FAIRY TAIL~選択者の軌跡~ (ダブルマジック)
しおりを挟む

プロローグ

 X784年。

 永世中立国フィオーレ王国の数ある街の1つ。マグノリア。

 そこに拠点を置く魔導士ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』では、ここ数日に渡ってギルドのメンバーが躍起になって依頼を受注し忙しなく出入りを繰り返していた。

 その理由を今年ギルドに加入したばかりの新人魔導士、ルーシィ・ハートフィリアは知るよしもなく、皆の行動を少し気にしつつも、比較的のんびりギルドで時間を過ごしていた。

 そんなルーシィの元へ忙しない皆とは違って普段通りな人物、エルザ・スカーレットが近寄って向かいのテーブル席に座ると、丁度良いからとルーシィも気になることをギルドの先輩に問いかける。

 

「なーんかみんないつも以上にやる気に満ちてるけど、一体全体どうしちゃったの?」

 

「そうか。ルーシィはまだ知らなかったんだな。もうすぐSきゅ……まぁ、明日にもその答えはわかるだろうしな。私からはまだ言わないでおこう」

 

「えー、エルザの意地悪ぅ」

 

 何を勿体ぶる必要があるのか。とルーシィはエルザを見ながら表情にまで出して膨れっ面をするが、明日にはわかることなら我慢するのもまた楽しみになるかとこの場では素直に諦める。

 そこにルーシィと同じく最近ギルドへと加入した少女、ウェンディ・マーベルとエクシードと呼ばれる喋る猫、シャルルが、皆の忙しなさに困惑していたのか落ち着いた場所を求めて近寄ってきて挨拶も一言に席を共にすると、ルーシィ同様の質問をエルザにしていたが、案の定答えは明日へと持ち越されてしまっていた。

 

「…………あっ」

 

 と、続かない話題なら別のことでもと考えていたルーシィは、最近ふと気になったことを思い出してアホっぽい声を出すと、エルザとウェンディとシャルルも同時にルーシィへと視線を向ける。

 

「そういえばこの前プールでみんなで遊んだ時に、マスターを見て不思議に思ったことがあったのよねぇ」

 

「不思議なこと、ですか?」

 

「うん。ほら、ギルドのメンバーはその証としてギルドの紋章を体のどこかに付けるでしょ。でも紋章を2つも付ける必要はないわよね? でもマスターには胸と首元にギルドの紋章があったのよ」

 

 そう話したルーシィにウェンディとシャルルも記憶を遡るように唸ってから、確かにとほぼ同時にそれが事実であることを認める。

 その事には自分達がよくわからないギルドの事情みたいなものがありそうな気がしたルーシィ達は、やはりここでもギルドの先輩、エルザに答えを求めるように視線を向けると、今度は話してくれそうな感じで口を開いた。

 

「よく見ているな。マスター自身の紋章は胸元のが確かにそうだ。首元にあるもう1つの紋章は……」

 

 特に秘密にしておくことでもないのか、割と軽い感じで話していたエルザだったが、肝心なことを言う直前で急に何かを思い出したように口を閉じて周囲を見渡すと、その視線をウェイトレスとして働くミラジェーン・ストラウスに固定し、声の届かない距離にいることを確認してホッと胸を撫で下ろす。

 

「ど、どうしたのエルザ。ひょっとしてミラさんに聞かれちゃマズイことだったり?」

 

「いや、聞かれても問題はないのだが、そうなるとミラは口を挟まずにはいられないし、お前達がそこから聞く『奴』の話に抱く印象が良くないかもしれんからな。ここはミラ抜きで話してやりたいのだ」

 

 そうしたエルザの説明にルーシィ達は少々どころではない驚きを見せて固まる。何がと言えば、あのミラがこれから話すであろう人物を『悪く言う』可能性があると言うからだ。

 ミラは確かに昔『魔人』などと呼ばれたS級魔導士で性格も今の温厚なものとは正反対だったことはルーシィ達も話では聞いていたが、それでも今のミラの口から毒が吐かれる姿が想像すらできない様子。

 

「あ、あのミラさんが毒を吐かずにいられないって……」

 

「それだけでなんだかもの凄く……」

 

「怖いわね……」

 

 なので言葉を分けて口にした三者の言い分にエルザも苦笑いを浮かべるしかなかったが、それだけミラに影響を与えた人物であることは事実。

 だからエルザは個人の感情をあまり含めない語り口調で、当時を思い出すようにして改めて口を開いた。

 

「マスターのあの紋章は、預かりものなのだ。ルーシィ達がギルドに入るより前。今からだと2年前になるか。突如としてギルドを抜けてしまった、当時ギルダーツの次に強いかもと噂されていた魔導士、ウィズ・クロームの紋章」

 

 そこで語られた話にまたもルーシィ達は言葉を分けるように「あのギルダーツの!?」「次に強い!?」「化け物ね……」 と驚きの声を上げると、その声がミラに聞こえてないかの確認をしてから「バカ者」とルーシィ達の頭を軽く小突いたエルザは、ボリュームを注意してから話を続ける。

 

「あくまでも『そうかもしれない』という話だ。実際問題、私含めて当時のギルドのメンバーでウィズの戦う姿を見た者はほぼいないからな」

 

「えっ? それっておかしな話よね。だったら何でギルダーツの次に強いかもなんて噂が出てくるのかしら」

 

「確かにね。何かその噂の出所でもないと唐突な話ね」

 

「言っただろ。ほぼいないのだと。ほぼと言うことはそれを見た者もまたいたわけだ。それがマスターとラクサス。なんでもラクサスがウィズに喧嘩を売って、それをマスターが見届けたというのが真相らしいのだが……」

 

「そ、それっていつ頃の話なんですか?」

 

「ウィズがギルドに入ってすぐの頃だから、今から6年前か。当時でもラクサスの実力は私達より頭一つ抜けていたからな。そのラクサスが喧嘩を売った噂はすぐにギルドでも広まったが、結果については未だ謎のまま。しかしその噂の流れた後から、ウィズを認めて受け入れるラクサスの姿から、私達はある仮説を立てたのだ」

 

 淡々と語るエルザの話に緊張の顔つきで食い入るように聞くルーシィ達。ウェンディとシャルルはラクサスとの面識もないのでいまいち話の大きさにピンと来ないものの、エルザよりも強いマスターの孫、ラクサスという情報から補完。

 ここまでの話からエルザの言う仮説にも同じ予測が立ったルーシィ達は、ごくりと生唾を飲んでしまう。

 

「ラクサスはウィズに負けたのではないか。それも完膚なきまでの敗北で。誰しも最初はあり得ないと笑ったが、気になったナツの奴がな……命知らずでラクサスに問いかけたのだ。ウィズに負けたのかと」

 

「それって、ナツが……」

 

「まぁ予想の通り殴られて終わったのだが、その後あのラクサスが否定もせずに無言で帰ってしまったから、もしかしたらということになったわけだ」

 

 一応は納得のいくエルザの話とナツの無謀さに苦笑混じりのルーシィ達ではあったが、そう聞くと確かにウィズが強いかもしれないと思えるのだから、エルザ達が当時立てた仮説も可能性としてはあるわけだ。

 と、ここまではあくまで前置きであると言うように話を戻したエルザは、次にウィズがギルドでどのような存在だったのかを話し始めた。

 

「実力のほどは明らかではなかったがな。それでもウィズがいたから今の私達があるのは事実。それを踏まえて話そう。私達が今も家族と信じている『選択者(セレクター)』。ウィズ・クロームの、ギルド加入から脱退までの軌跡を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして、フィオーレ王国にある港町の1つに滞在していた1人の男は、ある物の購入に踏み切って、その値段交渉をしていたところで唐突に訪れた鼻のむず痒さに思わず……

 

「……っくしゅん!!」

 

 交渉をしていた商人に向けてくしゃみを炸裂。

 それに機嫌を損ねた商人は交渉をやめて男をお払い箱にし、仕方ないかと諦めた男も新たな交渉を求めて別の店に移動を始めた。

 

「さて、今回の情報は嘘か真か。神のみぞ知るってところか……」

 

 誰に言うでもなく街を歩きながらそう口にした男、ウィズ・クロームは、疑心暗鬼な内心とは裏腹に晴れ渡る青空を見上げて今日も自らの目的のために行動する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

静かな衝撃

 X778年。

 今日も今日とて賑やかなギルド、妖精の尻尾は誰がどう見てもいつも通りの日々の時間が流れていた。

 その平穏を打ち破らないように、非常に静かにギルドの扉を開いた少年、ウィズ・クロームは、誰からも特に注目されることなくギルドの奥へと歩いていき、カウンター席であぐらをかいて座っていたギルドマスター、マカロフ・ドレアーの前で立ち止まり、マカロフも優しげな表情でウィズを見る。

 

「おうボウズ。妖精の尻尾に何か用か?」

 

「アンタがギルドマスターだな。オレはウィズ・クローム。フィオーレ最強のギルドと聞いて来た。ここの魔導士として厄介になりたいんだが」

 

 別に珍しいことではない。妖精の尻尾に入りたいという魔導士は毎月いるくらいだし、特に厳しい加入条件を設けているわけでもない。

 しかし目の前の少年からマカロフは並々ならない何かを敏感に感じ取る。

 それは決意や覚悟といった強いもの。成し遂げたい何かがあるのか、成さねばならない何かがあるのかはマカロフにもわからないが、こういった人物は新しい風をもたらす。

 ギルドの中にもその話が聞こえた連中がいるようで、一部が視線を向けてくる中でマカロフは鋭い眼光を消して優しい表情へと戻ると、

 

「いいよ。これからよろしくの、ウィズ」

 

 あっさりとウィズの加入を承認。

 それには申し出たウィズさえちょっと驚きの表情を見せ、周囲も早っ! とかなんとかツッコミを入れてくる。

 マカロフの即決はすぐにギルド全体が周知すると、やはりというか気になるやつらは出てくるため、新入りのウィズに偉そうに近付いていったのはナツ・ドラグニルとグレイ・フルバスター。

 

「じっちゃんがソッコーで決めるなんて何事だ? もしかしてつえーのかお前!!」

 

「バーカ。会ったばっかでんなことわかるかよ。じーさん、ギルドの先輩として腕試しは俺がしてやるよ!」

 

「ずりぃぞグレイ! それは俺がやるつもりだったんだ! んなわけで勝負だウィズ!!」

 

 まだウィズよりも全然若いだろう少年2人に言い寄られたウィズは、本人そっちのけで喧嘩をおっ始めてしまった2人を見て何がしたいのかわからなくなる。

 だがまだギルドの一員である証明の紋章ももらっていないウィズは1度マカロフへと視線を送れば、目で止めてやってくれんかと言われてしまいため息。

 

「子供の喧嘩は見るに耐えんしな」

 

 仕方なく喧嘩の仲裁に入ったウィズは、先に割り込もうとしていたエルザを制して揉み合う2人に近付き、右手でサッと2人の顔に触れる軌道で触れると、右手は2人の顔を『すり抜けて』しまい、それに周りがざわつく中で2人を通過した右手で自らの顔に触れる。

 すると喧嘩をしていた2人は急にその動きを止めて絶叫。揃って「目が見えねー!」と意味不明なことを言っておろおろと床を這い始める。

 

「喧嘩両成敗。お前らの『視覚を抜き取らせてもらった』。喧嘩をしないって誓えば元に戻してやるが、どうする?」

 

 おろおろと狼狽えている2人に聞こえるようにそう言ったウィズに、すっかり大人しくなった2人は初めて視覚を奪われた恐怖からかすぐに「誓います!」と即答。

 非常に良い返事を聞いたウィズは今度は左手で自分の顔に触れてその顔を透過。その手でナツとグレイに触れてやると、2人とも視覚が元に戻って心底安堵した息を吐き床に倒れ込んだ。

 

「珍しい魔法じゃの。触れたものの何かを抜き取るようじゃが」

 

「『選択(セレクト)』。オレがそれに対する最低限の理解があれば、右手で触れたものからほぼ制限なく形無きそれを抜き取り、別の正しい対象に取り入れられる魔法。左手はそのリセットの機能を持ってる」

 

 一部始終を黙って見ていたマカロフは冷静にウィズの魔法を分析してきたが、隠すつもりもなかったウィズはそうしてネタばらしをして周りへの自己紹介も兼ねてしまう。

 

「ウィズ・クローム。最強というのは興味ないが、喧嘩は嫌いだ。オレの目の届く範囲で無駄な喧嘩をしたら、視覚だけじゃ済まないかもしれないから気を付けてくれ。よろしく」

 

 それがウィズ・クロームがギルドに来た日の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「怖っ! 喧嘩やめさせるために視覚を奪っちゃうとか……」

 

「私のように物理的に止めるよりもよっぽど平和的な解決法で、私は尊敬していたぞ」

 

「確かに肉体に何のダメージもなく喧嘩を止められるって凄いですよね」

 

「ウェンディ、話はそう単純な話じゃないわよ。そのウィズってやつの魔法、使い様によってはもっと恐ろしいことが出来ちゃうんじゃないかしら」

 

 ウィズのギルド加入の時の話を聞いたルーシィ達は、口々に感想を漏らしエルザは何故か誇らしげにしていたが、シャルルだけはそのウィズに危険な匂いを嗅ぎ付けてシリアスな顔でエルザを見ると、うむと唸ったエルザは真剣さを戻して話をする。

 

「確かに使い方を間違えればウィズの魔法は恐ろしいことができるだろう。例えば五感の全てを抜き取って生きた屍を作り上げたり、場合によってはその者の命さえ抜き取れてしまう。シャルルはそれに気付いたのだろうが、前者はまぁ……昔ナツとグレイがあれだったが、後者は絶対にあり得ない。ウィズ本人が言っていたが、強大な力にはそれに見合うだけの『代償』が伴われる。ウィズの魔法に至っては、命には命の代償を伴うらしい」

 

 勘の良いシャルルの疑問に答えるように口を開いたエルザの話に、一同は顔から血の気が引くが、続けた代償の話で一気に緊張が張り詰める。

 要するにウィズの魔法で命を抜き取ったら、その代償で自らも命を落とすことになると、そういう話にルーシィもウェンディも互いに顔を見て同時に思う。

 それほどの魔法をどうしてウィズが使えるのか。

 世の中に知らない魔法など数限りないが、そうしたある種の『誓約』を以て強大な力を行使する魔法はとりわけ稀少で習得も難しい。

 少なくとも文献などでは習得不可能で、それこそ口伝や継承といった形に残していない魔法の類いである可能性が限りなく高い。

 まだまだ謎の多い人物、ウィズ・クロームだが、エルザの話も始まったばかり。ここからその人となりはわかってくるはずと考えたルーシィ達は、再び昔話に戻っていったエルザの話に耳を傾けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィズがギルドに入って3日。ようやくマグノリアで住み処を見つけたウィズは、寝床にしていたギルドホールからお引っ越し。

 荷物など皆無だったからこれから家具やらの買い出しに出なきゃならなかったのだが、ギルドを出て少ししたところで依頼から戻ってきたラクサスと所用で出ていたマカロフとばったり。

 マカロフは挨拶も一言にすれ違ったが、何やら不機嫌そうなラクサスはその足を止めてウィズをガン見してくるので、ウィズも異変に気付き振り向いたマカロフもラクサスを見る。

 

「何か用かい、ラクサス?」

 

「……気に入らねぇな」

 

 穏やかな調子のウィズに対して唐突な言葉をぶつけたラクサス。

 それにはマカロフが大きなため息を吐いてしまうが、ラクサスの言い分もウィズはわかってるつもりだ。

 たった3日。自らギルドの門を潜って入ってきた自分がもう我が物顔でギルドを出入りしてる。それがラクサスには不快に映ってしまっているのだ。

 

「どうすればラクサスは認めてくれる?」

 

「俺はよ、別にじじいの判断が気に食わねぇわけじゃねぇ。ただあれだけで自分をさらけ出したような雰囲気を出すてめぇがムカつくってだけだ」

 

「誰にだって話したくないことはあるさ。それに自分語りなんて聞かれてもないのにする方がおかしな話じゃない?」

 

 ラクサスの不満を解消するためにいち早く質問で返したウィズだったが、いまいち的を射ない会話で2人して言葉に詰まる。

 ただまぁ、こういう時に男がうだうだと言い合ってるのは端から見てもあんまりカッコいいものではない。

 だからラクサスが言葉ではなく指で移動すると示すことでウィズも黙ってそれについていき、マカロフもまた仲裁役でも買って出てくれるのかついてきた。

 街外れのガランとした空き地までやって来たウィズとラクサスは、そこで相対して立ち、男は黙って拳で語るとばかりにピリッとした空気を張り詰めさせる。

 合図などない。だからいつ仕掛けても文句など出ない状況だったが、ほとんど初見同士の立ち合いで先に仕掛けたのはラクサス。

 全身に雷を纏って高速で接近し拳を放ったラクサスはほぼ勝ちを確信する。初見で自分のスピードに対応できる奴などいないと。

 しかしウィズは驚くべき体捌きで突っ込んできたラクサスの拳を右手で横からサッと素通りさせて電気エネルギーを抜き取ると、ただの拳となった拳を左手で受けてそのまま一本背負い。

 ラクサス自身のスピードを殺すことなく地面へと叩きつけてみせると、右手で抜き取った電気エネルギーを地面に触れてアースの要領で流してから倒れるラクサスの顔の前に右手を持っていく。

 

「どうする?」

 

「…………何で俺の動きを見切れた」

 

「選択の副産物でね。この魔法しか『生涯』使えない代わりに、常人よりも優れた身体能力を与えられてるんだ。だからラクサスの動きも特に問題なく見えてた」

 

「……ちっ。あー負けだよ負け。ナメてかかった分も含めてな。もうお前に文句は言わねぇ。だがギルドを利用しようって腹なら、今度は本気でやるぜ」

 

「……それは怖いね。じゃあそうならないように大人しくしてようっと」

 

 余計なことをしなくてもそれ以上の戦闘継続は無駄と悟ったラクサスに手を貸して立ち上がらせたウィズ。

 いざこざの原因が隠し事をしてることにあるので、質問には正直に答えたウィズに素直な敗北を受け入れたラクサスは、それでもまだウィズを信用したわけではないようなことを言ってきて、それに内心ではドキッとしはしたウィズだが面には出さずはぐらかす。

 そんな2人を表情を変えずに見ていたマカロフは、ギルドに戻っていくラクサスに小言してから、同じく本来の目的に戻ろうとしたウィズにも声をかける。

 

「ウィズ。お前さんが何かを抱えてるのは見りゃわかる。ラクサスもそれがわかってて突っかかってしまったが、ギルドに入った以上はお前さんも儂らの『家族』じゃ。どうしてもの時は家族に頼れ。そして家族の危機には全力で助けろ。それだけは覚えておけ」

 

「……ギルドが家族、か……」

 

 話はそれだけじゃ。そう言って自分もギルドへと戻ってしまったマカロフの背中を呆然と見ていたウィズは、自分の認識とは少しだけ違うギルドの考え方に触れて、これからの自分の在り方についてを少しだけ考え直すのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悩める者に手を

 ウィズが妖精の尻尾に入って1ヵ月。

 ギルドに入ってからのウィズは毎日クエストボードに追加される依頼書をザッと眺めて、報酬の良し悪しを問わずマグノリアの街からの依頼のみを選んではその日のうちに解決して、それがない日はカウンター席で何をするでもなく1日ボーッとギルドのメンバーを眺めたりしていた。

 そのせいで喧嘩っ早いナツやグレイも下手に手が出る喧嘩ができなくてウィズに怯える日が多くなってたが、他のメンバーも賑やかにはするが揉め事はなるべく穏便に解決するようになっていた。

 そのウィズが今日も目を光らせている中で、ここ数日ずっと気にはなっていた子を何気なく見ていたら、向こうも視線に気づいてウィズを見たが、すぐに読んでた本に視線を戻してしまう。

 マカロフの言う『ギルドは家族』という想いを割と素直に受け取ったウィズは、あれ以降からかなりオープンに皆と接するようになって、ナツやグレイ。エルザやカナといった子とはよく話をするようになったが、いま目が合った少女、レビィ・マクガーデンとはまだまともに会話をしたことがなかった。

 なので向こうから寄ってきてくれないならと自分から近付きレビィの隣に座ると、ビクッとしたレビィは頑としてウィズを見ずに本だけに視線を注ぐ。

 

「その本、読み終わったら貸してくれない? 暇な時にボーッとしてるのも勿体なくてさ」

 

 おそらく人とのコミュニケーションが苦手なんだろうと思って相手の興味のあるものからアプローチするウィズ。

 事実としてここ数日は本当に時間を有意義には使えていなかったので、読書でもできればいいなぁと思っていた。

 すると本に興味を持ってくれたからか顔を上げてウィズを見たレビィは、テーブルに置いていた本のタイトルが見えるように持ち上げると、そこには『愛と憎しみの逃避行』とかいうなんか重たいタイトルがあってウィズも顔がひきつる。

 

「これ読みたいの?」

 

「なかなかハードそうなタイトルだな……じゃあレビィの今のお気に入りみたいのあったら、それを読みたいなぁ、なんて」

 

「……明日でいいなら持ってくるよ?」

 

「お、おう。よろしく」

 

 ナツやグレイ達とほとんど変わらない年齢であまり似つかわしくない本を読んでいたのには少々困惑したものの、それならと出た言葉にレビィは友好的な返事をくれてひと安心。

 いきなりグイグイ行っても嫌がられるかもと思って今日のところはそれでレビィとのコミュニケーションは終了させて元の席に戻って、目を離した隙に無言の顔の引っ張り合いをしていたナツとグレイにひと睨みしてからマカロフと他愛ない話を始めていった。

 この翌日。約束通りレビィからお気に入りの本を借りたウィズが、レビィと隣り合って座って割と集中して読書に勤しんでいると、マカロフに連れられて3人の少年少女が姿を現す。

 長旅でもしてきたのか大きめの荷物を背負ってる3人は、まだ幼さのある兄弟のようで年長らしき子は周りの目を気にするようにローブを着てフードも深々と被ってしまっていた。

 しかしウィズはそんな見た目よりもその3人の中に異質な気配を感じ取って本からそちらに目を向けると、ローブを着た子がカウンターに座ったマカロフの正面に座って何やら言葉を交わすと、フードコートの下に隠れていた右手をマカロフにだけ見えるように見せる。

 

「それは接収(テイクオーバー)。魔法の一種じゃよ」

 

 その会話の一部を鋭い聴覚で抜き取ったウィズは、悪魔の力だなんだとよからぬ言葉が続いたことで問題を抱えているのだということを敏感に察知。

 マカロフとの話を終えた子達は住む場所を探すと言ってギルドを出ていこうとしてしまい、入れ違いでマカロフに近寄ったウィズは盗み聞いた話から余計なことは省いて直球で話をする。

 

「悪魔の力とやらで住んでた村を追われたか。まっ、マグノリアにはここがあるから多少の事には寛大だけど」

 

「それでも不安はあるじゃろうな。しばらくはここに顔を出すように言っておいた。すまんが気にかけてやってくれるか」

 

「オレもずいぶんな新参だけど、じいさんはそれでもオレに?」

 

「お前さんは面倒見が良いからの。それにわかるのじゃろ、あの子らのような心に傷を持つ者の気持ちが」

 

「…………じいさんには敵わないな。オレも気になるし、任されたよ」

 

 そんな話をしたウィズは、どこまで自分を見透かしているのかわからない年の功マカロフにフリフリと手を振って出ていった3人を追っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? ミラさん達ってそんな時期にギルドに来たんだ。私てっきりもっと前からいたのかと思ってた」

 

「もっと前とは言うが、私やナツ、グレイですらそれより2年前後でギルドに来ているから、ウィズやミラ達とはあまり差はないのだがな」

 

 何やら食いつくところが違うだろと言いたくなるルーシィの反応にちょっと苦笑いなエルザだったが、6年も前の話ですしとウェンディのツッコミが入ったところで、別のところで談笑していたリサーナ・ストラウスが賑やかなのを聞きつけて近寄って話に加わる。

 

「なになに、ウィズ兄の話してるの?」

 

「丁度お前達が来た頃のことを話していた」

 

「ウィズ兄にはホントにお世話になりっぱなしだったなぁ。ギルドに行った日からいきなり追っかけて話しかけてきて『住む場所なら丁度隣の住宅に広めでお得な部屋があったからそこに住めばいい』って話を通してくれたり、しばらくの間の生活費を肩代わりしてくれたり、2日に1回は部屋に様子を見に来たり、ギルドで孤立しないようにナツ達との仲を取り持ってくれたり」

 

「優しい人なんですね、ウィズさんって」

 

「血の繋がりはなかったけど、私にとってウィズ兄はミラ姉やエルフ兄ちゃんと同じくらい大切な人。だから急にいなくなった時はショックだったよ……何よりミラ姉が一番……」

 

 話に加わるなり昔を懐かしむようにどんどん話をするリサーナに、全員が笑顔を見せたが、この話の最後にされるであろう別れの時の思いを口にして表情も少し暗くなるが、その話はまだ早いかと途中で口を閉ざしてしまう。

 しかしルーシィ達が気にはなっていたリサーナが口にしかけたミラとウィズの関係についてがまだ不明。

 それほどに良くしてもらっていたなら、別れが悲しかったのは理解できるが、それ以上にリサーナのように感謝の気持ちが大きいのではないだろうか。

 それがどうしてそれ以上の憎悪に似た感情をミラが今も持ち得ているか。

 そんな疑問が増す中でエルザとリサーナの話は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミラ達兄弟がギルドにやって来て半月ほど。

 ウィズのお節介も手伝って3人は割とすぐにギルドに受け入れられ、エルフマンとリサーナは同じ年の頃のナツ達ともすっかり仲良しに。

 しかし一番上のミラだけは未だギルドの誰とも話をしようとせず、悪魔の力を宿して禍々しく変化した右手を隠すようにローブを着たままフードまで被り続ける有り様。

 すでにエルザやカナといった面々が会話を試みているのだが、ミラは一向に応じる様子もなく話しかけられると決まってどこかへと無言で行ってしまう。

 だからギルドのみんなもできるだけ機嫌を損ねないように、傷口を広げないように放っておくという選択をしていたが、ウィズだけはそんなミラを見て何もしないわけにはいかないと思う。

 紹介した住居が隣の建物とあって1日置きくらいで3人の様子見をしているウィズだが、ミラは話こそ一言二言はしてくれても、まだ笑顔を見せてはくれない。

 ここまで自発的な行動で馴染んでくれることを願っていたが、全く進展しない状況はさすがにもうダメかと考えて席を立ったウィズは、1人寂しくいたミラに声をかけたが本人は無視。

 顔すら向けては来ないが、そんなの百も承知なので首根っこを強引に掴んで持ち上げ肩で担ぐと、ボコボコ背中を殴られながらギルドの外へと出ていった。

 ミラ自体は非力な部類だから殴られたところで大したことはないのだが、悪魔の力を宿した右手は別で相当痛かったので移動自体が大してできなくて仕方なく人の気配のない路地裏に入ってミラを下ろすと、散々殴ってくれたお礼に1発拳骨をくれて帰るだなんだ喚くのを黙らせてからあぐらをかくミラに目線を合わせてウィズも腰を下ろす。

 

「ギルドのみんなは嫌いか?」

 

「…………」

 

「それ以前に自分の身体に宿ってる悪魔の力が嫌いか」

 

「……だったら何だ」

 

「じいさんも言ってたが、それを宿しているのはミラ、お前の力だ。それが嫌いっていうのは自分が嫌いって言ってるのと同じ」

 

 逃げられないように若干の威圧感を持ってミラと接したウィズは、回りくどい話は抜きで自分を好きになれないミラの心を強引にこじ開ける。

 

「その力と向き合わないからいつまでも腕はそのままだし、気持ちも前を向かない。ミラはそれでいいのか?」

 

「……仕方ないだろ。こんな力いらないのに、どうしていいのかわかんないんだから!」

 

「わからないなら学べばいい。そのために必要なものはギルドにある。まっ、それより前にミラはその力をどうするか真剣に考える時間は必要かもな」

 

 初めて本音を語ったミラに対して優しい表情でそう言ったウィズは、近くにあった手頃な石を拾って左手に持つと、右手でサッとミラの体の中心を透過。

 抜き取ったものを持っていた石へと移すと、その時にはもうミラの右腕は元の人の腕に戻っていた。

 最初はセクハラみたいに胸の辺りを触られたかと思っただろうミラだが、自分に起きた異変が大きくて思考が吹っ飛んだ様子。

 

