皇妃が捨てられたその後に (獲る知己)
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皇帝ルブリスのその後
原作自体がまだまだ始まったばかりなので事前情報が不足気味ですが想像力と妄想力で頑張ります。
遠くから聞こえるそれは酷く耳障りだ。いや、その声は近くから聞こえてくる。
『許してなるものか』
憎悪に燃える瞳が僕を見る。なんだその目は?生意気だ。僕を誰だと思っている。
声を張り上げようとするも、なぜだか声が出ない。喉を触り異変がないかを確認するが変わった様子はない。声だけが出ない。
必死に声を出そうとするが、嗚咽が出るばかりだ。
ふと、腹がひどく傷んだ。手を添えれば止めどなく赤い何かがあふれてくる。熱い。燃えるように腹が熱い。
「うっ………」
『許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。あんたなんか許さない!!!』
王座の前で怨さの念を吐き続ける女が叫んだ。こっちは満足に声も出せないというのにあいつだけ声が出せる。なんと生意気な。
恨みがましい目を向けるな。やめろ、お前はもういないんだ。いつまでもいつまでも僕の前にいるな、目障りだ!!!
どんなに叫ぼうと、どんなに睨もうと女は怯む様子もない。
女の手に握られた髪飾りは赤黒く汚れていた。なんと、みすぼらしい事か。そんな汚い物を僕の前に持ってくるなど不敬だ!
……けれど、どうしてだ?その汚れには見覚えがある。目に焼き付くように酷く深いな記憶が。
「うっ…や、やめ……やめ…ろ……っ…」
『返せ。子供を返せ。父を返せ。誇りを返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ。返せ』
なんだ、なんなんだ!
どうしてそんな目を僕に向ける。やめろやめろやめろ!?!?!?
「やめろ…やめろ…」
『許さない。返せ。返せない。なら、なら、なら……………お前なんて死んでしまえ』
髪飾りを握り女は僕めがけて駆けてくる。咄嗟に避けようとするも体が王座から離れない。い、いったい何が!?
マテ、来るな!やめろやめろやめろ!?!?!?
ズブリと嫌な音が鳴る。女の握る髪飾りが僕の腹に埋もれている。
体が動くようになり女を突き飛ばすと一緒に埋もれた髪飾りも腹から出ていく。
ああ、そうだ。あの汚れは、ぼくの、血だ。
「うああああああああああああああああああああああ!?!?」
「ルブ!ルブ!しっかりして、いったいどうしたの?」
飛び起きた僕の前にいるのは銀色の髪の女ではない。神秘的な漆黒の髪だ。美優の声だ。
「美優…僕はいったい、そうだあの女が!あの女が僕を襲おうと!?」
「しっかりして!ここには私たち以外誰もいないわ……きっと悪い夢を見たのよ」
夢?
ああ、そうだあれは夢だ。
だってそうだろう。あの女がいるわけないんだ。それにここは王座でもない。僕の寝台だ。冷静になればわかる事だ。
なのに……なのになぜ、こんなにも気持ちが悪い。
「夢……はは、そうだ夢だ。あの女はもういない……はは」
だってあの女は、アリスティアは僕が殺したのだから。
・
・
・
千年の歴史を誇るかスティーナ帝国。
34代目皇帝であるルブリス・カマルディン・シャーナ・スティーナは20歳と若くして皇位を継いだ皇帝である。
前皇帝の治世より広大なる帝国を盤石に納め受け継いだ。前皇帝は善政をひき名高きその名は名君と呼び声高い。
けれど、彼にはながくに渡り後継者がいなかった。
そんな折に生まれたのがルブリスであった。皇帝唯一の血縁者であり皇太子。その年の差故にルブリスが成人すると同時に前皇帝は崩御した。
前皇帝の時代。神殿より知らされた神託は皇太子に伴侶となる女性が現れると。その翌年生まれたのが開国時より多大なる貢献をした忠臣一族モニーク侯爵家のアリスティア・ラ・モニーク令嬢であった。
国の貴族、民は彼女こそが皇太子の伴侶であると信じて疑わず。またアリスティア自身も幼い頃より優れた教育を施された才女である。
皇帝が崩御し、しばらく後に皇太子は成人を迎える。あとは、アリスティアを皇宮
に迎えるだけという段階で美優が現れた。
美優は突然、皇宮の湖に現れ自身を異世界よりやってきたと証言した。その当時は多くの人々が混乱したが、神殿は正式に美優を神託の乙女と決定する。
故に皇帝ルブリスには2人の伴侶がいた。
異世界より現れた神託の乙女。皇后美優。忠臣モニーク家の才女。皇妃アリスティア。
そう、
彼女らが皇帝に嫁いだ翌年。
アリスティアは皇帝殺害の罪により処刑された。罪を犯した理由は美優に対し嫉妬したためと公表されるが真実は異なる。
アリスティアは皇帝ルブリスにより冷遇されていた。幼い頃より周囲より持てはやされたルブリスは自尊心が強く、何でも自分が一番でなければ気が済まない性格だ。そんな折、彼の周囲は何かとアリスティアを特別視していた。
それが気にいらなかったのだ。
周囲も悪気や悪意があったわけではない。幼くして将来の伴侶が決まっていたルブリスに少しでもアリスティアの良い情報を与え将来的に2人がより良い関係を築けるようにと配慮した結果である。
アリスティアの冷遇は酷く、幼い頃より皇后となるべく育った彼女の誇りと尊厳を踏みにじるものであった。
特にひどいのは、アリスティアに宿った子供をルブリスは殺害したのだ。公的には不幸な事故による流産とされたが。
元より体の弱いアリスティアは流産により子供を産めぬ体となる。
そんな時、美優に懐妊の兆しありと一方が届きアリスティアの心は壊れてしまった。寝入っていた我が子を見舞いに来ていたモニーク侯爵により正気に戻ったがアリスティアの心はすでに限界であった。
体調戻らぬ中、美優は賊に襲われその時のショックで流産してしまった。襲撃の主犯格として翌日捕らわれたのはモニーク侯爵。
アリスティアの嘆願も虚しくモニーク侯爵は処刑されてしまう。
父と子の復讐のためアリスティアはおのれの髪飾りでルブリスの腹部を刺し、その場で拘束されてしまう。
事が公になるとルブリスはアリスティアを公開処刑に処し、モニーク家の所有する領地、爵位、財産を没収した。
目障りな皇妃も死に、皇妃の家も取り潰した。これでルブリスはなんの憂いもなく愛する女と国を繁栄させていく……とはならなかった。
