異世界ハンター放浪記 (翠晶 秋)
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番外編 クリスマシア・ハンター

 

雪の降り積もるどこかの村。

その中心で…

 

「クリスマスだぁーっ!!」

「おぉーっ!!」

 

ソージとシャロは、騒いでいた!

クエストの途中でどこかの村にぶっ飛ばされてしまったソージとシャロは、行き着いた先がクリスマスイベントの真っ最中だったので、もうなんでもいいやと楽しむことにしたのである。

無論、この世界にクリスマスなどない。

が、この世界に無くたって、この村にはあるのだ!

【クリスマシア】と言われる、()()のイベントが!

この村では、毎年決まった日に神様に祈りを捧げる儀式があり、それをすると素行の良い者は【雪神様】が幸運を授けてくれるというイベントがある。

たまたま、ソージとシャロが飛ばされた日がそのクリスマシアの日。

 

「クエスト失敗ではあるけれど…。よかったね、ソージ」

「あぁ。俺の故郷にしかないと思ってた」

 

村の中心の木に飾りをつけ、それを囲んで飲めや歌えや大騒ぎ。

とっくに村の人に受け入れてもらえている二人は、素直に飲み、食べ、ソージは故郷の食の1つ、【餅】の作り方を教え、シャロは花火職人と一緒に特殊な花火を作った。

 

「なあ、シャロ」

「どうしたの、ソージ?」

「俺、楽しいよ」

 

普段の口調ではないソージの喋りに、これが素なのだろうとシャロは微笑む。

 

「良かったね、ソージ」

 

一歩踏み出したシャロは手を伸ばし、ソージの腕の中へ飛び込む。

当たり前のように受け止め、そして強く抱き締めたソージは、そのひょこりと突き出た頭を撫でる。

わーきゃーと村の女性陣が顔を赤くして声を上げるなか、シャロはもごもごとソージに訴える。

 

「寒い。もっと、強くして?」

「…まったく」

 

訴えを受けたソージは袋からマントを取りだし、シャロと一緒にくるまる。

もはや二人にはお互いしか見えていない。

二人は共にこうして過ごせる事を雪神様に強く感謝し、そして願った。

 

 

『『この幸せが、いつまでも続きますように』』

 

 

ふわふわと幸せオーラが二人から流れ、男性陣は胸を押さえ、女性陣は口元に手をあてて目を閉じた。

いきなりやって来たハンター二人に主役を奪われたことよりも、二人の幸せオーラをもっと見ていたいという気持ちが勝っているのだ。

 

「シャロ」

「ソージ」

 

 

「「いつまでも、離さない」」

 

 

同じ言葉を聴き、シャロは幸せそうにソージの胸に顔をうずめる。

同じ言葉を聴き、ソージは幸せそうに抱き締めた手にもっと力を込めた。

空を見上げた二人を歓迎するように、この騒動を知らない花火職人が奇跡的なタイミングで花火を打ち上げた。

ひゅるる、と空に舞い上がり、パアン、と大きな音を轟かせる花火。

シャロセレクトの花火玉は、この夜空に合った白く美しい華を咲かせた。

 

「シャロ」

「ソージ」

 

再び名前を呼び会う二人。

 

「来年も、また祝えるかな?」

「またモンスターにぶっとばされるのは勘弁だけどな」

「それなら、私たちだけで祝えばいい。誰も邪魔しない」

「名案だ」

 

何がどうして、この二人は巡り逢ってしまったのか。

それは、神すらも侵すことのできない、神すらも知ることのできない、不可侵領域の1つだった─────

 

 

「ソージ」

「シャロ」

「「一緒にいてくれて、ありがとう」」

 

 

 



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1話 あきらかに入り口が小さい

「あぁ!そこ避けろ!」

「えぇっ!?どこ?って、あぁ!」

 

とあるマンションのとある部屋、携帯ゲーム機を手に向かい合っている二人の男女がいた。

「またか…」と疲れた様子で目頭を押さえている少年、獅子狩 奏治(ししがり そうじ)が、天井を見上げて自分のミスをごまかしている少女、笹沖 凛(ささおき りん)に話しかける。

 

「上位ブラキの討伐、失敗したの何度目だ?」

「…うぅ。四度目です」

「いつも必ず三乙するの、誰だ?」

「…私です」

 

奏治はため息をつくと、傍らのメモ帳に目を落とし、そこに書かれた文に目をやる。

【キークエ一覧】と書かれた下に、おびただしい量の字が並んでいる。

二人は巷で人気のゲーム、モンスターハンターをプレイしている。

最初は順調だったのだが、途中で凛が「ブラキ装備はロマンだよ!」などと訳のわからない事を言い出し、仕方なく爆砕竜、ブラキディオスを狩りに行ったのだが…

 

「お前、近接向いてないぞ」

「しょうがないじゃん、初めてなんだもの!って言うか、奏治君だってよくそんなプレイできるよね!?始めたの、昨日でしょ?」

 

そう、奏治も凛も、超初心者。

なのに、上位まで解放している辺り、奏治の適応力とプレイヤースキルの高さがうかがえる。

 

「俺は別に、昨日徹夜して慣らしただけだし」

「だとしてもおかしいよ!なんでそんなに攻撃が上手いの!?」

「タイミング読むだけだって。伝えるの三度目、それで三乙する凛の方がおかしい」

「だってぇ、あんな巨体が空をぴょーんて跳ぶなんて誰も思わないでしょ?」

 

平和すぎる凛の脳内思考に、奏治は再度ため息をつく。そろそろ奏治の頭が熱くなってきた頃、異変は起きた。

 

「ほら、もっかい行くぞ…」

「う、うん…。あれ?奏治君、それ、何?」

「は?…って、なんじゃこりゃあ!?」

 

ゲーム機を掴もうとした腕がからぶったと思ったら、液晶に手が突っ込まれているではないか!

慌てて引き抜こうとするも、ゲーム機はくっついたまま、さらに腕を飲み込もうとする。

 

「おい、これどうなってんだよ!」

「わーすごい!液晶突き破られてないよ!」

「そこじゃねぇよ!引っ張られてる!抜くの手伝ってくれ!」

 

奏治の冗談では無いことがわかった凛は、慌てて奏治のゲーム機を掴み、奏治とは逆の方向に引っ張る。

 

「ダメ、びくともしない!」

「おいどうすんだよ!右腕無くなったら嫌だぞ!ってうわ!」

 

ついにはゲーム機は奏治の肩を飲み込んだ。

頬を引っ張られる感覚が、奏治をさらに不安にさせる。

 

「おっまっ!タッ、タスケテー!タスケんがっ!?」

「奏治くううん!」

 

頭がすっぽりとゲーム機に収まってしまった奏治は、手足をばたつかせることしかできない。

凛はもうどうすれば良いかわからず、とりあえず奏治の左腕を掴んだ。

そのままゲーム機に奏治の体ごと引っ張られ、ついに奏治も凛も、ゲーム機に収まってしまった。

その瞬間─────

 

 

 

 

世界から、【奏治】と【凛】が消えた。

 

 

 

 

 



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2話 行き着いた先は

「がはっ!」

「きゃっ」

 

奏治と凛は、なんの脈絡もなく草原に投げ出された。痛みで目が覚めた二人は、情況を確認する。

先に異変に気付いたのは凛の方だった。

 

「よっしゃあああ!右腕ある!」

「…ねぇ奏治君、これって…」

「あ?なんだ…って!」

 

余りの光景に奏治はフリーズする。

なんせそこは、さっきまでいた部屋とは違い、頬を撫でる爽やかな風、木の実を食べる首の長い動物────そう、そこは。奏治と凛が行き着いた先は!

 

「なんじゃこりゃあああ!?」

「一体なにが…」

 

──────平原だったのだから!──────

やけにリアルな風と、晴れきった視界に、奏治はこれが現実だと捉える。

そして、信じられないことに、この平原に見覚えがある事にも驚く。

 

「ねぇ奏治君。これってさ…」

「あぁ、これは確かに…」

「「モンスターハンターのフィールド」」

 

同じ答えが出た事に安堵すると同時に、これからどうなるのかという不安が二人を襲う。

とにかく気を紛らわせたい一心で、周りに注意を張る。それがいけなかったのかもしれない。

草むらから覗く、黄色い目と目が合ってしまったのである。

 

「ねぇ、奏治君」

「言うな。俺だって信じられない」

 

ガサガサと音を鳴らして草むらから出てきた黄色い目の持ち主。

緑の鱗と赤いトサカをつけた、大人一人と大して変わらない大きさの生物だ。

それだけなら奏治はまだ安心していただろう。鋭く剥かれた牙と牙の間から垂れるヨダレが無ければ。

 

「ねぇ、奏治君」

「言うな。俺だって信じられない」

「これってさ…私たち、やばくない?」

 

怯えが伝わったのか、大きな生物は舌舐めずりをしてこちらへ向かってくる。

やがて、奏治は一息つくと。

 

「言うなって言ってんだろぉぉぉぉ!!!」

 

凛の手を引き、全力で逃げ出した!

 

「キュルアアアアっ!!」

「うわぁぁぁぁぁあ!!」

 

明確な死の恐怖。

離れていても伝わる振動が、まだ逃げ切れていない事を知らせる。

 

「あっ!?」

 

不意に、右手で握った凛の手が、するりと抜けた。

 

「凛!?くっそ、このバカ!」 

 

どうやら転んだらしい。

その場で座り込んでしまう凛を背にかばい、追ってきた生物と対峙する。

やっぱりドスマッカオ───なんて事ばかりが頭をよぎり、この情況を打破するアイデアが何一つ思い浮かばない。

 

「奏治君、私の事はいいから逃げてよ!」

「なに悲劇のヒロインぶってんだこのヤロウ!さっさと立てよ!」

「ご、ごめん、足挫いちゃったみたい…」

「なんでそんなテンプレなミスするんだよ!」

 

合理的に考えるなら、一人で逃げたほうがいい。

ドスマッカオを怯ませ、さらに逃げるすべが見つからないのだから。

しかし、なぜだか奏治には、凛を置いて逃げることは出来なかった。

 

「キュルアアアアっ!!」

「ッ───」

 

ドスマッカオが一歩引き、蹴りの態勢をとる。やられる、そう本能で感じとったとき───

 

ズバァッッッ!

 

肉を切る音が辺りに響き、前のめりに倒れ伏したドスマッカオの背後から、大柄な影が現れる。

逆光で顔は見えないが、その影は奏治と凛に対してこう言うのだった。

 

「フゥ…お前さんたち、大丈夫か?」

 



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3話 似てるとは思ったが

 

「おーい、先にいかんでくださいよアズールさぁん」

「ですです。アズールさんは突っ走りすぎなのです」

「急に走り出したと思ったら…あれ?その子たちは誰なの?」

 

アズールと呼ばれた大男の後ろから、ぞろぞろと男女が出てくる。

糸目とフランクな喋り方が特徴の、黒い服を纏った弓を背負った男、頭からぴょこんと飛び出た猫耳が特徴の小さい少女、腕を組んで呆れたような目をした、豊満なバストを持ち、腰にライトボウガンを下げた女性、の順だ。

 

「いや、ドスマッカオの声が聞こえたと思って駆けつけたら、こいつらが襲われてたもんでな」

「襲われてた?武器を持ってないってことはハンターじゃないみたいだし、荷物もないから商人でもない。あなたたち、なんでここにいるの?」

 

大男が斧を手放し、スキンヘッドをピシャリと叩いて快活に笑い、女性が奏治達を観察する。

どうしたものかと頭を悩ます奏治の脳に、友達から読まされたライトノベルなどで得た知識が舞い降りる。

 

「実は俺たち、遠くからやってきて、迷子なんです」

「「「「迷子?」」」」

「はい。遠くの村から山を越えてやっとの思いでここまできたのに、ドスマッカオに遭遇しちゃいまして」

「そいつは災難だったな。どこの村だ?」

 

何か言いたげな凛を視線で黙らせ、奏治は考える。

しまった、村の名前を考えてなかった。素直に日本と言っても伝わらないだろうし、言葉のニュアンスが違う。

元いた町の名前は【穗織(ほおり)】という名前だったが、、モンスターハンター風に変えると、どうなるか…思いつかん。えぇい、もう適当でいいや!

 

「ジャパンです」

 

と答えた。

穗織要素が全くないが、頭に浮かんでしまったのだからしょうがない。

そう心に言い聞かせて、奏治はアズール達の反応を待つ。

 

「ジャパン?知らない村だな。おまえら、知ってるか?」

「いや?知らないな」

「ミィナも知らないです」

「聞いたことないわね」

 

と、当たり前の反応をするアズール達。

やがて、名案が浮かんだのか猫耳の少女が手を叩く。

 

「村長さんなら何か知ってるかもです」

「おぉ、いい案だね。彼なら、他の村との交流も深いし、もしかしたら知ってるかもね」

「じゃあ、えーと…」

「あ、すません、奏治です」

「凛です」

「ソージとリン、ついてこいよ。クエスト達成報告がてら、ウチの村まで連れて行ってやる」

「本当ですか!ありがとうごさいます!」

 

二カッと笑ってみせるアズールに、奏治はちょっとした安心感を覚えた。

凛を起こし、腕を貸しながら、アズール達と話をして、情報を集める事にした。

 

「あ、そうだ、自己紹介が遅れていたね。俺はグルード。ガンナーだよ」

「ミィナはミィナです。双剣をメインにやってるです」

「私は、シサイナ。グルードと同じくガンナーをやっているわ」

「んで、俺がこのパーティーリーダーのアズール。スラッシュアックスが得物だな」

「あぁ、よろしく。改めて奏治だ」

「こっちも、改めて凛です」

 

などと、情報交流をしていたのだが、奏治と凛には気になる事があった。

ドスマッカオを知っていることや、スラッシュアックスの存在など…

 

「(ねぇ、奏治君)」

「(あぁ。これって…)」

「(似てるとは思ったけど…)」

 

 

 

「「(まさかここって、モンスターハンターの世界?)」」

 

 

 



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4話 第一拠点、ベルナ村

 

「アズールさん。ここって、どの辺りだとかわかりますか?」

「古代林だな。新米ハンターがよく採取に来たりする場所だな」

 

やっぱりか、と奏治は頭を悩ませる。これはもしや、ライトノベルなんかで流行っている、異世界転生というものではないだろうか、と。

もしそうなら、この先どうすればいいのか、元の世界に帰る手段はあるのか、と。

 

「知っているようだったけど、さっきのはドスマッカオ。跳躍力が高くて、スピードも速い、新米狩りのモンスターさ」

「めったに姿を出さないけど、ディノバルド、なんて大型モンスターもいるです」

 

グルードとミィナが古代林について解説をする。

奏治と凛は既に知っているが、ゲームの世界と今いる世界に違いがあるかどうかが知りたかったので、熱心に聞いていた。話していると時間はすぐに去るもので、奏治たちは小さな村についた。

 

「着いたぞ。ここが、俺達が拠点にしている村、【ベルナ】だ」

「おぉ…」

「おっきいね、奏治君…」

 

どうやらゲーム内で見ていたベルナは広場のようなものだったらしく、村の入り口ゲートをくぐると、のどかな雰囲気漂う、誰もが故郷と思うような風景が広がっていた。

 

「まずは、村長にご挨拶、だな」

「気さくな人だから、緊張しないでいいよ」

 

アズールについていき、見慣れた広場につく。

簡素な造りのクエスト受付や、奏治よりも伸長が小さく耳が長い、言うなればドワーフであろう鍛冶屋が並んでいる。

 

「村長。言われた通り、ドスマッカオの討伐をしてきやしたぜ」

「案外楽なものだったわね」

「おお、それはそれは…。ふむ?こちらの見慣れぬ御仁は、どなたですかな」

 

まだ若々しく、それでいて威厳を携えた男が、素早く奏治と凛に気付く。

 

「奏治です」

「凛です。ドスマッカオに襲われていたところを、アズールさんたちに助けて頂いて」

 

事前の打ち合わせ通り、容姿が良い凛が村長に話しかける。

 

「おや、そうでしたか…どこか、目的地はあるのですかな」

「いえそれが、あても職もなく困っていまして…」

「おや、それでしたら、この村でハンターを始めてみるのはいかがですかな?正直に言って、あなた方のように放浪をし、この村に来るものも少なくありません。ハンターになれば、ある程度は稼げますし、正式に支援もできます。いかがですかな?」

 

悪くない提案に、奏治は少し考える。

ハンターとなれば、色々なところに行く機会も多いだろう。

各地やその道中で、日本へ帰る方法もわかるかもしれない。なにより…

 

「ねぇ、奏治君。ハンターだって!」

 

凛が、目を輝かせている。

 

「あぁ、じゃあ、そうしようか。村長さん、俺ら二人、今からハンターになります」

「そうですか。では、あちらの小屋をお使いください。ハンターの装備も用意してあります」

 

随分と用意が良いものだが、この小屋は以前他のハンターが使っていたもので、そのハンターは1年前に寿命で死んでしまったらしい。

それを村長が改良し、いつハンター候補が来てもいいように、準備をしていたようだ。

 

「ソージ、リン。ついでと言ってはなんだが、向こうに見える石灰質の巨大な建物があるだろ?【龍歴院】ってんだが、そこがハンターを募集しているらしいんだ。報酬もでるし、行ってみて損はないだろうぜ?」

 

アズールが村の向こうを指さし、奏治に提案する。

【龍歴院】の存在は前から知っていたので、奏治は二つ返事で了承した。

 

「わかった。そこにも行かせてもらう」

「じゃあ案内するです。ミィナについてくるです」

 

結局、存在しないジパングの事や帰還の方法を聞き忘れてしまったが、自分で思っている以上にこの世界にワクワクしている自分に、まぁ後でいいかと思ってしまう奏治だった。

 

 



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5話 龍歴院と狩陣宝石(しゅじんほうせき)

「ここが、龍歴院集会所です」

「おぉー…でけぇ」

「やっぱりすごいねー…」

 

ミィナに連れられて奏治と凛がやってきたのは、龍歴院の集会所だった。

受付や、道具屋、飯処までもが、またベルナとは違った雰囲気を醸し出していた。

 

「おばちゃん。ハンター二人を連れてきたです」

「・・・。」

「あれ?おばちゃん?どうしたですか」

「なんだいさっきからやっかましいね!アンタは待つことすらできないのかい?!」

 

いきなり怒鳴り散らした老婆に、ミィナは「ひっ」と小さく声をあげる。

この後の展開を知っている奏治と凛は、怯えるミィナを暖かい目で見守っていた。

 

「…ん?アンタ、ミィナじゃないかい?ってことは…」

「そ、そうです。新米のハンターを連れて来たです」

「あら!すまなかったねぇ、ミィナ。龍歴院の下のやつどもが、早くモンスターの解析をしろってうるさくてねぇ。ごめんね、三人とも。驚かしちまって」

 

先程までの鬼の形相から一変、老婆は柔らかな笑みを奏治達に向けた。

 

「いや、大丈夫です。ここが、ハンターの募集をしているって聞いてやってきました」

「そうかいそうかい、大歓迎だ。最近、リスクとかなんとか言って、ハンターになる若いのが少しずつ減っているのさ。もしハンター志望のコがいたら、龍歴院に来るように伝えておくれ」

 

老婆─────龍歴院のマスターは、ため息をつくと、手元の資料に目を落とした。

そこには、【大型モンスターの異常発生】と書かれており、奏治はそれを見て、「今更だが、言語は理解できるな…」と考えていた。

当たり前のように喋っていた言葉はもちろん日本語ではない。

 

「っと、話がそれちまったねぇ。ほれ、これがギルドカードさ。龍歴院のハンターを主張すると同時に、他のハンターに渡せば、依頼を受けてくれたりもする。他のハンターに渡したいときは、受付嬢に渡して、コピーしてもらいな。コピーしたカードはハンコが押されてないから、悪用もできないしねぇ」

 

ギルドカードを受け取り、登録をしてもらう。

すると、持っていたギルドカードに【HR.1】と書かれ、名前やステータス、装備が表示された。

コピーされたものには、本人が許可しないと名前とHRしか表示されないらしい。

現在の奏治の装備だが、【簡素な服】としか書かれておらず、村人が着る服扱いになっているようだ。

 

「さて、これでアンタらもここのハンターさね。お行き。これからのアンタらの人生に、幸多からんことを」

 

その後もミィナやアズールに案内をしてもらい、奏治達はこの世界の常識などについて教えてもらった。

ほとんどがゲームと同じだったが、唯一、ゲームと違うシステムがあった。

 

「コイツが、狩陣宝石(しゅじんほうせき)だ。狩技ってのを決定できて、持ち主が狩りに出るとき、常にその漏れ出るエネルギーを吸収している」

 

アズールが奏治達に見せているのは、透き通った青色をしている宝石が嵌め込まれた指輪。

最初から狩技をセットできるのではなく、この指輪を嵌めてからセットするようだ。

 

「スタイルによって、持てる指輪の数が違うです」

「なんか、狩りに支障が生じる、とかで龍歴院が決めたんだ」

「この指輪、まだ不完全で未完成なのよ。だから、無理に狩陣宝石を持っていると、暴走して弾ける可能性もあるってわけ」

 

狩陣宝石を運ぶ商人はどうなのか、と奏治は思ったが、狩技をセットして、指に通さなければエネルギーを吸収しないらしい。

二人とも武器は片手剣、スタイルは奏治はエリアルスタイル、凛はギルドスタイルなので、奏治は一個、凛は二個、指輪を嵌めた。

そして10日がたち、二人とも龍歴院に馴れてきた頃…

 

 

事件は、唐突に起きた。

 

 



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6話 地を割る咆哮

 

奏治は、凛といっしょに古代林の採取クエストに出かけていた。装備はまだベルダーのまま、武器の強化は一段階しかあげていない。

当たり前だが、ゲームの時のように夜間行動クエストのあとに昼間行動クエストにでかけることはできず、資源が足りない今では、1日一回は採取クエストにでかける事になっていた。

 

───グオォォアアア

 

不意に、奏治がいるエリア2まで響いた、地を割るようなうなり声。

凛はエリア9に向かっている。

奏治は採取用のナイフを腰にしまい、ゲーム内で聞いた鳴き声の中から、声の持ち主について考える。

 

「リオレウス?いや、もっと高いはず…。ゴア・マガラ…は、無いな。空が明るいし」

 

では、あの轟く声はなんだったのか?声が低くて、地なりを起こすような足踏み…まさか!

奏治は急いでエリア6へ移動する。自分の記憶が正しいのならば…ならば!

 

「イビル…ジョー…?」

 

この世界に来たときに襲われたドスマッカオでさえ丸飲みできてしまうような巨大な体躯。

ズラリと並んだ鋭い歯に、元の世界で古代生物最強といわれたティラノサウルスに似た体。

間違いない、【狂暴竜】とまで言われる、あのイビルジョーである。

奏治の声に反応して、イビルジョーは奏治の方へ目線を動かす。

やがてその目が奏治を捉えたとたん、イビルジョーの口からよだれが垂れた。

ボトリ、とよだれらしからぬ音を立てる液体に、奏治は身震いする。

 

「なんでこんなとこにイビルジョーがいるんだよぉ…」

 

言いながら、奏治は思い出す。

たしか、集会所のばあさんのノートに、【大型モンスターの異常発生】と書かれていた事を。

これか…と口元をひくつかせつつ、奏治は盾を構えながら逃げの体勢をとる。

イビルジョーを刺激しないように、ゆっくりと…

 

「グギャアアアッ!!」

「ぐっ!?」

 

イビルジョーが尻尾を振り、辺り一面をなぎ払う。

とっさに盾で防いだのは良いものの、一回しか強化していない片手剣の盾は、硬質な音を立てて崩れ去ってしまう。それでもイビルジョーの尻尾は勢いを止めず、奏治の脇腹に重い一撃を叩き込んだ。

派手に吹っ飛ばされた奏治は、そのまま地面を転がり、横たわった。

 

「か、狩…技…」

「グギャア」

「ごはっ!!」

 

採取クエストにでかける時の奏治は、手数が多いストライカースタイルであり、三つセットできる狩技の一つ、【エスケープランナー】を発動させようとするが、巨体に似合わないスピードでイビルジョーが蹴りを放つ。

空中に浮いた状態の奏治は、再びイビルジョーが放った尻尾によるなぎ払いを、もろに受けてしまう。衝撃でベルダーターバンがほどけ、奏治は勢いのまま、空へと投げ出されるのだった。

 

 

 

 

 

場所は変わってエリア8、崖の辺りで採取をしていた凛は、小さいながらも咆哮を聞きつけ、エリア6へ向かっていた。

なんだか、とても嫌な予感がしたのだ。

 

「無事でいて、奏治君…!」

 

息を切らしながら凛はなんとかエリア6へたどり着く。そこで凛が目にしたのは…

 

「────ッ!!」

「グギャアアアッ!!」

 

誰かのターバンが尻尾に引っかかり、それをとるのに苦労しているイビルジョーだった。

悲鳴は上げなかったし、むしろイビルジョーを目にした瞬間に草むらに隠れた自分を褒めてやりたい、などと思っている凛の足元に、何かがぶつかった。

 

「ん…?これって…?」

 

片手剣の盾、自分も左腕にくくりつけている物の破片だろうか。

破片の上部分に付着している塗料は、こころなしか奏治が二人の持ち物を分別するために自らの盾につけた模様に似ていて…

 

凛は、今度こそ悲鳴を上げてしまった。

 



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7話 別れ

イビルジョーに飛ばされたあと、奏治は空を飛んでいた。

 

───彗星の速度で。

 

飛ばされた状態で、どうにか状況を変えようと手足をばたつかせたところ、たまたま超低空飛行をしていたバルファルクに掴まったのだった。

もちろん、振り落とそうとしてくる彗星竜。それに対抗する、落ちたらひとたまりもないとしがみつく新米ハンター。

奏治はベルナからの支援で貰った強走薬グレートを飲み干し、長期戦に持ち込もうとする。

 

「カアアアアッ!!」

「あっやべぇ!まっ、ちょっと、うわ!ぜってぇ!離さねぇかんな!」

「かああああー…」

 

始めは猛スピードで振り落とそうとしたバルファルクだが、奏治はスタミナの心配をしなくて良いので、ずっとしがみついている。

徐々にバルファルクが諦めの意志を見せ始めた頃、地上では、

 

「おっかさん、みてみてー!ながれぼしー!」

「そうねぇ、キレイねぇ。ほら、消えないうちに三回お願い事しなさい」

「すてきなハンター様にであえますように、すてきな…」

 

