荒ぶる神な戦艦水鬼さん (ちゅーに菌)
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スーパーダイソン

この短編小説の目標は
・ハルオミさんとおっぱいの話をするついでにケイトさんを助ける
・初恋ジュースを飲む
・カピバラを愛でる


と、なっております。


暇潰しで読んで貰えるという方は是非とも楽しんで下さい。




 

 

 

 アラガミ。

 

 神の名を冠する人類の天敵である。

 

 2050年代に突如として発生したオラクル細胞が、地球のありとあらゆる対象を補食しながら急激な変化を遂げ、多様な生物として分化した悪魔のような存在。

 

 アラガミの出現により、大部分の都市文明は短期間のうちに崩壊し、この星は人間が主導権を握る星では無くなっていた。

 

 通常兵器が全く通じないこの巨大な力を、いつしか人々は極東地方に伝わる八百万の神々になぞらえてアラガミと呼ぶようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、2071年の現在。エイジス島。

 

 フェンリル極東支部から約50キロメートル程離れた海上に浮かぶ人工島であり、かつて全てと一部の人類の夢と希望を乗せたエイジス(アーク)計画があった場所だ。

 

 尤もエイジス計画は突如出現したアラガミ"アルダノーヴァ"の強襲により、エイジス島の半壊と支部長の死により白紙に戻ったという情報が公開されている。そして、その夢の跡であるエイジス島の地下区画のとある一室。

 

 ここは鉄と薬品の匂いが染み付き、倉庫のようにも見え、暫く人の出入りが見られない研究室。入り口が巧妙に隠されていたせいで、エイジス計画が凍結されてから今まで誰にも見つかることのなかった場所である。

 

『………………』

 

 その中央の台座に"ソレ"は眠るように鎮座していた。

 

 ソレは筋骨隆々の四肢をもつ双頭の魔獣のような男性体を従えた、黒いドレスの妖しい美女という容姿をしている奇妙なアラガミであった。

 

 男性体の両腕と首には枷がはめられており、その見た目にも溢れんばかりの凶暴性をさらに強調しており、まさにアラガミのような出で立ちだ。

 

 女性体の方は角が左側に1本生えており、長い長髪に加えて、垂れた前髪二束が眉間のあたりでクロスしている。

 

 ソレはかつてエイジス島を襲ったアルダノーヴァというアラガミに、男性体と女性体の二体構成というパーツが非常に良く似ていた。

 

 更に奇妙なことにアラガミを中心に研究室があるような様子や、ソレを囲むように散乱している研究資料からは、まるで、ソレが人間に造られたかのように見える。

 

 そして、その眠るアラガミの台座には大きな文字でこう刻まれていた――。

 

 

 

 "アルダノーヴァ・プロトタイプ"と。

 

 

 

 更にアラガミの女性体の首には小さいネームプレートが掛かっており、"Ⅳ"という英数字が刻印されている。恐らく、アルダノーヴァ・プロトタイプのⅣ号機という意味であろう。

 

 しかし、そのアラガミの姿は、 アルダノーヴァの姿や、ソレの周りに落ちている研究資料にあるアルダノーヴァ・プロトタイプの画像からはあまりにもかけ離れていた。上位種と言われた方がしっくり来る程にだ。

 

『…………ンッ……』

 

 すると突如としてアラガミの女性体の身体が小さく跳ね、ゆっくりと目蓋が開いた。

 

 その拍子に吐かれた声は機械音と人間の声を混ぜ合わせたようななんとも言いがたい声をしている。

 

『………………ンァ……』

 

 アラガミは寝惚け眼をしてぼーっとした様子を見せ、暫くすると目を擦ってからまた呟いた。

 

『ン? アー、アー、エー……』

 

 自らの声を確認するようにアラガミは何度か声を出し、それが終わると首を傾げた。

 

『声枯レタカ?』

 

 なんとも気の抜けた様子である。

 

『ン?』

 

 そして、次にアラガミは自らの身体を眺めていた。

 

 女性体であるアラガミの見た目は、肩を露出した膝丈の黒いドレスを着用し、その胸元には模様が入っておりスカートはバルーン風に膨らんでいる。そして、脚は黒いタイツにスタッズのついたゴツい装飾の靴、二の腕まであるロンググローブを身に着けて妖艶な雰囲気を醸している。

 

 仮に制作者がいるのならば、相当アレなレベルのこだわりであろう。執念すら感じる出来である。

 

『………………』

 

 すると何故かアラガミは自らのふくよかな双丘を鷲掴みにし、暫く感触を確かめるように揉んでいた。

 

 そして、 飽きたのか双丘から手を離し、ポツリと呟いた。

 

『別ニ自分デ揉ンデモ、ソンナニ気持チヨカッタリシナインダナァ……』

 

 何やら目を細めながらアラガミは噛み締めたような、納得したような様子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝起きたら黒髪白肌の鬼っ娘のような美女になっていた。と聞いたら幾人の人間に頭を疑われるだろうか?

 

『デモ事実ナンダヨナァ……』

 

 その辺りに落ちていた鏡で自身の顔を確認すると、鏡には美女が溜め息を吐く様子を見せていた。

 

 まさか、TS転生などという眉唾なモノを自分自身が体験するなんて夢にも思わなかった……いや、嘘。寝てるときに夢で見たことはあったな。軽い悪夢だった。

 

 

『ム……?』

 

 はて? 俺は誰だっただろうか?

 

『ムムム……』

 

 幾ら考えても自らの家族や、職や、どういう男だったかどころか己の名前すら出てこない。それ以外のことはバンバン出てくるが、これは由々しき事態なのではないだろうか?

 

『マア、イイカ』

 

 また、軽い悪夢かも知れないしな。それにわからないことを考えても仕方ないだろう。

 

『ンー!』

 

 俺はとりあえず寝起きにいっぱい伸びをした。うお、これだけで胸が揺れ――。

 

 次の瞬間、板のようなものに手が当たる感触と、背後の天井辺りからメキメキと嫌な音が響いたことで伸びを止めた。

 

 しかし、相変わらず手には板のようなものが当たる感触がある。

 

 どういうことかと思い、とりあえず振り向くと、俺の何倍も大きく、頭が二つで犬と人と機械とエヴァ量産機を合わせたような物凄い物体がいた。

 

『エエ……』

 

 悪夢にしても展開が急である。ついでに俺が見たことがある奇っ怪な悪夢一位であったドラム缶にひたすら追い掛けられ続ける悪夢を大きく引き離して一位に躍り出た。

 

 ハッ! まさか、ここは静岡県(サイレントヒル)だったのかと考えたが、全作品をやっている俺としてはこんな奴がいた記憶がない。

 

『ン?』

 

 俺は再び鏡を覗き込み、それから黒い奴を見る動作を交互に何度か繰り返す。そして、遂に答えに達した。

 

『"戦艦水鬼"ジャナイカ……』

 

 別名スーパーダイソン。艦隊これくしょんというブラウザゲームにおいて、提督達の最大の敵であるダイソンちゃんの上位個体である。あの黒いのはスーパーダイソンの艤装だろう。

 

 と、いうことは――。

 

 なんとなく艤装の方を動かすことを意識してみると、艤装は拳でめり込ませた天井から手を離し、床に手を置いた。

 

『オー』

 

 歓声を上げつつ折角だからじゃんけんをしてみることにした。俺がグーを出すと、艤装もグーを出す。パーを出せばまたパーを出し、チョキを出せばまたまたチョキを出すあいこがひたすら続いた。

 

 何だこれ超面白いぞ。

 

『………………コレ右手ト左手デジャンケンシテルダケジャナイカ?』

 

 なんかそう考えたら急に楽しくなくなった。これではただの可哀想なレベルでアホの娘である。

 

『トリアエズ、外ニ出ルカ……』

 

 俺はそのままのテンションで艤装を引き連れつつお外に出ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『雨カヨ』

 

 どうやら俺こと戦艦水鬼ちゃんの門出はイマイチなようであった。なんか、雲が赤いし、肌に当たる雨も赤い気がするが気のせいだろう。そんなことより色々試したいことがある。

 

『…………』

 

 俺の目の前には海が広がっており、俺は赤い雨を受けながらその眼前に立っていた。雨で周囲はぼんやりとしか見えないし、結構うるさい。

 

『……!』

 

 そして、意を決して海に飛び込む、するとあら不思議。アメンボの如く水面に立っているではないか。うわ、なんだこれ楽しい。

 

 水面に立てたことに浮かれつつ、アニメはやっていない艦これのアニメのように水面を滑れるのかと考え、進むイメージをすると、その瞬間にはスケート選手のようにツイーっと擬音が出そうな様子で水面を水飛沫を上げながら滑っていた。それも結構な速度である。

 

『………………キモイナ』

 

 やはりあのアニメのような何かは色々と考えようがあったのではないかと思ったが、今更考えても仕方がないので他のことを考え、振り返って元いた島を見た。

 

 なんだか半壊したドームと樹っぽいもので覆われたよく分からない島である。見たところ人の出入りなどがあまりされている様子もなく、廃墟の一歩手前のような見た目だな。

 

 うーん、なんか見覚えがあるような気もするが、まあ忘れるようなことなので大したことではあるまい。

 

『丁度イイナ』

 

 俺は艤装の背中に生えている砲門を開いた。撃ってみたかったため、わかりやすい的が欲しかったのである。

 

 俺は島の"固そうな外壁部分"を狙ってみることにした。

 

『トォォ↑オウ↓』

 

 情けない掛け声と共に砲門から凄まじい轟音と光りが響き、少し遅れて外壁に着弾した。

 

 すると外壁で砲弾は爆散し、とてつもない炎と共に巨大な外壁の1枚を木っ端微塵に吹き飛ばしてしまったではないか。

 

『………………ヤベッ』

 

 大気の震えが、ここまで返って来るのもわかった。想像の数段上のバ火力であった。というか、ここまで求めていなかった。

 

『逃ゲヨ』

 

 人なんかが集まってくる前に、俺は向こう岸に見える広い陸地に退散することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだアレは……?」

 

 フェンリル極東支部のゴッドイーターを現地に送り届ける役目を持つ、ヘリコプターのパイロットがそのアラガミを目撃したことは全くもって偶然であった。

 

 偶々、いつもと違う空路を進み、要請によりゴッドイーターの回収に向かっていた途中にそれを見つけた。

 

 そのアラガミはエイジス島の上空に出来た赤乱雲から降り注ぐ雨の中、エイジス島の畔に立っていた。

 

 その姿はかつてエイジス計画を終わらせたアルダノーヴァに酷似していたが、アルダノーヴァよりも黒く、より禍々しい造形をしていた。

 

「新種のアラガミか……!」

 

 新たなアルダノーヴァの出現。それはパイロットに恐怖を与えるには余りに過剰であった。

 

 しかし、パイロットは一刻も早くここを離脱したいという思いを振り払い、少しでも情報を得ようと上空でホバリングを続けていた。

 

「カメラ持っててよかったな……」

 

 パイロットは望遠レンズ付きのカメラでそのアラガミの姿を何枚も撮った。

 

 本来、カメラとは到底一般の人間が手を出せぬ道楽なのだが、近年砲撃タイプのアラガミも多いことから、現地で戦うゴッドイーターの次に危険度が高いために中々の高給取りであったパイロットは給料の数か月分で個人的に購入していたのだ。尤も本人としては、まさか、このような役に立つとは思ってもみなかったようだが。

 

 するとアラガミが動き出す。

 

「水面を移動してる!?」

 

 それもとてつもない速度である。今まで人工的な資源の少なさのためか、海上や海中を棲息地とする大型のアラガミはほとんど存在しなかったため、それは余りに異様な光景であった。

 

 そして、それは同時に通常の方法ではゴッドイーターがあのアラガミを討伐することが非常に困難だということも意味していた。

 

「なんてことだ……すぐに――」

 

 そうしてフェンリル極東支部へと無線を繋げようとした次の瞬間にそれは起こった。

 

「あ……?」

 

 エイジス島の"アラガミ装甲"を用いた巨大な外壁のうち1枚が突如として、爆炎に包まれたのだ。アラガミを見ると背中に付いた砲身から煙が上がっており、ソレが行ったということは明白であった。

 

 そして、爆炎が晴れると――。

 

 

 

 そこには始めからアラガミ装甲壁などなかったかのように一角だけ忽然と姿を消していた。

 

 

 

「え……?」

 

 フェンリル極東支部を囲うアラガミ防壁は、エイジス島のモノより若干劣る程のものであると、パイロットは聞いたことがあった。

 

 しかし寧ろ、それは人類の楽園を創ろうとした計画で使用されたモノとあまり遜色ないという意味で、誇りと安心を感じるほどのことでもあったのだ。

 

 そして、パイロットは正常な思考を取り戻し、あるひとつの結論に達する。

 

 

 

 "あの1体が極東支部に到達するだけでアナグラは丸裸にされる"

 

 

 

「ひ……ひぃぃぃ……!?」

 

 パイロットは恐慌状態になりながら、指令を無視しフェンリル極東支部へと戻ると、見たことを全て報告し、全ての写真を提出した。

 

 その後、写真に写るアラガミの女性体の首に掛かっている金属プレートから極東支部のペイラー・榊はある事実を断定した。

 

 その内容を重く見たフェンリルは、未だゴッドイーターとの交戦がないにも関わらず、形状と能力から危険度と呼称を設定する。

 

 

 

 

 水上移動能力と超弩級の砲撃能力を備えた"第一種接触禁忌種アラガミ"、エイジス島が発生地のアルダノーヴァの亜種――。

 

 

 "ニライカナイ"と。

 

 

 

 

 

 




Q:なんでまた小説をしかもGOD EATERのを投稿したん?
A:GOD EATER3発売記念ですかね。体験版も今日出ますし。作者あのゲームはシステムと設定は大好きなので。え? ストーリー? ははは、ちょっと何言っているかわかりません。ちなみにほんへに主人公はほとんど関わらないのでわりと短めのお話となります。

Q:なんで戦艦水鬼?
A:作者の初見の感想が、アルダノーヴァかよコイツとか思ったことを数年ぶりに思い出したのでそうなりました。

Q:どういうGOD EATERの中の経緯で戦艦水鬼は生まれた設定なん?
A:元々その姿で単純にアルダノーヴァ・プロトタイプⅣ号機を担当した研究員が変態だったか、半年ぐらい掛けてオラクル細胞が徐々に変化していってあんな見た目になったかとか適当に考えてください。ぶっちゃけ結果が存在すればどちらでもというか、なんでもいいです(オイ)




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ぅゎょぅι゛ょっょぃ

どうもちゅーに菌or病魔です。

なんだが筆がノリノリなので投稿です。後、思ったより長くなりそうなので連載に切り替えました。それではお楽しみください。







 

 

 水上スキーみたいなシュールな絵面で戦艦水鬼な俺が陸地に着いて暫く探索すると、とんでもないことがわかった。

 

 どうやらこの世界の人類はかなり滅んでいるらしく、海岸沿いどころか内陸部もボロッボロである。

 

 これがブラ鎮の末路か……と思っていると目の前をノシノシ通り過ぎて行った奴を見て、反射的にポツリと呟いてしまった言葉で全てを察した。

 

『ナンダ、"オウガテイル"カ……』

 

 言ってからその言葉の重要性に気付き、確信した。この世界はGOD EATERの世界だったようである。

 

 とりあえず、目の前を横切ったオウガテイルを引っ張ってきてペシペシと軽く叩きながら全身をくまなく見させて貰ってからリリースした。街へお帰り。

 

『ジャア、マサカ……』

 

 足元の小石を拾って見つめる。

 

 現時点で食欲が湧いたりはしないが、一応確認のために口に含んでみることにした。

 

『………………』

 

 不味い。はっきり言って口に入れたことをちょっと後悔するぐらいである。しかし――。

 

『喰エル……』

 

 食べれるか食べれないかで言えば、食べれる方であった。しかし、はっきり言って小石は不味い。アスパラガスの食べれないところみたいな味がする。

 どうやら俺は戦艦水鬼な見た目をしたアラガミだったようである。

 

 食物への感謝を忘れない精神で呑み込んだが、そういえば無機物だったことを思い出し、やるせない気分になりつつ今後の生活のプランを考えていた。

 

 はっきり言ってアラガミの生活なんかどうにでもなる、人類滅ぼしかけるレベルの万能生物だぞ。はい終了。

 

 それよりGOD EATERと言えば今のところフェンリル極東支部と、移動要塞みたいなフライヤなのでやはり極東に向かわねばならぬかもしれない。

 

『待テヨ』

 

 俺は来た海上に浮かぶ、俺が目覚めた島を眺めた。あー、既視感の正体はこれか。どうやら俺はエイジス島で目を覚ましたらしい。

 

『ヤッパリ、アラガミ動物園ジャナイカ』

 

 作中唯一のフライヤ支部長の名台詞を呟きつつ、ならばエイジス島の50キロメートル圏内にフェンリル極東支部があるんだな。だったら何も焦ることないか。

 いや、アラガミスレイヤーのGOD EATER無印主人公に見つかったらヤバイかも知れないなぁ。

 

 とりあえず目新しいモノか、ゲームで見知ったモノを求め、艤装を引き連れながら散策することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩きながら地面に落ちてる無機物をモシャモシャしていると、あることに気づいた。

 

 例えばここで自然の砂利道で拾った小石と、コンクリートから拾った小石の二つがある。

 

 いったいこのどちらが美味しいと思うだろうか?

 

 正解はコンクリートである。砂利道の小石なんてエグみが強くて食えたものではない。

 

『塩気ガ無クテ湿気タ、ポップコーンミタイナ味ガスル』

 

 まあ、コンクリートの方もあくまで砂利道の小石よりマシというだけでそこまで美味しくもないのだがな。

 

 そんな感想を胸に、拾い食いをしながらテクテク歩いているとある場所に辿り着いた。

 

『オ?』

 

 そこは広大な庭園を中心に、植物園や図書館跡地が立ち並ぶ廃墟及び都市公園跡地である。

 

 そして、隣接する水辺には横倒しとなった建造物が埋没しており、アラガミの襲撃の甚大さがわかるというもの。

 

 その場所の名は"黎明の亡都"であった。

 

『懐カシイナア……』

 

 GOD EATERのゲームでは無茶苦茶見た景色である。今はゴッドイーターの初期配置から一番近いアイテムが落ちている場所辺りでマップを見つめていた。

 ちなみに俺が小さい頃は黎明という漢字なんて読めなかったので、適当に呼んでいた思い出があるなあ。ちなみに"れいめい"と読み、明け方や夜明け、黎明期だとある事柄が始まろうとしているという意味である。

 

 要は人間の文明が終わりを告げたことが刻まれた街、もしくはゲーム的に言えばゴッドイーターを始めてすぐに目にするエリアである。

 

 まあ、人間にとってはそういう認識であるが、俺にとっての一番の目玉といってはなんといっても、各施設が一斉に放棄されたためか図書館の書籍の大部分は当時のまま残されているということだろう。読み放題、取り放題である。

 

『ン?』

 

 それを楽しみに動こうとすると足元でキラリと光るモノを見つけたため、しゃがんで手を伸ばした。そういえばゲームではアイテム回収をしていたからな。

 

 "マグネシウム"

 

 無印ではスタングレネードを作るのに死ぬほど必要なマグネシウムちゃんであった。

 

『…………エ?』

 

 ただの鉱物、されど鉱物。しかし、俺の中ではある感情が沸き上がっていた。

 

 それは"美味しそう"という感覚である。無論、マグネシウムなど人間の頃は口にしたことなどあるわけもない。

 

『ムグ――』

 

 俺は感情のままマグネシウムを食べ――。

 

『――ァァ……アア!』

 

 あまりの美味しさに肩を抱き寄せて震えた。

 

 パチパチと弾けるような食感を持ちながら、濃厚で油の乗った魚のような味わい。旬のホッケを遥かに美味しくしたような味だろうか。

 

 なんだこれは、なんなんだこれは……この世にこんなに美味しいものがあったのかと感じる程である。

 

 落ちていたマグネシウムでこれならば100%純粋な鉱物や、もっと上位の素材、ましてや仮にゴッドイーターの神機なんて食べてしまったらいったいどんな味が――。

 

『ァ……』

 

 そこまで考えて頭が冷えた。

 

 ああ、そうか……アラガミはアラガミの意識以外に、こうして特定のモノを食べ続けるアラガミがいるのか……。

 

 きっとこの食欲の赴くままに行動すれば、俺は完全にただのアラガミになり、人間すら食べ物としか思えなくなってしまうのではないかという恐怖を覚えた。流石に心までは人間を止めたくはない……。

 

 しかし――。

 

『アイテム回収ハシテオコウ……』

 

 味を知ってしまった以上、今更止めることも出来ない気がするので、ちょっとだけはこの食欲を満たさないと精神衛生上よろしくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黎明の亡都を散策し、目ぼしい本を見つけたら貰いながら色々と考えていた。

 

 アラガミの食欲のことは一旦忘れつつ、まずは今の時系列についてである。途中で見つけたパイプ椅子に座りつつ、目を瞑りながら考えた。

 

『ムー……』

 

 少なくとも、エイジス島が崩壊しているためにGOD EATER無印の後であるということ。赤い雨がまだ降っているGOD EATER 2の本編クリア前だということはわかるが、それだけでは3~4年程期間があるため、あまり参考にはならない。

 

 ……ああ、フライヤが極東支部にある様子がないので、GOD EATER 2の本編に入ってすらいないのかも知れないな。とすると空白の3年間のどこかであろう。しかし、まだ長いな。

 

 当然ながらここに置いてある本は文明崩壊前のもののため、その辺りの参考になるものがあるわけもない。やはり何か参考になる絶対的なものが必要だろう。未だに電波があるか知らないが、電波時計とかが落ちてればベストなのだが、そう都合よく行くわけもない。

 

『ムムム……』

 

 弱ったな……時間がわからなければプラン立てどころではない。折角GOD EATERの世界なのだから"色々"とやりたいことは思い付くが、特にやりたいことに時系列の把握が必要不可欠なんだ。

 

『ン……?』

 

 ふと、気配を感じて瞳を開く。するといつの間にか俺の目の前に、人間の頃にはそれなりに見慣れた存在がいた。

 

「…………(じー)」

 

 小さな女の子である。年齢は10歳程だろうか。しかし、顔に土を付け、ボロ布のような服を纏っており、よくテレビなどで見たスラム街の生活としてピックアップされそうな装いをしている。

 

『…………コンニチハ?』

 

「…………ゥッ!?」

 

 話し掛けると幼女はビックリした様子でたじろぎ、身構えた後に俺から一目散に走って逃げた。

 

 いや、何もそこまで……あ、俺今アラガミだったわ……っていうか足はやっ!?

 

 幼女はリンクサポートで移動速度を複数掛けしたような凄まじい速度で俺から離れる。いっそキモい程の足の回転数である。

 

『ハァ……』

 

 しかし、この戦艦水鬼風アラガミちゃんを舐めないでいただきたい。

 

 俺は艤装を一旦ここに置いておき、地面を蹴って走り出した。すぐに幼女のトップスピードを越え、幼女の隣に辿り着いて並走する。そして、幼女を止めようと手を伸ばした――。

 

「ッァ!」

 

『ウオ、眩シ!?』

 

 服のポケットから取り出したスタングレネードで俺は怯まされ、少し目をやられた。しかし、アラガミボディのためか耳は無事なので、並走している足は止めず、足音から幼女の位置を割り出して脇に手を入れて抱え上げた。

 

『ホラ、捕マエタ』

 

「ァ……ァ……」

 

 足を止め、両脇を抱えられてぷらーんと宙吊りな幼女は目を白黒させ、口をパクパクさせながら俺を見ていた。そうして次第に目に涙を浮かべ、幼女の口からたどたどしい口調で、ある単語を辛うじて聞き取れる。

 

「パァ……パ…………」

 

 参ったな……これでは完全に悪役である。まあ、悪役どころか人類の宿敵なのだがな。仕方がない、この身体の見てくれを存分に発揮して解決するとしよう。

 

『ホラ』

 

「……!?」 

 

 俺の後ろから艤装がパイプ椅子を持って追ってきており、艤装からパイプ椅子を受け取り座ると、幼女を正面から抱き寄せながら頭を撫でて、背中をさすった。丁度母親が子をあやすような仕草である。

 

『私ハ怖クナイヨ?』

 

 そう問い掛け、笑顔を作る。暫くそうしていると幼女は徐々に警戒を解いていき、目を丸くし始めたので優しく地面に下ろす。

 

 そして、しゃがんで目線を幼女に合わせてから更に問い掛けた。

 

『少シオ姉サントオ話デキル?』

 

 すると幼女は小さく頷いた。ならばと声を掛けようとしたが、幼女は俺の手を引いて来た。どうやら何処かに連れて行きたいらしい。

 

 俺は笑顔のままそれに従うことにして、幼女に付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼女に案内されたところは廃ビルと廃ビルの隙間を通ってしか行けない空間にある物置小屋のような小さな建物であった。

 

 小屋の外に置いてあるバケツや赤いポリタンクに入った水など既に生活感に溢れており、幼女がここで暮らしていたということがわかる。

 

 始めはフェンリル極東支部の外部居住区の迷子かと考えたが、どうやらそういうわけでもないらしい。

 

「ぉ……ねぇ――ちゃ……?」

 

 幼女は吃り、ところどころ聞き取れない単語で外を見ていた俺を呼んだ。自然に気の毒なものを見るような顔になってしまったせいか、不安に感じたのだろう。ちなみに艤装は廃ビルの前に置いてきた。

 

『大丈夫ヨ。ソレヨリ家族ノ方ハイル?』

 

 俺が一縷の望みを掛けて、そう問い掛けると幼女は嬉しそうな顔になり、俺を小屋の中に招き入れた。

 

 入るとすぐに俺はあるものに目を奪われた。それは毛布と布団の頭の方に置かれ、時を刻んでいる目覚まし時計型の電波時計である。

 

 これで時系列が確認できると考えながらそれを眺めると、時は2071年、日付は7月の初頭であった。

 

『ヨカッタ……間ニ合ウ』

 

 俺がこの世界で可能なら一番したかったことは、GOD EATER 2で一番好きなキャラであった三枚目の"真壁ハルオミ"さんのあのキャラクターエピソードを実際に見ること。

 

 そして、可能なら嫁の"ケイト"さんを助けることなのである。時系列的にもまだ彼女が死ぬタイミングではないだろう。

 

 特殊部隊ブラッドのアレは何故かご都合主義も甚だしい展開で生き返るクセに、ケイトさんの掘り下げはするというGOD EATER 2(あのゲーム)のシナリオは……いや、止めよう……俺はGOD EATERシリーズの設定とシステムは大好きなんだ。シリアス風の展開にイチイチ出てくるおでんパンが癪に触ったりもしたが、それでも大好きなんだ。創作物を書くときには、話の統合性を取るためにネタとシリアスの棲み分けはしなければならないということだけは肝に命じておくといい。

 

 目眩がしてきそうになった事と、幼女の事を思い出したので、小屋の中を見渡すと幼女は部屋の隅に立て掛けられた"ソレ"の側に立っていた。

 

『"ペイジ"カ』

 

 ソレとはゴッドイーターのショートであり、ボルグ・カムランの素材で作成可能なペイジであった。これの派生系はメテオのお供としてチートと言われていた武器でもある。

 

 要はゴッドイーターの神機であり、銃身が見当たらないところからすると、第一世代型の神機だろう。

 

 そして、幼女は相変わらず嬉しそうな様子で、神機を指差して口を開いた。

 

「"パパァ………!"」

 

『………………』

 

 彼女は恐らくゴッドイーター孤児というものなのだろう。どうしてこんなところでひとりで暮らしているのかはわからないが、声は失語症などではなく、相当な期間を一人で生きており、口を開かなかったため、声を出せなかったのだろうと推測する。

 

 どうやら俺はかなり闇の深い娘と関係を持ってしまったようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ……ん……」

 

 その日の夜、一緒の布団に潜り、俺はこの娘――アヤメを寝かしつけていた。アヤメは俺に抱き着いて安心した様子で寝息を立てている。

 

 アヤメと言えば属名ではアイリスという花。花言葉はメッセージ、よい便り、信頼、友情、知恵、そして希望などを持つ。娘の事を想って付けられた優しい名なのだろう。

 

 一度関係を持ってしまった以上、このまま放っておくことなんて出来はしない。ゴッドイーター孤児なのに保護を受けず、こうして一人で外の世界で暮らしているのには何か事情もあるのだろう。その辺りは追々聞いていけばいいか。

 

『サテ……』

 

 寝たのを確認してから図書館から拝借した世界地図を開く。戦艦水鬼が夜戦出来るからか、アラガミだからかは不明だが、夜でも目が利くようで真っ暗でも読めるのである。

 

 真壁ハルオミ、ケイト、ギルの3名はグラスゴー支部にいた時に襲われたとのことなのだが、グラスゴーとはいったいどこなのかそういえば調べていなかったからだ。

 

 まあ、話の流れ的にあの感じではそんなに遠くではないと思いどこにあるのか探し、場所の見当を付けたところグラスゴーは――。

 

 

 

"イギリスのスコットランド南西部の都市"に存在していた。

 

 

 

本気(マジ)カヨ……』

 

 どうやら俺はそこを目指して極東を旅立たねばならぬらしい。

 

 小さな夢の実現が物理的に余りに遠かったことから、俺は大きな溜め息を吐きつつ、アヤメちゃんを撫でて癒されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 アヤメちゃんはケイトさんを救う上で橋渡しになりそうなので当時させたオリキャラでこざいます。





 え? GOD EATER 3の体験版の感想?

 いや、面白いと言えば面白いんですけど、なんと言いますか、こう私の知っているGOD EATERではないというかなんというか……この感覚を他のゲームで例えるなら……。

・DIRGE of CERBERUS -FINAL FANTASY VII-
・ARMORED CORE Ⅴ(Ⅳ系から入った場合)
・PHANTASY STAR NOVA
 らをした直後のような感覚でしょうかね……。

 システム的にはSOUL SACRIFICEの敵とMAPをDevil May Cryの主人公で倒すみたいな感じですかねぇ……なんかこう……これじゃないような……うん、まあ、一個人の感想なので真に受けないでください。GOD EATER 3とナンバリングされてさえいなければ普通に私も楽しめたと思います、ええ……。


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ダブルダイソン

どうもちゅーに菌or病魔です。


 

 

 戦艦水鬼にしか見えないアラガミちゃんの生活十数日目。

 

 現在、俺は極東支部周辺を離れ、小笠原諸島を抜けつつ太平洋に出てから、フィリピン、インドネシアと抜けていき、インド洋に入り、アラビア海と紅海を越えるついでにエジプトで当たり前のようにまだ残っていたピラミッドを眺め、現在は地中海の海上を航行していた。

 

 ここまで一切補給も何も無しに行けたのは深海棲艦とアラガミクオリティの成せる技と言えるだろう。こんなん人類ぶっ潰れるわな。

 

 たまに沿岸部を過ぎ去るときに、他支部のゴッドイーターがOアンプルしゃぶりながらスナイパーなどで砲撃をしてくることもあったが、その度に隣の岩盤とか、近くの岩山に威嚇砲撃をして粉砕してやると撤退していた。まあ、あんなん当たりたくないな。

 

 ちなみに深海棲艦なためなのか、自分が今どちらの方角を向いているか常に理解できたり、目測で対象とのおよその距離を割り出したりと、海で使えそうな船の技能というか設備のようなものが、なんとなく出来るという感覚で可能なため、全くここまで来ることには困らなかったな。深海棲艦様々である。

 

 それからアヤメちゃんはというと――。

 

『辺リニ何モイナイカラ休憩ニシマショウカ。出テイイワヨ』

 

 そういうと俺の艤装の背中に何故か付いているハッチが開く。

 

「"フォウ"姉ちゃん!」

 

 中から笑顔の幼女ことアヤメちゃんが現れ、ひょいひょいと艤装を移動すると俺の胸に飛び込んできたので受け止めた。 流石は生まれついてのゴッドイーターの卵である。

 

 ちなみにアヤメちゃんの服はその辺りから素材をかき集めてもう少しマシなものを何着か作って着せた。やはり裁縫スキルは持っておいて損はないな。

 

 また、アヤメちゃんの声は数日話しているとこのように戻ったようである。元気になったようで何よりだな。

 

『ハイハイ、危ナイカラ艤装ニ乗ッテテネ』

 

「はーい!」

 

 そうは言うが、全く腕の中から離れる気配がない。まあ、今更なのでそのまま海上で休んでいる。子供からしたら俺は背がモデルの女性程度には高いので面白いのかも知れないな。だいたい175cmぐらいはあると思われる。

 

 ちなみに俺なのだが、どうやらアルダノーヴァ系のアラガミのようである。

 

 というのも単純に艤装――だと考えていた男性体部分にハッチが付いており、中に操縦席があること。目を覚ました場所がエイジス島の研究室。それと首に付いたⅣと製造番号が刻まれたネームプレート。

 

 これだけ色々と判断材料があり、違うと思う方が難しいだろう。

 

 それと、アヤメちゃんに呼ばれているフォウという名はネームプレートの数字をそのまま名前にしたからである。まあ、ゴッドイーターたちの識別名なんて知らないし、単純に戦艦水鬼では味気ないので仕方なかろう。

 

 "瑞木(みずき)フォウ"。それが即興で拵えたアヤメちゃんにとっての俺という存在の名である。我ながら捻りもなにもないな。

 

 暫くしてから休憩を止めて進むことにしたため、アヤメちゃんに戻るように促すと、ちょっと名残惜しそうに俺の腕から離れて男性体によじ登り、背中のハッチを開けて中に入っていった。

 

 シックザール支部長もまさか、アルダノーヴァの搭乗席が幼子の避難場所になっているなどとは思いもしなかっただろう。GOD EATER無印後のソーマくんが聞いたら爆笑するかもしれないな。

 

『ンー……』

 

 そういえばアヤメちゃんの食べ物が少し減ってきたということを思い出す。この世界では想像以上に人間の食糧が貴重なので補給する方法は限られるんだよな。

 

『ソロソロ増ヤシテオコウカシラ?』

 

 思い立ったら吉日。俺はアヤメちゃんに伝えてからここに男性体を停泊させておき、陸地に向かうことにした。

 

 後、もうひとつ気づいたことがあるのだが――。

 

 

 

 どうやら俺は"感応種"らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルダノーヴァの亜種にして、第一種接触禁忌種 、"ニライカナイ"。

 

 現在、世界中のフェンリル支部で持ちきりとなっているアラガミである。

 

 何せ、ニライカナイは現在、理由は不明だが、極東を離れ、地中海を航行している。つまり、ニライカナイに行くことの出来ない人間が住まう場所は存在しないということを意味していた。

 

 フェンリルが保有する大型水上挺より遥かに速い水上移動能力と、エイジス島のアラガミ装甲を粉砕する超弩級の砲撃能力。

 

 その二つにより事実上、エイジス計画のアーコロジー思想を完全に崩壊させ、机上の空論に戻した存在と言っても過言ではない。悪夢のような危険性を持つアラガミなのだ。エイジス島から発生したアルダノーヴァの亜種に止めを刺されるとはなんとも皮肉なものだ。

 

 不幸中の幸いといえることは、今のところニライカナイと交戦したゴッドイーターで殉職者はひとりも出ていないことだろう。まあ、沿岸部からニライカナイを攻撃し、反撃されて逃げ帰るばかりで、実際に陸地にいるニライカナイと戦闘をしたゴッドイーターはほとんど存在しないのだが。

 

 故に自然な流れだろう。陸地にいるニライカナイに挑もうなどという支部が現れたのは。

 

 ニライカナイの二つの能力はあくまでも海上で距離を取っている状態でこそ真価を発揮する。ならば陸地で殺し切ってしまえばいい。今のところの情報ではそれが最善だと考えられたのだ。

 

 ニライカナイは確かに悪魔のようなアラガミであるが、エイジス島のアラガミ装甲を一撃で破壊するような存在のコアを入手出来ればその価値は計り知れないだろう。様々な思惑はあるであろうが、最終的に人類のためにと帰結され、それは行われた。

 

 

 

 作戦名:大海の一滴

 

 

 

 アフリカ、ヨーロッパ、中東から集められた第一種接触禁忌種か、第二種接触禁忌種との戦闘経験のある指折りのゴッドイーター総勢30名の第二世代神機を動員した一大作戦である。

 

 作戦は実にシンプル。30名のゴッドイーターをニライカナイが頻繁に停泊するヨーロッパ側の沿岸部で、大まかな位置をレーダーで確認しながらヘリコプターで追い、陸地に入り、遮蔽物のある場所に移動した瞬間に奇襲を掛けるというものである。

 

 まあ、はっきり言って作戦と言えるか怪しい作戦だが、ニライカナイは海戦ではまず勝ち目がなく、主戦場が海上のため、この作戦もやむ無しといったところだろう。また、アラガミ故に必ず、陸地の資源を捕食しに来ることを勘定に入れていると考えれば、そう悪い作戦でもない。

 

 

 

 そして、好機はすぐに訪れた。

 

 

 

 理由は不明だが、ニライカナイが男性体を海上に停泊させたまま、女性体のみで港町の廃村に入ったのである。これほどの好条件は他にないであろう。

 

 ゴッドイーターらが投入され、港町を包囲するように展開された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『~♪』

 

 ニライカナイはそんなことは露知らずな様子で、鼻歌のような音を出しながら、辺りの建物に入るなどを繰り返して何かを探しているように見えた。

 

 こちらからしたらニライカナイへの心境とは裏腹に気楽な様子のニライカナイにゴッドイーターらは眉を顰める。

 

 しかし、男性体を抜きにしたニライカナイは、肌が雪のように白く、左の額に角が生えただけの人間に見えるため、ニライカナイを見たゴッドイーターの数人が少しだけ攻撃を躊躇うような素振りをしていたが、神機は向けられているため、作戦に支障はなかった。

 

 そして、ニライカナイが港町の丁度中央に来た時――。

 

 

 

《皆さん、本部からの指令が下りました。作戦行動を開始してください》

 

 

 

 オペレーターの指示を受けたゴッドイーターにより、全方位から一斉に様々なバレットが降り注いだ。

 

 破砕と貫通及び炎・氷・雷・神の属性による過剰なまでのバレットの雨。そして、ブラストのロケット弾とモルター弾の爆炎により、ニライカナイは一時的に見えなくなる。

 

 流石にこれで仕留められたとは作戦に参加したゴッドイーターは誰も考えなかったが、爆炎が晴れると、ゴッドイーターらは驚愕に顔を歪めた。

 

 

 

『アラアラ、痛イジャナイノ』

 

 

 

 まるで効いていなかったからだ。ニライカナイが身に纏う黒く薄いドレスのようなものにすら綻びひとつ確認出来ない。そして、何よりも言葉を発していることがゴッドイーターらを困惑させた。

 

 笑い声のようなものを上げるアラガミは存在したが、明確に言語を用いるアラガミに遭遇したゴッドイーターなどいるわけもなかったのである。

 

 

 

『デモ手間ガ省ケタワ』

 

 

 

 ニライカナイが手をかざすと赤黒いオーラのような球体が掌に出現し、それが小さく破裂した次の瞬間――。

 

《きょ、強力な偏食場パルスが確認されました!? ニライカナイは"感応種"です!》

 

 オペレーターの叫ぶような声にゴッドイーターらは、自らの神機を確認すると機能を停止しており、ただの鉄の塊と化していた。

 

 ゴッドイーターらが唖然とする中、ニライカナイの両隣の地面に変化が起きる。両隣に2体のアラガミが形成されたのだ。

 

 それはニライカナイとよく似たデザインのアラガミであり、女性体部分はニライカナイと同様に瞳は真紅。そして、額には鬼のように一対の角が生えており、非常に長い黒髪と肩紐を首の後ろで縛ったネグリジェのような黒いワンピースを身に着けている。男性体部分は猛獣さながらであり、ニライカナイの男性体と比べて頭がひとつなことが大きな違いであった。

 

 ただ、そんなことは些細なことであり、その場にいるゴッドイーターらにとっては、万全のニライカナイが2体追加されたようにしか見ることも、思うことも叶わず、現実を捉え切れずに放心しているゴッドイーターも見受けられた。

 

《に、ニライカナイ……アラガミを形成しました! それにこれは……さ、更に周囲のクアドリガがここを目指して集結して来ています!?》

 

 最早悲鳴のようなオペレーターの声にゴッドイーターらは絶望的な状況を認識する。

 

《本部から通達! 作戦は即刻中止! 総員退避してください!》

 

 オペレーターはそう言ったが、現場のゴッドイーターらはニライカナイに向き合ったまま、到底動ける状況ではなかった。何せ、あの砲門は一撃で何もかもを灰塵に還す破壊力を秘めている。それに背を向ける方が正気ではないだろう。

 

 ニライカナイは口から舌先を出して下唇をなめると、片手で己の頬を撫でながら嘲笑とも思える笑みを浮かべた。その全ての動作が妖艶である。

 

 

 

《ジャア、鬼ゴッコヲ始メマショウ? 私ガ鬼ヨ?》

 

 

 

 ゴッドイーターらはどちらが狩られる側にいるのか理解した。そして、言葉は発すれど決して話が通じる相手ではないということも。

 

 それを聞いた一人のゴッドイーターが恐怖に耐えきれず、逃げ出したことを皮切りに、ゴッドイーターらは蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げる。

 

 ニライカナイと取り巻きのアラガミの女性体はそれをある程度見届けてから、ゆっくりと一歩を踏み出し、到底人間には不可能な瞬発力で地面を蹴り、ゴッドイーターらを追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 半刻後、ゴッドイーターらはどうにか全員が撤退に成功しており、殉職者がいないという奇跡的な結果となっていた。ニライカナイと取り巻きのアラガミに掴まれ、投げ捨てられたために軽傷を負うようなことがあったがその程度である。

 

 その事に安堵しつつ生を噛み締めていたゴッドイーターたちは持ち込んでいたOアンプルが全て消えていたことに気がついた。

 

 どうやらニライカナイはオラクル細胞を直接摂取するOアンプルに興味を示し、あの悪夢そのものであった敗走の中で所持品から奪い去っていたようである。それは今後、ニライカナイを引き寄せる上で使える情報になるかもしれないため、安いものだろう。

 

 今回の作戦を通して最大の功績はニライカナイの能力を引き出し、生態の調査に成功したことだろう。彼らの決死の功績からニライカナイ、そして新たに出現して名付けられた"オボツカグラ"のデータが完成した。

 

 

 

ニライカナイ

 アルダノーヴァ神属感応種とでも言うべき、第一種接触禁忌種アラガミ。

 筋骨隆々の四肢をもつ双頭の魔獣のような男性体を従えた、黒いドレスの妖しい美女という容姿をしている。

 アラガミ感応種の能力としては、ニライカナイと酷似したオボツカグラを発生させる能力と周辺の機械系アラガミを支配下に置く能力を持つ。また、男性体はクアドリガのように兵器の砲身を持ち、超遠距離からのビルを一撃で粉砕するほどの超弩級砲撃に注意すること。また、とてつもなく頑丈な身体を持ち、並の攻撃では傷ひとつ負わない。

 第一種接触禁忌種に認定されているが、実際はそれ以上の何かであり、現在指定の新規作成及び格上げを本部に申請中。

攻撃属性:[火][神]

弱点属性:なし

 

オボツカグラ

 ニライカナイの感応能力により、オラクル細胞を瞬時に集束させ、1度に複数体が形成される第一種接触禁忌種アラガミ。性能はニライカナイほどではないが、それでも第一種接触禁忌種に認定されるところから推して図るべし。

 ニライカナイの能力により生成される不完全なコアで身体を保っているため、機能を停止すると瞬時に霧散してしまうが、逆に言えばニライカナイが存在する限り無尽蔵に沸く。そのため、ニライカナイと交戦する場合、無視して戦闘することが推奨される。

攻撃属性:[火][神]

弱点属性:なし

 

 

 

 

 

 余談だが、ゴッドイーター各員が持ち込んでいたレーションと水筒も何故か全て姿を消していたらしい。しかし、そのことを特に疑問に思わなかったゴッドイーターが多かったこと、全員が全員レーションや水筒を持ち込んでいたわけではなかったため、報告が疎らであり、関連性は無いとされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アヤメ、アーン』

 

「あーん」

 

 真実は全て暁の水平線上の彼方である。

 

 

 

 




ニライカナイ
戦艦水鬼。スーパーダイソン。

オボツカグラ
戦艦棲姫。ダイソン。



ちなみに瑞木さんが感応種なのはちょっと理由がありますので、そのうちに、いやすぐに作中でわかると思います。



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トリプルトリポカ(グラスゴー)

 こんなに評価やお気に入りして……やっぱ皆好きなんですねぇ(ゴッドイーター)。

 私も(主にGE2及びRBの)ストーリー以外は大好きですよ。

 ちなみに先に言っておきますが、私ギルくんのことGE2の中では男キャラでハルオミさんの次ぐらい普通に好きなので他意も悪意もありませんので悪しからず。


 

 

 直線距離で9000kmと少し。海路でどれぐらいかはよく分からないが何倍かの距離にあるグレートブリテン島のグラスゴー周辺に俺とアヤメちゃんは居た。

 

『中身ヨリ、ガラス瓶ガ旨イナア』

 

 朝食にOアンプルをボリボリ噛み砕きながらそんなことを呟いた。ガラス瓶は厚いミートパイ生地みたいな味がするのだが、中身は薄いチキンスープのような味である。不味いというか皮しか旨味のない大福でも食べているような気分だな。

 

 ちなみにアヤメちゃんは朝早いので、まだ男性体の中で寝ている。今更ながら俺からすると自分の身体の中に誰かが物理的に入っているというとんでもない感覚を味わっているのだが、もう慣れたものである。

 

 ここがイギリスであり、ボルグ・カムラン発生の地である。カムラン先生……ペイジには本当にお世話になりました……。

 

 聖地巡礼の話は一旦置いておき、ここに来た目的はケイトさんを助ける為である。最悪、赤いカリギュラを俺がブチ殺して終わりにしようと考えていたが、俺が感応種という嬉しい誤算があったので極力原作に沿いたいところなのだ。

 

 理由としては、あのGOD EATER 2のクソシナ――おほんシナリオに矛盾が生じない程度にするように注意しなければならないな。バタフライエフェクトでラケルてんてーの晩餐が実現しちまったら敵わん。

 

『何ヲ目印ニスルカナ』

 

 フェンリルのマークがあるグラスゴー支部らしきものは確認できたが、それだけだとやはり弱い。赤いカリギュラ(ルフス・カリギュラ)との戦闘イベントを確実に見るには、やはり目印になるものが必要だろう。

 

 まあ、確かグラスゴー支部はゴッドイーターがケイト、ハルオミ、ギルの3人で回しているという稼働率何%だよと言いたくなる状態だったハズである。なので出て来たゴッドイーターがいればその3人の誰かなのだが、流石にヘリコプターなどで移動しているゴッドイーターを陸上で追える自信はない。

 

 だったら場所に目印を付けたいところだが、流石にそこまでは覚えていない。

 

 となると――。

 

『カリギュラ探スカ』

 

 赤いカリギュラを探すことが一番手っ取り早いであろうと思い立ったので行動に移すことにした。

 

『出テオイデ』

 

 俺が手に集めたオラクル細胞を地面に落とすと、そこからにょきりと戦艦棲姫ことダイソンが一体生える。正確には赤黒いリンクバーストみたいな光が捻れたと思ったらいつの間にか出現しているが、結果は同じなのでどちらの表現でもいいだろう。

 

 しかし、ダイソンちゃんには俺と違って意思がないのか、目に光がなく、人形のように大人しい。まあ、俺からするとチョウワンと変わらないポジションなので仕方ないか。いや、寧ろ意志があった方が後で壊す時に尾を引きそうなのでこれでいいかもしれないな。

 

 ついでにグラスゴー周辺にも計3体クアドリガがいるようなのでソイツらにも協力してもらうか。やっぱりフェンリル極東支部(アラガミの動物園)に比べると全然少ないなあ……テスカトリポカは言わずもがな、クアドリガ堕天すらいないし。

 

 俺の感応種としての能力はこのようにダイソンちゃんを形成することと、機械系アラガミの支配種であることのようである。まあ、機械系アラガミがほぼいないので必然的にクアドリガの王みたいな状態である。沢山呼んでマップを埋めよう!

 

『速イナ』

 

 俺から一番近くに居たクアドリガがガシャガシャウィンウィンと機械音を立てながら走ってくると、俺の目の前で止まり、こちらを見据えて指示を待っているように見えた。

 

 やっぱりクアドリガってちょっと可愛いよなあ……こうずんぐりむっくりしてるクセに動きが機敏というか、しゃかしゃかしててなんかこう和む。伊達に俺がゴッドイーターで一番好きなアラガミではないな。

 

『ンー……』

 

 そういえばふと疑問に思ったのでダイソンちゃんを眺めてから、ダイソンちゃんを作るときに収束させたオラクル細胞の塊をもうひとつ手に生み出してみた。

 

 そして、目の前のクアドリガを見つめてふと思う。

 

 これ……クアドリガにやったらどうなるんだろうな?

 

 残り2体のクアドリガが来るまでの暇潰しに、遊び半分でクアドリガに与えてみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、全身が赤い奇妙なカリギュラと、二人のゴッドイーターが対峙している。

 

 正確には片方の女性ゴッドイーターは既に深手を負っており、戦闘ができる様子ではない。更に女性の神機は赤いカリギュラの肩に突き刺さっていた。

 

「くそッ……ケイトさん!」

 

 まだ、戦闘が可能な神機使い――ギルバート・マクレインは自身の上官であるケイト・ロウリーの安否を確認する間もなく、赤いカリギュラと対峙していた。

 

「うおぉぉぉ!」

 

 ギルバートは赤いカリギュラにスピアで突撃を仕掛ける。しかし、赤いカリギュラはその巨体からは想像出来ない程の身のこなしでそれを回避した。

 

 避けられたことに驚き、呟こうとしたギルバートであったが、それ以上の事態に目を見開く。

 

「な……!?」

 

 赤いカリギュラは反転し、退()()()()()()ギルバートへと飛び掛かったのだ。

 

 空を舞う赤い巨体と、眼前に迫るブレード状の腕。

 

 既に明らかに回避が間に合う状況ではなく、ギルバートの脳裏には自身が慕う上官にして仲間である夫妻の姿が浮かんだ。

 

「ケイトさん……ハルオミさんッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その直後、赤いカリギュラの顔面にトマホークミサイルが突き刺さった。

 

『――!?』

 

 空中にいた赤いカリギュラは、驚いたように絞り出されたか細い声を上げ、爆風によって派手にきりもみ回転をしながら吹っ飛ばされ、近くの岩山に衝突した。

 

 異様な事態に唖然とするギルバート。赤いカリギュラを見れば直撃を受けたために岩山で身を投げ出すようにダウンをしていた。

 

 そして、トマホークミサイルが飛んできた方向を見ると――。

 

 

 

"横一列に3体のテスカトリポカが並んでいた"

 

 

 

「なん……だと……?」

 

 緑の全面装甲に巨大なキャタピラ。金の骸骨のような頭部に円盤が乗った姿は紛れもなく、クアドリガの上位種。テスカトリポカであった。

 

 ひとつの街を一瞬にして廃墟にしてしまう程の火力を秘めたアラガミが3体。極東支部ですら中々お目にかかれない光景だ。

 

『――――――!』

 

 そんな中、ダウンしていた赤いカリギュラが立ち上がり、テスカトリポカ達を見据えて咆哮をした。心なしかその顔には怒りが浮かんでいるように見える。

 

 

 

『少シ黙リナサイナ』

 

 

 

 するとギルバートの耳に機械音と合わさったような女性の声が聞こえ、更にその直後、赤いカリギュラの頭上に3つの黒い輪のようなものが出現し、その中から大量のトマホークミサイルが降り注ぎ、赤いカリギュラを爆撃し続ける。

 

「ぐぅ……!」

 

 あまりにも凄まじい爆風に飛ばされそうになりながら、ケイトのことに意識を向けたギルバートは、ケイトの元へと向かい抱き起こした。

 

「ケイトさんッ!」

 

「ギル……ダメ……私を置いて逃げて……ッ!」

 

 状況を理解したケイトはギルバートに願いを口にする。その表情は破損した腕輪から染み出した偏食因子に蝕まれているということが見て取れる。

 

『――――――!!!!』

 

 テスカトリポカの爆撃の中から飛び出した赤いカリギュラ。それはそのまま一直線にテスカトリポカ達――の足元にいる人型の存在へと飛び掛かり、ブレード状の腕が襲った。

 

 

 

『アナタノ役目ハオシマイヨ』

 

 

 

 人型の存在は身体を後ろに倒し、水平に薙ぎ払われたブレードを避ける。

 

 そして、カウンターとして赤いカリギュラの顎に人型の存在の蹴りが炸裂した。

 

『――――!!!?』

 

 想像を絶する破壊力であったらしく、赤いカリギュラの顎ごと頭が浮き上がり、突き抜けた衝撃が頭部の結合崩壊を引き起こさせた。

 

 そして、再びすぐに赤いカリギュラの頭上にトマホークミサイルの発生予兆が現れたことで、赤いカリギュラは身を翻し、何処かへと跳び去って行った。

 

 

 

『面白イ事ニナッテイルワネ?』

 

 

 

 そして、ギルバートとケイトは目の当たりにした。

 

 

 

『私モ混ゼテ』

 

 

 

 3体のテスカトリポカを従えるように先頭に立つ、アルダノーヴァ神属感応種"ニライカナイ"の姿を。

 

「ぐっ……!?」

 

 すると次の瞬間、背後からギルバートは弾き飛ばされて地面を転がる。

 

「なんだ!?」

 

 顔を上げると、ケイトを肩に担ぎ上げ、こちらの方を無機質な瞳で見つめるニライカナイによく似た女性体の姿があった。

 

「"オボツカグラ"……!?」

 

 それはニライカナイの能力の一端にして、第一種接触禁忌種アラガミ、オボツカグラ。

 

 肩に担ぎ上げられたケイトは腕輪の破損による侵食のためか、意識を失っており、少しずつ全身を偏食因子が蝕んでいた。

 

「何が――!?」

 

『ダッテソノ人モウ死人デショウ? ナラ私ガモラッテモ構ワナイワヨネ』

 

「な……」

 

 気付けば自身の眼前、2m程という場所にニライカナイの女性体が立っていた。何が可笑しいのか笑みを浮かべており、口元をたまらないといった様子で歪めている。

 

 スピアを伸ばせば簡単に届く距離。しかし、ギルバートは攻撃出来なかった。

 

『イイ子ネェ、ソレデイイノ、ソレデ』

 

 ギルバートの頭上で、テスカトリポカのトマホークミサイル発生の輪が3つ出現しており、ニライカナイがギルバートに向けて八の字を切っている指を下ろせば即座にあの爆撃が降り注ぐことを理解したからだ。

 

『ドウセ、死ヌナラ神機使い(ゴッドイーター)ガ介錯スルヨリ、アラガミニ殺サレタ方ガ後腐レシマセンモノ。難儀ネエ、人間ッテ』

 

 それだけ言うとニライカナイはギルバートに背中を向けて歩き出した。それに付き従うようにテスカトリポカは攻撃待機を止め、ニライカナイを守護するように前方と左右方向にそれぞれ立ち、ニライカナイの速度に合わせて進む。オボツカグラはケイトを肩に担いだままいつの間にか先頭のテスカトリポカの背に乗っていた。

 

「ま、待て!」

 

 ギルバートは神機を再び構え、ニライカナイの背中にスピアの矛先を向ける。何故か、女性体は男性体を離れた位置に置き、ギルバートから見える位置に立っているため、容易に狙うことが出来た。

 

『アア、ソウソウ』

 

 するとニライカナイの女性体が足を止め、それに従い、全体も足を止める。そのまま、ニライカナイは振り向かず、ギルバートに最後の声を掛けた。

 

 

 

『ヲ仕事、オ疲レ様。神機使い(ゴッドイーター)サン』

 

 

 

 ギルバートはその言葉を聞いて放心した。返す言葉も力も、このスピアを構える意思すら彼の心から抉りとられたのだ。

 

 

 

 

 

 ケイトの婚約者であり、ギルバートの先輩ゴッドイーターである真壁ハルオミがその場所に到着した時――。

 

 そこに残っていたのは血が滲んでも尚、地面に拳を打ち付け続けながら涙を流し慟哭するギルバートの姿だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この事件の後、ギルバート・マクレインは事実をそのまま報告したことで査問委員会に掛けられた。

 

 しかし、ケイト・ロウリーの腕輪に付いた位置情報機能が事件後に消失したこと、ニライカナイがテスカトリポカ3体を連れている姿が頻繁に確認されるようになったことなどから、ギルバート・マクレインの眉唾な報告は真実と捉えられ、第一種接触禁忌種の規定から考えても行動は適切であったとの見解が出された。

 

 しかし、ニライカナイをデータ上でしか知ることのない者らは、彼を後ろ指を指してこう嗤った。

 

 見殺しのギルバート――"アバンダン・ギル"と。

 

 

 

 

 






 ちなみにこの赤いカリギュラさん諸事情により、原作の赤いカリギュラの数倍強く、好戦的です。多分、現時点で普通のカリギュラぐらい強いですね。



 クッソ話のペース速い気がしましたが、PS4で配信してるGE2RBを始めからしていたら久し振りに――。

レア
件名:たすけて

 からの超高速フラグ回収を目にし、私の小説は全然話のペースは速くないんだなととても自信が付きました。相変わらずGE2はストーリーが逆に高度なギャグなんじゃないかといつも思いますねぇ……。


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主よ人の望みの喜びよ

作者の中の勝手なケイトさんのイメージ(ハルオミさんのキャラエピにいた場合)
①毎回ハルオミさんと一緒に女性にセクハラする淑女なケイトさん
②毎日最後に笑顔で無言のケイトさんがハルオミさんの背後に現れ、画面が暗転後、ハルオミさんが引きずられて回収される

この作品ではそっちの方が面白そうという理由で、前者のケイトさんになると思いますので、後者のケイトさんが見たければ小説を書いて、ケイトさんを生存させるんだ!(集中線)


それと、ケイトさんは気絶していたので、ギルとニライカナイの下りは見ておりません。


ちなみに作者の投稿頻度、投稿初日からストック0で毎日毎日書き上げて投稿しているのでだいぶ無理してるよ! たーのしー!(ナチュラルハイ)




『ネエ、アヤメ?』

 

「…………」

 

『アヤメチャン……?』

 

「…………」

 

『アノー、アヤメサン……?』

 

「…………」

 

『ムムム……』

 

 現在、ケイトさんを連れて帰って来たその日なんだか、アヤメちゃんがご機嫌斜めである。

 

 まあ、理由は最近アヤメちゃんが見せてくれた"お父さんの手帳"の内容からなんとなく察したが、正直俺だけでどうにか出来る事とも思えないしなぁ……。

 

 今いる場所はグラスゴーから離れ、かつては霧の都と呼ばれていたロンドン。その中のウェストミンスター寺院を根城にしていた。

 

 ウェストミンスター寺院と言われれば印象は薄いかも知れないが、ビッグ・ベンの後ろにある寺院といえば――いや、これでも薄いか。

 

 ならば日本の小中学校で必ず流れていたチャイムの音は、ウェストミンスターの鐘という曲だといえば少しは興味も出るだろうか。実際のところはどちらかといえば、同じものを使用しているビッグ・ベンの鐘の音を取り入れたので、そこまで考えると話が拗れるがそういうものだ。

 

 まあ、アラガミの襲撃により、ビッグ・ベンは倒壊しているので見る影もなく、ビッグ・ベンに比べれば少々地味に映るこの寺院は、何故かとてもよい状態で残っていたので間借りしているのである。

 

 とは言え、ほぼ線対称の造りで白壁の寺院は中々見ていて厳かな感情に浸れ、俺としては中々気に入っているのだがな。

 

 そんなことを考えているとアヤメちゃんが口を開いた。

 

「フォウ姉ちゃん、宗教好きなの……?」

 

『精神ト曲ハ好キヨ』

 

「……?」

 

 神無き時代に生まれたアヤメちゃんにはよくわからなかったようだ。まあ、仕方ないだろう。この世界の住人に聖書の内容を説くような無意味なことなど俺もしたくはない。

 

 ちなみに話は少し変わるが、別にロンドンにフェンリルロンドン支部があったりはしない。

 

 理由としては単純にアラガミは特に人工物を捕食することを好んでいるため、都市部を中心に重点的に襲われるからであろう。つまりこのロンドンはグレートブリテン島で最もアラガミが沸く地獄のような場所なのである。

 

 とは言え、極東支部からすれば新人の育成に丁度いい難易度の場所であろう。現にウェストミンスター寺院を囲うようにテスカトリポカを3体配置していれば、アラガミどころかゴッドイーターすら襲ってくることはない。上位種どころか堕天種もほとんど見掛けないしな。

 

 まあ、たまに通り掛かったザイゴートやサリエルを、テスカトリポカがトマホークミサイルで撃墜しているのを見掛けるが、特にそんな指示出していないので、案外テスカトリポカもオラクル細胞補給のついでに暇を潰しているのかもしれないな。

 

「じゃあ、フォウ姉ちゃんあれ弾ける?」

 

 何がじゃあなのかわからないが、アヤメちゃんは目の前のパイプオルガンを指差した。

 

 今いる区画ではパイプオルガンが向かい合うように配置されており、かつてはふたつを同時に演奏してよい音を奏でていたのだろうな。

 

 だが、まあ、パイプオルガンはピアノともオルガンとも違う。20年放置されるとか以前に構造的にこのままではまず動くことはないだろう。

 

『アラ、動ク……』

 

 諦め半分どころかアヤメちゃんに動かない主旨を伝えるため、鍵盤を指で叩くとなんとパイプオルガンから心地好い音が鳴った。

 

 どういうことだ? パイプオルガンは送風でパイプの音を出すため、送風装置が動かなければ鳴らず、パイプ自体も20年も放置されればマトモに鳴るハズなんてないのだが……。

 

 そこまで考えたところでそういえばゴッドイーターの世界でアラガミが発生した時期は、2050年代だったことを思い出した。更に言えばフェンリルでも時々たまにオーパーツ染みたモノをゲームでは見掛けていたな。となるとこのパイプオルガンに何か画期的な技術でも捩じ込まれているのかもしれないなあ。未知の合金とか、勝手に送風し続ける構造とか、そもそも送風式じゃないとか。

 

「ぁ――!!」

 

 そんなことを考えながら振り向くと、キラキラと目を輝かせて演奏を待つアヤメちゃんがいた。

 

 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……むう。

 

 仕方ない、ここまで期待されてはやらない方が酷だろう。なに、パイプオルガンなら昔少しだけ演奏したことがあるので問題ない。ちょっと思い出す時間さえ貰えればなんとかなるだろう。いや、この笑顔の為にして見せよう。

 

 俺は椅子に座り、パイプオルガンに向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケイトが目を醒ました理由は、耳を撫でる心地好い音楽に気がついたからであった。

 

「ここは……」

 

 身体を起こすとそう呟いて辺りを見回す。フェンリルとは違い、年期の入った石造りの部屋だということがわかる。自身はベッドに寝かされていたということも理解した。

 

 そして、自身の状況を思い出し、腕輪を見つめた。

 

「私は――」

 

 そこには気を失う前と同じように破損した状態の腕輪があった。しかし、何故か偏食因子もオラクル細胞も活動を完全に休止しており、身体を見回すが自身がアラガミになったような様子も箇所もない。

 

「まだ、人間みたいね?」

 

 逆にケイトはそのことを疑問に思いながらベッドから出た。そして、部屋のドアノブに手を掛けて開けると――。

 

 

 

『………………』

 

 

 

 ドアの前に立ち、無機質な瞳でケイトを見つめたオボツカグラと目があった。

 

「………………」

 

『………………』

 

 流石に面を食らって黙るケイト。しかし、そんなケイトにもオボツカグラは感情を示すことなく、見つめるばかりである。

 

 しかし、そんな時間を終わらせた存在もまたオボツカグラであった。オボツカグラは片手の人差し指を立てると水平に手を上げて指し示した。

 

 その意図を読み取ったケイトは言葉を吐く。

 

「行けってこと……?」

 

 そういうとオボツカグラは小さく頷く。そして、それだけをすると再び直立不動に戻った。

 

「そう……」

 

 ケイトは神機すらない状態で逆らっても仕方がないと考え、指で示した方向に歩き出した。すると背後から足音が聞こえる。

 

 ケイトが振り向くと、そこにはケイトの斜め後ろに付くように移動しているオボツカグラがいた。

 

「ああ、監視役ってわけね……」

 

 無論、オボツカグラはそれに答えない。ヤレヤレと首を振ったケイトは目的の方向に身体を戻し、足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 示された方向に進んで行くと徐々に音楽が強まり、途中からそれがパイプオルガンによる演奏だとケイトは気づく。それとここはどうやらアラガミの出現以前に造られた宗教施設だということも景色から理解した。

 

「随分、優しい音色ね……」

 

 ケイトは音楽についてそう評価し、言葉を漏らした。また、恐らくはと演奏者に当たりをつけ、なんとも言えぬ表情をする。

 

 

 

 

 

 そして、ケイトが聖堂で見た光景は――。

 

 

 

 

 ニライカナイがパイプオルガンをゆったりとした動作で弾き鳴らしている姿であった。

 

 ニライカナイはケイトには気づいていないのか、そのまま演奏を続けており、それは曲が終わるまで続き、ケイトは声を掛けることもなくただ見聞きしていた。

 

『"主よ、人の望みの喜びよ(主ヨ、人ノ望ミノ喜ビヨ)"』

 

 演奏を終えるとニライカナイはぽつりと呟いた。その声は女性のようだが、機械混じりであり、彼女が明らかに人ではないことを示している。

 

『私ノ一番オ気ニ入リノ宗教音楽ネ』

 

 ニライカナイはパイプオルガンの前に置かれた椅子から立ち、ケイトに身体を向けた。アラガミでありながら、全くその様子の見えないニライカナイにケイトは内心冷や汗を流していた。

 

『演奏ガ終ワルマデ待ッテテクレタノハ嬉シイケレド、別ニ声ヲカケテモヨカッタノヨ?』

 

「そう、随分高尚な趣味みたいだし、止めちゃ悪いと思ってたわ。今度はそうするわね」

 

 ケイトがそう軽口を叩くと、ニライカナイは口元に手を当ててクスクスと笑い、更に口を開いた。

 

『ソンナニ高尚デモナイワ、宗教ッテイウモノハ元々人間ガ心ノ支エニスル為ノモノダカラネ。人間全テニ向ケタヨウナ優シイモノヨ』

 

 そして、ニライカナイは楽しげに顔を歪めながら更に呟く。

 

『尤モ、ソノ優シサハ"アラガミ"ノ前ニハ何ノ価値モナカッタヨウダケドネ。神様ハミンナ、アラガミバレットヲ眉間ニブチコマレテクタバッタノヨ』

 

(これは……データ以上に知性的で凶悪ね……)

 

 皮肉なのか、実際にそう考えているのか。言葉は発すれど理解は出来ない。災厄のアラガミや言葉を用いるアラガミとは聞いていたが、ニライカナイは既存のアラガミと比べ遥かに恐ろしいアラガミだとケイトは判断した。

 

『ソレデ、沢山聞キタイ事ガアルンジャナイカシラ?』

 

 ニライカナイは近くの長椅子に腰掛け、ケイトに近くに座るように促した。

 

『アア、私ノ半身ハ外デ警備シテイルカラ安心シテイイワヨ』

 

 赤いカリギュラを蹴りの一撃で結合崩壊させた奴が何を言っているとケイトは思った。まあ、半分は武装を解除していると好意的に考え、ケイトは促されたままニライカナイとほとんど間を開けず、真横に座った。

 

『………………近クナイ?』

 

「あっ、そうだったかしら」

 

 ニライカナイは一瞬真顔になって肌が触れそうな距離に座ったケイトを見ながらそう呟いていた。そういえば最近は見知った存在としか接していなかったため、自然とそのように接してしまったことに気付き、ケイトはひとり分程間を開けようとし――。

 

『アア、イヤ別ニ離レロッテ言ッテイルンジャナイノヨ。タダ、少シ驚イタダケデ――』

 

(あら…………んん?)

