ゴブリンスレイヤー~もしも女神官より先に転生オリ主が入ったら~ (ちっく・たっく)
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ゴブリンスレイヤー~もしも女神官より先に転生オリ主が入ったら~

作者はゴブリンスレイヤー大好きです。信者といっていいレベル。

でも、二次創作でくらいもうちょっと救いがあってもいいんじゃないかなって思いながらリハビリがてら書きました。


生まれ変わったら剣と魔法のファンタジー。

オタク趣味の持ち主なら思わず憧れる魅惑のフレーズ。

だけどよく考えたらさ、夢って、実現しちゃったらそれただの現実だよな。

そしてよく考えなくっても、

現実ってのは大体クソッタレなのさ。

 

「冒険者になりたいんですが」

「はい、文字は書けますか?」

「大丈夫です……」

 

ようやくこの日が来た。

この暗い世界に生まれ変わってからの苦節十六年とんで五月、ギルドに立ってこの言葉を言うのが俺の夢だった。

 

この世界の俺は王都の隅っこで娼婦の息子として生を受けた。

ろくなもんじゃない。今生の母と呼ぶべき彼女は都に夢見てやって来て、世間知らずが故に悪い連中の食い物にされて、自分の赤ん坊に愚痴を涙ながらにこぼしてしまうような哀れな女性で、大きくなったら幸せにしてやりたかったんだが……俺がようやく立てるようになった頃に死んでしまった、らしい。

 

どうして死んでしまったのか、本当に死んでしまったのかも分からないのだ。

マジでろくなもんじゃない。

 

お前の母親は死んだと言いながら俺を引っ張って行った男はギャングだかマフィアみたいな都に根を張る犯罪組織の一員で、どうやら俺は下っぱにされるらしかった。

 

最初のうちは他の孤児かなんか分からん薄汚い子供たちと汚部屋に詰め込まれて飼われていたんだけども、泣きも喚きもしないで淡々と言われたことだけやる社畜根性が偉い人の目に留まったらしく使い捨てとは別コースに載ることになった。

 

忍び歩き、解錠、罠設置、罠解除、毒知識、演技、変装、登攀、気配察知、短刀に弓に吹き矢に投擲といった殺しの業。

 

シーフからのアサシンですね。これゲーム先生で見たやつだ。

 

やってらんねー。

 

組織内での反乱分子や路地裏のジャンキーを相手に何度か殺しをさせられ、いよいよカタギさん相手に実戦投入されそうな気配を察知したもんで覚悟固めてトンズラよ。

 

まあ組織に厄介になってからはまともに感情表現しないで訓練に打ち込んでいた俺だ。周囲の評価はお察し。

 

「ああ、あのガキか、薄気味ワリイよな。まるで人形だぜ」

 

とか言われてんだぜ。小耳に挟んだときは不覚にも泣きそうになった。

まあそんなヤツがいよいよガチで犯罪やらされる事にビビって逃走を計るとは思うめえ。

 

訓練中の事故に見せかけて崖から川へ向けてダイブして、キチッと組織の連中にも死亡確認()してもらって一抜けだ。

 

付近に事前に仕込んどいた最低限の荷物とヘソクリを引っ付かんで俺は高跳びした。

貴重な仕事道具とか毒とか持っていきたいけども、不自然過ぎるからね。置いてきた。

 

さて、足を洗って何をするかって? 愚問だね。

 

生まれ変わってから本当にままならない事ばっかりで、好きに生きてやるって決めてんだ。

 

求めるはロマン。暗殺者見習い改め斥候、冒険者になります!

 

「……はい、ありがとうございます。手続きは以上となります」

 

そして今、流れ流れてたどり着いた辺境の街で俺は念願の冒険者認識票を手に入れたのだ。

 

等級は当然白磁。世間様から見れば一銭にもならないガラクタだが、俺にとってはどんな宝石よりも眩く輝く宝物だ。

 

「なあ、そこの君!」

「……ん、俺か?」

「そうそう!」

 

壁際に寄って、これが俺のステータスかー、とか手の内のドッグタグみたいな認識票を眺めて内心うきうきの俺に長剣を装備した男が話しかけてきた。

 

かなり年若く、今の俺と同年代に思える。

赤い鉢巻きと、キラキラ輝く子供のような瞳が印象的だ。

 

「なあ、お前も駆け出し冒険者なんだろ!? 一緒に冒険しようぜ!」

「ん、お、おう」

「決まりだな! こっち来てくれ、あと二人仲間がいるんだ」

「お、おう」

 

こいつ押しが強い。

こっちは何年も事務的な会話しかしてなかったんだぜ。性根がコミュ障なんだよ。

ちょっと待ってくれよ演技スイッチ入れるのは時間かかるんだって!

 

「あら、なになに、新しい仲間?」

「……なにが出来るか聞いてから決めましょうよ」

 

残りの仲間は二人とも結構な美少女だった。

髪を後ろで括った女武闘家と、キッツイ目でこっちを窺う女魔術師。

 

「俺は斥候だ。短剣、弓、罠の察知とか鍵開け……あとは医者の真似事も出来るぞ」

「……へえ。なによ優秀じゃない」

 

どうにもぶっきらぼうな口調になってしまう俺に、女魔術師が興味深いという風に眼鏡の奥の目を細める。

 

いかんな、今さら人当たりのいい人演じるのは不自然だ。

……まあいっか、仮にも仲間になるわけだし。作った自分を維持して関係保つのってやっぱりしんどいしね。素を出していこう。

 

「俺も駆け出しだから、仲間に入れてもらえるんならありがたい。……最初に受ける依頼とか決めてるのか?」

 

正直あんまり大きいのは期待してない。新人の仕事はまず雑用からと相場が決まってるからね。

配達とか力仕事とか便所掃除とか……有っても隊商にくっついて隣街とかじゃないの?

 

「これだよこれ! ……とはいっても俺は文字は読めないんだけどな」

 

そんな俺の疑問によくぞ聞いてくれたとばかりに剣士が依頼書を見せてくれた。

 

「……ゴブリン退治」

 

ゴブリン。

 

FFなんかの定番雑魚という印象が俺の中にはある。こちらの世界の酒場で聞いた噂話を思い出しても小さい、汚い、弱い、ズル賢いとかで大きく違うとは思えない。新人向けではあるんだろう。

 

……なんか受け付けさんの気遣わし気な視線が気になるが。

 

「俺もいいと思う」

「よっしゃぁ決まりだな! ゴブリンに攫われてる人もいるって話だ。善は急げ!」

「あ、待ちなさいよ! もうっ」

「……入る一党〈パーティー〉、間違えたかしら」

「おい! いくら何でもこのまま行くのは無謀だろ! 薬とか松明の準備をだな……」

 

こうして持ち寄ったなけなしの金を出しあって最低限の準備を整えた俺達は慌ただしく初めての冒険に旅立った。

 

だから、俺達と入れ違うようにギルドに訪れた心優しき女神官が冒険者になり、間をおかずにやって来たベテラン冒険者「なんか変なやつ」についていってノウハウを学ぶことを奨められ、連れだって別のゴブリン退治に行った。

 

なんてのは、だから、知るよしもない事なのだった。

 

 

 

……………

 

 

 

そんなこんなでゴブリンが住み着いたという洞窟にやって来たのだ。

 

手早く自身の装備をチェック。

厚手の旅人の服に闇色ポンチョ。突いてよし投げてよしの仕込みナイフが二十本。軽業ブーツ。ポーチには治癒と強壮の水薬〈ポーション〉、解毒剤〈アンチドーテ〉、ロープ一巻き、予備の松明、携帯食料と水筒と、針金、針と糸、着火道具、清潔布、エトセトラ。

 

「はいはい注目ー、攻めこむ前にうちあわせしようぜ」

「なんであんたが仕切るのよ」

 

別に不満でも無さそうに言う女魔術師ちゃん。

いやだってさぁ……。

 

「うちあわせ? なんか決めることあるか? あのさあ、急がないとまずいって!」

「あるから言ってんでしょ…。私もよく分かんないけど……あんたはちょっと落ち着きなさい!」

 

旧知の仲らしく、犬も食わないやり取りを続ける二人の方を示してから……。

 

「あー、魔術師が仕切る?」

「……任せるわ斥候」

 

ハァ、と、ため息ひとつ。

 

「はいはい、もっかい注目ー。今はまだいいけど、洞窟に入ったら口喧嘩は自重して静かにしてくれよ。俺らが踏み行ったことはすぐばれるだろうけど、こっちが奴等の気配を探りづらくなる」

 

「……うん、ごめんなさい」

 

と、頬を赤らめて武術家ちゃん。

 

「中に入ったら先頭は俺。続いて剣士、魔術師、武闘家の順がいいと思う。お互いの距離は三歩以内を維持して離れすぎないように。中の二人は左右、最後尾はちらほら後ろを見るように、よろしい?」

 

「はい!」

「はい剣士くん」

 

元気よく挙手する剣士くんに発言を許可するよ。

 

「斥候が前に行くのは分かるけどさ、なんで武術家が後ろなんだよ? 前衛は前の方がいいじゃん」

「今洞窟の中にいる連中が全部とは限らないだろ。外にいる奴らが帰ってきて挟みうちにされるかもしれない」

「お、なるほどー」

「だから俺とお前で前を抑えるぞ。頼りにしてる」

「おう、任せとけって!」

 

屈託なく笑う剣士にこちらも微笑みを返す。

 

「確認したいんだけどさ、杖って絶対に両手で持たなきゃダメか?」

「なんでよ、別に、片手でいいけど……」

 

女魔術師は両手で大事そうに杖を握りしめた。

 

「最初に敵にぶつかるだろう俺以外のみんなに松明を持って貰えたらありがたいな、って」

「……一つでいいじゃない」

「うん、一つでいいかもしれない。でも、多い方がもっといい。ゴブリンは夜目がきくって話だし、明るいだけで俺達みんなに有利だ。戦いが始まったら地面に落としても大丈夫だからさ」

「……はあ、分かったわよ。理にかなってるしね」

「あと、術の方はなるべく温存で。ゴブリンは数が多いんだろ? ピンチに使わないともったいない」

「……はいはい」

 

若干不満げではあるが了承してくれた。いい人だ。

 

「あとは……買っておいた強壮の水薬は剣士に、解毒剤は魔術師に持っててもらって……ん、どうかした?」

「えっと、どうってわけじゃないんだけど……」

 

武闘家ちゃんが何か言いたげにこちらを見ていたので水をむけてみた。

 

「なんか、斥候すごいなって」

「すごい?」

 

場をまとめる能力を褒められているなら、俺も成長したものだ。……年の功かなあ。向こうも合わせたら結構な年だし。体感でみんな年下に感じているのもあってやり易いのかも。

 

「私なんて、ワッて突っ込んで殴ればいいのかなって考えてたよ。……ゴブリンだし」

「俺はゴブリンを見たことないから、慎重になりすぎてるのはあるかも。でもさ、ゴブリンは村の人を出し抜くくらいの知恵があって、残酷で、洞窟の中は奴等の領域だ」

 

武闘家ちゃんだけじゃない。全員を見渡して言う。

 

「心配のしすぎだったら、その時は笑ってくれ。……だけど俺は斥候が本職で、医者じゃないし癒しの奇跡も使えない。……無傷で終わらすってくらいの気持ちで行くのがちょうどいいさ」

 

 

 

……………

 

 

 

なんて、洞窟の踏み込む前はカッコよく大口叩いちゃったな。

 

必死に謝る仲間に怒鳴り付けるなんてカッコ悪いこと、するつもりは無かったのに、な!

 

「ごめん! 本当にごめん! ありがとう!」

「剣士ーーーーー!てめえ、てめえこのバカ! てめえ礼を言う暇があったらさっさと起きろ! 剣を拾え! でも振るなよ! 突け! 突き殺せバカ! 」

「お、おう!」

 

 

 

……そう、俺が軽く脅した甲斐もあって、緊張感を持って探索を始めた。

 

むしろ緊張のし過ぎで戦いの前に疲れてしまいそうな一党を少し心配していたところで、あからさまに怪しいトーテムと、その裏に隠された横穴を見つけたのだ。

 

「剣士、前に出てくれ。武闘家はこっちに。魔術師はいつでも詠唱始められるように」

「何か見つけたの?」

「穴がある。……ゴブリンが隠れているかも」

 

案の定、そこにはゴブリンがいて、狭い穴から一匹ずつ這い出てくるのを俺と武術家ちゃんとで叩く形になった。

ここまではいい流れだった。

 

「やっぱり居やがった!」

「私がやる!」

「Gaa!? Gbuuru!!」

 

短い手足、粗末な武具、矮躯に不釣り合いな欲望にギラつく眼。

本物の怪物にやや気圧されるところはあるが所詮は最弱。不安要素はないはずだった。

 

「おい! 奥からも来てるぞ!」

 

剣士が声をあげた。

 

「俺達が穴を通り過ぎたところを挟み撃ちってつもりだったんだろうさ! 倒そうとしなくていい! こっちを片付けてからそっちだ! いけそうか!」

「へっ俺に任せとけって! 大丈夫大丈夫!」

 

策は見切った。奥から来る敵は……ゴブリンが数匹。

長剣と松明を手に、剣士がニヤリと笑った。……思えばここら辺からちょっぴり不安だった。

 

「おらおらゴブリンども、かかってこい!」

「Guia!?」

 

荒っぽいが力強い剣撃が松明の明かりに照らされて鋭い軌跡を描き、突出したゴブリンの顔面を深々と抉って見せた。

 

豪快に振り回される剣に気圧されてか、ゴブリン達は少し距離をとり、唸るばかり。

 

……ん? 長剣を? 狭い洞窟で? 豪快に振り回す?

 

「……あ!?」

 

ガツっと鈍い音をたてて、血に濡れた剣は洞窟の側面に刺さった。

 

「……あ」

 

呆然とする剣士、および俺と、魔術師ちゃん。……目前のゴブリンに集中していた武術家ちゃん以外の時が止まった。

 

「Gaahaa!!」

「あああああ!?」

「何やってんだーーー!?」

 

同時に複数のゴブリンに飛びかかられて引き倒される剣士。

叫びながら走りながら両手を回転させてナイフ投げまくる俺。

 

「うおおお! 武術家そっち頼んだ! 俺がなんとかする! 術は温存! うおおお!」

「わかった! お願い!」

「……了解」

 

バカ剣士に当てないよう最低限だけ注意して手数優先。大声と合わせて注意を惹く!

一発逆転の魔法に縋りたい大ピンチだが、これから混戦になるところに初見の大火力を撃ち込まれる方が怖い!

 

「あああああ! 離せーー!」

 

いよいよ俺が間近に迫って戸惑ったゴブリンの拘束が緩んだ隙をついて、剣士が上に乗った連中を振りほどき、強引に転がって後退した。

縺れて転んだゴブリン一匹の首元にナイフを深々と突き立てると、上手く頸骨の狭間を立つ会心の手応え。……残り三匹!

 

「ごめん斥候! 本当にごめん! ありがとう!」

「剣士ーーーーー!てめえ、てめえこのバカ! てめえ礼を言う暇があったらさっさと起きろ! 剣を拾え! でも振るなよ! 突け! 突き殺せバカ! 」

「お、おう!」

 

そして今に至る。

実際、このシチュエーションは良くない。

 

剣士は態勢を立て直して攻撃に参加するものの、動きが精彩を欠いている。

死にかけた恐怖もあるだろうが、血の滴る左腕を庇っているのだ。倒された時に斬られたのだろう。

ゴブリン……人を傷つける事に躊躇がないのが街のチンピラと違って恐ろしいところだ。

 

……さらに。

 

「まずい、なんかでかいのが来る!」

「え、でかいのって!?」

 

他のゴブリンには無い重たい足音と共に、やたら体格のいいやつが来る。……別種か? 見た目でっかいゴブリンっぽいから上位種ってやつだろうか?

 

「あ、俺にも見えた! なんかでっかい! どうすんだよあれ!?」

「いいか、俺がすり抜けてあいつの相手をする! このゴブリンどもをやっつけてくれ!」

「お、おう!」

「魔術師は隙を見て魔法撃って!」

「ええ、分かった!」

 

走る!

迫る俺にゴブリンが歯を剥き出して威嚇してくるが、もう分かってるんだよ。お前らは実際弱いってことはな!

生まれてからは王都で、前世では東京ジャングルの雑踏で揉まれてきた俺にとってはお前らなどサル同然!

フェイントを混ぜたステップで躱してすり抜ける俺に気をとられるゴブリンに……。

 

「うおりゃあ!」

「Gaabaa!?」

 

剣士の片手突きが刺さった! これで残りはでかいの一匹小さいの一匹!

 

「GOOAGGGGG……」

「……とぉっ!」

 

避ける避ける避ける。

暗所、閉所はなにも怪物だけのもんじゃない。

頼りない視覚だけじゃない、嗅覚と聴覚、触覚で周囲の空間と獲物の挙動を把握。

無駄を削ぎ落とせ、今は後ろを気にするな、でかぶつは所詮はゴブリンで武術なんて身に付けちゃいない。

集中すれば攻撃は食らわない!

 

「おりゃ、これで終わりだ!」

「よくやったわ剣士。撃つわよ、離れて斥候! ……サジタ……インフラマラエ……」

「ああ、頼んだ!」

「ラディウス !」

 

真に力ある言葉に応え、闇を引き裂くように《火矢》の魔法が飛んだ。

狙い過たず頭部に顔面に命中し、でかいのが絶叫を上げた。

 

「GUOOOOOOOO!?」

「はあああ! とどめだ!」

 

入れ替わりに踏み行った剣士が、渾身の横薙ぎをでかいのに見舞い、焦げた首が宙を舞った。

 

はあ、全くやれやれだ。

 

「振り回すなっつー、の!」

「いって!? 殴ることないだろ! ……ごめん」

 

 

 

……………

 

 

 

念のために解毒剤を薄めたもので傷口を洗い、清潔な綿布を当てて包帯を巻く。

治癒の水薬は温存だ。俺達には神官がいない。

 

「いてて、もうちょい優しく……」

「贅沢言うな……はい終わり」

「そうよ、あんた死にかけたんでしょ、斥候に感謝しなさいよ」

「はぁい……」

 

俺と武術家ちゃんに責められてショボくれる剣士。……ちょっと可哀想か。

 

「考えれば分かる事とはいえ、気づかなかったのは全員だから、間抜け罪はみんなで共犯。ピンチの刑は受けたんだし、気にしすぎんなよ」

「斥候……そうだな! 生き残ったんだから大丈夫だな!」

「反省はしなさいよ」

「はぁい……」

 

暫し、考える。ここに差し向けられたのは、連中の軍勢のほんの一部ということがあり得るか?

……多分、ない。そんな舐めたことができるほど、ゴブリンは強くなければ愚かでもない。

ここで戦力の大半は削れたと思う。間違っていたら泣いて逃げ帰ればいいだけだ。

 

と、一区切りついたと見たか、座って休んでいた魔術師がこっちを向く。

 

「そろそろ、どうするか考えましょう。……私の魔法はあと一回」

「こんなもん掠り傷だ! ここまで来て戻ってられないだろ! 俺はやれる!」

「……元気はとっときなさいよバカ。……私は傷一つ無いわよ。横穴狭くて、一対一を繰り返す感じだったしね」

 

……いけるな。結果として損害は軽微。

全員の瞳にギラギラした活力が漲ってる。

 

「増援がないのは戦力を集めて有利な場所で待ち受けてるんだろう。……関係ない。奴等は弱い。油断しなければ勝てる。隊列を直して、奥へ行く……先頭は任せろ」

 

仲間たちが黙って頷いた。

 

 

 

……………

 

 

 

準備万端、待ち受ける敵方に対して、攻める側の利は何か。……機を選べること。早さ、速さ、勢いだ。

ましてや連中には壁もない。

 

「行くぞ! 俺に続けーーー!」

「おう!」

「ええ!」

「ま、頑張るわよ」

 

ゴブリンどもの待ち受ける広間に踏み込む。

俺を含む全員で、先ずは松明を投げ込んだ。

敵の数は七。……よし、想定より少ないくらいだ。

 

突っ込む!

