで怪我でもしたかのように痛そうでで、綴まで痛くなってくる。

 

「おにいちゃん、いたいとこあるの?」

「どうしてそう思ったんだい?」

「だって、いたい顔してた。かあさんね、いたい顔してたら黒いのくるよって、いってたよ」

 

 綴は「いたいのいたいの、とんでけー」と彼の頭をうんと背伸びして撫でる。

 

「ありがとう、痛いのなくなったよ」

「よかったー!」

 

 それから綴と彼はたわいもない話を続ける。綴の「なんで?どうして?」に根気強く付き合う彼は、終始楽しそうである。

 その後は公園で一緒に遊んだ。誰かにブランコで背中を押してもらい、シーソーができ、逆上がりの練習に付き合って貰ったのは何日ぶりだっただろう。

 

「あのね、おにいちゃん」

「なにかな?」

「また会えるかな?」

「もちろんさ。また一緒に遊ぼう」

「うん!」

 

 午後5時のチャイムが鳴る前に、綴と彼は帰ることにした。

 途中まで一緒に隣を歩いていたが、もうすぐそこが綴の家というところで2人は別れる。

 今日はいい夢が見られそうだ、と思いながら玄関の扉を開ける。

 

「あれ? とうさんかえってきてる」

 

 いつもなら仕事でもっと遅く帰ってくる父親の靴が乱雑に玄関に置いてあるのを見て、静かに綴はリビングに入る。

 

「と、とうさん?」

 

 呼んでみるが返事はない。

 リビングの中央、ちょうど電球のある場所が濡れている。ずっと下を見ていた綴は恐る恐る上を見上げた。

 

「………だれ?」

 

 黒い嫌な物がそれ(・・)に覆い被さるように揺れていた。



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51話

 その日から飢えをなんとか耐え凌ぐ日々だった。

 冷蔵庫にある物はなんでも食べた。それが無くなると今度は調味料にまで手を出して飢えをしのぐ。とにかく何とかしてその日を生き延びなければならない。

 リビングにある黒いものから最近酷い匂いがするようになった。

 何日経っただろうか、玄関から物音がする。

 

「とうさん!」

 

 綴は最後の力を振り絞り、玄関へ駆け出した。

 だが、玄関が開くとそこに居たのは知らない警察官と祖母だった。

 

 

「ごめんね 、こんなことになるまで気が付かなくて。もう大丈夫、安心して」

「ううん、ありがとう。

 あのね、ばあちゃん」

「どうしたの?」

「……ぼくね、父さんをいい子で待ってるって約束したの。いい子で待ってたの、お外にも出なかったよ? だから、父さん、帰って来てくれるんだよね?」」

 

 しかし祖母から返事が返ってくることはなかった。

 その日からは祖母がいる村で一緒に住むことになった。祖母は目が悪かったので、綴は祖母の目の代わりをやっていた。

 そんなある日だった。彼らがやって来たのは。

 

「ただいま、おばあちゃん」

 

 そう言って玄関を開けると、着物を着た男や女が祖母と話をしているところだった。

 

「おかえりなさい。早く部屋へ行きなさい。私はこの人達とお話してるから」

「………うん」

 

 頷いて綴は男と女に会釈をしてから横切る。

 横切ろうとした。

 

「キミが、紬さんの息子だね?」

「つむぎ?」

「キミのお母さんの名前だよ」

「その子と貴方達は関係ないはずです! 帰ってください!」

 

 祖母は焦ったように男に訴えるが、男は聞こえていないかのように話を続ける。

 

「キミはいつまでここにいるのだ?」

 

 いつまで?

 

「だって、気が付いているんだろう? 自分が普通じゃないことくらい」

 

 男はとても柔和な笑みを浮かべているが、決してしゃがまず、ずっと綴を見下ろしながら話す。

 

「我々は甘菜と呼ばれる家のもので、私はその当主代理だ」

「とーしゅって?」

「キミの兄だ。

 さ、こんな所にいつまでもいる必要なんて……」

 

 綴はキッと男を睨みつける。

 

「行かない。ぼく、おばあちゃんとずっといる」

「………そうか。なら1つ覚えておくといい。

 キミの力はね、おばあちゃんを不幸にするだろう。下手をすれば紬さんやキミの父親のように死んでしまうかもしれない。

 それにだ、キミに選択肢なんてものはないのだよ」

 

 

 またその日から綴の日常は崩れ去る。

 持っていた指が然るべき場所に持って行かれたことには大変安堵したし、そこには自分と同じ人間がいて、非呪術師が沢山いたあの場所よりはだいぶマシな環境ではあった。だが、それ以外の面では何一つ気が休まらない日々だった。

 

「いいですか、呪力をご自分の意思で操作できるようになるのです」

 

「何故こんなこともできない?」

 

「やはり前当主の息子と言えど……」

 

「しかし呪力量は十分にある」

 

「鍛えればきっと……」

 

「型の基礎はできているのに」

 

「悩みがあるなら兄や姉に聞くといい」

 

 そんな言葉は聞き飽きた。

 おばあちゃんの所へ帰りたい。目の悪いおばあちゃんは、いったいこれからどうするのだろう。

 こんな人達は家族じゃない。兄弟じゃない。帰りたい帰りたい。

 

 良い子にしていれば帰れるかな?

 良い子にしていれば酷いことされないかな?

 良い子にしていればまた父さんにあえるかな?

 良い子にしていればお兄ちゃんと遊べるのかな?

 

 

「綴、今日は呪術高専に行こう。我らの任務のついでだが、そこに呪力操作のヒントがあるかもれん」

 

 そう言われ、手を引かれてやって来たのは東京にある呪術専門高等学校。

 そこで綴はずっと俯いていた。何も興味のひとつ湧くことも無い。辛いことが無ければ、自分を化け物扱いする人間がいなければ、無理矢理家族だと言ってくる家の人達がいなければ、なんでも良かった。

 

「やぁ、()()()()()()

 

 その声に顔を上げると、いつかの日に公園で一緒に遊んだ彼が綴の目線に合わせてしゃがんで笑っていた。

 

「お兄ちゃん!」

 

 たまらず綴は彼に抱きついたのであった。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

「家族が死んだきっかけになった両面宿儺。例え俺の、不注意で起きた出来事だとしても……憎まないことは、できなかった」

 

 ずっとこんなことにならなければ聞くことのできなかった綴の過去。それは重苦しくて暗いものだった。しかし虎杖はそれに決して目を逸らさなかった。

 

「でも、悠仁と一緒に任務行ったり、稽古したり、遊んだりしてたらさ「殺したくない」って、「悠仁と関われば変われるんじゃないか」って。「こいつは、両面宿儺とはちがうんだ」って。

 お前とやったことも無いことして、食べたことないもの食べて。嬉しかった、もっと早く知れば良かったって思った」

「じぁ、やろうよ、これからも! 俺は、綴先輩に死んで欲しくない! また、一緒に映画見よう! まだまだ楽しいこと、いっぱいあるから!」

 

 虎杖は必至になって目を閉じそうになる綴に声をかけ続ける。そうでもしなければすぐに逝ってしまいそうなくらい弱っているのだ。

 

「………吉野順平の母親を見殺しにしたおれでも、お前はそう言うのか?」

「え?」

「あの日……嫌な感覚が吉野順平の家にあった。言い訳になってしまうが、敵に騙されたんだ。俺は彼女の命を無視してしまった。

 もしもあの時何とかしていれば、吉野順平もまだ生きていたのかもしれない」

「なんで、そんな……っ」

 

 酷い奴だろ、と自嘲する綴が痛々しい。

 確かに吉野順平の母親、吉野凪を見殺しにしたという事実は虎杖にショックを与えた。

 だが、この人が今まで虎杖や他の人々にもたらしてきたことも事実なのだ。

 

「虎杖、お前、苦しいところはないか? 目が見えないから、傷の具合もよくわからん」

 

 何も答えない虎杖を綴は気遣う。そんな権利がなかったのだとしても、そうしたかった。

 潰れていない右眼をうっすら開けながら尋ねてくる綴に、虎杖は何かが切れた感覚を覚え、思わず怒鳴ってしまう。

 

「先輩が1番苦しんでんだろ!? 今までも、苦しんで苦しんで苦しんで! ここを死んだら、何一つ報われないじゃないか!? 綴先輩にも、幸せになる権利はあっただろ!?

 1人で色んなこと抱えて、悩んで、俺のために命削って……何がしたかったんだよ! あんたの人生って、何だったんだよ!?」

 

 涙が次々に溢れ出てくる。

 嫌だ、この人に死んで欲しくないのに。

 

「ううん、幸せだったさ。十分幸せだ。そんな幸福を与えてくれたお前達が、愛おしい………そんなお前達が生きる、この世界をそれだけで大好きになれる。

 そうでも思わないと、俺は……俺で無くなってしまう。それだけが俺の支えだったんだ」

「………っ」

 

 綴が思い浮かべるのは、これまで幸福を与えてくれた人々だった。

 

「悠仁、お前の頭、何処にある?」

「………ここだよ」

 

 虎杖は綴の腕をそっと掴んで自分の頭の上に置く。その腕のなんと細いことか。はじめて会った時からこんなに細かっただろうか。気にしていなかっただけなのたろうか。

 綴はそんなことを考えている虎杖の頭を優しく撫でた。

 その雰囲気が、まるで自分の祖父の死の間際のようで………。

 

「ああ、ここか………悠仁、伏黒もお前達は俺の、()()()()だよ」

 

──この人は、ここで死んでしまうんだ。俺のせいで。

 

「「自分のせいだ」とか思ってんだろお前」

 

 綴はそう言うと虎杖の額を叩く。

 

「これは俺の判断だ。何が起ころうが俺の自己責任。お前は今まで通り、あほ面でわらってりゃいいんだよ」

「あほ面って……!」

 

 今までで1番弱く、しかしどの時よりも痛い痛みがジンジンと額に広がってくる。

 

「今から、俺とお前がやるべき事を伝える。いいな?」

「うん!」

 

 綴は呼吸を整えると起き上がる。

 血がドバドバと地面に流れ落ちるが、それに対して虎杖も綴も、もう気にすることはなかった。

 

「俺は、子蜘蛛と呼ばれる呪霊を祓いに行く。お前は脹相(アイツ)を……伏黒や七海さんや、他の呪術師がここを通れるようにするのが俺達の役割だ。いいな?」

「……うん」

「無茶苦茶だってのは百も承知。だからケリは付けなくてもいい。代わりにお前に1つ、俺のとっておきの呪術を掛けてやる。

 いいか、一瞬でも気を抜くなよ」

「うん」

 

 虎杖はゴシゴシと涙を拭いて綴にとびきりの笑顔を向ける。

 

「先輩」

「なんだ?」

「俺、全部終わったら、会いに行くから。先輩が死ぬまでに絶対に、そんでさ、いっぱい話そう。だから待ってて」

 

 綴はそれに答えるかのように穏やかに笑う。

 

「…………うん、待ってる」

 



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52話

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「来い」

 

 その一言で、綴の元に筒が帰ってきた。

 

「さて、と……まずはアイツどうにかしねぇとな……隙をつくるぞ」

 

 子蜘蛛の元へ行くためには脹相をどうにかする必要がある。しかしどう考えても綴も虎杖もここから逃がす気はないようである。

 綴は筒の中身から杭を取り出そうとして、全く別の物(・・・・・)が手に当たったのを感じた。

 

「ああ、こんなの持ってたっけ」

ワックス(・・・・)?」

 

 なんでそんなもの持ってるんだ?とこの世で1番持っていなさそうな綴が取り出したことに虎杖は驚く。

 

──東堂(アイツ)も、たまには役に立つんだよな。たまにはだけど。

 

 綴はワックスを適量手に取ると前髪をグイッと上げる。

 

「団子……は、やっぱできねぇ、か」

「綴先輩、前髪変っすよ」

「殴るぞ。いいか、これは俺が世界で1番敬愛する呪術師の髪型だ」

 

 そういいながら、後髪を糸で結ぶ。本当は団子にしたかったが量が足りなかった。

 

「『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 甘菜呪流術、一の型応用・羽織」

「?」

「この祝詞に意味はない。ただ、俺が言ってみたかっただけだ」

 

 虎杖の頭をガシガシと撫でながら綴は祝詞を唱えた。

 

「話は終わったか?」

「おう、悪かったな」

 

 戦う準備を進める綴と虎杖を見て、脹相が問いかける。

 

「じゃあ、悠仁……死ぬなよ」

「先輩こそ、俺が行くまで死なないでくださいよ!」

「阿呆、子蜘蛛は余裕だわ。時間がねぇってだけで」

 

 そう、綴の1番の問題は残り時間だ。

 

「今日が終わるまでは生きれんじゃね? でもなるべくはよ来い」

「わかった!」

 

 虎杖の返事を聞くと綴は子蜘蛛の呪力を追う。脹相はそれを逃がさないよう綴を足止めしようとするがそれを虎杖に防がれる。

 脹相が綴をここに留めて起きたかった理由は、単純に綴が自由に動いていると呪霊側(こちら)が動きづらくなるからだ。

 しかしそれは虎杖に邪魔され綴を足止めすることに失敗する。内心舌打ちをしながら、仕方がないと虎杖に意識を集中させるが違和感を感じる。呪術による攻撃が効いていないのでは?と錯覚するほど手応えがないのだ。

 

 その横を綴は走り去る。

 呪術をもって攻撃しようとするが、綴の糸の盾により弾かれてしまう。先程の虎杖に対しての違和感はこれに似ていた。

 

──まさか!

 

 甘菜呪流術の応用。

 それは元からある呪流術に他の効果を付与することを言う。全員が同じものを使うことはほぼ無く、術師のセンスや術の解釈によって全員応用術の内容は変わってくる。

 

──「綴君の呪力……例えば蕾を他の人に纏わせたらさ、その人を守れないかな?」──

 

 かつての先輩である尾上小町は綴にそう言った。

 

 

 首元で何かの声が聞こえてくる。呼ばれているのだろう。

 しかし、綴はそれを無視して右側の首元を掴むと、そのまま自分の肉がブチブチと音を立てるのを気にせず引っ張る。

 

自分自身を傷付けてはいけない

 

そこから出てきたのは芋虫のような呪霊だった。

 

「夏油さん、ごめんなさい」

 

──俺はもう生きれないけど。

──でも俺はこの世に大事なことを沢山学んだよ。

 

──俺は術師も非術師もみんな好きだ。

──()()()()()()()()

──それが俺が出した答えだ。

 

「こんな所で非術師嫌い克服してもな……。

 さて、そろそろ来るだろ?」

 

 子蜘蛛は弱った獲物を逃すような呪霊ではない。

 

 綴が思っていた通り、しばらく駅を走っているとあちらから綴を見つけに来た。

 綴の命が僅かであることを察知したらしい。まるで綴を嘲笑するかのようにケタケタと嗤う2体の子蜘蛛が血だらけの杭を持っている。

 

──てことは最低でも1体杭から抜け出してんな?

 

 それが綴が子蜘蛛に打った杭であることはすぐにわかった。

 

「なにもしなければ今日1日は持つ。だが呪力を使えば、()()3()0()()()()()その程度の命だ。今使い果たしても悔いはない!」

 

自分の命を守る

 

 また綴は虎杖に嘘をついていた。本当はもう会うつもりなんてなかった。

 もう防御に呪力を割くこともない。綴は次々に約束を破っていく。

 

 ビリッと背中が避ける音が聞こえた。

 パリパリと頬が剥がれる音が聞こえた。

 

「こんな姿、見られたくねぇもんな……」

 

 背中から黒い蜘蛛の脚が3本生え、顔はヒビだらけ。

 どんな姿になっているか綴はわからない、しかしひとつだけ確信していることがある。

 

──きっと醜い……呪霊みたいな姿なんだろうな。

 

 襲いかかる子蜘蛛に杭を打ち付ける。その綴の横からもう1体の子蜘蛛が大口を開けて突進してくる。

 避けようとするが腕が引っ張られる。杭を打ち付けた子蜘蛛に腕を掴まれてしまったようだ。そのまま避けることもできず、綴はもう使い物にほぼなっていない左腕を盾のように扱う。どうせ子蜘蛛は杭をまだ隠し持っているはずだから、糸の盾を使っても意味が無いと綴は判断したのだ。

 そしてそれはただでは終わらない。

 

「甘菜呪流術・五の型応用……置土産」

 

 左腕を切り離し、綴は腕を掴んでいた子蜘蛛を左腕を食った子蜘蛛に投げつける。

 すると、左腕を食った子蜘蛛の顔が膨張し、破裂。その血を浴びた子蜘蛛がジュウジュウと血が掛かった箇所が火傷をしたように焼けている。

 

「いらないところが爆弾に早変わりってな」

 

 その血は綴にも僅かにかかり綴自身をも焼いている。

 

「チッ」

 

 舌を打ちながらゴシゴシと頬についたそれを拭い、また構える。子蜘蛛の生命力は凄まじい。この程度では祓いきれるような呪霊ではない。

 片腕を失ったせいで少々不利になったがそれでも綴は止まれない。ここで綴が食われるようなことがあれば、きっと子蜘蛛は高専にいるもち丸を狙うだろう。高専にこの子蜘蛛に対抗出来る術師は存在しない。五条ですら、誤って祓ってしまう可能性があると、子蜘蛛とはできるだけ戦いたくないと明言している。

 

 子蜘蛛に刺さった杭を、置土産をくらい顎が消し飛んだ子蜘蛛が引き抜こうとする。綴はそれを阻止するために、顎のない子蜘蛛を蹴りあげる。子蜘蛛は駅の天井を貫通し、外まで出ていってしまったようだ。

 杭の刺さった子蜘蛛を右腕で掴むと背中の脚も使って空いた天井から出る。

 

 顎のない子蜘蛛は、呪力を顎に集めて治療を試みるが上から巨大な呪力を感じ、そちらを見る。その瞬間、綴の蹴りが頭にめり込む。その蹴りには綴の呪力が流れており、まるで電気が流れるかのように身体が痺れる。

 

「ガキの頃から得意なんだよ、こういうのは………」

 

 かつて最強でなかった五条悟も舌を巻いた呪力操作による攻撃方法である。

 

「体術と呪力操作以外はからっきしで。式神も本当に簡単な、誰でもできるようなことしかできねぇし、呪具使うのもそこまで得意じゃない。結界術なんて帳すらまともにできない。反転術式による治療?不器用過ぎてできんかったわ。

 その代わり、呪流術関連は飛び抜けてんだ。ある意味で天与呪縛ってやつか? いや、やめとこ、今の発言なし。なんか真希に怒られそうだ」

 

──……思った以上に呪力使ったな……人のこと言えねぇけど生命力ありすぎるし硬いから必要以上に呪力込めないとダメージにならないんだよな。

──しかも左腕も食われた……そろそろ食った分の呪力が定着してくる頃だ。

──さっきまでみたいにはならな………。

 

 すると目の前にいた子蜘蛛が消えた。

 

「!?」

 

 かと思うと綴が掴んでいた子蜘蛛を何かに奪われる。

 もちろんその何かは顎のない子蜘蛛で、子蜘蛛は反転術式によりいつの間にか顎を治していた。

 

──仲間を助けた? ありえない……ということはない。別個体なら死んでも何も思わないだろうが、同個体なら……。

 

 という綴の思考を嘲笑うかのように、子蜘蛛は杭が刺さった子蜘蛛の喉元に齧り付いた。

 

「………ま、そうするよな。俺も同じ立場ならそうする」

 

 

──左腕の分と使用呪力を引いて……。

──残り時間は1()0()()()()

 

「やるしかないとはいえ、きっついなぁ……」



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53話

俺「書くの辛すぎる。早く終わらせてあげたい」
友「自分で自分の首絞めてて草通り越して林」
俺「花御が喜ぶ」
友「そのオリ主虐める性どうしかならないの?」
俺「どうにもなんねぇから苦しんでんだよ!!!!」


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 子蜘蛛は綴に向かって飛んでくる。どうやら糸をスリングショットのように使ったらしい。

 それを寸前のところで避けた綴は筒から中に入っている全ての杭を取り出すと、それを全て糸で一纏めにすると筒をその場に置く。

 また子蜘蛛が飛んでくるのを見て、綴は右手に杭の1本を糸から外して構える。

 綴の目論見通り額に杭が刺さった子蜘蛛は叫び声を上げる。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 息がしづらい。

 杭を持っていた右手が、突進された衝撃でボロボロと崩れている。

 

──コイツの他に、まだあと3体いるはずなんだよな……。

 

 こんな所で死ぬわけにはいかない。

 もう少し生きていないといけない。

 

 パキンという音がして、崩れていた右手が地面に落ちた。杭が刺さったまま子蜘蛛が大量に糸を吐く。咄嗟に跳んで回避するが、糸のうち1本が綴の足に巻きついた。

 しまった、と思ったが既に遅くそのまま地面に叩き付けられる。ぐしゃっと頭の一部が潰れた感覚がある。

 

──くそっ、右手も潰れたってのに……。

 

 子蜘蛛の糸を自分の糸で切り、後方へ下がると子蜘蛛が自分の右手を持っているのが見えた。

 

「返せよ、俺の右手っ」

 

 子蜘蛛が食べる前に取り返さなくては、と綴は走る。

 その間にもポロポロと今度は脚が崩れるような感覚を覚える。頬のヒビ割れがさらに広がったようだ。

 

 痛い。

 綴の身体は痛みをほぼ感じないはずなのに、それでも痛いと感じるのはきっと人間からかけ離れた何かになってしまいそうな自分に、心が耐えられないからなのだろう。しかしそれを押し殺す。

 

 子蜘蛛に飛びつくと、綴は子蜘蛛の首を噛む。叫ぶ子蜘蛛は綴を振り落とそうと暴れるが、更に首から大量の血が吹きでてくる。

 右手を食べるどころではない、綴をどうにかしなければいけない、と子蜘蛛は持っていた綴の右手を地面に落とし、綴を引き剥がそうとする。ブチッと歯が更に食いこんだ。

 

ほのはは(このまま)ふっへやんよ(食ってやんよ)

 

 子蜘蛛は恐怖した。

 コイツは今まで会ってきた他の子蜘蛛とは違う。

 やばい。コイツは自分よりもだいぶ食べた子蜘蛛の数が少なくなっているはずなのに。なのになんだ?コイツはやばい。やばいぞ。

 冷たく、重苦しいその目を見てとある人物を思い出す。見たことなどほんの少しであったが強烈な印象を()()()()()()()()()()、綴の中にいた()()()()()()()()()()()()

 

──五条悟・・・!?

 

 

 

 食ってやる。死ぬにしてもただでは死なない。

 虎杖と再会する気はないが、しかし少しだけ、たった1粒の『もしも』を夢見てしまう。だから綴はその僅かな希望を捨てきれず戦っている。

 

──『もしも』もう一度みんなに会えたら……なんて、悠仁も酷なもの見せるよ。それに縋っちまう俺も俺だけど。

 

 その『もしも』はまさに、蜘蛛の糸だった。

 

 また更に子蜘蛛に歯が食い込む。

 このまま首をへし折ってやろうと足に力を込める。子蜘蛛の悲鳴を聞きながら、いけると確信した。

 だが、()()()()()()()()()()()

 

 

 ドスッ

 

 

 

──………………あーぁ。

 

 

 綴の腹に何かが貫通していた。よく見ると蜘蛛の足が突き刺さっている。後ろからの攻撃だった。

 3体目の子蜘蛛だ。

 

「他の奴らも食ってきたな……?」

 

 おそらく、3体目は他の綴が杭を打った子蜘蛛を食ってからここへやって来たのだろう。でなければ気配を気取られずに自分の背後を取るなんてできるはずがない。

 同時に先程の攻撃が追い打ちとなり予定より早く活動の限界時間を向かえる。

 

──やっぱ無理か。

──でも、会いたいんだ。

──会って、みんなと………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なら、私が手伝おうか?

 大丈夫

 私、綴のことが好きだから

 貴方の全てが欲しい

 大丈夫、寂しくなんてないから

 だからそれを頂戴

 生きていたいなら

 貴方の大切なそれを頂戴

 

 

 

 

 

 

──………………。

──こんな物(・・・・)でいいなら、幾らでもくれてやる。

 

 

子蜘蛛に己を差し出さない

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 子蜘蛛達は油断していた。もう動かないだろうと思っていた。

 だが、忘れていた。自分達の生命力を。

 

 

 綴は立ち上がった。無くなったはずの両腕の変わりに、どす黒い霧が綴の腕を覆う。左眼に違和感を感じる。背中の脚が6本に増えた。

 ふと、そばにあったガラスに自分が写ったのが見えた。

 そこにいたのは、人間ではなく………。

 

──…………呪霊だな。

 

 左眼が治っていたので、良しとする。

 

──俺は待たないといけないんだ。

──会わないといけないんだ。

 

──…………誰と? 忘れた(・・・)

──けど、大事な約束だったはずなんだ。

 

 綴は己の内にいる子蜘蛛に記憶を差し出した。

 忘れていく前に、色んな記憶が蘇ってくるがそれが全て消えていく。何の記憶が蘇っているのかすら綴はわからない。

 何が消えたのかさっぱり分からない。それでも戦うことをやめない。

 

──あの人は誰だっけ?

──あれはなんだっけ?

 

 その戦い方を見たものはこう答えるだろう。

 まるで、獣の戦いを見ているようだ、と。

 そのくらい泥臭く、酷く猟奇的で、残酷な戦闘だった。必死すぎて綴もどうやって戦っているのかわからない。

 人間らしいところが無くなっていく。

 

 それでも、それでもいいから………っ!

 

 

 その時、脳裏にある映像が流れてきた。

 

 赤ん坊を抱く、男女。綴はそれを遠くから見ている。顔はハッキリと見えない。でも何故か声はよく聞こえた。

 

 

 

「名前、決めた?」

「もちろん」

 

「良かったわね、父さんが徹夜して考えてくれたって」

「名前は■■。いい名前だろ?」

「ええ、きっと貴方に似て賢い子になるわ」

「いいや、キミに似て優しい子さ」

 

 この人達は誰だっけ?

 ふと、女性が綴を見て微笑みかける。

 

「■■、私を選んでくれてありがとう。私達を親にしてくれてありがとう」

 

 

 

「…………ううん。俺の方こそ、俺を選んでくれて、愛してくれてありがとう」

 

 

 それすら■■は思い出せない。




夕方にもう一度投稿が有ります。


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空亡
蜻ェ繧上l縺溷測陦灘クォ縺ョ襍ー鬥ャ轣ッ


これまでが全て走馬灯だった。

これから先が現実。

その走馬灯すら呪われた呪術師はもう思い出せない。


ねぇ、どうして? なんで動かないの?

もう少しで、食えるのに、なんで?

 

「………そうだ、もう少し……もう少しで」

 

 動かない身体を無理矢理動かそうとする。

 蜘蛛の脚は黒い部分が剥がれ、だんだん白くなっていく。

 下半身のほうから咀嚼音が聞こえてくる。

 

「こ、ろしてやる。殺してやる、殺してやる殺してやる」

 

 女の声に導かれるように、手を伸ばしたところで………その手を誰かに優しく握られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ごめんなさい」

 

 手を握ってくれる、目の前にいるその人は何も言わない。

 

「とても懐かしい感じがするのに、思い出せないんです」

 

 まるで怒ったかのように見えるのは、気の所為ではないだろう。

 だが、何故かとても安心するのだ。

 

「でも、何でかな……すごく満足で、もうこれ以上なにもいらないんです」

 

 その人はそれを聞くと困ったと言うように眉を顰める。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 その人は頭を撫でて微笑みかける。

 

「そんなに謝らなくていい」

「でも、凄く怒ってる」

「当たり前だろう? 私はキミに生きていて欲しかったんだから」

 

 ポロポロと涙がこぼれ落ちる。

 

「もう、本当にいいんだね?」

「うん。だって、それも忘れちゃったから」

 

 しかし未練なんてものはなかった。

 自分を呼ぶ女の声が聞こえる。しかしそんなものは、この人の前では雑音にもならない。

 

「ほら、いつまでもこんな姿でいないで。元に戻りなよ」

 

 握られた手がじんわりと暖かくなっていく。そこからだんだん人間の形を取り戻していく。

 

「うん、やっぱりこっちの方がキミらしい」

「ありがとう」

 

 この人に褒められると、なんだかとても照れくさい。

 

「ねぇ、迎えに来てくれたの?」

「本当はしたくないんだけどね」

「俺は嬉しいよ、来てくれたのが貴方で」

 

 しかしその人はとても複雑そうな表情をしている。

 

「どうしたの?」

「私は……キミに謝らないといけない」

 

 今度はその人がポロポロと涙を流す。

 

「幸せになって欲しかったはずなんだ。誰よりも優しいキミに……キミは呪術師なんてものは向かない」

「………」

「ごめん。それを知っていたのに、キミに辛い道ばかり選ばせてしまったのは私だ」

 

 たまらずその人を抱きしめる。

 

「いいよ。怒ってないもん。

 何にも覚えてないけど、俺幸せだったから」

 

 その人の手を握り、()()()()()は歩きだす。

 

「僕ね、もっと貴方とおはなししたい、あそびたいな!

 ブランコとかすべりだいとか、いっしょにしたいな!」

「……もちろん、いっぱい一緒に遊ぼうか」

「わーい!」

 

 

 

 歩き始めたところで、小さな少年は「あ」と足を止める。

 

 最期の最後に思い出したのは、白い髪と綺麗な蒼い眼をした人。

 

 大嫌いだと言ってしまったあの人はどこにいるんだろう?

 

 まだ、()()()()

 

「だって、まだ……あの人に酷いこと言ったの、ごめんねって謝ってな──……」

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 ブチンっと頭が身体から離れた。




是非、綴の馬鹿野郎と罵ってやってください。

あともう少しだけ続きます。












────────────────────


甘菜綴
学年:3年生
身長:166cm
誕生日:3月20日
等級:1級
呪術:呪流術・三十蠱毒百呪蜘蛛
イメージソング:THE ORAL CIGARETTES「容姿端麗な嘘」
        奥井亜紀「風にあそばれて」


備考
・栄養失調だったため、身長が伸びなかった。

・初期はもっと悲惨な最期だったけどちょっと考え直してこの形になりました。

・タイトル見たらわかると思いますが、今までの話は全部綴が見ていた走馬灯。序話の時点で現実世界の綴は死んでました。え?綴がいないときの話はどうなんだ?まあ、大目に見てください。

・走馬灯は所詮は記憶、という認識なので話に書いてあることが全て本当のことではない可能性もあります。綴が自分の都合の良いように改変している記憶も恐らく所々ありますが、誰も確認する術はありません。

・実は「綴」は本名じゃない、年齢も本当のものかあやしいです。全部甘菜家のせいだ。ただし誕生日は本当。

・幻覚や幻聴は常に聞こえて見えている状態で、それ故に思考がおかしくなったりしてましたが、持ち前の根性で乗り越えてた。越えられるものでは無いだろ、というツッコミは置いておきましょう。

・テレビ等の機械類を触るのが苦手。ケータイはガラパゴスのらくらくフォン。(1回スマホにしたけど速攻壊した)

・好物は某喫茶店のショートケーキと尾上作のクッキー()

・最期に五条を思いだしたのは果たして綴にとって幸せなことだったのか、それとも不幸なことだったのか。それはもう誰にもわからない。


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54話

き、昨日の日間ランキング、26位……だと!?

これもいつも見てくださる皆様のおかげです本当にありがとうございます。


 脹相の虎杖へ向けた攻撃は全てその手前で弾かれていた。

 

──ありえない。

 

 こんな事態になった原因はひとつしか思い付かない。

 ボロボロになってまで虎杖を救おうとしたあの背中を思い出す。

 

──甘菜綴か……面倒なことを!

 

 しかしそれを許したのは自分自身だ。弟を守るために最後の力を振り絞った綴を脹相は素直に賞賛することができる。もしも綴の言う弟が虎杖でなければ命までは取らなかったかもしれない。

 夏油が綴を頑なに敵にしたくない、と言っていたのはきっと子蜘蛛が主な理由なのだろう。子蜘蛛はいるだけでその場を引っ掻き回す。敵であれば殺してはいけない、という子蜘蛛ならではのアドバンテージは驚異である。味方になれば五条がいない今、こちらはもっと有利になっていただろう。

 だがもしも味方になっていれば、脹相の綴への評価は地に落ちることになっていはずだ。脹相にとって甘菜綴はどこまでいっても、誰になんと言われようと、己と同じ兄という生き物なのだ。

 

 一方で、虎杖は綴の羽織に感激していた。

 どんなに攻撃を受けても弾いてくれているのを虎杖もしっかりと感じていた。やっぱり綴はすごい人だと、この羽織を見てそう思ってしまう。

 

──俺、今めっちゃ先輩に守られてんだな……。

 

 いつもそうだった。綴は時分のピンチに駆け付けてくれていた。

 守られていた。自分と2つしか歳が違うのにずっと見守り、無茶をした時には叱ってくれる。本当に面倒見のいい優しい人だ。

 

 しかし羽織が急に解除されてしまったのを虎杖はそれを感じる。それと同時に綴の死を悟ってしまう。

 

──本当にこれがあの人の正しい死だったんだろうか?