「今ミラから悪魔の力を抜き取ってこの石に移した。それができるのがオレの魔法、選択。石程度なら勝手に暴れたりとかはしないだろうから、必要ないと思ったら壊して消せばいい。だがミラ、忘れないでほしいのはその悪魔の力と接収があったから、お前はエルフマンとリサーナを、元いた村を守ることができた。どんな力もそれを扱う人の心で良くも悪くもなる。守りたいものがあるなら、それを守るだけの力は必要になる。それを忘れないでくれ」

 

 悪魔の力が宿るだけのただの石をミラに渡しながら、今のうちに言ってあげたいことだけを言って笑顔を向けると、考えがまとまらず言葉の出ないミラの頭をポンと撫でてから立ち上がったウィズは、それ以上は何も言うことなくその場を立ち去ってギルドへと戻っていってしまい、残されたミラは呆然とウィズの背中を見てから、その手に収まる石へと目線を落として物思いに更けていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

変化と経過

「おうおう! やれやれガキども!」

 

 ミラ達が妖精の尻尾へとやって来てひと月。

 結局ミラは家族を守るための力として悪魔の力をまた石から接収し、それを自在に操れるように魔法の勉強を始め、今では悪魔の力も内部に留めて表面化しなくなり、ずっと着ていたローブも脱いで本来の明るい……明るすぎるやんちゃな性格が出てきてギルド内は度々ミラのイタズラによってちょっとした騒ぎになったりも珍しくなくなった。

 喧嘩は煽るし火種も撒くとあってウィズの悩みの種にまでなってしまったミラだが、それでも塞ぎ込んで一切笑わなかったあの頃よりは100倍はマシだと思う。

 そんなミラに今日も煽られたナツやグレイ、エルザやカナがお菓子を食べられたと取っ組み合いの喧嘩を始めてしまい、レビィと一緒に読書をしていたウィズは犯人を知ってるだけに教えてやるのもやぶさかではなかったが、そうすると腹いせにイタズラをされてしまうし叱ってものらりくらりと聞き流すだけの度胸もあるので物理的な手段を使わざるを得ない。

 ミラを野放しにするつもりはないが、ミラもミラでイタズラの範疇を弁えてるところがあって、笑いや呆れで済んでしまう程度に留めるため本気で怒るタイミングも難しいのだ。

 それは裏を返せばウィズの抑止力が働いてる結果とも言えるが、13歳のミラにいつまでもそんなイタズラをさせるわけにもいかないので対策は練ろうと考え始める。もちろん同い年のエルザがナツ達に混ざって喧嘩してる状況も非常に悩ましい。

 今はまだ小さなつぼみかもしれないが、いずれはこのギルドの中心となる子達。

 個性派揃いのメンバーをビシッと姿勢を正せる存在はちゃんと育てないといけない。それが繋ぐという意味であることをウィズも理解しているし、マカロフもそれを願っているはず。

 次代のリーダーという意味ならウィズと同い年のラクサスは適任にも思えるが、どうにもラクサスは反抗期突入中のようでマカロフも素直には任せていない。

 それを思うと不安しかない世代だが、期待値込みで優秀な粒揃いなのもまたエルザ達の世代。手はかかるがそれだけの苦労をかける価値はあるのだ。

 そんなエルザ達を見てそろそろうるさいと思い始めたウィズが睨みを効かせようとしたところで、ギルドの入り口に困り顔の少女の姿を発見する。

 ギルドの子ではないが街の子であろうその子が何か用があるのだと思ったウィズは読んでいた本を置いて喧嘩するナツ達に1発ずつ小突くようなチョップだけを入れて通り過ぎ、おどおどする少女の目の前まで行き目線を合わせて屈むと、その子の話を聞いて立ち上がりギルド内に声を響かせる。

 

「おいガキども。喧嘩とかしてないで手伝え。仕事だ」

 

 ウィズのお呼びとあって喧嘩も1度ピタリと止まるが、依頼人がウィズの傍にいる少女とわかるとエルザとレビィ、リサーナ、エルフマン以外は無視。

 おそらくは手伝っても報酬など期待できないからだが、ウィズが『喧嘩を1度だけ見逃す権利』を与えると言えば日頃その制裁に怯えるナツとグレイとカナ。ジェットやドロイといった面々は豹変して食いついてくるのだから単純。

 しかしミラだけはからかう相手がいなくなってつまらなそうに無視を決め込んだので「手伝ってくれたリサーナとエルフマンには今夜ご馳走する」とミラに聞こえるように言ってやれば、喜ぶ2人を見て意外と寂しがり屋なミラはひとりぼっちの夕食は嫌なのか結局手伝う羽目になるのだった。

 少女からの依頼は単純なもので、大切にしていたブローチを誤って落としてしまい、それを探してほしいというもので、ブローチの特徴を聞いたナツ達は当然我先にと捜索を開始。

 こういう探し物は人海戦術が早いのでナツ達を駆り出したが、当然正式な依頼でもないから報酬など出ない。

 そんな便利屋みたいなことをしていてはギルドとしての機能が失われてしまうが、マカロフはウィズがこういったことにナツ達子供連中しか使わないことを知っているので、今までも特別咎めたりしたことがない。

 街の方々に散ったナツ達とは別に、少女と一緒に行動しながらブローチを探していたウィズは、唯一ついてきたミラが頭の後ろで手を組んで周りをなんとなく見て探してるだけの態度にちょっとムッとしてしまう。

 だからミラに聞こえるよう少女にもしブローチが見つからなかったらと話して悲しそうな顔をさせれば、根は優しいミラもぬぐっ、と気まずそうな表情を浮かべてから組んでいた手を解いて腰をちょっと低くし真面目に探し始め、始めからそうすりゃいいのにと思いつつ少女をなだめて自分も真剣に探すのを再開させていった。

 そうして探すこと1時間ほど。鼻が利くのに勢いで探してたナツが息を切らせて合流し、何故か上着を無くしたグレイがゼーハー言いながら合流しと収穫なしが続いたが、少女の行動範囲を一緒に探していたミラはその間も周囲に目を凝らしていたのか、不意に何かを見つけて近寄りそれを拾い上げると、少女が真っ先に反応し走り寄る。

 それは少女が探していたブローチに間違いなく、パアッと笑顔の咲いた少女はミラからブローチを受け取ると「ありがとうお姉ちゃん!」とお礼を言う。

 すると感謝されるのに慣れてないミラは顔を赤らめてそっぽを向いてしまい、依頼完了ということでナツ達は解散。一斉にギルドへと戻り始めるが、少女を見送ったウィズはミラを引き留めて話をする。

 

「人に感謝されるってのは嬉しいもんだろ」

 

「……金にならねーなら結局は疲れただけだろ」

 

「ミラはまだイタズラの方が楽しいかもしれないな。でもいつかそういう気持ちに喜びを得られて大切にできるようになったら、きっとミラはみんなに頼られる存在になるよ。あと良いお嫁さんにもなれるかも」

 

「バッ! お嫁さんとか恥ずかしくねーのかよバカウィズ!」

 

 ブンッ!

 またお節介かと話を聞き流していたミラだったが、ウィズの予想外の言葉に顔を真っ赤にして蹴りを入れようとしたが見事に見切られて空振り。

 どうせ当たらないと早々に諦めて地団駄を踏んでからリサーナとエルフマンを追ってギルドに戻っていってしまったが、これまでも聞き流してはいたが耳は塞がない素直なミラにちょっと笑ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 X778年12月。

 ラクサスがS級試験に合格し、そのお祝いをギルドでしていた頃。

 ナツとリサーナが一緒に卵から孵した猫らしき生物、ハッピーに色々と先輩面で教えていたりとありながら、騒ぐメンバーの中心であるラクサスは何やら冷めた感じで酒を飲んでいたが、その理由は単純。

 マカロフしか知りはしないが自分を負かしたウィズがS級試験を受けることすらなかったからだ。

 毎年何人かが試験を受けて、その中から1人だけがS級魔導士となれる。或いは1人もなれないこともあるギルド内の神聖な催しだが、試験を受けられるメンバーはマスターであるマカロフが活躍やらを考慮して選出する決まり。

 その中に今年、ウィズの名前はなかった。それがラクサスは納得がいかなかったらしく、密かにマカロフへと異議を唱えていたのだが、活躍という視点から見たらウィズは目に見える活躍は全くしていなく、ギルドに入ってから1度たりともマグノリアから出たこともないレベル。

 それではさすがのマカロフも実力はあろうと認めるわけにはいかないとウィズを弾いていた。

 その結果ウィズ不在でS級になったラクサスはなんだかスッキリしない昇格に素直に喜べずにいたわけだが、同じS級魔導士の先輩に当たるギルダーツが『時の運』とか言いながら酒を勧めてがぶ飲みしていたのでもうそれで納得するしかなくなっていたし、自分を尊敬する普段は滅多に顔を出さない雷神衆の3人も自分のことのように喜んでいるのでいつまでもシケた顔をしていたら悪いと開き直っているようだった。

 その酒の場でガキどもが寝静まってゆっくり飲む時間となってから、口の緩くなった面々が唐突に今まで口にしてこなかった疑問をポロッとこぼす。

 ──ウィズとギルダーツが戦ったらどっちが強いのか。

 現在の妖精の尻尾で最強の男と目されるギルダーツ。その相手に名を連ねたのは未だその実力を全く見せないウィズ。

 ちょうど当人達もいる中でされたその話題にウィズもギルダーツもキョトンとしながら互いに顔を見合ってしまい、他の連中はどうなのよとグイグイ迫ってきたが、目をぱちくりさせた2人は揃って同じことを言った。

 

「「勝算が少ない喧嘩はやるだけ無駄だろ」」

 

 それには聞いてきた周りよりも言った当人達がビックリ。

 ウィズは本心からギルダーツには勝てないと思って言ったのに、そのギルダーツまでが勝てないかもと言葉を濁してきたのだ。

 

「あのさ、ギルダーツ。オレそんなに化け物じゃないから」

 

「いやオメェ、それはちょっと過小評価だろ。ってかサラッと化け物扱いすんなよ!」

 

「過小評価も何もオレは魔導士としては欠陥だらけで話にならないし。だからボロが出ないようにマグノリアからも出てないわけで……」

 

「欠陥だぁ? その欠陥をチャラにできるだけのもんがあるだろうに、それすら見せねぇで引きこもってるわけか。何かあんのは見てりゃわかるが、そうしなきゃならねぇ理由がお前にはあるってことか」

 

 事実として自分の欠陥を曖昧にではあるが口にしたウィズだが、それ込みで自分と同等くらいの実力はあるだろうと見たギルダーツは、そうして本来のパフォーマンスを発揮しないウィズの事情はあえて聞かず、無言の肯定で返したウィズを見て「よし、この話終わり!」とお開きムードにして切り上げてくれて、それに感謝しつつ酒の席を立って先に帰っていった。

 

「(このギルドに……家族に迷惑はかけられないからな……)」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遭遇は気まぐれに

 X780年。

 ウィズが妖精の尻尾にやって来て早2年。

 相変わらずウィズの行動パターンに変化はなく、マグノリアから全く出る気配も、その実力の一端すら見せることもなくのらりくらりと過ごしていた。

 エルザ達もこの2年でだいぶ成長し、肉体面もそうだが何より精神面での成長が見られて、ナツ達の相変わらずな喧嘩にも冷静に対処できるようにはなって、ミラも自分が楽しむためのイタズラをめっきりしなくなっていた。

 それはウィズの献身的なお説教やらが功を奏したかは不明だが、子供の成長を見守る親みたいな立場のウィズとしては嬉しいことなのでどうでもいいことだった。

 

「それにしても暑い……」

 

 そして今年もS級試験の時期となって、今年はいよいよエルザとミラが候補として名を連ねたのだが、ウィズは今年もその候補には落選。

 当然それを気にするようなウィズではないので他人事のようにマカロフの話を聞いていたのだが、今年の試験は妖精の尻尾の聖地と呼ばれる『天狼島』で行われると説明があったあと、その試験の試験官の1人としてウィズが強制指名され、現在は船を利用して試験に携わるメンバーと一足先に天狼島へとやって来ていたのだが、天狼島のある場所は年間通して温暖な気候のため冬に突入したマグノリアとの温度差は酷いの一言。

 常夏と呼べる気候にすでにやる気のなくなりかけていたウィズだったが、ようやく見えてきた天狼島の全容に暑さも吹っ飛ぶ。

 島の中心から生える超巨大な樹木。さらにその傘の部分には新たな大地が小さな森を形成している。

 言うなれば島の上にさらに島があるのと同じだが、ここまでの熱帯で森の葉が紅葉に近いのは何か理由があるのかとついつい考えてしまう。

 そんな天狼島に降り立ったウィズは、同じく試験官として来たギルダーツの案内で島を簡単に散策。

 ラクサスはさっさと持ち場へと行ってしまって素っ気なかったが、年々お祭り騒ぎばかりのギルドにフラストレーションが溜まっていってるようで少々不穏な空気がある。

 いつか爆発しないかと不安ではあるものの、根っこの方ではギルドを大切に思ってるのはなんとなく伝わってくるので何か言ったりはしていなかった。

 そんなわけでギルダーツの案内は割と適当だったものの、もうすぐエルザ達受験者達もマカロフ先導のもとやって来るので、この島にあるという初代ギルドマスター、メイビス・ヴァーミリオンの墓の場所だけ聞いてギルダーツとも分かれそれぞれ指定された持ち場へと移動を開始。

 そのわずかな時間でメイビスの墓へとやって来たウィズは、なかなか厳かに作られたその墓に創始者へと持ってきた酒を開けてかけると、この島へとやって来た時から感じる不思議な力に意識を集中させた。

 

「なんだろうな。漠然としかわからないが、ずっと温かいものに包まれてる感じだ。これはあんたの力なのか、初代」

 

 独り言のように呟いた言葉に、当然ながら反応するものはない。

 それもそうだろう。ここにはいま自分しかいないのだし。誰か答えたらそれこそ幽霊……

 

『加護は私の力ではなく、この島の中心にそびえる天狼樹の力によるものですよ』

 

 さて、持ち場に行きますかと思考を切ったところで唐突にそんな聞いたことのない少女らしき優しい声が聞こえて、声のした後ろへとそぉっと振り返ると、そこにはウィズよりも圧倒的に幼く見える少女が笑顔で立っていて、今の言葉からウィズはすぐにその正体に辿り着く。

 

「メイビス・ヴァーミリオン……か」

 

『面白い方ですね。初めて見る方ですが、もうこの島の加護に気付くなんて』

 

 あり得ないことではあるが、ちゃんと意思疏通ができる辺り目の前の人物が1つの存在として成り立っていることを認めざるを得ない。

 幽霊というのは初めて見るウィズだが、メイビスに関しては不思議と恐怖を抱くことはなく、なんかすんなりと受け入れられたので大したリアクションもなく少し考えてからスルーすることにして持ち場へと行ってみる。

 

『な、何ですか! どうして私を見てそうやって無視して行けるのですか! 初代ですよ! あなたの所属するギルドの創始者ですよ! 何で死んだ人間がーとかないんですか!?』

 

「いやあの、オレも忙しいんですよ。話だったらオレよりも人生経験豊富なギルダーツっておっさんがいるんでそちらにどうぞ」

 

『私はずっと過去の人間ですから、無闇に人の前に姿を晒すことを避けてきたんですぅ』

 

 なんだか無視したら勝手に歩いて横をついてきたメイビスに、なら何でオレには姿を見せるんだと思うものの、自分の反応に頬を膨らませたメイビスが意外と可愛らしくて、このまま素っ気なくしても仕方ないかなと思って会話に応じてみる。

 

「では初代。どうしてオレに姿を見せたんですか?」

 

『メイビスで構いませんよ。若しくはメイビスちゃんでも可です』

 

 ようやく会話に応じたウィズに機嫌を良くしたメイビスだが、良い歳してるはずの人間がちゃん付けを要求してきたことになんか冷めてまた無視して早歩きしたのだが、どういう原理か腕に引っ付いて離れなくなったので仕方なく名前で呼ぶに留めて話を再開。

 

『普段の私ならたとえギルドの方にでも姿を見せることはありません。ですがあなたは例外です。あなたからは何か不思議な魔力を感じ取りました。それはおそらく、失われた魔法(ロストマジック)とは違う別系統の……イシュガルに根付く魔法の流れを汲まない魔法』

 

 そこから出た話はウィズも全然理解が及ばなかったが、どうやら自分の異質な魔力に興味を抱いて接触してきたみたいなことはわかったため、とりあえずそれに納得しておいたウィズは、辿り着いた自分の持ち場で受験者が来るのを待つ間、話し相手としてメイビスを横にいさせてあげる。

 

「オレも正直なところ、自分の魔法に関してはわからないことの方が多いんだ」

 

『変なことを言いますね。ではどうやって今の魔法を?』

 

「んー、まぁ幽霊になら話してもいいかな。オレはさ、記憶喪失なんだよ。つってもそんな深刻な話じゃなくて、『ある人物に関しての記憶のみを抜き取られた』って話。オレの魔法は残念なことにそれができちまうからな……」

 

 メイビスに倣って落ち着く場所に腰を下ろしたウィズは、そうして自分のことについてを口にするが、まだ自分の魔法についてもよく知らないメイビスには漠然としか伝わらなかったらしく首をかしげられる。

 

『なるほど。その記憶を抜き取った方というのは、あなたに魔法を教えたお師匠様ということでしょうか』

 

「さすが。正確にはそうかもしれないって話になっちまうんだけど。何せその人に関してはすっぽり頭から抜け落ちてる状態だからな。わかってることはその人の名前と容姿、性別にオレと同じ魔法を使えるってことくらい。今は居場所すらハッキリしないが、不穏な噂は耳にしてる。だからオレはその人に会わないといけない。そして虫食いのように抜き取られた記憶を取り戻す。そのためにオレはギルドを……」

 

 と、そこまで口にしたところで話すのをやめたウィズ。

 そこから先を言ったら自分はもうギルドにいる資格はなくなる。いや、すでにいる資格などないのだが、それでも言葉にしてしまうのはダメだと踏み留まった。

 そうしたウィズの話に真剣さを含んだ顔で考え事をしていたメイビスは、どうすることもできない事情かもしれないと思ったのかその顔を上げてウィズを見る。

 

『どういった経緯で貴方から記憶が抜き取られたのか。推測し得るだけの情報が不足していますからなんとも言えませんが、あなたが自分の魔法に関してある程度の理解があるということは、その人はあなたに必要最低限の情報は残していったはず。そこにはその人なりにあなたを想う気持ちがあったと考えられますね。それは優しさなのか、或いは……慈悲や償いか』

 

「少なくともオレはその人と5年ほどは一緒にいたはずで、そのくらいの年月の記憶が見事に虫食い状態にある。あの人がどんな理由でオレから記憶を抜き取ったにしても、ずっとこんなモヤモヤしたまま気持ち悪いのは御免だ。だから必ず見つけ出して取り戻すんだ。オレの大切な記憶を」

 

『私は応援くらいしかできませんが、あなたの記憶が戻る日を願っていますよ。えっと……』

 

「ああ、名前……ウィズ・クロームっていうんだ」

 

『じゃあウィズ。次に会う時は楽しい思い出を聞かせてくださいね』

 

 そう言って立ち上がったメイビスは、ニコッと可愛い笑顔を見せてからすぅっとその姿を消してしまい、もう少し話をしても良かったのにと思ったのだが、それよりも先にこっちに近付いてくる気配に気付いて腰を上げると、姿を現したのは今年の受験者の1人であるミラだった。

 

「うげっ! ウィズかよくそっ!」

 

「あからさま過ぎるだろその反応はよ」

 

 今回ウィズに与えられた試験は『到達者選別のための障害となること』。

 それはS級になるために必要な素養を見極める大事な役目だが、マカロフはそれがウィズにはできると踏んで任せたのだから手抜きはできない。

 試験の全容はウィズも把握していないが、自分の担当がかなり序盤であるとは聞いていたのでそこまで厳しい選定基準を設けるつもりはなかったが、物理的に押し切られてもそれはそれでクリアになってしまうとあって実に面倒臭い。

 

「でもまぁ良い機会だよな。ずっと謎だったウィズの実力を見れるんだからな!」

 

 試験ではウィズやギルダーツと当たらないルートもあるとかないとか流しで聞いていたので自分を引き当てたミラも1度は運のなさを嘆いたものの、開き直ってやる気を出すと磨いてきた接収を発動し悪魔の力を全身へと具現させる。

 サタンソウル。それがミラの今の形態になるが、まさにその様相は空想上の悪魔のように髪は逆立ち、四肢を鋭利で凶悪なものへと変え、太い尻尾も生えている。

 ここからさらに翼まで生やして飛行も出来るようだが、木々の生い茂るこの空間では出すことはないかと予想しつつ、やる気満々のミラにどうしたものかと考える。

 普通に当たると身体能力が超強化されてるミラの攻撃は防御もままならない。

 しかし考えがまとまる前にミラは恐ろしいスピードでウィズへと接近して豪腕を振るってきてしまい、あまり余裕もなかったので仕方ないかとその豪腕を紙一重で躱してすれ違いのカウンター気味に右手でミラの腹を通過。

 選択でミラの中の悪魔の力を抜き取って強制的に接収を解除すると、その力を拾った石へと移して勢い余ってすっ転んだ生身のミラへと近寄ると、とりあえず腕を極めて身動きを封じてから言葉を贈る。

 

「ただ闇雲に突っ込んでくるだけじゃ脳筋バカでしかない。力は申し分ないが、それを扱うお前の心がまだ未熟すぎるな。オレの魔法がどんなものかわかっててこの結果は呆れるぞ。本当はもう少し試すつもりだったが、必要なくなったな。ミラ、お前はここで脱落だ」

 

「また説教かよ。もう聞き飽きたんだよそういうの!」

 

「強いだけの魔導士はいつか力に溺れる。オレはミラにそうなって欲しくない。強さと優しさを兼ね備えた、そんな魔導士になってくれ。そうなればS級なんてすぐになれるはずだから」

 

「…………」

 

 相変わらず話を聞いてくれないミラではあったが、大事な試験でこれだけは言わないとミラのためにならないと真剣に言葉をぶつけた。

 その真剣さが伝わったのか、腕を放したウィズに何も反論してこなかったミラは、黙って渡された石を取ってまた接収し体内に取り込むと、S級試験に落ちて悔しかったのか見えない角度で涙を拭ったのだった。

 

「(その悔しさがあれば来年は大丈夫。その力は強大だけど、ミラならきっと上手く扱えるから。だからもっと賢くなれ)」

 

 あまりあれこれ言ってもまた機嫌を損ねかねないので、それ以上のことは心の内に留めてミラの頭をポンポンと触ってから、島に設置された拠点へと一緒に歩き出した。

 そしてこの年の試験ではエルザが見事S級へと昇格を果たした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嬉し恥ずかし入れ替わり

 X781年。

 子供の成長というのは早いもので、ガキだガキだと言っていたナツ達もだいぶ凛々しい顔つきになってきて、依頼でもマグノリアから遠出して活躍するようにもなってきていた。

 ウィズは相変わらずのギルドでの立ち回りだったが、もうそれをとやかく言うような仲間は誰もいないし、たまに来る街の子供の無償の依頼にもナツ達は暇なら文句も言わず手伝うくらいには諦めていたりした。

 そんないつも賑やかなギルドにも新しい魔導士が入ってきて、ふらりとやって来たチャラい男、ロキは今日もその見た目通りのナンパをギルド内の女性陣にしていたわけだが……

 

「ねぇエルザ。今夜だけでもいいから2人きりで食事なんてどうかな?」

 

「お前もしつこいなロキ。私はそういったことに興味がない。食事ならば皆が一緒にいる方が楽しいだろう」

 

「僕がどうしてエルザだけに声をかけてるかをちゃんと汲んでほしいんだけどね……1度だけ! 1度だけでいいから!」

 

「その口説き文句をもう周りから何度か聞いている気がするがな」

 

 色恋沙汰とは今まで無縁だったエルザを相手にしつこくしているものだから、ウィズもそろそろあれな雰囲気を感じて読んでいた本をテーブルに置きスタンバイ。

 

「エルザともっと仲良くなりたいんだよ。もちろん男と女という意味で、ね」

 

「いい加減にしないかぁああ!!」

 

 ついにエルザの沸点が限界を越えて爆発。仲間であろうとあまり容赦なく拳を握ってロキをボッコボコに殴り始めてしまい、周りも顔が原型を留めなくなってきて「やべぇロキが死ぬ!」と慌てるが、いち早く救済に入ったウィズはエルザの後ろから振りかぶった拳を掴んで止めたが、怒りで興奮気味のエルザは反対の手の裏拳でウィズの顔面に一撃。

 殴ってから相手がウィズだとわかったエルザはそれで我に返って全力の土下座を披露したが、殴られて顔だけ横を向いていたウィズは、ギチギチとその顔を元の正面へと戻してビクビク震えるエルザをこれ以上ない笑顔で見る。

 その間に瀕死のロキはナツ達が救出し全員がウィズとエルザの近くから異常なほど離れて口を閉じる。

 

「……あー、おかしいな。つい最近S級魔導士になったはずの子から、何の非もないのに殴られたぁ」

 

「ひぃ! す、すまないウィズ! その、我を忘れて勢い余ってだな……と、とにかくすまない!」

 

「すまないと思ってるなら1回くらいロキと食事してきな。それができないなら……」

 

「りょ、了解した! 喜んで食事にでも何でも行くぞ! さぁロキ! 行こうじゃないか!」

 

 今まで目に見える怒りを面に出したことのないウィズだからこそ、その笑顔が恐怖でしかなかったエルザは超素直に言うことを聞いて介抱されてるロキを連れて行こうとしたが、あれだけボッコボコにされればロキも2人きりで食事などする気も失せてしまい、どうしようみたいな空気でウィズを見た。

 

「ん、じゃあ今夜はうちで夕食だな。丁度ミラ達とも約束してたから、そこで準備と後片付けをやってくれればチャラにしてやる」

 

 別に困らせるつもりもなかったウィズは、まさかのロキのキャンセルで少し考え直してからそんな提案をすると、横から長女のふざけんなの声が上がったが無視。

 それで許されるならと笑顔になったエルザは最後にもう1度ウィズに謝罪してロキの介抱に協力していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時は本当に死ぬかと思ったよ……」

 

「お、お前だってしつこいのが悪いんだぞ。私は自慢ではないがあまり我慢強い方でもないのだし……」

 

 長々と続く話の中でようやく自分が出てきたと思ってルーシィが呼んでもいないのに勝手に出てきた獅子宮のレオことロキは、話がちょっとしたトラウマ事件に触れたことで額に大量の汗が噴き出ていて、エルザも悪いとは思いつつも全部自分が悪いとも思っていなくてちょっと反抗し、どっちもどっちだなぁとか思うルーシィ達だった。

 

「ていうか相変わらず自由過ぎよロキ。出てくるならいきなりはやめて」

 

「サプライズの方がルーシィもドキドキしてくれるだろ?」

 

「あーはいはいドキドキしました。それでそのあとの夕食は無事に終わったの? なんか昔のエルザとミラさんって仲悪かったって話だし」

 

「ん、それはだな……ウィズもいたからミラとはなんともなかったのだが、どうにも私は家事の方があれでな。後片付けの時に皿を2、3枚割ってしまってな。追加でミラ達全員のマッサージをさせられてしまった……」

 

 ロキがルーシィと契約してからはその扱いにもだいぶ慣れて口説き文句を流してから話を元に戻せば、恥ずかしそうにそう話したエルザはこの話は終わりとさっさと畳んでしまい、ちょっと面白いものが発掘できそうだっただけに残念そうにするルーシィ達も本筋とは違うので素直に受け入れてまた耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」

 

 しばらくして、ギルダーツが100年間達成されたことのない、帰ってきた者もいないS級クエスト。通称『100年クエスト』に挑戦する意思をマカロフへと表明し、その旅立ちの日が訪れた。

 実にギルダーツらしくお使いでも行ってくるような軽さではあったが、クエストに挑んで帰ってきた者がいないというだけにギルドのメンバーは不安を隠せないでいた。

 そんな中で本人はシケた顔すんなよと皆に言って、唯一明るく見送っていたナツには土産話を持って帰ると約束して旅立って行ってしまった。

 これが皆が知るギルダーツの五体満足でいた最後の姿となろうとは誰も予想はしていなかったわけだが。

 この旅立ちの前日にウィズはたまたまギルダーツと2人で話す機会があって、その時にもう話すことは話したので改めて何か言うこともなかったが、そこで話したことも別段変わったことでもなかった。

 

「まっ、おっさんくらいの人ならある日ひょっこり帰ってくるんだろうし、10年とか留守にしたら忘れられるぜ?」

 

