デジタルモンスター Missing warriors (タカトモン)
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人間界編
一話 《デジタルモンスター 》


人間はいつだって目標のために生活している。

それは仕事であり趣味でもあり、夢でもあるもの。

言わば生きる為の理由。特に夢なんてものは小さい子供がよく夢に見るものだ。空想を夢見て、そして現実を見つめ直して成長する。

中学生なんてまさにそんな時期だろう。

夢に、目標に向かって進む。

……いつか来るかもしれない明日の為に毎日を過ごしていくのだろう。

……だけど、ナニカが欠けた自分に明日はあるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

目覚ましが鳴り、僕は重い瞼を開けた。

毎朝七時には起きるが特に決まった理由がない。別に夜更かししなかったわけじゃないし、朝起きて何かをすると言う理由があるわけでもない。

ただいつも”そう“なのだからしょうがない、一々疑問を浮かべても返って来るのはいつもそれだ。

寝間着から制服に着替え、殺風景な自室から出る。寝癖を直し顔を洗う、一連の動作を終えて僕はリビングへと向かった。

今日は月曜日、なら目玉焼きにベーコンが出るだろう。

おじいちゃんと暮らし始めて何年も経つが、もう何が出るかは考えるまでもないまでに当たり前になって来た。

 

「お、おはようタツヤ。今日も時間ぴったりじゃないか」

「おはよ。別にワザとじゃないよ。いつもそうなってるだけ」

 

そう言いながら僕は席についてテレビを見る。画面に映ってるのはニュース番組だ。どうやらまたネットのサーバーの不具合らしい。近頃そう言った事が多くておじいちゃんも不満顔だ。現にまたかとおじいちゃんも渋い顔になっている。

 

「まったく、これじゃあ通信販売もできやしないじゃないか。早く直ってほしいものだねぇ」

「今はネットショッピングだよ。…ご馳走さま。じゃあ僕学校に行くから」

「ああ、行ってらっしゃい。たまには遅く帰って来てもいいんだよ」

「それ中学生に言っていい言葉じゃ無いよね?」

「なあに、若いうちは冒険するもんじゃて」

 

 

 

チャイムが鳴り、騒がしかった教室が段々と静かになる。

今日の先生は来るのが遅いな、いつもはチャイムと同じタイミングで来るのに今は卓上に居ない。周りもいつもの感覚に任せていた為静かだった教室の中に騒がしさが出てくる。

と、教室のドアが開いた。それと同時に静かになる同級生達。

そうだ、これがいつもの風景だ。いつもの朝の挨拶といつもの宿題の回収、そして……。

 

「えー、今日からこのクラスに転校生が来ることになった。みんな、仲良くするように」

「せんせーい、男ですか?女ですかー?

「女子だ。男子はあまり迷惑をかけないように。じゃあ、入って来てくれ」

 

先生が声を掛けるとドアが開く音がする。

いつもと違う事もあり、僕は少し間の抜けた顔をしていただろう。

だけど、次の瞬間、僕は、いや、僕達は目を見開いた。

頭の上にカチューシャ、薄い紫色のロングヘアーをなびかせながら歩き、教壇に立つのは紛れもなく美少女だ。彼女が笑えばどれだけの男を虜にできるだろうと誰もが思っただろう。だけど不思議と髪よりも濃い紫の瞳からは何も感じる事は出来ない。彼女はニコリとも笑わず口を開いた。

 

「…才羽 ミキ。よろしくお願いします」

「才羽さんは帰国子女だから日本の事に慣れていない。分からない事があったらみんなで才羽さんに教えてあげなさい」

「「「はーい」」」

「そうだな、席は……浪川の隣が空いてるな」

「えっ」

 

急に名前を呼ばれて思わず声を上げる。

と同時に僕に視線が突き刺さった。特に男子のが凄まじい、僕を串刺しにして晒し者にでもさせるんじゃ無いかとばかりに睨んで来る。正直気まずいので辞退をしようとしたが、才羽さんは、はい、と一言言うと僕の席の隣へと座った。

 

「あ、えっと、よろしく。僕は浪川タツヤ…」

「知ってる」

「え…」

「さっきそう呼ばれてた」

「あ、えっと……先生が呼んでたんなら当たり前か」

 

一瞬ドキッとしたが、僕は正面を見る。

なんて事は無い。彼女は帰国子女らしいからこういう言動もあるのだろう。僕は正面を向き直して一息つく。どうせ時間が経てば僕に興味が薄れて他の人に関心が行くだろう。

そう、放課後まで我慢すればいいだけだ。

 

 

 

「だと思ってたんだけどなぁ…」

 

放課後の教室で僕は溜息を隣の美少女に一切気にせずに吐く。溜息なんていつ振りだろうか、というくらいに吐いた。そう、席が隣ならついでに学校の案内もさせられる、ほぼほぼ決まっている事だが気乗りしない。

才羽さんは昼休みや授業の合間の小休憩の時に他の同級生に話掛けられたが、その対応は良いとは言い難かった。

出身地を聞かれても、好きなもの、嫌いなもの、入りたい部活などがあっても、言う必要はないの一択で返していた。周りもそんな彼女に苦笑いを浮かべながらも一人、また一人と席へと戻って行く。以下、その繰り返し。

僕はそんな彼女を冷たいだなんて思わないけど、でも少し苦手意識は持っていた。だけど僕の中の良心か、それとも義務感かわからないけど僕は彼女に声を掛ける。

 

「それで、学校の案内なんだけどさ。行きたい所とかある?」

「特に無い」

「えっと、じゃあ無難に図書館とか?」

「そこでいい」

「あっはい」

 

あまり会話が続かず数分感教室から出ていない。これが帰国子女って奴なら僕は人生で関わる帰国子女は彼女だけで十分だ。そう思いながらも図書室に向かおうとすると、突如教室のドアが勢いよく開かれた。周りは驚くが僕はそうはならない。なぜかと言えばこれと同じ現象を数年間繰り返しているからだ。

 

「よーう、タツヤ!そいつが噂の転校生か?」

「そうだけど……まさか面白そうだから来たとか?」

「まーな!」

「誰?」

「ああ、才羽さん。コイツは…」

「よう転校生!俺、立向居 城太郎。コイツの幼馴染ってやつだ!よろしくな!」

「…腐れ縁の間違いでしょ」

「ガーン!」

 

わざとらしく膝から崩れるのは立向居 城太郎。小学生からの付き合いで自称幼馴染。ツンツンの髪に鼻に絆創膏、健康的に焼けた肌は体育会系男子だと物語っている。

長所は運動神経とポジティブな所、短所はうるさい、人の話を聞かない、話が長いetc.

 

「それよりこれから学校案内すんだろ!?ここは俺っちに任せな!なんたって俺はこの東条中のありとあらゆる名所に迷所を案内するエキスパートなんだからな!まぁ遠慮すんな、この俺にかかれば卒業までの青春の1ページや2ページ簡単に埋めてやるぜ!というわけで俺の名所No.1!体育館に行こうぜっていなーい!」

 

 

 

今頃教室では城太郎が騒いでいるだろうけどいつもの事だから気にはしない。僕は才羽さんを連れて図書室へ来ていた。リクエストは無かったので来てみたのはいいけど彼女は棚に置いてある本のタイトルを一瞥するだけ。

連れて来る場所を間違えたかな…。

僕は才羽さんを連れて別の場所に行こうとした、

…その瞬間だった。

 

 

『うわぁぁぁぁぁん…』

 

 

「えっ?」

「…何?」

「いや…今、声が」

 

才羽さんに目を向けるが彼女は何も聞いていないようだ。

僕にしか聞こえない声、一瞬何かの冗談のように思えたけど今も声は聞こえている。声…というより泣き声は図書室の外、というか倉庫から聞こえて来た。周りには予習をする生徒と純粋に本を読んでいる生徒しかいない。

先生の誰かがいたら怒られそうだが僕は倉庫へと歩き出す。

 

『やめてよぉぉぉぉ…』

「やっぱり、ここから…」

「入るの?」

「うわっ!?才羽さん!?」

「中に入るの?」

 

才羽さんが後ろから声をかけて来る。気配がしなかったので上擦ってしまったが、その質問に僕は戸惑う。まるで彼女は忠告しているような、試しているような気がして…。

 

「入る…よ」

 

僕は答える。そこに理由は無いし根拠も無い。だけど、もしかしたらこの先にあるのかもしれない。

 

この先に、僕の欠けたものがあるかもしれないから…。

 

 

 

倉庫の扉を開ける。あまり使われて無いからか埃っぽさが目立ったが、僕は気にせず奥に進んだ。あるのは古びた本に錆びた脚立、年季の入った額縁。

そして不自然に、電源が着いたパソコンが一台置いてあった。とても古いタイプだ、おそらく僕が幼稚園の時から使われていたものだろう。

電源がついた画面にはノイズが走っている。さっきの声はここから聞こえたのだろうか?

と、その時、

パソコンの画面はノイズから一転、眩いまでの光を放ち始めた。

「なっ…!?」

「っ」

咄嗟に腕で顔を隠すが、隣に才羽さんが居たことを思い出し急いで腕を取る。

今の状況は異常だ、せめて巻き込んでしまった彼女に危害が無いようにしたいとは思ったが、既に遅かった。

浮遊感、地面から足が離れるような感覚と共に僕はうっすらと目を開ける。

するとどうだろうか……倉庫の薄暗い景色とは真逆の、七色の景色が広がった。海、荒野、砂漠、樹海……少なくとも僕の住んでる町ではあり得ない光景が広がっていた。

まるで渦にでも巻き込まれているような…でも不思議と不快感がしない。僕は息を飲んでその光景を見ていたがそれは一瞬にして終わりを告げる。

 

 

 

 

「痛っ!」

 

背中への突然の衝撃。下手に打ってはいないが痛いものは痛かった。僕は数秒悶えるとハッとなり辺りを見回した。まず目に映ったのは教室にいた時と変わらない才羽さんの顔。そして次に見たのは…森だった。

正確に言えば、森の中にある木々だ。どうやら僕達は今、森の中にいるらしい。上を向いて太陽の位置を確認すると今は昼頃だろうか………いや、そんなはずはない。僕が図書室にいた時は既に放課後、夕方に差し掛かる直前の筈だ。だったらこれは一体…。それになぜ僕達はここにいるのか、さっきのパソコンはなんだったのか、疑問が尽きることが無いが今は才羽さんとこの状況を整理するのが先だ。

僕は才羽さんに声を掛ける…その瞬間、

 

 

 

「このバカチンが!バカチンが!バカチンがぁぁぁぁ!よりにもよってあんなタイミングでコケやがって!」

「うわぁぁぁん!?叩かないでよぅ…」

「うっせ、このアホンダラが!」

 

真後ろから声が聞こえた。と同時にポカポカと…いや、カンカンと金属を叩くような音も同時に聞こえる。振り返るとそこには三頭身ほどのぬいぐるみが二個動いていた。

……いやいや、おかしいでしょ。なんで森の中にぬいぐるみがあるの。というか動くはずないでしょ。

口には出さないが心の中でそう呟いていると、その内の一つというか一匹?……少し大きめの兜を被った爬虫類のようなぬいぐるみがこちらを向いて口を開いた。

 

「だ、誰ぇ…?」

「うわっ、喋った」

「アアン!?何驚いてやがんだ?デジモンなんだから当たり前だろうがよ!…ってお前ら人間か?」

「?ニンゲン?ニンゲンってなぁに?」

「で、でじ……なんて?」

「デジモン」

 

才羽さんがここに来て初めて口を開いた。

デジモン…?聞いたことが無いな、もしかしてこの二匹の事なのかな。僕はデジモンと名乗り出した頭に赤いバンダナを巻いた狐のような、でも少し違うような黒い獣…デジモンとさっきの爬虫類のデジモン?を見てある結論に至った。

 

ここは地球じゃない。というかこの二匹が喋ってる時点でどこか別世界に来てしまったのだと思う。普通だったらパニックになるのだろうけど、嫌に僕は冷静だった。……こんな状況で慌てない事に少し冷めた気持ちになる。

やっぱり僕はどこか欠けているのだろうか…?

 

「っ!?ってこんなとこで突っ立ってる場合じゃねぇ!おい人間、お前らも逃げるぞ!」

「…え?」

「え、じゃねぇよ!あいつが追いかけてくんだよ!」

 

獣のデジモンは腕をブンブン回して僕達に話しかける。あいつって一体…そう思った瞬間だった。森の奥から木々が倒れる音…まるでブルトーザーのような音が響き渡り、しかしブルトーザーよりももっと早く近づいて来る。

そして目の前の木が倒れた瞬間、僕達の目の前には圧倒的な脅威が姿を現した。

五メートルを越す赤い体に4本の腕、そして巨大な二本の顎……クワガタのような化け物がそこにいた。

今の僕はどんな顔をしているのだろう…多分ポカンという言葉が一番しっくり来るんだろうな。そんなバカみたいな考えを巡らしていると、クワガタの化け物の顔が一瞬で近づいて………そして遠退いた。

 

「へっ…?」

「こっち」

「ギシャアアアアアアアア!!」

「うわぁぁぁっ!た、食べられるぅ?!」

「馬鹿野郎!その前に死ぬぞ!畜生、お前がクワガーモンの住処でこけなけりゃこんな事にならなかったのによォォォ!」

「ごめぇぇんっ!!」

 

いつのまにか才羽さんに手を引っ張られて二匹と一緒に逃げていた。わかった事は三つ、あいつはクワガーモンって言う名前という事、そのクワガーモンは爬虫類のデジモンが起こした事が原因で追って来ているという事。

そして…追いつかれると死ぬって事だ。

今は僕のこの冷静さに感謝しよう、そうしないとパニックになってもう既にクワガーモンの餌食になっていただろう。

木の枝に鞭打たれようが耐えて森の奥へと逃げる。一緒に逃げてる才羽さんとよくその足で早く走れるなと思えるほどのスピードを出しているデジモン二匹と共に前へ進んだ。

前へ前へ、必死に前へ、そしてたどり着いた先は……絶望だった。

 

 

「そ、そんな…」

「う、嘘だろ…」

「崖…」

 

才羽さんの言うように目の前には断崖絶壁。下に川はあるが飛び降りると言う行為には絶対に及ばないであろう高さがあった。よほどの自殺志願者でなければここから飛び降り無いだろう。目の前の現実に思考が停止しかかっていた矢先、僕達の後ろから地鳴りが聞こえた。後ろを振り向けばそこにはガチガチと顎を鳴らし威嚇するクワガーモンの姿が。

この状況、どうやら絶対絶命らしい。

逃げ場を失った僕達の選択は、一か八かで後ろの川に飛び込むか、それとも元凶に戦いを挑むか。

正直どちらも生存率は限りなく低いだろう、

自分達はここで死ぬんだろう、才羽さんは転校初日で飛んだ目にあったななどと考えていると爬虫類のデジモンが前へ出た。

 

「く、くく、来るなぁ!それ以上来ると、僕がゆるひゃないぞぉ!」

「なっ…!このバカデジモン!すっこんでろ!お前が出てどうなるってんだ!」

 

獣のデジモンが叫ぶ。正直僕も今の爬虫類のデジモンは見ていられなかった。足も声も震え、兜の下に隠れる目の端からは今にも涙がこぼれ落ちそうだ。

…だけど、なぜか僕は目が離せなかった。

逃げ道を考えるべきなのに、僕は彼のその背中から目を背けられない、いや、背けてはいけない気がした。

 

「で、でもぉ…」

「でももクソもねぇんだよさっさと後ろに…」

「だって、だってワレモンはボクの……友達だから…!」

 

その言葉に獣のデジモン…ワレモンは口を閉ざす。意外だったのかそれとも考える事があったのか、彼は背中越しに語る爬虫類のデジモンを見つめる。

爬虫類のデジモンは震える足を前に出す。震えた声で言葉を繋ぐ。

お世辞にもカッコいいとは言えない、だけど僕は目を背けない。

 

「それに、ボクはまだ…」

 

 

「…まだ、明日の自分を見ていないんだ!」

 

 

ドクン、と心臓が高鳴った。この状況で心拍数が上がった訳ではなく、文字通り心臓が、心が高鳴った。まるでこの瞬間を待っていたかのように、この時の為にあるかのように。

すると腕を掴まれる感触に意識を戻される。

振り返ると僕の腕を掴んでいたのが才羽さんだと気づいた。

 

「行くの?」

「…行くよ」

「さっき出会ったばかりの彼を助けても意味はない」

「そうだね。でも––––––」

 

見返りが無くても、その行いが無意味でも、誰にも評価されないとしても、僕には意味がある。

彼の涙を見て同情したわけじゃない、巻き込まれたから一緒に抵抗する訳でもない。

ただ単に、彼の“勇気”と”友情“に魅せられた。それだけだった。それだけで僕の心は高鳴った。

そうだ、この衝動に身をまかせるなら…理由として口に出すのなら…

 

「–––僕が彼を助けたいと願ってるんだ」

 

 

僕は一歩踏み出していた。わからない、と初めて表情を変えた彼女から目線を正面へと戻す。才羽さんの手は離れ、一歩、また一歩と進み、僕は彼の隣に立った。そして目を足元に向けると、兜の下から不思議そうに見つめられる。

ああ…そういえばまだ肝心な事を聞いてなかった。

 

「ねえ」

「?」

「僕はタツヤ。浪川 タツヤ。君の名前は?」

「ボ…ボク、は……ボクはカケモン…」

 

まだ恐怖から抜け出していないが、彼は…カケモンは僕に名前を教えてくれた。口元が緩むのを感じる。いつぶりだろうか。僕は笑っていた。

そしてその事実に気付いたのと同時にクワガーモンは僕達目掛けて飛んできた。カケモンは突然の事に硬直している。このままだと僕共々強靭な顎の餌食になるだろう。そんな状況で僕はカケモンを抱き締めていた。失わせない、殺させない

 

 

…守りたい。

 

 

目の前が輝いた。この世界に来る時とは違う光、まるで命が輝いているかのように…。

ガキィン、と何かがぶつかりそして、遠くへ飛んで行く音がした。

光が収まり、咄嗟に目を瞑っていた僕は目を開ける。僕の腕の中にいたカケモンは姿を消していた。いや、消えた訳じゃない。顔を上げ、そして前を向いた。

 

そこには、騎士(かれ)がいた。灰色の鎧を身に付け、右腕にはこの世界の文字が刻まれた剣と小型化された大砲が掛け合わさったような武器が、左肩には裏地が赤の純白のマントが。鎧の隙間から見える手脚は竜人を思わせる。

僕がそんな彼を見上げていると振り向いた。前と変わらない兜、口元を覆うバイザー……そして何よりも、瞳の色は変わっていなかった。

 

…この物語は此処から始まる。

 

 

 

これは未知なる世界をその世界の生物と共に冒険する子供達の物語ではない。

 

 

 

これは空想の存在だった生物と共に成長する子供達の物語ではない。

 

 

 

これは奪われた大地を取り戻す為に新天地へ進む子供達の物語ではない。

 

 

 

これは二つの世界の均衡と秩序を守る者達の物語ではない。

 

 

 

これは数多の戦場で想いと出会いが交差する軍団の物語ではない。

 

 

これは、

 

––––欠けたもの同士が、まだ見ぬ明日を掴み取る物語である。



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二話 《アップグレード!》

とある世界の森、獰猛なデジモンのいるこの場所で浪川タツヤは佇む灰色の騎士を見上げていた。3メートル程の背丈から騎士は彼を見つめている。彼が何を想うかそれは本人にしか分かり得ない事だが、少なくとも彼は純粋な水晶の輝きのような眼でタツヤを見た。

 

「いつまでもオレ様を見下してんじゃねぇぇぇぇぇ!!」

「…って」

と、怒りを含んだ様な声と共に黒い獣のようなデジモン…ワレモンは紫のオーラを右手に纏いながら大きく跳ぶ。そしてそのまま騎士の後頭部を殴りつけた。それと同時に騎士は0と1のデータ状に体が変化し、元の姿…カケモンに戻る。その際何か別の光が分かれ、地面に落下したのをタツヤは見逃さなかった。

カケモンは叩かれた後頭部をさすりながらもキョロキョロと周りを見渡す。まるで何が起きたかわかっていないようだ。

 

「アレ?ワレモンどうしたのぉ?」

「どうしたのぉ?じゃねぇぞ、バカケモンが!お前いつ“進化“出来るようになったんだ!?」

「進化…?」

「わ、わかんないよぉ〜」

 

進化という単語に疑問を持ちながらもタツヤは光が落ちた場所に進む。そしてその正体を確認しようとするが、その前に光は急に動き出しタツヤに接近。急なことでタツヤは身構えるがその光は害が無いように思えその場に止まると彼のポケットに光は吸い込まれていった。

 

タツヤは恐る恐るポケットに手を入れ探ると、指先に何かが当たる。そしてそのまま掴み、外に出すと……そこには見慣れたものがあった。長方形の厚さが数センチしかない液晶画面がついた…スマートフォン。ただしその細部は少々角ばっており、裏を見れば黄色い文字で《DIGIVICE》と描かれていた。

 

「えっと、デジ…なんだろ」

「デジヴァイス」

 

突然後ろから声が耳に入り、タツヤは急に振り返った。そこにいたのは才羽 ミキ、今朝方タツヤのいる中学校に転校してきた少女である。彼女は意思の読み取れない視線をタツヤの持つモノに向けていた。興味があるのか、それとも別の趣旨があるのか分からず少し戸惑うタツヤ。

…だが次の瞬間、タツヤ達の上空に大きな穴が広がった。それは七色の渦のようで、まるでタツヤ達が初めてここに来た時のように思える。

そうタツヤが思考している頃には、既にその場には生物の影は消えていた。

 

 

 

渦は誰もいない図書室の倉庫でも広がっていた。その渦の光は一瞬眩く光り出すとそこから吐き出すようにタツヤとミキが出てくる。そして光は段々と止み、渦は閉じていた。タツヤはミキの安全と周りの状況を確認すると、倉庫の扉から外へ出る。そして自分が倉庫に入る前の状況と同じ事に息を漏らす。

 

「図書室…?戻ってきたんだ…」

 

その言葉と共に緊張感も戻ってくる。それと同時にさっきまでの出来事が夢ではないかと思ったが、ズボンについた土埃や木の葉が現実だと物語っていた。そう理解すると、今度は次の疑問が浮かび上がる。さっきまでいた二体のデジモンはどこに行ったのだろうか、と。

すると…

 

『此処どこぉ!?なんか狭いよぉ〜!』

『騒ぐんじゃねぇ、バカケモンが!近いんだよ鼓膜破れるわアホが!』

 

ポケットに入れておいたスマートフォン…もといデジヴァイスを取り出す。そこに映っていたのは、先ほどまで一緒にいた二体、カケモンとワレモンだった。どうやら彼らはデジヴァイスの中にいるらしく、少々狭苦しい中で騒いでいる。と、同時に咳払いが響く。どうやらそれは図書室にいる生徒のものらしく、今タツヤは周りにいるほぼ全員の生徒に睨まれていた。

タツヤは苦笑いしながらも頭を下げて図書室を早足で出る。そしてまだ騒いでる二体に顔を近づけて呟いた。

 

「えっと…とりあえず家に来る?」

 

 

その途中ずっとこの二体は喧嘩をしていて周りの人に怪しまれながらもなんとか家に着くことができた。

「ただいま、おじいちゃん」

「おお、お帰り。…こりゃまた珍しい。タツヤがこんな時間に帰るなんての」

「あー、うん。ちょっとね」

 

扉を開けると、タツヤの祖父である浪川 源光が写真を飾っていた。多趣味な祖父のマイブームなのだろう、と思いながらもタツヤは言葉を濁す。まさか別世界に行ってきたなんて言える筈が無い。念のために土埃と木の葉をとってきたのは正解だった。と、思ったが源光の目線は彼の手に持つモノに移る。

 

「おや、タツヤそれは…」

「えっ?…あっ」

 

自分の表情が崩れるのがわかる。手に持つのはデジヴァイスだ。つい先ほど、家に入る前にカケモン達に静かにするように説得してそのまま握っていたのを忘れていたのだった。

 

「はて、そんなもの持ってたかの?」

「や、やだなぁ。僕が前に欲しいって言ったら買ってくれたじゃない」

「そうだったかいの?」

「そうだよ、そうだよ。あははは…」

 

 

 

タツヤが部屋に戻った後すぐに夕食の時間となった。今は部屋に客人?がいるために急いで夕飯を胃に収めると、タツヤはご馳走さまと告げて部屋に…行く前に台所へ寄り道。そして改めて部屋へ行った。その後ろ姿に目を丸くした祖父なんてチラリとも見ずに。

 

「これ…いや、これかな?」

 

部屋に入るとタツヤはデジヴァイスを起動させ手探り気味に操作する。背景がスライドスライドするが、カケモン達は一向に出てこない。どうすればいいか迷っていると、画面の下にロックの表示があり、ふと押してみる。

するとデジヴァイスから光が漏れ出し、画面の中にいた二体はタツヤの部屋へと現れた。

 

「かぁ〜!やっと出られたぜ!」

「うぅ、お腹空いたよぉ」

「ごめんね、遅くなって。はい、これ。お腹空いてると思って」

 

一言謝罪すると、彼は机の上からカゴを下ろす。そこにあったのは一言で言えばお菓子だった。流石に夕食後に米やパンなどを持ってくると怪しまれるのでこれしか持ってこれなかったのだ。もう一つ言えば、彼らが何を食べるか全くわからないのもある。

カケモンとワレモンはカゴの中をゴソゴソと探る。恐らく興味があったのだろう、カケモンは中にあったお菓子をタツヤに見せてきた。

 

「ナニコレ?ナニコレ!?輪っか?輪っかなの?」

「それはドーナツって言うんだよ。甘くて美味しいよ?」

 

そう言ってタツヤは袋を開けてカケモンに差し出すと、カケモンは少し眺めた後一口でドーナツを頬張る。咀嚼して飲み込むまでの動作の後、彼の目は輝き次々とドーナツを食べ始めた。

 

「おいしっ!ドーナツおいしぃ!」

「お(バキッ)(ガリッ)こっ(ボリボリ)(ガリガリガリ)な」

「あ、うん、そうなんだ」

 

カケモンのすぐ隣ではワレモンが煎餅をバリバリと齧っている。何を言っているかサッパリだが、夢中になっているのが一目でわかった。やっぱり美味しいものは万国共通なのだなと一瞬思ったが、異世界の生物だったと訂正する。

そうしていると、ズボンの端を引っ張られる。視線を向けると、そこには口の周りを食べカスだらけにしたカケモンがいた。

 

「ねぇねぇ、えっと…」

「タツヤだよ」

「タツヤッ!おいしい食べ物ありがと!」

 

満面の笑みでタツヤに感謝するカケモン。それを見てタツヤはどういたしまして、とカケモンの口の周りを拭き取る。こう言うのも悪くないな、と思いながらも満腹になった彼らと共に就寝した。

 

 

 

とある会社の一室。誰も居なくなった部屋の一台のパソコンの画面から光が漏れ出す。その光は会社裏へと移動しワイヤーフレームを形成。その形は巨大な鳥の形へと変化し、その全体は白く色付き始めた。

 

 

「ゴゲェェェェ…!」

 

翌日、タツヤはいつも通りの時間に目覚ましが鳴り目を覚ます。目を擦り横に目を移すとタオルに身を包めながらも一向に起きそうにないカケモンとワレモンがいた。このまま彼らを起こすのも酷だと思い、タツヤは登校する。…自分の机に、デジヴァイスを置いたまま。

 

 

そして数時間後、遅い起床と共にカケモン達は朝食(お菓子)を食べた後、部屋でくつろいで居た。と言ってもその時点ではだ。

さらに数時間後、バスケットの中身が無くなってやる事もないワレモンはイライラと地団駄を踏んで居た。本当は外へ出てこの世界…現実世界を楽しみたかったが就寝前にタツヤにキツく忠告されて居たのだ。自分達が外に出てはパニックになり、最悪悪い大人に何をされるかわからない、と。一応、一宿一飯の恩義があるので約束は違わずに居たのだが、彼の性格上限界が近いようだ。

「たくよぉ、なんでオレらが部屋から出ちゃいけねぇんだよ」

「ねぇねぇワレモン」

「こちとら巻き込まれてこっちにいるんだぜ?なのにこの仕打ちはねぇよなぁ」

「ワ〜レ〜モ〜ン〜」

「まぁなんだ?昨日のあれは美味かったし?そこはまぁ感謝してもいいんだがよ」

「ねぇってばー!」

「…っだー!うっせぇぞボケが!今オレは虫の居所が悪いんだよっ!」

 

腕を組みベットに座っていたワレモンはしつこく揺さぶられたのでついに吠えた。しかし吠えられたカケモンは手に持ったものを眺め困ったような顔をしている。カケモンの手には、昨日見つけたデジヴァイスがあった。

 

「タツヤ、これ忘れてっちゃった」

「あ?別にいいだろそんなの。どうせアイツ帰ってくんだし、ほっとけ。…それより腹減ってきたなー。おい、カケモン。ちょっくら一眠りしたら、飯取りに行こうぜ…………ん?」

 

ベットに持たれかかり一眠りつこうと目を瞑るワレモン。だが違和感を感じた。カケモンからの返事が無いのだ。冷や汗をかきながらもそっと瞼を上げる。そして視線を上下左右…ベットから飛び降りて扉を見ると、既に開ききっていた。

 

「あ………あんのバカ野郎がぁぁぁあああああああ!」

 

 

 

「おや?」

「あ」

 

 

 

カケモンは外に出ていた。と言っても彼はタツヤとの約束を破るという行為を気にし、あるものを被っている。…ダンボールだ。自分達がいるのをバレずに移動するには隠れながらしか無いと思い、ゴミ置場を漁り被っているのだ。

カケモンは昨日学校からタツヤの家に行く道を大体覚えていた。初めて見る現実世界への興味それほど帰宅の道が複雑では無い事もあり行動できているのだ。

やられたらお礼参りだ、とワレモンが以前言っていた言葉を色々勘違いしてカケモンは学校へ行く。全ては美味しいものをくれたタツヤの為に。と、ガツンと前に何かが当たった。先ほども何かと何回も当たっていた為、カケモンはダンボールからそろりと外を確認すると……顔が青ざめる。そこにいたのは巨大な鳥…否、デジモンだ。鶏に似たデジモン、コカトリモンはカケモンを見下ろしていた。

 

「ゴゲッ」

「……うわああああああああ!?」

「ゴゲェェェェェェェェェェェ!!」

 

 

 

タツヤは急いでいた。昨日からいる二体のデジモンが気がかりだったのだ。昨晩注意はしたが、実際どうなっているかわからない。もし祖父にでも見つかったらと思うと気が気では無いのだ。本当は昨日急にいなくなっていたミキと話がしたかったのだが、今も同級生に囲まれている。結果は見えているが、流石に入り辛い。

荷物をまとめ、教室の扉を開く。するとそこには昨日うるさかったのでスルーした幼馴染、立向居 城太郎が腕を組んで佇んでいた。

 

「おっ!タツヤー!昨日はよくも俺の名所巡り無視したな!今日こそ俺の名所巡りに付き合ってもらうぜ!」

「嫌だよ急いでるんだ。あとチャック空いてる」

「なんだよ釣れないなー……………ってマジだ空いてる!?」

 

タツヤの忠告を受け騒ぐ承太郎。既に日常茶飯事なので周りの同学年はドンマイといった顔で対応していた。

靴を変えて外に出たタツヤは早足気味で帰路を進む。ただ少し違うのは最近見つけた近道を進んでいるという所。人通りの少ない路地裏を通り、近くの廃ビルまで進めば、後は真っ直ぐ行くだけ。タツヤは廃ビルまでたどり着いた矢先、聞き覚えのある声に驚愕した。

 

「うわぁぁぁぁぁん!助けてェェェェェェェ!」

「カケモン!?」

「あっ!ダヅヤああああああ!!」

 

ダンボールを引き摺りながらタツヤに突進、もとい抱きつくカケモン。その顔は涙と鼻水で覆われていたが今はそれどころじゃ無い。勢いで倒れてしまったタツヤはカケモンに問いかけた。

 

「か、カケモン…どうして外に…」

「こ、これ…忘れてたと思って…」

 

と言って兜の中から取り出したのはデジヴァイスだった。本当は家に帰ってじっくり見たかったのだが、カケモンは持ってきてしまったのだ。だがこれだけで泣くだろうか、と思いながらカケモンが来た道を見ると、そこから巨大な鶏、コカトリモンが走ってくる。

あの森で見たクワガーモンと同じ印象を受けたタツヤには、逃げると言う選択肢は無かった。このまま逃げればいずれ人に見つかりパニックになる。いや、既に見つかってるとしてもここで食い止めなければならない。ましてやこの先には、学校があるのだ。行かせはしない、行かせては行けないと言う思考が頭を支配する。

 

「ごめんカケモン。力を貸して」

「えぇ!?む、無理だよぉ!アイツ大きいし怖いし…ぼ、ボク弱いし…」

 

俯くカケモン。たしかに今の彼ならそうかもしれない。だがあの姿なら、あの騎士の姿ならもしかしたら……。タツヤはカケモンの肩を掴んで目線を合わせる。手段はこれしか無い、やるしか無いと。何故なら、彼にはあの時に見た勇気があるから。

 

「大丈夫だよ、僕がいる。僕が君の足りないものを埋めるから。だから–––…一緒に戦って!」

「…うん、わかった」

 

カケモンは目の端に溜めた涙を振り払いながら頷く。…するとその瞬間、不思議な事が起こった。手に持ったデジヴァイスが反応してあるアプリが光り出す。タツヤはそのアプリ……《X EVOL.》を起動させた。

そして一番左上にある絵柄を押すと、デジヴァイスの画面上に一枚のカードが具現化する。竜の剣と獣の大砲を構えた純白の聖騎士型デジモン…オメガモンのカードを掴み取ると、タツヤは裏にあるコード…UGコードをカメラで読み取った。

 

 

 

「セットアップ、オメガモン!」

 

流れるように台詞を叫び、デジヴァイスをカケモンに向ける。そこから射出された光はカケモンを包み、変化をもたらす。

 

 

0と1で構成された空間でカケモンは兜を上へ投げる。するとカケモンの体はより大きく、強靭になり再び兜をつけた。それと同時に、背後にオメガモンの幻影が浮かび上がりそこから灰色の鎧が飛翔してカケモンに装着される。カケモンは上へ飛び上がり回転すると左肩にマントが装着され、竜と獣のオーラが形成され出来上がった剣と小型化された大砲が掛け合わさった武器、ウェポンΩを手に取り着地。そして口元をバイザーで覆うと、正面をXに斬り高らかに名乗りあげる。

 

 

 

「アップグレード!カケモン ver.オメガ!!」

 

 

 

カケモン ver.オメガは嘴で攻撃してきたコカトリモンを左のマントで受け流しその背中に蹴りを入れる。その行為に激怒したのかコカトリモンは口から真っ赤な炎をカケモンに吐き出した。それを本能的な危機をで横に避けるカケモン……そして炎が当たった先である木を見ると、木が石化していたのだ。ペトラファイヤーと呼ばれるこの技は喰らうと石化してしまう性質を持つ。

タツヤはその光景を見てカケモンに向かって叫ぶ。

 

「カケモン、ここで暴れちゃダメだ!」

「わかった!…どぉぉおおおおりゃあああああ!!」

「ゴゲェェェェェェェェェェェ!?」

 

コカトリモンの元へ一気に近づき、ウェポンΩを使いすぐ近くの廃ビルへ叩き込む。廃ビルの周りならいくら石化しても問題無い。ここでならいくらでも戦える。

カケモンはウェポンΩから光弾をコカトリモンに当てながら近づき、弱らせる。だがこの行為はコカトリモンをさらに激怒させた。コカトリモンは息を限界まで吸い込むと自分の下に向けてペトラファイヤーを放つ。自分の身に危険が起きる可能性が高いがそれを考える思考は既に無い。地面は石化し、このままではカケモンまで石化する……筈だった。

 

「飛ぶんだ、カケモォォォンッ!!」

「はぁあああああ!!」

 

足に力を込めて上へと大きく跳躍するカケモン。飛行能力は持たないが今はこれで十分。ウェポンΩの大砲をチャージしコカトリモンへと向けると、一気に光弾を放った。先ほどとは威力が上の光弾はコカトリモンへと当たり、自分の技の反動も重なって膝をつかせることに成功する。

 

「ゴ、ゲェ…」

「これで終わりだ……」

 

地上へ降りたカケモンは折りたたんでいたウェポンΩの剣を展開して構える。そして銃口から出た炎を剣に纏い、竜人の幻影を見せながらコカトリモンへと突き進む。トドメを刺すその技の名は…

 

 

「ドラゴニックブレイブッ!!!」

 

 

斬り裂かれたコカトリモンは断末魔を上げる前に粒子へと変換し消えていった。それと同時に石化した木や地面が元に戻って行く。それを見て戦闘が終わったのを確認すると、タツヤはカケモンの元へやってきた。

 

「やったね、カケモン」

「ああ、タツヤのおかげだ」

 

タツヤの為にやってきたカケモンに無かった”勇気“を補ったタツヤ、偶然だとしてもデジヴァイスをタツヤに届けたカケモン。彼らは互いに欠けたものを埋めてこの戦いに勝てたのだ。二人はその目を合わせ、勝利を実感する。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

実感す………る?

 

「……それ、どうやって戻るの?」

「わ、わからない…」

 

その体格に合わず頭を抱えるカケモン。正直早く戻らないと人が集まってしまう、結構派手にやったし。と、困り果てた矢先、どこからともなく黒い影…ワレモンがやって来た。

 

「––––––このバカケモンがぁぁぁぁ!!」

「ったぁ!?」

 

以前とは違い、今度は足に紫のオーラを纏いながらカケモンの顔を蹴るワレモン。すると今度は前回と同じようにカケモンは元の姿に戻った。さらに言えば分離した光はデジヴァイスの中へ吸い込まれるように消えていく。

ワレモンはカケモンの兜をバンバン叩きながら怒り心頭といった感じで叫んでいた。

 

「お前外に出んなっつったのに何出てんだクソ野郎がァ!」

「うわぁぁぁぁあん!?ご、ごめんなさいぃぃぃ…」

「ま、まぁまぁ。とりあえず家に帰ろうよ」

「チッ。まぁいいか。とりあえずジイさんもメシ作って待ってるから帰るぞ」

 

あれ、今何言ったんだ?と心の中で思ったが徐々に人が集まるのを感じて二体をデジヴァイスに収納しその場から撤収した。

…だが気づいていなかった。コカトリモンが最初に石にした木の裏に…ミキが居たことに。

 

 

 

「え、じゃあバレてたの!?」

「はっは、そりゃあタツヤがあんなに怪しい事をするからね」

 

家に帰ると源光がカレーの皿を持ちながら待っていた。おかえりと言った後にすぐ『他の二人も一緒に食べよう』と一言。どうやら昨日の時点で何かあると睨んでいたらしいが精々犬か猫だと思っていたらしく、カケモンが家を出る時にちゃんと実態を把握したらしい。だとしても適応力高いんじゃ無いかなと思いながらも、タツヤはカレーを口に入れた。

ふと横を見る。隣でバクバクとカレーを食べるカケモンを見て、今日も美味しいなと思いながらも自分の苦労をカレーと共に胃の中へと飲み込んだ。

 




二話まで見ていただきありがとうございます

この物語は主に人間界編とデジタルワールド編に分かれております
この後は人間界編を進めていきますのでよろしくお願いします 

オリジナルの設定などがあるので何か不明な点がございましたら何なりとお申し付けください

てか言ってくれたほうが嬉しいですw

ちなみに話の設定や物語の主軸となるものは話し合いながら決めて文章は友人が書いています

また来週もよろしくお願いします

ないとは思いますが読んでいただける方々がたくさんいたら早めに上げていきたいと思います


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三話 《プールの中の水龍》

既に日が沈み、街に灯りが付き始めた頃、タツヤは自室の椅子に座りデジヴァイスを弄っていた。デジモンを収納する力、そしてカケモンをパワーアップさせたこのアイテムは見た目と大まかな機能は一般のスマートフォンと一緒だ。しかし、一部の機能は未知の領域だ、しかし同時に気付く。自分はデジモンについて何も知らない。タツヤはワレモンにデジモン、そして彼らの住む世界について聞いていた。ちなみにカケモンはベットでドーナツを頬張ってる。

「いいか、まずオレたちデジモンはデジタルワールドに住んでる。デジタルワールドは地面も空も何もかもがデータで出来てんだ」

「じゃあワレモン達も?」

「あたりめぇだ」

 

その言葉でデジモン達のいる世界はある意味で電子的な、例えるならインターネットやゲームの中の世界、そしてデジモンはその中に住む生命体のような物だと解釈た。だが、そうだと人間である自分、そしてカケモン達が互いの世界に行き来できるのだろうか。やっぱりデータで構成されているだけで、別々の世界として両立しているのだろうか。と考えているとふと疑問が浮かんだ。今日襲ってきたコカトリモンはどうやって現実世界に来たのだろうか、と。

 

「そういえば、あの時のデジモンってどうやってこっちの世界に来たんだろう…。倉庫の時のあの渦が開いたのかな?」

「さあな。だけど珍しい事じゃないぜ?どこかの地域じゃ神隠しなんてもんがあるらしいからよ。たまにゲートが開いたんならそれはそれで納得だ」

 

ワレモン曰く、ここ数年の間に森や集落、はたまたある程度栄えた街で姿を消すデジモンがいるそうだ。デジタルワールドを転々と旅していた彼が聞いた話なので信憑性がある。だがもし仮にそうだとして現実世界に迷い込んだのならニュースに何かしら出ているはずだ。最近に関しては電子機器のトラブルが目立つ程度で収まっているのはおかしい。

 

「そんで?あと聞きたいことは?」

 

思考の最中にワレモンが話しかけてくる。普段口が悪いが根はいいのか、聞いたことをちゃんと返してくれる。最初に会った時はカケモンを虐めているようにしか見えなかったが実際は仲がいいのだろう。そう出会った当初の事を思い出すと、ふとある単語を思い出した。

 

「そういえば…進化って何?前にカケモンに言ってたやつ」

「進化ってのは一種の成長みたいなもんだ。デジモンには世代ってのがあって今の世代より上に成長することを進化するって言う」

「へぇ。じゃあカケモンのも進化なの?」

「……しらね。アイツのアレはなんか違うんだよな。まぁ、世の中にはアーマー進化とか言うマイナーなのがあるらしいけどちげぇと思うし。つーか、あのカードにあったオメガモンっていやぁ…」

 

今度はワレモンが思考の海に沈みかけた。だがワレモンの横目にベットの上のカケモンが映る。幸せそうにドーナツを頬張る姿…普通なら微笑ましいのだが今のワレモンにはどこか癇に障ったらしい。ワレモンはズンズンとベットに移動すると、カケモンの兜に拳を下ろした。

 

「ってテメェは何のほほんとしてんだクソがァァ!!」

「いった!?だ、だってドーナツ…」

「だってじゃねぇオレにもよこしやがれ!」

「やぁぁぁぁぁぁぁ…」

 

これもいつものことだろう。タツヤは苦笑いしながらもデジヴァイスを操作する。そしてまだ弄っていなかった《ANALYZER》と言うアプリを起動させた。画面に何が映るか、少々身構えていたが実際に出たのはカメラの画面とほぼ同じもの。それ以外に変化は見られない。

 

「…あれ?」

 

思わず気が抜けて間の抜けた声が漏れる。タツヤは失敗かなと思いながらもそのカメラをワレモンの方に向けた。ちょっとした好奇心で写真を撮ろうと思ったのだろう、特に考えずに行動する。

…するとどうだろうか、カメラはワレモンをスキャンし始めた。そして一瞬で画面にはワレモンに関するデータが浮かび上がる。

 

ワレモン

世代:成長期

タイプ:獣型

属性:ウィルス種

必殺技:スプリットオーラ

群れる事を好まない一匹狼の気質を持つデジモン。不用意に近く者には容赦なく暴行を加える。だが自分の気に入った相手、同格であると思った相手には寛容になる。必殺技は食らった相手の技のエネルギーや威力などの何かしらを半減させる『スプリットオーラ』。

 

その説明文が表示され、横にスライドするとワレモンのステータスと思われるグラフが表示してあった。ワレモンの事に少々関心もあったがまさかこんな機能があるとは思わなかった、とタツヤは驚く。

もしかすると今後現れるかもしれないデジモンにも役立つかもしれない。そう思って今半ベソをかきながら叩かれてるカケモンに標準を合わせる。すると先程と同じようにデータが表示された…しかしそれはどことなくおかしかった。

 

カケモン

世代:成■期

タイプ:■■■型

属性:ワクチン・データ種

必殺技:???

NO DATA

 

そう、これだけしか無かった。カケモンに関するステータスも必殺技も無ければ何故か一部欠けている部分もある。何か不具合があるのだろうかと思いながらもタツヤはアプリを終了させた。もう遅い時間だ、一学生である自分は明日も学校があるため寝る事にする。

 

 

 

翌朝、タツヤはデジヴァイスにカケモンとワレモンを入れて学校に来ていた。もしかしたら昨日のようにデジモンがどこかにやってくるかもしれない。その可能性があるのであれば対処できるのは自分とカケモンだ。それに加えワレモンが学校に興味を持ったようなので連れてきた。まぁ、いつまでも家にいるよりは気分転換した方がいいと思い連れてきたのだ。

タツヤはデジヴァイス越しに教室の風景を見る二人に薄く微笑むと自分の席に座る。そして一時限目の教科の確認をすると目の前に誰かがやってきた。また城太郎かと見上げると、そこにいたのは転校生、才羽 ミキだった。

 

「えっと……才羽、さん?」

「浪川 タツヤ。私はあなたに興味がある」

 

ピタリ、と教室の騒音が止んだ。男子達の他愛ない会話も、女子の姦しいおしゃべりもその一言で全てが終わる。全ての元凶であるミキは固まっているタツヤがおかしいのか、それとも静まり返った教室に疑問を持ったのか首を不思議そうに傾けた。

そして数秒、時は動き出す。

 

「え、どう言う事?」

「まさかあの二人そう言う関係…」

「そういえば転校初日に学校案内してたんだって!」

「なんだって、それは本当かい!?」

「浪川さん、本当に裏切ったんですか!?」

「おのれ浪川ァァァァァァァァ!!!」

「 絶 対 に ゆ゛る゛ざ ん゛! 」

「よく無いなそう言うの……」

 

噂好きな女子の会話、中学二年になってそういう会話に敏感になった男子、さらには単純に嫉妬に狂う者までで始めた。

…いや、おかしいなんかシャーペンとか竹刀とか出してきたこれマジだ何か言わないと僕ヤバイ、と思考を高速で巡らせタツヤは弁解しようとする。

 

「え、えっ、ちょっと待ってよ、僕と才羽さんはそんな関係じゃっ」

「言い訳は校舎裏で聞こうか」

「なに、痛みは一瞬だ」

「君は絶版だぁ」

「いや、何するの。何する気なの!?」

「「「これも全部、浪川 タツヤってやつのせいだ」」」

「本当に何をしたって言うんだよ!?」

 

いつのまにか窓際にまで追い詰められるタツヤ、しかし幸運な事にチャイムが鳴り担任の教師が入ってくる。それと同時に座れー、と教壇に上がった、ホームルームが始まる合図だ。タツヤに迫ってきた生徒はゾロゾロと席に戻る。誰かが舌打ちをした気がしたがそれは気のせいでは無いだろう。ミキもいつのまにか自分の席に座っていた。

そしてホームルームが始まった……ただこの中でもタツヤに対する視線は止んでいない。好奇と嫉妬の視線の中、ただ一人、別の視線でタツヤを見る者がいた。

 

「……………」

 

彼女の名前は沢渡 アサヒ。今説明できるのは彼女がタツヤと同じ少学校出身で今までずっと地味にタツヤと同じクラスであった事とタツヤに淡い思いを抱いている事だけだ。派手さは無く、落ち着いた赤みがかった茶髪の前髪が両目を隠しているのが特徴的だが癖っ毛なのか頭部から一本毛が跳ねている、言わばアホ毛が今は軽く揺れていた。

 

(な、浪川君が才羽さんとそういう関係……ど、どうしましょう…これじゃ授業に集中できませんっ。でも、才羽さんの関係も気になるし、本当にそう言う関係だったら…。あわわ、し、しっかりするんです私!あくまでも噂ですっ!さっきだって浪川君が違うって言ってました!たった二日で進展なんてないんですっ!…私なんて……私なんて、うぅ…)

 

自宅だったらベットで暴れているかもしれない、そう言った感じに心の内で動揺しているが彼女はポーカーフェイスを保ちながらタツヤを見ていた。何気にどこからか飛んでくるシャーペンの芯を避けているタツヤ。多分昼にはすぐに教室から出るんだろうなぁと思いながらもホームルームが過ぎていった。

 

 

四時限目が終わった後、本日は職員会議がある影響で午前授業であるため帰宅する者、部活に行く者等別れる中、タツヤは授業を終えた後直ぐに教室から出ていた。と言っても直ぐに帰った訳ではなく屋上に場所を移動しているだけだ。というのもデジヴァイスにいたカケモン達が空腹を訴えたからである。今日は時間があるし家に帰る前に昼食にしても構わないだろうと思い、購買からカレーパンを買いカケモン達と食べていた。

 

「これなんか昨日のカレーに似てるね!」

「カレーパンだからね。パンの中にカレーが入ってるんだよ」

「ほー。でも中に入れる必要あんのか?」

「それは作った人に言って欲しいかな」

 

身も蓋もない事を言うワレモンに軽く苦笑いしながらもタツヤは一口齧る。デジタルワールドには無かったものとは言えそう言ってしまえるワレモンが凄かった。と、思っているとどこからか声が聞こえる。おそらく直ぐ下の階の廊下からだろう。その声は聞き慣れたものだった。

 

「ターーーーツーーーーヤーーーー!」

「うわ、城太郎が呼んでる。ごめん、ちょっと待ってて」

 

タツヤは面倒になったと言う顔で屋上から下の階へ降りる。毎度の事ながら城太郎は自分に絡み過ぎじゃないかとは思ったが放っておくと他の生徒に迷惑がかかるし自分が対処するしかないのだ。タツヤは階段を降りて直ぐに城太郎を見つけると、彼に向かって歩み寄った。

 

「おーう、タツヤ。探したぜ!」

「なんなのさ今度は。また名所巡り?」

「ふっふー、そうであってそうじゃないんだよなーこれが」

 

ドヤ顔で話す城太郎に少し疑問と呆れを持ちながらも聞き返す。

 

「で、何?」

「プール清掃だよ!六月終わるしプール開きあるだろ?さっき先生に頼まれちまってさー。まぁ俺プール清掃のエキスパートだし?けど、まだ数が足りてなくてよ…」

「それで手伝えって?」

「まーな!お前どうせ暇だろ?」

 

バンバンと背中を叩いて来る城太郎。彼の性格上悪気が無いとは言え言い方というものがあるだろう。タツヤは若干呆れながらもわかったよと顔を縦に降る。よっしゃぁ、と肩を組んで来る城太郎。こんなんでも自分の中の日常なのだとタツヤは再認識した。

 

 

一方その頃屋上では、ワレモンがカレーパンの最期の一口を終え下の景色を見る。そこでは野球やサッカー、テニスなどそれぞれの部活に興じていた。見慣れない行為、見慣れない光景にワレモンは興味を惹かれながら鉄格子に捕まっている。

 

「ガッコーてのは色々あんだな。棒で玉打ったり玉蹴ったりして楽しいのか?つか玉多いな。おいカケモン、お前どう思う……」

 

まだカレーパンを食べているはずのカケモンに声をかける。だが一向に返事が返ってこない。どこかデジャブを感じながらも振り返ると、そこには誰も居なかった。律儀にカレーパンの袋をゴミ袋の中に入れている事から食べきったのだろう。ワレモンは昨日の事もあり血が上っていた。それと同時にタツヤが戻ってくる。

 

「ア・イ・ツ…!」

「ゴメン二人とも待っ」

「タツヤァ!バカケモン探しに行くぞ!アイツぶっ飛ばす!」

「え?」

 

「いい匂いー…」

カケモンは廊下をうろついていた。というのもカレーパンを食べ終えた彼はふと何かの匂いを嗅ぎつけて無意識に移動してしまったのだ。タツヤが城太郎の元に行った矢先に移動し、今彼は城太郎がいたさらに下、パソコン室に来ていた。ここの通りは今は人通りが無くカケモンが移動しても問題は無かったのだ。

カケモンはパソコン室の扉を開くと奥へと進む。そして一つの机に置いてあったもの……大福を手に持つ。タツヤの家には無かったものに興味を持ちカケモンは大福を口の中に頬張る。……だがその瞬間見てしまったのだ。とある女子生徒が自分の開けた扉から入って来たのを。

「もぐっ!?」

「あわわ…!」

 

驚きのあまりカケモンは大福を喉に詰まらせる。そして白目を向いて真後ろに倒れた。それを見た女子生徒…沢渡 アサヒは未知の生物に驚きながらも詰まらせたカケモンに駆け寄る。

 

「し、しっかりして下さい〜!」

 

アサヒはカケモンの上体を起こし背中をバンバンと叩く。混乱しているのもあり、少しパニックになっている。だがそのおかげでカケモンは大福を口から放出し息を吹き返す。出てきた大福は一度空中に飛び出したが重力に従って再びカケモンの口に入り今度は詰まらず胃に入った。ゲホゲホと咳き込みながらカケモンは涙目でアサヒに礼を言う。

 

「あ、ありがと…」

「どういたしまして…」

 

礼を言われたのですぐに答えたのだが、冷静になってみる。目の前にいる存在は未知の生物だ。ぬいぐるみだとかロボットじゃ無い正真正銘の生物。その事実にまた混乱しかけるがカケモンが呟いた一言で我に返った。

 

「あれ、ワレモンどこ?タツヤもいない?」

「われ?…ってタツヤって浪川君の事ですか?」

「タツヤはタツヤだよ?さっきご飯食べてたの」

「浪川君の知り合い…?」

 

未知の生物は自分のよく知る人物の知り合いだった。その事に驚くアサヒ。中学に入ってからタツヤとの交流がほぼ無くなったとはいえ、その事に驚かない方が無理がある。何故、どうしてと疑問が尽きないが自分のスカートが引っ張られる感覚に現実に戻された。

 

「ねぇ、タツヤどこ?早く行かないとワレモンに怒られちゃう…」

「な、泣かないで!私も一緒に探しますから!」

「ホント!?ありがと!」

「はい。あ、私は沢渡 アサヒです。アサヒって呼んでください」

「ボク、カケモン!」

「カケモン、か。カケちゃんって呼んでいいですか?」

「いいよ!」

 

まるで年下の子供を相手に話しかけられているような、そんな感覚を覚えるアサヒ。既に彼女には未知の感覚は無く、ただタツヤに会った時に話を聞こうと決める。とりあえずタツヤがどこにいるかは小学校からの付き合いが長い立向居 城太郎に聞いてみようと、彼がいそうな場所を探し出した。

その際、カケモンを隠すようにいらないダンボールを被せるのを忘れずに。

 

 

タツヤはカケモンを探していた。自分が屋上に戻るタイミングとカケモンがいなくなったタイミングはそうズレていない。カケモンの足ではそう遠くは移動していないと考え今はついさっきいた階を探している。もしカケモンが誰かに見つかれば大変な事になる、そう考えていると背後から声をかけられた。

 

「浪川 タツヤ」

「あっ、才羽さん!えっと、……カケモン、見なかった?ほらこの前の」

 

背後にいたミキにこっそりと小声で聞いた。カケモン達の事を知ってる者と言えば自分と祖父、それに彼女だけ。周りにいる生徒に気付かれないように配慮したが、どうやら成果はあったようだ。ミキはプールのある方向に指を指す。

 

「向こうに、沢渡 アサヒと一緒に居た」

「沢渡さんと…ってなんで?」

 

何故カケモンが他の人間といるのか、もしかしたら見つかったのか。色々な疑問が浮かび上がるがタツヤはありがとうと一言言ってその場から立ち去ろうとする。しかし、その前にミキが一言呟いた。

 

「あなたは彼と何をしたいの」

「何をって…」

「カケモンがいる限りあなたは戦いに巻き込まれる。それはあなたが望んでいる事じゃない。そんな事に意味はない」

 

まるで周りの人間が居なくなったかのように、彼女の言葉が耳に届く。たしかに、タツヤの知る中で戦いの中にはデジモン…というよりカケモンがいた。偶然か必然か、襲ってきたデジモン達はカケモンに関わっている。ミキの言う通りなのかもしれない。戦いたいから戦うわけでも無く、タツヤはただその場の成り行きで戦った…いや、戦わせたのかもしれない。戦いそのものを望んで無いのだ。

だがそれでも、

 

「確かに望んでいないよ。でも…」

「………」

「僕もカケモンもその時が来れば戦うんだと思う。理由はわからないけど、多分」

 

戦う事は望んではいない。だけどあの時確かに戦っていた。何故そうなったかは覚えていない、だけど少なくともその時タツヤとカケモンは戦ったのだ。それは紛れも無い事実…だとすればちゃんとした理由はあるのだろう。もし時間があるのならそれを知る為の時間が欲しいと思っている。

ミキに答えた後、タツヤはプールへと走っていく。その背中が見えなくなるまで見つめた後、ミキは何処かへと去っていた。

 

 

プールでは体操着に着替えた生徒が水を抜いて露わになったプールの底をブラシで磨いている。意外と体力がいるこの行為に何人もの生徒が腕を止めるが一人、うらららとプールを縦横無尽にブラシで駆け抜ける男、立向居 城太郎がいた。体力どうなってんだよと思いながらも、一部の生徒達は城太郎を見て手を休めている。

 

「アイツ、よくあんなに動けるよな」

「さすが体力馬鹿。いろんな部活の助っ人に来る自称エキスパートだな」

「キシャアア」

「うん、キシャアアだな」

 

城太郎に呆れて怪物みたいな声をあげる者まで出てきた。

……いや何かおかしい。ふと思った男子生徒達は声の聞こえた上を見上げる。するとそこには……巨大な化け物がいた。青い肌に顔に外骨格のようなものを付けた水竜のような化け物。いつに間にか現れた生物に男子生徒達は叫び声を上げる。そして叫びを聞いて周りの生徒たちもその存在に気付き叫びが連鎖する。次々と逃げる生徒達の中、城太郎は周りの変化に気付かずに一人ゴシゴシと磨いていた。ある意味大物である。

おそらく掃除に飽きてふざけ始めたんだろうと思いながら一度顔を見上げると誰もおらず、代わりに巨大な水竜が目の前にいた。

 

「ん?どうしたんだってなんじゃありゃああああ!?ま、まさかネッs」

 

セリフを言い切る前に城太郎は滑りに足を取られ後頭部を強打する。そして彼は気を失った。

そんな中、一部始終を見ていた者達がいた。…アサヒとカケモンだ。アサヒは城太郎がタツヤの居場所を知っていると思い来てみたのだが、まさかこんな事になっているとは思わなかった。カケモンは兜の下で焦りながらもアサヒの袖を引っ張る。

 

「あ、アサヒッ!逃げよう!」

「待って、まだ立向居君がいます!」

 

アサヒは髪に隠れた目からプールにいる城太郎を見つける。しかし彼は気を失っており、すぐ近くには水竜がいる。危険な状態だ、このままでは怪我じゃ済まないだろう。

 

「い、行かないと…」

 

震えた足でカケモンは進もうとする。だが進めない、恐怖が体を硬直する、勇気が出せないからだ。そしてそれを見かけたアサヒは…

 

「カケちゃんはここで待っててください!」

「えっ!?アサヒ!」

 

カケモンに言い聞かせ、アサヒはプールへと足を踏み入れた。自分だって怖い、おそらく足は震えているだろう。それでも…いつも自分の心の中にいる彼ならそうするだろうと思ったのだ。過去に、自分にしてくれたように。

アサヒはプールサイドにあった塩素剤を水竜に向かって投げつける。最初の一個は外れたが二個三個と水竜に当たる。それによって水竜の視線はアサヒに移った。

そして城太郎から遠ざけるように走り出したが、予想外な事に水竜はその口から氷の矢をアサヒ目掛けて吐き出す。きゃあ、と驚き頭を抱えてしゃがみこむアサヒ。そして正面を見ると氷の矢が水道を凍らせていた。当たればそうなっていた事実にアサヒは腰が抜けてしまう。そして恐る恐る振り返ると、水竜は次の矢を口から出す最中だった。

 

 

ああ、もう自分はおしまいなんだ、とアサヒは目を瞑る。まだやりたい事もあったのに、短い人生だったなと、諦めていた。そして氷の矢は放たれる。

…せめて、最後に彼に会いたかったな…

そう思った矢先、何かが自分を引っ張り上げ抱きかかえられた。そしてゴロゴロとアスファルトを転がる。アサヒは突然の事に閉じた目を再び開くと、そこには先程まで願っていた彼がいた。

 

「沢渡さん大丈夫!?」

「な、浪川君…?」

 

彼…タツヤはアサヒの肩を掴み安否を確認する。その際他人と目を合わす事が苦手な為伸ばしていた前髪から彼女の瞳が露わになった。先程までの恐怖が今になってやってきたのかその色素の薄い緑の目からは涙が溢れ落ちてくる。それと同時に遠くからアサヒー、とカケモンが走って来てアサヒへと抱きつく。心配だったのだろう、カケモンは両目と鼻から色々と垂れ流していた。それを見てタツヤはデジヴァイスを取り出し立ち上がる。

 

「早くここから逃げて、後は僕達がやるから」

「で、でも」

「大丈夫だよ、僕らはアイツには負けたりしない。カケモン、行こう!」

「うん。アイツ、アサヒを虐めたんだ…許さない!」

 

涙を振り払いカケモンも前へと踏み出す。相手への恐怖より親切にしてくれたアサヒを傷つけられた事による怒りが強いのだろう。その怒りに反応してデジヴァイスは起動した。

 

「セットアップ、オメガモン!」

 

《X EVOL.》からカードを具現化し、カメラでコードを読み込む。そしてカケモンへと向けられた光は更なる変化をもたらした。

体を強靭なものに成長させ、灰色の鎧を身に纏い純白のマントを左肩に纏う。そして小型の大砲と剣を合わせた武器、ウェポンΩを右手に掴み口元をバイザーで覆うその姿はまるで騎士。正面を切り裂くと彼は名乗り上げた。

 

「アップグレード! カケモン ver.オメガ!!」

 

アップグレードしたカケモンを横目にタツヤは《ANALYZER》を起動して水竜を調べる。水竜はシードラモンというデジモンらしい。アイスアローという必殺技と水や氷の技を使う事が判明した。タツヤは被害を出さないように接近戦で戦うように指示するとカケモンの変化に驚いたアサヒをプールサイドの隅へ移動させプールの底へ移動する。そして城太郎の元へと向かう。

 

「コイツ、すばしっこい…!」

「キシャアアアアア!」

「グッ!?」

 

一方カケモンは苦戦を強いられていた。水はほとんど無いとはいえシードラモンが有利な場所だ、プールにあるわずかな水場の上で滑りカケモンの攻撃を避け攻撃を仕掛けている。カケモンは被害を出さないように剣を使って戦っているが一太刀も食らわせていない。そうしていると、カケモンの一瞬の隙をついてシードラモンはカケモンの体に巻きついた。

その締め付けはカケモンを苦しめるには十分過ぎた。初めは抵抗したカケモンだったが次第に抵抗は薄れていきウェポンΩをその手から離してしまう。シードラモンはトドメにアイスアローを吐き出そうとするが、その前に目に異物が入り込む。……それはアサヒの投げた塩素剤だった。まだ手に握っていたそれをシードラモン目掛けて投げつけたのだ。

 

「アサ、ヒ…!」

「カケちゃん頑張って!」

「カケモン、上に投げるんだ!そこなら何もない!」

 

城太郎を救出したタツヤの言葉にカケモンは頷く。先ほどの異物のせいか締め付ける力が弱くなったシードラモンの尻尾を掴みカケモンは上空へ敵を投げ飛ばす。

空なら壊れる物は何も無い、思う存分やれる。ウェポンΩを再び手に持ち剣を収納し大砲を構えた。大砲の銃口から冷気が漏れ出し、カケモンの背後に獣の幻影が現れる。そして力を貯め終えると一気に解放させた。

 

 

「コキュートスハウリングッ!!!」

 

 

ウェポンΩから放たれた冷気の弾丸がシードラモンへと放たれる。シードラモンは空中でアイスアローを連発させるが意味は無く、着弾。シードラモンを中心にまるで花が咲いたかのように巨大な氷の塊が現れると、粉々に砕け散った。まるで雪のように降り注ぐそれにアサヒはキレイ、と声を漏らす。

…このままなら綺麗な終わり方なのだろうがまだ終わっていなかった。タツヤのデジヴァイスからワレモンが出てくると一直線にカケモンへとダッシュ。そしてスプリットオーラを足に纏うとカケモンの鳩尾に蹴り込んでいた。

 

「どっせい!!」

「あぐっ」

 

そしていつもの如くカケモンは元の姿に戻りプールの底へと落ちる。イタタ、と頭をさするカケモンの目の前にワレモンが現れ、まるで般若のような表情でカケモンの兜を掴み揺さぶると怒りに任せて叫んでいた。

 

「まーたーおーまーえーはぁあああああ!!」

「わ、ワレモンくるじいょ、なんかでちゃう…」

「ストップ、ワレモンストップ!」

「か、カケちゃぁぁぁん!?」

 

 

プールから撤退したタツヤ達(ちなみに城太郎は置いて来た、そこまで重症じゃ無いし)。その際アサヒからカケモンや先ほどの怪物、シードラモンの事を色々と問い詰められた。最初はごまかそうとしたが、こういう時に押しが強くなる彼女に負けたタツヤは自分が知る事を話し始める。ここ数日の事、デジモンの事、デジタルワールドの事。全て話し終えたタツヤはどうか内密に、とアサヒにお願いしようとするが、

 

「わ、私も手伝えると思うんですっ!生徒の避難くらいはできますよ!」

「いや、でも…」

「私、浪川君とカケちゃんを応援したいんです!」

 

アサヒは自ら協力者を名乗り出た。その行為の裏には、タツヤが無理をしないように見守るというアサヒの想いがあるのだがそれは残念ながらタツヤに伝わらない。ここ数時間でカケモンと仲良くなったんだなと思い、危険な時はすぐ逃げる事を条件に了承した。タツヤは何気に断れない性格をしていたのだったのだ。

しかし、カケモンとアサヒはまた一緒に居られる事に喜び抱き合って居た所を見て、まあいいかと開き直った。

 

 

 

 

「…あれが、例のデジモンか」

 

 

 

 

翌日、学校は謎の水竜の事で持ちきりだった。学校の職員達は何かの見間違い、子供の戯言だと相手にしなかったがプールにいた生徒は多数いたのだ。水竜の、シードラモンの事が広まるのは必然だった。

そしてカケモンの事は知られて居ない。というのもあの時いたのはタツヤとアサヒ、そして気絶した城太郎だけだったからだ。

ちなみにだが城太郎はと言うと、

 

「ありゃ間違いないな、真・学校七不思議の一つ『プール開きの水竜』だ!プール開きを急かすように生徒を脅す妖怪に違いねぇ!」

「うん、不思議でもなんでもないね。妖怪って言ってるし」

 

などと言っていた。ポジティブな発言はいつも通りだが今回は七不思議と来たか。タツヤは机の上に乗って話す城太郎を見て溜息をつく。そんな彼の後ろでアサヒはクスリ、と笑っていた。




おはようございます!
タカトモンです

毎週に上げるのは少し遅いですかね?
上げられないことはないのですが都合もあり一週間に一回にしております

そして今回登場したアサヒというキャラクターですが友人の押し売りで入っております笑笑
なので少し優遇されてるところもあるかもしれませんが一応ヒロインとして考えているのはミキです笑
これからいろんなことが明かされていきますがまだまだ謎は残していくつもりなのでよろしくお願いします
ここから10話ほどはミキは空気です

それではまた一週間後に


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四話 《もう一つのデジヴァイス》

 

六月も終わりに差し掛かり太陽が沈むのが遅くなる頃、学校帰りのタツヤはつい先程別れたアサヒに手を振り帰路に立っていた。二日前に起こったプールでのシードラモンとの戦いからアサヒはタツヤ達とよく交流している。特にカケモンとは仲が良いようで、アサヒの持つ弁当のおかずやお菓子を餌付けしていた。

そんな新しい日常が始まった初めての金曜日の夜に、デジヴァイスの中にいるワレモンが声をかける。

 

『おい、タツヤァ。今度は町に連れてけよ』

「町に?急にどうしたのワレモン?」

『急じゃねぇよ。お前、明日はガッコーいかねぇんだろ?ガッコー見るのも飽きてきたしな。現実世界にいるのに他のとこ見ねぇのもったいねぇし』

『むにゃ…何話してるのぉ?』

ワレモンとの会話の途中で、寝ていたカケモンが目を覚ます。昼休みに昼食を食べた後に寝ていた彼は目を摩りながら眠たげに起き上がった。そんな彼はタツヤからつい先程の会話の内容を聞くと眠気が飛び、キラキラとした目で画面越しにタツヤへと詰め寄る。

 

『ボクもっ!ボクも行きたい!この前面白いのいっぱい見たから行きたい!』

「…うん、わかった。じゃあ明日は町に行こうか」

『やったぁ!』

 

ここ数日はデジモンも見ないし良いだろうと了承した。普段外出はしないタツヤだが、デジモンの二人に町を見せてあげたいと思い、いつぶりかの外出をする事にする。デジヴァイスの中で飛び跳ねてるカケモンにうるせぇ、と頭を叩くワレモンを咎めながらもタツヤは歩みを止めなかった。

 

 

翌日、昼食を家で済ませ出かけたタツヤ達。その際、祖父である源光に将棋の本のお使いを頼まれたので本屋に寄ることも忘れない。そして着いたのはタツヤ達が住む○○町の中でも発展したショッピングモールだった。都心に近いこともあり、品揃えが豊富な事からタツヤと源光もよく買い物や備品を買うときに利用している。人で溢れかえる中で、タツヤ達は移動しながら会話していた。

 

『いっぱい人がいるねぇ』

『町だから集まるのは当然だろうな。って言っても多すぎな気もするけどな』

「今日は休日だからね。いつもより混んでるんだよ」

 

土曜日は特にね、と付け加えるタツヤ。外の景色が見えるよう胸のポケットに入れたデジヴァイスからワレモンの声がへー、と聞こえた。カケモンに関しては最早遊園地に来ていた子供そのものだ。時々あれは何、これは何、と聞かれるほど楽しそうにはしゃいでいる。

 

『…しっかし、デジタルワールドに無いものばっかだなぁ』

「そう言えばなんで二人はあの森にいたの?」

『あ?ンなのたまたまだ、たまたま。オレは当てもなくデジタルワールドブラブラしてただけだ』

 

所謂旅人か何かかな、とタツヤは思った。ワレモンが言うにはデジタルワールドは現実世界と違って文明がある地域が少ないらしい。大きな街や集落が転々とあるらしいが、半分以上は自然の中で生活しているとか。

その説明もあり納得しかけるタツヤだが、ワレモンの言葉にふと違和感を覚える。

 

「おれはって、カケモンは違うの?」

『コイツは途中で拾っただけだ。なーんも知らない世間知らずだったからな』

「そうなの、カケモン?」

『うん。なんかね、よく覚えてないの』

 

いつのまにか話を聞いていたカケモンがそう答えた。よく覚えてないというのはワレモンと会った時だろうか、と考えながらも人の波の中を進んで行く。時々人に当たりながらも軽く謝罪しながら進んでいった。

 

 

あれから3時間程経っただろうか。時間を感じさせない程カケモンとワレモンの好奇心、そして質問攻めにあったタツヤ。途中出店のアイスを人数分買って(店員に変な目で見られたが)三人で食べながら休憩したりした。そして家を出るときに源光に言われたお使いの事もあり、今は本屋に居た。そして目当ての本を持ちレジへと移動しようとした矢先、声を掛けられる。何かデジャヴを感じながら振り返ると、そこには転校生、才羽 ミキがいた。

 

「浪川 タツヤ」

「あれ、才羽さん?どうした…の?」

 

タツヤの視線はまず彼女の手元に移る。両手一杯に持っているのは全て本だった。しかもその全てが厚く、そして中学生が読む事はまず無い哲学の本や科学的な理論の書かれた本ばかり。その事を追求しようと視線を上げるが、またある事に気がついた。それは、休日であるにも関わらずミキの服装がタツヤの通う中学の制服な事にだ。

 

「あの、その格好は一体…?」

「?服は着るもの」

「いやそうなんだろうけど、私服は?」

「持ってない」

「え!?」

 

店の中で思わず大声を出してしまった。少し周りを見渡すが他の客は気に留めて居ないようだ。再び正面へ顔を向けるとミキは首を傾げて居た。

 

「…何かおかしい?」

「えっと…今時私服持ってない中学生いないと思うよ…?」

「そう、なの?」

 

またもや傾げる彼女は手に持った本の山をタツヤに渡す。意外と重いなと思っていると彼女はすぐ近くにあったファッション雑誌を手に取りパラパラとページを捲っていた。

もしかしたら家庭の事情で何かあるのでは、とタツヤが謝ろうとした矢先、ミキは急にタツヤから離れると近くの化粧室に入り込んだ。そして10秒立って出てきた彼女は激変していた。

 

「どう?」

 

軽く手を広げたミキはタツヤに声をかける。今の彼女の服装は薄い紫色の肩を露出したトップスに首には黒いチョーカー、腰にはデニムのショートパンツをベルトで留め、足には黒いニーハイと濃い紫の低いヒールを履いていた。まるでさっきの雑誌から切り出したかのようなミキの格好に一瞬呆けたが、すぐに頭を振る。

 

「いや、どうって…ここ本屋…」

「どう?」

「だから……っていうか制服は?」

「どう?」

「……大変似合ってます」

 

本屋でどうやって着替えたのか、その服をどこから持ってきたのか、さっきまで着ていた制服はどこにやったのか、色々聞きたかったが彼女からの重圧にタツヤは折れた。そしてタツヤに渡していた本の山を軽々と受け取ると、隠れていた胸ポケットのデジヴァイスからカケモンが声をかける。

 

『あ、君、前に森で会った!』

「あなたは…」

『ボク、カケモン!えっと、名前なんていうの…?』

「才羽 ミキ」

『さい…?ミキだね!よろしく!』

「よろしく…?」

 

またもや首を傾げるミキ。何気にカケモンと出会ったあの時以来面識が無かったと実感する。今日はよく首を傾げるなぁ、と思いながらもタツヤは別の話題を振った。

 

「その本、全部買うの?」

「買う」

『そんなの読んで面白いのか?』

「面白い?…違う、これを読むことに意味がある」

「よくはわからないけど、凄いんだね、才羽さんは」

「凄い…?」

「だってそれ高校生とか大学生とかが読むレベルの本だよ。凄いなぁ、僕なんかより全然頭いいよ」

「…っ」

 

彼女の言葉の意味は分からなかったが、心から思った事を言う。自分の読む本といえば大体は学校の教科書くらいだ。他の事に興味がないのもあるし、趣味も持たないタツヤにとってはそれが普通だった。

一方のミキは、今まで見せなかった表情を見せていた。大きく目を見開いて、閉じていた口元を少し開けている。驚いているような表情のミキは、頭の中に浮かぶタツヤのフレーズを繰り返し響かせていた。どこかで、どこかでそれを聞いたような…そして彼女は無意識に呟く。

 

「はか…」

「おい」

 

その途中、ミキの後ろから声をかける男がいた。全身黒一色、パーカーで顔を隠しているその男に気付いたミキは振り返り、硬直する。タツヤからは見えていないが、ミキは先程の表情とは違った様子で驚いていた。タツヤはいつまで経っても動かないミキを不思議がったが、今立っている場所の本に用があると思い謝罪して本棚から遠ざかる。

 

「すみません。今退きます」

「違う。俺が用があるのは本じゃない。…お前だ」

 

男はタツヤに向けて指を向ける。え、と不思議がるタツヤに男は腕を下ろしポケットを探る。そして取り出したモノを見てタツヤは息を呑んだ。それは黒いスマートフォンだった。ただ、その裏に書かれているものが問題だったのだ。藍色に描かれた《DIGIVICE》と言う文字。そう、そこにあったのはタツヤの持つものと同型のデジヴァイスだった。

 

「外に、出てもらおうか」

 

 

男に言われるまま出てきたタツヤとミキ。本来なら呼ばれたのは自分だけだったので来なくていいと言ったタツヤだったが、ミキは着いて行くと一点張り。その事に折れたタツヤは彼女も連れて外に出ていたのだ。

男に連れられてやってきたのはショッピングモールのすぐそばにある運動場。既に夕陽が落ちかけているので人は数えるほどしかいない。タツヤは警戒しながらも声を掛ける。

 

「あの。貴方は一体誰何ですか?それになんでデジヴァイスを…」

「出てこい、モスドラモン」

男はタツヤの言葉を無視しながらデジヴァイスを取り出す。そしてそこから出てきたのは、紛れも無いデジモンだった。

カケモンとワレモンより頭一つ程大きく、深緑の鱗で覆われた竜のような姿で、背中にはまるで目のような模様がついた蛾のような羽が生えていた。ギロリとその鋭い黄色い目でこちらを見ると、タツヤのデジヴァイスからカケモンとワレモンが出てくる。その際カケモンはワレモンの背中に隠れていた。

 

「デジモン!?」

「テメェ、何者だ!?」

「弱者は黙っていロ」

「んだとぉ!?」

 

激昂するワレモンを横目にタツヤは《ANALYZER》を起動させ目の前のモスドラモンと呼ばれたデジモンをスキャンしようとした。しかしその前に男は自らのデジヴァイスの《X EVOL.》を起動させる。そして画面に移されたアイコンの一つを押すと、一枚のカードが現れた。描かれていたのは巨大な羽と鋭い牙を持ったまるで悪魔そのもののようなデジモン、デーモン。男はカードの裏にあるUGコードを読み取る。

 

「セットアップ、デーモン」

 

男はデジヴァイスをモスドラモンに向けて、黒い光を放つ。それを受けたモスドラモンは変化を始めた。

 

0と1で構成された空間でモスドラモンは半透明に具現化されたデーモンを口から吸い込む。すると今度は口から白い糸を吐き出し体を覆った。糸で構成された繭は次第に巨大化していき、途中で弾け飛ぶ。

…そこに現れたのは憤怒の悪魔。

巨大な二本の角、太い尻尾と鋭い爪、強靭な肉体を持ち蛾と蝙蝠のような二対四枚の羽で風を起こし、口から炎を立ち昇させた。

 

「アップグレード モスドラモン モデル・ラース…!」

 

モスドラモン モデル・ラースが姿を表すとタツヤ達は動揺を隠せないでいる。デジヴァイスもそうだったが、その使い方まで同じ事に驚いた。そうしていると、モスドラモンはイントネーションが少々変わった口調でカケモンに話し掛ける。

 

「進化!?いや、違う。ありゃあ、まるで…」

「カケモンと同じ…」

「どうしタ、戦わないのカ?」

「え、ぼ、ボク?」

「…君達が誰かは知らないけど、僕達には戦う理由は無いんだ。このまま帰らせてもらうよ」

 

そう、タツヤの言う通り理由はないのだ。タツヤもカケモンも戦う時は常に身の危険か誰かの危険があった場合だけ。こうやって意思疎通ができるのであれば戦う必要は無い。

そうやって帰ろうと歩き出した瞬間、

 

「ならば、理由を作ってやろう」

 

モスドラモンの口から紅蓮の炎が吐き出される。吐き出された先にいたのは、ミキだった。

 

「……!」

「才羽さん!」

 

タツヤが叫ぶ。その一瞬前にミキは後ろに飛んで炎を避けた。炎は芝生を燃やし直ぐに消える。…あの一瞬で避けなければ確実に当たっていた、そう思えるほど的確だった。

 

「戦わないのなら俺達はこのままそいつを狙い続ける。そうでなくとも、別の人間を狙うがな」

「やめろっ!」

「どうだ、戦う気になったか?」

 

男の瞳がフード越しに見えた。人が傷付く事にまるで動じてない、それと同時に人を憎んでいるような矛盾を生じた赤い目をしている。それに言いようがない寒気を感じたタツヤはデジヴァイスを取り出した。

 

「セットアップ、オメガモン!」

「アップグレード! カケモン ver.オメガ!!」

 

瞬時にカケモンがver.オメガになる。カケモンは一気にモスドラモンに近づきウェポンΩの剣を展開し斬りかかった。しかしその一撃は避けられそのまま距離を取られる。カケモンは敵意をむき出しにしながらタツヤ達を庇うようにウェポンΩを構えた。

 

「よくもミキを…!許さない!」

「…貴様の弱点は三ツ」

 

モスドラモンは呟くと同時に走り出す。カケモンは慌ててウェポンΩの刀身を折り畳み銃口を向けるが既にモスドラモンの姿は消えていた。

 

「一ツ、その武器は剣と銃を両立できなイ。遠距離戦か近距離戦、どちらかに偏る事ダ」

「がっ…!?」

 

背後から声が聞こえると同時に背中を蹴り飛ばされる。あの一瞬で、目を離した隙に背後に回られた事に驚きながらも体勢を整えるカケモン。そして、カケモンが目にしたのは先程までいた場所、背後のタツヤ達に向けて爪を突き付けていた。

 

「タツヤッ!」

「二ツ、パートナーの人間が無能。こちらのように戦場を把握し一定の距離、立ち回りを常に思考しないと今のように後手に回ル」

 

一方、現在のカケモンの背後には男はおらず、この場から離れた観戦席の近くに立っていた。モスドラモンはタツヤ達に向けていた爪を引くと再び正面へと走り出す。

今度は攻撃を当てようとしたカケモンだったが、この位置では万が一外れた場合タツヤ達に当たる事に気付き一瞬戸惑った。その戸惑った隙にモスドラモンはカケモンの鳩尾に拳を叩き込み、瞬時に顎に向けてアッパー。空中に浮かび上がったカケモンに向けて尻尾を叩き込んだ。

 

「ぐあああ!!」

「カケモン!」

「…この程度カ」

 

飛ばされたカケモンを横目に、モスドラモンはタツヤを攻撃せずわざわざ見過ごしていた。完全に相手の実力が上だ、ワレモンは今までの戦闘で圧倒的な実力差を実感する。カケモンは揺れる頭を揺さぶりウェポンΩを構える。このままではやられる、一気に片をつけなければならない、その一心だった。

するとそれを見たのか男はデジヴァイスから新たなカードを呼び出す。

 

「あのヤロウ、まさか…!」

「セットアップ、リヴァイアモン」

 

コードを読み取るとデジヴァイスから光が漏れモスドラモンに当たる。

すると再びモスドラモンは元の姿に戻り、0と1の空間であるデジモンの幻影を吸い込む。それは巨大な赤いワニに似たデジモン、リヴァイアモン。モスドラモンは再び繭に包まれると今度は先程より一回り大きくなり弾け飛ぶ。

現れたのは嫉妬の悪魔。

先程とは違い赤い鱗に覆われ、腹部には巨大な口、体の所々には鋭い牙のついた小さな口が付いていた。そして、蛾のような羽が突風を起こすと身体中の口から雄叫びを上げる。

 

「アップグレード モスドラモン モデル・エンヴィー…!」

 

モデル・エンヴィーへとなったモスドラモンは今にも技を放ちそうなカケモンに向き合う。カケモンは何か仕掛けてくる前にと、既にチャージしていたエネルギーを解放させた。

 

「コキュートスハウリングッ!!!」

 

撃ち抜かれた氷の弾丸はまっすぐモスドラモンに向かって進む。モスドラモンはそれを避けようとはせずにただそこに立つ。それを見たタツヤは決まった、と勝利を確信したかのように思えた。

だが…

 

 

「ロスト・ザ・エンヴィー!」

 

 

腹部の口が開かれ氷の弾丸は着弾する前にその中へと吸い込まれる。そしてモスドラモンの体が一瞬膨れ上がると、身体中の口から冷気を漏らしていた。そう、モスドラモンは相手の技をエネルギーごと喰らい無力化させたのだ。

 

「そして三ツ、戦闘の経験不足。他がどうであレ、これが一番致命的ダ」

「そんな…」

 

この光景を見てタツヤは膝をつきそうになった。今までのデジモンとは違う、力も技も戦略も上回っている相手に目の前が真っ暗になりそうになる。その光景を見た男は興味を無くしたかのようにモスドラモンをモデル・ラースへと戻した。

 

「やれ、モスドラモン」

 

その一言でモスドラモンは口に紅蓮の炎を貯め始めた。膨大な熱量が溢れ出し、全てを焼き尽くすような、そんな錯覚をさせられる。嫌な予感がしたタツヤは逃げろ、とカケモンに向け叫ぶ。

しかし既に遅かった。

 

 

「ラース・インフェルノ…!!!」

 

 

放たれた巨大な炎は芝生を灰に変えながらカケモンに向かう。そのスピードはカケモンの回避するにもその速度すら上回っていた。咄嗟にマントで身を隠したカケモンだがその威力を殺す事なく炎は大爆発を起こす。

 

「ぐああああああ!!?」

「カケモン!」

「ッ!」

 

土煙が晴れて、中心に元の姿に戻ったカケモンが横たわっていた。全身ボロボロの姿で気を失っているようだ。

そんなカケモンにタツヤが駆け寄りミキが表情を崩す中、一人モスドラモンへと走る者がいた。

 

「てぇぇんめぇぇぇ!!」

「弱者ガ、無駄なことヲ…!?」

 

ワレモンは腕にスプリットオーラを纏いモスドラモンに殴りかかった。なんの力のないデジモンの攻撃に避ける必要は無かったのだろう、モスドラモンそれを受ける。

だが、食らった瞬間モスドラモンは元の姿へと戻っていた。それを見て男は薄く笑いながらも観戦席から降りてくる。

 

「ほう…。面白い力を持ったデジモンもいるようだな」

「テメェら、今度はオレ様が相手だ!!あのバカと同じだと思うなよ、お前らはオレがぶっ潰す!」

 

