藤色の魔女 (ないしのかみ)
しおりを挟む

-夜間戦闘機-

虹では様々なPCが色々な物を発明していましたので(30mm機関砲やアネロンとか)、それらもなるべく取り入れましたが、書いてて自分が責任取れるERIS社中心です。
藤色の魔女こと、エリン・アビレイルとエミリー・フォン・ヘクセンハイムはオリジナル。名は某動画のパロディですが、あんまり元ネタとは関係ありません。『処女姉妹』じゃないよ。



 十試夜間水上戦闘機と言う機体がある。

 いや、正確にはあったと言うべきか。

 日本海軍に採用される事無く、幻に終わった機体だからであり、歴史からも抹消されている代物であるからだ。

 

「ベンチャ-ビジネス?」

「ああ、今風に言うとな」

 

 その話が出たのは前世紀。1995年前後だったろうか。

 たまたま訪れた、老人ホームで貴重な資料を見せてくれたのは三菱の元社員だった。

 当時、彼の齢は80をとうに越えていただろう。

 三菱の発動機部門にいたと語る経歴は胡散臭く、また、秘密裏に海軍が電探を試験していたという話も眉唾物に近かったからだ。

 

「信じられないかね」

「信じたい所ですが、その話が昭和15年だと言う事に……」

 

 私の反応に、彼はくすくすと苦笑した。

 だって、日本でレーダーの研究が本格化したのがようやく戦中である。

 戦前にレーダー搭載の夜戦、それも水上戦闘機が試作されていたなんて話は聞いた事も無かったからだ。

 

「機体は外国の企業が持ち込んだ物だよ。何と言ったかな。ほら、オーストリア併合直後、ナチスに蹂躙された中欧の小国」

「硅公国ですか」

「そうそう、それ」

 

 ケルンテン公国。邦訳で硅嵐典。略して硅国。

 1938年に第三帝国の侵攻を受け、その占領下に置かれた中欧の国だ。

 かの国はその前々年にドイツの影響下にあったグリューネラント地方が武装蜂起し、グリューネラント共和国(邦訳、緑土共和国)を名乗って内戦状態になっており、ドイツの侵攻も緑土側の要請であったとも伝えられるが、幸か不幸か、私はこの戦いについて詳しくは無い。

 ただ、この占領直前に公国の幾つかの企業は海外脱出を果たしており、ナチの接収を免れている。

 

「では、その企業とはドライ……」

「違う。ERIS(エリス)社だよ」

 

 私は接収直前にアメリカへ渡り、そこで米戦闘機を大戦中に製作する事になった軍事企業の名を挙げようとしたが、彼は別の企業名を挙げた。

 ERIS(Estovia.Raketen.Indastry.Sistems)社は別の軍事企業だ。

 ラテーケン、つまりドイツ語(かの国の言語はドイツ語)でロケットの事だから、邦訳するとエストビアロケット製造会社となる。つまりはロケットメーカーだ。

 

「あそこは陸戦専門では?」

 

 軍需企業としては後発で、元々は火薬なんかを取り扱っていた化学企業であったらしい。

 内戦当時の若き社主シグリア・フォン・エストビア子爵がゴダードの業績に感銘を受けて(飛行船を墜としたル・プリエールロケットの活躍を見てと言う説もある)、固体燃料ロケットの研究開発に乗り出した際、エストビア化学工業との社名を改名してラテーケンの文言を入れたと聞いている。

 

「うむ。シグリア・ファウスト、対戦車ロケットが有名だからな」

「ああ、そうですね」

 シグリア・ファウストは名前の通り、その社主が設計した兵器の一つだ。

 歩兵に対戦車能力を安価に付与するのを目的に開発されたスピゴット式の携帯対戦車兵器で、無反動砲+ロケット推進の有翼成形炸薬弾頭を発射する火器である。

 鉄パイプ細工で安っぽく、玩具みたい(実際、玩具メーカーや建材メーカー、果ては自転車屋まで総動員して大量生産した)な代物だが、値段は現代円換算で約1万円(価格は制式小銃の1/5以下)。最終的には4千円まで下がり、公国敗戦までに十数万挺がたった半年間で生産された。

 

 品不足で小銃は持っていなかったが、このシグリア・ファウストだけは員数分以上が末期に組織された民兵に出回っていたとも言われる兵器である。

 当然、武装解除に応じなかった公国軍を経由して抗独レジスタンスの手に渡った物も多く、占領ドイツ軍もこの「シグリアの鉄拳」に大いに苦しめられる事となる。

 それとは別にWW2ではカナダへ疎開したERIS本社がこれを大量生産し、英軍を筆頭に連合国側の標準対戦車火器として大活躍をしている。

 

 横風に弱いので有効射程こそ短い(最大射程700mだが、実用有効射程は200m。確実に当てる為には100m以内で発射せよとマニュアルにある)ものの、初期で250mm。弾頭直径が大型化された1943年頃なら500mmもの装甲貫通力を持つ。

 当時のどんな重戦車であろうが、撃破可能な威力を誇った戦車キラーである。

 

 但し、ドイツ占領下のERIS支社も「パンツァーファウスト39」と名を変えたこれを生産して納入しているので、大戦中は枢軸・連合共にこれを撃ち合う結果となったり、後にソ連がRPGシリーズとしてフルコピーを行って問題にもなった。

