私が思う私の笑顔 (星乃宮 未玖)
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私が思う私の笑顔

 10歳の誕生日のプレゼントは、明るい双子の姉の影となれ、という父の言葉だった。

 その事には不満は無い、私にはあの姉のような純粋に物事を楽しみ、笑い、そして誰かを笑顔するなんて事は出来ないし、その果てに「世界を笑顔にする」なんて目標も掲げつもりも無い。

 

 私には姉の言う笑顔が分からなかったからだ、姉が誰かの楽しみ、喜び、太陽の様な笑顔を見て笑顔を浮かべるなら、私は誰かの痛み、苦しみ、悲しみに暮れる顔を見て笑顔を浮かべてしまうのだ。だがそれを不幸だ、劣っているなどとは考えているわけでは無い。その性質で得た喜びや役割がある以上、それを否定なんて出来はしない。故に私は姉や姉の理想に敬愛を持ちつつも、それが潰える事を夢見てしまう。

 

 その事を父は知っているからこそ私にそう言ったのだ。だから私は大好きな姉の影となり、姉の笑顔を守り、姉のやりたい事をサポートする。けれど、もしも姉が万が一、いや億が一にでも、自らの理想に潰れ、姉の笑顔が曇り、姉の心が折れたのなら。

 そうなればきっと───彼女は美しいだろう。(私の思う笑顔になれるだろう。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、あゆみ!今日は早く起きたのね!あゆみはいつも遅く起きるからいい事だと思うわ!やっぱり早く起きると何が起きそうな気がしてワクワクするもの!」

 

 朝、目が覚め、朝食の前にしなければならない事が出来た為、広い廊下を歩く私、弦巻あゆみの前に敬愛する姉様、弦巻こころ姉様とばったり出くわした。

 

 「おはようございます、こころ姉様、昨日は勉強や家のサポートが早く済んだので、もう少しゆっくりしようかと思ったのですが急ぎの用事が入ってしまいましたので、朝食の前にそちらを片付けてから朝食に向かいます。」

 

 そう言う私を見るこころ姉様は、そう?と言いつつ首を傾げ私の顔を見てくる。…もしかして。

 

 「あの、こころ姉様?何かあったのですか?」

 そう聞くとこころ姉様は、そうじゃないけれど、と言いつつちょっと考え、唐突に私の顔を揉み始めた。昨日しっかり処理したはずなのに、とつい意識を外していた私はこころ姉様の不意打ちに抗えず、なすがままにされるしかないが、くすぐりまでされ始めるので、なんとか抵抗を試みる。

 

 「こころ姉様。やめてください、ちょ、くすぐるのもやめてください!」

 「んー、やっぱりあゆみはそうして笑顔の方が似合ってると思うわ!私はあゆみがどうすれば笑顔になれるかはまだわからないけど、こうして笑顔になるだけでも私はとっても嬉しいもの!だからもっとあゆみは笑ってもいいと思うわ!」

 

 そう言ってこころ姉様は私の顔から手を離し、外にある桜の様子を見てくると言い去っていった。取り残された私は姉様の言葉を思い出し、つい溜め息をついてしまう。───貴女が笑顔であれば私は笑顔になれないというのに。

 

 「さてと、少し急がないと朝食に間に合わないし、さっさと片付けますか」

 今日は私好みでありますように。と思いつつ、私は地下室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 痛みが部屋の中を覆い尽くす、叫びが部屋に響き、涙を含めた液体が部屋を彩る。常人なら少なくとも顔を顰めるであろう光景。だがその光景を見て、笑顔でいられる私はやはり姉様には笑顔にできないな、と毎回の様に思ってしまう。まぁ、それとは別に仕事はしっかりと行うので、足元に居る彼女の目の覆う布を外し、髪を持ち上げ、強引に私の方を向かせる。

 

 「おはよう、よく眠たかしら。どちらでも構わないけれど、貴女の処理を朝食までに行わないとこころ姉様が寂しがるから、さっさと話す事話してくれる?───なんでこころ姉様の使用人である貴女がこころ姉様を殺そうとしたのかをね」