アリスティアの処刑後。ルブリスは毎夜悪夢にうなされた。それは段々とひどくなり、悪夢に驚き飛び起きるなんて事もすでに何日も続いている。
ルブリスは皇帝の唯一の血縁者として生まれ大切にされた。周囲もそんな彼の身の安全を第一にと考えた。
手厚く守られるルブリスにとって腹部を刺されるなんてことは経験したこともない。
悪意を向けられることも本気の殺意を向けられることもなかったルブリスにとってアリスティアの殺害未遂は体以上に心に傷を残してしまう。
その傷は後々まで続く皇帝崩壊までルブリスの心と体を傷つけ続けることになる事を今の彼は予想にもしていない。
ただ今は愛する女の腕の中に身をゆだねるのみ。
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天才の兄。新宰相ベリータ
アリスティア元皇妃が処刑され一月が立ちました。
市民の間では皇后様を暗殺しようとしたモニーク侯爵共々死罪され、これで帝国は安全だ。神に愛された我らが皇帝陛下と皇后様が平穏へとお導きくださる。といった話が流れています。
そんな話を聞き、私は常々思います。
羨ましいと。
時として無知というのは幸せな事です。何も知らなければ彼らは平然と崩れ欠けの橋の上でお祭り騒ぎをできる事でしょう。
おっと、自己紹介がまだでしたね。
私はベリータ新宰相。新といってもルブリス皇帝と同時期に就任したのでかれこれ3年ほどになりますが。
周囲よりは天才アレンディスの兄。または、敏腕宰相ルースの息子と呼ばれております。
扱いが前方のおまけです。まぁ、それも仕方のない事です。
自身で言うのもなんですが、私の弟は天才であり私は凡才。我が敬愛すべき父は長年にわたり前皇帝に仕えた敏腕であり、私は年若い未熟者。
身の程を知っていればこそ弟や父のおまけとして扱われてもなんとも思わないのですよ。
そんな私がなぜ新たな宰相をしているかというと、2つの要因が重なった結果です。
まず1の要因。
我が父ルース・デ・ベリータが過労にて倒れました。
前皇帝陛下が崩御され、宮廷内の仕事を一任しておられた父は無理が祟り倒れたのです。幸い命に別状はありませんがこれ以上の政務は無理と医者から判断され宰相職を辞さなければならなくなったのです。
次の要因は弟である天才アレンディスです。
数々の新法案を作り、実行してきた自他ともに認める天才である弟は滅法貴族からの人気がないのです。
数年前に起きた暴徒騒ぎに発展した増税案の改善策として弟が作った新法案は、貴族の嗜虐品に税をかけるというものでした。
この法案のおかげで無事に暴徒は鎮圧した後にも、財政は持ち直すことができました。けれど、その代わりに贅沢品に税をかけられた貴族達に嫌われたのです。
事が事だけに表向き反発する者はいませんが、弟が父の後継として宰相になっても反発が起こるのは予想されます。
そんな2つの要因が重なった結果、父の代わりに私が宰相になりました。
「まぁ、政変時のごたごたが片付いたら弟に任せる事前提の就任ですけどね」
誰もいない執務室で1人愚痴ります。
要するに中継ぎが私の仕事なのですよ。
今は政変時は色々な事がゴタゴタしますからしばらく時間を置き、貴族たちの感情を鎮め政治が安定したら弟に席を譲る。
一見すると弟が座る席を温めるだけの情けない兄ですが仕方がないのです。私は凡才で弟は天才。自分の身の程を知る私に異論はありません。
本物の天才が身近にいて幼い頃から差を見せつけられれば劣等感なんて感じません。諍いは同じレベルの者同士でしか起こらないとはよく言ったものです。
次元が違う相手には立ち向かう事すら念頭できなくなるようです。
まぁ、宰相という重圧が伴う責務を早々と抜けられる事をよしとしましょう。
いずれは領地経営の一部を賄い、妻と子供たちとのんびり暮らすつもりです。
長々と私なんぞの事をお話しましたがそろそろ本題に戻りましょう。
何も知らない平民の皆様は実に平和そうで何よりです。宮中は未だに大混乱の真っ最中だというのに。
「宰相様! 次の資料をお持ちしました」
「そこにおいておいてください」
「宰相様! 西方面の地方貴族から説明の要請が……」
「後に対応します」
「宰相様!」
先ほどからひっきりなしに私の執務室にやってくる士官たち。
今現在の皇宮では見慣れた光景です。かれこれ私も2日ほど碌に寝てませんし、頭が少し痛いですね。
まったくもって笑えない状況です。
ある意味でこれも分かり切った問題なのですが、アリスティア元皇妃様は皇后美優様の分の仕事に加え皇妃であるご自身の仕事に、ルブリス皇帝陛下の一部の仕事まで普段から処理されていました。
そんな方がいなくなられて今まで通り順調に業務を回す事は大変難しいのです。
市民や一部の貴族の中ではアリスティア様を口悪く言うものもいますが、すべての人間がそうではないのです。特に彼女を擁護し親身になっている者の筆頭は我々宮中で働く文官です。
宰相というのは肩書は立派ですが、所詮は皇帝陛下を支える裏方。それは他の文官も同じです。地味で花がない堅実で実力主義の集まりこそが帝国を支える宮廷士官です。
我々の意識は他の貴族と違い身分や血統よりも実力が物をいいます。
当たり前ですね。
机の前でペンを持ち書類仕事をするのに見た目の華やかさや血筋など不要なのですから。
なので、皇后としての事務仕事を一切せずに慰問やパーティーなどしかお顔を出さない美優様よりも、常に早く正確な仕事をされるアリスティア様に人気がでるのは至極当たり前の事なのですよ。
そんなアリスティア様が処刑された。
はい、結果として我々宮中の文官たちのテンションは非常に低く、そこにアリスティア様の処理していた仕事が回ってきてさらにテンションダウン。
どうしても皇族にしかできない物は決算や通達が来るのにも時間がかかり皆イライラしています。
処理できる皇族がルブリス皇帝だけしかいないので仕方がないのですが、皆の不満は日に日に増すばかりです。
さらに、ルブリス皇帝陛下が何をお考えか分かりませんがモニーク侯爵を処刑された事で、その処理にも尽力せねばならず仕事は増えるばかりです。
さらにさらに、その事で貴族の多くからの問い合わせの処理に紛争しなければなりません。
「さ、宰相様! 文官の1人が急に倒れ……」
「医務室に運びなさい。その者が受け持っていた仕事は一度こちらに持ってくるように。その後、新たに分配します」