などというような会話が広がっていたりする。

と、ここで事件が起きた。実はまだあきらめていなかったバルファルクが、奏治が乗っかっている背中を、近くの山の岩肌にこすりつけながら飛行をし始めたのだ。

岩を削り取りながら、奏治を落とそうとするバルファルク。地上では…

 

「であえますようn…ながれぼしぃぃぃぃぃ!」

「エェ…流れ星ェ…」

 

ロマンチックを代表する流れ星が、思いっきり山にぶつかって砕け散る衝撃映像として見えていた。

表情の死んだ目の端に涙を溜め、砕け散る流れ星(バルファルクが削った岩)を見つめる少女、娘の目が死んだ事に石像並みに固まる母。

 

「カアアアアッ!!」

「ぴゃっ!?あっぶねぇ、おんま、なんばしよっt…どぅわぁ!?」

 

山の岩と少女の夢を砕いた彗星竜は、なかなか落ちない奏治に舌を巻き、左翼をぐんとのばし、前方の岩を貫き、砕いた。

普通なら、飛行の邪魔になるから砕いたとしか見えない。だが思い出してほしい。

奏治とバルファルクは彗星の速度で飛んでいる。

光の速さともなれば、石ころ程度でも弾丸ほどの威力がでるのだ。

ましてや、砕いた岩など、古竜ならまだしも、人間に耐えられるものではない。

砕かれた岩の破片が奏治の右肩をかすめ、鮮血がはしる。

 

「ぐあああっ!?」

「カアアアアッ!!」

 

痛みで右手の力を緩めてしまった奏治は、再び訪れた岩肌ゴリゴリのインパクトに耐えられず、ついに左手も離してしまった。

そしてそのまま、重力に従い──────

 

 

 

 

 

 

場所は変わってベルナ村、アズール達はなかなか帰らない奏治達を不思議に思っていた。

普段ならもうこの時間帯、リュックを鉱石やら骨やらでパンパンにした二人が帰ってくるはずなのだ。

 

「彼ら、遅いねぇ」

「そうだな。なにか、大型モンスターが出てるのかもしれん」

「ミィナが見てくるです?」

「…ん、その必要はないみたいよ───って!!!」

 

ベルナ村入り口で彼らが目にしたのは、服のあちこちが切り裂かれ、血に濡れ、生気の宿らない目で足を引きずってこちらへ向かってくる凛のみだった。

手には何かの破片を持っている。いち早くミィナが駆けつけ、その体を支える。

 

「リン!どうしたですか!ソージは!?その格好は!?」

「古代林…イビル…ぉ…奏治君が…やら…れ…て…」

 

体の小さいミィナだけでは凛を支えきれず、凛は地面に倒れてしまう。

慌ててアズール達が駆け寄り、凛を村の中央まで運び込む。グルードが凜に駆け寄り、凛が握っている何かの破片を預かろうとするが、凜は首を横に振り、頑なに渡そうとしない。

 

「そぅじ君の…たて…はへ…ん。たす…けて…」

 

そこで凜は意識を無くし、破片を落としてしまう。

 

 

アズールやミィナ達が凜に呼びかける中、盾の破片のカラン、という音が、虚しくベルナ村に響いた。

 

 

 



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8話 未知の世界

この回に登場するマップは原作には登場しません。ご了承ください


「つぉ…っててて…」

 

奏治が目を覚ましたのは、寂れたキャンプの中だった。持ち前の運を発揮し、キャンプのテントに落ちた上、下のベッドでほぼ全ての衝撃を逃がしたのだ。

とは言えど、石で切られてしまった肩はズキズキと痛み、持っていた回復薬や強走薬もほぼ全て割れてしまい、中身が散乱していた。

 

「うあ…どうすっかなぁ」

 

近くにあった支給品ボックスから得体のしれない虫が出てきたのを見て、奏治は顔をしかめた。

とりあえず、ここがどのあたりかを知らなければ。キャンプに平行建設してあるテントの机をあさり、地図を引っ張り出す。

見たことの無いフィールド。

エリアが10もあるくせに、エリア3が異常に大きい。

まるでそこに、何か脅威が住んでいるのかというほどに。

 

「やることねぇし、まずはエリア3まで行ってみるか…」

 

捻ってしまった足を引きずり、奏治はエリア1へと移動する。この道の先に、地獄が待っているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────がっ!?」

 

エリア1へ向かった5分後、奏治は地面を転がっていた。

奏治の目の前で足踏みをし、獲物を狙う目をしているのは、舞い踊る竜とも言われるリオレイアである。

 

「ちっきしょうが」

 

その場でごろりと回転し、近くの岩陰に隠れる。

─────あまりにも、不利すぎた。

盾の無い片手剣、しかも扱うのは採取ようのストライカースタイルである。

もはや体力など残っておらず、いつ力尽きてもおかしくない状態だった。

それでも生きているのは、ベルナに帰りたいという意志故か。

 

「クルルルルル…」

 

岩越しに伝わるプレッシャーと威圧感。

最初にドスマッカオに襲われたときにも感じた死の恐怖。それらすべてが奏治にのしかかり、奏治の中で不安となって渦巻く。

────もし、この場で他のモンスターが来たら?

などと考えてしまうのは人間の本能であり、そういうときに必ず、嫌な予感は当たるものだった。

 

「カルルルアッ」

 

猛々しい声を響かせ、場に乱入してきたのは、天空の王とも呼ばれる竜。

リオレイアにならび、二匹ならべばつがいの竜、という言葉を世に残した竜。

赤い鱗をもつ、少年のあこがれ、リオレウスである。

 

「なんでこんな時にッ…!!」

 

リオレウスは奏治の前に降り立つ。

その目と動作のせいで、一度撒いたリオレイアも奏治に気づいてしまった。

残っていないスタミナを振り絞り、奏治は駆け出す。リオレウスの右側へと。

そこへ走れば、エリア2へといける。多少なりとも、時間を稼げると思ったのだ。

 

 

しかし、現実はそこまで甘くはなかった。

 

 

脅威のスピードで岩を飛び越したリオレイアが、空中から毒液を奏治にかける。

足が痺れるような感覚に襲われ、奏治の動きが鈍くなる。そこへ、回り込むようにリオレウスが立ち、高温の炎の塊を口から吐き出した。

奏治はもちろん、首を横にして頭だけは避けようとするが…

 

───じゅわっ

「ぐあああああッ!!」

 

何かが蒸発するような音と共に、奏治の左目に激痛が走る。

焼かれた!目を、左目を!

痛みにのたうち回り、もはや理性の欠片もなく、ただただ逃げようとする。

左目を押さえ、毒で痺れる足をなんとか動かし、まだ動く右目で捉えた横穴に入り込む。

外の竜による咆哮に怯えながら、奏治はただ、その場にうずくまった。

 

 

 

「痛い、痛い、痛い…!あぁっ、ぐああッ!ああああああああああッ!!」

 

 

狙われた、哀れなハンターの叫びが、未知のフィールドに響き渡った。



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9話【奏治】の死、【ソージ】の誕生◆奏治視点◆

この回に登場するマップは原作には登場しません。ご了承ください。

ぬああああん疲れたもぉぉぉぉん(´;ω;`)


痛い。リオレウスに焼かれた目が痛い。

苦しい。リオレイアにかけられた毒が回ってきている。

気分が悪い。イビルジョーに脇腹を二度も叩かれたからだろう。

辛い。今も肩からは血が流れている。

 

 

寂しい。…ん?どうしてだ?

 

 

凛がいないからか?あいつがいないから、俺は今の状況に寂しいと感じているのか?…。

違うはずだ。イビルジョーに遭遇したとき、俺は確かにこう考えたはずだ。

 

────凛なら、一人でもやっていける。

 

そうだ。あいつなら一人でやっていける。

この世界でも──ん?まてよ?なんで俺はこの世界にいるんだ?

凛がモンハンに付き合ってと言ったからじゃないのか?

いや待て待て。

ゲームをしたことがキッカケじゃない。

普通、ゲームの世界に転生するなんて事があるか?

否。

きっと、これは誰かに仕組まれたものだろう。

 

「かっ、あああっ」

 

くそっ。アドレナリンの分泌が遅くなってきたようだ。

眠い。アドレナリンの分泌と眠気を覚ますために、右腕を噛む。

冷たい。でも、眠気は飛んだし、目の痛みも少し良くなった。

 

『ガアアアアアッ』

「ひっ」

 

横穴の外から、あいつらの声が聞こえる。

俺に毒をかけ、目を焼いたやつらだ。

今すぐにでも殺してやりたい所だが、今やるべき事はそれじゃない。

前に進むのだ。

地図には、エリア3のはじっこに、バッテンが書いてあった。

そこに、何かがあるはずだ。

もう一度地図を見ようと、ポーチの中を漁る。

 

「あったあった…ん?」

 

地図と一緒に、ポーチから転がりでた物があった。

黄色い丸薬が一つだけだ。

ん?黄色?まさか、これは…

 

「秘薬?運がいいな」

 

本当ならばこの運を、イビルジョーに出会う時に使いたかった。

そうすれば、こんな事にはならなかったのに。

ともかく、使わない手はない。

口の中に丸薬を詰める。

水がないし、横たわっている状態なのでしごく飲みにくいが、なんとか飲み込む。

目の痛みが退き、肩の傷が無くなった。

吐き気もしないし、毒に侵されていた足も動く。

恐る恐る、左目を押さえている手をどける。

…残念ながら、左の視界は暗いままだった。痛みが引いたのはいいが、これでは元も子もない。

秘薬は部位欠損を治すとも言われているが、多分これ、中途半端に目を治したな。

目が開かねぇ。

 

「とりあえず、動けるようにはなった。後は…復讐だな。イビルジョーに、バルファルク。リオレウスとリオレイア。覚えておけ」

 

あぁ、きっと俺は今、酷く醜い顔をしている。

それでも、笑みを絶やすことができない。

俺はこんな性格だったか。

人間、追い詰められると本性が出ると言う。きっと、これが俺の本性なのだろう。

面白い。

なにがなんでも、やつらを倒す。

それで、会いに行くんだ。

ん?誰にだ?

まぁ良い。

忘れるくらいなのだから、きっとどうでも良い事だ。

 

奏治は死んだ。

異世界のお人好しは、もうこの世にはいない。

 

代わりに、ソージを名乗ろう。

名前は同じだが、あのくそったれた名前よりかは良い。

 

奏治は、モンスターに襲われて、惨めったらしく死んだ。

けれど、ソージは死なない。生きるのだ。

生きて生きて、足掻きまくって、それでようやく、自らの欲を全て満たして、死ぬのだ。

 

諦めない。

諦めてなんになる。

俺は、ソージは。

 

 

この【ゲーム】に、命を賭けてやる。

 

 

 

 

 

 

 



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10話 古竜との出会い 

この回に登場するマップは原作には登場しません。ご了承ください。


奏治は、否、ソージは、採取用のナイフと片手剣で地面を突き刺し、横穴の中を移動していた。

ほふく前進ではスタミナもすぐに切れ、移動速度も遅いからだ。

片手剣の切れ味がどんどん下がっていくが、もともとそこまでの品じゃ無かった物と割りきり、この移動方法にしたのだ。

そして移動をし続け、洞窟の先でソージが見たものとは…

 

「広いな…てことは、ここがエリア3か」

 

古代林のエリア6よりも広い、大きなエリアにたどりついた。

地面はある程度乾燥しており、ザクザクと音が鳴る。

草木は枯れ、一目でここに食べ物が無いことがわかる。

 

「枯れた土地ってか?どうでもいいが」

 

ソージは地図を取りだし、バッテンの印がついている場所まで移動する。

でこぼこも少なく、モンスターも出てこないのですぐについたが、逆にそれがソージの首を傾けさせる。

エリア1ですらリオレウスとリオレイアがいたのだ、もっと魑魅魍魎(ちみもうりょう)がひしめいていると思っていたのだが…

 

「見つけた、バッテンの場所。あ?もう掘り返されてんじゃねえか」

 

目印であっただろう旗は横倒しになり、そこは深く掘り返されていた。

いや、抉りとられていた、と表現したほうが正しいくらいの有り様だった。

 

「ちっ、ハズレかよ。ここがアテだったんだけどなぁ」

 

そう言ってソージが地図を放り投げ、後ろを振り向いた瞬間…

 

───ドスン

 

土煙を上げ、ソージの目の前に何かが着陸した。白い鱗、突き出た黒いツノ、六本ある手…

 

「かぁーっ。シャガルの巣だったか」

『カアアアアアアっ』

 

シャガルマガラ。

その絶大な力で数々のハンターを返り討ちにしてきた、ただの大型モンスターとは違う、【古竜】の一匹。

 

「ちっ…この世界に来てロクな事起きてないけど、いいさ。やってやる」

 

盾のない片手剣を構え、シャガルマガラを睨み付けるソージ。

対するシャガルマガラは、ソージに対して目を細めると…

 

 

『えっ「今この世界に来て」って言ったかい?え、もしかして、君も転生者かい?』

 

 

おちゃらけた口調で話しかけた。

 

「…は?」

 

思わずそう返してしまったソージは悪くあるまい。

と、サッと正気に戻り、目の前の古竜に問いただす。

 

「…今、なんて?」

『君も、転生者かい?と言ったんだ』

「…は?」

 

思わずそう返してしまったソージは悪くあるまい。

 

「お、おい、もしかして、お前、人語が理解できるのか?」

『そうさ。てか君、転生者じゃないの?ただの厨二病だったりする?』

「違うわバカタレ。そうだよ、俺は異世界からやって来た。『君も』ってこたぁ、お前もか?」

『そうだよ!あぁよかった、同郷の人間がいて!おじさん、寂しくてそろそろ朽ちようかと思ってたんだ』

 

どうやらこの古竜、それなりに年はとっている様だった。

 



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11話 義眼、開眼

この回に登場するマップは原作には登場しません。ご了承ください。


「朽ちるって…まぁ良い。てか、なんでシャガルなんだ?」

『最初はおじさんも人間だったんだよ?けれど、なぜか気がついたらこんな姿に。みんなから恐れられるし、寂しかったなぁ』

「そうか…。んで?この世界にやってきた経緯は?」

『生徒がやれってうるさくてね。ゲームを試しに買ってみたら、案外面白くて。あ、ここにくる前は、教師をやっていたよ』

「ちょっとまて。モンスターハンターだろ?てことは、日本人か?」

『そうだよ?むしろ、今までなんだと思っていたのか、聞いてみたいね』

 

同郷というのは同じ世界という意味ではなかったのか…と、ソージは世界の狭さに舌を巻く。

 

「まぁ、事情はわかった。その口ぶりだとだいぶ昔からいたんだろ。あそこの場所、誰が掘り返したか知ってるか」

『ん?それはワタシが掘った穴だね。旗があるから元の姿にもどれるかと思ったんだけど、そんな機具はなさそうだし、あっても人間用でワタシには使えないし』

「まだ掘ったもの取ってあるか?それに用があるんだ」

『わかったよ。こっちへおいで』

 

そう言ったソージがシャガルマガラに連れられて入ったのは、エリア3の3分の1をしめる大きな洞窟だった。シャガルマガラはそこで生活しているようで、モンスターはいそうにない。

 

『これがワタシが掘り返したものだよ』

 

ソージの目の前にドサドサと置かれたのは、ソージの世界の物と遜色無いような、この世界にはオーバーテクノロジーな物ばかり。

 

「めっちゃ現代だな」

『だよねぇ。弄れないのが悔しいよ。ってか、その左目どうしたんだい?肉が抉れてるみたいだよ?』

「ここのモンスターにやられた」

 

機械の山を漁るソージは、シャガルマガラに事の経緯を話し始める。

ソージが全て機械を見終わった時、ちょうど話も終わった。

 

「さてと…一番気になるのはこれだな…ってなんだ、どうして泣いてる」

『いやぁ、おじさんも色々あったけど、君も苦労してるんだなって…まさかこの世界に来てすぐにイビルジョーに出会うなんて…』

 

ソージの話を聞き終えた偉大な古竜は号泣していた。

 

「泣くな泣くな、みっともない。古竜のキャラが崩壊してんぞ」

『おんおんおーん…』

 

これはしばらくダメそうだと思ったソージは、抱えた箱に目を落とす。

鋼鉄のような素材でできたシンプルな箱は、いかにもお宝が入ってそうな雰囲気を醸し出している。

箱を空けたソージの視界に入ったものは、透き通るように蒼い球体と、手袋。そして幾枚かの紙だった。

 

「どれどれ…ん?【狩人補正義眼β(かりうどほせいぎがんベータ)】?」

 

球体の正体は義眼らしい。

球体には触れず、ソージは先に説明書を読む。

 

「…ふむ。コイツ、狩陣宝石(しゅじんほうせき)でできてんのか。他にもギミックが仕掛けてあるみたいだな」

 

普通の義眼とは違い、ちゃんと色を認識できるようだ。

ますます現代、それどころか未来だな…とソージが考えていると、落ち着いたシャガルマガラがソージに話しかけた。

 

『それの中身、義眼だったんだね。丁度いいじゃないか、使ってごらんよ。その見た目、すごく痛々しいし』

「うーん…まぁ、説明書を読めば手術は必用無いって書いてるし、やってみる価値はありそうだな…。よし、やってみる」

 

ソージは付属の手袋でそっと義眼を掴み、自らの左目に当てる。

すると義眼はどうしたことか、すっぽりとソージの目にハマったのだった。

肉を食い破られた痛みはない。呆気ない成功に、ソージがぽかんとしていると…

 

「あがっ!?おああああ!?」

 

ふいに左目に痛みが走る。

義眼が微調整をしようと中でキュルキュルと動いているのだ。

それでも、目を焼かれた痛みよりはまだマシなので、今回は左目をつむるだけで済んだ。

やがて、痛みが収まった時には…

 

『急にうずくまるからびっくりしたけど、どうだい?ワタシの腕、見える?』

 

シャガルマガラがソージの左側で手を振る。

ついさっきまで左目が無かったソージには反応できないはずだが…

 

「あぁ、しっかりと見える。手に入れたぞ、新しい眼を」

 

捉えていた。

蒼い眼が動き、シャガルマガラの腕の色彩情報をソージの脳に送り込む。

自分の意思で眼を動かせる事を確認したソージは、歓喜にほくそ笑むのだった。

 



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12話 義眼の性能 

この回に登場するマップは原作には登場しません。ご了承ください。


「さてと。他のギミックを確認しないとな」

 

そう言って、ソージは説明書を見る。

 

「えーと…ズーム機能、体感速度遅延機能、身体能力上昇、ポイントメイカー…狩技追加?」

 

そこには、義眼にしてはハイスペックすぎる機能が盛り込まれていた。

まずは一個ずつ性能を試そうと決めたソージは、ズーム機能を使う。

どう使うのかだが、脳から送られた伝達を感知し、その機能を自動で使ってくれるそうだ。

詠唱や、強く念じるなど、面倒くさいことにならなくてソージは安心する。

 

「えっと、ズームズーム…おぉ」

 

的にしていたシャガルマガラの鱗がズームされ、細かい色彩情報がソージの脳に送られてきた。

満足したソージは、次に体感速度遅延を試す。

これに関してはオンオフを切り替える際に一度目を閉じる必用があるとの事なので、ソージは目を閉じ、ゆっくりとその【眼】を開く。

 

「────ッ!?」

 

眼を開いたソージが目にしたものは、ひたすらに蒼い世界。

右の目から送られる情報までもが蒼い世界に変わっており、感覚で言うならば両目を青いセロファンで覆ったときの様だった。

手を振ろうとするソージだが、体がいつも通りに動かない。

体感速度が遅延されているため、脳はいつも通りに思えても体は元の時間に置き去りなのだ。

 

「次は身体能力上昇か」

 

その瞬間、ソージは精神も体も時間を置き去りにできるようになった。

周りがゆっくりと動き、ソージだけ並の速度。

周りから見れば、ソージは二倍速でもしたかのようなスピードだ。

ソージは、使いすぎるとオーバーヒートすると説明書に書かれていたのを思いだし、二つの能力の行使を止める。

 

「お次はポイントメイカーだが…っと」

 

視界に機械的な円が現れる。

それは視界の中を動き回り、やがて視界の端のシャガルマガラをとらえると固定された。

ソージがしっかりとシャガルマガラに向き合うと、視界の円は増え、手や足、角など、様々な部分に固定された。

 

「…?あぁなるほど、弱点とか敵の察知とか…要するに便利ってだけの機能だな」

 

一瞬で機能を察したソージはポイントメイカーを止める。

 

「次は狩技追加だが…これは名前の通りだろうな。狩陣宝石で出来てるらしいし」

 

本来ならスタイル毎にセットできる狩技を、もうひとつだけ追加できる機能のようだ。

既にソージの義眼には狩技が決められているようで、

[獣宿し【 】]

とだけ書かれていた。

大剣なのか双剣なのかはっきりしねぇな…とソージが首をかしげていると、シャガルマガラがソージに近付いた。

 

『終わったかい?どんな機能があったんだい』

「ズームやら、体感時間を上げたりだとか…便利だよ、この義眼」

『よかったねぇ。君、また強くなったろ。どうだい?一つ、ワタシと手合わせをしてみたら』

「古竜をソロでクリアか。悪くねぇな」

『これは手厳しいな』

 

やがて、機械の山の中にあったカブレライトソードを掴んだソージと、天廻竜と言われた偉大なる古竜が正面切って戦う事になるのだった。

 



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13話 蒼い義眼の大剣使い

『では…始めようか』

「あぁ。合図はこの石ころが地面に落ちたらだ」

 

ソージはそこらへんから手にいれた石ころを上に放り投げる。

一拍、静寂が訪れ、そしてカツンと音が響く。

 

「カアアアアッ!!」

「せぇりゃあっ!!」

 

振り下ろされた爪と、振り上げられた大剣がぶつかりあう。

シャガルマガラの追撃。ソージは大剣を軸に横に転がり、攻撃を避ける。

転がった勢いを利用し、立ち上がった勢いを乗せて左手だけで大剣を振るうソージ。

避けられた事で地面に突き刺さった爪を使って巨体を浮かせ、もう一本ある右腕で大剣を弾くシャガルマガラ。

素人目に見ても、それがシビアなタイミングを突きあっている事はあきらかだった。

 

「カアアアアッ!!」

「甘いんだよっ!!!」

 

三本の腕を一つに束ね、バランス無視で強激を繰り出すシャガルマガラ。

それをソージは大剣の腹であしらい、すれ違いざまに腹の鱗に刺突を繰り出す。

危険を察知し、横に避けたシャガルマガラが見たのは、左目を青く光らせるソージだった。

 

「身体強化、プラス感覚遅延」

 

ついに切り札である二つの能力を発動させ、時間を切り捨てたソージ。

その場で地面を蹴り、瞬時にシャガルマガラの懐へ移動する。

 

「カアッ!?」

 

蒼い眼の光が描く残像を捉えたシャガルマガラは懐からアッパーを繰り出すように腕を動かす。

 

「おせぇよ、先輩」

 

しっかり聞こえるように、ゆっくりと喋るソージ。

妙なところで粋なはからいをするのである。

しかし、シャガルマガラからしたらたまった物ではない。

その声が、頭上から聞こえたのだから。

咄嗟に紫の光を使ってソージを攻撃するシャガルマガラだが、それすらも大剣で空中ガードされてしまう。

 

「カアアアアッ!!」

「っ…」

 

咆哮を上げ、ソージを怯ませるシャガルマガラ。

もちろんこれだけではなく、右腕で天を突くようにソージを攻撃する。

そして、ソージがそれに気をとられている間に、左腕で叩く。

 

それが、シャガルマガラの【作戦】だった。

 

ソージは右腕に反応し、シャガルマガラの作戦通り右腕を弾いたのだが…

 

「ポイントメイカー」

 

捉えていた。

ソージの左目は。

蒼く見える視界の中、白い円が自らに迫る左腕を捉えていたのだ。

弾いた勢いを殺さず、そのまま空中で一回転。

ソージは見事左腕をかわすと重力に身を任せ、、バンザイした体勢のシャガルマガラに接近する。

そしてシャガルマガラのツノに着地すると、某素敵な世界の海賊のように大剣をシャガルマガラの眉間に突きつけるように構え、こう言うのだった。

 

「俺の勝ちだな、先輩」

 



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14話 1つ、復讐

『…なっ、えっ、あっ!!負けた!?ワタシ、負けた!?』

「あぁ。俺の勝ちだ」

 

角から飛び降り、大剣を地面に突き刺すソージ。

その姿をみて、シャガルマガラは『強いなぁ』と呟き、穴ぐらへと帰った。

ソージは大剣を地面から抜いてシャガルマガラを追おうとするが、ソージの頭に声が響きわたった。

 

〈【獣宿し〔天廻(てんがい)〕】を取得しました〉

 

ピシャア、と雷にうたれたかのような顔をするソージ。

 

「狩技、使えなかったのか…?あぶねぇ、普通に実戦で使おうとしてた」

 

左目の前で手をワキワキさせるソージ。

大剣を背中に背負い、シャガルマガラの洞窟へと歩み始めた。

 

「効果は別に、後でわかるだろうしな」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

それから日が経ち十日過ぎた。

もはや原住民と化したソージは大剣を背負い、今日も今日とて狩りに出かけていた。

リオレウスとリオレイアはあれから一向に出てこなくなり、ソージは仕方なく先に装備を集める事にした。

 

「【獣宿し〔天廻〕】、発動」

 

目を青く光らせ、大剣を肩にそえるように構えるソージ。

一拍、静寂が場を包む。

チィン、と金属を引っ掻くような音が響き…

 

「───────!!」

「お疲れさん、あの世で仲間と遊んでな」

 

大きい山のような亀のモンスター、ドボルベルクがその頑丈な甲羅ごとスライスされる。

〔天廻〕の強みはその絶対破壊。

ソージの狩技の前では防御力は意味を成さず、大ダメージを与える上、オマケで当たった所が部位破壊されるという協力な狩技である。

部位を剥ぎ取った後、ソージはつたを掴んで山に登る。

このマップで生活を始めてからソージはマップで一番高い崖に行くようになった。

海が目の前に広がるこのマップが、無性に安心するという。

無情で山の斜面を登っているソージの耳に、咆哮が轟く。

このマップではよくあることなのだが、何故かソージはそれが頭から離れず、原因を突き止めようとソージは…

 

つたを自重でゆらし、十分につたが揺れたところで、手を離した。

 

