真剣に! (橘恵一)
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第1話 「この方が簡単だし。」

時間があった時、積んでいた原作をプレイしてから構想していた物語です。

やっぱり少年マンガみたいに男がそれなりに戦うのもみたいと思って始めます。


「ぐ、うぅ……。」

 

 人通りの少ない路地。数人の男たちが呻き声をあげながら倒れている。どんな状況か見るには日差しが当たらず暗くて目が暗闇に慣れてこなければわからないような場所だけあって通勤中の人が見に来ることは無い。

 

「お前たちから手を出してこなければよかったんだけどな。これに懲りたらもう俺には関わってくるなよー。」

 

 倒れている男たちとは違い無傷の俺はそう言い残しながらかばんを手に持ち、路地から出ようとする。

 

「そこのお前、ちょっと待て。」

 

 すると人通りのある方向から女性の声。今まで絡まれたときは誰かに見られないためにここを利用していたんだけど初めて見られた。それも女性に。

 

「はぁ。」

 

 声色からちょっと怒ってるように感じる。これ以上面倒なことにならないか心配になり、自然と溜息をつく。そして女性は俺の横を通りすぎて倒れてる奴らを一瞥する。

 

「これはお前がやったのか?」

「一応そうなるのかな。でもやりたくもない喧嘩を売ってきたから仕方なくだし悪いのはこいつらでしょ。」

 

 ここで一応、言っておくが今までで俺から手を出した喧嘩は一回も無い。あくまで売られるだけ。理由があるのかと思って色々聞いたんだけど大体なんかウザいとか気に入らないってことらしい。

 

「ふむ、理由がそうだとしても少しやり過ぎだ。」

「これより抑えめにすると報復される割合が多かったんで致し方なく。」

 

 俺だって喧嘩が好きってわけじゃない。だからこそ、やり返しに来ないラインってのを探って今の痛めつけ方になった。

 

「それがわかっているなら他に方法があるんじゃないのか?」

「この方が簡単だし。」

 

 原因がわかれば改善出来るかもしれないけどはっきりしない以上難しい。となると俺には逃げるか戦うかの2択しか思いつかなかった。最初の方は親に迷惑がかかることを知りながらも転校をさせてもらったんだけど状況は変わらず。それで仕方なく戦う方を選んだらとりあえず一時的には落ち着ける期間が出来た為こうなった……他に方法があるならやってみたいけど誰も相談には乗ってくれないし。

 

「……根は悪くなさそうだがこのまま行けばお前は力の使い方を間違えたままだ。」

「何言ってるかわかんないんだけど。」

「そういう奴には……制裁だ!!!」

 

 その言葉を返すこと無く繰り出された蹴りで俺の意識は途切れた。丁度その頃、どこかで腕の立つ者同士が最後の決闘をしていたとかしていないとからしい。何はともあれこの出会いがきっかけで俺は考えを改めてちゃんと学校生活を送ろうとしたのだが、すでに煙たがられている学校では難しく最後の転校をしようと思ったものの今までのことがあって受け入れてくれる学校も無かった。そんなとき俺に一本の電話が来て事態は進展することになる。

 

 場所はとある学校の待合室。言っておくがこの物語の舞台にはならない場所だ。部屋には俺と椅子に座っているひげを伸ばした道着姿の爺さんがいる。

 

「ワシは川神鉄心。キミが噂になってた子じゃな?」

 

 俺が椅子に座ると鉄心さんは聞いてくる。

 

「はい。」

「聞いた所によると喧嘩を多くしていたせいで入学させてくれる学校が無いと。」

「自分から手を出したりはしていませんがその通りです。」

 

 転校しても喧嘩まみれになってしまう問題児がいてその子がまた学校を探しているといった噂らしい。自分で喧嘩に明け暮れていた認識は無いが該当しているのは俺だったりする。そこで噂を嗅ぎつけた川神学園の代表である鉄心さんが名乗りを上げてくれたらしい。

 

「そういった事情ならば我が学園は最適じゃろう。余程のことが無い限り退学なんて事にはならんからのう。」

「……そ、それはちゃんと卒業することが出来るってことですよね!?」

 

 正直ダメだろうと思っていたからどんな学園かなんて知らないがこれは最後のチャンスになるかもしれない。

 

「基本的にはそうじゃよ。じゃが入学するのに条件が――」

「これからよろしくお願いします!!!」

 

 俺は勢い良く立ち上がり頭を下げる。最後のチャンスと思い込んでしまった以上、気の変わらないうちに了承しようと判断したのだ。

 

「となると条件を飲んでもらうが聞いてから判断しなくて良いのか?」

「はい、構いません。僕で出来ることならなんでもします。」

 

 条件っていっても素行を良くしておくか、良い成績を取るといった事だろう。生憎と喧嘩に明け暮れていたわけでもなく、かと言って遊ぶような友達なんていなかったし勉強だけなら出来る方だ。

 

「そうか。そこまで気持ちの良い返事をされたら少しばかり待遇を良くしよう、何か希望はあるか?」

「出来ればこれ以上親に迷惑をかけたくないんで一人暮らしの手続きをしてもらいたいなと。」

 

 これまで転校のせいで迷惑をかけたし、寮みたいな場所に住むことが出来れば両親も少しは落ち着けるだろう。

 

「それなら部屋を借りれるようになるまで家で暮らしなさい。条件を満たすにもそのほうが良いじゃろう。」

「家って確か川神院ですよね?」

「そうじゃよ。」

 

 川神院は歴史が長く、武術家を育てていると聞いたことがある。そこに武術の心得が無い奴を住まわせていいのだろうか。急な話に今更ながら不安になった俺はオドオドしながら尋ねてみる。

 

「俺、武術とかしませんけど?」

「それでも構わんが条件を聞いたらそうも言ってられんじゃろう。」

 

 このとき俺は知った。うまい話には裏があるということを。そういう場合のためにも話はきちんと最後までよく聞いてから答えようと。

そして時間は進み、入学手続きをするために川神へ訪れる。

 

「んで、こいつは誰だよじじい。」

 

 そう言いながら俺を興味なさそうな目で一瞥する。綺麗な黒色の長髪で凛とした女性。どうやらこの人が例の川神百代らしい。

 

「川神学園に転校してくることになった神衣輝(かみいあきら)くんじゃ。」

「それは前に聞いた。そうじゃなくてなんでここに住むんだよ。」

「住むと言っても卒業して一人暮らし出来る資金が貯まるまでの間じゃて。」

「いいのか? 見たところ武術をやっているようには見えないぞ。」

 

 百代さんは少しばかり鋭いような目つきで俺を見る。実力がある人は見ればわかる。確かそういうのがよくある話だったっけ。

 

「なに、少しばかりは鍛錬も一緒にしてもらうことになってるわい。」

「え? そんなこと聞いてないですけど。」

「じじい話が噛み合って無いじゃないか。」

「なにを言ってるんじゃ神衣くん、さっき伝えたばかりではないか。」

「あ、あぁ体力作りのことですか?」

 

 言葉的に鍛錬で通じるんだろうけど素人からすると体力づくりと鍛錬が同じだとは思えず変な受け答えをしてしまった。

 

「そうじゃ。」

 

 転校の条件とは違い、実験みたいなことをしたいと言っていた方の事だったようだ。

 

「もしかして私にその面倒をしろってことか?」

「誰かと戦うのも、己を鍛えるのも良いが誰かを鍛え、己と戦うというのもいいかも知れんぞ? ま、百にはちと早い気がするがの。」

「む。」

「だからやっぱ神衣くんはルーに――」

「ちょっとまてじじい。こいつは卒業までいるんだしちょっとだけ私にやらせてみないか?」

「ふむ。」

「どうせこれから先、武だけで生きていくってわけでもないだろうし物は試しだ。」

「そういう軽い気持ちはいかん。じゃがどうかね神衣くんは?」

「え、体力づくりくらいしか考えてなかったんですがそれでもいいなら構いませんよ。」

 

 ほとんど鉄心さんが事前に話していた通りの結果になった。でも気になるのはこの後どうなるのかを見てみたいらしい。

 

「ああ、飽きたらすぐルー師範代に変わってもらうさ。」

「なら少しの間試して見るといい。そういえば百よ、一子はどこじゃ?」

「一応伝えたが居ないってことは大和のところじゃないか。」

「なら神衣くんの紹介がてら迎えに行ってくれんか?」

「面倒……だけどじじいが言うなら仕方ない、行ってやる。」

「言っておくが神衣くんに合わせてゆっくりじゃぞ。」

「わかってるよ。ほら、行くぞ。」

「それじゃ行ってきます。」

 

 わざわざゆっくりと言った意味がわからないまま、俺は百代さんの後を追う。その入れ違いに中国風の服を来た男が鉄心さんの方へ。今言葉を交わすと足が止まってしまうので悪いとは思いながら軽い会釈で済ませると相手もわかっていたのか、それに応じてくれた。

 

「それよりも師範、良かったんですカ? 今不安定な百代に教え子とハ。」

「ワシの目に狂いが無ければ問題なかろうて。」

 

 川神院の出口辺りで百代さんに追いつき、横に並ぶようにして歩幅をあわせる。

 

「言うタイミングが無かったんで今更ですが自己紹介を。神衣輝です、よろしくお願いします。」

「私は川神百代だ。年下なら敬えよ。」

「言葉遣いは気をつけます。」

 

 少し歩いて周りの景色が変わり、自販機やコンビニが見える。どうやら歩幅を合わせようと思っていたのだがどうやら逆に合わせてもらっているらしい。

 

「私の案内料は本来ならべらぼうに高いんだぞ。何か食べ物をおごってもらう必要があるんだけどなー。」

「まだバイトも決まってないのでとりあえず飲み物で勘弁してください。」

 

 今までバイトしてたってわけでも無いので貯金なんて無く。親からもらった当分の生活費だけだし仕方ないだろう。

 

「とりあえずってことは後日おごってくれるってことか!?」

 

 歩みを止めて俺の顔覗き込む。

 

「そう出来るように頑張ります。」

 

 そう言うと百代さんは少し歩くスペースを上げた。

 

「よし! なら大目に見てやる。」

 

 日が暮れかけている河原。大体いつも大人数で一緒に入るためファミリーと呼ばれている者らが寝そべりながら雑談をしている。

 

「なぁ、大和。転校生の情報第2弾を手に入れたんだがどうする?」

 

 キャップは肩を組みながら周囲に聞こえないように話す。

 

「さすがに続けざまだとな、それにクリスがいるしやめとこう。」

 

 俺がちらっと見るとそれを感じたのか、目線が合ってしまう。

 

「自分がどうかしたか?」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ。」

「あ、キャップが言ってる転校生ってもしかしたら爺ちゃんが言ってた子のことかも。」

「お! そりゃあ面白そうだな。詳しく聞かせろよワンコ!」

 

 思わぬところからの情報だ。ワンコが知ってるなら川神院が絡んでいることになるだろうし、信憑性は高いだろう。

 

「うんとねー、どこの学校も引き受けないから爺ちゃんが引き取ったんだって。」

「あ、それなら私も聞いたことがあります。」

「ネットの方でも少し話題になってたよね、その話。」

 

 まゆっちとモロは聞いたことがあるようだ。因みに言うとその噂だけなら俺も聞いたことはあるけど興味が無く調べなかったから詳しく知らない。

 

「引き取ったって事は川神院で暮らすのか?」

「一人暮らし出来るようなお金が貯まるまでは居るみたいよ。」

 

 武術に秀でている川神院が引き取ったとなると実力者なのかもしれない。それでいて男ならもしかしたら……。

 

「そいつって強い奴なのか?」

「爺ちゃんにしては珍しく強さの話はしてなかったわね。」

「おし、決めた! 今すぐそいつの顔を拝みに行こうぜ!」

 

 キャップが勢い良く手を上げる。

 

「その必要は無いみたい。」

「なんでだよう、京ー。」

「あれ。」

 

 京が指差す方向には姉さんと話しのネタ本人らしき人物が飲み物を飲みながら歩いている。青くて短めの髪で整った顔をしているけど和やかな雰囲気、いわゆる爽やか系といったところだろうか。身長は姉さんより少し高く、傍から見たら仲睦まじい男女に見える――少なくとも俺には一瞬そう見えた。

 

「……姉さん。」

 