こんな事も珍しくなく対処できるようになりました。なんせ誰かが倒れるなんて日常茶飯事ですから。
これで市民の多くは安銘だの平和だのを謳うのですからつくづく無知というのは羨ましい。
死屍累々のこの状況は確実に国政に負担をかけます。
まったくもってなぜこうなったのか甚だ疑問です。
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ベリータ宰相の苦悩
「……現在、元モニーク系貴族は皇帝陛下に対する造反を宣言。その後、モニーク領にて防衛の陣を構えている模様です」
重々しい空気の中、壮年の貴族男性がチラチラと上座を気にしながら詳細を述べます。彼は、皇宮に仕える大臣の1人で、ここは帝国を支える首脳陣が集まる会議室です。
身分の上の者を中心に、半円状に広がる会議室。
私は宰相という身分のため最も中心に近い席で、中心におわすのは我が帝国の太陽こと、造反され皇帝陛下ことルブリス陛下です。現在大層不機嫌そうにコツコツと指先で机を鳴らしています。
「奴らの掲げる大義名分は不当な罪により断罪されたモニーク卿の仇討。旗頭にはモニーク卿の元側近騎士リーグ卿がいる模様です」
補足の必要はないと思いますが、アリスティア皇妃様の処刑に連なる諸々の歪が原因ですね。
騎士の本分とは主に仕える上級仕官であり、階級が一番下とはいえ列記とした貴族階級です。普通に考えれば一介の騎士が皇帝陛下を糾弾する事なぞありえません。
主への裏切りをした武装兵とか害悪以外の何もでもない上、誰もが眉を顰める侮蔑の対象でしょう。
けれど、今回の場合は少し違います。今回造反したのは元々モニーク侯爵家に仕えていた貴族達であり、彼らの主はあくまでモニーク侯爵なのです。
不当に断罪された主の仇討えおするためなら皇帝陛下すら敵に回す。それはまさに、忠義の人と呼ばれたモニーク侯爵に仕える騎士としてあるべき姿でしょう。
造反した彼らにとって皇帝陛下は主の主であり、自らの主を害した瞬間、ただの怨敵となるのです。
「規模は領地騎士団の主だった部隊。第二騎士団から離反した200名あまりの騎士達。それから有志で集まった民兵の混成軍。合わせて5000人規模と推測されます」
「侯爵領の本隊だけでも厄介だというのに、離反した騎士たちまでいるのか……」
大臣の報告に反応したのは、私とは逆の位置に座る赤毛の美丈夫。ラス公爵家の当主にして第一騎士団の団長様です。
ラス公爵は腕を組み深くため息を吐きます。それは彼の心情を現した複雑な色をしていました。
ラス公爵とモニーク侯爵、それに我が父であるベリータ公爵は旧知の中であり前帝の時代からの友人です。色々と思う所があるのでしょう。
「くだらん。そんな逆賊ども早々に潰してしまえ」
苛立ちを隠すこともないままルブリス陛下が言いのけます。
シンと辺りが静まり緊張感が会議室に充満するのが分かります。現在会議に参加しているのは私が率いる文官とラス公爵が率いる武官。その他の諸々の大臣たちですが、誰もが口をつぐみ賛同の声を上げません。
理由としては、つい一年ほど前まで共に働いていた者達に対する心情……なんてものもあるでしょうが、正直な話別の理由でしょう。
「お言葉ですが陛下。帝国全土の戦力を考えれば5000人は極めて少ないと言えるでしょう。けれど、問題は相手があのモニークである事です」
ラス公爵は厳しい顔で文官視点の様々な理由を述べます。
「武の誉れ高きモニーク侯爵家の騎士たちはみな精鋭ぞろい。第二騎士団からの離反者も幾戦の修羅場を潜り抜けた猛者達です。侮れる相手ではありません」
我がベリータ領はは代々文官を中心にしてきた土地柄ゆえ、優秀な文官を数多く輩出してきました。モニーク侯爵家はその逆です。文官よりも武官を多く輩出し、様々な戦いを潜り抜けてきたのでしょう。
今まで、皇帝陛下の剣として営んだ歴史がそれを物語っています。
同じく武を尊ぶラス公爵は、私よりもよほど彼の地の戦力を把握しているのでしょうね。
「フン。ラス公爵ともあろうものがなんと及び腰なのだ。それとも貴公は当主を失った烏合の衆ごときに遅れをとるのか?」
「いいえ。戦えば必ずや勝利を陛下に届ける事はできるでしょう」
皮肉気に侮辱の笑みを作られた陛下とは対照的にラス公爵は能面の様な感情の見えない顔です。
「けれど、その際には我らにも多くの被害が出るでしょう」
勝つには勝てる。けれど、被害も大きい。それが第一騎士団の団長としてラス公爵の意見でした。
単純な話ですが歴史ある大領地といえどたかだが一領地の反乱です。鎮圧する事自体に不可能はないでしょう。例えどのような猛者がいようと数の利は我らにあります。
しかし、問題は彼らが当主を失った忠臣であるという事です。
本来の戦場で皆殺しという事は早々ありません。勿論、一部隊や極端に戦力差があれば別ですが、勝敗が決まった時点で和解交渉なりしますし、大将の首を取ればそれで戦闘は終わりです。
敗け際をわきまえた判断ができるかどうかで優秀な指揮官は決まります。けれど、優秀な指揮官であるモニーク侯爵は死んでしまいました。
逆軍に侯爵がいないのは幸いですが、リーグ卿とやらがそういった合理的な判断ができるかどうかは不明です。最悪、死兵相手に不毛な殺し合いが起こる事でしょう。
掃討戦なんて他国からの侵略者相手なら意義も意味もありますが、身内相手にしたら時間も労力も資金も人材も無駄にするだけです。不経済この上ない。
「何より、防衛の陣という事は正面から向かうと最低でも3倍の兵力は必要です。編成にも進軍にも時間がかかります」
そこでラス公爵はちらりと私の方に目配せをしました。
段取りを決めたわけではありませんが、視線の意味くらい察する事はできます。
「前皇帝が推し進めた軍備増強のための資金はあります。けれど、それは反皇帝派に対する抑止力であり諸外国に対する牽制です。 ……以前の暴動事件のあおりから回復傾向にある現状ですぐの行軍は帝国民の負担になりさらなる暴動が起きかねません」
「何を悠長な……! 我が治世に剣を向けた愚か者どもを野放しにするとでもいうのかッ!!」
ラス公爵に続き最初の私も難色を示したことから陛下の機嫌は一層悪くなりました。
おっしゃることはある意味で正論ですが、なんでしょうこのもやもやとした気持ちは? 言ってはなりません。けれど、どうしても原因を究明すると陛下の短慮さに起因するのですが?