「がははっ。そりゃ困るわな。んじゃサクッと終わらせて帰ってくるかね。その時にはナツ達もガキ扱いできなくなってりゃいいんだがな」

 

「……知ってるかおっさん。歳の差ってのは絶対に埋まらないんだ。だからおっさんがおっさんである限りオレらはずっとガキなんだよ」

 

「んな理屈の話してねーだろ! お前は頭良いのか悪いのか時々わかんねーよなホント!」

 

 酒も交えながらにしたそんな他愛ない会話。

 ギルダーツがどうしてこのタイミングで100年クエストに挑もうと思ったのかとか聞きたいこともあったが、男がそうと決めたことにとやかく言うのは失礼な話。

 だからウィズはいつものように送り出した。ギルド最強の一角を担う男の帰還を信じて。

 そのギルダーツが旅立って数ヶ月が経過し、今年もS級試験が行われる時期に差し掛かると、張り切るメンバー達の姿をのほほんと見るのが定番となったウィズは、そのやる気を年間通して出していれば忙しなくしなくてもいいのにとか思っていたが、やる気のない自分が言うと火に油になるので黙って読書に勤しんでいた。

 幸い今年の試験はウィズに声がかかることもなくかなり他人事で終わったのだが、帰ってきた面々の中でミラがS級になったと話した時のドヤ顔は忘れようとしても忘れられなかった。

 エルザに1年遅れでS級になったミラ。これでもう自分がとやかく言うことも少なくなるかなと思い始めていたウィズだが、とうとうその重い腰を上げる時が近付いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決意の別れ

 X782年。

 ギルドに激震が走ったのがこの年。

 妖精の尻尾はフィオーレでもかなり有名なギルド。

 その噂は良いものから悪いものまで数えればマカロフが血反吐を吐きそうだが、評議院に何を言われようと家族のやりたいようにやらせるのがマカロフの方針なので、お上から怒られるのはもう慣れっこな腫れ物扱いのギルドでもある。

 そうした有名なギルドには依頼も多く届くし、世界の様々な情報も舞い込んでくる。その中には当然、通常は入ってこない危ない話もあったりする。

 ウィズはその通常は入ってこないヤバめな情報をずっと密かに収集していた。

 日々ギルドに居座ることで聞き逃しを可能な限り無くし、求めている情報が舞い込んでくるのをひたすらに待っていた。

 そしてそれがついにやってきたのだ。

 

「なんじゃウィズ。急に話したいことがあるとは珍しいの」

 

 そこで情報を吟味したウィズは、どうにも危惧しなければならない事態を想定することになってしまったため、皆がギルドを去った夜遅くにマカロフだけを残して話を切り出す。

 

「じいさん、急で悪いんだが……ギルドを抜けようと思う」

 

 本当に急な話に、のほほんとしていたマカロフもキリッとその目に真剣な色を含んでウィズを見ると、無言で訴える。何故、と。

 

「オレは本当はこのギルドに、家族の輪にいるべき人間じゃない。それはギルドに来た時からずっと思っていた」

 

「それを決めるのはお前さんではない。お前さんを認め受け入れた儂らが決めること。何か抱えてるのは最初からわかっておった。全部話せ。結論を出すのはそれからじゃ」

 

「…………オレはずっと、自分を育てただろう人を探していた。その人はオレに選択の魔法を教え、そして自分という存在をオレの記憶を抜き取ることで消し姿をくらませた。いなくなる直前にその人はある言葉を残した。『全てはゼレフへと至るため』だと」

 

 断片的にではあるが本筋を残した簡潔な話にマカロフは驚愕。

 ゼレフ。それは魔法世界で最も凶悪だったとされる伝説の黒魔導士。

 400年も前の人物であるが、その存在は現在でも崇拝する組織が存在したり、或いはまだ生きているとして探す者までいる。

 だがそういった人物達はほとんどが魔法の深淵への興味から闇に染まるため、世の中でもその存在の扱いは良くない。

 

「ゼレフを追うあの人を探すなら、当人を探すよりゼレフを追うのが良いと考えたオレは、その情報が舞い込んでくる可能性があるここに来た。特に闇ギルドの巨頭、バラム同盟の3柱の情報には注意していたが、先日その1つにオレが知る特徴と一致する人が傘下に加わったかもしれない情報が入った」

 

「うむ、闇ギルド。それもバラム同盟とはのぅ……して、そのギルドは?」

 

悪魔の心臓(グリモアハート)

 

 闇ギルドはギルドの解散を勧告されても無視して活動をしている犯罪者ギルドというのが世間の見解で事実。

 ギルドには評議院によってギルド間抗争の禁止が定められているため、闇ギルドとはいえその枠内に収まってしまうので下手に闇ギルドへ手を出せば、よしんば壊滅などができたとしてもとばっちりでギルドを解散、といった処置も取られかねないし、その勧告を無視すれば晴れて闇ギルドの仲間入りだ。

 

「正直なところオレはその人に奪われた記憶を取り戻すのが目的ではあるけど、その過程でどうなるかはわからない。もしかしたら荒事になることだってあり得る。そうなった時にこのギルドの紋章を付けてるのはギルドとしても困るだろ。それこそナツ達のしでかしてる問題なんか可愛く見えるくらいにはさ」

 

 話の筋は通っていた。

 確かにこのままウィズが探す人物を追えば、いつか悪魔の心臓と相対する可能性も十分にあり得るし、その時に妖精の尻尾の肩書きがあってはいざという時に何もできずに終わってしまうことだって考えられる。

 

「だからお前さん、頑なにマグノリアから出なかったわけじゃな。そしてそれはこうなる可能性も考慮しておった」

 

「下手にギルドで活躍して有名になると、ギルドを抜けても『元妖精の尻尾』ってものがついて回ることになる。それが巡り巡ってギルドに報復なんてことにもなりかねないしな。だからマグノリアから出られなかった」

 

「……事情はわかった。ギルドを出ることに異論はない。じゃが、その紋章を消すことは許さん」

 

 自分の事情をギルドを抜ける直前まで話さなかったことを悪く思ってたからこそ、隠し事なく話したわけだが、本人の意思を尊重するマカロフの方針として、ギルドの長としてウィズの脱退を認めないわけにはいかない状況なのは明白。

 しかしマカロフはどう捉えたらいいかわからない謎の言葉をウィズに返して、意図が理解できないウィズも首をかしげてしまう。

 

「お前さんの魔法で、その紋章だけを儂に移すことは可能かの」

 

「あ、ああ。体の一部とかじゃなきゃ付着物として抜き取れるけど……」

 

「ならその紋章を儂に預けろ。幸いお前さんの名は目論見通りこのマグノリア以外で知る者も皆無。その紋章をぶら下げてなければギルドの一員とは思われんじゃろ。そして全てを終わらせたら帰ってこい。ここはもうお前さんの帰ってくる場所。『家族』の住む家じゃろ」

 

「……じいさん……」

 

 ギルドの紋章を預ける。そんな発想がなかったウィズは、それでも迷惑をかけるかもしれないし、ずっとギルドを利用してきた過去からスッパリ抜けようと思った。

 利用してきたからこそ、せめてと思ってエルザ達の面倒をお節介のレベルでしてきたし、マカロフの言うことにも反論はしてこなかった。

 

「お前さんはギルドを利用してきたのかもしれん。家族に本心を語らなかったかもしれん。じゃがお前さんのしてきたことは全てそこから来る罪悪感だけでしてきたことではなかろう。儂らのことを大切に思うからこそ、守ろうとしてくれたから、ギルドを抜けると言ったのであろう。優しい男じゃよ」

 

「………………オレは……このギルドを……妖精の尻尾を守りたいよ……だから抜けるって決意してたのに……じいさんズルいよ……」

 

 罪悪感から来る行動は本当に始めだけ。そんな気持ちでエルザ達と接していた過去の自分は忘れかけているほどだった。

 それをマカロフはわかっていてずっとウィズを見守ってきた。そして再び1人になろうしているウィズを止めてくれている。

 それがわかってしまったから、ウィズは涙を流してしまった。それがどうしようもなく嬉しかったから。

 

「すぐに行くのか?」

 

「もう、大家さんには話は通してある。10日後に部屋の物は処分してくれていいって。ギルドの連中には黙って行くつもりだった」

 

「そっちは儂から上手く言っておくが、また喧嘩が絶えんギルドになると思うと面倒臭いのぅ……」

 

 溢れた涙を拭ってから自分の首に刻んだギルドの紋章を選択で抜き取ってマカロフに預けつつ、すでにまとめてあった小さな荷物を担いでしばしの別れを惜しむように話をするが、ウィズがいなくなると喧嘩が活発化する可能性を憂いたマカロフのため息に思わず苦笑。

 

「んじゃ行ってくるよじいさん。帰ってくるなんて約束はできないけど、このギルドに恥じない姿で帰れるようにするよ」

 

 そうしてその夜。ひっそりと妖精の尻尾を出てマグノリアから姿を消したウィズは、どんな結果になってもいいという覚悟をほんの少しだけ変えて、ギルドに胸を張って戻ってこれるような結果を以て帰ってくる新たな決意でマグノリアに背を向けた。

 この翌朝、マカロフによってウィズが止むなくギルドを脱退したと説明がされたが、それはウィズの意思を汲んでそういう形にしておく方が迷惑をかけないと判断したから。

 当然その理由について詳しく聞いてきたエルザ達だったが、全てを話すわけにもいかないし、何かを話せばまた面倒なことになることもわかってしまうので黙殺。

 それ以降ウィズのことを聞こうとする者にはマカロフの無言の睨みが入るようになり、いつしか聞こうとする者もいなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまぁ、ここまでがウィズのいたギルドの過去といったところか」

 

 長い話を終えてふぅと一息ついたエルザにしばらく無言になったルーシィ達。

 ウィズを知る者は皆がまだその脱退に納得していないし、頑なに話をしないマカロフに怪しさは満載。

 

「ウィズ兄、部屋の物も処分するよう大家さんに言ってたみたいで、それはほとんどギルドのみんなで譲ってもらったけど、あの時のミラ姉がもう……」

 

「ああ……あれはもう見てられなかったよ……まさかあのミラがあんな……」

 

 何かがあることはもう察するに明らかだが、話し疲れたエルザに代わってその後の話をするリサーナとロキの勿体ぶるような言い回しにルーシィとウェンディは今までの話から泣き喚いたりしたのかと勘繰った。

 

「怒り狂って半日くらい街の外で暴れてたからね……」

 

「岩山1つ削り取った時は私ももう泣いて止めたんだけどね……」

 

「最後はマスターが直々に止めて事なきは得たが、まさにあの時のミラは魔人そのものだった……」

 

 ……あれー?

 シリアスな雰囲気満載だったからその方向で間違いないと思ってたのに、何故か半分くらいは笑い話になってしまってどう反応したものか困惑してしまう。

 

「じゃ、じゃあミラさんがウィズさんのことを悪く言うかもってお話は……」

 

「勝手にいなくなりやがってー、みたいな怒りが原因ってわけね……」

 

「なんだー。てっきり私はミラさんがウィズさんのことを好きなんだと思ってたのにぃ」

 

「まぁミラはおそらくウィズに1番あれこれ言われていたから、皆よりも思うところがあったのは事実だろうな。それにあながちルーシィの読みも間違ってはいないかもしれん」

 

「なんだかんだでウィズ兄と絡んでる時のミラ姉は楽しそうだったし、村を追い出された私達とまっすぐぶつかってくれたウィズ兄には感謝してるもん」

 

 色恋沙汰には敏感な女らしい話題に明るい雰囲気が一気に増したのはいいのだが、この話をする上で避けては通れない話題をするためにひとしきり笑ってからエルザは仕切り直すようにちょっとシリアスな雰囲気を出し始め、チラッとリサーナを見てから口を開いた。

 

「そのすぐあとだったな。リサーナが依頼の最中にあんなことになったのは……」

 

「あ、そっか。今から2年前ってリサーナがエドラスに送られちゃって、こっちではずっと亡くなったってことになってたんだ」

 

「そうだ。あの時の私達はウィズが抜けたことで少し……いや、かなり気持ち的に余裕がなくなっていた。皆でウィズが帰って来る時にはもっと強くなってビックリさせてやろうと張り切って……だからリサーナの事故は起こるべくして起きたと私は思うのだ。あの時の私達は間違っていた。強くなるということの本当の意味を、な」

 

 ウィズの脱退から起きた悲劇。

 ウィズが悪いわけでも、エルザ達が直接的に悪かったわけでもないリサーナの一件。

 がむしゃらに強くなろうとした皆がどこか合わない歯車で無理矢理動こうとした結果。

 

「だから私達はリサーナの一件で改めて考えさせられたのだ。強さというものの意味を。ウィズが私達に伝えたかった強さはどんなものだったのか。各々が考えて考えて、そして今の私達がある。私はウィズがしてくれたように、真剣に皆を叱り姿勢を正させ、自らも日々正しくあろうとしている。たまに間違えてしまうが、その時は皆が私を正してくれた。ミラもああしてウィズのようにギルドにいてくれるだけで安心する存在でいようとしているのかもしれないな」

 

「あー、なんかわかるかも。確かにギルドに戻ってミラさんの顔を見ると帰ってきたーって感じがするから」

 

「私もここに来て日は浅いですが、ミラさんがいるとホッとします」

 

 間違いを犯さない人間はいない。大事なのは同じことを繰り返さないこと。

 そうやって話したエルザは今の自分に少しは自信が持てているのか、とても優しい表情でルーシィ達に笑顔を向け、予想ではあるがミラの今の在り方にどこか納得したルーシィとウェンディが揃ってカウンターにいたミラに視線を向けたところでピシリッ、と固まってしまう。

 

「さっきから誰の話で盛り上がってるのかと思ったら、ウィズの話をしてたのね」

 

 さっきまでカウンターでマカロフと談笑していたはずのミラが自分達の席の近く。エルザの背後に移動していて、その瞬間にロキは即座に星霊界に戻っていき、リサーナもレビィのいる方に退散。唯一反応が遅れたエルザはその声に振り向くことができずにフリーズしてしまう。

 

「いや、あのだなミラ。ルーシィ達がウィズの話をどうしても聞きたいと言うから仕方なくだな……」

 

「別にウィズの話をしたっていいわよ。私だっていつまでも引き摺ったりしてないもの」

 

 何か良からぬ展開になるのかとビクビクしていたルーシィとウェンディ、シャルルだったが、思いの外冷静なミラにちょっとホッとしてエルザもそうなのかと安堵の息を漏らす。

 

「まぁもし帰ってきたら顔の原型を留めないくらい殴るのは確定してるけどね」

 

 が、満面の笑みでそんな恐ろしいことを口走ったミラにすぐに戦慄するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

時は来たれり

 翌日。ウィズの話に一喜一憂したルーシィ達は、忘れるところだったエルザの今日わかるというみんなの忙しさの謎について触れることになったが、ぶっちゃけウィズの話の中でこの時期に行われていることが話されていたのでネタバレしてるに等しかった。

 それでマカロフの召集によりギルドにゾロゾロと集まったルーシィ達は、今年も行われるS級試験の参加者とその試験内容を聞かされた。

 

「なお今年の試験はギルドの聖地である天狼島にて行なう!」

 

 あらかたの内容を話したマカロフが最後に口にした今回の試験会場は、まだ足を踏み入れた者も多くはない天狼島。

 それだけに参加資格を得たナツやグレイらは一気に闘志を燃やしてやる気満々に。

 その様子を見てルーシィはこれから始まる激闘の予感を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それと時を近くして、ウィズもとある情報から地道に悪魔の心臓へと繋がる糸をたぐり寄せていて、ようやくその構成員の1人を捕まえる。

 闇ギルドは滅多なことでは表の世界には顔を出さないため、空振りの方が圧倒的に多くてフィオーレを右往左往しているうちに2年も経っていたが、ついにその足取りを掴めるかもしれないところまで来た。

 一応これまでの成果として悪魔の心臓のマスターとその最高幹部7人、『煉獄の七眷属』については少し知ることができたが、どいつもこいつも失われた魔法の使い手らしく厄介極まりないようだった。

 さらにそれとは別にブルーノートとかいう男の名だけがあったが、こちらは詳細は不明。下部構成員では知ることもできない人物らしく、そのブルーノートと同様に得体の知れない女の情報もあり、それこそがウィズが探す人物で間違いないようだった。

 悪魔の心臓は拠点を魔導飛行戦艦としているらしく、決まった場所に拠点を持たないとかで、道理で今まで見つからないわけだと納得。

 聴覚以外の五感を抜き取られた構成員は、拷問されるよりもある意味では恐ろしい状況に易々と口を割ってくれたが、やはりただの構成員。知っていることもたかが知れていたが、しかし運が良いことにその戦艦に乗っていたとかで話を盗み聞いたことがあったらしく、思い出したように口を開いた。

 

「そうだ! 確か次の目的地の話をしてるのを聞いた! なんでもゼレフがそこにいるとかでようやく悲願が叶うとかって話だった……」

 

「ゼレフが……生きてるだと?」

 

「オ、オレら悪魔の心臓のメンバーはそう聞いてる。ギルドの目的は全てゼレフを永き封印から解くことにあると」

 

「……まぁそれはどうでもいい。悪魔の心臓の目的には興味がないしな。それでその戦艦の行き先は?」

 

 かなり有力な悪魔の心臓の行き先についてを知っていたのは儲け。

 そう思っていた矢先にゼレフが生きているという話が出てきてちょっと動揺するも、自分の目的はゼレフでも、ましてや悪魔の心臓というギルドにもないので今はスルーし行き先を吐かせる。

 

「そ、その行き先は確か……」

 

 そして幸か不幸か、運命のいたずらによってウィズはまたあの島に行くことになってしまう。

 全てを終えるまでは帰らないと決めていたあのギルドの聖地。天狼島へと。

 しかし聖地と言えどギルドのメンバーが来ることなど滅多なことではないはずで、ウィズがいた4年の間でもマカロフが明確に行くと宣言したのはS級試験のあの時だけ。

 時期的にはもうすぐそのS級試験だが、そう何度もあの島で試験をすることもないと思うので、悪魔の心臓との遭遇も可能性は低い。

 全てを話してくれた構成員はもうギルドへは戻れないだろうなと思い、五感を戻してあげてから逃亡に必要だろう資金を恵んで解放。

 次にやるべきは島へ行くための手段と定めたウィズは、天狼島に1番近い港町を目指してどうにか安く仕入れた魔導二輪に股がり出発した。

 

 2日ほどかけて港町へとやって来たウィズは、定期船なども出ていないあの島へ行くために個人で乗れる魔導機械を探して市場へと踏み込む。

 人1人を乗せて動けばいいのでかなり小型のものでいいのだが、そう上手い具合に丁度良い品は売ってなく、諦めて大きめのものにしようかと思ったところで、しがない魔導機械の商店を発見し中を覗くと、サーフボードに動力装置だけを着けたような非常にコンパクトな水上用の乗り物が置いてあり、値段もプライスレス。

 操作などを聞く限り水上では止まるとバランスを崩して転覆するため必ず陸に上がらないと止まれないポンコツということなのだが、止まらなければいいだけなので即決で購入すると、次は移動距離がそれなりになるので自らの魔力を使って動かす魔導機械ではその先に待つ悪魔の心臓との接触の時にはヘロヘロになってしまう。

 それを解消するために魔力を予め蓄えておける魔導機械を付属させる必要があり、それがあるだろう店を紹介してもらって積載できる大きさと十分な許容量を持つタイプを購入。

 取り付けはウィズでも出来そうだったので今日のところはその動力源となる魔導機械にありったけの魔力を注ぎ込んでおき、出発は明日と決める。

 しかしこれがまたかなりの労力を割くことになり、ありったけの魔力を注ぎ込み終わった頃にはウィズの疲れも限界突破。そのまま泥のように眠る羽目になってしまったのだった。

 

 翌日。朝早くから一足先に天狼島へと向かうためにS級魔導士であるエルザ、ミラ、ギルダーツの3人は、ウィズの停泊する港町から船に乗って出発していき、遅れること数時間後にナツ達参加者組もマカロフの先導で船に乗り込んで天狼島へと向かっていったが、肝心のウィズは昨夜の疲れが響いて未だ爆睡中。

 ウィズが目を覚ましたのはナツ達が出発してからおよそ2時間後の昼過ぎになっていた。

 出発は朝早くと決めていたウィズだけにこのロスは痛く、慌てて準備を整えて港へと移動すると、魔導サーフボード──勝手に命名──を海に着水させて自らもその上に着地。

 静止状態では本当に立ってるのもままならないため支えに掴まった状態で機械を駆動させると、推進力を得た魔導サーフボードは前進を始めてあっという間に加速。スピードさえ出れば安定するので下手に動いたりしない限りは大丈夫そうで、燃費の方もなかなか。

 逆算で片道なら昨夜貯めた魔力だけで足りそうなのを確認してから遅れてしまった分を取り戻すようにそのスピードを少し上げて天狼島を目指していった。

 X784年12月。

 この日、誰もが知る由もなく天狼島ではあらゆる人物達が顔を合わせることとなる。

 妖精の尻尾。悪魔の心臓。黒魔導士ゼレフ。そしてウィズ・クローム。

 ──運命の時は、刻一刻と迫っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーローは運命に導かれる

 冬の気候から抜けて肌を焼くような陽射しの常夏の気候に突入したウィズは、現在ノンストップで海を疾走中。

 気候が変わったということは目的地である天狼島のある海域に入った何よりの証拠。

 ずっと魔導サーフボードで疾走していると同じ景色が続いて暇になってしまって、波に合わせてジャンプしてみたりと遊び心があったが、最大速度で波をジャンプ台にすれば結構跳べそうな感じがしたので何度か大ジャンプに挑戦。

 しかしあんまりやると酔いそうだったのでそうなる前にやめてまだ見えない天狼島に着いた後のことを考える。

 構成員の話では悪魔の心臓も各地に散らばった煉獄の七眷属を拾ってから天狼島を目指す算段だったらしく、寝坊で遅れたとはいえまだ慌てるようなタイミングではないかもと楽観視。

 悪魔の心臓よりも早く着いたなら、それはそれでそこにいるらしいゼレフを探すのも手だし、また気まぐれでメイビスが話し相手になってくれるかもしれない。

 どうあれギルドの聖地で荒事を起こす気はあまりないウィズは、喧嘩腰にだけはならないようにしないとなと思いつつ、ようやく輪郭が見えてきた天狼島の姿になんだかホッとする。

 が、島の全体をぼんやり見える辺りまで近付いてから、何やらおかしなものが見えて目を凝らすと、超巨大化したマカロフが海上で暴れているのがわかって嫌な予感がする。

 まずマカロフがいるという事態。これはこの時期から考えてもS級試験に間違いなく、そうなれば他のメンバーもいくらか島にいることを意味する。

 そしてあのマカロフがあそこまで巨大化し暴れるということは、島に不測の事態が起きてその対処に乗り出した可能性が高い。

 さらに近づき目を凝らせばマカロフの近くに飛行する物体が見え、情報と展開から来る予測でそれが悪魔の心臓の拠点と確信。やはり楽観視はするものではない。

 そのあとマカロフは元のサイズに戻ったのか姿を消し、もうすぐ島に上陸できるというタイミングで森のある地点で眩い光が発生。

 それが戦闘の光であることは間違いないので、上陸の直前で進路変更。波を利用して魔導サーフボードの最大速で大ジャンプ。一気に光の発生した場所まで翔ぶ。

 着地とか全然考えてなかったが、森の木々の隙間に倒れるマカロフの姿を発見すればもうそんなことは関係ない。

 頭で考える前にどうにか着地したウィズは、腹で地面に落ちた魔導サーフボードを乗り捨ててマカロフに駆け寄り抱き起こすと、酷いダメージを受けて意識もなかった。

 とにかく目に見えて酷そうな怪我を見定めて持ってる道具で応急手当てをし木陰に移して寝かせたら、丁度マカロフが意識を取り戻して虚ろな目でウィズを見る。

 

「……ウィズか?」

 

「悪いじいさん。何にも成し遂げてないのに顔を合わせちまった」

 

「そんなことはよい……悪魔の心臓を追って来たのであろう。やつらは儂らに喧嘩を売った。そして儂は先に手を出した。ならばもう、お前さんが気に病むこともなかろう。ウィズ、ガキどもを……家族を守ってくれ……」

 

「……任された。んじゃ預けてたこれ、返してもらうよ」

 

 ウィズが来たことに少々驚いたようだが、悪魔の心臓の出現と関連付けてすぐに受け入れたマカロフは、倒れてしまった自分に代わって家族を守るようにウィズに言う。

 悪魔の心臓とは穏便に済ませるつもりだった。それは胸を張って再び妖精の尻尾に帰るために必要なことだったから。

 だがもうその必要はなくなった。大事な家族の危機に穏便だなんだと言ってられるほど、ウィズは温厚な性格をしていない。

 マカロフの言葉を受け取ったウィズは、ずっと預けていた自分のギルドの紋章をマカロフから返してもらってまた体に刻んでから、家族を守るために行動を開始。

 

「……メイビス。いるか?」

 

『ここに』

 

 全速で森を駆ける中で、もしかしたらと思って声をかけてみるとウィズを追随するようにメイビスが姿を現し、真剣な顔つきでウィズに耳を傾ける。

 

「家族の居場所と敵の数と強敵の分布は?」

 

『急を要する事態なため全てを把握していませんが、ギルドの仲間達はかなりバラついていて、敵もまた島全体に散らばっているようですね。幹部クラスを各個撃破していてはどこかで犠牲が出てしまう可能性は高いでしょう』

 

「あれもこれもと同時にはできない。うちの家族もそうヤワな連中じゃないし、やれることからやる。まずは拠点防衛。有事の際の集合場所を確保する。その近くに誰かいればいいが……」

 

『……あなたはとても冷静ですね。戦いの鉄則を弁えています。軍師に向いていますよ』

 

「オレにはそこまでの器量はないよ。それこそあんたの足元にも及ばない。妖精軍師」

 

 島の住人? であるメイビスなら島の状況を把握してるかもと思ったが、そんな都合の良いこともなくどうしても優先順位を決めなきゃならない。

 その冷静な判断にメイビスは自分ではどうすることもできないもどかしさを少しだけ面に出してから別行動をするためかウィズの前から姿を消してしまうが、それを咎める暇も理由もないので決定した行動を遂行するために前を見る。

 今は自分の目的など後回し。全ては家族を守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……強い。

 あまりに突然の襲撃によって冷静な判断が出来なくなっていたミラは、襲撃者アズマの卑劣な策によってリサーナを人質に取られ、時限爆弾まで設置されてしまう。

 リサーナを助けるには制限時間内にアズマを撃破するかリサーナを拘束から解放し助け出すしかないが、後者が無理と悟り試験でだいぶ消耗し残り少ない魔力でアズマの撃破に乗り出したものの、全力で撃ち込んでもほとんどダメージを与えられないまま時間だけが過ぎ去っていく。

 今の自分の限界を悟り、リサーナの時限爆弾も止められない。

 あまりの無力に涙が出そうになるが、残り20秒を切った時限爆弾を見てせめてリサーナだけでもと戦闘を放棄して拘束されたリサーナに近寄り抱きついて接収を解除。

 それにはアズマが戦えと喚くが、家族を放って戦い続けることなどミラにはできなかった。

 

「悔しいけど、今の私じゃあいつを倒すのは無理。だけど信じてる。あいつを倒せる人がギルドにいるって……」

 

「ミラ姉……」

 

 もう2度と失わないと誓った。

 自分は無理だったが、別の誰かがアズマを倒してくれる。

 そう信じてリサーナを守るミラの姿にリサーナは涙し、戦意を失ったアズマは見るに耐えんとその背中を向けてしまう。

 

「(こんな時、あなたならどうするのかしら……ねぇ、教えてよ、ウィズ……)」

 

 爆発の直前。不意にそんなことを思ってしまったミラは、ここにいるはずもない、勝手にいなくなったバカにそんな問いかけをしてしまう。

 

「よく頑張ったな、ミラ。良いお姉ちゃんになったじゃないか」

 

 目を閉じてリサーナを抱き締めていたミラにとっては、あまりに突然すぎるその懐かしい声。

 次いで頭に触れた手の感触は、何度も何度も触られた温かい手。

 褒められた時も怒られた時も、そこに込められた温かさは今も変わりなくミラの心に伝わってきて、ゆっくりと目を開けたその時にはリサーナに仕掛けられた爆弾はそのカウントをゼロにしながら爆発していなかった。

 代わりに訪れたのはアズマがいた場所で起きた壮絶な爆発。

 

「……ウィズ兄……」

 

 爆発の余波を背中に受けながらリサーナから少し離れたミラは、前を向いてボロボロ泣きながらそう口を開いたリサーナに続くように振り返ると、そこにはずっと自分達を見守り導いてくれていたとても大きな背中があった。

 

「家族を傷つけた報いは受けてもらうぞ、三下」

 

 ──ウィズ・クローム。妖精の尻尾へ復帰。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再会と決別

 どうにか間に合った。

 S級試験の時のキャンプが以前と同じ場所にあって幸いだったが、近くには悪魔の心臓の雑兵がいくらか転がっていて、少し離れた場所からは戦闘の音が響いていたので、そちらへと走っていったウィズ。

 そこで見たのは木の根のようなもので拘束されたリサーナと、そのリサーナを庇うように抱きつくミラの姿。

 そして少し離れた場所には戦っていたのだろう褐色の男が立っていて、興味を失ったのかミラ達に背を向けてしまっていた。

 ミラ達をよく見るとリサーナを拘束する根にはタイムカウントがあり、それがもう10秒を切っていたので、この手のものは爆発するのがお約束なので急いで2人へと近付き、その時に小石を1つ拾って到達。

 

「よく頑張ったな、ミラ。良いお姉ちゃんになったじゃないか」

 

 体を張ってリサーナを守ろうとしていたミラの頭をポンと触ってから、右手で根に触れて内包しているだろう爆発力を抜き取ると拾った小石に移してそれを背中を向けていた敵へと放り投げる。

 直前でウィズの存在に気付いて振り返ってはいたが、その時にはもう小石は男の目の前にまで迫って接触。

 途端に壮絶な爆発が起こって男は爆炎に包まれて見えなくなる。

 しかしこの程度で倒せるならミラが苦戦などするはずもないので、姿の見えない男に聞こえるだろう声で口を開いた。

 

「家族を傷つけた報いは受けてもらうぞ、三下」

 

 それにすぐ応える声はない。

 なら今のうちにと固まってるミラとリサーナに近寄り硬そうな根から強度を抜き取って地面に流してしまってから、持っていたナイフでサクッと根を斬りリサーナを自由にする。

 するとリサーナは泣きながらにウィズへと抱きついて「ウィズ兄! ウィズ兄!」と嬉しそうにするので、落ち着かせるように背中をポンポンと叩いてから離れると、次に俯いていたミラに顔を向ける。

 

「なんだか雰囲気変わったな、ミラ。あのツンツン不良娘がずいぶん大人しいじゃないか」

 

「…………何よ。勝手にギルドを抜けたバカが、何で今このタイミングで来るのよ……」

 

「それはまぁ、話すと長くなるから追々……」

 

 ──パァン!

