銀河大戦争 (伊168)
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開戦
大魯帝国、宣戦布告する


「大統領!大魯帝国のものと思われる採掘船が我が領域に無断で侵入しました! 」

 

ここはバース星団連邦国首都惑星大統領府。バース星団連邦国は我がシェーンベルグ朝銀河帝国の盟友たる国家である。

バース星団連邦は自由主義、民主主義を重んじる国家で、26もの星団など多数の恒星を保有し、バース星域の5分の1を制圧している。

長らく平和であったが、この頃遠方の星では度々大魯帝国の採掘船など民間船に領域を侵されていた。そのため、主星のバース星には毎日軍人やらなんやらが駆け込んで来るのだ。

 

「またか、外務省に遺憾の意をプレゼントしてやるように伝えておけ」

 

大統領ベルナールは鬱陶しそうに言う。それも仕方ない。外務省に対応らしい対応をするように要請しても腰抜けだらけでなにもしないのだ。

 

「大統領!そんな生易しいものではありません!採掘船に混じって魯国の駆逐艦がレーダーに映ったと報告が来ています!」

 

駆逐艦と聞いた瞬間に大統領は背筋を凍らせた。なぜなら魯国の軍艦は自国を圧倒するからである。駆逐艦であっても油断はできないのだ。軍艦が来たとなるともはや遺憾の意ではすませられないだろう。

 

「緊急会議を開かせよ。議員を呼び寄せるんだ」

 

「かしこまりました」

 

大統領は今の状況に絶望したのか、手や足を異常に震わせていた。

彼にとっては、ほんの数分が何時間にもかんじられる。早く始まれ、早く始まれ、彼はそう念じていた。

 

「大統領!大変です! アッバス星団独立自治軍が魯国艦艇に攻撃を加えました! 敵の採掘船や漁船を多数撃沈したと……今、領域から撤退しつつあった魯国駆逐艦隊に攻撃、戦闘状態にある……と」

 

大統領からの返答はなかった。彼には怒りも悲しみもする余裕もなく失神したのだ。

 

このことは大魯帝国にも諸侯国を通して伝えられた。

 

「総統、大燕王国より報告が入りました。バース連邦の領域を犯した民間船が無警告で撃沈された模様です。また、大燕王国海軍は懲罰艦隊の派遣を望んでいるようですが、その為には宣戦布告の必要があるため総統からの許可を頂きたいとのことです」

 

「無警告での撃沈は国際法違反だ。だが、一応彼の国にもチャンスを与えねば……またうるさい列強国が出てくるしな。撃沈された艦船、遺族への賠償金として……5京パーツを求めたら丁度いいだろう」

 

僅かな周囲の者はその言葉に驚いた。

帝国の戦略は彼の国に宣戦布告することで極東星間国家群を釣り上げるというものである。外交上は敗北だが、そもそもこちらに全く関わろうとしなくなった極東部を制圧するにはそれしかなかった。そもそも銀河で一番働いていない省庁とまで言われる大魯帝国外務省に何が出来るというのだ。折角、最高の餌を手に入れたのに、それを逃してやるとは何と愚かな決断だろうか。

だが、周囲の列強国は一部を除いてハイエナ同然。相手が弱小国だからと言って下手にいきなり宣戦布告などをしていれば立場が悪くなるだろう。こんなことをする理由には我が国の外務省では信用を取り戻すなど水から石油を作るぐらい難しいことも大きいだろう。それを考えれば強ち悪いとは言えない。

 

「その事につきましては然るべき機関で討議してから……」

 

「いや、その必要はない。下手に変更されては困るからな」

 

「了解しました。では陛下に報告を」

 

「君から頼む。私が行く程の価値はない」

 

「え、は、はい……」

 

その日のうちにこの要求はバース連邦政府に通達された。だが、国家予算が何セットも出来る程の金額の要求、吞めるわけがない。

 

「大魯帝国からの要求を拒絶する」

 

バース連邦の外務省はこう回答した。それはすぐに大魯帝国総統府に伝えられた。

 

「総統閣下!バース連邦政府は要求を拒絶しました!」

 

「まあ、そうだろうな。フフフ……抜け道はあったのだが、金額に圧倒されて気がつかなかったか。奴らの外交力の底が知れるな」

 

「閣下、どうします?」

 

「決まっているだろう。だが、もう一度チャンスを与えよう。最後通牒として、先程の金額の賠償、我が国の民間船など艦艇への一切の攻撃の中止、無警告攻撃に関する責任者の引き渡しを要求しよう」

 

「かしこまりました」

 

バース連邦政府外務大臣は最後通牒と聞いて卒倒、結局、金額が無理だということで再度拒否、同時に大魯帝国の諸侯国大燕王国の国境に位置するアッバス星団に警戒を命じた。

 

「閣下、連邦政府は要求を拒否しました!」

 

「そうか。仕方あるまい。この度の無警告での艦船撃沈は極めて卑怯で悪辣な許されざる行為である。よって我が国はバース星団連邦に宣戦を布告する」

 

宣戦布告文を伝えるとすぐに大魯帝国は大使を召還した。

ほぼ同時に追われっぱなしであった、士官候補生の練習艦艇という名目で航行中の超老朽駆逐艦16隻が反転し、散開しつつ追撃していた戦艦1隻、重巡洋艦2隻、駆逐艦四隻で構成されるアッバス星団国境警備艦隊に砲火を浴びせた。

 




どうもこんにちは、伊168です。早速、無能プレイのオンパレードとなりました。スムーズに終わらせるために現実的ではなくなっていたかもしれません。

今後は気分で後書きを書いたり書かなかったりすると思います。


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惑星リシュ会戦

反転した旧式駆逐艦らは即座に敵戦力の確認、砲撃の準備を始めた。

敵情を知らずに行動をするということは、着の身着のままで真夜中に登山するのも同然である。だから、確認は絶対に怠らない。

 

「張司令長官、敵の戦力が出ました。戦艦1、重巡2、駆逐4のようです」

 

「思ったより少ないな。もらったぞハハハ」

 

護衛艦隊の司令長官、張延は鋭い目を丸めて余裕であるという表情をした。

しかし、長官は余裕綽々だが、周りのものは相手に戦艦がいることを恐れて顔を暗くしている。彼らの士気が低い理由は言うまでもなく、駆逐艦で戦艦を倒すことは水上ならともかく宇宙戦闘では少し厳しいからである。

 

「何をビビっている。あれは戦艦ではない。戦艦みたいなガラクタだ! だいたい、魯国の駆逐艦は銀河最高だぜ! 全艦に告げよ、散開し、巡航速度で砲撃、レーザー砲をあらかた倒したらミサイルで飽和攻撃せよ。以上」

 

命令を受けて、全艦は大急ぎで準備をした。だが、多くの作業を円滑に素早く行うことは難しい。長官はどっしりと構えているが戦艦の砲が直撃でもしたら--船員の脳裏をそんな不安がよぎる。

 

「シモン少将!敵部隊回頭を始めました。今が……」

 

「よし、砲撃で一気に決めるか。いやぁ……自ら死にに来るとは、敵の指揮官は頭に欠陥があるようだね」

 

「駆逐艦で戦艦に……フフフ……望み通り返り討ちにしましょう」

 

「そのつもりだ」

 

民間船を無警告撃沈した張本人、シモン少将の指揮する国境警備艦隊は残りの駆逐艦も容赦なく撃沈するつもりであった。このような行動をするのも宣戦布告を知らないからであろう。彼は焦るどころか余裕綽々である。

 

「提督!アッシリア基地防衛艦隊司令長官、アレクサンドル・ミシェル少将が通信を求めております」

 

「よし、繋げて」

 

モニターにミシェル少将の顔が映る。モニター式の超光速通信は五年前に同盟国シェーンベルグ朝銀河帝国から提供されたばかりの最新鋭技術だ。

 

「アッシリア基地防衛艦隊司令長官アレクサンドル・ミシェルだ。ロマン・シモン長官、すぐに大魯帝国の練習艦艇に詫びを入れ給え」

 

「ハハハ……それは命令のつもりか? え?」

 

シモン少将が侮蔑するような表情で言い返す。彼にとって、不法侵入者への無警告撃沈は当然のことだったのだ。

だからこそそれを責めるミシェル長官がおかしくて仕方なかった。

 

「いいや、個人的な助言だ。このままでは……彼の国に宣戦布告のネタにされかねない。最悪の事態を避けるためだ、泥を被ってくれ」

 

「ハハハハハ君は……脳みそを見てもらった方がいいんじゃないか。領域を犯した奴らが悪い、そうそう簡単に宣戦布告などせん筈だ。万が一なっても負けるわけがない」

 

「いや、そんな訳がない。彼の国の行動はよく知ってるはずだろう。

戦争になれば……半年も持たん。本国のベロン長官やデュラン長官はもし戦争になれば半年か一年ほどは暴れて見せるが、それを過ぎればもうダメだろうと言っていた。私達よりよく研究している本国の人達が言ってるんだ。

今ここで詫びれば降格や停職で済むだろう。でも、もし戦争になれば君は戦争の原因を作った悪人、無能として永遠に歴史に不名誉を残してしまうんだよ! 国のためにも君のためにも……すぐに停船し、詫びを入れるんだ」

 

少将の眉が釣り上がり、露骨に不快感を表情に出す。

 

「私は国境での行動における全権を軍令部より委任されている。たかが基地防衛艦隊の司令長官ごときのお前がいちいち口を出して来るんじゃない! この臆病者が!」

 

返答も受け付けず強制的に通信を終わらせると、少将は敵艦隊への砲撃を命じた。資源惑星リシュの宙域にて開戦後始めての艦隊戦が行われることとなったのだ。

 

「とんだ邪魔が入ったからに……」

 

通信をしている間に敵艦隊は回頭を終えたので、黄金の五分間は終わっていた。あんな奴の通信、はじめから断っておけば--そう思いつつ少将は散開した敵艦の各個撃破を命じた。

互いにレールガンの射程に入ると、番犬が空き巣に飛びかかるように、発射された砲弾が互いの艦艇に突き刺さる。

幾度か砲火を交えた後、何を思ったか大魯帝国駆逐艦部隊は突然レールガンによる攻撃をやめ、重イオン砲による砲撃に切り替えた。

何がしたいんだこいつら--警備艦隊の面々が嘲笑う中、警備艦隊所属駆逐艦「タルン」にその重イオン砲が命中した。その瞬間、今までの下衆な笑い声が消えた。彼らが見た先にはもう「タルン」は残っていなかったのだ。

バース連邦では技術的に光速の一割のスピードも出せない荷電粒子砲を、亜光速とは言わないが光速の半分以上のスピードでぶつけたのだ。これほど速ければ避けられる筈がない。

それにこの高威力は不公平ではないか。

 

「落ち着け、まだ戦艦があるだろう」

 

士気の低下を食い止めようとした少将の励ましで、いくらか安心感を取り戻したか、艦内でまたゲラゲラと笑い声が立ち始めた。

 

「駆逐艦がペラッペラだな。砲が75ミリの豆鉄砲である時点で色々察していたが……」

 

張少将は一撃で爆沈したバース連邦駆逐艦を見てふと呟く。周囲の者もウンウンと頷いている。戦艦も楽勝なのでは? という空気が立ち込めた。

 

「第四駆逐隊だけ敵駆逐艦を駆除、残りの隊はまず重巡洋艦を潰すぞ」

 

「かしこまりました」

 

12条(実際には見えていないが)の光線が重巡洋艦「パリ」を襲った。流石に重巡洋艦。硬いには硬いが、それでも大したことはない。装甲は剥がれに剥がれ、いたるところで火の手が上がった。

その様子は、まるで線香花火である。

 

「シモン少将!駆逐艦4隻全て撃沈されました! 重巡洋艦パリも飽和攻撃により中破、炎上しています!」

 

「戦闘服を着て酸素発生装置を切るように命令しろ! 」

 

16隻の駆逐艦にただただ一方的に大艦がやられていく。少将にとって悪夢でしかなかった。

 

中破どころか大破まで被害を受けた「パリ」は恐れをなし、独断で白旗を揚げた。

その時には、もう一隻の重巡洋艦も集中砲火を浴びている。防衛艦隊は圧倒的に劣勢であった。

 

「よし、ミサイルに切り替え!」

 

やっと忌々しいイオン砲がやんだと思った矢先、ミサイルである。

重巡洋艦「ニース」の対空装備はもう絶望的なほどに破壊されていた為、最早ただの標的だった。

同艦は数えきれないミサイルを浴び、砲撃で弱ったところから次々とやられていった。傷口をさらに抉られ、どうにもならない。瞬く間に「ニース」は視界から消えていた。あるのは鉄屑だけである。

 

獲物はあと一匹。言うまでもなく自動的に標的は旗艦の戦艦「カルトー」になった。

 

いくつものミサイルが飛来する。ミサイルを撃ち落とせば撃ち落とすほどに砲撃も増す。レーザー砲が次々と消えて無くなる。艦も装甲が弱いところから次々と被害が出ていた。

 

そんな中、不意に弾幕を切り抜けたミサイルが戦艦カルトーの副砲に命中した。弾薬庫に火が回り、噴火するように爆発した。

その後も絶え間無く襲いかかるミサイルに恐れをなし、旗艦「カルトー」は白旗を挙げたのであった。アッバス星団警備艦隊は全滅したのに対し魯国護衛艦隊は一切の被害を出さなかったのである。

この戦いはテレビやネットを通じて拡散され、バースの国民を恐怖に震え上がらせた。



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惑星ヴェルン砲撃

「警備艦隊全滅!」

 

通報員の悲痛な声が基地内を貫く。報告を首を長くして待ち侘びていたミシェル少将は、

 

「全滅!?辞書的な意味か? それとも軍事的な意味か?」

 

と誰よりも早く、気になったことを尋ねた。敵の戦力を知る良い手がかりになると思ったからである。

 

「全て撃沈又は拿捕されました……敵軍への被害はほぼ無しのようです……」

 

彼はそれを聞いて思わず一歩下がった。それもそのはず、手強い敵であると思ってはいたが、流石に一隻残らずやられるとは思っていなかったのである。

そして、この惑星には戦艦などの砲撃力のある軍艦がいない。

もし、この惑星に敵軍が攻撃を仕掛けたら----戦艦をもってして勝てないなら小型艦艇のみの防衛艦隊で挑んでも敵のいい練習になるだけではないか。

 

「また、敵艦隊はこちらに向かっている模様!」

 

またしても少将は一歩後ろに下がる。敵軍がこの惑星に来るという予想はしていた。

だが、予想はできていても対策は全く考えていない。

それだけの戦力がこのまま攻撃を仕掛けて来るとすれば----助けも呼べないだろう。だがどう考えても自前の戦力では勝ち目がない。

----一体どのように迎え撃つべきか

少将は士官学校で読んだ戦術の教科書を思い出した。古のヴィクトル元帥が使ったあの戦法を使えば少しぐらい持つのではないか。

少将は期待を胸に命令した。

 

「全艦隊出撃し、雲の下で敵を迎え撃つ。ただし、艦が大損害を受けたとしたらまず人命を最優先すること」

 

敵は荷電粒子砲を使用するため雲の下なら優位に戦えるのではないか--彼はこのことを思い出したのである。

 

旗艦たる軽巡洋艦「アルモニカ」に続いて駆逐艦、哨戒艇や砲艦が飛び立つ。本国艦隊や星団艦隊の1艦隊や2艦隊隷下の水雷戦隊の方がよっぽど立派に見えるほど見窄らしい。

 

「長官、ちょっとよろしいですか?」

 

部下の通信参謀が冷静そうな顔に焦りを隠して少将に駆け寄る。少将は彼の表情から、外に出て聞いた方がいい事であろうと感じた。

そのため、少将は参謀達に断ってから戦闘指揮所を出た。

 

