ロクでなしの紅炎公(憑依) (紅ヶ霞 夢涯)
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第1話 

 原作を友達に読ませて貰って、イヴにもっと活躍して欲しいと思い書きました。

 それだけです。



 

 北セルフォード大陸北西部、アルザーノ帝国。その北にある雪山の中を、一人の男が走っていた。

 

 彼はこの国では大して珍しくない第四階梯(クアットルデ)の魔術師だ。他の魔術師と同じように彼も魔術を研究する道に進んでいた。

 

 彼は自分の行う研究は他の誰にもできないもので、間違いなく偉大なものだと確信していた。

 

 しかし彼は人体実験を行った

 

 その研究によって出た被害は甚大なもので、故に今彼は国に始末される対象となってしまっている。

 

「はぁ、はぁ………くそっ。まさかあの特務部隊が動くとはな」

 

 アルザーノ帝国宮廷魔導士団特務分室。

 

 帝国の国軍省管轄の、数ある魔導士団の中でも特に魔術絡みの案件を扱う部署。危険な任務が多いため欠員が頻繁に出るが、それをこなせる魔術師が配置されている。

 

「どいつもこいつも、何故私の研究の素晴らしさが理解できん。どれだけ死人が出ようが構わんだろうが……」

 

 ぶつぶつと悪態を吐いて傷口に左手を当てると、[ライフ・アップ]という法医呪文(ヒーラー・スペル)に当たる白魔術を行使した。

 

 

 否、しようとした。

 

 

「は?」

 

 彼の左手が焼け落ちた。

 

 それを認識した直後に迸る激痛に歯を食いしばって耐えて、素早く周囲に視線を巡らす。

 

(あいつか!?)

 

 先ほどまで誰も居なかった所に、一人の若い女が居た。

 

 そのあまりに整った容姿に目を奪われかけたが、そんなことはどうでもいい。

 

 ーーー女は特務分室の所属であることを示すコートを着ていた。

 

「《怒れる炎獅子よ》ーーーッ!」

 

 黒魔[ブレイズ・バースト]を一節で唱えた。収束した熱エネルギーの球体が、狙い違わず女に直撃する。

 

 そして強烈な爆発が巻き起こった。

 

「………何だ。特務分室も大したことないな」

 

 それが彼の最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 男が放った[ブレイズ・バースト]を避け、お返しとばかりに同じ魔術を放った。それは当然のことながら、彼の死という結果を導いた。

 

(まさかいきなり攻撃してくるとは………流石は外道魔術師。容赦ないわね)

 

 いやあの男からすれば私は敵なんだから、当然と言えば当然か。

 

「ふぅ……」

 

 対象の殺害とその死体の始末を[ブレイズ・バースト]で同時に行った私は、いつも懐に入れてある煙草を取り出した。

 

 指先に炎を一瞬だけ作り出し、口に咥えた煙草に火を付ける。

 

 煙を吸っては吐き出しながら、コートのポケットに入れていた宝石を割り作られた通信魔器を手に取った。

 

「任務達成よ。各自、今日中に《業魔の塔》に帰投しなさい」

 

 私の言葉に今回の任務に同行した特務分室の構成メンバー、執行者No.17《星》のアルベルト=フレイザーと、執行者No.9《隠者》のバーナード=ジェスターが通信魔器越しに返事を寄越す。

 

『此方アルベルト、了解した』

 

『了解したぞ。……しかし任務の度に腕を上げておらんか?』

 

「そう?そんなことないわよ」

 

 バーナードの言葉にそう謙遜した。

 

 しかしそれに反して私の口元は緩む。

 

 実際にイグナイト家、というか《紅炎公》の所以になった眷属秘呪(シークレット)[第七園]の腕が最近上達している。

 

 彼はそのことは知らないのだろうけど、何となく褒められたような嬉しさが胸中にあった。

 

(まぁ、気のせいだけど)

 

 通信魔器を仕舞って、煙草を携帯灰皿に押し付けて歩き出す。

 

 何とはなしに空を見上げて、そして誰へともなく思考した。

 

 

 

 

 

 

 

 私の名はイヴ。イヴ=イグナイト。

 

 特務分室の室長となったその時に、どうしてなのか分からないが前世の記憶を思い出した、所謂憑依転生者という奴だ。

 



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第2話 セラ=シルヴァース



 


 

 アルベルトとバーナードに、《業魔の塔》への帰投命令を出した後。

 

 私が塔に戻ってきたのは、真夜中。まぁ、日付が変わる直前だった。

 

(……疲れた)

 

 そして眠い。

 

 何をしていたかというと、複数の任務だ。

 

 本当ならこんな時間までやる必要はない。………ないのだが、そうすると部下に回す任務が増えてしまう。

 

 で、そうなると部下の不満も増すだろう。結果、不満を爆発させた部下は辞めていく。

 

 特務分室(ここ)がブラックな職場なのはもはや仕方ないにしても、私は皆にとってのブラックな上司でありたくない。

 

 そんなこと考えながら特務分室の職務室に入った。その一番奥にある室長用、つまり私用の椅子に深々と腰掛けた。

 

 そのまま寝たかったが、両頬を叩いて眠気を堪える。まだこれから報告書の作成をしないといけない。

 

 そして報告書の作成に取りかかろうとしたところで、職務室に一人の女性がいることに気がついた。

 

 普通なら気づかないわけないのだが、どうやら本当に疲れているらしい。

 

 私は彼女に話しかけた。

 

「こんな時間まで起きてたのね、セラ」

 

「そういうイヴこそ。今までどこに行ってたの?」

 

 セラ=シルヴァース。特務分室所属の魔術師で、執行者No.3《女帝》。

 

 遊牧民族シルヴァース家の出身で、その族長の娘にあたる元お姫さま。綺麗な白髪と透き通るような白い肌を持つ美しい女性。その肌に刻まれた真っ赤な紋様が目を引く。

 

 いつもは自分で改造した南国風の魔導礼装を着こなしている彼女だが、今は薄手の上は半袖で下はロングスカートという寝間着姿だ。

 

 いかにも「私は怒ってます」と言いたげに、彼女は頬を膨らませていた。

 

(可愛い)

 

 しかし怒っているのは確かなようだ。

 

「に、任務。そう任務よ。予想外の事態が起きたから、それで」

 

「一人で?」

 

 無言で目を逸らした。

 

 ちなみに予想外の事態とか遭遇してない。完璧に嘘である。

 

 そして彼女の言う通り、私はさっきまで一人で任務をこなしていた。そしてそれは、今回に限ったことではない。

 

 それがバレる度にセラはこんな感じになる。

 

「別にいつものことでしょ」

 

「それがダメだよ」

 

 そう言いながらセラは私の机まで近寄り、上半身を私の方に乗り出させる。

 

「ねえ、私何回も言ってるよね?無茶はしないでって、そういうのはダメって。たった一人でこんな時間まで任務をするなんて無茶以外の何でもないよね。貴女が強いのは知ってるけどそれでも危ないんだから」

 

 ………セラってこんな饒舌だっけ?というのが、原作の彼女を多少なり知っている私の感想だ。

 

「あ、そうだセラ」

 

「何?まだ話は終わってないよ」

 

 そんなどこか不満そうな雰囲気を醸し出してる彼女に、私は机の下に隠していた酒瓶を取り出して突き出した。

 

「ちょっと付き合ってくれる?」

 

 彼女はキョトンとした表情を見せた。

 





 次はセラの視点で書こうと思います。


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第3話 セラ=シルヴァース(裏)


 言ってませんでしたが、原作までかなり長いです。
 


 

<sideセラ>

 

(遅い……)

 

 私、セラ=シルヴァースは特務分室室長にして、また私の友人でもあるイヴが戻ってくるのを、特務分室の職務室で待っていた。

 

 しかしそれが予想以上に遅い。

 

 イライラするのを自覚しながら待ち続けること数時間、結局彼女が戻ってきたのは日付が変わる直前だった。

 

 室長用の椅子に腰掛けた彼女は少しして、今私に気づいたという風な反応をする。

 

(やっぱり気づいてなかった)

 

「こんな時間まで起きてたのね、セラ」

 

「そういうイヴこそ。今までどこに行ってたの?」

 

 意識して微笑みを浮かべながら私は言った。

 

 イヴ=イグナイト。

 

 アルザーノ帝国宮廷魔導士団特務分室。その室長を代々務めているイグナイト家の娘で、執行者No.1《魔術師》。

 

 思わず目を引かれる美しい深紅の髪と紫炎色の瞳を持っていて、同じ女性の視点から見ても非常に容姿が整っていると思う。

 

 数分後、その彼女の部屋に私は居た。こんなつもりはなかったのだけど、その場の流れとしか言いようがない。

 

 随分と座り心地の良さそうな椅子に座って、チラリと彼女に視線を送る。

 

 私は彼女が《業魔の塔》に帰還する前から薄手の寝間着で、イヴも私に合わせるようにラフな格好に着替えた。

 

 非常に丈の短いワンピースタイプの寝間着の下に短パンという、彼女をあまり知らない人からしたら信じられない格好をしている。

 

 惜しげもなく白い太腿が露わになるけど、彼女にそれを気にする様子はない。

 

(私服ってだけで、こうも雰囲気は変わるものなのかな?)

 

「お酒で機嫌取ろうたって、そうはいかないからね」

 

「べ、別にそんなんじゃないわよ」

 

 どこからかグラスを持ってきたイヴは、私から顔を背けてそう言う。

 

(あ、これ図星だ)

 

 そう思いながら、いかにも高そうなお酒が注がれたグラスを彼女から受け取り一口飲んだ。

 

(……美味しい)

 

「悪くないでしょ?」

 

 それが顔に出たのか、イヴは悪戯っぽく笑みを浮かべている。

 

「うん……。本当に美味しいよ、これ」

 

「気に入ってくれたみたいね」

 

 満足気に彼女はグラスを傾ける。

 

 それから何を話すでもなく、ただ心地よい時間を幾ばくか過ごした頃。

 

 私からイヴに話しかけた。

 

「ねぇ、イヴ」

 

「……何?」

 

 酔っているのか、イヴの頬は軽く赤みを帯びていた。きっと私も似たような感じに出来上がってると思う。

 

「私の夢、聞いてくれる?」

 

 また人の言うことをロクに聞かなかったことについて何かしら言いたい筈だったのだけど、今は何故か私のことを彼女に話したかった。

 

 すでにイヴが知っていることも含めて、最初から口にする。

 

 私の故郷が隣国のレザリア王国に滅ぼされたこと。そこを取り戻したいが為に、旧き盟約に従ってアルザーノ帝国の力になっていること。アルディア草原の、故郷の優しい風やその風景が好きだということ。

 

 そしてーーーーーーいつか再び、あの草原に帰りたいということ。

 

 その全てをイヴは何を言うでもなく、ただ黙って聞いてくれた。

 

「あ、はは……。ごめんね?急にこんなこと言っちゃって」

 

(何言ってるの私は、本当に)

 

 酔った勢いだと誤魔化すように、グラスに注いだお酒を一息に飲み干す。

 

「故郷、ね。それがセラの夢なの。でも分かってるでしょう?それは」

 

「うん、分かってる。でも、それでも………」

 

 イヴが言いたいことくらい理解している。この国の現状だと、それが難しいどころか不可能だってことは。

 

 ーーーそれでも。

 

「諦めるなんて、出来ないよ」

 

「………ふぅん、そう」

 

 私の言葉にイヴはそう言って、自分の顎に指先を添える。

 

 失望されただろうか。軽蔑されただろうか。それとも諦めろと罵倒されるだろうか。

 

(それは………嫌だなぁ)

 

 しかし僅かな沈黙の後、イヴはとんでもないことを口にした。

 

「じゃあ私が連れて行ってあげる」

 

「え?」

 

 思わず聞き返した。

 

 しかしイヴは私の反応に気づいてないみたいで、窓の外に視線を投げている。

 

「貴女の故郷を取り戻すなんてことはできないけど、一回見に行く程度ならどうってことないわ」

 

 自信に満ち溢れた表情に、私は何も言えなかった。

 

 もしかしたら、彼女ならばと思った。

 

「だからその時、もし貴女さえ良ければ私に故郷を案内して頂戴。約束よ?」

 

「………………………いいの?」

 

「当然じゃない。だって私たち友達でしょう?」

 

 それだけで。たったそれだけの理由で、きっと本当にいつか実現するだろうという気がした。

 

「ホント?嘘じゃないよね」

 

「ホントよ」

 

 私は彼女に右手の小指を伸ばす。

 

「それじゃあ、約束っ」

 

「えぇ、約束」

 

 まるで子供のように私たちは指切りを交わした。

 



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第4話 アルベルト=フレイザー

 
 評価バーに色付いてました!ゃしさん・幻想境界と禁書目録さん・teonanaさん・絶望した狂人さん・クルスマさん、評価して下さって本当にありがとうございます!!



 

 昨日はセラと酒盛りしたので、当然のことながら仕上げるべき報告書の作成が終わっていない。

 

 おかげで若干の頭痛を抱える中、朝早くから報告書の作成を行う羽目になっている。

 

 いやまぁ、自業自得なのだが。

 

 ちなみに私が使っている室長用の職務机は、他のメンバーと比べてかなり広い。つか大きい。

 

 しかしその大部分は調査系や討伐系の任務を大雑把に左右に分け、さらに短期的なものと長期的なもので細かく整理した指令書で埋まっている。

 

 驚くべきことにこの指令書、数ある引き出しの中まで少なからず詰まっているのだ。

 

(これ全部片付いたりするの?)

 

 無理だと思う。

 

「おい、イヴ」

 

「ん?」

 

 声を掛けられた。こんな時間に私以外に居るとは思ってなかったので、誰だろうと思い一度顔を上げる。

 

「………………大丈夫なのか?」

 

 そこに立っていたのは、いつもの鷹のような鋭い視線を少しだけ柔らげた青年だった。

 

 アルベルト=フレイザー。執行者No.17《星》。

 

 個人的なものだが、特務で頼りになる男一位だ。

 

「あーー………えぇ、問題ないわ。次の任務に支障は出ないようにはしてるから」

 

 今日の予定を頭の中に思い浮かべつつそう言えば、彼は何か言いたげな表情になった。

 

 しかし「………そうか」と言っただけで、アルベルトは職務室から出ていった。

 

「あ、そうか」

 

 思い出した。そういえば今日の夜に、アルベルトと組んでの潜入任務があった。

 

 今回の相棒が朝早くからこんなことしてたら……。

 

「そりゃ、あんな顔もするわよね」

 

 早いとこ終わらせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 この時は間に合うと思ってたんだけどね?

 

 

 

 

 

 

 

 

<sideアルベルト>

 

「なるほど、了解した。途中からとはいえ、任務に参加はするのだろう?ならば構わん」

 

『そう言って貰えると助かるわ。苦労掛けて悪いわね、アルベルト』

 それじゃあ、また後で。

 

 片耳に取り付けたイヤリング型の通信魔導器を切り、一つため息を吐く。

 

(やはりこうなったか……)

 

 今朝にイヴと合った時点で、どこかこうなる気はしていた。

 

 彼女が報告書の作成をしていたのは見れば分かったが、驚いたのはその数。

 

 二十枚。

 

 それがイヴの机に広げられた、手付かずの報告書の数だった。つまりイヴは昨日だけで、その数の任務をこなしたということ。

 

 その報告書を仕上げるだけでも時間が掛かる上に、部下である俺たちからの報告書の確認やその他諸々。特務分室の室長であるイヴにはやるべきことが多々ある。

 

 しかしこうなることは、イヴにも理解できていた筈だ。

 

 彼女は、イヴ=イグナイトは優秀だ。それも

とびきり。自覚はあまりないようだが、先代の紅炎公と比べても遜色ないだろう。

 

 普段なら自分が任務に間に合わないなら、イヴは他の誰かを寄越すくらいのことをする。しかし今回はそれが無かった。

 

 見た限りでしかないが、恐らく既に彼女は限界近くまで疲弊しているだろう。

 

 この現状は。

 

(……イヴを取り巻く環境のせいか?)

 

 一瞬そんなことが頭に浮かんだが、すぐさま意識を切り替えた。

 

「今考えるようなことではない、か」

 

 今回の任務は天の智慧研究会との繋がりがある可能性が極めて高い、ある貴族が開くパーティーに乗じて潜入し証拠を探すこと。

 

 任務の内容を頭の中で確認し、俺はその貴族の屋敷に入り込んだ。

 




 
 これからしばらくはアルベルト回(の予定)です。


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第5話 潜入任務

 
 今回はアルベルトと任務です。



 

「アルベルト、怒ってるわよね………?」

 

 いや朝の私は本当に何で大丈夫だと思ってたのやら。普通に間に合わなかったじゃん。

 

 件の貴族の屋敷の門番に名前ーーー勿論のこと偽名ーーーを告げて中に入る。

 

 迷うことなくパーティー会場に足を運び、変装しているであろうアルベルトの姿を探す。

 

 といっても彼の変装を見破るなんてこと簡単にできるわけもないなので、目印として彼が片耳に付けている筈のイヤリング型の魔導器をしている人を探す。

 

(いや多いわ)

 

 しかし心の中で突っ込みを入れるくらい、イヤリングしてる人が多沢山いる。まぁ、イヤリングなんてファッションの最たるものの一つだし、そりゃそうか。

 

 給仕の一人からワイングラスを貰い、会場全体を見回せる壁際にもたれかかる。

 

 同じタイミングで一人の男性が私の隣に立った。

 

 長い藍色がかった長髪を三つ編みにして肩に垂らし、黒いシャツを着て青いネクタイをしている。黒めのコートにボタンを閉めることなく袖を通していた。その片耳には私と同じイヤリングがある。

 

(いや誰よ)

 

 アルベルトと分かっても、一瞬だけ私はそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

<sideアルベルト>

 

(まさか本当にイヴだとはな)

 

 壁に寄り掛かる少女を見下ろす。

 

 その身を着飾るのはシンプルな紫色のパーティードレス。いつもしている蝶の髪飾りは外し、深紅の髪の毛先にはウェーブをかけている。紫炎の瞳は穏やかな光を宿し、口元は穏やかに弧を描いていた。

 

 髪を染めるなりしているわけではない。しかし別人としか思えなかった。

 

「遅れてごめんなさい。少し、色々と手間取ってしまって」

 

「構わない。そんなに待ったわけじゃないしな」

 

「そう」

 

 イヴは自然な動作で左手を動かし、ここに来る前に詠唱済み(スペル・ストック)していたらしい魔術を行使する。

 

 すると俺たちは周囲から認識されなくなった。

 

「さて、アルベルト。パーティーで出会った素敵なレディに何か言うべきことはないの?」

 

 自分の容姿によほど自信を持っているのか、彼女はそんなことを宣う。 

 

「後でな。それより任務だ」

 

 俺がそう言うとイヴは「相変わらず真面目ね」と呟き、給仕から受け取っていたワイングラスを傾ける。

 

 ………任務中にどうかと思うが、一杯くらいは別にいいだろう。

 

 この後セラにでも言っておくか。

 

「お前が来るまでに粗方調べ終えた。この会場にいるほとんどは無関係。そして恐らく証拠の書類などはここの当主の部屋にある。そこの扉の前には、警備を務める魔術師が二人」

 

「優秀ねぇ、ホント。……その魔術師の位階は?」

 

第四階梯(クアットルデ)第五階梯(クインデ)

 

「問題ないわね」

 

 自慢するようなことでもない、言わばただの事実だ。俺もイヴもたかだか第四階梯と第五階梯の魔術師を相手に、手こずることなどあまりない。

 

「しかしどのようにしてそこまで行く?これだけある人の目を誤魔化すのは不可能だ」

 

 無関係な者が多いため、あまり派手に動くわけにもいかず、[コール・ファミリア]で呼び出した使い魔で調べるしかなかった。

 

 しかしイヴには何か策があるのか、余裕だという態度のままで佇んでいる。

 

「こうするの」

 

 そう言うとイヴは手首のスナップだけで、いつの間にか空にしたワイングラスを近くの窓から外へ向けて放り投げた。

 

 彼女の左手はそれに向けられている。

 

「ほら、走った走った」

 

「………………」

 

 楽しそうなイヴに殺意を覚えた気がした。無言で[フィジカル・バースト]を自分の身体にかけ、会場を駆け抜ける。

 

 直後外で爆発が起きた。その衝撃と音は屋敷の中まで届く。

 

「おい、何だ今の?」

 

「知るかよ。俺らはこの部屋に誰も入れなかったらいい」

 

「それもそうか」

 

 当主の部屋の扉の両脇に立つ魔術師に指先を向ける。

 

「《貫け閃槍》」

 

 小声で[ライトニング・ピアス]の呪文を唱え、さらにそれを二反響唱(ダブル・キャスト)で起動する。

 

 そして容赦なく打ち抜いた。

 

 音もなく崩れ落ちる魔術師二人が絶命したこと、部屋の中に誰も居ないことを確認してから扉を開ける。

 

 手早くその部屋にあった机の引き出しや本棚を探った。

 

 幾つかのダミー見つけた後、俺の手の中には幾つもの証拠が握られていた。

 

 後はイヴに連絡して外で合流すればいい。

 

 そう考えたとき窓が静かに開いた。咄嗟に左手を構えるが、その必要はなかった。

 

 窓から入ってきたのはイヴだ。必要ないと判断したのか、既にパーティードレスからいつもの装いに着替えている。

 

「………お前か」

 

 深紅の髪を蝶を模した髪飾りで括り、特務分室の軍用コートを羽織っている。下には長袖の白い上質なシャツを着込み、丈が短めのスカートからすらりと伸びる足は黒いストッキングで覆っていた。

 

 イヴは俺の手元を見ると、笑みを浮かべる。

 

「流石ねアルベルト。もう見つけたの」

 

「あぁ。引き上げるぞ」

 

「そうね」

 

 短く言葉を交わした俺たちは、予め確保していたルートを使って《業魔の塔》まで戻った。

 




 
 アルベルトの変装は「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」に登場する、ディートフリート・ブーゲンビリアを参考にしてみました。

 もう一話続きます。多分。


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第6話 潜入任務2

 
 2というより任務後の話ですね。



 

<sideアルベルト>

 

 《業魔の塔》にある職務室で、俺とイヴは今回の報告書を仕上げていた。

 

「そういえば」

 

 しばらく経ってからそう言ってイヴに視線を向けると、彼女の手は止まっていた。どうやら既に報告書を書き終えたらしい。

 

「何?どうかした?」

 

「いや、あの会場で視線を他の場所に誘導するというのは分かる。だが、あれから一体どうやったのかと思ってな」

 

「あー、それね」

 

 脳裏に浮かぶのはイヴが起こした爆発。

 

 一瞬だけなら人の意識を逸らせるだろうが、それを持続させるのは難しい。

 

「別に大したことしてないわ。少し一暴れさせただけよ。[コール・ファミリア]で喚んだ、ちょっと人に似せただけのゴーレムをね?」

 

「………他にやりようがあっただろう」

 

「結果オーライってやつよ。気にしない気にしない」

 

 ひらひらと手を振りながらイヴはそう言った。そんな彼女の態度は常にどこか尊大さを感じるものだが、自分でも何故かは分からないがそれに嫌気を感じることはあまりない。

 

 そんなことを考えていると、イヴはおもむろに椅子から立ち上がり給湯室に足を運んだ。

 

 少しして戻ってくる。その両手には一つずつマグカップを持っていた。

 

「はい、コーヒー」

 

「頼んでないが?」

 

「上司のささやかな気遣いよ。文句言わずに受け取りなさい」

 

 半ば強制的にだが受け取った。

 

 とはいえ時間が時間だ。若干とはいえ眠気を感じていたので、正直ありがたい。

 

「それにしても面白いくらい上手くいったわね。そうは思わないアルベルト?」

 

 片手に天の智慧研究会と関わりがある貴族の名前が記されたリストを持って、イヴは自慢気に見せつけてくる。

 

 件の貴族の屋敷から抑えた証拠の一つだ。これからは他の部署に回すことになっている。

 

 早ければ明日にでも片が付くだろう。

 

「分かっていたのか?」

 

 そして気になるのが、リストにある名前は今後調べる予定だった者ばかりだということ。

 

「まぁね。まとめ役の一人くらいはいると考えてたわ」

 それが今回の奴だとは思ってなかったけど。

 

 リストを他の証拠と纏め終えると、イヴはマグカップを傾ける。

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 会話が途切れる。

 

 コーヒーを飲みながら報告書を書いていると、ふと思い出したという風にイヴが口を開いた。

 

「あぁ、そういえばね。今度、新しく入ってくる子がいるのよ」

 

「それはまた珍しいな」

 

 特務分室の任務には危険なものが多い。欠員は………言ってしまえばよくあることだが、新しく入ってくるという者はそういない。

 

 そこまで考えてふと思った。

 

 こいつが室長になってからは一度も欠員が出ていない。

 

「それでその子の名前なんだけどーーー」

 

 イヴは不自然に間を空けてその名前を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーグレン=レーダス、っていうのよね」

 




 
 以前に原作まで長いとは言いましたが、主人公が出ないとは言ってない………ですよね?

 というわけで、次回に出します。


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第7話 グレン=レーダス・セリカ=アルフォネア

 
 ようやく主人公登場ですが、本当に登場しただけです。そして何故かセリカの要素が強くなってしまいました。
 
 というわけで、次回こそグレンを書きます多分。

 でもグレン出せれただけでも誰か褒めて?