有り得ない程のスピードですっ飛んでいくソージ。

山も川も、エリアを越えて、その咆哮の出所まで向かう。

そしてエリア1についた途端、ソージの頭が冷えた。

緑の鱗に空を舞うための大きな翼。 

キラリと生え揃った牙。

ソージの復讐相手の一つ、雌火竜リオレイアである。

大剣を背中から抜きだし、それにより大剣の重さで落ちるソージ。

空中で上手く姿勢を変え、エリアを複数飛び越えたことにより溜まっていた力を解き放つ。

 

「【獣宿し〔天廻〕】ッ!!!」

 

大剣の先をリオレイアの首に差し込み、悲鳴を上げる間も与えずに横に切り裂くソージ。

ゴトリと首が落ち、リオレイアは息絶えた。だが…

 

「ああっ、ああっ!お前が、お前がっ!!!」

 

肉体を弄び、残虐に斬りつけていた。

自分の復讐相手をソージが見間違えるはずもない。

ソージは今、血に濡れ、それでも笑顔で大剣を操っていたのだった。

そして、ソージが満足し、帰ろうと思ってエリアを出ようとしたその時。

 

「まっ、待って」

 

ソージの背中に、声がかけられた。



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15話 出逢いと想いと遊覧飛行

今回演出上長くなってしもた…すまぬ…


「…?」

 

本来聞こえるはずもない肉声に、ソージは振り返る。

その瞬間、ソージは息を呑んだ。

そこに座っていたのは、一人の少女。

腰元まである長い髪に、真紅の瞳。

なにより目を引くのは、その頭にちょこんと突き出ている薄灰色の角。

まるでそれ()がそこにあるのが当たり前かのように、そこに鎮座している。

 

「あり、がとう」

 

躊躇いがちに自らにかけられた言葉に、ソージは顔色一つ変えず、少女に問いかけた。

 

「俺以外に、人間はいたのか?」

 

ただ、それだけ。少女にはなんら興味が無いのだ。

対する少女も、そんな反応は慣れていると言わんばかりに問いかけに応える。

 

「いたのは肯定。でも、私以外モンスターにやられた」

「その角は?」

「モンスターと人間の間に産まれたから生えてきたもの。物心ついたときから生えていたから、それ以上はわからない」

 

思ったよりも自分が知りたい情報を持っていると考えたソージは、ポーチから自前の回復薬をとりだし、その詮を開けながら少女に近づく。

と、回復薬を飲もうとしたソージの頬に、躊躇いがちに手が伸ばされる。

その自然な動作に反応できなかったソージは、アッサリとその手に捕まってしまう。

どうでる、とソージが身構えていると、少女はソージの瞳を覗いて言った。

 

「あなたの眼、とっても綺麗」

 

左目、つまり義眼に映る少女の顔。

まだ幼さが残り、そしてその真紅の瞳には決意や諦めなどの、様々な感情が渦巻いている。

 

「…コイツは自前の眼じゃない。作りもんだ」

「作り物?」

「たまたまそこにあったから使ったってだけだ」

 

言葉を濁すソージの顔に、『余計な詮索はしないほうがいい』と感じ取った少女は、立ち上がってソージを見上げる。

 

「これから、どうするの?」

「どうもなにも、ねぐらに戻って寝るだけだ。大陸を渡るには船やらが必要だしな」

「大陸を、渡る?」

 

ハァと溜め息を吐いたソージは、自らがここに来た経緯と、大陸を渡る船を自作しようとしている事を明かす。

ずっとそれを聞いていた少女は、ソージの話が終わったその時、自らがした決意をソージに明かすのだった。

 

「決めた。私、ソージについてく」

「…は?モンスターに襲われる足手まといを連れていく気はないぞ」

「大丈夫。私も戦える。だからこそこの場所で生きていられた」

「…だったら、なんで襲われるんだよ。追い払えよ」

 

突き放すソージに、少女は一瞬だけ躊躇うと、すぐにソージに言い放った。

 

「し、死のうと、思ってた」

「ん…?」

「ずっと歩いても人は見つからない。親も死んだ。周りにはモンスターがたくさんいて生きるのが難しい。だから、だから…」

「もう諦めようって?」

 

言い辛いことを代わりに言われた少女は、こくりとうなずく。

しばらくの沈黙、ソージは何度目かの溜め息を吐くと、少女を手を引き、先程昇ろうとした崖へ向かう。

きょとんとする少女は、ソージについて行き、ソージに抱えられて崖を昇る。

 

「あの、何を…?」

「いいから、黙ってついてこい」

 

片手の腕力だけで少女を抱えながら崖を昇るソージ。

少女は腰だけもたれ、エセお姫様だっこのような形でしがみついているので、その景色は見えない。

そして大きな衝撃、少女の視線がガクンと揺れ、次に少女の視界に映ったのは─────

 

 

「……!!」

「…ふっ」

 

 

【絶景】の二文字では表しきれない光景が広がっていた。

どこまでも海が広がり、雲一つ無い空を写してたゆたっている。白いカモメのような鳥が巣から幾匹も飛び出し、鳴き声で歓迎のファンファーレを奏でる。

 

「…諦めも、死のうって想いも、この景色は全部拭ってくれた。綺麗だろう?」

「…うん。私、この景色が好き」

「そりゃ良かった。でも、この先があったらもっと楽しみたいと思わないか?」

「…?先が、あるの?」

 

この景色はとても綺麗だ。自分が今まで見てきた中で、一番。なのに、この先がある。見てみたい。

少女は頭の中でそんな事を考える。

その無言の返答に満足したソージは、再び少女を抱える。今度はエセではなく、本当のお姫様だっこ。

 

「こ、こんどは何を…?」

「まぁ見てろって」

 

少女を抱えたまま、ソージは目を5回光らせる。

点滅が終わった瞬間、ソージはジャンプした。

どこに?考えてみて欲しい。現在ソージは崖の上。

答えはもちろん、空中である。

 

「─────!」

 

もちろん落下するが、白い閃光が轟ッ!!!と二人の側を通りすぎた瞬間、二人の姿はそこ(空中)にはなかった。

 

「カアアアアアッ!!」

「どうだっ!楽しいだろう!」

「シャガル、マガラ…!?」

 

白い閃光の正体は古竜シャガルマガラ。

その背中で、ソージと少女は一時の遊覧飛行を楽しむのだった。

 

 

 

「もう一度聞く!楽しいか!?」

「楽しいっ!こんな、早くて、高くて!とっても!楽しいっっっ!」

「カアアアアアッ!!!」

 

 

 



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16話 決意と願い (sideリン)◆ミィナ視点◆

 

ガチャリ、と扉を開き、私は中に入ります。

手にお盆を持って。

 

「奏治君?」

 

全てを拒絶するようなカーテンの向こうから、くぐもった声が聞こえてくる。

きっと、カーテンの向こうでさらに布団をかぶっているのだろう。

 

「ごめんなさいです、ソージじゃないです」

「…ミィナちゃん?」

 

ソージじゃないと言うのが心苦しい。

ソージがいなくなってから、リンはずっとこの調子。

狩りにも行かず、塞ぎ込んでいます。

ここに来るたびに、『ソージ?』と聞かれるのですが、残念な事に一度も『そうだ』という返事はありませんでした。

 

「ごはん、ここにおいてくです。それと、村長がリンに用があると言ってたです」

「…ごめん、村長には行けないって言っておいて」

 

案の定、リンからは断られます。

ですが、こちらにも引けない事情があるのです。

最終兵器として、村長から伝えられていた言葉を使う事にしました。

 

「…ソージに関わることです」

「──────ッ」

 

空気が張り積めます。

装備を整えていたのか、しばらくしてカーテンの隙間からリンが顔を出しました。

久し振りです、顔を見たの。

 

「それ、本当?」

「村長から言われたことなので、詳しくはわかりませんが、本当です」

「なら、行って…みようかな」

 

私はリンの手をとってカーテンから引きずり出し、村長の元へと引っ張っていきます。

リンの顔を見た村長が差し出したのは、一枚の紙切れ。

クエストの依頼でしょうか。

 

「『彼の影を追って』…?クエスト達成条件、『ソージの発見』…。『ソージの発見』!?」

 

どうやら村長はリンのことを思ってソージの捜索依頼を出したようです。

 

「…リン、どうするです?」

「・・・」

 

リンは紙を持って受付のお姉さんの元へ向かいます。

それだけで、私にはリンがどうするかがわかりました。

お姉さんがリンを見て薄く微笑むと、いつものセリフを口にしました。

 

「…こんにちは、ハンターさん。そちらのクエストを受けますか?」

 

リンは一度息を吸って、お姉さんに紙を渡しました。

そして、こういうのです。

 

「…はい。必ず、達成してみせます」

 

お姉さんは微笑み、村長は安心したように男臭い笑みを浮かべました。

いつの間にか隣にいたアズール達はリンに応援の言葉を投げ掛けます。

 

「うん、うん。絶対、助けるから。絶対に」

 

リンは歓声を受けながら、ゲートに一番近い私の前で来ました。

私はここぞとばかりに、ずっと思っていた言葉を口にするのです。

 

「いってらっしゃいです、リン。必ず、二人で戻ってくるですよ」

「うん、私は諦めないよ。所詮はまだかけだしハンターだし、装備も最初のままだけど…。絶対、助けてみせるから」

 

リンは微笑むと、ゲートをくぐり、直ぐに走り出しました。

あの方向は古代林です。

私は後押しとばかりに、ポーチから角笛を取りだし、思いっきり吹きならしました。

 

 

角笛のよく響く音が、ベルナに響き渡りました。

 

 

 



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17話 シャロ

「楽しんだか?」

「うん。こんな思いをしたのは久しぶり」

 

シャガルマガラ式遊覧飛行を楽しんだソージ達は、洞窟に戻って少女の話を聞いていた。

 

「結局、お前は何者なんだ?」

「お母さんからはモンスターの血を引いているとしか聞いてない。名前も、しばらく呼ばれてないから忘れた」

 

おいおい…と、ソージは頭を抱えた。

名前を忘れるくらい前となると、この少女は少なくとも8、9年は一人で生きてきた事になる。

ちなみに、この少女は【竜人】と呼ばれる人種で、酒場の看板娘やユクモの村長と同じ種族である。

竜人は体の中でモンスターの血が生きようと暴れるために老いが遅く、力も強いのでハンターには最適なのである。

もっとも、竜人は世界にも少ししか存在せず、その体の特徴から狙われる事も多いので、集落を作ったりなど、ひっそりと暮らしていることが多いのだが。

 

『だったら名前をつけてあげないとね、ソージ君や』

「しゃべれるモンスター…。始めて見た」

「まぁ喋れるのはコイツだけだしな。しかし名前、名前かぁ…お前は良いのか?俺がつけて」

「うん。むしろこっちからお願いする」

 

ソージはううんと唸った後、その白い髪の毛を見て手を叩いた。

 

「【シャロ】…で、どうだ?」

「シャロ…。うん、ありがとう。気に入った」

『ふうむ、シャロ、シャロねぇ…』

 

白い髪の毛を見て思い付いただけの名前。

一応後からソージ談の理由をつけると、地球の大昔の英雄の名前も意識したそうだ。

 

「今日から私はシャロ。よろしく、ソージ」

「改めて、ソージ。よろしくな、シャロ」

 

二人はその場で握手を交わし、シャガルマガラは嬉しそうに喉を鳴らした。

 

「一応言っておく。私は遠距離武器が得意。ボウガンとか」

「なるほどなぁ。…ふむ、銃弾かぁ。丁度いいかもしれないな。俺は基本近接しか使わないから」

『いいじゃんいいじゃん、もうタッグ組んじゃいなよ』

 

そうしてとんとん拍子に話は進み、ソージの仲間にシャロが加入するのだった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

遥か遠くでナニカが光り、そのあとで無数の銃弾が飛んでくる。

ソージは持っていた大剣を横に凪ぎ払う。

すると銃弾は次々に半分に別れ、ソージの後方でピンク色の煙を出しながら爆発した。

ペイント弾である。

また遠くでナニカが点滅し、数々の銃弾がソージへ飛来する。

また銃弾を真っ二つにしたソージは、一度休憩にしようと真上に閃光弾をなげる。

パアンという爆裂のあと、閃光がソージの頭上にふりそそぐ。

しばらくソージがそこで待っていると、遠くからシャロが収納したヘビィボウガンを抱えて走ってくる。

そう、今の銃弾は全てシャロの狙撃。

高さも含めれば大きなエリア一つは離れているであろう場所から、的確にソージをスナイプしたのだ。

 

「うん。やっぱりソージは変。なんで銃弾を斬れるのかがわからない」

「反応速度には自信があるんだ。あとやっぱお前もチート」

 

そうして、ソージ達は各々の課題、ソージは目の限界を知ること、シャロはソージについていけるようになることを目標として、修行を続けるのだった。




おまけ

シャガルせんぱい「ソージ君のペットになってる気がする」

掃除「ペットじゃなかったのか」

シャガルせんぱい「違うよ。もっと強くならなければ。でないとソージ君に殺される」

掃除「がんばれ、マイペット」

シャガルせんぱい「ペットじゃないから」


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18話 さらば故郷よ、また会う日まで

大きなエリアに、蒼い閃光が走る。

飛び交う銃弾の間を縫うように走り、雷のような速さでシャロの元へと向かうソージ。

そのままシャロの隣で止まって初めて、その姿が確認できた。

 

「コイツは20秒が限界か」

「今のは14秒」

「意外と早かった」

 

ソージの『左目ピカーッ!』状態は検証の結果20秒しか持たず、ソージの奥の手として封印されることになるのだった。

 

『相変わらず、人間止めてるねえ、ソージ君』

「るせぇ。俺の目的のためには、これくらいは必要なんだ。お前だって古竜なら、背中に乗せて飛ぶくらいしろや」

『うん、その事なんだけどね』

「ん?」

『そろそろ、君を乗せて他の島に渡らせても良いんじゃないかと思ってる』

 

シャガルマガラの放った一言に、ソージは固まる。

何故か?

今までソージは、シャガルマガラの力を借りずに、自作の船で島を出るつもりだった。

理由は簡単、シャガルマガラが乗せて飛ぶ事を却下したからだ。

諦めて船を作ろうとしていたところ、『飛んでも良い』なんて言われたのだ。

 

「えーと、ん?今、なんて?」

『そろそろ良いんじゃないかと────』

「【獣宿し[天廻】…】」

『ちょっ、ストップストップ!』

 

蒼く目を光らせるソージを、シャガルマガラは慌てて止める。

 

『ごめんって。でも、新しい眼に慣れてなければ、いくらワタシに勝っても他のモンスターには勝てないと思ってさ』

「…ほう?俺の事を心配していた、と?」

『そうそう!あとはソージ君とシャロちゃんがどうなるかを見たかっ───』

「遺言はそれだけか?【獣宿───」

『ごめんって!ねぇ!だから目を光らせるのやめて!』

 

そんな忙しい会話の中、ずっと黙っていたシャロが唐突に手を上げる。

 

「ねぇシャガルマガラ。私達を、どこに連れていってくれるの?」

『ねぇ待ってってば──えっとね、マップ【渓流】、ユクモ村の近くかな』

「あぁ?渓流?…まぁ、別に良くも悪くもないな」

「渓流…言ってみたい。どんなモンスターがいる?」

「『タマミツネ』」

 

二人とも元モンハンプレイヤーであるため、素材集めの苦い思い出が共通しているようだ。

結果、出発は明日、シャガルマガラは送った後にまたこの島へ戻る事になった。

 

 

翌朝。

ソージとシャロは崖の上に来ていた。

出発する前に、崖の上からの景色を見ておきたいという、シャロのワガママからだ。

 

「さて、これでこの景色も見納めだな」

「うん。少しだけ寂しい」

 

感慨深そうに景色を眺めるシャロは、腰からヘビィボウガンを展開し、炸裂弾を一発だけ装填する。

ぎょっとしたソージが耳を塞ぐと同時に、シャロは容赦なく引き金を引いた。

ひゅるる、という間の抜けた音の後、空で爆発を起こす炸裂弾。

その音を聞いて満足したシャロは、ソージの肩を叩く。

耳を塞いでいた手を離したソージの目に写ったのは、男なら誰しも見惚れる微笑を浮かべた、竜人の少女。

 

「ソージ、ありがとう。ピンチを救ってくれて、この景色を教えてくれて、ありがとう。私を見捨てないでくれて、ありがとう」

 

感謝の言葉を受けたソージはと言えば。

 

「…どういたしまして」

 

苦笑すると、シャロをお姫さまだっこの形で抱き抱え、崖から飛び降りるのだった。

 

 

いつものように、白い閃光が二人をさらっていった。

 

 




おまけ

シャガル先輩『さっきの会話聞いてたんだけど、もう完全に付き添いあった老夫婦だよね』

掃除「うるさいな」

ひゃろ「私は別に夫婦でも良い」

シャガル先輩&掃除「『!?』」



なんとも締まらない出発でした。


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19話 渓流に着いたら

ゴウン、と渓流のエリア4に大きな音が響く。

渓流のモンスターは大慌てで逃げ出し、草むらの陰から震えながら音の元凶を見る。

太陽の光を反射する白い鱗、岩すら切断しそうな牙に爪。

大地を揺るがす古竜、シャガルマガラ。

そして、その背中から飛び降りる二つの影。

 

「…ついたか」

「長く楽しい飛行だった」

 

ソージとシャロである。

ソージはゲーム内で飽きるほど見た地形をVR感覚で見れるためキョロキョロし、そしてシャロもまた、新しく見る世界にキョロキョロしていた。

 

『それじゃ、ワタシは帰るよ。ソージや、キャンプの場所はわかるよね?』

 

シャガルマガラは穏やかな目で草むらを見る。

怯えながらも「こわくない?こわくない?」と草むらから這い出てくるモンスターに優しく微笑み、次に二人に視線を向ける。

 

「あぁ、大丈夫だ。今まで、世話になったな」

「ありがとう。あなたのお陰でソージに出会えた」

『どういたしまして。あっ、そういえば』

「なんだ?」

『ワタシが来た頃に龍歴院に小さいコがいたんだよ。よくサポートしてあげたけど、元気にしてるかなぁ』

「それなら、会ったらあなたの仲間って挨拶しとく?」

『頼むよ、ワタシの生前の名前は【レンジ】だ。あのコは、ハンターをサポートする船を作るって夢、叶えられたのかなぁ…』

「【レンジ】、だな。わかった。もしも会ったら伝えておく」

 

シャガルマガラ────レンジは一言だけ『ありがとう』と呟くと、その翼を大きく羽ばたかせた。

咆哮をあげながら帰っていくレンジ。

レンジの姿が見えなくなるまで、二人はずっと空を見上げていた。

 

 

 

 

「さて、そろそろ行くか」

「わかった。キャンプに行くんでしょ?ソージについてく」

 

ソージは転生前の記憶を便りにキャンプを目指していく。

後ろのシャロはキョロキョロと辺りを眺め、自分が遅れていることに気づくと慌てて小走りでソージの隣へ移動する。

 

「ソージ。ソージは、復讐を終えたらどうするつもり?」

「故郷に帰る方法を探す」

「…ソージの故郷って、どんなところ?」

 

ソージは目を義眼にした経緯はシャロに話したものの、自分が異世界から来たことは話していない。

ソージの言う遠い故郷とやらがシャロの好奇心をくすぐったのだ。

 

「そうだな…まず、モンスターがいない」

「いない?少ないじゃなくて?」

「そうだ。だから、シャロみたいな人間は空想上の物として扱われてる」

「そう…」

 

ソージはシャロの頭にちょこんと生えている角を撫でる。

くすぐったそうにするシャロは、故郷を思い出して微笑むソージの顔を見て驚愕した。

暗かった。

その蒼い左目は、機械のはずなのに持ち主の感情を深く表している。

哀しみに溢れたソージの目は、どうみても故郷を懐かしんでいるようには見えない。

急いでシャロは話の続きを促し、ソージの顔を直視しないようにうつむいた。

 

「…次は?」

「次?そうだなぁ、工業が発達しているな」

「工業?」

「シャロが見たら驚くと思うぞ?鉄の牛が走るんだ」

「鉄の牛…」

 

ソージは電車の事を言っているのだが、もちろんシャロはメタリックボディで爆走するラージャンを思い浮かべた。

そうこうしているうちにキャンプについた二人。

 

「ここがキャンプだ。人が来るまでここで待ってなきゃな」

「ん。ベッドがある」

「食料はあっちから持ってきた生肉があるから、それを焼いて過ごすか」

「わかった。ソージ、気球が飛んでたら空砲を撃つ」

「そうしてくれ。ベッドはシャロが使え、俺は床で寝るからな」

 

手慣れたようすで装備のマントを床に敷こうとするソージに、シャロは提案する。

 

「どうして?ベッドはおっきい、ソージも一緒に寝よ?」

「…どうしてそうなるんだ。少しは気遣いを考え…」

「…ダメ?」

 

乙女の必殺技、上目遣いを発動させたシャロに、ソージはたらりと冷や汗を流し…

 

「狭くても文句言うなよ」

「んっ。むしろ嬉しい」

 

ラノベのテンプレが、ここに君臨したのだった。

 




おまけ


ひゃろ「ソージ、あーん」お肉ずいっ
掃除「自分で食べられる…」
ひゃろ「…ダメ?」シャロ は 上目遣い を 放った!
掃除「…あーん」
ひゃろ「♪」


ソージさんはシャロの上目遣いに弱い。
ハイここテストにでますよー


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20話 色々とびっくりこいた

 

遠くのモンスターの咆哮にソージは目を覚ます。

はらりと落ちる毛布に目をやると、ソージは自らの体温以外の温もりを感じ、寝ぼけ眼でその温もりの発生源を確かめる。

 

「…?」

「…すぅ。すぅ」

「なっ…!?」

 

それがシャロであるとわかった瞬間に、飛び退こうとしたソージだったが、それが引き金で眠気が飛び、昨日の記憶がよみがえった。

 

「…あぁ。こいつと一緒に寝たんだったな」

「…すや」

 

シャロの陶磁器のような白い肌に何故だか興味をしめし、シャロのほっぺを指でつついてみるソージ。

ふにゅん、という感触が返ってくる。

 

「もちもち…あ、いや、俺は何を…」

「すや。…ん?ソージ、おぁよ」

「お、おう。おはよう」

 

くぁ、とあくびを溢して起き上がるシャロは、ほっぺをつつかれた事に気づいていないようで、ソージを見て首をかしげる。

 

「来た?」

「いや、まだだ」

「気球は?」

「確認してないな。起きるか」

 

毛布をめくり、ベッドから降りて空を見渡すソージとシャロ。

気球どころか雲すらない青い空が二人に朝の挨拶をする。

 

「…いないか」

「ん。さすがに一日じゃ来ないかな」

「だろうなぁ。……ん?ちょっと待て」

 

ソージが何かに気づき、耳をすます。

シャロもマネをして耳をすますと…。

 

 

ゴトっ、ゴトっ

 

 

馬が馬車を引く音だ。

しばらくしてやってきたパーティはモンスターの討伐に来たようだ。

討伐依頼の時に前のパーティに置き去りにされた(てい)で事情を話したソージ達は、とある条件を出される。

 

「帰りの馬車に乗せてほしい、ですか」

「ならリーダー、この人達にロアルドロスの討伐の手伝いを頼んだらどうだろう?ちょうど俺たちは二人しかいないしさ」

「そうですね…。えと、ソージさん。シャロさん。僕達のパーティに一時的に入って、ロアルドロスの討伐に協力してくれると言うのなら許可しましょう」

 

こうして一時的にパーティを組んだソージ達は…

 

「…ん。終わった」

「はやっ!?さすがに信じられませんて…」

「ほい、ロアルドロスのたてがみな」

「マジだ…リーダー、マジだ!この人達、二人だけでロアルドロスを討伐しやがった!」

 

時計の針が五分も経たない内に、ロアルドロスを惨殺してきたのだった────

 

 

 

 

「お帰りなさい。もしかして…失敗しちゃいました?」

「いや、討伐してきましたよ」

「はやっ!?なんでぇ!?」

「後ろの人…前のパーティに置き去りにされたらしいんです。それで、帰りの馬車に乗らせてあげる変わりに手伝ってくれって言ったら、こんな早く討伐してきちゃいまして」

 

受付とパーティのリーダーが話している間に、ソージとシャロは他の受付からオススメのクエストを探す。

シャロの装備がいつまでも【簡素な服】であることを重視したソージの意見である。

 

「はぇ~…。わかりました、クエストは達成ですね。取り残されたハンターと鉢合わせた場合、ハンター扱いではなく自然死亡の類に入りますので、お二人からお金はいただきません」

「そうか、助かる。全く金を持っていなくてな、今稼ごうとしていたところだ」

「ご飯が食べれないと困る」

 

結局ロアルドロス討伐クエストの書かれた紙を手にしたソージとシャロは、早々とユクモを離れる。

晩ごはんと寝るところの代金を集めてからユクモ村の観光をするらしい。

自由な二人を見送ったパーティの受付嬢は、苦笑いを浮かべることしかできなかった。



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21話 ユクモは足湯だけじゃないんよ?

