You are MY HERO ! (葦束良日)
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始まり、そして敵連合に襲撃される話

友人に薦められて全巻読んだところ、控えめに言って超面白かったので久しぶりに筆に手が伸びました。

こっそり投稿。


 

 

 公園のブランコで、一人の少女が泣いていた。

 ややクセがある緑色の髪は、後ろで小さくポニーテールにして纏めてある。大きな瞳からこぼれる涙は、チャームポイントでもあるそばかすの上を通って顎へと伝い、地面に染みを作っていた。

 ぎゅっと握られたスカートの皴が痛々しい。

 少女は、しゃくり声をあげながら涙を流していた。

 

 ――緑谷出久は無個性である。

 

 世界総人口の八割が《個性》という名の異能を持つ現代において、無個性とはつまり生まれつきのハンデと同義であった。

 個性の有無はそのまま将来の職業選択の幅を広げるし、同時に適性のある職業に就けば重用されることが確実であったためだ。

 その可能性が最初からなく、個性がない関係上生物的にも弱者である無個性は、人々から軽視される傾向にあった。

 それは、出久にとっても同じこと。

 

 むしろ彼女の場合は、よりひどかったと言えるだろう。

 

 何故なら、彼女の幼馴染は稀に見る強個性の持ち主であったからだ。「爆破」という個性は、わかりやすい暴力的な強さを持っていた。これだけなら良かったが、その持ち主である爆豪勝己は、無個性である出久を見下し、虐げた。

 それはわかりやすい子供っぽい自尊心と優越感からくるものだ。無個性である出久は自分よりも下だ、という至極単純な思考で行われたイジメ。

 爆豪にとっては当然だったかもしれないそれは、出久を傷つけ、同時に幼馴染への苦手意識を芽生えさせた。

 

 それでも、出久が決して彼を憎むことはなく、俯きがちでも歩いてこれたのは、ひとえに夢があったからであった。

 

 ――オールマイト。

 平和の象徴とも讃えられる、偉大なヒーローの名前だ。

 

 個性の登場により、当初の人類社会は混迷を極めた。

 その中で生まれたのが、個性を用いて犯罪を行う者――ヴィラン。対して、個性を用いてそれを打倒して捕まえる者――ヒーロー。

 混乱期に法整備やら何やらで後手をとった警察に代わって台頭したヒーローは、市民の声に押される形で公的職業へと定められ、今では多くの人々が頼る憧れの職業となっていた。

 現代において数多く増えたヒーロー。その中にあって、不動のナンバーワンの地位にいるヒーローこそがオールマイトであった。

 どんな逆境でも跳ね返し、強大な敵であっても決して負けず、いつも笑顔で人々を救ける。

 オールマイトの登場によって犯罪発生率は減少し、その存在そのものが抑止力となっているほどの、スーパーヒーロー。

 

 そんなオールマイトのようなヒーローになることが、出久の夢であった。

 

 無個性がなれるものではない。そんなことはわかっている。

 でも、憧れたのだ。

 笑顔で人を救ける、その姿に。

 自分もこうなりたいと、思ってしまったのだ。

 憧れてしまったものは仕方がない。そしてその日から、出久の夢はヒーローになったのである。

 

 ――だが、現実はそんなに甘くない。

 今日も今日とて、無個性であることを馬鹿にされて爆豪にいじめられた出久は、公園のブランコに腰かけて項垂れていた。

 

「ぅ、う……かっちゃん、ひどいや……」

 

 ナチュラルに出久を馬鹿にして蔑む爆豪の言葉は、確実に出久の心を傷つけていた。

 幼稚園の頃は爆豪も何かあればすぐに手が出ていたが、小学校に上がってからは暴力は鳴りを潜めた。さすがに女の子に手を上げるのがマズいと少しは学んでくれたらしい。

 とはいえ、自分をデクと呼んで馬鹿にするのはいつも通りだ。

 どうせならそこも直してくれれば良かったのに、と出久は思う。

 

「かっちゃんも、かっちゃんだ……。なんでわたしばっかり、イジメるのさ……」

 

 そこには彼の複雑な心の内が関係しているのだが、そこまで察することは出久には出来なかった。

 出久と爆豪、現在小学四年生。少しずつ異性を意識しだしてしまうお年頃なのである。

 彼の場合、今までの行いと、生来の性格のせいで素直になれないことで、本来の気持ちとは全く逆方向に出久に伝わっているのが、何とも言えない切なさを感じさせる。

 小学生男子特有のアレである。仕方ないね。

 

「こんな時、オールマイトなら、笑うんだろうけど……」

 

 あの画風が違いすぎる憧れの存在を思い浮かべる。

 きっとオールマイトなら、辛くたって苦しくたって、笑って乗り越えていくに違いない。

 出久がなりたいのも、そんなヒーローだ。

 それはわかっている。

 けれど。

 

「無理だよぉ……」

 

 涙が両目からこぼれた。

 何度も心無い言葉をかけられて、ずっと笑っていられるほど出久の心は強くなかった。

 今日、爆豪は言った。「テメェなんかが、ヒーローになれるかよ! 諦めろやデク!」と。

 そんなこと、自分が一番わかっている。でも、口に出して言わなくてもいいじゃないか。

 夢見ることぐらいはさせてくれてもいいじゃないか。

 無個性は、夢を見ることすら許されないって言うのか。

 そんな怒りがあった。

 そして何より、そんなことを言われたのに何も言い返せなかった。

 それが何よりも悔しくて、情けなかった。

 

「ぅ、うう……!」

 

 思い出したことで、再び涙が出久の目からあふれてきた。

 

 ――ヒーローが涙を見せちゃいけない。

 

 そうは思っても、堰を切ったように溢れてくる涙を止めることは出来なかった。

 出久はヒーローに、オールマイトに強く憧れている。どれだけ周りに言われても、決してその夢だけは捨てずに抱え続けてきた。

 何度言われても。いくら馬鹿にされたって。

 しかし。

 

 ――テメェなんかがなれるかよ!

 

 折れてしまいそうになる時が、ないわけではなかったのだ。

 もう諦めてしまったほうがいいのかもしれない。

 身の丈に合った、無個性らしい夢でも探したほうがいいのかもしれない。

 ふとした拍子に顔を覗かせる、そんな現実的な自分。

 いつもであれば、「そんなことできない!」と首を振って強く否定する、そんな誘惑に。

 

「……もう、そうしたほうがいいのかなぁ」

 

 今日はつい、頷いてしまいそうになった。

 心が折れてしまいそうになった。

 その時。

 

「あー……どうしたんだ?」

「え?」

 

 不意の声をかけられて、出久は顔を上げた。

 涙で滲んだ視界の向こうから、心配そうにこちらを見ている男の子の顔が見えた。

 同級生ぐらいに見えるが、出久は見たことがない顔だった。

 

「いや、なんか泣いてたから。つい……」

「え、あ……!」

 

 慌てて、出久は目をこすって涙をぬぐった。

 人に心配をかけてしまった。そのことに対する申し訳なさからくる行動だった。

 

「こ、これはその……気にしないで! 大丈夫、大丈夫だから……」

 

 しかし、いくら拭ってもすぐに涙が止まるわけではない。

 拭う傍から流れる雫に、出久はだんだん自分が情けなくなってきた。

 一人で泣いて、人に迷惑をかけて、それでも涙を止めることすらできない。

 やっぱり自分なんて、と気持ちがどんどん沈んでいきそうになる。

 

「ったく……」

 

 けれど、そうはならなかった。

 それは、目の前の彼が出久の頭に手を置いてぐりぐりと撫でまわしたからだ。

 どこか乱暴で、やり慣れていないことがわかる手つき。びっくりした出久は、もともと大きな目をさらに丸くして彼の顔を見つめた。

 

「大丈夫ってのは、笑顔で言う台詞だぞ。どっかの暑苦しいヒーローみたいにな」

 

 言いつつ、その少年は出久の横にあったもう一席のブランコに腰を下ろした。

 

「なんかあったんだろ。子供が一人で悩むもんじゃないぞ。ほら、お兄さんに話してみ」

 

 ん、と出久は少し首を傾げた。目の前の彼が、お兄さんと言えるような年齢には見えなかったからだ。

 

「お兄さんって……君、何年生なの?」

「四年生」

「同い年じゃん……」

「細かいことは気にするな。ハゲるぞ」

「ハゲないよ!?」

「いいから、ほれ」

 

 促されるが、出久は本当に話していいものかと迷った。

 人に迷惑をかけるということに、忌避感があったからだ。

 けれど結局、出久は話すことにした。

 だって、出久はずっと一人で抱え込んでいたのだ。色々な悩みも、葛藤も、嫌な気持ちも、全部母親に言うこともできずに抱え込んで過ごしてきた。

 だから、もう限界だったのだ。

 心のどこかで、誰かに聞いてほしかった。吐き出したかったのかもしれない。

 

 ――そうして出久は話した。自分が無個性であること、幼馴染に凄い個性の奴がいて、そいつにいじめられていること。自分の夢がオールマイトのようなヒーローになることであること。

 

 それら全てを出久は話した。

 あまり人と話すことが得意ではない出久は、つい俯きがちだったし、それによってボソボソとした喋り方になってしまった。

 でも、目の前の少年は嫌な顔一つせずにじっと頷いて出久の話を聞いてくれていた。これがもし幼馴染の爆豪だったら、一言目を口にした時点で罵詈雑言が飛んできたに違いない。

 たったそれだけのことであったが、自分のことをきちんと見てくれていると感じて出久は嬉しかった。

 

「ふーん、なるほどなぁ」

 

 全てを聞き終わった少年は、軽く空を仰いで何の気もないような風にそう言った。

 どんな反応が返ってくるかと身構えていた出久は、その淡泊な対応に少し呆気に取られてしまう。

 だからだろう、出久は自分から問いかけた。

 

「……ねぇ」

「ん?」

「君は、さ。わたしは、無個性だけど、ヒーローになれると思う?」

 

 出久にとって、決死の問いかけ。

 これまで出会った全ての人に否定されてきた。

 

 でも、この人なら。

 

 自分の話を嫌な顔一つせず聞いてくれたこの人なら。

 もしかしたら「ヒーローになれる」と言ってくれるのではないか。

 そう内心で期待をしながら問うたそれに対する少年の返答は――。

 

「わかんね」

「えぇ!?」

 

 あっさりと返された予想外の答えに、出久は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 そんな出久の反応のほうが驚きと言わんばかりに、彼は「いやいや、だってな」と言葉をつづけた。

 

「そりゃそうだろ。目指すのはお前で、なるのもお前だ。俺にわかるわけないだろ」

「そ、それはそうだけど……」

 

 それはその通りだと出久にもわかる。

 わかるが、期待していただけに少し心が落ち込む。自分勝手な期待だったとわかっていても、それでも。

 やっぱり自分の夢は否定されるものなのか、と。

 しかし。

 

「わかんねぇけど、応援するぞ」

「――え」

「お前の夢。ヒーローになりたいんだろ? いい夢じゃんか」

 

 一転して言われた言葉に、出久は一体何を言われたのか一瞬分からなかった。

 それは、これまでだれ一人として出久にかけてくれなかった言葉だった。

 

「……で、でも」

「ん?」

「わたし、無個性だし……。無個性でヒーローなんて、聞いたこともないし……」

「なんだよ。なりたくないのか?」

「う、ううん! そんなこと!」

 

 ぶんぶんと勢いよく首を横に振る。

 そんな出久を呆れたように見ながら、彼は口を開いた。

 

「なら、目指せばいいじゃん。なりたいものになればいいって俺は思うぞ。それに」

 

 ニッ、と歯を見せて笑う。

 子供らしい、けれどどこか安心できる、そんな笑顔だった。

 

「言ったろ。応援するって。つまり俺は、お前のファン一号だぜ。ファンの思いには応えるもんだろ、ヒーロー」

 

 そして、拳を出久のほうに突き出し――。

 

「――頑張れ!」

 

 ただの一度だって言われなかった言葉。

 夢を認めて応援する励ましを、かけてくれた。

 

「っ、ぅ、うぅ……! ううっ……!」

「お、おい。泣くなよ、ってか涙の量すげえな!」

「あ、あびがどう~~っ!」

 

 ずっと誰かに言ってほしかった言葉だった。

 自分の夢を否定せず、頑張れと言ってほしかった。馬鹿だと蔑むのではなく、励ましてほしかった。

 ずっと周りに否定されて生きてきた出久にとって、たった一言であってもそれは救いだった。

 自分はヒーローを目指してもいいのだと、そう思わせてくれたのだから。

 それゆえ感極まって、涙があふれた。さっき以上に。ちなみに涙の量が凄いのは母親譲りである。

 

「どういたしまして……。っておい、抱きつくな! 服がびしょ濡れる!」

「うぇ、うぅ~~っ」

「ああ、もう。はいはい、ほら。こうなりゃ泣けるだけ泣いちまえ。……服は諦めるかぁ」

 

 縋りつくように抱きついてきた出久を、彼は溜息一つで受け入れて胸を貸した。

 無個性だと判明した日。幼馴染にいじめられた日。これまで何度も出久は涙を流してきた。

 だから、泣くことはもう出久にとって慣れっこだ。あふれる涙を止められない感覚だって、勿論よく知っている。

 けれど、今日のこれは初めてだった。嬉し涙が止まらない、という感覚は。

 その喜びと嬉しさ、安心と感謝、様々な感情が混ざり合った初めての感覚に突き動かされるまま。

 ただ出久は泣き続けた。

 

 

 これが、緑谷出久と気藤練悟(きどうれんご)の出会い。

 以降、練悟がクラスは違うものの同じ学校だったこともあり、二人はよく行動を共にするようになる。

 一緒に遊ぶというよりは、本気でヒーローを目指すことを心に決めた出久の鍛錬に付き合う形ではあったが。

 応援すると言った以上は、練悟としても出久に付き合うことはやぶさかではなかった。というか、あんなに大泣きした女の子が一人で鍛錬とか危なっかしくて放っておけなかった、ということもある。

 そんなわけで授業以外ではほとんど一緒にいた二人は、急速に仲を深めていった。それこそ、幼稚園から一緒だった爆豪よりも幼馴染らしいほどに。

 ちなみに、出久と急接近しだした練悟のことを爆豪はとても苦々しく思っていた。

 しかし、練悟に絡んでいっても飄々と避けられる。ならばと出久に絡むと、常のような態度しか取れずに怯えられ、怯えた出久は練悟を頼った。

 それにまた爆豪の苛々が増していく、という悪循環になっていた。まだまだ素直になれないあたり、小学生であった。

 ともあれそんな感じで、練悟もまた彼らと幼馴染と呼べる関係になった。

 ちなみに、頻繁に絡んでくる爆豪のことも練悟は幼馴染とみなしていた。事情があって大人っぽい練悟にとって、彼の反応は子供らしく微笑ましいものと思っていたので特に悪感情がなかったのである。まぁ、そういう余裕を感じさせる態度が一層爆豪の反骨心をあおってしまっているのだろうが。

 

 とはいえ、なんだかんだで三人は交流を持つことが多かった。

 幼馴染。それぞれがそれぞれに抱く感情こそ異なっていても、三人には確かにそんな特別な関係が結ばれていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 成長した出久は、憧れの雄英高校に入学していた。

 子供の頃から変わらない小さなポニーテールはすっかり出久のトレードマークとなっている。そばかすが消えなかったのは少し残念だったが、幼馴染は可愛いと言ってくれたので良しとしていた。

 背もあまり伸びなかったが、反比例して胸は大きくなった。動く時に邪魔だなぁと言ったら、件の幼馴染は「それが邪魔だなんて、とんでもない!」と真顔で否定してきた。

 恥ずかしくなって思い切り頭を叩いてしまったのは、いい思い出だ。

 

 ともあれ、出久はいよいよヒーローになるための一歩を踏み出そうとしていた。

 幼馴染、それから自分のことを認めて託してくれた憧れのヒーロー、いつも自分のことを見守ってくれているお母さん。

 沢山の自分を救けてくれる人の期待に応えるために、わたしはヒーローになる。

 

 そんな決意と希望を込めて始まった雄英の生活はしかし、大きな悪意によって塗り潰されようとしていた。

 

 

 ――事の始まりは、唐突だった。

 

 ヒーロー基礎学。今日の授業内容は「人命救助訓練」。

 その学習のために、雄英高校ヒーロー科一年A組の生徒一同は演習場となる「USJルーム」に訪れた。

 この学校で教師を務めるプロヒーローの一人、スペースヒーロー・13号が作り上げたこの演習場は、水難・火災・土砂等の様々な災害現場を体験できる。人助けこそが本分となるヒーローには欠かせない技術と経験を磨くには、うってつけの場所であった。

 本人が災害救助を主な活躍の場とするヒーローであったからこそ、作り上げることが出来た場所。そして、そんな彼が話す「どんな個性も、使い方次第で人を殺す力にも人を救い上げる力にもなる」という話は、多くの生徒の心に響いた。

 自らの力を、人を助けるために使う。そのことの大切さ、誇らしさを改めて自覚した彼らは、意気揚々と人命救助訓練に臨もうと気を引き締める。

 敵が現れたのは、そんな時であった。

 

 (ヴィラン)連合。

 

 その出現によって、授業は悪夢へと姿を変えた。

 敵が持つワープを可能にする個性によって生徒は散り散りになり、それぞれが敵と相対することを余儀なくされた。

 人を害することに全く躊躇を覚えない本物のヴィランとの会敵。多くの生徒に、多大なる試練が降りかかっていた。

 

 そんな中、出久は水難ゾーンに飛ばされていた。同じく飛ばされてきた蛙吹梅雨、峰田実と共に協力してその場にいた敵は無事無力化して脱出できたが……問題はそこからだった。

 出久たちが最初にいた広場。そこでは、A組の担任である相澤が多くの敵を相手に大立ち回りをしていた。

 目で見ている間、相手の個性を消す個性。それに加えて特殊な布を用いた操布術と格闘技能によってみるみる敵を行動不能にしていく相澤の姿に、出久たちは希望を見出していた。

 

 これなら、何とかなるかもしれないと。

 

 けれど、それが淡い希望であったと知るのはそのすぐ後のことだった。

 

 脳みそが剥き出しになった異形の大型ヴィラン。そいつが動き出した。たったそれだけで状況が一変したのだ。

 まず、相澤がやられた。

 相澤の打撃は相手になんの痛痒も与えず、個性を消す目を以てしても止められず。腕を折られ、顔面を地面に叩きつけられ、一瞬で無力化させられた。

 血まみれになり、ぴくりともしなくなった相澤の姿に、出久たちは恐怖に身を震わせることしか出来なかった。

 

「対平和の象徴。――改人《脳無》」

 

 敵のリーダー格の男。顔や体にいくつもの手のオブジェをつけた奇妙な風体で、相澤が地に伏せる姿が心底楽しいとばかりに笑って、下手人の名前を口にする。

 まるでお気に入りの玩具を自慢するかのような言い草は、この場には全くと言っていいほど不似合いで、だからこそ不気味だった。

 その間も、動かない相澤の頭は無遠慮に持ち上げられ、地面に叩きつけられた。

 新たな血が噴き出す。

 それを、出久たちは見ていることしか出来なかった。

 

「駄目だ、緑谷……先生の助けになるなんて、出来っこなかったんだって……。さすがに考え改めたろ……?」

 

 震えながら、峰田が口にする。

 当初、出久は自分たちが少しでも先生の力になればと思って、水難ゾーンから広場まで戻ってきたのだ。

 けれど、そんな根拠のない自信は既になくなっていた。峰田が言うように、とてもではないが、敵わない。いま出ていっても、死体が増えるだけなのは明白だった。

 出久の震えに合わせて、トレードマークのポニーテールも揺れる。荒く乱れる呼吸を煩わしく思いながら、出久は峰田の言葉に内心で頷いた。

 

(確かに、敵うわけない……。死ぬだけ、それだけだ。けど……)

 

 だから意味はない。そう、わかってはいても。

 

(だけど)

 

 出久の中の何かが、それでいいのかと囁く。

 

(敵わないからと逃げ出して、わたしはヒーローを名乗れるの?)

 

 それこそ、自分に力を託してくれた憧れのヒーロー。オールマイトに恥じないヒーローになれるだろうか。

 相澤先生の意識は既にない。瞼も落ち、呼吸は微かに確認できる程度。

 虫の息だ。あと一回地面に叩きつけられるだけで危ない。

 死んでしまう。

 脳無が、相澤の頭を持ち上げた。

 時間はない。もう迷う時間はない。

 ここで出ていけば、死ぬ。

 わかっていた。

 けれど、助けなければいけない人が目の前にいるのだ。

 

 気が付けば、出久の体は駆け出していた。

 

(100パーセントであの怪物を吹っ飛ばす! それしか手はない!)

 

 しかし、よしんばそれで脳無を退けても、駆け出すために使った足は砕けることが間違いなく、殴った手も骨折していることだろう。

 その間に、あの手だらけ男がさっき見せた個性――触れたものが崩れる手で触れられれば、確実に死ぬ。

 わかっていても、出久の足は力強く地を蹴った。

 

(ごめんなさい、オールマイト! せっかく力を託してくれたのに! ヒーローになれるって言ってくれたのに! あなたの期待に応えられなくて、ごめんなさい!)

 

 一歩、また地を蹴った。

 

(ごめんね、応援してくれるって言ったのに。無個性だったわたしが、諦めずに頑張ってこれたのは、君が応援してくれたからだったのに! ずっと、わたしなんかに付き合ってくれてたのに……!)

 

 前を見据える。視界が涙で滲んだ。ぐっと唇をかんで、涙をこらえる。

 

(ごめん……! レンくん……!)