──やっぱり先輩は嘘吐きだ。

──俺、会いに行くって言ったじゃん。

 

 それに気を取られ、脹相からの攻撃をまともにくらってしまった。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 その女性はただ渋谷で仕事を終えて家に帰る途中だった。

 だが突然化け物に襲われることになり周りの人間とともに逃げ惑っていた。

 その時だ、首のない蜘蛛(・・・・・・)が彼女達を救ったのは。

 白い身体を持ち、象よりも小さいがそこそこの大きさをしている。初めは彼女もその蜘蛛に殺されてしまうと思ったが、その逆で化け物を次々にその脚で屠っていくでは無いか。

 どうやら自分以外の人間には見えていないようである。ただ突然死んでいく化け物に人々は驚きを隠せていなかった。

 

「白い蜘蛛が、助けてくれた……?」

 

 それだけでは無い、よくよく腕を見ると糸のようなものが手首に巻きつけられている。

 化け物に襲われた彼女だったが、その時に手首に巻きついている糸が形を変えて盾のようになって彼女を守った。糸の盾に攻撃を阻まれた化け物はまるで電撃が走ったかのように身体を痙攣させて絶命する。

 

「い、いったい何が起こったんだ……?」

 

 隣にいた男がただただ呆然としてそう言った。

 

「わ、わからない……けど、白い蜘蛛がいたの」

「白い蜘蛛?」

「私達を、助けてくれた。今も、私達を助けてくれてる」

 

 普通の状況なら信じてもらえないような、そんな言葉だったが男は彼女の言葉をすぐに信じた。

 もうダメだと思っていた。ここで死んでしまうんだろうと思っていた。

 安心してしまった彼女の目からボロボロと涙が出てくる。

 

──私はまだ生きてる!

 

 白い蜘蛛の存在はすぐにその場にいた人間達の耳に入る。

 どんな夢物語でもいい。ただ人々はこの状況を変えてくれる希望に縋りたかった。

 

「白い蜘蛛が?」

 

「助けてくれたって……」

 

「嘘でしょ?」

 

「でも」

 

「白い蜘蛛はきっと神様なんだ」

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

「私達を助けてくれた!」

 

「白い蜘蛛」

 

「白い蜘蛛様」

 

白蜘蛛(しらぐも)

 

()()()()!」

 

「白蜘蛛様!」

 

「白蜘蛛様!」

 

 人々が口を開く。

 その首のない蜘蛛が、いったいどのようにして産まれたかは彼女達は知らない。しかしその蜘蛛が人間を救ったことを彼女達は知っている。

 

 

 

 

 それとほぼ同時刻。

 虎杖はせっかく綴に治してもらった身体をボロボロにして綴の元へ向かっていた。

 脹相は数分虎杖が気絶してしまっていた間に姿を消していた。

 

「………先輩?」

 

 戦闘の後を追っていると、地下から上に通じる穴があった。

 返事がないことはわかっている。それでも虎杖は綴の名を呼ぶことを辞めなかった。

 

「綴先輩!」

 

 涙を耐えるように声を張り上げて綴を呼ぶ。声が自然と震える。

 

 その時だ、その穴から何が落ちてきた。

 腕だ。その細く傷だらけの腕には見覚えがありすぎた。

 

「……………」

 

 ただ呆然とそれを見ていると、穴から同じように何かの塊が落ちてきた。

 ベシャリと音を立てて落ちてくるそれは、里桜高校の時に見た蜘蛛にどこか似ているような気がする。あれが綴の言っていた子蜘蛛なのだろう。

 その子蜘蛛は虎杖に気が付かなかったのか、それとも敢えて無視をしたのか……直ぐに腕を口に放り込むと奥へ引っ込んで行った。

 

「待て!」

 

 追いかける。

 ただひたすらに子蜘蛛を追いかける。頭のどこかで「やめておけ」と自分の声が聞こえるが、聞こえていないふりをする。

 

 笑い声が聞こえる。まるで筆で描いたような赤い線が奥へ続いている。

 初めに目に付いたのは腕も足もなくなり、腹を引き裂かれた物体だった。引き裂かれた腹からは(はらわた)がこぼれ落ち、それを分身したと思われる数匹の子蜘蛛が貪っている。時折取り合いをしており、ブチッと千切れた腸が地面を汚す。

 その傍で何か(・・)をキャッチボールのようにして投げ合う子蜘蛛もいる。

 

「………えせよ……」

 

 信じたくはない。だが目の前で起こっていることが本当なのだ。目を逸らしたくても逸らせない。嘘だと叫びたくて仕方がない。

 しかし虎杖の口から出てきたのはもっと違った言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その何か(・・)綴の首(・・・)だった。

 

「返せよ!!!!」

 

 

 綴の最期を看取るつもりだった。

 それが今までの恩返しになると信じていたから。綴が大好きな先輩だったから。

 

 ゲラゲラと笑い声が響く。

 虎杖の存在を視認した子蜘蛛達はまるで虎杖を嘲笑するかのように笑っている。それがただただ癇に障る。

 

 返せ。その人はお前達が食べていいような人じゃない。

 返せ。なんでお前達がその人を食っているんだ。

 

「返せよ、その人をこれ以上食うな……っ!」

 

 1歩進むと、子蜘蛛の笑い声が1層大きくなったのを感じる。

 怒る虎杖に見せつけるようにら綴の身体の1部ををまるでスナック菓子のように口に放り込む。

 

「ふざけんな」

 

 奴らは虎杖が攻撃できないとわかっていて煽ってきている。

 お前なんかに何ができる。そう言われたような気分だ。そうこうしている間に綴の首はまた宙に舞う。

 虎杖はその首を他の子蜘蛛が取る前に奪い取る。できることなら身体の全てを取り返したかったが、綴から話を聞いている子蜘蛛相手にそれは不可能だと感じた。

 だがせめて首だけは。これだけは持って帰らないといけない。これ以上綴が辱められるなんて耐えられない。

 

 子蜘蛛達は綴の首を持ち去った虎杖を追いかける。

 子蜘蛛としては早く成体になって飢えから解放されたいのだ。食べ物で遊んでいたのは事実だが、しかしそれとこれとは別。そしてこのままコレを繰り返しいつか自分達の母を呪い、永遠の苦しみを与えた人間達を、両面宿儺を食い殺し飢えから解放される日を待ち望んでいる。

 

──あ、先輩の筒……。

 

 綴がいつも持っていた筒が雑に転がっている。だがそれを拾って行くほどの余裕が今の虎杖にはない。

 

──あとで絶対取りに行くから、今はごめん! 綴先輩!

 

 虎杖は後ろ髪を引かれる思いではあったが、足に力を込めて走り去る。



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55話

綴が出ないとこんなにも話が思い付かないのか………。
今回短いです(小出しにしていこうという作戦)


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 どれだけ走っても子蜘蛛は虎杖を追い回す。

 後ろを気にしていると前から子蜘蛛が襲ってくる。どんなに距離を離して走るルートを複雑にしても子蜘蛛はすぐに追いついてくる。

 この感覚を虎杖は知っている。虎杖がまだ死亡扱いだった頃、森の中にいきなり放り込まれたかと思うと綴に追いかけ回された。虎杖の居場所をすぐに察知してくる綴にその理由を聞いたところ、糸をセンサーとして使ったと答えた。勝てるわけねぇ、ずるい、と抗議したが額を叩かれそれ以上口を開けなくなった。

 それと一緒だ。子蜘蛛は子蜘蛛を食べて学ぶ呪霊だ。綴を食べたことにより、糸をセンサーとして使うことを子蜘蛛が覚え、相手を追いかけ回す動きすら綴と同じだ。

 

──だったら、まだ俺に有利だ。

 

 何回追いかけ回されて額を叩かれたと思っている。

 痛いんだからな、あれ。いつも額が凹むか生え際後退するんじゃないかとヒヤヒヤしていた。

 綴の技と動きをそれだけ虎杖は経験してきた。なんだったらあの時の恐怖でちょっと視界が歪むこともしばしばある。マジで怖かった。まだ綴のことをよく知らない時期だったため余計である。今なら喜んでやるのに。

 綴が言うに、子蜘蛛は学ぶが応用をすることはないという。子蜘蛛にとって学んだことはそれで完成されていることと認識され、さらに何かに発展することは無い。つまり綴の動きをよく知る虎杖なら余裕で躱すことが可能なのだ。

 

──先輩なら俺が慣れてきたら絶対に作戦練ってくるんだろうな……。

 

 その時は逃げることに必死すぎた虎杖は今、綴の動きを思い出しながら子蜘蛛から逃げていた。

 

 

 

 そんな時だ、虎杖の目の前に綴の筒が見えてきた。

 

「?」

 

 元の場所に戻ってきたのかと思い、気にせず走り抜けた。

 それから走っていると、また筒が見えた。元の場所に戻ってきた?いや、これは違う(・・)

 

「筒が、移動してる?」

 

 元にあった場所とは決定的に違う場所に筒があるのだ。

 いったい何が起きているんだ?しかしその筒を気にかける余裕が今の虎杖にはない。綴の動きをする子蜘蛛が相手なのだからないに決まっている。

 

 そのまま走ると、目の前に急に筒が現れた。

 思わず虎杖は後退すると、筒が綴に呪力を流されたかのようにだんだん大きくなっていく。1人で動く筒に虎杖は警戒をする。その時、筒から現れた大きな鎌が虎杖を襲う。咄嗟にそれを避けると、虎杖の背後に迫っていた子蜘蛛の頭に突き刺さる。

 子蜘蛛の悲鳴を聞きながら、虎杖はそれ(・・)から目を離すことができなかった。

 

 虎杖よりも大きく、般若の面を被り、両手が鎌の形をし、まるで百足のような足を持つ……おぞましく、しかしどこか神秘的な雰囲気を持つ呪霊が筒の中から這い出てきた。

 

「9'@3」

「え?」

 

 何を言っているかわからなかった。

 

「!@3#3、#9_9!929!a3#3」

 

 その呪霊は虎杖の持つ綴の首を指しながら何かを訴えている。

 

「2@5@#8_9#@!74@20……」

「ごめん! 何言ってんのか全然わからねぇんだけど!?」

 

 しかし呪霊の言葉は子蜘蛛の攻撃により途切れる。

 それまでただ虎杖に何かを訴えるだけだった呪霊は、その瞬間標的を子蜘蛛に変更する。

 

「9'@3%@_@、#@!74@29!049#85@_92@。

 #@!74@_85@_9'@435@59748、2@5@#8」@!9「7'929」78_#747」

 

 子蜘蛛の頭を再び両手の鎌で攻撃する。

 もちろん子蜘蛛も負けてはいられない。綴から得た知識を持ってこの呪霊に対処しようのする。この呪霊は綴の筒の中から這い出てきたのだから、その正体は綴が知っているはずだと考えたのだ。

 

「@_#8_#849、」@4@8」@#8_@8。#943」@@_9!9「@6747#@_@8!@。

 _8!78。5@%@5%@9'@3「@_8!78。!9「7'9'9、4697'3_#7!7_@'9、「3597#7「747'9、「9.97#@5947'9、#7)353「3_!!78」

 

 だが子蜘蛛はその事実(・・・・)を知った瞬間逃げた。

 子蜘蛛にとって最悪なことをあの男は考え(・・)()()()()()()()ことをを知ってしまった。こうなる確率がゼロではなかったから、綴はこの筒にある効果(・・・・)を付与したのだ。

 

「'@53、_8「347_@。%97#3_8「34@43_@8」

 

 子蜘蛛の身体が急に痺れたかのように痙攣する。いや、子蜘蛛だけでは無い、虎杖もその痺れを感じていた。しかし直接狙われていなかったこともあるのか、子蜘蛛のように痙攣するまでとはいかなかった。

 

──なん、なんだよ……これ。

 

「!@3#3、5@)35@#@!74@29、2@5@#8_8!a3#853」

 

 子蜘蛛は堪らず分散して逃げようとするが、呪霊はそれすら許さない。

 

「_8「@#7!@」

 

 ぐちゃり。と分散した全ての子蜘蛛に白い杭が突き刺さる。

 

「「9'3__@#@8。%3'9、#@!74@_99_3「@8_@_9。

 @_@5@2957!@7!959296947#853」

 

 身動きが取れなくなった子蜘蛛を呪霊は筒の中に次々と放り込んでいく。

 ガゴンっという音と、子蜘蛛が必死に抵抗する声が響き渡り、筒の中からは子蜘蛛の啜り泣くような声が聞こえてくる。

 成人男性が1人余裕で入る大きさとはいえ、全ての子蜘蛛を中に入れるのは流石に無理だろう、と虎杖は思っていたが、入らないと感じた呪霊は子蜘蛛を押し潰しながら中に詰めていく。ここまでされてまだ生きている子蜘蛛は初めて己の生命力を恨んだ。ただでさえこの中は子蜘蛛が()()()()()()()()()()()というのに。

 

「57「8」@、9'@3%@」

 

 子蜘蛛を詰め終えた呪霊が虎杖を見る。

 呪霊が指すのは相変わらず綴の首だった。呪霊が綴の首を欲しがっているのを感じていた虎杖は腕に力を込める。

 

「綴先輩は、俺達と一緒に帰るんだ! 絶対にやらない!」

「#@!74@29#9_9_@'@3%369)7_@!!!」

 

 呪霊の今までで1番大きな声を聞き、虎杖は耳を塞ごうとするが、そうすればすぐに呪霊は綴の首を奪うだろう。

 

「#@!74@_9%@8.8_@!9%@!@4@、!97「3!8#8_@8_%@。

 !@3#3、!@3#3!@3#3!@3#3!!

 2@5@#8_9'7#7!929!@3#85369!!!」

 

 



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56話

実は筒から出てきた呪霊の言葉を解読するとちゃんと言葉になってます。暇があったら解読してみるといいかも。


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 虎杖と筒から現れた呪霊は戦う。

 何度も何度も切りつけられても虎杖はそれを避け続ける。脹相との戦闘で負った傷が痛み血が溢れ出るがそんなことを気にしていられない。

 

「_@_%3、%97#853@_9!9「@#8_@_@85989?」

 

 遂に虎杖の頬が切られる。

 別に油断していたわけではなかった。ただ、何かを発した呪霊の雰囲気が先程と何か違っていた。

 

「なぁ、お前と先輩って……!」

 

 どういう関係なんだ?そもそも何故綴の筒の中から出てきたんだ?綴の味方ではないのか?ならばどうして綴の筒の中に入っていたんだ?

 その疑問は呪霊の猛攻によりかき消される。

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

「え? 綴の筒?」

 

 いつの日か五条にそんなことを尋ねたことがある。まだ綴との間に距離を感じていた頃だ。

 

「昔っから持ってたの?」

「いや、筒自体は小4くらいからかな?」

 

 顎に指をかけ思い出す五条はどこか絵になる。じゃなくて。

 

「そんなにちっちゃい時から?」

「色々と事情があってね。

 元々はただの入れ物だったんだけど、綴が改造して………ま、僕はアレ苦手(・・)なんだけど」

「先生苦手なものあったんだ」

「あるよ、僕も人間だよ?」

 

 しかし何故あの筒をわざわざ手作りしたんだろうか。

 

「というか、なんで五条先生はあの筒が苦手なの? 先輩めちゃくちゃ大事にしてるっぽいのに」

「"ぽい"じゃなくて大事にしてるんだよ。だから余計に苦手意識が助長されるというかなんというか……」

 

 そう言う五条の顔はだんだん渋いものになっていく。

 

「そういえば、悠仁はあの中に入ったんだよ」

「え、マジで!? どうやって?」

 

 あの筒のサイズ的に入れるはずがない。ということはわかっているが気になった。どうやって入れたんだ?まさか中が超次元的なことになっているんじゃないか?と期待の眼差しを向けて五条に尋ねるが首を横に振られる。

 

「いや、アレ大きくなるから」

「あ、そういう」

 

 とんでもない呪具だと思っていたこともあり、少し残念だった。

 

「あの呪具作るのに大苦戦するくらい不器用な綴が、そんなもの作るなんてまずできないから」

 

 綴が意外と不器用であることをここで虎杖は知るが、その不器用さを見て目が点になるのはまだ先の出来事である。

 というか、五条があの筒が苦手だという話は見事に違う話にすり変わってしまっていた。

 

「あのさ、さっきのあの筒が苦手って……」

 

 虎杖はその時五条の雰囲気が少し刺々しいものになっていたことに気が付いた。

 本当に筒が苦手だということがよくわかる。そのため虎杖はそれ以上何も言えなくなってしまった。

 

「ん? どうかした?」

「いや……なんでもない!」

 

 筒についてはいつか綴に直接尋ねよう。

 しかしその後、刺青のことについて尋ね、綴には地雷が多数存在することに気が付いた虎杖は綴から話してくれることを待つことにしたのだ。

 

 もうそれもできないのだけれど。

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

「#8_%3」9#8!7_@!@5@。%97#853!9_9!9「@!9__@'3_8?」

 

 呪霊の仮面の隙間からはらりと涙がこぼれ落ちた。

 この呪霊は何を思って泣いているのだろう。それすら虎杖にはわからない。

 

「…………」

「@_@5@2@、#@!74@_9_@_8?」

 

 だがこの呪霊が綴に悪感情を抱いていないことは確かだ。どちらかと言うと、綴を大切に思っているのではないだろうか?なぜなら虎杖を傷付けても、呪霊は綴の首を傷付けることはなかったのだから。

 

「俺は、先輩の後輩だ」

「………」

「先輩には、沢山のことを教えてもらった」

「………#@!74@「@?」

「お前は、いったい……」

 

 シクシクと啜り泣く声が聞こえる。

 両手で呪霊は自分自身の顔を隠す。

 

「……!@3#8て」

「え?」

 

 その時初めて呪霊の言葉に虎杖は真剣に耳を傾けた。するとどうだ、だんだんと彼女の伝えたい言葉が分かってきたではないか。

 

「かえ#8て、わたし、の#@!74@、わたしの、子供」

「───っ!?」

 

 彼女は綴に手を伸ばす。

 

「たいせつ、なの。

 あいし、53847の。

 もうはな43た!7ないの。

 おねがい、おね、がい%@!@ら」

 

 綴は筒を大事に扱っていた。五条に改造されていた交流戦では返してもらった後、めちゃくちゃメンテナンスしていたのを虎杖は見ていた。

 それもそのはずだ。当たり前だ。その筒にいたのは、()()()()だったのだから。

 

「……ごめん。俺、なんかめっちゃ勘違いしてた」

 

 虎杖はそっと綴の首を彼女に差し出した。

 彼女はそんな虎杖を訝しげに見つめたが、虎杖が本気で綴の首を彼女に渡す気であるとわかると、綴の首と同様虎杖の手も傷付けないようにしながら首を受け取る。

 

 桜が舞う。

 

 彼女は人間だった時と同じ姿に戻ると、首をまるで赤子のように抱きしめながら虎杖に微笑んだ。

 

「ありがとう」

 

 それだけを虎杖に伝えると、彼女は筒から伸びてきた黒い帯に捕まり、子蜘蛛と同じように無理矢理筒の中に押し込められる。

 彼女が完全に筒に入り込むと、黒い帯が筒の口を覆い蓋状になってしまう。

 

 

──終わったんだな、綴先輩。

──そうなんだよな?

 

 そう、甘菜綴という人物の戦いはこれで終わった。

 鼻の奥がツンとする。

 

 虎杖の周りにはおびただしい量の血液が流れている。寝てはいけない状況だが、一連の出来事で気が抜けた虎杖の視界は急に狭まり、いつの間にか真っ暗になった。

 

──先輩に、ありがとうって言いたかったなぁ……。

 



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57話

誤字報告、お気に入り登録ありがとうございます!


【1年前……】

 

「納得できない」

「なんでだよ」

 

 筒を大事そうに抱える綴の顔には達成感が滲み出ている。それを五条は本当に嫌そうに見ていた。

 

「俺が頑張ってそこそこ高度なことしたんだから、褒められてもいいと思う」

「もうちょっと違うものだったら褒めてた。なんなら頭撫でて高い高いもしてた」

「俺もう子供じゃねぇんだけど?」

 

 五条は本当にこの筒が嫌いだった。

 この筒にはある特殊な封印術が綴の手によって仕込まれた。

 発動条件は、綴が死んだ時だ。綴の死は(五条は諦めるつもりは無いが)近々決まったも当然である。

 しかし綴が死んだ時のことを考えてみるとなかなか問題が山積みになってくるのだ。

 

 まず、子蜘蛛に殺された場合。その子蜘蛛に食われて力を持っていかれてしまう。こうなると周りに大きな被害を与えることになるだろう。

 次に、子蜘蛛以外に殺された場合。殺した相手が子蜘蛛となってしまう。

 そして、綴が成体として完成し意識がなくなってしまった場合。これは単純に、次の子蜘蛛が産まれないようにするためである。

 そうしなければ、悲劇がいつまでも続く。

 

 今までの三十蠱毒の被呪者はすぐに意識をなくし呪霊へと変容する。しかし少しの間だけは意識が残るのだ。

 その間に被呪者は己を陽の光も届かない場所に閉じ込めてもらい、死の時を待つのである。

 だが綴はどういうわけかいつまでも意識と人の形を保っている、初めての例だった。五条と絃栄の力がほとんどではあるが、そういった要因のお陰である程度の自由がきいていた。

 

「だからって、殺した相手ごと綴も封印するってどういうこと?」

「言った通りだけど? 安心しろ、子蜘蛛をできるだけ多く道連れにしてやるから」

「そんなこと言ってなーい!」

「? じゃあ何がそんなに不満なんだ?」

 

 五条はわざと綴に苦虫を噛み潰したような顔を見せる。

 

「………あれか、降霊術を他の呪術師に教えてもらったから?」

「違う」

「えーと……母さんを降霊したこと? でも母さんも了承したから成功しているわけで……」

「違う」

「……………………えーと?」

 

 五条はため息を吐いた。どれだけ大事にしても、綴はそれに気付かない。というか無意識に気付かないようにしているのだろう。

 

「綴が死ぬこと前提なのが、気に食わない」

「……え、そんなこと?」

 

 だからこんなことが言えてしまうのだ。

 

「恵も大概だけど、綴も綴だよ、その自己評価の低さ」

「アイツよりマシだろ」

「僕から見たらいい勝負」

 

 今度は綴がため息を吐いた。

 

「……死ぬつもりなんざねぇよ。

 ただ、俺はあんたじゃない。死ぬ時は、多分あっさり死ぬと思う。だからといって、タダで死ぬなんて我慢できないんだよ」

 

 「死んでも勝つ」その意気込みだけで、綴はここまでやってしまった。

 しかし、これでは………。

 

 

──万が一綴が死ぬ時は、きっと俺が傍にいられない時だ。

──綴が封印される時は、俺は綴の傍にいられないんだ。

──そうなった時。俺は、綴の死に目には会えない。

──死体すら、俺は見ることができないんだ。

──この馬鹿、それに気付いてんのか?

 

 

 夏油と手を繋いで笑っていた綴を思い出す。

 

──傑、もしも綴がそっちに行ったら……蹴り飛ばしてでもこっちに送り返してくんない?

──………無理か。

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

報告・10月31日 渋谷

 渋谷某所にて、甘菜綴の死亡、及び子蜘蛛95匹の封印を確認。

 子蜘蛛は甘菜綴の作った筒の中で未だに祓われずにいるが、放置することで餓死すると結論付けられる。(29の蠱毒は全て餓死によって祓われる)(祓うにはおよそ千年は掛かるとされている)

 残った子蜘蛛は東京都立呪術高等専門学校にて、その契約者夏岸祭とともに保護されている。子蜘蛛は夏岸祭の呪力を受けることで人を襲うことはなく、これ以上の力を持つことはできないため、無害化が完了したと思われる。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 渋谷の各地で改造された人間や呪霊から首無しの白い蜘蛛が人々を守っているのを真人は見た。

 それが呪霊であることはすぐにわかったが、その正体がわからなかった。

 一体何故、あれば渋谷に現れたのか。それがわからない。

 だが白い蜘蛛はだんだん弱ってきているのを真人は感じる。目立った外傷はないし、どちらかといえば呪霊達のほうがだいぶ酷いことになっている。

 

──しかし、蜘蛛かぁ……。

 

 思い出すのは綴のことだ。

 真人は綴が苦手である。

 1度だけしか戦う機会などなかったが、その1度で一方的に追いかけ回された。しかも本人には何らかの技で無為転変が効かないのだから本当に困ったものだ。柳は2度と受けたくない。

 そのせいもあるのか、真人は蜘蛛を見ると綴を思い浮かべてしまうのだ。

 

──あの時の甘菜綴めっちゃ怖かったなぁ……。

 

 そんなことよりもあの白い蜘蛛はいったい何なのか。

 一瞬綴が何か起こしたのかと疑いもしたが、アレに綴の呪力は感じられない。いや、僅かにだが綴の呪力は混じっている。

 だがその程度。水の中に異なった飲み物が1滴入っている程度。真人でなければ気付かなかっただろう。

 

──あの呪霊が人間を守ってるのはそのせいか?

──いや、でも……。

──それじゃあ、結局()()()()()()()はいったい何なんだ?

 

 問題はそこだ。

 この際綴の呪力が僅かに混じっていることは置いておこう。

 使役もされていないような呪霊が人間を守るだなんて聞いたことがない。気紛れでもなんでもなく、死にかけた今でも人間を守ろうと必死だ。

 

「白蜘蛛様!」

 

 あの人間は呪霊が見えているようだ。まるで神様を見るかのような目を白い蜘蛛の呪霊に向けている。見えていないであろう人間も、自分達を守っている存在には気が付いているようで、見えている人間と同じように手を合わせて拝んでいた。

 

「私達、白蜘蛛様の邪魔になってる!」

 

 誰かがそう叫んだ。

 

「でも、どこに逃げたらいいんだよ!」

「落ち着いて! こんな所で暴れないで!」

「白蜘蛛様、負けないで!」

 

 本当に神様のように崇められている。実際には真人でもすぐに倒せてしまいそうなくらいの力しか持たない、よくて2級程度の呪霊だ。

 

「あ」

 

 真人がそう言った時、白い蜘蛛はついに倒れた。

 

「……さて、虎杖探しに行こっと」

 

 真人はすぐに白い蜘蛛から興味が失せ、目をそらす。

 だから気が付かなかった。白い蜘蛛が消えても、人間達の腕から糸がいつまでも消えないことに。白い蜘蛛が祓われた跡から人型の()()()()()()()()()()ことに。

 

 

 

 

 




原作のストック無くなってしまった……ので、もしも見たい番外編とかありましたら教えてください。勝手になんか書いてるかもですが。


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58話

続編の主人公が登場しています。



 幼い頃子供の姿のそれ(・・)は白い蜘蛛が倒れ絶望する彼らの目の前に現れた。

 長く白い髪は顔を覆ってしまってよく見えない。身体も同様だが、服を着ているようにはみえない。

 それ(・・)は彼らに手を伸ばす。

 初めは警戒していた彼らだったが、自分達を必死に守っていた白い蜘蛛の跡から産まれたのがそれ(・・)だと気が付くと、思わずすがりついてしまった。

 

 白い蜘蛛は倒されんたじゃない。

 白い蜘蛛は自分達と同じ姿になってくれたんだ。

 私達はこの神様に守られている。

 私達はこの神様を信じている。

 

 それはこの渋谷に来ていた若者達の心の底からの信仰だった。

 

「お願いします、私達を助けてくださいっ!」

 

 誰かが必死になってそれ(・・)に頼む。

 1人が言うと次々に声が上がる。

 

「助けてください」

「死にたくない」

「お願いします」

「死ぬのは嫌」

「助けて」

「助けて!」

「死にたくないの」

「助けてください!!!」

 

 初めは状況がよく読み込めず小首を傾げていたそれ(・・)だったが、彼らが自分を畏れ敬っていることに気が付く。

 

 恐れている訳ではなく、彼らは畏れている。

 そして何より、信仰してくれているのだと感じとる。

 

 それ(・・)は両膝をついて懇願する彼らの1人の頭を撫でた。

 彼が頭をおそるおそる上げると、髪の隙間から綺麗な顔が間近に見えた。

 ニッコリと微笑んでいて、安心するようなそれ(・・)笑顔。やはりこの人は神様かなにかなのだろうと思わざるを得なかった。

 

 しかしそんな穏やかな雰囲気は長くは続かない。それ(・・)の後ろから呪霊が襲いかかってくる。

 誰かが声を掛けるよりも早く、それ(・・)は呪霊に気が付くと印を結んだ。

 その一瞬で呪霊はただの肉塊となっていた。ビチャリと生暖かい血が彼らに降り注ぐ。それ(・・)も勿論血で汚れ、それ(・・)の白い髪は真っ赤に染まる。それを気にしたのかフルフルと頭を振っていると、1人の女性がタオルをカバンから出した。

 

「わ、私が拭きます!」

 

 女性がそれ(・・)に断ってから頭を拭いてやると、それ(・・)はとても嬉しそうにしている。赤い血は拭き取られ、思わず見惚れてしまう美しい白い髪が顔を出す。

 頭を拭いていた女性の頭をそれ(・・)がお礼を言うかのように撫でる。女性は途端に涙を目に溜めた。

 

──なんて慈悲深い存在なのだろう。

──なんて美しい存在なのだろう。

 

 この時のみ、それ(・・)の姿をその場にいた全員(・・)が見えていた。

 

 

 

 

 

 髪を切る。

 服を呪力で作り出す。

 

 白い髪に白い着物。そして黄金色の瞳が爛々と輝き、渋谷を見つめている。

 

「白蜘蛛様」

 

 そう呼ばれて白蜘蛛様(それ)は微笑んだ。



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59話

少しだけ進みます。
その後は回想だけ。多分こんなのがしばらく続きます。

コメント、お気に入り登録ありがとうございます!