 WW1の頃から現役のM2重機関銃には流石に敵わないが、タンデム弾頭やサーモバリック弾頭なんかを武器に、今でも現役の長命な傑作兵器だ。

 

「あれが有名だから陸戦メーカーだと思われてるが、航空機部門もあったんだよ」

「ロケット会社だからですか」

「実際、有翼巡航ミサイル。それも製作しているがあれとは別になるな」

 

 ゼーヴェリンクやS&Mと言う別系列の公国系航空機メーカーから社員を雇い入れ、密かに設計させた機体があったのだと言う。

 

             ◆       ◆       ◆

 

 それを目にしたのが昭和15年の事だった。

 横浜航空隊の追浜飛行場。そんな辺鄙な場所の一角である。

 

「電探って、そんなに凄い物なのか?」

「闇夜でも飛んでる物が分かるらしいが、正直、俺にも良くは解らん」

「硅嵐典公国か、日系人が数多く居る国だから日本を頼ったのかねぇ」

 

 かの国は二年前にドイツの保護国、とは名ばかりで占領されて統治下になっている。

 その中でも日本を頼ってきたのは、いわゆるベンチャービジネスとして日本に恩を売ろうとの思惑が有るんじゃ無いかとも、集められた日本人は噂している。

 

「内戦では日本にも世話になりましたので……」

 

 そう硅嵐典側の代表、エリン・アビレイルは説明する。

 欧米系の女性だが、背は低く。体型も爆乳のコーラ瓶スタイルのダイナマイトボディとは程遠い、日本人に近いスタイルであった。

 白に近い銀髪、赤い瞳と言うのが特徴で、何故か、藤色をした長いローブドレスにとんがり帽子姿なのが特異である。

 

 ERIS側から派遣されていたのは、この女性をリーダーとする技術集団であった。

 リーダーであるこのエリンを始め、女性が目立つのはかの国の女性進出がかなり多かった為でもあった。

 

「海軍が新鋭機を贈った事だね」

「はい、九六式艦戦の援助、有難うございました」

 

 内戦時に要請を受けた日本政府が、公国軍の国際旅団に新鋭戦闘機を贈った事は事実だ。

 たった6機だが、他の各国も新鋭機、米国に至ってはB17重爆まで贈ったのだから、日本としても出し惜しみは国の威信に関わったのだろう。

 

「まぁ、昔の事はいいや。君達に日本語が通じるから有り難い」

 

 日本人移民が多かったせいで、日本語に堪能とまでは行かないが、かなりの公国民は片言の日本語を理解する。

 日系人の血を引くエリン程ぺらぺらなのは少ないが、それでもドイツ語混じりの日本語で物事が理解出来るのは助かるのだ。

 

「それで用意した機体があれか」

「ERIS Si-110です」

 

 エリンの説明に日本側の関係者から、感嘆の声が上がる。

 トラクターに曳かれて格納庫から姿を現したのは、黄色に塗られた戦闘飛行艇であった。

 単座機にしては大柄で、双尾翼が目立つ機体である。

 

「スマートだが、戦闘機なのに飛行艇なのか」

「昔から、アドリア海には戦闘飛行艇が定番でしたから……海軍機の伝統なのだそうです」

 

 硅嵐典の南部にあるブラウフリューゲル州はアドリア海沿いにある。

 そこはWW1の頃から、オーストリア・ハンガリー軍の戦闘飛行艇が公国の空を脅かし、対抗上、同盟国であったイタリアからマッキ戦闘飛行艇を導入した公国も、ここで熾烈な空戦を繰り広げた歴史があるのをエリンは説明した。

 

「昔の栄光と伝統か。軍は何処も保守的だからなぁ」

「陸上機では不時着の際に不安なのだそうです」

 

 海に浮かばないから、らしい。

 そう言えば、全体的にはサボイア系のイタリア戦闘飛行艇を近代化した様な外見である。

 

「にしても、空力的に飛行艇じゃ損をするだけなのにな。逆に言えば、水が無いと何処にも降りられない」

「車輪は付いてますよ。Si-110は水陸両用機です」

「あ、本当だ」

 

 陸上移動用のドリーかと思ってたが、良く見るとそれは引き込み式の車輪であった。

 つまり、この飛行艇は陸地からも離着陸が可能なのだ。

 

「但し、降着機構は油圧や電動じゃありません」

「操縦士が転把(ハンドル)を回すのか?」

「はい、三十回位必要だと聞いてます」

 

 この時代、引込脚であっても手動である機体は珍しくない。

 機構の単純化と機械的信頼性の確保、そして重量軽減策だ。ソ連のイ16や、グラマンのF4Fも手動である。

 

「単葉機で沈頭鋲を採用か」

「火器は機首に集中配置。こりゃ火力は高そうだな」

 

 機体の各部をペタペタ触ったり、中には機首上部に開いている機銃口に手を突っ込んでいる者も居る。

 

「双尾翼なのは、何でだろう?」

「硅嵐典航空機の特徴なんです」

 

 硅嵐典公国の地形は山がちで、乱気流が多いので安定の為に尾翼の枚数が多い。

 これはWW1の頃からの伝統で、その嚆矢は公国軍最初の爆撃機、コードロンG4双発重爆辺りから続く物だ(G4は尾翼4枚)。

 もっとも、これは後に出たS&Mやドライ・アー社の新型戦闘機が単尾翼の高性能機を造り上げ、単なる迷信である事を証明したのであるが。

 