アリスティア様は直接に陛下を害した事で処罰は確実でした。けれど、モニーク侯爵の処罰に彼らの家臣は納得していません。
当たり前です。
事件当日にモニーク侯爵は国境の付近の返事で遠征の最中であり、皇后様の襲撃事件に直接の関与はありません。それは副団長であるラス公爵のご子息が証言しています。
皇帝陛下は手の者にやらせたといいますが、実行犯は逃亡または死亡しているため犯人の自供はありません。仮に犯人が侯爵の指示と証言しても証言力の有無は別の上、賊の言葉だけで貴族は処罰できません。
ましてや、相手は忠義のモニークと言われる傑物です。仮に10人の賊が侯爵の指示と言い募っても侯爵1人の否の声の方が大きいです。
それは周辺貴族の誰もが同じというわけではありません。それほどまでの貢献をしてきた一族こそがモニーク侯爵家なのです。
陥れるにしても断罪するにしても年単位による根回しを必要とする強敵でしょう。それをルブリス陛下は皇帝権限の元に碌な裁判や調査をするでもなく一方的な断罪を行いました。それも周辺貴族の誰に相談するでもなく独断です。
どの様な情報規制をしても人の口にとは建てられるといいますし、モニーク侯爵の家臣がこの話を知るのは遅かれ早かれ同じでしょう。
といっても、例え道義反した行いでもそれだけで造反なんて早々起こりません。後継者ないし身内の者が家臣を止めるのが普通だからです。
家を守る家臣と、領地を守る領主一族の仕方のない対立であり、領地を守るためにも苦渋を飲み干す選択をする事は多々あります。
モニーク侯爵の唯一の身内それは皇妃であるアリスティア様です。
アリスティア様が陛下に危害を加えたことは事実ですが、命に別条があるわけでもない以上、モニーク家に対する人質といして生かしておくなり幽閉する選択肢がないわけではありませんでした。
不満は出るでしょうが、これまでの彼女の貢献とモニーク侯爵家の建国いらいの貢献を合わせれば助命はできたのです。しかし、陛下は処刑を選びました。
結果として領主一族を失ったモニーク侯爵家は暴走し今回の事態に発展したのです。
害意を加えたのは事実でも、後々の治世を考えれば慈悲深さのアピール的にも皇妃様の処刑は浅はかだったといえるでしょう。
なんせ今回の事件で陛下は何も得ることができなかったのですから。
仕事ができる皇妃様、忠臣の騎士であり陛下の強力な後ろ盾であるモニーク侯爵、時代を担う生まれ来なかった2人の赤子。造反したという事は大領であるモニーク侯爵領からの納税も期待できません。それどころか、貴族からの信頼も失いつつあります。
はぁ……まぁそうはいっても、私はこの方の宰相なのでお先が真っ暗な現状でもどうにかしないといけません。
中継ぎの宰相と言えど、私もベリータ公爵家の名を背負う者の自負があるのです。
「無論これから必要な軍備の確保を始めますし、モニーク侯爵領との境に防衛の兵を送ります。それと同時に使者を送り彼らとの対談をしながら状況を推し量り落としどころを見つけるつもりです。陛下の御身をお守りする誉れ高い騎士達を無用に減らす事はないでしょう。幸いにもこれより先は、雪の降る季節。彼らもすぐにどうこうする事もできますまい」
「年が明け、状況が悪化しないよう我ら騎士団が陛下の手足となり帝国の中に睨みを利かせます。今、陛下と皇后様の守りを手薄にして事が起こすことは避けなくては避けなくてはなりません。まずは、御身の安全を確実にすることが我らの責務であります」
ラス公爵の後援もあり、どうにか不平不満といった様子の陛下からモニーク侯爵領に向けての急な行軍は雪解けの春まで延長することができました。
第二騎士団の再編成が終わっておらず、収穫時期である今はどこの領地も大忙しなのです。モニーク侯爵領からの納税が見込めないので下手に作物の収穫量を減らす徴兵や、出兵がなくなり安堵の息を吐きます。
しかし、同時に来年までにどうにか手を打たなくてはなりません。
内乱に混乱の最中にある宮中を諫め、滞っている仕事を片付けながら、反帝国派に睨みを利かせねばなりません……この調子でいったいいつになったら弟に宰相の座を押し付けて領地でのんびりスローライフがおくれるのでしょう?
「はぁ……」
これからの仕事の多さと幸先が暗い事に不安の息を吐きだします。
情報は国の中央に近いほど鮮度が高く、遠いほど伝わるのも遅いといいます。
モニーク侯爵領の位置とか分かりませんが、中央よりも比較的に遅い事が考えられますし、皇帝に嫁いだ自領の姫の悪口を風潮する奴なんて早々いません。なので中央に悪評があってもモニーク侯爵領では比較的に友好的だと解釈します。
そこに突然処刑されたという一報が入り、中央に行っていた騎士たちが当然戻り当主と姫が謀殺されたと騒ぎ立てます。
結果として宰相の胃に穴が開きそうな負担がかかるのです。
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皇帝の心と、市井の心
僕の名はルブリス。千年の歴史を誇る帝国の皇帝だ。
本来ならば誰もが
この国において僕の始まりは、僕の関知しない所から始まった。
それは神のお告げだ。
カスティーナ帝国千年の歴史には度々このお告げが登場する。お告げの内容に規則性や統一性はなく、共通点は当代の皇帝とその治世に関わる重要な事柄という事だ。
ただ、間違いないのは告げられた事柄はすべて現実になるし、そのお告げと相反する現実を作り出してしまった時、帝国に厄災が降りそそぐ。
なので、神からの神託を感知する教会と、帝国において絶対の権勢を誇る皇帝は神の意志にそうよう尽力する事が重要な仕事となる。
僕は皇帝として、神に選ばれた運命の后である異世界からやってきた少女、美優を妻とし父の治世を超える善政をひき、いずれは帝国を世界最大の大帝国にする事が運命なのだ。
それなのに、全くもって不忠極まりない愚か者どものせいで僕の計画がだいぶ遅れてしまった。
本当ならあのいけ好かない女の領地なんて今すぐに潰してしまいたいというのに。
父の代より第一騎士団の団長をしているラスは僕の意思に反し、モニーク討伐を半年以上先にするという。
しかも、優秀であるという触れ込みの新たな宰相も使い物にならない。僕の意思をくみ取るどころかラスに賛同する始末。
やはり、所詮は自分より年下の弟より劣る無才ということか。
フン。
まぁいい。造反なんぞを企てた愚か者どもよ。今のうちに精々調子にのっておくがい。雪解けには、貴様らも貴様らの領民もあの女同様に断頭台に送ってくれる。
・・・
市井において教会というのは神様を奉り祈りをささげる場所であり、時々神様のありがたいお告げがされる神秘的で不思議な詳細はよくわからない場所である。
分からないという事でより神聖さが際立ち信仰を集めるのだが、逆によくわかっていないからこそ、その信仰は脆い。
帝都市民の中でもすでにモニーク領の反逆は噂されている。
モニーク領の姫君であり皇族であるアリスティアが公開処刑され1年にも満たないのだ。誰もが反逆の理由が公開処刑であると認識している。