「どうした?」

 

「そ、その……本国より星団軍本部の惑星アローに通信がありました……内容は『1813 我が国は大魯帝国による宣戦布告を受けり、戦闘状態に突入しつつあり』です」

 

少将は思わず後ろにズリズリと下がった。予測はしていたが----宣戦が布告された時間はシモン少将が民間船を無警告撃沈してすぐである。

彼は警備艦隊の動向への注意が散漫であったことを悔いた。歯ぎしりをし、歯茎から血が滴る。だが、トップが動揺してはいけないと思い、すぐに冷静さを整えたように見せておいた。

 

「そ、それは……あそこで……基地内部で言うべきではないか?」

 

「それが……ヴァンサン長官より司令長官と参謀以外には何があっても知らせないように言われておりました」

 

「そうか……兎に角それを念頭に置いて行動しよう。参謀達には耳打ちで伝えてくれ」

 

「承知しました」

 

半数の船が雲の真下に着いた。射程と敵の威力の減衰がちょうどいいぐらいになっている筈だ。敵部隊は上げ舵を一杯にして来るであろう。

敵艦隊が殺到するその時を全ての防衛艦艇はじっと待ち構えた。

 

その頃、

 

「長官!このまま敵基地に強襲攻撃をかけましょう!」

 

「自称」練習艦隊の旗艦内部では既に攻撃準備を整えて攻撃するかしないかという状況になっていた。

 

「もちろんそのつもりだ。全艦に告ぐ、まず前方の惑星の赤道に侵攻、アッシリア基地を真上からミサイルで攻撃しろ。敵軍が沈黙したら一気に攻めよせよ。以上」

 

こうして瞬く間に攻撃命令が下されたため、アッバス星団軍は全ての艦艇の集結が出来ず、圧倒的に不利な状況での戦いを強いられた。また、ろくな対空攻撃がなかったため護衛艦隊は難なく大気中に侵入することができたことも大きかった。

大気圏外からの砲撃を想定していた防衛艦隊にとってなんと不運であっただろうか。そして、駆逐艦の牙は赤道の位置するアッシリア基地に向いていた。

 

「第1主砲塔、重イオン砲発射まで3秒前!2秒前、秒前、撃て!」

 

計16隻の駆逐艦から一斉に重イオン砲が発射された。

流石のミシェル少将でも、これほど早く攻撃を開始するとは思っていなかった。

狩猟豹の如き砲撃に、なすすべも無く防衛艦隊の駆逐艦も哨戒艇も火を吹いて海中に没して行く。

 

「これほど早くに攻撃だと……ぜ、全艦砲撃開始!」

 

少将は、

----やられたか

と思いつつ命じた。

指揮官の焦りや狼狽を感じ取った将兵たちの士気がぐっとさがった。

だが、機械には士気など関係ない。負けじと軽巡洋艦「アルモニカ」から83ミリレールガン、駆逐艦から70ミリレールガンが発射される。哨戒艇に至っては速射砲である。

幾十もの砲弾が敵艦隊を襲った。普通に考えれば、一隻ぐらい屠れそうだ。

しかし、軽巡洋艦の砲が命中した時は敵駆逐艦も軽く揺れたが、他は傷をつけることすらままならなかった。

 

「弱い弱い。おい、奴らに本物のレールガンの威力を見せてやれ!」

 

張長官は上機嫌で命じた。

16隻の駆逐艦によるレールガンの斉射、それは凄まじかった。防衛艦隊旗艦「アルモニカ」の倍の大きさを誇る砲から放たれたレールガンは全ての艦艇をあっさり串刺しにする。撃沈されるスピードは一層早くなり、気勢も大いに削がれた。

 

「全艦さらに後退せよ……」

 

どの艦もまともに抗えない。こんな地獄があろうか。少将は弱気になってついに後退を命じてしまった。

 

その時、一発の砲弾が軽巡洋艦「アルモニカ」の艦橋に真っ逆さまに落ちた。それは艦橋どころか艦そのものを貫いて、海へと無責任にも落ちて行った。

即座に爆音が唸り、艦は悲鳴を上げて崩れ落ちる。乗員たちはボートに乗る暇もなくパラシュートを携えて落下していく。

こうなってしまったならば、一人でも多く助かってくれ----戦闘指揮所でミシェル少将は艦長と共に敬礼をして祈っていた。

 

「おお! 閣下!艦長!やはりここにいらっしゃいましたか! すぐに、ご退艦下さい。もう、この艦は五分も持ちません!」

 

准尉が大声を上げて呼びかける。だが、二人は首を横に振るだけであった。

 

「閣下!犠牲を減らすようにご命令されたのは貴方でしょう!貴方も船員の一人です。ご退艦ください!」

 

半ば強引に准尉は二人にパラシュートを渡して外へと導いた。彼らが海上に逃げおおせた頃に、軽巡洋艦「アルモニカ」は予備動力の一つである原子炉(主機は核融合炉)に何かあったのか爆発轟沈した。空を見上げると戦っている艦艇はもういない。

彼らは基地へと大急ぎで泳ぎ始めた。

 

防衛艦隊の抵抗を押しのけた敵艦隊の次なる獲物は、基地になった。

本来はレールガンを使うのだが、生憎砲身を喪失していた。そのため、仕方なくミサイルを使うことにした。

 

「空対地ミサイル発射3秒前!2秒前!1秒前!テェーーィ」

 

砲術長の大声に押し出されるようにミサイルは風を切って基地に向かって行った。守備隊による必死の対空戦闘も虚しく、基地に次々と着弾しその力を削がれて行った。

 

「敵勢は沈黙した! これより敵基地に接近し、砲撃を加える。各艦はレールガンの発射準備をせよ」

 

息つく暇なく命令が飛ぶ、駆逐艦らは、か弱い基地に新たな牙を剥こうとしていたのである。

全く傷を負わなかったこともあって、安心した張長官は部下たちと談笑していた。

 

「副官、バース星の軍は弱いな。地方軍だとしてもこれは酷い。艦齢100年近いやつばっかりの老人部隊にやられるようでは…本国の軍も大したことあるまい」

 

「工作員によるとアッバス星団軍は地方軍で最も勇猛果敢だそうです。本星以外、敵ではないでしょう」

 

副官の発言によって、自分たちが本星までいち早く攻め上がることができると確信した将兵らは、そこに帝国の国旗を打ち立てる事を夢見てさらに上機嫌になった。桃のように肌の色を染めているものすらいる。

 

何人かは、そろそろ基地がを落としたのではないかと、モニターにl注目した。

そこには山の中で忘れ去られた廃墟のようになった敵基地があった。

それでも、まだ抵抗がある。こんな基地にミサイルを撃ち込むのは老人の鳩尾を殴りつけるも同然だが、誰一人として同情はしない。

むしろ絶え間ない対地攻撃で形を変えられて行く基地を眺めながら、彼らは祝盃をあげて喜び勇んだ。



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反攻、失敗す

「長官!念のために偵察機を出しておいた方がいいのでは? 」

 

情婦参謀が騒がしい中、必死に声を出す。

すると、張長官はすぐに反応した。もしかして、邪魔をしてしまい、機嫌を悪くしたのかと情報参謀はオロオロする。

張長官は、

 

「大丈夫大丈夫」

 

と言いながら近寄った。そして笑顔で、

 

「そうだな。全艦小型偵察機を出せ」

 

元から準備をしていたのかわからないが、特に準備時間もなく駆逐艦16隻に搭載されtりる虫型の小型偵察機は小糠雨のように基地に降りていった。

もちろん、基地の人間はそんなことを知るよしもない。蚊程に小さいので簡単に目視できずレーダーにも映らないからだ。

 

「使える砲はもうないか……こうなったら地下倉庫の駆逐艦を全て出すか」

 

基地の地下に、多数の部下と共に逃げ込んでいたミシェル長官は基地が沈黙したことを危険に感じた。

このままにしておけばこの惑星は本当に陥落してしまう。前線が二箇所も落ちれば混乱は避けられない。ここは絶対に守りきらねばならない。

ならば敵に通用するものを使わないといけない。その通用するものが倉庫内の新鋭駆逐艦であった。

もし、対等に戦ができていたら最高の脇役になっただろう。だが、最高の脇役も今は惑星最高の主役だ。

 

「あの新鋭艦をですか?」

 

部下が目を揺らして尋ねる。

 

「そうだ。従来の艦艇では傷すらつけられなかった。今、敵の動きは止まっている。このすきに一撃を加えたら勝てるはずだ。アッバス星団軍の誇りを守るためにも駆逐艦ごときに蹂躙されるわけにはいかん」

 

一面焼け野原になった寂しい基地で生き残った部下に基地司令官ミシェル少将は敵への怒りを込めて命令を下していった。

間も無くして、星団海軍が密かに竣工していた高いステルス性を持つ駆逐艦10隻が倉庫から出て行った。

一番艦で旗艦、尖った特徴的な船体を持つ「ムルト」が先導するとDDH(核融合炉搭載駆逐艦)43-2と書かれた彫刻のように美しい二番艦「セブール・ニオルテーズ」、三番艦「アルノン」、その他の船も次々に出され、少将はそのうちの一隻ムルトに乗り込んだ。

 

「全星団は諸君らの活躍を期待している。我らが星団のため、死んでも敵を食い止めよ」

 

少将の激励に士気も上がり、いよいよ駆逐隊はついにミサイルの発射準備にかかった。沈めることより戦闘力を減らすことを優先したのだ。

同時に、敵艦隊に迎撃されないように妨害も行った。

 

「長官!蚊が飛んでいませんか?」

 

手をパチンとやって首席参謀が尋ねる。蚊ぐらいは入ってしまうだろうと思った長官は側にいた部下に換気をさせ、殺虫スプレーを噴射させた。

 

その頃、張長官の部下たちはすでにミサイルの発射やレーダーを照射されたことを確認していた。それ以前に、防衛艦隊の行動など小型偵察機によって全部バレていた。

妨害など全く意味がなかったのである。効果は焼け石に水未満であった。焼け石ではなく、野原に水を垂れ流しているようなものだ。

だが、ミサイルを撃たれてはたまらない。部下たちは、大慌てで報告を行った。

 

「長官!偵察機からの映像に我が方に忍び寄る駆逐艦を見つけました。その位置、南緯2度、西経65度、高度500メートル! また、ミサイルの発射準備をしております」

 

敵艦見ユの報告を受けて張はグラスを突き上げて喜んだ。なぜ飲酒をしているのかはわからないが、多分褒められたのだろうと思った部下たちは歓声を上げた。

 

「フハハハハ! そうでなくてはな。敵さんも面白いことをする。気づかないとでも思っているのかハハハ……総員戦闘配置につけ。敵のお遊びに引っ掛から無いように機関砲とレーザー砲の準備もしておけ。後は重イオン砲で片付けろ。それとレールガンの砲塔の取り替えを急げ」

 

矢継ぎ早に命令が飛ぶ。馬鹿と言われる彼だが命令だけは早い。尤も、だからこそ猪と言われるのだが。

 

その時、自分たちの行動がバレているとは気づいていないミシェル艦隊は低空にとどまっていた。すでに一撃目を発して二撃目の準備にかかっていたのだ。彼らの希望を背負ってきたミサイルが護衛艦隊に着弾しようとしていた。

 

だが、発射よりかなり前に予測されていたミサイルなど見せかけにすらならない。

 

「ミサイル接近、迎撃せよ」

 

「第1レーザー砲照射!」

 

「第1、第2機関砲準備完了!」

 

と部下たちは一切焦ることなく行動していく。絶対に喰らわない兵器なんてものは怖くないのだろう。

 

次々と照射されるレーザーに捕らえられたミサイルは接近する前にあっさり破壊され、やっと近づいたミサイルも弾んだ声と共に発射された機銃弾に引き裂かれた。

この完璧な迎撃に無残にもミサイルは全て破壊されてしまったのである。

あっさり攻撃を跳ね除けてしまったので、更に士気が上がった。

防衛艦隊が攻撃しようがしまいが士気が上がってしまうのだ。

敵軍の鋭気をそごうとミシェル少将は思っていた。それゆえのミサイル攻撃であったのだが----なんと皮肉なことだろうか。

 

「いいぞいいぞ。全艦真下を向いて重イオン砲発射!」

 

張長官はいつまでも喜んでいるだけの男ではない。あっという間に命令が飛ぶ。

 

ミサイルが爆散したことで空が一点だけ黒く染まったので、

----やった、命中した

と船員らは思い、喜びを噛み締めていた。

張長官の命令の元、重イオン砲が発射されたのは、悲壮感漂っていた艦内は歓喜に包まれ、ミシェル艦隊の面々が山も震えるぐらいの歓声を上げたその時だった。

上空から何筋もの光線が放たれミサイル装填中の艦艇に命中したのだ。

知覚した瞬間にはもう到着している。そんな代物を避けるなど不可能だ。そのため、弾着は極めて正確であり、一発も狂うことなく弾薬庫に突き刺さった。弾薬庫の多数被弾によって起こった爆発により殆どの艦艇が海の藻屑と化した。



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残存艦隊の奮戦

「倒したはず」の艦隊からの攻撃で僚艦の多くを喪失したミシェル艦隊の面々は口をあんぐりとさせていた。直撃を与えたのに、最新鋭艦ですら撃沈は愚か戦闘能力を奪うことすらできないだなんて。そんなしんとした暗い司令室に息を切らした下士官兵が駆け込んで来た。

 

「レーダーには写っていなかった。これは敵の電波妨害を受けているのでしょう」

 

情報参謀が淡々という。だが、その表情は冷や汗に包まれている。

 

「だとしたら凄い精度だ……できればそうでないと嬉しいが……そう甘くはないだろうね」

 

少将が言葉に詰まりながら言う。正直少将は情報参謀の言ったことが正しいとは思った。だが、それを本能が否定したがっている。

 

「ミシェル少将!我が方の被害は、我が方の被害は……7隻沈没。残るは我が艦ムルト、二番艦セブール・ニオルテーズ、三番艦アルノンのみです。とても、とても敵いそうにありません! 」

 

血が滲むぐらい彼は拳を握りしめていた。もちろん、他の者も同じだ。本来なら海の藻屑になってるのは奴らなのだ、ミサイルが直撃し爆発した。なのに、なのに状況は正反対なのだ。もうここまでくると諦めを通り越しているものしかいなかった。もしかしたら考える暇すらなかったかも知れない。本能的に絶望を覚えているのだろう。彼らの表情からは生気が抜けていた。

 

「そうか、もう3隻しか残ってないか」

 

少将は冷静さを取り戻そうと必死になりながら言う。

 

「は、はい……残念ながら」

 

「そうか……駄目だったか。ならば、済まないが皆に覚悟を決めてもらわねばならなくなった。勝手で悪いが私に命を預けてくれ」

 

返せる見込みなんてない。それは百も承知だった。決意を固めた少将は参謀たちに目配せをした。それを察したのか微笑を見せて彼らは大きく頷いた。艦が高度と速度を上げ始める。他の艦も釣られたかのように着いて行く。そして、三隻が出せるだけのスピードで敵艦に突撃していった。ミサイルがいくつも発射される。突如としてミサイルが未だ被害なしの護衛艦隊に猛進したのだ。全員が手を握って当たれ当たれと念じている。だが、その表情は決して明るくはない。ここに来てやっともうダメなのだと言うことを彼らは呑み込めたのだろう。今の負け振りが祖国バース星の運命にも見え暗い顔を余計に暗くしたのであった。

 

その時、突然艦内に耳が潰れるような轟音が響いた。彼らは驚いて外を見た。すると一隻か二隻かの見慣れない艦艇が手持ち花火のように燃えながら大海に吸い込まれて行くのが見えたのだ。一瞬おかしい、さっき効かなかったのに--そう思いはしたが現実なのだと悟ると一人残らず歓声をあげて上官も部下も涙を流して抱き合った。