 一子という人物を探すついでに飲み物を買ったんだがどうやら好物の物だったらしく、機嫌が良くなって色々教えてくれた。川神市や川神院の事。それに随分昔からつるんでいる風間ファミリーの事。今までそういった経験をしてなかったからなのか、他人のことなのに話を聞いてるうち心が満たされていく。俺もいつかそんな友人を作ってみたいと。

 

「へぇ、仲が良くて羨ましい。」

 

 自然と言葉が出てしまう。

 

「お前にはそういう友達居ないのか?」

「喧嘩ばっかしてたら誰も寄ってきてくれなかったし、逃げられてました。」

 

 する前でも同じだったけど。

 

「強くもないのにそういうことするからだろ。」

「はは。あんまり信じてもらえないんですけど向こうから来るんですよね。」

「私としてはそれの方が羨ましいぞ、もしかしたら強いやつに当たるかもしれないからな。」

「良いライバルってのも居てくれたら何か変わってたかも。」

 

 生憎とただのチンピラぐらいしか来なかったせいか、そんな奴は一人も居なかった。

 

「おっ、あれだよ。さっきまで話してた風間ファミリーってのは。」

 

 河原でたむろっている集団を眺めていると誰かががこちらを指差す。

 

「見るからに俺だけ場違いですよね。」

「来たばかりなんだから仕方ないだろ、と言っても普通に接してくれるだろう。」

「だと良いんですが。」

 

 一人、バンダナを巻いた男だけが先にこちらへ駆け寄ってきた。

 

「百先輩、そいつってもしかして噂の転校生!」

「おいじじいにあんまり言いふらすなって言われただろう一子。」

「そうだっけ?」

 

 首をかしげている女の子がどうやら一子さんなのだろう。そういった行動がなくても一人だけタイヤを引きずってるし、わかりやすい。百代さんが離れたこともあって俺はバンダナの男と向かい合う。

 

「来る途中に少しだけ百代さんから聞いたよ。」

「俺らもあんたのうわさ話だけなら今聞いた。」

「そっか。」

「なに、心配すんな。噂は噂だ。これからお前を知っていけばホントかどうか自ずと分かる。」

「そんな風に言われたのは初めてだな、ならまずは自己紹介からだね。学園に行ってもすると思うけど神衣輝です、これからよろしく。」

「俺は風間翔一。」

 

 風間ファミリーって言うほどなんだから彼がみんなを引っ張ってるんだろうと一目でわかる。

 

「自分はクリスティアーネ・フリードリヒ、クリスでいいぞ。」

 

 いかにも正義感あふれる雰囲気の金髪女子……ほんのちょっとだけどあの人に似てるな。

 

「僕は師岡卓也でこっちはガクト。」

「俺は島津岳人、ガクトはあだ名だ。」

 

 か細い体と分厚い体。正反対と言えるくらいの体格差がある二人。

 

「わ、私は黛由紀江、一年生です。そ、それでこの子が松風です。」

 

 そう言うとぶら下がってるキーホルダーを目の高さまで上げる。

 

「オイラ松風だー、そこんとこよろしく。」

「え……あ、よ、よろしく。」

 

 どう反応していいかわからず、言葉に詰まりながらも返す。

 

「それでこの可愛いのが私の妹の一子だ。」

「ちょっとお姉さま私の台詞ー!」

 

 百代さんは一子さんとじゃれあっている。話しには聞いていたが本当に仲の良い姉妹のようだ。

 

「…………。」

 

 無表情の女の子は明らかに近寄ってくるなオーラを放っているのがわかる。これが普通なんだろうと思いつつも近くにいる男に尋ねた。

 

「えっと、なんか気に触ることしちゃった?」

「こっちは椎名京、悪いねちょっとシャイなんだ。」

「そっか、今後は気をつけるよ。」

「それで俺は直江大和、何か困ったことがあったら相談してくれ。」

 

 直江くんは右手を差し出す。

 

「ありがとう、その時はよろしく。」

 

 俺は差し出された右手を掴み、握手する。今まで握手を求められることが無かった俺にとってこの出来事は一生思い出に残ることだろう。こうして川神市での初日を終え、新天地での生活が始まるのであった。




いかがでしたでしょうか?

一応今の構想では無印シナリオに沿った話になります。理由は単純にS、Aをまだプレイできていないからです。仮にプレイ後だとしても膨大なシナリオなので完結出来るか微妙かと思い、1つずつといった予定です。

読者の方々、ご観覧ありがとうございました。
ご意見、ご感想、ご指摘がありましたらお気軽にメッセージ等にお願いします。


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第2話 「え、えふ?」

最近はいろんな意味で毎日が充実し始めた気がする。良いことも悪いことも。そのおかげでまた気分良く妄想に浸れる日々が出来た。

それではお楽しみください。


「ねぇ、どうして僕をいじめるの?」

 

 まず小さい時。何度目かは覚えてないけど砂場で泥を投げつけられて意を決して尋ねた。

 

「ウザいからに決まってんだろ!」

 

 その一言を言い終えると僕はまた泥を投げられた。

 

「ねぇ、どうして僕なんだ。他にも気持ち悪いヤツとかいるだろ。」

 

 人目のつかない校舎裏。どうすれば変わるのか、変わればいいのか、誰も教えてくれなかった。だから僕は他の人から教えてもらおうとした。

 

「ンなヤツよりテメェのほうが見てて苛つくんだよ!」

 

 明確な理由は一言も返ってこないまま僕は素手で殴られた。

 

「俺のこと見て苛ついた?」

 

 放課後の校門。変えられない日常だと、そう諦めた俺はある事をするための理由を得るために確認する。

 

「あぁ? 喧嘩売ってんのか!」

 

 ついにはまともな言葉が返ってくる前に拳が飛んできた。だがこれでいい。周りが変わらないなら、俺が変えてみればいい。たとえそれが望んでなくても。

 

 同じ風に殴り返すと一人また一人と向かってくるものの、何度か殴ると向かってこなくなった。また別のやつが来ても同じことを繰り返し、繰り返し。俺はいつしか悩むのをやめた。

 

「…………久々に昔の夢だったな、なんで転校初日にこんなん思い出すんだろ。」

 

 目が覚めるとまだ見慣れない天井を眺めて、ため息混じりにつぶやく。自分自身気にしてないつもりだったけどあの人と出会って変わる決心をしたことでまた気にし始めたのかもしれない。

 

「でも風間くんとか初対面だったのに今までの奴らとは違かったしきっと大丈夫……大丈夫。」

 

 登校するため支度を済ませて居間へ向かう。

 

「おはよう神衣くん。」

「おーす。」

 

 昔のことを夢で見たせいか、予定よりも遅く起きてしまい既に二人は食事を始めていた。

 

「おはよう百代さん、一子さん。」

「ねぇ神衣くんさぁ、その、さん付けやめない?」

 

 一子さ……ちゃん? は箸を口の端に咥えながらしゃべる。

 

「え、じゃあ一子ちゃん?」

「うーん、まだそのほうが良いかな。」

 

 普段から言われ慣れていないのか、不服そうだ。

 

「ごめんね、全然女友達なんて居なかったからなんて呼べば良いかわかんなくって。」

 

 男友達ですらいなかったんだ、呼び方なんて分かるはずも無い。そのくせ変に気を使っちゃうから呼び捨てもし辛い。

 

「そーだぞ。聞くところによるとこいつぼっちだったらしいからな。」

 

 百代さんは気にせず直球で言う。

 

「だったって言うか、今もまだぼっちなんだけど。」

 

 逆に思いっきり来たほうが俺も返しやすかったりするかもしれない。

 

「そ、そんなこと無いよ! だって私たち一緒に登校するんだし!」

 

 一子ちゃんは作り笑いをしながら言う。

 

「え?」

 

 百代さんは聞いていないぞといった表情で一子ちゃんの方へ顔を向ける。

 

「え?」

 

 その表情を見て驚いた俺は百代さんの方を向いた。

 

「なんか気を使わせてごめん。」

 

 朝ごはんを終え、通学路の河川敷を歩く。どうやら気を使って一子ちゃんが考えてくれたらしい。

 

「もういいって。」

「ありがと。それにしてもいつもこんなに注目されながら登校してるの?」

 

 前を百代さんと一子ちゃんが歩いていると周りの学生から見られている。見ている学生は男子女子関係無い。

 

「姉さまは人気者だからね。」

「ハーレムだって作れるほどだぞ。」

「視線が痛い。」

 

 二人の後ろでポツリと呟く。最初は隣に並んでいたのだが視線が強烈過ぎて逃げた結果、後ろに回ったのだ。

 

「大丈夫だって、最初はそうかも知れないけどそのうち慣れるさ。」

「あ、おはよう直江くん。」

 

 直江くんは後ろから肩をポンっと叩いて横に並ぶ。

 

「おはよう。」

「良かったぁ、学校までこのままかと思ったよ。」

「ヘタしたら校内でも続くんじゃないか? 住んでる場所がバレたら。」

 

 これ以上の視線を想像して身体が強ばる。

 

「き、気をつけないと。」

「多分気をつけてもすぐバレるから今のうちに心の準備をしといたほうが良い。」

「そ、そんなぁ。」

「ま、少なくとも俺たちが少しはバレないように時間稼ぎしてやるよ。」

「良かったぁ、そういえばファミリーのみんなって同じクラスなの?」

 

 それを聞いて安堵し、ふとクラスのことを思い出す。ただでさえ人付き合いが苦手なんだし直江くんたちがいたら心強いし、気が楽になりそうだ。

 

「まゆっちは一年生でC、あとはみんなFだ。」

「私は三年生だけどな。」

 

 クラスを聞いて立ち止まる。

 

「え、えふ?」

 

 急に立ち止まった俺をみんなは不思議そうに見つめる。

 

「ああ、F。」

「神衣くんもFでしょ?」

 

二人の声を聞いて俺の顔から血の気が引いていくのがわかった。

 

「………………。」

 

 自分のクラスになる教室へ担任に誘導され黒板の前に立ちすくむ。恐る恐る生徒を見渡すと金色の服や着物を着ていたり、メイドがいたりする。明らかに普通のクラスでは無いと人目でわかった。そして当然のようにその中には昨日挨拶を交わした人は誰も居なかった。

 

「ここで唐突だが転校生の紹介だ。残念なことに男だが。」

「神衣輝です、これからよろしくお願いします。」

 

 当たり障りないシンプルな紹介をした後、一礼する。

 

「庶民の紹介はそのあたりで良い。皆、窓ガラスの件。なにか知っている者はおらぬか?」

 

 誰が喋ってるかはわからないけど他の声は上がらない。ちなみにこの間俺は頭を下げたままだ。上げてもいいのだろうが空気感がそうは言っていないと感じたのだ。

 

「誰もいないなら今日あたり声がかかるかもな。」

 

 そのまま話は終わり、生徒は普段の会話をし始める。

 

「おいおい、転校生をいきなり蔑ろにするのはまずくないか。」

 

 担任の先生、確か宇佐美だったかが背中を軽く叩く。

 

「なんか随分と我が強い人達みたいですね。」

 

 頭を上げ、率直な感想を述べた。

 

「わかるか。」

「では私が校内の案内をしましょう。」

 

 メガネをかけた少し色黒の男が立ち上がる。

 

「うん、うん、さすが葵だな。ちょうど近くに空いてる席あるし頼んだぜ。」

 

 そのまま葵と呼ばれた男の近くに向かう。

 

「私は葵冬馬。」

 

 ツルツルの男が女の子を連れて近寄ってきた。

 

「俺は井上準、んでこっちが――」

「僕は僕だよ~。」

「榊原小雪な。」

「葵くんに井上くんに……小雪、さん?」

 

 まだちゃん付けするのが恥ずかしく、今朝みたいにさん付けで呼んでみた。

 

「だはっはっはっ、ユキにさん付けするヤツは同学年の男子では初めてかもな。」

「うーん、なんかしっくりこないけどそれで良いや。」

 

 一子ちゃん同様、不服そうな表情だ。

 

「自己紹介も済みましたね。では学校案内は昼休みと放課後を使いましょう。神衣くんはなにか気になるところはありますか?」

「ううん。昼食はお弁当があるから別段すぐにってのは無いよ。」

「じゃあ早速昼休み賭博場に行きましょうか。」

「転校初日に連れてくとこじゃないでしょ、若。」

「そうでしょうか? S組に来たということはそれなりに成績が良いのですよね。」

 