歯をむき出しに男とモスドラモンに威嚇するワレモン。実力差など関係無い、死んでもかまわねぇ、今のカケモンを見たせいか理性など吹き飛んでしまっていた。そして今のうちにカケモンを連れて逃げろ、と頭の片隅でそう願う。

だがワレモンのその決意は無駄に終わった。

 

「いや、今日はここまでだ」

「あア」

 

男とモスドラモンは興味を無くしたかのようにワレモン達から背を向ける。その光景にカケモンを抱き上げたタツヤは思わず声を荒あげた。

 

「待て…!お前は、お前達はなんなんだ!」

 

その一言に男は立ち止まった。そして振り返ると同時に強風が吹き荒れる。その影響でフードがめくれ、男の素顔が露わになった。

…病的なまでの白い髪、フードの奥から見えた赤い目、そして何より目立つのは顔の右側を覆う火傷の痕。

 

 

「“A”。今はそう名乗っておこう」

「オれはモスドラモン。いずれ強者の頂に立つ者ダ」

 

 

再び正面を向く。もう彼らには去っていく様を見届けるしか無いだろう。タツヤはカケモンを抱きしめる腕が強くなる。

 

これが、タツヤとカケモンの初めての敗北だった。

 

 



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五話 《戦士の槍》

一週間ぶりです
タカトモンです!
今回から新しいカケモンが出てきます
これからもたくさん書いていきますのでよろしくお願いします


暗く、足元が見えにくくなる時間で、タツヤは息苦しくなっても走り続けていた。その後ろを追いかけるのはミキ。二人、正確にはタツヤの向かっている先は自宅だった。つい数十分前の戦闘で傷ついたカケモンの怪我を治すには普通の病院では駄目だ、ならば自宅にある救急箱で治療すればいい。

その考えに至ったタツヤは自宅の扉を開ける。その音に気付いてやってきた祖父の源光だったが、タツヤは源光の横を通り過ぎリビングのソファへと向かう。

 

「カケモン、カケモン!」

「落ち着けタツヤ、よく見ろ!」

カケモンをデジヴァイスの中から出そうとするが、その前にワレモンが先に出てきてタツヤの腕を掴む。何を、と一瞬大声をあげそうになるが、その前にデジヴァイスの画面を見た。そして目を見開く。そこに映っていたのは傷だらけのカケモン…だが違っていたのは先程よりも傷が少ない事だ。

 

「傷が…」

「ああ、治りかかってる。多分コレにはそう言う効果があるんだろうよ」

 

ワレモンは冷静に、いやそうあれと自分に言い聞かせるような態度を取る。内心タツヤと同く、もしくはそれ以上に焦っていたのかもしれない。その事に気がつく位には既にタツヤの頭は冷えていた。同時に緊張が解けたのかソファに力無く座り込む。そして、一連の出来事を見ていた源光はいつもは寄せない眉間に筋を作りながらも口を開いた。

 

「カケモン君の事はこのままそっとしておこう。…タツヤ、一体何があったんだい?」

「それが…」

 

タツヤは一連の事を話した。“A”と名乗る男のデジモンのとの戦闘の事を聞く源光。そして話し終えると、源光は一息ついた。

 

「なるほどのぉ…」

「なんでデジヴァイスを持ってたのか、デジモンといたのか、僕達と戦ったのか…わからない事が多すぎるんだ」

「むぅ……。ところで、そこのお嬢さんはどちらさんかな?」

 

源光は玄関先からリビングへといつのまにか移動していたミキに目を向けそう言う。そういえば一緒に来ていたんだ、と今更ながらに思い出し一言謝ると源光に彼女を紹介しだした。

 

「えっと、彼女は才羽 ミキさん。先週学校に転校してきたんだ」

「ほうほう。ああ、挨拶が遅れたの。私は浪川 源光、タツヤの祖父じゃよ」

「…よろしくお願いします」

 

こちらこそ、と返した源光はふと時計を見る。時間はすでに中学生が出歩くには厳しい時間だ。それにつられてタツヤも時計を見ると彼女に問いかける。

 

「そういえば遅い時間だけど帰らなくていいの?」

「そうじゃな。それとも夕飯を食べて行くかい?その後にお家に送ろう」

「大丈夫、一人で帰れる…」

 

そう言ったミキは玄関へと歩き出す。それを見かけてタツヤは途中まで見送るよと一緒に外へ出る。それから十分程経つと、ミキはここでいいとタツヤに言った。

 

「じゃあね、才羽さん」

「浪川 タツヤ」

「?どうしたの?」

「……やっぱりなんでもない」

 

そう言った彼女の顔はいつも通りで、でも少し感情が揺らいでるように見えた。それはタツヤにも、ましてや今の彼女にも分からない感情。タツヤはミキの遠くなる背中を暫く眺めて見えなくなると、振り向き家へと帰って行った。

 

目覚ましがいつもの時間に鳴り響く。いつもと違うのはタツヤが大きく欠伸をした事だ。カケモンの事が気になり、いつもより夜更かししたタツヤはデジヴァイスを覗く。ワレモンが気を使ってかベットで寝ているため中にいるのはカケモン一人。穏やかな寝息を立てるカケモンに少し安心していると、強制的にデジヴァイスからカケモンが出てきて、その目を開けた。

 

「ふぁ…おはよ〜」

「カケモ」

「おはよ、じゃねぇぞボケが!!」

「いったぁ!?」

 

実はタツヤが起きる少し前から狸寝入りしていたワレモンがカケモンの兜を叩く。心なしか手加減しているのだろうが、やはりいつも通り痛そうだった。タツヤはワレモンを羽交い締めにしながらも声をかける。

 

「カケモン怪我は?痛まない?あ、ワレモンにやられた所は別で」

「う、うん…。大丈夫。痛いのはいつもだし」

「もっかいやってやろうか、ああん?」

「ごめんなさぃいいいいい!?」

 

ガルルルと威嚇するワレモンに怯えるカケモン。ああ、もう大丈夫だとタツヤはワレモンを下ろす。

 

「今日は家でゆっくりしよう?また昨日の人達に会ったら大変だし」

「…!」

「だな。また喧嘩吹っ掛けられたら面倒だぜ」

 

タツヤの一言で肩をビクリと揺らすカケモン。それは恐怖か、それとも別の何かか。ワレモンは部屋を出てリビングへ向かう。今日の朝食を確認しに行ったのだろう。

すると、カケモンが話しかけた。

 

「タツヤ…」

「どうしたの、カケモン?」

「ボク、負けちゃった…。アイツらミキを虐めようとしたのに…」

「…それを言うなら僕達だよ。僕だって、君の足を引っ張るだけだった。モスドラモンの言う通りだったよ」

「そんな事ないよ!あれは…」

「だからカケモン」

 

肩に手をかけるタツヤ、それはいつの日かと同じ光景だった。目尻に涙を溜めたカケモンに言い聞かせるように喋り出す。

 

「少しずつでいい。僕達で強くなろう。少しずつでいいから、前に進もう」

「…うん」

 

ゴシゴシと目を擦り返事をするカケモン。そうだ、これで終わりじゃない。今は弱くても、一人じゃ無理でも二人なら。いつかきっと乗り越えて見せる。そう思った二人は互いに笑い合った。

 

「おーい、いい話はいいけどジイさんが飯だとよー」

「今行くよ。行こう、カケモン」

「うん!」

 

ワレモンに呼ばれ部屋を出るタツヤとカケモン。先程までの暗い雰囲気はすでに無く、いつもの光景に戻っていた。

そして、そんな彼らを見る赤い影が一つ…。

 

 

日曜日は源光の趣味のオセロや家庭菜園をしながら過ごし、あっという間に翌日。タツヤは教室へ入ると自分の席へと座る。

その際、変わらず座っているミキにも挨拶をした。

 

「おはよう、才羽さん」

「…おはよう」

 

心なしかいつもより声が小さい気がしたが、何も言わないタツヤ。土曜日の出来事を気にかけてるのではないか、そう思ったのだ。

そして自分もカバンの中身を広げようとした時、パタパタと教室の戸からアサヒがタツヤの所へ早足でやってきた。

 

「な、浪川君!」

「さ、沢渡さん、おはよう…。どうしたの?」

「昨日のショッピングモール近くの運動場で騒ぎがあったって…もしかして」

「…うん、そうだよ。詳しい事は後でね」

 

その事で大体の事を察したのか、アサヒはコクコクと頷くとタツヤの後ろの席へ座る。隠す必要も無いし逆に気をつけるように言わないとアサヒが危険だ。そう行った趣でタツヤは再びカバンを広げた。

時間は飛び放課後。昼は互いに用事があって忙しかったのか昼食も別々に済ませて結局は話せなかったのだ。だが今の時間なら問題はない。タツヤは教室から下駄箱までの道で土曜日の一件を伝えていた。

 

「そうだったんですか、カケちゃんが…」

「うん、一体何者だったんだろう」

「…私、提案があるんですっ!」

 

意を決したように急に大声を上げるアサヒ。一瞬驚くタツヤにアサヒはズイズイと顔を近づける。その時前髪から透き通るような緑色の目が印象に残った。

 

「浪川君、今度の土曜日暇ですか?」

「え、あ、うん。大体暇だけど…」

「わかりました、じゃあその日の十時に○○駅に来てくださいっ!」

「う、うん………あの、沢渡さん、近い…」

「ふぇ…?」

 

言われてアサヒは気付く。今の彼女は一歩前に出ればタツヤに触れられる程近かった。キョトン、とタツヤを見上げるアサヒはみるみるうちに自分の髪よりも顔を赤くさせ後ろに大きく下がった。

 

「あわわわわわわわわわ…!!!」

「さ、沢渡さん!?」

 

バタバタウロウロと忙しなく動くアサヒの行動にタツヤは困っていた。先程近づいた時もそうだったのだが、周りから他の生徒がヒソヒソと話し合っているからだ。中にはいつぞやの同級生が下唇を噛み締めていたがあえて放っておく。タツヤはなんとかアサヒを落ち着かせると目的地である下駄箱に到着する。ちなみにだが、まだアサヒの顔はほんのり赤かった。

 

「じゃ、じゃあ土曜日に…」

「うん。………あれ?」

 

下駄箱を開くと封筒が一通、外履きの上に置いてあった。差出人は書いていないが、おそらく自分の宛名のだろう。タツヤはともかく、側に立つアサヒはその封筒を見るとついさっきのように顔を赤く、逆に青くと点滅を繰り返していた。

 

「も、もしかしてそれ、ら、ラブレ…ラブレター…!」

「…ううん、違うよ」

 

彼女の言葉を否定したタツヤはいつに間にか封を切って中身を見ていた。その表情は真剣そのもの、その事に気付くとアサヒはタツヤの持つ手紙を覗き込む。そこには…。

 

 

“今日の放課後、お前の連れているデジモンと共に地図にある場所に来て欲しい”

 

 

 

学校から十五分程歩いた場所。ここは数年前に営業されていた自動車工場、現在は廃工場となっている場所だ。あちらこちらに錆びついたタイヤや金属が転がっている中で、タツヤ達は指定された場所に来ていた。

 

「ここ、だよね」

「はい…間違い無いと思います」

 

手紙に同封されていた地図を見て頷く。途中、アサヒに帰るように言ったタツヤだったが彼女は拒否。タツヤは断れきれない性格を恨みながらも彼女と同行しているのだ。タツヤは指定された工場の扉を開く。開けにくいと一瞬思ったのだが意外と直ぐに開いた所を見ると、誰かが今もここを利用している事がわかった。

 

 

「––––待っていたぞ」

 

 

暗闇の奥で誰かが口を開いた。そして足音を立てこちらへと歩いてくる。一歩、また一歩近付く度に日の光を浴びてその正体が露わになった。

…一言で表せば白い体をした小さなドラゴン、いや、デジモンだ。フードにゴーグルのついた赤い外套を身に纏い、タツヤ達の前に現れたそのドラゴンは今までのどのデジモンとも雰囲気が違っていた

 

 

「君は…?」

「オレはハックモン。見ての通りのただのデジモンだ」

 

ハックモンと名乗ったデジモンは手頃なドラム缶の上に座り、座るといい、とタツヤ達に話しかける。だがタツヤは戸惑っていた。今までのデジモンは野生的で話の通じる者が居ない場合と明確な敵意を持つ者と別れていたからだ。

 

「安心してほしい、オレはお前達の敵では無い」

「…君がこの手紙を?」

「そうだ。お前の連れているデジモンとお前の持つあるものについて聞きたい」

 

そう言われてタツヤはデジヴァイスからカケモンとワレモンを呼び出す。出てきた二人は土曜の一件のせいで疑心暗鬼と言った顔と態度を取っている。

それを見かねてか、タツヤは二人の前に立ち話しかけた。

「その前に、君はいつ僕達の事を知ったの?」

「二日前の運動場でだ」

 

その事にタツヤ達は反応する。ハックモン曰く、自分が駆けつけた頃には全て終わっており、“A”と名乗る男とモスドラモンを追いかけたが追跡は失敗したと言う。

そして昨日の時点でタツヤ達の居所を調べ尾行、学校の下駄箱に手紙を置いたらしい。その事を説明すると、ハックモンは一言すまない、と頭を下げ謝罪した。

 

「あの場に関しては謝罪する。オレがもっと早く来れていれば加勢できたのだが…」

「おいおい、その言い方だとまるで自分が強いみたいな言い方じゃねぇか」

「腕には自信がある。が、今は全力は出せないがな」

 

ここへ来て初めて口を開いたワレモンの問いに答える。その顔は複雑そうに歪められていたが直ぐに元へ戻った。

 

「話を戻そう。はじめに言った通りオレは彼らとお前の持つそれについて知りたい」

「カケモン達と、デジヴァイスの事?」

「デジヴァイス、か。なるほど…。それをどこで手に入れた?それに彼らとはどこで出会った?それに…」

「あ゛ー!!お前ウルセェんだよ、もっと簡潔にしろ!それにオレらもお前に聞きてぇ事があんだよ!」

 

ハックモンの質問責めにワレモンが怒り出す。確かにハックモンの問い詰め方に少し鬼気迫る所があったようで余裕の無い雰囲気があるように思えた。ハックモンは少し息を吐くと頭に手を置く。まるで反省しているようにも思えた。

 

「…すまない、少し焦り過ぎたようだ。なにせこうやって誰かとまともに会話するのは半年ぶりだからな」

「半年…って待ってください!そんなに前から現実世界にいたんですか!?」

「それにだ。お前ホントは何もんだ?雰囲気でわかるぜ、お前ただのデジモンじゃねぇだろ」

「それは…」

 

 

 

「たのもぉー!!」

 

 

 

答えようとした矢先、外から野太い声が響き渡る。今までの雰囲気を壊すような出来事に中に居たタツヤ達は外へ出た。そこに居たのは赤い鎧を身に纏い、腰に刀を下げた男の姿。いや、正確にはデジモンだろう。背丈は人間を優に超えているのがその証拠だ。一見人間に見えた事でアサヒが声を漏らす。

 

「お侍さん…?」

「セッシャの名はムシャモン!風の噂でこの場に強者がいると聞いた!願わくばセッシャと勝負して頂きたい!」

 

ムシャモンと名乗ったデジモンはそう言うと仁王立ちでタツヤ達を見据える。おそらく彼の言う強者を見極めているのだろう。その間にタツヤは《ANALYZER》を起動させムシャモンを調べ、その詳細を確認した。

 

「ムシャモン、成熟期。魔人型のウィルス種。世代は今までの敵と同じだね」

「なっ、そのような機能もあるのか!?」

「わっ、ちょっと!」

 

デジヴァイスの機能に驚いたハックモンは反射的にデジヴァイスに触ろうとする。当然タツヤは驚き、ハックモンはその隙にデジヴァイスに触れた。

…その瞬間、ハックモンはほんの少しの痺れを感じる。まるで、体の一部が欠けたように。

 

「なんだ…?」

「ム、待たれい!そこの白き竜!貴殿はもしや…」

「誰かと勘違いしているようだがオレはただのデジモンだ。どこにでもいる、な」

 

そう言うとハックモンはバツが悪そうにフードを被る。何かまずい事があったのか、ポーカーフェイスで感情が読み取れない様にするハックモンだが、ムシャモンは確信した様に続けた。

 

「いや、聞いた事がある。成長期の頃から師より鍛えられ、かの有名なロイヤルナイツとなったデジモンがいると。その名は…ハックモン!そしてその進化した究極体の姿の名を…ジエスモン!!」

「ロイヤルナイツ?」

「ロイヤルナイツ!?」

「「???」」

 

聞き慣れない単語に首を傾げるタツヤ。その一方でワレモンは有り得ないと言いたげな表情を隠さず晒していた。アサヒとカケモンに関しては互いに顔を見合わせている。そしてロイヤルナイツと呼ばれたハックモンは諦めた様に答えた。

 

「最早隠す事は出来ないようだな。確かにオレはジエスモンだ。…今はハックモンだがな。だがそれでどうだと言うんだ?お前が戦いたいのは強者の筈だ。今のオレはお前の求める強者ではない」

「何を言うか!退化したとはいえ貴殿はロイヤルナイツ!であれば死合うのみ!さあ、いざ尋常に勝負!」

 

腰の刀に手をかけるムシャモン。このままムシャモンとハックモンの戦闘が始まる、そう思っていたのだが…

 

「ならばここにいるカケモンを倒せば相手をしてやろう」

「………えっ!?またボク!?」

「ちょ、ちょっと!」

「オレとしてもちょうどいい。お前達の実力を見てみたい」

 

名前を呼ばれたカケモンは目を白黒させる。まさか呼ばれるとは思わなかったのだろう、いつも以上に慌てていた。そんなカケモンを見るや否やタツヤはハックモンに待ったをかける。

 

「待って!僕達に戦う理由なんて無いし、カケモンもやる気じゃ無いよ!」

「確かにそうだが、奴はやる気のようだぞ」

 

そう言ってハックモンは再び正面を見る。すると直ぐ目の前にはムシャモンがいるでは無いか。抜かれた刀は一直線にカケモンに振り落とされるが、その前にワレモンはカケモンを突き飛ばし当たる事は叶わなかった。その後もカケモンはドラム缶、錆びれた車、工場の扉の影と逃げ惑うが全て両断。段々と隠れる場所が無くなっていく。

 

「うわぁぁぁぁぁああん!?や、やめてよぅ!!」

「情けない、デジモンとしての本能はどうしたのだ!?」

「本、能…?」

「そうだ、闘争本能こそデジモンの真髄!!生きるために戦い、感情のままに戦い、強さを求めるために戦う!デジモンとはそう言うものだろう!!」

 

「本能ッ…」

 

そう言うムシャモンの言葉にナニかを感じたのか、一瞬カケモンの動きが止まる。

そして自分自信に問い掛けた。自分は戦う事が苦手だ、だけどなぜ戦っていたのか?それは大事な友達を守る為だと返ってくる。だがムシャモンはどうだ?戦う事に意味を持っていた。本能に従って心のままに戦っているその姿に、自分に無い何かを見つける。

 

その事に気付き、心の底にあった感情が前に出てきた。それは悔しさ、モスドラモンに敗れた時の悔しさ。そして湧き上がる衝動。強くなりたいと言う、戦いを求めるデジモンとして欠けていた…本能。

その答えはカケモンに新たな切っ掛けを与えた。

 

ドクン、と鼓動がカケモンの体に響き渡る。

 

「戦う…望むままに、本能のままに…。“戦士”として!」

 

その刹那、カケモンの心に呼応してタツヤの持つデジヴァイスが輝き《X EVOL.》に新たなアイコンが表示され、自動的にカードが具現化する。そこに描かれていたのは、白い鋭利な体と赤いマント、両手と尾に剣を持つデジモン。

 

「これは…」

「なんだと!?それはオレの…!?」

 

ハックモンは驚愕する。それもそうだろう。カードに描かれていたデジモンこそ自分のロイヤルナイツとしての姿。師より鍛えられた先に進化した姿。

…その名はジエスモン。

タツヤは徐にカードを掴み取った。

 

 

「セットアップ、ジエスモン!」

 

 

カードのUGコードを読み取りデジヴァイスから出る光をカケモンへ向ける。それを受けたカケモンは新たな変化を始めた。

 

0と1で構成された空間でカケモンは兜を上へ投げる、ここまでは同じだった。しかしここから新たなカケモンへと変わっていく。以前より細身の体に成長し投げた兜を手にすると、兜は角を収納した鋭利な形に変形し被る。

そして背後からジエスモンの幻影が現れると白い鎧のパーツが複数飛び出しカケモンに装着。関節部分の露出が多くなった姿で飛び上がると、腰に赤いマントが巻きつき後頭部に刃のついた一本の太いコードのようなパーツが装着され口元のバイザーが閉じる。

最後に飛翔した二つの短剣を手に取り着地、正面をXに切り裂くと誇り高き名を叫んだ。

 

 

「アップグレード!カケモン ver.ジエス!!」

 

 

ver.ジエスとなったカケモンは自らの手足を確認していた。一方のタツヤ達は新たなカケモンに驚き、ハックモンはそれのさらに上回るかのように驚愕した。

 

「新しい、カケモン…!」

「進化…?いや、違う!なんだこの変化は!?」

「どうやらやる気になったようだな。では尋常に、勝負ッ!!!」

 

前へと飛び出すムシャモン、それに気付いたカケモンは同じく飛び出す。そして二人の持つ二本の短剣と刀は火花を散らした。途端にカケモンはムシャモンから一歩下がるとその場で回転。後頭部のコードの先にある剣で斬りかかる。咄嗟に受け流し対処したムシャモンだったが、冷や汗をかいていた。

そして二撃、三撃…と撃ち合う内にカケモンは震える。否、震えではない。笑っていたのだ。

 

「は、はは!ハハハハハッ!!」

「か、カケちゃん?」

「おいおい、アイツ頭ぶつけたか?」

「そうか、これが闘う愉しさ!喜びか!いいねっ、気に入ったぁ!!」

 

通常時ともver.オメガとも違う口調でカケモンはムシャモンの股下を潜り背後に立つ。それを追おうとしたムシャモンであったがその前に蹴りを喰らい、廃工場へと叩き込まれた。すぐさま立ち上がるムシャモン。被った土埃を頭を振る事で落としカケモンを称賛した。

 

「ぐっ、なかなかやりおる…!」

「アンタもなオッサン!」

 

だが、次で終わりそうだなとカケモンが言うと後頭部のパーツが分離。コードが飛び上がり真っ直ぐ棒状になると手に持つ二本の短剣も放り投げ、コードと合体。三叉槍のような形状の武器…ランサーJを空中でキャッチするとカケモンの体から三つのオーラが具現化する。オーラ…アト、ルネ、ポルと共に地に着くとカケモンは走り出した。

 

 

「ぐおおおおおお!斬り捨て御免!!!」

「–––––武槍乱舞(むそうらんぶ)ッ!!!」

 

 

ムシャモンの鋭い剣戟が繰り出される。だがそれと同時にアトが刀を弾きルネが腹部に一線、ポルが追い打ちをかけるようにまた斬りかかるとランサーJの怒涛の攻撃が始まる。時に払い、時に突き、時に切り掛かる…瞬きの合間に十数回の攻撃が終わるとカケモンは槍を下ろしていた。

 

「み、見事…」

 

そう一言言った瞬間、ムシャモンは光の粒子となり消滅する。消える間際のムシャモンの顔は満ち足りたように晴れやかだった。自らの願望が、強者と戦うと言う欲求が満たされたのだ。カケモンはムシャモンのいた場所を見つめた後、胸に手を当て敬意を込めて黙祷する。

 

「…アンタの生き様、オレがしっかり見届けたぜ」

 

 

 

「かっこつけてんじゃねぇ!」

「ぶっ!?」

 

いつもと同じようにワレモンはオーラを纏った腕で後頭部を殴りつける。そしてカケモンが元に戻るといつもの暴行が始まると思いきや、ワレモンは冷静に、そして慎重にハックモンへと視線を向けた。

まるで、亡霊でも見るかのように…。

 

「おいテメェ、マジでロイヤルナイツなのか…?」

「ああ、今はこの姿だがな」

「…嘘じゃねぇみてぇだな。じゃあ一つ聞かせろ」

 

 

 

「全滅した筈のロイヤルナイツがなんでここにいる?」



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六話 《エキスパート》

工場での戦闘から約一時間、物語は何度目かのタツヤの自宅の自室から始まる。

そこには部屋の主人のタツヤ、カケモンにワレモン、アサヒ。そしてつい先程会ったハックモンがいた。椅子にはタツヤ、ベッドの上にはいつもの二体、そしてアサヒ。床に置かれた座布団の上にはハックモンが座っている。そんな中、好意を持つ男性であるタツヤの部屋に来たアサヒは…

 

(浪川君のお部屋…!ドキドキします…!)

 

などと少し顔を赤くしていた。横からは大丈夫?、とカケモンが話しかけているがまったく耳に入っていない。そうしていると、タツヤはワレモンの側に近寄り、ボソボソと耳打ちした。

 

「ねぇワレモン、今更だけどロイヤルナイツって何…?」

「あ?まぁ簡単に言えばデジタルワールド最強の究極体集団だ」

 

曰く、全て聖騎士型デジモンであり、ネットワークセキュリティの守護神、最終防衛ラインとも呼ばれている。デジタルワールドに危機や秩序の乱れが起こる時に現れ、その元凶を排除するのが役目だそうだ。ただし、中には他のデジモンの事を一切顧みず行動する者もいるようでその存在には他のデジモンからも賛否両論と言った所だ。

そしてワレモンが聞いた話だが、殆どのロイヤルナイツはデジタルワールドの各エリアを守護している筈。だが彼が立ち寄ったエリアにはロイヤルナイツが不在。噂によれば強大な敵に倒され、全滅したと言われている。

タツヤは一応納得すると、再び正面に姿勢を正した。

 

「さて、ではオレの…オレ達ロイヤルナイツの現状について話そう」

 

ハックモンはそう言い重い口を開ける。それは彼がジエスモンとして経験した約半年前の出来事だった。

 

「まず最初に言わなければならないのはオレ達は少なくとも全滅はしていない。オレ達はとある敵との戦いに敗れ、力を奪われた状態でいる」

「力を、奪われた?」

「ああ。その敵は最初はオレとオレの師匠と戦っていたんだが、次第に追い詰められてしまってな。結果的に一人を除いたロイヤルナイツ全員で戦った」

「おいおい、それで全滅かよ!?その敵ってのはなんなんだ?まさか噂に聞く、七大魔王って奴らか?」

 

また知らない用語が出てきて首を傾げるタツヤ。名前からして良いデジモンではない事がわかるがワレモンの顔からして危険な相手だと察する。それに対してハックモンは、首を横に振った。

 

「…わからない」

「わからない?でも、ハックモンさんは見たんですよね?」

「ああ。しかし…認識出来なかったんだ。奴の姿、攻撃方法、世代…全てが分からなかった」

 

奇妙、不気味、それらを踏まえて正体不明(アンノウン)の敵を思い出したのかハックモンの顔は険しくなっていく。悔しさか、それとも恐怖か。どちらにせよ敗北したという結果に彼は苦しんでいた。そんな彼を見ていたワレモンはマジかよ、と呟く。相当驚いているのだろう、まさか敗北するどころかこういった表情をしているロイヤルナイツを目の前で見てしまったのだから。

 

「…話を戻そう。オレ達ロイヤルナイツは奴に傷をつけられず無力化され、力を奪われた。その証拠に、オレはジエスモンとして数分間しか戦えない」

「そっか、だからその姿なんだね」

 

簡単に言えばエネルギーの節約、と言った所か。ジエスモンとしての姿を維持するには膨大なエネルギーが必要か、もしくは戦闘行為に必要なのか。どちらにせよ今のハックモンとしての姿であれば負担もエネルギーの消費も少なく活動できるのであろう。そう思っていると、まだ解決していない疑問を想い浮かばせる。

 

「あれ?でもなんで現実世界に?もしかして偶然ゲートが開いたとか?」

「いや違う。力を奪われたオレ達の他に、殿になった同胞が放った攻撃が時空を歪ませオレともう一人がこの現実世界へと飛ばされたのだ」

 

脳裏に浮かぶのはいつもその出来事だったのだ。殿を務めた彼の後ろ姿を思い出す。力を奪われ、何もできなかった自分達を逃がすために彼は最後まで戦った。今考えればあの時の時空の歪みは彼が意図的に起こしたものだろう。

思い出す…傷付き、地に伏した自分達の目の前に背を向けて立つ彼の姿を。たとえ彼が、他の同胞から反逆者と罵られようとも、神と呼ばれる存在の命に背いた罪人だったとしても、その背中はデジタルワールドを…デジモンを守る誇り高き騎士だったのだ。

その瞬間に浸っていると、ワレモンはケッ、と悪態をつく。

 

「そんで半年もおめおめと暮らしてたってわけか、情けねぇ」

「ちょ、ちょっとワレモン…!」

「いい。事実には変わらない。だが…希望ならある」

「希望、ですか?」

「ああ。デジタルゲートは究極体級のデジモンの力であれば開くことができる。今のオレは力を奪われているが…」

「もう一人のロイヤルナイツと一緒なら開けるかもしれない、って?」

 

今度は肯定するように縦に頷く。そうだ、まだいるのだ、現実世界へとやってきたロイヤルナイツが。だが彼がどこにいるのかはわからない。ロイヤルナイツ同士の通信は今は使えない事もあり、探すのに苦労しそうだ。

どうやって探そうかと難儀していると、部屋の外からノックされ源光が中へと入ってきた。

 

「はいはい。難しい話はそこまでにして、夕飯にしよう」

「はーい!」

「ありがとう、おじいちゃん」

「あ、ありがとうございます。お夕飯頂いちゃって」

「今日の飯なんだー?」

「ビーフシチューだよ」

 

ぞろぞろとリビングへと移動するタツヤ達。ポツン、と一人残されたハックモンに源光は君も一緒に来なさい、と声を掛けた。彼はわかったと言うと同じく部屋を出る。だが、その最中に彼はタツヤとカケモンから目を離さないでいた。

 

 

(デジヴァイスとは一体何か、カケモンのあの変化は一体何か……もし奴の手の者だとしても、彼らから悪意を感じられない)

 

 

(だとしたら…今一番に警戒すべきなのは、もう一つのデジヴァイスを持つ者達。“A”とモスドラモンか…)

 

 

(どちらにせよ、彼を探さねば…!一刻も早くデジタルワールドに戻り状況を…)

「「「いただきまーす」」」

「いっ、いただきますっ」

「いただきます…」

 

いつのまにかリビングへと来て椅子に座っていたハックモンはタツヤ達につられて一言発した。そして器用にスプーンを掴むと、皿に盛りつけられたビーフシチューを掬い口へと運んだ。

 

「……ッッッ!!?」

 

瞬間、未知の衝撃が彼を襲った。

暖かく、そして濃厚なスープと同時によく染み込んだ野菜が口の中でホロホロと崩れ、味が広がっていく。

ハックモンは無意識に二口目を口へと運んでいた。今度はビーフシチューの由来と言うべき牛肉。口へと入れた途端、肉はホロホロと崩れ落ち彼を驚かせた。彼にとっては肉は硬く、口の中で噛みしめるものだった。そう、だった、だ。今彼が口の中に入れた肉はそれとは全くの別物。ハックモンにとっては未知のものだったのだ。

故に彼は牛肉を必死に味わおうと、嚙みしめようとした。だがそれは叶わず牛肉は溶けてなくなり、しかし味は口全体へと広がる。ゴクリ、と呑み込み胃へと運ぶ。

…言葉にできなかった。できないがそこには感動だけが残った。

 

「し、失礼だが、ご老人。名前を伺っても…?」

「ん?ああ、私は浪川 源光。源光と呼んで構わんよ」

「……源光殿と呼ばせて頂きたい…!」

 

現実世界へとやって来て食べて来たのは木の実や川魚、コンビニの廃棄処分予定の弁当など。そのせいなのかわからないが…修行中に共に行動していた姉妹の手料理を退けて源光の料理はハックモンに多大な感動を与えた。

これが、ロイヤルナイツの一人が老人の料理に堕ちた瞬間である。

 

 

 

翌朝、

 

「おーい、タツヤ!昨日ラブレター貰ったんだってな!いやー、幼馴染としては春が来たお前を祝いたくてさー。学校中に広めちまったぜ☆」

「今すぐ撤回してこい、このバカ」

 

小学校からの付き合いがある立向居 城太郎の一言でタツヤは朝から不機嫌だった。どうりで朝から自分を見る目がおかしかった、と納得する。もっと言うと、自分のクラスの男子が殺気立ってる事が何よりの証拠だ。と言うかいつ見てたんだコイツは、とついには眉間を押さえるタツヤに彼は空気を読まず話し出す。

 

「おいおい、照れんなって。お前とは小学校からの付き合いだけどよ、ラブレターなんて貰ったの初めてじゃん?だから恋のエキスパートである俺が一肌脱ごうって」

「今すぐ撤回してこい」

「いだだだだだだ!?」

 

とうとう物理的に手を出してしまうタツヤ。彼の手は城太郎の顔に伸び、力の限り鷲掴む……所謂アイアンクローをしていた。ギブギブと机をタップする城太郎だがそれでも手を離さないタツヤ。一分程経過しただろうか、タツヤは掴む手を離し城太郎を解放する。解放された彼は魂が抜けたように体を白くさせていたが、タツヤが早くしろと言いたげな目で睨む。その事に気付き、一瞬で元の色に戻ると城太郎は体を180度回転させ走り出していた。

 

「行ってきまァァァァァァァァッす!!!」

「まったく、いつまで経ってもうるさいんだよな」

「あ、あはは…」

 

一連の行動を見ていたアサヒは苦笑い。そしてその光景をデジヴァイス越しに見ていたカケモン達は…若干引いていた。

 

『……タツヤを怒らせたらやばいな』

『う、うん…』

 

 

「よし、あと残り3クラス!予鈴がなるまであと五分弱、急げ俺!!俺は誤報を伝えるのだってエキスパートの筈だぜ!!」

「立向居 城太郎」

「お?」

 

タツヤに言われた通り、各クラスに伝えた内容を訂正して周る城太郎。その背後から声を掛けられる。相手は転校生、才羽 ミキ。

 

「お前……あー、転校生の……サンバ?」

「才羽 ミキ」

「そう、才羽だ!なんだ、俺に用か?今俺忙しいから後で…」

「どうして浪川 タツヤに関わるの?」

 

その一言を耳にした城太郎は不思議そうな顔をする。理解しているのか、それとも質問の内容が簡潔にし過ぎたか。後者であると推測した彼女は再び城太郎に問い掛ける。

 

「彼はあなたに好意的じゃない。それにあなたの行為も彼にとっては迷惑。なのに何故関わるの?それが意味のない事だとわかっている筈なのに」

「お前…もしかして俺に妬いてr」

「質問に答えて」

 

巫山戯ていると思ったのか、いつもの顔で若干苛つきを含み再び問いかけた。一方の城太郎はうーん、あー、などと唸りながらも答えを探る。そして十秒が経過、城太郎は唸り声をやめ、正々堂々と言った表情で腰に手を当て答えた。

 

「アイツを知ってるからだ。小学校の頃のアイツを知ってるから俺はアイツに関わってる…から?」

「…?答えとしては不適切」

「かもな。でもそれが俺の中での一番理由らしい理由なんだよ」

 

あまり口にするのは得意じゃ無い、どちらかといえば行動派な彼は自分で言ってしっくりした。その答えでは無い答えに何を思ったのかミキは口を閉ざしたまま。城太郎は不満なのだろうかと思いながらも自分も急いでる事を思い出した。そしてそれを踏まえてミキへ話しかける。

 

「つー訳で俺は他のクラスを周るから後は…ってあれ?」

 

喋っている途中で彼女は自分のクラスへと戻って行った。なんだったんだ…?と思いながらも城太郎は自分のすべき事を思い出す。座右の銘は有言実行の彼はまだ訂正してないクラスへと行こうとして…

それと同時に、チャイムが鳴った。

 

「うっそだぁあああああ!!」

 

 

一方、タツヤの自宅ではハックモンが源光の手伝いをしていた。手伝いと言っても源光の趣味の一つである家庭菜園で作った野菜の収穫なので彼は初めは断ったのだが、ハックモンがどうしてもと名乗り出たのだ。よっぽど昨晩の衝撃が忘れられないのか、源光に懐いていた。

それでいいのかロイヤルナイツ。

 

「ハックモン君、そっちのナスはもう少し後で収穫しよう。夏頃の方が今よりもっと美味しくなるよ」

「心得た」

 

と、こんな感じで過ごしていた。しかし彼もロイヤルナイツ、デジタルワールドの守護の一角を担っていた者だ。収穫と同時に彼は今までの事を整理していた。そしてまだ解決していない疑問がある事に気付く。

 

(カケモン…それにワレモンか…。オレがデジタルワールドを旅していた頃には彼らの同族は見かけなかった)

 

 

(新種のデジモンか?それとも他のデジモンの亜種か…どちらにせよ、まだ見た事の無いデジモンであるのは確かだ)

 

 

(だが、カケモン…彼はどこかで…)

 

 

廊下から叫び声が響いて十数分が経過した。タツヤのいるクラスは次の授業があるので全員が移動の準備をしている。その中で早めに準備を終えたタツヤとアサヒは教室を出ようとした。その間、アサヒは朝から…もっと言えば前から気になっていた事を話し出す。

 

「あの、浪川くん。立向居君とはなんであんな態度なんですか?」

「なんでって…そりゃあ毎回あんな感じで接してくれば誰だってそうなるよ」

「そうなんですか…?」

 

困ったものだ、といった表情でため息をつくタツヤ。今まで似たような事を繰り返して来たのだろう、その背中に苦労人という文字が浮かび上がるような幻覚が一瞬だけ見えた気がした。それに続いてタツヤはまた口を開く。

 

「そうだよ、毎日毎日学校で僕にちょっかい出してくる。そのあと僕が遇らうんだけど、それでもまた繰り返すんだ。毎回頭が痛くなるよ…」

「でも…」

 

アサヒは下から覗き見るようにタツヤの顔に視線を向ける。赤い彼女の髪から覗く透き通った緑の目はちゃんとタツヤの顔を映し出す。

 

「浪川くん、ちょっと嬉しそうですよ?」

「え?」

 

アサヒの言葉にタツヤは思わず持っていた教科書を落とす。そして反射的に口を覆った。手が触れた口元の感触を確かめる。そして気付いた、僅かに…本当に僅かに口角が上がっていたのだ。軽くショックを受けているタツヤにあわあわしながらもアサヒは落ちた教科書を手に取りタツヤへと渡す。感謝の言葉を述べ、タツヤは同様しながら歩き出した。

 

「い、行こう、沢渡さん!次移動教室だよ!」

「あ、はいっ」

 

足早に教室を出る二人。そして、それを見ていた者が一人。タツヤの隣、すぐ側で会話を聞いていたミキは教科書を手に取り立ち上がる。その思考は先程から変わらない、理解不能という言葉で支配されていた。

 

(やっぱり、私にはわからない…)

 

ここに来て、いや、浪川 タツヤに接触してからそればかりだ。その事に多少の不快感を感じながらも彼女は思考を止めない。そしてこれからもタツヤと接触を続けるのだろう。ミキはほとんど生徒が居なくなった教室から出る。その答えを、その場に残したまま。

 

 

立向居 城太郎は小学校低学年まで所謂悪戯っ子というべき子供だった。周りに構って欲しくて、誰かと一緒に居たくて、誰かと遊びたくて、いつもそんな行動原理の為にイタズラを繰り返して居た。

そしてある日、とうとうイタズラで人を傷つけてしまったのだ。彼はその事に戸惑い、対処の仕方がわからずクラスから孤立してしまった。誰からも構われず、ただ一人で過ごす孤独な日々、そんなある日、

初めて浪川 タツヤが話しかけて来た。

 

「そうやってイタズラすると友達居なくなっちゃうよ?」

「うるせぇやい!そんなの俺の勝手だろ!」

 

思わずそう強く言ってしまう。もっと言葉があったはずなのに、城太郎はそう言ってしまった。そしてタツヤも離れていく…そう思ったが、予想に反してタツヤは彼の隣に座る。

 

「…みんなのとこ、行かないのかよ。なんでここにいるんだよ」

「そんなの、僕の勝手だよ」

「…そっか」

 

何故か安心してしまった。同い年の筈なのに、彼は自分を慰めているようなそんな感じがしたのだ。タツヤは外で遊ぶ同級生を見る。そこには、何故か寂しさと要望が含まれた視線を向けて居た。

 

「立向居君はさ、将来何になりたい?」

「将来?」

「そうだよ、夢とかなりたい職業とか」

 

答えられなかった。イタズラばかりの自分にそんなものはなかったのだ。

なのに、

 

「そっか、僕と一緒だね」

 

彼はそれをすんなりと受け取った。意外だった、彼のような人間は夢を持っているのだと、幼い頃の彼は思って居たからだ。なのに彼はそれを恥じる素振りもせず言った。

 

「でもきっとすぐ見つかるよ」

「…そうか?」

「うん。それに、もしも迷いそうな時があったら」

 

 

「…ち向居ー!そっちに行ったぞー!」

「…っ!おう!」

 

過去から現在へと引き戻される。目の前に来たサッカーボールを受け止めそのまま相手ゴールへ向かってドリブル。その際何人かのディフェンスからボールを守り抜き、流れるようにシュート。ボールはキーパーの手の間をすり抜けそのままネットへと吸い込まれる。それと同時に自分のチームから歓声が上がり、今日の体育の授業はこれで終わった。

 

「やっぱすげぇよ、立向居!この調子で次の練習試合も頼むな!」

「へへっ、おう!俺はなんといってもエキスパートだからな!」

「またそれかよ。…ん?」

 

更衣室に向かって歩いてると急に揺れを感じる。地震か、と身構える生徒達。どうせ直ぐに治るだろうと考えた学生が殆どだが揺れは収まらない。

と、次の瞬間、先程までいたサッカーグラウンドからドリルが生えて来た。

 

「「「うわあああああ!!?」」」

「み、みんな、逃げろ!逃げるんだー!」

 

突然の事に混乱する生徒を体育教師は校舎に急げと誘導する。地面を突き破って来たドリル…いや、その下から出て来た巨大なモグラのような生物は逃げ惑う生徒を見るとそちらへ向かって歩き出す。頭部と背中が紫でそれ以外が白、手足の先にも小型のドリルがついたモグラの目に写ったのは、城太郎だった。

 

「グルルル!!」

「うおっ!?こっち来たぁ!?」

 

城太郎は他の生徒達と同じように校舎へ入ろうとするが、その避難経路の前にモグラはサッカーボールのカゴを器用にも鼻先についたドリルを引っ掛け投げ飛ばす。目の前に落ちてきたその一瞬、足が止まった城太郎へモグラは接近、このまま行けば校舎に入った生徒にも危害が及ぶ。そう思い別の場所へ移動しようとするが…。

モグラの顔に散らばっていたサッカーボールが当たる。ここにはもう城太郎とモグラしか居ないはず、一体誰が…。そう思いボールの出所に視線を向けた。

 

「城太郎、今のうちに逃げて!」

「タツヤ…?」

「こっちだ!こっちに来い!!」

「グルルル…!」

 

制服を着て尚且つ上履きを履いたままのタツヤはモグラの注意を逸らす。《ANALYZER》を使った所、あれはドリモゲモンというらしい。

授業が終わり教室へ戻ろうとした矢先外にデジモンが現れたのでアサヒに避難誘導を頼み、急いでやってきた彼は息を切らしながらもまたもやボールを蹴る。その効果のおかげか、ドリモゲモンは城太郎からタツヤへとターゲットを変更した。それを確認するとタツヤはドリモゲモンから背を向け走り出す。

 

 

ついた先は野球部の使うグラウンド。ついさっきまでいたサッカーグラウンドからそれなりに離れており、今の時間は人が居ない。それを確認したタツヤはデジヴァイスからカケモンを出した。

 

「ここなら…。カケモン、行こう!」

「う、うん!」

「セットアップ、オメガモン!」

 

やや緊張気味のカケモンと目を合わせタツヤは《X EVOL.》を起動させる。そしてUG コードを読み取りカケモンへ光を浴びせた。

 

0と1の存在する空間でカケモンは兜を上へと投げ自らの体を強靭なものに変える。飛来した灰色の鎧とともに兜を装着すると飛び上がり純白のマントとウェポンΩを装着し口元のバイザーを閉じた。そして着地し正面をXに切り裂くと自らの名乗りをあげる。

 

 

「アップグレード! カケモン ver.オメガ!!」

 

 

カケモンver.オメガはウェポンΩの刃を展開してドリモゲモンの真正面を切り裂こうとする。一方のドリモゲモンは鼻先のドリルを回転させ刃をはじき返した。その打ち合いを数回繰り返した所で、ドリモゲモンは前脚のドリルを回転させ土をカケモン目掛けて飛ばす。反射的にカケモンは左肩のマントで土を防いだが、その一瞬、視界を制限されたカケモンにドリモゲモンはドリルを突き刺した。

 

「ぐああぁ!」

「頑張れ、カケモン!」

 

地面へと倒れるカケモンにタツヤは叫ぶ。カケモンは直ぐに体勢を整え再びドリモゲモンへと攻撃を再開した。このままじゃジリ貧だ、タツヤはどうすればいい、と自分に問いかける。すると背後から声が聞こえた。

 

「なんだよ、アレ…?」

「城太郎…!?」

 

目の前の事に集中しすぎて気付かなかったが、背後には城太郎が立って居た。逃げるように言ったのだが心配でついて着たのだろう。今戦ってるドリモゲモン、そしてカケモンを見てそう呟いた。城太郎は冷静になって考える。この前のプールの水竜ももしかして…関係しているのか。思わず城太郎はタツヤの肩を掴んだ。

 

「おい、タツヤ。アイツら一体なんなんだ?最近お前の様子が変わってたけど、もしかして…」

「城太郎…」

「危ない!」

 

カケモンが叫び声を上げタツヤ達を抱き抱え跳ぶ。タツヤは抱き抱えられながらも先程の場所を見ると、ドリモゲモンのドリルが地面を抉っていた光景を目にする。カケモンは二人を下ろしドリモゲモンの方に走り出した。が、ドリモゲモンの姿はどこにも無い。まさか逃げたのか、そう思ったカケモンは一歩踏み出す…それと同時に足元からドリモゲモンのドリルがカケモンを襲った。

逃げたのでは無く、ドリルを使って地中に潜ったのだろう。カケモンは穴に向かって砲撃を放つがそれに意味はない。今度は別に場所に移動しようと再び一歩踏み出すが、先程同様の結果となる。

 

「カケモン!クソ、アイツの動きを止めなきゃ…!」

「…タツヤ、アイツに隙が出来ればなんとかなるんだな?」

「え?そう、だけど……まさか!?」

「そのまさかだ!」

 

そう言った城太郎は走り出していた。彼には策があるのだろう、色々な部活の助っ人として駆り出された彼は意外と頭が切れるのだ。だがタツヤは彼を止めようと手を伸ばす。しかし、伸ばされた手は逆に城太郎に掴まれた。

 

「安心しろよ。俺は…」

 

それは立向居 城太郎が今の彼である為の原点。悪戯でしか自分を出せなかった不器用で自信の無い自分を変えた一言。

 

『それに、もしも迷いそうな時があったら、』

 

だからこそ、見ていて欲しい。

変わった自分を、これからの自分を。

こんな俺でも変われたんだと、だからお前だって変われるんだと、お前だって夢を見つけられるんだと、そう伝えたい。

一番の“親友”に向けて最高の笑顔で振り返る。

何故なら俺は…

 

 

『…一つに決めないで、色んな事ができる“エキスパート”になればいいんだよ』

 

 

「俺はチャンスを作る、エキスパートだっ!」

 

タツヤの手を離し城太郎は走り出す。見たところドリモゲモンはカケモンの足音を感知して攻撃しているようだ。そして厄介なのは鼻先のドリル。あれがある限りドリモゲモンは攻撃と潜るという行為をやめないのだろう。城太郎はそこまで理解すると一直線にある物を引っ張り出す。それは野球の練習で使われる防球ネット。城太郎は力の限り引っ張り出しカケモンのいるグランドにいくつもそれを倒した。こっちだ、と息切れながらもカケモンに呼びかけると彼は城太郎の意図を理解して跳躍し、ネットの上へと着地。そしてすぐさま全力で真上へと跳んだ。

 

「グルルルル!?」

「よっしゃあ!」

 

城太郎の読み通り、ドリモゲモンは地表へとドリルを出して攻撃してきた。だが先程とは違い、そこにはネットがある。一つだけなら問題ないが複数となると…鼻先のドリルに乱雑に巻き付き混乱する。それを確認すると城太郎はタツヤの方へ振り向く。気が抜けたような顔をしたタツヤはすぐさま気を引き締めると最近手にした力を使い出した。

 

 

「セットアップ、ジエスモン!」

 

 

ジエスモンのカードを読み取りカケモンへと光を放つ。するとカケモンは一瞬で元の姿に戻り再び変化を始めた。

細身の肉体に成長し変形した兜を装着。手足胴体へと鎧が装着されると飛び上がり腰に赤いマントを、後頭部に刃がついたコードを装着。飛来した短剣を手に取り着地、正面を交差するように切り裂く。

 

 

「アップグレード!カケモン ver.ジエス!!」

 

 

ver.ジエスとなったカケモンは身動きができないドリモゲモンを引っ張り出し乱暴に放り投げる。ドスン、と大きな音を上げた先にいるドリモゲモンはひっくり返り、再び自由を奪われた。

 

「さっきは世話になっちまったからな。今度はオレがやってやるよ!」

 

そう言って既に後頭部のパーツと短剣を合体させたランサーJを手にし、カケモンはver.オメガよりもさらに上へと飛び上がる。そしてドリモゲモンの真下へと落下しながらアト、ルネ、ポルを具現化させ構えを取った。

 

「武槍乱舞ゥ!!!」

「グルゥゥゥ!!」

 

瞬きの間に繰り出される無双の突きにドリモゲモンは断末魔を上げる。そしてカケモンが着地する頃には、ドリモゲモンは既に粒子となり消えて言った。

 

「へへ、やったぜ…ぶへらっ!!?」

 

振り返ったカケモンの胸にいつのまにか出てきたワレモンのドロップキックが決まる。

そして始まるいつもの流れ…それを横目で見ながらも、タツヤは目の前に来た城太郎に目を向けた。そして彼はゆっくりと腕を上げ、親指を立てタツヤに向かい真っ直ぐ突き出す。その事にタツヤは呆れを半分含ませながらも笑い、その手にポン、と手を添えたのだった。

 

 

その後、アサヒにも伝えた通りに城太郎にデジモンの事を伝えた。プールで見た水竜、もといシードラモンもデジモンだと教えられ驚いたがすぐに納得。こういうところは呑み込みが早いのである。

そして、

 

「お前何かと詰めが甘いからさ、こういう時人手いるだろ?女子の沢渡にばっかやらせるのもアレだしな。つーわけで俺もお前らの手伝いをするって事でよろしく!」

「…ダメって言ってもやるんだよね?」

「あったりまえだろ?なんたって俺は…」

 

いつもと変わらない顔で、いつもと変わらない笑顔で、城太郎はタツヤを見る。そしてタツヤは再確認した。彼は自分の“いつも”に欠かせない一人なんだと。

何がどうであれ、彼は初めての親友なのだと。

 

 

「なんでもやれるエキスパートだからな!」

 



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七話《父と母と道場と》

そこははっきり言ってこの世ではなかった。

タツヤの目の前には赤い髪が逆立った、体格のいいライオンと例えてもいい程の男が。

そしてその傍らには、顔を赤くさせて倒れているアサヒを膝に乗せる女性の姿があった。

まるで燃え盛る火の中にいるような錯覚を感じ、タツヤはシンプルに、実にシンプルにこう考える。

 

 

どうしてこうなった…?

 

 

土曜日、朝食を済ませて身支度を終えたタツヤはデジヴァイスにカケモンとワレモンを入れて自宅の玄関から出掛けようとしていた。今日は以前アサヒと約束していた日だ。タツヤは指定された時間より少し前に着くように家を出ようとすると、出た扉の先に祖父の源光が花壇に水やりをしているのを見かける。

 

「おじいちゃん、出かけて来るね」

「おお、行ってらっしゃい。今日はどこに行くのかな?」

「ちょっとね、沢渡さんに呼ばれてて」

「ああ、この前の娘さんの」

 

納得したように頷くと、夕飯までに帰るから、とタツヤは駅の方向へ歩いて行く。ちなみにだが、ハックモンは以前言っていた他のロイヤルナイツの捜索のため、家で近辺の地図と睨み合っていた。最近普通の子供のようになって来たタツヤを微笑ましく思う中、ふと源光は思い返す。

 

「はて、沢渡…。どこかで聞いたような…」

 

 

「沢渡さん、お待たせ」

「あ、浪川君!」

 

駅に着き辺りを歩いていると呼び出した本人である沢渡 アサヒが蛍光灯のすぐ下に立っている。そんな彼女は休日なので今日は私服だった。シンプルに白のワンピースを着て、熱中症防止の為に麦わら帽子を被る彼女の雰囲気によく似合っている。集合時間の十分前に来たはずだったが、今ここにいるという事はもっと前にいたのだろう。

 

「ごめんね、もしかして待たせちゃった?」

「い、いえっ!たまたま…そう、たまたま早く来ちゃって!」

『アサヒ、おはよー』

「あ、カケちゃん。おはようございます」

 

胸ポケットに入ってあるデジヴァイス越しに挨拶するカケモンにアサヒも挨拶する。そして少し遅れてようとワレモンも声を出したがアサヒは変わらず挨拶をした。

そしてアサヒの誘導するがままに歩き出す。意外だったのは、駅に来たのにもかかわらず電車に乗らないという事だった。

 

「それで今日はどこに?」

「あ、えっとですね。私のお家なんです」

「沢渡さんの?」

「はい」

 

浪川君のお家からだと駅に来た方が早いんです、と説明を加えるアサヒ。たしかに、今彼らの進んでいる方向はタツヤの家から少し遠い。そう思いながらも、タツヤは何故彼女の家に行くのか疑問に思った。

すると、アサヒは付け加えるように口を開く。

 

「私のお家、実は道場をやってるんです」

「道場?…あ、もしかして」

「はい、もしかしたらカケちゃんの役に立つかなって」

『ボクの?』

 

デジヴァイスの中で首を傾げるカケモン。それにしても、意外だった。普段のアサヒを見る限り、道場や武道と言ったものとは無縁の物だと思ったからだ。アサヒははい、と少し困り顔で話し出す。

 

「えっとですね、前にカケちゃんの戦ってる所を見てちょっと気になる事があって…」

「例えば?」

「最初の、剣を使っている時と槍を使ってる時はなんていうか、振り回されてる感じがしたんです。武器、と言うか…自分の力に」

 

そう言うアサヒに内心タツヤは驚いた。アサヒが見たカケモンの戦いはたったの2回だ。それなのに彼女はその2回の戦闘でそう言った。観察眼がいいのか、とタツヤが思考する中でワレモンは悪態をつく。

 

『ハンッ、そりゃこのバカデジモンのコイツがマヌケなだけだろ』

『ワレモン酷いよぅ』

「あ、別にカケちゃんのせいじゃないんです!ただ、そう思っただけで…」

「そっか、だから今日は道場に行ってカケモンに必要な技術を上げようと」

「はい。実際は見るだけなんですけど、参考になればいいなぁって」

 

そう言って笑うアサヒの前髪から覗く目に優しさが宿っているようだった。カケモンに出会ったのも偶然のようなもので、デジモン関係の事件で巻き込まれているのだって成り行きでだろうに。それなのに彼女はカケモンの為にこんなことまでしてくれる。そう思ったタツヤは感謝の言葉を送った。

 

「ありがとう、沢渡さん」

「いいいいいえ、そんな!浪川君とカケちゃんの役にたてばいいなって思っただけで、あ、でもお家に連れて行くのって挨拶って事に…!」

『アサヒー?大丈夫?具合悪いの?』

『ほっとけめんどくせぇ』

 

 

そして約十分後、タツヤ達は大きな門の前に立っていた。ここがアサヒの家なのだろうか…。看板には堂々と“沢渡流古武術道場”と書かれてある。それを見た後に門をくぐり、タツヤ達は本堂と呼ばれる場所へと進んだ。

築何年…いや、何十年だろうと思いながらも案内していたアサヒの足が止まる。アサヒは息を一度吐き、また思い切り吸い込むと、目の前にあった戸を開けた。

 

「お父さん、なみっ、た、タツヤ君を連れて来ました」

 

タツヤの名前を呼んだ事で少し気恥ずかしくなったアサヒ。その視線の先に、この道場の主が座っていた。

胡座をかき、鍛え抜かれた肉体は着ている胴着の上からでもわかる。彼がアサヒの父親なのだろう。実際、共通点が髪が赤いことくらいしか無いがきっとそうだ。そう思っていると男は立ち上がりゆっくりとタツヤ達の方へ近づいて行く。彼からは威厳と威圧が感じられ自然と背筋が伸びる。

そして彼は…吠えた。

 

 

「貴様かァァァァァァァァ!!貴様が娘を誑かした男かァァァァァァァァ!!!」

 

 

その一瞬でアサヒの父親の髪は逆立った。そして叫びによる振動が辺り伝わる。一瞬の事にタツヤは呆然としていた。

 

「は、えっ、ちょ…」

「お、お父さん!やめてください!」

「あの、僕何かしましたか?沢渡さんのお父さん」

「誰がお義父さんだァァァァァァァァ!!」

「言ってないです聞いてください」

 

アサヒが自分の父親を落ち着かせようとするが上手くいっていないようだ。もう一つ言えばタツヤが彼を呼んだ事で悪化してしまっている。ああ、なんかライオンみたいだなぁとかナレーション上手そうだなぁとかでも早死にしそうだなぁとか、身も蓋も無い事を考えて現実逃避しかかった所で、物陰から一つの影がやってきた。

 

「もう落ち着いてくださいアナタ」

「グッフォ!?」

 

物陰から出てきたのは黒髪の女性。着物を着こなし、まさに大和撫子という言葉が似合う美人が、目の前でアサヒの父親の鳩尾を肘で打ち抜いた。どんな達人でも鍛えきれない、防御できない部分もあるのだ。現に、アサヒの父親はその場で蹲っていた。そんな事は気にせず、女性はニッコリとタツヤに話しかける。

 

「はじめまして、私はこの娘の母親で夜空です。よろしくね」

「あ、はい。浪川 タツヤです」

 

彼女…夜空はニコニコと微笑んでいる。この人は話が通じそうだ。そうしてホッとしたタツヤだったが、夜空はその目を細めると、一度アサヒを見てとんでも無いことを言い出す。

 

「…お義母さんでもいいのよ?」

「え?」

「お母さん!?」

「夜空!?」

 

ガバッと蹲っていた筈のアサヒの父親が頭を上げる。依然とその気迫は衰えておらず、寧ろ上がっているようにも見えた。そして立ち上がり、彼は仁王立ちしその心の叫びを露わにする。

 

「認めん、お父さんは認めんぞ!だいたいアサヒはまだ中学生だ!彼氏なんて早い!」

「か、彼氏…!?」

「最近の子は進んでるんですよ。それにタツヤ君、いい子だと思うけど…」

「それとこれとは別だろう!それに…タツヤ君とやら。君はウチの娘とどんな関係なんだ?どう思ってるんだ?」

 

聞かれたタツヤは答えるのに困っていた。友達、というにしては少し違ってくるのかもしれない。カケモン達デジモンと交流を持ち、今日のように協力してくれている。だとすればただ単に友達と答えるのは不適切だ。クラスメイト、同級生、それも違う。親友…は一人喧しいのがいるのでやめておこう。そして悩み過ぎると相手の逆鱗に触れる可能性がある。シンプルに、そしてわかりやすく答えよう。そう思ったタツヤの答えは、

 

 

「特別な人です」

 

 

間違ってはいなかった。

しかし正解でも無かった。

 

そして、冒頭へと至る。

 

 

一方デジヴァイスの中にいるカケモンとワレモンは互いに身を寄せ合って震えていた。アサヒの父親が叫び出した瞬間からデジヴァイス越しに見ていたのだがそれでも怖い。カケモンなんて過去最高に涙腺が崩壊していた。

 

『わ、ワレモォォォォン…!?』

『ば、バカヤロウ!怖くなんか、ねぇんだぞ!?』

 

強がるワレモンだが足が怯えたクワガーモン並に震えている。なんだかんだ言って彼も恐怖心はあったのだ。そして二人は思う、早くこの光景を終わらせてくれと。そうじゃ無いともう色々と限界が近い。

 

 

そして、彼らの想いが届いたのか…救世主は現れた。

 

 

タツヤの後ろにある戸が開かれる。ガラガラ、と音を立て開いた先にいたのは…。

 

「いやぁ、暫く振りに来て見るが…そんなに変わってないのぉ」

「お、おじいちゃん!どうしてここに?」

 

なんと、タツヤの祖父の源光だった。源光は普段と変わらずに中に入り懐かしそうに周りを見る。その様子からここに来たことがあるようだ。すると当然、先程まで激昂していたアサヒの父親がワナワナと震え出す。逆立っていた髪は降り、大きく目を見開いて源光を見ていた。

 

「あ、あなたはまさか…」

 

そう呟き約三秒、彼は源光に向かって走り出す。一瞬、源光に襲い掛かるのではと危惧したタツヤだったが、アサヒの父は意外な行動を取る。飛び上がり空中で膝を折りたたみそのまま床へと落下。そのまま滑り源光の足元に到着。

つまり平たく言えば、スライディング土下座だった。

 

「浪川 源光名誉師範代ぃぃぃぃ!」

「そんな長ったらしいのはよしとくれ。長いじゃろ…」

 

やれやれと源光はしゃがんでアサヒの父を立たせようとする。しかし彼は姿勢をそのままに動こうとはしない。それを見ていたタツヤだったが、空いた口が塞がらない、と言った表情だった。

 

「いいえ、アナタには敬意を称さなければなりません。忘れもしない、あれはまだ先代が存命だった頃…」

「あ、回想入るんですね…」

「あとアナタ、お義父様は今もご存命ですよ」

 

娘と妻に言われながらも彼は思い出す。

そう、あれはまだ自分が娘とそう変わりない時…

 

 

 

私がまだ娘と同じ年頃、私は当時の師範である父と多くの門下生と共に日々修行中でした。いつか沢渡流が武を極める為に、一人一人が切磋琢磨していたあの頃…アナタはこの道場にやって来ました。

先代と私達門下生は道場破りが来たと慌てて、アナタに全員で挑みました。…今では何故あの時ああしてしまったのか、わからないのです。ただ、何故かこうした方がいいと体が動いてしまった、恥ずべき事です。しかしアナタは我々の拳を軽々と避け、瞬く間に我ら沢渡流の師範、門下生の全てを倒した。

先代はアナタに、沢渡流の看板を差し出したのですが…

 

 

“あ、いや、そういうのいいんで。ちょっと道場に来て見たかっただけだし”

 

 

と言って看板を持ち帰らず去ってしまわれた。父はその事が許せなかったのか、一から修行をし直し半年かけてアナタを見つけ看板を渡そうとしましたが返り討ち。とうとう先代はアナタに名誉師範代という役割を押し付ける形で納得したのです。

 

「故に、私含めこの道場の者はアナタの事を名誉師範代と、そう呼び讃えるのです」

「おじいちゃん、何やってるの…」

「ホッホ、その時アクション映画にはまっとっての。武道とかやりたくなったんじゃよ」

「やりたくなったってレベル!?」

「ほらあれじゃて、若気の至り?まぁ趣味じゃよ、趣味」

「趣味で済まさないでよ!」

 

趣味で道場破りしたのかこのジジイとデジヴァイスの中にいるワレモンは口に出さずに思う。もう何者なのかさえわからないが、得体の知れないなにかだと思っている自分がいる。

そう認識すると隣でカケモンが感心したように呟いていた。ちなみに涙腺は既に治っている。

 

『おジイちゃんすごいねぇ』

『いや、何者だよジイさん』

『さすがは源光殿だな』

『さすがで済ましていいのかよ!?…ってお前いつのまに!?』

 

デジヴァイスの中にいつのまにかハックモンがいた。腕を組み感心しているハックモンは息抜きをする為に源光について来た、と後に語る。だとしても見つからなかったのは半年の間、現実世界で暮らしていた実力だろう。

 

 

タツヤと源光、そして源光に感心するアサヒを横目に夜空は夫を連れ少し離れた場所で会話していた。

 

「丁度いいじゃないのアナタ」

「何がだ?」

「アナタの尊敬する方のお孫さんがアサヒとお付き合いしてもですよ」

「なっ、ん、それは…そうなんだが、ぬぅ…」

 

実際、彼は源光に尊敬の念を抱いているが、娘の事になると難しい。この道場の師範である自分としては嬉しいのだが、一人の父親となるとそうはいかない。だってポッと出の男を急に「彼氏です」なんて言ったら、彼は動物園にいるなんの罪もない猛獣を叩きのめすまで怒り狂うだろう。実際そうなるかはわからないがそれくらい怒り狂いそうな感じがした。

 

 

昼を過ぎたのでタツヤ達は沢渡家の昼食をご馳走になり、道場で当初の目的である武道の見学をしていた。目の前で行われているのは門下生による技の反復、一つの技を何度も繰り返す事で練度を上げているのだ。それをおおよそ三十人でやる光景は壮観だった。

 

「凄いね、ここの人達全員門下生なんだ」

「はい。お父さんの代で十二代目ですから、凄く古い歴史のある道場なんです」

 

この道場自体何回か新築してるんです、とアサヒは語る。まるで自分のことのように喜ぶアサヒはこの道場が好きだったのだ。自分は武道をしないが、それでも道場は自分の生まれた場所、帰る場所だ。その事にタツヤは微笑む。

 

「どうですか、カケちゃん?なにか参考になりましたか?」

『みんなカッコいいね!』

『チゲェだろ…』

『だが、彼らの中にはいい動きをする者が何人かいる。中々いい道場だ』

 

ハックモンが賞賛し、アサヒは照れながらも感謝の言葉を述べる。すると、彼女の視界に父と源光の稽古風景が入る。源光の動きを観察しながらも彼女の父親は苦戦しながらも付いていく姿は、娘として尊敬に値した。その後、二人の稽古は終わりこちらへとやって来る。

 

「タツヤ君、どうだね。君も一緒に稽古をしないか?」

「僕が、ですか?」

「君は名誉師範代のお孫さんだ。もしかしたら武道の才能があるかもしれない。どうだろうか」

 

そういう彼は先程の威圧的な雰囲気は無く、純粋にタツヤを気に掛けてくれる大人の表情をしていた。その事に好感を持ちながらも、タツヤは武道という未知の体験に興味を持ち、

そして冷めてしまった。

 

(ああ、またか)

 

何をするにしてもそうだ、祖父が趣味を一緒にやろうと言ってくれても、関心を向けてもこうなる。そんな自分に嫌気が差す。何かが欠けている自分を再認識する。タツヤは表面上笑顔を作りながらも頭を下げていた。

…その光景を見て複雑そうな顔をする祖父を見ないように。

 

 

夕方、タツヤ達は目的を終え帰る事にした。アサヒは門の前まで見送りに来ている。ちなみにだが、カケモンは途中で寝てしまってワレモンに叩かれるという事態も起こったのだがそれは別の話。

 

「じゃあ、僕達はこれで。今日はありがとう」

「いいえ、とんでもないですっ。またいつでも来てくださいね」

「うん。ありがとう。また学校で」

「はい」

 

タツヤと源光を見送った後、彼女は門を潜り中へと進む。今頃父が床で転がっているだろうから慰めに行く必要がある。しょうがないと思いながらもアサヒは笑いながらも道場へと向かった。

 

 

 

 

暗い、倉庫の中、天井の抜けた場所から星の光が“彼”の体を照らし出す。彼は色あせた蒼い傷だらけの体で天井を見上げていた。立つ事が出来ず、その場所に座り続けてどれくらい経っただろうか。

 

 

「このまま、では…」

 

 

彼は自らの限界を感じながらも希望は捨てない。傷を癒し、いつか元の世界へ帰るまで死ねない。

その思いを胸に、

 

蒼き騎士は眠りについた。



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八話《旧校舎のスーパーヒーロー?》

ハックモンは唸っていた。タツヤと行動をともにして一週間経過、しかしそれでも彼の同胞の痕跡さえ見つからない状態なのだ。自分と同じく退化して隠れているとしてもここまで見つからないのは明らかにおかしい。だとすれば最悪の場合…そう考えてしまう。

 

「どう?ハックモン?」

「ダメだ…見つからない」

 

学校から帰ってきたタツヤがリビングへ入って来る。ここ数日は逸れデジモンの襲撃は無いため、時間がある時に他のロイヤルナイツを探しているのだが、それは学業と両立するには難しいことだ。期待は出来なかったがタツヤもダメだった、と答える。そしてハックモンと同じ考えが浮かぶが、それをハックモンは否定した。

 

「考えられるのはいくつかあるが、少なくとも死んではいないだろう。ロイヤルナイツはそこまで軟弱では無い」

「やっぱり、地道に手分けして探すしか無いのかな?」

「今は…それしか無いな」

 

ハックモンはそう言ってキッチンへと向かう。夕食を作っている源光の手伝いをするのだろう、今出来ることは少ないのだ。そしてそれを見たタツヤは、どこか思いつめた顔をしていた。

 

翌日、タツヤは今日も散策するハックモンを見送り自分も学校へ登校する。既に衣替えの季節となり白いワイシャツに袖を通した彼は夏の暑さを感じながらもいつもの道を進む。

そして、あと少しで到着という所で背後から声をかけられた。既に何度か同じ経験をした彼にとってそれが誰だかわかっている。振り返ると、そこにいたのは自分と同じく夏服を着る才羽 ミキだった。

 

「浪川 タツヤ」

「あ、才羽さん。おはよう」

「…彼は?」

 

彼、と言われてタツヤは少し考えると思い当たる人物が一人思い浮かぶ。彼女と接点がある者は限られている上、尚且つタツヤに尋ねるのならば一人しかいない。タツヤはポケットからデジヴァイスを取り出し画面を向ける。

 

「カケモンの事?」

『ボクここだよ!』

「怪我は?」

『うん、もう大丈夫!もしかして心配してくれたの?』

「心配…?」

 

ミキは少し狼狽えたがいつもの調子に戻る。本人は自覚していないが、約一週間前のモスドラモンとの戦闘以来カケモンと話していなかったのだ。怪我を負ってタツヤの自宅に行く程気に掛けていた彼女にとって心にどこか引っかかっていたのだろう。カケモンの様子を見て少し表情が綻んでいた。それを見てタツヤは微笑むと、タツヤはミキに尋ねる。

 

「そうだ、才羽さん。最近何か変わった事とかある?」

「変わった事…」

 

ミキはその場で考え出す。もし最近変わった事があるのなら、それはもしかするとハックモンが探しているロイヤルナイツの可能性があるのかもしれない。もしくはそれに繋がる事もあると思ったのだ。すると、考えていたミキはタツヤに背を向け指を指す。そこは目的地の学校…ではなく、その先だった。

 

「…あそこ」

「あそこって…旧校舎?何かあるの?」

 

そう、指した先にあったのはタツヤの学校のすぐ先にある旧校舎だった。この地域では歴史がある学校の以前の校舎、タツヤが入学する五年前に今の新校舎が建てられ今は使われていない。そこは現在では取り壊しが行われており、夏休みが終わる頃には完全に撤去される予定だ。そこに何があるのか…タツヤは聞こうと思ったのだがミキは早々に学校へと進んで行く。

タツヤはそれを見てミキを引き留めた。

 

「才羽さん、今度僕の家に来ない?暇な時でいいからさ。おじいちゃんも才羽さんと話したいって言ってるし、カケモン達と遊んで欲しいんだ」

「………」

「ダメ、かな?」

 

ミキは振り返らずに立ち止まる。そして数秒、考えたのか彼女はそのままでいると再び歩き出した。一言、その返事を返して。

 

「……考えておく」

「わかった、ありがとう」

 

タツヤは礼を言うとミキを追い越し旧校舎へと向かう。彼女はそれを見送ると教室へと向かった。

道中、先ほどの自分の返答を自問自答しながら。

 

(何故私は断らなかったのだろう…)

 

あの時、自分が取った行動が何だったのかは今でもわからない。だが、タツヤの祖父に会う事も、カケモンと話す事も、自分にとっては無意味な事だ。

 

(意味なんて、無いのに…)

 

そう、意味なんてない。ある訳がない、自分がここにいるのだってそうしろと言われたからだ。それがなければ、彼らと会う事だって無かった。なのに…

 

(この違和感は一体…何…?)

 

ミキの胸は、いつもと違う感覚を覚えていた。

 

 

「旧校舎ァ?あのボロ屋敷になんかあるのか?」

「わからない。けど才羽さんが何かあるって言ってたんだ」

 

昼休み、城太郎に強制的に屋上に連れて来られたタツヤとアサヒは一緒に昼食を取っていた。そしてその会話の中でタツヤは今朝あった事を話す。彼はミキとの会話の後、旧校舎に向かったのだが取り壊しの作業中で中に入れなかったのだ。その中でアサヒは、ミキからそう言う話があったと言う部分に不安げに尋ねる。

 

「あの、それだけですか?」

「?何が?」

「察せよお前…」

 

ワレモンは頭を押さえながらも頭を振る。まるでこいつダメだとでも言いそうな表情とともにウィンナーを齧った。すると突然、城太郎は大声を上げて立ち上がる。

 

「あー!そうだ!!」

「うわぁ!?」

「…急に何?びっくりしたんだけど」

「思い出したんだよ!今朝作業員のおっちゃん達が言ってた話!」

 

驚いたカケモンとタツヤに向かって城太郎は話し出した。それは、タツヤが行った旧校舎とは別の場所、そこで話していた作業員達の会話だ。

 

「昨日の取り壊しの工事中、旧校舎から呻き声が聞こえたらしいんだよ。それで中を見て回ったんだけど、誰も居なくってさ。…それでも校舎中でずっと声が聞こえてたんだってよ〜」

 

最初はそうでも無かったが、後半に連れて城太郎は怪しい雰囲気を出しながら会話する。そして言い終わった後にタツヤから頭に手刀を落とされた。するとどうだろうか、アサヒとカケモンは本気にしたのか互いに抱き合って震えている。

 

「お、オバケ…」

「こ、こわいよぅ…!」

「バケモンでもいんのか?でもアイツらなら脅かすしもっと別の…」

「ロイヤルナイツ…」

 

ワレモンの考察の中で不意にタツヤが呟いた。そのような現象が起こるのは今のところデジモンが関係している時だけだろう。だとすればもしかすると、と希望を持った。

 

「もしかしたらハックモンが言ってたロイヤルナイツかもしれないよ」

「でもよ、それをなんであのネーちゃんが知ってたんだ?」

「わからないよ。でも可能性は0じゃ無い、早く探さないと」

 

ミキがそれを意図して言ったのかわからない。しかしタツヤはミキを信じたかった。彼女が何を考えているのか今でも分からない。でも彼女とあった中で見せたあの表情は信じるべきだ。そう思ったのだ。

 

 

「よし、行こうぜ!」

「これ見つかったら怒られるよね…」

 

星々が空に散らばっている時刻、昼休みにいたメンバーとハックモンは旧校舎前に来ていた。日中では作業員がいるので中には入れない、ならば夜にしか入る隙はない。そう言いだしたのは城太郎だったが、一理あるのでそれに賛同した。したのだが…これがバレればどうなるか少し心配だったのだ。

 

「ボロいなー、年季入ってるってこういう事言うのか?」

 

校舎の中に入った城太郎の第一声に少なからず同意するタツヤ。周りは取り壊しが進んでいるのか、所々壊れている場所が多い。元々老朽化も進んでおりあちらこちらに頭上注意と看板が置かれていた。そんな中、震えながら進む者が一人。

 

「オバケなんていない、いないんです…!」

「沢渡さん、大丈夫?手繋ぐ?」

「うぅ、はい…!」

 

アサヒはタツヤの差し出した手を両手で掴む。余程怖いのだろう、いつもなら赤面するアサヒだったが、今は逆に青くさせている。

旧校舎を探索する事数分、今のところ何かがいる、潜んでいると言う雰囲気が無かった。残る所は体育館…だが不思議な事に、そこに行こうと言う感じにはなれなかった。すると、ハックモンは急に止まる。

 

「!止まってくれ」

「どうしたの?何かあった?」

「ああ、これは結界だ。ロイヤルナイツの緊急用に使われる」

 

主に、重症を負った時の為に使われるもの、身動きができない時に外敵から身を守る為に使われる結界。その効果は主に人払いだ。故に先程の感覚はその効果とも言える。ハックモンは同じロイヤルナイツとしてその結界に侵入するコードを持っていた為、正面から結界を解除した。

そして体育館に進むタツヤ達、古びた扉の前に立つとタツヤと城太郎は力を込め扉を開ける。そこにいたのは…

 

 

「––––誰だ」

 

 

 

扉を開けた先、体育館の中の色は絵の具を零したように変色していた。恐らくこれは結界の影響なのだろう、タツヤはそう考え前を見る。

そこにいたのは蒼い竜人のようなデジモン。立ち上がれば三、四メートルほどの体の彼は今は腰掛けている。色褪せた蒼い鎧、光を失った胸のVの装飾、ボロボロの翼は弱々しくも今の彼を主張しているようだった。

 

「どうやって結界の中に入ったか知らないが、すぐに立ち去るがいい。ここは…」

「アルフォースブイドラモン、オレだ」

 

口を開き台詞を言い切る前にハックモンが前に出て語りかける。どこか興奮している様子から今まで見つからなかった同胞を目にし、高揚しているようだ。そして語り掛けられた本人はしばらくハックモンを見ると、その鋭い目を丸く変化させ口を開く。

 

「…え、ハックモン?てことは、君ジエスモン!?うっそなんで退化してるの!?」

 

先程の口調とはまるで違う、どこか親しみやすいような喋り方に変わった彼は前のめりに姿勢を変えながらハックモンを見つめた。同時にイタタと背中を抑える所を見ると随分と無理をしているようにも思える。そんな彼を見て興奮していたハックモンは落ち着きを取り戻した。

 

「はぁ…変わりないようで安心したぞ、二重の意味でだが」

「え?そう?あ…ん゛ん゛!そこの人間達は何者だ?貴殿の協力者なのか?」

「そんなところだ」

 

再び威厳のある口調に変えた彼はタツヤ達を見る。やはり人間が共に行動しているのが気になったのだろう。気がつくと周りの色が自分達の見慣れた色に戻っていた。恐らく結界を解いたのだろう。タツヤ達は自分達を見る視線に自然と背筋を伸ばした。

 

「自己紹介をしよう。我が名はありゅ、アルフォースブイドラモン。誉れ高きロイヤルナイツの一体にして最速の騎士だ」

「浪川 タツヤです(噛んだ…)」

「あ、沢渡 アサヒと申します(噛みました…)」

「俺、立向居 城太郎(噛んだな…)」

 

が、彼…アルフォースブイドラモンの間の抜けた台詞に緊張が解れる。台詞を噛んだ途端に若干早口になったところから本人も照れているのだろう、彼の顔は若干赤い。四人の中で微妙な空気が漂うが、ハックモンは空気を読み咳払いしアルフォースブイドラモンに話し掛けた。

 

「アルフォースブイドラモン、ここは公の場では無い。素でいい」

「…よかったぁ〜〜。ボク堅苦しいの苦手なんだよね…」

「威厳無ぇ」

 

自己紹介の辺りからデジヴァイスから出ていたワレモンが声を洩らす。その事にタツヤ達は狼狽えたが、当の本人はいいよいいよ、と軽く笑っていた。

 

「威厳って言われてもねー。世の為デジモンの為に修行して進化して結果的にロイヤルナイツになったのは良いけど、イメージってものがあるんだって他の同胞に言われちゃってね。プライベートな場所以外は口調変えるようにしてるんだよ」

 

そう言ってどこか遠い目をするアルフォースブイドラモン。彼としては自然体で居たいのだろうが、所属する組織がそれをよく思わなかったのだろう。最終防衛ラインが舐められては困ると言う意見と立場もありそうしているのだ。肩凝るんだよね、と笑いながら語った彼にタツヤ達は同情していた。

そんな中、ワレモンと同じタイミングで出ていたカケモンは目を輝かせていた。視線の先にいるのはアルフォースブイドラモン。彼に向ける感情は、憧れにも似たものだった。

 

「うわぁ…!」

「あ?どうしたカケモン」

「ワレモンワレモン!アルフォースブイドラモンさん、カッコいいねぇ!おジイちゃんが前に見せてくれたヒーローみたい!」

「ちょっと待て。何故彼にはさんをつけるんだ」

 

不満げにハックモンは口を開く。ロイヤルナイツである事を鼻にかけるつもりではないが、カケモンに出会ってからハックモンは呼び捨てで呼ばれていた。しかし目の前の同胞は憧れと尊敬を込めた目線を向けているのに少し納得がいかないようだ。そんな様子を見たアルフォースブイドラモンは苦笑いすると、再度ハックモンへ問い掛ける。

 

「それにしても、ジエスモン…今はハックモンか。よくこんな短時間でボクを見つけられたね。まだ一日しか経ってないのに」

「一日?何を言っている、オレは半年こちらの世界に居たんだぞ」

「え?…なるほど時差かな。あの時開いたゲートはボク達を別々の時間に飛ばしたんだと思う」

「なるほど、だから傷が癒えていないのか。ならば…」

 

ハックモンは振り返りタツヤへと視線を送る。より正確に言えばタツヤの手にあるデジヴァイスにだ。タツヤから聞いたデジヴァイスの機能の一つに可能性を見つける。

 

「彼の、タツヤの持つデジヴァイスの中に入るといい。デジヴァイスの中は自然治癒効果を促進する作用がある」

「あっ、そうか。そうすれば…」

「ボクとしてはありがたいけど…いいの?」

「もちろん。さ、入って」

 

タツヤは遠慮なくアルフォースブイドラモンに向けてデジヴァイスを向ける。それを見て一瞬戸惑うも彼は身を乗り出した。

…しかし、それと同時に体育館の天井の一部が崩れ始めた。急な出来事にアサヒと城太郎は混乱する。

 

「きゃあああ!?」

「なんだなんだ!?」

「あれは、デビドラモンか!」

 

ハックモンが穴が空いた天井を見上げる。そこには、闇夜に同化するような黒い体を持った竜がこちらを覗いていた。赤い四つの目、黒い翼、異様に長い手足を持つデジモン、デビドラモンだ。タツヤはデジヴァイスでそれを調べると落ちて来る木片を避けながらもアサヒと城太郎を安全な場所に連れ出そうとした。一方のアルフォースブイドラモンは無闇に結界を解除した事に歯噛みする。

 

「迂闊だったか…!」

「みんな下がって、僕達が戦う!」

「こ、怖いけど…頑張る!」

 

体育館の外に出てデジヴァイスを構えるタツヤ。カケモンもデビドラモンの風貌に震えながらも己の中の本能を刺激させた。

《X EVOL.》を起動させタツヤはジエスモンのカードを具現化させる。

 

 

「セットアップ、ジエスモン!」

 

 

コードを読み取りデジヴァイスから出た光がカケモンを覆う。カケモンは0と1で構築された空間で兜を上に投げ細身の体に成長。胴体と手足に鎧を頭部に変形した兜を見て腰に赤いマントを身につけ後頭部に刃付きのコードを装着すると飛び上がる。途中二本の短剣を手にし口元のバイザーを閉じると着地し短剣を交差するように切り裂いた。

 

 

「アップグレード! カケモン ver.ジエス!!」

 

 

カケモンは旧校舎の上を飛び上がり、天井へ着地すると体育館の上にいるデビドラモンに向かって走り出した。デビドラモンは既にこちらの存在は気づいており既に警戒態勢に入っている。カケモンは短剣を標的目掛けて振り下ろした。

 

「せりゃあ!…何!?ぐあああ!」

「ギシャアアアア!」

 

だが振り下ろした先にデビドラモンは居らず背後から赤い爪で背中を切り裂かれる。あの一瞬、デビドラモンは己の翼を使い飛翔し攻撃を避けていたのだ。カケモンは攻撃を受けた衝撃で体育館に開いた穴から下に落ちる。未だに動けずにいたアルフォースブイドラモンの目の前に落ち、土煙がカケモンを中心に舞った。タツヤは思わず再び体育館の中に入り叫ぶ。

 

「カケモン、大丈夫!?」

「なんとかな。ちくしょう、空飛ぶとか卑怯だろ…!」

 

肩を押さえながらも立ち上がり、短剣とコードを合体させたランサーJを手にすると落ちた穴に向かい飛び上がり再び外へ出る。相手が飛べる事もありリーチの差を埋めようとランサーJを使って攻撃するが躱され、逆に両手で掴まれてしまった。そのままカケモンは屋根に押し倒されてしまう。

 

「ぐっ!?くそ…!」

「ギギ…!」

 

拘束から逃れようとするがデビドラモンは鉤爪のついた尻尾をカケモン目掛けて突き刺し隙を作らせない。一回、また一回とカケモンの頭部に突き刺そうとするデビドラモンを見てタツヤ達は焦り出す。そんな中、ハックモンは一か八かの賭けに乗り出した。彼は足を引き摺って外に出てきたアルフォースブイドラモンの方を向く。

 

「アルフォースブイドラモン!何も言わずにこれを触ってくれ!」

「ちょ、どうしたのいきなり何…」

「いいから触れっ!」

「いっったい!?」

 

ハックモンはタツヤの持つデジヴァイスを強引に奪いアルフォースブイドラモンに投げつける。それは彼の頭部にガンッ、と鈍い音を立て当たり器用にもタツヤの手の中に戻った。その際、アルフォースブイドラモンは以前のハックモン同様何かが欠けたような感覚に陥る。そしてタツヤは戻ってきたデジヴァイスの画面を見て目を見開いた。

画面の中、《X EVOL.》の一覧に新しいアイコンが追加されていたのだ。

 

「これ、もしかして前のと同じ…」

「使え、タツヤ!この状況を逆転できるかもしれない!」

 