 

湯煙の立ち込める和風な村、ユクモ。

その受付嬢は、混乱していた。

 

「く、クエスト達成お疲れさまです…?」

「おう。どうだ、シャロ?」

「ばっちぐー。ピッタリフィットしてるよ」

 

目の前にいるのは、擦りきれたベルダー装備に身を包んだ、蒼い片目を持っている少年。

その後ろには、新調したロアルドロス装備を確かめながら一回転する竜人の少女だ。

 

「おう、それなら良い。クエスト報酬で宿代も手に入ったし、これで大丈夫だな」

「どれくらい行ったっけ?」

 

二人の声を聞いて受付嬢は手元にある紙の束を数える。

未だ混乱しており、手の動きがカクカクと震えている。

 

「に、25…です…」

「あれ?そんなものだったか」

「…ん。結構ラク」

 

受付嬢が混乱している原因はここにある。

この二人、渓流の生態系をぶち壊す勢いでロアルドロスの乱獲をしたのだ。

両親を殺されたロアルドロス(息子)が挑めばその首回りのふわふわをもぎ取られ、兄を殺されたロアルドロス(妹)が挑めばその尻尾を捕まれジャイアント・スイング。

同行の度に駆り出される馬車引きアイルーはキャンプにいても聞こえてくるロアルドロスの悲鳴がトラウマとなり、半泣きになりながら帰ってきた。

 

「なにはともあれ、ようやく装備が新調できたな」

「…まだ。ソージのが終わってないよ」

「俺はまあ、継ぎはぎで良い。後でちゃんと作るし、余ったロアルドロス素材をくれ」

「ん。ソージの着替え、楽しみにしてる」

「ただの装備なんだが?」

 

アイルーがむせび泣き、渓流で釣りをしようとしていたハンターが『釣り場が血だらけだ!』と受付に駆け込む。

阿鼻叫喚としたユクモ村の中心で、髪の毛を血に濡らした二人がくっつきあっている。

 

「…お二人とも、まずは髪の毛の血を拭ってきたらどうでしょう?」

「ユクモの村長。名前は…」

「名乗るほどでもありゃしません。早いところ、行ったほうがええと思いますけど。その()の髪の毛が痛みますよ?」

「…!それは困る。ソージのお気に入りなのに」

 

ユクモ村の村長の提案に、ソージは首を傾げる。

自分がやっていた【モンスターハンターXX(ダブルクロス)】では、ユクモ村は足湯しか入れなかったからだ。

 

「…どうやって落とすんだ?」

「温泉があります。あ、混浴ではないですよ」

「…あるのか、温泉。ゲームでは無かったろ、なんで…」

「ソージ、早く行こう?髪の毛が痛むと困る」

「ん?あぁ。わかった、行ってみる」

「それはよかった。ささ、お早く…」

 

渡した地図をひらひらと振るソージを見送りながら、ユクモ村の村長はひそかに頭を抱えた。

 

「生態系が!渓流にファンゴが異状におるんですけど!」

「イヤにゃあ~…。もう渓流には行きたくないにゃあ…」

「どーすんだよ!血の匂いを嗅ぎ付けてタマミツネが集まってきたぞ!」

「…………この収集、どうやってつけまひょか…」

 

ユクモ村の受付は異様な仕事の多さから、その日は村長自ら仕事をこなし、なんとか一日を終えた。

 

 

 

 

「ふい~…。まさか本当に湯船に入れる温泉があるとは…」

 

何ヵ月かぶりの風呂に、ソージは深い息をつく。

じんわりと温いその感触はゲームの世界に迷い混む前は何回も入っていた物。

いざ入れないとなると、その大切さが身に染みる。

 

「荒いタオルを湯で濡らし、それで体を拭く…。ゾワゾワして嫌なんだよな」

 

風呂好きの日本人にタオルは地獄だよなぁ、と愚痴をこぼすソージ。

一方、隣の女湯では…

 

「~♪」

 

シャロはまだ湯に浸からず、髪の毛を念入りに洗っていた。

石鹸を桶に溜めたお湯に溶かし、それを手で救って髪の毛を洗う。

今まで川に浸かって髪を洗っていたシャロはもこもこと泡立つソレが気に入ったようで、念入りに髪を洗う。

充分に洗った髪をお団子状に頭に巻き、湯船に恐る恐る足を入れる。

風呂が初めてのシャロはびくびくしながら足から入り、そして肩まで沈む。

じんわりと温い感触が自らの体を包んだ瞬間…

 

「くぅぅぅぅ…♪」

 

自らの口から無意識に出たその声に今日一番驚いた。



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22話 眠い?なら寝かしつけてやるよ、永遠にな

 

「「アマツマガツチ?」」

 

しばらくユクモを堪能した二人がユクモ村の村長から聴いたのは、新しいクエスト依頼だった。

 

「はい…じつはお二人の騒動でアマツマガツチが目覚めてしまいまして…。近隣の村が雨続きで、薪も濡れて凍えそうという情報が…」

「それは…なんとも悪いことをしたな」

 

実はこの依頼、今言った理由以外にも、『二人がしばらくこの村から出てくれれば収拾がつく』というユクモ村長の策略もあるのだが、初日で25もロアルドロスを乱獲した二人のこと、どうしても恐怖心が勝り本心を言うのを躊躇ってしまっている。

ソージとシャロはとっくに気付いているが。

 

「…いこう、ソージ。私達が巻き起こしたことみたいだし」

「そうだな。ダイソンか、久しぶりに見るな…」

「ありがとうございます。既に馬車は用意してあります、いつでもお出かけください」

 

上品に言ってはいるが、言葉をそのまま受けとると『早く行ってくれると助かる』という信念がつつぬけである。

ソージは苦笑いすると食事をして、早々に出るのだった。

 

 

 

 

ゴウウウウウ。

ゴウウウウウウウウウウ。

 

「なあシャロ、思ったことが『ビュウウウウ』うるせっ!風、うるせっ!!!」

 

ソージの見据える先には竜巻が吹き上がり、雨や瓦礫を乱雑に吹き飛ばしている。

ぴしゃぴしゃと跳ねる水にシャロの前髪はぺったりと張り付き、先ほどからうっとおしそうにしていた。

が、ソージのお気に入りなので切らない。プライドにかけて!

 

「ソージ。『ビュウウウウ』が『ビュウウウウ』…かもしれない」

「何言ってるか風でわかんねぇ…」

 

ソージはシャロを抱き寄せ、その口を自らの耳辺りに近づける。

いきなりの行動に困惑しながらも、シャロはなんとか自らの言葉を捻りだした。

 

「あ、あの…早く、行った方がいいんじゃないかな…って…」

「ああ、そう行ってたのか。ありがとうな、シャロ」

 

そう言ってシャロを離すソージ。

シャロの「あ…」という寂しそうな声は風にかき消されてしまった。

今回のソージはいつもの大剣ではなく、小回りの良い片手剣を持ってきている。

銘を【バーンエッジ】。

復讐相手の一匹、リオレウスの素材から作った剣である。

どこに素材を仕舞っていたのかは、モンスターハンターの不思議の1つ、『アイテム共有の箱』の効果があり、ソージはシャガルマガラの島で手に入れた素材を余すことなく自由に出し入れできるのだ。

既に4回ほど強化しており、ソージはこれを他の武器に派生進化させる予定を密かに企てている。

 

「行くぞ、シャロ」

「あっ…、うん、行こう」

 

いきなりお姫様だっこされ、狼狽するシャロだったが直ぐに気をとりなおし、新しく作ったライトボウガン、【狐水銃シズクトキユル】を撫でた。

バッとソージが一歩踏み出せば、もちろん重力に従って落下する。

ソージがしっかりと支えれば、(なか)ば反則的ではあるものの、シャロがライトボウガンを構えて初撃を放つ。

 

「ギャアアアアアアオ」

 

シャロの狙いは的確で、一撃でアマツマガツチの胸部にある弱点に銃弾を叩き込んだ。

落下しながら、銃弾とアマツマガツチの移動する先を予測し、偏差撃ちをしたのである。

片手剣を崖に突き刺し、ガリガリと音を鳴らしながら落下の勢いを弱めるソージ。

やがて二人は崖の真ん中辺りで止まり、作戦を確認した。

と言っても。

 

「シャロ。準備はいいな」

「うん。それに今更」

 

このような物である。

 

「よし、いくぞ。せぇーのっ!!」

 

片手剣を崖から外し、思い切り壁を蹴るソージ。

勢いに任せてアマツマガツチの目の前まで飛び、近くで渦巻く竜巻に飛び込んだ。

微妙に位置を調節し、ふわりと地面に降り立ったソージはシャロを離すと、不適に笑って言い放った。

 

 

 

 

「よおダイソン。起きちゃって眠いらしいな。寝かしつけてやるよ。永遠になッ!!」

 

 

 

 



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23話 嵐の中の蒼稲妻

 

アマツマガツチによる怒りの激励、そして戦いの始めを告げる咆哮が鳴り響く。

シャロは射程圏外、ソージは盾を構えて咆哮から身を守り、攻勢の意を示した。

 

「おら、早く降りてこいよ、ダイソン(絢嵐竜)

 

盾のついた左手の人差し指をクイッとやり、挑発するソージ。

因みに通常のハンターは生存率をあげるため、利き手に盾を持つが、ソージの場合はスピードアタッカーのため、振るいやすい利き手に剣を持っている。

アマツマガツチにはダイソンがなにか知らないが、ソージから出る気迫、そしてその表情から侮辱されたことを悟り、ソージに台風をお見舞いした。

が。

 

「させない」

 

パァン、という破裂音。

胸に銃弾を叩き込まれたアマツマガツチは、硝煙を吹く銃を抱えた少女を見据える。

目の前の敵(ソージ)は台風でも纏えば動けない、まずはガンナーの小癪な娘(シャロ)から────

 

「どこみてんだよ」

 

アマツマガツチは大層驚いたことだろう。

なにせ、目の前にいたはずの敵の声が()()()()聴こえたのだから。

アマツマガツチが振り向いたときには時すでに遅し、ソージはアマツマガツチの尻尾を踏みつけ、高く飛び上がっていた。

 

「せえりゃあっ!!!」

 

上から響く掛け声と共に、アマツマガツチの額に衝撃が走る。

一瞬だけ体勢を崩してしまったアマツマガツチの額に剣を刺したまま、ソージはアマツマガツチの頭にしがみつく。

アマツマガツチは暴れ、ソージを振り落とそうとするが、ソージはしがみついたまま離れない。

アマツマガツチがほんの一瞬油断を見せた瞬間、腰からナイフを取り出して切りつける。

一撃一撃が重く、衝撃で気絶してしまったアマツマガツチ。

横たわったアマツマガツチに怒涛の連続攻撃をするソージとシャロ。

目を覚ましたアマツマガツチは空へ飛び上がり、ソージへ水のレーザーをお見舞いする。

が、これが読めないソージではない。

独楽(コマ)のように回転し、盾と剣を巧みに扱って水のレーザーを()()()()()()

 

 

 

 

〈【獣宿し〔嵐舞(らんぶ)〕】を取得しました〉

 

 

 

頭に響く声。

それが何かを確認する暇も与えず、アマツマガツチはソージへ突進する。

 

「【獣宿し〔嵐舞〕】ッ!!」

 

口角を吊り上げ、取得したばかりの狩技を発動させるソージ。

アマツマガツチとすれ違うように動き、()()()()()()()()

眼の蒼い光が尾を引き、コマのような動きによって円を作る。

 

「らあああああああああッ!!!!!!」

 

アマツマガツチがソージとすれ違いきったとき、ソージは右腕を水平に伸ばしている。

数秒の静寂。

ぐしゃり、と音が鳴る。

跳ねる泥の中、未だこの世に残っていたのは、蒼く眼を光らせるハンターであった。

 

「ソージっ!」

「狩猟完了、だな」

 

バーンエッジを腰にしまい、かけてくるシャロを抱き止めるソージ。

雲の間から差す太陽光が、二人を照らした。



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24話 新たな道

 

「いやー、よく帰ってきたニャ!アマツマガツチの討伐お疲れさまニャ!」

 

ゴトンゴトンと揺れる馬車の中、ソージは思案顔で窓の外を見ていた。

このまま帰っても、自らの復讐は果たせない。

だったら、もう出発したほうが良いのではないか。

穏やかな顔でアイルーと会話しているシャロを見て、ソージは考えをまとめた。

 

「おい、お前」

「ん?なにかニャ?」

「目的地変更だ。このまま他の村へ向かえ」

「え?構わニャいけど、それじゃクエスト達成報告ができニャくなりますニャ」

「お前がしてくれ。俺たちの分の報酬はお前が取っていっていい」

 

願ってもいない高収入にウキウキするアイルー。

それを横から見るシャロに、ソージはこんどは申し訳なさそうな顔で話しかける。 

 

「悪いなシャロ。討伐報酬が無くなっちまった」

「私はソージについてく。ソージが要らないというのなら私も要らないよ」

「悪いな」

「大丈夫。それよりソージ、どこに向かうつもり?」

「そうだな…おい、ココットに向かえ」

「お任せニャ!」

 

ココット。

聖なる剣が眠ると言われる村。

逆に言えばそれ以外特徴はないのだが、ソージはココットにある可能性を見ていた。

ココットの近くの狩場(フィールド)では、最近隕石がよく降るのだという。

その隕石はいつも細く、そして煤焼けているらしい。

 

「…バルファルク」

「バルファルク?」

「あぁ。この前話した古竜だ」

 

隕石の情報はすべてバルファルクが出現したときの情報と一致しており、ソージはそこに目をつけた。

リオレイアは既に倒し、リオレウスには逃げられてしまったが目に傷をつけた。見つかるのも時間の問題だろうという考えか、ソージはまずバルファルクとイビルジョーを探そうという手に出たのだ。

 

「リオレウス、か」

 

左目に手を当て、しみじみと呟くソージ。

が、その手に手を重ねる者がいた。

言わずもがな、シャロである。

 

「大丈夫」

 

ソージがリオレウスと戦ったのはシャロと会う前のこと。

シャロはリオレウスがなんなのかは知らないし、無論ソージの痛みを知れるはずもない。

だが、シャロには確信があった。

自分とソージがいれば、敵はないと。 

自分は、ソージの役に立てる、と。

 

「……ありがとな」

「んっ」

「あのー、お二人さん。申し訳ニャいですけど、そろそろココットにつくニャ」

「ああ、わかった」

「ありがとう」

 

返事をしながらもまだくっつきあっている客二人(ソージとシャロ)にため息をつきながら、アイルーは馬に指示をとばす。

馬車の遥か上空で()()()()()()が飛来していたのにも気づかずに。

 

 

 

 

「ついたニャ。ココットですニャ!」

「あぁ、ありがとう」

「また会えたら、どこかで」

「お達者でニャ~」

 

手を振りながら馬車を操りユクモに帰るアイルー、それに手を振り帰すシャロ。

ソージはゲーム時代でみた光景と同じ殺風景な村にどこか安心感も得つつも疑問を抱いていた。

 

「…平和だな」

 

とても隕石に怯えているとは思えない。

目付きを鋭くして辺りを見渡すソージに近づく者が一人。

 

「おお、おお!その出で立ち、さてはハンターですかな?」

「ああ、この村の村長か?」

 

テカテカと頭を光らせたよぼよぼのじいさん。

「ハラヘットンナ」というセリフが一時期有名になった人である。

ゲーム時代は彼のボイスを逆再生すると「これから 始まる 物語りは」となることから制作者のお気に入りか、などと噂もされていた、ゲームの外ではとても有名な人でもある!

 

「いやはや、カンゲイしますぞ」

「…や、まぁいい。それより聞きたいことがあるんだが」

「なんですかな?」

「俺たちにハンターかどうか聴いたってことは、なにかハンターに用事があるんじゃないのか?」

「ほぉ。お気づきでしたか。じつはここ最近、モンスターに脅かされていまして」

 

ほらきた、とソージは口角を上げる。

村長は光る頭をかきながら、照れ臭そうに口を開く。

 

「ババコンガが村の作物を盗んでいくのですよ」

「だああっ」

 

改名前のノリのよさが残っていたのか、コケてしまうソージ。

しれっと横にいて支えてくれたシャロの頭を撫でながら、ソージは辺りを見渡した。

 

「あのなあ。ババコンガとかそういうしょぉぉぉぉおおおもない事じゃなくて、他にないのか?ほらなんか、村を消し去りそうな事とか」

「ふぅむ…しかし、村に最近あったことと言えば隕石が多く落ちることくらいしか…」

「それだろそれをもっと重視しろよ」

 

ソージの言葉に村長は髭を撫で、「重視と言われましても…」と後ろを振りかえる。

そこには水色の髪の青年が、机の上につっぷしていた。

 

「あそこの少年が、『何もないです!これが古竜の鱗だとか、近いうちにこの村に古竜が来そうとか、全くないですから!』と全て引き取ってしまったしのう…」

「おいアイツ叩き出せ」

 

村長との話に区切りをつけて青年のところへ向かうソージ。

近づいて耳を傾ければ、「あっ、あっ、あっ、どうしましょう…」と仕切りに呟いていた。

ソージが首襟を掴み、ユサユサと青年をゆすれば、「わひゃあっ!?」と奇っ怪な声を上げる。

そこへシャロが行動の意味はわからずとも銃口を突きつける。

 

「オイ」

「知っていることを全て吐くこと」

「ひええ…なんなんですかぁ…」

 

涙目で叫ぶ青年とその襟首を掴む青年の絵面にココットの住人がドン引きしている中、ソージはその青年にこっそりささやいた。

 

「赤い彗星」

「───ッ。なにか知ってるんですか」

「お前しだいだ」

「………話を聞きましょう」

 

完全にカツアゲな状況に、ココットの住人はさらに引いた。




さてさて、この回の文字数はいくつでしょう?
2222字のゾロ目でした!(だからなに


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25話 見当たらない影 (sideリン)

 

ピシャッ、と月夜に水が跳ねる。

タマミツネは水しぶきを上げながら、目の前の相手を穿とうと口から水のレーザーを放出した。

和装束のような装備を使い、両手に小さな短刀…双剣をもった黒い影は、レーザーをジグザグとした動きで避け、いとも容易くタマミツネに肉薄する。

影はそのまま大地を蹴ると飛び上がり、勢いを殺さずそのまま斬撃をタマミツネの喉に喰らわせる。

 

「きゅあああああお」

 

それが最後の一撃となり、タマミツネは勢いよく横たわり、そして息絶えた。

ざく、ざくとナイフで素材を剥ぎ取った影は腰元から回復薬を取り出すと、一気に飲み干し呟いた。

 

「……ここにも、いない」

 

フードのような角隠しを外し、長い黒髪を晒した女。

 

「奏治くん」

 

リンは血に濡れた手を足元にある水で洗い、角隠しをかぶって素材だけ持って走り出す。

もう一度、やり直すため。

 

 

 

 

「おいおい嬢ちゃん、装備が血だらけだぜ?その剣だって、しばらく研いでないだろ?」

「………どうせ泡が洗ってくれます」

「ねえねえ、あなたハンターさん?美味しい食べ物あるけど、寄ってかない?」

「………………………お腹がいっぱいです」

 

温泉による湯気があちこちから立ち込める、ユクモの村。

住人は入り口からやってきた血に濡れた────体格や装備からして女だろう────女を見かねて、次々に声をかける。

しかし女は、リンは引きずっている足を止めない。

長い階段を登り、長椅子に座っているはんなりとした女性───ユクモの村長に話しかける。

 

「ここに、ハンターは。ベルナの装備をつけた男のハンターは来ましたか」

「………覚えはあります」

「………よかった」

 

そう言うが早いか、リンは気を失って倒れてしまう。

ユクモの村長はこの見たこともない女に若干の畏怖と、大量の戦慄を覚えた。

 

 

 

 

「かはっ、あっ、奏治くん」

「起きましたか」

 

リンが目を覚ますと、目の前にいたのはユクモ村の村長だった。

今のリンは体を締め付ける装備はつけておらず、インナーだけである。

 

「大丈夫ですか。なんやら、うなされていたようですけど」

「若干癖のある話し方。ユクモ村の村長さん?」

 

ゆっくりと首を縦に振った村長に、リンは胸を撫で下ろす。

まずはゲームで奏治が一番好きだったユクモに行こうと思ったが、意識が朦朧としていて村に来たときの事を覚えていなかったのだ。

 

「……もう一度、聴いていいですか。ここに、ベルナのハンターは来ましたか?」

「…ええ。覚えはあります。しかし、ベルナからやって来るハンターは少なくありまへん。他に、特徴はありませんか」

「黒髪、黒目。基本スタイルはエリアルです。剣士をやっていました。この条件で、男性のハンターは?」

「…………………」

「………そう、ですか」

 

ユクモの村長は迷った。

黒髪、黒目のハンター。

エリアルで剣士。

そんなもの、最近騒ぎを起こしたあのハンター(ソージ)しかいないだろう。

事実、起きる直前に寝言で「奏治くん」と呼んでいるのが聞こえていた。

しかし彼は片目が碧眼であったし、既にこの村を離れている。

なにより、持っていた素材からタマミツネを単独で倒した事がわかった。

これほどまでの実力をもった少女が、一週間足らずで生態系を変える力をもつ少年にあったらどうなってしまうのか。

恐ろしくて、考えることもできなかった。

 

「飛行船で探すのはいかがですか。あれなら移動も素早く済ませられ」

「陸路じゃないとダメなんです。そうでないと、見逃してしまう」

 

リンは傍らにあった装備を。

旅の鍛冶屋に作ってもらったタマミツネの装備を手にとる。

 

「ダメ、ダメ、ダメ。そんなの、絶対に」

 

ふらりとベッドから抜け出し、装備を身につけるリン。

 

「村長さん。ありがとうございました。私は、行かないと」

「あきまへん。この村で2、3日は休養を取らなければ、この村を出る許可はできません」

「ダメなんです。探さないと。そんなの、ダメ」

 

子供のように駄々をこね、しかし顔は幽鬼のようにやつれている少女に、村長は頭を悩ませる。

 

「見逃したハンターの情報もあるかもしれません。ここ一ヶ月の出入りの情報を見てみますから、せめてそれまでは」

「……………………」

 

うつむきながらベッドに戻るリンを見据え、村長はやはり心労を負う。

赤い流星がユクモの上を通過したことなど、気づきもしなかった。



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26話 ハンターサポートシステム、龍識船

 

「───ほんとに、協力してくれるんですか!?」

「ああ。何度も言っているだろ?」

「無駄な確認は不要」

 

ソージとシャロは青年から話を聴き────途中途中でシャロの銃口に怯えるので割愛したが────青年の出す依頼に好感触を示した。

内容は、青年の造った飛行船、『龍識船(りゅうしきせん)』に乗り込み、やがて村を襲いに来る古竜のバルファルクと戦うという内容。

ソージは復讐相手に会えるチャンス、シャロはソージに付いていくだけなので二人とも恐怖などなく、むしろ『上等』と言って青年を急かしたほどであった。

 

「で、では、龍識船に案内します。龍識船は鍛冶屋と道具屋、研究者がそろっていてまさにハンターのための船なんですよ!」

「ほう?で、どこにある?」

「あそこです!普段は集会酒場に隣接するように停泊しているのですが、今回はアレに乗ってきたので、今からでも討伐に向かえますよ!」

 

青年が指差したのは、THE・飛行船といったいでたちの飛行船。

やや大きめなサイズで、力持ちが荷物を運び込んでいるのがわかる。

 

「僕は生まれつき貧弱で、ハンターになることは親から反対されていたんです。なので、たくさん努力してモンスターの知識をつけ、ハンターたちを支援できるような力を身につけました!」

「……そうか。一応、よくやったと言っておこうか」

「努力は必ず実るって話は、本当なんだね」

 

船は主に木造で、大きなプロペラが目を引く。

ソージはこれで飛べるのか不安になったが、他にも飛ぶための機能は備わっているらしく、プロペラは他の用途に使うことが多いらしい。

 

「ソージさんの左目、ソレ義眼ですか?」

「……っ?よくわかったな」

「これでも研究者なので。あのアイルー、僕よりも機械について詳しいので義眼の調子が悪いとかあったら言ってくださいね」

「そうか。その時が来たら使わせてもらう」

 

ソージは今回のために持ってきた太刀、『鉄刀【神楽】』を磨き始める。

今のところ義眼におかしなところはないので武器を磨いておこうという考えだ。

が、何に気づいたのか、青年に向けて口を開くソージ。

 

「なあ、『レンジ』って名前に聞き覚えはないか?」

「え?レンジ?えー…あー…どこかで聴いたような…?」

「お前の事を知ってるやつが、その名前だったんだが」

「レンジ…レンジ…あ!あのときのハンターの!」

 

そう、レンジとはソージとシャロがお世話になった古竜、シャガルマガラの真名。

詳しいことは聴かされていないが、本人が気にしていたので何とはなしに思い付いたことを言ったのだ。

それが、思いがけずよい方向に進むとは知らずに。

 

「レンジさんは、今どこに!?」

「ん?あー…遠いな」

「龍識船ならどこでも行けます!お願いします、僕もできる限りのサポートをしますから!」

「わかったわかった!時が来たら教えてやる!まったく、アイツはなにをしたんだか…」

 

「約束ですからねー」と言って青年が場を離れると同時に、龍識船に衝撃がはしる。

プロペラが勢いよく回りだし、周囲の人間は船から距離を置いた。

どうやら離陸するらしい。

ソージとシャロは互いに目を合わせ、気合いを入れ直すのだった。



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27話 激突、バルファルク

 

ソージは、船の舳先に乗り、腕を組んで立っていた。

理由は無い。ただの遊びである。

その遊びが幸を成したことにソージ自身が気づくのは───

 

「ッ!?全員、伏せろ!!」

 

───赤い彗星が、船の腹をえぐった後のことだった。

 

船が衝撃で揺れ、乗組員の全てがその場でスッ転んだ。

龍識船は木屑や食料、果ては人をも撒き散らしながら重力に従い滑空していく。

 

「ソージ!」

「シャロ。少し早いが、決戦だ」

「わかってる。けど、その前に……」

 

ソージはバランスをとりながら空に留まる赤い閃光を睨み付け、シャロはそのソージの顔に手で触れ、顔を自らと向き合うように動かした。

 

「……なんだ?」

「帰るときも、死ぬときも一緒。約束」

 

シャロは、ぐらぐらと揺れる船の上でつまさきを伸ばした。

顔と顔が近づく程の至近距離で、もっと顔を近づけるようなマネをしたのだ。

 

「ッ!?」

「はむ……んむ……」

 

胸の不安を打ち明けるように、ソージの唇を貪るシャロ。

 

「ぷあ……」

「はあ……はあ……お前、何を……」

 

離れた唇と唇に銀色の橋がかかる。

二人は互いに何を行って良いのかわからず、阿鼻叫喚とした世界の中で見つめあった。

ついにいたたまれなくなったシャロが、口を開こうとする。

 

「その、不安なワケじゃなくてんむっ!?」

「はむ……」

 

シャロの言葉を遮り、今度はソージから口づけをする。

それだけで、二人には十分であった。

 

「死ぬときなんて無い。俺たちは帰る、それだけだ」

「そうだった。二人で、一緒に。失敗は……」

「ありえない。よしんば失敗したとして、それすらねじ伏せて勝利を奪い取る。それが俺たちだろ」

「……うん」

 

同時に、二人は逆の方向に走り出した。

ソージは落ち行く瓦礫の中、こちらに接近する彗星の姿を捉える。

背中に挿した太刀を空中で横に振るい、バルファルクを捕まえる構えをした。

 

「カアアアアアアッ!!」

「ああああ!!」

 

彗星と人が激突する───前に、ソージは太刀を機転に心身を翻し、見事バルファルクの背中にライドすることに成功した。

 

「今度はッ!!あんなヘマしねえ!!」

 