 賭博場ってのがよくわからないまま、聞かれたことに答える。

 

「それなりだとは思うけど。」

「ならこの学校の仕組みを知るにはいい機会でしょう。それに力量を知っておかないと今後のウィークポイントになってしまうかもしれませんし。」

 

 特に説明されないまま時間は昼休みになり、賭博場に案内される。どうやらここでは麻雀やらで食券やらを賭けたりするらしい。するとここでようやく顔見知りに出会う。

 

「再戦希望なんだけど、なんで神衣がここに?」

「この学校の仕組みを知るにはいい機会って、葵くんが。」

 

 周りを見ると師岡くんとかF組らしき人がいっぱいいる。そして視線と表情からS組を好意的に見ていないことがわかった。

 

「そうか、じゃあ気にすること無いな。悪いけどこっちの話に集中する。」

「ああ。」

「で、どうるする?」

「構いませんよ。」

「お前なんで直江と顔見知りなんだ?」

 

 葵くんの邪魔にならないよう、小声で井上くんが聞いてくる。

 

「うーん、百代さんつながりで。」

「モモ先輩が繋がってくるのかよ。」

 

 意外といった表情。俺も気になったことがあったので尋ねる。

 

「あのさ聞きたいんだけどF組とは仲悪いの?」

「まぁ、そんなとこだ。とりあえず今は黙って見とけ。」

 

 そこでは直江くんと葵くんでトランプを使った勝負をした。原因は良くわからなかったけど結果は葵くんの負けだった。葵くんによるとプロ級の腕前でトランプを扱ったらしい。

 

「ちょっと良いかナ、神衣クン。」

 

 部屋で明日の準備をしていると声をかけられ、すぐ扉を開く。

 

「えっとルーさんでしたっけ。なんでしょう。」

「今は百代と一子が少し出掛けていてネ、やるなら今だト。」

「わかりましたすぐ行きます。」

 

 急いでタオルを持ってルーさんと道場へ向かう。

 

「話は師範から聞いていル。気はやり方さえ掴んでしまえば少し位扱えるようになるからネ。」

 

 予定としては体力づくりは百代さんが、そして気に関してはルーさんとそれぞれ鍛錬するようにとのこと。

 

「基本的には自主練しつつ、時間が合う時だけ指導をしてもらうってことですよね。」

「うん、そういうこト。一応聞くけど気を感じたことハ?」

「無いですよ。」

 

 気、というのがわからず率直に答える。

 

「なら、まずは感じ取る事からはじめよウ。精神を落ち着かせて集中するんダ。」

「ふー。」

 

 目を閉じ、息を吐く。

 

「うン、精神は良く落ち着いているネ。これなら思いの外早く次の段階にいけそうダ。」

 

 ルーさんから頼もしい言葉をもらったもののそれからなにもないまま1時間がたった。

 

「ふぅー。だめ、ですよね?」

 

 動いてはいないが慣れていないことだからか薄っすらと額には汗が滲んできた。

 

「おかしイ。特に変なところは見当たらないんだガ。」

 

 ルーさんは俺の身体を触りながら呟く。

 

「じゃあもう一回。」

「いヤ、今は体作りのほうが優先それくらいにしておこウ。一日一回は空いた時間に同じ事をやってみてくレ。」

 

 持ってきたタオルで汗を拭う。

 

「流石に一発で出来るほど簡単じゃないですね。」

「もちろんだヨ。」

 

 この気を強い人達は難なく使うらしい。そしてこれを会得しなければ条件を満たすことは厳しいと鉄心さんは言っていた。

 

「やるだけやってみるしか無いよなぁ。」

 

 部屋に戻った俺は布団のなかでつぶやきながら目を閉じた。

 

「よぉ、直江たちと一緒じゃないのか?」

 

 朝、登校の時間に河川敷を歩いていると井上くんが近寄っていくる。近くには葵くんも小雪さんも居る。

 

「用事があるとかで先に来たからね。」

 

 風間ファミリーでの連絡事項のためらしい。

 

「そっかぁ、転校二日目にしてもうぼっちなんてかわいそー。ましゅまろ食べる?」

「コラユキっ、そういうホントのことは本人の前で言わないの!」

 

 井上くんは小雪さんの頭をポンと叩く。

 

「聞こえてるんだけどなぁ。」

「神衣くん、この街のことはもう見て回りましたか?」

「ううん。とりあえず連休にしようかなって。」

「そういうことなら街も私達が案内しましょうか?」

「おっでかけ、おっでかけ?」

「若にしては珍しいな。」

 

 小雪さんは葵くんの周りをぴょんぴょん跳ねながらこちらを見る。

 

「せっかくの休みだし悪いよ。部屋の片付けとかでいつ時間が空くかわからないしさ。」

「そっか。まぁなんだ、なんかわからないことがあったらメールくれ。」

「そうですね、メールならいつでもできますからね。」

 

 葵くんと井上くんはそれぞれ携帯を取り出す。

 

「え、連絡先交換してくれるの?」

「しなきゃメール出来ないだろ。」

 

 携帯を取り出し何回かボタンを押して見てから井上くんたちを見る。

 

「はじめての連絡先交換でやり方がわからないんだ、教えてくれる?」

「わーほんとにぼっちだったんだ! 僕がやってあげるよー。かーして。」

 

 携帯を取ると小雪さんがポチポチと押し進めていく。その光景を後ろから井上くんが覗くと驚きの表情になった。

 

「おいおい、やり方わからない割には連絡先多いな。学長のもあるぞ。」

「川神院から持っておくようにって言われたやつだから登録しておいてくれたのかも。」

「なんで川神院からそんなこと言われるんだ?」

「え、ええと訳あって川神院に居候させてもらってるからで。」

「それ本当かよ。」

「一応情報だけはありましたけど本人が言うなら間違いないでしょうね。理由は私にもわかりませんが。」

「若はさすがに知ってたんだな。」

 

 興味深そうに葵くんは俺の身体を眺める。

 

「まさか身体を鍛えていなさそうな君がとは意外ですね。」

 

 それには同意見。正直今でもなんであの条件を俺に提案してきたかよくわからないし。

 

「自分で言っといてなんだけど出来ればあんまり言いふらさないでほしいんだ。バレると登校中の視線がキツくて。」

「慣れないうちは大変だろうな。そのへんは気にしといてやるよ、ユキも言うなよ。」

「んんー、今度ましゅまろ買ってくれたら考えとくー。」

「それはそうと堀の外の方では危ない人達が居るようなのでくれぐれも近寄らないよう気をつけてくださいね。」

「堀の外の方、ね。わかった、ありがと。」

 

 昼休みになり弁当を準備しようとすると廊下に九鬼くんと直江くんの姿が。少し気になって俺はそのまま声をかけに行く。

 

「あれ、直江くんどうしたの?」

 

 話し終えたのか、九鬼くんとは入れ違いになる。

 

「神衣か、ちょっとね。どう、Sのやつらは?」

「今までの学校とは違って個性的な人が多くてびっくりすることが多いよ。」

「他のとこと比べるとそうだろうな。」

「聞きたいんだけどさSとFって仲悪いの?」

 

 井上くんにこの前聞いたけどF組にいる当人はどうかと気になって尋ねる。

 

「あのときの賭場の事?」

「それもあるけど井上くんに説明されて気になってさ。」

「見てわかるように良い関係じゃ無いけど、思いっきり悪いって訳でも今の所は無いかな。」

「今のところはって。」

 

 確かにそういう直江くんのことを良くない目で見ている生徒が教室の中にチラホラ居るのがわかる。

 

「色々価値観が違いすぎてケンカになることが良くあってね、そのたびに決闘とかで決着をつけてるんだ。」

「決闘って……ケンカ?」

 

 昨日やっと資料を見た中に確かあったっけ。何かで競い、結果をつけるとか。

 

「ケンカ……とは違うかな、ちょっと説明しづらいけど正々堂々勝負するんだ。」

「そうなんだ。」

「それよりなんで転校初日に賭場なんかに?」

 

 直江くんも気になってたらしい。

 

「葵くんたちが学校を案内してくれることになったんだけど色々判断したいことがあるとかで。」

「ふぅん。確かにSに入ったってことは成績も良いわけだしそう考えるのは当然か。」

「鉄心さんに聞いたらそこまで良い結果じゃなかったんだけどね。」

 

 一応入学試験を受けた時、特別にどのくらいの順位あたりか聞くことが出来たのだ。それによると今のまま勉強を続けていれば問題無い程度らしい。

 

「じゃあちゃんと勉強して成績維持しないとな。」

「え、どういうこと?」

「知らないのか? Sに見合う成績を取れないとクラスが変わるんだよ。」

「ええぇ、知らなかった……退学とかは?」

「そこまでは流石に。なってもFに移動するくらいじゃないかな。」

「そ、それならまだ安心出来る。」

「じゃあそろそろ自分の教室に戻るわ、勉強頑張れよ。」

 

 直江くんは軽く手を振ってFクラスの方へ歩いていった。

 

「はぁはぁはぁはぁはぁっ。」

 

 夕焼けの中、ジャージ姿で息を切らしながら河川敷を走る。百代さんと一子ちゃんで走り込みをするから鍛錬としてついてこいと言われたのだ。

 

「遅いぞ神衣ー。」

「ふ、ふ、二人が早すぎるんですよ。」

 

 膝と両手を地面に付き、呼吸を整える。二人は俺と違い息を切らしていない。

 

「普段身体を鍛えてなかったんなら結構きついかも、私も最初そうだったし。」

 

 一子ちゃんは近くに来て膝をついて視線を合わせてくれる。

 

「じ、じゃあやってれば俺も……?」

「どうだろうな。少なくとも私に鍛えられてやめずに続けていくならなるんじゃないか?」

「そういうことなら私も頑張らなくちゃ、神衣くんも。ね。」

「はぁ、はぁ、そう……だね。」

「そうだ、風間ファミリーで旅行に行くんだが神衣も来るか? キャップが来たいって言うなら構わないって。」

「連休の間、だよね。」

「ええ、そうよ。」

 

 行けば楽しいだろう。でも、まだ出会ってばかりで何ならクラスだって違う。それもよりにもよって険悪なSとF。おそらく川神院で居候し、百代さんたちと関わらなければ誘われる事もなかったしつまるところ社交辞令だろう。そうなると俺が行くことでみんなに気を使わせてることになりせっかくの旅行が台無しになってしまう。

 

「……誘ってくれたのは嬉しいけどやめとくよ。」

「そう、残念ね。」

「お前、風間ファミリーの事気にしてるんだろ。大和たちともクラス違うし。」

「そうなの?」

 

 気にしてることをズバリと言い当てられ、地面にあぐらをかく。

 

「気にはしちゃうよ、やっぱり。」

「だろうな。だけど言っとくぞ、来たばっかなんだからおまえなんてどうとも思われてない。今は気にするだけ無駄だ。嫌われたりしてから考えろ。」

「……そうだね。」

「ま、そんなことになったら大和たちにでも相談するんだな。」

「そうそう、クラスは違うけど協力はするからね。」

「ありがとう、ふたりとも。」

「さ、帰って組手、組手。神衣くんもやる?」

 

 一子ちゃんは立ち上がり軽く屈伸すると手を差し伸べてきた。

 

「組手はちょっと……。」

 

 嬉しい申し出だが断りながら一子ちゃんの手を借りる。これが初めて百代さんの指示でついていったトレーニングだった。




いかがでしたでしょうか?