ハックモンの言葉に無言で頷くタツヤ。そして新しいアイコンに触れ新たなカードを具現化させる。描かれていたのは色褪せていない蒼い体を持った、本来の姿で剣を構えるアルフォースブイドラモンだった。タツヤはカードを手にし裏返し、デジヴァイスにUGコードを読み取らせる。

 

 

「セットアップ、アルフォースブイドラモン!」

 

 

デジヴァイスを苦戦しているカケモンに向け光を放つ。光はカケモンに当たりその衝撃でデビドラモンはカケモンから弾かれた。

 

元の姿に戻ったカケモンは0と1の空間で兜を上へ投げる。するとカケモンは体をver.オメガより一回り大きく成長させるとツノ部分がVのように変形した兜をかぶる。そして後ろのアルフォースブイドラモンの幻影から鎧とあるものが飛び出す。それはVを象ったベルト…バックラーUが腰に装着されるとそれに呼応し鎧が装着される。四肢と胴体に蒼を主体とした鎧は全身を覆い、首に二つに分かれた白いマフラーを身に纏った。口のバイザーを閉じ腕を交差するように振り降ろすと新たなる名を名乗る。

 

 

「アップグレード! カケモン ver.アルフォース!!」

 

 

新しい姿へと変化したカケモンにタツヤとアサヒ、城太郎は驚く。しかし、それと同時に背後の校舎がタツヤ達に向かって崩れ落ちてきた。今までの戦闘に耐えられなかったのだろう。タツヤ達は突然の事に体を硬直させるが、その前にカケモンが今までの中で一番のスピードでタツヤ達を抱え救い出した。

 

「やぁ、みんな。大丈夫かい?」

「か、カケモン…やっぱり…」

 

口調が変わった事にタツヤは納得した。今までの戦闘の中でカケモンは変化する度にその性格が変わっているのだ。カケモンはタツヤ達を下ろすとデビドラモンのいる方向へ振り返る。そして、自身を込めて自らを指差した。

 

「タツヤ、それにみんなも離れてて!ここはボクに任せて。大丈夫…だってボクは、ヒーローだからさ!」

 

と言ってカケモンは再び高速で移動するとデビドラモンに目掛けてアッパーを食らわせた。浮き上がった体に追い打ちをかけるようにカケモンは連続で拳を叩きつける。最後の一発を胴体にぶつけるとデビドラモンは旧校舎の壁に叩きつけられた。デビドラモンはすぐさま上へと飛翔し形勢を整えようとしたが、先程までの場所にカケモンは既に居ない。一体どこへ、そう思ったデビドラモンに黒い影が指す。

 

「飛べるのが君だけだと思ってない?」

「ギッ!?」

 

急いで振り向くとそこにはカケモンがいた。反射的に攻撃しようとするが、その前にカケモンに蹴りを入れられる。反撃に乗り出そうとするデビドラモンではあったが、カケモンはマフラーによって空中を滑空し攻撃を全て避けきった。完全に冷静さを失ったデビドラモンにカケモンはかかと落としを頭部に落としデビドラモンを地面へと落下させる。

カケモンはデビドラモンを追うように地面へと足を付けると、最後の一撃を放とうとした。

 

「さぁ、とどめだよ。フラッシュインパルス…V!!!」

 

バックラーUから出てきたVの形をしたエネルギーが正面に現れ、カケモンは腰を落とし右拳を突き出す。エネルギーはデビドラモンに向かって行き、そのまま体を拘束。それを見届けるとカケモンは後ろを向き腕を組んだ。

そして…拘束したエネルギーは爆発し、跡形もなくデビドラモンを消しとばした。

 

「正義は勝つっ!あいたぁ!?」

「気持ち悪りぃんだよ!」

 

ヒーローのやるようなポーズを取ったカケモン…そんな彼の足にワレモンが蹴りを入れる。元の姿に戻ったカケモンにワレモンは最近覚えた関節技を掛けた。やめていたい、という叫びをあげるカケモンを見て、アサヒと城太郎は地面にへたり込んだ。

 

「す、すごかったですぅ…」

「めっちゃ早かったな…」

「…それよりさ。これ、どうしよう」

 

タツヤの言葉に上を向く二人。そしてタツヤの視線の先を同じく追う。そこは、全壊した旧校舎。明らかに何かありましたというこの光景に顔を青くすると全員で学校を逃げ出すように出て行った。

 

翌日、この光景を見た作業員達は、呆気に取られる者と祟りだと騒ぎ出す者とで別れる結果に。それを見た登校中のタツヤ達はなるべく見ないように教室へ歩き出した。



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九話《ワレモン 家出する》

夏の暑さが肌に馴染み始めた頃、デジヴァイスを片手にタツヤは自室の椅子へ背中を預けていた。今日の学校は休み、と言うのも近頃のデジモン騒ぎが頻繁に起こっている事でタツヤの住む地域の学校は全て休みになったのだ。そんなタツヤは急に出来た休みを満喫する訳でもなく、デジヴァイスの画面を気にして覗いていた。

 

「お友達の様子はどうだい?」

「うん。10日ぐらいすれば治るって、ハックモンが」

 

祖父の源光が部屋の中に入ってくる。風通しを良くする為にドアを開けていたので直ぐに入ってこれたのだ。そしてタツヤの持つデジヴァイスを見る。そこにはつい先日出会ったアルフォースブイドラモンが眠りについていた。ハックモン曰く休眠状態に入っているらしく、不詳の具合と究極体のデータ量の多さから約10日の時間が必要らしい。

そうかい、と源光が頷く中、タツヤは顔を少し曇らせていた。

 

「…ごめん、おじいちゃん。最近危ない事やってばっかりで」

「そうじゃのぉ。普通ならやめろと言うところなんだろうが、私は止めないよ」

「なんで?」

「事情がどうであれ、タツヤがやりたい事をやっている事が嬉しいからじゃよ」

 

源光はそう言ってニカッ、と笑顔を見せる。まるで、昔のように…と言いかけるが源光はその言葉を呑み込む。まだそこまでには行っていないが、タツヤはカケモン達と出会ってから笑うようになった。それだけで満足だ。それに言ったとしてもタツヤは止めないのだろう。

 

「そう、なのかな?」

「怪我はいかんし、命のやり取りなんてもってのほかじゃが、タツヤなら大丈夫。なにせ、私の孫で……あの二人の子だからの」

 

そう言うとタツヤの顔に陰りができる。そこには不安と少しの怖れが表に出ていた。源光はそんなタツヤの頭を撫でる。そこには、孫の心配をするただの老人の姿だけがあった。

根拠は無い、むしろダメだったのかもしれない。だがタツヤにもしも欠けてしまったモノがあるとすれば、それを元に戻す方法があるとすれば、この言い方が最適なのかもしれなかった。例えそれが、タツヤを苦しめるとしても…

そうしていると、リビングの方から叫び声が聞こえてきた。

 

「うわぁぁぁぁん!?」

「テメェ待ちやがれぇぇえ!!」

 

声の主はカケモンとワレモンのいつもの二人だ。それに気付くとタツヤは早足で声の元へ移動した。タツヤの家ではこう言うことが多いので割と冷静に対処出来る。そして付くと、カケモンがタツヤの足にしがみ付いて隠れ出した。

 

「カケモン、ワレモンもどうしたの?」

「うぅ、あのね、ワレモンのね、おせんべいをね、おいしくしようと…」

「馬鹿野郎!だからってハチミツとチョコぶっかけるバカがどこにいるんだよ!」

「だっておせんべい甘くないもん…」

「そう言う食い物だろうがぁぁぁぁ!」

「ごめんなさぃぃぃぃい!?」

 

カケモンの善意がワレモンを怒らせる、そんな事は良くある事だった。またこう言う展開か、とタツヤは事態が収縮するまで様子を見ようとしたのだが、ワレモンは肩で息をする興奮状態から急に冷静になる。そしてそのまま玄関に歩き出す。

 

「あー…もう我慢ならねぇ。おい、タツヤ。オレはここを出てくぜ」

「え、ちょ、出て行くってなんで…」

「そこのバカの子守はウンザリなんだよ。そもそも仲間でもなんでも無いのに、面倒見切れるかっての」

「わ、ワレモ…」

「それに、お前にはもう…」

 

一瞬、ワレモンはカケモンを一瞥すると、再び前を向いた。そして扉を開く。なぜか彼の背中からは、寂しさが漂っているような、そんな気がした。

 

 

「オレがいる必要、ねぇだろ」

 

 

独り言のようにボソリと呟くとワレモンは扉を閉めた。数秒の静寂が続き…カケモンは正気に戻り玄関へ走る。先程と同じく扉を開けたが、既にそこにはワレモンは居ない。庭にある家庭菜園の場所にも、屋根の上にも、この家にはどこにも居なかった。

 

「ワレモン!」

「行っちゃった…」

 

タツヤは遅れながらも外に出る。本当に出るとは思わなかったのだが、今となっては血の気が引き始めた。もしワレモンが他の誰かに見つかったら…それにまたデジモンが現れたらと思うとそう言う気にもなる。カケモンは少々狼狽えながらもワレモンを探しに行こうとした。

 

「追いかけなきゃ…!」

「待ってカケモン、これ被って行って」

「うん!」

 

そう言ってタツヤが渡したのはダンボールだった。気休めだがバレにくくする為だ。それに手分けして探した方がいい。カケモンはダンボールを被るとゴソゴソと前へ進み出した。一方のタツヤも考える。仮にワレモンが家に帰ってきた時に誰かが居ないと問題になるだろう。家には源光がいた方がいい、だとすると残るは…

 

 

ハックモンは風呂を洗っていた。最近腰の痛みを気にし出す源光の代わりにやっている事なので最近慣れてきている。風呂を洗うロイヤルナイツというシュールな光景だが、掃除している本人は別のことを考えていた。

それはつい先日、アルフォースブイドラモンと再会した時の事だ。

 

(あの時、アルフォースブイドラモンは確かに結界を張り、そして解除した。だが早すぎる…あのデビドラモンが我々を見つけたのが異様にも早い)

 

そう、アルフォースブイドラモンの張った結界には人払いの効果があった。結界を解除したとしても、完全体ならまだしも成熟期のデビドラモンがあんなに早く見つけられるだろうか?それと同時にあの場には力を奪われていたとはいえ究極体がいた。普通に考えれば二つ上の世代のデジモンがいる場所で暴れるなど無謀にも程がある。

 

(それにだ、ここ数ヶ月のデジモンの出現率が多すぎる。いくらなんでも異常だ。それと…あの時のムシャモンは誰かにオレの…いや、オレ達の情報を聞いていた節がある)

 

あの時確かにムシャモンは強者がいると言っていた。その情報の強者が今まで半年もの間痕跡を消しながら行動していたハックモンである可能性は低い。だが、もう一方はどうだ?カケモンとワレモン…より正確にいえばカケモンの事であるのなら…

 

(最近のデジモンの出現率はカケモンが現実世界に来た時期から異様に高まった。…それにムシャモンに情報を流した者とデビドラモンを意図的にオレ達を襲わせた者がいると仮定すれば…)

 

それは同一人物である可能性が高い。それも、デジモンを呼び出し意図的に操れるような…。その結論にたどり着くと、ハックモンは手にしたスポンジを握りしめる。そんな事が可能な者がいるとすれば、もしかしたらロイヤルナイツを壊滅させた存在に関係しているかもしれない。そう言う考えが頭を支配し始めた…そんな時、風呂の扉が開かれる。

現れたのは、少し冷静さを欠かしたタツヤだった。

 

「ハックモン!ごめん、ワレモンを探すの手伝って!」

「…一体何があった」

 

 

ワレモンは堂々と道の真ん中を歩いていた。いつもなら自分が他の人間に見つかると言う事が危険だとわかっているはずなのだが今は違う。頭の中を埋め尽くしているのは先程のカケモンとの出来事、そして…それとはまた別の感情だった。

 

「ったくよぉ…なんであんなヤツにイライラしなきゃいけねぇんだよ…!」

「グルル…バウバウッ!」

「うるせぇっっ!!!」

「キャイ〜ン…」

 

鉄格子の向こうにいる大型犬を黙らせるワレモン。尻尾を丸めている所から見ると、相当な威嚇に思えたのだろう。一歩、また一歩大股で歩くワレモン…その前に、見たことのある背中を目にした。

 

「あ?お前…」

「貴方は…」

 

そこにいたのは才羽 ミキ。大きな手提げ袋の中にはいくつもの厚い本が詰め込まれている所から見ると、彼女は本屋帰りのようだ。一方のミキも今のワレモンの状況を分析する。周りにタツヤとカケモンが居ない所を見ると何かトラブルがあったと推測した。互いに顔を合わせて数十秒、会話が無く硬直してしまう。困った事に…実を言うと両者ともまともに話した事が無かったのだ。そうしていると、ワレモンが声をかける。

 

「よ、よぉ。元気してたかよ」

「大丈夫」

「その本、また買ってきたのか?相変わらずだな」

「うん」

「………」

「………」

 

会話が続かない。ワレモンは言い出したのは自分だが気まずさを感じてこの場を去ろうとする。じゃあな、と手を挙げて早足でミキの前を通り過ぎようとした時、無言だった彼女から声を掛けられた。

 

「待って」

「あん?どうしたんだよ?オレは今忙しいんだよ」

「貴方に…聞きたい事がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

カケモンはひたすら走っていた。ダンボールの底を持ち上げ広げた穴で周りを見渡しながら、ずっと。夏の暑さに加えダンボールの中というサウナ状態に体力を奪われてもなお、カケモンはワレモンを探していた。だがとうとう体力が尽きようという時に、カケモンは小石につまづいてしまう。

 

「ハァ…!ハァ…!あうっ!」

 

ダンボールの中にいながら探していた為見えなかったのだろう。カケモンは盛大に転びダンボールを手から離してしまう。膝を擦りむきその場で数秒停止、そしてうつ伏せになりながらもワレモンの名前を呼んだ。

 

「うぅ…ワレモォン…どこぉ…?」

「何を、しているの?」

 

目の前から声を掛けられた。一瞬知らない人間に見つかったと思い恐る恐る頭を上げる。だがそこには見知った顔、ミキの顔があった。カケモンは彼女の存在に気づくと、顔に付いた砂と涙を振り払い、ミキに詰め寄る。

 

「あ、ミキ!えっとね、ワレモン探してるの!見なかった!?」

「…彼ならさっき会った」

「ホント!?どっち!?」

「向こう」

「わかった、ありがと!」

 

カケモンは早口で礼を言うとダンボールを再び被り走っていく。体力が尽きかけた彼はどこに行ったのか、もうカケモンの背中は遠くへと消えていった。ミキはそれを見送ると再び歩き出す。

彼女は数分前のワレモンとの会話を何度も繰り返し思い出していた。

 

 

 

「貴方は何故カケモンと行動しているの?」

「あ?なんでって…」

「カケモンはデジモンの中でも弱い部類に入る。それなのに貴方は彼と行動を共にしていた。そこにメリットがあるとは思えない」

「…何が言いてぇんだ」

 

ミキの言葉にワレモンは眉間に皺を寄せる。彼女の言っている事はもっともだった。本来群れると言う事をしないワレモンにとってカケモンと言う存在は必要ないのだろう。むしろ邪魔だと言える。しかし、ワレモンは彼女に指摘されイラついていた。理由は分からない、ただ怒りが沸々と湧いてくる感覚はあったのだ。それを知ってか知らずか、ミキは口を開く。

 

「彼は強い。強くなれる。貴方に守られなくても浪川 タツヤがいれば戦える」

「…!」

「分かっている筈。貴方は彼と行動する意味は…」

「うるせぇ!そんな事ぁ分かってんだよ!」

「じゃあ、何故?」

 

思わず声を荒げた事にワレモンは内心驚いたものの、その答えは出せなかった。何度も口を開いては閉じる動作を繰り返し、とうとうワレモンはそっぽを向く。そしてボソボソと、なんとか聞ける声で呟いた。

 

「…んな事、こっちが聞きてぇよ」

 

 

ワレモンは現在町の中にある噴水がある広場に来ていた。そこにある木の枝に腰掛け、広場にいる親子や夫婦、サラリーマンなどをボー、と眺める。

 

(なんで…答えられなかったんだ…)

 

ミキとの会話で、ワレモンは訳の分からないモヤモヤに頭を支配されていた。何故答えが見つからなかったのか、言えなかったのか、今でもわからない。自問自答を繰り返す、それでもまだワレモンは見つけられ無さそうだ。

すると、広場から次々と悲鳴が聞こえてきた。それに気付くとワレモンはその悲鳴の聞こえた場所に目を凝らす。

…そこには巨大な蜘蛛がいた。背には髑髏のマーク、頭部から生えている髪を振り回しながら口から糸を吐き周囲に撒き散らすその蜘蛛を見てワレモンは目を見開く。

 

「まさか、ありゃドクグモンか!?」

 

ドクグモン…ワレモンの知識と経験からして凶暴なデジモンだ。糸で標的を捉え毒で仕留める…見つけたら直ぐに逃げだすと言うのが利口だった。ワレモンはドクグモンから距離があるため直ぐに立ち去ろうとする。しかし、その前に見てしまった。一人のサラリーマンが糸に絡まり、ドクグモンの餌食になり掛けているのを。

 

「…チッ!」

 

進行方向を変え走り出す。何故そうしたのかわからない、だがワレモンはドクグモン目掛けて走り出していた。ワレモンと言う種族の性質上こんな事はありえないが、気付いたら行動していたのだ。アイツらのが移っちまったか、と思いながらもワレモンは腕に紫のオーラを纏う。

 

「スプリットオーラァ!」

「ギギ!?」

「オラ、早く逃げろオッサン!」

「う、うわぁあああああ!?」

 

サラリーマンに絡んでいた糸の量を半減させ自力で抜け出せるようにするとワレモンは叫ぶ。一方のサラリーマンはワレモンが助けた事など気付かず一目散に逃げていった。それを確認し自分も逃げ出そうとするがドクグモンはワレモンに標的を変え近づいてくる。

 

「ギシャアアア…」

「まじかチクショウ!」

 

おそらく先程のサラリーマン…獲物を逃がされて怒っているのだろう。ワレモンは後ろを気にしながらも逃げ出した。後ろからいくつもの蜘蛛の糸がやってくるが全て避ける。ここまで来れば、そう思った途端片足がガクッと拘束された。横目で見ると、ドクグモンの糸が絡まっている。

 

「やっべっ…!」

 

最後になって油断してしまった。タツヤの家にいて鈍っちまったか、とワレモンは焦りながらスプリットオーラで糸を半減する。だがその一瞬前にドクグモンが走り出してきた。このままではやられる…そう思った瞬間、

 

「––––ワレモォォォォォォン!!」

「ぐっへ!?」

 

真横から唐突にタックルされた。いや、抱きつかれたといってもいいだろう。その衝撃でワレモンの足に絡まった糸は千切れゴロゴロと転がりドクグモンから遠ざかる。頭が揺れたため額を押さえながら起き上がると、そこにいたのはカケモンだった。

 

「や、やっと見つけた…」

「カケモン…?お前なんで…」

 

ここにいるんだ、と続けようとしたがその前にドクグモンの糸が再び襲う。カケモンはワレモンの手を引き、走り出した。

 

「に、逃げようワレモン!」

「おい!タツヤはどうした!?」

「今はボクしかいないよ!」

 

その言葉を聞き、ワレモンは焦る。この状況をどうにかするには逃げるか、タツヤとカケモンがアイツを倒すかの二択だった。しかし今の状況は逃げられず、しかもタツヤがいない事で戦えない。カケモンは今は無力なデジモンなのだ。それと同時にカケモンの手を振り払おうとする。

 

「おい、バカ…やめろ!オレを気にしてどうすんださっさと逃げろ!」

「い、嫌だ!」

「オレの言う事聞け!」

「嫌だ!」

 

ミキの言葉を借りればカケモンはただのお荷物、いるだけで自分に不利だ。なのにワレモンは逃げろと言った、囮にでも使えばいいのにそう言った。何故そう言ったのかわからない、その事にイラついたがそれ以上にカケモンはワレモンの手を絶対に離さない事にイラついたのだ。

 

「ボクはワレモンの子分じゃないよ!だからそんな事言われたって、ボクは聞かない!」

「この…!じゃあオレはなんだってんだ!オレはお前のなんなんだよ!」

 

戦えないくせに、知らない事ばかりのくせに、何故。頭に浮かぶのは謎、謎、謎、ワレモンは正直パンク寸前だった。

 

 

「友達だよ!ボクの最初の友達!だから助けたいんだ!」

 

 

真っ白になった。さっき考えた事も、ミキとの会話のモヤモヤも全部吹き飛んでしまった。カケモンは降りかかる糸を手に持ったダンボールを投げつける事で防ぐ。

そこには、いつも弱気な彼は居なかった。

 

「お前…」

「フィフスラッシュ!」

「ギシャア!?」

 

後ろから聞き慣れた声とドクグモンの叫びが聞こえる。二人は振り返り状況を確認しようとする…そこに居たのは、爪でドクグモンの胴体を切り裂くハックモンだった。

 

「お前達、無事か!?」

「「ハックモン!」」

「カケモン!それにワレモンもいた!」

「タツヤ!」

 

遅れてタツヤも広場へとやってきた。少し息切れしてるところから相当探したのだろう。それと同時に状況を確認、カケモンの方を見ると行くよ、と声を出す。それに答えるように、カケモンも頷いた。

 

 

「セットアップ、アルフォースブイドラモン!」

 

 

《X EVOL.》からアルフォースブイドラモンのカードを取り出しスキャン、光をカケモンへと放った。

カケモンは0と1の空間で兜を放り投げ強靭な体に成長、Vの形に変形した兜を被る。そしてバックラーUと体全体にVを模した鎧を装着するとマフラーを身にまとい口元のバイザーを閉じ手刀で正面を交差させながら切り裂いた。

 

 

「アップグレード! カケモン ver.アルフォース!!」

 

 

アップグレードしたカケモンはとうっ、と飛び上がると噴水の上に着地。そしてドクグモンに指差し怒りを含めながらも叫ぶ。

 

「罪の無い人々とワレモンを襲った罪、このボクが許さないぞ!」

 

そのままカケモンは瞬時にドクグモンの腹部に移動し拳を連打する。しかし一発一発の威力が低い…少し怯んだドクグモンは複数ある脚を使いカケモンを遠ざけた。回避するカケモン、再び攻撃しようとするが、その前に蜘蛛の糸を撒き散らし牽制してくる。カケモンなら全て避けられるがこのままではジリ貧だ。カケモンはバックラーUからオーラを引き出すと右腕に纏わせる。

 

「今こそ、新しい力を使う時っ!…アルフォース・アロー!」

 

オーラは形を変えV字に近い弓へと変形する。それはまるでアルフォースブイドラモンのアルフォースセイバーのように光輝いていた。そしてそれを見てハックモンは驚愕する。

 

「オーラが、形を持っただと!?」

「遠距離攻撃だってできる…だってボクはヒーローだからね!」

 

カケモンはそう言うとアルフォース・アローから光の矢を連射しドクグモンの糸を全て撃ち落とした。威力は低いが連射する事でその効果を発揮するのだ。矢はドクグモンの全身を満遍なく攻撃し疲弊させて行く。それを見たカケモンはアローを解除し、目の前に巨大なVのエネルギーを出現させる。

 

「ラストスパートだ!フラッシュインパルス…V!!!」

 

エネルギーを拳で撃ち出すとドクグモンを拘束する。カケモンはそれを見届けると、そのまま振り返った。それと同時にドクグモンは跡形もなく爆発し、粒子が空へと上っていく。それを見届けていたワレモン、その目の前にカケモンが近づき膝をついた。そして顔をワレモンに近付ける。

 

「ワレモン…」

「言っとくけどよ、礼は言わねぇぞ。お前が勝手に戦って、オレが勝手に助かっただけだからな」

「うん、そうだね」

「…それに、もうオレがいる必要ねぇだろ。お前は強くなったし、飯も寝床も話し相手もオレじゃなくてもいるんだしよ」

「うん、確かにボクはタツヤが居れば戦えるよ。ご飯だっておジイちゃんが作ってくれるし、友達だって増えたし」

「なら」

「でも、それでもボクはね」

 

カケモンは口元のバイザーを開く。そこにはヒーローとしての彼でも、戦士としての彼でもない。ワレモンの知る、出会った頃と何も変わらない…いつものカケモンがいた。

 

 

「ワレモンがいないとダメダメだから」

 

 

恥ずかしそうに笑うカケモン。それを見てワレモンは少し口を開けたまま固まり、そしてバンダナを深く被り俯くと、口の端を少し釣り上げる。

 

「…たく、しょうがねぇな」

 

そう言ってワレモンは大きく飛び上がり、カケモンの額に向かってスプリットオーラを纏ったデコピンをする。光がカケモンを包み、元の姿へと戻った。

そしてワレモンに近づき…

 

「ありがと、ワレモ…」

「調子乗ってんじゃねぇぞバカケモンが!お前がオレの煎餅にやった事忘れてねぇんだぞ!」

「いひゃい、いひゃいよぉ〜」

 

両頬を引っ張られる。いつもの如く暴行を加えるワレモン。だが今日の顔はいつもの怒り顔では無く、どこか意地悪な笑みを浮かべていた。

 

タツヤはその光景を見て、二人に近づく。同じくハックモンも足を進めるが、その前に視界の端に、あるものが映った。それは人、それもタツヤと同じ年頃の少女だ。風に揺れる髪は紫…その少女はじっとこちらを見ていた。

 

「まさか、彼女が…」

 

 

その少女の名は、才羽 ミキ。




タカトモンです
最近は投稿が遅くなり申し訳ございません
これからもよろしくお願いします


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十話 《悪夢 再び》

コンクリートジャングル…その名の通り、コンクリートで囲まれたこのジャングルに似た空間で人々は忙しなく歩いていた。出勤、通学、はたまた買い物か、それぞれの都合で移動する人の波…それを見る者がここに一人。決して波の中に身を投げず、壁に背を預ける彼は人混みをアリの群れの様に見る。そしてふと、彼の持つスマートフォン…否、デジヴァイスから着信音が鳴り響き彼は通話ボタンを押す。

 

「…何の用だ」

《カカッ、そう気を荒げるでない。お前さんにとってはいい知らせじゃ》

 

嗄れた声で電話の相手は彼に話しかける。どこかつかみ所のない様な相手にイラつきながらも彼は耳を傾けた。

 

《“D”からの報告での、例のデジモンが新たな力を手に入れたようじゃ》

「ヤツか」

『ほウ、ではまた行くとするカ』

 

今度はどこかイントネーションがおかしい声が聞こえる。彼の隣には誰もおらず、通話越しからの声とも違う。彼の持つデジヴァイスから直接聞こえてきたのだ。

 

《せいぜい気をつける事じゃな。傲慢が過ぎれば痛い目を見るぞ》

「ふん、バカな事を言う」

 

彼はパーカーに着いてあるフードを被り壁から背を話す。そしてポケットの中からあるものを取り出した。それはとあるデジモンの顎…赤く鋭利な顎の先端は粒子となって消えかかっている。彼はそれを興味無さげに道端に捨てると声の主に最後に一言声を掛けた。

 

「次に連絡する時はもっと歯応えのあるデジモンの情報を持ってくることだな…“G”」

 

そう言って彼…“A”は通話を終了しデジヴァイスをしまう。そのまま彼は人の波の中に消えていった。

 

 

 

「今日の授業はここまで。最後に配ったプリントの提出は夏休み明けに回収するからじっくり考えるように」

 

6時限目の授業、その終わり。ベルが鳴り教師が荷物を纏めるとそのまま退室していった。それと同時に騒がしくなる教室、これからホームルームがあると言うのに中には他のクラスに行く者もいる。

そんな中で浪川 タツヤはこっそりとデジヴァイスにいるワレモンと会話していた。ちなみにカケモンは昼寝中だ。

 

『ZZZZ…』

『人間ってメンドクセー事やるんだな』

「はは、まあね。学校だし。でも…どうしよ」

「何が?」

 

ワレモンに苦笑い気味で答えていると隣から声を掛けられた。もう最近では慣れて来たため驚かないタツヤは彼女…才羽 ミキに返答する。

 

「いや、さっきのプリントの事でね」

「提出は夏休み明けの筈。今考えるのは早い」

「そうなんだけど…」

 

そのプリントの内容が問題だ。その内容とは進路、もしくは自分の将来就きたい職業、夢など。少なくとも一つ書けばいいのだが今彼は中学ニ年生。具体的なものをいくつか書かないと後で職員室に呼ばれると言った始末にならなくもないのだ。タツヤは真面目な方なので全て埋めるつもりではいるが、こういったものは苦手としている。すると、再びタツヤに話しかける者が現れた。

 

「あの、浪川君。それに才羽さんもどうしたんですか?」

「ああ、沢渡さん。実はね…」

「おーい、タツヤァー!お前さっきのプリント何書いたー!?」

 

アサヒが声を掛けた数秒後に城太郎が教室に入ってくる。これからホームルームだと言うのに何をやってるんだかと呆れているタツヤだが、何気にこの場にデジモンを知るメンバーが揃った事にちょっとした驚きがあった。

 

 

ホームルームは無事に終わり、放課後。夏休みまであと一週間ほどだと言うのに生徒達はいつもと変わらず部活に会話といつも通り過ごしている。だがここで、いつもとは違う状況に戸惑うタツヤがいた。

 

「何この状況…」

「そいやぁ、まともに自己紹介してなかったな。俺は立向居 城太郎!この学校一のエキスパートだ!」

「わ、私は沢渡 アサヒです。同じクラスですけど、話す機会ありませんでしたよね…」

「才羽 ミキ」

 

机を合わせて自己紹介をする三人。そういえばこうやって全員集まるのは初めてだったと今更ながら気付いていた。デジヴァイスの中にいるワレモンもなんか豪華だな、と言っている。そうしていると、城太郎がついさっきまで聞きそびれていたことを再びタツヤに問い掛けた。

 

「それでよ、タツヤ。お前さっき配られたプリントなんて書いた?」

「いや、さっき配られたばかりでしょ。書いてるわけ無いよ」

「俺は書いたぞ、ほら」

 

そう言って出されたプリントに目を通すタツヤ。それに伴ってアサヒと、目線だけプリントに目を向けるミキも確認する。第一候補…そこには大きな文字でデカデカとエキスパートと書いてあった。いつも通りなのかバカなのか、タツヤは頭を押さえる。

 

「エキスパートって…。これ進路か将来の夢を書くものだよ。もっと具体的に書かないと」

「そうだっけか?あー、進路は考えてねぇや。スポーツ推薦があればその高校行くけど」

「スポーツ推薦、ですか?…立向居君は何部でしたっけ?」

「帰宅部」

「バカでしょ」

 

遠慮なく言うタツヤにそうか?と首を傾げる城太郎。気をとりなおして、タツヤは今度は隣にいるアサヒに話題を振った。

 

「沢渡さんは?やっぱり進学するの?」

「はい、私はこのまま近くにある高校に行こうと思います。家から遠いと、お父さんが心配するので…」

「ああ…そうだね」

 

思い出すのは獅子の如く激昂したアサヒの父…そしてそれを手刀で沈める母の夜空。予測可能な事態になるなと、内心思いながらも今度はミキに声をかける。

 

「それで才羽さんは?転校してきたばっかりだから、まだ考えて無い?」

「私、は…」

「だー!?お前ら進路進路ってウルセェよ、親か!?これ夢も書いていいんだろ!?じゃあ夢の話しようぜ、夢のある話をよ!?」

 

ミキが言い淀んでいると、城太郎が噴火した様に声を上げた。まだ教室にいる生徒はうるせぇと文句を言うがそれだけで落ち着く。たしかに城太郎の言うことももっともだ。このプリントには進路の他にも夢も書いていいと書いてある。ならば彼の言うことも正しい。

 

「そう言う城太郎は?何か夢があるの?」

「俺か?俺は親父がやってる何でも屋を継ぐ事が夢だな!つっても母ちゃんは高校までは行けーって言うからすぐにはできねぇんだけどな…」

 

実際には城太郎の実家は何でも屋ではなく、自転車屋だ。だが、彼の家は父と母、そして城太郎と弟と妹達の合計七人家族なので自営業で家計を支えるのは難しい。なので五年ほど前から自転車以外にも、壊れた機械の修理や探偵がやる様な浮気調査までやっているのだ。城太郎の父親が器用と言うレベルでは済まされないのは源光と同じなのだろう。

 

「大変なんですね…。でもちゃんと高校は行かないとダメですよ?」

「そういえば沢渡さんは道場を継ぐの?」

「あ、いえ。兄が継ぐことになってるんです。今は留学中なんですけど、戻ったらすぐに」

「ほー。んじゃあ、沢渡の夢ってなんだ?」

「えっと…せ、専業主婦、がいいなぁって…」

「「へー」」

 

揃って関心するタツヤと城太郎。だがしかし、専業主婦と言った時のアサヒの目線がチラチラとタツヤを見ていたことには誰も気付いていなかった。余談だが、彼女の兄…沢渡 太陽は大学生で父親にも負けず劣らずアサヒを大事に思っている。現在留学中だがもしも帰国し、タツヤとの関係がバレたとすると…どうしようもなく面倒な事になるだろう。

そうしていると、ふと城太郎が一向に自分の事を喋っていないタツヤに気付いた。

 

「あれ?さっきからタツヤ聞いてばっかで進路も夢も言って無いな」

「そういえば…。浪川は進路はどうするんですか?やっぱり進学ですか?」

「………」

 

アサヒは城太郎に同意するようにタツヤに疑問を投げかける。一方のミキも言葉に発していないが視線をタツヤの方に向けた。以前、彼に興味があると言っていた事もあり関心を向けている。そして聞かれたタツヤはと言うと、少し口元に手を当て考え…口を開いた。

 

「そうだね、やっぱり進学かな。そしてそのまま大学、就職…って感じで」

「はー?お前なんつードライな人生設計してんだよ!もっと夢持てって!」

「…持てたら、良かったんだけどね」

 

そう言ったタツヤは少し寂しそうに笑う。その行為に三人は口を閉ざす。今のタツヤはいつもと違い、なんとなく劣等感と自虐の様なものを感じた。

 

 

その後、四人はタツヤの家に行く事になった。ミキには以前きて欲しいと言ったし、アサヒも行きたそうにしている。城太郎に関しては小学生の時以来なので少し浮かれていた。道中他愛のない会話をして校門を出る…その直後、ゾクッ、と冷たい視線を感じ辺りを見回すタツヤ。そして見つけてしまった…自分とカケモンの中での最悪の思い出の相手が。

 

「お前…!」

「なんだ?タツヤの知り合いか?」

 

城太郎がタツヤと校門の壁にもたれ掛かっていた人物を交互に見る。アサヒも目を瞬きさせ首を傾げていたが…もう一人、ミキは顔を強張らせていた。それに気付く事なく、タツヤは目の前の黒ずくめの男に冷や汗を垂らしながらも叫ぶ。

 

「なんでここにいる…“A”!」

「…久しぶりだな」

 

 

 

校門にいた“A”は付いて来い、と一言告げるとすぐに歩き出していた。前に似た状況…タツヤは後ろの三人を帰そうとするがただならぬ様子に首を縦に振らず、結果的に付いていく事に。そしてその間、タツヤは目の前の男が以前戦ったもう一つのデジヴァイスを持つ男であり、カケモンを倒したデジモンと行動を共にする男だと説明していた。

 

移動する事十数分、タツヤ達は人気の少ない河川敷に来ていた。夕方という事もあり人通りがあまりなく、尚且つ建造物がない事で思い切り暴れる。その状況にホッと息を吐くと、”A“は振り返り、被っていたフードを取った。そして火傷に爛れた顔をほんの少し歪ませ口を開く。

 

「聞いたぞ、新しい力を手に入れたんだってな」

「…!どこでそれを」

「答える必要は無い。さぁ、始めようか」

 

この事を知るのは片手で数えられる人間だけだ。どこかで見ていたのか?そもそも聞いたと言うのは誰から…そう思考していたが”A“はタツヤを無視しデジヴァイスからドラゴンと蛾が合わさった様なデジモン…モスドラモンを呼び出す。それを見てタツヤもデジヴァイスの中からカケモン(ワレモンに叩き起こされた)を呼び出した。

 

「カケモン!」

「う、うん!」

「モスドラモン」

「あア」

 

タツヤと“A”は互いにデジヴァイスの《X EVOL.》を起動させカードを具現化させる。タツヤはアルフォースブイドラモンの、”A“は花魁の様な格好をした異形の右手を持つデジモン…リリスモンのカードを手にコードをスキャンした。

 

 

「セットアップ、アルフォースブイドラモン!」

「セットアップ、リリスモン」

 

 

互いのデジヴァイスから互いのパートナーへと光が放出され変化をもたらす。

カケモンは0と1の空間で兜を上へ投げ、強靭な体へと成長させる。変形した兜を被り腰にバックラーU、胴体と四肢にVを象った青い鎧を装着しマフラーを付け、飛び上がると口のバイザーを閉じ着地。そして正面を交差させる様に振り抜くと、高らかに名乗り上げた。

 

 

「アップグレード! カケモン ver.アルフォース!!」

 

 

一方、モスドラモンもカケモンと同じ空間で半透明になったリリスモンを吸い込むと、口から白い糸を放出。そして身に纏い繭の様になると巨大化、そのまま破裂すると以前見せなかった、新たなモスドラモンの姿が露わとなる。全体的に紫がかった鱗に黒い羽織を身に纏い、羽は以前の二つより巨大化していた。両手は金色の爪に変わり、頭部には同色の角が生える。そして禍々しい鱗粉を撒き散らし、色欲の悪魔は新たなる名を名乗った。

 

 

「アップグレード モスドラモン モデル・ラスト…!!」

 

 

アップグレードしたカケモンとモスドラモンは互いに牽制し合い動かない。以前なら萎縮していたカケモンも経験を積み精神的に成長している証拠だ。それを見ていたアサヒ達、それにデジヴァイスから出てきたワレモンは以前見た時と別の姿に驚いていた。

 

「野郎、まだあんなの隠してたのか!?」

「浪川君が言ってたデジモン…カケちゃんと同じ…!」

「…!」

「おいお前ら!ここから離れるぞ!」

 

アサヒとミキ、そしてワレモンに呼びかける城太郎。その場にいた戦えない者達は城太郎の言う通り二体から離れ出す。それは“A”も同じだった……モスドラモンは首を鳴らすと挑発するようにカケモンに手招きした。

 

「さテ、あれからどれほど強くなったかカ…試すとしよウ」

「今度の様には行かない…このボクがお前を倒してみせる!」

 

ポーズを決めてモスドラモンに指差すとカケモンは高速で走り出した。それにやや遅れて対応するモスドラモンだが、背中にある蛾の羽を羽ばたかせ空中へと浮遊。それを追いかける様にカケモンは飛び上がり蹴りを食らわす…そうしようとしたが、とっさに後ろへ下がった。するとどうだろうか…羽ばたいた瞬間に散った鱗粉が地面に触れるとその場が腐食し出す。一歩踏み込めば自分も餌食になっていただろう。

 

「地面が…!」

「このは鱗粉、そして爪のナザルクローは全てを腐り落とス。貴様の体に擦りさえすれバ、一瞬で終わるだろウ」

「擦りさえすれば、ねっ!」

 

そう言ってカケモンはバックラーUからエネルギーを腕に纏いアルフォース・アローを具現化させ飛ぶ。その事にバカメ、とモスドラモンはさらに鱗粉を撒き散らす。…しかし、その鱗粉は広がらず、逆に急速に上昇していく。どう言う事ダ、とモスドラモンは周りを見渡すと、カケモンが自分の周りを高速で回転し、竜巻を作っていた。それに乗って鱗粉は上昇していたのだ。

それに気づきモスドラモンは鱗粉を撒き散らさず、自らの手で攻撃しようとするがカケモンはアルフォース・アローで距離を開けながら攻撃を開始し接近を許さない。

 

「グッ!?この形態とは相性が悪いカ…」

「変えるぞ。セットアップ、リヴァイアモン」

 

多少のダメージを負ったモスドラモンに“A”は新たな光を射出する。

半透明のリヴァイアモンを吸い込み糸を吐き出し繭になるモスドラモン。そして巨大化した繭は四散し、中から赤い鱗に身体中に口を持った姿へと変貌したモスドラモンが出てくる。

 

 

「アップグレード、モスドラモン モデル・エンヴィー…!」

 

 

モデル・エンヴィーへとアップグレードしたモスドラモンは地面へ盛大な音を立てながら着地すると、自分に向けて放たれた光の矢をその全身の口で次々と吸い込み始めた。それを見かけたカケモンは地面に降り、タツヤへと目配せする。

 

「いくら撃ってもダメみたいだね。ならこっちも!タツヤ!」

「わかった!セットアップ、ジエスモン!」

「アップグレード! カケモン ver.ジエス!!」

 

瞬時にカケモンはver.ジエスへとアップグレードすると手に持った短剣を逆手に持ちモスドラモンへと接近する。そして始まる四方八方からの攻撃…今のモスドラモンはその巨大な体故に動きに対応しきれていない。全身にある牙で短剣を防御するが何度かその刃の餌食になっている。

 

「オラオラァ!トロいぜ!」

「調子ニ…乗るナ!!」

「うぉっ!?」

 

モスドラモンは短剣を腕の牙で噛み、掴み取るとカケモンを地面へと叩きつける。肺にある空気が全て出て行く様な感覚に陥るが、カケモンは意識を保ちながらも残った片方の短剣で掴まれている口の周りを攻撃し始めた。

 

「テメェ、離しやがれ!」

「ヌゥウウウウウウウウウ!!」

「おわあああああああ!?」

 

力任せに放り投げられるカケモン。そのまま川へと投げられ中に沈んで行った。が、すぐに飛び上がるとカケモンはランサーJを手にしてモスドラモンへと再び攻撃をし出す。そしてそれを見ていたアサヒは安堵の息を吐く。

 

「カケちゃん…!」

「チッ、“D”の報告不足か。新たな形態は二つあったのか。使えない…」

「“D“…?誰だ、それ?」

「………」

「君は、君達はなんでそんな目が出来るんだ。なんでそんなに…」

「黙れ。抜け殻風情が」

 

いつのまにか近くにいた”A“に質問をして、そう返された。それを言った彼はどこか嫌な物を見るような目でタツヤを見つめていたのだ。タツヤは身に覚えのない事に困惑し…そして胸が締め付けられるような感覚に襲われる。

 

「抜け殻…?」

「なんだ、自覚していないのか?なら余計にタチが悪い…」

「なんだ…なんの話をしているんだ!?」

 

行き場の無い焦りにタツヤは叫ぶ。その光景を見て、アサヒ達は目を見開いた。今まで冷静だったタツヤのこんな姿を見て驚いたのだろう。そして問いかけられた“A”はどこ吹く風と言った様子で答えた。

 

「知りたければ俺たちを倒すといい。勿論、できたらの話だがな、…セットアップ、デーモン」

「っ、カケモン!こっちも行こう!セットアップ、オメガモン!」

 

互いに一番最初に戦った形態のカードをスキャンする。デジヴァイスから放たれた光は槍と牙を打ち合っていたカケモンとモスドラモンに当たり、距離を取る二人。そして光を纏ったまま、再び互いに接近した。

 

 

「アップグレード モスドラモン モデル・ラース…!」

「アップグレード! カケモン ver.オメガ!!」

 

 

ウェポンΩと赤く鋭い爪がガキン、と音を立ててぶつかる。その衝撃で草や水面が波打たれ、タツヤ達も顔を腕で隠す。そんな中、モスドラモンはカケモンの姿を見てフン、と鼻で笑った。

 

「フン、よりによってソレカ」

「何…?」

「その形態は今までの形態と違イ、パワー、スピード、テクニック…あらゆる物が平凡ダ。面白みが無イ。ソレニ…」

 

 

「お前はその姿で敗北しタ!」

「っ!?」

 

モスドラモンは爪を使いウェポンΩの刃を受け流しカケモンの腹部に膝蹴りを打ち込む。さらに追い討ちをかけるように頭突き、ウェポンΩを持つ右手を攻撃した。その衝撃で右手から武器を手放すカケモン…トドメと言わんばかりに口に紅蓮の炎を溜める。

しかし…

 

「フ…。…ッ!?」

「オレを、あの時と同じだと思うなっ!」

 

カケモンは残った左腕でモスドラモンの顎に拳を打ち上げる。今までマークしていなかった左腕からの攻撃に虚を突かれたモスドラモンは思わず後退。それに追い討ちをかけるようにカケモンは蹴りと拳を腹部と顔に打ち込み、地面に落ちたウェポンΩを拾い上げるとゼロ距離でモスドラモンの腹部に弾丸を複数打ち込んだ。

 

モスドラモンは焦り、後ろに大きく飛ぶ。そして打ち込まれた腹部に手を当てると、口の端を歪ませた。…笑ったのだ。モスドラモンはカケモンとの勝負で初めて笑った。だがそれは一瞬。モスドラモンは紅蓮の炎を再び集め始める。対するカケモンもウェポンΩの銃口から炎を出し剣に纏わせた。

 

 

「ラース・インフェルノッ!!!」

「ドラゴニックブレイブッ!!!」

 

 

煉獄の炎の塊を吐き出すモスドラモン、そして竜人の幻影を纏いながら走り出すカケモン。炎の塊と炎を纏った剣がぶつかり、辺りは爆風に包まれる。カケモン、とタツヤの叫び声もかき消され、土煙が辺り一面に広がった。息を呑み見守る事数秒……土煙が晴れ、カケモンとモスドラモンのいた位置を見つめる。

そこで立っていたのは…モスドラモンだった。カケモンは元の姿に戻り倒れている。

 

「勝ったか。さぁトドメだ、モスドラモン」

「……いヤ、勝ってなどいなイ」

 

“A”がモスドラモンにそう言うが、本人は否定する。何?、と“A”が言った瞬間、モスドラモンはその場で膝をついた。それに加え元の姿に戻り肩を上下させて呼吸している。

 

「モスドラモン…!?」

「侮っていた様ダ…オれが膝を着くとはナ…!」

 

初めて”A“の動揺する顔を目にする。その間にタツヤ達はカケモンの方に駆け寄り抱きかかえた。傷の具合は前回より軽度だが気絶しているようだ。タツヤはすぐさまデジヴァイスにカケモンを入れ、モスドラモンの前にワレモンが立ちはだかる。だが、“A”もモスドラモンも既に戦う意思は見せていない。

 

「撤収だ。今のお前でもトドメを刺すことは容易いが…それはお前が許さないだろうしな」

「当たり前ダ。…そこの人間」

「…何?」

「そいつが目覚めたら伝えておケ。今度こそ必ず仕留めるト」

 

タツヤにそう言ってモスドラモンはデジヴァイスの中に入る。カケモンと同じく傷を癒すためだろう。”A“はタツヤの方を一瞥するとフードを被り歩き出した。今の状況は前の時と同じ、敗北だ。だがしかし…開いた実力は確実に埋まっていた。それと同時に、タツヤは次は本気で来るのだと、そう感じる。

そんな中…ただ一人、思い詰めた顔をする者が一人。

 

「………私の、せい…?」

 

その言葉は、小さすぎて誰にも届く事が無かった。

 



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十一話 《強欲の襲来》

朝、朝食を済ませ学校に持っていく荷物を確認するタツヤは考え事をしていた。心ここにあらず、と言った言葉がしっくりとくる今の状況…彼は数日前の事を思い出す。それは、カケモンとモスドラモンの2度目の戦闘の合間に言った、“A”の言葉。

 

(抜け殻…か)

 

その言葉を繰り返すよう度に、胸の奥が苦しくなる。その言葉の意味を追求しようとしても、タツヤは無意識にそれを拒絶してしまっていた。故に、ここ数日のタツヤはモヤモヤと心の何処かにある引っ掛かりが取れないでいる。そうしていると、源光がタツヤに声を掛けてきた。

 

「おや、どうしたんだい、タツヤ」

「なんでも無いよ。それよりおじいちゃん…それ何?」

 

タツヤの目の前には、大量の本を抱えた源光の姿があった。しかも内容はほぼ全て科学関係のもの…ふと、以前本屋で会ったミキの事を思い出す。皮肉にも、その日が“A”と出会った最初の時だった事に内心複雑になった。そんな様子を悟らせないように、タツヤはいつものように振る舞う。

 

「まさかと思うけど、また趣味増えたの?」

「まぁそう言う事じゃよ。タツヤも読んでみるかい?」

「はは…。ん?」

 

源光の持つ本の中にタツヤはあるものを見つけた。タツヤはすぐにその本を抜き出し表紙を見る。そして、その著者の名前を見て、驚きを含んだ声を出した。

 

「これ…」

 

 

時は少し進み、学校、タツヤのいるクラスの中では生徒達が浮かれていた。それもそのはず、あと数日すれば夏休みが始まる。遊びの予定や旅行の予定などを言い合う生徒達、だがその中で静かに座っている者が一人。才羽 ミキは何をする訳でもなく、ただそこで本を読んでいる。しかしその様子はいつも通りとは言えず、どちらかと言えば何かの気を紛らわすように本を読んでいるように思えた。するとそこへ、隣の席の住人が声をかける。

 

「才羽さん」

「あ…。浪川、タツヤ?」

 

珍しく反応が遅れるミキ。タツヤはそれを見て意外そうな顔をしたがそれは一瞬。いつもの顔に戻り、タツヤは席に着く。それと同時に鞄の中に手を入れた。

 

「ごめんね、ちょっと聞きたいことがあって」

「…何?」

「この人なんだけど」

 

そう言って差し出されたのは一冊の本。表題は『電子と遺伝子の未来』、そこには一人の著者と思われる中年男性が写っていた。濃い紫の癖のある髪に少々目の隈が気になるが、その顔は子供のように希望に満ちているような印象を受ける。そしてその横には彼の名前が大きく書かれていた。

その名前は、”才羽 ユキオ“。彼はミキと同じ名字を持つ男だった。

 

「この人、才羽さんのお父さん?それとも親戚の人かな?おじいちゃんが買ってきた本にあったんだけど、気になっちゃって」

「……………」

「才羽さん?」

 

本を受け取り見つめるミキ。瞳が震え、唇も同様に震えている。すると彼女は俯き出す。それに不安を覚えタツヤは顔を覗き込む…するとミキは、両目から涙を流していた。

 

「ちょ、どうしたの才羽さん!?どうして…」

「わから、ない。わからないけど、胸が苦しい…」

 

両目からポロポロと涙を零し、ミキは本を抱きしめる。…理解出来なかった。ミキはこれまで経験したことのない事に混乱しながらも、今の状態に嫌悪感がない事に驚く。いや、むしろこれは…

すると、タツヤとミキを見ていた一人の女子生徒がこちらに指を向けて声を上げた。

 

「あー、浪川君が才羽さん泣かしたー!」

「「「何ぃぃぃ!?」」」

「泣かしたって、え?マジで?そういう意味で?」

「うわっ、痴情の絡れってやつ?」

「最近沢渡ちゃんともそういう関係だって噂だったから、もしかしたら…」

「ちょ、ちょっと待って!?なんでそんな事になってるの!?」

 

タツヤは自分の潔白を証明しようと女子生徒同士の会話の中に入ろうとしたが、既に手遅れだった。タツヤのクラスにいる男子達から殺意のこもった視線を感じると、彼らはありとあらゆる鈍器、殺傷力があるものを手にし迫ってくる。

 

「俺に質問するな」

「イライラするんだよぉ…!」

「大体わかった。俺がお前の絶望だ」

「抵抗するなよ、時間の無駄だ」

「ムッコロ」

「ムッコロして、いいってさ…」

「Are you ready ?」

「「「さぁ、お前の罪を数えろ」」」

「話聞いてよ!?」

 

悲痛な叫びも虚しく、嫉妬に狂った彼らはタツヤに襲い掛かる。当然タツヤは背を向け逃げ出し、男子生徒達との鬼ごっこが始まった。

 

 

約十分後、鬼ごっこが落ち着きホームルームまであと少しという時、デジヴァイスから声を掛けられる。それはいつもなら家で源光の手伝いをしているハックモンだった。

 

『すまないタツヤ。放課後に彼女…才羽 ミキと話をさせてくれないか?』

「え、ハックモン?いつの間に…」

『コイツ出かけるときについてきたんだぜ?おまけに黙ってろって言うしよ』

『うんうん』

 

同じくデジヴァイスからワレモンと既に前回の傷が完治したカケモンが説明する。珍しい、と思いながらもタツヤはハックモンの要求に承諾する事にした。

 

 

放課後、タツヤはミキに話があると言い、一緒に屋上について来てもらった。その際、アサヒと城太郎にも話を聞いて欲しいと頼んだのだが、来たのはアサヒのみ。城太郎は他の部活の助っ人に行っていた。

屋上に着き一息つくと、ミキはタツヤを見つめる。濃い紫の瞳がタツヤを写していた。

 

「それで、話って?」

「あ、えっと。それは僕じゃなくて…」

『オレだ』

 

デジヴァイスからハックモンが出てくる。赤いマントを揺らし、屋上に降り立つと彼はミキの目の前に立った。

 

「あなたは…」

「オレはハックモン。こうして会うのは初めてか?それとも…顔だけは知っていたのか?」

 

その言葉にタツヤとアサヒ、デジヴァイスにいる二体は頭に疑問符を浮かべる。ハックモンの言った言葉には少し引っ掛かりを感じた。しかも彼の表情はミキを警戒しているような、そんな印象を持つ。そんな事は露知らず、ハックモンは口を開く。

 

「君にいくつか聞きたいことがある。この前、街にドクグモンが現れたあの日、オレは君の姿を見た。あの時何をしていた?」

「え?才羽さん…あの時にいたの?」

「それは…」

「それに以前、タツヤに旧校舎に何かあると話したそうだな。あの日の夜、オレ達は実際に行ってみたがそこには同胞が、アルフォースブイドラモンがいた。…これは偶然か?」

 

ハックモンの問いかけに何かを言いかけるがすぐに口を閉じるミキ。タツヤ達もハックモンの言った内容に相違ないようで口を挟めないようだ。その行為に拍車をかけるようにハックモンは続け様に口を開いた。

 

「それだけじゃ無い。タツヤから聞いた話だが、タツヤとカケモンが出会った時は君が転校してきた日で、しかもタツヤと一緒にデジタルワールドへ行き、戻ってきた。偶然にしては出来すぎている」

「待ってください!ハックモンさんはさっきからなんで才羽さんを疑ってるようなことを言ってるんですか?それじゃあ、まるで…」

「そう捉えてもらってもいい。どの道、彼女が来てから、デジモンが異常な程現実世界に現れている事に変わりは無い」

 

アサヒの質問に肯定の意思を示すハックモン。その事に内心怒りをぶつけそうになるも、彼の鋭い眼光に押し止まってしまう。再びハックモンはミキの方を向くと、もう一度訪ねた。

 

「どうなんだ、才羽 ミキ。君は…“A”の仲間で、デジモンをこの世界に送り込んでいるんじゃないのか?」

「………」

 

 

 

「––––––カカカッ!それは半分正解で、半分不正解じゃのぅ。そやつは“A”に通じておるが、デジモンを送り出す力は持っとらんよ」

 

 

突如、どこからか嗄れた老人の声が響いた。それは今まで聞いたことのないほどの邪悪さと悪意を感じ思わず鳥肌が立つタツヤ達。そして反射的にタツヤ、アサヒ、ハックモンはミキの真後ろを見つめた。瞬間、彼女の背後の空間が歪み、タツヤとハックモンに見覚えがあるものが出現する。それは七色の穴、デジタルワールドへと通じる門…デジタルゲート。二人はそれを見て目を見開くが、ハックモンは次の瞬間、今までになく険しい顔を露わにする。

 

「貴様は…!!」

「久しいの、ロイヤルナイツの若造」

 

ハックモンが顔を顰める一瞬前、ゲートから出てきた一体のデジモンが姿を見せる。魔法使いのような杖を持ち、同じく魔法使いのようなローブを身に纏った仮面をつけた老人のようなデジモン。その背からは悪魔のような羽を生やし、地面に降り立つ。そしてすぐ近くにいるミキは今までにないほど顔を青ざめさせゆっくりと振り向いた。

 

「な、浪川君…!」

「ハックモン、アイツは一体…」

 

今までと格が違う、次元が違う相手の雰囲気にアサヒは恐怖し無意識にタツヤの手を取る。そして自分も呑まれそうになるが、それをグッと耐え、か細い声でハックモンへと声をかけた。一方のハックモンは苦虫を噛み潰したような顔をさせ、ゆっくりと口を開く。

 

「奴の名はバルバモン…七大魔王の一体だ」

 

 

 

 

 

『七大魔王』。いつかの会話の中でワレモンの発言の中にそう言う単語があったことを思い出すタツヤ。そして自然と自分の持つデジヴァイスに手が伸びる。が、途中で伸ばされた手は止まった。ポケットの中にあるデジヴァイスが震えていたのだ。それはついてあるバイブ機能ではなく、デジヴァイスの中にいるカケモン、そして驚く事にワレモンが震えているのがその理由だった。

 

「タツヤ、アサヒを連れてすぐに逃げるんだ。奴はお前達が敵う相手では無い」

「けど…」

「カカ、賢明な判断じゃわい。だが安心せい、ワシは戦いに来た訳では無い」

 

ハックモンの言葉に戸惑うタツヤだが、一方のバルバモンは少し笑うと安心するようにこちらへと話しかける。だがその言葉にタツヤ達は安心というものを覚えない。一番身近な老人である源光と比べ物にならないほどの嫌悪感を感じながらもタツヤ達は身構える。

 

「“D”が世話になったからのう、その礼をしに来たんじゃよ」

「…っ」

「それって…“A”が言ってた…」

 

バルバモンがミキの肩に手を添える。その事にビクリ、と肩を震わせるミキだがそれはすぐに収まり大人しくなった。そしてバルバモンの言った“D”という名前に最近刻まれた記憶を呼び覚ます。それが正しければ、才羽 ミキ=“D“が成立してしまう。つまりは…

 

「そうじゃ。こやつはワシが送り出したスパイのようなものじゃ…貴様らを監視する為の、な」

「彼女を通して、オレ達の動向を探っていたのか!?」

「カカカッ。ああ、そうじゃ。それとお前さん達…ワシばかり見ていていいのかのぅ?」

「きゃあ!」

「「っ!?」」

 

タツヤの手にあった温もりが一瞬で消え去る。それと同時に聞こえる、アサヒの悲鳴。タツヤとハックモンは振り返ると、そこにはアサヒを拘束する一体のデジモンがいつに間にかそこにいた。全身が黒く異様に長い腕、そして何より悪魔を彷彿させるような姿のデジモン…後に調べた結果、このデジモンはデビモンというらしい。デビモンは気を失っているアサヒをその手に掴みバルバモンの元へ降り立つ。

 

「沢渡さん!」

『アサヒ!』

「バルバモン、貴様!」

「おっと、そう焦るでない。なぁに、危害は加えんよ。…ワシの言うことを聞いてくれるならのぉ」

 

ニヤリ、と嫌な笑みを浮かべるバルバモン。

…目の前のバルバモンにばかり気を取られていたので気付かなかった。自らの不甲斐なさに怒りを感じハックモンはギリ、と歯を噛み締めるが、アサヒの命がかかっているので大人しく要求を飲む事にする。

 

「…聞こう」

「そこの小僧…浪川 タツヤ、だったかいのう?そやつが持つデジヴァイスを渡して貰うとするかの」

「デジヴァイスを…?」

「何が狙いだ?」

「さぁ、なんでかいのぅ?」

 

バルバモンは“強欲”の異名を持つデジモンだ。もしかしたらデジヴァイスそのものに価値があるのか…。しかし、それなら“A”の持つものでもいいのではないだろうか。もしくは、デジヴァイスの中で眠るアルフォースブイドラモンが目的なのか?ハックモンは思考を続けながらもゆっくりと問いかける。

 

「お前が彼女をこの学校に送り出した理由は…この為か?」

「どう捉えるかは貴様の勝手じゃ。じゃがの、“D”が貴様らを監視し、情報を流し、ワシにデジモンを送り出す合図を送ったのは真実じゃ。つまりは…そう思う事が普通なんじゃないかのぉ?」

 

小馬鹿にするようにこちらへと話すバルバモン。より正確に言えばタツヤに向かって言っているように感じる。そして当のタツヤ本人は内心動揺を抑えるのが難しくなってきた。バルバモンの登場、ミキのスパイであった事実、そして捕まっているアサヒ。これらの要素が今のタツヤの焦りを促しているようにも思える。だがタツヤは、焦りを無視しながらも一歩踏みしめた。

 

「才羽さん…君は、本当に…」

「…浪川 タツヤ。貴方には興味があった。でも、貴方を観察して結論に至った」

 

静かにそう呟くミキ。今の彼女の顔は俯いているので表情は見えはしないが、微かに声が震えているような気がした。だが震えを感じさせないほどにミキは次々と口を開く。

 

「同世代に比べると貴方の行動は機械的すぎる。毎日同じ事を繰り返す、気味の悪いほど正確に私は貴方が歪な存在だと感じた」

 

再び動揺、同時に胸の奥に鈍い痛みが込み上げてくる。…聞きたくない。生まれて初めてそう感じたタツヤは無意識に耳を塞ごうとしたが、腕がうまく上がらない。拒むことは許されない、そんな気がした。

 

「何をするわけでも無く、外部からの干渉でしか感情を出さない、出せない。自発的に行動できず、変化をもたらす事のない存在」

 

否定したかった。次第に口の中は乾き、口元がガチガチと震えだす。デジヴァイスの中で二人が何かを叫んでいるように思えるが、目も耳もミキからそらす事が出来ない。今の自分はどうしようもなく、情けなく見えるのだろう。否定をしようとして声がやっと口からこぼれた。

 

「ち、違う…」

「関心がある訳でもなく、向上心もない。生きるという行為の為に動く機械、人形。それが人間を演じているように思えた」

 

––––––やめて

––––––もういい、たくさんだ

––––––そんな事、誰よりも分かっている

動機が早まり、呼吸が荒くなる。汗が吹き出し、焦点が定まらない。立つのもやっとに思える今の状況で目の前の彼女が俯いていた顔を上げる。その顔はいつもと同じ無表情。感情のかけらもないような、その顔に心臓が掴まれるような感覚に襲われる。

耳を塞ぎたい、目を逸らしたい、この場から逃げ出したい。それでも目を反らせない、この現実。

ああ、本当に、そんな事…

 

「浪川 タツヤ。貴方の存在に…意味は無い」

 

 

誰にも、言って欲しくはなかったのに

 

 

 

タツヤはまるで糸が切れたかのようにその場で膝をつく。その事にハックモンとデジヴァイスにいた二人は動揺した。

 

「タツヤ…!?」

『タツヤ!?どうしたの、タツヤ!?』

『おい!しっかりしろタツヤ!?』

「カカカカカッ!すまんのぅ、教育が足りんかったわい。まぁ、考える時間も必要じゃからのぅ。今夜の0時、この場所で答えを聞こうかの」

「待て!」

 

バルバモンはそう言ってゲートの中を潜る。それに続くようにデビモンもアサヒを連れて中へ。ハックモンは追いかけようと思ったが、追いつけばアサヒに何か危害を加える可能性がある。それを考えれば今は何もする事が出来ない。ハックモンは手を強く握りその光景を見る事しかできなかった。

そして最後に残ったのはミキ。彼女はゲートの前に進むとその場で立ち止まる。そして数秒、彼女は再び歩き出しゲートの中へと入っていった。

 

 

「タツヤッ!!」

「ジョータロー、来たのか」

 

バルバモン達が去った後、ハックモンはタツヤを強引に自宅へと運び、策を講じることにした。その際、一応城太郎にも連絡は入れておいたのだ。関係が無いわけではなく、実際友人であるアサヒが連れ去られたのだ…秘密にすると余計に心配させる事になる。現に城太郎は焦りながらも扉を開けて入ってきた。しかしここにはタツヤの姿は無い。

 

「落ち着け、ジョータロー。タツヤは自室だ。…今はオレ達が干渉するべきでは無い」

「どういう事だよ、アイツどうしちまったんだ…」

 

頭を乱雑に掻き乱し、ソファへと座る城太郎。そんな中でもハックモンは考えていた。なぜバルバモンがデジヴァイスを求めるのか、いやそれ以前になぜミキを送り込んだのか、その目的は何か。だがそれを押しつぶすように、今の彼の頭の中はタツヤの謎の変化でいっぱいだった。そうしていると、ワレモンが源光を連れてやってくる。彼の顔はいつもの穏やかな顔ではなく、少々険しいものだった。

 

「源光殿…」

「ハックモン君、タツヤの事はワレモン君に聞いたよ。…今はそっとしておいてくれないかの」

「それよりジイさん。タツヤに何があったんだよ?あんなの、普通じゃねぇ。あんたなら知ってるだろ」

 

自分よりも長く一緒にいる源光なら知っている、そう踏んだワレモンは源光に訊ねる。それはハックモンも、ソファに座る城太郎も気になっている事だ。源光はそう聞かれゆっくりと目を閉じ数秒、再び目を開くとその瞳には覚悟の光が灯っていた。

 

「…そうだね。話しておこうか。タツヤの事、タツヤの…両親の事を」

 

 

タツヤの自室、日が落ち始め夕日が露わになる頃…部屋は薄っすらと暗くなっていた。中には二人、椅子に力無く座るタツヤとそれを心配そうに見守るカケモンの姿が確認できる。項垂れて座るタツヤにカケモンは声をかけようと思ったのだが、何度も躊躇してしまっていた。だがこのままじゃ何も変わらない、カケモンは意を決してタツヤに声をかける。

 

「た、タツヤ…」

「カケモン、僕はね…何をしても夢中になれないんだ」

 

突然、タツヤは口を開きカケモンに話掛けた。いや、“話”をしているのだろうか?それはむしろ独り言のようにも聞こえ、感情がこもっていない。

 

「いつからだろ……遊ぼうと思っても、勉強しようと思っても、テレビを見ようと思っても、僕は本当の意味で楽しいって、面白いって思えたことが無いんだ」

 

興味も関心もない、彼女の言っていた通り、自分にはそう言った心がすっぽりと抜けている。中身が無いのだ。上辺だけで、口先だけで満足だと言うフリをしていた。

 

「抜け殻…そう、”A“の言った通りだ。僕は人としてあるはずの中身が何もない、ただの抜け殻」

 

今朝からずっと頭の隅にあった言葉を思い出す。そうだ、彼はこの事を言っていたのかもしれない。中身のない、外面だけで振る舞っている自分を見抜いていたのかもしれなかった。

 

「目標もない、望みも無い…夢も無い。ただ生きるだけの存在。ただ同じことを繰り返すだけの人形。それが僕なんだ」

 

決められた時間、動作、日常。ずっとそれを繰り返してきた自分は機械と変わりない。果たしてこれは生きていると言えるのだろうか?人間として、“浪川 タツヤ”として成立しているのだろうか?存在する意味があるのだろうか?

いや、していないからこそ彼女は…

 

「勘違いしていたよ。同じ事を繰り返すだけの毎日が、カケモンと出会って変わったと思ったんだ」

 

でも、肝心なところが変わってなかった。そう呟く自分は今どんな顔をしているのだろうか。嫌悪感で一杯になる、結局はカケモン達と出会って、環境が変わって、自分も変われたと錯覚していたに過ぎなかった。

そんな事、あるわけ無いのに…

 

「僕は何も変わって無い。今まで戦ってきたのだって、それを誤魔化すためだったんだ」

 

戦う事で、非日常の中にいる事で抜け出せたと思っていた。でも実際は、何も変わってはいない。

嫌になる…今だってミキがスパイであると告げられたのに、“悲しみも何も感じない”自分に。アサヒが連れ去られたのに”怒りさえ湧き上がらない“自分の心に。

 

「タツヤ」

「ごめん、カケモン…」

 

再びカケモンが呼びかける。今度は独り言ではなく、ちゃんと彼に対して言葉を投げかけた。アサヒを助けに行こう、彼ならそう言うのだろう。だが今の自分に何ができる?敵は素直にアサヒを解放する保証がどこにある?それ以前に…自分が行く必要があるのか、そう考えてしまった。

そう思うと、自然と口が開く。これを言うと戻れない。そう思いながらも、もう止まらない。彼の口から溢れた言葉は、

 

 

「僕はもう、戦えない」

 

 

拒絶を露わにしていた。

 




お久しぶりです
投稿が遅くなり申し訳ないです


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十二話 《込められた願い》

眠るという行為に不便さを覚える。“この体”は不便なもので、食事と睡眠を必要としているので正直効率が悪いのだが、嫌いではなかった。

特に、睡眠中に見る夢は何故か安らぐ…

 

 

[っ、やった…?成功だ!はは、安心したら…腰が抜けてしまったよ…。得意分野じゃ無いから成功するかヒヤヒヤしていたんだ]

 

いつも見るのは同じ人物に関する夢。暗めの紫の髪に目の下の濃い隈が目立つが子供のようにはしゃぐ大人の夢。

 

[初めまして、そして生まれてきてくれてありがとう!私は■■ ■■■。君の■■■…いや、この場合■かな?]

 

場面も飛び飛び、どこか聞こえない箇所もあるが、目の前の彼が自分に話しかけ、微笑んできているのはわかる。

 

[やぁ、■■。今日は何を学習しているんだい?…え、もう大学生レベルの知識を!?凄いなぁ、私なんかより全然頭いいよ。まさかこれほどまでとはね]

 

その姿はまるで子の成長を見守る親のようで、でもやはり子供のようで、なぜか懐かしいと言う不思議な感覚に包まれる。

 

[■■、今日はいい知らせだ!君に■ができるぞ!これでここよりも外に出られる!君に本当の■■を見せてあげられるんだ!]

 

本当に、幸せだと思える光景。それは彼にとっても、自分にとっても。しかし、それは眠っている間だけのものだ。何故なら…

 

 

[ああ、そうだ。君の名前を決めないとね…]

 

 

夢は、覚めたら忘れてしまうものなのだから。

 

 

 

「––––––“D”、何を黙っておる」

 

声をかけられ、現実へと戻される。ここはどこかの場所にあるビルの一室。所々埃を被っており、掃除が何ヶ月もされていない事が確認できた。

そんな中、ミキはバルバモンに対しなんでもありません、と答えると先ほどの思考を切り離す。

 

「…まぁ良い。それよりお主は隣にいる小娘を見張っておれ。逃げ出してもお主なら取り押さえることもできよう」

「…はい」

 

無感情に、無気力に頷くミキ。その姿はいつもの彼女と比べて一層感情が無い、まるで人形のようだ。そして彼女は命令を実行する為に歩き出す。今中にいるであろうアサヒのいる部屋の扉を開いた。

 

 

タツヤの自宅、リビングでは源光とハックモン、ワレモン、城太郎がいた。彼らの顔はお世辞にもいいとは言えず、むしろ暗い。そんな中で源光は言った。タツヤの両親の事を話す、と。

 

「タツヤの、両親?」

「おい、ジイさん。アイツがああなってんのはそれが原因なのか?」

「…そうじゃの。原因かはともかく、今のタツヤがああなっとるのはそれが関係してるの」

 

ワレモンの問いに静かに答える源光。その目には、悲しみが漂っていた。ハックモンはそれを見てただ事では無いと感じ、姿勢を正す。残りの二人もそれに続くように身構えた。

 

 

…あの子の両親、浪川 タツキと浪川 マヤは医者と音楽家での。海外の満足に治療を受けれない人や心に傷を負った人の傷を癒す為に世界中で活動していたんじゃ。

二人はタツヤが小学生になるまで一緒にいたんじゃが、それ以降は私にタツヤ預けてまた仕事に出掛けての。一年の殆どを海外で過ごす事が多く、日本に帰って過ごす時間は一ヶ月ほどじゃった。初めはタツヤも寂しさがあったんじゃが、二人がどんな仕事をしているか興味を持っての。二人の事を知ってから毎日目を輝かせてたよ。私の趣味に興味を持って三日坊主で終わってしまった毎日が嘘のようにね。

…やっぱり意外じゃったかの?今のタツヤと比べるとその時は好奇心旺盛だったんじゃよ。

 

タツヤは両親が世界中で色んな人を助けていると知ってからよく私に二人がどんな活動をしているか聞かされたよ。まるでヒーローに憧れる子供そのものじゃった。

そんなある日、私はタツヤを連れて両親がいる国へ旅行に出かけたんじゃ。タツヤの将来のためになると思っての。二人もその事に賛成してくれて会いに来てくれる事を楽しみにしとった。

空港について、直ぐに二人はタツヤに会いにわざわざ来てくれた。じゃが、それがいけなかったんじゃ。

 

 

…………テロじゃよ。両親がいた国は治安が悪くての、じゃがその時は沈静化しておったから気が緩んでいたんじゃ。…今になっても悔やまれるわい。

タツヤは、目の前で両親が殺される瞬間を見てしまったんじゃよ。

 

私はタツヤを守ろうと必死だった。犯人はすぐに捕まって、二人はすぐさまその国の病院に運び込まれたが…手遅れじゃった。二人は息を引き取り、遺体は日本へと送られ埋葬されたんじゃが、問題はタツヤじゃった。

目の前で両親が死ぬ瞬間を見てしまったタツヤは、精神的なショックを受けてしまっての。帰国してからも数日間寝込む事が多く、そうでなくても魘される事が続いたんじゃ。そんなある日、タツヤは寝込むことも魘される事も無くなって安心した矢先、ある変化が起こってしまったんだよ。

 

…タツヤは、両親に関する事を忘れてしまったんじゃ。

 

全てでは無いんじゃが、自分に両親がいたという事以外、二人の顔も声も何もかも全部忘れてしまった…。

医者に聞いたところによると、やはり原因は両親の死じゃった。私はそれを知って数ヶ月タツヤに学校を休ませて、二人の事を思い出させようとしたが無駄に終わってしまっての。……そうじゃよ城太郎君、六年前、君達が小学二年生の時じゃ。その時の休みは家庭の事情と言っておったがこれが真実じゃよ。

 

…それからじゃった、タツヤは何に対しても興味をなくし、関心もなくただ毎日を過ごす…そう言った事を繰り返すようになってしまった。心の中にあった両親の想いも、思い出も、憧れさえも、全て無くなってしまったんじゃ。心の支えとも言える物を失った…結果、今のナニカが欠けたタツヤに繋がってしまったんじゃよ。

 

 

源光の話を聞き三人は口を閉ざしてしまっている。今まで接してきたタツヤは何かズレのようなものを感じた。最初は気になっていたが、それがタツヤという人間なのだろうと思って放っておいてしまったのだが…。源光の話を聞いてタツヤという人間の印象が変わってしまった。

 

「だとすれば、タツヤを今晩学校に行かせるわけにはいかないな。彼は今…精神的にも危うい状態だ」

「んじゃあ、俺が代わりに行く。代役のエキスパート…になれるかわかんねぇけどな」

「そうだな、後時間は…1時間くらいか」

 

時計は既に23時を回っていた。時の流れは早いもので既に日は落ちている。余談だが城太郎は親に友達の家に泊まると伝えており、アサヒの両親に関しては源光が連絡を入れていた。流石に拉致されたとは言えず、家に泊まると伝えただけだったのだが…受話器の奥で叫ぶアサヒの父親が荒ぶっていたことは完全に無視していた。

ハックモン達がそう会話を交える中、源光は先ほどとは違い穏やかな口調で口を開く。それは今までの話からは考えられない事だった。

 

「いいや、タツヤは来る。自分でアサヒちゃん達を助けに行くよ」

「は!?おいおいジイさん何言ってんだよ!?」

 

源光の言葉にワレモンは過剰に反応する。城太郎も声に出さないが驚きで目を見開いていた。一方のハックモンは源光の発言に疑問を持つ。

 

(…達?)

「そのままの意味じゃよ。タツヤは自分の意思で助けに行く」

「んなの、無理に決まってんじゃねぇか!今のアイツがどんな状態か、話したろ!?」

「ああ、聞いたよ」

「それでも、タツヤが来るっていうのか?」

 

激昂するワレモンに対して、静かに城太郎は尋ねる。対する源光は頷き、来ると一言。そして、彼は確信を持ってこう続けた。

 

「あの子が”タツヤ“だからじゃよ」

 

 

 

「うん、わかった」

 

カケモンの言葉にタツヤは一瞬思考を停止させる。確か自分は戦う事を、カケモン達に会った事を拒絶した筈だ。なのに、カケモンは迷わずに返答。その行為に思わず項垂れていた頭を上げてカケモンの方を向く。カケモンはズレた兜を直しながらも、じっとタツヤを見ていた。そこには、いつもと同じで…少し違っていた顔をするカケモン。

 

「タツヤは今まで頑張ってたから、休んでて。今度はボクが頑張る」

 

そう言ってカケモンは少し笑うと、カケモンは振り返り部屋から出ようとした。だがタツヤは見てしまった…カケモンの腕が、微かに震えている事に。我慢をした、させてしまった…タツヤはカケモンに声をかけようとするが、その前にカケモンは扉の前に止まる。そして振り向かずにタツヤに一言告げた。

 

「待っててね、すぐにアサヒを連れて帰って来るから」

 

カケモンは扉を開くと部屋から出て行く。…本気で行くつもりだ。無茶だと思った、確認したことが無いが、カケモンがアップグレードするには自分がデジヴァイスを使わなければならない。なのに、カケモンは自分の意思で行くと言った。それは自殺行為でしか無い…格上の相手に他にも部下がいるという状況、戦えるのは今の所カケモンのみ。しかしそれは自分がいればの話だ。

止められなかった、タツヤはその事に悔やむ。頭を押さえて再び俯く。誰も居なくなった部屋の中、タツヤは一人呟いた。

 

「僕は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う」

「…目が覚めた?」

 

とあるビルの中、アサヒは冷たい床で目を覚ます。ぼんやりする頭に聞き覚えのある声が聞こえてきた。目の前にいるのはクラスメイトの才羽 ミキ。その事を理解するのに数秒、そして何故今この場所にいるのか、どんな状況にいるのか…それを理解してアサヒは一気に目を覚ます。

 

「さ、才羽さん…!私、私をどうするつもりなんですか…!?」

「…あなたは人質。浪川 タツヤからデジヴァイスと交換する為の材料。…大人しくバルバモンに従って」

 

アサヒはその言葉に顔を青くする。捕まっているという今の状況もそうだが、自分のせいでタツヤに迷惑をかけている事に罪悪感を感じていた。同時に気を失う前の会話でミキがスパイだという事に警戒するが、今のミキの表情を見て警戒心は直ぐに解ける。

 

「才羽さん…なにか辛い事でもあったんですか?」

「え?」

 

聞かれたミキは豆鉄砲を食らったような顔をし驚きで目を丸くする。そして元の表情に戻ると考え出す。

たしかに、ミキは今まで感じたことのない感覚に困惑していた。元々、学校に通うようになってからそう言った感覚が多くなっていたが、ここ最近はそれが気になってきている。そして思わず、ミキは口を開いた。

 

「私は…私は、バルバモンに情報を流して、その結果、浪川 タツヤやカケモン達が傷付く事で…胸に痛みを感じてきた。特に痛むのは、あの時…浪川 タツヤと話したあの時…」

 

タツヤに存在そのものに意味が無いと言ったあの時、ミキは何故そう言ったのかわからなかった。ただ、タツヤを遠ざける言葉を言わなければと思ったから、そう無意識に思ったからそう言ったのだ。今でも何故そう言ったのかわからない。

一体、何故…

 

「それって、後悔してるんじゃ無いですか…?」

「後、悔?」

「はい。そう思ったんです……情報を渡して傷付く事に、才羽さんは罪悪感を感じて、後悔しているんだと思うんです」

 

そう言われて、ミキは困惑した。仮に彼女の言うことが事実だとして、何故罪悪感などと言うものがあったのだろう。元々自分はバルバモンの命令であの学校へ潜入していたに過ぎない。

だがもしも、その間に彼らに情が芽生えたとしたら…?

