IS~傷だらけの鋼~ (F-N)
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第一話

今まで読み専でしたが初めて二次小説を書きます。
内容や文面などの批評等よろしくお願いします。

11/30
少々の描写修正。
場面追加。

4/8
和暦追加(現代基準)
開始時の西暦を2022年(令和四年)に設定。


テクノロジーは倫理的には中立だろう。我々がそれを使うときにだけ、善悪が宿る。

──ウィリアム・ギブソン

 

 

 

 

 

令和四年、一月上旬。世間が新年を祝う中白い景色に囲まれた墓地に一人の青年がいた。

左頬に二本の古傷がありその目には光は無く、まるで感情を失ったかのように表情は硬い。

雪が降り積もる中、学生服だけを纏い持ち物は黒い傘一本のみである。

この時期にしてはあまりにも軽装であるが、寒さを感じていないかのように黙りしてある一点を見ていた。

その視線の先には一つの小さな墓石。かなり新しく建てられたその墓をじっと見つめるその姿は哀しみに満ちていた。

どれ程の時間が経ったか、しばらく佇んでいた彼はようやく言葉を発する。

 

「とうとう一人になっちまったな………」

 

その言葉には力がなく、消えてしまいそうなぐらいに小さい。周囲には誰もいないが、仮にいたとしても聞こえはしないだろう。

当然返事をする者はいない。それでも青年は言葉を続ける。

 

「くそったれ………」

 

現在、世界は女尊男卑という社会で成り立っていた。

女性は優遇され、男性は虐げられる社会。昔は男尊女卑という社会があったがそれとは比べ物にならないほどの格差社会。

女性は人権等を無視したような横暴も許され、男性は些細な事ですら最悪社会的に抹殺されてしまう。

いったいどれ程の男性が悲鳴を上げているのか定かではないが、多数が虐げられているのだろう。

 

「また近いうちに来るわ、次は良いもの持ってくるから………」

 

そう一言呟いて青年はその場を離れる。既に青年の心に希望という文字はなく、絶望に近い感情を抱えて墓場を後にした。

 

 

 

彼はまだ知らない、知るよしもない。

 

 

 

今後降りかかる自分の運命を。

 

 

 

今以上に絶望を知ることを。

 

 

 

この狂った世界の元凶に関わっていくことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『インフィニット・ストラトス』、通称『IS』と呼ばれるマルチフォームスーツにより世界の技術は飛躍的に上昇した。

本来は宇宙開発を想定した運用目的であったが、()()()()により用途は宇宙進出よりも飛行パワード・スーツとして認識され、各国の抑止力の要がISに移っている。

その強大過ぎるISの運用を規制するために二十一ヵ国が参加し『IS運用協定(アラスカ条約)』を成立。世間では世界的競技の一つとして扱われるようになった。

規制をかけてしまうほどの圧倒的な戦力となる代物であるが、ISには最大の欠点が存在する。

それは女性にしか反応しないというもの。それが原因となり世界は女尊男卑という世の中となった。

ISが出現して十年。女性が優遇され男性が虐げられる世界であったが、その世界にある希望が見え始める。

女性にしか反応しないはずのISが男性に、しかも二人に反応したのだ。世界中の男性は歓喜に満ちていた。

彼ら二人を研究し今後ISを扱える男性が増えれば今の社会も少しは良くなるはず、明るい未来がきっと来る、そう確信していた。

 

 

 

 

 

しかし、それは世間にとっての話だ。

 

 

 

 

 

「あ、ああ………」

 

「や、やった、反応したぞ………!これで二人目が………!………どうかしたのかね、君?」

 

「あああああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

 

誰も予想もしなかった。

 

 

 

 

 

「くそったれがあああぁぁぁっっっ!!!」

 

「落ち着いてくれ!誰も君に危害を加えはしない!!」

 

「ざけんなぁ!!どうして………!!なんで………!!なんで反応してんだよっっっ!!!」

 

 

 

 

 

反応した二人の内一人は───。

 

 

 

 

 

「くそがっ………!!外れねえ………!!外れろ………!!外れろって………!!外れろってんだろうがあああぁぁぁっっっ!!!」

 

「まずいっ!彼は錯乱している!!機体の強制解除は出来ないのかっ!?」

 

「ダメです!エラーを起こして反応しません!!そんな………保護機能が働いてないだなんて!?」

 

 

 

 

 

女尊男卑の悪意によって心身共に傷つき───。

 

 

 

 

 

「………っ!?やめろっ!!来るなっ!!来るんじゃねえっっっ!!!」

 

「ぐあぁっ!!だ、誰か!!あ、IS警備隊に通報をっ!!」

 

「俺に近寄るんじゃねええええええぇぇぇ!!!」

 

 

 

 

 

重度の女性不信となった被害者であることを───。

 

 

 

 

 

「やめろおおおぉぉぉ!!!離せえええぇぇぇ!!!俺を殺せえええぇぇぇ!!!」

 

「ぐあっ!な、なんて力だ………やむを得ん!総員、対象を鎮圧しろ!絶対に怪我はさせるな!機体が解除され次第、彼に鎮静剤を打つ!」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」

 

 

 

 

 

そして、ISを誰よりも憎むようになった人間であることを───。

 

 

 

 

 

「ぐ………。は、離し………やがれ………!殺してくれぇ………!」

 

「許してくれ………。だがこれも君のためだ、今は我慢してくれ………すまない」

 

「あ゛あ゛………」

 

 

 

 

 

世界は、彼に明るい未来など与えなかった。

 

 

 

 

 

世界は、彼にとってこんなにも残酷だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本列島本州から少し離れた島に設立されている特殊国立高等学校『IS学園』。

アラスカ条約に基づいて建てられたこの施設はISを扱う操縦者や整備士など、将来ISに関わっていく人材を育成するために存在する。

学園の特性からして九割以上が女性となる学園はISに直に触れることが出来る、就職に大きく有利になるなどして入学希望者は世界中からやって来る。

来月の四月には新入生が入学するため教師や関係者は多忙の日々を送っているが、今年に限っては今まで以上に慌ただしかった。

 

「お疲れ様です、織斑先生」

 

緑髪の女性は両手にコーヒーを持ち机で書類整理をしている黒のスーツが似合う女性に声を掛ける。

彼女の名は山田真耶。IS学園教師の一人でありIS操縦者としても優秀である。

普段から眼鏡をかけてあり、()()()()を除けば平均的な体つきをしている。

 

「ああ、すまないな」

 

書類整理を一旦やめ、コーヒーを受け取る彼女の名前は織斑千冬。ISを扱う世界大会『モンドグロッソ』の初代優勝者であり、世界最強『ブリュンヒルデ』の称号を持つ元日本代表のIS操縦者。

知らない人はいないとされる彼女は現在IS学園の教師をしており、生徒達に限らず他の教師も指導することがある。

 

「今年は忙しくなるな………」

 

「はい、男性操縦者の発見ですものね。弟さんは今………?」

 

「あいつは今ホテルにいる。屈強な男達に囲まれながらな」

 

「あ、あはははは………」

 

IS学園が今まで以上に多忙の理由。それはISを扱える男性の処遇についてだった。

十年間女性にしか反応しないはずのISが、二人という極少数の男性に反応を示したのだ。前例など当然無く、世界中が欲しがっている。

世の中には目的の為に手段を選ばない人間も存在する。そんな輩から護るために、彼らの今後を決める為に保護という名目でIS学園に入学させることを決定したのもつい最近であった。

 

世界初の男性操縦者の名前は織斑一夏。藍越学園の受験の為試験会場に向かったのだが、何かしらの手違いによってISに触れてしまい、動かすことが出来ると判明した。ニュースで全面に放送された事もあって今や彼を知らない人間はほとんどいなく、世界最強の弟ということもあり今後に期待されている。

現在彼は入学までの護衛として、選りすぐりのSPに囲まれた生活を送っている最中だ。窮屈で仕方のない事だろう。

 

「それじゃあ、二人目の彼は………?」

 

実のところ、真耶は現時点で二人目についての詳細は全く知らされていない。

一人目が発見された翌日、世界は男性に向けて一斉に適性検査を行った。一人目がいるならまだ反応を示す男性が存在するはずだと。適性検査を始めて一ヶ月、三月の中旬辺りに差し掛かってきた所で遂に二人目が発見された。

彼もまた一人目と同じ理由でIS学園に入学させることになるのだが───。

 

「………」

 

二人目について問い掛けた途端、千冬の顔が曇る。非常に言いにくいのか、彼女は口を開けただけで言葉を発しない。

 

「織斑先生………?」

 

「これを見てくれ」

 

そう言って千冬は一枚の書類を真耶に渡す。いったいなんだこれはと、彼女は表情に出るほどの疑問を浮かべた。

 

「なんですこれ?」

 

「二人目に関する物だ。正直、弟より二人目の方が苦労するかもしれん。」

 

「はぁ………」

 

千冬の言っている意味がよく分からず、疑問に思いながらも目を通す。

そして、読めば読むほど真耶の表情は悲痛な顔に変わっていく。

 

「織斑先生………。これ………って………」

 

「ああ………この書類によると四月から就職するはずの彼は今まで検査を渋ってたらしい。近所の人達に聞くところによると女性とISが嫌いとして有名だそうだ。それ以外の情報は出なかったがな………。徹底的に検査を拒否する彼を政府が強行手段に出て、とうとう観念して検査を行ったのだが………」

 

その話だけでもとんでもない事だが、話を折る事はせず彼女は黙って訊く。

 

「ISの起動に成功した途端錯乱し、暴れまわった後自傷行為に陥っていったとのことだ。最終的に通報を受けたIS警備隊が鎮圧し、今は拘束中だ。検査スタッフの何人かは怪我を負ったらしい」

 

渡された書類には、二人目の適性検査を行った際の詳細と彼の家族構成が書かれていた。

その書類をまじまじと見ている彼女に向けて千冬は真剣な表情で語る。

 

「彼には親はいない。八年前に離婚し母親と三つ年下の妹が離れ、去年の十二月の初めに父親が亡くなっている。過労と精神的ストレスによる衰弱死、だそうだ」

 

「そんな………じゃあ彼は………」

 

「そうだ………恐らく彼も、その父親も女尊男卑社会の被害者だろう」

 

女尊男卑思考の女性の悪意によって被害を被った青年が、今後その元凶となるISに関わり、九割以上女性しかいないIS学園に身を置く。

その上彼は新入生と一人目の男性操縦者よりも三つ歳が離れてる。周りに馴染めないであろう光景を思い浮かべるのは簡単であった。

これがどれ程の苦痛なのか、真耶には想像も出来ない。

 

「山田君」

 

「はい………」

 

真耶の返事には先程まで仕事をこなしていた時のような元気はない。彼に対してどのように接すればいいのか、現状分からなくなっているからだ。

 

「彼は入学式当日に政府が送るそうだ、彼の対応は私がする。他の教師や従業員にも伝えておくが………、決して刺激するな」

 

「分かりました………失礼します」

 

そう言って真耶はその場を離れ覇気のない足取りで職員室から出ていく。その姿を見送った後千冬は、周囲を目だけで見渡し誰もいないことを確認すると卓上で手を組んでため息を吐き独り言を呟く。

 

「すまない………すまない………」

 

それは誰に対しての言葉なのか、それを知るのは千冬ただ一人。世界最強が決して誰にも見せない姿がそこにあった。

夕日が沈む頃まで懺悔をしていた彼女は、ようやく腰を上げて職員室を出ていく。

もぬけの殻となった職員室の中、彼女の卓上には二人目の名前と顔写真が載った書類が残されている。

顔写真に写る青年は左頬に二本の古傷があり、目に光は無く、そして暗かった。

そこに記されていた彼の名は───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園の入学式まであと数日の夜。とあるホテルで男達はある人物を鎮静させるのに手子摺っていた。

 

「何を考えてるんだ君はっ!!いい加減に大人しくしろっ!!」

 

「離しやがれっ!!誰があんなところ行くかっ!!あんなところに缶詰にされる位なら、それならいっそ………!!」

 

「そんなこと黙って見ていられる訳ないだろう!!君は世界で二人しかいない男性操縦者なんだぞ!?」

 

「知ったことかあああぁぁぁ!!!」

 

その人物は、ISが反応を示した世界で二人目となる青年。彼も一人目と同様に入学式に合わせて向かわせる予定なのだが、本人はそれを強く拒絶していた。

適性検査した際暴れ狂う彼に鎮静剤で無理矢理大人しくさせ、ホテルに拘束した時から数日間ずっとこの調子だ。男達の目を盗み逃走を繰り返し、失敗すれば自殺を図ろうとする。そのおかげで彼を閉じ込めてる部屋にあるはずの物は全て撤去しており、二十四時間体制で監視しなくてはならなかった。

それでも彼は男達の僅かな隙を見つけ、暴れだし逃げ出そうとするか自殺しようとしている。男達はそんな事を黙って見過ごすわけにはいかなかった。

 

「どきやがれこの野郎っ!!」

 

「ぐあぁっ!こ、このガキ………!」

 

「応援を呼べ!!それとテーザーガンと鎮静剤を用意しろと伝えろ!!早く!!」

 

狭い一部屋で繰り広げられる青年と男達の乱闘。誰がどう見ても青年に勝ち目は無いはずだが、状況は彼の方が押していた。

 

「う゛らぁっっっ!!!」

 

「ぎゃああっ!!こ、このガキ………!!俺の………!!俺の腕をっ………!!!」

 

「邪魔をすんじゃねえええぇぇぇ!!!」

 

数人の男達を前にしても彼は怯む処か狂暴さを増すばかり。既に数人は大怪我を負っており、このままだと全滅は免れない。

しかし、それも終わりを告げる。

 

「があああぁぁぁっっっ!!!」

 

彼は応援に駆けつけた男のテーザーガンにより地面に倒れる。その隙を逃さずに軽傷で済んだ男達総出で彼を押さえつけ鎮静剤を打ち込んだ。

 

「が………あ………く………そ………」

 

「許してくれ………許してくれ………」

 

「ぐ………う………」

 

彼の狂暴さは次第に無くなり、数分経ってやっとの事で大人しくなる。しかし、それでも眼力だけは凄まじく男達を睨んでいた。

 

「………っ。これ以上暴れられても困る、縛っておけ。舌を噛み切らないように口もだ」

 

「───っ!?───っ!?」

 

男達は彼の手を、足を、口を縛り部屋の中央に転がす。端から見れば貴重な人間を保護する者達には見えない。しかしその保護する人間が暴れるようであれば致し方ない事だ。

 

「………怪我人を運べ。軽傷で済んでる者は引き続き監視をしろ、後に交代要員を向かわせる」

 

男の指示により大怪我を負った数人は部屋から運ばれていく。怪我人を見送り、唯一怪我をしてない男は部屋を出ていく前に彼に向かう。

 

「君の気持ちは良く分かる、だがこれは決まったことだ。我々では君を助けられない………」

 

「………」

 

「すまない………」

 

その一言を最後に男は部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

青年は、今後IS学園でどのように過ごすかは想像出来ない。少なくともそれは辛く苦しいものであろう。

 

 

 

女尊男卑の悪意によって心身共に消えない傷を負ってしまった彼の名は『柳隆道(やなぎたかみち)』。

 

 

 

彼が遭遇する地獄が始まるまで、残り僅か───。



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第二話

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IS学園入学式当日。新入生は今入学式の最中であり在校生は既に教室に戻っている。今年は世界初の男性も入学するという事もあり在校生達の話題は九割以上が男性操縦者関連だ。

ちなみに話題の中心人物である一人目、織斑一夏は入学式に出席しているが男が自分一人、周囲は女性のみという、正に四面楚歌と言える状態。

彼が女好きであれば女性に囲まれた状態で鼻の下を伸ばしまくる所であるが、本人はその気がなく、むしろ同性が本当にいないんだなと改めて痛感し胃を痛めていた。

二人目の席もあるがまだ学園に着いていないので当然空席のままである。

そんな織斑一夏の精神が徐々に削られてる一方、校門の中央で腕を組んでいる人物が一人。

 

「はぁ………」

 

ため息を吐くその人物は、鋭い吊り目に、黒いスーツ姿で立つ千冬。彼女はここで二人目の男性操縦者、柳隆道を迎える為待っていた。

本来ならば入学式前には到着するはずだったのだが、本州とIS学園を繋ぐモノレール手前で逃げ出そうとしたとのこと。

十人のSPが一斉に取り押さえようとしたが、彼は猛獣の如く暴れ散らしたという。

同行していたSPは、全員が要人警護任務に就く際に選抜される屈強なメンバー。その姿は服の上から見ても分かるほどの筋肉質な体格であり護身術も群を抜いている。

そんな彼らが三人ほど大怪我を負い、残りの七人掛りでようやく確保したという連絡が来たのが十数分前。

その電話の最中にも多少なりとも怒鳴り声が聞こえていた。内容までは聞こえなかったがIS学園へ行くことを強く拒絶しているという事だけは確かだと確信している。

 

「どうしたものか………」

 

千冬は教師の中でも非常に厳しく、規則を破った生徒には容赦なく鉄拳や出席簿で制裁を与える人物。仮にだが、遅れてきた二人目が極普通の家庭環境で育ち、遅れてきた理由も下らない物だったら容赦なく制裁するであろう。

しかし、二人目の詳細に目を通して以来彼に制裁なぞ出来る気がしなかった。

彼女とて二人目を優遇するつもりはない。教師たる者個人に肩入れなぞしたら周囲に影響を及ぼす。加えて彼女は知らない者などいない世界最強。そんな有名人が個人に肩入れしたらどうなるかなど目に見えている。

しかし彼にとっては地獄以上の監獄とも言えるIS学園。そんな中で教師である千冬が他生徒同様に厳しく接したら彼はどうなってしまうのだろうかと考えてしまう。

IS学園に入学する生徒は当然ISに興味を持った者達だ。事故を起こさないように、怪我を負わないように、しっかりと規則を守らせる為に厳しく指導するのは至極当然のこと。

 

 

 

しかし二人目は他生徒とは違う。

 

 

 

女性を嫌い、ISを嫌い、学園に行く直前ですら大人数相手に必死で抵抗する。彼女も真耶と同様に接し方が分からなくなっていた。

不安が渦巻く最中、しばらくして遠くから一人此方に向かっているのが見える。ようやく来たかと一端考えるのをやめ、相手を待つ。

向かってくる人物は自身より大分背が高く、片手で鞄を背負ってる。その手の甲には包帯が巻かれており少々の血が滲んでいた。暴れた時になったのであろう。

 

「あんた………、ここの教師か?」

 

青年は千冬の前に着くなりそう一言。その声に感情など一切無く、無表情である。

先程まで学園に行くまいと抵抗していたとは思えないほど静かだった。

彼からは戸惑いも、不安も感じられない。あるのは異常な程の敵意と警戒心。

千冬はその異常な敵意に怯みそうになるが、表情には出さずに一度咳き込んで話しかける。

 

「柳隆道だな?モノレール手前で暴れたと聞いたが」

 

「俺に関する資料は見てるだろうし、暴れた事については連絡いってんだろ?説明する必要あんのかよ。それに質問してんのはこっちだ」

 

千冬を前にしてもこの態度。世界最強と言われるだけあって他のIS操縦者はもちろんのこと、多くの男性からも恐れられているにも関わらず隆道は表情を崩さない。

 

「………ああ、私は織斑千冬。お前のクラスの担任を務める者だ」

 

「あんたのことは知っている。まさかブリュンヒルデが担任だとは思わなかったがな」

 

「その名で呼ぶな、今日からお前は生徒で私は教師だ。織斑先生と呼べ」

 

「そうかよ」

 

千冬は隆道と会話しながら思考する。非常にやりにくい相手だと。

今まで彼女と会話する者は全員が憧れを抱く者か恐れているかの二択であった。しかし目の前の男、隆道にはどちらもない。敵意を全面に出す相手との会話なぞ初めてだった。

普段の千冬なら敬語を使えと、生意気だとして既に制裁を与える所ではあるが、やはり先日の事やついさっきの出来事を思い出してしまう。

ここで手を出したら彼は一生自分を、いや誰も信じなくなるだろうと。

先ずは彼に信用してもらう、そこから始めることにした。

 

「本来ならば入学式に出席してもらうはずだったが、既に始まっている。すまないが終わるまで職員室で待機だ。SHR(ショートホームルーム)が始まる頃に私と一緒にクラスに向かってもらう」

 

「一人目はもう入学式にいるのか」

 

「ああ、たった二人しかいない男子生徒だ。………どうか仲良くやってくれ」

 

「顔合わせたことねぇのに仲良く出来るかどうかなんぞ分かる訳ねぇだろうが。馬が合わなければどうしようもねぇだろ」

 

「分かった………。とにかく時間も限られている、職員室へ行くからついてこい」

 

千冬はそう言って学園へと向かう。隆道は何も言わず黙ってその後をついていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人がしばらく歩き玄関前辺りまで進むと、ふと千冬は立ち止まり振り向かずに隆道に話しかける。

 

「柳」

 

「あ?」

 

「お前が女性とISを嫌っているのは知っている。資料で家族の事も見た」

 

「………何が言いたい」

 

「検査を渋ったのも、IS学園に行く事を拒絶した理由も分かる」

 

「だから何を───」

 

「だが()()()()()()。このIS学園に連れてきたのは、お前を保護するためでもある。迫害なぞするつもりもないし、させはしない。私が許さない」

 

千冬は決心した。彼を壊さないためにも、女性全員が隆道が出会ってきたであろう女尊男卑思考な輩ではないという事を分かって貰う為に優しく接することを。

 

 

 

自分だけじゃなく、副担任である真耶にも、他の教師にも、クラス全員にも協力してもらおうという善意での行為。

 

 

 

───故に気づかなかった。

 

 

 

───彼の地雷を踏みつけたことに。

 

 

 

「クラスの皆にも釘を指しておく。だから、お前もどうかクラスの皆と───」

 

 

 

ふざけるな

 

 

 

「っ!?」

 

突如千冬の背筋が凍る。彼の声は電話内で聞こえた怒鳴り声でも、校門前での会話の時のようなものではなかった。

感じたのは『どす黒い何か』。憎しみや恨みなどの負の感情が混ざりに混ざった、説明が困難な程どうしようもない物。その声を聞いただけで息苦しく感じた。

千冬はゆっくりと振り向くと───

 

やっぱ、あんたもそうなんだな

 

そこには、殺意に満ち溢れた隆道の姿があった。

表情は見たことも無いほど歪んでおり、その目は相手を殺してしまうのではないかと言うほど鋭くなっている。

 

今までどれだけの男を騙してきた?………いや、数えてすらいねえのか

 

「柳………お前───」

 

この際だからはっきり言っとく。俺はお前ら女なんぞ一切信用しない。特にISに関わってる奴らなんかにはな

 

隆道は容赦なく言葉を続ける。

 

優しくするから信用しろだ?クラスの女とも仲良くしてくれと?………そう言って最後は俺ら男を弄ぶのか。生憎その手口は知ってんだよ

 

「違う!私は本当に───」

 

 

 

黙れよ

 

 

 

「………っ!」

 

本当に心配していると、騙すつもりはないと千冬は主張したかった。しかし、隆道の一言一言が非常に重く感じる。

千冬の現役時代、他の選手から妬み嫉み等は少なからずあった。正面から言われた事もあったが大して気にもとめなかった程度ではあるが。

隆道のはそんなちんけなものじゃない。声を聞くたびに心臓を鷲掴みされてるような感覚に陥る。

 

誰が信用なんぞするか。俺にとってお前ら女は敵だ。何を考えてるか知らねぇが、俺はお前らの思い通りになるつもりはねぇぞ

 

千冬は、自分が軽率な発言をしてしまった事に酷く後悔した。隆道の心の傷はもうここまで深刻な事になっているのかと。

 

「………職員室はどこだよ、時間は限られているんじゃねぇのか、織斑先生?」

 

いつの間にか隆道の表情は元に戻っており、先程まで感じていた息苦しさも無くなっている。

 

「………ああ、すまない」

 

これ以上は危険だ。そう結論づけた千冬は、それ以降職員室に着くまで隆道に話しかけようとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員揃ってますねー。それじゃあSHRはじめますよー」

 

チャイムが鳴り終わった数秒後。一組の副担任である山田真耶は教室に入り黒板の前に立つ。

 

「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」

 

「………」

 

しかし、真耶の声に反応する生徒はいなかった。

それもそのはず、生徒全員の目線はこのクラスの中央一番前に座る生徒に集まっている。

その生徒こそ世界初のIS操縦者であり学園初の男子生徒、織斑一夏である。

注目を浴びてしまうのは致し方ない事ではあるが浴びている本人からすればたまったものではない。

 

(これは………想像以上にきつい………)

 

入学式から参加している一夏は周囲が女子のみという状況に心底参っていた。

同性がいないだけでこんなにも苦しいのかと、夢であってほしいと思わずにはいられない。

しかし、真耶に彼の心境なぞ分かるはずもなく、真耶自身に向けられている訳ではないがクラス全員の威圧にたじろいでしまう。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」

 

このままではいかんと、真耶は無理矢理にでもSHRを進めた。担任である千冬が来るまでにある程度進めておかないといけないからだ。

数人がようやく真耶の一言に気付き、生徒達は順調に自己紹介を進める。その中で一夏は他人の自己紹介など耳に入るはずもなく、未だに心の中で悲鳴を上げていた。

八方塞がりとなった一夏は救いを求める為に窓側の方に視線を向ける。そこには六年ぶりに再会した幼なじみ、篠ノ乃箒の姿があった。

この状況を何とかしてくれと、助けてくれと箒に向けて目で訴える。

箒は一夏の目線に気づくが、窓の外に向けて顔を反らされてしまう。救いなんて無かった。

 

「………くん。織斑一夏くんっ」

 

「は、はいっ!?」

 

完全に意識を箒に向けていた為に、思わぬ所から声を掛けられた一夏はつい声が裏返ってしまう。端から見るとあまりにも間抜けな声だったので、周囲からはくすくすと笑い声が聞こえる。これにより一夏はますます落ち着かない気分となり、夢なら覚めろと願う以外手段が見当たらなかった。

 

「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる?怒ってるかな?ゴメンね、ゴメンね!でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ご、ゴメンね?自己紹介してくれるかな?だ、ダメかな?」

 

とても教師とは思えないほどに生徒である一夏に対して真耶は頭を下げる。それも一度ではなく会社で部下が上司にするかの如く何度も頭を下げるので、サイズの合ってるのか合ってないかのような眼鏡はずり落ちそうになっていた。

その腰が低い姿を見て一夏は流石に彼女が年上とは思えなかった。同い年と言われたら絶対に信じたであろう。少なくとも、一夏にはそういった謎の自信があった。

そんなどうでもいいことを考えていたが、一夏の目の前で未だに頭を下げている相手は教師。これ以上頭を下げられると色々とまずい、自己紹介しなくてはと一夏は真耶に声を掛ける。

 

「いや、あの、そんなに謝らなくても………っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いてください」

 

「ほ、本当ですか?本当ですね?や、約束ですよ。絶対ですよ!」

 

ようやく顔を上げたかと思いきや、一夏の手を取って熱心に詰め寄る真耶。本人は悪気は無いのだがこれにより一夏の注目度は加速していく。

どちらにせよ新入生は自己紹介からは避けて通れぬ道。最初で躓いてしまうと二度とこの環境には馴染めないと一夏は確信した。

覚悟を決めて席を立ち、後ろを振り向く。

 

(うっ………)

 

今まで背中に受けていた視線という集中攻撃が今度は真正面となる。流石にこれほどの女子から注視されたことない一夏は後退りしそうになるがそこは耐えた。

 

「えー………えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

簡潔に名前だけ名乗り頭を下げる。学園に入ってからずっと受けていた女子生徒達の目線攻撃にメンタルをボロボロにされた一夏に出来る自己紹介は、名前を名乗るだけという最低限のものであった。

しかし一夏の心境なぞ知らぬクラスの女子達はそれで納得しない。『もっと色々しゃべってよ』と目線で威圧し、『これで終わりじゃないよね?』という空気を作り出す。

 

「………」

 

勘弁して欲しいと、どうしたらいい、何を言えばいいと一夏は思う。容赦の無い女子達の悪気0%精神攻撃によってだらだらと背中に流れる汗を感じるという、精神だけでなく肉体にまで影響が出始めた彼の策は尽きた。

しかし続けなければならない、ここで黙ったままだと今後『暗いやつ』のレッテルを貼られてしまうであろう。

とっさに思いついた策を実行するために一夏は深呼吸をし、思い切って口にした。

 

「以上です」

 

その一言により、女子の数名はまるでコントでもしてるかのようにずっこける。何を言うつもりなのかと構えていたらまさかの終了宣言である。こけてしまうのも仕方のないことであった。

 

「あ、あのー………」

 

もうどうすればいいか分からなくなってしまった真耶はとうとう涙目になってしまう。

一夏は周囲の状況に疑問を持った瞬間───。

 

「いっ───!?」

 

───空気を叩く音と同時に頭部に激痛が走る。

そしてあることが一夏の頭をよぎった。この叩き方、この痛みには覚えがあると。

おそるおそる振り向くと、そこには世界最強であり、自身の姉である織斑千冬の姿があった。

 

「げぇっ、関羽!?」

 

余裕があるのか無いのか、一夏はつい三国志の有名人の名を口滑らせる。その結果再度叩かれる事になった。

 

「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」

 

低めの声で彼女は一夏を叱る。しかし一夏は叱られる事よりもある疑問が浮かぶ。

職業も弟である一夏にも教えず、月に一、二回ほどしか家に帰らない彼女がなぜここにいるのかと。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

 

「ああ、山田君。クラスの挨拶を押しつけてすまなかったな」

 

「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと………」

 

先程までの涙目になっていた真耶は千冬が来るなり表情を変え、若干熱っぽいくらいの声で応えている。

 

「それで………柳君は」

 

だがそれも一瞬。真耶は表情を暗くしながら小声で千冬に問い掛けた。千冬が来たということは既に柳隆道はすぐそばに来ているという事になる。

 

「ああ、廊下で待機させてある。ここからは私が説明しよう」

 

真耶の問い掛けに対して千冬も小声で応える。しかし一夏の耳には入っていた。

 

(柳君………?誰なんだろう?)

 

廊下の方へ顔を向けながらそんな疑問をしていると、突如千冬がクラス全員に向けて声を掛ける。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五才を一六才までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

教師というより軍の教官に近い宣言。しかし、教室には困惑………ではなく、黄色い声援が響く。

 

「キャーーーーー!千冬様、本物の千冬様よ!」

 

「ずっとファンでした!」

 

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!」

 

「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」

 

「私、お姉様のためなら死ねます!」

 

鼓膜が破れてしまうくらいに騒ぐ女子達を、千冬はかなりうっとうしそうな顔で見る。

 

「………毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それともなにか?私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」

 

本当にうっとうしがってるのか、千冬は額に手を当てながら天を仰ぐ。有名人のつらいところであろう。

しかしそんな彼女のことなどお構い無しに女子達は更に騒ぐ。

 

「きゃあああああっ!お姉様!もっと叱って!罵って!」

 

「でも時には優しくして!」

 

「そしてつけあがらないように躾をして~!」

 

これには流石の一夏もドン引き。もはや憧れとか通り越した何かだと感じた。

彼自身も姉がここにいること、しかも担任であることに驚愕しているが、女子達の黄色い声のおかげで逆に落ち着いてしまっている。

千冬もこれ以上は無駄だと諦め、目先を生徒達全員から一夏に変えた。

 

「で?挨拶も満足に出来んのか、お前は」

 

そんな落ち着いている一夏に向かって千冬が放った言葉は辛辣そのもの。しかし彼は待ったをかけようとする。

 

「いや、千冬姉、俺は───」

 

言い切る前に放たれるは本日三度目の制裁。反論は許されなかった。

 

「織斑先生と呼べ」

 

「………はい、織斑先生」

 

───と、うっかり言ってしまったこのやりとりに一夏は後悔する。姉弟であることがクラスに知れ渡ってしまったのだ。

 

「え………、織斑くんって、あの千冬様の弟………?」

 

「それじゃあ、世界で『IS』を使えるってもの、それが関係して………」

 

「ああっ、いいなぁっ。代わってほしいなぁっ」

 

「でも待って。それじゃあ『()()()』は……?」

 

女子達から言われたい放題であった一夏であったが、最後の女子の言葉を聞き逃さなかった。

 

「え、二人目………?」

 

二人目とはなんだ、まさか他にも男子がいるのかと一夏は驚きを隠さない。

教師二人の方へ直ぐ様向くとなにやら重苦しい空気になっている。

数秒経ち、口を開いたのは千冬。

 

「………知っている者もいるだろうが今一度言う。先月の半ばに二人目の男性操縦者が発見された」

 

その事を知らない一夏を含めた生徒達は驚愕する。知っている者もいるが、知られているのは『二人目の男性操縦者』という情報のみ。それ以上の事は誰も知らない。

 

「彼は高校を卒業して就職目前のところ、適性が発覚した。つまり諸君より三つも歳が離れている。その二人目もこのクラスに入る事になるが………、皆に協力してほしいことがある」

 

二人目もこのクラスに入る、歳上の男子というのを聞いて再び女子達は黄色い声をあげそうになるが、どうも様子がおかしい。

静まり返った所で、一呼吸置いて千冬は語る。

 

「彼は今とても不安定な状態にある。あまり刺激しないようにしてもらいたい。そして、もし彼に何かあったときは直ぐに私か山田先生に伝えること。どうか頼む………」

 

教卓の前で頭を下げる千冬。そこには、先程までの世界最強の姿はなかった。見たこともない彼女の姿を見て生徒だけでなく真耶も目を見開く。

 

「ふぅ………、そろそろ呼ばないとな。入れ、柳」

 

髪をかきあげ、扉に向けて千冬がそう言った瞬間、教室の扉が開き男が入ってくる。

 

 

 

その姿を見て千冬を除いた全員が固まった。

 

一人目である一夏すら超える身長、左頬に目立つ二本の古傷、そして光の無い目。

 

そして何よりも、鈍感な人間ですら分かってしまう程の敵意と警戒心。

 

その負の感情を前にして、誰も声を出せないでいた。

 

 

 

「はぁ………柳、いい加減警戒を解いてくれ。皆が固まってしまってる」

 

「………」

 

「ああ、悪かった………。そのままでいいから自己紹介を頼む」

 

まるで腫れ物を触るかのように千冬は男を宥める。誰もが、千冬の見たことも無い姿を見て驚きを隠せない。

そしてついに男が口を開く。

 

「………柳隆道。無理矢理適性検査を受けさせられ、結果このIS学園に連れてこられた。どうか関わらないでくれ」

 

 

 

彼にとって地獄を超える日々が幕を開ける。



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第三話

2/19
地の文微量修正。


IS学園では入学式当日から授業が開始される。普通の高校とは違い普通学科に加えIS関連の授業もあるので初日から始めていかないと遅れてしまうからだ。

なので一時限目から普通学科ではなくいきなりIS基礎理論を学ぶことになるのだが、IS関連窓側の一番後ろ席に座る隆道は教科書も開かず授業そっちのけで頬杖をつきながら外を眺めていた。

一度は高校を卒業し、なるべく女性に関わらない職を見つけひっそりと暮らしていくはずが、ISを動かせるという理由で学園に連れられ一学年へ逆戻り。学業をやり直しという、ただでさえそれだけでも苦痛であるが自身が忌み嫌うISの授業が加われば苦痛を通り越して地獄と化す。たとえ何を言われようがまともに授業を受ける気は彼にはなかった。

普通ならば教師に授業態度を指摘されるのだが、授業を進めている真耶も、教室の端で控えている千冬も注意すらしない。

実は何度か真耶から注意を受けていたのだが、彼はこれを全て無視。目を合わせすらしない。

元々温厚な性格の彼女が強く言えるはずもなく、SHRで目の当たりにした彼の敵意にメンタルをやられたということもあり、授業の半ば辺りから話し掛けることが出来なくなってしまった。

千冬も注意はしたいのだが、SHR前の出来事もあって迂闊に話し掛けられない。

未だに敵意と警戒心が強い彼がおとなしくなるまで待った方が良いと判断した。

 

 

 

 

 

一時限目が終了し、休み時間が始まった瞬間に周囲の生徒達は一斉に隆道から離れる。

千冬ですら怯んでしまうほどの敵意は一般生徒からすればかなりの精神ダメージとなり、気の弱い人間ならば失神してしまいそうなほど。

女子生徒達にとっては歳上の男子という、一人目とはまた違った魅力があった為どうにか接触し、あわよくば仲良くなろうと計画を立てていたが当の本人がこれでは近づくことすら出来ない。

何せ自己紹介の時に敵意全開で関わらないでくれと言われてしまったのだ。近づいただけで何が起こるか分かったものじゃない。世間がどれだけ女性の立場が上であろうと目の前の脅威にはどうにもならなった。

しかしそんな中一人、彼に近づく勇敢な者がいた。

 

「あ、あのー………。すみません」

 