 

 ケイトは何故か少し引いたニライカナイの対応により、ある疑問が浮かんだ。そして、もしそうならと考え、やってみるかどうかと考える。

 

 そして、元々死んだような状態のため、ケイトは思い切って実行に移してみることにし――。

 

 

 

 

 

「えいっ」

 

『チョッ――!?』

 

 ケイトはニライカナイに抱き着いてみた。

 

 

 

 

 

 案の定、ニライカナイは顔を赤くして口をパクパクしている。どちらかと言えばギルみたいな反応だったなと思いながら、ケイトはにっこりと笑いながら言った。

 

「あなた、"キャラ作ってる"でしょ?」

 

 グラスゴー支部の女傑、ケイト・ロウリー。他者の気持ちを理解でき、理解しようとするからこそ彼女は慕われているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケイトさんにバレちゃったアルダノーヴァな戦艦水鬼ちゃんこと俺である。

 

 ちなみにアヤメちゃんはケイトさんから見えないところの長椅子で寝ている。音楽が心地好かったようだ。

 

「なんでキャラなんか作ってたのさ?」

 

『イヤ……ソノ……』

 

「ふふ、急に縮こまっちゃって可愛いなあ」

 

 なんだこの人凄いグイグイ来る。現在、肩に手を回され、ガッチリと掴まれており、逃げようがない。女性特有のいい匂いがスゴい。女性経験は乏しいというほどでもないが、それにしてもここまでの人は早々いない。

 

 よくこんな女性落としたな……スゲーよハルオミさん……。

 

 そんなこと言っている場合ではない。緊急事態である。このままでは根掘り葉掘り聞かれて素直になんでもかんでも喋ってしまうかも知れない。ケイトさんにはなんかこうなんでも話したくなるような魔力があるのである。

 

 考えろ俺。戦艦水鬼でアルダノーヴァな俺の像は崩れても、まだ瑞木フォウ姉ちゃんが残っている! というかそちら以外の内容を語ると流石にヤバい。

 

『エート……ダッテ私ハアラガミダケド"神機"デモアルカラ……』

 

「神機……?」

 

 俺はⅣと刻まれた首のナンバープレートをケイトさんに恭しく見せた。言葉とそれにケイトさんは目を丸くする。

 

『私ハ"アルダノーヴァ プロトタイプ Ⅳ号機"。人間ガ作ッタ人造アラガミ……神機ト似タヨウナモノダ』

 

 その後、俺は終末捕食と、エイジス計画の裏にあったアーク計画。そして、アルダノーヴァはエイジス計画を破綻させた謎のアラガミなどではなく、アーク計画の中で製造されたアラガミだということ。ぶっちゃけ、この世界で目を醒ましてから得られたであろう情報を全て吐いた。

 

 ごめんなさい、シックザール前支部長。当事者兼部外者だから超許して。 あなたに席は無くても、俺は一刻も早くこの席を離れたいんです。

 

「何それ……まさかまだあなたが死傷者をひとりも出していない理由って――」

 

『神機ガ神機使い(ゴッドイーター)ヲ殺シタラ本末転倒デショウ? 笑イ話ニモ成リハシナイワ』

 

 実際、この辺りは俺の本心である。この身体は100%アラガミなため、既に人類の敵であるということは受け入れており、自分から友好を結ぶようなことは基本的にしたくない。

 

 仮に結局、本部の指令で俺が討伐されることになってみろ。苦しむのは俺じゃない。俺と友好を結んだような心優しい者たちだろう。

 

 だったら最初から言葉は話すが対話は望めない人類の敵でいい。そちらの方がゴッドイーターが、一切の躊躇なく俺を殺すことに専念できるハズだ。そして、俺は"人間"だ。殺人は決してしない。それでいいんだ。

 

 ケイトさんも残酷なアラガミの暇潰しに2年程付き合わされ、最後に奇跡的に生き残ったゴッドイーターという筋書きが最もよいと考えていた。アヤメちゃんはもう少し彼女の心を説きほぐせたら極東支部にでも置いてこようと思っていた。まあ、無論、この本心はケイトさんには語らないがな。

 

「"カナ"ちゃん……ッ!」

 

 カナちゃんってなんだよ。結果的に距離が更に縮まってしまい、ケイトさんに抱き締められ、胸に顔を埋めるハメになった。ケイトさんの胸に俺の角が刺さらないか心配である。

 

 

 

「だめぇぇぇぇ!!」

 

 

 すると突然聞き慣れた少女の大声――アヤメの慟哭が響いた。

 

 その直後、アヤメが俺とケイトを引き剥がし、壊れそうなモノを抱くように震えながら俺に抱き着いた。

 

 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしているケイトはぽつりと呟いた。

 

「子供……?」

 

 すると次の瞬間、アヤメは俺から顔を上げてケイトを睨み付け口を開く。

 

「"また"……私からとらないでッ!」

 

 涙と共にその目に浮かぶ恐怖と憎悪は、ケイトにではなく、壊れかけの赤い腕輪と、服に付いたフェンリルの紋章に注がれているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケイトが、ニライカナイを問い詰めてから一時間程経った頃。疲れ果ててベッドで眠っている少女の横で疲れたような表情をしているアラガミ――ニライカナイがいた。

 

 エイジス島、アーク計画、アルダノーヴァの正体。ケイトはとんでもないフェンリルの闇を、アルダノーヴァのプロトタイプから直接聞くという稀有な体験をし、彼女に対する偏見も蟠りも完全に消えていた。それが彼女の長所である。

 

『ゴメンナサイネ、悪気ハ全ク無イノヨ』

 

「いいわ、それよりこの娘はどうしたの……?」

 

 ケイトはニライカナイに少女――アヤメについて問い掛けた。するとニライカナイは数秒何かを考えてから口を開いた。

 

『アナタニハ関係ノ無イ事ヨ……ソレヨリ出来レバ彼女ノ前デアマリ私ニベタベタシナイ方ガイイ。アナタガイルダケナラ彼女モワカッテクレテタカ――』

 

「関係無くないわよ」

 

 ケイトはニライカナイの言葉を遮り、話を続けた。

 

「目の前でこの娘がこんな状態なのに放っておけって言うの?」

 

『ソウダ、精神ノ治療ニハ休息ト睡眠ト食事、ソレト適度ナ余暇活動ガ必要ダ。時間ヲ掛ケテユックリト――』

 

「ダメよ」

 

『………………』

 

 ケイトに言葉を止められ、ニライカナイは押し黙る。そしてまた口を開く。

 

『アナタハ自分自身ノ身体ノ心配ヲシタ方ガイイ。今ノアナタハアクマデモ――』

 

「あなたが感応能力で私の中のオラクル細胞と偏食因子を支配して、無理矢理休止させているから私は生きているんでしょう? 違う?」

 

『…………イヤ、ソウダガ……何故……』

 

 ニライカナイはケイトのオラクル細胞と、偏食因子を支配下に置くことで無理矢理アラガミ化を抑え、生かすということをしていたのである。それ故にオラクル細胞を利用して動いている腕輪の機能も全て停止しており、位置情報の取得すら不可能な状態だ。

 

「アラガミの感応種なら理論上は可能だもの。あなたぐらい優しいアラガミなら、きっとそうすると思ったの」

 

『…………敵ワナイナァ』

 

 ニライカナイは溜め息を吐きながら前髪を捲し上げ、頭を掻いた。その姿は諦めというより、降参といった様子である。

 

「私なんて今はどうだっていいわ。それより彼女のことを教えてくれないかしら?」

 

『早死ニスルワケダ』

 

「……言うわねえ、あなたも」

 

『オ互イ様ダロウ』

 

 徐々にケイトはニライカナイのメッキが剥がれてきていることを感じ、それを嬉しく思った。しかし、それだけで止まる彼女ではないことは最早明白である。

 

 ニライカナイはこれまでケイトが見た中で、ずっと自然で人間染みた薄笑いを浮かべてから、真顔に戻り、重い口を開ける。

 

『結論カラ言オウ。彼女カラ直接聞ケタワケデハナイガ、恐ラク――』

 

 ニライカナイは一旦言葉を止め、一冊の黒く擦りきれて汚れた手帳を取り出すと、溜め息を吐いてまた言葉を紡いだ。

 

『彼女ノ父親ハ、彼女ノ目ノ前デ神機使い(ゴッドイーター)アルイハ"フェンリル"ニ殺サレタンダ』

 

 

 

 




Q:なんでこの主人公結構なんでも知ってたりパイプオルガンまで弾けるん?



A:ホモは博学




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命の行方

 どうも、ちゅーに菌or病魔です。

 そういえばケイトさんが妊娠しているという話を時々感想で見掛け、純粋に疑問なのですが、それはどこの情報なんでしょうか? 現在進行形で2をしているのですが、私の知る限りでは、そのような話はどこにも見られないんですよねぇ。まあ、作者がただのアホでやっても見落としているという可能性が高いので、実際のところどうなんだろうと考えた訳であります。

 ちょっとネットの方を調べるとpixivとアニオタwikiのコメント欄のみでそのような記述が見られるのですが、何か他に設定資料か何かあったのかな?などと考えた次第です。




 

 

 

 

 その手帳に書かれていた内容は一見すると大したものではなかった。

 

 40代過ぎの"流葉(ながれば)マユリ"という元ゴッドイーターの男性の手記である。

 

 読み進めると、上司への愚痴や、環境の不満等が書いてある一方、娘の"アヤメ"についてや、喜ばしいこと、思い付いたポエムなどが、数週・数ヶ月単位で間が空くこともありながら記載されているだけの自由帳のような中身だ。実際、プライベートなもので人に見せるものではなかったのだと思われる。

 

 幸いというべきか、そのために10年以上の時間がこの手記の中で流れており、全体像の把握は容易であった。

 

 まず、家族構成はマユリと娘のアヤメだけの父子家庭であり、アヤメの母親はゴッドイーター時代の自身の部下だったが、アヤメを産んだ後、退役寸前にアラガミに殺されたとのことである。ゴッドイーターになる前は研究職を志望していたが、簡易検査での神機の適合率が高かったため、半ば無理矢理フェンリルに連れてこられ、第一世代のゴッドイーターとなったこと。退役後は志望していた研究職となり、男手ひとつでアヤメを育てていたということが読んで取れた。

 

 手記でゴッドイーターを退役した次に環境が大きく一変したのは、研究職についてから10年程経った時期である。

 

 ゴッドイーターの経験から神機やオラクル細胞について研究し、極めて小さく細く強靭な人工筋肉を用いたゴッドイーター用のパワードスーツを開発しており、それなりの実績を上げていたこと。そして、その経緯からフェンリルのとある研究機関に引き抜かれ、娘共々とても厚待遇だったために承認したのであった。

 

 その研究機関は局長の顔面にペイジを突き刺したくなる時があること以外は設備も充実し、開発室長・副室長共に美人だったため、来てとても良かったと始めの頃にマユリは語っていた。

 

 そして、ここから手記の内容は一変する。

 

 研究機関で勤め始めてから暫く経ち、室長ともプライベートなことまで当たり前に話すようになった頃にマユリはあることに気づいた。

 

 研究用で搬入した有機物の量と処分した有機物の量が時々少しだけ合わないのだ。処分量の方が若干多いのである。尤も研究用で搬入される有機物はかなりの量なためハッキリ言って誤差の範囲なのだが、マユリは逆に誤差であることそのものを奇妙に感じた。

 

 "誤差を計算してみるとほぼ人間の子供ひとり分の換算になる"ということに。

 

 まさか、そんなことはないだろうと思いつつ疑問を抱きながら過ごしていると、"仲良さげな姉妹"に思えた室長と副室長の関係も違うものに思えて来た。

 

 まるで"室長が副室長を恐れながら、副室長に尽くし続けている"ように思えたのである。

 

 ある日、マユリは室長と研究室で二人きりになった時にそのことを切り出した。すると、室長は特に後者に対して酷く驚きそのまま研究室から出ていってしまったという。

 

 そして、その翌日マユリは――。

 

 子供を使い捨てた人体実験の首謀者という全く身に覚えのない罪を着せられ、告発されたのである。告発者は副室長であった。

 

 マユリはアヤメを連れ、かつて使っていた神機を持ち出し、研究機関の軍用車を奪って逃走した。幸いにも現在の研究機関の位置が極東支部に極めて近かったため、極東支部への車両が使用可能だったのだ。

 

 そして、かつて恩師であったフェンリル極東支部の"ペイラー・榊博士"にせめてアヤメを預けたいとの旨と、仮に極東支部に到達出来なかった場合を考え、極東支部へ向けて走行しながら研究機関でのことを手記に書き記し、手記をアヤメに持たせたという旨が書いてあった。

 

 

 

 そして、手記の最後のページにはこう書かれていた。

 

 

 

《もし、これを読んだ人間がいるのなら俺は道半ばで死んだのだろう。叶うならアヤメをどうかサカキ博士のところまで送り届けて欲しい。そして頼む、絶対に――》

 

 

 

《フェンリル極致化技術開発局、副開発室長――"ラケル・クラウディウス"にアヤメを渡さないでくれ。告発内容が実際にあったことならばアイツは血の通った人間じゃない》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケイトはニライカナイから渡された手帳に一通り目を通したため、手帳を閉じた。

 

 ふと、ニライカナイの方を見ると、眠るアヤメに身体を向けながら目を瞑り、眉間に皺を寄せて頭を抱えている様子であった。ケイトもこの手帳を読んだため、そう感じる気持ちが痛いほど理解出来る。

 

ラケルテンテー(ラケルてんてー)……』

 

 ポツリと小さくニライカナイから何かの単語が呟かれたが、あまりに小さかったために聞き取れなかった。深刻な表情から、恐らくアヤメを思って自然に出た一人言だろうとケイトは解釈した。

 

「こんなことって……」

 

 ケイトはニライカナイが極東支部の周辺でアヤメを保護したということも聞いた。そして、部屋の隅に立て掛けられている第一世代の神機によって否応なしに事実だと認識させられる。

 

『コレガ私ノ知ル限リノ情報ダ……サッキノ拒絶ノ仕方ヲ考エルト、少ナクトモ父ヲ殺サレタトハ認識シテイルナ』

 

 手帳に最後に書かれた一番新しい日付を見ると、少なくとも3年は経過していた。つまりアヤメはフェンリルの人間を誰も信じることが出来ないどころか、全て父の仇だと思っていたため、身を隠し続け、アラガミの無法地帯とも言える極東をたったのひとりでそれだけの期間を生き抜いたのである。

 

 最早彼女はゴッドイーターチルドレンではなく、小さなゴッドイーターであろう。いや、生半可なゴッドイーターではまず不可能だと思われる。それほどまでに極東は魔境だ。

 

『ソレト、アヤメハ今14歳ダ』

 

「14歳!? どう見ても10歳かそれ以下にしか……」

 

『元々小サイ上ニ、栄養ガ足リナカッタノダロウ。精神的ニモアラユル意味デ極限状態ダッタカラナ。大キクナルト見ツカルト考エテ身体ガ自然ニ成長ヲ遅ラセタノカモナ』

 

 ケイトはアヤメが寝ているベッドの隣に置いてある台に、フェンリルのゴッドイーターが持つレーションが大量に置いてある理由に気づいた。

 

『勿論、全テ盗品ダ。30人グライノ神機使い(ゴッドイーター)ニ囲マレタ時ニ直接巻キ上ゲタ。 神機使い(ゴッドイーター)ハ、イツモイイモノヲ喰ッテイルンダカラコレグライ、別ニイイダロウ』

 

「………………」

 

 大海の一滴作戦で相手側がそもそもゴッドイーターを敵とすら認識しておらず、戦闘に紛れてレーションを盗むことに集中していたという心底ゴッドイーターを馬鹿にしたような真実を聞いたケイトであったが、理由が理由だけに返す言葉が無かった。

 

『ダカラ、アヤメニハ睡眠ト休息ト食事ガ必要ナンダ。考エテイル以上ニ、アヤメハ心身共ニボロボロダ』

 

 更にニライカナイは"心ノ問題ハ一朝一夕デ解決シナイ。ソウデナケレバ精神病院ガアルモノカ"と呟き、そっとアヤメに手を伸ばして頭を撫でた。

 

「でも根本的には……」

 

『ソレハ今考エテモ仕方ノナイコトダ。ドウ転ンデモアヤメノ為ニナラナイ』

 

 そう、ニライカナイは一喝する。

 

 ケイトは考えた。退役後は婚約者の真壁ハルオミと共に教師になりたいと考えていた己が、目の前の子供ひとり救えなくてなんとするのかと。

 

「決めたわ、私!」

 

 ケイトは腰に手を当て、ニライカナイに向けて宣言した。

 

「絶対にアヤメちゃんと仲良くなってみせるわ」

 

(話聞イテタノカ……?)

 

 それからケイトのまずアヤメに好かれようという作戦が始まった。

 

 ニライカナイはといえば、どうせ言っても聞かないと考えていたため、生返事で支持したという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アヤメちゃん! おはよう!」

 

「………………おはよう」

 

 ケイトは兎に角、まずは声を掛け続けた。始めの数日ぐらいはアヤメは完全に無視し続けていたのだが、何度無視されようともケイトが声を掛け続けていたため、アヤメが根負けしたのか返事を返し始めた。

 

 

 

「アヤメちゃーん! 今日も可愛いわね!」

 

「………………うるさい」

 

 十数日程経つと、軽口が追加された。その内容が容姿を褒めたり、他愛もない話だったりと様々である。本当に嫌な場合、アヤメはニライカナイの後ろまで逃げるため、逃げ場があることもよかったのだろう。

 

 

 

「うーん、アヤメちゃんはちっちゃくて可愛いねー」

 

「………………(ギリッ)」

 

 二十日を越えた辺りからセクハラ――スキンシップが増えた。その辺りを歩いているアヤメをケイトが抱えて膝に乗せて撫でるなどである。たまに触る手つきが怪しいことがあるが、まだ優しくお節介なお姉さんの範囲だろう。最初の方はそこそこ抵抗していたが、今は精々舌打ちや歯軋り程度まで落ち着いた。諦めたとも言える。ちなみに本気で嫌ならばアヤメは極東を生き抜いた身体能力を存分に使い、垂直のビルの壁をヒビを伝って登ってまで逃走するので心の底から嫌がっているわけではない。

 

 

 

「しゃー!」

 

「アヤメちゃん!?」

 

 まあ、たまに尻や胸を触ろうとして、アヤメから逆襲にもあったりはしたが、概ね関係は築けたと言えよう。全てはケイトのなんでも抱え込んで引っ張ってしまう性格と、ニライカナイが病期で言えば回復期前期程度までアヤメの精神を回復させていたからであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケイトさんが来てから1ヶ月と少し。ケイトさんは本当にアヤメちゃんのことだけに集中していた。自身がアラガミによって命を保たれている半死人なことなどまるで気にしていない様子である。

 

「~♪」

 

「………………」

 

 アヤメちゃんは鼻歌を歌うケイトさんの膝の上で借りてきた猫のようにじっとしており、たまに俺にたすけてと言わんばかりの目線を送ってくる。その表情に浮かぶのは侮蔑や恐怖ではなく、困惑や照れによる居心地の悪さに思えるので、そっとしておこう。

 

「フォウ姉ちゃんのひとでなし……」

 

『オ姉チャンハ、アラガミヨ』

 

 残念だったなアヤメちゃんよ。俺はアルダノーヴァで深海棲艦なんだ。

 

 真面目な話、ケイトさんに対してのアヤメちゃんのヘイトは、ケイトさんの性格からか、わりとすぐに無くなっていた。後に残ったものは苦手意識と人嫌いな性格だろうか。アヤメちゃんの性格に関しては後天的にねじ曲がったのかもしれないが、ここまで人間に対してマシになったのなら喜ばしいだろう。

 

 それにケイトさんのお陰でかなりアヤメちゃんが感情豊かになった気がするのだ。前までは煤けた笑顔で俺に依存しているような様子だったが、今はこの通り、俺を可愛らしい程度で恨みがましい目で見るぐらいには表情豊かになっている。

 

 まあ、正直なところだと、アヤメちゃんが捕まらないと俺がケイトさんに絡まれるからとても助かっている。ここでは娯楽は俺が大量に廃図書館から持ってきた本ぐらいで、他にやることがないため、自然と暇を持て余したケイトさんが絡んでくるのである。見てくれは目が醒めるような美女なんだが、下手すれば中身は酔っ払ったオッサンである。そういえばムービーでも酒みたいの飲んで――。

 

「カナちゃーん」

 

『アッハイ』

 

「何か失礼なこと考えなかった?」

 

『イエ、滅相モナイ』

 

 俺は背中の男性体と共に首を振った。

 

 エスパー能力か何か持っているのだろうかケイトさんは……? 今ならゴッドイーターの身体能力上昇は第六感にまで及んでいると言われても信じる自信がある。

 

 ちなみにカナちゃんとは俺のフェンリルでの呼称――ニライカナイをあだ名にしたそうな。戦艦棲姫の方はオボツカグラと呼ばれている。

 

 …………ちょっとカッコいいじゃないかと思ったのは内緒。

 

『ソレヨリ、イイ加減自分ノ身体ニ目ヲ向ケナサイナ』

 

「そうねぇ……」

 

 アヤメちゃんとの仲がよくなってきたため、切り出したが、ハッキリ言ってケイトさんの身体の状態はかなりよろしくない。というか、アラガミに生命維持装置の全てを管理されてようやく生きている状態というこの世界だと、とてつもなくぶっ飛んだ状況である。

 

 30秒も俺がケイトさんのオラクル細胞を支配下に置いていなければ即座にアラガミ化する程と言えばどれほど深刻化もわかるであろうか。

 

『コチラトシテモソロソロ治療ニ移リタイノダガ――』

 

「え……?」

 

 ケイトさんは何故か、鳩が豆鉄砲喰らったようにポカンとした顔になり、それが面白かったのか、膝のアヤメちゃんは顔を上げてケイトさんを覗いていた。

 

「治療出来るの……?」

 

 ケイトさんはありえないモノ見たり、狐に摘ままれたような様子で呟く。無論、俺は返答した。

 

『治療出来ナイノナラ初メカラ助ケタリハシナイ。私ハ、ソンナニ無責任ジャナイワ』

 

 そもそもケイトさんのアラガミ化の理由は、適合率が低いにも関わらず、無理矢理第二世代神機に転換し、それが元でゴッドイーターとして限界だった上、赤いカリギュラから腕輪に大ダメージを貰ってしまったせいだ。

 

 根本的に言ってしまえば、ケイトさんは体内のオラクル細胞が既に限界だったのだ。

 

「ええ……だからもう例え、フェンリルに帰れても手の施しようがないと考えていたわ」

 

『………………』

 

 なんだこの人は……自分がもう助からないと思いながらアヤメや俺にあのように明るく優しくお節介を焼いて接していたというのか……?

 

 アヤメもそのことを聞き、表情から不安と悲しみが溢れた。そして、小さく呟く。

 

「ケイト……死んじゃうの……?」

 

「んー? どうだろうね」

 

 ケイトさんはカラカラと笑い、その問いには答えず、アヤメを安心させるように撫でた。その様子は決して死を受け入れた人間のソレには見えない。

 

 誤算だな……ここまで強い人間だったとは考えていなかったぞハルオミさん。

 

 始めからその気だったが……やはり俺も全身全霊で彼女を救ってやらないとな。

 

 俺はアヤメにケイトさんを救う為の話を二人でしたいと耳打ちした。それを聞いたアヤメはケイトさんから降りると、1度俺の手を握ってから部屋から出て行った。

 

 根はとても優しい娘なんだ彼女も、ここには優しい人しかいないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニライカナイはいつになく真剣な瞳でケイトを射抜く。

 

『私、考エタワ。ドウシタラアナタヲ救エルノカ。ソシテ、気ヅイタノ』

 

 ケイトは黙ってニライカナイの話を聞いた。また、真壁ハルオミに会えるかもしれないという光明が見えたからだ。ケイトにとってニライカナイは最早ただのアラガミではなく、頼れる隣人のような存在でもあった。

 

『新タニ制御可能ナ、オラクル細胞ヲ少シズツ注入シテ、アナタノ体内ニアル古イ、オラクル細胞ヲ全テ駆逐シテ塗リ替エテシマエバイイノヨ』

 

 ケイトは顔に出さず密かに落胆した。それがあまりにも机上の空論であったからだ。そのようなことが、フェンリルでも可能であったならばケイトはここには居ないだろう。

 

 そのように万能なオラクル細胞があれば、フェンリルが血を吐くような研究の果てにゴッドイーターを産み出したという事実は変わっていただろう。

 

 しかし、ケイトの内心を読み取ったのか、ニライカナイは笑みを強めると、背後にいる男性体の片腕が動き、親指を立てて女性体と男性体を指差した。

 

『イルデショウココニ? 既存ノ、オラクル細胞ナンカト比べ物ニナラナイグライ、飛ビキリ強靭デ強クテ、アリエナイグライ利口ナ、オラクル細胞ヲ持ッタ存在ガ』

 

「な……」

 

『私ハ、食欲ニ負ケタコトハ1度モナイワ。ソレニ感応能力デ、即席デ"不完全ナコア"ヲ形成スルコトモ出来ル。時間ヲ掛ケレバ完全ナモノヲ作レナクモナイワ。ソレヲアナタノ神機ニ組ミ込メバ、制御モ確実ニナルハズヨ。ソレデモ駄目ナラ――』

 

 すると、ニライカナイの女性体の胸部が不自然に蠢き、紅くルビーのような輝きを放つ人間の心臓よりやや大きい球が表面に現れる。見れば、その球体を囲むようにニライカナイが形成されている様子が見て取れる。

 

『"私ノコア"ヲ少シ使エバイイ。ソウスレバ、確実ニ成功スルワ』

 

 ケイトは絶句した。つまり、ニライカナイはケイトを救う為だけに己の心臓すら素材にしようというのである。お人好しもここまで来ると、よほどの馬鹿か、狂気的だろう。

「どうして私にそこまで……」

 

『アナタト同ジヨ』

 

 どんな時でも困っている人や泣いている人を放っておけない人間。そう言いたいのだろう。

 

『ソウネ、ソレ以外ニモ確証ガ欲シイナラ――』

 

 ニライカナイはコアを収納しながら窓の外を見たため、ケイトも釣られてそちらを見る。

 

 そこでは、丁度敷地内に入ろうとしたシユウにトマホークミサイルを当て、ダウンしたところに頭上からトマホークミサイルの雨を降らせて全身を爆散させ、飛び出て来たコアだけ捕食し、いそいそと持ち場に戻るテスカトリポカを見た。

 

『外ノ、テスカトリポカ達ハイツ見テモ、イイ仕事ネ』

 

「それがどうしたのかしら?」

 

 あのテスカトリポカ達はニライカナイがオラクル細胞を与えることでグレート・ブリテン島のクアドリガが進化した姿だということはニライカナイの口から聞いていた。それ故に今の話に関係のあることなのかとケイトは首を傾げる。

 

 するとニライカナイは少し困ったような表情で口を開いた。

 

『アレ、私今支配モ制御モシテイナイノヨ』

 

「はい……?」

 

 ケイトは呆けた声を上げた。完全に放置された状態で、あのテスカトリポカ達は寺院の周りを守護しているというのである。

 

「じゃあ、つまりあのテスカトリポカ達は――」

 

『喰ラウトイウ"アラガミノ意思"ヨリモ、己ノ意思ヲ優先ニ判断シテ、私ヲ寺院ゴト守ルトイウ選択ヲシテイルノネ』

 

「凄い……」

 

 短く内容のない称賛だったが、それ以上の驚きや賛辞が含まれている。

 

 そして、ケイトはアーク計画でアルダノーヴァを作製したシックザール前極東支部長は、とんでもない置き土産を残していったのではないかとも考えた。

 

『後ハ……アナタノ意思ダケ。ドチラニスルモ自由ダケド――』

 

 ニライカナイは少し言葉に詰まってからほんのりと顔を朱に染めて口を開いた。

 

『私ハ、アナタニ生キテ欲シイワ……』

 

 それだけのことを言い、行動と態度でも示し、数奇な友人ともいえる間柄であるアラガミ、ニライカナイ。

 

 そんな彼女に対し、ケイトは逃げ場を奪うような真似をして少しだけズルいと思いながらも、答えなど頭に決まっていた。

 

 

 

「わかったわ、ありがとう。私を――また"ハル"に会わせて?」

 

 

 

 ケイトはこの人間のようなアラガミに、自分の命と想いの全てを託した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケイトさんの承認も得たので、治療を開始することにした。

 

 自身の歯で指を少し裂き、真っ赤な血に見えるオラクル細胞を滲ませる。そして、ケイトさんの腕輪の裂け目に近付けると、指を振るって1滴だけ俺のオラクル細胞を垂らした。

 

『ハイ、今日ハ終ワリ』

 

「え? そんだけ……?」

 

 とても身構えていた様子のケイトさんは拍子抜けしたようである。

 

『少シズツ行ウト言ッタデショウ? ソウネ、前後スルケレド"2年"グライ掛カルワ』

 

「に、2年かぁ……あはは、そうよね」

 

 そう上手い話もないんだなぁとでも言いたげな表情でそう呟いたケイトさん。

 

 本当は3倍ぐらいの速度で行っても全く問題ないのだが、無理にGOD EATER 2のストーリー前に引き合わせて、ストーリーを崩すリスクは一番避けるべきだと考えているからな。ケイトさんには悪いが、少し辛抱して貰おう。

 

『コレデアナタノ身体ノ情報ヲ何時デモ読ミ取レルヨウニナッタワ。体調管理モ任セテネ』

 

「本当に凄いわねカナちゃん……」

 

 カナちゃん言うな。これでケイトさんの血液データやホルモンバランスやオラクル細胞の状況等々あらゆるモノを何時でも読み取れるように――。

 

 

 

 ――待て……各種血液データが正常値から微妙にズレているぞ?

 

 生化学データも概ね正常値より高い、内分泌系も正常値からかなり変動が見られる――まさか。

 

「どうしたの難しい顔――」

 

『セクハラジャナイカラ、チャント言ッテ!』

 

 まさか、女性に対してこのような事を問い掛けなければいけない日が来るとは……あ、俺も今は女だからノーカンか……ちょっと泣けてきた。

 

『"生理"ハ最後ニイツ来タ?』

 

「え……? そういえば今月はまだ…………まさか」

 

 ケイトさんも気づいたようで下腹部に手を当てた。その間に俺は半ば確信しているが、オラクル細胞をより潜らせ、子宮内の情報を読み取り、事実の裏付けを取った。

 

 

 

『オメデトウ、"赤チャン"ヨ』

 

 

 

 それを聞いた言葉と表情をケイトさんは失った。揺すっても真顔のままケイトさんは固まっている。

 

 ヤバイな……GOD EATER 2のゲーム内で描写は無かったからこうなるなんて全く考えていなかった。いや……普通に考えたら男女の退役間近の婚約者が揃えば、そりゃあそうなるわな。

 

 計画の大幅な軌道修正が必要になったな……。

 

 十数秒後、顔に手を当てて真っ赤になりながら動き出したケイトさんの、歓喜とも悲鳴ともつくような叫び声を耳にしながら、俺は窓から極東支部と繋がっているであろう空を見上げた。

 

 

 

 

 

 







 前書きでああ言いましたけど、まあ、妊娠していた方が展開的に美味しかったのでどちらであろうが、そのまま使うんですけどね!(ホモは嘘つき)美女の妊婦とかいいよね(ノンケアピール)


 それにしてもこのホモ、マジで万能だなぁ……なんだこれは…… たまげたなあ(他人事)


 何故か限界なのに増えていく文章量。苦しいです評価してください(まだ行けそう)

 あ、それと私、頂いた感想はポリシーとして全て返信致しますので少々遅れたり、次話投稿後に返信することもありますので、どうかご了承ください。





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中に誰もいませんよ

どうもちゅーに菌or病魔です。

今まで毎日投稿ですが、今日はFGOの姫路城イベントが最終日で、ずっと余暇時間を小説の時間に当てていたため、まだ終わってないので明日は投稿出来ないかもしれないという事を先に言っておきます。

ちなみにここまで一度もアヤメちゃんの容姿を語らなかったのは仕様です……。後、諸事情で前話のアヤメちゃんのサバイバル年数が2→3、年齢が13→14歳になりました。超ゆるして。





 

 

 

 ケイトさんの妊娠発覚の翌日、俺はアヤメちゃんとケイトさんを連れ、早くもロンドンから旅立とうとしていた。

 

 行き先は無論、極東支部の対人間用だいたい何とかしてくれる人(デウス・エクス・マキナ)、ペイラー・榊博士の元だ。ケイトさんによると既に支部長らしいので尚更好都合。

 

 ちなみに対アラガミ用は無論、GOD EATER無印の主人公である。

 

 極東支部には来たときとは違い、海路は最小限にし、陸路で行くことになるため、かなりの期間が掛かることが予想される。海路を使わない理由としては、そもそもアルダノーヴァは海上を航行するような設計が成されていないため、航行中に操縦席の人間をとてつもなく揺らすのである。

 

「い、いやー、そんなに深刻に捉えてくれなくても……」

 

 ちなみにケイトさんは俺の男性体の操縦席にアヤメちゃんと共に入りつつ話している。男性体の中は俺の体内でもあるため、声を発するとすぐに届くのだ。また、操縦席内にあるスピーカーから声を届けることも可能。

 

『ケイト、妊娠周期ヲ答エテミロ』

 

 俺は全く深刻に考えていない様子のケイトさんに問い掛けた。少し意地悪にしなければならない。

 

「え? えーと……40週ぐらい?」

 

『セメテ十月十日ト答エテ欲シカッタナ』

 

 WHOでは満280日、妊娠0日から妊娠42週程度の期間だ。ちなみに最終月経開始日を0日目と考え、0~6日目が妊娠0週、妊娠7~13日目は妊娠1週と数える。

 

 もっと詳細に答えれば妊娠初期は妊娠0週0日から妊娠15週6日。妊娠中期は妊娠16週0日から妊娠27週6日。妊娠後期は28週0日から39週6日だ。

 

 ついでに言っておくと流産は21週6日まで。早産は22週0日から。正期産は37週0日から41週6日まででそれ以上の42週0日からは過期産となる。

 

『チナミニココデノ流産ヤ早産ハ別ニ死産トイウ意味デハナク、只ノ期間ダ。低出生体重児デハアルガナ』

 

「そ、そうなんだ……」

 

『諸説アルガ、流産ハ約20%、早産ハ約5%で起コル。要ハ合ワセテ4分ノ1ノ確率デ起コリ得ルンダ』

 

「………………」

 

 まあ、死亡するという意味での稽留流産は15%程だが、そちらを語る程野暮ではない。

 

『ソウナッタラコンナ文明ノ力ノ無イ場所デ低出生体重児ヲ生カセル確証ハドコニモ無イ。ソモソモ自力呼吸可能ニナルノハ34週カラナノデ完全ニ手ノ施シヨウモ無イ。私ハ、医者デモ助産婦デモ人間デモナク、只ノアラガミダカラナ』

 

「…………はい」

 

 早産で新生児が基本的に助かるのは、現在の医療技術があってこそだ。それがなければどうなるかなどわかり切っている。

 

 また、流産は12週未満の早期流産と、22週未満の後期流産に分けられ、80%は早期流産である。子宮にまつわるものや、妊娠時高血圧症候群、感染症、糖尿病や心臓病の合併症、羊水過多など早産の原因など考えても切りがない。まあ、俺が常に母体の状態を観察出来るからある程度は問題ないがな。今のところは胎児は安定しており、染色体異常も見られない。

 

『ソレニ予定通リニ産ムコトガ可能デモ、29週マデハ後遺症ノリスクモ高ク、母体ヲ危険ニ晒スコトハ、胎児ノリスクニ直結スルンダ』

 

 原因など幾らでもあるが、疾患の発病率は出生前で20%、周産期で70%、出生後で10%程だと言われている。当たり前だが、既に周産期に入ったケイトさんは一番大切な時期なのである。

 

『次ハ周産期ガ何カヲ言ッテミロ』

 

「えーと……」

 

 ケイトさんは言葉に詰まり、舌先を出しながら笑顔でテレテレと頭を掻き始めた。こっちの心臓(コア)が高鳴るぐらい綺麗で可愛いが流されないぞ。

 

 周産期とは合併症妊娠や分娩時の新生児仮死など、母体・胎児や新生児の生命に関わる事態が発生する可能性が高くなる期間のことである。

 

 広義では妊娠してから生後4週までの期間。狭義ではICD-10に則ると妊娠22週から生後7日未満である。周産期医学や周産期医療というものもあり、それがどれほど重要かもわかるであろう。

 

『ソレカラ――』

 

「カナちゃん、カナちゃん」

 

 ケイトさんは俺の言葉を遮って笑顔で語り掛けてきた。なんだ、ケイトさんの為に言っているのだから何を言っても騙されんぞ。

 

「不安でゲロ吐きそう」

 

 そう言われてみれば笑顔のケイトさんはぷるぷる震えており、顔の血の気が少し引いているように見えた。

 

 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……ファッ!?

 

『チ、違ウノヨ……! 別ニ不安ニシタカッタトカソウ言ウ意図ハ全然ナクテケイトノ為ヲ思ッテノコトデ妊婦ナンダカラ知ッテイテ欲シイダケデソンツモリハ――!』

 

(こんなので釣れるんだからやっぱりカナちゃん可愛いわよねぇ……)

 

 この後、早口で無茶苦茶励ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、まずグレート・ブリテン島からユーラシア大陸の本土に戻るため、最も海峡の狭い海岸沿いに来たのだが、ここに来て全く考えていなかった問題が発生した。

 

『オ前ラ、海越エレルノカ……?』

 

『………………』

『………………』

『………………』

 

 当然ながらテスカトリポカ達から返答はない。

 

 現在、俺がテスカトリポカの背中に乗って移動しているため、ここで居なくなるのは結構な痛手である。非常に速いときのママチャリぐらいの速度なため、あまり早い足ではないのだが、24時間ぶっ通しで動き続けてくれるため、重宝しているのだ。

 

 というか、グレート・ブリテン島に3体のテスカトリポカを残しておくのは幾らなんでも鬼畜過ぎると思う。

 

 このままではテスカトリポカ達は、MGSPW(メタルギアソリッド ピースウォーカー)のピースウォーカーの最期みたいになってしまうと考えていると、いつも先頭を歩くテスカトリポカが意を決して入水したのである。

 

 全俺が頭の中で17歳教の人(ザ・ボスの中の人)が歌うカーペンターズのSingを流していると、その時不思議な事が起こった――。

 

 

 

 テスカトリポカがあの質量で俺のように水面に立っていたのである。

 

 

 まあ、俺と同様に戦艦棲姫(オボツカグラ)ちゃん達も水面に立つので、作るときのオラクル細胞をそのまま与えたテスカトリポカ達が出来ても何もおかしくはないのだが、全くの予想外であった。

 

 これにはテスカトリポカ達もゲームでよく踏まれた垂直跳びをして喜びを露にしていた。3体のテスカトリポカが交互にぴょんぴょんする姿はシュールである。

 

 アヤメちゃんは目を輝かせ、ケイトさんは苦虫を噛み潰したような笑みで見ていたが、そういうものなので仕方あるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イギリスからユーラシア大陸の本土に入り、最短距離を突っ切って極東に行こうと考えていたのだが、その認識はあまりに甘かった。

 

 まず、インフラがとっくの昔に壊滅しているため、道なき道を進み続ける必要があり、幾らテスカトリポカと言えど容易ではなかったのである。いや、むしろメタルギアでいうメタルギアみたいな機械のテスカトリポカの背に乗っていたため、随分楽だったのかもしれない。二人を男性体に乗せて俺一人でユーラシア大陸を横断するというのはちょっと考えたくないレベルであった。

 

 次に腹が立つぐらいの頻度で起こるアラガミたちの襲撃である。

 

 グボロ・グボロがボルグ・カムランを捕食したりなど、アラガミ同士でも弱肉強食なアラガミであるが、俺が人間を積んでいるためか、容姿のせいか、単純に挑みたいのかは知らないが、それはそれはとてつもない頻度で襲われるのだ。海路がどれほど安全だったのか身に染みたというものだ。

 

 無論、俺自身の砲撃と、テスカトリポカ達のトマホークミサイルによる絨毯爆撃により数に関係なく簡単に爆殺出来るが、その度にイチイチ足が止まり、倒した後ももったいないので、テスカトリポカのコア捕食(おやつ)タイムになるので地味に時間が掛かる。

 

 ちなみにアラガミ対アラガミの光景を、男性体のモニター越しに見るケイトさんは、野球中継をテレビで見るオッサンのような反応で応援しており、なんとも言えない気分になった。

 

 そして、ぶち当たった壁は、ユーラシア大陸をヨーロッパとアジアに分ける境界線の北側を形成しているウラル山脈であった。

 

 最初はどうにか山越えをしようとしたのだが、海路では全く問題なかったテスカトリポカ達が倒れたのである。正確には一回キャタピラがぶっ壊れたのだ。ノシノシ歩くから忘れるが、基本的に歩行かキャタピラ走行で明らかに足場悪いとこ問題ありそうだもんなお前ら。

 

 足が潰されたとなれば今後の移動に影響が出るので、その辺のアラガミでテスカトリポカのキャタピラを治しつつ断念。その時はウラル山脈の中央にいたので、南側か北側に抜けるか考えたとき、南に行くとすぐにテンシャン山脈や、アルタイ山脈や、クンルン山脈、そして世界最高峰のヒマラヤ山脈がお目見えすることになり、どうせ迂回するはめになるのは目に見えていたため、北側からのルートを取った。

 

 そして、ここで再び問題が発生。

 

 冬のロシアという極寒の気候に耐えきれず、テスカトリポカ達がまた破損したのである。今度は全身に人間で言うところのあかぎれのような裂傷が大量に出来て、動きもかなり悪くなりだした。

 

 そういえばわざわざ寒冷地仕様のクアドリガ堕天が存在する意味をここで思い知らされた。気づくかそんなもん。

 

 テスカトリポカ達はぶっ壊れながらでもアラガミや建材を捕食して修復しつつ進もうとしていたが、アヤメちゃんが泣きそうなのでケイトさんと相談して止め、ウラル山脈中央に引き返して南方ルートに戻り、ヒマラヤ山脈らを迂回する道を選んだ。

 

 総合すると山脈の話だけで1ヶ月以上のタイムロスである。

 

 まあ、それまでの食い物に関しては、食品表記上付けねばならないだけで賞味期限が実質存在しない缶詰を中心に廃墟で集めたり、適当な支部の目の前に一体のテスカトリポカを物資搬入口付近でウロウロさせ、業を煮やしたゴッドイーターらが対処や様子見に出てきたところで俺と戦艦棲姫が現れ、レーションと俺のおやつのOアンプルを奪うという作業を繰り返しているため、特に困ることはない。ケイトさんが絶妙な半笑いをしていたが、生きるために致し方なし。

 

 そんなこんなで、元中華人民共和国の目印として未だに残り、アラガミが移動に使う時に重宝しているように見えた万里の長城を丁度越えた程の場所にいた。始皇帝もこうなるとは思うまい。

 

 グレート・ブリテン島を出てから中国まで期間にすると約5ヶ月。掛かり過ぎなレベルであったが、なんとか無事辿り着くことが出来た。まあ、走り続けたのは主にテスカトリポカ達なのだがな。

 

 これまでで変わった事をあげるならば一番はやはり、アヤメちゃんだろう。

 

「フォウ姉ちゃん大丈夫? 無理してない?」

 

 なんというか随分色々と逞しくなった。

 

 精神面の方はまるで小さなケイトさんとでも言うべき程に強くなり、心なしか性格まで似てきたと感じる。無論、とっくの昔からケイトさんのことは慕っている様子だ。

 

 誰に似たんだかとケイトさんに言葉を投げる度に、ケイトさんはカナちゃんでしょと繰り返して来るので、いやケイトさんだろと返す日々が続く程度にはよく似ていると思う。本当にケイトさんの背中をよく見て育ったんだろうなあ。

 

 次に身体面に関しては、例えるのが難しいが、金田一少年の事件簿の岩窟王事件の犯人のような状態であろうか。これまでの成長の遅れを取り返すかの如く短期間で成長を遂げているのである。

 

 手帳の誕生日から逆算すると早生まれで今は15歳のアヤメちゃんは、年相応どころか栄養を与え過ぎたのかちょっと大人びて見えるほどである。

 

 そこそこの背の高さで、とてもよく身体が引き締まり、出るところは出ているという理想的なゴッドイーターみたいな身体をしている。最早、幼女とは呼べない悲しみもあるが、ノーブラで動く度に揺れる双丘をケイトさんとチラミする楽しみが増えたため、どっこいどっこいというところだろうか。

 

 今では"発色がよく艶のある茶髪をサイドポニーテール"に結んだりと、おしゃれにも興味が出て来たらしく、大変可愛らしい。

 

 そんなこんなで総合的には順調な旅路で終わるんだなと考えていた矢先。それは起こった。

 

 

 

 

 

「う"ぅ……」

 

『ケイト!?』

 

「ケイトさん!?」

 

 中国大陸を抜ければ極東支部というところで、ケイトさんに陣痛が起き始めたのだ。

 

 あまりに早い、期間にすれば早産。通常の医療施設であればNICUに入れば助かったが、ここではそんなものが望める訳もない。まだ、呼吸が出来ない胎児を救う方法などあるはずもなかった。

 

 絶望的な状況であった。赤いカリギュラにぶん殴られたせいや、ゴッドイーターで身体を酷使し過ぎたせい等と理由なら幾らでも思い浮かぶが、全て後の祭りだ。

 

「大丈夫よ……なんとかなる……するわ」

 

 ケイトさんならば本当に1ヶ月ぐらい痛みに耐え、胎児を留めておきそうだが、そんな力業をされたら母体も胎児も無事ではすまない。

 

 俺は考えた、考えに考えた。何度も頭の中で否定し、考え抜いた末に俺の倫理観と最後のプライドを踏み倒し――。

 

 

 

 これだけは色々な意味で絶対に使いたくなかった"赤子の命を繋ぐための最終手段"に手を出すことにした。

 

 

 

『ケイト……聞イテ』

 

「なに……?」

 

 俺はケイトさんにその方法を耳打ちした。説明を続ける度にケイトさんの表情は驚きと唖然に染まる。そして、ポツリと呟かれる。

 

「正気……?」

 

『正気モ正気ダ』

 

 だったら出来ることはなんだって全てしてやる。それが俺のポリシーだ。

 

「違うわ……自分を大切にしなさい! それであなたは本当にいいの!?」

 

 まさか、拒否ではなく、俺の心配をされるとは思っていなかったのでこちらが面食らう。本当に優しい女性だ。しかし、その答えは当に決まっていた。

 

『ココマデ来テ死ナセルナド、私ハ絶対ニ認メ無イ。認メタクナイ』

 

「…………カナ」

 

『コンナ"アラガミ"ニ任セルノハ嫌ダト思ウガ――』

 

「カナ」

 

 ケイトさんは俺の声を遮った。

 

 そして、一度目を瞑ってから優しい笑顔を作ると目を見開き、丸みを帯びた自身の腹部を撫でてから口を開いた。

 

「いいわ、やって。あなたなら私は大歓迎だし、この子もきっと本望よ」

 

 それを聞いて何より俺自身が一番安心した。赤子への高いリスクだけではなく、拒絶されるのが怖くて最小限にしていたという理由も少なからずあったからだ。

 

『アア、ソウシヨウ……安心シテイイ。帝王切開ハ無理ダガ、通常出産ナラ問題無イ。細カイ事ハオラクル細胞デ何トカスルカラ、必ズ産マセル』

 

 病院の無い山奥の村などで助産師を手伝った経験ならば何度かあるため、きっとなんとかなるだろう。いや、必ずなんとしてやる。

 

「本当に似た者同士ね、私たち」

 

『ソウダナ……』

 

 そんな他愛もない話をして、俺はアヤメに手伝わせながら出産の準備を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 期間にして約6ヶ月。遂に視認できる距離にフェンリル極東支部があった。

 

 望遠鏡などを使わなくても俺は艦船なためか、遠い距離を認識出来るので、台形に削れた岩山から人の様子を眺めることが出来る。

 

 それを見ながら俺はレーションを開けると"人間が食べる中身を摂取"し、容器である金属の缶を捨てた。

 

 するとアヤメちゃんが寄ってきて、少し不安そうな表情で口を開く。

 

「フォウお姉ちゃん、少しやつれた?」

 

『1ヶ月、人間ノ食ベ物シカ食ベテイナイカラネ』

 

 まあ、問題あるまい。この程度でどうにかなるような柔な身体ではない。この時ばかりはアルダノーヴァと戦艦水鬼の強靭極まりない身体に感謝した。

 

「本当に無茶苦茶ね」

 アヤメちゃんの反対側に立ったケイトさんはそう呟く。そのお腹は引っ込んでおり、妊婦だった様子は既に無い。

 

 ケイトさんは笑顔のままそっと手を伸ばし――。

 

 

 

 

 

 俺の"膨らんだ下腹部"を撫でた。

 

 

 

 

 

 そう、ケイトさんの赤子はあの時、ケイトさんから俺の胎内に移したのだ。オラクル細胞で即座に身体の様々なものを変化・形成出来るアラガミにしか不可能な荒業である。

 

 無論、こんなもの胎児がどうなるか最早、予想も出来ない上、その……俺の倫理的にも最終手段だったわけだ……うん……今でもその……凄く……複雑な気分です……はい。

 

 その後は細心の注意を払い、読み取った情報から極限までケイトさんの胎内に似せた環境をオラクル細胞で再現し、栄養の方は全て体外から摂取したものを利用して賄っている。無論、アラガミが食べるものは一切禁止だ。何が起こるかわかったものではない。

 

 膨らんだ腹を俺も撫でてみると、オラクル細胞で認識する必要もなく、命が宿っていることがわかる。時々動いており、その度になんだかとても幸せというか、愛しい気分になってしまうのは母性本能という奴なのだろうか。

 

『ン……』

 

 すると、ケイトさんがお腹を触りながら俺の胸やお尻にも触れ始めたので、変な声が出てしまった。

 

「それにしてもアレね。随分、母親って感じの身体つきになったわね」

 

『……ソウダナ』

 

 赤子がいるためか、俺の身体のオラクル細胞は無意識のうちに変化し、容姿を微妙に変えていた。具体的に言えば胸やお尻が少し大きくなり、前のように多少痩せ過ぎなぐらい細身な身体ではなく、若干全体的に肉付きの良い身体になったのである。

 

 無駄なところに本気出しやがって俺の身体……この様子だとそのうち母乳とかも出るようになりそうだな……。

 

「いやー、自分の時は何とも思わなかったけど――」

 

 ケイトさんは頭から爪先まで俺の身体を眺めてから片手の親指を立てて笑顔で口を開いた。

 

「スゴいえっちいわね、妊婦さんのカナちゃん」

 

『ケイト……』

 

「ケイトさん……」

 

 色々台無しだよこの人は……やはりケイトさんはなんというか、ハルオミさんの嫁なんだなと思いつつ、極東支部の空を眺めた。

 

 やっぱり寺院で見るのと大差無いな。

 

「それで極東支部にはどうやって潜り込むの?」

 

「いや、アヤメちゃん"アレ"使うって言ってたじゃない」

 

「あ……やっぱり本気なんだ……」

 

 なんだか物凄いアレなモノを見る目で見てくるアヤメちゃん。ケイトさんよりも常識人なのがポイントである。しかし、常識に囚われているようではまだまだ。

 

『大丈夫、絶対上手ク行クワ』

 

 はっきり言って全く確証はないが、それでも自信を持ってそう言えた。というか、これは最早、運命とかそういうレベルである。

 

 俺が振り向くと、釣られて二人も振り向く。そして背後に居た俺の男性体の手にはグラスゴーにいる時に拾って以来、密かに操縦席に収納し、座布団代わりになっていた"ソレ"がお姫様抱っこで抱えられている――。

 

 

 

 

 

 "紫色と灰色をメインカラーとした、継ぎ接ぎだらけのパンキッシュなウサギの着ぐるみ"である。

 

 右腕のでっかい腕輪もなぜか近くに落ちていたので、世界がきっと俺にそうしろと求めているのだろう。中は結構ゆったりしているので妊婦でも着ぐるみに入れるしな。

 

 そう、この世界では俺が……俺こそが――。

 

 

 

 "キグルミ"の正体(中の人)だ……。

 

 

 

 

 

 






 感想欄で生まれた赤ちゃん瑞木さんのオラクル細胞のせいで大変なことになるのでは等と予想していた読者様方。安心してください、見ての通り、もう気にならないぐらい展開はもっと酷いですよ!