 

 本来ならこんな所にいるはず無いと思っていたであろう私がいる事に驚きをかくせないのか、目を見開いている彼女は、手錠に繋がれた手を伸ばし、どうして、と呟き、私を睨み付けつつ語る。

 

「どうしてあゆみ様があの女の影でなくてはならないのですか!あの女より、あゆみ様の方がよほど素晴らしい方ではないですか!あの女はいつも私達を振り回して、自分だけが笑顔で、私達の事なんてちっとも考えない。ですがあゆみ様は違う!あの女と瓜二つだというのに私達に、お疲れ様、いつもありがとう、と言って下さったではありませんか!ご主人様もきっとあの女がいたから───アアァァァ!」

 

 「確かに私は話せと言ったけど、そんな長話までは聞いてられないし、興味も無いから、聞きたい部分さえ聞ければ処理しようと思って我慢してたけど、そう何度も姉様をあの女呼ばわりするのはいい加減にして貰えるかしら?つい刺してしまったじゃない…ってもう気絶してるし」

 

 余りにも見苦しいので、私は髪を放し、伸ばされた手を踏み付け、その手と太腿にナイフを刺す、すると彼女はあっけなく気絶してしまった。昨日処理したこの女の雇ったであろう者たちに比べると、随分とつまらないなと思いつつ、爪でも剥がし、無理矢理にでも起こそうかと思ったが、そうしていると確実に朝食に間に合わないので仕方なく側に控えている私と同じ黒い服を着た、高校に上がる際に結成した私のこころ姉様サポート部隊に処理を任せ、汚れた服を着替える為に部屋を出としよう。

 

「後、さっきのあなたの質問に答えるなら簡単よ。私が他者の痛みが大好きだから、そんな私が他人を率いてもそんな組織はいつか傷み、腐れ落ちるだけよ。それに対してこころ姉様の方が、人の心を無意識に惹きつけ、動かせる力を持っているからこそ、お父様は私に影であれといったのよ。ではさようなら、二度と会うことは無いでしょうね」

 

 そう言って、地下室の扉を閉じる。朝食へと向かう私には、叫び声なんてモノは聞こえない。……少しだけ、口角が上がった気がした。

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 少し前にこころ姉様がバンドを始めた。その頃の私は、趣味と実益を兼ねた、侵入者や、裏切り者への粛清、その他にも、各地への交流などであまり家にいることは少なかったが、姉様のバンド、「ハロー、ハッピーワールド!」のメンバーとは一応の交流はある、つまり、どういうことかというとだ。

 

 「なぜ私がハロハピのバンド会議に呼ばれているのですか、こころ姉様」

 

 「だってあゆみったら私たちのライブにまだ来てないでしょう?香澄から聞いたけれど、ポピパのライブには行ってるらしいじゃない!忙しいのは知ってるけど、私たちのライブにも来てほしいもの!だからこうして、あゆみの予定を聞くために呼んだのよ!」

 

 こころ姉様がそう言うと、瀬田さんや北沢さんが頷きつつ、私に告げる。

 

 「そうだよあゆみん!かーちゃんたちのライブもいいけど、やっぱりはぐみたちのライブにも来てほしいもん!」

 

 「あゆみちゃん、こころやはぐみや私だけじゃなく、花音や美咲、ミッシェルだって君が来てくれるのなら嬉しいし、君に最高のパフォーマンスをすると約束しよう」

 

 その2人に続くように松原さん、奥沢さんも控え目だがだが同調を見せる。

 

 「う、うん、私も出来ればあゆみちゃんに来て欲しいかなって思うよ、家のお仕事のことは私には分からないけど、あゆみちゃんもたまには息抜きもした方が良いと思うよ。」

 

 「まぁ、私は別に無理なら構わないんですけどね、あゆみさんも忙しいでしょうし、今回は本当に予定を聞くだけなので、都合のいい日を聞いてもいいでしょうか?」

 