 

「張司令長官!あの、その……駆逐艦金城と楽浪が大破し航行能力を喪失しました。即沈ではありませんが……し、沈んでいきます」

 

まさかの報告に上機嫌で顔をピンク色に染めていた司令長官の顔は真っ赤に変貌し持っていたグラスを床に叩きつけて怒鳴った。

 

「なんだと? なぜ見張りを怠っていた!レーダーを見ていないとはどこのボンクラだ! 俺はレーダーは見とけと命令したはずだ!」

 

今にも襲いかかってきそうなさも餓えた虎のような張延に恐れを為して皆後ずさりをした。

 

怯えている彼らを見て張は、

 

「どうした? 何をビビってやがる。奴らの提督は劣勢を諸共せず突っ込んできた。勇敢だ。俺は勇敢な奴は大好きだ。だから俺たちも奴らの勇敢さを見習って正々堂々戦うべきだと思う。命令する全艦敵艦隊に右舷を向け迎撃せよ。一歩も引くな。さっき戦列に加わった工作船は大破した二隻の航行能力を直しに行け」

 

と言った。とりあえず各員は気を取り直して作業を開始した。張が何か威勢良く話したので彼らの気分も解消され弾んだ気分で作業をしている。そのためか作業は早くに終わり、忽ちに全艦は配置につき、重イオン砲を斉射した。

 

「迎え撃って来たか。レールガンの発射準備はできたか?」

 

「はい。いつでも」

 

「あとは艦長の判断次第だ……個艦の一つ一つの細かい行動でどれだけ傷をつけられるかが変わる」

 

少将から勝利だとか言う景気のいい言葉はもう出てこない。彼は各艦長に薄い望みをかけるしかなかった。彼の望んだ通りに各艦長はすぐに発射命令を出した。ミシェル艦隊が負けじと撃ち返した砲弾は駆逐艦南鄭に直撃し中破させた。張の艦隊の砲撃はミシェル艦隊の見事な未来予測に基づいた操船技術のせいかほとんどあたらなかった。張艦隊の砲撃はやはり練習艦艇のためかワンパターンで兵器そのものの精度以外は酷いようだった。しかし、それでも新鋭駆逐艦の方がか弱いのだ。そのため小さな損傷が積み重なり死者は増え火災も起こり始めた。

 

「駆逐艦隴西小破!1型工作船44号中破!」

 

「なかなかやるな。では狩りをするように敵を一点に追い込んで砲撃せよ。油断するなよ? 」

 

張少将麾下の駆逐艦は上下に散らばり中央に向かって順々と砲撃した。これはさすがに避けることは困難でありミシェルやその部下は本格的に死を覚悟した。

 

「もうダメか……皆よく頑張った。……銃後の民よ永遠なれ!」

 

周囲の者も故郷のことを思い泣くものすらいた。口々に良くやったと唱えて泣きながら笑顔を浮かべた。

 

その時、張艦隊より発せられたミサイルがミシェル中将の乗艦に一直線に向かってきた。距離はあったがすぐに来る。もう迎撃装備は殆ど壊されこの数だと迎撃の余地はない。多くのものが目を瞑って黙り込んだ。すると、突然何かが目の前を遮った。その何かにはこう書いてあった

 

『DDH43-2』

 

「こ、これは!?セブール・ニオルテーズの番号だ……あっ! いかん避けるように指示しろ!」

 

ミシェルは声を振り絞って脂汗を流しながら言ったがもう遅かった。不意に目の前が光り、もうそれは目に前になかった。ただ残骸と死骸が眼下に消えていくのみだったという。

 

「彼女の死を無駄にするな! 押せ!」

 

全ての艦はよろよろと突っ込んでいった。

 

「死に損ないめ!」

 

張艦隊の砲手の罵声と共に放たれる砲は三番艦「アルノン」の弾薬庫を2度も3度も貫き、「アルノン」は呻き声を上げながら消えていった

 

「この艦が沈むのも時間の問題か……ならば!」

 

少将は通信参謀に言って本国バース星の連邦艦隊司令部(FF)につながせた。ジャンプ機関を通信機に接続して無理やり通信内容が亜空間を行って、超光速通信ができるようにした。しかし、これによってワープは不可能になってしまうし、エネルギーなども多く失うから戦闘にも支障が出る。

少し経って、モニターに客船の一等室をいくつも持ってきたほどに広い一室が映る。連邦艦隊旗艦の戦艦「テュレンヌ」の作戦会議室である。

 

「はい、こちら連邦艦隊司令部です」

 

連邦艦隊首席参謀のヴィクトル・エドガー大佐が対応する。気の弱そうな顔の男だ。何故彼が対応するのかと思ったが、パッと見てもわかるがどうも室内はガラガラだからのようだ。

 

「惑星ヴェルン防衛艦隊司令長官アレクサンドル・ミシェルだ。マティアス・ベロン連邦艦隊(FF)司令長官をお呼びいただけないだろうか」

 

「ベロン長官は現在急務で不在です。申し訳ありません。代わりに総参謀長のクリストフ・ランベーヌが対応致しますがよろしいでしょうか?」

 

「ああ、頼んだ」

 

すぐに総参謀長のランベーヌ少将が出てくる。太い唇とキリッとした眉を持った体格の非常に良い男がやや低い声で、

 

「ミシェル少将、どうされた。先程、敵艦隊がヴェルンの領域を侵したと言うがもしや……」

 

と言った。国境の防衛に気を使っているのかかなり感心があるようである。少将も話がわかりそうな男で良かったと安堵した。

 

「それが、敵艦隊は我が基地に攻撃を開始、我が防衛艦隊は雲の下、比較的有利な状況で戦うも、全く太刀打ちできず全滅。虎の子の新鋭駆逐艦10隻を出すも、電波妨害をあっさり許し、壊滅。我が艦以外は全て沈められました。基地も壊滅し陸軍や陸戦隊は一人残らず……」

 

「と、とても信じられん……では、貴官が見た敵艦の性能を教えていただきたい。今後の戦略に役立つかも知れん」

 

「はい、まず敵艦の装甲は非常に高く、戦艦の23センチ砲弾も耐えきりました。軽巡洋艦以下では傷すら付けられません。迎撃装備も豊富でミサイルや砲弾も多くが叩き落とされています。電子戦も優秀、戦術や乗員は未熟ですが、あくまで練習艦艇。主力ならば厳しいでしょう。攻撃力……これが恐ろしい。すでに荷電粒子砲を多数、駆逐艦に搭載できる程度まで発展しており、その速度は光の半分以上の速度が出ています。計器がおかしく正確にはわかりませんが。未来予測のおかげで回避はできますが半数は命中を免れません。ミサイルなどについては我が軍と大差ないようです」

 

「我が国より優に50年は進んでいるというのか……それが練習艦艇レベルか……。よし、すぐに撤退し、次の防衛艦隊にこのことを伝えると共に防衛線を再構築する、というのはどうだろうか?」

 

彼は聞かれてもいないのに今後の防衛艦隊の取るべき戦術についてアドバイスした。ミシェル少将はこれを聞いてもっと早くに仰いでいれば--と唸った。もう一隻しかいない中、逃げることは不可能。一隻というのは総参謀長が思っているよりも辛いのだ。

突然、艦内が音を立てて揺れた。直撃弾が出たらしい。艦が落ちて行く感覚がする。モニターに映っている総参謀長がフッと消えた。

 

「ど、どうしたのだ? 大丈夫か! 少将!」

 

突然通信が切れ、総参謀長は驚いた。だが、すぐに敵にやられたことともう助かる見込みはないだろうと言うことを確信することになる。

 

 

 

最後の一隻まで懸命に戦ったが、飽和攻撃には耐えられずついに旗艦は大破し海中に消え去った。張は深々と敬礼をし、部下に休むように言ってから便所に入った。

 

「張君、ちょっといいかね」

 

突然張の持っていた小型端末に副総統、皇甫羨から通信が入った。張は寛いでいたためびっくりしてあたふたしながら通信を受け取った。

 

「小官に何用ですか?」

 

大燕王国では少将だが帝国での階級は中佐であり、中央ともあまり関わりのない彼に副総統からの通信、何用かと思うのは当然だった。副総統皇甫羨はゆっくりと口を開いた。



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分析と反撃と

「ああ。君を大燕王国中将に昇格とする」

 

副総統から昇格を言い渡されて張は困惑した。王国軍少将から中将。たかが1階級昇格しかも帝国での階級でないなら副総統が言い渡すまでもないからだ。そのためつい、

 

「本題はそんなことではないでしょう?」

 

とこぼしてしまった。

 

「頭の悪い君でも気づいたか。そうだ、実は君の率いている艦隊は士官候補生の練習艦艇という扱いになっている」

 

「はあ?」

 

つい大きな声を出してしまった。人一倍声が大きい自分が大声を出したら乗員に怪しまれるかもしれない。大きい声を出してしまったのは頭の悪いと言われたことが4割、中将なのに士官候補生扱いという驚きが6割だった。大きな声を出してしまったから、いかん! と思ったが、聴こえてないことを確認して少し安心した。

 

「君はいつも声が大きいから誰も駆けつけんよ。とりあえずそういうことで、君は士官候補生で、誤ってそちらの領域付近までに迷い込んでしまっただけで、攻撃されたから反撃したということになっている。念のため叱られることになってるから覚悟しておくんだ。ちなみに叱って下さるのはあの孔斌軍曹だ。又、君はその基地を占領しようとしているらしいが、中止したまえ。工作員によるとその星系にロクな戦力はないみたいだが、君がやってしまうと意図を読まれかねない。武装漁船を3000隻派遣する、一時的な占領はそれらに任せる。これらは君と私と総統だけの秘密だ、いいね?」

 

「はい」

 

「あと、次に攻撃してほしいのはのは奴らがテラフォーミング中のx44星系に所属する惑星ジューンだ。幾千の艦艇があるから楽しみにしておけ。他は漁船にやらせるから寄り道はするな。あと、私以外からの通信は何があっても絶対に受け取るな。艦隊司令長官は張延のまま、一応君は士官候補生の高雲ということになってるからよろしく。では、くれぐれも他人に話さないように」

 

もともとこう言った法的なというかなんというか計略は得意ではないのだがなと重たいため息をついて彼は便所を後にした。

 

戦艦「テュレンヌ」艦上に一機のヘリコプターが降り立った。そこから、勲章を多く胸につけている将官らしい男が降りると、副官を連れて艦内の長官室に向かった。そう、マティアス・ベロン大将である。

 

「長官殿、海軍省の方はどうでしたか?」

 

総参謀長がそっと尋ねる。

 

「手応えなしだ。連合艦隊設立は難しいかも知れん」

 

「しかしそれでは……」

 

「連邦艦隊の再編成だけでもそれなりの戦力にはなる、ただより難しい博打になるだろうね」

 

「そうなりますか……やはり、一航艦と二艦隊、三艦隊、七航艦中心での作戦行動も考えておく必要がありますな。では、軍令部の方へ行って参ります」

 

「ああ、漸減邀撃作戦を取ってもらえるようにひたすら目標に向かって邁進してくれ」

 

二人は別れ、ベロン長官は長官室にさっさと入った。海軍省との不毛に終わった対談を思い出し、頭が痛くなる。しつこく軍拡を主張していた海軍省が一挙に弱腰になり、条件付降伏どころか無条件降伏も視野に入れて大統領や議会にそれを促そうとしているとは、思いもしなかった。

 

ドアを三回ノックする音が聞こえる。三回のノックでエドガー大佐だとわかった長官は、

 

「おお、入っていいぞ」

 

と適当に言って大佐を迎えた。

 

「長官!大事な大事な報告なんです。そんな適当な応対では困りますよ……」

 

大佐がボソッと言った。こう言う時だけ地獄耳のベロン長官、すかさず

 

「そうか、ごめん」

 

と頭を下げる。大佐はちょっと面食らったようになったが、気をとりなおしてファイルの中から書類を一枚取り出して言った。

 

「司令長官殿、惑星ヴェルンのアッシリア基地が陥落しました!」

 

「何だと!?幾ら何でも早すぎる!」

 

旧式の敵艦隊に対し、星団艦隊と言えど戦艦や巡洋艦を含んでいた。数でも優っていた、勝てるとは思っていなかったがこうも早くに負けると思わなかった。

 

「しかし……事実です。現に惑星防衛艦隊司令長官のミシェル少将から全滅の報せが入っています」

 

早すぎる基地の陥落にベロン長官は誰よりも危機感を覚えた。

 

「それで、アッバス星団はどうしたのだ?」

 

手が出せない現在、漸減邀撃に最適なアッバス星団がそれまで残ってくれるかはアッバス星団軍にあるのだ。絶対に聞かねばならないことである。報告してきたエドガー大佐は喜び勇んで言った。

 

「はっ、アッバス星団大本営は5個の小規模艦隊を派遣。総勢320隻で現在惑星キャベラに到達、アッシリア基地まであと200光秒のようです。あと4時間程度で基地に到着すると」

 

「ダメだ。やめさせろ。300隻では勝てるだろうが、そんな数で勝っても無意味どころか損失にしかならない」

 

ベロン長官の反応に大佐は眉を顰め疑問をこぼした。

 

「長官、勝てるのならどこに問題があるのでしょう」

 

長官はこいつ、まだ若いななどと密かに思いながら、少々厳しい語調で答えた。

 

「敵を侮るな。その報告書が正しいとするなら、戦艦すら駆逐艦にいいようにされてしまったということになるだろう、だが、敵は少なく兵の質も劣悪、だが、アッバス星団海軍は柔軟性に欠ける。もしここで、300やそこらで勝ってしまえば敵を侮り、以後も同等の兵力しか割かんことになるだろう。それでは逐次投入になり、気づいた頃にはかなり被害を被っているだろう。ここは数千隻で攻勢をかけるのが上策、そうすればそれだけでやっと勝てたと思うだろうし、千隻単位での行動をするはず、それぐらいなら戦力の逐次投入にはならん」

 

長官の回答に彼は少し納得したが納得したがために残念そうな顔をして、

 

「しかし各星団の艦隊は星団ごとの海軍軍令部や星団艦隊司令部、地方海軍局(海軍省の地方版のようなもの)に従います。政府軍から口出しはできません、残念ながら」

 

と言った。長官はもう何も言わなかった。ここでいくらああだこうだ言っても状況も体制も何ら変わらないのだ。だからこそ、自分の作戦を実行させるため、無条件降伏などは避けるために大統領府へと向かった。

 

惑星キャベラを越えて幾らか経つ頃、星団本星に通信を終えた五個艦隊は悠々と無人の宇宙を突き進んで行った。

 

「もっとスピードを上げろ! 一刻も早く暴漢どもを蹴散らすのだ!」

 

アッバス星団海軍第七艦隊戦闘指揮所で嬉々として命令を下しているのは第七艦隊司令長官かつこの五個艦隊の総指揮官でもあるジュスト・バルサ大将である。彼は今回の作戦の大勝利を確信し星団軍の威信を一刻も早く取り戻すべく勝ちを急いでいるのだ。戦艦24隻、重巡洋艦56隻、軽巡洋艦70隻、駆逐艦100隻、補助艦70隻の歴史上類を見ない艦隊を皆は誇らしげに眺めていた。



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両艦隊会する

その頃、張艦隊はやってきた漁船などを通じてミサイルなどの補給を終え惑星ジェーン まで一直線に進んでいっていた。

 

「張長官!前方1万二千キロに敵艦隊発見!戦艦を有するおよそ350隻!こちらに向かってきます!」

 