 夏油一派の美々子と菜々子は、虎杖に宿儺の指を食わせ、目覚めた宿儺に夏油の身体を乗っ取っている呪詛師を倒してもらおうと画策していた。

 

「あ、この筒……」

 

 そこで見たのは綴の筒だ。

 1年前も背負っていたそれは、その時よりも大きくなっており一瞬では綴の筒だと気が付かなかった。

 この筒がここにあり、肝心の綴がいない状況を見て2人は察する。というよりも、夏油の身体を乗っ取っている呪詛師が言っていた。この筒は綴が死んだ時に発動する封印呪具であるということを。

 

「……つまり、死んじゃった……ってこと?」

「そんな……」

 

 美々子と菜々子にとって綴の存在は大切だった。何故なら夏油が最も愛していた弟子だからだ。その話を聞いた時、初めは嫉妬していたがだんだんとその気も失せた。それだけ大事な弟子なのだとわかってしまった。美々子と菜々子は綴が夏油と同じように大好きだった。

 

「綴お兄ちゃん……」

 

 ポロポロと涙がこぼれ落ちる。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

【2018年1月某日・某所】

 

 

「なんか用かよ?」

 

 美々子と菜々子に詰め寄られた綴はため息を吐く。

 見覚えがある2人が綴の任務先に現れたことに驚いたが、それも一瞬だった。すぐに思いつく。きっと夏油のことできたのだろう。きっと何故五条を止めなかったのかを問われるはずだ。

 

「甘菜、綴……さん、だよね?」

 

 だがその声色に嫌悪や怒りを感じなかった。寧ろ、綴の様子をうかがうような、そんな態度である。

 

「……手前らは夏油さんとこにいた奴らだろ?」

 

 そう聞き返すと、2人同時に頷いた。

 

「夏油様はあなたのこといつも話してくれた」

「だから、本当はゆっくり話してみたかったの」

 

 夏油がいつも話していたと聞き、綴は意外だと感じた。あまりそういうことを味方に話すと思っていなかった。

 

「……俺と何話すんだよ?」

 

 本当なら綴は美々子と菜々子を捕まえなければいけない立場にある。だが夏油に付き従っていた人物だと言うだけで、捕まえたくはなかった。攻撃してこなければ、この1度だけなら見逃しても良いとさえ思っていた。

 

「……え、と」

 

 だいぶ緊張しているようだ。百鬼夜行やその数日前に会った時とは雰囲気が全く違う。それを感じた綴は首を傾げる。

 

「……綴、お兄ちゃんって呼んでいい?」

 

 その瞬間、綴は非常に嫌そうな顔をした。綴は全く知らない人間から「お兄ちゃん」だのと言われることが我慢ならなかったため、びくつく美々子と菜々子のことなどお構い無しに睨みつけた。

 

「だ、だめ?」

「ダメも何も俺は手前らのこと全く知らん。名前も知らん相手に、何で兄と呼ばれねぇとなんねぇんだ」

 

 綴の主張もわかるが、美々子と菜々子はそんな綴の素っ気ない態度に少なからずショックを受けている様子だった。

 

「お願い、綴お兄ちゃんって呼ばせて!」

「夏油様にお兄ちゃんの話を聞いてから、ずっとそう呼びたかったの!」

「だっから「お兄ちゃん」って呼ぶな! 夏油さんからどんな話聞いてんだ!?」

 

 ウルウルと目を涙で潤ませながら美々子と菜々子は綴にせがむ。綴は何となく、夏油が美々子と菜々子に甘かったんだな、ということを察した。

 

「私、美々子! こっちは双子の菜々子!」

「やめろ、聞いてもねぇのに名乗るな、阿呆!」

 

 

「ほら、綴お兄ちゃんピース!」

「……ぴいす?」

 

 場所は東京某所のクレープ屋。そこで美々子と菜々子が綴を挟んで写真を撮る。

 あれから押し切られて、こうやって東京散策をすることになってしまった。振り切っても良かったのだが、そうなると付きまとわれそうだったので綴は2人が満足するまで付き合うことにした。

 

「お兄ちゃん、これ美味しいけど、食べれるかな?」

 

 私のクレープを食べてくれ、とグイグイクレープを押し付けてくる美々子。控えめに服を引っ張って逃げ出さないようにする菜々子。どこか遠い目をして虚空を見つめる綴。はたから見れば妹のわがままに付き合う兄、という構図の仲の良い兄妹に見えないことも無い。

 

「あとどこ行くんだよ」

「その前に休憩しよ」

 

 今まで散々連れ回しておいて、急にそんなことを言われたのだから、綴は不思議そうに首を傾げた。

 

「お兄ちゃん、非術師()が嫌いなんでしょ?」

「よく非術師()が大勢いる所で酔ってたって夏油様が言ってた」

 

 なら連れ回す、という考えを捨ててくれないだろうか。

 人を気遣っているように見えて、結局は自分達のことしか考えていない双子に綴は再度ため息を吐く。

 連れてこられたのは、人があまりいない公園。何個も遊具があるにも関わらず、そのほとんどにテープが引かれ、立ち入り禁止と書かれている。

 

「今日は一緒に遊んでくれてありがとう」

 

 ベンチに座ると、菜々子が綴に礼を言う。

 しかし綴はこの2人が何かを企んでいるようにしか見えなかった。企み、というほど仰々しいものではないにしても、何かあるのだろう。

 

「で、結局何が目的だ?」

 

 回りくどく聞いたり、探るのも面倒臭い。綴は直球で2人にそう聞いた。

 美々子と菜々子は顔みを合わせてからポツリポツリと話し始める。

 

「……一緒に、来て欲しいの」

「…………」

 

 そう夏油の仲間に誘われるのは可能性として無いわけではなかった話だ。むしろよくここまでそんな話を持ち掛けてくる奴がいなかったなと少し疑問に思うくらいだ。

 

「夏油様は綴お兄ちゃんの勧誘はしないようにって言われてて」

「私達がすると綴お兄ちゃんは拒否するだろうから、夏油様がするって……」

 

 夏油が高専を去ってから約10年。なのに、綴のことをよくわかっている。それが何となくムカついた。

 綴は夏油以外の人間から勧誘されたら、絶対に拒否する。そして直接誘いに来なかった夏油に腹を立てて夏油からの誘いも断るようになるだろう。

 もしも、高専に入学する前に夏油に誘われていたら……五条がいなければ、きっと2つ返事で夏油の元へ行っただろう。だが、そうするには高専に大切な物が増えすぎた。

 

「……散々人のことほったらかしといてよく言う」

「そんな事ない! 夏油様はずっとお兄ちゃんのこと……」

「聞きたくない」

 

 今更過ぎる。

 

「それでも、夏油さんが俺のことをあそこに残したのは事実だ」

 

 だんだん眉間のシワが酷くなっていることが自分でもよくわかる。

 

「お兄ちゃん、怒ってる?」

 

 そう指摘されて、自分が怒っていること(・・・・・・・)に気が付いた。

 

──何に対して?

──不躾に夏油さんの話をする双子に?

──ずっと迎えに来なくて、勝手にいなくなって、勝手に死んでいた夏油さんに?

 

 おそらくその全部だ。

 

「……とにかく全部聞かなかった、見なかったことにしておく」

「………」

「これ以上手前らと話すことは無い。

 そもそも俺は任務が終わって報告も済んでる。これ以上油売ってたら他の呪術師も集まってくる」

 

 綴は立ち上がって公園を出る。

 

「見逃すのは今回だけだ」

 

 公園から出ていく綴の背中を見て、美々子と菜々子は何かを言わなくてはいけないような気がした。しかし咄嗟に出てくる言葉はなく……だがそんな中でつい、こう言っていた。

 

「夏油様は、綴お兄ちゃんのこと、本当に大好きだったよ!!」

 

 綴は片手を上げその言葉に応える。

 

「知ってる!」

──俺だって、傑兄ちゃんが大好きだった。

 

 こんな呪術界(地獄)で手を差し伸べてくれた最初の人だった。

 

──ああ、そうか。

──俺、自分に怒ってるんだ。

 

 夏油を止められなかったこと、五条に夏油を殺させてしまったこと、夏油に対する憎悪も殺意も怒りも、全てまとめて綴は大好きだということ。

 そんな、煮え切らない自分に怒りを感じる。

 



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60話

お気に入り登録、誤字報告ありがとうございます!

wakkaronさんが綴を表紙風に描いてくれました!ありがとうございます!!
イラストはあらすじに貼っているので、興味がある方はどうぞ。めっちゃカッコイイイラストです!




 伏黒は、かつて綴に体術を教えてもらう際にいろんなアドバイスをもらっていた。

 綴は虎杖のような力があるわけではない。呪力による補強で虎杖以上の腕力を出すことはあっても、無ければ虎杖に負ける。

 甘菜呪流体術はそれを使うために必要な筋肉以外は付けない。むしろ必要なのは身体の柔らかさである。

 

 それを、目の前の敵。と言って良いのかも分からない、特級呪霊との戦いに乱入、後にその特級呪霊を祓い……今は自分を襲ってくる男の攻撃から逃げる伏黒は思い出していた。

 

 

 

────────────

 

 

 

「身体が柔らかいと怪我をしにくい」

 

 どんな体勢でもバランスを取る。綴は最初、伏黒にそれを教えていた。それが甘菜呪流体術の基礎だからということもあるのだが。

 その次に教えられたのは防御について、だった。

 

「そうだな……自分よりも圧倒的に強い相手と対峙した時、まともに攻撃を受け止めようなんて考えるなよ」

「避けるってことですか?」

「それができたらな。

 でも()()()()()()相手だ。たぶんその隙は与えてくれない」

 

 綴はそう言うと構える。

 

「思いっきりこい」

 

 それは相手の攻撃を受けるための構えであることを伏黒は知っていたし、自分も多用している。右手は顔の前に、左手は胴の横。決して拳は握りこまないように。

 そんな綴に攻撃をする伏黒だが、気が付くと手首を掴まれて床に転ばされる。あまりにも早く、そして静かに。

 

「これをするのに力はほとんど使っていない、梃子の原理に少し似ているな。少ない力で大きな力を動かす。身体で相手の攻撃をもろに受けず、力の流れを外へ……自分は暖簾か何かだと思うこと。

 そのためにも身体の柔軟性は必要不可欠な要素になってくる。今のは手首の柔らかさを利用した」

 

 口で言うのは簡単だが実際にやるにはだいぶ修練が必要だ。綴もそうで、呪流体術を本格的に指導された時は一生出来ないのでは?と感じるほどに習得するのは難しかった。

 

「できるようになれとは言わん。ただ、こういうことができる、ということは覚えておいて損は無い。どこかに活かせるだろうから」

 

 活かせる場面が本当にあるのだろうか。疑問はあるが綴が言うのだから、きっと役に立つだろうと伏黒は思った。

 

「まあ、使い所は今は分からんでもいい。お前は名前の通り賢い奴だし、いつか役に立つだろ」

「え?」

「なんか質問か?」

「いや……その、名前のこと……」

 伏黒は自分の名前に対する指摘の意味がよく分からず聞き返してしまった。

 

「……恵には賢い、聡いという意味がある」

 

 そう言うと、綴は適当に木の枝を拾い上げ、地面に『恵』の文字を書く。

 

「元々は「(こう)」書いた」

 

 スラスラと随分と達筆な字で『惠』という字を書く。

 

「上のこの部分、「(せん)」は縛りあげた袋の形を、「心」は人間の心を表し、組み合わせて「引き締まった心」を表現しているのが成り立ちだ。

 仏教では、「恵」は真理を見通す心の働きで……物事をよく見極め、道理を正しく把握する精神作用。三学の1つ、すなわち智慧」

 

 分かりやすく図解しながら綴は伏黒に説明する。どうやら伏黒の親は簡単にとんでもない名前を寄越したらしい。

 

「……でも、多分意味なんて考えてないと思いますよ」

 

 きっと思いつきだ、どんなにその文字自体に良い意味であろうと。

 

「意味なんて、自分で決めたらどうだ?」

「自分で、決める?」

「名前に意味が欲しいならの話だが」

 

 そう言いながら綴は木の枝を肩に置く。

 

「元から意味があるなら、それを曲げるのはだいぶ骨が折れることだが……無いなら簡単だ」

「そんなもん……なんですか?」

「俺はそう思う」

 

 まっすぐ伏黒を見る目は一点の曇りもない。それだけで伏黒の胸の内はスっと心地よい風が通った気分になった。

 

「先輩は?」

「は?」

 

 よくわからないこの気持ちを誤魔化すべく、伏黒は綴に質問をする。

 

「先輩の名前の意味は、あるんですか?」

 

 何気ない質問のつもりだった。

 

ボロ布(・・・)

「え?」

 

 何気ない質問のはずだった。

 

「正確には、綴ったもの。つづり合わせたもの。つぎ合わせて作った、粗末な着物。また法衣、という意味がある」

 

 綴は今度は地面に『綴』の文字を書く。

 

「俺の名前はこのうちの粗末な着物……()()使()()()()()、という意味を持つ。実際、これまでの人生の大半がそうだった」

 

 綴の母親は、甘菜家の人間だったが縁を切ろうとしていたらしい。そして、もしものことがあれば綴を甘菜家に差し出すつもりだった、と。その時のために名前の1字に「糸」の字を入れ、名前にはそういう意味を持たせた、と。

 

「小学校の課題で「名前の意味について調べる」てのがあって、その時に甘菜家宛に母さんが書いた手紙を見せられた。そこに名前について書いてあった」

 

 その瞳には何の感情もない。本当に物か何かになってしまったかのようで、思わずゾッとする。

 

「それ、本物なんですか?」

 

 甘菜家の綴への執着はよく知っているつもりだ。そんな奴らなら手紙の偽造などお手の物だろう。もしかしたら、そういう可能性もあるかもしれない。

 

「………知らない」

 

 そう言うと、綴は木の枝を放り投げた。

 

「気にしていた所で名前を変えれるわけじゃねぇ。名前変えたとしても、根源の意味は変えられない」

 

 だからもう諦めた。

 綴は吐き捨てるかのように呟くと、その場を去って行った。

 

 諦めたと言っていた。しかしそうには見えない。本当に諦めたというのなら、あの人ならもっと感情を表すのではないのだろうか?

 そもそも、あの人が物のように扱われることを受け入れるだなんてありえないことだ。

 

 

 

────────────

 

 

 

 そんな、戦いに関係の無いことまで思い出したのは、この伏黒を襲ってきて自ら自害した男が伏黒の名前を尋ねてきたからだ。

 

 綴のアドバイスのおかげで攻撃をいなすことはできなかったが、攻撃の打点を自らの影に男の片足を沈めたことでずらす(・・・)ことには成功した。ただし、あくまでも致命傷を逸らしたという形だ。脇腹だが男の持っていた遊雲が刺さったことに変わりはない。

 その事をあの人に伝えたらどういう反応をするだろうか。きっと「そういうことじゃねぇ」と額を叩くに違いない。

 

 そういえば、この渋谷に来ていると言われていた綴はいったい何処にいるのだろう?

 早めに虎杖と共に合流したいところだが、場所がわからなければそれも叶わない。

 

 だがその前に、七海と真希、禪院直毘人の無事を確認しなければ………と考えたところで背中を鋭い痛みが走る。

 

──そういえば、甘菜先輩が、任務中は頭と背中は常に意識して死守しろって言ってたっけ……?

 

 今思い出したところで後の祭りである。



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61話

お気に入り登録ありがとうございます!

【死因】最新話
そしてじゅじゅさんぽで復活しました。


 甘菜綴は優しい子だ。それが七海健人が綴に抱いている印象である。

 本当にあの(・・)2人の先輩に人格形成をされたのか目を疑うほどに、優しくて良い子だった。

 同時に、そんなところが心配だった。ハッキリと言ってしまうと、綴は呪術師に向いていない。綴が幼い頃から交流のある人間からすれば、それは明白だ。

 

 優しすぎる。

 どれだけ厳しい態度をとったとしても、人を寄せつけようとしなくても、優しすぎたせいで結局は人に手を差し伸べてしまうような子だ。 呪霊に感情移入してしまうこともあった。

 そのせいでまだ殆ど呪霊を祓う実力がない幼少期、蠅頭を祓おうとして逆に取り憑かれる、なんてことは日常茶飯事だったように思う。

 

 だからだろうか。あの人、夏油がどんどん力をつけていく綴を見て悲しそうにしていたのは。

 蠅頭に襲われて大号泣する綴を抱きしめて、夏油はいつもそんな顔をしていたように思う。

 

──そうだ、あの頃綴君は泣き虫だった。

 

 

 メカ丸から事の顛末を聞いた時、綴のことを真っ先に思い出した。

 綴が呪術師達を裏切るということはしない、と信じていたい。

 だが、もしもそんなことがあれば……と自然と手に力が入る。

 

 思い出すのは今とは違う、天真爛漫な笑顔を向ける綴。

 綴と出会ったのは、七海が高専に入学してすぐ。まだ桜の咲く頃だった。

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

「けん、けん、ぱ!」

「おぉ、上手い上手い!」

「次、雄兄ちゃんね!」

 

 七海は任務を終えて高専に帰ってきたところだった。

 目の前の光景が信じられず、目を擦る。

 しかし、それでも幼児と遊ぶ同級生と転がるライン引き、幾つも並んでいる白線は消えない。

 

「………なにやってるんだ?」

 

 ぼそりと呟くと勢いよく同級生の灰原が振り向き、幼児は灰原の後ろへ隠れる。

 

「や、七海! 任務帰り?」

「そうですけど……この子は?」

 

 灰原の後ろを指差す。

 

「ああ、この子は甘菜綴君だよ。夏油さんと五条さんが帰ってくるまで面倒見ることになってさ」

 

 信じられない名前を聞いたような気がする。

 先輩の問題児と言われている2人組……夏油はまだわかるが、五条もこの幼児、綴と知り合いなのか。

 

「綴君、このお兄ちゃんは七海健人くんだよ」

「……じゅじゅちゅし(呪術師)、ですか?」

 

 呪術師が言えていない。

 そんな舌足らずな綴は灰原のズボンを握り、七海の様子を伺うようにして見ている。

 

「そう、呪術師」

「……綴です、よろしくおねがいします」

 

 そう言いながら深々と七海に頭を下げる。それに七海が応えると、綴は嬉しそうに笑った。

 

「雄兄ちゃん、健人兄ちゃん! あのね、次ね、んーとね……かくれんぼ!」

「いいよ!」

 

 その綴の一言に七海は思わず「は?」と言ってしまう。

 ギュッと七海と灰原の手を握りしめ、グイグイと引っ張って行くではないか。

 待って欲しい、本当に。こっちは任務明けなんだ、遊ぶ余裕なんてないんだ。と言う暇も与えてくれない綴に若干怒りが湧く。そんな綴を見て、やはりあの2人の関係者だと確信する。

 

「健人兄ちゃんオニね」

 

 急に決められ目が点になっていると、綴と灰原は楽しげな声を上げながら校舎の中へ入っていった。

 無視して寮へ帰ってやろうかと思ったが、そんなことをして綴が夏油と五条にこのことを話したら、ほぼ間違いなく七海は絡まれる。特に五条に。

 深い深いため息を吐いてから、七海は校舎へ足を運ぶ。

 

 

「……何やってるんですか?」

「あ、七海」

 

 1番初めに見つけたのは灰原だった。

 灰原は1階校舎の窓から外へ出ようとしているところであった。

 

「いや、七海の呪力を感じたから場所を変えようかなー?と」

「馬鹿なことしないでください」

 

 早く寮に帰って休みたいんだ、と訴えるも灰原は笑うだけだ。

 教室を灰原と一緒に虱潰しに探すが綴の姿は見えない。呪力探ろうとしても上手く隠れているようだ。

 

「お、七海じゃん」

 

 2年生の教室を開けると、そこにはいつの間にか帰ってきた五条と夏油がいた。

 夏油は椅子に座り、五条は教卓の前に立っており、さっきまで五条が何かを熱弁していたようである。

 

「灰原、綴の面倒見てくれてありがとう」

「いえ、俺も楽しかったですから!」

 

 夏油に礼を言われると、灰原は嬉しそうに笑う。

 

「で、その綴は?」

「今かくれんぼしてて……七海が鬼なんですけどね」

「七海が!? 似合わねー!」

 

 五条はそう言うとゲラゲラと笑う。

 うるさい、じゃああれをどうにかしてくれ。という無言の訴えも虚しく、2人は口々に「がんばれー」と気の抜けた声援をそれぞれ送ってくる。

 

「先輩達は綴君が隠れそうな場所知りませんか?」

「さぁ?」

「1回かくれんぼした時は職員室で夜蛾先生の膝の上にいたな」

「アイツ心臓に毛でも生えてるんですか?」

 

 というかそれは隠れているんだろうか。この流れで行くと七海も職員室へ行かねばならないようだ。

 七海を踵を返し教室を出ようとすると、子供の可愛らしい(七海からすれば忌々しい)クスクスという笑い声が聞こえる。

 出処は……教卓付近である。

 

「………五条さん、そこどいてもらえます?」

「え? なんで?」

 

 七海が教卓を掴んでどけようとすると、五条がそれを阻止しようとする。

 それならば、と教卓の後ろへ回り込もうとすると五条は七海の行く手を阻む。

 

「いるのはわかっているんで大人しく引き渡してください!」

「えー? なんのこと?」

 

 わざとらしくすっとぼけるが、五条はこの状況を酷く楽しんでいるようだ。その後ろでは夏油が笑いをこらえるので必死になっていた。

 七海が渾身の力を入れて教卓をひっくり返すと、驚いて目を真ん丸にさせた綴が口を抑えて七海を見つめていた。

 

「見つけ……」

「今だ綴、逃げろ!」

 

 やっと見つけたと綴を捕まえようとすると、五条が立ちはだかる。

 その隙を見て綴は楽しげな悲鳴をあげて逃げていった。

 

「な、何してくれてるんですか……?」

「七海、顔怖いって」

 

 七海は倒れた教卓を殴りつけて教室を出る。いろんな所をまた虱潰しに探すが一向に姿が見えない。

 どうしたものかと考えていると、綴の泣き声が聞こえてきたではないか。

 急いでそこへ向かうと、綴が何故か木の上に登っていた。

 

「………何やってるんですか?」

「おりれなくなっちゃったぁ」

 

 なんで下りれないような所に登ったんだ、とつい言ってしまいそうになるが飲み込む。

 

「傑兄ちゃぁん、悟兄ちゃぁん……っ」

 

 綴はべそべそと泣きながら弱々しい声で夏油と五条を呼ぶ。

 だがここは校舎から離れた場所にある木で、その助けを呼ぶ声は届かないだろう。灰原も置いてきてしまったようで、気が付いた時にはいなかった。

 つまり、今この場で綴を助けられるのは七海だけということになる。

 校舎へ助けを呼びに行ってもいいが、その間に綴が木から落ちたら大変だ。

 

「ほら」

 

 七海は両手を広げる。

 このくらいの子供なら受け止められると思ったからだ。

 

「……うん」

 

 綴はしばらく考えてから、気を持っていた手を離す。

 支えを失った身体は傾き……そのまま七海の腕にスッポリと収まった。

 

「う゛ぇぇえ゛っ、健人兄ちゃーん!!」

「ちょっ! 鼻水ついた!」

 

 綴は七海に抱きつくとそのままぐりぐりと顔を制服に押し付けてきた。

 明日が任務でなくてよかった、と心の底からそう思った。

 七海は綴の手を引かれながら夏油と五条の元まで連れていく。

 

「え? 木に登って下りられなくなった?」

「うわ、どんくさ! 大丈夫かよ?」

「兄ちゃぁんっ」

 

 先程の教室へ行くと、五条と夏油が待っていた。

 2人を見た瞬間綴は七海と繋いでいた手を放し、夏油に抱きついた。

 綴が木から下りられなくなったことを聞くと、2人は綴を慰める。

 

「七海、綴に付き合ってくれてありがとう」

「………いえ、別に大したことじゃ……」

「それでもだよ。

 これからも月一ペースで来るから、その時は仲良くしてあげて欲しい」

 

 七海は頷きながら綴を見る。

 今度は夏油ではなく五条に抱き上げられ、背中をさすられていた。鳴き方もだんだん嗚咽が漏れる程度になってきた。

 

「傑ー、綴寝ちゃった」

「え、この中途半端な時間に? どうするんだよ、夜寝なかったら」

「どうせ明日は俺らオフだしいいでしょ」

「良くない。綴の生活リズムが狂ったらどうする」

 

 五条と夏油は七海を「それじゃ、寮に戻るから」と声を掛けると教室を出て行った。

 ポカンとそれを見送ってから七海は寮へ戻ることにした。

 

「あ、七海いた! どこ行ってたんだよ! って、綴君は?」

「おそらく夏油さんの部屋です」

 

 こうして七海と綴の交流は始まったのであった。




前書きの死因ですが、本当にやばかった。
綴を殺すタイミングを見誤った可能性がある。


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62話

お気に入り登録、コメント、ありがとうございます!

ここで私の呪術廻戦推しトップ3を紹介するぜ!
1位伏黒恵
2位七海健人
3位夏油傑

※最新話ネタバレ含みます。とてつもないネタバレです。本誌読んでない人は気を付けてください。
ちくせうこの世は地獄じゃ!!!!!!!


 あれから、七海が綴と交流を持ち何年も経つ。

 気が付いた頃には綴は高専に入学し、噂では入学と同時に3年生にドロップキックをして校舎に吊し上げたらしい。

 

「七海さん?」

 

 なんてことを考えていると、綴が話しかけてきた。

 何かと合同で任務をすることが多く、最近では1級に推薦して欲しいと頼み込まれている。

 だが正直なところまだその時期ではない。早く等級が上がっても、いいことはない。

 そのことは本人もわかっているはずだ。

 

「お疲れ様です」

「いえ、そちらこそ」

 

 交わす言葉は数少ない。

 それが心地よくなかったかと言われたら嘘になる。

 綴は人との距離を保つのか上手いのだ。

 幼い頃は決してそうではなかったはずだ。あの頃はもっと遠慮がなく、良くも悪くも人懐っこくて………七海よりも灰原とのほうが仲が良かった。

 

「七海さん?」

「……すみません、少し考え事をしていました」

「そうですか」

 

 任務の帰り道、たわいも無い話をする。

 呪術のこと、高専での生活のこと、共通の知人のこと……綴が密かに()()()()()()()()()のこと。

 それだけ聞いていると、彼がただの子供に見える。

 いや、実際に子供だ。まだ16歳の、大人になりきれない年頃だ。

 

「あ、七海さん。桜ですよ」

「本当ですね……綴君は、昔から桜が好きでしたね」

「……うん、桜は好き。でもなんでかな、見てて凄く寂しくなる」

 

 そう言う自分の前を歩く綴の表情を見ることはできなかった。

 

「……小さい頃」

 

 ふと、綴は自分が幼い頃の話を始めた。

 

「桜の樹の下には死んだ人が埋まってるって聞いて、家の庭に生えてた桜の木の下をずっと掘ってたことがあるんです。もしかしたら、両親に会えるかもしれないと思って。

 まあ、家の使用人に見つかって止められたんですけど」

 

 綴は自虐するように鼻で笑う。

 

「馬鹿ですよね。いるはず無いのに。

 でも、あの時は、戦うのが苦しかった。呪術師であることが辛かった」

 

 その言葉に何と返したのだったか。

 だが七海が言った応えに、綴は少し驚いていたような気がする。

 それから少し顔を伏せて、しばらく経ってから顔を上げ………困ったように笑ったのだった。

 

 

 そして綴は呪いを吐いた。

 

 

「やっぱり、七海さんは……こっちに帰ってきたら、駄目な人だ」

 

「あのまま、逃げてれば良かったのに」

 

「どこまでも」

 

「なんで帰って来たんです?」

 

「どうして?」

 

「今からでも、遅くない」

 

 

 

 

 その表情が、16歳の子供に見えなくて。

 まるで迷子の、まだ就学もしていない子供に見えて。

 しかしその衝撃以上に、綴が七海に向けた言葉が重くのしかかってきた。

 

 それほどに切実な疑問だった。

 その目から目が離せない。

 

「  駄目だよ。

       #()@()!()7()4()@()

     .()7().()7()5()7()#()8().()@()_()@()5()7()5()3()8()8()なんて

  言ったら         」

 

 その時見た綴は別人のようで……思わず、尋ねてしまった。

 

「……貴方は、誰ですか?」

「?………甘菜綴ですよ?」

 

 先程の雰囲気は消え去って、いつもの綴に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

──アレは、いったい()だったんだ?

 

「七海さん、携帯なってますよ」

 

 綴の指摘にハッとして、七海は着信相手をろくに確認せずに通話ボタンを押す。

 

「はい、七海です」

『あ、七海ー? 僕だけど?』

 

 電話に出ると軽薄な声の持ち主、五条がハイテンションで七海に話しかける。

 

「……何の用ですか?」

 

 しまった、と顔をしかめるが時すでに遅し。

 そんな七海を見て不思議そうにしている綴に大丈夫だと手で伝える。

 

『まだ綴と一緒?』

「ええ、はい」

『綴ってばまた携帯寮に忘れてるみたいでさぁ。悪いんだけど、代わってくんない?』

 

 七海は五条から電話であることを伝えてスマホを綴に差し出す。

 

「俺のに直接かけてきたらいいのに」

「……綴君、携帯電話は携帯しないと意味がないですよ」

 

 そう指摘されて綴は慌ててポケットや筒の中を探る。が、どこを探しても見つからなかったようで恥ずかしそうに七海に謝罪してスマホを受け取った。

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

【2018年・渋谷】

 

 漏瑚によって半身を焼かれた七海は駅の中を彷徨っていた。

 意識は定まらず、まるで走馬灯のように夢を見る。

 綴との交流も、そのひとつだった。

 

 

 綴君、キミは「逃げていい」とそう言った。

 きっとあれは本心だったのだろう。

 本気で心配してくれていたんだろう。

 

 でも、私からすれば綴君、キミのほうが心配だった。

 

 結局、貴方の本心を聞くことが出来なかった。

 五条さんにも夏油さんにも、誰にも言わなかった本心を。

 

 きっとそれ(・・)を口に出せば、味方になってくれる人はいたはずだ。

 だと言うのに、貴方は1人で戦った。

 その戦いに介入されるのを嫌がっていた。

 

 なのに、心のどこかでは()()()()を欲しがっていたのだろう。

 

 だが、それを吐いた七海の言葉は遮られた。

 

 

 

 

──「駄目だよ。5()7()%()7()4()8().()7().()7()5()7()#()8().()@()_()@()5()7()5()3()8()8()なんて言ったら」──

 

 

 

 

 

 あれは、子蜘蛛だったのか?

 あの時は子蜘蛛だと思っていた。

 しかし本当にそうなのか?

 

 あれはもっと純粋な存在ではなかったか?

 

 まるで5歳の子供だった。

 

 いや、下手をすればそれよりも……。

 

 

 甘菜綴。

 甘菜紬。

 比較的大人しい綴の中にいる子蜘蛛。

 何故か綴の父の職場に送られた宿儺の指。

 ふとした時に現れる、綴のようでそうでない彼。

 幼く見える綴。

 甘菜綴に訪れる不幸。

 

── 「桜は好き。でもなんでかな、見てて凄く寂しくなる」──

 

 ()

 ()()()()()()()()()()()()

 

──駄目だよ、それは桜で隠してるんだから。──

 

 ……………誰だ?

 

 

 

 

 

 

 顔を上げると、そこには思い浮かべていたのとは違う人物、真人が立っていた。

 

「……いたんですか」

「いたよ ずっとね」

 

 七海の胸に手を当てた真人がそう言う。

 

「ちょっとお話するかい? 君には何度か付き合ってもらったし」

 

 七海はかつての同級生を思い出していた。

 何がしたかったのだろうと、彼に七海は問いかける。

 

 その時、七海の目の前に右側を指差す灰原が現れた。

 その方向を見ると、虎杖がいた。

 

「ナナミン」

 

──駄目だ 灰原 それは違う 言ってはいけない それは彼にとって”呪い”になる。

 

「虎杖君、後は頼みます」

 

──……綴君なら、虎杖君を支えられるだろうか?

 

 そう言った直後、七海の上半身は真人の手によって吹き飛んだ。




また推しが死んだ。

本当にナナミンが好きだった。
初めて見た時から好きなキャラだったけど、話を重ねる毎にもっと好きになっていつの間にか推しになってた。
人気投票では伏黒の次に投票してた。表紙は発狂するくらいかっこよかった。
きっと渋谷事変生き残って虎杖のこと気にかけてくれるんだろうと思ってた。イノタクと今後も先輩後輩するんだろうと思ってた。
ナナミンのおかげでカスクートを知って食べた。美味しかった。
PV第2弾のツダケンボイスやばかった。お祝いにカスクート買おうとしてた矢先だった。
この世は地獄じゃ!!!!!!!

マジで綴を殺したタイミングを間違ったかもしれない。
一応今作では原作を崩さないようにというのを前提としているので、【走馬灯】では原作改変をする気はないのですが………【復讐劇】では救済したい……っ!


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63話

お気に入り登録、評価ありがとうございます!

毎度のことですが13巻以降のネタバレ含みます。
自衛をお願いいたします。


 七海を見つける前に時間は遡る。

 虎杖が気を失っているうちに、宿儺の指を計11本食わされ、宿儺が虎杖の身体を乗っ取った。

 その後渋谷にいた多くの人々を殺す記憶を思い出しながら、虎杖は意識を浮上させる。

 

 後悔と絶望、己への殺意…そして、()()()()()()()という思いに突き動かされ、虎杖は走り出す。

 

 

 俺はどうすれば良かったんだろう?

 こんな時に、綴先輩はなんて言ってくれるだろう?

