縢れ運命!叫べ勝鬨!魔鎧戦線まどか☆ガイム (明暮10番)
しおりを挟む

目覚めよ!ライダーたちの新たなステージ!

 事態は一刻を争う。予感は的中した。

 

 

「頼む……! 間に合ってくれ……!!」

 

 

 人のいなくなった町を走る、一人の青年。

 表情には焦燥が滲み、「早く早く」と急かす観念だけが先走る。

 

 時間は限られている。そして短く、逃せば二度はない危急存亡の秋。

 

 

 どちらかが、いなくなる。

 どちらとも、大切な人物。

 どちらにも、信念がある。

 

 

 だから、止めなくてはならない。

 最早、『兄弟の問題』として看過されるべき事態ではない。

 強い信念は、大切な人をも殺すのだから。

 

 

 

 

 

「……うん!?」

 

 

 青年は突然、立ち止まった。

 誰もいないハズの町、道路の中心、人影があった。

 まるで彼を待っていたかのように、静かに佇む。

 

 

「…………君は……ッ」

 

 

 

 

 意識が途絶えた。

 鍵が突然、閉じられたかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事態を究明しなければ。嫌な予感が渦巻く。

 

 

「兄さんが何を企んでいるのか……今日こそ突き止めてやる」

 

 

 スーツ姿の人々が往来する中、静かに進む少年。

 緊張で表情は固まり、「慎重に慎重に」と何度も自己に注意を飛ばす。

 

 時間は限られている。そして深く、危険ながらも虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 

 

 なにかが、始まっている。

 なにかが、隠されている。

 なにかを、兄がしている。

 

 

 だから、突き止めなくてはならない。

 最早、『関係は無い』で見過ごされる事態ではない。

 既に自分は、なにかへ踏み込んでいるのだから。

 

 

 

 

「……うわっ!!」

 

 

 少年は突然、立ち止まった。

 誰もいないハズの会議室、自分の背後、人影があった。

 まるで彼を見ていたかのように、静かに佇む。

 

 

「あなたは……ッ」

 

 

 意識が途絶えた。

 扉を突然、閉められたかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事態はより活気つく。勝利の予感は続いている。

 

 

「……お前はもっと、強くなる」

 

 

 成功と歓喜に沸く会場を、一人の男は後にする。

 その表情は安らかながらも、「強く強く」と自分の言葉を反芻している。

 

 時間は限られている。しかし今は、錦上花を添える。

 

 

 願わくは、新たな力を。

 願わくは、平穏な時を。

 願わくを、己の手中へ。

 

 

 だから、戦わなくてはならない。

 最早、『部が悪い』で逃げられる事態ではない。

 光を背にして、更に眩い光を浴びる為なのだから。

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 男は突然、立ち止まった。

 人のいない会場外、道路の向かい、人影があった。

 まるで彼を選別しているかのように、静かに佇む。

 

 

「貴様は……ッ」

 

 

 意識が途絶えた。

 灯を突然、吹き消されたかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とっくに意識は途絶えた。

 温もりのない、冷たい世界。

 始まりのない、停止の世界。

 光のない、闇の世界。

 

 

 沈み行く身体を流されるがままに委ね、落ちて行く。

 この手に掴んだ物は容易く離れ、やっと掴めた物をも失くしてしまう。

 なんて人生だ、なんて運命だ。

 

 

 あんまりではないか、後に残る者たちに。

 自分がいなければ、あの子が堕ちてしまう。

 

 

 焦燥感と危機感、なのに根底にある安心感。

 それは一人の青年に向けられた。あの者ならば、大器晩成を迎えられる。

 自分はただの提灯持ち川へはまる。

 

 全てを預け、己はこの闇へと沈もう。

 

 

 

 

 

 突然、光が満ちた。

 これが迎えなのか。

 動かないハズの身体をよじり、光を掴もうと伸ばされる腕。

 

 

 そうだ。まだ終われないだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……だ、大丈夫ですか?」

 

「ま、マズイって! ヤバい人だって!」

 

 

 少女の声に起こされ、青年はゆっくり目を開けた。

 空は綺麗な青、鼻孔を擽る甘い花の香り。

 

 

「あっ。起きた……」

 

 

 冷たい地面。視界の端に木の板があり、それがベンチだと気付くのに時間がかかった。

 自分はベンチの下に落ち、地べたに寝ている状態なのだろう。そう気付くのにも時間がかかった。

 

 

「…………あれ?」

 

 

 青年は声を漏らし、ベンチを手摺代わりにゆっくりと身体を起こす。

 眠り過ぎか頭でもうったのか、意識が少し鈍い。

 

 

「…………あれ、俺……」

 

「す、すみません……その、ベンチから落ちていて……」

 

「起きたんなら、も、もう、いいんじゃない……かな?」

 

 

 見ず知らずの男性に怯えながらも声をかける少女と、完全に危ない人として避けようとするもう一人の少女。

 青年にとっても知らない人だが、随分と若く、学校制服っぽい服を着ている点を見て、通学途中の学生だと予想した。

 

 

 暫くボンヤリしていた彼だが、頭が段々とスッキリし始め、二人から注がれる怯えの視線に気付く事が出来た。

 

 

「……あ、あぁ! ごめん! 疲れていたからなぁ〜……」

 

 

 事態を把握し切れていないが、安心させる為に咄嗟に演技。

 青年がマトモな人だと認識を改めたようで、恐怖の感情は止まった。

 

 

「その、何ともないのでしたらそれで良いんですけど……」

 

「お、おぅ……なんだ、優しいんだね君」

 

「いえ! 何かあったら大変だと思いまして……」

 

 

 声をかけた少女の肩を抱くように、もう一人の少女が割り込んだ。

 幾ばくかボーイッシュな雰囲気の漂っており、視線にはいまだ警戒心が宿っている。

 

 

「お兄さんが無事そうなら良かったです! では、これで〜」

 

「ちょ、ちょっと! 失礼だよ、さや……!」

 

「ほら! 時間時間! 学校始まるって!」

 

 

 その少女に押される風に、道の角に二人揃って消えてしまった。

 青年は微笑ましくそれらを眺めていたが、すぐに違和感が襲いかかる。

 

 

 

 

「……あれ? なんで市民が……?」

 

 

 辺りを見渡したが、町中に根を伸ばしていた『果実』が全くない。

 それどころか、全く見覚えのない場所だ。

 

 

「………………え?」

 

 

 立ち上がり、並木の続く道の真ん中へ。

 人々の活気が伺える町があるが、あの巨大な『ユグドラシル』の本社がない。

 高層ビルがあり、綺麗な住宅街があり、モノレールがそれらの隙間を縫うように巡らされている。

 

 

 回転する発電風車、青く輝くソーラーパネル、液晶ビジョンが付けられた巨大な飛行船が今日の天気を告げる。

 

 

『本日は快晴、向こう一週間は雨はないでしょう』

 

 

 

 

 

 ここは彼の知っている町ではない。

 そして陥っていた事態は嘘のようになくなり、平和な世界だった。

 

 

 道路上にある案内板を見やる。

 

 

『見滝原市』

 

 

 

 

 青年……『葛葉 絋汰』は当惑を込めて、声を漏らした。

 

 

「……ここ……何処なんだよ……?」

 

 

 自分の知っている沢芽市とは違う、別の町で彼は目を覚ました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

失われた力、勝鬨と極!されど鎧武、出陣!

 町を巡った絋汰。やはり彼の知る沢芽市ではない。

『ヘルヘイムの森』の侵食も無く、次いで『インベス』『オーバーロード』の存在もない。

 

 更には沢芽市から飛ばされた訳ではなく、この世界の人間は沢芽市の惨事を知らず……そもそも、『沢芽市』と言う町が、この『見滝原市』になっている事実さえ発覚した。

 

 

 根拠は川の形が一致している事と、沢芽市にあった一定の建造物がこの町にも存在した事だ。

 

 

 絋汰は今、馴染みの『ドルーパーズ』前に来ている。店構えも場所も、沢芽市と全く同じ。

 

 

「……よぉし!」

 

 

 意気揚々と店内に入る。

 内装も全て、レジスターの位置からスタンドグラス、中央にあるフルーツバスケットを囲うカウンター席まで一致。

 勿論、物だけではない。人も同じだ。

 

 

「いらっしゃいませ〜」

 

「阪東さん!?」

 

 

 店長である『阪東 清治郎』その人が、パフェを作っている最中だ。

 思わず駆け寄り、自身を指差しながら詰め寄る。

 

 

「え? なに? なに!? え?」

 

「俺ですよ! 葛葉絋汰!! ここでバイト……いや、殆ど舞が入ってくれていたけど! どうなってんですかコレ!?」

 

 

 阪東の表情には、当惑しかなかった。

 

 

「……え? 誰? 知り合いだった?」

 

 

 嘘とは思えないほどの、唖然とした顔。

 絋汰も似た顔で唖然となる。

 

 

「……俺を、知らない?」

 

 

 近くを通りかかった店員にも瞬時に駆け寄る。

 

 

「い、い、い、イヨちゃん! 俺! 俺!」

 

「キモ……近付かないでください」

 

「えぇ……」

 

 

 冷た過ぎるあしらわれ方で、心が折れかけた。

 絋汰が後釜として入る前にバイトとして雇われていた女性だが、絋汰を知らないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分のいた世界とは、似て非なる世界。

 追いつかない理解に苦しみながら、トボトボと魂が抜けたように町を歩く。

 

 

「どうなってんだよ……ミッチと貴虎……ネェちゃんにみんなが危ないってのに!」

 

 

 ヤキモキとした思いを持ちながらも、どうしようもない。

 走っていた途中で意識を手放し、気付けばここにいた。明らかに人智は軽く越している事態。

 

 

 人智は越していると言えば、もう一つの緊急事態だ。

 

 

「……しかも……これもどう言う事だよ」

 

 

 懐から出したのは、錠前のような物と、鍵のような物。

 その二つは、まるで錆びでも出来たかのように茶色く染まっていた。

 

 不吉な見た目の通り、力も失っていた。

 

 

「『カチドキ』と『極』が使えない……これじゃ、『アイツ』に勝てねぇじゃねぇか!」

 

 

 それ以前に、邂逅する事も出来やしない。その点は幸いなのか、この場に飛ばされた事が不幸なのか。

 

 

 

 

 懐からもう一つ、錠前を出す。

 こちらは鮮やかな橙色で、力を保っているようだ。

 

 

「……いや、まだ俺には力がある。それだけが救いだな」

 

 

 錠前を握り締め、確固たる意思を燃え上がらせる。

 弱者であっても、無力ではない。力ある限り、彼は戦い続けられる気概を抱いていた。

 

 それは幾多も経験した戦いの中で得られた、強い精神力。そしてチャンス。未熟から着実に、成熟へと進んでいた。

 

 

 

 

「……しっかしなぁ。俺に何が起きたんだぁ?」

 

 

 意識を失う寸前を何とか思い出そうと、歩道橋の手摺に凭れながら想起に耽る。

 本当に急だった。『ミッチ』と『貴虎』を探しに、町を走っている最中に突然。

 身体の力が抜け、視界はブラックアウトし、思考も止まった。気付けばベンチの下で倒れていたのが全て。

 

 

「あ〜……全然思い出せねぇ〜……実は夢とかじゃねぇよなぁ〜……」

 

 

 ベターなやり方だが、頰を抓る。痛かった。

 そもそも受ける風、照る太陽光の暖かさ、靴底から感じる地面の感触、歩道橋下を通る車の音……五感の全てが夢とは思えないほど、リアリティに感じ取られている。

 

 

 

 

「……綺麗な町だな」

 

 

 緑に溢れ、芸術品のような建造物が並ぶ。

 自然と調和のとれた、街全体が絵画とも思えるベストバウトばかり。そういった物には無頓着な絋汰だが、人間の本能的な美意識を擽るかのようで暫し、見惚れた。

 

 

 

 

 そうだ。文明にも、自然にも蹂躙されない、共生された町なんだ。

 

 

「……この町のように、沢芽市も……みんなも……また戻れるハズだ」

 

 

 自然に蹂躙された、憐れな町。

 だが、絶対に見放す訳にはいかない。

 例え世界に、類似していてもっと安全な場所があったとしても、そこは別の場所。自分の生まれ故郷は唯一無二。

 楽しいも、悲しいも、涙も喜びも全てを培った、自分のルーツ。捨てるなんて絶対に出来ない。

 

 

 だからこそ、彼は帰らねばならない。町を、人を、守る為に。

 

 

「……とりあえず! 沢芽市にあった場所を巡ってみるか! 何か、糸口が見つかるかもしれない!」

 

 

 自分の長所は、長々と悲観にならない事だと自負している。

 持ち前のポジティブ思考で道を切り開くんだと、両頬を叩いて気合を入れた後に踵を返す。

 

 

 

 

 

 この時の彼は気付いていない。『カチドキ』が、微かに明滅していた事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う」

 

 

『駆紋 戒斗』は、自身を絶対的な強者と捉えてやまない。

 弱者を嫌い、己を向上させる事に余念がない。

 身体を、能力を、地位を、意思を。自分に値する万象を高める事が最早、自分の価値だとも考えている。

 

 

「……ここは……!?」

 

 

 河川敷にて座る姿勢で気絶していた彼は、ゆっくり目を覚ます。

 見慣れない光景、全く違う場所。瞬時に立ち上がり、辺りを見渡した。

 

 

 

 足元に何かぶつかる。サッカーボールだ。

 

 

「すみませーん! お願いしまーす!」

 

 

 数メートル先に、小学生程度の男子たちがいた。ランドセルを纏めて置いている辺り、放課後らしい。

 

 

「…………」

 

 

 柄にないと思いつつも、たかが蹴って渡す程度は造作もない。サッカーもかなり久しぶりで、懐かしさもあった。

 それ位ならばと彼は足を上げ、サッカーボールを蹴りに入る。

 

 

 

 

「くぁっ!」

 

 

 爪先がボール横を掠りもせず、彼は空を蹴る。

 謎に回された左腕と、一方でピンと張られた右肘と言う情け無いフォームまで晒して。

 

 彼はダンスに関しては一級品のキレとセンスを持っている。

 ダンス一筋に打ち込んで来た。

 それ以外のスポーツはからっきし。サッカーなんていつ振りだろう。

 

 

 

 

「………………」

 

「え?」

 

「……なに見ているんだ、小僧」

 

「……え?」

 

 

 醜態を直視されても弁解せず、屈辱を表さず、腕を組んで構える。

「俺に指図するな、さっさとボールを取りに来い」と言わんばかりの態度。男子はポカンと、棒立ちになるしかなかった。

 

 

 

 

 

「そぉらっ!」

 

 

 戒斗の横を擦り抜け、サッカーボールを蹴る人物。

 ボールは綺麗な曲線を描き、上手く男子の元へ届けられた。

 

 

「ありがとうございまーす!」

 

 

 手を振り感謝し、仲間の元へと戻って行く。

 それを受け取り軽く手を振るのは、紅い髪の少女。中学生くらいか。

 

 

「はぁ〜……全く形からなってないったらありゃしない。ズブの素人ってのバレバレ。流石にアタシもドン引きよ?」

 

「……フンッ。スポーツなんぞ、数多ある手段の一つに過ぎん。俺は俺で、俺にとっての手段で勝負するまでだ」

 

「……おっ? なんか面白そうな兄ちゃんじゃん」

 

 

 威風堂々とした戒斗に、少女は興味を示したようだ。

 

 

「じゃあお兄さんは何か、得意な事でもあんの?」

 

「ダンスだな」

 

「意外だねぇ、ダンスかぁ。踊ってみてよ」

 

「断る。意味がない」

 

 

 少女は意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

 

「実はダンスもからっきしじゃないの? ダンサーにしては身体ガチガチだったじゃん!」

 

 

 彼は煽りに乗るような男ではない。

 

 

「何とでも思え。無闇に力を誇示する奴は弱者に他ならない」

 

「お?」

 

「それに身体が硬い事とダンスの技量に関係はない。一般常識だ」

 

「…………ほぉ〜ん」

 

 

 少女の目には、好奇の念が込められていた。

 最近の人間は腑抜けばかりだと思っていた彼女にとって、戒斗の存在は好意的に映っていた。

 

 

「……いいね。兄ちゃん、気に入った。どう? 仲良くならない?」

 

 

 差し伸べられた手を、戒斗は踵を返して無視する。

 

 

「馴れ合う暇は俺にはない」

 

「……釣れないねぇ〜」

 

「それより……ここが何処か言え」

 

 

 戒斗の質問に対し、少女は怪訝な顔を見せた。

 

 

「もしかして、兄ちゃん迷子?」

 

「そんなもんだ。言え」

 

「堂々過ぎるだろこの兄ちゃん……」

 

 

 しかしその態度は嫌いではない。同時に、この強者ぶる男が転落する様を見てやりたいとも思えた。

 内心で面白がりながらも、少女は取り出したポッキーを咥えながら、教えてやる……だけではなく、導いてやる事にした。

 

 

 

 

「ここは『風見野』。兄ちゃん、こんな所より『見滝原』に行けば?」

 

 

 彼女の案内に、戒斗は足を止める。

 

 

「……見滝原?」

 

 

 知らない場所だと思いつつも、含みのある物言いに興味を示す。

 

 

「見滝原は隣町で、すっげー近代的な町なんだ。『最強』もいる」

 

「最強……? なんのだ?」

 

「ある分野でさ。アタシも一応、それの参加者って訳。詳しくは隠すからな、口止めされてんだ」

 

「……まるで後ろめたい事があるような言い草だな?」

 

 

 振り向き、少女と向かい合わせになる。ポッキーを齧りながら、不敵に笑っていた。

 

 

「ともかく、見滝原は何もないここと違って、色々ある。人や情報に溢れている。兄ちゃんのような人にはうってつけの町だと思うよ」

 

「……確かに。行く価値はあるな」

 

「だろ? あの橋を渡って暫く歩けば到着だ。遠くに見えるビルを目指せばすぐだな」

 

「……貴様の正体が分からんが、今は知る必要はない。だが感謝する」

 

 

 再び踵を返し、次は芝生を踏み潰しながら見滝原市への道を歩み始めた。

 背後では、呆れ顔の少女。

 

 

「感謝ってのは、キチンと『ありがとう』って言うモンじゃねーか。あのサッカー坊やみたいにさぁ?」

 

「………………」

 

「あっ、無視しやがった……」

 

 

 我の強い男である戒斗の態度に、少し不満に思いながらも、橋を渡る彼をまじまじと観察している。

 全く容赦のない、悪い笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

「……まっ。見滝原は『魔女の巣窟』さ。情け無く食われちまうか生き残るのか……そこだけが楽しみだな!」

 

 

 ポッキーをもう一本、咥えた。

 

 

 

 

 強者を装いつつも、所詮は普通の人間。アタシに敵いっこないさ。

 少女はそうほくそ笑むが、彼女は知らない。戒斗には、『力』がある事を。

 

 

 懐から取り出した『錠前』を握り、彼は真っ直ぐ見滝原市を見据える。

 

 

「……何があったのかは分からんが……何故だ、俺はこの町に行かねばならない」

 

 

 奇妙な予感に突き動かされながら、一歩一歩と道を行く。

 気付けば空は、東の方から橙色になりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んなぁーーんもねぇぇぇえ!!」

 

 

 駅前のベンチ。絋汰は倒れ込んでいた。

 この世界での沢芽市が見滝原市だとして、色々と巡ってみたものの、成果はゼロ。

 見知った顔の人物がいれば話しかけてみたが、絋汰の事は誰一人として覚えていなかった。

 

 

「どぉーすんのオレー! 帰る家ねぇぞー!」

 

 

 時間だけが過ぎて行くのみで、もう夕方。

 試しに自分の家のある場所に行ったものの、姉はおらず、全く知らない人物が住んでいた。つまり、彼の言う通り帰る家無し。

 

 

「一気にホームレスかよぉ……これ、どうすんだ……」

 

 

 帰る当てがない事がこれほどまでに厳しい事だとは。

 心に冷たい風が吹き、もう大声あげて泣き叫びたいほどだ。

 

 

「……兎に角だ! 兎に角! 兎に角、元の世界に帰る方法を見つけないと……」

 

 

 とは言うが、世界を移動したなんて経験があるハズない。ましてや生還した事例も聞いた事がない。

 一体、異世界にどうやって順応すれば良いんだ。虚しく自分を鼓舞こそすれど、お先は真っ暗。

 

 

「…………異世界に通じる『クラック』とかねぇかなぁ」

 

 

 そんな長いさえも口ずさむほど、内心参っていた。

 ベンチから身体を起こし、暗くなりつつある町を見やりながら、明日からの展望を考え続ける。

 

 

「……明日は、隣町にでも出るか。どっかで、この町の捜索に見切りをつけないとなぁ」

 

 

 心が折れては、限りなく低い可能性も掴む事が出来ない。考えうる可能性は、素人なりに考え動こうと、決心した。

 

 

 

 

 

『…………誰か』

 

 

 何処かで、か細く弱った声が聞こえた気がした。

 

 

「え?」

 

 

 最初は空耳かと思った。

 耳を澄ませど、会社帰りの人々の雑踏だけが響く。

 

 雑踏、ただの雑踏。

 電車が来る時間となり、駅前は帰りの客たちで埋められた。

 改札口から真っ直ぐ家へ。決められたレールに沿うように、人々は絋汰の横を抜けて家路を急ぐ。

 

 

 

 やはり空耳か。そう納得した瞬間だった。

 

 

『……助けて』

 

 

 また聞こえた。子どもの声だ。

 

 

 

 

 

『誰か……助けて…………』

 

 

 

「助け……誰か、助けを呼んでいるのか!?」

 

 

 絋汰は居ても立っても居られず、声のした方へ走り出した。

 場所を計り知れなくなれば、また声がして彼を誘う。

 

 

 駅前を通り、帰りの客たちの波を逆走し、無機質な夜のビル街へ。

 

 

『助けて……』

 

 

 声はどんどんと近付いて行く。場所は改装中の、デパートのパーキングタワー。

 

 

「ここか……でも、この声、誰も聞こえないのか……?」

 

 

 そう言えば行き交う人々は誰一人として反応していなかった。

 雑踏の中かつ弱々しい声色とは言え、聞こえても良い声量のハズ。事実、絋汰は聞こえ続けていた。

 

 

 

 

「……よしッ」

 

 

 考えるより先に、動くのが彼だ。誰かが助けを求めている、これは事実だ。

 

 絋汰は暗く、夜の街の明かりのみが光源となっているパーキング内を突き進む。

 

 

「おーい! 誰かいるのか!?」

 

 

 呼び掛けながら進むが、声は途端に止んでしまった。

 もしや手遅れか。嫌な予感が心中を支配する。もう間に合わないのは嫌だ。

 

 

 

 

 

「こっち!! 早く!!」

 

「た、確か、こっちから入って……!」

 

 

 次に来たのは、二人の女性の声。聞き覚えがあった。

 

 

「こっちだ!! 何があったんだ!?」

 

 

 絋汰は必死に呼び掛ける。その呼び掛けは、静まり返ったパーキング内で、一際大きく認識されただろう。

 彼の声に気付いたようで、駆ける足音はこちらの方へ近付いて行く。

 動き回るより待った方が良いと判断し、やっと絋汰は足を止めた。

 

 

 

「た、たすか……アレッ!?」

 

「お、お兄さんって……!?」

 

「……あれ? 君たち……!」

 

 

 絋汰も少女二人も、互いに見覚えがあった。

 二人にとっては、朝に起こした男、絋汰にとっては起こしてくれた少女たち。

 

 桃髪の少女と、ボーイッシュな少女だ。何故か桃髪の方は白いボロボロのヌイグルミを抱いてはいたが。

 

 

「ここで、何してるんだ?」

 

「あ、あ、あの! こ、こ、この子、怪我してて……!」

「すみません! 助けてください! コスプレ通り魔に襲われたんです!!」

 

「コスプレ通り魔ぁ!?」

 

 

 凄いパワーワードに持っていかれたが、何か恐ろしい存在に襲われているようだ。

 

 

「……兎に角、君たちは逃げるんだ! ほら、この先が出口…………」

 

 

 絋汰は振り返り、逃げ道を指し示す。

 

 

 

 

 

 

 だが不思議な事に、そこに道なんてなかった。

 不気味に歪んだ、壁が切り立っている。

 

 

「で、出口って……てか、お兄さんどっから来たんですか!? ここ、袋小路じゃ!?」

 

「はあ!? おい、どうなってんだ!? 最近のパーキングって、聖剣伝説の迷宮みたいになってんのか!?」

 

「んな訳ないじゃないですか!!」

 

 

 奇妙な事はまだ続く。

 壁はどんどんと伸びて行き、三人に覆い被さるように広がり、途端に真っ暗に染まり、道となった。

 道は極彩色のトンネルに変貌し、自動的に奥へ奥へと誘って行く。

 

 

「ど、ど、どど、どうなってんだ!?」

 

「な、なにこれぇ!? 悪い夢なら覚めてよ!?」

 

「わ、わわ……!!」

 

 

 トンネルは不可解な柄と、不気味な絵が飾られた額縁だらけに。

 それが超高速で過ぎ行く先が、出口。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 極彩の長いトンネルを抜けると薔薇園だった。

 工事現場のフェイスが並ぶ。黒と黄の警告色テープが張り巡らされる。

 延々と登る鉄骨の塔。燦々と降る『立入禁止』。

 

 底に薔薇が咲き乱れる。無臭の紅い薔薇が点々と並ぶ。

 空に飛び交うは、蝶の群れ。

 髭の生えた綿飴の頭をした、蝶の群れ。

 

 

 不気味な歌を歌いながら、降り注ぐ看板の間を縫ってこちらへ向かう。

 

 

 

 

「嘘……!?」

 

「な、何これ……!? 冗談……でしょ!?」

 

 

 完全にパニック陥った二人は、地面に腰を抜かす。その地面さえも、レッドカーペットのように縦横無尽に唸っているが。

 

 綿飴頭が三人目掛けて突進する。敵意を持って、襲い掛かって来た。

 

 

 

 

 万事休すか。

 しかしこの理不尽で絶望的な状況においても、凛と立つ一人の存在がある。

 

 

「俺の後ろに隠れてろ!!」

 

 

 葛葉絋汰だ。

 

 

「お兄さん……!? あ、危ないよ……!」

 

「大丈夫だ余裕だ! あんな弱そうな虫!」

 

「虫っぽいけど、おば、オバケで……!」

 

 

 桃髪の制止を気にせず、彼は何かを取り出して見せた。

 

 

 綺麗な艶の入った黒い、ベルトのバックルのような物。右側に変な刀の装飾がある。

 どう見てもオモチャだ。

 

 

「な、なんですかソレェ!? この状況で変になっちゃった!?」

 

「俺は真面目だッ!! いいから見てろ!!」

 

 

 絋汰は、それを腹部に当てる。

 側面部からベルトが射出され、ぴったりのサイズでバックルは固定された。

 

 

 そしてそのまま、『錠前』を取り出す。橙色の、丸いフルーツのような意匠。

 

 

『オレンジ!』

 

 

 上部のボタンを押すと、錠前が音声と共に開く。

 ここに来て更に意味の分からない事態。二人は完全に思考停止に陥っていた。

 

 

「お、オレンジ?」

 

「変身ッ!!」

 

「へんしん!?」

 

 

 当惑する声を無視し、絋汰は錠前を天に掲げた。

 

 

「オラッ!!」

 

 

 その状態のまま、バックルのソケットにセットする。

 

 

 

 

 

 

 

『LOCK・ON!』

 

 

 ジッパーの開くような音が上から聞こえる。

 見上げるとそこには、空中にジッパーが付けられ、パカっと開かれていた。穴の向こうには極彩色の空間を邪魔する、深緑の森が広がっていた。

 

 

「え、えぇぇぇぇ!?」

 

「な、なに!? あれなに!?」

 

 

 法螺貝を抜き鳴らす音と共に、穴の向こうから丸い、大きな金属製のオレンジが降りてくる。

 ゆっくりゆっくりと下降して行き、それは絋汰の頭上に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 刀の装飾を倒す。刃が錠前に当たり、割った。

 

 

『ソイヤッ!!』

 

 

 遅鈍とした動きだったオレンジは、急速に落下し絋汰の頭に被さる。

 同時に彼の着ていたチェック柄の服とジーパンは変貌し、藍色のタイツ姿に早変わり。

 

 

 二人がその変貌に驚くよりも前に、綿飴頭の群れはもう眼前まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

『オレンジ・アームズ!!』

 

 

 だが、十はいたその群れは、一瞬で弾け飛ぶ。

 芳しい、柑橘系の香りとエネルギーと共に。

 

 

 

 

『花道・オン・ステージッ!!』

 

 

 二人の前にいたのは、先ほどまでの青年ではない。

 奇抜な橙色の鎧に身を包み、細い剣とオレンジを半月型に切ったような刀をそれぞれ両手に携えた、謎の戦士。

 

 頭頂部のヘタを含め、フルーツを思わせる意匠。刀と同じく半月型に切ったオレンジの形をした複眼は、キッと空の蝶を見据えていた。

 

 

 

 

 

「さぁ! ここからが俺のステージだッ!!」

 

 

 重厚な鎧とは反し、身軽で驚異的な跳躍力で飛び上がる。

 綿飴頭を数匹、斬り捨てた。




仮面ライダーローグとムルシエラゴのクロス、『COCODRILO ー ココドゥリーロ ー』、
仮面ライダーファイズとストライク・ザ・ブラッドのクロス、『555EDITION「PARADISE・BLOOD」』も宜しくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

剣と魔法!?二つの力の共同戦線!

「お、お兄さんが……頭に、お、オレンジで……あ、あわわわわ」

 

「さやかちゃん、馬鹿だからこの状況もう、理解出来ないわ……」

 

 

 二人からすればあまりにも情報過多。

 しかしボーイッシュな少女の方は、目の前で飛んで跳ねてで戦う鎧の戦士に驚くよりも、混乱から逆に冷静さを取り戻したようだ。

 

 

「兎に角、ここはお兄さんに任せて、あたしたちは出口を探さないと!」

 

 

 腰砕けの状態から何とか立ち直り、友達の手を引き脱出を図ろうとする。

 

 

「お兄さーん! あたしたち、出口を探します!」

 

「おう! 後から追い付くから行くんだ!」

 

「アニメの死亡フラグみたいな……あぁいや、余裕っぽいか」

 

 

 絋汰は縦横無尽に動いては、どんどんと綿飴頭を殲滅して行く。

 二刀流で近付く敵をバッサバッサと斬り倒し、突進攻撃も身を翻して回避している。見た目がファンシーな分、その強さはとても映えた。

 

 

「ほら、立って! 行くよ!」

 

「わわ! う、うん!」

 

 

 敵を絋汰が引きつけている隙に、二人は道を走り出した。

 

 

 残った絋汰だが、その戦闘スキルは驚異的なものだ。

 

 

「よっしゃああ!! 俺もトップギアで行くぜ!!」

 

 

 綿飴頭の一匹が絋汰の懐目掛けて突撃をする。

 それを近付かれる前に、『無双セイバー』の鍔を向け、縁金辺りにあるトリガーを引く。

 光弾が発射され、あれよあれよで直撃した綿飴頭は軌道を乱し、絋汰を逸れて深淵の薔薇園へと落ちる。

 

 

「オゥラァッ!!」

 

 

 背後に迫っていた二匹。

 即座に彼は感知し振り向き様に、刀身がオレンジを半月型に切ったような意匠の刀『大橙丸』で一匹を斬り落とす。

 

 

「シャアッ!!」

 

 

 もう一匹は片手の無双セイバーで斬る。

 真っ二つになった二匹は屑のように、霧散した。

 

 

「まだまだ行くぜぇぇぇぇ!!」

 

 

 一気に六匹が迫る。

 絋汰は無双セイバーと大橙丸の柄の底を互いにくっ付ける。

 二つの武器は一つになり、薙刀の形に変化。

 

 

「ハァァァァァァッ!!!!」

 

 

 薙刀を大きく振り回し、綿飴頭の群れ目掛けて突撃。

 先頭の一匹と接触する刹那、

 

 

 

 

「うおおおおおおおッ!!!!」

 

 

 一文字、袈裟斬り、両断、斬り上げ、スライス、カット。

 六匹の綿飴頭らを擦り抜けた後に残るは、塵芥のみ。絋汰が着地した頃には、何も残ってやしなかった。

 

 

 

 

 ここまで無双状態の絋汰。

 しかし彼とて、数の利には苦戦を強いられる。

 

 

「……って、多過ぎだろ!?」

 

 

 沸くわ沸くわの無限沸き。

 倒しても倒しても綿飴頭らは彼方より現れ、絋汰に立ち向かう。倒した奴が、一瞬で転生したかのような錯覚。

 

 

 

 

「……ゲッ」

 

 

 一気に十匹超が、彼を包囲し一斉攻撃をかます。連携は取れている。

 

 

「ぐおっ!?」

 

 

 胸部、頭部と綿飴頭は衝突してくる。柔らかそうな頭の癖に、頑鉄のような硬度だ。

 

 

 攻撃は自身の鎧がダメージを軽減しているとは言え、身体から火花を散らし、絋汰は後方へ吹き飛ばされる。

 

 

「塵も積もれば何とやらとか言うが、こりゃ参ったぜ……」

 

 

 すぐさま態勢を立て直し、薙刀モードを解除。再び二刀流に戻る。

 綿飴頭はまた集結し、絋汰へまた突撃を仕掛けようと構えていた。

 

 

「十対一とか卑怯だろ!?」

 

 

 迫り来る群れに、何とか一匹でも多く斬り落とそうと考え、両刃を立て待ち構える。

 敵はほんの三メートル、絋汰は深呼吸の後に突撃した。

 

 

 

 

 

……が、綿飴頭が攻撃を食らわす事はない。

 

 

「えっ!?」

 

 

 何処からともなく射出された、黄色のリボンが一匹一匹をグルグル巻きに拘束した。

 それにより敵は混乱状態に陥り、鳥のような悲鳴をあげながらもがいている。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

 思わず構えを解き、棒立ちでそれらを眺める絋汰。

 

 

 

 

 

 

「ふうっ。危ない所だったわ」

 

 

 突如、上から若い女性の声が降り注ぐ。

 彼が反応するよりも先に、声の主は天から絋汰の前に舞い降りる。

 

 

 

 

 巻き毛の金髪、ベレー帽、コルセット、スカート。およそ戦闘とは無縁な、やけにファンタジーな装いの少女。

 彼女はフラッと、振り返った。穏やかそうな顔立ちの、若い少女だった。

 

 

 

 

「…………それで、どちら様でしょうか?」

 

「……いや、それは俺の台詞!? あんた、なんなんだ!?」

 

「男性の声?『魔法少女』じゃない……?」

 

「な、なに? 魔法少女ぉ?」

 

 

 拘束された綿飴頭たちが、何とか自力でリボンを引き千切ろうとしている。

 

 

「……とりあえず、話は後で!」

 

 

 絋汰は目を疑う。

 

 

 

 

 彼女の傍らに金色の光が纏わり付いたと思えば、それは明確な形になり、実体を帯びた。

 豪華な装飾のされた白い大砲が現れ、彼女はそれをプロ並みのフォームで構える。

 

 

「喰らいなさい」

 

 

 トリガーを引く。

 轟音を響かせ、銃口より放たれた特大の光線は綿飴頭全体を包み込み、消し炭にした。

 悲鳴をあげる暇もなく、後に残ったものは黒焦げの蝶の羽根。

 