~この世界線のキグルミさん~

刀身:ヴァリアントサイズ
銃身:ブラスト
装甲:タワーシールド

パーソナルアビリティー:
・ニライカナイ
・裏方
・影の実力者
・トリガーハッピー

ブラットアーツ:
・デッドヴィーダーⅣ(飛行種は神削ぎⅣに自動変更)

リンクサポート:
・主人公と同じ

ニライカナイ

体力:Lv6
オラクル:LV10
被ダメージカット:Lv4
耐久値上昇:Lv3
オラクル:LV10
乱戦時防御力:Lv10
近接特殊攻撃威力:Lv10
スタミナ自動回復:Lv10
駆除技術:Lv10
近接火属性追加:Lv2
銃身火属性追加:Lv2
近接神属性追加:Lv2
銃身神属性追加:Lv2
奉仕の心:Lv10


Q:なんでヴァリアントサイズ?
A:カマ野郎だから

Q:作者医学系の人間なん?
A:ただのホモだよ!



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博士とキグルミ 前

どうもちゅーに菌or病魔です。やっぱりちょっと毎日投稿間に合いませんでしたね。おのれおっきーめ……。




 この世界のあらゆる地域と比べても類を見ない程の激戦区――アラガミの最前線と呼ばれるフェンリル極東支部。

 

 そこで活動するゴッドイーター、技術者、研究者が出入りする区画のエントランスにて、現在あるモノが好奇の視線を集めていた。

 

 

 

『………………』

 

 

 

 それは紫色と灰色をメインカラーとした、継ぎ接ぎだらけのパンキッシュなウサギの着ぐるみを着た何かである。

 

 ウサギの着ぐるみはエントランスからフェンリル内の各区画へと通じるエレベーターの前に立ち、首を傾げるように片方に頭を傾け、片手で口元を軽く押さえるような姿勢で佇んでいる。

 

 更に妙にデカいが、ゴッドイーターの赤い腕輪を右腕にしており、背中に大きなフェンリルの紋章が付いていることからも、奇っ怪な風貌ではあるが、ゴッドイーターだということも理解出来た。

 

 ひとつ目につく奇妙な点と言えば、左肩にしがみつくように"頭の代わりに木魚を2つ付けたさるぼぼのような30cm程の物体"が乗っていることだが、着ぐるみのインパクトに比べれば些細なものである。

 

 そして、ウサギの着ぐるみのつぶらな瞳はエレベーターの操作パネルに釘付けになっており、全体的に見れば"私、困っています"といった雰囲気がなんとなく見て取れる。

 

 この極東支部にて、雨宮リンドウの次に第一部隊隊長を勤め、最強のゴッドイーターは誰かと極東支部で問われれば真っ先に名前が上がるゴッドイーターがいる。そのゴッドイーターは他の職員が誰も着ていないフェンリル制服を好んで着ており、異世界の住人のような奇っ怪な服装や、攻め過ぎたサンタのような服装をしていることは多々あったが、ウサギの着ぐるみのデザインが更に奇妙なために同一視はされなかった。

 

 しかし、今のところ好きで声を掛けようという者がいなかったため、他の職員が気を使ってエレベーターが使えない時間が続いた。

 

「おー? 君どうしたのさー?」

 

 するとウサギの着ぐるみの背後に何者かが立ち、声を掛けた。それに気づいた着ぐるみは振り返る。

 

 そこには灰色のセミロングな髪をし、遮光性整備用ゴーグルを着け、ノースリーブのタンクトップに、工具を入れるポシェット付きのオーバーオールを着用した女性の姿があった。

 

 彼女の名は"(くすのき)リッカ"。主にゴッドイーターたちが使う神器の整備を担当している整備士である。

 

「なにそれ、面白い服装だね」

 

 そう言ってリッカはカラカラと笑う。その様子には嫌みなどはなく、不気味さすら漂うウサギの着ぐるみを単純に面白いから笑っているようであった。

 

 それを見てか、聞いてか、着ぐるみは動く。

 

 

『――――――!』

 

 

「えーと……どういうことかな?」

 

 ウサギの着ぐるみは両手を精一杯、腕を横に振り、何かの感情を露にしていた。しかし、表情等がないせいで、喜びとも、怒りとも、悲しみとも捉えることができ、着ぐるみ本体の絶妙な不気味さも合間って般若面のようにやや怖い印象を受けた。少なくとも子供は泣きそうなものである。

 

 

『………………』

 

 

 リッカのその反応を見てか、ジェスチャーを止めて少し首を傾げるウサギの着ぐるみ。

 

 

『――!』

 

 

 するとウサギの着ぐるみは手と手を鳴らし合わせた後、背中のチャックを少し下ろして何かを取り出した。

 

「おー?」

 

 それはサイン色紙と黒のボールペンであり、明らかにチャックの隙間から出るサイズでもなければ、その手でどうやって取り出したかも謎だが、リッカがその疑問を覚える前にウサギの着ぐるみが行動した。

 

 とてつもない速度でペンをサイン色紙に走らせ、絵を書き始めたのである。いったい、その平たい手で如何にして色紙を押さえながらペンを持っているというのだろうか。

 

 

『――――――!!』

 

 

「わぁ……すごい!」

 

 そして、時間にして1分も掛からずに書き上がったモノは、黒一色で書かれたとは思えない程の出来映えの現極東支部支部長代理"ペイラー・榊博士"の似顔絵であった。ご丁寧に初恋ジュースの缶まで似顔絵の隣に書いてある。

 

 エントランスにたまたま居合わせた人間は、その正確な早業と着ぐるみを着たままで行う大道芸人のような様子から拍手が起こるほどである。

 

 そして、ウサギの着ぐるみは色紙の博士とエレベーターのパネルを交互に手で指した。

 

「あー、なんだ。博士のところに行きたいんだね!」

 

 リッカがそういうとエントランス中の人間はすぐに納得し、ウサギの着ぐるみに向けられていた好奇の視線は無くなった。

 

 "なんだ、サカキ博士の知り合いか"と言った具合である。いや、"サカキ博士なら仕方ない"と思われているのかも知れない。どちらにせよ、ある意味信用されていると言うべきなのだろうか。

 

「それじゃあ、折角だから私が送ってあげるよ。この時間なら……んーと、研究室にいるね」

 

 

『――――――!!!』

 

 

「ふふっ、本当に面白いね君」

 

 その言葉にウサギの着ぐるみは、はち切れんばかりにジェスチャーを行い喜んで見せた。見ているだけでなんとなく笑えてしまうので、自然とリッカから笑い声が溢れる程だ。道化とは斯くあるべきだろう。

 

 

 

 

 

 その後、リッカはエレベーターで着ぐるみをラボラトリの区画に送り、戻ろうとしたところ引き止められた。

 

「んー? まだ何かある?」

 

 

『――――――!』

 

 

 すると今回は背中からサイン色紙と、何色かのボールペンを取り出す。そして、再び踊るようにサイン色紙にボールペンを走らせると、やはり1分も経たない内にそれは書き上がった。

 

「わ、わ……私!?」

 

 それは自然な笑顔で笑う楠リッカの似顔絵であった。色がつくことにより、写真のように色彩豊かでありながら、ボールペンらしい味のある絵に仕上がっており、売ればそこそこの値段で売れそうなものである。

 

 

『――!』

 

 

「え? くれるの!?」

 

 そして、ウサギの着ぐるみは案内してくれたお礼とばかりにリッカにその似顔絵を渡した。リッカは貰えるとは思っていなかったようで驚きに目を見開く。

 

「えへへ、ありがとう……でも私、こんなに可愛くないよ」

 

 

『――――――!!!!!』

 

 

 似顔絵を受け取りながらそう返すと、ウサギの着ぐるみはこれまでで一番激しいジェスチャーで否定をしようと動く。手話を使ってまで伝えそうな勢いであるが、流石にその手では無理なようだ。

 

「ありがとー!」

 

 

『――――――!』

 

 

 その後、ウサギの着ぐるみはリッカがエレベーターに乗り、見えなくなるまで足も動作に入れつつ両手を大きく振って見送った。

 

 

『………………』

 

 

 そして、ウサギの着ぐるみはラボラトリ区画の廊下に人が誰もいないことを確認し、本当に小さな声でポツリと呟いた。

 

 

 

『生リッカノ破壊力半端無イワ……』

 

 

 

 その呟きの後、ウサギの着ぐるみはペイラー・榊博士の研究室の扉の前に立ち、ノックの後に扉を開けて入室した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……?」

 

 現極東支部長代理兼アラガミ技術開発統括責任者、ペイラー・榊博士はこの支部では珍しいドアノックによる入室にモニターから顔を上げた。

 

 

『………………』

 

 

 そして、開かれた扉から研究室に入ってきた者は、紫色と灰色をメインカラーとした、継ぎ接ぎだらけのパンキッシュなウサギの着ぐるみである。その肩には双頭の黒い木魚のような頭が付き、さるぼぼに似た白い身体の30cm程のぬいぐるみらしきものが乗っている。

 

 様々なモノを目にし、体験してきたサカキ博士であったが、こういった素直過ぎる妙なモノはそこまで経験がなかった。

 

 そして、何かの催し物や、着ぐるみに関する記念日でもあったかと考えつつ、なんと声を掛けたものかと考えていると、着ぐるみから声が聞こえた。

 

 

『コンニチハ、サカキ博士』

 

 

 その声は機械と人間の中間のような声質であり、ボイスチェンジャーなどを使っているにしては人間の音声が残り過ぎているため、サカキ博士は疑問を覚える。

 

 そして、ウサギの着ぐるみは自身の被り物に手を掛けながら言葉を吐く。

 

 

『私ノコトハ、知ッテイルノデハナイカシラ――』

 

 

 ウサギの着ぐるみは頭部を外し、被り物を床に落とす。そして、その顔を目の当たりにしたサカキ博士は口を大きく開け、目を見開き、唖然とした様子になった。

 

 

 

『アナタ方ガ"ニライカナイ"ト呼ンデイル、コワイコワイ"アラガミ"ヨ』

 

 

 

 ウサギの着ぐるみの中身は紛れもなく、アーク計画でヨハネス・フォン・シックザール前支部長が、ノヴァの剣と盾と呼び、ゴッドイーター達と対峙したアルダノーヴァのプロトタイプⅣ号機。

 

 アルダノーヴァ神属感応種にして、第一種接触禁忌種アラガミ。

 

 

 "ニライカナイ"の女性体がそこにいたのである。

 

 

「な……」

 

 これにはどちらかといえばかなりお喋りな部類に入るサカキ博士も絶句した。

 

 極東支部及び世界各国のフェンリル支部の記録によれば、エイジス島で発生し、極東に暫く留まった後、南下ルートで海上を航海しながらグレート・ブリテン島に暫く留まり、突如として陸路でユーラシア大陸を横断するという、全く動機が不明ながら大移動をする奇妙なアラガミであったが、まさか既に極東に戻っており、極東支部に直接乗り込んで来るとは、流石のペイラー・榊博士でも思いもしなかったのである。

 

 いったい、どうやってアナグラに侵入したのか、警備やゴッドイーターの目をどう掻い潜ったのか、そもそもそのコスチュームは何なのか、色々な疑問は浮かんだが、真っ先にサカキ博士の頭で像を結んだことは、シックザール前支部長が操ったアルダノーヴァの神の如き、戦闘能力である。

 

 女性体のみとはいえ、あんなものがラボラトリ区画で暴れられれば只ではすまない。サカキ博士は自身の命よりも、極東支部を内側から破壊されることを何より危惧したのだ。

 

 しかし、サカキ博士は同時に、このニライカナイというアラガミから一筋の光明を見出だしてもいた。

 

 それはニライカナイが言語を使用するアラガミだからというだけではなく、ゴッドイーターとの交戦記録及びフェンリル支部での戦闘記録から、サカキ博士が考えるに、1度しかゴッドイーターを殺傷したことがないアラガミだからだ。

 

 他のフェンリル支部は奇跡や不幸中の幸いと考えているが、エイジス島の真実を知るサカキ博士は違った。

 

 エイジス島で回収されたアルダノーヴァ及び破棄したプロトタイプに関する資料では、エイジス島のアラガミ装甲を破壊する程のスペックは無い。そもそもそれほどの破壊力を持たせては本末転倒だからだ。しかし、エイジス島の調査で発見されなかったⅣ号機のニライカナイはエイジス島のアラガミ装甲をいとも容易く破壊している。

 

 これはニライカナイが破壊力を持ち過ぎたためにプロトタイプのまま陽の目を見る事がなかったのか、放置された期間にオラクル細胞が突然変異を起こしたのかは不明であるが、既にニライカナイがアルダノーヴァの範疇には収まらないことを意味していた。

 

 本来、ニライカナイがその気になればこの極東支部すら火の海にしてしまうことすら可能な筈なのである。にも関わらず、ニライカナイは如何なるフェンリル支部にも砲撃を加えたという報告が1度もない。

 

 更に唯一、殺傷したと記録上ではなっているグラスゴー支部のゴッドイーターは、報告によればニライカナイが現れた時点で既にアラガミ化の兆候が現れており、どちらにしても助かることは不可能な状況であったとなっている。

 

 そして、サカキ博士はこう考えた。

 

 

 "ニライカナイは何らかの理由でゴッドイーターを殺すことを避けているのではないか"と。

 

 

 そして、ここから先のことは完全に憶測であるが、こう空想する。

 

 

 "ニライカナイは人間寄りのアラガミなのではないか"と。

 

 

 "前例があった"ことを差し引いても、それはあまりに現実離れした甘美な空想でしかなかった。しかし、サカキ博士はニライカナイの危険性とほぼ同等にそれを信じていた。

 

 何故なら彼は紛れもなく、"ロマンチスト"なのだ。

 

『…………!?』

 

 すると、何故か目の前のニライカナイが、人間の立ち眩みのように少しよろめく。その動作が余りに人間らしく、思わずサカキ博士は声を掛けた。

 

「大丈夫かい……?」

 

『エエ、悪イワネ……最近タマニ目眩ガアルノヨ』

 

 ニライカナイは余りに普通に声掛けに対応し、サカキ博士に軽く会釈まで返した。それに博士は目を丸くしつつ、自身の考えが間違ってはいなかったのではないかと内心感情を昂らせた。

 

 ニライカナイは研究室内を見回し、折り畳み式のパイプ椅子を見つけて口を開く。

 

『悪イケド、座ッテモイイカシラ?』

 

「あ、ああ……勿論だとも」

 

 ニライカナイにそうは返したが、サカキ博士はこれまで生きてきた中でも1位、2位を争う程に緊張をしていた。

 

 というのも、余りにニライカナイが人間的過ぎたのである。かつてこのラボにいた特異点の少女のように幼げで純粋というわけでもなく、明らかに成熟しきった女性程の知性を既にニライカナイが宿していることは明白であった。

 

 故にサカキ博士の一挙一動で、180度ニライカナイの心象や行動が変わる可能性が十分に有り得る状態なのである。

 

(弱ったな……胃に穴が空きそうだ……)

 

 狐のような細目の裏で、まさかこのように考えていたなど極東支部の人間が聞けば何かの間違いだと考えたことだろう。

 

 しかし、同時に嬉しさからかサカキ博士の表情には自然と笑みが溢れていた。

 

『コレ、脱グワネ』

 

 ニライカナイはパイプ椅子を広げてから、着ていたウサギの着ぐるみの背中のチャックを下げて少しづつ着ぐるみを脱いだ。

 

 そして、徐々にニライカナイの黒いドレスのような衣装に包まれた全身が露になっていき――。

 

「君……それは……?」

 

 ニライカナイの下腹部が"妊婦"のように丸みを帯びており、サカキ博士はそれに目が釘付けになった。また、妊娠期間では7ヶ月程ではないかと推測する。

 

 着ぐるみを完全に脱ぎ、部屋の隅に座らせて立て掛けた後、着ぐるみの肩に乗っていたぬいぐるみのようなものをまた自身の肩に乗せてから、ニライカナイはパイプ椅子にそっと腰掛けた。

 

『ン……』

 

 するとニライカナイが小さく声を漏らす。そして、自身の手を大きく丸みを帯びた下腹部に当ててそっと撫でた。その時のニライカナイの表情は優しげであり、ヤンチャな子供を暖かく眺めるような何とも言えない顔付きをしていた。

 

『今7ヶ月目ダカラ、一番活発ナ時期ナノヨ。ゴメンナサイネ、マダ蹴ラレルノモ慣レナイワ』

 

「君は……」

 

『エエ、私色々アッテ――』

 

 ニライカナイは少し恥ずかしそうに少し頬を朱に染め、サカキ博士とはあまり目を合わせず、両手の人差し指同士をくっ付けて離す動作を繰り返しつつ呟いた。

 

 

 

『"人間ノ子ヲ妊娠"シテルノ……相談シテイイ?』

 

 

 

 流石の空想家も、エイジス島を旅立ったニライカナイが、ここまでぶっ飛んだことになり、極東に帰って来た上に己の研究室に相談に来るとは思わず、十数秒後にサカキ博士が返した言葉は"それは大変だったね"という当たり障りの無いものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみにカナちゃんの肩に乗っているぬいぐるみっぽい奴のデザインは"三越戦艦棲姫 梅酒"等と検索すれば出てくる戦艦棲姫さんの肩に乗っている艤装と似たようなデザインや配色です。


あ、それと。

  ニコニコでガチホモタグの6割以上をひとりの投稿動画で占めている究極のノンケ目指したりしてる人程ではありませんが、作者はノンケなんで(迫真)


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博士とキグルミ 中

どうもちゅーに菌or病魔です。前中後編となっております。



 

 

 

 

『悪イワネ……』

 

 ニライカナイの衝撃の告白から少し経ち、やや冷静になったサカキ博士はニライカナイが妊婦だということを理解し、パイプ椅子からソファーへニライカナイを移し、自身はパイプ椅子に座って対面する形を取った。

 

 そもそも用途に応じてオラクル細胞で機能を賄うアラガミが妊娠など、望んでしない限り、絶対にあり得ない。

 

 だというのならば、ニライカナイはいったいどんなロマンスを経てここにいるのか。博士の中では興味深いなどという次元を既に幾つも飛び越えていた。

 

『ソウネ、ドコカラ話ソウカシラ――』

 

 ニライカナイはどこか遠くを見つめながら口を開いた。

 

 

 まず、ニライカナイが目を醒ました時、エイジス島の研究室におり、非常に不思議な感覚を味わったという。それは自分が何者かまるでわからないにも関わらず、頭の中には幾つもの知識が混在しており、整理することにかなりの時間を要したという。

 

 サカキ博士はそれはオラクル細胞の記憶だと関連付けた。アラガミはオラクル細胞を通してあらゆることを記憶しており、故にあのように生態系を分化させ、同種でも異なる行動や環境に適するのだ。尤もニライカナイの記憶――知識はもっと根底のものであり、まるで人間の記憶に眠る知識をそのまま転写したかのようにも思えた。

 

 そして、研究室に落ちていた資料と頭にある知識から自身はアルダノーヴァ プロトタイプ Ⅳ号機だということに気付いたという。

 

「待ってくれ……じゃあ君は()()知っているのかい? この極東支部やフェンリルのことも、アーク計画のことも、それから――」

 

アルダノーヴァ()ノオラクル細胞ノベースハ、"前支部長ヨハネス・フォン・シックザール"ノ妻ガアラガミ化シタ、アラガミダトイウコトカシラ?』

 

 それを聞いてサカキ博士は絶句した。ニライカナイは本当に全てを知った上でこれまで生きてきたのである。知識を整理する仮定でいったい何れ程彼女が思索し、自我を確立していったのだろうかと博士は慮る。

 

『フッ――』

 

 驚くサカキ博士の様子を見てか、ニライカナイは優しげに目を細め、小さく息を漏らした。

 

「ッ……!?」

 

 それを見てサカキ博士はニライカナイから懐かしさを覚え、そのこと自体に驚愕した。

 

 ニライカナイの容姿はかつて日本で語られた鬼のようであり、白過ぎる肌や紅い瞳や角などから人間ではないことは明らかだ。しかし、艶のある長い黒髪と顔に掛かる前髪や、端正な顔立ちに切れ長の目、そして何気ない一動作がサカキ博士に想起させたのだ。

 

 アイーシャ・ゴーシュという女性そのものを。

 

『話ヲ続ケテイイカシラ?』

 

「あ……ああ! 勿論だとも」

 

 呆けたサカキ博士に声を掛け、再びニライカナイは口を開いた。

 

 

 エイジス島を出た直後、自身の性能を確認するためにエイジス島のアラガミ装甲に試射したところとんでもない威力だった。

 

 次に本土に向かい、廃図書館から書物の知識を吸収することに暫く勤しんでいると、アラガミが闊歩する世界でひとり生きる少女を目にし、そのまま保護したとのことだった。

 

「子供を保護したのかい……?」

 

『今モズット、一緒ニ旅ヲシテイルワ。名前ハ――』

 

 言葉を区切り、ポツリと呟かれた名に、サカキ博士は目を大きく見開いた。

 

『"流葉(ながれば)アヤメ"、今年デ15歳ニナル少女ヨ』

 

「"マユリ"君の娘が生きていたのか!?」

 

 サカキ博士はパイプ椅子から立ち上がり、ニライカナイに詰め寄った。すると、ニライカナイはソファーからゆっくり立ち上がり、ウサギの着ぐるみが置いてあるところまで行き、着ぐるみの中から一本の第一世代神機を取り出し、博士の前に差し出した。

 

 それを一目見たサカキ博士は、何かに気がついた様子で小さく言葉を吐く。

 

「これは……マユリ君の……」

 

『3年間、極東ヲタッタ一人デ生キ抜イタ少女ガズット大事ニ持ッテイタモノヨ』

 

「そうか……やはり彼は私の元まで来ようと……アヤメちゃんはずっと生き抜いて……」

 

『"遺留品ハコレダケ"ヨ。彼女ノ事ハマタ後デ語ルワ。次ハコノ子ニツイテノ話ヲスルワ』

 

 サカキ博士を宥めながらニライカナイはソファーに戻ると再び口を開いた。

 

 

 男性体の操縦席にアヤメを乗せてイギリスに着いた後、そこでアラガミ化しかけている女性ゴッドイーター――ケイト・ロウリーを見つけ、アヤメと同様に保護した。

 

 ニライカナイは自身の感応能力を使い、女性のオラクル細胞を抑え込み、ほぼ無力化することでアラガミ化を止めた。そして、その状態で女性ゴッドイーターのオラクル細胞を少しずつニライカナイのオラクル細胞と入れ換えるという治療を行うことにしたのである。

 

 その矢先だった。女性ゴッドイーターが妊娠しているということに気がついたのは。

 

 治療も未だ開始したばかりで、アラガミ化寸前のゴッドイーターを止める手立てが通常のフェンリル支部にあるわけもなく、母体と胎児の安全を考えた時に真っ先に思い浮かんだ存在が、シオというアラガミの少女を匿っていたペイラー・榊博士であった。

 

 思い立ったら直ぐに行動し、ニライカナイの海上移動は母体と胎児に悪影響を及ぼす可能性が高いため、陸路でユーラシア大陸を横断して、極東支部へと向かったのだ。

 

「まさかその子は……」

 

『ソノマサカヨ』

 女性ゴッドイーターは途中で変調を来たして早産してしまった。未だ自立呼吸の出来ない胎児を医療環境がまるでない場所で救うには、ニライカナイはこの方法しかないと判断したのだ。

 

『コノ子ハケイトノ子。ソシテ生カスタメニ私ガ妊娠ヲ引キ継イダノ』

 

 つまりニライカナイは死に行く女性を憂い、助けた上で、自身の身体すら擲って子の命を助けているのだ。

 

「なんという……そんなことが……」

 

 かつて実験の事故からアラガミへと変貌したアイーシャ・ゴーシュ。そのアラガミを培養してヨハネス・フォン・シックザールにノヴァは造られ、アーク計画の過程で造られた人造アラガミにして神機に極めて近いアルダノーヴァ。

 

 命を擲って世界を救おうと考え、結果的に両方とも叶うことはなく、ひっそりと誰にも見向きされることなく遺産として残ったアルダノーヴァのプロトタイプが、まるで当初の夫妻の意思であった"滅びゆく世界を子供達に見せたくない"という想いを体現するかの如く、アラガミでありながら人間を憂い、子供を救うために己の意思で全身全霊を捧げる。

 

 いったい、ヨハネスが知ったら何を思うだろうかとサカキ博士は彼方を仰ぐ。

 

『マア、コンナ化ケ物ノ子宮ニ入ッタナンテコノ子ハキット喜バナイデショウネ……』

 

 ニライカナイは自嘲気味に笑い、下腹部を撫でる。その瞳はどこか悲しげに映る。

 

 サカキ博士は椅子から立ち上がり、ニライカナイの両肩に手をくと膝を折り、顔を伏せながら懇願するように口を開いた。

 

「何を言うんだ……! 君は立派な――」

 

 サカキ博士の瞳からは涙が溢れ落ちており、それを見たニライカナイは少し驚いた様子で目を丸くしながら博士を見つめた。

 

「本当に立派な……"人間"だよ」

 

 かくして、願いの果てに残った優き神は人間となった。

 

 そして、出来るならば()()()()は何があっても立ち会おう。

 

 ペイラー・榊は一人の人間としてそう誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォウ姉ちゃん帰ってこない……」

 

 かつて繊維工場として操業していた工場跡地でポツリと発色がよく艶のある茶髪をサイドポニーテールに結んだ中学生程の年齢に見える少女――アヤメは呟いた。

 

 その表情は不安げであり、行動も同じところを行ったり来たりと繰り返しており、彼女の内心が見て取れる。

 

 無論、フォウとはニライカナイのことだ。

 

「アヤメちゃんは心配性ねぇ」

 

 するとアヤメの背中から抱き締めるように栗毛に赤い眼鏡を掛けた女性――ケイト・ロウリーに抱き締められた。

 

「ケイトさん……でもフォウ姉ちゃんは正午には戻るって言ってからもう1時間は経つし……」

 

「たった1時間じゃない。待つのは女の甲斐性よ」

 

 そう言いながらケイトはカラカラと笑う。その表情には心配などというモノは欠片も含まれていないように見えた。心配をしない、というよりもニライカナイを信頼していると言った様子だろうか。

 

 ちなみにケイトの近くには1体のオボツカグラがおり、それは付かず離れずの距離でケイトに付いて回っていた。

 

 ケイトはニライカナイの感応能力で生き長らえているため、ニライカナイの側にいなければならないのだが、感応能力の産物であるオボツカグラからも感応波は出すことが可能なため、このようにオボツカグラをケイトに付かせているのである。

 

 ウェストミンスター寺院でケイトが眠っていた部屋の外にオボツカグラがいた一番の理由がそれである。ちなみにこのオボツカグラはそれからずっと同じ個体のオボツカグラであり、たまにケイトに付き合わされたり、セクハラされたり、着せ替えさせられたりしており、最近はその度にニライカナイの方を無言で見つめているが、ニライカナイが気付く様子はない。

 

「それにカナちゃんは捕まるぐらいだったらかなり抵抗するだろうから、今頃アナグラはバーベキュー会場よ」

 

「それはそれで問題!?」

 

 そんな会話を繰り広げていると、遠くから車のエンジン音が響くのを彼女らは耳にした。

 

 エンジン音は徐々に近付き、廃工場の回りを巡回しているユーラシア大陸を横断してきた3体のテスカトリポカと、極東支部の周辺でニライカナイが集めた半機械のアラガミ"ラーヴァナ"達の間を通り抜けて廃工場に入って来た。

 

 ちなみにラーヴァナはとても大量に集められており、30体を越える程の数が集まっていた。ニライカナイが直接進化させたテスカトリポカに比べれば、その性能は比べる事すら烏滸がましい程だが、これだけ数が居れば戦争さえ仕掛けられる戦力であろう。尤もこの世界に国はどこにも残っていないが。

 

 ニライカナイ曰く、"アラガミ動物園で召集を掛けたのが間違いだった"とのことである。

 

 廃工場内に入り、アヤメとケイトの前まで乗り付けて止まった車は、フェンリルの紋章が付いた軍用のバンであった。

 

 フェンリルの紋章を見たアヤメが身体をすくめ、それを見たケイトがアヤメの身体を抱いて宥める。

 

「大丈夫大丈夫。それに表の奴らが威嚇射撃すらしなかったっていうことはそういうことよ」

 

 ケイトの呟きの後、勢いよくバンの操縦席の扉が開かれ、それは姿を表した。

 

 

『悪イワネ、話ガ弾ミ過ギテ遅レタワ』

 

 

 バンから出てきた者は、黒いドレスのような衣装を身に纏い、お腹が大きく膨れたアラガミ――ニライカナイであった。

 

「ぁぁ……! フォウ姉ちゃん!」

 

『オー、ヨシヨシ』

 

 アヤメはニライカナイにお腹の子を傷つけない程度に抱き着き、帰還を祝福した。ニライカナイは黙ってそれを受けている。

 

「お帰り、何か進展あった? というかカナちゃん運転も出来るのね」

 

『エエ、ハワイデ親父ニ習ッタワ。ソレハソレトシテ中々面白イ事ニ――』

 

 

「そこから先は私が話そう」

 

 

 するとバンの助席側の扉が開閉する音の後に男性の声が響く。

 

 そして、着物の上にインバネスコートを羽織り、複数の眼鏡を鎖で首から下げた男性が2人の前に姿を現した。

 

 ケイトはその人物を見て目を丸くし、アヤメは少し不安げにニライカナイを見上げた。そんな様子を横目に、男性は口を開いた。

 

「こんにちは。二人の事は全てカナ君から聞いている。私は現極東支部長代理兼アラガミ技術開発統括責任者"ペイラー・榊"だ」

 

『話シタラ来チャッタ』

 

「来ちゃったってそんな…………ブフッ!」

 

 珍しくケイトからニライカナイへ突っ込みが入った。それもそのはずこのペイラー・榊という男。フェンリル創設者のひとりであり、アラガミが蔓延るこの時代で特にゴッドイーターらにとっては時の人と言えるような存在なのである。

 

 人命が著しく軽いこの世界において、真に必要といえる人材を簡素な車に乗せ、アナグラからここまで連れて来たという事であろう。ケイトはニライカナイの大胆不敵な行動に吹き出し掛けていた。

 

 サカキ博士は真っ先にアヤメの前に向かうと、口を開く。

 

「随分大きくなったね。私のこと……覚えているかい?」

 

「……………………サカキおじちゃん?」

 

 アヤメは暫く考えた後、ハッとしたような表情になり、ポツリと呟いた。

 

「そうだ! 君のお父さんの――」

 

「サカキおじちゃん!」

 

 アヤメが勢いよくサカキ博士に抱き着いたことで博士の言葉が遮られる。博士の手に抱かれたアヤメは目に涙を浮かべていた。

 

 そんな光景を見せられては他に言うことも無くなり、ケイトはニライカナイと共に暖かい目で二人を見つめていた。

 

 

 

 

 





ー車で移動する少し前の話ー



「ところで、その"ぬいぐるみ"はなんなんだい?」

『アア、コレ?』

 ニライカナイは肩に乗っている双頭のさるぼぼのようなものをサカキ博士に抱かせた。ぐったりした30cm程のぬいぐるみのようであり、大変軽い。また、触り心地も柔らかくふわふわしており、クッションのようであった。

『私ノ"男性体"ヨ』

「……何だって?」

『オラクル細胞ヲ圧縮シテ軽ク小サクシタ私ノ男性体ヨ』

「……………………実に興味深い」

 まだまだアラガミに対する研究が足りないなとサカキ博士は感じた。





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博士とキグルミ 後

どうもちゅーに菌or病魔です。一応後編ですが、最早キグルミでも何でもないので全部のタイトル変えるかも知れません。


 

 

 

 

「いやぁ! 実に興味深い!」

 

 サカキ博士はテスカトリポカの結合破壊出来る兜の上に付いている排熱器官の上に立ちながらそんなことを高らかに言っていた。

 

 見ればサカキ博士に乗られているテスカトリポカは、猫の香箱座りのようにへにゃりとキャタピラをとんでもない方向に曲げながら屈んで座っている。

 

「クアドリガってああやって休むんだ……」

 

「アヤメちゃんアヤメちゃん、カナちゃんのテスカトリポカをクアドリガに含めるのは早計よ」

 

「そっか、フォウ姉ちゃんのだものね」

 

『遠回シニ私貶サレテナイ?』

 

 三人でそんな会話を繰り広げていると、テスカトリポカによじ登っていたサカキ博士は満足したのか、旅を共にしたオボツカグラを呼び、それに反応したオボツカグラは一度跳ぶことで博士の居る場所に立つと、博士を抱えて三人の目の前まで戻った。

 

「いやぁ、堪能した」

 

 サカキ博士はこれから50代に入ろうとする張りとツヤとは思えない程、来る前より肌をツヤツヤさせながらそんな言葉を呟いた。

 

 まず、廃工場に来たサカキ博士は流葉アヤメと対話を終え、ケイト・ロウリーとの対話に移り、それも終わった後はニライカナイに支配されているラーヴァナと、三体のテスカトリポカの見学に移ったのである。

 

 ラーヴァナにはと言えば、結合破壊出来る頭・前足・胴体をペシペシと叩いてみる事から始まり、絶対に閉じるなとニライカナイに命令されたラーヴァナの口に手を突っ込んだり、背中によじ登って太陽核に木の枝を差し込んでみたり、発射寸前のキャノンを覗き込んでみたり等をして、ゴッドイーターのケイトですらかなり引く程に色々なことをしていた。

 

 次にニライカナイのテスカトリポカは、やはり結合破壊出来る前面装甲・ミサイルポッド・兜をペシペシと叩いてみることから始まり、開いたミサイルポッドにオボツカグラに頼んで岩を乗せて閉じた時に閉まる力で岩が破砕される様子を見たり、開いた前面装甲の中に人が入れるぐらいのスペースがあるためサカキ博士が実際に入ってみたり、転移トマホークミサイルを何度も発射させてその原理を調べてみたり、排熱器官の上で焼き肉は出来るのかとニライカナイに聞いてみたり等をして、排熱器官の上に立ってから今に至る。

 

「奇人変人とは聞いていたけど、ここまでとは思わなかったわ……」

 

「研究職につくと同時に探求者である私にとってそれは誉め言葉だよケイト君!」

 

 テスカトリポカが用意してくれた5段のピラミッド状に重ねたトマホークミサイルを興味深く見つめ、触れながらそのように答えるサカキ博士。確かにこれを瞬時にオラクル細胞で幾らでも形成し、果てはアラガミバレットからもコレが発射されることはあまりに奇っ怪と言えよう。

 

 その上、テスカトリポカはトマホークミサイルをオラクル細胞によって転移させて飛ばすこともいとも容易くしてくるのである。もう、オラクル細胞というものがまるでわからない。

 

「さて……」

 

 サカキ博士はトマホークミサイルから身を引き上げ、オボツカグラの目の前に立った。オボツカグラは相変わらず、無表情で無機質な瞳をしていた。

 

 周りの人間と一体のアラガミが首を傾げていると、サカキ博士は手を後ろに回しながら顔をオボツカグラに近づける。

 

「………………」

 

『………………』

 

 顔を近づける。

 

「………………」

 

『………………』

 

 まだ、迫り顔が近づく。

 

「………………」

 

『………………』

 

 まだまだ、迫り顔が近づく。

 

 すると、ここでこれまで動きを見せなかったオボツカグラが身をやや引き、サカキ博士から離れた。

 

「…………ふむ」

 

 それを見たサカキ博士は前傾姿勢を正した。

 

「では……」

 

 そして、次にサカキ博士はオボツカグラの一枚しか着ていないニライカナイと似たデザインの黒いドレス状の裾を両側から押さえ、上に捲り上げようと力を加えた。

 

「ちょっと……博士!?」

 

「サカキおじちゃん……?」

 

 要は前から大胆にスカート捲りをしたのである。ここまであからさまな事はケイトですらした事がなかった。

 

 しかし、ここでまたオボツカグラが動いた。

 

『………………!』

 

 捲られるスカートを押さえたのである。無論、第一種接触禁忌種のアラガミの力にサカキ博士が勝てるわけもなくスカートを捲る行為は失敗に終わる。

 

「ほほう……」

 

 サカキ博士はそれだけ呟くとドレスから手を離し、オボツカグラから離れた。二人の人間が非難の目を向ける中、それまで特に行動を見せなかったニライカナイがポツリと呟く。

 

『博士、見学ハ終ワリダ』

 

「おっと、済まないね。気がついたらやり過ぎてしまったかい?」

 

 ニライカナイの大変妥当な言葉に目を向ける二人。更にニライカナイは瞳をやや冷ややかなものに変え、言葉を吐いた。

 

 

 

『イヤ、ソウジャナイ。"ヴァジュラ種ガ20体以上"コチラニ来テイルノヲ屋上ニ配置シタ"ラーヴァナ"ガ確認シタ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ディアウス・ピター率いる4体のプリティヴィ・マータと19体のヴァジュラの群れがこの廃工場に来ることを察知したため、それを撃退するというニライカナイについてサカキ博士は廃工場の屋上に向かった。

 

「とんでもない数だね……最近はここまでのアラガミの群れは余り現れなかったのだが……」

 

 サカキ博士はこれらをゴッドイーターだけで対応したのならば、如何に極東支部と言えども死傷者が出てしまうかもしれないと危惧した。それと同時に最大の疑問をぶつける。

 

「君は戦わないのかい……?」

 

『コレダケ戦力ガアレバ十分ダワ。面白イモノヲ見セテアゲル』

 

 どうやら極東支部でも総力戦になるような戦力をニライカナイは30体のラーヴァナと3体のテスカトリポカのみで片付ける気らしい。

 

 後、1分程でディアウス・ピターらが殺到するという状況。 ニライカナイは廃工場の屋上で敷地内を全て見渡せる場所に立つと、指揮者のように両手を掲げた。

 

 そして、彼女の踊るように動かされた指の動きに合わせ、ラーヴァナとテスカトリポカが軍隊のように規則的に移動し、テスカトリポカ1体ごとに、10体のラーヴァナがそれぞれ付いた。

 

 その直後、ディアウス・ピターらが廃工場の敷地内に侵入し、機械のアラガミ達と交戦を開始した。

 

 こちらのラーヴァナは2体で1体のヴァジュラと交戦に当たり、15体のヴァジュラと戦闘を繰り広げる。そして、残りの4体のヴァジュラと、ディアウス・ピターと、4体のプリティヴィ・マータは3体のテスカトリポカが交戦した。

 

「なんと凄まじい……」

 

 炎、雷、氷が戦場で入り交じり、機械のアラガミ達と、ヴァジュラ達との戦いは戦争というより、まるで神話の再現のようであった。いや、アラガミ同士の戦いは神々の戦いと言えるのかもしれない。

 

 2体で1体を相手にしているラーヴァナ達とは違い、1体で3倍の数を相手にしているテスカトリポカ達は、自身の弱点でもある前面装甲を開く攻撃を一切行わず、ミサイルポッドによる攻撃と、背に乗られた場合に垂直に跳んで振り払うことを繰り返し、千日手の状況を作り出していた。

 

『サア、仕上ゲト行キマショウ』

 

 ニライカナイの呟きの直後、一体のヴァジュラがラーヴァナによって地に叩き伏せられたまま動かなくなった。

 

 それから均衡が崩れ、次々とヴァジュラが脱落し、2度と動くことがなくなる。その数は9体に上った。

 

 しかし、こちらのラーヴァナも無事というわけではなく、5体のラーヴァナが地に身体を横たえたまま事切れている。

 

 そして、その直後からラーヴァナは2体で1体から1体で1体のヴァジュラとプリティヴィ・マータと交戦する戦法に切り替わる。

 

(これは……)

 

 残った10体のヴァジュラと4体のプリティヴィ・マータは14体のラーヴァナがそれぞれ相手取り、その間、フリーになった11体のラーヴァナが1体のディアウス・ピターを交戦しているテスカトリポカごと取り囲んだのである。

 

 流石に状況が悪いと判断したディアウス・ピターはこの場から移動しようとしていたが、その直前にテスカトリポカの前面装甲が初めて開き――。

 

 

 ディアウス・ピターの片前腕を挟み込んだ。

 

 

 機械のハッチに挟まるという想像絶する激痛に身を捩りながらも、ディアウス・ピターの強靭な前足は千切れる事はなかった。そう、千切れる事はなかったのである。

 

『オシマイヨ、王サマ』

 

 その直後、ニライカナイから可視出来る程の感応波が放たれ、戦場にいる全ての機械系アラガミが活性化する。

 

 そして活性化したことにより、11体のラーヴァナが砲身をディアウス・ピターとテスカトリポカに向け、サンライズブリンガーの発射準備に入った。通常よりも遥かに溜めが長いため、渾身の一撃を放とうとしていると思われる。

 

 交戦していたラーヴァナを噛み殺し、発射形態のラーヴァナに狙いを定めた1体のプリティヴィ・マータに攻撃され、発射形態に入った1体のラーヴァナは破壊されて動かなくなった。しかし、その隙を突かれたプリティヴィ・マータは、別のテスカトリポカからのトマホークミサイルを脇腹に受け、脇腹ごと臓器を抉られて地面に沈んだ。

 

 そして、残った10体のラーヴァナ達からのサンライズブリンカーがディアウス・ピターとテスカトリポカに向けて放たれる。

 

 テスカトリポカは機械の身体であり、ニライカナイの力を得ているため、耐久面も強化されているが、ディアウス・ピターはそうではない。

 

 10のサンライズブリンカーの直撃を受けたテスカトリポカは前面装甲とミサイルポッドが結合破壊するだけに留まったが、ディアウス・ピターは殺し切るには至らないまでも想像を絶するダメージを受けて地に伏せる。

 

 しかし、その隙はこのテスカトリポカに見せるには余りに大き過ぎる隙であった。

 

 テスカトリポカはディアウス・ピターの前足を離し、ディアウス・ピターの頭部を前面装甲で挟んだ。

 

 当然ながら頭部を挟まれているディアウス・ピターはもがき、何度も何度も前面装甲を前足で引っ掻く。しかし、それで何が起きるわけでもない。

 

『詰ミヨ』

 

 ニライカナイの呟きの直後、テスカトリポカは前面装甲でディアウス・ピターの頭部を挟んだまま、内部でトマホークミサイルを射出した。

 

 トマホークミサイルは爆発せずにディアウス・ピターの顔面に突き刺さり、その老王のような顔を凹ませる。

 

 そして、左右のハッチと正面のトマホークミサイルに潰されたディアウス・ピターの頭部は――。

 

 

 

 ぐしゃりと、音を立てて潰れた。

 

 

 

 頭部が無くなったため、一度大きく跳ねた後、だらりと身体を投げ出したまま二度と動くことの無くなったディアウス・ピター。

 

 それを見たプリティヴィ・マータとヴァジュラ達の残党は恐れ慄いたのか、蜘蛛の子を散らすようにその場から撤退して行った。

 

 戦場を見渡すと2体のラーヴァナが倒れ伏しており、こちらの被害は合計9体のラーヴァナを失い、1体のテスカトリポカが損傷するだけに留まった。それに比べてヴァジュラ達はディアウス・ピターとプリティヴィ・マータを1体づつ失い、10体のヴァジュラを失うという大損害を被っている。いや、数だけならばそう変わりはないが、その差は歴然であろう。

 

 ここまで群れを散らして貰ったため、後は極東支部のゴッドイーターで対応することを提案しようと、ニライカナイの顔を見ると、侮蔑に歪んだ表情をしている事に気がついた。

 

「そんな顔も出来るんだね……」

 

 ニライカナイの優しい側面しか見ていなかったサカキ博士はそう呟いた。

 ニライカナイはその言葉には答えず、嘲笑気味に口を開く。

 

『ハッ……』

 

 次の瞬間、ニライカナイの背に何処からか跳んで来た男性体が現れ、その砲身を撤退するプリティヴィ・マータとヴァジュラ達に向けた。

 

『逃ゲルナラ…………始メカラ歯向カウナ!』

 

 凄まじい轟音と大気を震わせる振動と共にニライカナイの男性体から主砲が発射された。

 

 真横にいたサカキ博士は何故かその衝撃をダメージとしては一切感じなかった。オラクル細胞で攻撃対象の認識識別でもしているのだろうか。

 

 そして、一体のプリティヴィ・マータの足元に着弾した瞬間――。

 

 

 

 "周囲にいた数体のヴァジュラごと"塵すら残さずに消し飛んだ。

 

 

 

 砲撃は着弾点の何もかもを吹き飛ばし、大地を抉った上で巨大なキノコ雲を作った。その破壊力はひとつの区画を丸々破砕して尚余りある。

 

 ニライカナイはそれを逃げていったプリティヴィ・マータとヴァジュラ達が全て消し飛ぶまで行う。といってもそれまでに掛かった砲撃回数はたったの3発であった。

 

 サカキ博士は今までアラガミ同士で行われていた戦いが、まるで子供の遊びに思えるような光景を作ったニライカナイを呆然と眺める。

 

(なるほど……ヴァジュラ種と言われているラーヴァナ達が従うわけだ)

 

 種族が同じなわけではないにも関わらず、機械系のアラガミが従う理由は、本能的にニライカナイの戦闘力を理解できるからということも、少なからずあるのではないかとサカキ博士は考えた。それならば機械系のアラガミどころか誰だって歯向かいたくはないだろう。寧ろ、付き従う方が利口だとも考える。

 

『ネエ博士……』

 

 ニライカナイはそっと呟き、サカキ博士の方へと身体を向けた。

 

『コレデモ私ハ人間……?』

 

 自嘲気味に呟かれたその言葉に対してサカキ博士が返す言葉は既に決まっていた。

 

「そんな言葉を、他者に投げ掛けられる者は人間だけだよ」

 

 そう言うとニライカナイは口を噤み、戦場の跡を眺めた。そこでは破損したテスカトリポカやラーヴァナが、死んだヴァジュラ達を補食して身体を治しており、ありふれた弱肉強食の風景があった。

 それを横目にサカキ博士は口を開く。

 

「今日は本当に興味深い1日だった。今日ほど素晴らしい日を私は決して忘れることはないだろう」

 

 それは紛れもなく賛辞の言葉であった。人として研究者としてあらゆる意味で衝撃的な日であったと言える。

 

「それで――」

 

 サカキ博士は言葉を区切ると、細目を開き、ニライカナイへとある質問を投げ掛けた。

 

 

 

「"マユリ君の手帳"について黙っていたのは何故だい?」

 

 

 

 それを聞いたニライカナイは表情を歪めて驚いた様子で目を見開いた。

 

 それを見たサカキ博士はまた目を細めてから口を開く。

 

「やはり黙っていたのか。いや、その事を咎めるつもりはないが、君は少し顔に出やすいかもしれないね」

 

『鎌ヲ掛ケタノネ……』

 

「それは謝るが、理由はあるよ。彼はいつも肌身離さず持ち歩いていたからね。言っても見せてはくれなかった。多分、最期に託すならアヤメ君に渡していると思ったんだ」

 

『勝テナイワネ……』

 

 ニライカナイは黒いドレスの内側から一冊の手帳を取り出した。黒いドレスもオラクル細胞で出来ているため、何処かに収納スペースを作っていたのだろう。

 

 そして、ニライカナイは手帳をサカキ博士に渡し、博士はそれを読んだ。

 

 

 

「マユリ君……」

 

 暫くしてからサカキ博士の口からその名前が漏れる。

 

「君は優しいアラガミだね」

 

 また、サカキ博士はニライカナイの優しさを肯定する。

 

「だからこそ私はこう考えた」

 

 そして、更に言葉を続けた。

 

「何故、君ほど強く優しいアラガミがこの手帳を私に隠したのかを。尤もこれは私の個人的な推測だ。否定してくれても答えてくれなくても構わない」

 

 ニライカナイは観念した様子で黙って聞いてる。

 

「フェンリル極致化技術開発局、副開発室長"ラケル・クラウディウス"。勿論、知った名前だ。だが、その肩書きが私にこの手帳を隠すだけの理由にはなり得ない。何故なら私はフェンリル創設者のひとり。発言権もそれなりにはある。少なくともクラウディウス家以上にだ。君はそれを頼って私の元に来たというのも理由のひとつのため、周知している」

 

 ニライカナイは否定しなかった。その通りなのだろう。

 

「ならば君が誰かに脅されているのか? それはあり得ない。君には家族はおらず、守るべきものはあの二人とその子ぐらいのものだ。ならば世界最強クラスのアラガミでもある君を恫喝出来る者など存在する筈がない」

 

 サカキ博士は言葉を止めずに話続ける。

 

「だとすれば肩書きが理由ではない。それならば――」

 

 サカキ博士は言葉を区切り、また口を開いた。

 

 

 

「"アヤメ君は知らず、これを読んだ者にもわからない、君だけが知り得るラケル・クラウディウスの性質"そのものが理由なのではないか?」

 

 

 

『………………!』

 

 その言葉にニライカナイはこれまでで一番、驚愕した表情を浮かべる。その様子はあまりに人間らしかった。

 

「どこで知ったのかはわからないが、君はラケル・クラウディウスの何らかの異常性を認識した。それこそ私ひとりでは手に負えないと君に思わせる程のだ。私が手帳を知り、彼女を糾弾すれば私自身が著しい危険に晒される恐れがある。君はそれを危惧した」

 

 ニライカナイはサカキ博士から目線をずらして目を背けた。その様子から答えは想像出来よう。

 

「そして、そう考えるともうひとつ疑問が上がる」

 

『何カシラ……?』

 

 ここに来て初めてニライカナイから声が上がる。

 

「どうして君自身がラケル・クラウディウスを殺さないのかだ」

 

『………………』

 

 ニライカナイは答えなかった。しかし、ばつが悪そうにしており、ニライカナイが聞かれたくなかった事であるように感じられた。

 

「君はアヤメ君を愛している。それは明白だった。だからこそ手帳を読んだ君が何も行動を起こさない事が不思議だと私は感じた。君には人間をどうにでも出来てしまうだけの力があり、それを適切に行使出来るだけの意思や自制心もある。己だけで解決したいのか、アヤメ君に復讐させたいのか、アヤメ君には全てを忘れて生きて欲しいのか。それは私の預かり知らぬところだ」

 

 ニライカナイは全てを諦めたかのような表情で話を聞いていた。まるで推理ミステリーで追い詰められた犯人のような様子である。

 

「他に幾つも疑問点はある。しかし、その全てを君から聞くことは止めよう。そして、何れにしても――」

 

 サカキ博士は言葉を区切る。そして次に吐かれた言葉にニライカナイは目を見開いた。

 

「出来ることならこの件は君が望む形になるように君に協力したい。安心して欲しい。こう見えても水面下で動く事は大得意だ」

 

 それだけ言ってサカキ博士は口を噤んだ。それ以上は何も言うことはないとばかりにニライカナイの側にいるだけだ。

 

 

 

『博士』

 

 そして、暫く時間が経った後、ニライカナイから言葉を投げ掛けられた。

 

 サカキ博士は向かい合うニライカナイの様子が何処か変わっているように感じられた。

 

『私ガアナタニ隠シテイタ理由ハフタツアル』

 

 ニライカナイは指を二本立てる。そして、一本の指を折り畳んだ。

 

『ヒトツハ博士ノ言ウ通リ、アナタヲ危険ニ晒スカラダ。"アレ"ハ私ガ知リ得タソノママノ存在ナラバ、アナタダケノ手ニハ負エナイ。キット殺サレル』

 

 ニライカナイは確信しているように更に言葉を続ける。

 

『狂人ガ本当ニ怒リヲ露ニスル事ハ、"玩具ヲ取リ上ゲラレル事"ダ。仮ニソンナコトヲスレバドウナルカ目ニ見エテイル。"人間"ガ挑ムニハ余リニ危険ダ』

 

 サカキ博士はニライカナイの口調が変わっている事に気づいていたが、特に言及することはなかった。

 

『モウヒトツハ――』

 

 ニライカナイは残りの指を折り畳み、手を下ろした。そして、胸に手を当てながら口を開く。

 

『アレガ、本当ニ可哀想ナ"人間"ダカラダ』

 

 それは極めて感情的で、人間的な想いであった。

 

『博士ノ言ウトオリ、アレヲ殺スダケナラバ、私ニハ簡単ナ事ダ。フェンリル極致化技術開発局(フライヤ)ヲ喰イ破リ、アレノ研究室マデ侵入シテ至近距離カラ砲弾ヲ叩キ込メバソレデ全テガ終ワルダロウ。ダガ、ソレハキット誰モ救ワナイ、救ワレナイ選択ダ』

 

「君は……救いたいのか? アヤメ君も彼女も」

 

 その言葉にニライカナイは真っ直ぐにサカキ博士を見つめて言葉を紡ぐ。

 

『可能ナラナ』

 

 そして、優しい笑みを浮かべながら、また言葉を吐いた。

 

『私モ……"ロマンチスト"ナンダ』

 

「そうか……」

 

 それ以上サカキ博士は何も言わなかった。彼にしては非常に珍しい光景である。

 

『何故私ニソコマデスル……?』

 

 また、ニライカナイからサカキ博士に声が掛かる。それは純粋な疑問であった。

 

 その問いにサカキ博士は研究者ではなく、ひとりの人間として答えを返した。

 

「君の友人になりたいから……ではいけないかい?」

 

『フフッ……』

 

 ニライカナイは小さく笑う。それはどこかぎこちない笑みであったが、それが自然な様子に見え、サカキ博士は一番いい顔をしているのではないかと感じた。

 

『ジャア、不束者ダガ、コレカラヨロシク頼ム。"私ノ友人サン"』

 

「ああ、こちらこそよろしく頼むよ。何分、アラガミと友達関係になるのは初めてでね」

 

 その後、二人は夕陽が沈み掛けることを認識するまで屋上で話していた。

 

 

 

 

 








ー屋上での話が終わった後の話ー



「そうだ、カナ君。"あの"オボツカグラ君をここに寄越してくれないか?」

 あのとは世界半周を共に行い、さっきサカキ博士にセクハラ紛いの何かをされていたオボツカグラの事であった。

『ン? イイゾ、コノ距離ナラケイトハ私ノ範囲内ダシナ』

 するとすぐに屋上に跳び込んでくる形でオボツカグラがやって来た。それを確認してサカキ博士はニライカナイに耳打ちをする。

『……何故ソンナコトヲ?』

「いいからやってくれ」

 疑問符を浮かべたままニライカナイは手を水平に掲げて指を鳴らす準備をし、こう言った。

『コレマデゴ苦労様。アナタハ解体スルワ』

 そう言って指を鳴らそうと振り上げた次の瞬間――。



『イ、イヤッ! 止メテ! 私ヲ殺サナイデ!?』



 自身の肩を抱きしめながら声を荒げ、そう懇願して恐怖に慄きながら泣きそうに顔を歪めているオボツカグラの姿があった。

『エ……?』

「ああ、やっぱりか。一目見て思ったよ」

 サカキ博士は嬉しそうに呟いた。

「その娘、自我があるんじゃないかなってね」

『………………オウフ』




――――――――――――――――――――――

この小説の努力目標
・ラケルてんてーを救う←New!