 

 右手にワン・フォー・オールの力を集める。

 拳を放つべき敵を見た。

 視界の端で、あの敵たちのリーダーがその手を此方に伸ばしているのが見えた。

 避けている時間はない。脳無を吹き飛ばすのに成功した直後、きっと自分は死ぬ。

 わかっていても、出久は止まらなかった。

 

(結局、言えなかった……)

 

 拳を握りこむ。

 一歩、踏み込んだ。

 

(わたし、レンくんのこと――)

 

 そして、拳を思い切り振り抜く――。

 

 直前で、脳無の巨体が真横にカッ飛んでいった。

 

 

「――……え?」

「あ?」

 

 出久が殴ろうとした体勢で固まり、手だらけ男も手を突き出そうとした中途半端な状態で止まっていた。

 しかし、呆然としていられたのは一瞬だけだった。

 

「っ、ぁう……ッ!」

 

 両足に激痛が走り、支えられなくなった体が倒れていく。

 ワン・フォー・オールの反動。育ちきっていない器で圧倒的な力を使った代償が出久の両足の骨を砕き、踏ん張ることを不可能にしていた。

 倒れた衝撃に備え、思わず目を閉じる。

 ……しかし、痛みはやってこなかった。代わりに感じるのは、優しく誰かに抱えあげられた感触と、嗅ぎなれた幼馴染の匂いだった。

 

「向こう見ずなのは昔からだけど、今回はさすがに肝が冷えたぞ」

 

 幼い頃から幾度となく聞いた、心地いい声。

 それを聴けたことがなんだか無性に嬉しくて、安心して、出久の目から涙がこぼれた。

 

「泣き虫なのも治らないな、ホント。で、だ」

 

 出久はゆっくりと顔を上げて、見上げた。

 いつも自分を助けてくれる、心を支えてくれる。

 出久にとっては、オールマイトにだって負けない、最高のヒーローの顔を。

 

「お前を泣かしたのは、あいつらだな?」

「っ、レンくん……っ!」

 

 涙交じりの声に、出久を抱える腕に力を込めて応え、練悟は起き上がろうとしている巨躯の敵を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 蛙吹と峰田は、短い時間に立て続けに起きた出来事に混乱していた。

 気づけば出久が飛び出して敵の目の前におり、あわやあのリーダー格の男の手に触れてやられようとしていたところを、突然現れた何者かが脳無を吹き飛ばすことで助けた。

 言葉にすればそういうことになるが、一度に起こっただけに二人の脳が事態の把握をするのには少しの時間を要した。

 そして、出久がどうやら無茶をしたところを誰かが助けてくれたのだと理解したところで、峰田が口を開いた。

 

「み、緑谷……! あいつ、よかった……こ、殺されたかと思ったじゃねぇか!」

「ケロ。あの人が救けてくれたのね。制服を着ているところを見ると、ウチの生徒みたいだけど……」

「でもA組じゃねぇよな。B組か?」

「そうかもしれないわね。でも、本当に良かったわ緑谷ちゃん」

「間一髪だぜ、危ねぇ……。しかし」

「?」

「あいつ、緑谷を姫抱きだと……! くそ、小柄ながらに育ってる緑谷ボディを堪能するなんて、あの野郎! うらやまけしからねぇ!」

「峰田ちゃんは本当にブレないわね」

 

 心の底から妬ましそうに件の人物を睨む峰田に呆れつつ、蛙吹もその視線を追って出久を抱えている人物に目を向ける。

 その次の瞬間。

 

「二人とも、イズ(・・)のクラスメイトだろ?」

「んなっ!?」

「ケロっ!?」

 

 その人物は出久と相澤を抱えて、二人の目の前に立っていた。

 50メートル以上離れていた場所にいたのを、二人は間違いなく確認している。それから一度も目をそらしてなどいなかった。

 だというのに、目の前にいるという事は。

 

「なんちゅうスピードだよ……」

 

 峰田の口からそんな声が漏れた。

 

「悪いが、イズとこの先生のことを頼む。両足が折れてる。先生のほうも危険だ。二人を連れて下がってくれ」

「お、おう」

「ケロ。あの、一つ聞きたいのだけれど」

「ああ、なんだ? 手短に頼むな」

「その肩章……見覚えがあるわ。あなたは経営科の人なの?」

「経営科ぁ!? ヒーロー科じゃねぇのかよ!?」

 

 峰田が驚きのあまりに叫ぶ。

 雄英高校にはヒーロー科以外にも、サポート科、普通科、経営科、という三つのコースがある。それぞれ、制服の肩章に違いがあり、そこで見分けることが出来る。

 経営科はヒーローを目指すというよりは、事務所運営や起業を見据えて志望する者が多い学科だ。

 つまり、戦闘能力を磨くという発想があまりない学科なのである。

 だというのに、あの相澤が為す術もなくやられた脳無を吹き飛ばし、そのうえこのスピード。驚く他なかった。

 

「ああ。経営科一年、気藤練悟だ。よろしく。ついでに言えば、イズや勝己の幼馴染な」

「私は蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」

「あ、オイラは峰田実な。……って、いま自己紹介するのかよ!」

 

 あまりにこの場にそぐわないやり取りに峰田が突っ込みを入れたところで、地面に寝かされた出久が不安げに練悟を見上げた。

 

「っぅ……なんで、レンくん……。レンくんは、無個性だったはずじゃ……」

「無個性!?」

「ああ、悪いイズ。それ嘘」

「嘘ぉ!?」

 

 この社会において、無個性であるという嘘をつくことにメリットはほとんどない。

 だというのに、練は無個性だと偽っていたのだという。驚くべきことだ。峰田がつい声を上げてしまったのも仕方ないことだった。

 しかし、そんな峰田以上に驚いたのが、ずっと一緒に過ごしてきた出久だった。

 

「嘘、って……どうして、そんな……」

「いや、血生臭いことがあまり好きじゃないからな俺。将来はお前が立ち上げるだろうヒーロー事務所の経営やろうと思ってたし、なら個性の有無関係ないなと思って無個性って言ってた」

 

 練悟は出久の頭を軽く撫でると、「よし」と言って出久らに背を向けて敵と相対した。

 

「――あとは、できればあまり個性は使いたくなかったっていうのもある」

 

 でも、と言葉を続けながら練悟は一歩踏み出した。

 

「大事な奴を傷つけられたら、そうも言ってられないわな」

 

 背中越しからもわかる怒気。それに当てられ、峰田と蛙吹は思わず身を引いた。

 出久は大事な奴と言われて、思わず心臓が跳ねたが、そんな場合じゃないと言い聞かせて声を張り上げた。

 

「待って、レンくん! あいつ、すごく強いんだ! いくらレンくんに個性があっても――」

「大丈夫だ、イズ。だって」

 

 直後、出久たちの目の前から練悟の姿が消えた。

 そして、次の瞬間。

 

「もう終わった」

 

 脳無の直上に現れた練悟は、思い切り拳をその頭頂に振り下ろした。

 瞬時に脳無の体が叩きつけられ、耐えきれなくなった地面が蜘蛛の巣状に罅割れてクレーターを作り出す。

 うめき声を出す暇もなく地に埋まった最悪の敵の姿に、出久たちはぽかんと口を開くしかなかった。

 

「……は?」

 

 そして、驚いたのは敵の首魁――死柄木弔も同じだった。

 

「なんだよ、それ……オールマイト並のパワーだって……?」

 

 がり、がり、と沸き起こる癇癪を抑えるように爪で首をひっかく。

 

「チート野郎が……! ふざけんなよ……! クソ、クソ、予定外のことばかりだ……!」

 

 怒りが滲む呟きをこぼしながら、死柄木は練悟を睨めつける。

 視線を向けられた練悟は涼しそうな顔でそれを受け止めており、それがまた死柄木の怒りを増長させていく。

 その時、死柄木の横に黒い靄が渦を巻くようにして現れた。出久ら生徒をUSJ内に個別転移させた個性を持つ男、黒霧だった。

 

「死柄木弔」

「黒霧っ……13号はやったのか?」

「行動不能にはしましたが、生徒らを散らし損ねまして……一名、逃げられました」

 

 僅かな苦々しさを含みながらも起こった事実をありのままに報告する。

 黒霧とて、今の死柄木が冷静さを欠いている状態なのは一目でわかった。しかし、リーダーに報告を怠るわけにもいかず、その後の反応が予想できながらも報告するしかなかったのだ。

 

「――はぁ?」

 

 そして、そんな黒霧の予想は過たず、死柄木の怒りはさらに増した。

 

「なんだよ、それ……! くそ、お前がワープゲートじゃなかったら、殺してたよ……! お前も、あのガキも、なんで思い通りにならない……!」

 

 もはや病的と言ってもいいほどの勢いで自身の首を爪でひっかき続ける死柄木の姿は異様の一言だった。

 

「脳無ッ! いつまで寝てる! お前はオールマイトの攻撃にだって耐えられるように作られてるんだ! さっさと起きろ!」

 

 死柄木の呼びかけに、埋まった状態だった脳無が反応を示す。

 ぐぐ、と体に力を入れて地中にあった腕を無理やり外に出した。それによって腕は肘から先がなくなってしまったが、すぐに再生されていく。

 腕を地につき、今度は体を強引に引き上げる。両足がちぎれた。そしてそれも再生されていく。

 

「まさか……ただの生徒が脳無にここまでのダメージを与えたのですか……!?」

「ああ……オールマイト並みのパワーを持つ奴だ。チートなのはアイツ一人で十分だってのに……!」

 

 黒霧と死柄木が言葉を交わす間に脳無は地中からの脱出を終えていた。

 見る限り、傷は一つも見当たらない。ピンピンした状態でそこに立っていた。

 

「おいおい、ゾンビか何かかよ」

「ははは、当たり前だろ! こいつはオールマイト用に調整された超高性能サンドバッグだぜ? ショック吸収、超再生……奴の100%にも対抗できるように出来てるのさ!」

 

 脳無が耳障りの悪い雄叫びを上げる。

 それに気圧されたのは、峰田や蛙吹、後ろで相澤と出久を背に抱えてこの場を離れようとしていた者たちだった。

 

「複数の個性!? マジでバケモンじゃねぇか!」

「けろ……これは、まずいんじゃないかしら」

 

 改めて感じる、脳無の異常性。

 それを目の当たりにして慄く二人の姿に死柄木は満足したように獰猛な笑みを見せた。

 

「はははは! やれ、脳無! あのクソガキを殺せッ!」

 

 その指示を受けて、脳無が突進を開始する。

 相澤というプロヒーローを一瞬で無力化した特大の暴力が、一人の生徒に降りかかろうとしていた。

 

「レンくんッ!」

 

 蛙吹の背にもたれかかって運ばれながら、出久は幼馴染の危機に悲痛な声で叫ぶ。

 両足が折れ、右腕も拳を放つ前だったとはいえワン・フォー・オールを集束させた影響で使い物にならない。

 それでもなんとか動こうとする出久だったが、既に体の自由はきかなかった。

 そのことに情けなさと絶望を感じる出久だったが――彼女は知らない。

 練悟にとって、今の状況はまだ危機ではないという事を。

 

「さすがにこのタフさは予想外だわ。――仕方ない」

 

 短く息を吐き出す。

 そして練悟は膝を曲げて軽く腰を落とすと、両腕を前に突き出した。

 

「か……め……」

 

 円を描くように腕を動かし、何かを包み込むように両の掌を合わせて腰のあたりに持っていく。

 

「何をしようが、脳無には効かないんだよガキぃ!」

 

 死柄木が吠え、脳無も応えるように金切り声を上げた。

 その中にあっても、練悟は全く動じはしなかった。

 

「は……め……」

 

 掌の間の空間に青く輝く光が生まれる。

 周囲を照らす閃光に誰もが驚愕を感じた、次の瞬間。

 

「波ぁぁああ――ッ!!」

 

 裂帛の声と共に、練悟の両手が光の塊を押し出すようにして脳無へと突き出された。

 瞬間。空気を焼くような鋭い音と共に、青い光は一条の分厚い光線となって中空を進む。

 巻き起こる光と荒れ狂う風。それらに思わず目を瞑りそうになりながらも、出久たちは何とか目を開けて光を放つ練悟の姿を目に焼き付ける。

 

 そして、見た。

 

 光の奔流に体を焼かれながら、脳無が苦痛の叫び声を上げる姿を。そして、やがてその衝撃に耐えられなくなった脳無が吹き飛ばされるのを。

 脳無はUSJを取り囲む壁にぶつかるが、光の勢いはそれでは止まらなかった。無理やり押し出され続けた結果、壁に挟まれた脳無はさらにダメージを負う。

 そしてついに耐えられなくなった壁が破られ、脳無は光に押されるまま外へと押し出され続け――青い光が消えた時、その姿は何処かへと消えてしまっていた。

 壁に空いた穴と、地面に残る光線が通った破壊痕。そして今見た光景に、その場の誰もが言葉をなくして、ただ呆気に取られた。

 

 

===

 

 

気藤練悟

個性「気」

 

生命エネルギーである気を操ることが出来る!

ただし操れるのは自身だけ。他人の気は操れない!

気を全身に巡らせて体を強化すれば、超人的な身体能力を得ることが出来るぞ!

必殺技は気を圧縮凝固させて放つエネルギー攻撃「かめはめ波」だ!

 

 

===

 

 

「……馬鹿な……そんな馬鹿な……! 対平和の象徴用の改人だぞ! それが、それが、オールマイトでもない、ただのガキに……!?」

 

 信じられないものを見たと言わんばかりに、死柄木の口からは事実を否定するような言葉が漏れる。

 しかし現実は変わらず、脳無はこの場から消え去り、それを為した生徒――練悟はこの場にいる。

 驚愕に目を見開く死柄木に、練悟は体ごと向き直った。

 

「ふぅ……。さて、(ヴィラン)。俺としては、大人しく投降してくれるとありがたいんだがね」

「ぐ……っ」

「死柄木弔! ここは退きましょう! 救援を呼びに行った生徒のこともあります。じきにオールマイトも……」

 

 驚異的な威力の攻撃を見せつけ、脳無を撃退するところをまざまざと見せつけられた黒霧は、一気に練悟に対する警戒度を上げた。

 あの生徒がいる上、オールマイトまで加わっては手が付けられない。既にこちらに脳無はいないのだ。平和の象徴を殺害する計画は事実上頓挫したと言っていい。

 ならば、ここで死柄木を失うわけにはいかない。そう思って進言した直後、USJの入り口が外から壊され、そして出久たちが待ち望んでいた声が響いた。

 

「――途中、飯田少年からあらましを聞いた。すまない、怖い思いをさせたな……。でも、もう大丈夫」

 

 現れたのは、特徴的に逆立った二房の金髪に筋骨隆々の大男。

 やたらと濃い顔つきで、彼は生徒と敵の双方に聞こえるように宣言する。

 

「私が来た!!」

 

 それにより、生徒たちは安心を。敵たちは動揺と焦燥を抱く。

 そうこうしている間に、オールマイトは一瞬で広場に降り立つと、残っていた有象無象の敵たちを無力化し始めた。

 

「予想よりも到着が早い……! 死柄木弔!」

「………………あーあ」

 

 オールマイトの登場を受けて、先ほどまでの激情が嘘のように死柄木は落ち着いた様子を見せていた。

 不気味な姿に、練はオールマイトの登場で緩みかけた気持ちを引き締め直す。

 

「ゲームオーバーだ。帰るぞ、黒霧」

「行かせると思うか?」

 

 練悟が構えるが、死柄木の態度は変わらなかった。

 

「来てもいいが、こっちには黒霧がいる。いざとなりゃ、生徒の二、三人は確実に殺すよ」

 

 内心で練悟は舌を打った。

 ワープという個性の関係上、黒霧のターゲットになるのはこの場にいる生徒だけではない。遠く離れた生徒のところにも一瞬で行ける以上、手が届かない場所にいる生徒も対象になるだろう。

 そうなれば、いかに超スピードで動ける練悟であっても対応できない。下手を打てば誰かが犠牲になるかもしれない以上、これ以上動くことは出来なかった。

 そうして無言になる練悟の姿を回答と取ったのか、死柄木は練悟と、たった今広場の敵を掃討し終えてこの場にやってきてその横に並んだオールマイトを見た。

 執念と怨恨が籠もった眼で。

 

「――オールマイト、それからそこのガキ」

 

 告げられた内容は、恐ろしいほどに粘着的で、かつ憎悪に満ちていた。

 

「――次は殺すぞ。必ず殺す。必ずだ。必ず、殺す」

 

 ぞっとするような声でそう残し、黒い靄に包まれて死柄木と黒霧は姿を消した。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。終わったか」

「そのようだ。ところで少年、君は……」

「あ、初めましてオールマイト。経営科一年の気藤練悟です。いつもイズ……緑谷がお世話になっています」

「いや、これはご丁寧に。って、アレ!? 気藤少年、今なんて!?」

「おーいイズ。怪我の調子はどうだ?」

「私が無視された!?」

 

 オーマイゴッド! とか叫んでいるオールマイトを尻目に、練悟は出久のもとに駆け寄った。なにせ両足と片腕が使い物にならないのだ。早々に治療しなければならない。

 出久は駆け寄ってきた練悟を、なんと言っていいのかわからない、そんな複雑な表情で出迎えた。

 無個性だと言っていた幼馴染に個性があり、しかも出鱈目な強さを持っていたのだ。突然知った事実に、混乱するのは当然だった。

 

「う、うん。レンくん、あの――」

「テメェエエエェァアッ!!」

「おおっ!?」

 

 だが、なんと言おうか迷っていた出久の逡巡は、強制的に途切れた。

 突然飛び込んできたもう一人の幼馴染の怒声と爆音によって。

 

「か、かっちゃん!?」

 

 出久の驚きの声をよそに、爆豪は執拗な攻撃を練悟に加えていた。

 なお、練悟はそれを危なげなく避けていた。

 

「おお、勝己。そういえばお前もA組だったな」

「ンなこたぁどうでもいいわ! 見てたぞ……! 俺を騙してやがったのか! テメェも! この俺を、見下してやがったのか! ぁあ!? クソザコがァ!」

「見下してはいないぞ。でも嘘ついてたのはホントだ。ごめんな!」

 

 ぱん、と手を合わせて誠心誠意謝る。けれど、戦闘中にそんなことをされれば、挑発と取られても仕方がないわけで。

 案の定そういう意味に受け取った爆豪は、一層まなじりを吊り上げた。

 

「ッザケんな、殺す! この――モガッ!?」

 

 が、再び爆破をする前に爆豪は極太の腕に羽交い絞めにされて拘束された。しかも口に手まで当てられている。言葉遣いがあまりにもアレだからだろう。是非もないね。

 

「ストップ、ストップだ爆豪少年! 何を怒っているのかは知らないが、短気は損気だぞ! もう敵はいないんだ、落ち着きなさい!」

「モガ、モガガァアッ!」

「おお、さすが勝己だ。あのオールマイトに拘束されても暴れ続けるとは。……ん? ヒーローに拘束されて暴れるって、それもうヴィランじゃね?」

「――ッ! ―――ッ!!」

「どうどう、爆豪少年! 顔が凄いことになってるぞ、君! そして少年も、煽るようなこと言わないで! お願い!」

 

 かのナンバーワン・ヒーローにそうまで言われてしまっては仕方がない。

 久しぶりに爆豪と絡むから少しからかってしまっただけだったので、ここは素直に頭を下げておく。

 そして爆豪の対処をオールマイトに任せて、練悟は寝かせられている出久に目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

 

「よ、イズ。怪我は大丈夫か?」

「う、うん、って言うのも変かな。足と腕が、動かせないから」

 

 そう言って笑うが、その笑みはどこか痛々しい。

 だが、こんな状況で、これだけの怪我を負いながら、誰かを安心させるために笑うことが出来る。

 そんな出久の姿に、改めて練悟は眩しいものを見る気持ちになる。

 

「ま、そうだわな。となると、いつまでも地面に寝かせとくわけにはいかないか」

「え?」

 

 きょとんとする出久に構うことなく、「ちょっと我慢してくれよ」と言いつつ練悟は出久の膝裏と背中に腕を回してその小さな体を抱えあげた。

 

「はぇ!? れれれ、レンくん!?」

 

 突然抱き上げられ、必然的に顔も近づき、出久の心臓が早鐘のように鼓動を速める。

 ちなみにさっきも抱き上げられていたのだが、結構な極限状態だったので意識する暇がなかったのだ。

 

「いやだってその足じゃ歩けないだろ」

「そそ、それはそうだけど! わ、わたし重いよ、前より筋肉ついちゃったし……」

「全然軽いぞ。それに役得だから、むしろありがとう」

「ほわぁ!?」

 

 臆面もなくそんなことを言われて、出久の言語機能がオーバーヒートを起こす。

 爆豪と一緒に駆け付けた切島や、同じタイミングでやってきた轟は、そんな二人の姿を遠巻きに見ていた。

 

「うおぉ、お姫様抱っこ! 男気あるな、こんな公衆の面前で」

「そういうもんか?」

 

 と、そんな会話を交わしている中、練悟と出久のやり取りは続いていた。

 

「やや、役得ってそんな……!?」

「あ、悪いと思ってるなら、頬にキスの一つでもしてくれていいんだぞ」

「ぇえぇええ!?」

 

 冗談交じりに指を自分の頬に指す練悟に、いよいよ出久の顔面が血を集めすぎてヤバくなる。

 もはや完熟トマトもかくやというレベルで赤一色になっていた。

 

「オイラ、今なら憎しみでアイツをヤれるぜ……」

「緑谷ちゃん、顔が真っ赤ね」

「――ッ! ――~~ッ!!」

「爆豪少年! 君ホントどうしたの!? 落ち着きたまえよ、頼むから!」

 

 出久を練悟に任せ、相澤を二人で抱えて運びながら話す峰田と蛙吹の横で、この光景を見た爆豪はオールマイトの拘束を振りほどこうと暴れていた。

 なお、抜け出せなかった模様。

 さすがはオールマイト! お前がナンバーワンだ!

 

 

 

 ――その後、飯田が呼んだ雄英の教師陣が到着し、各ゾーンに散っていた敵も捕縛。

 相澤と出久は重傷だが、一人の命も失うことなく、全員無事にこの危難を乗り越えた。

 

 そして、このUSJ襲撃事件から少しして、ヒーロー科一年A組には一人の生徒が経営科から編入された。

 これによって物語に様々な変化が出てくることになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 




〇設定メモ

緑谷出久

Height:152㎝
好きなもの:ケーキ、カツ丼(女の子らしくないので隠している)
髪の色は原作と同じで緑。髪のクセはやや弱く、長さは肩より少し長い。後頭部で結んで小さなポニーテールにしている。
そばかすは健在。顔立ちは女の子らしく、可愛らしいイメージ。
身長のわりに出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
オールマイトとの特訓によって筋肉量が増え、体重が増加しているのが目下の悩み。
爆豪勝己と気藤練悟の二人と幼馴染。
前者は「かっちゃん」、後者は「レンくん」と呼ぶ。
爆豪には幼い頃の印象から苦手意識が強いが、それでも変わらず「凄い奴」という意識は持っている。
練悟に対しては、夢を応援してくれている関係から交流が深く、同時に色々と頼りがち。何かあれば頼ってしまうところを変えたいと思っているが、まだ行動に起こせてはいない。
あと恋心も抱いているが、告白は出来ていない。が、練悟には既に察せられていたりするが、それにも気づいていない。


気藤練悟

Height:172㎝
好きなもの:肉、とりあえず沢山のご飯
髪の色は黒。長さはそんなに長くもなく、短くもない。
転生者。しかし「僕のヒーローアカデミア」は読んだことはなく、それどころか存在も知らなかったため、原作知識なし。
個性は「気」。個性の内容を知って真っ先に思いついたのがドラゴンボールだったので、とりあえずかめはめ波の特訓を始めた。
元々才能があったのか、現在ではかめはめ波だけではなく、身体強化も超人の域。現在の本気の戦闘力は、ラディッツに勝てるぐらい。やばい。
せっかくの第二の人生、好きに生きようと心に決めている。そのため、やろうと思ったら即決することも多い。出久の応援を決めたと同時に、将来出久が立ち上げる事務所に勤めようと決めたのも、そういう生き方から。
なお、好きに生きようと決めたことから、自分の気持ちに正直であり、可愛いと思った女の子にはとりあえずモーションをかけるという悪癖もある。
そのたびに出久の機嫌を悪化させ、やきもきさせている。
なお、ヤキモチを焼く出久を見て、爆豪も練悟にヤキモチを焼く。そして素直じゃない爆豪はモチではなく人を焼こうと爆破してくる。彼の日常はなかなかデンジャラスである。


爆豪勝己

Height:172㎝
好きなもの:辛い食べ物全般、登山
原作と大きく変化はなし。
実は出久のことが気になっているが、素直になれずにイジメていたという設定。しかしイジメていた規模が個性ある世界だからヤバい。ツンギレかよ。
幼い頃、守ってやる存在だった出久から手を差し伸べられて心配されたことで、色々と捻じくれた。
事あるごとに罵倒し、出久を認めないのも、「守ってやる」という気持ちと「心配されるような弱い存在じゃない」という自尊心が暴走した結果。
それでも根底にあるオールマイトというヒーローへの憧れが捻じれていないのは、やはり彼もヒーロー志望という事だろう。
なお、いつの間にか出久と仲良くなっていた練悟には明確な敵意を抱いている。
この作品では出久が女の子であることもあり、原作で出久に向かっていた暴力や高圧的な態度は結果的に全て彼に向かった。
練悟自身は上手くかわしているが、そんな態度が一層出久に苦手意識を持たれてしまっていることに、本人は気づいていない。


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ヒーロー科1年A組に編入する話

とりあえず筆が乗るままに第二話。
今更ながら映画見逃したから、早くレンタルで見たい。


 

 

 気藤練悟には誰にも言っていない秘密があった。

 それは、この人生が彼の主観では二回目であるということ。すなわち、前世の記憶を持っているという事だった。

 

 この世界で新たな生を受けたと知った時、練悟はそれはもう驚いた。まず人生二回目だという事にも驚いたし、何より前世にはなかった異能やら超常が日常としてまかり通っている世の中に驚いたのである。

 とはいえ、驚愕したのは最初だけだ。一年経つ頃には、これがこの世界での常識なんだと受け入れて開き直っていた。同時に、せっかくのセカンドライフなのだから、存分に楽しもうとも決意した。

 

 そんなわけで、練悟が最初にしたのが個性の訓練だった。

 基本的に四歳までに発現する個性だが、練悟は平均よりも早い二歳で発現した。ひょっとして既に発達した自意識があったからかもしれないが、詳しくはわからない。

 ともあれ、そうして個性を手にした練悟は、個性を伸ばす訓練に明け暮れたのだ。

 辛くはなかった。それどころか楽しさしかなかった。なにせ、練悟が授かった個性は、かつて前世で読んだコミックの主人公たちが使う力に酷似したものだったのだから。

 

 「気」。それが練悟の個性だ。

 

 生命に宿る、生命力という力。それを操る個性。ただし自分限定。

 練悟が生きた前世の世界では、日本だけではなく世界的にも有名な漫画の主人公たちがこの力を使う。気功波として放出するもよし、身体強化に使うもよし、更には空だって飛べてしまう。そんな力が自身に宿ったのだ。興奮して鍛えなければ男じゃない。