 なんだか昔と雰囲気の違うミラに困惑してしまったが、唐突に平手打ちを食らったウィズはそこに込められた意味をすぐに読み取って一言「ごめん」と謝るが、キリッと睨んだミラは許してくれそうにない。

 

「今はそれだけで許してあげる。でもみんなが受けたショックがその程度の痛みだなんて思わないで」

 

「……わかってるよ。だがまずはやるべきことをしよう。話はそれからゆっくりとしてやる」

 

 再会を喜ぶような雰囲気ではなかったミラにちょっと悲しくはあったが、いつまでも話をしているわけにもいかないと真剣な顔つきに戻ると、ちょうど爆発の煙が晴れてそこからドーム状に張られた根の壁が崩れて男が出てきて、まっすぐウィズを見据えてくる。

 

「何者かね」

 

「名乗る時は自分から、だろ」

 

「失礼。私はアズマ。悪魔の心臓、煉獄の七眷属の1人である」

 

「そうかよ。オレは妖精の尻尾のウィズ・クローム。これからお前を倒す男の名だ。忘れるなよ」

 

 見るからに強そうな相手、アズマだが、全く負けるイメージのないウィズはミラとリサーナを手で下がるように促してから、自分の記憶にないほどの戦意をむき出しにしてアズマへと突撃。

 選択の恩恵によって身体能力が人並み外れてるウィズのスピードに少々驚いたようなアズマだったが、すぐに迎撃に動いて種子の爆弾のようなものを撃ち込んできた。

 並々ならない動体視力。それを生かして飛んでくる種子爆弾の1つ1つを右手で触れて爆発力を抜き取っては別の種子爆弾に入れ、それをまとめて抜き取りと繰り返して全ての種子爆弾から爆発力を抜き取ると、それを拾った小石に入れて適当な場所に放ってしまってアズマへと肉薄。

 殺気にも似た威圧感でアズマに迫ったウィズは、その右手で視覚を抜き取ろうとするも、圧倒的な存在感を持った右手に恐怖したのか大きく後退したアズマは、その額に大量の汗を滲ませた。

 

「何者だ、お前は……」

 

「さっき言っただろ。お前を倒す男だ」

 

 直前に右手の効力を見せていたとはいえ、警戒が早かったアズマにちょっと感心したウィズだが、選択の致命的な弱点に気付かれる前に勝負を決めないと勝算が落ちる可能性があったので、考える余裕を与えないよう再び接近。

 アズマは右手への警戒が強くなり意識の半分以上が右手にいっていた。

 それを直感的にわかったウィズは回避に動くアズマに右手を意識させたまま、右手でフェイントを入れて回避を誘導。即座に繰り出した左手の拳がアズマの顔面を捉えて怯ませると、畳み掛けるように右足のかかと落としで地面に叩きつける。

 当然そこで終わるほどウィズも甘くないので、跪くアズマの下顎を左足で蹴り上げて無理矢理起こすと、左手で顔を掴んで右手を振りかぶる。

 

「『五感消失(ファイブ・ダウン)』……」

 

 それはある意味で死ぬよりも恐ろしい生き地獄を与える神罰。

 1度の選択で五感の全ては抜き取れないが、左腕を中継点に右手をアズマと左腕を行き来させることでタイムロスを可能な限りなくし2秒とかけずに相手の五感を奪ってしまうウィズの必殺。

 見えず聞こえず感じず匂わず味わえず。人として持つ感覚が機能しない恐怖は実際に味わった者にしかわからないが、自分が今どうなっているかもわからなくなる恐怖は想像を絶するものだ。

 その恐怖を与えるべく右手を動かしたウィズだったが、直前で後ろからミラの「避けてっ!」の叫び声で反射的にアズマから左手を放して身体を後ろへと反らして紙一重で迫っていた横一閃の斬撃を躱し、バック転で距離を取り崩れたアズマの後ろから迫っていた新たな敵に目を向けた。

 

「あなたには重要な役目があるのでしょう。こんなところで遊んでないで任務を遂行しなさい」

 

「……助かったのだよ」

 

 その敵は抜刀した刀を鞘に納めながら、持ち直して立ち上がったアズマにそう言ってどこかへと行かせてしまい、それを止めようと動きを見せたウィズだったが、目の前の敵は一切の隙もなくウィズに睨みを効かせて動きを止めてしまう。

 

「妖精の尻尾に入ったのね。孤独なあなたが人の輪の中に入るなんて意外だったわ」

 

「……それが弟子に対してかける言葉なのか、ティア・レンドリー」

 

「ふふっ、そんな実感はないでしょうに」

 

 地面に届きそうなほど黒く長い後ろ髪をポニーテールにし、豪華絢爛な赤を主体にした着物。それを上半身部分を脱ぎ帯で止め、サラシを巻いたキツそうな女、ティア・レンドリーは、その腰に白の鞘に納まる刀を携えてウィズの首の紋章を確認して言葉をかけるが、ようやく会えた師匠に対してウィズはずいぶんと冷めた感じで接する。

 

「そうしたのはあんただろ。悪いがオレがここにいるのは偶然じゃない。ずっと探してようやく見つけたんだ。だから返してもらうぞ、オレの抜き取られた記憶をな」

 

 グッとその拳を握ってそう宣言したウィズにティアは無言。代わりにやれるものならといった雰囲気を全身から発する。

 そして事情を全く知らないミラとリサーナは、ウィズの言葉にどう反応するべきなのかと立ち尽くすが、そんな2人に振り返ることもなくウィズは言葉をかける。

 

「ミラ、リサーナ。出来るだけ休みながら拠点を守ってくれ。ここはみんなが集まるはずの場所。そこに誰かいないと苦しいからな。オレはこの人の……ティアの相手をしなきゃならない」

 

「ウィズ……聞きたいことがたくさんあるんだから、ちゃんと戻ってきて」

 

「約束か。了解した」

 

 現状、戦闘になるかもしれないティアの相手は消耗したミラとリサーナでは荷が重いと判断し、拠点の防衛を任せてティアに移動するように首で示してから森の奥へと進んでいき、ティアもミラ達に少し視線を向けたもののすぐに外してウィズについて移動していった。

 

「(自分の都合は無視したかったが、この状況で接触されたら仕方ない。ティアがどんな目的で動いていようと、妖精の尻尾に仇なす敵になるなら、全力で倒す)」

 

 移動しながらにここからどうするかを決めたウィズは、黙ってついてくるティアへの警戒を最大のまま少し開けた場所に出てから距離を開けて改めてティアと相対する。

 

「何で黙ってついてきた。消耗してるとはいえあの2人を放っておく理由もないだろ」

 

「これでも慎重な方だから。あの2人に手を出したらあなたが黙ってなさそうだったし、多対一ってのも神経使うしね。それに私、戦うのって嫌いだし」

 

「なら退け。オレも記憶さえ返してもらえれば事を荒立てるつもりはない」

 

「……残念だけどそれはできないわ。あなたに記憶が戻られると困るのよ。私の目的を果たすには、あなたの記憶は邪魔になる」

 

「なら仕方ないな。それで納得すると思ってたなら、バカにしすぎだが」

 

「そうね。割と聞き分けの良い子だったけど、これと決めたことは曲げない子だったものね……来なさいウィズ。あなたが私の前に立ちはだかるなら、この手で斬って捨てる。そう、決めていたから」

 

「ならオレは無理矢理取り戻させてもらう。あんたに奪われた、あんたとの日々の記憶を!」

 

 互いに譲れない想い、覚悟がある。

 ならばもう、どんな言葉を重ねても意味はない。

 相容れない師匠との立ち合いにウィズは心のどこかで本気になれないと思っていた。

 しかし目の前にいるティアがその目に鋭く突き刺すような殺気を秘めて自分を倒すため腰の刀に手をかけた時、退けない覚悟がウィズを本気にさせた。

 ──そして師弟の激突は始まる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妖刀と魔手

 刀は脅威にはなり得ない。

 ティアと対峙してウィズがまず思ったのはそれだった。

 いや、ウィズにとってあらゆる武器という道具は武器足り得るだけの能力を持たせないことが可能だから。

 刀ならまずは最大の攻撃力である切れ味を選択で抜き取り、次に鈍器となった(なまく)らから強度を抜き取ってしまう。それでもう刀は武器としての機能を失う。

 だからこそ臆することなくティアに突っ込めたウィズではあったが、記憶にないとはいえティアは自分の師匠であり、同様に選択の魔法を習得している。

 そのティアがどうして武器足り得ない刀を主武器にしてウィズに使おうとするのか。

 抜刀に合わせて刀に触れようとしていたウィズはその直前でその疑問が浮上し、躊躇うことなく抜刀し横一閃を放ってきたティアから出かけた右手を引っ込めて空振らせると、1度距離を取って額に流れた汗を拭う。

 

「良い判断ね。そのまま右手で刀身に触れていたら、その腕が吹っ飛んでたわよ」

 

「その刀に秘密があるのか?」

 

「これも昔教えたんだけど、やっぱり記憶から抜け落ちてるのね」

 

 刀を鞘に納めながら、そんな記憶にないことを言われてウィズも困惑してしまうが、昔教えたという刀の秘密をティアは何故か話してくれる。

 

「この刀の銘は両断刀『真刀滅却(しんとうめっきゃく)』。かなり特殊な金属を使って打たれた刀身には魔法無力化(マジック・キャンセラー)が常時展開されてる。つまりあらゆる魔法はこの刀に干渉できない。別名『魔導殺しの妖刀』」

 

 滅茶苦茶な刀だ。

 それほどの刀を何故ティアが持っているのかわからないが、問題ないと思っていた刀がどうすることもできない代物となると、クロスレンジでしか戦えないウィズにとって完全に分が悪い。

 しかも相手は自分と同様に選択の魔法まで使える魔法の師匠。魔手と呼べる右手と対魔の刀。この2つを潜り抜けてティアを倒すとなるとウィズでもかなり苦しい。

 

「何で刀のことを?」

 

「言ったでしょ。私は戦うのが嫌いだって。これでもあなたがまだ仕掛けてくるなら、今度は斬る。そうなりたくないならこの島から立ち去りなさい。去る者を追うほど私達も暇じゃないわ」

 

「黒魔導士ゼレフの完全復活。そんなものにそれほど重要な意味があるってか?」

 

「…………そうね。ゼレフが復活すれば、この世界を揺るがす何かが起きる。それほどの脅威が今、この島にあると思うとゾクゾクするでしょ? 私はその力に触れてみたいの。その圧倒的な力で全ての争いを止める。それが私の目的」

 

「それは恐怖による力での支配。そこに真の平和はない」

 

「評議院が所有するエーテリオン。これも1つの恐怖政治よ。結局のところ力には力による抑制が最も効果的なのは歴史が証明してる。だからゼレフの圧倒的な力はこの世界に必要なのよ」

 

 狂気の沙汰だと、ウィズは素直に思う。

 いったい何がティアにそこまでの結論に至らせたのか、記憶のないウィズには想像もできなかったが、平和を謳うティアの言うことはなんとなく間違ってはいないのかもとも思える。

 しかし平和というものが皆がいつも笑って生きられる世界だと思っているウィズには受け入れられない。

 力による圧政は人から真の笑顔を奪う。そんな笑顔を、自分が知る人達がするようになった世界など、見たくもない。

 

「…………だとしたらやっぱり相容れないな。世界の争いを根絶なんて不可能かもしれない。でもそんな力による支配にすがるほど、オレ達は未来に絶望していない」

 

「……あなたも、理不尽な争いで村を焼かれ親を亡くした孤児だったのに、そんなことが言えるのね」

 

「…………そのオレを拾ってくれただろうあんたには感謝すべきなんだろう。魔法を教えてくれたことにも、感謝すべきなんだろうよ。そういう優しさもある今の世界を、何で否定するんだ」

 

「……やめましょう。何を言っても私とあなたではわかり合えない。それなら戦って勝って意志を通す。悪魔の心臓にとって厄介なあなたを、倒す」

 

 これだけのやり取りではティアという女はほとんどわからない。

 昔の自分なら、記憶を奪われる前の自分ならば、今のティアに賛同するような気持ちがあったのかもしれない。

 だが記憶を奪ったということは、きっとティアと衝突するようなことがあったのかもしれない。今のように、ティアの目の前に立ちはだかったのかもしれない。

 何もわからない自分に腹が立ってくるが、奪われた記憶はティアが持っている。

 ならばたった1度。左手でティアに触れることさえできれば、選択のリセットでティアの中の奪われた記憶を取り戻せる。

 そうするためにはティアを倒さなければ不可能だろう。だから踏み込まねばならない。あの魔手と妖刀の待ち構える死のクロスレンジへと。

 

「…………ふっ」

 

 2つを完璧に潜り抜ける策などない。

 元々身体能力の強化はティアにも適応されているから、能力的には五分。それに妖刀があるティアにわずかに分があるが、一太刀目を躱すことさえ出来れば刀を振れない超至近距離まで行き五分の勝負に持っていけることを意味する。

 集中するのはティアの抜刀のタイミング。そこさえ見切れば躱せる。

 短く息を吐いて再度ティアへと突っ込んだウィズは、鋭く抜き放たれた真刀滅却を下に躱して左手を伸ばし記憶の奪取に挑んだ。

 が、鋭敏な反射神経が視界の横に消えたティアの左腕が元来た軌道を戻ってくることを感じ取り、咄嗟に右手でナイフを抜いて迫った真刀滅却の刃に当てて直撃を逃れるが、意図も簡単に砕けたナイフに驚く暇のなく横っ飛びから即座に立ち上がり刃を無くしたナイフを投げ捨てる。

 あまりに強引な技だった。

 抜刀によって加速した腕を振り切る前に止めて即座に切り返して振るってきたのだ。

 選択による身体能力の向上。それ任せの力技だが、それができてしまうだけの強化には同じ恩恵を持つウィズも納得がいく。

 あれほどの剣撃をタイムロスなく振られると接近も糞もない。だが力技は強引な技だから力技なのだ。それを永遠に振り続けられる人間は存在しない。

 そう考えてティアに今のを使わせ続ける持久戦に持ち込もうと決めた直後に今度はティアから抜刀したまま接近してきて、こちらから攻める前提で動くつもりだったウィズはこれに対応が後手となる。

 刀は普通、両手持ちが基本だが、ティアはそれも常識外れの左腕1本で振り回す。これは選択者として理にかなった形で、こうして右手が空くことで選択の使用も可能になるのはウィズとしては最もやりづらい戦法。

 とにかく攻めに転じたティアは厄介極まりなく、木の棒でも振るように速く振るわれる真刀滅却は躱すので精一杯。

 よしんば接近のチャンスができても右手の魔手が待ち構える二段構えは遠距離攻撃もなく主導権を握れないウィズでは鉄壁に近い。

 

「(ヤバイ……このままだと押し切られる……)」

 

 どんどん踏み込んでくるティアに後退しながらの回避しかできないウィズは、段々と悪い体勢になりつつあることを感じて大きく距離を取りたかったが、強く踏み込む隙さえない猛攻についに足がもつれる。

 それを見逃さずここぞとばかりの鋭い振り下ろしで転びかけるウィズに容赦なく斬り込んだティアの剣閃は、無情にもウィズの身体の中心を走った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

結末は唐突に

 確実に死んだ。

 絶対不可避の剣撃。もつれた足では何もかもが間に合わなかった。

 右肩に食い込んできた真刀滅却の刀身はそのまま袈裟方向に振り下ろされていき、身体に致命的なダメージを与えようとする。

 だがウィズは後ろへと倒れかけていた身体を真刀滅却の辿る軌道と同じ方向に同じ速度で捻って胸に到達していた刀身をやり過ごしてうつ伏せで倒れる。

 これが完全な真下への振り下ろしであったなら、この回避も意味を成さなかった。全てはこのタイミング、この角度で振り下ろされたから可能だった奇跡のような回避。

 しかし肩から胸にかけてを斬られたウィズは痛みと出血で意識が飛びかけるが、再び真刀滅却を振り上げたティアを見るより早く転がってその太刀を回避し飛び上がるように立ち上がって20センチはある切り傷を破けた服で気休め程度に止血。

 致命的なダメージではないが、血が止まらないと危ないのはなんとなくわかったので、この戦いもチンタラしてられなくなった。

 

「その傷じゃ持って5分ってところね。命乞いして島から出て行くなら、手当てして逃がしてあげるけど?」

 

「……優しいんだな。だがそんなことするつもりはない。5分? そんだけあれば十分だろ。今からあんたの妖刀と魔手を攻略する」

 

 余裕など全く見えないウィズの姿に最終警告のようなことを言うティアだったが、そんな状態でも不敵に笑ってみせて自分を倒すと言うウィズに、心底驚いた顔をする。

 ハッタリなどではない。

 ウィズは本当にティア攻略の手段を思いついた。そのきっかけは今の攻防。

 自分の言葉にティアが思考を巡らせる前に動き出したウィズは、ハッとしながら迎撃に動いたティアの全ての動作を並み外れた動体視力で見切る。

 1度大きくバックステップしながら納刀しすかさず抜刀。

 煌めく剣閃は寸分の狂いもなく横一閃に振るわれてウィズの左側から迫るが、その真刀滅却にのみ集中したウィズは右手を添えるように軌道に乗せ、当たる瞬間に右手を引いて刀身に優しく触れると、親指と中指、人差し指で刀身を掴んで止める。

 白羽取り。選択による恩恵がなければ不可能だったその離れ技には、さすがのティアも驚愕でその動きを止めるが、ここでウィズはサッと刀身を止めていた指を鍔の根本まで走らせて鍔を掴むと、人体の構造を利用して力の入らなくなる方向に捻ってティアから真刀滅却を手放させる。

 その真刀滅却を慣れた手つきで回して柄を握り、思わず距離を取ったティアにその刃の先端を向ける。

 

「これで形勢逆転、か」

 

 自分でも驚くくらい手に馴染む真刀滅却に恐怖すら覚えながら、それでも優勢となった状況は好機以外の何物でもない。

 

「…………まだよ」

 

 真刀滅却を失ったティアは少しだけ諦めた表情を浮かべたものの、すぐにそれを消して腰に差す真刀滅却の鞘を抜き左手に構える。

 

「特殊な金属ではできてないけど、この鞘も十分その刀と打ち合える」

 

 あくまで真刀滅却への対応として構えた鞘だが、こちらは選択の影響を受ける。強度さえ奪ってしまえば木の棒同然。

 それでも一分の隙もなく構えるウィズは、おそらくティアに教え込まれたのだろう剣術を体の覚えるままに動かして突貫。

 先ほどのお返しとばかりに筋力任せの剣閃でティアへと迫ったが、冷静なティアはそれをことごとく鞘で打ち落としてカウンターの右手を差し込んでくるが、ウィズも負けじと紙一重でそれを躱す。

 選択者同士の接近戦はたったの一手で決着する。

 触れられたが最後、視覚から始まって雪崩のように五感を奪われていき文字通り手も足も出なくなってしまうからだ。

 だからウィズはその勝負をする距離よりも確実な真刀滅却での決着が効果的だと確信していた。

 しかしティアレベルの魔導士に手加減などする余裕はなく、そうなるとほぼ確実にティアを斬ることになってしまう。下手をすればそのまま……

 相容れなかったとはいえ、自分を鍛えてくれた師匠。やはりその結末にはどうしてもためらいがある。

 そんなウィズの内心を敏感に感じ取ったのか、ティアは深いところに踏み込んでこないウィズに怒りを露にする。

 

「とんだ甘ちゃんね! 殺してでも止める覚悟もない人間が、私の前に立ちはだかるなんてふざけるのも大概にしなさい! 私はもうそんな覚悟で止まるほどなりふり構ってないのよ!!」

 

 至近距離からの怒声はウィズの動きをほんの少し怯ませて、その隙を逃さずに鞘での殴打を脇腹へと打ち込んで胸の中心を鋭く突いて吹き飛ばす。

 肋骨が折れ、呼吸も一瞬止まって血が込み上げて吐き出してしまうが、ギリギリ踏み留まったウィズだが、そこに畳み掛けるように一番強い殺気を持って迫ったティア。

 もう、ダメだ。

 本気の本気で殺そうとしてくるティアに、真刀滅却の刃の先を向けたウィズは、一切の躊躇なくその刃をティアへと突きつけた。

 それはティアレベルなら、選択の恩恵による動体視力を以てすれば確実ではないが避けられた一撃だった。

 しかしティアはウィズの一撃を鞘で弾くこともなく正面から受けてその心臓を貫かれ、ウィズにもたれ掛かってその動きを止めていた。

 

「…………おい、ティア……」

 

「……………………『これでいい』」

 

 ──意味が、わからなかった。

 今の今まで自分を本気で殺そうとしていたティアが、自らが刺されてこれでいいなどと、いいわけがない。

 

「…………あなたは優しいから……こうしないと私を……殺せないからね……」

 

「なんだよそれ……意味がわかんねぇよ……」

 

「痛くしてごめんね……本当は、心が引き裂けるくらい辛かったけど……最後まで心が持ってくれて良かったわ……」

 

 ウィズに抱かれるようにもたれ掛かるティアは、かすれた声でそう言いながら自らの身体に左手で触れてから、その手でウィズの背中に触れる。

 それは選択のリセット。失われた記憶を戻すことを意味する。

 何もかもわからないままそうして記憶を戻された瞬間、ウィズは走馬灯のように全身を駆け巡ったティアとの日々の記憶を認識して、ゼロコンマ数秒の間に全てを思い出す。

 

「……あ……あああああああああああああ!!!!」

 

 全てを思い出した時、ウィズは絶叫した。

 何故ティアが自分から記憶を抜き取り、こんなことをしたのか、その全てが記憶の中にあったから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

選択者の宿命

 X771年。

 とある片田舎にあった小さな村。

 そこにウィズ・クロームは優しい両親と一緒にこれといった不満もなく幸せに暮らしていた。

 だがある日、食料や金品に飢えた賊が村を襲い、女は奪われ、逆らう者は殺され、あらゆる物を略奪し村は焼かれた。

 ウィズはその時、両親の機転によって近くの森に逃がされて難を逃れていたが、一夜明けて焼かれた村に戻ったウィズは、そこにあったたくさんの返事なき人達を見て泣くこともせずに地面を掘って1人1人埋めてお墓を立てていった。

 

「野蛮な賊に襲われたのね。可哀想に」

 

 そんな時だった。たまたま近くを通りかかったティア・レンドリーと、ウィズが出会ったのは。

 ティアは1人生き残ったウィズと墓に、まだ埋められていない人達を見てから、何も言わずに手伝いを始めて、不思議な人だと思いながらウィズは何も言わずにそれを受け入れた。

 

「これからどうするの?」

 

 埋葬を終えてから、ただ墓の前に立つウィズにそんな問いかけをしたティアは、まだ小さな子供を放っておけないといった雰囲気でウィズを見る。

 

「……新しい家を探さないと」

 

「……切り替えが早いのね。子供らしくなくて怖い感じ」

 

「泣いてみんなが生き返るなら、いくらでも泣くよ」

 

「じゃあもし、この村みたいなことにまたなった時、君はどうする?」

 

「オレにはどうすることもできないよ。仕方ないんだ」

 

 冷めた子だと、この時のティアは思っただろう。

 しかしティアはそんなウィズに可愛く頬を膨らませて頭にチョップを振りかざすと、割と痛かったそれに頭を擦りながらティアを見上げれば、真剣な顔つきでまっすぐにウィズを見てきてちょっと物怖じする。

 

「そんな簡単に諦めるな。もしそんな時がまた来たら、今度は全部守ってみせろ。男の子なら強くなれ」

 

「強くとか、どうやって」

 

「ふふん。これでもお姉さん、結構強いのよ。もしやる気があるなら、私が戦い方を教えてあげる。素養と覚悟があるなら、それを最大扱える『力』も与えてあげるわ」

 

「…………お姉さんって、何してる人?」

 

「これは秘密なんだけど、実はお姉さん世界の平和を守る『正義の味方』をやっているのですよ」

 

「…………」

 

 元々、世話焼きなところがあったティアは、天涯孤独となったウィズの面倒を買って出たが、なんの恥じらいもなく正義の味方とか言うティアに真顔になってジト目で見てしまった。

 それがティア・レンドリーとの日々の始まり。

 

 ティアの指導は割とスパルタ方式で、自給自足で流浪の旅をしながら、その合間でとにかく組み手。

 毎回ぶっ倒れるまで続く特訓に始めこそあんまり乗り気ではなかったウィズだが、ちょいちょい「男の子なのにだらしない」だ「女に負けて悔しくないのか」だと嫌味なことを言われてはスルーもできないので、その度にムキになっているうちに日課になっていた。

 そんなことが半年ほど続いて、特訓でぶっ倒れることがなくなった頃に、ウィズを見定めていたティアは唐突ではあったがある1つの魔法を伝授する提案をしてきて、魔法の素養はあったウィズも魔力を扱えるようになるならと話を聞く。

 

「私が教えられる魔法は選択。これを扱うためには必要な条件が1つ。それは私と同じ『正義の味方』であり続ける覚悟があるかどうか。冗談じゃないわよ。その覚悟がない人に、この魔法は割に合わないほどの足枷をはめることになる」

 

 これまでの旅でティアが言う正義の味方が単なる自称などではないのかもと思えていたウィズ。

 何故なら行く村、街で困ってる人を見れば必ず話を聞いて、どうにかできることなら解決して回っていたから。

 選択という魔法もすでに何度も見てきたからなんとなくどんな魔法かもわかっていたが、それほどの覚悟で扱っていたことを初めて知って少々驚いた。

 しかしいつしかそんなティアに憧れて背中を追っていたウィズは、自分もそうなれるというなら願ってもないとその問いに対して首を縦に振る。

 

「その覚悟でいつか、私を殺すことになっても、ためらったらダメよ」

 

「そんなことにならないだろ。だってティアは正義の味方。そんな人を殺すなんて意味がない」

 

「…………そういうことじゃ、ないんだけどね……」

 