 

「そんな、意味の無い事なのに…」

「…そんな事無いと思います」

「…なんでそう言えるの?」

「だって、感情や心に意味なんて必要無いと思うんです。何かを感じて想う事に、理由や意味なんていらない。ただそこにあるだけでいいんだと思います」

 

ミキは口を閉ざす。今日何度目かの驚き…今まで彼女は何に対しても意味があるかどうか考えて行動してきた。だがアサヒが言うには、今のミキの心にあるモノに意味を求めなくていい。そう言ってきたのだ。

…信じられなかった。そんな事、今まで考えもしなかった。その事に衝撃を受けミキは無意識にアサヒに問いかけていた。

 

「あなたは……なんでそうしていられるの?怖いとは思わないの?助けが来るかわからないのに、どうなるかわからないのに」

 

浪川 タツヤは来ないのに、そう言ってミキは近くにあった椅子へと座る。そうだ、彼は来ない、来るはずがない。自分は初めから裏切っていて、自分は彼を否定した。心は折れ、存在を否定されて、彼は戦うことなどできはしない。別の誰かが来るのだろう、彼女を助けるためにデジヴァイスを持って。

だがしかし、ミキの予想に反して…アサヒは全く別の答えを出した。

 

「怖い、です。正直、怖くて泣きたいくらいです。でも…助けに来てくれます。浪川君は、絶対に」

「……彼は来ない。来るはずがない。彼はもう…」

「来ますよ。浪川君は心が折られて、挫折してしまっても」

 

 

「だって、浪川君は…“タツヤ”なんですから」

 

 

 

 

才羽ミキは信じられないものを見ていた。時刻は0時、場所は学校の屋上。

ミキの近くにはバルバモン、デビモン、そして縄で拘束されてるアサヒ。対して向こう側にいるのはハックモン、城太郎、ワレモンにカケモン。

そして–––––

 

 

 

「あの子の父親の名前は私が付けたんだよ。龍のように勇ましく強い子になるように、輝く未来があるように、龍輝(タツキ)とね」

 

「小学一年生の時に、浪川君と初めて会った時に言ってたんです。自分の名前はお父さんとお母さんから少しずつ貰ったって」

 

「あの子が生まれた時、タツキはマヤさんと名前を一字ずつ分け合って龍弥(タツヤ)と名付けたんじゃ」

 

「お父さんはおじいちゃんと同じ願いを込めたって言ってました。でも、それとは別の願いも込められてるって、言ってたんです」

 

「いつか挫折してしまっても、何度でも立ち上がれるように」

 

「大きな壁があっても、その前に立っていられるように」

 

 

「「苦しくても、辛くても、立ち続けていられるように」」

 

 

「その願いがある限り、あの子は助けに行くよ。なぜならあの子は…」

 

「だからきっと来てくれます。私達を今まで助けてくれたから、今度だって。だって彼は…」

 

 

 

 

「浪川…タツヤ…?」

「やぁ、二人とも、助けに来たよ」

 

目の前にいる、いる筈が無いと思っていた人物に目を丸くする。あの時起こった出来事は、間違いなく彼を精神的に追い詰めた。なのに彼は、多少は辛そうな顔をしているが、今目の前に立っている。その事に意外そうな顔をしているのはミキだけでは無い。

 

「ほぅ?意外じゃの、あれだけ言われた後で来るとは思わんかったわい」

「…正直、迷ったよ。僕がここに来て意味があるのか、何ができるのかって」

 

バルバモンの言葉に目を瞑り語る。そう、タツヤは迷っていたのだ。カケモンがタツヤに待つように言ったあの時、扉の向こう側に行ったあの後、ずっと考えていた。自分が行ってどうなるのか、意味があるかどうか。しかし、タツヤは再び目を開けると、あっけらかんと答えた。

 

「考えない事にしたよ、そんな事。僕は二人を助けたいから、そう思ったから来た」

「二人?それはこの娘と、“D”の事かの」

「そうだよ」

 

肯定するタツヤ。その事に珍しく眉に皺を寄せるバルバモンは疑問を抱く。何故目の前の子供は“D”を助けようとするのか、今まで騙してきたに等しい相手を何故庇うのか、理解ができなかった。

 

「わかっとるのか、それとも馬鹿なのか…。お前さん、“D”が何をしたのか忘れて…」

「忘れてなんかいないさ。才羽さんが何をやったのか、全部分かってる」

 

迷い無く、真っ直ぐバルバモンの目を見て答えるタツヤ。ますますわからない、相手が精神的に狂っているのか、それともこれが人間の子供というものか…正直気味が悪い。そう思い始めたバルバモンはミキへと目配せする。

交渉材料を連れて目的のものを回収しろという事なのだろう。ミキは頷き、拘束されたアサヒを連れ歩き出す。そして丁度バルバモンとタツヤ達がいる真ん中に来ると、立ち止まった。どうやらこの場所で受け渡しを行うらしい。

タツヤはハックモンと目を合わせるとデジヴァイスを持って同じく歩き出す。一歩、また一歩と近づき…目的の場所に辿り着いた。

 

「………」

「浪川君…」

「ごめん、沢渡さん。少し待ってて。ちょっと才羽さんに言いたいことがあるんだ」

「…私?」

「君が放課後に言ってたこと訂正しようかなって思って、さ」

 

アサヒに一言言ってタツヤはミキを見る。アサヒは彼の表情を見て無言で頷くとじっと二人を見守るように視線を送った。その事にタツヤは心の内で感謝を伝えながらも、口を開く。

 

「僕には夢も目標も無い、人として欠けた存在、それは認めるよ。でも、僕にだってやりたい事がある」

 

ミキが言っていた事に嘘はない。タツヤは人としては歪な存在、人間として成立するかあやふやなのだろう。それでも、空っぽのタツヤに残っている物があった。

 

「“困っている誰かを助けたい”、それが初めてカケモン達に会った時に思った事なんだ」

「…それが、何?」

「それが僕の忘れてた願いなんだと思う。子供の頃に無くした、僕自身のカケラ、原典だよ」

 

森での出来事、カケモンのあの時の姿を見て思った事、感じた事に心が高鳴った。それはどこか懐かしい、子供の頃の自分が求めたもの。夢と呼ぶほどではないものの、夢見ていた頃のすべての始まり。それが答えだった。

 

「両親が僕に込めた願い、僕自身の願い。僕がやりたい事は、その二つを叶え続ける事。だから僕はここにいるし、二人とも助けたい」

「わからない、わからない!自分が何を言っているかわかっているの!?私はアナタ達を…!それが意味のない事だと言っているのに…」

「そうだね。意味が無いのかもしれない」

 

タツヤの記憶の中で初めて声を荒げる。たしかに彼女はバルバモンに自分たちの情報を流した結果、デジモンが送られて関係の無い人や自分達にも被害が及んだ。その事実は変わらない。その上で助けると言った。結局は自分勝手な行為であり、タツヤのエゴなのだろう。

だとしても、

 

 

「泣いてた君が、嘘だとは思えなかったんだ」

 

才羽 ユキオの本を渡した時、初めて才羽 ミキという少女を見れた気がした。あの時の顔を見て、ほっとけないと思ったのだ。それと同時に、何故か自分と近いものを感じていた。

 

「それに、君も僕と同じなんじゃ無いかって、そう思ったんだ。才羽さんにもあるんじゃ無いかな?忘れてしまった事や、誰かの願いが」

 

タツヤの言う事に、身に覚えがあった。それはいつも見て、忘れてしまう夢の事。それと同時に頭のモヤが広がる。ノイズが頭の中で繰り返し流れ、消えて行く。広がったモヤは鮮明に、ノイズは記憶の中の言葉を露わに。その先にある、夢の続きへと繋がる記憶。

そして–––––

 

「戯言を。ほれ、“D”。さっさとこっちへ渡さぬか」

 

バルバモンの言葉にミキは反応する。バルバモンは相変わらず自らを“D“と呼び、命令していた。ミキは拘束されてるアサヒを彼に渡し、逆に彼からデジヴァイスを受け取る。チラリ、とタツヤの方を見た。彼は動じる事無く、ただ真っ直ぐミキを見つめる。

互いに一歩引くと振り返り、元の位置へと一歩ずつ歩いて行く。

 

「カカ…そうじゃ、それで良い。よくやった”D“」

「違う…」

 

今この一瞬でも、ミキは何度も何度も再生していた。夢の中の、いや、自分が忘れてしまっていた記憶を。始まりの記憶、自分の大切な記憶…彼の言う通り、誰かに願われた記憶。全てを思い出し、欠けていた本来の自分の記憶(メモリー)を修復して行く。

引き金を引いたのはバルバモンだ。“D”、そう呼んだ事により一番最初の彼女が彼女たり得る記憶を呼び覚ましてしまった。

 

「私は、私の名前は」

 

 

ああ、そうだ。君の名前を決めないとね。

 

そうだなぁ、君に沢山友達が出来るように

 

君がこの広い世界を見渡せるように

 

君の未来が、“美”しく“希“望で満ち溢れるものであるように

 

 

そう、君の名前は–––

 

 

「私の名前は才羽 美希(ミキ)。才羽 ユキオ博士の娘…“D”じゃ、ない!」

 

ミキは急に振り返り、タツヤのいる方向へ振り向き走り出す。その行動は誰も予想しなかったのもあり全員の行動が一瞬遅れた。だが一瞬早く行動したのは、バルバモンだ。彼は指を鳴らすと隣のデビモン、そしてどこからともなく現れた、体が白い事以外デビモンと瓜二つなデジモンがミキの元へ向かう。

だが、その一瞬前にハックモンは飛び出し、その全身を輝かせる。

 

 

「ハックモン、ワープ進化!––––ジエスモンッ!!」

 

 

その身をタツヤの持つカードとほぼ同じ…体がくすんではいる状態のジエスモンへと一気に進化すると、二体のデジモンをなぎ払い、今にも攻撃を仕掛けてきそうなバルバモンへ剣を振るう。しかしバルバモンも手に持つ杖でその一撃を受け止めた。

 

「チィィィ!“D”め、裏切りおって!行き場のないおのれを拾ってやった恩を忘れたか!?」

「よく言う。デジヴァイスを手に入れれば彼女は用済み、この場でオレ達諸共始末するつもりだったんだろう」

 

ハックモン…いや、ジエスモンは見当はついていたのだ。バルバモンというデジモンは素直に交渉の場に出て来て取引に応じるデジモンではないと。バルバモンであれば、デジヴァイスを手に入れた瞬間、隠れている部下に自分達を始末させる。そう考えていた。タツヤ達を守りながら七大魔王の一体とその部下を相手にするには今の自分では力不足。戦力的にも状況的にもこちらが不利だった。

だからこそ、今の状況に感謝していた。今ならばカケモンが戦える、この状況を打開できる。

 

「タツヤ、カケモン!バルバモンはオレが引き受ける!その二体はお前達が倒せ!」

 

ジエスモンはそう言うとバルバモンと共に上空へと飛び上がる。そして響き始める衝撃音、二体の究極体の戦いが繰り広げられていた。

タツヤはアサヒの縄を解き、その背後に剣道部から無断で借りた竹刀を構える城太郎が辺りを警戒する。

すると、こちらへとやってきたミキはタツヤに何も言わずデジヴァイスを渡した。ありがとう、と感謝の言葉を述べて受け取るとタツヤは《ANALYZER》を起動。吹き飛ばされた後、帰ってきた二体のデジモン、デビモンとアイスデビモンのデータを読み取った。

 

「ぐぅ…!ロイヤルナイツめ、よくも…」

「兄者、怒るのは最もだが、バルバモン様の命に従い奴らを始末せねば」

「そうだな、アイスデビモン」

 

二人は兄弟か何かだろうか。タツヤはそう思いながらも焦りと不安を感じていた。今までは一対一で戦ってきたカケモンだが今は二体。四人と二体が身を寄せ合うこの状況を乗り越えられるか心配だった。

自然とデジヴァイスを持つ手が震える。緊張か、それとも恐怖か。震えを抑えるように片腕を押さえていると、震える手を誰かが握った。ふと視線を落とす。握ってくれたのは、カケモンだった。カケモンは兜の奥から自分を見上げて震えた声で話しかける。

 

「大丈夫だよ、ボクがいる。ボクが君の足りないものを埋めるから。だから–––…一緒に戦って?」

「…はは、これじゃあ、あの時と逆だね」

 

コカトリモンとの戦いに自分が言った言葉、それをカケモンが覚えていた。それを自分に言い返されると、何故だかとてもおかしく感じる。しかし…

「行こう、カケモン!ここからもう一度、変わるんだ!」

「うん!」

 

 

もう震えは止まっていた。

 

 

「セットアップ、オメガモン!」

 

 

カード裏のUGコードを読み取り、前へ駆け出したカケモンへとデジヴァイスを向ける。光が放出され学校の屋上を照らすとカケモンは姿を変えていた。

灰色の鎧を身に纏い、左肩にマントを、右腕にウェポンΩを手に取った騎士。タツヤがほんの少しだが前に進み、変わったキッカケの姿。騎士は襲いかかる二体に光弾を撃ち込み名乗り上げる。

彼の名は、

 

 

「アップグレード! カケモン ver.オメガ!!」

 

 

撃たれた二体の内、デビモンはすぐさま体勢を立て直しその鋭い爪、デスクロウを突き立てる。カケモンはそれをマントで受け流すと後ろ蹴りでデビモンを攻撃。次にやってきたアイスデビモンは再び光弾で牽制していた。

今の状況、二体と言う自分の経験したことのない戦闘でタツヤ達を守れるかわからない。だとすれば答えは一つ。

 

「しぃぃぃねぇぇぇぇぇええ!!」

「…コキュートスハウリングッ!!」

 

二体の内、一体を早急に倒す事。幸いデビモンの方は命令で動かない限り、感情的で頭に血が上りやすい性格のようだ。足蹴りにされ、彼のプライドに傷をつけたのか怒りをぶつけるように襲いかかる彼に氷の弾丸をぶつける。そして開くのは氷でできた大輪の花…デビモンは叫びを上げることなく散っていった。

 

「兄者!?おのれ…!」

「次は、お前だ!」

 

アイスデビモンのフロストクローとウェポンΩの刃がぶつかる。それと同時に爪に触れた部分がどんどん凍りついていく。やはりアイスデビモンの名の通り、氷を操るのだろう。加えてスピードもある。一度距離をとったがあらゆる角度からその爪を掠めて来てカケモンの全身を凍らし始めた。身動きが取れず、正面からアイスデビモンが迫る。

 

「ぐっ…!」

「カケちゃん!」

「カケモン、踏ん張れ!」

「カケモン…!」

「カケモン、負けたら承知しねぇぞ!」

「––––頑張れ、カケモォォォォォォン!!」

 

 

「…うぁああああああ!!」

「何っ!?」

 

 

声援を受け、カケモンは銃口から出た炎を身に纏うと凍った場所が一気に蒸発。驚くアイスデビモンの顎に目掛けて膝蹴り。そのまま上空へと浮かび上がると、カケモンはコキュートスハウリングを放った。瞬間、全身が凍りつき氷の塊が出来上がる。だがしかし、相手は氷の悪魔…すぐに氷塊はひび割れ、アイスデビモンは内側から氷を砕き上半身が自由となった。

 

「バカめ、氷の化身であるこのワタシに通用すると思ったか!」

「ああ、思っていないさ。だけど」

 

目の前には、竜人の幻影を纏ったカケモンの姿。

構えるのは炎の剣。

今のアイスデビモンは下半身が固定され身動きが取れない状態でいる。極め付けに未だに背にある羽は自由に動かせないでいた。

つまりは、詰みの状態だ。その事に気付きアイスデビモンはその白い肌を青褪める。

 

「–––––これで当てられる」

「しまっ…!」

「ドラゴニックブレイブゥゥゥゥ!!!」

 

炎の剣が横に一線、アイスデビモンは断末魔を空へ響かせると粒子となり散っていった。カケモンはそのまま着地。同時にワレモンの蹴りが背中へと炸裂し元のカケモンへと戻っていた。それに数秒遅れてジエスモンも戻り、ハックモンへと退化する。

 

「よくやったぜ、カケモン!」

「いった!?痛いよワレモォン…」

「ジエス…じゃなかった。ハックモン、バルバモンは?」

「…逃げられた。だが問題はない。ある程度消耗した様子だったからな。しばらくはこちらに干渉することはないだろう」

 

カケモンとワレモンのいつもの光景を見ながらもハックモンは答える。本人も細かいが傷が付いていることから相当な戦闘だったのだろう。

そうしていると、タツヤの視界の端に気まずそうなミキが写る。

 

「才羽さん…」

「浪川 タツヤ。私は…」

「ちょっと遅れちゃったけど、言いたかった事があるんだ」

 

タツヤはそう言って手をミキの目の前に差し出す。キョトン、と言う顔でタツヤの顔と手を交互に見る。対するタツヤは、笑ってこう言った。

 

「僕と、僕達と、友達になってくれないかな」

 

アサヒも城太郎も、カケモン達だって、こちらを見て笑っている。今までやってきた事は消えない。だがそれでも、彼らは自分を受け入れてくれようとしている。ミキはその事に胸が苦しくなる、だがそれはなぜか心地がいいと感じる自分がいた。

ミキはゆっくりと口を開ける。その行動に意味が無くても…自分に込められた願いと、何より自分の意思で選んだ、短い台詞を言う。

 

 

「…うん!」

 

 

ある意味、才羽 ミキはここから始まる。込められた願いと、初めての自分の意思と共に。そして本人は気づいていないかもしれないが、今の彼女は生まれて初めて…笑っていた。

タツヤの手を取り笑い合う彼らを、満天の夜空が祝福しているようだった。



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十三話 《普通を教えて》

バルバモンの事件、アサヒとミキの救出から約六時間後、タツヤ達は朝食を取っていた。と言っても、朝練があるからと言って城太郎は一時間ほど前から登校しているのでここにいる学生はタツヤとアサヒ、ミキのみ。帰宅部なのに朝練ってなんだよ、とタツヤは思っていたが他の部活の助っ人に行ったのならば納得が行く。

タツヤは中まで火が通ったソーセージを咀嚼して飲み込むとずっと気になっていた事を話し始めた。

 

「そういえば、才羽さんってどこに住んでたの?前から気になってたけど」

「この近くのマンション。バルバモンの命令を受けていた時の拠点はそこだった」

 

都市部に近いマンションの一室、そこが今まで彼女がいた場所らしい。と言っても寝て食事をするだけの空間なので部屋らしい部屋では無かったようだが。どうやってバルバモンがそこを手配したのか気になるが、今の彼女は帰る家が無い状態だ。

ではどうするか、そう考えていると向かい側の源光が口を開く。

 

「じゃあここに住むかい?部屋ならいくつか空きがあるからそこを使ってもいいよ」

「えっ!?」

「でも…」

「僕は構わないよ。才羽さんが迷惑じゃなければ全然」

「…じゃあ」

「あ、あの!私の家にも空いてる部屋があります!浪川君のお家くらい広いですから、ウチにしませんか、是非!?それに女の子が男の子の家に住むなんてダメです、はい!」

 

いつのまにか立ち上がり力説してくるアサヒ。たしかにアサヒの言う事に一理ある。子供といえどタツヤ達は中学生、男女の違いが出て互いを意識する年頃だ。保護者がいるとしても同じ屋根の下で暮らすと言うのは色々と危険だろう。

……というのは建前で本当の所、ミキがタツヤと急接近する事を防いで起きたかった。ただでさえ美少女のミキと席が隣同士であるのに、家まで同じとなると何が起こるかわからない。どこぞのラブコメのようにラッキースケベを起こす気なのでは、とアサヒは自宅の本棚にある漫画の内容を思い浮かべて内心心が穏やかでは無かった。

 

だが実際には、タツヤ本人はアサヒの言葉を聞いてそれもそうだな、と思い始めていた。タツヤが普通の男子中学生なら下心を隠しながらも首を縦に降るのだろうが、タツヤの場合それが無い。正確には無いというより、薄いと言った方が合っている。精神的にも欲求的にも、今までの彼の経緯からそう言ったものに関心が薄いので今の発言でもタツヤはピクリとも反応しなかった。

 

「それもそうか、なら…」

「えー!?ボク、ミキと一緒がいい!一緒にすーみーたーいー!」

「カケモン?」

「暴れんな馬鹿野郎、米飛ぶんだよ!!」

 

カケモンが座布団を高く積んだ椅子の上で抗議する。その際、ワレモンの顔に米粒がいくつか飛び、彼は怒り出す。カケモンの兜に拳が叩き込まれる所を見てタツヤは意外そうな顔でカケモンを見ていた。ここまでカケモンがなにかを主張するのは珍しい、何か理由があるのではとタツヤは疑問を口にする。

 

「カケモン、才羽さんと一緒がいいの?」

「うん。ボクはミキと一緒がいい!」

「で、でも…」

「私も、できたらここに住まわせてほしい」

「あ、あうう…」

 

ミキも賛同し、流れ的にここに住む事に決定しかけていた。アサヒはそれに抵抗しようとするも、目を回して困っている。必死に阻止しようとする姿に、なぜか頑張れと言いたくなるが、何も言わぬが花と言った所だろう。彼らを傍観しているワレモンはボソリと呟く。

 

「なんでアイツ必死なんだ?」

「おジイちゃん、おかわり!」

「はいはい。青春だねぇ」

「…………」

 

カケモンの出された茶碗に米を盛り付ける源光の顔はにこやかだった。

それとは逆にハックモンは箸を使い食事をしているが、今の会話が頭に入ってこない。今頭にあるのは、数時間前のバルバモンの戦闘の時の事。ジエスモンへと再び進化したハックモンがバルバモンと戦っていた時の会話だ。

 

 

それは上空での会話、両腕の剣とバルバモンの杖がぶつかり拮抗している時の会話。忌々しげにジエスモンを見るバルバモンはミキの裏切りもあり苛立ちを隠そうともしていない。

 

「力を奪われた分際でやりおるわい!!」

「それは、貴様も同じだろう!!」

 

それと同時に離れる二体。ジエスモンの言った言葉に図星だったのか、バルバモンは少しの焦りを見せる。そうだ、七大魔王ともあろうデジモンがこんな回りくどい事をしていた理由としては説明がつく。デジヴァイスが欲しいのなら自分で取りに行けばいいはずだ。それだけの力は十分にある。だがそうしなかったのには意図があるはず、それに加えて今の状況がもう一つの理由になっていた。

 

「以前の貴様であれば、力を奪われた今のオレなど一瞬で倒せるだろう。だがどうだ?オレはまだ生きているぞ?」

「黙れ小僧が!」

「貴様も同じじゃないのか?オレ達ロイヤルナイツと同じく、力を奪われているんじゃないのか!?」

 

段々と口調が荒れ始めるジエスモン。それは真実を知りたいと言うロイヤルナイツとしての自分と戦闘が長引けば命はないと焦る自分が混じり合っている証拠だった。悟られないようにポーカーフェイスを保ちバルバモンを見据える。

対してバルバモンは落ち着きを取り戻したのか顎の髭をさすり思考、そして笑った。

 

「カカ…答えると思うてか?」

「ああ、愚問だったな。だから、倒してから聞くとしようっ!」

 

残り時間は1分を切った。今の状態なら暫くは表に出られないだろうがそれでもここで倒す必要がある。後になってまた干渉される可能性と自らの使命のためにもここで…。

再び剣と杖がぶつかる…その直前下でアイスデビモンの断末魔が両者の耳に入る。そして二体は見下ろし、バルバモンが舌打ちをした。

 

「チッ、やられたか。所詮は成熟期、小間使い程度にしか役立たんのぅ」

「さぁ、どうする。このまま続けるか?オレはそれでも構わんぞ?」

 

威勢だ。残り40秒を切った今では良くて相討ちだろう。だがそうだとしても下のカケモンにバルバモンの相手は勤まらない。ここで倒すしか無い、そう思っていた矢先、バルバモンは杖を下ろした。

 

「…カカカ、やせ我慢もここまで来れば滑稽じゃわい。いいじゃろう、ここは引いてやろう」

 

どうやら自分の状態を見抜かれていたらしい。それを知ったのはいつの時点でか、ジエスモンは冷や汗を垂らしながらも目の前でゲートを開くバルバモンをひと睨みする。その事をあざ笑うとバルバモンはゲートを通って消えていった。

 

 

「まだ、その時ではないからのう」

 

 

一言、そんな意味深な言葉を残して。

 

故にハックモンは悩んでいた。バルバモンは何を考え行動したのか、何故ミキを送り込んだのか、何故デジヴァイスを求めるのか。再び現れた謎にハックモンは悩まされる。

 

(奴は何を考えているんだ…)

 

味噌汁を啜るハックモンはチラリ、と机に置かれたデジヴァイスを見る。時間にしておよそ六日後、同胞であるアルフォースブイドラモンが目を覚ます予定だ。今までの出来事を話し、今後の事を相談しよう。ハックモンは今日の朝食も美味かった、と源光に伝え食器を片付けに行った。

 

 

朝食を済ませて、タツヤ達は登校していた。時刻的に十分に余裕を持って出たため特に急ぐ事もなくタツヤ達は雑談しながら歩いている。内容は、夏休みについてだ。

 

「土日挟んで学校行ったら夏休みだね」

「そうですね。そういえば、浪川君は休みの間何をしているんですか?」

「宿題、かな。というかそれくらいしかやることないし。沢渡さんは?」

「私は道場のお手伝いですね。夏になると門下生の人達の合宿もありますし、人手が足りなくなるんです」

「そっか。でも僕達、中学生にしては変わった休暇の過ごし方してるね。普通なら遊びに行く予定があると思うし」

「あはは…そうですね」

 

髪を少し弄り、苦笑いするアサヒ。タツヤに関してはいつもの事だが、自分は道場の師範の娘、家業の手伝いをするのは構わ無いが、実の所門下生達の視線が苦手なのだ。

アサヒは気付いていないが、彼女の実家である道場の夏と冬にある合宿は実の所人気だった。理由としては毎回手伝いをするアサヒにあった。アサヒは前髪で顔が見えにくいが世間一般でいう美少女の部類に入る。例えるならミキが綺麗系なら彼女は可愛い系と行った所だ。そんな少女が毎回手伝いに来ているとなるとモチベーションも上がる。ついでに言えば自分のいいところを見せたいと思うのが小、中学生男子と言うもの。父である師範の目が黒い内はダメだがいつか…そう思っている男子も少なくない。

そんな中、一人黙って会話を聞いていたミキはボソリ、と呟く。

 

「普通…」

「?才羽さん、どうしたんですか?」

「…普通って、」

 

そう言いかけた時、三人は足を止める。場所は既に学校の目の前に来ていた。しかし、おかしな事に今の時間でこの辺りの通学路に人がいる事はあまり無い。なのに今現在では生徒があちらこちらで見える。しかも男子生徒が多い。それに加えチラチラとこちらを伺っているようにも思えた。

 

「おかしいな…朝って、こんなに人多かったっけ?」

「いえ、そんなはずは…」

「……あれ」

 

アサヒにも確認を取って異常なこの光景を確認すると、ミキが校門を指差す。二人は指された校門を見ると、そこではここと同じように居るはずのない生徒達がいた。これもまた男子生徒だ。

まるで検問のように、生徒達を見て顔を判断しながら通しているようだ。良く見ればそこに居るのはタツヤのクラスの男子生徒がほぼ全員居る。何をしているんだろう、と思いながらも自分も校門を通ろうとした。したのだが、男子生徒達に道を塞がれてしまう。

 

「み、みんな、どうしたの?」

「「「…………」」」

 

聞いてみたが全員俯き、表情を見せない。そこにちょっとした恐怖を感じたタツヤは同時に嫌な予感がした。すると、端にいたタツヤのクラスの留学生、ビル・D・ドライバー(彼女募集中)が本場の発音である言葉を呟く。

 

「…………Are you ready?」

「「「できてるよ」」」

「「「浪川タツヤぁぁぁああああ!!!」」」

 

それと同時に校門にいた同級生、並びに近くにいた男子生徒達が一斉に襲いかかってきた。手には竹刀にバットなど色々と危ないものばかり。タツヤは予感が的中したことを内心悔やみながらも逃げ始めた。

 

「ちょおおおおおおお!?」

「死んでもらえないかなぁ…!?」

「お前はいいよなぁ、女子にモテて。俺なんて…!」

「兄貴、アイツが眩しいよ…」

「お前は俺の心を滾らせた!」

「おばあちゃんが言っていた。女を侍らす男は塵になって消えろってな」

「モテないクラスは助け合いでしょ!」

「日野ォ!」

「ダディヴァナザン、ドゥナディディイドゥドヴァダリナンディス!?」

「………(じー)」

「オンドゥルルラギッタンディスカー!?」

 

タツヤと同じクラスの剣崎 和也(彼女募集中)は遠くの壁からこちらを見ていた三年生の先輩に向かって良く聞き取れない事を叫ぶ。それ以外の生徒はタツヤを死に物狂いで追いかけていた。

後にタツヤは語る…彼らはある意味、バルバモンよりも威圧感と恐怖がハンパなかった、と。そして取り残されたアサヒとミキはポカンとしながらもその光景を見ていた。

 

「なんなんですか、あれ…?」

「わからない」

 

 

時刻は昼休み、結局タツヤは彼らから逃げ切り教室へ避難。周りの男子生徒に睨まれながらも授業を受け屋上へと来ていた。小休憩の時間でも狙われていたタツヤはため息を深くつく。

 

「ひ、酷い目にあった…」

『タツヤ大丈夫?』

「なんとかね…」

 

カケモンにそう返すタツヤ。ちなみにだが、こうなった原因は城太郎にあった。今朝の野球部の朝練の時、うっかり自分がタツヤの家から来たのを話してしまったのだ。それに加え、『アイツ、沢渡と才羽と一緒に登校して来るぜー』と言ってしまい、野球部にいるある特殊な人種が聞き耳を立ててしまった。その後、そのある意味特殊な人種、モテない勢の男子は同類達にそれぞれ連絡。今朝の騒ぎへと繋がりという訳だ。

タツヤは後で城太郎にお灸をすえる、と穏やかではない事を呟きながら買ってきたパンを食べようとした。だがその前に、タツヤの真後ろからキィ、とドアの開く音が。またか、とタツヤは身構えるが、そこにいたのはミキだった。

 

「浪川 タツヤ。少し、いい?」

「どうしたの才羽さん?」

 

胸を撫で下ろしミキに訊ねるタツヤ。そういえば屋上に来るのは昨日ぶりだっけ、と思いながらもミキの話を聞こうとした。

 

「私は、私は普通の学生が一般的にどう過ごしているのかわからない」

「どうって、部活したり勉強したりじゃないの?」

「それは平日。私が言っているのは、休日の過ごし方。私はそれを知らない」

 

知らない、と言われてタツヤは首を傾げる。前から思っていたが、彼女は転校前はどこでどう過ごしていたのだろう、そもそも何故バルバモンの命令に従っていたのだろうと。だがそんな疑問はミキに届かず、彼女はだから、と意を決したように口を開く。

 

 

「私に普通を教えて」

 

 

 

 

翌日、本格的な夏を感じ始めた浪川家の玄関では、源光が箒を使い掃除をしていた。見た目に似合わず体力もある源光だが、夏の暑さには敵わず額から汗を垂らしている。そして肩に掛けていた手拭いを使って汗を拭き取り独り言のように呟く。

 

「いやぁ、暑いねぇ。さすが夏」

「こ、こんにちは!」

 

玄関からつい最近聞いた声が聞こえてくる。視線を向けると、そこには涼しさと動きやすさを両立させた私服を着たアサヒがそこにいた。やや緊張気味な彼女の姿を見た源光はニッコリと笑い彼女の元へ寄る。

 

「おや、アサヒちゃんじゃないか。昨日ぶりだね。どうしたんだい?」

「あ、えっと、たまたま、そう!たまたま近くを通りかかったので遊びに来ちゃいました!」

「ああ、そうかい。でも…」

 

源光は気まずそうにポリポリと頬を掻く。おそらく彼女はタツヤに会いに来たのだろう。昨日の様子からミキがこの家で暮らすという事に抵抗があったのは間違いない。タツヤに気があるんだろうな、と少し微笑ましくも思うが、今の状況はとても言いにくかった。

 

「でも、どうされたんですか?」

「今タツヤ達は出掛けていてね。今家には私とハックモン君しかいないんじゃよ」

「そうなんですか?…ということは、才羽さんも?」

「ああ。今日はショッピングモールでデートするらしくての」

「そうなん…はい?」

「今頃ミキちゃんの服でも買っているんじゃないかな………」

 

そう源光が言い終わる前に、アサヒは目の前から消失。そして視線を横に向けると、タツヤ達が出かけた方向…ショッピングモールのある方向へと走って行った。

それを見て源光はふぅ、と息をつくと再び掃除を再開する。

 

「青春だねぇ」

 

まだ彼の息子、タツヤの父が学生だった頃を思い出す。何故か似たような光景を見た気がするが、源光は父子だな、どこか悟った顔をしていた。…それが自分に向けられた最大のブーメランとも気付かずに。

 

 

 

「……………」

「……………」

 

ショッピングモールのとある場所。ここは若い女性に人気のあるアパレルショップの一つ、ちょうど中学生辺りが良く利用する店だ。そんな場所でタツヤとミキは二人並んで棒立ちになっていた。タツヤはこう行った場所に異性と来るという事が無く、ミキも外出するときは大抵本屋なので経験がない。

昨日ミキに普通を教えて、と言われたものの、早速困ってしまう。今朝、源光に出掛けるなら服を買って来なさいと現金を預かって来たものの、タツヤには色々耐えられなかった。

 

「さ、才羽さん、僕、外に出てるから。気にいるものがあったら気にせず買っていいよ」

「ダメ」

 

店の外に出ようとするタツヤの腕が掴まれる。振り向くとミキがフルフルと首を横に振っていた。…彼女も心細いのだろう。こう行った場所で一人になるということに焦りを若干感じミキはタツヤを引き留めていた。

そしてそんな彼らを店の外の壁からそっと見る者…アサヒも焦っていた。

 

「あわわ…!本当にデートしてます…。しかも浪川君と手を繋いでるし、羨ましい…」

 

距離があり、会話の内容が聞こえない事も相まって、アサヒにはタツヤとミキがいい雰囲気になっているように見えていた。それを見て嫉妬心が芽生え始めるアサヒだが、今入ってどうなるかなんて分からずただ傍観している。

そうしていると、タツヤが一つの服を手にとってミキに見せて来た。

 

「これ、とかどうかな?カケモンと選んでみたんだけど」

『ミキはなんでも似合いそうだけど、これが一番いいと思ったんだ!』

「…ありがとう」

 

タツヤとデジヴァイスの中のカケモンに礼を言うミキ。しかしその顔は嬉しさとは別に、申し訳なさのようなものが見え隠れしていた。

 

「どうしたの?もしかして気に入らなかった?」

「違う。私に気を使わなくていい。私に私服は必要ない」

「それってどういう…」

「そのままの意味」

 

そう言った彼女を見て彼は彼女と初めて休日で会った時のことを思い出す。そう、あの時のミキの格好は制服だった。加えて私服を持っていないと答えていたと記憶している。そうなると彼女にも何か理由があるのだろうか、とタツヤは考えたが、もうひと押ししてみる事に。

 

「でも、これ才羽さんにきっと似合うと思うよ?おじいちゃんもその為に行ってこいって言ったんだし、遠慮しないで買っちゃおうよ」

「似合う…?機能性的には問題は無い…。なら……買う」

『やったぁ!』

 

カケモンが喜びミキも薄っすらと微笑む。その事に安心を覚えたタツヤは店員に話しかけ会計を済ませようとする。

一方のアサヒはますます焦っていた。実際は三人なのだが、ますますいい雰囲気のように見えてきたアサヒは混乱している。前髪で見えない目がグルグルと回っているくらいに。

 

「あわわわわわわ…」

「ん?あれ、お前沢渡じゃn」

「わーーー!?」

 

突然背後から声をかけられるアサヒは大声を出して後ろにいた相手、城太郎の口を塞ぐ。なんでこんな所に、と思ったが今日は休日。城太郎だって出掛けることがあるに違いないと結論付けた。

城太郎はそんなアサヒを無視して彼女が見ていた先を確認し、悟った。

 

「ふぁぶほぼ、ほうひふはへは(なるほど、そういう訳か)」

「た、立向居君、頼みますから黙っててください…!絶対、絶対気付かれちゃダメです…!」

「ふぁんひんひろ、ふぉへはひほふほへひふふぁーほは!(安心しろ、俺は尾行のエキスパートだ!)」

「だから黙ってください!」

 

 

次にタツヤ達(ついでにアサヒと城太郎)が来たのはゲームセンターだった。ここではクレームゲームやシューティングゲームなど様々なゲームで遊んでいる子供達がいる。ここなら安心だな、とタツヤは内心ホッとしながらもミキに声をかけた。

 

「才羽さん、どれがやりたい?こう言うのやった事ないけど、難しくなければできるよ」

「じゃあ…あれ」

 

ミキが指したのは一般的なゲーム。既存の曲に合わせて太鼓のような機械に鉢を当ててリズミカルに演奏するゲーム、太鼓マスターHIBIKIだった。これなら使い方がわかるし簡単だ、とタツヤは硬貨を入れ、2Pモードに設定し鉢を手に取る。説明を予め聞いていたミキも真似をするように手に鉢を取った。そしてゲームが始まる。

 

「あ、これ意外と難しい…。…!?」

「リズムは覚えた。タイミング、叩くスピードも問題ない。いける」

『ミキスゴーい!」

 

チラリ、とミキの方を見ると、彼女はブツブツと呟きながらも正確に、そして一瞬のブレも無く太鼓を叩いていた。まるで機械のように正確で、見ているこっちの手が止まりそうだった。カケモンもデジヴァイス越しに驚いている。

それは彼等を尾行していたアサヒ達にも言えていた。

 

「あれ、どうやったらあんな風に叩けるんですか…?」

「バカな、ゲーセンのエキスパートである俺より上手、だと…?」

 

嫉妬心が収まり、逆に感心してるアサヒの隣で膝と手を突き放心している城太郎。すると彼らの前に、一匹のデジモンが通りかかる。

 

「あ?お前ら何やってんだ?」

「ワレちゃん!なんでここに…」

「なんか寝てたらバカケモン達に置いてかれちまってよ。暇だし散歩してたんだよ」

 

ワレモンの言うように、彼は爆睡していたらタツヤ達において行かれていたのだ。最初は腹を立てたのだがワレモンは直ぐにダンボールを被り外出。街を散策していたと言うわけだ。そんなワレモンは少し離れた場所にいるタツヤ達を見つける。

が、

 

「あ?あれタツヤじゃねぇか。おー…、くぺっ!?」

「ワレちゃん、ダメです。絶対に行っちゃダメです。暇なら私達と探偵ごっこしましょう」

 

首根っこを掴まれアサヒの前に強制的に体を向けられるワレモン。何すんだ、と文句を言い掛けるワレモンだったが、急に黙ってしまう。見てしまったのだ、アサヒの前髪に隠れた…光の無い目を。

 

「いいですか、ワレちゃんはぬいぐるみです。ちょっと目つきが悪いけどぬいぐるみなんです。だから喋らないし動かないのは当たり前です。だからワレちゃん、私の言いたい事…わかりますよね?」

「………ッ」

「いい子です。ほら、立向居君も起きてください、もう移動しちゃいますよ」

「俺より…エキスパート…」

 

蛇に睨まれた蛙、という言葉がよく似合うこの状況。もう色々と吹っ切れてしまったアサヒは高速で首を縦に振るワレモンと城太郎を片手に掴み移動しだす。後にワレモンは語る……アイツのオヤジの片鱗を見た、と。

 

 

次にタツヤ達が来たのはファミレスだった。もう昼が過ぎている事もあり昼食にするつもりらしい。タツヤは手に持った荷物を影にデジヴァイスからカケモンを出す。こうすればカケモンも見えないし、一緒に食事ができるだろう。そう思ってタツヤはメニューを開く。

 

「お腹空いたね、二人とも何食べる?」

「えっとねぇ、ボクオムライス!」

「わかった。才羽さんは?」

「……ここからここ」

 

凍りついた。タツヤ達のいる席限定で空気が凍りついてしまったのだ。今何やら女子中学生らしからぬ事を言ったような気がするが気のせいだろうか、と思ったタツヤだがしっかりとミキはメニューに書かれた商品を指差している。本気なのか、と思いながらも遠慮しなくていいと言ったのは自分なのでそれを了承する事にした。

 

あれから40分ほど経過。目の前には何枚もの空いた皿が置かれていたこれのほぼ全てが目の前の少女が平らげたなど誰も思うまい。パスタ、ハンバーグ、ピザ、etc…、それが全て無くなってしまったのだ。タツヤは凄いものを見てしまったと思いながらもお冷やを飲む。ちなみに後ろの席にいるアサヒ達も驚きで食事どころではなかった。

そうして時間は過ぎ、タツヤは次の場所に行こうとするが、その前にミキは口を開く。

 

「浪川 タツヤ。私は貴方に伝えなくてはならないことがある」

「「え?」」

 

急な事にタツヤと、聞き耳を立てていたアサヒが反応する。アサヒは声を出してしまった事に気付き急いで口を手で覆う。どうやら気付かれてはいないようだが、向かい側の席の城太郎と隣のワレモンにどうした?と言った顔をされてしまった。今のセリフ、アサヒの中ではまるでこれから告白でもするようなセリフだったので今日の中で一番驚いてしまったのだ。

そんな事はつゆ知らず、ミキは続けて言葉を発する。

 

「でも、まだその時じゃない。今の私ではわからない事が多すぎる。…あの時、こんな私に友達になろうと言ってくれて嬉しかったのはわかる。だからこそ、本当に言うべきなのかわからない。だから、言える時まで待ってて」

「そっか……。うん、わかったよ」

 

タツヤは真剣なミキの目を見て頷く。彼女の中でちゃんと言えるように整理がついたら聞こう。そう思ったのだ。ミキはありがとう、と答えると気が抜けたのか肩の力が抜け落ちる。後ろではまるで告白を受け入れたような反応をしたタツヤに動揺を隠せない少女がいたのだが、それはまた別の話。

するとタツヤは今までの穏やかな雰囲気から一変、真面目な顔へと切り替わりミキの顔を見る。そこには、ミキの時とは違った決意が込められていた。

 

「じゃあ僕も、才羽さんに言っておく事があるから言うね」

「?何…?」

 

 

「僕は夏休みの間、デジタルワールドに行くよ」

 



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十四話 《八月一日》

 

「僕は夏休みの間、デジタルワールドに行くよ」

 

ショッピングモールにあるファミレス。その中にある一席でタツヤは静かにそう言った。その一言を聞くのはカケモンとミキ、そして…。

タツヤの言った言葉に遅れて口を開いたのはミキだった。

 

「それって…」

「ハックモンが言ってたんだ。もうじき、アルフォースブイドラモンが目を覚ますって」

 

デジヴァイスを見つめて語るタツヤ。先日、ハックモンが眠っているアルフォースブイドラモンが目を覚ます事を告げられた。その時に言われたのはこれからの事だ。

カケモンとワレモン、二人にデジタルワールドに帰らないかと誘うも首を横に振られ、断られる。カケモンはタツヤと別れるのが嫌で、ワレモンに関しては現実世界での暮らしが気に入っているらしい。それはそれで納得したハックモンだが、次にハックモンはタツヤにこう言った。“お前はどうするのか”、と。

そしてタツヤが出した答えは…。


「僕がデジヴァイス(これ)を持ってたら、またバルバモンがデジモンを送り込んでくる。だから、僕が向こうの世界に行って決着を付けに行くよ」


タツヤはなんでもないことのように平然とそう言った。…普通なら信じられないだろう、タツヤは自ら危険と隣り合わせの世界へ行くというのだから。ハックモンやアルフォースブイドラモン、それにワレモンという向こうの世界に詳しい者もいるが、敵も同じ条件な上に強大。この前の戦いで知っているはずなのに、とミキは狼狽えていた。

短期間ではあるがバルバモンに従っていたので敵の実力は知っている彼女にとってタツヤの行動は信じ難いものだ。


「何を…言っているの?無謀過ぎる、決着をつけるなんて…」

「大丈夫だよ、夏休みの間…一ヶ月くらいだけだから。宿題だって最初の内に終わらせる。学校が始まりそうになったら、帰ってくるからさ」

「そういうことじゃ…!」

「それに才羽さんにはお願いがあるからさ」


タツヤは自らのペースを崩さずに再びミキを見つめる。その目に少し気圧されそうになり、ミキは口を閉じた。有無を言わせないようなその迫力に感情的になっていた彼女の熱が引いていくのを感じる。カケモンは先程から二人の顔を交互に見ながらも不安そうな顔をしていた。

 

「おじいちゃんと一緒にいて欲しいんだ。ああ見えて、結構寂しがりだからさ、趣味に付き合ってくれたら嬉しいかな」

「……源光さんに話したの?」

「才羽さんが初めてだよ。本当は今日か明日におじいちゃんにだけ言おうかなって思ったんだけど…才羽さんが僕達にちゃんと向き合ってくれたから、言っても良いかなって」


自分がしてきた事の罪悪感と不安もあったのだろう。それでもミキは伝えたい事があると、待っていてほしいと言った。それだけで満足だったのだ、タツヤが彼女を信頼するのに十分だったのだ。

だがミキは疑問を持った。デジタルワールドに行く事を話すのはこれが最初。ならば自分よりも付き合いが長い二人に伝えていないのか…。それが気になりミキは口を開く。

 

「沢渡 アサヒと立向居 城太郎には話さないの?」

「…うん。二人に話したら、付いてきそうだから…怖いんだ。もしかしたら、取り返しのつかない事になるかもしれないって思うと…」

「……」

「だから、才羽さん。みんなの事お願い。それと、この事は二人に内緒にしてて」


そう言ってタツヤは笑う。隣のカケモンは心配そうにタツヤの名前を呟くが心配しないでと彼は笑って返す。本来ならばミキは反対するのだろうが、ミキはある一点を見て黙ってしまう。不安そうなカケモンを撫でる腕が微かに震えているのを見てしまったのだ。

開きかけていた口を閉じ、自分にとっての最善の選択をする。それはタツヤの望む選択であり、ミキの望まない選択だった。

「わかった…」

夕方、タツヤ達は一通りの買い物をして帰路に立っていた。ファミレスでの一件からミキの表情は優れず、タツヤは罪悪感を感じながらも隣を歩いている。

そしてそれとは別の場所、タツヤ達を尾行していたアサヒ、城太郎、ワレモンは暗い顔をしていた。タツヤとしてはバレていないと思っていたが、この三人はファミレスの会話をしっかりと聞いていたのだ。互いに無言を通しながらも、城太郎は急に止まりアサヒの腕に抱かれているワレモンを見ずに声をかける。

 

「ワレモン、お前知ってたのか?」

「……予めタツヤに言うなって言われてたからな、オレは」

「そっか」


普段とは真逆の落ち着いた雰囲気と言動。それだけで今の彼の状態が普通でない事がわかった。それは怒り、悲しみ、そして呆れのようなものがいくつも混ざり合って彼の体の中を駆け巡る。


「沢渡、お前どうする?」

「何が、ですか?」

「わかってんだろ、そんな事」


アサヒにもそう投げかける。彼女の顔は髪に隠れてわからないが、確実にいい顔はしていないだろう。そんな彼女の力の無い返事を聞いても、城太郎の奥に秘めた彼の炎が揺らぐ事は無かった。

2日後、長い校長先生のスピーチを聞き、学校の終業式を終えてタツヤは昇降口から家へ帰ろうとしていた。だが彼の顔は浮かない…自分が隠し事をしているという事実と何故かアサヒとミキ、そして別のクラスでも毎回やって来る城太郎でさえ、タツヤと会話をしなかったのだ。

こんな日もあるのだろうか、そう思い家に帰ろうとすると、肩に腕を回される感覚がした。


「よーう、タツヤ!今日から夏休みなのに何湿気った顔してんだよ!」

「…この世全ての人が城太郎みたいに頭のネジが吹き飛んでるわけじゃないんだよ」

 

どこか安心したように腕を回した相手、城太郎にいつものように返す。何かがあったのではないか、そう思っていたが城太郎は能天気そうな顔でタツヤに話しかけた。


「それよりもさ、お前夏休み何するか決めたか?俺は海に祭りに大忙しの予定だからなー」

「それいつも通りだよね。去年もその前も聞いたよ。…それに僕だって予定が」

「へー、予定できたのか。どっか旅行にでも行くのか?」

 

どこか違和感を感じ疑問に思うタツヤ。普段ならもっとがっつくような態度を取る筈だ。それなのに、何故?城太郎に心境の変化があったのか、それとも…。

タツヤは少し身構えながらも返答する。


「…まあね。おじいちゃんは都合は悪いから、僕とカケモン達で行くつもりだよ」

「遠いのか」

「そうだね、凄く遠いよ」

「いつまでいるんだ?」

「夏休みが終わるまで、かな。いつ帰るかまだわからないけど」


嘘は言っていない。ただ自分は場所の詳しい情報を伝えていないだけだ。そしてそれを聞かない城太郎にちょっとした不信感を抱きながらもタツヤの中では罪悪感が渦巻いていた。


「俺も行っていいか?それに才羽と沢渡も」

「城太郎予定あるんでしょ?それに、チケットはもう売ってないよ」

「じゃあ見送るからさ、いつ行くか教えてくれよ」

「…8月、2日。家に来るなら朝にしてよ」

 

自分は表情を変えていなかっただろうか。

目はそらさなかっただろうか。

声は震えて居なかっただろうか。

タツヤは念のために言った一言に動機が早くなると、城太郎の腕を肩から下ろして前へ進む。表情を読まれまいと、城太郎より先に外へと出た。自分の言った、恐らく数える事しかした事がない嘘に自分自身が怯えながら。

「ああ、2日だな。わかった」

数分後、城太郎は彼の実家へと飛び込むように帰宅した。いつもの彼なら歩いて倍以上の時間をかける帰路を、今日彼は全力で走って来たのだ。だというのに息切れを全くして居ないところから彼の並外れた体力を持っている事がわかる。

城太郎は実家の居間に転がりながら入ると、大声を出しながらも律儀に帰りの挨拶をした。

 

「ただいまぁぁ!父ちゃん、今いるか!!?」

「あらおかえり。父ちゃんなら今珍しく自転車の修理に出掛けてるわよー」

 

そういうのは城太郎の母。彼女は大家族であるため一般より多い洗濯物を畳みながらも城太郎にあんたも手伝いなさい、と洗濯物の一部を城太郎の前に差し出す。が、城太郎はそれよりも早く母親に顔を向けた。

 

「じゃあ、母ちゃんでもいい!頼みがある!」

「何よ、小遣い上げるのは無理って…」

「俺に勉強教えてくれ!つーか、手伝ってくれ!」

「父ちゃぁぁぁぁあああああん!!!城太郎がぁぁぁぁぁああああ!!!」

「母ちゃん待ってくれえええええええ!!!」


勉強、という単語を聞いた瞬間、彼女は洗濯物を放り出して夫のいる方向へ向かおうとする。それよりも前に城太郎は彼女の駆け出す方向に先回りし、その場で正座し出した。


「待ってくれ母ちゃん!俺は夏休みの予定を全部パーにしてもやらなきゃいけねぇ事が出来たんだ!だから俺は宿題とも向き合わなきゃいけねぇ!頼む、俺は勉強のエキスパートじゃねぇんだ!!」

「あんた本当に大丈夫なの?!風邪?それともインフルエンザ!?死ぬのにはまだ早いでしょあんた!?」


自分の事は言え割と酷いことを言われるが、そこは察するしか無い。いつもの城太郎なら夏休みの宿題など最後の二、三日でやっと始めるレベルだったのだ。だがしかし、今の彼は初日どころか前日に手を出そうとしている。それを考えると、そう言ったとしても仕方ない…かもしれない。

「お母さん、今いいですか…?」

「どうしたのアサヒ?そんなにあらたまって…」


夕方、沢渡家の一室。夕飯後の後片付けを終えた沢渡 夜空は布団を敷いて居た。そんな中、娘であるアサヒが部屋へと入ってくる。アサヒがあらたまるのは別に不思議ではないが、何故か彼女の雰囲気からただ事ではないという予想が頭を過った。

アサヒは部屋に入り戸を閉めるとその場で直ぐに頭を下げる。

 

「…ごめんなさい。夏休み中の合宿、参加できません」

「あらそう。いいわよ」

「ダメですよね……はい?」


否定されると思い、覚悟をして居た彼女だったがそんな心配はケロリといった顔の夜空が吹き飛ばしてしまった。敷布団を敷いて彼女は自分の娘の元へ近づくと頭を撫でる。そっと大事な物を扱うような、そんな仕草で。


「何か、やりたい事が出来きたんでしょう?合宿よりも大切な事が」

「お母さん…」

「理由は聞かないわ。お父さんには私が言ってあげる。だからあなたの思うようにやりなさい」

「……はい!」

 

まず父ではなく母に相談しよう、そう思って居たアサヒだったが、いい意味で予想を裏切られる。それと同時に彼女は夜空に精一杯の返事を返した。今はまだ話せない、だけどいつか話せる日が来るなら…アサヒはそう思いながらも胸の中にある決心をより一層固める。

全ては、目的の日のために。

 

 

 

 

 

 

「源光さん…」

「おや、どうしたんだい?眠れないのかな?」

 

夜、既に日付が変わった頃、リビングで本を読んでいた源光の元へミキがやってくる。猫のイラストが描かれたパジャマ(この間買ったもの)を着ている所から源光は眠れないと思っていたが、彼女は首を横に振る。


「私は…悩んでいる。浪川 タツヤの希望を聞くべきか、それとも彼の後を追うべきか」


タツヤに言われた時から悩んでいた。デジタルワールドに行くという事はバルバモンの他にも様々なデジモンが襲いかかってくる可能性があるという事。いくらハックモンという案内役がいるとは言え、安全とは言えない。ましてや七大魔王の一人と戦うとなると、生死をかける戦いになる。そう考えると……胸の奥の騒めきが収まらなかった。

 

「教えて欲しい、私はどうしたら」

「それは君次第じゃよ。私が出す答えじゃない」

 

いつもと同じ表情で、ミキの言葉を遮る。穏やかだが、厳しさが見え隠れしている源光を見て、一瞬驚く。第一印象が優しい老人だった源光のイメージが揺らいだように思えたからだ。だが源光は雰囲気をいつもの穏やかなものに戻すと優しくミキへと微笑む。


「悩んでもいいんだよ。悩む事は生きている証拠さ。答えはどれが正解かはわからない。だけど、後悔をしない選択をしなさい」


そう言ってコーヒーを飲むと再び本に視線を戻す。まるで胸の内を透かされたような気分になったが、同時に言われた言葉を頭の中で繰り返す。

後悔をしない選択、今までバルバモンに従っていたミキにとってそれは難しく、厳しい行為。それをやるという事はミキにどういう影響を及ぼすのか。

ミキはしばらく立っていたが、ゆっくり頭を下げると借りている部屋へと戻っていった。

夏休み開始から4日が経過、月が変わった最初の朝。タツヤはその休みの間、学校の宿題に費やしていた為中学生らしい過ごし方は出来ずにいたが、そのおかげで既に手をつけられる宿題は全て終了。源光もタツヤの予定を聞いた上で見守っていた為、特に何もいう事は無かった。ちなみにだが、ミキは朝早くから出掛けており家には居ない。また本を借りに行ったのだろうかと思いながらも不思議がっていたのはこの際余談であろう。

そしてタツヤとカケモン、ワレモン、それにハックモンは庭へと出ていた。タツヤは手にデジヴァイスを持ち、少々緊張した顔をしている。

 

「タツヤ、準備はいいか?」

「うん」


そう言ってタツヤはデジヴァイスを正面に向ける。そう、今日はデジヴァイスの中にある別のフォルダにいたアルフォースブイドラモンが目覚める日だ。本来であれば終業式の日辺りで傷は癒えていたのだが、タツヤの準備の期間もあり少し遅れての目覚めとなった。

デジヴァイスから青い光が出て目の前に巨大…ではなく小さいシルエットが浮かぶ。そこにいたのは蒼い聖騎士…でも無く青い小型の竜のようなデジモン。赤い目に額の黄色いVが特徴的なデジモンだった。

目の前のデジモンは大きく欠伸をするとタツヤ達に向かって軽く手を振る。


「ふぅー、よく寝たぁ。あ、みんな久しぶりー」

「え、っと…誰?」

「ん?あー、そっか今退化してるんだっけ。ボクだよ、アルフォースブイドラモン。今はブイモンだけどね」

 

そうやってアルフォースブイドラモン、もといブイモンは頭に手を添えてアハハと笑う。その姿にやれやれと頭を振るハックモン、ボクと一緒だー、と言ってはしゃぐカケモン、少し呆れ気味のタツヤとワレモンと十人十色の反応をしていた。

実を言うとアルフォースブイドラモンはブイモンに退化してからデジヴァイスの中に入るつもりだったのだ。成長期へと退化する事でデータ量を減らし、回復を早める予定だったのだがアルフォースブイドラモンは話を聞かずに中へ入り休眠。今日まで長い時間をかけて傷を癒していたのだ。

そんな事を気にせずブイモンは身体中を懐かしそうに見渡す。

 

「この姿久々だなぁ。色んなものが大きく感じるよ」

「そうなんだ…」

「むしろ今の方が合ってんじゃね?色んな意味で」

 

そう言うワレモンにカケモンとブイモン以外が苦笑いで返す。たしかにブイモンの性格上今の姿の方が様になっている。それに加えて何故か生き生きしているブイモンを見ると威厳とかそう言った硬いものが無くなって肩の荷が下りたようにも見えた。

そうしているとブイモンは思い出したかのようにカケモンの方を見る。

 

「あ、そういえばカケモン」

「?何ー?」

「キミさ、ボクとどこかで会ったことある?」

「?」

 

そう言われてカケモンは首を傾げる。表情的にもカケモンはブイモンと初対面のはずだ。何に彼からそう言われて不思議そうにしている。タツヤとワレモンも同じく首を傾げているが一人だけ、ハックモンはその様子をじっと見ていた。

そして、

 

「あ…、ごめん。お腹空いちゃった」

 

ブイモンのからグゥと腹の虫が鳴る。どうやら長い間眠っていた為空腹のようだ。今までの雰囲気が台無しになりワレモンは吠え、ハックモンは深くため息をついた。

 

 

「うっわ何これ美味しい!?見た目泥っぽいけど甘くておいっしい!!」

「スーパーのセールで安かったからねぇ、いっぱい食べてもいいんだよ?」

「ありがとうございます、源光オジイさん!」

 

あれから十数分経ち、タツヤ達は家の中でブイモンの食事風景を見ていた。既に朝食を終えていたタツヤ達だったが、源光がまだ食事の余りを片付けていなかった事から今の光景が生まれている。それに加えて、スーパーで安かったチョコの詰め合わせを掃除機並みに吸い込むブイモンを見ているとあっぱれ、と言った表情でタツヤ達は見ていた。むしろこっちの腹が減ってくる、そんな気持ちで。

そうしていると、ハックモンはブイモンの元へ行き少し焦ったように口を開く。

 

「ブイモン、腹を満たしたらすぐにゲートを開くぞ。デジタルワールドの状態を一刻も早く知る必要がある」

「わかってるよ。他の同胞達の事と、時空の歪みでボクらが飛ばされた正確な時間を知りたいしね」

 

そう言うブイモンは食事の手を止めて真面目な顔になる。やはり威厳が無くともネットワークの守護神とも言われるデジモンの一体だ。加えてハックモンよりも長い年月を生きている事もあり、冷静に状況を判断している。その顔はロイヤルナイツに相応しい顔つきだ。…口に散らばっているチョコに目を瞑れば。

 

「それと…カケモンの事なのだが…」

「?何?」

「…いや、なんでもない」

 

そう言ってハックモンは庭へと出る。

ずっと気になっていたのだ、先程のブイモンの言葉を、カケモンにあった事があるのではないかと言う疑問を。これはブイモンだけでは無くハックモンも抱いた疑問だ。人違い、ならぬデジモン違いとは思えない。なぜか引っかかりを覚える、そんな表情でハックモンは気を鎮めていた。

 

 

ブイモンの腹が膨れて十数分後、ようやく食べた物が消化されて庭へと移動するタツヤ達。ハックモンとブイモンは離れた所に立つと、全身から0と1の模様を浮かび上がらせ輝き出す。

 

 

「ハックモン、ワープ進化!––––ジエスモン!!」

「ブイモン、ワープ進化ァ!––––アルフォースブイドラモン!!」

 

 

輝いた二人の体は段々と別々の影を浮かび上がらせながらも巨大な人型に近い姿へと進化した。それぞれ色褪せてはいるが、ハックモンはジエスモンへと、ブイモンはアルフォースブイドラモンへとワープ進化する。

二人は互いに頷きあうと目の前に手をかざす。そして声を揃え、一種の認証コードを入力する。

 

 

「「デジタルゲート・オープン!!」」

 

 

その一言でジエスモン達に前に虹色に光る穴、デジタルゲートが開いた。何度かゲートが開く光景を見たが、未だに緊張感が残るタツヤ。それとは裏腹に、ワレモンは軽く腕を回しゲートへと進んだ。

 

「んじゃ、帰るか。久々に向こうによ」

「……ねぇ、タツヤ。本当に良かったの?」

「カケモン?」

 

同じくゲートへ向かおうとするタツヤに今まで黙っていたカケモンが問いかけてきた。思わず振り返りカケモンを見るタツヤ。カケモンの顔に不安は見られないが、少し後悔のようなものが感じられる。本当に良かったのか、それは何に対してなのかわからないがタツヤの足を止めるには十分だった。

 

「本当に良かったの?ミキ達も一緒じゃなくて」

「…いいんだ。みんなを巻き込みたく無いし…それに、これは僕がやらなきゃいけない事なんだ」

 

そうだ、これでいいんだ。この選択は正しいんだ、そうタツヤは自分に言い聞かせる。

もしも、あの三人が一緒に来たのなら、自分は全員守りきれる自信が無いのだ。怪我をしたら、それが重傷だったら、はぐれてしまったら、もう会えなくなってしまったら、

…死んでしまったら。

そう思ってしまう、そう考えてしまう、だけどそんな事があれば自分は、浪川 タツヤはどうなってしまうのかわからない。だからこそ、これが正しい選択だと主張するのだ。

 

そうしていると、アルフォースブイドラモンは先にゲートの中に入って行く光景が見えた。どうやら先導してくれるそうだ。開いたゲートの先はアルフォースブイドラモンの指定した場所らしいので、彼がすると言い出したらしい。

ジエスモンもアルフォースブイドラモンに続くようにゲートの前に立つとタツヤの方に手を差し出す。

 

「さぁ、タツヤ。行こう」

「わかったよ。…じゃあおじいちゃん、行ってきます」

「ああ、気を付けて行って、そして無事に帰って来なさい。––––みんなでね?」

 

そう言って源光はニッコリと笑う。タツヤから事情を聞き、彼を送り出す源光の顔はいつも通り…いや、少し違っていた。まるで悪戯をしているかのような、そんな笑みを浮かべていたのだ。その事に何故か違和感を覚えながらもタツヤはデジヴァイスにカケモンとワレモンを入れて、背中にある大きなリュックを背負い直しジエスモンのいるゲートの前へ立つ。

そしてゲートへと入る、筈だった。

 

 

「え…!?」

 

 

そう、何事もなく入ろうとしていたのだが、背中に衝撃が走る。まるで誰かにぶつかったような感触…そう考え切る前にタツヤはゲートの中へと入ってしまった。

タツヤは眩い光に目を瞑り、浮遊感がある空間の中で恐る恐る目を開けると…そこにいたのは、いる筈のない人物達。

 

「城太郎!?それに沢渡さんに…才羽さんまで!?なんで…」

「なんでじゃねぇよ水臭ェ!デジタルワールドに行ってあのジジイとケリつけるんだろ?だったら俺も行ってやる!夏休みに別の世界行くのも悪くないしな!」

 

そう言って大きなバックを持った城太郎は歯を見せながら満面の笑みを浮かべる。それに俺助っ人のエキスパートだしな、と言い出す始末。笑みは浮かべているが決して面白半分で来ているわけではなく、彼の目には覚悟のようなものがギラギラと燃え上がっていた。

 

「でも、これは僕達が…!」

「浪川君は一人でなんでも背負いすぎなんです!カケちゃん達の事もそうですけど、なんでもかんでも一人でやれると思わないでください!」

 

同じく大きなバックを背負ったアサヒはなれない無重力の空間の中でいつも以上にそう叫ぶ。心配、その感情があるとはいえ彼女がここまでの行動力を示したのは驚きだった。それ以上にタツヤ達の存在が大きい、そう感じさせるほどに、彼女の瞳の力は…輝きは強い。

 

「源光さんは言っていた、後悔をしない選択をしろって。だから私も行く。それが私の選択…“私”自身が考えて、出した答えだから。私も連れてって」

「みんな…」

 

迷い、疑問、それらの心のモヤが渦巻いていた。その中で自分が見つけ出した、自分の答え。従っていたばかりの自分が出した選択。強大な敵が相手でも、勝てる確率が限りなく低くても、タツヤが、タツヤ達から貰った、ミキの中にできた炎は…勇気の炎は消せなかった。

 

タツヤは三人の中に強い覚悟がある事を感じ取った。それと同時に、自分の心臓が高鳴るのを感じ取る。爆発したかのように、喜びを感じるかのように激しく脈打つ自分の心臓に胸を当て目を瞑る。

ああ、そうだこの感覚だ。カケモンと初めてあった時と同じ感覚だ。まるで、欠けていたものがそこにあるような、そんな感覚。カケモンを見て、自分自身が願ったように今度もまた、タツヤは彼らと居たい、旅をしたかった事を実感する。

タツヤはそれを実感しながらも、答えがわかっていながらも問う。いや、これは再確認だ。

 

「三人とも……覚悟はできてる?」

「ああ!」

「はい!」

「うん」

 

思っていた答えが返って、思わずタツヤの口角が上がる。そしてタツヤの中で覚悟が決まった。

守ってみせる…代わり映えしない日常ではなく、掛け替えのない、大切な日常を…大切な友達を、絶対に。

覚悟はできた…ならば、タツヤの出す答えはただ一つ。

 

 

 

「––––行こう、デジタルワールドへ!」

 

 

 

「さて、少しの間寂しくなるかの」

 

源光はタツヤ達が飛び込んだゲートが閉じるのを確認すると、そう呟く。だがその顔に憂いや悲しみ、心配など無く、只の飄々とした老人の顔があった。

大丈夫、あの子達は帰ってくるだろう。苦しみや辛さ、悲しみがあったとしても、過酷な運命が立ち塞がったとしても、絶対に乗り越えられると信じて。

源光は家の中へと戻る。何事も無く、いつも通りの日常の中へ。彼らが帰ってきても、変わらない場所であるように。

 

 

こうして、浪川 タツヤ達は未知なる新天地へと向かう事となる。

 

現実世界、地球、日付は8月1日。運命に選ばれた少年少女達はデジタルワールドへと旅立って行った。

 

 

もう一度言おう–––

 

 

これは、欠けたもの同士がまだ見ぬ明日を掴み取る物語である。

 

 




こんにちはタカトモンです

あけましておめでとうございます。
今回で人間界編は終わりになります
次からデジタルワールドに入り少しずつですが物語が進んでいきます
これからもどうかよろしくお願いします


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デジタルワールド
十五話 《新たなる旅路》


虹色に輝く空間…上下左右、あらゆる場所の光景が映し出される空間。現実世界とデジタルワールドを繋ぐデジタルゲートの中、今ここに存在しているのはアルフォースブイドラモン、ジエスモン、そしてタツヤ達人間の子供達の合計六名。実際にはデジヴァイスの中にカケモンとワレモンもいるのだがそれは余計な一言だろう。

アルフォースブイドラモンはゲートの出口へと先に進み、ジエスモンはタツヤ達に近づく。

 

「お前達!一つに固まれ、はぐれるぞ!」

 

そう言ってジエスモンは手を伸ばす。どうやら連れて行ってくれるようだ。この空間で迷子になったら恐らく永遠に彷徨うのではないか、ジエスモンの語尾の強い言い方にそう予測したタツヤは三人に手を伸ばした。

 

「才羽さん!」

「うんっ」

「沢渡さん!」

「は、はい!」

「城太郎!」

「あだだだだだだだ!?何で俺だけ顔ォ!?」

 

ミキとアサヒの手を取りジエスモンの元へと送り届けると次に城太郎の顔面を掴み、乱雑に放り投げる。普段ならこんな事は出来ないが無重力状態のこの空間だからこそできるのだ。三人を移動させると自分もジエスモンのいる場所へ移動する。それを確認したジエスモンは捕まっていろ、と一言言うとアルフォースブイドラモンが抜けた出口へ加速して行く。強力な圧を感じるタツヤ達は目を瞑ってしまった。

 

 

風を感じた。

無重力の空間に風が吹くと言う違和感を感じタツヤは目を開ける。その行為はタツヤだけではなく、城太郎達も同様に行った。

広がっていたのは幻想的な景色だった。場所は雲に手が届くほど、はるか上空。太陽が昇り月が沈む、丁度朝を迎える頃合いとも言える光景が目に入る。現実世界では見られない、見る事のない美しい景色に誰かが息を漏らした。それは自分だったかもしれないし、近くにいる誰かだったかもしれない。よく見ればカケモンとワレモンもいつのまにか出て光景を見ている。

タツヤは、自然とその光景を口ずさんでいた。

 

「すごく、綺麗だね…」

「ああ、ここが我々デジモンの住む世界」

 

ジエスモンが答える。その事に意識が向いているのかいないのか、あやふやであるがやけに耳に入った。それに、答えたジエスモンはなぜか面白おかしいような様子でこちらを見る。今のタツヤ達の様子を見てそう思ったのか、それとも別の何かなのか。

 

 

「ようこそ、デジタルワールドへ」

 

 

 

暗い闇の中、宮殿のような場所。暗黒の力が渦巻くその場所で一体のデジモン、バルバモンは杖を何度も突き、イラつきながらも近場を右往左往していた。仮面で見えないがその顔は決していいものでは無い。むしろ面倒事が増えたような、そんな顔だった。

 

「奴らめ、現実世界からこちらへとやって来おったか」

 

そう言ってバルバモンは近くの段差に腰掛ける。そしてそのまま思考を続けた。

現在浪川 タツヤ達はデジタルワールドに移動し、恐らくはこの場所を目指して移動するだろう。例外として他のロイヤルナイツの生き残りを頼って各エリアを訪問する可能性もあるがそれは問題ない。奴らの位置は常に把握している。どこに居ようが関係ない、むしろ自分のいるデジタルワールドに来てくれたお陰で順調に事は進むだろう。

思考を終え一息つくとバルバモンは杖を支えに立ち上がる。既に落ち着きを取り戻した彼にとってタツヤ達などなんの障害にもならないと結論付けたからだ。定期的に刺客を送りつけて様子でも見る程度にしか認識していない。

 

「ああ、“A”も呼び戻さねばならんのか。全く面倒じゃわい。そう思わんか?––––“L”よ」

 

そう言って背後…宮殿の奥深くに振り向きそう言う。暗いこの空間の一層深いその場所で、何かが動いたような気がした。

姿も見せず、そこにいた何か…いや、存在しているかどうかもあやふやなそれはバルバモンを見た。そして思考する事数秒、“L”と呼ばれたそれは闇の中で声を響かせる。

 

 

「…愚問だ、“G”。我々の計画に狂いは無い。ただその時を待つのみ」

 

 

 

上空からタツヤ達を連れてジエスモンは地上へ降りる。既にそこにはアルフォースブイドラモンがおり、周りの様子を見て害意があるデジモンがいないか確認していた。

ジエスモンはタツヤ達を降ろすとハックモンへと退化し、全員いるな、と声を掛けた。タツヤ達は全員の無事を確認し大丈夫だと言うと同時に、ハックモンは浅くため息をつく。

正直、城太郎達くる予定が無かった三人がいる事に頭を押さえたい気持ちもあるのだが、この際仕方のない事だ。再びゲートを開こうにも彼らは帰らないだろう。

そう思い諦めたハックモンにタツヤは声をかける。

 

「ハックモン、これからどうするの?来たのはいいけど…バルバモンがどこにいるのか分からないし」

「心配するな、それなら既に考えてある」

 

そう言うとハックモンはアルフォースブイドラモン以外の全員に座るといいと声をかける。長い話になるのが予測され言われた通りにタツヤ達は座ると、ハックモンは語り出す。

 

「まず我々が目指すのはダークエリア…現実世界でいう地獄のような場所が目的地だ」

「じ、地獄、ですか…?」

「そうだね、一番近い表現がそれかな」

 

怯えたアサヒに今も周りを確認しているアルフォースブイドラモンがそう言う。目線をたまにこちらに合わせて彼はダークエリアの詳細を説明する。

 

「戦いによって死んでいったデジモン達が行く場所でね。善き魂は転生され、悪しき魂は葬られる…そんな場所さ。同時に暗黒の力を持った堕天使型デジモンや魔王型デジモン…七代魔王の巣窟でもあるんだ。というのも、」

「ここから先は長くなる。機会があったら話そう。タツヤ、マップを出してくれ」

「あ、うん」

 

アルフォースブイドラモンの話を切り上げハックモンはタツヤにそう言う。言われたタツヤはデジヴァイスを取り出しあるアイコンを起動させる。

それは《MAP》と表示されたアイコン。タツヤはそれを開くとその場にいた全員に見せるように、近くにあった切り株にデジヴァイスを置く。

 

「これはオレの記憶しているデジタルワールドの地形をデジヴァイスに転写したものだ。数日前に試したのだが、上手くいってな。見てわかるようにすればお前達も分かりやすいだろうと思ってタツヤに頼んだのだ」

 

そう、ハックモンは今から数日前に、デジタルワールドに行く際の備えとしてタツヤの持つデジヴァイスに自らの持つ記憶から、デジタルワールドの地図をダウンロードしていた。もしも自分が側に居ない時、やむ終えず戦線離脱してしまう時の為に作ったのだ。

ハックモンはマップにある地図の内、逆三角形で示されている現在地を説明する。

 

「今いるのがデジタルワールドの南東の森…ここだな。対して目的地であるダークエリアはここ、北極エリアの奥にあるゲートを抜ければ辿りつける」

「おいおいおいおい!遠いじゃねぇか!なんでもっと近くに来なかったんだよ!」

「いきなり敵のいるかもしれない場所にゲートを開くのは危険だからね。それに、ボクらは少し寄り道しなきゃいけないし」

 

ワレモンの文句にアルフォースブイドラモンが困った顔で返す。確かに彼の言い分には一理ある。今の状況で敵地のすぐ側に行けば返り討ちになる可能性が高い。ならば敵地よりも遠くから向かうのがベストかもしれなかった。

ワレモンがそうかよ、と悪態をつくとカケモンはハックモンに声をかける。

 

「寄り道?どこに行くの?」

「…今のデジタルワールドの現状、それに他の同胞の行方を知るために各地を周る」

「ボクも自分の守護するエリアがどうなっているか気になってね。だからここからは別行動を取らせてもらうよ」

「えー!?アルフォースブイドラモンさん行っちゃうの!?」

 

アルフォースブイドラモンの離脱を聞きカケモンは不満そうに大声を出す。その事に困ったようにごめんね、と謝るアルフォースブイドラモン。二度しか会っていないのにえらく懐かれているな、とその光景を見てハックモンは呆れ混じりのため息を吐く。

 

「はぁ…それに、もし他のロイヤルナイツの生き残りや我々に協力してくれるデジモンが居れば協力を要請する必要がある」

「たしかに、戦力を増強すれば倒せる可能性が高くなる」

 

ミキは口元に手を当ててそう言う。勝率を上げるのであればそれが一番いい選択だろう。特にロイヤルナイツであれば尚更だ。現状何体残っているかわからないが、デジタルワールドを守護する者達が集まれば、可能性があるかもしれない。もしくは、ロイヤルナイツに匹敵するデジモン達が居れば可能性は上がるだろう。

ミキの計算で数パーセント以下の可能性が少しづつ上がる中、ハックモンは頭を抱えて唸っている城太郎をチラリと見て要点を纏めて一言言う。

 

「つまりだ。我々は現在のデジタルワールドの情報を収集しつつ、ダークエリアに向かう」

「お、おう…」

「そうだね、それでいいと思うよ」

 

大体わかったような城太郎と今後の予定を聞いて納得したタツヤは頷く。この世界について詳しいハックモン、そして騒がしさに痺れを切らしカケモンをぶっているワレモンが頼りだ。今後の方針はそれでいい、後の事はその時に考えればいいだろう。タツヤはそう思いながらも、ワレモンを止めに行った。

 

ワレモンが落ち着いた頃、アルフォースブイドラモンは背にある翼を広げる。どうやら自分の守護するエリアに行くつもりらしい。彼は表情に出しては居ないが、心配と焦りがあった。自分がいない今、どうなっているか、住んでいるデジモンはどうなるのか。考えずにはいられないのだ。

 

「じゃあボクは行くね。落ち着き次第、できる限りの情報と戦力を連れて君達に追いつくから」

「うん。気を付けてね」

 

タツヤがそう言うのと同時にアルフォースブイドラモンは上空へ飛び立つ。そして目的のエリアの方角を見ると、一目散に飛んで行った。

タツヤ達は大声で別れの挨拶、再開の言葉を言うと振り返り自分達の目指す場所へと歩を進めようとする。別れは一時、すぐにまた会える…そう信じて。

–––––––信じて、いたのだが…背後からの突然の絶叫にそれが揺らぐ。その絶叫はまるで、今まで調子に乗って究極体のままだったので途中で制限時間かスタミナが切れて退化してしまい落下中の某聖騎士型デジモンのものにしか聞こえなかった。

タツヤ達は立ち止まり、ハックモンを凝視する。

 

「ねぇ、今のって…」

「…………………………………………大丈夫だろう、彼は」

「締まらねぇな、オイ」

 

ワレモンの呟きに誰も反論することができない。とりあえず、アルフォースブイドラモンことブイモンに黙祷を捧げ、立ち止まっていたタツヤ達は再び歩き出す。

ありがとう、アルフォースブイドラモン。

君の事は忘れない、永遠に。

 

 

「––––––––わああああああ、ちょ、調子に乗りすぎたぁあああああああ!!?」

 

 

 

絶叫を聞きながらも歩を進めたタツヤ一行。途中、大人しいデジモン達…《ANALYZER》とハックモンとワレモンの説明で分かった、アルラウモンやコエモンなどと言ったデジモン達とすれ違うと言う場面があった。攻撃する事も無く、ただ此方を観察するようなデジモンばかりだった為、タツヤ達は難なく進んでいく。

そして休憩を挟みながら森を歩く事数時間…タツヤ達は川岸へとたどり着いた。キラキラと太陽の光を反射する川を見て水分を補給しようと提案するハックモン。だが、それを見計らったように盛大な腹の音が二つ、やや控え目な腹の音が響く。見てみると、ワレモンとカケモンが座り込み、ミキがそっぽを向いていた。

 

「腹減った…」

「ぼ、ボクも…」

「…………」

(あ、才羽さんもお腹空いてるんだ)

「確かに、今は昼頃だな。昼食をとって休むとしよう」

 

そう言ってハックモンは川岸へと近づいていく。それに続くようにタツヤ達も後を追う。そしてなるべく平たい場所へと座ると荷物を持っていたタツヤ達は自分達の背にあったバックを下ろして行った。中にそれぞれ色々なものを持ってきたのだろう、下ろした時にいくつかの金属音が聞こえる。

それを聞き、タツヤは気になったのか三人に尋ねる。

 

「そういえばみんな何持って来たの?僕は非常食とか救急箱だけど」

「俺はロープとかライト…あとサバイバル用品だな。あ、カップ麺とやかんもあるぜ!」

「私はお料理する必要がありそうだから、簡単な調理器具と、調味料です」

「私は浪川 タツヤとほとんど同じ。あと源光さんからこれを借りた」

 

それぞれ言っていく中でミキは一人、バックからあるものを取り出す。それは銀色の四角い箱のような機械…カメラだった。

 

「なんでカメラ…?」

「夏の思い出を撮るためにって」

「おじいちゃん…」

 

今は居ない祖父に対して頭を押さえるタツヤ。別世界に行くのに何故思い出…?そう思ったが、割とそういうところがある人であったとタツヤは諦め気味にため息をついた。

カメラは置いておき、タツヤは昼食に何を食べるか考えていた。手っ取り早いのは、タツヤ達の持つ非常食だが、これは非常時に食べるものだ。今食べるのは勿体無く、後々の事を考えると森の中にあるものを取ってくるしかないだろう。

 

「とりあえず非常食はなるべく食べないようにして、近くにあるものを調達しよう」

「ではオレ達が食べれる物を分別しよう」

「だな。オレらならそういう知識もあるし妥当だろ」

 

そう言ってハックモンとワレモンは自分達の知識が役立つ事を強調する。二人はサバイバル経験が豊富な事と、食べられるものについて詳しい。その事を思い出し、タツヤはじゃあよろしくね、と二人に頼むことにした。

 

その後、タツヤ達は食事の用意をする組と食材を調達する組に分かれることとなった。食事の用意はアサヒ、ミキ、ワレモンの三人。アサヒとミキが調理する担当でワレモンが川から魚を捕る担当だ。そして残り、タツヤ、城太郎、カケモン、ハックモンは森に入って食材を取る担当となった。

タツヤ達はアサヒ達に準備を頼むと森の中へ入っていく。ハックモン曰く、森の中では様々な食べ物があると言う。川にしてもそうだが、デジタルワールドには魚や果物などの食材があるのだろうか、とタツヤは半信半疑で歩いていると、城太郎は一番前を歩くハックモンに質問する。

 

「なぁハックモン、俺達が今向かってる場所ってどこなんだ?」

「竜の谷だ。ここから2日程でたどり着く場所にある。そこは竜型や恐竜型、爬虫類型のデジモンが暮らすエリアだ。同時に、同胞が守護するエリアでもある」

「へぇ…。あれ、でも聖騎士なのになんでそこを守護するの?てっきり街とか想像したけど…」

「それは彼がロイヤルナイツであると同時に竜帝と呼ばれる存在であるからだ」

「へー!すごいんだ、その人!」

「ああ。…ん?早速見つけたぞ」

 

同胞を褒められ珍しく頰が緩んだハックモンは茂みの中に手を突っ込む。早速食材確保か、タツヤと城太郎は流石慣れているだけあるなとハックモンに感心する。

そしてハックモンが取り出したのは、タツヤ達にも見慣れたもの。縞模様が目立つ球体、その上にご丁寧に茎までついてあるその食材の名前は…

 

「メロンだ」

「いや、おかしいでしょ」

 

 

一方、アサヒとミキは川岸で食事の準備をしていた。と言っても、人数分の腰掛ける椅子代わりの石を運ぶか、もしくは川の水で貯水しているかのどちらかだ。

そして彼女達とは別にワレモンは近くにあったもので作った簡易的な釣り竿で魚を釣っていた。ワレモンの腕がいいのか、それとも場所がいいのか、次々と魚が連れて行く。ただ、その種類は安定していなかった。鮎はまだしも浅瀬で鮭や秋刀魚が釣れているからだ。このまま放っておけば、マグロでも釣れそうだ、そう思いながらもアサヒは用意した石の椅子に座ってバックの中からライターを出す。

 

「えっと、とりあえずお魚だから…念のために火を通さないといけませんね。あとお塩も必要…」

「沢渡 アサヒ。私は何をすればいいの?」

「そうですね…。あ、そういえば才羽さんってお料理どれくらいできるんですか?確か一人暮らししてたんですよね?」

「していた。けど、私は料理の経験はない。いつもインスタント食品を食べていた」

 

そのことにアサヒは目を丸くする。てっきり自炊して生活していたものとばかり考えていたので、その返答は予想外だったのだ。それに対してアサヒはダメです、栄養が偏っちゃいますよ!と抗議の声を上げていた。

 

「そんなんじゃダメです!そんなことじゃお嫁に行けませんよ!」

「お嫁…?」

「はい、才羽さんだって女の子なんです。将来素敵な方と出会って結婚すればそう言った機会だって必ず出てくるんです!そうじゃなくてもいつか役に立つ時が必ず来ますよ」

「そう、なの?」

「はい!」

 

そう言ってアサヒはミキに笑いかける。珍しく熱くなったが、アサヒは言いたいことが言えて満足のようだ。そして言われたミキの方も、料理=意味のあるものと認識し始めていた。今度ゆっくりとしたらアサヒに教えて貰おう、そんな軽い気持ちで。

 

だが平穏な時は唐突に終わりを告げるものだ。そう、まさしく今のように。

 

 

「テメェら、そこから離れろ!」

 

 

突然のワレモンの叫びにアサヒは反応が遅れてしまった。だがその手はミキがしっかりと握り、すぐ真横へと移動させられる。その一瞬…先程まで自分達がいた場所には鋭い牙…いや、鋭い顎が突き刺さっていた。

その事実にアサヒは血の気がサァ、と引くとそこにいた元凶を見る。赤く巨大な体を持つクワガタのようなデジモン。それは何の偶然か、タツヤとミキが初めてデジタルワールドに来た時に遭遇したデジモン。

その名は、

 

「クワガーモンだ!クソ、こんな時に出るとか最悪じゃねぇか!」

「ギィィィィッ!!」

「こっち…!」

 

吠えるクワガーモンにミキはアサヒの手を取り走る。川岸では砂利が邪魔してうまく走れない。ならば、障害物がある森に移動し身を隠すしかない。

足場の悪い今、ミキ達は森へと駆け出すが、その前にクワガーモンが彼女達の上を飛び越え森の前に着地。道を阻むように叫びをあげる。

だが、そんなクワガーモンの背後の森から白い小さな影が飛び上がった。その正体はハックモン…彼は自らの爪を立てて、クワガーモンの背を切り裂く。

 

「フィフスラッシュ!」

「ギィィ!?」

「ハックモンさん!」

「バッカヤロウ!もっと早く来やがれ!」

「その様子だと大丈夫そうだな」

「沢渡さん、才羽さん!」

「ワレモォ〜ン!」

「お前ら大丈夫かー!?」

 

ハックモンに続いてタツヤ達もその手に森に実る筈のない果物や植物を抱え森から出てくる。そしてその場に置くと、タツヤはカケモンと目を合わせるとデジヴァイスを手に取った。

 

 

「セットアップ、アルフォースブイドラモン!」

 

 

《X EVOL.》を起動させアルフォースブイドラモンのカードを呼び出すとスキャンし、カケモンへ光を放つ。光を浴びたカケモンはその体を強靭なものへと変化させる。

 

体は巨大に、腰にバックラーUを装着、全身に蒼を主体とした鎧を装着。長いマフラーをなびかせ頭部のVを象った兜の口元のバイザーを閉じると、正面をXに切り裂き名乗り上げた。

 

 

「アップグレード!カケモン ver.アルフォース!!」

 

 

ver.アルフォースへとアップグレードしたカケモンは瞬時にクワガーモンの懐に移動し、その顎を拳で打ち上げる。そしてそのまま転倒、怒りを露わにしながらもクワガーモンは標的をカケモンへと変えた。

 

「こっちだよ!」

「ギギギィィ!!」

 

カケモンはクワガーモンを挑発するように森の中へ入って行く。それにつられてクワガーモンはカケモンを追いかけて行った。

…ここまではカケモンの予想通りだ。挑発し、森の中へ誘い出す。タツヤ達を巻き込まない為にカケモンはあえて森の中へと入って行った。それが相手のテリトリーだとしても、彼は森を駆け抜けていく。クワガーモンが木々を薙ぎ倒しながらこちらへ進んで行くのを確認すると、カケモンは手頃な木の枝を掴み一回転、後方のクワガーモンへ向かって蹴りを食らわせていた。

 

「はぁっ!」

「ギッ…!」

 

頭部に当たりよろけるクワガーモンに対してカケモンは瞬時に距離を取る。

クワガーモンの武器はその強靭な顎だ。つまり、距離を取って対処すれば攻撃は当たらない。それに加えて今のカケモンはver.アルフォース、スピードに特化した形態だ。地の利が向こう側にあるとしても、カケモンが有利な状態に変わりはない。

カケモンはアルフォースアローを具現化させると、クワガーモンに向けて構えた。だが、そこに待ったをかける者が現れる。

 

「カケモン待って!」

「タツヤ…!?どうして来たんだい!?」

 

カケモンは走って来たタツヤに驚きを隠せない。ここは危険だ。なのに何故…。そう思っているとタツヤはクワガーモンの方を向き、話し始める。

 

「さっき、ワレモンが言ってたんだ。ここはクワガーモンの縄張りなんじゃないかって。だとしたら、僕達はそれを知らずに入ってしまったんだ。悪いのは僕達だよ」

「ギギ…」

「クワガーモン、勝手に入ってごめんね。だけど少しの間だけ待っていて欲しい。少し休憩したらすぐに縄張りから出るよ。約束する」

「そうだね…悪いことをしていないのに攻撃するなんて、ヒーロー失格だ。ごめんよ、クワガーモン」

「………」

 

タツヤとカケモンは揃って頭を下げる。そう、知らなかったとはいえ縄張りに入ったのは自分達だ。なら侵入者を排除しようとするクワガーモンにも納得できる。

クワガーモンは頭を下げる二人を見て数秒沈黙すると、彼らに背を向け森に中へ入って行く。誠意が通じたのか…既にクワガーモンからは敵意は感じなかった。

 

 

タツヤとカケモンが帰ってきて約十分。タツヤ達は採ってきた野菜や果実、釣った魚を調理し食べていた。ちなみに実際に作ったのはアサヒ、手伝いはタツヤとハックモンだ。

献立は季節外れの秋刀魚、鮭、鮎の塩焼きや色とりどりのサラダ、そしてデザートにメロンだった。正直どんな生態系してんだと言いたいがここはデジタルワールド、タツヤ達の住む現実世界の常識が通用しないと考えていいだろう。

いや、だとしても、

 

「メロンは森で採れないよ普通」

「浪川 タツヤ、食べないの?」

「あ、食べる食べる。だから僕の分まで取ろうとしないでね才羽さん」

「うんめぇぇぇ!この秋刀魚脂乗りすぎぃ!さすが秋の味覚だぜ!」

「今秋じゃないんですけどね…。でも美味しいです」

「ワレモンワレモン!このキノコすっごく美味しいよぉ!」

「それオレの松茸だ!食うな、バカチンが!」

(ふむ、この辺りはいい食材が多いな。と言うことは近くにあの場所が…。それにしても、ビーフシチューが食いたい…)

 

見た目に反して料理を大量に食べるミキ、色々突っ込みどころがある事を言う城太郎、カケモンとワレモンの会話、さり気無く源光の料理が恋しくなるハックモン。デジタルワールドに来て初めての食事だが、タツヤ達は充実していた。

そして食べ終わり、片ずけをしているとタツヤはふとミキにある事を尋ねる。

 

「ねぇ、前から気になってたんだけどさ」

「?何?」

「その、浪川 タツヤって、フルネームで呼ぶの何でかなって思って」

 

そう、今までミキはタツヤ…もっと言えばアサヒと城太郎の事もフルネームで呼んでいた。それが癖なのか故意なのかわからないが、今まで気になっていたのだ。

一方のミキは意味が分からないかのように珍しくキョトン、としながら答える。

 

「名前で呼ぶのは当たり前」

「いや、そうなんだけど…ちょっと他人行儀過ぎるかなって。おじいちゃんの事は普通に呼んでるし、それに友達だしもっと気軽に呼んでいいと思うけど…」

「気軽…」

 

タツヤにそう言われてミキは口元に手を当てる。たしかに彼の言う通り、彼は自分のことを友達と言ってくれた。なら自分もそれに答えるべきではないか、そう思ったのだ。

それにフルネームだと色々と効率が悪い。そう考えると、呼び方を変えるべきだとミキは考えた。

 

「じゃあ…タツヤ。あなたはタツヤ。これでいい?」

「うん。それでいいと思うよ、才羽さん」

「違う」

「え?」

「ちゃんと名前で呼ぶべき。苗字で呼ぶのは他人行儀。それに、不公平」

 