 

 

 

「……すっげぇ」

 

 

 あれだけの数を一瞬で。思わず絋汰は感嘆の息を漏らす。

 

 

 少女は大砲を消失させ、身軽な状態で彼の前へ近付いた。

 

 

「……えっと……それは……オレンジ? かしら?」

 

「お、おう、そうだけど……って、そうじゃなくて! あんた、誰だ!?」

 

「お互い色々と聞きたい事はあるけど……」

 

 

 彼女はピッと、道の奥を指差す。

 

 

「とりあえず、ここを出ましょ。まだ敵はいるみたい」

 

 

 途端、絋汰は先に行った二人が心配になって来た。

 

 

「俺は葛場絋汰……実は、俺の他にもう二人いるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の予感は的中している。

 突然現れた綿飴頭三匹に、二人は追われている最中だ。

 

 

「ヒィィィ!? やっぱお兄さんから離れなきゃ良かったぁぁぁぁ!!」

 

「ハァ、ハァ……も、もう……ゼェ……だ、駄目……!」

 

「諦めちゃ駄目だって! こっちで道合ってるよ!……多分ッ!!」

 

「そこは断言してよぉ!」

 

 

 

 断言してもせずとも、二人は立ち止まり事となる。

 二人の足より遥かに速い綿飴頭二匹に、前方を先回りされたからだ。

 

 

「うわっ!?」

 

 

 急ターンし後ろに逃げようとするも、残りの一匹で塞がっている。

 細い紐のような腕をヒラヒラ揺らしながら、ジワリジワリ二人に迫る。あの不気味な歌を口ずさみながら。

 

 

「も、もう、駄目ぇ……!」

 

「せめて日本語で歌えよぉ……!」

 

 

 背中合わせに怯える二人。

 そんな彼女らへ慈悲をくれてやるほど、この三匹には情なんかない。

 

 綿飴頭は瞬間、二人へ一斉に飛びかかった。

 

 

 

 

 

 

……響く三発の銃声。

 なかなか来ない、三匹の攻撃。

 恐る恐る伏せた目を開けると、そこには額に穴を開け、塵になりつつある綿飴頭の姿があった。

 

 

「…………え?」

 

 

 消え去った綿飴頭の背後、静かに立つ少女の姿があった。

 ロングヘアーの黒髪を靡かせ、紫と灰色の、無駄な装飾のない冷めた服を着ている。

 二人を眺める目には感情が無く、凍えるような瞳だ。怒っているのか、呆れているのか、疲れているのか、面倒なのか。

 

 

 

 

「あ、あんた、『転校生』!?」

 

 

 彼女を視認した途端、ボーイッシュな少女は桃髪の少女を守るように前へ立ち塞がり、敵意の篭った目と表情で睨み付ける。

 

 

「どういうつもり!?『まどか』を襲ったり、助けたり!……絶対に感謝しないからねっ!」

 

 

 二人は彼女に襲われ、パーキングタワー内を逃げていたようだ。

 

 

 

「……別に襲ったつもりはないし、貴女を助けたつもりもない」

 

 

 黒髪の少女は冷たく言い放つ。抑揚のない、無機質な声。

 

 

「全てはただの成り行きなの……それより、そいつを渡して」

 

 

 手を広げる。彼女の目的は、『まどか』と呼ばれた桃髪の少女が抱く、ヌイグルミのような存在。

 無生物かと思われていたが、まどかの胸の中で微かに震えている点を見るに、生きているらしい。

 

 

「駄目だよ……! こんな、弱っているのに……!」

 

「知った事じゃないわ」

 

「これ以上、近付くなッ!!」

 

「貴女は黙ってなさい、無関係の癖に」

 

 

 一歩一歩近付く少女。

 泣き面に蜂、八方塞がり、弱り目に祟り目、轍鮒の急。怪物を駆除した少女が寧ろ、最大の敵となる。

 

 睨む一人目、怯える二人目、近付く三人目。少女たちはそれぞれの佳境に立たされていた。

 

 

 

 

 

 

「…………ッ」

 

 

 いきなり、足を止める。背後の気配に気付いたからだ。

 

 

「そこまでよ。魔法少女が『キュゥべえ』と人を襲うなんて、どういう事かしら?」

 

 

 魔法で作り出したマスケット銃を、黒髪の少女に突き付ける。先ほどの金髪の魔法少女だ。

 声の主と誰かは気付いていたようだ。無表情な顔に苛立ちを見せつつ、ゆっくりと振り返る。

 

 

 

 

 

 

「………………え?」

 

 

 そんな彼女でも、予想外の人物には唖然となる。

 橙色の派手な鎧を着た、フルアーマーの謎の人物。一瞬、等身大の人形かと思った。

 

 

「誰だか知らねぇが、乱暴は止めるんだ!」

 

「貴方が誰なのよ。コスプレ?」

 

「コスプレで言ったらそっちも大概だろ!?」

 

 

 呆れ顔の金髪の少女が、絋汰を手で制す。

 

 

 同時に、周りの景色が溶けるように変わって行った。

 極彩色の目に悪い狂気の世界は、無機質な元のパーキングタワーへと戻る。

 

 

「おお!? も、元に戻れた……のか!?」

 

「どうやら敵は退散したようね」

 

 

 冷たい風が入る。夜景が醸す青白い光を浴びながら、五人は集結。

 暗いパーキングの中、開口部から流れる光で、それぞれ半身だけが闇の中で見えていた。

 

 

 

 

「貴女の目的が何であれ、結界から出た今、争うのは不毛よ」

 

「……私は……」

 

「……分からないの? 見逃してあげるって事よ」

 

 

 顔を引攣らせた後、彼女は開口部からパーキングタワーの外へ逃げて行く。分が悪いと判断したようだ。

 敵の退散と気配の消失を確認すると、彼女は銃の実体化を解いた。

 

 

「………………あの子……」

 

「さてとっ。絋汰さん、でしたね? お互い変身を解除しましょうか」

 

「……え? あ、あぁ。そうだな」

 

 

 少女は瞳を閉じ、絋汰はバックルの錠前を外す。

 お互い一瞬だけ光に包まれた後、元の姿に戻った。

 絋汰は最初の通り、チェック柄の上着とジーパン。少女は、あの二人と同様の学校制服姿だった。

 

 

 

「お、おぉ……! 変わった……いや、戻った?」

 

「あれ、その制服……」

 

「あなた達と同じ、『見滝原中学』の生徒よ。三年生の『巴 マミ』、よろしくね」

 

 

 挨拶を済ませた後に、彼女は抱えられた白い生物の方へ駆け寄った。

 

 

「こんな酷い怪我を……」

 

 

 指先から光が漏れる。それを浴びた生物から、傷が無くなって行く。

 

 

「凄い……傷が一瞬で治った……」

 

「治癒魔法って奴か……てか、なんだそいつ?」

 

『ありがとう、マミ!』

 

「喋った!?」

 

 

 生物は少女の腕から離れ、マミの肩に飛び移る。

 狐のようで、猫のようでもある、不思議な生物だ。背中に赤い円があり、獣耳とは別に、耳朶のような長い部位がぶら下がっている。動物図鑑と言うより、ファンタジー漫画に出て来そうなビジュアルだ。

 

 

「あれ? その声は……」

 

『不思議な事があるものだね。少女たち以外に、僕の姿が見える男性がいるなんて……しかも成人済みだから、興味が尽きないよ』

 

 

 助けを呼んでいた、あの声だ。この生物の声だったのかと理解する。

 

 

『それに君が変身したあの姿。「魔法少女」と似て非なる力を感じた。一体それは、何処で手に入れたんだい?』

 

「魔法少女……じゃあ、君が使ったのは、やっぱり魔法!?」

 

『無視はいけないと思うんだ』

 

 

 絋汰の話を聞き、困惑の声をあげるボーイッシュな少女。

 

 

「え? お、お兄さんのは魔法じゃないの……え!? 魔法!? 魔法少女!? 本物!?」

 

 

「まぁまぁ」と二人と一匹を宥め、巴マミは続けた。

 

 

「一先ず、場所を変えましょ?『未来の魔法少女たち』もいるみたいだし、絋汰さんについても教えて貰わないと」

 

「……え? 未来の……?」

 

 

 ボーイッシュな少女がおずおずと反応したと同時に、白い生物が少女二人へ自己紹介と『勧誘』を行う。

 

 

 

 

『僕は「キュゥべえ」。突然ですまないけど、僕と契約して「魔法少女」になってよ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マミらから逃走した、黒髪の少女。

 パーキングタワーから離れた場所で変身を解除する。元の服装はマミらと同じ、見滝原中学校の制服だった。

 

 

「…………最悪な事態ね。マミと……それよりもキュゥべえと接触された……」

 

 

 辛酸を舐めたかのような表情で、力なくフェンスに背を預けた。

 先端部がカールした、お城を守護するようなデザインのフェンス。その向こうには見滝原の中心街が、煌びやかに輝いていた。

 

 

 

 

 首を回し、視界の端に夜景を写す。彼女にとって、眩過ぎる光。

 

 

「……次の手を考えないと。何としても……今度こそは……」

 

 

 マミたちに見せたあの、冷えた目で睨む。

 しかしその目に、寂しさと悲しさが滲んでいたとは、彼女自身も誰も知る由がない。

 

 

 自分はもう、光を浴びる事はない。光の輪の中に入れない。一生、暗澹とした孤独の闇を彷徨うんだ。

 彼女は己に課せられた呪いを、忌まわしく感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな夜、誰もいない街角、物思いに耽る。

 それらを裂いたのは、激しい衝突音だった。

 

 

「……ッ! 誰かいるの!?」

 

 

 瞬時に反応し、音のした方を睨む。

 ポリバケツが倒れていた。中に詰め込まれたゴミが路上に汚く散布される。

 だがそんなゴミよりも存在感を放つ人影があった。ポリバケツを倒した人物で、そのまま散らばったゴミの中に伏している。

 

 

 暫しの間、ただの酔っ払いかと思った。

 しかし、倒れるその男の服はズタズタのスーツであり、雨でも浴びたかのように濡れていた。更にはポリバケツに男のものと思われる血が付着していた為、認識は改められる。

 

 

「ぐぅ……! は、ハァ……ハァ……! あぁ……!」

 

 

 息も絶え絶えながら、自分のいる場所を確認しようと頭を上げた。

 髪は酷く乱れ、出血が酷いのか顔色が酷く青白い。

 

 少女は突然現れた重傷者を訝しげに見ながら、警戒を解かずにゆっくり近付く。彼女の存在に、全く男は気付かない。

 

 

「……貴方、大丈夫?」

 

「ハァ、ウァ……み、『光実』を……光実を……!」

 

「………………」

 

 

 別に助ける義理はない。自分も相手も知らない人物の上、彼女にとっては意味のない行為。

 しかし、満身創痍でゴミの中に這い蹲るこの男へ、強烈な信念を感じ取った。一つの事へ、自分がどうなろうとも突き進もうとする、強い覚悟と意思を。

 

 

 

 彼女は目の前の男へふと、自分を重ねてしまう。

 

 

「………………」

 

 

 男へ近付き、彼女は手の平を添えた。

 紫色の光が現れ、男を包む。荒かった彼の呼吸は段々と、安らかなものへと変わる。傷を治癒したようだ。

 

 

「な、なに……!?」

 

 

 突然の苦痛の軽減に困惑した男は、やっと少女の存在に気が付いた。

 

 

「……私が治せるのはそこまで。後は自然治癒力に委ねなさい」

 

「ハァ……うっ……き、君は……!? なにを……!?」

 

「私の事は今夜限りで忘れて。何があったかは分からないけど、命を狙われているなら静かにする事ね」

 

 

 少女は踵を返し、男から離れる。

 背後で彼は、その後ろ姿を脳裏に焼き付けていた。

 

 

 

 

「俺に……なに……を…………」

 

 

 意識が朦朧とし始め、とうとう薄れて消えてしまう。

 男がまた気絶した事を確認すると、黙ってその場を少女は立ち去って行く。

 

 

「……なにしているのかしら、私は」

 

 

 自分でも驚く事だ。見ず知らずの人間を助けるなどと。

 いや、助けたつもりではない。一先ず傷の手当てを施しただけで、後は彼自身の運に任せただけだ。寧ろ、命を弄んだのではないか。

 

 

 色々と考えはしたが、気が付くと男の姿が見えない所まで来ていた。

 街灯の下で、彼女は天を見上げる。

 

 

 

 

 眩過ぎる街の光は、星々を見えなくしてしまう。

 自分はその星だ。輝きさえ知覚されない、弱々しい星の光だ。

 

 

「…………あれは、一体なんなのかしら」

 

 

 脳裏には、マミの隣に立つ珍妙な存在が散らつく。

 あんなモノ、一度も見た事がない。魔法なのか、それともただのコスプレなのか。

 自分を救ってくれるのか、敵となるのか。

 

 

 

 

「……………………期待はしない方が良い」

 

 

 そう呟き、彼女は歩き出す。

 街灯の光から逃げ、闇の中へ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロックシードとソウルジェム

 魔法少女、マミに案内され、絋汰らは彼女の家へと案内される。

 綺麗なマンションの、これまた綺麗な一室だ。

 飾られた花の匂いと共に、心地の良い甘い香りが漂っている。この部屋で寝るとグッスリ熟睡出来そうだ。

 

 

「うわぁ〜、素敵なお部屋ですね!」

 

「あたしの部屋とは大違い……」

 

 

 部屋全体を見渡してみれば、ベッドは一つしかなく、物も少ない。

 

 

「アレ? 親御さんとかは?」

 

「一人暮らしなんです。両親は、昔に亡くなりまして……」

 

「あ……な、なんか悪いな」

 

「いえ。もう慣れましたから!」

 

 

 気丈に振る舞ってはいるが、微笑む彼女の顔に影がある事を、絋汰は見逃さなかった。

 成熟しているように見えるが、やはりまだ子どもの面があるのかもしれない。

 

 

 

 

「……さっ! 遠慮なくかけて。お茶でも用意するわ」

 

「そ、そんな、申し訳ないですよ」

 

「いいのいいの。ちょっと長話にもなるし、色々あったからリラックスもしないと」

 

「まぁまぁ、まどか! ここはお言葉に甘えよっ!」

 

 

 遠慮がちな『鹿目 まどか』と、フランクなボーイッシュ……『美樹 さやか』のコンビはチグハグに見えて、なかなか合っていた。

 友達、親友と言うより、子どもと保護者のような風に見えるのだが。

 

 

 マミが暫し、キッチンへ席を外している最中、さやかは絋汰に話しかけた。

 彼の傍らには、キュウべえが控えている。無表情のまま赤い小さな目でジーッと見つめて来る様は、威圧的で少し不気味だ。

 

 

「えーっと……絋汰さんのは、魔法じゃないんですよね?」

 

 

 ここに辿り着くまでに、色々と話し合った。

 まず、絋汰のアレは魔法ではない事や、『契約』とは無関係である事は理解させた。流石に『ヘルヘイムの森』やらについては絋汰自身も難解である為、話していないが。

 

 

「魔法と言うよりも何というかなぁ……でもマミのと比べると、断然科学の力だな」

 

「科学の力ってスゲー……え、空中にチャックが開いたのも科学?」

 

「詳しくは俺も知らねーぞ? 開発者はどっか行っちまったし」

 

「え? 絋汰さんが作ったんじゃ……?」

 

「俺に作れる訳ねぇーだろ!?」

 

 

 絋汰は変身デバイスたるベルトと、錠前をテーブルに置いて見せた。

 まどか、さやか、キュウべえはそれらを興味深そうに観察している。

 

 

『確かに構造上は、材料と設備さえあれば誰にも再現可能な物みたいだね』

 

 

 まどかが錠前を触ってみた。絋汰はそれを止めない辺り、普段から危険な物ではないようだ。

 

 

「この錠前みたいな物も、作られた物ですか?」

 

『こっちの方からは強い力を感じるよ。明らかに人の手による物ではないね。なんだい、コレは?』

 

「お前、俺より詳しくないか?」

 

 

 キュウべえは触りもせず、見ただけで錠前の力を感じ取れたらしい。

 絋汰の説明を期待でもしているのか、大きな尻尾は左右に忙しなく振られている。

 

 

「ベルトは『戦極ドライバー』って言って、錠前は『ロックシード』。キュウべえの言う通り、ベルトはロックシードの力を引き出す装置だ。ロックシードについては……まぁ、秘密って事でいいか?」

 

『魔法に匹敵する力を感じるよ。これを科学の力で制御するなんて、よっぽど大きな組織が関与しているようだね。僕としては是非、聞いておきたいよ』

 

「た、確かに秘密にされるには……気になるかなぁ〜さやかちゃんは。まどかもそうでしょ?」

 

「うん!」

 

「即答かよ……」

 

 

 ヘルヘイムの森が、そこの果実が、そもそもヘルヘイムの森と言うのが……と、恐らく説明に一日足りない上に、自分でも理解しかねている点が多い。

 どうしたものかと渋面になる絋汰の前に、琥珀色の紅茶と美味しそうなケーキが置かれる。

 

 

 

 

「絋汰さんも困っているでしょ? まずは、あなたたちと関係がある話からしましょ」

 

 

 上手く話が変わり、ホッと一息吐く。

 ここからは絋汰も知りたかった、『魔法少女』の話。

 

 

「まずは、これを見てくれるかしら?」

 

 

 首元にかけ、セーラーブレザー内に隠していたネックレスの先を見せる。

 

 卵型のガラスのような物だ。緻密な装飾と、中で煙のように揺れる黄色いオーラからして、普通の品ではないとは分かる。

 それでも目を奪われるほど、壮麗な物だ。

 

 

「きれい……」

 

「これは……なんだい?」

 

「絋汰さん的に言えば、そのロックシードと言う物と同じかしら。『ソウルジェム』と言って、魔法少女の魔力の源よ」

 

 

 テーブルに乗ったキュウべえの頭を撫でる。彼は目を細め、それを受け入れた。

 

 

「キュウべえによって選ばれた女の子が、契約によって生み出す宝石なの」

 

「契約?」

 

 

 まどかとさやかは目を見合わせる。

 そう言えばキュウべえは、「契約して魔法少女になって」と勧誘していた。

 

 続きの説明は、彼から続けられる。

 

 

『僕との契約によってソウルジェムが手に入る。そのソウルジェムによって魔法少女となり、「魔女」と戦う使命を課せられるんだ』

 

「戦いの使命……な、なぁ、それって、危険じゃないのか?」

 

 

 戦う事の素晴らしさと恐ろしさ、良さと悍ましさを両方知る絋汰だからこそ出て来た疑問だった。

 戦う力を得られる事は良いかもしれないが、戦う使命を課せられるのは、まだ中学生の少女らにとって重荷ではないのか。

 

 

『確かに危険さ。でも、メリットもある』

 

 

 彼の疑問と心配に対し、キュウべえは答える。

 

 

『使命が課せられるその代わり、「一つだけどんな願いでも僕が叶えてあげられる」んだ!』

 

 

 その言葉を聞いた途端、マミ以外の三人の表情が驚きに変貌する。

 

 

「ど、どんな願い事も……!?」

 

「何でも叶えられるの!? 金銀財宝とか、不老不死とか、カロリーオフとか!?」

 

「いきなり願い事のランクが落ちたな……」

 

 

 キュウべえはピョコっと首を縦に振り、肯定。

 

 

『まぁ、その子の資質次第でもあるけどね。でも資質さえあれば、どんな事も叶えられるよ。かの有名な「卑弥呼」、「クレオパトラ」、「ジャンヌダルク」も魔法少女で、彼女らも願いによって名声を手に入れたんだ』

 

「卑弥呼!? クレオパトラ!? ジャンヌダルク!? そ、それに並べるの……!?」

 

「そんな大昔から魔法少女は戦っていたのか……!?」

 

 

 明らかに絋汰らの『アーマードライダー』より、遥かに歴史が長い。戦いの重荷云々の話は飲み込んでしまった。

 歴史と偉人が魔法少女だった事実に愕然とする二人に代わり、まどかがキュウべえへ質問をする。

 

 

「でも、その、戦わなきゃいけない『魔女』ってなにかな?」

 

 

 キュウべえはケーキを食べながら続ける。

 人間の物でも普通に食べられるのかと、絋汰は思った。

 

 

『魔法少女が希望ならば、「魔女」は絶望さ。魔女は呪いを振り撒き、人間を意のままに操って、不幸な事件を起こすんだ』

 

「そうなのよ」

 

 

 マミが説明を請け負う。

 

 

「世間でもよくある、理由が曖昧な自殺や殺人事件も、殆ど魔女が関わっているわ。いつもは結界……あなたたちが迷い込んだあの空間に隠れているけどね。普通の人が入ればまず出られないから、本当に危なかったわ」

 

 

 キュウべえがケーキを嚥下した後、また絋汰へ視線を合わせる。

 

 

『所で君の力は、結界を抜けられるのかい? 君が変身する時に膨大なエネルギーと強力な空間干渉が観測されたよ!』

 

「隙があればお前、俺の事聞いてくるなぁ?」

 

 

 最初こそ不気味だったが、段々と鬱陶しいだけに思えて来た。

 

 

「絋汰さんの力はどうあれ、彼が奮闘していなければ私は間に合えませんでしたよ。私からも、お礼をさせていただきます」

 

「いや、いいよいいよ! 俺も、助けられたからさ!」

 

「そう言えばちゃんとお礼を言ってなかった……あ、ありがとうございます!」

 

「あたしも本当に助かりましたよ。あの、最初の時、変な人扱いしてすみませんねぇ?」

 

 

 大勢の人間から感謝される事は、アーマードライダーになってから実はそんなに無かったりする。

 素直な感謝を受け、絋汰は照れ臭そうにハニカミながら頭を掻いた。

 

 

「……あっ。そう言えば……結界を抜けた時にいた、もう一人の女の子は誰だったんだ?」

 

 

 彼の質問に、思い出したかのようにさやかが話し出した。

 

 

「あれ、今日からウチの学校に来た転校生ですよ!『暁美 ほむら』って言いましてねぇ! まどかにガン飛ばすわ、まどかにポエム飛ばすわ! 今思えばヤベー奴の片鱗は見せていたなぁ……」

 

「恐らく学校の時点で、鹿目さんに魔法少女の素質があると見抜いていたんでしょうね」

 

「え? 私に素質があるなら私が狙われそうですけど……」

 

 

 まどかの質問に、キュウべえが私見を述べる。

 

 

『新しい魔法少女が生まれるのを阻止しようとしたんだね。候補の少女を狙うより、大元の僕を狙った方が合理的だ。魔女を倒すと見返りがあって、それの取り合いで衝突する事もあるんだ』

 

「純粋に正義の為に魔女を倒そう!……って子ばかりじゃないのよ。競争相手を増やさない為に、キュウべえを狙って妨害しようとしたのじゃないかしら。折角、強力な魔法を持っていそうなのに……」

 

「な、なんて身勝手な……! これを、『悪女の深情け』って言うんですよね!」

 

「ちょっと意味が違うような……」

 

 

 

 

 謎の少女、ほむら。確かに彼女のやった事は、無力で小さな生命を手にかけると言う、許されざる行いだ。

 

 

 しかし絋汰にはやはり、違和感があった。本当にそんな単純なんだろうかと。

 去り際に見せた表情が頭に残る。寂しげで、悲しそうな顔だった。

 

 違和感はあるが、その言語化はまだ難しい。頭の後ろで手を組みながら軽く仰け反った。

 

 

「………………」

 

 

 チラリと、隣のまどかを見やる。

 彼女も何か思うところがあるようで、俯いて考え事をしているようだ。

 

 

「……ん? どうした? 何かあるのか?」

 

「……え? い、いえ! 軽い考え事をしてました」

 

「そうか?」

 

 

 魔法少女になって戦う事に、実感がないのだろうか。

 願いを何でも叶えられるメリットよりも、戦い続ける使命感の重量、魔法少女ならではの人間関係への億劫さが際立っているようだ。

 まどかのその様子を迷いと呼んだマミは手を叩き、二人に提案する。

 

 

 

 

「それなら二人とも、暫く私の魔法退治に付き合ってみない?」

 

「え?」

 

「ええ!?」

 

 

 ニコッと笑って、絋汰も見る。

 

 

 

 

「ボディーガードとして、絋汰さんもどうです?」

 

「……え? お、俺も!?」

 

 

 三人ともが各々に驚く。この数分だけで、一ヶ月分驚いたのではないか。

 

 

「魔法少女がどんなものか、自分自身の目で確かめてから判断したらいいと思うの! それに絋汰さんも、その力を正義の為に使わないと勿体ないですよ。魔女退治のお手伝いをしてくれたらもっと素敵ですね!」

 

『それは良い提案だね、マミ。僕としても君の……戦極ドライバーかい?……それの性能をもっと測りたいんだ。もしかしたら魔法少女にも一部運用出来るかもしれない』

 

「キュウべえもこう言っていますよ!」

 

「そいつ好奇心隠す気ねぇよな」

 

 

 とは言え、元の世界に戻る算段も今の所ない。

 元の世界が心配な事には変わりはないが、魔女の存在が危険な事も確かだ。

 ならば少しの間、まどからが魔法少女になるまで程度なら付き合っても良いかと考え直す。

 

 

「まぁ、少しの間だけになるけど。こっちも出来る限りの事はするから」

 

 

 そう言って、ケーキをフォークで切り、口に運んだ。

 

 

「…………うん? これ、何処のケーキだ? 市販じゃないだろ?」

 

「あら? 気付かれました? それ、私が自作したんですよ!」

 

 

 マミの自作ケーキと聞き、まどかとさやかの二人も食べてみる。

 

 

「……わっ! 美味しい!」

 

「魔法少女で強くて、一人暮らしも出来て、美味しいケーキも作れるし美人……マミさん、スペック高すぎじゃないですか?」

 

「うふふ! 機会があれば一緒に作りましょ!」

 

 

 頰を緩め、マミのケーキを絶賛する二人。

 キュウべえも人間ではないのに、ケーキに夢中だ。人外生物の味覚にもマッチしていると分かる。

 

 

 

 

 絋汰は皆の様子を眺めた上でもう一口食べ、気付かれないように首を傾げた。

 

 

 

「…………シャルモンのおっさんのせいで舌が肥えたか……まぁ、現役と比べるのも悪いか」

 

 

 やけに薄い甘味を疑問に思いながら、残しては悪いと考えケーキは全て平らげる。

 

 

『………………』

 

 

 彼のその様子を観察していたキュウべえ。

 何を考えているのかは、無表情で悟らせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『バナナ・スパーキングッ!!』

 

「ぐぅぅあああッ!!!!」

 

 

 槍を地面に突き、衝撃波を発生させる。

 その衝撃波に飲まれた、落書きのような生物や、パリの凱旋門のような物体は一気に消失。

 

 

 同時に歪んだ鏡面の空は溶け始め、辺りはただの夜の公園になる。

 異常の終焉を悟った彼は、警戒を消した。

 

 

『LOCK・OFF』

 

「なんなんだ、コイツらは?」

 

 

 道を歩いていた途中、突然辺りは異形の世界へと変貌し、実体があるのかないのか分からない敵に襲われた。

 だが彼にとって取りに足らない敵。ささっと撃退。

 

 

「……あの女、何か知っていたな。聞き出せば良かったか」

 

 

 後悔先に立たず。

 一先ず理解出来た事は、この町ではインベスとは違う、別の脅威が蔓延っている事だろうか。

 

 

「………………」

 

 

 道に、何か落ちている。

 彼はそれを拾い上げた。酷く冷たく、ドス黒い色の妙な物。

 丸いジョット石を装飾で囲んでいるような形だ。

 

 それには先の尖った部分があり、不思議な事にその先端を立てた所で、石は倒れない。あの謎の敵の物だろうか。

 

 

「……フンッ、面白い。こう言うのも一興か」

 

 

 彼は抑揚もなく呟き、その場を後にした。

 宵闇でも消しきれない紅のラインが浮かぶ、特徴的な服を着こなした男。

 今の彼が考えている事は、自分の寝床の確保だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ三日月を、二人の男が眺めていた。

 一人は全てを変える強さを求め、一人は全てを守る強さを求めた。

 孤独の夜を歩く男と、夜道の少女たちを守る為に付き添う男。

 

 

 再会の時は近い。

 それは今、眠りについている『兄弟』にも言えるだろうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誘惑の薔薇園!決めろ無双斬り!

切りの良い所まで、こちらを集中的に進めます。
活動報告の恥ずかしいSSは兎も角。


 さやかもまどかも、大きな一軒家に住んでいるらしい。

 お金持ちなんだなとか考えながら、まずはさやかを送り届ける。

 

 

「そんじゃ、絋汰さんもまどかも、また明日!」

 

 

 彼女の家は暗く、鍵を取り出してから帰宅。

 

 

「親御さんは遅いのか?」

 

「共働きみたいですよ。一人っ子だから、家も一人の時が多いって言っていました」

 

 

 家に帰れば必ず姉がいた絋汰とは、大違いだ。

 兄弟姉妹がいると一人っ子を羨ましがるものだが、パチっと物悲しく点けられた美樹家の電気を見ると、自分は待ち人がいるだけ恵まれているのかもしれないと思ってしまった。

 

 マミにしてもそうだ。だからこそ絋汰はそう思ったのかもしれない。

 

 

「まどかの所もか?」

 

「私の家はパパが専業主夫でして。弟もいますし、家に帰ればいつも誰かいるんです」

 

「……そっか」

 

 

 昔に両親を亡くし、姉と二人で暮らして来た彼にとって、真の意味で羨ましい家庭だ。

 羨ましく思うと同時に、幸せに愛されて育てられたまどかを微笑ましくも感じられた。

 

 

「絋汰さんは一人暮らしですか?」

 

「俺か? 俺はネエちゃんと。恥ずかしいけど、まだ自立出来ていなくて」

 

「お姉さんとですか! そう言うのも楽しそうですね」

 

「確かに楽しかったなぁ」

 

 

 姉は厳しくもあった。

 絋汰に大人としての責任感、仕事の意義を教えてくれた。彼より経験の多い姉に、気ままなフリーターだった絋汰はよく言い負かされた。

 

 でも優しくもあった。

 昔も今も、姉からは愛されて育てられたと感じ、生きて来れた。

 人を信じ抜ける優しい彼の性格は、そんな姉の愛に影響されたとも思っている。厳しい言葉も、彼を思っての事だとも理解していた。

 

 

 

 

 

「…………楽しかった」

 

 

 それも既に、過去の懐かしい話。

 今はその全てが、今までの普通が崩壊してしまった。

 友達も姉も攫われ、バラバラになっている。また元に戻れるのだろうかと、絋汰は不安を感じずにはいられない。

 

 

「…………そ、それより!」

 

 

 空気がしんみりしかけたと感じ、慌てて会話の軌道修正を図る。

 

 

「今日はなんか、大変だったな。いきなり怪物とかに襲われたり、魔法少女になれるとかさ」

 

「なんだか、とても濃い一日だったような……」

 

「それでさ、まどかは……やっぱ、契約を結ぶつもりなのか?」

 

 

 魔法少女の話は魅力的だ、同時に生半可な気持ちで受ける物でもない。

 それは似た境遇を経た、彼だからこその想い。覚悟のほどを聞いておきたかった。

 

 

 絋汰の質問に対し、まどかは少し俯いて考え込んだ後、迷いを滲ませ苦笑い。

 

 

「……まだ迷っています」

 

「だろうなぁ。そんなすぐに決められるもんじゃなぁ」

 

「でも……」

 

「ん?」

 

 

 胸も前で拳を握りしめる。

 

 

「私、とっても弱くて。さやかちゃんとか、ママとか、いつも守られていて」

 

 

 迷いのない、純粋な笑みを見せた。

 

 

「……こんな私でも誰かの役に立てるとしたら……それはとっても、嬉しいなって」

 

 

 彼女の笑みに見覚えがあった。

 みんなの為に、みんなを守る為にいつも頑張って来てくれた、『幼馴染』の子。

 底抜けに優しく、決して諦めない、あの子。

 

 

「……な、なんか、恥ずかしい事言っちゃいましたね」

 

「…………いや」

 

 

 頷きながら、彼も笑みを見せる。

 

 

「とてもカッコいい。素敵な考えだ!」

 

 

 

 

 そんな話をした頃には、まどかの家の前まで来ていた。

 腕時計を見る。時刻は七時、少し遅い時間だ。

 

 

「親御さん心配しているだろ?」

 

「連絡していなかったからママ、怒るかなぁ……」

 

「そりゃ怒るだろ……あぁいや、怖がらせるつもりはないけど」

 

「お酒飲んでたら大丈夫だけど……」

 

「それもどうなの」

 

 

 急いで門前まで駆ける。絋汰が見送るのは、そこまでだ。

 

 

「そんじゃ、多分また明日か? お疲れー」

 

「うん、お疲れ様でした!」

 

「さてと……」

 

 

 

 

 彼も去ろう歩き出した時、

 

 

「……あのっ!」

 

 

まどかが呼び止めた。

 

 

「どうした?」

 

「あの……これを絋汰さんに言っても仕方ないかなって思いますけど」

 

 

 表情に不安が現れている。

 

 

「……ほむらちゃんの事」

 

 

 キュウべえを襲った、黒髪の魔法少女。

 意外な事に、彼女からその話を持ちかけた来た。

 

 

「暁美ほむらが、どうしたんだ?」

 

「その……」

 

 

 言いにくそうに目を伏せた後、ジッと絋汰と視線を合わせる。

 

 

 

 

「……ほむらちゃんを、助けてあげて欲しいんです」

 

 

 

 困惑の表情を見せる絋汰。

 突然、ほむらの事を助けて欲しいと言われ、当惑するのは当たり前だ。

 

 

 しかしキッと、凛とした目をしたまどかを見て、喫驚は無かった。

 

 

「あの子を……? どうして……」

 

「そ、それじゃ絋汰さん! また明日!」

 

「へ? お、おい!? まどかぁ?」

 

 

 一頻り話して恥ずかしくなったのか、そそくさとまどかは戸口に走る。

 呼び止める暇もなく、気付けば家の中に入ってしまった。

 

 

「……いきなりどうしたんだ? まどか……」

 

 

 釈然としない気持ちを抱えながら、絋汰は夜の街に身を翻す。

 

 

 ポケットから、使えなくなったカチドキと極を取り出した。

 力が戻っていないかと期待したが、変わってはいない。

 変わりはしないものの、二つを月に照らし合わせる。綺麗な三日月だ。

 

 

「……そう言えば俺、帰る家ないんだよな」

 

 

 渋い顔で再びポケットにしまう。

 

 

「…………何処で寝よ?」

 

 

 人生初のホームレス生活に途方に暮れながら、眠れる場所を探して足を進める。

 

 

 

 ポケットにいれたカチドキが、また光っている事には気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝を迎える。

 太陽の光を浴び、目を覚ます。

 まだまだ冷たい朝の気配、少年はゆっくりと起き上がる。

 

 

 乱れた髪を整え、着ていたブラウンのコートの襟を正す。

 

 

「…………え? ここは何処?」

 

 

 立ち並ぶビル、一方で西洋の街並みのような住宅街、浮かぶ飛行船の液晶にある『ようこそ、見滝原市へ!』の文字。

 少年はぽかんと空を見ながら、自分が横たわっていた芝生の上より立ち上がった。

 

 

 

 

「見滝原……?」

 

 