 

 グレン=レーダス。それはこの世界、「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」の主人公の名前。

 

 特務分室に入ることになった彼は、保護者のセリカさんが連れて来る筈、なのだけど………。

 

「来ないわね」

 

 私は《業魔の塔》入り口付近に立って待っているのだが、約束の時間はかなり過ぎている。立ったままなので結構辛い。

 

 セリカさんがその気になれば、転移とかして一瞬で来れると思ってたけど、流石にいくら彼女でもそんなことはできないらしい。

 

 ………………できないよね?

 

「ん?」

 

 その時馬車が来るのが見えた。それはあっという間に近づいてきて、私の前で止まる。

 

 御者をしていたのは妙齢の女性だった。

 

 袖のない漆黒のドレスを身に纏い、その谷間は大胆に開いている。しかし下品さは微塵もなく、ただ圧倒的な華がある。両腕には肘まで覆う黒いレースの手袋。頭には赤い薔薇の髪飾りを付けていて、その綺麗な金髪は腰まで届くほどに長い。

 

 セリカ=アルフォネア。この大陸唯一の第七階梯(セブテンデ)

 

 彼女は笑顔を浮かべて私に話し掛けてきた。

 

「よ、待たせて悪いな。イヴ」

 

「お久しぶりですね、セリカさん。それで、其方が?」

 

「あぁ、私の弟子のグレンだ。ほらグレン、挨拶しろ挨拶」

 

 そう言って彼女が誇らしげに視線を向けたのは、まだどこか幼さの残る魔術学院の制服を着た少年だ。

 

 彼がグレン=レーダス(主人公)

 

「初めまして、グレン。私はイヴ=イグナイトよ。気軽にイヴと呼んで」

 

 私はそう言って片手を差し出した。おずおずといった様子のグレンと握手を交わす。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「固いわねぇ。別に敬語じゃなくていいのよ?」

 

 そう言うとグレンは明らかにホッとした。多分敬語を使うのに慣れていないのだろう。

 

「そりゃ助かるわ。俺はグレン=レーダス、知ってるだろうけど」

 

「おいおいグレン。一応最低限の礼儀くらいは払っておけよ?そいつはお前の上司だからな」

 

「は?上司?」

 

 セリカさんの言葉に不思議そうに私を見つめる彼に、改めて自己紹介する。

 

「改めて初めまして、グレン=レーダス。今代の紅炎公(ロード・スカーレット)、そして宮廷魔導師団特務分室の室長、イヴ=イグナイトよ」

 

「え、マジ?」

 

「マジもマジ」

 

 腕組みして頷くセリカさん。キョトンとした表情をするグレン。

 

「見た感じ同い年くらいでしょう?気にしないでいいわ。それじゃあセリカさん、グレンは預からせていただきます」

 

「ああ、頼む」

 

 彼女はそこでグレンの頭をクシャリと撫でる。

 

「それじゃあ私は行くが、グレン。頑張れよ」

 

 そう言って再び馬車を走らせる彼女を、私たちは見送った。見送った後に、私はグレンを彼の部屋へと案内する。

 

 大きめの窓が取り付けられ、机と椅子、そして壁には時計とベッドがある。それから部屋の奥にはちょっとしたシャワー室という、やや広めの一人部屋だ。

 

 少し殺風景なものだけど、まぁ内装くらいいくらでも変えてくれればいい。実際ほとんどの人は自分好みに改装している。

 

「ここが貴方の部屋よ。そこのベッドの上にあるのが特務分室のコートとシャツ、それからズボンね。多分サイズは合っている筈だけど、一応確かめて合わなかったら言ってくれて構わないわ」

 

 それから着替え終えたら言うように伝えて、私は部屋の扉を閉めた。そのまま壁に背中を預ける。

 

 その場で煙草を手にとって火を付けた。

 

 少し苦みのある煙を吸い込み、そして吐き出す。

 

「どうしろってのよ………」

 

 嫌な気分だ。

 

 グレンの目は、あまりに純粋だった。これから自分は『正義の魔法使い』になるのだと、そう自分の夢を信じて疑わない子供の目をしていた。

 

 けれど彼の行く末を知っている。憧れの『正義の魔法使い』になれないことに絶望し、大切な人の一人も守れず、魔術というものを心の底から嫌うようになる。

 

(けどまぁ、そこまで原作に沿うつもりなんてない)

 

 部下は守る。それは彼らの上司である私には当然のこと。

 

 それに子供の夢を応援するくらい、別にやってもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、とりあえずは。

 

「グレンと友達になるところから始めますか」

 

 

 

 

 

 

 

<sideセリカ>

 

「寂しくなるなぁ……」

 

 私、セリカ=アルフォネアには血の繋がっていない息子がいる。名前はグレン=レーダス。

 

 グレンの魔術特性は「変化の停滞・停止」。そのせいもあって魔術師としては三流とされる第三階梯(トレデ)。恐らく今後も位階が上がることはないだろう。

 

 そんな魔術師としてあまりに恵まれてない奴だが、グレンは誰よりも魔術師だと私は思っている。けど大多数の者はそう思わないというのも分かってる。

 

 だからグレンの将来を心配していた。

 

「しっかし、宮廷魔導師団から声がかかるとはな」

 

 だがもう心配はしていない。ただ胸中には誇らしさがある。

 

 宮廷魔導師団特務分室。

 

 そこはかつての私の職場だから、それを聞いたときは数奇なものだと思った。

 

 そして安心した。

 

「なにせイヴの所だ」

 

 イヴ=イグナイト。今の特務分室において室長を務める女性。代々特務分室の室長を務めるイグナイト家の娘で、確かまだグレンと同い年の筈だ。

 

 そしてかつてこの私に、大陸唯一の第七階梯である魔術師に膝を付かせた女。

 

 彼女が居るなら問題ないと、この時の私はあまりにも楽観的な思考をしていた。

 




 
 折を見てセリカとの話も書こうと思っています。


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第8話 吸血鬼編

 
 前回の前書き詐欺になってしまい申し訳ない。自分にはグレン視点とか書くことは無理でした。許して下さい。
 
 だって、ほら。入隊したてのグレンの口調とか分かりませんし?だからしょうがないんです。
 
 それから少し時系列がおかしいかもしれませんが、どうか目を瞑っていただきたい。

 それではどうぞ。



 

 アルザーノ帝国に数多くいる外道魔術師の一人、ワーテルロ卿。彼の下から逃げ出した人工吸血鬼の成功個体、『カーミラ』を追うこと早数日。

 

 私はジャティスと昼間から王都に居た。

 

「あの『カーミラ』ってのが王都に来たのは分かっているんだけど………探すのは骨が折れそうね」

 

「だけど人工とはいえ吸血鬼。この時間帯だし、日の当たらない路地裏にでも潜んでいるんだろう」

 まぁ、君なら分かってるとは思うけどね。

 

 彼の言うように、そんなことは分かっている。つまり王都の路地裏を探せばいいのだが………。

 

「広いわよ」

 

「知ってる」

 

 前々から目を付けていた飲食店で、少し遅めの昼食を食べながら言葉を交わす。

 

 ていうかそもそも、どうしてこうなっているんだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、グレンが特務分室のメンバーになってから、もう一年と少しばかり経つ。

 

 私はその間の彼の育成をバーナードに一任した。

 

 というのもグレンの魔術師としての腕、位階を上げるのは土台無理な話なので、ならば戦い方を覚えて貰おうと思ったからだ。

 

 いくらグレンの固有魔術(オリジナル)ーーー《愚者の世界》が魔術師相手に対する鬼札とはいえ、それだけでは外道魔術師にとって脅威足りえない。

 

 なので最低限のレベルまでバーナードに鍛えさせた。そのおかげで言い方は悪いが、グレンはそこそこ使える駒くらいには育ってくれた。

 

(こんな考え方してるからかしら?)

 

 グレンとの仲が良好とは言い難いのは。

 

 いや別に心底嫌われているってわけじゃないと思う。思いたい。ただまぁ、友達と言えるほど仲が良いとも言えなくて………。

 

 この一年私は何してたのやら。

 

 軽い自己嫌悪に陥りながら手を動かす。

 

 ちなみに今日私は、《業魔の塔》の職務室で溜まりに溜まった書類仕事を片付けている。

 

 定期的にこうした時間を設けないと、普通にヤバいのだ。

 

 そして本来なら私しかここには居ない筈なのだが、どういうわけか一人の姿がある。

 

「アンタねぇ。折角くれてやった休暇なのに、どうしてこんな所に居るのよ」

 

「別に。それこそ僕が休暇に何処に居ようが勝手だろう、イヴ。それにしても自分の職場をこんな所呼ばわりとはね」

 

 執行者No.11《正義》のジャティス=ロウファン。

 

 銀縁の眼鏡を掛けてシルクハットを被っている。手には上質な杖を持ち、その装いは休日だというのに、黒を基調とした特務分室の軍用コート。

 

 彼は少し、いや結構な度合いで頭のネジが飛んでいる。

 

 そんな彼に任務、特に外道魔術師を討伐する系のものをやらせると、かなり過激な結果になるが………まぁ、それでもしっかり結果を出してるし、私的には文句はない。

 

 そして確かに休暇のジャティスが何処に居ようが行こうが勝手なのだけど、こうも目の前でのんびりされると少々思うものがある。

 

(休暇取り下げてやろうかしら?)

 

 そんなことを考えたときに、通信用の魔導器が鳴った。アルベルトからだ。

 

「何?」

 

『任務の報告だ。ワーテルロ卿の件についてな』

 

「……ちょっと待って」

 

 えーと、何だ。確か人工の吸血鬼だかを研究してる外道魔術師だっけ。そのワーテルロ卿ってのは。

 

 幾つもの書類の中から一つの資料を取り出した。……普通にあったわ、ワーテルロ卿。

 

 そういえば彼の討伐をアルベルト()セラ(女帝)、そして執行者No.0《愚者》となったグレンに任せていた。

 

 メモを机に置き筆立てからペンを手に取る。

 

「ご苦労様。それじゃ簡単に頼むわね」

 

『分かっている』

 

・対象の始末は完遂

・遺体も研究内容も回収 

・犠牲者は365名

・救出者は0名

 

『以上が今回の任務の最終報告だ』

 

 ………こいつホント簡単にまとめやがった。相も変わらず真面目なことで。

 

「大成果じゃない。あの凄腕ワーテルロ卿相手によくやったわ」

 

 改めて資料を見ると、既に何人もの軍人、魔術師がワーテルロ卿に殺されている。魔術師としての技量が高いのだろう。

 

 それをたった三人で倒すとは。やらせておいてあれだが、素直に凄いと思う。

 

 アルベルトによると人工吸血鬼、しかも成功個体が一体逃げたらしい。だが、今回の成果に比べれば些細なことだ。

 

「後の引き継ぎはやっておくから、早く戻ってきて少し休みなさい」

 

 しかし彼らには非常に悪いが、まだまだ任務が山ほどある。だから休めるときにしっかり休んで欲しい。

 

『………そのことだが』

 

 いつもならこれで通信を終えるのだが、何故か今日は珍しくアルベルトが遠慮がちに言葉を紡いだ。

 

『俺とセラは構わない。グレンを多めに休ませてやれないか?』

 

 彼の頼みにさして驚くでもなく、ただ頭を抑えて深くため息を吐いた。

 

「まさか、また(・・)なの?」

 

『あぁ。今の奴は精神的に疲弊している』

 

 救出できた者はいないと聞いたときから、グレンは恐らくそうなっているだろうとは思っていた。

 

「“結局、一人も救えなかった”、か」

 

 グレンが言いそうな台詞を言ってみる。何やらアルベルトが驚いている気がしたが、まぁ気のせいだと思う。

 

「何度も言ったのにねぇ。生存者なんて、最初から期待できない状況だって……」

 

 それが分からなかったのではなく、ただ期待せずにはいられなかっただけだろう。

 

 まだ生きているかもしれないと。まだ助けられるかもしれないと。

 

 グレンにやらせた任務はとっくに二桁を越えた。

 

 そのほとんどの任務で、それなりの数の犠牲者が毎度出ている。しかしグレンが嘆くように、決して一人も救えなかったわけじゃない。

 

 そのことにグレンは気づいていない。

 

 馬鹿と言いたいわけじゃない。けれど、グレンは。

 

「ホントに不器用よね、あいつ。勝手に抱え込んで潰れるくらいなら、私のせいにした方が楽なのに」

 




 こんな感じでいいんですかね。


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第9話 吸血鬼編2

 
 受験も終えて合格したので、肩の荷が降りました紅=李江です。いや~ホント進路が決まって一安心してるのです。
 
 それから時々日間ランキングに載るので、自分のことながらとても驚きでした。沢山の方に読んで頂いて、とても嬉しいです。ありがとうございます。

 無駄に長い前書きで申し訳ない。

 では、どうぞ。



 

『イヴ』

 

 アルベルトはただ私の名前を呟く。

 

 そこには向ける場所のない苛立ちと、心配するような響きがある気がした。

 

「何でもないわ。それよりグレンのことよね」

 

 グレンを休ませるのは確定として、他二人をどうするか少し悩む。

 

 ………………よし。

 

「いいわ。貴方の言うように、グレンは少し休ませましょう。あまり無理させて潰れても困るし」

 

『…そうか。悪いな、イヴ』

 

 そのまま通信を終えようとする彼に、「ただし」と続ける。

 

「グレンだけ贔屓するわけにいかないから、貴方たち全員に同じだけ休みをあげる。それでどう?」

 

『いやセラはともかく俺は』

 

「ダメ。それが条件よ」

 

 焦っているように感じられるアルベルトに言い放つ。これくらいしないと、彼はなかなか休んでくれないのだ。

 

『……………………………………………………分かった』

 

 かなり長い沈黙の後、アルベルトはそう言って通信を切った。

 

 悩んだのだろうか?このブラックな職場(特務分室)での貴重な休みくらい、大喜びで受け取ってくれてもいいのに。

 

 さて。

 

「少し働いてもらうわよ、ジャティス」

 

「………なるほど。こうなるのか」

 

 さっきまで空気だった彼にそう言うと、どこか納得した風な反応を見せて立ち上がる。

 

 ジャティスはコートを翻して扉に近づく。杖を持っていない方の手を、まるでエスコートでもするかのように此方に伸ばした。

 

「それじゃあ、行こうかイヴ」

 

 私は柔らかい笑みを浮かべて言った。

 

「今日は無理だから明日からね」

 

「色々台無しだよ」

 

 うるさい。こっちは書類が阿呆なくらい溜まってるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 みたいなことがあったのだ。

 

 ちなみに私たちの昼食はサンドイッチ。王都にある店だけあってとでも言うべきか、普通に美味しい。

 

「使い魔だって飛ばしてるし、遠見の魔術も使ってる。でも全く見つからないわね。そっちはどう?」

 

「こっちも芳しくないよ。………強いて言うなら、セラとグレンが一緒に居ることくらいか」

 

「え?何それスッゴい気になるんだけど」

 

 恐らく偵察用の人工精霊(タルバ)を飛ばしているだろうジャティスの言葉にそう言った。

 

 デートかな?後でセラに根掘り葉掘りと聞いてやろう。

 

(いや、それよりも)

 

 私たちがここまでやって見つけられないとか、『カーミラ』の潜伏スキルはかなり高いらしい。

 

「ところでジャティス。少し聞きたいんだけど」

 

「ん?何だい?」

 

「貴方ひょっとして体調………それとも機嫌でも悪いの?」

 

 サンドイッチ片手に尋ねると、彼はお茶を飲んでから口を開いた。

 

「どうしてそう思うんだい?」

 

「いやどうしてって、それ本気で言ってる?だって任務に集中できてないじゃない」

 

 これまで人工吸血鬼『カーミラ』と遭わなかったわけじゃなく、何度か捕捉することはできているのだ。

 

 しかしその全てにおいて彼女に逃げられてしまっている。

 

 ………別に誰のせいとも言わないが。偶にはそういう時もあるだろう。

 

 それに部下が不調ならそのことをどうにかするのが私の役目だ。

 

 この任務を気分転換代わりにしてくれたら良かったのだが、どうもそう上手くはいかないらしい。

 

(この任務が終わったら休ませよ)

 

 ……何となくだが、彼がこうなる原因はわかる。

 

 十中八九、グレンだろう。

 

 ジャティスは自分自身を、唯一絶対の正義だと定義している。そんな彼にとって、グレンはさぞかし気にいらないことだと思う。

 

(でもなぁ………)

 

 何だか、それだけじゃない気がする。

 

「………別に何でもないさ」

 

 ジャティスはそう言うと、何故か私の顔を見てため息を吐いた。

 

 喧嘩売ってんのか、こいつ。

 





 次回はジャティス視点で書くつもりです。

 良かったら感想下さい。


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第10話 ジャティス=ロウファン

 
 11月26日に日間ランキング33位でした!ありがとうございます!

 今後もよろしくお願いします!!


 

<sideジャティス>

 

 目の前にいる女性をため息混じりに眺める。

 

 イヴ=イグナイト。

 

 今代の紅炎公(ロード・スカーレット)にして、宮廷魔導士団特務分室室長。そして三大公爵家の一つ、イグナイト家の娘。

 

 今は任務中だというのに、彼女の装いはいつもの特務分室の服装ではない。長袖の赤みがかったジャケットの下に、丈が短めの黒いワンピースというかなりラフな格好をしている。

 

 それも対象の吸血鬼が中々見つからないことと、それから珍しいことにイヴの希望があったせいで、飲食店に入ることになったからだ。

 

「任務に集中できていない?」

 この僕が?

 

 いかにも美味しそうにサンドイッチを頬張っているイヴには聞こえないよう、彼女が先ほど言った言葉を小声で呟く。

 

 そんなわけがない。と言いたいが、自覚はある。でなければ今回の任務、ここまで手こずってはいないだろう。

 

(それにしても……)

 

 こうしてイヴと二人で居ると、あの日のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の任務は外道魔術の討伐だった。それをイヴと共にこなした後、僕らは夜遅くで王都からかなり離れた場所ということもあり、一夜を近くの街にある宿で過ごすことにしたのだ。

 

 そしてもう寝ようとしたときに、部屋のドアがノックされた。

 

「ジャティス、私よ。ちょっと開けなさい」

 

「……何かな。僕もそろそろ寝たいと思っているんだけど」

 

「あまり時間は取らせないわよ」

 

 寝間着姿のイヴはそう言うと、堂々と部屋に入ってくる。少し図々しいとも思ったが、まぁ彼女には今更な話でもあるだろう。

 

「唐突だけど、貴方に聞きたいことがあってね」

 

「本当に唐突だね?ま、答えられることなら答えるさ」

 

 僕がそう言うと、彼女はベッドに腰掛けて口を開く。

 

「貴方の夢は何?」

 

(何を聞くかと思えばそんなことか)

 

 自然と口元が歪んだ。

 

 そんなもの決まっている。

 

「正義を為すことさ」

 

 そう。それこそが僕の為すべきこと。例えどのような手段を用いようとも、必ず悪をこの手で裁く。

 

「いや違うわよ」

 

「は?」

 

「だから、それは夢じゃないって言ったの」

 

 しかしイヴは僕が言ったことを否定した。僕の正義を愚弄するのかと思わず殺気が溢れた瞬間、再び彼女は口を開く。

 

「貴方のそれは使命みたいなものよ」

 

「…………………………そうかもしれないね」

 

 いやむしろ言われてみれば、夢というよりも使命と言うべきだろう。何だか釈然としないものはあるが。

 

「別にそれが夢でもいいんだけど」

 

「いいのかい」

 

「私が聞きたいのはその後なのよねぇ」

 

 僕のジトっとした視線を無視して、イヴは指先で髪の毛を弄りながら続けた。

 

「それを為し終えたとして、それから貴方はどうしたいの?」

 

「…………………………」

 

 イヴの問いに何も答えられず、ただ沈黙を返す。しかしそれは許さないとばかりに、無言で見つめられた。

 

 視線を逸らして正直に告げる。

 

「………考えたこともなかったよ」

 

「ふぅん、そう。やっぱりねぇ」

 

 僕の返事を予想していたのか、イヴは此方に視線を向けることなく呟く。

 

「別にそんなもの無くても構わないだろう」

 

 何となくイヴの反応が気に喰わなくて睨みつけるような視線を向けたが、イヴは気にする素振りもなく足をぶらつかせる。

 

「そりゃね、絶対にないとダメなんて言わないわ。だけど」

 

 少しの間を空けて、それから微笑みを浮かべながら言った。

 

 

「きっとある方がいいと思うの」

 

 

「………ふん、そうかい」

 

「そうよ」

 

 言いたいことはもうないのか、イヴはベッドから立ち上がる。

 

「いきなり悪かったわね。お休みなさい、ジャティス」

 

 それだけ言って部屋から出て行こうとするイヴの名前を呼ぶ。彼女は足を止めて振り向いた。

 

「何?」

 

「君の夢は何なのさ?」

 

 気まぐれでそう尋ねると少しだけ悩むように黙り込み、そして静かに言葉を吐き出した。

 

「“守りたい”のよ、私は」

 

 何を、とは言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「見つけた」

 

 イヴの声に意識を戻す。

 

「吸血鬼かい?」

 

「そうよ。これ頼むわね」

 

 彼女はそう言って伝票を僕に押し付けると、音もなく走り出す。その姿はあっという間に見えなくなった。

 

 ここ最近の彼女は、あれで身体強化系の魔術を使っていないらしい。末恐ろしいことこの上ない。

 

 あの日からかなりの時間が経ったが、相変わらず夢なんてものはない。

 

 しかしふとした拍子に、自分の夢は何なのか考えてしまうようにはなった。

 

「まぁ、先ずは任務といこうか」

 

 すぐさま浮かび上がったものをかき消す。

 

「お会計ですか?」

 

「ん?あぁ、頼むよ」

 

 店員に伝票を渡そうとした手が固る。

 

(高い……)

 

 サンドイッチ二人分にしてはやけに高い。

 

 ふと視線をイヴが座っていた席に向ければ、昼食以外の皿があった。恐らくはデザートの類だろう。それも一つや二つではない。

 

 ブチリと何かが切れた気がした。

 




 
 回想シーンやや強引な気がしてならない。こんなんですみません。

 次回にようやくクロス要素出せれそうです。
 


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第11話 吸血鬼編3


 


 

 伝票をジャティスに押しつけ………任せた私は、使い魔で捕捉した『カーミラ』の場所へと走っていた。

 

 走りながら軍用コートを羽織り、髪飾りで髪を留める。このコートってどういう仕組みなのか、サイコロ程度の大きさにまでなる。持ち運びにホント便利。

 

 ちなみに私は今、というか最近?魔術的な身体能力の補助は一切していない。

 

 まぁしかし、それ以外による強化はしている。

 

 

 “呼吸”。

 

 

 それは『鬼滅の刃』という創作世界の人間たちが、人に仇為す鬼を殺すため身に付ける操身術のこと。

 

 心肺活動を著しく増強させることにより、一度に大量の酸素を体内に取り込む。そうすることで、身体能力を瞬間的かつ大幅に上昇させることができる。

 

 修行方法は完璧に我流でしかなく身に付けられるとも思っていなかったが、どうにかこうにか自分のものにすることができた。

 

 ………簡単にまとめはしたが、そう簡単なことじゃなかった。

 

 魔術が使えない状況に陥った際のために、何かしらの戦闘手段を備えようとして、そして“呼吸”を身に付けようと考えたのはいい。……いいとして、だが。まずどうすればいいのか分からなかった。

 

 当然のことながら『ロクでなし魔術講師と禁忌教典(この世界)』に“呼吸”なんてないのだから、役立つような資料などは存在しない。

 

 “呼吸”ができるようになるまで何度も自分を痛めつけ、それだけでは足りず何度も死にかけた。

 

 特に“全集中・常中”は会得するまでがホントにヤバかった。“全集中の呼吸”を一度行うことでさえ、かつては多大な危険を伴っていた。それを四六時中となれば、どれほどか言うまでもないだろう。

 

 自分でも何故そこまでしたのかはっきりと言えない。ぶっちゃけ分からない。だが一回やり始めたことを諦めるというのを、私はしたくなかった。

 

(ホント損な性分よねぇ、我ながら)

 

 一つ苦笑いを零して、意識を『カーミラ』を捉えている使い魔に割く。

 

「は?」

 

 視界に映った光景に思わずそんな声が出る。

 

 どういうわけかグレンがボロボロの『カーミラ』に襲われ、それを庇ったセラが傷を負い血を流していた。

 

 

「ーーー殺す」

 

 自分でも驚くほど冷たい声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ダンッ

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬にして視界が変わり、空中から勢いよく着地する。

 

 『カーミラ』が先に私に気づき、一拍遅れてグレンも私に気づいた。

 

「ッ!?」

 

 体中に痛みが走った。それを堪えて『カーミラ』を睨みつける。

 

 使用した魔術は[ショート・テレポ]。

 

 本来セリカさんしか使用できないような魔術だが、使い魔を座標にすれば私でもその真似事くらいできる。

 

 しかしショートと言える距離でなかったせいか、尋常でないくらいの痛みがあった。

 

 だけどそれも、目の前の光景に比べれば些細なこと。

 

「《我が手に・刃を》」

 

 手首にある金属製の腕輪を素材にして、細身の刀を錬成した。

 

 息を吸う。体温が上がる。

 

 地面を砕かんばかりの勢いで踏み込み、爆発的な加速を以て瞬時に『カーミラ』を刀の間合いに置く。

 

 彼女の首へと刃を振るった。

 

 

 “炎の呼吸”壱の型、不知火。

 

 

 『カーミラ』は人ならざる身体能力で私の刀から逃げようとする。が、それよりも私が刀を振り切る方が速い。

 

「ちっ」

 

 思わず舌打ちをする。

 

 流石というか、曲がりなりにも吸血鬼。

 

 首の半ばまで斬られながらも素早く後方に飛び退きーーー直後まるで何かを避けるように首を逸らした。

 

 次の瞬間、彼女の顔があった位置を雷が通り抜ける。

 

 ジャティスの援護かなと思ったのだが、どうもそれは違った。

 

「其処までだ、吸血鬼」

 

 特務分室の魔導士礼服を翻すのは、休みを与えた筈のアルベルトだった。

 





 というわけで、クロスするのは『鬼滅の刃』の技です。後でタグ追加しときます。


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第12話 吸血鬼編4

 
 12月11日(火)、日間ランキング4位。

 まさかここまで反響が出るとは思ってもいませんでした。
 色んな方々に読んで頂き、そして評価や感想を貰うことができ、とても嬉しいです!本当にありがとうございます!!
 