突如として入ったその報せに14隻(2隻は大破着底し引き上げ作業中)の駆逐艦が揺れるように各艦内は歓呼の声に包まれた。常人なら耳がダメになるぐらいに騒がしくなるのも彼らが勇猛果敢であるからに違いない。普通ならこれほどの艦隊が正面に現れれば如何にして此れを回避するかを考える。つまり、本来の作戦目標を優先するのだが、彼らは違う。彼らは味方が許す限りなら出来る限り敵艦隊と戦おうとする。目標も達成しようとはするが、敵艦隊への攻撃でない限りは二の次三の次になるのだ。

 

「そうか! 全砲門を開いてノロマどもに浴びせてやれ!」

 

この戦闘狂たちの親玉である張少将も負けないぐらいに喜び勇んで攻撃命令を出す。先んずれば人を制す、後るれば則ち人の制する所と為ると言えども無謀過ぎる。だが、それを気にしないどころか劣勢であればあるほど興奮するのだから周囲から「もう訳がわからない」と呆れ顔で言われるのである。今回なんて敵は20倍、興奮度は最高潮であり、砲術参謀達は小躍りしながら準備を始めたものだった。

勿論、この攻撃は星団艦隊にとっては全く予想できないことであった。彼らにとって戦闘においては1万二千キロとはとてつもない距離であり、攻撃は愚かその距離から敵艦隊を目視する術もレーダーで発見する術もない。しかし高速の半分以上のスピードで飛び出す彼の艦隊の重イオン砲にとっては距離1万二千キロなど小股で一歩歩く程度のものである。それらはあっという間に到達する。乗員がエネルギーを観測したころには彼らの目と鼻の先にあり、何も出来ずに駆逐艦11隻を喪失したのだった。

 

「駆逐艦11隻喪失、軽巡洋艦1隻中破だと……どういうことだ! レーダーにはなにも写っていないぞ!」

 

近辺の宇宙海賊を黙らせ、44と若年ながらも申し分ない経験と実力をもつ提督であるバルサ大将ですらこの状況は全く理解できず焦りと恐怖を感じていたのだ。彼は、いくら技術が進んでいても撃沈できない訳ではないし、この数なら余裕だと、被害は殆ど出ないと確信していたのだろう。それは顔の半分は平静を装っていても、もう半分は未だに心の中で何故こうなったのかと自問自答しているような表情になっていることからうかがえる。そこに大慌てで電話で美味い話があると言われた後のような表情をした若い士官が息を切らして入室し、大将に向かって話し始めた。

 

「報告します! 到達時間の差から計算すると奴らはここから12000キロ離れたところから……」

 

「なっ、なにっ! そんなに遠くからだと!?バカな!考えられん!」

 

大将の心臓がドクドクとなっている。認めたくはないのだが、そのような兵器が「絶対にない」とは言えないし、そもそも、魯国が自国と同等の兵器しか持っていないわけがないだろうと感じているのだ。

考えられないなどと言う判断も階級や軍内の地位が上がり様々な情報を耳にすることとなる彼にとっては、希望的観測でしかない。

そんなことはわかっているがいきなり気勢を削がれているのに我が国と敵国の隔絶した軍事力について考えるなんてしたくはなかった。願望に従って判断した方がずっと楽だ。

 

「いいえ、事実です。光学兵器や粒子砲ならあり得ます……」

 

中尉からの尤もな指摘が刺さる。確かに我が国でも作れる兵器だからあっておかしくはない。否、ないとおかしいだろう。だが、敵艦を撃沈出来るほどの威力を持たせて艦砲にし、それを駆逐艦にまで搭載できるわけない。彼は必死に言い聞かせた。

 

「フォ、フォーレ中尉!悪いがもう一度確認してきてくれ」

 

「了解しました!」

 

中尉が急いで出て行く。先程ーーーー突然味方艦艇が爆沈した時ーーーーポカンとしていた彼らは今や震えている。中尉の言ったことなど、信じ切ってはいなかったが、もしかしたらと考えると震えが止まらなかったのだ。だが、プライドの高い彼らはこれは武者震いだと自分に言い聞かせるという無意味な慰めをしていた。

 

「張司令長官!敵艦10隻程度の撃沈を確認!」

 

「よし、よくやったな! このまま前進して全部沈めてやれ! 皆殺しにしろ!」

 

1発目で11隻の撃沈と目には見えないが士気を挫くという大損害を与え、幸先良い張艦隊の士気は上がらないはずはなかった。本来なら射程を生かしてアウトレンジを取るところを彼らはひたすらに直進した。理解し難い--これを知った者はただそう思った。加速度から考えても星団艦隊が射程まで追いつく可能性は針の穴に象を通すよりも難しいだろう。アウトレンジを取れば無傷で一方的な勝利を得られる筈だ。だが、張少将もとい中将はそんなことをしたくはなかった。彼にとって、敵も撃ちあえる状況下で戦う事が美学なのである。一撃は射程外から加えても、絶対に敵にもチャンスを与えるのだ。それが、舐めているのかスリルを感じるためなのか騎士道的精神に基づく物なのかは定かではない。ただ、何十倍の数を持つ艦隊を押すその様子は首を傾げざるおえないものだったであろう。



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激しい砲撃戦

そもそも敵弾が到達してこないこともあってか張艦隊は凄まじい速度で接近し嫌という程砲撃を浴びせた。これは至極当然のことだが近づいているため多くが命中するのである。蕭々とした宇宙空間を重イオン砲が切り裂くと後続艦や僚艦などが次々と火を噴く。いくら駆逐艦の豆鉄砲でも永遠に耐えられる訳はなく脱落艦は後を絶たなかった。

 

「巡洋戦艦『ビスケーベイ』中破!重力調整装置使用不能!脱落!駆逐艦『シャラント』撃沈!」

 

先陣をきっていた巡洋戦艦の脱落に七艦隊の閣僚陣は全身から滝のように冷や汗を流す。巡洋戦艦だからといって一応は戦艦と名が付いている。戦艦が駆逐艦に沈められるというのは航空機の優位性やミサイル万能論が廃れて何百年と言う間殆ど無かったのだ。前に沈んだ「カルトー」は戦艦でも最早骨董品でガラクタのような戦艦でしかなかった。だが今回は本国所属の主力艦である。戦力では優っているし、喪失艦も20程度であるので、数だけなら深刻ではない。だが、士気は数値に出ている損害以上に打撃を受けていた。これでは敵の姿を見る前に壊滅しかねない。どうにかせねばと思ったバルサ大将は目の前の状況に窮した参謀達に相談することも助言を受けることもせずに命令を下した。

 

「ク、クソッ!こうなったら全戦艦から中性粒子ビーム砲を発射させよ」

 

中性粒子ビーム砲は戦艦のみわずかに備えている兵器である。ここぞという時に使う必殺兵器という扱いだが、戦艦に積める程度に加速器を小型化したのは良いが性能が下がったりエネルギーを異常に消費したり大気中では全く使い物にならないなど、大魯帝国などの先進国からはこの国の科学力の低さを物語るものにしか見えないというのが現実である。

 

「しかしエネルギーが……」

 

「構わない。今は敵艦隊の撃破が先だ。航行できる程度に残しておけばいい」

 

司令長官の強行によりビーム砲が放たれた。それは魯国軍の砲弾に嘲笑われながらおよそ1万キロ先の敵艦隊に向かっていった。彼らにとっては超兵器扱いの艦載用中性粒子ビーム砲も悠々と襲いかかって来る重イオン砲と比べたら酷く見劣りする。

これで粉砕できる!--そう息巻いていた彼等も既に意気消沈していた。閣僚達の足元には大きな水溜りが出来ている。敵艦隊が態々接近してくれていることなど誰も気にしてはいない。

 

「張司令長官殿!前方からビーム砲接近。ミサイルよりは圧倒的に速いが目視できるほどの速度です!」

 

報告できるほど遅いのか--張艦隊の面々の嘲笑を含んだ呟きで艦内は埋め尽くされる。中には豪快に笑っている者もいる。その喧しさも全く問題にならないほどの大声で張は命令した。

 

「そうか! ではつっこめ!」

 

「やってやれ!」

 

参謀の一人が参謀らしくもない乱暴な言い方で盛り上げる。誰も彼も敵の攻撃を全く問題にしていない。しかも普通は慎重になるところを張は一層喜んだだけであったのでその兵は不思議に思った。ポカンとする彼を張長官は見て言った。

 

「そんなに心配することはない。奴らの戦艦は至近距離でも餌だった。あいつらは切り札のつもりでも俺からしたら笑わせに来てるとしか思えない。どうせ当たるわけがない。俺が保証する。もし当たったら君の一番好きな酒を好きなだけ奢ってやる」

 

「いいえ閣下、酒は祝勝会までとっておきますよ。では」

 

「よし! 敵弾は命中しないから全艦全速力で衝角攻撃をするつもりで敵艦に突進しろ!」

 

「了解!」

 

張艦隊は野蛮と言うべきか勇敢と言うべきかバース星の新鋭艦も凌ぐ速度で突撃した。制御装置が悲鳴をあげるほどの加速度だ。そして、敵艦隊が点から米粒のように見え始めそこにいるということが実感できるようになっても怯むものは誰一人として居なかった。

 

「敵艦隊と我が第2遊撃隊との距離、1200キロ! 戦艦の最大射程に入りつつあり。尚、敵艦隊は減速しつつあり」

 

敵艦隊が接近している。一周回って冷静になっていたバルサ大将はそのことに気付き、ほくそ笑んだ。

 

「敵は接近戦をするつもりか……よし、まだ発砲させるな。第2遊撃隊は動きを止めて、他の隊は速度を下げつつ前後の距離を縮めよ。敵が全艦艇の射程に入り次第、砲撃を開始せよ」

 

この状況でまだ待てだと?--首席参謀と総参謀長が苦虫を潰したような顔になる。一刻も早く敵を排除したい、弱体化したいのにも関わらずのさばらせておくとはバカなのかと思ったのだ。だが、彼らに命令する権利はないし、先程の醜態が元々低かった信用を完全に0にしたため、長官に文句を言っても最早取り上げてくれないだろう。

信用は失うことは簡単でも取り戻すことは容易ではないのだ。なら余計なことはせずもう、この男に勝手にやらせておこうと参謀長らは思うのだった。



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必勝の網

「敵艦隊との距離1200キロ。敵最後尾との距離は2200キロ!あと800キロ程度で敵前方のレールガンの射程に入ります!」

 

情報参謀がニコニコしながら言う。皆、全くもって余裕である。普通、この戦力差ならば慌てて逃げ出すだろうが、そのような考えなど一片も無いようである。星団艦隊の遊撃隊にも、驚くどころか狂ったように砲撃をしている。

遊撃隊は旧式艦ばかりである。しかし、70万人の痩せ細った罪人でも数だけを見せ付ければ戦勝の材料にできるように、狼狽えて当然だ。

だが、彼らにはそのような概念は存在しないのだ。

このことによって、数の利を使うだけではいけないと星団艦隊の参謀達は気付くことになった。

そして、幾人かの参謀が遊撃隊の戦力低下を恐れて、遊撃隊司令官のロード少将に一時退避することを進言した。

ロード少将はこれを採用した。そのため、遊撃隊が反転、後退した。この後退によって一時的に攻撃の手が緩まった所で、敵駆逐艦らが突入し、遊撃隊と本隊の僅かな隙間に入り込み、安全だった本隊が又、危機に晒された。

 

「戦術眼も戦略眼もない経験不足が指揮を取っている筈です。数を前面に出せば勝てますよ。と言ったのは誰だ!?見事に遊撃隊は分断され、各個撃破されたではないか! もしかしたら経験以外は申し分ない天才なのではないか!」

 

バルサ大将が参謀らを怒鳴りつけた。

 

「最初から引きつけておけば良かった。確かに敵が思い通りに行動せねば成功しない賭けだっただろう。反対が出ることは覚悟していた。だが、遊撃隊含めこの戦域の全部隊の指揮権は私にある。にも関わらず、私を通さずに遊撃隊のロード司令官に提案したのは何故だ!?」

 

大将は更に追い詰める。怒鳴られた参謀達はただ俯いてチラチラと隣を見ることしかできなかった。司令長官やその場の指揮官(階級が最も高い者)に断らずに隊や戦隊の司令や司令官が行動することはよくあったし、成功さえすれば咎められることはなかった。そのため極端にできの悪い者が指揮を執っていても上手く行くことがよくあった。もし、ロード司令官が勝手な行動をしただけなら問題はなかった。だが、艦隊の参謀が勝手に麾下の部隊や戦隊に提案をするということについては前例がない。だからバルサ大将は彼らを問い詰めたし、彼らは何も言い返せずにいたのだ。

 

「何も言えないか? ならいい、敵がこのまま突撃して来たら例えその時遊撃隊を失っていても勝てる。一先ず遊撃隊司令官ロード少将に打電せよ『敵情に変化アリ、反転、追撃ノ要アリ』と。彼がこの電文通りに動けば挟撃になる」

 

「は……はい」

 

通信参謀が震えた手で打電すると、息つく暇もなく入電が来た。

 

「第1遊撃隊より入電、『我敵艦隊ヲ追撃セリ』」

 

「よし、良くやった」

 

再反転した遊撃隊がジリジリと距離を詰めて行く。ただし、敵が一斉反転すると困るので極めてゆっくりとまるで忍足の如き運動をしていた。

 

「いいぞいいぞ。もっと近づけ! 1キロ近づくごとにどんどんニヤケて来るぜ! 」

 

口を引き裂けそうなくらいに開けて張は大笑いした。更に後方から部隊クラスの敵と聞き、「逃がした魚が戻って来たか」と言って更に喜んだ。本来なら誰かが冷静になるように諌める者だが、周りはこれを油断ともうるさいともとらず悪ノリしてはしゃぐだけであった。

 

「少将はずっとニヤケているではありませんか!」

 

兵曹長の一人が馴れ馴れしく冗談を言った。人によっては、無礼だと激怒して、殴り飛ばしそうだが、彼は不快に思うどころかやや笑った。 

このように、一事が万事この調子で彼はよく部下と同じ部屋で寝たり部下と一緒に清掃したりしていた。一部の将官らは威厳がないと批判するが、下の人間からは偉そうに踏ん反り返っていないことからか概ね好評だ。彼は兵曹長の戯れを気に入ったのか頭の中で再生した。すると彼は首を傾げて、

 

「ん? 俺は中じょ……」

 

つい言いかけてしまったのだ。言っちゃいかんと言われたことを思い出して途中で止め、咄嗟に誤魔化すために大げさな咳払いをし、首をカクッと元に戻した。どうやらバレてないらしいと思った彼は安堵して話を続けた。

 

「ああ、常に危険に身を置いているからな」

 

と中将は胸を手で叩いて言った。これを聞いて兵曹長は、

 

「貴方に死なれては困ります。今後は止めてくださいね」

 

と懇願するようなポーズをとりつつも、おどけた口調で言った。

 

「断る。平穏に身を置いているとストレスで死んでしまうからな」

 

と言って大笑いした。このように彼は大抵笑っている。しかし、こいついつも笑ってるなというような目を向ける者はいない。これが彼らの中での「普通」なのである。

 

いい歳した男二人が下らない話をしているうちに艦隊はかなり接近していた。観測兵はついに敵射程に入ったと告げると脂汗をダラダラと流し始めた。操縦手も驚いて進軍の手を緩めてしまった。数を見ているだけなら、危害を及ぼさないことが分かっているなら、怖くはないが、これが今にでも攻撃してくると思うと気後れしてしまう。だが、そんなのも一瞬だ。これだけの敵と撃ち合うのだということで妙な高揚感が生まれ、これまでにない歓声が起こる。

 

「おい何をしている。戦の必勝法はただ一つ、全速前進だ! 手を緩めるな! 突進しろ!」

 