「よう、文屋さん。新しいネタはないのかい?」
ここは帝都の中に多く出店している喫茶店の1つ。茶色いコートに色あせた帽子を被る青年は声をかけてきた喫茶店のマスターに曖昧に笑いコーヒーを注文する。
「新しいも何も例の話で持ちきりさ。お貴族様達がどうするのかは分からないけど、戦争は起こるだろうね」
「そいつは景気のいい話じゃないな」
市民にとって雲の上の存在である貴族の動向は正直に言ってしまえばよく分からない。日ごろから足を使ってネタを集め記事を発行する新聞屋であっても圧倒的な格差がある貴族らと懇意になることはない。
貴族の新聞を出すときは上から予め決まった内容が下りてくる。取材も調査もなくただただ言われた記事を書く。それがこの時代において正しいメディアの在り方であった。
だからといい、彼らにあるのは純粋な好奇心をそぐ事をできるわけでもない。
「そっちこそ何かいいネタはないのかい?」
「そうだな……戦争云々は分からないが今は、教会の方がきな臭いらしいぞ」
喫茶店とは、暇人共の憩いの場であり交流の場である。茶を飲みながらあーだこーだと愚痴を言ったり情勢を語ったり、ほぼほぼ不毛な駄弁り合いの場である。
故に、1日中喫茶店にいるマスターは下手な情報屋よりも面白い情報をもっていたりする。
「戦争が起こるなら教会だって祈祷だなんだのって忙しいだろうけど、きな臭いってのはどういう事?」
好奇心が刺激された青年はそっとテーブルの上に硬貨を乗せる。
マスターはそれを受け取ると無言でポケットの中にしまい青年にもっと近づくように手招きをした。
「なんでも皇后様について帝都の中央教会と地方の教会で意見が分かれてるらしいぞ」
教会という組織も一枚岩ではない。
特に、神のお告げに直接かかわる中央の教会と、あくまで祈り捧げる事しかできない地方教会では劣等感やら優越感といった人間臭い理由の対立が起こりやすい。
地方教会は、中央教会が神のお告げを改変したのではないかと抗議を上げている。それに伴い地方の貴族達も皇室と中央教会に不信感を持っているらしい。
「神のお告げ通りに皇后様を迎えたのにどうして戦争なんか起こるのか、そもそも皇族の処刑だって何十年以来の珍事だよって話だ。国が荒れるのは中央教会が余計な真似をしたからだってな」
「……つまり、地方の連中はお告げにあった皇后様はアリスティア様だってことか」
話の発端は教会が元々あった『アリスティア様が皇子殿下と結ばれる』というお告げを勝手に変えて美優を皇后に迎えた事で厄災が起こっていると、言い出したらしい。
「俺は初めっから少しおかしいとは思ってたんだよ。だってよ、皇后様は泉の中から突然現れたって話じゃないか。流石にそれはないだろう」
「あー…まぁ確かに俺もその記事を書いてるとき役人に何度も確認したからな」
神のお告げがある世界。そんな世界であっても異世界から突然人がやってくるなんて事は普通にありえない。
そんな話を真面目にしてる奴がいるなら精神の病気を疑う。
「だけど、その話って皇帝陛下が承認のはずだろ?」
ただし、それは普通の一般人がしたらの話だ。相手が権威を持つ貴族。それも国で一番偉い人がそうだと言っている。
青年は疑いながらも、皇帝陛下という絶対の証人がいる事で記事を書いた。
陛下の名前はすさまじく、荒唐無稽であり、普通に発行していれば三流のゴシップと鼻で笑われる内容のメルヘンな記事は市民に受け入れられた。
今では、演劇として人気を博しているし、当時の平民たちは流石特別な皇族の花嫁は特別なんだと浮かれ、戴冠式に出席した皇后様に対して満面の笑みを向け、盛大な花吹雪と共に拍手を送ったものだ。
これで我が国の繁栄は間違いない。神のお告げの特別な花嫁様と生まれながらに神のお告げがされた特別な皇帝陛下が結婚される。
帝国万歳! 皇后様万歳!! 皇帝陛下万歳!!!
―――しかし、いざ現実に戻れば繁栄どころか国が荒れる事が間違いなく保証されてしまった現状が残る。
「それだよ。お前も見ただろ皇后様の髪色を」
「ああ、遠くからでもわかる珍しい色だったな。少なくとも俺は皇后様以外であの色の髪を見たことはないよ」
「これもあくまで噂なんだがな、実は皇后様は異国の平民で教会が布教してる辺境の地から連れてきて陛下に献上した娘だったらしい。それを、陛下は随分と気に入り自分の妻にするために教会に嘘のお告げを認可させたって話だ」
どこの世界においても教会とは基本的に自らの神以外の宗教を異端ととらえ、神様を広める布教活動を行う。
そこには、服を着る文化すらない未開の民族や海に閉ざされた島国などもある。そんな遠く離れた民族らは当然自分たちと異なる姿形をしていて、この国では珍しい黒の髪も見たことはないけどあるかもしれない。少なくとも異世界から来たという理由よりも、遠く離れた他国出身といった方が信憑性が高い。
当時は陛下の言葉を素直に信じ、特別だと思い込むことで目をつぶってきた美優のこの国の住人とかけ離れた姿も冷静に辻褄を合わせれば、この世界の外という不確かな物を使わづとも説明がつく。
「それは、確かに……説明はつくけど少し荒唐無稽じゃないか」
「俺も全部が全部正しいとは思ってないよ。所詮ただの噂だしな。でもよ、今にして思えば色々とおかしな部分もあるだろ。特にアリスティア様の処刑理由。だってあのモニークの姫が嫉妬で皇帝陛下を殺そうとするか?」
広く知られた神のお告げにおいてアリスティアの存在は非常に大きく取り上げられた。神のお告げを広く認知させたい皇宮。そのためには当人らの記事を書くのが一番早い。が、皇子の記事なんておいそれとかけるはずもない。
なので、当時の新聞は侯爵令嬢であったアリスティアを褒めたたえる記事を多く発行し、その際にモニークという家の在り方も取り上げられた。
忠誠のモニークの名はすでに貴族だけの呼び名ではない。平民の多くにも認知されている。
だからこそ疑問する者も多くいた。
「処刑の時もそうだったけどみんな言ってるぜ、あのモニークが!? てな。それに家のかみさんが言ってたんだけどな、男は浮気した本人を恨み、女は浮気相手を恨むもんなんだってよ。アリスティア様が皇后様を殺そうとするならまだしも、皇帝陛下を殺そうとするなんて下手くそな演劇みたいだって言ってたぜ」
「そいつはなんとも、女は怖いね」
「違いない」
青年とマスターは互いに肩をすくめ乾いた笑みを作り出す。
これは、意味もない不毛な喫茶店でのワンシーン。けれど、これと似たような話は帝都内どこにでもあふれていた。
皇帝本人も教会も貴族の誰もが知らない所でジワリジワリと彼らの権威にひびが入る。
本当は、ラス公爵側の2人の息子の話をする予定でしたが、書いてる途中で新しい話が更新され没になりました。
設定がある程度出てない話の2次創作の痛い所ですね。
これからも、できる限り原作と矛盾がないように手探りで頑張ります。
皆さんの応援、感想、ご意見お待ちしています!!