速度そのままに、バルファルクは飛行する。

無論、背中にへばりついているソージにも、それ相応のGがかかっている。

腰元から強走薬を出し、某エナジードリンクのCMがごとくイッキ飲みしてみせる。

黄色いオーラが一瞬、ソージを包んだ。

義眼で身体能力を向上させ、一心不乱にバルファルクに食らいつく。

取り出したナイフをバルファルクの鱗の間に挟み、体を固定するソージ。

同時、シャロは船の操縦席に向かっていた。

空中で音速で動く古龍が相手では、シャロでは太刀打ちできないからだ。

 

「あああああ……恐れていた事態が……」

「どいてっ!」

 

操縦席でハンドルを掴みながら震える青年を突き飛ばし、自らが操縦席に立つ。

現在、龍識船は前方に傾いている。

穴が開いたことにより、荷物か穴になだれ込み、バランスが崩れたためだ。

 

「これ、操縦は?」

「ああああ……」

「……使えないっ」

 

冷や汗を額に滲ませながら、シャロは直感で操縦する。

幾数のモンスターから逃げ切れた、あるいは迂回できたこの直感を信じて。

大きくハンドルを引っ張るシャロ。

プロペラの向きが変わり、シャロや甲板の乗組員に暴風を見舞った。

 

「くう……っ!!」

 

しかし、風の影響で船が本来あるべき角度を取り戻したのも事実。

吹き荒れる暴風に必死に耐えながら、シャロは上を、ソージ(愛する人)の方を見上げる。

彼は既に、赤い彗星となっていた。

 

 

 

 

風を切る音が耳をつんざく。

ソージにかかっている負担は、ジェットコースターなんて生易しいものではなかった。

バルファルクが風を切る速度が速すぎて、ソージがいる背中はほぼ真空状態。

肺が悲鳴をあげ、酸素を寄越せとソージを苦しめる。

 

「………………ッ!!」

 

ついでに、ロケットのように火を噴く機械的な翼が隣にあるため、熱がチリチリと地肌を焼く。

背負った太刀の持ち手は尋常じゃないほど熱せられ、さらには義眼から送られる視界までノイズが走り、義眼自信は軋んだ音を立てた。

 

「カルアアアアアッ!」

 

雄叫びを上げるバルファルクに、ナイフをぐりぐりと押し当てて抗議する。

今のソージには、それが限界であった。

 

「また……こんな……シャロ……ッ!」

 

苦しげな声を上げ、段々とナイフを持つ手が緩んでいくソージ。

ソージが弱っている事を察したバルファルクは、その場で急停止した。

音速を越えるスピードを、急に止めた。

圧力は唯一バルファルクと直接繋がっていないソージに全て降りかかり、やむなくソージは空に投げ出される。

 

「………………」

 

ソージの眼には、世界がスローに見えていた。

義眼の能力を使った身体能力アップではない。

自らの動きもスローで、かつ憎き相手のにやけ顔つきである。

 

「………………」

 

薄れ消え行く意識の中、ソージはそこで走馬灯を見る。

接吻をし合ったシャロの顔。

怯え恐れる青年の顔。

泣き叫ぶアイルーの顔。

 

 

震え、共に帰ると誓った親友の顔。

 

 

ソージはそっと目を閉じた。

来るべき痛みに備えて。

決して、死を受け入れたわけではない。

 

「ソージ」

「……シャロ。これ、もっとどうにかできなかったのか」

 

シャロは見上げた。

死に瀕した───否、マストに体を埋め、瞳に闘志を宿した戦友(とも)の、恋人(とも)の、顔を。

 

「無理。体力は大丈夫?」

「大粉塵ッ」

 

ポーチから緑の袋を落とし、シャロもろとも体力を回復するソージ。

 

「もう問題ない。行くぞ」

「ん」

「あの顔に、一太刀浴びせてやるんだ」

 

風に飛ぶ緑の粉末が、反撃の狼煙(のろし)の代わりとなった。



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28話 下克上

 

「カルアアアアアアッ!!」

 

思い通りにいかないことに、バルファルクは苛立つ。

どれだけ振り払おうと、格下であるはずの人間は必ず飛び上がってくるのだ。

地の利はこちらにあるのに。

 

「ウザイなら 殺してしまえ バルファルク」

「……なに?」

「偉人の言葉だ」

「いいセンスだね」

 

ソージは背中から、『鉄刀【神楽】』を抜き、某英雄を真似る。

『スナイプシューター』を構えたシャロはくすりと微笑み、そして眼前の敵を見た。

 

「行くよ。ソージ、乗って」

「ああ」

 

その場に屈んだシャロが組んだ腕に足を乗せ、ソージは高く跳躍する。

 

「シャロ!」

「……っ!!」

 

勢いが弱まったところでソージは叫ぶ。

すかさずシャロの射撃。

寸分狂わずソージの靴の裏に撃たれたソレは、その場で大爆発を起こした。

炸裂弾である。

推力を得たソージは加速し、バルファルクの機械的な翼の鱗に太刀をねじ込んだ。

 

「カルアアアアアアッ!!グルアアアアアアっ!!」

「今 楽にする。はしゃぐ……なッ!!」

 

『な』の部分で思いきり跳ね上げ、一瞬、バルファルクを上回る高度を手に入れるソージ。

そのまま太刀を振りかぶり、上段から降ろす。

ゴスッと刃物らしからぬ音を立て、バルファルクの後頭部に太刀がクリーンヒットした。

 

「カアッ!?」

 

くるくると回転して地面に落ちていくバルファルクを見届け、自らは再び龍識船のマストに埋まる。

 

「私の出番が無い気がする」

「頑張ってくれ。俺のヒロインなんだから」

「よし頑張る」

 

舵輪を握ったシャロの呟きに律儀に反応するソージは、マストのしなりを活かして下に跳躍する。 

さながら定規で弾いた消しゴムのようである。

ミサイルがごとく突っ込んでいくソージは、太刀の切っ先をバルファルクに向ける。

 

「か、く、ご、し、ろ……!」

 

風による邪魔を喰らいながら、なんとかセリフを言うソージ。

マンガのようにかっこよく『覚悟しろ』が言いたかったようだが、途切れ途切れだ。

しょうがないじゃん、男の子だもん。 

 

「ぜあッ!!」

 

ソージの太刀がバルファルクを地面に縫い付ける。

鮮血を飛び散らせたバルファルクはのたうちまわり、太刀を抜くことに成功する。

太刀と一緒に吹き飛ばされたソージが見たのは、スナイプシューターを手に走るシャロの後ろ姿だった。

 

「遅い。ソージなら寝ていても避けられる」

「………………さすがに睡眠中は無理だと思う」

 

音速で飛ばされる鱗を華麗に避けながら、そんなことを言ってみせるシャロ。

ガンナーという体力の少ない役職でありながら接近を挑み、時に距離をとって撃ち、その姿は最強のハンターの伴侶にふさわしいと言えざるを得ない技術であった。

 

そしてそのつかの間の戦闘は、ソージが起き上がるのに十分な時間をもたらした。

 

駆け出すソージを目で捉えたシャロは、バルファルクのまぶたに照準を合わせ、至近距離でぶっぱなした。

バックステップで仰け反るバルファルクから距離を取り、シャロは叫ぶ。

 

「ソージ!決めて!」

「オオオオオオオオっ!!」

 

咆哮を上げ、太刀を引きずりながら駆けるソージ。

片方しか見えぬ目でなんとか踏ん張り、宙に浮いて突進を図ろうとするバルファルク。

バルファルクの翼から出る火花、シャロのライトボウガンの硝煙に混ざる火花。

そして、地面との摩擦で吹き出る火花が、三重に重なる。

 

 

〈【獣宿し〔彗星(すいせい)〕】を取得しました〉

 

 

「【獣宿し〔彗星〕】ッ!!ポイントメイカーッ!!」

 

視界の中、白枠で囲まれたバルファルクに向かってソージの太刀はさらなる推力を得る。

ソレを知ってか知らずか、バルファルクも突進を開始した。

それも、全力を尽くした最後の突進を。

 

「カルアアアアアアッ!!」

「オオオオアアアアッ!!」

 

首に吸い込まれたソージの太刀は鱗を易々と切り裂き、その首を吹き飛ばした。

すぐさまに太刀を地面に食い込ませ、ブレーキをかけたソージは横を向いて血の混じったツバを飛ばす。

 

「ふうっ……」

「ソージ……お疲れさま」

「ああ。でもな、まだなんだよ」

 

血に濡れても恐れず抱きついてくるシャロを撫でながら、ソージは息をつく。

 

「暴食───イビルジョーだ」

「ん……」

「まずは、バルファルクを解体しないとな」

「ん……」

 

シャロは必死に、辺りのムーファを昏倒させるソージの殺気を押さえようと抱きつくのだった。




モンハンの二次創作って難しいなぁ。
ねえ、ここまで来たらオリジナルの類じゃん。
ワタシ、オリジナルしか作れないのかもしれない。


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29話 それぞれの帰還

 

「いっやあ、助かりました!まさか本当にバルファルクを討伐してしまうとは!」

「それよりもこの船、本当に直るんだろうな?」

「お任せください!」

 

上機嫌で笑う青年に対して、ソージはしかめっ面で答えた。

───古竜、バルファルクはソージの手によって討伐された。

突撃をかまされた龍識船は悲惨な結末を迎えたが、尊き犠牲と言うことで青年も「バルファルク討伐を見届ける事ができて龍識船も本望でしょう」と青年はソージ達に何も言わず、そのまま同行を許可した。

現在は通りがかったキャラバン隊に協力を仰ぎ、龍識船の修理をしている途中。

 

「それにしても、森も川もあって好都合だったよね」

「だな。ユクモの木も【堅木】状態とは」

「バルファルクの素材もたくさんくれたよ」

「転んでもただでは起きないって事か」

 

ちなみにこのやり取りをしているソージもシャロも、既に水浴びを済ませている。

装備に付いた血も洗い、心もすっきり。

シャロの水浴びを覗き見しようとしたキャラバン隊員が目潰しを喰らったのは言うまでもない。

 

「バルファルクの大剣も作れそうだしな」

「うん。よかったね」

「あ、直ったそうですよ!」

「「早っ!?」」

 

バラバラとプロペラを回し始めたそれを見て、ソージとシャロは叫ぶのだった。

 

 

 

 

経過報告。

ユクモ村に滞在の形跡あり。

 

「……ふう」

 

リンはペンを仕舞うと、馬車の揺れに身を任せる。

経過報告としてベルナ村への定期便に乗ったリンは、装備を新調、ミツネXシリーズに身を包んで喋れば可憐に、黙っていれば艶やかに見える印象を纏っていた。

 

「ハンターさん、着きましたニャ」

「うん。ありがとう」

 

ひらりと馬車から降りたリン。

 

「あら、リンさん?おかえりなさい!」

「経過報告に来ました。……彼は、まだ」

「そうですか……」

 

紙を渡してクエストの継続を頼み、休みもしないで外へ向かおうとするリン。

その背中に、声をかける受付嬢は、手に何かを持っている。

 

「り、リンさん!」

「なんですか?」

「これ、ちょっとこれを見てください!」

「『ココット村に、黒髪、オッドアイの大剣使いのハンターが訪問』……。え、オッドアイ?」

「はい。それで、その大剣使いは古竜バルファルクを倒しにでかけたそうです。古竜って、つまり……」

「ソージ君だ」

 

ソージは転生した後の日に、『どうせなら古竜を狩ってみたい』と言っていた。

……彼がバルファルクを狩るのはまた別の理由なのだが、そのことをリンは知るよしもない。

 

「ココット村に、行ってみる」

「はい」

「少しでも早くいかなきゃ。飛行船の手続きってしてもらえる?」

「そう言うと思って、すでに龍歴院に通しています」

「ありがとう」

 

龍歴院に移動するリン。

大きな船がプロペラを回しながら着陸し、その隣ではココット行きの船が離陸の準備をしていた。

 

「ココット行きの船ってこれ?」

「ん?ああ、ハンターの人ですか。そうですよ、ウチがココット行きの船です」

「ベルナの受付嬢から手続きってされてない?」

「えーと。ああ、ありますね。リンって名前でよろしいです?」

「うん、いいよ」

「よし。それじゃあ客も全員来たことだし、離陸しまっせ!乗り込んでください」

 

隣の着陸している船とは違い、飛行船は気球タイプだ。

景観を眺めていたリンはと急かされて船に乗り込む───前に、ハンターだろうか、男の声を聴いた。

 

「ベルナか……。久しぶりに来たな」

「ここも初めてだよ」

「そうか?じゃあ、観光とかしてみても良いかもな。何もないけど」

 

注意して聴くと女もいるようだ。

カップルなら違うと思いつつも、耳に馴染む声に思わず振り向いてしまうリン。

乗り込んだ瞬間に見えた、隣の船から降りてきたハンターの横顔は……。

 

「ごめんなさい」

「え?何がです?」

「忘れ物をしちゃった」

「ええ……。でも、もう離陸しちゃって、戻ることはできませんよ?」

「大丈夫。次の便に乗るから」

 

首を傾げる飛行船の舵手に謝ると、リンは甲板の上で駆け出す。

そのまま船の(へり)に足をかけると……。

 

 

 

 

「おっ、お客さあああん!?」

 

上空から響く声に、反射でソージは向こうの空を見上げる。

ソージの視界に映ったのは、つい先程離陸した船からなにかが落ちる光景だった。

義眼の能力で視力を上げ、重力で遠くの地に引き寄せられている謎の物体。

それは───

 

「そぉぉぉおおじくぅうううううん!!」

「何やってんだバカァァァアアアア!!」

「えっ、ソージ!?」

 

咄嗟に身体能力を上昇させ、シャロを置いて落下地点に急ごうとするソージ。

地面との衝突にとてつもない耐性を持っているハンターでも、さすがに高度が高すぎる。

くしゃっと逝って、終わりだろう。

 

「チッ……。遠いから、それ借りるぞ!」

「えっそれまだ途中……」

 

鍛冶屋に頼んでおいたバルファルク素材の大剣(作り途中)をひっつかみ、峰の辺りにあるブースターを起動させるソージ。

ロケットによる加速を我が物とし、ぐんぐん落下物との距離を縮めるが、落下物もそれなりのスピードで落ちているため、ソージの額に若干の冷や汗が生まれる。

が、それで諦めるソージではない。

 

「でりゃああっ!!」

 

大剣を地面にぶっさし、その場で大剣を中心にくるりと一回転、大剣の柄をエリアルジャンプ。

一瞬、ほんの一瞬だけ加速したソージ。

落下物とソージ、二つが重なって─── 

 

 

轟音と共に、土埃が吹き上がる。

 

 

なんだなんだと集まるがやの中心、土埃がはれた後には……

 

「まったく、無茶をしやがる」

「奏治君なら、なんとかしてくれると思って。実際、なんとかしてくれたでしょ?」

 

()をお姫様だっこで抱える、()()の姿があった。

 

「おかえり、奏治君」

「ただいま。つっても、色々変わっちゃったけどな」

 

後から追い付いたシャロが、微笑み合う二人を見て絶句する。

修羅場がくるのは、明らかであった。



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30話 解説とパーティー参加

 

顔を青ざめさせたシャロが恐る恐る口を開く。

 

「……ソージ。その、人、は?」

「え?わぁっ、かわいい!お人形さんみたい!」

 

シャロの視線はソージの腕から飛び出し自らの柔肌を擦って愛でる女ではなく、一直線にソージを貫いている。

 

「ねえ奏治君、この子は誰?」

「それはこっちのセリフ。勝手にソージに触れた」

 

リンをぺしぺしと叩くシャロにソージは冷や汗を垂らす。

幼馴染。仲が良いと思われる。

知り合い。リンに冷たすぎるか。

親友。幼馴染と同様。

結果、ソージが出した答えは。

 

「仲間……だな」

「仲間……?」

「うん、奏治君と私は昔一緒のパーティを組んでたんだよ」

 

その言葉からシャロは改めてリンの出で立ちを見る。

ミツネ装備に『狐双刃アカツキノソラ』。

ユクモに行くついでに装備が作れる程タマミツネを狩ったリンは確かにハンターの格好をしていた。

 

「一応は及第点かな。でも、ソージと会った、その後はどうするつもり?まさか、同じパーティをなんて……」

「ね、奏治君。パーティ組まない?久しぶりに、さ」

「ん……?まぁ、良いが」

 

シャロは目を見開く。

確かに、ソロでここまで出来るハンターは貴重な逸材だ。

しかし、しかしだ!

双剣が増えるとシャロの陰が薄くなるのだ!

只でさえメインアタッカーはソージに任せきりなのに!

 

「シャロも……。大丈夫か?」

「あ、その子シャロちゃんて言うのね」

 

しかし、こう言われると拒否出来ないのがシャロの弱いところである。

一度「ソージについていくからソージの好きにしたらいい」なんて事を言っておいて、肝心な時だけ口を挟むなんて事は、出来ないのである。

 

「うん……。分かった。でも、ソージの1番は私。他の誰にも渡さない。それと、ソージはソージ」

「そ、奏……」

「ソージ」

「そー、じ。でも、ソージ君の1番って、何?どういうこと?」

 

シャロは勝ち誇った笑みを浮かべる。

ライバル登場に本人も少し焦りを覚えていたらしい。

 

シャロはソージに抱きつくように飛び、ソージの頰にキスをした。

 

「ハァ…………!」

「こういう事」

「なっ、ちょっ、そ、そ、そ、ソージ君……」

「まぁ、否定はしないが」

「ハァ…………!」

 

現代日本の人気芸能人さ○まがごとく、喉から掠れた呼吸音を絞り出すリン。

ソージは照れ臭そうに頰をかき、シャロはそのままソージの腕の中に落ち着いている。

ここは自分の特等席だ、とでも言いたげに。

 

「ね、ソージ。あっちのテントで一休みしよう」

「ブッ。な、なぁシャロ?そういうのは復讐が終わってからだと思うんだが」

「大丈夫。私も初めて」

「…………」

 

考えてみれば戦闘ばかりでそれらしことをまったくしていなかった2人、リンを置いて妖しげな雰囲気を放ち始める。

 

「あ、あう……。うあ、う……」

 

2人のムードに気圧されたリンは妖しげな雰囲気に顔を赤くし、肩をすぼめる。

そして、なんとか言葉をひねり出し、こう宣言してみせた。

 

 

 

「絶対、勝つからね!!」

 

 

その瞬間、シャロに敵ができたとみなされ、周りの空気が凍りついた。

 

 

 

 

「ていっ!」

 

両側から放たれるリンの斬激にブラキディオスがのけぞる。

 

「ソージ君!」

「【獣宿し〔天廻〕】ッ!!」

 

二回ほどサイドステップを踏み、空いた隙間に蒼い稲妻が飛び込んだ。

稲妻は手に持つ大剣を真横に振り、そのまま大剣の勢いに任せて横向きに回る。

 

「グアアアアアオ」

「決めろ、シャロ!」

「……ッ!!」

 

大剣を軸にしてリンとは別の方向にスライドしたソージの前髪を、弾丸がかすめた。

寸分違わぬ斜線で計算尽くされた弾丸は見事ブラキディオスの眉間にめり込み、大爆発を起こした。

ブラキディオスの巨体が地鳴りの様な音を立てて倒れ込む。

 

「やったね、ソージ君!」

「ああ」

 

砂煙の向こうからソージとリンの声を聴き、シャロはヘビィボウガンを仕舞って駆け出す。

 

「前は狩れなかったのに、慣れたもんだな」

「むー。ゲームの頃はノーカンでしょー」

「『あんな巨体がジャンプするとは思わないじゃん』だったか?」

「むー!……むー!」

 

シャロの足は砂煙の最中で止まってしまった。

 

「ジャンプにもカウンターを食らわせるようになるとは、お前も成長したもんだ」

「もう前までの私とは違うからね!」

 

止まらざるを得なかった。

二人の会話に混ざれない自分が、怖い。

しかし、それ以上に。

 

「……日本に、帰りたいな」

「帰りたい、ね……」

 

ソージが会話を楽しんでいるのが、何よりも怖い。

 

「……ソージ」

「おう、シャロ。お疲れ」

「シャロちゃん、お疲れさま」

 

行き場を失いそうになる足をなんとか動かし、震える声で声をかける。

 

「……ん」

「?どうした?」

 

心細くて、泣きそうになって。

シャロは歪みそうになる顔を、ソージに抱きつく形で隠した。

 

「……………………」

「……………………」

「ちょっと!何いい雰囲気出してるの!?シャロちゃんも、離れて!」

「やだ」

「強情!この子強情!」

 

優しい手つきでソージに頭を撫でられるシャロは、どうにも心に寂しい気持ちを感じるのだった。



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31話 ほかほかぬくぬく

 

「ハンターさん、ハンターさん。付きましたニャ」

「そうか。ありがとう」

「快適だった」

「うわ、寒いね」

 

ポッケ村。

新雪の積もるこの村に、三人のハンターが到着した。

ソージはポーチから一枚の紙を取りだし、もう一度確認する。

 

「しかし、二つ名持ちのモンスターの狩猟か……」

 

彼らがこの村まで来た理由は、ソージが帰ってきたベルナ村でのやりとりにあった。

 

 

 

 

「ソージ?ソージなのか!?」

「アズール。久しぶりだな」

「ソージ?ソージなのか!?」

「グルードも。あんまし変わってないな。あとセリフが一緒だと誰が誰だかわからんぞ」

「当たり前だ。ソージが消えてから一年も経ってないしな」

 

スキンヘッドの大男が、糸目の男が、ソージの帰還を祝う。

最初はソージの右目に驚いた二人だったが、やがて受け入れた。

それどころか、訳を話したら泣きながら「よく帰ってきたなぁ」と背中を叩かれた。

 

「まさか、本当に連れてくるなんてね……」

「純愛の勝利、です!」

 

シサイナとミィナは口々にリンを称賛し、ケアもしないでボサボサになっている髪を洗いに共用浴場まで引きずっていった。

 

「ちょっま、ソージ君助けて……」

「ほらほら、乙女がそんな格好しちゃだめなの」

「あああ~……」

「生きて帰ってこい、リン」

「ソージ……辛辣」

「獅子は子を谷に落とす、と言うしな」

「かわいそう……」

 

シャロがまだ乙女戦争で生存している理由。

それは実に簡単、シャロの髪はリンと違って毎日洗っていたため、艶やかだったからだ。

さらに、モンスターの血特有の再生能力によって髪の寿命も長く、よってターゲットはリンへと移った。

 

「しっかし、ソージがこんなべっぴんを連れてくるとはな。リンも大変だ」

「シャロは俺の恋人だからな。少しでもシャロに不埒な気持ちを抱いたらたとえ恩人であろうと粉微塵にする」

「しねえって。怖えよ」

 

ソージの凄んだ目に悪鬼を見る気分になりながらも、二人はなんとか苦笑いを返すことに成功した。

と、その殺気のおかげでアズールは悩みを思い出せたようで、「おっ」と声を上げながらポーチから一枚の紙を出す。

 

 

「お前さん方、ポッケに行ってみる気はねぇか?」

 

 

 

 

『二つ名を持ったガムートの狩猟』

 

見事に厄介事を押し付けられた感のある仕事を見たソージは溜め息をつく。

は早めに帰る方法を探したいソージだが、リンもポッケ村に行ったことがないこともあり、しぶしぶ引き受けてしまったのだ。

 

「寒い」

「ん?大丈夫か、シャロ」

「ソージ……うん。もう寒くない」

 

微直立不動気味の体幹を持つシャロの頭に積もっている雪を払い、自らのコートにシャロをかくまうソージ。

もちろんシャロに抵抗する意思は無い。

むしろ、あと10秒以内にそうしなかったら自ら突入する気だったのだ。 

 

「あーっ!シャロちゃん、ずるい!」

「……恋人の特権」

「むー!」

 

頬を膨らませるリンに苦笑しながら、ソージは空を見上げる。

冷やされていることによって雲一つ無い空が視界いっはいに広がった。

 

「たしか、この村にはでかい剣があったよな」

「ああ、ツルハシで削ってくやつだね」

「でかい剣?ソージ、教えて」

 

シャロの言葉にソージは首を捻りながら昔を思い出す。

 

「そうだなぁ……昔巨人が使っていたとかで、この村にはでかい剣があったんだ。特殊な骨のツルハシでのみ削ることができて、なんかの素材になった気がするんだが……」

「結局、調べてもわかんなかったんだっけ?」

「そうだな。防具の素材になることはわかっているんだが……ん?」

 

くいくいとコートを引っ張るシャロにソージが視線を向けると、擬似二人羽織となっているシャロはソージを見つめ返す。

 

「取らないの?その剣の」

「いや、装備はそこまで強く無いし、それに言ったろ?特殊な骨が必要なんだ」

「見てみたい」

「ん?採掘するところか?」

「ん」

「古龍骨って言ったか、リン、どこかに古龍いないか?」

「そ、そんなコンビニ感覚で言われてもなぁ……」

 

一応旅を重ねて情報通になっているリンはソージを探すための盗み聞きした数々の会話を思い出す。

アマツマガツチが討伐されたこと、ユクモの生態系が壊れかけたこと、ガムートに二つ名が認定されたこと……。

 

「うわあ……」

「ん?どうした、リン」

「いや、思いつくことには思いつくんだけど……」

「教えてくれよ」

「ん……ソージ君、耳貸して」

 

ソージの耳元に口を近づけるリン。

そしてなにかをこそこそと伝え……。

 

「───うわあ」

「ソージ?」

 

かのソージをも、しかめっ面にしたのだった。

 

「おすとがろあ?」

「やめてくれシャロ、トラウマが蘇る」

「おすと───んぶっ。んーっ、んーっ」

「暴れるな、シャロ。その好奇心は命取りだ」

 

そう。

古龍、オストガロア。

二つの首を持つ大きな龍───なのだが、その正体はモンスターの骨をまとった巨大なイカなのだ。

硬い骨は肉への弾丸を防ぎ、全身から放たれる瘴気が接近しようとするハンターの体を蝕む。

当時なんの知識も対策もなく挑んだゲーム時代の二人をボコボコに返り討ちにした、モンスターである。

 

「しかし、まぁ……」

「シャロの頼みだしなぁ……」

 

目を輝かせるシャロは全世界の全生物を魅了する力があり、二人の中で『行きたくない』と『シャロの頼み』という天秤がシーソーがごとく揺れ───

 

「……いくか」

「……いこっか」

 

最終的に、二人はシャロを取ることにした。

 