 

地面に転がる薄汚れた女性達のことは、今は気にしない。第一生きているのかも分からない。

 

待ち構えるゴブリンたちの奥、動物の骨か何かで作られた粗末な玉座に、骸骨を被って杖を持ったヤツがいる。あいつがボスだ。

 

「GAGMA……GABU……」

 

手にした杖を持ち、なにか呟いている。……魔法使いか!

 

「魔法使うなんて聞いてないぞヤバイじゃねーかゴブリン!」

 

こんな依頼、駆け出しにやらせんなよ!

……でもなあ受け付けのお姉さん、意味ありげだったなそういえば。多分強引に依頼引っ張ってきたの剣士のやつだろうなあ。

 

益体もない思考が脳の片隅で走るが、それとは関係なく身体と事態は動いている。

 

「ってい!」

「Guurb!?」

 

跳んだ。

少し遅めに走ってからの最高速。意表をつかれたゴブリンを駆け上がって高くジャンプ……天井にぶつからない程度に抑えて軽業、跳躍の秘技を活かしきれないのが残念だ。

 

「いやあああっ!!」

「GUAAAAA!?」

 

気合いの声と共に渾身の投擲を放つ。

目標が予想だにしない曲芸でもって跳ねる光景を前に固まっていた呪文ゴブリンは避けることもできずにその身にナイフを突き立てた。

 

「うおおお!」

「ってえええい!」

 

着地、背後から喚声。

剣士と武闘家の二人だ。

 

振り向くと、残ったゴブリン相手に大立ち回りを演じる前衛組。ある程度広い空間は彼の剣に自由を与え、彼女の脚を冴えさせた。……小鬼数匹ごときでは相手になるまい。

 

「む、ちょ!?」

 

魔術師がこちらに向けて《火矢》を放つ。

若干、慌てるが、狙いは俺では無かった。胸にナイフを受けて崩れた呪文ゴブリンが、俺よりもっと慌てて避けようとして、間に合わずに焼き焦げた。

 

勝ったな。……フラグっぽいなこれ。

得意げな魔術師に手を振って、周囲に気を配る。

 

二人がゴブリンたちを片付けたようだ。

黒幕っぽいヤツが拍手しながら出てくる様子もない。

魔術師がマントを翻して駆け寄ってきた。

 

「勝ったわね」

「ああ、みんなで女の人達を見てみてくれ。生きてる人は手当てするから真ん中に集めて」

「あんたはどうするのよ」

「また横穴とか有って生き残りがいても面白くない。ここ、他の場所、見て回ってくる」

「……そこまでいくと才能よね、用心深いのか臆病なのか」

「臆病なのさ。誉めていいぞ」

 

結局、この洞窟にいたゴブリンは皆殺しにしてやった。面白い仕事じゃないけど、誰かがやらなきゃいけないことで、今回はたまたま俺達に、俺にお鉢が廻ってきた。

 

それだけだった。

 

 

 

……………

 

 

 

「乾杯!」

「かんぱーーい!」

「かんぱい!」

「乾杯」

 

古今東西、例え世界が変わっても、一仕事終えたらやることは決まってる。

飯、酒、また酒だ。

 

俺達は助けた女性達を村へと送り届けたあと、片づけ、なんなら洞窟ごと埋めた方がいいと言い残して足早に帰路に着いた。短いが、長く感じられる冒険だった。

 

報告を済ませ、報酬を受け取り、そのまま併設された酒場に入って、ささやかな宴会を始めたのだ。

 

無邪気に喜ぶばかりじゃない。

自分達は強かったのではなく、少しだけ運が良かっただけなのだと、皆が分かっていた。

 

「もしも」の自分を、傷付き項垂れる女性達に見ていた。

 

「いやー、にしても斥候のナイフ投げ、すげえよな、ゴブリンどもを一撃!」

 

筋張った鶏肉の煮物を安くて温いエールで流し込み、赤ら顔で剣士が謳った。

恥ずかしいやつめ、冷や水を浴びせてやろう。

 

「なあにお前の必殺剣には遠く及ばないよ。……必殺、壁削り!」

「かーーーっそれは言いっこ無しだろって!」

 

大袈裟に嘆くふりをしながら、それでも笑って剣士が言った。

 

「でも、斥候がすごいのは私も同感。単純に力が強いとかじゃなくて、なんていうか大事なことが何なのか分かってる感じ?」

「うん、そうそれだそれ! 流石よく言った」

 

武闘家の言に酔っ払い野郎が乗っかってる。

ええい、頬が熱いのはエールのせいです。

 

「誉めごろしかよ。それ言ったら一番ゴブリン倒したのは武術家だろう。剣士はアホな怪我したのにめげずによく頑張った。魔術師の火矢が無かったらヤバかった」

「あんたの索敵、横穴を見つけたこと、剣士を助けたのも手当てしたのも、切り込みも……子供のゴブリンの始末もそうね。……指揮をとってくれたのも、か」

「魔術師、お前もか!」

「仕方ないでしょう! 私達、控えめに言っておんぶにダッコよ! ひっく!」

「冷静な顔して一番酔ってないかお前!?」

 

魔術師が俺の襟首をつかんでガクガク揺さぶってくる。

……赤らんだ顔、潤んだ瞳に荒い息。酒臭いのを差し引いても大変よろしい。うん、俺も酔っぱらってるな!

 

「そうだ! 良いこと思いついちゃったよ俺!」

 

間違いなくそれは酔っ払いの戯れ事だと断言できるぞ剣士くん!

 

「斥候にこの一党の頭目〈リーダー〉やってもらおうぜ!」

「さんせーい!」

「意義なし! ……うぃー」

「お前ら!?」

 

頭目!? 俺が!?

やだよそんなん、雑用係と同義じゃん。学級委員とか逃げ続けたタイプだぞ俺。

 

「賢い! 頭良い! なんかいい! 頭目は斥候で決まりだな! がはは!」

「ええい、黙れバカ! そうだ! 俺が頭目になったら副頭目は魔術師だ決定! イヤなら撤回を……」

「やったるわよ!」

「って、やるんかい! やりたいんかい!」

「ええそうよ、やりたいわよ私仕切るの大好きだもの。今回だってあんたが失敗したら颯爽と代わってやろうって思って内心で恥さらせとか思ってたし!?」

「性格悪いぞ副頭目!? 仕切りたいならそういえよ今からでも代わるぞ!」

「イヤよ! あんた……頭目より上手くできないわよ我ながらキツイ性格してるし世間知らずだって悟っちゃったし頭目かっこよかったし目標にしてあげなくもないんだからね!?」

「どんなツンデレ!?」

 

ギャーギャー! ワーワー!

宴が回れば酔いも回り、ぼちぼち月も回りだす。

気づけば大分飲んでいた。

 

「よーし、ではでは後に伝説になるであろうスーパーな一党の結成を祝して、頭目命令いっちゃうぞー!!」

「いいぞー!」

「きゃー!」

「なんでも命令してー!」

 

ぐっだぐだであった。

 

「なんでお前ら冒険者なんかやろうと思ったのか教えろ? はい、剣士から!」

「おう、俺は農村生まれ農村育ち! 土とか野菜は大体友達! うっすい麦粥食いながら自分の土地もなくジジイになるくらいなら、夢にまでみた騎士を目指してみようってな! 騎士が何なのかもよくわかんねーけど、強くなって皆を守れる男だろって剣士やってる!」

「おおいいぞー! 騎士になるには勉強も大事だ。そのうち教えてやる。次、武闘家!」

「わ、わたしはー、そこのバカが旅に出るっていうから、付いてきたってのが本当でー、たいそうな夢とか無いんだけどー、お父さんの格闘技は無敵だから負けらんないっていうかー、剣士カッコいいっていうかー」

「ぐっだぐだやなお前! この酔っ払い! よーし副頭目! いっちょ決めてやれ!」

「任せなさい。私はぁ! ちっちゃい頃から頭よくってぇ学院でもスゴい頑張ってぇ! バカにしてくるやつが裸足で逃げ出すくらいスゴい魔術師になってやるって決めたの! 賢者よ賢者! まいったか!」

「まいった! お前天才だわスゴいバカっぽいから逆に天才と認定だわー。……さて、宴もたけなわではありますがそろそろ片付けて……」

「待てい!」

「待ったー」

「あんたもしゃべんないと、ひあぶりよぉ」

「分ーかったよ! 俺は孤児で都の危ない連中に組織の仕事人として訓練されて育った! いよいよ犯罪やらされそうだからこんなとこまで逃げてやったザマーミロ! 誰かに命令されてやりたくもないことやらされるなんて御免だぜ! だから、今、冒険者やってる俺はもう夢が叶ってるんだ恐れ入ったか!」

「おー」

「すごーい」

「なんかすごーい」

「よっし! いい気分だ野郎共! この夢がこれから永く叶い続けることを祈って……」

 

『乾杯!』

 

 

 

 

 

四方世界、脅威に満ちたる盤上で、今日も誰かがダイスを振った。

運否天賦に踊らされ、嘆く者とて多いけど、いざ大勝負になるまでの、選びと歩みが人生だ。

 

かくて彼らは生き残り、次の冒険に旅立った。

その行く末は神々にだって分からない。

 

運命も、時に変わるのだから。




多分続かない。


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今日はいい日だ

書きたいことが思い付いた。
書くか、書こう。


瞼に乗っかる朝日で目が覚める。

堅気にこそ許された贅沢を堪能しながら身を起こすと、そこは見覚えのない部屋だった。

 

「あー、あいつらの……いや、俺らのホームか」

 

昨夜、しこたま酔った魔術師を適当な宿に放り込もうとしていた俺に、同じく武術家を背負った剣士が言った。

 

「え、宿~? そんなん、俺のとこに来いよ。俺らはもう一党なんだぜー」

 

酔いどれ剣士に誘われて、ホイホイ付いていってみればそこは屋敷というには粗末だが、一軒家と呼ぶには余る、そんな家だった。

 

彼らの村出身の商人が家族と住んでいた借家を引き継いだのだという。その一家は繁盛してこの街が手狭になったので水の街とやらに行ったらしい。まったく御憧憬の至りだな。

 

リビングに物置き、小さいが人数分の部屋も足りていてまだ余裕もある。

良心的家賃設定だとしても白磁級の冒険者二人には上等すぎる物件だ。

全く金がなかった彼らの事情に、この家が絡んでいるのではないかと睨んでいる。

 

「今日はいい日だ」

 

ベットを抜け出し、窓から目覚めの街を眺めて呟く。

 

さあ、市場に行って食材を買い込もう。

頭目の料理の腕を仲間たちに教えてやる。

 

 

 

……………

 

 

 

煮崩したトマトをベースに鶏肉とひよこ豆をぶちこんだスープ。

酸味が効いていてさっぱり軟らかい滲み出る鶏出汁を素朴な豆が引き立てる。

 

メインはベーコンエッグ。

それも日本で見られるような薄いものではない分厚いやつに卵を十個も乗せた豪快なやつだ。

ベーコンのものがいいので、それだけではなんなのでハーブを捏ねて作ったソースを添えてある。これを絡めれば滴る油っこさが緩和され、交互に食べたら飽きがこない。

衛生面を考えると半熟にできないので全部堅焼きなのが少し残念。

 

パンは今朝焼き上げられた雑穀入りの黒パンを買い込んできた。口に入れると酸味と苦味があるが噛むほどに仄かな甘味とカリカリの食感がくる。濃いめのメニューに負けずに口の中をスッキリさせてくれる頼もしい主食だ。

 

サラダ代わりにレタスを千切ったやつを山と積んで、脇にこれまた自作のマヨネーズ。

新鮮な野菜は高いんだ。手抜きというか、手の振るいようがないのだ。

 

反面、近くに良い牧場があるらしく、乳製品は手に入った。ピッチャーには搾りたてのミルク。大皿にチーズと、切り分け用のナイフ。

 

「美味しい……」

「本当になんでもできるね頭目……」

「……っ……っうめ……うめぇ」

 

女子二人の物言いたげな視線に苦笑い。ここにジャパニーズスーパーマーケットがあればこんなもんじゃねえぞ。

米が欲しい。叶わないならせめて大豆食品が欲しい。味噌……醤油……豆腐……。

あと剣士、落ちついて食え。四人で食って余る計算で作ったからな。

 

「……っげっほ!?」

「あーもう、なにやってるのよあんた」

 

甲斐甲斐しく剣士の世話をやく武術家。

そんな平和な光景を見ながら口火を切ることにした。

 

「はい、みんな食べながらでいいから聞いてくれ。頭目として今後の見通しを話したいと思う」

 

みんながこちらに注目するが、手と口を止めることはない。よかよか、たんと食え。

 

「俺達は冒険者だ。夢はでっかく大英雄。だけど駆け出しが焦ると死にます。お分かり?」

「そうね……最弱のゴブリンだって……怖かったね」

「ええ」

「もぐもぐ……」

 

三者三様、昨日の冒険に思うところはあるようだ。剣士もベーコンを頬張りながら頷いている。

 

「と、いうわけで金も強さも経験も足りない俺達はとにかく依頼の数をこなす。できれば街中で出来てリスクが低いやつがいい」

「ゴブリン退治とかをみんなで請けるのはどう? そっちの方が報酬は多そうだったけど?」

 

魔術師が対案を出す。俺の意見に反発してるというよりは色んな可能性を吟味して一党の認識を一つにしようという意図だろう。いい仕事だ、副頭目。

 

「もちろん、それもありだ。でも万全を期すなら道具や装備……特に剣士の装備は見直してから討伐系の依頼を請けたい」

「ああ……」

「あー……」

「……ゴクン、ああ、その、ゴメン」

 

昨日の必殺壁削りは記憶に新しい。つくづく死なないで良かった。

 

「それもあるけど鎧もな。一番に攻撃される前衛が胸当てだけっていうのは不安しかない」

「そうね……こいつバカだしおマヌケだから、全身金属鎧くらいでちょうどいいかも」

「おい、言い過ぎだぞ、おい」

 

ちょっとからかう武術家に歯噛みする剣士。こいつ素直だからな。弄りがいがあるんだろう。

 

「それに報酬の面もな。昨日の報酬は五等分して四人とパーティー資金に分けたろ? 多分実入りは街のバイト……日雇いもゴブリン退治も変わらない予感がするんだよな……まあ、そこら辺も含めて先ずは見てみようってことで……」

「おう」

「うん」

「ええ」

 

たくさん用意したはずの料理もあらかた片付いたことである。

 

「ギルドに行こう」

 

 

 

……………

 

 

 

「おおおい! おおおい!」

「せぇいの、引ーけ!引ーけ!」

 

辺境の街のやや東、新しく倉庫を建てようということになった土地に、基礎作りの人足達の気合いが響く。

 

「うおおおーーー!」

「お、兄ちゃん、いいねえ、その調子なら賃金に色つけてやれるぜ」

「あ、ありがとうございます!」

「まあ、がんばんな」

 

そんな彼らに混じって新米冒険者にして駆け出し剣士、赤バンダナの青年が汗を流していた。

 

単純な力仕事に人手はいくら有ってもいい。

街の商工ギルドから冒険者ギルドへ、この手の仕事は恒久的に流れてきている。

 

頭目が、中間手数料があるからいっそ直接業者に交渉するかと言って、副頭目の魔術師が、それじゃあ経験点が貯まらないと言っていた。

もちろん、剣士にはよく分からなかった。

 

「けど、分かることだってあるさ」

 

汗を拭いながら、剣士はここに来る前に頭目に言われたことを思い返す。

 

『いいか、昨日のお前が死にかけたのはバカだったからじゃない。考えなしだったからだ。この二つは似てるようで全然違うぞ』

『なんとなく分かるよ。俺はゴブリンは弱いから倒せるって思ってた。洞窟とか数とか……剣が長いとか考えようとも思わなかった』

『そう、バカは強いけど、考えなしは弱いぞ。例え単純な力仕事だって――いや、だからこそ余った頭で考えろよ。何を考えるべきなのかも考えろ』

『え? えっと?』

『そうやって、普通じゃ考えないことを考えるほど、お前は強くなるよ。保証する』

 

記憶の中の我らが頭目は、なんだかニッコリ笑って、そう言った。

 

「うおりゃー!! 考えろったって、何を考えろってんだーー!?」

「うお、どうした兄ちゃん!?」

「なんでもないっす!」

「お、おう、岩があんまり固いようなら無理はすんなよ。力任せじゃハンマーが保たねえからよ。なに、日はあるからな……」

 

地面に露出した大岩にハンマーを叩きつけながら思わず煩悶が口に出てしまう。

 

なんだよ、こんなことしながら何を考えろってんだよ。勘弁してくれよ考えるの苦手なんだよ。村の老人の手習いからも逃げてしまったから今も俺は自分の名前も書けないんだ。

 

ふと気づく。

 

そうだ、要は考えてれば良いんだ。難しいことが考えられないなら簡単なことを考えればいいんじゃないか。

 

例えば、どうやってこの岩を砕いてやろう、とか。

 

剣士は手の中のハンマーと地に埋もれた岩を見比べて、頷いた。

 

以後、剣士は異様に集中して様々な角度、力加減で岩を叩きまくり、飽きたらずに周りを掘って露出させ、午前の内に見事砕いてみせた。報酬は多目にもらえた。

 

 

 

……………

 

 

 

どうしてこうなった? 魔術師は頭を抱えた。

ビシッと制服を着こなすギルド職員が、また魔術師に歩み寄り、用件を告げた。

 

「そちらの書類、こちらの紙にそのまま写してもらえる?」

「はい」

「ねえ、探してって頼んでおいた資料はー?」

「まとめてそちらに置いてあります」

「ありがとー」

「代筆の依頼、入りましたよ」

「……今行きます」

 

予想を軽く上回り宙返りをしてから鮮やかな着地を魅せるこの忙しさよ。

 

世の民衆の識字率というものは低い。それはもう小鬼の身長や品性もかくやというものだ。

 

そんな中で代筆というものはどこにだって需要はあり、ここ冒険者ギルドにもあった。

 

報酬は安すぎる程に安いが、ギルドと冒険者への理解を深めるのも悪くはないだろうと魔術師はこの依頼を手に取った。

もうすぐお昼時、後悔してしまいそうだ。

 

今にして思えば、ギルド職員達は最初の内はこちらを見定めるように依頼通りの最小限の仕事を振ってくれた。

 

依頼にやって来た町人や村人の応対、書類の作成代行などギルド職員の立ち会い(彼女は別の書類仕事をしながらだ)の元でやっていたのだが、生来の神経質なところが出てしまったのか、他の仲間に負けまいと頑張ってしまったか、気付けばギルド職員達の魔術師を見る目が変わった。

 

『コイツ使える』

 

そうして昼の休憩、慣れない仕事の波状攻撃に散々うちのめされた魔術師は休憩スペースで机に突っ伏しているというわけだ。

 

「おとなり、いいですか?」

「え、あ、はい」

 

声をかけてきたのは例によってギルド職員。

この人はたしか私達のゴブリン退治を受理してくれた人だと、魔術師は思い至った。

 

「お疲れ様でした。お腹へったでしょう? 簡単なものでしたらお出しできますよ?」

「いえ、結構です。持ってきたものがありますので」

 

来るときに頭目が持たせてくれたバスケットだ。なにやらマヨネーズとかいうソースと茹で玉子を潰して混ぜたものをパンに挟んでいた。

とても美味しそうなのだ。

 

「じゃあ、ご一緒していいですか? お話しましょう」

「ええ、はい、どうぞ?」

「お茶を淹れてきますね」

 

パタパタとお湯を沸かし始める受付嬢を見て、魔術師は首を傾げる。とりあえず、バスケットの中身を広げて昼食の準備をしておく。

 

「はい、どうぞ……あら、なんですかこれ」

「うちの仲間が作ってくれたんです。玉子サンドとか……一つどうです?」

「あら、どうも」

 

美味しい、美味しいとはしゃぎながら、彼女は幸せそうに玉子サンドを頬張って、紅茶で喉を潤した。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまです。お代に割りのいい仕事を回してください」

「毎日来て頂いても、ギルド一同、歓迎しますよ?」

「……結構です」

「ふふ、ねえ、魔術師さん」

「なんでしょう」

 

受付嬢は、本当に嬉しそうに、優しい微笑みを浮かべて言った。

 

「帰ってきてくれて、ありがとうございますね」

「……はい」

 

紅茶は香り高いが、そのままだと苦い。

彼女は甘くするのが好みらしい。

魔術師は、どうやら気が合うわね、と思った。

 

 

 

……………

 

 

 

「……はぁっ……はぁっ……」

 

呼吸を鎮める。それだけの事が何よりも大儀なことだ。

 

武術家は全身の神経を張り詰めて、懸命に姿勢を維持する。腰を落とし、両腕を緩く前に出す。重心を意識して、一瞬たりとも偏らせない。

 

出来うる限り丁寧に、出来うる限り長く。

どれほど続けているかも、流れる汗に貼り付く肌着も意識から追い出して、ひたすら己の肉体と向き合っていく。

 

ギルドで一通り依頼を眺めた後で頭目は私に向けていった。

 

『武術家向きの仕事はないな』

『え、力仕事とか、売り子とか……どぶさらいだってやるわよ?』

『うん、それは嬉しいけど、剣士がいい装備を手に入れたり、副頭目がギルドに顔を売ったりみたいに武術家の成長に繋がるかっていうと、甚だ微妙だ』

『……えっと、じゃあ、仕事をしないんだとしたら、私は何をすれば?』

『愚問、稽古だ。稽古あるのみ』

 

私も働きたいと控えめに主張してみたが、お前が強くなればこれからみんなが怪我せずに済むとまで言われたらぐうの音も出ない。

 

頭目はいくつか条件のようなものを課して去っていった。

 

一つ、洗濯と掃除を速やかに終わらせる。毎日少しずつでも早く、でも丁寧に終わらせる

 

二つ、1日五食、バランス良く食べろ。分からないなら教えるから、美味しい料理を出来るように頑張ろう

 

三つ、昼寝をしよう、もちろん早寝早起きは義務です

 

四つ、稽古だ、稽古あるのみ

 

五つ、疲れたとかキツいとか思ったら、剣士とお父さんの顔とか思いだそう

 

元々、故郷で家事全般は慣れていたから、こんな小さな家の掃除も洗濯も手早く片付く。

 

駆け回ったり、単に体を鍛えたりももちろん大事だけれど、稽古はそういうものばかりじゃない。

 

敵を思い浮かべる。ゴブリン、ゴブリン、ホブゴブリン。

 

想像上の怪物たちが襲ってくる。

避ける、捌く、呼吸を合わせて反撃する。

大きく避ける、次第に小さく、皮一枚。

思い切り殴る、次第に無駄なく、戦力を削ぐ。

 

力を高める。力を把握する。力を運用する。

 

武の道は険しいばかりで、果てがない。

挫けそうになる……休みたくなる。思い起こすのは父の顔、剣士の顔、そしてゴブリンに拐われていた彼女達の顔。

 

私達は、彼女達を助けた。そうだろうか、そうは思えない。もしも私に力があれば助けられただろうか。……そうも思えない。

 

でも、少なくとも、私の目の前では、誰にもあんな顔をしてほしくはない!