「武装は機首に30mm2門。13mm2挺です。本当は主翼にも搭載可能な設計なのですが……」

「何か問題でも?」

「翼と水面が近いから、滑走時にかなり飛沫が被るんですよ」

 

 なるべく影響を避けて高翼式になっているが、翼に機銃を設置すると海水で動作不良が起こるのではと危惧されて、主翼へ武装搭載は諦めたらしい。

 空いたスペースに今回の目玉である電探を搭載したので、主翼の付け根から上に八木アンテナが伸びている。

 右主翼の電探が前方。逆に左主翼に設置された装置が後方を担当する為、八木アンテナの飛び出した端子はそれぞれ前後に向いている。

 飛沫はアンテナにも掛かるから、本来は別の箇所に設置すべきなのだろうが、今は仮の状態なのでそのままである。

 

「それでも凄い重武装だ」

「我が国には国産の30mm砲がありましたから。でも、日本で使うとならばエリコンの20mm4門辺りと交換でしょうか」

 

 まぁ、それはそうだ。硅嵐典規格のままだと補給に支障が出る。

 それは各種装備品も同じだろう。

 例えばSi-110の発動機はGFMW403A空冷エンジン1,700馬力だが、これを三菱の火星発動機に換装させる予定だ。

 気がかりなのは火星は1,500馬力級とオリジナルに比べて出力がやや低い事である。これでも日本で最新鋭の大馬力エンジンなのだが、欧州での水準にはまだ達してないのかと痛感してしまう。

 

「これは二年前の403A型で、今はもっと性能が良いC型が出来てるんですけどね」

「馬力が向上しているのか?」

「1,900馬力になってる筈です。我々は使えませんけど」

 

 ドイツ占領下にある祖国では、専らドイツ軍向けに生産されていて、生産国でありながら使用は出来ない。

 一方、カナダERIS社では祖国のエンジンを諦めて、米国製エンジンを使用しているとの話で、このGFAW403系発動機は過去の物になりつつあるらしい。

 

「不憫だな」

「敗戦国の悲哀ですよ。この機体も試作品を何とか持ち出した物ですし」

 

 さらりとエリンはそう言ったが、つまりは二年前の機体と言う事である。

 日進月歩の航空界で二年のギャップはそれなりに大きいのだが、それでも日本がまだ技術的に欧米のレベルに到達していない事を痛感する。

 元々は別企業ゼーヴェリンク社かS&M社の試作機であったらしいが、敗戦の混乱に紛れてERIS社が設計図と設計陣(流石に機自体は無理だったので、実機は現地焼却)を国外へと逃がしたらしい。

 

「しかし、あんたの会社は良くまぁ、ドイツに接収されなかったな」

「社主の機転ですよ」

 

 亡国となったERIS社だが、社主のシグリアは狡猾で占領寸前に資本の名義をカナダへ移して、表向き外国資本となった事で会社の資産接収を免れている。

 後にゼネラルモータースが行った手の先駆例であり、第三国の資産を問答無用で我が物とは出来ない点を突いたのだ(事実、アメリカと戦争になってもドイツ国内のオペル、つまりGMの資産をナチスは接収出来なかった)。

 

 代わりに公国に残されたERIS本社、改め支社はドイツに協力して兵器生産を行う羽目になったのであるが、これは仕方の無い話である。

 同様に併合されたチェコ・スロバキアの企業群と同じで、生活の糧を得る為には表向きは征服者に協力しなければならないからである。

 社主のシグリアは「耐えがたきを耐えてくれ」と説得しつつ(多くの他企業家とは異なり、シグリアは社員を捨てる公国からの亡命の道を選ばなかった)、社員を守る為に面従複背を実行して現場での暴走を抑えている。

 もっとも、裏で彼は抗独レジスタンスに武器の横流し、資金提供、情報漏洩なんかをやっていたのはお約束で、これらは戦後の公国で明らかとなっている。

 

「まぁ、取りあえず飛ばしてからだ」

 

 エンジンに火が入れられ、白煙と共にブロペラが始動する。

 発動機に小型のセル・モーターを内蔵しており、ここでも欧州の先進技術をまざまざと見せられた気がして、日本側技術者は歯噛みする。

 

「凄いな」

「こちらではエナーシャか、良くて火薬での始動だからな」

 

 エナーシャとはクランクによる始動だ。

 黎明期の飛行機は「クーペ」「コンターク」と合図して、手でプロペラを回して始動を行っていたのだが、流石にこれだとプロペラに叩かれて危険だし、近年はエンジン自体も重く、プロペラシャフトを回転にさせるのにしんどくなってきたので、側面からクランクでシャフトを回す方式になっている。

 

 火薬とは、これを火薬実包により行う方式だ。要は火薬を爆発させた勢いで一気にスターターを回してしまおうとの考えだ。

 実包は装薬量の多さと値段の安さで、12番の散弾空包が転用される場合が多い。

 簡便で手間が掛からないで施設が劣悪な野戦飛行場なんかで良く使われるが、乱暴なやり方なのでエンジンの寿命を縮めてしまうのが欠点だ。

 よって貧乏な日本軍では余り省みられず、予備パーツが豊富な欧米が良く使う方式で、日本では専らエナーシャが使われていた。

 

