渇望の騎士 (さよならフレンズ)
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・プロローグ/渇望の結果
岸辺颯太の小学時代の人間性を一言で表すなら怠惰、それに尽きた。
颯太の前世の記憶は、高校時代の勉学が苦痛になった故の飛び降り自殺である。
空ろな目であっさりと空中に身を乗り出し、逃避のためにこの世に別れを告げたのだ。
しかし颯太は気がつけば新たな名でこの世に生を受けていた。
生まれ変わった時は縮小した胎児の脳と体で泣き喚いた。
2足歩行ができるまでの感覚は、颯太にとって目が見えない絵描きや指の欠損したピアニストと似たように感じられた。
幾度再び飛び降りようと思ったことか分からない、しかし颯太の再度の自殺を思いとどまらせたのは前世の飛び降りた肉体が潰れる際の苦痛であった。
あれと同じ思いを再びすると考えるとそれだけで颯太はぞっとするものがあった。
しかも、再び飛び降りた所で生まれ変わるのならば意味はない。岸辺颯太の思いは自らが幸せに暮らしたい、それだけの筈だった。
しかしそれも、魔法少女のアニメを見るまでの出来事だ。
「昨日のひよこちゃんは面白かった」
「面白かったよね!ひよこちゃんいっぱいがんばってた!」
クラスの中、何気ない颯太の独り言に反応したのは颯太の隣の席の姫河小雪だ。
颯太と小雪の関係性はそこそこ親しい……傍から見れば小雪が颯太に懐いている、というようなものだった。
小学低学年でありながら手が掛からず精神が成熟してしまっている颯太に最初は壁を感じた小雪だったが、他の男の子達が仮面ライダーに嵌っている中
恥ずかしがらずに魔法少女のアニメを見ていると言い切った颯太と仲良くなるまで時間は掛からなかった。
颯太は殆ど前世の記憶を覚えていないが、自身が魔法少女のアニメを楽しんで見ていること自体に歪さは感じていた。
しかし颯太が魔法少女のアニメを今世で初めて見たとき、颯太の中に未知の衝撃が走ったのは紛れもない事実だった。
怠惰な颯太が夢と希望を与える魔法少女の何に感銘を受けたのかは本人すら分からない。
怠惰な颯太だからこそ、人々に夢と希望を与える魔法少女に感銘を受けたのかもしれない。
とりあえずの結論としては、色褪せた世界が色付いて見える程岸辺颯太は魔法少女に憧れた。同じく魔法少女に憧れる姫河小雪がそんな颯太を慕うのも、無理からぬ話であった。
中学年、高学年になっても颯太は魔法少女に憧れていた。彼にとって魔法少女は摂取しなければいけない水分のようなものであった。
他の男子が颯太を小馬鹿にするようになり始め、孤立するまでに時間は掛からなかったが颯太の傍にはいつも小雪がおり、小雪と魔法少女のことを語るだけで颯太は幸せだった。
「今日のスタークィーンはー」
颯太は時折魔法少女を語る小雪の瞳を覗き込むと、小雪はいつも、どこかギラギラとした光で颯太を見返してくる。
おそらく自らもそのような瞳をしているのだろう、と颯太は感じ、彼も益々魔法少女への憧れを強くしていった。
年月がたち、親しい関係のまま変わらない颯太と小雪は同じ中学に通い始める。
颯太は中学になっても自らの趣味を公言する変人であったし、小雪はそんな颯太に好感を持ちつつも少し呆れていた。
この頃になると颯太は小雪に懐かれているという関係から脱却して小雪から残念なそうちゃん、と呼ばれるようになっていた。
勿論颯太はサッカーを自ら進んですることはなく、中学のクラスで新たなコミュ二ティを築くこともない。
小雪はクラスメイトから颯太の唯一の理解者である、まるで夫婦のようだとクラスメイトから囃し立てられた。
普通このような場合、どちらかが気恥ずかしがって距離を取ることになるケースが多いだろう。
しかし颯太と小雪の関係は、壊れることがなかった。
颯太は変人であったしダメなそうちゃんには、私がいないとどうしようもない、と小雪が思ったからであった。
こうなると最早どちらに前世の記憶があるのか分かったものではなかった。
だから岸辺颯太と姫河小雪が魔法少女育成計画というアプリを開始したのは当然同時であったし―――
―――互いが本物の魔法少女に変身できるようになるのも、また同時だった。
「おめでとうポン!あなたは本物の魔法少女に選ばれたポン!」
スマートフォンから白黒の可愛らしいキャラクターが飛び出した時、岸辺颯太の心中を支配していたのは歓喜であった。
幼馴染と共に培ってきた魔法少女への執着心がついに報われる日が来たのだ、と颯太は笑みさえ浮かべる余裕があった。
プレイすると本物の魔法少女になれるという噂があった魔法少女育成計画。颯太はその噂を大真面目に捉えていた。
颯太は手を広げて、尊大に白黒の謎の生物……ファヴを迎える。