 会いたい。話したい。あの時(・・・)のように、穏やかに笑って自分を受け止めて欲しい。

 

 

 思えば、そういったところを見せたのは綴くらいだった。

 額を叩く感覚を思い出し、泣きそうになる。だが虎杖はそれをグッと堪えて走る。

 

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

「そういえば、1回死んだんだよな?」

 

 ある日、綴は虎杖にそう尋ねてきた。

 それは綴と初めて出会ってからまだ数日しか経たない頃である。

 

「何で生き返ったのかは、さっぱりなんスよね。

 五条先生は俺と宿儺が条件とか契約?とか持ちかけられたんじゃないか、とか言ってたけど」

「なんだ、呪いの王とか呼ばれてるクセに都合の悪いことは記憶から消すのか」

 

 度々綴は宿儺に喧嘩を売るようなことを言ってみせていた。

 正直見ててハラハラするのだが、不思議なことに宿儺は綴に直接干渉しようとはしなかった。

 宿儺が綴に興味が無い、というわけではないはずだ。

 なぜなら修行中、特に体術では宿儺は綴の動きを観察しているように感じていたからだ。

 あの五条が、綴の体術に1目置いてるのだから宿儺もそうなのかもしれない、と虎杖は考える。

 

「それはない」

 

 しかし綴はバッサリと虎杖の言葉を切った。

 

「え? なんで?」

「なんでって……」

 

 綴の中にいる子蜘蛛は1000年前から生きている。

 その始祖の蜘蛛も今代の子蜘蛛の母親も、宿儺と戦闘をしたと記録されている。

 実際はそういうものではないが、確かに始祖の蜘蛛は宿儺と交流したことがあるようだ。その記憶が、ぼんやりとではあるが綴も見ることができていた。

 その時の宿儺を思い出すが、宿儺がただの体術に興味を抱くだなんて想像もできない。

 それを直接言えない綴は言い淀む。

 

「……なんとなく」

「えー…」

 

 納得していないようではあるが、虎杖はそれ以上の追求をやめる。

 この頃の綴と虎杖はそこまでの信頼関係を築けてはいなかった。

 あまり踏み込んで欲しくない、というオーラを出しまくっているように見えて、いくら虎杖でも、どこまで接すればいいのかわからず少々困っていた部分もあった。

 そもそも、虎杖に修行をつける手筈となっていた五条がここにいないのは、少し虎杖にとっては不服である。

 虎杖のそんな気持ちをわかっているのか、綴も虎杖に対して深く踏み込もうとはしなかった。そりゃ、修行をつける、と言った相手がほとんど他人に任せていたら嫌な気でも起こすものだろう。

 

 だが、それでは駄目だ。

 長年呪術師を見てきたからこそ、今の虎杖は非常に危険な状態であると確信することができた。

 このままでは虎杖は死ぬ。あまりにも弱くて頼りない存在だと綴は思っていた。

 当たり前だ、この間までは呪霊も見えない、呪力も扱えないような一般人だったのだから。

 

「死ぬのは、怖かったか?」

「え?」

 

 虎杖は綴の問いについて考える。

 

「そりゃ、まあ……あの時は痛いし、辛いし……死にたく、なかったよ。

 っつーかなに、いきなり?」

 

 また叩かれるかもしれない、呪術師になるのに、そんなものは必要ない、とかそんなふうに言われるのだろうか。虎杖は警戒しながら綴に聞き返す。

 

「……俺も、最初は怖かった。

 初めて呪霊に襲われて、死にそうになった。記憶もあんまり残ってねぇガキの頃だけど、それだけ強烈な出来事だった」

 

 しかし、返ってきたのは予想外の答えだった。

 

「その後も、なんで俺が? とか、あの時あれをしていれば、とかそんなことばっかり考えてたよ 。

 でもそれでいい」

 

 綴は堂々と胸を張る。

 

「そうやって俺達、呪術師って言う生き物は強くならないといけない」

 

 まるで虎杖を試すかのように綴はジッと見つめる。

 

「甘菜先輩はさ」

 

 顔を俯かせて長考していた虎杖は、顔を上げて綴を見つめ返す。

 

「正しい死が、なんだかわかる?」

「正しい死?」

 

 虎杖の求めるそれを綴に問い掛ける。

 今度は綴が長考を始める。

 正しい死、それいったいどういう意味かはよくわからない。綴にとっての死とは正しいも正しくないもわからない。

 

「なんでそんなこと聞くか知らんが……」

 

 それでも綴は答えを求める後輩の為に口を開いた。

 

「正しい死、というものは俺にもよくわからん。

 お前にとっての正しい死と、おれにとっての正しい死は違うからな」

 

 同じ人間でないのだから、同じ思想を持っているわけではないのだ。それを綴は虎杖にまず伝える。

 その後、綴はできるだけ虎杖が納得できるよう言葉を選んで、自分にとっての死というものを話していく。

 

「俺にとっての正しい死は……誰かが悲しんでくれることだと思う」

「……誰かが、悲しんでくれる?」

「そうだ」

 

 綴は頷く。きっと虎杖のために考えた答えなのだろう。

 

 誰かが悲しんでくれる、ということはそれだけ惜しまれる人間である、ということ。きっとそれには犯罪を犯した者もいるだろう。無残な死を遂げたものもいるはずだ。でも、そうでも考えないと……。

 

「だって辛いじゃないか、死んだ後に誰の中にも自分が残らないなんて」

 

 綴は、死に近いところにいる。

 どれだけ願っても綴の中にある呪いによる死へのカウントダウンは止まらない。

 誰かの記憶の中に残りたいと、強く思っているわけではない。それはその人の勝手だ。

 もしかするとすぐに忘れられてしまうかもしれない。そもそも死を喜ぶ人間の方が多いはずだ。

 でも、せめて五条を筆頭とする彼らの中に甘菜綴という人間の記憶が残ってくれたらと思ってしまう。

 

「……うん、それは、悲しいっすね」

「ま、思いすぎるとその感情自体が呪いに転じる可能性もあるんだが」

「ダメじゃん!」

「だから、俺達がいるんだろうが」




改めまして、呪術廻戦アニメ化おめでとうございます!!!
呪術高専の時からずっと大好きな作品が、こうしてアニメになって動くだなんて、本当に嬉しいです。
芥見先生の益々の発展と健康を願っております。


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64話

 それから綴のことを知り、虎杖は彼を尊敬するようになった。

 綴との初めての任務、弱味を見せた虎杖に掛けてくれた言葉が本当に嬉しかった。

 

 

 

「先輩! はよっス!」

「……おう」

 

 無愛想な返事だが、出会った当初はそれすら無かったことだ。

 

「綴先輩、今日任務?」

「川崎で任務だ……って、なんでそんなこと?」

「いやだって先輩、忘れ物よくするじゃん? スマホとか財布とか。見かけたら忘れ物の確認しろってさ」

「五条だな、そんなこと言ったのは………普段使わないんだ。持っていても仕方がないって伝えとけ」

 

 とか言いながら綴は筒の中を探り、財布を取り出す。

 どうやらスマホは筒の中には入っていないようだ。今度はポケットの中を探している。

 綴と付き合い初めて、もう両手では数え切れないほど日にちが立った。

 そんな中でわかったのは、綴は意外と抜けている、ということだ。

 昔から付き合いのある五条や伏黒からは、綴は呪術意外はポンコツと評されている。整理整頓も出来ないし、包丁なんて持たせた日には大変なことになるとか。

 

「先輩、ズボンの後ろのポケットは?」

 

 それらしき膨らみを見つけた虎杖は綴に指摘する。

 綴は虎杖の言葉に素直に従い、後ろのポケットに手を伸ばす。

 どうやらこちらにあったようだ。綴はスマホ、ではなく携帯電話をポケットから取り出す。

 と、同時に別の物がポケットから落ちた。

 

「同じとこ入れてたら結構膨らみなるから気付くと思うんだけどな……」

「うるせぇなぁ……」

 

 綴は携帯電話を確認している。

 渋い顔をした、ということは誰かからメールか何かが来ていて、返信に困っているのだろう。

 その間に虎杖は廊下に落ちたそれを拾おうとして、手を止める。

 どうやら学生証が入った2つ折りのケースのようだ。

 それが落ちた時に開いている。学生証の他に、なにか入っている。

 

「これ……」

 

 写真だった。

 日付は2年前の8月。つまり、綴が1年生の頃だ。

 高専の何処かの教室でそっぽを向く1年生の綴と、その隣でカメラに向かって満面の笑みを浮かべる少女、それからその少女に抱かれる白いポメラニアンが写っている。

 

「おい悠仁、このCcはどういう意味?……て、人の学生証見てどうした?」

「あ、いや……先輩の1年生の時だーって思って」

 

 虎杖に手を伸ばす綴に学生証ケースを渡す。

 それを受け取ると中にある写真をしばらく見つめてから、綴はポケットではなく筒の中に入れた。

 

「隣の人、3年生?」

「………1個上の先輩」

「じゃあ、今4年生か!」

 

 綴はメール返信を諦めたようで、筒の中に乱雑に携帯電話を突っ込むと筒を背負い直す。

 

「行ってくるわ」

「うん、気を付けてー」

 

 そうして綴は直ぐに歩いて高専を出た。

 虎杖はそれを見送って、写真を見つめていた綴の表情を思い出す。

 とても寂しそうなのに、凄く嬉しそうな……それだけであの少女が綴にとって大切な存在であることがわかる。

 

「……え、まさか、そういうこと(・・・・・・)?」

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

【2年前・呪術高専】

 

 

「綴がまーた学生証を無くしましたー、心当たりある人挙手してー……って誰もいないじゃん」

 

 教室の席に座る当時の1年生達は知らないと首を横に振る。

 

「もー、これで何度目?」

「普段使わないんだ。持っていても仕方がない」

 

 五条と綴は任務へ向かう1年生達を見送りながら会話を続ける。

 

「そう言って、この前任務帰りに補導されたでしょ? 学生証あったら、少しは融通効くんだから……」

「アンタと伊地知さんの番号覚えてんだからいいだろ?」

「うん、それ携帯電話忘れて公衆電話使いまくってたからだから、褒められたもんじゃないよ?」

 

 五条はそういうところ雑な弟分にため息を吐く。

 

「綴、これなーんだ」

「……それ、は……!?」

 

 五条が持っていたのは綴と尾上がツーショット(青木もいるがそれはそれで嬉しい)で写る写真だ。

 尾上はピースして満面の笑み、ベストショットだ。対する綴は照れすぎてそっぽを向いてしまっている。

 いや、自分のことなんてどうだっていい、問題は尾上だ。

 これは確か、8月頃に任務の為に集合していたところをカメラを持っていた五条に激写された物だ。

 それが何故今ここに?

 

 いや、そんなことより尾上先輩が可愛い。

 なんで軽率に男の自分と腕を組むかな?

 勘違いしても知らんぞ?

 いや、この時はそう思ってたけど実際は尾上先輩に意中の相手がいて俺なんか眼中になかったんだが。

 くたばれ猪野。

 え、てか可愛い。

 めっちゃ可愛い。なにこれ?

 つーかこの写真撮ったの交流戦の前じゃん?

 なんで今頃持ってきたのコイツ、ふざけんなよ、あるなら寄越せよ。

 なんで渋ってんだよふざけんなよ。

 ……ふざけんなよ。

 

 この間約1秒。

 綴はいかんいかんと首を振り、直ぐに冷静を取り戻す。

 

「で、それがなんだよ?」

「おっと、正気に戻っちゃったか〜。

 綴の真っ赤な顔、面白かったのに〜」

 

 そう言いながら五条は写真をまるでうちわのようにして自分を扇ぐ。

 綴はハラハラしながらその写真を目で追う。

 

「小町にもあげてるから、綴もいるかな〜って、どうする?」

「まぁ、わざわざ持ってきたんだから……」

 

 素直になれない綴はちょうだい等言えず、控えめに五条に手を差し出し、写真を受け取ろうとする。

 のだが、五条はその写真を渡さず、学生証の入った2つ折りのケースを取り出した。

 

「これを、こうします」

 

 五条は写真をケースの中に入れる。

 綴が首を傾げていると、ニヤリと笑ってケースを席の方へ向かって投げた。

 

「うぉああああぁぁああ!!?」

 

 ケースは綴の頭上を超えて放物線を描き重力に逆らわずに落ちる。

 それを見た綴はバランスを崩しながら、座っていた椅子から転げ落ちる。

 だが、そのかいがあって綴はケースを床に落とさずに済んだ。

 

「……………」

 

 ほ、と息を吐くが次の瞬間、綴は五条を睨みつける。

 

「何しやがる!?」

「アッハハハ! 綴、焦りすぎ!」

 

 綴は頭に血が上るのを感じ取る。

 拳が五条へ向かいそうになるのを必死で堪えていると、五条がいつの間にか目の前に立っていた。

 

「これでもう、学生証は無くさないよね?」

 

 そう言うと、五条は綴の頭をポンポンと撫でる。

 

「ああ……うん、まぁ……」

 

 綴はケースを見ながら嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

【現在・渋谷】

 

 

 虎杖は走って、走って、走ってB5階を目指す。

 目指していたのに、目の前でまた失ってしまった。

 真人、という呪霊の手によって、七海が虎杖の目の前で死んだ。

 

「あ、そうそうここに来る前に拾ったんだけど……」

 

 真人はおもむろに、改造人間に持たせていたそれを虎杖に見せつける。

 

()()、なーんだ」

「……っ!?」

 

 綴と紬が眠り、そしてその2人が必死の思いで封印した子蜘蛛が入った筒だ。

 

「あんな所にポツンとあるもんだから拾ってきちゃった。

 俺さ、甘菜綴が苦手なんだよ。山の中で鬼みたいに追いかけ回されてさ。

 でも、その甘菜綴はもういない。俺も慎重に動かないでよくなった」

 

 真人はニヤリと笑い、綴の筒を改造人間から受け取る。

 

「この中に、甘菜綴がいるんだろ?」

「先輩達に何するつもりだ……!?」

 

 ケタケタと真人は声を上げて笑う。

 

「これの蓋を開ける(・・・・・)

 

 虎杖の顔から、表情が抜け落ちる。

 蓋を開ける、ということは子蜘蛛の封印が解けてしまう。綴と紬の苦労を台無しにされるこということと同義だ。

 そんなこと許せるはずがない。

 

「ま、あの甘菜綴が開けるのに苦労しない蓋を設計するはずがないから、開けるには時間が掛かるだろうから………」

 

 真人が言葉を続けているが、虎杖は容赦なく渾身の力で真人を殴る。

 

「させねぇよ……」

「いや、俄然やる気が出てきた」

 

 そう言って真人は殴られた頬から出た血を拭う。

 

「あ、そうそう……こんな物も見つけたんだよね」

 

 真人が虎杖に見せたそれは、綴の学生証ケースだった。

 あれだけ綴はボロボロになっていたというのに、そのケースには血どころか塵すらついていなかった。

 

 あの綴が大切そうに持っていた物。

 きっとあの中にある写真を常に気にしていたのだろう。

 

「……返せよ。それはお前が持っていていい物じゃない!!」

「嫌だね。どうせ直ぐにゴミになるんだから有効活用しないとさ」




次……誰メインにしようかな……?


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65話

お気に入り登録ありがとうございます!


 甘菜綴はどこまでも人間(・・)だった。

 人間から産まれた呪霊、真人は綴のことをそう語る。

 大切なものを捨てることのできない、どこにでもいる人間だ。

 

 ただ、1つ人と違うことをあげるとすれば、きっと彼の感情が人間にしては凪いでいたことだろう。

 別に感情が無い訳では無い。怒る時は怒っている。京都で会った時、その一端を見ることは出来た。

 

 だがまあ……彼と会敵した花御も同意したことであるが、彼ら呪霊からすれば、甘菜綴は気持ち悪い存在だった。

 

 呪霊であるのに呪霊ではない。

 人間であるのに人間ではない。

 そして、呪霊の源である負の感情をあまり向けてこない。

 

 初めはそういう風に訓練でもされているのだろう、と思っていたがどうやらそうでは無いらしい。

 まるで他の感情で本来の感情を隠しているような、そんな感じだ。

 意図的、というわけではなく無意識に。

 それが更に彼の気持ち悪さを助長している。

 

 それでも綴は人間だった。

 同情するくらいに人間で、あまりにも脆い存在だった。

 真人は綴のことを頭のどこか自分自身と同じ呪霊だと勘違いしていたようで、綴が死んだとわかった瞬間、やっと綴を人間だと認識することができた。

 

 

 

 

 ずっしりと重い筒を背負いながら真人は虎杖と戦う。

 虎杖は綴の筒を奪い返そうと手を伸ばすがそれを避ける真人のせいで中々掴むことがかなわない。

 学生証ケースは雑に後方へ投げられ、いつ戦火に晒されるかわからない。

 だがこちらも奪い返そうとしても改造人間によって阻まれる。

 

「くそっ」

 

 真人を虎杖は殴ろうとするが、真人は筒を盾にする。

 反射的に腕を引っ込めてしまった虎杖は、横からの改造人間からの攻撃を受けてしまう。

 

「重いだけかと思ったけど、割と使い道あるじゃん」

「……っ」

「そんなに甘菜綴のこと尊敬してんの?」

 

 そりゃそうだ。

 同年代の人間で、呪術師になって初めて弱味を見せれたのは綴だけだった。

 

 

 "共振"の話を宿儺から聞いた時、真っ先に頭に浮かんだのは大好きな、尊敬する綴だった。

 足は自然と綴の方へ向かっていた。

 どうすればいいか、綴に相談しようとした。

 だが、その考えは霧散してしまった。

 

 綴が、3年生の教室の自身の席に座って、ぼうっとしていたからだ。

 それだけならまだ話しかけていたが……しかし、その綴の瞳がそれを拒んでいるような気がして、虎杖は綴を呼ぼうとして伸ばした手を引っ込めた。

 決して遠くない距離にいるのに、虎杖には全く気が付いていない。

 綴らしくない。

 そんな綴に虎杖は何も言えなくなった。

 

 綴にも弱いところがあるのだと、理解した。

 どれだけ頼りになる存在でも、綴はまだ18歳の子供なのだ。

 

 その時だけ、虎杖は綴に弱味を見せなかった。

 順平の時、呪術師としての自分を相談した時、修行の時。

 それぞれ綴に何度も見せていたのに、あの時はそんな綴の子供の部分を見てしまった。

 

 あの時、相談していたら自分は多くの人を殺さずに済んだのではないだろうか?

 

 

 

......................................................

 

 

 

「綴先輩、今日任務なの!?」

「あれ、綴言ってなかった?」

 

 虎杖はガックリと項垂れる。

 

「今日はマツリが修行休みとか言ってたから、見てもらえると思ってたのに」

「どうしても付きっきりになっちゃうからね。

 僕から綴に頼んでみようか?」

 

 五条は項垂れる虎杖を覗き込んでそう言うが、虎杖は首を横に振る。

京都での任務以降、綴はまた色んな任務を受けるようになってしまっていた。

 

「いいよ。先輩に悪いしさ」

「そ? まぁ悠仁が頼めば時間作ると思うよ?

 綴は憂太と恵にもそうだけど、悠仁にもだいぶ甘いから」

 

 虎杖はそうか?と記憶を掘り起こす。

 だが思い出すのは理不尽な綴の要求。

 

「先生、それはないと思う」

「そう? でも3人くらいだよ、真剣にどこ伸ばすか考えてたのは」

「マジ?」

 

 五条は頷く。

 

「恵を鍛えてた時と悠仁を鍛えてる時、構えが違うのはしってる?」

「え? あー、そういえば……でも呪流体術って結構構えに種類あるんじゃ?」

「それは型を使う場合ね。

 綴はパワーでどうにかするタイプじゃなくて、技術でどうにかする。

 多分、恵にもそっち方面で教えてると思う」

 

 そういえば、伏黒と綴が修行をしている際にいつの間にか、本当に必要最低限の動きで伏黒を転がしている綴を何度も見ていた。つまりそういうことか?

 

「悠仁は……多分教えてもいいんだけど、それじゃ悠仁の良さを活かせないって気が付いて、すぐに呪流体術以外にシフトチェンジ」

「じゃあ、俺が今教えて貰ってるのは?」

「……綴の師匠直伝の体術だよ」

 

 一瞬五条の口元が強ばったかと思ったが、すぐにいつもの笑みに変わり綴の体術について説明する。

 

「綴は2種類の体術を使っていてね。

 状況によって使い分けてるんだ」

「綴先輩に体術教えたのって、五条先生じゃないんだ?」

「うん。綴の相手することはあるけど、生徒として教えたことはほとんど無いかな」

 

 そう言った時、また五条の元に来訪者が現れる。

 

「五条先生、甘菜先輩はどこに……て、虎杖」

 

 伏黒だ。

 考えていたことは虎杖と同じようである。

 

「よ、伏黒!」

「なんでここに?」

「先輩は任務だってさ」

「……マツリの修行が無くなったのはそういうことか」

 

 伏黒は深くため息を吐いた。

 しかし任務となれば仕方が無い。

 呪術師はいつでも人手不足、しかも綴は1級呪術師だ。暇な時なんて本当にたまにしかないのだろう。

 そのたまにしかない時間、綴は全てマツリに使っている。

 どうにかして見てもらいたいのに、見て貰えないという、虎杖と伏黒にとっては頭を抱えたいくらいの悩みどころだ。

 

「……うーん、そうだなぁ……確かに最近の綴はまた根を詰め過ぎてる感はあるし……」

 

 五条はニッと2人に笑いかける。

 

「綴の任務はぜーんぶ僕がどうにかしてあげるよ」

「できるんですか?」

「普通は無理だけどね。前もやらかしたし。

 後進を育てるため、となればきっと融通してくれるでしょ」

 

 サラッと言ってみせるが、この後五条は上層部及び補助監督や他呪術師に悲鳴をあげさせ、綴に「またやりやがったな!?」と蹴られるのであるが、今度はしっかり調整するつもりである。

 

「さて、僕はそろそろ用事があるから行ってくるよ」

 

 と言って五条はその場を立ち去った。

 取り残された虎杖と伏黒は少し緊張が解けたような気分になる。

 

「俺さ、先輩といると安心するんだけど、伏黒は?」

「……なんだ、いきなり」

「いや、こんな風に思ってるの、俺だけかな?て思って」

 

 伏黒は虎杖の問いにしばしば考える。

 

「安心、というよりも……むしろ緊張する」

「え? なんで?」

「なんて言うか……あの人の前では背筋が伸びるっていうか。でもそれが嫌ではない」

 

 義姉の津美紀が寝たきりになった時、恐らく1番伏黒を気にかけてくれたのは綴だ。

 言葉には出さなかったが、わざと自分を色んなところに連れ回したり、思考が駄目な方へ向かうと思いっきり額を叩かれたものだ。

 

「俺は、あの人を尊敬してる。

 背筋が伸びるのは、あの人に無様な姿を見せたくないからだ」

 

 綴が呆れてしまうようなことを、伏黒は絶対にやるまいと心に決めていた。

 

「わかる」

 

 虎杖は伏黒のそれに同意した。

 綴の前では少しでも自分の成長を見てもらおうと背筋が伸びる。

 例えるなら、学校の授業中に挙手する時のように、スっと自然に。それでいて背筋を伸ばすのに疲れを感じない。

 

「あとさ、先輩に相談するの凄く頼りになるよな」

「そうだな」

「やっぱり伏黒も先輩に相談してるんだ」

「呪術のことに関してだけだ。それ以外は結構抜けてるところあるから」

「確かに、先輩整理整頓できないもんな」

 

 京都での任務、泊まった旅館での出来事を思い出し、虎杖は力なく笑った。



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66話

お気に入り登録、評価ありがとうございます!
お陰様で、10月13日に二次創作日間ランキング23位、総合で28位にランクインすることができました!

SAN値回復……したかった。



 それ(・・)はこの渋谷の状況を見て泣いた。

 

 その目の前に現れる改造人間。

 それ(・・)を襲おうとするが、ピタリと動きを止めた。

 途端に、己が人間であった時のことを思い出した(・・・・・)

 ソッとそれ(・・)は改造人間の頬に触れ、まるで抱きしめるかのようにして改造人間を撫でる。

 

「……あ、あぁああ………あり、あ、ありが、とう……」

 

 そう言って、人間の形に戻った(・・・)彼は絶命した。

 それ(・・)はまた、シクシクと泣きながら渋谷を歩き始める。

 強い願い(・・)を持つ者の所へ、向かう。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 釘崎野薔薇が綴と出会ったのは、交流戦の時が初めてだった。

 それから交流と呼べるような交流はほとんどしなかったが、虎杖と伏黒がとてつもなく彼を尊敬していることは知っていた。

 

 ある日釘崎は椅子に座り寝ている綴を見かけた。

 釘崎はついつい綴を観察する。

 いつも険しい顔をしていたため気が付かなかったが、意外にも幼げな顔立ちをしている。眉間にシワもないため、一見すると優しそうな目元をじっと見つめる。

 

「うわ、マスカラ無しでこのまつ毛かよ……」

 

 綺麗な顔をしていることは知っているが、釘崎は見れば見るほど女が羨む特徴を兼ね備える綴に思わずそう呟いた。

 

「なんか用か?」

「ひっ!?」

 

 目をつぶったまま、綴が喋った。

 

「お、起きてたんならそう言ってよ……」

「……いや、そっちのが気まずいと思って……」

 

 だがあまりにも釘崎が見てくるもんだからついつい喋ってしまったらしい。

 

 

「本当に奢ってくれるんですか!?」

「ん、暇だしな」

 

 暇を持て余していた綴と釘崎は高専に1番近いコンビニで買い物をすることにした。

 

「ハーゲンダッツとかも、いいの?」

禿()? ……まあ、なんでも良いけど」

 

 釘崎は早速コンビニのアイスコーナーにより、高級アイスと名高いハーゲンダッツに手を伸ばす。

 綴はというと、スイーツコーナーにある新商品を眺めていた。

 

「あれ? 買わないんですか?」

 

 見ているだけで手を伸ばさない綴に釘崎は首を傾げる。

 

「いや、虎杖がこれのこと言ってたな、くらいしか……。

 コンビニで買いたいものも、そんなに無いし」

 

 つまり、この人は特に用もないコンビニで、釘崎に何かを奢るために声を掛けたということだ。

 

「……それだけでいいのか?」

 

 今度は逆に綴が釘崎に質問する。

 釘崎が持っているのはハーゲンダッツのみ。

 

「え?」

「虎杖と伏黒にも言ってっけど、手前ら意外と遠慮するよな。300円のアイス1個だけって……」

 

 なんか無性にイラッとした。しかもハーゲンダッツの値段をうろ覚えだと?

 すると、綴は新商品のスイーツを6個カゴの中に躊躇なく入れる。

 

1年(手前ら)の分。

 あと、菓子も買っとくか。手前らの食べる物がよくわからんから、適当に5、6個探しといてくれ」

 

「あの、まさかそれ全部……っ」

「? 現代高校生はこういうのが好きなんだろ?」

 

 虎杖が言っていた、と綴はそう言いながらついでと言わんばかりに飲み物コーナーで数種類の500mlペットボトルの飲み物をカゴに入れる。

 

「あ、肉まんも好きだって言ってたな……食うか?」

 

 先程感じていた苛立ちは、困惑に変わる。

 そうあえば、虎杖が綴に向けて「これだからボンボンは!」と言っていたことを思い出す。

 だから綴の実家が裕福であるということは何となく知ってはいた。

 しかしこれは、なるほど確かに虎杖が叫びたくなるのもよくわかる。

 

「でも欲求には勝てない! 肉まんが美味い!」

「そうか、良かったな」

 

 結局、釘崎は綴に大量のコンビニ商品を奢ってもらっていた。

 

「コンビニの会計で5000円超えたの初めて見たわ……」

「俺も久しぶりに見た。虎杖と買いに行ってカゴに入れてると、なんか静かに首を横に振られんだよな」

 

 それは綴が見境なく何でもかんでも買おうとするからだ、と突っ込んでやりたくなったが口を噤む。

 この人は感性が庶民とはまったく違うのであろう。

 

「そういえば、先輩のは買わなくて良かったんですか?」

「俺の?」

「欲しいのなくても自分の1つくらい欲しくなりません?」

 

 肉まんを半分食べ終えたところで、釘崎は綴にそう質問する。

 

「いや……マジでいらんから。

 別に買いたくもないもの無理して買う必要ねぇだろ」

 

 本当に奢るためだけに買い物をしたらしい。

 中には2年生用のものもあるようだ。

 

「後輩に奢ってやるのが先輩の務めらしい」

「五条先生が言いそう……」

 

 綴にそんなことを言うのは五条くらいだろうと考え、釘崎は五条の名前を出したが、綴が少々嫌そうな顔をしたので、五条ではない誰かに言われたのだと察した。

 

「……俺の、ひとつ上の先輩からだよ」

 

 人を寄せつけない雰囲気のある綴がその一言を発すると、なんとなく先程よりもだいぶ穏やかな雰囲気になったように感じた。

 それもすぐに霧散してしまったが……。

 

「てことは、今4年生?」

「………」

 

 言われたことを真に受けて実行するくらい、その先輩のことを尊敬しているようだ。

 どうやら綴は意外と義理堅いタイプらしい。

 

「1年前に亡くなったから」

「………」

 

 釘崎は思わず足を止めた。

 こういう業界だ。そんなこといくらでもある。

 

「あの……」

「別に気にしてない」

 

 それから釘崎は綴と話さなかった。というより話せなかった。

 気まずい雰囲気が高専の門をくぐるまで続く。

 

「あ、甘菜先輩!………と、釘崎?」

 

 声のするほうを向けば、虎杖が綴と釘崎に駆け寄って来ていた。

 虎杖は珍しい組み合わせを見て首を傾げる。

 

「たまたま会ったから……」

 

 綴はそう言いながら虎杖に持っていたコンビニの袋を1つ差し出す。

 

「え、釘崎とコンビニ行ってきたの?

 俺も行きたかったなぁ……」

「欲しいものがあったのか?」

「いや、そういうわけじゃなくて」

 

 恐らく、綴と一緒に行きたかったのだろう。

 残念ながら虎杖の思いは綴に届かない。

 

「ハーゲンダッツと肉まん奢って貰っちゃった」

「えー!?」

 

 釘崎が自慢すると、虎杖は羨ましそうに声を上げる。

 

「……その袋の中の1年と2年で分けとけ」

「え、これ全部!?

 先輩また自分の買わなかったの!?」

「自分の買ってたら手前に全部渡さんよ」

 

 綴が呆れるように溜息を吐いた。

 

「いや、部屋まで持って行けってことかと……」

「俺、そこまで酷い奴に見えるか?」

 

 若干ショックを受けながら綴は釘崎に尋ねる。

 が、釘崎は何とも言えない。何故なら釘崎は綴のことをよく知らないからだ。

 

「……甘菜先輩さぁ、たまには自分のためになんか買ったら?」

「買いたいものがない」

「あー、うん……そういう人だよな、先輩は」

 

 虎杖は綴が持っていたもう1つのコンビニ袋を率先して持つ。

 少々不満そうにしたが、綴は気にせず校舎へ向かう。

 

「釘崎」

「はい?」

「楽しかった、ありがとう」

 

 そう言うと綴は歩き出し、虎杖はその後ろをついて行く。

 

 

「てことがあったんだけど……あの人、どんな人なの?」

「俺に聞くのか?」

 

 文庫本を片手に持つ伏黒に尋ねるが、怪訝な顔をされる。

 

「あ、もしかして拗ねてる?」

「拗ねてねぇ」

「ムキになるってことは拗ねてんのね?」

「だから……っ!」

「まぁまぁ、そう拗ねんなって」

 

 ニヤニヤしながら煽る釘崎に、伏黒は苛つく。

 

「そもそも、あの人が出かけることなんか稀なんだよ」

「へぇ? じゃあ私は運が良かったってことね」

 

 伏黒は更に眉をひそめて釘崎に忠告することにした。

 

「いいか、次からは気を付けろよ」

「どういうこと?」

「甘菜先輩は人になんか渡して喜ばれると、また奢ったり手渡してきたりしてくる」

 

 それのどこが悪いというのだろう。

 釘崎が首を傾げると、伏黒は言葉を続ける。

 

「釘崎、実家から送られてきたけどいらないからやるって言われて、雑に投げ渡されたそれが()()()()()()()()()だったことあるか?」

 

 釘崎は頭に雷が落ちたような衝撃を受ける。

 

「そもそも金銭感覚がバグってんだよ、あの人」

「あんた、それ……貰ったの?」

「断ろうとしたら睨まれた」

 

 それは貰っちゃうわ。

 

「高価すぎて未だに付けて出かけたことねぇけど」

「でしょうね」

「そしたら次はいらないからって財布渡された」

「………ちなみに、どこの?」

「ルイヴィトン」

 

 釘崎は頭を抱える。

 

「それ、どうしたの?」

「時計貰ったからって断ったら、虎杖にまわっていった」

 

 虎杖も高価すぎて未だに箱からも出すことができないらしい。

 

「虎杖がコンビニで首を横に振った理由がわかったわ……」

 

 



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67話

お気に入り登録、評価、コメント、誤字報告ありがとうございます!
めちゃくちゃ励みになるので、もっとしてもええんやで?|*・ω・)チラッ

連続で過去話ですが、どうぞ。



「俺、あと3年で死ぬらしい」

 

 東堂葵は今年の交流戦後に綴からそう言われた。

 

「下手をすればもう少し早く寿命が来る」

「……それは、確定か?」

 

 誰もいない校舎でたまたま2人きりになったから綴はそう東堂に切り出したようだ。

 きっとそうならなければ話さなかっただろう。

 

「確定だ」

 

 東堂は思わず黙る。

 

 東堂にとって綴はライバルであり、目標であった。

 1年生の頃、ストレート負けしたことを東堂は思い出す。

 あの頃から綴の背を追いかけ……いつの間にか追い越してしまっていた。

 それも、綴が呪いにより弱ったから、という不本意な方法で。

 

「何故、俺にそのことを?」

「………頼みがある」

「頼み?」

 

 夕焼けを背にした綴は真っ直ぐ東堂を見る。

 

「俺が死んだ後、もしものことがあれば……俺の後輩達を頼む」

「………!」

 

 プライドの高いあの綴が、東堂に頭を下げた(・・・・・)

 

「顔を上げろ、お前らしくもない!」

「……頼む。アイツらは、俺の宝物(・・)なんだ」

 

 初めて誰かにそのことを吐露した。

 五条にも言ったことがない。

 というか、五条に言うとニヤニヤしながらからかうに違いない。自分が死んだ時のことなんて、聞いていないと言わんばかりに。

 

「俺が、守りたいって思ったんだ。

 人生で懺悔と後悔することが多かった俺が、必死にかき集めた希望なんだ」

 

 自分が生きている間なら、目が届く範囲なら、絶対に死なせないと決めている。

 だが死んでしまったあとは?