 おそらくはそのくらい覚悟がないと教えてくれないという意味だと当時は思っていたウィズはその意思を揺るがせなかったが、ボソリと呟いたティアはそれからいつもの調子になって了承すると、選択を扱うための誓約の儀式をウィズと行なう。

 腰に差した真刀滅却を抜き、それで自らの腕を軽く斬ったティアは、次にウィズの腕も同じように軽く斬って、それで流れ出た互いの血を刀身に垂らして混ぜ合わせると、それをウィズに飲ませる。

 血を飲むという行為に抵抗はあったものの、必要なことならと極少量のそれを味わうこともなく飲んだウィズだが、その後に訪れた全身を襲う激痛に意識が保てなくなる。

 

「選択に与えられた恩恵よ。身体能力が強化されるんだけど、内側から作り変わるから痛みが伴うの。だから話はその痛みが引いてから。今は寝なさい」

 

 その言葉を最後まで聞くかどうかでウィズは意識を手放したが、次に目覚めた時には痛みも引いて自分の身体が根本から変わっていることが感覚的にわかった。

 それからティアによる選択を使う上での誓約を聞かされたウィズは、選択以外の魔法を使えなくなったことを素直に受け入れて、飛躍的に向上してしまった身体能力に心が追いついてないチグハグな状態を克服するためにひたすら組み手を繰り返していった。

 

 X776年。

 ウィズが15歳になった年に、ようやく真刀滅却による剣術指南で合格点をもらえた。

 ティアの教える剣術は何か型を覚えるようなものではなく、ただ鞘から抜いて一閃に振り抜く。これこそが重要だと、打ち合いもやりつつでこの抜刀だけは欠かさずにやらせてきた。

 ウィズも物事の善悪や世界を理解できる歳になったと判断したティアは、ある日の夜に自分達に課せられた宿命についてを話し聞かせた。

 

「私達……選択を扱う者は代々、この世界の巨悪を討つ役目を担ってきたの。世界を揺るがしかねない存在を討ち倒すために、選択とこの刀を受け継いできた。以前話したけど、この真刀滅却の刀身には魔法無効化が施されているわ。でもこれを選択者が扱う場合は違う」

 

「でもティアもオレも使ってるけど、特別何か起きたりしたことはないよな」

 

「そりゃそうよ。だって今の私達は選択者であって選択者じゃない。完全には選択という魔法を会得していないのだから」

 

 会得していない。それはどういうことなのか。

 何を以て魔法の会得とするかなど、その人の裁量でしかないようにも思えるが、ティアの言う未完の魔法はおそらく文字通りの意味を持っているのだ。

 つまり選択という魔法にはまだ秘密がある。

 

「今の真刀滅却はその真の力を魔法無効化という殻の封印によって隠している状態。この封印を解くには、ある厳しい条件があるのよ。何百年もの選択者の歴史の中でも真刀滅却を解放状態で振るったのは片手の指で数える程度しかいない。でもそれを振るった人達は皆、世界の大いなる危機を救った。影ながらだけどね」

 

 その選択者の真の力とやらが相当に凄いのは自慢気に話したティアを見れば十分にわかった。

 それだけの力を秘めているなら、その封印とやらはよほど厳しい条件を満たさないと解けないのだろう。

 

「で、その封印の解き方は? それを教えるから話してるんだろ?」

 

「……そうね。私達の代ではこの封印を解くことはないかもしれないけど、これは選択と真刀滅却の力を継承するために必要なことだから、それをウィズがちゃんと理解できる歳になるのを待った。だから納得しなくてもいいから理解しなさい。そしてもしも封印を解く時が来たら、迷わずに実行して」

 

 ずいぶんな前置きだなと思った。

 ティアが真剣な顔つきでここまで言うからには、ティアとしては封印を解きたくないと思ってて間違いなさそうで、その凄みにちょっと引きつつ首を縦に振ったウィズに、自分を落ち着けてからティアは重い口を開いた。

 

「真刀滅却の封印を解くには……血を分けた選択者の心臓を真刀滅却で貫き糧にする。つまり、命を代償にして封印は解かれるの」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚醒は別れの証明

 選択の誓約は少々重いなぁと、以前からちょっと思っていた。

 選択で他者の命を抜き取ったり、選択以外の魔法を使ったら死んでしまう。その代わりに身体能力の強化はついてくるが、それにしてもだ。

 選択自体、それほどの誓約をかけて使うには万能性はないし、ほとんどクロスレンジ。その手が届く範囲でしか戦えないに等しいのは魔導士としては結構な痛手。

 その重い誓約の謎が今、解かれようとしていた。

 

「命を、代償に?」

 

「そう。私達で例えるなら、私がウィズを、またはウィズが私を真刀滅却で心臓を貫いて殺すことで封印は解ける。そして選択の魔法も今の段階から昇華する」

 

 あまりに衝撃的な話に、開いた口が塞がらないウィズだが、質問はあとで受け付けるといった雰囲気で話を続けるティアにウィズも色々とあったが口を閉じて黙って聞きに徹する。

 

「封印を解かれた真刀滅却はまず、その所有者が持った時にのみ任意で魔法無効化が解除できるようになって、選択の魔法は真刀滅却を通じて変化し刀身に作用する。その効力は『あらゆる因果や概念、形なきものだけを断ち切る』。抜き取るのではなく、断ち切ってこの世界から消滅させるってこと。その原理は選択と変わらないから、そのものに対する最低限の理解は必要だけど、その威力が絶大なのはわかるわね」

 

 つまり真刀滅却は傷つけることなくその斬りたいものだけを斬れる刀へと変化するということ。

 そしてそれで斬られたものはこの世界から消滅する。

 だからティアは真刀滅却を扱う上で抜刀術に重点を置いていた。当たれば文字通り必殺。その太刀を相手は防ぐことすらできないのだから、当てるためだけに極める最速の抜刀術というわけだ。

 だがそれほどの大魔法。当然その上でも代償はあるらしく、ティアからそれを聞いて多用もできないことを知ったウィズは、まだ聞いていない選択の強化についてに耳を傾けた。

 

「選択もまた扱い方に種類が増えるわ。これはオールレンジ対策に使えると思うけど、右手で選択して抜き取ったものを左手から放出するカウンター魔法。相手の魔法をそっくりそのまま返すことも不可能じゃないと思うし、接近戦でも相手の打撃力を右手で抜き取って左手に乗せて返せば、自分の力が必要ないカウンターも理論上は可能。でもどんな魔法にも限界はあるから、それを抜き取って返せるかどうかは感覚で理解するしかないみたい」

 

 要するに選択という魔法はこの封印を解いた状態に対しての誓約がなされている。

 だから封印状態では誓約が重く感じてしまうわけだ。

 これがいつからそういう魔法になったのか、或いは始めからそういう魔法だったのかはわからないが、生み出した魔導士はきっとろくでもないバカ野郎だったことには間違いない。

 人の命を糧にして強くなる魔法など、闇魔法と変わらない。

 そんなものを扱って『正義の味方』などと笑わせる。

 

「命を代償にした力なんて……」

 

「ウィズの言い分はもっともよ。でもね、世界を揺るがしかねない脅威というのはそれくらいの代償を支払わないと討つことはできない。世界というものから見れば、ひと1人の命で救われるなら……」

 

「命に高いも安いもないだろ!」

 

「…………そうだね。ウィズは正しい。そうやって命の尊さを忘れないことは大事よ。でも私はあなたに選択を教える時に言ったわ。私を殺すことになってもためらうなって。選択は生涯で1人にしか継承できない。真刀滅却が継承の段階で混ざった血を覚えるから誤魔化しが利かないの。だからその時が来たら後世に選択を残すために糧となるのは師匠の役目。納得しろなんて言わないわ。それでも討たねばならない巨悪が現れた時、選択の真の力が必要になったら私を殺しなさい」

 

 ティアがどんな覚悟で自分に選択を継承したのか、ここで初めて真に理解したウィズは、自分が死ぬ決意を固めるティアと正面から向き合えなかった。

 本当にいつかその時が来ても、自分はきっとティアを殺せない。

 ティアは自分を救ってくれた恩人で、目指すべき目標で、何よりも大好きな人だから。

 

「……まぁ、そんなことにならないのが1番だし、長い歴史でそうしなきゃならなかったのが片手の指で数えるくらいだったってことが言えるわけ。実際、私と師匠の代もその前も前も、その必要がなく今に至ってる。だから私を殺したくないなら、正義の味方であり続けなさい。世界の脅威を芽が出る前に摘むことが出来れば、その可能性だってぐっと低くなるんだから」

 

 自分が死ななきゃならない話で、ウィズ以上に心穏やかなティアは少々異常にさえ思えるが、師匠として情けない姿は見せたくなかったのだろう。

 ウィズの顔に優しく手を触れながらニコッと笑ったティアは、そんな日が来ないことを願いつつ各地を旅するその思いを吐露し、ウィズもそれに改めて理解を示して選択者としての重責を一緒に背負った。

 

 翌年の冬頃だったか。

 フィオーレという国に数ヶ月ほど滞在していたウィズとティアだったのだが、この国には400年前に存在していた黒魔導士ゼレフを盲信する怪しげな組織があり、情報収集を重ねることでそのゼレフが不老不死でまだ生きているかもという。

 中でも闇ギルドの悪魔の心臓と冥府の門(タルタロス)がゼレフに近づく動きをしているらしく、ゼレフの生死についてを調べ上げたティアは本当にまだ生きているという確信を持つ。

 そのためにイシュガルの四天王とかいうお偉いさんに会ってきたとかいうティアのさりげなさは物凄いのだが、ゼレフと一緒にアクノロギアというもう1つの脅威も消えていないことを聞いてきた。

 今はまだ何も起きてはいない。

 しかしそれは脅威がくすぶって表面に出てきていないだけ。

 いずれゼレフを追う悪魔の心臓や冥府の門が影響を与えて何かが起きるかもしれない。

 ゼレフもアクノロギアも遥か昔に国を滅ぼすほどの災害をもたらしたとされる巨大な脅威。

 

「ゼレフを討つわ。そして出来ればそれと同じくらいの脅威かもしれないアクノロギアも」

 

 そしてティアの出した結論はそれだった。

 巨悪を討つのが選択者の宿命。

 それを考えれば至極当然の流れだったが、ウィズはそれに反論した。

 何も起きてないならこれからも何も起きない。

 そんな楽観的な考えを口にしたウィズを、ティアは一喝した。

 これから先に何も起きないなんて保証もない。その時になってあの時ああすれば良かったと言ってももう手遅れだと。

 ウィズだってそんなことはわかっている。わかっていてそれを口にしたし、ティアもそんなウィズの内心を理解して怒っている。

 だからティアはこうなることも考えていたのだろう。

 絶対に真刀滅却の封印を解かない姿勢のウィズに対して、不意打ちの鳩尾へ一撃。

 手加減なしのそれにはウィズでも身動きが出来なくなるレベルで、倒れて動けないウィズをそっと抱き締めたティアは、別れを惜しむように耳元で口を開いた。

 

「大好きよウィズ。ずっと孤独だった私と旅をしてくれて、ありがとう」

 

 今にも泣きそうなその声に、ウィズも涙を禁じ得なかった。

 ティアがもう何をするつもりかはウィズにもわかった。

 わかったからどうにかしようとティアを引き剥がしにかかるが、両手を上手く封じたティアはゆっくりとウィズから身体を離して、その右手でウィズの身体に触れて『自分と過ごした日々の記憶』を抜き取り自らに取り入れてしまう。

 その瞬間、ウィズは叫ぼうとした。したのだが、ティアの右手が身体を通過した時にはもう、何で叫ぼうとしたのかわからなくなっていて、目の前で立ち上がり離れた女を認識できず呆然とする。

 そんなウィズにメモを記した紙を投げ渡した女は、さっきまで泣きそうになっていた顔など微塵もなくして冷徹な表情でウィズを見る。

 

「私はティア・レンドリー。あなたから大切な記憶を奪った女。それを取り戻したいなら、追ってきなさい。私の目的は全て『ゼレフへと至ること』」

 

 何が何やらなウィズは唐突な話にどうすればいいかまとまらなかったが、それだけ言ったティアと名乗った女はどこかへと行ってしまい、整理するように記憶を辿って初めて記憶にぽっかりと大穴が空いていることに気づき、慌ててティアを探したが、その時にはもうティアの姿は影も形もなかった。

 残されたメモには自分に秘められた魔法の色々やティアと自分との簡潔な間柄だけが書かれていて、未だ頭の中がぐちゃぐちゃなウィズは、何故か痛む腹を押さえながら意識を手離した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降ってきた。

 村を焼かれ、親を殺された時も泣くことはなかったウィズだが、自分の手の中でどんどん冷たくなっていくティアから真刀滅却を抜き、必死に止血を試みている時には涙を流していた。

 そんなウィズの姿を虚ろな目で見たティアは、そんな顔をさせてしまったことに罪悪感を覚えながらも、その最期の使命を遂行する。

 選択者として、弟子に残す最期の言葉。

 

「これは……私が選んだ道……だから泣かないで。あなたにはまだ、やるべきことが残ってる……ゼレフを……倒しなさい。アクノロギアを……倒し……なさい……」

 

「黙っててくれティア! 血が止まらないから!」

 

「私は……幸せだったよ。ウィズと過ごした思い出が……私の何よりの宝物……あなたの記憶からも……幸せな気持ちがいっぱい伝わってね……嬉しかったな……」

 

「だから、喋らないでくれよ!」

 

「…………行きなさい、ウィズ・クローム。戦いはまだ、続いてる……あなたにはもう……私よりも大切な家族が……いるでしょう。守りなさい……そのために教えた力と技術なん、だから……」

 

 もう、目も開けてられなくなったティアは、弱々しい手でウィズの顔付近に手を持っていくと、止血をしていたウィズはその手を握って顔へと触れさせる。

 

「…………愛してるわ。だから……あなたは精一杯……生き……」

 

「…………オレも大好きだよ、ティア」

 

 応える声はなかった。

 顔に触れる手にももう、一切の力が加わっていない。

 だがその顔はとても穏やかな表情をしていて、なんとなく笑っているようにも見えた。

 

「…………メイビス」

 

 あまりに突然の出来事に冷静になれていなかったウィズだが、ティアの死を受け入れた時に今まで感じたこともない鋭い感覚で近くにメイビスの存在があることを認識。

 その声に応じて無言で近くに姿を現したメイビス。

 

「……状況は、どうなってる?」

 

『……大変危険な状況と言えます。敵の中に天狼樹を倒そうとする者が。そうなると加護を失ったギルドの者達から死者が出るかもしれませんし、加護を逆に利用されて力を抑制されかねない可能性も』

 

「わかった。それでもやれることからだ。今1番近い敵意がキャンプに近い。そっちから片付ける」

 

 基本的にどこにでも行けるメイビスの状況報告と経過予測でどうするかを決めたウィズは、落ちていた真刀滅却と鞘を拾って納めると、それを腰に差してティアを抱き上げて移動を開始。

 泣くのは全てを終えた後。

 ティアから受け継いだ力は、いつか来るかもしれない危機から大切なものを守るためのもの。

 それをいま振るわなくてどうするのだ。

 涙と悲しみは雨が流してくれた。ならば走れ。一刻も早く、大切な仲間のもとへ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真なる力は巨悪と出会う

 ゴゴゴゴゴゴ……

 島全体を揺るがすほどの地響きを上げながら、島の中央にそびえた天狼樹が根元から倒れていく。

 キャンプ地を目指して走っていたウィズの目にもそれはハッキリと見えていて、その瞬間から身体の力が抜けるような感覚が襲ってきて足がもつれそうになる。

 メイビスの説明からして天狼樹の加護とやらがなくなり、さらに力を奪われてしまっているのかもしれない。

 自分がそうなら他の仲間も同じような状態になっているはずで、こんな状態で戦闘などままならない。

 だがギルドの者だけに与える加護とやらがどうやって自分達を識別しているのかに疑問が沸いたウィズは、すぐに首にある紋章くらいしかないことに辿り着き、見えてきたキャンプ地に突入してから交戦中と見られる空間に割って入り立ち止まる。

 着地したのは敵らしきリーゼントと眼鏡の男と力なく地面に這いつくばるフリードとビックスローの間。

 フリード達の後ろにはキャンプのテントがあって、そこには同じように力なくよろめくミラ達と寝かされているエルフマン達。

 

「……ウィズ・クロームなのか……」

 

「こりゃたまげたぜ……」

 

 そんな自分を見てフリードとビックスローは驚きと喜びを含む声を上げたが、そちらに反応するのは後回し。

 突然現れたウィズに少し戸惑っていた敵を一瞥(いちべつ)して、キャンプにティアを寝かせてから、右手で紋章を抜き取って倒れるフリードに一言「ちょっと預かっててくれ」と紋章を預かってもらい、倒れた天狼樹の影響下から抜け出すと、フリードと、ビックスローを両手で後ろに投げ飛ばしてミラ達に受け止めさせ最前線に立つ。

 

「ミラ、敵の魔法はどんなものだ?」

 

「……自分の思ったものを具現化させる失われた魔法みたい」

 

「具現化の魔法。グレイの造形魔法の原型みたいなもんか」

 

 ここでようやく敵と相対したウィズは、悠長に待っていた敵がそういった考察をしたところでわざわざ説明をしてくれて、具現のアークとかいう結構なんでもありな魔法だとか自慢気に話すが、ここで重要なのはウィズが相手の魔法に理解を得られるかどうか。

 それをクリアしたウィズはその腰に差した真刀滅却に手をかけて構えると、敵はティアと真刀滅却にも気づいていたらしくペラペラと話し出す。

 

「お前が抱いていた女。ティアは剣術だけで俺達と並び立つまでに上り詰めてきた謎の多い女だったが、まさかやられて武器まで取られる愚か者だとはね」

 

「お前がティアを語るなよ」

 

 何がおかしいのか笑いながら話す敵に怒りを禁じ得ないウィズはたったそれだけの言葉と威圧だけで敵を圧倒。

 ウィズの威圧に当てられた敵はとんでもない恐怖を感じたのか、途端に警戒する素振りから例の具現のアークとやらで2体の禍々しい悪魔のような巨人を作り出しウィズに仕掛けさせる。

 見るからに強靭な2体の巨人は左右から迫ってその拳を叩きつけてきたが、ウィズはその1つを右手で受け止めて撃力を抜き取り、即座に左手を当てて抜き取った撃力をぶつけて迎撃。

 それをほぼ同時に2体に行なって吹き飛ばすと、意味がわからない現象を目にして動きの止まった敵を見据えて真刀滅却に改めて手をかけ最速の接近から最速の抜刀術で真刀滅却を抜き放ち敵を一閃。

 今のウィズは感覚で動いていた時と違って、ティアから教わったものの全てを思い出し、理解した上で刀を振るっている。

 その違いは目に見えるレベルであるのは言うまでもない。

 敵の横を駆け抜けた先で2、3度真刀滅却を振ってから鞘にゆっくり納めたウィズは、もう後ろを見ない。

 確実に斬られたと思った敵は少し固まっていたのだが、傷1つない身体を見て大笑いすると、倒れていた巨人達を起こしてウィズに仕掛けさせたが、巨人はウィズへと接近する途中でその存在が幻であったかのように消えていき消滅。

 それには敵も驚愕し具現のアークで何かしようとしていたが、一向に何も起きないことに混乱する。

 

「無駄だ。今オレが斬ったのはお前が習得した具現のアークという魔法概念。それがなくなった今、お前はもう2度とその魔法を使えない」

 

「そ、そんな馬鹿げたことがあってたまるか! くそっ! くそっ! くそっ!」

 

 名前も知らない敵ではあるが、自らの力の根源を絶たれた魔導士の脆さは見るに耐えない。

 悪態をつく敵に振り返って歩いて近づいていくウィズに、ついにうろたえ始めた敵は後退りをするもつまずいてコケて、命乞いでもするようにウィズに言葉をかけるが聞く耳持たないウィズは無抵抗な敵に全力の右拳を振り下ろして一撃で仕留めると、呆然とするミラ達の元へと歩いていき、全員がまだ無事なことに改めて安堵の息を吐いた。

 

「全員無事で良かった……」

 

 その安堵から今まで気合いだけで動いていたウィズは、それだけで止めていた出血がたたってそこで力尽き倒れてしまった。

 次にウィズが目を覚ました時には、自分の顔を覗き込む青い髪の少女の顔が目の前にあって少々驚くが、自分の身体の傷がある程度治癒された上で措置がされていることに気づき身体を起こすと、さっきはいなかったマカロフが隣に寝かされていて、力が戻ったらしいミラ達が一斉に自分を見てきて、ナツやカナの姿もあった。

 まだ姿の見えない仲間達もいるが、誰がこの島に来てるか把握してないウィズは、ここにいない仲間をミラ達に尋ねながらフリードに預けていた紋章を戻す。

 それによるとあとはエルザとグレイに、新顔のジュビアとか言う子だけがいないようで、ギルダーツもいるらしいがあのおっさんは心配するだけ無駄なのでいいかと楽観。

 悪魔の心臓の幹部、煉獄の七眷属も4人までは撃破を確認したとのこと。

 あと3人かと思いつつ、ギルダーツが戦ってるっぽいブルーノートも撃破してる前提で考えてあと1人、ギルドマスターであるハデスも残ってることと最大の脅威の存在を念頭に立ち上がったウィズは、再び真刀滅却を携えて行動しようとするが、やはり皆、ティアの亡骸が気になるのかウィズを見てくる。

 

「全部終わったら話す。その人はちゃんと弔ってやりたいから、少しの間そこで寝かせてやってくれ」

 

「おいウィズ。マスターハデスをぶっ倒しにいくんだろ? だったら俺も行くぞ」

 

 状況は落ち着きつつあったものの、まだ安心してもいられないため、ウィズの言うことはもっともと仕方ない雰囲気が出るが、ナツはそんなウィズについてくるようなことを言って、それに賛同するように新顔のルーシィとウェンディも立ち上がった。

 

「お前らはまずエルザ達と合流しろ。オレはちょっと別行動でやることがある。オレにしかできないことだ」

 

「あの、ウィズさん。別行動はいいんですけど、その後は一緒にマスターハデスを倒してくれますよね?」

 

「ああ。必ず合流する」

 

 まだ余力を残して動けるメンバーはどうやらナツ、ルーシィ、ウェンディくらいのようで、油断もできない状況なのでここを守る人員としてフリードとビックスロー、ミラ、リサーナは残して燃えてきたナツ達と別行動で移動開始。

 ハデスのいるだろう戦艦に向かったナツ達とは別に、この島の酷く淀んだ場所を超感覚で探ってみたウィズは、まだいくつかあるその中で特にドス黒い場所に狙いを定めて全速で駆ける。

 道中、そこだけが朽ち果てたような生命の死滅した場所を発見し足を踏み入れたウィズは、そこで横たわる男を見つけて近寄り様子を見ると、すでに息はなく目立った死因が不明だったが、近くにもう2人、横たわる少女がいたのでそちらも確認すると、2人とも気絶しているだけのようでひと安心。

 一応木の傍に寝かせておいたが、見知らぬ青い髪の少女にギルドの紋章があったので、この子がジュビアに違いないかと確信し、もう一方には悪魔の心臓の紋章があることから煉獄の七眷属である可能性があった。

 放置もできなかったが、少しずつ遠ざかる淀んだ気配も追わなきゃならないため、2人を改めて離して寝かせてから移動を再開したウィズは、その先にいた黒髪の男を視界に捉えてその足を止めると、向こうもウィズに気づいて振り返り相対した。

 

「黒魔導士ゼレフで、間違いないな」

 

「君も、僕を求める愚かな人間かい?」

 

 質問に対する答えは新たな質問で返されたが、否定をしてこなかったことから、目の前の人物がゼレフであることは間違いないようだった。

 

「違うな。オレはお前を終わらせに来た男だ。師の思いも乗せて、お前を斬る」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

400年の呪い

「僕を終わらせる? 君がかい?」

 

 ティアが命を支払って倒せと言った巨悪、黒魔導士ゼレフは、とても穏やかな雰囲気で真刀滅却を構えるウィズを見て、ポツリと呟く。

 

「それがオレの使命であり、師が目指した悲願。巨悪を討つのが選択者の受け継がれてきた宿命」

 

「……選択者……どこかで聞いたことがあるね。遠い記憶だ。遥か遠方の地に因果すら断ち切る剣士、サムライとか言ったかな。の伝承があった。君がその……」

 

 さすがは400年生きた人間。選択者のことも噂くらいには聞いたことがあったようで、しかし会うのは初めてとあって少々驚いた顔をするが、次には何故か笑ってみせて、それには決死の覚悟で来たウィズの神経を逆撫でされる。

 

「何がおかしい?」

 

「すまない。別に君の行動や理念を笑ったわけではないんだ。ただ笑わずにはいられなかったのさ。ようやく僕を『終わらせてくれる』存在が現れたかもしれないからね」

 

「……終わらせてくれる?」

 

「……僕は、好き好んで不老不死の身体になったわけではないんだよ。400年以上前にこの身体は死ねない呪いを受けてしまった。それ以来、僕は自分を殺すためにいくつもの手段、エーテリアス。今の時代で言えばゼレフ書の悪魔を生み出したが、どれも僕を殺すまでには至らなかった」

 

 望まぬ不老不死。

 それは生きながらに絶望が続く地獄だったのだろう。

 さらに話をするゼレフは、その呪いが命を尊く思えば思うほど周りにある命を奪ってしまうことまで吐露し、それを抑えるために自分の魔法を上手くコントロール出来ないことまで話す。

 ずっと孤独だったと、涙を流したゼレフに同情とは違う何かを感じたウィズは、自分の思っていた人物とはずいぶん違うゼレフを見て思った。

 ──救いたい。

 

「…………その呪い。どれほどのものかわからないが、救ってやるよ。オレのこの刀で、選択者の力でな」

 

「救いなんて、もうないと思っていた。アンクセラムの呪いは強力だよ。それでも斬れるのかい?」

 

「……斬るよ。それがお前を黒魔導士たらしめている元凶なら」

 

 400年前、ゼレフがどうしてそんな呪いを受けたのかまではわからない。

 きっとそうならざるを得ないことをしでかしたからなのだろうが、救いを求めるゼレフの声はウィズの心に確かに届いた。

 

「1つ、約束してくれ。もしお前を救えたなら、その時は世界をどうにかしようとか、そういう危険思想は持たないと。それができないなら、呪いを断ち切ってから、お前を殺す」

 

「それが1番世界のためになるだろうけど……そうだね。世界の脅威という意味では、僕の他にもまだ存在するか」

 

「アクノロギアも、オレが倒す」

 

「いや、君にもあれの撃破は難しいかもしれない。だから約束しよう。君がもし僕を救ってくれたなら、僕は人間の味方となって共にアクノロギアを滅ぼす。それを終えたなら、僕は全てのゼレフ書の悪魔を処分し自ら命を絶つよ。信じられないなら君はその時それを見届けてくれればいい」

 

 全てを語ってはいないゼレフに気づいてはいたウィズだが、嘘は言っていないことはなんとなくわかる。

 だからこれ以上の言葉を交わすことなく、目を閉じたゼレフはその手を広げてウィズの一撃を受け入れる体勢になり、それを見ながら真刀滅却を静かに抜き放つと、いつの間にか隣にメイビスが現れて、前に進み出たウィズに言葉をかける。

 

『あの人を、救ってあげてください』

 

 それはメイビスがゼレフを知ってるという意味が含まれていたが、その言葉を黙って受け取ったウィズはゼレフの目の前まで来てその手の真刀滅却を上から下へと袈裟に振り下ろしてゼレフを……ゼレフにかけられたアンクセラムの呪いのみを断ち切る。

 ──音はなかった。

 しかし真刀滅却は確かにゼレフの中の何かを両断し消滅させた。その証拠にウィズの──が恐ろしいレベルで減少したから。

 斬られてから目を開けたゼレフは、その身に起きた奇跡を感じたのか、確かめるように納刀しようとしたウィズの手を止めて真刀滅却で右手を軽く刺してみると、傷口からは赤々とした血がポタポタと流れ出す。再生の気配は、ない。

 

「あ……ああ……戻った……僕はもう、死ぬことができる……もう、誰の命も奪わなくて済む……ありがとう……ありがとう……」

 

 止血もしないままその場に崩れて泣き出したゼレフは、その生を噛み締めるように俯いたままウィズに感謝の言葉を続けた。

 これで良かったのか、ティア。

 巨悪を討つという意味ではまだ完璧ではない。しかしティアなら、笑ってこう言うはずだ。

 ──よくやったわね、と。

 ひとしきり泣いたゼレフは、静かに立ち上がってウィズを見ると、とても穏やかな表情で口を開く。

 