 ポケットに触れた時、彼は落し物をしている事に気付き、慌てて探し拾い上げた。

 それは『ブドウのロックシード』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時に絋汰も目を覚ました。

 

 

「……身体イテェ!」

 

 

 公園の滑り台の上。過去最悪の目覚めだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やる事のない彼は街をブラブラ巡った。

 不思議な街だ。殆どの場所でタッチパネルが使われ、無駄のない洗練された形状のビルが見える近未来都市の側面がある。しかし片方にはオランダやイタリアのような、煉瓦造りの建物が立ち並ぶ商店街だったりシーパークだったりと、異国情緒な風景もあった。

 

 さぞや観光映えする街だと、感嘆せざるを得ない。自分も住むなら、これくらい綺麗な都市に住みたかったと羨望を起こす。

 

 

「お金はキチンと、円なんだな」

 

 

 持っていたお金で、腹は満たせた。初日から路頭に迷うなんて事は避けられたが、このままでは一週間も保たない。

 早い所帰る目処を立てなければ、この世界で野垂れ死だ。それだけはどうしても嫌、絶対に嫌、死んでも嫌。

 

 

「……おっ。時間だな」

 

 

 生活面での恐れはあるが、約束をすっぽかす理由にはならない。

 午後四時、学校の終わる時間。絋汰はマミの行き着けだと言う、待ち合わせ場所のカフェへ走り出した。

 場所は街を巡って把握している。迷う事なく、彼はそこへ向かう。

 

 

 

 

 

 テラス席に向かうと、既に三人と一匹がいた。

 

 

「遅かったか?」

 

『まだ二十分しか経ってないよ』

 

「そこは今来た〜とか言ってくれよ……」

 

『宇宙から見れば誤差の範囲さ』

 

「お前の中のスケールどうなってんだよ」

 

『それより、今日は僕にとっても楽しみだよ。是非、君の力を存分に発揮してくれ』

 

「ホント、お前はブレないよなぁ。まぁ、この力でそっちが楽できるなら喜んで……」

 

「ちょちょちょちょちょ、絋汰さん絋汰さん……!」

 

 

 キュウべえとの会話を、大慌てでさやかは止める。

 不思議そうな顔をする絋汰に、周りを眺めてもらった。

 

 テラス席に座る何人かの人間が、危ない人を見る目で絋汰を見ていた。

 

 

 

「な、なに?」

 

「きゅ、キュウべえは普通の人に見えないって忘れたんですか……? これじゃ絋汰さん、JCの前で一人ベラベラ喋り出す変な人ですって……!」

 

「……あっ!?」

 

 

 慌てて絋汰は、携帯電話をイヤホンマイクで話していた風を装う。

 何とか不信感からは逃れられた。

 

 

「言えよ……!」

 

『凄くナチュラルに話すから忠告が遅れたよ。魔法少女の素質がないのに僕を見て、話せる辺り、やはりあの力の影響かもしれないね』

 

「冷静に分析してやがる……」

 

 

 絋汰が席に着いたと同時に、「さて」とマミが話を切り出した。

 

 

 

 

「それじゃっ、『魔法少女体験コース』……まずは第一弾、いってみましょうか?」

 

 

 緊張が伺えるまどかと、昨日とは違い自信満々そうなさやか。

 

 

「どうしたさやか? メチャクチャやる気満々じゃねぇか」

 

「へっへっへ……あたしかて、学習する人間ですよ……実は家から、武器を持って来ましてね!」

 

 

 席の背凭れにかけていた、細長いケース。

 それから大体は察していたが、中から金属バットを取り出した。

 

 

「親の物ですが、倉庫に眠っていた物を拝借してきました!」

 

「うん……まぁ、意気込みはいいわね」

 

「さやかちゃんはいつも豪快だよね……」

 

 

 関心のような呆れたような、そんな視線を受けるものの彼女は気にしない。

 次に絋汰が、まどかを指差し話した。

 

 

「護身用の物は大事だ。まどかも何か、持って来たのか?」

 

「え!? あ、ええっと、私は、こんなの考えてみましたっ!」

 

「考えてみた?」

 

 

 学生鞄から取り出したノートを開くと、魔法少女のイメージイラストが描かれてあった。

 フリル付きでファンシーな、少女趣味全開の衣装。頭のリボンから爪先、背面の様子まで描かれている拘り様。武器は弓。

 

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「…………どうかな?」

 

「……んふふふふ……」

 

 

 さやかとマミは声を顰めて笑い出す。

 

 

「……さー! マミさん、行きますかー!」

 

「そうね、行きましょう!」

 

「まどか。今の内にそれは処分しとけ。四年か五年経ってから見ると、死にたくなるぞ……?」

 

「こ、絋汰さんまで酷いですよぉ!?」

 

 

 斯くして、魔法少女体験コースが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔女を炙り出す方法は一つかつ、簡単だ。

 マミのソウルジェムの光を頼りに、それをダウジングとして魔女の結界を探す。

 

 

「地味ですね……」

 

「だから後は統計ね。魔女はそうそう動きたがらないから、その場所では事件が多発するわ。そういう場所を事前に調べて、優先的にチェックするのよ」

 

「尚更地味っすね……」

 

「何事も経験よ。慣れれば何処にいるのか、手を取るように分かるわ!」

 

 

 今の内、絋汰は戦極ドライバーを懐から手に持っておく。

 まどかに抱かれているキュウべえの反応は早かった。

 

 

『僕的には今から変身してくれても構わないよ!』

 

「一度所構わず変身してさぁ……メチャクチャ怒られたんだよなぁ……」

 

「確かにあの姿じゃ、目立ちますよね」

 

 

 まどかは昨日の彼の姿を思い出す。

 

 

「でも、なんだか、可愛いデザインでしたね! オレンジがテーマっぽくて!……あっ、私も何かテーマを決めようかな」

 

「ま、まぁ、ほどほどにな?」

 

『その子のイメージが、魔法少女の姿に影響される場合もあるからね。今の内に練っておく事は必要だよ』

 

 

 マミがソウルジェムの光を見ながら、絋汰に話しかける。

 

 

「その戦極ドライバーやロックシードは、どちらで手に入れられたのですか?」

 

「拾ったんだ。まぁ、これは前世代機で、今は新しいベルトがあって使われなくなったな」

 

「でも、使い魔たちと対等以上に渡り合える辺り、凄い力ですよ。持て余すべき物ではないですね」

 

 

 インベスがいない今、この力は対魔女の為に割り当てるべきなのかもしれない。

 戦極ドライバーを見つめる。バックル部の向かって右手には、変身後の自分の横顔が浮世絵風に描かれている。

 一種の刻印付けであり、このベルトはもう絋汰以外の人間には使えない。つまり、彼しか代わりはいないのだから。

 

 

 

 

 すると、ソウルジェムの輝きが突然増した。

 

 

「……近いわ」

 

 

 マミの表情が、一気に凛々しいものとなる。絋汰が何度も見て来た、戦士の顔だ。

 彼女は魔女の場所を特定したようで、ソウルジェムを手の中に握り、「こっち!」と皆を誘導しながら駆け出した。

 

 

 

 華やかな表通りから離れ、薄暗い路地裏の世界。

 そこを抜けると、ぽつぽつと寂れた建物が現れ始める。

 

 

 マミが立ち止まったのは、廃ビルの前。

 人通りはなく、まさに『負のスポット』らしい佇まいだ。

 

 

 

「……お、おい! 上を見ろ!」

 

 

 絋汰が指差したのは、ビルの屋上。

 暗い顔のスーツ姿の女性が、手摺を乗り越え塀の上に立っていた。

 

 

「……え? まさか、あの人……!?」

 

「ま、待て!? は、早まるなぁ!!」

 

 

 彼の呼び掛けも虚しく、女性は躊躇もなく頭から飛び降りた。

 階数は十階、間違いなく死ぬ高さ。

 

 

「あっ……!」

 

 

 落下点へ駆ける絋汰と、ショッキングな光景に立ち竦むさやかとまどか。

 

 

 一人、マミだけが落ち着いていた。

 

 

「大丈夫!」

 

 

 ソウルジェムを掲げると、マミの身体は黄色い光に包まれた。

 制服姿だった彼女は帽子、服、スカート、靴の順に変わって行き、光が晴れた後には昨日の魔法少女姿。

 

 女性は五階の位置まで落ちていた。

 マミはその彼女目掛けて手の中で溜めたエネルギーを放出する。

 

 

「はっ!」

 

 

 エネルギーは黄色いリボンとなり、何処までも伸びて行く。

 そして女性まで到達すると優しく彼女に巻き付き、速度を落とさせる。

 

 

 ゆっくりゆっくりとなって行き、地面に着く頃にはトサッと軽い音が鳴る程度だった。

 

 

「スゲェな魔法少女!……おい、大丈夫か!?」

 

 

 駆け寄った絋汰は、安否を確認する。

 呼吸はしており、怪我もなく、気を失っているだけ。三人に安全な合図送り、まずはホッと一息。

 

 

「ちょっと失礼」

 

 

 マミは女性の襟元を下げ、頸を見せてやる。

 白い肌の上に、禍々しい色をしたタトゥーのような印が付けられていた。

 

 

「『魔女の口づけ』……やっぱりね」

 

「魔女の……口づけ?」

 

「詳しい話は後にしましょ」

 

 

 魔法でマスケット銃を創り、後ろに控えるさやかとまどかへ向き直った。

 

 

「魔女はビルの中よ! 追い詰めましょう!」

 

「は、はいっ!」

 

 

 衝撃的な展開に飲まれていた二人は、彼女の発破で気を持ち直す。

 絋汰も立ち上がり、意気揚々とベルトを装着した。

 

 

「なら俺もッ!」

 

『オレンジ!』

 

 

 ロックシードを開き、ドライバーのソケットにセット。彼も変身だ。

 

 

『LOCK・ON!』

 

『ソイヤッ!!』

 

『オレンジアームズ!』

 

『花道・オン・ステージ!!』

 

 

 空間を開けて権限したオレンジアームズを頭から被り、『アーマードライダー鎧武』へと変身を遂げた。

 いつ見ても凄まじい変身だ。

 

 

「……昨日、ちょっと思ったんですけど、音楽が派手ですよね……『花道オンステージ』って、何なんですかね……」

 

「開発者の趣味だ。おかしいだろ?」

 

(ちょっと良いなって思っちゃった……)

 

「絋汰さんも変身した所で、突撃するわよ!」

 

 

 マミの先導の下、魔女の攻略隊は立入禁止看板を無視し、ビルの中へと入って行く。

 

 

 

 

 

 

 影から彼女らを眺める、一人の存在。

 四人が奥へ行った事を見計らい、こっそりと着いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 魔女の結界前に来た。

 マミはさやかに近付き、彼女が構えていた金属バットに触れる。

 バットはマミのソウルジェムと、同じ輝きを放つ。

 

 

「気休め程度だけど、それで身を守れるわ。でも中は使い魔の群れ……私と絋汰さんから離れないでね!」

 

 

 そう言った後、彼女は会議室の扉を開け放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホールは湾曲した。かの門前雀羅の廃墟を彩らねばならぬと変異した。

 隣に降りの階段があると思えば、それは行く先は廊下の上だった。

 奥に続く道があると思えば、自分たちの後ろに出ていた。

 一直線に進めると思えば、大きく曲りくねる。

 

 上も下も、右も左も、近くも奥かも曖昧な空間。

 ただ充満する、ケバケバしい薔薇の香りと蝶が、確実な存在として舞っている。

 

 

 

 

 

 

 ソフトクリームを重ねたような物に、蝶の羽根を付けた怪物が迷い人に襲い掛かる。

 四つの目で見つめ、丁寧に結わえた口髭をモゴモゴさせながら近付く。

 戦闘開始だ。

 

 

「さぁ! 本番よ!」

 

「よっしゃああ!! ここからが俺たちのステージだッ!!」

 

 

 それぞれマスケット銃と大橙丸を構え、敵に突っ込む。

 

 

 

 

「はっ! よっ!」

 

 マミは軽快なステップを繰り出し使い魔を翻弄。一発一発外す事なく弾を命中させて行く。

 

 

「オラァッ! どしたどしたぁ!」

 

 絋汰は近付く使い魔に対し深く腰を落として待ち構え、斬って斬って斬り捨てて行く。

 

 

 

 

 華麗なマミ、豪快な絋汰。

 まさしく魔法少女とアーマードライダーの、二つの戦い方の共同戦線だ。

 

 

 

 

 暫し見惚れていたさやかだったが、疼く気持ちを堪え切れずにバットを構えた。

 

 

「……まどかっ! 行くよ!」

 

「う、うん!」

 

 

 彼女も、マミと絋汰が取りこぼしてしまった使い魔へ、フルスイング。マミの魔法の効果もあり、近付く敵を薙ぎ倒して行く。

 

 先の二人の奮闘振り凄まじく、二人へは殆ど使い魔は来なかった。それでもさやかは「戦っているんだ」と清々しい気持ちになれる。

 

 

 

 

 マミはどんどんと魔女の方へ。

 それに伴い使い魔の数も増加。危険度も高まって行くが、それは魔女に近付いている証拠でもある。

 

 

「多いわね! 囲まれるわ!」

 

「これくらいなら任せろぉ!」

 

 

 絋汰は大橙丸を仕舞うと、代わりに無双セイバーを引き抜く。

 

 

『LOCK・ON!』

 

 そして、無双セイバーにあるソケットへ、バックルよりロックシードを移す。

 

 

『一!……十!……百ッ!!』

 

 

 一くらいごとのカウントアップと共に、刀身へ蜜柑色のエネルギーが集中。

 壮大な雅楽音が響く中、迫り来る使い魔たち目掛けて刀を振るう。

 

 

 

「ウラァアッ!!」

 

 

 彼が回転斬りを行うと、刀身より分離したエネルギーが四方円状に射出。

 それを浴びた使い魔たちは一溜まりもなく、直撃しては霧散した。魔女への道が開く。

 

 

「ワォッ! 絋汰さん、立派な使い魔ハンターですね!」

 

「うはっ……すっごい……!」

 

『凄まじいエネルギーだ! あの小さなロックシードからこれだけの力を抽出できるなんて! 是非、研究させて欲しい!』

 

「お前の勧誘相手は少女だろ!」

 

 

 ともあれ危機は去った。

 この先に、狂気の薔薇園の主がいる。本番はここからだ。

 

 

 

 その緊張感が、背後に迫る一人の影に、気付けなくしてしまった。

 

 

「……うん?」

 

 

 振り向くまどか。

 だがそこには誰もいない。気のせいかと、先行くマミらの背中を追う。

 魔女は目前だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バロン、合流!薔薇を貫く、勝利の槍!

 拓けた場所に出た。

 円形の広いホール。段となっている箇所には薔薇が咲き、下品な匂いを撒き散らす。

 針金で作られたような蝶が飛び交う中、その間を縫って魔女は姿を現した。

 

 

 ホールの中央、蝶たちの中、それは鎮座していた。

 艶かしい四本の脚を見せ付けている。

 だがそれらが支える身体は人間の姿ではなく、無機質じみた胴体と、蕩けたアイスのような頭の異形。背中にはケバケバしい柄の大きな、蝶の羽根がくっ付いている。

 

 

 血のようにベタッと赤色、ベルベットのように厚い緑色、ジョット石のように濃い黒色。

 

 頭には点々と、薔薇が咲く。

 

 

 

 

           I

     【Gertrud は 薔薇園の魔女】

  GERTRUD ゲルトルート げるとるーと

 不信。信じられない。不愉快、不愉快。不愉快。

 あの子もこの子も誰も彼もが敵、敵、敵敵敵敵。

 花は人、薔薇は人、棘のついた人々の群れ群れ。

 手折り手折られ私の番、捧げろ捧げろ捧げるの。

 薔薇薔薇薔薇のバラバラバラ、最後にパラリと。

  げるとるーと ゲルトルート GERTRUD

     【女魔の園薇薔 は durtreG】

           I

 

 

 

 

 

「う、うへぇ……グロテスク……」

 

「お、俺、無理無理! 生理的に無理! キモッ!!」

 

(……ちょっと可愛いかも)

 

「さぁて。ここで仕上げね! 絋汰さんはサポートをお願いします! 二人は見ていなさい!」

 

 

 マミの合図と共に、嫌々ながら絋汰は大橙丸を取り出す。

 二人が魔女目掛けて突撃を開始すると、天高いホールの天井からヒラヒラ、使い魔が下って来る。

 

 

「マミ! 増援だ!」

 

「使い魔の相手は任せられますか?」

 

「少し多いが……どうにか半数以上は!」

 

 

 絋汰は膝を曲げ、大きく跳躍。重厚な鎧を身に着けている割に、本当に身軽だ。

 

 

「うわぁ、高い……」

 

『人間本来の身体能力が跳ね上がっているね。魔法少女よりは直線的で劣るけど、あの防御力に対して上質な機動力だ!』

 

 

 

 飛び上がった絋汰は大橙丸を構えたまま、左手でバックル横のカッティングナイフを一回、倒す。

 

 

『オレンジ・スカッシュ!!』

 

 

「突き抜けるぜぇぇぇ!!」

 

 

 大橙丸が輝き出し、そのまま眼前の無数の使い魔へ、横両断。

 絋汰が使い魔らの後ろに抜けた直後、全員が弾けたように態勢を崩し、爆発四散する。

 

 

 

「一撃!?」

 

『簡単動作であれだけの力を発揮出来るのは興味深い。これなら長期間の訓練を必要とせず、しかも誰でも即戦力になれる』

 

「さっきから解説し過ぎだろ!?」

 

 

 着地した絋汰がキュウべえにツッコミ。

 しかし使い魔はまだまだやって来る。再び刀を振るい、相まみえる。

 

 

 

 

「私も負けていられないわね!」

 

 

 絋汰の奮闘を見て俄然、闘志の湧いたマミは、創り出したマスケット銃を構えて発射。

 巨体の割に魔女は非常に俊敏。マミの銃弾をヒョイヒョイ避けて行く。

 

 

「マミさん、外しましたよ!?」

 

 

 しかし逃走を許すほど、彼女は甘くない。指をパチンと鳴らし、魔法を発動する。

 

 

「私に、無駄弾はないの!」

 

 

 避けられ、地や壁に埋め込まれた銃弾が、眩い光を帯びる。

 それと同時に、光のリボンが射出され、魔女の身体に巻き付き拘束した。

 

 

「わざと外していたんだ……!」

 

「うおお! マミさんも凄い!」

 

 

 薔薇園の魔女は脚や身体、羽根を動かし必死にもがく。

 だが肉まで食い込む魔法のリボンは、蜘蛛の糸より遥かに厄介だ。寧ろ身体を更に圧迫させ、息が苦しくなる……魔女も呼吸するのか不明だが、痛覚はあるようだ。

 

 

 

 

「それじゃ、仕上げを……ッ!」

 

 

 銃を構え、魔力を集中させようとしたマミは、死角からの気配を察し、横へ大きく飛ぶ。

 ホールの至る所に植えられた薔薇の下より、使い魔たちが飛び出して来た。

 

 

「伏兵か!? おい、大丈夫かマミ!?」

 

「私は平気ですが、攻撃のチャンスを……!」

 

 

 強固なリボンと言えど、無限の力を持つ訳ではない。

 魔女に巻き付いたリボンは、細い物が一本、そして二本、三本目はやや太い物と、次々に切れて行く。

 痛覚はあっても、生身の人間には出来ない無理が可能のようだ。身体が変形するほどまでもがき、何とかリボンを引き千切ろうとする。

 

 

「す、凄い数だよ!?」

 

「ザコ敵多くない!?」

 

『タイミングが悪かったね。使い魔の繁殖期だったみたいだ。まだ二人で対処はしているけど……』

 

 

 さっさと最終射撃に移りたいマミだが、薔薇園の伏兵たちに気を取られ、なかなか行動出来ない。

 絋汰もサポートに入りたいものの、彼へ襲い来る使い魔の対処でいっぱいだ。

 

 

「ど、どうすんだマミ!?」

 

「仕方ありません。もう一度拘束を……」

 

 

 冷静に判断しながら、眼前に襲い来る敵へ銃口を向けた。

 

 

 

 

 しかし、マミが撃ち抜こうとした使い魔が、横へ吹っ飛んだ。

 

 

「……え!?」

 

 

 誰かが薔薇を掻き分け飛び出し、使い魔を蹴ったからだ。

 それは生身の人間で、赤と黒の服を着た存在。

 

 

 

 

「……フンッ! 次を期待するなんぞ、三流の考えだ」

 

 

 厳つい、男の声。

 その声を背中で聞いた絋汰は、驚きから動きを止めた。

 

 

 

「…………嘘だろオイ……!?」

 

「……まさか貴様も来ていたとはな……葛葉」

 

「えっ? 絋汰さんの知り合い?」

 

 

 男は真っ直ぐ、魔女の前に立つ。

 既に魔女を縛るリボンは、三本を残す。そろそろ解放されてしまう。

 

 

「あっ、危ないよ! 魔女が……!」

 

『いやっ、まどか、落ち着くんだ……もしかして』

 

 

 

 

 

 男が片手に持っていた物は錠前……『ロックシード』だった。

 使い魔を斬りながら振り向く絋汰の前で、彼は一思いにソケットへ固定する。

 

 

 

 

『LOCK・ON!』

 

 

 雄々しいラッパの音が響き、それは多重奏のファンファーレとなり戦士の出陣を祝う為、ホールに木霊する。

 揺れる薔薇、彼の登場により散った花弁、飛び交う蝶。それら全てが、一人の男を演出した。

 

 ジッパーを開く小気味良い音がなり、アーマーがゆっくり降る。

 

 

「そ、そのベルト……絋汰さんの物と……!?」

 

 

 愕然とするマミを無視し、

 

 

 

 

「変身」

 

 

カッティングナイフを落とす。

 

 

『カモンッ!』

 

 

 アーマーが急降下し、男の頭部に被さる。

 その形状を見たさやかが、思わず叫んだ。

 

 

「バナナぁ!?」

 

「『バロン』だッ!!」

 

 

 彼の怒鳴り声と共に、アーマーは展開する。

 さやかの言った通り、その形状は『バナナ』。

 

 

 

 

『バナナ・アームズ!』

 

Knight of Spear(ナイト・オブ・スピア)〜♪』

 

 

 鎧武者のような風貌の、絋汰の姿とは違い、西洋の鎧騎士のような風貌。

 赤い身体に、黄色いアーマーが見事に調和する。

 自由を得ようとする魔女の前で歴然と立つ彼は、まさに歴戦の勇者。

 

 

 

「『戒斗』ッ!? お前も、来てたのか!?」

 

「お前は相変わらずだな。勝機は、俺が掴む」

 

「いやお前も相変わらずだよ……良かった。元の世界の戒斗だ……」

 

 

 現れた男は『アーマードライダー・バロン』。勝利と己の力のみに固執する、激烈なる戦士。

 そして絋汰と共に、二重の意味で戦って来た『駆紋戒斗』だった。

 

 

「絋汰さんの、お友達様でしょうか?」

 

「あいつは仲間じゃない。目的が被るだけだ」

 

「……誰かに似てるわね?」

 

 

 使い魔と応戦するマミと絋汰の横で、戒斗は槍を取り出した。

 剥いたバナナのような意匠のランス、『バナスピアー』。

 

 

「絋汰さんのお知り合いの方として、お願いします! 魔女にトドメを!」

 

「言われなくても今やる」

 

 

 戒斗はバナスピアーを構え、拘束を抜け出しそうな魔女へ突っ込む。

 しかし自分たちの主人の危機に、マミと絋汰の相手をしていた使い魔が戒斗を妨害。

 

 

「そんな小っぽけな壁など、俺には障壁にすらならん!」

 

 

 彼は槍を手の中で回し、目にも留まらぬ速さで突く。

 穂先に貫かれ生命を終えた使い魔は、バラバラに弾けた後に煤塵と化す。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

 懐まで迫った使い魔には、バナスピアーの側面を叩きつけてやる。

 地面と槍とで挟まれた敵は、虫のようにグシャッと潰れ、塵芥になる。

 

 

「ハァァァァアッ!!!!」

 

 

 進路を邪魔する使い魔を、雄叫びと共に突く、斬り払う、殴り付けるで全滅。

 後には、ただ破いた紙切れのような残骸が残る。邪魔する存在はもういない。

 

 

「これで終わりだ!」

 

 

 魔女はリボンを、あと二本にまで千切っていた。

 戒斗は突撃しながら、カッティングナイフを一回倒す。

 

 

 

 見ていた絋汰も、負けられない。

 

 

「よっしゃあ! 俺も決めるぜ!」

 

 

 大橙丸と無双セイバーを合体させ、薙刀に。

 そのまま無双セイバーのソケットへ、ロックシードを嵌め込む。

 

 

『LOCK・ON!』

 

『一……十……百!……』

 

 

 

 二人の様子を見て、マミも俄然、やる気だ。

 

 

「魔法少女も頑張らないとっ!」

 

 

 空からやって来る使い魔たちに狙いを定める。

 そしてマスケット銃を変形させ、巨大な大砲にした。

 

 

 

 

『バナナ・スカッシュ!』

 

『千!! 万ッ!!!!』

 

「ティロ・フィナーレッ!!」

 

 

 魔女の拘束が解けた。が、もう遅い。

 颯爽とバックステップで離れようとする魔女の眼前には、飛びかかるバロンの姿。

 

 

 

 魔女をバナナ型のオーラが貫く。

 左側を、オレンジ型の衝撃波が両断。

 上部を、黄金の光線が撃ち抜く。

 

 

 暴威のバロンの一撃は、魔女をホールの壁に磔。

 極上の鎧武の攻撃は、使い魔らに加え咲き乱れる薔薇ごと切断。

 特大のマミのティロ・フィナーレは、ホール天井を数多の使い魔と蝶ごと破壊。

 

 

 

「きゃああ!!」

 

「うわぁあ!?」

 

 

 辺りに衝撃と粉塵、轟音と明滅。

 そして薔薇の花弁と、捥がれた蝶の羽根が散る。

 

 

 

 

 

【人も薔薇とてただの花。立入禁止は取り外される。ご協力、ありがとうございました】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さやかとまどかは気が付くと、そこは暗く埃の舞った、廃墟の会議室。

 薔薇の香りと狂気の充満する、あの世界ではなくなった。

 

 

 

 呆然とする二人の前で、魔法少女マミと、アーマードライダーたる鎧武とバロンが立っている。

 

 

「……魔女は任せちゃいましたけど、先輩の格好良さは見せられたかしら?」

 

「その魔女とやらは軒並み、骨のない奴らだな」

 

「そ、それよりもぉぉ!!」

 

 

 絋汰は戒斗の後ろまで近付き、その頭を叩く。

 

 

「ぐぅ!? 貴様、斬られたいのか!?」

 

「お前も来てたんだなぁ! 一人ぼっちかと思ってたよぉぉ!」

 

「抱き着くな! 止めろ!」

 

「おぉお、悪い悪い悪い! てか、バナナも久しぶりだなぁ! ずっとレモンだったよなぁ!」

 

「お前は何を言っているんだ!? ええい! 離せッ!!」

 

 

 

 じゃれ付く絋汰を無理矢理引き剥がし、戒斗は変身を解除する。

 

 随時不機嫌そうな、厳つい顔。ニュートラルがその表情の為、本当に不愉快そうな彼の顔は恐ろしかった。

 乱れたコートの襟を直し、放置された会議机に腰を下ろす。

 

 

「はじめまして、巴マミと申します。先ほどはありがとうございました。宜しければ、お名前を……」

 

「こいつは、駆紋戒斗。俺と同じ、アーマードライダーだ」

 

「勝手に自己紹介するな」

 

 

 戒斗は腕を組み、呆れながら割れたガラスの外へ視線を向けた。

 

 

 マミは会議室中央へ歩き、落ちていた物を拾い上げた。

 黒く丸く、上下に尖った装飾がつけられた宝石だ。横から見れば『Φ』に見える。

 

 

「それは?」

 

「どうやら、魔女とやらを倒すと手に入るらしいな」

 

「あら? 戒斗さんは、ご存知なんですか?」

 

「ふん」

 

 

 懐から二つ、同じ物を取り出した。

 

 

『魔法少女でもないのに、魔女を倒せたんだね。確かにその「グリーフシード」は本物だ!』

 

「グリーフ……シード?」

 

 

 まどかが呟き、代わりにマミが説明に移る。

 

 

「魔女が時々、何個か持っている物よ。つまりは、魔女の卵ね」

 

「え!? ま、魔女の卵!? 危ない物じゃ……!?」

 

 

 バットを構え警戒するさやかに、戒斗が言い放つ。

 

 

「持っているだけならただの物だ。丸一日経ったが、孵化の予兆すらない」

 

「寧ろ、魔法少女にとっては役に立つ物よ。ほら、みんな見て」

 

 

 マミは自身のソウルジェムを取り出す。

 最初見た時と、何か違っていた。

 

 

「あ……濁ってる」

 

「魔力を使うと、ソウルジェムが濁るの。これが強くなれば、魔法が使えなくなっちゃうわ。だから」

 

 

 ソウルジェムに、グリーフシードを近付ける。

 するとソウルジェム内の濁りが飛び出し、空中で弧を描いた後にグリーフシードへ吸い込まれた。

 

 

「これで魔力は元通り! 魔法少女の見返りとは、これの事なの」

 

『そして使用済みのグリーフシードは、僕が回収する。これで魔女の心配はなくなるよ』

 

 

 絋汰はグリーフシードを見ながら、昨日の話を思い出す。

 魔法少女が見返りの取り合いをする話。

 

 

「じゃあ、魔法少女で取り合いになるってのは、それか?」

 

「ええ。別に魔女と戦うだけの魔法じゃないんですよ。色々な事が出来ますから、人によっては浪費するって子もいたりします。魔力を戻す唯一の手段ですから、グリーフシードで争いが起きるんです」

 

「華やかなだけじゃねぇんだなぁ……」

 

 

 ファンシーな魔法少女の、リアルな実情。理想ばかりではないんだなと虚しくなり、絋汰は戒斗の隣に座る。

 

 その話で悲しくなったのは、優しい心を持つまどかだ。

 

 

「……その。魔法少女同士で、一緒に戦えたりしないのですか?」

 

「子どもとて人間だ」

 

 

 戒斗が切り捨てる。

 

 

「その点は変わらん。利益がある以上、純粋な協力関係など夢物語だ」

 

「でも、魔女は人間を襲って……」

 

「誰しもが正義を持っているとは限らんだろ。寧ろそんな理想を持っている奴ほど、甘ったれの弱者だ」

 

「ちょっと、お兄さんねぇ!」

 

「おい、戒斗! 相手はまだ中学生だぞ!」

 

 

 流石に言い過ぎだと感じ、さやかが突っかかる前に絋汰が遮る。彼の強い物言いにはさやかもムッとしたようで、言及はしないものの戒斗を睨み付けていた。

 

 しかし彼の言う事は、現役の魔法少女であるマミにも一理思わせる点があるようで、誰にも見せずに悲しげな表情になる。

 

 

 

 

 そんな彼女へ、戒斗は待っていた二つのグリーフシードを投げ渡す。

 瞬時に反応し、上手くマミはそれらを受け取った。

 

 

「話を聞くに、俺には無用の長物だ。くれてやる」

 

「……ありがとう、ございます」

 

「それより葛葉。この現状について、話してもらうぞ」

 

 

 戒斗は立ち上がると、マミに一瞥すらせず部屋から出ようとする。

 その途中、まどかの抱くキュウべえと目が合った。

 

 

「……なんだそいつは」

 

『やっぱり、君にも僕が見えるんだね。そのベルトは人間の第六感にも影響を及ぼすようだ』

 

「……気味の悪い生き物だ」

 

 

 怯えを見せるまどかの横を抜け、彼は出て行った。

 すぐさまその後ろを絋汰が追う。

 

 

「ご、ごめんな! 悪い奴じゃないんだけどなぁ、我が強いと言うかなんか……と、兎に角、またな!」

 

 

 マミ、さやか、まどから全員に頭を下げた後、彼も部屋を去る。

 少し辺りが寂しくなった所で、マミは溜め息混じりに変身を解除した。

 

 

「……な、なによアイツゥ!! いきなりやって来てあーだこーだ……絋汰さんもなんでアイツ庇うんだか!」

 

「絋汰さんには戒斗さんの……私たちには知らないモノを知っているのでしょうね。人を一面のみで判断しちゃ駄目よ」

 

「それはそうですけど……まどかにも容赦しないし!」

 

「はいはい、まだ体験は終わってないわよ」

 

 

 怒りの冷めないさやかと、オドオドしているまどかの背中を押し、三人と一匹も外に出る。

 

 

 

 

 

 廃ビルの外。

 手前の路上で倒れていたハズの女性が、いなくなっていた。

 

 目を凝らせばヨロヨロと、路地裏から表通りに行こうする後ろ姿が見えた。

 

 

「あ……行っちゃった」

 

「魔女は人間の生命エネルギーを狙っているの。それを抜き取る為に人間を襲う訳ね。だから人間自らを捧げさせる為に、『魔女の口づけ』で操って事件を起こさせるのよ」

 

「あの首元のマーク……」

 

「勿論、口づけを付けた魔女を倒せば元通りになるわ。そして記憶も消えるから、自分が助かった事にも気付けない……」

 

 

 二人にマミは笑いかける。

 

 

「決して感謝される戦いではないわ。でも、私たちのお陰で、何も知らない人々の幸せを守れるのよ……それが魔法少女の役目」

 

 

 

 

 気付けば空は暗くなりかけていた。街灯がぽつぽつ、灯り出す。

 陽の光を浴びていた街は、夜の中で光を放ち始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絋汰と戒斗もまた、そんな夜の街を歩いていた。

 話しやすいようにと、ひと気のない場所に向かう。先々と進む戒斗に、絋汰は呆れたように話しかけた。

 

 

「おい戒斗! お前が強者弱者に拘ってんのは分かるが、なにもまだ若い女の子に説くようなもんじゃないだろ」

 

「戦いの運命にある、或いはこれから戦う者に対して、現実を教えてやっただけだ。アレはただの子どもではないだろ?」

 

「……確かにそうだが。でもマミのように、強くて優しい魔法少女もいるんだ!」

 

「そう言う奴からすぐに死ぬ。強者とは呼べまい」

 

 

 夜の公園に辿り着く。

 人がいない事を確認した彼は、足を止めて絋汰へと振り向いた。

 

 

「それでだ。ここはなんだ? 全く別の世界か?」

 

 

 戒斗に対し、まだまだ言い足りない絋汰だったが、彼にも説明をしなければならないと気持ちを切り替えた。

 

 

「……お前の言う通りだ。SFみたいな話だが、平行世界とやらじゃねぇか?」

 

「やはりな。この街にも、沢芽市にあった建造物を見かけた。チームバロンの拠点もあった……ただのカーディーラーになっていたがな」

 

「俺もチーム鎧武のガレージを見つけたよ。完全に廃墟だったけどな?」

 

「似た人間もいた。『ザック』を見つけたが、ただの大学生だった。俺の事は知らない」

 

 

 絋汰は手摺に手をかけ、公園の綺麗な池を眺めていた。

 戒斗は空を見上げ、薄雲の向こうにある月を眺めていた。

 

 

「……ヘルヘイムの侵食もないし、インベスもない」

 

「ユグドラシルもなければ、ビートライダーズもいない……張り合いがない」

 

「お前らしいな……『オーバーロード』の侵攻で、世界がクラックまみれにもなってねぇしさ。平和な世界だ」

 

「………………は?」

 

 

 戒斗は怪訝な表情で、絋汰を見た。

 彼も戒斗の予想外の反応が気になり、再び二人は顔を向き合わせる。

 

 

「待て。オーバーロード? 世界がクラックまみれ? 何を言っている?」

 

「い、いや、それは俺の台詞! お前だって、ゲネシスドライバーはどうしたんだ?」

 

「俺は次世代機を持っていない! 俺は合同イベント後に意識が……」

 

「合同イベントって……抗争終了宣言の時!? だ、だいぶ前じゃねぇか!?」

 

「だいぶ前……? つまり葛葉、お前は……!?」

 

「じゃ、じゃあ戒斗……お前……!?」

 

 

 互いが互いを、怪物でも見るかのような目で眺め合う。

 雲が晴れ、月光が注ぐ中で、同時に叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「『未来』の人間なのか!?」

 

「『過去』の人間なのか!?」

 

 

 この世界に飛ばされた時と同等の衝撃が、二人を襲う。

 彼らは、『別の時間軸の人間』と言う事になる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

光実とほむらの共闘!暗闇を突破せよ!