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母と娘

どうもちゅーに菌or病魔です。

母と娘の癒し回でございます。


 

 

 

 

 時は流れ、廃工場からサカキ博士の研究室に場所を移した。

 

『………………』

 

 そして、ソファーに座らされ、俺とケイトさんに両サイドをガッチリと押さえられたオボツカグラは、居心地が悪そうに目線を下げてテーブルの染みをずっと眺めていた。その表情は不安げであり、紅い瞳には確かな理性の色があった。

 

 オボツカグラの男性体は、俺と同じような30cm程のさるぼぼみたいなぬいぐるみのようになっており、逃げないように俺の隣のアヤメちゃんが抱っこしている。

 

『……ァゥ……!』

 

「おお?」

 

 ケイトさんがひっそりと尻を撫でるとオボツカグラの肩が跳ね、恥ずかしそうに頬を染め、俺に助けを求めるようにチラチラと目配せしてくる。なんだこの可愛い生き物。

 

「いやぁ、実に興味深いね。カナ君の能力で造られた能力の産物でしかない、不完全なコアを持つオボツカグラが自我を持つとは。いやはや、まるで意味がわからない」

 

 そうは言うが、サカキ博士はとても嬉しそうな様子だ。調べることが増えて楽しいんだろうな。

 

「ではオボツカグラ君……ふむ、長いな。では"カグラ"君と呼ぼう。カグラ君が自我を持った時期と過程について説明してくれないかい?」

 

『ハ、ハイ……』

 

 そうして、カグラちゃんは恐る恐る口を開いた。

 

 

 

 カグラちゃんによれば、最初に自我に目覚めたのは生成されてから2ヶ月程経ってから。とは言っても単純に木を見た、石を見たといったように見た物や触れた物の認識を始めたらしい。

 

 この辺りは感覚期から運動期に当たるだろうか。感覚期は感覚、運動期は運動によって、自分の周囲に広がる世界を把握し、認識する時期である。人間の発達段階では生後0歳から生後2歳までと言われている。

 

 ではそれまではどうだったかと言えば、カグラちゃん自身よくわからず、その頃も命じられたことは自動で出来たらしい。

 

 生成されてから3ヶ月経った頃には、人間ではケイトさんはケイトさん、アヤメちゃんはアヤメちゃん等と個別に認識出来るようになり、言われずとも先にしていることが出来るようになったそうだ。

 

 人間の発達段階ならば前操作期ぐらいであろうか。前操作期とは外界の認識が感覚と運動から操作へ発達していく準備段階の時期で、 対象の永続性が獲得され、言語やイメージによる象徴化――もとい目の前にはない活動が出来る、ある役割になりきって行動することができるようになったのだろう。生後2歳から6歳程がこれに当たる。

そして、生成されてから4ヶ月で、文章の内容理解から推察まで可能となり、自分や相手がどんな存在なのか認識出来るようになり、また自己で考えることが出来るようになったそうだ。

 

 発達段階で言えば、かなり段階を飛ばして抽象的操作期だろうか。抽象的操作期とは、現実の具体的なことだけでなく、現実を一つの可能性と位置づけて抽象的なことも論理的に考えられるようになる時期。人間で言えば11歳程からこの時期が始まると言われている。

 

 そして、考えられるようになった結果――。

 

 

 自身が"即席(インスタント)"であり、俺の意思で感情すら向けられずに簡単に消されてしまうと理解してしまったのである。

 

 それに気づいた彼女は絶望した。自我が目覚めたばかりの彼女には、余りに酷な現実だったのだろう。

 

 するとケイトさんが立ち上がり、俺を呼び指した。

 

「酷いわカナちゃん! あなたの子よ!?」

 

『ソレガ言イタカッタダケダロウ?』

 

「うん、次はハルに絶対言うわ」

 

 なんなんだろうかこの人は本当に……。

 

 とりあえず言いたかったことは言い終えたであろうケイトさんは放っておき、カグラちゃんに声を掛けた。

 

『何故ズット偽ッテイタノ?』

 

『他ト違ウト気持チ悪イッテ……不良品ダカラ破棄サレル……ソウ思ッテ……』

 

 それを聞いて俺は頭を抱えた。この娘は俺から発生したにも関わらず、俺をなんだと思っているのだろうか。はてさて……どうしたものか。

 

「ふむ……」

 

 サカキ博士が顎に手を当てながらそう呟き、言葉を続けた。

 

「カナ君。カグラ君の事は私に任せてくれないかい? 勿論、悪いようにはしない。保証しよう」

 

 その言葉に少し驚く。俺としてはそこまでサカキ博士がカグラちゃんに肩入れしてくれている事に驚きだった。まあ、拒否する理由もないので、カグラちゃんについては任せる事にした。

 

「うむ、ありがとう。では、今日はここでお開きにしようか。時間も遅くなっている」

 

 研究室にある時計を見ると22時を指していた。確かに今日は色々あったので、そろそろ寝てしまいたいところだ。

 

 

 

 

 そういう訳で、とりあえずアヤメちゃんとケイトさんは居住区画の一室で睡眠を取り、俺とカグラちゃんはサカキ博士の研究室の奥にあるベッドを使って眠ることになった。

 

 サカキ博士は今日の事をまとめたいそうなので邪魔をするのも悪いため、早く寝てしまおう。

 

『………………』

 

 下を向いて黙っているカグラちゃんを引き連れながらベッドの置いてある部屋に入ると、簡素な一人用ベッドが2つ離れて壁際に置いてあった。

 

 ふむ……。

 

『エ……?』

 

 とりあえず片方のベッドを持ち上げ、もう片方の壁際に設置されたベッドの隣にくっつけてタブルベッドにしてしまった。ついでに枕も繋げておく。ふむ、俺とカグラの男性体は枕元に置いておこう。

 

『オイデ』

 

 先に手前のベッドに俺が座り、ベッドメイキングに目を丸くしているカグラを招くと恐る恐るといった様子でカグラは前まで来る。

 

 そこで棒立ちになったままどうしたらいいのかわからないといった様子をしていたため、俺はカグラちゃんの手を引き、腰を抱えると、奥のベッドに軽く投げた。

 

『サテ、寝マショウカ』

 

 カグラがいる方は壁際のベッドのため、カグラは逃げることが出来ない。

 

『…………ハイ……』

 

 女の子座りでベッドにいるカグラは、やはり表情も動きも固いままであった。それを見て俺は小さく溜め息を吐き、俺もカグラと同じように女の子座りでベッドに上がり、向かい合ってから行動に移した。

 

『ェ……ァ……?』

 

 とりあえず未だ不安げな顔をしているカグラを両手で抱き寄せ、その後に背中へ回した片手で規則的に片手で背中を軽く叩き続けた。外見年齢はほとんど変わらないので端から見れば不思議な光景だろう。

 

 カグラは目を白黒させている。しかし、俺から離れるようなことはなかったため、そのまま抱き締めつつ言葉を吐いた。 

 

『馬鹿ネエ、アナタハ私ガソンナニ器ガ小サイト思ッタノ?』

 

『ァゥ……』

 

 そう言われたカグラは縮こまる。しかし、互いの胸が密着し、俺の大きなお腹にカグラのお腹が触れる状態では意味を成さない。

 

 そのまま俺はカグラと共にゆっくりベッドに倒れ込み、正面からカグラの顔を見た。

 

『私ヲ見テ?』

 

『ハイ……』

 

 恐る恐るといった様子で目線を上げて目を合わせるカグラ。

 

 彼女にとって俺は恐怖の象徴でもあったのだろう。こちらにそんなつもりは一切なかったのだがな。こうなってはこちらも腹を括るというものだ。

 

『マズ、アナタハ……私ヲ"母親"ダト思イナサイ』

 

『母……親……?』

 

『サア、好キニ私ヲ呼ンデ?』

 

『…………オ……母様……』

 

 カグラは小さな声で絞り出すようにそう呟いた。ふむ、やはりこれだけではダメだな。

 

『ヤッパリ止メ、アナタハ産マレテ間モナインダカラ――"ママ"ト呼ビナサイ』

 

『エ……?』

 

『サア、呼ンデミテ?』

 

『…………ママ……』

 

『エエ、私ガアナタノママヨ』

 

 そう言うとカグラから肩の力が抜けているように感じた。

 

『……ママ……』

 

『エエ、私ハアナタノオ母サン。オ腹ノ子ト同ジヨ』

 

『ママ……』

 

『エエ、私ガカグラノ母親ヨ。娘ヲ消スナンテシナイワ』

 

 カグラは少しずつ俺を呼ぶ声が明るくなり、その瞳に涙を溜め始める。

 

 俺はカグラの涙を指で掬い上げてから言葉を吐いた。

 

『ママノ前デ我慢ナンテシナイデ。何デモ言ッテ、一杯泣イテ、笑ッテ、怒ッテ、フザケタッテイイノ。ダッテアナタハ私ノ娘ナンダカラ』

 

『ママァ……!』

 

 カグラは決壊したようにさめざめと泣き、自分から俺に抱き着く。

 

『ママ……ママ……!』

 

 俺はそれを黙って背中を撫でながら受け止め、カグラの好きなようにさせておいた。

 

 

 

『ネエ……ママ?』

 

『何?』

 

 暫くしてカグラから問いがあったために答える。カグラは泣き腫らした顔に少しだけ笑みを浮かべながら呟いた。

 

『オ腹……触ッテイイ?』

 

『好キニシテ』

 

 俺がそう言うとカグラは俺の膨らんだ腹に手を伸ばした。

 

『ン……』

 

 すっかり出べそになってしまった臍を撫でられ、ぞわぞわと何とも言えない感覚が駆け巡り、声を上げてしまった。やはり慣れないな……。

 

 暫くするとカグラは手を引っ込めたので、そろそろ寝ようと思い、こちらから話し掛けた。

 

『チョット、動カナイデネ?』

 

『……?』

 

 俺は疑問符を浮かべているカグラに近づき、そのオデコに口付けをした。

 

『オヤスミナサイノキスヨ。カグラモ私ニシテクレル?』

 

『ア…………ウン……』

 

 カグラは恥ずかしいのか頬を朱に染めながら口付けを返した。

 

『ン……』

 

 俺の唇に。

 

 まあ、初めてだし、こうこともあるだろうと考え、カグラを撫でる。カグラはなついた猫のように目を細めていた。

 

『オヤスミカグラ、モウ寝マショウ?』

 

 そう言って枕元で男性体が抱えている照明用リモコンに手を伸ばそうとすると――。

 

『アノ……ママ……』

 

 カグラに声を掛けられたために止まる。カグラはそのまま言葉を続けた。

 

『ママト……モット話シタイ……』

 

 その言葉を聞き、俺はリモコンを求めた手を引っ込め、カグラに確りと向き合ったまま笑い掛けた。

 

『ジャア、ソウシマショウ。コレマデ話セナカッタ分、沢山ネ?』

 

『ウン!』

 

 その日、カグラが眠気に負けて眠りに落ちるまで、他愛もない話をずっとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェンリル極東支部に来てから1ヶ月程経った頃。俺はサカキ博士の研究室の奥でベッドに寝そべりながら旧時代の記録媒体にある映像(アニメ)を垂れ流しながら何をするわけでもなくぼーっとしていた。

 

『フワァ……』

 

 あくびをしたところで何が起こるわけでもない。ねむけをさそう相手もいない。

 

 少しこれまでの事を話すと、まず俺とカグラは極東支部の方々にはまだ伝えず、サカキ博士の研究室に匿われる事になった。赤子にいらぬストレスになる可能性があるので、少なくとも出産まではそうしておくことになったのだ。

 

 アヤメちゃんは"瑞木アヤメ"という名のサカキ博士の親戚という設定で、フェンリル極東支部のお手伝いをしている。まあ、ゴッドイーターらの手伝いが主で、最近はオペレーターもしてみているらしい。かなり筋がいいそうだ。とは言っても希望はゴッドイーターであり、現在進行形で細かく神機の適正を検査している最中である。

 

[みんな下がれ! 早く! コンボイ司令官が爆発する!]

 

『ヤッパリ、トランスフォーマーハ不朽ノ名作ネェ……』

 

[ホアアアアアッ!!]

 

 ケイトさんはと言えば、ある程度オラクル細胞が安定し、腕輪の修理も出来たので、研究室に引き籠っている俺の代わりに"キグルミの中身"として、ゴッドイーター活動している。なんだかんだ彼女もワーカーホリックなのだろう。ちなみに、いつの間にかキグルミを着たまま飲み物を飲んだり、ご飯を食べたりする技術を身に付け、ゲームのキグルミと大差無い謎の物体と化している。神機はロングブレード・アサルト・バックラーだけどな。

 

 カグラはサカキ博士に預けたところ、博士の助手のようなことをしている。カグラはカグラで大変筋がいいらしい。美人助手を侍らせる奴は爆発すればいいと思う。

 

『ヨッコラセックス』

 

 どうでもいい掛け声を上げながらベッドから身体を起こして座り、リモコンを操作して別の奴に切り替えた。

 

 チラリと隣に置いてある姿鏡を見ると、黒のドレスの上に"白衣"を着て、"眼鏡"を掛けた暇そうな表情の戦艦水鬼ちゃんがいた。

 

 なんだか、こう色々服を着てみたりもしたのだが、最終的にコレに落ち着いたのである。この服装が非常にしっくり来るという奴だろうか。

 

 何故かコレを最初に見たサカキ博士が絶句しながら"やはり君は……"等と呟いていたが、今の俺にとってはどうでもいいことだな。

 

 ちなみに廃工場に残った21体のラーヴァナ達は、元々極東支部周辺に居たラーヴァナだし、野に放してやった。

 

 俺が支配を止めると、特別製のテスカトリポカ達とは違い、各ラーヴァナは俺に向かってひと鳴きした後、すぐに俺の下から去って行った。俺の近くにいた人間達を攻撃も反応もせずに去ったのは、王への畏怖や敬意の現れなのかも知れないな。

 

 更に蛇足で、これは後に知ったことなのだが、極東支部のラーヴァナは、俺が放したすぐ後からゴッドイーター1人に対して必ず2体で当たるような生態に変わったそうな。また、クアドリガ種とよく行動を共にしている姿が確認されるようになったという。結果的にサカキ博士に白い目で見られた事を記しておこう。

 

 ペットは最後まで責任を持とうという教訓を思い知ったニライカナイさんなのであった。

 

[あ! 貴様、俺のエビチャーハンを!]

 

 そして、一番問題などう考えても隠せない巨体を持つ俺のテスカトリポカ達なんだが……結論から言おう――。

 

 

 

 とりあえず"隠せた"。

 

 

 

 どうやってかと問われれば実に単純明解。

 

 フェンリル極東支部にサカキ博士の試作対アラガミ用武装特殊車両と称して置いてある戦車みたいな三台の大型トレーラー。

 

 それらがテスカトリポカ達なのである。

 

 俺やオボツカグラが、ちょっとしたオラクル細胞の応用で男性体を小さく出来るので、テスカトリポカも子犬ぐらいまで小さくなれるのではないかと思ったのでやれと言ったが、全員同時に全力で勢いよく首を振られたので、出来るだけ小さくてフェンリル支部にそぐうような格好に成れないかと考え、やらせてみた結果がソレである。

 

 大して小さくならず、見た目はやたらずんぐりむっくりしたタイヤがキャタピラの4人乗り大型サイロトレーラーのような外見なのだが、頭可笑しいレベルの頑丈さ、サイロ上部がスライドして鬼のように追尾するオラクルトマホークミサイルが放てる機能、トレーラーの周囲だけをアサルトアーマー並みに爆発させれる機能、走行中だろうとマリオよろしくジャンプして悪路や断層も何のそのな機能、ラーヴァナやクアドリガがトレーラーを目にすると何故か一目散に向こうが逃走する機能等がある。

 

 最初、皆に見せた時、サカキ博士は絶句してヒクヒクと顔をひきつらせ、ケイトさんは腹を抱えて爆笑し、アヤメちゃんは絶句した様子でそれらを眺めていた。

 

 しかし、トレーラー型テスカトリポカ達のスペック据え置きの頭可笑しい性能と、制御されたアラガミのため、普通の人間が乗り込める事にサカキ博士が気づくと、そのままサカキ博士を運転手にちょっと4人で外出し、その辺に居た4体ぐらいのコンゴウの群れをトマホークミサイルで爆撃し、コンゴウが近づけば周囲を爆発させて迎撃するという事を繰り返して簡単に倒せてしまい大興奮。ケイトさんはいつの間にか持っていた缶ビール片手に大爆笑。

 

 最後に残ったのは、後部座席で死んだ魚のような目をしている体力1のアヤメちゃんだけであった。宇宙の心は彼女だったんですね。

 

 ちなみに流石にフェンリル極東支部の職員にこれらの機能が全てバレるのはマズいと考えで、機能を制限し、異常に頑丈でオラクルトマホークミサイルを撃てるトレーラーとして貸し出している。それだけでも偵察隊の生存率が跳ね上がったらしく好評である。

 

 また、当のテスカトリポカ達は、黙ってれば純度の高いオイルや、オラクルトマホークミサイルの原料という名目で爆発物の原料を腹一杯に貰え、毎日洗車もされるため、かなり気に入っているようである。純度の高いオイルや、爆発物の原料の味を知っている俺としては、逆にちょっと羨ましく感じたりもした。

 

 蛇足として、極東支部の方々からはサカキ博士がクアドリガでも捕まえてそのままトレーラーにしてしまったんじゃないか等と言われ、謂われの無い悪名が増え、サカキ博士にまた白い目で見られたりもした。

 

『暇ダワ……』

 

 これまで動き続けてたからだろうか。最早、ここにいるのが若干苦痛に感じるようになってきた。ビーストウォーズが楽しめないのだから重症かもしれない。

 

 とりあえず、たまには気晴らしにアナグラの外に出てみる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "愚者の空母"

 

 かつてアラガミの出現の混乱に乗じて、空母を拠点として略奪行為を行う一派が存在し、略奪者と抵抗する者達との間で無益な争いが繰り返された。そんな争いの最中、突如出現したアラガミの大群によって両陣営は瓦解し、人間同士の戦いは皮肉にもアラガミによって終結を迎えたという。

 

 争いの中で湾岸に衝突してしまった空母はそのままの形で残っており、今は(アラガミ)の散歩場所になっている。

 

『暇ネェ……』

 

 甲板の上で潮風に当たっていたが、同じ感想を漏らしてしまった。ケイトさんのことをワーカーホリック等と言っていたが、これでは自分も他人の事を言えないなあ……。

 

『ン……』

 

 丁度、胎児に蹴られて声を出す。ひょっとしたら元気付けてくれているのではないかと考え、少しだけ前向きな気分になった。

 

『空母カ……』

 

 意識を愚者の空母自体に向けてそう呟く。そう言えば深海棲艦は空母のキャラも沢山居た事を思い出した。

 

『フゥン……』

 

 物は試しに戦艦棲姫を造る感応能力を発動し、手元に作り出した赤黒いオラクル細胞の塊を、愚者の空母の甲板に空いた大穴に落としてみた。

 

 一球が愚者の空母の底に触れ、吸収されたのは見えたが、特に何も起こる様子はない。

 

『足リナイノカシラ……?』

 

 そう考えて次々と赤黒い塊を落とし、何も起こらないまま、"愚者の空母に吸収される"光景だけが繰り返された。

 

『………………何シテルンダロウ?』

 

 丁度、"十球"を落としたところで我に返り、それ以上は止めた。

 

『本当ニ何ヲシテイルンダ……』

 

 溜め息を吐き、愚者の空母を眺めるが幸か不幸かまるで変わった様子はない。

 

 俺はアヤメちゃんやカグラちゃんが心配するため、フェンリル極東支部に帰る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愚者の空母にニライカナイが現れた日の夜中。

 

 満月の月光に照らされた愚者の空母は薄く輝いているように見えた。

 

 いや、見えたのではなく、実際に愚者の空母全体が妖しく発光していた。まるでそれは心臓の鼓動のように規則的に繰り返され、愚者の空母全体が小刻みに揺れていた。

 

 それが暫く続いた後、愚者の空母をよくみれば、甲板に空いた大穴が白い膜のようなもので覆われており、そこを中心に胎動するように揺れが起こっていることがわかる。

 

 

 

 

 

 そして――白い膜を破り、巨大なアラガミが這い出て来た。

 

 

 

 

 

 それは第一種接触禁忌種アラガミの"アマテラス"に非常に酷似した姿をしていたが、アマテラスの優に倍以上の体躯を持ち、全体的に病的な白さと形容出来るであろう色と、旧時代の銃火器のように冷たい黒い色の二色で配色がなされていた。また、アマテラスやウロヴォロスよりも遥かに触手の本数が多く白っぽい色も相まって"海月(クラゲ)"にも見えた。

 

 アマテラスならば女神像のある場所には、成人女性と同じ程の大きさのニライカナイの女性体に似たようなモノが、手足を埋め込まれているように付けられている。

 

 また、その女性体は白い肌をしているのだが、顔や身体が焼け爛れたように所々真っ黒になっており、その様は原型を残しながらあらゆる箇所を損失している愚者の空母を思わせた。

 

 そして、長い白髪に包まれた顔で、爛れていない方の瞳がゆっくりと開かれ、それは青白く発光するような瞳をしていた。

 

 

 

『オカアサン……?』

 

 

 

 そのアラガミの女性体が最初に呟いた言葉はそれである。そして、辺りを見回して誰もいない事に気づくと、女性体は口角を上げ、目を細目ながら笑うとまた口を開いた。

 

 

 

『サガサナキャ……ウフ、フフフ……アハハハ!』

 

 

 

 アラガミは月に吼えるように巨大な咆哮を上げ、女性体は心底嬉しそうに笑い声を上げる。その瞳はどこまでも冷たく、誰かを想うようには見えなかった。

 

 満月の白い月。それはどこか"海月"の傘に似ている。

 

 

 

 

 









これがマタニティブルーですか






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バガラリーと海月姫

どうもちゅーに菌or病魔です。

昨日はひとつもしていなかったゲッテルデメルングとか、護法少女とかやってたので更新出来ませんでした。すみません。

明日は待ちに待ったレッド・デッド・リデンプション2の発売日なので投稿できないか、投稿後、期間が空くかもしれないのでご了承ください(恐るべきクソ作者)





 

 

 

 "スサノオ"

 

 ボルグ・カムランに似た姿をしているが、黒い身体に、白紫色に発光する部位を持つ第一種接触禁忌アラガミである。

 

 神機を好んで捕喰するという偏食傾向から、アラガミ化した神機使いの成れの果てとも噂されるが、その生態は謎。

 

 しかし、"神機使い殺し(ゴッドイーターキラー)"の異名を持ち、第一種接触禁忌アラガミであることが何より、ゴッドイーターらにとっての死神であることが理解出来るだろう。

 

 だが、それは――。

 

 

 

『ウフフ、アハハ……!』

 

 

 ゴッドイーターという対象に絞った話である。

 現在、愚者の空母より発生したアマテラスの倍以上の体躯と似姿をしている白いアラガミが、異常に多い本数の触手でスサノオを絡め取り、片手で振り回すかのように空へ回し、地面に叩き付ける等を繰り返していた。

 

 スサノオはとっくの昔に結合破壊出来る箇所は全て壊れており、辺りにスサノオの体液が飛び散っていた。

 

「うーん……アイツと話し合いは流石に無理そうだなぁ……」

 

 双眼鏡越しにそう呟きながら遠巻きにアラガミを見つめる男の名は"藤木コウタ"。現在のフェンリル極東支部で第一部隊の隊長を勤める青年である。

 

『………………』

 

 また、彼の隣におり、同じく双眼鏡で白いアラガミを眺めているウサギの着ぐるみ――キグルミもその場にいた。

 

 心なしか白いアラガミを見るキグルミはぷるぷると震えているように見えるが、白いアラガミの観察に夢中なコウタにそれが伝わることはなかった。

 

 彼らふたりのゴッドイーターが、討伐する訳でもなく、ここから眺めている理由は単純。"偵察任務"であった。

 

 本来、偵察任務は偵察部隊の役割なのだが、白いアラガミの異常な巨大さかつ、アマテラスに酷似しているため、極めて長いリーチと対空砲火を持つことが予想され、その上にニライカナイという前例から感応種である可能性もあるという至れり尽くせりな状態であるため、人員を決め倦ねていたところ、偶々通り掛かったコウタがそれならばと名乗りを上げたのである。コウタという青年はお人好しであったのだ。

 

 キグルミはコウタの目の前でウロチョロし、何やら行きたそうにしていたので、コウタが連れて来たのである。ちなみにこう見えてもキグルミはフェンリル極東支部、"第四部隊の隊長"に当てられていたりもする。尤も第四部隊は隊長を含めて二人しか人員はいないのだが。

 

 能力は危険性は未だ未確定だが、名付けられた白いアラガミの名称は"オトタチバナ"。

 

 極東の神話において、水神の怒りを鎮めるために身を捧げた者の名である。四肢を埋め込まれたような女性体を持つ様がそう見えたのであろうか。

 

 暫く観察していると、オトタチバナは既に死にかけのスサノオを、両手で掴むように触手で掲げると暫く女性体でじっと見つめた。

 

 そして、オトタチバナはスサノオの尻尾の先に付く折れた剣を触手で覆い――。

 

 

 

『トレチャウヨ……?』

 

 

 

 何の躊躇もなく、引き千切った。当然、千切られたスサノオは痛みに絶叫する。

 

「うわぁ……」

 

 その行動にドン引きするコウタ。彼はオトタチバナは言葉を発するアラガミだということを聞き、もしかしたらと多少の期待を込めてここに来たという理由もあるのだが、それは儚く散ったと言えよう。

 

 

 

『アハハハ……! タノシイ……タノシイ!』

 

 

 

 爪、前足、後足、尻尾と雑かつランダムにスサノオの肢体を引き千切る。そして、最後には頭と胴体だけになってしまった。

 

 

 

『ナクナッチャッタ……』

 

 

 

 オトタチバナは自身でそうしたにも関わらず、そうつまらなそうに呟くと、頭だけのスサノオを食べることもなくその場に放り捨てた。それから、辺りをキョロキョロ見回して何かを探しているように見えた。

 

「いや……なんなんだよアイツ……キグルミもそう思――」

 

 コウタはそう言いながら双眼鏡から顔を外し、隣のキグルミに顔を向けた。

 

 

[ちょっと急用ができた。アレはヤバいから君も早く帰れ。あすたらびすた、べいびー]

 

 

 するとそこにはキグルミの代わりに置き手紙があり、その辺りに残っていた道路標識を引き千切って作ったと思われる即席の看板に貼り付けられていた。

 

 ちなみに"Hasta la vista , baby (アスタ・ラ・ビスタ、ベイビー)"とは"地獄で会おうぜ、ベイビー"という名字幕である。恐らくキグルミが最近誰かに勧められて何かの映画でも見たのであろう。

 

「あ、アイツ……帰りやがった……」

 

 最近ゴッドイーターとして極東支部に現れたかと思えば、ターミナルにすら何の情報もなく、決して喋らず、性別すら不明であり、正体不明の塊であるキグルミが言語を用いている辺り、凄まじくレアなのだが、コウタは現在の状況からそちらの方に考えが向かなかった。

 

「なんだよ……一声掛けてくれればいいのにな」

 

 そう言いながらコウタは双眼鏡を再び目に合わせつつオトタチバナの方向を見た。発言からは彼の人の良さが滲み出ていると言えよう。

 

 そして双眼鏡を覗くと――。

 

 

 

『………………』

 

 

 

 1km以上距離があるにも関わらず、双眼鏡越しにオトタチバナの女性体と目が合った。

 

 オトタチバナは感情を失ったかのように冷たい瞳と、能面のような表情でこちらを眺めているようにコウタは感じる。

 

「………………」

 

 コウタは一度、双眼鏡から顔を上げ、気のせいなのではないかと自身を落ち着かせた。そして、平常心を保ちつつ再び双眼鏡を覗いた。

 

 

 

『イヒヒヒ……!』

 

 

 

 そこには開いている方の目を細め、口角をつり上げて三日月のように口を開きながらコチラを見て笑っている姿のオトタチバナがいた。

 

(う……ヤバいヤバいヤバい!?)

 

 邪悪でしかない笑みに怯み双眼鏡を下げたコウタ。そして、ようやく気づかれたことを焦り始め、地面に置いてある自らの旧世代神機を拾い上げ、オトタチバナを確認すると――。

 

 

 

『ヒヒ……ヒヒヒッ! アソボウ! マッテェェ! "オニゴッコ"シマショウ……? ワタシガオニヨ……!』

 

 

 

 その笑顔のまま、コウタの方にウロヴォロス種特有の走り方で迫ってくる様が見えた。アマテラスの倍以上の巨体故に重鈍な動きにも関わらず、とてつもない速度である。

 

 また、コウタとの間にある直線上の廃屋を気に掛けることもなく踏み潰し、廃ビルを触手によるただの薙ぎ払いで粉砕しながら進む様は、いっそそのまま眺めていたい程圧巻だった。

 

「うあァァァァァァ!!?」

 

 尤も当事者にとっては恐怖でしかなく、コウタは絶叫を上げながら全力でオトタチバナから逃走し、それをオトタチバナが追う構図が出来上がった。

 

 それはさながら、ぶ厚い氷上で巨大な氷砕船に人間が追われているような光景であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

 現場から居なくなったキグルミは、ラボラトリー区画の廊下を走っていた。

 

 そして、廊下の突き当たりにあるサカキ博士の研究室の前で止まる。

 

 サカキ博士の研究室はパネルの表示上は誰もいない事になっているが、キグルミはその扉を開け、中に入ると更に奥にある研究室の扉でカードキーをかざして扉を開けた。

 

 そして、中に入り、扉が閉じてロックが掛かった事を確認すると、キグルミは研究室の中におり、椅子に座って退屈そうにモニターを眺めている人物に向かって飛び上がり、恐ろしく水平なドロップキックを放った。

 

「カナちゃん何してるのよぉぉ!?」

 

『イキナリナンダ、オ前ノ子供ガイルンダゾ?』

 

 キグルミから放たれたドロップキックは、黒いドレスの上に白衣を着て眼鏡を掛けた妊娠8ヶ月のアラガミ――ニライカナイに足を片手で止められ、ベッドに受け流されて落ちることで失敗に終わった。

 

 ケイトはベッドからむくりと起き上がり、着ぐるみの頭を取る。

 

 するとキグルミの中身は艶やかな長髪をし、非常に整った顔をした眼鏡姿の女性――ケイト・ロウリーであった。

 

 折角の美人もずんぐりむっくりした紫色の着ぐるみのせいで台無しである。

 

「子供! そう子供よ! あなたの子よ!?」

 

『2回目モ私ニ言ウコトニナッタナ』

 

「いやん、取られちゃった……」

 

 ニライカナイはただのケイトの奇行だと考え、頬杖をついてモニターに視線を戻す。

 

[リリカル・トカレフ・キルゼムオール!]

 

『打撃系ナド花拳繍腿、関節技(サブミッション)コソ王者ノ技ヨ』

 

「ちょっと……アニメどころじゃないのよ」

 

『何モヤルコトガナイノヨ……アニメシカ私ニハ無イワ』

 

 ニライカナイは深い溜め息を吐く。その背中は酷く小さく見え、今にも消え入りそうであった。

 

 それがあんまりにも可哀想に思えたため、ケイトは一旦追及は止め、ニライカナイの趣味活動について触れる事にした。

 

「編み物とかしたら……?」

 

『………………』

 

 そう言うとニライカナイは無言で部屋の片隅を指差した。

 

 そこには赤子の産着から始まり、様々な子供の成長過程に合わせた服から、アヤメ・ケイト・カグラ用に作ったと思われる服が巨大な籠に積まれ、天井付近まで積み上げられていた。

 

 中でも一際目を引くのは、山の隣に置かれた手編みで作られた純白のウェディングドレスである。

 

『売店ノ生地ヤ糸ノ供給ガ追イ付カナクナルカラ止メテクレッテ博士ニ言ワレタワ』

 

「なら料理をしてみるとかは……」

 

『ケイト、満漢全席ッテ言ウ言葉ヲ知ッテイルカシラ?』

 

 ちなみに満漢全席とは料理名ではなく、清朝の乾隆帝の時代から始まった満州族の料理と漢族の料理のうち、山東料理の中から選りすぐった料理――要するに山海のあらゆる珍味を集めた料理を取りそろえて宴席に出す宴会様式である。宴会様式のことなのである。

 

 すなわち、ニライカナイは宴会様式で2~3日消費に掛かるモノを、作るぞコノヤロウとでも言いたげにケイトを軽く脅していた。

 

「だったら絵とか……」

 

『コノ前、暇潰シデ模写シタ"最後()晩餐"ト、"岩窟()聖母"ガ"ジーナ"トカ言ウ神機使い(ゴッドイーター)ニ見ツカッテ大変ナ事ニナッタワネ』

 

 アラガミの出現により遥か昔に消え去った名画を異様に上手く縮尺を狭めて模写した絵が、美的センスの高く少し変わったゴッドイーターに見つかった結果、ゴッドイーターが神機片手に製作者を探し回るという事件が発生したのである。

 

 無論、サカキ博士によって絵は止められた。

 

『ケイト……』

 

 ニライカナイはケイトの手を握り、すがるような弱々しい目線でケイトを見上げた。

 

『話シ相手ニナッテ……? 私ヲ構ッテ……』

 

「わかった、わかったから今は答えてちょうだい……」

 

 珍しく弱気なニライカナイに後ろ髪を引かれたが、ゴッドイーターであるケイトはとりあえず先に目先の問題を解決する事にした。

 

 ちなみにケイトの治療はニライカナイが言った期間よりも一年以上早く進んでおり、既に半ば終わっているような状態である。更にケイトにとって予想外だったことはアラガミ細胞をニライカナイのモノに入れ換えた事で、元々は極めて低かった第二世代神機の適合率が、第二世代神機を扱える平均的なゴッドイーターの実に数倍の数値に跳ね上がっていたという事である。

 

 流石にかなり驚き、サカキ博士と共に言及したが、"私ハ治療モ出来ルダケヨ"と言うだけであった。

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチか何かの生まれ変わりか何かなのだろうか、このニライカナイというアラガミは。

 

『アリガトウ……ソレデ――』

 

 ケイトの言葉にニライカナイはアニメの再生を止めてケイトに向き合った。

 

『何カアッタノ?』

 

「どうもこうもないわよ。コレについて知らないとは言わせないわよ?」

 

 ケイトの手には携帯端末があり、そこにはオトタチバナが無差別にアラガミを襲っている姿が映っていた。

 

「情報によると愚者の空母が発生源のアラガミよ。女性体の外見から考えてもカナちゃんの子でしょ、話すし」

 

『イヤ、何デモカンデモ私ジャ――』

 

 ニライカナイは愚者の空母というワードと、女性体の外見をよく見た事で途中から言葉を止め、少し考え込んだ。そして、頭をポリポリと掻いてからポツリと呟く。

 

『多分、私ノ子ダワ……』

 

 案の定だったため、ケイトは溜め息を吐いた。

 

「どうするの? その娘暴れてるわよ。それに全然、いい娘じゃないし、それどころか恐ろしくて危ない娘だったわよ」

 

『イイ娘ジャナイ……? 私ノオラクル細胞カラ出タ存在ガ……?』

 

 その言葉にニライカナイは眉を潜める。そして、オトタチバナがどのような様子だったのかと問い掛けたのでケイトはありのままを伝えた。

 

 アラガミを振り回したり、足を一本づつ引き千切ったりと、まるで玩具で遊ぶように扱っており、命を命とも思わない様は、アラガミにすら同情を覚える悪魔のような存在であったとケイトは判断し、そのように語った。

 

 しかし、その反面最初は深刻そうに眉を潜めていたニライカナイは、話を聞いていくと次第にいつもの表情に戻っていき、最後には微笑ましいモノを見るような目付きに変わる。

 

 ケイトはそれを疑問に考えていると、ニライカナイは口を開き、言葉を吐いた。

 

『ケイト、"性悪説"トイウモノヲ知ッテイルカ?』

 

「性悪説……? よくは知らないけど確か――」

 

「人間の本性を利己的欲望とみて、善の行為は後天的習得によってのみ可能とする大昔の思想家が唱えた説だね」

 

 いつの間にか部屋の入り口に入って来ていたサカキ博士がそう語った事で、二人の視線がそちらに向かった。

 

 サカキ博士は"お邪魔するよ"と声を掛けてから更に言葉を続けた。

 

「逆に人間は善を行うべき道徳的本性を先天的に具有しており、 悪の行為はその本性を汚損・隠蔽することから起こるとする説が性善説。それから先に性善説があってから性悪説が提唱されたんだけどその辺りはいいか」

 

 サカキ博士はそのまま独白のような言葉を続ける。

 

「よく間違われがちだが、性善説は人間は善、性悪説は人間は悪というわけではなく、寧ろその逆なんだ。 要するに"人間は生まれつきは善だが、成長すると悪行を学ぶ"というのが性善説、 "人間は生まれつきは悪だが、成長すると善行を学ぶ"というのが性悪説だ」

 

「その性悪説と何の関係が――」

 

「大有りさ、要するに人間の子供は笑いながら蟻を踏み潰すし、野の花を理由なくバラバラにもする上、バッタの足だけをもいで放置したりもするだろう? それがカナ君のアラガミにも当てはまるという事だ。つまり――」

 

 ケイトの言葉を遮り、言葉を続けたサカキ博士は興奮覚め遣らぬといった様子で嬉しそうに口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁはぁ……く……そッ!」

 

 藤木コウタは現在、三方を高い廃ビルに囲まれ、大人の通れる隙間のない袋小路に追い詰められ、大の字で倒れて息を荒げていた。

 

 そして、唯一の出口には廃ビルすら越える山のような体躯を持つオトタチバナに塞がれていた。如何にゴッドイーターと言えど詰みであろう。ここから脱出可能な者はヒビを伝って垂直の壁を容易く登れるアヤメぐらいのものだ。

 逃げる途中でインカムを落としてしまい、極東支部との通信も断たれた状態であり、コウタの命は最早風前の灯火と言っても過言ではなかった。

 

 

 

『"オニゴッコ"ハオシマイ……?』

 

 

 

 オトタチバナはそのままコウタを攻撃せずに見下ろし、そう呟く。

 

 実際のところ、とっくの昔にコウタはオトタチバナに追い付かれていた。しかし、オトタチバナは追うことそのものを良しとしているのか、コウタが必死で逃げる様が滑稽なのか、一定の距離を保ち、コウタを追い立てることをひたすら繰り返していた。

 

 無論、当事者のコウタからすれば後者にしか思えないだろう。

 

 しかし、コウタはそれを逆に利用してオトタチバナを極東支部からかなり離れた位置まで遠ざけた。オトタチバナは未だ何かに著しく執着する様子がないため、こちらから刺激さえしなければ極東支部を脅かす事もないと考えた。

 

「こ……のッ!」

 

 コウタは最後の力を振り絞り、自身の神機を遠くに放り投げた。スサノオのように神機を捕食するアラガミになられては本末転倒だからだ。

 

 

 

『イヒヒッ……! オニサンコチラ……テノナルホウヘ……』

 

 

 

 その判断は功を奏し、オトタチバナは神機にはまるで構う事無く、コウタの身体だけを無数の触手でそっと掬い上げて女性体の元まで寄せた。

 

 その間、自身の家族の事や、極東支部の仲間達の事が頭を過り、最後にコウタの脳裏に浮かんだのは、今は離れた場所にいる自身の大切な友人の姿だった。

 

「ああ、なんだよ……」

 

 女性体に近付けられ、間近で見るオトタチバナの姿は、大火傷を負った人間のようでありながら、それでも損なわれない儚げな美しさを持ち、不覚にも目を奪われる。

 

 

 

『ウフフ……』

 

 

 

 

 コウタを目の前にしてオトタチバナは今までの中で一番人間のような自然の笑みを浮かべると、アマテラスに似た部分に埋め込まれていた両腕がするりと抜け、コウタの胸板と頬に触れ、火傷の無い方の視線をコウタに合わせた。

 

 そして、コウタはポツリと呟いた。

 

「スッゲー美人じゃん……」

 

 その言葉の後、急に身体の疲れも、多少なり芽生えた恨みや恐れも、走馬灯のような想いも何もかも真っ白な感覚になり、コウタは全てを受け入れたように瞳を閉じ、最期の時を待った。

 

 

 

 

 

…………………………。

……………………。

………………。

…………。

……?

 

 

 

 

 

 しかし、いつまで経ってもその時は訪れない。それどころかオトタチバナの手がコウタの"所持品"入れをまさぐっているような感覚と音がし、幾らなんでも不自然に思い、目を開いた。

 

 

 

 

 

『"オニゴッコ"……!』

 

 

 

 

 

 そこには右手に"レーション"、左手に"Oアンプル"を持って嬉しそうに微笑むオトタチバナの姿があった。

 

 

 

 

 

 







オラクル細胞の原則
 基本的にオラクル細胞は必要に応じて分化・派生することにより現在のアラガミの生態系は築かれた。コンゴウ種、シユウ種といった具合にである。それ故に一度種族として確立した種は、上位種や下位種といった違いはあるが、形態そのものが変わることは、極一部の例外を除いて、ほぼないと言っても過言ではない。
 故に元が超お人好しでいい娘で最早アルダノーヴァの枠組みに収まらず、種族として確立し始めたオラクル細胞の塊(アラガミ)であるニライカナイのオラクル細胞から発生したアラガミもそれに準じ、それがニライカナイベースのアラガミである限りは絶対に変わらない。
 要はカナちゃんの深海棲艦はみんな"母親似でいい娘"なのである。後、母親に似て性悪で、人間には優しい。


鬼ごっこ
カナちゃんのオラクル細胞が経験している遊び。
遊び方:逃げるゴッドイーターをひたすら追い続け、捕まえたらレーションとOアンプルを巻き上げる。


オトタチバナ
女性体の容姿については"深海海月姫"。



Q:なんでダ・ヴィンチとか言った? 言え!

A:ホモだもん(史実)



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バガラリーとクラゲちゃん

どうもちゅーに菌or病魔です。レッド2超たのちい……けど小説も気になるので書き上げました。褒めて(無邪気)



 

 

 

 現在、フェンリル極東支部、第一部隊隊長、藤木コウタは自動車を運転しながらフェンリルに帰投する道中であった。オトタチバナがヘリコプターを超遠距離攻撃で叩き落とす可能性があったため、陸路で偵察に来ていたためである。

 

「うーん……」

 

 コウタは珍しく深刻そうな様子で唸っている。

 

 何気無く向けられた視線は、助手席にいる存在に向けられていた。

 

 それは異様に白い肌をし、同じく白い長髪をした女性であった。しかし、顔や身体の所々が火傷で焦げ落ちたかのようであり、その箇所は黒く染まっている。

 

 大火傷を負った儚げな美女。その女性の印象はそれであった。

 

 そんな彼女は現在――。

 

 

 

ピピルピルピルピピルピ(ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ)〜♪ ピピルピルピルピピルピ(ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ)〜♪』

 

 

 

 何やら明るげで内容の物騒な歌を非常に楽しそうに歌っていた。機械と人間の中間のような声であり、コウタとしては中々美声だと感じた。

 

 助席に座る彼女――"オトタチバナの女性体"は確りとシートベルトを締めており、非常にお行儀よくしている。

 

「これからどうしようかな……」

 

 コウタは少し前の事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゴハンゴハンー!』

 

 コウタの所持品から奪ったレーションとOアンプルを持ち、ご満悦な様子である。

 

 その光景は無垢で無邪気であり、コウタにかつて極東支部にいた"アラガミの少女"の姿を重ねさせるには十分過ぎた。

 

「俺を殺さないのか……?」

 

 コウタはオトタチバナにそう問い掛けた。するとオトタチバナの女性体はキョトンとした表情になり、大きく首を傾げる。それに合わせてオトタチバナ全体もやや傾き、触手の上でずり落ちそうになりながらもコウタは耐えた。

 

『……………………ナンデ……?』

 

 それはオトタチバナの口から溢れた明確な疑問提起であった。言葉が通じるハズがないと考えていたコウタは驚いたが、会話が出来るならばとコウタは言葉を返す。

 

「いや、ほら! 君はアラガミだし――」

 

『ヒトゴロシハハンザイダヨ……?』

 

「………………え? ああ、そうだな」

 

 至極真っ当で人間的な反応を挟まれ、コウタは閉口する。無垢で無邪気ではあったが、何故か常識はあるようで、アラガミの少女とは違うとコウタに思わせた。

 

 そうしているうちにオトタチバナの女性体はコウタのレーションを包装ごと食べ、Oアンプルを瓶ごと噛み砕いていた。その様は紛れもなくアラガミである。

 

 するとコウタを持ち上げていた触手がゆっくりと地面に下ろされ、コウタは地面に立った。

 

『ジャアネ……』

 

 それを確認するとオトタチバナは巨体をぐるりと180度旋回させ、ノシノシとコウタから離れて行った。その足取りはコウタを追っていた時からは考えられない程ゆっくりである。

 

「お、おーい! 待てよ!」

 

 状況が全く呑み込めなかったため、ついコウタはオトタチバナを引き止めてしまった。

 

 するとオトタチバナは再び180度旋回し、コウタに向き合うと、自身の膝を地に突け、触手をコウタの左右に伸ばし、身体を前に倒す事で女性体をコウタと同じ高さにした。

 

 さながら蟻の行列を伏せて眺める子供のような光景である。

 

『ナーニー……?』

 

「お、おう……」

 

 まさか、普通に戻って来た上、女性体が間近に迫るとは思っていなかったコウタは少し怯む。

 

「お前、これからどうするんだ? 何か行くところがあるのか?」

 

『"オカアサン"ヲサガシテル……オカアサンノトコロイク……』

 

「"お母さん"……? お母さんがいるのか?」

 

 母親に会いたいと言ったオトタチバナに、自身と母親の姿を重ねたコウタはオトタチバナの事を放っては置けなくなっていた。

 

 そして、自然と口を開く。

 

「ならさ、俺も探すの何か手伝えないか?」

 

『…………ホントウ?』

 

 するとオトタチバナはそう返した。ならばと考えたコウタは母親について聞く事にした。

 

「ならお母さんについて教えてくれないか? 特徴とか何でもいいからさ!」

 

『………………シラナイ……オカアサンイル……デモミタコトナイ……』

 

「え……見たこと無いのか?」

 

『ミタコトナイケドシッテル……"ウマレルマエカラシッテル"……』

 

 知りはしないが確かにいるらしい。アラガミの母親って薄情だなと考えながら、どうしたら母親を探せるかとコウタは考えた。

 

「うーん……」

 

 オトタチバナは図体が大き過ぎる。それ故にすぐにゴッドイーターに見つかってしまい、本人は人は殺さない様子にも関わらず、いらぬ争いになるのは確実だろう。

 

 せめてサカキ博士に相談できればいいが、やはり何をするにしてもオトタチバナは巨大過ぎた。

 

「お前が小さくなれればなぁ……」

 

『ドレグライ……?』

 

「人間ぐらい……ん? ん"!?」

 

 するとオトタチバナから質問が入ったことに答えてから気付き、そちらに意識を戻すと、オトタチバナの女性体の後方、アマテラスに似た部分がほどけるように輪郭が崩れ、無数の触手になっている光景が広がっていた。

 

 コウタが唖然としていると、更にオトタチバナの女性体の背中に向けて触手が吸い込まれる。それは濁流のようであり、異常極まりなかった。

 

『ン……ン…………ァ……』

 

 そして、触手が全て吸い込まれ、オトタチバナの女性体だけが残る。オトタチバナは艶のある声を上げ、身体をほぐすように動かしていた。

 

『コレデイイ……?』

 

「お、おう……」

 

 そこにはコウタを見つめるただの女性のようなオトタチバナの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、オトタチバナと共に来たときに使った車両に戻り、現在に至る。

 

 

 

 

「うーん……」

 

 コウタは唸りながら助手席のオトタチバナをどうやってサカキ博士の研究室まで連れていくのか頭を悩ませた。

 

 かつてアラガミの少女と実際に接したのは、コウタの大切な友人が隊長をしていた時代の第一部隊の人員がほとんどだ。そのため、他の職員の目に触れては混乱を招く可能性があるだろう。

 

 また、今回はそれよりも更に状況が悪い。

 

 オトタチバナはその姿と巨体故に現極東支部で最重要ターゲットになっており、更に女性体の姿も記録媒体に記録されているため、フェンリルの職員なら誰でも知っている状態なのである。

 

元第一部隊(アイツら)に協力して貰えればなぁ……」

 

 そう言いながら最初にコウタの言う元第一部隊で思い浮かんだ存在は、コウタの大切な友人の姿であった。

 

 そのゴッドイーターならば一目で状況を理解し、二つ返事で協力してくれたことだろうとコウタは考えた。しかし、無い物ねだりをしても仕方ないため、考えを振り払う。

 

「せめてもう少し人間っぽければなぁ……」

 

『ニンゲン……?』

 

(あれ……? この流れさっきも……)

 

 そうコウタが思うと、助席のオトタチバナに変化があった。

 

 オトタチバナの髪が頭皮に吸い込まれるようにやや短くなり、赤茶色を帯びる。更に死人よりも白い肌は、人間らしい色白の肌色に変わる。そして、鈍く光り輝く青い目は薄いエメラルドの瞳になった。

 

『コンナカンジ……?』

 

「な、な、な……」

 

 コウタは人間と呼んでも遜色無くなったオトタチバナに絶句し――。

 

「"服"は!?」

 

 何故か一糸纏わぬ姿のオトタチバナに驚愕の声を上げた。裸シートベルトというニッチな光景である。

 

『………………?』

 

 オトタチバナはコウタが動揺している理由がわからないようで小首を傾げていた。

 

 ちなみにアラガミが付けているパーツのようなものや、羽衣のようなものは無論全てオラクル細胞で構成されているため、身体の一部である。オトタチバナが着ていた白い服もそうだったと考えるのが自然な事であろう。

 

「ちょ……!? なんか隠すもの!? 流石にダメだってそんな――」

 

『"コータ"』

 

 オトタチバナがコウタの声を遮って名前を呼んで来たため、そちらに意識を向ける。

 

「な、な、なんだよ……?」

 

 オトタチバナは一切前を隠していないため、コウタからすると完全に見えている。また、コウタも見ないようにはしているが、横目でチラチラと見てしまうのは年齢的にも仕方のない事であろう。

 

 そんなコウタにオトタチバナはフロントガラスを指差しながら呟いた。

 

『マエミロ……』

 

「え……? うおッ!?」

 

『――――――!?』

 

 鈍い音と共に車体に震動が走る。見ればオウガテイルを轢いていた。

 

 オウガテイルはきりもみ回転しながら後方へ跳んでいき、地面を2~3度バウンドしてからむくりと立ち上がり、こちらを威嚇するような行動をしていた姿がバックミラーに映った。

 

『ニンゲンナラシンデタ……ワキミウンテンアブナイ……スマホウンテンダメゼッタイ……』

 

「ご、ごめん……」

 

 オトタチバナの言っていることは3分の1がよくわからなかったが、とりあえず自分が悪い事は確かなのでコウタは謝った。

 

(あれ……コイツに俺、自己紹介したっけな?)

 

 ふと、コータと自分を呼んだオトタチバナに対してそんな疑問が浮かんだが、コウタは気のせいだと考えを止める。

 

 それから極東支部に着くまで、コウタはゴッドイーターの女性制服を思い出し、どうにかオトタチバナに服を再生成させる時間が続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか? 絶対に喋っちゃダメだからな?」

 

『ン……』

 

 コウタの隣にいるオトタチバナはお利口に頷く。

 

 現在、コウタとオトタチバナはフェンリル極東支部(アナグラ)の中を移動していた。

 

 コウタがうろ覚えのゴッドイーターの女性制服を教えた結果。オトタチバナは白いノースリーブのワンピースタイプであり、両胸にポケットの付いたゴッドイーターの女性制服のような何かを着ていた。また、首にはスカーフを巻き、腰には赤いベルトを装着し、足には黒のガーターベルトと共に長い赤ソックスを着用している。

 

 更にいつの間にか髪型が整えられており、後ろでポニーテール状に結ばれていた。そして、何故か軍艦の煙突に似た髪飾りが頭に乗っており、その中を少し髪が通っていたりもする。

 

 どこからどう見てもファッションの奇抜さだけなら女性ゴッドイーターである。寧ろ落ち着いている方にすら思えた。

 

 ちなみに話してはいけない理由はオトタチバナの声が変わっていないからである。どうやら本当に見た目だけの擬態らしい。

 

(しかし、なんで――)

 

『~♪』

 

(こ、こんなにくっついて来るんだ……?)

 

 オトタチバナはコウタの腕に腕を絡めて密着していた。コウタからするとオトタチバナの胸の感触が常に伝わり、青年の健全な精神には大変よろしくない。

 

「コウタさん……?」

 

 そんなことを考えながらエントランスに通じる廊下を歩いていると、後ろから声が掛けられ、そちらに振り返る。

 

 そこには全体的に赤を基調とした服装をした元第一部隊のゴッドイーター、"アリサ・イリーニチナ・アミエーラ"が立っていた。

 

「お! アリサいいところに――」

 

「何を呑気なことを言ってるんですか!? 作戦行動中行方不明(MIA)になったかもしれないって聞いて心配したんですよ!?」

 

「MIA……? いやそんな大層な――」

 

 コウタはそう言えばインカムを落としてから一度もフェンリルに通信を入れていなかった事に気付いた。

 

「あー、悪い……」

 

「悪いじゃないですよ! そもそもあなたは――」

 

 アリサの説教が始まった。

 

 長くなりそうだなと考えながら、ふと片手の感覚がない事に気付き、辺りに目を向けるとアリサの少し後ろで、壁に沿うように設置された置き台のひとつの前にオトタチバナがいた。置き台にはラムネ瓶程の大きさの花瓶があり、花が活けてあった。

 

(アイツ何をし……て……)

 

 するとオトタチバナが花瓶に活けてある花をモシャモシャと食べ始めたため、コウタは絶句する。幸いにも今のところアリサはこちらを向いているので気付いてはいない。

 

「ちょっと! 聞いてますか!?」

 

「あ、うん……」

 

(何やってんだよアイツ!?)

 

 そのままどうする事も出来ず、アリサの説教を聞き流しながらオトタチバナを見ていると、お花を食べ終えたオトタチバナは花瓶をムシャムシャと食べ始めた。

 

(早く食え! 早く!)

 

 花瓶と中身の水をちょっとずつ交互に食べているオトタチバナの食事は中々終わらない。

 

「……? 後ろに誰かいるんですか?」

 

「あっ……待っ――」

 

 無情にもコウタの視線を辿り、アリサは振り返った。

 

『……?』

 

 するとそこには残りの花瓶を全て口に含み、頬をモグモグと膨らませたオトタチバナがいた。何故見られているのかわからないと言った様子で首を傾げている。

 

 花瓶を食べ終えたからか、アリサに見られたからか、オトタチバナはコウタの元まで戻るとまた腕を絡めて来た。

 

「……お知り合いですか?」

 

(危ねぇ……! ギリギリバレてない!)

 

 内心でガッツポーズをしたコウタであったが、アリサの問いに対する答えを用意していなかった事に気付いて口ごもる。

 

「あ、いや、こいつは……その――」

 

 そして、苦し紛れにこう呟いた。

 

「俺の……"カノジョ"だよっ!」

 

「…………………………え?」

 

 アリサはまるで幽霊でも見たかのように呆然と立ち尽くし、コウタとオトタチバナを交互に見る事を繰り返す。

 

 そして、否定しないオトタチバナの様子を見てかそれを事実だと辛うじて納得したようだ。アリサは神妙な顔付きで口を開く。

 

「コウタさん……最後のチャンスかも知れないので放してはいけませんよ……?」

 

「待て待て、それどういう意味だよ!?」

 

 苦し紛れの嘘だとしてもあんまりな切り返しにコウタは声を荒げた。

 

 するとまたオトタチバナがコウタから離れ、アリサの目の前に立つ。

 

「……な、なんでしょうか?」

 

『………………』

 

 オトタチバナはアリサの頭から爪先までじっと眺めた後、身体をぺたぺたと軽く触れ始めたのでアリサは少し身を固くする。

 

 そして、最後にアリサの頬っぺたをぷにぷにした後、満足したのかコウタの隣に戻った。

 

『………………――!』

 

 そこでオトタチバナが難しそうな顔で少し考え込んだ後、何か思い付いたのかポンと手を叩く。

 

 そして、笑顔でアリサを指差しながら口を開いた――。

 

 

 

 

 

『"下乳(シタチチ)"』

 

 

 

 

 

 空気が凍った。その時の様はコウタはそう形容した。

 

「コ ウ タ さ ん……?」

 

「は、はいぃっ!?」

 

 一瞬にして能面のような表情で凍り付いたアリサは矛先をオトタチバナではなく、コウタに向ける。原因はそちらと判断したのであろう。

 

「自分の彼女にいったい何を吹き込んでいるんですか……? ドン引きです……」

 

「ご、ごめんなさいッッ!!」

 

 コウタはオトタチバナをお姫様抱っこする形で抱え、その場から逃走した。

 

 抱えたオトタチバナは自身の神機よりもずっと軽く柔らかかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

『~♪』

 

 ようやくサカキ博士の研究室の前まで来たコウタとオトタチバナ。コウタは息が上がっているが、オトタチバナはどこ吹く風である。

 

「よしっ……ここまで来れば……」

 

 コウタが研究室の扉を開け、オトタチバナと共に中に入ると、そこにサカキ博士の姿は無かった。

 

「今居ないのか……」

 

 仕方ないのでここで待たせて貰おうと考えていると、隣のオトタチバナがコウタから離れ、研究室内の扉に立った。

 

『オカアサン……?』

 

 そして、ポツリとそう呟く。

 

 すると奥の研究室の扉が開き、そこに立っていたのは"眼鏡を掛けて黒いドレスの上に白衣を羽織っているお腹の大きなアラガミの女性"であった。

 

「え……?」

 

 それに対してコウタが唖然としていると、目の前の人間に擬態しているオトタチバナを見て、コウタと同じようにアラガミの女性は絶句し、ポツリと呟いた。

 

 

 

『何デ"サラトガ"チャン居ルン……?』

 

 

 

 それはオトタチバナと同じように機械と人間の中間のような声であった。

 

『オカアサン!』

 

 オトタチバナは擬態を解き、服ごと元の白い姿へと戻り、アラガミの女性に抱き着いた。アラガミの女性は混乱しながらもオトタチバナを抱き締めながら頭を撫でている。

 

「えっと……その娘のお母さんでいいんですか?」

 

『ア……ソウネ私ガオ母サンニナルワ』

 

「そうですか……」

 

『………………』

 

「………………」

 

 互いにどうしたらいいのかわからず、会話が途切れた。

 

 そんな中、オトタチバナはアラガミの女性から離れると、コウタの目の前に立った。

 

 その火傷顔には心からの笑みが浮かんでおり、両目が開かれ、真っ直ぐにコウタを見つめていた。

 

「な、なんだよ……?」

 

『アリガトウ! コータダイスキ!』

 

「――――!?」

 

 そう言ってオトタチバナはコウタの正面から抱き着いてき、自身の唇でコウタの唇を塞いだ。更に舌をコウタの口に入れ、舌と舌が絡まった。

 

『ン……』

 

 オトタチバナは固まるコウタから口を離す。その際、二人の間に細い橋が掛かった。

 

「な、な、な、なな!? 何をして……!」

 

 遅れて茹で蛸のように赤くなるコウタ。そんな様子を見てオトタチバナは小首を傾げた。

 

 

 

 

 

『ダッテワタシコータノ"カノジョ"デショ?』

 

 

 

 

 

 コウタは完全に思考停止し、オトタチバナは正面から抱き着いたまま更に密着しようと身体を寄せる。

 

 そんな二人の様子をアラガミの女性は微笑ましいモノを見るような目付きで眺めていた。

 

 

 

 

 

 







だいたい大元のオラクル細胞の記憶が原因→つまりカナちゃんが全部悪い(迫真)


ちなみにアリサちゃんではなく、ジーナさんに出会っていた場合はゲームオーバーになります(嘆きの平原)



>サラトガ
艦これでは深海海月姫の中身。この小説ではただ人間に擬態した容姿なので、容姿を見たければググるとよろしい。

Q:なんでサラトガやねん?
A:あの娘海月ちゃんの中身とか以前に、女性ゴッドイーターみたいな服装と装備してるんだもん。絶対スナイパーの旧式神機使いダゾ(決め付け)


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命あれば海月も骨に会う

どうもちゅーに菌or病魔です。1日置きならそんなに無理は無いかなぁ(大本営発表)

とりあえずこれで深海海月姫ちゃん編は終了となります。


 

 

 

 

『"メロンソーダ"カ"初恋ジュース"シカナイケドドッチガイイカシラ?』

 

「ああ! 全然お構いな…………いや、メロンソーダでお願いします」

 

 コウタは途中でとんでもない二択を迫られていた事に気付いて修正する。

 

 コウタは現在、オトタチバナの母親だというアラガミの女性に研究室の奥に通され、妙に生活感のある研究室に設置された3人掛けのソファーに座っていた。

 

『ウッウーウッウー♪イェエー♪ ウッウーウッウー♪イェエー♪』

 

 コウタの隣にはアラガミの姿のままのオトタチバナが座り、コウタにもたれ掛かりながら何やらLet Me Be With You(うっうー)を歌っている。

 

『ハイ、先にドウゾ』

 

 そう言って微笑みながらニライカナイは、オトタチバナの前に初恋ジュースの缶を置いた。

 

(………………ひょっとしてギャグ?)