 今後ともよろしくお願いします。



 

 『カーミラ』は私とアルベルト、そしてグレンを見て悔しげに顔を歪ませる。と思ったら、身体を霧状にして何処かへ逃げていってしまった。

 

「……また、逃したか」

 

「ちょっとそれどういうことよ?」

 

 アルベルトの言葉に突っ込みを入れるように尋ねる。

 

 またって何だ。

 

 そういえば『カーミラ』には、私とジャティスが付けた他にも傷があった。あれはアルベルトの手によるものか。

 

 こいつさては、勝手に吸血鬼を追っていたな。

 

「お前ら………ッ!なんで………ッ!?」

 

「ん?」

 

 私とアルベルトを見て警戒するように身を固くしているグレンを、不思議に思いつつ彼に言葉を掛ける。

 

「貴方は無事みたいね。良かったわ」

 

「すまないが話は後だ。……今はセラの手当てが先だ」

 

 そう言って私とアルベルトは、淡々とセラの手当てを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

『カーミラ』の追撃任務に就いた軍の魔導士は、言うまでもなく私とジャティスだ。理由は一時的に戦線を離れたグレン達の穴を埋めるため。 

 

 だから同じく休暇を与えたアルベルトが此処に居る筈ないのだが、どうやら『カーミラ』が帝都に来たことを察知したらしい彼は、軍の魔導士の一人として独自に動いた。ということらしい。

 

 

(絶対に嘘よね)

 

 

 そう思いはしたが、追及するのも面倒。そういうことにしておこう。

 

「その……セラは大丈夫なのか?」

 

 ぐったりと地面に横たわるセラを見下ろし、ポツリと呟くグレン。

 

 アルベルトがこの前言っていたように、かなり精神的に参っているようだ。

 

 そんな彼にセラの容態を説明しようとしたら、私よりも速くアルベルトが口を開いた。

 

「あの吸血鬼の爪には生命力吸収(エナジー・ドレイン)の呪力がある。生命力が衰弱したせいで、今のセラには法医呪文(ヒーラー・スペル)が効き辛い。手は尽くしたが、助かるかどうかはセラ次第だ」

 

「くそ………!」

 

 グレンは路地裏の壁を、苛立たしげに殴った。

 

 

 ………いやちょい待て。

 

 

「アンタ何でそんなに詳しいのよ」

 

「偶々だ」

 

「……あ、そう」

 

 しれっと嘘吐きやがった。

 

 グレンをアルベルトに任せて路地裏から出る。途端に手持ち無沙汰になったので、いつもの煙草に火を付けたる。

 

 《業魔の塔》に通信魔術で救護部隊を要請はしてある。そのついでにジャティスを足代わりに送ったので、もうそろそろ着いてもおかしくない頃合いなのだけど。

 

 そう思ってふと空を見上げれば、何体かの天使に運ばれる救護部隊がいた。その中心にはジャティスの姿がある。

 

「来たわね」

 

 彼は徐々に高度を下げて天使を解除する。すぐさま救護部隊は路地裏へと入って行く。

 

 しかし一人だけ私の前で立ち止まった女性がいた。

 

 特務分室のものとは違った黒の軍服の上に、蝶を模した柄の羽織り。私がしているのと似ている蝶の髪飾りを使って頭の後ろで髪を括り、腰には細剣(レイピア)よりも細く見える刀を差している。

 

「その歳で煙草はあまりお勧めしませんよ、イヴさん」

 

「……シノブ」

 

 彼女の名前はシノブ=コチョウ。

 

 かつて私を姉と慕っていた彼女から、私は目を逸らした。

 





 折角なので、キャラもクロスしてみようと思います。


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第13話 吸血鬼編5

 
 メリークリスマス!!

 いつもより投稿が遅れてすみませんでした。

 では、どうぞ。
 


 

 私はシノブの視界に入らないように、煙草の箱を持っている手を背中に隠そうとした。

 

「はい、それ渡して下さい」

 

 一瞬でバレた。

 

 渋々ながら渡せば「捨てておきますね」なんて言う。

 

 悲しい。ちょっと前までは私を「姉さん」と呼んで、あんなに慕ってくれていたのに。

 

 

(………やっぱりあの日のこと、まだ根に持っているのかしら?)

 

 

 だとしたらちゃんと謝って仲直りしたいとは思うのだけど、今更どんな顔をしたらいいのかちょっと分からない。

 

 そんなこと考えながら彼女にセラのことを頼めば、真剣な顔をして頷き路地裏に入って行った。

 

 それを視界の隅で見ていると、ゆったりとした足取りでジャティスが私の隣に立った。

 

「彼女は確か、君がいつぞや拾った子供だったろう?」

 

「そうだけど、落とし物みたいに言わないでくれる?言い方が悪いわよ」

 

 ジャティスの言葉にそう言って路地裏に視線を向けると、ちょうどアルベルトが出てきた。しかし彼だけで、グレンが出てくる気配はない。

 

「アルベルト、グレンは?」

 

「あいつは吸血鬼の始末を付けに行った」

 

「………私たちの任務なんだけど?」

 

「まぁ、多目に見てやってくれ」

 

 アルベルトは肩をすくめて苦笑した。

 

 彼がこれほどグレンに、誰かに肩入れするというのも珍しい。ていうか最近甘くなったというか、丸くなったというか………いい意味で変わったと思う。

 

「ふん、別にいいわよ。貴方がそこまで言うんだし」

 

 そのとき再び天使たちが路地裏から飛び出し、救護部隊を運ぶのが見えた。どうやら、ジャティスが側に居なくても大丈夫らしい。何気に凄いな。

 

 いや偵察用の人工精霊(タルバ)があるくらいだし、別に不思議なことでもないのかな?

 

「それよりも僕は君に言いたいことがあるんだけどね」

 

 ふいにジャティスが声を掛けてきた。彼は不満そうな表情を浮かべながら、あまり中身のない財布を私に突き付ける。

 

「ギャンブルでもしてるの?だったら程々にしておきなさい」

 

 まぁ全くするなとは言わないが。ただ程度は弁えて貰いたい。

 

「君の!昼食代だよ!!」

 

「あぁそれね」

 

 あったなそんなのも。

 

 財布をぶらぶらと振りながら「これ経費で落ちるんだろうね」とボヤくジャティスに、「そんなわけがないでしょう」と返す。

 

「は、ぁ?」

 

 任務先での滞在費だったり、そういったものなら経費で落ちる。いくらでも落とす。

 

 ただ今日の昼食みたいなものを経費で落とそうものなら、私がサボっ………休んでいたことがバレる。誰にとは言わない。

 

 といったことをジャティスに伝えれば、彼はあからさまに顔をしかめた。

 

「ま、それ以外はちゃんと落としてあげるから。それとお昼ご馳走さま」

 

 ポンと肩を叩いてやれば、もはや怒る気もなくしたのだろうか。ジャティスは肩から力を抜いた。

 

「もういいよ、何でも」

 

「そう?なら戻りましょう」

 

 私たちは《業魔の塔》へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、歩くの疲れたんだけど」

 

「だからって天使は出さないからね。ただでさえ君の命令のせいで、救護部隊を運搬したから手持ちの粉が少ないんだ。……そもそも僕の天使は正義を為す崇高なものであって、決して荷物運び代わりに使うようなものじゃ」

 

「何よ、ケチくさいわね」

 

「お前がそれを言うのか……」 

 




 
 外伝三巻を基にした話はこれでお終いです。

 次はシノブ視点で回想したいとは思っていますが、思いつきでキャラをクロスさせるものじゃないですね。難しいです。


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第14話 シノブ=コチョウ

 気づけばまた一年が過ぎましたね。早いものです。

 ところで皆さん鬼滅の刃のPVとか見ましたか!?もうね、あれだけで来年の4月がとっても楽しみになりますな!



 吸血鬼に襲われた負傷した特務分室所属の女性、セラ=シルヴァースさんの治療を終えた私ことシノブ=コチョウは、帝都の隅に建つ自宅に帰って来ていた。

 

 ちなみに周囲に建つ他の建物とは根本的に造りが違っている。

 

 まず家屋全体が木で造られており、床はフローリングではなくタタミ。各部屋を仕切るのは襖か障子で、ちょっとした庭まである。トイレとか台所を除けば、他と同じような造りをしているものはないと思う。

 

「また、やっちゃいました……」

 

(折角久しぶりに会えたのに)

 

 姉さんと、そう前みたいに呼ぶことすらできなかった。

 

 お茶を飲んで、だらしなく寝転んだ。座布団を頭の下に敷いて、天井を見上げる。

 

 ぼんやりと私は昔を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 私と姉さんが出会ったのは、この帝都のある路地裏だった。

 

 詳細は省くが色々とあって親に捨てられ行く宛もなくした私は、そこを偶々通りかかった姉さんに拾われたのだ。

 

 いつの日だったか、どうして助けてくれたのかと彼女に問えば。

 

『こんな目に遭っている全ての子供を助けられるわけじゃないし、そうしたいとも思わないわ。だけど目の前で見捨てられるほど、私は非情にもなれないのよ』

 

 と言っていた。

 

 ちなみに姉さんと呼んでいるのは、出会ったその日に「姉と呼べ」と言われたから。人から聞いた話だと、何でも妹が欲しいと思っていたらしい。

 

「貴女もそろそろ就職くらいした方がいいわよねぇ……」

 

「就職、ですか?」

 

 ある日の昼下がり、姉さんは突然そんなことを言ってきた。

 

「そ、就職。何か希望するところはある?できるだけのことはするわよ」

 

 どうやら姉さんの中では、既に就職することは決定事項のようだ。

 

 それならと私は、姉と同じところを望んだ。

 

 

 宮廷魔導士団特務分室。

 

 

 ずっと思っていた。この人の隣に居たいと。姉さんの側に居たいと。貴女の力になりたいと。

 

 姉さんが空いている時間に色んなことを教えてくれたおかげで、法医呪文(ヒーラー・スペル)に医療技術、それと薬や毒などの知識はさほど苦労なく習得できた。

 

 ただ相性の問題だったのだろう。

 

 どうしても攻撃呪文(アサルト・スペル)だけは身に付かなかった。

 

 それが理由で望んだことは叶わず、私は救護部隊への配属となった。

 

 ただその日に言われたことが、今でも胸の奥に残っている。

 

『やっぱり駄目ね』

 

 どこか失望を孕んだその一言が、いつまで経っても忘れられない。

 

 

 

 

 

 

 

 そして私はまるで姉さんから逃げ出すように、救護部隊として働き始めた。

 

 同じように姉さんも私と会うのを避けるようになり、今では任務以外で顔を合わせることがない。

 

 顔を合わせれば会話はする。だけどそれは、どこか上辺だけのもの。

 

 ………ふと壁際に立てかけた細身の剣と、外した蝶の髪飾りを視界に入った。

 

 両方とも姉さんから貰った物。正確に言うなら剣は姉さんの部下から手渡された物だが。

 

 あれからもずっとこれらを身に着けている私を、姉さんはどんな風に思っているんだろう?

 








 やや強引な回想で失礼しました。

 それでは皆様よいお年を。


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第15話 ED郵便社

 あけましておめでとう!まだ正月ですね(錯乱)。

 正直この話は書くかどうか凄く悩みました。でも書きたかったんです!この作品を書き始めた当初からそう考えてました!!!だから仕方ないんです!

 そして遅くなった割には結構短いです、ごめんなさい!
 
 ……それから何方か感想を下さいませんか?いつの間にか頂いた感想が消えていて悲しいのです……。



 唐突ではあるが私、宮廷魔導士団特務分室の室長を務めるイヴ=イグナイトは、定期的に休みを取るようにしている。

 

 あまり上司が働いていると、休みを与えた部下も落ち着かないだろうと思ってるからだ。実際にそうなのかは知らないけど。

 

 どうせならしっかりと休んでもらいたいが故の行動、なのだが………………そんなことを気にするのは、セラくらいかもしれない。

 

 そんな割とどうでもいいことを考えながら乗合馬車を利用してフェジテを訪れた私は、街の中心近くにある一つの建物に裏口から入る。

 

 その建物は二階建ての横に長いレンガの建物で、真ん中には両開きの大きな扉がある。縦長の窓は換気の為か開けられていて、その縁から緑色のカーテンが見える。

 

 ここに拠を構えている会社の名称はED郵便会社。

 

 略さずに言うならば、正式名称はイヴ(E)ディストーレ(D)郵便会社。

 

 

 つまり私の会社だ。

 

 

 

 

 

 

 

<sideグレン>

 

「俺とセラだけかと思ったが、まさかジジイまで……そんだけヤバいのか?」

 

「詳しくは分からんが、恐らくはのぅ」

 

 俺と同じ特務分室の魔導礼装に身を包み、顎髭を撫で目を細める壮年の男。

 

 特務分室執行者No.9《隠者》、バーナード=ジェスター。

 

「もしかしたらあの組織ーーー天の智恵研究会とも関わりがあるかもしれない……って情報だったよね?」

 

 白い肌に走る赤い紋様が目を引く銀髪の女性。いつもの南国風にした魔導礼装を着てはいるが、いつもと違い真剣な表情を浮かべている。

 

 特務分室執行者No.3《女帝》、セラ=シルヴァース。

 

「まぁ何にしたって、それを確認しに行くんだ。気ぃ引き締めて行こうぜ」

 

 そう言って俺は遠見の魔術を使い、今回の任務で調査対象に当たるものを見つめた。

 

 ここ数年でフェジテを中心に力を付けた、恐らくはアルザーノ帝国で唯一であろう民営の郵便会社。

 

 それだけなら珍しいというだけであり、問題視するようなことではない。だが幾つかの不自然な点があった。

 

 それは従業員のほとんどが孤児院の出身であり、しかもその半数以上の素性、あるいは出自が不明。

 

 正確には出身の孤児院は調べれば分かる。だがその前、一体どういった経緯で孤児院に入ることになったのか、孤児院で過ごす前は一体どこに居たのか。それらがいくら調べても分からない。

 

 それだけでも怪しいというのに、会社を経営する人物の名前すらも同様だ。

 

 ここまで分からないことだらけとなると、全く証拠がなくとも天の智恵研究会の関わりが疑われる。

 

 ジジイ曰わく、イヴはこの任務の優先度はほぼゼロだと言っていたらしいが、そういうわけにもいかないだろう。

 

「………ED郵便会社、か」

 

 俺は何となく呟いた。

 




 
 そろそろグレン視点で書けるかもな、書こうかなとか思う今日この頃。


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第16話 ED郵便社2

 少しずつ週一投稿が厳しくなってきました。書き溜めておいた話なんかとっくにない……。


 ED郵便会社の社長室で、カリカリと次々にペンを書類に走らせる。

 

 さっきからしているのは、ED郵便会社の社長としてやらなければならない書類仕事だ。

 

 特務分室の室長である私は、当然のことながらこっちにはあまり来ることができないので、偶に来た日は大体この部屋でこうして過ごしている。

 

 悲報。齢十代にしてブラックな書類仕事に慣れる。

 

 いや特務分室の室長になって数日で慣れたわそんなもの。

 

「社長、追加の書類をお持ちしました」

 

 そう玲瓏な声が聞こえたと思うと、一人の少女が書類の束を抱えて部屋に入ってきた。

 

 柔らかな編みこみがされた髪型はダークレッドのリボンで飾られ、細い体はスノーホワイトのリボンタイワンピース・ドレスに包まれている。

 

 シルクのプリーツが入ったスカートは歩く度に清楚に揺れて、胸元に付けられたロードライトガーネットのブローチが煌めき輝く。

 

 ドレスの上に着込んだジャケットは白を引き締めるプルシアンブルー。使い込まれて深い色合いを出している革のロングブーツはココアブラウン。

 

「ヴァイオレット」

 

 私は彼女の名前を呼んだ。

 

 ヴァイオレット・エヴァーガーデン。

 

 金糸の髪に青い瞳という可隣な容貌をしている彼女もまた、シノブ同様に私が育てた時期がある。

 

「はい、何でしょうか?社長」

 

「ちょっと多過ぎじゃないこれ?」

 

 そんな私の発言は当たり前のように無視され、再び書類の束が机に置かれる。

 

 思わず死にそうな声が出た。

 

「そうは仰られても、社長は此方に居られる時間が少ないのです。なのでこうなるのは、仕方ありません」

 

 心なしか呆れたような表情でそう言われる。

 

 いやしかしこうなると最初から分かってはいたが、もう少しは手加減して欲しい。例え慣れていても疲れるものは疲れるのだ。

 

 まぁヴァイオレットの言う通り、あまり来れない私が悪いんだけど。

 

「分かった分かった、やればいいんでしょう?やるから置いといて」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 そして彼女に退室を促してしばらく経ったが、ヴァイオレットは私がペンを書類に走らせるのを近くで黙って見ている。

 

 何となく気になって仕事は良いのかと尋ねれば、今日はもう良いのだと言う。

 

「最近どうなの?仕事とか、会社の皆は」

 

 ED郵便が扱っているサービスの一つ、その一番人気の職員がヴァイオレットだ。

 

 自動手記人形(オート・メモリーズ・ドール)

 

 その仕事内容を一言で言うならば代筆業。元は人間の肉声を文字として書き起こす機械人形のことを指す言葉だったが、それが転じて人形のように代筆業を行う女性を「自動手記人形」、あるいは「ドール」と称すようになったのだ。

 

「そうですね」

 

 ヴァイオレットは顎に片手を添えて、少しの間黙り込む。

 

「会社の運営は特に問題はありません。カトレアは相変わらず、自由奔放と言うのでしょうか。ベネディクトも口は悪いですが、街の方からは慕われているようです。………私は」

 

 何故かそこで言葉を止めたので、何となく机に向けていた視線を持ち上げて彼女を見る。

 

 ヴァイオレットは胸元に付けたブローチをぎゅっと握りしめて、そして以前の彼女からは想像もできない、あまりにも穏やかな笑みをそっと浮かべていた。

 

「いえ、何でもありません」

 

 どことなく嬉しそうな、喜んでいそうな表情だった。

 

 一体全体何に喜んでいるのかは知らないが、ただ彼女の成長が、人間的な意味でのそれが私にはひたすらに喜ばしい。

 

「貴女ホント、変わったわよね」

 

 自然と口元を緩めた私を見て、ヴァイオレットは不思議そうな顔をした。

 

 そんな彼女に「何でもないわ」と言う一方で、私の冷静な部分は全く別のことを考えている。

 

(もしかしたら思い違いだったりするの?)

 

 ED郵便社の詳細を調査しろという旨の指令があったのだから、特務分室に回ってくる前にどこかの部署が一回くらい調査を行ったのではと思っていたが、そうでもない……?

 

 そもそも十分に調べられなかったから特務分室に回されることになっていたのだが、そんなこと私は知らなかった。

 

 

 

 その日の夜。従業員のほとんどが帰宅し、ヴァイオレットを含めた住み込みで働く数人が寝静まってから少しばかり経った頃。

 

「一体どこの誰で何が目的なんだか知らないけど、舐めた真似してくれるわね」

 

 防犯用に設置してある結界が、侵入してきた人物がいることを私に知らせた。

 




 あとでまたタグ追加しておかねばですね。

 ※ロードライトガーネット
  紫炎色のような感じの宝石だと思って頂ければ。
 他に何かいい宝石の類を知っていたら教えて下さい。


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第17話 ED郵便社3

 
 何か最近「学戦都市アスタリスク」のユリス憑依ものを書きたくて仕方ない。まだまだこっちで書きたいことがあるというのに……実はもう一話に手を出しちゃったんですよね。仕上がり次第投稿するかな。

 グレン視点に挑戦します。


 

 これは俺たちが郵便社に忍び込む少しばかり前の出来事。

 

「ねぇ、グレン君。少し聞きたいんだけど………いいかな?」

 

 セラはそう言いながら俺の隣に座ると、じっと目を合わせてきた。そして両の手で頬杖をつき、ぐいっと顔を近づけてくる。

 

「何だよ、白犬」

 

「イヴに何か言われたことでもある?」

 

「っ!」

 

 動揺は一瞬。だがそれだけで目の前にいるこいつには十分だったらしい。やっぱり、というような表情を見せて肩をすくめた。

 

 脳裏に蘇るのは俺が特務分室に入って間もない頃、イヴと酒を飲み交わしながら今になっても捨てられない俺の夢を、正義の魔法使いを目指しているのだと馬鹿みたいに語った日のこと。

 

『正義の魔法使い、ねぇ?いいんじゃないの、やってみれば。誰が不可能だと断じたわけでもなし………それにいざって時は私が助けてあげるから』

 

 そう言うあいつは同い年だっていうのにどこまでも上から目線で、そして気のせいかもしれないが、どこか俺を憐れむような視線をしていた。

 

 酒を傾けてイヴは言った。

 

『けどね、グレン。………どうせ言っても無駄だろうけど、それでも一つだけ言っておくわ』

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーーその先は地獄よ』

 

 

 

 

 

 

 

 事実、俺は地獄を見た。正義の魔法使いが幻想にすぎないことを理解した。

 

 だがそれでも俺が特務分室に居続けるのは。

 

「……それでグレン君はイヴと仲が悪いんだね」

 

 きっとこいつが居るからだろう。

 

「いや別に、そういうわけじゃねえけどよ……」

 

 セラの言葉にそう返した。だがならば仲が良いと聞かれるとそうでもない。

 

 イヴが俺を嫌っていないのは分かるし、それどころかどうにか距離を詰めようとしていたのも分かる。何というか、態度が友達を作ろうとする子供みたいなのだ。言えば絶対怒るだろうから言わないが。

 

(つーか……)

 

 横目でセラを眺めてため息を吐く。

 

 結局セラに話してしまった。こいつに隠し事というのは何故かできそうにない。

 

「でもちょっと気になるかな」

 

「?何がだよ」

 

「イヴがグレン君に言ったこと」

 

「……まぁ、確かにな」

 

 最近になってようやく気づいた、違和感というには本当に些細なもの。セラは当然のようにそれに気づいた。

 

「グレン君の行き先をイヴなりに予見した、っていうよりも………何だかそういう実例を知っているみたいに感じる言い方」

 

 俺は頷いた。

 

 そう。あの時のイヴの口振りはまるで俺、あるいはジャティス以外に正義を目指した奴が居て、それを知っているかのようだった。

 

「そうだっ、今度一緒にイヴに聞いてみようよ」

 

「はあっ!?何言ってんだよ白犬」

 

「聞かなくていいの?グレン君は気にならない?」

 私はそうでもないんだけどなぁ。

 

 笑顔を浮かべるセラを見て言葉を詰まらせる。

 

 気にならないわけがない。

 

 俺とジャティス以外にもし、もしも本当にそんな奴が何処かにいるというのなら、実在しているというのなら。

 

「………そうは言ってねえだろ」

 

「良かった。じゃあ決まりだからね」

 

 一体何がどう決まったのか尋ねようとしたその時、ジジイがひょいと顔を出して口を開いた。

 

「グレ坊、セラもおるな。そろそろ時間じゃから準備せい」

 

「んなの、とっくに終わってるっつーの」

 

 ジジイにそう返答しながらも、俺とセラは一応自分の装備を確認してから立ち上がる。

 

「儂としては朝になるまでに、フェジテを出ておきたいと思っとる」

 

「うん、私も出来ればそれがいいと思う。グレン君は?」

 

「あぁ。そうだなジジイ、白犬」

 

 俺は銃を片手に握りしめた。

 

「………手早くやろうぜ」

 



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第18話 ED郵便社4

 約2ヶ月ぶりの更新です。遅くなって本当にごめんなさい。それとこんなに間を空けたのに短めでごめんなさい。待ってくれていた人はいますか?いてくれた嬉しいです。

 では、どうぞ。


「………で、三人とも。どういうことか説明はあるのよね?」

 

 私はED郵便社の社長室にある机の上に腰掛けて足を組む。そして床に正座する三人の顔を見下ろした。

 

「「…………………………」」

 

「いや、その……じゃな?」

 

 無言で左右から送られるセラとグレンの視線に何かしらの圧でも感じたのか、バーナードがどこか気まずそうに頬を掻く。

 

 そう。こんな夜中に私の会社に入り込んだのは何を隠そうこの三人、宮廷魔導士団の特務分室に所属する私の部下だった。

 

 私の記憶が正しければ、特務分室の誰にも任せてなかった筈だが……と、説明させる前に。

 

「ヴァイオレット、もういいわ。部屋で休みなさい」

 

「……分かりました。それでは社長、お先に失礼します」

 

 ヴァイオレットは扉の前で私の方に一礼すると、静かに部屋から去っていった。

 

 一応音がこの部屋の外に漏れないよう結界を張り、セラとグレンに立つように促す。

 

 ん?バーナード?どうやら彼が原因みたいだから、もう少しは正座させたままで。

 

「ほら、ヴァイオレットは行ったから、全部話しなさいバーナード」

 

 

 

 

 

  

 

 まず「すまんかった」と一言の謝罪から始まったバーナードの言い分を総合すると。

 

 ED郵便社の調査を行ったのは彼の独断。セラとグレンが同行したのも、彼が頼んだかららしい。しかもその時「イヴからの任務だ」と堂々と偽ったので、二人は普通に了承。数日間の下見をした上で今日の深夜に本格的な調査を実行する予定だったとのこと。

 

「何でそんなことしたの?私が偶々居たから良かったけど、怪我だけじゃ済まなかったかもしれない」

 

 事実だ。ヴァイオレットを含めた何人かのED郵便社(うち)の従業員は、魔術師でこそないがそれなりに腕が立つ。

 

 流石に特務分室のメンバーに勝てるとは言わない。しかし正面から打ち合う程度ならできる。………………多少の身内贔屓はあるかもだけど。

 

「イヴが最近ロクに休めてないからだよ」

 

「私が?」

 

 セラの言葉に思わず聞き返す。そんなことはないだろうとグレンとバーナードに視線を向けると、彼らは控えめながらもセラに同意するように無言で頷く。

 

「見たところ疲れも溜まっておるようじゃし、何かと忙しくしとったからのぅ」

 

「へぇ……」

 

 だからって人の机から勝手に任務を取るなと思ったけど、まぁ言わなくてもいいか。今回はいつまでも放置していた私も悪いだろうし、善意からの行動であったのだろうし、不問ということで。

 

(それに……)

 

 髪の毛の先を指で弄りながらグレンを見る。

 

「…な、何だよ」

 

「別に、何でもないわ」

 

 少し前の彼には周りに気を配るなんて器用な真似はできなかったと思うんだけど………少しはそういう余裕でもできたのかな?

