白磁の肌に傷携えて (横に長いベンチ)
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白磁の肌に傷携えて

何もない。

 

守るべきものも、愛すべきものも、分かち合う喜びも、果ては努力の果ての結果でさえ、何も無くなってしまった。

 

美しき白磁の顔の肌には太く、痛々しく刺々しい傷跡が螺旋状に刻まれている、呪いのような悍ましさを感じさせるものが。

 

魔神と名乗った奴が面白半分に付けたものだ、彼は1度たりとて全てを滅ぼし自らに呪いをかけたその存在を忘れることは無かった。

 

右手には短槍を、左手には円形盾を携えて、彼は自らの無への寂しさからか焼け野原を駆け抜ける、異形の巣食う焼け野原を。

 

まるで、獣のような号哭と、狂気にも思える怒りが、その穂先を以て異形の者共を肉塊へと変えてゆく。

 

死ね、

 

死ね、

 

恨みは殺意と共に、怒りは狂気と共に、およそ人とは思えぬ速度でその槍を振るう。

 

何千という異形は、数刻の後に数を著しく減らす。

 

まだ、まだ彼は止まらない、殺し尽くすまで、止まることは出来ない、残り数百を切る、やっと三桁だ、そして彼はその狂った双眸で奴を見据えた。

 

魔神。

 

居た、

 

居た

 

イタ

 

ミツケタ

 

彼の体が、さらに加速した、唯人とは思えぬ力、彼は呪術によって自らの肉体を最大限までに強化していた、己の自我と引き換えに。

 

円形盾はもうボロボロだ、精悍な装飾は見る影もない、幾千の異形の攻撃を受け、聖銀製のそれはついに壊れた、彼はそれを投げつけた。

 

聖なる力を多分に含む聖銀はさすがに避けずには居られなかったらしい、魔神がそこから飛び退いた。

 

彼は足へ呪術を使用した、あと2度しか使えない禁忌の技を。

 

その加速は、音を置き去りにする、一足飛びで魔神の懐まで飛び込むと、短槍の穂先が、魔神の腸を抉り切る、刺した瞬間に捻じることによって傷をより深くした。

 

わざわざ大神官から聖なる祝福を受けた槍を持ってきただけのことはある、奴のたった今つけた傷跡が燃え上がった。

 

話に聞く吸血鬼のような野郎だ、彼は口角を釣り上げるとこの日のために鍛え上げた槍捌きを披露する。

 

ここに武人が1人でもいたら感嘆の息をつくであろう流麗で無駄のない、そして殺意に満ち溢れた舞踊は確実に魔神の命を削る。

 

しかして魔神も只では死なない、衝撃波を発生させ彼を吹き飛ばすと行き着くまもなく触れれば即死不可避の大魔術を惜しげも無く3度使う。

 

彼は残り1度の呪術を使う。

 

それは振るえば確実に命を刈りとる、因果逆転の外法、彼はこの技のためだけに呪術を学んだのだ。

 

「その心臓、貰い受ける」

 

深く腰を落とし、左足を前に、右足を後ろに左手を地に、右腕に槍を携え後ろに、右膝は地につけられる、今にも飛びかかりそうな体制。

 

未だ効力の続く《内なる大力》によって移動速度は弾丸が如くだ、彼は大魔術の隙を狙い駆け抜けた。

 

針の穴を通すような、そんな紙一重の回避は見事に成功する、振るった槍、防がれる、奇しくも同じ槍によって。

 

だが、それでいい。

 

因果の逆転はここに成った。

 

その槍は心臓を刺し貫く、死棘のそれはしかして聖なる力も併せ持つ。

 

致命傷だった。

 

勝った、魔神は死んだ、確実に。

 

残った異形はみな散り散りに逃げ帰ってゆく、もう彼は限界だと言うのに。

 

彼は槍を投げ捨てるとその場に座り込んだ。

 

彼の白磁の顔は、傷跡が残る、

 

それでもその安らかな顔は戦いの終わりを示していた。

 

 

 

かくして、この世に新たな白金級の冒険者が生まれた。

 

その男は後に槍壁の英雄と讃えられ、国内外にて英雄譚に語られる。




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