隆道に話し掛けたのは一人目である一夏。整った容姿であり、本人に自覚は無いが異性によく好意を寄せられるという、言わゆる鈍感な男子だ。

彼の自己紹介を聞いて怯んだ内の一人ではあるが、どうにかして会話をしたいと授業中そればかり考えていた。

一夏はSHRの時まで男は自分一人と思っていたのだ。これまで女子生徒からの視線を浴び続けており、精神が限界に近かった彼にとっては歓喜極まる事なので自分を見捨てた幼なじみの事などすっかり忘れ、授業が終わり次第声を掛けるつもりだった。

しかし、相手は千冬が言っていたように歳上であり、今はSHRから続いてる敵意と警戒心丸出しな状態。失礼の無いように言葉を選ぶ必要がある。

声を掛けて数秒。隆道は頬杖をついた状態からゆっくりと一夏に顔を向ける。

 

「………ああ、一人目の………織斑だったか?」

 

「はっ、はい………。織斑一夏、です」

 

「まだ面と向かっていなかったからな、悪い。改めて自己紹介するが柳隆道だ。よろしく」

 

「………!は、はいっ!よろしくお願いします!」

 

一夏は満面の笑みで返事をし、握手を求める。すると彼も頬杖をやめ、それに応えた。

正直なところ、一夏は自分すら無視をするのではないかとあまり自信がなかった。

入学式の時に他生徒達の会話を小耳に挟んだのだ。自分が見つかったから全世界で男性に向けた適性検査を行っていると。その時はまだ二人目の事は知らなかったので見つからなかったんだと決めつけていた。

しかしSHRでまさかの二人目が現れた。同じ境遇の人間がいると目の当たりにして嬉しさが込み上げてくるが、その本人はここに来たことに嫌悪感を剥き出しにしている。

彼の自己紹介を聞いて、自分がうっかりISを起動してしまい、無理矢理検査をされて連れてこられた原因は自分なんだと、きっと恨まれているだろうと考えていたが、玉砕覚悟で会話を試みることにした。

だが、いざ話し掛けてみると、無表情ではあるが自分の声に反応し、握手にも応えるという予想とは違う反応。もしかして仲良く出来るかもしれないと一夏は思った。

しかし本当に恨んではないのか、少しでも思ってしまった彼はおそるおそる聞いてしまう。

 

「えっと………柳さん、俺を恨んでいますか………?」

 

「あん?なんでだよ」

 

「だって………、俺が起動しなければ………柳さんは………」

 

隆道は数秒ほど考える仕草をした後、一夏に優しげな声で答える。

 

「お前が気にすることじゃない。遅かれ早かれこうはなってた。発覚したのが今になった、ただそれだけのことさ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

良かった、恨まれていなかった。一夏は今後もやっていけそうだと彼の言葉を聞いて安心する。

この男子同士のやり取りに周囲は困惑と同時に驚愕する。

隆道から、さっきまでの敵意と警戒心がすっかり消えていたのだ。相変わらず無表情に加え目に光は無いがそのやり取りは先輩後輩のそれと変わらない。

理由は分からない。分かっているのは一夏に対しては少なくとも友好的だということ。

彼は千冬に仲良くなるかどうかは知らんと突っぱねていたがそれはあくまで千冬に敵意を持っていたからこその発言であり、別に一夏と仲良くしないつもりはなかった。

もし自分が逆の立場だったら、もし自分一人以外男子がいなかったら。そう考えるだけでもぞっとする。

仮に隆道が先に発見され、今回のように一夏が後から発見されたら彼は同じ行動を取ったかも知れない。

流石に馴れ馴れしい態度で話し掛けるような奴だったら他と同様に無視を決め込むつもりであったがそんなことはなく、むしろ自分のせいでと気を遣う姿を見て感心した。

一夏が千冬の弟というのは廊下越しに聞いて知ってはいたがそんなことは関係無い。ISを纏う世界最強の弟とは見ず、織斑一夏個人として彼を見る。一緒くたにせず区別は出来る隆道だった。

 

「………ちょっといいか」

 

時間いっぱいまで話をしようとした矢先に第三者が声を掛ける。一夏と隆道の二人は声のする方へ向くと、そこにいるのは肩下まである黒い髪を結ったポニーテールの少女。

 

「………箒?」

 

「………」

 

少々不機嫌そうな顔をしている箒と呼ばれる少女は一夏をじっと見るだけでなにも言わない。

 

「知り合いか?」

 

「あ、えと、はい。幼なじみの箒です。ほら、箒も自己紹介しなって」

 

「………篠ノ之箒です」

 

一夏に幼なじみと呼ばれる箒は用があるのかずっと彼を見ており、隆道を視界にすら入れてない。彼女もまた彼の敵意を感じていた為に本能がそれを拒む。

 

「話がある、廊下でいいか?」

 

「えーと、その………」

 

彼女に呼ばれる一夏であったが、彼としては隆道と話をしたい。しかし六年振りに再会した幼なじみの誘いを無下にしていいものかと迷いが生まれる。完全に困惑してしまった一夏はどうすればいいか分からず彼に目線で助けを求めた。

 

「俺のことは気にすんな。いってこいよ」

 

「す、すみません。また後で来ますから」

 

「ん」

 

彼は彼女の後についていく一夏を見送って、見えなくなった所で再び外を眺める。

一夏の第一印象はしっかりした奴だなと感じた。今の世の中でああいった男はかなり珍しい。女尊男卑の影響を今まで受けていなかったからなのか、もしくは悪意を受けてもまっすぐであり続けたのかは分からない。どうかそのままでいてくれと切に願った。

「それにしても………()()()………か………」

 

そう呟く彼の目は、どこまでも暗かった。

 

 

 

 

 

「───であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ───」

 

二時限目の授業を務める真耶は教科書をすらすらと読んでいき、生徒達も順調にノートを取りつつ授業についていく。

ここIS学園に入学してきた生徒達は事前予習を必ず行っており、非常に高い倍率を勝ち上がって来た優等生である。なので今行われてる授業は彼女達にとってただの復習なのだが───。

 

「………」

 

ここに一人、授業についていけず、頭から煙が出そうな男がいた。

 

(お、俺だけか?俺だけなのか?みんな分かるのか?というかこれ、まさか全部覚えないといけないのか………?)

 

五冊もある教科書の一冊を手に取り数枚めくっていくが意味不明の単語の羅列にしか見えてない一夏は心の中で唸る。

彼は別に頭が悪い訳ではないが、元々IS学園に入るとは思っていなかった為これまでIS関連の事を勉強しなかった事が原因でISの知識がからっきしだった。

 

(柳さんは?柳さんは分かるのか?アクティブなんちゃらとか広域うんたらとか全然わかんねぇよ………)

 

隆道の席は一番後ろの窓側。彼が隆道の様子を見ようとすると必然的に体ごと向ける必要があるため、目立つ行動は出来ない。そんな絶対的なピンチに陥っている中、隆道はというと。

 

「………」

 

一時限目と同様、まともに授業を受けていなかった。

 

「織斑くん、何か分からないところがありますか?」

 

「あ、えっと………」

 

「分からないところがあったら訊いてくださいね。何せ先生ですから」

 

そういって胸を張る真耶。善意からの行動であるが名指しによって生徒達から注目を浴びる事になり、まったく授業についていけない一夏にとっては公開処刑と一緒である。

こうなったら素直に自分の弱さを吐く。それしか思いつかなかった彼は正直に答えた。

 

「先生!」

 

「はい、織斑くん!」

 

「ほとんど全部わかりません」

 

自分の知識の無さを全力で暴露していく一夏。下手に知ったか振りするより正直になった方が受け入れてもらえる。そう思っていたが───。

 

「え………。全部、ですか………?」

 

彼女は流石に困惑した。まさか今までの授業が全部わからないと言われるとは思わなかったのだ。

まさか、自分の教えが悪いのかと他の生徒にも質問を促す。

 

「え、えっと………織斑くん以外で、今の段階でわからないって人はどれくらいいますか?」

 

当然だが隆道を除く生徒は事前予習をしてるため誰も手を上げない。いたとしてもきっと手を上げないだろう。

 

「え、えっと!柳くん!柳くんは大丈夫ですか?」

 

「………」

 

彼女は隆道にも質問を促すが、これもまた無視。一時限目と同様に外を眺めたまま此方を向こうともしない。

 

「う、うぅ………」

 

完全にお手上げだった。一時限目まで剥き出しだった敵意も二時間目の始まる頃には何故か消えていたので、これを機にどうにか会話を試みるがまったく相手にされない。

どうすればいいと悩んでいると教室の端で控えていた千冬が一夏に質問を投げ掛ける。

 

「………織斑、入学前の参考書は読んだか?」

 

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 

彼が正直に答えた瞬間、目にも止まらぬ速さで出席簿制裁が炸裂する。

 

(なにやってんだあいつ)

 

現在授業ガン無視状態の隆道だったが、聞こえない訳ではないので一連のやり取りを聞いていた。

表情こそ出さないが彼の正直さに流石に困惑せざるをえない。

 

 

「必読と書いてあっただろうが馬鹿者。あとで再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」

 

「い、いや、一週間であの分厚さはちょっと………」

 

「やれと言っている」

 

「………はい、やります」

 

これに関しては学園の備品を捨ててしまった一夏が悪い。

反論は許さないと言わんばかりの眼力で彼は頷くしかなかった。

 

「ISはその起動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解が出来なくても覚えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ」

 

千冬の口から炸裂する怒濤の説教にぐうの音も出ない一夏。

実際のところISに限らず物を扱う際はそれに伴った知識等は必要不可欠だ。

世の中には知らずに扱ったり、または間違えた扱いなどすると最悪死に至るといった物が日常生活にも紛れてるのだ。

ISと比べるとスケールが小さくなってしまうが自動車が良い例であろう。

知識が無い、操作を知らない、規則を忘れる、ミスをする等の原因で毎年死亡事故が後を絶たない。

そうならないために知識をつける、訓練をする。

そんな当たり前の事を言われる彼を他所に、隆道は考えに耽る。

 

(『兵器』………ね。それ以外のなんだってんだか)

 

ISが一般的にスポーツとして認識されようと、元を辿れば確かに兵器だ。

実弾兵器、光学兵器等を積んでおいて、あまつさえやってることは同じ人間同士の対戦。

なにがスポーツだ、やってる事は代理戦争じみたものじゃないかと。

これ以上聞いても仕方無いかと、意識をそらそうとした隆道だったが───

 

「………貴様、『自分は望んでここにいるわけではない』と思ってるな?」

 

ピクリと隆道は反応する。してしまう。

 

「望む望まざるに関わらず、人は集団の中で生きなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」

 

(こいつ………!)

 

人は一人では生きていけない。物や、知識や、環境はかつて人々が結束して培ってきたもの。それらがあるからこそ人は今まで生きてこれたのだ。

山奥で一人自給自足で暮らす者は世の中に存在するが、それはかつて人が広めた知識や他者によって生きてきたからこそ出来ること。生まれた頃から一人で生きられる人間なぞ存在しない。

昔から現実主義である千冬は一夏に現実と直面しろと言いたかった。一夏や周囲の生徒もその言葉の意味を理解するが、隆道は違った。

 

(つまり受け入れたくないなら死ねってか………!死なせなかったのはお前らだろうが………!)

 

隆道は適性検査でISを起動してしまった際、今後の未来を直ぐ察知していた。

解剖されるか、実験台として研究されるか、学ばせるためにIS学園に連れてかれるか。

どう転んでも絶望。一生ISに関わる事になる未来が見えて錯乱してしまい、人生をISに奪われるくらいならいっそ死のうと自傷行為に走った。ISの機能によって死ぬ事はもちろん出来なかったが。

拘束された後も何度か自殺、又は逃亡を繰り返すが全て阻止され、最終的にIS学園に繋がるモノレール手前でSP十人を相手に足掻いたのを最後に諦めた。

 

(何が保護だ………いったいどれだけ俺から奪えば気がすむんだ………!)

 

ISが出現して以来大切なものを次々と奪われ、今度は自由を奪われた。隆道はより一層ISと女性に対し憎悪だけが増え続け、それはどす黒い何かに変わっていく。

 

(ああ………改めて痛感したぜ、ありがとよ。お前ら女は………ISは俺の………!)

 

ここに来る前から既に擦り切れていた隆道は、修復が不可能に近いほどに壊れかけた。

 

「え、えっと、織斑くん。わからないところは授業が終わってから放課後教えてあげますから、がんばって?ね?ねっ?」

 

そんな隆道の心中なぞいざ知らず、真耶は一夏の両手を握って詰め寄ってくる。彼より身長が低い事から、必然的に上目遣いになっていた。

 

「はい、それじゃあ、また放課後によろしくおねがいします」

 

「ほ、放課後………放課後に二人きりの教師と生徒………。あっ!だ、ダメですよ、織斑くん。先生、強引にされると弱いんですから………それに私、男の人は初めてで………」

 

顔を赤らめてとんでもないことを言い出す真耶。

自分の世界に入ってしまった摩耶を前に、一夏は彼女の危ない発言と周囲の視線により冷や汗が吹き出る。勘弁してくれと思った。

 

「で、でも、織斑先生の弟さんだったら………」

 

「あー、んんっ!山田先生、授業の続きを」

 

「は、はいっ!」

 

これ以上は不味いと判断した千冬は咳払いで真耶を妄想世界から引きずり出す。

彼女は慌てて教壇に戻るが───何も無いところでこけた。

 

「うー、いたたた………」

 

(………大丈夫か?この先生………)

 

この先不安を覚える一夏であった。

 

 

 

 

 

二時限目が終了し、二度目の休み時間が始まって直ぐの事。

一夏は真っ先に隆道の席へ向かい彼に声を掛ける。

 

「隆道さん、さっきはすみま………せ………」

 

彼は隆道を見た途端、言葉を詰まらせる。

雰囲気が最初に話し掛けた時と違う。なにかどす黒いような───

 

「………っ!?」

 

思わず一夏は後退る。理由は分からないが、触れてはいけない気がしたのだ。

何かあったのだろうか、もしかして千冬姉がSHRで言っていたのはこれの事なのかと推測し、千冬か真耶に連絡しようとしたが、それも杞憂に終わる。

 

「………?………ああ、悪い。気づかなかったわ」

 

隆道が一夏に気づき、軽く謝ったと同時に先程の雰囲気は消えていた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「ああ………、大丈夫………大丈夫だ」

 

隆道はそう言ってるが、とても大丈夫そうには見えない。今はそっとした方が良いのでは無いかと思い、一言言ってまた後にしようと席に戻ろうとした矢先。

 

 

 

 

 

「ちょっと、よろしくて?」



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第四話

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「へ?」

隆道の事を気遣い自分の席に戻ろうとした一夏だったが、唐突に声を掛けられ素っ頓狂な声を出してしまう。

そこに現れたのは金髪の少女。透き通った青い瞳がややつり上がった状態の彼女は見定めるように二人を交互に見る。

僅かにロールがかかっている髪は高貴な雰囲気を漂わせており、腰に手を当てる仕草からして異国のお嬢様ということが二人には直ぐ分かった。

 

 

 

そして、隆道は察した。

 

 

 

こいつは()だということも。

 

 

 

「訊いてます?お返事は?」

 

「あ、ああ。訊いてるけど………どういう用件だ?」

 

目の前の少女は知り合いじゃない。かといって話し掛けられる理由が分からない。

彼女も自己紹介はしていたが一夏は全く覚えてなかった。

自分の姉がIS学園の教師を、更に担任を務めてたことや二人目の男性操縦者がいたりなどというダブルインパクトを喰らっていたのだ。他の事を頭に入れる余裕は無かった。

そういった理由から当たり障りの無い質問をする彼だったが、返事が気に入らないのかわざとらしく声を上げた。

 

「まあ!なんですの、そのお返事は。わたくしに話し掛けられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

 

「………」

 

(やっぱいるか…『こういう奴』も。そりゃそうだ、いないほうがおかしい)

 

一夏は初対面にも関わらず偉そうな態度を取る彼女に不快感を覚え、隆道は想定していたからか別に思うことはなかった。

女尊男卑が生まれた元凶ともいえるIS。それを扱う学園に入学するのだからそういった思想を持つ人間がいても不思議ではないのだ。

関わるだけ無駄だと、隆道は得意の無視を決め込むが彼はそうはしなかった。

 

「悪いな。俺、君が誰か知らないし」

 

正直者である一夏は不機嫌に答えるが、彼女からすればかなり気に入らなかったものだったようでつり目を細めて見下した口調で続ける。

 

「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリスの代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを!?」

 

名前だけでは飽きたらず、訊いてもいないことすら喋りだす始末。

自然と自らを上に見立て、男子二人を下に見るそのやり口を見て女尊男卑思想が根強いと隆道は心の中で舌打ちをする。

 

「あ、質問いいか?」

 

「ふん、下々の者の要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

 

何を思ったのか一夏はセシリアに質問する。いったいこいつから何を聞きたいんだと逆に興味が湧く隆道であったが、その内容が中々ぶっ飛んでいた。

 

「代表候補生って、何?」

 

一夏の質問内容に周囲で聞き耳を立てていた数名がずっこけ、あの隆道ですら頭を机に勢いよく打ち付ける。

隆道が入学して初めての貴重なリアクションだった。

 

「あ、あ、あ………」

 

「『あ』?」

 

「あなたっ、本気でおっしゃってますの!?」

 

凄まじい剣幕で一夏に詰め寄るセシリア。その表情は血管が浮き出そうなほど怒りに満ちている。

 

「おう。知らん」

 

「うっそだろお前………」

 

流石にこれには隆道も先程迄の憎悪が引っ込む程の困惑。IS知識が無いことは前授業のコントじみたやり取りで知っていたがここまでとは思わなかった。

彼女に同情してるわけではないが、それはないだろうと思わざるを得ない。

 

 

「………」

 

セシリアの怒りが光の速さで一周処か三周ぐらいしたのだろう。急に冷静になり頭痛でも起きたのかこめかみを押さえながらぶつぶつ言い出す。

 

「信じられない、信じられませんわ。極東の島国というのは、こうまで未開の地なのかしら。常識ですわよ、常識。テレビが無いのかしら………」

 

「柳さん、代表候補生って?」

 

セシリアが考えに耽る中、隆道の調子が戻ったのを見て気づいた一夏は再度質問をする。

 

「………各国に国家代表IS操縦者っているだろ、その候補だっての。つーか単語から理解出来るだろうが」

 

「うっ………、すみません………」

 

「考えなしの発言はやめとけ、今後苦労するぞ。口は災いの元って言うしな」

 

隆道の軽い説教で一夏は肩をすぼめる。言われてみればそうだと納得し、同時に発言に気をつけようと反省することにした。

端から見れば男子二人のやり取りは兄に注意される弟のように見える。周囲の生徒達は、もしかしたらいい人なのだろうかと思ってしまう。

あの輪に入れたらなぁと数人は羨ましがるが、きっと叶わないだろう。

 

「つまり、エリートってことですよね」

 

「そう!エリートなのですわ!」

 

一夏が説教を受けてるその横で未だにぶつぶつ言っているセシリアだったが、『エリート』という単語に直ぐ反応し、一夏に向けて勢いよく指を指す。

人に指を指すなと言いたかったが、話が余計に拗れそうだと悟った一夏は黙りを決めた。

 

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡………、幸運なのよ。その現実をもう少し理解していただける?」

 

「そうか。それはラッキーだ」

 

「………馬鹿にしていますの?」

 

一夏は馬鹿にしてるつもりはなく、幸運を理解しろと言われたから率直に応えただけ。しかしセシリアはその応答が凄く気に入らなかった。

しかし、セシリアは気づかない。選ばれた人間というところにスポットを当てれば、それに該当するのは世界中にある程度存在する代表候補生であるセシリアではなく、世界に二人しかいない男性操縦者である一夏と隆道だ。

皮肉にも現実を理解していないのはセシリアの方だった。

 

「大体、あなたISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。そこに座ってるあなたは授業すらまともに受けようともしない。ISを操縦出来ると聞いていましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待外れですわね」

 

「俺に何かを期待されても困るんだが。ていうか柳さんについては自己紹介で言ってただろ」

 

「ふん。まあでも?わたくしは優秀ですから、あなた方のような人間にも優しくしてあげますわよ?」

 

この態度が優しさなら世界中は優しさで溢れていることだろう。優しくすると言ってるが男を下に見ることは変わらない。

喋れば喋るほど典型的な女尊男卑思想だということに男子二人はうんざりしていた。

普通の男子ならこれまでのセシリアの発言によって確実に怒りを覚えるだろうが、ここ十年そういった女性と遭遇してきた隆道にとっては聞き慣れたようなものなのでかなり飽きている。

もう帰ってくれ、関わらないでくれとしか思わない隆道だったが、セシリアは止まらない。

 

「ISのことで分からないことがあれば、まあ………泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリートですから」

 

唯一とエリートを強調して威張るセシリア。

IS学園で行われる入学試験には学科試験と実技試験が存在する。

そのうちの実技試験はISを操縦し、最終的に教官と模擬戦を行うという内容だ。

幼い頃から代表候補生か、もしくは企業のテストパイロットでない限りISに触れるのは参加者全員がこの時が初である。

操縦が上手かろうが下手だろうが構わない、重要なのはそこじゃない。ISを操縦出来るかどうかを判断する為の試験なので、必ずしも教官を倒す必要はないのだ。

唯一教官を倒したという優越感に浸っているセシリアだが、またしても気づかない。

操縦経験が無いであろう参加者の中で、操縦経験がある状態で試験を行っているのだ。例え教官を倒せなくても、上位に入っていなければおかしい。

先程一夏に馬鹿にしてるのかと言ったセシリアだが、こいつこそ馬鹿なんじゃないかと隆道は思った。

そんなことを考えてると、一夏はなにかを思い出したのかセシリアに待ったをかける。

 

「入試ってあれか?ISを動かして戦うってやつ?」

 

「それ以外ありませんわ」

 

「あれ?俺も倒したぞ、教官」

 

「「は………?」」

 

一夏の一言でセシリアだけでなく隆道も固まる。

 

(教官を倒した?二ヵ月前に起動が発覚したのにか?)

 

もしそうだとしたらIS操縦者はレベルが低い事になる。

セシリアは相当ショックだったのか目玉が飛び出そうなほど見開いた。

 

「わ、わたくしだけと聞きましたが?」

 

「女子ではってオチじゃないのか?」

 

セシリアは更に固まった。あれだけ唯一教官を倒したと豪語していたにも関わらず目の前の、しかも起動して間もない男が倒したと言ってるのだから。

 

「つ、つまり、わたくしだけではないと………?」

 

「いや、知らないけど」

 

「あなた!あなたも教官を倒したって言うの!?」

 

「うん、まあ。たぶん」

 

「たぶん!?たぶんってどういう意味かしら!?」

 

自身の自慢話とも言えるものをあっさり粉砕されたセシリアはどんどんヒートアップしていく。

完全に蚊帳の外となった隆道はもうお前ら他所でやれと願うが、一向に止まる気配は無い。

 

「あなたは!あなたはどうなんですの!?」

 

曖昧な返答しかしない一夏に痺れを切らしたのか、矛先を隆道に向け問い詰める。

 

「………」

 

しかし、隆道にはセシリアのとてつもない剣幕など通用しない。動かざること山の如しという表現が似合ってしまうほど目すら合わせずひたすらガン無視を決めていた。

 

「~~~っ!」

 

血管が浮き出る処かはち切れそうなセシリアを見て、ヤバいと察した一夏は代わりに訊くことにした。

 

「あー…、柳さん。柳さんは入試どうだったんです?」

 

「………受けてると思うか?」

 

「で、ですよね………」

 

隆道の自己紹介を聞いていれば入試を受けていない事など直ぐに分かる。

それに気づかないほど冷静じゃなかったのだろう。

これ以上は非常にまずい。セシリアは爆発しそうであり、このままだと隆道から先程消えていたどす黒い何かが再び出てくるかもしれない。

一夏は、ひとまず彼女を落ち着かせる事を優先した。

 

「えーと、落ち着けよ。な?」

 

「こ、これが落ち着いていられ───」

 

言葉を遮るようにチャイムが鳴り響き、セシリアの怒りは無理矢理鎮火される。

 

「っ………!また後で来ますわ!逃げないことね!よくって!?」

 

そういって彼女はズカズカと自分の席へ戻っていく。

よくない、二度と来ないでくれと二人は思うしかなかった。

 

「………ところで織斑、さっき教官を倒したって言ってたが………」

 

「はぇ?え、えと。いきなり突っ込んできてかわしたら、勝手に壁にぶつかってそのまま動かなくなりました」

 

「ただの自爆じゃねぇか」

 

 

 

 

 

「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

一、二時限目と違い、三時限目は真耶に変わり千冬が教壇に立ち授業を行う───はずだったのだがふと何かを思い出したのか話を変える。

 

「ああ、その前に来月に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

一夏は初めて聞く単語に疑問を抱く。だが代表者という単語には、何故か猛烈に嫌な予感がした。

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席………まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると変更はないからそのつもりで」

 

それにより教室色めき立つ。一夏は非常に面倒な役割だという事は理解した。

隆道は相変わらず我関せずを貫いている。

誰がやるのかなと他人事に考えてる一夏であったが───。

 

「はいっ織斑君を推薦します!」

 

「私もそれが良いと思いますー」

 

「では候補者は織斑一夏………他にいないか?自薦他薦は問わないぞ」

 

───まさかの生徒からの推薦により他人事ではなくなった。

 

「お、俺!?」

 

いきなり名指しされ、つい立ち上がってしまう一夏。

その時に感じたのは数多くの視線。振り向かずとも分かるその視線は無責任で勝手な期待を込めた眼差し。

しかし勝手に決められた本人からすればたまったものじゃない。

 

「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にいないのか?いないなら無投票当選だぞ」

 

「ちょっ、ちょっと待った!俺はそんなのやらな───」

 

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 

横暴だ。そんなの言ったもん勝ちじゃないか。そう思わざるを得ない一夏は最後の手段に出ようとする。

 

「だ、だったら俺は───」

 

 

 

『お前が気にすることじゃない───』

 

 

 

「───」

 

───いや、出来なかった。

 

「………すみません、なんでもないです」

 

言いかけた言葉を止め、席に着く。

一夏は出来なかった。道連れにする為に、巻き込む為に隆道を推薦することなど。

今後仲良くやっていけそうだというのに、自らそれを壊すなんて最低だと。

なんとしてでも代表者になることを回避したかったが、彼を巻き込む事だけはどうしても出来なかった。

代表者は避けられない。諦めかけたその時───

 

「待ってください?納得がいきませんわ!」

 

机を強く叩き立ち上がるセシリア。

彼女は自分こそクラス代表に相応しい。周りの生徒は自分を推薦するはずだと思っていたが、推薦されたのは自分ではなく男。

無理矢理鎮火した怒りは再び火がつき、直ぐ様膨張し、ついに爆発する。

 

「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

一度爆発した怒りは収まりつかず、次第に加速する。

激昂のあまり、本人も既に自分が何を言ってるか分かってないのだろう。

 

「いいですか!?クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」

 

セシリアは止まらない。止まれない。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で───」

 

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

セシリアの連続する罵倒に、つい我慢出来なくなった一夏はつい口を滑らせてしまう。

罵倒が一気に止み、聞こえてしまったかと後ろを向くと、休み時間同様顔を真っ赤にしているセシリアを見てやってしまったと後悔した。

 

「あっ、あっ、あなたねえ!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

先に侮辱したのはどっちだと一夏は思ったが、今のセシリアには何を言っても同じことだろう。

完全に敵意を向けたセシリアは机を叩き、大きく叫んだ。

 

「決闘ですわ!」

 

いきなりの決闘宣言に困惑する一夏だが、散々言われっぱなしで黙っていられなかったのかこれに同意する。

 

「おう。いいぜ。四の五の言うより分かりやすい」

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い───いえ、奴隷にしますわよ」

 

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」

 

「そう?何にせよちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね!」

 

売り言葉に買い言葉から始まった決闘宣言。教室の隅でそのやり取りを見てて隆道は非常に不愉快だと、下らないと思った。

 

(代表候補生が素人に決闘ね………タチが悪いにもほどがあんぞ)

 

もはや自分の実力を示したいことでいっぱいなのだろう。色々見えていない事が隆道には丸わかりだ。

 

(つーか教師は何やってんだよ、止めろよ。)

 

教師二人の方に目を向けるが、その姿からして止める気配がない。

真耶は終始おろおろし、千冬は口を出さず傍観している。

真耶はともかく、何故千冬は何も言わないのか。隆道は思考の末、ある推測が浮かぶ。

 

(まさか、戦わせようとしてる………?)

 

そんなはずはない、経験と知識が圧倒的に足りない一夏に代表候補生をぶつけるなど正気の沙汰ではない。

そう思いたいが───すぐにそんな甘い考えは消える。

 

(まさか………自分の弟すらもあんたは………!!)

 

心が歪みに歪んだ隆道は、自分の家族である弟すらも餌食にしようとしてるのだという歪んだ結論にたどり着く。

だが実際は違う。戦わせようとしてるのは間違っていない。しかし女尊男卑の餌食にしようとしてる訳でもない。

一夏のISに関する知識は悲しいことに皆無だ。今後様々な壁にぶち当たることだろう。

最初に圧倒的強者をぶつけ、今後の成長を促そうという、千冬なりの考えだった。

しかしこれは残念なことに適切ではない。成長といっても必ず段階というものが存在する。知識を身につけ、基礎を学び、実践する。この流れがあるから人は成長するのだ。

言葉足らずな千冬の行動一つ一つが、一夏を無意識に荒事に巻き込み、隆道の憎悪を膨らませる。

彼女もまた、世間一般的に大人であれど未熟な人間であった。

 

そんな隆道と千冬の考えなんざ知るわけもない一夏はまたもや爆弾発言を落とす。

 

「ハンデはどのくらいつける?」

 

「あら、早速お願いかしら」

 

セシリアは一夏の発言にほくそ笑む。

当然だと。素人が代表候補生に勝てるわけがないだろうと。やはり男は弱いのだと。

しかし───

 

「いや、俺がどのくらいハンデをつけたらいいのかなーと」

 

(あのバカっ!それを言っちゃ───)

 

思わず隆道も立ち上がろうとするが、この発言によりクラスからドッと爆笑が巻き起こる。

 

「お、織斑くん、それ本気で言ってるの?」

 

「男が女より強かったのって、大昔の話だよ」

 

「織斑くんとや、柳………さんはISを使えるかもしれないけど、それは言い過ぎよ」

 

一部を除く生徒は笑う。一夏はまた失言してしまったと後悔した。

セシリアの罵倒に反応したときもそうだったが、隆道に注意されたにも関わらず考えなしの発言を二度もしたのだ。

きっと失望されただろう。

生徒達に嘲笑われることよりも、隆道に失望されたかも知れない事が頭を過る。

 

「………じゃあ、ハンデはいい」

 

「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろ、わたくしがハンデをつけなくていいのか迷うくらいですわ。ふふっ、男が女より強いだなんて、日本の男子はジョークセンスがあるのね」

 

生徒達に嘲笑われる一夏を見て気分が良くなるセシリア。さっきまでの激昂などすっぱりと消えており、明らかな嘲笑を顔に浮かべていた。

 

「ねー、織斑くん。今からでも遅くないよ?セシリアに言って、ハンデ付けてもらったら?」

 

「男が一度言い出したことを覆せるか。ハンデはいい」

 

「えー?それは代表候補生を舐めすぎだよ。それとも知らないの?」

 

「………」

 

一夏の斜め後ろ席にいる生徒に助言を貰うが、その表情は苦笑と失笑が混じったもの。

頭に来た一夏は意地を見せるが、それが余計に生徒の嘲笑いを誘う。

一夏はこれまでの流れで痛感した。隆道の注意をしっかりと肝に命じておけばよかったと。

始まりはセシリアの罵倒だったが、代表候補生との試合が決定したり嘲笑われたりする原因は、他でもない自分自身だ。ダメな奴以外なんだというのだ。

許してくれると思えないが、ひとまず後で謝りにいこう。そう一夏は決めた。

猛省した一夏を余所にセシリアは思い出したかのように言う。

 

「………ところで、さっきからなにも言わずに黙っているあなた」

 

「………」

 

教師を含む生徒全員が驚愕する。気分が良くなったセシリアが、今度は隆道に牙を向こうとしてるのだ。

今は隆道からは何も感じないが、いつまた最初に会った時の敵意を出してくるか分からない。むしろ、それがかえって不気味に感じられた。

しかし、セシリアは気分が高揚して麻痺してるのかそんな不気味とも言える隆道に食って掛かる。

 

「なんとか言ったらどうですの?それともわたくしに恐れをなしたのかしら?」

 

「………」

 

セシリアに挑発されるが、隆道は微動だにしない。

顔を向けていないため表情も分からない。

流石にセシリアもそんな隆道の態度を見て段々と不機嫌になる。

 

「っ………!あなたっ、さっきから黙って………こちらを向きなさい!」

 

「………」

 

ここでようやく隆道は反応し、セシリアの方を体ごと向く。立ち上がらずに、手をポケットに突っ込んだままの姿勢で。

それだけの動きであったが、隆道を見て全員の息が詰まった。

 

 

 

『どす黒い何か』がそこにあった。

 

 

 

その顔は歪み、目は鋭さを持つという生徒全員が見たこともない表情。

そんな隆道は黙ってセシリアを見ている。

言い様の無い殺意はセシリア以外も巻き込み、数人は吐き気を催す。

 

 

 

なんだ、なんなんだこれは。目の前のこれはいったいなんだとセシリアは恐怖する。

 

 

 

随分と言ってくれるじゃねえか

 

 

 

「「「「!?!?!?」」」」

 

そう一言、自己紹介以来一夏を除いた全員に発した言葉は、彼女達の心臓を締め付けた。

 

(柳、お前っ………!)

 

千冬は隆道を見て異変に気づいた。

それは朝方に千冬に対して向けられた時のものとは違う。

 

(悪化している………!?)