 他に日本陸軍の場合、エンジン始動車を使うする方法もあるのだが、海軍機は艦上機としての取り扱いを考慮して、その選択肢は始めから無い。 

 

「公国でも、セルは多発の大型機か新型機だけですよ」

 

 エリンの説明。

 双発以上は、同時に発動機を始動させた方が都合が良く、新型機に採用されたのは戦争中の戦訓だからだそうだ。

 当時の公国軍の主力戦闘機Se32〝ファルケ〟は650馬力エンジンを搭載していたので、手動での始動でも問題なかったのだが、実際にはパイロットが迎撃に上がるスクランブルで、コクピットに飛び込んでも、直ちに発進不可能なので損害を被った例が多かったからだ。

 内戦である硅緑戦争が、彼我共に近い野戦基地同士で行われた局地戦であるのも原因だろうが、始動の遅れは戦局に問題となるとして論議を呼ぶ。

 

「だから、新型の機体にはセルモーターを標準装備せよとのお達しが……」

「それを聞いて安心した」

「でもエナーシャも、実包も使えますよ」

 

 ゆるゆると水上へと進入して行く機体を見詰めながら、エリンが言う。

 万が一に備え、複数の手段がある方が良いに決まってるし、もし戦争が長引けば、こうした〝取り外しても問題ない機器〟は、生産ラインから真っ先に省略されると社主のシグリアは言ってのけたからである。

 子爵は見栄えとか仕上げとか「基本的な性能に関与しない部分は、思い切って省略しろ」、が口癖で「性能を追い求めるより、敵に対抗可能でちゃんと戦場に間に合う兵器を造れ」が持論だったからだ。

 彼は「絵に描いた餅は役に立たん」と言ってのけ、「本命は同時並行で開発して後で出しても遅くないから、まずは戦場に敵に対抗可能なストップギャップを投入しろ」と厳命している。 

 

「おおっ、滑走に入ったな」

 

 水飛沫を上げて水面を走るSi-110だが、やがてふわりと浮き上がった。

 緩やかにバンクして平面形を見せる。

 パラソル式に主翼が取り付けられ、緩やかなラインを描く後退翼式の翼下と一体化したコクピット。その直前にエンジンが回る戦闘機としては変則的な構造や、双尾翼が特徴的なシルエットを醸し出す。

 

「機動性はなかなかだな」

「並の水上機と思って貰っては困ります」

 

 エリンが誇らしげに言う。

 続いて「戦闘機並みだな」との声に、「戦闘機ですよ」とむっとして応える。

 日本人が水上戦闘機なる未知な機種に慣れていないせいもあろうが(日本で二式水戦が制式化されるのは、これより三年後である)、戦闘飛行艇は鈍重な哨戒機みたいなイメージが先行してしまう様だ。

 

「さて、模擬戦だな」

「負けませんよ。さて、エミィ」

 

 手元の無線機のマイクを取るエリン。

 ラジオからは雑音混じりだが、「こちらエミィ」との女性の声が響く。

 操縦しているのはERIS側のテストパイロットだ。

 

「パイロットとは母国語で話させて貰いますね」

 

 一応断りを入れて、彼女の会話はドイツ語になった。

 硅嵐典の言語はドイツ語なのであるが、ノルトケルン訛りがきつく、ドイツ人にしても聞き慣れない田舎丸出しの言葉である。

 無論、これは正当なドイツ語しか知らぬ日本人を欺瞞する為、わざと公国訛りその物で話しているのだ。

 

「で、仮想敵は?」

「九六式艦戦ね。旋回性能が良い奴」

「国際旅団の模擬戦でやり合った事があったよ。速度が出ないけど手強かった」

 

 エミィは昔、公国陸軍航空隊(硅嵐典は空軍はない)に所属していたパイロットだ。

 国民皆兵の公国では女性兵士は珍しくない。

 女性撃墜王とか女性名艦長。千人殺しの女性スナイパーなんかも存在するが、その中でも敵機7機撃墜と、戦果や経歴は平凡な物である。

 エースの条件はクリアしているが、本人は「戦闘機以外が大半占めてるから」とそれを誇る様なそぶりは見せない。

 相手はHs-123だの、Ju-87とかの爆撃機だが、高速機で知られるTa-01もスコアに入れている辺り、知名度は低いが凡百なパイロットではない。

 

「機上レーダーが反応。7km先、これかな?」

「え、本当?」

 

 無論、この時代のレーダーは全方位をスキャン出来ない。

 範囲は前後方向のみで側面はカバーしていないが、奇跡的に反応を捉えたらしい。

 

「ルール的には、高度四千で待機。まず相手を確認してからバンクを振って……」

「阿呆か。敵機はそんなに礼儀正しくないんだぞ!」

 

 見るとウェストランド・ライサンダーみたいに、主翼下に設置された風防内でエミィが笑っていた。次の瞬間、Si-110が大回りに旋回しつつ、低空から一気に上昇して行く。

 カタログスペック的には毎分750mもの上昇率があり、これも当時の水上機が出す水準を凌駕している。

 