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蠢く闇。落とした陰り。
もういっそこれはこういう話だと割り切ってみてもらえれば幸いです。例えその後、原作の方でこの作品の設定が崩壊しそうな内容が出てもそういうものだと思っていただければ幸いです。
はい、ただのいいわけです。
ルブリスが自ら出席した関係各所の上層部を集めた大会議は、例年よりも半月も遅く終了した。
ルブルス皇帝の暗殺未遂。皇后美優の襲撃ならびに授かったお子の死産。アリスティア皇妃、モニーク侯爵の処刑。それに伴った旧モニーク領の離反。
これだけの大事に発展した件の事件は、後のカスティーナ帝国史におけるルブリス皇帝の治世に暗雲をもたらす凶報として述べられる。
会議の内容は概ね離反した旧モニークに対する討伐隊の遠征である。
皇帝の顔に泥を塗った謀反者を今すぐにでも討伐すべきと冬季遠征を望むルブリスであったが、ベリータ宰相とラス公爵の2名に諫められる形で、雪解けの春頃まで遠征は延長される事となる。
国の重要な事柄が話し合われる大会議の内容は身内であっても口外する事は禁じられている。しかし、モニークの離反は平民でも知る周知の事実。軍部の戦準備も着々と進められてる現状ではもはや暗黙の了解が周囲に認知されていた。
これに対し、貴族間の派閥の動きはあからさまであった。
まず、どこの派閥に所属するでもない中立派。彼らは、家の都合や個人の都合。宗教的な問題で派閥に所属できない、もしくはしない者達の集まりで正式には派閥とも呼べない烏合の衆だ。
平時の際でさえ派閥争いから遠のいていた彼らは口裏を合わせるでもなく一貫して、命が下れば最低限の援助はするが率先して賛同はせず、を貫いている。
皇室に牙をむくことは無論ないし、だからと言ってモニークを敵に回すつもりもない。どっちつかずの事なかれ主義である。
次に、現在の皇帝を主軸にした政治体系に意を唱える貴族派。今回の事件は外部から見れば、皇室と皇室派幹部の1人であるモニーク侯爵との間のいざこざだ。同派閥内で潰し合うのに邪魔をするわけもなく、自らの陣営からは最低限の後方支援と援軍をいずれ出すという確証の無い言質を残し傍観姿勢で事の成生を見ている。
例え、皇帝命令で派兵を迫られていても何かしらの理由をつけできるだけ遅らせる腹つもりだろう。戦場に姿を見せても雑兵を送り込み、指揮官クラスは陣地を築き穴熊を決め込むつもりの者や、戦闘後期に乗り込んできて武勲だけを掻っ攫う狡い考えの者もいるだろう。
それならばまだマシだが、中には兵を集める事もせず、逆にこの機に乗じて邪魔者を始末しようと暗躍する者もいるだろう。
最後に、突然の内部争いで今にも空中分解しそうなほど混乱の最中にある皇室派。
古参の貴族が多く、古くからある風習を尊重し、政治も皇帝陛下を主軸にするべしと考える帝国最大派閥である。
彼らにとって今回の事件は寝耳に水であり、状況把握だけでも不審な点が多く見つかり、そもそも皇室の醜聞である皇族の処刑を公開するなど何を考えているのか、というかモニーク侯爵はいつの間に処刑されたのかと、思考の統一すらままならぬ事態である。
「陛下は乱心されたのですか!?」
貴族として不出来としか言いようがない子爵が、ラス公爵を前にして発した言葉である。
他の者の目があり、彼の事をきつく処罰するしかなかったが派閥ほぼ全員が彼と気持ちを同じにしている。
皇族の婚姻は純度100%以上の政略懇である。
アリスティアの場合で言えば、美優の存在があり予言が覆されたにも関わらず彼女が位を落としてまで皇妃になった理由も、先帝の年子である幼いルブリスの後ろ盾としてモニーク侯爵が最適だったからだ。
アリスティア本人が美しく優秀であった事も要因だが、国の者ではなく、さらに身分すら保証できない美優の存在は帝国貴族に暗い影を落とした。仮に、彼女を見つけたのがルブリス皇帝ではなかったら、仮に、教会が予言を覆しアリスティアではなく美優を神に選ばれた皇后と宣言しなければ、早々に処分されていておかしくない。
この世界において常識もままならず、帝国人と異なる見た目をし、後ろ盾がない異世界人の悲しい現状だ。
そんな美優と、何よりもそんな美優を皇后に向かえる事となったルブリスを支えるのがアリスティアに課せられた使命であり、貴族達の願いであった。
どのような情勢でも千年の間ずっと皇室派を貫いたモニークの子女ならと皇室派は納得し、どちらにしても自らの派閥の者を皇帝の伴侶に送る事のできない貴族派は渋々了解し、自分たちには特に関係ないけどそれで国が回るのならいいやと中立派は適当に相槌を打った。
結果だけ見ればアリスティアは彼らの期待を裏切る形となった。それも誰もが予測すらしなかった大きな禍つをもって。
それでも、皇室派が今も原型を留めているのは派閥トップの2名が率先して行動しているからだ。
軍部のラス公爵は、初老というには若々しい見た目に反し実に堅実で狡猾な采配を振るう。モニーク侯爵が率いた第二騎士団の副団長は彼の長子であった。ラス公爵はまず、息子であるカイシアンを騎士団より除名しラス家に名を連ねる者達を有無を言わさず騎士団より排除した。
それは、反逆者であるモニーク侯爵が率いた部隊にいる事で下手な邪推を避けるための必要な処置であったが、貴族にとって騎士団の除名は不名誉極まりない事だ。
ラス公爵は、その不満を自身の長子を真っ先に除名する事で封じた。
部隊を着々と再編していく姿は、ルブリス皇帝という灯台を見失なった皇室派の貴族の灯となる。
少なくとも彼らはラス公爵が指揮を執り続ける限り皇室派を裏切る事はしないだろう。
政務部を司るベリータ宰相は、元からの病弱であり能力も平凡である。だからこそ、1人ではどうにもできないと早々に諦めた彼は周囲の手を頼った。
自分以外の皇室派には父の代と年を同じくする年寄りも多くおり、そんな彼らに頼る姿勢は誉められたものではないが、周囲からの反感は少ない。混乱の最中にあるからこそ冷静でいる老獪な彼らは実に巧妙に働いてくれる。
調整や雑務を自らが引き受け、経験と実力で勝る彼らに役割を振り分ける。
組織とはしかるべき部署に、しかるべき実力の者を配置すればうまく回る者である。ベリータ宰相はそれを実現させた。
軍部に政務部は確実にモニーク領攻略に向けて動いている。ただし、全てが順調であるかと言えば、そんな事はもちろんない。
派閥の人間が世話しなく働いているという事は、彼らが守り担ぐ神輿である皇帝陛下の守りが一時的に薄くなることを意味していた。
・ ・ ・
「神の寵愛を受けし太陽、皇帝陛下ご機嫌うるわしく」
