Inherit the story (琴本)
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1章 良二プロテクト
Inherit the story


 美少女がいる。肩までかかる白銀の髪に、ダイヤモンドのように透き通った瞳。物憂げな表情は、彼女の魅力を一層引き立たせている。

 

 ……が。

 そんなことは些細なことである。良二は視線を下へと移し、叫び声を揚げた。

 「どうなってんだこれぇぇぇぇぇ!!」

 

上空15000m。パラシュート無しで降下する二人の少年少女が〈フラクシナス〉の自律カメラに捉えられた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 テストの終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。今まで机とにらみ合いをしていた生徒達が、一人また一人と姿勢を元に戻していく。

 

 「今回のテスト難しすぎ」

 「全部埋まった? 私は全然埋まらなかったよ」

 「はい赤点。こんなの無理だろ」

 「まるで将棋のようだったよ」

 

 教室中のあちこちからテストの感想が聞こえてくる。……最後はテストの感想なのか分からないが

 

 「おーい良二。お前はどうだった?」

 

 後ろから声がかけられる。良二の親友にして生粋のプレイボーイ村河剛(むらかわつよし)である。

 

 「微妙だな。一応埋めたは埋めたが合ってるのか全然分からん」

 「だよなー。ったくあのハゲ島め! こんなテスト作るんじゃねえよ!」

 「ハハッ……」

 

 剛の言葉に苦笑すると、視線を担任教師の元へと向ける。確かにテストへの不満はあるが、今からホームルームである。テストも今日で終わり、明日は土曜日。このホームルームさえ乗り切れば、ゆっくりと溜めていた小説を読むことが出来る。

 

 「……ということで今日でテストは終わりだ。テストの答えは月曜日に返されるから問題用紙を持ってくるように。小林」

 「起立。礼」

 

 小林の号令と共に皆頭を下げる。まあ中には挨拶の途中で帰り出す奴もいたのだが、どうでも良い。良二は横に掛けてある鞄を取ると、教室を後にした。

 

 「で、なんでお前はついてきてんだよ!」

 「おいおい、俺ら親友じゃねぇか。せっかくテストが終わったんだ。お前ん家でゲームでもしようと思ってな」

 「今日は無理だ! 俺はテスト勉強のせいで溜まりに溜まったラノベを読まなきゃならない。お前のゲームに付き合ってる時間はない」

 

 「いいじゃねぇか今日ぐらい。バイトまで時間あるし、ぶっちゃけ今暇なんだわ」

 「ならテスト期間中にもかかわらずに最近付き合った彼女さんとデートでもしてきたらどうだ?」

 

 良二がそう発言した途端、少し剛の顔が暗くなる。

 

 「あー。そいつとならもう別れた」

 「はっ? まだ付き合って一週間も経ってねえだろ?」

 「まあ、なんつうか合わなかったって感じ? 付き合って三日ぐらいで冷めてきちゃって、昨日別れようって電話した。向こうも初めは嫌がってたけど最後は渋々オーケーしてくれたよ」

 

 「てめえはいっぺん刺されちまえ!」

 

 良二が叫び声を上げる。こんな最低な奴だが、顔がかなり良いため、女子に非常に人気がある。今まで付き合ってきた女子は二桁を越えているらしい。……因みに良二は0である。

 

 「てな訳でゲームしようぜ」

 「余計嫌だわ! ったく、なんでこんな奴がモテるんだよ」

 「嫉妬か? お前だって顔は悪くはないんだ。もうちょっと格好をしっかりすれば彼女なんてすぐ出来るぞ」

 「ちげーよ。俺は彼女なんていらない。可愛い女の子なんて二次元で間に合ってるよ」

 

 そんないつものやり取りを繰り返していると、頭の中に妙な違和感を感じた。まるで記憶を書き換えられているような、そんな感覚である。

 

 「なんだったんだ? 一体……」

 「どうかしたか?」

 「……いや、なんでもない」

 