 

会心の飛び蹴りが、想像上のホブゴブリンの顎を貫く。

……随分と熱中してしまったらしい。

 

お肉と野菜と牛乳を摂って、少し眠って起きたら……また稽古だ。

 

 

 

……………

 

 

 

「お、それ安いねおっちゃん、一束おくれ」

「なんだ坊主、ガキが使うような薬じゃねえぞ……と、足りてるな。まあいい、持ってきな」

「おう、またな」

 

光があれば影があり、そこに潜み棲むものがいる。足を洗ったので深入りするつもりは毛頭無いが、軽く浸かっておく分には問題ないさ、便利だし。

 

ホクホク顔で懐に薬草をしまい込み、裏路地からの狭い空を見上げると、日が傾きはじめているようだ。

 

「……シチューが食べたいな。ゴロゴロ根野菜ぶちこんで、パンもしこたま用意して」

 

腹を減らして帰ってくる連中の顔が目に浮かぶようだ。武術家に手伝ってもらって手早く仕込もう。いやはや退屈している暇がない。

 

「今日はいい日だ」

 

明日もいい日にしてみせよう。




読んでくださり感謝感激、雨霰。
「ランキングのった!? ゴブリンスレイヤーさん、これはいったい!?」
「ゴブリンだ」


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スタートアップ……レディ

GM 今回は採取メインのボーナスセッションやからな(ニッコリ)
ワイ(これは殺されるやつや)


熊が雄叫びを上げその丸太のような腕を鬱陶しい余所者に叩きつけた。彼は堂々たる雄熊であり、全身の毛が怒りに逆立っている。

 

余所者こと剣士は円盾を掲げて、受け止めた。

 

「ぐぅ!?」

 

敢えて、踏ん張らず後ろに転がって衝撃を殺す。青銅製の盾と、支える腕まで砕けそうな威力。

 

「ちぇえい!」

 

ゴロゴロと転がる剣士を本能的に追いかけようとした熊の脇腹に武術家の拳が炸裂する。常識を論ずれば、成熟した熊に比べて十分の一程度の重さしかない少女の攻撃が通じるはずもない。……しかし。

 

「グゥオオオ!?」

 

分厚い毛皮を貫通するようにして、内臓を激しく揺さぶる衝撃が熊を襲った。

まさに不可思議、敵の防御力を無きものとして扱う武術の秘技か。

 

「っしゃああーー! ……うお!」

 

体勢を立て直した剣士が飛びかかり、熊の大腿を深々と抉る。……代償として、熊の強固な筋肉に固定され抜けなくなる。

 

「グゥオオ! グゥオオ!」

「うおお!?」

 

錯乱して大振りを放つ熊に対し、対峙した剣士の反応は的確だった。

さっと見切りをつけ、抜けない剣を手放して盾で攻撃を捌きはじめる。

両腕、時には頭突きまで混ぜての乱撃は、その勢いに反して一撃一撃は案外軽い。

 

とはいうものの、そこは人間と熊。

全神経を集中し、判断と反射を融合させて臨んでいる。

 

噛みつきや組み付きに繋がる致命的な攻撃に特に注意を払いながら、こちらから盾をぶつけるようにして流す、逸らす、耐える。

 

普通なら、怖じけるだろう、挫けるだろう。だが剣士はそんな雑念とは無縁だった。

仲間がこの隙をついてくれると知っているからだ。

 

「ガアアアー!?」

 

熊が前のめりに倒れこむ。音もなく忍び寄った彼らの頭目が、激しく動く獣の脚の腱を的確に断ち切ってみせたのだ。

 

両足を著しく負傷し、もがくことしかできない熊の頭部を狙い、魔術師の《火矢》が命中した。

 

か細い断末魔を上げて、熊はそれきり動くことを止めた。

 

 

 

……………

 

 

 

山である、森である。

 

ファンタジー大自然はそれそのものが天然のダンジョンであり、ワンダリングモンスターだのフィールドボスに溢れ、それをかい潜って資源という宝を手に入れるのがこの度の我等の仕事なのである。

 

偶々タイミングが重なって出された複数の採取系依頼を根こそぎひっ掴み、すこし遠出にはなるが植生豊かなこの山で一挙にクリアしてしまおうという計画をたてた。

 

あの熊さんは縄張りが荒らされるのに堪えかねて襲い掛かって来たので逆に丁重にウマウマと狩らせてもらったという訳。

 

「おーもーいーぞー」

「あーそうだなー」

「なんか適当だぞ頭目。可愛い手下が苦しんでるってのに、代わってくれようって気はないのかよ」

 

ワタと血を抜いてきたとはいえ、熊一匹引き摺って余裕ありそうだな剣士。

 

「あ、私が代わってあげようか?」

「……いや、いい」

 

薬草だのキノコだのを満載して、ついでに魔術師まで搭載した大八車を牽いて歩く武術家に、剣士は複雑そうに返す。

 

この天真爛漫に笑う幼馴染みの少女が既に自分を凌駕するパワーを身につけつつあることを悟っているのだ。

三日に一度は行う模擬戦で大きく負け越しているのを出来る頭目さんは当然把握しているとも。

もちろん、盾に鎖鎧に腕甲、脚甲、真剣のフル装備で、素手に布服の彼女に、だ。軽い鎧くらいは着けたらどうだという提案には『気が鈍るから』と述べていた。アッハイ。

 

「実際、本当に疲れてるならなんとかしてあげましょうか?」

「……なんだよ、流石にお前がこの熊運ぶのは無理だろ。毛皮滑らせてなんとか運んでるんだぞ」

 

大八車に揺られながらも本を読み耽る魔術師が、文字を追いながら声をかける。

なにせ森の中で路面が悪く、自分で歩く方が楽だろうに読書を優先する剛のものだ。

きっと船酔いに強いタイプだ。

 

「最近習得した魔法の一つに《浮遊》っていうのがあるの。あんまり試したことないからどうかと思って」

「……いや、まだ何かに襲われるかもしれないし、術はとっておこう……だよな頭目?」

「そうだな。回数が一回増えたからって余裕削ることもない」

「そ、まあ試すのは帰ってからでも出来るか」

 

そう言って、彼女は本格的に手元に集中しはじめたようだ。

その胸元には、新人を半歩脱した証である黒曜の認識票が輝く。

初めての冒険からおよそ一ヶ月が経ち、俺達は依頼に鍛練に忙しい日々を駆け抜け続けている。

 

剣士の装備が取り敢えず整ったここ半月ばかりは毎日のように下水にこもって鼠やら大黒蟲やらを乱獲していた甲斐もあり、パーティーの連携も整ってきたと思う。

 

ま、そうじゃなかったら熊となんて喧嘩しようと思わないけどな。もっと気を遣ってこそこそ採取することになっただろう。

散々自然破壊したことについて若干前世の良識が咎めるが、なあにこっちの自然は魔力とかあるし、只人ごときがいくら頑張ってもすぐ元通りだガチで。

俺達の一党にはエルフも精霊使いもいないしな。

 

「はぁ……」

「なんだよ頭目、溜め息なんてついてさ」

「おう、剣士、俺達にも僧侶系の仲間がいてくれたら色々無理が効くのになぁって」

「驚いた。今日まで私達、無理してなかったらしいわよ?」

「あー、頭目らしいね」

「なんだ文句あんのかよ。お前らの奮闘もあって、一度も大きな怪我なんてないだろうが」

「無理ではなくても無茶苦茶ではあるだろ。知ってるか? 俺達もうすぐ鋼鉄に昇級するって噂」

「え? このまえ黒曜になったばかりじゃない」

「あながち無いとは言えないわよ」

 

魔術師は自分の隣に山のように積まれた収穫物たちを示した。

 

「あはは、本当ね」

「だからこそ僧侶系に限らずもう一人二人仲間が欲しいんだけどな。手数が違うぜ」

「あの二人はどうだよ。戦士と聖女の」

「あー、あの二人はダメよ。前に頭目から話を持っていって断られてたわ」

「え、そうなの? なんで?」

 

武術家は本当に不思議そうにしている。

や、俺も断られるとは思わなかった。受けてくれると思ったから話を持ちかけたんだし。

 

「それがね、『むりむり! 俺達、お前らみたいにやってたら身がもたないよ!』ですって……」

「……あっはっは笑えねえな! おんなじ冒険者からもその評価かよ頭目!」

「笑ってるじゃねえか! ……いいんだよあんなやつら身の丈にあった依頼を無理なく請けてゆっくり成長していっぱしの冒険者としてそこそこ稼いでから結婚して子育てしながら徐々に堅気に戻って幸せに暮らせば」

「長いわよ」

「そしてなんか優しい」

「頭目、俺達は?」

「俺達は……多少無理してでも冒険する。それに付き合いたいって物好きを探して仲間にしよう」

「おう」

「うん」

「ええ、まあ、賛成ではあるけど厳しい条件よそれ」

「……術使い自体が少ないからなぁ」

「私が学院から引っ張って来れるのは、私と似たようなやつらばかりだしね」

「お前よりいいやつは居ないだろうから、それはいいや」

「……」

「頭目! 報告します!」

「うん、なんだね剣士くん!」

「副頭目が赤くなってます! これは照れているのではないかと!」

「なんだとキミ、よくやった勲章だ!」

「……っ……サジタ……インフラマラエ……」

「まあまあ、まあまあ副頭目、それはやめましょう。男どもは私が拳骨しといてあげるから」

「ごめんなさい!」

「反省してます!」

「……たく。……ん、頭目、あれ見て……っ」

「……っち、まじか」

 

煙が立ち上っている。今朝俺達が出発した村だ。この時間にあんな煙が上がるのは不自然。

 

「急ごう」

「荷物は」

「置いてく。全員、装備を点検……走るぞ!」

 

結論から言って、焼けたのは民家ではなく、村外れの倉庫だった。原因は火種の不始末でも村人による放火でもない。

 

「ああ、冒険者の旦那方、助けてくれろ! 小鬼が、小鬼が出てうちのベコと娘っこを!」

 

ゴブリンだ。

古く打ち捨てられた山砦に多くのゴブリンが住み着き、村から娘を拐ったという。

 

「どうするよ頭目」

「……村長さん」

「は、はいな」

「この付近と、その山砦の情報がほしい。地図と、無いなら狩人とかお年寄りとかに話を聞かせてほしい」

「た、助けてくれるだか!?」

「やれるだけやってみます。さあ、急いで」

「おうさ!」

 

追いたてられた鶏のように駆け出す村長を見送り、仲間たちに指示を出す。

 

「魔術師は今すぐ寝ろ。術を回復させて明日の明け方……作戦次第では真夜中もあり得る。立案は任せて万全にしてくれ」

「了解」

 

昨日、貸してもらった宿へと駆け出す魔術師とは別方向に動き出す。

 

「剣士と武術家は大八車を回収してきてくれ。熊は無理すんな」

「なんでか聞いていいか?」

「摘んである薬草に使えるかもしれないのがある」

「任せて」

 

さあ、情報を集めよう。装備をととのえて道具を揃えよう。

 

「ゴブリン退治だ」

 




乗るしかない、このびっくうぇーぶ。
「なんでか順位上がってますよゴブリンスレイヤーさん、これはいったい!?」
「ゴブリンだ」


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ファイ! ラン! ……ファイ!

「あのさGMこの呪文ってさ……」
「え、効果はこうだと思うけど」
「なるほど、勝ったわ」
「えっ」


……いい。

 

雲一つない夜空で妖しく輝く赤緑二つの月。それを見上げて俺は思わず笑みを溢した。

 

とてもいい。理想的だ。

 

ほぼ無風の静かな夜に、蟲の鳴く声、樹々が葉を擦り合わす音、遠く狼の吠え声が響く。

 

いや、もう一つ、傍らで佇む仲間の気配。

 

武術家は手頃な岩の上に座禅を組み、瞑目して精神を集中しているようだ。

 

月明かりに照らされた彼女は周囲と一体化しているかのようで、俺にしてみても不意に通りすがったなら気付けるか自信がない。

 

ふ、と。

 

武術家が目を開くと同時に、背後の藪をガサガサと掻き分けて二人の人物が現れた。無論、剣士と魔術師である。

 

「どうだった、やれそうか?」

「ええ、地形は問題無かったわ……砦の方は?」

「ザルだったよ。流石はゴブリンだ」

 

言いながら、四人で円を作り、顔を付き合わせる。この一ヶ月でいつの間にやら身に付いた、冒険をする前の儀式のようなもの。

 

お互いの顔を見て、視線を交わして覚悟を固める。

 

「じゃあ、予定通り作戦A〈プランA〉でいくぞ」

「なんだよBがあるなんて聞いてないぞ」

「そりゃ、Bは作戦続行不可、全力で逃げる。……だからな」

「……ええー、ダメじゃないそれ」

「ダメだけど冗談じゃないぞ」

 

ちょっと言い難い。

グッと一瞬溜めて、やはり言ってしまうことに決めた。

 

「正直、今回の作戦はかなり危険で、不確定要素も多い。だからな、本当にヤバイと思ったら逃げろよ」

「……で、あんたは無理だって思うわけ?」

「いや、俺達ならやれる。八割方当たる鉄板の賭けだと思ってる」

「なーんだビックリした。頭目がやれるっていうなら大丈夫よ」

「……信頼が重いんだが」

「三人分の信頼だからな。……分かってるよ。いつも言ってる優先順位だろ? 人の命より自分の命。他人の命より仲間の命ってやつ」

「そうだ」

 

強い意思を湛えた、剣士の太陽のような眼。

 

「だけど、他人の命や生活だって、蔑ろにしちゃいけないわよね」

「……そうだな」

 

心根の優しい武術家の星のような眼。

 

「自分が大事なら、そもそも冒険者名乗るなって話よね」

「……うし」

 

冷静沈着な魔術師の月のような眼を見て、ふと、俺の眼はどんな風に皆に映っているのかと思った。

……こっぱずかしいから聞かないけども。

 

「一切合切を平らげる。目指すは完全無欠の大勝利だ。……やるぞ!」

 

『おお!』

 

 

 

……………

 

 

 

防壁を背に、武術家がこちらへ手招きをする頷きを返す。

 

軽く、全身の関節をチェック……そして、疾走!

 

武術家に向けて掛け値なしの全力で駆け寄り、組まれた手の上に飛び乗った。

満身の力で跳躍。彼女の常人離れした腕力との併せ技。タイミングもばっちりだ。

 

天へと伸ばした右手が防壁の縁を掴む。

下に居る武術家にサムズアップの一つも贈ってやりたいが、時間との勝負だ。

防壁へとよじ登ったその勢いを殺さず、防壁の反対、砦の内部へと身を躍らせる。

 

……あそこだ!

 

空中で内部を軽く把握。粗末な納屋のような建物がある。お誂え向きだ。

 

着地、即座に転がる受け身で衝撃を逃がす。

……踵、膝……全身、異常なし。

 

身を低くして、小走りで駆け出す。

今は真夜中。ゴブリン達にとっての昼。

村とは反対側の防壁、ゴブリンの警戒が薄い方から侵入したのが功を奏したか、感づかれた様子はない。

 

十分に罠への警戒をしながら駆けて、目的の納屋へと辿り着く。使われている様子はない。ゴブリンも目ぼしいものを漁ったらこんな場所に用はないのだろう。

伽藍とした埃っぽい室内は、都合よく乾いている。

……いい、とてもいい。

 

背嚢から壺を取り出す。

街で買ったある種の毒草と、森の薬草を練り合わせたものに、村で手に入る限りの上等の油を混ぜた。

……媚薬もどきだ。娼館や御偉いさんに売っぱらうべくもない粗悪品だが、鼻のいい小鬼どもには効くはずだ。

 

たっぷりと床板に塗りたくり、その周囲に余分に持ち込んだ松明を数本、焚き火をおこすように組んで、火を点けた。

 

素早く納屋を後にする。もちろん今の作業に使った道具は現場に棄ててきた。

下手人の痕跡は炎が余さず消してくれるだろう。

 

隠れ場所を探しながら、体に軟膏を塗りたくる。この山の草から作った匂い消しだ。これほど紛れるものもあるまい。

 

この媚薬が燃えた煙は空気より重く、風がない今夜は長く砦にこもる見込みだ。

 

暗く狭い場所に鼠の如く落ち着いて、さて、まずは一段落。……次の出目はどう出るか。

 

 

 

……………

 

 

 

にわかに騒がしくなった山砦を見上げ、剣士と魔術師は頷きあった。

 

それぞれ別々の軟膏を塗り、剣士は臭いを消し、魔術師は匂いを付けた。

 

作戦通り潜入した頭目が、砦のなかで火と薬を焚いた。近くの川から水を貯めているだろうから炎上は無いという読みだ。消火が済んだ頃を見計らって……仕掛ける。

 

「行くか」

「行きましょう」

 

堂々と、剣士が先だって砦に近づいていく。砦の正面から見えるほど近く、しかし弓や投石が届かないほど遠く。

 

「やいやいやいやい、くそったれゴブリンども! やーい! 悔しかったらかかってこーい! 砦なんて捨ててかかってこーい!」

「なによそれ」

「え、だって頭目がなるべく口汚く挑発してやれって……」

「子供か。……代わりなさい」

 

この距離のゴブリンから庇うもなにもあるまいと剣士に並び立つ魔術師。

 

「この○○○の乳首が〈ピー!〉の★殖★! あんたらみたいな〈うっふーん〉は精々、下水の鼠の〈あっはん〉でも啜ってろってのよー!!」

 

日々の詠唱で鍛えられた滑舌と声量で放たれる罵声に、隣で聞いている剣士の方が圧倒された。泣きたくなった。この世にこんな汚い言葉が存在していることを、田舎では知るよしもなかった。

 

「こんなもんよ。模範解答はまだまだあるけど、聞く?」

「やめて」

「そう?」

 

何故か残念そうな魔術師。

ここで剣士にとっては幸いと言うべきか、砦からぞろぞろと現れるゴブリンの群れ。

 

その数、もはや十、二十……三十をこえ、四十を数えるか。全ての小鬼が息も荒く、眼を血走らせ、見て分かるほどに「もて余して」いる。

 

「……走るか」

「走りましょう」

 

あれに捕まってしまった冒険者がどんな目に遭うかなど、それこそ火を見るよりも明らかだ。男は八つ裂きにされて食われ、女は散々に弄ばれ、地獄を味わい尽くした末にゴミのように棄てられる。

 

先に走るのは魔術師。

松明を片手に森のなかを必死に進む。

 

「おい、急ぎすぎだ! まだ間がある! 抑えろ!」

「……っ」

 

強がってはいても、恐怖でペースが乱れている。

ゴブリンは短足ゆえに魔術師よりも速いことはない。しかしそのスタミナは侮れず焦れば、死ぬ。

 

鎧を着こんで走り、後ろの群れの様子を窺う剣士。この作戦の肝は護ること。全く、騎士希望者の冥利に尽きるというものだ。

 

木の根の張った足場の悪い地面。そもそも走りながらの射撃はゴブリン風情には過ぎた技であり、怖くはない。

……問題は。

 

「来やがった!」

 

ゴブリンライダー。

手懐けた狼に騎乗したゴブリンが2騎、左右から挟むように追ってきている。

ウゾウゾと群れをなす本隊との距離は十分だと判断した剣士は決断する。

 

「止まれ! 速い追っ手を先に片付ける!」

「分かった!」

 

魔術師は足を止め、剣士に庇われる位置取りを手慣れた様子で行った。もののついでとばかりに水筒を取り出して呷る図太さが頼もしい。

 

「ギャン!」

「GOOGOB!」

 

通常、ゴブリンに先陣を切るという発想は無い。自分以外の誰かに危険を背負わせ、おこぼれにありついて当然という考えが、結果として彼らの息を合わせているのだ。

……だが、例外ということもある。狂おしいほどの欲望に急かされた一騎が先走り、狼の吠え声と共に飛びかかった!