 

「もう、尾上先輩や青木みたいに、誰も死なせたくない……!」

 

 綴の顔を上げさせようと両肩を掴んだ東堂は、尾上と青木の名前を聞いて動きを止めた。

 かつて綴が大切にしていた、親友と想い人。

 置いていかれる恐怖を、綴は知っている。

 その立場に綴はなってしまう。きっとそれを感じているのだろう。

 

「自分勝手なのは充分わかってる」

 

 東堂が掴む両肩はあの頃に比べると細く、頼りない。

 だが……。

 

「頼む。

 俺が気兼ねなく頼めるのは、手前だけなんだ」

 

 だがゆっくりと、顔を上げる綴のその目はあの頃以上の強さを持っていた。

 

 何故、彼ばかりがこんなめに合うんだろう。

 幸せを願っていただけで、彼がいったい何をしたというのだろう。

 

「……甘菜、お前は誰がなんと言おうと誇り高い男だ」

 

 そんな男が頭を下げてまで、東堂に頼み込んでいる。

 

「わかった。俺に任せろ、甘菜!」

「……わるい。こういうこと、本当は頼むべきじゃねぇんだが……」

 

 それ(・・)は呪いになる。

 綴も東堂もよくわかっている。それをわかっていて綴は東堂に呪い、東堂は綴の呪いにかかった。

 

「しかし、あと3年どうするつもりだ?」

「……子蜘蛛を全部食う……のは当たり前として、まずは身辺整理だな。

 五条にバレたら邪魔される。手伝ってくれるとありがたい」

「なるほど、どこから手を付ける?」

「とりあえず、甘菜家から貰ってる菓子類は処分したい」

 

 綴はそっと、何も言わずに東堂に手紙を渡す。

 それと同時にメモも一緒にしてある。そこには、文字が書かれていた。

 

『甘菜家の人間は月に1度、当主とその側近に盗聴される。

 自然体で頼む』

 

 それを読んで、東堂は返事を返す。

 

「なら京都の奴らにも声をかけておこうか」『了解』

「助かる」『この手紙を、窓の佐々木って女に渡して欲しい』

「他には?」『尾上先輩と青木と初めて任務へ行った時の被呪者だな?』

「後のことは、自分でもできる……」『頼んだ』

「我が好敵手(ライバル)の頼みだからな!」

 

 綴は少し寂しそうに笑った。

 その顔を東堂は今でも覚えているし、きっと一生忘れないだろう。

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

【2年前・東京都立呪術高等専門学校】

 

 

「お疲れサマンサ〜」

 

 東堂に話しかけてきたのは、五条だった。

 自身のライバルである綴の兄貴分であると、噂で聞いたことがある。

 

「何か用か?」

「いんや、偶然」

 

 交流戦も終わり、京都校の者達は帰る準備をしていたが、東堂は綴を探していた。

 

「葵さ、綴と仲良くしてあげてよ」

 

 五条は笑いながら東堂にそう言う。

 

「甘菜と?」

「あの子、友達少なくて少なくて。僕、ちょーっと心配なんだよね」

 

 綴は他の1年生と距離を置かれていた。

 彼の性格や上級生とのイザコザだったりが要因で、まともに話しかけてくれる同級生がいないのだ。

 綴と仲がいいと言えば、ポメラニアンの青木くらいだろう。

 

「残念だが、俺と甘菜は好敵手(ライバル)! それが覆ることは無い!」

「んー、そっかそれは残念」

 

 東堂ならあるいはと思っていたが、本人にそう言われてしまえば何も言えなくなる。

 そうこうしている間に、京都校の生徒達が帰る時間になってしまう。

 東堂は結局綴に会うことはなく、しばらく粘っていたが引きずられて帰って行った。

 

 

「………残念だったね〜、綴」

「は?」

 

 京都校の生徒達が見えなくなった頃、五条は隠れていた綴に話しかける。

 木の枝に寝転びながら、怪訝そうに眉をひそめる綴は、東堂がやっと帰ったことで一安心だ、と気を抜いたところだった。

 

「だって、本当は好敵手(ライバル)なんかより、友達(・・)になりたかったんでしょ?」

 

 気を抜いていた綴は一瞬動揺して木から落ちそうになる。

 

「大丈夫?」

「誰のせいで……!」

 

 綴は東堂のことを苦手ではあるが嫌いではなかった。

 初めてだった、何の偏見もなく自分に話しかけてくれる同級生なんて。

 だが東堂と友達になるか、言われれば綴は即答できない。

 

「綴にしては、1人にムキになりすぎてたから、てっきりそうなのかと。

 素直に言えないって、辛いね〜。綴の天邪鬼!」

「意味がわからないからとりあえずその口閉じてくれ」

「やだ」

「このクソ野郎が」

 

 五条は綴の気付いていない本音に気付いていた。

 他人と距離を置いてしまう綴もどこかでそういった関係を望んでいた。

 好き好んで孤立しているわけではないのだ。

 

 本来の綴は呪術師限定ではあるが、もっと社交的で人との接するのが好きだ。

 昔はそんな彼に癒される呪術師が続出。彼に癒されるためにわざわざ高専に赴く呪術師もいた。

 呪術高専の大天使ツヅリエル、だなんて夏油と家入と一緒になって言っていたことを思い出す。

 まあ、今はその面影すら残っていないのだが。

 

 そんな綴だが、子蜘蛛のせいでいつ死ぬかわからなくなり……周りを突き放すようになった。

 大切なものを増やさないように、未練なんて作らないように。

 

 五条は綴が死ぬ準備をしているようにしか見えなかった。

 少しでも綴が生きたいと思ってくれるよう、五条は尾上や青木を紹介したし、伏黒だってそうだった。

 

 しかし、そうやって閉じこもる綴の殻を東堂は無理矢理こじ開けてしまった。

 これには五条も大爆笑。

 

「そもそも俺が必要最低限の交流でいいって思ってんの、知ってんだろ?」

「知ってるけど、綴は寂しがり屋さんだから」

 

 本当は友達欲しくて仕方がないくせに。

 と、言うと上から綴が飛び蹴りをしてくる。

 五条はそんな綴の両足首を掴んでぶら下げる。

 

「はいまた僕の勝ち!」

 

 綴は非常に悔しそうに奥歯を噛み締める。

 

「は、なせ!」

 

 腹筋の力を使って起き上がると、五条が綴の足首から手を離す。

 重量に逆らわず、綴は地面に着地すると、五条を睨みつけた。

 

「寂しがり屋は五条だろ」

「え、綴から見たら僕ってそうなの?」

「………もういい、寮に帰る」

 

 綴は溜息を吐いて五条に背を向けた。

 

「綴」

「何?」

「お疲れ様、ゆっくり休みなよ」

「……うん」

 

 

 寮に帰る道で、綴は五条の言葉を思い出す。

 

 東堂と友達になりたかったか否か。

 

 友達にいれば、まあ楽しいだろうタイプではある気がする。

 ただし1人でいい2人以上はいらん、腹がいっぱいになるわ。あんな奴2人とか高熱が出た時の悪夢かよ。

 

 だが、その本人が友達でなく好敵手(ライバル)がいいと言っているのだから……綴がそこに水を差すのは野暮だろう。

 

 

 

 

 

「って、俺はおもうんだよな」

「キャン!」

──綴の親友は僕だけどね!

 

 と、綴に相談された青木が誇らしげに鳴いていた。




普段勝手に喋ってくれる東堂が喋ってくれなかった。

ちなみに、綴は「為虎添翼」で東堂以外に高田ちゃんゲストのラジオや、タピオカを勧められても聞かないし飲まなかった、とかいう裏事情があったりします。
出す機会、なかったけどね!


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68話

一応、あと1、2話で最終回をする予定です。
予定は未定なのでダラダラやってる可能性もありますが………散々終わる終わる詐欺してるんでもう誰にも信じてもらえなさそう。
そしてやっぱり息を吸うように最新話ネタバレがあるのでお気をつけて。

お気に入り登録、評価、誤字報告ありがとうございます!


 張相戦での敗北、宿儺による渋谷での大量虐殺、七海健人の死……そしてなにより甘菜綴の死により虎杖悠仁の精神はギリギリの状態だった。

 そこに追い打ちをかけるように、釘崎野薔薇の左顔面を真人により吹き飛ばされたことにより、虎杖はとうとう思考停止の状態に追いやられる。

 

 この状況でなんと真人は黒閃での一撃を虎杖にたたき込む。

 

 虎杖に更なる追撃を繰り出す真人だが、ふと柏手の音を聞き取る。

 その瞬間、トドメを刺そうとした虎杖は目の前から消え、第三者がこの場に乱入してきたのをその人物を見て理解する。

 

「そうか、その筒………とうとう、逝ったか………綴」

 

 真人の筒を見て、その人物が口を開いた。

 つぅ…と涙を静かに流すのは、京都校3年・東堂葵だった。

 

「東堂さん!」

 

 そしてその後ろからは同じく京都校の新田新がやってくる。

 

「あっちの子の処置、終わりました」

 

 あっちの子とは、真人に倒された釘崎のことだ。

 

「でも多分死んでますよ。

 後で俺のせいにせんといて下さいね」

「御託はいい。虎杖(ブラザー)も頼む」

 

 東堂は綴に、彼の後輩を頼むと言われた。

 だから東堂はどうしても釘崎には生きてもらいたいと思っている。

 しかし、この場でそれを言ったところで解決するわけではない。

 

 綴の筒を背負う真人を見て、東堂は虎杖を呼ぶ。

 

「起きろ虎杖(ブラザー)!!

 俺達の戦いはこれからだ!!」

「東…堂…」

 

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

 

「やらかした」

 

 綴は大の字になって寝転ぶ。

 今日は山小屋に出ると言われる呪霊を祓いに来た、だけのはずだった。

 

「見事に爆破したな」

「うるっせぇ……」

 

 寝転ぶ綴の隣に東堂が座る。その足元では青木が蝶を追いかけて遊んでいる。

 

「学長に叱られる。

 別に叱られること自体が嫌なわけじゃなくて、五条みたいに叱られるのかと思うと本当に憂鬱」

 

 かつて夜蛾によく正座をして廊下で説教されていた五条を思い出しながら渋い顔をする。

 

「そんなことよりも……」

「わかってる。あの子蜘蛛についてだろ?」

 

 2人が運悪く会敵したのは当時の綴と同じ数の子蜘蛛を食べた子蜘蛛だった。

 不意打ちかつ同数であったため、苦戦を強いられ……結局綴は東堂を守るために子蜘蛛を食べた。

 爆発はその時山小屋に備え付けられていたガソリンに、真っ暗な山小屋で使用したろうそくの火が引火してしまい、大爆発を起こした。

 

「あー、伊地知さんに帳頼むんだった……」

「山奥だからといって油断していたな。

 近くの村には気付かれているかもしれない」

 

 綴と東堂の後ろでは、綴の糸によって拘束された子蜘蛛が糸を解こうと蠢いている。

 

「………よく、その状態で戦っていられたな」

 

 綴から事の顛末を聞いた東堂は眉を顰める。

 

「………そうでもしないと、俺は俺でなくなる」

「だが、流石は俺の認めた好敵手(ライバル)

 やはりお前は俺を更なる高みへ連れていってくれる存在だ!」

 

 ビシッと指を差されるが、綴の目はそれを見てだんだん冷めたものになっていく。

 

「俺に何を期待してんだか……」

「待っていろ、あと2年もすれば俺は甘菜と肩を並べるように…いや、それ以上になる!」

「はいはい、勝手にどうぞー」

 

 そう言って顔を背ける綴だが、その顔は少々嬉しそうだ。

 子蜘蛛になってから色んな人間が綴に接触してきた。

 呪いとして見る物、甘菜家の人間として見る物……幼い頃から交流のある人々でさえ、綴を腫れ物のように、もしくは守るべき存在として見ている。

 なのに、この男はどうだ?

 こんな自分を同列として扱ってくれている。

 

 肩を並べる?それ以上になる?

 何言っているんだか。

 お前はそう思っている時点で、俺よりだいぶ……。

 

「綴君!」

「……伊地知さん」

 

 爆発を聞きつけ綴と東堂が心配で焦ったのか、任務をしている時は絶対に綴の名前を呼ばない(私情を挟まないよう)伊地知が山小屋へやってきた。

 

「こ、これは……」

「ガソリンあって引火した。

 夜蛾さんからは嫌だけど説教受けるから、五条には言わないでください」

「あの人絶対にどっからか聞きつけてきますよ?」

「言ったら伊地知さんの額を叩く」

「わかりました」

 

 子供に脅される大人という図が出来上がったが、2人なりのコミュニケーションである。

 

「青木、先導を頼む」

「きゃんっ」

 

 慣れない山奥での任務では、青木の鼻が活躍した。

 帰り道も、青木の帰巣本能があれば難なく帰ることができるはずだ。

 

「知ってるか?」

「何を?」

「この山、やまびこができるらしい」

 

 やまびこ

  日本の山の神・精霊・妖怪。また、それによって引き起こされるといわれた音の反響現象。

 

「………行くか」

「ええ!? 今帰る雰囲気だったのに!?」

 

 東堂の提案に乗り気になった綴はクルリと下山しようとしていた体を反転させる。

 

「男には、やらねばならぬ時がある!」

「青木、頂上行くぞ」

 

 伊地知は思い出した、この2人がまだ15歳の子供であることを。

 身体の体格、雰囲気だけ見れば大人びていると言えるだろう。五条とくらべれば一目瞭然だ。

 だが、この2人は共にまだ守られるべき子供なのだ。

 

「綴君、下で待っているので……」

「え、伊地知さんこねぇの?」

「スーツでこれ以上の登山はちょっと」

「俺達の呪力を辿ったのだから、帰りはそれができないはずだが?」

 

 結局伊地知は2人に引っ張られるような形で山の頂上へ辿り着き、どうすれば「やっほー」の声が綺麗に聞こえるかの研究に付き合わされた。

 

 

 

 

「え、なにそれ羨ましい。僕が出張行ってお土産選んでる間に何楽しそうなことやってんだよ」

 

 と、高専に帰った伊地知は五条に詰め寄られたという。




前書きにも話した通り、あと1、2話ほどで完結させようかと思っています。
それにさしあたって、アンケートを設置致します。


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69話

28日、二次創作日間ランキングにて20位にランクインしました!
評価、お気に入り登録ありがとうございます!


 それに群がる改造人間が次々と物言わぬ死体に戻っていく。

 

 てくてくと歩くそれは目的の場所へと向かう。

 しかしそこへの行き方がわからず首を傾げる。

 目的の場所へ来たというのに、目的の人物はそこにいないのだ。

 

 どうしよう、と腕を組んでそれは悩むがなにもわからない。

 

 ので、それは下に向かって穴を開けた。

 つもりだったが僅かに穴が空いたくらいで目的の場所(恐らく)には到底到達しない。

 

 今度こそと、着ていた着物をたすき掛けしてから再度挑戦する。

 すると今度は先程よりも大きな穴が空き、それはバンザイをしてドヤ顔で喜んだ。

 

 早く目的の場所に向かわないといけない。

 目的の人物をすぐに助けないといけない。

 何故ならその人物は今、この渋谷で1番の強い願いを持っているからだ。

 

 後悔、葛藤、殺意…その他にも色んな感情で押し潰されてしまいそうなその人物を、それは探している。

 

 そうすることで、それは確立している。

 そうすることで、それは力を付ける。

 

 うんしょ、うんしょと何度も蹴りつけるが、一向に埒が明かないことに気がついたそれは、とうとう怒って今までで1番の力を込める。

 

 するとどうだ、大きな穴がポッカリと開いたでは無いか。

 それは自分の両手を見てギュッと握りしめた。

 その表情は今までにない歓喜であった。

 

 

 しかし、それの背後に何かが近づいてきた。

 そのことに気が付かず、それはまた地面に穴を開け続ける。

 楽しそうに、嬉しそうに。

 それの背後で、手が鎌のような形をした呪霊が、それの首を落とそうと腕を振るう。

 

 しかしそれに攻撃は届かず、まるで蜃気楼のようにユラユラと揺れるだけだった。

 自分が攻撃されたことに気が付いたそれは、首をかしげながらゆっくりと振り返る。

 

 それは戸惑う呪霊の周りをクルクル回りながら観察をしているようだ。

 何度か繰り返すと、ピタリと呪霊の前で止まる。

 

 ニコニコと笑うそれは、呪霊から距離をある程度取ると後ろを向くと、目隠しをした。

 

 呪霊は隙を見せるそれに向かい、1歩進む。

 何も起こらないと、呪霊はわかるとまた進んだ。

 

 

『          』

 

 

 誰かが何かを言った。

 直接頭に響くような言葉。

 

 呪霊が気が付くと、それはこちらを振り返っている。

 不満そうにも見えるそれは、非難するように呪霊を指差した。

 するとどうだ、身体が一切動かないではないか。

 

 なんだ?

 コイツはなんだ?

 知らない、こんな存在は知らない。

 その黄金色の目に見つめられるたびに、自身が死んでしまうような錯覚を覚える。

 

 

 その瞬間、呪霊の視界が歪んだ。

 

 まるで紙くずをぐしゃぐしゃにするかのように、呪霊の身体が折りたたまれていく。

 

 その光景を、それはニコニコと笑いながら見ていた。




次回、走馬灯編最終回


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70話

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 つまらない。

 虎杖と東堂、真人の戦いをぼんやりと眺めながら両面宿儺は欠伸をする。

 

 そういえば、虎杖が散々喚いていた甘菜綴について、ふと思うことがあった。

 と言っても、宿儺は綴に対して特に興味も何も持ち合わせてはいないので、この後すぐにでも忘れるのだが。

 

 以前伏黒恵との訓練中、やっと顔を覚えたような、そんなつまらない人間。

 三十蠱毒によって呪われた間抜けな餓鬼。

 それが、甘菜綴という人間だ。

 

 確かに綴の体術と呪力の操作は頭1つ飛び出ている。

 しかしそれだけだ。それだけしかない。

 まともに拳に呪力も籠らないくらいの、微弱な蟻のような存在。

 いや、五条悟にあれだけ守られてきたのだから、人に愛でられ閉じ込められる蝶か何かだろう。

 少し羽を引っ張ればすぐに千切れてしまう、繊細なか弱い蝶だ。

 

 見ていて滑稽だった。

 誰かに理解して欲しいくせに、誰にも理解されようとしないその優柔不断(・・・・)さが。

 こちらを憎悪の目で睨みつける癖に、虎杖が大切になり過ぎてどうすることもできなくなっていく様が。

 非常に滑稽だった。

 

「奴もくだらん事に命を使う」

 

 そういえば、と綴との初めて邂逅した時のことを思い出す。

 

「……あんな名前だったか?」

 

 それは綴が語らなければ思い出しもしなかった、ただの気まぐれで起こした出来事のこと。

 ああ、そんなことあったような気もする、だがそれが何だと鼻で笑ったが………。

 

「今も昔も、()()()()()()()()()()()な」

 

 

 

 

 そうして宿儺は綴のことなど記憶の端に追いやった。

 また虎杖を絶望させるために使えるか、くらいの認識へなっていく。

 

 ん?

 

 宿儺は上を見上げる。

 

 なにか、来る。

 気配は呪霊だ。

 だが何か違和感がある。その違和感の正体がわからない。

 

 ただ、ただ気持ちが悪い何か。

 

 じっとその一点を見つめている。

 

 来た。

 

 と、思った時にはもう、それが天上からふわりと降ってきた。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 虎杖も東堂も、真人もそれを認識して動きを止めた。

 

 それを一言で現すのであれば、白。

 足が床につくと、グリンっと真人を見る。

 

 敵?味方?

 そもそもこれは一体なんだ?

 

 真人はそれの顔を見て、ギョッとする。

 黄金色の目が爛々とこちらを見ている。

 思わず飛び退くと、それはつまらなさそうに地面を蹴ってから、ゆっくりと虎杖と東堂の方へ振り返る。

 

「なん、だ……なんで、どうして………」

 

 真人は自分が飛び退いた理由がわからなかった。

 だが、綴から受けた柳の呪い(・・・・)が真人を締め付けるような錯覚を覚える。

 

「呪霊……?」

 

 東堂もそれをみて戸惑う。

 何故こんなにも呪霊を見て心臓がバクバクと五月蝿いかがわからない。

 それほどの驚異など、微塵も感じないというのに。

 

「おい虎杖、どうした?」

 

 それを見てから虎杖の動きがピタリと止まってしまっている。

 

「虎杖!」

 

 東堂が虎杖の肩を掴む。

 

「───?」

 

 虎杖はそれを見て、いつか綱治に見せられた幼い頃の綴の写真を思い出していた。

 

 そう、それの顔は………………。

 

 

()、せ、んぱい?」

 

 

 幼い頃の綴、そのものであった。

 

 

 それ……いや、白蜘蛛様はそんな虎杖を見てクスクスと嬉しそうに笑った。




これで一旦呪われた呪術師の走馬灯は完結です。

最初は、呪術廻戦も序盤も序盤での連載でした。
結構無理矢理な部分もありましたが、ここまでやってこれたのは、評価、お気に入り、コメントをしてくださったみなさま、そして芥見先生のおかげです。

この作品を作った時は「そういうことか!」と最後まで読んだ後に言えるような作品にしたいという一心で、続編なんか考えていませんでした。
しかし書いているうちに、呪術廻戦完結まで書いていたい、という気持ちに駆られてしまい、走馬灯でやる予定だった真相解明編を続編でやることにいたしました。

走馬灯は正直に言うと前座です。
こっからが本番です。

続編は原作のストックが溜まり次第、この小説の続きから書いていく予定です。
今までに本当にありがとうございました!!


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番外編②
当意即妙


そう言えばいつかやりたかったのにやってなかったなーと思ったネタ。

お気に入り登録、評価、誤字報告ありがとうございます!
先日、55話から書いていた暗号を解読した方がいると聞き驚きました。そこまでやっていただき、ありがとうございます!


「学校、行きたくない」

 

 なんてことを甘菜家の人間にすると、たちまち取り囲まれて事情聴取されるから下手に言えないけれど。

 甘菜綴、現在小学2年生は布団の中にうずくまって目覚まし時計が鳴るのを待つ。

 

 そもそも綴は非呪術師のことが大嫌いだ。

 そんな非呪術師の巣窟である学校など、行きたくないに決まっている。

 

「あー、嫌だなぁ……」

 

 目覚ましが鳴る音を聞いて、綴はため息を吐いた。

 

 

「綴君、おはよー!」

 

 小学校につくと、クラスメイトの女の子に囲まれる。

 綴はクラスメイトの中で1番の早生まれなためか、弟扱いされることが多い。

 女子生徒は特に多く、何かと綴に構うのだ。

 

「おはよ」

 

 控え目に返事を返すと、女子生徒達は黄色い声を上げる。

 そんな綴のことが気に食わないのが男子生徒であった。

 綴は初め、男子生徒と遊ぶことが多かったがいつの間にか女子生徒達に囲まれていた。

 

「綴君は私達と遊ぶの!」

 

 と1人の女子生徒が言ってからこの状態が続いている。

 

 正直に言おう。勘弁してくれ。

 綴は非呪術師が嫌いだ。

 クラスメイトと仲良くしているのだって、夏油に仲良くするように言われているからだ。

 言われてなかったら今頃小学校を登校拒否して高専に入り浸っている。

 

「ねぇ、綴君お休みの日どこ行ってたの?」

「東京でね、お兄ちゃんに会いに行ってた」

 

 嫌悪を隠してニッコリ笑うと、彼女達は「いいなー」と口を揃えて言う。

 同時に何故か「可愛い」と口々に言われるのだから、納得が出来ない。目標は夏油のようにかっこよくなることだからだ。

 綴の扱いは、動物園にいるパンダと変わらない。東京へよく行くことも、ただ珍しいからだろう。

 

 そんな綴に、男子生徒はある言葉を投げかける。

 それは綴への嫉妬や憧れなどが入り交じった言葉だ。本気で言ったわけではなく、本当にただのやっかみだった。

 しかし、綴はその言葉が頭から離れなかった。

 女子生徒達は男子生徒の言葉に怒ると、綴の手を取って男子生徒から引き離した。

 その時の彼の顔が少しショックを受けていたのは気の所為だろうか。

 

 

 

 

「綴ー! 綴が大好きな悟兄ちゃんだよ!」

「なんでここに!?」

「任務で近くまで来たから。ちなみに傑はいない」

「えー……」

「露骨に嫌そうな顔すんな」

 

 その日の放課後、いつものように女子生徒達に囲まれながら下校しようとしていると、校門に五条が待ち構えていた。

 急に現れた五条を見て、女子生徒達はきゃあきゃあと黄色い声を発している。

 

「さて、今日は時間あるから一緒に遊びに行こう」

「でも、家の人に言わないと……」

「大丈夫大丈夫、俺が許可貰ってるからさ!」

 

 といっても半ば無理矢理なのだが……今頃五条から電話を受けた使用人は甘菜家の人間に圧を掛けられガクガク震えている頃だろう。

 

「いいの!?」

「もっちろーん! 俺が嘘ついたことあった?」

「めっちゃある。けどうれしい!」

 

 綴は女子生徒と別れると、五条と一緒に帰路へつく。

 その時、綴にあの言葉を投げてきた男子生徒と目が合ってしまう。すぐに目を逸らされ、彼は走って行ってしまうが、綴は五条と繋いだ手をそっと離す。

 

「………あのさ、さと………五条(・・)さん(・・)

「は?」

 

 そう呼ぶと五条は立ち止まってしまった。

 

「い、今なんて言った……?」

「………五条さん」

「まさかまた甘菜のヤツらになんか言われた!?」

 

 まるで天変地異の前触れだと言わんばかりの慌てっぷりに綴は苦笑する。

 

「ちがうよ」

「じゃあ、何があったんだよ」

「兄ちゃんって言うのダサい(・・・)って………同じクラスの子に、言われた」

「誰だよそんなこと言った奴。ちょっととっ捕まえてくる」

「やめてよ、五条さんがやると色々と目立つから」

 

 綴が夏油に、同級生達と仲良くするように言われているのは五条も知っていた。

 個人的には綴は非呪術師のことが嫌いなのだから無理矢理馴染ませなくても、と思っているのだが、夏油曰く「それで日常生活に支障が出たらどうする?」とのことだ。

 五条がそういう世界で生まれ育ち、夏油は非呪術師の親から産まれているからこその意見の不一致だ。

 しかし、綴の師は五条ではなく夏油だ。五条が口出しをするようなことではない。(それで露骨に綴が傷付くなら話は別だが)

 

「まさか、傑のことも……!?」

「これからは、夏油さんって呼ぶ」

 

 やめてやれ、絶対しばらく現実世界に帰って来れなくなるやつだから。

 

「だって、傑兄ちゃ………夏油さん、師匠だし、いつまでも子供みたいに呼んでたらだめ、じゃない?」

「俺はそのまんまでいいと思うけど?