 どうやら剛の方はなんともないようである。恐らくテスト勉強の疲れが出ただけなのだろう。良二は剛の言葉を聞き流しつつ、帰路へと就いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「やっと帰ったか……」

 

 結局、剛とのゲームに付き合わされてしまった。途中までは追い返そうとしていたのだが、途中で追い返すのが面倒になってしまい、一時間だけという条件で家に入れたのだが……

 

 「くそーあの強さは理不尽だろ!」

 

 勝負して勝ったらもう一時間という勝負をした結果、見事全敗。結局アルバイトの時間まで付き合わされることになったのである。

 

 「まあ良い、今からはラノベ三昧。溜まっているラノベを読み尽くすぜ!」

 

 へこたれていても意味はない。良二はその場から立ち上がると、溜まっていた小説を取る為に二階へと向かった。

 

 良二の部屋はシンプルである。右側にはベットが置かれており、左端には勉強机、その横にはチェストが置かれており、その横に本棚があるという具合だ。

 

 本棚にはぎっしりと本が敷き詰められている。……筈なのだが、何故か十巻程すっぽりと空いていた。それだけではない。番外編ばかりを集めている本棚にも三巻分、スピンオフばかりを集めている本棚からも四巻程消えていた。

 

 「おかしいな。ここには十巻分の空きなんて無かったぞ?」

 

 一瞬誰かが持っていたという考えも浮かんだが、すぐに否定する。良二は両親の仕事の都合により、今家に住んでいるのは良二だけである。

 

 通帳等がしっかり残っている以上泥棒が入ったというのも考えずらい。ただ、本棚から本を取った覚えがない上、テスト期間前には本棚の整理もした筈である。

 

 「にしても何の小説が無くなったんだ? ってうん?」

 

 無くなった箇所のすぐ隣を見れば、『デート・ア・ライブ』と書かれた本がズラリと並べられている。『デート・ア・ライブ』通称デアラは良二の好きな作品の一つだ。しかし、9巻をもって終わってしまい……

 

 「9巻?」

 

 確かに9巻で終わった筈なのだが、9という数字に妙な違和感を覚える。何故だろうか? もっと続いていたような気がするのである。

 

 良二はデアラ9巻を手に取った。『七罪エンド』記憶通りの題名である。内容も記憶通り、七罪の攻略中に人工衛星が落下、一つは〈ラタトスク〉が破壊したものの、二つ目の衛星が落下し士道がピンチに。そこに現れた黒い化身により全滅するという話だ。

 

 何も変わっていない。だが、何なのだろうかこの違和感は……何か大事なことを忘れているようなそんな感覚。

 

 「忘れる?」

 

 そういえば学校からの帰り道にも何かを忘れているような……いや、何かを書き換えられる感覚があった。良二の頭をあり得ない可能性が過る。

 

 「いや、まさかな」

 

 良二はブンブンと首を振り否定する。ここはファンタジーではない。そんなことが起こりうる筈がないのだ。きっと勉強の疲れで頭がおかしくなっているのだろう。

 

 溜まっていた小説に手を着けようとするが、直前で手が止まる。やはり違和感が抜けない。あり得ない可能性を考えたくなる。心が気づけと訴えかけてくる。

 

 良二は再び読み始めた。何かおかしな所はないか、記憶と違う所、いや、記憶と同じでも違和感を覚える場所である。

 

 読み進めて行く内に違和感は疑問へと変わっていく。記憶にはあるが読んだ記憶のない場面。自分が読んだ時よりも格段に落ちている作品の質。デアラなのにデアラじゃないそんな感覚が良二を襲う。そして……

 

 「あぁぁぁぁぁ!!琴里のあのセリフがねー!」

 

 疑問は確信に変わった。つまり『デアラの作品とその記憶が書き換えられている』と

 

 その瞬間、辺りが白く光だす。それと同時に頭に複数のイメージが浮かび上がる。それは新たな……いや、書き換えられた本当のデアラのストーリーだ。

 