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32話 骸の嘆き

 

「来てしまった……」

「勝てるかな……」

「ワクワクする」

 

後悔、不安、期待。

三者三様の意見すらも吹き飛ばす風が吹き荒れる。

オストガロアの巣の上に位置する崖の上で、ソージは左目に目薬を刺しながら呟いた。

 

「今回はシャロがメインになるかもな……」

「?どういうこと?」

「あいつ、なかなか地上に出てこないんだよ。大抵は地面か水に潜るから、水面に出てきた時はお前が頼りになる」

「バリスタっていう攻撃手段もあるけど、弾の数が少ないから……」

 

見慣れた青いボックスから大きめの弾を取り出しリンが説明する。

だからこそ、遠距離武器を扱うシャロがキーになるというわけだ。

 

「でも、今日は違う武器だよ。ちゃんと扱えるか不安になるなぁ……」

「大丈夫だ。シャロならいける」

「ん。初めてだけど任せるがよろし」

 

現在シャロの手にあるのは、自らの身の丈と同じほどの大きさの弓、【狐弓ツユノタマノヲ】。

特筆すべきは直弓であり撃ちやすく美しい事。

なお持ち主がシャロだから身の丈ほどあるのであって、ソージやリンが持つとそうはならないことを補足しておく。

 

「……しかし、なんで俺まで武器を変えるんだ。これじゃ弱体化だぞ」

 

今回、ソージも背負う大剣を【狐大剣ハナヤコヨヒノ】にチェンジしており、これでソージ、リン、シャロとパーティ全員の武器がミツネ素材のものとなった。

 

ぶっちゃけ、これがやりたかっただけなのである。

 

「まあまあ。大丈夫でしょ?」

「……今の俺たちにそこまで余裕があるかわからないがな」

 

と呟き、ソージはさっさと物資を漁ってしまう。

リンは慌てて自らの応急薬を確保しに行くが、シャロは慣れたものとビンに矢を付けていく。

 

ソージが自分の分のアイテムを残してくれることくらい、わかってるんだからね。

 

「……なんだろう、シャロちゃんから自信と侮蔑の視線を感じる」

「シャロは応急薬いらないのか?ならリンで三つ、俺で九つだな。よし、配分終わりだ」

「!?」

 

 

 

 

オストガロアはぼーっとしていた。

最近はハンターが来ることもあまりなく、たまに来ても実力のない腰抜けどもだ。

自分がイカであることを隠して龍の骨をかぶり、触手をつかって双頭の龍っぽくしてみたのに。

 

努力の結晶である龍の見た目をした自身の腕を、ふと太陽に被せてみる。

青白い体が、それがイカの触手であることを再確認すると同時に───

 

「うおあああああああッ!!!!」

 

───蒼い稲妻に、切断された。

大剣は勢いそのままに地面にめり込み、砂煙を吹き上げる。

左の首、もとい触手を切られたオストガロアは右手でそのハンターを薙ぎ倒そうとするが……。

 

「……んッ!!!!」

 

自身の右腕は、矢に穿たれ地面に打ち付けられていた。

高速で放たれた矢は合計で18本。

シャロは一度に3本の矢を穿ち、それを高速で6回繰り返したのだ。

結果が、コンマ単位のズレでほぼ同時の着弾。

物理を無視したシャロの行動に度肝を抜かれたオストガロアが次に見たのは……

 

「逃がさない」

 

据わった目をした、双刀のハンターであった。

砂煙の中から飛び出してきた彼女はオストガロアの口を切り裂いた。

オストガロアから放たれる瘴気に体を蝕まれてなお、リンはその演舞のような攻撃をやめない。

 

闘気を纏った擬似的な暴走。

獣のように薙ぎ、人のように舞う、双剣のみが使用できる技である。

 

しばらくの斬撃の後、リンはひぃひぃ言いながら転がるように後退する。

息も絶え絶えなリンを横に寝かせたのは、触手を跳ね飛ばした後すぐに退いて体制を立て直していたソージ。

リンの口元に強走薬をあてがい、ソージはオストガロアを見つめた。

 

「ひぃ、ひぃ……スタミナが」

「一回退いとけ。後は俺と……」

 

オストガロアが矢だらけの右腕を振りかぶる。

刹那、追い討ちのように矢が飛び交い、右腕はぴくりとも動かなくなった。

 

「シャロがやる」

「ソージくん……ごめん。ちょっと休ませて」

「コオオオオオオオオっ!」

 

オストガロアは高く吠える。

自身こそが狩るものであると、目の前のハンターに知らせるために。

ソージは尚も不敵に笑って見せ、その後ろから3本の矢が飛来する。

 

───またあの矢だ───

 

危険を感じたオストガロアは地面に深く潜りこみ、地を泳いで周りの水辺に姿を表す。

瘴気弾による攻撃で決める。そう思ったオストガロアを襲ったのは、三発の衝撃だった。

 

「ハンターの技術も舐められねえだろ?」

「あ、なんかコレ楽しい」

「油断しないで、リン」

 

ソージが、リンが、シャロが。

各々バリスタの上に立ち、オストガロアに鉄塊をお見舞いした。

とくにシャロに至っては最もオストガロアに遠い位置から撃っている。

その距離からの同時着弾という完璧なタイミングと狙い。

オストガロアはシャロこそが一番厄介だと判断した。

 

「バリスタ……撃てぇ!」

「「あいあいさー!」」

 

飛び交うバリスタを背中の骨で受け止めつつ、オストガロアは粘っこい瘴気の球をシャロに向けて投球する。

即座にバリスタから離れたシャロは転がった勢いで弓を構え、勢いよく矢を放つ。

放たれた矢はオストガロアの背中にあたるが、その硬い骨に弾かれてしまう。

歯噛みするオストガロアに再度バリスタが放たれ、たまらずオストガロアは地面に潜り込む。

 

そして気がついた。

 

───これ、地面に潜ったまんま触手出してれば勝ちじゃね?

 

骨を纏いし古竜はそこで、一番の間違いを起こした。

触手を地面から出し、暴れさせようとしたその時……。

 

「うんとこしょお!どっこいしょお!」

 

触手になにかが触れ、とんでもない力で引っ張られたのだ。

ソージは納刀状態で大剣専用の【獣宿し〔天廻〕】を発動させ、オストガロアを引っ張り上げたのだ。

もちろん、ソージとて一瞬で怪力になったわけではない。

 

「(〔天廻〕の力はエネルギーの流れを掴むこと……。体を縦に回転させることによって生じたエネルギーを刃に込める……。なら)」

 

縦回転で生じたエネルギーの流れに触手のエネルギーを巻き込めば、たとえオストガロアのような巨躯でも青空の彼方へぶっとぶのである。

 

急に地上へ出たオストガロアは焦り瘴気を纏うが、動揺からか数瞬、纏うまでに間が空いてしまった。

その合間を平然と縫う閃光が、瘴気内からオストガロアの柔肌を切り刻む。

 

赤黒いオーラに体を震わせ、その瞳までも真っ赤に光る双剣使い。

リンは闘気を刃に乗せて、全身全霊の一撃でオストガロアを叩く。

悶え苦しむオストガロアを見て、リンは後ろに思い切り飛ぶ。

 

瘴気に削られた体力が心もとなかったから?否。

切れ味が落ちたから?それも否。

答えは───

 

「おおおおおおッ!!」

 

───心地よい稲妻を、肌で感じたからだ。

今回最大の一撃が、オストガロアに叩き込まれる。

厳選された硬い骨が、放出される稲妻を浴びて全体から唸りをあげて軋む。

衝撃はオストガロアの脳を揺らし、オストガロアの意識が無くなった。

 

「やっぱり、骨は斬れねえか。硬いもんな」

 

オストガロアの意識が消え、安心してソージは剣を収める。

 

「ソージ!」

「ソージくん!」

「おう。お前らも、よく頑張ったな」

 

ソージは指先にまだ纏わりつく電光を吹き消し、「いつどこで俺の目は発電できるようになったんだ……?」と半眼で苦笑いする。

なんのために強くなったのかわからなくなってしまった。

義眼のハンターは嘆く。

偶然にも。

それは足元の古竜が先ほどまで考えていたことと、全くもって同じであった。

 

 



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33話 紫の薬

 

〈【獣宿し〔双頭(そうとう)〕】を取得しました〉

 

頭に響く声を聴き、ソージはほくそ笑む。

 

「やっぱり古龍を倒すと狩技を覚えられる……名前からして双剣か」

 

オストガロアの上で大剣を背中に背負い、ソージは下にいる二人に『降りる』というジェスチャーを送る。

だが、二人から返って来たのは了承とは別の感情だった。

もちろんソージは感情を読み取ることなどできやしない。

だからこそ、気がつかなかった。

 

 

 

「ブラボー、ブラボー……」

「ッ!?」

 

 

 

()()()()()()から、男の声がするまでは。

ソージは後ろに下がって背中に手を回し、大剣の持ち手を握る。

いつでも斬りかかれるように。

 

「……誰だよテメエ」

「これはこれはソージ様。ご機嫌麗しゅう」

「なにが『ご機嫌麗しゅう』だよ」

 

ソージは警戒心を怠らない。

男が気球か何かで来たのなら話は別。ソージだってギルド職員かなーとか考えるだろう。

だが、男は違った。

 

体の至る所に掘られた稲妻のような刺青。

白と黒の入り乱れたチカチカする長い髪。

猛禽類を思わせる細長い瞳、そして……背中に生える龍のような翼と、頭に生えた禍々しい二本の角。

 

翼で降りて来た謎の男に、ソージは冷や汗を垂らした。

隙が見当たらない。というより、隙が多すぎて踏み込みに行けない。

 

「要件は?」

「要件など滅相も無い……!ただ被験体の様子を見に来ただけにございます」

「被験体?」

「足元のコレに御座いますよ」

 

そう言ってオストガロアを指差す男は、ソージに微笑む。

そしてソージの目を見ると、少し驚いた様子を見せた。

 

「なんと美しい瞳!ソージ様はオッドアイでいらっしゃるのですか?」

「んなわけあるか。それよりなんで俺の名前を知ってる」

「それはもう、ソージ様が名高くあられるからですよ。……こちらの方で」

「隠し方がベタなんだよ……。こっちに干渉しなけりゃなにもしない。さっさとどっか行け」

「そうさせていただきます。ところでリン様は……」

 

そうしてキョロキョロと辺りを見渡す男に、ソージは「リンも知ってるのか……」とため息を、つく。

その時にはすでに、大剣から手は離れていた。

男が被験体と呼んだこのオストガロアは、もうじきギルド職員が来て討伐される。

男もすぐに立ち去るようだし、相手がこちら狙いでないのなら戦うことに意味はない。

 

「下だ。下にいる」

「ほう。どれどれ……」

 

男は下を覗くと、案の定警戒しているリンに顔を綻ばせる。

まるで孫を見る祖父のような……。

 

「おお、リン様もお元気そうで。相変わらずお美しい」

 

否、執事のようだった。

 

「おや、お仲間がもう一人いたのですね。これは存じませんでし───」

 

そして急に、男が動きを止める。

その視線の先にはシャロ……正確には、シャロの角があった。

弓に矢をつがえ、無表情の中に焦りや緊張を滲ませるシャロ。

 

「───マガラ」

「ん?シャガルマガラ?」

「まさかここにいたとはなぁ、マガラッ!!!!」

 

覗き込んだ体勢のまま叫ぶ男に、ソージは驚き再び大剣に手を伸ばす。

自分に発せられた怒声にシャロは目を見開く。

当てられた殺気。条件反射で弓を引いてしまった。

 

風を切り裂く矢が、男の頰を掠めた。

切り裂かれた皮膚……それは、意思を持つかのようにうねり、混ざり、そして傷を塞いだ。

 

「忘れもしない……あの角……マガラッ!!研究所から逃げ出したお前が、よくもぬけぬけと俺の前に!!」

「そんな……人違い!私は何もしてない!あなたのことも知らない!」

「それはそうだろうなァ!ゴアの血を混ぜたお前が、成体に進化しているのだから!記憶ごとき、無くなって然る!!」

 

唾を撒き散らし、シャロに向かって罵詈雑言を放つ男。

その首に、神速の大剣がピタリと当てられた。

 

「そろそろ静かにしろよ」

「っ……ソージ様。どうやら、彼女にご執心のようで?……残念です」

「……なにが残念なんだよ」

「彼女が生きているとわかると、先程言ったことは破棄になりそうです」

 

男は立ち上がり、懐から容器を出す。

それは注射器だった。中に紫色の液体の入った。

 

「……それは?」

「こちらは血を濃くした、いわば薬でございます。オストガロアの」

「ンなもんどうするんだよ」

「コレにくれてやるのです。モンスター本来の、凶暴性を高めるために。ほれプスリと」

 

注射針はオストガロアの硬い外骨を、まるでスポンジでも貫くかのように貫通した。

紫の血が、オストガロアに注入される。

 

男が注射器を抜いた瞬間に、蒼い稲妻が走る。

大剣が振りかざされた。必殺の一撃。

 

「……っ!」

「おいたはやめてくださいまし」

 

止められていた。

大剣が、ソージごと空中で止められていた。

渾身の一撃が止められたらことに、ソージは驚愕する。

 

「せっかくですから、ソージ様やリン様も始末してしまいましょうか」

「なにを……言ってる……っ!!」

「ほれ」

「がっっっ、はッ!?」

 

ソージから大剣を奪う男。

支えがなくなったソージはオストガロアの外骨に激突し、肺の空気を全て吐き出してしまう。

男は大剣の端と端を持つと……。

 

「よっ」

「ッ!?」

 

大剣を、真っ二つに折った。

中腹から折られた唯一の武器の姿に、ソージの全身から力が抜けていく。

 

「あとそうですね……あ、そうだ」

「ぐっ……」

「その眼。義眼も頂いちゃいましょう!」

「ぐあああああああああっ!!」

 

胸ぐらを掴まれ、眼を抉られる。

 

「貴方も詰めが甘い!オッドアイだと言っておけば、そして能力を使わなければ!義眼だとわからなかったのに!!」

「っっっっっっがぁ!!」

「意外と硬いですね!もっと力を込めましょう!」

「ああああああああああああっ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────ぶちっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

「気絶してしまいましたか……未だ弱くあられる」

「……………………」

「しかし、この義眼はもともと我々の物……文句を言われる筋合いは……」

「ッ!!」

「おやリン様、ご機嫌麗しゅう。どうされたのです?そんな怖い顔をなさって。せっかくの可愛いお顔が台無しですよ?」

「黙れよ」

「おや、ワタクシは何もしておりません。単に、取られたものを返してもらうのみでございま───」

「良いから黙ってよっ!!……シャロッ!!攻撃を!!」

「知らない、私は……なにも……うう」

「マガラは傷心にようですな?」

「マガラって何!?あの子はシャロ!いけすかないけど、ソージくんのことをいつも一番に考えてる、私よりもずっと凄い子なんだから!」

「お美しい。女性同士の友情というやつですな?ワタクシそういうの好物でございま───」

「うるさいって言ってんだよ!!」

 

………………。

 

「その眼はソージくんの物だッ!最初から、お前なんかの物じゃない!」

「言って良いことと、悪いことがございますよ?」

「きゃあ!!」

「リン様。この義眼は最初からワタクシの組織の作ったものにございます。それを盗んだのはソージ様にあられます」

「うるさい!!うるさい、うるさい……!!」

「時に、ハンターとは常に命を賭けている職業とも言います。ソージ様がたまたまワタクシに眼を抉られても、それは犯罪ではなく事故なのですよ。……ソージ様が、リオレウスに眼を焼かれたように」

「え……?」

「なんでそんな事を知って、といったご様子ですな。ならばお教えしましょうか?」

 

…………………………。

 

「な、何を?」

「真実を。まぁ多少の秘密はそのままですが」

「真実って……?」

「ご所望ですか。ではまず、ワタクシの組織からお教え致しましょう……」

 

……………………………………ヒーローとは、諦めの悪い生物である。

誰も、聴いていなかった。

ガリッと、何がが噛み砕かれた音を。

 

「じゃあいらない。私は知らなくていい」

「おや?真実をご所望では?」

「それはソージくんが知るべきこと……私は、それを知らなくていい……。なぜなら、私はソージくんの虜だから」

「ほっほっほ。左様でございますか」

「私個人としては、こう思うよ?この世には───」

 

穴が、肉に埋まる。

義眼を装着する前の、見るも痛々しいその姿。

 

暗雲が立ち込めた。

雷が鳴った。

オストガロアの巣の中で。

 

「───ソージくんだけいればいい」

 

ピシャアアアアアアアアアアアアッ!!!!

 

雷が、一人のハンターに落下した。

 



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34話 ヒーローは蘇る

 

無意識に秘薬を噛んだ。

体力は完全に治った。

あとは目を覚ますだけ。

 

奇しくも、電流に慣れたハンターの目を覚まさせたのは。

 

「……っ!」

 

雷という、高圧電流だった。

気絶して緩やかになっていた心臓が、ショックを受けて早鐘を打つ。

全身の血が宿り主を生かそうと全力で駆け回り、脳が急速に働き始める。

 

蒼い稲妻が、彼の体を包む。

男は戦慄した。

全てを手に入れて尚、彼の底知れぬ力を目の前に、本能が恐怖しているのがわかる。

 

「では、私はそろそろこれで」

 

冷や汗を浮かべながら翼を広げる男。

飛翔した男に攻撃を与えられるのはシャロのみ。

しかし傷心しているシャロは弓の弦すら引けないほど精神にダメージを負っていた。

 

「行かせない……っ!」

 

リンは咄嗟に弓を奪って弦を引き絞るが、双剣しか使ったことのない彼女の矢が男に当たるはずもなかった。

同時に、オストガロアの体が震え始める。

体内に濃くした血を流され、電流で再び意識を取り戻したようだった。

 

「ではさようなら皆様。……被験体は捨てるしか無い。けれど、義眼やマガラの消息がわかっただけで収穫はありました」

 

最後に男がソージの姿を確認しようとしたとき……そこにソージはいなかった。

 

「───」

「ッ!?が、あッ!?」

 

蒼い稲妻が、男の横を通り過ぎた。

瞬間、男の腕が宙を舞う。

無論、腕は切り口と切り口が互いに繊維を伸ばしてくっつき修復されるが、その一撃は男の精神をかき乱すのに最適な攻撃であった。

オストガロアの巣。全体がドーム状になっているそのフィールドの壁に反射し、蒼電は再度、男に向かう。

雷速の一撃が、男の首に吸い込まれる。

 

───カキンッ

 

「残念でしたねぇ」

「───」

 

もう少し、ソージの大剣に刃があったら。重量があったら、まだ未来は変わっていたのかも知れない。

だがしかし、過去はどうやっても改変されない。

中腹から真っ二つに折られてしまった大剣では、硬化した男の首を仕留める事が出来なかった。

短めの鉈のようになったハナヤコヨヒノ。

それで戦えというのには、少し酷な事であった。

「わずらわしい」と腕が振られ、ソージは地面に垂直落下する。

 

「ソージくん!」

 

蒼電は地面に衝突する瞬間に平行に移動し、地面の骨を撒き散らしながらようやく止まる。

 

「クッソ痛え」

 

彼の左目は、痛々しく回復していた。

盛り上がった肉が、左目を覆い隠している。

彼の視界に、だらんと下げた自らの左手は写っていなかった。

 

ソージは単眼となった顔で男を睨みつける。

 

「いつか殺しにいく」

「ではその時をお待ちしております。ただ、我々がこの時代を超越した技術を持つことを、お忘れなきよう」

「その硬え首、二、三時間洗って待ってやがれ」

「皮膚が削れるほど洗ってお待ちしております」

 

男は飛翔する。

先程千切れた腕を押さえつけながら。

 

ソージは折れた大剣の柄を握りしめ、深く深呼吸した。

大気が揺れる。オストガロアの振動が大きくなっていた。

 

「リン」

「ソージくん、目……」

「それは後だ。お前には、俺の左目の代わりになって欲しい」

「オストガロアなんてリタイアすれば良いんだよ!とにかく今は───」

「今は、こいつをはっ倒す方が先だ」

 

信念の篭った瞳。

左側にいるリンにはソージの瞳は見えないが、リンはその覚悟をしっかりと感じる事が出来た。

 

「……わかった。スピードクリアするよ」

「ああ。……シャロ」

「あ、う、ああ……」

 

焦点の定まらない瞳。

子鹿が如く震える足。

抑えきれない恐怖と、困惑。

 

「……チッ。手間かけさせやがって」

「んむ……」

「あァ!?ちょっと!」

 

それらの感情に意識が朦朧とするお姫様は、片目の王子様のキッスによって目覚めた。

 

「……。………………っ!ぷは!」

 

というより、酸欠で目覚めた。

 

「な、なに、ソージ」

「オストガロアをはっ倒す」

「……わかった」

 

彼女は強かった。

ソージへの厚い信頼。

改めて言う。彼女は、ソージが白と言えば白。黒と言えば黒なのだ。

 

「聴きたいことも、言いたいことも沢山ある。けど、まずは倒す。そしたらソージ……」

「なんでもしてやる」

「……ん。ソージ、愛してる」

「……しょうがねえな」

 

リンは闇化した。

 

「さて。再度チャレンジだ。オストガロアの討伐、全員───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───1狩り行くぞ!」

「「了解!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リンが闘気を解放し、凄まじい速度でオストガロアに接近する。

何かの空き瓶が地面に転がった。

強走薬G。スタミナの容量を全開にし、かつ少しの間だけ、どれだけスタミナを使っても全くバテないという、ハンターの奥の手である。

リンは迫る触手を目視してから紙一重で回避し、すれ違いざまに切りつけて走る。

ターゲットを取り、撹乱するために。

 

2つの触手がリンを向く。

その隙を突き、ソージが触手を根本から切り裂いた。

 

「キュピイイイイイイイイ!?」

 

粘液のような血を吹き出し、オストガロアの触手が地面に潜り込む。

本体の鎧となる瘴気がいっそう強くなり、リンは一度距離を取った。

 

「リン!折れた剣よこせ!」

「これ?はい!」

 

ソージはオストガロアの目の前で剣を構え、全力で威圧する。

理性のないオストガロアに、それは分からない。

もちろん、ソージとてそれでどうにかなるとは思っていない。

必要なのは、集中力の維持。

 

狩技の、準備。

 

リンが中腹から先のハナヤコヨヒノを蹴る。

地面を滑り、ソージの足元に転がった大剣。

それを拾い上げ、ソージは───。

 

 

 

───右手に柄の付いている方を、左手に切っ先のある部分を握った。

 

 

 

「獣宿し……。ふう」

 

小さく呟き、深呼吸。

自分にはできる、これは認識と自信の問題だと、言い聞かせる。

そして、大きく息を吸い込み。

 

「【獣宿し〔双頭〕】ッ!!」

 

その名を、口にした。



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35話 穿つ、双頭の双刀

 

大気が揺れた。

張り詰める空気が冷や汗となり、シャロとリンの首筋に流れた。

 

それほどまでのプレッシャー。

オストガロアをそのまま纏ったかのような重圧に、他でも無いソージ自身が驚愕した。

 

「おおおおおおおおオオオオオオオッ!!!!」

 

腹の奥から抉り出すような声。

蒼い稲妻が両手に流れ、二つの(とう)が───いな、双つの(とう)が今、その鎌首をもたげた。

肩に水平に右腕を構え、左手は上げた右腕と平行に。

左足を前に出し、踏ん張る右足を少し曲げる。

 

「こいよ、双頭さんよ」

「キュアアアアアアアアアアアアッッッ」

 

オストガロアは吠えた。

 

ドリルのような触手が、唸りを上げてソージに迫る。

ソージはほんの少し、右足を曲げた。

ソージの目の前に触手が刺さる。

 

「ソージくん!押すよ!」

「応!」

 

助走をつけたリンのキックが、ソージの()を蹴る。

ソージは既に、宙に浮いていた。

曲げた右足をバネのように一気に戻し、リンのキックによる反発も乗せ、ソージは触手の上を踏むことに成功した。

 

一歩一歩が大きく、速く、疾い。

あっという間にオストガロアの真上に立つと、意思を持つように動く両腕によって、連撃を食らわせた。

目に止まらない速さで動く刃が、オストガロアの硬い装甲を少しずつ削り取っていく。

その動きはまるで、オストガロアの触手による攻撃のようだった。

ソージが振りかぶる。最後の一撃。

 

「オオオオオオオオオオオラアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

 

全力を込めた一撃はオストガロアの真上に大きなバッテン印をつけた。

だが、それだけ。

 

「(あと一歩、届かなかった……!)」

 

限界を超えた状態での狩技の使用によってぴくりとも動かなくなった腕。

汗がだくだくの状態で落下するソージ。

しかし、ソージは知っている。

 

 

 

 

 

───こんなところで、終わるはずが無いことを。

 

 

 

 

「行け、シャロォォォォォォォォッッッ!!!!」

 

きらりと、空が光る。

シャロは既に、弦を引き終わっていた。

 

「っ」

 

シャロが右腕を離す。

 

先程とは違い、凛とした雰囲気。

張り詰めた空気の、違い。

有音と無音。

動と静。

劔と弓。

 

ビシュン、と、空気を割く音。

 

 

上に上に、矢が昇る。

 

 

 

極限まで引き伸ばされた時間が、矢を遅くして見えた。

 

 

 

 

そして、今。矢の先端が見えたとき。

 

無数の矢を以て、時の速さが戻った。

 

「キュアアアアアアアアアアアア!?」

 

その矢が全て、オストガロアの甲羅に突き刺さる。

ソージがつけたバッテン印の真ん中に、無数の矢が、完璧な計算と速度を持って刺さり続ける。

矢の上に矢が。

その矢の上の矢が。

矢は刺さり続けてタワーと化し、そして最後に───

 

───さきほど上げた、特大の矢が突き刺さった。

 

ゴン、と、鈍い音がなる。

巨人の杭となった矢の塔は、1つ、また1つと深く刺さり、やがて、その硬い外郭にヒビを入れた。

 

「……【アローフォール】」

 

シャロが呟いた瞬間、硬い骨が全て砕け散る。

その角は、紫の稲妻に輝いていた。

 

「リン。ソージと私は動けない、あとは、頼んだ」

「ラストを取るみたいで気が乗らないけど……そういうことならわかった。全力でやるよ」

 

リンは進み出した。

舞い散る外郭の中を突き進む。

四肢を投げ出して倒れているソージを少し愛おしそうに見た後、ソージとは違うちゃんとした双剣を取り出し。

そしてその指にはまった、狩陣宝石の指輪が、輝いた。

 