「少将が言うならその通りだ! 突撃するぞ!」

 

少将もとい中将の訳の分からない助言によって、彼らの士気は不思議に上がり、同時に加速度をさっきまでより上げた。

 

「バルサ大将!敵軍が急接近し先陣との距離180キロとなりました」

 

「よし……全艦砲撃開始!」

 

各砲塔が一斉に火を噴く。さも魔法のような砲弾は一直線に敵艦隊に突入する。だが敵も決して弱くなく、用意も怠っていない。レーザー砲が次々と砲弾を捉え、表面を焼き、軌道を変えて行く。こうなれば偏差射撃も意味がない。だが、数で圧倒的に勝る以上、全て躱されるわけではない。レーザー砲に捉えられなかった砲弾が次々と着弾した。

 

「命中弾15!敵駆逐艦一隻離脱!」

 

「案外当たらんな……砲撃を続けよ」

 

大破し、離脱する駆逐艦を見て大喜びする下級士官やホッと一息つく参謀達を尻目に大将は敵の迎撃能力の高さ、防備も駆逐艦なのにまるで重巡洋艦並であることに危機感を覚える。敵の勇猛果敢さにも驚かされる。蛮勇を振るうことしかできないのだと参謀達はすっかり余裕だが、彼にはその蛮勇こそが恐ろしい者だと感じられた。

 

「敵、前方80キロ!」

 

大将はふと敵の蛮勇に感謝した。これだけ近ければ網にかけるのも容易だろう。三次元戦闘では紡錘陣で突破など荒唐無稽なことはできない、包囲すれば勝ち。いや、包囲できる体制になれば勝ちだ。

 

「よし!円柱陣をとれ。密集しろ!」

 

バルサ大将はまるで勝利が決まった時のような顔をした。本当に負ることなどコンマ1%も頭にないのだろう。彼はこの陣を敷くことができるかどうかが勝負だと思っていた。この陣は敵軍の一点をつく時に使うのが普通だが、横への攻撃力は高いし、密集しているため敵は真横をずっと打たれる。移動も容易で突破されてもすぐに作り直せるため包囲に持ってこいなのだ。海戦だと縦陣に似ている。

 

「よし、最深層、第二層、第三層の艦艇に告ぐ、敵魯国艦隊に怒りを込めて砲弾を発射せよ! 」

 

大将の砲撃続行の命令に各艦の士気は天を衝き砲という砲が張艦隊に向けられた。



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厳重なる包囲

包囲した艦艇らは同士討ちが起こらないように、また敵艦隊との相対速度が0になるように調整していた。だが、機械にも絶対はない。そのため、情勢を見極めるものが必要だった。本来なら偵察機を上手く使うところだが、偵察機は本国にある最新鋭偵察機G-2タラニスを除いて艦載しなければ大気圏を突破できない。その上、今回は偵察機が用意できなかったので、現時点では航空機によるそれは不可能であった。そのため、艦艇に頼る必要があった。

 

「敵砲弾の直撃見られず。デブリによる被害なし。敵艦隊の速度未だ変わらず」

 

重力制御装置が破壊され高速航行できず、包囲に参加出来ない巡洋戦艦ビスケー・ベイは遠くに離れて装置の修理をしていた。偵察用にしても支障がないためこの艦に白羽の矢が立った。修理は完了したが先ほどの理由から全体の様子を見る艦が欲しいという要請により艦隊を細部まで見て頼まれたことを報告している。

 

「了解、今後も特に敵艦隊の速度に気を付けて報告するように」

 

艦隊の微調整の必要がないと分かるとすぐに砲撃を再開した。無数の砲弾は、太陽の光を反射したダイヤモンドのペンダントを見つけたダツのように一直線に向かってくる。敵弾は多くが命中し、被弾した艦という艦は表面を月面のようにして、大きく傾いていく。

 

「張提督、ここは敵の包囲を突破する必要があります。特に下部からくる砲撃による艦底の損傷は大きくかなり危険です」

 

「分かっている。だから、必勝の命令をお前たちに与えるぞ!」

 

張は鼻息交じりに言い放った。部下たちは映画のクライマックスシーンを見る観客のように彼にグッと顔を寄せた。大体こういう時に言うことは一緒なのだが、彼らは単に忘れているだけなのか分からないがいつも興味津々な様子である。

 

「もっとスピードを上げろ! エネルギーを目標惑星を制圧できる程度に残るくらいまで使え! そして真正面に突進だ!」

 

部下たちは手を叩いて見事だと唸った。低俗な小説での主人公崇拝と全く同じような感じだ。正直言って、他の提督や士官が見たら、こいつらバカなのかと思うところだが、残念ながらそんな考えのできる頭を持った人間はここにはいないのである。昇進した時のように喜び勇んで加速度の調整をして馬鹿正直に突撃していった。

 

「ん? どういうつもりだ! あいつらは・・・全艦速度を合わせろ!」

 

敵艦隊の異常なまでの猪突猛進に驚きつつも、臨機応変かつ柔軟な、ある意味行き当たりばったりな采配により相対速度はすぐに縮まり、猪たちは捕獲網を抜けられないのではないかと思われた。

 

その時、速度、方向の調整をミスした工作艦一隻が包囲している艦にぶつかり、双方とも木っ端微塵になった。デブリが撒き散らされ艦隊は乱れ包囲も砲撃も滞った。繊細な行動を必要とする近距離での包囲だからである。

 

「こ、こ、こんなバカなことがあってたまるか!」

 

物語のような展開にバルサ大将の身体は氷のように冷たくなった。他のものも同様である。ひたすら突撃などという戦術もクソもない素人兵法に緻密な準備と現場での見事な対応による賜物があっさり潰されたのだから。

だが、まだ大将は諦めたわけではなかった。




今回は時間がなかったので短いです。すみません。

ここでちょこっと兵器の説明

・G-2タラニス
バース連邦で唯一単騎で大気圏を突破できる偵察機。乗員は4人、武装は空対空ミサイル四発と13ミリ機銃二挺と7ミリレーザー砲。

・巡洋戦艦ビスケーベイ
旧式原子力巡洋戦艦。装甲は複合装甲255ミリ。兵装は20.3センチ連装レールガン四基、130ミリ単装速射砲二基、20ミリ機関砲八基、20ミリ単装レーザー砲12基、艦対空ミサイル50発、対艦ミサイル30発、対潜ミサイル16発、10連装対潜迫撃砲二基。艦載機は偵察機3機。
全長は800m以上。


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再戦

「ま、まずデブリを除去せよ。その後、敵艦隊に速度を合わせ渦陣を組め。味方に被弾しないように配置せよ」

 

各艦は戸惑いつつも工作艦でデブリを片付け竜巻のような陣を組み始めた。しかし、この一瞬の隙間を彼らが見逃さないわけがなかった。猛スピードで隙間に突進したのだ。艦ごとのコンピュータは慌てて速度を合わせようとしたが相対速度が大きすぎたためすでに目標は遥か彼方に去って行っていた。しかも、

 

「抜ける前にお礼をしておけ!」

 

と張が命令したので逃げる艦から砲撃を喰らい、巡洋艦など数隻が撃沈破され、まさかの大損害を出してしまった。

 

「クソっ! 全艦後退だ!」

 

竜巻が崩れ、単調な方陣になり惑星キャベラの方まで引いた。後ろに引いたのも張艦隊が方向の設定を間違えて前方へと飛び去ってしまったからだ。追撃してもいいのかも知れないが、飽くまでも敵を迎撃せんが為に派遣された艦隊であり、国境付近に近づけば、敵の警備艦隊や制圧された惑星の惑星防衛艦隊が瞬時に駆けつける可能性も大きく、危険であるとされていた。安全策を取ったのだがこの様子を皆は絶望にも近い感情で見ていた。警備艦隊が付いて来る可能性は位置的にないだろうし、惑星守備隊も任務的にこちらが迎撃する側であるので出て来ることはないだろう。だが、惑星守備隊の存在があるということは先程の前方には実質敵の占領下にある惑星が存在しているということである。つまり、一旦、一等惑星(星間国家連盟によって惑星ごとに等級がつけられている。一等惑星は人類が生存可能で寿命が長く、資源や自然が豊富である惑星)の方に戻るということは補給ができるからだ。だが、この心配は杞憂に終わった。張が意図的に後ろに引くなどするわけもなく燃料備蓄の十分であることを確認すると簡単な修理だけで反転、前進したからだ。

 

「敵艦隊寄港セズ」の報せを聞いて皆は安堵した。これで敵の弾薬や砲のエネルギーはすぐ尽きるだろうと誰もが勝った気になっていた。

その時である。突如として前方の重巡洋艦が大きく揺れたのは。

 

「重巡洋艦ニーム被弾!損害軽微!敵艦隊は28000キロ前方より発砲しているとのこと」

 

すかさず通信員が早口で報告する。2万キロなんて荷電粒子砲にしたら寝返りをうつかうたないか程度だということを大将らは実感した。また、それなのにアウトレンジをしてこなかった敵に対してこんな使い方をする奴らなんか怖くはないと馬鹿のするものも多くいた。

 

「もっとスピードを上げて後退せよ」

 

敵を罵倒することに興じているものが多い中、大将は一方的に攻撃を食らうことは危険であり、敵の発砲が少ないうちに寄港すべきと考え、全艦艇に加速度の上昇を命じた。参謀達は安全策で宜しいと満足げであったが中には「バルサはビビリだ」と非難するものもいた。

艦内の騒つきが収まったころ、通信士が

 

「惑星ケルム航空隊より入電!『敵艦隊ハ現在貴艦隊ノ43万キロ先後方ニアリ。但シ一隻ノミ前方に突出シツツアリ』とのことです」

 

どうやら軽巡洋艦か駆逐艦かに偵察機を載せたようである。G-2なんて上等な者は送られてこないからそうだろう。海軍省の編制なんていい加減なものだと思いつつも大将は冤罪が晴れたかのように安堵した。敵が遠距離のため撤退だけでなく、侵攻への対策が予定よりもじゅうぶんに取れるからだ。

目標の惑星まであと2、3万キロ。大将には到着の時がとてもとても待ち遠しかった。




今回も短くてすみません。次回こそは……次回こそは……


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反撃開始

あれからどれほど経っただろうか。ついに艦隊は目標の惑星ジェーンに着陸した。乗員たちは久々に天然の空気を吸ったためか魚が水を得たように生き生きとしている。その中、大将はこの赤道上を軌道している多数の衛星があるのだと思い、虚空をまじまじと見つめていた。敵艦隊が読み通りのスピードで動いてくれたらこの衛星が役立つ。大将はまず陸戦隊だけに命を下した。

 

「ここは多数の敵弾による被害を受けるだろう。よって民間に被害が出ないように開拓団を撤収させよ。宇宙船が足りない場合は旧式駆逐艦に乗せて、我が星団の主星、アローまで送るんだ」

 

続いて他のものには応急処置可能な部分の修理や弾薬の補給をさせた。この乗員たちの必死の作業により萎れた野草のようだった彼女らは出港時のように勇ましさを取り戻した。誰がどう見ても負けはありえないというほどの見事な整備だった。

 

「閣下、このような作戦を取るならば星団艦隊に断っておくべきだと思いますが」

 

腕を組んで暇そうにしている大将を見かねて一人の参謀が具申した。

 

「ああ、そのつもりさ。だが一応統合参謀本部にも連絡しておこう。アレから許可を貰っておけば陸軍による追及は受けなくて済むだろう」

 

大将は当然のことのように言い返す。だが、現在の統合参謀本部総長は陸軍派で、陸軍と海軍とは不和。つまり海軍に都合の良いことなどするはずがない。普通に考えてもそんなことは無意味だ。そのため、参謀は頭がおかしいのかコイツという目を向けて、

 

「はい、すぐに通信員に準備をさせます」

 

と呆れた様子で言った。

 

「こちら対魯防衛艦隊司令長官ジュスト・バルサです。急遽、作戦変更をせり」

 

大将は自身の作戦について淡々と報告した。すると報告も終わらぬうちに統合参謀長が露骨に不愉快そうな声で意義を唱えた。

 

「駄目だ。10倍もいるなら普通は負けない。いくらお前のような無能者でも勝てる。そのために人工衛星を破壊するなど馬鹿げている」

 

「ですが、敵の技術力は……」

 

大将が大戦犯のシモン少将や無念にも散ったミシェル少将を思い浮かべつつ敵の強大さについて論じようとした時だった。

 

「貴様の言い訳など聞かん! 兎に角中止しろ! できないなら貴様を私の権限で更迭するぞ!」

 

異常なまでの怒声が大将の耳を貫く。だが大将も負けてはいない。許可も貰えず、寧ろここまで怒鳴り散らされたならばもうどうにでもなれと思った大将は、同時に統合参謀長の脅し同然の指示に鬱勃とした怒りが湧き上がり、滅多にない大声を上げた。

 

「何だと!?ロクに前線に出たこともない癖に! できるものならやってみろこの大馬鹿者!」

 

統合参謀長は怒ってヒステリックになって言い返してきたが、大将は無視し星団艦隊司令長官に連絡をし、許可を貰うと作戦を遂行した。それと同時に海軍ごときに謗られ怒りの反論も肩透かしを喰らい、怒りに怒った統合参謀長は黄色いスイッチを弄ると、港湾施設の管理者と声を潜めて話し始めた。

 

開拓団の撤収、艦船の整備が終わった頃、張の駆逐艦隊は大将より妨害の任務を受けていた各惑星の航空隊や防衛艦隊を殲滅し惑星キャベラの目と鼻の先まで迫っていた。もちろん、彼らの選んだ突入先は赤道上にあるこの惑星唯一の湾内施設である。ここを叩けば敵艦隊も惑星も手に入るのだ。だが、張が突進してくることはお見通しであり大艦隊は衛星と張の到達を待ち望んで空中に布陣し、砲火を浴びせんとしていた。目標の到達を彼らはクリスマスイブを待ち望む子供のような気持ちで待っていた。

 

「敵艦隊の砲撃に備えて煙幕を出せ。また、ミサイルに備えて機関砲の発射準備をせよ」

 

大将のいつも以上に自信に満ちた声が伝わり、高度の上昇を止め、戦闘準備を開始した時である。人工衛星なんぞ放っておけと言わんばかりにその間を通って進軍する張艦隊と共に人工衛星群が目前に現れた。

砲手達がこれを見逃さないわけがなかった。原子力艦は一斉にレールガンを旧式駆逐艦は通常砲弾を人工衛星にぶつけた。当たらない弾などほとんどなく、次々と人工衛星は金属の破片に豹変した。砲弾からバトンを受けた残骸は高速を極め、デブリの波は魯国駆逐艦を侵食し、弾薬庫が誘爆して黒焦げになったり、気圧差で外に吸い出されてデブリに体を切り割かれたり、重力制御装置などが壊滅し兵員が潰れてしまったりと魯国艦隊のクルー達はは先程の戦勝とは真反対の阿鼻叫喚の地獄に呑まれた。

 

「クソッ! やられた!」

 

勇ましく、猛虎と言われる張も最早年老いた虎同然であり、前進も攻撃も満足にできなかった。クルーの命を優先せねばと思った張は報告任務を受けていたこともあり、副総統に劣勢を伝えた。直ぐに副総統から撤退命令が下り、張艦隊は二隻にまで数を減じて、後ろに引くこととなった。自身の不注意と慢心のせいで負けたことで張は帰投しても血が滲んでも下唇を噛み続けていたという。

 

彼らの悲劇はこれだけでなかった。停泊中のビスケー・ベイと生き残った航空隊や防衛艦隊に帰投中を狙われ、さらに僚艦一隻を失ったのだ。結局生き残ったのはドック入りしていた2隻と張の乗艦のみだった。

 