 というか今頃そんな他人みたいに呼ばれるのは絶対嫌!」

「でも……恥ずかしいもん」

 

 多感な時期、にしてはだいぶ早いが人に何かを言われてそれを気にしてしまうようになった綴を見て、成長を感じた。

 この間までは夏油や五条、家入のように身近にいる存在の言葉を盲目的に信用するような子供だったのに……綴はいつの間にか、他人の存在も気にするようになったのだ。

 

──ま、いっか……多分すぐに戻るだろうし。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

「…………」

「まあ、元気出せよ」

 

 あれから数ヶ月後、東京へ遊びに来ていた綴は未だに呼び方を変えなかった。

 むしろ馴染んでしまっているような気さえする。

 五条は落ち込む夏油を慰めるが効果はない。

 

「任務が忙しいせいで数ヶ月会えなかった弟子兼弟分が突然他人行儀になった時の気持ちがお前にわかるか?」

「ノンブレス早口がここまで怖いとは」

 

 夏油と綴の出会いを五条は知らない。夏油がまだ高専に入学する前からの出会いだ、ということ以外は何も。

 そんな夏油だからこそショックは五条よりも数段大きいもののようで、しばらく頭を抱えていた。

 

「悟はね、いつかそんな日が来るだろうとは思ってたんだ」

「おい、傑おいこら」

「でも、私までそんな……そんなふうに………悟ならまだしも。悟なら、有り得たけど」

「え、何これ殴っていいやつ?」

 

 綴は校庭で高専生にもらった竹とんぼで遊んでいる。

 上手く飛ばず、あれ?と首を傾げる姿が癒されるが、そんな気分も吹き飛ぶくらい2人の呼び方の改名は衝撃的だった。

 

「誰だ、綴にそんなこと言った奴、ちょっととっ捕まえてくる」

「思考が俺とまんまだけど、綴に止められるからやめといた方がいいよ」

 

 ちなみに言ったのは綴の同級生であることを夏油に伝えると、なるほど、と苦笑いした。

 

「ちょっとは馴染もうとしている気があったことを喜べばいいのか、人の言葉を真に受ける性格を嘆けばいいのか……そこが可愛いところなんだけど」

「そういえば、自動販売機は爆発するって教えたら信じたぞ」

「なんでその時任務だったんだろう」

 

 上手く竹とんぼを飛ばすことができた綴が嬉しそうに夏油と五条に手を振った。

 

「今度リング見せようぜ」

「それ綴がテレビ見れなくなるやつだろ、せめて呪怨にしてやれ」

 

 そんな恐ろしい会話をしているとはつゆ知らず、綴はまた竹とんぼを飛ばす。

 

「ま、呼び方は多分直ぐに戻るって」

「悟は綴の頑固さを知らないからそう言えるんだよ」

「え、綴は素直じゃん」

「1度こうと決めたら曲がらないよ。それ以外は素直」

 

 ひとり遊びに飽きたのか、綴が夏油と五条の元に走ってくる。

 夏油は手を広げて綴を待ち構えると、綴の目が輝きすっぽりと夏油の腕の中に収まる。

 

「夏油さん、この竹とんぼめっちゃ飛ぶよ!」

「そうか、良かったな綴」

 

 竹とんぼを持って自慢する綴を肩車してやると、綴はケラケラと笑う。

 

「今から飛ばすから五条さん取ってきて」

「俺にそんなことさせんの綴だけだぞ」

 

 




先日、メッセージにて綴がいてもいなくてもいいんじゃないか?二次創作の意味ある?という質問がありました。
もしかすると他の読者も同じことを考えている方もいるかと思います。
それが正解です。そうなるように書いています。

その辺も続編で解明する予定です。
できるかな、伏線回収。
伏線回収を綺麗にするのが苦手なので、補足があればまた後書きでお知らせします。


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鞭辟近裏

お気に入り登録、感想、評価ありがとうございます!
そういえばいつかやりたかったのにやれなかったネタPart2


「先輩、まじでありがとう!」

 

 頭を下げる虎杖を見下ろす綴は、ぶっきらぼうに「おう」と返事をする。

 

「伏黒から聞いてたけど、古典得意だったんすね」

 

 突然、綴の部屋にやってきた虎杖が持っていたのは国語の教科書。

 呪術を学ぶ学校ではあるが、それはそれとして一般科目も彼らには必要な教養である。

 そんな最中、虎杖は古典の授業にて行き詰まり、最終手段として伏黒から提示された綴を頼ることにした。

 

「一応、古文書とか読むために叩き込まれてるからな」

 

 そういった経緯もあり、綴は書物を読み解くためね国語と歴史等の分野は得意である。

 

「へぇ……じゃあ苦手な教科とかあんの?」

 

 綴はしばらく考えてから虎杖の質問に答える。

 

「…………英語は……30点以上取れたことねぇな」

 

 あ、ぽい。

 虎杖はなんの疑問も抱かずに納得する。

 何せこの先輩、東京の街中で着物を着て、観光客の外国人に英語で話しかけられて目を回しているような人なのだ。

 

「いや、囲まれて平気な手前の尺度でものを言うんじゃねぇよ」

「うっす。

 数学とかは?」

「あんまり……理系は苦手だな、美術とか家庭科も上手くできた試しはない」

「本当に呪術に関係することしか得意じゃない!」

 

 苦手なことを恥じる様子もなく苦手だと言えるのは、綴がそこを恥ずべきことでは無いと思っているからだ。

 あまりにも堂々しているため、虎杖も自分の成績のことなどどうでも良くなる。

 

「中学の時にあまりにも成績悪すぎて教師が頭抱えてたらしい」

「いやそれはちょっと焦ろうよ!」

「それ以降は英語以外は最低でも50点しかとってねぇよ、手前と一緒にすんな」

「はいはい、頭が悪くてすんませんしたぁ!」

 

 地味に自慢されたことにより虎杖は少々不貞腐れるが、綴はニヤニヤと笑って謝る気も無いようだ。

 

「あ、でも英語は勝ってる!」

「英語なんかできなくても生きてけるんだよ」

 

 だからといってローマ字も曖昧なのは如何なものか。

 というかこの人ローマ字で自分の名前も書けなさそうだ。

 

「あ、でも【子供】は書ける。今年の6月に東堂が教えてくれた」

 

 そう言いながら綴はノートに達筆な【KIDS】の文字を書く。

 

「なんでそれは知ってんの?」

「どうしてもパソコン使わないと行けない時に、五条にパソコン借りると表記されてるから覚えた」

「先輩パソコンできんの!?」

「驚くのそこか」

 

 ちなみに東堂からは、綴の歳で某子供向けポータルサイトを使用している人は極々僅かだと言われていた。

 が、それを五条に言うと、「まだ成人してないから、綴は子供向けポータルサイト使ってていいんだよ!なんにも変なことはないよ!」という風に言われてで丸め込まれた。

 ちなみに五条が綴に子供向けポータルサイトを使わせる理由は、近代機器に疎くまた騙されやすい綴に配慮してのことである。

 

「ローマ字曖昧なのに出来るんだ」

「いや、あれ……えーと、きーぼーど?に平仮名あるし」

 

 まさかのかな入力。

 

「字はめっちゃ綺麗なのに」

 

 虎杖はしげしげと綴が書いた文字を見つめる。

 とんでもなく達筆な文字を見て、ふと思うことがあった。

 

「古文書読むってことは、あれ読めんの?」

「あれ?」

「ほら、えーと……ミミズみたいな、戦国武将の手紙に書いてるみたいな文字!」

「あー、あれな……」

 

 綴はそう言うと、おもむろに何かをノートに書き始める。

 

「?」

「それで虎杖悠仁と読む」

「まじで!? すっげ、読めねー」

 

 名前ひとつで喜ぶ虎杖を見て、綴は思わず笑いが込み上げる。

 

「小学校入る前まではずっとそれだったんだが……1年ときの担任に読めないと言われてな」

 

 周りからは達筆だと褒められていたのもあり、当時の担任から悪筆だと言われて、腹が立ったためわかりやすい字を練習したそうだ。

 ペン字の先生になれそうな字を見て、虎杖は綴の負けず嫌いさを思い知った。

 

「練習して見せた時のアイツの顔といったら、本当に笑えたな」

「先輩そういうとこあるー」

 

 今度は先程書いた文字の隣に、また【虎杖悠仁】の文字を書く。先程の字よりも読みやすく、また誰がどう見ても達筆だとわかる文字だ。

 

「ま、こっちは人に読まれる……報告書とかで書いてるな」

 

 現在は使い分けているらしく、そういったトラブルは起きていないそうだ。

 

「もしかして、習字とかも得意?」

「見るか?」

「見たい!」

 

 虎杖の返事を聞くと、綴は押し入れの中にぞんざいに入れていた巻物状の半紙を取り出す。そしてそれとセットで表彰状や盾等が並べられた。

 その全てがどれも最優秀賞であるから驚きだ。

 

「久しぶりに人に見せた気がする」

「誰かに見せてたの? 五条先生?」

「いや……」

 

 綴は目を伏せる。

 

「1番最初に必ず見せてたのは……世界で1番尊敬してる、大好きな人がいたんだ。俺がこういうことで良い成績取ると、俺よりも喜んでくれる人でさ。

 それが嬉しくて……とれる賞は書道以外も全部制覇した」

「嬉しいの規模がでかい」

 

 その人が英語をやれと言えば本気でやったのではないか?と尋ねるが、綴は首を横に振る。

 

「いや、人には向き不向きがあるから」

 

 それもそうか。

 

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

 

「傑兄ちゃん! 見て!」

「お、今度は作文で最優秀賞か……すごいな、綴は!」

 

 表彰状を掲げながら綴は夏油の元へ走る。

 

「凄いでしょ?」

 

 褒めて褒めて、と言いながら綴は夏油の周りをくるくると回る。

 

「うんうん。流石、綴は天才だな〜」

「悟兄ちゃんよりも!?」

「悟よりも!」

 

 それが最上級の褒め言葉であるようで、綴は腕をパタパタさせながら甲高い声で叫びながら喜ぶ。

 

「おい聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど!?」

 

 そこに現れたのは先程まで夜蛾に説教されていた五条だった。

 

「なんだ、もう終わったのか。まだもう少し説教されてても良かったのに」

「今度はなにやらかしたの? いいかげん、学習したほうが良いよ?」

「この師弟いつか絶対まとめて泣かす」

 

 2人だけの世界を壊された綴と夏油は、五条を冷ややかな目で見つめる。

 

「俺を仲間外れにするとはいい度胸してるなぁ!」

「綴が来るから大人しくしてろって言ったのに、任務先でやらかした悟に言われたくない」

「そもそも、なんで俺がやらかしたの前提なんだよ!」

「え、違うの?」

「いや、俺がやらかしたんだけど」

 

 ほらな、やっぱりな。と目で語り合う師弟の間に五条は割り込む。

 

「だから! お前らだけの世界を! 俺の前で作んなって!」

「なんだ悟、寂しんぼか?」

「しかたないから今日寝る時、悟兄ちゃんまんなかにしてあげるね」

 

 などというたわいも無い会話をしていると、綴は思い出したかのように五条に表彰状を見せる。

 

「見て! 最優秀賞!」

「またー? ………うわ、マジだ」

 

 もう6年間はこの調子で表彰状を総ナメにしていくんだろうな、と表彰状を眺める。

 

「ほめて!」

「はいはい、凄い凄い」

「心込めて!」

「込めてるよ、呆れてるけど」

 

 綴はその場で地団駄を踏む。

 先ほどの仕返しができたと、五条はニヤニヤと綴の地団駄を笑う。

 

「もう知んない! 悟兄ちゃんには表彰状見せたげないから」

「ごめんごめん、綴の反応が面白いから!」

「悟、それは謝ってないよ」

 

 綴は夏油の後ろに隠れ、五条を挑発するようにぶーっと唇を震わせる。

 

「こら! どこで覚えてきた、そんなこと!」

 

 五条は綴の頬を片手で鷲掴みにする。

 

「小学校。できなかったら仲間外れにするって言われたから」

 

 クラスメイトとは仲良くしろと夏油から言われている綴だが、仲間外れにされるとそれができなくなるので焦って練習してできるようになったらしい。

 

「こんな所で小学生の闇を見たくなかった」

「誰だそんなこと綴に言った奴」

 

 綴は夏油と五条に手を繋いでもらい、寮へ入って行った。

 




たった数日書いたなかっただけでこんなにも文章の書き方忘れるんだな……。
これからもちょこちょこ番外編を投稿します。


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0.5話

アニメ化によって書き直したい欲と書き直すと収拾がつかなくなるのを察知した結果、1000文字前後のちょっとした付け足しをすることになりました。

感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。


 暑い暑い夏。

 伏黒恵との戦闘を終えた東堂はある場所を目指していた。

 

「やはり、帰ってきていたな、甘菜」

 

 高専の敷地内の目立たない場所にある線香があげられた小さな墓。その前に設置された椅子に座る綴を見て、真依はやや表情を強ばらせる。

 

「………」

「線香、もらってもいいか?」

「ん」

 

 綴は東堂に線香を1本差し出した。

 

「真依、お前もあげておけ」

「え?」

「一応お前の先輩だからな」

 

 その墓に線香をあげる東堂を見ていると、綴が線香を差し出した。

 

「するの、しねぇの、どっちだ?」

「えっと……じゃあ……」

 

 そう言って線香を受け取った。

 真依はこの綴という男が苦手である。

 別に彼に邪険にされているわけではないが、この高圧的な雰囲気が綴へ近寄り難くさせている。

 

「で、なんでここにいるんだよ?」

「なに、伏黒恵……奴を見に来た」

「見ていたのだろう?」

 

 綴は東堂の言葉を聞いて、先刻のことを思い出す。

 ただの気まぐれに、伏黒達の呪力を追うとそこに東堂がいた。

 人の学校で暴れ回られるのも癪に障る、と綴は東堂に軽く呪力を飛ばしただけなのだが……。

 

「お前が目にかけている弟子、という噂は本当だったようだな」

「だからなんべんも言わせんな。弟子じゃねぇよ」

 

 伏黒は五条の生徒だ。

 

「伏黒がお前と似た構えをとっていた」

「ほーん?」

 

 東堂からそれを聞いて、綴はぷいっと顔を背けた。

 それだけで綴が何を思ったか、東堂には手に取る様にわかる。

 おそらく、教えたことを実行した伏黒にむず痒い思いをしているのだろう。

 

「だが、まだまだ甘菜の域には達していないな」

「当たり前だ」

 

 そう言って綴は東堂の足を蹴った。

 

 真依は東堂とこれだけ親しそうに話す人間を見たことがなかった。

 自分勝手な人、というふうに東堂を見ていたが、綴といると振り回し振り回されているように見える。

 

「他に来た理由あるんだろ?」

 

 ただ3年の代打の1年生を見に来たわけではないはずだ。

 

「ああ……本当ならお前とも手合わせしたいと思っていたが……俺には高田ちゃんの個握へ行くという使命がある!」

「たか……ああ、はいはい」

 

 そう言えば6月頃の任務が一緒になった時にそんな話をされていた。その後彼女がゲストとして登場するラジオを聞くように力説されて押し切られた。

 

「個握ってなに?」

「気になるか!?」

「ならない! ならないからやめろ! 距離を詰めてくるな!」

 

 東堂と取っ組み合いを始め、ドタバタと追いかけっこを始めたかと思うと綴は巴投をして東堂を撃退する。

 綴は高専1年生の頃東堂よりも強かった、という噂は本当だったようだが、何となく綴は東堂のことを若干適当に扱っているような気がするのは真依の気の所為だろうか。

 

「俺と甘菜の仲だからな」

「キモイこと言ってんじゃねぇよ」

 

 つい言葉に出してしまっていたようだ。

 投げ飛ばされた東堂は満足そうに笑みを浮かべ、綴はうんざりしたようにため息を吐いた。

 

「っつーか時間大丈夫か?そろそろ行けよ」

「そうだな。電車を乗り間違えて行けなかったら俺はきっと暴れるだろうからな」

「頼むからやめてくれ」

「本当に」

 

 切実にそう言う綴に真依は首を大きく縦に振って綴に同意する。

 

「で、交流戦には出るんだよな?」

 

 東堂の質問に綴は答えなかった。

 

「沈黙は、肯定!

 当日を楽しみにしているぞ」

「出ねぇよ、言うと面倒だから言わねぇんだよ察しろボケ」

 

 だいたい綴以外の3年生が停学処分を食らっているのだから出る必要ないだろうと考えている。

 現在綴がまともに交流したことのある生徒は3年生と伏黒くらいなのだから、2、1年生が出ることになった交流戦に出ても意味が無いように思う。

 あと単純に面倒くさい。

 

「交流戦に出ると言う言葉を引き出せたなら、俺は満足だ。

 それではな、また会おう」

「お前、人の話聞く気ねぇだろ、こっち見ろ。おいこら都合の悪いこと右から左に受け流すなこら!」

 

 そう言って去っていく東堂に怒鳴るが、東堂は何も聞いていないと言わんばかりに手を振って綴との別れを惜しんでいた。

 

「マジでなんなの、アイツ」

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

「はいはい、どうしたの?」

 

 五条は電話がかかってきたスマホを取り出す。

 電話の相手は伊地知だ。

 

『つい先程綴君を高専に送ってきたところです。

 綴君のことですから、携帯電話を持っていないと思い、連絡したのですが……』

 

 確かに綴から連絡は来ていない。

 今回も携帯電話を忘れて任務へ行っていたようだ。

 五条は項垂れてから伊地知に返事をする。

 

「わかった、今から迎えに行くよ。

 何処にいるかは、だいたいわかってるし」

 

 おそらく、綴が真っ先に向かったのは小さな墓。

 かつての同級生、青木が眠る墓だろう。

 

 そうあたりをつけて、五条は青木の墓へ向かう。

 思った通り綴が墓の前にある椅子に座っていた。若干疲れている様子が伺える。

 そして、その墓には三本の線香が供えられていた。

 

「誰か来てたの?」

「東堂と真希の妹。

 人のこと呼び出しといて何分遅刻すんだよ」

「8分。綴は……5分前に来た感じ?」

「わかってんなら早く来いよ」

「線香貰ってもいい?」

 

 綴は五条に線香を手渡した。

 

「で、用事って?」

「前言ってた宿儺の器、虎杖悠仁のことなんだけど……」

 

 線香をあげ終えた五条は立ち上がり、綴はその後ろを着いていく。

 

 小さな墓には4本の線香が供えられた。



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最強爆誕祭

20201207
五条先生お誕生日おめでとうございます!

半分ギャグのつもりだったのにシリアスになった感がある。
ちょっと節々ギャグの面影があります。

ちなみに子綴の声のイメージは花澤香菜さんです。


「悟兄ちゃんなんて、嫌い! 大嫌い!!」

「あー、はいはいそうですか! 俺も嫌いだよ!」

「ばかー!!!」

 

 そう言いながら綴は走り去っていった。

 

「………今のはお前が大人気ないと思うぞ」

「はぁ?」

 

 夏油にそう言われて五条は露骨に顔を歪める。

 事の発端など、いつも通りの些細なことであった。

 ただ、連日の任務明け、それも今さっき帰ってきた五条は綴にブチ切れてしまった。

 いつもであれば、綴の扱いには慣れたもので、最終的に喧嘩も丸く収まるのだが今日は間が悪かった。

 

「アイツが訳分からねぇこと言ってるからだろ?」

「悟には訳のわからないことでも、綴にとって重要なことかもしれないだろ?」

「たかがゴミ捨てただけじゃん」

 

 そう、五条は綴が机に出していたお菓子の包装紙を捨てただけだった。

 それを見た綴は激昂、のち大泣き。

 大事なものなら持ってくんなと五条が怒鳴って叱りつけ、今の状況が出来上がった。

 

「その悟にとってのたかがゴミでも、綴にとっては大切な宝物だったんだよ」

 

 五条は首を傾げた。

 綴が持っていたのは、市販のどこにでもあるような、恐らく飴玉かを包んでいた袋であったのだ。これがプレゼント用の包装紙ならまだわかるが、どこにでもある飴玉の袋1つで何をそんなに綴が怒る必要があり、そして夏油から怒られる必要があるのだろう。

 

「そうやって甘やかすから綴がわがままになるんだぞ?」

「悟よりは手の掛からない良い子だと思うけど?」

「どういう意味だ傑おいこら!」

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「やっほー、おチビちゃん」

「硝子姉ちゃん……」

「そんなとこで何してんの?」

「…………たちけて……」

 

 綴は木の上から降りられなくなっていた。

 ため息を吐いた家入は脚立を持ってくると、それを木下に置く。

 綴はその脚立を使いやっとの思いで地面に足をつけることに成功した。

 

「なんでまた木なんか登ったの?」

「……悟兄ちゃんに、しかられた」

 

 おや珍しい。家入は目を丸くさせる。

 五条が綴を叱りつけることなんてなかなか無い。

 子供じみた喧嘩をすることは日常茶飯事だが、大抵のことは面白がって好きにやらせて、最後には綴諸共夜蛾に説教されている五条が綴がここまで落ち込むくらい怒るなんて。

 

「なにやったの?」

「…………」

「言いたくない?」

 

 綴は目に涙を貯めてコクンと頷いた。

 これは参った。

 家入は綴の姉貴分的な存在ではあるが、夏油と五条には1歩及ばない。

 それは仕方の無いことだから特に何を思うことは無い。だがこういういざと言う時に、綴になんと声を掛ければいいのか家入にはわからない。

 

「…………今日ね、悟兄ちゃんのたいせつな日なの」

 

 自分に言い聞かせるようにポソポソと綴は話し始める。

 

「だからケンカ、しちゃダメなのに。

 おめでとうって言いたかったのに、嫌いって言っちゃった……。

 兄ちゃんに、ぷれぜんと、たのまれてたのに買いに行けない………っ」

 

 よく見ると、がま口財布がポシェットのように綴の肩に掛けられていた。

 きっとこれから夏油辺りと買いに行く予定だったのだろう。

 

「何買うつもりだったの?」

「……あのね、わからないの」

 

 ん?

 どういう意味だろう。まるで謎掛けでもされたような気分だ。

 

「夏油が決める予定、だったとか?」

「ううん、もう決まってたの。でもわからないの」

「買う物は覚えるんだ?」

「うん、でもね、英語書いててわからないの、だからね、もってたらね、それ……それ持ってたら、わかるかなって………」

 

 そう思っていたのに……。

 ウルウルと涙が次々と目からこぼれ落ちる。

 

「見たら思い出せる?」

「……多分」

 

 家入は綴に手を差し伸べた。

 

「買いに行こっか。綴がいつまでも泣いてるの、嫌だし」

「しょーこねぇーちゃん!!」

「ぎゃっ! 鼻水ついた!」

 

 綴は感極まって家入り抱きつく。

 少し制服に鼻水がついたが、いつもの事なので怒る気にもならない。

 

「さて、どこで買おうか」

「すーぱーとかにあるって、傑兄ちゃん言ってた」

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「綴の奴が帰ってこない!」

「そうかそれは大変だ」

 

 お前は心配じゃないのかよ。と夏油を睨みつける五条だが、夏油は携帯電話を触って綴のことなど気にもしていない様子だ。

 

「そのうち帰ってくるから」

 

 携帯電話から目を離すと、夏油は出かけてくる、といとこと言って去っていった。

 

「………」

 

 まぁいいか。仮眠しか取れていなかったのだから寮でぐっすり夕方まで寝よう。そう決めた五条は自室へ戻る。

 綴は明日の夕方までいる予定だ。目が覚めた頃には帰ってきて、機嫌も戻っているだろう。

 

 ベッドに入ると眠気が襲ってきた。

 目を瞑ると、それから先の記憶が無いためすぐに寝てしまったようだ。

 

 

 けたたましく鳴るアラーム音。

 それを止めると、時間は18時30分をまわっていた。

 

「もうかよ……眠、もっかい寝よ」

「寝るなよ」

 

 枕元に立つ家入を見て五条はベッドから落ちた。

 

「何でいるんだよ!?」

「綴、もう帰るって」

 

 思考が停止した。

 

「……は?」

「そもそも今日は無理して来てたんだって。明日までいられなくなったらしい」

 

 少し怒った雰囲気の家入から何かを差し出された。

 

「なにこれ」

 

 よく見ると、それは薄黄色い飴の袋だった。

 

「誕生日おめでとう、だって」

「あ」

 

 そうだ。

 今日は12月7日、自分の誕生日だ。

 つい最近連日の任務でストレスが溜まっていた五条は色んなところに電話をして愚痴っていた。

 その中に綴も含まれていて、綴はそんな五条に元気を出してもらおうと、任務明けに誕生日を祝うと約束していた。

 

「「悟兄ちゃんが綴は特別な存在だからって言ってくれたから、今度は自分が渡す」て言って探してたよ」

 

 覚えてる。

 それは五条にとってはただのネタのつもりだった。

 テレビのCMで聞いた台詞をアレンジして、欲しそう目をキラキラとさせていた綴にあげたバターキャンディがあった。

 飴を貰えて嬉しそうにしていた。五条は余程欲しかったのだな、と思っただけでその出来事は記憶の隅にしまわれてしまっていた。

 

「帰ってきたら寝てるし、起きないし……あ、夏油がケーキ買ってきたって」

 

 そう言って家入は部屋から出ていった。

 

「あ、そういうことか………」

 

 あの飴の袋は、綴にとって宝物だったのだ。

 何も考えず近くにあったからというだけであげた飴が、綴には価値のある宝物になってしまっていたのだ。

 

 

──「とってもまろやかでこんなキャンディーを食べられる私はきっと特別な存在なのだと感じました」──

──「綴もまた、特別な存在だからです」──

 

 五条は飛び起きて家入を追いかける。

 

「綴、いつ帰った!?」

「今追いかけたら、間に合うんじゃない?」

 

 五条は寮を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「本当に悟に直接渡さなくていいの?」

「つかれてるみたいだから……」

 

 夏油に肩車をされた綴は、その車に向かっていた。

 

「遠慮しなくていいんだよ?」

「でも……」

「悟なら、許してくれると思うけど?」

 

 俯いた綴の声は震えている。

 

「悟兄ちゃん、許してくれるかな?」

「許してくれるさ。

 綴、謝ることから逃げちゃ駄目だ。私達は呪術師だから、いつ死ぬかわからない。それは分かっているよね?」

 

 綴はゆっくり頷く。

 

「言いたい事は、ちゃんと口に出して言わないと後悔することになる」

 

 それが呪術師という存在。

 今日元気だった呪術師が、明日悲惨な死体となっているかもしれない世界。

 

「綴、今からでも遅くはないから……」

 

 その時、後ろから誰かが走ってくる気配を感じ、夏油は後ろを振り返る。

 

「ちょっと待てよ!!」

 

 そこに居たのは五条だった。

 

「綴!」

 

 五条が綴を呼ぶ。

 夏油は肩車をしていた綴を地面に降ろす。

 

「あの飴の袋………っ!」

 

 そう言いかけたところで、夏油が体育で使うようなホイッスルを吹いた。ピッと良い音が鳴ると、どこからかワゴンを押してきた家入が現れ、そのワゴンに乗ったいくつもある白い物体を綴と夏油、それぞれ1つずつ渡す。

 

「え、ちょっと待てそれ………っ」

「悟覚悟!」

 

 白い物体元いパイ投げ用パイは見事な放物線を描いて五条の顔面にヒットした。

 ちなみに綴が投げたパイは五条の足元にも及ばない場所のコンクリートに直撃した。

 

「何すんだよ!?」

「ドッキリだ〜いせ〜こ〜」

 

 家入が「ドッキリ大成功」とかかれたプラカードを五条の目の前に突きつける。

 

「間抜けな顔になってるぞ、悟!」

「状況が理解できない! 綴帰るんじゃねぇの!?」

「帰らないよ? 明日の夕方までいるよ?」

「なんじゃそりゃ!?」

 

 やったー、とハイタッチをする3人を見て五条は仰向けに寝っ転がる。

 

「さて、悟」

「なに?」

「綴に言うことがあるよな?」

 

 夏油に促された五条は起き上がり、顔面についたパイをある程度拭き取る。

 そして夏油の後ろに隠れる綴にしゃがんで目線を合わせる。

 

「……ごめん」

「いいよ……俺も、大嫌いって、言ってごめん」

「いいよ。はい、これで仲直り」

 

 五条と仲直りをした綴は静かに五条に抱きついた。

 

「悟兄ちゃん、大好きだよ。

 お誕生日おめでとう」

 



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1.5話

評価、お気に入り登録ありがとうございます!


 綴が虎杖を任されて2日後、その日は2人共無性にイライラしていた。

 まず、綴が体術の型や呪力のコントロールについて何回言っても直らない虎杖に苛立ち、虎杖も虎杖で上手くできないことに焦り苛立っていた。

 それに加え、映画鑑賞にて虎杖は呪力が乱れると呪骸のツカモトに殴られ、綴は別に好きでもない、楽しみ方がわからない映画を(五条に言われて)強制的に一緒に見せられ、また苛立ちが増していく。

 

「だっから! なんでこんな基礎の基礎もできねぇんだよ!?」

「俺だってちゃんとやってんスよ!」

 

 しかも季節は初夏、蒸し暑い時期だ。

 最悪に最悪が掛け合わされてより大きな最悪が募っていく。

 

「ちゃんとやってんならできんだろ!?」

「なっ!?」

 

 虎杖は綴の指摘に心外だ、と答える。

 事実、虎杖は綴に言われた通り直そうとするのだが、それが上手くいかない。やろうとしないわけではなく、慣れない動きに身体がついてこないのだ。

 

「俺だって! 先輩に言われた通りにしなくても結構動けてるし!」

「そんで産まれたばっかの呪霊に殺されてんだろ? 動けてねぇじゃねぇかよ」

「じゃあ……っ!」

 

 この人は、アレに勝てたのだろうか?あの少年院で敵対した特級呪霊を思い浮かべて疑問をぶつけようとしたが、虎杖は喉の奥にそれをしまい込んだ。

 愚問だ。綴はあの特級呪霊に勝てている。

 こうして修行を付けてもらっていればよくわかる。どれだけ強くなったとしても、この人に勝つイメージが湧かない。

 

「おら、立てよ。また死んでも知らねぇぞ。

 呪力の操作もヘッタクソのくせしやがって、このド素人が」

 

 綴が虎杖の背中を蹴る。

 1発殴ってやらなければ気が済まない。

 そうおもった虎杖は足に力を込めて立ち上がる。綴はズボンのポケットに手を入れたまま虎杖と向き合っており、それを見て虎杖の苛立ちは増していく。

 この人は自分を舐めきっている。

 

 虎杖は今までで1番の力を足と拳に込めて綴に向かった。

 それを見て綴は僅かに目を見開いたが、直ぐに伸ばされた虎杖の腕の横に移動し、背中を向ける。虎杖の腕に綴の両腕が周り、綴の背中と両肘窩が虎杖の腕を挟むような形となった。

 そのまま綴が力も込める。ギリギリと嫌な感触がした時、綴がいったい何をしようとしているかを虎杖は察する。

 

「随分過激な修行してんね?」

 

 その時、綴と虎杖の頭を突然現れた五条が鷲掴みにした。

 

「ご、五条先生!?」

「………」

「とりあえず、綴は悠仁を離してやりな」

 

 綴は五条にそう言われると、虎杖の腕を解放する。

 腕にはまだ痛みが残っており、それをさすっていると綴の舌打ちが聞こえる。

 

「どこ行くの?」

「任務の時間だから」

 

 そう一言言うと、綴はすぐに部屋を出た。

 

「悠仁、骨折れてない?」

「なんとか……てか、マジでやろうとしてた?」

「マジで折ろうとしてたね」

 

 綴は虎杖の腕を折る気でいた。

 おそらく家入もいるからすぐに治るだろう、という考えでの行動なのだろうが、それにしたってそれはやりすぎだ。

 

「ど?」

「何が?」

 

 五条の質問の意図はよくわかっていたが、あえて質問で返す。

 何となく素直に答えるのが嫌だった。

 

「わかってるくせに。

 綴、きつい?」

「そりゃ……手加減無しに蹴るし殴るし…あの人褒めて伸ばすって知らないんすか?」

「うーん……綴はさ、優しいんだよね」

 

 矛盾していないだろうか?

 

「優し過ぎて、厳し過ぎるんだよ」

「どういう意味?」

「そのまんまの意味」

 

 虎杖の頭にハテナが浮かぶが、五条はそれを見て笑うだけだ。

 それに少々ムッとしてしまいつい顔に出てしまったようで、五条に指摘されてしまう。

 

「でも、綴のやり方が悪いのも確かだね。

 いくらなんでも悠仁に当たりが強すぎる」

「当たりが優しい相手いんの?」

「うーん…………………ま、それは置いておいて」

 

 つまりいないんじゃないか。

 虎杖がため息を吐いていると、五条は微笑んだ。

 

「綴には僕からも言っておくよ。

 でも、綴が悠仁のことちゃんと考えてくれてるのは本当だから。

 ただ……なんて言うのかな、悠仁は綴が今まで面倒見てきた子と色々勝手が違うから」

 

 それはいったいどういう意味なのだろう。

 

「綴はどちらかと言うと体の柔らかさやテクニックを使って戦ってるんだよね。

 小さい力で大きい力を制するって感じ。でも悠仁はそうじゃないよね?」

「つまり、俺の得意分野が甘菜先輩と違うから、俺はやりづらくなってるってこと?」

「そういうこと。綴は自分の体格に似通った恵とかしか教えてこなかったから、悠仁にどう教えればいいのかわからないんだよね。

 でも、綴の体術は呪術界きっての体術の名門、甘菜家のそれだから参考になるよ。学んでおいて損は無い」

 

 虎杖が綴の教えをすぐに飲み込めなかったのはそれが理由だ。

 戦闘のスタイルが綴と悠仁とでは全く異なっている。虎杖が剛だとすれば、綴は柔。

 そりゃ噛み合わないはずだわ。

 

「じやあ何で先生は先輩に俺の面倒見せてんの?」

「ん?」

 

 相変わらずニマニマと笑いながら五条はよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの表情をしている。

 

「僕はね、綴には僕と同じ教える立場の人間になって欲しいんだよ」

 

 優しい綴はなんだかんだで人の面倒を見てしまう。

 1度懐に入ってしまった人間には、できるだけ生きていて欲しい。だからこそ厳しく指導してしまう。

 

「でも、そうなったらいろんな子を見ることになるよね?

 自分のスタイルと似通った子が必ず教え子になるとは限らない」

 

 その時、教え方がわかりません。なんてことは通用しない。そうしている間に教え子が死んでしまうかもしれない。

 

「そうなる前に、綴には色んな経験を積んで欲しい」

「甘菜先輩が先生になるの嫌って言う可能性はないの?」

「あるだろうね〜。9割は言うね。

 僕も押し付ける気ないから絶対にやらないって言ったら諦めるけど………押せば折れてくれる気がする」

 

 何故そこまでして綴に教師になって欲しいのだろう?

 

「綴、今はちょっと本調子じゃないっぽいけど……実はめちゃくちゃ教えるの上手いんだよ」

「え?」

 

 想像ができない。

 虎杖は目を丸くさせるが、五条はくつくつと笑うだけだった。

 

 

 

 

 

 

 2日後の昼過ぎ、綴が帰ってきた。

 何も言わず、映画を見る虎杖の隣に座った。

 

「……………」

「……………」

 

 気まずい。

 虎杖は意を決して綴に話しかけた。

 

「あ、あのさ……」

「映画は……」

 

 言葉が被ってしまい、2人共また口を噤む。

 

「……………先輩から言っていいよ」

「手前こそ、なんかあったんだろ?」

「いや…………映画、嫌いなんすか?」

 

 虎杖の質問に、綴は眉をひそめた。

 気を悪くさせてしまっただろうか?焦った虎杖が膝に乗せていたツカモトが動き出し、虎杖を殴る。

 

「だぁ!? 忘れてた!!」

 

 虎杖が起き上がりながら叫んでいると、僅かに笑い声が聞こえてきた。

 綴が笑っていた。

 この人、こんな風に笑えるんだな、とぼんやり思っていると今度は綴から虎杖に話しかけてきた。

 

「別に嫌いじゃない、と思う」

「思う?」

「映画は……多分見たことがないから」

 

 随分と曖昧な言い方をする。それについては尋ねても返してくれ無さそうだ。雰囲気的にもあまり踏み込んで欲しくなさそうである。

 

「どう楽しめばいいのかわからない。

 この動きでこうはならない、銃何発乱射してんだ、敵とそんな簡単に手を組めるはずない、そんな内容ばっかりだ」

「うーん……そう……単純に見てたらいいんじゃない?」

「単純……?」

 

 テレビの画面から目を離さずに綴が尋ねる。

 

「ほら、今の主人公がヒロインを爆発から守ってるシーン」

「普通は全身火傷してる」

「えーと……でも、カッコイイじゃん?」

 

 綴はキョトンとテレビから目を離して虎杖を見つめる。

 

「この主人公はヒロインが好きなんだけど。守って全身火傷、じゃカッコつかないし……うーん……」

 

 難しい。

 映画の楽しみ方なぞ15年間生きてきて人に説明する機会なんてなかったのに。

 もっといい例えは出来ないかと考えていると、綴が先程よりも前のめりになってテレビを見ていた。

 

「……この後、この2人はどうなるんだ?」

「それは見てみないと。俺も初めて見るし」

「結ばれればいいのに」

「え?」

 

 聞き間違いだろうか?