 

 できたとしたら間違いなくセラのお陰だろう。

 

 足が痺れたらしいバーナードをソファに座らせ、セラとグレンも同じように椅子に座るよう促す。私も机から降りて肘掛けの付いた革張りの椅子に腰掛けた。

 

「さて、と。私はもう特に聞きたいことはないけれど……貴方たちはそうでもないわよねぇ」

 

 じぃっと集まる視線に呟く。

 

「聞きたいなら教えるけど………どうする?」

 

 再び頷く彼らに教えるのは勿論ED郵便社のことだが、私は他に聞きたいことがありそうなグレンの様子が少しだけ気になっていた。

 



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第19話 ED郵便社5

 4月で新生活目前です。忙しくなるんだろうな………はぁ

 とりあえずこの話終わらせたらリィエルを出したいと思います。


 部屋の奥で人数分用意した紅茶をそれぞれの前に置き、私は自分のを手にとって喉に傾ける。

 

(あ、これ美味しい)

 

 奥にあった茶葉を適当に使って淹れただけだが、茶葉が良かったのだろう。今度またヴァイオレットにお礼を言っておこう。

 

 カップを机に置いて口を開く。

 

「もう分かっていると思うけど、ED郵便社の創始者は私よ。会社名は名前の頭文字を付けただけ」

 

「頭文字って……いやおかしくねぇか?お前の名前はイヴ=イグナイトだろうが」

 

「Dは母方の姓名、ディストーレ。グレンは知らなかった?」

 

「んなの俺は初耳だわ」

 

 グレンの言葉にふぅんと呟く。てっきりセラから聞いていると思っていたが、何だそうでもなかったのか。

 

「まぁそれは良いとしてのぅ。やっぱ気になるのは、イヴが何故この会社を立ち上げたかじゃ」

 

「それに答えるには従業員のことを話さないとね、バーナード」

 

 引き出しから一束の資料を取り出して机の上に置く。これはED郵便社の従業員のことを細かく記したものだ。

 

「どうせ何回か従業員の素性は調べたんでしょう?それでほとんどの従業員が孤児院の出身だって分かっても、半分以上の孤児院に入る以前が浮かんでこなかった。まぁ、そんなところよね」

 

 言いながら資料をバーナードに手渡すと、その表情が驚愕に染まった。彼の後ろから資料を覗き込んだセラとグレンも同じような反応をする。

 

「アンタ達も馬鹿じゃないんだから、これで分かったわよね」

 

 私がED郵便社で雇っている従業員は、そのほとんどが特務分室が担当した事件の被害者………いや、

 

 

 正確に言うなら生存者か。

 

 

 この国に蔓延る外道魔術師が起こす非道な事件は数知れず、そのせいで死んだ人の数など想像するだけでも億劫だ。

 

 それでも助けられた人がいないわけではない。

 

 例えばセラがつい数日前にグレンと訪れた孤児院には、事件で行き場を無くした子供らがいる。

 

 しかし助けた全員が子供なんてわけもない。子供を失った親だっているし、住む場所そのものを無くしたような人もいる。

 

 何にしたってその手の記録を堂々と記すことができるわけもない。特務分室(私達)が担当した事件の被害者たちの素性なんて、普通に調べたって出てこない。出すわけにもいかない。

 

 それはともかくとして紅茶を飲み干し口を開く。

 

「孤児院に入れる子供はそれで構わないし、その孤児院に人手が足りないなら大人もそこに入ればいい。でもそれが出来ない人もいる」

 

 だからこの会社を立ち上げたのだ。少しでもそうした人たちの役に立てばいいとそう思って。

 

 

 だってただ命を救っただけで後のことを感知しないなど、あまりにも無責任が過ぎるだろう。

 

 

「まぁここまで大きくなるなんて思ってなかったけど」

 

 そう言って一つ苦笑いを浮かべた。

 




 そういえば前回の投稿で日間ランキング入りをしていました!沢山の方に読んでいただけて嬉しいです。ありがとうございます!!


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第20話 正義

 待たせたな………私はここだ!!←言ってみたかった

 気づけばもう8月。長らく更新停止して申し訳ありません。更新してなかった間にスマホも変えたので、これまでとは地味に字体が変わっているかもしれないです。


<sideグレン>

 

 イヴからED郵便社についての話を聞き終わった後、俺と爺は社屋の空き部屋で朝まで休むことになった。セラはイヴと社長室の奥にある部屋で寝るらしい。

 

 爺はもうとっくに寝た。先ほどから煩いいびきをかいている。

 

「…………眠れねえ」

 

 大きな窓を開いて身を半分ほど乗り出し、月が輝く夜空を見上げる。

 

 眠れないのは爺のいびきが煩いだけじゃない。ED郵便社に乗り込む前にセラと交わした会話のせいだ。

 

 『正義の魔法使い』。何を切り捨てることもなく、全てを救うことができる理想の存在。

 

 今になっても捨て切れない………俺の夢。

 

「けど俺からイヴにそれを聞くってのも、何かなぁ」

 

 別にあいつとの仲が悪いてわけじゃないと思う。普通に話すし何度か組んで任務をしたこともある。

 

 けどセラほど仲が良いというわけでもない。頼りになる存在ではあるが、間違っても友達なんて間柄ではないだろう。

 

(何つーかこう、微妙な距離感なんだよな)

 

 そうとしか言いようがない。

 

 もう寝るかと考えたそのとき、上から声を掛けられた。

 

「寝れないの?」

 

 顔を上げれば屋根に登っているらしいイヴが居る。蝶の髪飾りを外して髪を下ろした、シンプルな青色の寝間着姿。その手には酒瓶を持ち、口には火のついた煙草を咥えている。

 

「だったら上がってきて、グレン。少し付き合いなさい」

 

<sideout>

 

 

 

 

 

 

 

 [グラビティ・コントロール]を使って屋根の上に登ってきたグレンを横に座らせる。

 

「何の用だよイヴ。今日はもう休めって言ったのテメェだろ」

 

 そう言った彼に適当に錬成して作ったグラスを手渡し酒を注いだ。

 

「用があるのはグレンでしょう?さっきもED郵便社のこと以外で何か聞きたそうだったし」

 

 それが気になっていたのでまだ起きているなら聞いてみようと思い、こうしてグレンを呼び出してみた。

 

 そして尋ねてみれば案の定、何かしら私に聞きたいことがあるらしい。少しだけ迷う素振りを見せたが、グレンは口を開いた。

 

「イヴ、お前は……『正義の魔法使い』を知っているか?」

 

「『メルガリウスの魔法使い』のこと?それなら目を通したことくらいはあるわ」

 

 曰わく、ロラン=エルトリアの最高傑作。正義の魔法使いが魔王を倒し、お姫さまを救うという王道の物語。

 

「違う。それ以外でお前は知ってるんじゃないのか」

 

「ーーーそう、ね」

 

 私は小さく呟いた。

 

 確かにそれに準ずる人物を、正義(理想)を志した人を私は知っている。

 

 理想の王足らんとした、アルトリア(アーサー)・ペンドラゴン。彼女は理想の王であるために人であることを止め、そして見事に一時の繁栄を国にもたらしてみせた。しかし己の全てを捧げ国に尽くすも空しく故国は滅亡し、彼女は誰に理解されることも、誰を理解することもなかった。

 

 世界の天秤を担おうとした衛宮切嗣。聖杯を用い恒久的な世界平和を成そうとした彼は、愛した妻を失い子供と会うことも出来なくなり、この世全ての悪(アンリ・マユ)に呪われた。

 

 英霊エミヤ(衛宮士郎)。正義の味方の成れの果て。彼は正義の味方を目指し、その果てに絶望した。彼は生前から人を助け続け、死後さえより多くの人を救えると信じ英霊となった。しかし夢を叶えた筈の彼は、己を殺そうとするまでに己自身に絶望する。

 

(悟らせたつもりはなかったけれど………まぁ言い方が良くなかったかしら?)

 

 正直そんな話をしたのもいつだったのか覚えていない。

 

 煙草の火を携帯灰皿に押しつけて消し、コップに注いだ酒を飲み干す。そうしてからゆっくりと口を開いた。

 

 

「『とある男の話をしよう』」

 

 

「は?」

 

 何か言いたげなグレンを手で制し、意識して遠くへと視線を投げる。

 

「『誰よりも理想に燃え、それ故に絶望していた男の物語を』」

 

 かつてのグレンであれば話すつもりなどなかった。

 

(だって万が一にも憧れでもしたら嫌だもの)

 

「『男はこの世の誰もが幸せであって欲しいと願った。全ての少年が一度は胸に抱き、そして捨てていく幼稚な理想』」

 

 その生き様を格好いいと思うのも構わない。別に同情するのだって止めはしない。

 

 だがそれに憧れ、その対象を目指すというなら話は別だ。彼らは断じて人が憧れていいものではない。

 

 少なくとも憧れだけで目指していいものではないと、そう思う。

 

(………………けど)

 

「『だがその男は違った』」

 

 ようやくグレンは夢よりも大切なものに気づきそうなのだ。いや、あるいは既に気づいているかもしれない。

 

「『全ての生命が犠牲と救済の両天秤に載っているのだと悟り、決して片方の皿を空にできないと理解した時、彼は天秤の計り手たろうと志を固めた』」

 

 何も夢を諦めろとまでは言わない。ただもう少しだけ、現実を見てくれる切欠になればそれでいい。

 

「『より多く、より確実に世界から嘆きを減らそうと思うなら、取るべき道は他になかった』」

 

(それにどうも耳を傾けてるのはグレンだけじゃないみたいだし)

 

「『それは多数を生かすために、少数を殺し尽くすという行為』」

 

 屋根の縁に目を向ける。そこにいるのはジャティスがよく使っている人工精霊だ。

 

「『故に彼は誰かを救うほどに人殺しの術に長けていった』」

 

 彼が興味を抱くような話ではないと思う。だがジャティスの方から聞いてくれるというなら………。

 

「『手段の是非を問わず、目的の是非を疑わず。ただ無謬の天秤たれと、男は分け隔てなく人々を救い、分け隔てなく殺していった』」

 

 否。あるいは歪んだ正義を高々と掲げるジャティスにこそ、もっと早くに語っておくべきだったかもしれない。

 

「『だが彼は気づくのが遅すぎた。全ての人を等しく公平に尊ぶならば、それは誰一人として愛さないのと同じこと』」

 

 今更ジャティスに何を語ったとしても意味はないのだろうけれど、それでもどうか聞いて欲しい。

 

「『若い心を凍らせ壊死させ、血も涙もない計測機械として己を完成させていたなら、苦悩もなかっただろう』」

 

 同じような手段を取りながらも、それでも優しい心を失わなかった男の話を。

 

「『だがその男は違った』」

 

 グレンはどう思うのだろう。やはり理想は理想でしかなかったと、そう言うのだろうか。

 

「『誰かが歓喜する笑顔は彼の胸を満たし、誰かの慟哭する声は彼の心を震わせた。無念の怨嗟には怒りを供にし、寂寥の涙に手を差しのばさずにはいられなかった』」

 

 ジャティスきっと、愚かな男だと笑うことだろう。正義を為しているのに何を悩んだのかと。

 

「『人の世の理を超えた理想を追い求めておきながらーーー彼はあまりに人間すぎた』」

 

 

 

 

 

 

 

「『そんな愚かな男の物語をーーー』」

 




 
 語るのは皆様お察しのFateを代表する『正義の味方』です。次は独自解釈等入ると思われるので、嫌いな方はどうか読み飛ばして下さい


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第21話 正義2

 前話の後書きの通り、読み飛ばして下さって構わないお話です。


 それは『正義の味方』になりたかった、一人の男の物語だった。

 

 ある島に住んでいたときに、初恋相手の少女が魔術師である父の試薬を持ち出し死徒化し、島は壊滅。

 

 父の研究を放置すれば被害は増え続けると考えた『彼』はその手で実の親を殺害した。

 

 それからは島で出会った殺し屋の女性に師事し世界を巡る。父のように周囲を巻き込む魔術師を多く目の当たりにする中で、『彼』はその女性に対して母親同然の情を抱く。

 

 だがある一件の依頼を引き受けたことで、彼らの生活は終わりを告げる。

 

 それは蟲使いの魔術師を殺すという依頼だった。その蟲使いが船で移動するタイミングを見計らって、蟲の入ったケースを己から離した状況で殺しを実行した。

 

 まず女性が蟲使いと同じ船に乗り込み、蟲使いが持ち込んだ蟲を全て殺虫。それから蟲使い本人を客席真っ只中で魔術を用いて暗殺した。

 

 『彼』は船の行く先で何かあったときのために待機。船にいる女性からの定時連絡があったときは、何も予定外のことなどないかに思われた。

 

 しかし“何か”が起きてしまった。蟲使いが死んだことにより、蟲使いが体内に仕込ませていた蟲たちが暴れたのだ。

 

 船内の乗員乗客は全員が死亡、あるいは死徒となり、生き残れたのは操舵室に立てこもった殺し屋の女性だけだった。

 

 彼女は船を元々の目的地まで操りながらも、その後にどうすればいいのか分からなかった。そんな状況で『彼』は言った。

 

『僕に任せてくれ。いい考えがあるんだ』

 

 そう言った『彼』は女性にそのまま船を進めるようや告げ、自分は馴染みの相手からある魔道具を急ぎで取り寄せ、そして個人用の船で深い霧の中で海の上を移動していた。

 

 その間、彼らはずっと言葉を交わし続けた。

 

 彼らが出会ったときのこと。『彼』が女性の殺し屋稼業を手伝いたいと言ったときのこと。それに酷く頭を痛めたものだと女性は言う。『彼』はそんなに見込みがなかったのかと聞いた。それに女性は応える。

 

『アンタには素質があったさ。けどね、素質に沿った生業を選ぶってのは………必ずしも幸せなことだとは限らない。何をしたいか考えずに、何をすべきかだけで動くようになったらね。そんなのはただの現象だ』

 人の生き方とはほど遠い。

 

 『彼』は女性のことをもっと冷たい人だと思っていたと言い、女性はそれに当たり前だろうと笑う。私が坊やに優しくしたことなんて、一度でもあったのかいと。

 

『そうだね、貴女はいつだって手加減なくて厳しかった。照れくささ抜きで、僕のことを絞ってくれたな』

 

『普通、男の子を鍛えるのは父親の役目なんだけどね………そのチャンスを奪ってしまったのはが原因私みたいなものだから、引け目を感じないでもなかったのだろうさ』

 私に教えられる生き方なんて、他にはなかったからね。

 

 『彼』は船を止めて取り寄せた魔道具を組み立てながら、女性の話に耳を傾け相づちを打つ。

 

『アンタ、僕の父親のつもりかい』

 

『男女を間違えるんじゃないよ、失礼な奴め。せめて母親と言い直せ』

 

『ーーーそうだね、ごめん』

 

 笑いを零して女性は言う。

 

『ま、それなりに面白おかしいもんだったよ。家族、みたいなのと一緒にいるのは』

 

『僕も………僕もアンタのこと、まるで母親みたいに思っていた。一人じゃないのが、嬉しかった』

 

『あのねぇ、■■。次会ったときに気恥ずかしくなるようなこと、そう続けざまに言うのは止めろ』

 

 女性は『彼』の名前を呼んで呆れたように言い、再び微かに笑い声を上げた。

 

『ああっもう!調子狂うねぇ………あと20分かそこらで着港だってのに、土壇場で思い出し笑いなんぞしたら死ぬんだぞ、私は』

 

 それを聞いた『彼』は口元を僅か緩ませた。

 

『ごめんよ。分かった』

 

 その手に魔道具、広域を殲滅可能な魔術を込められたそれを携えて。

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にやら家族ごっこで気が緩んでいたせいで、こんなドジを踏む羽目になったのかもしれない。だとしたらもう引退するべきかとそう言った女性に『彼』は尋ねた。

 

『仕事を辞めたらアンタ、その後はどうするつもりだ?』

 

『失業したら………ふふっ。今度こそ母親ごっこしかやることがなくなるなぁ』

 

 それを聞きながら『彼』は魔道具の照準を、ゆっくりと見えてきた船へと向けーーー

 

『アンタは僕の、本当の……家族だ』

 

 引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 船だったものが海に沈む。爆散した船の一部が宙に舞い踊り、死徒だったものの肉片が燃え尽きる。

 

 船に乗ったままの母親同然であった女性ごと。

 

 ガタン、と音を立てて魔道具が手から落ちた。

 

『見ていてくれたかい?■■■■』

 

 『彼』が声に出したのは初恋の少女の名前。そして身体から力を抜いて、両膝を甲板に下ろした。

 

『今度もまた殺したよ。父さんと同じように殺したよ。君のときみたいなヘマはしなかった……僕は、大勢の人を救ったよ』

 

 誇るような言葉とは裏腹に、その表情は歪みだしている。

 

『彼女が無事に港に着いたりしたらどれだけの被害が出るか、分からない』

 

 『彼』は歯を食いしばって言葉を吐き続ける。

 

『彼女一人の犠牲でそれは防げるんだ。……だから………だからっ………■■■■』

 

 嗚咽を漏らしながら『彼』はうずくまった。

 

 絶叫が響いた。

 

 ふざけるな、ふざけるなと何度も繰り返す。甲板に拳を叩きつけ、その両目からは涙が零れる。

 

 『彼』の脳裏に浮かぶのは、いつかあの島で初恋の少女と交わした会話。

 

 彼女からどんな大人になりたいの、と。そう聞かれたとき、一体なんと答えようとしたのだったか。

 



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第22話 正義3

 今回の後半からはちゃんと本編なので読んで頂きたい。


そして幾ばくかの時が過ぎたある日、『彼』は赤毛の少年と共に満月が浮かぶ夜空を見上げていた。

 

 その少年はかつて『彼』が行った魔術儀式の生き残り。

 

 その魔術儀式の内容は恒久的世界平和を実現する一心で臨んだ、あらゆる願いを叶える万能の釜ーーー聖杯を顕現させるというもの。

 

 しかし聖杯が完成する直前に『彼』は気づいた。

 

 聖杯が致命的なまでの呪いを孕んでいることに。

 

 仮に『彼』が恒久的世界平和をその聖杯に願ったりしたならば、聖杯は争いを起こす人間を全て滅ぼして、結果的には世界に平和を齎すだろう。

 

 故に『彼』は聖杯を破壊した。例え『彼』が愛した妻を核にしたものであっても、それでも妻を犠牲にすれば多くの命が助かるのだと、涙ながらにそう言って。

 

 だが聖杯を破壊したときに中身が溢れてしまった。膨大な魔力に世界を滅ぼし得る呪いを宿したそれーーー聖杯の泥は、儀式を行った街一つを容易く焼き尽くした。

 

 建物も人も何もかもが燃えていく中で、唯一助けることができたのがその少年だった。

 

『子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた』

 

 『彼』が月を眺めながらそう言えば、少年は不満そうに言葉を返す。

 

『何だよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ』

 

『うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ』

 そんなこと、もっと早くに気づけば良かった。

 

『そっか………それじゃあしょうがないな』

 

『そうだね。………本当に、しょうがない』

 

 自嘲するような響きで言う『彼』に向けて、少年は明るく言い放つ。

 

『うん、しょうがないからーーー俺が代わりになってやるよ』

 

 え?と零す『彼』へ、さらに少年は続けて言う。

 

『爺さんは大人だからもう無理だろうけど、俺なら大丈夫だろ。任せろって』

 

 

 爺さんの夢はーーー

 

 

『……そうか。あぁーーー安心した』

 

 そして『彼』は眠るように息を引き取った。その死の間際に浮かぶのは、いつかの夜にあの島で交わした少女との会話。

 

『■■■はさ、どんな大人になりたいの?』

 

 

 僕はねーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー正義の味方に、なりたいんだ

 

 

 

 

 

 

 

「今の話のどの辺りに『正義の魔法使い』要素があったんだよ」

 

「そんな要素が、分かりやすくあるわけないじゃない」

 

 落胆の雰囲気を隠しもしないグレンに言えば、彼は「分かってたよ」と呟いて顔を伏せる。

 

「それでも“何か”があるかもしれないって、そう勝手に期待してただけだ」

 

「………そう。期待に沿えなくて悪かったわね」

 

 屋根の上で立ち上がり寝間着を叩くと同時に「でも」と口を開く。

 

「『彼』は幸せだったと思うの」

 

「そんなわけ、あるか………。実の親を自分の手で殺して、親同然の人すらその手に掛けたんだろ?妻を犠牲にしたのも無意味だったんだろう?」

 それで幸せなわけがねぇだろ。

 

「そうかもしれないわね」

 

 グレンの言葉に頷く。確かにそういう見方をする人もいるだろうし、まして幸せと言う私の方が稀だろう。

 

 だけど。

 

「それでも最後にその手は届いたから」

 

 それまで“殺す”という手段でしか何かを為せなかった『彼』が、たった一人だけでも“助ける”ことができたのだ。

 

 だからきっと報われた。救われた。

 

「別にグレンの手が届いてないとか、そんなことは言わない。貴方に自覚がなくても、貴方が救った命は確かにあるもの。

 私はただ貴方が自分の夢を大事にしているのと同じくらい、現実で大切なものを守って欲しいと思っただけ。夢を叶えるためにしている努力を、少しでいいから現実に向けて欲しいだけ。ーーーあぁ、でも」

 

 言葉を切った私にグレンは先を促すような目を向けたけど、「何でもない」とだけ言って首を横に振った。

 

 ーーーセラがいるならわざわざ言う必要もなかったかもね。

 

 そう胸の内で呟いて。

 





 もうちょっとだけ続きます。この話を聞いたもう一人がまだ出せていないので。


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第23話 正義4

 グレンが部屋に戻るのを見届けた後、罪悪感と自己嫌悪みたいなものを抱えながら、私は開けておいた窓から社長室に入った。

 

(全く……我ながら度し難いことこの上ないわ)

 

 何が『ただ貴方が自分の夢を大事にしているのと同じくらい、現実で大切なものを守って欲しいと思っただけ』だ。

 

 何が『夢を叶えるためにしている努力を、少しでいいから現実に向けて欲しいだけ』だ。

 

 彼に特務分室で地獄を見せたのは、紛れもなく私だろうに。

 

 室内で短く息を吐き、窓際に立っていた人物に目を向ける。

 

「人の休みに押しかけるのも、こんな時間に無断で部屋に入るのもやめてくれる?」

 

「君に聞きたいことがあるだけさ。それさえ済めば僕だってすぐに出て行くよ」

 

 いつものシルクハットを片手に持って、杖を腕にぶら下げたジャティスはそう言った。己の『正義』に狂ったものではない、確かに理性を感じさせる瞳を私に向けて。

 

 

 

 

 

 

 