 夜は深まり、十時。

 

 

 途方に暮れたまま見滝原市を歩いていた光実。

 全く知らない場所、全く知らない建物。

 しかし偶に見かける、良く知っている場所。

 

 

 

 

 

 彼は今、廃墟の中にいた。

 街の郊外にある、『おばけ屋敷』とも言われている建造物。

 壁には葛が張り巡っており、立入禁止看板はあれど開け放たれた扉からは易々入れる。

 

 

 

 埃が舞い、路上の街灯が中を映す。

 空っぽの中は、無機質な骨組みの見える粗末な倉庫だった。

 

 

 

 不気味で薄汚い。しかし彼にとって、深い思い出の地でもある。

 真の意味で自分を曝け出せ、守るべき人を見つけられた場所。

 

 

 

 

 

 

『呉島 光実』。

 この世界には、自分の尊い思い出はない。

 

 

「……絋汰さん……『舞』さん……」

 

 

 彼は歩き疲れた。

 世界から、彼一人が孤独になっていた。

 知っている人間はいない、家族もいない、自分の居場所もない。

 抱いていた目的は出鼻を挫かれ、もう果たせる機会も方法さえ失った。

 

 

 ここが別の世界だとは理解している。

 だからこそ、今の自分には何をすれば良いのか分からない。

 諦念と絶望が己を支配し、ガレージの段差に腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 ここは元の世界では、ビートライダーズ『チーム・鎧武』の拠点。

 メンバーはここに集まり、笑い合い、切磋琢磨し、ダンスの技能と絆を深めて行った。

 

 だがもうここには、自分の憧れの人もいない。想いを寄せる人もいない。

 心の支柱を完全に砕かれた。

 座り込み彼は、声を顰めて泣く。

 

 

 別に慟哭しても良い。敢えて声を顰めたのは、メンバーの誰かが来るのではと叶わない希望を抱いていたからだ。泣き声を聞かれたくない。

 

 

「……兄さん……!」

 

 

 項垂れ、袖口を涙で濡らしながら、光実は泣く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途端、強い音が響いた。

 その音に気が付き、咄嗟に彼はガレージ内の出っ張った、壁の後ろに隠れる。

 

 

 こんな時間に誰だろうか。このガレージの管理会社が派遣した警備員だろうか。息を潜める。

 

 

 

 人影は一つ。

 外の光を受けたその人物は、スーツ姿の疲れた中年だった。

 

 

「……管理会社の人? いや、警備員には見えない……」

 

 

 男は締めていたネクタイを、輪を作ったまま取る。

 それを、割れたコンクリートから突き抜けていた鉄骨にくくる。

 くくったネクタイを、首に巻く。

 

 

 

 光実は気付く。「まさか」と考える前に、壁を飛び出した。

 

 

「ちょ、ちょっと!? 待ってください!? 早まらないで!!」

 

 

 男は地面に座り、足を伸ばして臀部を上げる。そうなればネクタイは頸部に食い込み、窒息を誘う。

 呻き声を上げる彼へ光実は駆け寄り、男を持ち上げ自殺を阻止した。

 

 

「なにをするんだッ!! 死なせろぉ!!」

 

「落ち着いて、落ち着いてください! 死んじゃ駄目です!!」

 

「俺は社会の屑だッ! 無能なんだぁ!!」

 

「だからって決断が性急過ぎます!! ゆっくり……取り敢えず、話を聞かせてください!!」

 

 

 男は暴れて、光実を引き剥がそうとする。ここまでの気力を見せるなら、自殺に使うなど割に合わないと少し思う。

 彼を引き止めるのは厳しいと考えた光実は、首のネクタイを解こうとそちらに手を伸ばした。

 

 

 

 その時に彼は目を疑う。

 暗い中で怪しく光る、男の首筋にあるマークを。

 

 

「……なんだ? これ……」

 

 

 

 

 光実はその時、ハッと気付いた。

 部屋が、真っ暗。外の街灯の光が、消えている。

 

 男の身体が重くなる。首からネクタイを外し、床に倒した。暗がりで何も見えないが、気絶したようだ。

 

 

「…………おかしい」

 

 

 彼の手のひらに、ダラっとネクタイが乗る。鉄骨を擦り抜けたかのように、落ちて来た。

 光実は手を伸ばし、壁を探す。だが、さっきまで壁があった場所には、何もない。

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 空には、子どものラクガキのような星が点々と。

 そして背後には、青白い線と線が混ざり、巨大なジャングルジムを作っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある闇の中でございます。彼女は線の交差のふちを、独りでぶらぶらと御歩きになっていらっしゃいました。

 

 丸に棘が無数についた、ギザギザとした攻撃的なフォルム。

 その物体の四方からは人間じみた手が伸びており、線を掴んで蜘蛛のように這っていた。

 それはジワリジワリと空の方から、光実の方へ下って来る。

 白チョークで描き潰したような、二次元的な見た目だった。

 良く見れば、空の闇からフェードインするように、似た姿の怪物がゾロゾロとやって来る。

 

 

 

 

           II

     【Suleika は 暗闇の魔女】

    SULEIKA ずらいか ズライカ

 

  何から何まで私の思い通りの世界へ行こう

  処            間

  まだまだ朝は遠いようでス が   輝

  で     く    テ 嫌   く

  も     に    きたい以下の日

  暗がりに長い行列ができた   に の

  い ぼ   き    の   光 出

    ん   た    しあわせはどこに

    を   いたいいタいはまだあげない

    あ     つ      る い

    なんであなたも、生きているの

    た     私

  擦りへらすばかりだ私のケだるいこの人生

 

    ズライカ ずらいか SULEIKA

     【女魔の闇暗 は akieluS】

           II

 

 

 

 

 

 線はどんどん組み上がり、上に行けば下に行っている、奥にいるのに近くにいる、錯視的な幾何学模様を作り出す。

 最早、自分が立っている場所さえあやふやだ。

 

 

「な、なんだこいつら!?」

 

 

 親玉の魔女の傍らに仕える、使い魔たち。頭は主人と同じ形だが、胴体が猫や犬のようだ。

 それが魔女を通り越し、一匹一匹ジャングルジムを下って来る。悍ましい光景だ、思わず光実を後退る。

 

 

 

 踵が何かとぶつかった。

 あの、自殺しようとした男性の足だ。

 そうだ。ここで逃げれば、この人が死んでしまう。

 

 

 

 

 

「…………ッ。インベスじゃないようだけど、アーマードライダーでいける相手なのか……!?」

 

 

 懐から取り出し、腰に装着。

 ポケットに手を突っ込み、何かを出そうとするが、使い魔の一匹が彼へ襲いかかった。

 

 

「ぐうっ……!」

 

 

 噛み付かれる事を覚悟で、彼は暗がりの怪物を睨みながら、手だけを腹部に近付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!?」

 

 銃声が響き、怪物が左へ弾けながら吹っ飛ぶ。

 光実が反応する前に、怪物とは逆の右手から紫色の光が飛び込む。

 

 

「うっ……!」

 

 

 闇に慣れかけた目が、光で霞む。

 だがそれは一瞬だ、人間の目は元より、光を望むように出来ている。すぐに光に適応した。

 

 

 

 光源を見ると、彼は驚く。

 左手の甲から、光は漏れていた。

 紫色と灰色の、非現実な服装ながら無機質な格好の少女。

 立っていたのは、暁美ほむらだった。

 

 

 怪訝な目で、光実と足元の男を見ていた。

 

 

「……一般人?」

 

「な、なんだ……!?」

 

「口づけはない……どうしてこんな場所にいるの?」

 

 

 質問の合間にも次から次に、使い魔は二人へ飛びかかって行く。

 しかし一瞬見ぬ間に、それらはさっきと同じように吹っ飛び破裂。

 

 

「……数が多いわね」

 

「い、一体、何を……!?」

 

「あなたはその人を連れて奥に行きなさい。ほんのすぐに…………」

 

 

 ほむらは光実らを逃がそうとするが、目線が彼の腹部に集中する。

 

 見覚えあるベルト。確か、マミと共に戦っていた鎧の存在が、腰に付けていた物と同じではないか。

 

 

「……それは……」

 

 

 ほむらは瞬時に、判断を変える。

 

 

「……戦えるの?」

 

「え……?」

 

「使い魔が多い、魔力の浪費は出来るだけ避けたい……あぁ、魔法少女の都合なんて分からないわよね」

 

「君、今、このベルトを……? 知っているのか!? あと、魔法少女!?」

 

「説明する暇がないから、戦闘に備えて」

 

 

 

 

 ほむらは腕を組んだまま、動かなくなった。

 腕に、砂時計が嵌め込まれた不思議な盾がある。砂時計の向きとは関係なしに、砂は彼女の身体側から指先側へと落ちている。

 その光景が、彼女が異能の存在である事を妙実に語る。

 

 

 

 

 使い魔が暗闇から顔を出した。今度のほむらは何もしないつもりでいる。

 

 

「光は照らしておくわ。奴らは光に弱い……余裕で倒せるわよ」

 

「……僕を、測ろうって訳だね」

 

「良いからさっさと整えなさい」

 

 

 ほむらは見ておく必要があった。

 あの鎧の戦士は一体、何者だろうか。そしてこの少年が成れると言うなら、元は人間だと言う訳だろうか。

 戦闘能力は、システムは、名前は、目的は……確かめる必要がある。

 

 

 

 

 使い魔は構えた。光を恐れて動きは遅鈍としているが、その気になれば襲い来る。

 

 

「分かった! 戦う!」

 

 

 ポケットから、ロックシードを取り出した。

 

 

 

 

『ブドウ!』

 

 

 

 錠前を解除し、バックルのソケットへ施錠。

 

 

 

『LOCK・ON!』

 

 

 

 中華音楽で流れるような、心地の良い弦楽器の伸びやかな音楽が鳴る。

 

 空にジッパーが開き、別空間が現れた。

 暗闇の中、それは雲間より射す光のように、光実へ直線的に降り注ぐ。

 

 

「……そんな感じなのね」

 

 

 ほむらにとっては初めての光景。冷静に見えるが、彼女にとっては青天の霹靂。

 空に開いた穴からゆっくり落下して来る、機械的なブドウを眺めながら、訝しげな表情となる。

 

 

 

 

 光実は、カッティングナイフに手をかけた。

 

 

「変身!」

 

『ハイーッ!』

 

 

 ブドウはストンと落下し、上手く光実の頭に嵌る。

 同時に彼の身体は光に包まれ、緑を基調とした中華衣装風のスーツに早変わり。

 

 光が暗闇に連発。刺激を受け過ぎた使い魔は、窮鼠猫を噛むと言わんばかりに飛びかかる。

 

 

 

 頭のブドウが展開し始めた。

 

 

 

『ブドウ・アームズ!』

 

(りゅう)(ほう)! ()()()ッ!』

 

 

 変身完了と同時に、光実……『アーマードライダー龍玄』は持っている銃で使い魔を撃つ。

 的確な射撃により、使い魔らは彼の光弾を受けて久遠に消える。

 

 

「……鎧を頭から被って、開く。予想外過ぎて……もっとスマートに出来ないのかしら?」

 

「僕に言われても困るよ……兎に角、あの大きな奴を倒せば良いんだね?」

 

 

 使い魔を多く損失した魔女は怒り、身体から生える腕を巧妙に稼働させ二人へ襲いかかる。

 

 

「足場を崩せる?」

 

「そのつもりだよ!」

 

 

 龍玄の専用武器『ブドウ龍砲』を駆使し、魔女が降りて来る前方部の網目へ光弾を放つ。

 葡萄よろしく紫色の弾はジャングルジムに衝突し、フラッシュを纏わせ崩す。

 それを掴み損ねた魔女の腕は縺れ、一気に二人の立つ地面へと落っこちた。

 

 

「あなたは遠距離から。私は近付く」

 

「僕より若いのに、迅速な指令能力だね……」

 

 

 光実が話しかけるより前に彼女は消えた。

 消えたと思えば彼の数歩手前に現れ、その明滅を繰り返しあっという間に魔女の眼前に躍り出る。

 

 

「瞬間移動もお手の物って訳か……ほっ!」

 

 

 トリガーを引く。

 光弾は立ち上がろうとした魔女の腕に命中し、態勢の立て直しを阻止。

 

 その隙に懐にまで入ったほむらはまた明滅し、逆に魔女から離れた。

 

 

「えっ!? 攻撃は」

 

 

 言いきる前に爆音が鳴り響く。

 倒れた魔女の腹から巨大な爆発が起こり、巨体が空へ持ち上がった。

 

 

「ば、爆発!?」

 

「トドメは譲るわ」

 

「へ!? うわっ、いつの間に!?」

 

「早くしなさい、折角上質を使ったんだから」

 

 

 ほむらの言葉に反応するより先に、彼は魔女の方へ走り出した。

 アーマードライダーは身体能力が強化される。驚異的な脚力で魔女の真下を目指す。

 その途中、カッティングナイフを三回倒した。

 

 

『ブドウ・スパーキング!』

 

 

 爆発の黒煙に入り込む。

 飛び上がった魔女が、エネルギーの限界点に到達し、落下を始める。

 

 

 

 

 黒煙を裂き、龍が顕現。

 それは魔女へ噛み付かんと、登って行く。

 遠目のほむらからには、不吉な雷雲を抜けて現れた龍が獲物にありつこうとする様が伺えた。

 

 

 正体はブドウ龍砲のエネルギーを収束し、撃ち放った物だ。

 なす術をなくした魔女はただ龍を受け入れ、身体をひしゃげさせながら天へ更に舞い上がる。

 

 

 そのまま上へ上へ、上へ上へと飛んで行き、ラクガキの星々が描かれた天井にぶち当たると爆散した。

 

 

 

 

 暗闇の世界を、紫の閃光が染め上げる。

 ジャングルジムも、星々も、全てが霞むほどの光に。

 

 

 

 

 

【妄想は、新たな想像へ龍驤。片を組み替えてください、妄想に隠れた想いがあります】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい光が沈めば、柔らかな街灯の光が代わりを務める。

 そこは元通りの、寂れたガレージ。

 男性は穏やかな表情で眠っている。首筋にあった魔女の口づけは、消失していた。

 

 

「……ふぅ」

 

『LOCK・OFF』

 

 

 ソケットからロックシードを抜くと、一回の光が戦士を包み、普通の少年の姿へ戻った。

 足音が聞こえ、そこへ目を向けると、ほむらが彼の傍にまで近付いている。変身は解除していない。

 

 

「……説明して欲しいかな。アレはなんなのか……君も、何者なのか」

 

「こっちにも沢山の質問があるわ。まずは私の方からさせて」

 

「……良いよ。答えられる範囲なら」

 

 

 ほむらは腕を組みながら、光実へ質問する。

 警戒していた彼だったが、彼女からの質問は希望となった。

 

 

 

 

 

「仲間がいるでしょ、オレンジのような鎧の……同じ変身者は知る限りで何人いるの?」

 

 

 光実は動揺を消さず、絶句。

 

 

「オレンジの鎧……!?……ま、まさか、絋汰さん!? 絋汰さんも来ているんだ!!」

 

「……なんで私が質問したら喜ぶのかしら」

 

 

 奇妙な少年と、不思議な少女の質疑応答は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜の街、無人の道路。豪快なエンジン音が響く。

 その頃絋汰は、オレンジの鎧……鎧武の姿でバイクを走らせていた。

 桜の花弁を模したヘッドライトユニットの、奇怪なバイク。警察に見つかれば速攻で止められかねない為、都市から離れた長い道路を走っている。

 

 

 メーターが示す、速度とは違う数値が『999』となる。

 鎧武はハンドルを握りながら身構えるが、バイクに変動は起きない。

 

 

「どうしてなんだよ!? クラックが開かない!?」

 

 

 

 

 どれだけスピードを上げても、何も起きない。

 諦めて絋汰はUターンし、分かりきっていたように呆れ顔で待つ戒斗の元へ戻る。高架下だ。

 

 バイクは縮小し、変身解除した絋汰の手の中でロックシードの形になる。

 

 

 

 ロックビークル『サクラハリケーン』。

 暫くこれで走行をすると、パワーのチャージが始まる。

 チャージが完了するとサクラハリケーンは桜の花弁に包まれながら、ヘルヘイムの森へ転移出来る。

 

 

 

 しかし、その現象が起きない。

 

 

「ヘルヘイムへ行けない……」

 

「だから言っただろ。何らかの理由で、機能が停止している……無論、俺の物もだ」

 

「ヘルヘイムからユグドラシル経由で……って、のは無理か」

 

 

 奇遇な事だが戒斗の時間軸では、合同イベント終了後に彼と同様の方法でユグドラシルに侵入した。

 ただ今回は、侵入失敗以前にヘルヘイムの森すら行けなくなってしまったが。

 

 

「どうしてだ? 何か、あったのか?」

 

「いや、逆だ。何もないんだろう」

 

 

 戒斗が自身の予想を話した。

 

 

 

「この世界は、完全にヘルヘイムの森と隔絶されている。だから行き来が出来ない……」

 

 

 それに対し、絋汰は反論。

 

 

「……んでも! 変身する時! アーマーが降りる時にクラックも出ていたじゃねぇか! しかも森も見えていた!」

 

「……そこだ、奇妙なのは。アーマーの顕現とは、勝手が違うのか……?」

 

「変身する時は高いし、ちょっとの間しか開かないからなぁ……入れねぇか」

 

 

 二人は考察を諦め、お互いに高架下の壁に背を凭れさせた。

 

 

 思わず笑う絋汰。戒斗は訝しむように、彼を睨む。

 

 

「……なにがおかしい。元の世界に帰る手段が一つ、途絶えたんだぞ?」

 

「……いや。お前はまだ知らないけど、俺ら合同イベントの後、一緒にユグドラシルに行くんだ。なんか、懐かしくなって」

 

「元より考えていた計画だが、やはりお前も付いて来るのか……なぁ、葛葉」

 

 

 戒斗が聞くのは、未来の話。

 彼には既に、近い未来で起こる大惨事と、ユグドラシルの真実、ヘルヘイムの謎を教えていた。

 その上で聞いた、心残り。

 

 

 

 

「……あいつらの話を聞いていなかった」

 

「……ザックとペコか? 二人とも無事だ」

 

「そうか」

 

「心配だよな、やっぱ」

 

「…………気するまでもない話だな」

 

 

 戒斗はその場から立ち去ろうとする。

 すぐに絋汰は隣に立ち、呼びかけた。

 

 

「どこ行くんだ?」

 

「俺は俺で帰る方法を模索する。ありえるとしたら、魔法少女どもだ」

 

「魔法少女が? どう言うつもりなんだよ」

 

「あの場にいた二人の内、どちらかだな」

 

「へ?」

 

 

 足を止め、振り向きざまに睨み付けた。

 その目に焦燥感が宿っているように見えるのは、気のせいか。

 

 

 

 

 

 

 

「魔法少女の契約での『願い』で、元の世界に戻る。それしか方法はない」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

貴虎、入院するってよ。

 暗い世界に、薄い赤の光が差し込む。

 それは自分が目を閉じていると気付き、彼は瞳を開く。

 

 

 白い天井、アルコールの匂い、右腕の鈍い痛み。

 彼は病院にいる事を、知覚した。

 

 

「…………病院か?」

 

 

 身体を起こす。

 長く眠っていた為、倦怠感が強い。それでも強い痛みは少なく、右腕にある注射針以上の物はない。

 彼の着ていたボロボロのスーツは着替えさせられ、涼しげな院内服。身体には包帯が巻かれていた。

 

 

「……生きている?」

 

 

 意識を失う寸前が、脳を突き抜け追憶される。

 

 

 

 衝撃と、身体の許容を超える痛み。

 仮面越しからではない、自分の肉眼で見た、曖昧な最後の光景。

 

 

 

 自分の幻影、自分の影、自分の過ち、自分の家族、自分の弟。

 自分に容赦のない、決定的な一撃を食らわせた、白い戦士。

 

 

 

 スローモーションのように、その光景を一目見た。

 そのまま世界は反転し、暗転し、身体は冷たい水に埋まった。

 暗闇の中で、自分は必死にもがいた。

 死ぬ事よりも、もう一度、弟の顔を見たかった。

 仮面に隠された、弟の顔を見たかった。

 そして、救いたかった。

 

 

 

 

 次に現れた映像は、その光景から一転。

 黒髪の少女が、自分に話しかけた。

 すると狂うほどの痛みが、和らいだ。

 彼女は背を向け、夜に消える。

 声をかけようとした所で、気力を果たした身体は眠りについた。

 何をしたかは分からないが、何かをしてくれた。

 

 

 

 

 

 彼は、記憶から戻る

 

「俺は……光実と……そして、少女に…………」

 

 

 世界はどうなった。

『知恵の実』は、ヘルヘイムは、オーバーロードは……光実は、葛葉絋汰は。

 

 

 

「………………」

 

 

 ベッド横にかけられた、ナースコール。

 即座に手に取り、ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絋汰は、通勤通学の会社員や学生らで行き交う、朝の大通りにいた。

 流れる人の波より外れた、消防用ポンプの上に腰をかけて。

 

 

「………………」

 

 

 戒斗との会話が想起される。

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔法少女の契約での『願い』で、元の世界に戻る。それしか方法はない」

 

 

 それだけ告げ、歩き去ろうとする彼を絋汰は止めた。

 

 

「待てよ戒斗! じゃあ、あの子らを利用しろってのかよ!?」

 

「難点は、俺たちが別世界の人間だと信じるかどうかだな」

 

「そう言う問題じゃないだろ!!」

 

 

 彼の肩を引き、目線を無理やり合わせた。

 戒斗はいつも通りの、あの冷めた目のまま。

 

 

「別に騙すつもりはない。叶えたい望みがないなら、俺らの為に使えと要求するだけだ……他の望みが出る前にな」

 

「願い事はたった一度なんだ!……戦いの義務を負わされるんだ。彼女らの意思で、彼女らが叶えたい願いを叶えさせるべきだろ!」

 

「良く聞く話だな。使える物を出し惜しみし、最後まで腐らせる……弱者の考えだ。使える物は、使えるべき時に使わせてやれ」

 

「だが……!」

 

「それに望みを言うのはあっちだ……つまりは向こうの意思になるな、葛葉」

 

 

 掴む絋汰の腕を逆に掴み上げ、戒斗は鋭い目付きで睨む。

 

 

「……未来のお前なら分かるだろ。俺は、ここで燻っている暇はない。魔女とやらを倒し続けた所で、俺の……お前の理想すらも訪れない」

 

「………………」

 

「……分かったなら、あの二人を説得しろ。お前の方が信頼されている」

 

 

 腕を離し、また踵を返して絋汰の元から去る。

 

 

「お前はどうすんだ!?」

 

「別の魔法少女の候補を探す」

 

「どうやって!?」

 

「あのキュウべぇとか言う、気味の悪い生き物だろ。お前が言うには、人間の言葉が理解出来るらしいからな」

 

 

 キュウべぇと結託し、探すつもりだろうか。

 確かにキュウべぇならば戒斗の要求を飲むだろう。寧ろ、魔法少女を増やすよう立ち回ってくれる協力者、互いに徳だ。

 

 

 

「…………戒斗……」

 

 

 

 もう呼び止めたって、彼は止まらない。

 高架下を抜け、街の中に消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 記憶から抜け出し、朝の大通りに戻る。

 

 

 確かに戒斗の言う事は筋が通っていた。元の世界を見捨てる事は出来ない上、絋汰も仲間や家族……救うべき人間がいる。

 こんな所で、魔法少女の体験コース補助なんて役目をやっている暇はないハズだ。

 

 

 魔法少女の願い事ならば、確かに帰る可能性はある。キュウべぇも、「素質による」と言っていた……つまり素質さえあれば、何でも叶えられる訳だ。名声を手に入れられるとも。世界を超えるなど途方もないが、不可能ではない。

 

 

 

「……いや、やっぱ並行世界を超えるなんて無理だろ。キュウべぇも予想外だろうし……」

 

 

 悩んでいた彼は、近付く足音と呼ぶ声で我に帰る。

 視線の先にはまどかと、さやかと……もう一人知らない少女がいた。お淑やかそうで、やや癖のある髪。

 

 

「絋汰さん、奇遇ですねぇ! おはよーございまーす!」

 

「おはようございます!」

 

「おう、おはよっ!……えっと、友達か?」

 

 

 絋汰が聞くと、彼女はぺこりと綺麗な会釈をした。育ちの良さが伺える。

 

 

「初めまして、『志筑 仁美』です。お二人から色々伺っていますよ」

 

「あぁ、そ、そうですか。これは御丁寧にどうも〜……」

 

 

 余りのお嬢様オーラに、絋汰は大きくお辞儀して屈服する。

 その様子を、まどかとさやかは笑った。

 

 

「あっははは! 絋汰さん、これじゃどっちが歳下か分かりませんぜ!」

 

「う、うっせぇ、さやか! お前はもう少しお淑やかになれ!」

 

「流石に大声で笑うのはないかな……」

 

「そうですわね。さやかさん、是非一度私が淑女らしさをご教示いたしましょうか?」

 

「あ、あれ? 今度はあたしがマウント取られてる?」

 

 

 

 

 学生らしい、ワチャワチャとした会話。

 

 

「最近お二人とも、非常に仲睦まじくて……禁断の愛と疑っておりますが、絋汰さんご存知ないですか?」

 

「は? 禁断の愛?……そう言う関係だったのか」

 

「だから違うっての! 絋汰さんも間に受けないで!?」

 

「も、もう! 仁美ちゃんったら!」

 

 

 

 

 将来の心配は置いておき、目前の幸せを噛み締めるような笑顔。

 

 

「そう言えばさ、こないだメチャクチャ美味いフルーツパフェの店見つけたんだけど、どう!?」

 

「行ってみたいですね! 予定が合うのかが悩みですけど……」

 

「イチゴのパフェがいいなぁ、食べたいなぁ」

 

(多分、トルーパーズだな……この世界じゃまだ穴場か……)

 

 

 

 

 無機質な通学路に血を通わせるような、賑やかな雰囲気。

 

 

 

 

(……この二人は、二人なりで考えるべきだ。俺らの事情を挟むべきじゃない)

 

 

 一つの願い事と、一生の戦い。釣り合いなんて馬鹿らしいほど、二つは大事だ。

 魔法少女にならないのも選択、願い事を引き換えに責務を負うのも選択。なるかならないも、何を叶えるのかも、他人が介入して良い訳がない。

 

 絋汰は幸せなこの世界の、無垢なこの笑顔を見守る事にする。

 彼が元の世界に帰るまでの間。

 

 

 

 

「……あっ」

 

「……ゲッ」

 

「あら」

 

 

 各々、何かを見つけた反応。

 絋汰も前を向く。そこには見覚えのある人物。

 

 

「ほむらちゃん……と?」

 

「転校生……と、アレ? だ、誰あの美少年?」

 

「お兄さん……ではありませんか? 恐らく……」

 

 

 

 

 制服姿の暁美ほむら。そう言えば彼女とは二回目だと、絋汰は思う。

 

 

 いや、その絋汰の認知は随分遅れてからのものだ。

 ほむらの存在に気付いた瞬間、彼の思考はほむらの隣を歩く少年に集中した。

 

 向こうも同じだ。動かしていた足が止まり、大きく目を見開き、呆然とした表情。

 

 

 

 

 呉島光実だ。

 

 

「絋汰さん……!? 絋汰さん!!」

 

「ミッ……チ? ミッチィ!?!?」

 

 

 

 

 膠着した絋汰をよそに、光実は颯爽と駆け寄り彼の手を握る。

 

 

「今、ミッチって言いましたね!? 僕の知っている絋汰さんなんですね!?」

 

「ミッチなんだよな……俺の知る……!? お前も来てたのか!?」

 

「えぇ、えぇ、絋汰さん……! 僕もう、一人ぼっちかと……!」

 

「あーあー泣くな泣くな! 募る話もあるだろうし、兎に角……」

 

 

 

 彼をあやしながら、ハッと辺りを見渡す。

 冷めた目のほむら。

 驚愕顔のさやか。

 赤面のまどか。

 興奮気味の仁美。

 

 

 

「これが、禁断の愛……!?」

 

「ちげぇよ!? ミッチ、一旦離れようミッチ!!」

 

 

 

 誤解を受けた朝方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戒斗は公園。平日の為、殆ど人がいない。いるとしも朝の運動に来た老人たちで、長居はしなかった。

 ポケットに手を入れ、指先でロックシードを弄りながら何かを探していた。

 

 

「…………何処にいる。良い話があるぞ」

 

『探しているのは僕かい?』

 

 

 茂みからキュウべぇが飛び出した。

 戒斗の足元まで近寄り、見上げて来る。種が猫が狐か分からない以前に、こののっぺりとした顔が苦手だ。

 

 

 

「ここだったか。通学路で候補を漁っていると思っていたがな」

 

『もうみんな、授業中だよ。流石に授業中じゃこの僕でも』

 

「魔法少女の契約に協力してやる。候補の場所を案内しろ」

 

『……おや?』

 

 

 キュウべぇの尻尾が、興味深そうにピョコっと上がる。

 話が微妙に噛み合わない事と、彼の食い気味な話し方に違和感。

 

 

「望みをこっちの考えるものにするなら、誰でも魔法少女にしてやる」

 

『断るよ』

 

「悪い話じゃないハズだが」

 

『……なるほどね』

 

 

 試しに話してみた「断る」に、戒斗は無反応だ。

 彼は、キュウべぇは見えているが『声が聞こえていない』様子。

 

 

「分かっているのか分かっていないのか、不気味な奴だ。鳴き声すらあげれんのか」

 

『いや、理解しているよ』

 

「……やっと話したか」

 

 

 戒斗にも聞こえるように、キュウべぇは力を調整した。

 初めて彼の声を、もとい喋る事に気付いた戒斗だが驚きはない。予想でもしていたかのようだ。

 

 

『驚かないのかい?』

 

「人語を喋れない生き物が、人間と契約出来るか」

 

『成る程! 論理的な考えだ! 言われてみればそうだね!』

 

 

 敢えて自分から聞こえるようにした、とは言わない。

 キュウべぇは彼の提案と、彼から伺える野望の気配を感じたからだ。一々注意するのは野暮。

 

 

 

 

『それで、魔法少女を誰でも契約を結ばせるって話だったね。あと、君の望みを……かい?』

 

「俺の求める望みで契約させる。その為に信頼を勝ち得て、納得させる算段だ」

 

『他人の為に願いを行使する事例は沢山あるよ。統計上、その人にとってなくてはならない人物が選ばれるから……相当な信頼関係が必要だ』

 

「別に全ての奴にするつもりはない。素質があり、自我の甘い人間を使う。それならばかなり楽だろ。貴様は、そんな人間を紹介しろ」

 

『成る程。それなら随分と早く済みそうだね。自我の弱い少女はなかなか判断を決めかねるから、僕としても大助かりだ!』

 

 

 キュウべぇは彼の提案を肯定した上で、「だけど」と続けた。

 

 

 

 

『君の願いはなんなんだい? 名声? 富? 或いは力かい?』

 

「俺らは別世界の人間だ。元の世界に帰る」

 

 

 戒斗は隠さず、ストレートに話す。

 一般的な目で見ればどちらも異質な存在だ。それに変に勘繰られるより、先に提示していた方が良い。

 

 

 キュウべぇは垂れかけた頭を、キュッと持ち上げた。表情はないが、強い関心を向けている。

 

 

『君たちは並行世界の人間って事かい!?』

 

「信じるのか?」

 

『あり得ない事象でもないし、更にこれで君たちの力にも説明が付くよ! 明らかに君たちの力、この世界とは一線を画した物だ……それに少ししか話していないけど、統計上君のようなパーソナリティの人間は冗談が苦手だからね!』

 

 

 とことんこちらを見透かしてこようとする。

 喋らない時も気味が悪いが、話せば尚も気味が悪い。

 

 

「何であれ、俺に協力するならそれで良い。一つ聞くが、世界を跨ぐほどの望みも叶えられるのか?」

 

 

 彼の質問に、キュウべぇは答えた。

 

 

『かなり難しい、途方も無い願いだと思うよ。こっちも全く事例がないからね』

 

「理論上、不可能ではないんだな?」

 

 

 戒斗もキュウべぇの性格を読めて来た。

 こう言うタイプは肯定か否定かしか言わない、言葉を濁す事を知らない正直者。

 今だって「かなり難しい」であり、「無理」ではない。

 

 

 

 

『確かに、可能だよ。莫大な素質を持つ魔法少女……ならばね』

 

「……その口ぶりでは、存在はするようだな」

 

 

 無表情なキュウべぇが笑った。

 

 

『歴代最高の素質を持つ魔法少女が、この町にいるよ。その子ならば、君の望みは叶えられる』

 

 

 淡々と続ける。

 

 

『しかも、君の言う自我の弱い少女ともピッタリだ!』

 

 

 戒斗は逸る気持ちを抑えながら、表面上は冷静を保ったまま。

 彼は元の世界に帰らねばならない。絋汰が話した未来を聞いた以上、その気持ちは強まっていた。

 

 

「……それは誰だ」

 

『彼女を手放すのはとても惜しい。君からの梃入れがあるなら、とても助かるよ』

 

 

 

 

 

 キュウべぇは戒斗を見上げながら、また目だけをニコッと笑わせた。

 随時無表情なだけに、その表情は怪しさを与える。

 

 

 

 

 

『「鹿目まどか」……昨日、僕を抱いていた、桃髪の少女だ。今後現れるか分からないほどの逸材だよ!』

 

 

 熱のこもった、話し口だ。

 

 

 

 

『……望めば、「万能の神」にだってなれる。君たちの世界線移動なんて、イチゴのヘタを取るより簡単な事だ』

 

 

 戒斗はキュウべぇの笑顔を見て、更に油断ならない相手だと気付く。

 しかしそんな事より、戒斗は掴んだ。元の世界に帰る、最善の方法を。

 

 

 

「……あの子どもか。一応聞くが、そいつ以外では?」

 

『いないね。もしかしたら、この世界中を見ても見当たらないかもしれない。鹿目まどか……しか、いないよ』

 

「そうか。礼を言う」

 

 

 そうなれば、まどかからの信頼を得ている葛場絋汰を、どうにか動かさなければならない。

 戒斗の考えは変わった。どうにかして、鹿目まどかから望みを託させるしかない。

 