 信じられないものを見るような目で今度は虎杖が綴を見つめる。

 

「好きな人に振り向いてもらうのは、案外難しいから」

 

 まるで実際に経験したことがあるかのような言い方をする。

 

「………じゃあ、一緒に見よう!」

「え?」

 

 虎杖はリモコンを操作し、また初めから映画を再生する。

 

「一応続き物っぽくてさ、今のが1であと3まである!」

「え、あ、あぁ……」

「あ! 俺、コーラ持ってくんね」

「こ、甲羅? 亀の?」

「飲み物に決まってんじゃん?」

「……この世には不思議な名前の飲み物があるんだな?」

 

 え?と虎杖は目をまん丸にさせた。

 

「まさか、コーラ知らない感じ?」

 

 恐る恐る虎杖が尋ねると綴はゆっくり頷いた。

 

 

「え、生き残るよな? ここまで来て死ぬとかないよな?」

「やめてよ! それ死亡フラグ!」

「ふらぐ? よくわからんが、俺の発言で死ぬ確率が上がったのか? なんかの呪言か?」

 

 結局2人はその映画シリーズを3まで見た。

 途中、相棒が死亡したりヒロインが人質にとられ主人公が絶体絶命に陥ったりしたが、結末は大団円。

 ラストは手に汗握るシーンが多数あり、ラスボスに主人公が勝った瞬間、綴と虎杖はガッシリと互いの手を掴みあった。

 

「先輩、映画見るの慣れてきてんね」

「最初は違和感こそあったが……なかなか面白かった、と思う」

 

 何となく喋り方も軟化しているような気がする。

 

「主人公、ヒロインに振り向いてもらえて良かったですね」

「………うん。

 けど相棒が死んだのは納得がいかない。主人公は諦めずに助けに向かうべきだった。あれだけの超人的な力があるんだから」

「先輩、相棒死んだ時めちゃくちゃ荒れてたよな」

「初めからいた登場人物だ。愛着も湧く、それに………」

 

 綴の表情が陰った。

 だが目を数秒閉じてから、綴はいつもの仏頂面に戻る。

 

「………そろそろ五条が来るな。虎杖、片付けるぞ」

「あ、ウッス」

 

 綴は菓子を入れていた皿を持って奥へと消える。

 その間に虎杖はゴミをゴミ箱に入れるためソファから立ち上がった。

 

「や、随分仲良くなったね?」

「うぉ!? な、なんだ五条先生か……」

 

 驚く虎杖を見ながら、2日前のことを五条は思い出す。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「聞いたよー? 綴ってば悠仁に厳し過ぎるんだって?」

 

 小さな墓の前で綴が線香をあげていた。

 

「ここで手を抜いたら絶対に弱くなる」

 

 ほら、やっぱり綴は優しい。

 虎杖をそう簡単に死なせないためにあえて厳しくしていた……のだが、厳しくなっている理由にはほかにもある。

 

「やっぱり、宿儺は憎い?」

「………わかってる。虎杖と宿儺が違う存在だってことは」

「そう?」

 

 それにしては、虎杖を見る目は冷た過ぎる気がする。

 

「綴、悠仁のことをもっとよく知るべきだよ」

「………どうやって?」

 

 今、おそらく綴は虎杖に嫌われているのだと思っている。

 だから余計に虎杖への態度は硬化してしまっている。

 

「映画、一緒に見れば?」

「映画は………」

「昔は呪怨見てピーピー言ってたよね?」

 

 五条の言葉に綴はしばらく考え込むが、どうやら覚えていないようだ。

 

「悪い、あの日までの記憶、結構曖昧なところあるから」

「ま、綴がちっこい時だったから、単純に忘れてるだけかもね」

 

 綴の頬をつつくと、鬱陶しそうに叩かれる。

 

「ま、いい機会だしゆっくり落ち着いて悠仁と話してみたら?」

「………わかった」

 

 一応仲良くしようとする気はあるようだ。

 良かったと胸をなでおろしていると、綴の寝息が聞こえてきた。

 上層部からの嫌がらせとも言えるような任務をこなした後なのだろう。それに加えて呪力を浸かって身体が疲弊しているようだ。

 きっとこの眠りも1時間もしないうちにすぐに覚める。

 熟睡できていないせいで、疲れやすい綴は更に疲れやすくなってしまっている。

 

「綴、悠仁を頼んだよ」

 

 多分綴と虎杖の相性は良いだろうから。

 



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寒気凜烈

調子が良かったので書いた。
そう言えばいつかやりたかったのにやってなかったなーと思ったネタ。

そしてアニメ………順平、順平ぃぃ……。


 目を逸らす夏油と涙目で見つめる綴。

 

「やだ〜!」

 

 綴は夏油に抱きついて離れない。

 抱きつかれている夏油は何となく満更ではない様子だ。

 

「困ったな……でも綴、来年は2年生だろ?」

「うん」

「そろそろ、夜1人で寝られるようにならないと」

 

 綴を優しく諭す夏油だが、綴は「いや!」と首を横に振る。

 いつもならここで五条も混じってくるのだが、生憎今日は任務である。

 

「1人で寝なきゃダメなら、2年生なりたくない」

「綴……」

「傑兄ちゃんと寝る」

 

 綴は賢い子供だ。

 こうして泣きながら甘えれば、綴に甘い夏油であればきっと添い寝してくれると信じて疑わない。

 夏油は綴の目論見にまんまと引っかかりそうになっていた。

 だから綴が我儘な奴になっていくんだ、と家入に注意されたが綴のオネダリに勝てる相手が、この高専にいるとは夏油には思えない。家入も夜蛾も先輩達も綴のオネダリには勝てないのだから。

 

「でもね、綴………1人で寝られないのは、そろそろやばいよ」

「やーだー!」

 

 頬を膨らませながら綴は夏油の腕を掴みながら下に体重をかける。

 

「綴、綴! 微妙に呪力を流すのやめなさい!」

 

 ついに五条にしか使ってこなかった術式を夏油にも使い始めた。なりふり構ってられなくなってきたようだ。

 ピリピリと痺れる両手を振りながら、夏油は困ったように綴を見つめる。

 

 きっと五条は別にいいじゃん、と言いながら綴と寝てあげるだろう。

 しかし夏油は五条とは違う。

 夏油は例え形だけだろうと仮にも綴の師匠、とい立場なのだ。

 他人からはままごとか何かに見えるだろうが、綴は夏油の隣でその人となりや戦闘の立ち回り方等を学んでいた。

 夏油には綴を立派に育て上げなければならない、という思いがある。

 だからこうして綴を説得しようとしているのだが。

 

「傑兄ちゃん〜。ね、お願いいっしょに寝よ?」

「綴……」

 

 現在の時刻はちょうど22時を過ぎた頃。

 明日は休みとはいえこれ以上起きているのも綴によくない。

 

「それにね、あのね、ひとりで寝ると寒いの」

 

 綴は夏油の足にしがみつきながらそう言った。

 確かに12月も終わりに近付いた今、夜は暖房をつけなければ凍えてしまうように寒い。

 その暖房も部屋にあるのは石油ストーブなので、常時つけっぱなしにはできない。

 

「寒いのキライ」

 

 夏油は綴を抱き上げた。

 

「そうだね。

 私も最近は寒くてしかたがないんだ。綴、良い暖房は無いかな?」

 

 そう言うと、綴の目が輝いた。

 腕を天に届くのでは無いかと錯覚させるほどピンっと伸ばして「はい!はい!」と元気よく綴は挙手をした。

 

「そんな時は俺と一緒に寝るとポカポカします!」

「ああ、そっか。綴と一緒に寝ればいいのか!」

 

 その答えに綴は満足したようにニッコリと笑った。

 

「寝る前にね、ほっとみるく飲みたい」

「良いよ。いつも寝る前に飲んでるけど、綴はホットミルク好きなんだ?」

「んーとね……傑兄ちゃんが作ってくれるから、好きなの」

 

 それを聞いて、夏油は嬉しそうに微笑み綴の頭を撫でる。

 

「あ、でもお砂糖いれないで! 前来た時ね、悟兄ちゃんがお砂糖たくさんいれて、俺のめなくなったから!」

「もちろん、わかってるよ」

 

 五条には何度も綴と五条の味覚は全く違うのだと説明したが聞く耳を持たない。

 綴も好きになるから!と言って無理矢理綴の繊細な舌に激甘菓子を乗せるので、半ばトラウマのようになっているのを、五条は気が付いていないようだ。

 全く、人がせっかく食べられそうな物を見つけているのに、そんなことをされたらら綴が食べられそうな物まで受け付けなくなってしまったではないか。

 あの喫茶店のケーキはたまたま見かけた店のものだが、これなら綴も食べられると確信し、ここから徐々に慣れていけばいいと考えていた。

 しかし好奇心が強い綴は、五条以外の人間からは食べ物をよく貰っている。食べられなくてもとりあえず口の中に入れる。

 自業自得なのだが、それでまた自分の食べられる物の選択肢を狭めるのに拍車をかけていた。

 

「綴、夜蛾先生から聞いたんだけど、悟から貰ったビスケット食べたんだって?」

「うん、でもやっぱり傑兄ちゃんからもらったやつの方が美味しい。」

 

 それはそのはず、綴が夏油から貰っているのは某大手お菓子メーカーの乳児でも食べられるビスケットなのだから。ちなみにキャッチフレーズは「おいしくてつよくなる」

 だが綴の味覚を慣らしていけばいつかは食べられるんじゃないか?と思っていただけに、今回の結果に夏油は少し残念に思った。

 

「次は何一緒に食べようかな?」

「かきもち!」

「綴、自分が食べたい物だよね、それ?」

 

 ホットミルクを飲み、寝る用意をしてから夏油と綴は布団の中へ入る。

 

「あ、傑兄ちゃん、真っ暗嫌だから豆電球つけてね」

「うん。おやすみ綴」

「おやすみ傑兄ちゃん」

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「オハヨウございます」

「……悟、ここ私の部屋なんだけど?」

「鍵空いてた」

「…………………不法侵入って知ってるか?」

 

 翌日、一番最初に目に入ったのは不機嫌ですと顔に書いてある五条だった。

 

「………悟、顔が怖いぞ?」

「また2人だけの世界を作りやがって」

 

 やっぱり怒っている理由はそれらしい。

 

「仕方がないだろ? 悟が帰ってこないんだから」

「本当は帰れる予定だったんだよ。帰れるはずだったのに、任務がまた入ってきて……」

「綴、夜の10時になるまで粘ってたよ」

「いっつも9時前には寝るのに?」

 

 五条は寝ている綴の頬を揉む。

 ふにふにと柔らかいほっぺを揉んでいると、綴がその手から逃げるように布団へ潜っていった。

 

「というか、綴と別々に寝るんじゃなかった?」

「………甘菜の家では甘えられないからね。

 本当は1人で寝られるし、なんだったら部屋が真っ暗でも問題ないんだよ」

 

 甘えたがりの綴は、甘えられる人間が京都から遠く離れた東京にいる高専の人間しかおらず。我儘を言えるのは夏油や五条といった、多く交流したことのある人々に限られてしまう。

 

「綴がそれで安心できるなら、今はまだ……いいんじゃないか?と、最近は思う様になってきた」

「ふぅん?」

「顔を洗ってくるよ。綴の事頼んだ」

 

 そう言って夏油は部屋をでた。

 残されたのは五条と布団の中に潜る綴だけだ。

 

「起きてんだろ?」

「なんでわかったの?」

 

 お前のたぬき寝入りわかり易すぎんだよ、と言ってやりたかったが今はそんなことよりも重要なことがある。

 

「なんで俺誘ってくれないかなー!?」

「だって悟兄ちゃん任務してたから」

「来てるって連絡しろよ! そしたら何がなんでも任務終わらせてソッコーで帰ってた」

 

 五条がそう言うと綴は少ししょぼんとしてしまった。

 言い過ぎた、と五条が思った時綴は自分のリュックの中から何かを取り出した。

 

「悟兄ちゃん、あげる」

 

 金色をした紙でできた……折り紙だろうか?それがよくわからない物体に成り果てて綴の手のひらにちょこんと鎮座している。

 

「だから許して?」

 

 子供にとって、この金色折り紙がどれほど貴重なものか、五条は綴の反応を見て知っている。折り紙パックの中にだいたいほぼ1枚しか入らない金色折り紙。それを使おうとすると、激しく怒った時のことを五条は思い出す。

 

「別にいいよ、いらない」

「でも……」

「そんなの貰わなくても俺ら仲直りできるだろ?」

 

 綴が首を傾げると、手のひらに鎮座している金色の物体はコテンと倒れる。

 

「綴が頑張って作ったんだから、俺は受け取れない」

「………わかった」

 

 綴は頷くと金色の物体を机の上に置いた。

 

「おかえりなさい、悟兄ちゃん」

「ただいまぁー!」

 

 五条は布団にダイブして、綴の脇をこしょばす。それを受けて綴はケラケラと笑う。

 騒ぎを聞き付け慌てて部屋に戻ってきた夏油に、布団がへたるからやめろ、と説教を五条も綴も受けて、その日は3人で何処へ行こうかと話し合うのだった。

 

「俺ネズミの王国行きたい!」

「お前は綴を殺す気か?」

「綴ネズミ好きー?」

「わかんないけど、楽しい所ならいきたーい」

「やめておけ綴! 散々からかわれてからネタにされるぞ!」




ところで気のせいかも知れないんですけど、子綴出てくると何となくお気に入り登録数増える気がする。気がするだけで実際はそんなことないと思う。
でも増えて欲しいので願掛け目的で書いてみました。強欲ですね。


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天保九如

別名伏黒恵誕生祭。

お気に入り登録、誤字報告ありがとうございます!


「あの、尾上先輩は……誕生日に何貰ったら嬉しいですか?」

「………へ?」

 

 突然。尾上にとって可愛い後輩である綴に突然尋ねられた。

 

「えっと……珍しいね、綴君がそんなこと聞いてくるなんて。

 五条先生……の誕生日はこの間したし……別の人?」

 

 綴は大人の知り合いの方が多い。幼い頃から高専に入り浸っていた為、高専にいた当時の生徒や大人からよく構われるのだ。

 今回もそうやってお世話になっている人に贈り物をするのかと尾上はぼんやりと思う。

 

「いや、あの…後輩、なんですけど」

 

 尾上は目を丸くさせた。

 

「綴君、親しい後輩いたの!?」

「なんですかその顔は?

 親しい、とは少し違います。ただ、五条にも祝う用意をしろと言われたんで……でも、何用意すればいいのか」

 

 同年代の欲しいものなんて綴にはサッパリだ。だからといって適当にそこら辺の物を買って渡すのも、綴の道義に反する。

 というわけで、そういうことに詳しそうな尾上に尋ねることにした。

 

「うーん……無難な所も良いけど…その子、どんな子?」

「どんな? あー……黒髪で、最後に見た時は俺より少し背が低くて……」

「外見的な意味じゃなくて!」

 

 というか、その特徴は確か綴の好みのタイプでは?と綴が思いを寄せているのは自分のこととは梅雨知らず、かつて五条の口から語られた綴の好みのタイプを思い出し、そういうことかと頷いた。

 

「んー……辛気臭い顔してる、奴?」

「なるほど、ツンデレってやつね!」

「つ、つん? よく分からないんすけど?」

 

 何か盛大に尾上が勘違いしているようだが、綴は気付かない。

 

「名前は?」

「伏黒恵」

「恵ちゃんね!」

 

 いや、そいつ男だから「ちゃん」はちょっと……と言おうとした綴の言葉は外で起こった爆音によってかき消される。

 2人が窓の外を見るが、その全容はわからない。

 ただ、夜蛾がキレて五条にジャーマンスープレックスをしている、とかなんとかという慌ただしい声が廊下の方から聞こえてきたので、つまりそういうことなのだろう。

 

「五条先生、次はなにやらかしたのかな?」

「あー、なんか今朝妙に機嫌が良かったですけどね」

「あの人が機嫌いいと、その日誰かがイタズラの餌食になってる気がする」

 

 さてと、と尾上は座っていた椅子から立ち上がる。

 

「任務、これから入ってる?」

「いえ、特には……」

「じゃあ、誕生日プレゼント、買いに行こ」

 

 ニッコリ微笑みながらそう提案されてしまえば、綴は赤面して頷くことしかできなかった。

 

 

 それが伏黒の誕生日の1週間前の出来事であった。

 12月22日当日、綴は頭を抱えていた。

 

「五条、これ伏黒に渡しといて」

「え?」

 

 紙袋に入っているのは実用的に使えるハンドタオル等だった。尾上からはもっと可愛いのにしたら?と言われたが、普段使いできるようにシックな色の物にした。

 

「ハンドクリームも入ってる。これ小町チョイス?」

「手を(呪術師として)大事にして欲しいって言ったら選んでくれた」

 

 圧倒的に言葉が足りなさ過ぎて尾上の勘違いが加速しているような気もするが、綴がこれでいいと言うのならいいのだろう。

 伏黒も綴のことを尊敬しているので、文句も何も言わず受け取るはずだ。

 

「ところで、綴は小町に恵は男だって伝えたの?」

「?」

「あー、うん。なんでこのチョイスなのかわかったような気がする」

 

 恵、と言う名前は一般的に女性に多い名前だ。それをそのまま伝えるとだいたいが女性だと勘違いするだろう。恐らく尾上はこれにより伏黒を女性だと勘違いしているのだ。

 そして綴は名前に一切偏見など持たずにいるため、尾上が伏黒のことを女性だと勘違いしていることに気が付いていないという状況ができあかっていた。

 

「で、なんで僕に渡したの? 直接渡せばいいじゃん?」

「緊急で任務入った」

「……マジ?

 一応空けとくように伊地知に言っといたんだけど」

「連絡くれたの伊地知さんじゃなかった。

 明日には帰って来れるけど、今日は無理だから」

 

 綴はそう言いながらテキパキと身支度を整える。

 

「何処?」

「……北海道」

「また遠い所に……頑張ってね!」

 

 軽い調子で言われ、若干ムカついたがそれよりも北海道の天候などを考えて準備する方に思考をやる。

 

「でも恵が残念がるね」

「なんで伏黒が?」

 

 伏黒は綴のことを尊敬している。その事を綴は知らないわけではないが、誕生日を祝われなかったくらいで残念だと伏黒が感じるとは思わえない。

 

「むしろ、俺みたいなのがいない方がいいだろ。

 津美紀もいるんだし、俺は不快になるしあっちも不快に思うはずだ」

「そんな事ないと思うけどなー?」

 

 綴は伏黒の義姉である津美紀が非呪術師であるため、苦手意識を抱いている。

 五条に伏黒家へ誘われても行かないのはそんな津美紀がいるからだ。会わないことでお互い配慮しようとしている。

 だが、津美紀は伏黒が綴を尊敬していることをよくわかっている。そのため、何度も五条に、弟が喜ぶから次は綴も一緒に、とよく声を掛けていた。

 それが現実になったことは1度もないが。

 

「よし」

 

 大き目のバックパックに1泊分の荷物を詰め込んだ綴はそれを背負って部屋を出る。

 

「いってきます」

「行ってらっしゃい。お土産は白い恋人がいいなー」

「………恋人は売ってないぞ?」

「……うん、まぁそういう返しになるよね。お菓子だよ、お菓子。美味しいやつ!」

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 かくして、五条は綴を連れずに伏黒家へやってきた。

 

「はい、これ綴からのお土産」

「甘菜先輩から?」

 

 伏黒にプレゼントを渡すと、少し表情が明るくなった気がする。

 やはり無理矢理にでも連れてきた方が良かったかもしれない。例えその後1週間口をきいてくれなくなろうとも。

 嬉しそうにプレゼントの包装紙を広げていくと、そこにはハンドクリームとタオルがあった。

 

「……なんでハンドクリーム?」

「ほら、綴って呪術師脳だから」

 

 その一言で伏黒は理解した。

 つまり、伏黒の武器ともいえる手を大事にしろ、ということなのだろう。

 綴からプレゼントを貰えたことは嬉しい。嬉しいが何故ハンドクリームだったのだろうという困惑と、将来呪術師になることに懐疑的な伏黒は少々複雑な気持ちになる。

 

「珍しく悩んでたよ。

 何あげたら良いんだろって。学校の先輩に相談したり、苦手な人混みが出来るような店に行ったり。ハンドタオルとか手触りが気に入らないって、2、3件お店梯子したそうだよ」

 

 それを聞いた途端、スっと綴の好意が身に染みてきた。

 

「……先輩、いつ帰ってくるんですか?」

「明日には帰ってきてるよ」

 

 綴は非呪術師が嫌いだということは伏黒は知っている。だからこの家に寄り付かないことも。

 中学を卒業した途端顔も合わせることの無くなった綴は、今どうしているのか急に思い始めてしまう。

 

「帰ってきたら会ってあげてよ。多分照れて生返事しかしないと思うから」

「……わかりました」

 

 綴が照れたところなど見たことが無い。だからそんな綴も少し見てみたいと言う気持ちになる。

 

「あ、そういえば綴の相談に乗ってた先輩さ、恵のこと女の子だと勘違いしてたよ」

「は」

「綴はそのことに気が付かなかったから、会話が絶妙に噛み合ってなくって聞いてて面白かった」

 

 ゲラゲラと笑いながら五条が言う。

 コンプレックスとも言える名前をネタにされた伏黒は拳を強く握る。

 たとえ五条を殴ったとしても、無下限によって塞がれるのは目に見えてわかっている。ので、五条にとってかなり堪える方法をとることにした。

 それは綴に言いつける、ということだ。絶対に次会った時に言ってやる。



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10.5話

アニメ化に伴って書き直したいけど絶対収拾つかなくなるから補足していくぜシリーズ第3弾。長い。

今回完璧後付です。


 吉野の遺体を筒の中に入れ虎杖の元へ急ごうとした時、前方から()が勢いよく飛んできた。

 咄嗟にそれを避けると、蝶は直ぐに灰となって消える。

 

「あれ? 避けた?」

「………誰だ手前……」

 

 目の前に現れたのは見たことも無い男だ。呪霊ではない。

 だが綴を襲ってきたということは、呪詛師か何かなのだろう。

 

「ああ、そう睨まないで。

 俺はどちらかと言われると君の味方なんだから」

「味方は突然攻撃してこない」

 

 それもそうだ、と男は嬉しそうに答える。

 

「手前は何だ?」

 

 綴が構えると、男は微笑む。本当に敵意など無いようだ。

 しかしこの男の呪力、どこかで感じたことがある。

 それを思い出せず、綴は少々苛立つ。

 

「高専に素性がバレるのを避けてるから、本名は名乗れない。凄く、残念だけど。

 俺のことは……そうだな、蟲飼いとでも呼んでくれよ」

 

 蟲飼い。

 そう名乗った男が恭しく一礼する。

 

「何が目的だ?」

「いやなに、君に会いたくて。

 俺、蟲が好きなんだよ。蟲のことを考えていると、興奮してくる」

 

 蟲飼いと目が合った。その途端、綴の背筋が凍る。

 どこかで、会ったことがある目をしていた。

 こちらを舐るような目、そういう(・・・・)熱が籠る目で見つめてくる。

 

「だから、子蜘蛛である君をこの目で、間近で見ていたいのさ」

 

 だというのに……、と蟲飼いは項垂れる。

 

「五条先輩(・・)も夏油先輩(・・)も、君に俺が近付く前に気取るんだから恐ろしいよ」

 

 その瞬間、綴の左足に力が入らなくなり膝から崩れ落ちる。

 何が怒ったのかさっぱりわからない綴だが、この感覚には覚えがある。綴は今呪力を大量に消費したのだ。

 だがそんなことはしていないはず。呪力を無駄に消費することなど綴にとっては有り得ないことだ。

 

「今日は見て帰るだけだったんだよ。たまたま近くで、たまたまチャンスがあったから来ただけ。でもほら……俺って昔から我慢できないタイプだからさ……」

「………変態が…っ」

 

 蟲飼いが綴に何をしたいか、何となく理解した。

 この男は子蜘蛛にしか興味(・・)が無さそうだ。綴には興味が無い、と思いたい。

 

 綴の左足からボトボトと丸々と超え太った地虫が何匹も這い出てきている。どうやら、これらが綴の呪力を喰ったようである。

 そして、次は右足にも力が入らず地面に膝をついた。右足を見ると、ズボンの上から見てもわかるほど地虫が蠢き、皮膚の下にいることがわかる。

 

 いつの間にこんなものを仕組んだのだろう。

 綴は蟲飼いの術式について考え始める。

 術を使えば蟲飼いの残穢が残るはず。しかし蟲飼いの呪力は感じられない。呪力を消費せず蟲飼いは蟲を使える。

 ①蟲の呪力を使っている。

 ②蟲に先払いで呪力を与えている。

 ③蟲飼い自身が残穢を残さない技術を持っている。

 このどれかだろう。

 

 そう考えているうちに、綴の右足からも地虫が這い出した。

 

「あとは……腕かな?

 それで君は抵抗できなくなるはずだ。呪力がないと、君は立つこともできなるからね」

「……俺をどうするつもりだ?」

「ん? まだわからない?」

 

 わかっている。

 だが時間稼ぎ(・・・・)をしないといけない。

 

 虎杖は大丈夫だろうか。七海は虎杖の元へ行っただろうか。

 真人と戦っているであろう虎杖と七海を綴は思い浮かべる。

 こんな所で油を売っている時間はない。綴が無理矢理足に力を込めた時、頭に何かが当たり、その場に倒れ込んだ。

 

「大人しくしててね?

 でないと俺、もっと興奮しちゃうから」

「………くそっ」

「で、綴をどうしたいか、だっけ?」

 

 そんなの決まってるじゃないか。

 蟲飼いは倒れた綴の元へ向かい、その耳元でそっと話しかける。

 

「俺は蟲にしか欲情(・・)できないんだ」

 

 その一言で蟲飼いの目的が確信に変わった。

 動けない綴の頬を蟲飼いがまるで壊れ物を触るかのように優しく撫でる。

 栗肌を立たせた綴は右手でそれを払おうとするが、今度は急に重たくなった。

 見ると右手に百足が巻き付いていた。締め付けてくる百足は、締め付ける度に重くなる。

 

「君と、こうすることだけを、あの日からずっと考えてきたんだ。

 大きくなたね、綴……あの日のプレゼントは気に入ってくれた? ああ、五条先輩が燃やしたんだっけ? あの人なんでか俺の育てた蟲を燃やしていくんだからいい迷惑だよ」

 

 蟲飼いの手が、今度はするりと首元にまでやってくる。

 

「はぁ……やっぱり、君は、綺麗だ」

 

 綴は我慢できなくなって呪力を爆発させるようにして四肢に巡らせる。

 自分の呪力ではなく、子蜘蛛の呪力を。

 本来ならもう少し時間をかけて子蜘蛛の呪力を巡らせたかったが、仕方がない。

 喉から血がせり上がってくるのを感じると同時に、大量に口から血が溢れ出る。

 

「おっと?」

 

 綴は吐血したことも気にせず、蟲飼いを壁に向かって蹴りつける。

 ブチブチと百足を剥ぎ取り、地面に捨てていく。

 

「気持ちわりぃんだよ、さっきからぁ。

 俺は蟲でも子蜘蛛でもない、俺は甘菜綴だ」

「あらら…俺、もしかして振られた?」

「眼中にねぇんだよ、手前なんか」

 

 心底残念がる蟲飼いに、綴は右腕から糸を伸ばす。

 蟲飼いの右腕を糸で拘束し、距離を詰める。これ以上自分の呪力を消費するわけにはいかない。左腕から出た糸を口に咥え、それを蟲飼いの首に押し当て、首を斬ろうとしたが、蟲飼いの顔面程の大きさを持つ黒い象虫によって阻まれる。

 

──子蜘蛛の糸でも斬ることができない蟲か、厄介だな。

 

 綴は一旦距離を置いて構える。

 

──1番硬い蟲を出してみたけど……傷がついてる。何度も受けることはできないな。

 

 蟲飼いは子蜘蛛の糸の鋭さに驚かせられながら、次の蟲を出す。

 その時、2人は禍々しい呪力を感知する。

 

「……両面宿儺…っ」

「…………」

 

 虎杖はいったい何をしている?

 宿儺が出てきたのか?だとすれば不味い、上層部か黙っていない。

 途端に綴は目の前の蟲飼いについてよりも、虎杖のことを考え始める。

 

「…………んー……」

 

 蟲飼いは蟲をしまった。

 

「ちょっと……やる気なくなったかも……」

「は?」

「俺のことだけ考えてくれないのは妬けちゃうな。

 ………虎杖悠仁のことが気になるんだ?」

 

 どうやら、蟲飼いはもう戦う気はないらしい。

 

「手前には関係の無い話だ」

「ちょっとショック……さっきまであんなに楽しく戯れてたのに……あ、テレカクシ?」

「違う、断じて違う」

 

 不愉快そうに眉をひそめ、綴は吐き捨てるかのように言った。

 

「そう怒んなよ。

 さっきも言ったけど、俺は本気で君の味方でいたいと思っているんだ。君が呼んでくれたらいつだって力を貸すよ」

「いらん。

 俺が死にかけようが、絶対に来るな」

 

 綴の酷く冷たい蔑むような目を見て、蟲飼いはニヤける。

 

「いいね、背筋がゾクゾクした」

「気持ち悪い」

 

 そう言って、綴は虎杖と七海の元へ行くために校舎を飛び出した。

 

 その背中を見送り、蟲飼いはため息を吐く。

 

「俺はずっと君のことを見続けてきたんだ」

 

 綴に蹴られた腹を、蟲飼いは愛おしそうに撫でる。

 

「綴の中にいる子蜘蛛が雌だとわかっただけ、良しとするかな?

 あの感じだと、綴にベタ惚れって感じかな? 子蜘蛛にもそういう感情があるとは驚きだ」

 

 子蜘蛛は呪いだ。人間を恨み、妬んでいる呪霊。

 人に産み出され、どんどん巨大化していく呪霊。

 百呪蜘蛛が産まれたのは約1000年前。子蜘蛛の状態、それも1匹も食べていないしのならばどんな呪術師でも祓えてしまう。しかし、子蜘蛛を祓えばその人間が子蜘蛛になる。

 すぐに祓えてしまうからのこそ、厄介。昔聞いた話によると、他の呪霊を祓ったそばに子蜘蛛がいて、その祓った余波だけで子蜘蛛が消し飛び、その呪術師は子蜘蛛となって人間性を失った、とか。

 それ故に弱すぎる呪霊であるにも関わらず、その等級は特級。

 歴代の三十蠱毒の資料を見るに、成体となった三十蠱毒も同じ性質を持っており、またその強さも特級に見合ったものになっている。

 

「ああ……楽しみが増えるなぁ……」

 

 蟲飼いはそう言いながら去っていった。




蟲飼いを気持ち悪くかけてたらいいな。
ちなみに蟲飼いはif番外編の復讐劇の方にも出ています。


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八方美人

あけましておめでとうございます。
全く新年と関係の無い番外編が出てきましたが………。

お気に入り登録、評価ありがとうございます!


うわ。

 バスに乗った瞬間、私は顔を歪めてしまった。

 バスの入口に1番近い場所に、金髪の、どう見てもチンピラって感じの男の子が座っていたからだ。そこ前には1歳くらいの子供を抱っこするお母さん、あと何人かいるけど……特に目立っていたのはこの辺りだろうか。

 

 バスが出発すると、すぐに男の子は寝始めた。首筋には恐らく刺青と思わしきものが見え、私はゴクリと喉を鳴らす。

 すると、バスが止まり、また何人か乗ってくる。とたんにバスは満員になり、3人ほどが立っていた。

 

──ん?あれ、なんだろ?