 

政府に無理矢理検査され、適正が発覚した後の拉致監禁。入学直前でSP十人を相手し、千冬との会話で怒りと憎悪は抜けたがそれも微々たるもの。

そこからは二時間目の千冬の発言、休み時間のセシリアの絡み、そして三時間目の一連。

二度ほど一夏との会話により治まってはいたが、実はただ感情に蓋をしただけ。

心という壺に溜まりに溜まった憎悪はいつしかどす黒い何かと殺意を生み出し、溢れ出す。

隆道は少なくとも憎悪が治まるまでここに来るべきじゃなかった。

 

女が強い………ね。そんなのISありきの話だろうが

 

「あ………う………」

 

そのあまりにも強烈な殺意に、セシリアは言葉を出せない。

逃げ出したいが体が動かない。

 

どうした、さっきまでの威勢はどこいったんだよ、なあ

 

隆道がしゃべる度に胸が締め付けられる。

千冬はなんとしてでも止めたいが、体が動かない、動けない。

 

随分と静かじゃねえか。ほら………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナントカイッテミロヨ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その最後の言葉を聞いた生徒全員は椅子から転げ落ち、数人は気絶する。セシリアだけは立ったままだったが、指一本動かすことすら出来なかった。

 

「………ふぅ」

 

小さくため息を吐いた隆道はゆっくりと立ち上がり、教室を出ようとする。

 

「や、柳………さん………」

 

一夏は教室を出ようとする隆道に声をかける。放っておくといけない気がしたからだ。

隆道はゆっくりと一夏に振り向き───

 

「………悪かったな」

 

哀しげな表情でそう一言言って、隆道は教室を出ていった。



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第五話

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地の文微量修正。

3/2
誤字修正。


IS学園の屋上は朝方から夕方まで開放されている。

数脚のベンチが備え付けられており、昼食を取る者、日向ぼっこをする者、読書をする者と様々である。

しかし利用者はあまり多いとは言えない。昼食時は大抵の生徒は教室、または食堂で食事をし、わざわざ屋上に来てまでのんびりする生徒も極少数だ。

更に加え、今はまだ時間的に授業中であり昼休みですらない。

そんな屋上で、備えてあるベンチに座り空を見上げる男が一人。

 

「………」

 

三時限目で色々と限界突破した隆道は周囲に無差別な殺意と憎悪を撒き散らした後、一先ず静かな所へ行きたい、一人になりたいという理由で授業を放棄し屋上に来た。

元々まともに授業など受けてなかったのだ、そこに関しては反省もしてないし後悔もしてない。

ここ半月は常に監視され、自分の待ち受ける絶望という未来に怯えてた彼は、今はとにかく静かな場所が欲しかった。

 

「ん………」

 

四月特有の暖かな風は隆道の心を少しずつ浄化していく。こんなにも静かな所は素晴らしいものなのかと感動を覚えずにはいられない。

辛い事があったらここに来ようと、彼にとって初めての憩いの場が決定した。

 

「………」

 

心を休めながら思い出すのは教室で最後に目にした光景。

生徒全員が転げ落ち、教師二人は尻もちをつく。自分を見る目は嘲笑いではなく恐怖そのもの。あれが男を虐げる強い女なのかと思うとため息が出そうになる。

確かにこの時代の女性は強い。ISに乗ってさえしまえばなす術など男には無いし、権力の差は比べものにならないほど。

それだけだ。ISを抜きにすれば、女性はか弱い生物に成り下がる。生身で男に勝てるほど訓練してる女性なぞ多くは無いだろう。

しかし、それはIFの話。そんなこと考えてもこの世界からISは無くならない。所詮は現実逃避した妄想だ。

隆道は考えるだけ無駄な事を頭から消し、別の事について思考する。

生徒達から無責任かつ勝手な期待をされ、本人の意思など尊重されない横暴を受けた一夏。

結果として代表候補生と揉めるという事態に発展したが、隆道は我関せずを貫いた。

一夏が考えなしにいくつか発言したことについては別になんとも思っていない。

義務教育を終えたばかりの人間が精神面で未熟なぞ当たり前だと思っているからだ。もし彼に対し説教をかます歳の近い者がいるとするならばそいつは異常者か、自分は大人だと錯覚してるかの二択である。

本当は歳上である自分が一夏に助け船を出すべきだった。望まぬ事を強いられるのは辛く苦しい事だということをよく知ってるから。

しかし女性に関わりたくない故に何も言わなかった。そして自分だけ逃げ出した。これでは見捨てたようなものだと隆道は胸を痛める。

一夏は今もあの場所にいることだろう。彼の事だ、自分と違い現実と向き合ってるに違いない。

ここには男子は二人しかいない。お互い支え合うしかない。

落ち着いたら教室へ戻ろうと隆道は決意する。

あの場所へ戻る事は避けたい。しかしそんなこと言ってられない。左手で胸を押さえつけながら彼は呟く。

 

「だからもう少しだけ………、もう少しだけ待っててくれ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業が全て終了し現在は放課後。一日全ての授業が終了し生徒達が賑やかになる中、教室で項垂れてる男がいた。

 

「うう………意味がわからん………。なんでこんなにややこしいんだ………?」

 

一夏が現在までに体験した出来事は、それはもう地獄だった。

昼休みは食堂に移動するとドラ○ン○エストの如くぞろぞろと全員ついてくる。

食堂についた際もそれはまるでモーゼの海割りのように人混みは割れ、珍獣扱いされてるような気分となった。

そして現在、他学年や他クラスから女子が押しかけ小声で話し合っている。入学式から状況は変わってなかった。

 

(柳さん………、戻ってこなかったな………)

 

隆道は三時限目以降姿を現さなかった。

無理も無い。居たくもない場所に多少なりとも居続けたのだ。二回目の休み時間から様子がおかしかった事から、ついに限界が来てしまったのだろうと一夏は推測する。

それよりも隆道が出ていった後が大変だった。

生徒9割が転げ落ちたまましばらく放心状態であり数人は気絶、セシリアは立ったまま硬直し、教師二人も尻もちをついたままだった。

三時限目を目一杯使って回復したはいいものの、皆の調子が元に戻ったのがつい先程。

授業中は生徒全員が終始黙りであり、千冬や真耶ですら活気がなかった。

特に一番酷かったのはセシリアだ。顔は常に青く染まっており、放課後の時ですらおぼつかない足取りで教室を出ていった。

隆道を探しに行きたかったが、校内の構造なぞ全て理解してるわけではないので探すにも探せない。確実に迷うと確信していた。

 

「………」

 

あのときの隆道から感じたものは、一夏には到底理解出来ないものだった。

いったいどんな人生を送ればあんな表情や感情が出るのか。

世間が女尊男卑社会であることは知っている。実際虐げられる男性や権威を振り翳す女性はこの目で見ており、遭遇したこともある。

だがその内容も女性にパシリをやらされたり男性に威張り散らすという底が知れた物。

隆道の憎悪を見れば、受けてきたものはその程度ではないはずだ。何れ程の事をされたのか、非常に気になる一夏であるが───。

 

「訊けるわけないよなぁ………」

 

人のトラウマを抉ることなど出来やしない。そんな最低な人間になりたくないと考えに耽っていると───

 

「ああ、織斑くん。 まだ教室にいたんですね。よかったです」

 

「はい?」

 

急に声をかけられ顔を上げると、副担任の真耶が書類を片手に立っている。いったい自分に何の用なのかと理由を考えるが、見当がつかない。

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 

そう言って一枚の紙と二つの内一つの鍵を渡される。もう一つの鍵は隆道の物だろう。

 

IS学園は全寮制である。生徒は全て寮での生活を義務付けられており、その理由も授業中に判明した。

それは将来有望になるであろうIS操縦者達を保護する目的というもの。

未来の国防が関わっているとなると、他国からの勧誘がある可能性が出てくるのだ。実際どこの国も優秀な操縦者の勧誘に必死である。

 

「俺の部屋、決まってないんじゃなかったですか?前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」

 

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです。………織斑くん、その辺りのことって政府から聞いてます?」

 

最後は周囲に聞かれる訳にはいかないのか、一夏にだけ聞こえるように耳打ちをする真耶。

前列の無い男のIS操縦者であることから、国としても保護と監視の両方をつける算段だ。

一夏がニュースで取り上げられてから彼の自宅にはマスコミや各国大使、挙げ句の果てに遺伝子工学研究所からやってきた人間すら押し掛けて来たこともあった。

 

『是非とも生体を調べさせてほしい』

 

と言われたときは流石に戦慄した一夏だった。

 

「そう言うわけで、政府特命もあって、とにかく寮に入れるのを最優先したみたいです。一ヶ月もすれば個室の方が用意出来ますから、しばらくは相部屋で我慢してください」

 

「分かりました、でも別に相部屋でも構わないですよ。相手は柳さんですよね」

 

そう言った直後、真耶は暗い顔をしてしまう。

しまった、彼女も隆道の憎悪に当てられたのだと思い出し、後悔してしまう。

 

「あ、あ、あの。や、柳、君、は───」

 

未だに恐怖心が残っているのか吃ってしまう真耶。

ダメだ、話を変えようと一夏は模索する。

 

「あーっと、柳さんの事は置いときます。………それで、部屋は分かりましたけど、荷物は一回家に帰らないと準備出来ないですし、今日はもう帰っていいですか?」

 

「あ、いえ、荷物なら─」

 

「私が手配をしておいてやった。ありがたく思え」

 

聞き慣れた声の方を向くと、そこには大型の黒いショルダーバッグと一夏のものである中型のバッグを持つ千冬がいた。

相変わらずのつり目であり、一夏はつい怯んでしまう。

 

「ど、どうもありがとうございます………」

 

「まあ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

 

大雑把過ぎて心なしか涙が溢れそうな一夏。

多少なりとも娯楽を入れてくれたっていいのではないかと思ってしまう。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に戻ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で取ってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間がちがいますけど………えっと、その、織斑君は今のところ使えません」

 

「え、なん───、あー………そういうことですか」

 

何故入れないんだと言い掛けて一夏は思い出す。この学園には男子が二人しかいない。今は女子の方が優先されてるのだろう。現時点で入れないとなると調整が済んでいないのだなと考える。

 

「察しが良くて助かる。同年代の女子と入りたいなんて言い出したらどうしようかと思ったぞ」

 

「おっ、織斑君っ、女子とお風呂に入りたいんですか?だっ、ダメですよ!」

 

「い、いや、入りたくないです」

 

そんなことすれば社会的に抹殺される。倫理的にもアウトだ。入りたいなど言ってもいないのになんでそうなるんだと。二時限目の時もそうだったがこの人は事ある毎にこんな調子なのだろうかと思わずにはいられない。

 

「ええ?女の子に興味がないんですか!?そ、それはそれで問題のような………」

 

どうしてそうなるんだと一夏は頭を抱えそうになる。

どっちに転んでも結果は悪い方へ行ってしまった。

明らかに度合いが違うだろうが、隆道もこんな感じで女性の相手をしてきたのだろうか。そうだとしたら、確かにこれは堪らない。

 

そんな騒ぐ真耶の言葉が伝言ゲーム的に伝播したのか、早くも廊下では女子談義が花を咲く。

 

「織斑君、男にしか興味がないのかしら………?」

 

「それはそれで………いいわね」

 

「中学時代の交遊関係を洗って!すぐにね!明後日までには裏付け取って!」

 

もう勘弁して欲しかった。いったい自分がなにをしたというのだ。

女性を嫌うってのはこういう感情なのだろうかと一夏の思考はぐるぐる回る。

 

「えっと、それじゃあ私たちは───」

 

真耶がそう言いかけた途端、突如廊下がより一層騒がしくなる。一夏は気になったその方へ顔を向けると───

 

「………」

 

「や、柳さん!?」

 

そこには無表情の隆道がいた。今の彼からは憎悪も殺意も感じられない。

 

「「……っ!」」

 

千冬と真耶は隆道が現れた事に驚愕すると同時に顔を歪ませ、後ずさる。それを見て一夏は女性に対しての敵意と警戒心はまだあるのだと推測した。

 

「………いちいち怯んでんじゃねえよ、それでも教師かお前ら」

 

「や、柳さん!今までどこに行ってたんです!?」

 

「しばらく一人になりたかっただけだ、心配かけたな」

 

隆道の声を聞いて一夏は安心した。自分に話しかけるその声は、最初に顔を合わせた時と同様の優しげなものだったからだ。

雰囲気を見るからに三時限目の時にやらかした事については何とも思ってないように思える。だが一夏は謝らずにはいられなかった。

 

「柳さん。俺、柳さんの注意を受けたのに………あんな………」

 

しかし、謝ろうとするが言葉が失速する。これでもし、隆道が自分に対し失望していたら、そう思うと堪らないからだ。

 

「そこまでだ織斑」

 

そういって一夏に指を指す。それ以上言うなと隆道は言葉を続ける。

 

「俺が気にしてるように思うか?もう過ぎたことだろうが」

 

「で、でも………」

 

「その話は終わりだ。それにあれはお前のせいじゃない、気にすんな」

 

一夏は涙が溢れそうになる。

ここにいるのは辛いはずなのに、苦しいはずなのに自分に気を遣ってくれる彼を見て胸が一杯になる。

ああ、本当に好い人だと。

 

「………ところで」

 

そういって優しげな声は敵意剥き出しのそれに変わり、千冬の方へ向かう。

千冬の持つショルダーバッグを勢いよく奪い取り、隆道はそのまま千冬を問い詰めた。

 

「これを用意したのはどこのどいつだ。あんたらIS学園の連中か、それとも政府の野郎共か、どっちなんだ。答えろブリュンヒルデ」

 

敢えて千冬の嫌う名で問う隆道は、目で殺さんというばかりに千冬を睨む。

隆道は寮生活の用意なんてしていない。家族もいない。となればこれは誰が用意したのか。

その眼力の前には素直に応えざるを得なかった。

 

「う………、根羽田(ねばた)と名乗る家政婦が用意したそうだ。………我々じゃない」

 

「根羽田………?ああ、あいつか。まだ居たのかよ………」

 

そういって隆道は睨みをやめ、面倒臭そうに頭をかく。

 

「あの、その根羽田っていう人は………?」

 

「ああ、親父が雇った家政婦さ。ったく、もう居ないから来る必要ねぇっつってるのに………」

 

(家政婦?もう居ない?)

 

なんの事だか一夏は分からない。隆道の家庭事情など一夏は一切知らないのだ。

 

「まぁ、いいわ。そいつが用意したってんなら、別にいい。………あとそこのあんた、早く鍵寄越せよ。俺も寮生活なんだろ?」

 

「あ、えぅ………ど、どうぞ………」

 

真耶はおそるおそる鍵を渡す。

周囲で聞き耳を立てる他学年と他クラスの女子は隆道と教師二人のやり取りに困惑を隠せない。

何故注意しないのかと。何故何も言わないのかと。

先程から教師に対し失礼極まる態度の隆道だが、教師二人は何も言わない。

言えないのだ。三時限目での、教師二人から見れば突如どす黒い何かと殺意が出たのだから下手に触ればまた再発してしまうと。

原因の大半が千冬の未熟さ故なのだが、常に無表情か殺意で歪むかの二択しかない隆道の心を察する事など流石の千冬でも不可能だった。

 

「え、えっと、それじゃあ私たちは会議があるので、これで。織斑君、や、柳、君。ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃダメですよ」

 

そういって千冬と真耶は教室から出ていく。一夏はため息混じりに立上がり、書類に目を通した。隆道も横から顔を覗かせる。

 

「………寮まで五十メートルしかないのにどうやって道草くえってんだよ、アホか」

 

「あ、やっぱり柳さんもそう思いました?」

 

 

 

 

 

「織斑君、柳くんと仲が良さそうでしたね………」

 

「ああ………」

 

廊下を歩く二人は活気がない会話を続ける。

一夏はいつの間に隆道と仲良くなったのだろうか。休み時間の出来事を知らない二人は一夏に向ける優しげな声を出す隆道に驚きを隠せなかった。

 

「三時限目の時もそうでしたけど………、織斑君は柳君の………アレ、は感じなかったのでしょうか」

 

「いや、織斑は感じてはいただろう。柳は我々女にだけ向けてたんだ………」

 

隆道の女性とISに対する敵意は相当なものだ。二つの要素を必然的に持つ二人が、彼から信用を得る可能性は限りなく低い。

 

『誰が信用なんぞするか。俺にとってお前ら女は敵だ』

 

いったい今までどれ程の目に会って来たのだろうか。それを知るのは今や隆道本人だけだ。

調べる必要がある。そう思考した千冬はある人物に協力を仰ぐ事にした。

 

「これからどうしましょう………私なんて、未だに見向きすらされてないんですよ………?」

 

「我々に対する敵意はそうとう根深い。時間をかけていくしかない………」

 

隆道を助けたい、その思いは本物だ。

しかし自分達の未熟さ故に更に溝は深まる事に気づかない。

隆道が彼女達を信用する日は───恐らく来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、結局あのイギリス人と戦う羽目になったってのか」

 

「ええ、来週の月曜日に。元はと言えば俺が余計な事を言ったからですし………あっちも納得しないでしょうから」

 

寮に入り歩きながら会話する二人。まだ会って1日も経たないにも関わらずその姿は仲の良い兄弟そのもの。

隆道は相変わらず無表情だが一夏は気にもとめない。

 

「でもどうすんだ。お前は経験皆無、向こうはあんなんでも代表候補生だぞ。下手すりゃ瞬殺だ」

 

「訓練機を借りてみます。借りれるかどうかは分からないですけど」

 

三時間目に起きた売り言葉に買い言葉から始まった決闘は結局うやむやになることはなく、一夏はセシリアと戦う羽目になってしまった。

隆道が言ったように素人と代表候補生の差は歴然。現時点で勝てる要素はひとつもない。

だが一夏からは負ける気で行くつもりは毛頭ない、そんな雰囲気が見て取れる。彼から『覚悟』を感じたのだ。

何かの本で読んだ記憶がある。

『覚悟』は『絶望』を吹き飛ばす、と。

 

「おまえ、やっぱ強いな」

 

「え、今なんか言いました?」

 

「独り言だ、気にすんな」

 

こいつは、なんでこんなにも真っ直ぐなんだと隆道は思う。以前まで自分もこんな時があったような気がするが、いつの日だったかそれは全て砕け散り───消滅した。

 

(いや、今はそんなこと考える必要はない)

 

今はまず来週迄の事を考えよう。一夏に出来ることはないか、そう模索するが───。

 

(………っ。なんも思いつかねえ。手詰まりだ)

 

ISに乗った事なんて無理矢理受けた適性検査の時のみ。授業なんてまともに受けてないから知識も操作関連は皆無だ。隆道に出来る事は何一つなかった。

 

「それにしても………。?………柳さん?」

 

「あ?ああ、悪い。考え事してた。なんだって?」

 

「?………あ、いや。俺達って同じ部屋じゃないんですねって」

 

そういって一夏は自分の鍵を見つめる。一夏の持つ鍵には「1025」と数字が掘られていた。隆道の鍵には「1030」と掘られている。

 

「なんで男子を一緒にしないんでしょう。柳さんは一人部屋なんですよね?」

 

隆道の部屋は相方はいない。

これには隆道も疑問に思っていた。何故男子を同じ部屋にしないのかと。

遅れて発見されたにも関わらず政府特命で無理矢理入れたのならば、相方の調整も出来るはずだ。

にも関わらずしなかった。

これを意味することは───。

 

(敢えて分散してんのか………?)

 

隆道の出した答えはただの憶測。明確な答えは出てこない。

 

「………まあ、考えてもしかたねえだろ。一ヶ月間の辛抱だ。何事もなければいいがな」

 

「縁起の悪いこと言わないでくださいよ………。後でそっちに行っていいですか?就寝時間まで女子と二人ってのは結構………」

 

一夏は正直不安だった。部屋の相方が女子だということに。

何故かは分からないが嫌な予感がしたのだ。何か良くない事が起きると。隆道の一言もあってか不安は加速する。

せっかく同じ男子がいるのだ。二度の休み時間以降全く会話が出来なかったのもあって、まだまだ隆道と会話を弾みたかった一夏は悲願する。

 

「構わねえぞ。荷物片したら来ればいいさ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

そんな会話を続けてると、一夏は立ち止まる。そこの扉には1025と書かれていた。

 

「じゃあ柳さん、また後で」

 

「おう」

 

軽く会話を済ませ一夏は部屋へと消えていく。それを見送った後隆道も自分の部屋に向かっていった。

 

 

 

 

 

隆道は自分の部屋番号を確認し、警戒を強めて部屋に入る。

一夏といるときはあまり考えなかったが、一人部屋ということひっかかりを持っていた。

何か仕掛けてないか、そう思わずにはいられない。

明かりを点けると目に入るのは大きめのベットが二つ。元々二人部屋なのだろう。

並のビジネスホテルより高価な代物なのは間違いない。こんなところに金を使うぐらいなら他に回せと思ってしまうが、そんなことどうだっていいと思考を切り替える。

 

「………」

 

隆道は周囲を見渡すが一見怪しいものは見当たらない。これで見つかるような物なら大したことはないのだが。

部屋をくまなく探そうとしたその時───

 

「うおおっ!?」

 

ズドンと、何か大きな物音と叫び声がした。廊下から聞こえるその声は一夏の───

 

(って、まさかっ!?)

 

隆道の最悪な状況が頭を過る。一夏が襲われてると。

一目散に廊下へ走ると、目の前で膝に手をついて息を切らした一夏の姿が。

 

「………なになに?」

 

「あっ織斑君だ」

 

「ふ、二人目もいるよ」

 

周囲には騒ぎを聞きつけたのか、それぞれの部屋から女子がぞろぞろと出てくる。

完全にプライベート感覚なのか、全員がラフな格好をしており、男の目を一切気にしないような姿だ。

それを見て隆道は一気に不愉快になるが、今は目の前の状況を片づけるかと顔を真っ青にした一夏に話しかけることにした。

 

「………なにがあった」

 

「………匿ってくれませんか?」

 

かなり余裕がなさそうであり、立ち往生してるのも仕方無いので先ずは一夏を入れることにした。

 

 

 

 

 

「………それで、廊下にすっ飛んできた、と」

 

「………ええ、はい………」

 

息を切らしてる一夏を座らせ、備え付けの冷蔵庫にある飲み物をに渡した途端彼はそれを一息で飲み干した。よっぽと喉が乾いてたのだろう。

落ち着いてから何があったかを聞いてみれば、内容は下らないものだった。

 

「シャワーを浴び終わった篠ノ之に遭遇して木刀で殺されかけたとか、お前良く死ななかったな。つか相方は篠ノ之だったのか」

 

内容は単純明快。ただのラッキースケベという古臭い物。

襲撃じゃなかっただけマシだったがなんとも言えない気持ちになる。

 

「ほんとに幼なじみなのかそれ。木刀で殴り掛かるとか正気の沙汰じゃねえだろ」

 

「いや、………その………俺の不注意です、はい………」

 

「まあ、ほとぼりが冷めるまでは行かねえ方がいいわな、まだ飲むか?」

 

「すいません、いただきます」

 

そういって一夏は隆道から飲み物を受け取り、今度はゆっくりと喉を潤す。

残り半分まで飲むと不意に一夏は話を切り出した。

 

「それにしても、そのバッグ大きいですね。何入ってるんです?」

 

一夏は隆道のショルダーバッグが気になって仕方がないのか先程から見ていた。その大きさは明らかに日用品だけではないと。

 

「ああ、そういやまだ中身見てねえな」

 

隆道は荷物を引っ張り開けようとするが、手を止める。

一夏は何事かと手元を覗くと、ファスナーに四桁のダイヤルロックが掛かっており中身が見れない状態になってた。

そのダイヤルロックは平均的な大きさであったが、見た目からしてかなり頑丈そうな造りをしている。並大抵の事では壊せないだろう。

しかも指紋認証付きという代物。一体どこで手に入れたのだろうか。

 

「へぇ、徹底してますね。でも番号が分からないんじゃ………」

 

「………」

 

隆道はそのダイヤルロックを手に取り数字を弄る。そして親指をパネルに押し付けると、ものの数秒でそれは開いた。

 

「あれ?番号知ってたんですか?」

 

「………いや、そもそも俺はこんなもの持ってない。………番号は予想通りだったがな」

 

「???」

 

疑問が止まない一夏を余所に隆道は次々と荷物を出していく。

その中には日用品は勿論入ってたが、中にはとんでもないものが入っていた。

 

「それ………、医療キット………ですか?」

 

出てきたのは大型のバッグの三分の一を占める医療キットと呼ばれる赤いバッグ。

隆道は中身を確認すると、包帯やら止血材やら市販の物ではない、一つ一つが本格的な物がぎっしりと詰まっていた。

そのなかで一際目立つ物があり一夏の目に留まる。

 

「これは………?」

 

それは、まるで病院にあるような器具の数々。どう見ても傷などを治療するものにしか見えない。

 

「それは縫合セットだな。針もあるだろ?」

 

「ほうごう……?………えっ!縫うって事ですか!?」

 

「それ以外なんだっていうんだよ」

 

なに当たり前の事を言ってるんだと隆道は首を傾げる。一夏の疑問ももっともだ。何故隆道がこんな物を持ってるのか不思議でしょうがない。

 

「………使ったこと、あるんですか………?」

 

「当たり前だろ、じゃなきゃ使い方なんて分からねえよ」

 

器具をそれぞれ手際よく確認する隆道を尻目に、一夏は戦慄した。

使ったことがあると確かに隆道は言った。つまり自分で傷を縫った経験があるということだ。

手際よく手を動かしてる事から、それを幾度となく使用した事もあると推測出来る。

 

 

 

 

 

つまり、隆道は今まで何度も───。

 

 

 

 

 

「………?どうした?」

 

「っ!?………あ、いえ。なんでも」

 

隆道の一言によって我に返った一夏は一気に汗が吹き出る感覚に陥る。

もしかして、目の前の隆道は自分の想像を絶する人生を送ってきたのではないかと。

 

「………そろそろ、箒も落ち着いてるでしょうし、戻りますね」

 

「?………おう、そうか。また明日な」

 

そういって手を止め一夏を見送る隆道は不思議そうな顔を出していた。彼には悪いと思ってるが一刻も早くこの部屋を出たかった。

部屋を出る直前に再び隆道を見る。

 

「気をつけろよ」

 

無表情だが敵意もなく優しげな声。それが今は不気味に感じてしまった。

 

「お邪魔しました。………すみません」

 

最後の言葉だけ限りなく小さな声で呟き、部屋を後にする。

隆道に対して不気味に感じてしまった罪悪感だけが彼に残った。

 

「………」

 

部屋でとうとう一人になり、荷物の整理を再開する。

バッグを再び漁ると見慣れないものがあった。

 

「………?」

 

それは一枚の数回に折られた手紙。それを開いていくとこう書かれてた。

 

『隆道君へ。 勝手ながら隆道君の部屋に入り、着替えと日用品、それと良く使っていた物を入れておきました。お体に気をつけてください。お金は結構ですがここでの家政婦をやめるつもりはありません。いつお帰りになられても良いように各部屋は綺麗にしておきます。それと、お体の負担になりますので、過度の服用はおやめください。 根羽田より』

 

「………」

 

隆道は手紙を丸め捨てた後、またバッグを漁る。

その中には小さなプラスチックボトルが二つほどあった。中には大量の錠剤が入っている。

隆道はそれぞれ十粒以上飲み込み、乱雑に置く。

そのボトルのラベルの上には『鎮痛剤』『精神安定剤』と書かれた付箋が貼られていた。



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第六話

2/19
地の文微量修正。


殆どの人間がまだ起床してないであろう早朝。

ありふれた住宅街に一件、コンクリートブロックに囲まれた比較的小さな一戸建ては異様な光景だった。

ブロックで作られた壁には様々な落書きがされており、その内容はその家の住人に対する罵倒の嵐。郵便ポストには手紙等がぎっしり詰まっており、家主が手をつけた様子はない。表札は落書きや傷などにより無惨な姿に変わり果てて苗字が見えないほどであった。

そんな家から一人の暗い顔をした女性が出てくる。スタイルの良いその女性はさらさらした黒のセミロングヘア。頭にバンダナを巻いて一般的なエプロンをかけており、その姿はまさに主婦そのもの。そんな彼女の両手には雑巾やバケツに加え、ペンキと刷毛を持っていた。

壁を見るなり悲痛な顔を出す彼女は、黙々と落書きされた壁を塗り始める。

 

「………」

 

しばらくして塗り終えた彼女は雑巾と洗剤を取り出し表札を力強く拭いていく。

何度も拭いてようやく文字が浮かび上がり、先程まであった壁や表札の落書きがきれいさっぱり無くなったのは作業をして約三十分後だった。

 

「………ぐすっ」

 

作業を終え表札を見るなり涙を流す彼女は郵便ポストに詰まっている手紙等を引っこ抜き、重苦しい雰囲気で家に戻っていく。

その傷だらけの表札には『柳』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園の朝方。

皆が起きて朝食を取る者、部活の朝練に励む者、寝坊してしまうのではないかというほど未だに爆睡を続けてる者がいる中で一人、激痛に苦しみもがく者がいた。

 

「ぐっ………あが………ぎ………」

 

胸を両手で押さえつけ苦しむ男、隆道は起床直後から押さえようのない激痛に教われていた。

昨晩あれだけの錠剤を過剰服用したのだ。身体への負担は尋常ではなく病院送りは間違いないだろう。

だが隆道は飲まずにはいられなかった。その鎮痛剤と精神安定剤は、普段は用法用量を守り服用しているのだが、政府に拘束されて以降一度も服用していない。

常に身体の痛みと不安が襲い掛かり、拘束された日からIS学園の一日までを過ごした。

敵意と警戒心と憎悪と殺意。それに加え表情こそ出さなかったが身体の痛みと不安が付きまとっていた隆道はいつぶっ壊れてもおかしくないほどにボロボロだった。

故にその二つの錠剤を見るなり今までの分、いやそれ以上を一度に飲み込み苦しみからいち早く解放されたかった。

強力な代物のため速攻で効いたが、結果はご覧の有り様。その場しのぎの行動は余計に自身を苦しめる事になってしまった。

 

「あ………、はぁっ………」

 

ベッドから転げ落ち、ある場所へ力なく這いずる。

向かう先には錠剤の入った二つのプラスチックボトルの他に表記のない、付箋が貼られた金属のケースがあった。

痛みで意識が飛びそうになりながらケースだけを手に取り付箋に書かれてる文字を読む。

 

『緊急用。身体の痛みが取れない時に服用してください。一粒厳守多用厳禁』

 

中身は分からない。しかし隆道にとってそんなことはどうでもよく、一粒取り出しそれを飲み込んだ。

 

「………っ!?!?!?」

 

飲み込んで数十秒。突如得たいの知れない激痛が全身に襲い掛かり隆道はもがく。

 

「──────!?!?!?」

 

それは声にならないほどの小さな叫びとなりしばらくのたうち回る。

それが十数分ほど続き───ようやく止まった。

 

「はっ、はっ、はっ………」

 

先程までの痛みは全て消え失せ、その場でぐったりとする隆道。汗だくになり呼吸が安定しないが、それも徐々に治まる。

 

「………」

 

ようやく呼吸が安定し、身体を起こした後ケースをじっと凝視する。どういった成分が入ってるかは知らないが、なるほど。一粒厳守多用厳禁な訳だと隆道は納得した。

 

「………ああ、くそったれ。ぐっしゃぐしゃじゃねえか………」

 

荷物を整理した後直ぐ様ベットに身を任せた為に彼は着替えておらず、制服はシワと汗でぐしゃぐしゃになってた。

 

「………シャワー浴びるか」

 

時刻は既にSHR五分前。隆道の遅刻は確定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二時限目の半ば。隆道を除いた生徒達はノートにペンを走らせる。

昨日の騒がしい光景とは違い皆真面目に授業を行っていた。一夏もそれに含まれる。

 

「………」

 

必死にノートを取る一夏だが、昨日の事が頭から離れない。

隆道が所持していた本格的な医療キット、更にその中に含まれていた縫合セット。

何故そんなものを持ってたのか、何故使ったことがあるのか。

普通ならそういった処置は外科医がするものだ。一般人がする事ではない。

 

(………柳さん………)

 

アレを見てしまい、隆道からあそこまでの憎悪を感じてしまえば碌な人生を歩んでない事など鈍感な一夏でも分かってしまう。

どうしても訊きたい、知りたい、そして力になりたい。しかし此方から足を踏み入れる事は出来ない。

一体どうすればいいのだと思考をフル回転させるが、どうしても結論が出てこない。

 

「………」

 

一夏は朝食を取りに行く際、隆道に声をかけ一緒に行くつもりだった。

彼の住む部屋のまで足を運びノックをしようとしたところで───昨日の隆道から感じた不気味さを思い出してしまった。

震える手を引き、幼なじみが待つ部屋に戻るためにそこから逃げるように離れる。

彼とて感情のある生物だ。得ないの知れない恐怖から逃げることもある。その不気味さから逃れるには、隆道から離れる必要があった。

 

(………くそっ)

 

言い様のない怒りを自身に向ける。隆道を置いていった自分が許せないのだ。何が力になりたいだと。

隆道はまだ教室に来てない。それが一層怒りに拍車を掛ける。

途中から完全に手が止まってしまい考えに耽ってしまったが故に、一夏は目の前に立つ女性に気づかない。

 

「い゛っ!?」

 

「授業に集中せず考え事とはいい度胸だな、織斑」

 

そういって一夏に制裁を与え睨みを利かせる千冬。一番授業に追いついてない彼が叩かれるのは仕方のないことであった。

 

「………ご指導ありがとうございます」

 

「まったく。………すまない山田君、続けてくれ」

 

「は、はい!えと、というわけで、ISは宇宙を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアーで包んでいます。また、生体機能も補助する役割があり、ISは常に肉体を安定した状態へと保ちます。これには心拍数、脈拍、呼吸量、発刊量、脳内エンドルフィンなどがあげられ───」

 

「先生、それって大丈夫なんですか?なんか、からだの中をいじられてるみたいでちょっと怖いんですけども………」

 

「そんなに難しく考えることはありませんよ。そうですね、例えば皆さんはブラジャーをしていますよね。あれはサポートこそすれ、それで人体に悪影響が出ることはないわけです。もちろん、自分のサイズのものを選ばないと、型崩れしてしまいますが───」

 

一夏がいるにも関わらず女性にしか分からない事を言い出す真耶。あまり男がいる前でそういった事は言わないで欲しい。

一夏はそんなことを考えてるとふと、真耶と目が合う。自分が何を言ってるのか理解したのか彼女は数秒置いてから顔を赤くした。

 

「え、えっと、いや、その、お、織斑君はしてませんよね。わ、分からないですね、この例え。あは、あはははは………」

 

教室に微妙な空気を漂わせ、生徒は意識してるのか胸を隠すように腕組みをする。

ほんとにいい加減にしてほしい。俺が何をしたの言うのだと一夏は頭を抱えそうになる。

 

「んんっ!山田君、授業の続きを」

 

「は、はいっ」

 

千冬の咳払いで真耶は正気に戻り、教科書を落としそうになりながらも話の続きを再開する。

頼むからいちいち脱線して此方を困らせるような事はやめてほしいと一夏は思った。

 

「そ、それともう一つ大事なことは、ISにも意識に似たようなものがあり、お互いの対話───つ、つまり一緒に過ごした時間で分かり合うというか、ええと、操縦時間に比例して、IS側も操縦者の特性を理解しようとします」

 

ISにそんな機能があるのかと、一度思考をリセットし再度必死にノートを取り始める。一夏は勤勉であった。

 

「それによって相対的に理解し、より性能を引き出せることになるわけです。ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください」

 

真耶の説明に多くの生徒が理解するが、一人の生徒は彼女に質問を投げる。

 

「先生ー、それって彼氏彼女のような感じですかー?」

 

「そっそれは、その………どうでしょう。私には経験がないのでわかりませんが………」

 

赤面してうつむく真耶を尻目に、生徒達はきゃいきゃいと雑談を始めだした。

こうなると一夏は完全に蚊帳の外になる。もう、早く授業終わらないかなと一夏は時計を見ながら頬杖をついた。

 

授業がまもなく終わろうとした、その時───教室の扉が開く。

 

「………?………ひっ!?」

 

生徒の一人が小さな悲鳴を上げ、誰が入ってきたんだと一夏は首を向けると、そこには隆道がいた。

先日と変わらずの無表情だが、敵意と警戒心は相変わらず。あの時感じた不気味さは無くなっていた。

 

「や、柳君!?今までどこいってたんですか!?もう二時限目終わっちゃいますよ!?」

 

真耶はSHR時点で隆道がいないことに心配していた。

SHR終了後直ぐ様隆道の部屋に行き様子を見に行くが一切の反応がない。マスターキーを使うという手段はあるが、それをする事に躊躇してしまったのだ。

踏み込んでいいものか、今入ってしまったら自分はとてつもない物を見てしまうのではないかと。

故に、真耶は彼をそっとしておく選択をする。

彼は望んでここに来てる訳ではない。むしろ絶対に来たくなかったはずだ。

先日千冬が一夏に諭した言葉を思い出すが、隆道には言ってはいけない言葉だと真耶は当時感じていた。

きっと今後部屋に閉じ籠るだろう、そう考えてた矢先に彼は遅れながらも来たのだ。

意外なことこの上無かったが、来てくれた事に嬉しさもあったので咄嗟に声を掛ける。

だが彼は当然にこれを無視。そのまま自身の席に座り足を組む。

女性全員を敵視している隆道が真耶の心情なぞ理解出来る訳がなかった。

そんな隆道だが、今日は心なしか昨日より雰囲気が軽く見える。少なくとも一夏はそう感じた。

だが他の生徒は違う。昨日の一件で完全に恐怖を植え付けられており、小さく悲鳴を上げる者もいれば視界にすらいれようとしない者まで。そこには『強い女性』は誰としていなかった。

完全無視された真耶であったが、ここで諦める訳にはいかない。そう決心し再度声を掛けようとする。

 

───が、しかし。授業終了のチャイムに遮られ、声を掛ける事は出来なかった。

 

「あっ。えっと、次の時間では空中におけるIS基本制動をやりますからね」

 

そういって真耶と控えていた千冬は教室を出る。

 

「ねえねえ、織斑君さあ!」

 

「はいはーい、質問しつもーん!」

 

「今日のお昼暇?放課後暇?夜暇?」

 

真耶と千冬が教室から出た直後、生徒の半数が一夏の席に詰めかけきた。中には昨日嘲笑ってた生徒もいる。それに対し一夏は不愉快を覚えた。

そんなことよりもと、遅れてきた隆道が気になり生徒達に軽く謝りながら押し退けて隆道のもとへ向かう。

 

「お、おはようございます。柳さん」

 

「おう、おはようさん」

 

その声は現在一夏にしか向けてない優しげなもの。やはり昨日の不気味さは一切感じられず、敵意と警戒心も薄れている。何かあったのかと一夏は思った。

 

「てっきり来ないのかと思ってましたが………」

 

「ああ、シャワー浴びてなんやかんやで遅れた」

 

「え、えぇ………」

 

それだけでこんなにも遅れるものなのか、当然な疑問が浮かぶが、一夏は訊かないことにした。

 

「そんなことよりいいのか。お前んところに結構集まってたが」

 

「あー………、大丈夫です。こっちで会話してた方が気が楽ですし」

 

一夏は隆道が来てくれた事に心から感謝していた。

もしあのまま隆道が来なかったら生徒たちから質問攻めにあっていたからだ。

 

「………?」

 

ふと、一夏は隆道の右手首にある物が目につく。それは腕輪のようなもの。Yシャツの袖に隠れてて今まで気づかなかったが、それはチラリと顔を覗かせていた。

 

「隆道さん、その………腕輪みたいな物は」

 

「ああ………これか、気にしなくていい」

 

そう言って袖を伸ばしそれを完全に隠す。触れてはいけないものだと直ぐに察知し、話を変えることにした。

 

 

 

 

 

「ところで織斑、お前のISだが準備に時間がかかる」

 

「へ?」

 

「予備機がない。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

 

「???」

 

休み時間が終わり全員が席に着いた直後、千冬からいきなり言われた一言に一夏は変な声を出してしまい、その後の説明に疑問を露にする。

予備機がない?専用機?いったい何の話だと一夏は質問しようとするが、生徒の驚愕によりそれは遮られる。

 

「せ、専用機!?一年の、しかもこの時期に!?」

 

「つまりそれって政府からの支援が出るってことで………」

 

「ああ~いいなぁ………。私も早く専用機欲しいなぁ」

 

どういうことかまったく分からない。一夏がそんなことを考えてると、顔に出てたのか千冬は見るに堪えかねなかったのかため息混じりに呟く。

 

「教科書六ページ。音読しろ」

 

「え、えーと………『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されてません。現在世界中にあるIS467機、その全てのコアは篠ノ之博士が作成したもので、これらは完全なブラックボックスと化しており、未だに博士以外はコアを作れない状況にあります。しかし博士はコアを一定数以上作る事を拒絶しており、各国・企業・組織・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引することはアラスカ条約第七項に抵触し、全ての状況下で禁止されています』………」

 

「つまりそういうことだ。本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間にしか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意されることになった。理解出来たか?」

 

「な、なんとなく………」

 

一夏はなんとなくと言ったが一つだけ、頭にこびり付いた単語があった。

 

『データ収集を目的として』

 

それは自身が実験体ということであると、つまり自分はモルモット。

嫌な響きだと一夏は感じた。隆道の気持ちになった訳ではないが、確かにこれは来たくなくなる気がする、そう思わずにはいられない。

そのときふと、疑問に思った。隆道はどうなのかと。

彼が乗るとは思えないが、それが通用するのかと思えない。隆道本人がいる前で訊くのもどうかと思い胸にしまった一夏だが───。

 

「あ、あの。それじゃあ、や、柳…さんは」

 

訊かずにはいられなかったのだろう、一人の生徒が質問を持ち出す。一夏がそうならば隆道はどうなのだと。

もっともな事であるが、隆道がいる今、それはまずい。

 

「………柳は───」

 

「乗らねえぞ」

 

千冬が言いかけたその時、遮るようにドスの利いた声で隆道が一言。その声からは凄まじい拒絶を感じる。

 

「誰がISなんか乗るか。聞いた限り実験体じゃねえか。保護だのなんだの言っときながら結局それか。だから嫌なんだ、お前らのような奴は」

 

そう言って隆道は、もう話すことは無いと言わんばかりに外を眺める。

隆道は予想していた。IS学園に連れてこられた目的は保護を名目とした監視、または実験体だと。

結果は予想通り。自分に専用機が来ることなぞ、実験体になれなんて全くもって冗談じゃない。

千冬が決めたことではないが、またしても彼女と隆道の間に溝が出来てしまう。

隆道をISに乗せることは千冬も反対ではあるが、政府は、世界がそれを認めない。

世界最強であれど所詮は只の称号であり、現在は只の教師。世界には逆らえない。

どうしたものかと千冬は思考を巡らせるが、隆道によって重苦しい空気と化した中、またしても彼女に質問を持ち出す生徒がいた。

 

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか………?」

 

篠ノ之なんて苗字なぞそうそういない。いつかはバレる事だと一夏は思う。

───篠ノ之(たばね)。ISをたった一人で作成、開発させた稀代の天才(天災)

千冬の同級生であり、そして篠ノ之箒の実姉。一夏は何度も会ったことがある。

そしてその天災と呼ばれる篠ノ之束は現在───行方を眩ませ指名手配されている。

 

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

 

いずれバレる事からなのか、それをあっさり肯定する千冬。個人情報をバラしていいのかと一夏は思うが、いつかは箒に詰め寄る人物が現れてもおかしくない以上、今言ってしまった方が良いのかとも思考する。

 

「ええええーっ!す、すごい!このクラス有名人の身内が二人もいる!」

 

「ねえねえっ、篠ノ之博士ってどんなひと!?やっぱり天才なの!?」

 

「篠ノ之さんも天才だったりする!?今度ISの操縦教えてよっ」

 

授業が始まっている時間にも関わらず箒の元に集まる生徒達。端から見るとおもしろい光景かもしれないと一夏は一瞬思ったが、さっきの自分と照らし合わせてそれを止める。

有名人の関係者という理由で詰め寄られる。本人からすればたまったものじゃない。

それを知らずか生徒達は箒にあれこれ質問責めするが───。

 

「あの人は関係ない!」

 

突然の大声。箒に群がっていた生徒達は面食らった表情をし、何が起こったか分からない様子になる。

 

「………大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」

 

そう言って、箒は隆道と同じように窓の外に顔を向けてしまう。

生徒達は盛り上がった所に冷水を浴びせられた気分になり、それぞれ困惑や不快を顔に出して席に戻る。

人を個人で見ない生徒達を見て、勝手だと一夏は思った。そして一つ疑問が浮かぶ。

 

(箒って束さんのこと、嫌いだったっけ………?)