個人的にクラスはどうしようかすごく悩みました。Fも楽しいだろうし、Sも楽しそうだし。ただこの作品の主人公ではFに行ってもあまり変化は無いだろうと考えてSにしました。そして話的には百代ルートを軸に進む予定です。

読者の方々、ご観覧ありがとうございました。
ご意見、ご感想、ご指摘がありましたらお気軽にメッセージ等にお願いします。


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第3話 「えー、そう……なるのかな。字面的には。」

なんとかいつもの日常のようなパターンが形になり、気も向いたので進めます。このまま何事もなく数年は過ごしたいなぁ。自粛はいつもと変わらないのでそこは気にせず。

それではお楽しみください。


 風間ファミリーが箱根に向かう日、俺は川神院で百代さんと一子ちゃんを見送った。結局、ランニングが終わったあと旅行には正式に参加しないことを伝えたのだ。そのこともありちょっとした理由を付けて駅までは行かなかった。

 

「普通に顔合わせづらいしな。」

 

 自分が選んだ答えに後悔が無いかと言われればありまくりだ。当然だろう、夢にまで見たザ・学園生活とも言える友達との旅行。この先修学旅行といった形ではあるものの、それとは全然違う。それでもこれからのことを考えると一人で出来ることを増やす良いチャンスなのも事実。

 

「さてと、俺もそろそろ出かけるとするかー。」

 

 残っていたダンボール箱から荷物を出し、一通り整理し終えた俺は軽く伸びる。基本的に衣食住は保証されているが今後の為に動かなければならない。あくまで卒業して一人暮らしするまでの間、という条件だからだ。となるとまず必要になってくるのは金。今のうちに貯金をするならバイトだけど無論、経験は無い。前の学校に居たときに興味があり、試みたが噂が広がりすぎて出来なかったのだ。当然だろう誰だってトラブルを引き込むヤツを雇いたくなんてない。

 

「でもこの地域なら門前払いされることも無いだろうし、なるようになるか。」

 

 少し大きめのショルダーバッグを持ち、コンビニやらの求人を見ながら街を歩く。念の為、良さそうな求人があればすぐに申し込めるように履歴書も持ってきた。今日の目的は地域を知るための散歩だ。

 

「でもなぁ、学校行ってから百代さんのトレーニングがあるとバイトする時間ないよな。」

 

 今のところ誘われるのは毎日じゃない。曜日など決まってなく気まぐれみたいなところがある。それに加えてルーさんとの気に関してのトレーニングもあると結構条件に合うバイトを探すのは大変そうだ。

 

「そういえば百代さんが日雇いの力仕事をたまにやるって言ってたから旅行から帰って来たら聞いてみよう。」

 

 駅まで歩いて普段は行かない方へと足を運んでいると景色が変わり、歓楽街のような場所に出た。

 

「なんかいかにも不良のたまり場ですって言ってるようなとこだな。この辺が親不孝通りってとこか?」

 

 人目につかないようケンカするならこの辺がよく使われてるんだろうな。

 

「って何考えてんだ俺。」

 

 昔の癖か、つい変なことを考えてしまった。それにここの人たちは隠れてコソコソ戦うってのはあんまりしなさそうだ。するとしても作戦で奇襲とかそんな類だろう。どうせ関わることも無いんだし、ここは流石に見なくて良いだろうと判断した俺は戻ろうとする。

 

「お、転校生がこんなとこまで何しに来てるんだ?」

 

 聞き覚えのある声がしたので振り返る。

 

「実は不良でしたってか?」

 

 そこにいたのは宇佐美先生と少し強面の男。

 

「こんにちは、宇佐美先生。川神をまだ知らないんで探検してただけです。」

「校内ならともかく、うちのクラスには進んで街を案内したがるヤツいなそうだしな。」

「葵くんたちはしてくれるって言ってたんですけど時間が合わなくて。」

「ほー、ちょっと意外。」

「見た感じS組っぽくねぇけど、例の転校生か。」

 

 俺を見ながら、男が言う。確かにSの人たちみたいな外見的特徴も無いからそう思われてもおかしくない。

 

「クラス違うし、忠勝は初対面か。」

「はじめまして神衣輝です。」

「俺は源忠勝、2-Fだ。」

「Fかぁ、いいなぁ。」

 

 今までのことがあって、自然と言葉が出てしまう。

 

「Sの担任目の前にしてよく言えるな。先生泣いちゃうぞ?」

「最初に知り合ったのが直江くん達だったんで。」

「あいつらは当たり障りねぇからな。」

「源くんは直江くんと仲良いの?」

「良くねぇよ、ただ同じ寮に居るってだけだ。うるさくて敵わん。」

 

 そう言いながらも表情は柔らかい感じ。源くんは話してみると結構わかりやすいのかもしれない。

 

「二人はどうしてこんなところに?」

 

 教師と生徒ならこんなとこに来る理由が見当たらないし、不思議に思ったので尋ねる。

 

「まー、なんだ。ちょいと仕事で、な。」

「そういうことだ。」

「じゃあ俺たちそろそろ行くわ。」

 

 話を急に切り上げるように二人はそのまま歓楽街の奥へと進む。

 

「神衣!」

「はい?」

 

 宇佐美先生は少し真面目な顔で俺を呼ぶ。

 

「用があってもここには近づくなよ。どうしてもってんならまずは俺に相談しろ? そんなことないとは思うけどな。」

「わかりました。」

「それじゃあな。」

 

 そのまま二人は通りの奥へ姿を消し、俺は反対に明るい道の方へと進む。

 

「教えてくれるか微妙だろうけど今度直江くんに聞いてみよう。」

 

 俺は宇佐美先生が言ったことをそこまで気にしないまま、街を見て回った。

 

 風間ファミリーが旅行に行ってから一日経った日の夜。

 

「ルーさん、準備出来ました。」

 

 ジャージ姿でタオルと飲み物を持って川神院の道場に入る。二人が居ないので効率を良くするため、コミュニケーションを取りながらの鍛錬を俺から申し出たのだ。予定が無かったようでルーさんは快く引き受けてくれた。

 

「うン。あれから気は感じられたかナ?」

「それが全く。」

 

 ルーさんに言われたような感覚はわからないままだったので正直に答える。少しでも違和感とか感じれば良いんだろうけど全くと言っていいほど感じることはなかった。

 

「そうカ、じゃあ今日は気に関しての説明を詳しくやろウ。」

「はい、お願いします。」

「武闘家同士の決闘を見たことハ?」

 

 今までの話を聞いた限り不良のケンカと違うのは明白。俺が転校してくる前に一子ちゃんとクリスさんが決闘したらしいけど見てないわけで。

 

「無いです。」

「武と関わっていなかったから当然だネ。ある程度の実力がある者同士は気を用いて戦うんダ。」

「百代さんとかですよね。」

「間違ってはいないけど百代はちょっと例外ダ。今回は私のような使い方があることを教えよウ。」

「見たことがなくて実感無いですけど例外ってのはわかる気がします。」

「思いっきり殴ってごらン。」

 

 ルーさんは腰に手を当てる。

 

「え?」

「大丈夫、大丈夫。」

 

 俺は恐る恐る拳を握る。

 

「じゃあ遠慮なくっ。」

 

 ドンッっと拳がルーさんのお腹に当たる。もちろん全力は怖くて出して無いけどいろんな不良を殴った中で一番硬い。仮にケンカしてた頃みたいに殴っても効きそうに無いくらいだ。

 

「実に平均的な威力かナ。今は気を込めていない状態だったから次は込めるヨ。」

 

 そう言うルーさんの体は何も変わらない。

 

「はイ、殴ってみテ。」

「それじゃ行きますよ。はっ!」

 

 一度殴ったことで本当に効かないことがわかり、さっきより力を入れる。

 

「っ――なんか硬いし、痛い?」

 

 気を込めたことによってさっきより硬いのがわかるし、さらに言うならこっちの拳に痛みが出た。程度によっては逆にこっちが怪我するかもしれない。

 

「どうやら感触の違いがわかるようだネ。これが気を込める事。基礎みたいなものかナ。」

「こんなのを無意識でやってるんですか、百代さんは。」

「さすがにやってないヨ。」

「あ、そうなんですね。」

 

 例外とは言われていても常にこういったことはしてないのか。できないのとしないでは意味が大きく変わるし、理由が気になる。

 

「百代さんは常に気を込めれないってことですか?」

「今は込めてなイ、ってところかナ。これの応用で例えば足に気を込めて走れば早くなるシ、拳に込めて突き出せば威力が上がル。」

「自在に扱えるなら使い勝手いいですね。」

「けど無限じゃなイ、なんせ使うのは自分の気だからネ。個人によって気の容量も違ウ。」

「なるほど、その容量の桁が違うってのが百代さんってことですね。」

「そウ、桁が違うから気を使い放題にしていると見えるが底はあル。」

 

 その後はルーさんから気に関して色々教わりながら、軽く組み手をした。相変わらず気を扱うことが出来ないまま、時間だけが過ぎていった。

 

 風間ファミリーが旅行に行ってから二日目。川神学園に向かう通学路を軽くランニングをしながら景色を眺める。

 

「おい、そこの転校生!!」

 

 多馬大橋を走っていると車から九鬼くんの声がしたので振り向く。

 

「九鬼くんっ!? それにあずみさんも。」

 

 止まった車の窓が下がると座っている二人の姿が。

 

「どういった経緯で知り合ったか想像もつかぬが姉上から話は聞いた。少しばかり気にかけろとな。」

「姉って言うと揚羽さんだよね。そっか、気にしてもらっちゃってるんだな。」

「うむ、あずみよ!!」

「はい、英雄さま!!」

 

 あずみさんが小さい二枚の紙を差し出してきたのでそれを受け取る。

 

「え? これは?」

「我とあずみの連絡先だ。何か困ったことがあれば連絡してかまわん!」

「とはいえ、英雄さまは多忙ですのでまずは私を通してください! その後、英雄さまも目をお通しになります。」

「わかりました、わざわざありがとうございます。」

「かまわん!! 姉上の頼みとあらば無碍にすることはできんからな、フハハハハ!!」

「あっ、もしよかったら仕事紹介してくれないかな? 日雇いでもいいんだ。」

 

 ここぞと思った俺はあわよくばとかばんから履歴書を取り出し、窓越しに渡す。

 

「これは履歴書ですね。」

「川神院でお世話になってるんだけど早いうちにお金貯めておきたくて。」

「い、いま、なんと言った……。」

「日雇いでもい――」

「その後だ!!」

 

 九鬼くんは急に車から降りて近づいてくる。

 

「……川神院でお世話になっ――」

「貴様っ!!!」

「おわっ!?」

 

 そしていきなり胸ぐらを両手で掴み上げた。

 

「我が愛しの一子殿と、同じ、屋根の、下、だとっ!?」

「えー、そう……なるのかな。字面的には。」

 

 まさか一子ちゃんを想っているとは思わなかった。

 

「無いとは思うが万が一、一子殿に迷惑を掛けようものなら我が許さんぞっ!!!」

 

 表情から察するに本気といった感じだとわかる。

 

「迷惑、か……もう迷惑かけちゃってるかもしれない。色々気を使わせちゃってるし。」

 

 登校初日とか色々考えてくれてたみたいだし、この前のランニングもだいぶペース落としてたようだし。自分のペースで過ごせないことによって結構なストレスになるかもしれない。そんなことを考えて俯いていると首元から手が離れた。

 

「……一子殿はやさしく、そして広い心を持っている。一子殿が嫌々対応しているように見えるか?」

「今の所はしてない、と思う。」

 

 表情を思い出しながら自信なく答える。

 

「なら、それはお前のことを一生懸命考えている姿だろう。」

「一生懸命、か……。」

「フン。いくぞ、あずみっ!!」

 

 そう言いながら九鬼くんは車に乗り込んだ。

 

「いいんですか、英雄さま。」

「思ったよりも時間を使った。そろそろ行かねば会議に間に合わなくなる。」

「わざわざありがとう九鬼くん。」

「ここまでするのはこれが最初で最後だと思え!!」

「それでは、失礼します!」

 

 そのまま車は動き出し、進んで行った。

 

「九鬼家って凄いんだな。」

 

 揚羽さんも初めて会ったとき凄い感じしたし、九鬼くんにも感じた。さすが世界の九鬼。俺は橋から街を見渡しながら自分が入った学園のことを改めて凄いと感じ直した。

 

 その日の夜、九鬼財閥。

 

「あずみよ。」

「はい、何でしょう英雄さま!!」

「転校生から預かった履歴書は一応周知させておけ。」

「お言葉ですが軽く目を通した限り、極めて平凡。これですと短期ですら登用されることは無いと思いますが。」

「それでもだ。無論九鬼従者部隊にも通達しておけ。」

「はい、かしこまりました!!!」

 

 そして九鬼従者部隊・特別会議。

 

「ってわけで一応周知させてもらう。」

 

 主な議題は終了し、何か周知連絡があれば伝える場であずみはコピーした神衣の履歴書を配る。

 

「過去の経歴も出生も至って普通、知能が極めて高いわけでも、強いわけでも無い。強いて言うなら川神のS組在籍ってくらいだ。」

「実に平凡ですね。特徴が無いのが特徴ですか。」

「ふつーの学生ならこんなもんなんじゃねーの?」

 

 黒髪と金髪のメイドはちらっと履歴書を見てつぶやいた。するとまるで手品のようにあずみの横にひげのある金髪の執事が現れた。

 

「げ、なんで来てるんだよ。」

「それはこの履歴書の人物に少し興味があってだ。」

 

 机に置いてある履歴書を一枚手に取る。

 

「あんたで言うところの赤子同然だぞ。」

「ああ、だがここまで言葉通りの赤子は珍しい。」

 

 そう言うと何かを考えている表情のまま、老執事は再び姿を消した。




いかがでしたでしょうか?