 

 公園を去ろうとする戒斗に、キュウべぇは疑問を飛ばした。

 

 

『お礼と言うのは、「ありがとう」と言った定型文が必要だ。「礼を言った」の礼は感謝の概念を表す言葉であって、儀式的意味の礼は言っていないんじゃないのかい?』

 

 

 理屈的過ぎるこの白い生物は、何があっても好きになれないだろう。

 同時に、信用も出来ないだろう。一生かかったところで。




集中投稿は、一旦終了です。
また二作を進めますので、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

光実、戒斗、貴虎。それぞれの思惑……

 まどかたちは、学校に行く。

 その間、絋汰と光実は中学校の校門前で話し合っていた。

 

 

「絋汰さんも無事のようで、良かったです! 気付けば知らない所にいたし、何もかもが違うし……」

 

「俺も度肝抜かれたよ……まさか、並行世界なんてなぁ」

 

「……これも、ヘルヘイムの森が関係しているのでしょうか」

 

「それは分からねぇや。兎に角、ミッチと……うん。また会えて良かったぜ」

 

 

 光実の肩を叩き、激励する。

 すると嬉しそうに微笑み、絋汰へ憧れの眼差しを送っていた。

 

 

 

 絋汰の言った、「また会えて良かった」には、二重の意味が含まれている。

 彼の様子からして、恐らくは戒斗同様、絋汰よりも過去の時間軸の光実だと判明した。

 

 オーバーロードと手を組み、ユグドラシルを掌握し、絋汰に憎悪を抱く……あの光実になる前の彼。

 同時に絋汰は知っている。光実が、貴虎の弟である事と、その深い心の闇まで。

 

 

「また会えて良かった」には、チーム鎧武で馬鹿やっていた、あの呉島光実にまた会えた事への感慨深さが潜んでいた。

 

 

 

 

 

「……そうだ。あと、戒斗の奴も飛ばされてんだ」

 

「え!? チームバロンの駆紋戒斗……も、ですか!?」

 

「何とか戒斗とも協力して、元の世界に帰らねぇとな? ほら……あー……舞とか、いるんだし」

 

 

 

 言い出せない。

 近い未来、光実が敵として牙を剥いて来るなんて、言える訳がない。

 

 

 

「舞さん……はい。そうですね。僕らには、僕らの使命がありますから」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 

 同時に、人懐っこい笑みを浮かべるその下にある、彼の深い闇を。

 

 

 

 思わず、未来の光実の姿が、目の前の彼と被って見えてしまった。

 目は漆黒の如く暗く、表情の消えた機械のような性格に堕ちた、あの光実の姿。

 兄、貴虎を偽り、真・斬月の姿で容赦なく絋汰を殺害しようと狙って来た、あの光実。

 

 

 

 悲しくなった、何処で間違えちまったんだ。

 そして手遅れになるまで気付けなかった、自分が許せなくなる。

 

 今だって未来の話を、一言も言い出せずにいる。ヘルヘイムの真相も、世界の顚末も。

 自分は臆病者だ。つい、目を逸らしてしまう。

 

 

 

 

 

「……絋汰さん?」

 

「あ……な、何でもねぇよ! それよりミッチ、あの黒い髪の子と行動していたのか?」

 

 

 光実は真剣な表情で頷く。

 

 

「魔法少女の説明も、既に……」

 

 

 昨日の出来事をふと、想起する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔女を討伐した後、彼はほむらの家へ招かれた。

 殺風景で、生活感のない空っぽの家。本当に人が住んでいるのかと、思ったほどだ。

 どこまでも白く、潔癖。

 

 

「……あなたのその力は、何なの? 教えてくれたら、その絋汰って人の所に明日案内するわ」

 

 

 彼女の質問に対し、光実はクッションに腰掛けながら続けた。

 魔法少女の姿だったほむらは既に、制服姿となっている。

 

 

「……言っても、僕も詳しくは分からない。これをあるディーラーに渡されて、何も知らずに戦っていたに過ぎない」

 

 

 本当はそのディーラーと上手く取り引きしたが、伏せておく。

 ほむらは腕を組み、目を伏せて考え込んだ。

 

 

「戦っていたって、何と? 魔女な訳ないわよね。あなた、驚いていたし」

 

「……ねぇ。その魔女とか、君の事とかも教えて欲しいよ。話についていけない」

 

「兎に角、何と戦っていたかは教えてもらえないかしら。分からないのはこっちもなの。次いで、イレギュラーなのは明らかにそっちでは? この街では、魔法少女の方が普通だし、魔女退治も私たちの仕事なの」

 

「………………」

 

 

 薄々感じていたが、この暁美ほむらは年齢に対し、あまりに成熟し過ぎているような。

 聞けばまだ中学校らしいが、彼女が話す言葉の節々には、自分の兄がそうであるように、影がある。その影を揺蕩わせ、光実へミスリードを狙っているかのようだ。

 

 とても中学校の子どもが出来る芸当ではない。

 だからこそ光実は、この暁美ほむらに対し極限の警戒心を抱く。

 

 

「……一種のゲームなんだ」

 

「……ゲーム?」

 

「攻勢と守勢で別れて陣地を奪う……単純なゲームだよ。だから他のプレイヤーが、僕らの戦闘相手さ」

 

「……たかがゲームに、あんな高度な火力は必要かしら? 魔女すらも倒したのよ」

 

「そっちの方が盛り上がるからじゃないかな? 地味に斬り合うだけじゃチャンバラごっこと変わらないし、ダメージにならない弾を撃ちあったって、サバゲーと変わらない。ほら、ベルトの音声だってそうだ。場を盛り上げる為に作られた証拠だよ」

 

 

 言葉を尽くし、半分真実半分嘘の説明をする。

 何でも良い、彼女を納得させたなら、魔法少女について信憑性のある情報が聞き出せると踏んだからだ。

 分からない所を「分からない」で言い切れば、向こうも何も話さないだろう。

 

 

「多分、将来的には兵器じゃないかな。その為のデータ収集に僕らが使われているんだろう。高火力なのも納得かな?」

 

「……ふぅん。つまり利用されている訳?」

 

「そうなるね」

 

「随分、あっけらかんとしているわね」

 

「まず死ぬ事はないから……僕らにはリスクがないからね……今の所」

 

 

 リスク云々より、謎が多いのが正直だが。

 

 

「それで。貴方たちを利用しているのは組織? 企業?」

 

「ねぇ。僕は最低でも五割は話したんだ。そっちも教えてくれるべきでは、ないの?」

 

「………………」

 

 

 ほむらも光実が、ごく一般的な学生ではないと気付いたようだ。

 一筋縄では行かないのはお互いかと思いつつ、何処まで話すか暫し考え込む。

 

 

「……いいわ。等価交換としてね」

 

 

 

 魔法少女の話は驚愕の連発だった。

 キュウべえと呼ばれる者と契約し、願いを一つ叶えてもらう代わりに、魔女と戦う使命を負わされる。

 魔女とは呪いの存在で、人間を殺人や自殺に駆り立てる。

 魔法少女も魔力を充填する為には、魔女を倒さねばならない。

 

 

 

 

 絋汰がマミやキュウべえから聞いた話と、ほぼ同じだ。

 

 

 

 

 

「これが魔法少女よ」

 

「……凄いね。予想以上だよ……!」

 

「それで私の質問は?」

 

「……誰の主催かは分からないよ。それを僕らは調査している」

 

 

 光実は十分に聞けたと判断し、切り上げた。

 それよりもほむらの性格からして、真に深い箇所は話さないだろうと見極めたからだ。

 

 

「じゃあ、実用的な質問でもしましょう」

 

 

 ほむらは話を変える。

 段階的に話を進める、とても中学生には見えない。

 

 

 

 

「……貴方は私たちの味方?」

 

 

 妙な含ませがある口調だ。

 光実は彼女の思惑が読めずにいる。だがこの質問に対しては、自分の心に正直になるべきとも考えた。

 

 

「魔女の存在は危険だって、気付いたよ。出来る事なら、君たちと協力はしたいね」

 

 

 懐に入れば、自ずと彼女の思惑が分かるかもしれない。

 

 

「だからその代わり……絋汰さんの所に案内して欲しい。あと、君の事も教えて欲しい」

 

「……私の事?」

 

「まだ何か隠しているよね」

 

 

 この少女は、核心を隠しているようにしか思えない。何を考えているのかが分からないと共に、光実の今の現状に繋がる事を知っている可能性もある。

 

 ほむらは視線を落とし、少し考えた後に話を続けた。

 

 

「その絋汰って人の所には案内してあげるわ。どうせまどかたちと会うでしょうし」

 

「ありがとう」

 

「私については……そうね。魔女を倒すと手に入るグリーフシード。それを私に十個は提供しなさい」

 

 

 光実と目を合わす。

 

 

 

 

 

「そしたら教えてあげるわ。『真実』も添えてね」

 

 

 気のせいではないだろう。

 ほむらが少し、儚く見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……『真実』?」

 

 

 光実が話した、ほむらとの昨夜の会話。

 含ませのある彼女の言葉に、絋汰も眉を顰めた。

 

 

「……あの子、何かを知っています。僕らがここに来た原因かは分かりませんけど……近い何かは知っています」

 

「しかしグリーフシード十個……つまり、魔女十体分かぁ……割に合うんだかどうか」

 

「彼女もそれを見越していると思うんですよ。僕らが切ればそこまでとも思っているかもしれません。でも、僕らにメリットも取り付けてくれましたよ」

 

「メリット?」

 

「僕らがこの力の事を調べているって話を利用して、組織から逃げてこの街に落ち延びたって話をしたんですよ」

 

 

 光実はコートのポケットに手を入れ、何かを取り出した。

 ビニール袋に数十個入った、コンビニのオニギリとパン。

 

 

 

 

「食料です……賞味期限切れの廃棄ばかりですけどね」

 

 

 グリーフシードと食料の交換が、提示されていたようだ。

 ほむらもなかなかの食わせ者だが、光実もまた交渉上手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は進み、陽が西に傾く。

 早い所ではもう、家路を急ぐ学生の姿や、部活に精を出す者も見え始める頃。

 

 駆紋戒斗は歩道橋の上にいた。

 そこから、まどかたちの通う見滝原中学校が眺められる。

 

 

 束の間の熱、束の間の恋、束の間の絆……勝利。

 同時に挫折、堕落、怠惰、攻撃、嫉妬……敗北。

 一瞬の一場面に懸命を見出す、学生たち。或いは、何も見出せない者たち。

 

 強者と弱者。戒斗の拘る二元は、学校と言う小さなコミュニティに集約されているように見えた。

 社会と学校は違うと聞くが、人間の構図で見るなら二つは変わらない。

 強者と弱者がまかり通り、大抵は弱者が弱者を攻撃するに他ならない。

 

 

 真の強者のいない世界。その点は、社会も学校も同じだ。

 

 

「………………」

 

 

 彼が凭れかかる歩道橋の手摺の上を、キュウべえが優雅に歩きながら話しかける。

 

 

『まどか達は下校したよ。マミとまどかは帰宅中、さやかだけが病院に行った。三人は十八時くらいに会う約束だ』

 

「今、行った所で仕方がない。俺は警戒されているからな」

 

『確かに夢見がちな少女たちに、君のリアリズムは否定に聞こえたかもね。では、どうするんだい?』

 

 

 顎を撫で、戒斗は様々な可能性を思案しながら告げる。

 

 

「鹿目まどかが一人の時を狙う」

 

『それならここから北西三キロの所に行くと良いよ。マミとまどかが分かれる三叉路だ』

 

「普段時は話しかけない」

 

『……? どう言う事だい?』

 

 

 キュウべえを見据えながら、戒斗は自分の作戦を話す。

 

 

「鹿目まどかが、魔法少女になる決心を固めた所を狙う」

 

 

 まだ話が読めないのか、キュウべえは首を傾げた。

 

 

『それを促すのが君の役目ではないのかい?』

 

「言い換えよう。決心を固めざるを得ない状況を作る」

 

『どうするんだい?』

 

 

 手摺から身体を離した。

 

 

「魔女の結界を利用する。何度か歩いて理解したが、入り組んだ構造をしている……孤立を誘う事も可能だ」

 

『つまり……まどかが、結界内で孤立した所で切り出すのかい? マミがいる分には難しいよ』

 

「いいや可能だ。寧ろ巴マミ……奴の存在は必要になる。奴は鹿目まどかにとって憧れの存在。魔法少女体験コースとやらが既に、決心を付けさせる土台になっている」

 

 

 まどかやマミらの関係性や、『マミの事』についてはキュウべえから情報を得ている。

 その上で彼は作戦を構築した。

 

 

「先輩然としているが、体験コースとか言うお遊びに付き合わせている時点で、マミは二人を仲間にしたい思惑が強い。いずれ、自分から鹿目まどかに思いの丈を話すだろう」

 

『それと、結界で孤立させる話とは?』

 

「その後の話になる……結界内は異常の空間。現実世界の日常の中より、判断を早めさせるには、学校の通学路よりそっちの方が話が通じる……それに孤立させる程度は造作もない。使い魔との乱戦に鹿目まどかを離す名目を使えば良いだろ」

 

『成る程。マミがまどかに自分を事を話し、決心を付けさせる。まどかの性格上、必ず彼女に同情するね。それで結界内で君と二人になる状況を作り、説得するって認識で良いかい?』

 

 

 戒斗は上出来だと、無言で頷く。

 

 

「そしてキュウべえ……貴様がすべきは、巴マミの欲を煽る事だ」

 

『マミの……かい? まどかじゃなくて?』

 

「鹿目まどかに素質がある事や、見滝原の魔女の出現率を伝えろ。本人へは必要ない、巴マミから言うだろ」

 

『その二つを言えばマミもまどかを引き入れたいって考えるね。素質に関しては何処まで言おうか』

 

「最強の魔法少女までは必要ない。優秀とだけ言っておけ」

 

『嘘ではないね。分かった、これとなしに言ってみるよ』

 

「それで良い」

 

 

 作戦を全て告げ、彼はキュウべえの前を去ろうとする。

 

 

 遥か頭上を、飛行機が通った。

 雲が延々と続き、何処か遠くまで伸びて行く。

 

 

 

『そうだ。これだけ忠告しておくよ、カイト』

 

 

 階段を降ろうとする彼に、親しげに名前を呼びながら告げた。

 

 

 

 

 

『暁美ほむらに気を付けて。彼女はまどかの契約を、阻止しようとしている』

 

 

 階段を降り、頭の位置まで来た手摺の上を覗く。

 キュウべえは既に、いなくなっていた。

 

 

「……暁美ほむら。留意する」

 

 

 歩道橋を降りる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろ太陽が橙色に近付く頃。

 

 

「では……本当に、警察に届けなくても良いのですか?」

 

「転んだだけの事故です。事件性はありませんので、話を大きくしても仕方がありません」

 

「分かりました。怪我自体は酷くないので、明後日には退院出来ます」

 

「ありがとうございます、先生」

 

 

 医師はそれだけ告げると、まだ仕事が残っているようでそそくさと部屋を出て行った。

 

 

 呉島貴虎は窓の外を見やる。

 平和な世界だ。同時に、自分の知る世界ではないとも知った。

 ユグドラシルも無ければ、ヘルヘイムの森も無い。貴虎の望んだ世界。

 

 

 自分は逃げられたのか、追放されたのか。

 いや、後者だろう。あの世界に、自分の居場所も役目もない。

 愚か者の役立たず……自分の弟さえ止められない男が、舞い戻った所で仕方がない。

 

 神は自分にのたれ死ねと、宣告でもしたようだ。

 貴虎は爽やかな気分だった。あの世界には絋汰らがいる、心配はない。

 

 

 

『戦極ドライバー』も、『ゲネシスドライバー』も失くした自分が戻った所で、足手まとい。

 この世界で、ただただ祈るだけだ。平和を、終息を……全てが元通りになる事を。

 

 

 

 

「……身体が鈍るな」

 

 

 治療に精密検査や経過観察。半日以上、ベッドの上だった。

 身体に気怠けを感じた貴虎は、散歩に出る事にした。

 

 

 

「うわっ!?」

 

「……おっと」

 

 

 病室を出る時、入り口で誰かとぶつかりそうになる。

 貴虎が一瞬早く反応し、相手の肩を掴んで止めた事で、衝突は免れた。

 

 

「す、すみません!」

 

「院内を走るのは良くないな。急いでいるのか?」

 

「面会時間が、近いので……」

 

 

 ショートカットの青い髪の少女だ。制服姿で、学生だとはすぐに分かる。

 胸に、CDとプレイヤーを抱えていた。

 

 

「なら留まらせる訳にはいかないな。気を付けて行きなさい」

 

「すみませんでした! あ、あと、ありがとうございます!」

 

 

 謝罪と感謝を述べ、今度は小走りにならず早歩きで廊下を進む。

 突き当たりを曲がり、エレベーターに乗った所で姿は見えなくなった。

 

 

「……若いな。俺が守りたかったのは、未来ある若者たちだったんだな」

 

 

 噛み締めるように微笑みながら、彼は廊下を歩く。

 

 

 

 

 

 院内を暫く歩くと、自販機のある休憩所近くで、看護婦が泣いている場面に出くわした。

 新人らしい、若い看護婦。同僚と思われるもう一人が、慰めている。

 

 

「どうか、されたのですか?」

 

 

 別に自販機を利用しに来た訳ではないが、つい貴虎は話しかけた。

 慰めていた方の看護婦が、一度お辞儀をしてから訳を話す。

 

 

「長い間、闘病されていた方がとうとう亡くなられたんです……色々と話したり励ましの言葉をかけた方でしたから、私たちも無念で……」

 

「それは辛かったですね。私の口から言えた事ではないかもしれませんが、それだけ偲んでくれる人がいて、亡くなられた患者さんもきっと喜んでいますよ」

 

 

 出来る限り、泣いている看護婦を励ます貴虎。

 

 看護婦は涙声で話した。

 

 

「亡くなられた百江さん……娘さんがいらっしゃったんです……」

 

「娘さん?」

 

「まだ小学生くらいの……母親が亡くなったと知った時の顔を思い出すと、辛くて辛くて……」

 

「そうだったのですか……」

 

 

 それに関しては、同僚の看護婦も暗い顔を見せる。

 

 

「優しい子ですよ。お母さんにお菓子を持って行ったり……一年前には大好物だとかのチーズも届けていましてね」

 

「その頃には酷く弱られ……何も食べられない状態でしたのに……」

 

 

 救えない命と言うのもある。

 貴虎は痛いほど、知っている。

 そして自分は、その命の選別者になろうとしていた。

 それでも救う為に動き、提案もした。

 

 

 結果が今の自分だろうか。

 他人の為に泣ける、この看護婦のような心は自分にあったのだろうか。

 悲しみに暮れる彼女を励ます権利が、自分にはあるのか。

 

 

 

 陽はどんどん沈んで行く。

 一つ消えた命。貴虎の心も沈んで行く。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

甘美なるラスト・オン・スイーツ!

お待たせしました。


         III

   【Patricia は 委員長の魔女】

PATRICIA パトリツィア ぱとりつぃあ

 

第壱条

意義ノアル行動ニツイテハ、干渉ヲ禁ズ。

 

第弐条

無力ヲ悟ッタ場合、多イ方ヘト着クベシ。

 

第参条

手ヲ出サズ、声モ上ゲズ、第三者ニ徹ス。

 

第四条

決メラレタ事ニ異議ヲ唱エテハナラナイ。

 

第伍条

将来ノ為、捨テルベキモノハ捨テルベシ。

 

第陸条

以上ノ拘束ヲ生徒ハ黙ッテ遵守スルベシ。

 

改訂

・第壱条ヲ一部改訂。異議ヲ意義トスル。

・第四条ヲ一部改訂。意義ヲ異議トスル。

・第陸条ヲ一部改訂。校則ヲ拘束トスル。

 

ぱとりつぃあ パトリツィア PATRICIA

   【女魔の長員委 は aicirtaP】

         III

 

 

「よっしゃあッ!! 今だマミッ!!」

 

「ナイスアシスト、絋汰さん!」

 

 

 のっぺりと水色の塗られた空の下。学校机と椅子が降り注ぐ結界。

 マミの作り出した大砲が、上空に漂う魔女に向けられる。

 

 

「ティロ・フィナーレっ!!」

 

 

 机、椅子、青空さえも貫き、俯瞰していた魔女を叩き落とした。

 魔女の着ているセーラー服は炎上。結界内のあちこちに干された、同じセーラー服を巻き込みながら、地上に抱かれる。

 服はどんどんと燃え広がり、黒煙がもうもうと立ち込めた。

 

 

 

 

【目を背けたいから眺める。ならば少しは多い腕を差し出すべし】

 

 

 

 

 

 

 

 黒煙が晴れたと思えば、そこは夜の公園。現実世界だ。

 変身を解き、僅かに乱れた髪を直すマミ。その後ろ、バットを掲げたさやかが彼女と絋汰を讃えた。

 

 

「いやぁ! やっぱお二人は最強のコンビですなぁ!」

 

「もう! 見世物じゃないのよ、美樹さん!」

 

「一応、これはおめぇ〜の体・験・授・業だぞぉ?」

 

 

 絋汰が鎧武の姿のまま、彼女の額を突く。

 

 

「なにするんすかぁ! ちゃんと分かってますってばぁ!」

 

「分かってんなら、少しは危機感を持て! 危ない事に変わりはないんだからよっ」

 

 

 ドライバーからロックシードを外し、彼も変身を解除する。

 隣にトコトコと、キュウべえを肩に乗せたまどかが近付く。辺りをキョロキョロ、見渡していた。

 

 

「グリーフシードは見つからないですね」

 

「ここん所、ハズレばっかじゃない?」

 

『魔女が必ず落とす、と言う訳でもないんだ。こればかりは運だね』

 

「でも見返りにばかりで盲目になってはいけないわ。グリーフシードを落とさない使い魔も、成長すれば魔女になるのだから。何も知らない人たちを守る為、倒さないと駄目なのよ」

 

 

 賞賛や利得を受けずとも、守る為だけに戦う。

 マミのその精神は、絋汰の意思と同じようだ。それをまだ中学三年生が抱いている事に、彼は驚きだ。

 

 

「すげぇな、マミは……根っからのヒーローだな」

 

 

 思わず感嘆の意を口走り、聞いたマミが照れ臭そうに頰を掻いた。

 

 

「それを言うなら絋汰さんもですよ。わざわざ時間を割いて、私たちに協力してくださるのですから!」

 

 

 今度は絋汰が恥ずかしそうに頰を掻く。

 これ以外にやる事がないとは内緒だ。

 

 

 

 

 現状、絋汰は光実と共に、マミが敵視する暁美ほむらと協力関係にある。

 グリーフシードの提供、対価として食料の供給。女子中学生に養われている事も、マミの敵と裏で組んでいる事も、どちらにせよ口が裂けても言えない秘密。

 

 

 ほむらの言った『事実』。

 内容は別として、何かを知っている事は確か。もしかすれば、絋汰らがこの世界に来た手掛かりを握っているかもしれない。

 

 

「目的もなく奔走するより、見つけた可能性を賭けて行動した方が良いですよ」

 

 

 光実の言葉を受け、今もほむらにグリーフシードを渡している。

 勿論、マミらとの魔女退治は別だ。これは絋汰の意思からだ。二人で倒した魔女のグリーフシードに関しては、彼はノータッチ。

 個人的に発見し、見つけて倒した魔女の物のみをほむらに流していた。

 

 

 

 

 

 ここまでほむらに渡したグリーフシードは二つ。ノルマの十個まで、なかなか遠い。

 魔法少女体験コースの手伝いをしている間は、光実が魔女捜索・退治に出ている。戒斗は今も見つからない。

 

 

「二人とも、願い事は見つかった?」

 

 

 彼女の質問に対し、まどかとさやかの二人は申し訳なさそうな顔になる。決まっていないようだ。

 

 

「文字通り一生に一度の願いだからな、よおく考えろよぉ?」

 

「そう言われますと余計に悩むんすよ絋汰さぁ〜ん」

 

『願いの内容が、魔法少女の能力に関係してくる。その点も含めて、良く考える事だね』

 

 

 思い出したかのようにキュウべえは耳をピョコンと動かした後、マミに質問をした。

 

 

『お手本と言って良いか分からないけど、マミの願い事を話してあげたら? 勿論、差し支えなければ』

 

「……ッ」

 

「あ、そう言えば……聞いてみたいかも」

 

 

 マミの朗らかな表情が一瞬、影がかかる。

 彼女の感情の変化に気付いたまどかは、慌てて訂正に入る。

 

 

「あ、す、すみません! あの、言いにくいなら別に……」

 

「願い事が能力に関係するなら、銃が関係している……んー? マミさんがミリオタとかには見えないし……」

 

「ケーキ作りとサバゲーが趣味とか、ギャップがあり過ぎだろ」

 

「銃好きの趣味はないわよ……いいわ。話してあげる……けどっ」

 

 

 見上げた視線の先には、街の夜景に照らされた時計塔。

 時刻は七時に迫りつつある。

 

 

「今日は遅いわね。明日にしましょ。とりあえず言える事は……考える時間があるだけ、良く良く考える事ね」

 

 

 含みのある言い方。

 深く聞いてみたい気に絋汰はなったが、何処か寂しげに微笑む彼女を見て質問を飲み込んだ。それはさやかもまどかも同様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、そこで解散となる。

 夜道を中学生だけで歩かせるのは危ない、絋汰が付き添いをしてくれる。運動神経には昔から自信がある為、暴漢通り魔なんでもかかってこい。

 

 帰路につこうとする四人だが、まどかに抱かれていたキュウべえが彼女の腕を抜けて、地面に降り立った。

 

 

『マミ、悪いけど僕は少し出るよ』

 

「どうしたの? キュウべえ?」

 

『僕にも仕事があるからね』

 

「魔法少女の勧誘? なら付いて行くわよ、暁美さんが出るかもしれないし……」

 

 

 悪いオバケのような扱いにされているほむらに、絋汰としては少し複雑な気持ちだ。

 

 

『大丈夫。勧誘ではないよ。グリーフシードの回収さ』

 

「それは大事ね。気をつけてね、キュウべえ」

 

『ありがとう、マミ。まどかやさやかも、願い事が決まったら是非呼んでね』

 

 

 それだけ言い残し、キュウべえはテテテと駆け、暗闇に消えた。

 

 

「あいつ、俺だけノータッチかよ……」

 

「まぁ、キュウべえが興味津々なのはそのベルトみたいだし……それ、あたしも変身出来ます?」

 

「残念だが、これは俺以外変身出来ないからな! どうだ羨ましいか!」

 

「なにを得意げに……ふん! 近い未来、あたしも魔法少女ですからね、全然!」

 

「さ、さやかちゃんも絋汰さんもやめなよ……」

 

 

 四人はまた和気藹々とした雰囲気の中で、街灯の並ぶ道を歩いて行く。

 

 

 

 

 

 

 キュウべえは絋汰らと離れた後、公園の溜め池に来ていた。

 柵に座り、彼を待っていた戒斗に会いに。

 

 

「どんな具合だ?」

 

『マミの欲を煽る、だろ? 願い事を話させるように取計らったよ。明日には君の思い通りになるかな』

 

「願い?」

 

 

 キュウべえも柵の上にバランス良く立ち、戒斗の隣で静止する。

 

 

『彼女は孤独の人さ。強い孤独を抱えた少女なんだ。そのルーツこそ……彼女が魔法少女となった願い事にある。二人を何としても引き入れたいって思いを強くさせるなら、とても都合が良いんだ』

 

 

 願い事の内容に戒斗は興味はない。結果として、マミの欲を煽れたならば上出来だ。

 

 

『それより、もう一つの仕事をさせてくれないか』

 

「あぁ……持っていけ」

 

 

 ポケットに手を突っ込み、目の前に放った。

 

 

 

 それらは全て、グリーフシード。

 しかも一個二個ではない。五つ、六つもある。これまで戒斗は魔女狩りを続けていた。

 

 

『凄い闘争心だ! 君が女性で、魔女少女だったらさぞ立派な戦士になれただろう!』

 

「二度とその気持ちの悪い喩えを言うな。軽いウォーミングアップに他ならない……張り合いもないほど、魔女は弱い」

 

『でも意外だね。君ならば無駄だって切り捨てて、こんな事しないと思っていたけど?』

 

「…………」

 

 

 キュウべえの見解を無視し、戒斗はその場を後にしようと歩き始めた。

 彼の後ろで、キュウべえはグリーフシードを咥え、上へ放り投げる。それは上手く背中の丸い模様の中心に落ち、そこへ吸い込まれて行った。こうやって彼はグリーフシードを回収する。

 

 

『君とは是非、仲良くなりたいものだね』

 

 

 キュウべえの誘いにも似た言葉に、吐き捨てるように戒斗は呟いた。

 

 

 

 

「……それだけは二度と言うな」

 

 

 夜は深まって行く。不穏に、怪しげに、悲しげに、美しく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、昼下がり。そこは病院の廊下。

 明日には退院の出来る貴虎。院内服からスーツに着替え直し、喉が渇いたので自販機コーナーまで歩いていた。

 上着はズタズタに切れている為、ズボンとシャツ姿。仕立て直すにも金が無い。金が無いので、気絶するほどだったに関わらず、彼は病院を早々に退去させられる訳だ。

 

 しかし別に、移動に支障はない。身体の傷は殆ど治癒していた。

 気絶する寸前に見た、黒髪の少女だろうか。何者か知りたいと共に、恩を返したい気持ちもある。

 目的がなく、あとは野垂れ死ぬだけの未来。彼はそれだけをしたかった……恩を返すにも、金銭が発生したら何も出来ないが。

 

 

「…………」

 

 

 金が無いのに、何故自販機コーナーに行くのか。

 彼の身の上に同情した隣の患者の、見舞いに来た人から千円を恵んで貰ったからだ。

 一度断りを入れたが、好意に甘えて受け取る事にした。

 ビジネスの世界において、相手の好意の拒否ほど、失礼な事はない。根っからの管理職精神が、ここでも現れてしまった訳だ。

 

 

「……さて。延命でもするか」

 

 

 何を飲み、寿命を延ばすか。自嘲気味に貴虎は呟きながら歩く。

 

 

 院内は綺麗だ。ガラス張りの壁からは暖かい陽光が入り込み、芸術作品のような街並みを展望出来るようにする。

 ふと階下を覗き込めば、車椅子を押して貰い景色を楽しむ者や、制限はあるだろうがリハビリの一環として外で遊んでいる子どもと言った、患者たち。

 

 芝生に転がる者、ベンチで話す者、ゲームをしている者、急ぎの用事なのか慌てて走る医師。

 文句の付け所のない、平和な世界。貴虎としては、絶望的とも思えたその平和を今一度眺められる事が、幸せにも思えた。

 

 

 しかし、悔いはある。もう一度、光実に会いたい。

 願わくは、光実をこの手で救い出してみたかった。

 

 

「…………」

 

 

 過ぎった後悔を打ち消そうと頭を振り、景色を眺める事を辞めてまた歩き出した。

 

 

 

 

 

「もう一度チーズが食べたかっただけなのです」

 

 

 

 

 背後から声が聞こえた。幼い、童女の声。

 だが子どもらしからぬ、生気のない声。

 貴虎は振り返った。

 

 

「チーズ?」

 

 

 立っていたのは、やはり女の子。年齢は小学生ぐらいだろうか。

 春色のワンピース、絹のように整った銀色の髪。

 俯き気味で、表情は分からない。

 

 

「……迷子かい?」

 

 

 内心で貴虎は困っていた。子どもとの付き合いは全くと言って良いほど皆無だったからだ。

 子ども嫌いと言う訳ではないが、どう接すれば良いのかが分からない。とりあえず声を柔らかくし、語りかける。

 

 

「親御さんと逸れたのか?」

 

「…………」

 

「……そう言えば、学校はどうした?」

 

 

 時間的にはまだ、高校どころか小学校さえ授業の時間。

 

 

「……いないのです」

 

「なに?」

 

「いなくなったのです」

 

「いなくなった?……もしかして、親が?」

 

 

 昨日、聞いた話がフラッシュバックする。

 死んだ女性と、残された子どもの話。まさかと思い、彼は尚更どう声をかけようか迷う。

 

 

「……不幸、だったね。その、どう言葉にすれば良いか……」

 

「………………」

 

「……だが、母親は見守ってくれている。だから君も、立ち直る……のは、難しいかもしれないが……少しずつでも」

 

「忘れられるハズないのです」

 

 

 少女が顔を上げた。

 どんよりと、暗く、黒く、暗澹とした深淵の目。

 陽光さえ反射させないような、底無しの目だ。

 無表情に近い状態で彼を見る。貴虎は愕然とし、目を逸らせず。

 

 

「その目は……!?」

 

 

 最後に見た、弟の姿がブレる。

 

 

 

 

「もう一度、一緒に、チーズが……」

 

 

 

 甘い香りが、辺り一面に燻る。

 最後の、お菓子の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

【願え願え、探せ探せ。絶対に離さない、絶対に見つけろ】

【ぱ・パ・PA・pa・破・по・ПO・吧・ぱルMEja〜野・peЖAー迺】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さやかは病院に入って行く。しかしすぐに、彼女は出て来た。

 

 

「早いね。上条くん、会えなかったの?」

 

「都合悪いんだってさ。失礼な奴〜」

 

 

 ムスッと不機嫌顔を見せたさやかだったが、まどかと目を合わせる瞬間には笑顔になっていた。

 

 

「帰ろっか」

 

 

 時刻は夕方。下校中の生徒が見え始める時間帯。

 入院している幼馴染のお見舞いに来たさやかだったが、今日は諦めて帰る事になった。

 

 

「………………」

 

「さやかちゃん?」

 

「ん? あ、ごめんごめん。なんか、ボーってしてた」

 

 

 黙って病院を出た彼女が心配になり、まどかは声をかけた。

 気丈そうに微笑む彼女だが、やっぱり影が拭えない。

 

 

「上条くん、治ると良いね」

 

「そりゃ、治して貰わなきゃあたしが困るっての。バイオリン聞かせる云々の話が有耶無耶になっちゃうし!」

 

「凄く上手いもんね。また聴きたいな」

 

「あたしは聴き飽きるほど聴いたけどなぁ〜。いやぁ、幼馴染はツライわぁ」

 

「もう、冗談でも言っちゃ駄目だよ!」

 

「へいへ〜い」

 

 

 笑い合う二人、しかしまた暫しの沈黙。

 それはさやかが何かを話そうと、言葉を探していたからだ。まどかはジッと、次の言葉を待つ。

 

 

 

「……ねぇ」

 

「なぁに?」

 

「もし……さ。もし、あいつの手が治らなかったら……」

 

 

 自信家の彼女らしからぬ、しおらしい声。

 

 

「…………その時はさ。あたし……」

 

「……さやかちゃん?」

 

「あいつの為に願っても……願えるのかな」

 

 

 まどかが声をかけようとした瞬間、それは第三者の声で飲み込まれる。

 

 

 

 

『可能だよ。前例もある』

 

 

 キュウべえだ。

 

 

「うわぁ。かみしゅつおにぼつって奴だな!」

 

「それ神出鬼没じゃ……」

 

『その人の事を願ったとしても、それもまた君の願いだ。でもこの手の類の願い事は少ないかな。みんな自分の願い事ばかりだからね』

 

 

 その話を聞き、さやかは僅かに目を見開いた。

 少し、思いが揺らぐ。

 