 

一夏は記憶を探るが、二人が一緒にいた光景がどうしても出てこない。箒に束の話を振るといつもそこで会話が終わる事を思い出し、考えるのをやめた。

 

「さて、授業を始めるぞ。山田先生、号令」

 

「は、はいっ!」

 

真耶も箒の事が気になるが、今は授業を優先しようと彼女は号令を出す。

 

 

 

 

 

誰も気づかなかった。『篠ノ之博士』という名前に強く反応した隆道に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようとは思ってなかったでしょうけど」

 

午前授業が終わり、一夏は一緒に食堂へ行こうと隆道の元へ向かおうとするが、セシリアによって阻止される。

 

「まあ?一応勝負は見えてますけど?さすがにフェアではありませんものね」

 

「?なんで?」

 

「あら、ご存知ないのね。いいですわ、庶民のあなたに教えて差し上げましょう。このわたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生………つまり、専用機を持っていますの」

 

「へー」

 

「………馬鹿にしていますの?」

 

知るか、今はそんなことどうでもいいのだ。そんなことより柳さんと食堂に行く方が大事だと一夏は言いたくなるが、そんなこと言ったら余計拗れるのは目に見えてるのでグッとこらえる。

 

「………こほん。さっき授業でも言っていたでしょう。世界でISは467機。つまり、その中でも専用機を持つものは全人類六十億超の中でもエリートなのですわ」

 

此方はさっさと食堂に行きたいのにドヤ顔を続けるセシリアを見て苛立ちが募り───一夏はちょっと彼女を馬鹿にしてみたくなった。

 

「そ、そうなのか………」

 

「そうなのですわ」

 

「人類って今六十億超えてたのか………」

 

「そこは重要ではないでしょう!?」

 

勢いよく一夏の机を叩くセシリアは昨日と同じく顔を真っ赤にさせる。これを面白く感じてしまった一夏はもう少し続けることに決めた。

 

「あなた!本当に馬鹿にしていますの!?」

 

「いやそんなことはない」

 

「だったらなぜ棒読みなのかしら………?」

 

「なんでだろうな」

 

馬鹿にしてるからに決まってるだろ。早くどっか言ってくれと一夏は思う。

ちなみにこのやり取りは隆道にも当然聞こえており、一夏の心情を察知した彼は、やっぱりあのイギリス人は馬鹿だと確信していた。

 

「ぐ………。………そういえばあなた、篠ノ之博士の妹なんですってね」

 

埒が明かないと悟ったのか、何故かセシリアは矛先を箒に向ける。敵を作ることにかけては彼女は天才なのかもしれない。

 

「妹というだけだ」

 

これを箒は鋭い視線で迎撃。本気の凄みを受けたセシリアはこれに怯む。昨日の今日で学習しないのかと、やっぱりコイツ馬鹿だと一夏も確信した。

 

「ま、まあ。どちらにしてもこのクラス代表に相応しいのはわたくし、セシリア・オルコットであるということをお忘れなく」

 

男子二人に馬鹿認定されたとは知らず、セシリアは自身の髪を払い綺麗に回れ右をし、そのまま立ち去っていく。

その動きはモデルを思わせるほど様になっているが、馬鹿認定している二人にとってそれは間抜けなようにも見えた。

やっと帰ったかと、一夏はため息を吐きながらも隆道の方へ向かう。

 

「また絡まれるとか、女難の相でもあるんじゃねえのか」

 

「否定出来ないですね、それ………。それよりも、飯食いに食堂行きません?」

 

やっと食堂に行ける。昨日は一緒に食事出来なかったのだ。今日こそはと意気込む一夏だが、隆道はそれを断った。

 

「いや、俺はいいわ。それよりもアイツと、篠ノ之と行ってやれ」

 

「え………?でも」

 

「野暮用があるんだ、悪いな。それにさっきの事もあるだろ」

 

隆道の言うさっきの事とは、箒が篠ノ之博士の実妹と知られた件についての事。そのおかげで彼女は妙に浮いており、いずれ孤立してしまうだろう。

 

(フォローしてやれ、そういってるんですか?)

 

「そういうことだ、授業が始まる頃には戻るから心配すんな」

 

一夏の心情を読み取ったのかどうかは分からないが、そういって隆道は立ち上がり教室を出る。

 

「………」

 

この時一夏は感じていた。今の隆道は箒に対して敵意を向けていないのだ。生徒はもちろん、教師の二人、しかも片方は自分の姉であり世界最強でさえあれほどのものだというのに。

 

「………また、一緒に食えなかったな」

 

野暮用とはなんだろうか。そう思う一夏だったが、まだ入学して二日目なのだ、機会はいくらでもあると断念し、箒に声を掛ける。

 

「箒、飯食いに………箒?」

 

「………?あ、ああ。………なんだ?」

 

「いや、飯食いに行こうぜ」

 

「あ、ああ………」

 

そういって二人は教室を後にする。

この時、箒はある違和感を持っていた。

 

(なんだ………、何かひっかかる………)

 

それが何なのかは箒は分からない。

訳の分からない違和感を拭い、彼女は一夏と共に食堂へと向かった。



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第七話

2/20
地の文微量修正。


午前授業が終わり昼食時間。一夏の誘いを断った隆道は一人購買に向かっていた。

 

「悪いことしちまったか………?」

 

彼は一夏に嘘をついた。野暮用なんて最初からない。

今は昨日と比べて落ち着いてはいるが、周囲が敵にしか見えない彼にとっては昼食時間に密集するであろう食堂に行く事は勘弁なところであった。

一夏には悪いと思ってるが、彼には幼馴染の箒がいる。心配することは無いだろうと考えていた。

本当は購買に向かう事すら嫌気がさしていたが、流石に飲まず食わずのままにはいかない。

隆道は入学式の前日、つまり一昨日から何も口にしていないのだ。一昨日はIS学園入学に怯え食べ物がのどを通らず、昨日は三時限目から放課後まで屋上で過ごし、夜は荷物整理で力尽きた。今日の朝は激痛と闘った後シャワーを浴びて着替えたりなんだりで、もちろん食事なんてしていない。

空腹が限界近く来た隆道は、不本意だが購買に行くことを決めた。

購買付近に差し掛かり辺りを見渡す。幸いにも生徒はいなく、隆道は一安心する。

余談だが、購買に生徒がいない理由として挙げられるのは一夏である。

彼は箒と一緒に食堂へ行った為、生徒達は彼の方、つまり食堂に雪崩れ込んだからだ。

知らずのうちに一夏がデコイとなった事を隆道は知らない。

そんな事情を知らない隆道は購買前まで行くと、不意に声を掛けられた。

 

「あら、あんたは二人目の………」

 

その声を聞いて隆道は瞬時に警戒する。声のする方へ向くと、そこには頭に三角巾を巻いた女性がいた。見た目からしてかなり若く、二十代前半に思える。

 

「………」

 

「ああ、そんなに警戒しないでおくれ。私はここの購買の担当をしている者さ」

 

両手を挙げながら弁解する彼女。様子からして隆道を恐がってるようには見えない。

 

「食べ物を買いに来たんだろう?ほら、何を買うんだい?」

 

彼女はカウンターに入り、隆道に品物を選ばせる。そこにはコンビニと同等以上の品揃え。食堂に行かずともここでなら食べ物に困らないだろう。

 

「………保存食をいくつか」

 

「保存食?買溜めでもすんのかい?」

 

「あんたには関係無いだろ」

 

初対面にも関わらず素っ気ない態度をぶつける隆道。しかし彼女はなんとも思ってないのか軽く受け答える。

 

「それもそうね。ちょっと待ってな」

 

彼女は棚から色々と持ち出してくる。そこには缶詰やカンパンなど、明らかにIS学園で食べる物じゃない、保存食の数々。

 

「今うちで扱ってる保存食はこれくらいさ。でもほんとにいいのかい?学園でこんなのを食べるなんて」

 

「それ全部貰う。いくらだ」

 

「………あいよ、今計算するから待ってな」

 

これ以上は平行線かと、彼女は黙々と会計を行う。いつ他の生徒が来るか分からない。隆道はいっこくも早くここから立ち去りたかった。

ようやく会計が終わり、二十キロはあるであろう保存食を担いで立ち去ろうとした矢先にまたしても声が掛かる。

 

「待ちな、これも持っていき」

 

そう出されたのは大きな茶色の紙袋。いったいなんだこれはと隆道は目で訴えるが彼女は言葉を続ける。

 

「あんたのこと、織斑先生から聞いてるよ」

 

「………」

 

「女とISが大の嫌いなんだってね。なるほど、よくよく考えてみれば食堂に行かずにこっちに来て保存食を買溜めしたのにも頷ける」

 

「………だったらなんなんだ。その紙袋となんの関係がある」

 

「そんなんじゃまともな食事も出来ないだろう?それでも食べてしっかりしな」

 

「………」

 

隆道は黙って紙袋を取り、財布を出そうとするが、彼女はそれに待ったをかける。

 

「お代は結構だよ。ほら、さっさと行かないと。他生徒がいつ来るか分からないからね」

 

「………どうも」

 

そう一言行って隆道は去る。その後ろ姿を見て彼女はなんとも言えない気持ちになった。

 

「いったいなにをどうすればあんな風になるんだろうね………。あまりにも酷いじゃないかい………」

 

 

 

 

 

保存食を自分の部屋に戻した後、紙袋とお茶のペットボトルを手に持ち屋上に着く隆道。

周囲には誰もいなく、これなら安心して過ごせると、隆道は安堵しそのままベンチへ向かう。

ベンチにもたれかかり紙袋の中身を見ると、そこには大きなおにぎりが三つと唐揚げが五つ。

空腹状態でこれはありがたい。直ぐ様隆道はおにぎりを頬張り、続けて唐揚げを口に放り込み、飲み込んだ後お茶を勢いよく飲む。

 

「………うまいな」

 

おにぎりの中身は梅といういたって普通な物だが、今の隆道は特別に旨いと感じていた。

唐揚げは多少しなってはいるが、まだ温かく別に気になるほどではない。味付けも濃く、男子が喜ぶであろう物になっている。

 

「………」

 

隆道は、いつのまにか小粒の涙を流していた。

久しぶりの安心出来る場所での食事。拘束されて半月は監視されながらの気を張った食事であり、一昨日から先程まで食事すらしなかった。

いったい自分がなにをしたのだと、何故自分がISを動かせたのかと、そう思わずにはいられない。

 

「………やめよう」

 

気持ちが沈んでは飯も不味くなる。考えるのはやめて今はこの時を楽しもうと、そう思いながら隆道は昼食を堪能した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後となり生徒達は部活へ向かう頃。隆道は一夏に誘われ剣道場に来ていた。

一夏の話を聞くと、昼休みに箒がISを教えてくれるというので付き添って欲しいというもの。ISを教えるのになぜ剣道場なのだと突っ込みたくなったが、彼女なりの考えがあるのだろう。隆道はあまり深く考えようとはしなかった。

そう、深く考えようとはしなかったのだが───。

 

「どういうことだ」

 

「いや、どういうことって言われても………」

 

(俺の台詞だ。いったいこれはどういうことだ)

 

ISを教えるといった本人は、現在剣道場で一夏と剣道の手合わせをしている。IS要素は皆無だった。

剣道場は生徒が混み合っており、至るところで騒ぎ立てている。世界初の男性IS操縦者と篠ノ之博士の実妹の試合ということを踏まえればこれほどのギャラリーがいても不思議ではないだろう。

そんな中、付き添って欲しいと一夏に頼まれた隆道は隅っこであぐらをかいて一夏と箒の試合を見ていた。

久しぶりの食事のおかげで多少機嫌が良くなってはいたが、剣道場にこれだけの生徒が密集していると隆道にとっては敵に囲まれたようなものであり、段々と嫌悪感が滲み出てくる。

おにぎり&唐揚げパワーをもってしても隆道の女嫌いは治らなかった。当たり前である。

そんな隆道を余所に一夏と箒は十分ほど手合わせをし、一夏が負けた。面具を外した箒の目尻はつり上がっていて、まさに不機嫌といった感情が見て取れる。

 

「どうしてここまで弱くなっている!?」

 

「受験勉強してたから、かな」

 

「………中学では何部に所属していた」

 

「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」

 

箒は一夏に対して怒りを覚えていた。昔───六年前は強く、そして何より格好良かったのにと。

六年前の()()()()で幼馴染の一夏と離れ離れになり、もう会えないと、この間までそう思っていた。

しかし彼の名前がニュースに流れたときに写真を見て、直ぐ様幼馴染だと分かった。それが嬉しかったのだ。

また会える。そしてまた一緒に剣道を続けることが出来る。

そう思ってたのに───彼は弱くなっていた。

話を聞く限り随分と剣道をしていない。箒はそれがたまらなかった。昔はあれだけ打ち込んでいた剣道を廃れさせるなど男のすることではないと。

剣の道は三日欠かせば七日を失う。箒が一夏に感じたものはまさにそれだった。

故に───。

 

「………なおす」

 

「はい?」

 

「鍛え直す!IS以前の問題だ!これから毎日、放課後三時間、私が稽古を付けてやる!」

 

ISそっちのけで彼の強さを取り戻す事にした。剣道で。当然一夏はこれに抗議しようとする。

 

「え。それはちょっと長いような───ていうかISのことをだな」

 

「だからそれ以前の問題だと言っている!」

 

いや、しようとしたが出来なかった。一夏は箒の凄まじい剣幕により、なに言っても聞いてくれない気がすると感じたのだ。

そんな彼を置いて、彼女は怒濤の言葉を浴びせる。

 

「情けない。ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど………恥ずかしくないのか、一夏!」

 

「そりゃ、まあ………格好悪いとは思うけど」

 

「格好?格好を気にする事が出来る立場か!それとも、なんだ。やはりこうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」

 

流石にこの言葉にカチンと来た一夏。なんだそれは、いくら何でもそこまで言われる筋合いはないと反撃する。

 

「楽しいわけあるか!珍獣扱いじゃねえか!その上女子と同居までさせられてるんだぞ!柳さんがいなかったら頭がどうにかなってるわ!何が悲しくてこんな───」

 

「わ、私と暮らすのが不服だというのかっ!」

 

一夏の言葉にカチンと来たのか、箒は防具を外してる彼に向かって竹刀を振り下ろす。

反射神経が良いのか、一夏は咄嗟にこれを手持ちの竹刀を使い片手で防御。間一髪であった。彼女は彼を殺すつもりなのだろうか。

 

「お、落ち着け箒。俺はまだ死にたくないし、お前もまだ殺人犯になりたい年頃でもないだろ?」

 

一夏は箒にそんなことを言い出す。あいつ結構余裕あるんじゃないかと、隆道は思った。

 

「箒、な?頼むから。今度なんか奢るから」

 

「………ふん、軟弱者め」

 

そう一言言葉を発し、箒は一夏を軽蔑の眼差しで一瞥して更衣室に向かう。

命が助かったことにとりあえず安堵した一夏であった。

 

「織斑君てさあ」

 

「結構弱い?」

 

「ISほんとに動かせるのかなー」

 

ひそひそと聞こえる周囲の落胆した声の数々。それが聞こえてしまった一夏は惨めこの上ないと、自分が許せないと思ってしまう。

 

(こんな有り様じゃ、何かに勝つなんて、それどころか───)

 

「織斑」

 

そう考えに耽った矢先に一夏に声が掛かる。疲れきった顔でその方に向けると、タオルとペットボトルを持った隆道がいた。

 

「随分とやられたな。とりあえず顔拭いてこれでも飲め」

 

「あ、ありがとうございます」

 

いつ頃用意したのか分からないが、気が滅入ってる今差し入れはありがたい。

一夏は一言礼を言いタオルとペットボトルを受け取る。

 

「つーか篠ノ之は剣道全国大会で優勝してるんだっけか?久々に竹刀握ったお前が勝ったらおかしいだろ」

 

「いや………、まあ、その」

 

「だいたい周囲の連中もそうだ、好き放題言いやがって。何様だっての」

 

隆道はそう愚痴りながら一夏に向けて手を伸ばす。

 

「立てよ、そんで着替えてこい。さっさと帰りたいんだ。今日も来るんだろ?茶菓子ぐらい出すぜ」

 

「や、柳さん………」

 

昨日もそうだ。隆道は決して一夏を軽蔑も失望もせず、こうやって気を遣ってくれる。それが彼にとってはたまらないほど嬉しかった。隆道がいなかったら今頃どうなってたか、そう考えると尚更嬉しく思う。

互いに支え合う男子二人。隆道が一夏のおかげで踏ん張りをきかせてると同様に、一夏もまた隆道のおかげで踏ん張りをきかせていた。

隆道の手を取り立ち上がる一夏。彼からは先程の惨めさは無くなっていた。

 

「んじゃ、外で待ってるわ」

 

そういって隆道は剣道場を後にする。その後ろ姿は一夏にとって逞しく、強く見えた。

 

「………いつか、柳さんのこと話してくださいね」

 

隆道の背中を見て一夏は呟く。いつか彼の力になれるよう願いながら。

しばらくして一夏は制服に着替え終わり、隆道と二人で寮に帰る際に彼が一言。

 

「織斑。お前、篠ノ之がISを教えるって話はどうなったんだよ」

 

「え?………あ」

 

 

 

 

 

 

 

生徒達が部活を終え、ほぼ全員が寮に戻っている頃、職員室に向かう千冬は先程購買の担当者からある報告を受けていた。

 

『二人目が購買にやってきたよ。アレは酷いなんてもんじゃない。いったいなにをどうすればあんな風になるのさ』

 

「………」

 

女尊男卑の被害を受けた者は千冬本人も何度か目撃している。それを見るたびに胸が苦しくなるのも何度かあった。

しかし、隆道ほどの敵意や警戒心はおろか、憎悪と殺意を宿した者は初めてだ。彼女が言った様になにをどうすればあんな風になるのかなど到底分からない。

()()()()()()()()だと思うと、今まで感じたことの無い苦痛に悩まされる。

 

「………なにをやってるんだろうな、私は。」

 

ため息が止まらない千冬。彼を助けたい気持ちは本物だが、自分が未熟である為か、どうも空回りしてる気がする、そう思わずにはいられない。

 

「………どうすればいい」

 

隆道をこれ以上女尊男卑の悪意にさらすわけにはいかない。もしそうなったら取り返しのつかないことになる。

他の教師や他学年、他クラスにも伝えてはいるが、きっと通用しないだろう。何人かは面白くない顔をしていた。

事態は非常に不味い。一刻も早く彼に降りかかる悪意を何とかしなければと、千冬は考察する。

その為にはまず彼の過去を知ることが先決だが、現状は困難を極める。

IS学園関係者が彼の通っていた学校で聞き込みをしようとしたが、学園関係者と知った途端態度を変えて追い出したのだ。

近所の住人にも話を持ちかけようすると顔色を変えて決して話そうとしない。

千冬はある人物に協力を仰ごうとしているが、その人物は現在多忙であり、望みは薄い。

となれば最後の頼みは彼の家政婦と名乗った根羽田のみになるのだが、応答してくれるかどうかは分からない、恐らく厳しいだろう。

そう思考を巡らしながら職員室手前まで来た途端、勢いよく扉が開く。

 

「………?」

 

出てきたのは教師が一人。血相を変えて口を押さえており、千冬に気づいていないのかそのまま全速力でトイレのある方へ走っていった。

 

「なんだ………?」

 

千冬は訳も分からずそのまま職員室に入るが、人ひとりおらず、異様な雰囲気だけが残っていた。

そこで、千冬は気づく。職員室に隣接されてある給湯室に人の気配がしたのを。

 

「誰かいるのか?」

 

千冬は給湯室に足を運び中を覗くと、そこには恐怖に怯え、泣きじゃくり座り込む真耶の姿があった。

 

「………何があった」

 

「あ、お、お、織、斑せ、んせい」

 

よっぽど恐ろしいものでも見たのか、真耶は呼吸が安定していなく、声もどもっている。

 

「落ち着け、深呼吸をしろ」

 

「は、は、はいぃ………」

 

数回程深呼吸をし、多少マシになったところを見て、再度千冬は真耶に訊く。

 

「いったい何があった、何を見たんだ」

 

「あ、あの、先程、モノレールの管理者から、………見て欲しいものがあると、渡された………ものがありまして」

 

「見て欲しいもの?」

 

「は、はい………。昨日のモノレール内、の録画………丁度、柳、君が乗った時間帯………です」

 

真耶は一呼吸し、更に言葉を続ける。

 

「それを、もう一人の、先生と見てたんですが………そこに映ってた………のが」

 

その言葉を最後に真耶は顔を埋めて黙ってしまう。もう一人の先生とは先程出ていった人のことだろう。

いくらなんでもこれは異常だ。確める必要があると、千冬は真耶の机に向かった。

真耶の机に着きパソコンを見る。パソコンには小型のUSBが繋がっており、画面にはファイルが一つ。

 

「………」

 

いったい何が映ってるんだと、千冬は不安を隠せない。幽霊の類いかと一瞬思ったりはしたが、それにしたってあの怯え方はあり得ない。

千冬はおそるおそるカーソルを動かし、ファイルをクリックする。

映像が再生され、それを見た千冬は───。

 

 

 

「───」

 

 

 

───全力でトイレに駆け込み、勢いよく吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、場所は変わって警視庁本部の喫煙所。

そこでは男達は煙草を吹かしながら和気あいあいと談笑をしていた。

 

「しかしまぁ、IS学園に入る事になっちまったガキ二人は気の毒だねぇ」

 

「そうっすか?もしかしたら女好きかも知れませんよ。既に何人か食ってたりして」

 

「かもな。うははは」

 

男子二人の現状を知るよしもない彼等はあること無いことを口に出す。もしも男子二人がこれを聞いたのならば全力で彼等にグーパンすることだろう。

 

「あれ。そういえばお前、二人目の護衛に回ってたんだよな」

 

そういって男は喫煙所の隅で黙りを決める、頬に湿布を貼った男に話し掛ける。

 

「………」

 

「なんだよ、さっきから黙って。その二人目はどんな奴だったんだ?」

 

「………お前は何も知らないからそんな軽口が叩けるんだ」

 

「あ?なんだよそれ」

 

いったいなんのことだと男は詰め寄るが、しゃべる気が無いのか湿布を貼った男は沈黙してしまった。

そんな空気の中で、一人の男が一喝する。

 

「そこまでにしとけ」

 

一喝したのは一人の中年。その雰囲気と見た目からして、一番の上司であることが分かる。

 

「お前さん、ここで二人目の話はするな」

 

「………?どうしてですか?」

 

当然の疑問が浮かぶ男だったが、上司はそれに応える。

 

「あの青年はな、IS学園に行くことを頑なに拒絶したんだ。そんな彼を無理矢理連れてった、それだけのことさ」

 

「………」

 

「彼はな、この時代の、女尊男卑の被害に直接被っちまって、女とISを憎むようになった可哀想な奴さ。そんな奴がIS学園に監禁じみた目にあう。お前さんはそれをどう思う?」

 

「………」

 

男は黙ってしまう。想像してしまったのだ。

 

「………彼をIS学園に連れてった時に俺もいてな。暴れ狂う彼を無理矢理モノレールに押し込んだんだ。その時彼はどんな顔をしてたと思う?」

 

「えっと………、凄く、睨んでいた………でしょうか」

 

男の答えに対し上司は首を振るう。彼は思い出したくないと言わんばかりに悲痛な顔でこう言った。

 

「………いいや、違うな。………彼はな、俺達を見て、涙を流して顔を歪めながら───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───狂ったように嗤っていたんだよ。

 

 

 

 

 

誰も知らない、知るはずもない。

 

 

『狂気』はすぐそこにあることを。



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第八話

2/20
フォント変更、地の文微量修正。


『隆道………。お前、ほんとうにいいのか?今からでも遅くない。母さんと日葵(ひまり)の所へ行くんだ』

 

『良いんだよ。あんな奴………、父ちゃんを捨てるような奴なんて、家族じゃない』

 

『隆道………』

 

『大丈夫だよ。僕には………父ちゃんとハルがいるから───』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

殆どの生徒が未だに夢の中であろう静かな早朝。隆道は目を覚ましゆっくりと身体を起こす。目覚めは決して良くはなく、身体は非常に重く感じていた。

 

「………くそったれが」

 

隆道は夢を見ていた。それは世界を震撼させた事件から二年後、隆道の家族が別たれた日。

父親を捨て、自身と妹を連れてこうとする忌々しいかつての母親の顔を思い出し嫌悪感を覚える。

あれほど父親を愛していたのに、『力』に溺れた母親はあっさりと捨てるというその醜さ。

何が愛しているだ。愛しているのは自分自身じゃないか。その中に何故父親を入れなかったのだと隆道は顔を歪める。

 

「………」

 

隆道は目を自身の右手首に動かす。そこには腕輪───ではなく犬用の古びた首輪。手首に巻き付け外れないようになっており、そこには『ハル』と文字が彫られてる。それは彼が身に纏う唯一の形見だ。

 

「………っ」

 

彼に残されてるものは自宅を除けば形見のみ。

生きる意味などとうに見失っている。一人でなんて生きられない。それに今の社会は男にとって地獄だ、いつ朽ち果てても可笑しくない。

 

「………まだだ」

 

だが隆道は立ち上がる。思い出すは一人目の男性IS操縦者、織斑一夏。

自分が支えなければ、誰が彼を支えるのか。彼には幼馴染はいるが女性というのもあり、常に気を遣うはず。

既に自身はボロボロなのだ。ならばせめて、朽ち果てるまで彼を支えなくてはならない。

隆道は台所まで行き、錠剤を二つ飲み込む。しばらくして俯いた顔を上げた彼の顔は何かを決意したようなものだった。

 

「大丈夫………大丈夫だ」

 

IS学園三日目。彼のIS学園生活はまだ始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局駄目だったのか。訓練機を借りるのは」

 

「はい、どうやら予約でいっぱいらしくて」

 

一時限目終了後の休み時間。一夏は隆道に言った最初の一言は訓練機を借りられないということだった。

昨日の放課後、箒にしごかれた一夏は帰りの際隆道と別れ職員室に行き、訓練機を借りれないか副担任の真耶に相談した。

結果はNO。それも仕方ない事であった。

IS学園にある専用機を除くISは教員用と訓練機を合わせても三十機もない。訓練機と言えど数は限られている。

三学年、二学年、一学年と優先順位があるということもあり、直ぐ様借りる事は出来ない。

 

「余計詰みじゃねぇか、どうすんだこれ。専用機はまだ届かず、訓練機も使わせて貰えない。負けろって言ってるようなもんだぞ」

 

「山田先生も言ってたんですけど今のところ知識を身につけるしかないですね………。授業には食いついてはいるんですけど………」

 

そういって顔を暗くする一夏。授業についていくだけでいっぱいいっぱいのようだ。

 

「しょうがねえだろ。元々はある程度の事前予習が必要だ。バカみたいに分厚い参考書だってあるわけだしよ。まあ………どっかの誰かは電話帳と間違えて捨てたみたいだが」

 

「ぐっ………随分痛いとこ突きますね。というより聞いてたんですか………」

 

「耳が聞こえないわけじゃないからな。てか、どうやったら電話帳と間違うんだ」

 

「………返す言葉もございません」

 

隆道の言葉にクリティカルヒットし、ぐうの音も出ない一夏。ただでさえ知識は隆道を除いた他生徒より遅れてるのだ。入学前に渡された参考書すら捨ててしまえば授業についていけなくなるのも至極当然の事。

IS学園に来てから反省することが多すぎる。もしかしたら自分は駄目な奴なんじゃないかと思ってしまう一夏はどんどん顔に影が差す。

 

「そう落ち込むなよ。だから俺の参考書渡したんじゃねえか」

 

「そこは凄く助かってますけど………良いんですか?」

 

「良いんだよ。読む気なんて端から無いからな」

 

隆道は昨日の帰り、一夏に参考書を渡した。一夏の参考書の再発行は来週までかかるため、読む気も無いので丁度いいだろうと。

 

「徹底してますね………。ちふ………織斑先生が聞いたらなんて言うやら」

 

「知るかよ」

 

まるで千冬などこれっぽっちも恐れてないような振る舞いを見せる隆道に一夏は顔をひきつる。それと同時にかなり肝が座っている隆道が羨ましく思う一夏であった。

 

「あ………そういえば先生で思い出したんですけど。昨日訓練機を借りようとした時、山田先生の様子がおかしかったんですよ」

 

「おかしかった?」

 

「ええ、まるでおぞましいものでも見たような、そんな感じで。言葉も少しどもってたんです。今日の一時限目の時もそうですよ。というより昨日より酷かったですね」

 

「ふーん。顔なんて見てすらいねえからわかんねえや。どうせホラー映画的な物でも見たんだろ」

 

そうなのだろうかと首を傾げる一夏。しかしあの怯え方はそうでないと感が告げる。授業中、何処かを見るたびに怯えていたような───

 

「そんなことより授業始まるぞ。また出席簿食らいたいのか」

 

「うわやばっ!じ、じゃあ柳さん、また後で」

 

「ん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前授業が終わり昼食時間となる正午。隆道はまたしても一夏の誘いを断り購買に向かっていた。昨日のおにぎりと唐揚げが忘れられなかったのだ。

あの静かな場所で食べた素朴なおにぎりと濃厚な味付けをした唐揚げは、隆道の胃袋をがっちりと掴んでいた。

いくら女性嫌いな隆道ですら食欲には勝てない。生徒がいる可能性があるが、そんなことどうだっていい。関わらなければ問題は無いのだ。

ようやく購買にたどり着いた隆道は直ぐ様カウンターへ足を運ぶ。途中で近くにいた生徒達が彼に気づくなり道を開けひそひそ話を始めるが今の彼にとってはどうでもいいこと。女性嫌いは治らなかったが隆道を虜にしたおにぎり&唐揚げパワー恐るべし。

 

「………?あら、また来たのかい」

 

「昨日のやつをくれ」

 

購買の女性が隆道に気づくと直ぐ様彼は財布を取り出し五百円玉をカウンターにパチンッと勢いよく押し付ける。どれだけ欲しているのだろうかこの男は。

 

「………ふふっ、ちょっと待ってな」

 

隆道の行動に面食らったような顔をした彼女は、やがて笑顔を見せ棚を漁る。いくつかのおにぎりと数種類のおかずを紙袋に詰めペットボトルと一緒に隆道に渡した。

 

「昨日はいきなりだったからね。梅じゃ味気無かっただろう?他にも色々詰めておいたから」

 

「………どうも」

 

五百円玉しか渡して無いにも関わらず色々と詰めてきた彼女に一応礼を言い、隆道は早々に立ち去る。

 

「………昨日よりはマシになった………かな」

 

女性不信は相変わらずだったが昨日と比べるとだいぶ落ち着いてるように見える。信用されてはいないが、今は良しということにしようと、彼女は小さく頷いた。

 

 

 

 

 

「おお………」

 

屋上に着き以前のベンチに座り込んで紙袋の中身を見ると、そこには昨日よりもおかずが二つほど増えていた。

 

(昨日のおにぎりと唐揚げだけじゃなく、春巻きに………だし巻き卵かこれ?五百円で買える量じゃねえぞ)

 

昨日のやつをくれとは言ったが、まさか追加するとは思わなかった。しかも量が凄まじく、コンビニ等で買えば軽く千円は超えるのは確実だ。

自然と唾を飲み込む隆道。勝手に追加したのは向こうなのだ。有り難く頂こうと、手始めにおにぎりから手をつけた。

 

(鮭か………もう一つは昆布だな、はみ出てんぞおい)

 

女子が絶対に食いきれないであろう巨大なおにぎりにかぶりつくと、日本人がよく知る赤身が見え絶妙な塩加減が舌を唸らせる。もう一つは完全に昆布がはみ出ている。きっと中身はぎっしり詰まってるに違いない。

 

「………」

 

おにぎりに夢中になるところだったがおかずも忘れてはならない。

春巻きにかぶりつき、立て続けにだし巻き卵を放り込む。

春巻きは出来立てに近く、皮は良い具合にカリッとしている。だし巻き卵もこれまた絶品でほのかに甘い。

 

「………うまいな」

 

ふと、自然に言葉が出てしまう。一つ一つは大したものではないが、隆道はここ最近食べた物の中で格別に旨いと感じた。

 

「………明日も行くか」

 

別に彼女を信用してる訳じゃない。だが隆道の舌が、胃袋が完全に覚えてしまった。

このIS学園での昼食は決まりだ。明日は何かなと笑みを溢しそうになる。

誰にも邪魔されず、のどかな風景での食事。少なくとも隆道の壊れかけた心を癒した事は確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隆道の心が癒されてる頃、場所は変わって職員室。机で頬杖をつきながら一枚の書類を眺める千冬は頭を抱えそうになっていた。

 

「やはりきたか………」

 

その一枚の書類には、二人目の処遇について明確に記されていた。

 

『柳隆道のIS搭乗によるデータ採取』

 

世界中が欲している男性IS操縦者。それのデータ採取を催促されるのは当然の事だ。世界がまた革新することになるかもしれないものを放ったらかしにするわけがない。しかし、千冬は今回ばかりは避けたい所であった。