貴族が使う枕詞とは異なる言葉を述べるのは、教会の最高責任者の1人であり、カスティーナ帝国首都の中央神殿に在籍する唯一の枢機卿。ピエール枢機卿その人であった。
今、彼は皇宮内で最も調度品の質が高い陛下が来賓と会合を交わす応接室にいた。
対するのは無論、この部屋の調度品に位が釣り合う人物。青髪の美青年、皇帝ルブリスである。
「下手な挨拶は不要だ。この場には我々2人しかいないのだから。そなたも席に座ったらどうだ?」
「では、お言葉に甘えまして失礼いたします」
枢機卿というしっかりとした身分のある貴賓に対し、側仕えにメイド、護衛の騎士ですら人払いをされた部屋の中。
温厚そうな笑顔の恰幅のいいピエール枢機卿と不機嫌さをこれでもかと前面に押し出した眉間の皺が深いルブリスは全く逆の表情で相対する。
本来なら枢機卿といえど、皇帝陛下と1対1で謁見することなど不可能。現にこの謁見に反対した皇帝の側仕えもいた。しかしそこは、ルブリスお得意の皇帝特権をフルに使用した。
もちろん建前としては皇后美優の身体に関わる事と名を打ち。
「本日はどのようなご用件で? 政治の事は分かりませんが、どうやら皇宮は大変お忙しいご様子。しがない聖職者であるピエールめにはこれより起こる未来にただおののくのみでございます」
「フン、貴様のどこが聖職者というのだ。白々しい。あの女の事では随分と世話になった。これはその報酬だ」
ルブリスは懐から革袋を取り出しピエール枢機卿に投げ渡す。勢いがなかったのか狙ったのかは不明だが、革袋はピエールの元に届かずテーブルの上に落ちた。
その拍子に封が開き眩い黄金色の硬貨が流れ落ちる。
「これはこれは申し訳ございません。陛下からの教会に対するご支援、大変喜ばしく思います」
素早く金貨をしまいしっかりと封をして自らの袖の下に革袋を入れる。ピエールはあたかもこれが寄付金の様に言葉を選び言っているが、皇帝自らがこんな風に枢機卿を皇宮に招き入れ直接渡すようなモノではない。
これはルブリスがピエールに依頼したある仕事の報酬である。
「いやはやしかし、一時はどうなる事かと思いました。まさかあのタイミングで陛下自らがお手を下すなど、当方は大変驚きましたぞ」
「あれは僕のせいではない! あの女が勝手に倒れただけだ」
「もちろん、もちろん。分っておりますよ。全ては陛下の身心のままに」
ルブリスがピエールに依頼し、こんな人目から憚るように会う必要のある仕事。それは。
「アリスティア皇妃のお腹のお子を神の元にお導きになられたのは、母である皇妃自身にございます。陛下に過失はございません」
妊娠したアリスティアの子の暗殺。それがルブリスの依頼である。
この世界で教会とは神に祈り神の言葉を届けるだけの存在ではない。貴族や皇族とは全く別の利害が存在する。それは医者である。
神に仕える彼らだが、活動するには資金が必要で、貴族や富豪、市民からの寄付金だけでは大きな組織である教会を存続させることは不可能。
そんな中、教会は病院施設として神の門を開けている。
その中には、妊婦を専門に扱う産婦人科も存在し、皇族の専門医となれば枢機卿自らが選んだ腕利きを派遣する事は珍しくない。
逆に言えば、枢機卿の推薦がある医師ならば大抵の場合皇宮に入る事はできる。その上皇帝自らが許可を出したというのなら意義を唱える者はいない。
それが分かっていたからこそ、ルブリスはこの枢機卿に依頼をしたのだ。
「全ては美優と僕の子供を皇位につけるため仕方のない処置だ」
ルブリスは昔から周囲の悪意に晒され生きてきた。故に、美優に向けられる周囲の猜疑心も関知していた。どんなに表面を取り繕っても貴族の笑顔の裏にはドロドロの暗黒が存在する。それを誰よりも知るのは自分であるとルブリスは自称する。
異世界人である(?)美優の存在は、血統主義の帝国貴族には容認しがたい存在である。そんな中、生粋の帝国人であるアリスティアの妊娠は色々と不安定な美優の立場を追い詰める者となる。
いくら自分が否定しようと、大会議のように周囲全てを封じられると身動きが取れなくなる。そのための処置だ。
故に、美優が子をなすまでアリスティアに子は必要ない。
そんな自分本位過ぎる理由をもって、ルブリスはアリスティアの子を、自分自身の子供を産まれる前に始末する事にしたのだ。
「それともうひとつお前に命じる。この件に関わった医師を始末しろ」
共犯者である枢機卿にルブリスはさらなる依頼をする。表情から感情を推し量る事はできず、ただ淡々とそう言いのけるルブリスに良心の呵責は見受けられない。
「おや、それはまたどうして?」
「モニークの残党共の討伐が決まった。しかし、今この情報が流れるとこちらに不都合となる。本当ならば関係者はすべて始末した方がいいのだが、貴様はまだ必要だ。他言無用を絶対の条件としてその命、救ってやろう」
睡眠不足の為か、感情を伴わない表情の中でその目だけが血走っている。
ピエールは終始変わらない表情でその話を聞いている。ある意味こちらも逆に感情を伴っていない表情だ。
「陛下のご温情大変うれしく思います。かしこまりました、数日中にはこちらの後片付けは終わっている事でしょう」
彼らのやり取りが世間に出回る事はなかった。しかし、確かにそこにはいたのは帝国の太陽と呼ばれた男であった。
すでに彼の太陽には黒点が浮かび上がり、いずれ月に覆いかぶさりあまねく光を遮る事になるだろう。
しかし、それは、まだまだ先の話。これは後の帝国史に残る事のない帝国の太陽が闇に沈んだ瞬間のお話。
ルブリスが色々と画策したとして実行犯は別にいると思いました。この作品での実行犯は貴族派ではなく教会という事になります。
皆さん感想、意見、質問いつでもお待ちしております。
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決意の騎士
これで物語が先に進めます。
領地へと戻ったモニーク家の家臣に陪臣騎士達は覚悟を決めた顔持ちで活動を開始する。
騎士であるリーグを始めとした、モニーク侯爵の側近騎士らは立ち寄った城にて老齢の家令に深々と頭を下げた。
「まことに、まことに申し訳ありません!! 我らがいながらアリスティア様は……っ」
モニーク侯爵家保有の城塞。そこの最高責任者を務める家令は年並で一線を退いているが、彼ら古参の騎士達にとっては鬼教官と呼ばれた人物である。
モニーク侯爵を幼い頃から支え、アリスティア様の成長をまるで自らの孫を見る様にしていた優しいお爺さんの顔は、今はない。
本来なら隣国からの侵略に対し帝都を守る最終防衛ラインとして使用される城塞都市。その管理を任された彼は実質ではモニーク家で最も強い発言権を持っていた。本人の意思に反し。