 そういう皆さんの言葉に、後ろめたい気持ちを抱いてしまい少し考え込む。そもそも戸山さんの話は、私のクラスメートで友人の市ヶ谷有咲の頼みで、初めてのライブハウスだからと、一度だけ行っただけで、ポピパとハロハピだと少し事情が異なる。

 私が忙しくしていた理由はこころ姉様のバンド活動にあった。こころ姉様がバンド活動を始めたいと言った時、当然の如くお父様は難色を示した。あの弦巻の次期当主がいくらお父様がある程度好きにさせているとは言え、どんな馬の骨が寄り付くか分からない、学業を疎かにしうるバンド活動をするというのだ、グループのトップやそれ以前に父親としての不安もある。

 そんなお父様は、こころ姉様に内緒である交渉を私に持ち掛け、私はそれを受け入れた。

 

  ───それは、こころ姉様が2年生の末になるまでの間、自由を得る代わりに、私がこころ姉様の負うべき役割を現在の仕事と並行して行うというものだ。

 

 ここだけなら、姉の為に我が身を犠牲にする健気な妹に思われるだろうが、そんな事は無い。ただ見てみたかったのだ、……もしも自分が言い出したことで、妹が自分の果たすべきものを背負ってしまったと知った時の姉様の顔が、その時にあの美しい姉様の心が折れるのかどうかを。

 

 そしてお父様は私に「すまない」という言葉と共にして、こころ姉様のバンド活動を認めた。それが私の後ろめたさの原因である。確かに私は他者の痛みなどは好物だが、こころ姉様にここまで着いて来てくれるハロハピのメンバーの様な良い人達を無闇に傷つける様な善と悪もつかない程愚かな人間という訳では無いし、そんな事をしても私の望むこころ姉様の姿は見えないだろうと知っている。

 

 私が見たいのは、自分の理想の道を行き、それに多くの人を惹きつけ、太陽の様な笑顔を浮かべるあの人の笑顔が自らの理想の果てで曇り、折れる姿である。私やその他有象無象などに穢されてはいけないのだ。その為に私はこころ姉様のサポート部隊を作りあげ、姉様の行く道を支え、私以外にこころ姉様の笑顔を曇らせ無いように、こころ姉様の仇なすものを消してきたのだ。

 そんな私がポピパもだが善良な彼女達のライブに行ってもいいのか、と考えてしまう。なのでポピパのライブもCDなどはあるがライブには行って無いし、ハロハピのライブもなるべく避ける様にしていたのだが、彼女達の目とここまで来て欲しいと言われると難しく、折れるしか無い。

 

 「分かりました。最近は落ち着いて来ましたし、土日であれば、この2つと平日であればこの辺りを避けて貰えれば恐らくは問題無いと思いますよ。」

 

 私がそう言うと、全員の喜びの声と共に、姉様や、北沢さん、瀬田さんの3人は、どの様なライブにするかの打ち合わせを始め、松原さん、奥沢さんの2人は、3人のストッパーをしつつ、セットリストや、ライブ会場を探し始める。……少しだけ置いてけぼりを食らった気分になってしまう。そんな私にこころ姉様が声をかけてくれる。

 

 「ねぇあゆみ!貴女はどんなライブがいいと思うかしら!」

 

 その姉様の言葉に答えながら、こういうものも悪くはないかもしれないと、少しだけ思った。

 

 

 

 

 

 

 「にしても珍しいよな、あゆみ。遊びにはお前が誘う事はよくあるけどライブなんて私が誘った一回きりだったし、興味なかったのかなーとか思ってたけど、こころの影響でも受けたのか?」

 

 「いいえ、別に興味がなかったわけじゃないけど、ちょっと後ろめたいというか、そんな感じで忙しかったのも含めてなかなか行く機会がなかったのよ」

 

 「あー、まぁお前の感性とかもあの事である程度は知ってるけどさ、そこまで気にすることじゃないんじゃねーの、こころだったらお前が来てくれるだけで嬉しいだろーし」

 