「みんなよくやった! 今回の戦勝は諸君らの日々の鍛錬の賜物だ。だが、驕ってはいけない。驕れば何れああなる。これからも日々精進してくれることを期待する」

 

大将が軽く挨拶を終えると将卒たちは緊張を解き子供のように喜んで自分たちを、そして勇敢に戦った敵兵を讃えた。彼らの歓喜の声は東西千里を越えてまでも響き渡った。

 

「さて、工作艦は自動操縦にしてデブリと地上の瓦礫を掃除してくれ。乗員は残りの艦に乗って、アローに帰ろう。直接戦勝報告をするぞ」

 

直接報告する、みんなすぐ帰れるという二点は兵たちにとっては前者は粋として後者は本能的に大きかった。みんな

 

「バルサ大将バンザイ」

 

だの

 

「やった!帰れるぞ」

 

だのさっきまで大将を批判していた参謀達までもワイワイ騒ぎながら惑星キャベラを後にした。残りの燃料を全部使ってしまうほどの速度を出して。

 

 




だが2000文字。開戦の原因を作った癖に降伏し生き長らえた本国ではシモン少将は戦犯扱いです。


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首都へ

快速で走る船団はあっという間に惑星アローを臨んだ。陸地は光をもって歓迎し大海がこちらを優しく見守っている。何故か停泊している見覚えがなくもない宇宙船などを横切って傷付いた艦隊は何条もの光が飛び交う首都セパノイアのセパノイア湾に入港した。着込んでいる夏服が物寂しく感じる。隊員は白い息を吐きながら時差ボケ……いや、季節ボケを堪能した。美しい港都市がはっきり見える。大凡治安が悪いとは嘘のような景色だ。

 

彼らがこの母港に入ると戦友たちが拍手と歓声で迎えてくれた。ここだけは温かくて気持ちがいいなと大将は思った。大将の行く先には多くの勲章をつけた小柄な老人が立っていた。この老人がこの星団の海軍の司令長官である。

 

「ヴァンサン司令長官殿、第七艦隊から第十一艦隊まで全て帰還しました。損害は先程報告した通り、艦艇23隻撃沈、3隻大破、4隻中破、36隻小破です。戦果は駆逐艦13隻撃沈、工作艦8隻撃沈です」

 

「ウン。よくやってくれた。星団艦隊の誇りだ……本当に良くやってくれたよ……はあ……」

 

司令長官はなぜか素直に喜んでいない様子だった。彼はなにかがおかしいと思い、好奇心のあまり、

 

「何かあるのですか」

 

と尋ねた。すると長官は後ろめたそうな表情をして声のトーンを下げて、

 

「それが……統合参謀長が君の作戦を拒絶しただろう?あの後君の作戦が成功したからあれも少しは慚愧すると思ったのだがねえ……あれときたら余計に腹を立てて君を軍法会議にかけてやると息巻いていてね……兎に角君を悪者にしようとヘイトスピーチを繰り返している。雑誌やら新聞を嗾しかけてね。暫く、病気だと言って出ないほうがいい。その間に私が上手くやっておこう」

 

大将は一言一言を消化して今の状況を飲み込んだ。だが、彼には彼なりの信条があるし長官に頼るのも情けないし何より迷惑だろうという考えもあった。そのため、

 

「いいえ、私は逃げも隠れもしません。疚しいことは何一つありませんから。胸を張ってやりますよ」

 

と精一杯の笑顔と笑い声で返した。だが、付き合いの長い長官には気遣いであり作り笑いでしかないことは分かっていた。しかし何と無くこれ以上言ったら困らせてしまうと思った長官は何も言わずに小さく頷いただけだった。

 

 

「さてと……もうお客さんがきてるな……まだ夜も明けてないのに……」

 

私はは窓の外を見て呟く。そこには電灯の下で冷たく光る二台の公用車が止まっていた。夜中に呼び出すなんて悪辣だなと心で嘲笑いながらゆっくりと基地の道路へと向かった。

 

「ジュスト・バルサ大将殿。お待ちしておりました」

 

黒服に身を包んだ男が乗れといわんばかりにドアを開け、手を車内に向ける。私は彼が怪しい人間でないかじっと見たが軍の階級章を見つけたので安心して乗り込んだ。

 

「君、ここを通るのか?」

 

「ええ、そうですよ。毎日こうです」

 

二人が見る先では大勢の人がボードやメガホンを持って怒声をあげていた。その数は何万では済まないほどである。言うまでもなく車の通れるところなど全くないのだ。これが毎日と言うのだから驚かない者はいまい。そう大将は思ったが運転手とボディーガード一人は平然としている。それを見て大将は少し機嫌を悪くした。

 

接近するごとに騒音が耳をつつく。彼らが「やめろ」だとか「出せ」とか言っていることは二人とも分かっていた。ただ大将だけはずっとモヤモヤとした気持ちであった。もしかしたら軍法会議に呼ばれたことと関係するかも知れないと思ったからである。その気持ちは群衆に近づく程大きくなっていった。

 

その時、突然車体が揺れた。急停止したのだ。その前には目を釣り上げ顔をトマトのように赤くした者たちがゾンビのように車にまとわりついてきていた。また引き寄せられるように人が近づきクラクションを鳴らしている内に完全に包囲されてしまったのだ。

 

「これはどういうことだ? ……もういい!歩いて行く! 中尉! 行くぞ」

 

そう言って大将は不自然に平然とした運転手を怪しく思いこれ以上人が来ないうちに出ようとした。彼らは軍人だ。力では民間人に負けるわけがない。力尽くでドアを開けて外に脱出した。だが、甘かった。すでに何千という人が取り巻いていて先に進むのは高波に逆らって泳ぐのも同然であり非常に難儀しているようだった。前に集中するとさっきと違って悲鳴と銃声が聞こえた。逃げようとするものが波に飲まれて倒れ、踏み潰されて行く。その様子は指揮系統が麻痺して烏合の集となった軍隊に見えた。それが凄まじすぎたため大将は前以外への集中を失っていた。

 

その時である、大将の横に鋭い目を持った何者かがゆらりと近づいたのである。

 

「うん? ああっ! 何をするっ!」

 

それはあまりにも突然のことだった。横からいきなり女が抱きついて来たのだ。彼の腹のあたりをグリグリと押して、「人殺し! 」と叫びながら。

 

「離れろ! 」

 

大将は焦って女を力づくで引き離した。何故か腹のあたりに違和感があると彼は思ってそこをじっと見た。妙に赤黒い。軍服がどんどん濡れて行く。色を見ると白い壁に赤いペンキをぶちまけたかのようになっていた。突如、腹のあたりが痛んだ。色に痛みに、最早、これが血であることを理解するのに大した時間を要さなかった。

 

「ああっ! 痛い! 助けてくれ! 中尉!」

 

あまりの痛さのため奇声を発することもなくただ「痛い」としか言えなかった。不思議に口角が釣り上がる。これが死ぬということなのかと大将は一瞬思ったが、ここで死んでは意味がないと思い、大将は何度も何度もフォーレ中尉を呼んだ。だがその声は虚しくメガホンから発射される罵声とと銃の轟音に掻き消された。この中で中尉を見つけるのは国立公園に一匹のアリを放って、翌日その一匹を見つけるようなものであり、どこを見ても中尉は見つからなかった。それどころか太い棒を持った男が人を押しのけて迫っているのが見えた。彼は逃げようと必死にもがくが上手くいかない。頭が熱くなる。血がダラダラと流れ力がどんどん無くなっていく。嫌な予感がして咄嗟に彼は後ろを見た。連続殺人犯のような目をした男が棒を勢いよく彼に振り下ろしていた。そこで彼の意識は途絶えた。

 

それから2日後の明け方、

 

「中尉!中尉!」

 

大将はトビウオのように跳ね起きた。辺りを見回すと真っ白な部屋、立て付けのいい窓、小さいテレビや棚、どう考えても病室だった。我に帰った大将は非常識な大声をあげたことを恥じて顔を赤らめた。

 

「大将閣下、フォーレはここにあります」

 

真横の粗末な椅子に中尉は座っていた。冬なのに顔がふやけるのではないかというほど汗をかいている。中尉の持っているハンケチはぐっしょり濡れていた。

 

「ああ良かった……」

 

「閣下、しばらく安静にしていて下さい。今はじきではございません」

 

大将はふと窓を見た。窓の外は空も地上も真っ黒だった。




暫く戦闘はありません。胸糞展開に突入するかも知れません。


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その後

“なぜか”突然、デモ隊が暴動を起こしたためバルサ大将は襲われ、軍法会議は先送りとなった。そのため予定を繰り上げて予算会議が行われることになった。統合参謀長フォンテーヌが進行を星団艦隊司令長官ヴァンサン、空軍最高司令官ミュレー、陸軍最高司令官グーチィなどが参加した。突然の繰り上げだったが遅刻するものもおらず会議は予定時間より余裕をもって始めることができた。

 

「これより統合予算会議を始める。まず、海軍から意見を提出せよ」

 

ヴァンサン大将は用意された資料の中でも一際分厚いものを持って自信満々に話し始めた。

 

「まず、そちらの資料に目を通されたい。この前の敵艦隊16隻との戦闘の際の各艦種での損害とこちらの与えた損害ですが、敵駆逐艦の装甲は我が駆逐艦の7サンチレールガンを全く寄せ付けず、巡洋艦の8又は15サンチレールガンで工作艦を撃沈、数十発で駆逐艦を撃破できる程度。戦艦や巡洋戦艦の20或いは23サンチ砲だと数発で大打撃を与えることができます。ミサイルに関しては当たれば大破させることができますが敵のレーザー照射の精度は高く費用対効果は最悪です」

 

室内は静まり返った。ただ水を飲む音だけが聞こえるのみだった。資料を読み進めて行けば行くほど水の量が減って行く。特に陸軍側は顕著だった。

 

「しかし通常の戦艦は燃費が悪く、足手まといになります。しかし駆逐艦以下の艦船はそもそも戦力になりません。よってここは巡洋艦、巡洋戦艦に予算を集中すべきです。よって戦艦の開発・造船予算250兆パーツ全てと駆逐艦の予算の内50兆パーツ、合わせて300兆パーツをそれぞれに半分づつ配分し陸軍の戦車開発予算のうち50兆パーツを電探開発にミサイル予算のうち100兆パーツを衛星砲と小型加速器の開発予算に回し、陸軍の破壊光線開発を停止し空軍にその予算を回すべきです」

 

彼が座るとまだ尻の青い空軍最高司令官ミュレーは微笑んで彼にサムズアップをし、逆に陸軍最高司令官は眉を釣り上げた。

 

「では、異論のある者は挙手せよ」

 

参謀長はやや溜息交じりに言った。瞬きする間も立たないうちにグーチィは手を挙げた。これにミュレーは脊髄反射的に反応するな老いぼれというような目を向け、グーチィもこの最高司令官の若さを嘲笑うような目で返した。

これまでの僅かなやりとりだけで軍内での対立の酷さを物語るには充分すぎるものだったであろう。

 

 

一隻の傷ついた駆逐艦が一等惑星穎陵の宇宙港に着いた。中から慌ただしく軍服を着た男が走り出る。大きな口、角ばった輪郭、鋭い目付き……そう、本来は大燕王国バース星団連邦攻略艦隊(BF)(非公開)の第四艦隊司令長官を務めることになっている張延王国軍中将である。

 

「副総統閣下自らお越しになるとは……」

 

副総統ともあれば権威は皇族を除けば帝国第2位である。それが七大諸侯国で最も田舎である大燕王国に足を運ぶなど本来はない。それが張の報告を待ちわびているという。そこまで重視されては、少しでも曖昧だったり間違った報告はできない。張は先ほどまでも経験を忘れまいと必死で暗唱した。




もうすぐ多数対多数の戦いになります!


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報告

「あの艦は修理されるのか……いや、もう解体されるのだろうか」

 

先程まで寝食を共にし、命を預かってもらっていた駆逐艦「渤海」も旧式に加え大破では如何に資金に余裕のある我が軍でも修理なぞ考えないだろう。それはそれで少し寂しい。それだけでなく死んでいった乗員のことも寂しく思っていた。悲しみだけではないのだ。先程死んだのは数千人程度、我が軍からすれば吹けば飛ぶような砂塵同然、その損害など大富豪が財布から100帝国銭(大体250円くらい)抜かれたぐらいのもの、すぐに忘れ去られ……いや、話題にすらならない。そう思うと何か寂しかった。

彼を乗せたシャトルが宇宙基地に近づくとバース連邦軍の基地と防備が全く違うことに気付かされた。今でこそ条約で禁止されているが、過去によく使用されていた隕石兵器対策のための大口径の衛生砲だけでなく、ありとあらゆる防御がなされていた。

 

「あっ! あいつは……」

 

基地内部に入った彼は長い廊下の先に知っている顔を見つけて衝動的に言った。目がいい彼はそれが本当に知り合いなのかも確認せずに駆け寄った。

 

「やっぱり! 文威!文威!俺だ!」

 

「張少将!ご無事で!」

 

二人は互いに走り寄って、抱き合い、語り合った。

 

「少将……たった16隻の旧式艦で蛮族の地へご出撃なされた時はどうなるかと心配いたしました」

 

「え? 知ってたの!」

 

敵を騙すならまず味方からみたいな言葉があったはずだ、文威にバレてたら敵にも摑まれてるかも知れないと張は思い、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。久しぶりに慌てる張を見て彼は微笑んで、

 

「貴方の顔を忘れる訳がないでしょう。もう皆んな知ってますよ」

 

と言うと張は、

 

「ガバガバ過ぎないかそれ……今の海軍省、大丈夫なのか!?」

 

と言って考え込む。彼は1艦隊を指揮するようになる人間なのだ。指揮が出来る人間と見込まれている彼である、失敗とも言える人事に頭を抱えない訳がなかった。

 

「それはわかりません。あ、あと……」

 

「敬語じゃなくていいぞ。仕事じゃないんだから自然に話そうぜ」

 

「はい。実は私、一等大佐(准将、将官待遇、戦隊の司令官)から少将に昇格して、BF4の第8砲撃部隊司令官に抜擢されたんです!」

 

心の底から嬉しそうに言う彼に張は柄でもない暖かい目を向けつつ、ちょっと引っかかることについて聞いた。

 

「おう、良かったな。で、BFって何?」

 

「知らないんですか! BF4の司令長官はあなたですよ!」

 

「はあ?」

 

張は上から何も言われてないのにいきなり何処そこの司令長官だぞと言われ、頭がクラクラするぐらいに吃驚した。そのあまり、先程シャトルで貰った烏龍茶を盛大に吹き出してしまった。無理もない、出撃してから急なこと続きであっても「ハイそうですか」と言えるぐらいに慣れる訳がない。

 

「ああもう汚い!」

 

意外にも綺麗好きな彼が立派な口髭を曲げながらハンケチで張が噴き出した茶を拭く。

 

「すまん。まあそのことは副総統閣下に聞いてくる。そうだ、俺は孔斌さんの所に行かんといかんのだ」

 

「そうですか……閣下のことは一生忘れません」

 

「よせよ。手加減してくれるって」

 

彼の悪ふざけが、悪ふざけの癖にやたら演技力が高いがために張は少し心配になったが、それを振り払う意図も込めてそう言った。尤も、副総統からは正反対のことが伝えられているのだが。

 

「さてと……全く、皆知っているようならこうする必要もないだろうに」

 

張は孔斌が待つという一室の前でそうぼやく。猛虎と言われる彼ですらできればされたくないというほど孔斌の説教は厳しいのだ。彼は人間は殴られて育つと考えており、不正や態度が悪かったりすると利き手で殴った。ただし、彼は正義感に強く不正な暴力はしていない。しかし、彼の拳骨の痛さから多くの士官学校出身者は半殺しの孔斌と言って恐れている。