 

 あの清涼飲料を名乗る何かの破壊力はコウタもよく知っていた。それを何の躊躇もなく娘に与えようというのである。

 

『イタダキマス!』

 

「あっ……」

 

 コウタが考えているうちに、オトタチバナは初恋ジュースのプルトップを倒して開け、中身を呷った。

 

『………………』

 

 それを飲んだオトタチバナは缶を傾けたまま固まる。その様子にコウタは内心"そりゃそうだろう"等と考えていた。

 

『オイシイー!』

 

「マジでッ!?」

 

 そして、オトタチバナから驚愕の言葉が飛び出した事で、コウタは顔色を伺った。オトタチバナは本当に美味しそうな表情で初恋ジュースを飲んでおり、それが事実だとわかる。

 

『ノム……?』

 

 オトタチバナに初恋ジュースを持たされ、コウタはもしかしたらこの初恋ジュースは特別に美味しいのかも知れないという淡い期待を抱き、缶に口を付けた。間接キスとか考えている余裕はない。

 

(あ、甘――)

 

 と、感じたのは最初の一瞬だけ。まるで、激辛料理の辛さのように苦いような甘酸っぱいような何とも言えない味覚が出現する。そして、その更に奥にある味覚と形容したくない何かにより、じたばたしたくなるような味が襲ってきた。

 

 期待と理想は打ち砕かれる為にあり、夢は届かないから夢なのである。

 

 要するに相も変わらずクソ不味かった。

 

『オイシイ……?』

 

「………………」

 

 飲む湿布(ルートビア)食べる塩化アンモニウム(サルミアッキ)と似た方向性で不味い初恋ジュースに打ちのめされているコウタに対し、期待とちょっぴりの不安に胸を膨らませている様子で顔を覗き込むオトタチバナ。

 

 いつもなら缶を投げ捨てない程度に全身で不味い感覚を表現していただろう。しかし、こんな顔をされては無下にすることなどコウタには出来なかった。

 

 要するに優しい嘘と、ただの男の痩せ我慢である。

 

「お、おお……美味しいよ!」

 

 コウタは気合いで感性をねじ曲げながら、初恋ジュースをそっとオトタチバナの手の中に戻した。今はこれが精一杯。

 

『エヘー』

 

 嬉しそうにニコニコしているオトタチバナ。それだけでコウタは何か偉業をやり遂げたような気分になった。男はいつだって女の前ではいい顔をしたいのである、ただの馬鹿なのである。

 

『我慢シナクテイイノニ面白イワァ……』

 

「え……?」

 

『メロンソーダ作ルワネ』

 

 何かを小さく呟いたアラガミの女性は何かを取りに席を立った。コウタには呟きの内容は聞き取れなかったが、聞き返すよりも口の中の初恋ジュースの味から逃げたかったため、オトタチバナに話し掛ける事にした。

 

 ちなみに作るという単語にハテナが出たが、既にアラガミの女性は机から離れた場所にいるため、些細な事として気にしなかった。

 

「なあ?」

 

『ナニー……?』

 

「その……どうして俺の彼女だなんて言っているんだ?」

 

『…………? コータジブンデイッタヨ?』

 

「あ、いや……そうじゃなくて、えーと……」

 

 コウタは一度頭を掻いてから照れ臭そうに更に言葉を続けた。

 

「そっちはそれでいいのか……?」

 

『イイヨ』

 

 即答だった。オトタチバナはそのまま続ける。

 

『オカアサンサガセタ……コータノオカゲ……モウワタシノシタイコトナニモナクナッタ……』

 

 オトタチバナはそっとコウタの膝に乗り、首に手を掛けて座り、ぎゅっと抱き着いた。流れるような動作でそれをされたため、コウタはオトタチバナを見つめたまま強張る。

 

『ワタシハオカアサンノ……キマグレデウマレタ……ハジメカラ……ナニモナイノ……』

 

 オトタチバナの瞳は儚げながら真っ直ぐにコウタを射ぬいている。

 

『ダカラ――』

 

 オトタチバナはコウタの胸板に顔を押しつけ、目を閉じながらそのまま続けた。

 

『ワタシニ"ハジメテ"ヤサシクシテクレタ……オレイニアナタヲアイシタイ……』

 

「………………」

 

 あんまりにも無垢で真っ直ぐで単純な好意にコウタは言葉が出なかった。

 

 しかし、それを否定と考えたのか、オトタチバナは顔を上げ、不安げな瞳でコウタを見つめる。

 

『イヤ……?』

 

「いやいやいや! 全然嫌じゃないぞ! ただその――」

 

『オ待タセ、メロンソーダシカ無カッタンダケドイイカナ?』

 

「うぉぉぉ!?」

 

 意識の外から生えてきたアラガミの女性にコウタは軽く飛び上がるように驚く。

 アラガミの女性はそれを気にせず、空のペットボトルと、クエン酸とラベルの貼られた白いプラスチック瓶と、炭酸水素ナトリウムと書かれた粉洗剤が入っているような紙箱をどこからともなく取り出して机に置いた。

 

『マズ、ペットボトルニ"クエン酸"ト"重曹"ヲ入レルワ』

 

 そう言いながらプラスチック瓶と紙箱から小さじで白い粉を掬い取り、それをペットボトルに入れた。

 

『次ニ水ヲ入レテ蓋ヲシテカラ振ルワ』

 

 アラガミの女性は水をペットボトルに注ぎ、素早くフタをしめてから、よく振って混ぜた。

 

『炭酸水ノ完成ヨ』

 

「そ、そうですか……?」

 

 メロンソーダでも何でもないモノを目の前で作られ、困惑するコウタ。それを構いもせず、アラガミの女性は作業を続ける。

 

『モチロン、味ノ決メ手ハコレネ。"人工甘味料"ヨ』

 

 アラガミの女性は炭酸水を氷の入ったグラスに注いでから、白い薬包紙を取り出し、その中にある白い粉を注いだ。

 

『サーッ!』

 

『ハクシン』

 

 何故か人工甘味料を注いでいる時にアラガミの女性は効果音を呟き、それにオトタチバナも言葉を添える。

 

 人工甘味料を入れた炭酸水は相変わらず透明なままである。

 

『最後ニ色ヲ付ケマショウ』

 

 緑色3号とラベルの貼られた茶色い小瓶を取り出し、ほんの少しだけグラスに入れる。それをマドラーでかき混ぜると、どこからどう見ても普通のメロンソーダが出来上がっていた。

 

『ハイ、ドウゾ』

 

 それがコウタの前に置かれる。コウタは色と匂いを見てみるが普通のメロンソーダである。

 

「あっ、ウマい……」

 

 飲むとよく冷えた普通のメロンソーダであった。少なくとも初恋ジュースよりは遥かに清涼飲料である。

 

 しかし、ねるねるねるね並みの製作工程を見せられると素直には楽しめない気分になっていた。

 

『メロンソーダハ水以外全テ化学物質デ作レル最強ノ清涼飲料ヨ』

 

 何やらやや誇らしげに語るアラガミの女性。どうやらお気に入りの飲み物らしい。

 

『チナミニ、簡単ニ美味シク作リタイナラ、炭酸水ニ"カキ氷リノメロンシロップ"ヲ入レルヨリ、"スプライト"ニメロンシロップヲ入レルトイイワ。メニューモ増ヤセルカラオ得ネ。喫茶店経営ノ知恵ヨ』

 

 何故アラガミの口から喫茶店経営の知恵が出て来るのかわからないが、そんなことは些細な事だと感じ、追及はしなかった。

 

『サテ……ソロソロ話シマショウカ――』

 

 アラガミの女性はにっこりと微笑むといつの間にか机の上に置いてあった双頭のさるぼぼのようなぬいぐるみを自身の肩に乗せ、その言葉を言い放った。

 

 

 

『私ハ怖イ怖イ"アラガミ"サン、"ニライカナイ"ヨ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マア、コンナトコロネ』

 

 自身がここに至るまでの経緯とここに来てからの事を俺はコータくんに話した。無論、お腹の子供の事や、オトタチバナについても含めてである。

 

 話していない事と言えば、アヤメの過去や、キグルミの正体、現在のテスカトリポカの居場所等だろうか。

 

 ちなみに深海海月姫ちゃん――オトタチバナは最初から聞く気もあまり無く理解も出来ないようで、暇そうにしていたが、いつの間にかコータくんの膝を枕にして眠っている。

 

『他ニ何カアレバ答エ――』

 

「うぅ……!」

 

『………………』

 

 そして、話していたコータくんは何故か途中から泣き出しており、俺は何とも言えない気分になった。

 

 確かにそこそこの美談ではあるが、泣くほどだろ――ああ、サカキ博士も泣いてたなそう言えば……。

 

「感動しました……ッ!」

 

『オ、オウ……』

 

 純粋なのはコイツもなのではないか、と思いつつ口には出さない。詐欺とか大丈――こんな世紀末にゴッドイーターに対してやるアホもいないか。

 

 

 

 

 とりあえずコータくんと対話になるぐらい精神状態が落ち着いてから、お膝でぐっすりな深海海月姫ちゃんを見つつ口を開く。

 

『ソレデ、ソノ娘ドウスル? 私トシテハアナタニ貰ッテ欲シインダケド』

 

「そ、そんなペットみたいに――」

 

『嫁ニ貰ッテッテ意味ヨ』

 

「………………」

 

 俺としてはその娘が幸せならどちらでもよかったが、最高の形で否定されたため、回避からの母親からの許し(フィニッシュブロー)を叩き込んでおく。

 

『良イノヨ、ソンナニ幸セソウナ顔シテ寝レルンデスモノ。拒ム理由ナンテナイワ』

 

「い、いや……あの……」

 

『ホラ、丁度部屋ノ隅ニ"ウエディングドレス"アルジャナイ? 作ッテ置イテ良カッタワ』

 

「ま、まだ早過ぎるというか……突然過ぎて……」

 

『オ赤飯炊カナキャ……イヤ、サカキ博士ニ相談シテ式場ヲ準備シテ貰オウカシラ?』

 

「ちょ……ちょっと待っ――」

 

 

 

 

 

『"オ義母サン"ッテ呼ンデ良イノヨ?』

 

 

 

 

 

「時間をください……! せめて"カノジョ"からでお願いします……ッ!」

 

 お膝で海月姫ちゃんが寝ていなければコータくんは土下座しそうな勢いで頭を下げた。目の端にさっきとは違う意味の涙がほんの少し見える気がするが、そこにツッコミする程野暮ではない。男の子にだってプライドはあるのです。

 

 俺は内心でそのための右手を掲げた。ごめん、海月姫ちゃん。暇潰しに君を作っちゃったママに出来る罪滅ぼしはこれぐらいなの。

 

 後、出来る事はアラガミは器官は必要に応じてオラクル細胞が変化するので、海月姫ちゃんが孕もうと思わない限りは絶対に子供が出来る事はないということ等も教えておこうと考え、サカキ博士が戻るのを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藤木コウタとオトタチバナの関係が始まってから3週間程経過した。コウタの毎日は一変したと言ってもいい。

 

 まず、居住区画にあるコウタの部屋にオトタチバナが住み、同棲するようになった。これはニライカナイがサカキ博士に話しに行き、決まった事である。ニライカナイやオボツカグラとは違い、何故か擬態能力のある彼女だからこそであろう。

 

 無論、サカキ博士の指示である。

 

 そして、いつの間にか人間の姿のオトタチバナがゴッドイーターとして登録されていた。登録名は"シスター・サラ"となっており、命名はニライカナイである。最近新たにゴッドイーターになり、第一部隊に配属された空母の甲板風の奇妙な神機を扱うスナイパーの旧世代神機使いとなっている。

 

 勿論、サカキ博士の権力である。

 

 ちなみに付けられている赤い腕輪の方は本物を使用しているため、キチンと正式に登録されており、極東でゴッドイーターになったという記録まで付くという徹底振りだ。

 

 考えるまでもなく、サカキ博士の職権乱用である。

 

 ちなみに人間に擬態したオトタチバナが持つ神機のようなものは当然ながら彼女の身体の一部で、コウタが聞いてみたところ、旧世代神機にした理由は"コウタと同じがいいから"であり、アサルトではなくスナイパーの理由は"結合阻害弾が撃てるから"とのことである。後者の理由はコウタにはよく解らなかった。

 

 また、意外にもシスター・サラというゴッドイーターとしてのオトタチバナは、コウタのカノジョである普通の女性といった認識を周囲からされている。理由としては彼女が生まれつき声を出せないという事になっており、筆談のみで会話し、極東で使われる言語が覚えたてのため覚束無いということになっているからである。

 

 そして、私生活では基本的に食事以外はコウタの部屋におり、バガラリーを何度観せても非常に面白そうに観ているため、趣味も合う女性であり、コウタにとって理想のカノジョであったと言える。また、コウタはニライカナイの助言により、オトタチバナに"ハナ"という愛称を付けて、部屋ではそう呼んでいた。

 

 ただ、唯一の問題があるとすれば――。

 

 

 

 

 

『オ休ミコータ……』

 

「お、お休み……"ハナ"」

 

 オトタチバナの大変豊満な身体をこれでもかと密着させて抱き合って眠る事である。更にオトタチバナはいつもコウタの隣におり、トイレでは外で待ち、風呂では可能ならば入ってこようとする。

 

 一体この何が問題なのかと言えば至極単純。

 

 

 "思春期の青年が性処理をする"タイミングがまるでないのである。

 

 

 

 そもそも男性にとってのそういった行為は、女性からしたら生理用品のようなもの。少々印象は良くはないが、それは汚いといった偏った倫理観の話で、基本的に問題がある行動では全く無い。むしろ正常発達をしていると言える。

 

 それが全く出来ず、3週間も極上の女性と肉体的にも精神的にも接する事は、ある意味地獄のようなものである。コウタの優しさという名の鋼の自制心が成せる業であろう。

 

 そんなこんなで悶々としながら寝ようとするコウタであったが、今日は少し違った。

 

『コータ……』

 

「ん……?」

 

『私ノコトキライ……?』

 

「………………え?」

 

 コウタは全く思い当たる節のない言葉に呆けた声を上げる。コウタにとってオトタチバナは紛れもなく理想のカノジョであり、嫌うところなど何処にもなかった。その上、彼女はコウタでもわかる程の速度で日に日に精神的に成長している。

 

『何デ私ヲ……"ダイテ"クレナイノ……?』

 

「そ、それは……」

 

 考えてすら居なかったオトタチバナの言葉に口ごもる。

 

『産マレル前カラ知ッテル……愛スル二人ガ愛ヲタシカメルタメニスルコト……"キス"ト同ジ……』

 

 オトタチバナは知識が異様な程に豊富だが、精神的にはまだ幼い。それはコウタから見てもわかる事であった。だからこそコウタは全身全霊で自制していたのである。

 

『デモシテクレナイ……私ガンバッタ……アプローチモイッパイシタ……デモ……コータカラ私ニサワルコトモアンマリ無イ……』

 

 しかし、それは入らぬ優しさであった事に今初めて気付く。

 

『何ガキライ……? ヤケド……? カラダ……? ソレトモ――』

 

 ベッドで向かい合いながらコウタを真っ直ぐ見つめるオトタチバナは、不安で今にも泣きそうな顔をしており、そんな顔をさせてしまった自分をコウタは責めた。

 

『心……?』

 

「違う! それは絶対に無い!」

 

『ァ……』

 

 コウタからオトタチバナを強く抱き締めた。それに彼女は嬉しそうに身を震わせる。

 

「ハナは俺の大切な人だから……ッ!」

 

『ウン……』

 

 互いにそれ以上の言葉はなく、暫く抱き合っていた。そして、そのままコウタはポツリと呟いた。

 

 

「あのさ……」

 

 

『ウン……』

 

 

「こういうのって男から言うもの……かな?」

 

 

『ワカンナイ……』

 

 

「そっか、ハナにもわかんないか……」

 

 

『ウン……』

 

 

「ハナ」

 

 

『ハイ……』

 

 

 コウタは意を決してオトタチバナに言葉を投げ掛けた。

 

 

「俺……ハナと"シたい"よ」

 

 

『ウン、私モ……』

 

 

 オトタチバナは本当に嬉しそうな笑顔を泣き張らした顔に浮かべ、コウタは生まれた時から彼女が着ていた衣服に手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コータ……コレ』

 

 いつものように身体を密着させず、手だけコウタと繋いでいるオトタチバナは1枚の三つ折りに畳まれたメモを渡した。

 

「ん? 何だこれ?」

 

『オ母サンニ……ハジメテノ後ニワタセッテ言ワレタ……』

 

 そう言われたのでメモを開くと一言こう書いてあった。

 

 

 

 

 

[イチャラブセックスならアラガミは孕まないゾ]

 

 

 

 

 

 その言葉は、てへぺろをしているデフォルメのニライカナイから吹き出しが伸ばされている。字は信じられない程達筆であり、絵は無駄に可愛く書かれていた。しかし、この内容である。

 

「あ、あの人は……全く……」

 

『エヘヘ……オ母サンラシイネ……デモ内容ハ本当』

 

「そうなのか?」

 

『ウン……ダカラ――』

 

 オトタチバナは両手でコウタの手を握り、柔らかい笑みを浮かべるとそっと囁くように言葉を吐いた。

 

『マタ……シテネ……?』

 

 そう言うオトタチバナはコウタにとって幼げで妖艶、可愛らしく美しいと感じ、惚れた弱みだと思いつつも、この世で自分が一番の幸せ者なのではないかと考えていた。

 

 

 

 

 

 








18-R版は有料(旅館のポルノチャンネル並みの感想)





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極東の日常(下乳)

どうもちゅーに菌or病魔です。

 1日置きとか言って早速2日空いたのは全部FGOとか言うゲームで、1日限定クソウマレイドイベントなんてやっていたのが悪いのです(責任転嫁) エリちゃんをWスカディでサラスヴァティーメルトアウトる(宝具Lv3)だけの簡単な作業でした。殺したいだけで、死んで欲しいわけではなかった(いつもの)

 シリアスのシの字もないイベントなのに、stay nightのイリヤ(クソデカネタバレ)――ではなくシトナイのやっちゃえバーサーカーで泣きそうになったのはナイショ。

 本編と全く関係がない話はここまでです。では、どうぞ。




 

 

 

 

 現在、深海海月姫でオトタチバナことコータくん命名のハナちゃんは、"極東支部で普通の女性ゴッドイーター"という評価を頂いている。

 

 まあ、極東支部の女性ゴッドイーターは誤射姫(カノンちゃん)とか、嘆きの平原(ジーナさん)とかがいるので、職員の感覚が麻痺しているというのもあるだろう。

 

 その二人が頭トリガーハッピー過ぎるだけで隠れているが、アニメで全裸クローゼットの下乳(アリサちゃん)等も普通に中々アレな人だしな。

 

 しかし、ハナちゃんが普通に至るまではそこそこ壁があったのである。

 

 まず、目標が普通の女性ゴッドイーターなのでとりあえず、人間らしく生活出来て過度に目立たなければいいのではないかということになった。普通の女性ゴッドイーターの敷居低過ぎである。

 とりあえず問題があればサカキ博士と一緒に解決策を考える事にした。

 

 そこでいきなり判明した問題。

 

 

『アーン……オイシー!』

 

「カナ君、大変だ。カレーと一緒にスプーンの先が無い」

 

『コレガ本当ノカレースプーンネ』

 

 

 それは気を抜くと箸やナイフ・フォーク・スプーン等をご飯と一緒に喰い千切ってしまう事であった。

 

 まあ、俺は元々人間だったのでそういうことはないが、アラガミにとっては有機物も無機物も両方食べれるモノなので大差無いということが難しいのだろう。後、噛み過ぎると簡単にへし折れてしまうしな。

 

 

『解決案ヲ出シマショウ』

 

「カレーは飲み物だね、カナ君」

 

『逆ニ考エチャウノハ止メテ』

 

 

 そして、考えた結果。絶対に傷付かない箸やスプーン等を作ればいいのではないかということになった。

 

 方法は単純。俺のコアをちょっと削り出して、少量のアラガミ装甲を作り、それでマイ箸やスプーン等を作ればいいと落ち着く。

 

 

『ンン……!?』

 

「どうしたんだい、カナ君?」

 

『ソノ……コアッテ触ラレタ事ガナイカラ不思議ナ感覚ガ……優シクシテ……?』

 

 

 ちなみに削れたコアは寝て起きれば既に再生しているので問題ない。こうしてハナちゃんに噛み切れないマイ箸やフォーク等であり、神機で射出するとアホみたいな貫通力があるという、全ゴッドイーターを心底ナメ切ったような物体が出来上がることで解決した。

 

 

『ン――! ン――!(わたわた)』

 

『大変ヨ、博士。娘ガ可愛イワ』

 

「これじゃ手振りで伝えるのは無理そうだね」 

 

 

 次に見つかった問題はコミュニケーション能力である。試しに喋らずに紙に書かれたお題を伝えるようにしたところ、ハナちゃんはただわたわたしていた。最終的には口を開いたので完全にアウトである。

 

 これではいけないとなり、再び博士と話し合った。

 

 

「さあ、解決案を出そう」

 

『息子ノ葬式デ、マタアノ人ニ会エルカラ』

 

「問題が違うぞ、カナ君」

 

 

 考えた結果はやはり筆談である。ハナちゃんは筆談ならば可能だったため、そういうことにしておいた。寧ろ、ここで重要なのは環境設定の方だろう。

 

 

『周リニドウ理解サセルカヨネエ』

 

「任せなさい。ターミナルの情報を偽造しておく」

 

『ヤッタゼ』

 

 

 サカキ博士の協力により、ハナちゃんは話せない女性という事になった。ついでに離れた地域で暮らしており、フェンリルの公用語を覚え始めたばかりという事にもしておき、やや幼い文には目を瞑って貰うことにした。成長に従って文章の内容も良くなるため、間違ってはいない。

 

 

「か、カナさん……ちょっと相談が……」

 

『アラ、コータ君。何カシラ?』

 

「個室シャワーとか、ユニットバスの風呂に入ってるとハナが入ってくるんだ……」

 

『爆ゼテ、ドウゾ』

 

「なんでッ!?」

 

 

 他にも随時発生した問題を幾つも解決しながら、ハナちゃんはちゃんと普通の女性ゴッドイーターとして過ごせていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一部隊隊長"藤木コウタ"に美人で可愛らしくどこかあどけない様子のカノジョが出来て約1ヶ月の月日が流れた頃。

 

「………………」

 

 赤を基調とした丈の短い服装をした銀髪の女性ゴッドイーターにして、サテライト拠点の探索など民衆の生活区を広げる事を主な任務とする独立支援部隊クレイドルに所属する"アリサ・イリーニチナ・アミエーラ"は、任務へ向かうヘリコプターの中で瞳を閉じて考え事をしていた。

 

 それというのはコウタのカノジョであり"シスター・サラ"という名で、最近ゴッドイーターになった旧世代神機使いについてである。

 

 どうもサラはアリサにとってかなり奇妙に映るのだ。

 

 そもそもアリサは言葉が話せないという彼女の声を耳にしている。内容が少々アレ過ぎてその時は気にならず、またほとんど印象は残っていないが、それでも声質等は多少覚えていた。それで特徴的な声をしていたという記憶はある。

 

 また、ターミナルでサラについての情報を見ると一言"失語症"とだけ書いてあった。まあ、それならば通常は納得も出来る内容であろう。

 

 そもそも失語症とは、話すことができない状態と思われがちだが、それは大きな間違いである。

 

 失語症とは、主には脳出血、脳梗塞などの脳血管障害によって併発する高次脳機能障害の1種であり、脳の言語機能の中枢が損傷されることにより、獲得した言語機能が障害された状態である。

 

 言語機能は聞く・話すといった"音声に関わる機能"と、読む・書くといった"文字に関わる機能"に分けられる。

 

 そして、失語症は健忘性失語や全失語を除き、大きく分けると2つあり、ひとつは運動性失語。もうひとつは感覚性失語だ。

 

 前者はブローカ野の障害により起こる言語障害であり、発話量が少なく非流暢、一般には努力性でたどたどしい話し方、言葉の聴覚的理解面は比較的良好に保たれているのが特徴。

 

 要は他人の話すことは理解できるが、自分の思っていることを言語に表現できない状態である。

 

 後者はウェルニッケ野の障害により起こる言語障害であり、発話は流暢、一般になめらかな発話の割りに内容には乏しく、言葉の聴覚的理解面が著しく障害されるのが特徴。

 

 要は他人の話すことは理解できないが、自分が話すことはできる状態である。

 

 そして、障害とは障害部位や障害の程度や回復の差など様々な要因によって異なるため個人差が激しく、個々によって度合いや症状がまるで変わるものである。

 

 サラは運動性失語寄りであり、読み書きは可能で、発語が少しだけ可能な状態なのだろう。

 

 発語も可能にも関わらず何故話さないのかとなると精神的な理由となり、拙い声を聞かれたくない、過去のトラウマ、受傷した状況、家族環境で何かがあった等々考えれば幾らでも考えられるため、聞かなければ理解は難しい。

 

 しかし、アリサが疑問を覚えたのは症状などではなく、とある一点である。

 

(……"機械"みたいな声だったような…………)

 

 思い返すとそのように感じるのだが、アリサは頭を振り払う。何らかの機械を声帯に入れたり、ボイスチェンジャーを用いていない生の人間から機械の音声が出る訳はない。単なる聞き間違い、そうアリサは考えようとしている。

 

 一言、サラがアリサに話してくれればわかる事なのだが、声を出したくない理由があるのならば、何れにせよアリサから掘り返すことはまず無いであろう。

 

(考えても仕方ない……)

 

 アリサは任務へと頭を切り替えた。

 

 赤い雨の出現と時を同じくして現れるようになった感応種のアラガミ。オラクル細胞の支配により、既存のゴッドイーターを無力化してしまう恐ろしい存在である。

 

 当然、アラガミの最前線である極東では非常に多い数が確認された。

 

 幸いにもその数自体は数えられる範囲であり、ゴッドイーターが感応種と戦闘が出来ぬのならば、感応種を引き寄せて人間の生活区から引き離す事が可能だった。

 

 しかし、有り得ない火力と航行能力を持つアルダノーヴァ神属感応種"ニライカナイ"とその子機"オボツカグラ"や、既存のアラガミを遥かに凌駕する巨体を持つアラガミでありニライカナイと酷似点の多い"オトタチバナ"の出現により、その根底は崩れ去る。

 

 現状は奇跡的にニライカナイもオトタチバナも"何故かフェンリルや生活区に、1度も攻撃どころか踏み入ったことがない"ため、現状維持か辛うじて出来ているだけであり、余りにも脆く心細い現実だと言える――。

 

 

 

 

 

 ――――――はずであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「距離は!?」

 

[後、500mです!]

 

 アリサはオペレーター見習いをしているゴッドイーター志望の"瑞木アヤメ"の声を聞き流しながら、ただの鉄塊になった神機を抱え、南国の鳥と美女を掛け合わせたような姿をしたシユウ神属感応種イェン・ツィーと、その下僕であるオウガテイルに似たチョウワンを、付かず離れずの距離を保って引き連れながら移動していた。

 

 通常の感応種は生活区の近くに戻ることがあるため、こうしてアリサのようなベテランのゴッドイーターが、感応種を外部に誘導しているのである。

 

 しかし、ここ1ヶ月で任務内容は少々変化した。

 

 感応種を外部に誘導するのではなく、ある地点に誘導する内容となっているのだ。

 

 

 

「ついた……!」

 

 

 

 その場所が旧時代の遺産であり、人間の底知れぬ欲の象徴たる"愚者の空母"である。

 

[アリサさん! イェン・ツィーをホールド・トラップで拘束後、撤退してください!]

 

「ええ!」

 

 アリサは流れるようにチョウワン達の攻撃を避け、イェン・ツィーの足元に直接ホールド・トラップを設置した。

 

『――――――!?』

 

 イェン・ツィーはホールドを受け、動きを強制的に止められる。

 

 アリサはその間にチョウワン達を掻い潜り、近くをホバリングするヘリコプターから下ろされた縄ばしごに掴まった。

 

[任務、お疲れ様です]

 

「ええ、本当にこんなものでいいなんてね……」

 

 あまりに呆気ない幕引きに、一見ただの敗走にしか見えないであろう。無論、ヘリコプターは帰路に就いている。

 

 しかし、イェン・ツィー達を眼下に眺めるアリサの瞳は、どこかアラガミらへの憐れみすら浮かんでいるように見えた。

 

 

 

 

 

 何故なら――イェン・ツィー達は既に"詰んでいる"のだから。

 

 

 

 

 

[愚者の空母全域に偏食場パルスを確認]

 

 

 

 オペレーターのアヤメの呟きの後、愚者の空母を中心にクモの巣状に巨大な水紋が出来る。そして、それが止むと少しの間静けさだけがあった。

 

 その直後、愚者の空母の周囲の海中から埋め尽くし、船体を囲むように数百本の太く長い触手が真上に突き出す。

 

 そして、そのうち何本かの触手が甲板に打ち付けられ、チョウワン達が海中に引きずり込まれる。無論、2度と水面に上がってくることは無かった。

 

 何故か最後まで残されたイェン・ツィー。その目の前にある甲板に空いた巨大な穴から白と黒を基調としたアラガミが、ぬるりと上半身だけ這い出る。

 

 

 

『ゴキゲンヨウ……?』

 

 

 

 それはアラガミのアマテラスのようであったが、遥かに巨大体躯と、妖艶で人間的な女性体を持ち、言葉を扱うアラガミであった。まるで伝承の海魔そのものである。

 

 

 

 

 

["オトタチバナ"出現しました]

 

 

 

 

 

 現在、極東支部ではオトタチバナの自身以外のあらゆるアラガミを根絶する生態を利用し、オトタチバナの棲息地に感応種を運ぶ事で、間接的に感応種を処理しているのである。

 

 感応種に対抗するために感応種をぶつける。アラガミを倒すためにゴッドイーターが生まれた事と似た経緯なのは皮肉な話だろう。

 

 アリサはイェン・ツィーがオトタチバナによって、シャチに打ち上げて遊ばれるオットセイのように何度も飛ばされる光景から目を離して、隣の席に置かれていたオトタチバナの資料を見た。

 

 

 

 

 

オトタチバナ

 第一種接触禁忌種アラガミ。ニライカナイの女性体と酷似点の多い感応種だが関連性は不明。外見からはウロヴォロス或いはアマテラスの神属感応種に見える。

 白と黒を基調としたアマテラスに似た倍以上に巨大な体躯に、白いドレスの妖しい美女が埋め込まれた容姿をしている。

 感応種としての能力は、"擬態"。自身のオラクル細胞を瞬時に変化させて一時的に全く別のものに変わる。更に自身のオラクル細胞を分散させることにより大地に溶け込んで地中を進み、離れた場所にオラクル細胞を収束させて身体を形成し直す事さえも可能。

 第一種接触禁忌種に認定されているが、人間よりも他のあらゆるアラガミを襲う特異な性質と、現在発生区域から全く移動しない性質を持つため、極東支部では感応種の処理場としてオトタチバナを活用している。

攻撃属性:[火][神]

弱点属性:なし

 

 利用価値と危険性の双方から判断し、特例的に棲息地の"愚者の空母"を侵入禁忌区域とする:極東支部長代理ペイラー・榊博士

 

 

 

 

 

 資料からオトタチバナに目を戻すと、ミンチのようになった青い物体が甲板で染みになっており、ヘリコプターで極東支部に戻るこちらを見つめるオトタチバナの姿があった。

 

 オトタチバナは腕に付く巨大な触手の一本を掲げてこちらに向けるとゆっくりと横に振る。それはまるでこちらを見送る人間の姿に似ていた。

 

「不気味ね……」

 

 しかし、ヘリコプターからかなり距離が離れても尚目視出来るほど巨大で、人語を扱う大海魔のそれはゴッドイーターを小馬鹿にしているようで、怒りを通り越して畏怖すら覚えた。

 

 オトタチバナではなくて、身を捧げた海神の方ではないかと考えながらアリサはオトタチバナの声を思い出し、あの日聞いたシスター・サラの声と重ねた。

 

(まさかね……)

 

 自嘲気味に笑い、突拍子もない考えだと振り払いつつも、アリサの小さな疑念は晴れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コータ……今日モ博士ノ依頼デ"プチュッ"テシテキタヨ……』

 

「おお、偉かったな!」

 

『エヘヘ……』

 

 

「青春だねえ、カナ君……」

 

『青春ネエ、博士……』

 

 

 案外真実というものは見て聞いたままの馬鹿正直なものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はソファーに座りながら妊娠9ヶ月が経過した事で随分と大きくなった自身のお腹を撫でた。

 

 既に胎児の成長によって動き回れるようなスペースがなくなり、慣れる前に壁を蹴られるようなことはほとんど無くなってしまったな。

 

『ハァ……』

 

 ふとした瞬間、急に自分がどうしてこうなっているのかと思い浮かび、鳥肌や悪寒と何とも言い難い気持ち悪さを感じる事がある。

 

 頭では納得しているつもりでも、やはり心では抵抗があるのだろう。ハナちゃんの事ばかり問題視してもいられないが、俺が後1ヶ月程耐えれば済むだけの話だ。無論、この事は墓場まで持って行こう。

 

「産ンデアゲタイナ……」

 

 少しだけお腹を押すと自分に宿る可愛らしい命が全身で感じられる。気持ち悪さを感じる一方で、お腹に宿しているとどんどんこの子への愛しさが募ってくるのもまた本心なのだ。

 

 だからアラガミとして可能な腹を自分で開いて胎児を取り出すのではなく、人間のようにお腹を痛めて産んであげたいと思う。

 

 そして、そんなことを考えている自分自身に嫌気がさす。そんなループが胎児を宿してから数ヶ月起き続けている。それも出産が近づく程増している気さえした。

 

 だから何か作業をしていたいのだ。別の事に集中している間は赤子の事を考えずに済むから。まるで精神病の治療のようだな。

 

 そんな事を考えてひとりで笑っていると、部屋の扉が開き、キグルミ――ケイトさんが入ってきた。

 

「か、カナちゃん……」

 

 何故か深刻な様子のケイトさん。息も絶え絶えである。

 

 その事に首を傾げているとケイトさんは俺の両肩を掴み、震えた様子で口を開いた。

 

「来ちゃった……」

 

『来タ……?』

 

 ケイトさんは呼吸を整えてから吐き出すように叫んだ。

 

 

 

 

 

「"ハル"来ちゃったよぉぉぉ!!?」

 

 

 

 

 

 俺はケイトさんに肩をガクガク揺らされながら、もう来るような時期なんだなーと他人事のように考えていた。というか、妊婦を揺するの止めなさい。君のだぞ!

 

『トリアエズ、着グルミヲ脱ゲ』

 

「うん……」

 

 幾らなんでもシュール過ぎる。

 

 俺は極東支部に新たに配属されたケイト・ロウリーの婚約者である"真壁ハルオミ"こと"ハルさん"についてどう言った対応をするかあれこれ考えたが、幾ら考えてもぶっちゃけこれはアレだ。

 

 一度、俺のお腹にいるケイトさんとハルさんの子供を眺めてからこう思う。

 

 もう、なるようにしかならないんじゃないかな……うん……。

 

 俺は遂に来てしまったと思いつつ渇いた笑い声を上げるだけであった。

 

 

 

 








  ~♪(ハルさんのテーマ)





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PROUD OF YOU

どうもちゅーに菌or病魔です。

 活動報告にもある通り、一番大切な場面だったので、土日で7~8回書き直した16話(7000字ぐらい)が昨日の22時ぐらいに全消滅しやがりましたので、モチベーションが死んでいましたが、ハルさんのテーマを聞いていたら復活したので、気合いで4000字ぐらい記憶を頼りに改善しつつ書き起こしたので投稿しました。

 投稿は暫くしないとか言っていましたが、まあ、ホモは嘘つきだからね、仕方ないね。

 短めですが、残りの3000字ぐらいはギャグパートでしたから、真面目な場面ですし、これでよかった気もします。

 というかこの作品はこの場面をやりたいがために書いたに等しい作品なので、作者的にはもう完結したような気分だったりしますが、まだカルビちゃんと、ラケルてんてー(最難関)が残っているので頑張ります。




 

 

 

 

「随分久しぶりだな……」

 

 フェンリル極東支部のラウンジの片隅の席でポツリと呟く男性が居た。彼がしている赤い腕輪からゴッドイーターである事が見て取れる。

 

 彼の名は"真壁ハルオミ"。かつてはこの極東支部のゴッドイーターであったが、グラスゴー支部に転属し、それから他の支部を転々とした後にまたこの極東支部に戻って来たゴッドイーターである。

 

 彼は"最愛の人(ケイト・ロウリー)"を失ってからというもの、決して周囲には漏らさないが、あの"赤いカリギュラ"と"ニライカナイ"を追うために極東支部に戻った。

 

 本来もう少し後に極東支部に転属される予定であったが、ニライカナイの足取りが最後に確認され、それから数ヶ月以上出現報告がないため、予定を早めて転属となったのである。

 

 赤いカリギュラは良くも悪くもただのアラガミだ。しかし、ニライカナイは言葉を用いる。そして、ギルバートが言うように残虐な皮肉屋ならば、ケイトの最期について何か聞き出せるのではないかと考えていた。

 

(ケイト、俺は今アラガミの尻を追っているよ)

 

 そう考えながら内心で自嘲を浮かべる。何の意味もない行動だという事は解り切っている。しかし、人間そんなに簡単には割り切れるものではない。真壁ハルオミもまたそんな人間であった。

 

 すると彼の隣に何か大きめのシルエットが座った事で意識がそちらに向く。

 

『………………』

 

 それは紫色と灰色をメインカラーとした、継ぎ接ぎだらけのパンキッシュなウサギの着ぐるみを着た何かであった。

 

(着ぐるみ……)

 

 どこからどう見ても奇妙な着ぐるみである。確りと腕に着ぐるみ用の腕輪が付けられ、フェンリルの紋章が着ぐるみにあるため、ゴッドイーターだという事が見受けられる。

 

(そういえば配属された第四部隊の隊長の名前がキグルミだったな)

 

 ハルオミはオペレーター兼受付嬢の竹田ヒバリからナンパのついでに聞き出した情報と、ターミナルで情報が無い事が情報というとんでもない情報とで照らし合わせながらコレがそうなのではないかと考えた。

 

 キグルミを着た何かは当たり前のようにストローが刺さったグラスで、口の穴が空いていない着ぐるみの口で飲み物を飲んでおり、見ているだけで常識が何処かに飛んで行きそうである。

 

「少しいいか?」

 

『――――――!』

 

 ハルオミが問い掛けると、着ぐるみを着た何かは嬉しそうに腕を縦にブンブン振っていた。

 

 それだけであり、一言も言葉を発しない姿に彼は顔には出さないが、少しだけ面食らう。

 

「えーと……お前がキグルミでいいんだな?」

 

『――――――!!』

 

 腕の振りが強まった。その様子からハルオミは肯定と判断する。

 

「そうか、俺は"真壁ハルオミ"。本日付けで第四部隊に配属になった。まあ、よろしく頼むよ」

 

 ゴッドイーターは年齢や地位よりもベテランである事が重要なため、挨拶としては非常に当たり障りの無いものであった。

 

(まあ、極東支部だしな)

 

 また、ハルオミはこの奇っ怪なナマモノを極東支部なので仕方ないと結論付け、寧ろそれを着たままゴッドイーター活動が出来る事を感心すらしていた。とてつもない適応力である。

 

 ちなみに彼のナンパという名の聞き込みによると、キグルミの極東支部での評価はかなり高い。その姿で喋らないにも関わらず、確かな戦闘力と、部隊に対する熟練された状況判断及び指示能力や、見た目に全くそぐわない事務処理能力の高さによるものである。

 

 数ヶ月の間で既に"影の実力者"等と密かに慕われていたりもしていた。

 

 だが、彼が興味を示したところはそこではなかった。そして、何故か自然に口が開く。

 

「お前、"ロングブレード・アサルト・バックラー"の神機使いらしいな。いや……だからなんだってわけでもないが……」

 

 ハルオミは徐々に言葉が尻すぼみになり、途中で止めたような形になった。

 

 初対面でキグルミに対してそのように言ったのかはわからない。それこそ同じ構成のゴッドイーターなど掃いて捨てる程いる。無論、同じものを見掛けようとも彼がこのような事を言うことはこれまで一度も無かった。

 

 しかし、何故かキグルミには言っておかなければならないような気がしたのである。

 

 

 

 "無茶だけはするな"と。

 

 

 

『………………』

 

 それを聞いたキグルミは腕の振りを止め、じっとハルオミを凝視していた。

 

 それは彼の発言に戸惑うようにも見え、心なしかキグルミの身体が震えているように見える。

 

「お、どうした?」

 

『………………!』

 

 するとキグルミはハルオミの手を握り締め、立つように促した。どうやら何処かへ連れて行きたいらしい。

 

 ハルオミはそんな様子のキグルミに黙って従い、ラウンジを後にするとエントランスにあるエレベーターに乗り、何処かの階層を目指した。

 

『………………』

 

「………………」

 

 エレベーター内で階層のボタンの前に立つキグルミの背中をハルオミは見つめている。

 

 ぐったりと片方に首を傾けたような何とも言えない姿勢。しかし、彼はそんなキグルミの見た目ではなく、纏う"雰囲気"自体に、何か既視感のようなもの……というよりも安心感に近い感覚があった。

 

(いや、まさかな……)

 

 ハルオミは考えを振り払った。考えるだけ無駄な事。とっくの昔に彼自身が受け入れた事なのだろう。

 

 "神は居ようと死者は帰ってこない"それがこの狂った世界の現実なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 ラボラトリ区画でエレベーターから出た突き当たりの部屋。そこはサカキ博士の研究室であり、ハルオミが過去に来た時とほとんど変わらない光景が広がっていた。どうやら今サカキ博士は留守のようである。

 

 感傷に浸っているとキグルミは研究室の入り口の扉をロックする。そして、研究室内にある戸棚まで行くと、その中の物を取り出す。

 

「他人の部屋で逢い引きとは大胆――」

 

 軽口を叩こうとしたところでハルオミの言葉は自然に止まり、キグルミが手に持つ物に釘付けになった。

 

『………………』

 

 キグルミはそれを持ってハルオミの目の前まで近付くと、彼にそれを手渡す。

 

 傷だらけで所々外装の剥げ、最も大切な神機との接合部が無惨にも折れ、修理するよりも作り直した方が早いと思われる程に破損したハート型のバックラー。

 

 

 

 それは紛れもなく、真壁ハルオミの婚約者――"ケイト・ロウリー"が使用していた"バートリストル"であった。

 

 

 

「何故これが……」

 

 ケイトの神機は今も赤いカリギュラの肩に突き刺さったままだが、その中でこのバックラーだけは赤いカリギュラの攻撃によって外れたため、何処かに落ちている筈であった。

 

 だが、何故かバックラーは何処にも見当たらず、形見には出来なかったのである。

 

 それこそ可能性としては、アラガミ化するケイトを連れ去ったニライカナイが拾っていたと考えるのが妥当なところであろう。しかし、理由は一切不明である。神機ごとなら未だしも、喰えもしないアラガミ装甲を好きで持って帰るアラガミなどいるわけもない。

 

 ハルオミは受け取ったバックラーを見つめながら呆然とした様子になる。そして、身長差から彼をやや見上げているキグルミを見て、空っぽの心からそれは呟かれた。

 

 

 

「お前……まさか――」

 

 

 

 恐らくそれは、一番突拍子もない考えで、最も現実から遠く、とっくに諦めた答えで――。

 

 

 

「"ケイト"か……?」

 

 

 

 ――何よりも彼が信じたかった事であった。

 

 

 

『………………』

 

 

 

 それを聞いたキグルミは少しハルオミを見上げた後、研究室の中央にゆっくりと歩いて移動し、彼に背を向ける形で足を止める。

 

 そして、己の被り物に手を掛け、ここに来て初めて口を開いた。

 

 

 

「どうして……わかっちゃうかな……」

 

 

 

 着ぐるみの頭部が床に落とされ、代わりにハルオミが何度も焦がれた亜麻色の長い髪が露になる。

 

 そして、その声は記録媒体と彼の思い出の中でいつまでも色褪せずに残り続ける筈であった。

 

 

 

「いつまでも死んだ女の尻追い掛けて…………忘れたって……怒らないのに……ッ!」

 

 

 

 彼女は残りの着ぐるみを脱ぎ捨てる。その姿は肩の出る白いセーターを黒いコルセット状のもので止め、赤いベルトを締めたジーパンを履いた女性である。

 

 

(ああ……夢かこれは……でももし夢ならどうか……醒めないでくれ)

 

 

 それは紛れもなくハルオミにとって極めて近く、限り無く遠い世界にいた存在であった。

 

 そして、彼女は目を伏せてハルオミの前まで移動すると、ポツリと呟く。

 

 

 

「馬鹿……大好き……!」

 

 

 

 そう言いながら彼女はハルオミに抱き着き、その顔を向き合わせる。

 

 真壁ハルオミに貰ったペンダントを身につけ、赤いフレームのメガネの奥にさめざめと涙を浮かべながら笑っている女性――"ケイト・ロウリー"がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえハル? 色々聞きたいことはあると思うけれど、真っ先にあなたに紹介したい女友達がいるの」

 

 暫く言葉もなくただ抱き合っていた二人は、ケイトがハルオミに問い掛けた事で一先ず終わりを告げる。

 

「女友達?」

 

「ええ、きっとハルも知っている人よ」

 

 それだけ言うと、ケイトは一旦ハルオミから離れ、奥の研究室に向かう。

 

 そして、直ぐに研究室から一人の女性を連れて、ケイトは戻って来る。見ればシルエットから女性が臨月が近い程の妊婦であるという事が理解できた。

 

 また、妊婦の女性は借りてきた猫のように縮こまっており、ケイトは後ろから妊婦の女性の両肩に手を置きつつ背中を押す形で連れて来ていた。

 

「は……?」

 

 思わず、ハルオミから呆けた声が漏れる。

 

 それはしっとりとした烏の濡れ羽色の髪に、暗い血のように輝く宝石にも似た紅い瞳、死人よりも真っ白の肌。それらを黒のドレスで纏め、その上に白衣を羽織り、眼鏡を掛けたアラガミの女性――。

 

 

 

「"ニライカナイ"の"カナちゃん"よ」

 

 

 

 ケイトはとても親しげに、何故か妊娠している自身を連れ去ったアラガミをハルオミに紹介する。

 

 ニライカナイはばつがわるそうに目を泳がせ、ケイトに助けを求めるような視線を送っていた。しかし、ケイトは確りとニライカナイを押さえており、彼女に逃げ場はない。

 

『ヤッパリ言ワナキャダメ……?』

 

「ダーメ、私が初めてで言えなかったからカナちゃんが言うの」

 

『ムウ……』

 

 ケイトとニライカナイはそんな事を話している。友達関係だという事は見て取れた。また、ニライカナイはほんのりと羞恥心に頬を染めているようにも見える。

 

『ア、ア……アッ……』

 

 そして、ケイトに肩を抱かれながらニライカナイはハルオミへと手を広げ、何度も言葉に詰まりながら何かを言おうとする。

 

 そして、意を決したのか顔を真っ赤にしながら目を強く瞑り、広げた両手を自身の大きなお腹に当て、その言葉を言い放った。

 

 

 

 

 

『アナタノ子ヨ……ッ!』

 

 

 

 

 

 真壁ハルオミは生きてこの方、ケイトが死んだと理解した次に大きな衝撃と共に、何とも言えぬ心地好い背徳感を感じたという。

 

 

 

 








イイハナシダッタノニナー(BGM:煉獄の地下街3)





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聖なる探索/Zero

 どうもちゅーに菌or病魔です。

 作者他の小説も大量に掛け持ちしているのでそちらを更新していたので更新が遅れました。後、リアルが最近ちょっと忙しいですね。早くも年末ブーストです。

 ああ、ギルくんは後でちゃんと話を作るので安心してください。

 前話の感想が8ページ以上あって震えるため、返信は少し待ってください! お願いします! なんでもカナちゃんがしますから!



 

 

 何故か俺がハルさんに"あなたの子よ!?"を言うハメになってから約15分後。

 

 ケイトさんと共に、ハルさんにケイトさんがここまでに至る経緯を要約して説明し終え、ハルさんはそれを神妙な面持ちで聞いていた。

 

 ちなみに何故か俺はソファーでケイトさんとハルさんに両サイドから肩に手を回されて、全く逃げ場がない。気分は捕まった宇宙人である。

 

「………………」

 

 ハルさんは黙って聞き終えた後、瞳を閉じて考え込む。そして、目を見開き、俺を見つめながら口を開いた。

「カナ……でいいのか?」

 

『好キニ呼ンデ』

 

 ハルさんが問い掛けて来たのでそう返す。するとハルさんは立ち上がり、ソファーの前のテーブル越しに俺の前に立ったと思えば、勢いよく頭を下げる。

 

「ありがとう、ケイトを助けてくれて……ッ!」

 

 それはハルさんの全てを投げ出したようなこれ以上ない程の感謝の印であった。その様子に流石に俺も面食らう。

 

『エエ……好キデヤッタダケダカラ……』

 

「カナちゃん」

 

 すると隣のケイトさんが俺に抱き着いて来たため、思わず身を固くする。花が咲くような笑みを浮かべているケイトさんは本当に美人だ。

 

 そのままケイトさんは口を開く。

 

「ありがとう」

 

『…………………………ウン……』

 

 俺は嬉しくて、幸福で、恥ずかしくて、たったそれだけの言葉を返すだけで精一杯だった。

 

 

 

「そろそろいいかな?」

 

 

 

 いっそ溶けてしまいたいと思い始めていると、いつの間にかテーブルの真横に立っていた研究室の主である細目の男性――サカキ博士が声を掛けて来た。

 

「博士……いや、今は支部長代理でしたっけ?」

 

「博士でいいよ。支部長代理なんて私の柄じゃないからね」

 

 ハルさんの問いに直ぐにサカキ博士は答え、更に言葉を続けた。

 

「ハルオミ君。気づいているとは思うが、カナ君たちが来てからは私が一枚噛んでいるよ」

 

「でしょうねぇ……」

 

 ハルさんはサカキ博士なら仕方ないとでも言いたげな表情でそう呟く。実際、そうなのだが、ハルさんにまでそう思われているのか。

 

「ケイト君とカナ君と君たちの子供については安心していい。私が全てを懸けて最良の結果になるようにしてみせよう」

 

 そう、説明した時のサカキ博士の目は開いており、一目で本気で言っているという事が理解出来た。

 

「博士がそこまで本気になるなんてよっぽどなんですね……」

 

「カナ君には既に十分過ぎる程見返りを頂いたからね。カナ君にも報告したい事があるんだ」

 

『私モ?』

 

 すると部屋の電気が落ち、床からスクリーンが伸びて現れる。

 

 見れば研究室でサカキ博士の助手をしているカグラちゃんが部屋の電気を消したり、持ち運び式のスクリーンを立ち上げたりしている姿があった。

 

『………………――!』

 

 プロジェクターの位置が納得いかなかったのか暫く動かしていたカグラちゃんだったが、お気に召したのかある位置で鼻息をひとつ立ててから、奥の研究室へとそそくさと戻っていった。えらい。

 

「あの娘は?」

 

『私ノ娘』

 

「なるほど」

 

 いったいそれで何を理解したのかわからないが、ソファーに座り直したハルさんは特に何も聞かずにスクリーンに映し出され始めた映像を眺め、いつの間にかケイトさんはハルさんの手に抱き着いて座っている。ポップコーンを渡したらそのまま普通に食べ始めそうな様子である。

 

 映像では2m×2m程で1枚の金属板がチュートリアルマップの中央に立てられていた。金属板の色はどす黒く、なんだが俺の黒色そっくりに見えた。

 

「まずこれだ。私の研究室で培養しているカナ君のコアのオラクル細胞から作られたアラガミ装甲だね」

 

『オイ、何人ノ心臓ヲ増ヤシテンダ』

 

 どうやらサカキ博士が俺が来てから研究の方は大人しいなと思っていたが、そうでもないらしい。

 

 そう言えばハナちゃんの箸とか、フォークとか作った時にコアのオラクル細胞を採ったが、多めに取られていたようだ。

 

 まあ、サカキ博士ならば悪用はしないだろうから特に問題は無いだろう。

 

[あの……新型のアラガミ装甲の耐久テストってこれですか……?]

 

[――――――!]

 

 次に映像に映り込んで来たのは我らが誤射姫――台場カノンちゃん様と、カメラに向かって手を大きく振っているキグルミ――中身はケイトさんの第四部隊の面々である。無論、神機を持っている。

 

「着ぐるみもケイトは似合うな……」

 

「も、もう……そんなこと言って……」

 

 これはあれか、突っ込み待ちなのだろうか?

 

 そう考えていると場面が動き、ケイトさんがロングブレードでアラガミ装甲を斬りつけようとし、カノンちゃんの前に出た。

 

 瞬間、狙っていたかのようにカノンちゃんが動く。

 

[――――――!?]

 

 ケイトさんに放射弾が直撃し、ケイトさんはきりもみ回転しながら吹き飛ばされ、端の壁に当たった。ケイトさんはちーんとでも効果音が付きそうな様子でぐったりしている。

 

 うーん……ゲームだと上にちょっと飛ぶだけだが、現実だとこの誤射はヤバいな。車に撥ね飛ばされたような光景だ。着ぐるみを着ていなければ即死だと言われても特に驚かない。いや、着ていたって中身がぐちゃぐちゃになりそうなものだ。

 

[射線上に入るなって、私、言わなかったっけ?]

 

 いつもの。

 

 そんなことを考えているとハルさんが動いた。

 

「け、ケイトぉぉぉ!?」

 

「わ、私ぃぃぃ!?」

 

 何故かハルさんに加えて、カノンちゃんに飛ばされたケイトさんまで叫ぶ。

 

「そんな……折角会えたのに……また死ぬだなんて……!」

 

「イヤ……ッ! どうして死んでしまったの私!?」

 

 そう言いながら涙ながらに身を寄せあって抱き合う二人。見ているだけで頭がどうにかなりそうだ。

 

 というかコイツら、ハルさんがボケでケイトさんがツッコミかと思っていたが、両方ともボケか……たまげたなぁ……。

 

「この通り、ブラストの砲撃ですら傷ひとつ付かないんだけど、欠点もあってね。一度、アラガミ装甲としてオラクル細胞が嫌う性質を持たせて整形してしまうと、硬過ぎて現在の技術では二度と加工できないんだコレが。ついでに普通のオラクル細胞と違って全く思い通りに増えてくれないから取れる量も限られる。いやー、面白いよカナ君は」

 

 やだ……私の装甲かたすぎ……?

 

 それは兎も角として、この博士よっぽど研究成果を他の誰かに話したかったんだろうなぁ……夫婦漫才を意にすら介さずに生き生きしている。

 

 アレ……ひょっとしてこの四人の中だと俺が相対的に常識人になるのだろうか……?

 

 その事実に俺は愕然としながら混沌とした場を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カナちゃんカナちゃん!」

 

 ハルさんとの奇遇から数日後。いつも通り、私の自室と化した研究室でアニメを楽しんでいるとケイトさんが入って来た。

 

[バカにしないでくれる!? 知ってるわよそれぐらい!!]

 

『ヤッパリ"エルフェンリート"ノナナチャンハ天使ネ……』

 

 でもやっぱり一番はルーシーことカエデさん。異論は認める。

 

「聞いて聞いて! ハルがね――」

 

『ソウナノカー』

 

 肌がとても艶々しているように見えるケイトさんは俺の隣に座ると、ノロケ話を始める。それが最早いつもの光景になりつつあった。1日2日なら未だしも毎日がこれならば対応が雑にもなろう。

 

「むー……カナちゃんノリが悪いわよ?」

 

『ケイトハ胎教ニ悪イワ』

 

「私の子よ!?」

 

 ケイトさんは俺の肩を掴んでガクガク揺さぶる。あなたの子だからこそ心配なんだよなぁ……。

 

「胎教って言うならカナちゃんが見てるアニメはどうなのよ?」

 

『アラガミガ闊歩スルクソッタレナコノ世界ヨリ、多少ハマシジャナイカシラ?』

 

「…………何も言えない……」

 

 ケイトさんはよよよ……と泣き崩れるように俺にもたれ掛かった。ケイトさんひとり分でどうにかなるような人間的な耐久はしていないので、暫くそのままにしておく。

 

「邪魔するぞ」

 

「お邪魔します……」

 

「ハル!?」

 

「おっ、ケイトじゃないか」

 

『コンニチワ、アヤメ』

 

 そんなことをしているとハルさんと、何故か感情を失ったような表情をしたアヤメちゃんが入って来て、俺の肩で垂れていたケイトさんがシャキッとする。なんだかどうも俺の前ではケイトさんは少し子供っぽくなる気がするな。それだけ信頼してくれていたり、気の置けない友人だと思っているのなら嬉しい限りだ。

 

「お前さんが言っていたのはコレで合ってるか?」

 

 ケイトさんを少し構った後、俺の前に来たハルさんは手に持った袋から"女の子の絵柄が描かれたDVD"を取り出す。それを見て、俺はかなり驚いた。

 

『マサカ、本当ニ持って来タノ……?』

 

「当たり前だろう? 女との約束は守るもんだ」

 

「え? 二人の間に何があったの?」

 

 そう言いながら差し出された袋を受け取り、その中から一本のDVDを掴み取る。そして、それを胸の高さに掲げた。

 

 ハルさんから渡された袋に並んでいたのはそう――。

 

 

 

 "To LOVEる -とらぶる-(レンタル版)"

 

 

 

 未だ曇らぬ俺たちの青春の輝きであった。

 

 どうしてこうなったのかは2日程前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、カナ?」

 

『何カシラ?』

 

 私はフォウ姉ちゃんの隣でリッカさんの好物である冷やしカレードリンクを二人で飲みながら、ここに来たハルさんに対応するフォウ姉ちゃんを眺めていた。

 

 ハルさんはとてつもなく真剣な瞳でフォウ姉ちゃんを射ぬき、口を開く。

 

「"謎の光"ってなんだ?」

 

『ブフゥー!?』

 

 フォウ姉ちゃんの冷やしカレードリンクは綺麗な虹を描いた。

 

 ちなみにフォウ姉ちゃんの個人情報な冷やしカレードリンクの味の感想は、"不味くは無いが買ってまで飲むぐらいならレトルトカレー作ると思うような味"だって。

 

 謎の光って何……?

 

『謎ノ光ッテ"光渡シ"ノ事カシラ……?』

 

「やっぱり知っているのか!? 俺に教えてくれ!」

 

 そう言いながらハルさんはフォウ姉ちゃんの肩を掴んでガクガク揺さぶる。ケイトさんもよくフォウ姉ちゃんの事を物理的に揺すってるよね。

 

『謎ノ光ッテ言ウノハネ――』

 

 咳払いをしたフォウ姉ちゃんはハルさんと似たような真剣な眼差しで口を開く。

 

 

 

 2050年以前の日本の深夜帯にて放送しているアニメ作品では、基本的に女性の裸体やパンツが派手に映るシーンで、脱いではいても画面には映らない状態とするために、何かを上から被せて隠していることが非常に多い。

 

 そのような用途で隠す場合、入浴シーンでは湯気、暗いシーンでは影、自然の多い場所では葉っぱ等様々なものが使われる。しかし、入浴中でも暗くもない上、辺りに隠せそうなモノもない場所の場合はどうするのか?

 

 そこで使われるのが謎の光である。不自然なまでの強烈な逆光、入射光のレンズフレア、ハレーション状態を作り出す等により、隠したい部分の上部を縦断及び横断させ、映らなくするのである。もしくは不自然を通り越して、白い透過光で描かれた不定形なスライムがまとわりついているような状態だったり、光に見えるような体裁を取らず、白っぽい棒状のなにかが画面を横切って隠している場合もある。

 

 そのため、実況板やネット等ではこのような表現を指して"謎の光"や、"おまもりひまり"というアニメにあった技とスタッフの悪ノリにより"光渡し"等と呼ばれているのである。

 

 ちなみにDVD化した時にその表現だけなくなったり薄くなったりすることもあるが、それはDVD版ではモザイクが取れます的な事である。そのため、謎の光は無くなってしまう。

 

 

 ものすっごくどうでもいい内容だった。ええ……寧ろフォウ姉ちゃんにハルさんが聞くのは軽くセクハラなんじゃ……。

 

「なん……だと……? じゃあどうやって謎の光を拝めば……」

 

『勿論、一番確実ナ方法ガアルワ』

 

「それはいったい……!?」

 

 フォウ姉ちゃんは少し間を開けてからハルさんと確り目を合わせて呟いた。

 

『"レンタル版"ヨ。レンタル版デ乳首ガ出ルト場合ニヨッテハ店側ガ不味イカラ、テレビ放映版ソノママガ多イノヨ!』

 

 私の……大好きなフォウ姉ちゃんはどこ……ここ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ト言ウコトガアッタノ』

 

「アヤメちゃん大丈夫だった……?」

 

「がんばる……」

 

 アヤメちゃんはケイトさんの隣に座り、寄り掛かりながら小刻みにぷるぷる震えているように見えた。

 

 はて? 何故アヤメちゃんの心配なのだろうか? 何故かわからないが、ケイトさんに似ているとのことでハルさんは大変アヤメちゃんの事を気に入っているので問題なかろう。

 

『シカシ、ヨクレンタル版ノ円盤ナンテ残ッテタワネ? ソレモ私ノイチオシノ奴』

 

「なーに、極東の古い友人の伝だ」

 

 なるほど。極東なら仕方ないな。

 

『~♪』

 

 そう言うわけでとりあえず俺のモニターに映るように円盤を入れて再生する。誰かと真面目にアニメを見るなんてそんなにないから楽しみだ。

 

 ハルさんはケイトさんの隣ではなく、俺を挟んだ位置に座ると流れる"forever we can make it!"を興味深そうに眺めていた。

 

「………………」

 

 すると何故か俺の隣にいるケイトさんがぷるぷる震える。

 

「うわーん! カナちゃんにハル寝取られたわ!」

 

『人聞キノ悪イ事言ウナ』

 

 ケイトさんは立ち上がると、引き止めて欲しいと言わんばかりにそこそこゆっくりな速度で、この部屋の出口に向かって行く。

 

「待てケイト!」

 

 勿論、引き止めた者はハルさんである。

 

 

「これは――男のロマンだ!」

 

 

 それで女性を引き止めれると本気で思っているのなら大したものだが、俺なら全力で同意して引き止められる自信がある。

 

「一理あるわね」

 

 しかし、ケイトさんは同意しながら戻ってくると元の位置に座り直した。

 

 やはりアレか。ケイトさんはケイトさんというより、ハルさんの嫁という表現が正しい人物なのかもしれない。

 

 そんなケイトさんに対して、"えっ……"とでも言いたげな表情で少し上げた手を宙に漂わせているアヤメちゃんが印象的である。

 

 とりあえずケイトさんと俺の間にアヤメちゃんを移動させ、逃げられないように肩に手を回して押さえておく。本当なら膝に乗せて抱えておきたいところだが、このお腹では難しいのでこれでいいだろう。

 

 そうして、観念したのか死んだ魚のような目をし始めたアヤメちゃんを伴いつつ聖なる探索が行われて行った。

 

 

 

 

 

 








素敵な保護者の方々ですね。





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赤いカリギュラ

どうもちゅーに菌or病魔です。


GE3をプレイして作者が思った簡単な感想(ネタバレ配慮)

・ミナトが灰域から出た灰嵐に襲われてAGEを残して放棄された!( GE2特有の超展開かつ超圧縮+GE3で追加された説明されない怒濤の設定の嵐によるファルシのルシがコクーンでパージ要素)

・ユウゴ「灰域についてはターミナルで調べてくれ」(ちょ……)

・牢屋パートstory7で終わった!?(唖然) 主人公達のいた場所は特に劣悪な環境だった……?(は……?)