 「完全に思い出した」

 「そう……良かった」

 「……へ?」

 

 今人の声が聞こえたような気がする。まさか一人暮らしだったってことも書き換えられた記憶なのではなかろうか? 良二に新たな疑問が芽生え始めたが、その疑問は間違いだったと確信する。何故なら……

 

 「私と……来て」

 

 こんなに可愛らしい少女と一緒に住んでいるのなら、忘れる筈がないからである。

 

 「ってへ?」

 

 少女に見惚れていると、良二は不意に素っ頓狂な声を上げた。それもその筈である。家具に囲まれた部屋は一瞬にして空の上へと変わっていたのだから。

 



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天宮市の空

 「うぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 良二は叫び声が辺りに響く。実際の所そこまで響いている訳でもないのだが、良二には普段の何倍も大きく聞こえた。

 

 上空15000mからの紐なしバンジーである。将来スカイダイビングとかしてみたいなとか考えていた良二だったが、まさかこんな形ですることになるとは思っていなかった。

 

 「落ちおちぃぃぃぃぃ!!」

 

 良二達が地面に衝突する寸前、体に浮遊感を感じた。すると、落下スピードは急激に減速し、ゆっくりと地面へと着地した。

 

 「……どう?」

 

 良二を大空へと誘った少女は、あどけない表情でそう聞いてくる。恐らく先程のスカイダイビングの事を言っているのであろう。良二はスゥーと深呼吸をすると、少女に話かけた。

 

 「殺す気かぁぁぁぁぁ!!」

 

少女がビクッと肩を揺らすが、良二は続ける。

 

 「突然美少女が部屋に入ってきたと思ったら紐なしバンジーってどういうことだコラ! こちとら本気で死ぬと思ったんだぞ! 今回はなんか助かったけど一歩間違ったら死んでたからな! てかここ何処だよ!」

 

 「……天宮市」

 「天宮市? そんな地名あったか? ……今天宮市って言った?」

 「うん……天宮市」

 

 少女が何の迷いもなく言ってくる。その表情からは嘘を言っているようには見えない。少なくとも彼女は天宮市だと思っているようである。

 

 「いや、日本に天宮市なんてないよね?」

 「……ここはあなたの知ってる日本ではない」

 「いや、じゃあここは何処なの? 中国?」

 「いや、日本。ただ世界が違う」

 

 天宮市はデアラの世界に登場する架空の都市である。普通であればそんな都市に来たなどと言われても信用出来ないのだが……

 

 「スゲー見覚えのある学校がある」

 

 落ちた場所はアニメやゲームで何度も見た場所、五河士

(いつかしどう)が通う高校『来禅高校』の校庭であった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 良二達は近くのカフェへと移動した。どうやら来禅高校

は授業中のようだったため、校庭にいたままではすぐに見つかっていただろう。天宮市に来ていきなり警察に厄介になるなどまっぴらごめんである。

 

 「ここがデアラの世界だってことは分かった。で、なんで俺をここに連れてきた?」

 「……世界を救う為」

 「省略しすぎじゃあ! もうちょっと詳しく説明してくれ」

 

 すると、少女は少し考えこんだ後、口を開いた。

 

 「……私は未来から来た」

 「なるほど」

 

 良二が返答すると、少女が不思議そうに聞いてきた。

 

 「……信じるの?」 

 「いきなり部屋に入ってきて異世界まで連れてこれる奴が普通の人間だったらそっちの方が驚きなんだが」

 

 良二が質問に返すと、特に気にする様子もなく続けた。

 

 「……今から十年後、世界は滅びる」

 

 良二はその言葉を聞くと、渋面を作った。世界滅亡、これまたスケールのデカイ出来事が起こったものである。確か今本気で戦争をやれば地球が崩壊する的なことを聞いたことがあった。その情報が真実かは分からないが、この十年の間に何かがあったのだろう。

 

 「続けてくれ」

 

 良二が返答すると、少女は続けた。

 