 そうして迎えることが出来たライブ当日、なんだかんだで1人行くことに抵抗感を感じた私は友人の有咲に一緒に来てもらう様に頼み、揶揄われてしまったが、こうしてライブ会場まで向かっているのである。彼女は私の性質を知る数少ない人でこうして姉様には言えない事も少しは言えるので、私の恩人とも言える大切な友人である。そのきっかけは些細な事で、入学当初にこころ姉様の陰口を叩く連中があり、そいつらが何人かの男を雇い、こころ姉様を連れ去ろとした事があり、そいつらは転校や処理をしたのだが、その時一緒に狙われていた有咲を巻き込んでしまい、最初はそのケアの為に一緒に居たが暫く話すうちに気が合い、今だと様々な事まで言えるまで心を許すまでなった。

 

 「それは分かってるんだけどねー。少しだけ場違いな感覚はやっぱり気持ち良いものじゃないし、いつまで避けられないし、それも慣れる必要があるのは知ってるからこうして少しずつ慣れていこうとしてるんだけど……。それよりも有咲はバンドの練習とか大丈夫なの?もうすぐライブ近いとか言ってたけど」

 

 「別に問題ねーよ、確かに近いけど皆それに向けて練習もしっかりしてるし、それにハロハピはDJだけど、他のバンドの演奏も見て、自分の演奏に取り入れらる事もあるしな、って会場ここじゃねぇか?」

 

 そんな事を話しているうちにに気がつけば目的のライブハウスまで来てしまったみたいだ。会話を止めて中に入ると、中には以前ポピパのライブに行った時とは違いかなりの人が来ていて、弦巻が作ったハロハピ応援グッズを持つ人も多くおり、みんながハロハピのライブを楽しみにしているのを見ると、私のサポート部隊も少し控えめの活動にしても構わないかなと思う。とはいえサポート部隊の大部分はこころ姉様に助けられた人達の集まりなのでそれを止める事は無いだろうが。

 

 そして、そんな事を考えているうちに照明が落ち、ライブが始まりを告げる。

 

 ───そのライブに、私は圧倒された。私が観たライブといえば、結成当初のポピパのライブであり、観客の数も多くなく、けれど彼女達の煌めきを感じるだけであったが、今のライブは、姉様の輝きだけでなく、ハロハピのメンバーの全てが輝いている様で、だけども目を逸らす事も出来ない程惹きつけられ、気がつけば体が動き、コールも入れていた気がする。その姿に私の隣にいた有咲が目を開いて、何か言っている様な気もするが、その時の私はもう気付かない程にその姿に囚われてしまっていた。そうして熱中していたライブも終わり、何か言いたそうな有咲と共に呼ばれていた控え室へと向かう。

 

 「ねぇ有咲、さっきから何か言いたそうな顔してるけど何かあったの?確かに私もはしゃぎ過ぎだったと思うけど」

 

 「いや、それもそうだけど、そうじゃないっつーか、とりあえず私がなんか言うよりもこころの方が多分伝わるだろーしさっさと行くぞ、あぁほら着いたぞ」

 

 この様に曖昧な返答しかされず、たどり着いた控え室の扉を開けるとこころ姉様が飛びついて来た。

 

 「こころ姉様!?いきなり飛びつくのは止めて下さい!後ろに有咲もいるのに…」

 

 「あら?ごめんなさい有咲。それよりやっと来たわね、あゆみ!ライブが終わってからあゆみが来るのが待ちきれなくてついやってしまったの!」

 

 どうやらハロハピのメンバーは席を外しているらしく、有咲も席を外し、姉様と2人きりになる。

 

 「ねぇあゆみ、今日のライブはどうだったかしら?あゆみも楽しめる様に皆で話し合って演出とか考えたのよ!」

 

 そうだったのか、確かに所々に私の好きな花のモチーフがあり、最後にはその花びらを散らすという姉様らしい豪華なライブであったが、それが私の為だと言われるのは少し嬉しいものを感じる。