 

 その時、私が見たのは黒いモヤのような何か。

 子供も私と同じものを見たようで、次第に目に涙を溜める。

 あ、泣くな……と思った時には遅く、子供はわんわんと泣き始める。

 お母さんが泣き止ませようと宥めるがいっこうに止む様子がない。

 正直仕事帰りなので、ちょっとイラッとしてしまうが、子供なのだから仕方がない。お母さんも大変だな……。

 でも、後ろの男の子が気になる。

 どう考えてもこの中で一番ヤバイ子だ。漫画みたいな優しいチンピラなんて、ほとんどいないに決まってる。

 

 などと思っていると、立っていたサラリーマンの中年男性がお母さんに向かって怒鳴り始めた。

「早く黙らせろ! こっちは疲れてるんだ!!」

 私はびっくりして、身を固くする。

 周りの人達も同じで、中年男性を驚いたように見つめていた。

「いいご身分だな、子供連れてお出かけか?全くこんな時間まで……女は家で家事してりゃいいんだ!」

 ちょっとこれは我慢できない。

 でも酷い剣幕で、勇気もない私には何もできなかった。

 バスに乗ってた人も同じだ。辛うじて運転手は何か言っていたが、それも無駄で、中年男性は好き勝手言っている。

 

 すると、お母さんの後ろに乗っていた男の子がパチリと目を開けた。

 その時気が付いたのだが、かなり綺麗な顔をしている。イケメンとかそんなんじゃなくて…………こう、とにかく綺麗とかそういう言葉が似合う顔。

「佐々木さん」

 なんと男の子はお母さんに話しかけたのだ。どうやら知り合いだったらしい。

 並べる席は埋まっていたから、前後で座るしか無かったようだ。

「あ、ごめんなさい綴君。疲れてるのに」

「いや、別に……車壊れたのおれのせいだし」

 男の子の名前は少し変わっていた。

 中年男性は、男の子とお母さんが知り合いだとわかると今度は顔を真っ赤にしはじめた。

「全くこれだから若いもんは!」

 何のことだろう?

 喚いている言葉を拾っていくと、お母さんと男の子が遊びで付き合っているのだと思っているようだ。旦那が可哀想だとか、恥ずかしくないのか、とか……。

「遥、大丈夫ですか?」

「ちょっと……やっぱり怖いみたい」

 あれ?もしかして、この2人もあの黒いモヤのことが見えているんじゃ?

「……わかりました」

 男の子がそう言うと、黒いモヤがいつの間にか出てきた糸に締め付けられていた。男の子が軽く腕を振ると、黒いモヤが消え去った。

 黒いモヤが無くなったことに気が付いた子供は、ピタリと泣き止む。

「ありがとう、綴君」

 お母さんは嬉しそうにそう言うが、中年男性は子供が泣き止んでも騒ぎ立てている。

「おい、お前!」

 中年男性はとうとう男の子にまで怒鳴り始めた。

 やめてくれ、絶対にその子は地雷だから。と思っていたが、男の子は中年男性のことなど気にせず、お母さんと話している。

「おい、無視するな!」

 中年男性がグイッと男の子の服を掴む。が、男の子はピクリとも動かなかった。

 かなりの力を入れていたらしい中年男性は、あれ?と首を傾げる。

「………おい」

 男の子はジロリと中年男性を睨みつける。

「触ってんじゃねぇよジジイ」

 糸が今度は中年男性の腕に巻きついた。

 そこで、男の子がこの糸を出していたのだと確信する。

 中年男性を睨みつけるその目は、嫌悪と殺意に塗れていた。いや、中年男性だけでは無い、このバスに乗っている全員にそんな目を向けている。

 その時、バスが停る。

「佐々木さん、ここでいいんですか?」

「ええ、ありがとう綴君。

 ごめんなさいね、遥のためにここまで付き合ってくれて」

 そう言いながら三人はバスから降りようとする。

「伊地知さんに連絡してるから、そのまま高専に帰ってゆっくり休んでね」

 バスにいた全員が呆気にとられていると、私は男の子と目が合った。

 ヒエっと怯えていると、それまで乗客に向けていた目を変え、迷惑をかけた、と言うように小さく頭を下げた。

 私にだけ。

 いったい、なんだったんだ………?

 

 

 

 

 

 

 

「綴君、やっぱり見えない人には厳しいのね?」

「嫌いなんで」

 キッパリそう言う綴に佐々木は苦笑する。

「本当なら高専で別れる予定だったのに、遥が我が儘言って、ごめんなさい。嫌よね、バスなんて」

「二度と乗りません」

「だよね」

 佐々木は窓の人間として活動していた。

 どうしても綴に会いたい佐々木の息子、遥の我儘で佐々木は高専へ来ており、たまたま任務で不在だった綴を、たまたま車で来ていた佐々木が、巻き込まれた補助監督の代わりに迎えに行くことになった。

 その際、佐々木の車は呪霊との戦いで巻き込まれたのだが……。

「弁償します」

「高専から出るから大丈夫よ?」

「いや、でも……」

「遥とこれからも遊んでくれたらそれでいいから」

 そう言うと、綴は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「遥、綴君とバイバイして」

「や!」

 遥はそう言って綴に抱っこを強請る。

「も、遥ってば!綴君はお仕事の後だから……」

「いーやー!!!」

 

 その後、伊地知が迎えに来るまで遥は綴によじ登って泣き叫び、それを佐々木が宥め、綴はどうしていいのかわからず、終始死んだ目をしていた。




去年は読者の皆様には大変お世話になりました。
ここまで続けられたのも、皆様のお陰です。
続編の方は、もう少し原作が進んでから……最短でも夏頃にまた連載する予定です。
題名は「呪った呪霊の人間観察」になる予定です。

去年は大変なことが沢山ありましたが、皆様がこうして新年を迎えられたこと嬉しく思います。
まだまだ油断ならない状況ですが、体調に気をつけて2021年をお過ごしください。

これからも、皆様が楽しんでくれるような作品を作り続けていきたいと思います。
今年もよろしくお願いします!


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海内冠冕

友人にリクエストの無茶ぶりしたらリクエストしてくれました。本当に、良い奴だと思っています。
初めて海行く子綴の話です。

お気に入り登録、誤字報告、評価ありがとうございます!


「うーみーだ!!!」

 

 真冬だというのにはしゃぐ綴を、夏油、家入は呆れたような顔をして五条を見ていた。

 

「海海!」

「はいはい。綴、海には入らないでくれよ」

「やだ!」

 

 夏油に言われるが綴は全力で拒否する。

 バシャバシャと海の中に入って行く綴を止めようとはしたが、結局袴のまま海に入ってしまい3人は諦めたように虚空を見つめ出した。

 

「私がカイロとタオルケット、持ってきてて良かったな悟」

「………その節は本当に悪かったと思ってます反省はしていますが後悔はしていません」

 

 それは昨日から東京にやって来ていた綴の一言から始まった。

 

 

「海見たい」

 

 無邪気な子供の声がポソりと耳に入った。

 五条がそちらに目を向けると、寝転びながら雑誌のかに特集を見つめる綴がいた。

 

「海が見たいんじゃなくて、カニが食べたいんだろ?」

「ち、ちがうもん! 海が見たいの! 俺、海見たことない!」

 

 いつもの五条なら速攻連れて行ってやるのだが、今は年末ということもあって色々と任務が立て込んでいた。

 

「海見たいなぁ……」

「………めんどいからヤダ。

 今、呪術師って大変な時期だし。だから今日は傑もいないって言っただろ?」

「………別に、悟兄ちゃんにたのんでないもん」

 

 キッパリとそう言うと、綴は口をとがらせたあと何も言わなくなり、かに特集をまた読み始める。

 綴が来る日に夏油がいない理由は、急な任務が入ったからだとだいたい決まっている。

 いつもなら行っていい日に東京へ来て遊んでいるのだが、綴は今回少し強引に東京へやって来ていたので、夏油はまだ任務へ行ったままだ。

 

「なんでそんなに海に行きたいんだよ?」

「え?」

 

 綴はそんなことを五条に尋ねられるとは思っていなかったようで、ぽかんと口を開けた。

 

「海なんて、物珍しいものじゃないんだからいつか見られるだろ?」

「……そう、だけど…」

 

 だけど、なんだと言うのだろうか。

 珍しく煮え切らない言い方をする綴はもごもごと何かを言い……そのまま口を閉じてしまった。

 

「言いたいことあるなら言えっていつも言ってんだろ?」

 

 綴はわがままを言うことは多々あるが、必ず相手の顔色を伺っている。

 言いたいことを言ってはいけないと一瞬でも思うと、こうやって口を噤んでしまう。

 綴と出会ってまだ1年も経っておらず、一緒に遊んだりするようになったのはここ数ヶ月の話。まだ夏油ほど信用はされていないらしい。

 わがままをどこまで許してくれるか、綴は五条に試していたのだろう。

 そのことにあとから気が付いて、五条は綴に言いたいことを言うように伝える。

 このまま何も言わない可能性もあるが、尋ねず後々引きずるよりもマシだ。

 

「…………あの」

 

 綴は正座をすると、神妙な面持ちで口を開く。

 

「……………」

 

 開けて、閉じてを数回繰り返してから、意を決したように目を瞑りながら話す。

 

「海、呪霊いっぱいいるから、家の人が行っちゃダメって……でも、夏に、紘平さんが……」

 

 五条は舌打ちをする。

 甘菜紘平。

 それは甘菜家の5男であり、京都校の1年生…つまり五条達とは同学年だ。

 彼は弟である綴に特に当たりが強い節があり、よく夏油と衝突しているところを見かける。

 綴と仲良くなってからは五条も援護しているのだが、御三家の五条が夏油と一緒になって言ってくることが気に食わないようで、激しさは増している。

 

「またアイツかよ。綴、気にすんなよ」

「え?」

「アイツの嫌がらせなんか無視しとけって言ってんだよ」

「そうじゃなくて………」

「?」

 

 モジモジとしながら綴は口を開く。

 

「夏にね、一緒に行こうって、言われた……海に」

 

 五条は思い切り顔を顰めた。

 そのことに気が付かず、綴は雑誌を目を輝かせながら見つめて話し続ける。

 

「紘平さん、怖いところある、けど……修行とかたまに一緒にサボってくれたり…するんだ」

 

 五条はさっきまで綴がわがままを言っているのだと勘違いしていた。

 だが違う。これは、嬉しさのあまり誰かに言わないと気が済まなかっただけなのだ。この様子だと甘菜家の人間には言ってそうだ。

 

 嫌な予感がする。

 五条は甘菜家が大嫌いだ。実際に見てそう感じたのだ。

 綴と初めて会った頃も、甘菜家の人間ということもあって偏見の目で見ていたがそれも無くなった。

 むしろ可愛い弟分だ。

 そんな可愛い弟分の口から嬉しそうに、甘菜家が嫌いな五条にとっては最悪な言葉を吐く。

 

「海、楽しみ!」

 

 ふにゃふにゃとした笑みで綴は雑誌を抱きしめる。

 その時、校門近くから夏油の呪力を感じ取った五条は綴をだき抱えて全力疾走した。

 

「す、傑ー!!!!」

「うぉ!?」

 

 夏油は全力疾走してきた五条と小脇に抱えられ、どこか嬉しそうに雑誌を抱きしめている綴に驚いた。

 

「兄ちゃん、もっかいして!」

「しねぇよ、馬鹿!」

 

 どうや抱えられての全力疾走がお気に召したようだ。

 

 五条は全てを伝えると、夏油は綴に本当のことか尋ねる。

 元気よく頷いた綴を見て、夏油は嬉しそうに頭を撫でた。

 

「そうか、良かったな綴」

「なにが!? なんも良くねぇよ!?」

 

 猛抗議する五条だが、しばらくすると夏油に待ったをかけられる。

 

「いいか、悟。綴は甘菜家でも微妙な感じ立場にいるんだ。

 味方になってくれる人間がいた方が綴にとっていいんだよ」

「わかるけど気に食わねぇ!」

 

 クワッと目を見開いて言うので、夏油は軽く引く。

 というか、なんで師である夏油よりも五条のほうが過剰に反応しているのだろうか……。

 

「………悟…といつか御三家は本当に甘菜家が嫌いなんだな」

「もう本能と言っても過言じゃねぇかんな!」

「え、悟兄ちゃん俺のこと嫌い?」

「綴は別枠!」

 

 ギュウギュウと綴を抱きしめると、小さく呻いた。が、五条にそんなことは関係なく。絶対離してなるものか、とさらに力を込めていた。

 

「悟、綴かま潰れるぞ」

「あの研究者気取りの甘菜家からこんな天使2度と産まれねぇよ!

 傑は知らないかもだけど、アイツら本当に害悪。やることが厭らしい!」

 

 だいたいの御三家からそう思われている甘菜家だが、綴は甘菜家からの洗脳じみた教育を回避してきたため、甘菜家特有の気質は出ておらず、それどころかいろんな人間から可愛がられる子どもに育っていた。

 

「なのにアイツらとつるんでたら絶っっ対に綴が洗脳される!!」

「せんのーってなに?」

「過保護か」

「かほごってなに?」

 

 首を傾げる綴を撫で気にしなくてもいいと夏油が伝えると、綴は更に首を傾げた。

 

「実際そうなんだよ、ガキの頃見たことある」

 

 幼い頃五条よりも少し年下の甘菜家の女の子と遊んだことがあった。

 その女の子は五条の容姿を見て顔を赤らめたりする子で、五条の頼みなら何でも聞く。当時の五条はそれを面白がって暇つぶしに、と適当にその子()遊んでいた。

 女の子は五条に文句を言うことなく、次も一緒に遊びたいと言ってきた。

 そんな女の子はたった数ヶ月後、五条に見向きもせず兄姉のために奉仕する子供へと変わってしまっていた。

 正直幼いながらにもゾッとした。あの時の女の子の目は到底正気だとは思えなかった。

 

「綴!」

「なに?」

「俺達と海行こう!

 アイツらよりも先に行こう!」

 

 綴を海へ最初に連れていったの自分達だと堂々言ってやれるように。

 

「いいの?」

「もちろん!」

「でも、この時期って忙しんでしょ?」

「ちょっとくらい大丈夫だし」

 

 だから行こう。と夏油を見れば、ゆっくり首を振るのが見れる。

 

「せめて5月くらいにしよう、悟」

「いいや! 明日行く!」

「明日!?」

 

 やめろそれ以上は綴がその気になる、と夏油が止めに入る前に綴が夏油を呼ぶ。

 

「夏油さん。明日、楽しみだね!」

 

 キラキラと目を輝かせて雑誌を見つめる綴を見て、夏油はとうとう折れてしまうのであった。

 

「そうだ、硝子も呼ぼう!」

「硝子姉ちゃんも一緒?」

「みんなで行こう!」

「夜蛾さんも?」

「それは勘弁して!」

 

 夏油はその会話を遠い目をして聞いていた。

 

「…………とりあえず、カイロとタオルケット大量に用意しとこ」




新op、edほんと素晴らしかったですね。
edとか、今後の展開知ってたら……ほんと……やりやがったな、MAPPA!!!!!
これにより、原作者もアニメ制作に関わる人も集英社も全員が鬼畜だということがわかりましたねありがとうございます。


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二人誕生祭

wakkaron氏かまたまたやってくれました。

【挿絵表示】



「え? 綴先輩、誕生日3月20日なの?」

「意外だってのはよく言われる」

 

 そう言っていると、虎杖の目が輝いているのに気が付いた。

 

「……んだよ?」

「俺も3月20日、一緒っすね!」

 

 なるほどそれでこんなに嬉しそうなのか。

 いや、なにもなるほどでは無い。何故こんなにもこの後輩は自分に対して尊敬の眼差しを向けて、尚且つ誕生日如きでここまでテンションを上げられるのか、ただただ訳が分からない。

 

「え、わかんない?」

「わからんな。たかが誕生日だろ?」

 

 綴にとって、誕生日とはそこまで重要なことではない。

 昔は確かに楽しかった記憶も持っている。

 10歳も年の離れた幼馴染が2人もいたものだから、それはもうその日は盛大に祝われた。

 もう、随分も前の話だ。記憶も薄くなってしまった。

 

「先輩さ、尊敬する人と同じ誕生日だったら、嬉しくない?」

「……まぁ、嬉しい、かな?」

 

 もちろん思い浮かべたのは夏油だ。

 夏油の誕生日は、2月3日。ふざけて五条が恵方巻を大量に購入してきた日を思い出したが、頭をぶんぶんと振ってその記憶を追い出す。

 

「俺は先輩のこと尊敬してるから、一緒の誕生日で嬉しい」

「……尊敬、ね?」

 

 果たして自分はそう思われるのに足る人間なのだろうか?

 本当は虎杖に気を遣われているだけなのでは?

 

「あ、先輩その顔信じてないでしょ?」

「気を遣わせたか?」

「なんでそうなんの!?」

 

 ツンツンと綴をつつくと、綴は虎杖を叩いてからポツリと話し始める。

 

「……俺が尊敬できる人間じゃないことは、俺がよく知ってるからだよ」

 

 何を根拠にそこまで信頼しているのかがわからない。

 まだ出会って半年も経ってないような人間だ。

 きっといつか失望するに決まってる。

 先輩というのはもっと、素晴らしいものだ。

 

 そう言ったが、虎杖の思いは変わらなかった。

 

「先輩さ、俺と初めて会った時覚えてる?」

「……あの時は、本当に悪かったな」

 

 虎杖に当たりがキツく、ボッコボコにしていたことを思い出して目を逸らす。

 

「いやさ、あの時は俺、先輩にマジでムカついてさ」

 

 暑かったしね!と虎杖は陽気だが、面と向かって昔の自分について言われて少しショックを受ける。

 

「でも、今はそれが俺の為だったってのが身に染みてよくわかる。

 先輩の扱きがなかったら、ちょっと折れてたところもあるからさ。あの時よりはマシ!って感じでやってる」

「それ、褒めてるようで褒めてないんだよ、馬鹿」

 

 そうは言いつつも、どこかうれしそうである。

 綴にとっての先輩は、尾上だ。

 その尾上と無理だとわかっていても同じような存在になりたかった。

 

「先輩は、優しいから」

 

 優しい。

 なんて言われる機会はほとんどない。

 死んで欲しくないから厳しくすれば、だいたいの人間は自分に愛想を尽かして去っていく。

 それを五条に指摘されたこともあったが、「まぁ、それも綴の良いところだしね」と言われて特に改善することは無かった。

 

「だからそんな先輩と同じ誕生日で、俺は嬉しい」

 

 そうか、としか返事が返せなかった。それも、虎杖に届くか届かないかもわからない小さな声でだ。

 

「誕生日、生きてたら盛大に祝ってやるよ」

 

 気持ちを切り替えて、綴は立ち上がる。

 

「え? 先輩はいいの?」

「なんで自分の誕生日を自分で祝わにゃなんねぇんだよ」

 

 スタスタと歩いて行く綴を虎杖は追いかける。

 

「じゃあ、先輩の誕生日は俺が盛大に祝うよ!

 伏黒も釘崎も呼んで、あと五条先生とナナミン、2年の先輩と……家入さんと……とにかく沢山呼ぼう」

 

 そんで、一緒に誕生日を祝おう。

 

「…………虎杖、それは約束できない」

「え、なんで?」

「俺達は呪術師だからだ」

 

 そう言ったきり、綴はこの話をやめてしまう。

 

 いつ死ぬかわからない呪術師という存在である2人は、いつも死と隣り合わせだ。

 宿儺の指だって、いつ全て取り込むかわからない。

 だから、なのだろうか。綴が悲しそうなのは。

 

「それでも、絶対に祝うから」

 

 綴に聞こえないように呟いた。

 そうだ、その時は綴の好物のあの喫茶店のショートケーキを買いに行こう。来年には閉店してしまうみたいだが、事前に話しておけば、その日にきっとケーキを作っていてくれるはずだ。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 そう言えば、あの喫茶店はこの辺りだったような気がする。

 荒廃した渋谷の真ん中で、虎杖は泣くのをグッと堪える。まだそうと決まったわけではない。だが、最悪が頭をよぎってしかたがない。

 

「悠仁、どうした?」

「……いや、何でもない」

 

 虎杖は()を背負い直し、隣にいた少年と手を繋ぐ。

 

「よし、行こう」




誕生日おめでとう、悠仁。
そう言えなかったことが、ちょっと悔しい。

照れたようにはにかむ彼がそこにいたような気がしてなりませんでした。


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呪った呪霊の人間観察
誰かの独り言


お久しぶりです。
・マジで原作が先が読めないので更新は遅いかもです。
・オリ主にとってのラスボスを作っているので、途中で原作キャラ達と別行動させようと画策しています。


「逕倩除邯エ縺ッ縺?↑縺九▲縺」


 つまりまぁ、そういう人間が必死になってしまったからそういう結末になってしまったわけだ。

 

 悲しむ必要もあまりない。

 そういう人間は数多くいたのだから、あれが必至になったところで今更だったわけだ。

 

 自分としては、ちょっと残念だったけどね。

 

 ほら、アレらを作った身としてはさ、傑作だと思っていたそれが、結局はただの佳作だったのだよ。

 でも自分の理論に間違いなんてないはずだ。

 絶対に成功するはずだ。

 

 ところで君はどうだね?

 元気かね?

 自分は相変わらずチョベリグってやつさ。

 

 なに?

 言っている意味がよくわからなかったって?

 仕方がない奴だなー。

 でもね、自分も理解されようとは思っていないのだよ。理解しようとしない奴は見ていて腹立つからデコを叩きたくなるけどね。

 

 え?誰と話してるのかって?

 それを君に伝える必要があると言うのかね?

 強いて言うなら自分自身との対話というやつだね。

 お、これって所謂中二病ってやつか?なるほど、では今度は高二病の発症を目指そうではないか。

 多分成功するぞ。

 高二男子だったことがあるからな。

 

 さて、君達はこれまで沢山色んなものを見るはめになってきたわけだけど……それらはきっと無駄ではない。

 

 無駄にしようとしなければ無駄なことなんて一切ないのさ。

 他者がなんと言おうと、自分が無駄でないと言えば無駄でない。

 ………無駄無駄無駄無駄って誰か遊んでたな。

 あれいつ頃だっけ?ふむ、まあいいか。どうせ終わったことなのだし。

 

 自分は全部無駄にしたくない。

 死も生も無駄にしたくない。

 そのために自分はひたすらにセミのぬけがらを集めていた。

 奴らはいつだって叫ぶのだよ。

 「取れるもんなら取ってみやがれ、ヘイヘイヘーイ!」と。

 あれって煽りと言うやつだよね?

 アオリイカならぬアオリセミ。

 新種を発見したか。

 やはり自分は天才と言うやつでは?

 

 ふむ……いや、今のはやめておこう。

 それに値する人間を知っているものでね?

 奴の顔を思い出してしまったのだよ。

 

 しかし、ことはそう思い通りにいかないわけで。

 アオリセミの抜け殻を奴にひとつ残らず潰された時のように。

 59匹のアオリセミの抜け殻が…………アオリセミってなに?新種のイカ?

 いや、セミとつくのにイカなのはおかしいな。

 ならば、それは新種のセミか。

 ちなみに自分の記憶力は53万だ。

 説得力がない?

 ……どこでそんな不安を覚えるようなことを言った?

 

 そんな記憶力53万が弾き出したのは、思い通りにならないことが多すぎるので全てが面倒になってしまったということだ。

 しかしここで諦めたら何もかもが無駄になる。

 それは避けたい。

 何故ならもう目の前に目標が見えているからだ。

 

 

 これらの事を要約すると、自分はとても暇だということだ。

 自分は1000年間もボーッとしているのは苦手でね。

 常に動いて喋っていないと気が狂いそうになる。

 ちょっとやってみようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ばあぁあぁあぁああああぁああ!!!!!!

 

 死ぬ!

 とまでいかないけど!

 

 え、どうしよう。

 なんか、黙ったせいでいつもの調子が出ない。

 

┏━━━━━━━━ ━━━━ ━━━━ ━━┳━━┓

┃8.34秒の静寂から解放かれる方法    ┃検索┃

┗━━━━━━━ ━━━━ ━━━━ ━━━┻━━┛

 

 よし!

 歌います!!




注意
話し掛けられたのはあなたではありません。
しかしあなたは彼を忘れては行けません。


↓続編からのオリ主のイメージ画像です。
 今回は自分で頑張ってみました。

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序話

新オリ主は基本喋らないです。


 それが何か、知っているものはその場にいなかった。

 本人でさえ自分自身の存在を理解しているかは謎だ。

 

 そういう存在として産まれてしまったのだから、無理もないだろう。

 それは、目的の場所に来ると辺りを見渡す。

 戸惑う人間や呪霊などお構い無しに。ついに見渡すのをやめたそれは、目の前にいる少年に微笑みかけた。

 

 彼がそれを呼んだのだ。

 それはそう判断していた。

 

「綴、先輩……?」

 

 やっと聞けた声に、それは満足したようでニンマリと微笑んだ。

 

「虎杖、いったいどういうことだ?」

「俺にもよく……でも、この顔は先輩の小さい時の……」

 

 虎杖が東堂の問いかけに答えようとした時、それの後ろから真人が攻撃を仕掛けてくる。

 

「危ない!」

 

 それに攻撃が当たると思った虎杖がそう言ったが間に合わず、それは真人に吹き飛ばされる。

 

 だが真人は違和感を感じていた。

 なんだ、これは?

 そう思うと同時に、それが起き上がる。吹き飛ばした張本人である真人を指差しで地団駄を踏んでいるが僅かに「シーっ」という音が口から聞こえてくるだけだ。

 どうやら人間達とは違う言語を確立しているらしい。

 

 虎杖はそれを幼い頃の綴と同じ顔をしていると言った。

 だがその呪力は全くの別物で、それが綴とは違う生き物であることを決定づけている。

 それには真人の攻撃が全く効いていないようだった。

 何より真人はそれに対して嫌悪のような気持ち悪さを覚えていた。

 

 これは呪霊だ。

 一目見れば誰にだってわかる。

 

「何なんだよ、これは?」

 

 真人が呟くと、それが「シーっ」鳴きながら人差し指を向ける。

 途端に視界が全て黒く塗りつぶされた。まるで水の中にいるような感覚、そして僅かに光を感じる。

 

「クスクスクス…」

 

 至る所から聞こえる笑い声。

 

『ねぇ、あーそーぼー』

 

 どこからか声が聞こえたと思ったのと当時に、真人は深い傷を負った。それと同時にあの空間からも開放される。

 腹から溢れる血は止まることなくダラダラと流れるのを見て、真人は後ろへ後退する。

 自身の考えがあっていれば、それはおそらくとんでもない呪霊だと感じ取ったからだ。

 

──こんな奴と、まともにやり合ってたまるか!

 

 逃げる真人を見て、虎杖は追いかける。

 

「待て!」

 

 虎杖と東堂、両者に大ダメージを負わせている真人だが、今の一撃で自身もかなりのダメージを負ってしまっている。

 仕方がない。真人は持っていた筒を放り捨てた。

 そのことに更に激昂した虎杖は心の中で「後で取りに戻ると」綴に謝り真人を猛追する。

 

 虎杖と真人を見送ったそれは、大怪我を負う東堂に目を向ける。

 

「よく見ると、確かに綴の面影があるな」

 

 その一言に首を傾げながら、それは東堂が左手を失った傷口に手を添える。

 表情は悲しんでいるように見える。いや、ように、ではなく実際にそうなのだろう。

 だが呪霊が人間にそこまで心を向けるか、と尋ねられたら首を横に振るだろう。

 乙骨と共にいた祈本里香、という前例があるがそれはあの二人だからこその関係性だ。

 初対面であるこの呪霊が、東堂に対して友好的に接する意味がわからない。

 しかしそれが傷口に障らないように優しく触れているのを見て、東堂はフッと笑った。

 

「………そういう所も、綴に似ているんだな」

 

 自身のライバルと認めた綴と重ねてはいけないと思っていながらも重ねてみてしまう。

 同時に綴とは全く違う呪力でもう彼はいないのだと、会うこともできないのだということを実感してしまった。

 

「俺は大丈夫だ。

 だから、虎杖(ブラザー)の所へ行ってやってくれないか?」

 

 呪霊は戸惑う。

 こんな大怪我をした人間を放っておくことができず、どうしようかと辺りを見渡すがこの場には2人以外誰もいない。

 

「俺のためを思うなら、あの呪霊から……綴が眠っている筒を、取り返してくれ」

 

 それを聞いて、呪霊は微笑んで東堂の頭を撫でる。それから「任せろ」と言うかのように自信満々に両手でガッツポーズをして東堂のそばを離れる。

 トテトテと走る後ろ姿を見て、己の左手を見ると止血されていた。

 

「あれは、いったい……?」

 

 わかることは、あの呪霊が人間の味方であるということだけだ。

 悪意などない、ただただ純粋で無垢で、何も知らない幼い子供のような呪霊。

 

 どうして綴と同じ顔を持つのか、何故呪霊であるにもかかわらず人間に友好的なのか。そして、あれはいったい何から産まれた呪霊なのか。

 それを今後虎杖達は知っていかなければならない。

 

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 

 その呪霊は、自身の名前を『白蜘蛛様(しらぐもさま)』だと認知していた。

 何故なら自分に助けを求めていた人間達がそう言っていたからだ。

 白蜘蛛様は、人間の信仰や畏れ等を糧として成り立つ呪霊だ。白蜘蛛様を信じる人間達は、彼がしっかりと保護し、守っている。

 斬撃(・・)が飛んできた時はヒヤヒヤしていたが、それも何とかギリギリのところで回避することができ、更に信仰は厚くなった。

 ある一種の神という存在に近いが、その実態は呪霊だ。この白蜘蛛様を形作る残りの要素は、この渋谷に渦巻いた様々な呪霊や人間達の悪意や恐怖といった感情だ。それを与えて自身を強くさせている人間は守らなければならないし、何よりそうやって崇めてくる人間が大好きだ。

 

 人間が大好きだからこそ、白蜘蛛様は人間の味方でいる。

 白蜘蛛様を畏れ敬うからこそ、人間にそれ相応の恩恵を与える。

 

 これが白蜘蛛様の呪霊としての在り方だ。

 白蜘蛛様が大好きな人間が、願うことがあるならばそれを叶えてやりたいと思うのだ。

 

 トテトテと走っているが、虎杖達にはいっこうに追いつける気配がしない。

 いったいどこまで行ったんだろう、と白蜘蛛様が息を切らしていると、おそらく東堂が言っていた筒が落ちていた。

 

 「!」

 

 白蜘蛛様はそれを広いあげて誰に自慢するわけでもないが誇らしげに胸を張る。

 流石自分、やっぱり自分は最高なのだ。更に自分に自信がついたところで、白蜘蛛様は意気揚々と虎杖の呪力を堂々と足を高くあげ、歩きながら辿る。両腕が塞がっていなければ、その腕を大きく振っていたことだろう。

 

 走ったところで追いつけないのだから意味が無いと考えての行動だが、白蜘蛛様は今の渋谷の現状がイマイチ理解できていないのが大きいのかもしれない。

 ただ「なんかめっちゃ人間死んでるたすけなきゃー」くらいの行動原理だ。

 現状を把握することなど後回しでひたすらに走っていただけで、たまたま虎杖の呪力を感知したからその場に赴いた。

 それ故に今の白蜘蛛様には緊張感、というものが全くと言っていいほどない。

 

「……!」

 

 ようやくたどり着いた、と白蜘蛛様が壁からひょっこりと顔を出す。

 こそには真人を追い詰める虎杖の姿が見えた。

 そんな虎杖の真似をして、白蜘蛛様はシュッシュっとシャドーをして黒閃を出そうとするが上手くいかず首を傾げる。

 

「?…………??」

 

 自分では黒閃が打てないということがわかるとショックを受けて膝から崩れ落ちる。

 

「そりゃ上手くいかんだろうな、お前はまだ呪いというものを理解しきれていない」

「!?」

 

 気が付くと東堂が後ろにいた。

 白蜘蛛様は東堂に安静にしろ、と言うかのように右腕を引っ張って寝かせようとするが、東堂はそれを制止する。

 

「お前の術である程度回復した。一体何をしたか、興味があるが……今はそんなことより虎杖だ。

 筒も取り返してくれたようだしな」

 

 それを聞いて、白蜘蛛様は今度は東堂に見せつけるかのように筒を両腕に抱いて胸を張る。

 

「アレはまだ使えるか?」

 

 東堂に尋ねられるが、アレとは真人にした術式での攻撃のことだろう。

 白蜘蛛様も自分の術式について完璧に解釈できていないためうまく扱えないが、どういう原理かはしっかりとわかっているつもりだ。

 だから白蜘蛛様は首を横に振る。

 アレにも色々と面倒な制約があるのだ。

 

「そうか……なら巻き込まれないよう筒を守っていてくれ。

 その中には、俺や虎杖……他にも色んな人々の大切なものがはいっている」

 

 白蜘蛛様は真剣な表情の東堂に頷き、虎杖達が見えるか見えないかの位置で観戦することにした。



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