前の二次創作に比べると原作をやり込んでないので台詞周り不安ですが広いお心でよろしくおねがいします。次回はいつになるかわかりませんがちょっとしたバトルイベントがあるかもしれません。

そんなわけで次回は雑種イベント回の予定ですが変わる可能性が大いにありますので読者の方々も妄想を膨らませながら御待ちくださいませ。

読者の方々、ご観覧ありがとうございました。
ご意見、ご感想、ご指摘がありましたらお気軽にメッセージ等にお願いします。


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第4話 「はい!」

真剣で私に恋しなさい!Sの残りをやっていたら良い曲があって一気に構想が進みました。いわゆるブレイクスルーってものかもしれませんがこういうときは誤字脱字やら台詞ミスが多かったりすので小説としては違うなにかのほうが効率良さそう。

それではお楽しみください。


 俺にとって実りのあるゴールデンウィークが終わり、川神学園に登校する水曜日。

 

「おはよう、姉さん、ワン子、神衣。」

 

 通学路の土手を百代さんと一子ちゃんに俺を含めた三人で登校していると直江くんが合流する。

 

「おーす。」

「おはようやまとー。」

「おはよう直江くん。」

 

 他の生徒から向けられる視線は変わらないまま前に女性が二人、その後方に男が二人といった形になる。

 

「そういえば二人から色々聞いたけど、箱根でクリスさんと決闘したんだってね。」

「まぁね。」

「見たかったなぁ、決闘ってのが気になってるままだし。」

「そういえば神衣が来てから本格的な決闘はやってないからな。一応賭博場でやったのも決闘みたいなもんなんだけど見たいのはそういうのじゃないんだろう?」

「そうか、あれは決闘だったからあんな雰囲気だったのか。」

「手軽に体験したいってんならワン子なんかは試合したがるからやれると思うけど?」

「なになに! 私と決闘したいの!?」

 

 それを聞いた一子ちゃんはきらきらした瞳でこちらを向く。

 

「ね?」

「やめとくよ。そういうの苦手でさ。」

 

 ずっと不良たち相手にしかケンカしてなかったのでどういった様子か見たいのが理由なのに自分でやったら意味が無い。

 

「なら私かぁ?」

 

 百代さんもこちらを向くが、面白半分といった感じだ。強くないんだし、当然だろう。

 

「お断りさせてもらいます!!」

 

 今後のことも考えると百代さんの前では余り話題に出さないほう良いかもしれない。

 

「ところで休みの間どうだった?」

 

 会話の状況を察してか、直江くんが話題を変えてくれる。

 

「えっと、バイト探ししながら街をランニングしてたよ。」

「へぇ、貯金目的?」

「川神院にお世話になれる期間も限られてるし、卒業までには一人暮らし出来るような環境にしたくて。」

「そういうことならなんか良さげなバイトがあったら紹介するよ、タダじゃないけど。」

「ほんと! それでもいいからお願いするよ。」

「なるほど。そのランニング中、英雄に会ったってことですね。」

 

 横から葵くん、井上くん、小雪さんの三人が通りかかり合流する。

 

「あ、おはよう。」

「おはようございます、みなさん。」

「にしてもお前よく英雄に直接履歴書渡したよな、普通なら萎縮するんじゃねーか。」

「九鬼クンに直接だなんて……やるわね神衣くん。」

「それマジ!? 世界の九鬼に渡したのかよ。」

「正確に言うと近くにいたあずみさんにだけどね。」

「渡しただけでも凄いことだよ、可能性が出来たってことだし。」

「ま、そうですね。限りなくゼロだとしても可能性はありますよ。」

 

 自分では諦めているけど二人は否定的な言葉では無かった。おそらく気を使ってくれてるんだと思う。

 

「うーん、ゼー、ロー、だと思うけどなー。」

「ユキ、あんまし現実的な数字は言ってやるな。可愛そうだろう。」

 

 小雪さんは二人とは裏腹に現実を突きつけてくる。

 

「で、どんな手使ったんだ? 九鬼のことだ、通常の手段じゃあ受け取らないだろうし。」

 

 直江くんは少し真面目な表情で聞いてくる。

 

「……揚羽さんが気にしてくれてたみたいで。」

「揚羽さんって言うとあの九鬼揚羽?」

「それが本当だとするなら可能性はだいぶ上がりますね。」

 

 普通は疑いそうなことだけど二人は嘘だと思わなかったようで少し考えている表情に変わった。

 

「なんでお前みたいなヤツが揚羽さんと知り合いなんだ?」

「おわっ!?」

 

 みんなが学園に向かって歩いてる最中、百代さんは俺に向かって来たのでびっくりして立ち止まった。

 

「ちょっと姉さん、驚いてるじゃん。」

 

 周りで話していたみんなも立ち止まり、直江くんは俺と百代さんの間に腕を入れ、場を宥めようとする。

 

「えーと、川神学園を紹介してもらうときに色々教えてもらったくらいです。弟が在籍してるとか。」

「…………ほんとうか?」

 

 少し怖いと思えるくらいの威圧感。気が弱い人間なら泣いてしまう人もいるんじゃないかと思えるほどだ。

 

「ほ、本当ですって!」

「ほらほら姉さん、そのへんでいいでしょ。」

「ちぇ、ちょっと期待したんだけどなー。」

 

 そこでようやく百代さんは前を向き、みんなも足を動かしはじめた。

 

「大丈夫か、ああいうの初めてだろ?」

「さすがにちょっと怖かったかも。」

「しかし、神衣くんの交友関係には少し驚かされますね。川神院と九鬼。この川神でその二つと関係があることの凄さを。」

「さらに学園ではS組で、風間ファミリーとも面識を持ってるわけか。家柄とか関係無く。」

「これは良いクラスメイトが増えたかもしれませんね。」

「それじゃあ私はここで。また後でなー。」

 

 学園に付くと百代さんが三年生で棟が違うため、先に別れる。残りは引き続き一緒に教室へと進む。

 

「そういえば一子ちゃんたちが戦った軍人ってなんだったの?」

「あー、あれね。クリの身内みたいよ。」

「家柄的に軍関係者が多く、父親が娘に甘い結果軍人がお世話してたらしい。」

「色々ぶっ飛んだお嬢様ってことか。」

「ま、そんなとこ。それじゃ。」

 

 それぞれの教室がある廊下で二人と別れ、俺たちはS組の教室へ入る。

 

「おい! 転校生――いや、神衣、だったか。」

「おはよう、九鬼くん。」

「英雄自ら声をかけるなんて珍しいですね。」

「庶民の真剣な行動には真剣に答えるだけの話だ。我が友トーマよ。して、神衣。例の件は九鬼全体で周知はした。そして我も目を通した。」

 

 例の件。履歴書のことだろう。まさか九鬼全体でしかも九鬼くんも見てくれたのは予想外だ。

 

「結論だけ言えば今のところ九鬼として案件を出すことは無い。」

「そ、そうだよね。」

「ヒュホホホ、庶民ではその程度であろうな!」

 

 わかっていたとはいえ少し悲しい気持ちになる。今まで何もしてこなかった分、当然だろう。

 

「たが! 従者部隊ではなにか案件があるやもしれぬ。あずみ!!」

 

 九鬼くんの少し後方で待機していたあずみさんが前に出てくる。

 

「はい! 詳しくは言えませんが私が会議で神衣クンの書類を出したところ数名が受け取りましたので何かしらの案件が来るかもしれません。その場合は私からご連絡差し上げます!」

「……神衣って結構すごい奴なのじゃ?」

「わ、わかりました。わざわざありがとうございます。で、従者部隊ってなんです?」

「簡単に言うと九鬼を護衛する方々のことです。あずみさんもそれに当たりますね。」

「ってなると即戦力っていうよりは人材的な面での理由かもな。」

「今日は朝礼なのでそろそろ校庭に向かいましょうか。」

 

 この川神学園では毎週水曜日は校庭に集まり、鉄心さん自ら朝礼をする。内容は時期ごとのイベントだったり、特に何もなく、ただありがたいお言葉だったりするようだ。

 

「準みてみてー、なんかやるみたいだよー。」

 

 朝礼が終わりみんな教室に戻ると、小雪さんが校庭を指差す。

 

「こりゃ決闘か。」

「あれは一年生の。たしか武蔵小杉さんですね。」

 

 校庭にはクリスさんと一年生。

 

「鉄心さんがいるってことは正式な決闘ってことだよね。」

「そういうことになりますね。」

 

 周りにいるギャラリーは殆ど一年生だろう。二年生は風間ファミリーが近くで見ている。対峙する両者は互いに素手だ。そして鉄心さんの開始と言う合図と共に1年生が攻めるものの、同時に攻めていたクリスさんに為す術なく意識を絶たれた。やっている本人としては本気なんだろうし悪い気がするけど個人的にはもうちょっと質の高い決闘を見てみたい気もする。

 

 その後の授業を終えて放課後、帰り道の多馬川土手。

 

「直江くん……なにしてるのこんなとこで?」

「なにって、見てわかるだろ? 決闘。」

 

俺たちは川の方にいる百代さんと不良たちを見る。

 

「そうは見えないんだけど。」

「一応言っておくけどここに居ると何があっても知らないからな。自分の身は自分で守れ、だ。」

「お、誰かと思えば神衣か。どうだ? 実践訓練でもするか?」

 

俺に気づいた百代さんは不良を相手にしながらこちらに寄ってきたのでそうなると当然残りの不良たちもこちらに寄ってくる。

 

「やめときます!」

「ちぇ、男なんだからもちょっとがっつけよー!」

 

 控えている不良たちの足が止まる。

 

「おい、あれってもしかして……。」

「ああ、もしかすると東のほうで噂になってたヤツか。」

 

 不良たちは立ち止まりながらなにかひそひそ話している。少し聞こえるが前いた学校付近で広まった噂だろう。

 

「おい、その噂ってなんだ?」

「あ、青い髪の男がケンカを売って不良を無傷で倒しまくるって噂で――うわあ!!!」

「ほぉ。」

 

 百代さんは掴んでいた不良を放り投げ、俺を見る。

 

「へぇ。」

 

 真横からも俺を見る目が。そして百代さんは違う不良をまた掴む。

 

「そ、その男は今まで自分から手は出さず、一度殴られてから手を出す。」

「殴られてるなら無傷じゃないだろ。」

「それが殴っても殴っても何事も無かったかのように殴りかかってくるし、アザとかが出来ない――ほわわ!!!」

「ふーん。」

 

 同じ動作で掴まれていた不良は彼方に飛んで消える。

 

「うーん。」

 

 直江くんは顎に軽く手を当てる。

 

「な、なにかな?」

「噂の転校生だったよね?」

「……一言だけ言わせて! 俺からケンカ売ったことは一度も無い!!」

 

 本当に噂ってのは尾ひれを引くんだなとわかった瞬間だった。

 

「否定しないんだな。」

「ケンカになってたのは事実だし。」

「ダメージ無しって聞くと心が踊るなー。」

 

 何故か少し機嫌が良さそうな声で残りの不良を投げ飛ばした百代さんが近づいてくる。

 

「普通に痛かったですよ、なんなら意識もなくなりましたし。」

 

 あの人に食らった一撃だけだけど。

 

「ま、そんなもんか。」

 

 頭の後ろに手を組んでそのまま三人で帰り道を何事も無かったかのように歩いていく。

 

 翌日、朝のホームルーム。今日は連絡事項があるらしく、宇佐美先生は来て早々みんなを一旦静かにさせた。

 

「よーし、静かになったな。えー、こほん。今日は転入生を紹介する。入れ。」

 