 というわけで、どんどん個性を鍛えていった結果、本気を出した練悟の力はシャレにならないレベルになってしまった。

 なにせ、十歳になる手前で既にかめはめ波が撃てたし、気で強化すれば大岩だってパンチ一つで粉々だ。あの漫画を例にとって戦闘力で考えれば、気を高めた状態のそれは200は確実にあるだろう。九歳の地球人としては破格の強さである。

 しかも、まだまだ伸びていくと自分でも分かるのだ。これはやばい、と練悟は遅まきながら自覚した。

 

 この世界には(ヴィラン)がいて、ヒーローがいる。力を使う場面は求めれば多くあることだろう。

 けれど、折角の第二の人生なのだ。血生臭い仕事をしたくはないという思いが練悟にはあった。

 そのため、対外的には無個性として過ごすことを練悟は決めた。将来はオフィスワークでもして、安全で安穏とした生活を送るつもりだったから、個性の有無は関係なかったのだ。

 もちろん、無個性であることを馬鹿にされもしたが、所詮は小学生の戯言である。大人の感覚を持つ彼は、そんな可愛い悪意など鼻歌交じりに受け流すことが出来た。

 

 そんな中で練悟は出久に出会った。そして、ヒーローを目指す彼女を応援することを決めたのだ。

 それ以降、ならば将来はこの子の事務所で働いて支えてあげれればいいな、と考え始めた。

 もともと事務仕事を希望していた練悟なのだ、悪くない考えだと内心で自画自賛したほどだった。

 そうして、練悟は雄英の経営科に進学を決めた。ヒーロー事務所のことを学ぶなら、ヒーロー科として最高峰の雄英が一番だと考えたからだ。

 出久も、幼い頃から体を鍛え続けていたことに加えて、ここ十か月は凄まじいペースで体を作っている。雄英のヒーロー科を目指すと言っていた。

 雄英が出久も憧れるオールマイトの出身校だと練悟は知っているから不思議ではなかったが、あまりのハイペースに練悟は出久に心配の声をかけた。

 しかし、出久はそんな練悟に首を横に振って気丈に笑った。

 

「大丈夫だよ。わたしの夢に、これは必要なことだから」

 

 そう強い決意を滲ませて言った出久を見た練悟は、その意思を尊重して頷いた。

 

「わかった。俺が力になれることがあったら言えよ。俺に出来ることなら何でもするぞ」

 

 そう告げたところ、出久は「な、なんでも、かぁ……」と呟いて顔を赤くしていた。

 その後、思い切り首をぶんぶん振って目を回していた。

 彼女もお年頃なんだ……いろいろ想像しちゃっても、仕方ないよね。

 

 その過程で、出久とオールマイトが一緒にいるところを練悟は目撃していた。さすがはイズ、あのオールマイトに認められるとは、と我がことのように嬉しくなる練悟。

 そして、ナンバーワン・ヒーローが監督しているなら大丈夫だろう、と出久の特訓を温かく見守ることにしたのだった。

 

 そして、ついに雄英に二人揃って入学。

 

 その時に練悟は気づいたのだ。無個性だった出久に突如発現した、オールマイトに似た超パワーの個性。そして、かつて見たオールマイトに感じた気が今は出久にも宿っていることに。

 つまり、出久の個性はオールマイトから受け渡されたもの。そう推測するのは難しい事ではなかった。

 しかし、それを練悟が言うことはなかった。

 練悟が見る限り、出久はその力で夢であったオールマイトのようなヒーローになるため、ひたむきに頑張っていた。その表情に楽しさや嬉しさはあれど、後悔は見て取れない。

 なら、練悟に出来ることは出久の決意と頑張りを応援することだと思ったのである。

 

 

 そうして、雄英に入ってからも出久のことを見守り、応援していた練悟だったが。

 USJでの訓練の日。突然敷地内に現れた邪悪な気と奇妙に混ざり合った気が、見守るだけだった練悟に行動を起こさせた。

 気の強さで考えるに、敵の強さは相当なものだ。特に複数の気を感じる相手。こいつはヤバい。

 そう気づいた練悟は、担任に「あっちのドーム型の施設に侵入者です! 応援をよろしくお願いします!」とだけ告げて教室を飛び出したのだ。

 出久のことを助けるために。

 

 

 

 

 

 

「――というのが、俺があそこにいた理由ですね」

 

 雄英高校、校長室。

 そこで、練悟は執務机に肘をついて座るネズミに、なぜ経営科である自分があの時あの場にいたのか、という事の説明をしていた。

 ちなみにこのネズミは、まごう事なき雄英の校長である。ネズミに人間以上の知能を得る個性が宿ったという稀有な例。名前は根津。この世界の人の名前は本当に覚えやすいな、と思う練悟である。

 

 この場にいるのは校長である根津と、オールマイトだけだ。ちなみにオールマイトは筋肉ムキムキではなく、ガリガリの姿である。

 もともと出久に付き合うオールマイトの姿を見た際に、その真の姿も見ていたので、プルプル震えながらマッスルフォームを保とうとしていたオールマイトに「あの、もし辛いなら変身解いてもらってもいいですよ」と提案したのである。

 その時の、「なんで知ってるの!?」と言わんばかりの驚いた顔に、自分が出久の幼馴染で、無茶な特訓を気にして見に行った時に見てしまったと答えたら、膝をついて落ち込んでいた。

 さらに校長から「まったく、君は昔からここぞという時に詰めが甘いよね。平和の象徴としての責任を謳うなら、もっと自覚と警戒心を持ってだね……」と説教が始まる始末。

 ちなみに変身はその説教の途中で解けました。

 

「なるほど。経営科の先生からの報告と違いはないね。彼も心配していたから、後で顔を出しておくといいよ。あと授業を抜け出した謝罪もね」

「はい。すみません」

 

 練悟が頭を下げると、根津はうんうんと頷いた。

 

「素直なのはいいことだね! それにしても、君の個性! 驚いたよ、まさか索敵に身体強化、それにビームまで撃てるなんて」

「俺は気功波って言ってますけどね。あくまで俺の個性は「気」ですし」

「それに、奴らが私対策として連れてきたあの脳無という(ヴィラン)……。話を聞く限りでは、怪力にショック吸収に超再生の個性を持っていたと。なるほど、私でも間違いなく苦戦するだろう相手だ。それに、完封勝利とは……」

「運が良かったってのもありますけどね。相手は俺を舐めてましたし」

 

 その隙をついて初撃で撃破したつもりだったのだ。復活してきた時も、かめはめ波という切り札を使って、対処する暇もないように倒した。

 手の内が割れた以上、次はそう簡単にはいかないだろう。あれだけの完勝が出来るのは今回の一度だけだと練悟は考えていた。

 

「油断しないのはいいことだけど、悪いように考えすぎてもいけない。君は無傷で敵を退け、生徒や相澤君を助けてくれた。それが事実だ。そして、そのことに私は校長としてお礼を言わせてもらうよ。本当にありがとう!」

「いえ、そんな」

 

 練悟が謙遜すると、ゴホとオールマイトの口から咳が漏れた。

 

「……だが、その代償に君は奴らに目をつけられてしまった。警戒対象として。倒すべき脅威として」

「はい」

 

 去り際にあの男――死柄木弔と呼ばれた敵の首魁が残した憎悪の言葉。

 必ず殺す。

 そこに込められていた執念は、肌で感じられた。

 

「本当にすまない。私が遅れていなければ、最初からあそこにいれば、君が敵に狙われるようになることなど防げたというのに。平和の象徴として、謝罪させてもらう」

「そんな、頭を上げてくださいオールマイト!」

「しかし」

「俺がやりたかったからやっただけです。それだけで、あいつのことを助けられたなら安いものですよ」

 

 確かに、(ヴィラン)に狙われるというのが怖くないと言えば嘘になる。元々平和な世界で生きて、そして平穏な生活を望んでいた身なのだ。力があろうと、怖いものは怖い。

 けれど、自分があそこに行ったからこそ出久を助けられた。他の生徒や、相澤のことも。

 その事実は謝られるようなことではない。むしろ練悟にとって誇らしく、嬉しいものだった。

 

「だから、謝罪なんて結構です。というか、こういう時に相手に言うべき台詞が何なのかは、俺よりオールマイトのほうが知っているんじゃないですか?」

 

 練悟が問うと、オールマイトは驚いたように目を見張った。

 しかしすぐに練悟が望む言葉が何なのかに気づいたのだろう。

 骨ばった顔を気持ちのいい笑みの形に変える。

 

「――ああ、そうだった。ありがとう、気藤少年」

「どういたしまして」

 

 謝罪ではなく、感謝の言葉。

 それすら欲しいというわけではないが、もし言葉をくれるのならば、嬉しいのは断然そちらだった。

 

「君は強いな。ヒーロー向きだ」

「オールマイトにそう言ってもらえるとは光栄ですね。でも、本当にヒーローに向いているのは、俺の幼馴染のような奴ですよ」

「緑谷少女か」

「ええ。だからこそ、オールマイトもイズを認めて、力を渡したんでしょう?」

 

 オールマイトは力強く頷いた。

 

「その通りだ。彼女ならば私の後継、すなわちこの力を受け継ぐに相応しいと――」

「? どうしました?」

 

 突然ぴたりと言葉を止めたオールマイトに訝しんで首を傾げる練悟。

 対してオールマイトは、それどころではないという焦りを顔に張り付けて練悟に勢いよく迫った。

 

「なんで知ってるの!?」

「いや、俺の個性で。オールマイトと同じ感じの気がイズの中にあって、同時に突然個性が発現したなんて言うんですから、そりゃ関連を疑いますよ。それに、海浜公園で見た時のオールマイトと、イズに個性が出てからの今のオールマイト。明らかに気が弱まっていますし。オールマイトの個性って他人に渡せるものだったんですね」

 

 つまりは練悟の個性で完全に確信を得ていたというわけで。

 決して明かしてはいけない秘密があっさり一人の生徒に人知れずバレていたことに、オールマイトは戦慄に身を震わせた。

 

「ホーリーシィイーット!」

「オールマイト、君ねぇ」

「いや、校長先生! さすがにこれは防ぎようが! それよりも、気藤少年!」

「はい?」

「このことは、誰にも……!?」

「言っていませんよ。この事実が広まれば、混乱が起こることは目に見えています。俺は平穏が好きなんです。わざわざ乱したいとは思いません」

「ほっ……! ではすまないが、このことは以後も秘密でお願いするよ。いやマジで」

「わかりました」

 

 しーっ、と人差し指を立ててジェスチャーするオールマイトに、練悟は真面目な顔で頷いた。

 オールマイトは胸を撫で下ろし、肩から力を抜く。

 

「すまない、ありがとう。また後で、君にも私のことを説明しておくとしよう。既に色々知られてしまったからね……こうなれば、半端な情報ではなく正確な情報を知っておいたほうがいいだろう」

「わかりました。お願いします」

 

 と、練悟が答えたところで、今度は根津が口を開いた。

 

「話はついたかな? それじゃあ、今日の本題に入ろうか!」

 

 本題。つまりは練悟への事情聴取以外にも何か練悟を呼んだ目的があるという事だ。

 考えるも特に思いつかず、練悟は素直に校長の話に耳を傾けることにした。

 

「君は先日の襲撃事件で、敵の組織――(ヴィラン)連合に目をつけられた。相手にワープの個性持ちがいる以上、君の安全確保はこのままでは不安が残る」

 

 そこで、と根津は声を張り上げた。

 

「特例となるが、君をヒーロー科に編入させようという意見が出たのさ! ヒーロー科の先生は実戦経験豊富なプロヒーローだし、今年からはオールマイトもいる! 生徒諸君も実践的な授業が多いから、君の自衛能力の向上も図ることが出来るというわけさ!」

 

 この時期での編入は異例も異例。本来であれば、体育祭などの成績を鑑みて二年次から編入するものなのだ。

 しかし、今回の場合は急を要するとして、特例での編入が会議で認められたのである。

 

「ついでに言えば、君の強さは既に証明済み。更には友人を助けるために危険に立ち向かったことから、精神性も太鼓判さ! あとは個性把握テストと筆記試験で合格となれば編入となるわけだけど……どうだろうか!」

 

 その提案を受けた練悟は、軽く目を閉じた。

 

 ――当初、練悟は事務仕事で平穏な生活を送る予定だった。

 出久と知り合ってからは、ヒーロー事務所の経営で、少しは危険だがそれでも平穏な生活を送る予定でいた。

 しかし、今回の一件でそんな生活はもう望めないだろう。良くも悪くも、こうして力を表に出して敵方に目をつけられてしまった以上は。

 過ぎた力は厄介事を引き寄せる。だから練悟はこれまで無個性だと嘘をついてきたのだ。

 当初の望みから考えれば、今の状況は決して望まないものだ。

 けれど、後悔はなかった。

 出久という友人を助けることが出来た。他にも多くの人が傷つかずに済んだ。

 ならそこに後悔などあるはずがない。

 

 ――まぁ、こうなるのが運命だったってことかな。

 

 苦笑と共にそう現状を受け入れた練悟は閉じていた目を開けると、根津に対して深く頭を下げた。

 

「わかりました。よろしくお願いします」

「こちらこそ、大人の都合で振り回して申し訳ないのさ! だがその分、雄英が君を精一杯サポートする! 何かあれば言ってほしい。必ず、力になることを約束するのさ!」

 

 力強い声でそう確約してくれる根津と、その横で頷くオールマイトに、練悟は笑顔でありがとうございますと返した。

 こうして、入学から約一週間という前例のない短期間でのヒーロー科編入が決まったのであった。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、編入生だ」

「一部の人ら以外は初めまして。元経営科の気藤練悟です。よろしくね」

「相澤先生の復帰早ぇし、まだ四月なのに編入生だし、それがあの時緑谷をお姫様抱っこしてた奴だし、突っ込みが追いつかねぇ――ッ!」

 

 あのUSJ襲撃事件の翌日は休校だったため、この日は二日後。

 包帯ぐるぐる巻きの相澤先生に促されて教室に入った練悟が自己紹介をすると、騒がしい男子から騒がしい声が上がった。

 練悟がちらりとそちらを見ると、声を上げたのは出久曰くクラスの盛り上げ役、上鳴電気や瀬呂範太らであった。

 何を隠そう、練悟は出久に訊いてこのクラスの面々について予習していたのだ。出久は趣味のヒーロー分析によって、人の特徴や個性を覚えるのが得意なため、その特技を生かした形だ。

 それに、出久曰く、皆やさしくて積極的だからすぐに仲良くなれるよ、とのことだ。

 しかしてそれを証明するように、次々とクラス中から質問の声が上がった。

 

「はいはーい! あたしめっちゃ聞きたいことがあるんだけど! 気藤と緑谷の関係は!?」

「あ、それ私も聞きたい!」

「ハァハァ、緑谷の小柄豊満ボディに触れた感想……」

「クソかよ」

「お前があのデケェ(ヴィラン)ぶっ飛ばしたんだろ!? どんな個性だ!?」

「あのパワー、普段はどんなトレーニングしてるんだ?」

「君のビームと僕のビームだと、僕のほうが美しいとは思わないかい☆」

「おいお前ら、話の途中」

 

 相澤が包帯の隙間からじろりと教室内を睨みつけると、一秒前まで騒いでいたのが嘘のように静まり返る。

 入学から二週間もせずにすっかり教育されている彼らを見て、こんなにクセの強そうな連中を相手にそれを為した相澤に畏怖を覚える練悟だった。

 

「緑谷や蛙吹、峰田は聴いていたかもしれんが……あの時、去り際に(ヴィラン)がこいつを名指しで報復対象にすると口にした。そのことから安全性を鑑みて、実戦的なプロヒーローが担任を勤め、自衛能力を鍛えることが出来るヒーロー科への編入が特例で決まった」

 

 練悟が出久に目を向けると、たまたま練悟を見ていた彼女と目が合った。

 笑いかけると、出久は少し顔を赤くしながらも微笑み返してくれる。

 その様子を見ていた芦戸の目が獲物を見つけたように光った。

 そんな生徒の様子に気づいているのかいないのか、相澤は教室の後ろに急遽増やされた机を示して、練悟にそこに座れと指示を出した。

 

「これだけ急いだのは、それが理由の一つだ。そしてもう一つ……まだ戦いが終わってねぇ以上は、こいつにも早く壇上に上がってもらわないといけなかったからだ」

 

 相澤のその一言に、クラスがざわりと揺れた。

 

「戦い?」

「まさか……」

「まだ(ヴィラン)が――!?」

 

 しかし、答えはそうではなく。

 

「雄英体育祭が迫っている」

「クソ学校っぽいのキタァアアッ!!」

 

 答えは雄英体育祭。

 学校側が練悟の編入を急いだのは、それがもう一つの理由だった。

 

 

 

 

 

 

 個性登場初期、個性とはすなわち異常であった。

 しかし代を経るにつれ、異常は日常となり、架空であったことは現実へと置き換わった。

 常識の変化、人間という規格の変遷によって、多くの業界が変革を求められた。

 

 スポーツ業界もその一つだ。

 現代において、かつてスポーツの世界的祭典として国際的な盛り上がりを見せたオリンピックは、今や人口も規模も縮小化し、完全に形骸化している。

 何故か。それは、この個性社会においてスポーツを行うのは無理があったからだ。

 

 スポーツとは定められたルールに則って勝敗を競うものだが、そのルールはそもそも個性登場以前の人間の規格に照らし合わせたものだ。

 当時は個々人における差異など誤差であり、大多数の人間がおおよそ同じ肉体と性能を持っていた。だからこそ、それを基準として様々なルールが定められてスポーツという形を成すことが出来たのだ。

 

 しかし個性の登場によって、その基準はあっけなく崩れ去った。

 

 陸上ならば速く走れる個性が、水泳ならば速く泳げる個性が、格闘技ならば増強型の個性が有利なのは当然だった。異形型に関してはそもそも体のサイズや形状からして異なる。それを既存のルールに当てはめることは不可能だった。

 どうスポーツを行っても、有利な個性を持つ者が勝つのが当然となったのは自然だった。かといって個性を抜きにすると、今度は差別だと騒ぐ団体が現れた。

 それでなくても、個性という派手な能力が現れたのだ。観客は見ごたえがある個性を用いた競技を求めた。しかし、スポーツという形ではそれを達成するのは容易ではなかった。

 

 さらにスポーツ業界に痛手だったのは、社会的な混乱があまりにも大きく、早い段階でそれらへの対策を協議できなかったことだ。

 特に日本では一人の巨悪が台頭したこともあって、とてもではないがそんな余裕などなかったのである。

 そうしてようやく改革に取り掛かれる状況になった時。既に人々は個性を用いないスポーツそのものに対する興味を失っており、ルールを整えるまでもなくスポーツ業界は衰退の一途をたどったのである。

 結局、スポーツ業界は個々人で大きく異なる個性を取り入れたスポーツの開発には至らず、またその余裕もなくなり、今では文化遺産的な意味でオリンピックを行い、無個性向けの大会を細々と開催する程度にまで縮小化したのである。

 

 そんな中、人々の注目を集めたのが、雄英高校が行う体育祭だ。

 広大な敷地と十分な会場施設を有する雄英だからこそできる、超大規模な体育祭。ヒーロー科を擁することからその訓練も兼ねるこの大会は、当然のように個性の使用あり。

 年ごとに競技を変えつつ様々な個性が飛び交い競う様が見れるこの催しは、かつてのオリンピックに代わるように人々から求められた。

 その結果、それだけの需要があるとわかっている雄英体育祭に企業やマスコミが食いつかないわけがなく、多くのスポンサーや取材が舞い込んだ。

 

 それらに対する諸々の大人の事情をなんやかんやした結果、全国放送までされる日本国民の一大注目イベント――現在の雄英体育祭の姿が出来上がったのである。

 

 

 

 

 

 

「個性の使用が厳しく規制された現代社会で、個性を存分に用いた競技が見れる場は少ない。だからこそ多くの人がこの体育祭を見るわけだが……見ているのは何も、一般人だけじゃない」

 

 相澤はそこで生徒らの顔を見渡した。

 

「プロのヒーローもまた、この体育祭を見ている。サイドキック(相棒)へのスカウト目的でな。サイドキックを経験して独立するのが名のあるヒーローの王道。ここで活躍して名を売れれば、一気に将来の道が拓けるわけだ」

 

 誰もが未来への期待に目を輝かせ、相澤の話を聞いている。

 そう、雄英体育祭は雄英高校に通う三年間のみ、年一回・計三回だけ雄英の生徒に与えられる、将来ヒーローとして大成するためのビッグチャンスなのである。

 今回の編入が急がれたのもそのためだ。ヒーロー科生徒となる練悟がそのチャンスを逃さないよう、体育祭前の編入となったのである。

 

「あの襲撃の後だが、逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示すってのが上の考えだ。警備は例年の五倍に増やす。安心して挑めお前ら。以上」

 

 その言葉を最後に今日のHRは終わった。

 相澤が教室を出ていく。

 となれば始まるのは当然――新たなクラスメイト、練悟への質問だった。

 

「あたし、芦戸三奈! で、で、さっきの質問の答えが聞きたいんだけど! ってかさっき目と目で会話してなかった!?」

「私も聞きたーい! あ、私は葉隠透ね。見ての通り、透明人間!」

 

 と、早速練悟のもとにやってきた二人に、練悟は苦笑する。

 女子高生のバイタリティってすげぇなぁ、とおっさんくさいことを考えつつも、二人の質問に答える。

 

「よろしくな、芦戸、葉隠。イズとは幼馴染だよ。あと勝己とも」

「え、そうなの? そっか、緑谷と幼馴染なら爆豪ともそうなるよね」

「爆豪君と幼馴染かぁ。大変だったね!」

「どういう意味だコラぁ!」

 

 聞こえていたらしい爆豪が、遠くで文句の声を上げた。

 ひぇ、と声を上げて後ずさった葉隠。それに対して、自然とその前に身を出して、練悟は勝己に苦言を呈する。

 

「こら、勝己。いつも言っているだろ、ヒーロー目指すならその口調は改めなさいって」

「テメェは俺の母親か、クソザコがぁ! ぶっ殺すぞカス、死ね!」

「相変わらずひでぇ言葉遣いだな爆豪」

「気藤の言は尤もだ」

 

 平常運転の爆豪に、切島と常闇がため息交じりにこぼした。

 

「ったく。悪かったな、葉隠に芦戸。俺が勝己の名前出さなきゃ良かったな」

「あ、ううん。大丈夫だよ、慣れてるし」

「ねー」

 

 あっけらかんと言う葉隠の言葉は真実だった。

 この短い間にあって、既に爆豪はもうああいうもんだと受け入れられているのである。A組の懐が深いと言えばいいのか、諦めが早いと言えばいいのかは微妙なところである。

 

「いや、でも悪いよ。そうだな、二人とも、今度一緒に買い物とかどうだ? そこで埋め合わせでも」

「え?」

「いやー、それは」

「……レンくん?」

 

 さらっとデートに誘おうとしていた練悟だったが、それは底冷えのする声を出しつつ笑顔を向けてくる出久の存在によって中断させられる。

 

「や、イズ。怪我はもう大丈夫みたいだな、安心したぞ」

「リカバリーガールのおかげだよ。それより、何しようとしてたの?」

「ああ、いや、つい。おっと、そこにいるのは蛙吹か。あの時はあまり話せなかったけど、よろしくな」

 

 じっとりと睨みつけてくる出久から目を逸らした練悟は、視線の先に見つけた見知った顔に声をかけた。

 呼びかけられた蛙吹は、練悟のことをじっと見つめた。

 

「梅雨ちゃんと呼んで。気藤ちゃん、改めてお礼を言わせて頂戴。あの時は救けてくれてありがとう」

 

 突然の感謝。驚く練悟だったが、それがUSJでのことだと思い当たると、柔らかい表情で首を小さく横に振った。

 

「気にしなくていいぞ、梅雨ちゃん。俺は出来ることをやっただけだし、これからはクラスメイトなんだ。貸し借りとかはナシでいこう」

「ケロ。ありがとう、気藤ちゃん」

「まぁ、もし気が済まないなら今度一緒にどこかに――」

「レンくんっ!」

 

 葉隠・芦戸の時と同じことをしようとした練悟に、いよいよ出久の怒声が響いた。

 そのまま出久にお小言を言われ始める練悟。しかし全く懲りていなさそうな顔でそれを聞いている姿を見たおおよその生徒は、彼の性格を大体掴んでいた。

 