 

「可能なんだね、キュウべえ」

 

『願い事が出来たならここでも受け付けるよ。僕としては早い方が良いからね』

 

「それは急かし過ぎぃ!……まぁ、可能性の一つとしてね?」

 

「で、でも、さやかちゃん……」

 

 

 期待の眼差しを向けるキュウべえの後ろに、誰かが並んだ。

 

 

 

「甘いな」

 

 

 

 戒斗だ。

 良い印象を持たない二人は、彼の登場に対して思わず身構えてしまった。

 

 

「あの時のバナナ!?」

 

「バロンだ。そして名前は駆紋戒斗だと……もう忘れたのか?」

 

「…………甘いって、なんですか?」

 

 

 鼻で笑った後、キュウべえを跨いで二人の前まで近付く。

 厳めしい顔付きと雰囲気も相まって、まどかはすっかり怯えてしまった。そんな彼女を守るようにさやかは睨み付け、前に立つ。さしずめ魔王を前にした、お姫様と騎士のようだ。

 

 

 自分は悪役かと面白がりつつも、戒斗は続ける。

 

 

「そのまんまだ。折角得られる力が、他人の為の物だとは勿体なく感じないのか?」

 

「……あたしの勝手じゃないですか。願い事はあたしが決めるんです、あたしが決めた願いです」

 

「自分で決めた気になっている時点で甘いと言っている」

 

「……なんですって?」

 

 

 顎を上げ、さやかを見下すような下目遣い。それがまた、彼女の神経を逆撫でるが、彼は容赦を知らない。

 

 

 

 

「お前は自我がない。自我がないから他者に縋り、自分の存在を確認しているだけだ」

 

 

 彼の片方の口角が、サディスティックに釣り上がる。

 

 

 

 

 

「所詮、自分の為でしか他者に干渉出来ない」

 

「ッ……!」

 

 

 打ちのめされたように、さやかは立ち尽くした。

 戒斗に食ってかかろうとも、恨み節を呟く事すらも出来ない。

 

 

 

 言うだけ言って踵を返す彼に、キュウべえは彼とのテレパシーで話しかける。

 

 

『魔法少女の決意付けに協力してくれるんじゃなかったのかい?』

 

(あの女は対象外だ。あくまで鹿目まどかのみと言う話だったハズだ)

 

『この話を鹿目まどかの前でしている時点で同じ事だよ! それに君は自我の弱い少女を狙っていると言っていたよ! 目的が見えない!』

 

(………………)

 

 

 次の言葉は心中ではなく、足元にいるキュウべえへ声として伝えた。

 

 

「自我無き者が力を得た所で、鬱陶しいだけだ」

 

 

 その声は勿論、まどかやさやかにも届く。

 

 

 

 

「自我自我って、自分の事だけ考えれば自我なの?」

 

 

 怒りを孕んだ、さやかの声。

 戒斗は「待っていた」と言わんばかりに、二人に顔を見せずにほくそ笑んだ。

 

 

「あたしは自分が強い人間だなんて思わない。あんたの言う自我も、もしかしたら弱いかもしれない」

 

「さやかちゃん……」

 

「でも、他人を助けるんだって願いも、立派な自我だ!……あたしは誰かの役に立ちたい、そして恩に縋ったりしない……絶対に譲らないから、これだけは」

 

 

 戒斗の思い通り。彼はさやかの声が望みだった。

 キュウべえは相変わらず無表情のままだが、動揺したかのように彼へ急いでテレパシーを送る。

 

 

『さやかの想いを引き出そうとしたんだね。かなりリスキーだったけど、上出来だ! 親友の言葉を聞いたのなら……』

 

 

 さやかの言葉は、まどかに響いている。証拠に、彼女を見るまどかの目は、輝きを帯びていた。

 皮肉な事だ。さやかの精神論は、自我の弱い者ほど効く。彼女の憧れを、引き上げさせられた。

 

 

『君は凄いよ! さやかが反論してくるって読めていたんだね! 良く、誘導出来たものだ!』

 

 

 

 

 戒斗は誰にも聞かれないよう、ポツリと呟く。

 

 

「……似ている奴がいたからな」

 

 

 彼はまた振り返る。さやかの敵意を一身に受けたまま。

 

 

「お前の言う自我、或いは強さは分かった」

 

「だったらさっさと、どっか行ってくれない?」

 

「ならばそれを証明してみせろ……来い」

 

「……へ?」

 

 

 

 戒斗は後ろの門から病院の敷地を出ず、左側に向かって歩き出した。その先は駐輪場だ。

 訳がわからないが、ここまで啖呵を切ったのならば付いて行くしか他はない。先々進む彼の背中を、まどかとさやか、キュウべえが追いかける。

 

 

 

 駐輪場にはひと気が無い。ストッパーに並べられた自転車を横目に、壁の横を行く。

 戒斗の後ろを付いてきていた二人だが、彼の目的地に着いた時、揃って驚嘆の声をあげる。

 

 

「えっ!?」

 

「こ、これって……!?」

 

「あぁ。そうだ」

 

 

 

 

 

 壁に埋め込まれたそれは、禍々しい黒を纏っている。

 心臓の鼓動のように暗黒の光を放ちながら、まるで種から芽が出て来るかのように漆黒のオーラが現れる。

 

 

 紛う事なき、グリーフシード。

 

 

『大変だ……孵化しかかっているよ!』

 

「な、なんでこんな所に……!?」

 

『魔力の侵食が始まっている……結界が出来上がるまで時間がない!』

 

 

 狼狽えるまどか、分析をするキュウべえ。

 

 

 

 その後ろ、戒斗はさやかを見遣り、さやかは戒斗を睨む。

 

 

「あんた……! 見つけて放置していたなんて……!!」

 

「勘違いするな。孵化し、魔女が出たら倒すつもりだった……それより」

 

 

 腕を組み、威圧感を醸しながら、続けた。

 

 

 

 

「魔法少女でもない無力なお前が、この状況をどうする? 見過ごせば、孵化した魔女はどっかに行き、お前に害はない。だが立ち向かうのならば……」

 

「………………ッ」

 

 

 さやかは大事な人の為、決心する。

 もう甘いだなんて、思わせるものか。

 

 

 

 

 

「……まどか。マミさんを呼んで来て。あたしはここで、コイツを見張るよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

全員集合!進め、思惑と狂気の迷宮!

 パッチワークのような景色は散り散りになり、元の路地裏に戻る。

 勝利を確信した二人は互いにロックシードを抜き、変身を解除。

 

 

「うっし! ミッチ、グリーフシードは?」

 

「えっと……あ! ありましたよ絋汰さん!」

 

 

 絋汰と光実はほむらに流すグリーフシードを集める為、街に蔓延る魔女を狩っていた。

 累計六体目にして、これでやっと四個目。

 

 

「あと一個で半分だな。んでも、たまには新鮮な物が食いてぇよなぁ……味薄いしよぉ」

 

「流石に廃棄ばかりは……僕もとうとう、お腹壊しちゃいました」

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

「大丈夫ですよ。吐き気はありませんし!」

 

「いや食中毒の問題じゃなくてな……」

 

 

 路地裏を出ようと歩き出した時、表通りを走る見覚えある人物。

 見滝原中学校の制服で走る、桃色の髪の少女……まどかだ。

 

 

「あれ? 今、まどかが……」

 

「この間の女の子ですか?」

 

「おおい! まどかぁ!」

 

 

 西陽の照る表通りへ抜け、大声で彼女を呼ぶ。

 声に気付いたまどかが立ち止まり、二人の方へ振り返る。その表情は泣きそうだ。

 

 

「こ、こ、絋汰さん!! 助けてください!!」

 

「お、おい、どうしたまどか!?」

 

「さやかちゃんが、魔女の結界に……!!」

 

 

 彼女の報告を聞き、光実と絋汰は顔を見合わせた。

 

 

「行きましょう、絋汰さん……!!」

 

「あ、あの、あの、急がないと……!!」

 

「まどか、落ち着け! その場所まで案内してくれ……あ!!」

 

 

 前方からまた、見覚えのある少女。魔女を追跡していた最中のマミだ。

 上手い事に、絋汰らが今し方倒した魔女の反応を追って、近くまで来ていた。

 

 

「絋汰さんに鹿目さんと……その方は絋汰さんのお友達さん? 魔女の反応を追っていたのですが……」

 

「丁度良かったマミ! 緊急事態なんだ……!!」

 

 

 いつも通りの街並みに宿る、確かな緊迫感。

 この日より、魔法少女らにとってもアーマードライダーにとっても、佳境を迎える事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 其れはまだ彼女が『執着』と云う危うい自我を持って居て、全てが砂糖菓子のように甘く軋み溶け合う時分であった。

 アメも色々、ロリポップ、金平糖、水飴、ボンボン、キャンディケイン。

 クッキーも色々、ビスケット、プチフール、ゲベック、ジンジャーマン。

 プリンも色々、パンナコッタ、キンジン、ババロア、カヌア、プッチャイコー。

 ケーキも色々、カステラ、モンブラン、タルト、ザッハトルテ、ミルフィーユ。

 

 ある物は空に浮かび、ある物は地面に放られ、壁に刺さって、飾られる。

 甘い匂いに充満する、でも微かに香る、気に触るようなアルコール臭。

 ファンシー、スイーツ、ポップの世界と、冷たく白く痛々しい世界が融合する。

 

 

 傷んだお菓子を治したいのか、割れたキャンディがストレッチャーに運ばれ救急搬送。

 溶けたチョコが流れる輸血チューブが巡る天井に、ミルクセーキが滴る、突き出た注射針。

 

 身体に良い概念に、身体に悪い糖類が侵略している。そこはお菓子の病院だった。

 

 

 

 

 

 

 大きなビスケットの石畳が埋まり、ホイップクリームで彩られた広場。

 その中心にさやかと戒斗、キュウべえは立っていた。

 

 

「うっ! あっま! 虫歯はなりそう……」

 

「ここの魔女はとんだ偏食家のようだ」

 

『やれやれ……君は兎も角、さやかは無茶だったんじゃないかな?』

 

 

 キュウべえの物言いにムッとした後、その不機嫌な表情のまま戒斗を睨み付けた。

 

 

「……喧嘩売られたんだから、買うでしょ」

 

「売った覚えはない、言ったのはお前だ。有言実行は基本だろ?」

 

「本当に嫌な奴……なんで絋汰さんはこんな人と一緒なんだか」

 

 

 最早さやかの口調からは、戒斗に対する礼節は消えていた。

 これは敵意と言うよりも、激しい憎悪にも似ている。それほど彼女にとって戒斗は許せない男だった。

 

 

「………………」

 

「……恨む相手を間違えているぞ。憎むべきは魔女じゃないのか、中坊?」

 

「あたしは美樹さやかだっ! 覚えてなさい、バナナ!!」

 

「駆紋戒斗だ。覚えてろ」

 

 

 相手にする暇も惜しいのか、戒斗はさやかに一切見向きもせず先々と進む。

 その後に続こうとするさやかだったが、二歩進んだ所で立ち止まった。

 

 

「……フンッ。泣く泣く付いてくると思っていたが」

 

「先にグリーフシードを探して、後から来るマミさんや絋汰さんが迷わないように案内しなきゃ」

 

「その根性だけは認めてやる。せいぜい死で終わらんようにな」

 

 

 さやかにそう言い残し、戒斗は結界迷路の奥へ突き進んで行く。

 彼の姿が消えたと同時に、さやかは地団駄踏み怒りをぶちまけた。

 

 

「本当に嫌な奴!! それにあの言い方! 人命なんて二の次なんでしょうね!!」

 

『安心しなよ、僕が付いている。君のサポートは任して』

 

「付く付いていないじゃなくて……兎に角、あたしたちはこっちから進もう」

 

 

 決意を固め、一回の深呼吸の後に戒斗とは逆の道を行く。

 ギラギラとした明かりが一面を照らしている為、視界にまず困らない。だがそれは敵にも言えた事になる、慎重に進まねばならないだろう。

 

 

『魔女はまだ孵化していないけど、既に使い魔が生まれているようだね。それに結界もこれまで以上に広い……大変そうだ』

 

「それでもやらなきゃ。病院には恭介が……沢山の患者さんがいるし、野放しに出来ないよ」

 

『魔女は生命エネルギーを奪う。病院で孵化すれば、大変な惨事になるだろうね』

 

「それをサラッと言わないでよ!」

 

 

 キュウべえを叱るさやかの口調は、真摯な怒りが篭っていた。

 彼女の激情に気付いたキュウべえはいつものように勧誘もせず、それから暫くは黙り込む。

 

 ケーキの上のような道は、延々と続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここです!」

 

「病院じゃねえか!? こんな所で魔女が出たらマズイ!!」

 

「美樹さんったら、無茶するんだから!……みなさん、少し離れて!」

 

 

 マミが自身のソウルジェムを掲げ、霧を払うように結界を暴き出す。

 瞬間に漂う強烈な甘い匂いに、思わず顔を顰める。

 

 

「うっ、甘い……魔女の結界って、どうもこれだけは慣れないですね……」

 

「薔薇だったり化粧だったり、匂いがキツイんだよなぁ……って、そんな事よりもさやかだったな」

 

「あの、絋汰さんに光実さん!」

 

 

 現実と幻想の境界。

 虚実の世界に入る前に、マミが絋汰と光実にお願いする。

 

 

「魔女はまだ孵化していないようです。魔力を感知させ続ければ、孵化を早めてしまいかねません。ですので、魔法に依存しないお二人方に道中の使い魔退治をお願いしたいのです」

 

「孵化前の魔女退治は初めてですが、分かりました! 戦闘はいつも通りで構いませんか?」

 

「なるべく小規模に願います。魔法じゃないにせよ、あまりに大きなエネルギーは刺激に変わりありません」

 

「なら、出来るだけ小っこいのが良いな!」

 

 

 光実はブドウロックシードを。

 絋汰はいつものオレンジとは違い、別のロックシードを取り出した。

 

 

 

 

『ブドウ!』

 

『イチゴ!』

 

 

 クラックが開き、光実の頭上にはブドウ型の鎧、そして絋汰の頭上にはイチゴ型の鎧が降下して来る。

 

 

「葡萄と苺……やはり、光実さんも変身出来るのですね」

 

「わぁ……とても可愛い……」

 

「鹿目さん、落ち着いて……」

 

 

 同時にドライバーのソケットへセット。

 

『『LOCK・ON!』』

 

「「変身ッ!!」」

 

 

 カッティング。

 

 

『ハイーッ!』

『ソイヤッ!』

 

『ブドウ・アームズ!』

『イチゴ・アームズ!』

 

 

(りゅう)(ほう)! ()()()ッ!』

『シュシュっと、スパークッ!!』

 

 

 頭に乗ったフルーツが展開。

 アーマードライダー龍玄と鎧武に変身完了だ。

 

 

 

 

「あっ、ヘタ付いてて、ツブツブしてる……可愛い」

 

「ちょっと楽しそうね……」

 

 

 鎧武のみ、見慣れたオレンジアームズ姿ではなく、鮮やかな赤と左肩のヘタが印象的なイチゴアームズとなっている。

 

 

「そういやイチゴって、ミッチがくれたんだよな」

 

「懐かしいですね。一緒にバロンと戦ったんでしたよね」

 

「これなら身軽で威力も小さめだし……シャアッ! 優しく行くぜぇ!!」

 

 

 専用武器『イチゴクナイ』を両手に掲げ、鎧武は結界に侵入する。

 後に続き、葡萄龍砲を構えた龍玄も行く。

 

 

「さっ! 私たちも行きましょっ!」

 

「はい!」

 

 

 その後ろを、マミとまどかが付いて行く。

 

 全員がいなくなったと同時に、結界の入り口は消滅した。

 ベールに覆われた、いつも通りの駐輪場となる。

 

 

 

 

 

 

「……とうとう現れたわね」

 

 

 静まり返る駐輪場に一つの影。

 そこには憂いを帯びた目をした、暁美ほむらの姿があった。

 斜陽を受け、忌々しげに睨み付けた後、彼女も自身のソウルジェムで結界口を暴く。

 

 

「……絶対に、まどかを……」

 

 

 頼りない夕陽から、人工的でケバケバしい光の中へ入る。

 

 

 

 

 今ここに絋汰、光実、戒斗らアーマードライダーと、マミ、ほむら、まどか、さやかの少女たちが一堂に会する事となった。

 お菓子の世界を舞台に、思念と欲望による一大合戦が勃発する。

 勝鬨をあげるは魔女か、彼らか、彼女らか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………うっ」

 

 

 眩い光と甘い匂いに起こされ、彼は目を覚ます。

 患者用のベッドに寝ていたものの、いるのは病院ではない。

 

 

「……病室? 確か、俺は……!?」

 

 

 呉島貴虎。彼もまた、この合戦の立役者となる。

 ベッドから即座に立ち上がり、チュロスで出来た窓枠から身を乗り出し外を眺める。

 そこは異常な世界。あまりに異様な光景に、自分の精神状態をまず疑ってしまう。

 

 

「なんだ……!? ここは、一体……!?……疲れているのか俺は!?」

 

 

 彼がいるのは、巨大なマフィンの天辺にあるハリボテの病室。

 そこから眼下を見下ろした時、見覚えのある人物を発見した。

 

 

 

「あの姿……確か……!?」

 

 

 

 

 駆紋戒斗……アーマードライダーバロンの姿だった。

 

 

 

Knight of Spear(ナイト・オブ・スピア)〜♪』

 

「はああああッ!!!!」

 

 

 群れなす、キャンディ頭のナースらをバナスピアーで駆逐して行く。

 カクカクと不気味に動く使い魔が束になってかかるも、百戦錬磨の男に敵う訳がない。

 

 突き、殴り付け、蹴飛ばし、気付けば使い魔だったチリクズが残るのみだった。

 

 

「使い魔如きが束になった所で無駄だ!」

 

 

 檄を飛ばし、迷宮を進むバロン。

 そんな彼の脳内に、キュウべえからのテレパシーが届く。

 

 

 

『マミたちも結界に入ったよ。恐らく、君の方が近い位置にいる』

 

「まさに契機か」

 

『ケーキとかけているのかい?』

 

「無駄口を叩くな、案内しろ」

 

 

 彼も彼自身の思惑の為に、まどかの説得に入る。

 後はマミが身の上を話し、彼女の憧れを更に向上させれば良い。

 何が何でも、元の世界に戻る為に。

 

 

 

 

 遠くで雄叫びが聞こえた。

 聞き覚えがあり、虫酸の走る声。

 

 

「……葛葉。やはり、貴様も来ているのか」

 

 

 元の世界が危機の状態に関わらず、魔法少女の遊戯に付き合う絋汰は、今の戒斗にとって腑抜けにしか見えない。

 最悪奴とは、剣を交える事になるかもしれない……と、彼は高を括る。

 

 

 

 

 

「オラオラァァッ!!」

 

「ハッ、ヨッ!」

 

 

 鎧武がクナイを投げると、着弾した使い魔は爆破消滅。近付く者があればクナイで切り刻む、相変わらずの無双っぷり。

 龍玄は空を飛ぶ使い魔を確実に正確に、撃ち落として行く。二人のお陰で、敵の脅威は避けられそうだ。

 

 

「キュウべえからテレパシーが来たわ。グリーフシードはその道の先みたい」

 

「なら、さっさと突っ切っちまうぞミッチ!」

 

「焦っては駄目です、絋汰さん! この結界いつも以上に入り組んでいます。迷ったら元も子もないですよ」

 

 

 この先の道と言われたものの、クッキーの壁が連続する狭い通路だ。

 通路の先が入り組んで見えず、使い魔がひょっこり現れるなんて事も有り得る。慎重に行動するに越した事はない。

 

 

「使い魔の数に結界の規模と……なかなか強力な魔女との相手になりそうね」

 

「だ、大丈夫なんですか、マミさん……?」

 

「へっちゃらよ! 私だって何度も強い魔女と戦って来たんですから!」

 

「そうだぜ、まどか!」

 

 

 鎧武がまどかに近付き、不安がる彼女を激励しようとする。

 

 

「それに俺たちも、一騎当千のアーマードライダー! マミと組めば、どんな敵も怖くないってもんだ!」

 

「でもここだけの話、一回カラスに負けていたり……」

 

「ええ? ウフフ、カラスにですか?」

 

「お、おいミッチ! それだけは言うなコンニャロー!!」

 

「あはは!」

 

 

 後ろの龍玄がマミにこっそり教え、怒った鎧武が彼へヘッドロックを食らわせた。

「痛い痛い!」とバタバタする龍玄、それでもやめない鎧武、おかしくて笑うまどか……状況が状況なのに、そこはとても楽しい空気だった。

 

 

 

 マミは不覚にも、これがずっと続けば良いなと思う。

 

 

 

 

「……そう言えば昨日の約束、話さなくちゃね」

 

 

 彼女の言葉で、場は一旦静まった。

 

 

 

 

 

 

 さやかはキュウべえと、グリーフシードの鎮座する結界の深淵にまさに至ろうとしていた。

 

 

『この先からだ。かなり近いよ』

 

「へっ! ざまーみろバナナ! あたしが先に着いちゃうもんね!」

 

『最悪の場合さやか、願い事を言うんだ。そうすればこの場で、魔法少女にしてあげられるよ』

 

「…………」

 

 

 キュウべえの誘いに、少し彼女は考え込んだ後に語り出す。

 

 

「いざって時は。でもまだ遠慮しとく……あたしにとっても大事な事だから、いい加減な気持ちで決めたくない」

 

 

 心の中に、戒斗が言い放った言葉が木霊している。

 

『お前は自我がない。自我がないから他者に縋り、自分の存在を確認しているだけだ』

 

 彼女はあの時、「それもまた自我だ」と言い切った。

 だが奥底の本心は、ずっとあの言葉を額面通り受け止めてしまっている。

 

 

 果たして自分は本当に、無償のヒーローになりたいのか。

 自分は他者の存在あっての自分ではないのか。

 誰かの恩人になりたいのではないか。

 

 

 

 

「……恩なんかいらない。賞賛もいらない。あたしはあたしの正義を信じるんだ……」

 

 

 それでも心の迷いが消えるまで、彼女は浮かんだ『願い事』を保留しておく。

 中途半端な事だけはしたくなかった。『誰かの助けになりたい』と思うだけに、その想いは強かった。

 

 

 

 

『っ! さやか、隠れて!』

 

「え?……う、うわっと!?」

 

 

 反射的に彼女は、道端の大きなマカロンの陰に身を潜めた。

 

 

 

 そのすぐ後、送電鉄塔ほどはあろう巨大な板チョコを運ぶ、多勢の空飛ぶ使い魔が上空を通る。

 運良く敵はさやかに気付かず、スーッと飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これが私の願いよ」

 

 

 まどか、絋汰、光実でさえも、彼女の話を前に言葉を失う他なかった。

 

 

 数年前、家族と一緒にドライブに出掛けた時……事故に巻き込まれた。

 かなり大規模であり、彼女の乗る車も激しく横転、炎上した。

 

 

 運転席、助手席の両親は即死だった。別の車両がフロントを踏み潰し、圧死。

 

 しかし後部座席にいたマミは奇跡的に死を免れた。

 

 

 だがそれも、歪んだ車に身体を圧迫され、逃げ出す機会はなかった。車は炎上し、焼死も時間の問題。ただ死ぬ時間が延びただけ。

 

 

 霞む視界の先にいたのは、キュウべえだった。

 願いを聴く彼へ、マミは手を伸ばし、気力を振り絞り叫ぶ、願う。

 

 

 

 

『助けて……!』

 

 

 

 魔法少女・巴マミは、そうした悲劇の先で生まれた。

 

 

 

 

 

 

「両親が亡くなったってのは、そう言う事が……」

 

「考える余裕さえなかった……後々になって、みんなを助けてとか、事故を無かった事にしてだとか言えたハズなのに……咄嗟に自分が助かりたいって思ったのね」

 

 

 いつもの先輩然とした彼女とは打って変わり、沈んだ、深い悲しみの表情。

 事故の現場がフラッシュバックしたのか、右腕が震えている。震えを止めようと握ったその左手もまた、震えている。

 

 

 

 絋汰は悟った。

 大人っぽくて、優しくて、自立している彼女もまた、年相応の少女なのだと。

 そして心に抱えた傷を、後悔を、悲しみを、孤独を忘れたいが為に、魔法少女として戦地に降り立って来たのだと。

 

 

 

 全てを忘れたい。忘れたいのなら消してしまうのが得策。

 マミの銃は、そうした破壊願望の現れなのかもしれない。

 

 

 

「……本当は私、怖い。戦うのが怖い。でも過去を振り返れば、もっと怖い……戦わないと、逃げられなかった」

 

「……マミ」

 

「絋汰さん、光実さん……ううん。これは貴女に言っておきたいわ、鹿目さん」

 

 

 俯向きだった顔を上げ、無理矢理作った笑みのまま、まどかを見遣る。

 

 

「だから願い事は、良く決めて。そして戦う事に強い覚悟を持って欲しい」

 

「マミさん……」

 

「……私のように、ならない為にも」

 

 

 絞り出すような言葉。その裏には、自己嫌悪がある。

 絋汰も光実も、どう言葉をかけるべきか迷っていた。

 典型文のような優しい言葉も、果たして彼女の孤独を埋められるのか。彼女の恐怖を溶かしてあげられるのか。

 

 

 

 

「……あの、マミさん!」

 

 

 口を開いたのは、声を出したのは、まどか。

 

 

「マミさんは……!」

 

 

 

 

 

 それが言い切られる事はなかった。

 ふと空を見上げた鎧武が、叫ぶ、飛び込む。

 

 

「まどか、危ないッ!!」

 

「……え?」

 

 

「マミちゃん!!」

 

「……ッ!!」

 

 

 鎧武がまどかを、龍玄がマミを抱え、それぞれ反対の方へ倒れ込む。

 

 

 直後降って来た、巨大な板チョコ。それはビスケットの壁を割り、迷宮を両断した。

 そして上空には、「ざまーみろ」と言わんばかりに踊る、運び手の使い魔たちの群れ。

 

 

「……ハァッ!? このやろ……!! おぉい! マミ! ミッチー!!」

 

 

 起き上がり、向こう側の二人へ声を投げ掛ける。

 すぐに応答は来た。

 

 

「こっちは大丈夫です!」

 

「この高さは飛べねぇな……待ってろ、何とかぶっ壊す!」

 

「絋汰さん、駄目です! この厚さじゃそうそう壊せませんし、グリーフシードを刺激する事になります!!……ここは一度、二手に分かれて進みましょう!」

 

 

 彼の提案は尤もだった。

 ここで合流の為だけにエネルギーを使う訳にはいかない。ならばどちらかが先に行かねばならないだろう。

 

 

「……分かった! まどかと一緒に先に行くぜ!」

 

 

 それだけ告げ、座り込んだまま呆然とするまどかに近付き、手を差し伸べた。

 

 

 

「止まっていても仕方ねぇ。行くぞ、まどか」

 

「は、はいっ……」

 

 

 掴んだ手を引き、まどかを立たせる。

 一気に静まり返ったお菓子の迷宮。波乱の時は、近かった。




『ぼんとリンちゃん』で光実役の高杉真宙さん出演され、「陵辱のティロ・フィナーレ』なる言葉を口走っています。是非。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バロンと鎧武、尋常に勝負!

お菓子の魔女編を終わらせるまで、連続投稿いたします。


 龍玄とマミもまた、先に進む。

 

 

「あの、マミちゃん……」

 

「……すみません、暗い話をしてしまって……」

 

「いや、いいよ。まどかちゃんに良く考える機会を設けられたんだしさ」

 

 

 光実もまた、戦う事を急いでしまった人間だ。マミの気持ちも、自分と同じ境遇を歩ませる心苦しさも分かる。

 だけど今は何も言わず、目的を達成する事に集中しようと考えた。

 

 

「……空に使い魔たちが……」

 

「僕たちの存在に気付いていたようだね……まぁ、結構騒いだから仕方ないけど」

 

「……離れました。今のうちに行きましょう」

 

「うん」

 

 

 分断されてしまったまどかと鎧武と同じく、二人もまた歩き始めた。

 

 

 板チョコの影響で少なからず地形が変化しており、隆起した地面のケーキが活断層のように浮き出ている。

 後はグチャグチャになったお菓子の破片。

 

 傷んだお菓子を見つけてストラッチャーに乗せるナース姿の使い魔が大挙したが、ケーキの断層を利用して身を隠し、何とかその場を凌ぐ事が出来た。不幸中の幸いとはこの事を言うのだろう。

 

 

「少し、先を見てくるよ」

 

「気を付けてください」

 

「ありがと」

 

 

 龍玄は使い魔の有無を確認する為、先導し様子を見に行った。

 

 

 残ったマミは徐に振り返る。その目には、明確な敵意。

 

 

 

 

「……貴女もいたの」

 

「………………」

 

「……暁美さん」

 

 

 パックリ割れたケーキの隙間から、魔法少女姿の暁美ほむらが現れた。

 一歩一歩、確かな足取りでマミの方へと歩み寄る。しかしいつもの、何を考えているのか分からない無感情的な表情とは少し変わり、若干の焦りが見えていた。

 

 

「……貴女もあのチョコレートに巻き込まれたのね。魔法で何とか逃げ切れた訳?」

 

「魔力はセーブしている。孵化をなるべく促進させないように注意は払っているわ」

 

「それで? 私たちと協力したいの?」

 

 

 ほむらは立ち止まり、ジッとマミを見据える。

 

 

「……違う」

 

「はい?」

 

「貴女は手を引きなさい。ここの魔女は、私が狩る」

 

 

 共闘の提案ではなく、単身討伐の願い出だった。

 

 

「勿論、まどかたちの安全も保証する」

 

「だから手を退けっていうの?」

 

「なんなら、グリーフシードも渡したって良い」

 

「その至れり尽くせりな態度が既に怪しいのよ」

 

 

 マミの手が微かに光った。

 それに気が付き、反応をしようとした瞬間には遅い。地面から射出された黄色いリボンがほむらの身体に巻き付き、束縛する。

 

 魔女が必死に抵抗しても、なかなか剥がれない魔法のリボン。魔法少女たる彼女には成す術はない。

 

 

「なっ……!?」

 

「怪我はさせないし、使い魔が近付いて来たら離すようにはするわ」

 

「ほ、解きなさい!! こんな事をやってる場合じゃ……!」

 

 

 踵を返し、マミはその場を後にしようとする。

 龍玄の元へ行こうとする彼女に、ほむらは叫ぶ。

 

 

「今度の魔女は訳が違うッ!!」

 

「関係ない。私が倒すわ」

 

「貴女じゃ倒せない!!」

 

「どう言う理屈でそう言えるのか分からないけれども……」

 

 

 一度立ち止まり、顔を傾ける。

 流し目にほむらを見つめ、冷徹さを馴染ませた微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「……私の居場所を壊すなら、次は容赦しないから」

 

「……愚かなっ……!!」

 

 

 彼女の恨み節を無視し、颯爽と走り去る。

 背後で何度もほむらは説得を試みようと叫ぶが、その声は次第に小さくなって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で別ルートのまどかと鎧武。

 チョコレートの位置より、いち早く離脱した為、使い魔の大群と遭わずに済んでいた。

 そろそろ気分も悪くなってくる程のお菓子の匂いにうんざりしながらも、迷宮を突き進む。

 

 

「えぇと、この道で合ってんのかな?」

 

 

 先へは進んでいるとは思うが、自信はない。兎に角目に映る場所を進もうと取り決め、まどかを守護しながら魔女のグリーフシードを目指す。

 

 

「まどか。俺から離れんなよ」

 

「………………」

 

「……ん? どした?」

 

「あの、絋汰さん」

 

 

 呼び止められ、進行も止める。

 振り向き、まどかの顔を見る。苦しそうな表情だった。

 

 

「おいおい……ど、どうしたんだ?」

 

「すみません……マミさんの話を聞いて、色々と考えたんです」

 

 

 まどかは続ける。

 

 

「前に絋汰さんにも話した通り……私、特技とかも才能とかも、自慢出来る物は無いんです。守られてばかりで、役立たずの自分が嫌だったんです」

 

「……まどか」

 

「だから、魔法少女は憧れで、第一線で戦うマミさんはやっぱり凄いなって…………でも」

 

 

 彼女の脳裏には、寂しそうに、そして恐怖を押し隠そうとするマミの姿が過る。

 

 

 

 

「……もしかしたら魔法少女は……ううん。戦うって、何かを失ってなければ、続けられないんじゃないかって」

 

 

 その言葉に鎧武が……絋汰は思わず息を飲んだ。

 だが彼の動揺は皮肉にも、鎧武としての仮面が隠してしまう。まどかが気付く事はなかった。

 

 

「そしたら自分が何て恵まれていて、幸せなんだって思えて来て……それなのに物足りないって感じていて……」

 

「……じゃあ魔法少女には、ならないのか?」

 

「……私は願い事も覚悟も、本当は持っていないかも……でもやっぱり、このままの私は嫌なんです」

 

 

 真っ直ぐ、澄んだ瞳で鎧武を見る。

 

 まるで目覚めのような、夜明けを灯すような、晴れた笑顔。

 

 

「……マミさんに言いたいです。『もう独りじゃないですよ』って、『誰かの笑顔の為に戦いたい』って……その為なら私、変わる事を受け入れます」

 

 

 それは今も昔も変わらない、絋汰の戦う理由と同じだった。

 彼の方が気付かされた。心の奥底から、感動が溢れた。目の前の少女は今まさに、自己を確立しようとしていた。

 

 

「……俺も昔は、自己顕示欲で戦っていた」

 

「……え?」

 

「でもある日、俺の力は俺だけしか無いんだって気付いた。それからは自分の力を誇示する為じゃなく、守る為、変える為に使おうって決めたんだ!」

 

 

 まどかの肩に優しく手を置き、仮面で笑顔が見えない分、精一杯の明るい声で話した。

 

 

「まどか。お前は立派な魔法少女になれる! お前なら、力を正しく使える!」

 

「……! はい!」

 

 

 気を取り直し先に進もうとした時、彼は腰に装着していたロックシードの光に気付く。

 恐る恐る手に取ると、それは『カチドキロックシード』だった。錆びたような色をしていたそれは、薄く白い光を放っている。

 

 

「カチドキが……!?」

 

「それ、なんですか?」

 

「特別なロックシードなんだけど……まさか、戻った……!?」

 

 

 

 

 そんな希望も虚しく、光は無くなり、元の錆びたカチドキに戻る。

 同時に二人へ向けられた、鋭い声。

 

 

 

 

 

「あれほど俺の考えに渋っていた割に、上手く説得出来ているようだな」

 

 

 

 

 

 崩壊しかけたドーナツのアーチ。

 その下を抜け、姿を現したのはバナナアームの赤き戦士。

 

 

 

 

「……葛葉」

 

 

 

 

 アーマードライダーバロン……駆紋戒斗だ。

 突然の彼の登場に、鎧武は一瞬だけ面食らった。

 

 

「戒斗……!? お前、いたのか!?」

 

「あっ……さやかちゃんの事でいっぱいいっぱいで忘れてた……」

 

「知ってたのかよ!?」

 

「貴様がいる事は大体予想していたが……まぁ良い」

 

 

 

 バロンはまどかの前に近付き、顎を上げながら話しかける。

 

 

「鹿目まどか。お前、魔法少女になりたいのだろ?」

 