 「……今から三週間後、世界に精霊が現れた」

 「精霊!?」

 

 精霊はデアラにおいての重要人物。五河士道が攻略すべきヒロインである。だが、精霊が世界を滅ぼそうとするなんて考えられる事ではない。確かに壊しかけたことはあったが、それは彼女達の意志ではないのである。

 

 そんな精霊が世界を滅ぼしにやってくる。それはにわかに信じられる事ではなかった。

 

 「……正確には精霊の力を持った別の何か。私達はカースと読んでいる」

 「カース……」

 

 良二には覚えがあった。九巻に写っていた黒の化身。恐らくあれがカースなのだろう。段々と話が見えてくる。何故デアラの内容が変わっていたのか、何故この世界に来たのか、良二はゆっくりと口を開いた。

 

 「この世界が崩壊すれば、その力はカースって奴の所に行くのか」

 「……そう」

 

 少女が首肯する。どういう原理かは知らないが、黒い化身によって世界が滅ぼされると、その世界の力が黒い化身に集まるようである。つまり精霊の力を得た化身が十年後に世界を滅ぼす。それを阻止する為に良二はこの世界に連れてこられたということである。

 

 恐らく元の世界でデアラの内容が変わっていたのはこの世界が滅びたのが原因だろう。ひとしきり思考を終えた後、良二は質問を投げ掛けた。

 

 「で、なんで俺なんだ?」

 何よりの疑問、何故自分なのかである。良二には超能力もなければ天才的頭脳もない。正直言って戦力外である。だが、そんな如何にもな疑問は、次の一言で消えることとなる。

 

 「……気づいたから」

 「へ?」

 「……世界を救うにはこの異変に気づける人物が必要だった。そして、あなたは真っ先に気づいた。それが理由」

 

 意外と簡単であった。ただ気づくことが出来たから、それ以上でもそれ以下でもないようである。しかし、これだけで質問は終わらない。良二は質問を重ねる。

 

 「俺が連れてこられた理由は分かった。だが、この世界を滅ぼすような奴相手にどうやって戦うんだ?」

 

 世界を滅ぼすような大敵にどうやって立ち向かうのか、迎撃手段は気になる所である。だが、良二の元へ帰ってきたのは予想外の言葉であった。

 

 「……ない」

 「はっ?」

 「……迎撃方法はない」

 「ちょっと待て! 迎撃方法ないならなんで来たんだよ!」

 

 少女は考え込むような動作をとると、話を続けた。

 

 「……カースに世界を滅ぼす力はない。ただ、ストーリーの主要人物、例えば主人公なんかがカースに殺されたりすれば、ストーリーは崩壊し、二度と元には戻らない。ただ、カースに主要人物を殺させることなく撃退出来れば私達が世界から出ていくことで物語は元の形へと修正される」

 「だが、迎撃手段がないんだろ? 俺らは何をすればいいんだ?」

 

 いくらやることが分かっても力がなければ意味がない。カースという奴も疲労していたとはいえ精霊達を全滅させる程の力を持っている。正直良二達が戦いに加わった所でただのお荷物である。

 

 「……確かに今はない。けど、迎撃手段を得ることは出来る。その為にあなたを連れてきた」

 「どういうことだ?」

 

 未来の技術か何かだろうか? だとしても何故自分が必要なのだろうか? 良二は首を傾げる。

 

 「……あなたには力を継承してもらう」

 「継承?」

 

 良二は思わず聞き返した。話が全く見えない。継承とは一体どういうことだろうか? 次々と疑問が浮かんでくる。

 

 「……あなたにはデアラの世界の誰かの力を継承してもらう。そしてその力でカースを倒してもらう」

 「いや、全く分からん」

 「……説明が難しい」

 

 少女がうーんと考え込む。その表情がまた可愛らしい。

性格は少し変だが、かなりモテそうな顔立ちである。……(あの野郎)を思い出した。良二は頭の中に浮かんだ(がいあく)を振り払うと、視線を少女の方へと戻す。

 