張はドアを4回ノックして中に入った。

 

「失礼します」

 

ドアの奥には全く怒っている様子のない孔斌がいた。このような不祥事があらば、五つの聖域を乗り越えて艦内に怒鳴り込んで来そうなものだが、それどころか少し嬉しそうな表情が垣間見えるため、張はホッとするというより気味が悪くなり、逃げ出したい気持ちが強まってしまったようである。

 

「高雲……いや、張延中将……こちらに」

 

孔斌の顔が崩れかけたばかりか士官候補生の高雲という設定すらいきなり捨ててしまった。張はもうどうにでもなれと思って、言われるがままに椅子に座った。

 

「それ言ってしまっていいのですか?」

 

「勿論。君に落ち度はないんだから殴るつもりも叱るつもりもないよ」

 

「ああ、はい」

 

「実は、暴力制裁反対運動が李武逵二等大佐や袁忠世一等大佐の辺り中心に広まっていたのだが、ついにそれが認められて暴力がいかなる場合でも禁止になったんだよ。来月かららしい。尤も儂は今年で退役だからあまり関係ないのだがな」

 

残念そうに笑いながら孔斌は言う。今年で50後半になる叩き上げの彼にとっては兵隊は殴って育つという精神の息の根が止められたことは残念だろう。過剰暴力、不正暴力を取り締まればいいだけで全面禁止はおかしいと言いたげだった。兵隊は殴らなくても指揮官に徳があれば付いて来るのかと言えばそうではない。今は、何千年前の古代戦ではないのだ。指揮官の徳や威厳でどうにかなるものではないし、小物だから人を殴るなんて妄言もいいところだ。小物なのは私情を挟んで殴る人間だけだ。現代戦では一人の小さなミスが全軍の崩壊につながる。体で教えこまないといけない人間にはそうするしかないだろう。

だが、別に彼は反対派に怒っているのではない。できれば暴力なしでやっていきたいのは分からないでもない。彼が怒っているのは不当に暴力を振るう者たちに対してだ。そんな下らない行動のせいで兵隊教育がガラッと変わり、腑抜けた兵隊が今後量産されるような状態にしたのだ。海軍以上に教育が重要性を持つ陸軍なぞ大変だろう。

 

「あの二人ですか……李は首席卒業、袁は一度停学経験ありだが次席卒業。エリート層がそう言ったなら仕方ないでしょう。ですが軍曹……」

 

「どうした?」

 

張はサッと孔斌に急接近し、

 

「私は副総統に叱られてこいと言われました。有名なあなたがこんな不祥事があっても殴らないと敵工作員が怪しみますし、副総統の命令を無視することになります。まだ禁止期間ではないはずですから、どうぞ」

 

と耳打ちすると立ち上がって歯を食いしばった。彼は何故か分からないが今なら殴られても平気な気がしたのだ。

 

「分かった。君が儂の最後の生徒になるだろうね……うーん、君のことは3日に一回は殴っていたのに、どうも覚束ないね……よし、歯を食いしばって!」

 

室内から、乾いた音が飛び出す。近くを通った者は驚いて音が聞こえた所を探している。

殴られた張は左頬を真っ赤に染めて突っ立っていた。

 

「大丈夫か!?」

 

「ええ、平気です」

 

孔斌の問いに張は表情を歪めながら答える。前は失神していたが、何とか耐えきった。

 

「立派になったな」

 

孔斌が表情を完全に崩した。今まで見たことがない、想像すらできなかった満面の笑みだ。張は何か感激して、

 

「ありがとうございます!」

 

といつも以上の大声で返した。

部屋を出た彼は、副総統の待つ総督室(諸侯国の実質的統治権は現役武官から任命された総督が持つ)に向かった。総督を他の部屋に追いやれるほどの権威を持つ人間と会う、電話と紙面のやりとりとは段違いの緊張感だ。

彼は重たい足取りで総督室をノックし、

 

「入れ」

 

と返されたことを落ち着いて確かめると中に入った、その様子はまるで他人と話したことも面接経験もないガリ勉のエリートが有名企業の面接に行く様子と重なる。

 

「張君、威力偵察お疲れ様。結構な戦果だった。本当良くやったな。では、敵軍の戦力の程を聞こうか」

 

結構軽く話しかけられ、張は今度は困惑せずリラックスし、予習通り答える。

 

「まずミサイルはこちらの駆逐艦を大破させましたが油断していなければ迎撃レーザーで落とせ、万が一破片や爆風が当たってもダメコンとシールドが働いて大破とは言わないでしょう。巡洋艦は中途半端でこちらの戦闘艦の数さえ揃えば敵ではないでしょうな。戦艦はなぜか巨体に比べて豆鉄砲で巡洋戦艦は燃費も良く脅威ですが戦艦はトロくいい的でしかありません。航空機は空母に積まないと大気圏を抜けられないばかりか性能も我が国の二世代ほど前というレベルです。陸軍は押収した書類からして珍兵器を量産していると言えます。レーダー(電探)は数千キロしかわからないレベルで原子力艦がやっとという感じです。ビーム砲を所有していましたが戦艦に一門付いている程度で速度も酷く遅く脅威ではありません」

 

報告を聞いて副総統は大げさなぐらい胸を撫で下ろした。

 

「そうか……プラズマ化の対策がないのだろう。思ったより酷い軍事力だな……陸軍の兵器には気を付けること、また豆鉄砲である理由も詳しく調べるように工作員に伝えておこう。いやー良かった」

 

素人の演技のように大げさな安堵を見せる彼に張は(聞けというフリだな! )と思いまたついつい

 

「なぜそんなに安心されるのですか?」

 

と尋ねてしまう。

 

「君でも気づいたか……実はな、ラバール共和王国が我が同盟国北越王国の休戦協定違反を理由に北軍全てに宣戦布告して、後援国のエーデルフルト帝国のみでなく2年前に我が国を裏切って独立した大梁帝国も加わり、敵はエーデフルト帝国の保有する12星域、その他南軍の2星域に加え大梁の7星域、合計21星域もあるのだ。しかも国力比は3対5と以前のように楽にはいかん。だからそちらに向ける兵力を削減したかったのだ」

 

副総統の言葉を聞いて張は嫌な予感がした。彼がこういう時は大体旧式艦しか与えてこない。要するにワンサイドゲームではないのだ。ワンサイドゲームでなければ戦術や戦略で負けるかもしれない上に、数も少なければ物量で押し潰されるかも知れない。今回の敗戦で彼は多少なりとも自信を失っていたのである。




張と文威(姓は黄)はホモではないのでご安心ください。


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進軍

「ところで張君、君は敵軍に捕虜を取られたり自分の正規の情報を一つでも見られたりしたかね?」

 

「大丈夫です。ですが、我が軍の者たちには知られているようです」

 

「構わん。工作員は確認されていないし、土人が我が軍の管理をすり抜けられる程賢いとは思えんしな。まあいい、これで安心して君を攻略艦隊の第四艦隊司令長官に留めておける。これで攻略艦隊は全4個艦隊に加え陸軍揚陸隊300隻つまり陸軍120万人になる。他の艦隊司令長官は君と同じ極東方面軍から三人出ている。第37艦隊の呉章鸞中将、第19艦隊の馬鎮武中将、第20艦隊の史威仁中将だ。陸軍司令官は劉無皓大将だ。失礼の無いようにな」

 

張は出来るだけ静かに聞いていたが呉や馬という名前が出たところでつい不満気な表情をしてしまった。慌てて隠そうとするが、副総統にはあっさりバレて案の定こう言われた。

 

「どうした不服か?」

 

もう正直に言うしかあるまいと思った張は、

 

「はい、不服です。呉提督は素行に難があり馬提督は立案に難があります」

 

と答えた。この張の言い分を副総統は吹き出しそうになりながら聞いていた。それもそうだ。突撃しかしない彼が立案を語るのは詐欺師が窃盗犯を糾弾するのも同じであるし素行が悪いということも張が言うとやはり冗談に聞こえてしまう。だがこんなことを彼に言えばこの関係にヒビが入るかも知れないし張が気を悪くすると思ったため、副総統は必死に堪えている。そこまで彼の心情を考えるのもまだ副総統は彼を気の置けない人間とまでは思っていなかったからこそだ。

 

「だが他に人材をまわすと北軍司令長官の凌元帥が困るだろう。ここは我慢してくれ。ほかに何かないか?なければ、艦隊の準備はしてあるから急ぎ出港してくれ。君の……おっと君達の赫赫たる戦果を期待する」

 

張は副総統に一礼をして退出すると港に赴き極東方面軍時代からの自らの乗艦、高速戦艦江寧に乗り込んだ。海軍艦艇4000隻と陸軍揚陸艦300隻は骨董品レベルである原子力艦や旧式化しつつある核融合炉艦のみだが堂々と港を立った。

 

こうしてすでに大魯帝国は本格的侵攻を始めたにも関わらずアッバス星団では未だ予算会議すら終わっていなかった。それもそのはず、海軍に猛反発した陸軍に今度は空軍が反発し、議長が制止すらできない、今にも殺し合いになりそうな空気になり、議事録が真っ黒になるほど泥沼の言い争いになっているからだ。陸軍と空軍がしのぎを削るのは、航宙要員としてもっとも活躍する海軍と違い活躍が限られる彼らは予算を取るためには必死でアピールをしなければならないからだ。争いは同じレベルのもの同士でしか起こらないとはまさにこのことだろう。誰もがそう思うほどであった。

 

アッバス星団主星、アローの首都セパノイアに昇る太陽が傾き始めた頃、大魯帝国バース星団連邦攻略艦隊は国境にワープした後、占領した資源惑星リシュに本部を置いた。

そこでは星団軍の2割の艦艇が屯ろす二等惑星ジェーンを如何に攻略するか、作戦会議が行われていた。

 




もうすぐ戦闘に突入します。


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惑星ジェーンの戦い

すでに日が傾き、ビル群を夕焼けが照らす中会議は未だに続いていた。

 

「私は戦車の予算を半分にし全てを空母運用に回すべきと思います。今の空母はお飾りです。艦載機の量産が必要かと」

 

空軍最高司令の発言にまた陸軍が反発した。

 

「空母はもう不要だと決着が付いている。空母など廃棄で十分だ。また破壊光線も必要だ。レーザー照射で戦艦の装甲を引き裂くことができる。こんな素晴らしい兵器はない! 今では100ミリの装甲を1分程度の照射で焼き尽くせる! 海軍との爆風防護膜(陸軍でのシールドの呼び方。破片や爆風を遮ることから)の共同開発は装置の省エネ化と小型化に協力してくれるなら賛成しよう」

 

二人の言い争いは続く。それもそのはず二人は主義主張も違うのだ。熱心な空母必要論者のミュレーの提案を不要論者の彼が認めるわけがない。だが、空母不要論が主流であるために空軍側は賛成を失っていき、ついに反論できなくなっていった。陸軍がこの場を制したのだ。

 

「よし、では、海軍の最初の要望のうち陸軍の予算削減と空軍の増強を除くものと陸軍兵器、破壊光線、冷凍光線、原子力戦車改の開発、空軍新型陸上機の開発、空軍新型艦載機の開発停止、陸軍新型戦車、120センチ要塞砲、対潜砲弾、人工竜巻、陸上戦艦の開発停止、原子力空母レマンの転売を決定する。各自このブラック企業顔負けの議事録を印刷しておいたから部署ごとに持ち帰るように」

 

やっと終わった。皆は溜息をはいてペットボトルと汗だらけの机を後にした。海軍司令長官とは彼らは挨拶したが空軍と陸軍のものは睨み合うだけでその場を去った。これにより非装甲航宙巡洋艦の開発が進み、シールド技術も向上の兆しが見られた。

 

会議終了から数日経った時、ついに燕王国の攻略部隊が動き出した。

馬鎮武を最高指揮官とした燕国艦隊は惑星キャベラの防衛隊、砲艦二隻、守備隊三万を壊滅させ、占領すると惑星ジェーンに殺到した。

ジェーンには政府軍から購入した星間級レーダーがある。それが機能していれば事前に察知できただろう。

だが、不幸なことに故障のため一機も使い物にならなかったためジェーン防衛艦隊は不利な状況での戦いを強いられることとなってしまったのだ。

 

燕国艦隊は付近の空域に集まると、次々に配置を決めていく。

馬中将が、

 

「張艦隊は敵艦艇の撃滅を呉艦隊は張艦隊の援護を、史艦隊は対地攻撃を我が艦隊はここで待機する以上!」

 

「いえ、対地攻撃は我が艦隊にお任せください。敵艦隊は猪に任せておけば十分です」

 

馬の命令を呉は真剣な顔をして断った。また彼に目をかけている馬はこの命令の変更をあっさり認めた。対地攻撃が認められると呉は薄く笑い、

 

「よし、対地攻撃を開始する。無差別爆撃をしろ。民間人も皆殺しにしろ! 開拓地の端から燃やし一人残らず炙り殺せ!」

 

その女のように美しい顔からは考えられない命令に張らはゾッとしたが、呉の艦隊の面々にとってはいつものことであり、むしろ人の死に様を多く見れると喜び勇んだ。

 

「ちょっと待て! 民間人を殺して何になる? 避難勧告を出すのが先だろうが!」

 

我慢できずに張は叫んだ。マイクが壊れそうなぐらいに怒鳴った。呉は軽蔑するような顔をして手で耳を塞ぎながら、

 

「黙れ、士気の向上につながる。物資は幾らでもあるんだ。貴様のような貧困階級出身の下賤な鳥頭に指図されたくないな……」

 

とだけ言って張の返答の途中で通信を切った。もちろん張は怒ったがぶつけようがなく、繋がっていないマイクに向かって宇宙空間でも聞こえるのではないかというほどの大声で怒りをぶちまけた。

 

「おい、呉!こんど同じようなことをしたら承知せんぞ!」

 

と言って切られているのだが通信を切る動作をした。この光景に慣れている部下たちもこの怒りようには縮み上がって終始しんとしていた。そうしている間にも地表は真っ赤に燃え盛っていった。聞こえないはずの民間人の悲鳴が聞こえるような凄惨さであった。

 

 

星間級レーダーに何も反応がなかったのに、突然攻撃を受けたジェーンの艦隊は混乱し、散り散りになっていた。群れからはぐれた羊が狼に喰われるが如く分散した艦隊は各個撃破されていった。

精鋭と言われた第9艦隊のみがまともに戦えていた。

こんな中でも、戦艦アントワーヌを旗艦とした第9艦隊はなんとか艦艇を集め、反撃に向かっていたののだ。とても勇敢な行動である。

しかし、そんなことは筒抜けであった。馬は面倒くさそうに張艦隊に攻撃命令を出すと、侍らせていた芸者と酒を酌み交わした。

そして、部下にもっと戦場から離れていくように命じ、大凡戦闘中とは思えないぐらいに寛いだ。

まるで年明けの休日のような寛ぎようである。

 

「クソッ! 総司令長官がこんな体たらくでやる気が出るか!?さっさと通信を受け取れ! この豚野郎!」

 

こればかりは張だけでなく張艦隊の者も皆怒り出した。自分は戦わないくせに他人には当然のように高圧的かつ一方的に命令を下すからだ。前線のものはたまったものではない。

第1、馬も前線に出るべきではないか。そうでないとただでさえ寡兵なのだから、技術差があっても余計な被害を負ってしまうではないか。

 

「閣下、前方1万メートルに敵艦隊発見! ジャン=バディスト級戦艦1隻、ラ・ヌール級巡洋戦艦19隻、パリ級重巡洋艦60隻、サンルイ級駆逐艦80隻、ポール級駆逐艦120隻、シャトー級駆逐艦70隻、type6砲艦450隻、級名不明の巡洋艦らしきもの100隻、type12フリゲート200隻、計1100隻です」