「なるほど」

「あいつはああいうキャラか」

「……」

「おのれッ……イケメンでモテようとしやがる奴は、オイラの敵だぜ……!」

 

 障子、上鳴、口田がそう得心を得たように頷く横で、峰田は清々しいほど思いきり練悟のことを妬んでいた。

 

「それで結局、気藤の個性は何なんだ? あ、俺は砂藤力道な」

「それは俺も気になるな。尾白猿夫だ」

「よろしく、二人とも。そうだな……俺の個性は、これだ」

 

 言って、練悟は右手の掌を上に向けると、その中にビー玉サイズ程度の小さな光を出現させる。

 小さくも周囲を照らす光に、多くの生徒がよく見ようと寄ってきた。

 

「なんだ、これ?」

「光の玉?」

 

 二人の言葉に、練悟は頷く。

 

「俺の個性は「気」だ。よく気功とかっていうだろ? ああいう生命に宿っている生命エネルギー、すなわち気を操るのが俺の個性だよ」

 

 ぐっと光の玉ごと手を握って、それを消す。

 集まっていた全員に、練悟は説明を付け加えた。

 

「全身に気を巡らせれば身体強化になるし、今見せたように凝縮してエネルギーとして外に出すこともできる。さっき、あー……青山が言っていたビームってのは、後者の応用だな。俺は気功波って呼んでるけど」

「なるほど。パワーやスピード、全体的な能力の底上げで近距離に対応し、遠距離はその気功波で対処できる。素晴らしい個性じゃないか!」

「ええ。それに(ヴィラン)を撃退したということから、その練度も相当な物だと思われます。これは体育祭に向けて、強敵出現ですわね」

「そういう遠近で高レベルにまとまった個性は羨ましいよ。ウチの個性はパワーが不足しがちだし」

「確か、飯田に八百万、耳郎だったかな。ありがとな、三人とも。この個性は俺も気に入っているんだ」

 

 なにしろ、前世で大好きだった漫画に出てきた能力だ。それがそのまま自分で使えるというのだから、気に入らない筈がない。

 まぁ、それはそれとして。

 

「ところで二人は、空いている日とかイテテテっ!」

「もうっ、何度言ったら分かるのさ! 軽々しく女の子を誘ったりしないの!」

 

 練悟の耳を引っ張るのは、頬を膨らませた出久である。

 わたしには言わないくせに……、という囁きを拾ったのは耳がいい耳郎だったが、彼女はそっと聞いた内容を胸にしまい込んだ。

 彼女はきちんと気が使える女の子なのだ。なお、あとで追及する気がないとは言っていない。

 

「でも、なんか意外。なんでヒーロー科への編入が認められるほど実技も出来たのに、経営科におったの?」

 

 練悟は口元に指を当ててそう言った女子を見た。麗日お茶子。彼女のことはよく知っている。何故なら出久の口からよく出てくる女子の名前だったからだ。

 出久にとって一番仲がいい子なのだろう。だからこれまでのようなお誘いはかけない。これまで友人もあまりいなかった出久の、大事な親友なのだ。手を出すわけがない。

 反射的にぴくりと誘いに動こうとして、瞬時に反応した出久が怖かったからでは決してないのだ。

 そして、そんな麗日の疑問に、全員がそういえばとばかりに練悟のことを見つめた。

 

「あー、それはな。もともと俺はヒーローじゃなくて、ヒーロー事務所の経営を将来するつもりだったからその勉強のつもりで経営科を選んだんだよ。こいつが」

 

 ぽん、と出久の頭に手を乗せる。

 

「絶対にヒーローになるって言うからさ。ヒーローになった時に、事務所の運営をする人間は必要だろ? だからかな、理由は」

 

 頭を掴んでぐらぐらと出久の体を揺らしていると、耐えかねたのか練悟の手は出久に掴まれてどけられた。

 練悟がちらりと出久を見ると、さっきから続く他の女子へのモーションもあって、すっかりへそを曲げているのか、ぷんすか怒っていた。

 それを宥めようとして、あれこれと話しかけ、最終的に次のお休みは何でも付き合うことでどうにか許してもらった練悟。

 

 そんな二人の様子を、女性陣は揃って生温かい目で見ていた。放課後、絶対に出久に問い詰めようと思いながら。

 男性陣は肩をすくめるだけの者が多かったが、二名は女子とイチャついているようにしか見えないやり取りを、わかりやすく羨ましがっていた。勿論、峰田と上鳴の二人である。

 なお、爆豪は鬼もかくやと言わんばかりの形相になっていた。君、子供の頃に素直にならなかったから……。

 

「なぁ」

 

 と、そこでこれまで皆の輪に入っていなかった、爆豪を除く唯一の生徒が声をかけてきた。

 

「おっと、確か轟……だったよな。何か聞きたいことが?」

 

 朗らかに答えた練悟に、轟は淡々と応じる。

 

「いや……そうじゃねぇが、先生来てるぞ」

 

 指をドアに向ける。

 全員が、そこを見た。

 そこには、教科書を手に持ってじっとこちらを見つめているプレゼント・マイクの姿が!

 

「HEEEEEEEY!! リスナー諸君!! 俺の授業を前におしゃべりに夢中とは、先生ちょっと泣いちゃうぜエェェイェアァ!」

「わああああぁ、すみません、プレゼント・マイク先生!」

「すぐ席に着きますー!」

 

 慌ただしくそれぞれの席に戻っていき、教科書を急いで取り出し始める面々。

 それを見ながら、練悟はさっきまで交わした彼らとのやり取りを思い出す。

 そして、口元に小さな笑みを浮かべた。

 確かに、出久の言う通り。この皆となら上手くやっていけそうだ、とそう思って。

 

 

 

 




ヒロアカ第3期の第2クールに使われたOPムービーはかなり攻めていましたね。
手袋と靴以外全裸の女子高生を映像のド真ん中、どアップで持ってくるとは……。
ありがとうございます。





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雄英体育祭に向けたそれまでの話

ヒロアカの女の子はみんな可愛くてさ。
いいよね。


 

 

「君が来た! ってことを――世に知らしめてほしい!」

 

 昼休み。

 練悟や麗日、飯田らと一緒に昼食をとろうとしていた出久は、オールマイトに呼ばれて彼と一緒に仮眠室で昼食をとっていた。

 教師と女子生徒が密室に二人きり、と言うとなんだかアレであるが、オールマイトは出久にとって憧れであるし、オールマイトはヒーローの鑑ともいうべき人物。

 まして師弟関係である二人が一緒にいるのは、特に邪推するようなことではない。

 そんな中、昼食を食べ終わった後に出久が言われたのが、冒頭の言葉であった。

 

 雄英体育祭。

 全国で放送されるという事は、つまり多くの人が見るという事。そこでアピールすることが出来れば、多くの人に緑谷出久という存在を印象付けることが出来る。

 特段の活躍をすれば、仮に今後オールマイトがいなくなったとしても、次代が育っているという事実に人々は安心を得ることが出来るだろう。

 人々の心の安寧、それを支える柱となる。それがすなわち、平和の象徴になるということだ。

 だからこそオールマイトは、自身の力を受け継ぐ存在――出久にこそ、それを為してほしいと言ったのである。

 

「オールマイト……」

「ぶっちゃけ、私が平和の象徴でいられる時間って、もう長くない。先日のUSJで戦わずに済んだのは、皆には悪いが……少し助かった。力を使えば使うほど、私の活動時間は短くなっているからね」

「そんな……」

「だからこそ、新たな力は着々と育っているという事を見せなければならない! 人々に、そして(ヴィラン)に! その役割はやはり、君に担ってほしい。そう思ってしまうのだ」

 

 ぐっと思わず握りこんだ拳。それを下ろしながら、オールマイトは一息ついた。

 

「人救け……それが行動の根幹にある君にとって、他を蹴落とすことが本質である体育祭は気が向かないかもしれないが、しかし――」

「大丈夫です、オールマイト」

 

 出久はオールマイトの言葉を遮った。

 はっとしてオールマイトが出久の顔を見れば、そこには決意を秘めた凛々しい瞳が彼を見つめ返していた。

 

「わたしだって、本気で勝ちたい。わたしは大丈夫だってことを伝えたい人がいるんです。だから――わたしが来た、ってことを証明してみせます」

 

 それは紛れもなく体育祭で優勝を目指すという宣言だった。

 その力強い言葉に、オールマイトの口元には自然と笑みが浮かんだ。

 

「杞憂だったな……! 常にトップを狙う者とそうでない者……その差を君は既に知っているようだ」

「いえ、そういうわけではないんですが……その……」

 

 さっきの表情から一転、顔を曇らせた出久に、オールマイトは「ん?」と首を傾げる。

 

「……USJで、レンくんに救けられました。それが、わたしには少しショックだったんです」

 

 ぽつぽつと、出久はオールマイトに話す。あの時に感じた気持ちを。

 

「もちろん救けに来てくれたことは嬉しかったです。でも、わたしはきっと調子に乗っていたんだと思います。あなたに見出してもらって。力を授けてもらって。これからは、わたしがレンくんを救ける番だと――思い上がった」

 

 ぐ、と出久は俯いて拳を握りこんだ。

 

「それは個性の有無じゃない。個性なんて一度も使わなくても、今までわたしはレンくんに救けられてきました。なのに、わたしは個性を得ただけで舞い上がって、増長した。これじゃ、今までと変わらない。救けられる存在のままです」

 

 だから、と出久は顔を上げた。

 

「体育祭で成長した姿を見せたいんです。救けられるだけじゃないって証明したい。わたしは大丈夫、って胸を張って言えるようにならないと、到底「わたしが来た!」なんて堂々と言えないですから」

 

 だから、一位を目指す。

 そう改めて決意を表明した出久に、オールマイトは笑みを深めた。

 

 彼という存在に出久がどれだけ依存しているのか、それは訓練を課した十か月の間にも何度か感じた懸念事項だった。

 他人に頼ることは悪い事ではないが、頼り切っていてはヒーローになどなれない。だからこそ、練悟と出久の関係は慎重に取り扱わなければならないとオールマイトは憂慮していたのだ。

 しかし、蓋を開けてみればどうだ。彼女は自分できちんと気持ちに整理をつけて、より素晴らしいヒーローになろうとしている。

 師として弟子を心配するよりも、時には信じるほうが大切なこともある。

 そのことを強く実感し、自分はまだまだ師匠としては未熟だと痛感する。

 

 ――お師匠のようには、なかなかいかないな。

 

 そうは思うも、弟子の成長と決心が素直に嬉しいオールマイトなのだった。

 

「そう言える君ならば、大丈夫だろう。やはり君を選んだのは間違いではなかった」

「い、いえそんな……」

「それにしても、彼の為か。若いっていいなぁ」

「ぅえ!? い、いえいえオールマイト、わたしは別にそういう気持ちで体育祭に挑みたいわけではなくてですね単純に今まで心配ばかりかけていたから安心してほしいというかたまにはわたしも頼ってほしいというか守られるだけじゃなくて隣に立ちたいというかそれだけでして別にレンくんのことが好きとかそういうわけではなくて」

 

(すげぇ早口。っていうか、気持ち言っちゃってるぞ、緑谷少女!)

 

 しかしそこは突っ込まない。だって面倒くさいことになるに違いないから。

 なので、あわあわしながら言い訳を続ける出久の声を頷きつつ聞き流しながら、少し温くなったお茶をズズズとすするオールマイトなのだった。

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 A組の教室前には多くの一年生が集まっていた。

 理由は単純、(ヴィラン)の襲撃に耐え、生き残ったA組の生徒を、体育祭に向けた脅威として認識しているからだ。

 敵情視察。彼らがここにいるのはそれが理由だった。

 しかし、多くの生徒が集まっているせいでA組生徒が教室の外に出られないという事態になってしまっていた。

 

「ちっ。意味ねェからどけ、モブ共」

「知らない人の事とりあえずモブって言うのやめなよ!」

 

 あまりの言い草に飯田が思わず苦言を呈するが、それに対して「いやいや」と声を上げた者がいた。

 というか練悟だった。

 

「勝己の言う事も一理あると思うぞ。言葉が足りてなさすぎるけど」

「どういうこと? レンくん」

「いや、ここで俺らのこと見に来たって、わかるのは顔と名前ぐらいだろ? 個性についてはわからないし、癖や特徴なんて一目見ただけでわかるわけがない。つまり、体育祭に向けて対策を練るという意味でなら、こうして見に来るのは全く意味がないってこと」

「なるほど。爆豪はそういう意味で言ったのか」

「さすがは幼馴染。よく理解している」

「クソザコ! てめェは何勝手なこと言ってんだ、殺すぞ!」

 

 納得の顔で頷く瀬呂と常闇だったが、当人である爆豪はいきり立って練悟を罵った。

 もはや聞き慣れた爆豪の罵詈雑言にA組生徒は涼しい顔だったが、初めて聞く周囲の生徒は「ヒーロー科……?」と呟きA組の札を見て、ここがヒーロー科であることに間違いがないかを確認していた。仕方ないね。

 

「さすが、一足飛びにヒーロー科に編入された生徒は考えが深いね」

 

 そんな中、人をかき分けて出てきたのは、紫色の髪を逆立てた目元の隈が濃い生徒。

 彼は練と爆豪にそれぞれ目を向けると、淡々と口を開いた。

 

「ヒーロー科への編入は結果を出せば認められるのは、そこの彼を見ればわかるだろ。なら、体育祭で結果を残せばその道が見える。少なくとも、俺はそれを目指す」

 

 そして、今度はクラス中を見渡す。

 

「俺が今日ここに来たのは、敵情視察の為じゃないよ。あまり調子に乗ってると、足元ゴッソリ掬っちゃうぞ、っていう宣戦布告をしに来たつもり」

 

 面と向かって言われた、お前らに勝つという宣言。

 それを受けたA組の面々は、自分たちがこうも露骨に敵として見られているのだという事実を改めて感じ取り、表情をこわばらせた。

 なお、爆豪はそれだけの敵意を受けても表情一つ変えなかった。何故なら彼は敵意を受けることに慣れているから。主にその言葉遣いのせいで。

 と、各々が彼の宣言を自分なりの形で受け止めていると、今度は人垣の後方からまた違う声が上がった。

 

「隣のB組のモンだけどよォ! (ヴィラン)と戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよッ! なんか――」

「あ、すまん。その件の詳細は学校や警察から止められてて、どのみち話せないわ」

「え、そうなのか。――んじゃ、騒がせて悪かったなァ!」

 

 しかしその声を上げた人物は、練悟が事件については話せない旨とその事情を説明すると、あっさり納得して帰っていった。

 なんだったんだ……、というのが全員の感想であった。

 

 

 ともあれ、そんなひと騒動がありながらも、徐々に人は去っていき。ようやく教室から出ることが出来るようになったA組一同は、それぞれが思い思いに帰路についていた。

 練悟も自分のバッグを肩にかけて、出久に手を振る。

 

「おーい、イズ。帰ろうぜ」

「あ、レンくん! うん、ちょっと待――」

 

 応えようとした出久の言葉は、さっと横から現れた人物らによって途切れた。

 

「いやいや、出久ちゃんはうちらと帰ろうね」

「あたしら一杯聞きたいことあるからさー」

「ごめんなさい、気藤ちゃん。少し緑谷ちゃんを借りるわね」

「あ、うん……」

 

 麗日と芦戸に両腕をがっちり捕まえられた出久は、瞬く間に女性陣に引き連れられて教室から出て行ってしまった。

 それを呆然と見送った練悟は、仕方ないかと昇降口に向かう。

 一応、途中で爆豪に一緒に帰ろうと誘ってみたのだが、死ねクソボケカス殺すぞと返ってきたので諦めて、練悟は一人で帰ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 で、夜。

 出久を彼女が綺麗に掃除した海浜公園に呼び出した練悟は、小走りにやってきた出久を見て、小首を傾げた。

 

「……なんでそんなに顔が赤いんだ?」

「なんでもない! なんでもないから、気にしないで!」

「お、おう」

 

 なぜだか必死な様子で練悟の問いをシャットアウトしつつ、視線ではちらちらと練悟のことを窺っている出久。

 その挙動不審な姿に、放課後の女子会で何か言われたなと察した練悟は、とりあえず口を噤んだ。

 

「その、それで、話って?」

「ああ。個性の話だ」

「な、なんだ。そっちか……」

 

 何故だかほっと胸を撫で下ろした出久に、練悟はその理由を薄々察しつつ、ひとまずそのことは置いておく。

 

「まず伝えておくが、俺はお前の個性のことを知っている。オールマイトから聞いた」

「え……ぇえええ!? し、知ってるの!? レンくん!?」

「ああ」

 

 おおげさに驚く出久に、しかしそれも無理もないかと練悟は思う。

 

 ワン・フォー・オール。聖火の如く引き継がれてきた、個性を譲渡する個性。

 一人が力を培い、その力を一人へ渡し、また培い次へ――。救いを求める声と義勇の心が紡いできた、力の結晶。

 

 あの校長室での会合の後、オールマイトはそう言って自身の力のことを練悟に明かした。

 練悟がその時居合わせなかった、ヘドロ事件。巻き込まれた爆豪を救けるために飛び出した出久にヒーローの本質を見たオールマイトは、自身の後継者に相応しいと判断して出久にその個性を譲渡したのだと。

 同時に知らされたオールマイトの弱体化。活動時間の限界。うっすらと、だが確実に弱っていく気はそういうことか、と練悟は納得したものだった。

 

「ワン・フォー・オール……大変なもの背負っちまったな、イズ」

「うん……。でも、わたしは後悔してないよ。だって、夢だったから」

 

 ――わたしの夢……オールマイトみたいに、人を笑って救けるヒーローになるんだ!

 

 幼い頃、そう言って瞳を輝かせていた出久の姿が練悟の脳裏に蘇った。

 無個性ゆえに、ヒーローになるという事さえ……もっと言えば、ヒーローを目指すという事さえ難しかった少女。一度はその夢を諦めそうになってすらいたというのに。

 今では、憧れであったオールマイト本人に認められた後継者として、その期待を一身に背負っている。

 出久の努力と意志。そして何より、誰よりもヒーローとしてあるべき心を持っていた出久だからこそ、掴むことが出来た夢への道標。

 その自らが勝ち取った力を確かめるように拳を握りこんだ出久は、真っ直ぐ顔を上げて強い眼差しで練悟を見た。

 

「大変かもしれないけど、大丈夫。だから見ていて、レンくん。わたしが、ヒーローになるところを」

 

(ヒーローになる(・・)、か)

 

 ――ヒーローになりたい。

 

 そう言っていた昔とは違う。

 届かない夢ではない。既に見据えるべき目標になっているのだ。

 幼い頃から時に助け、見守ってきた少女が、今ではこんなに立派に自分がなるべき姿を見定めて、歩くようになった。

 そう思うと、感慨深くもあり、それでいて寂しくもある。複雑な気分だった。

 

 しかし、嬉しい事であることに変わりはない。

 だから練悟は笑うと、思いっきり出久の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。

 

「わわ、わぁっ! な、なに!?」

「いやー、なんか昔のことを思い出してな。つい」

「昔を思い出したからって、なんでわたしの頭をいじるの!?」

 

 まったく、一応セットしてきたのにぐしゃぐしゃだよ……とかなんとか言いながら、手櫛で髪を直し始めた出久に、練悟は言う。

 

「お前のファン一号、なってよかったよ」

「え? あ、そういえば最初に会った時、そんなこと言ってくれたね」

 

 懐かしい、と出久が当時を思い返して微笑む。

 

「オールマイトだけじゃない。俺だって、お前に期待してるんだぜ。お前ならなれるさ、最高のヒーローに」

「――うんっ!」

 

 清々しい笑顔に決意を覗かせて頷いた出久は、活力と希望に満ちていた。

 その溢れ出んばかりのやる気を見て、今から話す提案はきっと出久の助けになるだろうと確信しつつ、練悟は口を開いた。

 

「それで、本題なんだが」

「え? わたしの個性のことが本題じゃなかったの?」

「ああ、それはあくまで前提の話。本題はこっからな」

 

 言葉を区切り、練悟は真剣な顔で出久を見つめる。

 

「イズ」

「うん」

「ちょっと付き合ってほしいんだが……」

「つきっ!?」

 

 途端、出久が素っ頓狂な声を上げてのけぞった。

 

「? どうした?」

「い、いいいいや、なんでもなんでもないよ!」

「そうか? で、だ。体育祭まで二週間あるだろう。そこで、イズの個性のトレーニングを一緒にしないか、という誘いなんだ」

 

 言うべき本題を練悟が伝えると、出久は固まった。

 

「………………わかってたけどね!!」

 

 その後、やけくそのように叫ぶ出久の声には、どこか哀愁にも似た感情が滲んでいた。

 

「いや、一体何が――ああ」

 

 最初は怪訝に出久を見ていた練悟だったが、出久がそうなった理由に思い至ると、どこか悪戯めいた笑みをその顔に浮かべた。

 

「まぁ、イズもお年頃だしな。そういう方面に捉えても仕方がないか」

「なっ! ち、ちがっ……!」

 

 まさか自分の気持ちに気づかれたかと思った出久は慌てて否定するが、それだけでは練悟の悪ノリは止まらなかった。

 出久をからかおうと、更に言葉を続ける。

 

「そういうことなら俺もやぶさかではないけど、今は性欲よりも体育祭に向けた――」

 

 が、その言葉は途中で途切れた。顔を真っ赤にした出久が、拳を振りかぶったことで。

 

「~~っ! っい、言うに事欠いて性欲とは何だ、バカぁあ――ッ!!」

「ぬおわぁッ!」

 

 何故か(・・・)紫電を纏っていた右腕が振り抜かれて、練悟の腹に直撃する。

 瞬間、練悟は地上に対して水平に吹っ飛んでいった。

 ワン・フォー・オールが発動していたのだ。

 

「って、えッ……!? レンくん……!?」

 

 慌てて出久は吹き飛んだ練悟を見た。少し離れた砂浜に落ちた練悟は、すぐに立ち上がって腹を抑えている。

 痛そうだが、無事ではあるようだ。ほっとした出久は、思わず腰が抜けて地面に座り込んだ。

 

 しかし、どういうことだろうと出久は思い返す。

 出久は今、ワン・フォー・オールを使うつもりはなかった。あくまでじゃれ合いの延長で手を出しただけだったのだ。

 怒りや羞恥、それによって一瞬だけ箍が緩んで個性が発動してしまったらしい。

 だというのに。

 右腕は折れていなかった。そして、傷も一つとしてついていなかった。

 

「今、つい個性を……。腕、壊れてない……ってことは今の、ワン・フォー・オールが制御できてた……!?」

 

 呆気にとられたように自身の腕を見下ろす出久。

 そこに、吹き飛ばされていた練悟がダッシュで戻ってきた。

 

「イズ! お前今の、俺が相手だったから良かったものの!」

「ご、ごめん! 本当にごめん!」

 

 完全にやりすぎたという自覚はあったので、出久は平謝りする。

 練悟も、出久が本当に申し訳なさそうにするので、溜息を一つ吐いてすぐに許した。

 そして、落ち着いたところで二人は話す。

 今、個性を使ったはずの出久の腕が壊れていないことについて。

 

「……制御できてたってことか?」

「うん。今までは腕が壊れてたのに……」

 

 右手を開き、閉じて、また開く。

 問題なく動くことを確認して、出久はやはり腕が無事であることに首を傾げた。

 

「これまでとの違いは? 何か思い当たるか?」

「本気でムカついてた」

「それ以外で」

 

 怒りを思い出したのか、少し怖い顔つきになった出久を見て、即座に練悟はそこから話を逸らせた。

 

「うーん……あ! ――初めて、人に向かって撃った、かも」

 

 自信なさげに言う出久に、練悟は頷いた。

 

「それかもな。無意識に力をセーブして、ブレーキがかかったのかもしれない。あとイズ、さっきのってワン・フォー・オールの100%じゃなかったろ?」

「う、うん。たぶん、10%ぐらいだったと思う」

 

 仮に100%だったら、練悟はもっと大怪我を負っている。しかもそれは練悟だからそれだけで済むのであって、並の人間であれば即死だろう。

 なにせオールマイトの全力と同義なのだから。

 つまり、こうして痛みも既にほぼ回復して無事でいられているという事実が、あのパンチが100%でなかったことを証明しているのだ。

 

「だとすれば、偶然の一回だけとはいえ、人が死なない……かつ腕が壊れない出力に制御出来たってことか……」

 

 呟きつつ考え、練悟はパンと柏手を打った。

 

「なら、やることは簡単だな。今の感覚をイメージして、ひたすら反復練習! これだ!」

「これだ! って言っても……学外じゃ個性の使用は出来ないよ?」

「そう思って、先にオールマイトに話を通しておいたんだ。オールマイトだって雄英の教師なんだ。だから、こうして許可を出せる」

 

 ぴら、と練悟が取り出したのは一枚の書類。

 その書類の末尾には署名欄があり、そこには大きく「オールマイト」と書かれていた。

 

「あっ、放課後の施設使用許可証?」

「そう。トレーニングルームの一つを借りられた。体育祭前のこの時期は二、三年生の先輩の予約でほとんど埋まるらしいけど、さすがは敷地面積がえげつない雄英だ。校舎内以外にもそういう施設はあって、そこなら一か所空いてたよ」

 

 あの事件の後だから学内に残っていい時間は必ず守るように厳しく言われたけどな、と練悟は笑った。

 対して出久は、ぐっと拳を握りこんだ。やる気が胸の内から湧いてくる。

 

「つまり、これなら……!」

「ああ。個性を使った訓練が積めるってわけだ。さっきの付き合ってほしいっていうのは、これのことだ」

 

 もともと、出久をここに呼んだのはこのトレーニングの件を伝えるためだ。

 いろいろと脱線してしまったが、本題はこれ。ワン・フォー・オールの制御訓練を一緒にやらないか、というお話だったのである。

 

「使うたびに腕や足を壊してたんじゃ、体育祭なんていう長丁場、もたないぞ。だからこその提案だ」

「ありがとう、レンくん! でも、いいの? わたしの訓練に付き合ってくれるってことでしょ?」

 

 申し訳なさから表情を曇らせる出久に、練悟は大丈夫だとその心配を否定する。

 

「俺も一緒に自分を鍛えるから、いらない心配だよ。気にするな。……で、やるか? やらないのか?」

 

 そう問われた出久の答えは、一つしかなかった。

 

「――やる!」

「そうこなくちゃな」

 

 決然とした面持ちで頷いた出久に、練悟はにやりと笑う。

 こうして、二人の放課後特別トレーニングの決行が決まったのであった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、明日から放課後は一緒に特訓だ。気張っていくぞ!」

「うん!」

 

 そう気合たっぷりに頷き合って別れた帰り道、出久は今すぐにでも体を動かしたい衝動をこらえながら、胸の前に自身の手を掲げて今日のことを思い返していた。

 普通科の生徒からの宣戦布告。教室前に集まっていたあれだけの生徒が一位になるために体育祭に挑む。

 みんなライバルなのだ。A組のみんなも、爆豪も、練悟でさえも。

 

(そしてみんな、体育祭に向けてきっと頑張ってる! なら、わたしも負けていられない!)