 

「バカが!」

 

一閃。むしろ自分から間合いを詰め、狼の攻撃を胸甲で往なしながらゴブリンの頭を叩き割る。

 

「GGOOGBB!」

「甘えぇんだよ!」

 

これを好機とみて襲い掛かってくるもう一騎に、剣士は壮絶な笑みを向けた。

 

激突で体勢を崩していると踏んだんだろうが、こっちは熊とドツき合いしてんだぜ!

 

「お前ら重さが足りねー、よ!」

「GBOOG!?」

 

一蹴。振り向き様に横薙を受けたゴブリンが地に沈み、仮初めの主人を失った狼は逃げ出した。

 

「よっし、走るぞ」

「短い休憩だったわね」

 

再度、駆け出す。

予定の地点まであと少し、幸い、今日は出目も走ってる。

 

 

 

……………

 

 

 

少し、時間を遡り、あらかたのゴブリンが砦からはけた後、防壁の傍から群れを追って駆け出す影があった。

 

武術家である。

 

群れから付かず離れずの距離をとり、その様子を探りながら追いかけている。

 

月は明るいが、鬱蒼と繁る森のなかである。

作戦会議の席で灯りもなく追跡できるのか心配する仲間達に、彼女は「出来る」と返した。

それだけで、優秀な頭目も幼馴染の剣士も、生真面目な魔術師も無条件に彼女を信じて次の事項の確認に移った。

彼女が大言壮語とは無縁の、見上げた努力家だと知っているからだ。

 

猫のように眼を見開き、鼻と耳と肌の有らん限りをもってして大気を捉える武術家には、離れたゴブリンの湿った呼気さえ感じ取れるようだった。

 

ふと、群れから一匹、落ちこぼれが出る。

元々規律とは無縁の集団だ。薬の効きが弱い、他よりも装備が重いなどの事情から、足を止める輩がちらほらと現れる。

 

武術家は、そんな落ちこぼれに豹のようにしなやかな動作で飛びかかり……。

 

「……g!? ……っ」

 

瞬時に口を抑え、まさしく赤子の手を捻るが如くゴブリンの頸骨を破壊した。そのまま無造作に死体を横たえ、速やかに追跡と観察を続行する。

一切余計な音を漏らさぬ殺戮に、しかしゴブリン達は気づけない。

薬による狂奔もあるが、そもそも生き物の頭脳は一つであり、追うと追われる、二つを同時に処理できるようには出来ていない。

前を向きながら後ろは向けないのだ。

 

ゴブリン達は彼ら自身すら知らないままに、その数を磨り減らしていった。

 

 

 

……………

 

 

 

そのゴブリンは走っていた。

追っている。只人の女を追いかけている。

 

男もいたようだが関心はない。女に比べればどうでもいい。

俺達の砦で火事が起こった。そのすぐ後に冒険者らしい女が現れた。

 

賢い俺は直ぐにピンときた。

こいつが犯人だ。俺達を不当に苛める悪いやつらだ。捕まえて、思う存分いたぶってやらなければ気がすまない。

 

どれだけ走っただろう。

欲望に身を任せてヨダレを垂らすゴブリンには分からない。

 

木々の隙間から、赤いものが覗いた。

風を受けてそよぐ赤髪だ。

 

……女だ! あの女がいる!

木に体を預けて息を殺し、休んでいるようだ。こちらに気付いていない。

 

……近くから遠くから、響くように仲間の悲鳴が聞こえてくる。俺には関係ない。きっとあの男の冒険者に殺されているのだろう。なんて酷い奴等だ。俺、いや、俺達は何も悪いことはしていないのに苛めるなんて……だから仕返しをしてやろう。

 

ゴブリンは本能で知っていた。

不意討ちこそが正攻法であり、飛びかかることこそが非力な獲物を手にする手段であると。

 

だから女に向かって走った。

そして、踏み出した足が空を切った。

 

「GO!? GOBOOOーーーー!?」

 

響くような悲鳴を轟かせてそのゴブリンは墜落し、これ以上ない混乱の中でその短い生涯を終えた。

 

 

 

……………

 

 

 

「……十一……十二……」

 

魔術師は数を数える。

一匹、また一匹と「崖から飛び降りて」墜落していくゴブリンの数を。

そして、起き抜けに頭目から聞かされた作戦Aを頭の中でなぞっていく。

 

要約すれば簡単だ。村娘を助けたいから焼き討ちはできない。でも数十匹からのゴブリンを相手にしたら死ぬから罠に嵌めて殺す。以上。

 

俺達が銀等級一党ならば正面から突入するのが正道だけど、黒曜の駆け出しは地味にいこうとのたまった頭目がおかしくてちょっと笑った。

 

罠といっても作る時間もないし、見え見えの即席急造に引っ掛かるほどゴブリンは愚かでもない。

 

「だから魔法を使う」と、頭目は言った。

 

魔術師が習得している幾つかの魔法のうち《浮遊》と《幻影》というものがある。

 

まずは村人から集めた情報から、森が開けたら直ぐに断崖絶壁という危険な地形を見つけた。その先の空中に《浮遊》させた魔術師を配置。

さらに《幻影》で地面と森を演出して彼女まで七歩の距離を地続きだと見せかけた。落とし穴に似て非なるもっとえげつないナニかの完成だ。

たしかに、悪い夢か魔法のように、ボタボタとゴブリンが死んでいく。……あ、ホブが落ちた。

 

「でも、《幻影》はまだ慣れてなくて、疑われたら直ぐにバレちゃうわよ」

 

そう問題を提起してみたが。

 

「ゴブリンをもっとバカにしてやれば問題ないだろ?」

 

かくして。

頭目に渡された媚薬もどき軟膏をローブに塗り込んで走って浮いている次第なのだ。

 

「……二十八…………………あ、来た。はい二十九……おっと《幻影》解けたわね」

 

大分落ちたようで、ゴブリンが現れる間隔も長くなった。《浮遊》の残り時間も心もとない。

残った一回の呪文はどちらをかけ直すのが利口か一瞬考えた魔術師の目に、松明の灯りが見えた。

剣士と武術家である。

 

しばらくぶりに地面に降り立ち、その固さを満喫する。血塗れの剣士と、対照的に平素と変わらない武術家に声をかける。

 

「こっちは二十九。そっちは?」

「私はピッタリ十ね」

「俺は道中の足しても五だな」

「あんたは数稼ぐのが仕事じゃないから、残念そうにしない。……にしても」

 

三人、暫し崖を見下ろす。

 

「嵌まったわね」

「ああ、お見事だな」

「私は見てないし……でもあの大群がほとんど丸々落ちたんだよね……」

 

感慨深く頷くそれぞれの気持ちは一つ。

 

「何があっても頭目を敵に回すのはやめとこうぜ」

「もちろん」

「……そうね。さて、崖下に向かいましょう。生き残りを始末しないとね」

「一応、頭目の支援に戻るっていう手もあるよ?」

「あなたも一応って言ってるじゃない。そもそも何かあったとしても今からじゃ間に合わないし……」

「ああ、ここのゴブリンは頭目を敵にまわしちゃったからな」

「うん、まあね……」

 

 

 

……………

 

 

 

ゴブリンシャーマンは訝しんだ。

 

少し、静かに過ぎるのではないだろうか?

 

小火騒ぎがあってから、やけに滾る欲望をもて余して「夜」に拐ってきた村娘をまた嬲ることにした。

周りで喧しい手下どもを追い払い、一人で悠々楽しんだ。

自分は優秀で呪文が使えるばっかりに、愚図で使えない手下達を率いる大変な苦労を背負っているのだから当然の権利だ。

 

そして楽しみ尽くしたゴブリンシャーマン、この砦のボスと呼ぶべき怪物は訝しんだ。

 

静かすぎる。五十はいるはずの手下達はどこに行った?

まさかみんな「昼寝」しているわけでもあるまい。

 

訝しむボスの下で、不意に村娘がビクリと震えた。ボスには知るよしもないことだが、媚薬の香が効くのはなにもゴブリンばかりではない。頭目は自分の知るレシピを元に作ったのだから本来は人間用だ。

 

弱りきった娘には薬効が、いわば気付けの効果を発揮し、不幸にもその意識を繋いでいた。その哀れな娘の耳にヒタヒタ、ヒタヒタと静かな足音が聞こえてきた。

ゴブリンだ。また大挙して押し寄せて、私を嬲りものにする気だろう。怖い、怖い、いっそ死んでしまいたい。

……でも、やっぱり死ぬのは恐ろしい。

 

もちろん、震えた娘を見て、ボスも足音に気づいた。一瞬、なんだ杞憂か、俺の怒りを恐れて離れていた手下達が性懲りもなく寄って来たのだと思った。……しかし。

 

ボスは訝しんだ。

小さい手下達の小さい手足であることを差し引いても、所詮はガサツな小鬼なのだ。

 

足音が、静かすぎる。

 

果たして、最奥の広間に入って来たのは只人の男だった。

娘から見て、その顔は整っているように思えた。黒髪黒目。整っている故に特徴もない。

街にいけば何処にでも転がっていそうな、記憶に残らない風貌。

 

そんな男は服やマントも含めて黒づくめで、左手に握った松明で周囲を照らしながら、さも自分の部屋に戻ったというように一片の緊張感もなく入ってきた。

そして、また自然な風に松明を部屋の中央に投げ入れた。

 

「g、……GOB!?」

 

ようやく、凍りついていたゴブリンシャーマンは動き出した。こいつは敵だ!

冒険者に有効な手段は知っている。俺は詳しいんだ!

 

蹲って呻く娘を左手で盾にし、右手に杖を引き寄せた。距離がある! あいつが素早かったとしても、俺の呪文が素早い!

 

と、ソイツが真っ直ぐこちらに向かいながら、ナイフを振りかぶるのが見えた。投げてくる気か!

慌てて娘をもっと大きく持ち上げる。ほんの僅かだけ顔を覗かせながらほくそ笑む。呪文が完成した!

 

と、その呼吸を察したように、男が進路を変えた。ゴブリンシャーマンから見て、娘で死角になる位置。

 

撃つか、娘で塞がれる、ダメ、えっと、そうだ。

逡巡と呼ぶに短いだけの時間を費やして娘を放り出したゴブリンシャーマンは、改めて狙いを定めようと意識を集中し……終わった。

 

 

 

……………

 

 

 

娘には、全て見えていた。

松明に照らされている彼の黒い瞳。

 

炎に当てられたのだろうか、それとも知らずに吸った薬のせいか、疲れ果て萎れた娘の心に、燃え上がるモノがあった。

それは希望、或いは憎悪。

 

苦しい! 憎い! こいつを殺して! ……お願い、お願いだから……助けて……っ!

 

彼が駆け出す。ゴブリンに持ち上げられる。

苦しい、けど、不思議と目を閉じることができない。この光景から目を離せない。

 

彼が、左に少しずれたと思ったら、加速した。今までは加減していたのだと分かる、凄まじい俊足だ。

 

黒い尾を牽くように駆ける彼の眼は、揺らぐ炎に瞬いて、流星のようだと思った。

 

地面に放り出される。反射的に体を庇って肩を打つ。仰向けになった視界の先で、杖に炎を宿したまま、首をなくした怪物の体が傾き、出来損ないの人形のように倒れた。

 

彼が振り向き駆け寄ってくる。

マントを被せて、背中を擦ってくれる。

 

「助けに来ました。……もう大丈夫です」

 

思わず目を閉じてしまう。

あったかい。

すごく、安心して、眠たい。

 

意識を手放す直前、背負われたような感触があった。

 

すごく、すごく怖くて苦しかったけど。なんだ、最後はまるで、お話のお姫様じゃない、なんて、笑ったような気がした。

 

 

 

……………

 

 

 

「かんぱーい!」

『かんぱーい!』

 

「ばんざーい!」

『ばんざーい!』

 

村を挙げての宴が続く。

ゴブリンどもは一匹残らず退治され、英雄たる年若き冒険者達は怪我一つ無く、拐われていた娘も今は穏やかに眠っているという。

 

とはいえ貧しい村である。

金銀財宝の報酬は土台無理ではあるものの、なにもしないじゃおさまらない。

 

酒だ、飯だ、飯、飯、酒だ。

名人気取りが楽器を引っ張り出しては冒険者達の勲しを調子っぱずれに歌い上げ、若い衆が魔術師や武術家に語りかけ、村娘達は剣士にすり寄っては酌をしている。

 

俺は疲れたと言って早々に切り上げて、村長宅の屋根の上で白み始めた空に、薄くなりゆく月を眺めている。

 

主賓のくせに、頭目のくせにと仲間達には恨めしげに見られたが、疲れたのは嘘ではないのだ。

それに、こういう風によって集って持ち上げられるなんてのは怖気が走る。日陰者には毒なのだ。

 

ガブリ、と一口、酒を飲む。

それにつけても酒の旨さよ、これが味わえるから冒険者はやめられないね。

 

「……ぬう?」

 

誰だろうか、歩いてくる連中がいる。村の外から誰かが向かって来ている。

 

近づいてみると、あからさまに冒険者の一党といった連中だ。

 

先頭を歩く、気位の高そうな女性騎士が頭目だろう。至高神に仕えているようだ。

身軽そうな圃人は野伏らしい。快活な笑みを浮かべながらも油断なくこちらに気付いてる。

三人目は森人の魔術師だろう。理知を秘めたその瞳からは、見目通りの年齢ではないと分かる。

最後の一人は神官だろうか。只人であり、気弱げな様子だが、旅慣れているのだろう、歩みは未だに力強い。

 

「旅の者だ。宿と補給を頼みたいが……君はこの村の方ではないな?」

「あ、はい。いえまあ、話せば長くなるので、どうぞ。自分から話を通しましょう」

 

彼女達の胸元の鋼鉄の認識票を見て、思う。

彼女達がもう少し早く来て、協力して事にあたればどうなっただろう?

いや、逆に俺達が遅れていたら、案外彼女達がこうして出迎えてくれたのかもな。

 

だが、賽子の出目だけは神々にすら分からない。

とにもかくにも遅れてきた客人には酒と武勇譚をたっぷり味わってもらうとしよう。

 

俺は代わりの主賓を連れて、軽い足取りで広場に向かった。

 

……ああ、どうやら日が上る。

 

 

 




なんやこの順位、マジでありがとうございます。こんなの書くしかないじゃない!
「ご、ゴブリンスレイヤーさん、い、一位です! 怖い! 助けて!」
「ゴブリンか」


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神様ってなんだろう?

「この技能を生やすわ」
「おうよ」(ルール的に問題ないけど物語的になんでだ?)

みたいな。宗教に拒絶反応ある方は飛ばすべし?
オリジナルましまし。


夢を見ている。

俺の故郷。俺の育った村。

 

寒い、村だったな。夏が短いって意味じゃなく、夢とかの余分がないって意味で。

日々を畑に向き合って、懸命に作った作物を領主に持っていかれて。

父ちゃんにも母ちゃんにも笑みを向けられた記憶なんて残ってない。

 

たまに村に立ち寄る冒険者や吟遊詩人の語る物語を貪るように聞いて、それを反芻しながら拾った棒切れを振り回すのが、俺の唯一の遊びだった。

……今からすれば遊びでも、当時の俺にとってはこの上もなく真剣な、将来のための修行だった。

 

なんでだろうな。

 

夢なんて持てない、持っても苦しいだけの毎日で、それでも気づけば夢をみちゃうのは、なんでだろうな。

 

ほとんどない駄賃を必死に貯めて、バカにされながらも冒険者になってやると言い張り続けて、好きにしろと言われたから好きにしてやると街に来た。

 

なんでか幼馴染が付いてきた。こいつに冒険者やりたいって思いがあったとは知らなかった。

むしろずっと一緒に村で暮らそうとかうるさかったのに……女の子の気持ちって言うのは牛や豚のそれより摩訶不思議である。麦の方がよほど素直だろう。

 

そして……。

 

暗い洞窟の中で死にかけた。

ゴブリン、今なら分かる。最弱ではあっても数が多く、残忍で、ズル賢い。……本物の怪物。

 

舐めてかかって武器を無くし、地面に引き倒される段になって、俺は生まれてはじめて死を本気で考えた。

 

でも、勝った。勝ったから生き残った。

頭目が言う。

 

「考えろよ」

 

ああ、考えるよ頭目。そうすれば勝てる。……そうだろ?