「まだ名前を聞いてなかったね。僕を救ってくれた恩人の名前だ。忘れるわけにはいかないだろ」

 

「ウィズ・クローム」

 

「ウィズか。良い名前だね。それじゃあ僕も改めて名乗ろう。僕はゼレフ・ドラグニル。君が知るだろうナツ・ドラグニルの兄に当たる」

 

「ナツの兄、だと?」

 

「君には全てを知る権利がある。だが今はまだ黙って受け入れてほしい。そして救ってもらった身で申し訳ないが、君に1つやってもらいたいことがある。これはナツに関わる重要な案件で、君にしかできないだろうことだから、必ず成功させてほしい」

 

 衝撃的な自己紹介にさすがのウィズも動揺を隠せなかったが、ここで冗談を言うほどバカな人物ではないことはわかるので、言う通り事実として受け止めてからナツに関わるという1つの願いを聞く。

 半信半疑ではあるがそれを引き受けてから、まだやるべきこともあるのでナツ達と合流するために移動しようとするが、ゼレフは下手に何か行動してまた呪いをかけられても困るということで静かに島から出ると言ってウィズを見送った。

 

「……いるのだろう、メイビス。姿は見えないが感じるよ。君には悪いことをしたね。だが彼なら、アンクセラムの呪いを断ち切ったウィズなら、君をも救えるかもしれない」

 

『……もしもそれが叶ったとしたなら、先に待っていますよ。私達はもう、とうの昔に眠るべき時代の亡者。時代は流れ行くものですから』

 

 見当違いの方向を見てはいたが、それでも姿なきメイビスに語りかけたゼレフ。

 それに届くはずがないとわかってはいたが言葉を返したメイビスも、かつて愛した男の心穏やかな姿に涙し、島を出るために歩き出したゼレフを黙って見送ったのだった。

 

 かつてない重労働を強いられて結構身体にダメージが蓄積されていたが、まだ倒れるわけにはいかないと森を駆けるウィズは、その森を抜けた先に停泊する悪魔の心臓の戦艦の前まで来てから、その戦艦から聞こえる戦闘の音ですでにナツ達が戦っていることを悟る。

 

「ったく、待つって選択はないのかあいつらは……」

 

 合流すると言ったのにさっさと行ってしまったナツ達にそんな悪態をついてから、グレイが作っただろう氷の階段を駆け上がって甲板部分に到達すると、奥の方で倒れるナツ、グレイ、エルザ、ルーシィ、ウェンディの姿が見えて、さらに奥にはマスターハデスらしき長い髭をたくわえた老人が攻撃しようと魔力を高めていた。

 それを見るや最速の走りで距離を詰めたウィズは、攻撃しようとしたハデスの目の前まで行こうとしたが、直前で上から懐かしい気配が来るのがわかり、雷と共に現れた人物と揃ってハデスの前に立ちはだかった。

 

「ようウィズ。ずいぶんとひでぇ怪我だな」

 

「そっちは今の今まで何やってたんだよ、反抗期が」

 

 互いに再会の言葉は悪態に近かったが、今は共通の敵が目の前にいるのでそれだけにして拳をコツンと合わせてから、ウィズとラクサスはハデスへとまっすぐに視線を向ける。

 

「仲間を傷つけた野郎は……」

 

「誰であっても許さねぇぞ!」

 

「吠えるなよマカロフのガキ共!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決戦・前

 マスターハデス。

 老体とは思えないその圧倒的な魔力や存在感はひしひしと感じられ、ナツ達を同時に相手にして余裕で立ってる辺りにはさすがと言わざるを得ない。

 しかしここにいる全員がいくつかの戦闘で疲弊した状態。多く見積もっても本来のスペックの70%といったレベル。

 自分もちょっと血を流したり走り回ったりしたので到底ベストコンディションとは言えなかったウィズだが、隣にいるラクサスはまだピンピンしている。

 

「ラクサス、カッコ良く出てきて悪いけど、割とキツいからデカいのは任せる」

 

「どうせ元からデカいのなんて撃てねーだろお前は」

 

 ぬぐっ……

 もっともなことをツッコまれて締まらないが、要はラクサスメインで戦おうというウィズの意思は伝わったらしく、その身に纏う魔力をひときわ強くした。

 

「その刀、ティア・レンドリーのものか。小僧の手にあるということは、あの女も倒されたということか。いや、実力的に言えば私に迫るやもしれなかったあれが負けるとは思えんが……」

 

 分担を決めたところで不意にハデスの方がウィズの腰の真刀滅却を見てそんなことを言ってきたので、ティアがどれほど凄まじい師匠だったのかを改めて感じつつ、好き勝手にティアを語る輩は何だか気に食わない。

 

「どいつもこいつもわかったようにティアを語りやがって。ティアはオレの師で最強の正義の味方だ。テメェの物差しで測るなよ」

 

「ふん、あれの弟子だったか。ならばあの女の企みは小僧絡みだったと見て良さそうだな。しかしあれはダメだったぞ。腹に一物を含むには器が小さすぎた。漏れてしまって失笑ものだった……」

 

 ──ギィン!

 昔から嘘が苦手な人だった。

 それでも自分にゼレフを、アクノロギアを倒させるために記憶を奪って、最初から死ぬ覚悟で悪魔の心臓に身を置き敵となって戦ったあの人を笑うことは、許さない。

 そんな感情を込めて抜き放った真刀滅却の一撃を魔法障壁で防いだハデスは、若いなとでも言いたげにウィズに笑ってみせる。

 

「この間合いでオレに勝てると思うなよ、老いぼれ」

 

「抜かせ小僧が」

 

 初撃を悠々と防がれはしたが、それは真刀滅却の力を使って斬りかかってないからに過ぎない。

 そうしたのはハデスに直接叩き込んでやりたかったからに他ならないが、それ以上にウィズはこの力を、あらゆるものを断ち切る力を多用したくないのだ。

 強大な力にはそれ相応の対価が必要になる。

 大魔法の原則から外れない選択も重い対価を払って毎回発動させている。

 たとえそれが空振りに終わったとしても、1度真刀滅却に支払った最低限の対価は戻らないし、斬ったものによって追加される対価も多い少ないが変わってくる。

 ハデスは妖精の尻尾を襲ったギルドのマスターで許せないが、それに自分が差し出せる対価は実質ないとさえ思っている。

 もっと広い目。世界から見ればそんな価値もない小さな存在なのだ。

 だからウィズはこの戦いでハデスにくれてやる対価は1mmたりともないと思い、真刀滅却の力は封印。

 それでも以前までの選択とは比べ物にならない代物になってる今の選択なら戦える。それも確信していた。

 真刀滅却は押し込めなさそうなので一旦引っ込めて距離を取ったウィズだが、入れ替わるようにラクサスが出てスピードで翻弄しながら背後を取ると、雷を纏った拳で殴りかかるがハデスはこれを難なく障壁で防御。

 ラクサスのスピードを褒めこそすれ、ガキにしてはと見下した態度は変わらず、真刀滅却を納めて再度突撃したウィズは今度は選択でハデスの五感を奪うために右手に魔力を込めると、アズマもそうだったが一定以上の実力者になると選択の異常な気配にいち早く気付くらしく、ラクサスを押さえていたハデスもウィズの接近には1度距離を離してくる。

 その時、ラクサスと無言のアイコンタクトで意志疎通をしたウィズは、再度ハデスの背後を取ったラクサスに合わせて挟撃を仕掛ける。

 障壁を張られても選択ならば障壁に触れて込められた魔力を抜き取ることで突破可能。

 一方が崩れれば隙が生じてもう一方も通るようになるのは道理。一撃の重さならばラクサスはウィズの上をいくため、そうなれば万々歳。

 だが現実はハデスからすれば若造が立てた作戦。

 見え透いた罠に嵌まるほど愚かではなく、2人の攻撃の瞬間に障壁を張ると見せかけて回避。

 それによってウィズは常人離れした身体能力で止まれたが、スピードアップもしていたラクサスはそのままウィズに突っ込んで拳を叩きつけてきた。

 それを右手で受けたウィズは、ラクサスの電気エネルギーだけを抜き取って拳は力技で受け止めつつ、左手から抜き取った電気エネルギーを放出。

 完全なる意表を突いた攻撃は油断していたハデスへと命中し一瞬ではあるが硬直させることに成功。

 その隙を見逃さずラクサスの拳を握ったまま勢いを利用してハデスへとラクサスを投げ飛ばすと、防御不可のところにラクサスの拳が命中。

 更なる追撃をと思ったが吹き飛びながらハデスも魔法弾の弾幕で2人を牽制し距離を簡単に詰めさせなかった。

 

「おい、奇襲はなんとなくわかったが、投げ飛ばすとこはいきなりすぎるぞ」

 

「いやいや、ラクサスなら対応できると思って」

 

 視線をハデスに向けたまま振り向かずウィズへと文句を言ったラクサスに、こちらもラクサスの先にいるハデスに焦点を当てたまま軽い感じで返し仲が良いのか悪いのかよくわからないコンビは立ち上がってきたハデスを見て再び集中。

 

「若造にしては骨があるといったところか。だが若造の枠から抜けはせん」

 

 目に見えるダメージはない。

 どういう身体なのか不明だが、その頑丈さは高い魔力が成せる技かと考察しつつ、受けに回ってるハデスが攻めに転じてくる気配を敏感に感じる。

 

「ラクサス、迷わず突っ込め。フォローはオレがしてやる」

 

「俺に命令すんじゃねーよ」

 

 そして言うが早いか先手必勝といった勢いでハデスが動く前に動いたラクサスに合わせてハデスも攻撃を始めて、魔力弾の雨あられがハイスピードで動くラクサスを襲い、そのラクサスとは常にハデスを挟撃する位置取りで忙しなく動くウィズ。

 常に挟撃の形はやられる側からすると意識が分散してやりにくい。

 さらにラクサスとハデスを直線で結ぶことでラクサスの外れた攻撃を選択によってカウンターしハデスの意識を逸らすこともできていた。

 それらをすることでラクサスをフォローするウィズの動きはまさにファインプレーと呼べたが、ラクサスのスピードと動きがえげつないのでウィズのスタミナが並外れているとはいえ徐々に底をついていく。

 肩で息をし始めたウィズはとうとう足をもつれさせて動きが1度止まると、連携の乱れを見切ったハデスはここぞとばかりにラクサスに猛攻を仕掛けて四方八方に跳んでいたラクサスも床へと叩き落とされてしまった。

 そのラクサスに重力系の魔法を使い、それと同時に周囲に範囲型の魔法陣を展開。ラクサスを仕留めるべく本気の攻撃が炸裂する。

 その直前に真刀滅却を抜いて動けないラクサスに投げ込んだウィズは、真刀滅却の魔法無効化で魔法陣の破壊を狙ったが、間に合ったかどうか際どいタイミングで禍々しい魔力の爆発は起こってしまい、ラクサスの姿が見えなくなってしまった。

 すぐにその中から雷を纏ってラクサスが出てきて大技を放って隙があったハデスの背後から一撃飛び蹴りを食らわせる。

 ウィズの近くに着地したラクサスだったが、やはり無傷とはいかなかったのか片膝をついて崩れる。

 一方のハデスはまだまだ余裕といった感じで立ち上がって善戦したウィズとラクサスを見てくるが、疲弊しただけでダメージを負ったわけではないウィズはラクサスと交代するように前に出て床に刺さる真刀滅却を見るが、戦闘中に回収は難しい距離。

 

「ほう、まだやるか。ではその勇気に敬意を評して、これをくれてやろう」

 

 そう言ってハデスが繰り出したのは両手を銃に見立てて、その指の先から出す圧縮魔法弾。

 先ほどのラクサスへの牽制にも放っていたが、威力は数倍にはなる圧縮率。

 しかし魔法弾ならばウィズは避けるまでもない。その全てを選択で受け取ってそっくりそのままカウンターで迎撃。

 そう思っていたが、今までの戦闘でウィズの魔法にも認識がなされていたハデスは、今の位置関係がウィズにとってマズイことをわかってて放ってきた。

 放たれたあとにそれに気付いたウィズは、迫る魔法弾の雨を全て右手で処理して1発たりとも後ろへと逸らさずに返すが、ハデスに狙いを定めてる余裕などなくほとんどが見当違いの方向に飛んでしまう。

 ハデスの狙いはウィズの魔力の枯渇と、後ろに倒れていたナツ達を守らせること。

 その2つが同時に狙われてはもう、ウィズにはどうすることもできない。

 

「くっそ……ラクサス!!」

 

「わかってる! 雷竜の、咆哮!」

 

 限界が来る前にハデスの手を止めなきゃとラクサスに叫べば、ラクサスも体たらくを見せられないと雷のブレス攻撃を放つが、鎖のような魔法で真刀滅却を柄で拾って攻撃軌道に放ったハデスは真刀滅却の魔法無効化を知っててやっていて、ラクサスの雷ブレスは真刀滅却によって無効化されてしまい、その間ハデスの手も少なくはなったが止まることはなかった。

 そんな攻撃が1分ほど続き、ようやくハデスも大きく息を吐いて攻撃を止めると、その時にはもうウィズの魔力はほとんどが底をついて、捌ききれなかった魔法弾のいくつかをそれでも後ろへと逸らさないためにその身に受けてボロボロになっていた。

 

「やりおる。敵ながらその意地は称賛に値しよう」

 

「……うるせぇよ、老いぼれが……」

 

 さすがに全弾を処理し切るとは思ってなかったのか、ハデスも少々驚いた雰囲気でウィズを見たが、まだ悪態をつくウィズに最後とばかりに特大の魔法を放つ準備を始め、その範囲にはラクサスも入ってしまっていて、さらに後ろのナツ達も巻き込まれる可能性が高い。

 

「さらばだマカロフの子らよ」

 

 考える暇もなく撃ち込まれたハデスの魔力の奔流は、一瞬でウィズを巻き込んでしまい、ナツ達の叫びが周囲に木霊したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決戦・後

 ──もう守られてばかりの子供じゃない。

 そんな声が、後ろから聞こえた気がした。

 ハデスの特大魔力砲の直撃の瞬間、ウィズは心のどこかでまだナツ達を守る立場にあると思っていた。

 だが違う。ナツ達ももう誰かを守るだけの力を持っている。守られてばかりだったあの頃と同じではない。

 なら託そう。この思いの全てを。守られてやろう。成長したその背中に。

 頼もしくなったナツ達にちょっと嬉しい気持ちが込み上げたウィズは、それでもここは譲れないと最後の力を使って右手で魔力砲のエネルギーを抜き取り別方向へ放出するが、全てというわけにもいかずいくらか漏らす。

 それをラクサスが肩代わりすることで後ろのナツ達への攻撃は完全シャットアウト。

 直前にラクサスもナツに残りの魔力を託しているのが見えていたから、あとは信じるだけだ。

 巻き起こる爆発に包まれてついに倒れたウィズとラクサスだったが、その2人の横を抜けてハデスへと歩み寄ったナツは、ラクサスから受け取った雷の力を吸収して炎と雷の魔力をその身に纏う。

 

「……でっけェ背中に、なったじゃねーか……」

 

「ありがとな、ウィズ、ラクサス。お前らの思いは、俺が受け取ったぞ!!」

 

 まだまだ勢いだけのようにも見えるナツだが、その勢いを通す力は間違いなくナツ自身の実力があってこそ。

 会った頃は自らの炎すらちゃんと扱えなかったナツが今、ラクサスの雷さえコントロールして立つその姿にちょっとだけ安心したウィズは、倒れたままで心でナツの背中を押す。

 ──行け!

 

「うぉぉおおおおお!!」

 

 この場の全員。いや、ギルドの思いを背負ってハデスに立ち向かっていったナツは、力技でハデスに猛攻を仕掛けていき、ありったけの魔力を放出しながらハデスを圧倒。

 凄まじい攻防を繰り広げて距離が開いたところで残りの全魔力を使って魔法を繰り出した。

 

「雷炎竜の……咆哮ぉおお!!」

 

 ラクサスのブレスとも比較にならない炎と雷の特大ブレスはハデスのみならず戦艦の装甲の壁をぶち抜いてなお直進し遥か彼方へと消えていき、その跡には力なく倒れるハデスの姿。

 本当にありったけの魔力を使ったナツはそれで力尽きて倒れてしまうが、その身体をルーシィがなんとか受け止める。

 そのあと動けないウィズの身体を起こして支えてくれたエルザに、落ちていた真刀滅却を拾って返してくれるグレイとも少しだけ会話してから、ラクサスもウェンディが介抱し場が落ち着きかける。

 

「マカロフも恐ろしいガキ共を育てたものだ」

 

 その時だった。

 倒れていたはずのハデスがむくりと起き上がって、その内に秘めた魔力を徐々に解放し始める。

 まだ底があったのか。

 そんな表情を浮かべただろうウィズ達をあざ笑うようにずっと右目にしていた眼帯に手をかけたハデスは、魔導の深淵の力を解放。

 底知れぬ恐怖がウィズ達を襲い、皆が動けなくなる中で、禍々しい闇の兵隊を作り出したハデスは、もう容赦はしないといった雰囲気で悪魔の目とかいう真っ赤に輝く右目の光を強くする。

 絶望すると人はこんな顔をするのか。

 まるで他人事のように肩を貸してくれていたエルザから伝わる身体の震えを感じつつ、超感覚で目の前のハデスとは違ったものを感じていたウィズは、どうにも気になるそれを無視できず、しかし目の前の状況も放っておけないとあって、短く息を吐いてからエルザから離れて1歩進み出て鞘に納めた真刀滅却に触れる。

 

「まったく……これじゃまだまだガキ扱いは卒業できねーぞ。俯くなお前ら。絶望は心の内から湧く諦めの心。恐怖は絶望に引き寄せられる。だから絶望するな前を見ろ。俯きそうになったら隣を見ろ。そこには自分を支えてくれる大切な仲間がいる。そして今、お前らの前には誰の背中がある?」

 

 カッコ良い台詞など柄ではないし、あまり得意でもない。

 だが誰かがみんなの進む道を照らさなきゃならないなら、それは自分がやらなきゃと立ち上がったウィズに奮い立てられ、背中越しではあるが上を向いたナツ達の気配を感じてから、真刀滅却で鋭い抜刀を放った。

 その狙いは皆が困惑するもので、ウィズは真刀滅却で足下の床を斬り抜いて下への空間を作り出したのだ。

 

「…………あの辺りか」

 

「貴様、まさか!!」

 

 その空間を覗き込んだウィズは、超感覚で感じるこの戦艦のハデスに匹敵する魔力を捉えて真刀滅却を逆手で持つと、何かに気付いたハデスがウィズを止めようと動き出すがもう遅い。

 真刀滅却を空間に全力で投げ放ったウィズは、わずかな隙間を通って寸分の狂いもなく目的のものに到達した真刀滅却を感覚的に確認。

 瞬間、ハデスが纏っていた禍々しい魔力は霧散してしまい、右目の悪魔の目とやらも光を失って元に戻る。

 

「行け!! フェアリーテイル!!」

 

『おう!!』

 

 前を向かせた。希望も見せた。

 これで自分がすべきことはやったと思ったウィズは、本当に限界でその場に膝をついたが、自分を追い越してハデスへと走るナツ達の勇ましい姿を捉えてから床に崩れて意識を手放した。

 

 ガヤガヤと騒がしい声で目覚めたウィズ。

 目覚めてすぐに誰かの膝の上で寝ていることがわかったが、目を開けた瞬間にゲシゲシ、と上から額にチョップが振り下ろされてちょっと焦る。

 

「な、何だ!? 誰だアホっ!」

 

「アホはウィズでしょ!」

 

 手が邪魔で誰のチョップかわからなくて思わず声を荒らげてしまったが、返ってきた声で誰かわかったので、確かめるように手を尻に持っていき鷲掴みすると、今度はチョップじゃなくてグーハンマーが振り下ろされて顔面を潰される。

 

「もう! ウィズのエッチ!」

 

「元気そうで何よりだよ、ミラ」

 

 冗談もそれくらいにしてミラの膝の上から起き上がったウィズは、いつの間にかキャンプ組も合流してこっちに負けないくらい騒いでいるナツ達を見て全てが終わったことを悟り小さく笑うと、それに気付いたナツ達が一斉に顔を向けてゾロゾロと近寄ってきて、その迫力に圧されてミラに抱きついちゃったウィズは何事かと皆の顔を見る。

 するとナツ達はなんだか怪しい笑顔でニヤけてから、それぞれ1発ずつウィズを殴り始めて、ミラもそれがわかってたからか即座にウィズを差し出して退避してしまった。

 

「バッ! 怪我人に何すんだバカどもが!!」

 

『バカはどっちだ!!』

 

 ボコスカと殴られながら意味不明なナツ達に文句を言うも、即答でバカを返されて思考停止したウィズだが、全員が殴り終えて無事死亡しウェンディの治癒の魔法をかけられながら事の成り行きを見守っていた笑顔のマカロフが口を開いた。

 

「いやぁ悪いウィズ。儂はやめるよう言ったんじゃが、皆1発は殴らないと気が済まないと言って利かんくてな」

 

「だったらその止める気なかったような顔だけはやめてくれないか……」

 

 目は口ほどにものを言うとはこの事で、自分の知らないところで何を言おうとわからないが、それでもわかることはあるもの。

 そんな止める気のなかったマカロフにツッコミつつ、ミラが差し出した手を握って立ち上がったウィズは、ズラッと並んだ家族と相対する。

 

『おかえり、ウィズ』

 

「…………ただいま」

 

 かなり遅くなったが、ようやくその一言を言わせてくれたみんなに感謝しつつも、やっぱり殴られたことには理不尽さが拭えなかったのでお返しとばかりに阿修羅の顔になったウィズが意味深に右手をワサワサさせたことで全員その場から逃亡。

 やべぇ、ウィズが怒ったぁ!

 ギャアギャアと騒ぎながらキャンプの方へと元気に走り出したナツ達の底なしのスタミナには呆れるしかなかったが、逃げていくナツ達を見ながら近寄ってきたマカロフは、回収してくれたのだろう真刀滅却を返しつつマスターとしてウィズに言葉を贈った。

 

「お前さんがいてくれて良かった。おかげでガキ共がああして笑えておる」

 

「オレだけの力じゃないだろ。ギルドの……家族の絆が勝ったんだよ」

 

 マカロフも心からの言葉だったのだろうが、そんな感謝をされると照れ臭いので事実をクサイ台詞で返しつつ2人して、にかっと笑って終わらせるが、近くでムスッとしていたラクサスを見たマカロフは「お前は破門中じゃがな!」とか言っていて、それにラクサスも「わかってるっての!」と怒鳴り返し、その辺の事情について知らないウィズは首をかしげたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

許し、別れ、願い、そして絶望

 悪魔の心臓との戦いは終わった。

 みんなの傷を癒すために一旦キャンプへと戻ることにしたマカロフはラクサスと一緒にガミガミ言い合いながら行ってしまい、いつの間にか元に戻ってる天狼樹を見上げてから自分も行こうとしたウィズだったが、近くで倒れるハデスの姿を捉えて近寄る。

 

「マカロフも甘い。小僧、お前は違うだろう? 今の私は動けぬが、ここで見逃せばまた妖精の尻尾を倒しに行くぞ」

 

「そうだな。オレはじいさんほど優しくはなれない。だが、じいさんが見逃したならオレもそれ以上の事はしない。それに次またお前らが襲撃してきたら、今度は『命を賭けて討ち滅ぼす』覚悟くらいある」

 

「……ふんっ。やはり力を隠しておったか。私程度には使いたくなかったと言いたいのだろうが、それもまた甘い考えだということを自覚しろよ、小僧」

 

 倒れてなお口が達者な老いぼれに呆れてしまうが、言ってることもわからなくはないので参考程度に受け取っておき、ティアの埋葬もしなきゃならない手前、それでキャンプへと行こうとしたが、今回の悪魔の心臓の目的を思い出し報告くらいはしておこうと大事な話をしてやる。

 

「そうそう。お前らが探して求めていた黒魔導士ゼレフ。あれはもうお前らが求める存在じゃなくなった。今のゼレフは来たる日に備えて戦う準備をする人類の味方だ」

 

「……何を言っておる。ゼレフが我々の求める存在じゃ、なくなった?」

 

「ゼレフにかけられた不老不死の呪い。それをオレが断ち切ったんだよ。ここに来る前に、直接会ってな。だからもうゼレフを追っても無駄だと思うぜ。ゼレフはもう、命の尊さを忘れないから」

 

 嘘を言うようなタイプではないウィズの言葉にただただ驚くハデスだったが、それでも追うのだろうなと思いつつそれ以上は何も言わずその場を立ち去り、仲間達の待つ場所へと歩いていった。

 

 天狼樹が復活したからか身体の回復が思った以上に良いので、辿り着いたキャンプでもワイワイ騒ぐ仲間達をざっと眺めてから、ナツに声をかけて近寄らせると、どうしたといった表情のナツにいきなり問答無用で真刀滅却を抜き放って選択を発動。

 いきなりナツが斬られたため騒いでいた連中が一斉にウィズとナツを見たが、静かに真刀滅却を鞘に納めたウィズはどこも斬れてなくて不思議がるナツを見て安堵する。

 

「どこも異変はないか、ナツ」

 

「い、いきなり何すんだよウィズ! でも今、確かに斬られたのに傷も痛みもねぇぞ」

 

 自分の身に起きた不思議に疑問が湧きまくりのナツに全員が安堵する中で、その原因を作ったウィズはそれ以上に安堵の表情を浮かべてナツの頭をポンと触ると、何でもないと言ってティアの元へと歩いていく。

 これでゼレフの願いには応えられたはずだ。

 別れる前にゼレフに頼まれたのは、ナツのある機能を断絶し切り離してしまうこと。

 その機能というのが、今も信じられないがナツがゼレフ書の悪魔、END(エーテリアス・ナツ・ドラグニル)であるという事実。

 その生まれる段階で元の人間をエーテリアスとして生まれ変わらせたことから、どこかにあるらしいENDの書と、ゼレフ自身とのリンクがあり、どちらか1つでも消滅すると連鎖的にナツまでが消滅してしまうらしい。

 ゼレフは今のナツを見たからこそ、ナツの消滅は防いでやりたいと兄としてその可能性をウィズに託した。

 そしてウィズがナツの中から断ち切ったのは、ナツを構成するエーテリアス。

 それさえなくなればENDからも独立し単独で生存可能らしいのだが、それによってナツが死ぬ可能性があると言われていたので、正直やるかどうか迷ったのだが、君にならできると言ったゼレフの言葉を信じて実行した。

 その結果、ナツの中のエーテリアスは断ち切り消滅させることができ、ナツにも悪影響は出なかった。

 そしてゼレフから言われたことは他言無用。

 いつか全てを終えて自分の口から話すと言っていたから、ウィズもその時までは黙っていようと心に誓い、寝かされていたティアの穏やかな顔に優しく触れてから、ずっと話せなかったことを自分をまっすぐに見る仲間達に振り返って、マカロフを途中に挟む形でゆっくりと話をした。

 たっぷりと時間をかけて自分がギルドに来た経緯からこの天狼島へと来た理由を説明し、さらにこの島で起きたティアとのことを話し終えてから、沈黙する一同に改めて頭を下げた。

 

「すまなかった。オレは自分の目的のためにギルドを利用した。お前達に何も話さず勝手に出ていった。これだけ好き勝手やって許されるつもりはないが、お前らを大切に思ってた事だけは信じてほしい」

 

 ウィズが頭を下げる姿など、ギルドの誰もが見たこともなかっただけに、その衝撃はウィズにも伝わってきたが、そんなことはもうわかってると言わんばかりの顔になった一同は、長話で固くなった身体をほぐしながら立ち上がると、どこかへと移動を始めてしまう。

 

「お前ら、どこに?」

 

「どこって、決まってるじゃない。ティアさんをちゃんと埋葬してあげなきゃ。いつまでもあのままなのは可哀想でしょ」

 

 珍しく察しが悪いウィズに代表して発言したミラは、呆然とするウィズの腕を引いて立ち上がらせると、見晴らしが良いところがいいだのと言い合うナツ達に続く形で歩かせる。

 何も、言わないのだ。

 自分がギルドを利用していたことにも、黙って出ていったことにも、みんな何も言わない。

 それはもう許されたと背中で語るナツ達に、どうしようもないバカどもだなと思いつつ、またこの輪の中に入れてもらえたことに感謝してティアの埋葬を始めたのだった。

 寂しがり屋なティアには小高い丘とかそういうところは如何なものかと意見したウィズと、だったらというマカロフの意見によってティアの墓は初代マスター、メイビスの墓の隣に立てられ、心が痛むだろうがナツに亡骸を焼いてもらってから、その遺骨をみんなで丁重に埋葬し黙祷を捧げる。