‹sideジャティス›

 

 例え返されるものが己の『正義』に沿わないものであっても、それでも尋ねずにはいられなかった。

 

「イヴ」

 

 ED郵便社の社長室にある机を挟んで、椅子に腰掛けた彼女と向かい合う。先ほどまで飲酒をしていたせいか、その頬は若干赤みがかっている。

 

「何よ。手短にして」

 

 

「君にとって『正義』とは何だい?」

 

 

 少なからず僕の内面を知る特務分室のメンバーであれば、思わず耳を疑うであろう言葉を吐き出した。

 

 実際にイヴも怪訝そうな表情をした。しかしすぐに一瞬だけ考え込む仕草を見せる。

 

 何故そんなことを聞くのかと問われないことに安堵を覚えた。

 

 僕は『正義』だ。誰に何を言われるまでもなく、僕こそがそうであるのだと己を定めた。その僕が他人の『正義』に興味を持つなど………形容し難い感情が湧いて仕方ない。

 

「私にとっての『正義』はーーー」

 

(イヴは僕からすれば脆弱に過ぎるグレンの誰かを助けたいという『正義』を是とする一方で、彼とは対極である悪を断罪する刃たる僕を……僕以外からすれば過激な『正義』をも良しとした)

 

 彼女は『正義』なんてどうでもいいと思っているのではなく、その形は人それぞれなのだと納得しているのだろう。

 

 そんなイヴだから『正義』をどう捉えているのか。僕はただそれが気になっているだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、それだけの筈なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「“人を助ける”ものよ」

 手段はどうあれ『正義』を志す誰もが求めるのはその結果であり、根底にあるものは誰かを助けたいという願い。

 

 そう言うイヴから僕はどうして目を離せないのだろう。

 



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第24話 正義5

 これで終わり。次回からリィエルを加えてオリジナル展開です。


「でもね、ジャティス………」

 

 今日は普段よりも多く酒を飲んだせいだろうか。

 

 頭がぼぅっとしたままの私がジャティスに向ける声は、弱々しいことこの上なかった。

 

「人を助けるって、信じられないくらい難しいのよねぇ」

 

 黙ったままで何も言わない彼だが、耳を傾けてくれているのは何となく分かった。

 

「どれだけ人を助けようと手を伸ばしても届かない。出来ることなんて、ただ任務で悪人を殺すだけ。もう生きることさえ苦痛でしかない人を殺すだけ」

 

 人を助けたい、誰かの助けになりたい。一度は誰もが抱くようなそれが、こんなにも難しい。

 

「そういうことは、セラかグレンにでも言ったほうが良い。僕に言っても仕方ないだろう?」

 

「貴方だから言うのよ」

 

 セラに言えば自分のことでもないのに真剣に聞いて、それでも優しく「そんなことはないよ」と言ってくれると思う。

 

 グレンに言えば………どうだろう。きっと価値観を重ねたり、共感したりするんだろう。

 

「でもジャティスはそんなことしないでしょう?」

 

 形はどうあれ己の中に確固とした『正義』を持つジャティスは、私がこんな風な弱音を吐いたところで気にはしないと思ったから。

 

 

 

 

 

 

 

〈sideジャティス〉

 

「それにね。人を助けるっていうのは、命を救うことだけでもないと思ってるわ」

 

「………それで、この会社かい?」

 

 ED郵便社。誰かを助けたその後の為に、イヴが設立した会社。

 

「えぇ。人の命を救えたとしても、きっとそれだけじゃ駄目。救うばかりで導くことをしないのなら、いつかどこかで何かが狂う」

 

 イヴは確信めいた口調でそう言った。まるで実際にそうなったものを知っているかのよう。

 

(いや、まさか)

 

 軽く頭を左右に振って馬鹿げた考えを捨てた。そんな話、国中探しても聞いたこともない。

 

「導く、か。それは“王”の役割だ。僕にも君にも関係のない話でしかない」

 

「………そうね」

 

 肯定するようにイヴは呟く。しかし直後に力強く言葉を吐き出した。

 

「なら私は“王”になる。この国の女王はアルシア陛下だけれど、少なくとも私は私が預かった人に誇れる王になる」

 

「っ……!」

 

 思わず息を飲んだ。口先の言葉ではなく、彼女は常日頃からそう思っているのだと、そう在ろうとしているのだと理解させられた。

 

「………何か、余計なことを喋ったわね。忘れて頂戴」

 

 そう言って顔を俯けたイヴは寝てしまったんだろう。「一体何を目指しているのか」と言っても、何の反応もしなかった。

 

 入ってきた時と同様に窓から外へ出る。そしてフェジテの街中を歩きながら。

 

 

 ギシリ。

 

 

 軋む音がするほどに歯を噛み締め、強く握り締めた拳を近くの壁に打ち受ける。

 

 認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めるわけには、いかない。

 

 悪を裁くことこそが『正義』の本懐だ。その為ならどんな犠牲も厭わない。まして犠牲を躊躇して悪を逃すなどあってはならない行為だ。

 

 事実、『正義』たる僕はそうしてきた。今後もそれは変わることはない。何があろうと、僕は僕の『正義』を為す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けどもしもイヴの言うように、誰かを助けることが『正義』なら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 助けようとすることもしない僕は………

 



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第25話 リィエル=レイフォード

 お久しぶりです。今年も残すところ一ヶ月となりましたね。今年もあっという間でした。
 アンケート機能を使用してみるので、是非ともご協力下さい。


 

 最近、新しい子が特務分室に入ってきた。

 

 その子の名前はリィエル=レイフォード。執行官No.7《戦車》………まぁ彼女と会うのは今日が初めてだけど。

 

「はてさて。グレンとアルベルトが連れてきた新人は、一体どのくらい役に立つのかしら?」

 

「んなこと言って、早く会いたいだけなんじゃねぇのか?ちょっとお前浮足立ってるぞ」

 

「うるさい。《ぶち殺すぞ・われ》」

 

「痛ッ!?」

 

 茶々を入れてきたグレンに[ショック・ボルト]をニ節の改変詠唱で当てる。

 

 痺れが走って痛がる様子を見せるグレンは、ちょっと前までアルベルトとこそこそ何かしていた。それに気づいてから何度か尋ねはしたが、結局教えてはくれることはなかった。

 

 まぁ、グレンはともかくアルベルトが絡んでるなら大丈夫かって考えて放置した私も大概か。

 

(しかし、まさかリィエルだとは思わなかったけどねぇ)

 

 新しい原作キャラの登場というのもあって、少し楽しみに思っているのも否定しない。

 

 《業魔の塔》にある修練場の一つの扉を開けてグレンとその中に入っていくと、新人との顔合わせということで集めた特務分室のメンバーがいた。

 

 そしてアルベルトとセラの間には幼い少女の姿がある。

 

 その少女は長く淡青色の髪を背中で無造作に赤のリボンで括り、眠たげな印象を受ける無表情をしていた。

 

 私は彼女に近づき、膝を折って目線を合わせる。

 

「初めまして。貴女がリィエル?」

 

「………ん」

 

「そう」

 

 短く肯定したリィエルに手を伸ばす。

 

「これからよろしくね、リィエル」

 

 

 

 

 

 

 

「………で、何で私なのよ」

 

 数分後、私はリィエルと模擬戦をする為に向かい合っていた。

 

 いや元々彼女の実力を測る目的もあって修練場に集まったのだから、模擬戦を行うことそれ自体に文句はない。

 

 でも何でその相手をするのが私なのか。

 

「いや、これは特務分室の室長である君がやるべきだね。室長自らが新人の実力を確かめる……うん、可笑しい話じゃないよ」(ジャティス)

 

「そうそう。やっぱりこういうのは、俺らの上司のイヴが、な?」(グレン)

 

「そうだな。新人の実力を把握するのも、上司の務めと言えるだろう」(アルベルト)

 

「儂はそう思っとる訳じゃないが、偶には嬢ちゃんの腕前を間近で見たいと思うてな」(バーナード)

 

「アンタら都合の良い時だけ上司扱いしないでくれる?」

 

 普段はそんな風な扱いしてないだろう。あれか、そんなにリィエルと戦うのが嫌か。減給してやろうか。

 

「二人とも頑張ってね〜」

 

 唯一セラだけはのんびりとした様子で手を振ってくれる。

 

「分かったわよ。やればいいんでしょう、やれば」

 

 改めてリィエルを見る。

 

「?」

 

 コテンと首を傾げるその仕草は実に愛らしく、まるで小動物のよう。だが、こと戦闘における彼女のヤバさを私はよぉく知っている。

 

(まぁ、なるようになるか)

 

 普段通りに刀を錬成してニ、三回ほど振る。

 

「安心しなさい、魔術は使わないから。一瞬で模擬戦が終わるなんてことはないわ。全力で掛かってきなさいよ」

 

「………ん、頑張る」

 

 少し………ハンデを付け過ぎたかもしれなかった。

 



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第26話 リィエル=レイフォード2

 アンケートの結果がFate/Zeroの方に傾いているのは驚きでした。一応、次かその次辺りでアンケート終了しようかなと思います。


〈sideグレン〉

 

「嘘だろ、おい………」

 

 目の前で繰り広げられる光景に絶句する。周りを見れば、全員が似たりよったりな反応をしていた。

 

「これは………凄いね」

 

「あぁ。まさかイヴがここまでやれるとは」

 

「いや、それを言うならリィエルもじゃろう。どちらも凄まじいことは変わらんがな」

 

「イヴって剣も使えたんだね」

 

 イヴ=イグナイトは誰もが認める凄腕の魔術師だ。室長を務めるあいつの実力を見る機会は、決して多くはないが皆無ではない。

 

 それから俺とアルベルトしか知らないことだが、リィエルはイルシア=レイフォードという暗殺者の能力と記憶を引き継いでいる魔造人間だ。だから生まれて間もないのに、戦闘能力が著しく高い。

 

 そのリィエルを魔術で翻弄するなら理解できる。距離を保って遠くから仕留めるのも分かる。あるいはジジイの十八番である[魔闘技]を使うなら、近接戦をするのもいいだろう。

 

 だが、まさか。

 

「いいいいやぁああああーーーッ!!」

 

「はぁッ!!」

 

 まさか執行官No.1《魔術師》のイヴが真正面から斬り合うとか思わねーって。

 

〈sideout〉

 

 

 

 

 

 

 

「『万象に希う・我が腕に・剛毅なる刃を』ッ!」

 

 先に動いたのはリィエルだった。彼女は地面に拳を打ち付け、己の身長ほどもある大剣を瞬時に錬成する。

 

 直後に恐らく[フィジカル・ブースト]で強化したが故に可能であろう異常な速度で、私へと駆け出した。そしてその勢いのまま、大剣を振り下ろしてきた。

 

 

 全集中・常中ーーー炎の呼吸 弐ノ型“昇り炎天”

 

  

 私はそれを刀の斬り上げで防ぎ、リィエルの突進を押し返す。

 

「ッ!?」

 

(重たッ!!?)

 

 全集中の呼吸を用いて尚手に震えが残っている。

 

 これが原作において特務分室のエースとして重用された、《戦車》リィエル=レイフォードの一撃か。

 

「いいいいやぁああああーーーッ!!」

 

 一撃必殺の威力を内包し、めちゃくちゃな太刀筋で迫る刃の全てを弾く。反撃に刀を何度も振るうが、とんでもない瞬発力で防がれあるいは避けられる。

 

「ならッ!」

 

 

 炎の呼吸 漆ノ型“盛炎のうねり”

 

 

 私は自身の前方を広範囲に渡って、猛烈な勢いを伴いながら薙ぎ払う。が、獣じみた動きでまた避けられる。

 

(瞬発力が高いのもそうだけど、勘が凄い良いわねこの娘。初見で“炎の呼吸”の型を避けるとか)

 

 同時に後ろに飛んで距離を取った。だがリィエルが着地する瞬間に、力強く地面を踏み込み距離を詰める。

 

 

 炎の呼吸 壱ノ型“不知火”

 

 

 彼女に向け袈裟がけに振った刀は、限りなく不意打ちに近かった筈なのに、リィエルは大剣を盾のように構えて涼しい顔をして防いでいた。

 

 彼女と再び距離を取り、私は口を開く。

 

「実力は申し分ないわね。けど中途半端に模擬戦を終わらせるのも何だし、次で終わりましょうか」

 

 元々実力があるのを疑ってはいなかったけど、仮にも室長の私が経歴を伏せられた子供を何も言わずに特務分室に加えるというわけにもいかない。ので、分かりやすく模擬戦という形を取っただけにすぎない。

 

「分かった」

 



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第27話 リィエル=レイフォード3

 
 早く原作まで辿り着きたいなと思ってても難しいです。


 リィエルは手に持っていた大剣を振り上げると、私の方にぶん投げてきた。しかも地面に触れて大剣を何本も錬成し、それも投擲してくる。

 

(で、リィエル本人はと………)

 

 いつの間にか錬成した大剣を携えて、放った剣に追随する速度で走ってきてた。

 

 なるほど、悪くない。ブーメランみたいに旋回しながら迫る大剣を全て斬り払うこともできなくはないが、その間にリィエル自身に斬られるだろう。

 

(だったら全部斬り払うまでってね)

 

 深く深く息を吸った。心拍数を上げ体温を上げる。限界までリィエルを近くに引き寄せてから、一際強力な技を放った。

 

 

 炎の呼吸 伍の型“炎虎”

 

 

 練り上げた闘気が虎となり眼前の大剣を全て打払う。そのままリィエルへと直撃した。

 

 

 

 

 

 

〈sideグレン〉

 

 刀を腕輪に戻したイヴと、その前で大の字になって仰向けになったリィエル。

 

 それを見てようやく模擬戦が終わったことを理解した。

 

「リィエルッ!!」

 

 仰向けになったまま動かないリィエルに駆け寄り、膝を折って顔を覗き込む。イヴも呼吸を乱してこそいたが、それでもどこか余裕を見せてリィエルの側に立つ。

 

「大丈夫、平気」

 

 パチリと目を開いてそう言ったリィエル。だがイヴは一応は峰打ちだったとはいえ傍から見ても強力な技を打ち込んだからか、少し表情を歪めてリィエルを見ている。

 

「当たりどころが悪かったらいけないわね。グレン、念の為リィエルを医務室に連れて行ってくれる」

 

「あ、いや……それは」

 

 ヤバい。《業魔の塔》に駐在している治癒術師は皆腕が立つ。もしかするとリィエルが魔造人間だってことに気づかれるかもしれない。

 

(だが、どうする?ここで断るのも可笑しな話だし……)

 

「ーーーいや、俺とグレンで診よう。念の為であれば、それだけでもいいだろう」

 

 その時リィエルの事情を知ってるアルベルトが声を上げた。

 

「それもそうね。なら頼むわ」

 

「あぁ。行くぞ、グレン」

 

「お、おう」

 

 リィエルの手を引いて修練場からアルベルトと出る。リィエルを彼女の個室に入れてベッドに横にならせてから、俺とアルベルトは扉の外で言葉を交わしていた。

 

「今回は誤魔化せたが、いつまでもというわけにはいかない。分かっているな、グレン」

 

「分かってる。どうにかリィエル専属になっても構わねーって奴を見つけたいとこだけど、やっぱそれは無理だよなぁ」

 

「当たり前だな。そうなると、間違いなくリィエルの事情を話すことになる」

 

「それも分かってんだけど、一人くらいはな〜って思うんだよ」

 

 何も腕の立つ治癒術師全員に気づかれるとは思ってない。だがリィエルが魔造人間だということを、いつまでも隠すというのも難しい。

 

(もう俺かアルベルトが診るしかなくねーか?アルベルトはともかく、俺そういうの苦手なんですけど………)

 

 そこまで考えた時、視界の端に小柄な少女が入った。素通りするかと思ったら声を掛けてくる。

 

「すみません。こちら、リィエル=レイフォードという方のお部屋で間違いないですか?」

 

「お前は確か………イヴの妹だったか?」

 

「はい」

 

(え、あいつ妹とかいたの?)

 

 初耳だと思いながらその少女を見てみるが、髪や目の色に身体的な共通点は一切見当たらない。となるとイヴがED郵便社を経由して、妹として引き取ったということだろうか。

 

「そういえば、貴方とは初対面ですね。私、シノブ=コチョウといいます。救護班の者で、イヴ=イグナイトからリィエルという少女を診るよう要請を受けました」

 

 藤色の髪を蝶を模した髪飾りで括ったその少女は救護班の隊服を着用し、その上に白衣を羽織っていた。

 




※アンケート終了します。投票してくれました皆様方、ありがとうございました。


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第28話

 先にFate/Zeroから敵を出してそれが終わったら、本格的に原作を目指したいなと思います。


「それにしても、イヴって剣もあんな上手に使えるんだね。知らなかったなぁ、私」

 

 リィエルとの模擬戦を終えて、アルベルトとグレンが彼女を連れて行った後。私はセラと《業魔の塔》を歩いていた。

 

「確かに今までは皆の前で使う機会は少なかったかもね」

 

 言って以前から感じていた違和感に顔を顰める。

 

 当然すぐ隣の距離でセラがそれに気づかないわけもなく、怪訝そうな表情で「どうかした?」と聞かれる。

 

「そう、ね………」

 

 合ってない(・・・・・)のだ。炎の呼吸が私には。

 

 普通に使う分には問題はない。先ほどのリィエルとの模擬戦でも全集中の呼吸を使用したけど、特に身体の方に不調は感じられない。

 

 だが、違う。適していない(・・・・・・)という漠然とした感覚がどうにも消えない。

 

 恐らく今の私は『鬼滅の刃』の主人公、竈門炭治郎と同じような状態にあるのだと思う。水の呼吸を修めながらも、彼はそれに適した身体ではなかった。一撃の威力が高い呼吸は別にあった。

 

 呼吸を派生するなり、全く別の呼吸を試すなりすればどうにかなるかもだけど。

 

(全く別のならともかく、呼吸の派生ってどうやったらいいの?)  

 

 炎の呼吸をこの身に修めるだけで、かつて死にかけたという過去がある。他の呼吸を試すのも派生させるのも、正直に言えば恐ろしい。

 

 でも仮にもし試すなら基本の水、雷、風、岩のどれかか。あるいは柱が使っていた音、霞、恋、蟲、蛇………いや音はまだしも他四つはないか。私らしくないにも程がある。

 

 あるいはーーーーーーーーー

 

「イヴ?」

 

「あ、ごめんなさい。少し考え事をしてたわ」

 

「何を考えてたの?」

 

「え………っと、リィエルのこと」

 

 そう言って私が自分の私室に入ると当たり前みたいにセラも入ってきて、ベッドに飛び込んで横になる。それを眺めながら私は椅子に腰掛けた。

 

 机の引き出しから書類の束を取り出して、その内容を確認しながらペンを走らせる。

 

 呼吸のことは私がどうにかするべきことだろう。それにリィエルのことで考え事がないわけでもないから、嘘というわけでもない。

 

「今後はあの娘にも人殺しをさせると思うと、何だか少しだけ憂鬱になってしまってね」

 

 生まれて間もない無垢で無知な彼女をそうと知りながら私は、この道にリィエルを引きずり込むのだ。

 

 例え特務分室に入るきっかけを作ったのがグレンであっても、最終的にそれを認めるのは他でもない私だ。

 

「大丈夫だよ、イヴ」

 

 ともすればグレンが入隊したとき以上の罪悪感を覚えている私に、セラは微笑んで優しい声を掛けてくる。

 

「だってイヴは優しいから」

 

「ーーーそう。ありがとう」

 

 言って彼女から顔を背ける。セラはこういうことを素で言うからちょっと困る。いや嬉しいけども。

 

 少ししてセラは部屋から出て行った。何でもリィエルと話して仲良くなりたいとのこと。行動力が凄いというか、その辺りはどうにも相変わらずだ。いつの間にかシノブのことも、ちゃん付けで呼ぶようになっていたし。

 

「これから先はこれまで以上に大変になるわよね………けど、全員揃ったんだから弱音なんて吐いてられないわ」

 

 この先に何が起こったとしても、私がどうにかしなければならないのだから。

 

「一先ずは……あの娘に業務連絡するところから始めようかしら」

 

 家族として接するのはもう無理かもしれないけど、せめて仕事上の関係くらいは築いたって構わないだろう。いや彼女がそれも嫌がるなら話は別だけども。

 

 そう思いながら私は通信魔導具を起動してシノブに繋いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 それはそれとしてセラだけリィエルと仲良くしようというのは何だかズルい。私も彼女と距離を詰める時間を設けた方がいいのだろうか。あの娘は私物なんて全然持ってなさそうだし、服とかプレゼントするのも悪くないかも。

 



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29話 新しい任務

 前回の投稿からざっと2ヶ月と少し。皆様はどうお過ごしですか?自分は今更になって仮面ライダーが好きになりそうです。フェジテの魔術学院にそんなのを作ってたキャラがいたと思うので、横から口出ししてみたいですね。
 さて、今回から以前アンケートで決まった敵役を絡ますお話です。


 

 特務分室の執務室に集まった、もとい私が集めた面子を見回す。

 

「よく集まったわね。仕事よ」

 

 緊急とも言える招集を掛けたのはグレン(愚者)セラ(女帝)アルベルト()ジャティス(正義)バーナード(隠者)リィエル(戦車)の6人。

 

 一つの任務にこれだけの人数を集中させるのは、私が特務分室室長になって以来初めてかもしれない。

 

「今回の任務は、ある魔術師の討伐。ここ最近ある街で子供が次々に姿を消してる、っていうのは聞いているわよね?」

 

「正確には誘拐だろう、これ」

 

 そう言ったジャティスに頷いて言葉を返す。

 

「そうよ。下手人は『青髭』を自称する魔術師。だけど、目的とかは分かってないわ」

 

 しかしその被害は甚大なものだ。

 

 全員に配ったものと同じ資料に目を落とす。それにはこれまでの調査結果ーーーどれほどの人数が消えたのかなどの被害状況や、被害者が死体として発見されたときの状態などーーーが記されている。

 

「追加で言っておくと、本格的に編成された調査隊は誰一人として帰還してないそうよ。全員が行方不明………これに関して今は考えても仕方ないわ」

 

 資料を机に置いて改めて任務を告げる。

 

「私たちの任務はこの失踪事件の首謀者、『青髭』なる魔術師を殺害すること。一時間後に出立するわ。各自、準備を済ませて頂戴」

 

 

 

 

 

 一時間後。

 

 

 

 

 

 私はリィエルを膝の上に乗せていた。彼女の頭を撫でれば、どこか心地良さげに目を細める。

 

 リィエルは短期間で、執行官No.7《戦車》に相応しい活躍を上げた。だがそれ即ち、私がそれだけの任務を彼女に任せたことに他ならない。

 

(初めてリィエルに任務を告げた時は、グレンが猛反対したのよねぇ)

 

 まだ特務分室の任務はリィエルに早すぎるとか色々と言われたけど、私はグレンの言い分に一切耳を貸さなかった。

 

 何故かと言えばリィエルは自身の実力を模擬戦で示し、それをグレンとアルベルトやついでに私以外の特務分室メンバーも見ている。

 

 そして残念極まりない話だが、それ程の人材を遊ばせておく余裕はない。

 

(いっそ何も知らなければ、戦う術も知らなければ………)

 こんな幼い子供を、軍人として扱わないで済んだのだろうか。

 

「イヴ?」

 

「………何でもないわ」

 

 私から何かを感じ取ったのか、肩越しに視線を寄越すリィエルにそう言って膝の上から降ろす。丁度その時に各々準備を整えたらしい皆が《業魔の塔》入口に姿を見せた。

 

「馬車?」

 

「かなり遠くの方だしね。これくらいの準備はするわよ」

 

 セラが私の用意した馬のいない馬車を見て首を傾げる。

 

 歩いて移動するには無理のある距離だし、バラバラで動くというのも阿呆らしい。

 

「でも馬がいないよ?」

 

「けど馬代わりを出せる奴はいるのよねぇ」

 

 更に首を傾げるセラからジャティスに視線を移すと、彼は何かを悟ったのか顔を引きつらせた。

 



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第30話 任務先への同行者

 書き溜め、終了。原作まではまだまだですが、少しの間は定期的に投稿ができそうです。


「出発する前に、一人だけ追加のメンバーがいるの」

 

 ジャティスに三体ほどの天使を用意して貰って、私は不本意ながらも今回の任務に同行させることになった人物を紹介する。

 

「もう知ってるかもしれないけど、この娘はシノブ=コチョウ。特務分室の専属医を務めてくれているわ」

 

「皆さん、こんにちは。今回は現地で治癒術師が必要になる可能性が極めて高いらしいので、イヴさんからの要請を受けて同行させて頂くことになりました。よろしくお願いしますね」

 

 あのリィエルとの模擬戦の後に、シノブには肩書が一つ増えた。それが今さっき口に出した、特務分室専属医。

 

(最初はリィエルの面倒だけみてくれたらって思っていたのに、いつの間にやらそんな立場になっちゃって)

 

 これは彼女本人の希望もあるにはあるが、私のせいと言ってしまった方が正しいだろう。特務分室室長が個人的に連絡をし、部下を診るように頼んだという事実のせいだ。

 

(本当にどうしてあんな軽率な真似。………馬鹿なの私は?)