・そもそもここまでAGEが冷遇されている理由が、データベースで一言、普通のゴッドイーターよりアラガミに近いからしか言及されていないんですが……。

・ルル「そんな……」(そう言いてぇのは発売日当日にコレを買って、FGOのボックスガチャイベを一旦止めて真面目にストーリーを見てる私なんだよなぁ……)

・ユウゴ「止まるんじゃねぇぞ……」(作者の印象)

・なんだよこのユウゴっていうの完全に主人公じゃねぇか。というか今作の主人公は過去作に比べても圧倒的なユウゴくんの付属品感がスゴ……ん?

あれ、これユウゴが主人公でプレイヤー(女性)がユウゴくんの嫁なんじゃないか?

なんだよユウゴくん、こんなパツキン巨乳赤目で眼鏡属性の美人と幼馴染みで嫁とか勝ち組過ぎるだろ……(露呈する作者の性癖)

・おかあさん!(なん……だと……)

・\アンプルかけご飯/(集中線)

・主人公の後ろをついて来て、追い掛けて来て、座り込む幼女

・モーションを真似る幼女

・おでんぱんと幼女

・幼女の可愛さに思わずゴッドイーターシリーズで最も長く話すムービーのあるおかあさん(主人公)

・おかあさんだいすき!(ウッ……心停止)


\お母さん(プレイヤー)とお父さん(ユウゴ)ですよ! フィムちゃん!/←イマココ

 まあ、他にもストーリー上の悪役が揃いも揃ってアホだったり、相変わらず全体的に展開についていけなかったり、ストーリーをやりながら当たり前のようにデータベースの情報を見ていないと最低限もわからなかったり、主人公の乳揺れがゴッドイーター史上最高だったりと色々と言いたいことはありましたが、フィムちゃんが可愛いので買って後悔はしませんでした。というか買え(ダイレクトマーケティング)

 純粋なところだとそもそもストーリーに期待していなかったですが、ラスト付近のストーリーはご都合主義的でしたが、それなり見れるものだったと思います。何より歌わなかったし、誰も生き返らなかっただけいいと思います。歌わなかっ(強制終了)









 

 

 

 

 

 いたい "たべれない" いたい "たべれない"

 

 

 "たべれなかった" いたい "たべれなかった" どうして? たべれなかった

 

 

 けられた "たべなきゃ" なにかはいってきた "たべなきゃ"

 

 

 あたまいたい "たべたい" でもすっきりした "たべたい"

 

 

 どうする? "たべる" でもたべれない "たべる" たべれっこない

 

 

 いまならかんがえられる "たべたい" ほんとうにたべたい? "たべたい"

 

 

 ちがう "たべたい" ちがうよ "たべたい" ちがうの "たべたい"

 

 

 たたかうの "たべたい" もっとたたかいたい "たべたい"

 

 

 

 

 

 うるさい だまれ

 

 

 

 

 

 あれ? こえは? きえた? やった

 

 

 あれつよかった だから もっとつよくなる 

 

 

 わたしは ぼくは じぶんは おのれは

 

 

 もっと もっと もっと もっと もっと たくさん たくさん

 

 

 

 殺したい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ソロソロネ……』

 

 俺は朝ご飯としてご飯にアンプルをかけただけの"アンプルかけご飯"を頬張りながらそう呟いた。

 

 しかし、米が食えるというのはフェンリルの地下部分がどうなっているのか非常に気になるところではある。この子を出産したら見に行きたいところだ。 

 

 ちなみにアンプルはゴッドイーターだって口からではないにしろ接触するのだから、妊婦な俺が安全に食べれる数少ないアラガミっぽいモノである。もちろん、容器は食べずに捨てる。

 

「何が?」

 

 俺と食卓を囲んでいるアヤメちゃんがそう呟く。この研究室に畳と卓袱台を置いたのでちょっとだけ床生活を楽しめるようになったのである。

 

『ケイト達ニ頼ンデオイタ人ガ来ルノヨ』

 

 話をつけなきゃいけないからな。ケイトさんやハルオミさんよりも俺がまず話すべき……いや、話したいと思うのだ。数日内には極東支部に来るだろ。

 

「……フォウ姉ちゃんそれどんな味するの?」

 

『チキンスープノ雑炊』

 

 卵がときたくなるお味。

 

 そんなことを考えていると畳の隣の床から液体が溢れ、ゲル状の湧き水のようになった次の瞬間には人の形に纏まり、更に造形を刻んだ。

 

「あ、ハナちゃん」

 

 そこにいたのはハナちゃんこと、深海海月姫――オトタチバナであった。ご飯を食べる手を止めずに普通に反応出来るようになっている辺り、かなりアヤメちゃんの常識が磨り減っているのかもしれないな。

 

『オ母サン、言ワレタ通リ、"アソコ"ニ追イ立テテオイタヨ』

 

『コンナニ早ク、ヨク見ツケタワネ……』

 

 ハルオミさんが既に極東に来ているということから、"アレ"も既に極東近辺にいるということはわかっていたのだが、ハナちゃんが1日で見つけた上に指示の通りの場所まで追い立ててくれるとは思わなかった。

 

『私ニハコレガアルモノ』

 

 そう言うとハナちゃんは黄金のオーラに包まれた白いタコ焼きこと、"深海熊猫艦戦"をオラクル細胞を収束させ、掌に造り出して浮かしていた。

 

 空母は万能だなぁ……その上、ハナちゃんは擬態能力で人に紛れるだけでなく、地面や建物に細胞を浸透させてどこでも移動可能だし。性格いいし。

 

 ……あれ? ひょっとしてこの娘、俺より遥かに優秀なんじゃ……。

 

 嘆いていいのか喜んでいいのかわからない事実に愕然としながらも顔に出さずに対応する。

 

『デモオ母サン……大丈夫?』

 

『何ガ?』

 

『アレ、多分、"声ニ従ッテナイ"ヨ』

 

『ン……? ソレドウイウ意味――』

 

「カナ君完成したよ! おや? お揃いのようだね」

 

 すると会話の途中でサカキ博士がカグラちゃんを同伴しながら部屋に入って来た。博士の手には"ピストル"が握られている。

 

『博士……徹夜シテマデ頼ンデハナイワヨ……?』

 

 博士に仕事を頼んだのは既に今日の日付になった深夜時間帯である。

 

「いやー、悪いねカナ君! 君のコアのオラクル細胞を培養してどうにか神機を作れないかと最近模索し続けていた矢先に! カナ君のコアで"ピストル型神機"を作って欲しいだなんて完全に盲点でね!」

 

 まあ、ゴッドイーターの神機(主流)からは完全に外れてるからなぁ、今ではデータベースに記述が残るぐらいだそうだし。

 

 そこでふと今さら過ぎる疑問が生まれる。

 

『流石ニ私ベーストハ言エ神機ヲ素手デ触ルノハ危ナインジャナイカシラ……?』

 

「ははは、カナ君のオラクル細胞が人間を害するわけないじゃないか」

 

『ソウ……』

 

 信頼と言うべきとは思うのだが少々俺が信じられ過ぎて逆に不安を覚える……まあ、出会った当日に俺の制御下のアラガミにあれだけべたべた触っていたので本当に今さらだな。

 

 とりあえずピストル型神機を受け取り、銃の形状に目を向けて息を吐いた。

 

『……"モーゼルピストル"トハ洒落テルワネ』

 

「お、やっぱり知ってるかい? やっぱり博学だねカナくんは」

 

 そりゃあ、こっちの世界では軽く150年以上前の骨董品の上、アラガミに通じるわけもない鉄屑でも、俺のいた世界では歴史に燦々と輝く不朽の名銃のひとつだ。

 

 モーゼルピストルとは最も世界に普及したオートマチックピストルであり、トリガーガード前方に弾倉が位置したサブマシンガンのようなデザインと、固定式の10発収容でクリップで装填する弾倉。そして、後のあらゆる銃たちに引き継がれた閉鎖機構が特徴である。 

 

「その銃には培養したカナ君の極小コアを。銃弾にはカグラ君の砲弾のオラクル細胞を使用した特別製だ。まあ、そのせいで10発と1発しか銃弾は入らず、装填も必要だから気を付けてくれ」

 

『フウン……アリガトウ』

 

 サカキ博士から弾倉を3つ受け取りながらそう呟く。まあ、十分だろう。

 

「何をする気なの……?」

 

 アヤメちゃんにそう聞かれた俺は笑みを強めて口を開く。

 

『"落トシ前"ヨ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "話がある。極東支部に来て欲しい"

 

 過去に追われるように支部を転々としていた男――ギルバート・マクレインは、その切っ掛けのひとりとなった男――真壁ハルオミからのメールにより極東支部に来ていた。

 

 未だに彼の心を蝕み続ける自責の念により、いつかまた会わなければならない日が来るとは考えていた彼だったが、こうも早く訪れるとは考えていなかったため、心の準備もロクに出来ていない状態だった。

 

 

「よう。久し振りだな」

 

 

 そんなギルバートにハルオミは昔と全く変わらない口調と様子で接し、彼が思わず面食らってしまう。とっさに出た言葉は妙に尻すぼみな敬語ぐらいのものであった。

 

 それから暫く、ハルオミがギルバートと最近の他愛もない話題を振り、それにギルバートが一言二言で返事を返す時間が続く。

 

(変わらないな……ハルさんは)

 

 アレだけの事を経たにも関わらず、自分の知る頃のままのハルオミに懐かしさを覚えると共に、あの時何もしなかった己を思い、自責の念は強まっていた。

 

 やがて会話が途切れ、切り出すかのようにハルオミが口を開いた。

 

 

「お前に……"会って欲しい女"がいるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"エイジス島"か……」

 

 ギルバートはかつて人類の希望があった場所に来ていた。

 

 自責の念の象徴たるハルオミの婚約者――ケイト・ロウリーが生前に話していた場所に自身が立っていることに何とも言えない気分になる。

 

 彼はチャージスピアを肩に担ぎながら、今はアラガミの処理場になっているというエイジス島の区画に向かっていた。

 

 ハルオミの言う"会って欲しい女"とはそこにいるらしい。

 

 ハルオミの気紛れか、何かの比喩か、はたまたそれ以外か。何れに彼に負い目を感じているギルバートに行かないという選択肢はなかった。

 

「ここか……」

 

 そして、エイジス島の中心。アラガミのトラップタワーとなっている区画に出た。そこは非常に広く平面の空間があるだけの場所であり、まさにうってつけの場所といえるだろう。

 

「あれは――」

 

 ギルバートはその場所の縁に足を外に放り出して座っている女性のシルエットがあることに気が付く。彼からは丁度背中だけ見えるような離れた位置におり、どのような者なのかは全くわからない。

 

 いや、ギルバートでなければ気づくことは無かっただろう。

 

「――――――」

 

 それを見つけたギルバートは言葉を失い、それまで考えていたことは全て吹き飛んだ。

 

 濡れたように色が濃く黒い長髪、うなじから覗く人間にしては白過ぎる肌、やや刺々しい装飾のなされた黒いドレス。

 

 そして、何よりその背中が彼にとって忘れたくても忘れられない光景そのものであった。

 

 

「"ニライカナイ"……!」

 

 

 現在、最悪のアラガミの一角であり、アラガミ化しかけていたケイト・ロウリーを連れ去り、ギルバートに見えない傷を刻み込んだアラガミがそこにいたのだ。

 

 見ればあの服装で寒いのか、"腹から足に掛けて毛布"を掛けており、それが嫌に人間らしい。

 

 逆怨み。そんなことは彼自身が一番よくわかっている。

 

 客観的に言えば、ケイト・ロウリーを助ける方法は何処にもなく、同僚に肉片すら残らない程に滅多刺しにされて殺されるよりは、一思いにアラガミに殺された方がマシな結末だったのだろう。

 

 しかし、そこには人間としての想いが、プライドが、誇りがあった。

 

 そういったものを選べなかった自身を責める一方、何かを誰かを怨まずには自分を保てなかった。あの時、ニライカナイは己を怨めとばかりの発言をしていたため、尚更と言えよう。

 

 

『久シ振リネ』

 

 

 まるで待っていたとばかりにニライカナイは背中をギルバートに向け、首だけで少し後ろを向いたまま口を開いた。その声はかつて聞いたものと全く同じように機械音声と人の肉声の丁度中間のような奇妙な声であった。

 

「………………」

 

 ギルバートは喋らずにチャージスピアを構えたままゆっくりとニライカナイに近づく。その時の彼の形相は鬼のような怒りを浮かべていながら、同時に泣き出してしまいそうな程に脆くも見えた。

 

 そんな様子をニライカナイの赤い瞳はじっと見つめ、目を伏せると小さく首を振る。その姿は呆れた、あるいは憐れんだように見え、ギルバートの感情を逆撫でした。

 

 

『………………』

 

 

 そして、ニライカナイの5m程手前でギルバートはチャージスピアの矛先を首筋に向ける。

 

 そんな状態でもニライカナイは決して動かず、視線で注ぐ風を追いながら風に靡く髪をひと撫でしていた。

 

 そして、ポツリと呟いた。

 

 

『"来ル"ワヨ』

 

「何を――」

 

 それ以上の言葉を吐こうとしたギルバートは背後から来る強風と、地面の揺れにより姿勢が崩れる。そして、その方向を見たギルバートは驚きに目を見開く。

 

 そこにはケイト・ロウリーを殺した本当の怨敵。"赤いカリギュラ"が刺すような眼差しを向けながらこちらを見据えていた。

 

 赤い身体、片腕に刺さったケイト・ロウリーの神機、ニライカナイに蹴られて結合崩壊したままの頭部が確かにあのカリギュラである証を示している。

 

「デカい……!?」

 

 しかし、何故か赤いカリギュラは以前の時よりも遥かに巨大になっており、"二回り"は巨大化していた。

 

 更に赤いカリギュラは"神機の刺さった腕側のブレード"を感覚を確かめるように動かしている。それはまるで喜びを表しているようにさえ見えた。

 

『復讐シタカッタノハ向コウモ同ジノヨウネ』

 

「くっ……!?」

 

 ギルバートは軽口を叩くニライカナイを一端後に回し、赤いカリギュラにチャージスピアを向ける。

 

 すると赤いカリギュラは短く鼻息を荒げながらギルバートに対して唸り声を上げる。まるで邪魔だと言わんばかりの様子だ。

 

「テメェ……!」

 

 ギルバートは赤いカリギュラが自分ではなく、始めからニライカナイを見据えていたことに気が付く。

 

 ギルバートはチャージスピアを構え、引き絞りながら赤いカリギュラに走り寄ると突撃した。

 

 その動きはかつて赤いカリギュラに放ったものよりも遥かに速い、強靭なものであり、彼の執念を思わせた。

 

「な――」

 

 しかし、赤いカリギュラはその巨体にも関わらず、想像も出来ないような速度で空へと飛び上がった。

 

(コイツ! 前より速く――)

 

 そこまでギルバートが考えたところで赤いカリギュラは、空中で身体を捻り神機の刺さった腕側のブレードの先端が当たるようにギルバートへと振るう。

 

 それはまるでゴッドイーターを相手にするための攻撃と言わんばかりに、とてつもなく正確であった。

 

「しま――」

 

 あの時はケイトがギルバートを守った。しかし、もう彼女はどこにもいない。

 

 ギルバートは酷く遅く感じる赤いカリギュラのブレードを眺めながら様々な事が頭を過り――。

 

 一発の重い銃声を聞き、赤いカリギュラの大きな掌に突き刺さり、腕ごと大きく撥ね飛ばす銃弾を見た。

 

『無用心ネ』

 

 赤いカリギュラの攻撃は風を切り、地面に落ちたところで四発の重い銃声が響く。それらは的確に赤いカリギュラの膝と肘を撃ち抜き、赤いカリギュラを転倒させる。更に五発の銃弾が赤いカリギュラの胸部に着弾し、決して浅くはない傷を与えた。

 

 その間にギルバートが振り向くと、ニライカナイは片腕と顔をこちらに向けており、その手に持つピストルから煙が上がっていた。

 

 ニライカナイに助けられたということは火を見るより明らかだろう。

 

「お前……いったい?」

 

『モウ、関節ヲ再生サセテルワ。前ヲ見ナサイ』

 

 ピストルの弾倉を交換しているニライカナイの言葉でギルバートが前を向くと、既に立ち上がり掛けている赤いカリギュラがいた。胸部に当たった銃弾も致命傷とは及ばなかったようだ。

 

『誤算ネ……コレデ仕留メラレル予定ダッタノニ……』

 

 そう、ニライカナイが呟いた直後、ギルバートの隣に何処かから跳んできたニライカナイの男性体が着地する。今の赤いカリギュラに比べれば男性体は多少小さく感じたが、その威圧感は赤いカリギュラと比べるべくもない程強くあった。

 

『アレガ生キテイテハ話モ出来ナイ、殺スワヨ』

 

 その言葉の直後、赤いカリギュラは一直線に男性体へと駆け出し、ブレードを振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニライカナイとギルバートが計らずも肩を並べ、赤いカリギュラと交戦し始めてから数分後、状況は千日手の様相を呈していた。

 

 赤いカリギュラはブレードによる攻撃を男性体へと当てるが、あまりにも重厚過ぎる装甲によりカッターナイフで小さく傷つけたような傷を刻むことしか出来ない。更に男性体はその大きさに合わず、赤いカリギュラよりも遥かに怪力であるため、過度な接近も出来ずにいた。

 

 しかし、赤いカリギュラは男性体に無いものを持っていた。それは圧倒的なスピードと瞬発力である。

 

 それにより、男性体の腕のリーチからつかず離れずの距離を取り続け、レンジ外からブレードによる攻撃を浴びせて完全に男性体を封殺していた。

 

 更に時より女性体から放たれる銃弾すら巨体を翻して躱し、最初以来一度も当たってはいなかった。

 

(何故だ……?)

 

 そんな中、不本意ながらニライカナイと共闘しているギルバートはある疑問を覚える。

 

(どうして一度もニライカナイは砲撃をしない……?)

 

 ニライカナイの男性体に付いている砲塔の威力は記録でよく知っていた。

 

 エイジス島のアラガミ装甲を一撃で破壊するほどの――。

 

(!? まさかお前――)

 

 ギルバートはある答えに辿りつき、ニライカナイの女性体を見つめながら声を荒げた。

 

「"俺"がいるから砲撃しないのか!?」

 

『………………』

 

 その言葉にニライカナイは答えない。しかし、その無言が答えそのものであった。

 

 砲撃をしてしまえばきっと簡単に赤いカリギュラを倒せてしまうであろうが、威力故にその周囲にいた人間は空間ごと木っ端微塵になるであろう。

 

 つまり、何故かニライカナイはギルバートに危害を加えないことに徹しており、皮肉にもこのエイジス島という逃げ場のない空間はニライカナイに対するトラップタワーと化してしまったのだ。

 

 それが面白いのか、赤いカリギュラはケタケタと歯を打ち鳴らし、笑うように音を出している。

 

『アア……ッ!?』

 

 男性体が赤いカリギュラをブレードを腕で受け、激しい衝撃が地面を揺らすと同時に女性体から悲鳴が上がる。

 

 見れば女性体は息を荒げており、顔色は青く、明らかに消耗した様子であった。

 

 その様。その動き。そして、それでも尚、意思を失わないその瞳にギルバートはとあるものを幻視する。

 

「くそっ……クソッ!?」

 

 きっと赤いカリギュラがいるせいであろう。ギルバートを守りながら戦い続けるニライカナイの姿が、ケイト・ロウリーに重なってしまったのだ。

 

 ニライカナイは赤いカリギュラ程でないにしろ怨敵のハズだ。しかし、ギルバートの前で最初からニライカナイは――誰一人として"人間"を殺してはいなかった。その意識がギルバートの怨讐を弱まらせる。

 

 そんな時だった。

 

 赤いカリギュラの顔に横殴りのバレットの掃射が行われ、堪らず赤いカリギュラは巨体なりに距離を取った。

 

 

 

「随分、時間掛かってるなと思ったら……そんなに逞しくなってたのか。同窓会会場かここは?」

 

 

 

 そして、そんな言葉が虚空に響き、ギルバートはそちらを見る。

 

「"ハルさん"……!」

 

 それは真壁ハルオミであった。困ったような顔をしながら肩を竦めている。

 

「久し振りだな赤いの。ま、俺がお前さんの前に立つのは初めてなんだが……」

 

 赤いカリギュラは歯を鳴らすのを止め、鬱陶しそうに咆哮を上げて邪魔者を威嚇し、射殺さんばかりの視線を向けた。

 

「おいおい、そう早まるな。ダンスの前にひとつだけ教えておいてやろう」

 

 ハルオミはそう告げた直後、赤いカリギュラの背に何者かが飛び乗り、腕の付け根に突き刺さる神機に手を掛けた姿がギルバートには見えた。

 

「え……?」

 

 その者の姿形にギルバートは絶句し、それまで考えていたことは全て吹き飛び放心する。

 

 居るはずがなかった。生きているはずがなかった。きっとこれは夢なのではないか? 現実味の無い感覚がギルバートを包む。

 

 

 

「強いぞ。俺の"嫁"は」

 

 

 

 そのハルオミの呟きと共に赤いカリギュラの上に居る人物――ケイト・ロウリーは己の神機の柄を両手で持ち、力を掛ける。

 

「律儀に私の神機持っててくれてありがとねッ!」

 

『――――!!!?』

 

 神機を更に深く突き刺され、赤いカリギュラは悲鳴のような雄叫びを上げた。

 

「カナちゃん!」

 

『モウ外サナイワ……』

 

 ケイトの呼び掛けにより、ニライカナイはピストルを放つ。

 

 それによって轟音と共に赤いカリギュラの四肢関節を的確に撃ち抜き、赤いカリギュラは体勢を崩して地に伏せる。

 

 しかし、その状態でも赤いカリギュラは尻尾を振るい、背中のケイトを狙った。

 

「おいおい、ケイトのアプローチを断るだなんて勿体ないぜ?」

 

 それを跳び上がったハルオミが神機で打ち払う。更にニライカナイの銃弾が尻尾を捉えつつハルオミが神機で押さえ込んだ。

 

 しかし、ここで関節を再生させ始めた赤いカリギュラが立ち上がろうとする。

 

『ヨクモヤッテクレタワネ……』

 

 その頃にはニライカナイの男性体が赤いカリギュラに迫っており、太い両腕で赤いカリギュラを力ずくで押さえ込んだ。赤いカリギュラは逃げようともがくが男性体は微動だにしない。それどころか異常極まりない握力により、赤いカリギュラを掴んでいる部分が徐々に陥没していっている。

 

「ギル!」

 

「――――あ……はいッ!」

 

 きっとこれは夢なのだろう。ギルバートはそう考えながらケイトに返事を返した。まるであの時に戻れたような。そんなあり得ない夢だ。

 

 ニライカナイによって地面に捩じ伏せられている赤いカリギュラの胸部にチャージスピアの切っ先を引き絞る。今度こそは外すことはないだろう。

 

「うおおぉぉぉ!!!!」

 

 ギルバートの一撃は赤いカリギュラの胸を刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前には胸部にポッカリと風穴を空け、殺意に満ちていた瞳は閉じられ、ピクリとも動かなくなった赤いカリギュラが地に伏していた。

 

 それを暫く見つめてから冷静さを取り戻したギルバートはポツリと呟く。

 

「夢じゃ……ないんですね」

 

「うん、死に損なったわ」

 

 そう言って笑顔で語り掛けるケイトはギルバートが知るあの頃の姿のままであった。

 

「いったい何が――」

 

 そこまで言ったところでニライカナイの男性体が地面に倒れ、重い音を響かせた。

 

「そうだ! アイツは……」

 

 先にもう一体アラガミがいたことを思い出し、ギルバートは女性体の方を向いた。

 

『ウ……アウ……ァ……』

 

 するとそこには腹を庇うように踞りながら小さく声を上げているニライカナイがいた。明らかに普通の様子ではない。

 

「カナちゃん……?」

 

 すると何故か隣にいたケイトが神妙な顔つきになりにギルバートが止める間も無くケイトと共にハルオミもニライカナイの元へと向かう。

 

 そして、ハルオミが助け起こすように支え、ケイトは掛けられている厚手の毛布を取り払った。

 

 それによりギルバートは驚きに目を見開く。

 

「な……に……」

 

 ニライカナイは妊娠していたのである。それも既に臨月と言っていい程の大きさであった。

 

『ア……アイツ……アンナニ地面ヲ揺ラシヤガッテ……』

 

「は、破水してるじゃない!?」

 

『モウ一度ブチ殺サナイト気ガ済マ……ナイ……死体蹴リ(砲撃)シテヤル……』

 

「わかった! わかったから楽にしてろ!」

 

 ギルバートはいったい何が起きているのかわからなかった。そのため、一度起こった事を整理してみる。

 

 ハルオミがギルバートに会わせたい女とはニライカナイだった。すると赤いカリギュラが乱入してきた。ニライカナイに守られた。ケイト・ロウリーは生きていた。四人掛かりで赤いカリギュラは倒した。ニライカナイとハルオミとケイトはとても親しげである。ニライカナイは妊婦だった。

 

 何がなんだかわからない。ギルバートは目眩を起こしそうになり、頭を抱えた。

 

「ちょっとギル!」

 

「………………え? あ、はいッ!」

 

 そんな中、ケイトに呼ばれ、ギルバートは身を固くして現実に引き戻される。もっともその現実のせいでギルバートは当惑しているのだが。

 

 "ぼさっと立ってないで今は手伝って!"とケイトは続け、更に口を開く。

 

 

 

 

 

「カナちゃんのお腹には私とハルの子がいるのよ!」

 

 

 

 

 

 ギルバートは混乱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニライカナイとゴッドイーターらが去ったエイジス島。

 

 そこでは未だ赤いカリギュラの骸がオラクル細胞単位まで分解され、地表に吸い込まれることなく転がっていた。転がっていたのである。

 

 そして、そっと――――赤いカリギュラの目蓋が開いた。

 

 赤いカリギュラは気だるげに身体を起こす。そのせいで損傷した身体のパーツが少し崩れ落ちるが気にした様子もない。

 

 赤いカリギュラがしていた事は単純。"死んだフリ"であった。

 

 およそただのアラガミならばまず行うようなことではない事を何故か赤いカリギュラは行っていたのである。

 

 赤いカリギュラは身体の具合を確かめ、まだ移動は可能なことを確認するとゆっくりと移動を始めようとした。

 

 

 

 

 

「まあ、なんて素敵なのでしょうか?」

 

 

 

 

 

 そして、人間の言葉が自身の背後から聞こえたことに気が付き、そちらに振り返る。

 

 するとそこには"車椅子に乗り、喪服のような服装をした金髪の女性"がそこにいた。始めからそうしていたのか、今この場に出現したのか。どちらともわからないほど自然にその人間はそこにいたのである。

 

 一目で危険性を認識した赤いカリギュラは唸り声を上げて威嚇する。しかし、車椅子の女性はどこ吹く風な様子でクスクスと笑うばかりだ。

 

「自力で"アラガミの意思"を破壊したのですか? それとも何か理由がありまして?」

 

 そう言いながら車椅子の女性はゆっくりと赤いカリギュラに近付く。とっくに攻撃の射程に入ってはいたが、何故か赤いカリギュラは攻撃をせずに小さく鳴き声を上げるばかりだった。

 

「そうですか……"あの方"に蹴られてから考えられるようになったのですね。蹴られた拍子にあの方のオラクル細胞がほんの少しだけコアについて、その結果としてアラガミの意思だけが壊れてしまったのでしょうか?」

 

 車椅子の女性は赤いカリギュラの目の前まで来て興味深そうに視線を合わせる。

 

 彼女の言葉はほとんど独白のようであり、全く要領を得ていない。

 

「ふふふ、"殺せなかった"だなんて……物騒ですわ。けれど私ならあなたの望みを叶えられるかも知れませんよ?」

 

 その言葉に赤いカリギュラは鳴き声を止め、車椅子の女性に顔を近づけた。

 

「"アラガミの意思を持った人間()と、人間の意思を持ったアラガミ(あの方)"……とっても素敵な関係だと思いませんか?」

 

 車椅子の女性は赤いカリギュラの鼻先を撫でながら嬉しそうに微笑み浮かべ、赤いカリギュラは少しだけ大きくひと鳴きした。

 

 それを聞いた車椅子の女性は玩具を買って貰った子供のように身を震わせて笑いながら言葉を吐く。

 

 

 

「うふふ、決まりですね。私の"新しいお人形さん"」

 

 

 

 そのやりとりの後、直ぐにエイジス島から車椅子の女性も、赤いカリギュラの姿も影も形も無くなり、がらんどうのエイジス島を海風だけが通り過ぎた。

 

 

 

 

 







~この小説の大きな変更点~

赤いカリギュラ(ルフス・カリギュラ)
今作の赤いカリギュラ。DLCで戦えるルフス・カリギュラと全く同じような性能をしていたが、カナちゃんに蹴られた時に偶々、コアに少量のカナちゃんのアラガミ細胞が付着したせいで、アラガミの意思のみが壊れ、"殺したい"という己の意思に忠実になった。それにより、喰らうという目的から殺すという目的にすり代わっており、ゴッドイーターもアラガミも問わず、他者を殺すためならば自身の身体を強化し続け、如何なる手段でも用いる超生物へと化している。現時点でタイマンならばオトタチバナと正面から殺し合える程の戦闘能力を持つ。


~特に変わらないところ~

ラケル・クラウディウス
晩餐の支度のついでにお人形遊びに精を出している平常運転のてんてー。赤いお人形さんを拾ってご満悦。




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望まれた赤子

どうもちゅーに菌or病魔です。投稿が遅れてすみません。

とりあえずGE3の設定で何か変えなければならなかったり、しなければならないような設定は無かったので安心しております。





 

 

 赤いカリギュラとの戦闘後。

 

 真壁ハルオミとケイト・ロウリーが裏口を使って、極東支部のラボラトリ区画にあるサカキ博士の研究室から向かって右側の部屋にニライカナイが運び込まれてから一時間程経った頃。

 

 サカキ博士の研究室のソファーに座りながらひとり佇む男がいた。

 

「いったい……何がどうなっているんだ……」

 

 それはギルバート・マクレインその人である。ハルオミとケイトは研究室に入ってから未だ戻って来ない。

 

 若干、冷静さを取り戻した彼は再び状況の整理を試みる。

 

 ハルオミがギルバートに会わせたい女とはニライカナイの事だった。すると赤いカリギュラが乱入してきた。ギルバートはニライカナイに守られた。ケイト・ロウリーは生きていた。四人掛かりで赤いカリギュラは倒した。ニライカナイとハルオミとケイトはとても親しげである。ニライカナイは妊婦であり、ハルオミとケイトの子を孕んでいたという。そして、産気付いてサカキ博士の研究室に運び込まれた。

 

「意味が……ッ! まるでわからない……!」

 

 ギルバートは顔を手で覆いながら至極真っ当な感想を抱いた。

 

 そもそもこの内容を即座に理解できる者は人間ではないと思われる。

 

「あのー……」

 

 そんな最中、前から少女の声が響き、ギルバートは顔を上げた。

 

 そこには茶髪を片方で纏めた髪型をした18歳程に見える少女が居た。少女は吸い込まれそうな程に澄んだ瞳でギルバートを見つめながら口を開く。

 

「一応聞きますが、ここにいるということはハルオミさんの縁の方でしょうか? それともフォウ姉ちゃ――ニライカナイさんの知り合いですか?」

 

「ああ……まあ、そんなところだ」

 

 ギルバートは自分でも最早よくわからないが、そう返事をした。その様子は明らかに疲れ切っている。

 

「えーと……何かお教えしましょうか? 私のわかる範囲ですけど……」

 

 その様子に何かを察した茶髪の少女はそう提案した。

 

「頼む……」

 

 ギルバートは普段なら知りもしない相手の提案を軽々しく受けることはなかっただろう。しかし、今の彼は藁にもすがる思いだったのである。

 

 そして、彼は聞くことになった。

 

 茶髪の少女――瑞木アヤメから見たニライカナイという優し過ぎるアラガミと、その軌跡を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間の50%が体験する可能性があるため、出産について例えられたものは多々ある。

 

 鼻からスイカを産むとか、下腹部を焼けた火掻き棒でグリグリと攪拌されるとか、想像絶する凶悪なお腹を下した便意だとか、腸を直接手で握られる感じだとか、子宮を潰されて握られる感じ等々兎に角様々であり、激痛ということ以外はあまり要領を得ないと言ってもいいのかも知れない。

 

 その全てを、俺は一蹴する。

 

 

 

『アァァァアァァ……嫌ダァ……!』

 

 

 

 痛過ぎた。こんなもの言葉で形容なんて出来るわけがない。

 

 泣き叫びながら分娩台の隣にいるしかなかった。

 

 周りに俺から発生したためか俺と同等の助産の知識を持ち合わせているカグラやハナもおり、少し離れた機器の前でサカキ博士とハルオミさんも足繁く動いているが、そんなことを気にする余裕なんてもうどこにもない。

 

 心なんてとっくの昔に折れていた。けれども産まない限りは終わることはない。

 

 産む前の決意なんてどこへやら、俺は母性でも子供のためでもなく、この痛みが早く終わることだけが(よすが)になっていたのだ。

 

 こんな痛みを経て子は産まれるのかと、知りもしないし、知る必要もなかった体験を受け、吐きそうな程思い知らされる女としての感覚に果てしない生理的な悪寒を覚えた。

 

 何時間経ったのかわからない。その間に何度、子供も普通に腹から取り出せばよかったと考えたかもわからない。それでもそれをやらないのは、最後の良心か、ちっぽけなプライドか、そんな余裕すらないのかもわからなかった。

 

 

 

 そして、遂にその時はやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、寝かせられた自室のベッドで時計を眺める。

 

 そこには出産の前とあまり変わらない時刻が刻まれていた。

 

 とすると最長で24時間程分娩台に乗っていたのかも知れないと考えたが、時計に意識が向くまでずっとぼーっとしていたので正確な時間はよく分からない。

 

 長かったのか、短かったのかという感覚もあやふやだ。ひょっとしたら全て夢だったのではないかとも考えたが、戦艦水鬼(このからだ)とだいぶ小さくなったお腹を見てそうではないことを思い知らされる。

 

 そうしてまたぼーっとして時間を過ごしていた。

 

「カナちゃん!」

 

 聞き覚えのある声にそちらを見ると、ケイトさんが立っており、嬉しそうに産着を着せた赤子を抱えていた。

 

 その様子に少しだけ意識を取り戻した俺は声を掛ける。

 

『子供ハ……大丈夫ダッタカ……?』

 

 出産直後に見たハズなのにまるで記憶がない。その呼び掛けを言ってから恥ずかしさに気づいた。

 

「大丈夫よ。見て」

 

 そう言いながらケイトは椅子を持ってきて俺の隣に座り、赤子を見せて来る。

 

『アア……ァ……』

 

 その瞬間、俺は驚愕と共に絶望に塗り潰された。

 

 その赤子は髪すら生えていないため、まだ性別も見た目では判断すら出来なかったが、ひとつだけハッキリしていることがあったからだ。

 

 "死人よりも白い肌"と"血よりも赤い瞳"。

 

 それは紛れもなく、その子が深海棲艦である証だったからだ。

 

『ゴメンナサイ……"ケイトサン"……"俺"……』

 

 わかっていた。何よりも誰よりもわかっていたんだ。

 

 考えないようにしていた俺が一番恐れていたことは、きっとこれだ。あんな方法で子供が無事で済むわけがないとわかっていた。なのに俺は先のことを深く考えず、その時の感情でやってしまった。

 

 けれどそれを必死に考えないようにして、今の今まで恐れていたのかも知れない。

 

 なんて卑怯なんだ俺は……俺は――。

 

 

 

「ありがとう、カナ」

 

 

 

 俺はその言葉に意識を引き戻されてケイトさんの方を見た。

 

 するとそこに映り込んできたのは目一杯俺に近付いて赤子を抱くケイトの姿だった。その表情には屈託の無い笑みが浮かんでいる。

 

「ねえ、カナ。そもそもあなたがいなければ私はハルにまた会えることも、この子が産まれることも何もなかったのよ? 私は感謝はしてもあなたを責めることなんてひとつもないわ」

 

『デモ……』

 

「この子を抱いてあげて」

 

 ケイトはそういうと赤子を俺に抱かせた。無下にするわけにはいかないので俺はそっと赤子を抱き止めた。

 

 赤子は生まれたて相応の反応を見せており、まだ首が座っていないため、確りと抱いてあげなければならない。

 

 そんな中、ふと赤子と目が合う。

 

 無垢な瞳はそのまま俺をじっと見つめ、思わずそれを眺め返す。

 

 時間にすればほんの数秒だったが、確かにその出来事に俺は愛しさと安心感を覚え、気付けば赤子を抱き締める手を少しだけ強めていた。

 

「ふふ、カナちゃん。今、スゴいお母さんの顔してるよ?」

 

 その言葉にハッとし、羞恥心でその場から逃げ出したい衝動に駆られる。

 

 いったい俺はケイトさんとハルさんの赤子に対して何を考えているんだ……こんな風にしてしまったのに……。

 

「やっぱり思った通り。カナちゃんは私とハルと違って心の中ではその子のこと……私とハルの子で、自分の子ではないと思ってるんでしょ? きっと私たちに遠慮してるから」

 

 その言葉に心臓を鷲掴みにされたかのような感覚を覚える。

 

「私ね。赤ちゃんがカナちゃんと同じ肌と目の色をしてて嬉しかったのよ? なんでだと思う?」

 

『………………ケイトガ優シイカラ?』

 

 俺の中には未だ申し訳なさで一杯で、他に答えなんて思い付かなかった。

 

「違うわ。カナちゃんとも家族になれるかなって思ったからよ」

 

 予想もしていなかった言葉に目を見開く。

 

「そういうことだ」

 

 そして、見計らったかのようにハルさんが部屋に入って来てケイトさんの隣に座った。

 

「実はね。ハルと二人で考えてたのよ。カナちゃんはきっと子供が産まれたら遠慮してあんまり関わろうとはしないんじゃないかと思ってね。でもその子は紛れもなく、私とハルとカナの子よ。だから――」

 

 ケイトさんとハルさんは笑顔で顔を見合わせる。そして、二人は同時に同じ言葉を言い放った。

 

 

 

「私たちと家族にならない?」

 

「俺たちと家族にならないか?」

 

 

 

 その言葉に俺は固まってしまった。

 

『………………エ?』

 

 言っている意味はわかった。けれどそれが何故俺へ向けて言われているかがわからなかったからだ。

 

「だってカナちゃん。こうでもしないと負い目を感じちゃうでしょ?」

 

『ズルイナァ……』

 

 俺は腕の中で眠り始めた赤子の感触を確かめながらそう呟いた。

 

 そんなの今さら断れるわけがないじゃないか。こんなに可愛い子と、素晴らしい友人と家族になれるなんて……。

 

「これからよろしくね。カナちゃん」

 

『………………ウン』

 

 俺はただそう返すことだけで精一杯だった。

 

 その日から俺は心の中で二人に"さん"を付けて呼ぶのを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでハルと一番話し合ったことなんだけどね」

 

 俺が落ち着いてからハルもいなくなり、ケイトはそう話始めた。

 

「カナちゃんの名前をどうするかってことよ」

 

『私ノ名前?』

 

 そう言えばニライカナイ等と呼ばれているが、俺から名乗った名前は瑞木フォウぐらいしかないことを思い出した。

 

 ふむ、確かに何かちゃんとした呼び名があっても――。

 

「真壁カナか、カナ・ロウリーかでハルと結構揉めたわ」

 

 この夫婦の感覚はズレていたことを思い知らされた。

 

 二人にとって俺は既にカナちゃんなんですか、そうなんですか。

 

「最終的に"真壁・(ロウリー)・カナ"で手を打ったわ」

 

『ドッチモ引イテナイジャナイ』

 

 そう呟きながら俺が抱き締めている赤ちゃんを少しケイトから離す。こんな大人になっちゃいけません。

 

「ところでカナちゃん、そろそろあげたら?」

 

『アゲル?』

 

 そう言われて首を傾げていると、ケイトは指で俺の胸を指差した。

 

『ケイト……』

 ケイトが出産した後にも説明したのだが、もう一度話すとしよう。

 

 そもそも母乳は妊娠中にエストロゲンやプロゲステロン等のホルモンの働きによって乳腺が発達し、出産するとプロラクチンやオキシトシン等のホルモンが多く分泌される。また、出産後は、赤ちゃんにおっぱいを吸ってもらうことでプロラクチンが分泌され、更に母乳を作る指示が出されるのである。

 

 そのため、母乳が出始める時期については個人差があり、一般的には産後二日から数日程であるといわれ、中には産後数週間程経ってから出始める場合もあれば、妊娠中から分泌液が出ていたという場合もある。

 

 要はドラマやアニメでたまにある出産直後に授乳をしているシーンは基本的に創作物的な表現だということを――。

 

『ンン――!?』

 

 話している最中に胸に軽い衝撃のような何かを感じて驚く。

 

 何が起こったのかと見れば、ただでさえ大きくなっていた俺の胸が一回り大きくなったことが見て取れた。更に胸が腫れたような奇妙な感覚があり、胸に触れてみると中に石があるような固さを感じる。

 

『…………マサカ』

 

 確信にも近いが、一応確認のため、ケイトに赤ちゃんを抱いて貰い。胸の状態を確認した。

 

『………………出ル』

 

「よかったねカナちゃん!」

 

 思っただけで進化しやがったアラガミボディに顔を引きつらせていると、ケイトは赤ちゃんを差し出してきた。

 

『モウ……』

 

 とりあえず赤ちゃんを受け取り、観念して服をはだけさせた。

 

 下を向くと赤ちゃんのクリクリしたお目目がこちらを眺めており、期待しているように感じるのは既に親バカになってしまっているのだろうか。

 

『ン――』

 

 恐る恐る赤ちゃんに乳首を吸い付かせると、赤ちゃんは小さな口で吸う。始めての経験に少し声を上げてしまった。

 

 生まれつき備わっている原始反射のひとつで、口に触れたものを吸う吸啜反射だということはわかっているが、どうしてそれでもこんなに愛しく思えるのだろうか。微かに聞こえる喉の鳴る音すら愛しくて堪らない。

 

 ………………吸われててもこう……全然気持ちよかったりしないし……出ている感じもわからないんだなぁ。

 

 そんなことを考えて時間を潰そうとするが、赤ちゃんはまだまだ元気に飲んでいる。

 

 隣を横目で見ればニコニコしているケイトに見られるので、なんだかとても恥ずかしい。

 

 意識を反らすためにこれまで恐れてしなかった。赤ちゃんの肉体の様子を確認してみることにした。

 

『コッチモ飲ンデネ』

 

 と、その前に飲んでる胸を逆に変えるとしよう。片方だけ飲まれると後で張って痛そうだ。

 

 ゆっくりとゆりかごのように身体を揺らしながら分析を始めた。

 

 まず、なんと言っても外せないのが、この子は心臓がアラガミの"コア"になっているということ。この時点で純粋な人間では確実にない。

 

 だが、身体の作りやデータを見る限り、人間とそこまで大きな違いは見られなかった。コア以外は至って普通の人間の内臓、筋、神経をしており、確りと血が通っている。

 

 更に不思議なことに身体の方は(アラガミ)に準じた性質を持っているにも関わらず、肉体的には人間のそれに完全に近い。人間6対アラガミ4と言ったところだろうか。

 

 "アラガミ人"。そんなワードが思い浮かんだ。当たり前と言うべきか、女の子である。

 

 そこまで考えたところで赤ちゃんが母乳を飲まなくなってきたので授乳を止めた。

 

『ヨシヨシ……』

 

 それからミルクを吐いてしまうのでゲップをさせるため、赤ちゃんの背中をさする。

 

「わぁ……私があげた時はミルク吐かせたのになぁ」

 

『何シテルノヨ。オ母サン……』

 

「もう一人のお母さんが頼り甲斐あるから安心ね」

 

 赤ちゃんはお腹が一杯になったのか俺の腕の中ですやすやと眠り始めた。その様子は小さい天使のようで見ているとこちらまで心が暖まるようだ。

 

 ………………もう一人ぐらいなら産んでもいいかな……。

 

 その後はケイトと他愛もない会話をしながら時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 赤いカリギュラを退け、ケイト・ロウリーの生存を知ったあの日から数日後。ギルバート・マクレインはサカキ博士の研究室にある扉の前に立っていた。

 

 そこには"カナ君の部屋"と書かれた表札が掛けられており、知らぬ者が見ればなんのことだか意味がわからないだろう。

 

 しかし、瑞木アヤメから"ニライカナイ"の知りうる全てを聞かされたギルバートはここの中にニライカナイが住んでいるということも理解していた。

 

 話によればニライカナイは人間にとって善良なアラガミだった。

 

 エイジス島で生まれ、極東地域でアヤメを拾い、旅をしている最中にグラスゴーでアラガミ化寸前のケイトを拾った。そして、ケイトが妊娠していることに気付き、ケイトを治療しながら医療施設があり、一番アラガミ絡みの面倒事に関わりがあり、そもそもニライカナイのモデルを作った友人であり、アヤメとも関わりがあったサカキ博士の元へ向かう。その途中でケイトが急変し、赤子を殺さないために自身の子宮に赤子を移した。

 

 更に極東に来てから隠れて過ごし、その間にも自身のアラガミ細胞をサカキ博士に提供することだけでなく、感応種を殺すためのアラガミを産み出す等人類に対する多大な貢献をしていた。

 

 極め付けに、フェンリルの記録でもニライカナイは死傷者を誰も出してはいない。理由は神機として生まれる筈だった己が人間を殺しては本末転倒だからだという。

 

(恩人どころか聖人じゃないか……ッ!)

 

 ギルバートは己が怨みを向けていたことを何よりも恥じた。

 

 そうしていつかキチンと話さなければいけないと思っているうちに数日経ち、今に至ったのである。

 

 意を決して彼は目の前の扉を開けた。

 

 

《使い魔を出せ!! 体を変化させろ!!

足を再構築して立ち上がれ!! 銃をひろって反撃しろ!!

さあ夜はこれからだ!! お楽しみはこれからだ!!

早く(ハリー)!! 早く早く(ハリーハリー)!!

早く早く早く!!(ハリーハリーハリー)

 

『ヤッパリHELLSINGノOVAハ最高ネ……』

 

「あうー」

 

 

 そこにはケイトの赤子を腕に抱えながら丸椅子に座って楽しそうにモニターに向かっているニライカナイがいた。何故か黒い授乳服の上に白衣を着ており、眼鏡を掛けている。

 

『…………アッ……!』

 

 ギルバートが呆然としながら眺めているとニライカナイはこちらに気付いて声を上げた。

 

『………………』

 

 ニライカナイは立ち上がるとシャカシャカと足を動かし、ギルバートの前に立つ。更に彼は彼女の手で優しく部屋の外に押し出され、扉を閉められる。

 

『入ッテイイワヨ』

 

 何かわからずギルバートが困惑していると中からそう声を掛けられたため入室した。

 

『オ久シブリネ』

 

 そこには優しげな目をしながらベッド上で身体を起こしているニライカナイがいた。眼鏡は掛けられておらず、授乳服の上にはカーディガンを羽織っている。腕にはケイトの赤子が抱かれており、ひとつの絵画のような美しさがそこにはあった。

 

「いや……無理だろう」

 

『私ノイメージ……』

 

 この瞬間からギルバートの中で、ニライカナイのイメージは"聖人だが変なアラガミ"になった。

 

 

 

 









ホモは聖人(台無し)


絶ミ美ゾ(畳み掛ける)





ギルくんとのお話は次回です。

ちなみに赤ちゃんの名前……決めてないんだよなぁ……(オイ)

ですが、赤ちゃんが成長するとどの深海棲艦になるのかは既に決めてあるので楽しみにしていてください。ちゃんと親になんとなく似てます。


ああ、先に言っておきますと――。

Q:GE3までやるの?

A:当初からGE2の本編で全てを終わらせる予定なのでGE2バーストまでも行きません。まあ、多分GE3の世界線まで主人公普通に生きていますけどそれはそれでございます。

(ボソッ)まあ、逆にこの赤ちゃんが成長してカナちゃんの次の主人公に据えてGE3で書くのは普通にありかもしれませんね。




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在りし日の




前回までのあらすじ


…………………………。
……………………。
………………。
…………。
……。


作者も覚えてないから一度読み返すわ。







 

 

 

 

 

『ヨカッタラドウゾ』

 

「ああ、ありがとう……」

 

 お盆からギルバートの目の前にメロンソーダが机に置かれた。どうやらかなりの好物らしく、部屋の隅にメロンソーダの缶が2ダース単位で入った箱が置かれていた。

 

 いざ来てみたまではよいものの、想像以上の気安さと普通の人間のようなニライカナイに話すことが見つからないギルバートは、何か話の種はないかと部屋を見渡す。

 

(たたみ)……?」

 

 すると壁に立て掛けてある奇妙なものに気付く。それは明らかに普通の畳と、作り掛けの畳であり、何がどう転んでもニライカナイという見てくれと指定だけは、超ド級のアラガミとは結び付く筈もないものであった。

 

『アア、ソレ? 私今畳ヲ作ッテルノヨ。イイ"い草(イグサ)"ガ、近クニ群生シテイルノダワ。昔、ウドン(うどん)作リヲ嗜ンデイタ時ニ偶々、教ワル機会ガアッタノヨ』

 

「…………そうなのか」

 

(ジョーク……だよな?)

 

 しかし、何故か畳とニライカナイが結び付くらしい。アメリカンジョークのノリかと考え、ギルバートはそれを流すことにする。

 

 するとニライカナイは神妙な顔付きになったため、ギルバートも居住まいを正す。

 

『サテ、何カラ話ソウカシラネ……』

 

「アヤメから大体のことは聞かせてもらった」

 

『……ソウ、ケレドアノ娘ハ、私ノコト脚色スルデショウカラ現実ハソンナモノデハナイワ。行キ当タリバッタリダッタノヨ』

 

 そう言ってニライカナイは昔を思い返すように少し笑みを浮かべながら自嘲気味に笑う。コロコロと感情を変える人間のようなその姿からは、どこにもかつて対峙した時の風格は残っていなかった。

 

 むしろ、吹けば簡単に飛んでしまうような儚ささえ垣間見え、ギルバートが居たたまれない感覚を覚えた――その矢先である。

 

『キット貴方ハ、私ノセイデ死ヌヨリモ辛イ目ニ遭ッタ。ダカラ貴方ニハ私ヲ殺ス権利ガアルワ』

 

「――な!?」

 

 そう言うニライカナイの胸元が蠢き、淡く発光する赤い宝石のようなモノ――ニライカナイのコアが露になる。それを中心に植物の蔦のようにも見える組織繊維が、コアの後面と側面全体から伸びており、それがアラガミの心臓部であることを感じさせる。

 

 そして、ニライカナイはそっとギルバートに迫りながら彼の手を取ると、剥き出しのコアを握らせる。それは人肌よりも少しだけ熱く、ゆっくりと鼓動をしているように僅かに動き、生きた宝石というこれまで触れたことのない奇妙な感覚があった。

 

『コアノ結合ヲ緩メテイル今ナラ……私ヲ殺セルワ』

 

 ニライカナイが呟いたその言葉に目を見開く。彼女の瞳は真っ直ぐにギルバートを見つめており、それが比喩でもなんでもないことに気がついたからだ。

 

 だが、答えを探すうちに、ギルバートはあるものを見つける。

 

 それはニライカナイのギルバートの手を取っていない方の手が、本当に小さく震えているというものだった。視線や態度、鼓動の速度からは一切感じれないが、無意識に出てしまっているそれが飾り気のないニライカナイの本心なのだろう。

 

 誰にも彼女は言わず、態度にも出してはいないが、確かに"死にたくない"と叫んでいるようにギルバートは捉え、そう思ってしまえばもうこの後に取るべき行動など決まっていた。

 

「止めてくれ……」

 

 ギルバートは小さく首を振り、ニライカナイのコアから手を放す。そして、彼女の身体をそっと少しだけ押し戻すと、その優しげな目を見ずにポツリと呟いた。

 

「本当に……俺が人殺しになっちまうだろうが……」

 

『――――――』

 

 その言葉に目を見開いて放心するニライカナイ。そして、次第にほんの少しだけ、彼女の表情に笑みが溢れるのがわかる。

 

 それだけではなく、ニライカナイの片目から一筋の涙が溢れ落ちた。

 

「ッ! お、お前そんなキャラじゃなかっただろ」

 

『――!? イ、イエ……私、アノ頃ノキャラハ作ッテタカラ……』

 

 ギルバートは慌てて話を逸らし、それにニライカナイも乗る。そうして、二人の話は彼女からの視点で見た他愛もない話に変わる。

 

 いつしか彼女の手から震えは消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《KUTさん腹へんないすか?》

 

「腹減ったなあ」

 

《この辺にィ、美味いラーメン屋の屋台来てるらしいっすよ》

 

「おっ、行きたいなあ」

 

《じゃけん夜行きましょうねー》

 

「えっ……なんで夜ッ!?」

 

『アッチノ"テロップ"ノ子ガ私ノ娘ノ"オトタチバナ"ヨ』

 

「オトタチバナ……アレが極東で感応種の処理に利用されている第一種接触禁忌種アラガミなのか……」

 

 ギルバートとニライカナイが話していると、ゴッドイーターに擬態している娘――オトタチバナと、フェンリル極東支部で第一部隊の隊長をしているその恋人――藤木コウタが特に理由なくやって来たため、ギルバートの顔合わせと他愛もない会話を行った。ちなみに今は昼間である。

 

 そして、帰っていく2人を眺めながらギルバートは、この極東支部という場所が如何に常識外れなのか改めて知り、何とも言えない表情を浮かべていた。

 

「アラガミと恋人になっているとはな……」

 

『アナタモ欲シイ? 勿論、イイワ――』

 

「いや、待て待て待て。なんだかわからんが止めてくれ!」

 

 両手に鈍く輝く赤黒いオラクル細胞の塊を形成し始めたニライカナイを、ギルバートは慌てて止める。

 

 既にアラガミの中でも規格外の彼女ならば、極東支部の殲滅から己に連なるレベルのアラガミの創造まで気軽に出来てしまいそうという逆の信頼を覚えていたため、その慌てようは本物であろう。まあ、見た目だけならアラガミが極大の攻撃を行う予備動作そのもののため、誰であろうと止めるか逃げた筈だ。

 

 しかし、行動を止めたニライカナイは申し訳なさげな表情になると、少しだけ不満げにも見える様子になる。

 

『ケレド……"見殺しのギルバート(アバンダン・ギル)"ダナンテ酷イ俗称ガ付クダナンテ全然、アノトキハ思ッテイナカッタカラ……何カ私ニ出来ルコトハナイ? 何デモ……何デモスルカラ……!』

 

《ん? 今、何でもするって言ったよね?》

 

「お、おい……ハナ! しっ、失礼しましたー!」

 

 エレベーターを待っていたオトタチバナが、何故か急に戻ってきたが、すぐにコウタによって引きずられて行き、今度こそフロアから居なくなる。

 

 真顔でフリップを持ったまま退出していくオトタチバナを見つつ、その意味のわからない様子に、ギルバートは確かにニライカナイの血を引いていると確信した。

 

「とは言ってもな……」

 

 ギルバートは割りと真剣に望みを考えてみるが、己の人生の最大の後悔が結果的に勘違いであり、恩師のケイト・ロウリーが生きて戻ってきた上、またゴッドイーターとしても活躍できるようにまでなった。そして、本当の仇である赤いカリギュラもニライカナイの全面協力の元、かつてのメンツで挑んで彼自身がトドメを刺せた。

 

 彼からすれば、どれだけ感謝してもし切れず、むしろ彼の方が謝りに来ていたため、そのようなことを言われたところで返す言葉がなかったのである。

 

「あーうぅぅぅー!!」

 

『アラ、"チョビ"チャン……ソノ泣キ方ハゴ飯ネ』

 

「チョビっていう名前なのか……?」

 

『イイエ、名前ガマダ決マッテイナイダケネ。小サイ生キ物ハ皆"チョビ"ナノヨ』

 

 "そうかな……そうかも……?"と少しだけ流されて納得しそうになったギルバートであるが、やはり何度考えてもおかしいことに気付き、単にお腹にいた頃に付けていた仮名をそのまま呼んでいるだけではないかという結論に落ち着く。

 

『ウン……コンナママ擬キノデヨケレバ、タントオ食ベ』

 

「――――――!?」

 

 するとギルバートが目の前にいるというのにニライカナイは、乳房の片方をはだけさせ、赤ん坊に授乳を始めた。

 

 突然の出来事に目を逸らす前に彼女の胸を見てしまった事から赤面しつつ、彼は声を荒げる。

 

「待て待て待て待て! 直ぐに部屋から出ていくから――」

 

『……? 別ニイイワヨ。見ラレテモ減ルモノジャナイシ』

 

「俺の精神が磨り減るんだよ……!?」

 

 本当に何もわかっていなそうな様子で、小首を傾げて見せる赤ん坊を抱いて授乳中のニライカナイを一瞥してから、ギルバートは慌てて部屋の外に出て、下を向いたまま扉を背にして座り込む。

 

「………………アイツ!」

 

 そして、ギルバートはそれに気付いて頭を抱える。

 

「何でもするって……本当に何でもする……!!」

 

 主にえっちぃ事であるが、男性である彼からすればそう思うのも仕方の無い事であろう。ニライカナイの態度や気安い雰囲気は、余りにも無防備過ぎて心配になるレベルであり、却って男性側の方が心配になるような人種である。

 

「まったく……」

 

 ギルバートはそんなことを考えながら溜め息を吐き――。

 

 身体を屈めて彼を覗き込み、半眼でにやにやと笑みを浮かべている赤縁眼鏡を掛けた茶髪の女性――ケイト・ロウリーと目が合った。

 

「へー……ほーん……ギルもやるわねぇ……」

 

「け、ケイトさん……? あのいやこれは……というかいつから居て……」

 

「チョビちゃんが泣いてた辺りから声は聞こえてたわよ?」

 

「………………」

 

 つまりほぼ全部である。後、チョビ呼びは共通認識らしい。

 

 別に壁が薄いわけではないのだが、ゴッドイーターは肉体が感覚器ごと強化されており、聴力なども常人に比べれば強化されているのだが、今やケイトはニライカナイ侵食因子モデルとでも言うべき、第二世代型神機使いという約束された超人である。そのため、あらゆる身体能力まで並みのゴッドイーターを遥かに凌駕していた故であった。

 

 猫のように口許をニマニマと歪めたケイトは、ニコリと花が咲くような笑みを浮かべ――勢いよく踵を返して走り出す。

 

「ハルー! ハルー! ギルがカナちゃんにエッチなお願いしてるぅー! いーけないんだー♪ いけないんだー♪ せんせいにいってやろー!」

 

「――!? 違いますから変な誤解……いや、悪ノリしないでくださいケイトさん!?」

 

 脱兎の如く逃走し出したケイトを彼は追う。しかし、その様はかつてグラスゴー支部で、彼女とハルオミに振り回されていた時とまるで変わらず、困り顔をしつつもどこか楽し気に見えるギルバートがそこにはいた。

 

 

 

 結局、償いはその場の雰囲気に流れ、いつものように和やかかつ賑やかになったが、既に友人以上になりつつある彼らの距離感と関係はこのくらいで丁度いいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『"ソーマ"ガ帰ッテクルネェ……』

 

「あうー?」

 

 と言うよりも既に彼は帰ってきており、自室の扉一枚挟んだ先でサカキ博士とニライカナイ()についてのやり取りをしているので、博士の説明が終わったところで出ていく手筈になっている。

 

 チョビちゃんを抱っこしながら、既に知ってはいるが、先日サカキ博士から言われたことを思い返す。

 

 ソーマ・シックザール。

 

 フェンリル極東前支部長ヨハネス・フォン・シックザールの実子であり、マーナガルム計画においてP73偏食因子を細胞に埋め込まれて誕生した人間であり、キャラメイクを行うゲームの仕様上、実質的な主人公と言っても過言ではない。暗い設定の彼と、アラガミのシオちゃんとのやり取りは、無印が名作だと言われる由縁であろう。

 

 ちなみに素の性格はあまり変わらないが、後の作品ほど明るく外向的になっていくため、ONE PIECEで例えるとゾロみたいな性格をしているので、どちらかと言えばツッコミよりもボケに回ることの方が多いツンデレである。

 

 アルダノーヴァ試作機である俺からすれば、ヨハネス・フォン・シックザールが造った負の遺物という事で共通している。というか、時系列的に言えば妹……に当たるのだろうか? 無論、認知してくれればの話だが。

 

 もしくはアラガミ化したアイーシャ・ゴーシュを成長させて造ったのが、ノヴァなわけで、明らかにノヴァの面影がある女神を持つアルダノーヴァな俺は、彼の母親のアラガミ細胞から出来てるわけで……うーん、よくよく考えると彼との関係が複雑過ぎるなぁ……。

 

 まあ、その辺りは俺が思い当たる時点で、サカキ博士が考えていない訳もないので、その辺りを汲み取って説明してくれているのだろう。本当にゴッドイーター界のドラえもんことサカキ博士には頭が上がらない。

 

 まあ、幼体のアラガミバレットが偽で埋め尽くされていることで有名で、GOD EATER RESURRECTIONのラスボスことアリウスノーヴァの事件もあった後らしいので、その辺りも理解してもらう必要があるだろう。主に俺の安全性について。

 

 あれ……? 今まで気にしていなかったが、ひょっとすると俺ってアルダノーヴァじゃなくて、アリウスノーヴァの仲間の可能性の方が高くないか……? 何も受け付けないレベルで無駄かつ異様に硬いし……やろうと思えば超弩級のアラガミをポンポン生めるし……。うーん、アイデンティティーの崩壊を起こしそうなのでこれ以上考えるのは止めよう。俺は善良な神機もどきのアラガミ、アルダノーヴァⅣ号機ことニライカナイことカナちゃんなだけでいいじゃないか。

 

 まあ、万が一、本当に第三のノヴァで終末捕喰の後継者で制御出来なくなった場合のために、確実に自殺する手段ぐらいは確保しておこうと考えていると、扉がノックされる。

 

 どうやら博士とソーマくんとの話は終わったらしい。チョビちゃんをベビーベッドに寝かせてから一度だけ深呼吸して、着ている白衣と掛けている眼鏡を直してから俺は扉の外に出た。

 

 そして、彼を目にした――その瞬間、私の細胞全てに何かが駆け巡り、心の奥底の更に底にあった何かが浮上し、溢れ出す。

 

 

 

「――――! 本当にまたアイツのようなアラガミとはな……いや、こっちの話だ。挨拶がまだだったな……俺はソーマ――ソーマ・シックザールだ」

 

 

 

 思わず、眩暈のような感覚を覚えたが、彼がいる手前、その姿を、声を残らず、細胞全てに取り込む。身体で聞き、細胞で知覚する。それだけで何故か心地がいい。

 

 ソーマ・シックザール。

 

 何故か、さも当たり前のようにそう名乗ったソーマく――()()()の声を聞いた俺は、胸の高鳴りを覚える。それも恋心などではなく、純粋な嬉しさによるものだと気づいた。

 

 心地がいい――心地がいい――心地がいい――。

 

 

「…………? 呆けてどうかしたのか?」

 

 

 こちらを警戒させないためか、少し笑みを浮かべて見せるソーマは確かな成長が感じられる。シオに対応していた時と同じようにしていてくれているのかもしれない。

 

 心地がいい――懐かしい――心地がいい――。

 

 それもまた嬉しかった。背が高くなったのも嬉しい。笑うようになったのも嬉しい。ヨハネスに少し似た服装になり、白い服を着ているのも少しだけ複雑な気持ちだが、それでも嬉しく思えた。

 

 懐かしい――愛しい――懐かしい――。

 

 ソーマを爪先から頭の先まで眺める。すっかり私どころかヨハネスよりも大きくなって……。それだけの年月が彼に流れた証だろう。

 

 愛しい――愛らしい――愛しい――。

 

 肌の色は私に似てる。体つきと雰囲気はヨハネスにそっくりだけれど、笑い方は私に似て不器用なのかもしれない。ああ、それもまた愛おしい……()()ソーマ……!