「……情けない物です。主君を守れず、唯一の領主一族であるお嬢様も守れない。騎士として不出来この上ない」
「……」
全盛期はともあれ、現在ではすでに還暦を越えた老人だ。現役の騎士であるリーグらと競えば確実に負けるだろう。
しかし、目の前にいる人物の重々しい声を聞いただけで膝が震え上がる。本能的に目の前の老人に勝てないと体が反応しているのだ。
無論、それはただの思い込みであるが、そう思わせるだけの覇気がある。
「しかし、それは私も同じ。主君を守れなかった惨めな騎士である私が言えた義理はないのでしょう。顔を上げなさい」
「……はっ」
侯爵の時は本当に突然だった。我々の本隊は国境付近に派遣され、内々でアリスティア様が伏せていると連絡を受けた侯爵は最低限の護衛と共に帝都に寄ってから合流する予定だった。
現場に到着した我々は違和感に眉をひそめた。
宮廷には、緊急を要する案件であると連絡を受けたが、国境付近の町々を見ればそこまで急な用件とは思えない。
確かに、中々厄介な諍いはあった。
けれど、それはあくまで小競り合いという規模で、現場の辺境伯の軍勢だけで対処できたはずだ。仮に辺境伯に何らかの理由で軍を出せないのだとしても、周辺の貴族に助力を求めればいい。
帝都に救援を求め、なおかつ緊急の案件であるようにはとても思えない。
現に到着後に辺境伯に挨拶に向かえば、皇帝陛下直轄の第2騎士団である我々が来たことに酷く驚いていた。
それも、このように早く起こしいただけると感極まった風で。
緊急と言ったのはそちらではないかと聞けば、意味が分からないと小首をかしげる。
これは、双方の認識に食い違いがあると気づき話を聞けば、辺境伯側はあくまでこの小競り合いで農作物に影響が出て、今年限りの税の引き下げを願い出たという。
ブラフで物資の支援も要求したようだが、それは普段なら素気無く却下されている様な事柄で、騎士団の派遣が来るとは想定外と言っていた。
そうなると、困る事が出てくる。騎士団の受け入れ準備ができておらず、仕方なく我々は周辺の村々に数人ずつ分散し仮宿とした。
部隊の話し合いでは伝達ミスか何らかの不備であるだろうと予想され、しかし、後に来る侯爵に無断で部隊を引き上げる事もできない。
なので、侯爵が到着したら指示を仰ごうと構えていた。
数日が過ぎても侯爵は来ない。初めは親子水入らずで話す事もあるのだろうと多少の遅れは予想に入れていた。
されど、予定していた日付を過ぎても侯爵は来ず、部隊から様子を見てくるように兵を派遣する。
道中で合流するのであれば4日ほどかかるだろう。
されど4日過ぎても侯爵も派遣した騎士も帰ってこない。これは流石に異変が起きていると物物しくなってきたとき、派遣した騎士が帰ってきた。
しかし、周囲に侯爵はおらず。
息も絶え絶えで青い顔をしている騎士は昼夜問わず馬を走らせた様子で酷く疲弊している。
そんな騎士から途切れ途切れに告げられたのはモニーク侯爵謀反の疑いにて処刑というありえない報告だった。
急ぎ帝都に変える準備を進めるも村々に移した部隊を呼び戻すだけでも数日かかる。
しかし、そんな悠長に待っている事もできない。
今いる騎士を連れ帝都に向かう。部隊の呼び戻しと派遣した騎士の介抱を辺境伯に願い出ると快く引き受けてもらった。
滞在中に村々での力仕事に、害獣や盗賊の討伐を率先し行った事が功を奏し、辺境伯とは良好な関係が築けていた事が功を奏した。
最低限の休憩を挟み帝都に駆け付けると、事態は我々の予想を遥かに凌駕した最悪となっていた。
大逆人元皇妃アリスティア、皇帝暗殺未遂により投獄。
いったいこれはなんの間違いか、とにかく我々は情報収集に紛争し、立ち入りを禁じられた宮廷には清書、陳情書、請願書などあらゆる手を使いアリスティア様の助命を願い出た。
だが、我々はあまりにも遅すぎた。もしも、部隊の騎士が全員そろっていたのなら方法はもっとあっただろう。しかし、先行した我々はあまりに少数。
その上、事情を知るにも宮廷には入れず、アリスティア様と面会はできず、周囲の協力を求められない。
それに、どうやら我々には秘密裏に監視が付いているようだ。纏わりつくような気配を感じながらどうにかもがくが等々間に合わず。
当日、処刑場に入る事も許されず我々は広場にて宮廷の仕官が両手に抱えるアリスティア様の変わり果てたお姿を見るしかできなかった。
我らは監視の目をかいくぐりどうにか帝都を逃れた。向こうは我らが気が付いている事に気が付いていなかったのでやりようはいくらでもあった。
世闇に紛れモニーク家と表立って繋がりのない相手に金を支払い馬を用意する。途中で、帝都に向かう部隊と合流ができ、あらましを話す。
みんな嘆き悲しみ憤怒した。
帝都に乗り込もうと意気込む部隊をどうにかなだめ目的地をモニーク侯爵領に変更させる。
帝都にいたメンバーも本当はすぐにでも主君の仇を打ちたかった。アリスティア様の首を晒させたくなんてなかった。
されど、このまま向かいて玉砕するだけ。
それはいけない。それだけでは生ぬるい。主君を守れず、姫君を見捨てた我々も、忠義を捧げたモニーク家に対しこの様な仕打ちをする皇帝も、相応しい地獄がある。
「良き顔とは言えませんね。復讐に捕らわれた者の顔です」
面を上げた我々の顔を見て老齢の家令はそう言った。
されど、咎める事はしなかった。それもそのはずだろう。何せ皺だらけの細まった瞳に映るの我々と同じ顔を彼はしているのだから。
「ああ、なんとも歯がゆい事か。もう数10年若ければ私も戦場に向かったものを。年老いたこの細腕では足手まといにしかなりますまい。無念だ。我が人生においてこれ以上の無念はありますまい……っ」
「その無念、我らが引き継ぎます。決して、決して奴らを許す事はできませんっ!」
我々家臣にとって主家でるモニーク侯爵は命よりも重い。
「我らが剣を捧げた主は憎っき皇帝ルブルスに有らず! モニーク家を愚弄する者共に天誅を! この身が朽ち果てようとも必ずや、主の無念を晴らして見せます!!」
剣を天に向け決意を表明する。
自分の周りにいるのは帝都に入り何もできず、ただただ無力にアリスティア様の死を見ている事だけしかできなかった面々だ。
彼らも当然悔しいだろう。憎いだろう。
みんなが皆同じ顔をしながら覚悟を示す。
「確かに貴公らの覚悟受け取った。私にできる事はそう多くはないだろう。されど、精いっぱいの助力を約束する」
抜刀した剣をしまい、差し出された手を掴む。長年剣を握ってきた騎士の手で強く強く握られる手に痛みを感じながらお互いに全力で手を握る。
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