 ──さよなら、ティア。

 別れの言葉はそれだけだ。それだけだと、思っていた。

 しかし現実にはそんな簡単にティアを送り出せるわけもなく、完全に戻ったティアとの思い出が一気に溢れてしまう。

 すると黙祷していたナツ達が静かに撤収を始めてしまい、それに釣られて動こうとしたウィズを皆は止めマカロフが口を開く。

 

「泣かぬのは立派なことじゃが、泣きたい時に泣けぬのはそれ以上に辛いことじゃ。儂らは先に戻る。落ち着いたら戻ってこい」

 

 その言葉を聞いた途端、ウィズの中で何かがプツリと切れてしまい、ずっと止められていた涙が滝のように流れ出してしまった。

 そこからしばらくの記憶はウィズにはなかった。

 ただ、泣いた。

 涙が枯れるのではないかというほど泣いた。

 大好きだったティアをこの手で殺めてしまった自分を呪いたくなった。

 でもそんな自分に精一杯生きてほしいと願ったティアの思いを噛み締めて、ティアの分も精一杯生きようと涙を止めて立ち上がった。

 だが不意に半ばまで抜いた真刀滅却に目を向けたウィズは、その思いすら無下にするかもしれない現実に本当に申し訳なく思いながら真刀滅却を納刀。

 そのタイミングでまたも唐突に現れたメイビスにもう驚きもしないウィズだが、そのメイビスが真剣な表情で見てくるため何事かと目を合わせる。

 

『あなたの力を見込んで、お願いしたいことがあります』

 

 初代のお願いとあれば何なりとといきたいところではあったが、自分の力を見込んでと言われるとあまり良い予感はしない。

 

「それは、オレにしかできないのか?」

 

『はい、おそらくは。ゼレフの呪いを断ち切ったあなたなら、できるはずなんです。私に……私の身体にかけられたアンクセラムの呪いを、断ち切ってほしいのです。そしてルーメン・イストワールを……妖精の心臓(フェアリーハート)を真の意味で解き放ってください』

 

 アンクセラムの呪い。

 あまり聞きたくなかったその単語に嫌な汗が出たが、そのあとに続いたルーメン・イストワールやら妖精の心臓やらがさっぱりで困惑するウィズに「詳しくは3代目に聞き直接見ればわかる」と話したメイビス。

 しかしアンクセラムの呪いとなるとウィズももう迂闊に踏み込めない領域だ。

 何故ならそれを断ち切るだけの対価を、もうウィズは持っていない。

 いや、正確に言えばもう『後がない』。それをしてしまったらおそらくウィズは……

 真剣なメイビスにどう答えていいか迷ったウィズだったが、鋭くなった超感覚が身の毛もよだつおぞましい気配を感じ取り全身が硬直してしまう。

 その変化に気付いたメイビスが必死に声をかけてなんとか持ち直したウィズは、この島に近付いてくる何かにどうすればいいか考える前に仲間達の元へと走り出していった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

家族

 ──咆哮。

 それは人間のものではない、もっと巨大で獣じみた、恐怖を覚えるほどの声。

 それが天狼島に響き渡ったのは、ウィズがキャンプ付近にまで全速でやって来た頃だった。

 みんなも異常な咆哮に不穏なものを感じていて、まだ姿なき声の主に不安が募る。

 そこに合流したギルダーツが、義手になったその根元を急に押さえて痛がりだし、この声に覚えがあるらしいギルダーツはいち早く皆に逃げるように叫ぶ。

 しかしもう遅い。

 その叫びに反応し皆が動き出す前に、雲を突き抜けて上空から姿を現した黒いドラゴンは、ゆっくりと降下しながら天狼島へと着地しウィズ達の前で咆哮。

 

「黒い竜……あれが話に聞くアクノロギアなのか……」

 

 ティアから聞いた話を思い出しながら、特徴の一致するそのドラゴンと圧倒的存在感でそれと確信。

 マカロフも伝承に聞くアクノロギアに間違いないと話し、ギルダーツもその左手足を奪った相手だと言う。

 そのアクノロギアを見てウィズが思ったことは、勝てる勝てないとかそういう理屈ではない何か。

 生きるか死ぬかの2択。

 確実にわかるのは、いま立ち向かっても確実に勝てないこと。

 そして……全員が無事に逃げ切れないことだ。

 

「…………じいさん、ギルダーツ、ラクサス。みんなを連れて逃げ切れ。どうやら全員が生存するって道は無理そうだ」

 

「ウィズ! お前さん、何を言っておるか! それではお前さんが……」

 

「足止めをしたところで、勝てないだろうな。だがこの中であいつに『負けない』のはオレだけだと思うぜ」

 

 それら全てを鑑みて、ウィズは立ち尽くすみんなを抜いてアクノロギアへと歩み寄ると、グルグルと唸るアクノロギアに臆することなく真っ向から対峙する。

 

「負けない? それってもしかして……ダメよウィズ!! それだけは絶対にダメ!!」

 

 今の会話でこれからウィズがどうしようとしてるのかわかったミラが止めようと叫ぶが、その声をかき消すようにアクノロギアがその巨大な尻尾を振るって森の木々をへし折りながらウィズ達を凪ぎ払おうとする。

 回復したとはいえ残りの魔力は少ない。無駄遣いはできないな。

 そう思いつつ襲い来る尻尾に一足早く右手で触れたウィズは、その撃力を抜き取って即座に左手で尻尾に触れて撃力をそっくりそのまま返して弾き返す。

 意外な反撃にあったアクノロギアは少し驚く挙動を見せて戻ってきた尻尾に振られてバランスを崩す。

 

「早く行け! アクノロギアがその気になる前に、早く!」

 

「そんなのできるわけない!! だってあなたが……アクノロギアの命を抜き取るつもりだから!! そんなことしたらあなたもその代償で……」

 

 最大にして最後のチャンスだと思って叫んだウィズに反応して皆が逃げようとした中、ミラだけが立ち止まってそんな余計なことを言ってしまったため、全員がその足を止めてしまう。

 

「……守らせてくれよ! もう……家族を目の前で失うのは嫌なんだ……だから!!」

 

 それでもやらなきゃならない。

 自分にそう言い聞かせてその場に踏み留まっているウィズは、振り向くことなく皆に聞こえるように本心を吐露し、その思いがとても重いことをついさっき話で聞いた一同も迷いが生じる。

 逃げるべきか否か。

 その葛藤はウィズの決断と同等レベルで辛い選択だろう。

 それでも大人な選択ができたギルダーツやラクサスが迷いを断ち切るように皆に逃げるよう叫び、その声に涙しながら走り出した者もいたが、最後までその場でどうすべきか迷う者は無理矢理引っ張っていかれてしまった。

 ──これでいい。

 自己犠牲に美学などない。それが美しいなどと評されるのは空想の物語の世界でだけ。

 いつかレビィから借りて読んだファンタジーの本にもそれで称えられ英雄となった話があったが、そこには重要な残された者達の悲しみや思いが書かれていなかった。

 きっと自分が死ぬことでギルドの仲間達は悲しむことだろう。

 あの時1人残して逃げてしまった自分達を一生呪うかもしれない。

 それでも生きてほしいと願って前へ出たウィズの思いがわからないやつらでも、あとを追って死のうとするバカもいない。

 

「……さぁ、いつまで寝てるんだアクノロギア。少しくらい本気を出さないとオレを倒せないぞ」

 

 背中越しに仲間の気配がなくなってから、明確に自分だけに照準してきたアクノロギアにそう言い放ったウィズは、これほどの体格差では選択によるカウンターが精一杯で命を抜き取ることなど懐の奥深くに潜り込まないと無理そうだと悟り、小細工なしで一直線にアクノロギアへと接近。

 迎撃するように右拳を握ってきたアクノロギアの一撃を右手で受けて即座に左手でカウンターし押し戻し進撃を止めないウィズだが、あまりに強大な撃力のカウンターに魔力をごっそりと奪われてしまって、命を抜き取る事も考えてあと2回が限度かと思った矢先に、今度は尻尾が横から強襲しそれもカウンターし進撃するが、あと1回でアクノロギアの懐に入るにはかなりの運が必要になってきそうだった。

 あと数歩でいい。

 それさえ稼げれば懐に入れるのだが、その数歩が届きそうになくて振り下ろしてきた左の拳を最後のカウンターで返そうと右手を構えたウィズだったが、直前でアクノロギアが自分ではなくその後ろに視線を向けたのがわかり何事かと思った。

 

「うぉぉおおおおお!!」

 

 次いで訪れた異変は後ろから聞こえた野太い叫びと、振り下ろされたアクノロギアの拳を同等の大きさの手で止め掴み合いに持ち込んだ巨大化したマカロフの出現。

 

「自分から死のうとしとるガキを残して逃げられるほど、儂は賢く出来ておらんわ!!」

 

 ぎりぎりとアクノロギアと力比べをするマカロフは、足下にいるウィズに向けてそんなことを言ってきた。

 さらに奮起したマカロフに続くように後ろからどんどん仲間達が戻ってきてアクノロギアへと迫ると、先陣を切っていたナツがマカロフと同じようなことを叫ぶ。

 

「ウィズを……死なせるなぁあ!!」

 

 その言葉に不覚にも足を止めてしまったウィズは、聞き分けのないバカな家族の姿に死んじゃいけないのかと考えを改めてしまう。

 皆、すでに満身創痍のボロボロの状態で勝ち目などない。

 それでも自分を死なせまいとアクノロギアへと立ち向かっていく仲間の思いを無下にできなかったウィズは、ありったけの魔力を使って総攻撃を仕掛けていった仲間達に続くように真刀滅却に触れてアクノロギアへと立ち向かった。

 

『火竜〔鉄竜〕【天竜】の……咆哮ぉお!!』

 

 怒涛の連続攻撃からのナツ、ガジル、ウェンディの3人の滅竜魔導士によるブレス攻撃を受けて海上まで吹き飛び沈んだアクノロギア。

 渾身の一撃を放った全員が息を切らせて確かな手応えを感じながらアクノロギアの沈んだ海を見るが、それをあざ笑うように悠々と海から出てきたアクノロギアはゆっくりと上昇していき、お返しとばかりにナツ達のようなブレスを放つ予備動作を始めたが、その魔力は次元が違った。

 あんなのが放たれたら、自分達どころかこの島さえも吹き飛ぶ。

 直感的にそれがわかったウィズは、もうそれだけの規模の攻撃をカウンターできる可能性がないことを悟り膝を折ってしまう。

 そんなウィズを他所にこの状況でもたくましくどうにかしようと意見する仲間達は、最大の防御魔法を張るために全員の魔力を集めようと手を繋ぎ始めて、ミラとリサーナに両手を握られたウィズも立ち上がらされてその輪の中へと入れられる。

 

「皆で帰ろう。ギルドへ」

 

『フェアリーテイルへ!!』

 

 絶望はしないと言い聞かせたばかりだったのに、その自分が真っ先に膝を折ったのがどうしようもなく情けなかった。

 希望を信じて進んだ者にこそ、奇跡は起きる。

 これも物語の中での話ではあるが、今だけは信じよう。

 ここにいる全員が、またギルドへと戻れる奇跡を。

 そしてアクノロギアのブレスは容赦なく放たれて、12月16日になるこの日。妖精の尻尾の主要メンバー共々、天狼島は消滅。

 それを確認したアクノロギアは空を舞ってその姿をくらませた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目覚めるとそこはX791年

 目が覚めた時には、仰向けで倒れていた自分に乗っかる形でミラが寝ていた。

 

「……ダメよウィズ……みんないるから……」

 

 どうにも緊張感のない夢を見ているらしいミラの寝言で自分が夢に出ていることはわかるのだが、夢の中の自分がミラに何をしているのか気になる。

 夢はその人のプライバシーに関わるから聞かなかったことにするとしても、いつまでも上で寝られていても困るので頬を引っ張って起こしにかかると、寝ぼけ目で起きたミラは自分の今の状態を瞬時に理解し顔を真っ赤にして理不尽な平手打ちをウィズへと打ち込んで離れてしまった。

 それから近くにリサーナやエルフマンらの姿もあったので全員を起こしながら冷静に状況を確認したウィズは、アクノロギアの一撃を受けて無事なことと、何の変化もない天狼島の様子に違和感を覚える。

 

「……あの時に何が起きたんだ……」

 

 どう考えてもアクノロギアの一撃は防ぎようのないものだった。

 それが何事もなかったかのような今の状況の異常さは、起きてきた仲間達も感じたのか呆然としていたが、そんな一同の疑問に答えるように1人の声が周囲に響く。

 

『その疑問には私がお答えします』

 

 芯の通った強い意思のあるその声に聞き覚えのあったウィズは、その声の出どころへと視線を向け、皆もそちらへと向くと、そこにはウィズ達を見て微笑む初代マスター、メイビスの姿があった。

 メイビスの登場に驚く暇もなく、何故かずいぶん大人びたビスカ、アルザック、マックス、ウォーレン、ジェットに太ったドロイが現れて、これも何故かウィズ達を見て泣きながら近寄って来たので不思議に思う。

 別にウィズだけなら不思議はないが、ナツ達を見ても同様の反応をされてはウィズにもその理由は察せないため、それを含めて知っていそうなメイビスと目を合わせると、ニッコリ笑ったメイビスは騒ぐ一同を制して改めて話をする。

 その話によると、アクノロギアの一撃を受ける瞬間、ウィズ達の強い思いと魔力で妖精三大魔法の1つ『妖精の球(フェアリースフィア)』を発動しアクノロギアからの攻撃を防ぎ島ごと凍結封印を施したらしく、今の今までその封印の中で眠り続けていたのだとか。

 封印中は時の流れから外れてしまい、封印の解除に7年も要してしまったとかで、現在はX791年になってしまっているからビスカ達が大人びていることにようやく納得。

 実際問題、ウィズ達の感覚ではついさっきアクノロギアから攻撃されて、目覚めたら7年後の世界でしたレベルの出来事で現実味がなかったが、そうでもなければ説明がつかない状況なので無理矢理にでも納得するしかない。

 

「そうだメイビス。あの時の返事……」

 

 納得した上で話自体が収束したタイミングでふと思い出したようにメイビスに話しかけたウィズだったが、神速のごとくマカロフによる「ばっかもーん!」からのど突きが入れられて言葉を遮られる。

 

「初代になんて口の聞き方をするんじゃ!」

 

「いやだってじいさん、オレはメイビスともう会って話したことあるし。話してなかったけど」

 

『ですねぇ。初めて会ったのは今から11年前になっちゃいますか。あの時から私とウィズはお友達ですから、3代目も怒らないであげてください』

 

 マカロフに殴られた頭を擦りながら、トンデモ発言をして笑い合うウィズとメイビスに全員が口あんぐりをするが、そんなことはいいんだと話を戻したウィズは改めて話そうとすると、そちらもメイビスは折り込み済みらしく、その話はあとでと言ってとりあえずギルドに戻ろうということでビスカ達が乗ってきた船でマグノリアへと戻っていった。

 てっきり天狼島でしか霊体として存在できないのかと思っていたら、普通についてきたメイビスに何でもありだなと呆れつつ、マカロフを交えて3人で内緒話をする。

 

『3代目。突然ではありますが、ギルドに戻ったらウィズにルーメン・イストワールのところに案内してください』

 

「なっ!? それは本気で言っておられますか、初代……」

 

『冗談でこんなことは言いません。ウィズにはあれを解き放ってもらいます』

 

「ちょいメイビス。オレはまだやるとは言ってないだろ」

 

『そう、でしたね。では1度その目でルーメン・イストワールを見て、それからお返事を聞かせてください。急を要することでもありませんし、使わなければ問題もありませんからね』

 

 マカロフの驚き方が尋常ではなかったことにウィズも驚くが、ちゃんと返事をしていないことを割り込んで言えば、しょぼんとするメイビスのあざとさは天然なのか狙ってるのか判断が難しかった。

 どのみちルーメン・イストワールとやらは拝見することになるらしいので、今はそれ以上のことを話しても仕方ないかと内緒話から外れたウィズは、自分がいない間に入ったルーシィ達と心の距離を詰めるために他愛ない話をして港までの時間を使っていった。

 数時間後、港へと到着しゾロゾロとマグノリア目指して行列を作ったウィズ達は、やはり7年も経って雰囲気の変わった港を見て時の流れを実感。

 それはマグノリアの街にさしかかったところでも感じることとなり、外観に大きな差はないものの、明確に何かが違うと一同に訴えてきた。

 それでもギルドがお世話になってきた街ということで明るい雰囲気で街へと入ろうとしたのだが、その入り口にはウィズ達の到着を待つ男の姿があって、その男を見た途端に身構える者も何人かいた。

 

「……そろそろ帰ってくるだろうと思っていたよ」

 

「……お前は……黒魔導士ゼレフ!!」

 

 穏やかな表情で出迎えたゼレフを見て、グレイが臨戦態勢でそう言うので、釣られてほぼ全員が警戒を強くする。

 しかしその姿を見ても動じることがなかったウィズは笑顔を見せるゼレフへと近寄って、止めようと声を上げるナツ達だったが、それをメイビスが手で制す。

 

「7年経ってるらしいんだが、悪さはしなかったか、ゼレフ」

 

「そんなことをしてまた呪われでもしたら、君に合わせる顔がなくなってしまうだろう?」

 

 全員が沈黙する中で友人と挨拶するように話をし笑い合った2人を見て、メイビスがとても嬉しそうに笑っていたが、他のみんなは何が何やらといったキョトン顔をしてしまい、そんなみんなに振り返ってウィズは口を開いた。

 

「こいつはあの日、天狼島で黒魔導士ゼレフじゃなくなった。今はオレ達と同じ普通に生きる人間だ」

 

「そ、そんなことがありえるのか?」

 

「じいさん、オレの力は説明しただろ。信じろよ」

 

 もう驚きすぎて芸にも見えてきた仲間達の反応にゼレフと肩を組んでピースしてみせたウィズだが、また自分達の知らないところで色々やってたウィズに怒ったナツ達は一斉に詰め寄ってウィズをフルボッコ。

 そういうことはちゃんと話せ!

 各々が怒鳴りながら蹴るわ殴るわで弁明の余地すらなくすナツ達の有り余る元気にはついていけないが、なんだか自分に対する扱いが雑になってることには怒りが込み上げてきたので突然キレて1人ずつお仕置きを始めて立場が逆転し逃げ惑うナツ達。

 それを見てゼレフは本当に楽しそうに笑って一部始終を見届けるのだった。

 バカどもの対応に手間取ったが、何人か地面に沈めたところで一旦怒りを治めたウィズは、思い出したようにゼレフへと近寄ってナツの件が成功したことを知らせておき、兄としてそれを喜んだゼレフも、今日ここに来た理由を話してくれる。

 

「君達がいなかったこの7年で、僕はやれることを全てやった。アクノロギアは僕が作った国……アルバレス帝国の総力を以て討ち倒したよ」

 

 事後報告としてそう話したゼレフの話に、ウィズのみならず、それが聞こえたマカロフやメイビスまでが今日一番で驚きの表情を浮かべた。

 あのアクノロギアを倒したと言うゼレフに、ウィズはどう反応していいのかわからなくなってただ立ち尽くしてしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対価

 7年ぶり。いや、ウィズにとっては9年ぶりになる妖精の尻尾は、変わることなくマグノリアの街に佇んでいて、しかしマカロフと主要メンバーがごっそりといなくなったせいでかつてほどの活気が見られなかったが、それも仕方ない。

 ビスカ達の話ではずっと死んだと思われていた主要メンバーが帰ってこなかった時は、皆が塞ぎ込んでギルドの経営すらままならない事態に陥ったらしい。

 それでも腐ることなくギルドを守り続けたビスカ達と一緒にギルドの扉を開いて帰ってきたウィズ達は、信じられないものでも見るようなマカオやワカバ達に満面の笑みで「ただいま」と言えば、一斉に集まってきて泣きながらの歓迎を受ける。

 中には知らない顔もあったが、喜ぶ一同から少し外れていたウィズの元に何人かの少年少女が寄ってきて、確認するように顔を見てくる。

 

「やっぱりウィズお兄さんだ!」

 

「ウィズ兄ちゃん!」

 

 そう言って押し倒すように抱きついてきた子らに見覚えがないはずのウィズは混乱。

 そんなウィズに遅ればせながら反応したマカオとワカバがもみくちゃにされるウィズにわかるように口を開いた。

 

「そいつらはお前さんがギルドにいた頃に面倒見てた街のガキ共だよ」

 

「ギルドが半壊状態になった時に威勢良く入ってきてな。ウィズがいたギルドが潰れるなんて嫌だっつってめちゃくちゃ頑張ってくれたんだよ」

 

 そう言われてみれば、9年も経ってはいるがどこかしらに懐いていた子らの面影を感じて、皆が皆ウィズに会えたことで笑いながらもその目からは涙を流していた。

 全員が魔法の素質があったわけではなかったはずだが、それでもギルドでやれることを精一杯やって守ってくれていたことには感謝しかない。

 決してギルドのためにやってきたことではなかった。

 だがそれが巡り巡ってこうしてギルドのためになったという事実はウィズにとって嬉しい誤算だった。

 詳しく話を聞くと主要メンバーが抜けたことで仕事の量や質もずいぶんと落ちて、かつてフィオーレ最強のギルドと呼ばれた勇名も陥落し、今は別のギルドに奪われてしまったことまで聞いたが、そんなものはこれからまた頑張ればついて回るもの。

 それから積もる話もたくさんあったのだが、今はやるべきこともあったので久しぶりにマグノリアに来てはしゃぐメイビスとマカロフと一緒に例のルーメン・イストワールのやらを拝むためにひっそりと移動を開始。

 ギルドの地下深くに続く石の階段を降りた先にあった重々しい巨大な封印が施された扉の前まで来たウィズ達は、マカロフによって解除された扉を開いてその先にあったルーメン・イストワールを見る。

 

「これがルーメン・イストワール……」

 

 広い空間の中央に鎮座していたルーメン・イストワールは、何がどうしてそうなっているのか、おそらく生きてはいないだろうメイビスの身体がラクリマの中へと入れられた状態で存在していた。

 

「メイビス……裸だな」

 

『そ、そういうのは反応してはいけないと思います! 意識はこれ自体に集中してください!』

 

 事実ではあったのだが、恥ずかしそうに怒るメイビスは緊張感を戻すようにして自分の裸はいいからとルーメン・イストワール自体に集中させると、冗談のつもりだったウィズもちゃんとメイビスの話を聞く。

 

『これは理論上、無限の魔力を生み出す妖精の尻尾の最重要秘匿魔法。かつてゼレフと同様にアンクセラムの呪いによって不老不死となった私が、ゼレフのアンクセラムの呪いの矛盾の影響を受けて死した身体。心臓が止まったはずなのに、呪いによって半死人状態となった身体と、蘇生を試みていた2代目マスター、プレヒトの天才的な頭脳とが合わさって無限に魔力を生み出すようになってしまった偶然の産物です』

 

 メイビスの説明に、マカロフさえ初めて詳細を聞いたのか唖然としていたが、無限に魔力を生み出す装置など危険以外の何物でもないし、これが世に出たら争いだって起きかねない。

 だからこそこうして封印という形で秘匿されてきたのだろうが、そうなるといま霊体として存在するメイビスは厳密に言えばまだ完全には死んでいないのかもしれない。

 

『いえ、私はもう死んだ人間です。このような身体になって、周りの生命を奪ってしまうようになった時の絶望は今でも思い出す度に全身が震えます。処分することもできないこの身体をどうすることもできないまま時は流れましたが、ようやくあなたに会えた。私を解放してくれる存在。ウィズ・クロームに』

 

 懇願するような。待ちわびていたような語りでウィズを見るメイビスは、本当に救われたいと泣いていた。

 その涙がウィズの心にはずしりと重くのし掛かってきて、本当はどんな理由であれルーメン・イストワールの解放は断るつもりでいたのだが、これは無視できそうになかった。

 アクノロギアはゼレフによって倒された。

 そしてこの7年でゼレフ書の悪魔で構成されていたという闇ギルド、冥府の門もゼレフの手によって消滅させられ、そこの長、マルド・ギール・タルタロスの持っていたENDの書もすでに回収済みだと本人が話していた。

 このあとマグノリアの外でナツ、ガジル、ウェンディの滅竜魔導士がゼレフから全てを聞く約束をしているが、それを終えたらゼレフは自ら命を絶つと言っていた。

 ティアが討てと言った存在はこれで全て消え、世界にはひとときかもしれないが平穏が訪れるだろう。

 あとはティアの願いである精一杯生きることがウィズのできる孝行だったが、それも叶わなそうになった。

 

「…………メイビス。これを斬れば本当にあんたは救われるんだな」

 

『はい。やって、いただけますか?』

 

「じゃあ、その暁には消える前にデートしてくれよ。友達として、最後の思い出をプレゼントしたいからさ。2人っきりが恥ずかしいならギルドのみんなでバカ騒ぎをしよう。それからちゃんと見送らせてくれ」

 

『……あなたは本当に優しいのですね。私も最期はみんなに笑顔で見送られたいです』

 

「ってことでじいさん、早速で悪いけど騒ぐ準備を頼むな。みんなに言えばすぐできるだろうし」

 

「まったく……しょうがないのぅ。いっちょパアッと盛大にやるとするかの!」

 

 ──覚悟は決めた。

 だから最期にそんな約束をして2人を笑顔にしたウィズは、目の前のルーメン・イストワールへと1歩前に踏み出して真刀滅却に触れて構える。

 

「じいさん、メイビス。こんなオレをここにいさせてくれて、ありがとう。このギルドにいられて、本当に幸せだった」

 

 だがやはりこれだけは言わないとと最後の最後で本音を口にしてしまったウィズは、それで嫌な予感がしてマカロフに止めるように言ったメイビスの叫びを無視して真刀滅却を抜刀。

 ティアに教え込まれた高速の抜刀術は一切の障害に阻まれることなくルーメン・イストワールのメイビスの身体を通過し、その身体にかけられたアンクセラムの呪いを断ち切った。

 ──強大な力にはそれ相応の対価が必要になる。

 真刀滅却を使ったあらゆるものを断ち切る力はあまりに強大な力ゆえ、それを使用する回数にも限りがある。

 最初に使ったのは悪魔の心臓の煉獄の七眷属の1人。

 その時に断ち切ったのは具現のアークという魔法概念。

 あれは仲間を助ける目的もあったが、どれほどの対価を要求されるのかを確かめるためにあえて使用したが、ここでは予想よりも多くの対価は取られなかった。

 2度目はゼレフのアンクセラムの呪いを断ち切った時。

 これがマズかった。

 ここで支払われた対価はウィズの予想を遥かに越えてしまい、もうどうすることもできないレベルになってしまった。

 その状態での3度目はナツの中のエーテリアス。

 これがとどめになった。

 この時点でもう、ウィズが支払える対価はほとんどなくなってしまった。

 そして今、支払える対価の足りない状態でアンクセラムの呪いを断ち切ったウィズを待つ結末……

 ウィズが支払ってきた対価。それは『自らの寿命』に他ならなかったのだ。

 そうしてルーメン・イストワールを断ち切ったウィズは、足りない対価を自らの死を対価にして支払い、真刀滅却の刀身、その根元に刻まれていたウィズの寿命のタイムリミット『6Y147D12H23M52S』が全部0で埋め尽くされ、真刀滅却を振り抜いたウィズは力なく倒れていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

選択

 深い霧に覆われた不思議な空間。

 水の匂いがする。流れる気配と音もある。

 近くに川か何かがあることはわかったので、砂利の道なき道を進んでそちらへと歩み進んでみた。

 霧は依然深いままだが、視界に大きな川が見えてきて1度その足を止める。

 どうにもおかしな気配を持つ川で、自分の意思とは別に本能がこの川の先へと行きたがっているようだった。

 おあつらえ向きに渡し舟も停まっているので、それを使えば問題なく向こう岸へは渡れるだろう。

 そこに何の疑問も持てない自分がだいぶおかしいことには気付いていたが、もう何かを深く考える必要もないので思考は停止気味。

 そう。自分は死んだのだ。

 選択の力の対価。自らの寿命を削ってメイビスの身体にかけられたアンクセラムの呪いを断ち切り、圧倒的に足りなかった寿命の対価を自らの命そのものを差し出すことで支払った。

 故にここは生者の来る場所ではないのだろう。

 全てをなんとなくわかった上で今、ウィズは川を渡ろうとしていた。

 

「やーっぱり来た。ここで待ってて正解だったわ」

 