 

 掲げた手を、握りこむ。

 拳がわずかに震えるのは、武者震いだった。

 

(せっかくレンくんがくれた成長の機会! きちんと活かしてみせる! そして、見せるんだ! わたしが成長した姿を!)

 

 そう決意を込めて、空を見上げる。瞬く星に体育祭での優勝を誓いながら――。

 ふと、出久はあることに気づいた。

 

(レンくん……そういえば……)

 

 それは、練悟が出久のことをからかってきたときの一言。

 

 ――そういうことなら俺もやぶさかではないけど(・・・・・・・・・・)……。

 

 その一言を、出久は思い出した。

 

(…………………………え!? それってつまり、どういうこと!?)

 

 つまりそれは、練悟も自分のことを……?

 

(いやいやいやいやいや、おち、おちち、落ち着けわたし!)

 

 必死に心を落ち着かせようとする出久だったが、一度激しく鼓動を刻みだした心臓はなかなか言うことを聞いてくれなかった。

 そしてそれは帰路の間も、家に帰ってからも、お風呂に入っている間も、就寝時間になっても続き……。

 

 

 翌日。

 

「おはよう……」

「ああ、おは――イズ!? 目の下の隈が凄いぞ! どうした!?」

「聞かないで……」

 

 ぎょっとして叫んだ練悟に、出久は一言だけ呟いて目を逸らした。

 結局ほとんど眠れなかった出久は、悶々とした気持ちを抱えたまま朝を迎えることになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで二週間。

 競技内容の決定や個々人の準備を含む体育祭に向けた猶予期間は、あっという間に過ぎ去っていき。

 

 今日、四月も終わりに近づいた快晴の日。

 

 生徒それぞれ、様々な思いが渦巻く中。ついに雄英体育祭は本番当日を迎えた。

 

 

 

 




ちなみに私の一番お気に入りの子は葉隠ちゃんです。
顔とか見えないのに可愛いと思わせてくれる、原作のあの表現力。

すごい(小並感)


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体育祭、障害物競争が始まった話

明日からまた忙しくなるので、本来ここで切るつもりではなかったのですが投稿。
なので少し短めです。ごめんね。


 

 

「HEY! 群がれマスメディア! 今年もお前らが大好きな高校生たちの青春暴れ馬……――『雄英体育祭』が! 始まディエビバディアァユウレディイ!?」

 

 プレゼント・マイクの独特すぎるスピーチを皮切りに空高く花火が打ち上がり、壮大な音楽が鳴り響く。

 雄英生徒、特にヒーロー科にとって人生をも左右するビッグイベント――雄英体育祭が幕を開けた。

 詰めかけた観客とマスコミによって起こる大歓声は、オリンピックに代わる大イベントと言われるのも納得できるほどに凄まじい。

 その声と熱気は、入場の時間を待つ生徒らが座す控え室にも地鳴りのように響いてきていた。

 

「すげぇ声……ここまで聞こえてくるとかヤベェな」

「っていうか、この特設スタジアムのデカさに俺はビビってるよ。雄英はホントに規模が違ぇわ」

 

 上鳴と瀬呂が、少し落ち着きがなさそうにソワソワしながら言葉を交わす。

 雄英体育祭は全国にテレビ中継されている。子供の頃から、彼らもまたこの体育祭を見ることが楽しみでテレビにかじりついて見たものだった。

 そのテレビの中の舞台に、今は自分たちが立つ。多くの人に見られているという実感と、憧れの場に立つ興奮に、つい気持ちが浮ついてしまうのは仕方がない事だった。

 

「なんか、緊張するねぇ。いったい最初の競技、なんになるんやろ」

「だね、麗日さん。雄英の体育祭は毎回競技内容が変わるから、わたしも気になる。常に全く違う競技を行うのは無理があるから、一応は過去に行われた競技が違う年に選ばれることもあるけど基本は違うものだし。それにしたって完全にランダムだから予想は出来ないし。でも待った、昨年と一昨年の競技がああだったってことは傾向的に今年の競技を推測することは出来るかも、とすると……」

「なんか出久ちゃんのそれ、すっかり持ちネタみたいやね」

 

 ブツブツと呟きながら自分の思考に没頭し始めた出久を、麗日は達観したように見つめた。

 こうしてブツブツと呟きながら考えをまとめたり、アイデアを出したりするのは出久の癖だ。個性把握テストや、戦闘訓練の時もそうだった。

 日常においても突然こうして呟き始めることがあるので、今ではA組の生徒も慣れたものだ。周りの生徒も「ああいつものか」とスルーしていた。

 

「でもそうなると……あいたっ」

「こら、イズ。周りがドン引きしてるぞ」

 

 こん、と軽く出久の頭を小突いて正気に戻す。

 言われて周囲を見た出久は、優しげに皆から見つめられて照れ臭そうに頬を掻いた。

 

「あはは……。ありがと、レンくん」

「ねね。そういや、気藤君と出久ちゃんって放課後に特訓しとったんやって?」

「ん、ああ。そうだけど」

「それなぁ。学校の施設を借りるって発想は私なかったわ」

 

 後から行ったら、もう予約一杯って言われちゃって……、と麗日が苦笑いで言い、会話が聞こえていた障子や砂藤に尾白といった面々が頷いた。

 彼らは練悟と出久が自主練のために学校の施設の使用許可を取ったと聞いて、すぐさま相澤のもとに許可を取りに行った者たちだ。

 しかし、やはりこの時期となると既に訓練施設は予約でいっぱいになっていて、確保することが出来なかったのである。

 今の二、三年生も一年生の頃に同じ経験をしている。その教訓があるからこそ、真っ先に訓練施設の予約を行っているのだ。

 毎年続くその流れは、もはや雄英一年生への通過儀礼のようなものだったりした。

 

「運よく早い段階で思いついて良かったよ。おかげで個性の訓練もバッチリだ」

「ええなぁ。家の中やと、出来ることに限りがあるもんね」

 

 羨ましそうに麗日が言う。

 ちなみに彼女は家の中でひたすら自分を浮かせて、酔いへの耐性を磨く特訓をしていた。

 リバースした回数は乙女の秘密である。

 

「っていうか、緑谷さ」

「わっ。なに、芦戸さん」

 

 横から肩を組んできた芦戸に、出久が驚きの声を上げる。

 芦戸は口元をニヤつかせながら出久を見て、その耳元に囁いた。

 

「……気藤と二人っきり。放課後。密室。若い二人。何も起こらないわけもなく……」

「ふぇあっ!? いいいいいやいや、何もなかったよ!?」

「嘘だッ! ぜーったい何かあったはずだ! 甘酸っぱい何かしらが!」

「ほほう、コイバナだね? 私もまぜて!」

「葉隠さんまで!?」

 

 芦戸の声を聴いた葉隠が、ウキウキと体を揺らしながら出久らの所へと寄ってきた。見た目、体操服がひとりでに歩いているようにしか見えないが。

 麗日もやや興味があるように耳を凝らし、蛙吹は横でじっと傍観。耳郎と八百万は一歩引いたところで少し呆れたように騒ぐ面々を眺めていた。

 

 ――ああ、中学時代は俺以外に仲のいい友達がいなかった出久が輪の中心に……。

 

 本人は顔を赤くして勘弁して欲しそうにしているが、練悟は出久にたくさんの友達が出来た事実を、まるで親のような心持ちで感慨深く見つめていた。

 

「なぜそんなに遠い目になっている、気藤」

「常闇。いや、幼馴染の成長が嬉しくて。よかったな、イズ……」

「父親か何かなのか、お前は」

 

 どうやら出久は自分の成長した姿を練悟に見せるという目標を既に達成したようだ。

 なお、けっして本人が望む姿ではない模様。

 

「それよりよぉ、気藤……。本当に緑谷とは何もなかったのか? あったんなら教えてくれよ、ナニをよぉ……」

「お前、そろそろダメだぞ」

 

 息を荒げながらプライバシーもクソもない下衆な質問をぶつける峰田に、切島が真顔で突っ込む。

 本番直前。だからこそというべきか、緊張を紛らわすように、彼らはしばし日常の雑談に花を咲かせた。

 しかし、それも束の間の安息。

 いよいよその時が迫ってきて、時計で時間を確認した飯田が室内をぐるりと見渡した。

 

「みんな! 準備は出来ているか!? もうじき入場だ!」

「お、もう時間か」

「あーあ、コスチューム着たかったなぁ」

「公平を期すために着用不可なんだよ」

 

 委員長の声を聴いたA組一同は、それぞれ控え室から出るために椅子に座っていた者は立ち上がり、立っていた者は軽く伸びをして最後の準備を行っていた。

 そんな時。胸に手を当てて息を整えていた出久に、近づいてくる者がいた。

 

「緑谷」

「え? 轟くん……なに?」

 

 それまで隅で一言も口を開かず黙っていた轟が声をかけたことに、周囲の視線もそこに集まった。

 特に、轟は戦闘訓練での実績やUSJ時に一人で多数の(ヴィラン)を行動不能にした事実から、現在クラス最強と目されている人物である。

 今からライバルともなるそんな彼の動向に目が行くのは、自然なことだった。

 

「客観的に見て、実力は俺のほうが上だと思う」

「へ? う、うん。そうだね」

 

 一体轟が何を言いたいのかわからず、出久は困惑する。

 しかし、そんな動揺は次の一言で吹き飛んだ。

 

「――お前、オールマイトに目ぇかけられてるだろ」

「っ!?」

「別にそこを詮索するつもりはねぇが……――お前には勝つぞ」

 

(……お前には?)

 

 その言い回しに、聞いていた練悟は少し違和感を覚えた。

 これは体育祭。全員総当たりの戦いである以上は、誰もがライバルで勝たなければならない相手だ。

 誰であっても負けられない。だというのに轟の言い方では、他の誰でもない、出久だけには間違っても負けられないと言っているようだった。

 二人にはこれまで特に接点は無かったはずだと思ったが……と首を傾げた。

 

「お、おい。急に喧嘩腰でどうした? 直前にやめろって」

「悪ぃが、仲良しごっこじゃねぇんだ。何だっていいだろ」

 

 空気が悪くなることを嫌ったのか、クラスでもよく人と人の間に入っている切島が、場を取り成そうとする。

 しかし、轟はそんな切島の手を振り払った。どこか余裕のない表情に、切島も思わず口を噤む。

 そんな轟の目には彼が生み出す氷のように冷たい光がある。

 それに僅かに気圧される。

 以前の出久であったならば、きっとここで目を逸らして逃げていただろう。

 でも、今はもうそんなことはしない。

 ぐっと顔を上げて、真っ直ぐに轟と向き合う。

 

「……轟くんが、何を思ってわたしに勝つって言ってるのかは、わからないけど……。でも、わたしにだって譲れないものがある。わたしに期待してくれている人がいて、応援してくれている人がいるんだ」

 

 ちら、と出久の視線が練悟を捉える。

 そして、脳裏に浮かぶのは母やオールマイトの姿だった。

 

「その人たちに支えられて、今のわたしがある。そして、その気持ちに応えるために、わたしはここにいる。だから」

 

 決意を込めた目で、力強く出久は轟を見返した。

 

「君にも負けない。わたしも本気で、獲りにいく!」

 

 

 ――だから見ていて、レンくん。わたしがヒーローになるところを。

 

 二週間前、そう練悟に告げた時と同じ、強い目。

 あの時と同じ強い意志で自分の考えを示した出久に本気を感じ取り、誰もが今一度自身を顧みて気を引き締めた。

 轟は頷いて応え、離れたところで聞いていた爆豪は、そんな出久の決意表明に苛立たしげに舌を打った。

 そして、いよいよ控え室を出て全員が移動を始める。

 皆が控え室を出ていく中、己の手を見つめていた出久の背中を、練悟は軽く押した。

 

「わっ」

「イズ」

 

 短い呼びかけ。「レンくん?」と呼びかけると、練悟はただ静かに頷いた。

 

「行くぞ」

「……うんっ!」

 

 そうして、二人もまた皆に続いて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

『さァさァ待たせたな、エビバディ! 雄英体育祭! ヒーロの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル! 選手入場の時間だぜェイア!』

 

 プレゼント・マイクの実況が響く中、各ゲートから徐々に人影が見え始める。

 それぞれが各科・各クラスの控え室に繋がっているそこから姿を現すのは、ここが一年生会場である以上は当然雄英高校の一年生たち。

 

『どうせてめーらが見たいのはアレだろ! こいつらだろ!? (ヴィラン)の襲撃を受けたにも拘らず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星! ――ヒーロー科! 1年A組だろォ!?』

 

 ゲートをくぐれば、降りかかるのは空気の振動が肌で感じられるほどの大歓声だ。

 さすがは全国に放送される日本国民の一大イベントだった。

 

「すっげぇな。こんなに人がいるのかよ」

「テレビで知ってはいたけど、自分がその場に立つとやっぱり違うねー」

「ああ。なんだか、昔見たオリンピックを思い出す」

「オリンピック?」

「いや、なんでもない」

 

 上鳴と葉隠に続いてつい漏れた感想に、葉隠が不思議そうに首を傾げた。見えないが。

 練悟にとっては、こういう一大祭典とは未だに雄英体育祭よりも前世で見たオリンピックのイメージが強い。

 日本で開催された時にはワクワクしながら見に行って、観客席から楽しんだものだが……。今はそれに勝るとも劣らない場所に自分が立っている。不思議な気分だった。

 

 そうして会場の雰囲気にそれぞれ感想を述べながら歩き、スタジアムに設置された大きめの朝礼台の前に集まる。

 その上に立つ進行役のヒーローが、皆の視線を集めるためか、手に持った鞭を振るってピシャンと音を鳴らした。

 尤もそんなことをせずとも、その特徴的すぎるコスチュームで既に多くの生徒の視線を集めてはいたのだが。

 

「選手宣誓!」

 

 高らかにそう宣言したのは、18禁ヒーロー・ミッドナイトだ。彼女のコスチュームは体のラインをこれでもかと見せつけるスーツで、しかも肌色。そのうえ本来隠すべき部分を覆う役割を持つ装飾が、肝心なバストアップ部分に少ないという、青少年の目には毒な出で立ちをしている。

 そんな彼女は雄英高校に勤める教師である。

 で、あるのだが……。

 

「18禁なのに、高校に居てもいいものか」

「いい」

 

 まさしく練悟が思った疑問を口にした常闇に、間髪入れずに峰田が肯定する。

 疑問に思ったとはいえ、本心では峰田に同意してしまうのは悲しい男の性だろう。

 ゆえに、つられて練悟も頷いていると、隣にいた出久に脇腹をつねられた。いてて。

 

「静かにしなさい! 選手代表! ――1-A、爆豪勝己!」

「え゛!?」

 

 A組の生徒が一斉に爆豪を見た。

 当の爆豪はそんな視線を全く気にすることなく、朝礼台へとまっすぐ進んでいく。

 

「爆豪が選手宣誓かよ……」

「あいつ一応、入試一位通過だったからな」

「実技だけじゃなくて頭もいいとか、才能マンか」

「大丈夫かな、爆豪で」

「大丈夫じゃないと思う」

「かっちゃん、変なこと言わないといいけど」

「あの勝己にそれは無理だろ」

 

 口々に飛び出す不安の声。

 爆豪、さすがの信頼の厚さであった。悪い意味で。

 そして、そんな彼の人となりをよく知るA組だからこそ出る懸念の声に。

 

「せんせー」

 

 爆豪は、見事に応えてみせた。

 

「俺が一位になる」

「絶対やると思った!!」

 

 切島が頭を抱えるようにして叫ぶ。

 そして一斉に湧き起こるブーイングと非難の嵐。A組一同は肩身の狭い思いで縮こまる他なかった。

 更には騒ぐ生徒たちに向けて「せめて跳ねのいい踏み台になってくれ」のオマケつき。

 

 多くの生徒の反感を買ったのは間違いないが、それが爆豪にとって自分を追い込むための宣言であったことに気づいたのは、付き合いの長い出久と練悟だけだった。

 もちろん言葉通りの決意表明でもあったのだろうが、それだけ爆豪も本気という事だろう。

 常にその姿に怯え、同時に凄いと思い続けてきた出久は、爆豪の本気につられるように拳を握りこんだ。

 

「さーて、それじゃ早速第一種目に行きましょう! いわゆる予選! 毎年ここで多くの者が涙を飲むわ! そんな運命の第一種目! 今年は――コレよ!」

 

 ミッドナイトが指し示したモニターに映し出された文字は、『障害物競走』。

 オリンピックの代わりとはいえ、体育祭。その競技内容はやはり学校らしいものだった。

 しかし。

 

「これは計11クラスでの総当たりレース! コースはこのスタジアムの外周、約四キロ!」

 

 そこは雄英というべきか。四キロという持久走レベルの距離を、障害物を乗り越えながら走れと言う。普通に考えれば、かなり過酷だった。

 

「我が校は自由さが売り文句! コースさえ守れば、何をしたって構わないわよ!」

 

 スタジアム内の壁が変形していき、上部にシグナルが付いたスタートゲートを形作っていく。

 その前に全生徒が集まった。

 誰もが力強い面持ちで前を見据えている。

 勝ちたい気持ちは全員が同じ。しかしその中で勝ち上がれるのは一握りだけ。

 その座を勝ち取るためには、全力でこの場の誰よりも先へ行かなければならないのだ。

 

 “Plus Ultra”――更に向こうへ。その校訓の通りに。

 

 

「――スタートッ!!」

 

 スタートの合図と共に、生徒はスタートゲートに殺到した。

 しかし、ゲートからスタジアムの外に出るまでには一定の距離があり、その間は狭い通路を通らなければならない。

 全員が一斉に通ろうとすれば、詰まって身動きが取れなくなってしまうのは自明の理だった。

 早速自分たちで自分たちの首を絞めた生徒たちの姿を見つつ、実況席でプレゼント・マイクが音響のスイッチを入れた。

 

『さーて、それじゃ実況していくぜリスナー諸君! 解説もアーユウレディ? ミイラマン!』

『お前が無理やり連れてきたんだろうが……!』

 

 USJ事件で負った怪我が治っておらず、いまだに全身包帯男と化している相澤が意気揚々と実況を始める同僚に、恨み言をぶつける。

 しかし全く気にしていないプレゼント・マイクはけろっとした態度だった。

 

『さーて、真っ先に飛び出したのは1‐Aの轟だァ! 地面凍らせて周りの妨害しつつ自分は抜ける! シヴィー!』

『ちっ。……轟、あいつはもう個性の使い方という意味ではかなり高レベルだ。A組の中でも頭一つ抜き出てる』

『ちゃんと解説してくれんのな、イレイザーヘッド! サンキュ……って、おお!?』

 

 モニターに映る光景に、プレゼント・マイクが思わず身を乗り出す。

 そして、にやりと笑った。

 

『轟の妨害で独走かと思いきや、そうは問屋が卸さねぇ! 爆豪、緑谷(・・)を筆頭に、A組生徒がすぐさま集団を抜け出したァ!!』

 

 第一種目、障害物競走。

 多くのヒーローや全国の人々が注目する、ヒーローの卵たちの試練が今、始まった。

 

 

 

 

 




出久の口調とか、もっと女の子っぽくするかどうか、最初悩みました。
しかし、ヒロアカを読んでいて、はっと気づきました。

原作の出久も可愛い。
なら、このままでいいのでは? と。

結果、口調もほとんど原作通りの本作出久に。

髪を小さくポニテにした、うちの女出久。
ちなみにポニテは、私の趣味です。


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体育祭、障害物競走が終わった話

ヒロアカの男キャラで好きなのは、断然オールマイト。
何故ならアメコミ、特にMARVELのファンなので。
キャプテン・アメリカとか大好き。


 

 

 スタートの掛け声がかかった瞬間。

 他の生徒がいち早く飛び出していく中、出久は一歩も動かずにその場に残っていた。

 

 ゲートの狭さ、生徒の数。そして、ゲートから天井までの距離。それらを確認した結果、最初は動かないことが、今の自分の力を最も発揮できる状況を作り出す事に繋がると結論付けたからである。

 

 出久は、あまりに人が殺到しすぎて身動きが取れなくなっている集団を後方から見ながら、大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。

 そして、力を溜め込むかのように膝を折り曲げて、ぐぐっと体を丸めた。

 

(思い出せ……レンくんとの特訓を。今のわたしに出来る、最大の力の感覚を!)

 

 パリッ、と乾いた音が鳴って一瞬出久の体に火花が散る。

 見間違いかと思われたそれは、やがて断続的に、そして稲妻のような光を発し、徐々に全身へと広がっていく。

 

(イメージするのは、レンくんの身体強化。全身を流れる血、細胞に気を混ぜて、循環させるイメージ……!)

 

 着想を得たのは、練悟が行う身体強化の過程を教えてもらった時だ。

 これまで出久は、ワン・フォー・オールを使う時。右腕で発動する、足で発動する、といった具合に、必要な時、必要な箇所で使う意識で行ってきた。

 

 けれど、よくよく考えればそんな必要はなかったのだ。

 

 個性は、見た目ではゲームの魔法や超能力のように見えるが、突き詰めれば身体能力だ。

 ゲームのようにMPがあって、節約しなければ使えなくなるというものではない。

 だから、必要な時、必要な分を、という節約をする必要はなかったのだ。

 それに、下手に一か所に集めようとするから制御に苦労するのだ。そうではなくもっと広い範囲。頑張って右腕だけで使おうとするのではなく、そんなことを考えずに、最初から全身に発動させてしまえばいい。

 

 そう発想を変えると、格段に制御がしやすくなった。おかげで、0か100かしかなかった選択肢が、一気に増えた。

 今の自分の体が耐えられる最大値まで、ワン・フォー・オールの力を引き出せるぐらいには。

 

「ワン・フォー・オール……“フルカウル(・・・・・)”!」

 

 ――全身……身体許容上限――8%!