ジト、と分かりにくいが目を細めるミキにタツヤは少し困った顔をする。今自分は友達だから気軽に呼べばいいと言った。言ったのだが…それを自分ができるかと言われれば素直にはい、と答えられない。今まで異性のことを下の名前で呼んだことが幼稚園以来無いタツヤにとって精神的にくるものがあった。

タツヤは話をはぐらかそうとするが、ミキは何度も不公平と他人行儀を連呼し名前で呼ぶ事を主張する。そしてそんな事を繰り返せば、押しに弱いタツヤが折れるのはすぐだった。

 

「わかったよ、ミキ」

「……うん」

 

名前で呼ばれ、ミキは珍しく微笑む。まるで花が咲いたかのような雰囲気を出す彼女と慣れない異性の名前呼びで顔をほんのり赤らめたタツヤと言うなんとも言えないこの光景。

そしてその光景を見ていたアサヒは思いっきりうろたえ、城太郎はなぜかアサヒを励ましていた。

 

「あわわわわ…!」

「こりゃ一本取られたかー。沢渡どんまい」

「…何をやっているんだ、お前達は」

 

この先どうなるのか、二重の意味で心配になってきたハックモン。だが、歩みは止めない。

次の目的地である竜の谷に向けて、タツヤ達は再び進み始めた。




すいません遅くなりましたタカトモンです!
いよいよ本格的にデジタルワールドです!
こっから冒険が加速していきます
僕がタカトモンとしている通りテイマーズが好きでデジタルワールドとの時間が同じになっていますがそこはよろしくお願いします
少しずれてはいますけどねw
それではよろしくお願いします
ではでは〜


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十六話 《虫と草と恋愛事情》

デジタルワールド滞在2日目、タツヤ達は森の中を歩いていた。昨晩はそれぞれ持ってきた寝袋、そして簡易的なテントで寝ていたので体の彼方此方を痛そうにしている。ちなみにだが、テントで寝たのはアサヒとミキ、カケモンとワレモン。寝袋で寝ていたのはタツヤと城太郎だ。それに加え夜は危険だとハックモンが見張りをしていたので一夜を無事に過ごしていられた。

だが身体中の痛みは消えず、城太郎は肩を回しだるそうに口から息を漏らす。

 

「あぁ〜、さすがに寝袋だと体いてぇなぁ〜」

「しょうがないよ、野宿なんだし」

「うぅ、ベットで寝たいよぉ」

「カケちゃん、大丈夫ですか?」

 

タツヤが諦めろと城太郎に言い、カケモンの頭を撫でるアサヒ。今までタツヤの家のベットで寝ることに慣れてしまったのか、泣き言を言うカケモン。それに対してワレモンはうだうだ言ってんじゃねぇ、とカケモンの頭を叩いていた。

だがそんな中、一番前を歩いていたハックモンは振り返り少し笑って一言言う。

 

「安心しろお前達。今晩はゆっくり寝られるかもしれないぞ」

「どう言う事?」

「この先に大森林の集落…緑の里と呼ばれる場所があるからだ」

 

ミキの質問にハックモンは答える。

そう、この先…ハックモンが目指してる場所、竜の谷に行く途中には緑の里と呼ばれる場所がある。そこはハックモンが言うには、この大森林の中にある唯一の集落で、デジタルワールドにある三つの都市や様々な村に大森林の野菜や植物を売って生計を立てている場所だと言う。デジタルワールド全体からしてみれば田舎だが、様々な場所で多少なりとも重要視されているらしい。そこには友好的な植物系や昆虫系のデジモン達が居て、旅人を泊めてくれるとの事だ。

 

それを聞いてタツヤ達、主にアサヒとカケモン、こっそりミキは顔を輝かせる。一晩だけとは言え、ちゃんとした場所で寝られ、もしかするとちゃんと体を洗えるかもしれない。そのことに希望を持った三人は残り少ない体力を振り絞って歩みを進めていた。

しかし、そんな彼らの前に茂みからぞろぞろと十数体のデジモンが現れる。タツヤは咄嗟にデジヴァイスの《ANALYZER》を起動させていた。その間にハックモンは敵意を向けながら口を開く。

 

「………なんだ貴様ら」

「へっへっへ、お前らの持ってるもの全部置いてきな。そしたら命だけは助けてやるぜ」

「うっわ、テンプレかよ」

 

目の前のデジモン…ゴブリモンの内の一人の返答にワレモンはそう言う。そのセリフを誠に受けるなら、彼らは盗賊なのだろう。色々な場所を旅してきた彼もそうだが、タツヤ達もよくある盗賊のセリフに聞こえてしまい思わず笑ってしまった。だがそれにプライドを汚されたと感じたのか、先程のゴブリモンは緑色の顔を真っ赤にさせて後ろにいる他のゴブリモンに命令する。

 

「んだとテメェ!?野郎どもやっちまえ!」

「「「うぇーい!!」」」

「来るなら来い。貴様らに灸を添えてやろう」

 

手に持った棍棒を構えるゴブリモン達にハックモンはその鋭い爪を構える。ハックモンは退化したとしてもロイヤルナイツの一員だ。一つ上の世代が相手だとしても引けを取らない強さを持つ彼ならば今いるゴブリモン達を全員相手にしても問題ないだろう。

そう思ってタツヤ達が一歩下がったその瞬間、緑色の影が上空から一番先頭にいたゴブリモンの背後に接近。瞬く間にゴブリモン達に一撃ずつ攻撃を打ち込むと、何体かを残してゴブリモン達は地面に倒れ伏していた。

 

「な、なんだぁ!?」

「…また貴様らか。何度もこの近くで悪さをするなと言ったはずだが」

 

先頭にいたリーダー格のゴブリモンが狼狽える中、緑色の影はその姿を見せる。黒い四肢に緑色の胴体、大きな複眼を持ち背中には昆虫の羽が生えている。ハチなどの昆虫が人型になったようなそのデジモンは地面へと降り立った。

 

「て、テメェは、スティングモン!」

「今回はまだ未遂の様だが…これ以上何かする様なら、わかっているな?」

「へっ、カンケーねぇよ!テメェらやっちまえ、っていねぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

生き残った他のゴブリモン達は気絶した仲間を引きずりながらも逃走していた。その事に気付かずにいたリーダー格のゴブリモンは途端に慌て始める。そして数秒、覚えてやがれ、と捨て台詞を吐き捨てると森の中へと消えていった。

それを見届けてスティングモンは出していた腕の棘をしまうとタツヤ達に向かって話し始める。

 

「お前達は、旅の者か?この辺りはああいったゴロツキや盗賊が多い。気を付けることだな」

「あ、ちょ!」

 

そう言ってスティングモンは羽を広げて飛び立ってしまう。せめてお礼でも、とタツヤが思って止めようと思ったが、既に遅かった。

今の出来事に城太郎やワレモン達は口々に話し出す。

 

「何だったんだ…?」

「さぁな、オレが知るかよ。クールぶって嫌なやろうだったぜ」

「カッコよかったねぇ!」

「え?あ、そうだね」

 

カケモンが目をキラキラとさせながらタツヤにそう言う。ああ、そういえばカケモンってヒーローっぽいの好きなんだっけ、とタツヤは思い出す。アルフォースブイドラモンの時もそうだったが、スティングモンも見方によってはヒーローのように見えるからだろう。とりあえずタツヤ達は気を取り直して再び進み始めた。

 

 

数十分後、森の中を歩いていたタツヤ達はある程度整備された道を見つけ、それに沿って歩いていると…ついに目的の場所へとたどり着いた。大きな門に左右には十メートル程の柵があり、近くに見張りのデジモン…ウッドモンがいる。ハックモンがウッドモンに話をすると彼は頷き、目の前の大きな門を開いてくれた。

するとどうだろうか、タツヤ達の目の前に広がっていたのはたくさんの花、花、花。木製の小屋に野菜や果実を育てる為の畑、昆虫型と植物型のデジモンが彼方此方で収穫された野菜を運んでいる光景だ。そして何より目に移るのは、里の中央部分にある大樹だろう。三十メートル強のその大樹が緑の里のシンボルのようにも見える。

この光景を初めて見るタツヤ達の中で、一番最初に口を開いたのはアサヒだった。

 

「わぁ…!綺麗な場所ですね!」

「緑の里…名前の通り植物で溢れている…」

「あら?貴方達、旅の人達?」

 

ミキの呟きを聞いてか、近くにあった木の上から誰かが飛んでくる。そしてそのままタツヤ達の目の前に着地する。

ピンクのチューリップのような頭部とドレスを着た木の葉の羽を持つ妖精の女の子のようなデジモンはタツヤ達に向かって元気に挨拶をした。

 

「ようこそ、緑の里へ!ワタシ、リリモンっていうの!よろしくね!」

「あ、僕たちは」

「ねぇねぇ、どこから来たの貴方達!?ここから近いと古都?それとも大陸中央のセントラルエリア?まさかナイトキングダム!?いいなぁ、ワタシも行ってみたいなぁ。って、そこの三人はともかく、貴方達よく見たら人間!?うっそ初めて見た!今の都会って普通に人間がいるの?!うっそヤバくない!?」

「何だこいつ。話聞かない奴だなー」

「いや、城太郎がそれいうの?」

「ですですっ」

 

タツヤの言うことにアサヒはコクコクと顔を上下させる。普段の城太郎はあまり人の話を聞かない事が多く、何かとグループで行動すると一人で他の生徒を引っ張って行ってしまう性格だ。そんな彼が言った言葉は盛大なブーメランなのだが、言った本人は気づいていない。

そんな中、ハックモンは大きく咳払いするとリリモンの話を中断させる。放っておくと昼を過ぎてしまうこの会話を切り上げる事もそうだが、彼にも目的があるのだ。

 

「すまないが質問は後にして貰えないだろうか?それと、村長殿の所に案内してほしい」

「あ、ごめんなさい。それに…村長の所へ?でも…」

「?どうかしたのか?」

 

さっきと打って変わって、リリモンは歯切れが悪そうにする。一体どうしたのか、リリモンの様子からただ事ではないというのが感じられる。そうしていると、リリモンは意を決したかのようにわかったわ、とハックモンに言う。そのまま彼女は里の中心…大樹に向かってタツヤ達を案内した。

 

 

 

「お初にお目にかかります。オラ…ワタシはこの度緑の里の長となったアトラーカブテリモンです。どうぞ、お見知りおきを」

(((お、大きい…)))

 

大樹の中、木のくり抜かれた場所に入ったタツヤ達の前にいたのは自分たちがその手のひらに乗れるほどの巨大なカブトムシだった。おそらく、今まで会ったデジモンの中で一番巨大な彼…アトラーカブテリモンは所々訛りのようなものがあったがハックモンに頭を下げている。おそらく、自己紹介の時に自らをロイヤルナイツの一員だと説明した事がその理由だろう。

だがアトラーカブテリモンの説明を聞いたハックモンは首を傾げた。

 

「アトラーカブテリモン?緑の里では代々ヘラクルカブテリモンかグランクワガーモンが長になると聞いたが…」

「先代はつい先月寿命で亡くなりまして…。今は里で一番の実力を持つ私が長になりました」

「なるほど」

「それで、かのロイヤルナイツのジエスモン殿…いや、ハックモン殿がどのような要件で…」

「ロイヤルナイツ?そいつがか?」

 

アトラーカブテリモンの質問に被せるようにタツヤ達の後ろから声をかける者がいた。振り返ると、そこにはタツヤ達が緑の里に入る前に見た、スティングモンが大樹の入り口に立っている。

 

「あの人、今朝の…」

「スティングモン!オメェ、ハックモンどんに失礼でねぇか!」

「訛ったな村長」

「ああ、あまりにも弱そうでついな。だが、成長期がロイヤルナイツとは…世も末だ」

「スティングモン!!」

「もう、スティングモン!ちゃんと謝って!」

「……………フン」

 

チラリ、と頬を膨らませるリリモンの方を見るがスティングモンは大樹から出て飛び立ってしまう。それを追いかけようとしたリリモンだが、既にスティングモンはそこにはおらず彼女は再び頬を膨らました。

 

「あ、行っちゃった…。もう、スティングモンったら!」

「申し訳ありません、最近の若者は礼儀を知らなくて…」

「ホントよもう!」

「オメェもだリリモン!」

「えー?」

 

アトラーカブテリモンにそう言われて、リリモンは不満そうな顔をするが、ハックモンは気にしないでいいと一言。実際、今の状況的に考えれば間違ってはいない。一々反応するのも馬鹿らしいだろう。

ハックモンはタツヤ達を見ると話が長くなるので里を見て周るといい、と言う。それを聞いて城太郎とカケモン、ワレモンの顔に喜びが浮かび上がり、大樹の中から飛び出してしまった。好奇心が止まらないのだろう、今までの疲れなど微塵も感じさせずに走って行ってしまう。

タツヤとアサヒは彼らを急いで追い、大樹から出て行く。残ったミキもペコリとお辞儀をすると、同じく外へと出て行った。

 

「さて、ではアトラーカブテリモン殿。話を続けよう」

「ええ。それで、何をお聞きしたいのですか?」

「…今のデジタルワールド。そして、ロイヤルナイツ達の現状についてだ」

 

 

大樹から出て数分後、好奇心から出て行ったカケモン達を追い掛けていたタツヤとアサヒだったが、タツヤの走るスピードに追いつけずアサヒは後ろから歩いてきたミキと共に彼らを探していた。場所は里の畑がある少し外れの林の中、彼女達は辺りを見回している。

 

「浪川くん達どこに行ったんでしょう…」

「私達の歩行速度だと、彼らに追い付く事は難しい」

「はい…」

 

そう言ってアサヒとミキの会話が途切れてしまう。気不味い雰囲気…そもそも二人はあまり会話らしい会話を今までしていなかった。したとすれば、バルバモンに捕まっていた一室での会話くらい。それが今になって二人きりとなると、会話が続かない。

そうしていると、林の奥のほんの数メートル先に記憶に新しい後ろ姿…スティングモンの後ろ姿を見つけた。さらに言えばドス、ドス、と何かを打ち付けている音も聞こえる。もしかして、ここで特訓をしているのでは…アサヒとミキはそう思いながらもスティングモンにタツヤ達を見かけたか聞きに行こうと近づく。

すると、

 

 

「あーーーーーーーーーーーーーー……辛い。リリモンちゃん今日も可愛くて辛い。ほっぺ膨らますとか心臓に悪過ぎ。でもってボクのバカ、何無視してるんだよ。ホンッッットバカ…!」

 

 

頭を木に押し付け、片腕をまるで腹パンするように何度も軽く打ち付けている彼の姿があった。小声でスパイキングフィニッシュ、ブツブツ…、と聞こえているので不気味さが増している。一瞬、人違いならぬデジモン違いか、と思って回れ右を仕掛けたアサヒとミキだったが、運悪く小枝を踏んでしまった。しかも二人とも。

 

「「「あ」」」

 

当然その事に気付いたスティングモンは振り返り二人を視界に入れる。それと同時にフリーズ。今何が起こっているのか、必死に理解しようとする姿がそこにあった。

数秒たってちゃんとした姿勢で振り返ると、里の外や大樹の中で見せた雰囲気で話し始める。

 

「………いつからそこにいた」

「えっと、あーーーー、からです」

「正確に言えばその3秒ほど前」

「うっそぉ…!」

 

が、それは一気に崩れ去りスティングモンは手と膝をついた。見られたくないものを見られてしまった、そんな感じで。

 

「あ、あのー…」

「うぅ、そうだよ。ボクはいつもあんなクールぶってるけど、ホントはこんな場所でいじけてるヘタレ昆虫なんだよォォォ…!」

「いえ、なにも言ってないんですけど!?」

「勝手に自白を始めた……刑事ドラマの犯人と同じ」

「才羽さん!?」

 

タツヤの家にいた時に見たのか、ミキの発言に対して驚くアサヒ。普段の彼女らしからぬ事に目を丸めていたが、アサヒは気をとりなおしスティングモンの目線に合わせるようにしゃがみこむ。

 

「スティングモンさん、大丈夫です。誰にも話しませんから、落ち着きましょう?ね?」

「え…ホントに?」

「はい、本当です」

「……ありがとう」

 

説得できたのか、スティングモンは姿勢を変えて今度は体育座りし始めた。中々シュールな光景だったが、アサヒはその事を気にせずスティングモンの隣へ座る。ミキもそれを真似してアサヒの隣へと座るとアサヒはスティングモンへ問い掛けた。

 

「あの、スティングモンさんは、リリモンさんが好きなんですか?」

「うぇ!?いや、それはあのくぁwせdrftgyふじこlp」

「よければお話聞かせてくれませんか?」

 

パニックになり掛けたスティングモンにアサヒは穏やかにそう聞く。すると、スティングモンは考える仕草をして、わかったと返事を返した。

 

スティングモンとリリモンは幼年期からの知り合い、所謂幼馴染だ。当時ミノモンとタネモンだった彼らは毎日楽しく遊んでいた。そんなタネモンには夢があった。いつか大きくなったら里を出て、都会に行ってみたいと。しかしそれにはそれ相応の実力がいる。幼年期の彼女はそれを毎日夢見ていたのだ。そしてその事を聞いたミノモンはこう言った。

“ボクがタネモンちゃんを守ってあげるよ!”

だから、一緒に都会に行こうね。そう言って二人は約束をした。いつか、里の外に出る事を夢見て。

 

 

「そう、なんですか。なんだかステキですね」

「でも、リリモンちゃんは完全体でボクは成熟期…。このままじゃ約束、守れないよ」

「確かに、世代の差は埋められない」

「そんな事…」

 

そう不定しようとするが、スティングモンはもう忘れられてるかも、と弱音を吐く。だがそれでも引き下がらないアサヒは口を開こうとするが…。

突如、耳を貫くような咆哮が響き渡った。

 

 

数分前、緑の里の高台から見張りのコカブテリモンは有り得ないものを見てしまった。それは何十体もの竜の群れ、エアドラモンの群れが里に目掛けてやってくる光景だった。あり得ない、あり得るはずがないその光景が現実の物だと分かると、コカブテリモンは高台にあった鐘を鳴らした。

 

「た、大変だべェェェェェェェ!!」

 

 

鐘の音は大樹の元まで響き渡っていた。アトラーカブテリモンから話を聞いていたハックモンは何事かと外に出ようとすると、その前に大樹の外からスナイモンとトゲモンが慌てて中へ入ってくる。

 

「村長、大変だべさァ!」

「え、エアドラモンの群れが近づいているでガス!」

「な、なんだべさァァァァァァァァ!?」

「バカな、エアドラモン…竜だと!?そんなはずは…」

 

そう、そんなはずはないのだ。この付近にいる竜型のデジモンは全て竜の谷のデジモン。彼がいるのならば、こう言った集落を襲うことは決してない筈だ。なのに何故…。

ハックモンは混雑する思考を一旦切り替え、近くにいたスナイモンへと声をかける。

 

「里中に知らせろ。戦える者は集まり、それ以外の者は安全な場所へと隠れるようにな!」

「わ、わかっただぁ!」

「ワタシ、スティングモン探してくる!」

「リリモン、止まるだ!リリモン!」

 

アトラーカブテリモンの制止を振り払い、リリモンは大樹から出て行く。後を追いかけようにも彼はこの緑の里の長、今は他のデジモン達に避難の支持を出すことが優先されるだろう。ハックモン達はすぐさま外へ出て行った。

 

 

その頃、外へと出て行ったカケモン達に追いついたタツヤは空の向こうからやってきた翼竜の群れ…エアドラモンの群れに追いかけられていた。突然の事に彼らはがむしゃらに走り、他の里のデジモン達も同じく逃げている状況だ。

 

「「「ギシャアアアア!!」」」

「ぎゃあああああ!?なんだこいつらァァァァァァァァ!?」

「エアドラモンだ!食われる前に逃げるぞ!」

「二人とも行って!僕たちが足止めする!カケモン、行こう!」

「う、うん!」

 

タツヤはデジヴァイスを取り出しオメガモンのカードを具現化させると直ぐにスキャンし隣を走るカケモンにデジヴァイスを向ける。そして放たれた光はカケモンを包み込むと後ろのエアドラモンの群れへと向かって行く。

 

 

「セットアップ、オメガモン!」

「アップグレード! カケモン ver.オメガ!!」

 

 

アップグレードしたカケモンはウェポンΩの刃を近くにいた一匹のエアドラモンを切り裂く。さらに別の方向にいた里のデジモンと思われるコクワモンを襲っているエアドラモンに向けて砲撃する。その行為を目にした他のエアドラモンはカケモンに向かって次々と襲いかかった。

 

「コキュートスハウリングッ!!」

 

だがカケモンは四方にコキュートスハウリングを打ち込み何体かのエアドラモンを氷のオブジェへと変える。そして大きく飛び上がるとカケモンはタツヤの方を見た。一方のタツヤはカケモンの意図がわかったのか新たにデジヴァイスにジエスモンのカードをスキャンさせる。

 

「セットアップ、ジエスモン!」

「アップグレード! カケモン ver.ジエス!!」

 

ver.ジエスへアップグレードしたカケモンは空を飛ぶエアドラモンを足場に更に上にいるエアドラモンを次々と落として行く。そして全て落とし終えると、手にした短剣を構え地面に這いつくばるエアドラモンに向かって行った。

 

「行くぜオラァァアアアアア!!」

 

 

「グルルルル…!!」

「ぐ、ぐぅぅ…!」

「スティングモンさん!もうやめてください!」

「ダメ、今背を向けたら全員やられる…!」

 

森の奥でスティングモンは満身創痍になっていた。それを見ていたアサヒはスティングモンに逃げるように言うが冷静に状況を見ているミキに待ったをかけられる。それもそのはずだ、今目の前にいるデジモンは強大な力を持っていたからだ。

機械で改造された頭部と両腕を持ち脚のない緋色の体を持つ巨大なサイボーグ型デジモン…名をメガドラモンは目の前にいるスティングモンを弄ぶように攻撃を繰り返していた。最初に現れた時はアサヒとミキに攻撃しようとしていたのだが、それをスティングモンが防ぎ今の状況に至る。だがそれはあまりにも無謀だった…何故ならメガドラモンは完全体、彼より一つ上の世代のデジモンだからだ。

しかし彼は下がらなかった。このまま逃げれば里の方へと奴は追いかけてくる。そうすれば、里の皆にも被害が出るだろう。もちろん、リリモンにも。それは彼が望む選択ではない、だからこそ立ちふさがる。しかし、そんな彼の前に来て欲しくはない者が現れてしまう。

 

「スティングモン、無事!?」

「リリモンちゃ…リリモン!何故ここに!?」

「そんなの貴方が心配だからに決まってるじゃない!–––––フラウカノンッ!」

 

両手を合わせ咲かせた花の砲台から発射された攻撃はメガドラモンに当たるが、何事もなかったように平然としている。そんな、とリリモンが驚きの声を漏らすとメガドラモンはリリモンに向けて己の尻尾を巻きつけた。

 

「あぐっ…!うぅ…!」

「リリモンさん!」

「いけない…あのままだと!」

「や、めろぉ!リリモンちゃんを離せェェェェェェェ!!!」

 

苦しげに声を漏らすリリモンにスティングモンは痛む身体に鞭を打ち付け飛び上がる。そして声を上げると自らの腕にある針を伸ばしメガドラモンの胸へと突き刺す。スパイキングフィニッシュをまともに食らったメガドラモンは痛みにより咆哮、リリモンを拘束していた尻尾を自由にすると、

 

 

……それはスティングモンの胸を貫いていた。

 

 

「スティングモォォォォン!」

 

リリモンの絶叫が響き渡る。力無く落ちて行く彼に手を伸ばしたが、それは届かない。スティングモンは薄れる意識の中で、リリモンとの約束を守れない事に後悔を覚えていると、誰かに抱きとめられた。

 

 

「よくやったぜ、ニイちゃん」

 

 

薄っすらと視界に映ったのは、見たことのないデジモンだった。少なくとも里のデジモンではない、そう思った矢先にそのデジモンはスティングモンをそっと草の上へと下ろす。

 

「後は任せて休んでな。こっからは…オレのターンだ」

 

そのデジモン…カケモン ver.ジエスは肩に担いだランサーJを振り回し持ち直すとメガドラモンを睨みつける。別の場所にいたエアドラモンをあらかた片付けた彼は大きな爆発音がしたこの場所へと急いで走って行き、丁度今着いた所だったのだ。

カケモンは飛び上がるとメガドラモンに向けてランサーJを突き付けるがそれは回避され逆に腕を振るわれ地面に叩きつけられる。すぐさま飛び起き今度は木の上から再び飛び上がると今度はメガドラモンは機械の腕を展開させ無数のミサイルを発射させた。カケモンはミサイルを時に躱し時に跳ね返すがいくつか当たってしまう。

 

「ぐっ、流石完全体って所だな!」

「グオオオオオオ!!!」

 

咆哮を上げるメガドラモンを睨むカケモン。すると、ふと彼はある事に気付いた。それはメガドラモンの胸に未だ塞がっていないスティングモンのつけた傷が残っていた事。それを見つけカケモンはバイザーの奥で口の端を上げるとアト、ルネ、ポルを呼び出し再び飛び上がった。

 

「ありがとよ、ニイちゃん!武槍乱舞ゥゥゥゥ!!」

 

カケモンに向かって突進してきたメガドラモンをアト、ルネ、ポルのサポートを受けながらも避け、カケモンは胸の傷に向かって蹴りを入れる。それにより再び咆哮を上げるとメガドラモンは地面へと落下。痛みによって暴れ回るがカケモンは追い討ちをかけるように傷へと向かってランサーJを突き刺す…メガドラモンは暴れるのを止め、次第に動かなくなった。

勝った、そう思ったカケモンはランサーJを抜きダメージを負った体を引きずりリリモン達の所へ行こうとする。だが、後ろで何かが動く気配がし、急いで振り向くと…そこにはフラフラになりながらも体を起こしたメガドラモンがいた。

 

「ヤロォ…!まだ動けるのか…」

「グルル…ギシャアアアア!」

「まずっ…」

「ホォォォォォン、バスタァアアアアアーー!!」

 

まともに動けず万事休すかと思われたが、カケモンの後ろから電撃が放たれたメガドラモンに当たる。その事でメガドラモンは完全に沈み、体から粒子を出して消え始めた。カケモンは振り向くと、そこには里の長のアトラーカブテリモン、タツヤに城太郎にワレモン、それにハックモン。他にも里のデジモン達が走って来ていた。どうやら騒ぎを聞きつけて来たらしい。

安心して膝をついたカケモンにワレモンは彼の膝を叩くと、元の姿に戻る。だが安心してはいけない。まだスティングモンの件が残っている。

 

「タツヤ、スティングモンさんを助けて!アサヒ達を守ってくれて死んじゃいそうなんだ!」

「うん、わかったよ!」

「いや、ダメだ。デジコアを、核を破損している。自然治癒を促進するデジヴァイスだけでは間に合わん…」

「嘘だろ!じゃあどうすればいいんだよ!?」

 

城太郎の混乱する様子を見て回りは既に諦めかけている。もう助からない、既にそう思い始めていた。だが一人、リリモンだけはスティングモンの手を掴み必至に叫んでいる。

 

「スティングモン!しっかりして、生きてよ!生きて、約束…守ってよぉ…!」

「り、り…」

 

既に意識も薄れて来たスティングモンは驚く。もう、忘れられていたと、そう思っていた約束を…彼女も覚えていてくれたその事に。そしてそれを知ると、スティングモンは生きる事を諦められない、諦めたくないと思い始めた。

すると、その時不思議なことが起こった。少し離れた場所にいたメガドラモンの体から出てきた粒子の一部がスティングモンの元へと流れて行き、胸の傷の中へ入っていく。そして段々と傷を癒していくと、スティングモンの体が浮かび上がった。

そして、

 

 

「スティングモン、超進化!–––––ディノビーモン!!」

 

 

光に包まれスティングモンは進化していた。元のスティングモンの体の一部に青い竜のような腕と尻尾、翼等が追加され一回り大きくなった完全体のデジモン…名をディノビーモン。本来ならエクスブイモンというデジモンとジョグレス進化という特殊な進化をする事で誕生するのだが、彼の前世に竜種やディノビーモンに進化したという情報があった事により、メガドラモンのデータを取り込み進化したのではないかと後にハックモンが語った。

 

スティングモン改めディノビーモンが復活した事によってタツヤ達は歓喜の声を上げる。だがその中で、一人だけ顔を伏せている者がいた……リリモンだ。それを見たアサヒはある予想を立てて顔を青ざめる。もしかすると彼女はディノビーモンを見てショックを受けているのではないか。スティングモンの時はまだ洗練された、人間からしてもカッコいいと呼べる姿に対して今は悪く言えば交ざり物のような見た目をしている。それがリリモンの好みに合わなかったのではないか…そう思ってしまったのだ。そう思ってアサヒはリリモンに声をかけようとするが…小声で彼女は何かを呟いていた。

 

「き、き…」

 

 

「キモカッコいい〜〜〜〜!!」

「「「え?」」」

 

 

リリモンは目を輝かせるとディノビーモン目掛けて突進、否、抱きついた。その事に彼は混乱しながらも素のままの口調で話し始める。

 

「り、りりっリリモンちゃん!?どうっ、どうしたの!?」

「ウチの里の連中、パッとしないのしか居ないから諦めてたけど…スティングモン!ううん、ディノビーモン!あなたステキよ!キモカッコいい!」

「そ、そうかな?」

「そうよ!」

 

どうやらタイプだったようだ。ディノビーモンは照れながらも頭を掻いて顔を赤くさせていた。その光景を見て緑の里の、主に古参のデジモン達はええぞー、もっとやれー、とヤジを飛ばしている。その光景を見て、タツヤ達人間の四人は喜んでいいのやら呆れていいのか、微妙な顔をしていた。

 

「あれ、褒めてる…のかな?」

「褒めてる、でいいんでしょうか…?」

「まぁ、あいつらがいいんならいいんじゃね?」

「理解できない…」

 

 

その日の夜、緑の里では宴が開かれていた。それは完全体へと進化したディノビーモンの祝いの為でもあり、里を救ったタツヤ達をもてなす為でもあった。出された料理は取れ立ての野菜を使ったサラダに野菜炒め、フローラモンの(頭の中でミックスして)作ったスープ、マッシュモンの焼いたキノコやフルーツ盛り合わせ。どれも絶品でカケモンとワレモン、ミキが次々と皿を空にしていく光景が目の前で普通に行われていた。その事に苦笑いしながらも肉食いてぇ、と呟いていた城太郎の顔を掴み力を込めるタツヤ。アサヒはアサヒで、一緒に笑い合いながらも食事をしているディノビーモンとリリモンを見て微笑んでいた。

 

そんな宴の中、ハックモンは後回しにしていた思考を再開していた。あり得ない竜型のデジモン達の強襲、これに対する答えが見つからないのだ。ならば、とハックモンは答えを出していた。

 

「行くしかあるまいな、竜の谷へ」

 




一週間ぶりですタカトモンです
年も開けてもう直ぐ一月ですねー
一年過ぎるのも早いです

今回の話は少しネタが多い気もしますw
いつも読んでくれている方々ありがとうございます
何かご不明な点やご意見がございましたらなんでも言っていただけると嬉しいです
それでは〜

なんか派遣会社とのやりとりみたいになっちゃった笑笑


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十七話 《龍の谷の騒動》

デジタルワールド滞在三日目、朝早く緑の里を出て今は昼頃。現在、タツヤ達は肌を焼くような日差しを受けて歩いていた。既に周りには木々は無い。森を抜けて歩くこの場所は言うなれば岩場。竜の谷に向かうルートの1番の近道らしいのだが…かれこれ二時間は歩いていた。こう言った状況に慣れているハックモンやワレモン、体力馬鹿の城太郎はまだしもカケモンやアサヒは肩で息をしながら歩いている。

水分補給をし小まめな休憩をとっているが、二人にとっては辛いのだろう。もしかすれば谷に着くのが少し遅れるのではないか、そう思い始めたハックモンだった。

 

「はぁ、はぁ…」

「沢渡さん、平気?休もうか?」

「い、いえ。ちょっと前に休みましたし、まだいけます…」

「ボ、ボクは休みたいよぅ…」

「バカ言ってんじゃねぇ、置いてくぞバカ」

 

そう言うワレモンの言葉に覇気は篭っていない。少しだけだが彼も疲れを感じているのだろう。いつもならもう少しうるさく、尚且つカケモンに暴力を振るっている筈だ。みんな疲れているのだろう、タツヤはここで休憩しようと口を開きかけるが、その前にハックモンが警戒態勢に入る。

 

「…っ!お前達、気をつけろ!向こうから何者かがこちらに向かってくる!」

「もしかして敵…?」

「嘘だろ、まだ昼食ってねぇのに!」

 

ミキと城太郎が狼狽え、タツヤはデジヴァイスを手に取る。そしてハックモンが向いている方見ると、高速で一体のデジモンがやってきた。

一言で言い表せばそれは竜型のデジモンだ。アルフォースブイドラモンとは違って、本来の意味でのドラゴンの姿に近い姿に青い肌、そして巨大な翼を持つそのデジモンは高速でこちらへやってくると目の前で静止。三メートルを超える巨体のデジモンはハックモンの姿を視界へ入れると、驚く事に頭を垂れた。

 

「何…?」

「ジエスモン殿…いえ、ハックモン殿とお見受けします。ワタシの名はウイングドラモン。エグザモン様に使える者の一体で御座います」

「エグザモンの…なるほど、遣いの者か」

「左様で」

 

聞き慣れない名前があったが目の前にいるデジモン、ウイングドラモンは敵では無いらしい。しかも話の内容から察するに、ロイヤルナイツの同胞…エグザモンというデジモンの部下だと言う。

少し経つとハックモンとウイングドラモンの会話は終わっていた。曰く、ウイングドラモンは竜の谷にいる監視がこちらに近付いてくる影を確認し、その正体を突き止めるために飛んできたと言う。その途中、ハックモンの姿を目にし、主であるエグザモンの話から聞いたジエスモンの成長期の姿に瓜二つだった為、丁寧な対応をしたらしい。

竜の谷までかなりの距離があるのにも関わらず、自分達の位置を把握できた事に驚愕するタツヤ達。そんな彼らに少し笑いながらもウイングドラモンは口を開く。

 

「ここにあなた方が来たということは、エグザモン様に何かご用があってのことでしょう。宜しければワタシが竜の谷まで送って差し上げましょう」

「い、いいんですか!?」

「ええ。エグザモン様と同じ、ロイヤルナイツのハックモン殿とそのお連れの方です。お連れしても問題ないでしょう」

「ああ、助かる。その善意に甘えさせてもらおう」

「やったぁ!」

 

ウイングドラモンの申し出にアサヒとカケモンが食いつく。よっぽど疲れていたのだろう…カケモンなんて飛び上がるほど歓喜していた。うるせぇ、とワレモンが吠えるが彼も内心助かったと思っているのだった。

ウイングドラモンはタツヤ達を左右の手でそれぞれ二人ずつ、男女に分けて掴む。その際、カケモン達三人はデジヴァイスの中に入れた。どうやらウイングドラモンの片手で持てるのは今の人数が限界らしい。振り下ろされては大変だ、というタツヤの気遣いにカケモンとワレモンは感謝するが…何故かハックモンだけ憐れんだ目でこちらを見ていた。何故だろう、と思いながらもタツヤ達を掴んだウイングドラモンはふわりと浮かび上がる。

 

「では、行きますよ」

「あ、宜しくお願いしm」

 

タツヤの言葉は最後まで届かなかった。なぜならウイングドラモンの移動速度…そのスピードがタツヤ達の予想を遥かに超えていたからだ。例えるならミサイルの先端に縛られたまま打ち出されたような…そんなスピードで。

 

「きゃあああああああああああああ!?」

「うっわなんだこれえええええええ!?」

「っ!?……!!?」

『言い忘れたが…ウイングドラモンの飛行速度はマッハ20を超える程だ。まぁ…今はそこまで早くないが、耐えてくれ」

「それ、早、く、言って…!欲しかった…!!」

 

デジヴァイスの中からハックモンがそう言ってくる。だからあんな目で見てきたのか…タツヤは途切れそうになる意識をなんとか引き戻しながらもそう言う。周りの景色が線に見えるほどの速度の中、タツヤ達…というか城太郎とアサヒは絶叫しながらも竜の谷へ向かって行った。

 

 

「奴らめ、竜の谷へ向かいおったか」

 

とある場所、研究施設のような場所でバルバモンはそう呟いた。

…奴らはエグザモンに会うためにそこへ向かっているのだろう。その意図は何にせよ、今の自分達の計画に何の支障はない。むしろ好都合だった。

タツヤ達がそこに向かう事を確認したバルバモンは笑みを浮かべる。

 

「まぁ良い。前からあそこは目障りじゃったからのぅ。トカゲどもを狩るいい機会じゃ」

 

どれ、あそこに何を送り込むかのぉ、と言うとバルバモンは声を出して笑い始める。

今…竜の谷に危機が迫っていた。

 

 

ウイングドラモンに連れられ十数分、タツヤ達はある岩場の上に降ろされていた。

 

「め、飯食ってなくてよかった…」

「あうあう、あううう…」

「あの速度…ジェットコースターの平均速度の……約六倍」

「あ、そうなんだ…」

「も、申し訳ない、あれでも遅くしたのですが…」

「大丈夫ですよ。ちょっと驚いたけど…」

 

城太郎が、アサヒが、さらにはミキが青い顔をしている中、少々冷や汗をかきながらもタツヤは申し訳なさそうにしているウイングドラモンのフォローをしていた。なんでこいつだけこんなピンピンしてんだ、とデジヴァイスから出てきたワレモンが心の中で突っ込む。だがそれと同時に思い出した…そういやこいつジイさんの孫だったわ、と。何気に彼の血筋の一片を見たワレモンであった。

そんな中、ハックモンは岩場の下を向き、口を開く。

 

「それよりもお前達。着いたぞ…ここが竜の谷だ」

 

タツヤ達は同じく岩場の下を覗くと、その光景に驚かされた。

そこは深い谷底だった。まるでとてつもなく巨大なドリルで開けられた穴のような…そんな場所だ。直径数十キロあるその場所の岩の壁には所々穴があり、様々なデジモンがそこで暮らしていた。おそらく巣穴なのだろう…中には緑の里で見たエアドラモンが数体行き来している。他にも、アグモン、ティラノモン、コアドラモンなどと言ったデジモンも暮らしていた。

さらに周りにはここほどではないが、いくつかの谷も見えた。緑の里とは違った、しかし同じように暮らしているデジモン達の集落にタツヤ達は言葉を失っている。と、そこへウイングドラモンはご案内します、と今度は藁編んだ足場のようなものを持って来るとタツヤ達をそこへ乗せる。そして両端の紐を持つと浮遊し谷底へと降りて行った。おそらく先ほどの行為を反省してやった事だろう、彼の気遣いが感じられる。

 

「すごいね…ここ、いろんなデジモンがいるんだ」

「ええ。と言っても、それは竜帝であるエグザモン様の統治があってこそですが」

「だが…昨日の緑の里を襲った者達は違った。そうだろう?」

「…お恥ずかしい限りです。その件に関しましては、降りてからお話いたします」

 

そう顔を伏せるウイングドラモンから何かあったのだろうと言う雰囲気が発せられていた。

そうこうしているうちに、タツヤ達は谷底へと降りる。するとウイングドラモンは地面に降り、膝を着くと頭を垂れながら口を開いた。

 

「エグザモン様、ハックモン殿をお連れしました」

 

そう言うウイングドラモンの目の前には誰も居ない。もしかして透明なデジモンなのか…などと城太郎が言い出し頭に手刀を叩き込むタツヤ。だがおかしい、本当に目の前には誰もない。あるとすればとてつもなく大きな竜の像のみ。

しかし、

 

「グルルルルルルルル…!」

 

その竜の像が突然唸り出した。よく見ればその像は視線をこちらに向けており、尚且つ体のあらゆる場所が動いている。まるで生きているように…いや、実際生きているのだ、このデジモンは。そして今まで像だと思っていたものが動き出しタツヤ達は谷を見た時以上に驚いていた。

 

「「でけえええええええ!?」」

「あ、あわ、あわわわわわ…!?」

「この大きさ、あり得ない。とてつもないデータ量の塊…!」

「うん。今まで見たデジモンの中でも、飛び抜けて大きい」

「わあああああああ…!」

 

城太郎とワレモンは叫び、アサヒは混乱、ミキも混乱しているが少し違ったベクトルで混乱していた。タツヤは叫びを上げないながらも驚愕し、カケモンはアルフォースブイドラモンを見た時と似たリアクションをする。

色褪せた深紅の鱗に雄々しい角。今は閉じているがその巨大な体に比例するかのように存在する巨大な翼。片腕に槍…アンブロジウスを構えこちらを鋭い眼差しで見るこのデジモンこそ、ロイヤルナイツの一体、竜の頂点に立つ”竜帝“。

その名は……エグザモンである。

 

 

 

「久しいな、エグザモン。…見ないうちに縮んだが、それは“奴”の仕業か?」

「これ縮んでたのかよ!?」

 

ハックモンの驚きの発言にワレモンは思わず叫ぶ。それもそのはずだ、エグザモンの大きさは現実世界にある下手なビルよりも大きい。それが縮んだ、と言われると…叫ばずにはいられない。それはタツヤ達も思ったのか、誰もワレモンを止める素ぶりをしなかった。

そうしていると、エグザモンは低く唸りハックモンと会話する。

 

「グルル」

「やはりか。今の貴方の状態は“奴”の…」

「グルルルル。グル」

「ああ。だがまだ戦える状態でないようだな。…そうか、だからあのメガドラモン達は…」

「グルル…」

「そう気を落とす事はない。結果的に被害は最小限に収まった。後日使者を送り謝罪する方がいいだろう」

 

唸りと会話、それを交互に繰り返すエグザモンとハックモン。エグザモンが言うには、緑の里を襲撃したメガドラモン達は力を奪われたエグザモンの制御下を離れた者達らしい。追いかけようにも今の竜の谷の状態ではすぐに対処できず、今に至るとエグザモンは語る。

そしてその光景を見るタツヤ達。…正直ポツンと立っているだけで居心地悪いタツヤ達なのだが、その中で城太郎がタツヤに声をかける。

 

「なぁタツヤ、アイツが何言ってるかわかるか?」

「わからないよ。ミキと沢渡さんは…わかるわけないか」

「………うん」

「え、えっと、すごく困ってるようには見えますけど…」

 

長い間を取って返事をしたミキは理解しようとしたが失敗したのだろう。その次のアサヒに関しては、意味はわからないがその雰囲気だけは感じ取れたらしい。後にわかるのだが、エグザモンの言葉は種族の関係上で完全体以上の竜型のデジモンか同胞であるロイヤルナイツにしかわからないとハックモンは語る。

そうしていると、ウイングドラモンは苦笑いしながらタツヤ達の方を向き口を開いた。

 

「そちらのお嬢さんの言う通り、エグザモン様は嘆いておられます。この半年の間、竜の谷に住むデジモンのごく一部が…エグザモン様に反旗を翻そうとしたのです」

「反旗を…って、どうして…」

「エグザモンが力を失ったから。そして、エグザモンの統治に不満を持ったから…理由としてはそれが上がる」

 

顎に手を当て口を開くミキ。その発言にタツヤ達は彼女に目線を集めると、それに呼応するようにウイングドラモンは頷く。

 

「ええ、その通りです。エグザモン様が力を失い、我こそはと竜帝の地位を狙った者と自由を手にしようとした者が手を組んだのです。と言っても、すぐに制圧したので問題ありませんが」

「自由をって、エグザモンはそんなに悪いやつなのか?」

「いいえ。エグザモン様は秩序のある統治を行っておられました。暴走しやすい竜型のデジモン達を抑制し、他のデジモン達に危害が及ば無いように、そして我々の自由のために何百年と言う間統治しておられるのです」

 

何百年と言う言葉にタツヤ達は息を呑む。そんな長い年月の間エグザモンはこの場で統治していたのかと、驚きを隠せない。それを見たウイングドラモンはエグザモンを見ると、敬意を込めた眼差しで今も会話をしているエグザモンに目を向ける。

 

「秩序の無い自由などただの混沌に過ぎぬ…それがエグザモン様の口癖なのです」

「エグザモンさん…優しい方なんですね」

「ええ。ワタシもそう思います」

 

アサヒのその言葉にウイングドラモンは振り返ると、微笑んだ。まるで自分の事のように喜ぶその姿を見て、タツヤ達はエグザモンと言うデジモンを見れた気がした。

 

 

十分後、エグザモンとの会話を終わらせたハックモンは難しい顔をしながらもタツヤ達の元へ帰ってきた。彼のその表情を見て、タツヤはハックモンに訪ねる。

 

「ねぇ、さっき何話してたの?」

「ああ……色々とな」

 

そう言うハックモンにその内容を聞こうとするタツヤだが、その前にウイングドラモンが遮るようにタツヤ達の前へ出る。そしてお食事を用意しましたと一言。空腹だったカケモンとワレモン、城太郎、ついでにミキはウイングドラモンへとついて行く。その先で聞けばいいか、と思いながらもタツヤはアサヒと一緒に彼らの後を追う。

…その時、エグザモンがある人物を見つめていた事は誰も知り得なかった。

 

 

「まずわかった事は三つ。オレ達ロイヤルナイツが敗れた日から半年経っていると言うことがまず一つ。そして、あの日からデジタルワールドに何の異変も起こっていないと言う事が二つだ」

 

少し離れた一室の中、石を削ったようなテーブルと椅子に座るタツヤ達にハックモンは口を開く。この二つの情報は緑の里で聞いた情報と照らし合わせて導き出した答えだ。

しかし前者はまだ理解できる。だが後者の情報に疑問が尽きない。バルバモンが“奴”を使役、あるいは協力している筈ならなぜこの半年で何も動きが無かったのだろうか?もしかすると別の理由があるのでは…と考えたがハックモンは思考を止める。今はタツヤ達と情報を共有する事が先だ。この考えは後でもできる。そう考え直してハックモンは再び口を開く。

 

「そして最後に…現在生き残っているロイヤルナイツの同胞が確認できた」

「え、わかったの!?」

「ああ。エグザモンが半年前に離脱する時、確認したらしい。そして…あの場にいた同胞の中で離脱を確認できなかった者はデュナスモン、ロードナイトモン、クレニアムモン、スレイプモン、ドゥフトモン。そして……オメガモンだ」

「オメガモン?それって…」

「カケモンの、最初の姿の…」

 

カケモンとタツヤは互いに目を合わせる。そうだ、オメガモンはカケモンが最初にアップグレードした時の姿に使ったカードのデジモンだ。今まで気にならなかったが、まさかロイヤルナイツだとは思わなかった…タツヤとカケモンは改めて驚く。そんな彼らにハックモンは珍しく目を丸くさせると呆れを含んだ言葉を漏らす。

 

「まさか、知らずに使っていたのか…?」

「だって誰も教えて……もしかしてワレモン知ってた?」

「あ?…あー、ワリィ、言ってなかったわ」

「言ってよ…」

 

後頭部を掻きながらも悪い悪いと言うワレモンに思わずタツヤは肩の力を抜いてしまった。それを見かけたハックモンは咳払いすると、話を元に戻す。

 

「だがこれで残りの同胞がいる事を確認できた。希望はまだある事が証明された……我々は来るべき戦いの時に向けて各地にいる同胞にコンタクトを取り、バルバモン達のいるダークエリアへと向かう。それでいいな?」

「うん、それでいいと思う。経路に関してはハックモンに任せるよ。あとは…」

「はいはい、お待ちどうさん!今朝採れたての新鮮な肉の盛り合わせだよ!」

 

ハックモンの言葉を遮ったのはコック帽を被った赤い恐竜のデジモン…ティラノモンだった。彼はその手に持った大きな皿を石で削られたテーブルに置く。皿の上には発言通り焼きたての肉…しかも骨つき肉が山のように盛り付けてあった。

 

「はい、たんと食いな!」

「わぁ…!お肉いっぱいだねぇ!いただきまーす!」

「「いただきまーす!!」」

「いただきます」

「……まぁ食事の後でもいいか」

「そ、そうですね。浪川君も食べましょう?」

「あ、うん。………ちょっと待って今朝採りたてって何?獲りたてじゃなくて?というかこれ何の肉?」

 

会話そっちのけで肉を食べ始めるカケモンとワレモン、城太郎。それに続くようにミキも手を合わせて肉を手に取った。その光景に呆れながらもハックモンも食事をとる。アサヒも空腹だったため、タツヤに食べるように言うが…タツヤ本人は色々と突っ込んでいた。そもそも目の前の骨つき肉は何肉なのか…それをティラノモンに聞こうとする。

が、それよりも前に部屋の外から咆哮が響き渡ってきた。

 

「ふぁ、ふぁんだ!?」

「只事では、無さそうだな」

「僕達も行こう!」

「うん!」

 

肉を頬張りながら驚く城太郎にハックモンがそう答える。どうやらそのようで、近くにいたティラノモンは慌てて部屋の奥へと走って行ってしまった。その事にタツヤは気を引き締めカケモンと共に部屋の外へ、エグザモンのいる場所へと走り出す。残されたハックモン達も二人の後を追って席を立つ。…その中で一人、骨つき肉を両手にしていたのは城太郎だけだった。

 

 

エグザモンのいる谷の最下層へ着いたタツヤ達。そこではエグザモンとウイングドラモンが顔を顰めて話し合っていた。そんな彼らにハックモンは声をかける。

 

「エグザモン、何があった!?」

「グルルルルルル…!!」

「なんだと、マンモンの群れだと!?馬鹿な、あり得ん!」

 

ハックモンが驚きの声を上げる。タツヤ達は聞き慣れないデジモンの名前に首を傾げていると、ウイングドラモンがタツヤ達に近づき説明し始める。

マンモン…現実世界で言えばマンモスの姿をしたデジモンは古代のデジタルワールドに存在していたデジモンだ。しかし現在のマンモンの数は片手で数えられる程度、進化過程にマンモンになるデジモンも決して多くはない。しかし現在竜の谷のすぐ近くに群れで現れたのだ。その数は約80頭…現在ではあり得ない数である。それに加えて不可解なのは、竜の谷の監視の目を掻い潜って谷の直ぐそばに現れたのだ。まるで、魔法でも使ったかのように…。

その説明を受けると、アサヒはボソリと呟く。

 

「あの、もしかしてそれって…」

「バルバモン…」

「ああ、あのクソジジイならあり得るぜ」

 

続けてミキとワレモンもそう言い出す。たしかに、七大魔王であるバルバモンならば可能かもしれない。だがどうして?どうやってマンモンの群れを揃えた?…狙いは自分達なのか?数々の疑問が浮かび上がるがこうしている場合じゃない。現在竜の谷の完全体デジモンが対処しているが、その数はたった十数体…数の差がありすぎる。ならばエグザモンが出れば、そう言いかけた城太郎だがウイングドラモンは首を横に振った。

 

「いいえ、できないのです。エグザモン様は先の戦いで力とその力を制御する機能の大半を奪われました。半年経った今でも調整が終わっておらず、このまま戦われると…この竜の谷に住む多くのデジモン達が犠牲となるでしょう」

「そんな…」

「なら僕達が…」

「グルルルル!」

 

タツヤが言いかけた時、エグザモンはこちらを見て唸る。何かを伝えようとしているのか、タツヤ達…いや、カケモンへと目を合わせた。

 

「エグザモン?」

「グルルルル…」

「なんで止めるの?今上でみんな困ってるんでしょ?」

「グルルル」

「なんでって、よくわかんないよ。ただみんなを助けなきゃって、思ったから」

「グルルルル…グルル」

「カケモン、お前…まさか」

 

エグザモンと普通に会話しているカケモンに驚きを隠せないハックモンに気付かず、カケモンはエグザモンに言われた事…問われた事に頭を悩ます。

 

–––––小さき者よ、貴様は何故戦うのだ?

–––––それは責任感か?それとも義務か?

–––––ワレはそれが知りたい…答えよ

 

問われた事にカケモンは兜ごと頭を抑えながら考える。戦う事を難しく考える事はなかった。誰かが困っているから、友達が困っているから、時と場合でそれは違ってくる。だからこそ、今のこの状況も…単純に、ただその心に思った事を口にした。

 

「だって、行かなかったら…きっと後悔するから」

「………」

 

ハックモンから聞かされた、不思議な力を持つデジモン…興味が無いと言えば嘘になる。だがしかし、それでも試したかった。はたして、デジタルワールドを救うに値するのか?自分達ロイヤルナイツの力を振るうに値するのか?

 

–––––貴様もまた、自由を求める竜なのだな

 

答えは得た。目の前のデジモンは己の為ではなく、誰かの自由の為に戦う者なのだと。それもまた、一つの竜の形だ。

エグザモンはその巨体を傾かせ、指をタツヤ達の前に突き出す。

 

「グルルル」

「タツヤ、デジヴァイス出して!」

「…わかった」

 

カケモンに言われるままにタツヤはデジヴァイスを取り出しエグザモンの前に翳す。それを確認すると、エグザモンはその指先…正確には爪でデジヴァイスの画面に軽く触る。すると、何かが欠けたような感覚にほんの少し顔を歪ませながらもエグザモンは指を引いた。

タツヤはそれを見てすぐに画面を確認する。そして《X EVOL.》を開くと、そこにはエグザモンのアイコンが新たに追加されていた。それを見てタツヤはカケモンへと目を向ける。

 

「カケモン!」

「うん!」

 

 

「セットアップ、エグザモン!」

 

 

《X EVOL.》からエグザモンのカードを具現化させ、裏のUGコードを読み取ると、タツヤはカケモンにデジヴァイスを向けて光を放つ。そして光を浴びたカケモンは更なる力を手に入れる。

 

頭にある兜を上に放り投げると、カケモンの体は新たな変化を遂げた。ver.アルフォースより頭一つ分以上大きい体格に加え、腕よりも脚が発達しているという、竜人ではなく竜と言った方が合っている姿へと変わる。そして兜を被ると背後のエグザモンの幻影から鎧が飛び出す。深紅の鱗を模した鎧は手足と胴体の最低限の場所に装着され、今度は兜の上に竜の顔を模したパーツが追加される。まるでエグザモンの角を簡略させた兜の口元から立体的なバイザーが装着されると、最後に幻影から斧のような二つのパーツ…サテライトEが飛来し目の前を切り裂き、背中に装着され翼のような形へと変形。咆哮を上げ、誕生した竜はこう名乗り出した。

 

 

「アップグレード! カケモン ver.エグザ!!」

 

 

今までとは違ったカケモンのアップグレードにタツヤ達は驚愕する。だがそんな事はつゆ知らず、カケモンは空を見上げるとウイングモードのサテライトEを広げ最下層から飛び上がってしまう。その速度はver.アルフォースに匹敵する程で…既にカケモンの姿は見えなくなってしまった。

 

「カケモン!?」

「あんの野郎!オレらを置いてくんじゃねぇ!」

「追いかけます、ワタシに捕まってください!」

 

そう言ってウイングドラモンはタツヤ達を掴むと今度はゆっくり目に飛び上がる。最初の事を考慮した為か、タツヤ達の負荷は無いが今はこの速度がもどかしい。戦場へと行くタツヤ達を目に、エグザモンは静かに目を閉じた。

 

 

一方、竜の谷のすぐそばの荒野。ここではマンモンの群れと竜の谷のデジモン達が戦っていた。竜の谷のデジモン達は皆戦慣れしている事もあってか、マンモンの一体や二体を相手にするのはどうとでもなる。だが、数が多すぎるのだ。役五、六倍の数をこの少数で倒しきるのには無理がある。現在なんとか半数まで減らせたが…それでもこちらの体力も底を尽き始めていた。このままではやられる、と一体のサイバードラモンが思っていた、その瞬間だった。

 

「ズバズバするよ!!」

 

上空から子供のような声が聞こえると、目の前に二振りの斧を持ったデジモンが降りてくる。驚くべき事に、そのデジモンは着地と同時に前方にいたマンモンの一体を斧で両断したのだ。その事に驚きつつも、サイバードラモンは目の前のデジモンに声をかける。

 

「お、おい。お前は一体…」

「んー?ボクはボクだよ?カケモンだよ?」

「いや、そうじゃなくて…」

「オジさん達休んでて、後はボクがやるから!」

「オジさん言うな!?じゃなくておい!」

 

そのデジモン…カケモンver.エグザはアックスモードにしたサテライトEを一つに合わせ変形させる。ブーメランモードになったサテライトEをカケモンは今も戦っている他のマンモン達に向かって投げ飛ばす。すると、サテライトEはマンモン達を次々と切り裂き竜の谷のデジモン達に有利な状況を作り出していく。だがそんな中、一体のマンモンが真横からカケモンに突進してくる。だがカケモンはマンモンの鋭い牙を掴み突進をピタリと止めた。

 

「ブモッ!?」

「もー、あっち行ってて!」

「ブモオオオオオッ!?」

 

マンモンを遠くへと投げ飛ばすカケモン、だがさらに前後から二体のマンモンが突進してくる。機動力が低い今の状態だと確実に潰される、そう思ったサイバードラモンは逃げろと叫ぶが、杞憂に終わる。帰ってきたサテライトEは背後のマンモンを切り裂くとカケモンの手元に戻り、新たに変形する。盾の形、シールドモードに変形したサテライトEを手にしたカケモンは前方のマンモンの突進を受け止めるとそのままマンモンを押し返す。

 

「よいしょーーーー!!」

「ブモォ!?」

「うーん、もっと暴れたいなぁ。そうだ!」

 

カケモンはそういうとサテライトEを二つに分離させる。そして宙に浮いたサテライトEは筒状に変形すると最初と同じようにカケモンの背中に装着された。ブースターモードとなったサテライトEを背に、カケモンは独特の構えをする。それは…クラウチングスタートと同じ構えだった。

 

「位置について、よーい……––––––ドッカーーーーーーンッ!!」

 

そう言うとカケモンは目の前にいた三体のマンモンと共に消えていた。いや違う、進んだのだ。ただ真っ直ぐ、一直線に。その証拠に目の前にカケモンが進んだであろう地面が抉れて出来た一本の線が地平線まで伸びていた。この数秒後に、ウイングドラモンに連れられてタツヤ達が来たのは別の話。

 

 

「「「ブモオオオオオッッ!?」」」

「あはははははは、きもちーねーーーー!!」

 

三体のマンモンを頭で押し出すように真っ直ぐ飛ぶカケモンは笑っていた。風を切る感覚が自分が自由だと言う事を実感しているからだ。途中山を数箇所貫通したが今の彼に自覚はない。有り余る力をまるで制御出来ていない、ある意味では暴走状態なのだから。

 

「あれ?行きすぎちゃったかな?うーん、回れ右ー!」

 

元いた場所からだいぶ離れていた事に気付いたカケモンはカーブをつけてUターン。既に三体いた筈のマンモンが一体だけになっていたが、それもまた気付いていない。途中にあった湖を真ん中から切り裂き、カケモンは竜の谷へと戻って行った。

 

 

「ブレイズソニックブレス!」

「イレイズクロー!!」

「クソ、あのバカケモンどこ行きやがった!?」

 

竜の谷の戦場ではウイングドラモンが参戦し、何体かのサイバードラモンと一緒に戦っていた。その離れた場所でワレモンはどこにいるかわからないカケモンにキレている。まぁまぁと宥めながらも、タツヤ達もどこにいるのかわからないカケモンに不安は募るばかり。だがそんな時…ふと空から何か音が聴こえてきた。それはまるで隕石でも落ちるような…

タツヤ達はもしかしてと見上げ、そして絶叫した。

 

 

「「「に、逃げろおおおおおお!!!」」」

「あはは!スターダストスレイヤー!!!」

 

 

隕石のように上空からやってきたカケモンは周りに紅いオーラを纏い戦場へと接近してくる。幸い、ここにいた竜型のデジモンは皆機動力が高い為、タツヤ達の叫びにすぐに対応できた。そう、それ以外…残った十数体のマンモン達はカケモンの突進から逃れる事が出来ず、消し飛んだ。

轟音が響き渡り、頭上から砕けた岩のかけらが降り注ぐ中、ウイングドラモンに守られていたタツヤ達はそっとカケモンが落ちてきた場所を見る。するとそこには、大きなクレーターができており…その中心にカケモンが上半身ごと頭を突っ込んで埋まっていた。

 

「むーーーー!!(出られないーーーー!)」

「こ、こ、このアホンダラああああ!!?」

 

バタバタと暴れるカケモンの足にワレモンは冷や汗をかきながらも走り出し飛び膝蹴りを食らわせる。そしていつものごとく元の姿に戻ったカケモンは、目を回していた。ワレモンがそんなカケモンに構わず往復ビンタしている中、タツヤは怒られるんじゃ無いかと恐る恐るウイングドラモン達の方を見ると…何故か全員咆哮を上げている。しかも間違っていなければ、それは勝ち鬨を上げるようなそんな感じに聞こえた。

ああ、いいんだ、と思いながらもタツヤはカケモンの方を見る。今回もまた、厄介な力を手に入れてしまったようだ。タツヤは丁度鳴った腹の音を聞きドッと疲れる。とにかく今は、肉を食べたいタツヤなのだった。

 

 



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十八話 《始まりの街と正義の味方》

デジタルワールド滞在四日目。竜の谷でもてなされたタツヤ達はお土産の薫製肉を貰い、谷から出ていた。その際、ウイングドラモンが近くまで乗せて行くと自ら宣言し、竜の谷の先にある森まで送って行ってもらう事に。また長い道を歩くのかと心配していたアサヒとカケモンはその事に喜んでいた。谷から森までは一日かかってやっと辿り着く場所にあるのだ。タツヤ達は彼の申し出を断る事はなかった。

 

「では、ワタシはこれで。皆さんもお気をつけて下さい」

「ああ、世話になったな」

「エグザモンさんにもよろしくねー!」

 

ウイングドラモンの安全運転(それでも少し早かった)で近くの森に降ろされたタツヤ達。別れの挨拶をしてそのまま竜の谷へ戻るウイングドラモンにハックモンとカケモンはそう言い手を振る。そして完全に見えなくなると、タツヤはハックモンに問いかけた。

 

「それでハックモン、次に向かう場所はどこなの?」

「ああ。今度の目的地はデジタルワールド最古の都である古都だ」

「文明がある場所なんですか?」

「ああ。そこで数日情報収集と携帯食料の調達をする。今残っている同胞の内、何人かは守護するエリアを持たない。通信もできない今の状況では目撃証言を集めるしか無いからな」

 

アサヒの疑問に答えるハックモンは苦い顔をする。ボソリ、と特に師匠はな、と呟いていたがその言葉は誰にも届く事は無かった。

ハックモンは咳払いしタツヤにデジヴァイスを取り出すように言う。《MAP》を起動し、全員で見える位置にデジヴァイスをかざすとハックモンは説明し始めた。

 

「ウイングドラモンのお陰でここから古都まで三日程で到着する。途中で野宿と集落での宿泊を考えたとしても、道のりは楽なはずだ」

「お、マジでか!んじゃあもう行っちまおうぜ!」

「ちょっと、城太郎!」

 

生き生きとした顔で城太郎は前に進み出す。元々持っていた好奇心もあってか、進まずにはいられないのだろう。それを見てタツヤは彼を追いかけ、つられるようにハックモン達も歩き出した。

 

 

進み出してから半日程経過した。日が沈み始める時間帯となり森の中は薄暗くなり始めていた頃、タツヤ達は手頃なキャンプ地を探している。周りは岩や隆起した地層など安定しない地面が続き、それに加えて場所も野生のデジモンが出る可能性もあるので今もタツヤ達は歩き続けていた。既に何人かは体力が限界に近いらしく、顔に疲労の色が見えている。早く見つけないと次の日に引き摺ってしまう、ハックモンが少し焦りを見せた…その時だった。

今いる場所から少し離れた所で爆音が響き渡る。戦闘か何かか、疲れていたタツヤ達は気を引き締め音の鳴った方向に目を向けた。一方のハックモンは音のする方向に心辺りがあるのか、顔色を変えて走り出す。

 

「まさかっ…!」

「ちょ、ハックモン!?」

「急にどうした!?」

 

いきなりの行動にタツヤとワレモンは驚き、タツヤ達は後を追う。一目散に走り出すハックモンは木々を掻き分け前に前にと進んだ先には…

 

 

「ジャスティス…キィィィイックッッ!!」

「うっきぃぃい!?」

 

 

まるでヒーローショーに出てくるヒーローの姿をしたデジモンとそのデジモンに蹴られる猿の着ぐるみを着たようなデジモンがそこにいた。蹴られたデジモンは放物線を描き空中から地面に落下すると、アウチッと悲鳴を上げる。そして数秒蹲ると、すぐさま起き上がりヒーローのようなデジモンに指差し悔しさ全開で叫んでいた。

 

「ムッキィィィ!またやられてしまったわ!覚えてなさい、ジャスティモン!次こそは、つぎこそわあああああ!」

「もう懲りて欲しいけど、しょうがない。今度来た時も相手になってやるさ!」

 

ビシィ、と夕陽を背にした彼…ジャスティモンがそう言うと猿の着ぐるみのデジモンは地団駄を踏み何処かへと去って行く。ふぅ、と一息ついたジャスティモンはタツヤ達に気付くと、手を上げて陽気に挨拶をする。

 

「やぁ!そこの君達は旅の人達かな?」

「え、うん。そうだけど…」

「だったらこの先にある街に行くといいよ。もう夜は遅いし泊めてもらうといい」

「あ、ちょ」

「ああ、自己紹介がまだだったね。オレの名前はジャスティモン!通りすがりのヒーローさ!じゃあね、トォ!」

 

ジャスティモンのマシンガントークが終わり、彼は飛び上がると何処かへと消えて行ってしまう。そしてその光景をカケモンがキラキラとした目を向けていた。ああ、やっぱりかと思いながらもタツヤ達は飛び去ったジャスティモンになんか見たことあるような、と考えていたがハックモンがそれを遮る。

 

「…とりあえず行こうか。この先に街がある」

「なーんだ、そこに泊まらせてもらえば野宿する必要なんてねぇじゃねぇか」

「元々通る道では無かったからな。…いや、今となっては好都合か」

 

城太郎の言葉にそう返すハックモンは森の中を進み出す。タツヤ達も続くように歩き出すとある事に気付いた。…ある程度道が整備されてきたのだ。少し前の獣道ではなく、ちゃんとした道になっている。

そして数分後、タツヤ達は森を抜けるとそこには不思議な街があった。カラフルな四角い箱のようなものが地面に敷き詰められている。それ以外にも、四角い箱がいくつか積み上げられた物もいくつか見える。街と言うにはタツヤ達人間からしてみればおかしい話だが、不思議とそこを街だと認識してしまった。

 

「なんだ、ここ?」

「おいおい、まさかここって…」

「ああ、お前の予想通りだワレモン。ここは始まりの街。デジタルワールドにおいてデジタマが現れる場所の一つだ」

「デジタマ?」

「デジモンが生まれる卵だ。詳しくは奥にいるであろう管理者に話を通してからだな」

 

 

「そうですか、ジャスティモンに言われて…。そう言う事でしたら今日はお泊りください。最近は乱暴なデジモンが多いので」

「ああ、そうだな。今晩は泊まってけよ」

 

始まりの街の奥にあった木造の建築物。その中にいた街の管理者…雪だるまのような見た目をしたユキダルモン、そして赤い体毛をしたネズミに近い姿をしたエレキモンはハックモンの説明を聞いてタツヤ達の宿泊を許可してくれた。

ユキダルモンの言う乱暴なデジモンは先程のデジモン…エテモンなのだと言う。その話を聞いたミキはユキダルモンに尋ねる。

 

「さっきのジャスティモンは?彼はここの管理者?」

「いいえ、彼は違うわ。彼はエテモンが現れる少し前からこの街を守ってくれているヒーローなのです」

「そうそう。さすらいのヒーローってな!今までこの街にちょっかいかけてくるデジモンはオイラ達で追っ払ってきたけど、エテモンは完全体だし…オイラ達じゃ勝てないからな」

「彼はワタシ達がピンチの時に現れて助けに来てくれるのよ。でもその後にすぐに何処かに行っちゃうから、お礼しか言えないけどね」

「へぇ…カッコいいねぇ!」

 

二人の話を聞いたカケモンはまたも目を輝かせる。タツヤはそれに苦笑いしながらもふと、パズルのピースがハマるような感覚が走った。そうだ、カケモンだ。正確に言えばver.アルフォースにアップグレードしたカケモンだ。ジャスティモンに何処かで見たような感情を抱いたのはそれが原因だった。だって二人ともヒーロー名乗ってるし、性格も似ている気がする。

その事に他の皆も気づいたのか、タツヤと顔を合わせている。特にワレモンはなんとも言えない顔をしていた。…そこまで苦い顔をしなくてもいいと思うけど、とタツヤはまたもや苦笑い。

 

「んじゃ、部屋に案内するぜ。あ、そうそう。ここにはオイラ達以外にも…」

「せ、センパァァイ!」

 

エレキモンがそう言いかけた時、部屋の中に誰かが入ってくる。紫の体をした竜型のデジモンは…様々な色のスライムを体中にくっつけながらエレキモンの前に倒れた。

 

「た、助けてくださいィィィ…」

「モノドラモン、お前またベイビー達をあやしきれなかったのかよ」

「うぅ…皆わんぱく過ぎて…」

「しょうがねぇなぁ」

 

そう言うとエレキモンはそのデジモン…モノドラモンの体中にあるスライムを素早く取っていき、部屋の外に出て行く。それを見送ったアサヒはモノドラモンに近づいた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「う、うん。なんとか…」

「なぁ、さっきの丸っこいの何だったんだ?スライム?」

「ううん。あの子達はベイビー…幼年期の子達だよ」

「幼年期?」

 

聞きなれない単語に反応するタツヤ。おそらくデジモンの世代の一つなのだろう。そう思ったタツヤは背後にいるワレモンとハックモンに目を向ける。デジタルワールドについては彼らに聞いた方が早いだろう。他の三人もそう思ったのか同じく二人に目を向けた。

 

「あー、はいはい。説明しろって事だな。幼年期はオレらで言うガキ…赤ん坊みたいなもんだ。デジタマから生まれたばっかのやつだな」

「ああ。正確には幼年期Iと幼年期IIと分けられる。幼年期Iはそこの彼に張り付いていたようにスライムのような形状をしている。生まれたばかりでデータの情報不足の為にちゃんとした肉体構造をしていない為だ」

「んで、進化すると幼年期IIになる。まぁ、見た目はあんま変わんねぇやつもいるけど、大体丸っこい奴が多いな。そんでここら辺でどんな成長期のデジモンに進化するのかわかってくるんだよ」

「へぇー、そうなんだ」

「って、オメェがわかんなくてどうすんだよ!」

「痛い痛い、痛いよワレモンンン!」

 

同じデジモンなのに知らなかったカケモンに対しヘッドロックするワレモン。カケモンはワレモンに向かってタップするが力を緩める気は無いようだ。それを見かねてタツヤはワレモンにやんわりと止めるように呼びかける。初めて会った時から何度も経験してきた事だ、割とスムーズにワレモンを宥める事が出来ていた。

そんな中、立ち上がったモノドラモンにユキダルモンが近づく。

 

「モノドラモン、大丈夫ですか?」

「は、はい。ボク、子供達好きだから…へっちゃらです!」

「そうですか…ここに来て三ヶ月、あの子達にも十分打ち解けられて来たみたいね」

「でも、まだまだユキダルモンさんやセンパイみたいにはいきませんよ」

「大丈夫、貴方もきっと立派な管理者になれるわ」

 

どうやらモノドラモンはここでは一番の新入りらしい。ユキダルモンのフォローを受けてモノドラモンは大きくはい、と返事をした。そうしていると、ミキは二人に近づくと声をかける。

 

「あの…」

「あら、どうしたの?」

「私、もっと幼年期のデジモンを見てみたい」

「あ、だったら俺も!」

「その…私も興味あります」

「まぁ、そうなの。じゃあ、モノドラモンについて行くといいわ。まだ子供達の部屋でやり残した仕事もあると思うし」

「はい、まだおもちゃの整理とかいっぱい残ってるから、ついて来てください」

 

そう言うとモノドラモンはタツヤ達を誘導するように部屋の外に向かって歩く。ここの責任者とも言えるユキダルモンの許可が出た事もあり、城太郎とアサヒ、そしてミキは彼について行った。残ったタツヤ達にも夕飯まで時間があるからゆっくりして行くようにユキダルモンに言われ、城太郎達の後を追う。

 

 

廊下を出て1分ほど、わいわいがやがやばぶばぶと廊下からも騒がしい声がある扉から聞こえてくる。おそらくあそこが子供達の部屋なのだろう。幼稚園にあるような装飾が施された扉に見慣れない文字…後にこれはデジ文字と呼ばれるものだとハックモンに説明される…が書いてある。モノドラモンは扉に手をかけて開けようとするが…その前に城太郎が思い切りドアを開いた。

 

「俺イッチバーン!」

 

だがその瞬間、

 

「もがっ」

 

彼の顔面にピンク色の何かが張り付いた。あまりにも高速で見えなかったが、それはまっすぐ彼の顔全体を覆う。

そして、

 

 

「じょ、城太ろぉぉぉおおお!!?」

 

 

珍しく叫び出したタツヤの声が建物の中に響き渡った。

 

 

 

 

始まりの街から少し離れた木の上、夜になったこの場所でエテモンはやけ酒ならぬ、やけバナナをしていた。エテモンは毎回毎回ジャスティモンにやられてはこのように木の上でやけバナナするのがお約束となっていたのだ。それもこれも彼の目的に問題があるのだが、それはまた別の話。

 

「キィィィ!何よ、何なのよもう!今に見てなさいあんな奴ゥゥ!」

「よぉ、オレが力貸してやろうか?」

「むぐぅ?」

 

口にバナナを突っ込みながらも背後から声が聞こえてきたので振り向く。するとそこには…暗闇の中で羽を広げた堕天使が、歪んだ顔で笑っていた。

 

 

一方、始まりの街では、

 

「じょー、おなかすいたー」

「ほいほい、夕飯まであとちょっとだから我慢なー」

「じょー、うんちー」

「よーし、じゃあこっちでやりなー」

「じょー、ひーろーごっこしよー」

「お、いいぜー。誰がヒーローだー?」

「「「ぼくたちー」」」

「ヒーロー沢山いるなー。よっしゃこーい!」

「「「わーー」」」

 

沢山の幼年期のデジモン…プニモンやツノモン、ユキミボタモン、ニャロモンなどといった幼年期のデジモンが城太郎と遊んでいた。

タツヤの絶叫の後、城太郎は顔に張り付いてきたデジモン…コロモンを剥がして中に入ると直ぐ様人気者になった。やれなんかやって、やれ抱っこなどと大忙しだ。現在はヒーローごっこをしているのだが、無数の幼年期達に体を覆われ…もはや別のデジモンと言っても過言ではない姿になっていた。

そんな彼を見るのはグミモンを抱いて座るアサヒとチョコモンを抱いて座るミキだ。余談だが、少し前のアサヒは幼年期のデジモン達を見て可愛いです、と近くのポヨモンに頬ずりして我を忘れていた。その際ミキも近くのチコモンの頬を指で突いていたのは別の話。

 

「……意外です。小さい子のお世話が上手なんて」

「うん」

「まぁな。伊達に五人兄妹の長男やって無いからな!子守りのエキスパート何年やってるんだって話よ!」

「そう言えばそうだったね」

 

そう言ってタツヤは膝に乗るギギモンとリーフモンを撫でる。何気に懐かれたのか、彼らの顔はリラックスしている。

城太郎の幼馴染を何年もしているタツヤだ。城太郎に強制的にではあるが自宅に連れていかれたこともある。知っていて当然だろう。

そうしていると城太郎は体に幼年期達をくっつかせたまま語り出した。

 

「小六の塔二(トウジ)は俺と違ってしっかり者でさ、母ちゃんの家事を自分から手伝いに行くんだぜ?で、小三の三堀(ミホ)はオレと同じで運動のエキスパートでな、タツヤも会ったことあるだろ?ほら、いつも泥だらけの」

「ああ、あの子か…」

 

思い出すのは約三年前、まだ小学校の頃。無理矢理連れてかれた城太郎の家に必ずいた少女がいた事を思い出す。外で遊ぶ事で焼かれた肌と遊んだ事でついた泥が特徴的な少女だった。

タツヤが思い出している間も城太郎は続ける。

 

「で、小一の四門(シモン)は気が弱くってよ。なんか物音する度にビクビクしてんだぜ?でもウチの家族の中で一人だけゴk」

「それ以上言わないでください怒りますよ?」

「あ、ワリィ。まぁ、Gを退治できるんだよな。そんで末っ子の五壁(イツカ)は甘えっ子でな。幼稚園入ったばっかなのに家でも外でもとーたんかーたんにーたんねーたんって甘えまくってるんだぜ」

 

アサヒの謎の圧力に一緒たじろいだが城太郎は下の弟と妹の事を言い終わると満足げに、そしてどこか切なげに笑う。そして幼年期の中から一匹、ポロモンを両手で持ち上げると、独り言のように呟く。

 

「…なんつーか、いつもはうるせぇけど……一ヶ月も会えねぇって思うと、案外寂しいもんだよな」

「城太郎…」

 

城太郎の言葉をポロモンは理解していないのか首を傾げる。それを見たタツヤはなんともやるせない気分になった。が、それは一瞬の事。城太郎はいつものように笑顔になるとタツヤの肩をバンバン叩く。

 

「なーんつってな!そんな顔すんな!」

「…わかってるよ、君がそんなキャラじゃないことぐらい」

「そ、そういえばここの子達って大きくなったらどうするんですか?もしかして旅に出るとか?」

「そう言う子もいるけど、大体はトレイルモンに乗せられてデジタルワールドの各エリアに移動するんだよ」

 

話を変えようとしたアサヒにバブモンをあやすモノドラモンが答える。モノドラモンがアレを見てと窓の外を指差すとそこには列車のレールが敷いてあった。列車型のデジモンであるトレイルモンが来るためのものらしく、デジタルワールドの各エリアに少なくなったデジモンの数だけ始まりの街などから生まれたデジモンを運ぶそうだ。そうする事で各エリアのデジモンの数を一定に保つ決まりらしい。

だがそんな決まりを破ろうとするデジモンもいる。生まれたばかりの幼年期のデジモンを攫って悪の道に引きずり込ませ、自分の手足のようにしようとするデジモンもいるのだ。それがつい先ほど会ったエテモンなのだとモノドラモンは語る。そしてそんなデジモンの為にこの街には特殊な結界が張ってあるのだと付け加えた。

 

「そうなの?」

「うん、昔からの決まりでね。確か……神様がそう決めたとか?」

「「「神様?」」」

 

ミキのその言葉にモノドラモンは不思議な事を言う。神様、という日常生活ではあまり聞きなれない単語に現実世界出身であるタツヤ達は首を傾げた。まさか宗教上の問題とか、そういうのじゃないのか…タツヤはそう思ったが、モノドラモンはこれ以上はわからないよ、と返す。

そうしていると、トコモンに尻尾を噛まれながら我慢しているワレモンの横にいたカケモンがモノドラモンに声をかける。その手にはボタモンがすっぽりとはまっていた。

 

「ねぇねぇ、ジャスティモンってどこに住んでるの?」

「え?えーっと…」

「ボクね、ジャスティモンにまた会いたいんだ!」

「あー、それはね…」

「ダメダメ。ジャスティモンは正義の味方、ヒーローだからな。悪が現れない限りはやってこないのさ」

「そ、そうそう!」

 

なぜか挙動不審なモノドラモンに背中にリーフモンを抱えたエレキモンが答える。それに乗っかるようにモノドラモンも頷く。

どこか怪しいと思いながらも、タツヤは膝の上にいる二匹を撫でていた。そして夕飯の支度ができたとユキダルモンが部屋の外から呼びかける。とりあえずそういう事は後で考えよう。タツヤはそう考えてカケモン達と一緒に部屋から出て行く。

そして何事も無く、夜は更けて行くのだった。

 

 

デジタルワールド滞在五日目、ぐっすりと眠ったタツヤ達は始まりの街から出発しようとしていた。街の入り口にはユキダルモン達と幼年期のデジモン達が集まっている。

 

「じゃあ、お世話になりました」

「また何かございましたらいらしてください」

「「「じゃーねー!」」」

 

タツヤがそういうとユキダルモンと幼年期デジモン達が元気よく別れの挨拶をする。数匹タツヤ達についていこうとするが、エレキモンやモノドラモンが引き止めていた。

タツヤ達が森へ入りその姿が見えなくなると、ユキダルモンは幼年期デジモン達に向かって話し出す。

 

「さ、みんな中に入りましょ。今日は何して遊び…」

「殺戮ごっこなんてどうだ?センセー」

「え?」

 

悪意を含んだその言葉にユキダルモンは思わず振り返る。そこにいたのは…

 

「…ネイルボーン!!」

 

 

「いやー、楽しかったなー」

「そうか?オレ尻尾噛まれたんだぞ?」

「まぁまぁ、まだ赤ちゃんなんですし…」

 

森に入って数分、城太郎とワレモン、アサヒは始まりの街での事を思い出しながら歩いていた。アサヒに関してはもっといたかったな、と少し思っていたが、それは別の話。ミキもミキで幼年期デジモン達の頬の感触を忘れられずにいた。

そんな中、タツヤは昨日から気になっていた事をハックモンに聞く。それは話に聞いた…“神様”に関してのことだ。

 

「…ねぇ、ハックモン」

「どうした」

「神様って、いるの?」

「……それは、」

 

ハックモンが言い淀んでいると、タツヤ達の後方から爆音が響く。タツヤ達は思わず振り返ると、ある場所から煙が上っているではないか。しかもその場所はつい先程出発した場所…始まりの街だった。

何故街の方から爆音が、と驚くハックモンだが嫌な予感がする。タツヤも同感なのかカケモンと目を合わせるとデジヴァイスを取り出しカードを具現化させた。

 

「セットアップ、アルフォースブイドラモン!」

「アップグレード! カケモン ver.アルフォース!!」

 

光に包まれ、カケモンはver.アルフォースへとアップグレードする。そしてすぐさま始まりの街の方へ駆け出していった。

 

 

始まりの街では混乱が起きていた。急に現れたデジモン…スカルサタモンが街の中へと侵入してきたからだ。何故結界が発動しない、どうして…ユキダルモン達はそう思いながらも街の奥へと逃げて行った。

それはスカルサタモンの技、ネイルボーンが原因だとは誰も答えてくれない。データに異常を起こし破壊する技…それを使い結界を破壊したのだ。

ユキダルモン達はとうとう自分達の住む建物まで追い込まれてしまう。このままでは子供達を守りきれない…絶望しそうになったユキダルモンとエレキモン。だがその時、彼は現れた。

 

赤いマフラーをなびかせるヒーロー…ジャスティモンだ。ジャスティモンの登場にユキダルモン達、そして子供達は歓声を上げる。だが、何故か彼らの中からモノドラモンがいなくなっていたのに気がつかなかった。

これで大丈夫、安心だ…そう思っていたのだ、その時までは。

 

 

「ぐあああ!」

「ジャスティモン!」

「卑怯者!二人掛かりで、しかもこの子達を狙うなんて…!」

「オホホホホ!聞こえないわねぇ〜!」

 

ジャスティモンの体が宙に浮き地面へと倒れる。その先にはスカルサタモンとエテモンの姿があった。

ジャスティモンはスカルサタモンと戦おうと駆け出した。しかしそれよりも前に別方向からエテモンが現れ、ユキダルモン達…正確に言えば幼年期デジモン達を狙い出したのだ。それに気付いたジャスティモンはエテモンの攻撃を防御。しかしそれは罠だった。防御しているジャスティモンにスカルサタモンは手に持つ杖で攻撃してきたのだ。その攻撃に対処できず、ジャスティモンはダメージを負う。さらに今度はスカルサタモンが子供達を攻撃し…

先程からそれの繰り返しだった。エレキモンはジャスティモンに駆け寄り、ユキダルモンは目尻に涙を溜めながら叫ぶ。それを見て滑稽なのかエテモンは笑っていた。だがそんな状況でも、ジャスティモンは立ち上がる。

 

「負けるわけには…いかない…」

「ヒャハハハ!!無様だなぁ、見捨てりゃ楽になるのによぉ。ヒーロー続ける為には、そいつら守んなきゃいけねぇなんて辛いねぇ」

「…いいや、違うさ」

「あらん?何が違うのよぅ?」

 

スカルサタモンの下衆な笑いにジャスティモンはキッパリ否定する。そうだ、スカルサタモンの言っている事は違っている。ヒーローを続ける為に、ヒーローになる為に守るんじゃない。むしろ逆だ。

 

「ヒーローは、みんなに呼ばれて初めてヒーローになれるんだ。…みんながオレをヒーローと呼んでくれてるからこそ、オレがオレでいられる。立ち上がって、戦える!だからこそオレは、ジャスティモンで居られるんだ!」

「わけわかんねぇ…もういいわ。死ねよお前」

 

そう言いスカルサタモンは杖から光の玉を作り出す。ネイルボーン…食らえば一撃で命を落としかね無い技。それをジャスティモンに食らわせる気だろう。ジャスティモンは避けようにも側にはエレキモンとユキダルモンが、そして後ろには子供達がいる。万事休すか…ジャスティモンが諦めかけたその時。

 

「そうはさせないよ!」

「ぐおっ!?」

 

スカルサタモンの背後から蒼い影が飛び蹴りを食らわせる。その衝撃でスカルサタモンは前のめりに倒れ、蒼い影はジャスティモンの前に着地。突然の事でエテモンは混乱しヒステリック気味に叫ぶ。

 

「な、何よ!?なんなのよ突然!?」

「彼をやらせはしないよ」

「誰だテメェはよぉ!」

「ボクが、誰かって?」

 

怒り心頭にスカルサタモンの叫びに蒼い影は自らを指差す。そう、それはまるでジャスティモンのような…ヒーローのように。

 

 

「奇遇にも、ボクも彼と同じヒーローさ!」

 

 

蒼い影、カケモンver.アルフォースは自信を込めてそう言う。ユキダルモンとエレキモンはぽかんと、子供達は新しいヒーローの登場に盛り上がる。そんな中でジャスティモンはカケモンに話しかけた。

 