一人目であり、自分の弟である織斑一夏の処遇が決まった時は怒りを覚えた。

今まで一夏にIS関連は決して関わらせなかった。なのに彼がISを動かせてしまったこと、IS学園に入る羽目になったこと、データ採取を目的とした彼の専用機が決定したこと。

全てが無駄になってしまった。あれほど徹底的にISから遠ざけたのにだ。そのツケとして一夏は授業で苦しんでいる。こんなことなら遠ざけず知識だけでも与えればよかったと千冬は後悔した。

そして現在、千冬の最大の悩みである二人目の男性IS操縦者、柳隆道。

女尊男卑の直接的被害により筋金入りの女性とIS嫌いである彼もまた政府が専用機を渡す事が決定した。

一夏と違い機体は最新型ではないが、問題はそこじゃない。彼自身がISに搭乗するのを強く拒絶している事だ。

適性検査で起動した際にISの機能の一つである、操縦者を安定に保つ機能があるにも関わらず錯乱し大暴れした彼を乗せるのは千冬も反対だった。

それに、昨日見たモノレールの映像記録の事もある。もし、アレをIS学園内で見ることになったら───。

 

「………っ」

 

今思い出すだけでも吐き気がすると、千冬は苦虫を噛んだように顔を歪めた。

アレはダメだ。あんなものを見てしまったら隆道がどれだけ女性とISを憎んでいるのか想像も出来ない。

そんな彼に専用機を渡すなど、死よりも地獄を与えるのに等しい。

だが政府はそんなこと知ったことではない。もはや一夏や隆道を人として見ていなく、データ採取の実験体として認識している。

 

「………くそっ」

 

隆道に伝えなければならない。真耶は千冬と同様に例の映像記録を見てしまった為、完全に隆道に対して怯えてしまった以上自分が伝えるしかない。いったいどれほど罵倒されるだろうか。現時点で信用なぞマイナスだが今回の件で更に溝が深まるだろう。

 

「ままならんもんだな………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後の剣道場にて、箒の宣言通り稽古が始まり約三時間。一夏は完全に伸びており魂が見えそうになっていた。

 

「───」

 

「大丈夫かよ織斑………。三時間もぶっ通しでやるからそうなるんだ」

 

とても大丈夫そうには見えないが、隆道は一夏に一応声を掛けて反応を見る。

箒による怒涛のノンストップ稽古は一夏を燃え尽きさせるのには十二分な効果があった。

というか彼女がタフ過ぎた。あの身体のどこにあれだけのスタミナがあるのだろうか。

 

「み………、み───」

 

「あーはいはい、水な。今持ってくるから待ってろ」

 

反応があるということは大丈夫だなと、隆道は鞄から予め用意していた小さめのペットボトルを取り出す。

剣道場の端っこで未だに力尽きている一夏の身体を起こしそれを飲ませた。

 

「軽い脱水状態だな。水じゃねえけどこれを飲め」

 

「………っはぁ!………ありがとう、ございます。何ですこれ?スポーツドリンクにしては透明ですし、味も変わってますね」

 

渡された物を一気に飲み干す一夏だが、見たこと無いものだなとそれを凝視する。

それは普段目にする500mlのペットボトルより約半分ほど小さく、名前もアルファベットと数字のみ。くるりと回すと使用目的や注意事項がびっしりと書いてある。

 

「経口補水液だ。スポーツドリンクより電解質濃度が高いし糖濃度が低いから吸収は速いぞ」

 

「け、けーこーほすいえき?で、でんかい?とうのうど?」

 

馴染みの無い言葉の羅列に一夏は疑問が絶えない。全然分からない、スポーツドリンクとは違うのかと。

 

「汗かくと身体の塩分が無くなるだろ?塩分=電解質濃度と思っとけばいい。糖濃度はブドウ糖の事だ。ブドウ糖は聞いたことぐらいあるだろ。塩分取る時にブドウ糖も取るべきなんだが、少なすぎても多すぎてもダメだ。だがこれだったらそんな事解決しちまう」

 

そういって隆道は鞄からもう一つ同じ物を取り出し一夏に渡す。

要はスポーツドリンクより効き目が高いって事だなと、一夏は再度渡された物を飲みながら無理矢理納得した。

 

「だが気を付けろよ。病者用食品だから多用はやめとけ。あくまでこれは脱水対策だからな。普段なら水やスポーツドリンクで十分だ」

 

「へー、結構物知りですね。というよりなんで持ってたんです?」

 

「あのバッグに数本入ってたからな、せっかくだから一応持ってきた。………つかはよ着替えてこい。どんだけ汗かいたと思ってるんだ」

 

「ああ、すみません。直ぐ戻りますんで」

 

自分の汗臭さに気づき、颯爽と更衣室に行く一夏。隆道はそんな彼を見てこう呟いた。

 

「あいつ、来週まで持つのか………?」

 

この調子だと恐らく来週の月曜日にはミイラになるかもしれない。色々用意しとくかと、隆道は一夏のサポートをすることを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏の着替えが終わり、隆道と二人で駄弁りながら寮に戻る最中、後ろから声が掛かる。

 

「柳、話がある」

 

「………なんだよ」

 

二人が後ろを向くと、そこにいたのは千冬だった。しかし心なしか、彼女から覇気を感じられない。少なくとも一夏にはそう見えた。

何の用だと、隆道は敵意を露にし千冬を睨む。

 

「授業態度がなってないから個別指導ってか?言っとくが───」

 

「違う、その事はいい。別件でとても大事なことだ」

 

余程の事なのか、千冬は隆道に睨まれても下がろうとはしない。逃げてもどうせ無駄だろうと、隆道は渋々応じる事にした。

 

「さっさと要件言えよ」

 

「ここでは話せない、ついてきてくれるか?」

 

「………分かった。織斑、悪いが先に帰ってくれ」

 

「え、でも………えっと」

 

一夏は不安だった。隆道と千冬を二人にして良いものかと。この三日間で隆道の女性嫌いはいやと言うほど理解している。他者がいてもあの調子なのだ、二人きりになってしまえばどうなるかなど想像出来る。

そんな彼に対し隆道は優しく頬笑んだ。

 

「心配すんな。用が済んだら後で部屋に行くから」

 

不安を隠せてない一夏にそう一言言って、隆道は千冬の後についていった。

 

「………笑った顔、初めてみたな」

 

此方を安心させる為なのだろうか、隆道の初めての笑顔を見た一夏の不安は不思議と消えていた。

 

 

 

 

 

しばらく歩き、隆道と千冬は個別指導室に到着。中に入るなり彼女は鍵を閉めた。個別指導室は完全な防音仕様だ、音が漏れる事はない。

 

「………それで、話ってなんだよブリュンヒルデ」

 

二人きりになった直後、敵意と警戒心を最大限にぶつける隆道。あそこでは話せないと彼女は言った。誰にも聞かれたくない事だ、絶対ろくなことじゃない内容だと隆道は確信している。

 

「………お前の機体についてだ。近々専用機が渡される事が決定した」

 

「………!」

 

その一言で隆道の治まっていた憎悪と殺意が一気に溢れだし千冬に襲い掛かる。

ここ二日で多少は落ち着き、憩いの場や一夏の存在もあって大人しくなった彼であったが彼女の言葉によってそれも全て消えた。

この世界で専用機を渡されるのは名誉な事この上ない。しかしそれが男性となれば話が変わってくる。

 

『モルモット』

 

その単語が隆道の頭を過る。世界に二人しかいない男性IS操縦者。何故動かせたのか、乗らせてどういった成果が得られるのか。国が、世界がそれを知りたがっている。

隆道は自分がどれほど価値があるかを理解している。数少ない貴重なISに乗せてデータを取らせる事は何も不思議じゃない。

だが理解と納得は別物だ。自ら実験体になる物好きなどめったにいない。

それに加え、自身が忌み嫌うISを纏う。隆道にとってはこれ以上ない苦痛だ。

 

(結局、こうなるのかよ………)

 

ISに乗らない。隆道はそう豪語はしたが所詮は青二才。世界には逆らえないのだ。

女性に人として見られず、今度は世界からも人として見られない。そう思うと彼の心は段々と黒く染まっていく。

千冬は以前よりも増した負の感情の前に後退りしそうになるが、これを耐える。

 

やっぱり、か。………そうだよなぁ、じゃなかったら無理矢理こんなところに連れてくなんてしねえよなあ

 

その言葉は初日で見せたものよりも黒く、暗い。

セシリアに向けたそれとは比べ物にならないほどのどす黒い何かを前にして千冬は息苦しくなる。

あの時より更に悪化している。彼の女性とISに対する感情はもはや物差しでは計れない。

初日は油断していたため真耶同様尻もちをついてしまったが今度はそうはいかないと、彼女は全力で耐えた。

 

「………それについてはすまないと思っている。お前をISに乗せるのは私も反対だ。だが政府が男性IS操縦者のデータを取れとな………。私は所詮教師だ、こればかりはどうにもならなかった………」

 

それくらい隆道でも分かっている。世界最強など只の飾りだ。多少の融通は利くかも知れないが限界はある。

彼は、もう二度とISから逃げられないのだ。

これ以上は無意味だ。そう考えた隆道は感情を引っ込め話を続ける事にした。

 

「………そうかよ。んで、………何に乗れってんだ」

 

「………政府が量産機を手配するそうだ。日曜には学園に届くからその時にまた連絡する。………ほんとうにすまない」

 

「思ってもいない癖に謝るな、虫酸が走る。………用は済んだか?俺は帰るぞ」

 

「………ああ」

 

そういって隆道は部屋から出ようとする。扉の前まで行った時、何かを思い出したのか立ち止まり、顔だけを千冬に向けた。

 

「そうだ、せっかくここにはあんたしかいないんだ。今のうちに言っておきたいことがある」

 

「………なんだ」

 

今度は何を言われるのか、罵倒でも何でも来いと千冬は身構えるが───隆道の言葉によってそれはあっさり砕け散る。

 

「──────」

 

隆道は発した言葉はとても小さく、近くにいても耳を澄まさない限り聞こえはしないだろう。

だが千冬には聞こえた。聞こえてしまった。

それを聞いた彼女は大きく目を見開き、声が震える。

 

「柳………お前───」

 

「よく覚えとけ。俺はあんたと、()()()を許さねえ。絶対にだ」

 

その一言を最後に、隆道は部屋から出ていき勢いよく扉を閉めた。

 

「………」

 

千冬はその場から動かなかった。動けなかったと言った方が正しいのかも知れない。

隆道が自分に発した言葉。あれは憶測や確信などでは決してなかった。

 

 

 

彼は知っている。

 

 

 

「………憎まれて当然、か」

 

もはや隆道から信用を得ることは不可能に近い。そう確信した千冬は近くの椅子にもたれかかり、ため息を吐いた。



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第九話

2/20
地の文、台詞等微量修正。


千冬から隆道の専用機についての話があってから日時は過ぎ、日曜日の夕方。職員室で真耶は政府からようやく届けられた隆道の身辺調査書を見ていた。

半月前に政府から送られてきた隆道に関する書類は目を通したが、それは今までの家族構成と適性検査前後の詳細のみ。隆道の過去の経歴は一切無かった。

 

「な………なんなんですか、これは」

 

その内容を見て真耶は絶句する。

所々が虫食いのように塗り潰されおり、全ての詳細を把握する事は不可能になっている。

いったいなんだこれは。これでは身辺調査の意味が無いではないか。

何故政府はこんな虫食いだらけの調査書を送ってきたのか。

辛うじて把握出来るのは小学校、中学校で一回ずつ転校をしている事だけ。

 

「知るな、………ということなのでしょうか」

 

真意は不明。だがこれでは隆道の事が全く分からない。

いったい彼がどのような被害にあってきたのだろうか、何故あそこまで女性とISを敵視するのか。

詳細を知ろうにも、隆道が在学していた高校からは聞き込みを拒否され、近所の住人は話したがらない。

このままではいけない、自分自身で確かめなくてはと、真耶は受話器を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「柳さん、本当に大丈夫なんですか?」

 

「今更だろ。つか、乗らねえとか言っときながら結局乗る羽目になるんだからお笑いだよな」

 

「でも、柳さんは………」

 

「向こうはこっちの事なんざ知ったこっちゃねえだろうよ。………それよりも、結局今日も織斑の専用機来なかったな」

 

場所は変わって、一夏の自室である1025号室。一夏と隆道の二人は暇を潰しながら千冬の連絡を待っていた。今日は隆道の専用機が届く日である。

一夏と同居している箒は現在部活の真っ最中とのこと。

 

「確かに来ませんでしたね。最新型らしいですけど」

 

「俺よりも織斑の専用機を優先しろっての。先に渡す事決まってんのになにやってんだか。やったことなんて知識を身につけるのと稽古をして体力をつけただけじゃねえか」

 

そう、一夏の専用機は未だに来てない。明日のセシリアとの対決に間に合うかどうかも怪しい。

一夏に出来たのは授業に食いついて知識を多少得た事と、箒による怒濤の稽古で何度か死にかけたが体力がついた事。隆道のサポートのおかげで回復も早く、次の日まで疲労が取れないということはなかった。

知識については隆道の部屋で自主勉をし、隆道も渋々付き合ったので彼も多少は知識を身につけている。

一夏が隆道の部屋に行く度に箒に睨まれてることを彼は知らない。

 

「柳さんのは量産機でしたっけ。俺のは最新型なのに不公平じゃありません?」

 

「ばっかお前、ISの開発にどれだけの時間と労力と金がいると思ってんだ。それに俺が適正発覚したの半月前だぞ。どこぞの天才でもない限りどうやったって最新型なんか間に合わねえよ」

 

「あー、それもそうですね」

 

ISには計り知れないほどの開発費を要する。それに加えどの国も人材不足というのもあり、おいそれと新型開発など出来ないのだ。

ちなみに一夏の専用機開発に技術者を取られてしまい、開発途中だったISを未完成のままにされた代表候補生がいるのだが、彼はその事を知らない。

 

「柳さんの専用機が第二世代で俺の専用機が第三世代、でしたっけ?操縦者のいめ、いめー………」

 

「イメージ・インターフェイスな。なんで俺の方が覚えてんだ」

 

「そ、そう、それです。思考制御する特殊兵装の搭載を目的とした世代………ですよね?」

 

「なんで途中から自信無くすんだよ………。少しは自信持て、合ってるから」

 

ISは第一世代、第二世代、第三世代と進化しており、現在はその第三世代に移り変わろうとしている。

第一世代は兵器としてのISの完成を目指した機体を指し、現在はほぼ退役している。

第二世代は『後付武装(イコライザ)』によって戦闘での用途の多様化に主眼が置かれた機体を指す。多くの国がこの第二世代が主力となる。

そして最新型である第三世代。一夏が言ったようにイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵装を搭載した機体を指す。

だが、未だ実験機の域を出ていなく、その特殊兵装を使用する際も集中力が必要だったり燃費が悪いなど課題は多い。

この事から隆道は一つの不満があった。

 

「つか、やっぱおかしいわ。なんで初心者に実験機の第三世代を渡すんだよ、せめて第二世代だろうが。色々舐めてんだろ」

 

「最初聞いたときは深く考えなかったんですけど、言われてみればですね。………なんか色々不安になってきたんですけど」

 

「物が来ない以上考えても無駄だなこりゃ。………そういやあの馬鹿の情報とかどうだったんだ?」

 

セシリア(馬鹿)は確か代表候補生で専用機を持っていたはずだ。あれほど自分を知らないのかと言っていたのだから、なにかしら情報はあるはず。敵を知れば多少は勝機に繋がるはずだと隆道は一夏に問い掛ける。

 

「馬鹿………?ああ、オルコットさんの事ですか。えっとですね、たしか第三世代で名前が『ブルー・ティアーズ』って言いまして。中距離射撃型だそうです」

 

「ブルー・ティアーズ?蒼い雫ってか。んで、第三世代ってんだから勿論特殊兵装積んでるんだろ」

 

「はい、どうやらですね───」

 

一夏が言いかけたその時、扉は叩かれる。一夏が扉まで足を運び、開けると千冬がいた。どうやら隆道の機体が到着したようである。

 

「ようやくかよ。つかあんた、織斑の機体はどうなったんだ。俺よりそっちを優先すべきなんじゃないのか」

 

「………それについては我々は関与していない。此方も何度か催促してるのだが、遅れるとの一点張りだ」

 

「だったら試合なんて延期すればいいだろ。クラス代表なんてあのイギリス人にやらせればいい。そこまでして織斑を戦わせる理由でもあるのかよ」

 

「アリーナ予約の関係もある。今更変更は出来ん」

 

IS学園のアリーナで行う今回の試合は一組の貸し切りとなっており、そう簡単にキャンセル出来るものではない。しかも明日使用する為尚更変更など不可能だ。

 

「物は言いようだな、織斑より大事か。流石教師だな、ご立派過ぎて涙出ちまうよ」

 

「………」

 

千冬をこれでもかと煽る隆道。流石に効いたのか、千冬の顔は少しばかりピクピクと痙攣しはじめた。

 

「………まあ、別にいいか。俺にはあんたの考えなんざ理解出来ねし、したくもねえからよ。んなことより早く案内しろよ、さっさと終わらせようぜ」

 

「………ああ、そういうわけだ織斑。しばらく柳を借りるぞ」

 

「え、あ、うん。分かったよちふ───っでぇっ!?」

 

「織斑先生だ」

 

言い切る前に千冬の制裁が炸裂する。一夏が千冬を織斑先生と自然に言える日はまだ先のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一整備室。その部屋で隆道と千冬は並び立ち、一機のISを見つめている。

そのISの名は第二世代型IS『打鉄』。

日本製量産型ISであり、二世代型ISの中では最高の防御性能を誇る。

肩部の浮遊シールドは自己修復機能を備えており継戦能力を上げ、支援機として高い能力を持つだけでなく、扱いやすさと、整備のしやすさから、各国で多くの機体が稼働している。

ちなみにIS学園の訓練機ではもっとも多く配備されている代物だ。

 

「………これがそうか」

 

「ああ、初期化(フィッティング)最適化(パーソナライズ)を行い、今後は柳の専用機として扱う。乗ってくれ、設定が完了するまで30分前後は掛かるぞ」

 

目の前のISはまだ初期設定状態であり、これに乗って初期化と最適化(合わせて一次移行(ファースト・シフト))を経て、初めて専用機となる。

千冬に言われてゆっくりと足を運ぶ隆道だったが、目の前まで進んでぴたりと足を止めた。

 

「………」

 

「………どうした?」

 

打鉄の前に立つなり急に黙り始める隆道。千冬が彼の顔を覗くと、その目は暗く、哀しく、そして悲痛な表情だった。

以前のような憎悪は感じられない。どういうことだと、千冬が疑問に感じてると隆道が一言呟いた。

 

「………しばらく一人にしてくれよ」

 

「………」

 

「逃げはしねえよ。………一次移行が終わるまででいい」

 

「………分かった。管理室にいるから終わったら連絡をくれ」

 

隆道が何を考えてるかは分からない。だが一人にさせた方が良いと感じた千冬は、そう一言言って第一整備室から出ていった。

 

「………くっ」

 

一人になり、目の前のISをじっと見つめる隆道。数秒ほど経ち、ふと頬から水滴が滴った。

それは涙だった。以前屋上で流したのとは違い、今度は大粒の涙。

 

「………くそがぁっ!!」

 

隆道は叫びながら目の前のIS、打鉄を右手で思いっきり殴り付ける。ISは金属の塊だ、当然びくともしない。むしろ彼の拳の皮膚は裂け、軽く出血する始末。

殴ったところで意味はない。しかし、彼は殴らずにはいられなかった。

 

『ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください』

 

「何が………、何がパートナーだ!こんな………こんなの兵器以外なんだってんだ………!!」

 

以前、授業に遅れて教室に入ろうとした時の真耶の言葉を思い出す。

一夏の前ではなんて事ないような振る舞いだったがそんなことはない。忌み嫌うISを自ら纏う、それが堪らなくてしょうがなかったのだ。

千冬に出ていってもらい、溜め込んでた感情が吹き出る。それはモノレールで怒鳴り散らしたのとは違う、悲痛な叫び。

 

「なんで………!なんで、俺なんだ………」

 

もう後戻りは出来ない。そう思うだけで涙が止まらない。

隆道は徐々に崩れ落ち、打鉄に手を添えたまま膝をつく。もはやその姿はとても生徒全員より年上には見えない。

そして限界に達した彼は───。

 

「ぐ、うぅ………ぁぁぁああああああ」

 

───枯れてしまいそうなほどに泣き叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入るぞ」

 

千冬が出ていってから40分後、隆道から一次移行が終わったと連絡を受け彼女は直ぐに整備室へと戻る。

部屋に入ると、そこには一次移行を終えたIS、打鉄を身に纏う隆道が力なく立っていた。

そのISは既存の打鉄と姿は変わらない。しかし色は見慣れた銀灰色ではなく、光沢の無い黒灰色(こくかいしょく)。灰色のラインが入っており、可動でもするのか装甲の所々に切れ込みがある。

 

「………よぉ、これでいいのか」

 

隆道が千冬の方へ顔を向けると、あまりの悲惨さに彼女は目を見開く。

隆道の目は今まで見た時よりも濁っており、声も絶望に陥ったかのように暗い。

それだけじゃない。彼からは『敵意』も『憎悪』も、何も感じられない。

 

(これでは、これではまるで死人ではないか………!)

 

酷い、これはあまりにも酷すぎる。我々が彼をここまで追い詰めてしまったのかと、千冬は自分を殴りたくなる衝動に駆られた。

 

「黙ってないで、なんとか言えよ………。どうやって外すんだ………これ」

 

「あ、ああ………。解除と念じろ。そうすれば勝手に待機形態になる」

 

「………」

 

隆道は目をゆっくりと目を瞑る。するとISは光の粒子と化し、やがて彼の首元に集まり待機形態へとなった。

 

「んぁ………?これが待機形態………?」

 

それは首輪だった。隆道のISは、細長い長方形のパネルのようなものが組み込まれた鉄の首輪となり彼の首に付けられている。

ISの待機形態は通常アクセサリーの形状になるが、どのような形になるかは指定出来ない。その為どういったものになるかは機体にコアを組み込むまで分からないのだ。

一次移行する前の待機形態は銀色の腕輪だったが、それが何故か鉄の首輪に変貌した。

理由は分からない、だが隆道にとって首輪は色々な意味でマズかった。

 

「ははっ………首輪、か。飼い殺すってか、くそったれ」

 

もはや今の隆道に感情は無いに等しい。彼の変わり様に千冬は唖然としてしまった。

これは堪らない。一夏にも決して見せなかった涙が溢れそうになるが、唇を噛み締める事によってこれを耐える。

 

「や、柳………気分は、………良いわけないか。………すまない」

 

「謝るより笑ったらどうだ。あれだけ乗らねえと豪語してたクソガキがお前らの望み通りISに、しかも専用機に乗ってるんだぜ………」

 

「柳………」

 

もはややけくそになっている隆道をどうにか宥めようと、千冬は必死に思考するが言葉が出てこない。どのような言葉を掛けてもマイナスにしかならない未来しか見えないからだ。

 

「もう、いいか?………帰らせてくれ」

 

「………ああ、構わない。あと、これが必要事項だ。必ず目を通してくれ」

 

そういって千冬は電話帳以上に分厚い書類を袋に包んで渡す。何も言わずに受け取った隆道はそのまま黙って整備室から出ていった。

隆道が出ていったと同時に千冬は小粒の涙を流す。もうダメだ、我慢の限界だと。

 

「う、くっ………すまない、すまない………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって一夏の自室。部活が終わり帰ってきた箒がシャワーを浴びている頃、一夏は明日の追い込みをかけるべく自主勉をしながら隆道の事を心配していた。

 

「本当に大丈夫かな、柳さん」

 

隆道が千冬に呼び出されてから一時間以上は経つ。手続きに手子摺っているのだろうかと一度は考えたが、違う気がする。嫌な予感しかしないのだ、あれほどISを嫌っていた隆道があっさりと諦めたりするのだろうかと。

 

「………考えてもしょうがないか」

 

これ以上考えても仕方ない。まずは明日の為に出来るだけ知識を詰め込んでおかないとならない。専用機が未だ届かない一夏が出来ることはそれだけだった。

 

「一夏、あがったぞ」

 

「うん?ああ、じゃあ俺もシャワー浴びるかな」

 

いつのまにか止めていた自主勉を再開しようとするが、丁度箒がシャワー室から出てきた為、後にしようと一夏はシャワーを浴びる事にした。

 

「………」

 

一夏がシャワーを浴びる最中、箒は一人考えに耽っていた。

最近あまり一夏に構って貰えなかったのだ。朝食時間と昼食時間、そして放課後の稽古と夕食時間以外は暇さえあれば隆道の所へ行き、先輩後輩のような、それでいて気楽な会話をしている。

これだけで言えば箒の方が一緒に居る時間の方が長く思えるが、本人は満足していなかった。

一夏の気持ちもわからなくはない。女性だらけの環境に同じ境遇の男子がたった一人なのだ。隆道の所に自然と足を運ぶのも理解出来る、しかし納得は出来ない。

初日もそうだ。六年ぶりの再会だったのに、一夏が最初に向かったのは自分ではなく隆道の方。箒はこれが面白くなかった。だから堪らずに自ら向かい、彼を無理矢理な形で連れ出したのだ。

彼の明日に向けての稽古は力を取り戻すと豪語したが、実は二の次。可能な限り一夏と一緒に居たかったという欲望の表れである。

その結果、一夏はメキメキと力を取り戻していったので互いにWINWINだろう。

かなり稽古に熱中したので毎度一夏は伸びてしまったが、隆道のサポートにより次の日には疲労など見えずピンピンしていた。その事については感謝をしても良いのかもしれない。

 

「柳………隆道」

 

ふと二人目の名前を箒は口にする。

常に無表情で目は暗く、左頬にある二本の古傷。女性とISを嫌悪している彼には少し親近感があった。

望んでもいないIS学園に無理矢理連れてこられる。私と一緒だと箒は思った。

箒の姉、篠ノ之束により自身の人生を狂わされ、好意を寄せていた一夏と、家族は離れ離れになった。

そしてその日から転校を繰り返して中学を卒業し、自分の意思など関係無いと言わんばかりにIS学園に入学させられる。

過程は違うが、彼も私と一緒で国に振り回される身なのだと感じた。

そして、箒はやはり隆道にひっかかりを覚えている。

ひっかかりと言えば初日に一夏を連れ出した時もそうだった。

あの時は仕方ないとはいえ彼にギリギリまで接近したが、彼は一目見るだけで何もなかった。

隆道は()()()()()()()()()()()()のだ。

確かに自己紹介の時とセシリアの一連で敵意、警戒心、憎悪、殺意は感じた。

だがそれだけだった。他の生徒には向けていたが、箒には一切向けていない。

いったい何故と、そう考える箒だがひっかかりを覚えるだけで答えは全く出てこない。

 

「わからん………」

 

疑問が止まないその時だった。部屋の扉を軽く叩く音がしたのだ。

いったいこんな時間に誰だと、箒は扉へ向かう。扉を開けると、そこにはかつてないほど暗い雰囲気を漂わせる隆道の姿があった。

 

「あ、貴方は………!」

 

「………ああ、篠ノ之か」

 

箒は思わず面食らってしまったが、よく見ると隆道の様子がおかしい。全てにおいて絶望したような、そんな感じに見えた。

 

「織斑は、不在か」

 

「え、いや、その、一夏は今シャワーを浴びてます」

 

「ああ、なるほどね………それじゃ、伝言頼めるか………?」

 

いつも以上に暗く、声も活気がない。シャワーを浴びる前に専用機を受け取りにいったと一夏から聞いていたが何か問題があったのだろうか。

箒は言葉にはしないが、今の隆道は死人にしか見えなかった。

 

「え、ええ、どうぞ」

 

「今日はこのまま帰って寝る。そう、伝えといてくれ………じゃあな」

 

そう言って隆道は力なく帰っていく。その後ろ姿を見て、箒は何故か哀しいと感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の月曜日、放課後の第三アリーナ・Aピットにいるのは一夏、箒、千冬、そして隆道の四人。

四人は一夏の専用機を待ってはいるが、未だ来てない。既に対戦相手のセシリアはアリーナに出ているというのにだ。

 

「………なあ、箒」

 

「………なんだ」

 

「いくらなんでも遅すぎだと思わないか?今日対戦すら出来ないんじゃないか?」

 

「こればかりはどうしようもない。待つしかないだろう」

 

一夏は一層不安になる。専用機は届かないとなると確かにどうしようもない。これではアリーナ貸し切りが無駄になるだけじゃないかと。

 

「………」

 

それに、一夏を不安にさせてるのはそれだけではなかった。

ピットの隅を向くと、そこには鉄の首輪をずっと弄ってる隆道がいる。彼がここにいる理由は、観客席に男一人だけいるよりは良いだろうという単純なもの。アリーナに行く事すら断られるかと思いきや、彼は二つ返事で来てくれたのだ。

そんな彼が弄っているあの首輪が隆道の専用機だということは千冬に先程聞いたので、首輪については何も思ってはいない。問題はそこじゃない。

 

「………」

 

隆道の雰囲気はかなり暗く、濁った目をしていた。一夏が声を掛けても何処か上の空で、声も活気が全く無い。

昨日のシャワーを浴びた後に箒から隆道の伝言を一夏は聞いたが、その時からあの様子なのだと。いったい何があったのだろうかと、一夏は不思議に思っていた。

 

「えと、柳さん。具合でも悪いんですか?」

 

「………?ああ、悪い。聞いてなかった………なんだって?」

 

「いえ、具合でも悪いのかなと」

 

「具合、ねえ。大丈夫だと思うぞ。………大丈夫だと思う」

 

隆道の返答を聞いて一夏は直ぐ様察した、絶対大丈夫じゃないと。

非常に嫌な予感がする。近いうちにとんでもないことが起きる。そう勘が告げているのだ。

 

「………そんなことより、まだ専用機来ねえのかよ。今日はもう来ないんじゃねーの」

 

「あ、えーと。………どうしましょうか、これ」

 

「仮に今来たとしても一次移行しなきゃならねーし、試合なんて出来ないだろ。帰ろうぜ」

 

そう言って隆道が帰ろうとした矢先に、真耶が駆け足でピットに来る。どうやらたった今一夏の専用機が到着したようだ。

 

「来ました!織斑君の専用IS!」

 

「や、柳さん!来たそうですよ!俺のISが!」

 

「あ?今更来たのかよ。いくらなんでも遅すぎじゃ───」

 

やっと来たのかと、隆道は呆れながら振り向きそのISが視界に入った途端───。

 

 

「───」

 

 

───彼の息は止まった。

 

 

そこにあるのは灰色のIS。初期設定状態だからなのか、飾り気の無い見た目をしている。

 

 

 

見たことは無いはずだ。

 

 

 

なのに、何故息が詰まる。

 

 

 

何故恐怖を感じている。

 

 

 

心臓の鼓動が良く聞こえるほど、隆道は周りが静かに思える。

 

 

 

次第に鼓動は大きくなり、言い様のない恐怖に駆られる。

 

 

 

まるで、十年前の───。

 

 

 

「───さん!柳さん!」

 

「っ!?」

 

一夏の叫びによって隆道の意識が戻る。いったい今のはなんなんだと。

もう一度一夏の専用機を見るが、今度は何も感じない。

流石に気のせい、とは思えない。

 

(なんなんだよ、さっきのは………)

 

ISを見るだけで嫌悪感が凄まじい事になるのはあったが、恐怖したのはこれで()()()だ。

気味が悪い。隆道はそう感じずにはいられなかった。

 

「柳さん!やっぱり具合が………」

 

「あ、ああ、悪い。もう大丈夫だ」

 

「………本当ですか?」

 

「しつけえぞ………。俺は大丈夫だから、さっさと一次移行して帰ろうぜ。試合なんて間に合わねえだろ」

 

隆道は謎の恐怖感を振り払い、先ずは現状を把握する。一夏の専用機は初期設定のままだ。一次移行しなければいけない。まさかこのまま試合に駆り出すなんてバカな事は無いだろうと彼は思ってはいたが───それが現実となる。

 

「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナを使用出来る時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」

 

「はい?」

 

「なぁっ!?」

 

千冬の衝撃的な言葉に一夏はすっとんきょうな声をあげ、隆道は驚愕する。

 

「体を動かせ。すぐに装着しろ。時間がないから初期化と最適化は実戦でやれ。出来なければ負けるだけだ」

 

「おい!ちょっと待てよ!気は確かかあんた!?」

 

「柳。さっきも言ったが、アリーナの使用時間は限られている。織斑には、実戦で一次移行させる」

 

「あんた、自分が何言ってるか分かってんのか………!一次移行も済んでない織斑を、代表候補生と戦わせようってのかよ!?」

 

隆道の怒鳴り声に全員が驚愕する。ほとんど無表情で淡々としか喋らない彼が、一次移行を済ませてない一夏を行かせまいと怒っているのだ。

 

「………そうは言うが、オルコットは既に待機している。観客席にいる生徒もだ。ここまできて中止となれば、どうなるか分かるだろう」

 

「………!?」

 

隆道は察した。もしこのタイミングで中止したら、その皺寄せは一夏に行く。逃げ出した臆病者というレッテルを貼られて。既に一夏には逃げ場は無かった。

 

「く、くそったれが………!」

 

もはやどうにもならない。一次移行を完了させるには30分前後は必要だ。それまでに持ちこたえるなど、隆道には想像出来なかった。

そんな絶望を顔に出す彼に、一夏は声を掛ける。

 

「柳さん。俺の事心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。なんとかなります、なんとかしますから」

 

「織………斑………」

 

一夏の顔を見て隆道は目を見開く。彼の目はどこまでも真っ直ぐで、見惚れてしまいそうなほど綺麗だった。

 

(どうして、お前は………)

 

一夏を見て隆道は固く決意する。尚更一次移行を終わらせてない一夏を出すわけにはいかないと。

だが試合の中止は出来ない。ならばどうするべきか?

 

 

 

隆道の答えは決まった。

 

 

 

「………織斑、一次移行が終わるまでここで待て」

 

「へ?それはどういう………」

 

 

 

 

 

「俺が出て時間稼ぎをする」

 

 

 

 

 

「「「「!?」」」」

 

隆道の言葉に全員が絶句する。あの隆道が、自ら試合に出ると言い出したのだ。

 

「や、柳くん!?いったい何を言ってるんですか!?」

 

「待て柳!何故お前が出る必要がある!?時間は無いとあれほど───」

 

「一次移行には30分前後掛かるって言ったのは何処のどいつだ!!だったら俺が出て時間稼ぎしても多少時間が増えるだけで変わりねえだろうが!!」

 

「しかし………!」

 

千冬はなんとしてでも隆道が出る事を止めたかった。

彼のISと女性に対する憎悪もそうだが、昨日の出来事を見てしまったからには止めなければならない。

だが───そんな事は隆道には関係無い。知ったことではない。

 

「あんたはブリュンヒルデだろうが!多少の融通は利かせろ!そんなに自分の弟より規則が大事か!!あんた授業で言ったよなあ!!『兵器を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる』ってよお!!今の織斑がまさにそうじゃねえか!!一次移行も済ませてない、機体の詳細も知らないISで試合なんてやってみろ!!どうなるか分かったもんじゃねえ!!」

 

千冬の言葉を一切聞かないと言わんばかりの怒涛の剣幕。初めて隆道の怒った感情を見た全員は言葉を発する事が出来ない。

 

「悪いが、一次移行を終わらせてない織斑を出させる訳にはいかねえ。そんなに男のIS試合を見たいんだったら、俺が出てやるよ」

 

 

 

隆道の心からの訴えは止まらない。

 

 

 

「どうなんだ。なんとか言えよ、おい………」

 

 

 

ピットに響く彼の言葉に千冬は───。

 

 

 

「さっさと答えろぉっ!!!織斑千冬ぅっ!!!」

 

 

 

───遂に折れた。

 

 

 

「………分かった。柳、ゲートに向かってくれ」

 

「お、織斑先生!?」

 

「………」

 

隆道は千冬の言葉により怒りは消え、無表情のままゲートに向かう。

隆道の怒りによって唖然としてしまった一夏だが、直ぐ様我に返り彼を止めるべく走り向かった。

止めなくては。自分の為に隆道に戦わせるなど、そんなの到底許されない。

 

「柳さん!なにも柳さんが出ることなんて!」

 

「いいんだ織斑。これでいい。お前はさっさと一次移行を済ませろ」

 

「でも!」

 

「別に勝てるとなんて思ってねえよ。ただ時間稼ぎするだけだ」

 

「なんで、どうして………」

 

一夏は隆道の自己犠牲に目頭が熱くなる。事の発端は自分なのに、どうしてそこまでするのかと。

 

「さあ、………なんでだろうな」

 

その一言を最後に、隆道は一夏を避けてゲートに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これから起きる事を知っていれば、誰もがどんな手を使おうとも隆道を止めたであろう。

 

 

 

 

 

彼はIS学園に来るべきではなかった。

 

 

 

 

 

彼は専用機を受け取るべきではなかった。

 

 

 

 

 

彼は、決して戦ってはならなかった。

 

 

 

 

 

───操縦者の異常を確認。心拍数上昇。処置を実行。………ERROR───。




柳隆道の専用機待機形態『鉄の首輪』
(元ネタ :ソロモン6号)


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第十話

2/21
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ピット・ゲートに佇む隆道は、上着を放り投げ嫌悪感を感じながらも打鉄を展開し今回の目的を自分に言い聞かせていた。

 

(30分………30分は耐えろ。もし出来なくても連戦を避けるために奴の体力を出来るだけ消耗させるんだ)

 

彼の最大の目的は、一夏が持つ専用機の一次移行が完了するまでの時間稼ぎだ。仮に一次移行完了まで時間を稼げず敗北してしまったら、セシリアのコンディションによってはぶっ続けの連戦が予想される、そうなったら意味がない。つまり、時間稼ぎをしつつ彼女の体力も消耗させる必要がある。逃げの一手は許されない。

 

(どこまでやれる?こちとら10分………いや、それ以下の搭乗時間なんだぞ。攻撃が当たるかどうかすら………)

 

素人が、ましてや適性検査でしか動かしていない自分が経験のある、ましてや国の代表候補生に勝つなど夢のまた夢だ。それに加え此方は第二世代機で向こうは特殊兵装を積んだ第三世代機。経験も性能も既に負けている。この条件で勝つ者など、それこそ天才かもしくは人間ですらないだろう。あるいは俗に言う奇跡でも起きない限り不可能だ。

勝負に絶対は無いと言う人間がいるが、今の状況を見て同じ事が言えるだろうか。おそらく言えはしない。言ったとするならば、その人間は本当にそれを信じてるか、単なる馬鹿か。

既に勝利は無く、敗北は決定している。後ろ指を指される事になるが彼にとっては知ったことではない。そんなもの今まで数え切れないほどに経験済みであり、そんなものが可愛く見えるほど凄絶な出来事にも遭遇している。

痛みなど慣れている。物理的にも、精神的にも。

 

「………」

 

ゲートが開放されるまで残り僅かだが、隆道は先程から気になっている事があった。

 

───操縦者の異常を確認。心拍数上昇。処置を実行。………ERROR───。

 

先程からずっと視界にこの文字が赤く表示されている。

昨日もそうであった。一次移行を完了したと同時にこの表示が出てきたのだ。その時はものの数秒で直ぐに消滅したので大して気にも止めなかったが、今は表示されたまま。

 

(操縦者を安定に保つ機能が働いてない………?故障か?)