 

 溢れ出るエネルギーが紫電となって出久の体から迸る。

 これは、まだ出久が未熟な証。発動したワン・フォー・オールの許容上限を超えた分のエネルギーが溢れてしまっているのだ。

 もし出久の肉体が全てのエネルギーを余すことなく受け入れられるようになれば、この紫電はなくなり、オールマイトのように普段と変わらない姿のまま発動できるようになるのだろう。

 

 今はまだその領域までは届かない。

 けれど、それでもこの力は十分すぎるまでに強力だった。

 

「――い、くっ!」

 

 溜め込んだ力を放出するように、折り曲げた膝を一気に伸ばし、出久の体は跳躍した。

 塊となっていた生徒たちの頭上を飛び越える。天井との間の空間、その右壁を蹴り、反動で飛ぶと左の壁を蹴り、次は右を、そして左。

 凄まじいスピードでジグザグに跳んだ出久は、数秒とかからず集団の前に飛び出して、同じく飛び出していたA組の面々すら追い抜き、一気に爆豪の横に並んだ。

 

「っ、デク!?」

「えぇ、緑谷!?」

「出久ちゃん、なにそれ!?」

「骨折克服かよ!?」

 

 口々に言うのは、これまでの出久を知っているA組の生徒だった。

 個性把握テストでは指の骨を折り、戦闘訓練では右腕一本まるまる壊れた。USJ事件でも両足と右腕を個性の反動で折っている。

 

 自らの体をも破壊する超パワー。制御できていない個性。

 

 それはつまり、制御さえできれば大きな力になるということであり、その結果が今まさに彼らの目の前で現れていた。

 そして、そんな後方の騒ぎに後ろを警戒していた轟も当然のように気づいた。

 

「ちっ、速ぇ……!」

 

 思わずつぶやいた轟に、出久が追い上げていく。

 

「そう簡単にはいかせないよ、轟くん!」

 

 そして、一層強く地を蹴ろうとしたところを、横から迫った爆風が妨害した。

 はっとして顔をそちらに向ければ、そこには何故か自分以上に必死な表情をしている爆豪の姿があった。

 

「デクぁ! テメェは、俺の前を行くんじゃねぇ!」

「っ、かっちゃん……!」

 

 爆風で自らの体を押し出しながら進む爆豪は、生み出す爆発をより強いものにして決して出久を前に行かせない。

 轟よりも前に立ちはだかった脅威を前にどうするべきかを出久が考えていると。

 前方で轟音が響いてきて、慌てて視線を前に戻した。

 そこには、出久も見覚えがある巨大なロボットが威容たっぷりにこちらを見下ろしていた。

 しかも、通る隙間が見つからないほど、複数体が固まって。

 出久たちの後ろから来た者たちもその障害に気づき、ぎょっと目を剥いた。

 

「これは……!」

「入試の時の、0P仮想(ヴィラン)じゃねぇか!」

 

 その声を受けて、設置されていた音響からプレゼント・マイクの実況が響き渡る。

 

『そう! そいつが手始め、最初の関門だ! 第一関門……《ロボ・インフェルノ》!』

 

 楽しげに言うプレゼント・マイクに対して、実際にそれを乗り越えていかなければならない生徒たちは全く楽しくはなかった。

 デカすぎ、かつ多すぎて道を塞がれた生徒らが躊躇する中、まず轟が一歩前に出た。

 

「一般入試の奴か……。どうせなら、もっとスゲェの用意してもらいてぇもんだな」

 

 冷気が体から溢れ出す。

 地面に手をつくと、その傍からパキパキと音を立てながら氷が発生していった。

 

「――クソ親父が見てるんだ」

 

 地面についた手を一気に上へと振り上げる。

 同時に発生した冷気が地面を伝って一気にロボの体を天に向かって駆け抜けて、一瞬でその巨体を凍り付かせた。

 そして、動きが止まったロボの足元に出来た隙間を悠々と走り出す。

 

 それを見ていた爆豪が、舌打ちをする。

 そして轟が凍らせたロボットとは違うロボットへと向かい、爆破を用いて自分の体を上空に飛ばした。

 

「行かせるか、半分野郎ォッ!」

 

 一度だけではロボの頭上までは至らない。

 そのため、二度、三度、と空中で姿勢を保ちつつ爆破を続け、五度目の爆破でついに頭上を越えた爆豪は一気にロボの向こうへと飛び出した。

 

『轟、秒でロボットを凍結させて瞬殺! アイツの個性、ホントすげぇな! でもって、爆豪! 下がダメなら頭上からかよ! クレバー!』

 

 そんな二人を見ていた他の生徒は焦る。

 そして、ある一人が轟が通った道を指さした。

 

「あそこだ! アイツが凍らせて出来た道! そこから通れる!」

 

 気持ちが急いた彼らは、我先にとそこに向かう。

 周囲への注意を怠るという失敗には気づかずに。

 

「やめとけ。不安定な体勢で凍らせたから……倒れるぞ」

 

 そんな轟の忠告の直後。

 ロボを凍らせていた氷が砕ける音と共に、ゆっくりとその機械の巨体が傾いて落下を始めた。

 

「うわぁああ、危ねぇ!!」

 

 下にいた生徒がせめてとばかりに腕で顔を隠して目を閉じる。

 

 それを見ていた出久は、フルカウルの状態で思い切り飛び上がった。

 

 ロボは目の前、既に腕が届く距離。

 そしてその状況で、出久は一度フルカウルを解除した。

 

「――ワン・フォー・オール……“限定強化(リミットブースト)”!」

 

 全身に纏っていた光が右腕一本に集中していく。

 

 一度、全身での許容上限という細かい制御方法を覚えた出久は、ごく短い時間であれば一か所に力を集めても、100%ではない出力を保つことが出来るようになった。

 それは時間にすれば一秒程度の僅かなコントロール。それを過ぎても制御しようとすれば、たちまち制御を離れて100%になってしまう。

 

 刹那のように短い時間。しかし、一発殴るだけならば、十分な時間。

 

 そして僅かな時間であるがゆえに身体にかかる負荷も少なくて済むため、8%よりも強い力を引き出せる。ただしそれなりの集中を要するが、そのデメリットを補って余りある、今の出久にとっての必殺技。

 

 ――瞬間許容上限……16%!

 

「スマッシュッ!!」

 

 全力で放たれた一撃。それはロボの装甲をへこませ、倒れこむ軌道を真後ろへと強制的に変えた。

 入試の時のように破壊とまではいかなかったのは、100%でない以上は仕方がない。

 

 落下していく出久は再びフルカウルを発動させ、着地した。

 目の前に降ってきた出久に、まさに下敷きにされそうになっていた生徒の一人である切島が呆気にとられながらも口を開く。

 

「お、おお……緑谷、サンキュー」

「うん。頑張ろうね、切島くん!」

「お、おう!」

 

 そして、再び出久は駆け出す。

 先を行かれてしまった轟と爆豪、そして練悟に追いつくために。

 

 

 

 

 

 出久がロボを打ち倒す少し前。

 ロボの頭上を越えてその反対側に落ちようとしていた爆豪は、聞こえるはずのない声を聴いた。

 

「頭上を通過か。気が合うな、勝己」

「――ッ!? クソザコ!?」

 

 はっとして自由落下に任せつつ上を見上げれば、そこには悠然と空中に佇む練悟の姿があった。

 地面に降り立った勝己は、再び爆破の個性で己の体を持ち上げて、前に向かって飛んでいく。

 上空の練悟もそれを追うように、爆豪に向かって滑空しつつ他の生徒を置き去りにしていった。

 それを見た上鳴や耳郎、峰田といった面々が口々に驚愕の声を漏らす。

 

「おいおい……気藤、あいつの個性って気っていう生命エネルギーの操作じゃなかったのかよ!?」

「確かそうだったはずだけど」

「ならなんでアイツ、飛んでるんだよ!?」

 

 それと同じ疑問を、爆豪もまた抱いていた。

 心の底から腹立たしさが募る。無個性であると自分を騙し欺いていたことがあるだけに、練悟が口にした個性もまさか嘘だったのではないかと疑う。

 

 もし、また自分を騙していたのだとすれば……。

 

 そう考え、爆豪の怒りはそのまま言葉となって練悟に向かった。

 

「テメェ、個性は気の操作じゃなかったんか! なんで空飛んでやがる!」

「? 気なんだから……そりゃ飛べるだろう」

「……、意味わかんねェわ、クソがァ!!」

 

 さも、「え、なんでそこ疑問を持つの?」と言わんばかりに無垢な顔で小首を傾げられ、さすがの爆豪も一瞬自分が間違っているのかと言葉に詰まった。

 けどやっぱり意味が分からなかったので、再びキレた。この時ばかりはこの会話を聞いていた他の生徒も爆豪に完全に同意したという。

 練悟にしてみれば、舞空術という存在を知っているせいで「気を使えるなら飛べるのが当たり前」と考えていたのだ。

 飛べることを全く疑っていなかったためか、比較的早い段階で舞空術は習得できていた。

 そして、やっぱり飛べるじゃんと確信したことで、一層「気があれば飛べる」理論に自信を持ってしまった。

 よくよく考えると、生命エネルギーである気の操作で空を飛ぶ、というのは何じゃそりゃという話なのだが……。まぁ、元ネタは元ネタで漫画の話だし、今の世界も超常がまかり通る個性社会だ。細かく考えたら負けということなのだろう。

 

「勝己」

「話しかけんな、殺すぞ!」

「一言、改めて言いたくてな。嘘ついてて、悪かった」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 爆豪は思い切り特大の爆撃を練悟に向けて放った。

 

「謝ってんじゃねェよ、ボケカスがァッ!!」

 

 

 

 

 

 

 爆豪にとって、出久は守るべき存在だった。

 

 自分を慕ってくる妹分。男は女を守るものだと教えられていたこともあり、出久を守る役目を爆豪は誇らしげに自ら請け負ったものだった。

 自分に個性が発現し、対して出久が無個性だとわかった時も、その気持ちは変わらなかった。出久を守るのは自分だから、守る力、相手に勝つ力を手に入れられたのは嬉しかった。

 出久がヒーローの夢を絶たれたと感じて落ち込んでいた時も。爆豪は、自分が守るから問題ないとしか考えていなかった。

 

 自分は強い。皆よりも強い。だから安心して俺についてこい。

 

 そんないつも自信満々な爆豪を慕う者は多かった。

 その事実が、爆豪に錯覚を起こさせた。

 自分は絶対的な強者なのだと。

 

 ――大丈夫? 頭打ってたら、大変だよ。

 

 だから、誤って川に落ちた時。全然大丈夫だったのに、出久が心配げに自分に手を差し出した時。

 爆豪は、凄まじい衝撃を受けた。

 

 なんで俺は守ってる奴から心配されてんだ? と。

 

 それは爆豪にとって屈辱であり、恥であり、決して許せないことだった。

 自分は凄くて強い、だから爆豪は、自分は出久にとって一片の心配も抱かずに頼れる存在なのだと信じて疑っていなかった。

 それが崩れたのがあの時。

 爆豪のプライドに大きな罅が入り、彼自身も疑っていなかった万能感が終わった瞬間だった。

 

 以後、爆豪は前にも増して尊大に振る舞うようになった。言葉遣いも、荒々しいものになっていった。

 それは、自分が強い存在なのだという事を知らしめたかったからだ。

 

 ――俺は強い! もう心配されるような存在じゃねぇ!

 

 しかしそれでも、出久は変わらず勝己に何かあれば心配した。

 危ない真似をしようとすれば止めようとしたし、病気にかかった時にはお見舞いにだって来た。

 力を見せようと誰かに拳を振るえば、出久は身を挺してでもそいつを庇い、挙句には爆豪のためにも良くないと言い出す始末。

 

 出久のそれは間違いなく優しさだった。けれど爆豪にとってそれは、屈辱だったのである。

 

 そうして誰に対しても当たりが強くなり、感情のまま出久にすら暴言を吐き、暴力を振るうこともあった。

 小学校の中学年になって、周囲の目を気にして暴力だけは収まったものの、出久への態度が変わることはなかった。

 

 そんな時に現れたのが、気藤練悟だ。

 

 練悟は、爆豪が知らぬ間に出久と知り合い、気が付いた時には既に出久は練悟のことを事あるごとに頼るようになっていた。

 昔は自分に向けていた笑顔。

 それが今は、練悟に向けられている。

 爆豪だって見たことがないような、安心しきった顔すら出久は浮かべていた。

 

 苛立った爆豪は何度も練悟に絡んだ。

 練悟は無個性だった。強個性に生まれた爆豪にとって取るに足らない存在だ。

 罵詈雑言を吐いた。それだけじゃない。暴力だって向けた。けれどそのたびに、練悟はのらりくらりと爆豪の攻撃をかわして、逃げた。

 

 ますます爆豪は苛立つ。

 何度も何度も練悟に向けて攻撃した。

 そしてまた何度も練悟はかわし続ける。その繰り返しだった。

 

 中学に入ってもその関係は変わらなかった。

 爆豪が絡み、練悟が逃げる。

 傷を負わなかった練悟を見ていつもほっとした顔をする出久に、また爆豪の苛立ちは募った。

 

 けれど、ある日。

 逃げた練悟を追った先で、爆豪は聴いてしまった。

 いやーアイツやっぱ凄いわ、と笑う練悟に、出久が安堵の息を吐きつつ苦笑して言った言葉を。

 

 ――昔から凄いんだ、かっちゃんは。だから、いつかわたしが守られるだけの存在じゃないって、言いたいんだ。わたしがなりたいのは、皆を守るヒーローだから。

 

 練悟はそれを聴いて出久の頭を乱暴に撫で、頑張ろうなヒーロー、と答えた。

 嬉しそうに笑ってそれに頷く出久に、爆豪は拳を握りこんだ。

 

(なんだよ、それ……。お前は、そっちじゃねぇ、守られる側だろうが!)

 

 この世の中、無個性がヒーローになどなれるわけがない。

 何度となく爆豪が出久に言った言葉だった。

 諦めたと思っていた。ヒーローの個性を書き留めているノートも、夢の名残り、趣味なだけだと思っていた。

 しかし、そうではなかったのだ。まだ夢を見ていたのだ。

 無個性である出久は守られる側にしかなり得ないというのに。

 

(だから! 俺が守るんだろうが! 無個性じゃ、守りてぇモンも守れねぇんだよ!)

 

 それがこの個性社会。

 頭もいい爆豪は、そんな現実もしっかり見えていた。この無個性に残酷な現代にあっては、出久はどこまでいっても守る対象だ。

 だというのに、練悟は出久を焚きつける、無謀な夢の後押しをする。無個性である練悟では守れもしないくせに。

 

 ――力もねぇのに、適当なこと言ってんじゃねェ!

 

 爆豪の中にある、出久の夢を認められない気持ちと練悟のことが気に食わない気持ち。

 それは結局のところ、幼い頃に胸に抱いた原初の気持ち(オリジン)――俺がこいつを守る存在になる。その気持ち故だった。

 

 

 

 

 

 

 爆豪は、爆破で飛びながら思う。

 

 無個性だった出久は、知らない間に個性を得てヒーローになるという夢を叶えるために雄英に入学した。

 無個性だった練悟は、経営科に入ったかと思えば、自分をも凌ぐパワーを出せるような強個性持ちだった。

 

 ――なんだそれは。

 

 痛めつければ諦めるだろうと臨んだ戦闘訓練。しかし出久は爆豪の上を行き、勝利をもぎ取った。

 USJの時。脳無を吹き飛ばした練悟を見て、勝てないと思ってしまった。

 

 ――なんだそれはァ!

 

「謝るぐれェなら、最初っからやんな! クソったれ!」

 

 怒りのままに爆豪は叫ぶ。

 こいつには、もともと出久を守るための力はあったのだ。無責任に焚きつけていたわけではなかったのだ。

 

 それはわかった。

 

 出久の気持ちがどこを向いているのかなど、当にわかっている。自分を見ていないのも、自業自得だと今になって振り返れば理解できている。

 

 だからどうした。

 

「テメェも、デクも……! 気に入らねぇ……!」

 

 これまでずっと抱いてきた気持ちだったのだ。たとえ途中でねじ曲がり、間違った方向に向かっていたのだとしても。

 根っこにあった気持ちだけは、ずっと変わっていなかったのだ。

 

「テメェらがどうなろうと、もう俺には知ったこっちゃねェ。ただ……」

 

 気持ちの整理は既に出来ている。

 コイツにはアイツを守る力があって、アイツはコイツのことを一番に思っている。

 そこに今更何か言うつもりは、さらさら爆豪にはなかった。

 しかし、それとこれとは話が別だった。

 

「気に入らねぇから、テメェをぶっ飛ばすッ!」

 

 ――かつて自分が担っていた役割、その立場に今いること。 

 理解しているが、イラっとはくるのでぶっ殺す。

 

 ――この自分に対して力を隠して騙していたこと。

 ムカつくのでぶっ殺す。

 

 色々と悩んだ結果、たどり着いたシンプルな答え。

 シンプルゆえに迷いはなく、ただただ獰猛なまでの笑みを浮かべて見上げてくる爆豪の姿に、練悟は苦笑じみた表情を浮かべた。

 

「あんだけ絡まれてもさ。勝己ってそういうトコがあるから、なんか嫌いになれないんだよなぁ」

「あァ!? 気色悪ぃわクソが、死ね!」

 

 飛びながらも器用に爆破してくる爆豪に、その攻撃をかわしながら「悪い悪い」と練悟は笑って答える。

 そして、爆豪の横に並ぶと、打って変わって真面目な表情になり、吊り上がったその目を真っ直ぐに見た。

 

「勝己。お前やイズとは長い付き合いだ。だから、二人が何を嫌がるのかも、わかってる」

 

 出久は、皆が本気で上を目指すこの場で本気を出さずに上を目指すことを良しとはしないだろう。

 爆豪は、完膚なき勝利にこだわる完璧主義者だ。手を抜いている相手に勝ったところで、喜ぶことはない。

 

 個性のことがバレた以上、下手に手を抜こうとすればこの二人には確実にバレる。良くも悪くも、それぐらいの時間を過ごしてお互いを見てきた。

 特に出久には二週間の特訓の際に、今の実力を見せていた。だからこそ、誤魔化しはきかない。

 それにそもそも、必死に力を振り絞って戦う皆に生半可な覚悟で挑むのは失礼というものだろう。

 だから。 

 

「謝ったのは、嘘ついてた自分にケジメつけるためだ。……ここからは、本気で行く」

 

 そう宣言した練悟に、爆豪は一層その笑みを凶悪なものに変え。

 噛みつかんばかりに吠えた。

 

「――ッたり前だクソがァ! テメェぶっ殺して一位とったらァ!」

「いや、ぶっ殺したらたぶん失格だぞ」

 

 そう突っ込みを入れつつ、練悟は爆豪から離れて少し上昇する。

 本気を出す。

 そう言葉にして、決めたのだ。

 なら、あとはその通りに実行するのみだった。

 気を操作して、加速開始。「待てやコラァ!」と叫ぶ幼馴染の声を聴きながら、練悟は一位を行く轟の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 その頃、実況席ではプレゼント・マイクと相澤の二人が、モニターに映される競技の様子を見ていた。

 二人の目を引いているのはトップグループを占めているA組の生徒たちである。

 

『YEAAAAH!! 轟、爆豪、緑谷、気藤! 四人を筆頭に、A組生徒が足を止めねぇ! すげぇなオイ、お前のクラス!』

『俺じゃねぇ。アイツら自身の力だ。望まずとはいえ、通常じゃ得難い経験をしたアイツらは――』

 

 トップを行く四人だけではない。各人それぞれが周囲よりも一歩早く前へ前へと進んでいた。

 

『各々がそこで得た経験を糧として、迷いを打ち消してる』

『それがこの快進撃に繋がってるってわけか! ところでなんで気藤は空飛んでんだ! セレブリティかよ!』

『あいつの個性は「気」。体に宿る生命エネルギーを操る個性だが……それでなんで飛んでるのかは、よくわからん』

『ミステリアスボーイってこったな!』

 

 クール! と叫ぶプレゼント・マイクは、現在一位を走る轟が、いよいよ次の関門に差し掛かったのを確認した。

 それに合わせて、盛り上げるために再び声を張り上げる。

 

『さァ、そうこうしている間にトップが第二関門に辿り着いたぜ! 一歩踏み外しゃ奈落の底! 落ちればアウト! それが嫌なら這いずりな! 《ザ・フォール》!』

 

 乱立する岩の柱と、それぞれを繋ぐ幾筋ものロープの群れ。

 岩の柱は地面をくりぬいて作りだしたもののようで、柱の高さ自体は地面の高さと一緒である。

 しかし、底は深く、一体何メートルあるのかわからないほどだ。高所恐怖症の人間であれば、一歩として動くことは出来ないだろう。

 参加者の恐怖を煽ることが目的なのは明白だった。とはいえ、真っ先にこの場にやってきた轟は、これぐらいで怯むようなことはない。

 一度立ち止まり、第二関門を見渡した。

 

「このまま行けりゃ一位だが……」

「そうは行かないぞ、轟」

「ッ、気藤!?」

 

 突然、上空から降ってきた声に、轟が上を向く。

 そこには、宙に浮いている練悟が静かに轟を見下ろしていた。

 

『そりゃ飛べる奴には何てことないわな、この関門! A組、気藤練悟! アイツもうなんていうか、ズリィな!』

 

 空を飛べる。そのアドバンテージが理解できないほど、轟は馬鹿ではない。

 ここにきての強敵の出現に、自然と表情が険しくなる。

 

「お前の個性、気の操作じゃなかったのか?」

「いや、気なんだから飛べるだろう」

「? そういうもんか」

「ああ」

 

 存外素直な轟は、当たり前のように言う練悟の言葉をそのまま受け止め納得した。

 一瞬、二人の間に奇妙な沈黙が流れる。

 

「先行くぞ、轟」

「くっ、待て!」

 

 再びスタジアムに向かって飛行を始める練悟に、制止の声を上げながら轟はロープを凍らせるとその上に足を乗せ、スケートで滑るようにして柱から柱へと移動していく。

 しかし、その後ろには既に脅威が迫って来ていた。

 

「待つのはそっちだよ、轟くん!」

「緑谷……!?」

「俺の前を、行くなっつってんだろォがぁッ!」

「爆豪! そういやお前はスロースターターだったな……!」

 

 先を行く轟の後を追って第二関門にやってきた二人。

 出久と爆豪は、それぞれが持ち得る手札を使って最短の時間で《ザ・フォール》の攻略に乗り出した。

 

『ロボをぶっ倒した後に猛追してきた緑谷、綱に向かったジャンプしたと思ったら器用に飛び乗って反動で前に跳ねていく! 爆豪はさっきと同じ、空中で手の平爆破させて飛んでやがる! ってか、緑谷は落ちるの怖くねぇのかあのコ!?』

『元々、個性使うたびに体のどっか壊してた奴だからな。今回もそうだが、そういう自分の身を顧みない所があいつの今後の課題だ』

『緑谷、担任直々にダメ出し食らってるぞ! ウケる!』

 

 ブハッ、と噴き出すプレゼント・マイクに、嫌そうな顔をする相澤だった。

 

『そんでトップグループから一歩抜きんでているのが、ずっと空飛んでるA組気藤! 最終関門、地雷ゾーン《怒りのアフガン》に突入! 威力は大したことないが、音と見た目は派手だから失禁必至! 地雷はよく見りゃわかるようになってんぞ! 目ぇ凝らせ!』

『言ってる間にあいつ、飛んで通過したぞ』

『シヴィー!!』

 

 そしてまた、実況の間にもどんどんとスタジアムへの距離は縮まっていき、ついに練悟は最初のスタートゲートまで戻ってきた。

 そのゲートを今度は逆から潜り、大歓声が鳴り響くスタジアムの中へと飛び込んでいった。

 

『そんなわけで、帰ってきたぜ第一号! 第一種目の勝者は、入学一週間で経営科からヒーロー科への編入を果たした異例の生徒!』

 

 飛ぶのをやめて、地面に降り立つ。

 ふぅ、と息を吐き出して練悟は設置されている巨大モニターへと顔を向けた。

 

『A組! 気藤練悟だァアア!!』

 

 プレゼント・マイクの実況と共に、ひときわ大きな歓声が練悟に惜しみなく降り注ぐ。

 それらに一礼をして応えた後、練悟の視線は再び未だ続く障害物競走の様子を映し出した巨大画面へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

『さァ、お次は二位争いだ! こっちは完全な三つ巴! お前らの喜びそうな展開だぜ、マスメディア!』

 

 モニターには、地雷原に迫る三人の生徒の姿が映し出されていた。

 

『ともにA組在籍! 見た目も個性もクールな轟! 見た目も個性も騒がしい爆豪! そして見た目は可愛らしいが、個性はえげつない威力の緑谷! 俺は断然緑谷を応援するぜ! イェア!』

『私情挟むなよ』

 

 相澤の突っ込みが入った直後。

 轟、爆豪、出久の順番で二位グループが最終関門に突入していった。

 

『怒りのアフガン! 轟は地面凍らせて地雷を無効化! 爆豪はまた爆破で空中移動! 本来そういう障害じゃねぇんだけどコレ!』

『むしろそれはさっきの気藤に言え』

『そんな中、緑谷!』

『無視か』

『オイオイオイ! こんなんアリか!? ひたすら速く走ってやがる! 地雷の爆発が追い付いてねェェエ!!』

 

 映し出されているのは、出久が通った直後から爆発していく地雷と、その爆風に押されるように最速で前進していく幼馴染の姿。

 練悟は特訓の成果が劇的に表れていることに、ついガッツポーズをとった。

 

 二週間の特訓の日々。その中で、比較的早い段階で出久が自ら気づき、見出したのがあの技――フルカウルである。

 ワン・フォー・オールを全身に制御できる範囲で纏わせておく、これまでの一点集中とは逆の発想。

 子供の頃からヒーローになる夢を諦めずに地道ながらも体を鍛え、入学前の十か月、みっちりと過酷な特訓を積んだ出久の肉体は、8%までであれば反動もなく制御できるようになっている。

 

 ヒーローになる。

 周りから何を言われようとも腐らず、諦めずに続けてきた努力。それが実った姿だ。

 それを間近で見てきた練悟にも、熱く感じ入るものがあった。

 

『この大一番に向けて、自主的に学校の施設を借りて特訓してた成果だな。授業だけで足りないなら、それ以外の時間で自分を磨き、結果を出す。実に合理的だ』

『けどやってることは合理的どころか力業だぜ! 轟、爆豪も渾身の力でラストスパートだ! そしてついに最終関門を突破ァ! んでもってそのまま……三人がほぼ団子状態でゴォール!』

 

 ゲートの向こうから入ってくる三人の姿。

 それぞれ肩で息をしているのは、力を出し切った証だろう。

 練悟は滝のような汗を流す、ひときわ小柄なヒーローの卵の元へと歩いていった。

 

『第二位、緑谷! 第三位、轟アーンド爆豪! この二人は仲良く同着だ! 大接戦! 近年まれにみる名レースだったぜェ!』

 

 プレゼント・マイクの声と、大歓声が鳴りやまないスタジアムの中。

 出久は雄英の教師陣が座る席に顔を向けると、そこに向けてガッツポーズを見せた。

 誰に見せているのかなど、考えるまでもない。練悟も視線を追えば、そこにはトゥルーフォームでいるオールマイトの姿があった。

 練悟の視線に気づいたオールマイトと、ふと目が合う。

 痩せた顔で微笑み、親指で出久のほうを指し示した。

 距離があるから声は聞こえない。しかし、オールマイトが何を言っているのか、なんとなくだが練悟には伝わっていた。

 頷いて、歩を進める。

 

「イズ」

「はぁ、は……はは、レンくん」

 

 疲れを見せながらも清々しい笑みを見せる出久に頷いて、練悟は片手を軽く上げる。

 一瞬きょとんとし、しかしすぐにその意図に気づいた出久もまた片手を上げた。

 そして。

 

「特訓の成果あり、だな」

「うんっ!」

 

 ――パァン!