 

 実際あの時の私は馬鹿だったのだろうと思う。

 

「じゃあ皆、中に入ってくれる?すぐに出るわ」

 

「あぁ、そうしよう。僕は一番奥で構わないから、先に乗らせて貰おうか」

 

「アンタは私と一緒にこっちよ」

 

 ジャティスの首根っこを掴んで御者台に引っ張った。

 

 セラ以外の全員が馬車に乗って彼女も乗り込もうとした直前に引き止め、私はセラにトランプを渡した。

 

「いくらジャティスが飛ばしても、それでも街まで結構あるから。良かったらそれ使って時間潰してて」

 

「そういうことなら、使わせて貰うけど………いいの?私が御者台に座った方がいいんじゃないかな」

 

「いいわよ、別に。どうせただ気まずくなるだけでしょ」

 

 セラを含めた何人かは、私とシノブの関係を知っている。だから彼女は私にそんなことを言うのだろうけど、その気遣いは不要だ。

 

「それじゃ適当な所で休憩を挟むから、それまでは適当に過ごしておいて」

 

 セラを馬車の中に押し込み、ジャティスの隣に座る。

 

「今回は悪いわね。目的地までよろしく頼むわ」

 

「それは別に構わないさ。ところで君は御者台でいいのかい?」

 

「セラにも言ったけど、気まずくなるだけ。それならセラに任せて、皆と友好を深めるなりして貰った方がいいわ」

 

「………まぁ、さっさと行くとしよう。今回は任務だということもあるし、大人しく運送くらいしてあげるよ」

 

 そう言うと彼は天使に馬車を持ち上げさせ、空へと勢いよく飛び出させた。

 

「普段からそれくらい聞き分けが良ければいいのに」

 

「僕が普段から我儘を言っているような言い方は良くないよ。どちらかと言えばそれをしてるのは君だろう?」

 

「………………………今度グレンと任務組ませてやろうかしら」

 

「おっと。そんなことを本気でやるつもりなら、天使の操作を誤ってしまうかもしれないな」

 

「そんなにグレンは嫌い?あとそれは洒落にならないから止めなさい」

 

 今ジャティスは馬車を不可視化させた上で、かなりの高さを飛行させている。こんな状況で落ちたりしたら………………………………いや、割とどうにかなりそう。馬車自体は壊れるだろうけど。

 

(しかし『青髭』、ねぇ?)

 

 失踪しているのは全て幼い子供(・・・・)であり、発見されたのは悪趣味な芸術品(・・・・・・・)のように加工された遺体。

 

(嫌な予感がするのは私だけでしょうね………)

 

 前世を持つ私しか分からない不気味さに、思わずため息を一つ零していた。

 



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第31話

 特にサブタイ思い浮かばないので今回はそのまま話数で。というか書き溜めした分を急遽大幅修整することになって発狂しそう。漫画とアニメのFate Zeroを見直すからこんなことになる。


 

 その日の夜中には件の街に着いた。やっぱりジャティスがいてくれると、移動時間が凄く短くなって助かる。

 

「ここからは走って移動するわよ。よく考えれば馬のいない馬車とか、不審極まりないもの」

 

「それもっと早く気づけなかったのかい?」

 

 ………うるさい。

 

「早く目的地に着いたんだから良いでしょ」

 

 そうジャティスに言って街の近くにある森に馬車を隠すように置き、そこから全員で街へ向けて走っている最中。アルベルトが何かを見つけたのか「待て」と言った。

 

「あれは何だ?」

 

 彼の視線の先に見えるのは古い城。それは木々が生い茂る森の中で、妙に存在感を放っている。

 

 確かあの古城は、この地域ではそれなりに知られている遺物的なやつだ。当然のことながら、今は住んでる者など誰もいない。その筈だけど………。

 

「今何か光った?」

 

 光ったというか明かりが見えたというか……ともかくそう言ってアルベルトに尋ねると、「一瞬だけだが」と頷く。

 

(見間違いで片付けるわけにもいかないわよね……)

 

 このメンバーの中で一番目が良いのはアルベルト。その彼がわざわざ足を止めてまで言うのだから、そこに何かしらあるのだろう。

 

「バーナード、ジャティス、アルベルトは街へ。指揮はバーナードに任せるわ。他は私と一緒にあの城に向かうわよ」

 

 一応二つのチームに分ける。まぁ今更になって、街で手掛かりとかが見つかるとは思ってないので、可能な限り早く街の調査を終わらせて城に来るよう追加で指示を出す。

 

「爺たちならもう行ったぞ」

 

「………迅速に過ぎる行動も考えものね」

 

 グレンの言葉にため息を吐いて通信魔導具を起動する。通信に応じたアルベルトにさっき口に出した指示を繰り返し、人の話は最後まで聞けという小言は飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

〈sideグレン〉

 

 そうして古城に向かった俺を含むメンバーだったが、城にある程度まで近づくとイヴは何を思ってか動きを止めた。

 

「何かあったの?」

 

 小声で尋ねるセラにイヴは、【イーラの炎】であの城を見たと言う。

 

(確か索敵の魔術だったよな)

 

 何でも 一定範囲内の中で殺意や害意を頂いたものに対し、 視覚化された炎が揺らいで見えるのだとか。

 

「それで敵がどこに居るかは分かったのか?例えばあの城のどの辺に居るとか」

 

「何も反応がなかったとかじゃないわ。むしろはっきりし過ぎなくらい」

 

 俺の言葉にイヴは難しそうな表情で首を横に振ってそう言うと、ゆっくりとした動作で城を指差して口を開いた。

 

「あの城そのものが炎になって揺らめいて見えるのよねぇ」

 



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第32話

 FGO5周年!無事にアルトリア・キャスターをお迎えできました………まぁ配布された石全部使ってようやく一体ですけどね。ガチャなんてこんなもん。


 私の視界にあの城は、ただただ巨大な炎に見える。つまり城の中にそれだけの数がいるか、あるいはそれだけ強大な敵がいるか。

 

 ?あぁ、原作の【イーラの炎】は敵性存在の位置を把握するだけの魔術だけど、それだけの機能だと流石に不便なので、ある程度その敵性存在の数や強さは測れるようにした。強さは炎の大きさだったり、勢いとなって見て取れる。

 

(もう城内の確認とかすっ飛ばして城を壊して良いかしら?)

 

 いや、駄目か。あの中にまだ生存者がいる可能性もないではないので、何の確認もなしにそんなことするわけにいかない。

 

 街の方で調査をしているアルベルト達をすぐにでも呼び戻そうかなと、通信魔導具を起動しようとしたときだった。

 

「イヴさん、子供が走ってきてますよ」

 

「え?」

 

 シノブの言葉に視線を動かす。するとそこには確かに幼い少年の姿があった。恐らく行方不明になっている子供の一人だろう。その子供は私達に気づいた様子もなく、恐怖に染まった顔で必死に走っている。

 

 幸か不幸かその少年は此方に気づいていない。

 

(どうしたものかな………)

 

 普通に考えるなら真っ先に保護するべきなのだが、如何せんタイミングが怪しすぎる。二つのチームに分け、城を【イーラの炎】越しに見て次の行動を考えようとした途端にこれ。罠と、そう見るのが妥当だろう。

 

 とはいえ、だ。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 それでも動くのが正義の魔法使い(グレン)の良いところであり、悪いところでもあるのだろう。

 

「ひっ!く、来るなぁ!!」

 

「落ち着け。もう心配いらない。俺たちはお前を助けに来たんだ」

 

 グレンが小声でそう言うも、子供は錯乱したように「死にたくない」「殺さないで」と繰り返している。

 

「グレンさん、少し任せて貰えますか?」

 

 するとシノブはグレンを押し退け、ゆっくりと膝を折り曲げ男の子と視線を合わせる。それから安心させるように笑みを浮かべた。

 

「もう大丈夫ですよ、坊や。私達は悪い魔法使いを退治しに来たんです」

 

「………ほ、本当に?」

 

「はい。だから教えてくれませんか?君がどうして、こんな夜更けにこの深い森の中にいるのかを」

 

 シノブがそう言うと少年はようやく落ち着いたのか、涙を湛え言葉を詰まらせながらも喋り出す。

 

 で、それをまとめると。

 

・普通に家で寝ていた筈なのに、気づいたら森の中にいた。

・自分以外にも何人かの同い年くらいの子供もいた。

・そこにいた唯一の大人が「鬼ごっこの時間」と言い、泣きじゃくる一人の子供を握り潰した。

・そしてパニックとなり、バラバラに逃げ今に至る。

 

「た、助けて!お家に帰りたい!」

 

「えぇ、勿論です」

 

 そこ、安請け合いしない。グレンも同調するみたいに頷くな。

 

(もしかして、久々に五体満足で無事な被害者を見て浮かれてる?)

 

 思わず溜め息を押し殺した。

 

 確かに被害者を救出できるならば、それに越したことはない。

 

 だけど、それを切り捨て任務を優先することがほとんどだ。被害者の救出は、任務を達成するついでのようなもの。積極的に助けようとは思わない。

 

 安堵から小さく笑みを浮かべるこの男の子一人を助ける行動も、特務分室室長(今の私)にはとることができない。

 

「ッ、何かいる」

 

 リィエルが弾かれるようにして顔を向けた先に、突然禍々しい気配が出現した。

 



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第33話 会敵

 
 感想等には今回のストーリーが一通り終わってから返信したいなと思ってます。


 

「おやおや、助けが来たのですか?良かったですねぇ坊や、喜びなさい。ようやく神が慈悲を示したよ。お友達は誰一人、救ってくれなかったというのにねぇ」

 

 そんな言葉と共に、木の陰から一人の男が姿を現した。

 

 不自然に飛び出した両目に、全身を覆い隠すローブ。その体つきはまるで現役の軍人のようであった。

 

 その風貌は男の子から聞いたものと一致していて、私が覚えているものとも全く同じだった。

 

「………一応、確認させて貰おうかしら?」

 

 シノブを庇うように前へ出る。そしてシンプルに問い掛けた。

 

「貴方が『青髭』?」

 

「如何にも。私が『青髭』、ジル=ド=レェにございます。そちらは噂に聞く宮廷魔道士団、特務分室に相違ありませんね?」

 

(どうして知っているの?)

 

 一応、特務分室はその存在が秘匿された組織だ。一般人はおろか、生半可な犯罪者では一生知ることはないだろう。

 

 それを知っているということは、かなり巨大な組織が裏にいるということなのか。

 

 まぁ、やることは変わらない。

 

 向こうの問いには答えずに、ただ一言こう告げた。

 

「戦闘、開始」

 

 まずグレンが発砲した。牽制が主な狙いだがしっかりと脳天に向かった弾丸は、『青髭』の足元から飛び出た触手の化け物に止められる。グレンが僅かに動揺した隙を埋めるように、それを私とリィエルで斬り裂いた。追撃をしようとしたリィエルの首根っこを掴み後ろに放り投げ、シノブと男の子に近づいていた化け物に向かわせる。

 

 すると木の上に隠されていた化け物が、複数体私の上に落ちてきた。それはセラが【シュレッド・テンペスト】をその分だけ生み出し、木っ端微塵に切り刻む。血肉が降りかかる前に、一度皆のところに下がった。

 

「ウフフ、凄いでしょう?我が友が遺したこの魔書によって、私は悪魔を統べる術を得たのです!」

 

 そう言うと男は人の皮を用いて作成したらしき分厚い本を、パラパラと勢いよく捲り出す。すると男の周囲に、同じ形の化け物が何体も出現した。

 

 私はセラ達と言葉を交わす。

 

「少しは減った?」

 

「いや、逆に増えてるみたい」

 

「化け物の血肉でまた化け物を召喚してるってとこだろうな………これ上限あるのか?」

 

「でも弱い。数が多いだけ」

 

 ………そう、弱い。確かにこの触手の化け物ーーー海魔はどちらかと言えば雑魚に分類されるものだ。

 

 けど、もしこの男が英霊であるならば。

 

(私たちが雑魚って感じることがそもそも変なのよね……)

 

 もう少し探るか。

 

「私が片っぱしから凍らすか燃やしていくわ。燃やしたのは放置でいいから、凍らせたのはすぐに砕いていって」

 

「分かった」

 

「了解」

 

「ん」

 

 この会話の間にも化け物は増え続けている。それらの向こうで『青髭』が笑っていた。

 

「話し合いは終わりましたか?ならば地獄へと落ちなさい!!」

 

 海魔が次々に迫ってくる。

 

 私達の立ち回りは自然と、シノブを守るようなものになっていた。

 



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第34話 セイバー

 【アイシクル・コフィン】や【フリージング・コフィン】で海魔を凍らせて、あるいは【ブレイズ・バースト】や【インフェルノ・フレア】で焼き尽くす。

 

 凍らせたものはセラかリィエルが砕いていく。グレンは主に罠系の魔術で海魔の足止めをしつつ、手に持つ拳銃で『青髭』へと銃弾を放つ。

 

 が、しかし。

 

 海魔の数が減る気配は一切なく、『青髭』に攻撃が届くこともない。

 

「全然、減らない」

 

「切りがないね」

 

「俺らが減らすより、あいつが化け物を増やすスピードが速い」

 

「というか、そろそろバーナード達の援護があっても良いと思うのだけど」

 

 さっきから結構派手な魔術を行使している。なのにそれがないということは、向こうにも何かしら起きていると考えるべきか。

 

(うーん。シノブと保護した子供だけでもさっさと逃したいけど………)

 

 難しいと言わざるを得ない。シノブが一人で海魔に襲われたりしたら彼女は長く抵抗できないだろうし、男の子を守りながらなら尚更だ。

 

「ウフッ」

 

 小さく『青髭』がシノブを見て笑った。嫌な予感を覚えて彼女の方に目を向ける。

 

「シノブッ!!」

 

「え?」

 

 呆けた声を出すシノブをセラの方に突き飛ばし、“何の前触れもなく身体が膨張した”子供から彼女を離す。

 

「ぐぅッ」

 

 直後に男の子は破裂し、その内側から食い破るようにして現れた海魔に吹っ飛ばされた。そして皆から少し遠い木にぶつかる。受け身をとり損ね、“呼吸”が乱れた。

 

「イヴッ!?」

 

 セラの声が聞こえたと思ったら、数え切れない海魔に囲まれる。どうやら予め、ここに血肉を撒いていたらしい。

 

「し、《灼熱の壁を》ッ!」

 

 とりあえず【フレア・クリフ】で私の周囲を炎の壁で覆った。それで海魔の足止めをしながら、呼吸を整える。

 

(やっぱり、ただ海魔と戦うだけじゃ『青髭』が英霊かどうか分からないわね)

 

 それを確認できてかつ現状を崩せる、新しい要素が欲しい。そして私には、用意できる手段がある。

 

 ポケットから水銀の入った瓶を取り出し、地面にゆっくりと垂らした。水銀で素早く地面に魔方陣を描き、ジャティスから拝借した疑似霊素粒子を宙にばら撒く。

 

(ジャティスなら魔方陣やら詠唱やら必要ないんでしょうけど、流石に私じゃそうはいかない)

 

 描いた魔方陣もこれから行う詠唱も、頭の中のイメージをより鮮明にするためのもの。それ以外の意味はない。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 【フレア・クリフ】の内側で片膝を付き、前世では特に有名だった呪文を唱え始める。

 

閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)

 

 繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる刻を破却する。

 

 ――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

 誓いを此処に。

 我は常世総すべての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷しく者。

 

 汝 三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 

 

 

 

 一人の騎士が現れる。

 

 金髪碧眼の少女。青いドレスの上から白銀の鎧を身に纏い、その両手は何かを握っているかのように丸められている。

 

「《蒼銀の氷精よ・冬の円奏曲(ワルツ)を奏で・静寂を捧げよ》」

 

 【フレア・クリフ】を解除した。【アイシクル・コフィン】を発動し、冷凍光線で化け物を凍らせる。直後、それらが全て砕け散った。

 

「ーーー問おう」

 

 それを為した彼女は私に視線を向け、こう言った。

 

「貴女が私のマスターか?」

 



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第35話 セイバー2

 お待たせしました。グレン視点から入ります


 

〈sideグレン〉

 

「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ参上した。これより我が剣は貴女と共にあり、貴女の運命は私と共にある」

 

 イヴに視線を向けてそう言ったのは、鎧を纏った小柄な少女。そしてイヴは当たり前のようにその言葉を受け止めて、セイバーと名乗った少女にシンプルな指示を出す。

 

「敵はその男よ。片づけて、セイバー」

 

「承知しました」

 

 気づけば、化け物の動きは止まっていた。『青髭』も本を捲る手を止め、現れた少女だけをただ見つめる。その顔は何故か。驚愕と歓喜に染まっていた。

 

「私の願いが、私の祈りが………ついに届いた!貴女を、聖処女を蘇らせた!!」

 

(いや急に何か言い出したんだけど?)

 

「私です、ジャンヌ!貴女様の忠実なる永遠の下僕、ジル=ド=レェにございます!!貴女様と再会するため、私はこうして時を越え、世界を越えやってきたのです!」

 

 しかしその溢れる歓喜を向けられる当人の顔には、戸惑いの表情しか浮かんでいない。

 

「貴公は一体何を言っている?私達は初対面だが」

 

 それを聞いた『青髭』の反応は激的だった。

 

「まさか………まさか、そんな御無体な!私の顔をお忘れですか!?おおお、オオオオオオオオなんと悼ましい!!神はどこまでも残酷な真ーーーーーーーーーいや」

 ーーーーーー貴様か。

 

「なッ」

 

 『青髭』がイヴを鋭く睨みつけ発した殺気に、思わず一歩下がった。リィエルも無意識にか喉を鳴らし、セラも冷や汗を浮かべている。

 

「貴様ぁあ!!私のジャンヌに何をしたああああぁぁぁぁ!!!!」

 

 その殺気を涼しげな表情で受け流し、イヴは煙草を咥え口を開いた。

 

「妄言に付き合う気はないの。やりなさい、セイバー」

 

「………分かりました。すぐに」

 

 そして金髪の少女は、『青髭』へと駆け出した。

 

〈sideout〉

 

 

 

 

 

 

 

(セイバーを見てこの反応………どうも本物の『青髭』って考えた方がいいみたいね。まさかとは思うけどこの世界のどこかに、聖杯でもあったりする?)

 

 いや、いやいやいやまさかまさか。そんなものある訳ない。そんなことある筈ない。仮にあったとしたら、特務分室にその情報がないとおかしいだろう。

 

「とはいえ………」

 

 あの『青髭』が召喚された英霊だと仮定して、その召喚者はどこの誰なのやら。それに加えて、どうしてこうも英霊にしては弱いのか。

 

(考えることが増えそうね)

 

 ちなみに今暴れているセイバーは、ジャティスの人工精霊と同じような存在。言ってしまえば私の想像の産物でしかない。

 

「ねぇ、イヴ………あの娘は一体、何なの?」

 

「後で詳しく説明するわ。今は私の使い魔ってことで納得して」

 

 お互いをサポートしながら、迫りくる触手を粉砕していく。セイバーの援護をするのも忘れない。

 

 彼女の刃は確実に、『青髭』へと近づきつつあった。

 

 

 ………………………それにしても。

 

 

 

 

 

 セイバーに流れる魔力が多いと思うのは、何かの気のせいだろうか?

 




 
 ガンダムEXVSMBON、楽しい。


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第36話 罠

 感想がとても有り難いのに、返信できなくて申し訳ないです。すみません(._.)
 それから、新しく仮面ライダー聖刃なんてのが始まってますね。どんな風になっていくのか、気になります。


 

「キャスター、覚悟!!」

 

 リィエルと同等かそれ以上の突破力を以て、セイバーは海魔の群れを突き抜け『青髭』の元へ至った。そして不可視の剣を『青髭』へと振り下ろす。

 

「あ、何故………聖、処」

 

 そう言い残し、『青髭』は事切れた。ドサリと力なく、その身体が崩れ落ちる。

 

「やった、のか?」

 

 グレンが小さく零した言葉に「それはフラグ」とツッコミ入れようかなと思ったけど、確かに間違いなく『青髭』は絶命している。その証拠とでも言えばいいのか、数多くいた海魔も全て消えていた。

 

「そうみたいね。もう、一撃喰らうなんて油断したわ」

 

「あの、イヴさん。一応、診させて下さい」

 

「ん?別にいらないわよ。ただの打撲でしょうし」

 

「………軽く、触診するだけですから」

 

 半ば強引にその場に座らされた。そして服の上からシノブによって触診されている最中に、街の方へ向かわせていたバーナード達がやって来た。

 

「思ってたより、戻ってくるのが遅かったわね。何かあったの?」

 

「街の調査をしとったら、急によく分からん化け物共に襲われての。まぁ適当に蹴散らしてやったわい」

 

「そう。街の方の調査結果は?」

 

 ガハハ、と笑うバーナードを無視してアルベルトに尋ねると、シンプルに「手遅れだった」と答えが返ってきた。

 

「手遅れ?どういうこと?」

 

「『青髭』とやらはかなり前から、好き勝手していたのだろうな。何の問題もないように見えたが、死者が蔓延っているだけだった」

 

 ………それはゾンビたらけだったと、そういうことなのだろうか?

 

「生存者は?」

 

「確認できなかった。ところでイヴ、そこの女は何だ?」

 

 アルベルトの言葉に、全員の視線がセイバーに集中する。

 

「あぁ。ジャティスが使ってる人工精霊(タルバ)あるでしょ?あれと同じ、ただの使い魔よ」

 

 そう答えるとセラが「嘘だぁ」と呟いた。グレンもそれに同意するように何度も頷く。そんなに信じられないのかね?

 

「マスター、この者たちは?」

 

 どこか警戒した風に、セイバーが自発的(・・・)に質問してきた。それに少し疑問を覚えながらも、彼らは私の仲間と言う。

 

「そうでしたか、それは失礼しました。どうか皆さんも、私のことはセイバーとお呼び下さい」

 

 そう言う彼女に思わず首を傾げる。何かがおかしい気がする。

 

「………疑似霊素粒子を使ったのかい?」

 

「?そうよ」

 

 ジャティスはセイバーを一瞥し、黙って何かを考え始めた。何を考えているか知らないけど、個人的なことなら後にして欲しい。

 

「それより、そこの男が『青髭』か?」

 

 アルベルトが事切れた『青髭』を見て眉をひそめる。

 

「えぇ。無限増殖する化け物の召喚なんて、面倒な魔術を使っていたけど…………面倒なだけだったわ。全く………三流魔術師(グレン)にも劣ってそうな相手に、わざわざ命令とはいえ特務分室(私達)が動く必、要」

 

 ーーーーーーちょっと待った。

 

 ここの調査を実施していた魔術師たちは、そこそこまぁまぁ腕が立つ。流石に特務分室と同レベルとは言わないが、それでも確かな実力があった筈だ。

 

 違和感を覚えて倒れ伏す『青髭』をじぃっと見る。よく目を凝らすと、皮膚の一部が剥がれ内側に“何か”が見えてきた。

 

「………まさか」

 

 錬成した刀を逆手に持ち、息の止まったジル=ド=レェの胸から腹を浅く裂いた。

 

「おい待て、いきなり何してッ!?」

 

 グレンも思わず言葉を止める。リィエルの目はセラが塞いだ。私とてリィエルに人の中身をジロジロと眺めさせたくもないので、彼女がそうしてくれるのは有り難い。

 

 その遺体の内側には、子宮があった。身体の内臓と外側が一致していない。しかし、何かしらの魔術で変化しているわけではない。

 

 コレは|外見を『青髭』に似せて加工された女性の遺体《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》だ。

 

「皆すぐに逃げて!」

 

 罠だと、直感的に理解した私はそう言ったけど、その指示は遅かった。

 

 地面の下から先ほどのものとは比較にならないくらい、複数の大きな触手がその姿を現した。それらは私と皆を分断し、私を捕える動きを見せる。

 

「………ヤバい」

 

 そして触手に飲み込まれたかと思えば、次第に意識が薄れていく。

 

「姉さん!!」

 

 ーーー懐かしい呼び方をされたのは、きっと気のせいだろう。

 



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第37話 逆鱗に触れる

 ずっと評価バー赤だったけど、ついにオレンジに下がった。(´;ω;`)悲しい。
※『青髭』がこんなことするの?みたいなコメント頂きましたが、細かいこと気にせずそんなものだって思って下されば有り難いです。


 

 意識が浮上する。目を開けることなく周囲の気配を探ると、今にも死にそうな複数の気配と人型の“何か”としか形容できない気配があった。

 

「ーーー目覚めましたか」

 

 特に身動きはしなかったのだけど、どうやら起きたことには気づかれているようだった。左腕に違和感を覚えながら、ゆっくりと目を開ける。

 

 そして視界に飛び込んできた光景に、思わず胃の中身を吐きそうになった。

 

 片目をくり抜かれ、そこに丸時計が埋め込まれていた。腹を真一文字に裂き引きずり出された腸に、ピアノの鍵盤が取り付けられていた。両手足を付け根から切り落とされていた。臓器を取り出され、体をあらゆる刃物の置き場にされていた。不自然に開いた穴に、植物が生けられていた。

 

 

 そしてそれらは、未だ生かされた人を素材にしていた。

 

 

 その中心に佇む一人の男がいる。その容姿は先程セイバーに斬らせたものと同じだが、存在そのものの“格”が人より上だと自然と理解した。

 

 正真正銘この男が、サーヴァント・ジル=ド=レェなのだろう。

 

「………何?私も同じ目に遭わせる気?」

 

「いいえ。これ以上の地獄を、その身に味合わせて差し上げましょう………ですが、その前に」

 

 ふと、頭上から垂れてくる液体に今更気づいた。

 

「えッ」

 

 視線をそこに向けると、縛られていると思っていた左腕は何本かの釘で壁に打ち付けられていた。

 

「は、」

 

 だというのに、そこから痛みが一切感じられない。血も流れ出ているというのに、その感覚さえない。

 

(感覚を鈍らされたなんてものじゃない………もしかして、神経を直接弄られた?)