 

 「ええ、こころ姉様。とっても心踊る楽しいライブでした。ここまで楽しめたのは本当に久しぶりでした。」

 

 「本当に!あゆみが楽しんでくれて私もすっごく嬉しいわ!───だってあゆみ、ステージから見えたけど、ライブから今までずっと笑顔なんですもの!」

 

 ───その姉様の言葉に頭が真っ白になり、自らの顔に手を触れ、備え付けの鏡を見ると、始めて見るような笑顔を浮かべる私の姿があった。

 

 「あのね、あゆみ。あゆみは自分は悲しい事や痛い事でしか笑顔になってしまうと思っているのかもしれないけれど、それは少し違うと思うわ。確かにあゆみは、そういう事が好きで、そういう事に笑顔を浮かべてしまうかもしれない。それは悪い事ではないと思うし、それを止めてなんて言わないわ。それであゆみが笑顔を忘れてしまう方が私はより悲しいもの。だけど、私達の演奏であゆみは笑顔になってくれたじゃない!それだけであゆみは、痛みや悲しみだけでしか笑顔になれるなんて事は無いって分かったし、これからは嬉しい事や楽しい事でより笑顔になっていけばいいと思うわ!」

 

 そう言いつつ私を優しく抱きしめ、いつの間にか流れる涙を拭う姉様は、それに、と続けて語る。

 

 「今までのあゆみの笑顔より、今のその笑顔の方があゆみに似合っていてとても綺麗だもの!」

 

 そう私達に言ってくれるこころ姉様の笑顔は曇る事なんて想像もつかない程美しく、それを見ていると私も嬉しくて、暫くして控え室に帰ってきたハロハピのメンバーや有咲が来るまで2人で笑い合うのだった。

 

 

 

 

 

 ───あぁ、私の思う私の笑顔はそう悪いものでもないらしい。



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私にとっての憧れの人

 最後のライブが終わった後の楽屋、入って来た彼女に「はじめまして♪」と声を弾ませ、自己紹介をするアイドルとしての「(あゆみ)」は目の前の彼女───丸山彩さんに挨拶をする。驚きで固まる彼女の姿を見ながら、今までのこの道を思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私がアイドルに……ですか?お父様、仕事である以上は断るつもりもありませんが、何故私なのでしょうか?弦巻の娘が表に出る理由がありませんし、出るにしてもこの手のものはこころ姉様の方が向いていると思うますし、こころ姉様も喜んでやると思うのですが」

 

 道の始まりは、お父様に仕事を任せると言われ、お父様の部屋である企画書を渡された事だった。その内容は、弦巻のPRの為のアイドルを企画する、というありふれたものだった。問題なのが何故か私、いや、アイドルとしての「あゆみ」があったことだ。その時の私は中学生になったばかりで、父に初めての仕事を任せられると聞き、少しワクワクしていたのだがその内容を聞くと疑問に思ってしまう。

 

 「あぁ、確かに本気でアイドルを運用しようとするならば、お前達二人を使う理由は全くない。だが今回の件の目的は、あくまでアイドルという形での宣伝効果がどれほどあるかを知る為と各報道やテレビ関係へのコネクションを作る為だ。第一の目的はともかく、第二の目的の為にはなるべくこちら側の上の人間であるのが望ましい。その条件も最も適しているのがお前達だったのだ。それに、これは父親としてだけど、こころはその……元気があるだろ?だからあゆみに頼んだんだ」

 

 「成程、確かにこころ姉様の真っ直ぐさはこの手の戦略には向いていないでしょうし、それを補う為に私がいる。けれど学んだだけで今の私は経験が無い。そこで試験運用という形で私の経験を作ろうという訳ですね」

 

 「そう言う事だ、だが試験運用だからといっても、これは次に行う本格運用にも関わる事だ。下手な事をしては大きな問題になる。更に成果によっては長期運用も有り得る、初仕事にしては責任は大きいぞ、それでも構わないか?」