 ガラガラと音を立て扉を開けて入ってきたのは軍服を着ている女性。しかも意味があるのか、ないのか眼帯を付けている。

 

「マルギッテ・エーベルバッハです。」

「まー色々思うところはあるだろうが留学生って形でS組になる。F組のクリスと似たような扱いだな。」

 

 そういえば一子ちゃんが森で軍人と戦ったって聞いたが特徴が似てる。

 

「つーわけで一人、マルギッテと入れ替わりになった。」

 

 休む場合は理由を先生が教えてくれるが、説明無しで一つ空席があって気にしてはいたがこういったことだとは思わなかった。となると俺が来たときも入れ替わりが行われたのだろう。優秀なクラスゆえ仕方ないのだと思うけど。

 

「なんか複雑な気分になってきた。」

「そこまで気にしなくても大丈夫ですよ、入れ替わるのは大抵メンタルが不安定になる方ですから。」

「ヘルス! ヘルス!」

「まるで破壊の呪文だな。」

「そんじゃ今から質疑応答だ。マルギッテも嫌なら答えなくていいからな。」

「わかっています。」

 

 俺は勢い良く手を挙げる。

 

「はい!」

「おー、おー、いきなり神衣か。少し驚いたぞ。」

「俺の時そういうの無かったんですけど?」

 

 宇佐美先生に質問をする。確か俺のときはなんだか物騒な話をしていたからそれが理由かもしれないが一応気になったので聞いてみた。

 

「そりゃお前、性別の差だ。うちの女子連中が男に聞くことなんてあんまなさそうだろ?」

 

 そう言われ自然とクラスの女子を見回す。

 

「……納得しました。」

「はい、じゃあ次。」

 

 俺は先程の勢いは無いものの、再び手を挙げる。

 

「はい。」

「なんだ、また俺に質問か?」

「いえ、ちゃんとマルギッテさんに質問です。」

「ならよろしい。だけど次から連続は無しな。」

「服装から軍人だと思いますが楽しい学園生活をしたことありますか?」

「学業は当然です、ですが楽しいといった事を感じたことはありません。全ては優秀な軍人になるための行動と知りなさい。」

 

 似てるかもしれない。似てると言っても学園生活を楽しめていないことに関してだけ。理由も過程も毛ほど似ていないだろうが結果として楽しめていないなら同じだと思う。なぜだかこのときの俺はいつもと違った。変わろうと思っていた自分だけでは動けなかったのを後押しされているような感覚。今思っている事を発言することで変わることが出来るならすることは決まっている。

 

「そうですか…………なら、同じクラスになったのもなにかの縁ですし、一緒に楽しい学園生活にしましょう!!!」

 

 川神学園に転校して来て、一週間ほど。感情を押し込めて、当たり障りないよう過ごし、それでも向かってくるやつは暴力で対応。どう考えても今までの俺ならこんな行動しなかった。周りの人たちのおかげで本当の自分に戻れるような感じ。変わろう、変わりたいと思いながら立ち止まっていた俺はここで漸く動き出す。まず記念すべき一歩目。この発言がきっかけで俺はS組内で変なやつと認定されてしまった。




いかがでしたでしょうか?

話の区切り的に主人公の戦闘はもう少し先のお話になりそうです。今回でいわゆるプロローグ終わりな感じです。こういった始まりだとなんだかヒロイン確定な感じしますが特に決めてませんのであしからず。

そんなわけで次回は主人公の目覚め!回の予定ですが変わる可能性が大いにありますので読者の方々も妄想を膨らませながら御待ちくださいませ。

読者の方々、ご観覧ありがとうございました。
ご意見、ご感想、ご指摘がありましたらお気軽にメッセージ等にお願いします。


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第5話 「……関係無い。」

時期的にまた嫌いな暑い季節になってきた。でも不思議と何かをしたい気持ちが強くなる。本当にするかは置いといて。

それではお楽しみください。


「うわっ!?」

「わ、わりぃ。」

 

 教室の扉を開けると勢い良く出てきた井上くんとぶつかりそうになった。

 

「どうしたのそんなに慌てて。」

「英雄のやつがメイドを残してFに行ったから、俺も行こうかと思って。お前も、来るか?」

「用事ないし、やめとくよ。」

「そうか。まーあれを経験しとくのもいいと思うし、頑張れや。」

 

 意味がわからず首をかしげる俺の肩をポンッと叩き、井上くんはそのまま通り過ぎていった。

 

「……なんのことだろ。」

「おーこれはこれは、先日青臭い発言をした庶民ではないか。」

 

 教室に入ると不死川さんが扇子でニヤついているであろう口元を隠しながら僕の方を見る。昨日の一件でS組での俺の立ち位置が決まったようだ。一部のクラスメイトからは見下すような視線を感じ取れる。このクラスは成績優秀なエリートとか良い家柄が多いようでそれぞれが個人としての能力に重きを置いている分、協調性とはかけ離れているのだろう。そんなところにみんなで仲良く学校生活をしよう、と発言する俺みたいな新参者が現れれば反感を買うのは当然なんだろう。

 

「おはよう、不死川さん。」

「あれは流石に笑いを堪えるのが大変だったぞ、しかも猟犬相手に言うんだもんな。」

 

 そう言うのは普段と同じ姿だが雰囲気だけが違うあずみさん。目つきや声のトーン、態度まで違う。

 

「おはよう……ってなんかあずみさん、キャラ違くない?」

「こっちが素なんだよ。」

「英雄が居ないときはこんなだよー、ねー。」

「おうおう、今日もユキはいい子だな。」

「葵くん、小雪さん、おはよう。」

「おはようございます、神衣くん。」

「井上くんが言ってたのはこれのことか。」

 

 独り言のように呟く。さっきの様子を見るとF組に行った理由の一つに今の状態のあずみさんが関係していそうだ。

 

「あぁ? なんか言ったか?」

「え? 今のほうがあずみさんらしさを感じるなーと。」

「はぁ?」

「ふむ、昨日の件と今の対応で確信しました。どうやら神衣くんはS組には居なかったS組らしくないタイプの人間ですね。」

「それって褒めて……は、いないよね?」

「ええ、今のところ褒め言葉にはならなさそうですね。」

「今のところは、か。」

 

 葵くんは納得した表情を浮かべて、またすぐに何かを考え始めた。

 

「月日が経ち、あの女王蜂もここまで変わるとは驚きです。」

 

 いつの間にか後ろからマルギッテさんの声が聞こえる。

 

「猟犬には言われたくねぇ。」

 

 なんでも二人は昔、戦場で命の奪い合いをしていたらしい。それが曲がり曲がって学び舎で再会したのだ。当時とは違い、今はお互い仕えている主の密命やら護衛がメインなので戦いにはほぼならないとのこと。

 

「おはよう、マルギッテさん。」

「おはよう、神衣輝……シャツが少し出てるのですぐ直しなさい。」

 

 教室に入り席へ向かう途中に指摘される。軍人という仕事柄、規律とか風紀とかそういうことに気が付きやすいのかもしれない。

 

「あ、ほんとだ。さっき井上くんとぶつかった時に出ちゃったのかな。ありがと。」

「ふーん、らしくないじゃないか猟犬。」

「学生として行動したまでです。」

 

 俺が席に座ると同時にF組に行っていた二人が帰ってきた。

 

「さすが一子殿。今日も素敵であった!!」

「一日一委員長は心が洗われる。」

「おかえりなさいませ!! 英雄さまっ!!!」

 

 目にも留まらぬ速さでいつものあずみさんになり、九鬼くんからそそくさと井上くんは離れる。

 

「これって九鬼くん気づいてない感じ?」

「多分な。仮に直接言っても信じねぇだろうな。」

「突然ですが神衣くん、今日の放課後空いてますか?」

「特に予定は無いけど。」

「おっし、じゃあホームルーム始めるぞ。」

 

 答えると同時に宇佐美先生が教室に入ってきて、チャイムが鳴る。

 

「それはよかった。ではあとで続きを話しましょう。」

 

 そして普段の授業を終えて下校時間となり、俺たちは色々あってファミレスに行くのであった。

 

「まさかこの組み合わせで遊ぶことになるとは思ってもみなかったよ。」

 

 机にはドリンク3つに少し小腹を満たすためのフライドポテト。居るのは葵くんを除いた、俺、井上くん、小雪さんの三人。もちろん二人は俺の向かい側の席だ。

 

「うーん、ギリギリセーフ! トーマのために我慢するー。」

「おー、珍しく大人なユキだな。ま、英雄の絡んだ用事ならしゃーないしな。」

 

 小雪さんは隣に座っている井上くん側に寝転がる。葵くんから誘われたのは元々三人でぶらつく予定だったのが九鬼くんから急な用事を頼まれ行けなくなったらしい。それで予定が空いてるなら街の案内とかもできるし丁度良いとのことで声をかけてくれたそうだ。

 

「場違いじゃない?」

「場違いなら若はお前に頼まねぇよ。気にしないでパーっといこうぜ!」

「これはこれで面白いかもしれないしねー。」

「お前って帰ってから勉強したりしてる系?」

「前の学校では時間があったからやってたよ。最近は色々忙しくてやれてないんだけど。」

「そうか。じゃあ今度若がいる時勉強会でもしてみるか。」

「ほんと? 俺からもお願いするよ。」

「こう見えてユキも成績良いからな。そういうふうに見えないだろ?」

「何考えてるかはわかんないけど賢そうに見えるよ。」

 

 今までの学校が偏差値良くなかったいわゆる不良系だったため、本当に勉強の出来ない人は見てわかるようになった。喧嘩に明け暮れていたり、陰湿なイジメの首謀者のように頭が良くてもそういう事をやってる人もいたし。

 

「ふふーん。お前には小雪スペシャルを贈呈する、しばしまてれーい。」

 

 そう言うと小雪さんはドリンクバーを注ぎに席を立った。多分、ファミレスあるあるのオリジナルドリンクンバーだろう。まさか、夢のひとつがこうも簡単に叶うとは思っても見なかった。夢、と言っても普通の学生がやるようなこと全部がそれにあたったりするんだけど。

 

「ゲーセンとかは?」

「二回かな、不良のたまり場になってたからあんまり行けなかったよ。」

「ならちょうど良いか、少しいってみよーぜ。」

 

 そして次の目的地も出来たので小雪スペシャル(魔)をなんとか飲み終え、ファミレスを後にした。ゲームセンターの思い出としては一回目だけは普通に楽しめた気がする、もちろん一人でゲームを眺めただけだ。二回目はそこを拠点としている奴らに目をつけられたので対処してから行かなくなった。

 

「思ってたより治安悪くないね。」

 

 周りを見るとそこまで汚くない。それなりにキレイでちゃんとファミリー向け、キッズ向けのゲームエリアもある。

 

「そりゃ、問題があれば大人が動くし。他のとこに比べれば武闘派が多いからな。」

「なるほど。」

「これでもやってみるか、二人一組でやるやつ。」

 

 井上くんは先に座る。台には色んな種類のロボットが写っていて、操作方法も貼ってある。隣に座り、お金を入れた。

 

「じゃあ僕は見てるねー。」

「今の時事ネタ的にこいつかな。」

 

 井上くんは最近CMとかで見覚えのある大型の機体を選ぶ。名前は……なんて読むかわからない記号を使っているゴツめの。

 

「うーん、俺は質量のあるような残像を使いそうなこれにするよ。」

「結構渋いな。やり方はここにあるから見ながらだな。」

 

 ほとんど井上くんが敵機を落として、俺は操作を覚えるのに必死。それでも1ステージ、2ステージと問題無く進んでいく。

 

「みんなよくこれで操作出来るよね、個人的にはコントローラーとかのほうがやりやすいんだけど。」

「普通逆だろ。お、乱入か。」

「これって対人戦?」

 

 戦闘は中断され相手が機体を選び終わるのを待つ。

 

「ああ、相手は一人だしなんとかなるだろ。」

 

 相手が選び終わり互いの機体が表示された、赤くて両手に剣を持っている機体だ。そして戦闘が始まると相手は一目散に井上くんを狙いに行く。

 

「こっち狙ってくるかー、ちっ、強いな。」

 

 素人が見ても相手の方がうまいとわかる。それでも一矢報いるために俺も赤い機体目掛けてライフルを撃つ。

 

「一回くらいは落としたいが……きついかー。」

「ごめん、全然当たらない。」

 