「ちょっ……こらっ」

「戦争ってのは決闘じゃない。ルール無用の殺し合いだ」

「エミィっ、こらっ、エミーったらぁ!」

 

 仮想敵機の後方、死角に回り込んで一気に勝負を決めるつもりだ。

 彼女は格闘戦は不得手だと常々言っているのを知っているが、それは自分の得意技を出す為の良い訳だろう。

 エミィの得意技は、一方的に奇襲を仕掛ける通り魔みたいな一撃離脱。

 しかし、失敗したなら格闘戦をこなせる腕はあるのをエリンは知っている。

 今回はそれを披露して、お客さんである日本のパイロットを歓迎してくれるのかと期待したのだが……。

 

『甘かったか』

 

 あくまで実戦仕様で、戦場そのままの流儀で戦いを挑む気だ。

 

「仮想敵機に通告して下さい。エミィが向かってます」

 

 日本語に切り替えて説明するが、関係者は押し黙ったままだ。

 

「早く!」

 

 しかし、海軍将校らしき人物は首を振り、申し訳なさそうにエリンへと言った。

 

「我が方の戦闘機は無線を積んでおりません」

「なっ、何ですってぇぇぇぇぇ」

 

 ケルンテン女性の悲鳴が響き渡った。

 

             ◆       ◆       ◆

 

「それでどうなったんですか?」

 

 三菱の老人はクスクスと笑い「当然、彼女の勝ちさ」と告げた後、「もっとも、海軍側はカンカンだったがね」と付け加える。

 

「彼女。エミリー・フォン・ヘクセンハイムは言ったさ。

〝騎士の決闘じゃあるまいし、対等条件で戦ってくれる敵が何処に居る〟とね」。

「陸軍のあれと似てますね」

 

 それは二式戦闘機〝鍾馗〟が、翌年、昭和16年に行った模擬空戦だ。

 仮想敵機であるメッサーシュミットBf-109Eのドイツ人パイロットが、予め申し合わせていた空戦ルールを一方的に破棄して、格闘戦に入らずに一撃離脱に徹したと言うあれだ。

 

「それが実戦を潜り抜けてきた、公国流のやり方なのだろうよ。

 加えてエミィは〝撃墜されたくなけりゃ、五感を研ぎ澄まして360°常に警戒するもんだ。私はそうして生き残ってきたからな〟と啖呵を切ったが、いや、全くその通りで、ルール違反だとか喚いていた軍人もぐぅの音も出なかったよ」

「容赦が無いですね」

「ヘクセンハイムから、魔女って渾名が付いた女傑だったからな」

 

 老人は金髪碧眼のケルンテン人を思い出す。

 エリンに比べると、エミリーは映画のグラビアに出て来る様な典型的な欧米女性であった。

 

「もっとも、わしら技術者は別の意味で恥を感じておったがね」

 

 エミリーは言った。「魔女なら私よりエリンの方だ。あれは本当に魔女だぞ」と。

 それより堪えたのは、空中無線機に関する詰問であった。

 あっても役に立たないポンコツだから、重量軽減の為に降ろしていると言う事実をケルンテン人に知られ、呆れられた事である。

 

「硅嵐典だけじゃない。欧州の軍用機には機上無線が当たり前に普及しておった」

「公国ってどれだけ技術が発展してたんですか?」

「うむ……」

 

 重工業のヘッケル社(当時、既に新興のERIS社に吸収合併されていたが)。航空機のドライ・アー社(しかし、彼らは敗戦時に米国へ渡り、資産はドイツの手に渡さぬ様に爆破されていた)。ゼーヴェリンク社。S&M社。火器メーカーのコリーン社など、公国屈指の企業が並ぶ。

 そう、隣のチェコ・スロバキアと並んで、公国の兵器量産技術は中欧屈指であり、無線機なんかもRTC社を筆頭に抜群の技術力を誇っていたらしい。

 当然、電探の技術も進んでいたが、ERIS社はこの技術を国外脱出組に託してドイツの手に渡らない様にした。

 

「わしたちが見たのは、対空用のメートル波レーダーだったな」

「1940年じゃ、まぁ、そうでしょうね」

「それでも機上サイズだ。単座機にだぞ」

 

 当時のレーダースコープは全方位を映すPPI方式ではなく、オシログラフみたいに波の出るタイプで、取り扱いが面倒で習熟に時間が掛かった。

 だとしても、単発戦闘機に搭載可能な程の小型化は、やはり特筆されるべきだろう。

 

「わしらはそれでも努力して、Si-110の技術を吸収しようと努めた」

 

 それは簡単に見えて、茨の道であった。

 

             ◆       ◆       ◆

 

「改造は上手く行ってますか?」

 

 エリンは技師達に声を掛ける。

 ハンガーには分解されたSi-110がある。

 日本側の運用に合わせる為、発動機他、細かい装備品を日本仕様にしているのだ。

 

「発動機の換装は済んだけど、バランスの微調整はまだまだだな」

「多少、アンダーパワーになったので速度は低下しそうです」

 

 高度4,300mで最高速度545km/hと言うのがカタログスペックである。

 これがエンジンすげ替えで、どの程度のスペックになるのかはまだ判らないが、馬力が落ちているのだから性能低下は必至だった。

 

「オリジナルが使えれば……」

「駄目だ。GFMW403をライセンス生産するとか、フルコピーは不可能だ」

 