「【ラセンザン】ッ!!」

 

前方に突き出された双剣が、オストガロアの柔らかい部分に刺さる。

そして、心臓の手応えを確認すると。

狩技、【ラセンザン】のセオリー通り、両手をこじ開けて引き裂いた。

 

()()()古竜が、生き絶えた瞬間だった。



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36話 血の力

 

ソージは「あ゛〜〜〜〜〜〜」と空を見上げて息を溢す。

 

「ホントマジ死ぬかと思った」

「ソージ……目は……」

「帰ったら。帰ったらだ。なるべく触れたくない問題だしな」

 

布をちぎり、それを斜めに頭に巻いて眼帯のようにするソージ。

もちろん、今のソージは義眼がないので身体強化もハンターサポートの機能も使えず、果ては狩技すら使えない。

そんな状態で狩技───【獣宿し〔双頭〕】を成してのけたのは、ソージの強いプライドと硬い意志、そして目を奪われた憎しみによるものだろうか。

 

「……わかった。じゃあ、帰る?」

「あぁ。こんなとこにはあんまり居たくない……」

「ちょっと待ってソージくん。これ、見て……」

 

リンが、オストガロアにトドメを刺した場所から一歩も動かず声を上げる。

ソージはシャロと顔を見合わせて、リンの元へ向かうことにした。

 

「これ……なに……?」

「……は?」「……え?」

 

そこには、二人の目が目を疑うものがあった。

オストガロアの肉体が、ドロドロとした血になって消えていく。

そして、その血の中で唯一、原型を留めていたのは───……

 

「……人……?」

 

───心臓。コアである、人間であった。

青白い髪の毛の少年。

まだ幼さを残す顔は眠っているようだが、普通の少年とちがうのは、心臓部が引き裂かれていること。

完全に、死んでいた。

 

「……血。血が、紫色だ」

 

ソージは足元に残っている赤黒い血を指先ですくう。

人間のような赤い血の中に、微妙に紫色が混じっていた。

 

「……紫。紫の、薬。濃い、血液」

「……ソージ?」

 

オストガロアの上で、男と交わした会話。

その中に、今、指先のものに検索ワードが引っかかるものがあった。

 

ソージは自らの袖を掴むシャロを見る。震えていた。

次にリンを見た。何をしようとしているのかわからない様子だ。

ソージは一息だけつくと……指先に付着した液体を舐めた。

 

「ソージ!?」「ソージくん!?」

「……鉄の味。人間の血の味がする……けど、何かが違う。何かが、混ざってる。……そうだ、これは」

 

シャロの味。

そう答えようとしたとき、ソージの体に激痛が走った。

 

「ぐあっ!?がっ、ああああああ!?」

「ソージくん!?ソージくんっ!!」

 

胃の中の物を全て吐き出し、尚も悶えるソージ。

血に対する体の拒否反応。

しかし、拒否反応にしてはややオーバーな激痛。

 

リンが差し出した回復薬グレートを流し込み、むせながらも呼吸を整えていく。

 

「ウソだろ……おいおい」

 

自身の体験した記憶から推測していくソージ。

 

「シャロ。わかりきったことだが、お前はモンスターハーフなんだよな」

「……?うん」

「シャロの血と同じ味。濃い血。暴走するオストガロア。中身は人間。ありえないほどの体の拒否反応。……考えられるのはこれしかないだろ、状況的に」

 

シャロはソージを見上げたまま思考を読み取ろうとしているが、ソージの言葉の意味がわからないらしい。

対してリンはそのワードのおかげで言いたいことがわかったらしく、深刻な顔をしている、

 

「「モンスターの血」」

 

人間の身でありながら……モンスターの血を流し込まれ、力に耐えきれずにモンスターそのものとなってしまった末路。

男はシャロを知っていた。かつ、オストガロアに薬───血を流し込んだ。

そして何より……シャロを『マガラ』と呼んだ。

 

「まさか……」

「シャロも……」

「どういうこと?言っている意味が……」

 

沈黙が場を支配する。

 

「……俺たちには関係のない話だ」

「そうだね。シャロちゃん、帰ろ」

「……わかった。ついてく」

 

しっかりと骨や素材を回収し、3人はモドリ玉の煙を浴びた。



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37話 英雄王の剣

 

「…………」

 

ソージは深い息で寝具に寝転がっていた。

医師に診てもらったが、立っているのが奇跡と言われたこのえぐれた目。

今はつけていない眼帯は、枕元の棚に置いてある。

 

「すぅ……すぅ……」

「…………」

 

静寂に包まれた宿。

ポッケの寒さは下の階から送られてくる暖炉の熱で暖められ、ハンター御用達の宿はなるほど、確かに快適である。

自らの腕の中に眠るシャロを撫でつつ、視線を落としてため息をつく。

 

───もしかしたらシャロも、オストガロアのように暴走するかもしれない。

男がシャロを知っているとなると、やはり考えられるのはその線だろう。

 

「…………」

 

ソージ後ろで丸くなっているリンもまた、動きがぎこちなく、リンがまだ覚醒していることをソージは見破った。

眠っているのはこの場でシャロのみ。

 

「…………」

 

ソージの脳内で、克服したはずのトラウマが蘇る。

遥か彼方まで吹き飛ばされた痛み。

知らない場所にたった一人で取り残された寂しさ。

目をえぐられた恐怖。

 

それがモンスターがモンスターであるためのポテンシャル。

 

その、憎むべき対象が胸の中で眠っている。

だがそれはあどけない少女の姿をしており、実際、彼女はモンスターとは違った。

違った、はず。

 

「……すや」

 

案外早く人は眠るものだ。

先ほどまで思い詰めていたようにみじろぎしていたリンも今は夢のなからしく、ソージは苦笑した。

 

思い詰めるなど、俺らしくない。

 

「障害が出たら切り刻んで前に進む。……それが俺だ。俺たちだ」

 

最後にシャロを一撫ですると、ソージは目蓋を閉じた。

 

 

 

 

「おっきい……」

 

謎の洞窟。

住民からそう呼ばれるこの洞窟には、大きいという表現にはやや当てはまらない、まさに巨大な剣が刺さっていた。

鍔は見上げても見ることができず、切っ先は深く地面に突き刺さり凍りついている。

だがこれも、『巨人が使っていた武器』に過ぎない。

素材や価値としては貴重も貴重なのに、可能性としてはこの他にも武器があるかもしれないのだ。

……無論、だれもそんなものを見つけたという噂は聴いていないが。

 

「古龍骨は持ってますかニャ?」

「ん」

 

溶けたオストガロアの死骸から見つけ出した、ちょっとやそっとじゃ折れそうにない骨。

アイルーはシャロからそれを受け取るとヒモで括ってツルハシ状にすると、シャロに手渡した。

 

「これで剣を削るニャ」

「シャロ、やってみろ」

「ん……」

 

完全に娘の初体験を見守る父親の目であった。

 

シャロは剣の峰を指差して「ここ?」と問いかけ、頷きが返ってくると大きくツルハシを振り上げた。

 

「えい!!」

 

つるり。

 

「ん?」

「あっ」

「えっ」

「ニャ?」

 

ツルハシは洞窟の外へ……鍔の方向へ飛んでいった。

3人と1匹が、虚空を見上げて茫然とする。

程なくしてガキン……という音が聞こえてきたが、ツルハシが落ちてくる気配はない。

 

「……」

「…………」

 

ソージは遠視のできない眼で天井を仰いだ。

 

「どーすんだアレ」

 

フイ、と目を逸らした者がいた。

 

「ねぇシャロ?私たち、死ぬ気で古龍骨取ってきたけどさ」

「…………」

「それを使って収穫なしは許されない行為だよね?よね?ねぇ今どんな気持ち?せっかくのソージくんの期待に応えられないってどんな気持ち?」

「チッ」

「痛い!!」

 

シャロが人差し指で弾いた小石によって粉砕されたおでこのガードを抑えて蹲るリンを一瞥して、ソージはもう一度目を凝らす。

ツルハシの姿は見えないが、もしかしたら何かを粉砕して落ちてくるかもしれない───

 

「んがっ!?」

「!?」

 

飛来した何かにおでこを攻撃され、その場にはおでこを抑えて倒れ臥すハンターが二人ほど完成した。



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38話 はは、なんだテメェぶち殺すぞ

「だ、大丈夫ですかニャ?」

「ぐおお……いてぇ……」

 

額を抑えるソージにシャロは謝り倒す。

なんとも運の無い男である。

がしかし、ちょっとやそっとの痛みで悶えていたら、ハンターという稼業はやっていけない。

ソージはすぐに復活すると、自分の額にクリティカルヒットした謎の破片を拾い上げた。

見えないほどの高さから落ちてもヒビも入ってない。

黒い錆を払って形の整えられたそれは、綺麗な球体であった。

 

「ふむ、丸いな」

「鍔の辺りに埋まっていた装飾の一つだと思われますニャ」

「……私、鍔の辺りまで飛ばしたんだ……」

 

そこへ復活したリンが後ろから覗き込み、その球体を見て首を傾げる。

 

「なんかソージくんの眼みたいだね」

「……どういうこと?」

「ふむ。たしかに、あのとき埋まってた義眼に似てるな」

 

シャロは正気を失っていたため、オストガロア戦についてはほとんどと言っていいほど記憶がないが、リンは違う。

見ていた。見てしまっていた。

ソージが、その義眼を抉られる様を。

 

「正直早く忘れたいんだけど、知っていて悪いことなんかないって、この世界で知ったから」

「……成長したな」

「へへへ、ソージくんのためなら新人類にだって進化するよ」

 

つまるところ、この不思議な球体は、あの義眼と何かしらの縁がありそうだ、ということだ。

 

「それでは、龍歴院の研究班に任せてはどうですニャ?」

「研究班?」

「ニャ。少し前にぶっ壊されて、それでもめげずに復活したい龍識船に、研究班があるそうですニャ。で、その研究班に新人が来たらしく……その新人が、大昔のぎじゅちゅの研究をしているそうなんですニャ」

「ほう。『大昔のぎじゅちゅ』、か」

「早めに忘れてくださいニャ」

 

目を塞いでイヤイヤ!するアイルーだが、その姿が女性陣の心をときめかせているのは知らない。

 

「ん……ぎじゅちゅ、ぎじゅちゅ」

「ニャ〜〜〜」

「かわいい!ぎじゅちゅかわいい!」

「う〜〜〜」

 

が、度が過ぎると雷が落ちてくるのは当たり前である。

二人の頭に平たいゲンコツが落とされた。

 

「何やってんだ阿呆。遊んでないで行くぞ」

「ぎじゅ……わかった、もうしない。だから見捨てないで」

「だってかわいいんだもんっ」

「リンは留守番な」

「ごめんなさいぃ!!」

 

完璧で綺麗な土下座を披露してみせるリン。様になっているのが腹立たしい。

ソージは手の内で球体を転がしながら、リンを叩き起こして洞窟を出て行った。

 

 

 

 

「……もういっぺん言ってみろ」

 

リンが震え上がった。

シャロが隅でカタカタと怯えているが、それすらも気に留めない。

 

「だぁかぁらぁ。文化的に素晴らしい発見だからこの丸っこいのよこしなさいって言ってんの。耳腐ってんの?」

 

ソージの爪が掌に食い込み、放たれる殺気がぐんとあがった。

一般人にはとうてい感じることのできない、まさに『ハンター』の殺気。

リン、シャロが怯えているということは……。

 

『おい!しっかりしろ!何があった!?』

『下に、下に怖いの、いる』

『ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ』

 

上のハンターも同様、阿鼻叫喚である。

元凶は上の騒ぎに眉を寄せると、目の前のハンターに八つ当たりをした。

よりにもよって、目の前のハンターに、

 

「大体ねぇ、ハンターって基本バカじゃん。頭の悪い落ちこぼれがなる職業でしょ、こんなの。それで、歴史的価値のあるものを見つけたら途端に権利を主張してきて……理解できる?歴史的価値って。大昔の技術には今の文化を発展させるかもしれないものもあるってことよ」

「ほうそれは知らなかったなァ……???」

「アンタねぇ。今頃眼帯ってどうなの?おおかたカッコ付けで着けてるんでしょうけど、正直言って似合わないわよ。それで、背中の大剣。これもダメ。大剣なんて使い勝手悪すぎて最悪の武器じゃ無い。そんなんだったら机持って殴りかかったほうが強いわよ」

 

我慢。我慢である。

こんなやつ、現代日本には多く存在した。

価値観の押し付け、上から見る行動、偏見による罵倒。

……が。

気分が良くなった少女は、とんでもない地雷を踏み抜いてしまった。

 

「それにアンタの連れのなにあの子?ツノのアクセサリーとかダサすぎて笑えないわよ。白い髪の毛も似合ってないし、ほんとお似合いね!!アンタらみたいな落ちこぼれはせいぜい」

 

そこで言葉は途切れた。

少女の顔の頰に、拳が飛来したからである。

軽い少女の体はあちこちに当たってゴトゴトと音を立てて吹き飛び、龍識船の壁に叩きつけられて止まった。

 

「あ……う……」

「一応それなりに頭は良い方だ。この龍識船が壊れることになったバルファルクを討伐したのも俺だ。……だが、世の中には反りが合わない奴もいる。それを理解してるから我慢してたんだが……お前は、俺に言ってはならないことを言ったな」

「う……?」

 

ソージはシャロを軽く自らに寄せ、鋭い眼光で少女を射抜いた。

 

 

「俺のシャロを悪く言うようなやつには、俺の装備を研究させない。いくら、天才であろうと、俺に理解できない分野が得意であろうとな」

 

 

少女は放り出してしまった球体を拾い上げる。

頰がじんじんといたい。それどころか、床や壁に叩きつけられたせいで身体中もいたい。

本来ならば、自分の身は既に死んでいるのだろうが。

部屋を転がり回った際に、樽を壊して中の回復薬が自分に付着したのだろう。

 

「ハンター舐めんじゃねえよ」

 

少女は反省しない。

事実、彼女はハンターにバカにされ、靴を舐めさせられた。

だからこそ、彼女は全力で研究をし、ハンターを見下せる実力を手に入れた。

 

「……アタシはね、天才なんかじゃないのよ」

 

彼女は、ただ自分をバカにしようとするハンターが許せなかっただけである。

すぐに手をあげるハンターも、カッコ付けの装備をするハンターも、全部全部嫌いだった。

 

「アタシは……アタシは……」

 

彼女は秀才である。努力の天才である。

努力して努力して、それで。

 

「緩い人生なんて送ろうとしない、ちゃんとしたハンターのサポートをしたい……」

 

ようやく、天才を越えられた。

 

「わかったわよ。やるわ、このデバイスの研究。ごめんなさいね、気に障ること言って」

 

ああ、目の前にいる人こそが、ちゃんとしたハンターなんだなと。

少女は、そう感じた。

 

……それはそれとして。

 

「ん」

「いたい!?」

「ソージをバカにした罰と、リンをバカにしなかった罰」

「しなかったのは良いことじゃないの!?」

 

その場の雰囲気に飲まれなかったのは、いけすかない、いけすかない!!とひたすらにチョップを繰り返すシャロであった。




シリアスって難しいよね、少女の名前も出てないしレギュラーになってならないのになんで少女はこんなシリアスを持ってきたんだろうね、謎だよね、
それはそれとして次回、『ソージ死す!』デュエルスタンバイ!


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39話 賢者の瞳

それは、深夜の零時を過ぎた頃。

船の甲板であぐらをかいて睡眠をとっていたソージの目が開く。

 

「できたのか」

「うわっ。あんたずっと起きてたの?」

「寝ていた。睡眠は浅かったがな」

 

ソージの単眼が、少女を射貫く。

眼帯は外していた。

 

「ま、寝ていてもはたき起こすつもりだったけど」

「さいで」

 

少女は鉄の盆の上に球体を乗せていた。

 

「それが?」

「えぇ。ようやく実用段階まで進んだわ。……でも、これは危険すぎるわ。あなたなんかに使いこなせるかしら?」

「同じやつを使ってた。使い方も、装着の仕方もわかってる」

「……そう」

 

ソージは眼球を受け取り、月明かりにかざす。

より一層、蒼い色をしていた。

 

「……ねぇ」

「なんだ」

「気に留めないのね。私が、まだ高圧的なことに」

「別に。そう簡単に変われるような人間がいたら逆に怖い」

 

甲板に、プロペラの音だけが響く。

飛竜と遭遇しないように雲の上を征く龍識船の甲板に月明かりだけが流れる。

風の無い夜だった。

 

「それ、いつ使うの?」

「明日の昼、誰もいないところで使う。シャロにもリンにも教えない」

「そう。……それじゃあ、どうしてこれを使おうとするの?」

「質問が多いな」

「暇なのよ。やけに目が冴えちゃって」

「……風呂、入ってないだろ。入れば眠くなるかもしれんぞ」

「その前に質問に答えてもらうわ」

 

ソージは揺れねぇ、と舌打ちする。

 

「顔面に一発入れたい相手がいる。それだけだ」

「……ふぅん」

 

ソージは空を仰いだ。

冷たい夜風が肌を刺す。

 

「……もともとは他のやつ使ってたんだ。けど、そいつに負けて、目をえぐられた。だから代わりの物が欲しくてな」

「目を……」

「その前はリオレウスに目を焼かれたな。もう目が無くなることに慣れたが、やっぱりあるに越したことはないしな」

 

らしくない。ソージはこの戦いが終わりに向かっていることを実感していた。

あの男が何を考えていて、何を知っているのかわからない。

ただの勘だ。だが、その勘にいつも支えられてきた。

 

「もう寝ろ。湯でも浴びて寝たほうが肌のためだぞ?」

「……そうね。そうすることにするわ」

 

何も言うことができない。少女の口は開かなかった。

彼は安泰だ。ハンターとしても優秀で、かつ愛らしい伴侶もいる。若干一名どこに向かっているかよくわからないのがくっついているが……。

 

「……死なないでよ」

「さあな」

 

彼がなにか強大な何かと戦っていることはわかる。

それはどんなモンスターだろう。今も未確認の怪物が出てきているこの世の中で、どれほどのものと戦っているのだろう。

彼女には知る由もない。

 

少女が甲板から消えたのをしっかり見届けてから、ソージはもう一度深く息を吸う。

新たな眼球が、ほんの少し残ったソージの蒼電にパリと鳴った。

 

 

 

 

「ソージがいなくなった……?」

 

慌ただしく活動をする龍識船の甲板で、早朝、竜人の少女は途方に暮れていた。

今し方リンより伝えられた事実をどうにか理解しようと、小さな頭で必死に考えるが、導き出される結論は「長い長いトイレに行った」ということしか思いつかない。

 

「……ソージも人の子。生理現象は仕方がない」

「トイレには誰もいなかったんだよ!」

「……え?リン、まさか男性トイレに……」

「え?あっ、入ってないから!男性の乗組員に捜索してもらったんだよ!」

 

だとしたら、だいぶ難解な事件である。

どんなときもシャロのそばを離れなかったあのソージが、正妻に報連相もせずに失踪するだろうか。

 

いいやしない!だったら私は待つのみ!

 

「多分……あの……長いトイレだから……」

「だからトイレにはいないって」

「あの……地上だから」

「只今現在進行形で飛行中ですけど!?」

「ソージなら降りかねない」

 

目を逸らしまくり苦し紛れに呟いた一言にリンは「そんなこと……あれ?否定が……」と遠い目をし始めた。

どうにかこの変なのは対処できたが、ソージが何も言わずにどこかへ行くのはおかしい。

となるとやっぱり原因と考えるのはあの女なのだろう。

 

「そこのあなた」

「……え?私?ってあなた、昨日の……」

「ソージが急にいなくなった。原因を教えて」

「えぇ?知らないわよ。……唯一心当たりがあるとすれば、昨晩渡したあのアイテムかしら」

「眼のこと?もう終わったの?」

「えぇ。今日の昼に、誰にも伝えずに一人で使うって言ってたけど……なに?まさかこの船から降りたとか言わないでしょうね?」

「ソージならやりかねない」

 

少女は目頭を揉んでごめんなさいと呟く。

この反応を見るに、ソージは降りたということで間違いがなさそうだ。

シャロは腰から畳んであったヘビィボウガン、バイナクルラを組み立て、船のへりに乗せて地上を見下ろした。

 

「えっちょ、なにしてるのシャロちゃん」

「リンはじゃましないで」

「えぇ……!」

「昨日の風の強さと、寝た時の船の位置はもう少し後ろで、その間の……」

「えなにこの子もしかして船の移動を計算に入れてソージくんが落ちたところを当てようとしてるの……?」

 

そしてそのスコープは、原生林に当てられる。

ソージが着陸した位置から一番近く、人があまり来なさそうな場所。

ソージは集中できる場所を探し求めてモンスター蔓延る原生林に足を運んだのだろうが。

 

───奴から逃げられると思うな。

 

口を三日月の形に広げたシャロを見て、微妙そうな顔をするリン。

もしやこのムスメ、自分もよりもストーキングの才能があるのでは……。

 

「それじゃ、原生林にいくから」

「あ、私も行く」

「原生林?やめときなさい、あそこは今気性が荒いディノバルドが住み着いているの。アイツならけろりと生きてるわよ。それに、原生林近くには船を止められるキャンプも無いし、まずは現目的地の村まで行ってからキャラバンで……」

 

シャロとリンは荷物を広げた。

 

「……一応言っておくわ。やめなさい?ねぇ、死ぬわよ?」

「死なない」

「死にきれないもんねー」

「そういう問題じゃないのだけれど!!」

 

砥石よし、弾丸よしと平然と確認作業を始める二人を前に、「あぁ、なんて人達のリーダーと関わってしまったのだろう」と名も知れぬ少女は頭を抱える。

もう金輪際、大きな戦果を挙げそうなハンターをサポートし、世に名を残すという夢は諦めよう。初心者ハンターとかのサポートそてあげよう。そう心に決心したのだった。

……後に初心者サポートのプロとして世に名を残し、ギルド長の右腕と呼ばれるまでに出世することになるのだが、まだその未来を彼女は知らない。

 

「よし行ってくる」

「ごめんね、船長さんに降りてくって伝えて置いて」

「えっ本当に行くの!?ねぇ、高確率で死ぬと思うのだけど!!」

「ならば底確率を引くまで。とう」

「ちょっとおおおおおおお!?」

 

落下し、目の前から消えた二人に度肝を抜かれた少女が身を乗り出すも、すでに二つの陰は豆粒ほどとなっていた。

 

「……はぁ、胃薬が必要だわ……」

 

賑やかな甲板に一人取り残された少女は、腹部を押さえながらそう呟いた。



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40話 原生林の主 (side シャロ、リン)

空から質量を持った何かが二つ、原生林に落下する。

それは鬱蒼と茂る木の葉に突っ込み、枝に進路を邪魔され、さながらピンボールのように跳ねながら徐々に母なる大地に近づいていく。

 

「ぶっ!」

「うぐっ!」

 

それは少女であった。

親方ァ!と叫んで受け止めてくれる少年も、落下の勢いを軽減してくれる不思議な石もなく、2人は思い切り地面に顔をぶつけた。

 

「……死んでる?」

「残念ながらシャロちゃん、生きてるよ」

「……ちっ」

「なんかもう慣れた気がする……」

 

げにハンターとは、しぶとく生き残るものであった。

 

「骨は折れてない?」

「痛みがないから折れてるかわからないけど……少なくとも両手両足動くよ。呼吸もいつもどおり」

「よし」

 

念のために粉塵を地面に設置し、2人は狩りの準備を進めた。

質の悪い薬莢が跳ねる音が、砥石が擦れる音が、静まった原生林に響く。

このマップのどこかに、愛しき人がいる。

彼は眼を装着した後、しれっと船に戻るつもりだったのだろう。

誤算は、この2人が大人しく待っているはずのないこと。

 

「いこう」

「うん。……で、どこにいそうなの?」

「わからないけど、洞窟か平原が都合がいい……?」

「なるほど」

「じゃあ、まずは平たいところが近いから行ってみる」

 

そこには獲物もいるからソージも狩りをしてるかも、と付け足し、シャロは歩き出す。

 

「あぁ、待って。先に説明しておくと、ここは多分その『暴走したディノバルド』がねぐらにしてる場所だと思う。だって茂みが変に曲がってるし。で、今ここにいないってことはディノバルドは巡回中か食事中しかないわけだけど、今は朝だから、ディノバルドも朝ご飯の時間だとおもうの」

 

シャロは眉根を寄せる。

何を言っているのだこの娘は。ねぐらにいないのだから外に出ているのは当たり前ではないか。

 

「……つまり?」

「平原にはたくさんの獲物がいるんでしょ?」

「………………はっ」

 

ディノバルドもおる可能性あるやんけ。シャロは気づいた。

呆れたようにため息をつくリンにシャロは「リンが活躍してる!」と頬を膨らませ、持っていた煙玉をなんの意味もなく投げつけてそそくさと茂みの中へ入っていく。

 

「ちょっとぉ!」

「油断大敵。ソージに最初に会うのは私」

「もおおお、ちょっと前が見えないんだけどどっか行ったりしてないよね……」

 

だんだん自信が無くなって来たのか徐々に声が小さくなっていくリンの声を聞きつつ、シャロは集中した。

木々の擦れる音、湿気のある匂い、一筋の風。

最近その精度を増し続けているシャロのレーダーは獣の勘と大差ないくらいには成長し、痕跡を探したりサバイバルをする能力に長けていった。

 

そして。

 

「見つけた」

「えっ」

「ついてきて」

 

ようやく視界を埋めていた煙が晴れたリンに背を向け、シャロは茂みの中に足を踏み入れる。

突然背を向けて歩き出すシャロに手を伸ばしかけたリンは足元に何かが落ちていることに気づき、その手を地面に下ろしてそれを拾った。

 

「……鱗?」

 

少なくとも大型モンスターの物ではないであろう小さな鱗だった。

両端を人差し指と親指でつまみ、折ろうと力を入れる。

鉄のように硬かった。

 

リンは鱗を太陽に掲げ、透明度を見定める。

 

「純粋な……若い鱗だ。……でも、こんな若い鱗なのにどうしてこんなに硬いんだろう?」

 

ディノバルドのものでも無ければ、その幼体というわけでもないだろう。

まるで、つい先ほど生まれて、つい先ほど抜け落ちたような。

 

「空……?」

 

とにかく、これは調べる必要がありそうだ。

そう踏んだリンは鱗をポシェットに入れ、シャロの後を追うのだった。

 

「……ん、ここから先は這って進む」

 

茂みの奥でシャロが腹這いになっている。

そのシャロが指差すのは、人が1人通れるか通れないかの小さな横穴。

若干の閉所恐怖症っ気があるリンは顔をしかめ、しかしこれ以外に進む方法もないのだろうと腹を括って腹這いになる。

 

既に横穴に侵入していたシャロはヘビィボウガンを押し出しながら角に気をつけて横穴を進む。

ヘビィボウガンは腰に固定すると引っかかる。少しでも頭をあげれば、同様に角がガリガリと横穴の天井を削ることになる。

 

同じくして匍匐前進(ほふくぜんしん)で横穴を進むリンは側面に生えたコケに若干引きながらも、なんとか進むことに成功する。

……が、彼女には一つだけ問題があった。

 

「胸がつっかかる……」

 

そう、彼女の人並みに育った胸では地面と擦れて痛いのだ。

どうにか出来ないかなとシャロを見上げると同時に、必殺シャロキックがリンの顔面にお見舞いされた。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」

「さっさと進む」

 

聞こえていたのか。

奴の前では胸の話題は禁句であると肝に命じ、リンはどうにかこうにか楽な姿勢を見つけて進んでいく。

 

「シャロ、あとどれくらいありそう?」

「ん……あと少し」

「そっか」

「何かあった?」

「ううん、なんでもないことだから後でいいよ」

「わかった」

 

いったいなんなのだろうと不思議に思うシャロだが、出口が見えてきたので気持ちを切り替える。

出口から首だけひょっこり出して辺りを伺う。

 

「モンスターはいなさそう。……それと、人の痕跡も」

 

後ろからくぐもった声で「りょうかい」と聞こえる。

シャロは先にヘビィボウガンだけ落として身軽になった後、体を横にして近くにあったツタを掴む。

そうして下半身を抜いた後に手を離して一気に降りた。

 

すぐさま武器を回収。展開して辺りを見渡す。

シャロはリンに合図を送り、そのまま耳を澄ました。

……リンがつっかかる音がした。

 

「え、あ、今度はお尻が……」

「ふっ」

 

装填した炸裂弾をリンの上に撃ち、物理的に通れる隙間を作る。

轟音とともにリンが放り出され、二度目の顔面からの落下をお見舞いした。

 

「〜〜〜ッバカバカバカ!!すっごいびっくりしたんだから!!」

「でも出れた」

「出れたけども!出れたけどもぉ!」

 

ぽかぽかとシャロを叩くリン。

 

「だいたい、いっつもシャロちゃんは……」

 

ここで急に声が止まる。

何事かとシャロは振り返るが、リンはシャロではなくまったく別の方向を見ていた。

 

───炸裂弾とは、対モンスター用に作られた特殊な弾丸である。

モンスターの体内で破裂し、大ダメージを与える弾丸であるのだが、いかんせん音が大きい傾向にある。

炸裂の間近にいたリンはおろか、距離を取っていたシャロでさえも耳がキンキンするほど音が大きいのだ。

……ならば、()()()()()()()()が気づいてもなんらおかしくはない。

 

「グルルルルルォォォォオオオオアアアアアアアアッッッ!!!!」

 

尻尾に巨大な剣を携えた竜が、吠えた。



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41話 大剣と大剣

はぁい、マップを原生林にしてましたが古代林でしたごめんなさぁい!!