 川を渡るために渡し舟に乗ろうと近寄るところで、ふとその渡し舟の近くから声がした。

 聞いたことがある声。

 忘れるはずもない、大好きな人のその声を聞き間違えるわけがなかったウィズは、あらゆることが吹き飛んで霧の中から浮かび上がり目の前に現れたティア・レンドリーに視線を釘付けにされる。

 

「ティア……なのか?」

 

「違うって言ったら面白い?」

 

 腰に手を当てて「なーんてね」とか言うティアは相変わらずだが、霧の中でもその存在感は健在だ。

 そんなティアに歩み寄ろうとしたウィズは、しかしその手で制したティアによってそれ以上の距離を詰めることを拒まれる。距離にして10m程度。

 

「こらこら。大好きなティアお姉さんに会えたのが嬉しくても、あんたはそれ以上こっちに来ちゃダメ」

 

「…………ごめん、ティア」

 

「……何が?」

 

「オレ、ティアの願いを……精一杯生きろって言われたのに、あっという間にここに来ちまった」

 

 触れられない距離でそんな話をしたウィズは、呆れているであろうティアに謝罪をする。

 結果としてティアのあとを追うように死んでしまった自分に、何を言うのかと待っていたウィズだったが、怒られる覚悟もしていたのにティアは予想外の言葉を口にする。

 

「あなたは自分のやったことを後悔してるの?」

 

「そんなことはない! たとえオレの命が尽きることになっても、それで誰かを救えたのなら、そこに後悔なんてない」

 

「だったらいいのよ。でも自己犠牲をカッコ良く言ってもダメ。それは残された者達のことを考えない自己満足」

 

 酷く正論だった。

 自分のしたことに後悔はないが、それを実行する時に誰の意見も仰ぐことなく強行し、直前で止めに入ったメイビスとマカロフも無視した。

 この世に未練はない。これは自分にしかできないことだと、そんな言葉で自分を納得させて。

 

「そうだったとしても、オレは救いたかった。ずっと絶望の中で苦しみながら希望を待ち続けていたあの人を、救いたかったんだ。ティアみたいな正義の味方に、なりたかったんだ……」

 

「ふんっ!」

 

 でも、目の前で救いを求めるメイビスを救いたいという思いまでも否定したくなかったウィズがそう言えば、しゃらくせぇとでも言うように拳大の石を拾って投げたティアは、それを腹に受けて沈んだウィズに言葉を紡ぐ。

 

「あなたの思いを否定してなんかないわよ。私だって困ってる人を見たら放っておけないお人好しだもの。ただあなたの選択があまりに短絡思考だから頭を抱えてるわけ。これじゃ何のために選択なんて魔法を扱ってたのかわからなくなるわ」

 

 師匠らしくガミガミと説教をしてくるティアだったが、声を荒らげたのはそこまでで次には落ち着いた口調で言い聞かせるように心を込めて言葉を紡いだ。

 

「選択は今ある選択肢から選んで抜き取る魔法。何かを消したり生み出したりする魔法じゃない。ああ、真刀滅却のあれは別としてね。でもそれがあなたの思考にまで侵食してはダメ。人間は常に新しいものを──未来を生み出す生き物。そうやって創造と、時には破壊をすることで今日まで人類は繁栄してきた。選択は創造と破壊をしない魔法。だからこそそれを扱う人は誰よりも思考を停止しちゃいけない。考えて考えて考えて。未来を生み出す、決して諦めない不屈の心を持たないと、今ある選択肢から選ぶだけの、今のあなたみたいになっちゃう」

 

 ズキンッ、とティアの言うことに心の深い部分を突かれたような痛みがウィズを襲う。

 長く選択を使ってきたウィズは、だからこそ『物事を見極める目』を誰よりも養ってきたつもりだったが、それはいつの間にか目の前のものしか見ない狭い視野になっていたのだ。

 最初からそうだったわけじゃない。

 少なくとも妖精の尻尾にいた頃の自分は、ナツ達の将来をあんなにも夢見て面倒を見ていたではないか。

 それがギルドを出てティアから記憶を返してもらってからはどうだ。

 目の前の事態にただ力を振るって寿命を縮めて、どうにかできそうな可能性に思考が停止していた。

 

「そうだったんだよな……ティアの言う通りだよ。でもさ、出来ればそれを生きてる時に言ってほしかった……な!?」

 

 言われるまで自分の状態に気づかなかったことがどうしようもなく情けなくて、今になって後悔するような思いが出てくるが、弱音を吐いたウィズに対してまた石を今度は何個も投げ込んできたティアに反射的に回避行動を取る。

 

「今になって私にしがみつくな。私はあの時に私の『全て』をあなたに託したのよ。もう私があなたに渡せるものは、師匠としての言葉しかない。だから弱音は今ここに置いていきなさい。そして回れ右して走れ。振り返るな。立ち止まるな」

 

 石を投げながら意味がわからないことを言ってくるティアだったが、逆らってティアを見ていたらさらに石を投げる速度が上がるので、これ以上は避けられないと逃げるようにティアに背中を向けて川から離れて走り出した。

 その背中を見届けながら石を投げるのをやめたティアは、最期まで世話の焼ける最愛の弟子に短い息をふぅと吐いてやれやれといった表情をする。

 

「精一杯に生きなさい。あなたが生きた証を残せるように、今度は後悔しない『選択』をしてね」

 

 ──どのくらい走っただろうか。

 先の見えない道をひたすらに走って走って走って。

 ようやく見えた光を通り抜けて、眩しいくらいの光に包まれたかと思った瞬間に、ウィズは覚醒した。

 目覚めると目の前には鼻水も垂れ流しながら泣いているメイビスとマカロフの姿があり、視線が合うと2人して驚いた表情から嬉し泣きへと変化して大人気なくわんわんと泣き散らす。

 

『よがっだでずぅううう! ぼんどうによがっだでずぅうう!』

 

「このバカもんが……心配させおってからに……うぉおおおん!」

 

「……生きてるのか、オレは……」

 

 2人のリアクションが物凄い中で、自分の心臓が鼓動を刻んでいることを確認しつつ、落ちていた真刀滅却を拾って自分の命のタイムリミットを見れば、そこには『28Y61D19H41M36S』から狂いもなく一定の速度で減り続ける数字の羅列があった。

 

「オレの寿命は確かに尽きたはず……じゃあこの寿命はどこから……」

 

 不可思議な現象に思考が追いつかないが、意識がなかった、というよりも確かに死んでいたのだろう自分が見た夢のような光景。

 あれが夢でなかったとするならば、ティアの言っていた『全て』を託したという意味は自らが本来持っていた寿命すらも託していたのではないか。

 確信はなかった。でもそうとしか思えない奇跡は確かに現実に起こった。

 驚いて放心状態になっていたウィズだったが、そこにいきなり『3代目』とメイビスの声が聞こえたと思えば、次には巨大化させたマカロフの愛の鉄拳が撃ち込まれてギャグみたいに吹き飛ぶ。

 備えがなかったので相当に痛かったが、なんとか上半身だけ起こすと、今度は泣き止んではいたがその目に涙を溜めたままのメイビスが頬が破れんばかりに膨らんだ状態で怒ってますのポーズ。

 

『何故、命の消滅をわかっていながら私の願いを叶えようとするのですか! 私は誰かを犠牲にしてまで自分が救われようなどと思ったことは1度としてありません!! あなたが先に言ってくだされば、お願いしますなんて口が裂けても言いませんでした!!』

 

 うるうると涙を流しそうになりながらそれを必死に堪えて本気の説教をするメイビスに、ウィズは頭が上がらない。

 ここでもティアと同じようなことを言ってくれる人がいた。

 ティアと同じように怒ってくれる人がいた。

 それが嬉しくて、怒られてるのに笑ってしまいそうで、表情に出さないように我慢していたら、目の前で正座して目線を合わせたメイビスはついに溜めていた涙をポロリと流して口を開いた。

 

『本当に……心配したんですよ……』

 

「…………ごめん、メイビス。オレが悪かったよ。じいさんにも心配かけた」

 

 自分のしたことで泣かせてしまった2人に、心から謝罪したウィズに対して、その言葉が聞きたかった2人はニコッと笑って今度はウィズが生き返ったことを喜んでくれた。

 そして当然、何故生き返ったのかという疑問に辿り着くわけだが、もう結論が出ているウィズは迷うことなくティアのおかげだと言うと、少しだけ考える素振りを見せたメイビスはそこに持論の理屈を付け足した。

 

『一なる魔法。全ての魔法の始まりとされる魔法。それはきっと至るものではなく、始めから誰しもが持っているものなのかもしれませんね。私はその魔法をこう思うのです。全ての魔法は「愛より生まれいづる」と。きっとウィズを想うティアさんの愛が、奇跡という魔法になったんですよ』

 

「ははっ、メイビスはロマンチストだな」

 

『な、なんですか! 私はいつでも夢見る少女なのですよ? ギルドの名前だって元々は妖精には尻尾があるのか。その永遠の謎。故に永遠の冒険という意味でして……』

 

 実にメイビスらしい持論で聞いた方が痒くなるが、だからこそメイビスは妖精の尻尾の初代マスターになれたのだろうし、その意思がギルドに受け継がれているのだ。

 決して多いとは言えない残りの時間。

 それが視覚化してるウィズはかなり特殊ではあるが、それはあくまで生きられる寿命。

 いつどこで何が起きるかわからないし、それよりも早く何かの要因で死んでしまうかもしれない。

 それでもウィズは今度こそ、ティアの願いである精一杯に生きることを誓う。

 もう、考えることをやめない。

 考えて考えて考えて。そして選択するんだ。自分の未来を。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

祭りだ祭りだぁ!

 ギルドの地上に戻ってみると、さっきまでのお祝いムードから一転しバタバタとギルドを出ていく人がいたり、祭りの打ち合わせをしていたりと動きがあった。

 何事かとウィズ達がギルドを出ようとしたストラウス姉弟を捕まえて話を聞くと、7年も音沙汰なく留守にしていた家が心配で様子を見に行くとのこと。

 ギルドの寮暮らしだったエルザやレビィといった面々は残っていたメンバーが勝手ながらに部屋の掃除やらをやってくれていたとかで慌てた様子はなかったが、賃貸などのミラ達は怪しいところだ。

 それを聞いて一瞬オレもかと思ったウィズだが、そういえば9年前からマグノリアに家はなかったのでホッとする。

 しかしギルドに復帰したからにはまた新しい住居が必要なので、そっちの方も考えなきゃならないと思うとため息が漏れてしまった。

 ナツとガジルとウェンディはゼレフとの約束通りに話をしに行ってしまったようで、望むならウィズにも話をするとは言ってくれていたが、何事にも知りすぎると良くないことはある。

 それを決めるのは話を聞いたナツ達であり、3人が話してくれる時が来たら、その時に聞いてあげればいいのだ。

 そんなわけでやることのあるミラ達とは違って暇になったウィズは、夜に改めて集まって盛大にやることになった祭りの準備の手伝いに回り、街を見て回りたいと言うメイビスも連れて買い出しやらに動いていった。

 ルーメン・イストワール。メイビスの本体とも言うべき身体にかけられたアンクセラムの呪いはもう断ち切られて、メイビスをこの世に縛る足枷は外れた状態になってはいたが、長い年月を霊体で過ごした影響か、そうすぐには消滅しなかった。

 本人が言うには気合いで居座っている状態とかなのだが、そんな問題なのかと疑問はある。

 身体の方は後日、改めて天狼島の方に埋葬してほしいとの要望だったので、ギルド総出で弔う予定。

 それも遠くない未来の話なので、残り少ないギルドのみんなとの思い出を作ろうとメイビスもとても楽しそうにしていて、街を歩けば自分が食べられるわけもないのにあれが美味しそうだのこれが美味しそうだのとウィズに興奮気味で言ってきたが、ギルドの紋章を持たない人にはメイビスの姿は見えないので反応するとイタい人と思われそうでリアクションに困っていた。

 食材や飲み物をあらかた買い終わって、気付けば荷車に山のように積むことになったそれを引いてギルドに戻ろうとしたウィズだが、この買い物の間にかつてお世話になった人達が覚えてくれていたようで、復帰祝いだなんだと色々と貰った結果がこれだが、9年経った今でも覚えていてくれる人がいたのは相当に嬉しく、それが顔に出てメイビスにからかわれたのは言うまでもない。

 そうしてギルドに戻ってみると、中では準備が着々と進んでいて、ウィズの材料の到着でいよいよ本格的な準備が始まった。

 その中でどさくさに紛れて酒樽をくすねようとするギルダーツとカナのバカ親子に制裁チョップをかまして止めて、戻ってきたミラ達やその他料理の出来る人員が張り切って調理を開始。

 すっかり日も暮れて空腹のバカどもが騒ぎ出した頃合いにひとまず第1陣の料理を出してみると、マカロフの乾杯の音頭が間髪入れずに来てバカ騒ぎが開始される。

 早速料理を巡っての喧嘩があちこちで始まりかけるが、それを見越してホールのど真ん中にどっしりと陣取ったウィズは喧嘩腰の声に反応してギラリと鋭い眼光で睨んで喧嘩を未然に防ぐ。

 しかしそれすら見越して動く輩も数人いて、ご機嫌取りのように酒を注ぎに来る奴ら──グレイやエルフマンなどウィズの怖さを知ってる連中──が酔わせてしまおうと悪い顔をしていたが、一緒に酒を飲んだ記憶もほとんどないから知らないのだろう。

 ウィズが酒にめっぽう強いことを。

 それこそウワバミのカナと同等レベルなので、ちまちま注いだところで足しにもならないが、面白いので黙って思惑にハマってやっていた。

 傍では楽しそうにメイビスが雰囲気に酔って頬を赤らめていたが、ガールズトークの匂いを嗅ぎ付けてそちらへとお邪魔したりと自由気ままな様子。

 そんな中でゼレフとの話を終えて戻ってきたナツ達が入ってくるなりテンション高めで参加してきて、いきなり食べ物を奪い合って喧嘩を始めたので、1度おしおきしてガジルやウェンディ、ルーシィといった新規組にその恐ろしさを教えてやって席に戻ろうとしたら、ギルドの入り口で入るかどうか迷うゼレフの姿を発見。

 おそらくは話を終えてナツ辺りが一緒に来いとか言って強引に連れてきたはいいが、場違いな自分がいていいものかと足踏みしてる状況。

 それに気付いて手を差し伸べようとしたら、いち早く気付いたナツが近寄って強引に腕を引っ張って中へと入れると、ギルドの全員に聞こえる声で話す。

 

「なぁみんな! こいつは……ゼレフは俺の兄ちゃんだった! つーか俺もウェンディもガジルも実は400年前の人間で……うーんと……なんか色々言われたんだが、そんなわけでゼレフは俺の家族だから、参加してもいいよな?」

 

 爆弾発言の連発だった。

 しかしナツはそんなことは些細なことで、ゼレフが自分の家族だから祭りに参加させたいとそこを強調して言うと、驚くタイミングすらくれなかったナツに口をあんぐりさせていた面々もそれは追々といった雰囲気で顔を見合って「当たり前だろ」と返せば、呆然としていたゼレフの腕を引っ張ってナツは仲間達の輪の中に一緒に入っていった。

 そこからのバカ騒ぎは一層の賑わいを見せて、悪酔いした女性陣が男どもを尻に敷いて顎で使いもう修羅場だったが、喧嘩とかではないのでグレイ達の止めてくれの言葉も完全に無視したウィズは安全圏でメイビスやマカロフ、ギルダーツと談笑しながら、これもいち早く危険を感じて避難していたミラも酒を注ぎながら話に加わっていた。

 そのまったりとした輪の中に今の今までナツの道連れを食らっていたゼレフがよろよろと抜け出してきて加わると、ミラから水をもらいつつぐったりするが、そんなゼレフの姿にウィズ達は思わず笑ってしまう。

 笑われて良い気分はしないのでゼレフも少しムッとしはしたものの、久しく味わってこなかった賑わいが心地よかったのか騒ぐナツ達を1度見て笑ってからウィズ達と顔を合わせる。

 

「君達には話しておくべきかな。僕が作った国。イシュガルの西にある大陸を統べるアルバレス帝国。この全戦力を以て僕はアクノロギアを討ったが、本当はこの戦力をどう扱うか迷っていた。アクノロギアを討つために人類の味方となるか、はたまたそのどちらとも滅ぼすために人類の敵となるかを。ウィズに会うあの日まではね」

 

 いきなりスケールの大きな話を切り出してきたゼレフだが、その口調は非常に穏やか。

 それはもう過去の話だと、そう言いたげなゼレフに誰も口を挟まなかったので、ゼレフもそのまま話を続けた。

 

「いつかこのイシュガルにも侵攻するつもりではあったけど、その必要もなくなったかな。姿は見えないし声も聞こえないけど、メイビスの非常に穏やかな存在も感じる。彼女の解放もしてくれたんだね、ウィズ」

 

「やった後に泣かれて怒られたけど、まぁ一応はな」

 

「ん? その辺の事情はわからないけど、とにかく僕はもうあの国でどうこうしようという考えはなくなった。それに伴ってイシュガルが密かに警戒していた脅威になり得ないことを国王として先日に宣言した。今後は両国で友好的な国交が成せればと思っている。今は僕の副官にあたるオーガストを中心にそっちの上層部と色々と話し合いがされているはずだが、どう転ぶかは今の段階ではわからないかな」

 

 完全に戦意というか、戦うという選択を捨てているゼレフのここ7年の動きに、本当に悪名高い黒魔導士としての姿が見えなくて驚くが、そうなるだけの変化だったのだ。

 ウィズが断ち切ったアンクセラムの呪いという生き地獄からの解放。

 時間の流れから外れるような不老不死はその人の精神すら徐々に破壊していき、ゼレフも壊れる寸前だった。

 

「それでも戦争という選択は絶対にしない、だろ?」

 

「そうだね。いざこざや確執は生まれてしまうだろうけど、国が違うだけで皆等しく人間であることに変わりはない。大事なのは歩み寄ろうとする意思さ」

 

「……400年分の重みがあるねぇ」

 

「茶化さないでくれ」

 

 同じ人間なのだからわかり合える。

 ゼレフの言うことにメイビス同様クサいことを言うなぁと思いつつ、妙にカッコ良いゼレフを茶化して場の空気を和らげると、互いに会話ができないメイビスとゼレフがそれでも互いの顔を見合うように笑った瞬間、この2人を救えて良かったと心から思ったウィズだった。

 

「そうそう、近々フィオーレでは最強のギルドを決める大会が開かれるけど、君達も出てみたらどうだい? この7年でギルドの勢力図も変わったから、新鮮なものではあると思うよ」

 

 話も一段落したので明るい話題をと意外に気が利くゼレフは唐突ではあったがそんなことを言うので、最強ということに拘ってはきてなかったマカロフも乗り気ではなかったが、優勝賞金が破格のものであると聞くと豹変。

 ギルドも右肩下がりの成果なのは聞き及んで知っていたからこそお金は必要なのだが、現金というかなんというかで少々呆れ気味のウィズだったが、早速大会への参加表明を騒ぐ奴らにもしてしまったので、これからもまだまだ退屈しなさそうだなと思うのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

未来の選択

 数日後。

 改めて天狼島へと、今度はギルドのメンバー全員でやって来たウィズ達。

 その目的は初代マスター、メイビス・ヴァーミリオンの本当の意味での弔い。

 祭りの翌日に二日酔いやら何やらでグッタリしていた面々を無視してメイビス本人からされたルーメン・イストワールの話やゼレフとの関係からギルド設立の経緯などなど。

 おそらくはメイビスが話せる全てのことを聞いたウィズ達は、どうあがいても霊体としていられる時間が残り少ないことを聞かされて善は急げで今に至り、形だけであるメイビスの墓へとやって来て正真正銘のお墓としてあげる。

 

『皆さん、何から何までお世話になりました』

 

 埋葬も終えてしてやれることを全て終えてから、墓の前でウィズ達と対面したメイビスは深々とお辞儀をして感謝を述べる。

 

『私達先人の時代は終わり、これから先の未来を紡ぐのは今の時代を生きるあなた方です。どうか皆さんの力で誰もが笑顔でいられる明るい未来を作ってください』

 

 そして初代マスターとして、偉大な先人として今を生きるウィズ達に笑顔でそんな言葉を残したメイビスは、誰1人として涙せずに凛々しく立つウィズ達をざっと眺めてからゆっくりとその姿を消していく。

 

「向こうに行ったら、ティアをよろしく頼む。心配性でまだ入り口にいるかもしれないからさ」

 

『まぁ。過保護な師匠なのですね。ではあなたが元気なことをちゃんと伝えて安心させておきます』

 

「ありがとう、メイビス」

 

 消え行くメイビスを見て、ふとその墓の隣にあったティアの墓を見て思わずそんなことを言ってしまったウィズに、クスクスと笑いながらお願いを聞いてくれたメイビスに感謝。

 それを最後にメイビスは完全にその姿が消えてしまい、残されたウィズ達はマカロフの言葉に従って少しだけ長い黙祷をメイビスに捧げたのだった。

 メイビスを見送って、ギルドを空にして来てることもあり割とすぐに撤収の流れになって船へと戻ってきたウィズ達は、そこで1人で待っていたゼレフと入れ替わるように船に乗り込んで、島に残る予定だったゼレフと言葉を交わす。

 

「本当に良いのか?」

 

「ああ。僕はこの島で残りの時間を使わせてもらうよ。ここにはメイビスも、君の師匠もいるしね」

 

 事前に話は通っていたとはいえ、いざそうなると少し寂しいものだとウィズは思う。

 ゼレフはアンクセラムの呪いから解き放たれたが、長年の不老不死の反動か急激に身体が弱ってきていたようで、あと半年も生きられないかもしれないと話していた。

 その前にウィズ達にまた会えたのは本当に良かったと言ったのと同時に、ゼレフはその残りの時間を天狼島で静かに過ごしたいと申し出て、最初こそナツが止めたのだが、死に顔を誰にも見られたくないと強く言うゼレフに結局折れて、マカロフとメイビスの了承を得た上で今に至っていた。

 

「ナツを、弟をよろしく頼むよ。やんちゃで無茶苦茶なところが心配だけど、君がいてくれると思えば安心できる」

 

「オレはナツの保護者じゃないぞ。だがまぁ、無茶した時は怒ってやるくらいはしてやる」

 

「ちょっと待てぇええ!! 俺を子供扱いすんなよ!!」

 

 出発準備が進む中でそれなりの関係性を築いたウィズとゼレフがしんみりしない程度の会話をしていたら、別れの言葉は言いたくないとか言って引っ込んでいたナツがガーッと噛みついてきて、それをルーシィとハッピーが腕を掴んで止めていた。

 

「400年生きた僕からすればナツはまだまだ子供だよ」

 

「子供扱いに過剰な反応してるやつが吠えるなよ。大人なら言葉の1つや2つ受け流せるようになれ」

 

「ウィズのアホー」

 

 そのナツを見て2人して笑ってそんなことを言ってやって子供扱いを取り下げないでいると、挑発するようにナツがウィズを馬鹿にしたので、ぐりんと振り返ったウィズはルーシィとハッピーに手を放すなと言いつつナツに迫っておしおき。

 全然流せてねーじゃねーかぁあ!!

 そんなナツの断末魔が響く中で船は出発。

 それを笑顔で静かに見送ったゼレフに、ウィズは少しだけ手を振ってから甲板に沈んだナツのおしおきを再開していった。

 ナツのおしおきを終えてガヤガヤと賑やかな仲間達と適当な話をしてから、船頭であぐらをかいてうんうん唸るマカロフに近寄ってみたウィズは、何を唸ってるのか尋ねると数ヵ月後に開催されるフィオーレ最強のギルドを決める大会『大魔闘演武』の出場メンバーの選出だった。

 候補にはエルザやナツ、グレイなどの名前が挙がっていて、もう実力を遺憾なく発揮できるようになったウィズも当然候補に選ばれていたのだが、大会の規定が書かれた本を読みながら軽い感じで宣言しておく。

 

「じいさん、もしオレを選ぶなら、ラクサスをギルドに復帰させてくれよ。いつまでも頑固になってても仕方ないって。ラクサスがしたことは間違ったかもしれないけど、間違えない人間なんていない。オレもその1人だし」

 

 視線など合わせずにそんなことを言うウィズにマカロフはさらにうんうん唸るものの、ウィズの入らない戦力低下とラクサス復帰による戦力増強は実際問題かなり大きい。

 もちろん大会のことがなくてもラクサスの復帰は悩んでいただろうが、その時はギルダーツやエルザ、ミラといったS級も連れ出して物申していたので、これで済むなら御の字といったところ。

 それで今度はあんまり交遊のなかった新規組に混ざるためにルーシィやウェンディの場所に割り込んでみると、丁度ルーシィが星霊魔導士にとって大事な鍵を磨いていたので、その中の黄道十二門の鍵を見てそういえばとギルドを出ていた時の話をする。

 

「そういや昔、ちょっとしたゴタゴタを解決した時に黄道十二門の鍵を2つ手に入れちゃったんだよな。今ルーシィが10個の黄道十二門の鍵を持ってるから、それ合わせれば全部揃ってたんだな」

 

「ってことは、ウィズはもうその鍵を持ってないってことだよね? もしかして売っちゃったとか?」

 

「ああいや……オレは選択以外の魔法が使えないからもて余してたんだが、少しして素質のありそうな子にあげちゃったんだ。その時まだ10歳前後だったから、今は17、8歳になってるかな」

 

 そうした思い出話をしたら、あの時に出会った少女の顔が頭に浮かんで、別れる時に何か言ったような気がしてそれを思い出そうとする。

 

「じゃあ、順調に魔導士として成長してたら、今頃どこかのギルドに入ってたりするかもね」

 

「ん、かもな。戻ったらあの子のいた街に行ってみるか。もしかしたら会えるかもしれないし」

 

「あ、それ私も行きたい! 同じ星霊魔導士になってるかもしれない子だもんね。仲良くなれたらいいなぁ。星霊も紹介してもらいたいし」

 

 ああ、あんなこと言ったっけと思い出したところで、ルーシィがギルドに入ってるかもと予想するのでそれもあり得るなと考えつつ、昔その子と会った街に行ってみることを口にすれば、まだ会えるとも限らないのにルーシィがついてくると言って楽しそうにするので、苦笑しつつ了承。

 昔に会ったその子はとても内気でネガティブ思考の強い少女だった。

 だからウィズは鍵を渡してこう言ったのだ。

 

『楽しそうにしない子に近づこうとする子なんていない。だからまずは笑顔になれるように楽しいことを考えよう。寂しいなら君がこの鍵を扱えるようになって、呼び出す星霊と友達になってもらえばいい。そうやって少しずつ人の輪を広げていけ』

 

 確か名前は……ユキノ・アグリアだったはず。

 その子の何を知ってるわけではないが、無視できないくらいには孤独になりかけていた少女に手を差し伸べた責任がウィズにはある。

 いつか再会して、その時にその子が自分のことを覚えていて、さらに笑顔が見られたらそれは、とても幸せなことだ。

 

「まぁ、それはそれとして今は7年の開きをどう埋めていくかの方が大事かな。特にガキ組。お前らたぶん、マックス達と良い勝負だぞ?」

 

 そんな風な考えを抱きながら話題を変えてニヤニヤしながらルーシィ達に向けて現実を突きつけてやると、何故かマックス達にまでツッコまれるが、ここで自分を含めない辺りにウィズの自信がうかがえた。

 

 数ヵ月後。

 大魔闘演武に参加した妖精の尻尾は、7年のブランクをものともせずに奮戦し見事優勝。

 特にウィズは大会中、ただ1つの怪我も負わずにほぼ無傷で全ての競技に完勝。

 かつて全くの無名だった選択者がフィオーレ王国にその名を轟かせた。

 大会後、目覚ましい活躍からウィズはイシュガルの四天王、ゴッド・セレナの抜けた穴を埋めるべく聖十大魔導の称号を与えられ、所属を妖精の尻尾としたまま、聖十の権限を以てゼレフが繋いだ世界平和への交渉に参戦。

 数年間も続いたアルバレス帝国との和平は困難を極めたが、表面上はどうにか無事に収束した。

 そしてさらに数年が経って、ウィズもとうとう1人の父親になる。

 最大でもあと20数年でその命が尽きてしまうウィズだったが、ちゃんと繋いだ未来の形にこの上ない幸せを感じつつ、今日も精一杯生きる。

 

 大きな、とても大きな『選択』の過ちを冒さないように、慎重に、1歩ずつ、確かめながら歩いて、今日も晴れ渡るイシュガルの空を笑顔で見上げるのだった。

 

 

END



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。