 「……理解すること」

 「理解?」

 

 不意に発せられたその言葉に良二は思わず聞き返した。

 

 「……そう。そのキャラクターの意志を、思いを、生き方を、理解することによって使うことが出来るようになる」

 

 なんとも反応に困る答えである。理解ーー簡単そうに思えて凄く難しい話だ。人間の感情を理解するのは極めて難しい。キャラクターとなれば話は変わるかもしれないが、それでも容易ではないだろう。

 

 「でもやらなきゃ世界は救えないんだろ?」

 「……そう。これはあなたにしか出来ない。お願い世界を救って」

 

 無表情で訴えかけてくる少女。お願いにしては感情が籠っていないが、その思いだけは伝わってきた。こんなことされれば、断る訳にも行かない。その上世界の危機までかかっているのである。尚更断る訳にも行かないだろう。

 

 「分かった。やるだけやって見る」

 「……ありがとう……あなた」

 「いややめてその呼び方! なんか俺とお前がカップル見たいじゃん!」

 

 良二は堪らず悲鳴じみた声を上げる。そこで、まだお互いが名乗っていないことに気がついた。道理であなたなんて恥ずかしい呼び名になるものである。良二は少女へと視線を戻し、口を開いた。

 

 「俺は香山良二。よろしく」

 「……私は月野辻三。よろしく」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 〈フラクシナス〉の艦橋、メインモニターに写し出された映像を見て五河琴里(いつかことり)は、うねり声を上げていた。

 

 「うーん上空15000mに突如現れた男女ねー。令音、霊波は観測出来た?」

 「いや、彼らから霊波は観測出来なかった。どうやら精霊ではないみたいだ」

 

 琴里の確認に令音が答える。しかし、精霊でないのならば一体なんなのだろうか? 琴里は奇妙な光景を見ながら、ため息を吐いた。

 

 「厄介なことが起こらなければ良いけど……」

 




次回予告
「俺、良二はとうとう五河士道と対面する。夢にまで見た〈フラクシナス〉の艦橋まで見られるなんて最高だぜ!次回、ラタトスクの兄妹


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ラタトスクの兄妹

UAが100を越えました。見てくださった方本当にありがとうございます。そしてすみません。前回次回予告をしましたが、全く予告に沿えませんでした。ただ、今回からは次の話の台詞を抜粋しているので予告ミスは起こりません。


 「まずはここに来なきゃ始まらないよなー」

 

 来禅高校の校門前。良二達はある人物を待っていた。ある人物というのは勿論、この作品の主人公五河士道である。

 

 キャラクターの理解。なんとも難しいそのお題をクリアするには、そのキャラクターの側にいることが一番である。

 

 六時間目の終わりを告げるチャイムは鳴り終えている。しかし、来禅高校の生徒らしき人影が全く見えない。今日は休日なのだろうか?

 

 仕方なく引き返そうとした時、見覚えのあるシルエットが見えた。長い夜色の髪に、美しい水晶の瞳。精霊夜十神十香(やとがみとうか)だ。

 

 その隣には、瓜二つの双子の姿まで見てとれる。結い上げられた髪に勝ち気そうな顔が特徴的な精霊八舞耶俱矢(やまいかぐや)と、三つ編みとぼうっとした表情が印象的な精霊八舞夕弦(やまいゆずる)である。

 

 いつもならそこに士道が入っている筈なのだが、何故か士道の姿は無かった。良二が考えを巡らせていると、十香達の方から声が聞こえてきた。

 

 「じじょうちょうしゅとやらはまだ終わらんのか? 美九は改心したと聞いたが、シドーに何かしているのではないか?」

 「かかか! 安心せい。士道は我と夕弦の共有財産。もし毒牙にかけようものなら、八舞の恐ろしさを思い知らせるまでよ」

 「首肯。耶俱矢の言う通りです。向こうには琴里もいますし、士道の身が危険に晒されることはないでしょう」

 