 

 愛らしい――抱きしめたい――愛らしい――。

 

 

「カナくん……? ああ……やはり君のオラクル細胞は()()()が強いのか……!」

 

「おい待て……いったい何を黙っていた……?」

 

「いや、仮説の段階だったからね。うんうん、良ければ存分に甘えるといい……彼女は"君の母親(アイーシャ・ゴーシュ)の人間らしい部分を最も強く残して引き継いだアラガミ"だよ」

 

「は――?」

 

 

 抱きしめたい――抱きしめたい――抱きしめたい――。

 

 そう……そうだ……! 愛しい()()()! 全て……全て思い出した……!

 

 (わたし)は……ニライカナイ(わたし)で……瑞木フォウ(わたし)だから――――――"アイーシャ・ゴーシュ(わたし)"で……!

 

 抱きたい……! あのときは出来なかったから……! ソーマ、ソーマ……ソーマ! たった一人の愛する我が子……!

 

 

『ソーマ……! ソーマ……!』

 

「うおっ!? 突然、抱き着く――」

 

『ゴメンナサイ……! デモ私ハ"アナタ"ヲ抱キシメテ上ゲルコトモ出来ナカッタカラ……20年モ待タセテシマッタカラ……!! 本物デハナイケレド……限リナク近イ偽物デモ……! 私ハ帰ッテキタワ……!』

 

 

 

 ああ……ああ……私が最期に見たときは、触れたら壊れてしまうと思うくらい小さかったのに……! こんなに大きくなって……立派になって……!

 

 涙が止まらない……! だってこんな奇跡はきっとありえない筈なんだから……!

 

 

 

「――――()()……なのか……?」

 

『――――――――』

 

 

 

 その言葉だけで、私の全身の細胞は電撃を浴びたように衝撃が駆け巡り、身体が溶鉱炉にでもなったように熱く火照る。

 

 会えて、抱き締められただけでもキャパオーバーに近かった私は――プツンと緊張の糸が弾けてしまった。

 

 

『――キュウ(きゅう)……』

 

「お、おい……!? 大丈夫か! 倒れたぞ!?」

 

「ふむふむ、アップグレードし立ての人格には、ちょっと荷が重かったみたいだ。言葉は選ばないといけないねぇ」

 

「俺が悪いみたいに言うな……!?」

 

 

 えへへ……()()()()幸せ――ガクリ――。

 

 

 

 

 

 







※今回、三点リーダーと、ダッシュを使いまくりましたが、今話ぐらいなのでお兄さんゆるして。

ソーマくんから見たカナちゃんの関係:母親で妹
※ソーマくんを前にすると、カナちゃんがちょっと可笑しくなるだけで前の人格が塗り潰されたりはしていないので安心してください。むしろ、今回でようやく究極完全態・グレート・カナになりました。





~QAコーナー~
Q:なんでこんなに更新に時間が空いた! 言え!

A1:
 これまで書いて来ましたが、正直、前話で私が投稿の前段階で当初予定していた"ケイトさんを救済する"という最大の目的を達成してまったため、燃え尽きてしまったというのが最大の理由ですね。
 後のことは全てやり遂げた後の話であり、2のストーリーとラケル博士を少しだけ良い方向の解決するという目標の再設定で、私自身のモチベーションが余り保てず、このような自体になってしまい誠に申し訳ありません。
 未だに皆様から感想を頂くこともあり、それが励みになり、今再び筆を取る意欲と、2のストーリーを執筆にあたり、10回程は見返す勇気が湧いたので、そこまで更新は早くはないと思いますが、1話の文字数を減らしてでも少しでも早く投稿していきたいと思います。
 まことに勝手な私ではありますが、それでもまた楽しんでいただけるというのなら幸いです(建前)






A2:
この主人公、ドチャクソ・セイヘキ・ササリンティウス3世過ぎて、書いてて心のTNP(ち◯ぽ)に優しくないんだもん(本音)





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新星家族



そっと更新すればバレないバレない……。




 

 

 

 

 

『ン……』

 

 起きた()は真っ先に何故かとても頭がスッキリしていることに気づいた。とはいってもそれだけであり、()がこれまでと何か変わったということもないであろう。オレサマオマエマルカジリ。

 

 そんなどうでもいいことよりも、こんなに清々しい目覚めはあまり経験したことはない。昔、人間の限界を目指して最終的にK2を単独登頂したとき、山頂に座って達成感と疲労感でぼーっとし、気が付いたら10分ほど眠っていた後の目覚めに匹敵するかもしれない。

 

 あれはまだまだ私が若く己を不死身のように無意識に思ってブイブイ言わせていた頃の――。

 

 

「…………おい、起きたんだよな?」

 

『ソーマァ!!』

 

「だから抱き着くな……」

 

 

 うぇ、ヘヘヘ……ソーマ! 私のソーマだぁ……。しゅきしゅき大しゅき……。お母さん今度はあなたの為にいるから……ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウェヘヘヘ……』

 

(なんなんだコイツ……)

 

 現在、ソーマは自身の母親を名乗り、勝手に気絶したと思ったらすぐに起き上がり、彼の腕にそっとしがみついて幸せ一杯な表情で頬を緩ませている人型アラガミ――ニライカナイにたじろいでいた。ちなみに一連の動作は3分以内に起こった事柄である。

 

 ソーマは助けを求めようとサカキ博士を見ても、ニマニマと生暖かい視線を返して来るばかりで動かず、彼自身も何故かここで突き放してしまうのは良くはないと彼女の好きなようにさせていた。

 

 場所は研究室から隣接された彼女の自室に移っており、そこには見事な女性モノの服の山、立て掛けられた十数畳の畳、DVDの山、卓袱台、パソコン、ベッドにベビーベッドなど妙かつ歪な生活感に溢れており、人型アラガミの意味のわからなさが滲み出ていると言える。

 

「お前はなんなんだ?」

 

 ソーマがそう聞くと、ニライカナイは顔を上げて少しだけ考え込む。

 

『私……私ハ……』

 

 そして、絞り出すように言葉を集め、彼の手には片腕で触れたまま、もう片方の手を自身の胸に当てる。その様子は人間的でありながら、それ故に酷く不安げにも見えた。

 

『最初ハ"アルダノーヴァ試作4号機"、次ハ第一種接触禁忌種アラガミ"ニライカナイ"ト"瑞木フォウ"、ソシテ今ハ"真壁・L・カナ"。ソレカラタッタ今、私自身ガ"アイーシャ・ゴーシュの残滓"……ダト思ウ』

 

「俺の産みの母親の……いや……"ノヴァの残滓"なのか?」

 

 そう言われてみればニライカナイの顔立ちは、ノヴァの母体やアルダノーヴァの女神やアリウスノーヴァの頭部に良く似ているように思えた。

 

 しかし、それらに比べればアラガミらしさはほとんどなく、かつての人型アラガミの少女かそれ以上に人間に近いような感覚さえソーマは覚える。

 

「アリウスノーヴァか……」

 

 そう呟きながらソーマは思い返す。

 

 アリウスノーヴァとは、"第二のノヴァ"になろうとしたアラガミのこと。アイーシャ・ゴーシュ博士の面影を残す長髪の人面が象られていたが、その表情は牙を剥き出して醜く歪んでおり、理性なき獣の様相を呈している。また、白色の体躯はヴァジュラ神属ディアウス・ピターに類似していた。

 

 エイジス事件の顛末で人工ノヴァが月へと飛び立った際、母体から引き千切られた莫大な量のオラクル細胞群が地球上に残留した。これら"ノヴァの残滓"は変質して新たなアラガミと化すことが懸念されたため、極東支部により順次回収、厳重に管理されながら沈静化作業が進められていた。しかし、ある時に保管施設から残滓の流失が発生。貯蔵庫は内側から喰い破られており、恐れていた事態が現実となったことを意味している。"ノヴァの残滓"より誕生したこの個体を、極東支部は"第二のノヴァ"すなわち終末捕喰の後継者であると仮定、後に断定された。

 

 無論、少し前にオリジナルのアリウスノーヴァは極東支部の総力を上げて討伐されており、現在では稀に極東支部の周囲で異常性のないアリウスノーヴァの似姿を持つアラガミが出現するのみである。

 

 しかし、"第二のノヴァ"が居たのならば"第三のノヴァ"が居たとしても別段不思議ではない話だろう。

 

 その事に思い当たったソーマはサカキ博士を眺め――彼がこれまで見て来た中でも飛び切りの良い笑みを浮かべている博士の様子によって、面倒臭いことに巻き込まれたことを悟る。

 

「その事だがね」

 

 そして、それまで静観していたサカキ博士が遂に口を開いた。

 

「検査分析の結果、結論から言うとだ。カナくんはノヴァあるいはその残滓と99.7%同様のアラガミ細胞を持つ。そして、アリウスノーヴァのアラガミ細胞とは92.8%同様。アルダノーヴァとは74.2%同様なんだ」

 

『エッソレ知ラナイ……』

 

 その事に最も驚いた様子なのは当のニライカナイであり、赤い瞳を白黒とさせている。

 

「知らないのか……」

 

『自分自身ガ何者カトイウ事ハ、数多ノ哲学者ガ挑ミ続ケ、終ゾ答エガ出ル事ノ無カッタ命題ヨ』

 

「………………」

 

 "ソレヲ紐解クナラ、人間ハ(カルマ)ニ挑ム事ニナルワ…………必ズー、僕ラーハ、出会ウダロー♪――"等とニライカナイは無駄に美声で妙な言葉と歌を続ける。それは、かつてのアラガミの少女とは、異なる部分で珍妙であったが、どちらかと言えばサカキ博士に近い人間性に思えた事に気付き、ソーマは絶妙な表情を浮かべていた。

 

「まあ、アリウスノーヴァは明らかにディアウス・ピターがベースのようではあったけれど、ノヴァよりアラガミ細胞学的に近いのかと問われればそうではないと言えるのと同じことだね。あくまでも強靭な似姿を借りているに過ぎないんだ」

 

「じゃあ、コイツは……」

 

「どちらかと言えばアリウスノーヴァの近似種……もとい姉妹に当たるかもしれないね」

 

『私ハ"アルダノーヴァ"擬キダッタノネ……』

 

「まあ、仮に単純なアルダノーヴァの人型アラガミというだけなら、カナくんから生まれたオトタチバナが、アマテラスベースな事や、他の既存アラガミを強化したり、生み出せたりする事の説明がつかないさ。その異様なほどの頑強さもだ」

 

 相変わらず、ソーマの隣で彼の手を握りながら、サカキ博士の説明を聞きつつ目に見えて悄気(しょげ)るニライカナイ。それなりに自身がアルダノーヴァの人型アラガミであることを気に入っていたのかもしれない。

 

 それを見ているだけでも少し居たたまれない気分に彼が無意識になってしまうのは、人型アラガミだからか、それとも母を名乗るからであろうか。

 

「でもカナくんは間違いなくアルダノーヴァ試作4号機だよ。恐らく彼女の発生経緯は、我々が気付かなかったエイジス島の区画に安置されていたアルダノーヴァ試作4号機が、ノヴァの月への終末捕食に伴って消滅したことで発生した"ノヴァの残滓"が偶々、その区画に濃く滞留し、ゆっくりと晒されて"第二のノヴァ"になる筈だったんだ」

 

「やはりアリウスノーヴァか……」

 

「あれは我々が恐れる余りに一ヶ所に"ノヴァの残滓"を保管したことで、起こるべくして起きてしまった。言わば人為的なノヴァと言えるだろう。それに引き換えカナくんは、幾つかの偶然という奇跡が重なり偶々生まれたノヴァだということだ」

 

「要するに――」

 

『"第三()ノヴァ"……ネ……』

 

 ソーマの言葉を遮り、ニライカナイはポツリと呟いた。その表情は薄笑いを浮かべており、笑みではあるが、どこか自嘲気味にも見える。

 

(――ッ!? なんでアイツみたいに……! 人型アラガミはいつもいつも……!)

 

 また、その無理に笑うような表情には、既にやり遂げて諦めた人間の既に終わったかのようにも思えるだろう。未練との離別先にある柔らかな笑み。ソーマはそれをよく知っていた。

 

「おい」

 

 そして、そんな表情を見て来たソーマは、気付けばニライカナイの肩を掴み上げ、自身に引き寄せる。

 

「お前、今何を考えた?」

 

『……………………』

 

 そう問うと、ニライカナイは表情こそほとんど変化はないが、確かにソーマから目を反らす。一目で、少なくとも彼にとってはろくでもないことを考えているのは明白であろう。

 

 そして、観念したのか目を細めて溜め息を漏らした彼女はポツリと呟く。

 

『少シダケ考エタダケヨ。ヤリタイコトハ沢山ヤレタ上ニ、理由ガ出来テシマッタカラ、ソウ遠クナイ内ニ死ノウトネ……。私ガ自分自身ノ終了ヲ選ベナクナル前ニ』

 

「……そんなことだろうな」

 

 それを聞いたソーマはニライカナイを解放する。しかし、彼女は相変わらずさっきと変わりない表情をしており、彼への親愛が入り雑じったそれは何故か無性に怒りの感情を沸き立たせた。

 

 そして、彼は自身でも驚くほどすんなりと心の底から想いを吐き出す。

 

「そうやって……そうやって……! もう……一度死んだんだろ! 俺を置いて逝ったんだろ!」

 

『………………ァ――』

 

 酷く狼狽して目を見開いたニライカナイを眺めつつ、ソーマは自分自身でもそんなことを内に秘めていたということを、吐き出してから自覚する。

 

 そして、困惑と共に感情が追い付いて来た彼は、彼女から少し身を引き、目を伏せて黙り込んでしまった。

 

『私ハ――』

 

「うん、死んでしまわれると非常に困るんだ。友人としても、研究者としてもね」

 

 するとそんな二人の間に割って入るようにずいっと身体を伸ばしたサカキ博士がそんなことを言う。それにソーマは怪訝な表情を浮かべ、ニライカナイは博士らしいと言わんばかりに自然な様子に思える。

 

「私の目標は昔からこの瞬間、そして未来まで終ぞ変わらない。"アラガミとの共存"。ただそれだけだ。そして、私は……私の全てをカナくんに賭けることにした」

 

『過大評価ガ過ギル……』

 

「過大評価なものか。やっと見つけた夢への糸口だ。今度はそう易々とは諦めないよ。だからカナくんには生きて貰わないと困るんだ」

 

 そう言うサカキ博士は相変わらず、猫のように目を細めて笑っていたが、よく見れば薄目を開けており、現在の博士は一切笑っていないことにニライカナイだけは気付き、背中に薄ら寒いモノを感じた。

 

 彼は基本的には善人であるが、夢――ロマンに火を着けたのは紛れもなく彼女自身だ。故に今の彼は形振り構わず、邁進し続ける他ない。

 

 普段の笑みに戻した博士は眼鏡を手で直しつつ、やや声のトーンを上げる。

 

「まあ、"第三のノヴァ"ではあるけれど、カナくんはまだ幼生体だからね。アリウスノーヴァを例にしても、最低限、超弩級アラガミのコアでも捕食しない限りは、特異点として覚醒することはまず無いさ」

 

『変身ヲアト2回モ私ハ残シテイタ……?』

 

「うん、多分そんな感じじゃないかな。聞いたところ、カナくんってこれまでに一度もアラガミのコアを捕食したことはないらしいしね」

 

『ソウ言エバソウネェ……』

 

 自我を持った頃のニライカナイは、何と無く捕食衝動に呑まれてしまいそうだと感じたため、小型アラガミですら捕食せず、主に鉱物をおやつとしていた。しかし、それは捕食衝動などではなく、終末捕食への渇望だったのかも知れない。

 

 それからの彼女は幸か不幸か、子育て(アヤメ)に付きっきりになって食欲を忘れ、次は胎育に心血を注いだために人間が摂取出来る物しか食べなくなり、最近の彼女は無性に食べたくなったせいで、過去の名店のラーメンなどの味とコシを再現することに躍起になっている。到底、終末の獣とまで呼ばれたアリウスノーヴァと姉妹とは思えないであろう。

 

 ちなみにオトタチバナの言う旨いラーメン屋とは、ニライカナイが作るラーメンのことを指す。

 

『"横濱家系"ト"二郎系"ハソコソコ再現出来タ……次ハ"大勝軒系"ヨ』

 

「カナくんの"支那そば"は名作だったねぇ」

 

『昔、全テノ拉麺ヲ食ベ尽クソウトシタダケヨ』

 

 "どんなアラガミだよ"とソーマは声を荒げたかったが、それより先にニライカナイが神妙な顔立ちで彼の前に来た事で閉口する。

 

『アノネ……私ノ本心……我ガ儘ヲ聞イテクレル?』

 

 それに対してソーマは何も答えなかったが、それをニライカナイは肯定と捉えた。

 

 そして、彼女は決心したように拳を握り締めた後、ソーマに向かって正面から抱き着くと、その腕で割れ物を扱うようでありながらも力強くぎゅっと抱き締める。

 

 彼とは体格に差があるため、少し不格好であるがそれを気にする人間はこの場に居ないであろう。

 

『今度ハ死ナナイ……チャント貴方ノ母親ニナリタイ! ダカラモウ一度チャンスヲ――』

 

「今さら何言ってんだ……」

 

 ニライカナイの言葉をソーマは遮る。そして、言葉に詰まる彼女に対して小さく溜め息を吐くと、彼は彼女の背に手を回す。

 

「最初からあんたは俺の母親だろ? ……おかえり」

 

『――ウン……タダイマ……』

 

 ソーマはそのまま暫く、さめざめと涙を流しながら晴れやかな笑みを浮かべているニライカナイを抱き締めていた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

『ウェヘヘ……ソーマー』

 

「なんだよ……?」

 

『エヘヘー、呼ンダダケヨー』

 

(居心地がわりぃ……)

 

 数分後、溢れんばかりの幸せを振り撒くように嬉しげな様子になったニライカナイの相手をソーマはしていた。また、自身が母親と認識していることで気恥ずかしさからの居心地も悪さを感じ始めてもいる。

 

 それを無心で振り払って時計の針を眺めていると、ちょうど1分ほど経過したところでニライカナイの部屋の扉が開いた。

 

 

「カナちゃんこれ美味しいから一緒に食べ――」

 

『ウェヘへ――アッ、ケイト……』

 

 

 そこには茶髪のゴッドイーター――ケイト・ロウリーが出来立てのフライの盛り合わせと、ビールを数缶持って立っており、ニライカナイとその傍に立つソーマを見つめたまま絶句し、ニライカナイも浮気現場を押さえられた夫のような絶妙な表情をしている。

 

 そして、流れるような動作で卓袱台にフライの盛り合わせとビールを置いてから、そそくさと元の位置に戻ったケイトは、思い出したように手を目に当てて踵をかえす。

 

 

「うわぁぁぁ!? ハルー! また、カナちゃんを寝盗られたわぁぁぁ!!」

 

『違ウノ!? 違ウノヨケイト!? コレハタダノ家族愛デ――』

 

「尚酷いッ! 私たちとの家族愛は遊びだったのね!?」

 

『違……ソ、ソンナ……私ハケイトノコト大好キデ……』

 

「――――! 私もよカナちゃん……!!」

 

『ケイト……!!』

 

 

(なんだこれ……)

 

 何故か口論のようなものの末に互いに抱き着くニライカナイとケイト。コントと言われた方がまだマシな光景であるが、互いにそれぞれベクトルの違う美女なのだから、無駄に絵になり、否が応でも目に入るため始末が悪い。

 

 しばらく抱き合っていたかしましい二人のうち、ケイトがそのままの姿勢でソーマに目を向ける。

 

「ところでカナちゃんこの人だれ?」

 

『私ノ息子ヨ』

 

「息子? へー、そっかぁ」

 

 そのまま、数秒の時間が流れ、ケイトはソーマから目を離し――。

 

「納得するな!?」

 

 遂に堪え切れなくなったソーマが声を荒げたことで再びケイトとニライカナイはそちらに意識を向けた。抱き合うのを止めた二人は彼の回りに集まる。

 

「だってカナちゃんなら息子の一人や二人ぐらい居ても驚かないし。というか随分、おっきいわねぇ」

 

「突っ込まないぞ……突っ込まないからな……?」

 

 ソーマがそう言うと、何故かケイトは猫のように目を細めてニィと少し歯を見せて微笑んで見せる。それを見たニライカナイは、ケイトが新しい弄り甲斐のある玩具(ヒト)を見つけた時特有の笑みだと気づくが、ソーマの預かり知らぬところであった。

 

「ふむ、そろそろだね……」

 

 しばらく口を挟まずに大人しくしてきたサカキ博士が時計を見つつポツリと呟く。

 

 するとその直後、ニライカナイの自室の扉が開いた。

 

『サカキ博士、時間通リニ集合シマシタ』

 

『博士ー、来タヨー』

 

「な……」

 

 そこにいたのは、ニライカナイに良く似ているがより人間に近い人型アラガミ――オボツカグラ、焼けたような黒い肌が所々に見られる天女のような人型アラガミ――オトタチバナである。

 

 ニライカナイ、オボツカグラ、オトタチバナ。それらは現在、世界最凶最悪の第一種接触禁忌種アラガミの系譜そのものであり、極東で発生したアリウスノーヴァに次ぐほどの悪魔たち――などとサカキ博士から事前知識を与えられていなければソーマは考えたことであろう。

 

 しかし、サカキ博士から"あの人型"に良く似た存在たちであることを知らされていたため、どちらかと言えばあまりにも普通かつ自然に極東支の研究区画内を闊歩していることに驚いていた。

 

『ア……!』

 

『アッ!』

 

 彼女らは部屋に入って来るなり、それぞれ少し驚いた表情を浮かべつつ口を開く。

 

『オ兄様……!』

 

『オニイチャン!』

 

「は――?」

 

 その言葉にソーマは固まり、ニライカナイはあからさまに目を泳がせる。そんな彼女を彼はしばらく見つめていると、指で頬を掻きながら重い口を開いた。

 

『ソノ……オ母サンノ娘達ダカラ、逆説的ニ"ソーマ"ガ長男ニナルノカシラ……?』

 

「なんで疑問系なんだ……」

 

『アア、イヤソノ……ソレヲ考エルト――私モ"ソーマ"ノ妹ニナルンジャナイカト思ッテ』

 

「――――――」

 

「そっかぁ」

 

「大家族だね」

 

 母親を名乗るアラガミだけでもギリギリのキャパシティであったにも関わらず、次々と繰り出される後出しジャンケンのような言葉の暴力によって、遂には完全に固まるソーマ。完全に順応しており、当然のような感想を漏らすケイトとサカキ博士が酷く印象的だった。

 

 確かにニライカナイが目を覚ましたのは、ごく最近の話のため、どんなに早く見積もってもアルダノーヴァ4号機が建造された瞬間であり、少なくともノヴァのアラガミ細胞が用いられていることからソーマよりも歳上であることは絶対にあり得ない。

 

 つまりは"妹"である。そして、ニライカナイはアイーシャ・ゴーシュの人間性のほぼ全てを引き継いだと言っても過言ではないため、同時に"母"である。研究者として重要な論理的には何も間違ってはいないのだが、人間として必要な感情的には間違い過ぎていたのであった。

 

「あーうぅぅぅー!!」

 

 するとベビーベッドに寝かされているケイトらとニライカナイの娘が大声で泣き始める。否が応でも赤ん坊に目が行き、そこに集まったオボツカグラとオトタチバナに少し身構える。

 

『アア、"姉サン"。ゴ飯ガ欲シイノネ……?』

 

『ナラ私ガ"オネエチャン"ノゴ飯アゲルー』

 

「…………なんだと?」

 

 すると聞き捨てならない単語を二人のアラガミが放ち――その直後に何故かオトタチバナの胸部の白っぽい布地が全て消滅し、白く大きな双丘が露になった。

 

『ナラヨロシクネ……』

 

『ウン! カグラネエチャン!』

 

 どう反応していいのかわからない怪奇現象にソーマが固まっていると、そのままオトタチバナが赤ん坊を抱き上げ、母親がするようにそっとベビーベッドから抱き上げる。

 

『ンッ……ァ…………フ……サア、オネエチャンゴ飯ダヨ?』

 

 更にその直後、オトタチバナの胸はゆっくりと風船に息を吹き込んだように一回り大きくなり、乳首を赤ん坊に()ませた。

 

 すぐに赤ん坊は彼女からの授乳を受け、喉を鳴らして飲み始める。それを当のオトタチバナはへにゃりと顔を綻ばせて見つめ、ソーマを除きサカキ博士とケイトを含む室内全ての人間とアラガミは大なり小なり表情を和らげている。

 

(俺が可笑しいのか……?)

 

 ソーマはひょっとすると暫く極東支部に顔を出さなかった内に、世界の方の価値観が変わってしまったのではないかという錯覚に陥りより一層困惑した。

 

 そして、そんな様子の彼を察したのか目を丸くしたオトタチバナが赤ん坊を片方の乳房での授乳に切り替えつつポツリと呟く。

 

『ンー? 人間ノ価値観デイウノナラ私、イツモ全裸ダヨー?』

 

「……………………」

 

 だから慎みが無いとかではないとでも言いたいのかも知れないが、それはソーマへの追撃以外の何物でもなかった。

 

「当然、カグラくんとハナくんの服は自前のアラガミ細胞だからね。むしろ、カナくんのようにきちんと人間の服を着ている方が少数派さ」

 

 するとようやくサカキ博士が動く気になったのか、眼鏡を直して笑みを浮かべつつそんな補足説明をしてくる。誠に癪な話ではあるが、彼はまだ一応常識的であろう。

 

「その赤ん坊が姉というのは……?」

 

「ああ、アラガミは単細胞生物だろう? そうなると受精卵としてでも発生したタイミングが彼女らにとっての誕生日になるらしい。それで言うと彼女らはまだ産まれて数ヶ月しか経っておらず、チョビくんは既に1年近く経過しているわけだ。妥当な年功序列だね」

 

「……………………」

 

 アラガミの生態を絡めて無駄に筋の通った言葉に知識的には納得しつつも、ソーマの頭が理解するのを拒否した。少なくともだからと言って妹が姉に授乳するのは可笑しいであろう。

 

「……? ああ、それはほら。彼女らはカナくんベースの人型アラガミなのだから、生態――失礼、文化や行動規範などが、それに準じるものになっても特に不思議はないだろう? シオくんの時も普通の衣服を着たがらなかったり、目新しい物品には何かれ構わず口に含もうとしたりと色々あったじゃないか」

 

「……………………」

 

 既に彼女らをニライカナイから派生した人型アラガミの一種族という先見性のあり過ぎる解釈をしているサカキ博士に反論の余地すら潰され、ソーマは否応なしに受け入れる他無くなる。

 

 その事に彼が頭を抱えていると、サカキ博士はニライカナイの自室の置時計の針を眺めつつポツリと言葉を紡ぐ。

 

「ふむ……そろそろ時間だね」

 

「サカキ極東支部支部長代理。独立支援部隊クレイドル所属、アリサ・イリーニチナ・アミエーラ少尉、ただいま参上……しま……し――」

 

 そこには全体的に赤と白を基調とした服装をし、フロントがざっくりと空いた士官服を着用しているゴッドイーター――アリサの姿がそこにあった。

 

 時間に全く狂いなく現れたことに彼女の性格が現れているが、そんな生真面目な様子はどこにも見当たらないほど彼女は呆けた顔をして、三体の人型アラガミを眺めつつ完全に停止している。

 

 そんなアリサをオボツカグラは見つつ、彼女の閉まり切っていない士官服に目を移しながら思い出したかのようにポツリと呟く。

 

 

下乳(シタチチ)サン……』

 

 

 空気が死んだ。

 

 その時の光景を言葉に表すならそんな状況であったであろう。オボツカグラは"アッ……"と思わず声に出して失言に気づきつつ口を片手で覆うが、当然すでに後の祭りだ。

 

 ブリキ人形のように鈍い音がなりそうな様子で、アリサは首ごと視線をサカキ博士へと向ける。そして、当の彼は心底愉しそうな笑みを浮かべており、この状況に対して否定も肯定もしてはいないが、アリサは理解する。

 

 彼が黒幕だ――と。

 

「な、なな……なな……」

 

 アリサはわなわなと徐々に全身を震わせ、目を瞑りつつ握り拳を握り締める。そして、これでもかと目蓋と拳を開け放ち、吠えるように叫んだ。

 

 

 

「なんなんですかこれは!? いい加減にしてください!! ドン引きです!!!」

 

 

 

 そんな一部始終を見たソーマは、無意識に間違っているのは自身ではないと安堵の表情を浮かべ、同時に弄られているのは己だけではないという確かな仲間意識を感じていたという。

 

 

 

 

 

 








~QAコーナー~

Q:カナちゃんどうなっちゃったの?

A:ミーム汚染


Q:ソーマから見たカナちゃんたちって結局どうなの? わかり難く例えて

A:
ソーマ←アンジール兼クラウド
ニライカナイ←セフィロス
アリウスノーヴァ←ジェネシス
チョビちゃん←カタージュ
オトタチバナ←ヤズー
オボツカグラ←ロッズ



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タイトル:ニライカナイの生態と利用方法

なんか更新早いですね(感覚麻痺) 感想は作者の燃料なので順次返信させていただきます。


 

 

 

 

《フェンリル本部の皆様こんにちは。私は極東支部支部長代理のペイラー・榊だよ》

 

 

 映像は研究室にある独特な席に座る笑みを浮かべた男性を映して始まった。

 

《さて、ひとまずこの記録を送るに至った経緯を先に説明しよう。何せ君らはニライカナイがよほどに怖いらしい。まあ、当然の帰結とも言える》

 

 男性――フェンリル創設者の一人であるサカキ博士は、眉を顰めながらそう言う。その表情には悲しみを含んでいるように思え、共感しているように映ることだろう。

 

《この世で最も強固なエイジス島のアラガミ装甲を粉砕する超弩級の砲撃能力を備えた第一種接触禁忌種アラガミ。うん、確かにそれだけでも驚異的だ。その上、ニライカナイ――失礼、便宜上()()と呼ぼう。彼女は、極東から海路も陸路も駆使して数ヶ月で欧州にやって来て戻ってくるという異様な水陸両用の移動能力を持ち、特に海上航行能力に関しては、完全に人類はお手上げだからね。トドメに感応種だ》

 

 白い手袋をした両手をカメラに映る高さまで掲げ、やや大袈裟に肩を竦めながら小さく溜め息を吐くサカキ博士。眼鏡を直すと彼は更に言葉を続けた。

 

《君たちが気が気じゃないというのは私もよく分かる。だから、最近極東支部に彼女の現在地について問い合わせが殺到しているわけだしね。仮に立場が違えば、私もそうしたかも知れない》

 

 サカキ博士は切り替えるように一度だけ手を叩いて鳴らす。そして、笑みをより一層強める。

 

《さて、という訳で現在、彼女がこの極東で何をしているのか、同時にどのような対処を極東支部が――と言うよりも彼女を有効的に利用しているかについての一部始終を映像に収めた。是非とも資料映像にしてくれて構わないよ。じゃあ、今から流すね――》

 

 

 

 パチンとサカキ博士が指を鳴らすと同時に、映像は中央部に構想物のある平原に切り替わる。

 

 

 

 極東支部でそこは、"嘆きの平原"と呼ばれる戦闘区域であり、中央部はアラガミのみが通れる道が存在し、東西南北それぞれ一カ所出入り口があり、大型のアラガミを誘い込んで戦闘を行うときに使われるほど広い場所だと、予備知識があれば即座にわかることであろう。

 

 また、僅かな駆動音と映像の撮影した角度から、空中からドローンなどで撮られていることにも気づく筈だ。

 

 そして、嘆きの平原の南部にある瓦礫にそっと腰を掛けているそれに視聴者は目を釘付けにすることであろう。

 

 

 

『――――――♪』

 

 

 

 そこにいたのは件のアラガミ――ニライカナイであり、何故か彼女はその手に古ぼけた讃美歌集を持ちながら、"いつくしみ深き"という歌い出しから始まる『讃美歌312番』を歌唱していたのである。

 

 アラガミがかつて滅ぼした過去の神を讚美する歌を歌う姿はあまりに冒涜的であり、意識して行っているのならば、性根がねじ曲がっているどころではないであろう。

 

 また、女性体は高らかに歌うが、背後に一切不動で佇む男性体によって彼女はアラガミという人外のそれでしかないことが理解できる。

 

 何故か女性体が腰掛けている瓦礫には、薄汚れた"ペイジ"の旧式型神機が立て掛けられているが、偶々拾った遺されていた神機を気に入ったのかも知れない。

 

 

『……………………』

 

 

 歌うのに夢中なのか、全くドローンに意識を向けない彼女は、讃美歌のページを捲る。魔性の美貌とても言うべき、人外の美女である彼女の動作や視線は、それだけでも酷く艶めかしくまるで絵画のようであった。

 

 そして、捲る手を止めた彼女は目を瞑り、息を細く吸い込む。

 

 

Angel we have heard on high,(荒野の果てに)

Sweetly singing o'er the plains(夕日は落ちて)

 

 

 それは"あら野のはてに"から歌い出す『讃美歌106番』であり、機械と人間が混じったようなその不思議な歌声は、奇妙ながら染み入るような音であり、決して人間には出せない天上の歌声と言っても過言ではない。

 

 

And the mountains in reply(妙なる調べ)

Echoing their joyous strains.(天より響く)

 

 

 そっと囁くように瞳を閉じて歌い、想いを馳せるように柔らかな表情を浮かべる。その様はアラガミである以上に、まるで本物の女神のようであった。

 

 

Glo --------- ria, In Excelsis Deo(グロ―――リア、イン エクセルシス デオ)

Glo --------- ria, In Excelsis De---o(グロ―――リア、イン エクセルシス デ―オ)

 

 

 たっぷり余韻を残して1番だけを歌い切ったところで、彼女は歌唱を止めると目を開いた。そして、讃美歌を閉じて小さく溜め息を吐く。

 

Gloria in excelsis Deo(グロリア・イン・エクセルシス・デオ)ハ……"天のいと高きところには神に栄光あれ(天ノイト高キトコロニハ神ニ栄光アレ)"ッテイウ意味の教会ラテン語成句ヨ。結局、栄光ハ届イタノカシラネ?』

 

 そう言うニライカナイの視線先には、いつの間にか彼女を30mほど距離を開けて弧の字状に包囲している極東支部のゴッドイーター――キグルミ、真壁ハルオミ、ギルバート・マクレイン、ソーマ・シックザール、藤木コウタ、シスター・サラの6名がいた。

 

 その中で白く無骨なバスターの神機を持つソーマが一歩前に出ると、少し口ごもってから呟く。

 

 

《"遊ぶ"ぞ……ニライカナイ》

 

 

 その声色は、よく聞くとややぶっきらぼうで棒読みに思えなくもないが、既存のアラガミとは明らかに一線を画す

艶めかしくも神々しく暴力的な雰囲気を纏うニライカナイという存在に釘付けな視聴者は気にすることはないであろう。むしろ、彼女を前にした緊張を表すのに一役買うかも知れない。

 

 突拍子もないことを言われたにも関わらず、彼女は人を喰ったような笑みを浮かべて、椅子代わりにしている瓦礫からそっと立ち上がる。

 

『イイワヨ……イイワヨ! 最近、動イテイナカッタシ――遊ビマショウ……?』

 

 そう言いつつ、彼女は右腕を掲げた。

 

 その瞬間、ニライカナイの右手が樹木のように枝分かれして生え伸びる。そして、それはまるでドス黒く金属的でありながらも生物的な外見をした"大鎌(ヴァリアントサイズ)"のような形を取る。

 

 そして、それをもう片方の手を添えて持ち、腰を少し落として見せる。その様はどう見ても目の前の者たち(ゴッドイーター)と同じであった。

 

()()()か……》

 

『タダノアナタタチノ真似ヨ』

 

 自身らに対する皮肉か、余りにも異様な光景を目にしたためか、ニライカナイ以外の同系列の存在を見たからなのかそう呟くソーマは眉を潜めつつ何とも言えない顔をしている。

 

 

『■■■■■■■■■■■■■――――!!!!』

 

 

 そして、戦闘開始の合図は、背後の男性体が仄暗い海底から沸き上がるような大咆哮が響き渡ったことが代わりとなる。

 

 心臓を鷲掴みにされるような嘆きにも似た異様な声は、映像記録であっても竦み上がるようなものだが、極東支部のゴッドイーター達は顔色ひとつ変えずにニライカナイへと殺到した。

 

 その様は化け物とまで呼ばれるほど超一流のゴッドイーターが集まる極東支部と言わんばかりであろう。彼らは即座に男性体へ3人――ソーマ・シックザール、藤木コウタ、シスター・サラを当て、女性体へ残りの3人――キグルミ、真壁ハルオミ、ギルバート・マクレインが対応する。

 

『■■■■……!』

 

《ぐぅッ!?》

 

 まず、大地を踏み潰さんばかりに力強く化け物のそれでしかない男性体が、一直線にソーマへ殴り掛かる。彼は白い旧型近距離式神機のタワーシールド――リジェクターで受け止めたが、容易にその衝撃だけで地を抉りながら30m以上押し飛ばす。

 

 すぐにソーマに対して更なる追撃を加えようと、男性体は四つ這いになりながら双頭は舌舐めずりをするが、そこに銃撃が加えられ、硬い金属音が木霊する。

 

 男性体が意識を向けた方向には、アサルトの藤木コウタとスナイパーのシスター・サラが掃射を掛けており、装甲のような体表面から硬い音が響き渡ると共にバレットが弾かれていた。

 

『■■……』

 

 すると男性体は追撃を中断し、おもむろに地面から生える赤い何かの一部に手を掛ける。そして、軽々と引き抜かれて肩に担いだそれは、十数mはあろうかというビルの太い鉄骨であった。

 

 嘆きの平原の回りには、幾つもの廃ビルが立ち並んでいるため、この平野の下に倒壊した廃ビルの鉄骨が折り重なっていても不思議はないであろう。

 

《うぉぉぉ!? それはヤバいって!?》

 

《………………》

 

 そして、男性体は二人に向かって、回転を加えながら山なりに投擲した。その迫力たるや想像を絶する。

 

 それに対して、叫びつつ回避行動を取り始めるコウタと、見据えたまま神機を握る力を強めるサラが対象的だった。

 

《――――!》

 

 サラは地を蹴って空へと跳び鉄骨へと向かう。そして、その旧式スナイパー神機の銃身で半ばを殴り付ける。

 

 次の瞬間、鉄骨は半ばから粉砕し、二つに割れてほぼ無傷の銃身が現になる。それもそのはず、ただの建材の鉄骨が神機の材質に叶う筈もなかったからだ。もっともだからと言ってそれを実行に移せる辺りが、極東支部のゴッドイーターたる所以なのだろう。

 

《――――――!!》

 

『■■■――ッ!』

 

 そして、サラは鉄骨を破壊した勢いのまま身体ごと神機を縦に激しく回転させ、男性体の脳天の片割れ目掛けて銃身を叩き付ける。

 

 それに対して男性体は片腕を振り上げてガードし、もう片腕で彼女を殴り付けようと振り上げたが、彼女はいつの間にかピンを抜いていたスタングレネードを男性体の顔目掛けて放り投げた。

 

『■■■――!?』

 

 何も効かぬ怪物というわけでもないらしく、男性体は光と音によって少し怯む。その僅かな時間でサラは銃身を男性体の腕を中心に無理矢理スライドさせ、双頭に銃口を向けた。更にオラクルの収束と共にスナイパーから2発のバレットが放たれ、それは何故か男性体の2つの頭部にそれぞれぴったりと張り付く。

 

 サラが男性体から飛び退いた直後に、男性体の拳が元いた場所を通り過ぎ、それに続くように張り付いた神属性の淡い紫色をしたバレットは激しく数度爆ぜる。

 

 そして、高い威力のために巻き上げられた土煙の中から全く変わらない姿で佇み、感覚を確かめるために首を鳴らしているように見える男性体の姿がそこにあった。

 

《うわ……サラの"内臓破壊弾(ないぞうはかいだん)"が効果ないし……》

 

《――――――》

 

 小さく溜め息を溢しながら、肩を竦める動作をしているサラの姿が妙に印象的であろう。

 

 そんな彼女に狙いを定めた男性体は――背後から斬り掛かってきたソーマの白いバスターブレードを、拳で受け止めた。

 

《その図体でどんな反応速度と感覚してやがる……!》

 

『■■……』

 

 

 

 鼻を鳴らすように唸る男性体に対し、復帰したソーマを中心にコウタとサラが対応する場面を暫く映しつつ、映像は切り替わる。

 

 

 

 そこにはまるで3人の神機使いが、1人の神機使いを囲んでいるような異様な光景が映された。

 

 それはキグルミ、真壁ハルオミ、ギルバート・マクレインの3人が、ニライカナイの女性体を囲んでいるのだが、女性体は生えるように異形化した鎌の片腕を振るうことでその全てに対応しているのだ。

 

『イヒヒヒ……!』

 

《――――!!!!》

 

 キグルミがロングブレードによる剣舞のような連撃を仕掛けようとも、女性体は鎌の弧を描く部分で受け流すことで逸らし続ける。

 

《随分、ダンスが上手じゃないか!》

 

『鬼サンコチラ……!』

 

 更にハルオミのバスターブレードによる攻撃には、体捌きのような足運びと、異様な身体能力による瞬間的かつ爆発的な移動速度のステップを駆使し、紙一重で避け続けるためにまるで当たる様子がない。

 

 その様は、彼が形容するように踊っているようにすら思えた事であろう。意図して掠りすらしないということは、途方もない動体視力や身体の出来だけでなく、卓越した戦闘センスまでも持っているように錯覚してしまうだろう。

 

《付け焼き刃でここまでだと……!?》

 

『踏ミ込ミガ足リン!』

 

 そして、果てはギルバートのチャージスピアの点攻撃に対して、身体に命中する軌道だけを鎌による切り払いでもって叩き返し続けている。

 

 受け流し、回避、切り払い。この三つをそれぞれの相手の獲物に合わせて行使することで、アラガミの異質かつ暴力的なまでの身体能力と合わせつつ無理矢理対処していたのだ。

 

 ニライカナイの女性体の人間の技術とアラガミの力を合わせたような歪で冒涜的ですらある戦法は、既存のあらゆるアラガミから一線を画すであろう。

 

『……レベルヲ上ゲルワ。攻略シテミナサイ? アハハハッ――!』

 

《くっ!?》

 

 すると女性体は、3人から一度の跳躍で数十mの距離を取ると、鎌の先端に数mはあろうかというオラクル刃を形成する。そして、赤黒く淡い光を帯びたようなそれを3度振るい、更に3回繰り返すことでそれぞれのゴッドイーターへと振るう。

 

 それは計9つのオラクルの質量を持つ斬撃波となって射出され、見るからにあらゆるものを削り取るような外観をしたそれによって、否が応でも3人は回避を強いられつつも女性体へと迫る。

 

『ハハハハッ――!』

 

《マズい!?》

 

 しかし、その瞬間の隙を突き、女性体は鎌を背中まで振りかぶりながら再び赤黒いオラクル刃を形成したが、今度は30~40mはあろうかというほど巨大なものであり、それを全身の回転と共に横一文字に凪ぎ払う。

 

 

 

『アットウテキナチカラ!!』

 

 

 

 その瞬間、放たれたオラクル刃の斬撃波は、明らかに形成されたオラクル刃の長さを無視して半径200~300mはあろうかという程の範囲を薙ぎ払った。

 

 辛うじて空に跳びつつ避けることでそれを躱した3名のゴッドイーターらであったが、女性体の背後にある嘆きの平原の外周にあった廃ビルを外側の地形ごと両断していることから想像を絶する威力だったことは明白であろう。

 

《――――――!?》

 

 すると着地した何故かキグルミが女性体に対してジェスチャーをする。何故なら女性体の背後でオラクル刃が通り過ぎた廃ビルが静かにずり落ちるように倒壊し始めていたからであろう。

 

 その丁度、真下にいるのは当然、ニライカナイの女性体である。恐らくコチラに女性体の意識を向けさせて、瓦礫の下敷きにする作戦だ。

 

『フゥン……』

 

 しかし、女性体は背後を見ずに鎌にしていた片腕をゴッドイーターの捕食形態のような形に変形させると、それを空に向ける。

 

 次の瞬間、まるで食虫植物のように急激に開いたそれは、即座に数十倍の大きさへと膨張し、ゴッドイーターならば見慣れた捕食行為を降ってきていた廃ビルの上部に向けて放った。

 

 そして、まるでスコーンでも食べるかのように巨大な瓦礫を喰い千切り、コンクリートや鉄骨やガラスなどが咀嚼される異音と、口に入りきらずに溢れた物体が地面に打ち付けられる音が響き渡る。

 

 暫くゴッドイーターらがその光景を眺めていると、咀嚼を終えたのか風船から空気が抜けるように女性体の捕食形態の片腕が萎み、通常の人間に似た腕に戻すとポツリと呟く。

 

『マア、ソコソコ楽シメタワ。ソレデ? 今日ハ何ヲ殺セバイイノ?』

 

《ニライカナイ! 戦闘体勢を解きました! 誘導班の皆さん! 引き付けていたアラガミをニライカナイへ誘導してください!》

 

 その瞬間、オペレーターからの一斉通信が入ると共に、嘆きの平原の南部を除く三方向の外周と中央から続々と様々なアラガミを引き連れたゴッドイーターらが侵入と離脱を繰り返していく。

 

 そんな中、ニライカナイは男性体と合流すると南部へと歩いて行き、彼女と交戦していたゴッドイーターらは彼女を追い越して南部から撤退して行く。それに対して彼女が追撃を加える様子はない。

 

 そして、嘆きの平原の内部とその一帯はみるみる内にアラガミで満たされる。そんなアラガミたちは特に堕天種、接触禁忌種、感応種などの個体が極めて多く、一帯にいるその総数は既に70~80体は確認できるであろう。

 

『ヨクモマア、コレダケ集メタワネ』

 

 そして、ニライカナイは南部で腰掛けていた瓦礫のところまで来ると、おもむろに立て掛けられている古びたペイジを掴み上げて肩に担いだ。

 

『力ヲ貸シテ……―――サン』

 

 ポツリと彼女が何かを呟いたが、それは余りに小さかった為に音声として拾い切れていなかった。そんな中、彼女に対して青い体色をしたカリギュラと、白紫色をしたウロヴォロス堕天が二方向から突撃してくる。

 

 アラガミの中でも生存競争があるため、ニライカナイに攻撃を仕掛けるのは可笑しくはないが、これだけの数を前に笑みを浮かべている姿はやはり人間とは異なる存在なのであろう。

 

 そして、先に速度のあるカリギュラがニライカナイへ接近し、そのブレードで女性体を斬り裂くように薙ぎ、その余波だけで彼女がペイジを立て掛けていた瓦礫は粉微塵に消え去る。

 

『コッチヨ、オ馬鹿サン』

 

『―――――!』

 

 しかし、女性体は振り抜いたカリギュラのブレード部分に立っており、カリギュラは咆哮と共に逆の腕のブレードを振るうが、既にそこに女性体はおらず、カリギュラの頭部に乗ってペイジを突き立てている。

 

『――――――!?』

 

『マズハ1匹……』

 

 そして、突き刺したペイジの柄に拳を叩き付ける。その威力と衝撃はカリギュラを前のめりに縫い付けて転倒させた上に、頭蓋骨を下顎まで貫通させた。当然、生物としての限界は超えていないカリギュラは二度と動くことは無くなる。

 

『…………二匹ネ』

 

 女性体がペイジを引き抜いてウロヴォロス堕天の方を見ると、頭部に取り付いた男性体が、ウロヴォロス堕天の頭部を背骨ごと強引に引き抜いているところであった。

 

 ニライカナイの様はあまりに凄惨かつ遊びがなく、これまでゴッドイーターらと遊ぶように戦っていた様とは明らかに異なっている。それは本当に命のやり取りではなく人間と遊んでいた事を思わせるだろう。

 

『サア、私ヲ殺セル者ハイナクテ?』

 

 瞬時に2体の大型アラガミがゴミのように葬られたため、後続のアラガミたちはニライカナイからやや距離を取って囲んだまま威嚇している。

 

 それを彼女は涼しげな様子で流しているが、喰らう本能を持つアラガミが再び雪崩れ込むのは時間の問題であろう。女性体はペイジを引き絞り、男性体は腕を鳴らして構え――。

 

『アラ……?』

 

 そんな束の間の膠着状態の中、中央のアラガミの通り道から1体が飛び出して来る。そのアラガミは極東周辺で発生したと報告されている異質な存在――ディアウス・ピターの更なる上位種の"アリウスノーヴァ"であった。

 

 それを眺めるニライカナイは憐憫と哀悼が混ざったような何とも言えない表情をしている。

 

『一歩間違エバ……ネェ……』

 

『□□□□□□□□――ッ!!』

 

 そして、アリウスノーヴァが咆哮を上げたのを皮切りに、次々とアラガミの大群は殺到し、嬉々とした表情でそれらとニライカナイは激突した。

 

 その様は蟷螂に群がる蟻のようであったが、ニライカナイの男性体はまるで怯むことも臆することもなく獣のようにアラガミを擂り潰し、女性体はゴッドイーターのようにアラガミとアラガミとの間を舞ながら貫き穿つ。

 

 柔と剛、砕と貫、男と女、人と荒神。それらが表裏一体となったニライカナイは既に既存のあらゆるアラガミやゴッドイーターを超越しており、映像として見ているだけでも見惚れてしまうほどであった。

 

『モット……私ヲ楽シマセナサイ!』

 

 アラガミを倒し続けるニライカナイが叫びつつ感応波を放つ。

 

 その直後、獅子のような下半身と人間女性の上半身に、巨大な一つの目となった頭部を持つ白銀の機械のような異形の第1種接触禁忌種アラガミ――エクスマキナが嘆きの平原へ飛び込むように侵入し、ニライカナイの近くまで来ると手近なアラガミとその大槍で戦闘を開始した。

 

『イヒヒヒヒヒ……!』

 

 更にニライカナイと同系統と思われるアマテラスがベースの第1種接触禁忌種アラガミ――オトタチバナが他方から現れ、周囲のアラガミを重機か何かのように薙ぎ倒し、絡め喰らって行く。

 

 そのまま、ニライカナイと2体のアラガミは、遂に100に届こうかと言うほど周囲一帯に集まり始めたアラガミと正面から激突し合う光景が暫く映る。

 

 

 

 そして、戦局が次第にニライカナイへと傾いて行き、彼女の砲撃を至近距離から受けたアリウスノーヴァの頭部が完全に消滅したところで映像は切り替わった。

 

 

 

 映像は再びサカキ博士の研究室に戻り、そこには笑みを浮かべる博士が撮されている。

 

《――さて、以上の映像を見て貰ったところで、もう一度言おう。彼女のことは我々、極東支部に任せてくれたまえ。きっと悪いようにはしないさ》

 

 そして、一呼吸置いてからサカキ博士は更に言葉を続けた。

 

ニライカナイ(彼女)をてなずける。それが私と極東支部の決定だ。まずはゴッドイーターとしての習慣付けを行い、慣れたところで人間として徐々に慣らしていく。そうして、彼女を極東支部に溶け込ませる》

 

 語り始めたサカキ博士の表情や様子から本気でそう言っていることが伺えるであろう。前代未聞などという生温い話ではない。

 

《突拍子もない話だと思うだろう? 有り得ないとも思われる筈だね。けれど、彼女はレトロオラクル細胞を持つアラガミのように純粋無垢でもある。だからこそ彼女にとってどれだけ人類が有用なのか示すことこそが最大の対抗手段となりうるんだ》

 

 サカキ博士は机で両手を組んで合わせ、細く息を吐き出す。

 

《まあ、他に方法もないしね。はっきり言ってお手上げだよ。彼女は最硬の身体と、最悪の砲撃能力を持つアラガミだ。トドメに感応種と来ている。ひとつたりとも現在のフェンリル……引いては人類が攻略を成し得ていないものさ。だからここは……ひとまず我々、極東支部に任せてくれたまえ。最善を尽くした結果を報告出来ると保証しよう。今回の報告はこれで終わりだ。御視聴痛み入るよ》

 

 最後にサカキ博士がそれだけ述べたところで映像は停止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、カナくんもうその……カメラ? カメラ止めていいよ」

 

『アイ』

 

 撮影が終了し、カメラ……を口の中に取り付けた護衛要塞を構えていた私は撮影を停止して電源を落とした。我ながら一切手振れのない中々良い絵が撮れたと思う。

 

 ふっふっふ……ハナちゃんの深海熊猫艦戦(タコ焼き)を羨むだけの私はもう居ない。何故なら私も別の護衛要塞(タコ焼き)を浮かべられることに気づいてしまったからだ。

 

 ちなみに今回撮った映像の空中撮影をしていたのも私の護衛要塞である。自演乙。

 

「しかし、突然の事だったのにアリサくんも中々乗り気だったね。現在(コピー)のアリウスノーヴァまで引っ張って来てくれるとは思わなかったよ」

 

 そう博士が呟くと室内撮影中はレフ板を掲げていた横乳(ヨコチチ)……もといアリサちゃんは青筋を浮かべる。美人の笑ったままの怒りほど恐ろしいものはないと思うが、博士は相変わらずどこ吹く風だ。

 

「私が怒ったのは、博士が人型アラガミ(カナさんたち)を匿っていたからではなく、除け者にされていたからです!」

 

「それは最近、アリサくんはクレイドルの方でとても頑張っているそうだから、声を掛けるのはまだ後にしておこうと思ってね。君の働き過ぎは私も知るところさ」

 

「ぐぅ……微妙に的を射たことを……」

 

 絶対に反応を楽しみにしていただけな気もするが、気遣いと言われてしまうと人間弱いものである。私だって弱い。

 

「しかし、最近はアヤメさんがその……私が根を詰めないよう気を掛けてくれたり、手伝ってもくれるので良くはなったんですよ?」

 

「おや、アヤメくんがねぇ。それはよかった」

 

 どうやらアヤメちゃんは順調にフェンリル極東支部に適応しているらしい。とても良い傾向と言えるだろう。

 

 ん……? あれ、でもその下りってGOD EATER2の主人公とのキャラエピソードだったような……。まあ、先に別の子が少しやったからといってそこまでの違いは無かろう。最悪、ラケルてんてーは私が命に変えてでも止めるので問題はない。砲撃能力を丸々爆弾に変えてコアを臨界させれば、フライヤを樹リウスごと跡形もなく吹き飛ばすぐらいは出来ると踏んでいる。

 

 まあ、それは私がこの世界に最低でもしなければならない奉仕であって、サカキ博士の"人間とアラガミの共存"という結局、未だ個人単位でしか成功していない途方もない夢を実現させたいとも思うからな。

 

「それにしてもこんな捏造しかない内容をフェンリル本部を含むフェンリル全てに報告してよかったのですか? それに……そもそもカナさんはもっと話のわかるちゃんとした方じゃないですか」

 

「うーん、それは止めた方がいいねぇ」

 

『人間ソンナニ愚直デモ利口デモナイワヨ。トイウカ――』

 

 アリサちゃんの言うことは尤もであり、そう言われて嬉しくない事はないのだが、ニライカナイ()の近況報告をありのまま伝えてしまうのは流石に問題が有り過ぎてしまう。

 

 まず、私の成り立ちには上層部が他の人間を捨てた事実のあるアーク計画が絡み過ぎている。極東支部では公然の秘密のようなものだが、他はそうではない。その情報を全世界にばら蒔くのは多大なフェンリル自体の失墜を招き、要らぬ軋轢を生むことだろう。その時点で私の真実を広める理由はどこにもないのだ。

 

 第二にそもそも私がこれまで生きて来た内容が歯の浮くような話過ぎて信憑性に極めて欠ける。確かにアヤメちゃんやケイトなど証拠になりうる人物はおり、彼女らも喜んで証言をしてくれるとは思うが、だからと言って現状では本能のままに喰らい続けるだけの化け物が急に聖人染みた行動に走るのは、眉唾物などというレベルではない。証言者の正気を疑う方が先であろう。

 

 第三にアラガミは人間よりも馬鹿でなければならないということだ。要するにアラガミに対して、無意識に人類が誇っている優位性として最大の特徴はその知性なのである。最後の砦をアラガミに脅かされれば、フェンリルは枕を高くして眠ることも出来ないというもの。ただでさえ、感応種の出現や赤い雨の発生により、窮地に立たされつつある中で、このような爆弾まで放り込むのは得策ではない。

 

 第四にそもそも他のフェンリルが極東支部に開示を求めているのは、ニライカナイ()の現在地と現状と極東支部の被害などであり、それ以上のことではない。現状維持が出来ているのならばそれに越したことはないのだ。誰だって己の属するフェンリルに新たな問題を持ち込まれたくはないからな。

 

 第五にサカキ博士は他のフェンリルに"頭の可笑しいアラガミ博士"と認識されているため、会話になるアラガミを懐柔するぐらい言っても全く違和感なく浸透するということだ。ならば私は子供のように純真で残酷なアラガミを演じればそれでいいのだ。

 

「頭の可笑しいアラガミ博士って……」

 

「そんなに褒めても初恋ジュースしか出ないよ?」

 

『チョウダイ』

 

「はい、どうぞ」

 

『ワーイ!』

 

「ええ……」

 

 何故かアリサちゃんがあり得ないモノをみるような目で見ている気がするが、そんなことよりも初恋ジュースのプルタブを開けて中身に口をつけた。うん、美味しい!