 

 いや、落ち着け。

 

 乱れた呼吸を整え、無駄に早まった動悸を静める。

 

 それだけのことをするには、流石に時間が足りない筈だ。よくよく見れば、釘に何かしらの魔術が施されているのが分かる。恐らくこれを正式な手順で外すか、誰かに魔術で解除すればどうとでもなる筈だ。

 

「貴女、私の聖女に何をしたのですか?あぁ、魔術は使わないことをオススメしますよ」

 

 そう考えていると『青髭』が、床に染み込んだ血から触手の化け物を複数召喚した。それらを侍らせ、ゆっくりとした歩みで私に近づいてくる。

 

「《そう・ご忠告・どう》ッ!?」

 

 会話を装って攻撃を仕掛けようとしたら、急に腹部に痛みが走って思わず動きを止めた。視線を痛みの発生源に向けると、身体の内側から細い触手が生えている。

 

「これ、は」

 

「貴女に埋め込んだそれは、魔力に反応して成長するのです。そして魔術師にとって重要な左腕は、見ての通り物理的に封じさせて頂きました」

 

「………………………ふぅ、ん。ご丁寧にありがとう」

 

「いえいえ。ではそろそろ、答えて頂きましょうか。でなければ、貴女のお仲間にも尋ねることになりましょう。特に大剣の少女と細剣の少女はすぐにでも、この場にお招きしたいですねぇ」

 

 耳を疑った。

 

「は?」

 

 それはリィエルとシノブのこと?

 

 『青髭』は怒りの表情から一転して、恍惚とした表情を浮べ大仰に動きながら口を開く。

 

「あの一切汚れを知らぬような青髪の少女に凌辱の限りを尽くし、常に微笑む藤色の髪をした少女の顔を屈辱に歪ませたい!この街でも多くの少年少女を作品にしてきましたが、彼女たちはその過程も含めて格別なものとなるでじょッ!!?」

 

 肉を千切りながら力任せに壁から左腕を放し、右手で腹に生えた触手を引っこ抜いた。そして勢いのまま『青髭』を殴り飛ばす。

 

「よ、くもまぁ………こんな、気持ち悪いものを、人様の身体に、入れてくれたわね」

 

 口の端から血が零れる。そこそこ大きな穴が開いてそれなりに出血したが、既に“呼吸”で止血した。流石に痛みは消せないが、我慢できない程ではない。

 

「しょ、正気か貴様!壁に打ち付けた左腕と、自身の内側から生えたものを力づくで引き抜くなど!?」

 

「口調が、乱れて………いるわよ。それより、アンタみたいなのに、正気を、疑われるなんて……心外にも、程があるわ」

 

 引き抜いた触手を投げ捨てた。血走った目で私を見る『青髭』を睨み返す。

 

「それにしても………随分とおかしなことを言うのね」

 

「何?」

 

「まさか、忘れたの?」

 

 思いっきり、口元を歪めて嘲笑する。

 

「聖処女だ何だ言ってるけど、正反対の魔女だったじゃない」

 

「その口を今すぐに閉じろ小娘がああああああああああ!!!!!」

 

 『青髭』の激情を表すかのように、暴れる触手が迫ってきた。

 



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第38話 脱出

 劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン見てきました。もうマジで感動です。まさか今になって映画館で泣くことがあるとは………。
 彼女をさっさと出したいので、サクサクと話を進められたらいいなぁ(願望)。


 直後、私が立っている場所が下から斬り裂かれた。私は瓦礫と共に、下の階へと流れるように落下する。

 

 そして、空中で姿勢を整え着地した。

 

 そこには大剣を握るリィエルと、険しい表情のアルベルトの姿がある。どうやらリィエルが、私の真下だけを斬ったらしい。

 

「助かったわ。ありがとう、2人共」

 

「礼は後にしろ。話は移動しながらだ」

 

「それもそうね。ところで、リィエルってば私まで斬りそうじゃなかった?地味に掠ったと思うんだけど………」

 

「気のせい」

 

「そう?」

 

 アルベルトに先導して貰い、外へ向かって移動する。その際にいくつも|作品(・・)を見かけたが、もはやどう手を施せばいいか分からなかった。

 

「………現状は?」

 

 それらから意識を外すため、アルベルトに尋ねる。

 

「セラとグレンが城の内部調査。翁がジャティスとセイバーを率いて、囮を務めている。グレン達は既にこの古城から出たようだ」

 

 今、何て?

 

「セイバーが?どうして?」

 

「いや、確かお前の使い魔なのだろう?俺に聞くよりも、お前の方が分かっている筈だが………それにしても戦闘力もそうだが、高い知能も保有させていると。流石だな」

 

 よく分からないけど、自分で思っている以上にセイバーの性能は高いらしい。所詮は使い魔の域を出ないと考えていたけど、その考えは改めて良さそうだ。

 

「で、私の救助に貴方達ってわけね。シノブは?」

 

「彼女は先に馬車に戻って貰った。馬車の周囲には結界も張ってあるから、特に心配もいらないだろう。それで、お前はどうなんだ?見たところかなり傷は深いぞ」

 

「“呼吸”で止血してるから大丈夫よ」

 

「??そうか」

 

 しばらく進むと彼は足を止め、リィエルにこう言った。

 

「やれ」

 

「ん、分かった」

 

 そして彼女は無造作に大剣で壁を破壊し、外へ通じる道を無理矢理作った。

 

(えー)

 

「よし、外に出るぞ」

 

「………随分と人目を気にしないやり方ね。らしくないわよ」

 

「今更、気にする人目がどこにある。なら、効率よくするだけだ」

 

「これ効率的って言うの?」

 

 あ、無視して飛び降りた。これは彼も本当に効率的とは思ってなさそう。

 

 リィエルとタイミングを合わせて私も飛び降りる。すると不自然に吹く強い風が、私達をある場所へと運んだ。

 

 そこは馬車を隠していた場所だった。

 

「良かったイヴ!無事………じゃないねッ!!?」

 

「やっぱり、セラだったのね。運んでくれてありがとう。皆は無事みたいで良かったわ」

 

 すぐシノブに左腕と腹の傷を治療して貰う。その際に治癒を施す彼女のその手が震えていた。

 

(………現場に連れて来ない方が、良かったかもしれないわね)

 

 もしかしたら、現地で治療を施せば救える命があるかもしれない。そんな風に考えてもみたが、そんな筈もなかった。

 

 特務分室が動くのは、基本的に手遅れな被害が出てからなのだから。

 

「え、いやホントに大丈夫なんだよね?無理してない?」

 

「そんな心配しないでも大丈夫よ。シノブが傷も塞いでくれたし………さて」

 

 これからどうするか皆の意見を聞こうとした瞬間、地鳴りが響き出した。それは徐々に大きくなる。

 

『許さぬ………断じて、許さぬぞ。我が聖処女を弄び魔女だと愚弄したその罪は、必ずやその身を以て贖わせてくれよう!!!』

 

 その中心である古城が崩れたかと思うと、代わりのように巨大な怪物が現れた。それは何度か見た海魔とはまた別物で、その大きさは城と比べても遜色ない。

 

「………あの男、何を考えている」

 

「ん?何か見えたの、アルベルト?」

 

「『青髭』といったか。あの男が自ら、あの化け物に飲み込まれていった」

 

 ………まぁ、下手に他所へ逃げられるよりかはマシか。

 

 私は改めてどうするべきか意見を求めた。



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第39話 固有魔術

 このすばセイバー面白いですよね。ね?


 

「撤退もありじゃと思うぞ?現状の戦力では、あの怪物に対する決定打がないからの」

 

「可能性があるとすれば、アルベルトかイヴくらいだろうね。それでも、確実に仕留める保証はない」

 

「流石にあんな質量を一撃で、っていうのは無理があるんじゃないかな?」

 

「アルベルトのあれなら、ワンチャンやれるんじゃね?ほら、七星剣とかいうの」

 

「対象を視認さえ出来ればな。だがあれ程分厚い肉に入り込まれると、直撃させるのは不可能と言わざるを得ない。そう言うお前こそ、【イクスティクション・レイ】はどうした?」

 

「セリカならともかく、俺があれに撃った所でなー。城を一つ吹き飛ばせるような威力は流石に出せねーよ」

 

「やはり、一度退いて戦力を整えてから「いいえ、それではいけません」何?」

 

 沈黙を保っていたセイバーが口を開く。

 

「あれは放置すればする程に、被害が増します。今、この場で対処するべきです」

 

 ………セイバーの言う通りではあるのだが、それが出来れば苦労しない。というかさっきから何なの?私ってセイバーの人格とか思考とかも再現したっけ?戦闘能力重視でイメージした筈なんだけど。

 

(いや、それは後でいいや)

 

 とりあえず今は、あれをどうにかする方法が先だ。

 

「マスター、宝具開帳の許可を。私の宝具であれば、確実にあの怪物を消し飛ばせます」

 

「却下」

 

 セイバー?の申請は思考の余地なく却下。そんなもの(宝具)まで再現した覚えはない。

 

「なッ、マスターもあれを放置しようというのですか!?」

 

「そんなわけないでしょう」

 

 私の言葉に意外そうな表情をする皆に向けて言った。

 

「三分。それだけでいいから、各々のやり方で時間を稼いで頂戴。その後は私が片づけるわ」

 

 

 

 

 

 

 

〈sideグレン〉

 

「ーーーってもなぁ、どうにかなんのかよこれ。まるで足止めできてる気がしねぇんだけど」

 

 怪物の進行方向に次々と罠を仕掛けてはいるが、それが効いてる様子はない。いくら俺が三流魔術師とはいえ、流石に自信を失くしそうだ。

 

 バーナードがリィエルとセイバーとかいう少女を率いている極一部では、どうやらそうでもなさそうだが。

 

「そんなこと言ってないで、早く次の場所に行こう?まだまだやれることはあるよ」

 

「………そうだな」

 

 セラが駆使する風で移動して、また別の場所に罠を仕掛けている最中に、ふと気になって彼女に尋ねる。

 

「白犬。イヴは一体、何をどうするつもりなんだ?どんだけ強力な軍用魔術を当てても、あの再生速度を上回るのが困難なことは目に見えてる」

 

「うん。だからその再生速度を上回る一撃を、しかもお城と同じくらいの規模で当てないといけない。多分だけどイヴは、固有魔術(オリジナル)を使うんじゃないかな?」

 

「………は?あいつ、そんなの持ってんの?」

 

 固有魔術。魔術特性(魂の在り方)を取り込んだ、個々の魔術師によるオンリーワンな魔術。俺の《愚者の世界》もそうだし、確かイヴの眷属秘呪もそうだった筈。

 

 再び移動しながらそう尋ねると、セラは不思議そうに首を傾げこう言った。

 

「もしかして、セリカさんから聞いてない?」

 

「何を?」

 

「イヴ、その固有魔術でセリカさんに勝ったことあるんだけど………」

 

 絶句した。そんなの聞いたこともない。そもそもあのセリカに勝てる奴がいるなんて、想像すらしたこともない。

 

 セリカ=アルフォネア。この大陸で唯一の第七階梯であり、俺の育て親である女性。長きに渡り務めた特務分室を辞めた今でも尚、その実力に陰りは一切見えない。

 

 そのセリカに勝った。それがどれ程のことなのか、分からない程馬鹿じゃない。

 

 例えば仮に、特務分室のメンバー全員で、有利な地の利を得たとして、さらにその上に完璧な奇襲を仕掛けることができても。

 

 ーーーそれでも、セリカが勝つだろう。

 

 それくらいにセリカ=アルフォネアという魔術師と、他の魔術師との間には大きな隔たりが存在している。

 

「勿論、無条件でってわけじゃなかったけど………グレン君。ちょっと離れよう」

 

 セラの視線が上を向く。それに釣られて俺も上を向いた。

 

「でないと、巻き込まれちゃうから」

 

 ジャティスの天使に乗り、空から怪物を見下ろすイヴがいた。

 



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第40話 破壊

 2020/10/14・日間ランキング14位。感謝です。


 

「見れば見る程、醜悪極まりないわね」

 

 蠢く怪物を空から見下ろし呟いた。

 

 所々で起こっていた爆発や閃光は止まっている。三分が経ったから、皆あの化け物から離れたのだろう。

 

 ならばーーー心置きなくやれるというもの。

 

「ジル=ド=レェ。貴方に人々の希望を束ねた、星の光なんてものはあげないわ。私が貴方にやれるのは、ただ………破壊を(もたら)す炎だけ」

 

 あの『青髭』はきっとこの世界の何者かが召喚した、してしまった存在なのだと思う。

 

 もしかしたらこの世界にいる誰かが、『青髭』と同じような末路を辿ったのかもとか考えもしたが………それにしては『セイバー』に対する反応が激的過ぎた。

 

 恐らく弱いと感じたのは、この世界において知名度による補正がないから。それくらいしか思いつかない。

 

 となると、マスターが気になるところだが。

 

(それは後でいい。今はこの場で確実に、『青髭』を仕留めることが最も重要)

 

 三分という時間を掛けて、体の魔力の乱れの一切を整えた。今ならば『青髭』………ジル=ド=レェという確かに人理に刻まれた一人の英霊を、聖剣の輝きでなく私の固有魔術(オリジナル)を以てこの世界から退場させることも可能だと確信する。

 

 左手を前に伸ばした。静かに口を開き、固有魔術を起動するための詠唱を始める。

 

 

 

 

「《No Blood》」

 

 

 

 

 其は、七つの王権の中で第三の王権に位置づけされしもの。

 

 

 

 

「《No Bone》」

 

 

 

 

 其は、破壊を司る王の証。

 

 

 

 

「《No Ash》ッ!」

 

 

 

 

 其は、暴力と破壊の象徴。

 

 

 

 

「顕現せよーーー【ダモクレスの剣(ソード・オブ・ダモクレス)】!!」

 

 

 

 

 

 

 

〈sideグレン〉

 

 巨大な、あまりにも巨大な剣だった。否、巨大な剣の形をした、純然たる魔力の結晶体だった。全体が真紅の輝きを放つそれは、形状で言えばリィエルの扱う十字の大剣に近い。

 

 それが突如、イヴの頭上に現れた。

 

「何だありゃ!?」

 

 思わず零した疑問に答えたのはアルベルトだった。

 

「イヴ=イグナイトの固有魔術、【ダモクレスの剣】。曰く、森羅万象遍く全てを破壊する、らしい」

 

「いや。確かにあんだけの質量をぶつければ、並大抵のもんはぶっ壊れるだろうけど………」

 

 それだけでセリカに勝てるとは思えない。

 

「うーん。詳しくは分からないけど………何でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って言ってたよ」

 

「………何だよ、それ」

 

 もし本当にセラの言う通りだとするならば、ヤバいなんてものじゃない。

 

 ありとあらゆる防御魔術も何もかも、文字通りに全てがイヴのあれの前では無意味となる。

 

「そんなことが、可能なんですか?概念さえ操る魔術なんて………」

 

 シノブ=コチョウの言葉に内心で同意する。反則技にも程がある。

 

「可能にしたからこその、固有魔術じゃろうて。ほれ、気になるならちゃんと見とれ」

 

 視線を再び空に向けると、イヴを中心に炎の如きオーラが球形になっていた。いや、炎のように見えるあれこそが、破壊の概念を形としたものなのか。それは段々と大きくなり、やがて怪物を飲み込む程に巨大となって止まる。

 

 その時、イヴの口元に得意げな笑みが浮かんだように見えた。

 

「燃やせ」

 

 そして、破壊が地上に落ちる。

 



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第41話 退去

 劇場版鬼滅の刃、見てきました。煉獄さんマジパないの!極めればあんな凄いのに、何故にこのイヴには炎の呼吸が適していないんだ…。


 

 それは忌々しい程に、色鮮やかな炎だった。

 

「ーーーあぁ、ジャンヌ」

 

 貴女様も最期は、このような炎に焼かれて逝ったのですか。魔女だと数多の人間に罵られ、そして灼熱の業火に包まれ、一人死んでいったというのですか。

 

「信じた神に、救われることもなく………」

 

 何と酷いことか。しかも死して尚彼女の魂は開放されることなく、神めの呪縛に囚われたままでいる。

 

 願わくば冥府の淵より蘇った聖処女を、今度こそこの手で救いたかった。神などという不確かなものではなく、かつて貴女様と共にあった、この私の手で。

 

 だが、もはやそれは叶わない。しかし奇跡は確かに起きた。再び聖女をこの目に映すことができた。

 

 一度起きたのならば、二度目も必ずある。

 

「次こそは必ずや………貴女をお救いいたしましょう、ジャンヌ」

 

 やはり私を滅ぼすのは神ではなく人なのだと思いながら、私は天から落ちてきた巨大な炎よってこの世界から退去した。

 

 

 

 

 

 

 

〈side????〉

 

 一面が荒野と化した森林に視線を向ける。あれ程に存在感を放っていた巨大な怪物は、灰の一つも残さずに焼き尽くされた。英霊の宝具にすら匹敵するマスターの魔術には、脱帽する他にない。

 

(それにしても、やはり聖杯からのバックアップがない。現在の知識がまるで与えられない上に、知名度の補正もないとは………何かイレギュラーが起きているのか?)

 

 それにマスターは私が口を開く度に、不思議そうな顔をしていた。思っているのと違う、とでも言いたげな表情だった。まさかマスターが召喚しようとしていた英霊は、私ではなかったとでもいうのだろうか?

 

 視線をチラリと向けた先にいるマスターは、仲間と紹介された者らに囲まれている。どうやら「やり過ぎ」だと叱られているようだ。

 

(やり過ぎ、か)

 

 確かにそうなのかもしれないが、しかしサーヴァントに対して有効な魔術を所有しているというのは、素直に感嘆するべきことだ。そしてそれほど強力な魔術なら、この光景にも納得がいくというもの。

 

(その大魔術を行使して尚、マスターからの魔力供給は潤沢………どうやら今回のマスターは、かなり優秀な魔術師なようですね)

 

 例え何かしらのイレギュラーが発生していたとしても、このマスターと聖杯戦争に挑むのならば負けはしないだろうと思う。相手がどこのどんな英霊であっても。

 

「まずはお見事でした、マスター。まさか魔術師でありながら、サーヴァントを討てるとは」

 

 声を掛けるとマスターは再びキョトンと表情を崩し、唐突に左腕を軽く振って私への魔力供給を完全にカットする。

 

 思わずマスターに詰め寄った。

 



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第42話 令呪

 
 ヴァイオレットを出したいが為に、書き溜めしてた10話分が没になりそう。



 

 私が落とした球形の破壊のオーラは、『青髭』が呼び出した怪物を、森林の一部ごと消し飛ばした。それこそ、灰の一つも残さずに。

 

「「「「「やり過ぎ」」」」」

 

 そんな私への第一声がこれだ。信じられない。誰が『青髭』を始末して、しかもあの怪物を排除したと思ってるの。

 

「それでも、これは………ちょっと、ね?」

 

「何よ。文句があるなら、はっきり言えばいいじゃない」

 

「流石にやり過ぎとしか言えないよ」

 

 ………本当にはっきり言う必要はないと思う。セラは意外と、ズケズケと物を言うところがある。

 

 ただ、ジャティスまで「やり過ぎ」と言ったのは納得いかないので、彼の足先を再び踏み付けた。顔を歪めるジャティスを端目に、私はくるりと焼け野原となった森林に視線を移す。

 

 視線を移す途中で、何故か金髪の少女と目が合った。

 

「まずはお見事でした、マスター。まさか魔術師でありながら、サーヴァントを討てるとは」

 

「???」

 

 ………まだ消えていないことを疑問に思いつつ、セイバーへの魔力供給を完全にカットした。これですぐにでもジャティスの天使みたいに消えるだろう。

 

 そう思ったのもつかの間。

 

「何故、魔力の供給を止めるのです。まだ敵のマスターが付近にいるかもしれません。いえ、そうでなくともマスターからの魔力供給がなければ………」

 

「ちょっと、ジャティス来て」

 

 詰め寄ってきたセイバーを押し退け、ジャティスを呼ぶ。一応魔力供給を再開してから、肩をすくめる彼に顔を寄せて口を開く。

 

人工精霊(タルバ)って、魔力切ったらすぐに消えるわよね?何で私が出したのは消えないの?」

 

「………もしかして気づいてないのかい?」

 

「何が?」

 

「君、疑似霊素粒子を使えてないよ」

 

 そう言ってジャティスはポケットから小さな袋を取り出した。それは私が撒いた粉を回収したものだという………………………え?

 

「じゃあ、セイバーは何なの?」

 

「そんなの僕の方が聞かせて貰いたいね。少なくとも、僕の人工精霊とは全くの別物だ」

 

「マスター」

 

 声を掛けられセイバーの方に向く。彼女は凛々しい表情でこう言った。

 

「突発的な召喚だったことは、状況から推察できます。そのせいか現在の知識は得られませんでしたが………問題はないでしょう。ステータスやスキルに異常はありませんし、貴女程の魔術師がマスターとあれば心強い。我が剣に誓って、聖杯を必ずや貴女の手に」

 

「ちょっとセラ来て」

 

 目を閉じ、手袋で覆っている左手を側に来たセラに差し出す。そして左手の甲に何もないか確認して欲しいと言った。

 

「別にいいけど、どうしたの?」

 

「いいから早くしてお願いだから」

 

「はい、分かりました………あれ?イヴっていつの間にこんな入れ墨したの?私とお揃いだね!」

 

 セラの言葉に恐る恐ると目を開け、左手の甲に視線を落とす。

 

 ーーーーーーーーーそこには、()()()()()()()()刻まれていた。

 

「………………………嘘、でしょ」

 

 間違いなく令呪だった。

 




 
 今までも幾つか没になった展開あるけど、興味ある?


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第43話 考え事

 書き溜めしてる分、毎日投稿してみます。


 とりあえず、セイバーも連れて《業魔の塔》へ帰還することにした。任務は一応完了したことだし、一面の荒野じゃあ落ち着いて考え事もできない。

 

 帰りもジャティスの天使に馬車を運んで貰う。案の定霊体化ができなかったセイバーは、私とジャティスと一緒に御者台に座っている。

 

「馬車が空を飛ぶとは。マスターのお仲間は、随分と多彩な魔術をお使いになるのですね」

 

「えぇ、そうね」

 

「………マスター、今は貴女の拠点に向かっているのでしょうか?出来れば今後について、二人だけで話し合いがしたいのですが」

 

「えぇ、そうね」

 

「………………マスターのお仲間である魔術師も頼りになるのでしょうが、しかし巻き込む訳にはいかない。如何に優れた魔術師であっても、私達のような存在には敵わない」

 

「えぇ、そうね」

 

「………………………あの、マスター?先程から聞いていますか?これからの、聖杯戦争についての話がしたいと言っているのですが」

 

「えぇ、そうね」

 

「マスター!」

 

 私とセイバーのやり取りを見かねたのか、隣のジャティスが深々とため息を吐く。呆れを孕んだ視線を隠すことなく、「いい加減にしなよ」と言ってきた。

 

「使い魔がここまで自我を持つのは珍しいけど、君の使い魔なんだろう?だったら君がどうにかしなよ」

 

「悪いけど今、考え事してるの。ジャティスもセイバーも、話は後にして」

 

 それきり会話はなくなった。これ幸いとばかりに目を閉じ思考する。

 

(やっぱりセイバーと私は魔力のパスで繋がってる。令呪は本物で、多分セイバーも私の知ってる“あの”セイバー………それは後で確かめるけど、ほぼ確定ね)

 

 英霊が確かに存在し、それと契約した証と言っていい令呪がある。それは、つまり。

 

(この世界で、聖杯戦争が開幕するということ)

 

 どうか『青髭』以外は、頼むからまともな精神の英霊であって欲しい。いや本当に切実に。民間人に対して被害がない限りは、多分だけど特務分室として動かなくて済むから。

 

(それにしても、どうして私は“この”セイバーを召喚できたの?イメージはしたけど、それが触媒となり得る筈も………ん?もしかして)

 

 召喚時の状況そのものが、触媒として作用した?

 

 サーヴァント・キャスター、ジル=ド=レェが古い城のある深い森にいて、それと交戦している真っ最中。可能性としては高い方、だと思う。

 

(ってことは、それっぽいシチュエーションを整えれば、狙った英霊を呼び出せれるの?)