 

 二人の手が笑みと共に勢いよく交わされ、爽やかな音が鳴り響いた。

 

 

 そして次々とスタジアムに帰ってくる生徒たち。

 麗日や飯田も戻ってきて、出久と一緒にお互いの労をねぎらう。

 そうしてヒーロー科に限らず、その他の科の生徒たちも含めて全員が戻ってきたところで。

 

 第一種目、障害物競走の終了が、プレゼント・マイクのアナウンスで告げられた。

 

 

 

 




ちなみに生徒の中では出久が一番好き。
かっちゃんも好きですけどね。
TSしてなくても好きです。


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体育祭、騎馬戦の話

書いていたら長くなってしまった……。
でも途中で切りたくはなかった……。
結果、読みにくいことになっていたらごめんなさい。
短く話をまとめる才能が欲しい。


 

 

 

「気藤くん、一位おめでとう! ってか出久ちゃん、あれ何!? めっちゃビックリしたんやけど!」

 

 第一種目、障害物競走。

 先にゴールした練悟と出久が話していると、スタジアムに戻ってきた麗日が息を乱したまま、気になって仕方がないといった様子で二人の所にやってきた。

 とりあえず深呼吸しな、と二人で勧め、すーはーと深呼吸をしたところで改めて話し出す。

 

「ありがとな、麗日」

「麗日さん! あれは特訓の成果というか、ようやく個性の使い方をわかってきたっていうか……」

「トックンのセイカ! いいねー、なんかすごく頑張ったって感じがするやん! 出久ちゃん凄い!」

「いや、そんな……」

 

 正面からまっすぐ褒めてくる麗日に、出久はとてもわかりやすく照れていた。

 両親と練悟ぐらいしか身近に褒めてくれる相手がいなかった出久は、基本的に他人から褒められるということ自体に慣れていないのである。

 

「緑谷君、気藤君!」

「飯田くん! お疲れ様!」

「よ、お疲れ」

 

 続いてやってきたのは飯田だった。

 声に応えて二人が手を振ると、飯田も表情を緩めて片手を上げた。

 

「二人こそ、お疲れ様だ。一位、二位、おめでとう! しかし、気藤君……まさか空を飛ぶとは、驚いたよ。僕は、俺は、この個性で、後れを取った……! まだまだだ……!」

 

 ぐぐ、と拳を握りこむ飯田は本当に悔しそうだった。そして少しショックも受けていた。

 飯田の個性は「エンジン」。ふくらはぎから突き出すマフラーが示すように、速く走ることに特化した個性だ。

 それだけに、この競争というジャンルで一位になれなかったことには、思う所があるのだろう。

 

「飯田。そりゃ、この競技は走る奴を妨害するのがメインだから仕方ないだろ。俺はたまたま個性が噛み合っただけだよ」

「ありがとう。しかし、君の個性は「気」の操作だろう? どうしたらそれで空を……?」

「そりゃあ気だからな。飛べるさ」

「なるほど、そうか。……うん? いや、どういうことだ!?」

「気にしないほうがいいよ、飯田くん。わたしもよくわかんなかったから……」

 

 困惑する飯田の背を軽くぽんと叩いて、出久がアドバイスをする。

 出久も疑問に思って二週間の間に聞いたのだが、練悟は心底不思議そうに「なんで飛べないと思うのか」と首を傾げるばかり。

 なので、この件についてはもう「そういうもの」だと受け入れて、細々とした理屈については突っ込まないことにしたのである。諦めたとも言う。

 

 と、不意にピシャンと鋭い音が朝礼台のほうで鳴る。

 ミッドナイトが皆の注目を集めるべく鞭を振るったのだ。

 その狙い通りに全員の視線が自分に向いたことを確認して、ミッドナイトは一つ頷いた。

 

「さーて、ようやく終了ね! 順位はモニターに表示されているわ! まずはそちらを確認なさい!」

 

 勢いよく鞭で示したのは、空中に投映されたディスプレイ。

 そこには障害物競走を勝ち抜いた生徒たちの名前が順位に従って映し出されていた。

 

「予選通過は上位42名! 残念ながら通過できなかった子も、あとでまだ見せ場は残っているわよ! ――そして、いよいよ第二種目! ここからはついに本選! 注目度はグッと上がるわ! 気張りなさい!」

 

 そうこの場にいる全員に発奮を促した後、「さぁ、続いて第二種目!」と言いつつ、ディスプレイに目を集める。

 ドラムロールの音がしばらく続き、そしてそれが止まった時、表示されたのは――。

 

「次の競技はこれよ! 『騎馬戦』!!」

 

 

 ――騎馬戦。

 

 それは、騎手を乗せる騎馬を複数人で作り、その騎馬の上に乗る騎手一名がハチマキを巻き、そのハチマキを取られればその騎馬の負けとなる、という合戦を見立てた競技である。

 基本的な騎馬戦のルールは上述した通りだが、ここは雄英高校。そのルールはやはり通常のものとは大きく異なる。

 参加者が二人から四人でチームを組み、騎馬を作るところは同じ。ハチマキを巻くことも然りだ。

 しかし、違うのは此処から。

 騎馬を組む生徒それぞれに、予選での順位に応じたポイントが振り当てられ、騎手が持つハチマキには騎馬を作るメンバー全員の合計ポイントが設定される。

 そのハチマキ――ポイントを奪い合い、多くのポイントを獲得したチーム上位四組が最終種目に進む、という形式だ。

 そしてもちろん雄英体育祭であるからには、当然のように個性の使用は自由。ただし悪質な崩し目的での攻撃はNG。

 また、ポイントを失っても競技時間となる十五分以内であれば失格とはならず、0ポイントから挽回することは不可能ではない。つまり、最後の一秒まで上位の者も下位の者も油断することが出来ないということである。

 

 まさに雄英。生徒へ与える受難に関しては妥協をしない高校である。

 そして、更に言えば雄英の校訓は“Plus Ultra”である。

 当然、上位の者には上位に相応しい受難が与えられる。

 

「振り当てられるポイントは、順位が下の者から順に5ずつ! 42位が5P、41位が10P……順に上がっていくけれど、1位は別よ! 1位、気藤くんに振り当てられるPは――1000万!」

 

 全員の視線が一斉に練悟のほうを向く。

 練悟はその視線を全身で受け止めつつ、不敵に笑った。

 ちょっと腰が引けていたのは、幼馴染にしかバレていなかった。突然大人数にガン見されるって怖いよね。

 

「上位の奴ほど狙われる、下克上サバイバル! “Plus Ultra”よ――全力で乗り越えていきなさい!」

 

 そう締めくくったミッドナイトの言葉に、全員の顔つきが変わる。

 

「それじゃ、これより十五分! チーム決めの交渉タイムスタートよ!」

 

 そしていやに短い交渉時間を告げて、ひとまずはチーム決めという名の第二種目の前哨戦が始まったのであった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、俺はミッドナイト先生に聞きたいことがあるから」

 

 チーム決めの時間が始まった途端。

 練悟はそう言って出久らに背を向けた。

 

「え? 気藤くん出久ちゃんと組まんの?」

「ん。俺はそれもいいと思うけど、ミッドナイト先生の所に行っている間、待っているつもりはないだろ? イズ」

「うん。ミッドナイト先生の所に行くってことは、本気でやるってことなんでしょ? なら、わたしはレンくんとは組まない。わたしが欲しいのは、おんぶに抱っこの勝利じゃないから」

 

 強い眼差しでそう言い切った出久に、練悟は愉快気に笑った。

 

「お前ならそう言うと思ったよ。麗日、そういうわけだ。じゃあな、三人とも。勝負の場で会おうぜ」

 

 練悟はそうしてミッドナイトの元へと歩いていった。

 それを見送ったあとで、今度は飯田が出久と麗日に向き直る。

 

「俺も、他の誰かと組むことにするよ」

「え!? 飯田くんも!?」

 

 麗日が目を剥いて驚く。

 練悟に続き、飯田。仲が良い二人が立て続けにこの輪から抜けていったからだった。

 

「ああ。君らは俺にとって素晴らしい友人だ。しかし、友人だからこそ負けたままでいたくはない」

「出久ちゃんはともかく、私なんてそんな……」

「いいや」

 

 飯田は自分を卑下する麗日に首を振った。

 

「麗日君。君には戦闘訓練の時、最後にしてやられた。そしてUSJの時、君の助けがなければ、俺はきっと自分の役目を完遂出来なかっただろう。そう自分を貶めるものじゃない。そして気藤君の実力は、確実に俺より上。緑谷君には……入試の時から負け続きだ」

「飯田くん……」

「だからこそ、ついていくばかりでは未熟者のままだ。俺は、挑戦したいんだ。――緑谷君、君をライバルとして見ているのは、轟君や爆豪君たちだけじゃないぞ」

 

 最後に真っ直ぐ出久を見て挑戦状を叩きつけた飯田は、背を向けて去っていった。

 それを見送る二人は複雑なお思いを抱きつつも、何も声をかけることはなかった。それは飯田の決意を踏みにじることになると思ったからだ。

 

「……みんな、本気なんやね」

「……うん。でも、それはわたしたちも一緒だよ麗日さん」

 

 そして、出久は麗日に手を差し出した。

 

「改めて、なんだけど。わたしと組んでくれないかな、麗日さん」

「出久ちゃん。うん、喜んで! 私、頑張るからね!」

 

 ありがとう、と笑みを交わし合ってから、二人は表情を引き締めた。

 

「麗日さん。レンくんがミッドナイト先生の所に行ったってことは、1000万をとるのはだいぶ厳しいことになる。でもわたしは、挑戦することを諦めたくはない」

「え? 出久ちゃん、気藤くんが何を聞きに行ったか分かるの?」

「うん、まぁ。レンくんが出来ることを知っていて、騎馬戦って聞いたら真っ先に思いついたからね」

 

 出久は苦笑を浮かべた。何故なら、練悟が考えているだろう方法をとれば、実質1000万ポイントは狙えないポイントになるのだ。

 しかし、それなら仕方ないと言い訳をするのは嫌だった。

 

「だから、その対策をチームに組み込みたいんだ。だから急いで誘いに行こう。きっと大人気だろうし」

「え、誰なん?」

 

 出久に手を引かれるまま麗日も走り、二人は残りのメンバー集めに向かっていった。

 そんな中、無事ミッドナイトに確認をとって許可をもらった練悟もメンバー集めに精を出していた。

 今のところ決まったのは二人。そして今は、最後の一人を探しているところだった。

 

「常闇」

「気藤か。俺に声をかけてきたという事は……」

「そう。俺の騎馬になってくれないか?」

「わざわざ俺を見出したのだ。何か考えがあるんだろう。返事はそれを聴いてからでも構わないか?」

「ああ、もちろん」

 

 常闇が考えているのは、果たして俺と組んで勝ち残れるか、ということだろう。たとえ障害物競走での一位と組んだとて、次に進めなければ意味はない。

 ゆえに、どんな戦術をとるのかを知りたいという要求は尤もだ。もし断られた場合、常闇に作戦が漏洩してしまうことになるが、問題はない。

 何故なら練悟の策は、ごく限られた手段でしか対策が取れないからだ。

 

「……合理的、かつ効率的だが……。気藤、えげつない手を選択したな」

「けど、これが一番勝ち上がるために有効なのはわかるだろ?」

「ああ。そして俺の役割は、事前に万全を期すため。そして万が一のためか」

「そういうことだ。それで、どうだ?」

 

 練悟が再び問うと、常闇はにやりと笑った。

 

「いいだろう。俺の命運、お前に託そう、気藤」

「ありがとう、常闇」

 

 練悟は常闇の回答に嬉しそうに手を差し出す。

 それを常闇も握り返し、こうして騎馬の二人目が決まった。

 

「ところで、気藤」

「なんだ、常闇」

「気になっていたんだが……」

「ああ」

「後ろでずっと機械をいじりつつ、ついてきている女子がもう一人か?」

「……うん、そう」

 

 常闇の視線の先にいるのは、頭にゴーグルをつけ、様々なサポートアイテムを身に纏った少女。

 サポート科の発目明である。

 

 彼女は練悟がミッドナイトのところから戻ってきて、すぐに声をかけてきた。

 曰く、「一位の人、あなたの立場を利用させてください!」と。

 そこから怒涛のセールストークが始まったのだが、要約すれば「一位の人と行動すれば自分の作ったアイテムが目立つ。目立てば企業の目に留まる。なので組みましょう!」ということだった。清々しいまでに自分本位である。

 一応、彼女にも自分の策を説明し、サポートアイテムが不要であること。そして恐らくアイテムを目立たせる機会はないことを伝えた。

 それでも彼女が練悟と騎馬を組むことになったのは、策を聞いた発目が、練悟と組めば決勝にはほぼ確実に出られると思ったこと。練悟の取る手段が目立つものであり、それより目立たない他の組と組んで、しかも最終種目に残らないかもしれないよりは、確実に最終種目で残ってそこで目立つほうがいいと判断したこと、の二点からだった。

 そして、練悟自身には特に興味もなく、そのうえ騎馬戦でアイテムも目立たないと割り切った彼女は、次に向けたアイテムの調整を始めたのである。

 もしかしたら必要になるかもしれないですし、だから調整していますね! とは言われたが、そうなるとは彼女もあまり思っていないのだろう。

 ひたすら自身のアイテムをこねくり回しているその姿は、とても楽しそうだった。

 

「……変わった奴だな」

「俺もそう思う」

 

 A組も比較的クセが強い人間が集まっているとは思うが、発目はそれ以上だった。

 今も楽しそうにアイテムをいじっている発目に、二人は小さく溜息をこぼした。

 

「まぁ、そう言うなって! サポートアイテムがあれば、いざという時に俺らには出来ない対処ができるかもしれねぇ。だからこその発目さんだろ?」

 

 あ、もちろん気藤の考え通りに進めばそれが一番いいけどな! と、もう一人のメンバーが明るく口を開いた。

 

「切島」

「お前は本当にいい奴だなぁ」

「よ、よせよお前ら!」

 

 常闇と練悟から向けられた尊敬の眼差しに、切島はわかりやすく照れていた。

 そう、練悟の騎馬メンバー最後の一人は切島であった。

 練悟の策が成れば、正直に言って騎馬は誰でも構わない。けれど、全て思い通りに行くと思いあがるほど練悟は傲慢ではなかった。

 いざという時、真正面から、そして絡め手からも戦えるように選んだ面子がこのメンバーだった。

 そういう意味では、多彩なサポートアイテムを使う発目が残ってくれたのは、実はとてもありがたかった練悟である。

 

「これでチームは揃った。――いくぞ、一位通過」

 

 おお、と切島が声を上げ、常闇が静かに頷く。

 発目は変わらず機械をいじっていたが、片手だけはしっかりと拳を作って上げられていた。

 

 

 

 

 

 

『十五分のチーム決め兼作戦タイムを今終えて! 十二組の騎馬がフィールドに出揃った!』

 

 プレゼント・マイクの声と共に、それぞれが騎馬を作って準備万端の戦闘態勢へと移行する。

 と、そんな中。

 

「はぁ!?」

「げ!?」

「マジで組んだの!?」

「……? A組の連中は何をそんなに驚いてるんだ?」

 

 ある一つの騎馬を見つけたA組の生徒が一様に驚きの声を上げた。

 B組は彼らがなぜそんなに驚いているのかわかっていないようだが、それは日常の彼らの姿を見たことがないからである。

 あの二人が同じチームに入っているなど、A組は想像もしていなかったこと。そのチームの脅威度などは置いておいて、ただただそのチームが成り立っているという事実そのものが、彼らにとっては驚きだった。

 つまり、どういうことかというと。

 

「爆豪と緑谷が組んだぁああ!?」

 

 要するに、そういうことだった。

 

 ――爆豪チーム。メンバー、爆豪勝己、緑谷出久、麗日お茶子、瀬呂範太。

 

 あの爆豪と出久が組む。

 普段の二人の関係、戦闘訓練での攻防、それらから見て特に爆豪が出久に隔意を抱いているのは明らかだった。

 その二人が組んだ。それはまさに彼らにとっては予想外だったに違いない。

 

 

 

 

 

 

「かっちゃん!」

「あァ!?」

 

 出久は真っ直ぐ勝己に向かって走っていた。

 麗日が後ろで「まさかの爆豪くんやった!?」と驚いているが、それに応えている余裕は今の出久にはなかった。

 何故なら、爆豪の周りには彼と組もうとする人が多く集まっていたからだ。A組の生徒も多いが、それ以外のクラスの生徒も多い。

 彼らにとられるわけにはいかない。

 出久は強引に爆豪の手を取った。

 

「んだァ! デクてめェ……」

「わたしと組んで! かっちゃん!」

「はァア!? なんで俺がお前と組まなきゃなんねェんだ!」

 

 めっちゃキレる爆豪。麗日は想像した通りの反応に、「やっぱり!」と思わずつぶやいていた。

 出久にとっても、爆豪のこの答えは想定内だ。しかし、だからといって諦めはしない。

 

「かっちゃん。わたしは、レンくんに挑戦するつもりなんだ」

「っクソザコに、テメェが……?」

「わたしだって、成長しているんだってところを見せたいんだ! レンくんに……そして、君にも!」

 

 ぴく、と眉を動かした爆豪に、出久は更に自分の思いをぶつける。

 爆豪相手に余計なことは考えない。適当に聞き心地のいい理由を話したって、頭のいい爆豪ならそれに気づく。何より出久も嫌だ。

 ただシンプルに、思っていることを話す。爆豪が応えてくれることを信じて。

 

「君の個性に憧れるだけじゃない。今のわたしなら、その助けになれるんだって所を、見せたいんだ!」

 

 昔から、ただ凄いと思って憧れていた爆豪の強さ。爆豪にとって出久は常に下で、その関係が変わることはないと思っていた。

 けれど、違った。そうではないのだと出久は気づいたのだ。

 自分が諦めていたから、そう思っていただけ。練悟がそのことに気づかせてくれた。

 

 憧れだけで諦めず、近づくように努力すること。それが大事だったのだ。

 憧れは理解から最も遠い感情だというが、言い換えればただ遠いだけだ。遠いだけなら、近づけばいい。

 オールマイトへの憧れ。爆豪への憧れ。その力を眩しく見るだけではなく、どうすればそうなれるのかを考えた。そのためには努力が必要だった。だから、努力した。諦めることだけはしなかった。

 

 その結果、今こうして出久はこの場所に立てている。

 出久にとって練悟はそれに気づかせてくれた、そして常に傍で応援して支えてくれた特別な人だ。

 それは変わらない。

 けれど、爆豪もまた違う意味で大切だった。なにせ出久にとって、人を救ける姿への憧れがオールマイトだとすれば、強さへの憧れは爆豪に他ならなかったのだから。

 だからこそ、出久は爆豪にも今の自分を見てほしかった。

 もう昔とは違う。自分で立ち、歩き、人を助けることができるようになれたのだと、見せなかった。

 

「頭のいいかっちゃんなら、レン君が何をしそうかなんて気づいているでしょ? だから、わたしと麗日さんの個性、それに君の個性なら、レンくんの思惑を潰せる! ……かもしれない」

 

 力強くアピールするが、最後にちょっと自信がなくなってしまうのは出久らしかった。

 そしてもう一度、出久は同じ言葉を爆豪にかけた。

 

「だからお願い! わたしと組んで!」

 

 頭を下げる出久を、爆豪は何とも言えない顔で見下ろしていた。

 今にも怒鳴りつけそうでありながら、しかしそれをこらえているような、そんな表情。

 

「――……ちっ」

 

 自分よりも下で、守ってやらなきゃならない奴だった。

 ずっとそう思っていた。

 しかし、それは出久のことを何も考えていない独りよがりな決めつけだったと気づいたのは、ごくごく最近だった。

 結局爆豪がしていたことは、自分がしたいことをしていただけだった。そこに出久の考えていること、思い、それらは一切入っていない。

 力で守れば、守れたというわけではないのだ。そのことに気づくのが、ずいぶん遅くなってしまった。

 とはいえ、気づいたところで今更この関係を変えようとは思わないが。

 過ぎたことを今更どうこうしようとは思わない。それが爆豪勝己であった。

 しかしまぁ、己のことを振り返った結果、少しばかり思う所がないわけでもない。

 それを消化しないままにしておくのも気持ち悪いし、気に入らない。

 だから、爆豪は本意ではなさそうな表情で、苦々しさを隠そうともせずに口を開いた。

 

戻る(・・)手段はどうすンだ。考えてあんのか」

「っえ……――う、うんっ! 瀬呂くんの力を借りようと思って」

「瀬呂……あのテープか。もう誘ってあんのか」

「え、それはまだだけど」

 

 きょとんとした顔をした出久に、爆豪は怒鳴った。

 

「他んトコ行っちまったら意味ねェだろうが! さっさとあのしょうゆ顔連れてこいや!」

「う、うん! 待ってて!」

 

 急かされ、出久は麗日を連れて瀬呂に声をかけに行く。

 後ろから、麗日がこそっと囁いた。

 

「あれ、つまりOKってことでいいんやよね?」

 