 

 

 

……………

 

 

 

「神様ってなんだ?」

 

そんな俺の呟きに、対面に座る幼馴染は目を丸くした。

 

「なに? なんかへんなモノでも食べた?」

「自慢じゃないけど最近は頭目とお前の飯しか食ってないよ。むぐ……旨いぞ」

「そう? 良かった」

 

にこりと笑う彼女に、なにやら胸の奥が暖かくなるのを感じる。

今日の朝は彼女のお手製のキッシュだ。ベーコンと菠薐草と黄色くて甘い穀物がたくさん入っていて食べ応えがある。

 

もしも良いものを食べたら頭まで良くなるなら、俺もそろそろ読み書きが出来ているはずだ。

 

「じゃあ頭目に言われた?」

「何でそうなる」

 

心外だ。こんな疑問も頭目に出された課題だと思われるのか。最近は俺なりに考えてるのに。

 

「や、だって……私が言うのもなんだけど最近のあんたの頭目への態度は……」

「なんだよ」

「……いえ、やめときましょう。で、なんだっけ? 神様?」

「ああ。俺達には僧侶とか神官が足りないって話があったろ。で、ぐるぐる考えてるうちにそもそも神様ってなんだっけってなったんだ」

「なったんだ……」

 

目の前の皿を空にした幼馴染がうーん、と腕組みをして考え込んだ。

最近のこいつはよく食べる。俺も村にいた頃の何倍も食うようになって最近背が伸び身体がガッシリしてきたのを感じている。

その俺に輪をかけて食っているのに、彼女は少しだけ背が伸びただけで、むしろほっそり、しなやかな体型だ。

取り込んだものをどれだけ消費してどれだけ練り込んでいるのか、考えるだに恐ろしい。

 

「私もあんたも単なる田舎もんだし、ピンとこないわねえ」

「だよなあ」

「これはもう、あんたの得意技の出番じゃないの。今日はまだ依頼とってないんでしょ?」

「おう」

「休みがてら、みんなに聞いてまわったら? それができるのが、あんたの良いところよ」

「ああ、良いきっかけだな。……お前は?」

「悪いけど、稽古があるの。付き合えないわ」

 

なみなみ注いだ牛乳をぐいと一息に飲み干して、彼女は立ち上がった。……恐ろしいことだ。

 

 

……………

 

 

 

「はあ? 神ぃ?」

 

我等が副頭目は、眼鏡の奥の眉をひそめて、こちらに訝しげな視線を向けた。

 

冒険者ギルドの受付カウンターに、借り物の制服を身に纏っている彼女は、胸元の雇われ名札が無ければ職員にしか見えない。馴染みすぎだろ。

 

「なに? なんか悪いモノでも拾い食いした?」

「してねえよ!? お前ら俺をなんだと思ってんだ!?」

「からかい甲斐のある……待った待った。悪かったから。答えるから。帰らないの。今お客さんいなくて暇なのよね」

 

クスクスと意地悪く笑って見せる彼女だが、俺が来るまで熱心にギルド備え付けのモンスターマニュアルを読み耽っていたのは知っている。

 

……思えばこいつも柔らかくなった。初対面の時のこいつは警戒心剥き出しの猫のようだった事を思い出せば、他種族が「只人は可能性の種族」なんて言っていたのにも頷ける。

 

「神様っていうのは、この四方世界、そして私達全ての命あるものの創造主のことね」

「創造主……」

「そう、それ以前に何処から来たのか、どのように生まれたのか、諸説はあれど私達には計り知れないことよ」

「……そんなスゴい奴ら……人達……方達が、力を貸してくれるのが奇跡ってわけか」

「そうね。そんな大いなる方々は、私達を愛して下さっているっていうのが定説よ」

「愛して?」

「実際に神の存在に触れる人の多くが、確かにそう感じる……らしいわ」

「……じゃあさ、その神様じゃあないのの神官はどうなんだろう」

 

副頭目は、その緑の眼をパチクリ瞬かせて、意外なことを聞いた、という顔をした。分かりやすい。

 

「と、いうと?」

「ほら、最近来た蜥蜴人さんは、われはおおいなるりゅうをほうずるーとか言ってたろ?」

「あ、あーそうね。そういう……うーん」

 

ほんの数日前、このギルドに上森人と鉱人と蜥蜴人の一党がやって来て、うちのギルドきっての変人冒険者と、ゴブリン退治に出かけて、オーガを打ち倒す大戦果をあげて帰ってきた。

……どういうことだよ。

 

「……ごめんなさい、正直なところ私も詳しくなくて……あら?」

「……ん?」

 

噂をすればなんとやら。

翠の鱗を生やした僧侶が扉を潜り抜け、のっそりと酒場の方へ足を向けるのが見えた。

 

「……行ってくるわ」

「行ってらっしゃい」

 

ひらひら手を振って、本を引っ張り出す副頭目に背を向けて、俺は酒場に小走りで向かったのだ。

 

 

 

……………

 

 

 

「ふむ、神とは、信仰とはなんぞや、とは」

 

目前の蜥蜴人はシュッと鋭く息を吐くと、瞳を閉じて黙って考え始めたようだ。

言ってはなんだが、奇妙な存在である。鋭い爪、硬い鱗、力在るその容貌を、彼等の伝統の品だという装束に包んで隠している。

 

ともすれば小鬼よりもよっぽど人間離れしている種族。しかし、一度その瞳と、牙のある口を開いたなら。

 

「それは、その道を歩む、その者次第でしかあり得ますまい」

 

そこには、深遠なる思慮と、理知が宿っていると悟らされるのだ。

 

「その者……次第?」

「左様に」

 

蜥蜴僧侶が、皿の上のチーズを手に取り、豪快にかぶり付く。無論、話を聞かせてもらおうというのだから、俺の奢りだ。

甘露……甘露……と眼を輝かせている様は、可愛らしく(それこそ奇妙なことだが)実に奢り甲斐のあるお方である。

 

「先ほど、剣士殿からあった通り、信仰による奇跡は何も創造の……人の神によるモノのみにあらず」

「大いなる竜……だっけ」

「然り……氷河の果てに滅びし我等が大いなる祖なり」

「ご先祖様ってことか……ご先祖が神様?」

「はてさて」

 

蜥蜴僧侶は奇妙な動作を織り混ぜながら、困ったように笑う。

 

「神、と称するは些か語弊が……拙僧等は信ずる竜をこそ辿り着くべき理想と掲げ其処を目指す事を道とする」

「神様が目標?」

 

ううむ、聞けば聞くほど……分かるような、分からないような。

 

そんな俺を見て、呵々と蜥蜴僧侶が笑った。

 

「重畳、重畳、そのようにして悩み考えることこそが信仰へと繋がることもあると聞き及びますぞ」

「……あなたもそうだった、とか?」

「いやいや、生まれた時より周囲も拙僧もそのようにあったもので、気付いたら当然のように……時に信仰とは生活、生き方に根づくもの。根のない拙僧らですらそうなれば、街を作る只人ともなると……さてな」

「なんです?」

「いや、思えば拙僧より適任がもうすぐ来るはず……確か、冒険者の同期とか」

 

蜥蜴僧侶が、まだここにいない誰かを思い返して、笑みを浮かべた。

 

ああ、そういえば、彼女が黒曜に昇級した最後の決め手は、オーガの討伐だったとも聞いたな。

 

 

 

……………

 

 

 

夕刻過ぎ、彼女はギルドに現れた。

地母神の神官衣に身を包み、淡い灯りに照らされてその豊かな金髪を輝かせる……冒険者だ。

 

「地母神様、ですか?」

「うん」

「そうですね、優しい方、だと思います」

「お話とかできるの?」

 

俺の問いに、彼女は快く応じて。

 

「ふふ、よく聞かれますけど、できませんよ。すごく遠くて、高いところから……もしかしたら深いところから、たまに声が聞こえてきて、分かったような気がするだけです」

「声が……」

 

その青い瞳に、強い、清い信仰の光を宿して答えるのだ。

 

「神様とは、信仰とは、でしたね。……たまに聞かれます。なんで姿の見えない何かを信じられるのか、とか本当に神様がそんなに偉大なら、世に溢れる悲劇をそのままにしておくのはおかしい、とか」

「……」

「なぜ今の世がこのような理で、地母神様や神様達が遠くに在られるのか、私には分かりません。……この世界が、悲しいことで一杯なのも、そうなのでしょう……それでも、なぜ私が地母神様を信じるか、理由は……」

「……理由は?」

 

うん、と一つ頷いて、地母神の女神官は言った。

 

「聞き届けて下さるから、でしょうか」

「……うん?」

「私達神官が祈るとき、いつでも神様は応えてくれます。すごく遠くにいるのに。神様に比べてとても弱くて小さな私達全員に、頑張って祈る者に例外なく」

「……」

「そして、奇跡を通して感じるんです。地母神様はいつでも私達を見ておられる。深く愛して下さってる。……遠くても信じられるって」

「すげえな」

「はい! 地母神様は凄いんですよ! そんな地母神様がどうしてか出来ないことを代わりに成す。そのために私は冒険者になったんです!」

 

すげえってのは、君に言ったんだけどな。

全く、俺達の同期は凄い冒険者だ。これはうかうかしていられないぞ。

 

「あっ」

 

ぱっと、真剣に話していた彼女の顔が華やいだ。

薄汚れた皮鎧、中途半端な長さの剣。

見た目は物凄く弱そうな冒険者だ。

つい最近街に出てきた新人が、少ない資金で無闇に中古の装備を買い込んで、なにも考えず身に付けた、と言われたら信じてしまいそう。

 

「ゴブリンスレイヤーさん!」

「……帰っていたのか」

「はい! なんとか無事に終わりました!」

 

現在はオーガにやられた傷を癒すのも兼ねて休暇中だと副頭目が言っていた。……ギルド職員に、彼にお熱の女性がいて、犬も食わない話を聞かされると苦い顔をしていたっけ。

今夜ここに顔をだしたのは、情報収集かなにかか、人に会う予定か……詮索することでもないか。……そうだ。

 

「ゴブリンスレイヤーさん」

「なんだ」

「神様ってどう思います?」

「知らん」

 

ですよね。

 

 

 

……………

 

 

 

「なあ頭目」

「なんだ剣士」

「神様ってなんだ?」

「ああ? なんだよ宗教の勧誘かよ勘弁して下さいよ洗剤要りませんよ」

「は?」

 

夜半、なんだか寝付けずにいると頭目が帰ってきた。頭目はたまに個人的なツテとやらでよく分からない仕事をしにいく。

 

大抵は実入りが良いが、なんでか俺達には内容を言いたがらない。副頭目には話しているようで、彼女は不思議と納得しているようだった。

 

小腹が減ったという頭目に付き合って、さっと炙って塩をふった鳥を肴に、ここらの地ワインをやっている。

 

で、朝からずっと考えている神様について聞いてみたら、なにやら早口で捲し立てられた。……洗剤?

 

「あー、いや、悪い。神ってのは宗教における信仰の対象だろうよ」

「そういうんじゃなくて、頭目にとっての神だよ」

「……難しいことを聞きやがるねこの子は」

 

頭をボリボリ掻いて、鳥を口に放り込む頭目。難しいのか。

 

「神様ってのはその人にとって、心から信じられるもののことだよ。素直に凄いとか、怖いとか、どうにもならないとか……そういう」

「信じられる……」

「そうだな、俺にとっては、この世界そのものかな」

「世界? ……四方世界?」

「いいや、もっと大きく、神々とやらがいる領域や更に外まで引っくるめて……此処じゃない何処かも含めて」

 

頭目が、少し赤く染まった頬と潤んだ黒瞳で、すごく遠くを見るような顔をした。とてもとても、切なそうな顔だった。

 

「……頭目?」

「……いや、俺もお前もドラゴンも神様も……ゴブリンだってこの世界を構成する一つの要素にしか過ぎないってことさ。……でかいよな。たまに落ち込んだときにそういうこと考えると、悩んでることが小さく思えて楽になる。……だから、それが俺の祈りで、俺の神ってことで」

「さては適当だな頭目」

「そういう……民族性……酔ってるな俺。もう寝るわ。お前もほどほどで寝ろよ」

「おうよ」

 

神様ってなんだろう?

肉と酒の残りを胃袋にしまいながら、また考える。

 

信仰とは、憧れ、尊敬、心から信じられること?

 

「じゃあ、俺にとっての神は頭目かもな」

 

疲れと合わさって、スゴく酩酊している頭で笑う。

 

テーブルに肘をついて、手を組んでみる。祈りのつもり。

 

祈るとしたら勝利だろう。

敵に、誰かに、自分自身に、負けず挫けず挑んで、最後には打ち勝つ力。

 

真っ白になった意識が落ちていく中で、遠くて高くて、もしかしたら深いところから、少女の心底愉快そうな声が聞こえた。

 

……何て言ってるかは分からなかった。

 

 

 

……………

 

 

 

「……ううぅ」

 

あー、二日酔いっであったま、いっでー……。

昨日は裏通りの元締めからのリクエストで薬屋のお手伝いをしていた。

 

媚薬、精力剤、避妊薬、そういった特殊な薬を専門家の元で実地で学べる割の良いお仕事だった。

 

けんども昼のうちに娼婦のお姉様方に見つかってしまったが運の尽き。

散々に酒を飲まされておもちゃにされるわ、でれでれしてる薬師のジジイに余興を強要されるわで、もう無茶苦茶だよ。

俺の修めている技術は意外と大道芸に通ずると分かったのが収穫か。今後は街の広場辺りでお捻りを狙うのもいいな。

 

リビングに行くと剣士がいた。

そういや昨日はこいつと飲んだんだったか。

帰った時点で相当に酔っていたらしくよく思い出せん。

 

「頭目」

「なんだよ……あーあ散らかしっぱなしで寝たか。武術家に怒られるな……」

「頭目、どうしよう」

「なんだよ深刻な顔して」

「……戦勝神よ……」

 

剣士が手を組んで祈ると、なにやら燐光が生まれて、すぐまた消えた。……マジか。

 

「……おめでとう?」

「おめでたくない……あんな……あんなんで……」

 

頭を抱える剣士。……こっちも二日酔い辛いんだが。

 

ああ、神が本当にいるんなら今すぐ現れて二日酔いを治したもう。




ゴブリンスレイヤーは神には祈らない。(確信)


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鬼! 悪魔! 頭目!

アニメ視聴しかしてない人はネタバレ管理メント重点だ。


洞窟の入り口の両端に杭を打ち、その間にロープを固く張る。……低い位置に、固くだ。

 

たっぷりの松脂に硫黄を良く混ぜる。

これをロープから二歩踏み込んだ場所に盛り、火をつける。

 

すると、燻るように燃えはじめ、吹き出る毒気を含んだ重たい煙が、穴の奥へと流れていくのだ。

 

しばらく、入り口付近で待っていると、奥からギャアギャア喚きながらも騒々しく、軽い足音が集団で向かってきた。

 

煙と火を避けて洞窟から転がり出てきたのは醜い怪物……ゴブリンだ。

 

ゴブリン達は必死に這い出てきた先でロープに引っ掛かり転び、後続にのし掛かられ、混乱の極致に達した。

 

「おりゃあ!!」

「GUB!?」

 

剣士、改め聖戦士の鉄剣が、一匹のゴブリンの頭を砕く。

 

「……《泥罠》……頭目! そっちはどう!?」

「煙が見える。……やっぱあるっぽいな横穴。そっちから逃げられたらコトだ。武術家、付いてきてくれ。……聖戦士、しっかり二人を護れよ」

「おう!」

 

頭目と武術家が、森の奥へと走って行く。

 

魔術師が思うに、あの二人が待ち構えるところに出てくるゴブリンは御愁傷様だ。大群でなければ勝ち目はないし、大群相手となれば躊躇なく逃げるだろう。

 

「ホブが来るわね……手筈通りにお願い」

「……はい!」

 

魔術師の言葉に意気込んで答えたのは金の髪と青い瞳を持つ女神官だ。

 

「いと慈悲深き地母神よ……」

 

《聖壁》

 

それは彼女の祈りに応えた地母神がもたらす守護の奇跡。女神官はこれを、洞窟の中に強敵を封じ込めるために使った。

 

「GOOGBUUU!?」

 

外に出られない事に驚愕したホブゴブリンは、必死な形相で拳を《聖壁》へと叩きつけるが……小揺るぎもしない。

地母神の護りは奉ずる神官の決意と等しく強固である。

 

「っしゃ! 全部やったぞ!」

「……いいわ、解いて……サジタ……インフラマラエ……」

「はい!」

 

煙に眼と鼻をやられ、泥に手足を取られて仲間と縺れるしかできない小鬼達を断固として処理した聖戦士が叫ぶ。

 

女神官が《聖壁》を解除し、間髪入れずに命中した《火矢》に膝を折ったホブゴブリン。

 

そこへ、血に濡れた刃が叩き込まれた。

 

 

 

……………

 

 

 

何日か時を遡り。

 

「ゴブリン退治しようぜ」

 

たとえゴブリンスレイヤーさんが休暇を取ろうとも、世に小鬼が尽きるはずもなし。

 

俺達の一党はこの度、辺境ゴブリン退治行脚へと旅立った。……いつもゴブリンスレイヤーさんがやっていることではあるが。

 

事の経緯はギルドでゴブリン退治依頼を根こそぎひっ掴んだ俺を、仲間達が諦めたような泣きたいような、なんとも味わい深い表情で見守っていた時に遡る。

……今受けられる依頼のなかでは高い経験点への打算とほんのちょっぴりの義侠心、両方を察知されていたな。

魔術師は金銭的には赤字気味の計画への文句を飲み込んだ顔をしていた。……で、その時。

 

「あのっ私もご一緒したいんですが!」

 

最近、なんか変なのの相方として売り出し中の女神官ちゃんが話しかけてきたのである。

 

え、なに剣……聖戦士。あ、同期? へー。

 

意外な事実を知りつつも、である。

 

余所様のメンバーと長期間に渡って組むとなればまずは向こうにご挨拶であろう、と、街外れの牧場にやって来たのだ。挨拶は大事だ。

 

……で。

 

「ゴブリンか」

 

この挨拶である。

 

ゴブリンスレイヤー。冒険者らしからぬ男。

別に話したことがあるわけでもないが、見てるだけでも分かることはある。

 

冒険者は酒を飲む。

ゴブリンスレイヤーは酒を飲まない。そもそも酒場に立ち寄らずに真っ直ぐ出ていく。

 

冒険者は装備にこだわる。

ゴブリンスレイヤーは装備にこだわっていないように見える。

 

冒険者は名誉が大好きだ。

ゴブリンスレイヤーは名誉なんて知らないとばかりに振る舞う。

 

冒険者は騒がしい。

ゴブリンスレイヤーは喋らない。

 

冒険者は冒険する。

ゴブリンスレイヤーはゴブリンを殺す。

 

……あらためて、この人、変なのだな。

 

「……ゴブリンではないのか?」

「あ、ゴブリンです」

「場所は……」

「ダメですよゴブリンスレイヤーさん!」

 

諦め悪くゴブリン退治に行きたがるゴブリンスレイヤーさんに、女神官ちゃんがプリプリ怒って、休んでいてください、と言う。

 

……なんだか、ゴブリンスレイヤーさんがしょんぼりしてるように見える。子供か。

 

「……ならば依頼書を見せろ。多少は言えることもある」

「……あ、これです」

 

そう、ゴブリンスレイヤー。何を隠そう、いつでもボロッちいギルド名物男が今回のスーパーアドバイザーなのである。硫黄の毒とか良く思い付くよな。

 

ゴブリンスレイヤーさんは俺から紙束を受けとると素早く目を通し、頷いた。それから普段の寡黙さが信じられないほどに饒舌に、各依頼で想定できる状況と有効な仕掛けや手段を語り始めたのだ。

 

一つ言えることは、間違いなく彼は重度のゴブリン及びゴブリン退治オタクだということだ。

……オタクに得意分野の話をふった者の末路は相場が決まっている。

 

朝早い時間に訪ねたのだが、結局、俺達は牧場で金を払って昼食をご馳走になった。美味しかった。

 

時を戻して、もう少し進めて。

 

 

……………

 

 

 

「乾杯!」

 

古今東西、冒険者(一部例外除く)が一仕事終えた後にやることは決まっている。

 

今回はゲストの存在と結局街へと帰り着いた時間が遅かったことを考慮し、一夜明けてから五人、ギルドに集まって騒いでいる。

 

幾度目かの乾杯を終えて、聖戦士が言った。

 

「いやぁ、牧場で話した時はどうかと思ったけど、やっぱり流石のゴブリンスレイヤーなんだな」

 

どの仕掛けも大当たりじゃん、と、朗らかに笑う彼はつい最近戦勝神への信仰に目覚めた聖戦士。

 

この神様が相当にフットワークが軽いらしく、頻繁に聖戦士の夢に出てくるというエピソードに、女神官ちゃんは少し羨ましそうにしていた。

 

その夢の朧気なイメージの中からどうにか読み取ったという羽根を重ねたような聖印を刺繍したマントと、俺の手製の木彫り聖印ネックレスを装備している。

 

聖印についてギルドで調べた魔術師によると、まるで記録の無い神様で、都の学院にでも行かないと難しいとのことだ。

……「戦勝」なんてお目出度い神様で信者が少ないのは何故だろう?