「そうか―――漸くか。僕は君を待っていたよ」
「……えっと、どういうことぽん?」
ファヴが目をギラつかせ、魔法少女への渇望を隠さず無駄に大物感を醸し出している颯太に対して疑問を抱くのは無理もない話だった。
こうして岸辺颯太は唯の変人の少年から魔法少女ラ・ピュセルに変身し、同じくスノーホワイトに変身できるようになった姫河小雪と共に、人々に夢と希望を与えるようになる。
この時は颯太も小雪もこれから起こる、魔法少女同士が殺し合うことになるという凄惨な運命を、未だ知る由もなかった。
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序曲
「おお……」
岸辺颯太は、思わず感嘆の声を漏らしていた。
自宅の大きな鏡の前で黒い角が頭から生え、尻から尻尾が飛び出した自らの姿をまじまじと見つめる。
篭手や胸当てで要所を守り、直径1メートルはある大きな剣を背中に背負ったその姿は、騎士を思わせるものだった。
衣服で抑えきれないほど豊満な肉体は少女ながらも猛烈な色香を放っており、颯太は自身の性別が変化していることを身をもって実感する。
「気に入ったぽん?」
「勿論。さて、僕は魔法少女になって、何をすればいいかな」
「人助けをして、キャンディーを集めるのが魔法少女の仕事だぽん」
「成る程、正に僕が思い描いていた魔法少女そのままだ」
颯太は自らが本物の魔法少女となったことに対して何の疑問も抱かなかった。今行っているこれも、確認作業に過ぎない。
これだけ魔法少女になることに渇望している自身が報われるのは当然だと自惚れに近い感情を抱いていたのもあるだろう。
しかしいざ魔法少女になってみると、颯太の悩みの種は尽きなかった。
まず変身している時の一人称をどうするか、という問題。僕のままは変だし私にすべきだろうか?
いや元が男だというのなら僕のままでもいいのかもしれない。思案に耽る颯太……いやラ・ピュセルに、ファヴが話を続ける。
「それにしても、まさか同じ時期に二人も魔法少女の素養を持つ人間を見つけるなんて思わなかったぽん」
「二人……?」
「そうだぽん。スノーホワイトという魔法少女が同じ時間に魔法少女になったぽん」
「ふうん、そうなんだ」
ファヴによるとどうやらラ・ピュセルとスノーホワイトが同時期に魔法少女になったことで、他の魔法少女の動きが慌しくなったらしい。
どうやら教育係というものをつけるのが、魔法少女の習わしとなっているらしい。
その教育係を巡ってのトラブルが魔法少女の間で起きていた。
ファヴが促すままにマジカルフォンを使い、魔法少女が集まる魔法の国というチャットルームに入ったラ・ピュセルはファヴの言葉の意味を一瞬で理解した。
「だから、あたしがどちらかの教育係をやろうって言っているんだ。二人いるんだろ?どっちもあんたが担当するってのは虫の良すぎる話じゃないかい?」
「姐さんの言う通りだと思うけど、ファヴが先に約束取り付けた俺に担当しろって言ってるし困った!あー困っちゃったわ!」
「約束は約束だぽん。しょうがないぽん」
「チッ」
カウボーイハットをかぶり、腰に銃を収めるためのホルスターをした魔法少女のカラミティ・メアリ。
箒を携え黒い帽子をかぶった、赤い長い髪を背中まで伸ばした魔法少女のトップスピード。
この両者が小さくデフォルメされ、言い争いをしている最中の『魔法の国』に、ラ・ピュセルとスノーホワイトは降り立った。
トップスピードのすぐ傍には赤いマフラーを首にかけ、手裏剣のような髪飾りをしている魔法少女、リップルも存在している。
その連中から少し離れて一人で切り株に跨りヴァイオリンを弾いているのは薔薇の装飾をした全体を緑を基調とした服を着ている少女、森の音楽家クラムベリーだ。
珍しくねむりんはいない。喧騒が嫌になったのだろうか。
「はじめまして、新しく魔法少女になりました、宜しくお願いします!」
「僕も新しく魔法少女になりました、宜しくお願いします」
ぺこりと頭を下げるスノーホワイト、続けて頭を下げるラ・ピュセル。
(しまった、いきなり失敗した)
ラ・ピュセルはスノーホワイトを見た瞬間に彼女について思うことがあり、動揺した挙句に一人称が僕になってしまった。
一人称について考えていたがこうなってしまっては仕方がない。これからは『僕』で通すしかなさそうだ。
ラ・ピュセルとスノーホワイトに無言のリップル以外の魔法少女がそれぞれの言葉で挨拶を返す中、トップスピードが笑いかける。
「初々しい所は好きだけど、お二人ともそう硬くなるなって!俺達、同じ魔法少女な訳だしさ!」
「は、はい!」
「わかった」