 

「我が艦隊より100隻多いか……うん、いいだろう! 縦陣を組んで全戦隊突撃!」

 

使い慣れた艦隊であるが為か駆逐艦隊の時よりも柔軟な移動ができる。

あっという間に目標に接近すると一斉に大量の至近弾を浴びせた。敵の対空レーザーも性能はまだまだで、1秒も照射しないと目標を無効化できない。

そんな発展途上国らしい中途半端なものであり飽和攻撃でジリジリと艦艇を減らされた。

数が減り出すと一隻に当てられる攻撃が多くなる。

そのため、艦艇はみるみる減り、あっという間に陣形は乱れてしまう。負けじと巧みな艦隊運動のもと、包囲する。

しかし、中途半端な包囲など張艦隊の攻撃力からしたら寧ろ餌でしかなく更に大損害を出してしまう。

 

「敵重巡洋艦隊壊滅、敵戦艦我が艦に砲撃してきます!」

 

「こっちは巡洋戦艦ではなく高速戦艦だ! 戦艦とも撃ちあえる! 敵戦艦部隊に中性粒子ビーム砲を叩きつけろ! 何か小細工があっても力でねじ伏せるまでだ! 」

 

「閣下がそう言うならできるはずだ! 万歳!」

 

またしても張艦隊は周りが軽蔑し兼ねないくらいに騒ぎだしていつもの如く突進を繰り返した。レールガンとビーム砲の行き交う様はまるでファンタジーの世界のようだった

 

 



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惑星ジェーン上空の死闘

戦艦「アントワーヌ」の放ったレールガンは対空レーザーにより焼かれ、大きく軌道を外し後方の駆逐艦を掠めて密雲の中に消えて行き、高速戦艦「江寧」の放った中世粒子ビーム砲は敵艦の放つ煙幕により威力を抑えられ有効打を与えられないでいた。

そんな中、ジェーン防衛艦隊司令長官のアンリ大将は敵に有効打を与え尚且つ味方の損害の少ない態勢をとるために副砲のみでなく機銃によるレーザー砲への攻撃と雲への突入を命じた。

無論、突然雲に『逃げ始めた』敵艦隊を張が放っておく訳もなく史艦隊に上空の警戒を任せて追撃を始めたのである。

 

見事有利な状況に持ち込んだアンリ大将はほくそ笑みながら、

 

「何という猪武者だ! 全く頭が回っておらんではないか!」

 

拳を振り上げて喜んだ。まるで勝利宣言のようである。

 

瞬く間に、双方の艦隊は雲を抜けた。雲の下、そこは滝であった。砲弾のような雨粒が船体を叩きつけた。こんな中では煙幕がなくともビーム砲はあっさり四散してしまうだろう。

 

「通用しないなら仕方ない! 敵に横っ腹を向けて副砲で蜂の巣にしてやれ!」

 

「江寧」が横を向くと丁度、敵艦隊の砲弾が到達した。それは上部構造物に命中し、シールドをぶち破った際に砕け散った。しかし、破片が飛び散り少なからず損害を与えたのだ。

 

「第1、第3スコープ喪失、第1レーダー喪失、9番レーザー砲喪失、コンピュータ室の職員1名打撲……小破というところです」

 

「なぜ迎撃できなかったのか 」

 

張が珍しく不安げに尋ねた。目線が定まっていない。

レーザー砲に問題があれば、戦闘にも航行にも支障をきたす可能性があるからである。

 

「豪雨につき……レーザー砲が無力化されてし待ったようです……」

 

「そうか……ならば俺の責任だ。死者が出なかっただけ良かった。救助班を向かわせてくれ」

 

張は顎に手を当てながら言った。そして、すぐに気を取り直して、

 

「あまり被害が出て、戦果が出ない場合は衝角攻撃も視野に入れて行動することにする。その時は覚悟してくれ」

 

「閣下、ご心配なく。あんな戦艦もどきに負ける道理はありません」

 

CICの熟練士官兵が戯けながら言う。この熟練士官の軽口により、またしても士気が上がった。

 

すると、「アントワーヌ」の放った主砲弾が「江寧」の主砲塔に牙を剥いた。荒波のように破片を散らして、主砲塔は天を衝くような炎を上げた。

 

「第1副砲塔喪失、1番から4番までの機関砲全て喪失。第1主砲塔中破。人的被害は23人死亡、68人負傷です」

 

尚も損害報告は続く。傷はいくら負っても、相手にどれだけ被害を与えたかはわからなかった。

だがこの大気中、しかも、とてつもない大雨である。レーザーによる迎撃も満足なシールドは使えなくなっていった。もちろん破片や爆風は取り除ける筈だが、被害は留まるところを知らなかった。

 

「格納している30センチレールガンを出せ! 」

 

全く芳しくない戦況に焦った張は、餓えた虎のような大声をあげて命令した。

甲板上にレールガンが現れ始める。

空気中であり、消耗が激しい。その上、換えの砲身も殆どないこのレールガンに期待するのは、賭け同然である。しかも、スコープの類を破壊されているこの艦。目の中に砂を詰めて戦っているような状況で命中など望めない。

しかし、それに賭けるほど彼らは焦っていた。張だけではない。

 

「30センチールガン用意!」

 

の声がまるで早口言葉である。誰もが焦っているのだ。船内ではダメージコントロール班が生命維持装置などの精密機械や上部の修理に向かい、衛生隊は主砲塔などに走り出している。誰もが一杯に汗をかいていた。

艦橋や戦闘指揮所の乗組員が急かす中、レールガンがその体躯のほとんどをさらけ出していた。しかし、それすらも満足に見えない。

 

だが、スコープの類が破壊されていない防衛艦隊は違う。はっきりではないが、見える。あまりにも巨大なレールガンに一度は皆震えたが、我にかえった大将から、

 

「あの主砲塔に砲撃を集中!」

 

との命令が飛ぶ。

即座に盲目の「江寧」に、それの何倍も命中率の高い「アントワーヌ」の主砲弾が飛びかかった。

だが「江寧」は生命線をやられるわけにはいかんと、見事に避けていった。老年のこの艦は悲鳴をあげながらも懸命に巨躯を廻す。

艦橋の兵士らはゼイゼイと苦しく息を吐きながら、艦を我が身のごとく操る。

避けているのだろうと感じ取った他の乗組員たちは次々に万歳を叫ぶ。艦橋要員に感謝する声も聞こえる。

だが、幸運や神業もいつまでも続かない。ただ一発の主砲弾が砲塔をどこかへと連れ去ってしまったのである。

 

「糞ったれが!」

 

張長官ら司令部の人間は机を殴って怒鳴り散らした。まるで自販機の奥の10円玉を指でついてしまい、取れなくなった時のような気分だ。

だが、張はどこまでも単純な人間である。すぐに立ち直って、

 

「もっと敵に近づけ!」

 

と命令した。

装甲厚は自身の砲の威力に耐えられる程度はある。副砲程度しか使えないこちらが大打撃を与えるには接近しかなかった。また自艦はすでに副砲とレーザー砲に供給するのが精一杯で迎撃もミサイルならまだしも砲弾はきつかった。

だが技術力には天と地ほどの差が魯国と星団軍にはある。こちらでこの体たらくなのだから向こうはもっと厳しいはずである。

という希望的観測に基づく戦術であった。完全に、追い詰められたものの悪あがきである。

 

「閣下、僭越ながら申し上げます。敵艦への対応ですが、まず旧式とはいえ我が軍ですらレーザー迎撃が難しくなっています、つまり敵はもっと対応が下手なはず。ですからここは思い切ってミサイルを使うのは如何でしょうか?」

 

張の後ろに街路樹のように突っ立ていた副官の雷于がそのことに気づいた。この時、初めて一部除いた多くの乗員は彼が搭乗していることに気が付いたのだ!

 

「たしかにいいかもしれん。よし、決まった! ミサイルであの忌々しい敵艦を撃砕せよ!」

 

張の命令はまるで鶴の一声であった。誰も反対せずに「これで勝ちだ!」と喜び合って発射してしまったのだ。無表情で面白みのない砲弾の中を潜るミサイルはもし我々の目に見えたら異質なものであったろう。実際に砲弾を裁くことで手一杯だった戦艦「アントワーヌ」はミサイルの迎撃ができなかった。精密部分に命中したミサイルは爆発し、出刃庖丁のような破片をまき散らした。シールドによってある程度は削がれたが破片と爆炎は精密部分に砲弾のそれよりも大きなダメージを与えたのである。尚もミサイルは非情にも襲いかかり、この巨艦は一瞬のうちに火だるまとなって、五千人近い亡骸を乗せて眼下に消え去った。

旗艦の撃沈によりもはやこの艦達をつなぐものはなかったようである。アリの行列に水をかけたように、隊列も何もかもが破壊される。

あらゆる艦艇は、次々と戦艦「アントワーヌ」の後を追っていった。彼らがふと眼下に目をやるとそこはこの大雨でも燃え上がっていた。それは見事に生き地獄を体現したと言えるであろう。

勝利の美酒もすっかりまずくなってしまうほどだった。

 



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衝撃

防衛艦隊が壊滅する頃には陸上部隊の姿も無くなっていた。守るものがなくなった惑星ジェーンは赤子の手を捻るかの如くあっさり占領されてしまった。その時の地表は、美しい絵画に黒い絵の具をぶちまけたかのようであったらしい。

ジェーンの陥落とその惨劇は東西千里に渡って伝えられた。特に衝撃を与えたのは無差別爆撃による民間人の大量死と戦闘区域から逃げ出した民間人の輸送船団が追撃され、一隻残らず撃沈されたばかりか、脱出したものも機銃によって殺されたということだった。老若男女関係なしに殺され被害人数は数十万人を数えるという。

防衛艦隊2000隻が撃滅され、その他測量船や工作船なども悉く撃沈されたことは大衆にとってどうでもよかったのであろう。いや、関心が薄い方が正解だろうか。所詮彼らにとって軍隊など他人である。

これを受けて星団軍は内地の防備の強化と敵拠点との隣接地帯からの避難の呼びかけを行った。これらのことは病室のバルサ大将にも伝えられた。

 

「閣下、損害は以上となっております……また防衛司令官のアンリ大将の死亡が確認されたようです」

 

その嘘のような大損害に大将の白髪混じりの髪の毛はもっと白く染められていった。冷静な艦隊運動に定評のあったアンリ大将の死も驚かせるものがあったが、何よりも無意味としか思えない民間人への攻撃が彼を驚かせ、また怒らせたのだろう。

 

「民間人を……相手は戦時国際法というものを知らないのか!?」

 

彼は語気を強めて机を殴った。いつもなら怒ると傷口が嫌という程痛むが、今は全く気にならなかったのか全く痛がる様子がない。その為中尉は彼の体を労って、怒らないように諌めた。しかしそんな中尉でさえ心の中では殺戮を行った誰かに親の仇のように殺意を抱いていた。軍人としてではなく国民としてである。

民間人の殺戮はそれだけの傷跡を残したのだ。

 

「それと閣下の軍法会議は明日行われるようです。ただし空軍は兼ねてから予定していた特殊訓練があるため不参加のようです。まあ、いつも通りいい加減です」

 

その中尉の言い方に星団軍への不信感が垣間見えた。だがそれは大将も含め多くの者が思っていることである。今頃になってもまだ星団軍は派閥によって足を引っ張っりあっているし、下のものは上に対して不信感を抱くなど団結力が絶望的なほどに欠けていた。大問題である。

しかも政府軍の高官の殆どはこれを見て見ぬ振りしていたのである。

 

大将の脳裏にもこのことが浮かんだ。尤も彼自身、このことはずっと問題にしていたのである。しかしそのせいで軍内でトラブルになったことやヴァンサン司令長官が庇ってくれたこと、その後の対立を思い出すと嫌な予感がした。そのせいで気分が悪くなったからか大将はさっさと考えることを辞めてしまった。

怒りのぶつけようがない嫌なことを考えると傷口は傷んでしまうものである。

痛みを流水に例えるならば怒りとはダムみたいなものだ。塞きとめるものがなくなったばかりか嫌な気分という大雨のようなものが加わると一たまりもない。

 

その後大将は中尉に休むように言って自分も枕元に置いてある愛妻からの手紙を読んで気分転換をした。また、他人事でない気がして、密かに家族の無事を祈った。手前の星間地図を眺めながら。

 

 

見事惑星ジェーンを落としたバース連邦攻略艦隊司令部は、勉強会を終わらせた後に各司令長官だけを呼び出した。

勉強会はジェーン占領における総括であったので、そこで言っても良いのではないか。そのように考えた者もいたが、馬長官からすれば勉強会で言うにはあまりにも不都合であった。

勉強会という場であるので、感情的な個人攻撃はできないのだ。彼としてはいけすかない者をいびり倒して鬱憤を晴らしたかったのである。これを勉強会でやったらことだ。

また、参謀長の騶無傷という男も邪魔であった。副官や呉長官のように腰巾着ではなく、史長官のようにパワーのない人間ではない。やたらに口うるさいのだ。まるで親や下級士官だった頃、散々叱ってきた中間管理職の佐官どものようである。まるで躾をされているようで興醒めしてしまう。

本国の人事局長にコネを作っておいたから、そのうちに更迭することが叶うだろうが、もしいびっていることが報告されたりしたら----考えるだけでも恐ろしい。

他にも陸軍の劉将軍は階級も年齢も上で邪魔くさいなど、色々な事情があった。

かくして張、呉、史の3長官が呼び出された。

3人が到着するまでの間、馬長官は鼻の下を伸ばして誰をどうやっていびってやるか考えていた。

 

やがて3人が列になって入る。そのうちの1人、張長官は強張った表情をしている。

 

「自覚はできているようだな。張君」

 

馬長官は鼻で嗤いながら言った。馬は張や他のものが話そうとするのを舌打ちしながら静止して言った。

 

「劣等文明の野蛮人の地方艦隊ごときに艦隊の12%を完全撃破されるとはなんたる事か! しかもその他の撃破が14%……全滅寸前ではないか!? 一体お前は何を考えているのだ。緑肌の痴呆提督にこれほどのやられるとは、猪なのは行動と頭だけのようだな。がっかりだ」

 

馬提督が饒舌に言う。嫌味と酒に酔った時、それと芸者の前では本当に良く喋るのだ。

張提督は戦果については反省していた。しかし、アンリ提督に対する誹謗中傷に関しては露骨に苛立つ表情を見せた。

するとその表情を見た呉提督が、

 

「私なら一隻も損なわずに勝つことができます」

 

と嫌味ったらしく言った。

 

「待て、呉提督。援護の役目を断った貴官が言えたことか?」

 

ずっと黙って目を瞑っていた史提督が怪訝な顔をして尋ねる。すると呉は顔を赤らめて黙り込んでしまった。

 

「史提督、今それは関係ない。黙りたまえ。で、張君。何か申し開きすることがあるかね?」

 

といって馬長官は張長官に嘲笑うように尋ねた。答えようが答えまいがそれをネタにまたいびる予定であった。何を言おうかと馬はニヤニヤしながら考えた。

 

「戦果については面目次第もありません。しかし、アンリ提督に対する誹謗は納得いきません。彼は天候をよく見て上手く我々を引き込みました。第1、死者を貶すことは仁義に反すると思います。撤回してください」

 

無言を貫くか答えに窮して怒鳴り散らすかのどちらかだと踏んでいた馬にとってこの回答は意外であった。

奇襲攻撃を受けたかのように驚いてウーンと考え込んだ。

 

「……わかった。もういい。今日はこれで解散とする」

 

反論することが面倒になった馬は歯の隙間から空気を吐いて、逃げ出すように出ていった。

 

 



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