 

 いや、それは早計に過ぎる。また今度に考えよう。早急に対処すべきは『青髭』のマスターの捜索と、聖杯ないしそれに準ずるものの確保。『青髭』のマスターが何者かは分からないが、別のサーヴァントと再契約する可能性もある。

 

「あー、もう」

 

 いっそ聖杯戦争の舞台を破壊してしまおうか。聖杯がどこかにあるとして、それを私が確保さえしてしまえば、【ダモクレスの剣(ソード・オブ・ダモクレス)】で壊すことも出来ると思う。不可能でも、令呪でセイバーにやらせるだけ。

 

(全く持って、嫌になる)

 

 ただでさえ特務分室の室長をやっているのに、加えて聖杯戦争に参加するなんて想像したくもなかった。

 



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第44話 帰還

 
 かき混ぜてくぞー。



 

〈sideシノブ〉

 

「今日はお疲れ様、シノブちゃん。気分が悪くなったりとかはしてない?」

 

「いえ、大丈夫ですよセラさん。ご心配ありがとうございます」

 

 そう言っていつものように私は微笑した。それから辺りを見回して、姉さんとセイバーという使い魔?がいないことに気づいた。

 

「あの、イヴさんは?」

 

「イヴなら使い魔を連れてどっか行ったぞ。俺らには報告書を仕上げるように言ってな」

 

 気怠げに伸びをするグレンさんに「そうですか」と言葉を返し、ふと自分も報告書を書いた方がいいのか気になった。何せ私が特務分室の任務に同行するのは、特務分室専属医となって初めてだったから。

 

(まぁ、一応は提出しておきますか)

 

 もしかしたら今後も、彼らの任務に同行できるかもしれない。

 

 ………そしたらきっと、姉さんとも。

 

 そう考えながら目を閉じると、瞼の裏に鮮明に浮かぶ。姉さんが腹に穴を開けたまま、平気の顔で私の治療を受けるその姿。どうやってか止血は自力で済ませていたけど、それでも痛みはあった筈なのに。

 

「ところで、セラさん。私の目にはイヴさんが無茶してたように見えたんですけど、私の気のせいでしょうか?」

 

「イヴは………そうだね。普段から無茶してるところはあるよ。何度も言ってはいるんだけどね」

 

 つまりとっくに慣れてしまっているのだろう。自分が傷を負ったとしても、痛みを感じても気にしない程に。

 

 そして多分それは、姉さんに限ったことじゃない。

 

「シノブちゃんも、イヴのことが心配?」

 

 当然だ。だって何の関係もなかった私を、ここまで育ててくれた人だ。どんな形でも良いから恩返しがしたい。とにかく姉の側にいたい。

 

 だから、心配するのは当たり前の筈だ。

 

「そっか。ならイヴの傷も心配だし、様子を見に行こうよ」

 

 けれど私はそういう口実でもない限り、自分から姉さんに会いに行ったことはない。そんな自分が情けなく思える。

 

(………姉さん)

 

 もしこれから先も無茶をするつもりなら、絶対に止めて欲しい。医師として、妹として、そう思う。

 

 だけど、それを口にする勇気は私にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

〈side???〉

 

 ーーーーーー数時間前。

 

「あれ?」

 

 不思議そうに首を傾げる一人の男がいた。彼は自らの左手を持ち上げてそこに刻まれていた三画の紋様を通じ、自由に行動させていた己の使い魔が消えたことを感じ取る。

 

「あーあ、ジル殿は死んじゃったのかぁ。悲しいなぁ、折角新しく出来た友達だったのに」

 

 声音が悲哀を帯びる。虹彩の瞳から涙が零れる。だが布を隔てて控えていた側付きが「どうかされましたか、教祖様」と尋ねると、声から悲哀は消え去り涙はあっという間に乾いた。

 

「いやいや、何でもないさ。ちょっと神のお告げが聞こえた気がしただけでね」

 

「それは………お邪魔をして申し訳ありません」

 

「気にしないでいいよ。でも少し集中したいから、外に出て貰っていいかな?」

 

 短く返事をして、側付きは退室した。それを気配を探って確かめた後、白橡色の髪を揺らしながら彼は立ち上がった。そして床の隠し扉を開き、地下へと移動する。

 

「さて、と。次は一体どんなのが呼べるのかなぁ?」

 

 楽しみで仕方ないとでも言うかのようにそう言って男は、地下室の床に真っ赤な何かで描いた魔方陣に魔力を流した。

 



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第45話 新たな英霊


 感想欄にとある漫画のとある人物の名前がある………皆様、察しがよろしいようで。

 ごちゃごちゃ混ぜてくぞー。



 

 『青髭』を討伐した翌日未明。

 

 私はセイバーと共に《業魔の塔》を抜け出して、フェジテにあるED郵便社に向かっていた。当然、特務分室の誰にも伝えずに。

 

「マスター」

 

「何かあった、セイバー?」

 

「何者かが、我々を監視しているようです。どうしますか?」

 

 すぐ後ろを歩くセイバーの言葉に上を見る。私には何も見えはしないが、セイバーには何かしら見えているのだろう。

 

「使い魔?どんなの?」

 

「そうですね。簡単に言えば、天使かと」

 

「………ふーん、そう」

 

 ということは、ジャティスか。なら気にする相手でもない。撒いてしまおう。

 

 そう決断した私はセイバーにフェジテまで運んで貰った。その際に全速力で走るよう言ったので、当然ながらジャティスの天使が追いつける筈もない。

 

 最速のクラス(ランサー)でないとはいえ、セイバーは最優のクラス。それ以前に、サーヴァントの全力疾走だ。その動きを認識できる訳がない。

 

 そんな感じでジャティスの人工精霊を撒いて、日が昇って間もなくフェジテのED郵便社に来たのはいいんだけど………

 

「………………………サーヴァントの気配がするって、マ?」

 

「ま?あ、いえ。クラスは分かりませんが、確かにサーヴァントの気配があります」

 

「そう」

 

 困った。私は()()()()()()()()()()()()()()()から、わざわざ《業魔の塔》からこっちに来たというのに。

 

(………いや、僥倖と考えるべきかもね)

 

 全く何の手掛かりもないサーヴァントの行方が、さっそく一つ判明したのだ。何故に私の会社にいるかは謎でしかないが、手短に片付けるとしよう。今ならまだ、それが出来る筈だ。

 

「セイバー、突入するわよ。ちゃんと付いて行くから、最短距離でサーヴァントの所まで案内して」

 

「分かりました。壁をいくつか破りますから、破片には十分に気をつけて下さい」

 

「待って待って早まらないでお願いだから」

 

 今にも飛び出そうとするセイバーを必死になって抑えた。

 

 

 

 

 

 

 

〈side???〉

 

「マスター、いつまで私はここにいればいいの?」

 

 自分を呼び出した金髪碧眼の少女にそう尋ねると、彼女は短く「未定です」と答えて続けた。

 

「少なくとも社長がお戻りなるまでは、この場に留まって頂きます」

 

「その社長っていう人の話を詳しく聞きたいんだけど………生憎とその時間もなさそうね」

 

 建物の外にサーヴァントの気配を感じた。こんなに近くにいるのなら、相手もこっちの存在には気づいている筈。

 

 ソファから立ち上がり、虚空から武器を出す。それは、黄金の装飾が施された白い弓。金色のラインが入った青いドレスの上から、金属のアーマーを胸部や腰部に装備する。

 

「………私の指示には、従うのではなかったのですか?」

 

「状況が変わったの、マスター………()()()()()()()

 

 己がマスターの名を呼び、弓を左手で強く握る。

 

「敵が来たなら、倒さないとね」

 



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第46話 弓兵


 上弦の鬼とかが反英雄として、か。………うん、無理でしょう。鬼殺隊の誰かとかその鬼に縁のある物があるなら別だとも思うけど、そもそも鬼を召喚しようとするマスターがいない。偶然偶々その条件を全て満たす人がいるなら話ほ別だけど。あと会敵した相手は基本的に生き残ってない=情報が残ってないってこともあるので、尚のこと可能性は低いと思われます。



 

「もう中には従業員が入ってる時間よ。そんな派手なことはできないわ」

 

「………では、正面から行きます。決して私から離れないで」

 

 そして私がセイバーと共にED郵便社の敷地を囲う塀を飛び越え、そこそこに広い庭へと着地した瞬間だった。

 

「ッ、マスター伏せて!!」

 

 セイバーの言葉に従って頭を低く下げると、彼女は上から飛来した“何か”を不可視の剣で弾いた。

 

「今のはッ!?」

 

「狙撃です。恐らく、敵はアーチャーのサーヴァント」

 

「ーーーーーーその通り。よく分かっているじゃない」

 

 頭上から降ってきた声に顔を上げる。

 

 ED郵便社の屋根上に立つ、水色の髪を持つ少女が視界に入った。彼女は此方に真っ直ぐ白い弓を向け、そこに光の矢を番えている。

 

「どこのどんな英霊か知らないけど、次の一撃で終わらせるわ。悪く思わないで」

 

(………ん?)

 

 逆光でよく顔は見えないが、声といい大まかな容姿といい服装といい、何かどこかで見たこたがあるような………気のせい?

 

 ここはなるべく慎重に、アーチャーの正体を見極めーーー

 

「ほぅ、大層な自信だな弓兵。しかしこの距離であれば、瞬き一つの間に貴殿を斬り捨てられるぞ?」

 

 ーーーたかったのに、どうして挑発しちゃうかなぁ?

 

 まぁ確かに、セイバーが一人でこの場に来ていれば、あるいはそれも可能だっただろう。地面と建物の上との距離など、彼女にとってはあってないようなもの。そしてアーチャーがこれ程に近くにいるならば、セイバーの敵ではないと言っていい。

 

 だが、それは………

 

「その瞬き一つの間で、私は貴女のマスターを射抜けるわよ」

 

 足手まとい()がいなければの話。セイバーが悔しそうに唇を噛み、チラッと私の方に視線を流したその時。

 

 ーーーーーーアーチャーの手元がブレ、光の矢が消え………否、私に向かって矢が放たれた。

 

「はあぁッ!!」

 

 その矢を再びセイバーが弾き飛ばしたかと思えば、彼女は私の前から姿を消してアーチャーへと一瞬で迫っていた。

 

「なッ!?」

 

 驚きを見せるアーチャー。しかし私も一瞬焦ったが、考えてみればこうなることも当然だ。

 

 何せ、セイバーはアーチャーの不意打ちから私を守ったのだ。その相手を視界に捉えていて、セイバーが防げない道理はない。

 

 既にアーチャーはセイバーの間合いの中。アーチャーが新しく矢を構えるよりも、セイバーが剣を振り抜く方が断然速い。

 

 胴に向け斜めに振り下ろされた不可視の剣を、アーチャーは弓で受け止めすぐに後ろへと飛ぶ。そして宙で身を翻してセイバーのいる場所へ弓を構える。

 

 が、既にそこにセイバーの姿はない。彼女はアーチャーが身を翻す間に屋根の縁を蹴り、アーチャーの真上に位置している。

 

 それに気づいたアーチャーが弓を上に向け、特に狙いを定めることなく矢を放つ。セイバーは自分に向け真っ直ぐ飛んでこない矢から意識を外し、剣に纏わす風の結界を開放しようとする。

 

 直後、矢が幾筋にも別れてセイバーを襲った。

 

「何ッ」

 

「セイバーッ!!」

 

 私が思わずそう叫んだ瞬間に、セイバーは炸裂する光に包まれる。

 

 その光を背にして舞い降りるアーチャーの顔が、ようやく私の目に映ったそのとき………

 

 

 

 

 

 

 

 私はアーチャーの真名に思い至った。

 



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第47話 弓兵2


 いつの間にか、感想が消えてた………感想には感想欄でってことなんでしょうか?気を悪くさせたならすみません。

 さて、今回で毎日投稿終わりです。しばらく空けます。


 

「セイ、バー?そう………今のが、最優の剣のサーヴァント」

 

 今の僅かな間に起きた攻防で、どれ程にアーチャーは疲弊したというのか。荒く息をする彼女を見れば、私のサーヴァントがどれだけ強いのかが改めて分かる。

 

「でも、流石に今のは無事じゃすまない筈よね。というわけで………」

 悪いけど命を貰うわよ、セイバーのマスター。

 

 アーチャーはそう言って弓を私に向け、矢を引き絞った。あれを持つ指が離れれば、それだけで私は本当に死んでしまうだろう。

 

(まぁ、そんなことにはならないけど)

 

 力強く地面を蹴る音が二つ重なる。一つは私が刀を錬成しながら、“炎の呼吸”壱の型を用いて地面を蹴ったもの。そしてもう一つは………

 

 

 アーチャーの真後ろに着地した、セイバーのものだ。

 

 

「終わりだ、アーチャー」

 

 その声に咄嗟に背後を振り返ろうとするアーチャーだが、しかしセイバーが首を刎ねる動きの方が圧倒的に速い。

 

 幾重にも風を取り巻いた剣が、アーチャーの細い首に当たる。それを私はーーー

 

 

「“炎の呼吸”参の型、気炎万丈!」

 

 

 弧を描きながら全力で振り下ろした刀で、思い切り弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

〈sideセイバー〉

 

「なッ、何を考えているのですかマスター!」

 

 アーチャーの首を斬ろうと横薙ぎに振った剣は、あろうことかマスター自身の手によって遮られた。

 

 それがなければ、今ので確実にアーチャーを倒せていた筈だ。

 

「………何?まさか、情けでも掛けたつもりなの?」

 

 マスターはアーチャーの問いに答えず、私の方へと視線を向ける。

 

「まず謝るわ、セイバー。貴女の戦いに水を差して、ごめんなさい」

 

 その謝罪が上辺だけのものでなかったから、叱責の言葉が続けられない。いつでもアーチャーを斬れるようには剣を添えたままでいると、マスターが驚愕すべきことを口にした。

 

「今からアーチャーを説き伏せるわ。剣を下げて」

 

「………承知しかねます。アーチャーのマスターがどこにいるか分からない以上、あまりに危険だ」

 

「危険なのは、分かってるわ。それでも………早くして」

 

「………………………妙なことをすれば、即座に斬り捨てる」

 

 アーチャーに言って、一歩だけ下がる。そこは十分に私の間合いだ。

 

「アーチャー、私達と手を組んで」

 

 単刀直入に要望を伝えたマスターに対し、アーチャーは何も言わない。この場合の沈黙は、間違っても肯定ではないだろう。

 

「………そんなに、剣の英霊が黒の剣士じゃなかったことが残念だった?」

 

 マスターの言葉にアーチャーが勢いよく顔を上げた。

 

「………貴女の言う黒の剣士っていうのは、もしかして」

 

「当然、かつて一万もの人間を閉じ込めたソードアート・オンライン(剣の世界)クリア(開放)に導き、アルヴヘイム・オンライン(妖精の国)の悪事を暴いて囚われの姫を救い出し、ガンゲイル・オンライン(銃の世界)に現れたラフィン・コフィン(殺人集団)の亡霊を斬り払った貴女の………貴女達の英雄のこと」

 

 片膝を地面に着けて、マスターはアーチャーと視線を合わせる。そのマスターの瞳に、静かに涙を流しすアーチャーが映っていた。

 

「初めまして、アンダーワールド(加速した世界)の太陽神・ソルス。あるいはアルヴヘイム・オンライン(妖精の国)随一の弓使い。それともガンゲイル・オンライン(銃の世界)の氷の狙撃手?ひょっとしてただの女子高生?」

 

「貴女、はーーー?」

 

 呆然とした様子でそう言ったアーチャーに、マスターが答える。

 

「私の名前はイヴ、イヴ=イグナイト。旧姓はディストーレ。前世(もっと前)はーーー確か、そう………■■■■■って名前だったの」

 ーーー貴女の名前を教えてくれる?

 

 ポツリと、小さくアーチャーは真名を零した。

 

「………朝田、詩乃」

 



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第48話


 更新。年が終わるまでは頑張りたいな。



 

 その後、私とセイバーはED郵便社の地下室にいた。セイバーは私の側に控えていて、私は地下室に置いてあるベッドで横になっている。

 

「あ゛ー」

 

「………ちょっと、セイバー。貴女のマスターは大丈夫なの?今にも死にそうな顔してるけど」

 

「………分かりません。私としても昨日に召喚されたばかりですので」

 

「社長、非常に顔色が悪いです。本日はお休みになった方がよろしいかと」

 

 そしてこの地下室には現在、アーチャーことSAOサブヒロインの1人である朝田詩乃と、そのマスターであるヴァイオレットの姿もある。

 

(どうしてED郵便社にサーヴァントがいると思ったら、そういうことだったのね)

 

 ヴァイオレットはほとんどの人と同じように、魔術とは無縁の生活を送ってはいる。が、だからといって=(イコール)魔術師としての素質が皆無という訳ではない。

 

 彼女が魔術に欠片も興味を示さなかったこと、それよりも自動手記人形(ドール)に興味を示したこともあり、ヴァイオレットにはシノブと違い魔術を教えたことはない。

 

 まぁ、それはさておき。

 

「死ぬ、わけじゃないし………………………大丈夫、よ」

 

 ヴァイオレットにそう言葉を返すが、下手したら死にそうな気がする。多分、今の私は相当に青白い顔をしてるのだろう。

 

(全く、もう………本当なら、すぐにでも聖杯とか色々と、調べないといけないのに)

 

 固有魔術、第三王権者たる周防尊の力を模した【ダモクレスの剣(ソード・オブ・ダモクレス)】を使った反動のせいで、私はしばらく動くことができない。

 

 それもこの反動というのが、マナ欠乏症になる、という代物だからだ。肉体に内包する魔力の源であるマナが、ごく短時間に魔力を消費することで陥るショック症状であるマナ欠乏症。【ダモクレスの剣】を行使したその翌日に、私は強制的にその状態になってしまう。

 

(こんなデメリットのある固有魔術なんて、きっと他にはないでしょうね)

 

 【ダモクレスの剣】を頻繁に使うと、いずれ私は枯渇症すら患うだろう。だから私は固有魔術は滅多に使わない。使えない。

 

 というか、だ。

 

 強制的にマナ欠乏症になるなんてデメリットがあるのは、そもそも【ダモクレスの剣】が私の固有魔術とは言えないから、なのかもしれない。

 

 【ダモクレスの剣】は対セリカ=アルフォネア(最強の魔術師)を想定して、確かに私が固有魔術として作り上げた魔術だ。

 

 けどそれは、言ってしまえば『K』に登場する全七つある王権の内の一つを司る人物、周防尊の力を模しただけのものに過ぎなくて。

 

 前世で誰かが考え、誰かが世に生み出したもの。

 

 ーーーそれを再現しただけのものが、果たして本当に私の固有魔術だと言えるものなのか。

 

「マスター」

 

 セイバーの声に、意識を彼女の方に向ける。

 

 まぁ、既に作成した固有魔術なのだから、あれこれ考えても仕方ない。間違いなく【ダモクレスの剣】は強力な魔術だし、使いどころを間違えなければそれで十分だ。

 

「体調が優れないのなら、今は休んでいて下さい。確かに現状の説明は欲しいが、マスターに無理をさせてまでとは思わない」

 

「………いえ、大丈夫よ。普通に喋る分には、特に問題もないから」

 

 怠いから身体を起こすことはしないが、頭を傾けて三人を視界に入れる。

 

「それじゃあ、とりあえず………自己紹介から始めましょうか」

 



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第49話 自己紹介と現状

 
 しれっと前回のサブタイ付け忘れてた。まぁ今までもちょくちょく同じことしてるしそのままでいいや。



 

 そうして私達は各々の自己紹介をした。セイバーに至ってはどうしてか、隠すべき真名すら明かしていた。

 

 それに対して何故かと問えば、アーチャーの真名を此方が把握しているのに、自分の真名を隠すのは卑怯だからと言う。まぁ、真名を聞いたら聞いたで、朝田詩乃はとても驚愕していたけど。

 

「え?アーサー王って、あの有名な?」

 

「そうそう。正真正銘ご本人よ」

 

「女性だったのね」

 

「女の身である私が王となるには、何かと難しい時代でしたので。常日頃から男装して過ごしていました」

 

「………男装?それが?」

 

「?はい」

 

 首を傾げながらもしっかり頷くセイバーに、詩乃さんは微妙な顔をする。分かる。果たして私達からしたら一目で女性と分かってしまうレベルのその格好が、彼女の生前で男装として通っていたかは甚だ疑問である。ガバガバ過ぎない?

 

「じゃあ、詩乃さん。貴女は聖杯戦争についての知識は聖杯から受け取っているけど、この時代………というかこの世界に関する知識はない。これはセイバーも同様かしら?」

 

「………えぇ、それで合ってるわ」

 

「はい。ですから、何かしらの異常事態が起きていることは予想できます。ですがそれは、イヴの召喚が準備不足によるものではないのですか?」

 

「準備不足の召喚で悪かったわね」

 

 かなり失礼なことを言うな、このセイバーは。確かに事前準備なんて考えてなかった、あまりにも突発的に行った召喚ではあったけども。

 

「ヴァイオレット。貴女のの所に、詩乃さんが現れたのはいつだ頃ったの?」

 

「昨日です。時間は確かーーー」

 

 そうしてヴァイオレットが口にしたのは、恐らくは私がセイバーを召喚したであろう時間帯だった。

 

(無関係とは言えないだろうけど、かと言ってどんな関係があるかは分からない。本当に厄介極まりない状況ね)

 

 そろそろ思考放棄したくなってきた。

 

「あと、ちょっとばかり答え辛いかもしれないけど………確認の意味も含めて詩乃さんに尋ねたいことがあるの。いいかしら?」

 

「それが必要なことなら答えるわ」

 

「ありがとう。なら、聞かせて貰うけどーーー貴女、“何か”と契約したりした?」

 

 セイバーなら理解できるであろう質問に、詩乃さんは不思議そうに首を傾げる。その反応を見て確信した。 

 

「?何かって………?」

 

「いえ、心当たりがないならいいの。気にしないで」

 

 彼女は“世界”と契約などしていない。太陽神ソルスとして彼女がこの世界に召喚されたのは、完全にイレギュラーな出来事だろう。

 

「なるほど、分かった。それじゃあ、結論から言わせて貰うわ………と言ってもまぁセイバーはともかく、詩乃さんは何となく想像が付いてると思うけど」

 

 少し息を深く吸って、それからこう言った。

 

「この世界は、貴女たちにとっての異世界よ」

 



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50話

ざっと2…3?年ぶりの更新。
サブタイはもう止めます。そこまで考えるのメンドクセー…。


 

 万能の願望器である聖杯。七人のマスターと七体のサーヴァントが、それを求めて殺し合う埒外の戦争ーーー聖杯戦争。

 

 理由も過程もさっぱり分からないことだらけだが、私とヴァイオレットはマスターになってしまった。そして既に、英霊を召喚してさえいる。

 

(なら、勝ち抜かないと)

 

 それも求めなければならないのは、ただの勝利ではない。

 

 ヴァイオレットは勿論、彼女のサーヴァントとなった少女………シノンにも危険が及ばないようにする必要があるし、どこの誰にも聖杯を渡す訳にも行かない。

 

 例えどこの誰がマスターとなり、どんな英霊を召喚しようとも、確実に勝ちを積み重ねないといけないのだ。

 

「………足りないわよね」

 

 その為に必要な確かな実力が。圧倒的な戦力が。

 

 アルザーノ帝国を裏から守護する特務分室。その室長を務める私が、まさか弱いなどという筈はない。というか誰が相手であれ、最終的に【ダモクレスの剣】を使えばほぼ問題ない。

 

 言わば【ダモクレスの剣】は、初見殺しの反則技。破壊という概念そのものを操るのだから、防御など叶う筈もない。

 

 が、それを以てしても必ず勝てると言えない人が、この国に一人だけいる。

 

「という訳で、その人を巻き込むことにします。何か異論はある、セイバー?」

 

「異論しかありません、マスター。既にサーヴァントを従えている者ならまだしも、貴女の言う『その人』はそうではないのでしょう?」

 

「知らないわ。直接会ってみないと、流石にね」

 

 調査、討伐、探索、護衛にその他諸々。いくつもの様々な任務を短期間で強引に片付けた私は、そうして無理矢理に作った時間を用いてセイバーと共にフェジテに訪れていた。

 

「マスター。この異常な聖杯戦争において、戦力を求める貴女の気持ちは理解できる。ですがその行動は、貴女のサーヴァントである私を軽んじるものだ………私では、不足ですか?」

 

「そんな訳がないでしょう」

 

 即答する。私が召喚した英霊が彼女であって不足だなどと、そんなことあり得ない。

 

 ブリテンの騎士王ーーーアルトリア・ペンドラゴン。世界で最も著名と言って差し支えない、聖剣・エクスカリバーの担い手。最優のサーヴァントとして、これ以上ないカードとされる彼女が私のサーヴァントで、文句なんてある筈ない。

 

(ただ、それはそれとして………)

 

「けど。私もヴァイオレットもシノンも、貴女だけで守れる保証はどこにもないわ」

 

 基本的に私は、フェジテに長く滞在しない。まして今みたいな状況でフェジテに引き籠もれば、「何かありますよ」と言っているようなもの。かと言って彼女らを常に私と同行させるなど、論外。

 

「私か、ヴァイオレットとシノンか。どちらかを優先すれば、当然どちらかが穴になる。それはセイバーも分かっているでしょう?」

 

「………だから、『その人』を巻き込むと?」

 

「協力を仰ぐだけよ。嫌な言い方しないで」

 

 北セルフォード大陸において唯一存在する第七階梯の魔術師であり、元執行官No.21『世界』のセリカ=アルフォネア。

 

 かつて私の特務分室には不要と断じたその人の力を、私は再び求めなければならなかった。

 



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