聖戦士の一件から見て敷居が高い感じでもないのに不思議だ。

 

「……ゴブリンスレイヤーさんはスゴいんですよ……ほんとスゴいんです……ほんとに」

「ゴブリンの血まみれ臭い消しには参ったわね……頭目、いつかの軟膏じゃダメだったの?」

 

何故か遠い目と乾いた笑顔で応じたのは女神官ちゃん。少し不満げなのが武術家だ。

 

「只じゃないし、時間もたりねえよ。あれ日持ちしないし」

 

十と二つのゴブリンの巣を潰したわけだが当然、拐われた人がいるなら毒気も火攻めも使えない。みんな仲よく血塗れになったのも一回や二回じゃない。

 

「男はいいわよね……ゴブリン退治って男の専業にすべきなんじゃない?」

 

ゴブリン血まみれ戦術に一番ごねたのは魔術師だった。……綺麗好きだしなあ。それでも最後には効率をとってくれるのが素敵だ。

 

「男性しか行けない……いえ、それは……私としては、困ると言いますか……」

「えー、なによその反応。うりうりー」

「あっ……ち、違います、そんなんじゃ……んっ」

 

誰を思い浮かべてか赤くなった女神官に絡み付く武術家。……ふむ、続けて。

 

しかし、親しくなったものである。旅の始まりでは考えられん。

 

思えば辺境の村々を巡るにあたって、街で馬を借りてきての時間短縮をはかったのが思わぬ落とし穴であった。

 

馬に乗れないという女神官ちゃんをなんの他意もない爽やか野郎が純粋な気遣いから後ろに乗っけちゃってから、圧がもうすごいのなんの。

 

聖戦士の馬には女神官ちゃん、俺の馬には彼女と同じく馬に乗れない魔術師がタンデムしていて、(不幸にも、というべきか)田舎育ちで馬に慣れている武術家が一党の荷物を請け負って一人で一頭に乗っているという状況が発生したわけだ。

全く、すぐに女神官ちゃんがゴブリンスレイヤーさん一筋だと分かったから良かったが、あのままだと天地魔闘の構えの大魔王武術家に聖戦士、斥候、魔術師、女神官の四人一党で挑むことになった……かもな。

 

「欠かさず休まずゴブリン退治続けるなんて勤勉な冒険者よね彼。……残りの上位陣も怠慢じゃなくて余裕があるって感じだけど、毛色が違うっていうか……そういうのがいいのぉ?」

「い、いいとか、そ、そういうんじゃ……あう!」

 

あ、武術家ったら女神官ちゃんの耳を甘噛みしとる……いいぞもっとやれ。

 

「なによ! ゴブリンスレイヤーゴブリンスレイヤーって! うちの頭目だって大概なんだから!」

 

そして君は酔うの早いわね副頭目。食ってないで交ざってこいよ聖戦士。タゲを取れ。

 

「あのね、私もね、半分ギルド勤めみたいなもんだからゴブリンスレイヤーがイカれた凄腕だってことは重々知ってるけどねえ!」

「ふぁい!?」

 

あ、女神官ちゃんが武術家に物理的に絡まれながら酔った魔術師に絡まれてる。しかし酒がうめーな。

 

「そんなやつに振り回されたあげくにオーガなんて大物食った貴女よりも私達の方が昇進早いの! お分かり!? この算数が!? ええ!?」

「ふぇっ……あのあの、はい!」

「気にしないでよ。うちの副頭目ちゃん、頭目のこと色んな意味で好きすぎて自慢したい年頃なの……あ、意外と……」

「ひゃう!? ど、どこを揉んでるんですか!?」

「ちょっと聞いてるの!? うちの頭目はねえ、とにかく鬼で悪魔で頭目でぇ……」

 

ああ、もうめちゃくちゃ。

……目の保養を楽しんでいると、口一杯に頬張ったものを飲み込んで聖戦士が話しかけてきた。

 

「まあそうだなぁ、依頼で行ったんだから、馬の餌やら水くらい、バチ当たらなかったんじゃないか? タダでくれるって言ってたんだからさ」

「タダより高いものはないって名台詞を知らないのかよ。……まあ、金払い良くしてちっとでも俺達一党にいい印象を受けて覚えてくれたら安い安い。俺達はゴブリン退治以外もウェルカムだからな。噂を流してくれたら更にいい」

「……いつも言ってる、投資ってやつか」

「そうそれ」

「はは、鬼で悪魔で……頭目め」

「やってることは天使だから、いいんじゃね?」

 

用意した退治資材、食料や必需品、馬のレンタルに維持費。

今回の行程は金銭的にはトントンかやや赤字。

だが資材は使い回せるし、顔と名前を売って回るのは次に繋がる。

ご指名お待ちしておりますよっと。

 

ちょっぴり装備が派手になった聖戦士を見て「広告塔に使えんものか」とか、おもってねーよ?

 

 

 

……………

 

 

 

「すまん、聞いてくれ」

 

その男がギルドに現れたのは、俺達にとっての宴もたけなわってところだった。

 

薄汚れた革鎧、小降りの丸盾に中途半端な長さの剣。常に装着している鉄兜。彼独自の理論による対小鬼決戦装備に身を包んだゴブリンスレイヤーその人である。ただならぬ様子に、女神官ちゃんは慌ただしく頭を下げてから彼の元へと駆け寄っていった。

 

ゴブリンスレイヤー曰く。

 

『街外れの牧場がゴブリンに狙われている』

 

牧場とは、俺達が先日訪ねたあそこか。

彼の幼馴染だという大変立派なものをお持ちの明るい女性がシチューを振る舞ってくれた。……彼の家だ。

 

聖戦士が言う。

 

「すまんみんな。今日は鬼の頭目じゃなくて俺のせいだ。ほら、ゴブリン退治とか強引に誘うの俺の得意技だったわ」

 

ゴブリンスレイヤー曰く。

 

『ゴブリンの数は多く、恐らくはロードに率いられている』

 

武術家が言う。

 

「ごめん、今回は完全に私が先走る形だわ。ちょっと強くなって調子のってるとこだったのよ。……ゴブリンとか、殴れば死ぬでしょ」

 

ゴブリンスレイヤー曰く。

 

『百匹を相手に、夜に野戦になる……手伝ってほしい』

 

魔術師が言う。

 

「悪いわね。あんた達の副頭目はね、点数稼ぎが大好きなの。ギルドに貢献したいわー名誉とか欲しすぎ」

 

ゴブリンスレイヤー曰く。

 

『報酬は、俺に支払えるもの全てだ』

……水くせえ。

 

俺は仲間を見渡して言ってやった。

 

「ばか、今回も鬼で悪魔な頭目様が無茶でキッツい依頼を安請け合いすんだよ……いいな?」

 

 

 

 

この日、ギルドのほぼ全ての冒険者は金貨と何か変なののために勇んでゴブリン退治に挑む。

 

老人がいた。若者がいた。男がいた。女がいた。戦士がいた。魔法使いがいた。森人がいた。鉱人がいた。みんな笑っていた。

 

 

 

その中に、一際意気込む若い冒険者が四人いた。

 

ま、それだけのことなんだけどな。




「ゴブリンか」(挨拶)


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ゴブリンスレイヤーがゴブリンを殺す。慈悲はない

ゴブリンスレイヤー「出来るか」
斥候「やります」


月明かりに照らされて、淡く輝く夜の草原に、緩やかな風すら汚すがごとく蠢くものがあった。

 

ゴブリンだ。

ゴブリンの軍勢がその欲望につき動かされ進む。彼等を率いるは彷徨の末に進化を果たした小鬼王。

 

小鬼達は知っている。

捕まえてきた女を盾にして進めば、冒険者達は何もできなくなり、無様に殺されてくれることを。

だから今回も勿論用意した。牧場への襲撃は奇襲とはいえ、人間達の領域に踏みいるなら用心が必要だ。

 

ゴブリンスレイヤーは知っている。

小鬼達が放った斥候の足跡から、推測したゴブリン軍の規模から、進軍方向も夜中に攻めてくることも……当然「盾」を使うことも読みきった。

五年、もっと言えば十年、寝ても覚めても小鬼を殺すことを考えて実践してきた男は知っていた。

 

だからこうなる。

 

「ここ……ね……《睡雲》」

「ああ、頃合いじゃいの《酩酊》」

「……《睡雲》」

 

冒険者達のうち呪文使い達から魔法が飛び、「盾」を持っているゴブリン達がバタバタ倒れていった。

 

傍目には唐突に倒れたように見える先鋒達に小鬼が困惑した隙をついて、身軽さを信条とする者達が飛び出した。ある者は手早くナイフで縄を切り、力自慢はくくりつけられた板ごと抱えて撤退する。

 

生還者が十人いるとすれば、帰れないものが一人はいる。

ゴブリンシャーマンの稲妻に撃たれ、困惑したままのゴブリンシューターの矢を浴びて、それぞれに手傷を負いながら、死にかけながら、もしくは死んでも引き継いで、全ての「盾」を冒険者達は排除した。

 

「かかれえーーー!!」

「おう!」

 

牧場に隠れて、周囲に伏せて、機を窺っていた戦士達が駆け出した。乱戦に持ち込むためだ。

 

何故ならゴブリンスレイヤーは知っているからだ。

冒険者が、ゴブリンに決して劣らないということを。

 

 

 

……………

 

 

 

……凄い。

 

他の呪文使いに混じって《睡雲》を唱えていた魔術師は思う。高練度の呪文使い、特に魔女や鉱人道士といった銀等級ともなると桁外れだ。

 

自分に比べて威力に差はある。あるが、それだけではない。

 

最初の奇襲から乱戦が始まるまで、つまり接敵するべく走る冒険者達に対して、統率力特化のゴブリンロードも当然対応はしていた。

咄嗟に指示を出し、部隊を動かし、集団対集団の戦闘に持ち込もうとしたのだ。

 

そこに更なる魔法が掛かる。

首魁の命令を受けて動きだそうとしたゴブリン達は途端に意識を朦朧とさせ、そこを突いて森人弓手をはじめとした射撃上手が次々に射殺していった。

ゴブリン軍はまたしても動き出しを潰されたのだ。

 

かくして乱戦となった戦場を眺めながら、赤毛の魔術師は舌を巻く。

真の呪文使いというものは呪文が多いものでも強力な呪文を使うものでもなく、呪文を「使いこなす」ものだという真理、そのお手本を見たようなものだ。

 

「感心ばかりじゃ芸が無いわね……実践してみせましょう」

 

乱戦になり、冒険者とゴブリンの双方を飛び交う魔法は止んでいる。

人は互いを、小鬼は己のみを思い、当然の帰結として同士討ちを避けたがるからだ。

 

魔術師は、かたや投擲紐を用いてゴブリンを撃ち始めた鉱人や《矢避け》で周囲の防御を固めた魔女から視線を外し、たった一つ残った呪文の使いどころを懸命に考える。

 

ふと、翻るマントが目に入る。デカデカ入れられた羽の聖印。ここからでは彼の持つ奇跡が有効に働いているかは分からない。

 

「……うん」

 

魔術師は一つ頷くとポーチから矢を取り出して、いつでも詠唱を始められる用意をした。

 

拘泥を捨てて、戦場全体を見る。心は凪いでいた。いい目が出そうだ。

 

 

 

……………

 

 

 

戦場の只中、汚らしいゴブリンに囲まれて、武術家が舞っていた。

 

「GyoGOB!」

「……はぁっ」

 

回避、同時に攻撃。

二つの動作の融合は極限の集中の成せる業だ。

 

一撃を躱すことにも一撃を繰り出すことにも力を使うのならば、一の力をもって二つを行うべきだ。

熟達した武術使いは至近における空間と時間の支配者であり、彼女は日々、その道を踏みしめているのだ。

 

そんな武術家と背中合わせにして聖戦士は剣を構える。

かたや(その脅威を度外視して少なくとも見た目は)丸腰の少女。

かたや目立つ新品の白マントを翻す男。

 

ゴブリン達の攻撃本能を刺激する二人組は、戦場のど真ん中、乱戦の最前線で奮闘していた。

まだまだ下級の冒険者がこの位置を固持する理由は、戦勝神が与えた奇跡にある。

 

《闘魂》

 

自分も含めた周囲の軍勢の士気を劇的に高める神秘。

決して猪武者になるわけでなく、攻めるべきを躊躇なく攻め、逃げるべきを迷わず逃げる「勇気」を与える奇跡だ。

 

こと大規模合戦においては反則とも言える代物だが、効果範囲は広くなく、なるべく多くの戦士を支援しようと目論むなら……。

 

「前にでるっきゃねーってことだ!」

 

未だに長く維持はできない奇跡が切れるまで。

それまでは断固として戦場に立ち続けるのが、聖戦士が自分に課した使命だ。

 

……しかし、小者ばかりのはずもなく。

 

「ホブが来た! ……数は二体!」

「……おう!」

 

大物だ。

重戦士や槍使いが相手をしているチャンピオンには及ばないが、間違いない強敵が二体。

 

……逃げる? ……それじゃ勝てねえ。

策は……思いつかねえ。

 

そうだ要は勝ちゃいいんだ。

 

「俺が一体止める! お前はもう一体!」

「……いいの?」

 

聖戦士にはまだ荷が重い相手だ、という言外の確認に笑って見せる。百も承知だ。

 

「お前相手に三十秒持たすんだ。あんなデカブツどうとでも耐えてやる……だから早く助けてくれ」

「うん……それこそ三十秒でかたをつけるわ」

 

聖戦士のために、武術家は飛び出した。その技は今夜一番の冴えを見せ、当てると当てさせないを両立させる。

三十秒かからないんじゃないか……そんな呆れにも似た感慨を胸に、もう一体に相対する。

頼もしい相棒の背中を護らなければ。

 

「かかって来い!」

「GOOGBGOGO!」

 

盾に叩きつけられる棍棒、腕の骨の芯まで冷たい感覚が走る衝撃だ。

 

「ぐっ……」

 

その恵まれた腕力と体躯にあかせた全力攻撃に、瞬く間に聖戦士は劣勢に追い込まれる。

普段であれば鎧を着けていようが回避や受け流しを試み、七割がたは成功してみせる自信はある。

ここまで一方的にやられる要因は一つ。

 

奇跡とは、神に祈りを届けるという行為は、どうしようもなく疲弊をもたらすものだ。

 

体は重く、視界は更に暗くなっていくようだ。

……耐える。盾も剣も遮二無二使ってとにかく耐える。武術家は強い。情けないようだが純粋な戦力では聖戦士を越えて久しい。

 

悔しい気持ちは勿論大きいが……構わない。

強弱は今は重要ではない。勝負を制するために耐える。

 

……覚悟をもって戦う聖戦士に、しかし。

 

「あっ……」

 

ダイスの女神は邪悪に微笑んだ。

 

タイミングだ。全てはタイミング。

足を縺れさせた聖戦士は咄嗟に後ろに倒れこんで棍棒の一撃を躱すも、余計に体勢を崩す後に続かない動作だ。

 

どうする、どうする…………どうする?

 

振り上げられる棍棒、呆然と見上げながらも盾はかざす。……衝撃が逃がせないのでは焼け石に水だ。

 

視界の端に武術家が映る。もう一匹殺したのか。早い……が、間に合わないな。……ごめん。

 

振り上げられた棍棒が、振り下ろされ……。

 

「GOOGBUUU!?」

「……は」

 

ホブゴブリンの悲鳴が上がった。

棍棒を放り出して抑えた顔、左の眼球に突き立ったのは、見覚えのある矢。

 

副頭目に付き添って武器屋に行って購入したものだ。

弓ではなく魔力をもって実在の矢を打ち出す《力矢》の魔法は威力が低いが、一つ、素晴らしい特性を持っている。

 

すなわち「必中」

 

「イヤァアアアアッ!!」

 

助走を活かした怒りの跳び蹴りをもってホブゴブリンの首を胴体から射出した武術家を、暗い視界で見る。……意識が落ちそうだ。

 

どうせ気絶するなら一秒でも長く奇跡を維持するまでだ。瞼を閉じて祈りを捧げる。

 

……ああ、戦勝神さま、厚かましいけど、出来るなら頭目やゴブリンスレイヤーさん、女神官にも加護を。多分、無くても勝つけど、ほら、圧勝に……。

 

 

 

戦況は冒険者が圧倒し、趨勢は決した。ゴブリン達には覆しようがない。ゴブリン達には分からない。

 

ここに王は居ないからだ。

 

 

 

……………

 

 

 

どうしてこうなった!?

ゴブリンロードには分からない。分からないままに走っていた。

 

大きな混乱を抱えたままに戦場を捨てて、仲間を見捨てて暗い森をひた走る。この決断的な行動力こそがゴブリンロードの根元だ。

 

勝つこととは生き残ること。

生き残ることが出来たから学んだ。

生き残ることが出来たから強くなった。

 

ゴブリンロードは巣を目指す。

自分さえ生き残ればそれでいい。それさえ成し遂げればやり直しは利く。

 

……だが、重ねて「ゴブリンスレイヤー」は分かっていたのだ。

 

そうくるだろう、ということは。

 

巣穴を目前にして、ゴブリンロードの足が止まった。巣穴の前に、何者かが立っている。

 

……冒険者だ。ゴブリンロードには人間の細かい見分けなどつかないが、武装している人間は皆、冒険者に違いない。

 

とても弱そうな冒険者だ。

自分は強い。強いが冒険者にはもっと強い奴がいるのも知っている。

だが、こいつにはそこまで警戒はいらないだろう。どれ、すぐに始末して……。

 

「お前で、五だ。……備えが薄い。……予想通りだ」

 

ゴブリンロードは気づく。

目の前の敵の剣は血で濡れている。嗅ぎ慣れすぎて馴染んでいたが……同胞の血の匂い!

 

「もう無い。お前の帰る場所は、俺が潰した」

 

怒りのままにゴブリンロードは片手に握った斧を繰り出した。

粗末な冒険者は応戦するも……弱い。

 

「ぐっ……ぬ……」

 

なんだ、弱い。一撃で死なないが、それだけだ。死なないことができているだけじゃないか。

ゴブリンロードは邪な歓喜を隠そうともせず攻め立てる。……自分よりも弱いものを一方的に甚ぶり殺す。これ以上楽しいことはない。

 

とうとう疲れ始めた獲物の体が、斧の威力に流れたところを蹴り飛ばしてやる。無様に這いつくばる、弱い冒険者。

 

先ずは四肢をもいでやろう。

首は最後だ。いやいや直ぐ殺すのはもったいないぞ。殺された手下の何倍も苦しめてから殺さなくては……。

 

欲望に支配されたゴブリンロードの耳に、微かな、葉が擦れる音。

反射的にそちらを向いたゴブリンロードは、唐突すぎて、一瞬ではそれが冒険者の……藪に隠れた女神官の持つ杖だと気づくことが出来なかった。

 

閃光。

 

「GOOOGOBUOOO!?」

 

《聖光》の奇跡に目を灼かれ、驚きに声を上げたゴブリンロードは、もう一人、この好機に駆けてきた冒険者を認識出来ない。……伏兵として潜んでいた斥候である。

 

「GOOBG!?」

 

両端に錘の付いた鉄鎖、それがゴブリンロードの脚に巻き付いて自由を奪う。

さらにそこを払われ、崩された!

 

「GBUOG!!」

「ぐあ!?」

 

破れかぶれ、苦し紛れの反撃は強運に助けられ命中。

吹き飛ぶ斥候を認識出来ないまま、ゴブリンロードは倒れこむ。

敵が復帰する前に拘束を外さなければ……っ!?

 

動けない。背中の地面と不可視の「何か」に挟まれて、まるで身動きが取れない。

ようやく視力が回復してきたものの目前に確かにあるものが分からない。

 

……月が見える。大きな緑と小さい赤。

「昼」に空を見上げると、何時でもそこに……。

 

ぬぅっと。

月光を遮るように、ゴブリンロードを見下ろすように、男が現れた。

ボロボロだ。普段のゴブリンロードならば歯牙にもかけない。実際、先程までは圧倒していたのだ。……だが、しかし。

 

「殺す。……ゴブリンめ、薄汚い、ゴブリンめ……俺は……」

 

不可視の「何か」越しに剣を突きだし、淡々と自分の首をとろうとする、コイツは、本当に冒険者、いや、人間なのか!?

 

月を背負い、陰った顔は兜に覆われ見ることはかなわない、しかし、その奥の眼光だけが、仄暗い憎悪の光を湛えて燃え上がるのだ!