 そして俺たちは何も出来ないまま負けてしまった。

 

「対戦ゲームはこういうの日常茶飯事だからな。」

「上手くなりたいなら連日通わないといけないのか。時間がいくらあっても足りないね。」

 

 お互いに席から立ち上がりゲームセンターの入り口へ向かう。

 

「時間も丁度良いし、この辺でお開きにするか。」

「今日はありがとう。」

「誘ったのは若だけどな。じゃ、またな。」

「ばーいばーい。」

 

 二人と別れ、川神院へ帰るために歩き始める。

 

「なんかちゃんと学校生活出来てる気がする。」

 

 他の学校と比べれば通常のカリキュラムじゃないのかもしれない。それでも日常として見れば他のところと変わらない。ならそれは俺にとって幸福でしかない。そんなことを考えて少し頬が緩んだ。

 

「ふぅー、とりあえずこんなもんでいいか。」

 

 自室で軽いトレーニングをして乾いた喉を潤そうと部屋を出ると玄関へ向かう百代さんの姿を見かける。

 

「あれ? こんな時間にどこか行くんですか?」

「なんだお前か、ちょっと島津寮にな。」

 

 たしか島津寮って言うと直江くんたちが暮らしているところだったはず。仲が良いんだし時間が遅くても少しくらい遊びに行くこともあるんだろうと思い当初の目的である飲み物を取りに行こうとすると百代さんは何かを思い出したように俺に声をかける。

 

「お前決闘に興味あるんだよな。来るか?」

 

 言葉的に島津寮で決闘すること自体が少し変だと思いつつも俺はついていくために百代さんに近づく。

 

「御一緒させてもらいます。一子ちゃんは呼ばなくて良いんですか?」

 

 決闘なら俺より、一子ちゃんのほうが見たがる気がして尋ねる。

 

「ああ、ちょっと個人的に行くだけだからな。」

 

 川神院を出て俺たちは並びながら、特に何も話すこと無く目的地へと向かう。百代さんならすぐに島津寮へ行けるはずがなぜか普通に歩いている。様子を見る限り俺に気遣って歩幅を合せているわけじゃなくて、単に足取りが少し重い。

 

「よっと。」

 

 島津寮についた途端、百代さんは壁をヒョイッと乗り越えていく。

 

「……玄関探さないと。」

 

 俺にはそんな芸当出来るわけも無いので素直に玄関を探す。

 

「勝手に庭行っても大丈夫かな?」

 

 少しあたりを見回してから誰も居ないことを確認してゆっくりと庭へ向かう。

 

「おじゃましまーす。」

 

 そこにはマルギッテさんと百代さんが互いに向かい合っていて、それを見守る形で直江くんたちがいた。

 

「神衣? どうしてこんなところに?」

「百代さんが決闘に興味あるならって。それよりなんでマルギッテさんがここに?」

「なんでもクリスの保護者役みたいな感じらしくて島津寮にはたまに来ることになってるんだ。」

 

 直江くんから理由を聞いているとクリスさんが近寄っていくる。

 

「たしか神衣だったな。マルさんから話は聞いたぞ、少しおもしろそうな男がいるって。」

「そんなこと言ってくれてるんだ。」

「任務以外の時で学園内でも少しは楽しくなりそうだって言ってた。」

「そっか。」

「そろそろ始まりそうだぞ。」

 

 風間くんがそう言うと静寂が訪れる。そしてマルギッテさんから動いて戦いは始まった。俺には二人の動きは早くて目で完全に追うことは出来ない。なんとなく今拳を出したとか程度。今まで見た中では一番激しい戦い。でも俺は違和感を感じた。

 

「……これって川神学園で言うところの決闘みたいなのであってる?」

「ああ。と、言いたいところだけどちょっと雲行きが怪しいな。」

 

 答えてくれた直江くんもなにかを感じ取っているようだ。戦いはトンファーを装備しているマルギッテさんが攻めつつも、百代さんは難無く受け流し一撃を入れ、距離が開く。

 

「くっ! 想像以上です、川神百代。」

「そうか、こちらも嬉しいぞ!」

 

 マルギッテさんが眼帯を外す。すると空気がもう一段階重くなる。それに応じて百代さんの纏う気も変わった。そこで完全に口を挟める状況じゃ無くなる。大人とか対等な関係とかじゃないと関われない。それでも俺の感じた違和感は強くなる一方だったから意を決して言葉に出した。

 

「…………止めたほうが良くない?」

「確かに、でも――」

「眼帯を外したマルさんは本気だ。全力を出している以上それは出来ない。」

 

 近くにいた二人はこういった状況に場馴れしているのか、いつもどおりと言った感じで答えた。直江くんは何か言いかけていたけど多分クリスさんと似たようなことを言おうとしたんだと思う。武を重んじる人ならではの考え方があるのはここに来てからよく感じる。確かにマルギッテさんはそういった類の気迫だと思う。それに比べて百代さんはどうだ? もちろん武人だし、家柄を考えれば同じ類いであることは間違いない。でも、今はそれだけじゃない気がする。

 

「…………前の俺もこんなんだったのかな。」

 

 強さの次元こそ全然違うし、心意気すらも比べる価値が無い。それでも俺が昔していた行動に似ている気がする。

 

「…………。」

「……っく。」

 

 どうやら全力を出したマルギッテさんに対し、百代さんも全力を出したくなったのかもう一段階、場が重くなる。直江くん以外の人も少しばかり気にし始めるくらいに空気が重い。素人の俺ですら勝敗がわかる、それほど圧倒的。このまま無理に続けるならマルギッテさんの敗北、それも今の百代さんの状態だと無傷では済みそうにない。

 

「クリスさん、このままじゃマルギッテさん怪我しちゃうんじゃない? 止めよう。」

「俺もそう思う。」

 

 直江くんも同じことを考えていたようで賛同してくれた。

 

「でもマルさんは戦い抜こうとしている。同じ武人として止めることは出来ない。」

「そっか。」

 

 顔を俯き、ごちゃごちゃ考えてることをやめる。

 

「姉さん相手じゃ俺たちだけで止められないし、後は川神院に任せたほうが良いかもな。」

「……関係無い。」

「え?」

「武人じゃない俺には関係無い。」

 

 俺は顔を上げて向かい合っている二人を見る。

 

「はぁぁぁ!!」

 

 マルギッテさんは声を上げながら飛び上がり、それを迎え撃つ百代さんも飛び上がる。そしてマルギッテさんから最後の一撃が放たれるとそこにいたはずの百代さんの姿が消え、真横に現れた。そこで百代さんの一撃。

 

「やめろぉ!!」

「なっ!?」

「くっ!?」

 

 そのままマルギッテさんの横っ腹に当たると思われた拳は二人の間目掛けて飛んだ俺に当たる。ズドンとした衝撃を感じながら俺はマルギッテさん共々、庭の壁際へとふっとばされた。

 

「神衣はどうなんです?」

 

 あれから場所を移して川神院。学長とルー先生が出てくる。隠れて携帯で学長に一応連絡していたことが幸いして、すぐに川神院が対応してくれた。武人ならともかくただの一般人が姉さんの攻撃を受けたら迅速に動かなければ命に関わる。

しかも状況が状況なだけに。

 

「今治療中じゃ、とりあえず意識が戻らんことにはな。」

「そうですか。」

 

 姉さん的には全力で全力を抜いたが一瞬だったからさらに当てるとこを変えたらしい。それでも常人には相当な威力のはずだ。

 

「時間ももう遅イ、直江ももう帰りなさイ。」

「ここにいても何も出来ないし、そうします。あの、姉さんは?」

「百代は今坐禅中ネ。」

「そうですか、それじゃあ今日はこれで失礼します。おやすみなさい、また明日来ます。」

「うン、おやすミ。気をつけて帰るんだヨ。」

 

 直江が帰り、姿が見えなくなるまで二人は見送る。

 

「それデ、どうなんですカ?」

「モモも相当体に負荷を掛けて威力を抑えたみたいで大事にはならん。」

「ふー、それは良かっタ。」

 

 ルー師範代が一息付くとどこからともなく金髪の執事が現れた。

 

「少し気を感じたと思ったがお前のところだったか。」

「モモのことか?」

「それもある。」

「ふむ、今回のことが二人にとってきっかけになればよいのじゃが。」

「百代はどうか知らんが、もう片方には十分過ぎる刺激だと思うぞ。」

「何か考えがあるなら少しくらい関わってもよいぞ。」

「ふっ、その言葉忘れるなよ鉄心。」

 

 こうして俺は学校生活というものを実感してきた途端、怪我で二、三日学校を休むことになった。そしてこれから自分が思い描いていた学校生活からかけ離れていくことになる。




いかがでしたでしょうか?

一応予定通り今回で主人公は目覚めました、目、覚めてないけど。まじ恋やった方なら百代の一撃食らって何も無いなんてって思いますよね。なのでちゃんと理由は考えました。百代には無理やりご都合的に威力抑えてもらいましたけど。

そんなわけで次回は青春回の予定ですが変わる可能性が大いにありますので読者の方々も妄想を膨らませながら御待ちくださいませ。

読者の方々、ご観覧ありがとうございました。
ご意見、ご感想、ご指摘がありましたらお気軽にメッセージ等にお願いします。


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第6話 「嫌いじゃないよ。」

最近気が向いて昔聞いていたリストを流すと昔のことを思い出し、少しテンションが上った。でも人によっては昔が嫌な人もいるので感情は難しい、しかも答えなんて決まってないから。

それではお楽しみください。


 俺は眺める。新しく生活している場所、川神を空から。現実ではありえない。浮かんでいるのだ。こういう景色を見るのはこれで二度目。多分意識を強引に絶たれたからだろう。最初もこういう感じだった。ただ違うのはどんどん離れて上昇していること。夢みたいなもんだろうし別に気にするようなことじゃないけど少し怖い。そしてついには川神が見えないほど離れる。このまま行けば大気圏を超え、宇宙に出るかもしれない。俺は興味本位で体の向きを変えた。

 

「…………あれ?」

 

 向きを変えたと思った途端体が動かず、意識が覚醒する。

 

「川神院……か。」

 

 ここがどこだかわかり一呼吸すると扉が開いた。

 

「…………。」

「あ、おはよう百代さん。」

 

 返事が返ってこないまま、百代さんはそばにある椅子へドカッと腰掛ける。

 

「俺、なんかしました?」

「……なんだ、覚えてないのか?」

 

 そう言われて意識を絶たれた時の事を思い出す。

 

「あっ!? マルギッテさんは大丈夫なんですか!?」

「ああ、ピンピンしてたぞ。」

「そっか、良かったー。」

 

 マルギッテさんが怪我してないことを知り、少し頬が緩む。何事も無かったならまた学園で会えるし、これからの行事も楽しめそうだ。そんなことを考えている俺とは裏腹に百代さんは真面目な表情のまま、腕を組んでこちらを見つめている。明らかに雰囲気がいつもと違うので恐る恐る尋ねる。

 

「……やっぱ怒ってます?」

「怒ってるって言ったら謝るか?」

 

 クリスさんも言っていたが武人としてやってはいけない事。怒られてもおかしくないことをやったんだと思う。本来であれば謝るのは当然なのかもしれない。でも俺は悩まずすぐ言葉を返す。

 

「いえ、謝らないです。あれは決闘なんかじゃなくてただのケンカにしか見えなかったんで。」

 

 仮にマルギッテさんやクリスさんに怒られようとも謝ることはないとはっきり言える。それだけ歪な争いだと感じたから。

 

「ならそれで良い、私もその事に関しては謝らない、お前が勝手に割り込んだんだからな。」

「でも感謝はしますよ、ありがとうございました。」

 

 状態が状態なので軽く頭を下げる。

 

「なにがだ?」

「拳が当たる直前なんとかしようとしてましたよね? マルギッテさんだって俺の代わりに受け身を取ろうとしてたし。」

 

 俺が二人の間に割り込んだ瞬間、二人共瞬時に何かしらの対処を考えたことはわかった。そうでなければ全力の百代さんの拳を俺なんかが受けてこの程度で済むはずがない。

 

「あの時私に出来たのはそれくらいしかなかったからな。割り込んでくるなんて思わなかったし。」

 

 そう言うと百代さんは立ち上がる。

 

「まーその様子なら晩飯は食えそうだな。用意させとく。」

 