「キミは、まさか…?」

「ジャスティモン、ボクも戦わせてもらうよ。だって、ヒーローは助け合いだからね!」

「…ああ!」

 

ジャスティモンはカケモンの横に立ち、互いの敵に向かって走り出す。カケモンはエテモンに、ジャスティモンはスカルサタモンに拳をぶつける。そして二手に別れて別々の場所で戦いだした。カケモンはアルフォースアローを使った遠距離戦で、ジャスティモンは右腕を巨大な機械的な腕…アクセルアームに変えた近距離戦で戦う。互いの長所を生かした戦い、戦場が交差する度に互いをフォローするその姿はさながらヒーローショーのようだった。それに加え、遠くから幼年期デジモン達の声援も聞こえている。

そんな中、カケモンはエテモンとの戦いを終わらせようと目の前に接近する。

 

「君は退場してもらうかな?」

「え、やだ…イケメン…」

「たぁ!」

「嫌いじゃないわぁぁぁぁぁああああ!!?」

 

急に目の前に来たカケモンにときめいたエテモンだったが、回し蹴りを食らって始まりの街の遥か遠くへ飛ばされてしまう。エテモン自体あまり害があるデジモンでは無い為、そこはジャスティモンに任せよう。そう思った故の判断だった。

カケモンはエテモンのリタイアを確認すると高速でジャスティモンの戦う戦場に飛ぶとスカルサタモンにドロップキックを食らわせる。

 

「ぐぅ!?に、二体一は卑怯だろ!」

「それは…」

「お互い様だよ!」

 

先程までの自分を棚に上げてスカルサタモンはそう言うがカケモンとジャスティモンは問答無用と言わんばかりに同時にアッパーを繰り出す。そして宙に舞うスカルサタモンだが彼は空中で体勢を戻し宙に浮かぶ。それを見たカケモンとジャスティモンは互いに顔を見合わせた。

 

「カケモン!」

「うん!アルフォースアロー!」

 

アルフォースアローをスカルサタモンに飛ばしながら飛び上がるカケモン。だが飛ぶ事が得意なのかスカルサタモンは悠々と避けるとカケモンに向かってくる。このまますれ違う時にネイルボーンを打ち込む気なのだろう。

後十メートル…五メートル…三メートル、互いにぶつかりそうになったその時、カケモンは急に降下する。その事に呆気に取られたスカルサタモンだが、その顔は驚愕に変わった。地上からジャスティモンが勢いをつけて飛び上がりカケモンの元へとたどり着く。そして彼の肩を踏み台の代わりにし更に飛ぶと一回転し踵落としをスカルサタモンに喰らわせたのだ。

突然の事にスカルサタモンは対処できず地面に落下。脳震盪で揺れる頭を揺さぶり膝をつきながらも起きようとする。そして上を見上げる……それがスカルサタモンの最期の光景だった。

 

 

「ジャスティス…」

「アルフォース…」

 

 

「「ダブルキィィィィックッッ!!!」」

「ぐああああああ!?」

 

ジャスティモンとカケモン、二人の必殺技がスカルサタモンに当たる。そしてそのまま反転する二人は地面に着地。何も言わず振り向くと、背後から爆音が響いた。スカルサタモンの最期である。

カケモンはジャスティモンの方を向くと手を差し出した。

 

「ジャスティモン、やったね」

「カケモン、ありがとう」

 

ジャスティモンはカケモンの手を握るとそう言う。もう本格的にヒーローショーみたいになっているが、そう言ってくれる者は誰もいない。このまま素直に終わるか、そう思ったが…

 

「あいたー!?」

「あんな技なかったろうがー!!」

 

助走をつけてワレモンは錐揉みしながら蹴りをカケモンに食らわせる。実はワレモン、というよりタツヤ達は二人が戦い始めてからいたのだが、空気を読んで傍観していたのだ。だが色々突っ込みたいのかワレモンが飛び出し…元に戻ったカケモンにサソリ固めを決めているわけだった。

だがそんな中で、ジャスティモンはカケモンとワレモン、そしていつのまにか来ていたタツヤ達とユキダルモン達、そして幼年期デジモン達に目を向ける。

 

「ありがとう、カケモン。そして皆!君達のお陰で助かったよ」

「「「じゃすてぃもーん!!!」」」

「じゃあ皆、また会う日まで!トォ!」

 

そう言うとジャスティモンは何処かへと飛び立って行った。幼年期デジモン達はまたねー、ありがとー、と大声で見送る。そして声がだんだん収まり出すと、エレキモンの背後から何故か疲れ気味のモノドラモンが現れた。

 

「せ、センパイ…」

「モノドラモン!お前今までどこ行ってたんだよ!?」

「あ、あはは…スカルサタモン来た時に気絶しちゃって…」

「情けねぇなー。お前ジャスティモンいる時絶対いないよな、いつもだけど」

 

今回もジャスティモンすごかったんだぜ、とモノドラモンの背中をバンバン叩くエレキモン。ヘースゴイデスネ、と何故か棒読みで答えるモノドラモンを見て城太郎はタツヤに何か言おうとするが…。

 

「なぁ、あれって…」

「しっ。世の中にはね、知らなくても良いことがあるんだよ」

 

自分の口に指を当てそう言うタツヤ。タツヤだけでなく、街の住民以外の者(カケモン除く)は気付いてしまったのだろう。だが言わぬが花だ。このままでいいのだろう。

何故ならこの街には、ヒーローがいるのだから。

 



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十九話 《まねっこのホコリ》

 

スカルサタモンとの戦いから一夜明けてデジタルワールド滞在六日目、タツヤ達は森を抜けた草原を歩いていた。ハックモン曰く、あと二日程すれば古都へとたどり着くらしい。まだ見ぬ新しい場所を思い浮かべているのかタツヤ達…特にカケモンや城太郎の足取りは軽い。

そうしていると、草木が少なくなり岩場が点々と見えてくる。そして目の前に見えたのは古く朽ちかけている木造の橋。さらにその下には深い場所に川が流れていた。落ちたらひとたまりもないだろう。

タツヤは他に橋が無いか周囲を見回していると、山の上に人工的な建物がある事に気付く。何かに似ているようだが、それが何か思い浮かばないタツヤはふとハックモンに聞いてみる。

 

「ハックモン、あれ何?」

「ああ、あれはダムだな。…そうか、ここは…」

 

そう言ってハックモンは顔を伏せた。一体どうしたのか、急な彼の態度にタツヤは再び声をかける。

 

「ここは…?」

「いや、なんでもない。それより橋を渡るぞ。老朽化が進んでいるから全員気を付けるように」

 

そう言ってハックモンは橋の前に進むと丸太やロープの具合を確かめようとする。途中で橋が壊れる可能性、そしてその場合遠回りする可能性も考慮しての事だろう。まだ軽度であれば城太郎の持つロープで補強すれば渡れるかもしれない。

そしてハックモンが橋に手をかけたその時、

 

「まてーい、そこの怪しいやつらめっ!」

 

何処からともなく声が響き渡った。タツヤ達は声の出所を探そうと辺りを見回すと、近くの岩の上に誰かが立っている事が確認できた。日の光のせいでわからないが、シルエットはドラム缶のようで大きさはカケモンとワレモンとそう変わらないだろう。

その影はトォッ、と岩から勢いよく飛び上がると……タツヤ達の目の前で頭から落ちた。

 

「アイテッ」

 

頭から落ちたデジモンに少し警戒するタツヤ達だが、未だに起き上がる気配がない。数秒、プルプルと震えるとそのデジモンはゆっくりと起き上がった。

 

「君、大丈夫?」

「う、えぐっ…オイラの体パンチを避けるとは…グスッ……やるな…!」

「今の攻撃だったんですか!?」

「いや、多分違うと思うよ」

「それに避けてもない」

 

アサヒの台詞にタツヤとミキは冷静に一言告げる。明らかに着地失敗した言い訳だと分かるのだが、見栄を張っているのか目の前のデジモンは泣きべそをかきながらも前を向く。そして涙を払うと、そのデジモンはタツヤ達を指差した。

 

「聞いて驚くなよ!オイラの名前を聞いたらビビって逃げちゃうんだぞ!」

「あ、うん」

「言うならさっさとしろよ」

「へへーん!オイラの名前はオメガモン!ロイヤルナイツの一員で聖騎士型デジモンなんだぞう!」

「「「は?」」」

「えー!?」

 

突然聞いた事があるデジモンの名前を聞きタツヤ達…正確にはカケモンを除いたタツヤ達は呆けた声を出してしまった。その証拠にカケモンは驚きの声を上げている。タツヤはこっそりデジヴァイスを取り出し、《ANALYZER》で目の前のデジモンを調べるとカケモンを除いた全員で振り向き円陣を組む。

 

「えっと…あの子、オメカモンだって」

「オメカモンって…名前まで真似てんのかよ」

「そう言えば、顔とか腕とかそれっぽいです」

「落書きに見える」

「ああ。ウチの末っ子と同じレベルだな、ありゃ」

「…とりあえず話だけでも聞こう」

 

再びデジモン…オメカモンの方を向く。確かに彼の頭部や両腕はカードで見たオメガモンに似たような箇所がある。背中の巨大なカラフルな鉛筆を背負った彼は現在カケモンに迫られていた。そして心なしか戸惑っている。

 

「ねぇねぇ、君ロイヤルナイツなの?すごいねぇ!ボクと同じくらいの大きさなのに強いんだ!」

「うぇっ!?あ、あー、うん。そうだぞ、オイラはロイヤルナイツだぞ!だからここから先には絶対に通さないぞ!」

「?なんで通っちゃダメなの?」

「それはお前達が怪しいからに決まってるからだぞ!昨日聞いた話だと、デジタルワールドの西側で人間を連れたデジモンが暴れてるって噂が」

「それ本当!?」

 

オメカモンの発言にカケモンは食い付く。それはタツヤ達も同様であり、互いに顔を合わせていた。自分達以外にもデジタルワールドにいる人間、しかもデジモンを連れて暴れているとなると思い当たる人物が一人。

 

「そ、そうだぞ!なんか西の集落にいるデジモン…特に成熟期以上のデジモンが襲われてるって聞いたんだぞ!」

 

オメカモンはタツヤ達の様子に多少驚きながらも情報を口にする。こことは別の場所で暴れているとなると、既に答えは決まっていた。

 

「デジモンを連れた人間…」

「モスドラモンと…“A”、だよね」

「アイツらもこっちに来てたのかよ!」

「だからこの先には行かせないんだぞ!この先の村はオメガモンの守護するエリアだから、暴れて悪さをするお前達をコテンパンにしちゃうんだぞ!」

「……そうか、まだ…」

 

ミキとタツヤの呟きにワレモンは悪態をつく。恐らく“A”達がこちらに来れたのはバルバモンの仕業だ。だとすれば、その狙いはタツヤ達…正確に言えばカケモンの相手なのだろう。面倒な相手が来てしまったと顔を歪ませるワレモンを見て何を勘違いしたのかオメカモンは大声を上げた。

そしてそれを見たハックモンは憂いた顔をする。まるで何かを嘆いているような、そんな気がした。すると今度は城太郎がオメカモンに近づき目線を合わせるようにしゃがんだ。

 

「おいおい、よく考えろよオカメモン」

「オメカモンだぞ!あ違った、オメガモンだぞ!」

「はいはい。でも、よく考えてみろよ。西で暴れてる人間がどうしてここにいるんだよ?ここ南東だぞ」

「………あ」

 

気付いていなかったのか、オメカモンは目を丸くしていた。おつむが弱いらしい、指摘されて初めて気付いた様子だ。だがそれでも納得しないのかオメカモンはワタワタと騒ぎ出す。

 

「で、でも、お前達人間なんだぞ!十分怪しいぞ!」

「いや、俺デジモンだから。ジョウタロウモンだから」

「なにそれ語呂悪い」

「そうなんだぞ!?」

「あ、信じちゃうんだ」

「そしてこっちはサイバモンとサワタリモンとタツヤモンだ」

 

城太郎とオメカモンの変な会話にツッコミを入れるタツヤになぜか頭を抑えるワレモン。何処と無く似たような名前のデジモンを知っているので地味にしっくりくるようだ。そうしているとオメカモンは納得したのか首を縦に振った。

 

「むー、それならいいんだぞ。通ってもいいぞ。けどその橋ボロだから気をつけるんだぞ!」

「ありがとう」

 

タツヤは礼を言うとそれに続いてカケモン達も礼を言った。そして橋の元へ行くと老朽化の状態を確認しだす。そんな中、カケモンは一人オメカモンの元へ行く。

 

「ねぇ、君は行かないの?」

「オイラはいいんだぞ。オイラはここで見張りをするんだぞ」

「そうなんだ。頑張ってね!」

 

純粋無垢と言った表情のカケモンの笑顔にオメカモンは罪悪感を感じる。他のデジモン(本当は人間も混ざってる)と違い本当に自分の事をオメガモンだと信じているカケモンに何かを感じたのだろう。キョロキョロと周りを見ると、オメカモンはカケモンの側に寄り耳元に口を寄せる。

 

「…お前にだけ言うけど、オイラ実はオメガモンじゃないんだぞ」

「え、そうなの?!」

「そうなんだぞ。ホントは…オメガモンのマネッコしてるだけなんだぞ」

「そうなんだ…」

 

どこか残念な表情のカケモン。だがこれでいい。目の前のデジモンは悪い奴ではなさそうだし、あのまま騙したままだと自分も後味が悪い。そう思ってると、先程と全く同じ感じでカケモンはオメカモンを称賛しだした。

 

「でもすごいよ!君は皆のために頑張ってるんでしょ?」

「そ、そうだぞ」

「マネッコでもそれは君にしか出来ない事だと思うよ。本当はオメガモンじゃ無くても、君は立派だと思う」

「…え?」

 

何故か最後の言葉を言ったカケモンの雰囲気が少し変わった事に驚くオメカモン。だがそんな驚きも一瞬、カケモンはタツヤの所へ行くと一言二言話し何かを手渡される。そしてまたオメカモンモンの所へ戻るとある物を手渡した。

 

 

数分後、年の為だとロープで補強された橋を渡るタツヤ達を見送るオメカモン。そして渡りきった彼らを見送るとオメカモンは自分の寝床に進み、そこでカケモンに貰ったものを取り出す。それは現実世界から持ってきたドーナツ。カケモンがどうしてもという事でタツヤがある程度持ってきた物の一つだった。

オメカモンはドーナツをジッと見つめると口を開けてドーナツを齧る。そして今日の事を振り返っていた。今日会った不思議なデジモン達、その中でもカケモンが印象に残った。何故だかわからないが、カケモンを見ていると不思議な気持ちになる。まるで…

 

「…うまいんだぞ」

 

 

夕暮れ時に近付いた時間帯、草原を抜け再び森に入ったタツヤ達は今日のキャンプの支度をしていた。テントの設置、焚き火の支度を終えたタツヤ達だったが、その中で城太郎はハックモンに問いかける。

 

「なぁ、この先に村あるんだったらそこで泊まらせて貰えばいいんじゃねぇか?」

「いや、今進んでいるルートの方が古都に近いからな」

 

そう言ってハックモンは口からベビーフレイムを放ち火を起こす。そんな彼の様子がおかしいのか城太郎やアサヒ、ミキは疑問に思う。そんな中でタツヤは先日から気になっていた事をハックモンへとぶつけた。

 

「ハックモン、そろそろいいんじゃないかな?オメガモンについて何か知ってるんじゃないの?」

「浪川君?」

「オメカモンに会ってからハックモンの様子が少しおかしかった。それって、オメガモンが関係しているからじゃないの?」

「……」

 

タツヤに言われてハックモンはジッと彼の顔を見る。その目にはブレは無く、自分をハッキリと捉えている。その事に気付くとハァ、と深いため息をついたハックモンは目を瞑ると、一言…とある名前を呟いた。

 

「…イグドラシル」

「イグドラシル?なんだよそりゃあ?」

「我々ロイヤルナイツの統率者のような存在だ。だがデジモンではない。デジモンとは別の存在……言うなれば、“神”だ」

 

 

 

 

“神”という単語を聞きタツヤは先日の始まりの街での事を思い出す。デジタルワールドの各エリアにいるデジモンの数の一定化、その時に言っていた話に“神”の話があったのだ。

そんな事を考えるタツヤの事を気にせず、ハックモンは語り出した。

 

「デジタルワールドの秩序の維持、混沌や破滅を防ぐ為に集った我々ロイヤルナイツだが、一枚岩ではない。一つ一つの正義があり、我が強い事から互いに衝突する事もある。イグドラシルはそんな我々に平和と秩序の安定の為にこなすべきミッションを各自に与える存在だ。互いに干渉することが少なく、尚且つそれぞれの長所や特徴を踏まえた上で出す効率のいいその采配に我々は従って来た。だが…」

「だが…どうしたんだよ」

 

城太郎の一言にハックモンは目を閉じる。そして数秒、再び目を開けると同時に口も開く。

 

「…数十年前から我々の前からイグドラシルは消えた。いや、連絡が取れなくなったのだ」

「どう言うこと?」

「イグドラシルは元々我々の前に姿を現さず、天啓のみで我々にミッションを与えてきた。それがその時からキッパリと消えたのだ。反応も何もかも」

 

そう言ったハックモンを見るタツヤ達。何故そうなったのか、ハックモンの戸惑いが彼の表情から伺える。

 

「なんで急にそうなっちゃったんでしょうか…?」

「わからない。だが我々はロイヤルナイツ、秩序の維持を目的とするデジモンの集まりだ。効率性は低くなったが、我々は我々で各自活動を今も続けている。七大魔王の抑制に関してもな」

 

そう言って一息つくとハックモンは竜の谷で貰った干し肉を取り出し齧る。

だがまだ聞いていない事が一つ残っている。

 

「それで、イグドラシルとオメガモンにどんな関係があるの?」

「…ここ一帯のエリアは以前までオメガモンが守護していた」

「守護して、いた?」

「彼は、オメガモンは過去に一度だけ…イグドラシルの命に逆らった。そしてそれ故に自らの守護するエリアを手放したと聞く」

「手放した?何故…」

「そこまではわからない。オレがロイヤルナイツになる前の事だ。この話も師匠に一度聞いただけだからな」

 

ミキの質問に淡々と答えた。本当にそれだけしか知らない事がわかる。だが彼の顔は晴れない。半年前に自分とアルフォースブイドラモンを救ったオメガモンに対して何か思う事があるのだろう。そしてその話に疑問を持ったのか、アサヒはハックモンに話しかける。

 

「じゃあ、守護から外れたエリアはどうなってるんですか?まさかそのまま…」

「いや、近くにいる他の同胞がたまに視察に来る事がある。もしくは、オレや師匠のように、特定のエリアを持たない同胞が通りすがる事もな」

 

 

 

「久しいな…ここに来るのもいつぶりか」

 

日が沈み、星が空に散らばる頃…森の入り口に立つ影が一つ。影は辺りを見渡すとそう呟き遠く離れたダムを見る。あれが作られて何十年経っただろうか、そう考えていたのだ。

あれはこのエリアが未曾有の大洪水に見舞われた時、彼の“盟友”が作り上げたもの。このエリアに住むデジモン達を救うために作ったものなのだ。だが救った彼はここにはおらず、ダムもそれに比例するかのように朽ちていく。

ダムを眺めた後、影は脚を運ぶ。目的地はこの近くにある集落。朝までには着くであろうその場所へ向かって影は動き出した。

月明かりが彼の体を照らす…赤と銀の燻んだ鎧は哀しく光っていた。

 

 

オメカモンは夢を見ていた。それは昔々、彼が幼年期の頃の、ある出来事の記憶だ。それは忘れられない記憶、今の自分を構成する記憶。

 

土砂降りで目の前が全く見えなかったその日…彼は森の中で遊んでいたのだが視界が悪く、しかも周りに誰もいない孤立した環境で木の下で雨宿りをしていた。自分と同世代のデジモンは少なく、田舎とも言えるこのエリアでは一人遊びをするのはそう珍しくない。彼は早く雨が上がらないかな、とずっと待っていた。

だが、そんな彼に恐怖が迫ってくる。彼が雨宿りに使っていた場所が崩れ始めたのだ。水を吸った上、地形的にも急なこの場所はあっという間に原型を留めず崩れ始めていく。彼はそれに驚き、身がすくんだ。それと同時に理解する。

このままでは自分は泥の波に押し出され、生き埋めになってしまうのだ。

 

怖かった、何がなんだかわからないくらい彼は困惑した。こんな森の中に村のデジモンがいるわけない、助けてくれるデジモンはどこにもいない。幼年期のなんの力も持たない自分はどうすることもできない。生きるのを諦めようとした、もう目を閉じて楽になろうと思った。

だけど、それでも…舌足らずな彼の口から出てしまった。どうしようもない運命に抗うように、

 

たすけて、と。

 

 

[大丈夫か?]

 

気付いたら誰かの腕の中にいた。硬く無骨だが、それでもどこか暖かい感触。目を開けると、そこには彼の知らないデジモンがいた。白い体にマントをつけ、橙色と青の腕を持ったデジモン。村では見かけない、見たことのないデジモンに彼は目を丸くした。

そのデジモンは飛び上がると、地面がぬかるんでいない村に近い場所に降り立つ。そして彼を下ろすと、振り返る。

 

[村に戻りなさい。ここから村まではそう遠くない。直ぐにたどり着けるだろう]

 

本当は連れて行った方がいいが、時間が無さそうだ。そう独り言のように呟くデジモンに彼は釘付けだった。自分を救ったデジモン、見たことのないデジモン、目の前のデジモンに夢中になっていたのだ。しかし、彼はあの場所に戻る気だ。危険なあの場所へ、たった一人で行く事に不安げな視線を向ける。そしてそれに気付いたのか、目の前のデジモンは視線をこちらに向けた。

 

[心配するな。ここから先は、ワタシが引き受けた]

 

そう言って飛び上がった。白いデジモンが森の中へ入って行くのを見届けた彼は後ろ髪を引かれながらも村へと駆け出す。どうか、あのデジモンが無事であるように祈って。

端的に言うと、次の日に森の奥に新しい建物が出来上がっていた。昨日の土砂降りで流れた川の水などがあそこに全てあるらしい。そしてそれを行なったのは彼が見たデジモンだと言う。

村にいる物知りに聞いた話だと、あのデジモンはオメガモンというらしい。この世界を守ってくれるデジモンの一人のようだ。それと同時にこのエリアを守護してくれていると聞いた。

その話を聞いた彼は目を輝かせた。その強さに、その偉大さに、そして自分もそうなりたいという憧れが彼の中に芽生えたのだ。そして彼はその日から特訓した。オメガモンのように大きく、強く、カッコいい、みんなを守れるようなそんなデジモンに進化するために。

 

 

 

「ムニャ…?眠っちゃったんだぞ…」

 

自分の寝床で横になってたオメカモンは閉じた目を開く。空を見上げると既に暗く、月が真上へと陣取っている。そして自分の見ていた夢を振り返り、少しため息をついた。オメガモンを目指して、オメガモンみたいに強くなれるように特訓して、進化した今の姿。いつのまにか進化していた彼の体は所々オメガモンに似ている箇所があるが成熟期、まだまだ遠く及ばない現実に思わずそうしてしまったのだ。

だが彼はめげない、今の自分に出来ることは村の見張り、怪しいデジモンを追い返す事だ。だから気にすることは無い、そう自分に言い聞かせた、その時だった。

 

「っ!?なんだぞ!?」

 

急に川の流れが激しくなった音が聞こえる。長い間見張りをやって来た彼ならわかる変化なのだが、今回はおかしい。

オメカモンは寝床から飛び出し、橋の近くへと全力疾走。息が切れかけたオメカモンは川を除き、そしてふと、上流にあるダムに目を向ける。

 

「あ、あ…そんな…」

 

驚きで声がうまく出ない。オメカモンの見たダム…その一部が決壊しているのだ。そこから水が、ダムが出来て貯めた今までの水が少しずつだが漏れ出していた。その事に幼少期の記憶が蘇りかけるが、オメカモンは頭を振る。そして同時に思考を始める。このまま時間が経てば穴は広がり、大量の水が流れる。この森、そして下流にある村まで水の底に沈んでしまう。それは確実だろう。

オメカモンはそうわかった瞬間走り出していた。それは自らの安全の確保では無く、この事を知らない村のデジモン達へと伝える為に。

今この事を知っているのはオメカモンしかいない。自分が何とかしなくちゃ、自分がやらなければ、頭はそれで一杯になりながらも走る。仮にも、オメガモンを名乗った自分が…オメガモンのようになりたいと願った自分がしなくてはならない。それはもはや、誇りに等しいだろう。

 

後ろから流れる水音が変化する。考えたくは無いがまた穴が広がったのだろう。走りながらも青ざめる。だが彼は止まらない、止まってはいけない。それは彼の意地だ。臆してはいけないというちっぽけなプライドがそうさせる。川に沿って走るオメカモンは水の流れが変わるたびに怯えながらも走る。走る。走る。

だが、絶望は直ぐそこに来た。今までと比べ物にならない程の水量、音でわかる程川から流れている事に気付く。オメカモンは思わず振り返ってしまった。その行為は愚策だと直ぐに気付く。

川に沿っていた為に足を踏み外してしまった。急な事でバランスは取れず、彼の体は深い川の底へと落ちていく。その時見てしまったのだ。自分を飲み込もうとする…巨大な波を。

 

幼い頃のトラウマが蘇る。命の危機、走馬灯の様に蘇る過去。そして思わず彼は呟いてしまった。

 

 

「誰か…」

 

 

この場に居ない筈の

 

 

「誰かっ…」

 

 

かの聖騎士に向かって、

 

 

「誰か…助けてっ…!」

 

 

届かない腕を伸ばした。

 

 

 

「–––––ああ、もちろんだ」

 

自分の呟きに誰かが返す。あり得ない、この場には誰も居ない筈だ。そう思った矢先、オメカモンの背後から何かが複数波に打ち込まれる。するとどうだろうか…目の前の巨大な波が氷のオブジェとなったではないか。

オメカモンはその事に驚愕し、ふと誰かに抱きとめられた。そしてそのまま上へ上がると、その誰かに降ろされる。自分よりも大きな体…月の灯りに照らされよく見えないが、そのシルエットに見覚えがあった。

 

「オメカモン、村に行ってこの事を伝えてくれ。今は止まっているけど、あまり時間がない」

「お、オメガ…」

 

思わず震えた声が出る。聞こえた声も違う、大きさも違う、持つ武器も違う。なのに彼にはそう見えてしまった。自分が憧れた騎士の様に。

 

「大丈夫、ここから先は…オレ達が引き受けた」

 

そう言って彼は地面を蹴り飛び上がる。オメカモンはそれを目で追うが、自分が今すべきことを考え前を向く。ただひたすら、彼は全力で走り出した。

 

 

初めに気が付いたのはハックモンだった。早めの就寝にしようとタツヤが言い出した後、彼は自分達が辿った道を急に振り返る。どうしたのか尋ねると、彼は木の上へ飛び上がり遠くにあるダムを見渡す。するとダムに穴が空いているでは無いか。ハックモンは下へ降り状況を説明するとカケモンにある指示を出した。

ver.オメガへとアップグレードし、川の水の一部を凍らせ、水の通りを分散させる。そして森や村への損害を遅らせるという算段だ。この事を聞きタツヤはすぐにカケモンをアップグレードさせる。同時にカケモンを先に行かせたのだ。自分達と一緒だと文字通り足手まといになる、そう判断したからだ。

 

その指示に頷いたカケモンは駆け出し、ハックモンはダムの方へと行くと一言告げる。残ったタツヤ達も何かするべきだと、キャンプ地から少し離れた村へと行きこの事を伝える事となった。

そして現在、ハックモンは…

 

「くっ、もうここまで浸水が進んでいるとは…!」

 

ダムの近く、森の木々の上でそう呟く。現在彼のいる場所は川から溢れ出た水が地面へと過剰に吸収され、いつ土砂崩れが起きるのかわからない状況だった。このままではまずい、放って置けば二次災害が起こる可能性が十分あるだろう。そう考えたハックモンはワープ進化し、最悪自らの技で土砂崩れが起こりうる範囲を消しとばすか、そう思った瞬間だった。

青白い一筋の光が浸水した場所を削り、川へと続く道を作った。その流れに乗り、溢れた水は再び川へと戻っていく。その光景を目にしたハックモンはその光の出所を探し、目を見開いた。

 

「貴方は…」

 

 

カケモンは走りながらも焦っていた。川からあふれ出した水をコキュートスハウリングで凍らせながらも、ダムへ向かっているがそれはただの時間稼ぎに過ぎない。崩れるか溶ければそこで終わり、ダムの穴が広がってもそこで終わりなのだ。穴を塞ごうにもおそらく別の場所から穴が空く。それに加えコキュートスハウリングを放つ回数も決められているので多用はできない。そう考えながらもカケモンは走り続けていた。

 

「カケモン!」

「っ、タツヤ!?」

 

背後から声が聞こえ、振り返る。するとそこには青い獣の様なデジモン、ガオガモンに跨ったタツヤがいた。

タツヤ達はあの後、オメカモンと途中で合流し村へと向かった。そこで責任者であるグリズモンに今の状況を説明。途中まで村のデジモン達と共に避難していたのだ。だがタツヤは村のデジモンであるガオガモンと共にここにいた。

カケモンの疑問の眼差しにタツヤはデジヴァイスを取り出し答えを出す。

 

 

「セットアップ、エグザモン!」

 

 

エグザモンのカードを取り出しUGコードをスキャン。駆け抜けるカケモンへと光を送る。

0と1で構成された空間で竜の姿へと成長したカケモンは背後から飛翔した紅の鎧を装着。兜にパーツを追加、変形しサテライトEを手にした竜は正面を切り裂き名乗りあげる。

 

 

「アップグレード! カケモン ver.エグザ!!」

 

 

ver.エグザにアップグレードしたカケモンはサテライトEをウイングモードし、タツヤに近付く。するとタツヤは声を張り上げカケモンに話しかけた。

 

「カケモン!穴を掘るんだ!この先にある滝の真横目指して掘って!今の君なら出来る筈だ!」

「よくわかんないけど穴掘りするの?オッケー!」

 

もしも水が止められなかった時の事を考え、止めるのでは無くどこか別の場所に流す事を考えていた。辺りは森、新しく水を引く場所は見当たら無い。ならば穴を掘ってそこから別の場所へと水を流せばいいのでは無いか?

タツヤはグリズモンに水を送っても問題ない場所は無いかと聞き、滝の事を知った。そして現在、タツヤはカケモンにこの事を伝えようとガオガモンと共にやって来たのだ。

カケモンはタツヤの話を聞き、わかっているのかいないのかあやふやな返事を返して上空へ移動。ウイングモードからブースターモードへと変えたサテライトEの出力を上げ、氷の壁で塞きとめられてる川へと向かって回転しながら飛び込んだ。

 

「ちゅっどーーーーーん!!!」

 

それと同時に、とうとうダムに巨大な穴が空き、先程以上の水が流れてくる。それを見てガオガモンは引き返すぞ、と言い村のデジモン達の避難場所へと向かう。了承の返事をしたものの、タツヤはカケモンが飛び込んだ場所を振り返った。

そして、どこか遠い所から大きな音が響く。それは何かが貫通した音だ。同時に膨大な水が氷の壁に打ち付けられ、何処かへと流れる音も聞こえる。川から水が溢れ出す様子もなく、タツヤは安堵の声を口から漏らす。

 

「やった………間に合った…!」

 

遠く離れた場所、村のデジモン達の避難場所でもその音は聞こえていた。同時にそこから見える滝の真横から水の柱が出てくるのが確認できる。それを見た城太郎とワレモンを筆頭に、雄叫びを上げていた。

 

「「よっしゃあああああああ!!」」

「「「やったああああああああ!!」」」

「やりました!やりましたよ!」

「うん。うん…!」

 

思わずアサヒはミキの手を取り喜びに震える。そしてミキもリアクションの差があるが、同じく喜びの声を上げていた。

それとは別に、一緒にいたオメカモンは滝の上空を見つめる。そこには悠々と空を飛ぶカケモンの姿があった。先程と姿は違うが、あそこにいるのは自分を助けてくれたあのデジモンなのだろうと直感的に理解する。

月明かりが照らされ水飛沫から虹が生まれた。それが何よりも綺麗で、夜には不釣り合いに思えた。それでもオメカモンは、今の光景を忘れはしないだろう。

あの時助けてくれた時の様に、あの騎士の時の様にずっと。

 



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二十話 《ミキの真実》

「「「わぁあああああああああああ!!?」」」

「このバカ!大バカ!大バカケモンがぁあああああ!!」

「ごめぇぇぇええええん!!」

 

森の中、茶色い毛玉の様なデジモンに追いかけられている。タツヤ達はただ真っ直ぐ、その毛玉から逃げていた。その中には見慣れない赤いデジモンが一匹、タツヤ達と同じく森の中を駆け抜けている。

そんな中でワレモンは叫び、カケモンはそれに比例する様な大声で謝る。彼が一体何をしたのか、そしてこの赤いデジモンは誰なのか。

時間は三十分程前まで遡る。

 

 

「また来て欲しいんだぞ!その時は今よりもっと立派になってるんだぞ!」

「うん、じゃあまたね!」

 

ダムから流れ出した大量の水の脅威から夜が明け、朝となった。デジモン達の避難場所でオメカモン達との別れを済まし、タツヤ達は昨晩いたキャンプ地へと進んでいる。多少の眠気がありながらも彼らは歩いていた。

 

「いやー、それにしても危機一発だったなー」

「はい。でも村が無事でよかったですね」

「でも眠たいよぉ〜」

「我慢しろバカ。オレだって眠いんだよ」

 

そう言いカケモンとワレモンはふぁ、と欠伸をかく。それを横目にタツヤは苦笑いすると、今この場にいないハックモンの事を思い浮かべる。

結局あの後タツヤ達とは合流しなかったハックモンは一体どうしたのだろうか。ダムの方に行ったのは確かだが、何かあったのだろうか?まさか流されたのでは、そう思ったタツヤは首を振る。そんな事は無いだろう、彼はロイヤルナイツの一員だ。きっとキャンプ地に戻っているはず。

そう思っていたタツヤの答えは的中した。いつのまにかキャンプ地へと戻っていた彼らの目の前にはハックモンとその隣に見慣れないデジモンがそこにいたのだ。

 

「来たか」

「ハックモン!やっぱり戻ってたんだ。…隣にいるのは、知り合い?」

「ああ。彼は……オレの知人のギルモンというデジモンだ」

 

そう言って紹介したデジモンに目を向ける。大きさはカケモンやハックモン達よりも大きく、モスドラモンと近い体格をしていた。赤い恐竜の様な見た目、黄色い瞳を持ち唯一白い腹部には四つの三角形が合わさった様な模様がある等と今までに無い特徴をしたデジモンだ。

そんな彼、ギルモンは一歩前へ出るとその見た目とは裏腹にフレンドリーな雰囲気で挨拶をした。

 

「ボクギルモンだよ〜」

「ギルモンって言うんだ!ボクね、カケモンって言うんだ!ヨロシクね!」

「こっちこそヨロシク〜」

 

ギルモンの挨拶にカケモンが同じくフレンドリーに返す。波長が合うのだろうか、直ぐに仲良くなれた様だ。そうしていると今一番の疑問に思っている事をミキはハックモンに投げかける。

 

「……彼はどうしてここに?」

「ああ、ダムの近くに行った時に流されそうになっていた彼と会ってな。助けたついでに連れてきたのだ」

「そうなんだ」

「なんでも、あるデジモンを探す旅に出ているらしくてな。色々と不安だから彼と途中まで旅を共にしたいのだが…いいだろうか?」

「僕は問題ないけど、みんなは?」

「俺もいいぜ!」

「はい、旅は賑やかだと楽しいですから」

「うん」

 

タツヤ達の許可が出たことにより、ハックモンはありがとうと頭を下げる。ハックモンの知り合いであれば問題はないだろう。現にカケモンとも打ち解けられたし、ワレモンも満更でもなさそうだ。

ハックモンの話を聞いた後、彼は出発しようと言う。どうやらタツヤ達が来る前に荷物を纏めていたらしい。タツヤはハックモンに感謝するとあることに気付いた。カケモンとワレモン、ギルモンがどこにも居ないのだ。さっきの会話の途中から静かだったので気付かなかったが一体どこに…。

そう思っていると、森の奥から複数の…それもドスドスと怒りを込めた様な音が近付いてくる。タツヤ達は何か嫌な予感がしながらも、森の奥を見つめ、

 

 

「「「逃げろおおおおおおおお!!!」」」

 

 

冒頭へと至る。

 

タツヤ達はひたすら前へと走り続ける。追いかけてくるデジモンにはなぜかタンコブが付いていた。

後からわかるのだが、カケモンはギルモンという新しい友達が出来たことによってはしゃぎすぎ、木の根に足を取られ転倒。森の奥まで転がって行った結果、寝ていたデジモンの一体に激突し起こしてしまったのだ。タンコブはその時のものだろう。

息も切れ切れのタツヤ達。もうだめだ、追いつかれる…そう思っていた矢先だった。

 

「右に飛び込め!」

 

ハックモンがそう言い、全員反射的に右へと飛ぶ。飛び込んだ先は洞窟だった。周りは石で構成されている。そうしていると今まで追いかけてきたデジモン…ジャングルモジャモンはキョロキョロと周りを見た後、どこかへと去って行った。

 

「……行った?」

「ああ、その様だな」

「怒ってたね〜」

「こ、怖かったぁ…」

「お前のせいだろバカちんが!」

「いったぁ!?」

 

ワレモンに叩かれるカケモンに周りは苦笑いする。事故とはいえこのやり取りはもう慣れていた。慣れていいのか悪いのか、そう思っているとミキはふと少し奥の洞窟の壁を見つめた。そして何かに導かれる様にその場所に進む。

そうしていると彼女の行動が気になったのか、タツヤ達は彼女の周りへと集まった。

 

「どうしたの、ミキ?」

「これ…」

 

指差した部分を見つめるタツヤ達。見ると特に変わった所は無かったが…ただ一点だけ、不自然に盛り上がっている場所があった。まるで何かのスイッチの様な…。

 

「ほい」

「「「あ」」」

 

緊張した雰囲気の中、城太郎は迷わず盛り上がっている部分を押した。ガコン、とその盛り上がりはへこみ、何かが動く音が鳴り響く。

そしてそれを起こした張本人は、なぜかドヤ顔していた。

 

「ねぇ、何してるの城太郎?馬鹿なの?馬鹿だよね。この馬鹿」

「いだだだだ!?こんなの押す一択だろ!?誰だってそーする!俺だってそーするぅぅ!?」

 

彼の顔にイラついたのか、タツヤは城太郎の顔面を掴み力を入れる。正直何を言っているのかわからないが城太郎は言い訳している様だ。

そんな事をしていると壁の盛り上がりの直ぐ横がスライドする。明らかに誰かが手を加えた痕跡があったその場所はまるで扉の様だ。

 

「どうする?このまま進む?それとも…」

「進もう。この辺りにこんな施設があると聞いたことが無い。調べる必要がある」

「その前に離してくんねぇ!?」

「………」

 

 

ハックモンを先頭にタツヤ達は入っていく。通路と思われる場所の横の幅はそこまでなく、人一人分程しか無かったが、中学生である彼らにとっては苦ではない。

歩いて十数秒、通路から出たタツヤ達は少し広めの場所へと出た。そして驚くべき事に、目の前にあったのは機械的な扉だった。だがそんな扉は無残にも破壊されていた。辛うじて原形がわかる程度のそれは焼かれた跡がある。

 

「火事の跡…でしょうか?」

「いや、この形跡と破壊跡から推測するに戦闘があったのだろう」

 

アサヒの疑問に答える者がいた。一体誰が、とアサヒは振り返る。タツヤに城太郎、カケモンにワレモンも同じ気持ちなのか同じく振り返ると、そこにいたのはハックモンではなくギルモンだった。最初と雰囲気が違うギルモンにタツヤ達が唖然となる中、ギルモンは前へと進み扉を見る。

 

「扉が外側から破壊されている所から襲撃犯と扉の中に居た者の最低二名が居たことが推測できよう」

「ぎ、ギルモン?」

「そしてここを攻撃することに躊躇いがないとなると、襲撃犯の狙いはここに居た者を狙ったか、もしくはここにあった何かを手に入れた後に証拠隠滅のために燃やしたか…」

「「「………」」」

「…ってハックモンは言いたいんだよね?」

「あ、ああ、その通りだ」

 

一気に雰囲気が戻り、ハックモンへと顔を向けるギルモン。ハックモンは少し顔を引攣らせながらも頷いた。そうだったんだ、と城太郎とカケモンは何故か納得していたが、他の四人はギルモンに疑問の眼差しを向ける。

だがそうしている間にもハックモンは中を調べようと彼は中へと入って行った。それに続く様にギルモンに城太郎、カケモンも入って行く。タツヤ達も続いて行った。

 

 

中に入ったタツヤ達は息を飲んでいた。建物の中はほぼ全てが焦げており、何があったのかまるでわからない。原型があるのは何かを置いてあったテーブルや椅子など。それ以外は全て黒くなっていた。さらに照明などが見つからず、タツヤ達がデジタルワールドへと来るときに持ってきた懐中電灯を付け、中を見回す。

わかったことは奥の部屋へと続く道と横にある別の部屋が別れている事だ。この建物の中にデジモンの気配は無く、二手に分かれる事となった。いざという時に戦える者が居る様にタツヤと城太郎、カケモンにワレモンの組とアサヒとミキ、ギルモンにハックモンという組が出来上がった。

そしてタツヤの組は横の部屋に、アサヒの組は奥の部屋へと進んでいく。

 

 

横の部屋へと進んだタツヤ達が目にしたのは、何かが大量に置いてある場所へと来た。幸いな事に先程の部屋とは違い、焼却された場所は殆ど無い。タツヤと城太郎は持っている懐中電灯で周りを照らすと、そこには小さなカプセルの様なものが無数に置いてある棚と、大きなカプセルが二つ部屋にある事がわかった。

カプセルの前にはパソコンと何枚かの資料が置いてある。城太郎は棚にあるカプセルに興味があるようで見向きもしなかったが、タツヤはそのパソコンと資料を回収した。

そしてそんな中、部屋の中を見回していたワレモンは扉の前に立つカケモンが棒立ちなのに気付く。

 

「?おい、どしたカケモン。ぼーっと突っ立てよ」

「…え?」

「え?じゃねぇよ。バカみたいに突っ立ってよ。熱でもあんのか?」

「熱は無いけどワレモンがボクに優しくてびっくりしてる」

「んだとこのヤロウ!」

「いひゃいよぉ〜!」

 

失言をしたカケモンの頬をワレモンは真横に引っ張る。痛い痛いと言いながらもカケモンはこの胸にある不思議な感覚に疑問を抱いていた。初めてくる場所、初めて見る物、なのに何故か、彼の心に心地よさがある。タツヤの部屋にあるベットの様な、でもそれとは違うようなそんな感覚が。

 

 

 

 

 

一方、アサヒの組は奥の部屋に入っていた。アサヒとミキの持つ懐中電灯で辺りを見回すと先程の部屋ほどでは無いが焼かれた跡が気になる。

ここにあったのはデスクと簡易的なベット、そして意図がよくわからない機械が複数あった。ハックモンとギルモンは迷わず奥へ進み、機械やあたりにある物を調べ始める。

そんな中で、アサヒは内心怖がっていた。それもそのはず、今いるこの場所はよくテレビや映画でよく出てくる廃墟に似ているのだ。昔から兄がよくそう言ったものを見せて来た事もあり、彼女はすっかり萎縮してしまっている。

 

「沢渡 アサヒ。腕」

「は、はい?…あっ、す、すみません、才羽さん」

「気を付ければいい」

 

ミキに指摘され、アサヒは無意識にミキの服の袖を掴んでいたことに気付く。それを謝るとミキはいつもと同じ無表情で答えた。

だがこの時に見たミキの顔にアサヒは疑問を覚えたのだ。何処と無く落ち着きがないような、そんな風に思えた。

 

「………ッ!?」

 

それを知らないミキはふとハックモンが調べている何かの機械を見る。

…同時に頭痛がし、思わず目を瞑り再び開くと、自分達四人以外居なかった筈の部屋にある一人の男が現れた。紫の髪をした人間の大人…白衣を着ているその彼にミキは見覚えがある。いや、それは眠るたびに何度も見てきた人物。

彼は今ハックモンがいる機械の前で楽しそうに話すとデスクに向かって歩き出す。目で追いかけると彼はデスクに座り何かを本に書き出した。ミキは彼の背後に周りその様子を伺おうとしたが、彼は書いてあったその本を閉じてデスクの下にしまってしまう。そして彼は立ち上がると、彼は自分達が入ってきた方へ歩き扉を開く。

 

その時ミキは見てしまった。扉の奥に燃え盛る炎、その先に居る悪魔…いや、魔王の影を。

そしてその先に歩き出す、彼の姿を。

息が乱れる、汗が吹き出す、鼓動が早くなる。

手が伸びる、あの時伸ばさなかった、伸ばせなかった手をひたすら彼の元へ。

無意識に足が前へと進む。

いやだ、行かないで、置いて行かないで…!

 

 

–––––––ごめんね

 

 

「博士…!」

 

思わず口から零れ落ちる言葉。意識は暗転し、近くにいたアサヒの自分を呼ぶ声が聞こえる。それを最後に、才羽 ミキは意識を手放した。

 

 

「…ん。さ…ばさん。才羽さん!」

「ぁ…?」

 

重い瞼を開けると、目の前にアサヒがいた。どうやら自分は気を失っていたらしい。部屋にあるとベットに横になっているのがわかる。そして彼女の背後にはハックモンやギルモン、別の部屋にいたタツヤ達も心配そうにミキを見ていた。どうやら気を失ってそれなりに時間が過ぎたらしい。ぼやける頭でそう考え、上半身を起こすと突然アサヒが自分に抱きついてきた。

 

「よかったです…!急に倒れちゃって、心配したんですよ!」

「ボクもタツヤもみんなも心配してたんだよ!」

「あ、その…ごめんなさい」

 

小刻みに震えるアサヒ、声は涙声でよほど心配させたのだろう。カケモンもアサヒにつられたのか目の端に涙が溜まっていた。それに罪悪感を覚え謝罪するが、そこにタツヤが近づく。

 

「そういう時は、ありがとうでいいんだよ」

「あ、ありがとう…?」

「そう。それで大丈夫。…所でミキはどうして気を失ったの?まさか、デジモン?」

 

優しい顔をしていたタツヤは気を引き締めてミキに問う。もしそうなら今もこの中に潜んでいるのだろう、そう思ってのことだ。だがミキは首を左右に振る。そしてそのまま黙り込んでしまった。

それを見かねたハックモンはタツヤ達に別の部屋で何があったのか尋ねた。今の気不味い雰囲気を変えようと空気を読んだのだ。

 

「僕達が見つけたのはこのパソコンと何枚かの資料に…」

「この埃被ったカプセルだな。何個かあるぜ」

 

デスクの上に別の部屋から持ってきた物を置くタツヤと城太郎。ハックモンはその内、カプセルの一つを取ると埃を払う。するとカプセルの真ん中に輝くバーコードのような物が浮かんでいる事に気付いた。

 

「これはデジコードだな」

「デジコード?なんだそりゃ?」

「デジモンの体内にある情報を視覚化したものだ。世代、タイプ、属性等と言ったものがこれに詰まっている」

「へぇ、遺伝子みたいなものなんだ」

「ごく稀に転生前の情報もあると言われているが…これだけの大きさのデジコードで出来る事があるのか?いや、それ以前に誰がこんな物を…?」

「それに加え、デジコードを視覚化するには生半可な技術力では不可能だ。これが出来る者は相当の頭脳の持ち主なのだろう……ってハックモンが前に教えてくれたんだ〜」

 

またもや雰囲気の変わったギルモンは最後に元の雰囲気に戻るとそう付け加える。ハックモンは引きつった顔をすると、咳払いをした。そしてそのまま振り返り奥にある装置に向かう。そしてその装置の上にあったあるものを手に取った。

 

「パソコンと資料は後で調べよう。次はこの部屋で見つかったものを見せよう。…これだ」

「…本?この本がどうかしたのか?」

 

そう、本だった。それもタイトルからコンピューター関連の本だと言うのが分かる。それが一体どうしたのか?ワレモンは首を捻った。

 

「…これはニホンゴで書かれている」

「ああ、俺だって分かるけどよ。だからなんなんだよ?」

「デジタルワールドにはニホンゴで書かれた本は存在しない。デジモンが扱う文字はデジ文字と言う文字のみだ。つまり、ここにいたのは…」

「…!人間、それも日本人!?」

 

城太郎の疑問に答えたハックモンの言葉からタツヤは思わず驚いた。それに釣られてカケモンやワレモン達も驚く中、ハックモンはゆっくりと頷く。

 

「これだけではない。確認したところ、この本があった装置のすぐ横に本棚が収納されていた。そこにあった本もニホンゴ、もしくは現実世界の他の国の言語で書かれていた。その中で主に多かったのはニホンゴだ。…それに、向こうの部屋にあった資料もニホンゴじゃないのか?」

「言われてみれば…」

 

今まで違和感が無かったが、確かにそうだ。この世界はタツヤ達からすれば異世界、だというのにカケモン達デジモンは自分達と同じ言葉を喋っていた事から無意識に文字も同じなのだと思い込んでいたのだろう。ハックモンに言われるまで気付かなかった。

ハックモンは腕を組みしかし、と唸る。まだ何かあるのだろうか?

 

「これが置いてあった装置が何の為に作られたのかわからない。小型のカメラとアーム、それにスピーカー…ロボットでも作っていたのか?」

「………違う」

「何?」

 

ハックモンの思考に入ってくる者がいた。それは目が覚めてからこの会話に参加していなかった、ミキだ。ミキはベットから起き上がるとハックモンのすぐそばにある装置の元へ歩き出した。そして目の前に立つと、タツヤ達の見た事の無い表情を浮かべる。

それは、懐かしさだった。

 

「ミキ…?」

「才羽さん?」

「…これが何かわかるのか?」

「これは…ただ本を読んで博士と会話する為の体(モノ)。そう、それだけの為に作られた…私の前の体。生まれた時からあの日まで博士と一緒に過ごしていた私自身、私の過去」

「君自身、だと?」

 

ハックモンの問いにミキは黙って頷いた。そしてタツヤ達の方を振り返ると、ミキの体…正確には衣服が光り出した。衣服は0と1で分解され形を変えると光は収まっていく。するとどうだろうか…目の前のミキの服装に変化が起きていた。今まで動きやすそうにしていた彼女の格好が、タツヤ達の通う学校の制服に変わっていたのだ。

そのことにタツヤ達は目を丸くする。そんな中、タツヤはある出来事がふと頭をよぎった。それはショッピングモールでミキと会った時の事だ。彼女は制服からわずか数秒で私服に着替えた。先ほどまで着ていた、制服も持たずに。

 

「これ、もしかしてあの時の…」

「…これは私の力の一つ。物質のデータ化と再構築。これは一定の質量までしか出来ないけど、衣服くらいなら問題はない」

そう言ってミキの服装は光るとすぐに変わる。デジタルワールドでいつも着ている格好に戻ると彼女は目を伏せた。

心なしか、彼女の唇は震えているように見えた。

「思い出した。私が何者、いいえ、なんなのか。その全てをここは思い出させてくれた」

「私は、デジモンの構成物質を人間と同じように作り変えた肉体に人工知能を移植した存在。それが私の正体」

「そしてここは才羽研究所。私を作った才羽 ユキオ博士の研究所であり、私が生まれた場所。そして、博士が死んだ場所でもある」

「これがこの研究所と私の真実。私は人間じゃない。人間の姿をした…人間とデジモンのハイブリット…そういうべき存在」

言葉を失った。彼女の言う内容、この研究所の事でもあり、才羽 ミキと言う少女の真実にだ。そんな中でタツヤ、それにアサヒに城太郎は思い出していた。デジタルワールドにくる前の休日に彼女が言っていた“伝えなくてはならない事”。それがこの事なのだろう。

だが彼女の言動から、全てを思い出したのはここに来てからだと言う。ハックモンとギルモンは目を合わせると、ハックモンが口を開く。

「それは事実か?」

「間違いない。私は才羽博士に作られた人工知能」

「体も、才羽 ユキオと言う人間が作ったのか?」

「そう、博士が研究の副産物で作り上げたと言っていた。デジコードを調べる内に、人間の遺伝子…ヒトゲノムと共通点を見つけて、私の為に作ってくれた。私が、この研究所の外を…世界を見れるように。でも…」

「それは叶わなかった」

そう言う彼女は顔をほんの少し歪ませる。悲しさか、それとも悔しさか…普段よりも彼女は感情的になっていた。

するとミキは壁の方に寄り手を翳す。するとそれに反応して壁に仕掛けられた仕掛けが動き出した。壁が変形し、その奥にあったものがミキの目の前に出てくる。

出てきたものは全部で4つ。全て同じ形状をしているそれは驚くべき事にタツヤ達の見慣れたものだった。

「スマートフォン…ですか?」

「いや、これは…デジヴァイス!?」

「これは博士が作りかけていたもの。タツヤと“A”が持つものとは違って未完成品。プロトデジヴァイスとも言うべきもの」

「博士はデジヴァイスの研究をしていたと言うことか?」

「それは違う。博士は向こうの研究室で何かの研究をしていたけど…これは違う。これは、二つの世界を繋ぐ物だと言っていた」

その事にハックモンとギルモンは眉間に皺を寄せた。

どう言う事だ、これが博士の研究でないなら何をしていたのだ…?デジヴァイスはカケモンとモスドラモンだけとは言え、デジモンを進化とは違う変化、強化させるアイテムだ。それだけでも十分規格外なものと言える。しかしそれとは別の研究をしていたのなら、それは一体…?

そう思っていたのだが、ハックモンは途中で思考を切り替える。後ろに控えるタツヤ達と、そしてミキ自身に問いたい事を言い出す。

「君に聞きたい事はまだあるが、これだけは聞かせて欲しい。君は…これから先、どうしたい?」

自分の事を思い出し、生まれた場所を思い出し、生みの親の思いも思い出した彼女は一体どうするつもりなのか。再びバルバモンの元へと戻る可能性はないとは言え、彼女の意思を確認しておきたい。

ミキはハックモンに問われ、色々と考えていた。今の自分はどうすればいいのか、才羽博士の研究を継げばいいのか、彼の仇を討てばいいのか…。

いや、そうじゃない。その二つは二の次だろう。才羽博士なら、彼の残した願いならば。

「……私は、タツヤ達の友達でありたい。それが博士の願いの一つでもあり、私の願い」

自分の未来が、美しく希望で満ち溢れたものであるように…その込められた願いと自分の心に従えば、この回答が一番なのだろう。

ミキは正直不安だったのだ。この事が、自分が人間でもデジモンでもない存在だと知られてしまう事が。自分に友達になって欲しいと言ってくれた彼らを騙していたようで、胸が苦しくなる…これが感情なのだろう。胸が苦しくなるのも、透き通ったように清々しくなるのも、感情であると今のミキなら理解できる。

だからこそ、怖かったのだろう。

彼らに、彼に拒絶される事が。

「…うん、じゃあこれからもよろしくね」

 

答えたのはタツヤだった。驚きはしたものの、ミキの話を聞いていたタツヤはそう答えた。その事に目を丸くするミキ。自分の想像とは違う、考えていたものとは全く別の反応に唖然としていた。さらに驚くべき事に、アサヒと城太郎も考えていた表情と違っている。カケモンとワレモンに関しては頭をひねっていた。

 

「…それだけ?私は、人間でもデジモンでもない、半端な存在なのに」

「そう言われてもよ、少なくとも見た目は人間じゃねぇか。それで人間じゃ無いって言われても実感湧かねぇし」

「才羽さんは深く考えすぎだと思うんです。もっと自由に考えて良いんですよっ」

「?ミキはミキなんだよね?」

「難しい事は知らん」

城太郎は単純に、アサヒは拳に力を込めて力説。カケモンに関しては先ほどの説明ではわからなかったらしい。そしてワレモンは腕を組んで踏ん反り返っていた。そう、誰もミキに対して態度が変わっていなかったのだ。動揺は確かにしていた、だがそれがどうしたと言うのだろう。既にタツヤ達はデジモンと言う存在を、カケモン達は人間と言う存在を認知し、共存している。今更そう言われても、そう言うものだと納得せざるを得ないのだ。事実を知ったとして、ミキがどうするわけでもなく、今までのようでありたいと言うならばそれで良いのではないだろうか。

城太郎達の反応に困っていると、タツヤはミキにそっと語りかける。それはまるで、自分に接していた時の才羽博士の様に見えた。

「こうやって僕達と友達になってくれたミキがいる。それでいいんじゃ無いかな?君は君だから、ミキだからいいんだと思う。そこに人間もデジモンも関係ないよ」

言われるのと同時に肩の力が抜ける。安堵の息が溢れるとミキはその場に力なく座り込んだ。タツヤ達は急な彼女の行動に驚くが、ミキは大丈夫と手で制す。

安心し、同時に嬉しかったのだ。彼に、タツヤに拒絶されたらどうしようかと、もう前の様に接してくれなかったらどうしようかと、そればかり考えていた。だからこそ彼女は力が抜けてしまったのだ。その代わりに、胸に暖かなものを灯しながら。

タツヤとアサヒはミキに近づき彼女を立たせる。後はここを出て博士がなんの研究をしていたか資料を調べよう。

そう思った矢先だった。

壁から出て来たデジヴァイスの内の一つから淡い光が出る。画面から出た光…それはタツヤの持つデジヴァイスと同じ、いやそれよりも“A”の持つものから放たれるものに似ていた。底知れない何かを感じタツヤ達はデジヴァイスに目を向ける。

そして、光が部屋に放たれた。

 




いやぁミキの真実と言ってもバレバレでしたかね笑笑
とりあえずミキの記憶はあやふやで自分が何かしら違うということは理解していてそれをタツヤ達に言おうとしたけど離れていくかもしれないと思ってあえて言わなかったという感じです
今伝えたのは全てを思い出しここの話が何かにつながっていくと思ったからです
今までもこれからもみんなの関係は変わっていかないと思います
皆様に楽しんでいただからだけで幸いです
それではタカトモンでした!


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二十一話 《夢を見たもの 夢を継ぐもの》

タツヤ達はまばゆい光に視界を遮られていた。思わず腕で顔を覆わなければならないほどの光は数秒続くと、次第に収まっていく。なんだったのか、タツヤはぼやける目を何度か瞬きしながら開けると、ふとある変化が起きていた。

光り輝くものが壁にある一つのプロトタイプのデジヴァイスに吸い込まれていく。それはカプセルにあったデジコード…プロトデジヴァイスの画面に吸い寄せられる。そしてそれを取り込んだプロトデジヴァイスは小刻みに動き出すと浮かび上がり、タツヤ達の間をすり抜けるように部屋から出て行った。

「デジヴァイス…どうして…?」

「後を追うぞ!」

 

困惑するミキを尻目にハックモンはそう言うとプロトデジヴァイスを追いかけ部屋を出る。それにつられてタツヤ達も部屋を出るとすぐさま近くの部屋…タツヤ達が探索した部屋へと向かった。

部屋の入り口にはハックモンが立っており、中を覗いている。その顔は驚愕で震えていた。後から来たタツヤ達も部屋の中を見た。するとどうだろうか…部屋の中にあった大量のカプセル、正確に言えばデジコードがデジヴァイスへと吸い込まれていくではないか。

「デジコードが…!」

「なんだ、どうなってんだこれ!?」

ハックモンが狼狽え、ワレモンは困惑の叫びを上げる。それは異常な光景なのだろう。デジモンであるハックモンとワレモンがこれを見て表情を変えているとなると相当な事態だ。

一方、プロトデジヴァイスはその部屋にあったデジコードを全て取り込むと、自らを中心にデジコードで構成された繭…いや、デジタマを作り出す。そのデジタマはだんだんと大きくなり、研究所の天井を突き破ろうとする。このままでは研究所どころか洞窟さえも崩れかねない。ハックモンは全員に洞窟の外へと走るように叫んだ。

だが一人、出口とは逆の方向に走る者がいた。

「ミキッ!?」

「そっちじゃないよ!こっちだよぉ!」

 

タツヤとカケモンの叫びが響く。そう、ミキはただ一人、出口とは逆方向…先程いた部屋へと走っていた。だが揺れが激しいのかミキは途中で足をくじいてしまう。起き上がろうとするミキ、だがその頭上に天井の一部が落ちてくる。

 

「あっ…」

 

判断が遅れ動けなかった。一瞬、ほんの一瞬気をとられただけで目の前に瓦礫が落ちてくる。スローモーションのように思えるそれは自分に危害を加えるのだと、そう確信し目を瞑る。痛みは一瞬、もしくは少しの間続くと思い目を瞑った。

しかし、ミキを襲ったのは痛みでは無く誰かに抱きとめられる感覚だった。

 

 

瓦礫が目の前を埋める。天井は既に崩れ、研究所のある洞窟は小刻みに振動を放っていた。そして目の前の瓦礫の山を見つめる事数秒、つい先ほど起こった自体を飲み込んだアサヒと城太郎は叫んでいた。

 

「浪川君!才羽さん!」

「タツヤァ!クッソォ…!」

「落ち着けお前達!一旦ここを離れるぞ!」

 

タツヤとミキ、二人が瓦礫の奥に取り残されている。二人は助けようとするが、それより先にハックモンが静止させる。このままでは今自分達のいる場所も危険だ、すぐに研究所もといこの洞窟から出なくてはならない。アサヒと城太郎はハックモンと瓦礫の山を交互に見ながらも顔を顰めて出口へと進む。冷静な判断を求めた結果だが、納得いかないのも事実だ。そしてそれは二人だけではなかった。

 

「タツヤ…ミキ…」

「お前も行くぞ、バカケモン!」

 

カケモンは振り返りながらもワレモンに連れられ出口へと進む。その際ギルモンもカケモンについて行ったのだが、その時一瞬デジタマを見る。微弱だが鼓動を感じる…なにかが生まれようとしていると感じさせた。ギルモンはそう思いながらもカケモンの後を追い研究所を後にする。

 

デジコードで構成されたデジタマは鼓動を放つ。何かに呼ばれるように、デジタマは天井を突き破り浮上して行った。

 

 

 

「うっ…?」

「ミキ、気が付いた?」

 

ぼやけた視界を数回瞬きする。靄のかかった頭を上体を起こしながら振ると今置かれている状況を確認した。崩れた天井によってできた瓦礫の山は出入り口を塞いでいる。今いる場所はデジヴァイスがあった奥の部屋。そして目の前にいるのはタツヤ一人、気を失う前の状況から察するに閉じ込められたのだろう。そう考えると勝手な行動を取り、タツヤを巻き込んでしまったことに罪悪感を感じた。

彼に謝ろうとするミキだったが、ふとタツヤの方を見て目を見開く。彼の腕からは少しだが傷が出来ていたのだ。そこには持ち物の中にあった包帯で応急処置が施されていたが、少量の血が滲んでいる。

 

「タツヤ、その傷…!」

「ああ、掠っただけだよ。それよりミキが無事で良かった」

「…ごめん、なさい」

 

罪悪感がさらに上乗せされる。巻き込んだ上に怪我をさせてしまった。その事に胸が痛くなり、無意識に目を背けてしまうミキ。タツヤ本人としては言葉通りミキの無事を案じていたのだが、逆に気を使わせてしまった事にちょっとした後悔をしていた。

気まずい雰囲気から十数秒、その場の空気を壊したのはタツヤだった。

 

「ねぇ、なんでミキはあの時研究所に戻ったの?」

「………博士の、日記」

「才羽博士の?それって、部屋にあったっけ?」

「デスクの奥。そこに博士は日記を仕舞っていた。多分、大事もの…だと思う」

 

そうだ、ミキはそれが気掛かりだったのだ。デジタマが巨大化し、研究所が崩れそうになるのではとそう思ったミキの脳裏に浮かんだのが才羽博士の日記だった。なぜそれなのかはわからない。だが、取りに行かなければとそう思ったのだ。頭では無く心で、思考では無く反射で行動をとってしまった。何故そうなってしまったのかわからない、でも足は勝手に動いてしまったのだ。

ミキの話を聞き、タツヤはそっかと頷くとミキに手を差し伸べる。

 

「じゃあ探さなきゃね」

「え?」

「探したいんでしょ?才羽博士の日記が大事で、取りに行きたいからミキは戻ったんだよ。だったら尚更、探しに行かなきゃ」

 

そう言われて目を見開いた。タツヤは自分を責めず、日記を探そうと言うのだ。

浪川 タツヤはそう言う人間なのだ。自分よりも他人を優先させる。誰かの気持ちを尊重させる、誰かの想いを尊う人間。かつての自分が出来なかった事を、誰かにさせたくないから。

ミキはタツヤに何か言おうとしたが、口を開かず頷くとタツヤの手を取る。そして日記を探すと同時にこの部屋に非常用の出口のようなものが無いか探す事にした。外ではハックモン達が自分達を助けるために行動しているとは思うが、ただ待ってるだけじゃダメだ。そう思いながらも二人は行動し始めた。

 

 

一方、洞窟から出たハックモン達はある程度洞窟から距離を取っていた。洞窟の崩壊を警戒しての行動だが、アサヒに城太郎、そしてカケモンはあまり離れたがらない。中に残された二人を助け出したいと、居ても立っても居られないいられないのだろう。ハックモンとワレモンはそんな三人を落ち付けようとするが、その前に新たなる状況の変化が訪れた。

少し離れた場所…恐らく研究所のあった位置からあるものが出てくる。それは研究所で見たデジタマ…それが宙へ浮かび上がり、中で見た時よりもさらに巨大になっていた。そして驚くべき事に、距離があるにも関わらずデジタマからの鼓動が聞こえてきた。

 

鼓動が高まっていく。何かが生まれようとしているのだ。その事にハックモン達はゴクリと飲み込むと次の瞬間、デジコードで構成されたデジタマは弾け飛び、中にいたそれは姿を現した。

それは歪な存在だった。二対四枚の翼を持ち、四本の腕を持つデジモン。これだけならまともなのだろう。だが問題なのはその部位(パーツ)だ。羽は天使のような純白なものと竜のようなものが一対ずつ、腕も悪魔のようなものが二本と昆虫、骨のようなものが一本ずつ。足は獣、胴体と尾は竜、頭部は昆虫。一貫性の無いその姿はまさに合成獣(キメラ)だった。

 

「ぐ、グうウううuuウ…!!」

「なんだよ、なんだよこのグロいのは!?」

「これは…!」

「…よもや再び目にするとは思わなかったな」

 

呻き声を上げるそのデジモンに思わず血の気が引き、ワレモンが悲鳴のように声を上げる。それはアサヒ達も同じようで、声には出さないが鳥肌が止まらないようだ。ハックモンに関しては見覚えがあるようで、同じく見覚えのあるギルモンも小声で呟いた。

その怪物とも言えるデジモンは呻き声から咆哮へ変えると、すぐ近くの森に視線を向けて動き出す。そして森の木々をなんの目的もなくその腕で薙ぎ払い始めた。

 

「なんだよありゃあ、急に暴れ出しやがった…」

「あれは…キメラモンだ」

「キメラモン?」

「何体ものデジモンの体の一部を合成して作られたデジモンだ。過去にその存在を確認したことがある。恐らく、あの研究所にあったデジコードがデジヴァイスに吸収され誕生した可能性が高い。プロトタイプとは言え、デジコードを吸収しデジモンを生み出すとはな」

そう言うハックモンの額からは冷や汗が流れていた。キメラモン…世代的には完全体に値するが個体によっては究極体級に匹敵されると過去のデータに記述されていた。それをプロトデジヴァイスが作り出した事に驚きもするが納得もする。

完成品であるデジヴァイスの機能を考えると、ありえない話ではない。タツヤの持つデジヴァイスは自分達ロイヤルナイツの、“A”の持つものは宿敵である七大魔王の力をそれぞれカケモンとモスドラモンに”掛け合わせる“機能を持っていると推測は立てていた。だがデジコードを取り込み新たにデジモンを誕生させるとは予想外だ。

キメラモンに理性は無く、このままでは近くの集落を襲う可能性がある。野放しにはできない、そう思ったハックモンは残ったアサヒ達に指示を出す。

「奴を遠くへ行かせるわけにはいかない。ギルモン、アサヒ達と一緒にタツヤとミキを救出してくれ!オレは奴の元へ行く!」

「承知し…わかった〜」

時々見せた雰囲気が一瞬出たが、ギルモンの了承を得るとハックモンはキメラモンの所へ駆け出した。今の状況で出来ることは限られているが、何もしないわけにはいかない。

ギルモンはアサヒ達を連れてキメラモンの出てきた場所へと移動する事にした。洞窟へ一度戻るとなると崩壊の可能性があるが、キメラモンの出てきた場所は研究所のすぐ上だ。ならばそっちの方が近い上に安全だろう。

アサヒと城太郎、カケモンとワレモンは互いに顔を合わせると、ギルモンの後を追って走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わって研究室の一室。ここではタツヤとミキはそれぞれの行動をとっていた。一人は出口を探すため、もう一人は日記を探すため。だが前者はいくら探しても見つからず、部屋の中で無事だったパソコンや資料、三機の残ったプロトデジヴァイスを回収してミキの方へ。それに対して後者はデスクの一番下の引き出しのさらに奥にあった日記を取り出し、それを大切に抱きしめていた。

「こっちはダメだったよ。ミキは……見つかったみたいだね」

「うん」

 

返事を返したミキの顔は綻んでいた。まるで才羽博士にまた会えたような安心感がそこにある。その様子を見たタツヤは安心すると同時に近くにあるベットへと座る。そしてふと、ある質問をした。

 

「ねぇ、才羽博士ってどんな人だったの?」

「?日本人、性別男性、年齢45歳、配偶者無し…」

「あ、そうじゃ無くて。どんな性格とか、どんな雰囲気だったとかなんだけど…」

 

淡々とミキの語る内容と求めていた回答が違い思わず割り込むタツヤ。こう言った時に機械的になるのが人工知能であった彼女の名残なのだろう。だがそれを受け止めつつタツヤの言われた通り、ミキは覚えている博士の人物像を思い浮かべる。

 

「博士は…子供のように笑う人だった。実験が成功しても、失敗しても、次を目指して笑う人。私が新しいことを覚えると、自分の事みたいに喜ぶ人…」

「そっか、明るい人だったんだね」

「うん。明るい人。それに諦めない人だった。研究が行き詰まった時も、それを乗り越えようと必死だった」

 

息を吐くように才羽博士の事を語るミキ。彼女がこんなに楽しそうに、しかも饒舌に語るのは初めてなのかもしれない。それはまるで…。そう思ったタツヤだったが、ふとミキの口は閉じた。

 

「ミキ…?どうかしたの?」

「博士は…博士は、殺された。あの日、バルバモンに…」

「バルバモン…!?」

思わぬ名前に驚くタツヤ。バルバモン…七大魔王の一体にして、ミキを従わせていた張本人。そうだ、今まで疑問に思いながらも言い出せなかった事を思い出す。それは、何故彼女がバルバモンに従っていたのか。それが今明らかになるかもしれない。

「ミキ…無理なら言わなくていい。けど出来るなら聞かせてくれないかな。バルバモンと、才羽博士のこと」

「……わかった。タツヤには、話すと約束してたから」

現実世界でカケモンと一緒に行ったファミレスでの事だ。今はダメだがいつか必ず話すと、そう約束した。ならばそれは今なのだろう。締め付けられる胸を押さえてミキは語り出した。

 

 

約三ヶ月前、その日の博士はおかしかった。まるで気付いてはいけないものに気付いてしまい、頭を押さえて何度も唸る。そして日記を書き、いつものようにデスクの奥へと仕舞うと、警報が鳴った。それは侵入者が研究所へとやってきた合図。最初博士は慌てたが、決心したような顔をして博士は部屋を出て行く。その際、まだ機械の体だったミキに一言、ごめんね、と言った。

出て行った数分後、部屋の外では高熱反応と同時に一つの生体反応が消えていた。

 

次に入って来たのはバルバモンだった。バルバモンは自分と当時すぐ近くにあった生身の身体(ボディ)を見て笑う。そう、使えるものを、駒を見つけた時の顔だ。すぐさまバルバモンは人工知能を鉄の身体から生身の身体に移植し始めた。だがこれが間違いだった。まだ調整が済んでいなかった事により、ミキは名前以外のほとんどを忘れてしまった。自分がどう言った存在なのか、ここが一体何処なのか、そして…博士の事も。

その後、彼女はバルバモンの操り人形となった。そしてコードネーム “D”の名を与えられ、タツヤ達の通う学校へと転入する事となる。

与えられた指示の内容は恐ろしく雑だった。というのも、“手頃な人間を捕まえてゲートを開く場所におびき出す”。それだけだ。当時の彼女はその事に疑問を抱かず、指示に従おうとした。

しかしそれはすぐに達成される事となる。

そう、タツヤとカケモンの出会いだ。学校に来た初日、隣の席になり行動を共にしていたタツヤを誘導し…そしてカケモンと接触した。偶然にもそれはバルバモンの思惑通り、もしくはそれ以上の結果となった事により新たな指示、“タツヤとカケモンの監視”が下ったのだ。

 

 

「そして私はタツヤとカケモンを観察して、適当なタイミングでデジモンを送る合図を出していた」

「そっか…やたらと僕達の近くでデジモンが現れると思ったから、不思議だったんだ」

「…………」

「あ、別に責めてるわけじゃないよ!?」

無意識に溢れた言葉にタツヤは慌ててしまう。目の前の彼女の顔はお世辞にも良いとは言えず、罪悪感で押しつぶされそうになっていた。

タツヤは話を変えようと才羽博士とバルバモンの関係を聞いたが、ミキは首を横に振る。わからないと言う事だろう。流石にそこまでは知らないか、とミキにありがとうと一言告げるとタツヤは彼女から聞ける話はもう無いかと考えていた。だがもう何も聞けるような事は無い。

あるとすれば…

「ミキ」

「?何?」

「…才羽博士は、君にとってどんな人だった?」

 

その一言にミキは無言で返した。彼女にとっても難しい質問なのだろう。少なくとも悪い感情は無いはずだ。むしろその逆だろう。質問に答えられるほどの知識は無いのかもしれない。だがたどたどしくも彼女は口を開く。

 

「博士は、尊敬できる人。デジヴァイスを作って、とても難しい研究をして、それで…」

「自分を作ってくれて?」

「…うん」

「そっか。でも、そうだね……僕が博士なら、ミキに“父親”って言って欲しかったかな」

「父、親?」

 

タツヤの一言に目を丸くする。確かに人工知能とその創造者、関係的にそう言えなくも無いだろう。だが父親と、その言葉を耳にし彼女の胸にストン、と何かが落ちたような感覚があった。

(あっ…)

そして同時に思い出す。あれはバルバモンがアサヒを人質に取った日の夜、バルバモンにコードネームで呼ばれた時の事だ。

[私の名前は才羽 美希(ミキ)。才羽 ユキオ博士の娘…“D”じゃ、ない!]

(そうだ。私はあの時、バルバモンにそう言った。今まで忘れていたけど、確かに…)

何かが自分の中で弾けてそう反射的に叫んだと記憶している。今まで思い出せなかった博士の記憶の断片がそう駆り立てたのかもしれない。その言葉は無意識に、ミキの心と身体に変化をもたらしたのだろう。

 

「さっき、バルバモンが来る前に日記に何か書いたって言ったよね?」

「う、うん。あっ…」

「だったら…。…やっぱり、ほらここ」

 

ミキの腕の中にあった日記を借り、タツヤはページをめくる。そして一番最後にあったページを見て微笑むと、彼女に開いて渡した。

ミキは受け取った日記を見て、言葉を失った。そこに書いてあったのは才羽博士が最後に残した数行の言葉。遺言とも言える言葉だ。

 

〔バルバモンがここへやって来る。私は恐らく死ぬのだろう。しかし、私の夢は終わらない。希望はまだ残っている。〕

 

〔だが心残りが一つ。君を残していく事だ。どうか許してほしい。可能であれば自らの手で新たな体を調整し、この閉ざされた研究所から出て外の世界を感じてほしい〕

 

〔私の娘、愛すべき子、才羽 美希(ミキ)。どうか、幸せになって欲しい。それが私の…父親としての最期の願いだ〕

 

 

「……才羽博士は、最後までミキの事を大事にしてたんだね」

視界が歪む、彼の声が遠くから聞こえるように感じる。汚したく無いのに、目から溢れる液体が日記に零れ落ちる。胸から溢れ出る感情は涙に、すすり泣くような声となり、止まる事を知らない。背中をさすられる感覚があった。タツヤが自分を慰めようとしてくれているのだろう。だが今は逆効果のように感じられた。

互いに互いを想っていた。それだけで満たされていく。この胸にある鼓動は、嬉しさで動いているのだろう。

ミキが泣いたのはこれで二度目。だがしかし、この瞬間に流れる涙は…心地よさがあった。

と、そんな時、

 

「〜〜〜〜、ぷはっ!あ、いた〜!」

「「ぎ、ギルモン!?」」

目の前の天井から爪を突き出し、頭をひょっこりと出したのは記憶にも新しいギルモンだった。どうやら上から掘って来たのだろう。ちなみに、他の四人は周りの瓦礫の撤去をしているのだがこれは別の話。

「俺は撤去作業のエキスパートどぅああああああああああ!!」

「お、重たいですぅ〜!」

「ぜー、ぜー…!」

「おらへばってんじゃねぇぞ!根性見せろゴラァ!!次だ次ィ!!」

 

ギルモンは天井から逆さに顔を出したまま二人を見て首を傾げる。タツヤがミキの背中をさすり、ミキは日記を見て泣いている状況。側から見れば何かあったようにも思える図である。少なくとも彼らのクラスメイトの女子達が騒ぎ出すレベルで。

ギルモンの視線に耐えられなくなったのかタツヤとミキは互いに距離を取る。タツヤは顔を背け、ミキは涙を袖で拭いていた。そしてタツヤは咳払いをする。

「ん゛ん゛!ギルモン、助けに来てくれたの?」

「そうだよ〜。ところで今何してたの?」

「なんでもないよ。ほんと、うん」

 

 

「グシャあぁアアaaaaアアアあアa!!」

「流石に、キツイか…!」

ハックモンは顔を苦痛で歪ませていた。

十分ほど前、森を衝動の赴くままに破壊するキメラモンを追っていたハックモン。途中で洞窟に入る前にいたジャングルモジャモンやゲコモンなどのデジモン達がその餌食となっていた。その事に歯が砕けるほど歯軋りしたハックモンはキメラモンの死角からベビーフレイム、フィフスラッシュで攻撃。自分に気を引かせる事で、遠くへ行かせない算段だった。

最初の内は気付かれず、周りを警戒させる事で足止めをしていたハックモンだったが、途中で気付いたキメラモンはハックモンを発見。その事に身の危険を感じたハックモンはジエスモンへワープ進化しようとするがその前にキメラモンの怒涛の攻撃が始まる。まともに当たりはしなかったが体力を奪われ、尚且つワープ進化する隙を作る事が出来ないハックモンは焦りを感じていた。世代による差を埋めることは難しい。このままではやられるのは時間の内だ。そう思った矢先、

「うらああああああ!!」

「ぐウウu!?」

空高くから槍を持ったデジモン、カケモン ver.ジエスがキメラモンの頭部目掛けて攻撃を仕掛けて来た。反射的にキメラモンは悪魔の腕…デビモンの両腕を使いランサーJの攻撃を防ぐとカケモンを押し返す。押し返されたカケモンは空中で回転すると、ハックモンの前へと着地した。

「っと、待たせたな!」

「カケモン!と言うことは、タツヤとミキは救出出来たと言うことか!」

「見ての通りだ。それよりアンタは下がってな」

こちらに目もくれずランサーJを構えるカケモン。それほど目の前の敵が脅威だと判断したのだろう。気の緩みが一切無い。対するキメラモンは新たな敵を標的にし、今にも襲いかかりそうな雰囲気だ。ハックモンは二体の様子を確認すると、タツヤ達と合流すべくカケモンとキメラモンの前から去った。

そして、互いに動かなかった二体のデジモンは木が倒れた瞬間に動き出す。

「行くぜェェェ!!」

「ぎシャあああaaア!!」

ランサーJから繰り出される高速の突きは的確にキメラモンの急所に向けられたが、それはデビモンの両腕と片方ずつのクワガーモンとスカルグレイモンの腕に防がれる。何発か胴に当たったが、強化されたグレイモンの皮膚を通すことは無かった。舌打ちしたカケモンは一度距離を取り、森の中へと侵入。ハックモンと同じく死角からの攻撃を仕掛けようとするが、キメラモンは先程の戦いから学習したのか、その背にある四枚の翼で飛び上がる。

「グruru…ぎシゃあああ!!」

「うぉ!?マジか!?」

エンジェモンとエアドラモンの翼で空中での移動が可能となったキメラモンはその口から熱線弾、ヒートバイパーを森に向かい放ち始める。それは無差別のようで、カケモンを誘き出す為の布石だった。カケモンはその事に気付いたが、あえてその挑発に乗る事にする。地面から助走をつけて跳び上がると、カケモンはキメラモンの正面へ移動。必殺の一撃を放つ。

「舞槍乱舞ッ!!!」

「グシゃあ!!」

「がっ…!?」

 

アト、ルネ、ポルを呼び出し繰り出した舞槍乱舞は呆気なくガルルモンの脚によって無効化されてしまう。呼び出された三体は消え、キメラモンは追い討ちをかけるようにモノクロモンの尻尾でカケモンをそのまま薙ぎ払う。攻撃を受けたカケモンは意識が朦朧としながらも空中で吹き飛ばされた中でキメラモンを睨みつけていた。

そしてその光景を見る者達がいた。救出されたタツヤとミキ、それにアサヒ達である。タツヤは救出された後、急いでカケモンをアップグレードさせ、遅れながらも後を追っていた最中だった。だが目の前の光景はカケモンがキメラモンにやられている姿。その事に狼狽える一同。

「カケちゃん!」

「ヤベェぞおい!」

「タツヤァ!なんとかしろ!」

「…わかった。これを使う!」

タツヤの手には《X EVOL.》から具現化されたエグザモンのカードがあった。正直、このアップグレードは力加減が極端になってしまう為使用を控えていたのだが、今はそんな場合じゃ無い。ここで使うべきだと、タツヤはカード裏のUGコードをデジヴァイスに読み取らせる。

 

「セットアップ、エグザモン!」

 

デジヴァイスから放たれた光は空中にいるカケモンに向かう。光に包まれたカケモンは形成を逆転させる姿へと変わっていく。

0と1で構成された空間でカケモンは通常時の姿に戻り兜を上へ投げる。そしてその身を竜の姿へと成長させると兜を被り、飛来した鎧がカケモンに身に付けられる。兜に付いた追加パーツがセットされると立体的なバイザーが口元に形成され、背後からサテライトEが正面をXに切り裂き背中に装着。そして自らの名を高らかに宣言する。

 

「アップグレード! カケモン ver.エグザ!!」

 

空中でver.エグザへとアップグレードしたカケモンは体勢を立て直すとキメラモンに向かって突き進む。途中、ヒートバイパーが何発か放たれるがそれはシールドモードのサテライトEによって防がれる。そして距離が0となった。

「グぅ!?」

「ここからが本番だよー!!」

サテライトEごとキメラモンへ突っ込んだカケモンはそのまま頭突きをする。カブテリモンの頭部が強固とはいえ、出力がどのアップグレードよりも上なver.エグザの頭突きはひとたまりもない。よろめいたキメラモンを見たカケモンはサテライトEをブーメランモードにするとキメラモンに投げつけ全身を攻撃。怯んだ隙を見て今度はブースターモードへ変えたサテライトEを装着してキメラモンに体当たりをし、自分ごと上空へと昇っていく。

「どっかーーーーーーーーーーん!!!」

「ぐうウuうウウuuuう!?」

強烈な負荷によってキメラモンは呻き声を上げる。だが途中で負荷が無くなると同時に目の前のカケモンもいなくなっていた事に気付く。周りを見渡すキメラモン…既に雲の上にいるこの状況で逃げられる、もしくは隠れる場所があるとしたら二つ。一つは雲の下、もう一つは…

 

「スターダストスレイヤー!!!」

 

自分の更に上。紅いオーラを纏ったカケモンがやってくる。撃墜しようとするが、偶然か必然か、カケモンの背後にあった太陽に目を奪われ一瞬動きが止まってしまう。…それが命取りだった。カケモンのスターダストスレイヤーはキメラモンに当たり、狂気の合成獣は爆発四散する。その際、核となったプロトデジヴァイスが粉々になった感触をカケモンはその身をもって知った。カケモンはそのまま力を抜いたが、勢いは止まる事を知らない。静止できないカケモンは絶叫しながらもタツヤ達のいる森の地面に頭から突っ込んで行った。

 

キメラモン撃破から一時間ほど経過した。地面に突っ込んだカケモンはワレモンが元に戻しテンプレの如く暴行を加えられていた。キメラモンの燃やした木々はなんとか鎮火が完了し、現在休息を取っている。その中でハックモンが戦闘の途中で気になっていた事を話していた。

キメラモンから、もっと言えば起動したプロトデジヴァイスからバルバモンの力を薄っすらと感じたと言うのだ。それを聞いたタツヤとミキは顔を見合わせる。そして研究所での話をし、仮説を立てた。研究所に残っていた暗黒の力、バルバモンの力の残留のようなものがあり、それがプロトデジヴァイスに入り込みキメラモンを作り出したと言う仮説だ。まさかここでもバルバモンの影響があったとはとハックモンは頭を押さえていた事にタツヤ達は苦笑いを隠せないでいた。

 

更に十数分後、崩れた研究所近くでタツヤとミキはあるものを作っていた。それは墓…才羽博士の墓だ。遺体は既に無く、気休め程度でしか無いが無いよりマシだろうとタツヤが提案したのだ。簡易的なものだが手を土だらけにしたタツヤとミキは互いを見て満足げに頷く。

「…才羽博士、今のミキを見てくれてるかな」

「わからない。けど、私は博士の願いと意思を…夢を継ぐと決めたから。だから見ていて欲しい気持ちはある」

ミキは研究所にあった資料とパソコン、日記を持って行くことにしたらしい。才羽博士の夢が何かはまだわからない、日記を読む事でその内容がわかるかもしれない。それに加えてパソコンや資料を見ればより詳しいものも知ることが出来るだろう。デジヴァイスについて書かれていたらタツヤとカケモンをサポートする事も出来るかもしれない。そういう意味を込めて、ミキは博士の意思を継ぐ事にしたらしい。

ふと、ミキはタツヤの顔を見る。同時に胸が苦しくなる。まただ、この苦しみは一体なんだ。こういう事でしか、誰かに手を伸ばし続け、助け続ける事でしか人間らしい表情をする事ができない彼に同情しているのか?