大剣を携え、すべてを薙ぎ払わんとディノバルドが吠える。

一番早い反応をしたのは、意外にもリンであった。

背中から片方だけ双剣を抜刀、片方の目に向けて投げつける。

ソージを探して叩き上げた、戦闘スキル。

まず目を潰し、潰せなくとも牽制にはなるという、いかにもスピードアタッカーなリンならではの闘い方であった。

 

「シャロちゃん!」

「はっ!」

「炸裂弾を!」

「わかってる!」

 

シャロは急いでその場から離れ、炸裂弾をリロードする。

ディノバルドが堅牢な鱗に包まれていることは、ディノバルドを初めて見るシャロでもわかる。

ならば、まずはその硬い装甲を崩すのが先決。

とくに、大ダメージを与えるメインアタッカーのソージがいない状況では、有効打を与えられるのはシャロしかいない。シャロの額に、汗が浮かんだ。

 

リンがその場で姿勢を低くし、ディノバルドの薙いだ剣のような尻尾をギリギリでかわす。

内包する膂力が空を裂き、風の刃となって林に突っ込む。

轟音を立てて崩れ落ちていく木々を目にして、リンの表情にも焦りが受かんでいた。

 

「シャロちゃん、ソージくんは?」

「え?」

「ソージくんを見つけたんじゃないの!?」

「匂いはあった……けど、近づいてるかはわからない!……移動していたら尚更!」

「加勢は期待できないの!?」

 

シャロが俯く。

リンは口をきゅっと結んだ後、落ちた剣を回収して初めて双剣を構える。

投げた結果は刺さらなかったらしい。

 

「わかった……じゃあ、私が全部やる」

「……?」

「私が、メインを担当する!!はあああああああああっ!!」

 

リンの体から闘気が溢れ出し、オーラによって擬似的な角が生える。

「鬼人化」。彼女の奥の手であり、諸刃の剣。

オストガロア戦ではまだ理性を保てていたが、戦闘能力の増した今、理性の殆どが獣の力に侵される。

目の前の相手を殺す。ただそれだけを考えた彼女が、地面を蹴ってディノバルドに接近する。

片足でジャンプし、体を横にして空中で回転。ディノバルドの返す刃を軽々と躱し、その鱗の中に剣を差し込む。

 

「グルオオオオオオオアアアアアッ!」

「うあああああああああああああっ!!!!」

 

ダウンを取らずに、ライド状態に持っていく。

採取用ナイフではなく双剣でディノバルドの背中を斬り続けるリンを見据えつつ、シャロは貫通弾を砲塔に込めた。

リンが振り下ろされたとき、その目を目掛けて引き金を引く。

集中の極地に入り込み、神経を研ぎ澄ますシャロ。

ディノバルド以外にはなにも見えない。見ようともしない。

竜人であるからこその、常軌を逸した強靭的な集中力。

だからこそ、気づかなかった。

自分の体が、いかに無防備であったか。

突然に横から来た衝撃に感覚の全てを遮断され、シャロの瞳に動揺が映る。

 

「ッ!?」

「グルオオオオオオオアアアアアッ!!!!」

「がっ、ぐおおおおおっ!!!!!」

 

視界の隅で新手に吹き飛ばされた仲間の姿を見て、リンの理性が悲鳴を上げる。

獰猛性を失った今、通常よりも強いディノバルドに掴まっていられる道理はない。

 

「なっ、きゃあ!!」

 

ころころと地面を転がったリン。手元に剣が無いことに気づく。

さっと目を向けた先に、ちょうど床に伏すシャロの姿があった。

状況は、お世辞にも良いとは言えない。

リンも最初は、ガンナーをプレイしていた身。その過程でなぜ剣士に変えたのか、それは、狙っているとよく来る、あの小さな草食動物が原因であった。

小さな攻撃が、状況を一変させる。それは、自分自身がわかっていたはずなのに。

 

「シャロちゃん!」

「……う」

 

油断。

正気を失っていた、では説明のしようがない慢心がこの状況を引き起こした。

無論本気で戦っていたのだが、勝てると思い込んでいた分の油断は大きい。

 

「……りん」

「なにっ!」

「これ……」

 

打ち所が悪かったのか、起き上がらずに苦しむシャロが、掌から何かを転がす。

青色のボールが、地面を滑った。

 

音爆弾。

 

「ッ!」

 

バオンと大地を震わす音が響き、それにあたり一体のモンスターが顔をしかめる。

すかさずポーチから煙幕を取り出したリンは地面にそれを叩きつけ、シャロを回収して身を隠す。

 

「大丈夫?」

「自然治癒でどうにかなったけど、武器を失った」

「……絶望的って言うのかな」

「そうかも」

 

クエストではないので応急薬は無く、持ってきた回復薬にはもちろん限りがある。

自然治癒とは言っていたが、回復する量にも限界が存在すると思い、リンは自らのポーチから回復薬を取り出してシャロに飲ませた。

隠れている茂みの奥にはディノバルドが未だ健在。それどころかダメージを負った様子を見せない。

 

やはりたった二人で挑むのは愚作であったか。

 

「シャロちゃん、ソージくんはどこに行ったかわかる?」

「……わか、ると思う。けど、わかったとしてもディノバルドの目を盗んで逃げるのは……」

「困難、ってこと?」

「…………」

 

こくりと頷いたシャロを横に、リンは自らの思考をフル回転させた。

この場にソージがいたなら、間違いなく戦況は変わる。だが、恨むべきはディノバルドが未だに周囲を警戒していること。

気が立ったディノバルドに先程の草食竜も叩き潰され、すでに肉片となっている。

となれば、……囮。その存在がいれば、シャロは間違いなく逃げ出せる。

 

「シャロちゃん、私が戦うから、ソージくんを探してきて」

「ダメ。それじゃリンが死ぬ」

「……そうかなぁ?」

「クエストじゃないからリタイアができない。救助も来ない。わかってるはず」

「へへへ」

「笑ってる場合じゃない……!」

「でもまぁ」

 

リンは乾いた笑いを溢す。

不安そうにリンを見つめるシャロであったが、鼻をひくりと動かすと何かに気づいたように後ろに振り向いた。

 

「リン」

「なに?」

「もしかしたら、こっちに来るかもしれない」

「ソージくんが?」

「うん」

 

轟と大気が揺れ、暗雲が立ち込めて雲行きが怪しくなる。

シャロが来ると言った瞬間にこの有様だ、きっと彼はやってくる。

 

「……じゃあ、どこにいるかわかりやすいように」

「ん。暴れるが吉」

 

リンの狩陣宝石が光る。狩技の兆し。

シャロは煙幕の残りをリンから拝借し、足元の石を手一杯に拾った後にリンに視線を送った。

行動の開始。

 

リンが茂みから飛び出すのに反応したディノバルドが咆哮をあげる。

プレッシャーに心臓を掴まれたような感覚を覚え、体が強制的に立ち止まってしまうリンだったがすぐに立て直して疾走を始めた。

そして、横にローリングをした瞬間にリンの元に煙幕が投げつけられる。

突然の目眩しに眉を潜めるディノバルド。尻尾を薙いで煙を払ったそこに、リンの姿がすでにないことに気づく。

同時に、もう片方の竜人に、武器を回収する時間を与えてしまったと。

顔の横に大きな衝撃を受け、のけぞるディノバルドにリンが飛び乗る。

既にリロードしてあった貫通弾をとりあえず顔面に撃った結果だが、幸運にもそれが戦況を覆す一手となったのだろう。

 

ソージが来る。

 

たったそれだけのことで、勝機が見出せる。体に力が湧いてくる。

カリスマ性のない英雄でも、信ずる人にとっては何よりの活力となり、戦う意志を奮い立たせる。

自らを死の淵から救ってくれた英雄が。

自らと一緒に育ち、強くなった英雄が。

 

「「私たちを、救ってくれる」」

 

雷が、落つ。

 

 

 

 

蒼き光はひた走っていた。

度重なる轟音と、ディノバルドの咆哮が、何かしらのことがあったことを物語っている。

闘気は稲光となって森を焼き、蹴った地面はえぐられ、土を弾いて穴を穿つ。

木の幹に反射して直角に曲がり、木々の隙間を縫って疾走する。

背中に背負った大剣がバチバチとスパークを起こし、再びその刀身に灼熱を宿す。

ディノブレイズ。奴との戦いで手に入れた素材で自作した、大剣の銘。

熱した岩石のようなそれの温度が最高潮に達した時、蒼き光は溜息をついた。

やはり、一人にはさせてくれないらしい。

蒼き光は、崖から飛び降りた───。

 

 

 

 

投げ飛ばされたリンが、仰向けに寝たことでいち早くソレの存在に気づく。

慌てながら撤退するリンの姿で何があったのか察したシャロはその場で耳を塞いでしゃがみ込んだ。

そして、互いの頬がピリリと静電気を感じたとき。

 

ゴオオオオオオオオンッッッ!!!!

 

灼熱を以た雷が、一直線に大剣竜に落ちた。

 

「グルオオオオアアアアアッ!?!?」

 

顔面に刃物がめり込み、凄まじい痛みを頬に覚えたディノバルドは体をよじらせ、その存在を振り払った。

それが、過去に戦い、そして互角にわかり合った単眼のハンターであることに気づくのに、そう時間はかからなかった。

怒りと興奮の咆哮をあげるディノバルドを手で静止し、雷はその口を開く。

 

「ヒーローは遅れてやってくるんだよ」

「「ソージ」くん!!!!」

「待たせたなヒロインども。ってかなんできた。説明しろ」

「ソージの隣にあるのが私だから」

「把握」

「えっねぇちょっと!私は!?ねぇ!?」

 

義眼の働きで生まれた体内電気を放出し続けるソージ。

ボロボロの格好に炎を吐く大剣、そして全身から大量の電気を放出。

いよいよもって厨二の権化と化した姿になったソージに引きつつも、リンも涙を浮かべた。

少なくとも、ソージが過去より強くなったことは明らかである。

ならば。

この三人がそろって、勝てぬ相手など、いない。

 

「ソージくん、ほら、戦闘の前にあのセリフ!」

「あ?あのセリフか?」

「わくわく」

「……ったく、しょうがねぇ。俺もテンションが上がってんだ。ノらなかったらビリビリの刑な」

 

 

 

 

 

「1狩り行くぞ!!」

 

 

 

 

 



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42話 プロミネンスボルト・カラミティ

「うん!」「ん!」

 

元気の良い声を響かせる2人を背に、大地を蹴り接近するソージ。

既に戦ったことのある憎きハンターを目の前に、ディノバルドは咆哮を上げた。

背中にある傷も、尻尾の傷も、全てこのハンターがつけたもの。

 

「お前ら!俺はアイツと一度戦って、深傷(ふかで)を負わせた!背中と尾の付け根だ!」

「「了解!」」

 

ぶんと大剣を持って一回転し、遠心力を充分に乗せた剣がディノバルドの足に見舞われる。

バランスを崩したディノバルドが、轟音を立てて崩れ落ちる。

これを正気と見たリンはその背中に跨り、今度は採取ナイフで斬りつけつつライドし始めた。

 

「今のうちに準備を!」

「よし!」

 

砥石で大剣を研ぎ、闘気を高めて一撃を準備するソージ。

体表にプラズマが走り、火花を散らす。

散らした火花がディノブレイズに引火し、岩のような剣の表面から出る熱が、空間を歪ませる。

バキン。

ディノバルドの鱗が、折れた音。

一瞬のダウン時間を身逃さず、ソージが叫んだ。

 

「【獣宿し〔天廻(てんがい)〕】ッ!!!!」

 

体に流れるエネルギーが、螺旋を描いて一点に集まる。

隕石もかくやというスピードで落とされた一撃が、ディノバルドの強みとする大剣を模した尾に突き刺さった。

確かな手応えと共に、尻尾が体から離れていく。

 

「……部位破壊、成功」

「グルオオオアアアアア───!!!!!!」

 

ソージが跳び、その場から離れれば無数の弾丸がディノバルドの体に突き刺さった。

煙を上げる銃口の向こうで、スコープに目を当てたシャロが、今度は当たった手応えと共に微笑んだ。

スコープから目を離し、リロードを試みるシャロ。その姿を見て、草食竜が邪魔をするため突進を試み───

 

「破ッ!!」

 

双剣に、細切れにされた。

闘気を纏わせた双剣は、雑魚っ端の竜など簡単に砕く。

双剣がひらめき、次の瞬間にはディノバルドの眉間に刃を突き立てようとしていた。

硬質的な音が響き、リンの体が重力に従って落ちる。

双剣を地面に突き刺して腕力のみで態勢を戻したリン。

……この間、3秒。

 

「やるじゃねぇか」

「鍛えてますから」

「「疾ッ!!!!」」

 

一瞬で消える絶対切断の刃。

雷鳴轟く絶対破壊の刃。

互いを知り尽くしているからこそ行える、どんな龍でも崩すことのできないコンビネーション。

それが、一太刀、二太刀とディノバルドの身を切り裂いていく。

 

「リンそこっ!!」

「!?」

 

シャロの叫びに、リンが身構えると、リンの足元がぐにゃりと歪んだ。

泥か、リンがそう認識した時には、シャロは既に次の段階に移行していた。

 

「ソージ!!」

「わかってる!!」

 

ソージが右へと大剣を薙ぎ、勢いで回転しながら姿勢を低くする。

その上を通過した弾丸が、とてつもない衝撃を以てディノバルドに放たれた。

そしてそれは、始まりに過ぎない。

 

「んっ」

 

今まで動かなかったシャロがついに腰を持ち上げる。

狙いを定めるためのスコープを投げ捨て、少しでも軽くして走るのに支障をきたさないようにし、シャロはポーチの中の弾丸を両手いっぱいに持った。

 

「【全弾装填】」

 

無論、シャロは狩陣宝石を持っていない。

ではなぜ、そのシャロが狩陣宝石を使わずに狩技である【全弾装填】を使えるのか。

それは、シャロの圧倒的センスにあった。

オストガロアとの戦いで見せた【アローフォール】も、ただ、やったら出来た特技に()()()()()()()()

ソージから教えて貰った狩技の模倣こそが、シャロのセンスを遺憾なく発揮できる両分なのだった。

 

「……覚悟」

「グルオオアアアアアッ!!!!」

「疾ッ」

 

息を止め、集中の最中。

常に動き続ける的と、自分との距離。

それらを計算して、銃口から弾丸が放たれた。

結果は───全弾、命中。

 

あらゆる方向から、そして空気抵抗や反射を考えた弾の数々は、すべて同じタイミングで突き刺さった。

その衝撃は、鉄の柱がぶつかったのに等しい。

ディノバルドの巨体が、麦が風に舞うように吹き飛ぶ。

地面をえぐりながら倒れ伏すディノバルドの体。隙など、逃さない。

 

「シャロ!」「シャロちゃん!!」

「ん」

 

ソージとリンが、その大口を引っ張って顎門を閉じさせない。

シャロはゆっくりと、大タル爆弾と呼ばれる物をその口の中に放り込み……。

 

「3」

 

炸裂弾を装填し、

 

「2」

 

スコープのついていない照準を定め、

 

「1」

 

ソージとリンが手を離した瞬間を狙い、

 

「0」

 

撃ち込んだ。

 

 

 

───ッッッ!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

「がっ、げほっ」

「けほっ……うう……」

「ん…………」

 

やがて、爆風に飛んだ三人の視線の先に見えるのは……。

 

「……討伐、完了」

「やっっったぁぁぁぁ!!」

「完全勝利!!」

 

歓声を上げるハンターたち。

ぐっと拳を天に突き上げたのち、ふらりとその場に横たわる。

寄り添うように、ソージの隣にリンとシャロが並んで寝転がった。

 

「すげー気持ちいい」

「爽快」

「ほんとに、無茶するよね……」

「実際、俺1人じゃあれは倒せなかったかもな。この眼があっても」

「あ、そう、それだよそれ」

 

リンが起き上がり、ソージの右目を見つめながら言う。

 

「どうして勝手に行っちゃったの?言ってくれればよかったのに」

「……特に意味はない」

「「え」」

「一人で集中したかっただけだ」

 

シャロが大きなため息をつく。

本当に、この男は。

ヒロインを振り回すのが、得意な男だ……。

 

「色んなことができるようになった。これで、あいつも倒せるはずだ」

「……ソージ」

「ここまで来たら意地なんだ。イビルジョーも、あの男も。必ず、俺が殺る」

 

決意のこもった瞳。

より一層深まった蒼に光るその眼を見て、二人はただ、静かに頷いた。



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43話 脱出会議

ディノバルドの素材を剥ぎ取れるだけ剥ぎ取った後、リンとシャロはソージが作ったキャンプに案内されていた。

簡素なテントや肉焼きセットはちゃんと設置されており、ここならゆっくり休めるだろうといった印象を二人に与えた。

 

「……だぁーっ、重かった!!」

「ソージ。この素材、どうするの?」

「余程のことがなければ武器や防具の素材にするつもりだ。今まで狩って来たやつの素材と合わせて、そろそろ装備を見直した方がいいかもな」

 

言われてみればたしかに、三人の現在の装備は年季が入っている。

悪く言えばボロボロ、という表現が合うが、自分が長い間使って来た装備であったため、なかなか装備を変える時間がなかったのだ。

 

もともとチャンスがあったら装備を新しいものにしようと思っていたこともあり、二人はそれに承諾の意を込めて首を縦に振った。

 

「よし。それじゃあ、次はこっっから帰ることになるが……飛行船や龍歴船との連絡手段は持ってるか?」

「「持ってない」」

「……そうか」

 

この二人、徐々に息がぴったりになってないか?

そんなことを思いながらソージは自らの手のひらを見つめ、ひとつ、大きくため息をついた。

それは諦めたようにも感じ取れるが……そこに確かな「覚悟」を感じたシャロは首を傾げた。

 

「なにか、あるの?」

「帰る方法が、か? ……まあ、やったことはないが……できそうだな、と思った方法はある」

「へぇ。どんな方法?」

「シャロはわかると思うけど、俺たちは一度シャガルマガラの背に乗って移動したことがあったよな」

「うん」

「それとは前にも、俺はバルファルクの背に捕まってあの島まで飛ばされた経験がある」

 

そこまで言えば、もうわかるだろう。

 

「まさか……」

「飛竜に捕まって、飛ぶ……?」

「その通りだ」

 

荒唐無稽としか言えない手法だった。

だが、実際にやったことがあるとなれば、話に信憑性は出てくる。

 

「でも、それしか脱出方法はないかも」

「シャロちゃん……」

「リンは、納得できない?」

「ううん……できるかも、とは思うけど、実際やるとなると怖いなぁって」

 

今まで狩っていた相手に跨って空を飛ぶ……そのようなことが本当にできるのかどうか、まだ信じられないリン。

 

「だったら、ここに残るか? 俺が船に乗って迎えに来ればいいだろ」

「それはそれでやだ」

 

絶対無理。絶対。

 

「わかったよ……やってみる。でも、どうやって飛竜を確保するの?ただでさえ飛竜は数が少ないのに、それを捕まえるなんて」

「古代林に生息する竜は……リオレイア、リオレウス……」

「バルファルク!」

「……かなり難しそうだな」

 

リオレイアやリオレウスはかなり外皮が硬いために、力で制することは難しいだろう。番を組んでいる個体もいることも、厄介。わざわざ自分の住処を離れようとする者はいない。

となればバルファルク。あの彗星の速度にどうやって追いつき、どうやって捕まると言うのだろうか。

 

「「「…………」」」

 

全員が口を閉じ、ほかにいい案は無いかと頭を捻る。

しかし、モンスターに乗るという案自体は、悪くはなかったのだろう。

ゲーム時代からの前知識ならソージよりも多いリンが、不意に手を挙げた。

 

「ねぇ、必ずしも飛竜でなければいけないってことはないんだよね」

「ん? あぁ、まぁ、たしかに……だが、古代林のモンスターはティガレックスとかナルガクルガとか、飛ぶというより跳ぶ奴ばっかりだぞ」

「だから! 龍じゃなくていいんだって! ほらいるじゃん、ここのモンスターで、龍以外で、翼を持ってるモンスター!」

 

と、ここでシャロが勘づく。

 

「ホロロホルル?」

「正解!!」

「あー……なるほど」

 

夜行性のモンスター。

フクロウのような見た目をした怪鳥、ホロロホルル。

特殊な鱗粉を飛ばしてハンターを混乱させる厄介な相手だが……。

 

「いける、かもな」

 

トリッキータイプなだけに装甲が脆い。

一度コンボに入れてしまえば、簡単に仕留められるだろう。

問題は、どうやって捕獲、テイムするかだが……それはいちいち考えるべきでは無いとソージは空を見上げる。

 

───もう少し、ここにいることになりそうだ……。

 

「よし、方針は決まったな。ホロロホルルをテイムし、古代林から抜け出す。ホロロホルルは夜に行動を開始するため、それまでに麻酔弾の準備を」

「ん!」

「今日明日でホロロホルルが出るとは限らない。一つの痕跡も見逃すな」

「わかった!」

「俺は今回、なるべく二人のサポートをする。シャロは足りない素材があったら言え。採取、作成も手伝う。リンは定期的に見張りや探索の交代をしよう」

 

二人がうなづく。

立案&行動のスタンスを得意とするソージが中間に挟まることにより、シャロの場合は体力、リンの場合は火力、それぞれ足りないところを補うことができる。

長い間、マップをうろちょろして敵を撹乱して自由行動でモンスターを屠って来たソージの戦いにおけるテンプレートが今、ようやく出来上がったのだった。

 

「それじゃ、夜まで待つことにしよう。自分のやることをして……やることがなかったらディノバルドの素材を入れる箱を作るのを手伝ってくれ」

「ん!」「はーいっ!」

 

シャロは弾丸の確認のために青い箱を漁り、リンが木の上に登って辺りを見渡し始める。

訓練してもいないのに歴戦の兵のような動きをする二人を見てソージは引き攣った笑みを……いや、シャロもリンも、長い間モンスターのいるフィールドで過ごしている。警戒や行動の速さも、実戦の多さから身についた者なのだろう。

対してソージは?

 

シャガルマガラはモンスターではあるが、敵意を剥き出しにして襲ってくる野生のものとは違う。

戦闘経験も、稽古をつけてもらう形で積み、それを山奥のモンスターを奇襲からの連打攻撃という流れを作るだけだった。

最初から山奥でモンスターから逃げ回っていたシャロ。そして、ソージを探してモンスターのいるフィールドを異常なほど探したリン。

二人との環境の差は、間違いなく、ソージがシャガルマガラの縄張り(セーフティゾーン)で育った温室育ちである、ということだ。

 

だからこそ……ソージが一番強いようで、一番弱い。

 

───もっと強くならなければ

 

そんな闘志にもにた感情がソージの体を熱くさせる。

握った拳はたった今せっかく作った木製の釘を折り、行き場のない力が自らの掌に爪を食い込ませる。

 

別に、何かを失ったわけじゃない。

ただソージの頭に急に湧き上がってのは、謎の男に負けたという明確な結果。

次は、負けない。そのために、新しい義眼にしたのだ。

 

「……木釘、作りなおさないと」

 

小さな稲妻は、未だ燃えている。



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