 三菱の技師にそう言われたのには訳がある。

 この発動機を検分した日本側技術者は実物を見るなり、匙を投げたのは、このエンジンの形式が空冷星形12気筒と言う特異な物であったからだ。

 何処が特別なのか、それは12気筒と言うシリンダー数にある。

 

「工作精度か」

「もある」

 

 海軍の将校に答えた後、彼はため息をついて「普通、星形空冷エンジンの気筒は奇数が普通だが、こいつは偶数なんだよ」と説明した。

 

「火星だって14気筒だろう」

 

 星形空冷エンジンの設計では、偶数では死点が生じる為に気筒は奇数が常識である。

 但し、必ずしも奇数でなくとはならぬと言う訳でも無く、ブリストル社の16気筒エンジン、ブリストル・ヒドラなんかの前例もあるが、調整が難しいので避けられるのが一般的だ。

 

「そいつは奇数の7気筒を二段重ねにしているからだよ」

 

 偶数気筒の星形発動機もあるが、大抵は3気筒から9気筒のエンジンを複列以上に配置した物である。

 単段だと気筒が増えると直径が大きくなって、空気抵抗の面で不利になるからだ。

 とは言う物の、列が増えた分、後列に当たる気筒の冷却効果がどんどん落ちてオーバーヒートになりかねない為、複列程度で納めるのが普通である。

 まぁ、後のP&WR-4360ワスプメジャーなんかは、4列28気筒とか気持ち悪い代物を完成させ、遂に実用化していたりするが、こいつは例外だ。

 

「じゃ、GFMW403って3気筒4段エンジン?」

「それじゃ凄ぇ長くなるぞ。、6気筒の複列だよ」

 

 前後の気筒は同じ数で揃えないと、足並みが揃わないが、仮にこれが3気筒4段だとしたら、到底、このカウルには収まり切れない。

 

「こんな厄介な設計。よくぞ実用化したもんだと感心するよ」

「それは我が国でも問題になりました」

 

 エリンが会話に割って入る。

 聞けば、発展型のGFMW403Cは常識的な複列の14気筒に改設計されたそうだ。

 生産指示したドイツも、この特異な設計に駄目出しを行ったらしい。

 

「電探の方だが、こいつを国産するのは難しそうだ」

「まして、こいつに使われている様なソリッドステート型の電子部品は手が出ない」

 

 この公国製の機械には信頼性や振動問題を解決する為、、初歩的だが当時最新のトランジスタが使われていた。

 二年前、公国企業RTC社が開発した最新技術だが、ERIS社も早速、その成果を取り入れていたのである。

 

「公国の最新技術ですけど、真空管で代用出来る筈ですよ」

「貴方の専門分野が何なのかは知らないが、その真空管が……なぁ」」

 

 電気関係の技師は口ごもる。

 やはり、日本の真空管の質は欧米に対して一歩劣るからだ。

 歩留まりが悪く、地上では問題ないが機載して高空へ持って行くと使い物にならない管が多く出る。

 ガラスの質が低いのか、管自体もすぐに割れたりする。

 

「はぁ……。質ですか」

「技術の遅れは、電線の被覆一つ取っても判るでしょう」

 

 日本の電線は紙を巻いてその上にエナメル塗料を塗った物であるのに対し、公国製の電線は合成樹脂でシールされている。

 ちなみに戦前の日本の電線が紙巻きにニス塗りあったとの話はデマであり、それは戦中末期の材料が乏しくなった時期のみに限られる。

 一応、上からエナメルを塗って絶縁性は確保されてはいたのだが、それでも目の前にある公国製の電線は、曲げても塗料がはげて中の電線が露わになる事もなく、耐久性に優れていた。

 これにはERIS社が元々化学企業だった影響で、ビニールの様な合成樹脂系マテリアルにも強みを発揮していた事情もあった。

 

「合成繊維製の物も開発中と聞きますね。アネロンとか」

「噂には聞いてます。画期的な繊維とか」

「まぁ、最初に商品化される製品は電線の被覆ではなく、女性のストッキングですけどね」

 

 エリンはわざわざスカートをたくし上げて、ストッキングに包まれたおみ足を見せる。

 アネロン、これも公国の研究者が開発した合成繊維であるが、いち早くこれを注目して、製品化に意欲的なのがこの会社だ。

 

「わっ」

「これです。ああ、触るのは勘弁ですよ」

 

 長いブーツと絶対領域が露わになった時点で、彼女はスカートを上げるのを止めた。

 後にデュポン社が開発したナイロンに匹敵する素材であるが、軍事用に何とか使用出来ないかとの研究は行き詰まっており、社主はまず民生用として絹に変わるストッキング用の素材として売り出して、世間をあっと言わせようと画策していた。

 下手に軍事に転用するより儲かるとの思惑もあり、エリンの穿いているそれもその為のプレゼン用である。

 

「売れると我が国が困りそうですが……」

「でしょうね。でも時代の流れとして諦めてい下さい」

 

 日本の主な輸出品が絹で、これらは高級な下着類とかに欧米で使われているのをエリンは知っている。

 しかし、アネロンみたいな合成繊維はこれを脅かす物だった。

 彼女は魔女の様に微笑んで、肌色をした薄いデニールの膜を脚の表面からつまみ上げる。

 