「あっ……!! おい、戒斗、お前止めろッ!!」

 

 

 以前話された彼の計画を思い出す。

 魔法少女になる為の願いを使い、元の世界に帰る。その対象がよりによってまどかと言う事実に、鎧武は怒りを露わにした。

 

 

「なんだ? 貴様も魔法少女になる事を勧めていただろ?」

 

「だからって願い事を強制させるのは間違っているッ!!」

 

「こ、絋汰さん? ど、どう言う事ですか……?」

 

 

 困惑し、狼狽、鎧武とバロンへ視線を行ったり来たりさせるまどか。

 止めようとする鎧武だが、バロンは容赦無く、そして呆気なく真実を告げる。

 

 

 

「単刀直入に言う。俺も葛葉もこの世界の人間ではない。お前の願いで、俺たちを元の世界に戻せ」

 

 

 その言葉の意味を理解しきれていないまどかは、呆然と立ち尽くすのみ。

 

 

「この世界の人間じゃない? ま、待ってください、理解出来ない……!」

 

「冗談ではない。この姿も、ロックシードと言う物も、この世界にとっては異質の存在」

 

「戒斗ッ!! いい加減に……!」

 

 

 

 

 バロンに近付き黙らせようと歩み寄る鎧武。

 しかし突如、彼はバナスピアーを胸部装甲に叩きつけ怯ませた。

 

「ぐぁあっ!?」

 

「絋汰さんッ!?」

 

 

 間髪入れず、腹部を突く。

 イチゴアームズ自体が軽い装甲と言う事もあり、鎧武は容易く吹き飛ぶ。

 

 

「酷い……!」

 

「こいつが必死になっている事が何よりの証拠だ。所謂、パラレルワールドの存在……おかしいと思わないか? 何故こうも、短期的に同じベルトを持つ存在が街に現れたのか……」

 

 

 地面に伏す鎧武をそのままに、バロンはまどかへと足を進める。

 近付き、彼の存在が大きくなるほど、威圧感は増す。仮面で素顔は見えないのに、その下にある燃えるような目に睨まれている感覚もする。

 

 

 この男は容赦なく鎧武を斬った。その事実だけで、矮小で力の無い少女の足は竦む。

 

 

「それは俺たちが、一斉にこの世界へ招かれたからだ。元の世界に戻る術はない……ただ一つを除いてな」

 

 

 眼前に立ったバロンが、まどかを見下す。

 

 

「魔法少女のシステムは、唯一の術。でなければ、戸籍もなにも持たない俺たちは野垂れ死ぬしか未来はない」

 

「本当、なんですか……!?」

 

「この状況で嘘を言う必要はない。仮に嘘だとした所で、願いの効力が適用されないだけだ」

 

 

 混乱し、震えるまどか。まだ様々な事を決め兼ねている様子。

 そこへ彼は、決定打を口にした。

 

 

 

 

 

「……誰かの役に立ちたいのだろ?」

 

 

 悪魔の声は囁く。

 そうだ、自分は変わるんだ。誰かの為に力を使える人になるんだ。マミのように、さやかのように。

 どうせ願いがないのなら、魔法少女になる事が願いならば、誰かの願いを叶えてあげても…………

 

 

 

 

「……! ぐぅ!」

 

 

 横から飛んで来たイチゴクナイを、寸前で弾く。

 片膝をついた状態ながら、怒気に満ちた鎧武。バロンと再び視線を合わし、まどかの心を引き摺り出した。

 

 

 弾かれたクナイは、ドーナツアーチに衝突。

 柔いドーナツはいとも簡単に崩れ、破片と甘い匂いを辺りに散布させる。

 

 

「絋汰さん……!」

 

「……葛葉、貴様は腑抜けだ! お前も元の世界に戻らねばならないのだろ!! この世界に意味は無いッ!!」

 

「意味はある……!!」

 

「なに?」

 

 

 彼はとうとう、両足で立つ。ダメージが残っているのか、多少ふらついていた。だがそれでも、しっかり二本の足で立つ。

 クナイを両手に構え、武者震いによる鎧の軋みを響かせながら。

 

 

「マミは深い孤独を抱えてんだ!! さやかも、まだ自分を見付け切れていねぇ!! そうなった人間がどうなっちまったのか、俺は知っているッ!! 大人が傍にいるべきなんだ!!」

 

 

 脳裏に光実の姿が映る。

 自分が彼の孤独に気付かなかったばかりに、間違いをさせてしまった。

 真に彼を信じなかったから、悲惨の末を迎えさせてしまった。

 今だって信じてやれず、過去の光実に未来を伝えていない。傲慢だ。

 

 

「だから何だと言うッ!! この世界に来てまで甘ったれた事をッ!! そんな奴は弱者だ、捨て置けッ!!!!」

 

「捨てられるかよッ!!!!」

 

 

 彼の檄が轟く。

 

 

「まだあいつらは子どもなんだ……! 導いてやりたい、見届けてやりたい……! そうしなければ、俺は元の世界に戻ったとしても後悔する……だからこそッ!!」

 

「……やるつもりか」

 

「利用するなんざ…………ぜってぇに許さねぇッ!!!!」

 

 

 イチゴクナイを構え、鎧武は……絋汰は、戒斗に突っ込んだ。

 身構えていたとは言え高速突撃の衝撃は受け止め切れず、後方へ二人は転がる。

 

 

「あっ……! ふ、二人が……!」

 

 

 まどかから離れた二人は、完全に箍が外れる。

 

 

「ウガァッ!!」

 

 

 立ち上がったと同時にバナスピアーを叩き込み、絋汰を離す。

 しかしそれで食い下がる彼ではない。攻撃後の隙を突き、懐に潜り込みクナイで掻っ切る。

 

 

「ウラァァァッ!!」

 

「ぐぅう!?」

 

 一度入り込めば手数の多さで押し切るのみ。

 乱れるように斬り刻み、戒斗を一歩一歩後に引かせた。

 

 

 それを甘んじて受け入れるほど、彼は弱くない。

 

 

「貴様ッ……舐めるなぁぁぁぁあッッ!!!!」

 

 

 スピアーを短く持ち、クナイを防御。

 そのまま速攻で鍔迫り合いを制し、空いた絋汰の脇腹へ渾身の一撃を放つ。

 

 

「あぁッ!?」

 

 

 吹き飛び、お菓子の中へ転がり回る絋汰。

 しかし彼はただでは倒れない。

 

 

 

 

『オレンジ・アームズ!』

『花道・オン・ステージ!』

 

 

 

 粉塵を斬り払い、鎧武はオレンジの姿に。吹き飛ぶ最中、ロックシードを取り替えた。

 

 

「はぁぁぁぁああッ!!」

 

 

 大橙丸を構えたまま、バナスピアーと再び鍔迫り合い。

 しかし今度は軽いクナイではない。次は絋汰が制し、戒斗の胸部装甲を袈裟斬り。

 

 

「ッああ!?」

 

「戒斗ぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

 

 身体を大きく捻り、回転斬り。

 重厚な一撃を受けた戒斗は敢え無く吹っ飛ばされ、地面を這う。

 

 

「チィッ!……やはり葛葉絋汰、一筋縄ではいかない奴ッ!!」

 

「立てよ戒斗ッ!! まだまどかを誑かすってんなら斬り足りねぇぞッ!!」

 

「勝ち誇るなぁぁぁッ!!!!」

 

 

 鎧武とバロン、絋汰と戒斗。雌雄を決する一騎打ち。

 二人はそれぞれの武器を掲げ、同時に走り出した。

 

 

 

 

「もうやめてぇ!!」

 

 

 悲痛な叫びと、二人の間に飛び込もうとする影。

 そんなまどかの存在に気付き、やっと彼らは動きを止めた。

 

 

「元の世界に帰りたいなら、私が願います! だからもう……傷付け合わないで……!!」

 

 

 子鹿のように震える彼女は、大粒の涙を流していた。

 彼女は本気で彼らの戦いを嘆き、心を痛めている。その様子を見た絋汰は我に返り、武器を下ろした。

 

 

「まどか……?」

 

「……フン」

 

 

 戦意を無くした者と戦うなど、戒斗の主義に反する。

 彼も構えを崩し、戦闘を放棄した。

 

 

「それで良い。なるべく早く契約を結ぶんだな」

 

「………………」

 

「……おい、まどか! その必要はないんだ!?」

 

 

 思わず駆け寄り、まどかへ説得をする。

 涙の溢れる目を擦りながら、震える声で縷々語る。

 

 

「これで喧嘩が止まるなら……」

 

「マミも言っていたろ? もっと、じっくり考えなきゃいけない……!」

 

「……良いんです。私は魔法少女になる事が願いのようなモノなんですから……持て余すなら、誰かの為に……」

 

「葛葉。前に貴様が言っていた通り、これは本人の意思だ」

 

 

 戒斗の傲慢な物言いに、また絋汰はかかろうとする。

 しかしそれは、まどかの悲しみを感じ取った事で、思い留まった。

 

 

「…… それでも……俺は……」

 

 

 

 

 途端、頭の中にキュウべえの叫びが轟く。

 それは絋汰のみならず、まどかも戒斗も同様だった。

 

 

 

『早く!! 魔女が孵化するよッ!!』

 

 

 

 報告を聞き、三人は急いで魔女の広間を再び目指し出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縛られた状態のまま跪くほむら。

 奥の方で、膨大な魔力を感知した。恐らく魔女が孵化を始めたのだろう。

 この時点で彼女は諦めていた。もうどうにもならないと、諦観を滲ませた。

 遣る瀬無さからか、それとも哀悼か、頭を下げて現状の自分を恥じる。

 

 

 もう、こうなって以上、何も出来ない。

 

 

 

 

「き、君は、あの時の……!!」

 

 

 

 背後から男の声が投げかけられた。

 首を一生懸命回し、その人物を視界に収める。

 

 

 

 

 上着のない、シャツ姿の男。顔に見覚えがあった、自分が以前怪我を癒した、見知らぬ男。

 唐突な再会、そして有り得ざる場所での再会。お互いにあの人物なのかと、一瞬疑ったほどだ。

 

 

 呉島貴虎は、暁美ほむらと再会した。

 

 

「貴方は……! お願い、これを解いてッ!!」

 

「それは?……いや、疑問よりも……解くんだな」

 

 

 颯爽と近寄り、リボンを手にかかる。

 だが魔女を固定するほどの代物。大人の男の力とは言え、ビクともしない。

 

 

「ぐぅう……! 無理だ……! 何か、斬る物は……!?」

 

「……ちょっと待って」

 

 

 彼女の腕に付いていた、砂時計の嵌め込まれた盾。

 それを何度か揺すると、物理法則を無視して、明らかに盾より大きな物が飛び出した。

 

 

 日本刀。レプリカではない、本物だ。スラリと続く白刃が証明している。

 

 

「……もっと手軽な物はなかったのか?」

 

「スイスアーミーナイフじゃ斬れないわ!」

 

「……またマイナーな物を……」

 

 

 これしかないと言われたのなら、これしか無いのだろう。

 貴虎は日本刀を握る。刃に映る自分を見た時、とても懐かしい気分になれた。

 

 

 

「すぐに取り掛かろう」

 

 

 彼はやけに手慣れた持ち方で日本刀を握り、これまた見事な太刀筋でリボンの根元を斬って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホイップクリームが囲む広間に辿り着いたのは、マミと龍玄。

 マカロンの傍で隠れるさやかを発見した。

 

 

「美樹さん! キュウべえ! 怪我はない!?」

 

「マミさん!! 大丈夫です……って、え? こ、絋汰さんじゃない?」

 

 

 アーマードライダー龍玄としての姿は、さやかは初めてだ。

 

 

「一回顔は合わせたっけ?」

 

「聞き覚えのある声……あっ! 絋汰さんと禁断の愛の人!!」

 

「いや、その覚え方はないでしょ……」

 

 

 悠長に再会を喜ぶ彼らに、キュウべえは忠告する。

 

 

『マミ! そろそろ孵化するよ! グリーフシードはあそこだ!!』

 

 

 

 

 

 

 広間の中心に据えられた、高い高い塔と椅子。

 塔はテーブルで、チョコンと乗ったケーキ。その手前の椅子の上に、それはあった。

 どす黒く、根をはる葛のように空間へ黒い芽を広げるグリーフシード。

 

 とうとう、割れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               Ⅳ

         【Charlotte は お菓子の魔女】

     CHARLOTTE シャルロッテ しゃるろって

 

      タルト            ゼリー

    イチゴのケーキ        ミルクのプリン

   チョコチョコチョコ      サトウサトウサトウ

  あれもほしいこれもほしい  どれもほしいぜんぶほしい

 すべてほしいなにもかもほしい あなたがほしいいまほしいの

あいされたいあいがほしいかまってほしいきづいてほしいはなして

どこにあるのそこにあるのどれにあるのなにがあるのなかにあるの

じらさないでこんどっていわないでおこらないでむししないですぐ

いいこわるいこいいこでわるいこわるいこいいこいいこのわるいこ

 あまいあまいのとんでゆけにがいにがいのあっちいけあっちいけ

  ぜんぶほしいたべたいのみたいさわりたいききたいほしいの

   ほんとうにほしいのはなに?さんたさんはくれないの?

    なにがほしい?あいされたいの?なきたくないの?

     ぜんぶってどこまではてはないのどこまでよ

      だからほしいのはなんなのきづいてよ?

       クリームケーキチョコクッキーアメ

        ミルクゼリーミックスジュース

         タルトプリンコンペイトウ

           サトウとコウチャ

            ほしいのは?

             チーズ

              !

 

     しゃるろって シャルロッテ CHARLOTTE

        【女魔の子菓お は ettolrahC】

               Ⅳ

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魅惑の酸い〜つ!?解禁、ジンバーレモン!

 椅子にちょこんと座り、無表情でこちらを見下ろす。

 女児が抱いて眠るような小さなぬいぐるみのようだ。

 ブカブカの袖をだらりと座席より垂らし、ぼんやり。

 それはマミたちを見ているのか、眼前にあるケーキを眺めているのか。

 

 

「あれ、魔女?」

 

「なんか、可愛らしいっすね」

 

「見た目で騙されちゃ駄目よ」

 

 

 お菓子の魔女はこれまで見た魔女たちより、幾分か人間に近く、マスコットキャラクターじみた雰囲気があった。

 しかし狡猾で残虐な性質は、今までの存在と何ら変わらない。

 フラッと腕を掲げると、配下の使い魔たちが龍玄とマミの前に立ちはだかる。

 

 

『さやか、君は隠れていよう。だが窮地の時は契約してね』

 

「じゃあ、マミさんとお兄さん、お願いします!」

 

 

 さやかの離脱を見届けた後、マミはソウルジェムを、龍玄はもう一つのロックシードを掲げる。

 

 

「使い魔を直線で切り拓くよ! 道が出来たら、魔女へ!」

 

「お願いします、光実さん!」

 

 

 マミのソウルジェムは輝きを放ち、彼女を包む。

 同時に龍玄も、ロックシードの錠を外す。

 

 

『キウイ!』

 

 

 ソケットのブドウロックシードと入れ替え、鎧を変える。

 

 

『LOCK・ON!』

 

『ハイーッ!』

 

『キウイ・アームズ!』

 

(げき)(りん)! (セイ)()()ッ!』

 

 

 弦楽器と銅鑼の音と共に、龍玄はキウイを模したキウイアームズとなる。

 銃だった武器も変わり、二枚の乾坤圏『キウイ撃輪』を構えた。鋭い刃をぎらつかせ、前に突き出した。

 

 

「おぉっ!? キウイになった!?」

 

『形態を変えられるようだね。ロックシードの変更でスタイルに富んだ戦闘が可能みたいだ。本当に興味深いよ!』

 

 

 マミも変身を完了し、銃を構える。

 使い魔の集団がとうとう攻撃を開始。先陣を切ったのは、龍玄だ。

 

 

「はぁっ!!」

 

 

 乾坤圏を使い魔相手に振り回す。

 車輪のような形状である事を利用し、その攻撃はまるで舞を舞うかの如く。

 斬る、回る、振る、突き刺す、どんな動きをしても彼の刃は使い魔に直撃し、裂いた。

 

 

「おっと!?」

 

 

 それでも数の多さに押されてしまう。

 彼の攻撃を抜け、飛びかかる一匹。

 

 

 しかし龍玄に一矢報いる事は出来ない。マミの撃った魔法弾を受け、敢え無く消滅。

 

 

「気を付けてください!」

 

「凄い……! ありがとう!」

 

 

 マミのアシストと龍玄の猛攻。使い魔たちは次第に押されて行く。

 

 

「一気に行くよ!!」

 

『キウイ・オーレ!』

 

 

 ロックシードを二度カッティング。

 龍玄に緑色のエネルギーが満ち始め、キウイ撃輪に纏わりつく。

 エネルギーの充填を確認した彼は、身体を大きく捻り、振り回す。

 

 

「はぁぁぁッ!!」

 

 

 振られたキウイ撃輪よりキウイ型のエネルギーが幾多に乖離し、不規則な軌道を描いて使い魔らに降り注ぐ。

 避けようのない複雑な軌道。直撃と同時に、しめやかに爆散。

 

 

 立ち塞がった使い魔たちの軍に、魔女への突破口を開く。

 

 

「マミちゃんッ!!」

 

「ありがとうございます!!」

 

 

 龍玄を飛び越え、海を割るかのように開いた突破口を脅威のスピードで走り抜ける。

 途中それでもマミに食いつこうとする使い魔もいたが、袖口、背中、足から出現したマスケット銃に撃ち抜かれた。

 

 

 とうとう群れを抜け、魔女の鎮座する椅子の下。

 椅子の足は高く、遥か上空にいる彼女に向け、マミは一斉射撃を敢行。

 

 

 

 

「ふっ!」

 

 

 マミを中心に、まるで花を咲かすかのように地面からマスケット銃が発生。

 その一本一本を手に取り、撃つ、撃つ、撃つ。

 

 

 マスケット銃の性質上、単発。しかし多くをかなりの速度で撃ち続ける事により、濃厚な弾幕を展開。

 黄金の光弾は真っ直ぐ中心に、魔女にかかる。

 

 

「うわぁ、綺麗……!」

 

 

 さやかがそう漏らすのも無理はない。

 遠目から見れば、流星群が空へ昇って行くように見えた。

 

 

 

 

 しかし魔女は見た目通り、小さく身軽な身体を持っていた。

 ふわりと浮遊し、弾と弾の微妙な隙間を縫って即座に回避。単発ならば兎も角、あれだけの弾幕を抜ける辺り、かなり能力の高い魔女だと気付かされる。

 

 

「早い……!」

 

 

 機動力の高さはマミにとっても、驚嘆に値した。

 そも、マミとお菓子の魔女との間にはかなりの距離がある。どれほど弾幕を張ろうが、距離によるインターバルが回避の余裕を与えてしまっている。それは銃弾にせよ、拘束リボンにせよ適用される。

 近付かなくてはならないものの、縦横無尽に飛び回る魔女をどう捕らえたものか。

 

 

 

 

「マミちゃんッ!!」

 

『キウイ・スカッシュ!』

 

 

 使い魔と戦う合間に、龍玄は一枚のキウイ撃輪を魔女目掛けて投げ飛ばす。

 

 オーラを纏いながら高速回転し、大きな弧を描きながら魔女に向かう。

 

 

 だが弾幕さえ抜けた彼女が、かなりの速度とは言えマミより遠い距離から来たそれを避けられない訳がない。

 身体を揺す振りながら、余裕でキウイ撃輪の軌道線上から離れる。

 

 

「撃って!!」

 

「クレー射撃ね!!」

 

 

 マミは即座にしゃがみ込み、銃を固定させるように構えてから引き金を引く。

 魔女が避け、キウイ撃輪がその横を抜けようかとした時、弾は撃輪に見事命中。

 その衝撃によって軌道は上向きに変わり、魔女の避けた先へ。

 

 

 軌道が変わった位置と魔女との間に距離は殆どない。

 不意打ちのような二人の連携。流石の魔女も反応する事が出来ず、マミによって軌道修正された龍玄のキウイ撃輪を食らう。

 

 

「ナイスヒット!!」

 

「ナイスアシスト!!」

 

 

 それでも何とか身を捩り、頭部両断は避けられた。

 しかし右半身が切断され、動揺でもしたのか落下する。

 

 

「お出ましなのに、早速ご退場願うわよ!」

 

 

 マミは左手を掲げると、裾下より一本のリボンが射出。

 落下中の魔女へ上手く絡まり、とうとう拘束に成功した。

 

 

「ドウドウ!……大人しくしていなさいッ!!」

 

 

 それでも暴れる魔女だが、マミは椅子の足へ彼女を引っ張り上げた。

 椅子に当たったと同時に魔女に巻き付けたリボンは椅子の足にも巻き付き、完全に固定。磔となる。

 

 

 

 

「これで終わりよ!」

 

 

 マミを銃口を向ける。

 魔女との距離、ほんの五メートル。絶対に外さない位置。

 トドメの一撃の、引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、切れたぞ!」

 

 

 ほむらから受け取った日本刀で、彼女に纏わりついていたリボンを全て切除する。

 

 

「君は一体、何者で…………ッ!?」

 

 

 身体が自由になったと同時だった。目の前にいたハズのほむらが突然消滅した。

 見渡した時、なんと彼女は遠い位置を走っている。瞬間移動だ。

 

 

「あんな場所に……一瞬だと!?」

 

 

 それからはまるで、ビデオのコマ送りのように彼女は明滅を繰り返し、その度に遠く遠くへ消えて行く。

 異常な光景、有り得ない能力。貴虎は面食らうものの、ほむらを追う事に決めた。

 

 

「……オーバーロードではないにせよ、特殊な力を持っている事は確かなようだな」

 

 

 日本刀を再度握り締め、お菓子の道を走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てがスローモーション。

 マミに迫る巨大な影。

 撃ち抜かれ、沈黙したハズの魔女……の、抜け殻。

 

 

 小さな人形のような魔女の口から現れた、本体。

 まるで切り分ける前のロールケーキのような身体。その黒い身体を伸ばし、白い顔には場違いなほど明るい笑顔を貼り付けている。

 

 

 口はガパッと開かれていた。ギザギザの鋭い歯はギロチン。

 それは子供が幸せそうに大きなお菓子を頬張ろうと、幸せそうに頑張って口を開けようとしているかのようだ。

 

 

 何を食べようとしているのかと言えば、マミの頭。

 魔女は、彼女にかぶりつこうと、眼前に迫っていた。

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 引き金は引いた、マスケット銃は単発式、二発目はない。

 魔女とマミの距離は二メートル、回避のインターバルさえない。

 二機目の銃を召喚するにも、隙なんか与えてもらえない。

 

 差し迫る歯、舌、口蓋垂。

 使い魔に集中している龍玄、まだ気付いていない。

 マミ、なす術はない。

 

 

 魔女の口が、閉じ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「マミぃーーッ!!!!」

 

 

 響く絋汰の叫び。

 横から現れた彼がマミを押し出し、魔女の口から逃れさせる。

 

 

 

 

『オレンジ・スパーキング!』

 

 

 鎧武に魔女が噛み付こうとした刹那、彼の鎧が頭部に畳まれる。

 元のオレンジ型に戻ったそれを、ガブッと噛んだ。

 勿論、噛み千切れるハズはない。魔女は鎧を噛んだまま、停止する。

 

 

「絋汰さん!?」

 

「うおおおおおおおお!!!!」

 

 

 

 魔女が状況を把握しようとする前に、頭部の鎧が急速回転。

 噛み付いたままの歯と歯に火花を散らせながら、削り取る。これには魔女も敵わない。

 

 

「お、お兄さん!? 後ろ!! 後ろ!!」

 

「え?……えぇ!? なにあれ……絋汰さん!?」

 

 

 驚くさやかと龍玄を他所に、回転する鎧を押し付け魔女を押し込む鎧武。

 

 

 

 

 

「食らっとけぇぇぇッッ!!」

 

 

 

 ロックシードの錠が外れると、鎧はミサイルのように射出された。

 それは魔女の口内に突っ込み、彼女を弾き飛ばす。カートゥーン調の涙を流しながら、魔女は後ろへ飛び、地面に落ちた。

 

 

 

「絋汰さん!? マミさん!?」

 

「無茶をする奴だ……」

 

 

 バロンが魔女を警戒する内に、まどかはマミの元へ走り寄る。

 マミはその場にへたり込みながら、茫然自失と言った状態だ。放心したまままどかと、アンダースーツ状態の鎧武を見る。

 

 

「大丈夫か、マミ!?」

 

「か、鹿目さん……絋汰さん……? なにが……魔女が、魔女に、食べられかけて……!?」

 

 

 ブルブルと震える手。

 隠して来た恐怖が、もう抑えきれないほどに噴出した。

 奥歯がガチガチと鳴り、表情は無いのに涙が溢れる。脳裏には魔女の凶悪な歯が現れ、消えない。

 

 

 

 その手を、まどかはギュっと握る。

 

 

 

 

「マミさん」

 

「…………鹿目、さん?」

 

「……独りなんかじゃ、ないんですよ……」

 

 

 

 

 

 まどかの言葉も、遠くの地響きで掻き消されてしまう。

 目を回す魔女が、のろのろと起き上がったからだ。

 

 

 構えるバロンの隣に、使い魔を倒し切った龍玄も合流する。

 

 

「あ、あれが本体だったのか……!?」

 

「……貴様も来ていたのか」

 

「……え? あ、戒斗さん、ですよね? 本当に来てた……」

 

 

 何気にこの世界で初顔合わせの二人。

 そんな二人を抜けて、鎧無装着状態の鎧武が更に前に立つ。

 

 

 

 

「ミッチ! まどかとマミを頼む! あいつは俺が倒すッ!!」

 

「魔女は張り合いのない連中だが……奴は骨がありそうだな。俺が倒す」

 

 

 

 鎧武、バロンが並び立つ。先程まで互いに争い、刃を交えた二人だが、共通の敵を前に私情は挟まない。

 

 

「さっきまで喧嘩していたのに……」

 

「分かりました絋汰さん!……立てる? マミちゃん」

 

「うぅ……すみません……光実さん……」

 

 

 マミを立たせ、まどかとその場を離脱する龍玄。

 気を取り直した魔女が、頰を膨らませて怒った表情で二人を睨む。

 ポップなデザインで可愛らしい魔女、しかし獲物を食らわんとする凶暴な生物である事には変わりない。一瞬の油断もしない。

 

 

 

 

 

「おい戒斗!! 俺はやっぱり、まどかの願いを使うのは反対だ!!」

 

「この状況でも言うか。場を弁えろ、目の前の敵に集中しろ」

 

「……だから戒斗。お前に力を見せ付ける為に……俺はこいつを、解禁する!」

 

「……なに?」

 

 

 鎧武は戦極ドライバー左部の、自身の横顔が描かれたプレートを取り外す。

 

 

 空いたその箇所へ嵌め込まれた物は、『ゲネシスコア』。

 

 

「貴様、それは次世代機の……!?」

 

「お前ん所の時間じゃ、見せるのは初めてだよなぁ戒斗」

 

 

 次に取り出した物は、『レモンエナジーロックシード』。

 オレンジロックシードが正位置にある状態で、ゲネシスコアのソケットにそれをセットする。

 

 

 

『レモン・エナジー!』

 

『LOCK・ON!』

 

 

 

 空に二つ発生したクラック。

 一つはオレンジ、もう一つは『レモン』。

 

 

 

『ソイヤッ!』

 

 

 カッティングブレードを落とすと、その二つの鎧は鎧武の上で、一つに混ざり合う。

 

 

 

 

『MIX!!』

 

『オレンジアームズ!!』

 

『花道・オン・ステージ!!』

 

 

 黒と銀を基調とした、重厚さと優雅さを感じさせる鎧。

 それは頭にセットされると、ゆっくりと展開する。

 

 

 

 

 

『ジンバぁあ〜、レモン!』

 

『ハハァーッ!』

 

 

 陣羽織と鎧が合体したかのような姿。見慣れた、フルーツをモチーフにしたであろうデザインは輪切りのレモン模様のみに留められた、正統派とも言える雅やかで強固な姿。

 これこそが次世代機『ゲネシスドライバー』の力を得た鎧武、『ジンバーレモンアームズ』。

 

 

 通常状態でも事足りており、使用を控えていたジンバーレモンを……戒斗への一つの宣戦布告として解禁した。

 まどかたちを守る意思を明確に表明する為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、二つ!? 二つ出て来て……え!? 一つになった!?」

 

『これには何も言えないよ。なんて拡張性なんだ』

 

 

 さやかとキュウべえのいる場所に、マミたちを連れた龍玄がやって来る。

 まどかとさやか、親友の二人はやっと再会出来た。

 

 

「さやかちゃん!! 怪我はない!?」

 

「平気だけど……マミさん、大丈夫ですか!?」

 

「……えぇ。心配かけたわ」

 

「でも、ウカウカしてられないよ……!」

 

 

 再び使い魔が広場へ集結を始める。

 四方八方からゾロゾロ顔を出し、さっさと離脱しなければ取り囲まれてしまいかねない。

 

 

「マミちゃん、戦える?」

 

「……はい。大丈夫です」

 

 

 キウイ撃輪を構える龍玄、マスケット銃を向けるマミ。使い魔は彼らを排除しようと、襲い掛かる。

 

 

「まどかちゃん、さやかちゃん! 僕らの後ろにいて!! マミちゃん、行くよ!!」

 

 

 

「その必要はないわ」

 

「……え?」

 

 

 

 途端、蜂の巣となり消滅する、使い魔たち。

 何が起きたのかを確認するより前に、迫りつつあった使い魔の群れを爆炎が包む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後であがる爆発を前に立つ、鎧武とバロン。だがそれに気を取られる余裕はない。

 二人の様子を伺うように浮遊していた魔女だが、ペロッと舌を出し、大口開けて突撃。

 

 

「……良いだろう。貴様の力……意思とやら、見せてみろ」

 

「……さぁ! ここからが俺のステージだッ!!」

 

 

 バロンはバナスピアーを、鎧武は『ソニックアロー』を掲げ、迫るお菓子の魔女を迎え討つ。

 甘味の世界での一大合戦は、最終局面へと向かう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

認める甘さ、苦渋と辛酸

 魔女が鎧武とバロンに接触する。

 だが二人は食べられない。互いに身を翻し、魔女の両側より抜ける。

 

 

「ハァァアッ!!」

 

「ウラァッ!!」

 

 

 挟み込みようにして、ソニックアローとバナスピアーを横腹に叩き込む。

 魔女は痛がるように身体を捩り、顔面で地面を滑る。

 

 それでもしぶとく態勢を整え直し、今度は空高く舞い上がった。

 

 

「降ろしてやるぜ!!」

 

 

 ソニックアローを構え、弦を引っ張る。

 スコープの標準を魔女に合わせながら持ち上げ、電子的な音と共に藤頭にエネルギーが集中。

 

 

 上空で気を伺うお菓子の魔女。

 弦を離し、光矢を発射。小さな身体では楽々避けていた彼女も、今の巨体では難しいだろう。

 矢は直撃と同時に爆発し、その衝撃により魔女は目を回しながら落下。

 

 

 

 

 その下で待ち構えるは、バロン。

 

 

「槍より、こっちの方が適任か」

 

 

 即座に彼は、バナナロックシードを『マンゴーロックシード』に取り替える。

 

 

 

 

『マンゴー・アームズ!』

 

Fight of Hammer(ファイト・オブ・ハンマ)〜♪』

 

 

 バロンの鎧が入れ替わり、闘牛のように垂れ下がった大角と優雅なマントの『マンゴーアームズ』に変化。

 切り込みを入れたマンゴー果肉を模したメイス『マンゴパニッシャー』。

 

 

「ッシャアァ!!」

 

 

 大きくそれを振り被り、降ってきた魔女を殴り付ける。

 

 下へ降ったのに今度は水平に吹き飛ばされる。

 ドーナツやマカロンと言ったお菓子を巻き込みながら、彼女は墜落した。

 

 

「ハァァアアッ!!!!」

 

 

 突撃する鎧武。

 集結し、立ち塞がる使い魔たちだが、ジンバーレモンアームズの前ではあまりにも無力。

 

 

「邪魔すんなぁ!!」

 

 

 ソニックアローを上空に向け、即座に矢を発射させる。

 矢は使い魔たちの真上で破裂し、小さな光矢をとなって雨のように降り注ぐ。

 飲まれた使い魔らはたちまち平伏し、鎧武が突破した後に四散する。

 

 

 

 言えども、魔女は敵を受け入れる気など更々ない。

 

 

「うおっ!?」

 

 

 すぐ噛み付くのを辞め、身体を旋回させ、尻尾で攻撃。

 空気を裂く音を響かせながら、太い丸太のような尻尾が鎧武に迫った。

 

 

 

 

『マンゴー・オーレッ!』

 

 

 鎧武の頭部を高速で飛ぶ、エネルギー体。

 それはバロンが投げた、マンゴパニッシャーだ。

 オーラを帯びたマンゴパニッシャーは鎧武を迎え討つ魔女の尻尾に命中。彼へ直撃する事なく、巨大なマンゴーのオーラを纏い重力の増したメイスで、埋め込まれるように地中へ刺さる。

 

 

「それぐらい予想しろ!」

 

「くぅぅ! いけすかねぇ! こっちも本気を出してやる!」

 

 

 武器が手を離れ、多少身軽になったバロンが鎧武を追い抜く。

 彼は尻尾を磔にしていたマンゴパニッシャーの柄を握ると、それを軸として身体を浮かす。

 

 

「おおおおぉぉ……ハァァアァアァアッ!!!!」

 

 

 一回転し、地面に足が付いたと同時に、遠心力を利用して引き抜き、間髪入れず当惑表情の魔女の顔面を殴った。

 

 

 

 

 

「トドメだッ!!」

 

 

 歪められた顔で、宙に浮かされる魔女。

 真下に付いた鎧武はレモンエナジーロックシードを、ソニックアローのソケットへセットした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し前、光実たちの方。

 辺りが焦げた臭いで充満する中、目の前に突然現れた暁美ほむらへ、全員が釘付けにされる。

 

 自分たちより、遠くにいる彼女。硝煙を背景に立つ彼女は、何処と無く超越者じみた雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

 

「あ、暁美ほむら……!」

 

 

 光実ではなく、彼女はマミを見据えていた。

 その目には優越感だとか、憎悪の感情は全くない。無関心、呆気と言った、虚に近いものだった。

 

 

「……私は忠告をした」

 

 

 遠く、魔女と戦闘中の鎧武とバロンを眺める。

 バロンのマンゴパニッシャーが宙を舞っていた最中だった。こちらから手出しせずとも、彼らは魔女を倒すだろう。

 

 

「彼らがいなければ、弱い貴女なら間違いなく死んでいたわ。巴マミ」

 

 

 裁判官のように、淡々と事実を述べるだけ。感情はなく、客観的な事実。やはり光実からして、歳不相応な理性の強さだった。

 だがその態度は、さやかにとっては傲慢に見えたのだろう。抱いていたキュウべぇをまどかに押し付け、ほむらに詰め寄る。

 

 

「マミさんは弱くない! 今だって銃を構えて戦おうとしていたじゃん!!」

 

「本当にそうかしら?」

 

「なに……!?」

 

 

 光実たちから離れた時、マフィンの裏から出現した使い魔。さやかに襲いかかる。

 

 

「うわぁ!? どっから出てくんのぉ!?」

 

「さやかちゃんっ!?」

 