 

「俺は、ゴブリンスレイヤーだ」

 

かくして、ゴブリンロードと呼ばれる一匹の小鬼は死んだ。

その生涯で他者に与えたよりずっと少ない苦痛と、極大の恐怖と共に。

 

 

 

……………

 

 

 

いや、こええよ。

ゴブリンスレイヤーさんがゴブリン殺すところ初めて見たけど、これヤバイわ。逆らわんとこ。

 

「大丈夫ですか!? すぐに治します!」

「……お願いします」

 

女神官ちゃんの仕事は《聖光》と《聖壁》を一回ずつ。最高にいいタイミングだった。

 

俺の仕事は出来るなら奴を転倒させること。そうすれば奇跡に余裕をもって奴を磔に出来るからだ。あのレベルの敵には不意打ちであっても一撃必殺は厳しいね。怪我はしたけど及第点だろう。

 

ゴブリンスレイヤーさんの仕事はゴブリンを惹き付けることと、ゴブリンを殺すこと。……言葉もないね。

 

 

酒が飲みたい。

できるだけ大勢で飲みたい気分だ。

 

ああ、そうだ、俺にもお願いを聞いてもらえる権利が貰えるんなら……あの恐ろしい小鬼殺しさんに、乾杯の音頭をとってもらうなんてのは、悪くないんじゃないだろうか。

 

大きな緑と小さい赤を見上げて、そんな事を思ったりした。

 

 




原作が良すぎるが故の難産じゃった。


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冒険は日常なりや

「GMおめーさては、このすば見たろ」
「おう」
「GMおめーさては20面ダイス振ったろ」
「おう」


風に舞う木の葉を断つ。

振るった勢いを殺さず、逆の手に持ったもう一つの刃でもう一閃。

 

右脳と左脳を完全に分化して、それぞれ独立させながら、更には連携しながら一連の攻撃を繰り出す境地こそが理想だ。

 

最近、鋼鉄等級に昇級を果たした冒険者、頭目と呼ばれる彼は、微かに白んだ空の下で二本の短剣を振っていた。

修行の量はともかく、質と集中では武術家にすら勝ってみせようという意気込みでもって。

 

左右二本の剣を持つくらいならば一本で戦った方が安定して強いというのが世の剣士達の定説だ。

正論ではある。しかし、街で人対人の一対一だけを考える連中と、草原で、遺跡で、洞窟で、空の上で、見も知らない怪物を相手にする冒険者では考えるべき事があまりに違う。

 

(大分、明るくなってきたな)

 

そろそろ上がるか、と思い、全意識を降ってきた一枚の木の葉に再度集中した。

 

角度が必要だ。正確さが必要だ。風を読むことが必要だ。風を起こさぬ体捌きが必要だ。早さが、速さが必要だ。

 

もしも、左右それぞれの腕を同時に完全に意のままにすることが出来るなら、二本の剣が一本に負ける道理はない。

 

ある意味とても頭の悪い真理を胸に抱いて、彼は今朝最後になる連撃を見舞う。

 

ハラハラと空中を回っていた木の葉は、黒装束の彼が動作を終えると分かたれ、空気抵抗を無くして粉のように落ちる。

 

綺麗に十六分割された木の葉色の細切れを前に、彼は笑う。ロマン溢れる戦法を修行する。……楽しくないはずがなかった。

 

 

 

……………

 

 

 

「よ」

「お疲れ様ー」

 

頭目が家に帰ると、武術家が既に朝食の支度に取りかかっていた。

 

外着を着替えて、マイエプロンを装備、手を洗ってからキッチンに入る。

 

「スープは出来そう。ねえ、昨日なんか変な香草みたいなのたくさんと、大きな鉄板買ってきてたよね。使うの?」

「ああ、スープを仕上げたらサラダ頼む」

「了解、頭目」

 

茶目っ気溢れるウィンクを寄越して、武術家は鼻唄をうたいながら鍋をかき回す。負けてはいられまい。

 

まずは最近増設した竈の上に鉄板を設置。炭を熾すと火力を調整する。そうこうしている間に武術家はスープを仕上げ終わっていた。向こうのアイエイチとかカセットコンロは全く大した発明品だったのだ。

 

ある程度鉄板が温まったら薄めに切ったパンを二枚とベーコンを置いて、片方のパンにスライスしたチーズを載せる。パンを動かして焦がさないようにしつつ、ベーコンにも注意をはらう。

 

……頃合いだろう。チーズの上に焼いたベーコン、自家製の甘口マスタードとピクルスを載せ、程よい焼き色の付いたもう一枚のパンでサンドする。

 

「……美味しそうね」

「サラダ出来てるんだろ? 先に食うか?」

「いや、それは……」

「こいつを冷ますのはもはや犯罪だよ。ベーコンは脂を噴いてて、チーズはとろけてる。俺はあいつらを起こしてきて、出来立てを作ってやることにするよ。いつも手伝ってくれてるごほうびに最初にどうぞ」

「……じゃあ、うん」

 

遠慮がちに、しかし素早い動作で配膳を始める武術家に背を向けて、一旦エプロンを取って寝室へと向かう。

 

……数瞬後に響いた「美味しい!」という叫びに、驚いた二人が起き出してきたのには、少し笑った。

 

 

 

……………

 

 

 

聖戦士の剣が、巨大なカエルが伸ばした舌を切り払う。

巨大ガエル……正式名ジャイアントトードは耳障りな悲鳴を上げて仰け反った。

 

「左!」

「……っち!」

 

後衛の魔術師が放った警告に、彼は素早く反応した。白いマントが泥に塗れることにいささかの躊躇もなく、鎧装備で軽やかな前転回避。側面から別のジャイアントトードが跳躍突撃を繰り出してきたのだ。

 

他の二人にしても、彼を支援する余裕はない。

周囲を油断なく見渡して指示を出す魔術師を中心として、聖戦士を含めた三人が合計五体のジャイアントトードに囲まれているのだ。

 

「ジャイアントトードを討伐せよ」

 

群れて凶暴化したジャイアントトードを間引くというこの依頼は、若干季節外れではあるものの、定番ではあった。

それほど恐ろしい敵ではないと、馬を走らせて昼前には依頼の村にたどり着き、沼地の方へと進んだ一党は「数は力」という言葉の意味を再度認識する羽目になった。

 

「五体討伐なんてノルマ、五体超過してるぞ!」

「ぼやかない! あんたはとにかく奇跡を切らさないで耐える!」

「でも、頭目とか武術家にかかる位置取りなんて無理だぞ必死なんだよ!」

 

魔術師の向こうで頭目や武術家もカエルと戦っているはずだが、沼に程近い、霧がかかった森の中、巨大蛙を二体相手にしながらでは状況確認すらおぼつかない。

 

「私にかかってるのが大事」

「マジかよ副頭目ビビり!」

「うっさいわねー……自分よりでっかいカエルなんて小鬼だのとは違う不気味さがあんのよ分かりなさいよ!」

 

逆に言えば、現状で全体を見る役割を担う魔術師が自分とやり取り出来ている以上。残り二人は余裕なのだろう。……安心なような、情けないような。

 

「そりゃそうだけどってギャーー!?」

「バカーー!? サジタ……インフラマラエ……」

 

ぬかるんだ地面に足をとられて、動きが鈍った聖戦士に対して、ジャイアントトードはその巨体を活かしてのし掛かる。

抵抗は試みるものの、そもそも踏ん張りが利かない。

《闘魂》がこの時点で途切れ、魔術師の心を恐怖と嫌悪感が覆っていくが、それでも、仲間を救うべく詠唱を始める。

 

「うおおぅぉーーー!!」

「ラディウス!」

 

聖戦士は咄嗟に倒れ込みながら、ジャイアントトード自身の重さを利用して剣を深々と突き立ててやる。

そして、本日四回目、最後の呪文に、魔術師は最も使いなれて円滑に放てる《火矢》を選択した。

 

「ぎゃーー!?」

「あ……」

 

臓腑を深々と抉られ、顔面を《火矢》で燃やされ、崩れ落ちるジャイアントトードはその巨大な死体で最後に聖戦士を「生き埋め」にし、動かなくなる。

 

「あ……」

 

聖戦士が相手をしていたもう一体のジャイアントトードが次の獲物に、ひ弱そうな眼鏡の只人を選んだことに気付いた魔術師は悲鳴を上げた。

 

「きゃーー!?」

「GEEGOOOOO!!」

 

呪文の尽きた魔術師は貧弱の一言に尽きる。

カエルの下で安全な聖戦士を置き去りに、副頭目は踵を返して逃げ出した。

 

逃げる獲物を跳躍で追うジャイアントトードは、しかし貧弱な敵の恐ろしさというものを知らなかった。

 

「ィイヤーーー!」

「……っし!」

 

右側面から喚声を上げる武術家が拳を、左側面から静かに斥候が短剣を、ジャイアントトードへと叩きつける。

 

聖戦士による足止めは十分に間に合っていたと、魔術師は把握していたのだ。

 

「捌いて食ってやる!」

「GRGOOOO!?」

 

無慈悲な二本の剣が閃き、哀れな蛙が皮と袋と肉と骨に解体されるまで、それほど時間はかからなかった。

 

 

 

……………

 

 

 

「かーーっ疲れたーーーっ」

「ただいまー!」

「はいおかえり」

「背後からおかえり言うのってありなの?」

 

ドヤドヤと、我が家へと帰還を果たした冒険者達。空は群青色に染まり、夜の帳が降りてきている。

 

お早かったですね、と驚く受付嬢に誇らしげに胸を張って報告を済ませ、軽く情報収集もしてきたのだ。

 

冒険が終わっても、人生は果てしなく続く。平和とは次の冒険への準備期間に他ならない。

 

武術家が大量の蛙肉を持ってキッチンに消えると、聖戦士は武具の手入れを始める。

ギルドに入る前に入念に血や泥は落としたが、それだけでは十分ではない。

 

居間の隅で広げた布の上で、鎧の留め具を確かめ、閉め直し、凹みを叩いて戻す。剣の拵えに緩みが無いことを確認し、刃に良く砥石をかけ、柄に巻いた布を交換する。

 

音が出るので個室でやろうかと申し出たこともあったが、仲間達が気にしないといってくれたのだ。

 

刃に油を付けて、布で馴染ませながら仲間達を見渡す。

頭目と副頭目は、机に何やら紙束を一杯に広げ、書き物をしている。

 

「なあ、なにしてんだ?」

「俺は帳簿」

「私は記録ね」

「……?」

 

二人とも書類から目を逸らさず端的な答え。

帳簿、記録……なんだそれどう違うんだ? 聖戦士は分からなかった。だから聞く。

 

「なんだそれどう違うんだ?」

「お、やっと興味持ったか、嬉しいね」

 

ニンマリ笑った頭目はどうやら講釈してくれる気になったようで、紙を掲げて向き直る。

 

聖戦士としては何やら数字が細かく整然と並んでいるとしか分からないが、頭目が言うには「ボキ」とやらを使って金の流れを纏めているのだという。

……正直、銅貨の一枚二枚の違いが今さらなんでそんなに重要なのか分からないが、頭目が拘ってる以上は大事なんだと思うからいつか教えてもらおう。(教えてもらうとは言ってない)

 

「副頭目は?」

「私の方は本当に記録よ」

 

一枚、手渡されたので、読んでみる。頼りない知識に照らせば、書いてあるのは今日の冒険だ。ジャイアントトード討伐の依頼を受領。なんで請けたか、どんな準備をしたか。いつ村についたか、どんな地形か、どんな敵か、何が起こったか、どうやって切り抜けたか……。

 

ギルドに出す報告書は基本的に彼女と頭目が代筆してくれるが、明らかにそれよりも詳細なのは、四人分の情報を纏めているからだろうか。

 

「こうやっておけば、反省点とか有効な戦術が分かりやすいわよね。……っていうのは半分建前で、趣味みたいなもんね。実は今までの冒険の記録してて……」

「後で見せてくれ!」

「え、あ、ええ……いいけど」

「おいこら帳簿と違って随分食いつきがいいな」

「ごめん頭目! 俺、暗号解読にいそしむほど暇じゃないんだ!」

「あ、暗号じゃねーし! 分かりやすく書いてるし!」

 

こうしたら良かった。こうすれば良かった。

たらればを語るのは不毛かもしれないが、生きているなら次に活かせる。

聖戦士は、自分に必要なのはこれだと直感したのだ。

 

「ところでさ副頭目」

「なによ頭目」

「それさ、量が溜まったら本にしようぜ」

「嫌よ恥ずかしい。大体お金かかるじゃない」

「俺が出すよ。あ、代わりにタイトル決めさせてくれ」

「……一応、聞いておこうかしら」

「冒険の書。冒険の書がいい。決定」

「……ふうん、悪くないわね」

 

 

 



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いざ、水の街

転生者が好き勝手にやったら因果がこう、いい感じに歪む。


 

 

辺境最強の冒険者、槍使いの男は苛立たしげに髪を掻きむしる。

 

「……だー、くそっ」

「もう、仕方、ない、でしょ……」

「そうだけどよ……くそったれゴブリンスレイヤーの野郎、間のわりぃ」

 

指名依頼の重複、名の売れた冒険者には稀に良くあることだ。

自分の人気ぶりが誇らしいと同時に、人情に厚いこの男にとっては歯痒い事だ。……しかし、選ばなければならない。

 

一つは、都からの依頼。

槍使いと魔女の二人を贔屓にしてくれている貴族にして聖職者の男。……といえば聞こえはいいがとんだ生臭で、会う度に貴重な香辛料をふんだんに使った激辛料理を底意地悪く振る舞ってくる陰気な野郎。

依頼は魔神軍の残党の討伐への参加。……あちらの冒険者を差し置いての呼び出しなのだから余程の大捕物か、そもそも人が足りないか……。

 

もう一つは、腐れ縁からの依頼。

こちらも陰気……とは少し違うが、それを超えた前代未聞の偏屈ものだ。少なくともあいつ以上の変わり者を、槍使いは詩にだって聴いたことがない。なんせ、小鬼ばっかり休まず五年も狩り続けた男なのだ。

依頼内容は驚くなかれ、小麦の配達。……白磁等級にでもやらせとけと言いたくなるような内容だが、そもそも他人に頼るということを知らない小鬼殺しが名指しで依頼を寄越したのだ。黙って請け負って一両日中にでも届けてやりたい、が……。

 

「今回は、折り合いが、ね。……悪い……わよ」

「わーってるよ! 流石にお使いやってる場合じゃねえ」

 

噂の白金勇者様とやらが魔神を打ち倒したとはいうものの、世に悪と混沌の尽きることはなく、むしろ勢いを増すばかり。

 

仕方ねえ、受け付けさんに事情話して他に回して貰うか……。

 

愛しの彼女の元に向かうには珍しく、重い足取りで槍使いは一歩を踏み出す。

 

ふと見ると、ちょうど別の冒険者が依頼を受理するところらしい。……あれは確か異例の昇級を重ねる新進気鋭の一党か。

槍使い自身とは絡みがないが、それは世話を焼かせない彼等の如才の無さの証明であろう。やっかみ以外で悪い噂は聞かないし、実際善良な類いの冒険者だ。

 

「はい、承りました。水の街での護衛依頼……依頼主様からの指名、ですね」

「はい」

 

奇遇も奇遇、渡りに船とはこの事だろう。

 

しかしどうにも……神様の導きってやつを感じるぜ。

 

 

 

……………

 

 

 

カラコロ、カラコロ……ゴトン。馬車が進行を止め、揺れもまた止まる。

 

頭目が二袋の小麦袋に異状がないことをチラリと確認していると、聖戦士が声をかけてきた。

長距離移動も慣れたもので、揺れに堪えた様子もない。

 

「なあ頭目、本当に請けて良かったのか?」

 

小麦その事……ではなく、もう一個、本命の方だろう。

 

「くどいぞ」

「そうよ、相談して決めたことでしょう」

「……私もちょっと責任感じてたり」

 

頭目としては全く、まだ依頼主に会ってもいない段階で責任も何もないと思うのだが、聖戦士と武術家はちょっとシリアスな雰囲気だ。……さて。

 

話はちょっとゴタゴタしながらも滞りなく蛙肉を片付けた翌日に遡る。

 

まだまだ破落戸もどきと言える彼ら下級冒険者一党に、突然の名指し依頼が来たのだ。

正確には、聖戦士及び武術家への依頼である。

 

「あれだよ、この家を俺達に譲って……っていうのも変か。紹介してくれた商人の兄ちゃん」

 

訝しんでいた頭目と魔術師に、聖戦士は依頼書の内容を辿々しくも読み上げて見せた。曰く、

 

『水の街は最近、とみにキナ臭い』

『殺人、強盗、枚挙に暇がないほどで、沈静化の気配もない。しまいには小鬼が出たとの噂もある始末』

『ついては君達二人に自分と妻、特に娘の護衛を頼みたい。仲間が居るならば連れだって来て欲しい』

『期限は最大一ヶ月、ないし事態が沈静化したならば終了』

 

「……ねえ、あんた達、この街で別れてからその人達に手紙とか出した?」

「ん? いや? ……なあ?」

「ええ、私もこいつもまだ読み書き自信ないわよ。……手紙を書くなんて無理も無理」

 

そんな事を自信ありげに胸を張って言う武術家に、魔術師は頭痛と嫌な予感を同時に覚えた。

 

この手紙の主は、剣士だった彼が鋼鉄等級に昇級したことを知らないはずだ。

おそらく黒曜に到達したとも思っていないだろう。

 

しかし、それにしては、だ。

鋼鉄等級二人分に余るほどの金額、仲間がいると考えたにしても報酬が不自然に多いのではないだろうか。

比較的長期に及ぶ依頼で有るにしても、現在の商人宅に住み込んでの護衛依頼とあるから生活費は向こう持ちだ。

 

「……どうする? 頭目?」

「……行ってみなきゃ分からねえな」

 

じっと話を聞いて、何やら考えていた頭目に魔術師が声をかける。

色々金銭感覚が麻痺している聖戦士や武術家と違って、頭目は違和感を嗅ぎ取っているはず。

 

なんといっても、学院で数術を学んだ経験もある彼女を差し置いて一党の帳簿を管理しているのは彼なのだ。

 

頭目は目を開くと、怪物の待つ洞窟や、森や、砦に踏み込む際にそうするように、ニヤリ、と笑って言った。

 

「分からねえから請けようぜ。提示された冒険には喜んで飛び込んでこそ、冒険者だろ?」

「え、なにかある?」

「そりゃ、ヤバい匂いはぷんぷんするわね……」

 

剣呑な雰囲気を感じ取ってか、武術家が尋ねてきたので、鼻を摘まんでみせた。

 

「……兄ちゃん達一家、そんなにヤバいのに狙われてそうなのか?」

「もしくは、お前らがどうしてか狙われてそうだぞこれ」

「……へえ」

 

それならいいや、と言って。聖戦士も依頼を請ける覚悟を固めた。

どう受け取ったのか、間を置かずに武術家も快諾。

魔術師は全員を見渡してから、黙って頷いた。

 

それからは「いつも通り」だ。

準備、点検、出発。……馬車に乗り込んで、こうして水の街を目指してる。

 

どういう訳だか小麦袋も運ぶ事になったが、まあ否やはなかった。ゴブリンスレイヤーさんには借りも貸しも恩も有る。

予備も見込んで小麦の大袋二つを首を傾げながらも積み込んだ。雑用ならば手慣れたものだ。

 

「……ん?」

「どうかした?」

「いや、誰か……達が乗るっぽいな」

 

頭目が、外で話をしている馬車の主人の声を拾った。威勢のいい女性の声。隠すつもりもない堂々とした足音は……三人分か。

 

「頼もーう! 空いてるかい?」

「おい、大きい声を出すな。驚かせるだろう」

「……非合理的だと思う」

 

乗ってきたのは三人の冒険者らしい一党、全員女性だ。

 

快活な笑顔が眩しい、黄色のリボンの少女。

おそらくは頭目役であろう。

 

後ろで髪を括った女剣士。隙の無い佇まいだが、少女とのやりとりに愛嬌を感じる。

 

一歩引いた位置にいるのは何かの呪文使いだろう。猫耳のようなフードが印象的だ。

 

「どうぞどうぞ。狭くしてて心苦しいですが歓迎しますよ」

「あはは、敬語とかいいよ! 年も近い感じじゃん」

 

頭目斥候の営業スマイルに本物の笑顔で返し、黄色リボンの冒険者は馬車へと乗り込んだ。

 

「んじゃ、遠慮なく。……水の街?」

「うん!」

 

悪いヤツをやっつけに、ね!

 

自信に溢れたその表情に、こいつはもしかしたら大物になるかもしれない、と頭目は思った。

 

カラコロ、カラコロ、馬車はまた、進み始める。

 

 

 



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影を走れ! 走ってないけども!