 百代さんはそのまま部屋を出た。鉄心さんに言われて俺の様子でも見に来たのだろうか。あんなことしたんだしてっきりボコボコにされるかと思ってたんだけどなんにもなくてよかった。一安心して、横にある携帯に気づき手に取る。

 

「あ、直江くんからメール来てる。」

 

 その日は晩ごはんを頂き、直江くんに返事だけ返して眠りについた。

 

「お! 来たな神衣!!」

「……おはよう。」

「なんだそれ、あの時の気合はどこ行ったんだよー。」

「吹っ飛んじゃったかなぁ。」

「モモ先輩に殴られたならそうなんじゃねぇか?」

「殴られたってのはちょっと違うと思うけど。」

「まーまー、一応病み上がりなんだしそれくらいにしてそろそろ行こう。」

 

 学園に登校するため川神院を出ると風間ファミリーの男性陣がいた。この前、直江くんのメールでもしかしたら男連中で今回の件を詳しく聞きながら登校するかも。と言った内容が来ていたので驚きはしなかったが、少し緊張はしていた。

 

「早速、本題!」

 

 歩いていると突然立ち止まり風間くんが人差し指を立てた。

 

「お前、修行してるだろ?」

 

 その指を俺に向ける。

 

「どうして?」

「気合が凄かったのはわかるんだけど気合だけじゃあんなに飛べねぇ。」

「俺様たちも昔モモ先輩が仲間になってから少し試したもんな。」

「僕は試してないけど。」

「俺も俺も。」

 

 色々整理してみると確かに二人は空中で交差していた。宙に浮かんだとかではなくそれこそ文字通り本当に空中で。そしてその間に俺は割り込んだ。

 

「言われてみれば飛んだってことになるのか。気にしてなかったよ。」

「まさしく無我夢中ってことか。」

「ちょっと今ジャンプしてみろよ。」

 

 岳人くんが軽く腰を叩く。

 

「傍から聞くとただのカツアゲだよね。」

「よっと。」

 

 言われたとおり軽くジャンプすると少し小銭の音がした。

 

「普通ジャン。」

「普通だね。」

「普通じゃねぇか。」

「普通だな。」

「なんか申し訳ない。」

 

 みんな頭にはてなマークを浮かべてる表情のまま、足を動かし始めた。

 

「そういえばさ、クリスさん結構怒ってるの?」

 

 実は直江くんのメールには続きがあり、どうもクリスさん的に俺がやったことを快く思っていないとのこと。一応アフターケア的な事をやれるだけやってみると書いてあったのだ。今考えてみれば百代さんにも同じようなことをしてくれたんだと思う。

 

「俺のときに比べれば全然怒ってない方だ。」

「なんかついこの間も似たような事あったよね。」

「ああ、我らが大軍師様とな。」

「つーとあれか。神衣も決闘で決着つけるか?」

 

 直江くんとクリスさんは確か決闘で多少吹っ切れた関係になったはずだし、俺もやればそうなるかもしれない。

 

「とりあえずクラスが違うんだし、時間で解決ってのが理想じゃない?」

 

 時間はかかるけど師岡くんの言っている案が無難な気がする。

 

「あれ、クリスじゃね?」

 

 風間くんの言葉を聞いて俺はみんなと喋っていた視線を横からゆっくりと前へと移す。

 

「こっち向かって来てんぞ。」

 

 目的が何かは知らない。誰に用事とかも。ただ俺と目が合う。

 

「ま、最初は当たって砕けろだ。」

 

 直江くんが肩を二回軽く叩く。

 

「お、おはよう、クリスさん。」

「おはよう。」

 

 挨拶を交わし、一瞬の静寂。

 

「とりあえずマルさんが怪我しなかったことには礼を言う。ありがとう。」

「え? いや、こちらこそ受け身を代わりにしてくれたみたいで。」

 

 想像してた言葉ではなく、動揺する。

 

「で、本題だ。なぜあの戦いに割り込んで武人として戦っている二人を止めたんだ?」

 

 クリスさんは一歩近づき、聞いてくる。怒っている……というより気になっているような感じ。

 

「俺にはあんなのが武人同士の戦いには見えなかった。確かに凄かったよ、素人が見てもそれくらいはわかる。でもそれだけでただのケンカにしか見えなかった。」

「二人共同意の上、全力で戦っていたのにか。」

「決闘ってのは終わった後、本人はもちろん見ているみんなが清々しい気持ちでいられることだと思う。」

「うーん、それは確かに神衣の言う通りかもしれない。」

 

 その言葉とは裏腹に納得いかない表情を浮かべる。

 

「実際に決闘をしたことはあるのか?」

「数回見ただけでやったこと無いけど。」

「だからか、些か説得力にかけるな。」

 

 クリスさんはそこでようやく少し納得したようだ。言葉的に理解できてもそれを俺が言うことで違和感が生じたのだろう。

 

「そこは否定しない。でもああいうケンカみたいな経験だけは積んじゃったから。」

「そうか、とりあえず理由が聞けてよかった。悪意に満ちた内容ならこの場で私自ら神衣の性根を叩き直すところだったがそうでないのがわかった。」

「この短期間でクリスが成長してるだと!?」

「一言余計だぞ、大和!」

「別に悪口じゃなく関心してるだけなんだからいいだろ。」

「むー。」

「じゃあこの件は一件落着ってこと?」

「あ――」

「いや、保留だ。」

 

 直江くんが答え終わる前にクリスさんがかぶせて言う。保留と。

 

「理由はわかったが私の中ではすぐに結論が出せそうに無い。だから後日また機会を設けてもらってもいいか?」

「……クリスさんがそうしたいってんなら付き合うよ。俺は待ってれば良い?」

「ああ、近いうちマルさんとも話をして結論を出す。」

「なぁ、モロ。付き合うって言葉、良いよな。」

「今言ったのは岳人が考えてるのと違うけどね。」

「色めきだってるヤツが聞いたら告白とかってウワサになる可能性は高いかな。」

「え? これってそういう話だったのか?」

 

 コソコソと話したわけじゃなく、近くの人には聞こえるような会話だった。だから周りには気になって立ち止まり話を聞いていた人もそれなりに居る。

 

「な! え!? こ、告白!? 違うぞ、断じて違う!!」 

 

 クリスさんは顔を赤らめる。

 

「えー、ならクリスは神衣のこと嫌い?」

 

 直江くんの表情が心なしかニヤついているように見える。どうやらクリスさんをからかっているようだ。

 

「うぅ、会ったばかりでわかるわけ無いだろう!!」

 

 何回かちらちらと俺を見た後、直江くんを睨む。

 

「じゃあ神衣はクリスのこと嫌い?」

 

 そして俺。多分、色恋でどういった反応をするか試しているのかもしれない。おどおどすればいじり甲斐があるんだと思う。

 

「嫌いじゃないよ。」

 

 俺は笑いとかも考えず答える。そして言葉を発してすぐに空気がおかしくなったことに気づくが時すでに遅し。

 

「ば、バカ!! バカ大和!!!」

 

 クリスさんはなぜか直江くんに攻撃を仕掛けようとする。

 

「は? なんで俺なんだよー!!」

「お前が変なこと言うからだろー!!!」

 

 まず一撃を避ける。そして続けての攻撃を避けるため直江くんは走って学園に向かうがクリスさんがそのまま追いかける。

 

「お前、ガチか?」

 

 岳人くんが近寄ってコソッと呟く。

 

「真面目な話してたから真剣に考えちゃって。別に深い意味は無いんだけど。」

 

 空気感的になぜか恥ずかしくなっていく。こういうことを今まで意識したことが無かったから尚更なのかもしれない。このなんとも言えない空気の中俺たちは登校し、それぞれの教室へと別れた。そして昼休み。

 

「まさかモモ先輩とマルギッテの間に割り込むなんてなー。」

「ええ、生きていること自体が奇跡ですね。」

「だいぶカバーしてもらったんでなんとか。」

 

 結局学園全体にウワサは広がっていて、昼食を葵くんたちと食べながらその話をしていた。それとクリスさんに聞きそびれたマルギッテさんのことを朝、宇佐美先生から聞いた。どうやら少しの間欠席するらしい。理由は一度訳あって本国に帰るとのことだった。

 

「そういや三年のA棟行ったことあるか?」

「言われてみれば無いかな、どこにあるか知ってるくらいだね。」

 

 たしか三年生は棟が違う。前に直江くんたちと登校した時、百代さんだけ先に別れていた。

 

「まー川神院に居て、モモ先輩と知り合いってだけだとわざわざ行かないか。ラジオの打ち合わせしに行くけど来るか?」

「ラジオってなに?」

「そういえば神衣くんはまだ聞いたことが無いんでしたね。毎週火曜のお昼休みに準とモモ先輩で放送してるんですよ。」

「ただの雑談と変わらないけどな。で、どうする?」

「興味あるしお願いしようかな。」

 

 歩いてから少しするとB棟からA棟に入った。俺は転校生なので顔見知りなんていないから誰かの顔色やらを伺う必要なんてない。それでも、居辛さはわかる。

 

「部活とかで先輩とかと関わったりしてないけど……なんかこう、そわそわするね。」

「あーわかるわ。俺も最初はそんなんだったぜ。」

 

 三年生の廊下を歩いていると見覚えのある女性の姿を見つけた。その隣にはメガネをかけた女性と、和服の男性。

 

「モモ先輩、ラジオの打ち合わせしたいんでちょっといいですか?」

「なんだお前か、やるなら手短にな。で、神衣はなんかようか?」

「実際三年生の教室を見てなかったんで見学です。」

 

 そう言うと百代さんの方を向いていた和服の男がこちらを向く。

 

「見学、と言うと君が川神院に居候し始めた生徒か。」

 

 明らかに上級生というオーラが漂っている、というか教師と言われても信じてしまうだろう。

 

「神衣輝です、よろしくおねがいします。」

 

 俺は挨拶と同時に軽く頭を下げる。

 

「誠実さを感じる良い挨拶だ。私は京極彦一。」

「私は矢場弓子で候。」

 

 京極さんと視線を合せていたので次に隣にいる矢場さんへと視線を合わせる。

 

「…………。」

 

 何を言うでもなく、俺は矢場さんから目を離せなかった。

 

「……え、ちょ、な、なにかあるで候?」

「え? あっいや、なんでもないです! なんかすみません。」

「モモ先輩ありがとうございます、それじゃ。」

 

 頭を下げ、矢場さんに謝っていると話を終えた井上くんが近寄ってくる。

 

「こっちは終わったからそろそろ行くぞ。」

「う、うん。それじゃ失礼します。」

「あれ、なんかあったのか? ユミ?」

「な、なんでもないで候。」

「初々しさが目立つな。」

 

 A棟から出て、S組の近くまで来ると井上くんは立ち止まり、ニヤつきながら俺の方へと振り返る。

 

「お前、ああいうのがタイプなのか?」

 

 俺が矢場さんを見つめていたことを聞いているんだろう。

 

「初めてだったからわからないけど、とりあえずメガネがよく似合ってたと思う。」

 

 自分でも理由がわかっていないので今わかっていて合っているであろう事実を言った。

 

「メガネ、か。」

 

 顔を伏せると俺の隣へ来て肩を組んできた。

 

「お前にもあるのか!! 誰にも譲れないところがっ!!」

「そ、そうなのかな?」

「まーこれからは少しその事を意識して周りを見ると真実がわかってくるはずだ。」

 

 なぜだかいつもの言葉より重みを感じる。

 

「わ、わかった。そうしてみるよ。」

「S組でこういう話が出来るなんて思いもしなかったぜ。そっかー、メガネかー。」

「なんかちょっと恥ずかしいから、誰にも言わないでくれない?」

「わかってるって、今は心配すんな。」

「今はって!?」

 

 バシバシと肩を叩かれながら、S組の教室へと戻る。その後は初めて感じた感情の事を考え込んでしまい、授業に集中出来ないまま帰路についた。




いかがでしたでしょうか?

予定どおり青春、というより色恋話するための回になったかな。少々無理やり感ありますがそこは学生テンションということで。

そんなわけで次回は今後の方針回の予定ですが変わる可能性が大いにありますので読者の方々も妄想を膨らませながら御待ちくださいませ。

読者の方々、ご観覧ありがとうございました。
ご意見、ご感想、ご指摘がありましたらお気軽にメッセージ等にお願いします


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