 

まだまともに動かしてすらいないにも関わらず故障などとんでもない事であるが、別に機体が動かない訳では無いので今すぐ戻って報告することでは無いだろう。それに報告したとして、異常を調査するから出るなと言われたら、それこそ一夏の代わりになった意味がない。非常に鬱陶しく思うが、今は無視することを決めた。

 

(武装は………結構あるな、もはや武器庫だろこれ)

 

彼が搭乗している『打鉄』は全ISの中で最も『換装装備(パッケージ)』が多い。様々な武器や装備が各企業で開発、製造されており、くまなく探せば必ず操縦者に合った物が見つかるほど。

彼の機体はデータ採取が主な目的だが、装備の使用データも欲しいため政府がありったけの武器を詰め込んだのだ。その数は近接武器と射撃武器両方を含めて十種類。

普通の武器もあれば用途が想像つかない怪物染みた代物まで目白押しである。

 

『柳君!ゲート開きました!いつでもどうぞ!』

 

少し思考してる間にゲートは開いたようで、真耶のアナウンスと共に奥から光が差し込む。この先に待ってるのはISを使った戦闘だ。

周囲は試合だの模擬戦だの言っているが、言葉を変えただけで結局は銃火器や近接武器を使った戦闘ということに変わりはない。

 

「………」

 

ISで戦う。その言葉が脳内に焼き付き、彼の鼓動は次第に大きくなる。

 

「はぁっ………………出るぞ」

 

その言葉と同時に彼は歩き出す。

一組全員の、今後決して忘れることのない柳隆道の初戦闘が今、始まる。

 

 

 

───操縦者の異常を確認。心拍数、更に上昇。処置を実行。………ERROR───。

処置を再度実行。───ERROR───。

ショ置ヲ再度ジッ行。───ERROR───。

ショチヲサイドジッコウ。───ERROR───。

 

 

 

 

 

アリーナの中央にて対戦相手である一夏を待つセシリアは相手側のピットが開いた事に、ようやく来たかと溜め息を吐いていた。

 

(ようやく、ですか。あまりにも遅すぎますわ)

 

相手より先に彼女がアリーナに出た事を考慮しても遅すぎる。先程までなにかしらのトラブルにあったのだろうと考える彼女は直ぐに思考を切り替える。

 

(わたくしは男なんて認めませんわ。あの二人の男も、どうせ………)

 

彼女は決して世の中に溢れる女尊男卑などではなく、ただ単に男が嫌いなだけである。厳密に言えば情けなく、弱い男がであろうか。

彼女の父親は情けなく、そして弱かった。それだけではない、周囲の男達も強欲で、情けなく、そして弱かった。

 

(織斑一夏………柳隆道………)

 

この二人もどうせ今まで出会ってきた男達と一緒。

先週は男だからという理由でクラス代表を周囲から推薦された事に激昂してしまい、代表候補生らしからぬ発言をしてしまったが今さら悔やんでも遅い。クラスへの謝罪は後回しにすると彼女は決めた。

彼女は自国で血の滲む努力をし、更に技術を磨くためにここに来たのだ。それを、ろくにISを学んでない男の下につくのは限りなく堪らない。

今回の試合は八つ当たりに近いものだが、それも仕方のない事なのだろう。

彼女もまだ15歳だ。いずれ国を背負うであろう立場になっても感情のコントロールが利かない場合もある。

 

(にしても、ゲートは開いてますのにまだ出てきませんわね)

 

ゲートが開放されればものの数秒で飛び出してくるはずだ。いったいなぜと彼女は疑問を持つが、ようやく出てきた人物の顔を見て───その考えは吹き飛んだ。

 

「あっ、貴方は!?」

 

出てきたのは一夏───ではなく今回のいざこざに全く関係のない隆道。黒灰色の打鉄を身に纏いゲートの先端に到着すると彼はそのままアリーナの地面に飛び降り、着地を難なくこなしアリーナ中央付近まで歩き出す。

セシリアを含め観客席にいる生徒達は驚きを隠せない。なぜ彼がISに乗ってるのか、なぜ一夏ではなく彼がアリーナに出てきたのか、彼の纏ってるあのISはなんだとざわつく。

中には未だに彼に対して恐怖心が抜けていないのか、少々怯えてしまう者も数人ほど。

 

「なぜっ、貴方がここにいるのですか!?織斑一夏はどうなさったのです!?それにそのIS………まさか貴方も専用機を!?」

 

「………」

 

彼は彼女の問いに答えない。またもや無視をするのかと彼女は怒りを露にしそうになるが、千冬のアナウンスによってそれは遮られる。

 

『織斑の機体にトラブルが発生した。調整が終わるまで代わりに柳が試合に出場することになる』

 

「なっ………」

 

『ただいまより、セシリア・オルコット対柳隆道の試合を開始する。始め』

 

セシリアの困惑など関係無しに試合開始のブザーが鳴り響く。始まってしまった以上は仕方がない、目の前の男を優先しなくてはと彼女は判断することにした。

彼女は目の前の男と機体を観察するが、その姿に疑問を抱いていた。

彼が纏う機体は打鉄そのもの。だがカラーリングは既存のそれとは違い、装甲の所々に切れ込みがある。

そして、I()S()()()()を着ていなくYシャツとズボンのままである。

ISスーツが無くても機体は動かせる。だが有ると無いとでは操作性が違うのだ。

舐められてるのか、または単純に知らないだけなのか。

そして最大の疑問。隆道の様子がおかしいのだ。

当の本人はアリーナに出てきた時から無表情のままだが、どこか辛そうな感じに見えた。先日まであれほどの負の感情をさらけ出していたにも関わらず、今はまるで人が変わったかのような雰囲気を出している。

理由は分からないが、ここでいちいち怯んではいられない。

 

「………何故、貴方が試合に出たのかは知りませんが、最後のチャンスを差し上げます」

 

「………?」

 

セシリアは正直な所、隆道を攻撃するのは気が引けたのだ。

彼がISを徹底的に嫌っているのはここ一週間でよく知り、女性に対する敵意も身をもって知った。

そんな彼が簡単にISに乗るとは思えない。現に彼は表情こそ出さないが、とても辛そうで弱々しい。

彼女は男嫌いであれど、弱っている男に追い討ちをかけるような非道な女になったつもりはない。

故に、彼に降伏を持ちかけた。

 

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、惨めな姿を晒したくないのであれば、………どうか降伏してくださいまし」

 

高圧的な態度は既に消え、セシリアは穏やかな口調で隆道に語りかける。その姿は以前までの男を見下す面影は無く、正しく高貴な貴族そのものであった。

数秒の時を経て、隆道は口を開く。どうか降伏してくれと彼女は願うが───それは裏切られた。

 

「………『焔備』」

 

右腕を水平にかざし、手元に光の粒子が集まり武器が現れるのは、打鉄の基本装備の一つである中距離武装。

 

───自動小銃『焔備(ほむらび)』───。

 

焔備を展開させ、彼は濁った目でセシリアを力なく睨む。彼には降伏の二文字は無かった。

 

「そう、ですか………。それが貴方の答え………ですのね………残念ですわ」

 

セシリアはゆっくりと目を閉じ深呼吸する。これ以上の言葉は不要だ。ならば、代表候補生として全力を持って相手をする他ない。

右手に持つ彼女の主装備、ニメートルを超す中遠距離武装を構え、彼を狙う。

 

───六七口径特殊レーザーライフル『スターライトmkⅢ』───。

 

───警告。敵IS射撃体勢に移行。

 

「では、………まずは一撃っ!」

 

「っ!?」

 

独特の音と同時に青き閃光が走り、隆道に襲い掛かるが、彼はこれを上半身を反らしギリギリで回避する。

 

「避けた!?ですがっ!」

 

「ぐおっ!!」

 

彼女は続けざまにレーザーを放つが、全てギリギリの所で回避される。彼の動きはお世辞にも良いとは言えないが、身体全体を駆使した動きは実際に全て回避出来ている。

この事実に彼女は心底驚愕していた。

 

(攻撃が当たらない!?どうして!?)

 

手加減などしていない。静止時にはしっかりとスコープに捉えており、彼が回避してる最中も偏差射撃も怠らずにしている。

専用機を持つだけあって、彼女の射撃能力は折り紙付きだ。本来なら既に数発は当たってもおかしくない。では何故当たらないか?

その秘密は隆道本人とISにあった。

彼女を含めた全員が知らない事だが、彼は女尊男卑の被害者の中でも一際苛烈な目に遭ってきた男だ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そういった輩から自身の身を守るべく逃走、迎撃を繰り返して数年ほど経ち、いつしか彼はある身体技能を身につけた。

 

───『危険察知』───。

 

彼の友人が勝手に名付けた捻りもなにもない名だが、その技能は常人をはるかに逸脱していた。

自身の危険が迫る時、例え目を瞑ろうが死角から攻撃されようが直ぐ様察知し、身体の許す限り回避を行うことが可能である。SP十人と渡り合えたのもこの技能があったからというもの。

回避出来る限界は勿論あるが、少なくとも一対一、しかも正面からの攻撃では余程出鱈目な速度でない限り当てることは不可能だ。

それと、ISの機能の一つである『ハイパーセンサー』。

ISに搭載されている高性能センサーは操縦者の知覚を補佐する役目を果たす。これにより目視出来ない遠距離や視野外を知覚出来るだけでなく、操縦者の思考速度を向上させるのだ。

この二つが組み合わさって、偶然ではあるが彼は屈指の回避能力を身につけた。

にも関わらず彼が未だに間一髪の回避なのは、ISに搭乗して間もないのと、彼の精神状態が正常ではないからであった。もし彼がISをそれなりに扱え、精神状態も正常であったなら、彼に攻撃を当てる者は限りなく少なくなるだろう。

 

───ソウ縦者ノ深刻ナ異常をカク認。心拍スウサラに上昇。処チを実コウ。………ERROR───。

 

(くそがっ!回避だけじゃどうにもならねえ!反撃を!)

 

らちが明かないと隆道は判断し、右手に持つ焔備をセシリアに向けて数発撃つ。弾丸の雨は彼女に向けて襲い掛かる───が、しかし。流石は代表候補生であろうか、これを難なく回避。放った弾丸は全て空を切るだけとなった。

 

(ダメだ!涼しい顔して避けやがる!偏差射撃しろってか!?やったことなんて有る訳ねえだろうが!!)

 

セシリアは上空に、隆道は地上に。彼等はお互いに激しく撃ち合うが、彼女の攻撃は彼の逸脱した回避能力の前では無力となり、彼の攻撃は代表候補生には決して当たることはない。

数分間の撃ち合いで、彼女はこれ以上無駄だと確信したのか、射撃を一端やめることにした。

 

「まさか、ここまで避けられるとは思ってもいませんでしてよ。射撃には自信があったのですが、正直こうも避けられるとへこみますわ」

 

「ふっ………ふっ………ふぅ。………そうかよ」

 

「ですので………あまり使いたくはなかったのですが、致し方ありませんわね」

 

そういった矢先、セシリアの機体の一部が切り離され、4つのパーツが宙に浮く。まるでそれぞれが意志があるかのような動きを見せ、隆道はそれがなんなのか察した。

 

「特殊兵装………!!」

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

彼女の機体に搭載されているイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵装。それは遠隔無線誘導型のレーザー兵器であり、機体の名前の由来でもあるそれは彼女の思考制御によって操作し、全方位オールレンジ攻撃が可能な物だ。

先程の正面からの攻撃は一転して全方位からの攻撃へ変化。彼女に加え、4基のレーザー兵器。一対一から一瞬で一対多になってしまった。

状況は圧倒的不利。いくら危険察知があるとはいえ、多数を相手にすればいずれ隙を突かれる。

だからと言って、彼は早々にやられるつもりはない。焔備を構え直して彼女に向かって吠えるように叫ぶ。

 

「勝手に一人で踊ってろぉっ!!!」

 

 

 

───ソウジュウ者ノ深コクナ異常をカク認。心拍スウサラにジョウ昇。キン急処チを実コウ。………ERROR───。

………ERROR───。

………ERROR───。

………ERROR───。

 

 

 

 

 

「な、なんなのでしょうか彼は。まさかオルコットさんのレーザーを地上で全て回避するなんて」

 

「ああ………空中でなら射撃を予測し回避は容易に可能ではあるが、地上となると動きは制限される。その状況下であの回避能力………。侮れんな」

 

真耶と千冬は隆道の回避能力に唖然としていた。動きに粗は見受けられるが、それでもセシリアの高精度な射撃を全て避けている。それも空中ではなく地上でだ。当然の事ながら空中と地上では動ける範囲も違う。

だが、それも先程まで。セシリアが特殊兵装を使いだした途端に彼の回避能力は彼女の猛攻についてこれなくなり、次々と被弾していく。

 

「しかし、状況は一変したな………。恐らくここから柳が押されるだろう」

 

『ぐあぁっ!?ぐぅっ!?』

 

「ああっ、オルコットさんの攻撃が当たっちゃいましたよ!?………それにしても、何故柳君は飛ばないのでしょうか………?」

 

「………飛び方を知らないのだろう。昨日までISを拒絶していたからな………無理もない」

 

千冬は、試合を見ながら今回の事を後悔していた。

一夏の成長を促す為とは言え、セシリアと戦わせるよう多少無理矢理な事をしたが、最終的に隆道が一夏を庇い、代わりに戦う羽目になった。モニター越しの彼が次々と被弾する度に胸が苦しくなる。

もしも、予定通りに一夏が試合に出たら、彼と同じ目に遭っただろうか。

 

「っ………」

 

違う、私はこんな目に遭わせる為ではなかった。私の弟なのだからきっと、上手くやってくれると信じて、一夏とセシリアを戦わせようとした。それなのに結果は隆道を苦しめる事になっている。

彼を保護すると誓ったはずだ。だが現実はどうだ?余計彼を傷つけて、もはやどうしようもないほどに信用など無い。

 

「いや、元から無かったのだったな………」

 

「織斑先生………?」

 

「どうやら私は………教師以前に、人間として失格のようだ………」

 

「………」

 

真耶は言葉を返せなかった。何故なら、自分も同じ穴の狢だからだ。

あの時、クラス代表決めの際に自分が止めていれば、怯えずに彼に積極的に接していればこうはならなかったかも知れない。

だがそれは既に過去の出来事。やり直すことは出来ない。

 

「一夏!一次移行はまだ終わらないのか!?」

 

「無茶言うなよ箒!まだ20分以上もある!こればかりは俺じゃどうしようもないって!」

 

ピットの隅では一夏は一次移行の為、機体を纏ったまま待機している。

一夏が焦っているのは勿論だが、箒も彼と同じく焦っていた。

一夏を庇った彼が今、セシリアに嬲られている。可能なら止めたいが、これはあくまで試合。止める理由が無いのだ。

この状況を打開するには一夏の機体を一次移行させる以外道は無い。

 

「くそっ!箒、一次移行は終わってないけど、これ以上は見てられない!俺が出て───」

 

「馬鹿者!それではあの人が試合に出た事が全て無駄になってしまうではないか!?あの人の行いを無下にするつもりかっ!?」

 

「っ!?ぐ、ぐうぅ………」

 

一夏は惨めな感覚に陥る。いつもそうだ、誰かに守られてばかりで、自分は何も出来やしない。千冬からも守られ、友人にも守られて、今度は自分の為に隆道が守っている。

守られるだけなのは、もういやだ。今度は、自分が誰かを───

 

その時だった、アリーナの観客席で声が響いたのは。

ピットにいる四人は直ぐにモニターを見る。そこにはあちこちから紫電が走り、装甲もズタズタになっている隆道の姿があった。

 

 

 

 

 

アリーナの上空で浮遊するセシリアは、地面に手と膝をついている隆道を見て、思わず目を反らしたくなった。

彼の機体は既に大破に近く、シールドエネルギーも一割を切っている。対して彼女の機体はスラスターに使用したエネルギーを差し引けば無傷。

端から見ればただの苛めに等しいそれは、観客席で見ている生徒達も居た堪れない気持ちにさせた。

 

「が………、く、くそっ、たれが………」

 

試合が始まって約15分。 シールドエネルギー残量は33。機体ダメージはCよりのB。浮遊シールドは半壊しており、スカートアーマーはフレームだけが残っている。もはや虫の息に等しい彼は、この状況に絶望していた。

 

(時間稼ぎするとか言っておいて………なんて様だ、全く)

 

時間稼ぎも、セシリアの体力を消耗させることすら出来なかった。

開始から数分はお互いにひけをとらない試合であったが、彼女の特殊兵装の使用によりそれも崩れた。

いくら危険察知があろうと、全て避ける事は超人染みた身体能力でもない限り不可能だ。

武器はまだ焔備しか展開していないが、特性を知らない以上使いこなす事は出来ないと判断し、展開を渋っていた。

そもそも攻撃が当たらないのだ。武器なぞろくに扱ったことの無い素人が代表候補生相手に当てるなど出来やしない。

 

「………もう、いいでしょう。これ以上は貴方に負担が掛かります。降参してくださいまし………」

 

「………まだ、だ」

 

「貴方、自分の状況が分かってらっしゃるのかしら………?」

 

誰が見てもこの状況を覆す事など想像出来ない。勝敗は既に決している。

そんなことは隆道本人がよく分かっている。最初から勝てる気など無いのだから。

 

「………まあいいでしょう。直ぐに終わらせて、その次は織斑一夏とですわね」

 

「まだだって、言ってん、だろうが………」

 

「しつこいですわよ」

 

そう一言言いながらセシリアは一発、彼の左腕に向けて撃つ。装甲は一撃で剥がれ、彼はその場で崩れてしまう。

 

「ぐっ!」

 

───エネルギー残量16。ダメージレベルC。機体維持警告域(レッドゾーン)に到達───。

 

───ソウジュウシャニシンコクナイジョウヲカクニン。シンパクスウサラニジョウショウ。キンキュウショチヲジッコウ。………EeeeeeeerrRRRROOooOrrrR───。

 

「ああ、くそっ………」

 

もはや手も足も出ない。彼に出来る事は───何一つ無い。

 

「次で終わりにしますわ」

 

彼女は手持ちのレーザーライフルを彼に向ける。これが正真正銘最後の攻撃。

 

(もう、ダメだ)

 

これ以上は持たない。そう確信した隆道は、一夏に心の中で謝っていた。

 

(時間稼ぎ、出来なかった、な)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで思考を止めておけばこの先の未来は変わっていただろう。

だが隆道はあることを考えてしまった。そして、思い出してしまった。

 

(そういや、負けたらどうなるんだけっか………。先週、あのイギリス人が何か言ってたはず………)

 

『言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い───いえ、奴隷にしますわよ』

 

「………」

 

『わざと負けたりしたらわたくしの小間使い───いえ、奴隷にしますわよ』

 

「………」

 

『わたくしの小間使い───いえ、奴隷にしますわよ』

 

(ああ、そうか。奴隷、だったな………。とうとう人権まで奪われたってこと、か)

 

セシリアは彼を奴隷にするつもりなど毛頭無い。そもそも『わざと』なのだからどちらにせよ適用はされないのだが、精神に異常を来している隆道は正常な判断が出来なくなっていた。

大切なものを奪われ、自由を奪われ、今度は人権を奪われようとしている。これ以上何があるというのだ。

 

 

 

 

(………次は?)

 

 

 

 

 

その時、隆道は考えてはならない答えを出してしまう。

 

 

 

 

 

(………『命』?)

 

 

 

 

 

その答えを出した途端、彼の視界は反転し、過去の出来事が次々と鮮明に思い出される。

 

 

 

『隆道。お母さんね、お父さんと離婚するとにしたの』

 

 

 

───なんで。

 

 

 

『あなた、自分が騙されたことにまだきづかないわけぇ!?うけるぅ!!』

 

 

 

───どうして今。

 

 

 

『これ、貴方の犬なんでしょう?なんて汚らわしい犬なのかしら。そんな犬は───』

 

 

 

───やめろ。

 

 

 

『お前には恨みはない。けどな………俺達は女に逆らえねえんだ』

 

 

 

───やめるんだ。

 

 

 

『この病院はね、貴方のような男が来ていい所ではないのよ、それくらい自分で治療しなさい』

 

 

 

───やめてくれ。

 

 

 

『隆道………お前を───』

 

 

 

───頼む、もうやめ───。

 

 

 

『お前を一人にしてしまう父さんを、決して許すな』

 

 

 

 

 

───操縦者の深刻な異常を確認。心拍数不安定。緊急処置を実行。………不可能───。

 

───深刻な心的外傷後ストレス障害と判断───。

 

───自己防衛システム『狂犬』を強制起動します───。

 

 

 

 

セシリアは隆道に止めを刺そうとした。だがしかし、彼の様子がおかしい事に気づく。

手と膝はついたままで顔はうつむき、表情は一切見えないが雰囲気が一変した。

 

「………?貴方、いったいどうし───」

 

───警告。未確認の脅威を感知。危険度レベルA。迎撃を推奨───。

 

「っ!?これはいったい!?」

 

突如セシリアの機体から警告が発する。なんだこれは、今までこんな警告など見たことはない。彼女は得たいの知れない表示とアナウンスに困惑していると、彼の機体に変化が起きた。

黒灰色の機体が鈍く発光し、その上に赤いラインが浮き出てくる。それはまるで血管のように装甲全体に行き渡り、心臓の鼓動のように点滅し始めた。

 

───警告。更なる脅威を感知。危険度レベルS。迎撃、又は撤退を推奨───。

 

「な、なんなんですの………」

 

何が起きているのか、困惑する彼女を余所に彼はゆっくりと立ち上がる。

所々ボロボロで、動かすのも困難なはずだ。機体に走る紫電はより強くなり、それが一層不気味に感じられる。

 

 

 

そして───

 

 

 

「くひ、ひひひ」

 

「………?」

 

「ひひひ、へへへへへ。あは、ははは………」

 

「あ、貴方───」

 

 

 

精神が極限まで追い詰められた彼は勢いよく顔を上げ───

 

 

 

 

 

「ぐひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!あははははははははははははははは!!」

 

 

 

 

 

───大粒の涙を流しながら狂ったように嗤っている。

今まで幾度となく傷つき続けた彼の心は、遂に壊れた。

 

 

 

「「「「「「!?!?!?」」」」」」

 

セシリアを含めた観客席の生徒、そしてピットでモニター越しに見ている四人は彼の豹変に背筋が凍る。中には激しい嘔吐感に駆られる者もいれば、あまりのおぞましさに意識が飛びそうな者も。ほぼ全員がその場から逃げ出したくなるが、何故か動かない、動けない。

ピット内では真耶と千冬は彼を見て戦慄する。

 

「あ、あれは、あの時、いやそれ以上の………!?」

 

教師二人は既に見ている。以前に記録として送られたモノレール内での映像。それを見て真耶は怯え、千冬は嘔吐したが目の前の彼はその時より遥かに嗤い狂っている。目を反らしたいのに反らせない。言い様のない恐怖に駆られ、真耶は言葉すら発せず目を大きく見開いてぴくりともしない。

一夏と箒も同じだった。今まで見たこともない彼の豹変に目を反らせず、その場で固まってしまう。

 

「や、柳、さん?な、なん………で」

 

「こ、これは………いったい」

 

彼には先程までの面影はどこにもない。無表情で、それでも一夏に対して優しかった彼は、そこにはいなかった。

そんな彼を目の当たりにしているセシリアも同様にその場から動けないでいる。ISの機能により多少安定はしているが、それでも悪寒は止まない。

 

「あ、あ、貴方は………」

 

「ひははははは!ははは、はは………は、は、は………」

 

嗤い疲れたのか、彼の声は次第に小さくなる。同時に狂気も収まり、彼女は一安心しそうになるが───それも叶わなくなった。

 

「ははは、はは、は………ぁぁぁあああア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」

 

彼は狂った嗤いから一変、今度は左手で頭を押さえながら泣き叫び始める。大粒の透明な涙は次第に赤く色づいた。

それは血だった。血涙と化したそれは彼の頬を真っ赤に染め、彼女をより恐怖に陥れる。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛」

 

セシリアはその光景を見て、目を見開き言葉すら発せなくなる。

いくらなんでも異常だ、彼に何が起こっている。声を掛けようにも言葉が出てこない。まさか、暴走でもしてるのかと彼女は考える。

だとしたら非常にまずい。先程から警告がより大きくなっており、彼も、自分も危険な状態になっている。

なんとかしなければと、そう判断した矢先に千冬からのアナウンスが鳴り響く。

 

『オルコット!!今すぐピットに戻れ!!早く!!』

 

「え、で、ですが………彼はどうするのです!?」

 

『我々教員が対処する!!だから、お前は一刻も早く───』

 

言いかけたその時、全員がある異変に気づいた。隆道が急に静かになったのだ。

収まったのかと、彼の様子を見るが顔をうつむいたまま立ち往生している事以外分からない。

だが、一つだけ変化があった。彼の力なくぶら下がる右腕が発光し、やがて武器が現れる。

その武器はISの腕部同等、もしくはそれ以上に太い二本の大きな杭。弾倉も一際大きなそれを見て、セシリアは直ぐ様検索をかける。

 

───220mmダブルパイルバンカー『鋼牙(こうが)』───。

 

なんだあの武器は。フランス製のパイルバンカーより大きいと、彼女はその武器に寒気を覚える。

しばらくして、彼はようやく言葉を発するが───それはあまりにもおぞましいものだった。

 

「………やる」

 

「………?」

 

 

 

 

 

………てやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺kkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkk───」

 

 

 

 

 

───警告。未知の脅威を感知。危険度レベル測定不能。撤退を推奨。撤退を推奨。撤退を推奨───。

 

次第に言葉にすらならない発声となり、セシリアを完全に釘付けにする。やがて彼は、彼女と目が合い───。

 

 

 

 

 

セ゛シ゛リ゛ア゛オ゛ル゛コ゛ット゛ォォォッッッ!!!!!!

 

 

 

 

 

喉が裂けてしまうほどの雄叫びを上げ、隆道は殺意を全開にしてセシリアに向けて飛び掛かった。

 

───警告!未知の脅威を感知!!危険度レベル£$¥%@!!!即時撤退を推奨!!!───。

 

「ひっ!?!?」

 

自身の防衛本能が働いた為か、彼が飛び掛かると同時にセシリアは即座に武器を構え、発砲する。

放ったレーザーは彼の眉間を捉え、当たる───はずだったが、彼の姿が一瞬ぶれるとレーザーは彼を通り抜けた。

 

「躱した!?この距離で!?」

 

彼との距離は遠いがレーザーの有効射程範囲だ。しかしその距離で、後数メートルで着弾するはずのレーザーを回避することなど国家代表でも不可能だ。にも関わらず彼は回避した。

続け様に彼女はレーザーライフルを連射するが、当たらない、掠りもしない。

 

ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!

 

そうしてる間にも彼は迫り来る。右腕にある二本の牙を彼女に向けるために。彼女を殺すために。

 

「くっ!?」

 

4基のブルー・ティアーズは間に合わない。間に合ったとしても恐らく当たらないだろう。ならば、奥の手を使う他無い。

しかし、今すぐ使っては簡単に回避されるだろう。ギリギリまで引き付けるのだと、彼女は身を引き締める。

 

───接触まであと二十メートル。まだだ。まだ使ってはならない。

 

(………ブルー・ティアーズは)

 

───接触まであと十メートル。彼は鋼牙を彼女に向けるべく、構えながら突っ込んでくる。奥の手を準備し、その時を彼女は待つ。

 

───接触まで、あと五メートル。チャンスは、やって来た。

 

「六基ありましてよっ!!」

 

その掛け声と同時に彼女の腰部から広がる筒状のアーマー。そこから彼に向けて放たれる物体。それはミサイルであった。

ブルー・ティアーズには六基の特殊兵装が存在する。四基は先程まで隆道を苦しめたレーザービット。そして、残り二基はたった今発射した唯一の実弾兵装、ミサイルビット。

自身もミサイルの爆発に巻き込まれてしまうが、そうは言ってられない。もはや回避不可能の距離に到達した彼は二発のミサイルにより、爆炎に包まれた。

 

「くうぅっ!」

 

至近距離で爆発したミサイルはセシリアにも襲い掛かり遠くに吹き飛ばされる。だが彼女は身構えていた為直ぐに体勢を立て直すことが出来た。

爆炎から二十メートル以上離れ、自身に脅威が去ったことに彼女は一安心する。

 

「はぁ、はぁ、はぁ………これで───」

 

しかし、今の彼女に安息など存在しない。

爆炎から飛び出して来たのは、ミサイルが直撃したはずの隆道。装甲が所々焼け焦げている彼はそんなことお構い無しに彼女に向かって突撃してくる。

 

オ゛ル゛コ゛ット゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッッッ!!!

 

「そんなっどうしてっ!?」

 

確かに直撃したはず、なのに何故と混乱するが、直ぐにそれは解決した。

 

(浮遊シールドがない!?まさかあのタイミングで防御を!?)

 

既に彼はすぐそこまで接近している。なんとかして迎撃せねばと彼女は近接武器を展開するため高々に叫ぶ。

 

「インターセプター!!」

 

ブルー・ティアーズに搭載されている近接ショートブレード『インターセプター』を展開し、構えようとするが、それは無駄に終わる。

 

ウ゛ラ゛ァ゛ッッッ!!!

 

なんと彼は速度を殺さずに回し蹴りを放って彼女の近接武器を蹴り飛ばした。

しかし急停止を考えていなかったのか、彼は彼女に勢いよく激突。大破に近い機体の装甲は殆ど砕け、空中に撒き散らす。

 

───エネルギー残量2。ダメージレベルD。操縦者生命危険域(デッドゾーン)に到達───。

 

「ああっ!な、なんて無茶苦茶な!!」

 

離れて体勢を立て直さなければと、彼女はその場から離脱しようとするが───遂に、彼に肩を捕まれてしまった。

 

「あっ………」

 

ツカマエタ

 

彼女は彼と目が合い、硬直してしまう。目から夥しい血を流す彼の顔は酷く歪んでいた。

 

………将来の奴隷が贈る、最初で最後の悪足掻きだ

 

「あ───」

 

彼の右腕に装備されている二本の杭は彼女の頭と胸を捉えている。それを押し付け───。

 

しっかりと味わえライム女ぁっっっ!!!

 

───容赦なく放たれた。

 

「がぁっ!?!?!?」

 

ステージ内に鳴り響く爆音。とてつもない威力をモロに受けたセシリアは弾丸の如く吹き飛ばされ、アリーナの壁に激突、そのまま地上に墜落する。

二本の杭が装甲の無い頭部と胸部に直撃し、絶対防御が発動。それだけでなく、壁に激突と墜落したことにより彼女のエネルギーが大きく削り取られる。

 

───『絶対防御』───。

 

操縦者が生命に関わる攻撃を受けた際に発動するISの最大の機能。これによりあらゆる攻撃でも操縦者を死に至らしめる事は無いが、その分エネルギーは極端に消耗する。

頭部と胸部に受けたダメージと、壁に激突し、墜落の衝撃によって九割近いエネルギーは一瞬の内に一割以下に減った。

今まで受けたことの無い衝撃に彼女はもがき苦しむ。

ブラックアウト防御機能により気絶も出来ない彼女はその激痛から逃れる術は無かった。

セシリアを吹き飛ばした隆道だが、彼もまた、ただでは済んでいない。

彼が使用した『鋼牙』は重大な欠陥があった。

それは大きな炸薬を二つ同時に発火することによる、ISのパワーアシストがあっても抑えきれない強烈な反動。

まともに構えなかった彼は射出と同時に吹き飛び、彼女と同様地上に叩きつけられる。

 

『試合終了。勝者───セシリア・オルコット』

 

ブザーと共に無機質な音声が鳴り響くが、観客席にいる生徒達やピットにいる四人はそれどころではない。

試合と思いきや、殺し合い染みた事と化した戦闘は誰もが戦慄を覚えてしまった。

 

 

 

───操縦者生命危険域超過。具現維持限界(リミット・ダウン)に到達───。

 

 

 

地上に激突したことによりエネルギーがゼロになる処か、機体に限界が来たのか隆道の機体は光の粒子となって消え、彼は地表に放り出される。彼の暴走はようやく終わりを告げた。

 

 

 

───しかし、更なる悲劇が彼を襲う。

 

 

 

『柳!今すぐそこから離れろ!』

 

千冬の叫びと共に隆道は力なく空を見上げる。そこにあったものは、円柱状の物体。

それはセシリアのミサイルだった。彼女は彼の攻撃を食らう直前に悪足掻きとして二発のミサイルを発射していたのだ。

彼女のミサイルビットは自立誘導型ではなく、思考制御のミサイルだ。当の本人は激痛に苦しみ、制御など出来ない。

コントロールを失ったミサイルの一発は明後日の方向で爆発し、残りの一発は───。

 

 

 

───不運にも生身の隆道に向かっていた。

 

 

 

『避けろ柳ぃぃぃっっっ!!!』

 

千冬の言葉は聞こえてないのか、その場で膝をついたままの彼は、諦めたように小さく呟く。

 

「………くそったれが」

 

疲労が限界に達したのか、立ち上がることすら出来ない。人生の最後がこんな形など決して認めたくはないが、所詮自分の人生は既に終わってるのだ。もういいだろうと、彼はゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

───だが、彼が死ぬことを決して神は許しはしない。

 

 

 

 

 

隆道に真っ直ぐ向かっていたミサイルは再び不規則な動きとなり、彼の十メートル手前で地上に着弾し爆発する。

その爆発の衝撃波により、隆道は大きく吹き飛ばされた。



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第十一話

2/24
地の文微量修正。


セシリアと隆道の試合の結果は、彼女の勝利となった。だが誰もが試合結果などどうでもいいと思っている。その試合により彼は暴走を起こし、最終的に重傷を負った。

観客席で飛び交う悲鳴の嵐。誰もが予想もしなかった一大事に生徒達はパニックを引き起こす。

 

「山田君、医療班に緊急治療の連絡を!織斑、篠ノ之!指示があるまでここを動くな!いいな!」

 

「ちょっ、千冬姉!?待ってくれ、俺も!!」

 

一夏の呼び掛けを無視し、千冬は備えの応急キットを担ぎ一アリーナに出る。向かうは血塗れの隆道の元。

彼のそばまで近づくと、それは言葉では表しきれない程の惨状だった。

 

「ああ、なんてことだ………。柳!しっかりしろ!」

 

衝撃波で吹き飛ばされただけでなく、地上で爆発した際のミサイルの破片、小石などが彼に散弾の様に降りかかり至る所が傷だらけになっていた。試合開始時の純白な制服はズタズタになっており、ほとんどが赤く染まっている。特に酷いものは細長い破片が左肩に突き刺さっていた。安易に抜こうとすれば大出血は間違いない。

当の本人は仰向けに倒れており、ピクリともしない。気絶しているのか、それとも───。

 

「意識が無い………くそっ。脈は………!?」

 

そういって彼女が手を近づけると、それは叩かれた。

 

「………!?や、柳!?意識が!?」

 

「ってえ、な………。くそっ、たれ………」

 

彼女の手を振り払ったのは意識が無いと思われた隆道。

身体を起こし立ち上がろうとするも、足に力が入らないのか体勢を崩し両足の膝をついてしまう。

 

「ああ………くそっ、たれ………。なんで、生き………てんだよ、ちく………しょうが………」

 

舌打ちをし愚痴をこぼす彼は肩に突き刺さっている破片に血濡れた右手を震えながらも伸ばす。

彼がやろうとしていることが直ぐに分かり、彼女は止めようとするが───。

 

「ダメだ柳!?それを抜いたら───」

 

「ぅらあっ!!」

 

彼女の警告を無視し、彼は破片を勢いよく引き抜く。抜けたことにより血は夥しいほど噴出し、それを辺り一面に撒き散らす。

止血をせねば失血死は免れないことは明白だ。

 

「あぁ……はぁ………。俺に………近づくんじゃ、ねえ………」

 

「や、柳………」

 

「なんだよ、しけたツラ………しやがって………。何しに………来たんだよ、あぁ?」

 

千冬を睨むその顔は破片や小石によって数ヶ所に生々しい傷が付き、血涙の影響なのか目はこれ以上無い程充血し真っ赤になっていた。

彼の眼力はとても弱々しく、今にも消えてしまいそうな程覇気がない。文字通り虫の息に近い状態だった。

そんな彼を目の当たりにして彼女は目頭が熱くなってしまう。

 

(私が、私が柳をこんなっ………!?)