「ERIS社は貪欲ですね。民生の方まで」

「まぁ、戦車から化粧品まで造ってますからね」

 

 重工業部門は吸収合併したヘッケル社由来で、元々はこうしたマテリアル系の会社である。

 「それに……」とエリンは口ごもり、「社主は女性の装いを大切にする方ですからね」と控えめに言う。

 化粧品やらストッキングの販売もそれの一環らしい。

 

「装いですか?」

「社主の趣味は女装ですから、カラー写真を見ますか?」

 

 言いつつ、懐から写真を撮りだして見せる。

 今、ERIS社が絶賛売り出し中の総天然色、つまりカラーフィルムに映っているのは、清楚な薄桃色のドレスを着た何処から見ても美少女。今で言う〝男の娘〟だ。

 つまり、女性の装いに関する事業は趣味と実益を兼ねているのだ。

 

「電探のアンテナ位置は変えるそうですが、日本の電線で上手く行くのかが心配です」

 

 暫く絶句していた日本側だったが、話題を変えるべく会話を再開する。

 

「位置を?」

「はい、操縦席の上に設置して飛沫の影響を遠ざけます」

 

 だが、電探自体の装備位置は変わらず主翼内なので、そこから長い距離に電線を引き通す必要があり、それが不安の一因になっている。

 公国製の電線なら大した影響はないのだが、品質面の問題がありそうで怖いと言う。

 

「本来なら後席を設けて、機内へ電探を設置すべきなんでしょうが」

「改設計は自由ですからやってみて下さい。でも、ライセンス料は頂きますよ」

 

 この取引は半ば日本に対する政治的なプレゼンで、採算は殆ど度外視されてはいるものの、それでも勝手に設計を無断コピーされる様な事態は避けたい。

 そして、ノウハウや機器はオマケではないのである。

 ERIS側は機体は機体、照準器や機載電探なんかの装備品は全て別と考えており、Si-110を買い入れたから、日本側が搭載物も全て込みでライセンス項目に入っていると勘違いをしていたのを、エリンはまずは正した。

 

 日本人はハードさえ買えば、それに付いてるソフトも全て付いてくると勘違いしているが、それは欧米では通用しない考えだ。

 この一機を売ったからと言って、付随する技術全てを持って行かれる様な事になるのは御免だからだ。

 

「勿論ですとも」

「失礼、でも、ビジネスはビジネスと言う原則は忘れなき様に、日本的な慣行は欧米相手では通用しませんよ」

 

 藤色の衣を纏った女性は、たくし上げたスカートを元に戻すとしっかりと釘を刺した。

 

「やれやれ、また藤色の魔女に絞られたね」

「日本語も通用するし手強い交渉相手だよ。全く」

 

 これはエリンに対する渾名だ。

 格好が西欧の絵本に出て来る魔女そっくりだから、ERIS側でそう呼んでいるのを聞きつけ、日本側でも使い出した名だ。

 藤色は着ている服の色にある。

 だが日本人達は、彼女が何故「魔女」と称されているのか、その意味を誤解していた。

 

             ◆       ◆       ◆

 

「確かに、手に箒でも持てば、今の世で言うハロウィンの魔女だったな」

 

 懐かしむ口調で老技術者は呟く。

 結局、エリンは技術者であるとの触れ込みだったが、何を専門とするかは最後まで判明しなかった。

 

「でも基本的な事は全て知っていたよ。ある分野の専門家ではなく、各方面の技術に長けた総合職といった感じだった」

 

 彼は「交渉とかマジメントが専門なのかも知れない」とも付け加える。

 結局、彼女らは16年初頭まで日本に滞在し、その後に国際情勢の悪化から、カナダへと旅立ったのだ。

 

「Si-110改め、十式試作水上夜間戦闘機はどうなったんですか」

「複座に改設計されたので性能は低下したよ。それでも時速520km/hと言う一式戦並みの速度を出したがね」

 

 但し、これも試験部隊故の良質の燃料があったからこそらしい。

 オクタン価の低いガソリンだと、たちまち能力が低下して500km/hを切る事も多かった。それでも飛行艇として見れば驚異的な機体ではあったが、構造が特殊な為に手に負えず、航続距離も短かったので日本向きでは無いと判断されたらしい。

 

「セルフシーリングタンクなんかは、ライセンスするべきだと思ったんだがね」

「駄目だったんですか?」

「ゴムの入手が困難だったのと、素材が判らなかった。で、審査のお偉いさんが『ならば、そんな物はいらん』と言い出しちゃってね」

 

 攻撃一辺倒で、防御の事を後回しにしたのと同時に、短い航続距離を圧迫する防弾タンクの搭載量減少を嫌った為だとも言われる。

 Si-110に使われていた素材は戦後、ERISが産み出した合成ゴムであると判明するが、いずれにせよ、石油資源の乏しい日本では望むべくもなかった素材であった。

 

「電探の方は……」

「一応、使い物にはなった。但し、これも故障続きだったし、探知距離もオリジナルに比べて劣ってた上、重大な欠陥があったのさ」

 

 オリジナルはレンジを切り替える二段式だったのを、ライセンス料をけちる為か複雑な構造を嫌って改めてしまったのだそうだ。

 藤色の魔女はそれを知った時、「さて、どんな不具合が起こるのか」と冷笑したらしい。

 