 

 責任は大きい、その言葉に緊張してしまうが、逆に言えばお父様はそれだけ信じてくれている。そうなると私としてはやらない訳にはいかないのだが、私の様な加虐趣味者がアイドルになるのはやっぱり想像がつかない。

 

 私が思うアイドルのイメージは、例え嵐の中でも折れず咲き誇る花なのだ。その花を脅かす嵐が花になど果たしてなれるのだろうか。

 

 だがお父様の期待には答えたい。こころ姉様と違い、私は厳しく育てられたが、私はそこにお父様の確かな愛情があると知っている。故に私の答えは質問こそあれど、最終的に一つしか無い。

 

 「ええ、構いません。ですが、この企画書の通りですと私の髪が茶髪になっているのですが……」

 

 「ん?あぁ、いくらなんでも流石に弦巻の金髪は目立ってしまうからな。露骨に圧力をかける訳にもいかないし、いらない虫が寄って来る危険もある。だからウィッグで隠し、年齢も2つ程上にみせる。ウィッグは特別に作らせて、不備のないようにするが、分かる奴には分かるだろうし、あの世界特有のやっかみもある。だがお前ならきっと大丈夫だと信じているさ。さて、アイドルに向けてのレッスンの事は後日伝えるから、今日はもう休むといい」

 

 「はい、分かりました。その仕事、期待に応えられるようにきっとやり遂げてみせます。ではお父様、おやすみなさい」

 

 お父様は微笑むと、最後に私の頭を軽く撫でてくれた。そしてお父様の部屋を出る。それが私のこの道の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えっ!?今、私の名前……」

 

 「知ってるよ、Pastel*Palettesの、ふわふわピンク担当の彩ちゃん♪私、ずっと彩ちゃんに会いたかったもの!」

 

 握手してほしい、と差し出された彩さんの手を握りながら彩さんの名前を呼ぶと彼女はまた驚きを口にする。

 Pastel*Palettesの丸山彩。私とは違う事務所の子だが、その名前は知っていた。Pastel*Palettesのお披露目ライブでの失敗のニュースで見た事が始めで、解散の危機に面してしまったが、挫けず、前に進み、Pastel*Palettesを復活させるまでの姿は何度か見る機会があったのだ。

 その姿はベクトルこそ違えど、姉様の様で、私にとって彩さんは憧れの人なのだ。

 そして、そんな彼女は、私のインタビューでの言葉に勇気を貰い、アイドルを目指したのだと語った。

 

 

 ───どんな人でも、努力すれば夢は叶う。だからみんな、『自分なんか』と思わないで、夢を見てほしい。

 

 

 そうだ、あの日から歩み始めたこの道は、決して平坦な道なんかじゃなかった。

 

 「弦巻あゆみ」ではなく、印象や声色を変え、茶色のカラコンとウィッグをした、ただの「あゆみ」としての私は、そこら辺にいる新人アイドルで、偶然に弦巻のPRアイドルになれただけの弱い泣き虫な女だった。……こころ姉様には一瞬で私だと見抜かれたが。

 ユニット『Marmalade』とのメンバーとだって、始めの頃の私はこれをただの仕事としか思わず、自分勝手に理想のアイドル像を作り、そこに固執して他のメンバーと向き合えず、衝突してばかりで、そのうち他の先輩アイドル、名が売れ始めた頃からはマスコミにも目をつけられ、弦巻で見たものとは違う悪意というものにも晒さられた。

 何度も涙したし、辞めてやろうとも、自分の苗字を憎いとまで思った事もある。けれどその度に、始まりの日のお父様の微笑みと撫でられた感触を思い出し、奮い立ち、努力をした。『Marmalade』のメンバーとしっかり向き合い、絆を結び、見えない悪意に対し共に這い上がる事が出来た。

 

 ───そして、『Marmalade』は私のかけがえのない場所になった。……何故かヘンテコポーズの人だとかお笑い担当とか呼ばれるようになったのには物申したい気もするが。