 

堪らなくなる気持ちで満たされるが、今は一刻も争う事態だ。医療班が来るまで手当てをしなければならない。でないと彼は死んでしまう。それだけはなんとしても避けたかった。

 

「柳!直に医療班が来る。それまでに手当てを!」

 

「もう、いい………だろうがよ………。いっそ死なせて………研究材料でも………好きに、しろって………。俺なんかより、あそこで悶えてるイギリス人を………」

 

「柳ぃ!!」

 

「………?」

 

「頼む………手当てを、させてくれ………。この通りだ………」

 

隆道の鋼牙によるダメージによりアリーナの隅で未だに蹲っているセシリアも診てやるべきだが、今は彼を優先しなければならない。

彼女は涙を流しながら悲痛な声で悲願する。そこには既に世界最強の面影はない、一人のか弱き女性の姿があった。

───しかし、彼にその思いは届かない。手当てをしようとする彼女に今もなお必死で抵抗をする。

 

「泣けばいいと、思ってんのかよ………!そんなの俺ら男の心につけこむ、お前らの………女の武器だろうが………!!」

 

「柳……」

 

「お前らのような女がいるから………ハルは、親父はっ………!!ぐっ………」

 

彼の抵抗は続かず、言葉を言い切る前に彼は倒れ、千冬にもたれ掛かる。あれほどの怪我と出血をしたのだ、生きてるだけでも奇跡に等しい。

それでも彼は足掻くように、言葉だけでも抵抗を続けた。

 

「俺は認め、ねえ………!ISなんか………お前ら………女、なんか………!特にあんたと、あの女………は………ぜ………」

 

「あああダメだダメだ!柳、気をしっかり持て!!」

 

「───」

 

「医療班はまだかあああぁぁぁ!!!」

 

千冬の泣き叫びがアリーナ全体的に響く。セシリアと隆道の試合は、その場にいる全員の記憶に刻まれる最悪の形となって幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隆道が重傷を負い、緊急治療中の最中。本州のとある場所の小さな部屋で彼に関する電話のやり取りがあった。

片方はIS学園の理事長。そしてもう片方はIS委員会の一人。

 

『一刻も早く病院へ連れていくべきです。これ以上は彼の身が持ちません』

 

「其方には医療環境も最新の物があるはずだ、その必要は無い。彼には完治次第、引き続きデータ採取を行ってもらう」

 

『………貴方、分かっているのですか。彼はISに乗って───』

 

「知っている。ISに乗って暴走を引き起こした事も、事故の詳細も貴女が連絡を入れる前に報告が入った。生きているだけでも奇跡としか言いようがない」

 

『ならば……!』

 

「だが彼を今の状態で本州に連れていけば、どうなるかは分かっているはずだが?たった二人のうち一人に重傷を負わせた、そんな彼を本州に連れてけば直ぐに公になるだろう。そうなったら貴殿方IS学園だけではない、イギリス代表候補生にも、イギリス政府にも、日本政府にも、我々も多大な責任が降りかかる」

 

『………』

 

「ISの絶対的信頼を失う事にもなる。それに、彼を狙ってる者に取っては格好の的だ。彼を余計危険な目に合わせるつもりか?」

 

『………しかし───』

 

「とにかく、今回の件は決して口外するな。今は余計な混乱を招くのだけは避けたい。話は以上だ」

 

男はこれ以上話すことは無いと、相手を返事を待たずに受話器を切り、溜め息を吐きながら椅子にもたれ掛かる。

 

「………これでは悪党だな。いや………元からか………」

 

隆道をIS学園に置く事は男も反対であった。しかし、彼を狙う者が相次ぐという報告も受けている。そんな中あの場所から引きずり出すなど、敵に餌を与えるようなものだ。

数少ない男性操縦者を失う訳にはいかない。彼は今まさに爆弾のようなものだ。起爆してしまえば世界中のあらゆるものが爆発し、取り返しのつかない混乱を招く事など直ぐに分かる。今後の事は学園に任せるしかない。

 

「………」

 

男は受話器を取り、電話を掛ける。数秒経ち、電話に出たのは若々しい女性の声。

 

『篠原です』

 

「熊田です。先程IS学園から柳隆道について連絡が」

 

『………そう、ですか。結果的にあの子はどうなるのです?』

 

「彼には学園内で治療をしていただき、完治次第再びデータ採取の方を」

 

『………分かりました。連絡ありがとうごさいます』

 

「いえいえ。………ですが、よろしいのですか?貴女の手に掛かれば彼を守る事など………」

 

『それは出来ません。あの子は私を酷く恨んでいるでしょう。それに、『過激派』に刺激を与える事になります。貴方側にも『敵』がいるように、此方側にも『敵』がいますので』

 

「………分かりました。しばらくは現状維持の方向で」

 

『この世界は、どこもかしこも敵だらけ。世の中上手くいかないものですね』

 

「ええ、全くです。………そういえばなんですが、娘さんは確か………」

 

『………はい。娘もIS学園に』

 

「大丈夫なのでしょうか。私の記憶が正しければ娘さんは………その………」

 

『ええ、私の教育がなってないばかりに………今の社会に染まってしまいました………。娘も、近い内にあの子に接触するでしょう。争うのは目に見えてます』

 

「………」

 

『私達は手を出すことは出来ません。見守る事しか出来ないのです』

 

「………分かりました。それでは篠原さん、またいずれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は戻り再びIS学園。今回の試合に関しては箝口令を出された。

試合が行われたのは学園全体に知れ渡ったことだが、その内容はクラス代表を決めるべく行われようとしたセシリア対一夏というだけ。

一夏ではなく、隆道が代わりに試合を行い、暴走し、重傷を負った事は一組と一部の教師しか知らない。

もし、公になればISに対する不信感だけでなく、事故とは言え彼に重傷を負わせたセシリアに飛び火が来る。

更には彼を保護すると押し通したIS学園、セシリアが所属するイギリス政府、彼に専用機を渡したIS委員会、そして日本政府にも火は廻る事は明白だ。多数の生徒の混乱を避ける為、一組全員に同意書を書かせるという徹底をする事により、今回の件は闇に葬られる。

その試合で起こった惨劇から数時間経ち、現在は夜。保健室には包帯で埋め尽くされた隆道と、それを見守る千冬の姿があった。

あの後直ぐに医療班が到着し彼を緊急治療室に、セシリアを保健室に運んだ。

彼女の方は絶対防御がフル稼働した為外傷は無く、痛みも徐々に消えていったので大事には至らなく、明日には通常通りの生活に戻れる。

鋼牙を受けた直後の記憶が曖昧になっており、そばにいた千冬に事の詳細を聞いた彼女は顔を真っ青に染め、自分が行ったことを激しく後悔した。事細かな事が重なってしまった不運過ぎる事故であるが、それでも悔やみきれない。

しかし悔やんだ所で現実は変わらない。一先ず彼女には落ち着いてもらい、今後の事は明日にでもということで、今回の件は口外するなと釘を刺し部屋に帰らせた。

まだ意識が戻らない彼は大手の病院で入院をしなければならないほどの重傷だ。それだけでも一大事なのだが彼を治療する際、とんでもないことが判明した。

彼の身体には無数の古傷があったのだ。しかも、外科医が処置したようなものではなく、明らかに素人がやったような歪な縫合痕が複数。それだけでなく小さな刺し傷も数ヶ所ほど。

彼の調査書にそのような治療を受けた経歴はない。つまり他者か、もしくは自分で治療した事になる。

あれほどの女性不信を見てしまえば凄絶な過去を経験してることは理解していたがここまで酷いとは思わなかった。

本来ならばここに居るべきではない。ISから遠ざけ、心身共に治療を行うべきなのだが、学園理事長がそれに待ったをかけた。

 

『柳隆道を狙ってる者がいる』

 

ある人物の情報によると、隆道をあの手この手で誘拐、または暗殺しようとする者が多数いるという。そんな物騒な輩が存在する中、まともに動けない彼を学園外に出すのは非常に危険だ。

外側も、内側も敵だらけ。彼の置かれてる状況がまさにそれだ。

 

「………私、は………」

 

自分のせいで彼をこんな目に遭わせてしまった。いや、十年前からであろうか。

もしあの時こうしていればと彼女は悔やむが、時既に遅し。悔やんだ所で彼の傷は癒える事はない。

 

「………何が教師だ。結局………私は他者を傷つける事しかしてないじゃないかっ」

 

IS業界で他者を払いのけ天下を取り、ある事を機に教師に務めた彼女は、何か自分が変わるかもしれないという気持ちはあった。

だが結局どこまでも現実主義な彼女は他者に、自分に、そして唯一の身内である弟に厳しく接していた。

何も変わっていなかったのだ。その結果招いたのが今回の事件。出来ることなら今回の責任を取りたいと思う彼女だが、それすら許されない。

 

「………変わらなければ。でないと───」

 

考えに耽った矢先、不意に扉が開かれる。入ってきたのは急いで走ってきたのか、息を切らした真耶であった。

 

「お、織斑先生。柳君の機体、なんですが………」

 

「何かあったのか?」

 

「ダメージレベルがDまで到達していたので、代わりとして訓練機の予備パーツを組み込んだのですが………。ええと、とにかく見て貰った方が早いです」

 

「分かった、直ぐに行く」

 

「お願いします。他の先生がここに直ぐに来るそうなので、………柳君の事は………その人に」

 

寝ている彼を見て真耶は俯いてしまう。彼女も今回の件は効いたらしく、千冬と同様に悔やみきれない気持ちでいっぱいだった。

そんな気持ちを抱えながら教師二人は、寝ている彼を後にし保健室を出る。

しばらくして教師一人が保健室へ来るが、彼女はある異変に気づく。

 

「………!?い、いない!?」

 

その異変とは、隆道が寝ている筈のベットマがもぬけの殻だということ。彼がいなくなったことで彼女は慌て、千冬に連絡を取ろうとするがそれは遮られた。

突如背後から両腕を拘束され、壁に押さえ付けられてしまう。彼女もIS学園の教師だけあって、護身術は人並み以上あるが、自身に襲い掛かる力に抵抗が出来ない。

いったい誰がと軽いパニック状態になるが、その声を聞いて更なる驚愕が彼女に降りかかる。

 

「騒ぐんじゃ、ねえ………!」

 

「や、柳君………!?貴方、意識が戻って………!?」

 

「んなこと………どうだって、いいんだよ………!それよりも、首輪はどこだ………!」

 

「く、首輪………?」

 

何の事だか分からない、彼の専用機の事を言ってるのだろうか。咄嗟に答えようとするが、どうやら違うらしい。

 

「俺の右手首に巻いていた首輪に決まってんだろ………!どこにあるか言わねえと………」

 

彼がそういった途端、彼女は自身の首もとにひんやりとした感触を味わう。それが刃物であることは直ぐに分かった。

声からして彼は本気だ、言う通りにしないと自身が危ない。刺激をするなと千冬から警告を受けてる事もあり、彼女は直ぐ様彼に従うことを決める。

 

「あ、貴方の持ち物は………その机の引き出しに保管してあるわ」

 

そういって彼女は部屋の隅にある机を顎で指す。すると彼は乱暴に彼女を地面に叩きつける様に放り投げ、引き出しを漁った。

探していた首輪を見つけると直ぐにそれを右手首に巻き付け、部屋を出ようとする。傷が完治していない彼をまだ帰すわけにはいかない。

彼を引き留めようとするが、放り投げられた際に足を捻ったのか立ち上がる事が出来ない。

 

「ま、待って柳君!貴方はまだ安静に───」

 

「知った、ことかよ………。こんなところに………いられるか………」

 

そう一言言って、彼は足を引きずりながらも保健室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が保健室を出ていく数分前、第一整備室で隆道の機体を眺める千冬と真耶は驚愕に満ちていた。

 

「な、なんだこれは………」

 

「分かりません………。同じ打鉄なので、予備パーツを組み込んだだけなのですが……」

 

彼の機体は整備室に運ばれた当時、見るも無残なほどボロボロであった為、緊急処置として同型の訓練機である打鉄の予備パーツを組み込んだ。本来ならばつぎはぎの様な外見になるはずだったのだが───

 

「………パーツを取り込んだ、のか?」

 

「わかりません………それだけじゃないんです。細かな所も急激な速度で修復しています。こんなの見たことありません………」

 

組み込んだ予備パーツは直ぐ様銀灰色から黒灰色に変わっていき、その装甲の上には血管のようなラインが浮き出てくる。暴走時と違い赤く点滅はせず黒く色付いてるが、それが一層不気味に感じられる。

駆動系だけではなくフレームなども目に見えるほど急速に修復していき、既に新品同様な所までに至った。

これだけでも驚愕満載なのだが、この機体はそれだけで済むほどの物ではなかった。

 

「それと、柳君が暴走した前後のログと、新たに追加された項目がありまして………」

 

「………?」

 

真耶は千冬に彼の機体のログを見せる。そこに記録されたもの操縦者と機体における一部の警告ログだけであったが、千冬を更に驚愕させるのに十分な情報があった。

 

 

 

 

 

───警告ログ───

 

───操縦者の異常を確認。心拍数上昇。処置を実行。………ERROR───。

 

───操縦者の異常を確認。心拍数、更に上昇。処置を実行。………ERROR───。

 

処置を再度実行。───ERROR───。

 

ショ置ヲ再度ジッ行。───ERROR───。

 

ショチヲサイドジッコウ。───ERROR───。

 

───ソウ縦者ノ深刻ナ異常をカク認。心拍スウサラに上昇。処チを実コウ。………ERROR───。

 

───ソウジュウ者ノ深コクナ異常をカク認。心拍スウサラにジョウ昇。キン急処チを実コウ。………ERROR───。

 

………ERROR───。

 

………ERROR───。

 

………ERROR───。

 

───エネルギー残量16。ダメージレベルC。機体維持警告域に到達───。

 

───ソウジュウシャニシンコクナイジョウヲカクニン。シンパクスウサラニジョウショウ。キンキュウショチヲジッコウ。………EeeeeeeerrRRRROOooOrrrR───。

 

───操縦者の深刻な異常を確認。心拍数不安定。緊急処置を実行。………不可能───。

 

───深刻な心的外傷後ストレス障害と判断───。

 

───自己防衛システム『狂犬』を強制起動します───。

 

───警告。シールドバリアー機能停止───。

 

───警告。絶対防御機能停止───。

 

───警告。具現維持限界まで■■───。

 

───エネルギー残量2。ダメージレベルD。操縦者生命危険域に到達───。

 

───操縦者生命危険域超過。………具現維持限界に到達───。

 

───警告ログ終了───。

 

 

 

───追加兵装───

 

自己防衛システム『狂犬』

 

対■■絶対■■障■『■■』

 

──────────

 

 

 

心的外傷後ストレス障害(PTSD)………自己防衛システム………。暴走ではない………のか?」

 

千冬はそのおぞましい警告ログを見て背筋が凍る感覚を覚えた。

あの試合で隆道は、機体は暴走をしたのではない。常に彼の異常を感知した機体が、彼を守るために行った事なのだと察した。

しかしそれでは何故、カットする事の出来ない操縦者を守る機能が停止したのか疑問に残るが、真耶の説明により半ば納得する。

 

「この自己防衛システム『狂犬』は柳君が一次移行時に発現した物のようで、起動した時にはシールドバリアー処か絶対防御すら機能停止してますが………代わりに機体出力、パワーアシスト等が急激に上昇しています………」

 

「攻撃に特化させて相手を確実に倒し、操縦者の安全を確保するということか。………下手をすれば、機体が解除される前に死んでいた、ということになるな………」

 

「起動条件は彼の異常を感知する事以外にもあるようですが、文字化けしていて読むことは不可能です………。こんなの、あまりにも………!」

 

何てことだ、これではますます彼をISに乗せることが危険になってしまう。この自己防衛システムの発動条件が彼の異常を感知する以外不明だと、おいおい乗せる事が出来ない。

起動してしまえば隆道本人だけでなく、周囲の人間にまで危害が及んでしまう。

 

「それに、この『狂犬』に並ぶ追加兵装………。文字化けしていますが、これはいったい………」

 

「兵装内容も、起動条件も不明。恐ろしいものでないといいがな………」

 

「や、やめてくださいよ。縁起でもない………」

 

とにかくこのログで分かった事は、彼をISに乗せるのは非常に危険ということだけだ。

機体の修復速度など様々な事があるがそんなことは後回しだ、この事を委員会に報告しなければならない。

千冬は携帯を取り出し電話を掛けようとするが、操作する前に電話が鳴り響いた。

 

「………?」

 

着信相手は現在保健室にいるはずの教師から。なにか問題でもあったのかと電話に出る。

 

「織斑だ。なにか問題でも───」

 

『や、柳君の意識が戻ったんですが!保健室から逃げ出しました!』

 

「なにぃっ!?」

 

『まだ遠くには行ってないはずです………。追いかけたいのですが、すみません。足をやられてしまって………』

 

「分かった、直ぐに向かう。他の教師にも連絡を頼みます。山田君、柳の意識が戻ったが逃げ出したと連絡が入った。私は捜索に向かう。引き続き機体を調べておいてくれ」

 

千冬は真耶に一言言いながら電話を切り全速力で整備室を出る。

彼は意識を失う前、生きる事を諦めていた。その時の言葉が彼女の頭に焼き付いて離れない。

 

「頼むっ………!馬鹿な真似はしないでくれ………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学生が皆夕食を終える頃。夕食を済ませ、自室に戻る最中の一夏と箒はこれ以上ない位に暗い顔をしていた。

 

「なあ、箒………」

 

「言うな。それ以上自分を責めると私はお前をひっぱたく」

 

「………悪い」

 

彼はあの試合以降、自分を責めていた。自分が出ていれば隆道が怪我をせずに済んだかも知れない。しかし、変わりに自分が怪我をしたかも知れないという思いもあり、感情がごちゃ混ぜになっていた。

どうすればよかったのか。そもそも、セシリアの発言にカッとなった自分が原因なのではないかと、どんどんマイナス思考に陥っていく。

そんな彼を見て、箒は心底堪らなくなった。こんな彼は見たくない。昔のように強く、格好いい姿を見せてくれと願うが今の彼には難しいだろう。

そんな状態が夕食の時も続いてたのだ。そばにいる自分の身にもなってほしいと思う。

彼女だって今回の件は胸を痛めた。一夏の為に出来ることをし、あげくの果てには機体が不十分の状態だった彼の身代わりとして試合に出た隆道には頭が上がらない。

もちろんそれだけではない事は理解してるのだが、それをハッキリしようとするとまたしても引っかかりを覚えるだけであり、結局それが何なのかはわからない。

 

「一夏。これ以上悔やんでも仕方ない、今後の事は明日にでも千冬さんから聞けるはずだ」

 

「………ああ、そうだよな。これ以上考えた………って………」

 

「………一夏?」

 

一夏に声を掛けるが反応がなく、此方を見向きもせずにある一点を見ていた。彼女はその視線を追うと───。

 

「………!?」

 

「や、柳さん!?」

 

二人が見たものは、ふらふらになりながらも自室へ入っていった隆道の姿。もう意識が戻ったのかと直ぐ様追いかける。

 

「柳さん!身体は大丈夫なんですか!?柳さん!」

 

扉を叩くが、返事は一向に帰ってこない。あれだけの怪我をしたのだ。意識が戻ったところで安静にしていなければならない。現にふらついていた彼は危険な状態のはずだ。

いてもたってもいられない一夏は彼の返事を待たずに部屋に入ろうとするが、ドアノブを握った所でそれは止まる。

中に入って良いものか一瞬考えてしまうがそれは一瞬で吹き飛んだ。

 

「───!?」

 

「「!?」」

 

「──────!?!?」

 

彼の部屋から声にならないほどの叫びが聞こえ、暴れているのか物音が激しい。いったい何が起こっているのか分からないが非常事態だということを二人は理解した。

 

「─────────!?!?!?」

 

「一夏っ!!」

 

「ああっ!………くっそっ!!鍵がかかってる!!」

 

「待っていろ!今先生を───」

 

「織斑!篠ノ之!」

 

箒が教師を呼んでこようとした矢先に隆道を探し回っていた千冬に会う。どれ程走ったのだろうか、髪は少々乱れており息も少々荒い。

彼女は多少運動したところで息が上がる人間ではないのだが、今はそんなこと二人にとってはどうでもよかった。

 

「ここで柳を見かけたと聞いたんだが、彼は部屋にいるのか!?」

 

「千冬姉!柳さんはついさっき入ったばかり、なんだけど………」

 

そういって一夏は扉を指さす。千冬が近づくと隆道の叫び声が彼女にもハッキリ聞こえた。

 

「─────────!?!?!?」

 

「まずい!!」

 

彼女はマスターキーを取り出し、鍵を開け部屋に突入する。そこには蹲りながらのたうち回る隆道の姿があった。

彼女は彼を抱えるも、激痛が止まないのか激しく暴れようとする。今までこれほどもがき苦しんだ彼を見たことがない三人は戦慄した。

 

「柳!!しっかりしろ!!」

 

「柳さん!気を確かにっ!」

 

「な、なんで………お前らが───!?!?!?」

 

「柳!!ああくそっ。篠ノ之!織斑!誰でもいい!先生を呼んで───」

 

「やめろぉっ………!!」

 

今の彼はここにいる三人では手に終えない。篠ノ之に応援を応援を呼ぼうと千冬が言いかけたが、のたうち回る彼に腕を掴まれ阻止された。彼の顔は痛みによって酷く歪んでいるが、それに構わず千冬を含めた三人に向かって言い放つ。

 

「誰も………呼ぶんじゃ………ねえ………!!」

 

「しかし………!?」

 

「十数分で………治まる………。だから………誰も………!!!!」

 

「柳………。お前、は………」

 

絶対離さないと言わんばかりに彼女の腕を掴む彼の表情は苦痛であり、悲痛に満ち溢れていた。

どうしてそこまでしてと千冬は言いかけるが、それを今の彼に言ったところで何も変わらない。

彼の苦しみが治まったのは、言った通り十数分過ぎた後だった。

 

 

 

 

 

「………」

 

「柳………色々と聞きたい事がある。いったいこれはなんなんだ。さっきのあれは………?」

 

「鎮痛剤と精神安定剤って書いてあるだろうが、字ぐらい読めるだろ。さっきのは緊急用で、ただの副作用だ」

 

騒ぎから数分後、彼の部屋には一夏と箒、そして千冬の三人が隆道を囲む様に佇んでいる。当の本人は一夏の説得によりベッドで寝そべっており、完全に痛みが引いたのか非常に落ち着いてはいるが、千冬に対しては相変わらずの態度だ。

 

「いつからこれを………?」

 

「言うと思ってんのかよ」

 

彼の荷物を初めて見る箒と千冬は驚きを隠せない。何せ医療キットやら錠剤やら、通常は持つことのないものだらけ。風邪薬等の錠剤だったらそこまで気にも留めなかったが、鎮痛剤と精神安定剤だったら話は別だ。

更には開封したままの医療キットからは数々の器具がちらりと覗かせていたり、ゴミ箱には数日は経ったであろう血が固まった包帯が大量にある。いくらなんでも異常過ぎるのだ。

 

「………お前を治療する際、身体の古傷を見た」

 

「………」

 

「あんなのを見てしまえば、いったい今までどれ程の生活を送ってきたかは私には想像もつかない。だが、これだけは言わせてくれ」

 

「………?」

 

「………すまなかった」

 

千冬は頭を下げて隆道に精一杯の謝罪をする。信用などこれっぽっちもされてない彼に対し、今の彼女に出来ることはこれしかなかった。

 

「………今後の事は明日にでも伝える。それまで安静にしててくれ」

 

そう言って彼女は部屋を出る。一気に部屋は静まり返るが、何を思ったのか一夏は立ちあがり後を追うように部屋を出ようとする。

 

「お、おい一夏!」

 

「箒、悪いけど柳さんを見ててくれ。少ししたら戻るから」

 

「ちょ───」

 

一夏は彼女の言葉を聞かずに部屋を出てしまう。一人取り残された箒は彼を心から恨んだ。

 

(何故私が残るのだ!私は女なのだぞ!?この人にとっては敵もいいところではないか!!)

 

彼女の心情は最もだが、一夏はある確信があった。

 

『隆道は箒に対し敵意は無い』と。

 

この一週間、学園内で唯一敵意を向けられていない女性は彼女だけだということは理解した。敵意が無いのだったら、なるべく味方にしてしまった方が良い。

隆道も闇雲に牙を向ける人間ではないことは分かってるのできっと大丈夫だろうという一夏の判断である。

だがそんな事など知らない彼女は隆道と二人きりになってしまい、普段の覇気は何処へやら、次第に小さくなってしまった。

 

(う、うわあああぁぁぁ!キツい!これは非常に、予想以上にキツい!な、何か!何か会話をっ!)

 

異性など一夏としかまともに会話したことの無い彼女にとって今はまさに地獄に等しい状況。更には相手は三つ歳上ということもあり下手な事は言えない。完全に八方塞がりとなってしまった彼女は混乱の極みに到達してしまう。今なら入学初日SHRでの一夏の気持ちが分かった気がすると、今更ながらも何処かへ行った彼に心の中で謝っていた。

とにかく、この状況を打破しなくてはと彼女は模索するが一向に案が出てこない。頭から煙が出そうになったその時、隆道から話し掛けてきた。

 

「………なあ、篠ノ之」

 

「はっはい!………なんでしょうか………?」

 

「お前………自分の姉、篠ノ之博士をどう思ってる………?」

 

「───」

 

まさか彼から話し掛けてくるとは思わなかったが、その内容も彼女にとっては予想外だった。

姉が開発したISによって世界は変わり、自分の家族をバラバラにされ、好意を寄せてる幼馴染みと離れる羽目になった。

どう答えようかと思いふと彼を見ると、暗くはあるが真っ直ぐな目をして此方を見ている。彼は正直な思いを聞きたいのだろう、故に彼女は嘘をつかずに応えることにした。

 

「………私は………あの人が、嫌いです」

 

「………そうか」

 

「………私も一つ、いいですか?」

 

「………?」

 

「………私と、何処かで会った事ありますか?」

 

その質問で彼は目を大きく見開く。目をそらして数秒経ち、彼はゆっくりと応えた。

 

「………いや、会った事なんてねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏は隆道の部屋を出た直後、千冬の後を追っていた。彼女にあるお願いをするために。

 

「待ってくれよ千冬姉」

 

「織斑先生だと………まあいいか。どうした一夏」

 

プライベート呼びなど、本来ならば制裁を与えるところだが周囲には誰もいないこともあり、今回は諦めて千冬も彼の名前で応える。

しかし何か用でもあったのだろうかと彼女は疑問が出てくるが、一先ず聞くことにした。

 

「頼みがあるんだ。凄く大事なこと」

 

「………大事なこと?」

 

「クラス代表の事なんだけどさ───」



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第十二話

3/3
誤字修正。


一年寮のある一室。自身の持ち込んだベッドの上で三角座り状態のセシリアは、試合で事故を引き起こした事に未だ罪悪感と後悔に駆られていた。

 

「わたくしは………何をやっているのでしょうか………」

 

いつだって勝利への確信と向上への欲求を抱き続けてきた彼女にとって、今回の試合はあまりにも刺激が強すぎた。

結果的に試合に勝ったのは自分だ。だが今回のような初めから弱っていた相手を嬲るような試合など、最後の最後で相手が暴走をしてしまった結果重傷を負わせる事など決して望んではいない。いったい自分は何をとち狂った事をしでかしたのだと。

彼女は三年前に両親が事故で他界し、残されたのは莫大な遺産のみ。金の亡者や彼女自身を狙う輩から守るべく必死に勉強に励み、その一環で受けたIS適性テストで高い適性が判明した。その結果政府から国籍保持の為に様々な好条件が出され、両親の遺産を守る為彼女は即断したのだ。

血の滲む努力の結果、第三世代専用機の第一次運用試験者に選抜され、稼働データと戦闘経験値を得るために、IS学園に来た。

そう、全ては両親の残した遺産を、オルコット家を守る為に。

修練の為にIS学園に入学したのだが、そこに突如現れたのはISの知識などろくにない二人の男性操縦者。

片やISについてほとんど理解してなく参考書を捨ててしまうほどの愚かな男、片やISと女性を敵視し授業などまともに取り組む気のない野蛮な男。

彼女はそんな彼らに怒りを覚えた。入学当時は知的さなど無い弱い男の癖にと敵意を露にしていたが徐々に薄れていき、昨日の試合でそれは全て跡形もなく消し飛ぶ。

 

「柳………隆道………」

 

彼女は彼の名を小さく呟く。そして思い出す、あの光の無い瞳を。顔を真っ赤に染めながらも最後に向けられた殺意を。

どこまでも暗く、どこまでも哀しく、どこまでも歪んだ、とても一言では言い切れないもの。

先週までは彼をただ暗い、気味の悪い男としか認識していなかった。

だが昨日の試合開始時の彼の瞳は、弱々しいがはっきりと『覚悟』と『強い意志』が見えたのだ。

人の顔色ばかり窺う男や、欲望に染まった男でもない、今までに出会ったことの無い男。

彼女は彼のような男を知らない。見たことがない。

何故、彼が試合に出たのかは保健室から出る前に千冬から聞いた。一夏の専用機が一次移行するまでの時間稼ぎとして自ら試合に出ると言ったのだと。

その理由だけでも彼女は困惑する。千冬を前にしても態度を変えないほどISを嫌う男がたったそれだけの理由で、万全ではない一夏を出させまいという理由で試合に出たのだから。そんなの、自己犠牲にもほどがある。

隆道は実技試験を受けてないと言った。彼より操縦経験は無いはずだ。

授業など真面目に受けていない処か、初日は半日も経たずに教室から出ていった。知識も彼より無いはずだ。

あれほどの敵意を剥き出しにするほどISを、女性を嫌ってるはずだ。

───にも関わらず隆道は、一夏の身代わりとして試合に出た。

 

セ゛シ゛リ゛ア゛オ゛ル゛コ゛ット゛ォォォッッッ!!!!!!

 

(何故………貴方は………)

 

最後の最後に見せた血の涙を流す彼の顔を再び思い出す。

何が彼をあのようにしてしまったのか、何が彼をそうさせるのか。

 

───この気持ちは何?