「マミちゃん、撃って……」

 

 

 

 だが、使い魔は突如として横一文字に真っ二つとなり、散々となった。

 その後ろに立つは、日本刀を構えた男。

 

 

「…………え……!?」

 

「……こんな状況で、警戒は怠るもんじゃない」

 

 

 残心。

 ゆったりと構えを解いて行き、落とした腰を上げ、彼は垂直に立つ。

 見窄らしい格好に見えたが、異様な覇気が彼の質を高めているように思える。気高く、純粋な気質が、鋭い目と厳しい表情から伺えた。

 

 

 

 

 一番近くにいるさやかよりも、初めて顔を知ったまどかやマミよりも……一番彼の姿に狼狽えていたのは光実だった。

 構えていたハズの腕はダラリと下がり、衝撃からか感動からかは分からないものの、身体が無意識に震えていた。

 

 

 ここで出会うハズはないと思っていた人物。

 それは男の方も同様だった。彼もまた龍玄の姿の光実だけを見ていた。

 

 

 

 厳しかった表情が、ふっと緩んだ。

 

 

「……光実……お前なんだな」

 

「兄さん……?」

 

 

 遠く、閃光と酸味の強い匂いが、全てを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレンジロックシードをカッティング。

 

 

『オレンジ・スカッシュ!』

 

 

 お菓子の魔女へ標準を合わせたソニックアロー。

 一直線に、輪切りのオレンジとレモンのエネルギーが交互に出現し、魔女への攻撃経路を示した。

 甘さのない、酸っぱいフルーツ。眼前に広がるレモンを、ただ彼女は眺めるしかなかった。

 

 

 

『レモン・エナジー!』

 

 

 

 

 弦を手放し、エネルギー矢を発射。

 尖り切り、鋭く伸びた矢は超速で飛ばされ、オレンジとレモンを貫く。

 貫く度に更にエネルギーは増大し、最後のレモンを抜けた時には、恐怖的な破壊力を孕んでいた。

 

 

 

 その、無比の一撃が、魔女の鼻先に叩き込まれる。

 一瞬身体を潰した魔女は、流し込まれたエネルギーが内部で放電したかのように、膨れ上がり爆発した。

 

 

 激しい爆炎と閃光、そして鼻をつく硝煙の臭いの代わり、お菓子の甘さをも凌ぐ爽やかな酸味の効いた匂いが漂う。

 その香りを最後に、戦い走り抜けたお菓子の世界は見えなくなる。

 

 

 

 

 

【何でもねだりの欲しい物は一つ。届かなくたって無垢に、一途に、求め続ける】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 儚い斜陽の橙色と、無臭な都市の空気。その二つが、現実世界に戻れた事を悟らせる。

 

 病院の駐輪場には、二人の少女と二人の魔法少女、三人のアーマードライダーに一人の男。

 それぞれがそれぞれの思いを募らせ、衝突させ、感情を現す。

 

 

「兄さんも、この世界に……来ていたの……!?」

 

 

 あまりにも信じられず、仮面越しではなく肉眼でと、ほぼ無意識にロックシードを取った。

『LOCK・OFF』の音声と共に果汁が滴り落ちるように鎧は消え、元の呉島光実の姿を見せる。

 

 

 光実の感情としては、素直に感激出来るものではない。寧ろ困惑の色が強い。

 尤もだ。彼は今まで、不信と憎悪を抱いていた人物。完璧で、地位もあり、強く、賢く……自分なんかよりもずっと先の人物、コンプレックス。

 彼への反抗が光実を、その彼が嫌悪するビートライダーズ入りに向かわせる要因だった。勿論、それは兄にも絋汰らにも隠していた事。冷静になれば、この状況は自分の素性が明るみになってしまうのではと恐れた。

 

 

 

 光実の感情は複雑で、彼も混乱に陥っている。それは貴虎にも見て取れた。

 だが『この時間軸の貴虎』は、光実の知る冷酷な人間ではない……冷酷な人間を装う彼ではない。

 

 

「……光実……ッ!!」

 

「兄さ……!」

 

 

 握っていた日本刀を捨て歩み寄り、感極まった貴虎は光実を抱き締める。

 

 

 

「良かった……! また、お前に会えた……!!」

 

 

 希望の見えない、独りぼっちと思われた異世界。

 不和のまま、理解し合える事もないまま別れてしまった弟との再会。彼にとっての希望を、強く抱き締めた。

 

 

「た、貴虎!? 貴虎も来てたのか!?」

 

「誰だ?」

 

 

 鎧武とバロンも変身を解除し、貴虎の元へ駆け寄る。

 二人に気付いた貴虎は光実から離れ、顔を合わせた。

 

 

「駆紋戒斗……葛葉絋汰……」

 

「え? な、なんで兄さんは絋汰さんを……って、なんで絋汰さんも知っているんですか!?」

 

「ん? 光実、知らないのか?」

 

 

 絋汰は光実に未来の出来事を教えていない。絋汰と貴虎の和解は、光実の知るもっと先の未来の話。

 大慌てで誤魔化す。

 

 

「あー……その、あれだ! 実は古い知り合いで……」

 

「いやいやいや、あり得ないですって……!」

 

「ね、ネェちゃんがユグドラシルの社員でさ!」

 

「……ユグドラシルの人って知っていたんですか?」

 

 

 ビートライダーズを「屑」と罵っていた貴虎が絋汰を知る訳がない。

 苦し紛れのバレバレの嘘だが、次の嘘を思い付く前に戒斗が口を挟む。

 

 

「俺たちは全員、同じ世界から来たが……時間はバラバラのようだ」

 

「か、戒斗! またお前はすぐバラす!!」

 

「え……時間が、バラバラ?」

 

「時間は別……成る程。道理で光実は何も知らない訳か……」

 

 

 話が進められるアーマードライダー組だが、その間に現れたのは暁美ほむら。

 貴虎が捨てた日本刀を再度拾い上げ、盾に仕舞い直す。

 

 

「これの入手、わりと大変なのよ。手荒に捨てないで」

 

「あぁ……すまない。つい……」

 

「貴虎、ほむらと知り合いなのか?」

 

「彼女に命を救われた……恩人だ」

 

「救った訳じゃない。単なる気まぐれ」

 

 

 

 

 魔法少女から中学生の姿に戻るほむらだが、いつの間にか詰め寄っていたさやかに肩を掴まれる。

 

 

「あんた……! あの使い魔がいたの、わざと隠していたでしょ……!」

 

「結果的に彼に救われていたでしょ?……あの程度の使い魔に腰を抜かす癖に、良く結界に入ろうと思えたわね」

 

「あんたがいなくたってマミさんが!!」

 

「マミが? 貴女の後ろで震えている彼女が?」

 

 

 ほむらの言葉を聞き、さやかは瞬時に振り返る。

 

 

 自分たちの背後、襲いくる使い魔に銃を向けて戦おうとしていた巴マミ。

 さやかの目に映る彼女は、銃を持っていた手を震わせ、その銃さえ地面に落としていた姿だった。

 

 

「……マミ、さん?」

 

「……え? 私、なにして……!?」

 

 

 自分の状態に気付いていなかったのか、銃を手放していた自身に動揺する。

 彼女も変身を解く。解いたと同時に、地面にペタリと座り込んだ。

 

 

「大丈夫かマミ!? どうした!? やっぱ、怪我とかして……!?」

 

「葛葉、気付かないのか? 怪我なんかじゃない。その魔法少女は『恐怖』している」

 

 

 戒斗の言う通りだ。マミに外傷は全くない。

 あるのは深い恐怖による、トラウマ。それが彼女の戦意を削ぎ、銃を離させた。

 

 

 

 

「これで分かったかしら。貴女の盲信する巴マミは、こんなに脆い存在なのよ」

 

「でもマミさんは、あたしとまどかを助けてくれて……!」

 

「自身さえ恐怖するほど危険な場所に、みすみす誘っていたのは誰かしら? それで魔女への恐怖を削いで、無謀な行為に走らせたとすると、マミのした事は単なる自己満足に……」

 

 

 淡々と述べ続けるほむら。

 怒りを滲ませ始めるさやか。

 絋汰が止めに入ろうとしたが、それを手で制して諭したのは、貴虎だった。

 

 

「それ以上言うのはやめなさい。恩人とは言え、他人の侮辱は許されない」

 

「兄さん……?」

 

「光実、お前はあの子を……君が私を理由は何であれ救った恩人であるように、その子にとっても恩人である事は事実だ。それを否定する権利はないハズだろう?」

 

 

 極めて理知的な、冷静な物言い。

 

 

「……言い過ぎた。けど撤回だけはしないわ。それもまた事実」

 

「全く反省しない訳ね、ほむら……!!」

 

「落ち着け君……今日は色々あった。お互い、今は一先ず距離を置こう。それで良いか?」

 

 

 

 ほむら自身もそのような諭され方は慣れていないようで、居心地の悪さと話し辛さを感じさせながら、提案通りその場を後にしようと背を向けた。

 それだけでさやかの溜飲を下げられたかは分からないが、彼女も突っかかる事はしなかった。

 

 

 

 

「……これだけ言っておくわ。魔法少女は決して、希望だけの存在じゃない……次の瞬間に絶望に食われかねない、命を賭す存在……何も考えていない人間が、生半可な気持ちでなろうとするものじゃない」

 

 

 彼女の残した言葉は、魔法少女になる事への忠告と戒めにも聞こえた。

 歩き出し、駐輪場を出ようとするほむら。

 

 

「ほ、ほむらちゃん!」

 

 

 何故かまどかは呼び止める。

 足を止め、顔を向けるほむら。

 

 

「……なに? 鹿目まどか」

 

「……ほむらちゃんも、誰かの為に戦っているの?」

 

「……どうしてそう思うの?」

 

 

 ほむらの疑問に、まどかは少し戸惑うように俯いた後、言う。

 

 

「分からないけど……そう思うの。ほむらちゃんは、実は優しくて……」

 

「まどか。前にも言ったハズよ。貴女は魔法少女にならず、普通でいたら良い。大切な人がいるのなら尚更……」

 

「ほむらちゃんだって大切だよ!!」

 

 

 まどかの告げた言葉。

 その言葉を受けたほむらは一瞬……まどか以外の人間には気付けないような一瞬……悲しげで辛そうな顔を見せた。

 とても弱々しく、いつもの凛とした表情とは違う、別の顔。

 

 まどかがその表情に驚いている間に、彼女はふいっと顔を背け、そそくさと立ち去った。

 

 

 

「……まどか! あんな奴の事、どうだっていいじゃん!」

 

「さやか、よせ!……とりあえず、落ち着こう。なっ?」

 

 

 絋汰が必死にさやかを宥める傍で、光実は座り込んでいたマミを起こしていた。

 誰かの支えがないと立ち上がれなかったが、彼女も落ち着きを取り戻して来たのか、自身で立ち歩きする自体は問題ない。

 

 

「す、すみません……あの、本当に……」

 

「ううん、気にしないで……怖いのが普通の感情だよ」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 光実なりの励ましだが、マミを立ち直らせるまでには響かない。

 表情に影を落とすマミを心配しながらも、そんな彼らをまた心配そうに見つめる貴虎の姿に気を取られた。

 

 まさか兄が、ここまで慈悲ある人物だとは。先程、戒斗から別の時間軸云々と言われたが、何かが彼を変えたのだろうか。

 

 

「……まどか。また学校で会ったら、ほむらと話しといてくれ」

 

「そ、そのつもりです、絋汰さんっ」

 

「ありがとな。あと……って、戒斗!?」

 

 

 ほむら同様、一行から立ち去ろうとする戒斗。

 必死に呼び止めて駆け寄る絋汰だが、投げ渡された物に驚き足を止められる。

 

 

「グリーフシード……あの魔女のだ。そこで怯えている魔法少女に渡してやるんだな」

 

「……何度も言っておくぞ。今度まどかたちに詰め寄るなら、俺も本気でかかる……!」

 

「……なら、俺も本気で取り掛かるだけだ」

 

 

 久々に会い、波乱を呼び込んだ駆紋戒斗もまた、夕焼けの街に消えて行く。

 早速戻り、まどかに忠告を与える。

 

 

「まどか。俺たちの話は気にすんな……自分の願いを、探してくれ」

 

「………………はい」

 

 

 納得されていない。戒斗が彼女に与えた一撃は決定的なようだ。

 このままではまどかは、自分たちの為だけに願いを行使し、戦いの運命に囚われてしまう。それだけは何としても避けたかった絋汰は、再度説得を続けようとする。

 

 

 だがその口を止めたのは、さやかだった。

 

 

「その……聞き間違いじゃないと思うけど……同じ世界からだとか、時間がバラバラだとか言っていたけど……ど、どう言う意味なんですか?」

 

「時間に関しては僕も聞きたいですよ、絋汰さん……」

 

 

 隠していただけのツケが、回って来ていた。

 説得よりその前に、キチンとした説明を果たさなければなるまい。そう考え、絋汰は渋面となる。

 

 

 

 

 

 まどかへの影響、貴虎との再会、マミの恐怖、ほむらの謎、戒斗の陰謀……喜ぶべき事より、先行きへの不安が多い。

 絋汰のそんな気持ちや戸惑いを察した貴虎は、溜め息吐きながら空を見上げる。

 

 

 

 遠い空より、夜が顔を出す。次第に橙色を、夕闇に溶かして行く。

 未来の暗示なのか、センチメンタルな杞憂なのか。ただ現状は、とても幸先が悪い。そう、貴虎は感じ取った。

 

 

 

 そして貴虎の脳裏にある光景。一人の子どもの、闇に染まった目。

 彼は気付いていない。その子もまた、魔法少女だったとは。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

君去りて後の街にて

 翌日になる。放課後を迎え、絋汰のいる公園前にまどかがやって来る。

 

 

「マミは、どうだった?」

 

「……お休みしていました」

 

「……そっか。学年違うのに、わざわざアリガトな」

 

 

 予想通りと言えば酷だろうが、やはりマミは無断欠席した。

 魔法少女は、一歩違えば死を伴う世界。それを身を以て感じ、戦意喪失をしてしまった。

 

 

「……危険な目に遭ったから、仕方ないかもしれないな」

 

「………………」

 

 

 本当にそうなのかと、まどかは引っ掛かりを感じる。

 確かに死に直面したとは言え、彼女にそれなりの覚悟がないようには見えなかった。

 食べられかけて、一気に怖くなったのか。それではではないような気がしてならない。

 

 

「……あの、絋汰さん」

 

 

 違和感を彼へ尋ねようとしたが、二人は当時に、やって来たある人物へ注視する。

 暁美ほむらだ。

 

 

「……やっぱりここにいたのね」

 

「ほむらちゃん……?」

 

「おう……けど、良く分かったな?」

 

「宿無しだから、公園で寝ているかと」

 

 

 反論したいが、間違いではないので、羞恥から絋汰は身を縮める。

 次に彼女の語り口から、絋汰は反応した。

 

 

「……って、事は。俺に会いに来たのか?」

 

「ええ、その通りよ」

 

「……私は外れた方がいい?」

 

「……貴女にも個人的に話があるの。いてくれて構わないわ」

 

 

 相変わらず表情のないほむら。歳不相応な落ち着きが、絋汰にとって強い違和感だ。

 それはさておき、彼女は絋汰をじっと見据え、話し出す。

 

 

「……まどかから聞いたわ。まさか異世界の人間とはね」

 

 

 

 

 昨日、さやかやマミへ、自分たちが異世界の人間だと言う事を告げた。

 そして光実と貴虎へは、自分たちは別々の時間軸から来た事を教えた。

 

 俄かには信じられない話だろうが、短期間でアーマードライダーが現れた事や、超科学的な『戦極ドライバー』の存在を含め、信じせざるを得ないように話した。

 尤も、家無し集団だともバレてしまったが。

 

 

 次に時間軸については、光実が強く驚いていた。絋汰は「隠していたつもりは無かった」と……思わず嘘を吐いてしまう。

 戒斗の話と、未来で手に入るエナジー系のロックシードを見せ、即座に納得はしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 貴虎は一旦病院に戻り、光実と絋汰は共に公園で夜を明かした。

 

 

「……絋汰さん」

 

「ん?」

 

「未来では、何が起きたんですか?」

 

「起きたって、どうしてそう思うんだミッチ?」

 

「……兄さん、とても変わっていたからです」

 

 

 横に長い滑り台で夜空を見上げる二人。

 光実も、自分がユグドラシル関係者の弟だと隠していた。しかし未来で全て分かっていると伝えたので、彼もまたそのように接する事と決めたようだ。

 

 だが彼にとって一番の衝撃は、兄の変化。

 厳しく、現実主義で、威圧的な兄は……優しく、何故か寂しげな表情を見せた。

 その変貌に、光実は強いショックを受けていたようだ。

 

 

「……その。へ、ヘルヘイムの正体が少し分かったんだ! 別世界かなんかの森で、それが俺たちの世界に侵入しているってさ」

 

「あの森も別世界だったんですか……」

 

「貴虎はその侵入を止めようとしていたんだ。その流れで、俺たちと協力関係になったんだよ」

 

 

 

 

 その過程において、オーバーロードの存在と侵略、未来の光実の暴走と狂気……については、やはり話をする勇気は足りなかった。

 しかしいずれ、この世界から帰る前には、必ず伝えなければならない。もしかしたら、未来が変わるかもしれないからだ。

 

 

「……ミッチ。これ、食うか?」

 

「いえ、絋汰さんどうぞ。何だか、お腹が空いていないんですよ……甘い匂いをずっと嗅いでいたからかな」

 

「………………」

 

 

 戦極ドライバーは、人間を怪物にする『果実の魅力』を打ち消す。

 同時に、人間に無害な形にし、栄養を摂取する装置。ヘルヘイムに世界が侵略された場合の、『生命維持装置』。

 

 ロックシードとしてセットした時点で、人体に栄養の供給が開始される。つまりベルトを付け続けていれば、食料はいらない。

 恐らく戒斗は、この機能を利用して餓死を免れている。

 

 

 尤も、ロックシードのエネルギーは無限ではない。なるべく、経口からの、人間らしい摂取が良いだろう。

 

 

 

 

(ミッチの様子から見て……果実を食べた人間がインベスになるってのは知らないようだ……でも……)

 

 

 そのことも、やはり絋汰は言い出さない。言い出せない。

 

 

 

「……そっか。じゃあ、貰うぞ」

 

 

 包装を取り、味の薄い廃棄のツナマヨおにぎりを咀嚼する。

 

 

 

 

 

 

 

 話は現在に戻る。

 光実は退院の手続きをする貴虎の付き添いに行っている。戒斗は相変わらず、何処でなにしているのやら。

 

 

「隠していた訳じゃない。言っても信じるか、まぁ、アレだったし」

 

「……唐突に言われたら信じなかったわね。嘘にしても馬鹿げているから」

 

「辛辣だなお前は……」

 

 

 ほむらは、隣で心配そうに立つまどかを一瞥した後、「それで」と続けた。

 

 

 

「……元の世界に戻る為に、魔法少女を……まどかを利用するつもり?」

 

 

 声に鋭い、敵意が滲んでいる。

 慌てて絋汰は否定した。

 

 

「そんなつもりはない! 来たからには帰る道があるハズだ。これは俺たちの問題だし、関わらせはしない!」

 

「…………それなら良いわ」

 

「まどかはまどかなりの願い事で、魔法少女になれば良いからな?」

 

 

 否定したハズだが、その言葉で一気にほむらの表情は不機嫌に落ちる。

 

 

「……その必要はない。昨日のマミを見たでしょ? この世界は決して華やかじゃない」

 

「……ほむらちゃんは……見て来たの? その……魔法少女が……」

 

「何度も見て来たわ。死んでも遺体さえ残らない者もね。貴方が思う以上に、残酷なの」

 

 

 その点を鑑みれば、確かに魔法少女になっては欲しくないとも思える。

 強制的な戦いに身を投じ、明日死ぬかもしれない世界を生き抜く。強大な力に対して割りに合うかと言われれば……割りに合う以前に、命に深く関わる以上は、なって欲しくはない。

 

 

 

「貴方も同じでしょ? 葛葉絋汰……軽率に言わないで」

 

 

 絋汰自体が、まさにそうだからだ。痛いほど分かる。

 

 

「……ワリィ。けど、強く願う人を無下には……」

 

「必要ない。何度も言わせないで……この街は私が引き受けるわ」

 

 

 マミが不安定な今、見滝原にポッカリと空いたポスト。そこにほむらが埋め合わせとして、守護する。

 尤も彼女はマミほど、熱心に魔女退治をしないようだが。

 

 

「だから貴女は、そのままで良い。もう考えないで」

 

「……ほむらちゃん、どうしてそこまで……?」

 

「……話は済んだわ」

 

 

 

 

 二人に背を向け、立ち去ろうとするほむら。

 何か声をかけようと見つめる絋汰だが、何を言えば良いのか分からず立ち尽くす。

 

 言ってやる事なんて、幾らでもありそうだ。だが言ってやれないのは、彼女の強い意思……執念じみた「ソレ」を前に、言っても届かないと諦念していたからだ。

 

 

「なぁ。まどかは、ほむらと仲良いのか?」

 

「仲良し……までじゃ、ないんですけど……」

 

「気のせいじゃねぇよな……やけにまどかに入れ込んでいるって言うか……」

 

「…………あの」

 

「お? どした?」

 

 

 少し言いにくそうに口籠るが、まどかは意を決したように話し出した。

 

 

「……ほむらちゃんと私……なんだか、前にも何処かで会ったような気がするんです」

 

「そうなのか? 前に何処かでって……何処で?」

 

 

 肝心な所だが、彼女は更に口籠りながら喋る。

 

 

 

 

「……夢の…中、で?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身支度を整え、貴虎はベッドから立ち上がる。

 今日で彼は退院だ。傍らには、光実が待っていた。

 

 

「兄さん、本当に良いの? お金なら僕が幾らか持っているけど」

 

「いや。これも魔法の力か……怪我はもう治った」

 

「魔法って言っても、やっぱり不安はあるよ。最後に上の階で精密検査してもらえるようにしたから。それだけは受けてね?」

 

「……世話になるな」

 

 

 傷痕は数多、残ってはいるが、貴虎は光実に自らの身体を見せないようにして隠していた。

 しかし身体を動かしても痛みはない。負担は軽減されたと捉える。

 

 

「それにジッとしていられない……お前たちを、元の世界に帰さなければな」

 

 

 ハンガーにかけていた上着を羽織る。

 所々破れてしまっているが、置いて行く訳にもいかない。

 

 

 角が取れたようだが、責任感の強い性格はそのままだ。

 光実は彼の変わっていない所を見つけて、つい笑ってしまう。

 

 

「なに言ってるの。兄さんも帰るんでしょ? その言い方じゃ、兄さんだけ残るみたいだ!」

 

「………………」

 

 

 少しの間、動きを止める。

 苦い表情を少しだけ浮かべたが、すぐに笑みを繕う。

 

 

「……そうだったな」

 

 

 絞り出すように告げて、襟を正した。

 

 

 

「それでだ。光実は、葛葉絋汰らとどう動いている?」

 

 

 魔法少女については昨日の内に、知っている事は全て貴虎に教えていた。

 

 

「絋汰さんと僕は、暁美ほむらから情報を得ようとしているよ。あの子、何かを知っている」

 

「俺を助けてくれた少女か……駆紋戒斗は?」

 

「彼は一人で行動しているよ。魔法少女の願いを使おうとしているって」

 

「……相変わらずな男だ」

 

 

 だが彼の境遇を知った今は、罪悪感に満ちていた。

 

 

 

 駆紋戒斗の人格形成の根底に、ユグドラシルの存在があった。

 戒斗の両親が経営していた工場を強引に潰し、家族をバラバラにしたのは、そのユグドラシルだ。

 

 ユグドラシルの強引な都市開発は数多の人々を絶望に追いやり、若者の将来を悪戯に蹂躙した。

 その結果こそ、貴虎が「社会の屑」と毛嫌いしていた『ビートライダーズ』の発足に繋がる。

 

 これらに気付いたのは、全てを失った後だった。

 

 

 

 駆紋戒斗は、ユグドラシルの『毒』を見て育った。

 見えなくなった将来を、強引にでも切り開く強さを彼は求めた。

 自分の場所から外された現状こそ、彼が最も『我を押し出せる環境』なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人は病室を出て、精密検査を受けるべく上の階に行こうとエレベーターに乗っていた。

 

 

「光実」

 

「ん?」

 

「俺はお前らと違い……ベルトがない。魔女とは到底、戦えないだろう。グリーフシード集めは任せる。駆紋戒斗については、俺に任せてくれないか?」

 

「兄さんが説得するの?」

 

 

 貴虎は頷く。

 

 

「しかし奴を動かすには、材料が必要だ。こちらとあちらに利害が一致した時にこそ、やっと駆紋戒斗は耳を傾ける」

 

「そうなると……魔法少女の願い以外の対案が必要だね」

 

「……いや。それ以外の方法もある」

 

「……え? それって、どういう……?」

 

 

 彼の脳裏には、『あの光景』が過っていた。

 ドス黒く闇に包まれた、瞳を。

 

 

「確証が欲しい。その為にまず、話をしたい人物がいる」

 

「話したい人物……誰の事?」

 

「それは……」

 

 

 エレベーターが開く。

 車椅子の患者が待っていたので、急いで二人は廊下に出た。

 

 検査室に向かう途中、貴虎は病室から飛び出した人物とぶつかる。

 

 

「あ……」

 

 

 その人物は、知っている少女だった。

 

 

「君は、昨日の……」

 

「さやかちゃん……?」

 

 

 二人へ視線を向けた彼女の目は、涙に濡れている。

 

 

「……! ご、ごめんなさい……!」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 

 すぐにさやかは目を隠し、俯きながら廊下を走って行く。

 貴虎は何が起きたのか把握する為、彼女が出て来た病室を覗いた。

 

 

「…………光実。お前は、あの子を追え」

 

「え?……兄さん?」

 

「頼めるか?」

 

 

 穏やかに、貴虎は促す。

 光実は少し躊躇を見せたが、兄の判断に従う事にし、さやかの後を追う。

 

 

 

 光実がいなくなった事を見計らい、貴虎は病室へ入る。

 

 

 

 

 

 

「うぅ……ああぁ……!」

 

 

 ベッドの上で、両目を押さえつけ、嘆く少年。

 その左手からは、血が流れていた。

 更に目を惹くのは、床中に散らばったCDとカバー。全て割れている。

 

 

 

「………………」

 

 

 足元に、CDプレイヤーが落ちていた。

 彼はそれを拾い上げ、少年に近付く。

 

 シーツに、左手から滴る血が痛々しくついている。

 

 

「……怪我しているじゃないか」

 

「……!!」

 

 

 彼の声に驚き、少年は顔を上げる。

 目は泣き腫らし、見開かれていたが、深い絶望の色は瞳を染めて主張していた。

 

 

「このプレイヤーは、君のか?」

 

「……ッ! 違います……! で、出て行ってください……ッ!!」

 

 

 顔を背け、涙を隠す。

 絶望し、見ず知らずの貴虎さえも敵に見えてしまっているようだ。

 

 

 その姿が計らずとも、貴虎の胸を痛めた。

 

 

「……ほっとけなくてな」

 

「何なんですかッ!? 関係ないでしょッ!? 一人にしてくださいよッ!?」

 

「そう言う訳にもいかない……知人が、悲しんでいたからな」

 

 

 知人とは言わずもがな、美樹さやか。

 彼女が悲しんでいると聞き、同時にさやかの知人と知り「え?」と呟き、再び彼は貴虎を見た。

 

 

「さやかの……?」

 

「呉島貴虎だ。こんな成りだが……まぁ、しがないプロジェクトリーダーだ」

 

 

 傍らに置いてあった丸椅子を引っ張り、彼の傍らに座る。

 貴虎の穏やかな、成熟した雰囲気と口調により、少年の頭は少し冷えたようだ。

 

 

「名前は?」

 

「上条……恭介です」

 

「上条恭介だな。差し支え無ければ、何があったのか話して欲しい。君に失礼があったなら、こっちから美樹さやかに話しておくが」

 

「………………」

 

 

 押し黙り、俯く恭介。

 その様子を見て確信した彼は、恭介の左手を指差し、告げる。

 

 

「……左手が動かないのか?」

 

「……さやかから聞いたんですか」

 

「いや、怪我をしても痛がる素振りがないからな……麻痺しているようだと。違ったかい?」

 

 

 血だらけの左手を眺め、恭介は自嘲気味に笑う。

 

 

「……つまらない事故ですよ。ニュースでやるような……でもそのせいで二度と……」

 

 

 貴虎は散らばっているCDカバーを見遣る。

 どれもこれも、クラシック音楽ばかり。年頃の少年が聴くには、古めかしい。

 

 

「……君はピアニストか、何かの奏者のようだな」

 

「……バイオリンです」

 

 

 彼の家系は優秀な演奏者を輩出した、音楽一家だ。

 そして彼もまた音楽とバイオリンに魅せられた、若きバイオリニストだった。

 

 

 毎日毎日、練習に明け暮れ、努力し、叱られて涙も流した。

 彼の努力は認められ、将来を期待された天才として持て囃された。

 彼もまた、一族の名に恥じないようにと、期待に応えるべく驕ること無く邁進し続けた。

 

 

 

 

 

 その数年の努力は、たった数秒の事故で、水泡となる。

 

 彼の左手は、現代の医療では修復不可能なレベルにまで、神経が断裂していた。

 

 

「……昨日医者からも言われたんです……『バイオリンは諦めろ』って……!」

 

「………………」

 

「もう二度と動かないんですよ……! もう弾けないんです……!」

 

 

 嘆き、悲しみ、涙をシーツに落とす。

 血と涙のシミはまさに、彼の悲壮と努力を示しているようだ。その終点にある、無常もまた。

 

 

「……なのにさやかは弾けない音楽を聴かせて……カッとなって……」

 

「……叩きつけた訳か」

 

「……いつか治る。音楽は僕をそう、慰めてくれたのに……もう。聴くのも見るのも嫌なんです」

 

「………………」

 

「……うぅう……弾けない音楽なんて……!! もう一生弾けないんだ……!!」

 

 

 抑えきれない衝動が、ベッドを殴りつける。

 大きく軋み、血の跡がこびり付く。

 

 その跡を見て、彼はまた泣いた。

 

 

 

「魔法か奇跡でも起こらない限り……!!」

 

 

 

 貴虎は一度目を伏せる。

 少し考え込んだ後に、また恭介へと視線を向けた。

 

 

 

 

「そうだな。一生かかっても、魔法も奇跡も起こりはしないさ」

 

 

 

 彼の言葉に驚き、恭介は貴虎へ向き直る。

 目の前の彼の表情は厳しくも、悲しげだった。

 

 

「CDを叩き割れば、左手は治るのか。友達を傷付ければまたバイオリンを弾けるのか。自棄になれば時間は戻るのか……何も変わりやしない。ただただ腐り続けるだけだ。違うか?」

 

 

 恭介の目は敵意を剥き出しにする。

 

 

「……そんな事分かってるッ!! でもどうすれば良いんですかッ!? 僕は一生弾けないッ!!」

 

「………………」

 

「僕には、バイオリンしか無いんですよ……!! 生き甲斐だったッ!!……でもそれももう、無くなった……僕がどれだけ、それに心血を注いで来たのか、分かっているんですかッ!?」

 

 

 一頻り思いの丈を吐き出し、息を荒げて肩を上下させた。

 彼に喋るだけ喋らせた後に、また貴虎は話し出す。

 

 

「きっと、私の理解に及ばない領域まで、君は努力をして来たのだろう……身体が動かなくなるんだ。怖いハズだ」

 

「じゃあ……!」

 

 

 

 

「ほっといてくれ、分からない癖に」と続ける前に、貴虎は言葉を被せる。

 

 

 

 

「君はバイオリンに魅せられた」

 

 

 いつの間にか空は夕陽に傾き出した。

 斜陽の紅が、開け放たれたままの窓から差し込んだ。

 

 

「憧れて望んで……そして念願のバイオリンを与えられた時の喜びは恐らく……人生最高の瞬間だったろう」

 

 

 風が吹く。カーテンが、踊るように揺れる。

 そのカーテンの隙間からテラテラと差す夕陽が、貴虎の顔を照らした。

 

 

「その喜びが……奪われたんだ。とても苦しいだろう……」

 

 

 

 

 まさにそうだ。

 

 彼もまた、奪われた人間だ。

 失い、将来が見えなくなった人間だ。

 

 

「……すまない。私は、君の全てを……確かに理解は出来ないかもしれない。ただ、私はそれでも言っておきたい」

 

 

 一呼吸置き、彼は続ける。

 

 

「……君は強い人間だ。信じ続けられる人間だ。だからこそ、ここまでやってこれたんだ」

 

「……僕は弱いですよ」

 

「弱くなんかない。私は君とは初対面だ……だが、君が今も、音楽やバイオリンにかける情熱を忘れていないその強さに、私は感動したんだ」

 

「…………え?」

 

「……忘れていないから……失って怒れるんだ。失って泣けるんだ」

 

 

 貴虎は立ち上がった。

 

 憂いを帯びた表情は、影が隠す。

 

 

「私は、奪い続けた人間だ。そしてまた、失った人間だ」

 

「……貴方も、失ったんですか……?」

 

「仲間や……家族すらもな」

 

 

 影が晴れた時、横顔の彼は真っ直ぐ、恭介へ向き直る。

 

 

「……だが、腐ってしまった人間だ。最早、奪い失っても、涙も出ない。そして、変わる事を忘れた。そうなっては駄目なんだ」

 

 

 微笑む貴虎の表情は、弱々しく見えた。

 

 

「……君がもし、魔法や奇跡を信じるなら……まずは、未来を信じ続けて欲しい。医療の世界はリアルタイムで進歩を遂げる……近い未来、その手を治す技術が出来るハズだ」

 

 

 それに、と付け加える。

 

 

「君の持つ天性の才能を、音楽に使わず腐らせるには惜しい……例え手が治らなくてもどうか、君は強くあって欲しい。私の、ささやかな願いだ」

 

 

 

 恭介から背を向け、貴虎は病室を出て行こうとする。

 寂しげな背中を見て、恭介は思わず呼び止めた。

 

 

「あの! どうして……」

 

「………………」

 

「……どうして。こんな僕を、励ましてくれるんですか……?」

 

 

 立ち止まり、貴虎は少しだけ言葉を探した。

 

 

「……この歳になると、融通が利かなくなる。私のようになって欲しくなかった」

 

 

 若干、冗談めかしたような言い方。

 

 

 

 

「四肢は動くが……心が止まった、愚か者にな」

 

 

 最後に彼は呟き、出て行く。

 

 

「……素晴らしい演奏だ。君のか? 上条恭介」

 

 

 

 

 恭介のベッドの傍に置かれたCDプレイヤーからは、美しい旋律が流れている。

 きめ細かく、抱き締めるような、バイオリンの音色。

 貴虎はプレイヤーを起動させ、彼から離れていた。

 

 

 

 この曲は、自分の演奏だ。

 復帰するまでのイメージトレーニングにと、さやかが録音したものを焼いてくれた。

 

 

「………………」

 

 

 血だらけのシーツを掴み、沈み行く夕陽を眺める。

 バイオリンの旋律は、それから暫しの間、流された。

 

 

 暫しか、或いは永遠の別れか。

 いずれにせよ、彼の心には希望が芽生え始めていた。




死が無いプロジェクトリーダー


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。