まだ緊張しつつも返事を返すスノーホワイト、毒気を抜かれ多少冷静を取り戻したラ・ピュセルと二人の反応は対照的だった。
一方カラミティ・メアリは吟味するかのように、鋭い獣を思わせる眼光でラ・ピュセルとスノーホワイトを睨み付ける。
その視線にたじろぐスノーホワイトを庇うようにトップスピードが前に出る。
「姐さんが納得しないのは分かります、次の魔法少女は姐さんが担当していいですから!なにとぞ!」
「分かってないねえ、あんたはあたしの言葉に黙って頷いてればいいんだ、オーケイ?」
両手を顔の前で合わせ、謝罪をするトップスピードを一蹴するカラミティ・メアリは勿論親切心で教育係を買って出たのではない。
単に日頃のストレスを晴らすための奴隷のような存在が、身近に欲しくなっただけだった。
教育係を買って出ればそれが一時的に手に入る。
一方のトップスピードが必死なのにも理由があった。今の彼女に新人を任せると撃ち殺されかねないと危惧したためである。
「カラミティ・メアリに逆らうな、煩わせるな、ムカつかせるな。オーケイ?」
「そー言われても!ファヴ、どうにかなんねーの?」
「いやーいきなり新人が二人も増えてみんなギスギスモードだぽん。困ったぽん」
凄むカラミティ・メアリに対して渋るトップスピードはファヴに助けを求めるも、ファヴはどこか面白そうな様子で傍観しているだけだ。
事態が悪化していく中で、ラ・ピュセルはスノーホワイトがファヴの困ったという言葉に反応し、震えが止まったのを視界の端に捉えた。
ラ・ピュセルはこの状態に危機感を覚える。スノーホワイトの正体がもし想像通りなら、困っている存在を彼女が見逃す筈がない。
それがスノーホワイトを魔法少女にしてくれた恩人のファヴだとしたら、尚更だ。
魔法少女の理想が似通っているだけに、その気持ちはラ・ピュセルにも痛いほどよく分かった。
「私が……」
「僕がカラミティ・メアリに魔法少女をレクチャーして貰う。それで何の問題もない筈だ。そうだよね、ファヴ?」
スノーホワイトの声を無理やり遮って、ラ・ピュセルが立候補する。
心配そうなトップスピード、傍観しているファヴに向かってラ・ピュセルは強い口調で問いかける。
「問題あるかい、ファヴ?」
「分かったぽん。カラミティ・メアリは経験豊富だから、ラ・ピュセルも色々教えてもらえばいいぽん」
「へえ、聞き分けのいい子は好きだよ。ラ・ピュセルとか言ったかい?明日からあたしの縄張りに来な」
「了解した」
「オーケイ、それじゃあ明日」
ファヴの言質を取ったカラミティ・メアリはその言葉を最後に、チャットルームから退出していった。
嵐が去り静まり返った後の魔法の国に、ヴァイオリンを弾くクラムベリーの音色が響き渡る。
トップスピードが、神妙な表情でラ・ピュセルに語りかけてきた。
「ラ・ピュセル。決まっちまったもんはしゃーないけどくれぐれもカラミティ・メアリに逆らっちゃ駄目だぜ?あいつはマジでヤベーやつだから」
「……分かっているよ」
「ほんと頼むぜ?」
ラ・ピュセルは頷いたがしかしそれが本当の意味で理解しているとは言い難いかもしれない。
震えているスノーホワイトを見て、ラ・ピュセルの心中には怒りが渦巻いていた。
もしスノーホワイトの正体がラ・ピュセルの想像している人物ではないとしても、ラ・ピュセルの今の気持ちは変わらないだろう。
(魔法少女は困った人を助ける存在だ、そうであるべきだ!)
「……すまないが、明日に備えて失礼させてもらう」
「おい!」
視界の端にスノーホワイトを収めたまま、怒りを抑えきれないラ・ピュセルは魔法の国から退出した。
ラ・ピュセルは正義感が強い性格であるが、別の言い方をしてみれば融通が利かない性格ということでもある。
「ヤバいなこれ、何かあったら俺が止めねーと」
ラ・ピュセルが居なくなった後の魔法の国ではトップスピードが頭を抱えていた。
これなら大人しそうなスノーホワイトをカラミティ・メアリの教育係担当にするべきだった。
気が強く、正義感がありそうなラ・ピュセルの性質を考えると明らかにカラミティ・メアリとは相性が悪い気がしてならない。
トップスピードから見て、冷静さを失っているラ・ピュセルの方がかえって危険であった。
それぞれが魔法の国から退室していく中で、クラムベリーだけが最後まで残っている。
「……ファヴが動きましたしそろそろ頃合ですよね。果たして私を満足させてくれる強者は居るのやら、とても楽しみです」
舌で赤い唇をぺろりと舐めるクラムベリーが弾く物悲しいバイオリンが、この後に訪れる凄惨な殺し合いの序曲を告げていた。
ハードゴア・アリスは魔法少女になりませんでした。
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