 苦笑して頷く。

 

「うん。よかった、これで――君に挑戦できるよ、レンくん」

 

 そして前を向き、出久はぐっと拳を握りこんだ。

 

 

 

 

 

 

『さァ、上げてけ鬨の声! 血で血を洗う雄英の合戦が今! 狼煙を上げる!』

 

 プレゼント・マイクの声が場内に響き渡り、それに負けないほどの大歓声がスタジアムを包み込む。

 それらを受ける対象である生徒たちはフィールドに手騎馬を作って既に待機しており、どの生徒の顔も決然とした面持ちで、ただその時が来るのを待っていた。

 

『そんじゃァ、いくぜ! 準備はいいかなんて聞かねぇぞ! 残虐バトルロイヤル、カウントダウン!』

 

 そしていよいよ、その時が訪れる。

 実況席から届く、スリーカウント。

 それが終わった瞬間。

 

『スタートォッ!』

 

 その合図とほぼ同時に、全チームが一斉に動き出した。

 1000万ポイント。手に入れれば一位が確実となる、練悟のハチマキを求めて。

 しかし、練悟は慌てなかった。何故ならそんなことは始まる前から簡単に予想できることだったからだ。

 そして当然、そういった危険を回避するために取るべき行動も既に決めてある。

 

「常闇! 手筈通りに!」

「任された!」

 

 間髪入れない答えと共に、常闇の個性「黒影(ダークシャドウ)」が発動する。

 自身の体から影のような自意識のある異形を生み出す個性。比較的大きさや動かせる距離も自由にできる汎用性の高い個性。

 それによって、可能な限り広範囲で黒影を展開する。

 当然、周囲は警戒して動きを止めるか緩める。

 その僅かな時間があれば、練悟には十分だった。

 

『おーっと、常闇が出した黒い影のような異形が気藤チームを覆っ――おおォッ!?』

『まぁ、そうなるわな』

 

 プレゼント・マイクの驚きの声と、相澤の落ち着いた声。

 対照的な反応を示した二人は、フィールドではなく空を見上げていた。

 そしてそれは、フィールドにいる大多数の生徒や観客も同じである。

 何故なら、練悟は一人で騎馬を離れて空を飛んでいたのだから。

 

『気藤、空を飛んで悠々と空中散歩ォ! そういやコイツ飛べるんじゃん!』

『常闇のアレは確実に安全圏まで飛べるようにするための、周囲への牽制か。開始直後に狙われて、上空まで上がり切る前に妨害されたくはねぇだろうからな』

『これじゃあ1000万ポイントは狙えねぇ! っていうか、ミッドナイト! こりゃ、ありなのか!?』

 

 プレゼント・マイクの質問に、全員の目がミッドナイトを見る。

 ミッドナイトはグッ、と親指を立てた。

 

「テクニカルなので、あり! それに気藤くんは私に事前に確認してきたしね。彼が飛べるのは知っていたし、それが個性ならそれも彼の力よ!」

『主審のOKがあるなら問題ねぇ! ってか、アイツの個性って空飛ぶだけじゃなくて超パワーもあるんだろ!? 強すぎねぇ!?』

『この個性社会でその意見は非合理的だ。まぁ、とはいえ――』

『おーっと、ここでフィールドの騎馬諸君! 気藤のことを諦めて他のチームを狙い始めたぁ! そりゃそうだ!』

『おい、俺いらないだろ』

 

 先の障害物競走中にもあったが、再び発言を無視されたことで相澤の声に苛立ちが混じった。

 

 そんな風になんだか揉めている実況席を上から見下ろしていた練悟は、視線をフィールドに移す。

 そこでは、さっきまで自分のほうに向かってきていた騎馬が一斉に互いのほうを向いてハチマキを取り合っていた。

 プレゼント・マイクが言っていたように、それはそうだろう。騎馬戦の時間は十五分。その間、上空に逃げたハチマキを追い続けるのは不毛すぎる。

 いくら取れれば一位確定とはいえ、制限時間内ではリスクが高すぎると判断するのは至極当然のことであった。

 今のところは作戦通りに進んでいる。

 そのことを確認して、練悟は一つ安堵の息を吐いた。

 

「この高さなら、空を飛べる個性がいないとすれば安全だろう。スタジアムの天井より上に出たら場外で失格にする、って言われちゃったのは残念だったけど」

 

 しかし、考えてみれば当然だ。

 これは体育祭。そして行っているのは競技である。

 競技中に会場の外に出たら失格になるというのは、まぁ言われてみれば当たり前のことだろう。

 

「なんにせよ、順調か。これなら何とか――」

「そうはいかないよ!」

「っ、後ろ!?」

 

 突然、上空で聞こえた声。

 それに反応して後ろを振り返ると、そこには誰もいなかった。

 しかし。

 

「えいっ」

「うわっ、危ないハチマキが……! って、見えないってことは、まさか葉隠!?」

「イエス、アイアム!」

 

 ハチマキが引っ張られそうになって慌てて抑えた練悟は、いまだ見えていない相手の正体を、見えていないからこそ看破した。

 クラスメイトの葉隠透。その個性は「透明化」。つまりは透明人間である。

 よくよく見れば、体操服のズボンは見えている。つまり、上半身だけ脱いでいるという事だろう。

 練悟は視線を下にちらりと向けた。こちらを見上げている、自分以外の騎馬から騎手がいないチームを見つけるのは簡単だった。

 砂藤、口田、耳郎のチーム。

 ということは。

 

 ――まさか、砂藤の「シュガードープ」!? 強引にここまで投げ飛ばされてきたってことか!?

 

 シュガードープは、糖分の摂取により三分間だけ五倍の筋力を得る増強系個性。使いすぎると副作用があるようだが、それでもその圧倒的パワーは魅力的だろう。

 砂藤の元々のフィジカルの強さが五倍。そう考えれば、ここまで葉隠を投げ飛ばすのは不可能ではないだろう。

 しかし、だからといって実行するかどうかは別問題である。

 練悟は、葉隠を落とそうと体をねじる。その瞬間、葉隠が「おっと!」と声を上げた。

 

「いいのかい、気藤くん! 振り落とせば、私は地面に真っ逆さまだよ!」

 

 その一言に、練悟はぎょっと目を剥いた。

 

「お前、まさか戻る手段ないのに飛んできたのか!?」

 

 なんて無茶を。

 練悟がそう思うのは当然だった。

 なにせこのスタジアム、雄英が作っただけのことはあってすさまじく大きい。

 高さは高層ビルとまではいかずとも、五階建てのビルぐらいの高さは優にあるだろう。

 場外の制限があることから、上限よりも下を飛んでいるとはいえ、落ちれば間違いなく死ぬ高さだ。だというのに、戻る手段がないままここまできた。驚く他なかった。

 だが、そんな顔を見せた練悟に、葉隠は強気に答える。

 

「私の個性は透明になるだけ! その中で結果を出そうと思ったら、リスクを負うしかないの!」

 

 超パワーもない。速くも走れない。何かを作り出すこともできないし、氷も炎も電気も音も、何も操れない。

 透明になる以外、何もできない個性。

 しかし、だからといって諦めるというつもりは葉隠にはなかった。

 みんな頑張っている。自分だけ個性の不利を理由に一位を目指さないなんてのは、嫌だった。

 

「私だって、本気で優勝目指してるんだよ!」

「お前……」

 

 その、真摯に優勝を目指すという意志に、思わず練悟も言葉に詰まった。

 何故なら、練悟は全力を出したくても全力を出せない。

 本気で臨んでこそいるが、持てる力全てというわけにはいかないもどかしさを感じていた。

 そんな中で、全てを懸けて優勝を目指し、ヒーローになろうとしている葉隠が羨ましく感じたのだった。

 

「というわけで、ハチマキよこせー!」

 

 思わず動きを止めた練悟。

 それを好機と見たのか、葉隠が目を光らせた。目は見えないが。

 そして、両腕を振り上げて襲い掛かってきた。両腕も見えないが。

 

「うわ、こら暴れるな!」

 

 上空ゆえに足場はなく、葉隠は無理やり練悟に抱き着いている状態だ。

 そんな密着状態でお互いが動き、しかも葉隠が上体に何も着けていないとなれば……。

 

「って、やわらか!?」

 

 こうなるのは自明の理だった。

 

「きゃっ! ち、ちょっと気藤くん! 触る場所は考えてよ!」

「悪い! って、見えないんだから仕方ないだろ!? それなら暴れるな!」

「そっちこそ、大人しくハチマキを――って、ちょ、あ、このっ! やんっ! もう、いい加減怒るぞー!」

「そっちから来たのに!? でもごめんなさい!」

 

 なんだか理不尽だったが、こういうとき悪いのは大抵男になる。仕方ないね。

 そして謝りつつも心の中で、そしてありがとうございます……! と呟く。悲しい男の性だった。

 

 

 

 一方、それを見上げている地上。

 

「――――あ?」

「出久ちゃん!? 顔! 顔が女の子してないよ!?」

 

 出久が誰がどう見てもわかるぐらいキレていた。

 とてもお茶の間には流せないやつだった。幸いカメラはこのとき別の所を向いていたので、撮られてはいない。一安心である。

 なお、出久の心は全く安らいでいない模様。是非もないね。

 

「……かっちゃん」

「あァ!? んだコラ、デク!」

「予定通りポイントはそこそこ奪えたし今から思い切り上に飛ばすから爆破でレンくんの所まで行ってハチマキの奪取ね」

 

 一息で一方的にそう指示を出す。

 当然、人の言うことには逆らいましょうを旨とする爆豪がそれを聞いて素直に従うわけがない。

 

「はァ!? 勝手に決めつけてんじゃ――」

「かっちゃん」

 

 一言、名前を呼んだ。

 それだけ。

 それだけなのに何故か漂う底知れぬ威圧感に、爆豪は初めて出久を相手に言葉をひっこめた。

 

「いって」

「……お、おう」

「ば、爆豪くんが折れた!?」

「すげぇな、緑谷……!」

 

 麗日と瀬呂がざわめく。

 あの爆豪が頭ごなしに言われた指示に従った。それは彼を知る人間してみれば、まさに快挙と言うに等しい出来事だった。

 でも、恋する乙女は強いって言うからね。恋の力ってすげー。

 

 

 

 

 

 

「ええい、仕方ない!」

 

 その頃。上空で不用意に体に触れないよう悪戦苦闘しつつ対処していた練悟だったが、ついに痺れを切らしたのか、強引に葉隠の体を抱え込んだ。

 そして力任せに左腕で拘束する。脇に抱えるような形で。

 

「わっ、ちょっとー!?」

「このまま一度下に降ろす! 大人しくしてろ!」

「ぐぬぬ、動けないー……!」

 

 どうにか手を伸ばしてハチマキを狙う葉隠だったが、さすがにその状態では手が届くはずもなかった。

 ただびしびし肩や顎に当たって、地味なダメージを練悟が受けるだけだった。

 

「じたばたするなって、落ちるぞ!」

 

 それを嫌がったのと本当に危ないことから、やめるよう葉隠を諫める。

 それでようやく抵抗しても抜け出せないと悟ったのか大人しくなった葉隠にホッと一息ついたところで。

 下から迫って来る覚えのある気を感じて、はっとそちらに目を向けた。

 

「クソザコォォオオッ!!」

「!? 勝己!?」

 

 迫って来ていたのは爆豪だった。しかも、爆破を一切せずに一直線にここまで飛んできている。

 

「そうか、そのためのあのチーム……!」

 

 本来、爆豪一人でも空中戦は可能である。

 しかし、爆豪の飛行は爆破で空を移動するものだ。しかも一度の爆発で上昇できる距離などたかが知れている。高いところまで移動しようとすれば、第一種目でロボを越える際にしたように、何度も爆破させなければならない。

 それはスピードという意味では決して速くはないし、しかも爆破の音で接近に気づかれてしまう。であれば、練悟にとってはそれほど脅威ではない。

 

 その欠点をなくしたのが、出久の作戦だった。

 まず麗日の個性で爆豪を軽くする。

 次に軽くなった爆豪を、出久がワン・フォー・オールで思い切り上に飛ばす。

 ほとんど重さがなくなった状態の爆豪をあの超パワーで投げるのだ。凄まじい速さで上昇できるうえ、爆破による音もないため接近に気づかれにくい。

 そして最後には瀬呂の個性で爆豪を回収すればいい。

 練悟が空に逃げることを想定していたが故の布陣だった。

 

 爆豪の突進を横にずれて避ける。

 少しだけ通り過ぎた爆豪は、自身の個性で上昇を止め、体勢を整えると爆速ターボで一気に練悟に迫った。

 

「そして空中の機動は勝己自身の個性で調整、ってわけか! さすがはイズ……!」

「爆豪くん!? 無茶するねー!」

「いや、お前が言うな」

 

 抱えている透明人間から聞こえてきた声に思わず言葉を返す。

 その間にも爆豪は一気に練悟との距離を詰めてきて、小さな爆破を繰り返すその手を思いきり練悟に向けて伸ばした。

 

「死ねコラァア!!」

「あぶね……!」

「逃がすか、クソがァッ!!」

 

 後ろに飛んで避けた練悟に、爆豪は追いすがる。

 練悟は苦い顔になった。スタジアムの中から出てはいけないという制限では、思うようにスピードが出せない。速く移動しすぎると体を止める前に壁に激突という事になりかねないからだ。

 そのため、本来であれば速度で振り切ることも可能でありながらそれが出来ず、爆豪を突き放すことが出来ないまま空で追われることに甘んじた。

 試しに数回、気弾を放ってみるが、さすがの戦闘センスというべきか、器用に爆豪は空中で爆破を用いた三次元機動を見せてそれを躱す。

 そのため攻撃をやめ、避けることに集中する。

 

 追う爆豪に、逃げる練悟。

 まさに空中戦。空中戦ということはつまり、観客席の目の前でそれは行われているわけで。なかなか見ることが出来ない派手な戦いに、観客は大盛り上がりだった。

 

『ヒュー! 緊迫感溢れる空の攻防! エンターテイナーだぜ二人とも! こんなアクションそうそう見れねぇぞ! 今日の観客はラッキーだな!』

 

 対して、実際に追われている練悟からしたらたまったものではない。自分一人ならまだ取れる手はあるが、今は葉隠も抱えているのだ。あまり無茶な動きもできなかった。

 だが、かといってこのままでいいというわけも当然ない。

 

「仕方ないか……!」

 

 そうこぼし、練悟は動きを止めた。

 一瞬、訝しげな顔をする爆豪。そんな彼に向けて、練悟は手で誘うような仕草を見せた。

 

「来い、勝己!」

 

 その煽りに、一気に表情を攻撃的なものにして爆豪は一層の加速で空を飛んだ。

 

「観念しろや、クソザ――!」

「太陽拳っ!」

 

 直後、練悟の体から眩いばかりの光が放たれた。

 周囲も一斉に瞼を閉じるが、直視してしまった爆豪は一瞬遅れて目を瞑るものの目の前が真っ白に染まってしまう。

 

「クソがっ……! どこにいやがる、コラァ!」

 

 どうにか薄目を開けるが、視界は戻っておらず前は見えないまま。

 それでも爆破を続けて空中での姿勢を保っているのはさすがと言う他なかったが、そんな状態では咄嗟の対処など望むべくもなかった。

 

「上だ」

「ッな……このッ!」

 

 声に反応するも、それより練悟のほうが速かった。

 地面に向かって思い切り爆豪を蹴り飛ばす。

 一気に落ちていく爆豪。それを途中で瀬呂がテープを伸ばして回収し、爆豪は再び地上の騎馬の上へと戻っていった。

 それを確認して、練悟は安堵の息を吐き出した。

 

「何とかなったか……。できれば、舞空術だけでいきたかったけどな……」

 

 まさか太陽拳まで使うことになるとは。それに、舞空術もかなり無茶な機動を繰り返した。

 恐らくはそこまで含めた出久の作戦なのだろう。練悟の個性を知る出久だからこそ、勝つために最善の手段を考えているのだ。

 そう思うと嬉しいが、やられる身としては辛い複雑な気持ちになる練悟であった。

 

「どうしたの? 気藤くん」

「いや、なんでも。それよりそろそろ降ろすからな、葉隠」

 

 さすがにこのまま抱えて続けることもできない。

 悔しそうに唸りながらも「わかった」と頷く葉隠に、更に言葉を続ける。

 

「あとついでにハチマキももらっとく」

「えぇー!? 鬼ー! 悪魔ー!」

 

 途端、非難を再開して足をばたつかせる葉隠。

 それを制しつつ、反論した。

 

「なんでだよ! そういう競技だろうが!」

「うぐぐ、悔しー! おっぱいまで触られたのに!」

「ばっ、口に出すな! 恥ずかしくなってくるだろ!」

 

 わーぎゃー言いながら、このままでは埒が明かないと思ったのか、練悟は「口閉じとけよ!」と一声かけると、一気に降下を始めた。

 

 

 

「………………」

(出久ちゃん……! めっちゃ「イラッ」って顔しとる……!)

 その様子を競技の中でも見ていた出久は、再び表情をアレな感じに変化させていた。

 

 

 

 

 それはさておき、戻ってきた練悟は自分の騎馬へと降りて、葉隠を解放した。

 そのまま砂藤らのところに向かえば、返した途端にハチマキを奪いに来るのは目に見えている。離れた位置で解放するのは当然だった。

 

「すげぇ空中戦だったな、気藤!」

「大丈夫か」

「しっかりしてください! 私は勝ち残れると思ったからあなたについたんですからね!」

 

 一度だけ戻ってきたことで、メンバーから口々に声を掛けられる。

 特に発目はサポートアイテムのアピールという本来の目的を収めて参加しているのだ。不満が出るのは当然だった。

 

「悪いみんな。だが、もう大丈夫だ。油断はない」

 

 言いつつ、迫ってきた氷に気を放ち、一気に砕く。

 いったん地上に戻ってきた1000万ポイントを皆が目指すのはわかっていた。そして、真っ先に近づいてくる気にも当然、気が付いている。

 

「――だからもう取られないぞ、轟」

「ちっ……!」

 

 千載一遇の奇襲。それを防がれた轟は次の策を打とうとするが、その前に、こういう時の行動を事前に伝えてあった練悟の騎馬の行動のほうが早かった。

 

黒影(ダークシャドウ)!」

「よーやく、ベイビーの出番がキター! 赤髪の人! いきますよ!」

「切島な!」

 

 常闇の黒影が再び牽制をするのと同時に、常闇の体を上に持ち上げる。そして発目と切島の足に装備されたアイテムが二人を飛ばす。

 

『おーっと! 気藤のやつ今度は騎馬ごと空を飛んだぞ! つってもありゃジャンプの範囲かもしれねぇがな!』

『だが、あれで十分時間は作れたろうな』

 

 相澤の言う通り。

 黒影の牽制、それに加えて騎馬自体が飛ぶことで妨害の手が届かないようにしつつ、その間に練悟が再び空に上がる。

 もし騎馬に戻された際にどうするのか、それを事前に決めていたからこその即応に周囲は反応しきれていない。

 

「クソザコォオ! 逃げんな、テメェ! 死ね!」

 

 しかしそんな練悟に再び突っ込んでくる爆豪。

 それを練悟は空を飛んで躱した。怒りの形相で睨みつけてくる爆豪が再び爆破で飛ぼうとするよりも前に、練悟の姿は再びスタジアムの上空へと戻っていた。

 

『そして再び1000万は空の彼方へー! 現在の順位は、一位気藤チーム、二位轟チーム、三位爆豪チーム、四位鉄哲チーム! 上位チームは二位と三位が途中でひっくりかわった以外に変動なし! そして時間は残りわずかだぜ、スパートかけなァ!』

 

 プレゼント・マイクの声がかかると同時に、多くのチームが再び練悟のチームを視界から外して他のチームへと向かう。

 最後の追い込み、ここで一位に固執するのは賢い選択ではないと誰もが思う。地上の取れる可能性が高いポイントを狙うのは正しいことだ。

 

 しかし、それでもなお一位を目指して再び飛んできたのが爆豪である。開始と同時に多くのポイントを奪っていた爆豪チームには、ポイントに余裕がある。

 それならば練悟と同様、騎手が空中で行動できる利点を使わない手はない。一位のポイントを狙うと同時に、ポイントを空に逃がす。それゆえの爆豪の特攻であった。

 それを葉隠もいなくなって身軽になった練悟が上手くかわし、それを爆豪が追う。

 再び始まった空中戦に歓声が上がる中、刻一刻とその時は近づいていた。

 

『そろそろ時間だ、カウントいくぜ!』

 

 そして始まるテンカウント。

 空で、地上で、皆が最後の力を振り絞ってラストスパートをかけていく中、アナウンスされるカウントは徐々に徐々にゼロへと近づいていく。

 

 そして、ついにゼロのカウントが刻まれ、騎馬戦は幕を下ろした。

 

 

「終わったか……」

 

 瀬呂のテープで回収されていく爆豪を見ながら、自身もゆっくり地上に戻る。

 迎えてくれた常闇と切島にハイタッチで応える。発目は既にアイテムのメンテナンスを始めていた。さすがである。

 

『んじゃ、早速上位四チームの発表だ! 一位、気藤チーム! 二位、轟チーム! 三位、爆豪チーム! 四位、鉄て……ってアレェ!? 心操チーム!? いつの間に逆転してたんだよオイオイ!』

 

 ディスプレイに表示されている順位を見て、プレゼント・マイクが驚愕の声を上げた。

 直前までは鉄哲チームが四位だったのを見ていたので、この僅かな間での順位の変動は予想していなかったらしい。

 

『まぁ、なんにせよこの上位四組が最終種目進出決定だァ――!!』

 

 大声で宣言するアナウンスに、歓声が沸き起こる。

 そして最終競技に進出を決めた四組には称賛の、それ以外のチームには労いの拍手が会場中から贈られた。

 

『んじゃ一時間ほど昼休憩挟んでから、いよいよ午後の部開始だぜ! 遅れんなよ! ……っしゃ、メシ行こうぜイレイザーヘッド』

『寝る』

『ヒュー!』

 

 適当にあしらわれたプレゼント・マイクの声を残して、昼休憩という事で生徒や観客が一斉に移動を始める。

 そんな中、一緒にチームを組んでいた麗日と出久は隣り合って歩いていた。

 

「はぁ、やっぱ気藤くん強いねぇ。文字通り手が届かへんのやもん」

 

 空に逃げる。飛べる以上は当たり前の戦術だが、その有効性はこの結果が証明していた。

 対抗するには葉隠のような捨て身の特攻ぐらいしか手はなく、それにしたって後に続かない上に自由に動けない諸刃の剣だった。

 出久と爆豪の力があって自分たちのチームは肉薄出来ていたが、それにしたって苦肉の策に近い。

 そんな策を、一人を相手に取らざるを得ない。いかに練悟の個性が強いかが改めてわかり、麗日は溜息をついた。

 

「そのうえ、USJで見たあの強さやもんねぇ……」

「うん。さすがだよ、レンくんは。でも――数回、使わせた」

「え?」

 

 出久の言葉に、麗日は首を傾げる。

 そんな麗日に、出久は真剣な表情で答える。

 

「個性も結局は身体機能の延長ってことだよ、麗日さん。それはあのレンくんでも、一緒なんだ」

 

 二週間の特訓。その間に知った練悟の個性の詳細。

 それらを加味したうえで、出久は最終種目に向けて今から少しずつ準備をしているのだ。最終種目が始まってからでは間に合わない。そう判断したからである。

 

 練悟に自分の成長した姿を見せる。オールマイトの期待に応える。

 それらを達成するために優勝が欲しい。

 

 出久は改めてその決意を新たにし、その眼差しに強い光を灯した。

 

「――けどその前に、さっきの葉隠さんの件を聞かなきゃ。レンくん、どこかなぁ」

「出久ちゃん!? 目から光が消えたよ!?」

 

 しかしその光は一瞬で闇に飲まれた。やみのま。

 

 そして見つけ出した練悟に、出久はぷんすか怒りながらこんこんと説教をほどこした。

 明らかに嫉妬が先立つその姿に、A組女子一同はほっこりしつつ見守ったという。

 

 

 

 

 




ちなみにこのお話は16000文字強でした。
長い。
でも過去に一話で38000文字をやらかしているのと比べれば短い。

そしてやはり隠し切れない葉隠さん推し。
一応、上から落下しても強化した砂藤に受け止めてもらうつもりでしたので、騎馬に戻れないわけではありませんでした。
めちゃ怖いのは間違いなかったでしょうが。


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