 

 とにかく、今まで弦巻の世界しか見た事のない女が最低限の補助あれど、単身この世界に飛び込んで、有名になるまで努力出来たのだ。無論、夢が叶わない人もいる筈だが、努力した果ての夢の成否に関わらず、そこで努力するその事自体はとても尊いものになるだろう。

 

 彩さんには、私と似てると言ってしまったが、そこは少しだけ違う。むしろ彩さんは、始めの頃の私のアイドルの理想そのものなのだ。

 

 どんな嵐でも折れず、咲き誇る綺麗な花。

 

 その理想の体現者と思えるような彩さんに憧れて貰えただけで涙が出てしまいそうになるが、ここは堪えなくてはいけない。ここで泣いてしまったら、それこそ全てが終わってしまうのだから。

 

 ───試験運用期間終了に伴う『Marmalade』の活動停止及び解散。

 

 一月前に告げられた言葉に私は誰よりも反対した。もっと『Marmalade』を続けていたかった。レッスンの合間にする笑い話や、ファンのみんなの期待に応える為励ましあった日々、それはこころ姉様が教えてくれた、痛みや苦しみではない「楽しさ」だったのだ。別にメンバーに会えない訳じゃない。他のメンバーは解散後に弦巻の系列の会社に就職する事が決まっているので、会おうと思えば会えるのだ。けれど私の名前がその邪魔をしてしまう。

 

 元々分かっていた事なのだ、「あゆみ」の姿であっても私はあくまで弦巻の人間であり、高校に入る年齢になった私には、姉様のバンド活動へのお父様の交渉を受ける受けないに関わらず、弦巻の仕事を果たす責務がある。けれど、ただの「あゆみ」で居られるあの場所や、仲間が、ファンのみんなが、大好きだったのだ。でも、結果とては変えられはしなかった。

 

 「……彩ちゃん、『Marmalade』や、『Marmalade』の「あゆみ」は彩ちゃんやファンのみんなの中で、生き続けていられる」

 

 私の言葉に反応し、彩さんの息の飲む音が聞こえる。

 

 「でも、『Marmalade』は今日で終わり。だからこそ、これからもアイドルを続ける彩ちゃんには私を超えていって欲しいの」

 

 「あゆみさんを、超える……」

 

 そう、『Marmalade』は今日で終わってしまった。だけど、最後のライブにはみんな笑顔だったのだ。その光景を見て、あの日、こころ姉様が私に教えてくれた笑顔で「あゆみ」は終わりを迎えられた。凄く綺麗だったと、それは先に楽屋に来ていた、こころ姉様が言ってくれた。後はもう彩さんが私を超えてくれたならば、私の歩んで来た道のその先で美しく咲き誇るというのならば、私にもう悔いはない。

 

 「うん。何があっても絶対めげない、諦めない、どんな時だっていつも笑顔!それを忘れなければ、必ず私を超えて、彩ちゃんがなりたいアイドルになれるって保証する!だって彩ちゃんは今の私にとって憧れのアイドルだもの!」

 

 「私があゆみさんの憧れ……。ど、どうして私なんか……って私なんかなんて言ったらダメですよね!分かりました!私、あゆみさんを超えて、みんなに夢や勇気を与えられる、そんなアイドルに絶対なってみせますっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして彩さん達は帰ってゆき、私も会場を出て、帰宅する。

 弦巻としての私がもう「あゆみ」にとして表に立つ事はないと思い、ウィッグはスタッフに渡したのだが、お父様が私の判断で使う分には構わない、とウィッグを残してくれた。そのあまりの嬉しさに、お父様の前で涙を流してしまったが、お父様はあの日のように微笑みながら頭を撫でてくれて、お疲れ様。良いライブだったよ。と言ってくれて、私に特別に長い休みを取ってくれた。

 

 こころ姉様と相談して、やりたい事や、見てみたいものは沢山出来たが、まずは憧れの人のCDを買うのと、私の言葉でファンレターを書てみようと思う。



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