違う。断じて違う。人間として破綻している彼だが、そんな事では無いと言える。悲しみはたしかにあるが、それでは無い。胸の鼓動が早くうっすらと顔の体温が上がる。いつも無表情な彼女の変化に気付く者はほとんどいないだろう。だからこそ彼女がこの胸の苦しみを、感情の正体を知るのはもう少し先の話。少なくとも今は、

 

才羽 ミキはその感情の名を知らない。

 

遠くからハックモンの声が聞こえる。どうやら出発するようだ。声を聞いた二人は振り返り、すぐに行くとタツヤは声を上げる。そしてすぐさま土埃を落とすとミキに向かって笑いかける。

 

「さ、戻ろう。みんなの所へ」

「…うん」

 

タツヤとミキは待っているハックモン達の元へと戻っていく。だがミキは一瞬振り返る。そこにはいない、振り返る事にもこれから言う言葉にも意味がないのかもしれない。だけど、どうしてもこれだけは言いたかった。

 

 

「行ってきます、––––––––お父さん」

 

 

 

風が吹いた。彼女の紫の髪が揺れる。まるで彼女の言葉に答えるように…。

ミキは再び前を向くと、タツヤの跡を追う。

才羽 ミキは、前へと進んでいった。

 

 

「そういえばミキはあの時なんで泣いてたの〜?タツヤも背中に手を回してたよね?」

「な、泣いてた!?才羽さん本当です…あ、たしかに目がちょっと赤いです!それにせ、背中に手を…手を!?」

「お、なんだ!?おまえなんかやったのか!?痴情のもつれか!?いいぜ相談に乗ってやる!何せ俺は恋愛のエキスパー、いででで!!」

「いや、違うから!?何もやってないから!?」

「タツヤ、ミキを泣かせたらダメだよ!」

「カケモンまで…!?ミキも何か言って!」

「……優しかった(背中をさすってくれて)」

「それ一番誤解されやすいやつ!!」

「あ、あううう…」

「タツヤー、沢渡目ぇ回したぞ。あと手を頭から話してくださいお願いします」

「アサヒー!?」

「うるせぇ!喧しいぞテメェら!!」

「…どう収拾つけるんだ」

「ボクわかんな〜い」

 

 

騒がしいながらも彼らは次の目的地に向かって歩き出す。それは彼ららしくもある旅の一コマ。戦い終わりの日常とも言えるワンシーン。

デジタルワールド滞在七日目の出来事である。



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二十二話 《最古の伝説》

川の流れが夜の雰囲気を醸し出している。静けさの中で水が流れる音が心地よさを奏でていた。だがそんな夜は終わりを告げる。空間が歪み一体のデジモンが現れた。老人の姿をした魔王型のデジモン…バルバモンである。バルバモンは川へと進み近くにあったある物を拾い上げる。それは葉を何重にも重ねて作ったような繭のようなもの。彼はそれを乱雑に破くと中からとあるものを取り出した。

 

「あの、クソガキ共が…!!」

 

同時に悪態をつく。今バルバモンの手の中にあるものは小型の発信機。以前、才羽 ユキオの研究所へ行った時に隙をついてデジヴァイスに入れていたものだ。だが今はここにある。と言うことはこれの存在がバレたのだろう。

才羽研究所を後にしたミキは試したいことと称してタツヤの持つデジヴァイスの一部を分解したのだ。その時見つけたのがこの発信機。今まで的確にタツヤ達の場所を把握できた理由があるはずと睨んだミキの予想が的中していたのだ。そして葉を包んだのはハックモンだった。近くにあった川へと投げ込み、自分たちの居場所を誤認させる事を発案した。

 

「……まぁ良い。いずれ会う時は来よう」

 

発信機を握り潰し、冷静になった頭でそう思考するバルバモン。何も感情的になる必要はない。全ては計画の内、多少の誤差は修正すればいいだろう。

バルバモンは再び空間を歪ませ、その中へと入る。行き先は自分の城とも言えるダークエリアだ。

 

「“A”とモスドラモンを待つとするかの。いつまでも遊んでいて、困ったもんじゃわい」

 

カカカ、とバルバモンの笑い声がこだました。空間の歪みが閉じるその時まで不気味に続く笑い声。暗闇の中、魔王の一体は姿を消した。

 

 

デジモンワールド滞在八日目、森の整備された一本道を通っているタツヤ達、主にハックモンとギルモン以外は浮き足立っていた。これから目的地である古都へと着く。今まで村や集落などしか訪れなかったタツヤ達は初めての異世界の都市、文化に好奇心が抑えられないのだろう。それはカケモンとワレモンも一緒のようだった。

そして歩き続けて数分、森の影が減っていき木漏れ日が溢れ出す。

森を抜けた先には、

 

「見えたぞ。あそこだ」

「いつ見てもおっきぃね〜」

 

目の前には平野があり、歩いて五分ほどにある場所には高い塀と巨大な門、そして左右には門番である二体のケンタルモンが立っている。だがそれ以上に目を引いたのはさらに奥にある…おそらく都市の中心にあるであろう、とても高い塔。現実世界にあるどの塔よりも大きいのではと思ってしまうそれの迫力に、タツヤ達は感嘆の息を漏らす。

 

「近くで見るとすごいね。昔の外国にある街みたいだ」

「素敵です…!中はどんな風になっているんでしょうね!」

「これあれだな。壺とか割るとどっかでアイテムあるやつだよな!」

「器物損害。そんな事をすれば逮捕される」

「ワレモン、ワレモン!美味しそうなものあるかな?」

「さぁな。オレはこう言った街とかには今まで来なかったからしらねぇよ」

 

次々と出てくる感想は全て古都へと向けられている。現在見える古都の外見はレンガで積まれた広い壁、まるでバベルの塔のような見掛けの塔などとRPGに出てきそうなものだ。古代のローマなどが該当しそうな古都に旅行に来たような気分となったタツヤ達は自然と高揚している。

タツヤ達は少々早足気味で古都の門へと進む。早く入り街並みを見てみたいと言った所だろう。だがそんな中、壁の上から何者かが飛び越えてきた。そのデジモン…黄色い毛をした猿のようなデジモンは同じく城壁から出てきた数体のエンジェモンに追いかけられているようだ。

 

「キキィィイイイイ!!そこを退けぇ!」

「「…っ!」」

 

追いかけられている途中、タツヤ達の前へとやってくる。必死な形相でこちらに走るそのデジモン、ハヌモンの前にハックモンとギルモンが警戒態勢で前に立つ。

…だが、その前にハヌモンの背後から業火がやってきた。まるでそれは炎を纏った巨大な拳。

 

「バーニングッ、サラマンダーッッ!!」

「ぎぎゃあああああああ!?」

 

背中に業火を受けたハヌモンは悲鳴を上げながら倒れる。気絶しているようだ…追ってきたエンジェモン達はハヌモンを縄で縛り付けるとハヌモンを連行し門へと飛んで行った。

それを眺めていたタツヤ達の前に人影が現れる。見上げるとそこには先ほどの業火を放ったと思われるデジモンが立っていた。金色の髪に仮面、全身を覆う赤い鎧と腰に“火”と言う字に似た紋章が刻まれているバックルをしているデジモンだ。

 

「危ない所だったな、君達怪我はないか?」

「あ、はい。ありがとうございます…」

「それは良かった。…ん?もしや君、いや貴方は…」

 

そのデジモンはタツヤ達の安否を確認すると、近くにいたハックモンに目を向ける。等のハックモンもそのデジモンに見覚えがあるのか目を丸くしていた。

 

 

「…なるほど、事情はわかった。それならオレも協力しよう」

「ありがたい。協力感謝する、アグニモン」

 

古都の門の前、そのデジモン…アグニモンはハックモンと話していた。なんでも彼はハックモンの師匠の弟子、つまりはハックモンの弟弟子らしい。かなり前に会ったきり音沙汰も無かったため、久しぶりの再会のようだ。

彼はこの古都を纏め上げるデジモンの内の一体のようで、主に警備等を担当しているらしい。そんな彼にハックモンは今置かれている状況を説明し、現在の旅の目的を話し終えたところだ。

そうしていると、アグニモンの口から驚きの言葉が出てきた。それはハックモンの探し求めている情報だ。

 

「そうだ。一月ほど前に師匠がここへと訪ねてきたぞ」

「何っ、師匠がか!?本当か!?」

「ああ。なんでも貴方を探しながらデジタルワールド中を巡っているらしい。今起きている状況をもう一度洗い直しているようだったぞ」

「そうか…」

 

それは安堵と悔しさが入り混じっているため息にも似た一言だった。自分の師の安否の確認とそれに間に合わなかったと言う二つの感情が混ざっている。だがそれと同時に師匠らしいと言う考えに至った。彼の師は行動派だ、一つの場所に留まる事はほとんどない。

するとアグニモンは追加の情報を思い出したかのように伝えた。

 

「ああ、それともう一つ。つい先日にあの姉妹もここへ来たぞ。と言っても直ぐに海を渡ってしまったが」

「あの二人が?…ちょっと待て、師匠と一緒じゃなかったのか?」

「そのようだ。むしろ師匠を探しに来たみたいだったぞ。それに貴方の行方も聞かれた」

「……なんて事だ。間が悪い」

 

ハックモンは思わず頭に手を当てため息をついた。前々から苦労人気質なのを感じていたのだが、これは同情せずにはいられないだろう。後数日早ければ、何かが変わったのかもしれない。

そんなハックモンを見かねてアグニモンは彼の肩に手を置く。

 

「気を落とすな、ハックモン。ホエーモン港の次の出航は二日後、ここで十分に休むといい。勿論、君達もだ。それと宿はオレが手配しよう」

「そこまで気を使わなくとも…」

「いや、ハックモンの旅の仲間ならオレの身内も同然だ。それに古都に来た者をもてなすのも伝説の十闘士の後継者の仕事だからな」

 

胸をドンと叩き誇らしげにそう言うアグニモン。宿の手配をしてくれるとは気前がいいな、とワレモンが茶化し気味に発言するも苦笑いで返される。とりあえずタツヤ達は古都に入る許可が降り、同時に宿も手に入った。

 

 

街に入り数分歩いた場所、そこにあったデジモンの文字、デジ文字で神聖なる宿・ピッコロと書かれた宿へとタツヤ達は入っていた。その宿は木造であったが、その質は中々のものだ。そこに泊まっている客も品があり、結構高めの宿のように感じられる。アグニモンが気をきかせてくれたのだろう。

宿主であるピッコロモンから大部屋と二人部屋の鍵を受け取り大部屋へと入っていた。大部屋にはタツヤ達男子が、二人部屋にはミキとアサヒが使う予定だ。そんな中、カケモンは宿に来る前に聞いていた会話の中で気になった事をハックモンに尋ねる。

 

「ねぇねぇ、ハックモン。伝説の十闘士って何?」

「ん?ああ、そうだな。ちょうどいい機会だから話をしようか」

 

カケモンの疑問に答えるようにハックモンは口を開く。周りにいたタツヤ達も興味があるのかベットや椅子に座りだした。そして語り出した、それは彼らにとっても無関係ではない話。

 

「今から話すのはこの世界、デジタルワールドの最古の歴史…十闘士伝説だ」

 

 

 

 

昔々、まだデジタルワールドができたばかりの頃…世界は争いで満ちていた。人型に近い見た目をしたヒューマンタイプのデジモンと獣の姿をしたビーストタイプのデジモンが派遣を争っていたのだ。終わらない戦い、永遠に続くと思われていた古代のデジタルワールド…そこにある天使型のデジモンが現れる。

その名はルーチェモン。

彼はデジタルワールドに降臨するとその力を使い、争っていたデジモン達を鎮めた。その後、ルーチェモンはデジモン達を統治し古代デジタルワールドにしばらくの平和が訪れる事となる。

 

…だが平和は続かなかった。古代デジタルワールドを統治し数年経ったある時、ルーチェモンは豹変したのだ。彼は堕天し、光と闇を操る力を手にし強力なデジモンに進化。そして古代デジタルワールドをその強大な力を使って独裁的に支配し始めた。

 

だがそれを見かけた神の如き力を持ったデジモンが正しい心を持つ十体のデジモンを選び、それぞれに自らの持つ十の属性の力を与えた。そしてその十体のデジモン達を究極体を超えた存在へと進化させたのだ。

 

エンシェントグレイモン

エンシェントガルルモン

エンシェントメガテリウモン

エンシェントイリスモン

エンシェントビートモン

エンシェントボルケーモン

エンシェントトロイアモン

エンシェントマーメイモン

エンシェントワイズモン

エンシェントスフィンクモン

 

この十体は人型、獣型の枠を超え協力し合いルーチェモンを倒し、古代デジタルワールドを救った。そしてこの十体のデジモンは後に古都を作り上げ、天災となったルーチェモンを倒したことにより“十闘士”と呼ばれるようになった。

それから長い年月が経ち十闘士は自らの寿命を悟ると、自身の力と意思を宿したアイテム、“スピリット”を作り出し、新たに十闘士の後継者にふさわしいと思ったデジモンにそれを渡し新たなる十闘士に進化させた。またルーチェモンのようなデジモンが現れるかもしれない、その時に自分たちの力がまた必要になるだろうと思ったからだ。

 

こうしてスピリットは受け継がれていき、十闘士もまた受け継がれてきた。この伝説こそこのデジタルワールドの最古の伝説、十闘士伝説だ。

 

 

 

「…この伝説はデジタルワールド中で知れ渡っている伝説でな。アグニモンは十闘士の一体、エンシェントグレイモンの後継者。炎のアグニモンだ」

「「「へー」」」

 

ハックモンの話を聞いてタツヤ達人間とカケモン、旅をしていたのであまりそういう話を聞いていなかったワレモンは感心していた。世界を救ったデジモン達の後継者、だからあんなにも彼は誇らしげにしていたのだろう。

 

「そしてこのルーチェモンこそ、七大魔王の最初の一体だと言われている」

「え、七大魔王って最初から七人いたわけじゃないんですか?」

「ああ。ルーチェモンが倒された後、デジタルワールドに何度か強力な暗黒の力を持つデジモンが現れてな。そのデジモン達は全て魔王型であった事もあり七大魔王と呼ばれるようになったのだ」

「それに七大魔王は倒したとしても周期的に別個体が現れる事があるからね。複数体の魔王が同時にいる事も珍しくないんだよ〜」

 

ハックモンの説明に合わせるように発言するギルモン。そして直後に、ってハックモンが教えてくれたんだ〜、とお決まりのように付け加える。ハックモンも一々反応するのが面倒になったのかもはや何も言わない。

 

「…まぁ、この伝説から七大魔王と十闘士、もとい平和を願うデジモン達の戦いが始まった」

「へぇー、すごいんだねっ」

「ああ。そして古代には今はもう絶滅してしまった強大な力を持つデジモンも何体かいたらしい。オレが知っているのは、ロイヤルナイツの始祖とも言われているイン…」

「なぁー、もう話はいいからよ!街に出ようぜ!なんか面白そうなのスッゲーありそうだぜ!」

 

ハックモンを遮り城太郎はタツヤ達にそう言う。もう話に飽きたのか、それとも興味が外に向けられたのか、それとも両方か。タツヤは城太郎に呆れの視線を向けたが理解できなくも無い。好奇心旺盛な城太郎でなくても、街は気になってしまうだろう。

そうなると善は急げだ。古都に来るのが初めてなタツヤ達は荷物を置いて宿から出る。しかし街の方へと足を運ぶ前にハックモンが待ったをかけた。

 

「待てお前達。オレは少しギルモンと話す事があってな。別行動をしたいのだがいいか?」

「ギルモンと?わかったよ、いつ合流する?」

「そうだな…昼頃に、向こうにある噴水で待ち合わせをしよう。合流した後は昼食を適当な場所で取るか」

 

ハックモンの提案に頷くタツヤ。そしてハックモンはギルモンと目を合わせると街の方へと歩いていく。また後でねー、とギルモンが手を振り、それに振り返すカケモンを横目にタツヤは残った面子を見る。

 

「じゃあ僕達も行こっか」

「おいタツヤ。行くのはいいけどよ、ちっとばかし人数多くねぇか?」

「え、そうかな?」

「あたりめぇだろ。それにお前ら人間だしよ。嫌でも目立っちまうぜ」

「そうなの…?」

「そうなんだよ」

 

ワレモンの発言に首を傾げるミキ。だが少し納得する。たしかにここはデジタルワールド、デジモン達のいる世界だ。そこに人間が、しかも都市にいるとなるとかなり目立つだろう。

現に今も遠目からいくつもの視線を感じる。せめて人数を半分にしないと居心地が悪いだろう。それに街は広い事もあり、一纏りで行動するより多くのものを見られる筈だ。

じゃあ、とワレモンの提案に乗ろうとしたタツヤの前に城太郎がやけに高いテンションのままあるものを出した。

それは割り箸だった。割り箸を六本、右手で握るこのスタイル…どこかで見かけたと思ったら、これはクジだ。

 

「だったらこれの出番だな!こう言う時の為に作っといたぜ☆」

「いつの間に…」

「面白そうだね!ボクも引きたい!」

「そ、そうですね!」

「……………うん」

 

純粋に楽しむ様子を見せるカケモン。そしてそれとは別になぜかアサヒとミキは変に力が入っていた。まぁ、アサヒに関しては大体わかるとして、ミキに関しては今までの無表情から若干の変化が見受けられる程度だが。

アサヒはタツヤと同じ組になる事を望み、ミキはカケモンと一緒に周りたいと思いながらも、何故かタツヤの方に視線が行っていた。

タツヤ達は割り箸に手を伸ばし掴む。やり直しが効かない一度きりの勝負(一部での認識)だ。

 

「「「せーのっ!」」」

 

 

「それで、貴方はどう思った」

 

多数のデジモンの間をすり抜けながら、ハックモンとギルモンは街を歩いていた。互いに目は合わせない、だが彼らの会話は成立している。声はさほど大きくないが、その声は他のデジモンには聞こえず、逆に彼らの間で成立していた。

問いかけられたギルモンはとぼけたように首を傾げながらも片目を瞑る。視線は前に、決してハックモンの方に向けない。そんな彼の雰囲気は度々見せる異様なもの。まるで晩年の戦士のような気配はタツヤ達の知る彼とはまた違っていた。

 

「どう…とは一体何に対して言っている?」

「彼に対してだ。貴方も気付いているのだろう?彼の、カケモンの異常性を」

「ふむ…面白いデジモンではあるな。我々のまだ知らぬ新種のデジモンやもしれぬ。いやはや、長く生きてみるものだ」

「…オレは真剣なのだが?」

 

そう言うハックモンの目は細く、少しの苛つきを含んだものへと変わっていた。そうだ、わざわざギルモンと話す為にタツヤ達と別行動をとったのだ。だがとうのギルモンはこの様子。基本的に真面目なハックモンとしては素直に質問に答えて欲しい様子。

それを見て軽く笑うとギルモンは謝罪を込めて口を開く。

 

「ふふふ、冗談だ。半分だけだがな」

「もう半分はなんなのだ…」

「それは気にする事では無かろう。さて、カケモンについてだが…其方と同意見だ。この目で見たカケモンはデジモンとして純粋であり、同時にデジモンとして異常でもある」

 

答えたギルモンにふざけた様子は見られない。やっとか、と心の中でため息を吐くハックモンは再び前を見る。

カケモンは二人から見て異常だった。進化とも違う変化…アップグレートもそうだが、彼の知識や今までの言動についてもだ。

第一にカケモンはデジモンならば常識である事をほとんど知らない。デジタマの事や進化の世代、そしてロイヤルナイツや七大魔王の事など。それ以外の知識に関してはまだわからないが、それは成長期までなら殆どは知っている筈の事だ。同世代であるはずのワレモンが知っていてカケモンがなぜか知らない、それが気になってしょうがない。

 

「…貴方に言い忘れていたが、カケモンはエグザモンと意思疎通が、会話が成立していた」

「っ、なんと。それは…」

 

第二に、竜の谷でのエグザモンとの会話。本来ならばエグザモンと会話、意思疎通ができるのは完全体以上の竜型のデジモンか、同胞であるロイヤルナイツ、もしくはそれに相当する実力を持ったデジモンのみ。だがカケモンはそのどれも当てはまっていない。いや、爬虫類系の見た目をしているから竜系と言う項目は当てはまりそうだが、それでも完全体ではない。

なのにカケモンは寸分違わずエグザモンの言葉を、意思を理解した。それが有り得ないのだ。有りえる筈のない事、しかしそれは目の前で実際に起こった事。

 

「ますます分からん。彼は一体何者か、いやだが…」

「違和感を感じる、か?」

「…其方も感じたか?」

「ああ」

 

そして第三に、カケモンの違和感だ。その見た目は爬虫類系の成長期、成熟期のデジモンに通じるものがある。しかし、これはあくまでもハックモンとギルモンが感じた事、いや、おそらく今までカケモンに会ってきたロイヤルナイツが全員感じた事があったのだ。

 

何処かで、見たことがある。

 

そう思えるのは彼らだけかもしれない微々たるものだが、気になってしょうがないのだ。そう、どこか棘のようなものが刺さったかのような…。

 

「…その事に関しては今はなんとも言えぬだろう。これからの旅の中でわかればいい話だ」

「ああ。…バルバモンとその一味、正体不明の敵。そして」

「“A”と名乗る人間とモスドラモンと言うデジモンか」

 

今一番に考えなければいけないのは敵であるバルバモン達、そして自分達ロイヤルナイツを壊滅状態に追い込んだ謎の敵。バルバモンの目的はデジタルワールドを手に入れる事であると予想は立てられるが、後者は違う。姿形、技や大きさ、世代さえもわからないあの敵。なんの目的があるのか、何者なのか、バルバモンとの繋がりはあるのか。そして何より、離脱を確認できなかった他の同胞の詳細も知らなければならない。

 

それに加え、“A”とモスドラモンだ。この二人はバルバモンの言動から察するにバルバモン側に立つ者だろう。”A“に関しては偽名を使っていると言う情報しか分からないが、モスドラモンは別だ。デジヴァイスを使ってアップグレートするハックモン達の知らない種類のデジモン…カケモンと共通点が二点ほどある。

これからの旅で間違いなく戦闘になるだろう。その中で何か情報を集めなければならない、そう思うハックモンの顔は険しい。

 

「何かが、何かがデジタルワールドで起ころうとしている…。なんとしても止めなければならない」

「ハックモン、肩の力を緩めるといい。其方に悪い所があるとすれば、その硬くなりがちな頭だ。力を入れるなとは言わぬが、今は休むがいい。アグニモンにも休めと言われただろう」

「だが、…いや、そうだな。師匠にも以前そう言われたことがあったな」

「そうであろう。…あ、美味しそうなお肉だ〜。二つちょーだ〜い」

「あいよぉ!」

 

ギルモンはタツヤ達にいつも見せてる様子に戻ると、近くにあったバードラモンの肉屋へと行く。やれやれ、と力の抜けた笑みを浮かべるハックモン。

だが、彼はふとある一つの失敗に気が付いた。そう、根本的な失敗、ここ…古都の街において致命的な失敗。

 

「ハックモン、どうしたの〜?」

 

肉を二つその手に持って来たギルモン。二つで240BIT。お手軽サイズのその肉は成長期のデジモンでも買えるお手軽なものだ。

そう、BITを払えば買えるのだ。

BITと言う通過があれば買えるのだ。

BITを持っていれば買えるのだ。

BITを払えれば、買えるのだ。

払える事が出来れば、買える。

 

 

「アイツらに…BIT渡し損ねた」

「…………あぁ」

 

 

 

アサヒは街の様子を見つつも、心の何処かで残念な気持ちが確かにある事を感じていた。現在彼女はワレモンとミキと共に街の周りを歩いている。周りには絶えず商人や店の従業員らしきデジモン達の声が鳴り響いていた。アサヒはそれはそれで興味深いと感じつつも、やはり気落ちはしている。

理由は簡単、タツヤと別の組になったからだろう。要するにクジ運が無かったと言うわけだ。それはミキも同じようで、いつもの彼女の無表情からさらに一段階下の雰囲気を醸し出している。それとは裏腹にワレモンは目に見えてはいないが結構はしゃいでいた。こう言った街に来た事がない彼にとって珍しいものばかりなのだろう。

 

「うっおー…!ヤベェ、熱気がヤベェぜ…!」

「ワレちゃん楽しそうですね」

「うん。……………沢渡 アサヒ」

「何ですか?」

「タツヤと一緒じゃなくて、残念?」

「はぇっ!?そ、そそそ、それはあの…!」

「私は、多分残念に思ってる」

「そ、それ、どう言う」

「そこのお姉さん方、ちょっと寄っていかないかい?」

 

ミキの意味深な発言に動揺するアサヒ。聞き返そうとしたが、その前に誰かに話しかけられる。アサヒとミキ、そして先行していたワレモンは声があった方を見ると、そこには大きな傘の下で、水晶をテーブルの上において椅子に座るデジモンがいた。

 

「あの、私達、ですか?」

「そうそう、君達の事だよ。ああ、ボクはウィザーモン。趣味で占いをやってる者だよ」

 

そう言うデジモン…ウィザーモンは笑う。ボロボロの尖った帽子から覗くその顔はどこか胡散臭いが、悪いデジモンでは無さそうだと三人は感じる。アサヒ達は占い、と言うジャンルに興味を持ったのか、ウィザーモンのいるテーブルに近づく。その際ワレモンが確認したのだが、デジ文字で無料、と書かれた立て掛けも目にした。

 

「ご覧の通り趣味で占いをやっててね。お代は結構だから占わせてくれないかな?」

「そう言う事なら…」

「んで、お前何占うんだよ?今日の運勢とかか?」

「そうだね、その時によるかな。と言っても基本的に二択なんだよ。右を選ぶか左を選ぶか、やるかやらないか、とかね。それは今日の出来事だったり、明日の運勢だったり……あと恋愛の事とかだったり」

「お願いします!占ってください!」

「おいマジか!?」

 

恋愛と言う単語が出た瞬間に手を差し出したアサヒ。思わず驚くワレモンだが、彼の背後ではミキが少し興味ありげな顔をしていた事に気付いていない。ウィザーモンは喜んで、と一言言うと、水晶を手に持ってアサヒ、ミキ、ワレモン、そして三人を全体的に水晶越しに見ると一息つく。

 

「ふぅ、なるほどね」

「え、もう終わったんですか?」

「まぁね。そうだね、まず君だけど…近いうちに気になる人と距離が近くなるよ」

「本当ですか!?」

「本当さ。君の選択肢は勇気を持って一歩踏み出すか、しないかだね。ああ、この解釈はどう捉えても構わないよ」

 

ウィザーモンの言葉に頬をほんのりと赤くするアサヒ。それを横目にウィザーモンは次にミキを見る。

 

「君は…今日中に新たな自分を見つける事になるね」

「新たな、自分…?」

「そう。選択肢はやるかやらないか、それだけさ。そして…」

 

ウィザーモンはちらりとワレモンを見るが、すぐさま視線をそらす。その事に首を傾げるワレモンだが彼に構わずウィザーモンは告げる。

 

「君達三人はこの後ちょっとしたトラブルに巻き込まれるね。選択肢は待つか、待たないか。こんなもんだね」

「待つか…」

「待たないか?」

「おいテメェ、オレ個人の占いってのはねぇのか?それとも占えなかったか?あぁ?」

 

喧嘩腰にワレモンはウィザーモンを睨みつける。どうやら彼の態度が気に食わなかったのだろう。アサヒは止めようとするが、その前にウィザーモンはワレモンを見つめる。

 

「そう、だね。君に関しては…」

「オレに関しては?」

「………一を取るか、全をとるか。いや違うな進むか、留まるか。これも違う……君の選択肢は…」

 

 

「––––大切なものを失うか…自分の全てを失うか、だね」

 

「そこのお嬢さーん!最近手に入れたこのアクセサリーはいかがかな?現実世界じゃ流行ってるよー?旦那に似合ってると思うし、付けてみる?…おっ!チョーイイネ!サイコー!」

「よってらっしゃいみてらっしゃい!この洗剤はヌメモンの滑りもあっという間に落とすウチの新商品だよー!今なら二個まとめて500BITだ!早いもん勝ちだぞー!」

「薬はいらんかねー。毒に麻痺、火傷と言った状態異常によく聞く薬が売ってあるよー。子供にも優しいカプセル型が人気だよー」

「セントラルシティに本店を構えるダイコンデパートがついに古都にも支店を出すよー!開店してから一月の間はなーんと商品全部30%引き!こりゃ並ぶっきゃ無い!」

「古今東西の肉を食いたいならウチがオススメだ!今朝入荷した新鮮な霜降り肉もあるぜ!酒の飲み放題も付いてるし、夜は焼肉っしょー!」


周りから様々な声が聞こえる。まるで商店街みたいだ、とタツヤは周りを見渡しながら歩いていた。前を進むのはカケモンと城太郎。二人とも完全に田舎から都会に来たお上りさん状態と化している。まぁ、気持ちはわかるけど、とタツヤは目を逸らす。

逸らした先には肉屋があった。骨つき肉がドッサリと置かれてある店の前ではベーダモンが声を張り上げている。ふと、その横に目を向けると、そこには写真立てに入った一枚の写真があった。

写っていたのはパルモンと呼ばれるデジモンが持つ骨つき肉と……その背後にある地面から突き出ている骨つき肉だった。

 

「……新鮮な肉ってそう言う事!?」

「うわっ!?た、タツヤ、どうしたの…?」

「あ、いや、前に思った疑問がようやく解けただけだよ…。……あれ、城太郎は?」

「…あれぇ?」

 

竜の谷で疑問に思っていた事が解消されたタツヤ。だがそれと同時に城太郎がどこにもいない事に気付く。近くにいたカケモンも首を傾げていた。まさかはぐれたんじゃ…タツヤがそう思い焦るが、その前に少し離れた場所から彼を呼ぶ聞き慣れた声が響く。

 

「おっ、タツヤ!ここにいたのか!いやぁ、探してぜ。やっぱ俺は迷子を探すエキスパートォオオオオオオ!?」

「どっちが、迷子だ…!」

 

近付いてきた城太郎におそらく過去最高の力で彼の頭を掴み力を入れる。大半が城太郎にイラついたというのもあるが、そこにほんの少しの心配したんだぞ、と言う感情があるはずだ、多分。カケモンはもう既に慣れたのかジョータローいつも通りだねっ、と普通にしていた。慣れとは恐ろしい。

だがそんな城太郎の背後に黒い影が現れる。それは全身に眼球を取り付けたような黒い鎧を身に纏ったデジモンだ。そのデジモンは自分達より高い視線からこちらを見下ろしている。

 

「………」

「あ、えっと…何か様、ですか?」

「ああ、そいつさっき会ったんだよ。お前ら探すの手伝ってくれたいい奴だぜだからいい加減離してくれマジ痛い」

「そうなんだ。ありがとう、ウチの馬鹿をここに連れてきてくれて」

「いや…大した事じゃない。次は気をつけろ」

 

そう言うとそのデジモンは振り向き何処かへと去っていく。そして去って行った後に気付いた。先程のデジモンが来た瞬間、周りのデジモン達の声が消えたのだ。何故、と思うタツヤについさっき見ていた肉屋のベーダモンが慌てた様子でタツヤ達に話しかける。


「お、おいあんたら!何ともないか?何もされてないか!?」

「な、無いけど…どうしたの?」

「い、いや…なんでもない。何でも…」

 

そう言ってベーダモンは自分の店へと帰っていく。一体なんだったのか、タツヤは今まで握ったままだった城太郎の頭を離す。異様な雰囲気…一気に様子が変わったデジモン達にも疑問は尽きないが、今のデジモンは一体なんだったのだろう。

タツヤはそう思いつつも、ハッ、とデジヴァイスを取り出し時間を確認する。既に正午を過ぎていた。明確には言っていないが昼頃に集まろうとハックモンが言っていた事を思い出すタツヤはカケモンと城太郎に声をかける。今のやりとりで時間を取ってしまった事もあり、急ぎ目にタツヤ達は噴水のある場所へと走って行った。

 

 

噴水のある場所へと着くと、そこにハックモンとギルモンが近くにいることが確認できた。少し待たせてしまっただろうか、そう思いながらもタツヤは二人に謝罪した。

 

「ごめん二人とも、待った?」

「全然待って無いよ〜。さっきぶり〜」

「ああ。対して時間は経っていない。それより…ワレモン達は一緒じゃ無いのか?」

 

ハックモンのその言葉に目を丸くする。そして周りを見渡すタツヤ。噴水の周りにはアサヒもミキも、ワレモンさえもいない。まさか遅れてくるのか、と思ったがワレモンはともかくアサヒとミキが時間を守らないとは考えられない。

道に迷ったんじゃ無いのか、手分けして探した方がいいんじゃ無いのか。そう思ったタツヤ達だったが、そんな彼らの耳にガヤガヤとデジモン達が一箇所に集まっている音が耳に入ってくる。タツヤ達はそれが気になったのか、そのデジモン達が集まっている場所へと近づく。だがデジモン達が密集し過ぎて中学生男子であるタツヤと城太郎、成長期であるカケモン達は奥がどうなっているか全く見えない。仕方なくタツヤ達はデジモン達の間を掻き分けて前へと進む。途中で何度か硬い何かにぶつかったが、めげずに前へと進む。

そしてタツヤの進んだ先にあったのは…

 

 

「い、いらっひゃっ!いらっしゃいませ!た、ただ今ランチタイム実施中れす!」

 

 

そこに居たのはプラカードを持つメイドさんだった。白いカチューシャ、白と黒のシンプルな色合いの服装、見えそうで見えない絶妙な長さのミニスカート、白いハイソックスがスカートをなおの事引き立たせる。いや、そうじゃない、メイドはメイドでもその服を着ている人物が問題だった。

普段は前髪で隠れている前髪を花の装飾が付いた髪留めで片目だけ露出しているが、目の前にいるのは紛れもなくアサヒだ。

 

「さ、沢渡…さん?」

「ひゃい!何名様で………な、なななななななな、浪川君!?」

 

タツヤの存在に気付いたアサヒは物凄く慌てながらも自らの格好をプラカードで必死に隠そうとする。悲しい努力だ…絶対隠しきれていないだろう。

 

「おぉぉぉぉーー!!メイド服じゃねぇかーー!!」

「わぁ…!アサヒかわいいねっ!」

「…何がどうなっているかわからないが、とりあえず似合っているな」

「だね〜」

 

次々とデジモン達の波から出てくるカケモン達。口々にそう言われてアサヒは熟れたトマトのように顔を赤くする。なんかこのままだとアサヒが可愛そうになると感じたのか、タツヤはアサヒの元へ近付くと、彼女の肩を掴む。その行為に肩を大きく震わせたアサヒ、目の前には真剣なタツヤの顔があった。

 

「沢渡さん…」

「にゃ、にゃみかわくん…」

「(他のデジモンの邪魔になるし)誰も居ない場所に行こう。今の沢渡さん(の状況)を知りたいんだ」

「……………はうっ」

「沢渡ーーーーーーーー!?」

「「「アサヒぃぃぃ!?」」」

「沢渡さん!?」

 

限界が来たのかアサヒは頭から蒸気を吹き出してその場で気を失った。完全にタツヤの一言がトドメだったが今は何も言わない方がいいだろう。虚しくも、タツヤ達の叫びはその場に響き渡った。

 

 

遡る事30分前、まだハックモンとギルモンが噴水近くに着く前にワレモン達はその場に来ていた。というのも、ウィザーモンの占いの内容を聞いたワレモンがその内容を理解できずに逆ギレ。早足で集合場所に着いた事が原因だった。

アサヒとミキはワレモンを宥めようとするがそれでも彼の怒りは収まらない。そしてワレモンは怒りのまま近くの飲食店へと突入。入るなり注文し、いつもの三倍のペースと量で料理を食べ始めたのだ。遅れて店へと入ったアサヒとミキはそのまま流れで食事を取る。他のメンバーが来る前に食べていいのかと思いながらも二人は昼食を取った。

そう、タツヤ達を”待たずに”。

 

「……………」

「店長がー、働かザル者食うべからずだってー」

「…ダジャレ、ですか?」


目の前で無表情の猿のようなデジモン、マクラモンがじっとこちらを見てくる。その足元にいるテリアモンは彼の言いたい事を翻訳したのか、絶賛現実逃避中のアサヒにそう言う。

食事の後、アサヒ達は会計をしようとした。しようとしたのだ。だがここは異世界、デジタルワールド。日本円が使えるはずもなかったのだ。その事に気付いたアサヒはワレモンにお金は!?と聞いたがカネってなんだ?と聞き返される。つまり彼女達は無銭飲食してしまったと言うわけなのだ。

そしてこの場面へと戻る。

 

「まぁ、今からランチタイム始まるし、今日シフト入る予定のピヨモンも休みになったから丁度いい、のかもね」

「不幸中の幸いってやつだねー」

 

色や角の数以外テリアモンとそっくりなデジモン、ロップモンはテリアモンと顔を合わせてねー、と声も合わせた。床に正座しているアサヒ達は悟る。あ、これ働かされるパターンだ、と。ワレモンは勢いで来て注文したからか、しょうがねぇと諦めがついており、ミキも結局はいつもの量を食べていたので割とやる気だった。アサヒも少々の不安を秘めながらも覚悟を決めたように前を向いた。

 

「わかりました……私達、働きます!」

 

 

「…そしてミキはアサヒと一緒に自分の力で服変えて働き始めたって訳だ。アサヒは接客無理だから宣伝で外に出しといた訳…オラテリアモン!五番テーブル空いたぞ、片付けろ!ロップモンは二番テーブルに三人前だ、すぐ持ってけ」

「うん、僕としてはなんでワレモンがこんなに威張ってる方が不思議だよ」

 

飲食店内、タツヤ達はテーブルの一角に座り、ワレモンの説明を受けていた。すぐそばには気絶したアサヒがメイド服のまま倒れている。

あの後、気絶したアサヒを運びタツヤ達は飲食店へと移動。そしてワレモンの説明を受けたと言う訳だ。原因の元になったワレモンは最初はテリアモン達と同じく料理を運んでいたのだが、途中で何故か指示を出す側へと変わっていた。だが驚くべき事に、その作業効率は通常よりも何倍も良くなっていたのだ。メイド服を来た珍しい人間であるアサヒを広告に出したお陰で普段の五倍近くの来客にもかかわらず人数的に同じなのに店を回している。

 

「いやー、ワレモンパイセンぱないねー」

「…………」

「店長もやりやすいって言ってるよ」

「いや、言って無いよね。ジェスチャーだけだよね」

 

テリアモンとロップモンの呟きに言葉を挟まずにはいられないタツヤ。厨房で包丁を握る手とは逆に手で親指を立てるマクラモンは全く表情が変わっていなかった。

そんなタツヤの前へミキがやってくる。

 

「タツヤ、勝手な行動をしてごめんなさい」

「いや、別にいいけど…なんでチャイナ服?」

「本で書いてあった。従業員の服装と言ったらメイド服とチャイナ服は鉄板だって」

「うん、何読んだのかな。凄く気になるけど聞かない事にするよ」

 

そう言って首を傾げるミキ。彼女の格好は一言で言ったらチャイナ服だった。紫をメインとしたその服装はアサヒのメイド服と比べて露出度が高い方だ。特にスリットが深い為、彼女の細く白い足がほぼ露出している。一本結びにしていた髪も両サイドで三つ編みにしている為普段と印象が変わってくる。

そんなミキは少しの間口を閉じると、タツヤに向かって問いかける。

 

「タツヤ。この服の感想が欲しい」

「え?服の?」

「正確にはこの服を着た私の感想」

「…………そうだね。凄く似合ってるよ。ミキは元が良いって言うか、可愛いから、そう言う服とか凄く似合うと思うよ。沢渡さんも同じだけどね。僕じゃこんな事しか言えないや」

「…そう」

 

タツヤのその一言を聞いたミキは彼から顔を背けると直ぐにその場を離れる。何か気に触る事言ってしまったのか、そう不安になるタツヤだがそんな彼に現在サラダを頬張っている城太郎が視線を向ける。

いやそんなわきゃねぇだろ寧ろ喜んでるわアレ、と含んだ視線を送っているが全く気づかないタツヤ。その言葉の通り、ミキはタツヤから見えない角度で機嫌が良くなっていた。目に見えるほどの上機嫌なオーラはタツヤには見えていないのだろうかと思ってしまう程だ。

 

ここに来る前のウィザーモンの占いの内二つが的中している。一つは言わずもがな、もう一つは既にミキ自身にも感じられていた。この格好が…普段とは別の格好をする事が楽しいと感じ始めている。チャイナ服もそうだが、アサヒの着ているメイド服にも興味を持ち始めたミキは知らず知らずの内にコスプレが趣味になり始めている事は完全な余談だ。

 

「人間ってあんな格好するのねー」

「案外可愛いな…」

「燃え…いや、萌えだな!」

「何言ってんだアンタ一体」

「だーかーらー!アタシは好きであんなオバさん見たいな姿になったわけじゃないんだからー!」

「わーかった!わかったって!オメェさん騒ぎ過ぎだ!他の客の迷惑だろうが!」

「ふーむ、ラーナモンの愚痴も困ったものであるな」

「地震雷火事親父。親父じゃないけど注意しよう」

 

周りの客のデジモン達も人間が珍しいのかミキに視線を向けている。一部では全身が燃えてるデジモンがなんか呟いてたり、半魚人っぽいデジモンを中心に騒いでいたりと店内は賑わっていた。

 


「……………」

「みんなお疲れ様、今日の売り上げは過去最高だった、って店長言ってるよー」

「いやだからジェスチャー…なにそれなにかの儀式でも始めるの?」

 

奇妙な踊りを踊るマクラモンに突っ込むタツヤ。ランチタイムを過ぎた後、アサヒ達は無銭飲食の分以上の働きをし、テーブルにへたり込んでいた。指示を出していたワレモンと途中気絶していたアサヒでさえもかなりの疲れがあるのだろう。タツヤは三人にお疲れ様と一言声をかけた。

そしてマクラモンは再び奇妙な踊りをするとロップモンは翻訳する。どうやら店長オススメの料理を出してくれるようだ。所謂賄いだろう。タツヤ達全員の分もあるそうだ。なんでも最近知った人間界の料理らしい。その事にタツヤ達の顔が明るくなる。マクラモンの気遣いもそうだが、実は彼等は空腹だったのだ。一部サイドメニューをつまんでいた程度の彼等にとっては有難い事だった。

そして待つ事数分、タツヤ達の前に料理が置かれる。

 

「………なあにこれぇ」

 

それを言ったのは誰だっただろうか。置かれたものに対して開口一番そう言ってしまう。

皿の中にあったのは真っ白いライスとルーがかけてあるカレーだった。そう、それが一番近いだろう。ライスはまだいい。だが問題があるのはルーだった。色が赤く、さらに紅く、ひたすら緋く、そして赫い。まるでマグマを連想させるようなそれに思考が飛び、その香りを嗅ぎ、意識も飛びかける。本能的に察した、これ生命の危機レベルにやばいものだ、と。

 

「店長辛いの好きなんだー」

「…同情するよ」

 

ケラケラと笑うテリアモンと対照的に顔を伏せるロップモン。二人は他の仕事もあるためその場から去る。カレーを出されて数秒、タツヤ達はスプーンを手に取る。出されたものを食べないと言うのは料理人に失礼に値する、食べるしか道は無さそうだ。なるべくライスを多目に、ルーを少なめにするのは最後の悪あがきだろう。タツヤ達は一斉にスプーンを口の中へ運んだ。

 

「あばばばばばばばば…!」

「ホワチャー!ホワタタタ!アター!ホーイ!」

「mf,gkg?jdke///’hfl’m@;j¥…」
「うぼぁぁぁぁっ!?」

「ヒー…!ヒー…!ヒーヒー…ひでぶっ!!」

「ハブルボッシャアアアアアア!?」

「カフッ…!な、何十年ぶりだ…ここまで追い詰められたのは久しぶりだ…」

 

そこからは阿鼻叫喚だった。一人は奇声を発し、一人は椅子の上でもがき、一人は頭から煙を出しながらバグり、一人は断末魔を上げ、一人は爆散したかのような声を響かせ、一人はトラックにでも跳ねられたかのような絶叫を上げ、一人は燃え尽きる寸前だ。尻尾のあるカケモン達を見ると全員尻尾が痙攣している、それほどまでに辛い。どうしようもなく辛い。絶望的に辛い。でも美味いのは流石料理人。

美味いのはいいがこれを完食できるのだろうか、ギルモンは比較的クリアな思考をする。正直デジタマに五、六回戻る覚悟で挑まないと皿を空に出来ない。息が荒くなりながらも、二口目へと移行する。

しかし、その時ギルモンは見てしまった。この中で、絶叫もしくは奇声を上げていないただ一人の人物を、その存在を。

 


「うん、スパイシーで美味しいね」

「「ばっ、馬鹿なぁぁぁ!?」」

 

 

ギルモンと意識を取り戻したハックモンは驚愕する。それもそのはず、目の前にいるタツヤの表情は晴れやかで、尚且つ皿の中のカレーは既に半分以下になっていたのだ。

そう、タツヤは辛い物に強いのだ。と言うより好物だと言えるだろう。だがそれは常人を遥かに超えた辛い物への耐久力があってこそだ。

以前カケモンとワレモンと一緒に食べていたカレー。実はタツヤのだけ源光特製の激辛カレーだ。カケモン達のは源光用に作ったもの、中辛の物だった。

 

タツヤは皿の中のカレーを食べ終わり、物足りなさを感じていた。街の徘徊の疲れとアサヒ達の仕事が終わるまでの間に何も食べなかったせいで余計空腹なのだ。タツヤはふと自分に視線が集まっているのに気付く。その目は助けを求めている目だった。具体的に言うと、カレー辛すぎて食べられないという感じで。その事にちょっとした苦笑いと冷や汗をかくと、タツヤは彼等に助け舟を出した。


「あはは……ねぇ、これ食べてもいいかな?」

「「「是非!」」」

 

タツヤの一言に即答した七人は自らの皿を差し出す。その事に笑いつつも、タツヤは内心焦る。どうしよう、こんなに食べられるかな、と。いや、そうだけどそうじゃないと言いたいところだが誰も何も言ってはくれないだろう。タツヤは覚悟を決めて、差し出された皿にスプーンを入れた。

 

 

 

「さぁ、準備は整った」

 

湿気と薄暗さが目立つ古都のある場所で、とあるデジモンが立っていた。その顔に浮かぶのは憎悪、そして深い欲望。同時に愉しみにしているのだ。この古都に復讐できる瞬間を。

 

 

「待っていろ、ダスクモン…!」

 

 

山羊の顔をした悪魔は、酷く歪んだ顔で…嗤っていた。



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二十三話 《真の闇》

遅くなりまして
本当にごめんなさい ‍♂️
こんな時間に上げてしまいましたがどうか読んで下さいますと幸いです


日が傾いてきた頃、古都にあるとある飲食店にて八人の人間とデジモンが店を出ようとしていた。それを見送るのはテリアモンとロップモン、この店の従業員だ。もうすぐディナータイムの仕込みがあるためマクラモンは来れなかったが、替わりにテリアモンにあるものを渡していた。それは忍者が姿を眩ませる為に使う煙玉のようなものだった。

テリアモンはそれを目の前にいたアサヒに差し出す。

 

「これ、アルバイト代だってー」

「あの…これなんですか?」

「それは緊急クッションだね。落下しそうになった時にこれを思いっきり握って下に投げるとクッションになるんだ」

「わぁ…!ありがとうございます!」

「だけどそれ弾力あり過ぎて販売中止になったヤツだったはずじゃ…?」

 

ロップモンが不安げにそう呟く。えっ、とアサヒが顔を引攣らせ、窓から奥にいるマクラモンへと目を向ける。すると彼はこちらに気付いたようでいつも通りに無表情のまま顔をこちらに向けると、親指を立てた。いわゆるサムズアップである。


「…………(ぐっ)」

「モーマンタイだってー」

「問題だらけじゃないですかぁ!?」

 

テリアモンの通訳等無くてもわかるようになったのか、少し涙目になりながらもアサヒは悲鳴に近い叫びを上げる。賄いを作ってくれたのはありがたいがこれは流石に…。タツヤはそのやり取りを見ながらも苦笑いしていた。

 

 

店を出て宿へと戻ったタツヤ達は大部屋で寛いでいた。だが一人、ミキだけはアサヒと兼用の部屋で何やら作業をする為に篭ってしまった。何をしているんだろう、と思ったのだがタツヤは彼女が才羽 ユキオ博士の遺品を調べているのではないかと何となく察している。自分も何か手伝えるのではないか、そう思ったが専門の知識を必要とする作業に自分がいても邪魔になるだけだろうと思い留まった。

夕方となり、そろそろ宿の夕食の時間に差し掛かる頃、ミキは大部屋へとやって来た。ちなみにタツヤ達は城太郎が現実世界から持ってきたトランプやUWEIと言うカードゲームで遊んでいた。ちなみに一番負けているのはカケモンである。

 

「沢渡 アサヒ、立向居 城太郎。これを」

 

ミキはアサヒと城太郎の前に立つと両手からあるものを手渡す。それは記憶にも新しい、プロトデジヴァイスだった。

 

「これって、デジヴァイスじゃねぇか」

「どうしてこれを…?」

「これからの旅にこれは必要になると判断したから使えるように調整した。私達がもしも離れ離れになる可能性もある。その場合、連絡を取るための手段が必要」

「ほー」

「た、たしかにそうですね。ありがとうございます、才羽さん」

「サンキューな!」

 

ミキに礼を言うアサヒと城太郎。その事に少し照れながらも別に、と素っ気なく返してしまうミキ。

彼女も大分変わって来た。少なくとも転校初日から考えると大分感情が見え隠れして来たようにも思える。それは彼女の父が望んでいたことのように思えて自然とタツヤの頰が緩む。そんな空間に腹の音が響く。それは誰のものかわからなかったが、そういえば夕食の準備はできているのだったと思い返す。

タツヤ達は食堂へ移動しようと部屋を出ようとする。だが一人、城太郎は窓の端にふと目が行く。


「ん?」

 

気になって窓の近くを見るとそこには昼間見たデジモンが路地裏を歩いていた。そう、迷子のタツヤ達を一緒に探してくれた(実際には迷子になったのは城太郎だが)デジモンだ。そういやアイツに礼を言ってなかったな。

そう思った城太郎は部屋を飛び出す。そして前を進むタツヤ達を追い越し、振り返った。


「悪りぃ、ちょっと出てくるわ!」

「あ、ちょっと!城太郎!」

「大丈夫だって、すぐ帰ってくるから!飯残しとけよー!」

 

そう言って足早に宿を出て行く城太郎。一体どうしたんだろうか、とタツヤは思ったがそこは城太郎。いつものようになんの心配も無く帰ってくるだろう。

しかし、どうも今のタツヤは胸騒ぎが止まらない。何か嫌な予感が…そう思って止まないのだ。


「大丈夫かな…」

 

「おーい!お前、昼の奴だろ!」

「っ!お前は…」

 

人通りの無い路地裏を駆け回り、五分程して城太郎は目当てのデジモンを見かけた。目玉が全身に付いている黒い鎧を身に纏ったデジモンは声をかけられ少し驚きながらも振り返る。そんな彼になんの疑問も浮かべず、城太郎は笑顔で彼の前に立つ。

 

「昼間はサンキューな!お陰でアイツら見つけられたけどよ、礼言ってなかったから宿出てきちまったぜ!」

「あ、いや…」

 

実に清々しいまでの笑顔で城太郎は彼に喋りかける。今まで散々走ったのにここまで余裕なのは単純に体力バカなだけなのだが、目の前のデジモンは少々引いていた。それは城太郎の勢いのせいでもあり、何故か慣れていないと言う印象を抱かせる。一時は驚いたが、そのデジモンは息を吐き落ち着く。


「…大した事はしていない。一応オレも古都を守る者、十闘士の一人だ。礼を言われる等…」

「え、お前十闘士なのか!?アグニモンと同じで!?マジかよラッキー!」

「アグニモンを知っているのか」


他の十闘士と会えた事で興奮している城太郎とは別にそのデジモンは目を見開く。まさかアグニモンと知り合いだとは思わなかった。そういえば昼過ぎに兄弟子とその連れが来たと街を歩いていたアグニモンにそう言われた事を思い出す。おそらく目の前の人間がその連れなのだろう。

 

「あ、そういや名前言ってなかったな。俺は…」

「もうすぐ日が沈む。暗くならないうちに帰るといい。お前の仲間が待っているだろう。それに」

「それに、ワタシのような悪いデジモンと遭遇してしまうぞ」

 

親切心から城太郎を返そうとするが、第三者の声が鳴り響く。その瞬間、そのデジモンは両腕から曲がった血のように赤い剣を出すと辺りを警戒する。…全く気配がしなかった。会話に夢中になっていたからか?いや、違う。単純に今の声の主の実力が高いからだ。

 

「久しぶりだなぁ、ダスクモン」

 

今度はちゃんとした方向から声が聞こえて来た。そこは建物の影…薄暗くて見え辛いが誰かが立っているのが確認できる。影に隠れたデジモンはコツコツと足音を鳴らしながらこちら側へと歩いて来た。

影から出たそのデジモンの姿はまるで山羊の悪魔のような見た目をしていた。そして居心地が悪くなるような雰囲気と重圧を感じる。まるでこれはバルバモンの時のような…いや、それよりはまだマシだが、似たような気分になった。

 

「貴様は…?」

「フン。わからなくて当然か。…ワタシだよ、グルルモンだ」

「何…!?」

 

ダスクモンと呼ばれたデジモンは先程と比べ物にならない程の驚きで頭が一杯になった。と、同時に先程以上の警戒心を抱く。警戒されている山羊のデジモンは笑いながら余裕な態度を崩さない。

 

「と言っても、今のワタシはメフィスモンとなった。以後、そちらの名前で呼ぶといい」

「メフィスモンだと…?貴様、なぜここに!古都を追放された筈では」

「戻って来たのだよ。ワタシは力を蓄え今度こそ…闇のスピリットを手に入れるためになぁ!」

 

途端、豹変したようにデジモン…メフィスモンは手から黒い光弾を放つ。ダスクモンは城太郎を庇い、咄嗟に剣で防ぐが次々と放たれる光弾に顔を歪ませる。強い、少なくとも今の自分よりも実力が上の相手であると認識させられた。

そしてダスクモンは光弾を受け止めながらも城太郎に目を向ける。

 

「ぐっ!人間、逃げろ!そしてこの事を他の闘士に…!」

「で、でもよ…」

「させると思うか、来い!イビルモン達よ!」

 

光弾を放つ腕とは別の腕を上空に向けるメフィスモン 。すると紫色の魔法陣が現れそこから次々と何かが出てくる。それは小悪魔型のデジモン、イビルモン。イビルモン達はダスクモンの視界を塞ぐとすぐさま背後にいる城太郎を囲んでしまった。

 

「「「ゲゲゲ…!」」」

「うぉ!?なんだこいつら!」

「今逃げられては都合が悪い。まぁ、時間の問題と言う点もあるが…」

「しまった…!」

「さて、ダスクモン。十闘士の後継者であるお前はなんの関係のない小僧一人を見殺しにはできまい。それが例え、呪われた闇の闘士のお前と言えど、な」

 

メフィスモン の言葉に一瞬動揺の色を浮かべるダスクモン。城太郎もそれに気付いたのか彼の変化に疑問を浮かべる。だが次の瞬間、メフィスモンはその一瞬の隙を突いてダスクモンの前に現れると彼の腹部に光弾を当て、気絶させてしまう。

 

「がっ…!?」

「クク、殺しはせんよ。ただ眠ってもらうだけだ。儀式に必要だからな」

「おいヤギヤロウ!そいつを離せ!離しやがれこのヤロ…」

「そいつの口を塞いでおけ。ついでに手足もな」

「ゲゲ!」

 

魔術のようなものでダスクモンを浮かばせたメフィスモンはイビルモン達にそう命令する。城太郎は騒ぐがイビルモン達の手で口を塞がれ、縄で手足を拘束されてしまう。そして担がれるとどこかに移動させられるような感覚に陥る。もがき続けるが、城太郎を助けに来てくれる者は誰もいない。

日が暮れると同時に、路地裏から誰もいなくなっていた。

 

 

「ジョータロー遅いね」

「そうだね、確かに城太郎にしては遅い…」

 

夕食を終え、部屋で寛いでいたカケモンがそう言う。既に暗くなっていると言うのに城太郎は未だに帰ってこない。すぐと言っていたからすぐに帰ってくるはずなのに、とタツヤは今までの経験からどこか嫌な予感が収まらない。そんなタツヤを見かねたのか、アサヒはある提案をした。

 

「じゃ、じゃあデジヴァイスを使えばいいと思います。せっかくもらったんだし、使ってみましょう」

「うん。早速使う」

 

プロトデジヴァイスを使うと言う提案にミキも頷く。流石にこの時間まで帰ってこないのはおかしいし、それにミキとしては調整したプロトデジヴァイスがちゃんと使えるか試してみたい気持ちもある。

ミキは自分のプロトデジヴァイスを取り出すと城太郎の持つプロトデジヴァイスへ向けて発信する。しかしコールをかけても出る様子は無い。一度切るとミキは今度は《MAP》を起動した。どうやらバルバモンが仕掛けていた発信機を元に互いの位置を確認する機能を付けていたようだ。ミキは画面を除くと、首を傾げる。

 

「?おかしい」

「どうしたの?」

「立向居 城太郎の反応が宿周辺に無い」

 

その言葉にタツヤだけでは無くハックモンとギルモンも反応する。すぐに戻ると言った城太郎が近場に居ないというこの状況、何かトラブルがあったと考えるのが正しいだろう。

 

「まさか、ジョータローの身に何かあったのか?」

「探すか?」

「ああ。念のためにアグニモンにも連絡を…」

 

ハックモンとギルモンは互いに顔を合わせ、意見が一致すると立ち上がる。

が、その瞬間窓の外から嫌な気配を感じ振り向く二人。同時に窓を開けると、宿から離れた上空に怪しい光を放つ魔法陣が浮かんでいることが確認できる。何かが起こっている、そう思ったハックモンとギルモン、そしてタツヤ達は宿を飛び出していった。

 

 

 

「………冷てぇ」

 

顔に何かが当たり、ぼやける視界と思考のまま城太郎は目を開ける。何度か瞬きして見えたのは闇だった。正確には暗闇だろう、おそらく暗い場所に連れてこられたのだ。気を失う前の記憶からその答えに辿り着くと、縛られた手足で地面に転がされている事に気付く。

 

「気付いたか?」

「うぉ!?…な、なんだ。お前かよ」

 

少し目が慣れたと思った矢先、背後から声が聞こえて来た。声を上げて驚き上手く体を反転させ声の主の方向を見ると、そこにはダスクモンが立っていた。いや、違った。ダスクモンは十字架のようなものに拘束されていたのだ。それはあちこちから電流を流して彼を弱らせているようだった。

ダスクモンは城太郎が起きた事に軽く息を吐くと、拘束されたまま頭を下げた。

 

「すまない。お前を巻き込んでしまった」

「あー、謝んなよ。お前の見た目で謝られるとなんか違和感しかねぇ。あれだ、シュールってやつだ」

「そ、そうなのか?」

 

謝られたというのにいつもの調子で返す城太郎にダスクモンは調子を崩される。本当だったら責められてもおかしく無い状況なのに何故か気を使われたような気がした。

そして訪れる静寂。元から口数が少ないのかダスクモンは黙ってしまった。だが城太郎はそれに耐えられなくなってしまった城太郎は話題を振る。それはメフィスモンと名乗ったデジモンが言っていた事。

 

「なぁ、お前ってさ、呪われてんのか?」

「っ、それは…」

「…言いたくねぇならいいけどよ、なんか気になっちまって」

 

どうやら禁句のようなものだった様で、明らかに動揺したダスクモンに珍しく城太郎はそう言った。知りたいが教えてくれるかはダスクモン次第だ。無理に聞く必要は無いだろう。

ダスクモンは再び黙る。やっぱりダメだったかと、城太郎はここがどこか目が慣れるまで待とうと思っていたのだがその前にダスクモンは口を開く。それは重々しく、どこか不安を含んでいるようだった。

 

 

 

伝説の十闘士、その後継者の話をしよう。

古来より古都を守護する者達、そして世界の均衡や秩序を乱す者から世界を守る者達の事を十闘士の後継者と呼んだ。

十闘士たるエンシェントデジモン達の力と意思が宿ったスピリットを継承する為には条件がある。

一つは一定の実力を持っている事。

もう一つはスピリットに宿る十闘士の意思が認める正しい心を持っている事だ。

この二つが揃っている事で初めてスピリットを受け継ぎ、十闘士へと特殊な進化を果たすことが出来る。

 

しかし、ここである問題が生じる事がある。それはスピリットの力、その属性の力に呑まれるという事だ。実力、精神共に認められたとしても、それがいつまでも続くとは限らない。デジモンは生きているのだ。死に行くまでに力が衰える事も心変わりする事もありえる。

大きすぎる力が暴走を起こすか、それとも精神を歪ませてしまうか。それが十闘士を継ぐ者にとって唯一と言ってもいい程の障害である。前者はまだ他の十闘士が止める事が出来るが、精神は止めようが無かった。

精神の変質、思考の異常化、発狂。その症状が現れてはもはや手遅れなのだ。そして過去に精神を呑まれた闘士の属性は闇、つまり歴代の“ダスクモン”であった。罪の無いデジモンを襲い、街を破壊する…それが何十、何百年もの間、この古都で繰り返し起こって来た。

 

故に、ダスクモン…闇の闘士は呪われていると古都のデジモン達から言われている。ダスクモンを避け、なるべく距離を取り関わりを持たないようにすることは彼らにとっての暗黙の了解なのだ。

そしてそれは、ここにいるダスクモンもまた同じ。呪われた闇の闘士、何年も前から聞いていた存在になってしまった、選ばれてしまった彼もまた闇の闘士なのだ。

 

 

「……オレは、オレは自分が怖いんだ。いつか闇の力に呑まれて、オレがオレじゃ無くなってしまうんじゃないか。守るべき古都を襲ってしまうんじゃないか。…オレの大事な人達を失ってしまうんじゃないか、そう考えると…」

 

ダスクモンは思い浮かべる。まだスピリットに選ばれなかった頃を、まだ無邪気で兄弟とも呼べるデジモンと暮らしたあの日々を。十闘士に純粋に憧れていた日々の事を。

だがもう戻れない。いつか自分は闇に呑まれるかもしれない。自分を見失い、牙を向けるかもしれないその恐怖に、いつも悩まされている。

同時に何故自分は選ばれたのだろうか、そう何度も考えて来た。何故闇なのか、何故ダスクモンだったのか。何故アイツとは真逆だったのか。

 

ダスクモンはそこまで考えた後、自虐的に笑い目を伏せる。何故こんな事を話してしまったのだろうか。アグニモンの客に、今日ここに来たばかりの人間に何を、とそこまで考えて…今まで黙っていた城太郎が口を開いた。

 

「…オレはさ。エキスパートなんだよ」

「エキス、パート?」

「ああ、なんでもやれるエキスパート。それが俺なんだよ。今の俺で、変わった俺だ」

 

思い出すのはタツヤと最初に会って喋ったあの日。あの日あの時間から今の立向居 城太郎が生まれたと言ってもいいだろう。それぐらい感慨深い日だったのだ。

同時に許せない事があるとすれば、あの日から毎日のように接していたタツヤの事を、タツヤの事情を知らずにいた事だ。両親が居ない事も、タツヤが周りの子供と違っている事も、ただ“そういうもの”だと思っていた自分が許せない。最近事情を聞いた城太郎はそう度々思っていた。

そんな心情とは裏腹に、城太郎は普段見せないような落ち着きがある表情でダスクモンを見る。

 

「変わる事は別に悪い事ばっかじゃねぇと思うぜ。お前だって変われるはずだろ。進化とかそんなんじゃなくてこう…なんか、気持ちがっつーかよ」

 

俺でも変われたんだ、お前だって出来るだろ。と、城太郎はいつものように笑う。ダスクモンは黙って聞いていたが彼の言いたいことがわかったような気がした。

 

「とにかく、お前だって十闘士なんだろ?だったらもうちょっと胸張れよ。少なくとも十闘士に憧れてた頃のお前には張れるだろ」

 

何故か下の弟や妹達、もしくは昔の自分を見ているようで放って置けなかった。このままでは何かに押しつぶされそうな、そんな気さえしたからだ。

ダスクモンは城太郎の顔を見て、胸にあったしこりが少し無くなったように感じた。そして礼を言おうとした矢先、彼らの間に記憶に新しい声が響き渡る。

 

「くだらない戯言はもう終わったかな?こちらとしては唾を吐きたいのを我慢して待っているのだがねぇ」

「ッ、メフィスモン!」

 

闇に紛れて現れたのは山羊の悪魔、メフィスモン。その後ろには複数のイビルモン…いや、後ろだけではなくダスクモンと城太郎を囲んでいた。城太郎はある程度慣れて来た目と先程から感じたある臭いでこの場所が何処なのか察する。ここはゴミの廃棄場だ。おそらく地下にあるのだろう、こもった空気が充満している。

 

 

「さぁ、始めようか。真の闇の後継者が誕生する偉大な儀式を…!」

 

 

 

古都は混乱の渦の中にいた。突如空中に現れた巨大な魔法陣、そこから現れたイビルモンを始めとする悪魔や堕天使型のデジモンが群で現れ街を襲撃しているのだ。その中にはデビモン、デビドラモンなども混ざっており、街にいるデジモン達を襲い始めた。夜という事もあり、暗闇の中で襲ってくるイビルモン達にデジモン達は逃げ惑っている。

 

「ギルガメッシュスライサー!」

「レインストリーム!」

「「「ぎゃあああああああ!!!」」」

 

だがそんな彼らにも希望があった。空から襲ってくるデジモン達をその技で倒す者…この街の守護者である十闘士がいるのだから。

風の闘士、シューツモンと水の闘士、ラーナモン、そしてその後ろからやってくるのは鋼の闘士、メルキューレモンだ。三人の闘士が来たことにより、周りのデジモン達は喜びの歓声を上げる。

シューツモンとラーナモンが襲ってくるデジモン達に攻撃する中、敵の攻撃を両腕のイロニーの盾で跳ね返しながらメルキューレモンは周りにいるデジモン達に呼びかけた。

 

「聞け!戦えない者は古都中央にある塔へ避難しろ!腕に自信のある者は我々と共に戦うのだ!」

「あーん、もう!こいつら多すぎ!シューツモンはともかくアタシはこういうの苦手なのにー!」

「何言ってるの。貴方もビースト形態になれば…」

「それだとアタシのイメージ崩れるの!アイドル路線でやってるのにあの姿になれないでしょ!?」

「あ…そう」

「やれやれ、ラーナモンにも困ったものである…なっ!」

 

仕方がない、と思いながらもメルキューレモンはデビモンの攻撃を躱し蹴りを入れる。正直、水の闘士の姿は古都の住民なら殆ど知っているのでラーナモンの抵抗はあまり意味をなさない。

そんな三人の闘士に続くように古都のデジモン達が次々と集まってくる。そして迫ってくるイビルモンの群れに向かって一斉に攻撃を仕掛けた。

 

 

「こっちだ!落ち着いて避難するんだ!」

「ブリッツモン!こっちの救助は終わったぞ!ブリザーモン達ももうすぐこっちへ来る!」

 

古都にある宿のあるエリアの避難誘導をしていた雷の闘士、ブリッツモンに土の闘士であるギガスモンがやってくる。崩れた建物の中にいたデジモン達を避難場所へ行かせた彼らは度々やってくるデビドラモンを倒しながらも別の場所で活動している仲間を待っていた。

 

「一体この街で何が起きているんだ…!」

「…闇の力を持つデジモンが馬鹿みたいに来る原因があるなら、もしかすると」

「まさかダスクモンの仕業だと言うのか?馬鹿を言え!アイツはオレ達の仲間だ!」

「しかしよぉ、歴代の闇の闘士は呪われてんじゃねぇか」

「アイツは違う!アイツがそんな事…」

「おーい、ブリッツモーーーン!!」

 

ギガスモンに非難の声を上げるブリッツモンに遠くから声がかけられる。氷の闘士、ブリザーモンに木の闘士、アルボルモンだ。

その二人を見て昂ぶっていた気を鎮めるブリッツモン。だがおかしい、別のエリアにいたのは彼らを含めてもう一人居たはずだ。そう思っているとブリザーモンは慌てた様子でブリッツモン達の元へとやってくる。

 

「ぶ、ブリッツモン、ど、どうしよう…!」

「落ち着け、何があったんだ!?」

「それが、ヴォルフモンが…急にどこかに行っちゃって…」

「なんだと!?」

「おいマジかよ。なんで止めなかった!」

「だって、ボクもアルボルモンも足遅いし…」

「急がば回れ。回ったけども追いつかない」

「「ちょっと黙ってろ!!」」

 

その場で回るアルボルモンに怒鳴るブリッツモンとギガスモン。同じ十闘士としてみれば彼が何の考えもなしに何処かへ行くとは考えられない。あるとすれば他に助けを求めるデジモン達の所へ行ったか、それとも…。

考えても仕方がない。ブリッツモンはそう思い再び別の場所へと急ごうと他の三人に言うと走り出した。今すべき事はまだある。一番に考えるのはデジモン達の救助だ。彼ら四人の闘士は別のエリアへと走り出した。

 

 

メフィスモン…進化前の姿をグルルモン。彼はかつてこの古都に住むデジモンの一体だった。その強さは同じ成熟期でも群を抜いており、同世代で敵う者は誰一人としていなかった。

そんなグルルモンはいつしか傲慢になり、今よりもさらに強くなろうと言う欲も彼の中に芽生えてきたのだ。故に、彼は十闘士…特に闇の闘士へとなろうとした。元々闇の力に魅せられていたのもあり、その目に狂気を孕んでいたこともある。実力、そして精神力共に自分は闇の闘士にふさわしい、そう思っていたのだ。

 

だが選ばれたのはグルルモンではなく、候補の中でもとりわけ小さなデジモンだった。

ありえない、何かの間違いだ、悪い冗談だ!

グルルモンは何度も選定のやり直しを追求したがそれをスピリットが許すはずも無い。逆上したグルルモンはそのデジモンの息の根を止めようとしたが、それは当時の十闘士達に止められてしまい未遂に終わる。

そのままグルルモンは古都を追放された。しかし、彼は諦めていなかったのだ。いつか力を蓄え復讐しに来ると。その闇のスピリットを奪ってやると。その小さなデジモン…ツカイモンに鋭い眼光を飛ばして…。

 

 

 

「グアアアアアアアアアッ!!?」

「フハハハハ!いい声で鳴くなぁ、ダスクモン!もっと聞かせてくれよ!」

 

ダスクモンを拘束している十字架を中心に魔法陣が展開されている。拘束されたダスクモンは苦痛により叫びを上げ、メフィスモンはそれを歪んだ表情で見ていた。

そこから少し離れた場所で城太郎はやめろ、と叫び続けていたが拘束されているため動けずにいる。そうしていると、ダスクモンの胸から何かが現れメフィスモンの手の上に移動する。それは翼で身を隠すような格好をした怪鳥の像だった。それを見たメフィスモンは満足そうに笑う。

 

「ククク、まずはビーストスピリットか」

「おい山羊野郎!さっきから何やってんだ!?」

「見てわからないか?ダスクモンからスピリットを抜き取っているのだ。まずはビースト、そして残ったヒューマンスピリットを奪えば…ワタシこそが闇の継承者、いや、七大魔王を超えた存在になれる!」

 

狂気がこもった笑い声がこだまする。その事に背筋がヒヤリと寒くなるが城太郎から見てメフィスモンは滑稽に見えた。バルバモンに会った事のある者なら誰だって思うだろう、今のメフィスモンが闇のスピリットを手にしても七大魔王を超える事も、ましてやその域に達する事自体が不可能だと。

だがメフィスモンは狂信的にそう思い込んでいたのだ。おそらく何か言ったとしても聞く耳を持たないだろう。

メフィスモンは未だに苦しんでいるダスクモンに向けて再び手を向けようとする。しかし、その一瞬…その隙をついてメフィスモンの頭に何かが当たった。それは何の変哲のない石。不意を突かれたメフィスモンは石が来た方向に目を向ける。

 

「っ、誰だ!?ワタシに石を投げつけたのは!?」

「なんだよ、そんな顔もできんじゃねぇか」

 

そこにいたのは先程まで四肢を縛られていた城太郎。何、とメフィスモンとその近くにいたイビルモンも動揺を隠せない。

 

「驚いたか?俺は縄抜けのエキスパートなんだよ」

「き、貴様ァ…!」

 

城太郎はずっとメフィスモンの隙を伺っていた。元々縄抜けの方法は身につけているため今までずっと待っていたのだ。そして隙を突いて石を投げた。

メフィスモンは周りにいるイビルモン達に指示を出すと城太郎は近くに落ちていた鉄棒を拾い、近付いてきたイビルモンを薙ぎ払う。体格の小さいイビルモンにそれは有効のようで上手く城太郎に手を出せないでいた。そして城太郎はイビルモンの包囲網を突破してダスクモンの目の前へと辿り着く。

 

「な、何をしている…!早く逃げろ、今なら…!」

 

未だ電流で苦しむダスクモンがそう言うが城太郎は棒を手にしメフィスモン達に対峙する。すぐに逃げれば城太郎だけでも助かるかもしれない、それなのに逃げない。ダスクモンは何故だ、と痛々しくも叫ぶ。

 

「俺が今逃げたら、“俺”じゃ無くなるからだ」

 

そう答える城太郎の腕は微かに震えていた。冷静に考えれば人間がデジモンに、しかも完全体に勝てるわけがない。それは城太郎も重々承知の筈だ。

では何故逃げないのか?

 

「お前を置いて逃げたらエキスパートを二度と名乗れねぇ。それどころか、“立向居 城太郎”じゃ無くなっちまう!」

 

変わった彼が、今いる彼が、この城太郎が、それを許さない。いや、なによりも彼はダスクモンの事をほっとけないだけだった。だったらやる事は一つ。

アイツだったら、城太郎にとってのヒーローなら、こうする筈だ。敵わなくても、何度だって立ち上がるだろう。

なら俺は、

 

「俺は…どんな困難にも立ち向かう、エキスパートだ!」

 

走り出した城太郎はイビルモン達の急所に棒を突き出し、メフィスモンへと向かって行く。成熟期としては弱い部類に入るイビルモン達は城太郎を捉えられずにいる。だが、それは時間の問題だった。イビルモン達はその群という長所を使い城太郎を包囲。だんだんと近付き最終的に彼の手足をイビルモン達は拘束していた。

 

「ぐ、この…!離せェェェェ!」

「手間を掛けさせるな。もういい、まずお前から、」

 

 

死ね。

 

 

そう言うと同時にメフィスモンは手を城太郎に向ける。そして集まる光…城太郎を殺すつもりだ。

ダスクモンはその光景をただ見ているだけしかできなかった。それと同時に込み上げてくるのは怒りと情けなさ。メフィスモンに対する怒り、そして自分に対する怒り、不甲斐なさ。人間の子供が戦っているのに何もできない自分に激しい怒りと悔やみ。

そして願った。力が欲しいと、この状況を覆したいと、彼を…城太郎を助けたいと。

変わる事に恐怖している場合では無い、今の自分を越えなければならない。

だからオレは、

 

 

 

変わらなければならない!

 

 

 

「闇のスピリットよ、オレに応えてくれェェェ!!」

 

 

 

叫びがこだまする。

…瞬間、ダスクモンの胸から黒い光が溢れ出す。その光はダスクモンの胸から離れ彼の目の前で彼を模した像に変化する。だがそれは一瞬だった。その像の表面がひび割れ、弾けると中から別の像が出てきた。それは黒い獅子を象った像…その像は再び光へ戻るとダスクモンの中へと戻っていく。

 

そして次の瞬間、ダスクモンは拘束されていた十字架を破壊し、目にも留まらぬ速さで城太郎を拘束しているイビルモンをなぎ払い彼を救出。城太郎を抱えてメフィスモンから距離を取るダスクモン…だが、驚くべき事にその姿は以前の彼と違っていた。

 

「ば、馬鹿な…!なんだその姿は!?ダスクモン、貴様何をした!?」

「何も…していないさ。オレはただ、変わっただけだ」

 

振り返る彼は鋭い視線を動揺するメフィスモンに向ける。以前のような奇妙な鎧から黒い獅子を模した鎧に変化した彼は既にダスクモンでは無い。

彼の名は––––

 

「我が名はレーベモン。オレこそが本当の…真の闇の闘士だ!」

 

 

レーベモンと名乗った彼に城太郎は笑みを浮かべ、スッゲェと叫ぶ。と、次の瞬間、地鳴りのような音が響き渡るとその場の天井がひび割れる。そしてそこから、城太郎にとって見慣れたデジモンが現れた。

 

「ででーーーーーーん!あ、ジョータロー見つけたよーーー!」

「カケモン!」

 

そう、それはver.エグザにアップグレードしたカケモンだった。その背にはタツヤが乗っている。タツヤは城太郎の持つプロトデジヴァイスの反応を頼りにやってきたのだ。

タツヤは城太郎、と大声を上げると着地したカケモンから降りて城太郎の所へ走り…いつもの如く彼の頭を鷲掴みにした。

 

「すぐ戻るって言ったよね、何してるのさ…!」

「いだだだだ、ワリィ、ワリィって!」

「まったく……心配するこっちの身になってよ」

「っ、へへ!」

 

手を離し城太郎から顔を背けたタツヤに城太郎は笑う。やっぱりそうだ、お前なら来てくれると、そう思った。それでこそタツヤだ、俺の親友だ。

そうしていると、今度はカケモンが空けた穴からある二体がやって来る。一体はアグニモンがビーストスピリットで進化したヴリトラモンとその足に捕まっている狼を模したスーツを身に纏うデジモンだ。その二体は地上に降り立つとレーベモンに驚いた様子で話しかける。

 

「お前、まさか…」

「ダスクモン、なのか」

「ああ。今のオレはレーベモンだ。…ようやく、オレもお前に追い付いたよ」

 

レーベモンがそう言ったのは光の闘士、ヴォルフモン。彼はその言葉に目を丸くしたがすぐに笑みを浮かべると、首謀者である悪魔へと視線を移す。それはタツヤ達も同じようで、敵意を向けながらメフィスモンをにらんだ。

 

「おのれ、おのれおのれおのれぇ!!よくもワタシの儀式を邪魔してくれたな!それにレーベモンだと?小賢しい!すぐに貴様らを倒しスピリットを手に入れてやる!!」

 

メフィスモンは怒り心頭に頭を掻き毟ると周りにいるイビルモン達にやれ、と命令した。襲いかかってくるイビルモン達、ヴリトラモンとヴォルフモンは腕にある遠距離用の武器で交戦しその間にタツヤと城太郎はカケモンに連れられて離れた場所に移動する。

レーベモンはその間を潜り抜けると、メフィスモンへといつのまにか持っていた槍を突き出し戦いだした。カケモンは二人を移動し終えたあと、真っ直ぐに戦場へと駆けつける。

 

 

「セットアップ、オメガモン!」

「アップグレード! カケモン ver.オメガ!!」

「ヴリトラモン スライドエヴォリューション! アグニモン!」

 

 

地下にいるため戦いにくいと思ったのか、タツヤはカケモンをver.オメガへと変え、それに応じるようにヴリトラモンもアグニモンへと姿を変える。ウェポンΩの剣撃とアグニモンの炎を纏った体術、ヴォルフモンの光剣・リヒト・シュベーアトは次々とイビルモン達を倒していく。

 

 

「ドラゴニックブレイブッ!!」

「バーニングサラマンダー!!」

「リヒト・ズィーガー!!」

「「「ゲゲェェェェェェェ!?」」」

 

 

それぞれの必殺技でイビルモン達を全て薙ぎ払う三体。この場に残っているのは後はメフィスモンのみ。

一方のメフィスモンはレーベモンに追い詰められていた。冷静さを失った事による隙が大きく影響しているようだ。それを後押しするようにイビルモン達が倒されると一度体勢を立て直そうとカケモンが空けた穴に向かって飛び始める。

 

 

「セットアップ、アルフォースブイドラモン!」

「アップグレード! カケモン ver.アルフォース!!」

「ヴォルフモン スライドエヴォリューション! ガルムモン!」

 

 

しかし、それはver.アルフォースとなったカケモンと四足歩行の獣型デジモン、ガルムモンとなったヴォルフモンに阻まれる。カケモンは高速でメフィスモンの周りを飛び、アルフォースアローで攻撃、ガルムモンも壁を高速で駆け上がると背中のブレードで切り裂いていた。

メフィスモンは二体の攻撃を同時に受け、地面へと落下する。そして膝を着きながらも立ち上がろうとしたが、その首に槍が突きつけられる。

 

「もうよせメフィスモン。大人しく捕まって罪を償え」

「お前には前科があるが、ここで捕まれば命までは取らない。素直に投降しろ」

 

レーベモンとガルムモンがメフィスモンの前に立つ。もう戦う力も残っていないだろう、正直ここで負けを認めてくれれば、というのはせめてもの良心だった。追放されたとはいえ元は古都の住民。心を入れ替えればまだ…そう思っていたのだ。

だがメフィスモンはそれを同情していると勘違いしたのか歯を食いしばると槍を払いのけ、距離を取る。

 

「バカに、バカにするなぁぁぁあああ!!ワタシは、オレはッ!闇を統べる王になるデジモンだ!!貴様らなんぞに、負けはせんのだぁぁああああ!!」

 

狂ったように叫ぶメフィスモンの手には闇のビーストスピリット。レーベモンは彼が何をしようとしているか気付き、よせと静止させようとするが時すでに遅し。

メフィスモンはビーストスピリットを自らの胸に押し込むと苦しそうにうめき声を上げる。そして次の瞬間、彼から闇の瘴気が溢れ出しデジタマの形を形成すると、それは巨大化。まるでキメラモンが誕生した時のような光景に城太郎が寒気を感じると、デジタマは弾け飛んだ。

 

「グゲエエエエエエエエエ!!!」

「まさか…スピリットを無理矢理取り込んだのか!?」

「アグニモン、あれは一体…?」

「…あの姿はベルグモン。闇のビーストスピリットで進化したデジモンだ」

 

目の前で羽を広げる巨大な怪鳥…ベルグモン。本来なら選ばれたデジモンしか進化することができないのだが、メフィスモンの執念かそれを可能にしたようだ。だが咆哮を上げるベルグモンは狂ったように辺りを見渡すと手当たり次第に口から炎を吐き出す。

スピリットに選ばれていない者がその力を使う。それは紛れも無い自滅だ。その力はメフィスモンを受け入れる筈もなく、彼は力に呑まれる。既にメフィスモンは一匹の獣となっていた。

 

「ぐっ、最早奴に正気は無い!全員で倒すぞ!」

「ああ!」

「わかった!」

「まかせて!」

 

アグニモンのセリフに各々が答えると行動を開始する。カケモンは飛び上がりアルフォースアローで攻撃を、アグニモンは遠距離から炎を飛ばす。ガルムモンは口からソーラーレーザーで攻撃し、レーベモンは隙ができたところから槍で切り裂いていた。

攻撃はそれなりに効いているようだったが決定打になっていない。ベルグモンはその羽を羽ばたかせると四体を吹き飛ばす。そして一箇所に集まったところで、その口から再び炎を吐き出した。

 

「「「ぐあああああああ!!」」」

「グゲエエエエエエ!!!」

 

叫びが聞こえ、勝利を確信したかのように吠えるベルグモン。だがしかし、その光景を見ていたタツヤと城太郎の目は揺るがない何故なら、まだ諦めていなかったからだ。

土埃が舞い、そして晴れるとそこにはスフィンクスのような盾を持ち、カケモン達から炎を防いだレーベモンの姿があった。ベルグモンは驚きのあまり大きな隙ができると、四体は飛び上がった。

 

「セットアップ、ジエスモン!」

「アップグレード! カケモン ver.ジエス!!」

 

三度姿を変えたカケモンとレーベモンはそれぞれアグニモンと人型に戻ったヴォルフモンの肩を踏み台に一気に近づく。そしてそれぞれの槍をベルグモンに突きつけた。

 

「グゲエエエエエ!!?」

「さぁ、トドメと行こうぜ!」

「ああ…これで終わらせよう!」

 

カケモンの言葉にレーベモンは頷く。それはアグニモン達も同様のようだ。四体は着地すると痛みでもがくベルグモンへと走っていく。ヴォルフモンは左腕のアームにエネルギーを込めて解き放ち、アグニモンは飛び上がると腹部目掛けて勢いよく回転し出す。

 

「リヒト・クーゲル!!」

「サラマンダー…ブレイク!!」

 

強力なレーザーと旋風脚が当たり、ベルグモンは天井近くまで浮かび上がる。苦悶の表情を浮かべる怪鳥だがまだ終わっていない。カケモンは壁を駆け上がるとアト、ルネ、ポルを呼び出し二体が当てた場所へと無双の攻撃を喰らわせる。

 

「武槍乱舞ゥ!!だりゃりゃりゃ!!!」

「グ、ゲェェェェェェェ!!」

 

巨大な相手だからなのか、カケモンはいつも以上の無数の突きを浴びせる。天井を背に受けたためにベルグモンは何度も天井に体をぶつけた。心なしか天井がひび割れたように思える。

 

「最後は譲るぜ、レーベモン!」

 

カケモンは攻撃が終わると、体を丸め下へと落下。その時に言ったセリフにレーベモンは確かに頷くと全身に力を込める。

するとどうだろうか…彼の上半身が膨れ上がり、胸にある獅子の鎧の口にエネルギーが溜まり出した。そして照準をベルグモンに合わせると、その力を一気に解放した。

 

 

「エントリヒ・メテオール!!!」

 

 

放たれた黄金の光はベルグモンに直撃。あまりの威力に天井は崩壊し、ベルグモンは外へと投げ出された。廃棄場内も崩れ始め、カケモンはタツヤと城太郎を回収し外へと出る。他の三体も同様に空いた穴から出ると、消えかかっているベルグモンに目を向けた。

 

「グゲェェェ…」

「オレも…もしかしたら奴みたいになっていたのかもしれないな」

「レーベモン…」

 

呟いたレーベモンの肩にヴォルフモンが手を置く。自分と奴に違いがあるとすれば、それはきっかけをくれた者と支えてくれた、信じてくれた者がいた事だろう。それだけは彼にもわかる気がした。

ベルグモンが完全に消滅するとそこに闇のビーストスピリットが残り、レーベモンの元へ一人でに移動する。そしてつい先ほどのように形を変えると、ヒューマンスピリットとはまた違う黒い獅子のような形になり彼の胸に吸い込まれていく。

 

「………オレは、変われたんだろうか」

「ああ、勿論だ」

「帰ろう。オレ達の街へ」

 

アグニモンとヴォルフモンは自分に目を向けると遠くからおーい、と声が聞こえる。走ってくるのは城太郎、その後ろからはタツヤとカケモンの姿があった。

ああ、そうだ。彼にも礼を言わなければな、と考えたところでレーベモンはそういえばまともな自己紹介をしていないことに気付いた。色んな事もあり、彼の名前がジョータローだという事は知っているが、それと話は別だ。

だからこそ今度はこちらから名乗ろう。あの時自信を持って言えなかった自分の事を。

さっきと変わった自分の事を。

胸を張って、大きな声で、

 

オレは闇の闘士なのだと。



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二十四話 《オタクと少女と逆鱗 》

デジタルワールド滞在九日目…と言いたいところだが、この日はあえて省略して記載しておこう。

メフィスモンが起こした事件はこの日の朝には既に終結しており、召喚されたデジモン達も十闘士を筆頭としたデジモン達が全て倒していた。首謀者も倒したことにより、残りの後始末は十闘士がやる事となった。誘拐された城太郎と夜中に戦ったカケモンは部屋に入るなり爆睡、事件が終わるまで避難していたアサヒとミキもまたベットで睡眠をとる事となった。

 

余談なのだが、今回でレーベモン…元ダスクモンは事情を知らない他の十闘士に大いに驚かれたとか。その後、過去の文献からレーベモンの姿は本当の意味で後継者にふさわしい姿であると判明し、レーベモン達は大変喜んだ。おそらく力に呑まれることも無くなった事に喜びの表情が浮かぶのが目に見えてわかる。

 

そして今回被害にあった建物は少なくなく、本日は殆どの店が休業。昼になってその事を知った観光を楽しみにしていた彼らは大いに落胆していた。しかし最低限の携帯食や旅に必要な物などはその数少ない店で調達出来たので旅路に特に心配は無かった。

こうして九日目は終わり、翌日…デジタルワールド滞在十日目の朝。古都を離れる時が来たのだ。

 

 

 

「今回は君達三人に助けられた。古都のデジモン達を代表して感謝する。ありがとう」

「いいって事よ!あでっ」

「調子に乗らない」

 

アグニモンに元気よく返事をした城太郎の頭部を叩くタツヤ。一方のカケモンはどういたしまして、とやんわりながらも割と丁寧に返事をしていた。

現在タツヤ達がいるのは古都の港…通称ホエーモン港。タツヤ達はここでホエーモンというデジモンが引く船に乗って次の目的地までいく予定なのだ。あと十分ほどで初便というところでタツヤ達の目の前には十闘士が勢ぞろいしていた。

 

「君達がいなければ古都は最悪壊滅したかもしれないんだ。オレ達はそれだけ感謝している」

「そう、なのかな?」

「ああ、もっと自分を誇れ。お前達はそれだけの事を成し遂げたんだ」

 

アグニモンとヴォルフモンの言葉に照れくさくなりながらもタツヤはありがとうと一言言う。それとは別にレーベモンも城太郎に視線を合わせ、手を差し出してきた。

 

「ジョータロー、お前が居てくれて本当に良かった。お前のお陰でオレは変われたよ」

「おう!また遊びに来るからそん時は俺は今よりさらに上のエキスパートになってるからな!お前も頑張れよ」

「ああ」

 

体格差があるが手を握り返す城太郎。そんな彼を見てレーベモンは嬉しそうに返事をする。

ちなみにだが、今の城太郎のの背中には一本の棒が背負われている。実はこれはレーベモンの個人的なプレゼントなのだ。イビルモン達に立ち向かった城太郎の姿に何かを感じたのか、あるいは護身のためなのか。わざわざ趣味で鍛治をやっている土の闘士、グロットモンから手頃な武器を譲って貰ったものらしい。クロンデジゾイド製なので何気に丈夫だ。

城太郎はこれをとても気に入っており、背負っている。ミキによって棒をデータ化し、プロトデジヴァイスから自在に取り出せるのだが男のロマンがどうとかで今の形に収まったようだ。

 

 

「元気でねーーーー!!」

「またなーーーーー!!」

「ありがとうございましたーーー!!」

「じゃ〜〜〜〜ね〜〜〜〜〜!」

 

ホエーモンの引く船の上で十闘士達に手を振るタツヤ達。彼らもそれに答えるように手を振っていたが、既に見えなくなっていた。現在の時刻はまだ10時頃だろう。軽い朝食は済ませたので後は目的地に着くまで船に揺られて待つだけだ。

だがここで大きな問題ができてしまった。それは船に乗る上で必ず巡り合ってしまう光景。避けては通れないもの。

 

 

「うぷっ、おえええぇ…!なんだこりゃ、ぎぼぢわるいいい…!」

「ワレモンしっかりして!ワレモォォオン!」

「理解不能…理解不能…」

「さ、才羽さん、大丈夫ですか?お水持って来ますか?」

 

 

そう、船酔いである。

現在船の上ではワレモンとミキがぐったりとよろけており、それぞれカケモンとワレモンが介抱している。どうやら二人は船に乗る事が初めてらしく、船酔いと言うものを経験した事がないようだ。そんな二人を見かねたハックモンは船の責任者のハンギョモンに酔い止めの薬を貰って来ている。

タツヤとギルモンは苦笑いしながらもその光景を見ていた。

 

「た、大変そうだね二人とも」

「そうだね〜。でもカケモンは船酔いしないね〜」

「そうだね、前に乗った事あるのかな?」

「さぁ?…そういえばボク達カケモンの事そんなに知らないよね?」

 

え、とギルモンの言葉に疑問符を浮かべるタツヤ。そんな事はない、と一瞬思ったが思い返してみれば確かにそうだ。カケモンはどこから来たのか、ワレモンと出会う前は何をしていたのか、何故アップグレードという変化が出来るのか、まだわからない事が多すぎる。

そしてタツヤはふとある事を思い出す。それはまだカケモンとワレモンと出会って間も無い頃…《ANALYZER》で調べたカケモンを調べた時の事だ。

 

(あの時、カケモンのデータが何も表示されなかった。いや、というより欠けてるみたいに…)

 

(不具合だと思ったけど、カケモン以外を調べてもデータは問題なく出て来た。なんでカケモンだけ…?)