「ERISは何でそんな構造になっていたのかのノウハウを伝えなかった。だから、レンジ切り替え無しの簡易型で行けると思ってしまったんだよ」

「どんな弊害が…」

「波長を切り替える事で長距離用と近距離用を使い分けていたんだよ。

 距離300m以下で長距離用レーダーは死角に入る。それを短距離での探知に切り替える事で、補っていたのさ」

 

 オリジナルは一個のレーダー機器でそれを行っていた。

 しかし、これを拒否した日本海軍は不具合を発見して当然慌てた。

 

「器材はあったのでしょう。直接、それを押収するなりが出来たんじゃないですか」

「駄目だった。ERISには藤色の魔女が居たのさ」

 

 既にERIS側はライセンス契約の取れない機上機器を、器材から外して本国へと持ち帰ってしまったとの宣言を受け、格納庫へ駆け付けた時に老人は魔女の正体を知ったのだと言う。

 

 

             ◆       ◆       ◆

 

「あら、遅かったですね」

 

 藤色の魔女こと、エリン・アビレイルは押し寄せた日本側に対して大胆不敵な笑みを浮かべた。

 格納庫には不可思議な光が満ちおり、それは床に描かれた複雑な模様の円、後に考えると西洋魔法の魔法陣から、強く緑の輝きが発していた物であった。

 

「器材は回収させて頂きますよ。ライセンス生産の話を断ったのはそちらのミスでしたね」

 

 良く見ると、魔法陣の上には彼女の他に取り外された電探の器材一式、光像式照準器、機関砲なんかが置かれている。

 

「本当はあたしの出番なんかはなかったら良かったんですけどね。魔導部の責任者としては会社の利益を護らないと、シグリアに叱られますし……」

 

 光が輝きを増し、どこからともなく強風が吹き荒れた。

 随行していた兵が発砲する間もない、格納庫の屋根が飛ぶかと思う程の暴風である。

 

「では、ご機嫌よう」

 

 その言葉を最後に、藤色の魔女と器材はその場から消え失せた。

 そう、そこには何も無かったかの様に空虚な空間と、器材の取り外されたSi-110本体が残るだけだった。 

 

 日本側は理解不能だった。

 ERIS側に問い詰めたが、彼らは「エリン? そんな人居ません」と反応し、代表者はエミリー・フォン・ヘクセンハイムだったと主張した。

 出入国記録も、何故か、エリンの名だけが魔法の様に消え失せていた。

 ただ一人、ERIS側が出国する際、エミィが語った事だけが、もしかしたら藤色の魔女の実在した事を証明する言葉であったのかも知れない。

 

「な、本当の魔女って私じゃなかったろう?」

 

 器材を失った日本側は、仕方なく長・短距離レーダーをそれぞれ積むと言う力業でこれを解消する。

 結果、二つ備えられていた電探もそれぞれ前方専用となってしまい、空中警戒機としての役割は限定されてしまった。

 

「実戦への投入は?」

「特殊な試作機だから、戦地での運用はなかったが……。防空戦の時に出た事がある。たった一回だけだがね」

 

 ドゥーリットル隊の日本空襲の時だ。

 たまたま新型機銃の試験していた三号機が、これを発見して追いかけ、見事に射弾を送り込んでB-25を撃破している。

 長砲身の20nm九九式二号銃×4の大火力も相まって期待されたが、残弾数の関係で敵に撃ち込んだ弾は多くはなく、煙を吐かせたものの戦果は不明だった。

 後にこの敵機は、日本海上で墜落していたと確認されたが、これが知る限り、十試夜間水上戦闘機唯一の戦果であった。

 

「魔女って……」

「ケルンテンには昔からそんな存在が生き続けていたらしい。

 嘘か誠は知らないが、謎と言われる魔法で動く兵器が、実際にかの国で稼働していた事が証拠らしいがね」

 

 老人は硅緑内戦当時、鉄人形。イェーガーと呼ばれる全高5mもの人型機動兵器が両軍で動いており、その主動力は現在でも謎とされているのを取り上げる。

 硅緑内戦終結直後、それらは残らず鉄塊となり、ただの動かぬ人形になってしまった。

 一説には、それは魔法で駆動されていたと言われ、動かなくなったのは公国に重なって位置していた魔法世界が崩壊した為であると言われるが、そんな事を信じるリアリストは無論、少ない。

 

「ERIS社はそれらとの繋がりを持っていたのかも知れん。

 まぁ、魔女の存在を信じるかどうは君次第さ」

 

 老人はそう言うと、飛行艇の簡単な三面図の書かれた青焼きをくるくると巻いて目を閉じた。

 

 

〈FIN〉




一応、『鋼鉄の虹』戦後史とは別の世界線になってます。多分、N97『勇者110番』と同じ世界線だと思います。『虹』の歴史だと、日本中が核攻撃されてしまうんで話が成立しないんですよ。
ケルンテンのフェルネラント滅亡後も魔女が居たのは、N96のシスタージョウンで魔法使いが存在していたのと同じ理由です。
つまり、エルダとオーディンが滅んでも何等かの形で生き残りが居たって事ですね。

いや、折角のN95なのだから、個人的に色彩魔女(カラーウィッチーズ)出したかったのもありますけど(笑)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。