 その会話を聞いて、良二は思い出す。十月十五日に、士道と美九は二人で事情聴取を受けているのである。改変されていたのもこの時期だ。どうやら士道と七罪(なつみ)が初めて出会った日に転移してきたようだ。

 

 「辻三、金はいくらある?」

 「……九百万」

 

 良二の質問に辻三が答える。一体どれだけ持ってんだとツッコミたい所だが、今はそれよりもやるべきことがある。良二は辻三の手をとると、学校の反対側へと歩き出した。

 

 「……どうするの?」

 「今から〈ラタトスク〉は俺らに構っていられないくらい忙しくなる。訪ねるなら明日の午後じゃないと向こうに迷惑だ」

 

 これから士道は七罪と接触し、その後は明日の昼まで緊急対策会議である。そんなタイミングで異世界から転移してきた男女が現れようものなら向こう側も頭がパンクするだろう。

 

 ーーウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーー

 

 少し進むと、町中にけたたましいサイレンが鳴り響いた。七罪の現界だろう。サイレンを聞いた町の人達は、一斉に地下シェルターへと移動を始める。

 

 「俺達も一旦地下シェルターに逃げよう。多分大丈夫だと思うが、もしものことがある」

 「……うん」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 暫くした後、警報は解除された。被害は直径一キロメートル程に及んだとのことだ。ここまでは本編通りに事が進んでいる。後は〈ラタトスク〉に接触出来れば完璧である。

 

 「とりあえず手紙を書かないとな。〈ラタトスク〉に接触出来る方法がこれぐらいしか思いつかねえ」

 

その言葉に、辻三は頭を傾げた。

 

 「……何故? 五河士道と話せば接触出来るんじゃないの?」

 「いや、明日士道と接触するのはまずい。士道は学校に行って七罪に会わなきゃなんないんだ。そこに俺らが入ったら間違いなく原作通りに話が進まなくなる」

 

 この話を聞いた時から考えていたことであるが、原作から話がそれるのはまずい。デアラのストーリー自体ギリギリの綱を渡ってきているのである。ここで原作から話がそれれば、七罪を封印することすら出来なくなるかもしれないのだ。

 

 それに、出来るだけ原作通りの方が異変に気づきやすい。そういう点からも、やはり原作から出来るだけ話をそらさない方が良いのである。

 

 「今日やることは手紙を書く準備と宿の確保。いいな?」

 「……おおー」

 

 辻三の無気力な「おおー」はどこか可愛らしかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ラノベ主人公は何故ラッキースケベを体験出来るのだろうか? 良二はそんな疑問抱えながら湯に浸かっていた。

 

 異世界転移などという主人公級の経験をしたのである。ラノベ主人公のように部屋が一部屋しか開いていないので仕方なく二人で相部屋になったり、たまたまトイレに入ろうとしたら既に辻三が入っていた等のことがあってもおかしくない筈である。

 

 「きゃあーとか叫ぶ辻三も想像出来んがな」

 

 それから一時間程湯に浸かった良二は、荷物を置きに部屋に戻っていた。今から夕食のため、辻三を呼びに行かなければならないのである。

 

 「さてと、とりあえずまずはトイレに行こっと」

 

 良二はトイレの扉に手をかける。中が光っているような気がするが、この部屋には良二しかいない筈である。きっと気のせいだろう。

 

 ーーガチャーー

 

 「……」

 「……きゃあぁぁぁぁぁ!!」

 

 叫び声を上げた辻三は慌てて手で下半身を隠す。なんで辻三が? そんな事を考えていると、顔を赤く染めた辻三が鋭い眼光を向けてきた。

 

 「……閉めて」

 「はっはい」

 

 言われてすぐに扉を閉める。何故だろうか? こちらは別に悪くない筈なのだが、なんだか悪い事をしている気分になった。

 

 「で、なんでこの部屋にいんの?」

 「……予算の節約の為」

 

 良二が聞くと、辻三が答えた。さっき見られたのが恥ずかしかったせいか、まだほのかに顔が赤い。

 