疑心暗鬼を目指して。


 

誰にも見通せぬ闇の中【マスタースクリーンの裏っかわ】

 

混沌の駒が二つ、互いに囁き合っていた。……いや、一つが好き勝手に喋り、もう一つが律儀に相槌を打っていた。

 

「おめでとう。君がこの街では唯一の成功例だ」

「ありがとうございます」

「必要があるから色々とやったけど、本来、不本意なのさこれ本当」

「はい」

「目的は達したから後の事は全部任せるけど、君の……元家族については慎重にね。星辰を合わせれば成功確率は上がるから」

「わかりました」

「まあまあ、失敗しても構わないさ、僕としてはね」

「はい」

「多分もう会うことも無いから最後に一つ」

「なんでしょうか」

「楽しみたまえよ。サイコロを転がす天上の畜生どもの様に遊べ。……そうだね、これを命令としよう」

「はい」

 

一つの駒が去り、残されたもう一つは考える。ある意味において生れたてといえるこの身には、遊ぶという事さえ難解だ。

 

呼吸数度程度の時間、脳内を検索する。

不意に雷鳴のごとくひらめく答え。

 

「冒険者だ。冒険者を呼ぼう」

 

 

 

……………

 

 

 

道化師が、水の街を歩いていた。

 

派手な白塗り化粧を顔に塗りたくり、麦穂のように安っぽい色をしたカツラを被り、これまた白赤派手な衣装を着込んでいる。

背負っている風呂敷包みの中には今さっきその辺りで二束三文で仕入れたようでいて、事実ほとんど捨て値で手に入れたガラクタばかりが入っている。

 

彼は広くて明るい通りをフラリと逸れて狭くて暗い方へと踏み入った。しかしてその足取りは陽気に軽い。

そうしてしばらく歩いた後、全くの気紛れとばかりに手近な酒場へと足を向けた。

 

重苦しく軋みを上げてドアが開き、中に佇んでいた大柄な男が振りかえる。この店の主人だろう。

 

「おう、店は夜からだぜ、出直して……な、なんだあ、てめえ?」

 

たまの祭りの夜からそのまま抜け出たような、あまりに場にそぐわぬ闖入者に、鼻白む店主に、道化師があくまで朗らかに告げた。

 

「つれない事を言ってくれるな親父。こちら先頃この街に行き着いたばかりの旅芸人。飛びっきりの芸を見逃したくないなら、酒を恵んでおくれなよ」

「……高えぞ?」

「お代は見てのお楽しみ。……火酒をおくれ、この店で一番強いのを」

 

話してみれば相手は白昼夢からの侵略者などでなく生身の肉を持って酒を欲しがる客、珍客の類いだと納得したか、一瞬怯んだことを誤魔化すように首を振り、店主は棚から酒瓶を取り出してカウンターへと置いた。

 

「へへっいただき!」

「あっおい!」

 

杯の用意を待たず、道化師は瓶をひったくり酒を呷る。一口、二口、鉱人すら唸らせる酒を、豪快に飲み下し、

 

「……っかーー! 旨い! 天にも昇る心地だい!」

 

やおら叫んで、道化師は閃くように、身をくねらせるように動いた。

対面にいる店主にも、動作が速すぎてハッキリとは細部が分からなかったのだ。

 

道化師は背負っている風呂敷を開くとそこから木箱だの棒っきれだの板っきれだのを掴み出し、その端から背後に向けて投げたのだ。

それらは瞬く間に積み上がり、不格好で不安定な塔に積み上がった。……一つたりとも崩れてこない。

 

時間をかけて、慎重にやれば店主にも、子どもにだって出来るだろう。だが道化師はポイポイと放り投げて作ったのだ。一見して粗末な木切れ達が彼の普段使いの商売道具であろうことを差し引いても……見事な業前だ。

 

「おお……おお!?」

「よ! ……ほ!」

 

思わずうめいて手を叩こうとした店主の目に、さらに驚愕の光景が映る。

 

その場から軽快に、店の天井に届かんばかりに跳び跳ねた道化師が、宙返りをしてから体重を感じさせぬ猫めいた仕草で塔の上に乗ったのだ。

自分の偉業を誇るように胸を張って腕を広げ、一礼までしてみせる余裕を見せつける。

 

「う、おおおぉ……」

「まだまだ拍手にゃ早いってなもんで」

 

今度こそ手を叩き始めた店主を尻目に、道化師は右手に持ったままだった酒瓶から最後の一口をグッと含み、ポケットから取り出した左手を目前にかざし……。

 

燃え盛る火を吹いて魅せた。

 

「うおおおおお!?」

 

いよいよ腰を抜かしそうになる店主は知る由もないが、道化師の左手には独自の製法のマッチで作った火種がある。

 

狭い店が燃えやしないか、そんな心配が浮かんだのはずっと後になってからで、店主は人生初の興奮にすっかり酔っていた。

 

「店主! 酒を飲もう!」

「へっ……?」

「オイラっちの芸を素面で見るのはまったく、そんなことだと思うがね……ああ、心配せんでも」

 

またもや跳び跳ねて地面に降り立つ道化師。その背後で崩れる木切れの塔。

 

「飲んでも、あんたの口から火は出やしないさ」

 

店主が後からハッキリと思い出せるのはここまでだ。……まあ、つまりは、しこたま飲んだ。

 

 

 

……………

 

 

 

「んーんんー♪ んーー?」

 

すっかりいびきをかいて眠りこけている店主を軽く介抱してから、道化師は鼻唄交じりに着替えを始めた。この余裕も事前に解毒剤を飲んでいたゆえだが。

 

実に沢山の有意義な話を聞けたものだ。

 

『至高神殿から古代の祭器が盗まれたらしい』

『街に潜む邪教の輩、どうやら複数らしい』

『街中でゴブリンを見たというのは本当らしい』

『虫の化け物や狂人、ドラゴンを見たなんて話もある。……これは眉唾だが』

『どうにも神殿は一連の事件がゴブリンの仕業であるとしているらしい』

『後ろ暗い界隈はかなりヤバイと感じているが、街の連中は呑気なものだ』

『剣の乙女をはじめとした街の有力者は中々立派だが、今回の対応は不自然だ』

『人と物の流れの変化は大きくはないらしい』

 

手慣れた調子で化粧を落とし、カツラを外せば素顔は黒髪黒目の目立たない、何処にでもいそうな男。……頭目だ。

 

派手服から旅人の服へ、髪を油脂で軽く固めれば、今度はまるで街にやって来たばかりの薄汚れた旅商人か。

 

風呂敷を裏返せば別の柄であり、痕跡を全て詰め込んで仕舞えばうって変わって目立たない。

 

踵を返して店を出る、ふと、今回のコレは食い逃げならぬ飲み逃げに当たるのかと思ったが……。

 

「……お代は見てのお楽しみって言ったしな」

 

実質火酒一瓶分は楽しんでもらっただろう。残りの酒は全部店主が飲んだことだし。……彼は目覚めた後、どこからを白昼夢だと思うだろうか?

 

さておき、次は商工ギルド。

商人だという依頼主自身の事を洗わなければ。

 

……近所のババアと食事に行くのだって裏を取れと教えられて育った身としては、街に着いたら真っ直ぐ会いに行くなんて思いもよらない。

 

若き旅商人は油断なく、規則正しい歩調で水の街を歩いて行く。

 

彼や道化師を含む、今日の午後だけこの街に現れた複数の特徴的な人物を同一人物だと把握することは盤上をうかがう神でもなければ不可能なことだった。

ましてや一介の鋼鉄等級冒険者をいわんや。

 

 

 

……………

 

 

 

一方その頃、頭目から小麦粉配達の完遂を仰せ付かった三人の冒険者達は、まずはこの街でひときわ立派な至高神の神殿へと足を運んでいた。

 

「一人で聞き込み調査って、つれねーよな頭目は」

「まあまあ、ここは専門職に任せましょうよ」

 

小麦袋を担いで不満をもらす聖戦士に、武術家が柔らかく対応する。

 

「つってもよ、話を聞いてまわるくらい俺達だって出来るだろう? 手分けすりゃいーじゃん」

「……今さら文句言わないの。街に入る前に説明されたでしょう」

「へーい……」

 

対照的にしょっぱい副頭目の諭す声。

もしも敵がいるとして、そしてその敵が自分達を愚かで未熟な冒険者と見込んで呼び寄せたとして、敵の情報を集める事は必須だがその動きを悟られるのは上手くない。

焼け石に水だし取り越し苦労かもだが、やらないよりはましということで、頭目は到着前に馬車を降りて一人徒歩で街に入る念の入れようだ。

 

ちなみに一連の相談を乗り合わせた女性三人一党は興味深く聞いていて、たまに口を挟んできた。仲良くなったのだ。

この点だけ見れば病的に用心深い頭目らしくない行動ではあったが、

 

『現時点で既に大物なことに気づいた。あらゆる意味で心配いらない』

 

据わった目で断言されたら仲間達は驚きだ。

元から彼女達は良い人達だと感じていたのだが。

 

ダメ元で正体を聞いてみたら頭目には直接聞けと言われ、快活な少女には「ゴメンね!」と言われ、女剣士には頭を下げられ、物静かな少女は首を振った。

 

ともあれ小麦運びである。

そろそろ依頼主であるゴブリンスレイヤーが泊まっているという神殿が見えてきたところ。

 

「着いたな……っと、あれ」

「あら?」

 

奇遇なことに、時を同じくして神殿からも冒険者達が出てきた。

弓を背負った妖精弓手、酒精に赤らんだ鉱人道士、理知的な所作の蜥蜴僧侶。

そろそろ顔馴染みになった感のある銀等級冒険者達だ……が、件のゴブリンスレイヤーと女神官の姿がない。

 

「え、なにあんた達、何しにここに来たの?」

 

妖精弓手が小鳥めいた軽やかな足取りで歩み寄ってくる。

 

「ええと、配達の依頼です。ゴブリンスレイヤーさんから、小麦粉を届けてほしい、と。それと別件で街人の護衛に付きます」

「……小麦粉?」

 

副頭目の返答に、妖精弓手は目を丸くした。

 

「なにそれ、あんた達、何か聞いてる?」

「いえ、拙僧はなにも」

「わしも聞いとらんがまあ、かみきり丸だもの。驚きも呆れも売り切れだわな」

 

それに、どう使うかの見当はつかんでも、何に使うかは分かりきっとる。

その言葉に、場の誰もが思わず微笑した。

 

ゴブリンスレイヤーだもの。ゴブリンを殺すのに使うのだろうさ。

 

「でさ、という訳でゴブリンスレイヤーさんは?」

「うむ、小鬼殺し殿と神官殿は少しばかり不覚を取りましてな、大事をとって今日は休んでおります……どれ、拙僧が運び入れておきましょう。御二人は少々お待ちを」

「ああ、すまんな鱗の」

 

蜥蜴僧侶が小麦袋を軽々と担いで神殿に戻って行くのを見送る。

 

「じゃ、俺達はこれで……」

「ちょっと待って」

「ぐえ」

 

妖精弓手は聖戦士のマントを引っ張った。聖戦士はたたらを踏んだ。

 

「なーにやっとんだ金床」

「金床言うな樽鉱人。……時間できちゃったし、少し情報を伝え合うのも良いかなって」

「私達は来たばかりですけど……」

 

奥ゆかしく一歩引いてみせる武術家に、森人と鉱人は笑った。

 

「ふふん、森人にしちゃ、良い考えだわい。……この街はどうにもこうにもキナ臭くてならんしの」

「鉱人はもう少し素直さを身に付けるべきね」

「お前に言われちゃおしまいだわい……っと、すまんの」

「ははは」

 

仲がよろしいんですね、と口に出して言う勇者は、幸いなことに居なかった。

 

「そうじゃな、護衛って言ったか、街中で?」

「ええまあ」

「普通に考えりゃ奇妙な依頼じゃあるが、今のこの街では自然に思えっちまう」

「ええ、そうね。……私達が聞いた話じゃ、街中でゴブリンを見たって人もいるらしいし……地下遺跡には、悪魔もいたわ。……小鬼十匹に対して、小物悪魔一匹の割合ってところね」

 

真剣な顔の上級冒険者を前に、下級冒険者達は自分達の請けた依頼の概要や分かっていることを伝えた。……なんとなれば、自分達が死んだ後をお任せするかもしれないのだ。

上の森人は嘘をつかない、という噂こそ、嘘であって欲しいというのが三人の本音であった。

 

 

 

……………

 

 

 

「やあ、やあやあ、お久しぶりと、はじめまして! 遠路はるばるようこそだ! 歓迎するよ冒険者! 君達が来てくれて安心だ! さあ、お前達も挨拶しなさい」

「この度は依頼を請けて下さってありがとうございます。……最近のこの街は物騒で、本当に助かります……こちらが娘です」

「……」

 

それぞれが集めた情報を擦り合わせて、とっぷり日もくれた頃。

冒険者達はいよいよ依頼主の家へと赴いた。

 

ことさらに陽気に笑う商人。

表情に影のある夫人。

夫人の陰に隠れてこちらを窺う娘。

 

怪しすぎる、という感想は先入観がゆえだろうか?

魔術師はどうにか眉間に皺が寄るのを拒絶した。

 

「おっす! 久しぶり! あ、家を紹介してくれてありがとうな! すげえ助かってる!」

「ははは、あれは私の商人生活を通しても類を見ない良い判断だったな。こうして有事に信頼のおける冒険者が来てくれた」

「止せやい、照れるぜ!」

 

聖戦士は道中を含めて色々と悩み過ぎて逆に吹っ切れたようだ。

裏も表も知ったことかと切り替えて明るく振る舞えるのは彼の強さだろう。……明る過ぎる気もするが。

 

「奥さん、奥さん、台所と鍋をお借りしても良いでしょうか?」

「え、ええ」

「ありがとうございます! お近づきの印にシチューを拵ます!」

 

頭目は普段の暗殺者のような黒外套を封印して、貧相な皮鎧に片手剣という装備。それも食事の時間ということで外してしまっている。

 

『何時でも何処でも侮られるゴブリンスレイヤーさんを参考にした装備で行くから、一介のお調子者軽戦士として扱ってくれ……あ、頭目って呼ぶのも禁止な』

 

台所へと駆けていく頭目……軽戦士を装った彼に、呆気にとられた夫人へと武術家が近づいた。

 

「ごめんなさい、彼ったらお調子者で、いつでも突拍子もないの……悪い人ではないんだけど」

「え、ええ、はい。冒険者さんですものね」

 

ある意味一片の嘘もない武術家の言葉に頷いて、納得を顔に浮かべる夫人。

 

「私からも、あの家を紹介してくれたお礼を言いたいわ。本当に素敵で、申し訳なかったくらい。……家財道具も多く残してくれて……」

「いえ、私達も急いでいたので折が良かったです。……大事に住んで頂けたら家も喜ぶと思います」

 

幼馴染の聖戦士より自然に屈託のない武術家に、どうやら夫人の憂いも僅かに晴れたか、和やかなやり取りを交わしている。

 

……思えば一緒に過ごすようになって大分経つが、ほとんど唯一無二のこの同性の友人には未だ底知れないモノを感じる。

それとも、世間一般の女性というものはみんなこうなのだろうか?

どうにも曖昧や忖度や同情的な態度といった諸々が苦手なもので、同性からは嫌われてばかり。そう、学園でも……。

 

果てしない物思いに心を飛ばしかけた魔術師のローブが、不意にクイクイ引っ張られた。

視線を下ろせば、こちらを眩しいものを見るように見上げる翡翠色の瞳。

 

「……」

「……」

 

市街戦【シティアドベンチャー】とは厄介なものだ。

 

やれ相手がゴブリンだ、トロルだといった怪物ならば、最終的には全員殺せば良いのだから簡単なものだ……と、自分の思考が物騒な方へと傾いてるのを自覚し愕然、いやいや弟の面倒見てたし、その経験を参考に……アイツ誰に似たのか跳ねっ返りの生意気坊主だし小突き回してれば良かったんだった依頼主のか弱いお嬢さんにどうすれば……。

 

といった逡巡を持ち前の頭脳で五秒で済ませ、魔術師は見習いに戻った気分で慎重に言葉を絞り出す。

 

「……なに?」

「えへへ、おねえちゃん、きれーね」

 

……謎の好印象? 何かの罠? 真意を見抜くのよ私。いえ、情報を引き出す好機? ええい、頭目も聖戦士も武術家もなにやってるのよ私が蛙肉以来の大ピンチなのが見えないワケ?

 

「えっと、お母さんのところにいないの?」

「おはなししてる」

「……お父さんは?」

「いま、おとーさん、きらいー」

「……そうなの」

 

もの悲しい家庭環境が垣間見えてしまった。

今度里帰りしたら小憎らしい親父殿に優しくしてやろうかしら……いや、調子づいても困るしやめておこう。

 

 

 

……………

 

 

 

「お待たせしました!」

 

歓談も一段落して、そろそろ食事にしようかという頃。

奥に引っ込んでいた頭目がシチューを鍋一杯に作って戻って来た。

 

「あ、申し訳ない、お客様に任せきりに……」

「いえ、むしろ何かせずにはいられない小心者ですみません! 少しばかり季節は早いですが、美味しいと思いますよ」

 

このシチューは、多目に運んだ小麦粉を流用して作ったものだ。

速さを重視しているが携行してあるスープストック(夜営用固形版三号)はじめ色々と工夫しているので味もいい。

 

……さて、どうなるか。

 

頭目(道化師、旅商人、エトセトラ)の昼間の調べによると、依頼主である彼の商人は多くの商品を扱う遣り手で、食品にも造詣が深いという。

この街に来た時期も聖戦士達の証言と一致する。

そんな彼が、ある時期を境にめっきり商工会に顔を出す機会が減った。

逆算すると……。

 

(ちょうど俺達に依頼の手紙を出したあたり、なんだよなこれが)

 

もしも別人が巧妙に化けているならば小麦粉の変化に気づかない……かもしれない。

夫人や……もしかすると娘さんも含めて裏があるとすると、何らかの理由をつけて食べようとしない……かもしれない。

 

「味見してみたらですね、我ながら美味しいんです……むぐ、美味い!」

「あ、ずるい! 俺にもくれよ!」

「あたしもー! ちょーだい! ちょーだい! 」

「はいはいどーぞ」

 

頭目は目の前で鍋からよそって食べてみせ、聖戦士と娘に配ってやった。もちろん、商人、夫人、娘をさりげなく視界に捉えながら。

 

「おやおや、ご相伴に預かろうかな」

「こら、お礼を言ってからよ」

「はーい! ありがとう冒険者さん! いただきます!」

 

……どうやら、全員が抵抗なく食べてくれるようだ。これは思い過ごしの確率が上がったかな、と頭目が残り二人にもシチューを盛ってやっていると……。

 

「ぐ……!?」

 

商人が、シチューを口にした途端に頭を抑えた。

 

「あ、あなた大丈夫!?」

 

夫人が駆け寄って、商人の背中を撫でてやる。

 

……娘は、そんな光景を前に、とても喜ばしいものを見たとばかりに、満面の笑みを浮かべていた。

そして素早く父親へと、抱きつきに行く。

 

「おとーさん!」

「う、うぅ、ああ大丈夫。あんまり美味しくて、ビックリして詰まらせてしまった」

 

朗らかな笑みを作り、夫人と娘を安心させようとしている……娘の表情を見ていたのは俺だけか。

 

頭目は思案を巡らす。……邪気は感じない、と思う。

 

しかし、だが。

 

「あ、ところで軽戦士さん」

「はい、なんですか?」

「このシチューに使ってる小麦粉、この街に出回ってる物じゃないですよね? 相当キメ細かい粉でないとこの滑らかさは出ないと思うんですが」

「……ご名答です! 実はあの辺境の街から持ち込んだ粉でした」

「やっぱりですか。道理で懐かしい味だ」

 

商人は心底喜ばしいと示すように匙を進め、そんな夫の様子に安心したのか夫人もシチューに手をつけ始めた。

 

「おかわり!」

 

席に戻った娘が太陽のような笑顔で一番に平らげた椀を差し出してくるのを受け取って、頭目はニッコリ微笑んだ。

 

市街戦は、楽しいね、どうも。




長い!


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