 

 本当になんで他の皆は飲まないのだろうか? 博士と私とカグラちゃんとハナちゃんには大好評なのに。

 

「なんだか……カナさんはシオちゃんとは違うタイプの人型アラガミ過ぎて調子が狂います……」

 

『偏屈デドチラカト言エバ利他的ナダケヨ。アナタノ方ガズット利口デ可愛ラシイワ』

 

「そういうところです」

 

 そういうところらしい。まあ、私にも純粋で天神乱漫おほん……天真爛漫な時代もあったかもしれないが、それは世界線を超えるほど遠い遠い昔のお話だ。記憶と知性でもブッ飛ばされない限りはまずシオちゃんのように可愛くはなれないであろう。

 

 まあ、何はともあれ当面の間の問題はこれで片付いた。これからは暫くラケルてんてーの対策を練ったり、アイーシャ・ゴーシュ博士としての私を取り戻したことから、アラガミの研究者の側面を突き詰めて行きたいと考え――。

 

「フォウ姉ちゃん! 大変だよ!?」

 

 そんな会話と思考をしていると、血相を変えた様子のアヤメちゃんが駆け込んできた。とりあえず、落ち着かせるために飲み掛けだけれど、この初恋ジュースを飲――。

 

「いらないよそんなの!?」

 

『ソンナモノ……!?』

 

「それよりも大変なの!」

 

『ア……ウン……ドウシタノ?』

 

 アヤメちゃんに反抗期が来たのかと思いつつ、愕然としていたが、彼女の様子は私に構ってくれることも出来ない状態なだけだと思い当たり、とりあえず話を聞くことにする。好き嫌いは良くないので、今度アヤメちゃんに初恋ジュースを飲ませ――。

 

 

 

 

 

「テスカトリポカさん達が、急にフォウ姉ちゃんたちみたいな女性アラガミになって技術部と偵察班が大変なことになってるの!!!?」

 

 

 

 

 

……………………………………んぐんぐ。

………………………………。

…………………………。

……………………ぷはー。

………………。

…………。

……ふう。

 

 

 飲んどる場合かーッ!

 

 

 私は空になった初恋ジュースの缶を投げ捨てて頭を抱えた。

 

 

 






ビデオの中←理想 現実→ポンコツ人外お姉ちゃん


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顔に似ぬ心



一方その頃、開発区画では!(デーデデ↓ードーン↑)







 

 

 

 

 

「今日もよくやってくれたな」

 

『…………………………』

 

 技術部の車両区画にあるドックに停車している異様な外観をした大型トラックのうち一台がある場所でその車体を磨きつつ、偵察班の男はふとそんな言葉を呟いた。

 

 誰に言うわけでもなく、何気なく呟かれた言葉であり、それに自己満足以上の意味はないが、彼の柔和な表情が言葉に意味を持たせていることだろう。

 

 彼はゴッドイーターではなく、それこそフェンリルではとりとめもなく、技術さえ学ばせる期間があれば幾らでも替えの効くような人材である。それ故に偵察班というポストに収まっており、ただでさえ数の多い極東地域でゴッドイーターたちで偵察を極力せずに円滑なクエストの受注と、討伐対象の選定が可能となる訳だ。要はフェンリルで語られない縁の下の力持ちである。

 

 そんな彼の最近の話を少しだけ掘り下げよう。

 

 彼はつい一年近く前までは、ゴッドイーターの輸送と回収を任務としているため、ほぼゴッドイーターと同等の危険を孕んでいる役職である輸送班にいた男である。また、最初にニライカナイを発見し、写真に納めた功労者でもあった。

 

 そんな彼なのだが、流石にゴッドイーター程は肝の据わっていない労働者である。そのため、ニライカナイの危険極まりない生態を目の当たりにした結果、精神的に落ち込んでしまった兼ね合いで上司からの勧めもあり、輸送班よりは死の危険の少ない偵察班に異動になっていたのだ。

 

 流石の誉れ高きフェンリル極東支部と言えども、ゴッドイーターですらない偵察班の人間を第1種接触禁忌種アラガミへ偵察に行かせるような人材を投げ捨てることはしない。精々、群れていない第2種接触禁忌種アラガミ程度のモノである。まあ、それでも他支部からすれば、本来なら死んでこいと言っていると同義な辺り、極東支部の感覚はかなり逸脱しているだろう。

 

 フェンリルの外で働く仕事の中で、神機使いに関与するが、神機使いではない一般人が出来る仕事の中で、搬送班の次に危険な仕事が偵察班である。偵察班とは名前の通り、神機使いが戦う対象のアラガミの居場所や正確な数などの情報を視察し、クエストの情報を確定するための役職だ。

 

 しかし、そんな偵察班でも当初は、サカキ博士が突拍子もなく開発したという3台の武装トラックは大変気味悪がられていた。それもその筈、見た目がまるでアラガミのテスカトリポカをそのままトラックにしたような攻め過ぎたデザインだったからである。

 

 しかし、その認識は直ぐに改まった。何せ、当たり前だが神機使いでない人間が乗れる。そして、中型アラガミ程度ならば容易に追い返せるオラクル武装と、重鈍ながら確かな走破性を有しており、余りに優秀であったからだ。

 

 博士は"常人にも神機の能力を限定的に使用可能になるまで大型化したアラガミ由来の機体"と、大変尤もらしいご高説を述べていたが、多くの偵察班にとってはどうでもよいことであろう。基本的にはフェンリルに貢献しつつ、五体満足で帰って来れればそれでいいのである。

 

「よしよし……綺麗になったぞ」

 

『…………………………』

 

 そして、現在は1日の仕事終わりに彼が乗り回していた大型トラック――テスカトリポカをそのままトラックに変形させたような頭の可笑しいデザインのそれの装甲を磨いていたのである。

 

 当然、大型トラックが生き物である筈もないため、声を掛けたところで意味などはまるでない。

 

 しかし、彼がこのようにアレな見た目のトラックに対して生き物か何かのようにご執心なのは無論理由がある。それはこのトラックに命を救われたことがあるからだ。

 

 あれは偵察班に移動して数ヶ月程経ち、仕事が板についてきた頃。仕事に精神的な余裕が出始め――フェンリルのフィールドワークでは一番死にやすい時期の話である。

 

 彼はこのトラックに乗りつつ、いつものように偵察任務を行っていると、とっくの昔に打ち捨てられた農園にそっと咲き誇る見事なダリアの花畑を見つけたのだ。人に管理されるわけでもなく、桃、赤、黄、白などの花々が謳歌しているばかりのに咲き乱れる光景は、写真撮影が趣味である彼にとっては心を動かすに足るものだったのだ。

 

 また、カメラはフェンリルに於いて外部居住区出身である彼のような者にとっては、余程の高級取りでなければ手の届かない娯楽であり、家庭を持っておらず、アナグラの外での仕事をしている彼故に買えた物と言える。そして、彼の趣味はこう言った外で稀に残るありのままの美しい自然を写真に残し、それを児童養護施設や病院へ寄贈することであった。

 

 そんな趣味を持つ彼は、ダリア園の近くにトラックを止め、カメラを手に取り降車して写真を撮影する。そして、暫くダリアをカメラに納めつつ、施設の子供や長期入院患者から時折送られてくる"きれいだった"や、"また次の写真を見るまで死ねない"と言ったなんということもない手紙の内容を思い出していた。

 

 崩れ掛けたサイロの陰に潜んでいたヴァジュラに襲われたのはそんな折りである。

 

 辛うじて直撃を免れた彼であったが、ヴァジュラの剛腕によって爆ぜるように四散した地面から飛んだ石礫が彼に当たり、それによって脳震盪を起こした。意識はあるが身体の自由は効かず、更にゆっくりと己へ迫るヴァジュラを目の当たりにしたことでこの場で死ぬことを理解し――。

 

 ヴァジュラの頭上に輪のようなものが出現すると共に、大量のトマホークミサイルが降り注ぐ光景を目にする。

 

 彼が驚く中、辛うじてヴァジュラはトマホークミサイルの雨から脱すると、何故かトラックのある方向へと跳ぶ。そして、トラックにヴァジュラが殺到した直後、トラックは垂直に数m跳んで攻撃を避けると共に、着地地点の真下に来たヴァジュラにのし掛かる。更にヴァジュラを踏み押さえているキャタピラがギュルギュルと回転を始め、もがくヴァジュラの身体を削り取る。彼は昔見た映画の拷問のワンシーンを思い出していた。

 

 すぐにヴァジュラは動かなくなり、削れた身体から剥き出しになったコアを食べるように摂取しているトラックの光景を最後に彼は意識を手放す。そして、次に目覚めたとき、何故か彼はトラックに乗り込んで極東支部から1kmという近場におり、カメラは助手席に置いてあったという。

 

 そのような事があり、彼はこの"1号機"とプレートの貼られているトラックに対して特にご執心なのであった。

 

 閑話休題。

 

「今週の特別補給だ」

 

 そう言って彼は隣にある台車に置かれているやたら機械的な見た目の蛸壺のようなものを見る。壺の中には握り拳と同じか一回りか二回りほど大小様々なガラス玉のような色合いをした物体が十数個ほど詰まっていた。さながら大きなドロップボックスのように見えなくもないであろう。

 

 そして、その中身の物体を彼はやたら無骨で物々しいトングのようなもので摘まみ上げ、大型トラックの給油口を開けると、その中に次々と投入していった。これはガラス玉などではなく歴としたアラガミのコアである。

 

 普通ならばこのようにコアを雑に使用されることはフェンリルでは有り得ない。しかし、どういうわけかこのトラックたちにコアを与えると、走行速度やトマホークミサイルの量や質が明らかに向上することがわかってしまった上、最近になり、ニライカナイにアラガミを処理させることでコアが余るという現象が起きているためだ。

 

 というのも偵察班でしかない彼は情報としてしか知るところではないが、どうにもニライカナイというアラガミは、倒したアラガミのコアを抜かずに放置するために戦闘現場の後には大量のコアを含むアラガミの死骸が放置されるらしい。コアさえ抜かなければアラガミはすぐには消え去らないため、フェンリル極東支部にとっては良い供給源となっている。

 

 そして、ニライカナイに誘導して倒させるアラガミは当然ながら接触禁忌種、亜種、感応種などの極めて質の高いコアを持つ個体となる。また、供給過多になってもいるため、保管スペースの確保のためにそこまで質の高くないコアがこうして払い下げられているのだ。

 

 しかし、平時では払い下げられたからと言って、偵察班に回される理由はないが、何せニライカナイにぶつけるアラガミを捜索するために偵察班が必要なため、円滑にトラックが動けばそれに越したことはない。そう言った事情により、3機のトラック全てに対して定期的なコア補給が行われているのであった。

 

「ん……?」

 

『……………………ッ!?』

 

 するとコア補給を終えた直後、突如としてトラックがガタガタと独りでに震え始めた。彼は地震でも起きたのではないかとまず考えたが、明らかに様子が可笑しいのはトラックのみである。

 

 その上、装甲の表面に亀裂が走り、金属が軋む異音を立てながらコンテナ内部を中心に異様な膨張を見せつつ、亀裂が走った装甲が徐々に砕けていくと共に、車体が芋虫が仰け反るようにへし曲がった。

 

「お、おい……どうした大丈――うわぁぁ!?」

 

『――――――――――』

 

 トラックの異様な様子を心配した瞬間、トラックは輝かしい閃光を放つと共に車体が爆発四散し、その中から飛び出した何らかの塊が彼にぶつかりそのまま後方に転倒する。

 

 そして、目を開けつつ自分に覆い被さったそこそこ重たい何かを払い除けようとし――女性の身体のように柔らかい何かに触れたことに気づく。

 

 その感触に驚き、それに目を凝らすと、そこには黒いビキニのような下着を纏い、非常に丈の短いレザージャケットを着て、長い白髪をツインテールに纏めた女性の姿がある。

 

『ン……』

 

 女性は彼がかつて目にしたニライカナイの女性体のように白い肌をしており、人と機械が混じったようなか細い女性の声と共に瞳が開かれる。彼と自然を交えたその瞳は淡く光る赤色を宿していた。また、その顔立ちは気の強さを感じさせ、蛇のように攻撃的だとさえ思えることであろう。

 

 彼の上に乗りながらパチパチと何度か瞬きをしている女性は、大きく目を見開いており、ふとした瞬間に視線を自分自身の身体に向ける。そして、少し身体を起こすと胴や足を見回してから、黒いアームと砲搭が一体化したような両手を何度か開閉していた。さながらそれは己の身体を確かめているように見える。

 

『ネェ……アナタ?』

 

「あ、ああ……?」

 

 身体から彼に視線を戻した彼女はポツリと彼を呼ぶ。そんな様子の彼女は少し悪戯っぽい柔和な笑みを浮かべており、彼にはまるで女神のようにさえ思えた。

 

『ワタシ……キレイ……?』

 

 そして、彼女から呟かれた言葉はその感情を見透かされたように思えて彼は口ごもる。しかし、彼女は彼の言葉を待っていたため、何とか一言だけ呟いた言葉は"綺麗だ"という酷く簡素で当たり障りのないものであった。

 

『ウフッ……ウフフ……ソウ……ソウナノネ』

 

 しかし、それにも関わらず、彼女の表情は安堵と喜びに染まり、まるで花が咲くように優しげで嬉しげに彼は思え、何故か愛しさすら覚える。

 

『……ジャア、写真撮ル?』

 

 彼女はそう言って彼に身を預けるようにもたれ掛かり、頬に軽くキスをする。そんな彼女を更に愛しく思った彼はそっと彼女を抱き締めてみるが、それに対して彼女は嬉しげに目を細め、より彼に全身で触れた。

 

 彼は彼女が何故このようなことをするのか考え――トラックの写真は一枚も撮っていなかったことに思い当たり、失敗と申し訳なさを感じると共に、それ以上の愛らしさを覚えるのであった。

 

 

 

 

 







1号機は南方棲鬼入りとなっております(メロンパン入り並みの感想)


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鬼娘




感想などありがとうございます。全て楽しみに目を通しております。

後、へんなものを食べてこの小説を更新するモチベーションがマシマシなので初投稿です。





 

 

 

 

 

『………………』

 

『………………』

 

『………………』

 

 アリサちゃんと共に、私は開発部が置かれた区画まで来ていた。件の3体のテスカトリポカ――いや、テスカトリポカだった彼女らはどうやらそこで大人しくしているらしい。

 

 ちなみに私は"さるぼぼ"のぬいぐるみのように小さく軽く柔らかい男性体をアリサちゃんの肩に乗せて来ているため、普通に視界はある上、耳打ちして会話も出来る。いつもの女性体の方はお部屋でお留守番だ。無論、どちらも私で同時に操作しているため、我ながら無駄に便利な身体になったものである。

 

「うわぁ……何ですかあれ……。こんなのどうやって隠蔽すれば……」

 

 アリサちゃんが目眩を覚えたような様子になりつつもまず目を向けたのは、"1号機"と書かれた貼り紙の前におり、黒いビキニのような下着を纏い、非常に丈の短いレザージャケットを着て、長い白髪をツインテールに纏めた深海棲艦――"南方棲鬼"。アーケードだとオラオラしている攻撃が印象的である。

 

 続いて隣に目を向けると、"2号機"と書かれた貼り紙の前におり、非常に長い白髪をしてウサミミのような黒いカチューシャを着け、肩が出てスカートと一体化したボディスーツのようなものを着た深海棲艦――"泊地棲鬼"。アーケードだとやたらデカいことが印象的である。

 

 そして、最後にその更なる隣で"3号機"と書かれた貼り紙の前におり、白髪をポニーテールに纏めて、ノースリーブで丈が短く黒いセーラー服を着た深海棲艦――"装甲空母鬼"。アーケードだとまだ影が濃いことが印象的である。

 

 そんなドイツもコイツもやたらに扇情的だったり、布の面積が偉く少ない彼女らは、どういうわけかちょこんと床に並んで座り込んでおり、正座のまま静かにしていた。

 

 また、何故か艤装は装備していないようで、一見したところではただの女性アラガミにしか見えない。

 

『――――ッ!』

 

『――――ッ!』

 

『――――ッ!』

 

「うわぁ!?」

 

『中身変ワッテナイワネ……』

 

 すると3体……いや、3人はアリサちゃん肩にいる私を視認した瞬間、正座したままの姿勢で綺麗に揃った敬礼をして来る。どうやら中身はテスカトリポカの頃と大差ないらしいことは一安心であろう。

 

 しかし、既に開発部や偵察班からかなりの人間の野次馬に遠巻きで囲まれており、はっきり言って隠蔽は既に不可能なことは明白と言える。

 

「あっ! 博士からの使いかな!」

 

 すると明るい声が掛けられ、アリサちゃんがそちらに向いたため私の視界も彼女を映す。

 

 それは黒緑の作業ズボンに白のノースリーブのタンクトップという、相変わらず女っ気の欠片もないにも関わらず、大きなお友達には大人気の女性神機技術者――楠リッカちゃんであった。

 

「リ、リッカさん……これはその……」

 

「そうだ! ホントこの子達凄いんだよっ! 君たちまたあれやってよー!」

 

 そうリッカちゃんが言うと、元テスカトリポカ達は顔を見合わせた。そして、正座の姿勢から立ちがると、それぞれが少し距離を取る。

 

 その直後、開発部の別区画から捕食形態の神機と青い白い手足と黒い鋼を合わせた戦艦水鬼()の男性体に似た存在――南方棲戦鬼、泊地棲鬼、装甲空母鬼の艤装が彼女らの目の前までノシノシと歩いて来た。どうやら南方棲鬼ではなく、南方棲戦鬼だったらしい。紛らわしい。

 

 そして、彼女らはその場で跳躍すると上から一直線にそれぞれの艤装に下半身を埋めて乗り込んで……。

 

 

 ――ブッピガン!――

 

 

 なんだか今なんか絶対に妙な音がした気がするが、兎も角アーケードで見慣れた南方棲戦鬼、泊地棲鬼、装甲空母鬼の姿と化した3人がそこにいた。よく見ればキチンと、1~3号機とそれぞれ書かれた紙を持っている。

 

「いやー、あれで神機なんだから本当にスゴいよ!」

 

 するとリッカちゃんは3人の中でも一際大きな艤装を持ち、巨大なカノン砲を備える泊地棲鬼に近寄り、その艤装を撫でていた。撫でられている方は触れられた瞬間、少しだけぷるっと身を震わせたが、その後は大人しくしている。どうやら私と同じく感覚も共有しているようだ。

 

「神機……?」

 

「うん、何せ下半身のあれは丸々全部ほぼ神機だからね。やっぱり博士はスゴいよ」

 

「は……?」

 

「えっ、だってどうせ博士の思い付きじゃないの?」

 

 そういうリッカちゃんの表情は一切の余念の無い様子であり、小首を傾げる様にはどこにもアラガミのような姿への驚きや畏怖はない。

 

 まあ、彼女に関しては元々そういう気質だった気もするが、周囲に集まる他の人々には少なからず、そのような表情が見え隠れしているため、それだけで押し通すのは流石に限度が――。

 

 

「そこからは私が説明しよう」

 

 

 するといつものように笑みを浮かべたサカキ博士がこの場に現れ、周囲のざわつきが一斉に止んだ。見ればやや疲れた顔をしたアヤメちゃんが後方に控えており、短時間で博士が何か仕込んだに違いないと確信する。

 

「すまないね皆。少し名前を考えるのに時間が掛かってしまってね」

 

 そう言いつつサカキ博士はテスカトリポカ1号機こと南方棲棲鬼の目前に近寄り、その掌を向けて示す。

 

「まず君は"ユピテル"」 

 

 それからテスカトリポカ2号機こと泊地棲鬼まで移動するとまた手で指し示す。

 

「お次の君は"ユーノー"」

 

 最後に残った装甲空母鬼の前まで来ると、やはり手で指し示しながらサカキ博士は口を開く。

 

「最後に"ミネルヴァ"。どうだい? 中々悪くないと思うんだけれど。カピトリヌスの三神は、ローマ市のカピトーリウムの丘上のユピテル神殿に祀られた三柱一組の国家神だね。それらのように今や国に等しいこのフェンリル極東支部を護って欲しいという願いを込めてみた」

 

 周りの人間は博士の奇行と言葉に着いていけていない様子である。そう言う私も察しはしたが、まさか私がなんの提案や素振りをせずともそのような行動に走ったことに面を食らっていた。

 

「さて、フェンリル極致化技術開発局ことフライヤで研究開発されている対アラガミ用無人兵器の存在は、あちらの宣伝もあり、君らも知るところだろう。私からしても大変興味深い研究だ。そして、畑は違えど研究者としてフライヤが、神機兵の無人制御システムの完成が難航していることは知っているかね?」

 

 余りに自信と当然に満ちた様子で、周囲の人々に語り掛ける博士の姿は研究者というよりも煽動者のそれに私には見え、何とも言えない気分になる。

 

「そのため、私なりに人間を伴わない答えを用意してみたんだ。何せ幸いにもこの極東支部には神機を造る過程で生まれた様々な大型試作神機や、シックザール前支部長の研究の数々、そして……ニライカナイがある」

 

 その言葉に集まっている人々がざわめき始める。また、ちらほらと"また思い付きか"やら、"博士ならやりそう"と言った意見が交わされているのが耳に入った。

 

「つまり、彼女らは最近入手したニライカナイが形成する不完全なコアを試作神機を組み合わせてあのトラックを形成し、繭の役割をしたそれを成長……すなわち羽化させることで今の姿になったんだ。つまり彼女らは私考案でニライカナイがベースの神機兵だね。まあ、ちょっと人間っぽかったり喋ったりするようだけれどそこはご愛敬さ。皆、私の研究にご協力感謝するよ」

 

 そして、全く悪びれる素振りすらなくサカキ博士はそう言い切った。その清々しいまでの開き直り方に偵察班や開発部の方々は目を点にする。

 

 こ、この人……ゴリ押す気だ……。真っ正面から問題を己の他者認識のみで撥ね飛ばす気でいやがる……!? そこにシビれる! あこがれるゥ! 

 

「ああ、彼女らの処遇だけれど、扱いとしては私の研究室預りの偵察班、及び開発部の職員兼移動手段として今は当てて置くから、これまで通りの偵察任務に当てて貰っても構わないからね?」

 

 そんなことを博士は言うが、流石に今の彼女らを偵察任務のトラック代わりにしたいと名乗り出る人間は居ないようで、"また、博士のいつもの奴か"等と言われつつ部署の人間は仕事に戻るため徐々に解散して行った。

 

 納得はあまりしていない様子ではあるが、事態はほぼ収まったと言っても過言ではないだろう。いや、一種の諦めに近いのかもしれない。まあ、実際どれだけオーパーツなモノが造られても、サカキ博士がやったというだけで仕方ないと思えてしまうのは私から見ても否めないかも知れない。

 

「とりあえず、1人は研究用……もとい検査をしたいから私と一緒にミネルヴァくんは来て貰えないかい?」

 

『――――――――!』

 

 博士に呼ばれた装甲空母鬼(ミネルヴァ)ちゃんは、ノシノシと艤装の手足を駆動させて博士に着いて行き、そのまま踵を返した博士は、アヤメちゃんとミネルヴァちゃんと共に貨物エレベーターに乗り込むと、最後にこちらに笑みを浮かべながら手を振っていなくなった。

 

 後に残されたのは、嵐が過ぎ去った後の清々しいまでの陽気のように何もかもがどうでもよくなる感覚であろう。事実として、この頃には既に集まっていた者は粗方解散し切っている。

 

「収拾してしまいました……」

 

『スゲー』

 

「まあ、博士が突拍子もないことしてるのはいつもの事だからねー。最近は何故かあんまり開発部に来ないから振り回される事も減ったけれど、開発部(うち)は慣れっこさ。それに今の開発部には前支部長のアルダノーヴァの製作に関わってたような技術者もいるからねぇ。大体の事には寛容というかなんというか」

 

 何してんだよサカキ博士……。いや、確かに初恋ジュースでゴッドイーターを振り回した件が氷山の一角だというのならば、研究区画や開発部の方はもっと凄まじいことになっているんだろうな……。

 

「で? それでなんだけどさー」

 

「あっ」

 

 すると何故か隣にいたリッカちゃんはさるぼぼ化している私を抱き上げた。背中に氷を入れられた気分である。

 

「うーん、やっぱり君見覚えがあるね。確か……前はキグルミさんの肩に乗ってなかったっけ? 最近のゴッドイーターの間ではこういうのが流行りなの?」

 

「あっ……ああっ!? ちょっとリッカさん! そんなに振り回さないでください!?」

 

「うりうりー!」

 

『――――――――』

 

 わしゃわしゃと私を少し雑に撫で、くるくるとその場で回りつつ、可愛らしい笑みと興味に溢れた表情のリッカちゃんを眺め、石のように固まった私は冷や汗を流しつつ脳裏に"魔女の宅急便のジジはこんな気持ちだったのか……"と下らないことを考えていた。

 

 ふと回転する景色に泊地棲鬼(ユーノー)ちゃんがあわあわした様子でこちらを見ており、南方棲戦鬼(ユピテル)ちゃんがいつの間にか近くにいる男性と嬉しげに頬を朱に染めて談笑している気がしたが、今は意識を向けないことにする。

 

「まあ、いいや。博士が何か隠してるなんていつもの事だしねー。ひょっとして君も博士の発明か何かだったりするの?」

 

 ごめんなさい……ほぼ元凶なんです……。という言葉を私は飲み込み、アリサちゃんに返却されるまでぬいぐるみプレイに全力を注いでいた。

 

「よーし! えーと……ユピテルは取り込み中みたいだから……ユーノーだったね! 君の神機を解析したいから一緒に来てくれない!?」

 

『………………エエ』

 

 少しだけ考えた様子のユーノーちゃんであったが、スパナ片手のリッカちゃんのキラキラした目とふんすっ!と擬音の付きそうな表情には勝てなかった様で、それだけ呟いて彼女と共に艤装ごとノシノシとした足取りで何処かへと去っていく。きっと私だってそうする。

 

『アラ? ワタシヲヒキトルツモリ? モノアツカイジャナイ? マア、ウレシイ……ウフフ』

 

 そして、最後に残ったユピテルちゃんはどうするか目を向けると、いつの間にか艤装から離脱しており、さっき話していた男性に連れられて何処かへ去っていくところであった。また、艤装は独りでに動いて元々、トラックとしてあった位置に向かって行っているようだ。

 

 なんだか、子供が独り立ちして行ってしまったような複雑な感情と後ろ髪を引かれるような感覚を覚えるのは一体なんなのであろうか。

 

「帰りますかカナさん……」

 

『ウン……』

 

 何もしていないにも関わらず、なんだか凄まじく疲れた気がすると思っていると、アリサちゃんもとてつもなく疲れたような表情をしていた。どうやら私の心労が気のせいではなかった事と、共感できる相手が居ただけでも良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞いてくださいよカナさーん……! ――――がですねー!」

 

『ソウナノ、アナタモ大変ネェ……』

 

「あぅ?」

 

 テスカトリポカ騒動から約1週間後。何故か私は忙しい合間を縫って会いに来たアリサちゃんから、彼女がお熱な前作主人公の愚痴を山ほど聞いている。酒でも飲んでいるのではないかと疑問に思うほどのダル絡みであった。

 

 どうやらやはりいるらしいのだが、元々クレイドルに所属していたり、遠征任務や他支部への一時的な派遣等で中々戻って来ず、帰って来ても反応が淡白なのがお気に召さないらしい。いや、淡白というよりも誰にでも優しいのであり、それは美徳ではあるが、誰にでもというところが気に入らず、自身をもっと見て貰いたいと思う一方で、そんな自分を嫌いになりそうにもなるという。ここ5分間の話の内容をまとめただけでもこれである。

 

 恋する乙女は強いなぁ……。こっちはもう胸焼けしそうなほど砂糖でお腹いっぱいなんだが……。チョビちゃんもそうだよねー、そんな腕の中で可愛くしちゃってもう……。

 

 ちなみにテスカトリポカたちの今の話をすると、南方棲戦鬼ことユピテルちゃんはとある一般人男性のフェンリル内居住区に転がり込んでいるらしく、彼をバイクで二人乗りするように自身と艤装の間に乗せて偵察任務に行っているらしい。そして、泊地棲鬼ことユーノーちゃんはリッカちゃんに色々まさぐられた後、彼女の助手として技術者見習いとしても働いているとのことである。最後に装甲空母鬼ことミネルヴァちゃんなのだが、彼女はカグラちゃんと同様に博士の助手をしている。三者ともそれぞれ違う道を歩み出したようだが、健在なようで何よりであろう。

 

『ソレニシテモナンデ私ナンカヲ相談相手ニシテイルノカシラ?』

 

「なんかじゃないですよ。カナさんはなんというかその……こんなこと言ったら失礼かも知れませんが、お姉さんというか……"母親"ですかね? 兎に角そんな感じで何でも話せちゃうんです」

 

 アリサちゃんは"カナさんなら口も硬いので誰にも広まる事もありませんし"とも付け足したが、彼女に母親のようと言われてしまえば私も弱い。特に両親の死のトラウマのあった彼女に母親のように話せてしまうなどと言われてしまえば、止めて欲しいと一瞬でも考えた己を恥じるというものだ。

 

 するとドアをノックする音が聞こえたため、アリサちゃんは会話を止めてしゃんとし、私も居住まいを正す。するとサカキ博士が入って来た。

 

「失礼するよカナくん。実は君宛に他の研究機関から小包が届いていてね」

 

『私宛ニ?』

 

「え……それってあり得ないですよね……?」

 

 アリサちゃんの言うことはもっともだ。極東支部に来るまで、私はいつ他のゴッドイーターに殺されても後腐れしないように傲慢で残酷なアラガミのニライカナイを演じてきた。

 

 そのため、私を知る人間など極東支部に現在いる人間を除けば誰1人として居ないはずであり、他のフェンリルに送ったあのような資料映像を見たからと言って、贈り物をするような世紀末的阿呆など――。

 

『……………………ア゛ァー』

 

「えっ……思い当たる節があるんですか――って何ですかそのものスッゴく嫌そうな顔!?」

 

 居たなぁ……というか直接的な面識はないが、既に私のことを勝手に知っていそうな"人間のようなもの"に心当たりが多分にある。むしろ、外れていて欲しいのだが、博士の何とも言えない表情を見る限り、恐らく予想は的中していると思われる。

 

「私の研究室倉庫に運び込んで置いたから……ちょっと見てくれないかい?」

 

『ワカッタワ……。ゴメンネ、アリサチャン。コノ案件ハ一旦博士ト私デ預カルワ。チョビチャント待ッテテクレナイカシラ?』

 

「はい……わかりました。いつか話してくれますか?」

 

『エエ、遠クナイ内ニ話ス事ニナルト思ウワ』

 

 アリサちゃんにチョビちゃんを預けた後、とてつもなく気が進まないが、サカキ博士の言うとおり倉庫へと向かった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 そこには小包というにはあまりにも巨大で縦に細長い形の何かに黒い布が掛けられているものが鎮座していた。明らかに異質過ぎる物体であることは間違いない。

 

 そして、その覆いを取り去ると――そこには黒い柄に銀の刀身を持ち、黄色いラインの入った"神機兵用の長刀"のようなものであった。よく見ると神機兵のそれよりも一回りか二回り巨大で、柄の部分がより長くなっているため、私の男性体に持たせる為の小癪な配慮まで感じられる。

 

『一応、聞キタインダケレド送ラレテ来タ場所ハ?』

 

「フェンリル極致化技術開発局、開発室だね。ふむ……君が異様なまでに()()を危惧していた理由が私もようやくわかったよ」

 

 そう言って博士は眼鏡を直しつつ、懐から一枚の手紙を取り出す。それは宛名が博士になっているため、既に封は開いているが、それ以上に真っ白な洋封筒に少し可愛らしいシールで止めてあるだけという簡素ながら少女が選んだような見た目が目を引く。

 

 そして、私は手紙を取り出して目を落とした。

 

 

 

 

ニライカナイ様へ

 

 今晩はまだ寒さが残っておりますが、お元気でお過ごしのことと存じます。

 まずは無礼のほどをお許しください。先日の資料映像を拝見し、感極まったため手紙にてお礼を申し上げることにいたしました。映像はとても良い内容で、沢山のアラガミを薙ぎ倒す姿に恥ずかしながら興奮を覚えてしまいました。

 素晴らしい映像を拝見させていただき、感謝の限りでございます。書面でのお礼だけでは足りないと思い、開発中の神機兵用武装を貴女に馴染むようにして同封いたしました。僭越ながらもしよろしければお使いください。

 

   P.S. プライベートなことなのでこちらに載せましたが、ご出産おめでとうございます。それと顔合わせも兼ねて、いつか二人っきりでお茶会などをいたしませんか? お返事を心待ちにしていますわ。

 

 

      フェンリル極致化技術開発局 副開発室長

      "ラケル・クラウディウス"

 

 

 

 

 ……………………………………なにこれ怖い……。

 

 

マジ震エテキヤガッタ(マジ震えてきやがった)……怖イデス(・・・怖いです)

 

「私、自分自身のことを正気や正常な人間だと当て嵌めたことはあまりなかったが、彼女に比べると私なんてまだまだ人間なようだね」

 

 これあれか……ヤクザが封筒にドスを入れて送り付けるラケルてんてー版かな? その上、二人っきりのお茶会のお誘いまで取り付けようとしてるねー! アハハハハ!

 

『博士ボスケテ……』

 

「やれるだけはやるけれど、あまり期待はしない方がいいかもしれないね。少なくとも彼女の情報収集能力……あるいは目や耳は人智を超えているらしい」

 

 私はまだシナリオ上はゴッドイーター2の欠片も始まっていない状態で、早速お人形遊び大好きラケルてんてーに最低でも出産以前から目を付けられていたことに頭を抱えた。

 

 え? 私、こんな明らかにヤバい奴を救う気なの? デジマ?

 

 

 

 

 

 







ユピテル→南方棲戦鬼

ユーノー→泊地棲鬼

ミネルヴァ→装甲空母鬼

ラケル・クラウディウス→鬼子母神


よし、全部鬼娘だからタイトル回収だな!(迫真)





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ヲ姉さん


前回までのあらすじ


…………………………。
……………………。
………………。
…………。
……。


本編を忘れました(震え声)







 

 

 

 

 

 

 フェンリル極東支部の郊外から少し時間を掛ければ足で行ける程度の距離にある郊外の一角。

 

 そこは幾らか原形を留めた廃屋が点々と建ち並び、風化して砕けた用水路が川として機能している住宅地跡であり、緑が生い茂るばかりで既に資源の欠片もない場所であった。

 

「お花どこだろう……?」

 

 そこを齢一桁程の少女が、辺りを見回しながら歩いており、傍から見れば彼女の期待に満ちた屈託のない笑みに癒やされるような光景であろう。

 

 ただ、問題は今の時代は半世紀以上前の平和な時代ではなく、そこら中に何もかもを喰らうアラガミが闊歩しており、少女はサテライト拠点の難民キャンプから一人で来たという事であろう。

 

 アラガミに対する守りが世界有数であるフェンリル極東支部のサテライトで生まれた彼女は、アラガミというものが話の中の怖い怪物であるという程度でしか知らず、診療所で見掛けた写真に写っていた"花"というものに興味を示してしまったのが運の尽きと言える。

 

 母親の誕生日に特別な何かを贈りたいと考えた少女は、外にある花という物を摘みに出てしまったのだ。

 

 サテライトへの戻り方も考えていない彼女は、体力と好奇心の続く限り何も疑問に思うことなく、外の世界を歩み続ける。

 

「わぁ……!」

 

 そして、奇しくもアラガミに一度も出会う事の無かった少女は、川辺りに群生しているツユクサという青い花々を見付けたのだった。

 

 それらに駆け寄り、写真で見たものとはやや異なるが、それでも尚美しいそれらを見据え、母が喜ぶ顔を思い浮かべ――。

 

 

『■■■■――……』

 

 

 獣が唸る声が聞こえ、少女が振り返るとそこにはマント状の赤い(たてがみ)を持つ四足歩行のアラガミ――ヴァジュラの姿があった。

 

 少女を追っていたのか、偶々水を飲みに来た序でに見つかったのかは分からないが、少なくとも笑うように薄く開かれた口から覗く鋭利な牙を見れば、それが彼女をどうするのかは手に取るように分かるであろう。

 

「えっ……あっ…………ひ、ひぁ……」

 

 初めて見るアラガミというもの。オウガテイルやザイゴートですらゴッドイーターでも死傷者が出るというにも関わらず、巨体の体躯を持ち、殺す事に特化した生命のようなそれは、少女を本能から恐怖させるには余りにも十分過ぎた。

 

『■■――!』

 

 そして、獲物がゴッドイーターたちとは違い、抵抗すら出来ない矮小な存在である事に気付いたのか、ヴァジュラはひと鳴きすると歩くような足取りで少女へと近付く。

 

「いや……お母さ――」

 

 そして、少女が収まるような大口を開け、彼女を喰らおうとそのびっしりと並び立つ牙を見せ――。

 

『■■■……?』

 

 ガキンと、噛み千切り難い程硬い何かを噛んだ音と感触により、ヴァジュラは疑問符を浮かべながら少女を見据える。

 

 

 

 

 

「ヲっ」

 

 

 

 

 

 そこにはツユクサを足元に落としてへたり込む少女の間に割って入り、片腕をヴァジュラの口に差し込んで止めている無機質な表情のアラガミの姿があった。

 

 牙の生えた深海魚に砲身と触手を付けた大きな帽子のようなものを頭に乗せ、黒いマントを羽織り、黒いステッキのようなものを片手に持ち、白い肌と髪に青い目をした女性型のそれを少なくともヴァジュラはアラガミであると認識している。

 

 とは言え、アラガミ同士でも生態系があり、上位に位置するヴァジュラにとって刃向かってきた他のアラガミなど餌に等しい。

 

 そのまま、牙に力を入れると帽子のアラガミの腕は異音と共に深く損傷する。

 

「ヲっ」

 

『■■■■■■――ッ!?』

 

 しかし、それを全く意に介さない帽子のアラガミは、ステッキを落とすとヴァジュラの片目にもう片方の手を差し込む。

 

 そして、視神経ごとヴァジュラの片側の眼球が引き出されるのと、帽子のアラガミの片腕が二の腕から喰い千切られるのはほぼ同時であった。

 

 更にその直後、何かの駆動音が響き渡ると帽子のアラガミの帽子に付いた口から前衛的なデザインの黒い艦載機のようなものが幾つか飛び出す。

 

 そして、掃射と爆撃により、ゴッドイーターでも刃が立たない程硬い筈のヴァジュラの赤マントの大部分が、木っ端微塵に爆散した。

 

「…………(もぐもぐ)」

 

 引き抜いた眼球を帽子のアラガミが小さな口で咀嚼している様が、明らかにそれがアラガミであるという事を理解させる。

 

『■■■■■――ッ!』

 

「ヲー……」

 

 急いで飛び退いて距離を取り、威嚇と共に咆哮しつつ頭部の周囲に雷球を2つ発生させるヴァジュラ。

 

 それとは対象的に眼球を食べ終えた帽子のアラガミは、周囲に艦載機を展開しつつ、ステッキを拾い直しながら千切れた片腕を少し振るって状態を確認しているようであった。

 

 そんな帽子のアラガミにヴァジュラの雷球が砲弾のように幾つも殺到し――それらはオラクル刃によって容易く斬り伏せられて霧散する。

 

「ヲっ」

 

 見れば帽子のアラガミが手にしているステッキに纏うようにオラクル刃が形成されており、ゴッドイーターのペイジのようなショートブレードのような刺剣と化し、それを2度振るって迎撃していた。

 

『■■■■■■■――ッ!!』

 

 それを見たヴァジュラは間髪入れずに全身の至る所に雷球を出現させ、その数は十を優に超える。

 

 そして、それらはミサイルのように帽子のアラガミへと向かうが、対する彼女はステッキの石突を地面に突き立て、その瞬間にステッキは解けて大量の節へと変形し、握り手を除いて鞭のように変わった。

 

「ヲっ」

 

 そして、伸ばして振るわれた仕込み杖の鞭の節は、オラクル細胞によって物理法則を無視して20〜30mまで伸び、また全ての節にオラクル刃が纏わされている。

 

 結果として、さながらのたうつ蛇の意志が宿るようなソレは、異様な軌道を描きながら容易く全ての雷球を弾き落とした。

 

「お姉ちゃん……?」

 

「ヲっ!」

 

 そのまま、帽子のアラガミは、高いヒールと長いブーツが組み合わさったような細く女性的でしなやかな足を動かし、背後にいる不安げに声を上げる少女を更に庇うようにステッキを構え直す。

 

 心なしか無機質な表情に微かな意思が宿ったように思える。

 

『■■■■――■■■――ッ!?』

 

 その様子にヴァジュラは警戒を強めた直後、自身の腹部が何かに貫き穿たれた事に気付き、痛みとも怒りとも取れる絶叫を上げる。

 

 腹部にはヴァジュラの真下の地面から生えた白い触手が背中まで突き抜けており、それの出処は帽子のアラガミの帽子に付いた大きな二本の触手が、彼女の足下の地面に突き立てられている事から想像出来るであろう。

 

 更に帽子のアラガミは、帽子についた砲身で砲撃し、艦載機を飛ばして再びヴァジュラに爆撃と銃弾の雨が襲う。

 

 そして、最後にその身に宿る心臓部を帽子のアラガミのステッキの切っ先が刺し貫いた。

 

『■■■…………』

 

 それによって至る所が吹き飛んだ上、全身が穴だらけになったヴァジュラは、少しだけ佇んでいたが、やがて力なく地面に崩れ落ちると二度と動かなくなった。

 

「ヲー」

 

 すると帽子のアラガミは、調子外れな無表情と抑揚の薄い声を出しつつ勝鬨を上げるようにステッキを掲げ、それが終わると直ぐに彼女は少女の方へと向き合い、腰を落とすと少女と同じ目線になり、ぼんやりと青く光る瞳で見つめる。

 

 そして、ステッキを静かに落とすと片手を地面に伸ばし、少女が足元に落としていたツユクサを拾い上げると、それを彼女へとそっと差し出す。

 

「ありがとう……」

 

「ヲっ」

 

 受け取るのを見届けた帽子のアラガミは少女の頭に片手を置き、そのままゆっくりと撫で始めた。

 

「お姉ちゃん手が……!」

 

「ヲ……?」

 

 少女に言われ、帽子のアラガミは思い出したかのように二の腕から食い千切られた片腕に目を向ける。

 

「………………ヲー」

 

 暫く腕を見つめてひと鳴きした後、帽子のアラガミはヴァジュラの死骸へと向かうと、帽子に生えた触手を伸ばしてヴァジュラの口を抉じ開けた。更にその口内に片腕を肩ごと突っ込む。

 

 そして、中から引き抜かれた腕には喰われた彼女自身の片腕が握られており、濡れた雨傘から露を払うように二三度振るうと、断面に熱い飲み物でも冷ますように息を吹き掛ける。

 

 それが終わると最後に二の腕の断面と取れた腕の切断面をくっつけて見せた。

 

「ヲっ」

 

「くっついた……!」

 

 少女を安心させるようにグーパーを交互に繰り返しながら小さく手を振るう。

 

「ヲ、ヲ……ヲっ」

 

「……?」

 

 すると帽子のアラガミは手を後ろ手に回し、帽子から生える触手が何かをそこに手渡す。

 

「ヲー」

 

「わぁっ……! お花のかんむり!」

 

 そして、手を前に出すとそこには花で出来た冠があり、それを少女の頭にそっと乗せる。

 

「くれるの!?」

 

「ヲっ」

 

「ありがとう! じゃあ、あげるね!」

 

「ヲ?」

 

 すると少女は自身が持っていた一輪のツユクサを帽子のアラガミの髪に挿し、彼女はそれを不思議そうに指でつついていた。

 

「お姉ちゃんきれいっ!」

 

「…………」

 

 喜ぶ少女を眺める帽子のアラガミの表情は相変わらずの無表情ながら何処か優しげに見え――体内のレーダーが"数体のヴァジュラ"の接近を認識した事で再び無機質な表情へと戻った。

 

「ヲ……」

 

「どうしたの?」

 

 帽子のアラガミは花の冠にご満悦な少女に、再び背を向けて歩き出し、その途中で帽子に付いた砲塔を上方へと向けて発射し、赤く丸い花火のような光が真昼の空で輝く。

 

 目を丸くする少女には、帽子のアラガミが纏うマントに描かれた"フェンリルのエンブレム"と――。

 

 

 

 

 

 "深海棲艦"と銘のある金属プレートと、"空母ヲ級"という刺繍文字に似たモノが酷く印象に残った。

 

 

 

 

 

「ヲー?」

 

「わっ……!」

 

 すると少女の後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、そちらへ振り向くと帽子のアラガミ――空母ヲ級と全く同じ容姿と装備をした個体が現れ、少女を気遣うように一礼や声を掛けてから少女を助けた個体と合流する。

 

「お姉ちゃんいっぱい……!」

 

「ヲっ」

 

「ヲー」

 

 更にわらわらと様々なところから空母ヲ級という個体群が集まり、少女を助けた個体を先頭に6体が並ぶ。

 

「ヲ……!」

 

「ヲっ!」

 

 そして、前衛の3体と後衛の3体に別れ、前衛はステッキと触手をそれぞれ構え、後衛は大量の艦載機を帽子から吐き出す。

 

 その直後、殺到して来たヴァジュラの群れとヲ級の隊列が衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヲっ」

 

「ありがとうございます……!」

 

 ヴァジュラとの衝突から約一時間後、フェンリル極東支部のサテライト拠点の外れで少女は母親に抱き締めされており、髪にツユクサを挿したヲ級は手をひらひらと振って会釈していた。

 

 よく見ればヲ級の触手の一本の先がチリチリになっており、戦闘が苛烈であった事を物語るが、相変わらずの無表情な表情からは特に伺えないだろう。

 

 また、少女には花の首飾りやブレスレットなどの花飾りがされており、それは"6箇所"に付いている。

 

 ヲ級は踵を返して外の世界へと戻ろうと一歩踏み出し、その時にマントを弱く引かれている事に気付き、足を止めて振り向いた。

 

「お姉ちゃん……」

 

「ヲっ?」

 

「また会える……?」

 

「…………ヲっ!」

 

 自分の口角を両手の人差し指で押し上げて笑ったようにする。

 

 そして、それに釣られて笑顔になった少女を背にし、フェンリルのエンブレムが刻まれたマントを棚引かせながら再びアラガミの生きる外の世界へと帰って行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヲっ」

 

「あっ、お姉ちゃん!」

 

 約束した通り、きっちりとヲ級は少女の家に遊びに来ていた。

 

 ちなみに何故か全く萎れず枯れないツユクサを髪に挿したままであり、それは少女が付けている花飾りも同様である。

 

「えへへっ……お姉ちゃんだいすき!」

 

「ヲー」

 

 更に蛇足だが、このアラガミに価値観やら何やら色々と破壊されたこの少女が、十年ほど経ってこのヲ級と共に活動するゴッドイーターとなるのは、もう少し先のお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ……だいぶ、カナ君が生態系に刻まれて来たねぇ……」

 

『ソコハ"隠シ切レナクナッテ来タ"トカ言ウ場面ジャナイノカシラ?』

 

 ラケル・クラウディウスからの贈り物を受け取ってから少し経った頃――。

 

 現在、フェンリル極東支部のラボラトリ区画にて、ペイラー・榊と白衣に眼鏡姿のニライカナイは、極東周辺の分布図を液晶画面に出力し、既に100以上の点が確認出来る事を確認し、呆れるニライカナイとは対象的にサカキ博士は明らかに楽し気であった。

 

 これは"深海棲艦"という神機兵の亜種の"空母ヲ級"というモデルの分布図を示すものである。

 

 詳しく言えば、フェンリル創設者の一人であるペイラー・榊が、第一種接触禁忌種ニライカナイのオラクル細胞を用いて実験開発中の神機兵の亜種となっており、最早女性体部分は90%以上アラガミで構成されているという専門家が頭を抱えるブラックボックスかつオーパーツ――ということに対外的にはなっていた。

 

「お前ら何してんだ……」

 

「いい質問だね。なに大したことじゃないよ。行儀よくする事も穏便に事を進める必要もないって事にこの前気付かされただけさ」

 

てんてー(テンテー)ノセイデ博士ガ開キ直ッチャッタノヨ』

 

 そして、意味の分からない回答をする二人の奇天烈な研究の内容を知るために定期的に足を運んでいるソーマ・シックザールは、現在頭を抱えている様子であった。

 

 と言うのも前回足を運んだ時から爆発的な進展があったらしく、極東支部製亜種神機兵という訳のわからない物体をいつの間にか製造しており、それを試験運用し始め、極東支部に知れ渡った段階でソーマが二人を問い詰めた結果がこれである。

 

 そもそも深海棲艦とは、神機兵などではなく、未完成の第三のノヴァであるニライカナイが直接造るあるいは彼女のオラクル細胞で造られたモノ。また、空母ヲ級は深海棲艦としては最初に造られ、ヴァジュラ種相当に当たる存在。つまりはただの人造アラガミであり、それに大層な名前とフェンリルの証をつけただけというあまりにも大胆過ぎる凶行であった。

 

 ちなみに無論、全てがソーマの妹に当たる。

 

「どう見てもマトモな研究に見えないだろうが……」

 

 そして、無論その発生源は極東支部のラボラトリ区画であり、ペイラー・榊の研究室の奥に位置する区画のひとつにて、ソーマの眼前には人型の存在が入った黒い繭のような物体が所狭しと葡萄の房のように並んでいた。

 

 黒い繭は、その満たされた中身がぼんやりと青い機械的な発光しており、その中心に浮かんでシルエットのみ確認出来る人型アラガミが呼吸する度に繭全体が静かに脈動し、それが数十以上存在するため、研究室は機械と生物を融合させた巣窟のような異様な様相を呈している。

 

 更にそれぞれの繭から天井へ向けて伸びる一本の黒い管はさながら長過ぎる人間の脊髄のように見え、繭が床や壁に設置しているところからクモの巣状に伸びている赤黒い管はまるで人間の大動脈そのものに見える質感をしていた。

 

 眠りながら細胞を構築している繭の中身に刺激を与えないように最小限の灯りしか研究室内にはなく、それが更に狂気と冒涜を演出し、何も知らない人間が見れば極東支部の闇等と一言で切り捨てられるような空間である。

 

『コレ、スッゴイ悪イ奴ガヤル事ジャナイカシラ……?』

 

「フェンリルなんて組織そのものが似たようなものだよ?」

 

『"マッドサイエンティスト"ニ"力"ト大義名分ヲ与エテシマッタワ……』

 

 実際のところ研究は誰一人として犠牲者を出しておらず、確かに道徳心に則ってはいたが、基本的にサカキ博士は善良なだけのマッドサイエンティストであり、ニライカナイは悪意で構成されて狂気で彩られた身体が何故かマスコットのような挙動をしているバグなのが如実に現れていると言えるだろう。

 

 要するにペイラー・榊とニライカナイ(コイツら)は人道や倫理観がまるで無いのだ。

 

 ちなみにアイーシャ・ゴーシュとして覚醒したニライカナイは、当然ながらアラガミの研究者としてのアイーシャの全てを有しているため、極東支部でサカキ博士に次ぐほど優秀な研究者でもある。

 

 そのため、サカキ博士が悪の研究者ならば、彼と共に自分で自分を研究し、その成果を極東支部周辺にばら撒いているため、彼女はマッチポンプどころか諸悪の根源も良いところであった。

 

「ヲっ!」

 

『アッ、マタ生マレタワ。ウフッ……ウフフフ……オハヨウ、私ノ愛シイ()……!』

 

「ヲ〜」

 

「カナ君も大分エイリアンの女王とかみたいだよ?」

 

『"アラガミ"ナンダカラ元々似タヨウナモノデショ?』

 

 ニライカナイは繭を破って出て来た一体の空母ヲ級を抱擁して猫可愛がりしており、その光景だけを切り取れば、完全に侵略者のクィーンであろう。

 

「ヲっ」

「ヲー?」

 

(コイツらどっちもどっちだろ……)

 

「ヲ……」

「ヲー!」

 

 ソーマはそんな事を考えつつもアラガミ研究としては、世界最先端どころか異次元レベルの技術により、確かな成果を極東支部にもたらしている事もあり、人道的に逸脱しないように釘を刺しておく程度しか出来ず、日に日に増えて行く妹達に囲まれるばかりである。

 

 こうして人間とアラガミの研究者二人の計画は、全く水面下で行われる事なく、大々的にぶち撒けられているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レっ」

 

「おや? カナくん、色々弄ったり試していたら違う鳴き声の子が生まれたよ?」

 

『ワァ…………ァ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








〜 用語集 〜

・深海棲艦
 深海魚や触手を持つ海洋生物に似た要素と、軍艦を象ったような装備をし、さながら水に纏わる妖怪の水鬼のように亡霊のような女性型の外見をした自律型人造神機たちの総称。
 表向きにはフェンリル創設者の一人であるペイラー・榊が、第一種接触禁忌種ニライカナイのオラクル細胞を用いて開発中の神機兵の亜種となっており、最早女性体部分は90%以上アラガミで構成されているという専門家が頭を抱えるブラックボックスかつオーパーツである。
 真相は、ニライカナイによる掃討によって極東支部に大量にあるコアを使い、未完成の第三のノヴァであるニライカナイのオラクル細胞をベースに直系あるいは分化させて生み出された人造アラガミであり、既に極東支部周辺のアラガミの生態系に打撃を与えている特定外来種である。
 ちなみにニライカナイが擬似的に創造したコアを持つかそれを原料に生まれた深海棲艦を直系、ニライカナイのアラガミ細胞を培養して生み出された深海棲艦は分化と便宜上呼んでいる。人間で言えば本家と分家ようなもので、実際に前者の方が後者よりも性能が高く、ハイエンドモデルと量産モデルに近い関係なのだが、当アラガミ達にはそう言った区別意識は特にはなく、相変わらずの年功序列と家族意識があるのみ。つまり、全員姉妹かつ家族である。
 更に蛇足だが、深海棲艦の名称の大部分はニライカナイが名付けているらしい。





・空母ヲ級
 ニライカナイたっての希望で最初にデザインされた深海棲艦。深海棲艦のヴァジュラ種相当に当たる存在であり、ニライカナイベースの量産型アルダノーヴァ。そのため、帽子に見える部分は男性体である。
 既に相当数が、極東支部のアラガミの生態系を荒らしており、亜種神機兵である深海棲艦の顔のようなものともなっている。分化の深海棲艦は単語しか基本的に喋らないが、なんとなく相手にニュアンスは伝わるため、コミニュケーションは取れるらしい。
 単体としてはヴァジュラ2〜3体を同時に相手取れる程の性能を持ち、艦載機による広範囲攻撃にも秀出ている。そのため、極東支部周辺ではヲ級達によるアラガミの殲滅が日中に行われており、夜間はもっぱらぐっすり寝ている。
 ちなみに深海棲艦全体に言える事だが、性格的な個体差があり、例えばカメラを向けると顔を手で隠す個体がいれば、無表情でダブルピースして来る個体もおり、好きな食べ物の趣向や娯楽を覚えた場合の趣味なども異なる。また、特定の人間に懐き、友人関係や、恋人関係になっている個体も幾らか確認されているらしい。

◯ヲ級装備

ヲ級ステッキ
 ペイラー・榊とニライカナイが開発したアラガミ専用後期型第二世代神機。近接戦と遠距離戦に対応した機構を持つ従来の第二世代型神機とは異なり、近接武器と中距離近接武器変形する機構を持つ。
 また、設計段階の時点でゴッドイーターではなく、アラガミが持つ事を想定しているため、体内のオラクル細胞をオラクル刃に変換する機構を持ち、瞬時に見た目以上の威力と範囲攻撃を可能とするが、ゴッドイーターで例えれば、血液と引き換えに仮初めの刃を形成する魔剣であり、文字通りの意味でアラガミ用である。

「カナくん、なんで頑なに杖ではなく、ステッキなんだい?」
『ソッチノ方ガ響キガ可愛イデショ?』



ヲ級帽子
 ヲ級の艤装部分であり、アルダノーヴァの男性体に当たる部分。口から艦載機を飛ばし、見た目に反して触手だけで立体移動が可能なほど強靭かつ盾に出来るレベルで女性体より強度がある。
 実は脱げる。麻雀などで人が集まらないと数合わせとして分離して席に着く姿も見られる。アラガミは体表面の汚れも食べるため、洗わないと臭くなるような事はないが、何故か川などで女性体に丸洗いされている姿が、偵察班やゴッドイーターに目撃されている。

『"アイドル"ハ綺麗ニシナイトネ』
「どういう意味なんだい?」
『マサニ最強デ無敵ノー♪』
「時々、カナくんがわからなくなるよ」



ヲ級マント
 フェンリルのエンブレムが付いた美味しくないマント。ニライカナイの手縫いということ以外にこれと言った特徴はない。

「アラガミ装甲技術由来の繊維じゃないと、ね」
『ヲ級チャンガ食ベチャウカラネェ……』





・戦艦レ級
 正確には航空戦艦レ級だが、後に生まれる戦艦ル級や戦艦タ級よりも先にペイラー・榊が生み出したため、戦艦と呼称されている。深海棲艦神属の第二種接触禁忌種相当に当たる存在の一角。ニライカナイにより生み出される直系のアラガミであり、姫級以上の個体を指す深海棲艦神属の第一種接触禁忌種と戦闘能力は遜色ない。
 サカキ博士が深海棲艦の建造をしていると偶に発生する個体らしい。ニライカナイは"サカキ博士の建造テーブルのSSR"等と謎の呼称をしている。
 後の性能試験の結果、航空戦、砲撃戦、雷撃戦、夜戦の全てが可能なため、本来ならニライカナイは超弩級重雷装航空巡洋戦艦レ級と名付けようとしたが、普通に長過ぎるとのことで榊に却下された。

「レ〜」

『………………(わしわし)』
「なんだかんだ言ってもちゃんと可愛がるんだね、カナくん」
『コノ娘モイツカ、好キナ人ヲ見付ケテ幸セニナルノカシラネ……』
「そんな世界はロマンがある……ね」






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