 「一応言っとくがさっきはお前がいたことに驚きすぎて顔しか見れてないぞ。だからその……なんだ……大事な所は見えてないから」

 「……嘘つき」

 「ホントだよ!」

 

 フォローするつもりがいつの間にかツッコミに変わっていた。良二はコホンと咳をすると、辻三が口を開いた。

 

 「……私は全財産が九百万円しかない。だから節約しないと、この先生きていけない」

 「でもこの世界を元に戻したら未来に帰るんだろ? なら九百万あれば十分じゃないか?」

 

その言葉に辻三は少し顔をしかめると、視線を良二の元へと戻した。

 

 「……未来に帰る為の力はない(・・・・・・・・・・・)

 「へ?」

 

 辻三の発言に、良二は困惑する。未来を変える為に過去に来たのに未来に帰れない。一体どんな皮肉だろうか。

 

 「……私は帰れなくてもいい。ただ、お母さんが死ななくて良い未来になるのなら、それで……」

 「……」

 

 何を考えているか全く分からない辻三だが、辻三には辻三なりの信念というものがあるようだ。きっと、相応の覚悟を以てこの時代に来たのだろう。

 

 もしこの世界を守りきることが出来なければ、辻三の覚悟は無駄になる。それだけは、なんとしても避けなければならない。良二はパチンと頬を叩き、気合いを入れる。別に今気合いを入れる必要はないのだが、何故だかこうしたい気分になった。

 

 「で、節約と俺の部屋にお前がいることは関係あるのか?」

 「……ある。そもそも部屋は一つしか取っていない」

 

 はいぃぃぃぃぃ!? 良二は心の中で叫びを上げる。いくら節約の為とはいえ思春期の男女が同じ部屋の中。これは良いのだろうか? 良いのだろうか!?

 

 心が昂るのを感じる。それも仕方がないだろう。彼女いない歴=年齢の少年がいきなり美少女と同じ部屋に放り込まれたのである。興奮しない方がおかしい。なんとか気持ちを落ち着かせながら、良二は言葉を続けた。

 

 「お前はそれで良いのか?」

 「……問題ない。私は良二を信じているから」

 「おっおう。安心しろ何もしないから」

 

 その日の夜、良二が一睡も出来なかったことは言うまでもない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「ふぁあ……」

 今日何度目かも分からないあくびをこぼし、士道はポストの中を確認した。その中には、いつものチラシ系統の他に手紙のようなものが入っていた。

 

 「これは手紙か? 今時珍しいな」

 

 裏を見ると、丁寧な字で『五河琴里様』と書かれてある。これはもしかしなくてもあれである。ラブレターだ。その証拠に、手紙はハートのシールで閉じられていた。

 

 「どうしたのだー? おにーちゃん」

 後ろから声がかけられる。士道の妹、五河琴里だ。白いリボンに括られた髪に、どんぐりのようにまるっこい目が特徴的な少女である。 

 

 「おう、お前にラブレターが届いてたぞ」

 「ラブレター? 誰からなのだ?」

 「いや、差出人まで書いてない。ほら、これ」

 

 琴里は士道から手紙を奪い取ると、内容を確認し始めた。だが、読んでいる表情はどちらかというと司令官モードの時に近い感じがした。やがて、琴里はその手紙を閉じる。

 

 「何か変な事でも書いてあったのか?」

 「ううん、何でもない。それよりも早く学校行こ。このままだと昼休みが終わっちゃうのだ」

 「おっおう」

 

 琴里に促され士道は学校へと向かう。その時、リボンがつけ変えられる音が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

 「令音、今すぐ〈フラクシナス〉で拾ってちょうだい」

 




 次回予告

 「俺を〈フラクシナス〉のクルーにしてください」

 「駄目とか駄目じゃないとかの前に理由を教えなさい」

 「俺は異世界から来ました」



 「歓迎するわ。ようこそ、〈ラタトスク〉へ」

次回、五河琴里


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