 

何かの間違いか、それともこれが正常なのか。タツヤは過去を振り返りカケモンの疑問の一つに触れる。ふと、彼の手はポケットに、デジヴァイスのあるポケットに手を伸ばしていた。そしてそれを掴み《ANALYZER》を起動させ、カケモンをカメラに写す。

 

 

表示されたデータは、あの時と何も変わっていなかった。

 

 

 

「「着いたーーーー!!」」

「うるせぇぞバカども…」

 

昼頃、ホエーモンの引く船は新たな大地に到着する。今までと同じように木々が生えているが、全体的に暗い印象を受ける。季節で例えるならあちらが夏でこちらが秋といったところか。

どうやらここで降りるのはタツヤ達だけのようだ。好奇心故かカケモンと城太郎は到着早々大声を上げ、ワレモンはそれに文句を言う。が、その声にいつもの覇気は無い。まだ船酔いの影響が残っているのだろう。それはミキも同じようでまだフラついていた。

 

「ミキ、平気?少し休む?」

「問題無い、進む…」

「…わかった。途中で辛かったら言うんだよ?」

「うん…」

 

「………」

 

タツヤとミキの会話の中、彼らを見る者が一人。この地に着いて一言も喋らない者…そう、アサヒだった。アサヒは彼らの様子を見て複雑そうな顔をすると溜息を吐いた。その溜息に含まれているものは何か、それは追い追い説明するとしよう。

 

「青春、と言うものか」

「何言ってるのハックモン?」

 

 

昼食を取りタツヤ達は森の中を進み出す。ハックモンが言う今度の目的地はここから近い”守り人の砦“と言う場所らしい。その名の通り巨大な砦がある場所を連想させたタツヤ達にハックモンは付け足すように言う。

そこはロイヤルナイツの生き残りが守護する場所だと。曰く、砦の向こう側からは年に数回凶暴なデジモンが周期的にやって来る為に作られた場所で、その昔七大魔王やそれに近い力を持つデジモン達がやって来た事もあった為、そこの守護をそのデジモンがやっていたらしいのだ。砦を超えた先にはデジモン達の村が、その先…海を渡った先には古都があるためにある意味重要拠点だと言われている。

 

そんな場所を任されているロイヤルナイツはどんなデジモンなのだろうか。カケモンはそれが気になってハックモンに尋ねると彼は苦笑いしながらも呟く。

 

「奴は堅物だな。二重の意味でだが」

「?硬いの?」

「ああ。っと、どうやら森を抜けるようだな」

 

遠目から見て木々の間から小屋のようなものが見えてきた。おそらく近くの村に着いたのだろう。案外早かったね、とタツヤはハックモンに言うが、何故か彼の顔は先程の顔とは違い訝しげな表情を浮かべる。

 

「ハックモン、どうしたの?」

「…村に気配が無い。いや、どちらかと言うと気配を消しているのか?ただ事ではなさそうだ、気をつけろ」

 

ハックモンのその言葉にタツヤ達は驚き顔を硬ばらせる。彼が警戒していると言うことは村に何かあったと見ていいだろう。タツヤ達は先程とは変わって一箇所に纏まりながらゆっくりと進んで行く。

周りを警戒しながらも歩き続けるタツヤ達。途中何者かに襲われる、と言うことは無く無事に村に踏み込む。

それと同時に呆然としてしまった。

 

「っ、村が…!」

「ボロボロ…です…」

 

遠くからでは分からなかったが、アサヒの言うように村の建物は殆どが廃墟となっていた。まだ奥の方に残っている家が何軒かあるが、それでも酷い有様だ。

ハックモンとギルモンは血相を変え、残っている家の内一番大きい家へと急ぐ。おそらくそこが村長の家なのだろう。何があったのか確認しなければならないのだ。

 

「すまない!ここを開けてくれないだろうか!オレ達は旅の者だ、ここで何があったか知りたい!」

 

家へと着いたハックモンは扉を何度も叩き声を張る。タツヤ達も遅れながらハックモンとギルモンの元へ辿り着いた。

しかし中からは返事は無く、ただハックモンの声が響くだけだった。

 

「中に誰もいねぇんじゃねぇか?」

「いや、中に確かに気配はする」

「でもハックモン、他の人の家に来た時はチャイムを鳴らすんだっておジイちゃん言ってたよ?」

「いや、この手の扉にチャイムは…」

 

 

「……ハックモンですってぇええ!!」

「ぐふっ!?」

 

 

ワレモンとカケモンの言葉に返していたハックモンは急に開けられた扉に吹き飛ばされる。ハックモン、とタツヤ達は吹き飛ばされたハックモンを見て、次に急に開いた扉に目を向ける。

そこにいたのは高校生程の人間…いや、デジモンだった。猫を象った黒いクロブークを被り、同じく黒い修道女の服を着たそのデジモンは銀色の髪をなびかせて吹き飛んだハックモンの元へと大股で近づく。その顔は少なくとも穏やかでは無かった。

 

「ハックモン…アンタ本当にハックモンなの!?何で退化してるのよ!っていうか今までどこほっつき歩いてたの!?心配させ…違った、アタシ達に迷惑かけてんじゃないわよ!!」

「の、ノワ…!くるし…!?」

「え、っと…」

「ハックモンの知り合いか?」

 

首を絞められ持ち上げられているハックモンに目を丸くするタツヤ達。今まで苦労人や真面目と言った言葉が似合うハックモンがまるで鬼嫁か何かに問い詰められているような光景に驚いている。

そして城太郎の質問に目の前のデジモンの拘束を逃れたハックモンは大きく深呼吸し、まあな、と答える。

 

「彼女の名はシスタモン ノワール。オレの…ある意味、師の一人だ」

 

 

 

シスタモン ノワール。

彼女はデジモンの中でも珍しい“姉妹”がいるデジモンである。本来デジモンは生殖行為はせず、親や兄弟などの概念は基本存在しない。あったとしてもそれは村での上下関係や親分と子分などと言った関係に使われるものだ。

しかし彼女には“姉妹”がいたのだ。それがどう言う経由でできたのかは不明だが、昔彼女は妹とともに路頭に迷っていた所をあるデジモンに拾われる。それはロイヤルナイツの一体であり、後に彼女達とまだ未熟であったハックモンの師となるデジモンだった。

 

彼女は妹とともにロイヤルナイツを目指すハックモンにそれぞれ戦闘訓練と身の回りの世話をした。それは師の命でもあり、何もする事がない故の退屈凌ぎだったのかもしれない。だがハックモンはそれを乗り越え、試練を超え等々ロイヤルナイツ…ジエスモンへと進化したのだ。

 

 

「…その後、オレは師匠とノワール達とは別行動でデジタルワールドを周り、ロイヤルナイツとしての使命を果たしていた」

「………痛くないの?」

「かなり痛い」

 

ミキがそう言うとハックモンは素直に即答する。彼の両頬は赤く腫れあがっていたのだ。

あの後、感情が爆発したノワールが往復ビンタした事が原因だった。ノワールはハックモンの言葉にもう一回やって欲しいのと目を細めていたが、言われた本人は目が泳いでいる。そんなハックモンにため息をつきながらもノワールは背後にある家の方へと向かう。

 

「立ち話をする気は無いわ。中に入って話すわよ」

「…その前に、ブランはどこにいる?」

「……」

 

ノワールは何も言わずに歩く。表情は見えないが彼女の雰囲気はさっきと違って落ち着いている。いや、そうせざるを得ない状況なのだろう。ハックモンは察したのか何も言わず着いていく。タツヤ達もそれに続いて後を追った。

 

 

「…アンタ達の旅の目的はわかったわ。でも残念だけどアタシ達も師匠を探している途中だったのよ」

「…その途中でこの村に着いたと?」

「そう言うことね」

 

ここまでのタツヤ達の旅の経由、そして現在のハックモンの状況などを聞いて、椅子に座り足を組むノワールは目を瞑っていた。情報の整理をしているのだろう、ただでさえ大ごとになりそうな上に七大魔王絡みになってきたのだ、考える事は多いのだろう。

 

「オレからも聞きたい。何故師匠と離れた?それに、」

「師匠に関してはわからないわよ。あの日…ロイヤルナイツが壊滅したあの日に師匠がアタシ達に手紙を送ったのよ。調べる事が出来たから暫く留守にする、って。あの時は突然の事で驚いたわよ。弱体化した師匠は長くは戦えない、それなのに一人でデジタルワールドを周るなんて、てね」

「そしてお前達は師匠を探し始めた、と」

 

そうなるわね、とノワールは腕組みをしながら返答する。彼らの会話を聞き、傍観しているタツヤだったが、なぜか彼は彼女に違和感を感じていた。感情を抑えているような、ありのままの自分でいないような…自分を無理やり落ち着かせているような、そんな気がしたのだ。

 

「では次にだが、何故この村には他にデジモンがいない?いや、それより何故君は一人なのだ?」

「…アタシしかデジモンがいないからよ」

「…ノワール、いい加減にしろ!オレが欲しい答えは…」

 

感情が高ぶったハックモンはいつもの冷静さを捨て叫ぶ。

 

 

と、次の瞬間…家の外で聞き覚えのある悲鳴が響いた。

 

「きゃぁぁああああ!!」

「ッ、なんだ!?」

「今の…沢渡さんの声!?」

「何ですって!?」

 

タツヤは立ち上がり外へと駆け出す。それ以外も遅れながらもタツヤの後を追った。そんな中でノワールはハックモンに怒鳴り散らすように言葉を投げかける。

 

「どういう事よハックモン!家の中に全員いたんじゃないの!?何で外にいるのよ!!」

「話に夢中で気が付かなかった!クソ、オレも鈍ったものだ…!」

 

ハックモンは吐き捨てるようにそう言うと悲鳴が響いた場所へとたどり着く。

そこには先に出たタツヤ達、地面に膝をつくミキとワレモン。

そして、濃い霧の向こう側で蠢く異形の影だった。

 

 

 

 

沢渡 アサヒ。

 

古武術の道場で生まれた彼女は誰に似たのか不明だが、比較的温厚であり、同時に自分を出せない性格をしていた。彼女の父と母、そして兄の側を離れず、他の誰かと関わりを持たず、視線を合わせる事にどこか苦手意識を持つ彼女は当然家族に心配される。

 

だが彼女はそんな家族の気持ちを、なんとなくだが察していた。それは幼い彼女にとって衝撃的な事だったのだ。

…家族に迷惑をかけている。自分はいい子ではないのだ。自分はいらない子なのだ。

そう思ってしまった瞬間から行動は早かった。

彼女は家出したのだ。

と言っても、当時の彼女は小学一年生。感情的になって飛び出したアサヒは行く当てもなく、ただひたすらに走るだけ。結果的に彼女は近くにある公園のベンチで座り込んでいた。

 

時間が経つ、日が暮れる、周りから人が消えていく。不安と悲しさは彼女の中で大きくなる。次第に彼女の目からは大粒の涙が溢れていく。もうこのままなのではないか、ひとりぼっちになってしまうのではないか?

家族が来てくれないのではないか?

 

 

“ねぇ、どうして泣いてるの?”

 

 

 

夢を見ていたようだ。少し懐かしい、出会いの記憶を少し引きずりながらもアサヒは目を開けた。気を失っていたようで、彼女は何があったのかをぼんやりとした頭で思い出し、立ち上がる。

そして周りを見るとここは洞窟の中だと確認した。おそらく自分を連れ去ったあのデジモンの住処なのだろう。そうわかった瞬間、アサヒは表情を曇らせた。

 

「あの、大丈夫です?」

「ひゃ!?」

 

背後から声をかけられたアサヒはその場で飛び上がり振り返る。自分だけしかいないと思っていたが、そうではないようだ。

そこにいたのは、少女の姿をしたデジモンだった。白い服に同じく白いウサギの被り物をしたデジモン…その顔を見てアサヒはどこかで見たような、と思っているとそのデジモンは申し訳なさそうに謝罪する。

 

「えっと…ごめんなさいです。驚かせちゃいましたよね?」

「あ、い、いえ…てっきり私一人だけだと思ってたから…」

 

アサヒは動悸を抑えながらもそのデジモンを見る。同時に冷静になったのか、目の前のデジモンに話しかけようとした。ここはどこか、彼女は何故ここにいるのか。

が、その前に口を開いたのは目の前のデジモンだった。

 

「あの、貴方も…オロチモンに連れ去られたですか?」

「オロチモン…?」

「はい。首が八つある大蛇のデジモンです。…ワタシも連れてこられたのでもしかしたらと思ったのです…」

 

そう言われ気を失う前の光景を思い出す。そうだ、彼女の言う特徴のデジモンに捕まって…。

アサヒは恐怖が蘇ったのかぶるりと震える。それを心配したのか目の前のデジモンは話を変えようとしたのか、アサヒの目の前に近づくと自らの胸に手を当てて口を開いた。

 

 

「ワタシはシスタモン ブラン。ブランと呼んでくださいです!」

 

 

 

この村にはとある言い伝えがあった。何百何千、それこそ十闘士伝説と同じくらい前から伝わるものが。

酒と見目麗しいデジモンを好み、気に入らないデジモンを容赦なく殺す残虐なデジモン…オロチモンがとある神の如きデジモンに封印されたと言う言い伝えだ。村のデジモン達は代々その伝説を聞いて育ち、オロチモンが封印されていると言うとある洞窟…かつてオロチモンが住処にしていた洞窟へ近付くなと言われてきた。

 

だが数日前の事だ。普段通り生活していたデジモン達は何かが地面に落ちたような地響きを感じ、一時的に混乱した。だがそれはすぐに止み、気の所為かとその時は思った。

だが、

 

 

「その次の日、村に伝説と同じ特徴を持ったデジモンが…オロチモンが現れ村を襲った、と」

「そうよ。その時たまたま立ち寄ったアタシとブランはオロチモンに戦いを挑んだけど…敵わなかった。そのせいで少なくない数の村のデジモン達が犠牲に…それにブランまで攫われて…!」

 

一度家に戻ったタツヤ達はノワールの話を聞いていた。この村に何があったのか、あのデジモンは何者なのか、それを話してくれたのだ。彼女は生き残ったデジモンを別の村に逃がし自分は妹を…ブランを助けるためにただ一人この村に残った。

だがオロチモンの住処に行こうにも霧が邪魔をして進めず、対策を練っていた所でタツヤ達が来たらしい。最初の焦りはそう言うことかとハックモンは納得し、目の前で拳を握るノワールに向け口を開く。

 

「ノワール、オレ達もヤツを倒す事に協力しよう。ブランは大切な妹分だ。それにアサヒも今やオレ達の仲間。放っておくわけにはいかない」

「そうだね〜。早く二人共助けよ〜」

「…ありがとう、ハックモン」

「兎に角善は急げだ。そうでないと…タツヤが持たん」

 

そう言いチラリと部屋の一点に目を向ける。そこには窓の外を見るタツヤ…その少し離れた場所に残りの四人が機嫌を伺う様にしていた。

実は、アサヒが連れ去られて一番に助けようとしたのはタツヤだったのだ。いつもの冷静さは何処へ行ったのか、オロチモンの去った霧の向こうへ一人走って行こうとした。だがとっさに城太郎に抑えられ未遂となったのだが、あのまま行けばどうなっていたかはわからない。

故に今の彼は不満を持ちながらもこの場にいた。早く助けに行きたいと、そう目に見える雰囲気を出している彼に城太郎達は小声で話し合う。

 

「な、なぁ、なんかタツヤピリピリしてねぇか?」

「タツヤ、ちょっと怖いよぅ…」

「あれじゃねぇか?前に沢渡が攫われた時の事があるから、余計気が立ってんだろ」

「…私のせい」

「ミキのせいじゃないよっ。あの時はえっとー…」

「お前何も思い浮かばねぇのに慰めようとすんなよ」

「今のアイツはあんま刺激しないほうがいいな…」

「うん…」

 

 

「話、終わった?」

 

 

今まで会話に参加、それどころか口を開いていなかったタツヤがこちらを見る。その顔はいつも通り…とは言えず、能面のように表情が消えていた。その事にカケモン達どころかこの中で一番タツヤを知っている城太郎までもが息を呑んだ。

こんなタツヤは見たことが無い。いつも怒らせていると自覚している城太郎でさえもこんな顔はさせた事は無いほどにだ。

 

「あ、ああ。だが焦るな。冷静さを失えば逆に彼女に危険が…」

「僕は冷静だよ。びっくりするほどね。それに急ぐことは大事だよ。そのデジモン…オロチモンだっけ?見目麗しいデジモンを好むんだったら沢渡さんもノワールの妹さんも危険だよ。それこそ時間が掛かればかかるほどね」

「でもアサヒのいる場所がわからないよ?霧が濃いし…」

「カケモン 、大丈夫だよ。沢渡さんはデジヴァイスを持ってる。城太郎の時と同じで場所がわかる筈だよ。だよね、ミキ?」

「う、うん…」

 

異様な雰囲気のタツヤに押され気味になりながらもミキは頷く。そう、アサヒはプロトデジヴァイスを持っている。もしかしたら、と確認したところ機能は問題なく、アサヒのいる大体の場所は特定できていた。

それを確認するとタツヤはありがとうと一言告げ外を見る。

 

内心では焦っているのだ。アサヒは以前バルバモンに連れ去られている。その時は自分も突然の事や情緒的な問題もあった為に直ぐに行動出来なかったが今は違う。場所も敵もわかる、自分もすぐに動ける。

今も彼女は囚われている…自分の意思とは言え危険の伴うデジタルワールドに来た彼女に万が一の事があってはいけない。彼女には帰るべき場所が、家族がいる。彼女だけじゃなく城太郎やミキもそうだ。

だからこそ、タツヤは胸に渦巻く感情を押し込んで、ただ一つの事を考える。

 

「絶対、助けるんだ…!」

 

 

 

「じゃあ、ブランちゃんもオロチモンに連れてこられたんですか?」

「はいです。でも驚いたです。ジエスモン…じゃなくてハックモンのお仲間さんだったなんて…」

 

一方、オロチモンの住処の洞窟ではアサヒとブランは岩場で話をしていた。どうやら今オロチモンは食事の様で洞窟の別の場所にいるらしい。今の内に逃げれば、とそうアサヒは行ったのだが現在オロチモンのいる場所は洞窟の入り口、対して二人がいる場所は洞窟の一番奥だと言う。出口が一本しか無いこの場所では逃げ場はなく、ブランにしても武器を取り上げられているので戦う事が出来ないのだ。

 

「今は待った方がいいです。ハックモンと姉様が助けに来てくれます」

「そうですね。きっと…浪川君達が来てくれます」

 

そういうアサヒの言葉に迷いは無かった。胸の奥に恐怖はある、だが不安は無い。タツヤ達はきっと来てくれる。そう信じているのだ。

そんなアサヒの表情からブランは笑顔で口を開く。

 

「信じてるですね。そのナミカワって人」

「………はい。多分、誰よりも信じてるんだと思います」

 

そう言ったアサヒの言葉に興味を持ったのかブランは話を聞きたそうに彼女を見た。キラキラとした目を見て女の子だなぁと思いながらもアサヒは目を瞑る。

思い出すのは過去の光景…先程まで見た夢の続き。

 

 

泣いていた自分に声を掛けたのは小学校のクラスメイトの男の子だった。今まで話した事の無かった彼は自分の隣に座ると泣いちゃダメだよ、と言いながら涙を拭ってくれた。それどころか何があったのか聞いてきたのだ。

本来なら人見知りする彼女だがその時は気持ちが高ぶっていたのだろう。自分の胸の内を、不安を、彼に話したのだ。

すると彼は何故か自分の事を話し始めた。自分の名前の事、家族の事、そして両親が遠い国に行っている事も。

 

正直両親が側にいない事にアサヒは動揺した。祖父は居てくれるらしいが自分ならとても耐えられない。だからこそ聞いた、平気なのかと。

すると彼は平気じゃないと言った。だが同時に大丈夫だとも言った。両親に会えないのは寂しいが、二人は自分を想ってくれている。この名前が、この心がそれを証明してくれているのだ。

 

“だから君も、もっとお父さんとお母さんと話してみようよ。そしたら君にも見つかるかもしれないよ、君にできるなにかが”

 

“だって自分の子供を大切にしない人なんてどこにもいないんだから!”

 

 

結果的に言うと彼女はそこから少しだが前へと進んだのだ。彼と話した後家へと帰り、叱られながらも家族と話をした。そして一部だが家の手伝いもし始めたのだ。何もやらない自分から少しずつ変わっていくために。

次の日に学校で彼を見つけた。…その時からかもしれない。彼から目を離せなくなったのは。彼の姿を目で追い始めたのは。いつからか不安定な様子になった彼に胸を締め付けられる様になったのは。

 

 

「じゃあその人はアサヒさんの白馬の王子さまですね」

「は、白…!?は、はいぃぃ…」

「…いいなぁ。ワタシにも王子さま来てくれないかなぁ」

 

ブランの言葉にアサヒの頭は沸騰する。ぼひゅっ、と音を立てながら顔を真っ赤にする彼女を横目にブランも要望を呟く。理想ではあるけど、カッコよくて、強くて、優しい素敵な王子さまが来ないかなぁ、と。

 

 

「仲が良い事は良き事かな」「デュフフフフフ!美少女二人の絡み合いたまりませんぞぉ!」「あー、たまらんお」「おおお、お主らやるねぇ」「ブランたん、いいよぉ」「(*´д`*)ハァハァ」「お、やりますねぇ。いいですねぇ!」「ヤバない?マジでヤバない?」

 

 

少女二人の作り出した柔らかな空気は下賎な者の声でかき消される。洞窟の奥から光る8対のやめ目が此方を見ていた。アサヒは凝縮し、ブランは彼女の前へと庇うように出る。そしてボソリ、とオロチモンと呟いた。

奥から出てきたデジモンを見たアサヒは脳裏にヤマタノオロチという蛇の怪物を思い浮かべた。それもそのはず、目の前のデジモンは伝承にあるヤマタノオロチそのものと言える姿をしていた。だが少しイメージと違ったのか、一本以外の蛇の首以外が機械的な所と、その口調が色々とおかしかったのだ。

 

「何をしに来たですか?」

「何を、か。」「いやー、ちょっと新しいコレクションの確認に来たんでつよ、セッシャ達」

「コレクション…?」

 

何を言っているのか分からず一度呟くブラン。同時にアサヒもその言葉の意味を考え、そして絶句した。オロチモンはそんな二人の事を放って別の首が話し出す。

 

「あー、オレの趣味だお」「かかか、可愛いデジモンを集めてコレクションするのが、おお、オレの趣味だねぇ」「君デジモンじゃないけど可愛いから連れてきたんだぁ」

 

呆気らかんと言った様子でオロチモンは語る。曰く、封印から解放されたのはいいものの、近くの村には自分の好みのデジモンが居らず腹いせに暴れたと。曰く、その時いたブランを気に入り連れ去ったと。

それを聞いたブラン、そしてアサヒはそんな事ができるオロチモンに嫌悪の表情を見せる。特にアサヒはブランの後ろから前へと出て目の前の怪物を睨みつける。

 

「貴方は、そんな理由で村を襲ったんですか!?それにブランちゃんまで…!ふざけないでください!貴方…最低です!」

「(´・ω・)」「言いますねぇ!生意気言いますねぇ!」「あ?コイツコレクションの癖に生意気じゃね?やっちゃってよくね?」

 

アサヒの怒りの言葉に逆上したような様子のオロチモン。8本ある内の一本の首がアサヒを捉えると彼女の目の前に近付き、口を開く。

ブランは庇おうとするが、一瞬遅かった。オロチモンの口からピンクの息のようなものが出てアサヒを包み込む。アサヒさん、と悲鳴混じりで叫ぶブラン。

 

それとほぼ同時だった。彼らのいる洞窟の壁が破壊されたのは。

 

 

「「「うわああああああああ!!?」」」

 

 

絶叫と共にオロチモン並に大きな竜型のデジモンが壁を壊し目の前へと到着する。その事にブランはもちろんオロチモンも取り乱した。

 

「な、何です!?」

「何だ?」「敵襲でござる!敵襲でござるー!?」

 

喚く一本の首を放って残りのオロチモンの首は敵であろうデジモンを見る。そのデジモン…カケモン ver.エグザは両腕から一緒に来ていたタツヤ達を下ろしオロチモンを睨みつける。

そう、あまりにもタツヤが急ぐ為、彼らは現在機動力があるver.エグザでアサヒのいる反応の場所に一気に来たのだ。だが悲しい事に途中の木々や岩を壊す衝撃は消せず、腕の中にいた者たちは少なからずダメージを受けていた。

 

「いったぁ…!あ、ブラン!」

「姉様!それにハックモンも!」

「無事かブラン…っ!?」

 

ブランの様子を見て安堵するノワールとハックモン。だがカケモンは見てしまった、ブランの膝下で倒れるアサヒの姿を。心なしか顔が赤く息が荒くなっているようにも感じる。

 

「貴様、アサヒに何をした!?」

「あー、ちょーっとオレの技を出しただけだぞー」「くくく、苦しいのは最初だけだからねぇ」「アサヒたんっていうんだぁ。いいねぇ。コレクションの名前は覚えないとねぇ」

 

オロチモンから発せられた言葉にハックモンやギルモン、それにノワールも理解した。それどころか城太郎やミキ、カケモンまでにもだ。同時に先ほどのブラン達同様嫌悪の表情を浮かべる。だがそんなことは露知らず、オロチモンはその視線をミキへと向けた。その視線は欲望を含み嫌悪感を感じる。

 

「(*´Д`*)」「そっちの子もいいですねぇ!コレクションにしちゃいますかねぇ!」「ニンゲンパナくない?マジパナくない?」

「っ!?」

 

思わず自分を抱きしめるように腕を抱くミキ。それもそのはずだ、自分もそういうモノと見られていい気はしない。他の者も仲間や友達をそういう風に見られた事に怒っている。

 

–––––だからこそ気付いていなかった。

 

 

「くだらない…」

 

 

ただ一人、静かに感情を昂らせていた事に。

ただ一人、オロチモンに目を向けずにいた事に。

ただ一人、なにかをされたであろうアサヒを見つめていた事に。

 

 

「た、タツヤ?」

「なに?今なんと言った若造」

「くだらないって言ったんだよ。そんな馬鹿みたいな理由で村のデジモン達を襲った?沢渡さんを攫った?それに今度はミキまで?ハハ…本当にふざけてる」

 

城太郎が震えた声で呼んだ事に気付かない。いや、それ以前にここに来てアサヒの事を見てから既に周りの会話を聞いているようで聞いていなかった。ただ情報だけが頭に残り、それ以外は消えていく。

 

タツヤの中で何かが切れ、燃え上がり、煮え立っていく。これが純粋な怒りなのだという事を理解し、同時に問題が起きた。

タツヤはこの感情を制御しきれない。十年近く激しい怒りを表に出さなかった為に彼はそのぶつけ方を、表現の仕方を知らないのだ。

だがらこそ、今の彼は清々しいほどに、

 

 

「本当、––––––笑わせてくれるよ」

 

 

笑っていた。

その笑みを見た瞬間、タツヤを知る者達から鳥肌が立ち始めた。清々しいまでの笑み、だがその瞳の奥から見えるものは今まで見ることのなかったもの、それにゾッとしてしまったのだ。

タツヤはそんなものは知らないとばかりにデジヴァイスを手に取った。

 

「セットアップ、オメガモン」

「アップグレード!カケモン ver.オメガ!」

 

洞窟の中では巨体で行動するのに無理があると判断したのだろう、タツヤはカケモンをver.オメガへと変える事を選択した。一方のカケモンはタツヤの変化に動揺しながらもオロチモンへとウェポンΩの弾丸を打ち込む…と見せかけてカウンター気味にブランとアサヒの元へ飛ぶ。そして二人を両手で抱えるとオロチモンから離れた位置に着地し、二人を守るように光弾を放ち始めた。

 

オロチモンはその尻尾と首で光弾を弾く。そして今度は剣で戦い始めたカケモンと尾が変形した刃で交戦するが、その時オロチモンの首の内の一本が見てしまったのだ。戦っている間に自らのコレクションを奪おうとする盗人達の姿を。その首の一本は強欲だったのか、戦いよりもそちらの方を取り戻そうとしアサヒ達の元へ向かうハックモン達の元へ首を伸ばす。

その事に気付いたのかハックモンにギルモン、ノワールが戦闘態勢に入る。それに加え城太郎までもが先日貰ったクロンデジゾイド製の棒を構えた。

が、それは横から来たタツヤに取られ、

 

「伸びろ」

「あぐぅぅ!?」

「「「四号ゥゥゥ!?」」」

 

迫るオロチモンの首の眉間に深く突き刺さった。余談だがこの棒は伸縮を声一つで変えることが出来る。今タツヤが伸ばした長さはこの棒が出す最長の長さだった。その証拠にオロチモンの眉間は深く深くめり込んでいる上にビタンビタンともがき苦しんでいる。

 

「いっでぇぇぇぇええぇぇええええ!!?思い切りあたったったぁぁぁっぁあ!!」

「痛みは首一本分だけ…?…そうか、繋がってる所にやればいいのか」

「た、タツヤ…」

「縮め」

 

城太郎はタツヤに棒を返す用に言おうとしたがその前にタツヤは棒を元の長さに戻す。返してくれるのか、と一瞬目を輝かせた城太郎。だが現実は非情だ、タツヤは棒を構え直すと狙いをオロチモンの胴体へと変え……呟き始めた。

 

 

「伸びろ縮め伸びろ縮め伸びろ縮め伸びろ縮め伸びろ縮め伸びろ縮め伸びろ縮め」

「「「あんぎゃああああああああああああああ!!!?」」」

「やめろタツヤァァァアア!?敵だけどなんか可哀想になってくる!?あと俺のジョイ棒返してくれェェェェェェェ!!」

「え、これそんな名前なの?うわダサいね、センス現実世界に置いてきた?」

 

無表情で息継ぎをせず呟くタツヤに叫ぶオロチモンと城太郎。俺の見せ場なのに俺の武器勝手に使わないでくれよと言うニュアンスが伝わって来るがタツヤはそんな事はお構い無しに毒を吐く。そしてそれがとどめとなったのか、城太郎は膝から崩れ落ちた。

 

「そ、そんなにダサいのか…?」

「カケモン 、とどめお願い」

「あ、はい」

 

背後で膝を着く城太郎を無視し支持を出す。カケモンもカケモンで今のタツヤに怯えているのか返事が早かった。カケモンはウェポンΩの砲台を胴体を連続で攻撃されグッタリしているオロチモンに向ける。正直オロチモンがした事は許さないがなんか少し可哀想になって来たがそれはそれ。カケモンはキッチリととどめを刺す。

 

「……こ、コキュートスハウリング!」

「「「もうちょっとやる気出せよォォォ!!」」」

 

断末魔にしてももう少しいいのは無かったのかと言いたいが死人に口無し、オロチモンは全身を氷漬けにされ、そして粉々になった。

それを見届けたタツヤは怒りの矛先が居なくなったと同時に内側にあった怒りを鎮め足早にアサヒの元へと向かう。既に意識は取り戻したのか、アサヒはハックモン達に囲まれながらも静かに座っていた。

 

「沢渡さん、大丈…」

「えーい」

 

彼女の目の前に来た瞬間、タツヤは心配していた本人に押し倒された。そう、押し倒されたのである。今までのアサヒはこんな事をする筈がない、予想外の行動にタツヤは頭が真っ白になる。それは周りも同様で固まってしまった。

 

「えへへぇ、浪川くんでしゅ。今日もかっこいいでしゅねぇ」

「さ、沢渡…さん?」

 

髪から覗く焦点が合ってない目でアサヒはタツヤのマウントを取り、彼の手首を掴んで離さないでいる。その様子に混乱したタツヤは彼女の異常な様子に少し口元を痙攣らせる。同時に彼女から何故か酒の臭いがする事に気付いた。

ちなみにだがオロチモンが放った技が酒ブレスと言う技だと言う事は後で知る事になる。

 

「違いましゅよぉ!アサヒでしゅよぉ!沢渡さんって呼ばないでくだしゃい!」

「え、いやでも…」

「タツヤ、大丈夫?」

「ミキ、ごめん。沢渡さんをどかしてもらってもいたたたた!?」

 

固まっていた周りの中で唯一動けたミキがタツヤに助け船を出すが、それと同時にタツヤの頰に痛みが走る。その痛みの正体は頰を膨らませてタツヤの頰をつねるアサヒだった。何故か拗ねた様子でタツヤを見ている。

その様子を見て助けようとしたミキだったが、何故か胸に違和感のようなものを感じる。より具体的に言えばモヤっとしたのだ。

 

「……?」

「ちょっ!沢渡さん、つねるのやめ…」

「ふーん、しゃいばさんはミキでわたしは沢渡さんなんでしゅか。ふーん」

 

今度は両方の手でタツヤの頰をつねるアサヒ。タツヤはミキに助けを求めようにも彼女は何故かその場で立ち尽くしてしまった。もしかしたらもう少しこのままかも、と覚悟した所でタツヤの両頬は解放される。それと同時にアサヒは俯いてしまった。

 

「ずるいでしゅ。しゃいばさんだけ、わたしだって名前で呼んで欲しいんでしゅ…」

「沢渡さん…?」

「だって、だって、わたしは…私…は…?」

 

何か呟いていたアサヒは顔を上げる。その顔は先程と違い、いつもの彼女と同じものだった。キョトンとした表情で周りを見渡し最後に下を、タツヤの方を向く。そして数秒、ワナワナと体が震え出し先程以上に顔を赤くさせると、タツヤの上から飛び降りるとペコペコと頭を下げ始めた。どうやら技の効果、というより良いが覚めたのだろう。

 

「すすすすみません、すみません!?重かったですよね、と言うよりつねってすみません赤くなってますし冷やさないと、お水、お水はどこに…」

「…あはは」

 

オロオロとするアサヒを見て思わず笑ってしまう。それはオロチモンに向けたものと違って自然なもの。赤くなったり青くなったりするアサヒの顔を見て少し可笑しくなったようだ。

 

「な、なんで笑ってるんですか?」

「ご、ごめん。ちょっと可笑しくって…」

 

少し不満げに言う彼女に笑いながらも謝るとタツヤは立つ。そして一息つくと、アサヒに手を伸ばした。

 

「さぁ、早くここから出よう…アサヒ」

 

その一言にアサヒは髪に隠れた目を大きく見開く。そして自然と笑みがこぼれ先程と違う意味で顔を赤くする。

アサヒはその手を強く握る。まるで幼い頃のように、その手を取ってくれたタツヤを見つめていた。

 

いつだって彼は自分を助けてくれた、あの時だって、今この瞬間だって。

いつかは儚く消えてしまうかもしれない、でもこの感情を否定する事なんてできはしない。

あの時から…いや、この一瞬でさえも、

 

 

「…はいっ、タツヤ君!」

 

 

沢渡 アサヒは恋をしている。

 

 

 

「ジョータロー、あれをどう見る?」

「あー、多分仲間外れは嫌だったんだろうなーって感じに思ってんじゃね?」

「タツヤ鈍いね〜」

「………」

「ミキどうしたの?」

「さっきから動かねぇなコイツ」



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二十五話 《繋ぐ奇跡》

ハックモンは頭を抱えていた。

理由は二つ。一つはオロチモンが復活した原因についてだ。ノワールの話ではオロチモンが現れる前日になにかが落ちたような音、地鳴りが村中に伝わったと言う。これだけの情報からだと、何者かがオロチモンの封印を解いたのかと言う事しかわからない。

だが、そうなると一体何者が解いたのか?伝説とはいえ、神の如き力を持つデジモンが施した封印を並大抵のデジモンが解けるとは思えない。

 

それに理由も謎だ。オロチモンを解放するメリットがあるのか?昔暴れたデジモンを手懐けるつもりだったのか、それとも…。

と、ここまでは真面目な悩みだ。

そして頭を抱えるもう一つの理由はと言うと、

 

 

 

「あ、あの!」

「?どうしたの?」

 

オロチモンの洞窟から村を出たタツヤ達は村で一晩過ごす準備をしていた。本来であれば村で少し休憩しつつ夕方頃に防人の砦に着く予定だったのだが、オロチモンの件もあり大幅に時間が過ぎてしまったのだ。それに捕まっていたアサヒとブランも休憩が必要だろうと言う意見もあったため、一夜を過ごすこととなった。

そんな中で、薪拾いをしていたカケモンにブランが声をかけていた。

 

「ワタシ、シスタモン ブランって言うです!ブランって呼んでくださいです!」

「うん、わかった!ボクはね、カケモンって言うんだ」

 

少し緊張した様子のブランに対していつも通りの対応をするカケモン。だがカケモンの名前を聞いた瞬間、ブランは熱でもあるかのように顔を赤くさせカケモンの名前を呟く。

 

「カケモン、様…」

「?違うよ?カケモンだよ?様はいら」

「好きな食べ物はなんですか!?ワタシでも採れるものですか?さっきの凛々しい姿ってまたなれますか!?あ、別に今も可愛くてギャップがあっていいですけど。あ、それとワタシ成長期ですけど大丈夫ですか!?」

「ちょ、ちょっとブラン!!」

 

カケモンに詰め寄るように次々と言葉を並べるブランに遠目から見ていた姉のノワールは焦り気味に近づいた。それもそのはずだろう、生まれて来てからずっと見てきたブランが見たことのないような表情をして初対面のデジモンに詰め寄っているのだ。焦らずにはいられないだろう。

そんなブランの様子に若干引きながらもカケモンは一番最初の質問に律儀に答える。

 

「え、えっとぉ…好きな食べ物はドーナツだよ??」

「ドーナツ!?どこで採れるですか!?ちょっと探してきますです!」

「ブラァァァァァアアン!?」

 

そう言って森にダッシュするブラン。それに対し一瞬遅れて駆け出し、アメフト選手顔負けのタックルを彼女の腰に当てるノワール。両者とも地面にうつ伏せに倒れたが、ブランは腰に抱きつく自分の姉を引きづりながらも再び歩き続けた。

 

「止めないでくださいです姉様っ!ワタシは愛に生きるって決めたんです!」

「何言ってんのアンタ!?それより師匠探す方が大事でしょ!?」

 

成熟期と成長期の差は何処へやら、ノワールの正論を無視しブランは前へと進み続ける。

…ここまで来れば大体察せるだろうが、どうやらブランはカケモンに恋をしてしまったようだ。しかも一目惚れで。

洞窟でカケモンに抱えられた時がきっかけのようで、それ以来こうなのだ。

 

「どーしたんだろ?あいたっ!?」

「お前アホか!?あんなのどう見てもお前に…」

「コラぁぁぁぁ!カケモン様を虐めるなです!!」

「うわ早っ!?」

 

ブランの行為に首を傾げるカケモンにいつも通りに拳を振るうワレモン。だがそれを見たブランは進行方向をワレモンに変更してブランを振り切り走り出す。何気に自分の槍を持っている所から結構怒っているのだろう。ワレモンは叫びを上げながらも逃げ出した。

 

「なんか、ますます賑やかになったね」

「あ、あはは…」

「?彼女の行動がよくわからない」

「うちの、うちの妹が壊れたぁぁぁあ…!」

「面白いね〜」

 

何人かは苦笑い気味に、一人は疑問を浮かべ、一人は嘆き、一人は面白がる。こんなカオスな光景を見て、一行の責任者とも言えるハックモンは頭を抱えずにはいられなかった。気の所為で無ければ、胃も痛い。だがまだその程度でいられる。

 

 

「俺…名付けのエキスパートじゃなかったのかなー」

 

 

ただ一人、未だ放心状態の城太郎がいたからというのも記載しておこう。

 

 

一晩明けてデジタルワールド滞在十一日目となった今日。タツヤ達はシスタモン姉妹と共に防人の砦に向かっていた。何故彼女達がいるのかと言えば、理由は二つ。

一つはハックモンと彼女達の師匠についてだ。タツヤ達と姉妹の旅の共通点はその師匠の探索というのも含まれている。行方を探すシスタモン姉妹とハックモンの利害は一致しているからだ。

そしてもう一つはブランが離れたく無いとワガママを言ったからだろう。その訳は上述した通りなので省くがよっぽど離れたく無いのか、彼女はカケモンを抱き上げながら移動している。カケモン本人はまんざらでもなさそうだが、ワレモンの目が痛いのは余談である。

恋というのは人だけではなくデジモンも変えるようだ。

 

 

歩く事約二時間、霧掛かった森を抜けたタツヤ達の目の前には巨大な壁がそびえ立っていた。横を向いても地平線まで続く巨大な壁、現実世界で言えば万里の長城のような見た目をしている。だが大きさはこちらの方が数倍上だった。まさに防人の砦と言える場所だろう。途中城太郎が空から来たらどうするのかと問われたが、それに対し特殊な結界を張っているから問題ないと答えた。

少し場所を移動し、一番警備が敷かれている場所、すなわち砦の責任者であるデジモンが居そうな場所に着いたタツヤ達。大きな門の前では姿形が同じだが色が白と黒で分かれているデジモン、ポーンチェスモンが門番をしていた。そして門に近づくタツヤ達に気付くと門番の二体は彼らに向けて槍を構える。

 

「待て貴様ら、何者だ!」

「オレはハックモンと言う。ここの主人であるマグナモンに拝見したい」

 

この手のやり取りに慣れているハックモンは動じず答える。そしてその名前を聞いたポーンチェスモン達は槍を引いてヒソヒソと話し始めた。

 

「ハックモン…?たしか…ロイヤルナイツの…」

「どうする?」

 

門番の立ち位置にいるためか判断がつかないポーンチェスモン達。そして数秒立つと一体が門をくぐり中へと入っていった。どうやら直接聞きに行ったらしい。さらに数分が経過した時、門は開かれた。

 

中はレンガで作られた無骨な場所だった。守るための拠点というのもあるためか、華やかさは一切存在しない。そしてなによりも気になるのが、周りにいるデジモンだった。ハックモンが言うにはここにいるデジモンはポーンチェスモン系統のデジモンのみらしい。だが、今通路に見えるのはそれとは全く違うデジモン達だった。しかもそのデジモン達は大半が負傷している。大小の差はあれど、その光景は見て痛々しかった。

 

ハックモンはおかしいと思いながらも道案内するポーンチェスモンに負傷しているデジモン達の事を聞こうとした。だがその前に前を歩くポーンチェスモンは立ち止まりその場で膝を着いく。同時に気付いた、目の前から歩いてくる同胞の姿に。

目の前に現れたデジモンは鎧を着た竜人のような姿をしていた。全身を黄金であっただろう鎧を纏うデジモンはハックモンを見下ろしている。

 

「マグナモン…」

「生きていたか、ジエスモン…いや、今はハックモンか。それに…」

「………」

「なんのつもりかは知らんが、よくもそんな格好でいられるな」

 

そのデジモン…マグナモンはハックモンの後ろにいるギルモンを見ると、仮面の奥で不快そうにそう言った。なんのことかさっぱりわからないがあまりいい雰囲気ではなさそうだとタツヤ達は少し緊張している。

そうしていると彼は今度はタツヤ達を見て一息つくと彼らから背を向けた。

 

「ワタシに話があるのだろう?付いてくるがいい。…ただし、部外者が来ることは許さん」

 

そう言って歩き出すマグナモン。どうやらタツヤ達が来ることを快く思っていないらしい。一方、ハックモンはタツヤ達に申し訳なさそうな表情で言ってくる、と告げ彼に着いていった。

一体今のはなんだったのか、タツヤ達は二人の背中を眺めているのだった。

…ただ一人、ギルモンを除いて。

 

 

 

 

「カカカ、随分と戦ったようじゃの。モスドラモンよ」

「…ふン。質が低い者たちばかりだったがナ」

 

ダークエリア、デジタルワールドで言う地獄に当たる場所でとある魔王は愉快そうに笑っていた。その魔王…バルバモンは目の前にいる二人のデジモンと人間を見て愉快そうに目を細める。

バルバモンに答えたのは蛾のような羽を持つ竜のデジモン、モスドラモン。彼は不快そうに鼻を鳴らすと近くに腰をかける。その言葉には偽りはなく、今の彼の実力では並大抵のデジモンを相手にするには物足りなくなって来たのだ。

そしてもう一人、顔に火傷の跡を持つ人間、“A”はポケットに手を入れながらもバルバモンへと問いかける。

 

「それで、俺たちを呼んだのはそれなりの理由があるんだろう?」

「話が早くて助かるわい。…今から“防人の砦”を攻める。付いてくるがよい」

「…それだけの為に呼んだのか?」

「カカカ、まさか!…あそこには例のデジモンと人間がいるぞ」

「っ!」

「ほウ、あの時ノ…」

 

バルバモンの言葉の意味がわかったのか、“A”は顔を歪めモスドラモンはここに来て初めて笑みを浮かべる。表情は対極にある二人ではあるが脳裏に浮かぶのはある人間とデジモンの二人組。過去何度か戦った事のある彼らにとってもはや因縁のようなものを感じていた。

故に、彼らがバルバモンに返す言葉は既に決まっていたのだ。

 

 

 

 

「んだよ、あのマグナモンってやつ!ムカつく野郎だな!」

「ワレモン、ちょっと抑えて」

 

砦の中の待合室ではワレモンがイラつきを隠そうともせず、悪態をついていた。それは部屋の前にいるポーンチェスモンにも聞こえるほどの声量で、思わずタツヤもワレモンを咎める。

 

「だけどよ、ワレモンの言うことわかるぜ。なんか感じ悪いっつーかよ」

「たしかに、これまでの他のロイヤルナイツと比べると友好的ではない」

「えっと、そう言う方なんですよ、きっと…」

「カケモン様、あーん」

「むー、ボク一人でも食べられるよー」

「アンタ達なにしてんのよ…」

 

ワレモンに同意する城太郎とミキ、フォローしようとするも言葉尻が弱くなるアサヒ。会話に関係なくドーナツを食べさせようとするブランとそれに呆れるノワールと反応は様々だ。たしかに、先ほどのマグナモンの態度は友好的とは言い難いが、それだけで彼を決めつける訳にはいかない。だからこそ、タツヤは先程から黙って座っているギルモンに目を向けた。

 

「…ねぇ、ギルモン。ギルモンなら何か知ってるんじゃないの?」

「ん〜?どうして?」

「いや、ハックモンから何か聞いてたりしないかなって」

 

正直その言葉の裏には半分ほど探りを入れている。これまでのギルモンというデジモンはどこか表と裏がある印象を受けていた。幼いような言動もあればそれと真逆の晩年の戦士のような面も見える。共に旅する仲間ではあるものの、彼にはまだ何かあるようでならないのだ。故に、タツヤは期待も込めてそう言ったのだ。

 

「……マグナモンは変わっちゃったんだよ。ほんのちょっとだけね」

 

目を瞑り、ギルモンはそう呟く。その雰囲気はいつも見る幼いものとも、戦士のようなものとも違った。まるで、何かを振り返るような、そんな雰囲気だ。

 

 

 

マグナモンはロイヤルナイツ結成初期にいた、所謂最古参の一体である。まだイグドラシルが現れなかった頃から活動している彼はプライドは高いが、今のように共に戦う者には敬意を評し、また信頼していたのだ。それはロイヤルナイツのメンバーが増え、イグドラシルが現れてからも変わりはしなかった。

 

…だがある時、事件は起きた。

あるロイヤルナイツの一員がイグドラシルの命を破り、消えるはずだった村を…デジモンの命を救った事がきっかけだった。そのデジモンはマグナモンの盟友であり、イグドラシルのミッションを完璧にこなしていたデジモン。

だからこそマグナモンにはわからなかった。何故そんな真似をしたのか、何故そうする必要があったのか。

 

 

その時からマグナモンは誰も信用できなくなってしまった。同胞にも、自分の部下にさえも、気を許す事は無くただ己の使命を全うする。そんな存在となったのだ。

 

 

 

 

 

「それで、このワタシに協力しろと?」

「ああ。今の状況では、より多くのデジモンの力が必要となる」

 

マグナモンは背を向け、ハックモンの話を聞いていた。自分がこれまでなにをしてきたのかは勿論、タツヤとカケモン達との出会い、そして敵の情報などを事細やかにだ。その話を聞いていながらもマグナモンはハックモンの方を一瞥もせずただ背を向けていた。

 

それはロイヤルナイツに加わってから見てきたマグナモンその者であり、今更動じることのないハックモンは協力を持ち掛けている。そして沈黙すること数秒、マグナモンは会話を始めてやっとこちらを見た。

…だがその表情は良いとは言えず、むしろハックモンを見下している。

 

「貴様には失望したぞ、ハックモン。力を奪われた事は我々の失態とは言え、なんも関係のないデジモンに…よりにもよって人間の子供の手を借りてきた貴様にはな」

 

腕を組んだマグナモンはそう言うと近くにあった椅子へと座り込む。余程立腹しているのか、少々乱暴気味に座った為椅子が軋む音が聞こえた。それに対してハックモンは顔を曇らせながらも反論を始める。

 

「……だが、それしか方法は無かった。それに彼ら自身も覚悟をしてここにいる」

「だからと言って無関係な者を戦わせていい理由になるのか。貴様はロイヤルナイツとしての誇りを忘れたのか!?」

「忘れてなどいない!だが、」

「くどいぞ、ハックモン!これ以上話す事などない!」

 

感情に任せて立つマグナモン。語気が荒くなっていることからこれ以上は会話が出来そうにない。彼が落ち着いてからまた説得するべきだと、そう判断した瞬間だった。

部屋の扉が勢いよく開かれ、そちらに二人の視線が移動する。そこにいたのは白い鎧を纏ったポーンチェスモン。余程慌てて来たのか、息が上がっていた。

 

「ま、マグナモン様!大変です!」

「馬鹿者!用が終わるまで入るなと…」

「しかし、一大事なのです!」

 

怒鳴るマグナモンに萎縮しながらもポーンチェスモンは口を開く。緊急事態、と言う言葉が脳裏に浮かび二人は何か嫌な予感めいたものを感じる。それは予想よりもはるかに上の…最悪の事態だった。

 

 

「七大魔王が、バルバモンが大軍を引き連れて現れました!」

 

 

砦の一番上、灯台に当たる場所に移動したハックモンとマグナモンはそこから特殊な装置で遠くから迫る大勢のデジモンの軍勢を見ていた。そしてその中にはロイヤルナイツの宿敵とも言える七大魔王の一体、バルバモンの存在も確認できた。

そこまでならまだいい、問題はその軍勢に混ざるデジモンについてだった。

 

「馬鹿な、あの中には古代デジタルワールドに栄えたデジモンが何体かいるぞ…!」

「やはり、竜の谷のマンモン達は奴の…」

 

マグナモンが言う通り、バルバモンの軍団の中には古代のデジタルワールドに存在した、今はその数が限りなく少ないはずのデジモンが存在した。ハックモンもそれを確認し、確信する。

以前、竜の谷での戦いの時に対峙したマンモン、それが今バルバモンの率いる軍勢の中にも混ざっているのだ。同時にあの戦いを引きお起こしたのはバルバモンだと理解し、ギリッと牙を噛みしめる。

 

そしてそんなハックモンの様子はいざ知らず、マグナモンは報告の時からついて来たポーンチェスモンに命令を下す。

 

「全戦闘員に告ぐ!これより我らは七大魔王、バルバモンの率いる軍団を迎え撃つ!総員戦闘準備せよ!」

「ハッ!」

「待てマグナモン!今この砦には負傷しているデジモンが大勢いる!それでも迎え撃つつもりか!?」

 

ハックモンの言う通り、今の砦の中には負傷中のデジモンが大勢いた。彼らはとある理由で住んでいる場所を無くし、この防人の砦に保護を頼んできたのだが、道中で強力なデジモンに襲われた事もあり、今も動けない者も多い。

そんな彼らがいる中で戦闘を始めたらどうなるか?…少なくともタダでは済まないだろう。下手をすれば命を落とす、そう予測できる。特にバルバモンが直に率いる軍団だ、砦そのものも無傷ではいられない。

 

マグナモンはそう指摘されて、目を瞑った。心なしか握った拳が震えているようにも見える。そしてマグナモンの返答は以前変わりないものだった。

 

「…無論だ。ここは“防人の砦”、ここで引けば壁は崩れ、被害は広がる」

「だからと言って非戦闘員を見捨てるつもりか!?」

「我々が戦わずして誰が戦う!?今失う命とこれから失われる命!どちらが重いか貴様もわかるはずだろう!?」

「だが…」

「やめてよ」

 

感情的に言い合うハックモンとマグナモンの間にこの場にはいない誰かが口を挟む。そのデジモン…カケモンは少し息を切らしながらもその目は二人から離さない。後から続くタツヤ達も今の状況を理解したのか、息を飲んでいた。

 

「カケモン…」

「やめてよ、こんなのおかしいよ!二人は仲間なんでしょ?なんでこんな所で言い争わなきゃいけないの!?」

 

先ほどの会話を聞いていたのか、カケモンは二人に向かってそう叫ぶ。まだ知識や精神が幼いカケモンにとって至極当然だが、今の状況で争っている暇はない。それに聞き間違いでなければマグナモンはここにいるデジモンを犠牲にしようとしていた。それがカケモンにとって耐えられるものでは無かったのだ。

 

「お前には関係のない事だ」

「関係あるよ!ボクはハックモンの仲間なんだ!それにボクはここにいるんだ、放ってなんかいられないよ!」

 

冷たく突き放すように言うマグナモンに食い下がらずカケモンは抗議する。ここまで維持を張るカケモンは見た事がないとワレモンは後に語った。

カケモンとしても不思議だった、何故これまで感情的になれるのか。この胸の引っ掛かりは一体何か、わからないのだ。

まるで自分ではない誰かが、口を動かしているような…そんな気がしてならない。

そして、

 

「だからどうした!これはロイヤルナイツと七大魔王の戦いだ!なんの関係もないお前が出しゃばっていい問題ではない!」

「…ふざけるな」

 

カケモンの中で何かが動いた。

止まっていた歯車が動くような感覚、浮遊感で意識が飛ぶ感覚に陥る。同時にカケモンの変化にその場にいる者達は全員呑まれていた。それもそのはずだろう、目の前にいたカケモンがまるで別人のように錯覚したのだから。

 

「お前が守りたいのは自分の誇りか?立場か?違うだろう。お前はそんなものの為に騎士になったのか?」

 

口を開くカケモンであろうデジモンは一歩、マグナモンに近づく。その声色、雰囲気はギルモンとはまた違った変化を感じる。あれは表と裏を自ら返しているのに対して、これではまるで逆転だ。カケモンと言う面とは別の面が入れ替わったかのように思える。

そしてサイズの合っていないカブトの間から覗く目はしっかりとマグナモンの目を見据えた。

 

 

「自分を見失うなッ!!」

 

 

一喝。

ただの一言にマグナモンは動揺を隠せていない。何故ただのデジモンからこんな威圧感を感じるのか、理解できないでいた。

……いや、だがこれはどこかで、どこかで感じた事が、

 

「思い出せ、マグナモン。お前の本当に守りたいものはなんだ?」

 

そう問われたマグナモンは目を丸くする。そうだ、これはどこかで…誰かに同じ事を問われた。そしてそれを確認する前に、カケモンは夢が覚めたかのように瞬きすると周りをキョロキョロと見渡す。既に元のカケモンへと戻ったかのようだ。

 

「あ、れ…?みんなどうしたの?」

「カケモン…お前今の…?」

「?」

 

何も覚えていないのか首を傾げるカケモン。だが周りはそれどころではないのだ。特にハックモンにギルモン、マグナモンは。

 

ハックモンは推測が確信へと近づく事に驚きを隠せず、

ギルモンは表情は変わらずとも真実へと近づく事を確信し、

そしてマグナモンは、カケモンにあるデジモンの面影を見ていた。

 

 

甦るのは過去の記憶。絶対的存在の命を破り、自ら守護するエリアを手放した盟友との…二人で話した最後の記憶。

…そうだ、その時同じ事を聞かれた。だがその時は答えられなかった。いや、しなかったのだろう。その代わり答えが欲しかった。何故お前ほどの騎士がこんな事をしたのか、その理由が。

結果としては奴は答えず、去り際に奴はオレに一言だけ残していった。

 

 

“生命(イノチ)は、そこにあるだけで美しい”

 

 

わからなかった、彼の言っている事が。

求めている答えではない事に、苛立ちさえ覚えた。

しかしそれが答えだとすれば、それが自分に伝えたかったものなのだとすれば

 

既にオレは、答えを得ていたのだ。

 

 

「…ポーンチェスモン」

「は、ハッ!」

「命令の訂正だ。この砦にいる負傷者を連れ地下のシェルターに移動せよ。完全体クラス以上の者は移動中の護衛を任せる」

 

今まで会話に入って来なかったポーンチェスモンにそう告げる。内容は先程と打って変わり逃走全てに労力を費やすもの。

 

「で、ですが…バルバモン達は…」

「オレが出る」

 

その一言にポーンチェスモンは言葉を失った。同時にハックモンから無謀だ、と言われたがそれを無視してマグナモンはタツヤの前へと立つ。

 

「…人間。デジヴァイスとやらを出せ」

「え、」

「早くしろ」

 

言われた通りにタツヤはデジヴァイスを取り出しマグナモンの前へと出す。そして指を突き出しデジヴァイスに触れると、不快そうに顔を歪める。話には聞いていたが、予想よりも上の不快感らしい。

マグナモンは指を離し外へと繋がる窓へと歩み、近づいた所で振り返った。目線の先にはカケモンがこちらを見つめている。

 

「……後を頼んだ」

 

そう言ってマグナモンは浮かび上がると砦から出て全速力でバルバモンのいる軍勢の元へ移動する。途中マグナモンを呼ぶ声が聞こえたが、彼は止まらない。

ただ真っ直ぐ、進んでいった。

 

 

 

防人の砦から数キロ先、バルバモン率いる軍勢は周りの木々などをなぎ倒しながらも進軍していた。成熟期ではデビモンやダークティラノモン、タンクモン。その他野生に生きるデジモンがその先頭に立っていた。闘争本能に身を任せ、唸りを上げる獣そのもの。

そして先頭を進んでいたモノクロモンは前方に凄まじい気配を感じた。それに連なるように他のデジモン達も空を見上げる。

 

「プラズマシュゥゥゥゥウト!!!」

「「「ぎゃあああああああああ!!?」」」

 

上空から流星群のように降り注ぐミサイル。前方にいたほとんどのデジモン達はそれに呑まれ消滅していた。残ったデジモン達は突然の奇襲に驚きながらも上空を見上げる。

…そこにいたのはロイヤルナイツの一人、マグナモン。彼は静かに見下ろしていた。それに対して後方にいたバルバモンは笑いながらも皮肉混じりに問いかける。

 

「カカカカッ!来おったか、マグナモン。だが意外じゃのぉ、お主一人か?守りの要とは聞いて呆れるのぉ」

「なんとでも言え」

 

嫌に頭が冴えている。こんな感覚は何十年ぶりだろうか、あるいは…。思考を一旦中断しマグナモンは一息つくと、両腕を構え己を狙う数多のデジモン達に向けて叫ぶ。

 

 

「––––来いッ!」

 

 

 

「焦るな、ゆっくりでいい!列を崩すな!」

「西門封鎖完了しました!」

「上空に異常なし!」

 

マグナモンが飛び去ってからの砦のデジモン達の行動は早かった。彼の指示通り、この砦にいいる非戦闘員と負傷者はポーンチェスモンやナイトチェスモンに誘導、運ばれて移動している。その際緊急時の指揮官であるキングチェスモンとクイーンチェスモンが命令を下しているのだが、叫ぶの手腕は見事なものだった。マグナモンの指導の元か、あるいは彼ら自身のものなのかは不明だがその手際のいい誘導で既に8割のデジモン達がシェルターへと避難している。

 

「…僕達も行こう」

「うん…」

 

タツヤの言葉に力なく頷くカケモン。本当であればマグナモンの加勢に行きたいのだがそれに待ったをかけたのはハックモンだった。今から行ったとしても、あの数、そして実力からしても足手まといになるのが関の山だからだ。

だがそれ以前に、マグナモンに頼むと言われたのだ。この砦を、デジモン達の事を、頼むと言ってくれた。ならば応えるしかないだろう、それが今できるカケモンの精一杯だった。

 

ハックモンもまたロイヤルナイツだ。だが先程見せたあのマグナモンの顔を見て察してしまった。全てを引き受ける男の顔だった。故にハックモンは加勢ではなく、他のデジモン達の護衛に周った。そうでなければ、あの騎士に対する侮辱になってしまう。

 

このまま順調に避難が終わる、そう思ったその時…

すぐ近くの壁に穴が空く。土煙が舞い、状況がわからないが近くにいたデジモン達はそれぞれ構え、警戒する。そして土煙の中で影が揺らいだ。

 

「久しぶりだな、抜け殻」

 

その影の声を聞いてタツヤは思い出したくないものを思い出してしまったような顔をする。忘れない、忘れられない声、敗北の記憶。そうだ、目の前にいるのは…!

 

「“A”…!」

「モスドラモンッ!」

 

タツヤとカケモンの警戒した声が響く。土煙が晴れ、現れたのは一人の人間とデジモン。フードを被り顔半分に火傷の痕が痛々しく残る少年、“A”。そしてその隣にはカケモンと過去に二度戦ったデジモン、モスドラモンがいる。いや、それだけではない。彼らの後ろには決して少なくない数のデジモン達が控えていた。

 

「久しぶりだナ。…見ないうちに力を付けたと見えル。さァ、戦いを始めようカ!」

「君と戦ってる場合じゃ無いのに…!」

 

嬉々としてカケモンに語りかけるモスドラモンだがカケモンは焦りも含めてそう返す。壁が壊された事で避難していたデジモン達は混乱し、一部では列が乱れているのだ。

だがそんな事はどうでもいいと言わんばかりに“A”はデジヴァイスを起動させる。《X EVOL.》から出てきたカードは、またもタツヤ達の知らないものだった。

 

 

「セットアップ、ベルフェモン」

 

 

強靭な肉体を持った黒山羊のデジモンのカードをスキャンしモスドラモンへと向ける。黒い光を受けたモスドラモンは更なる力を手に入れた。

 

0と1で構成された空間にて魔王、ベルフェモンの幻影を吸い込んだモスドラモンはその口から糸を吐く。そして繭の状態になるとそのまま巨大化。現段階で一番大きな繭に成長すると、爆発するように弾け飛ぶ。

…そこには怠惰の悪魔がいた。

山羊にに似た4本の角、鋭く変質した蛾の羽、何よりも目立つのは身体中に巻かれる無数の鎖。腕にメリケンサック状に加工された爪を振り回しその悪魔は名乗りあげる。

 

 

「アップグレード モスドラモン モデル・スロウス…!」

 

 

敵の新しい姿に動揺するタツヤとカケモン。そしてそれに呼応するかのようにモスドラモンの背後にいたデジモン達は砦の中に侵入してくる。同時に警戒していた砦を守るデジモン達は応戦しに駆け出していった。

こんな事をしている場合じゃない、カケモンはそう思いながらも引けないでいた。ここで引けばモスドラモンは暴れるだろう。奴の実力は並大抵のデジモンでは歯が立たない。だとすれば、自分達がやるしかないのだと。

 

タツヤと目を合わせ、カケモンは前へと一歩進む。そしてデジヴァイスの《X EVOL.》を起動させると一枚のカードを取り出した。

 

「セットアップ!エグザモン!」

「アップグレード!カケモン ver.エグザ!」

 

カケモン ver.エグザへとアップグレードしたカケモンは目の前で笑うモスドラモンに向き合う。体格差はほぼ互角だ。

サテライトEをブースターモードにして構えるカケモン。対してその羽を広げ、同じく構えるモスドラモン。

そして二つの巨体が…ぶつかり合った。

 

 

「どっかーーーーーーーーん!!!」

「グォォオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 

嵐のように続いた敵の攻撃により膝を付く。

バルバモンとその配下のデジモン達による攻撃は休む事なくマグナモンに降り注がれていた。いかにマグナモンが防御面に優れていても現在は力を奪われている。それに加え軍団の中にはデスモンと言う七大魔王とは違う別の魔王型デジモンの存在も見られた。

その事実はある意味では幸運だったのかもしれない。ここで留めておけば、足止め出来れば良かった。

 

「カカカカカカッ!!無様よのぉ!力を奪われ、鎧も輝きを失った、お主にはもう勝ち目がないぞ」

「…それはどうかな」

 

笑うバルバモンに不敵にそう応えるマグナモン。たしかに今の自分は力を奪われ、身に纏う鎧はひび割れ満身創痍という言葉が正しい状態だ。それに加えバルバモンは砦に別働隊を向かわせている、と言うことは既に理解していた。その上での余裕の笑みだろう。

それを知っていたからこそマグナモンは砦で迎え撃つつもりだった。だが、今となってはそんな事は問題では無い。

 

(今のオレがコレを放てば…タダでは済まないだろうな)

 

コレは自らも滅ぼしかね無い危険性がある故に封印していた。しかし、それを使わねばならない。使わなければ、この先にいる部下は、デジモン達はどうなる?

やらなければ、オレはオレを許せない。同胞にも、盟友にも、顔向けが出来ない。

何よりも…彼の守りたい者達がいて、引ける筈が無かった。

 

「な、何…!!」

 

バルバモンの目の前で膨大なエネルギーが集まっていく。輝きを失った鎧は元の黄金に、いや…それ以上に輝いていく。周りのデジモン達が焦りだすがもう遅い。

マグナモンには迷いが無かった。自分が倒れても、その意思を繋ぐ者が現れると…そう思ったからだ。

今なら分かる、何故奴がイグドラシルの命に逆らったのか。あの時言った言葉の意味が。

そして何よりも、

 

–––––オレは信じると決めた。

 

 

 

 

 

「エクストリィィィム…ジハァァァァァァッドッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

カケモンとモスドラモンの戦いは一進一退の一言だった。パワー、体格はほぼ互角であり、アックスモードやブーメランモードにしたサテライトEの攻撃はモスドラモンの持つ無数の鎖の鞭で弾かれ、逆に爪や腕に巻き付いて攻撃力を上げたモスドラモンの拳はシールドモードのサテライトEに弾かれている。

互いに引くことのないこの状況。だがそれはカケモンの背後から鳴り響く爆発によって終わりを告げた。

 

「ッ!?」

「爆発…!?あそこは、確か…!」

 

振り向くカケモンとタツヤの顔は焦っていた。今起きた爆発の方向はシェルターの近くだ。途中までしかわからないが、今も負傷しているデジモン達はあそこにいる。それだけではなく避難誘導を手伝っていたアサヒ達もそこにいるのだ。二人は何か嫌な予感がしたのか、目の前の敵を気にせずシェルターへと走る。が、先回りしたモスドラモンが行く手を阻む。

 

「どこに行く気ダ!オれとの戦いはまだ終わっていなイ!」

「どっ、けぇぇぇぇぇ!!」

 

ブースターモードのサテライトEを背に突撃するカケモン。だがそれに合わせてかモスドラモンはカケモンを真正面から押さえ込もうとする。自然と互いの手を押し合う状態になった二体。が、その心情は互いに違っていた。早く行かねばならないカケモンと引き留めて決着を着けたいモスドラモン。

しかしこのぶつかりは長くは続かなかった。この状況を壊したのはカケモン、焦り故かそれとも本能か…彼は頭を大きく後ろに背けると……モスドラモンの頭に打ち込んだ。あまりの威力にモスドラモン、そしてカケモンもふらつき両者共に背中から倒れる。

 

「ッ…!」

「モスドラモン、立て!」

「ぐ、うぅ…!」

「立って、カケモン!!」

 

“A“とタツヤは互いのパートナーに声をかける。片方はプライドの為、もう片方は待っている仲間達の為。カケモンとモスドラモンは膝を突きながらも揺れる視界を押さえ立ち上がろうとする。

そして…立ち上がったのはカケモンだった。

 

「ぉぉおおおお!!!」

 

叫び上げ近くにいたタツヤを腕で掴み今出せる全速力でシェルターへと向かうカケモン。速度がいつもより遅いことから消耗が激しいのだろう。それはモスドラモンも同じらしく、数秒遅れて立ち上がった彼は元の姿に戻っていた。

コレはおそらくは敗北なのだろう。”A“はモスドラモンの元へと歩き、隣へと立つ。カケモンが去ってから何も話さない彼をただじっと見ていた。

 

「…ク、はハ、くはははははははハ!!」

 

だが意外にもモスドラモンは笑っていた。面白げに、狂ったように笑うモスドラモンに”A“は何も言わずただモスドラモンと、カケモン達が去っていった場所を見つめる。その目には、黒く深い闇が写り込んでいた。

 

 

「そうダ。それでこソ、オれノ…」

 

 

 

飛んでいたカケモンはシェルター近くまで来ると減速し地面へと不時着していた。タツヤを傷付けないように背中から落ちたカケモンは限界だったのか元の姿へと戻ってしまう。

 

「か、カケモン!大丈夫?」

「う、ん…。ちょっと疲れたけど、まだ戦えるよ…」

 

駆け寄ったタツヤの腕の中でカケモンは力なく笑う。言葉通り彼の疲労は溜まっていたが、まだ戦闘はできるようだ。これまでの旅でスタミナがある程度鍛えられたのかカケモンは立ち上がる。

 

現在シェルター前では完全体のビショップチェスモンとルークチェスモン率いる部隊が防衛戦をしていた。対するは仮面をつけた悪魔、ネオデビモン率いる軍団。フェレスモン、イビルモン、レアモンなどが混ざり合う軍団に立ち向かうナイトチェスモンとポーンチェスモン達。それに混じってシスタモン姉妹と何故か城太郎もシェルター前でジョイ棒で戦っていた。それほど追い詰められているのかポーンチェスモン達はジリジリと後退している。

タツヤとカケモンはそれを目の当たりにして自然と互いに目が合う。カケモンには酷なことかもしれない。だが、今は戦わなければいけないのだ。

 

「やろうカケモン。マグナモンが託してくれた、この力で!」

「うん…!」

 

デジヴァイスの《X EVOL.》を起動し新しく表示されたアイコンを押す。目の前に現れたカードに描かれていたのは黄金の鎧を身に纏う騎士、マグナモン。

 

 

「セットアップ、マグナモン!」

 

 

タツヤはUGコードを読み取りカケモンへとデジヴァイスを向ける。放たれた光はカケモンへと当たり、彼に更なる変化をもたらす。

 

0と1で構成された空間でカケモンは自らのカブトを上へと投げるとカケモンの身体は成長する。と言っても、成長した身体はver.ジエスよりも頭一つほど小さく小柄だった。そしてカケモンはツノが収納されたカブトを被ると背後のマグナモンの幻影から飛来してきた所々に青いラインの入った重厚な黄金の鎧を両手両足、胴体と腰に身に纏う。さらに頭部に同色のパーツが装着されるとバイザーが口元を覆う。そして目の前に十字型の身の丈程の大きさの盾…シールダーMが現れると掴み取り、傾けて前へと押し出す。歪なXの字に割れた空間を突き破る彼の名は、

 

 

「アップグレード! カケモン ver.マグナ!!」

 

 

新たな姿、ver.マグナへとアップグレードしたカケモンを見てタツヤは驚く。守りの要と言われていたマグナモンの力を使っている為、もしかしたらと思ったが…まさか武器が盾になるとは思わなかった。今の状況だと守る事に徹底することになるだろう。そう思っていた矢先、カケモンに気付いた数体のイビルモンがこちらへと飛んでくる。

 

「くたばれチビィ!」

 

イビルモンの内の一体が歪んだ笑みを浮かべ襲いかかる。確かに今のカケモンはどのアップグレードよりも小柄だが、イビルモンよりは小さくはないだろう。タツヤはカケモンに手に持つシールダーMで防ぐように言おうとした。

だが、

 

 

「…だぁぁぁぁぁれがチビだゴラァアアアア!!!」

 

 

怒りを含んだその叫び声と共に、カケモンはシールダーMを全力で振りかざしイビルモン達に向かってフルスイングしていた。攻撃されたイビルモン達は叫び声を上げる暇も無く自分達の味方の居る場所に勢い良く吹き飛ばされる。それがきっかけとなったのか、戦場にいた全ての者たちは一斉にカケモンに視線が集まった。

 

「今豆粒ドチビって言ったの誰だ、ああん!?早く出てこいさもねぇと纏めてはっ倒すぞ!!」

「な、なんだあいつ?」

「かまわねぇ、やっちまえ!」

 

突然の乱入者に敵のデジモン達は一斉にカケモンへと襲いかかる。中でもフェレスモンは遠距離の攻撃を放っている…が、それらは全てシールダーMの前では無力。飛び道具は全て弾かれカケモンに一切のダメージは無い。

その事に驚く敵の一瞬の隙に、カケモンはなんとシールダーMを敵陣の真上へと投げ飛ばした。何故自らの武器を手放す行為に出たのか、敵デジモン達の目線がシールダーMに集中する中、カケモンは両腰の鎧のパーツを90度回転させる。するとそのパーツは変形、中から合計二丁のガトリングガンが出現しカケモンはそれをシールダーMに向けて放つ。放たれた弾丸はシールダーMに弾かれ下にいる敵デジモン達に降り注いだ。

 

「うらああああああああああ!!!」

「「「ぎゃぁぁぁぁああああ!!?」」」

「あ、アイツ…持ってる武器と真逆の戦い方してるぞ…」

「うん、そうだね…」

 

呆然としているワレモンの呟きにいつのまにか来たタツヤも一緒にそう言う。確かに、あのままの見た目だと防御特化のように見えたのだが、いろんな意味で裏切られた気分だ。と、そんな会話を遠くからどうやって聞いていたのかカケモンが答える。

 

「あぁ?攻撃は最大の防御って言うだろ?」

「「「だとしても盾を投げるなよ!!」」」

「カケモン様、ワイルドでステキですぅ」

 

城太郎、ワレモン、ノワールの心からの叫びの隣でブランは顔を赤くしながらそう呟く。もう色々と盲目である。

三人の叫び何処へやら、カケモンはガトリングガンを収納するとシールダーMを回収。迫り来るデジモン達を腕にある盾と言う名の鈍器を振り回し沈黙させる。その乱戦の中、指揮官であるネオデビモンは闇討ちの如く現れ背後にギルティクロウを突き刺そうとするがそれもシールダーMに弾かれ逆に吹き飛ばされてしまう。

指揮官がやられた事に動揺し動きが止まるデジモン達を無視し、カケモンは両肩のパーツを変形させる。現れたのは左右合計四門のバズーカ。それを敵に向かって放ち、着弾した場所は火柱で包まれた。

 

ネオデビモンは打ち込まれた箇所を手で押さえながらも震えが止まらないでいた。砦のデジモン達との戦いで少数の死者は出たものの、自分の率いるデジモンは50は超えていたはずだ。だがそれでも目の前のデジモン一人に追い詰められている。その事実に恐怖し指揮官としての命令を下す。

 

「て、撤退だ!コイツに勝てるわけが無い!」

「ち、チクショオ!」

「覚えてやがれ!!」

 

捨て台詞を次々と吐き捨て撤退していく敵デジモン達。だがそれは目の前にいる黄金の戦士が許さない。負傷し動けないデジモン達を狙ったのだ、だとすれば返り討ちにあう覚悟くらいはしてもらう。

カケモンはシールダーMの底を前に向け両腕で構える。

 

「逃すと思ってんのかド腐れ共が」

 

腕のパーツがシールダーMとドッキングすると、先端が変形し左右に分かれたレールガンとなりエネルギーをチャージ。更に両腰と両肩のガトリングガンとバズーカを展開し脚部から出た杭が体を固定。頭部パーツから現れたスコープで逃走するデジモン達をロックオンする。

 

 

「フル、ブラストォ…エクストリーマァァアア!!!」

 

 

チャージされたレールガンの砲撃が放たれ、それと同時にガトリングガンとバズーカも連続で発射される。無数の砲撃は着弾し、大地を揺るがす。その凄まじい攻撃の数々はまさに嵐、中にいるデジモン達の声が響き渡る。が、それは次第にそれは収まっていき…爆煙が晴れたそこには荒れた大地が広がるだけだった。

 

「ミッション完了…だ……」

 

そう呟いたカケモンは元の姿に戻りながら前のめりに倒れる。モスドラモンとの戦闘との連戦もあり、体力が尽きたのだろう。視界が黒く染まる中、自分の名を呼ぶ声を最後に聞きカケモンは意識を失った。

 

 

「……むにゃ?」

「カケモン!」

「カケちゃん、大丈夫ですか!?」

「カケモン様!よかったです!」

 

思い瞼を上げて、カケモンは目を冷ます。周りから自分の安否を確かめる声が響き少し揺れる頭を押さえて起き上がった。既に日は落ち、外には闇が広がっていた。どうやら随分と長く眠っていたらしい。外傷が少なかったため、デジヴァイスでほぼ回復した後は外で寝かされていたのだ。余談だがカケモンはブランに膝枕されていたのは余談である。

カケモンはそうなんだ、と納得するがただ一つだけ、聞いていないことがあった。

 

「ねぇ…マグナモンは?」

 

そう行った瞬間、周囲の空気が変わった。ある者は顔を背け、ある者は目を瞑る。その光景に首を傾げたカケモンだったが、彼の目の前にハックモンがやって来る。そしてそのままカケモンの肩を掴むと、ゆっくりと言い聞かせるように語りかけた。

 

「…彼は、バルバモンとの戦闘で重傷を負った。治療のために、砦から遠く離れた場所に行っている。会うのは難しいだろうが、心配はいらない」

 

嘘だった。

ハックモンは自分が言ったことに罪悪感を感じながらも平静な顔を保ちカケモンを見つめる。…あの後、砦の中にいたデジモンが全て倒された、あるいは撤退したのを確認したポーンチェスモン達は急いでマグナモンがいる戦場へと向かった。だがそこには何もなく、あるのは巨大なクレーターのみ。そこで同伴していたハックモンは悟ってしまった。マグナモンは禁じられた技を使ったのだと。

 

バルバモンはまだ生きているだろう、そう簡単には死なない事は分かっている。だが姿を見せないマグナモンは…。

主人を失ったポーンチェスモン達は動揺があったものの、砦を守るのが我々の使命だと宣言しマグナモンの意思を継ぐ意思を見せた。もうこの砦は大丈夫だろう。

 

カケモンはそっかぁ、と呟くと窓の外を見る。空には彼と同じく黄金に輝く月と、散らばる星々。マグナモンもこの空を見てるのかなぁ、と思い無意識に呟く。

 

「また、会えるといいなぁ」

 

顔を合わせたのはたったの数分。しかしカケモンは彼の事を悪いデジモンだとは一切思わなかった。それは彼の本質を見抜いたのか、それとも…。

 

月の明かりは優しく夜を照らしていた。



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