 

彼女にある感情が芽生え始める。それは彼を意識すると胸が張り裂けてしまいそうなくらいに苦しい、哀しい感情。

 

───知りたい。隆道の事を。

 

その正体を。彼の、どこまでも暗い瞳には何が映っているのかを。

しかし、それを叶える事は極めて困難であろう。隆道は女性とISを忌み嫌っており、代表候補生であるセシリアが彼と打ち解ける事は不可能に近いと思われる。

更にはセシリアと試合を行った結果として彼は重傷を負ってしまい、その原因は紛れもなく彼女自身。

故意ではないとはいえ、怪我をさせたのは事実だ。しかも相手は二人目の男性操縦者。恐らく重い処分が下される事であろう。

 

「知る権利すら無いのでしょうね、わたくしには………」

 

「セシリア………」

 

そんな彼女を端から見るのはルームメイトである如月キサラ。彼女も一組のいざこざはある程度知っており、一夏とセシリアが試合をする事も知っている。

彼女が部屋に戻り次第速攻で情報を手に入れようとしたが、暗い顔で戻ってきたのを見た途端聞く事をやめることにした。

どうにか宥めようとするが、内容も知らない以上下手な事は言えない。かといってルームメイトをこのままにするわけにもいかない。

どうすればいいと考えに耽っていると、不意に扉がノックされた。

 

「あー………。ちょっと出てくるね」

 

彼女が扉を開けると、そこには一夏がきょとんとした顔で佇んでいた。知らぬ顔が出てきたことに面食らったのだろう。

 

「お、織斑君っ!?」

 

「っ!?」

 

「あれ、君は?オルコットさんは不在?」

 

「あ、えーと………」

 

彼はセシリアに用があるようだが、今はまずい。彼女は試合から帰ってきてからあの調子なのだ、間違いなく彼に関係してるはずとキサラは推測する。

どうにか誤魔化さないと、そう思う彼女であったがそれは無駄に終わった。

 

「ここにいましてよ………」

 

「ちょ!?セシリア!?」

 

セシリアは暗い顔のまま一夏の前に現れる。隆道が重傷を負った事に関して何か言われるのだろう、それ以外見当がつかないと彼女は確信していた。

 

「………御用件は何でございましょう。罵倒しに来たのではなくて?それとも処分の内容かしら」

 

「あ、いや違う。でもここじゃ話せない。ついてきてくれるか?」

 

「………わかりましたわ、少しお待ち下さいまし」

 

 

 

 

 

一夏の後をついていく様にセシリアは歩く。向かう先は分からないが、彼はここでは話せないと言った。恐らくは今回の試合の件で間違いないだろう。

ではいったい何故彼が来たのか。処分の決定ならば教員から宣告されるのではと彼女は疑問に思う。

罵倒でもない、処分内容の宣告でもない。ではいったい何なのだろうか。

そう思考してる間に着いたのは生徒指導室。一夏が先に入り、セシリアはその後に続く。部屋に入るとそこにいたのは腕を組んで待っていた千冬だった。

 

「来たかオルコット」

 

「お、織斑先生………」

 

「さて、そろった事だし早速本題に入ろう。まずは試合の件についてだ」

 

「………っ!」

 

やはりと、彼女の心臓の鼓動が強くなる。あれだけのことをしておいてお咎め無しなんて都合の良いことなど有り得ない。きっと重い処分になるだろう。

しかし、セシリアは既に覚悟を決めていた。代表候補剥奪だろうが強制送還だろうが何でも来いと構えていたが───千冬から出た言葉は予想を遥かに上回っていた。

 

「オルコットにはまだ伝えてなかったが、今回の試合には箝口令が出された。IS委員会の一部もこれに同意している。よって今回の件は不問とする」

 

「なぁっ!?」

 

それはセシリアを絶句させるのには十分な内容だった。

生徒を、ましてや男性操縦者に怪我をさせたにも関わらず処分無しなど有り得ないと。

 

「どうゆうことですの!?な、何故不問など………!」

 

「今回の件が公になれば様々な方向から責任が追及され、ISの信頼性を失う事にもなる。それだけではない、日本やイギリス政府、IS委員会にも責任が問われるだろう。既にIS学園だけの問題ではないのだ。」

 

「で、ですが………!?」

 

そんな事があっていいものか。それが通用してしまったということは、隆道が重傷を負ったのが無かった事になるということになる。

元はと言えば自分が発端であり、代表候補生でありながら大人げない発言をして最終的に素人にIS戦を申し込み、何も関係の無い男性操縦者に怪我を負わせた自分に何も処分が無いなど、許されていいものか。

 

「気持ちは分かるが既に決まった事だ。他の一組生徒全員には署名までさせてある、覆す事は出来ん。柳の怪我については、ISを起動した際の事故とだけ記録されることになる」

 

「そ、そんな………」

 

「………いいかオルコット、今回はお前の責任ではない。素人に試合をさせた、我々教員の責任だ」

 

「い、いえそんな!?元はと言えばわたくしが!?」

 

「その件も含めてだ。本来ならばあの時、我々が止めるべきだった。そうしなかったばかりに、柳に怪我をさせてしまったのだから………」

 

セシリアははっとする。そういえば彼は今も意識を失ったままなのではと。

 

「あ、あの人は今………?」

 

「つい先ほど意識を取り戻し、自力で自室に戻った。今は篠ノ之が看ている。完治次第学業に戻るだろう」

 

「じ、自力で………!?」

 

有り得ない。重傷を負ったにも関わらず自力で立ち上り、しかも歩いて部屋に戻るなど。

 

「とにかくそういうことだ。この事は決して外部に漏らすな。次の件に進めるぞ」

 

「………次の、件………ですか?」

 

「ああ、クラス代表のについてだ」

 

「………わたくしには、クラス代表になる資格などありません」

 

セシリアはお咎めが無い事には納得出来ないが理解はした。だがクラス代表になどなれはしないし、するつもりもない。あれほどの事をしておいてクラス代表になるなど、図々しいにもほどがある。

 

「そう言うと思っていた。それでなんだが───」

 

「ああ、待って千冬ねえ゛っ!?」

 

「織斑先生だ、それと話を折るな」

 

「ってえ………。織斑先生、ここからは俺が話しますよ」

 

「………良いだろう」

 

「………?」

 

先程まで黙っていた一夏は、千冬から鉄拳制裁を食らいながらも彼女の変わりに話そうとする。

なにやら彼の頭に大きめのたんこぶが見える気がするが、気のせいであろう。気のせいだと信じたい彼女であった。

 

「えと、オルコットさん。クラス代表なんだけども、………よかったら俺にやらせてくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄絶な試合の翌日である火曜日。本来ならば昨日の試合で一夏とセシリアがIS戦を披露し、盛大な話題として生徒達の会話に華を咲かせるはずだったであろうSHR前の教室。

勿論他クラスは試合の結果を聞きたがっており一組の生徒達にあれこれ聞こうとするが、それは出来ない。

何せ真相は一夏───ではなく隆道とセシリアの試合であり、内容に関しても彼が暴走して不慮の事故により全身を真っ赤に染めるほどの重傷を負ったという誰もが予想もつかない事態が起こったからだ。箝口令を出され同意書に署名するほどの徹底ぶりもあって決して口外など出来はしない。

そんなこと露知らずにあの手この手で───中には買収してまで聞こうとする生徒もいるが、彼女達の意思は固かった。

彼女達は、仮にもISを真剣に取り組むべく入学してきた優等生だ。他の同年代を蹴散らしてまで入学してきたのだからその心は本物であろう。

しかし、彼女達は心の何処かでISを自身のアクセサリーとして、ファッションとして今まで認識していた。中には千冬に会いたいという執念で入学した者もいる。

そのような兵器を扱うにあるまじき邪念を胸に抱えてた彼女達であったが、それは遥か彼方に吹き飛んだ。

 

『ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる───』

 

入学初日で千冬が一夏に対し説教をしてる中放った言葉が一組全員の脳内に反復される。彼女の警告は昨日の試合で現実となったのだ。

代表候補生であるセシリアはともかく、ろくにISを動かしていない隆道がぶっつけ本番で試合を行った結果が昨日の事件。要因はそれだけでは無いのだが、一組の生徒達にとってはこれ以上無いくらいの衝撃だ。

ISは、世間ではスポーツで収まってはいるが所詮兵器だ、決して軽い気持ちで扱ってはならない事を彼女達の胸に嫌と言うほど刻まれる。

結果的に反面教師となった隆道の存在は、ISを軽く見る舐め腐った彼女達の考えを改めさせるには十二分過ぎる事だった。

現在様々な生徒から囲まれて尋問に似たような事になっている一夏も同じ事で口外出来はしない。仮に箝口令が無くても、彼は言うつもりは無かった。

それでも一組以外の生徒達は諦めずに情報を引き出そうとするが、SHR開始前のチャイムで断念せざるを得なくなる。

 

「み、皆さん、お、おはようございます………」

 

しばらくして真耶がおずおずと教室に入り、その後に続き千冬が入ってくる。昨日の件で非常に重苦しい空気を漂わせる生徒達に彼女は挨拶をするも、小さくなってしまった。

無理も無いだろう。彼女も昨日の隆道の豹変を目の当たりにし、重傷を負わせた事に自分も責任があると負い目を感じているのだから。

そんな彼女の様子を見て、小さく咳払いした千冬が話を切り出す。

 

「こほん………おはよう諸君。まずは昨日の件と今後についてだが、先にオルコットから諸君に話す事がある。オルコット」

 

「はい」

 

彼女の呼び掛けにセシリアは立ち上り、教卓の前に立つと一息深呼吸をしたのち、ゆっくりと語る。

 

「………皆様。先ずはわたくし、セシリア・オルコットはこの場を借りて今更ながらお詫び申し上げます。先週のクラス代表を決める際にしてしまった数々の失言をし、皆様に不快な思いをさせてしまいました。今まで本当に申し訳ありません。………そして」

 

彼女は再び深呼吸をし、言葉を続ける。

 

「わたくしは二人目の男性、柳さんに大怪我をさせてしまい、皆様に不安と不信を与えてしまったことをお詫び申し上げます。謝って済む事では御座いませんが、………本当に申し訳ありませんでした」

 

彼女はその言葉を最後に頭を大きく下げる。自分がしてしまったことは到底許される事では無い。

彼女の心の底からの謝罪を見て生徒達は言葉を発することはしないが、その気持ちは彼女達には届いた。

彼女達も面白半分で一夏を推薦したのだ、きっかけを作った原因は自分達にあると負い目を感じていた。

 

「オルコット、もういいぞ。………諸君、昨日の試合で起きた事故は彼女の責任ではなく、訓練をさせずにISを操縦させた我々教員の責任だ。………本当に、すまない」

 

千冬はオルコットを席へ戻した後に生徒全員の前で謝罪する。責任を感じているのはセシリアや生徒だけではない。むしろ、誰よりも彼女が責任を感じていた。

 

「………昨日も言ったように、試合の件は箝口令が出されている。混乱を避ける為にも、決して口外はしないように」

 

「「「「「はい」」」」」

 

千冬の言葉に全員は返事をする。彼女達も優等生なだけあって理解は早かった。

試合であのような事故があれば誰だってISに対して不安と不信が募る。それによって身を引き締めれば良いのだが、全員がそうとは限らない。

そして公になってしまえば、セシリアは男性操縦者を傷つけたとして様々な所からバッシングを受けるだろう。本人が責任を感じようが謝罪しようが罪を償おうが関係ない。彼女を代表候補から引きずり出そうとする者、女を嫌う者、単に彼女が気に入らないだけの者、ただ面白そうだからという者は決して容赦はしない。攻撃出来る材料があるだけで十分なのだ。そういう者達から守るという意味に辿り着くのは彼女達にとってそう難しいことではなかった。

 

「さて、いまだ決まっていないクラス代表についてだが………オルコットはこれを辞退した。このままだと推薦通り織斑がクラス代表になるが、異存がある者はいないか?遠慮はいらんぞ」

 

千冬は周囲を見渡して数秒、そのような人物は誰一人としていない。一夏のクラス代表が決定した瞬間であった。

 

「よし、決まったところで授業を………と言いたいところだが、柳について話そうと思う」

 

彼女の言葉で全員は身構える。隆道は今後どうなってしまうのだろうかと。

 

「柳は昨日の夜に意識を取り戻し、自力で自室に戻った。怪我が完治次第授業に戻ることになる」

 

周囲は一気にざわつく。半日も経たずに意識を取り戻したことも十分な驚きだが、あれほどの事があったにも関わらず、またISに乗せるつもりなのかと。

彼がISに乗って、いつ、どこであのような豹変を見ることになるか分かったものではない以上、自身を危険に晒す事は避けたい彼女達は反対の雰囲気を全面に出す。

 

「諸君の言いたい事はわかる、私だって柳をISに乗せることは反対だ。だがこれは決定した事だ。非常に不本意だがな。そこで、ある事を約束してもらいたい」

 

「あ、ある事………ですか?」

 

生徒の一人が思わず訊いてしまう。昨日のアレに遭遇しなければ何でも良いので、思わず前のめりになるのも仕方ない事なのだろう。

 

「そうだ………いいか諸君。しばらくすれば諸君はISに乗り、模擬戦等を行うだろう。だがその時が来ても、今後決して柳と戦うな。昨日起こった柳のアレは暴走などではない。彼の専用機が、彼自身を防衛する為になったものだ」

 

「ぼ、防衛………?それって、どういうことですか………?」

 

「柳は重度のPTSD、心的外傷後ストレス障害を患っている。それが試合途中で発症した際に機体が反応し、あのような変化が起きた。分からない者は後で調べるといい」

 

千冬は、彼が心の病を抱えてることを皆に伝えるべきかどうか悩んだ。だが、今後いつ発症してあのシステムが起動するか分からない以上隠す訳にもいかない。彼を守る為、生徒を守る為にも言っておく必要があった。

何人かはその病名を知っていたのか、表情を暗くしてしまう。その中で生徒の一人は堪らなくなったのか千冬に質問を飛ばした。

 

「そ、そんな………PTSDって………どうして、ですか?」

 

「………柳は女尊男卑社会の被害者だ。我々の想像がつかないほどの被害を被っている。物理的な脅威に晒されていた事も判明した。それがどういうことか、あとは分かるな………?」

 

「被害者………。それに………ぶ、物理的って………」

 

「すまないがこれ以上は言えん。我々も全てを知ってる訳ではないからな。確実に言えることは、その被害によって女性とISを敵視してるという事だけだ」

 

彼女達は絶句し、そして理解し、納得する。ほとんど警戒心を解かず、敵意を露にし、時には殺意を向ける彼は元からなのではない。

今の女尊男卑社会によって、自分達女性によって虐げられた男性の成れの果てなのだ。

 

「………先週も言ったが柳は非常に不安定な状態だ。しかも日に日に悪化し、より酷くなっている。一刻も早く病院に連れていくべきなのだが、彼の立場上それも困難な状況だ。だからもし、柳に何かあったら直ぐ教員に連絡すること………いいな?」

 

全員は頷く事しか出来ない。彼には何かがあると数人は察していたが、まさか心の病だなんて誰が想像出来ようか。

話を聞く限り誰がどう考えても彼は爆弾で、起爆スイッチは女性そのもの。いつ爆発してしまうか分からない。

彼に対して下手な事は出来ない。もしかしたら無自覚で彼の琴線に触れるかもしれない。

この先の学生生活に不安を覚える生徒達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これでおしまいっ。また明日も来てね」

 

「………」

 

放課後の保健室。隆道は怪我が完治するまで一日一度は放課後に保健室へ通う事になった。彼の今の容態でシャワーを浴びせる訳にはいかないので、ここで体を拭いて包帯等を取り替える為だ。

セシリアとの話し合いを終えた後に再び彼の部屋に戻り、怪我が完治するまでの今後を相談した。本人は絶対に行かないと拒否したのだが、千冬と一夏と箒の三時間にも及ぶ長時間の説得により渋々従う事にしたのだ。

寮から保健室までに行く際何かあるとまずいので必ず千冬が同伴する事になっている。その為最後の授業辺りから真耶に任せて彼女は教室を抜けて彼を連れ出していた。

千冬が包帯の取り替えを手伝う訳にはいかないので、保健室担当の教員が彼の処置を行っている。

 

「無理な動きは控えるようにしてね、本当なら立つことすら困難のはずなんだから」

 

「………どうも」

 

「それとあちこちにある縫合痕だけど………貴方、独学でやったでしょ、結構歪よ。ちゃんとした場所で処置してもらわないと」

 

「あんたには関係ないだろ」

 

包帯の取り替えも終わり、シャツに手を伸ばす隆道は相変わらずの態度。礼を言うだけまだマシな方だろう。

保健室担当の教員から見ても、彼の体は異常の一言に尽きた。本来ならば立つことすら困難にも関わらず、彼はここまで平気な顔をして歩いてきた。痛覚が無いのかと思われたが、どうやらそうではない様子。彼いわく、緊急用のおかげで多少の痛みはあるがほぼ引いているとのこと。

それを調べさせてくれと千冬共々頼んだが、彼はこれを頑なに拒否した。取り上げる事は出来ないので此方が引き下がるしかない。

 

「終わりましたか先生」

 

「あ、お疲れ様です織斑先生」

 

「しばらくお世話になりますが、どうぞよろしくお願いします」

 

「いえいえ、これくらい当然の事です」

 

隆道が着替え終わると同時に千冬が保健室へ入り教員と軽い挨拶を済ませ、椅子にもたれ掛かる。

 

「………先生、少し席を外して貰ってもいいですか」

 

「………わかりました、終わったら連絡を下さい」

 

教員は保健室を出ていき、部屋に残るのは隆道と千冬の二人のみ。彼と二人きりになったのはある事を伝える為であったが、彼女はどう話を切り出せばいいかわからなかった。

 

「柳………。その、なんだ………お前の───」

 

「機体のことだろ。修理が終わって俺の怪我が完治次第データ採取を続ける………そんなところか?」

 

「………!」

 

「こんだけ怪我してるにも関わらず本州に搬送しないっつうことはそういうことだろうが。もしくは別の理由………例えば何処かしらにかっさられるのを阻止する、とかな。自分の立場ぐらいわかってるつもりだっての」

 

彼は自分の立場を良く理解している。たった二人しかいない男性操縦者など、どこも欲しがってるはずだ。最悪解剖して生体組織を調べようとする輩も存在するかもしれない。

貴重な男性操縦者を解剖なぞ何を馬鹿なと思うかもしれないが、あり得ない横暴すら許されるこの世の中だ。必ず一人や二人そういった考えを持った者が居ても不思議じゃない。

 

「………その通りだ。だが機体の方は今日の朝方の時点で修復が済んでいる。後は柳が完治してからだ」

 

「あ?いくらなんでも早すぎるだろ。明らかに大破しただろうが」

 

「同じ打鉄ということで応急処置として訓練機の予備パーツを組んだのだが、機体に合わせて装甲が変化した。細部もあり得ない速度で自己修復して、それも既に終わっている。このようなこといままで無かったのだがな」

 

「ふーん、修復が早いんだったら別に良いんじゃねえの。その方が都合良いだろ」

 

ISには自己修復機能が存在する。だがそれも早いという訳ではなく、大破してしまえば部品を丸々交換しなければならない。

彼の専用機は打鉄を一次移行させた物なので修復は学園内にある訓練機の部品でも可能なのだが、その修復速度には度肝を抜かれた。

 

「それと、昨日のシステムについてだが………。再び起動するのをなるべく避けるために此方で手を加えた」

 

「昨日の………?ああ、アレか。あの時はよくわからなかったがなんなんだよアレは」

 

「私にもわからん。ある条件で操縦者の保護機能を停止する代わりに機体の一時的強化と様々な補正がかかる事以外不明だ」

 

「………ふーん、捨て身になるって事か」

 

心底どうだっていいのか、彼はまったく興味なさそうにしている。自分の乗る機体に得たいの知れない物があるなら何かしら不安を覚えるものだが、彼には全く感じられなかった。

 

「………怖くないのか?あの機体を、専用機を、今後乗ることになるんだぞ」

 

「怖がってどうなるんだよ。それともなにか?泣いて土下座でもすれば機体を替える………あわよくば乗らずに済むってのかよ」

 

「………」

 

「どこにいようが、泣こうが喚こうが結局は機体に乗らなきゃならねえんだ。乗った結果として頭がおかしくなろうがくたばろうが、所詮それまでだったってことだろ」

 

確かに彼は初起動時に錯乱し、機体に乗ることを拒み、結局専用機を受け取った際も泣き叫んだりと荒れに荒れた。

しかし、彼が言ったようにそんな駄々は今後通用しない。嫌でも関わる事になるのだから、これ以上の拒絶など疲れるだけだ。

今回は死ぬ事はなかったが、いずれ同じようなことが起きるだろう。いちいち怯えていては埒が明かないのだ。

そもそも三年間学園で無事に過ごせたとして、その後の未来などどうせろくな事にならないのだから死ぬのが遅かろうが早かろうが彼にとっては知った事でなかった。

彼女はそんな彼に対し言葉を失ってしまう。

あまりにも達観している。少なくとも十八の考える事ではないと。

 

「………俺の事はもういいだろ。そんなことより、機体に何を加えたんだよ」

 

「………現段階で判明してるのは、柳の異常を感知して作動するシステムということだけ。制限を掛けるつもりだったがコアが拒絶してしまいシステムそのものに手をつける事は出来なかった。そこで、異常等を事前に知らせる装置を用意した。これがそうだ」

 

そう言って千冬が取り出したのは手の平サイズの小型タブレット。彼女が画面に触れると心電図を始めとした様々なものが表示される。

 

「今はまだ同期していないが、ISに備わっているバイタルサインを24時間この端末に送信する。もし異常が感知すれば警告が鳴る仕組みだ」

 

「事前にって、そんなことわかるのかよ」

 

「あのシステムが起動する前に多数の警告ログが流れていた、それを参考にプログラムしてある。何か心当たりはないか?」

 

「………ああ、あれね。確か一次移行したときから鳴ってたな」

 

「なっ、一昨日からだと?何故それを………いや、もう終わったことだな、すまない」

 

それを黙っていた、何故教えてくれなかったと言いかけたが、彼女はやめる。彼のことだ、絶対に言わなかっただろうし、仮に此方が知っていたとしても構わなかったであろう。でなければ時間稼ぎなど決してしないはずだ。

 

「話が逸れたな。とにかく、あのシステムには前兆がある。それを此方が知ることが出来れば対応も間に合うはずだ。それと、待機形態にも警告が鳴るようにしている。周囲の人間もいち早く気づくだろう」

 

「それはまあご苦労なことで。………そういや、織斑とイギリス人の試合はどうなったんだよ」

 

昨日は一夏を出させまいとして代わりに出たが、元々は彼とセシリアとの試合だ。

既に彼の機体は一次移行を済ませてるはずだからいつかは試合をするだろうと思っていたがそれは杞憂に終わる。

 

「元々はクラス代表を決める際の試合だったが、オルコットは辞退した。よってクラス代表は織斑がすることになる」

 

「辞退?織斑がクラス代表?なんでまた」

 

「オルコットは試合の後、自分には資格がないと言ってクラス代表候補から降りた。織斑はオルコットと話をして自らやらせてくれと、まあそんなところだな」

 

どういうことだ、セシリアの心境の変化もそうだが一夏がクラス代表をやりたいなど。

そう疑問に思ってると、誰かが来たのか扉をノックする音が部屋に響いた。

 

「失礼します」

 

「失礼します。ほら、オルコットさんも入って」

 

「し、失礼、します」

 

入ってきたのは一夏と箒の二人。そして二人の後ろに隠れるように立っているのは何故かおどおどしてるセシリアだった。

 

 

「ふむ、丁度三人も来たことだし私はこれで失礼することにしよう。織斑、後は頼む」

 

「分かったよ、織斑先生」

 

「せめて敬語を………まあいい」

 

千冬はその一言を最後に保健室を出る。再び部屋は静寂に包まれたが、黙ってても意味が無いので隆道から話を切り出す。

 

「………織斑と篠ノ之はいいとして、そこのイギリス人は何しに………ああ、あれか。昨日の試合は勝ってるもんな、奴隷に何かしら命じに来たわけか」

 

「いえ、あの、その………」

 

「えと、柳さん。一先ずオルコットさんの話を聞いてください」

 

「話?」

 

奴隷に何か命令をしに来たのではないのか。確かに先程からセシリアの様子はおかしく、高圧的な態度など一切無い。

 

「ほら、オルコットさん」

 

「は、はい。………えと、柳さん」

 

「………なんだよ」

 

「………先週からの数々の無礼な態度、そして昨日の試合で怪我をさせてしまって………申し訳ありません」

 

彼女は深々と頭を下げて隆道に謝罪する。その姿に彼はつい目を見開いてしまった。

 

「謝って済むことではない事は分かっております。許して下さいとは言いません。………本当に申し訳ありませんでした」

 

彼女は頭を下げたまま言葉を続ける。彼女の謝罪は本物であろう、少なくとも彼には伝わったはずだ。

それを見て一夏と箒は何も言わない。許す許さないは隆道が決めることだからだ。決して第三者が口を出していい事ではない。

勿論一夏と箒はセシリアに対して何かしら言うことなどない。故意であれば決して許すことはなかったであろうが昨日の試合は事故だとわかっており、SHRでの謝罪は既に受け取っている。追い討ちをかけるような非道な事はしない、してはいけない。

彼女の謝罪は確かに隆道に届いた。その言葉と姿に嘘偽りなど感じられない。

 

 

 

故に彼は───。

 

 

 

「………頭上げろよ」

 

 

 

彼女の事が───。

 

 

 

「柳、さん………」

 

 

 

───許すことも、信用も出来なかった。

 

 

 

「随分な心変わりじゃねえか。この前までの態度が嘘みてえだな、おい」

 

「………」

 

「聞いたぞ、クラス代表を辞退したってな。つうことはあれだ───」

 

 

 

 

 

───昨日の試合なんて全くの無意味だったってことだ。

 

 

 

 

 

隆道はセシリアの以前まであった高圧的な態度など今更なんとも思ってない。試合の怪我についても故意ではなく事故だということも理解している。問題はそこではなかった。

男だからと牙を向き、決闘を申し込んだ癖にそれも無くなり、気がつけば今までが嘘のような振る舞いをする。

昨日の時間稼ぎが無駄に思えたのだ。何の為にISに乗ったのか、何の為に痛い思いをしてきたのか、それら負の思考が彼の脳を支配する。

負の思考はそれだけに留まらない。彼は彼女の変わり様を見て信用が出来なかったのだ。

彼はその手の女性を数多く見てきた。都合が悪くなると直ぐ様態度を変え、無かったことにしようとする者達を。その様な輩は再び態度を変えると、彼の目からはセシリアも今までの女性と同じに見えたのだ。

勿論昨日の試合は決して無意味ではない。一次移行を済ませていない一夏を出さずに済み、その試合でセシリアは隆道と対峙したことにより男性の認識は変わり、それが再び変わる事はまず無いだろう。

しかし、女性に対して歪んだ思考を持つ彼はその答えに辿り着けない。

悲しいことに、彼女の気持ちが届いたばかりに彼との溝は深まる結果となってしまう。

 

「俺から言うことはもう何もねえ。回れ右してさっさと帰れ」

 

「………わかりました、失礼します。………本当に申し訳ありませんでした」

 

セシリアは再び彼に謝り、部屋を後にする。残された一夏は頭をかき、箒はため息を吐いてしまった。

 

「ああ、やっぱり駄目だったか………」

 

「仕方ないだろう、こればかりはどうすることも出来ん」

 

二人は隆道を迎えに行く際に、セシリアから一緒しても良いかと頼まれた。彼女は彼にどうしても謝りたかったのだ。今の彼に近づけても良いかと模索したが、本人がどうしてもと言うので連れていく事にした。二人はきっと彼は許さないだろうと思っていたが、予想は見事的中だ。

 

「お前らがあいつを連れてきたのか」

 

「はい、オルコットさんが柳さんに謝りたいと言うのでダメ元で連れてきたのですが………」

 

「………誠意は伝わったし、まあいいわ。さっさと帰ろうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外はすっかり暗くなり、一年寮の一室。隆道の部屋には恒例として一夏が入り浸っている。以前と違うのは箒も加わった事であろうか。

彼女は昨日一夏に置いてかれたおかげで隆道と無理矢理二人きりとなってしまったが、当たり障りの無い会話をしてる内に次第に打ち解けていった。

彼女は未だに彼に対し引っかかりを覚えている。彼の近くにいれば、いずれそれが何なのかわかるはずだということもあって、今後一夏と共に彼の傍にいることにした。

 

「ところでよ、織斑。お前、クラス代表に自ら志願したって聞いたが」

 

「ええ、オルコットさんも辞退しましたし。何より俺がやりたいと思ったからです」

 

「どうしてまた。先週はあれほど嫌がってたじゃねえか」

 

隆道の記憶が正しければ先週のクラス代表決めの時はやりたくないと言っていたはずだ。セシリアとの試合も、互いが納得するようにと取り決め、それも無くなった。

 

「………柳さん。俺って子供の頃から千冬姉に守られてきたんですよ」

 

「………」

 

一夏は突如語り出す。いきなり何をと思ったが、必要な事なのだろう。黙って聞く事にした。

 

「だからなんでしょうね。誰かを、何かを守ることに強い憧れがあるんです。今もそれは変わりません」

 

彼は今日までに様々な事があっても、千冬によって守られてきた。彼が学校で問題を起こしても、彼に女尊男卑の悪意に晒されなかったのも、最終的に彼女の影響によって無事に過ごせたのだ。それを間近で見ていた彼は、いつしか彼女に強い憧れを持ち始める。

 

「でも正直言うと、ここ最近俺は本当に誰かを守ることが出来るのか考えるようになったんですよ。不注意でISに触って、IS学園に入学することになって千冬姉に迷惑をかけて、それだけじゃなく柳さんもIS学園に来る事になって………。誰かを守る処か迷惑しかかけてないじゃないかって」

 

「お前………それは………」

 

「昨日の試合が決め手でしたね。柳さんが俺の事を庇って、大怪我をした時にだいぶきまして。今の俺には誰かを守る事は出来はしないって分かったんです」

 

「一夏………」

 

そんなことはないと、幼い頃に一夏に守られた事がある箒はそう言いたかったが言葉をかけられない。彼の表情は真剣で、話を折る様なことはしたくなかったからだ。

 

「だから、俺に出来ることは何か。クラス代表になって色々経験していけば、いずれ分かるんじゃないかなって………そう思うんです」

 

「織斑………」

 

「自分で何言ってるのかよくわからないんですけど、要はあれですよ。自分探しの為………ですかね」

 

探り探り彼は話を続けるが、その心は隆道にしっかりと響いた。迷惑をかけてると自覚し、自分に出来ることは何かと探そうとしている彼を見て、隆道は堪らない思いでいっぱいになる。

 

(ほんっと………お前は強いな)

 

「だから柳さん、お願い………というか頼みがあるんですけども」

 

「あん?」

 

「多分、今後も迷惑をかけるかもしれません。何をしたら良いかわからない時もあるかと思います。その時は………相談にのってくれますか?」

 

彼の意志は本物だ。何より目が物語っている。自分とは違い、眩しいくらいの輝きがあった。

 

「くっ………ははっ」

 

「え、え?何かおかしい事言いました俺?」

 

「はははっ。………いや、悪いな。そうじゃないんだ」

 

彼を見て隆道は笑う。彼こそ女尊男卑社会の希望だろう。

こんなのを見てしまったらくたばる訳にはいかない。彼が何かを見出だせるまで何がなんでも支えてやる。そう隆道は誓った。

 

「………柳さん?」

 

「いやあ、悪い悪い。………わかった、このくそったれな先輩に任せとけ」



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第十三話

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誤字修正。


少年は空を見ている。

 

 

 

否、彼が見ているのは空ではない。

 

 

 

どこまでも青い空にある一点の物体。

 

 

 

それは人の形をした()()()()()

 

 

 

それは縦横無尽に空を駆け回り、剣を振るう。

 

 

 

少年は『恐怖』している。その()()()()()に。

 

 

 

「■■■………■■■■■■■■■■■■■■?」

 

 

 

少年は何かを呟いてるがノイズが走るかのように雑音が入り、聞こえはしない。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■………」

 

 

 

少年の顔は、酷く歪んでいた。

 

 

 

少年の心には、『負』の感情が芽生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───っ!?」

 

四月下旬の早朝。先程までぐっすりと眠っていた隆道は突如目覚め、とてつもない勢いで起き上がる。彼は身体中汗だくであり、息も少々荒い。

 

「はぁ………」

 

彼はまたしても夢を見ていた。しかし内容は以前見た憎む元母親ではなく、かつて自身が目の当たりにした世間を掻き乱し今の狂った世界となった事件。

全ての常識を覆す出鱈目にもほどがある兵器の出現により、周囲が、家族が、そして自身の全てが変わってしまったあの日が鮮明に写し出された。

 

「勘弁してくれ………」

 

彼は定期的に先程と全く同じ夢を見る。彼にとっては一番の悪夢であり、その夢を見た朝は決まって汗だくだ。というより彼はここ数年悪夢しか見ない。

クラス代表が決まった日から一夏と箒の世話になり、毎日保健室へ向かう際もなるべく生徒を近づかせないなどの粋な計らいによりストレスをかなり減らせる事が出来たが悪夢だけはどうにもならなかった。

 

「あーあ、またかよ………ったく」

 

身体は運動を終えたばかりのように汗が凄まじく、シャツが身体に張り付いている。悪夢を見る度に汗だくになるのはいい加減にしてほしいと彼は思いながら洗面所へ向かう。

シャワーの許可は昨日ようやく出た。風呂も調整の関係で使用出来ず、シャワーすら怪我のおかげでしばらく使えなかったのだ。気がすむまで浴びるとしよう。

 

 

 

彼は気づかない。悪夢を見た日は自分の顔が酷く歪んでる事に。

 

 

 

 

 

隆道の怪我は学園の設備のおかげか、傷は全て塞がり遠目からだとまず目立たない程になった。流石に以前からある古傷は消えはしないがそこは別に構わない。自分で処置していたらきっと傷痕は歪に残っていただろう、そこだけは感謝してもいいかと、彼は二秒くらい思ったそうな。

 

「そろそろ染め直すべきか………?」

 

シャワーを浴び終わり、着替えも済ませた彼は洗面台で自身の髪を弄っていた。

彼の髪は当然黒髪だ。両親は日本人なのだから当たり前である。

しかし、まるで()()()()()()()()()()()()かのように呟き所々髪を摘み確認している。

 

「時期的にそろそろだしな………買っておくか」

 

独り言を呟きながら洗面所を後にする。今日から学業に復帰できる彼だったが、既にSHRは始まっている。では何故教室に行かないのか、それは復帰する前にやることがあるからだ。その為に彼はある人物を待っている。

しばらく待ち、ようやく来たのか扉が叩かれる。扉を開けるとそこには千冬が佇んでいた。

 

「待たせたな、すぐに向かうが大丈夫か?」

 

「支度はとっくに済んでいる。さっさと終わらせようぜ」

 

「そうか、では向かうとしよう」

 

復帰する前にやること。それは隆道の専用機の受け取りだ。彼の怪我が完治したので再びデータ採取を行うことになる。

彼の怪我が完治するこの日までに数人の教員は彼の専用機は危険だから凍結、又は初期化するべきだと抗議していたが当然却下された。

彼が扱う機体は日本政府が用意したものだ。学園側がそのような勝手なことは許されない。

更に彼の場合は単なる男性操縦者のデータ採取だけでなく、『男性操縦者で一次移行した量産型第二世代』のデータ採取も目的としている。訓練機に乗せれば良いという案にも先手を打たれてた。

学園には生徒に外的介入は出来ない()()()()()()が存在するが、今回の様に政府が用意したコアと機体となれば話は別だ。機体に手を加える事が出来たのは政府から許可も貰ったからであり、それ以上の事は許可されていない。

そもそも、学園に配備されている機体は教員用と訓練機合わせて三十機も無いのだ。仮に訓練機を渡してしまったら生徒が授業や放課後に操縦する機会も減る。そうなれば飛び火はどこに行くか、少し考えれば分かることだ。

それでも教員達は引き下がらず、学園の者達を危険に晒すつもりかと抗議するが、政府はデータ採取を優先しろと一点張り。教員の叫びは一向に届かなかった。

 

 

 

 

 

IS学園側は知らない事だが、所属先とデータ採取を重点に置いているIS委員会とは違い、日本政府には様々な思想があった。

政府は彼が過去に受けてきた被害を知っている。厳密に言えば最近知ったと言うべきか。

彼が受けてきた半分以上の被害は女性優遇制度があったとしても裁判沙汰になるものだ。しかし、周囲の人間───恐らく女性に揉み消され世間に届く事はなかった。彼の適性が発覚した当日から徹底的に調査し、それが今になってようやく判明したのだ。

あまりにも悲惨なそれは、罵倒や奴隷の様な扱いをするのとは格が違いすぎた。このような仕打ちを受けてしまえば必ず何処かで心が砕け、自らこの世を去るはずだ。

だが彼は今まで生きてきた、生きてしまった。そして決して心が砕けず、歪んでしまった。

その事実を知った政府の人間は胸を痛めた。他の国より優れたISを、操縦者を手に入れるためにしてきたことが、このような人間を生み出してしまったのかと。

そして恐らく、いや間違いなく彼に似たような人間は世界中にいる。公になっていないということは揉み消されてるか、既に殺されているか。

彼等にそのような後悔が生まれるが、一部の人間はそれとは別の事に注視していた。

それは彼が二度目の転校をする直前の中学二年辺り───恐らく彼の狂気が生まれたであろう時期。

彼は、ある女性とその取り巻きに『報復』を行っていた。それも学校内で、大勢の人間を巻き込み両者共々血みどろになるほどの『見境なしの暴力』を。

周囲の人間はしばらく車椅子生活を余儀無くされ、報復対象は後遺症を残す程の重傷を負っていた。

その時の彼はバットで頭を殴られようが、ナイフで腹を刺されようが、頬を抉られようがお構いなしに暴れ狂う───まさに『狂犬』に相応しい様だった。

一部の人間はその『見境なしの暴力』に目をつけたのだ。

政府の人間───男性も何人かは過去に女性に虐げられた、又は現在も虐げられている者もいる。多少なりとも女性に憎しみを持っていたのだ。

彼等は期待した。女性不信の彼をIS学園に放り込み、いずれ彼女達に『見境なしの暴力』を見せ、それを振るうのではないかと。

そう、彼が学園の女尊男卑に染まった愚かな者達を潰してくれると願っているのだ。

その願いの最中に現れた彼の専用機に備わる危険なシステム。彼等は歓喜した、彼とこの機体があれば愚かな女共を潰してくれると。

彼も危険に晒す事になるが、やむを得ない。致し方無い犠牲だという狂った思想が出来上がってしまった。

狂った思想はそれだけに留まらない。残酷なことに他にも存在していた。

政府の人間には女性も存在する。彼女達は隆道の存在が許せなかったのだ。

自身が崇拝する千冬の弟ならいざ知らず、どこの馬の骨ともわからない男が神聖なISに乗るなど決して許してはならないという狂いに狂った思考を持っていた。

願うことなら彼を文字通り消したいが、直接そのような事をしようものなら自らの人生を棒に振ってしまう。そしてなにより自身の手を汚したくなかった。

自分の手は汚したくはない、だが彼は消したい。ではどうするべきか。そこで彼女達はある答えに辿り着く。学園にいる者達を使えばいいのだと。

彼をとことん追い詰めて自殺を、出来なければ事故を装った暗殺を。既に政府と繋がりを持つ人間には伝えており、後は実行してくれるのを待つのみ。仮に失敗しても良いように切り捨てる準備もしてある。彼女達は彼の死を願った。

彼の身を案じる者、男性の希望として期待する者、モルモットとしか見ていない者、女性を潰してくれと願う者、彼の死を望む者。

政府の善意と悪意の思想により彼は今後も一夏以上に振り回される事になる。

この世界は───どうしようもなく狂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隆道がようやく学業に復帰し、今日からISの実技授業が開始される。

彼が復帰すると知っていた一組の生徒達は不安で仕方なかったが、一夏と箒のおかげで彼はだいぶ大人しくなっている。

生徒達はその光景に心底驚いていた。あれほど女性不信である彼が、箒と普通に会話している事に。

そしてあの試合の事もあってセシリアと揉めるのかと思いきや、彼は彼女と一度目を合わせただけで何も言及していない。あれほどの怪我をしたのに何も起こらなかったことに疑問に思い、同時に安堵した。

復帰早々暴走染みた事になってしまえば手に負えない。どうかそのままでいて下さいと生徒達は切に願った。

 

「やっと復帰出来ましたね。俺、柳さんがいない間不安で不安で」

 

「ああ、男はお前一人だったもんな。俺だったら発狂して暴れる自信があるぞ」

 

「それ冗談に聞こえないですよ………」

 

「全くです。…………本当に暴れませんよね?」

 

「お前ら、なんだその目は。暴れねえから身構えんな」

 

つい二人は彼に対しジト目になってしまう。彼は冗談で言ってるつもりだったが、これっぽっちも冗談に聞こえない。些細な事で何がどうなるかわからない以上下手な事は出来ないのだ。

相手が一夏と箒だから良かったものの、これが他の生徒だったら憎悪と殺意が一気に溢れ出す所だったであろう。

 

「そういえば、午後の授業でISを使った実技があるんですけど………柳さんは大丈夫なんですか?」

 

箒の一言で、聞き耳を立てていた生徒達は固まった。今一番に知りたいのはそれなのだ。復帰した彼は首輪を着けており、あれが専用機だと言うことも皆が知っている。出来ることならアレを目の当たりにする事は避けたい。代表候補であるセシリアですらあのような事になったのだ。ろくにISに触れていない彼女達が彼に太刀打ち出来るはずもない。

 

「アレの心配してんだろ?よっぽどの事が無い限り勝手に起動する訳じゃねえし、これそのものに手を加えてある。朝方受け取った時に一度展開したがなんともなかったから、まあ大丈夫だろ」

 

「大丈夫ならいいんですけど………」

 

「おい篠ノ之、だからその目をやめろ。俺が何をしたってんだ」

 

色々ととんでもないことをしてると隆道を除いた全員の心が一つになる。ついツッコミを入れたくなった生徒達だが何も言わないことにした。触らぬ神に祟りなしとはまさにこの事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食時間も終わり、午後の授業。今回からの授業はISを用いた実技を行う事が出来る。新入生は専用機持ちを除いて二度目となるIS操縦となるので期待で満ち溢れていた。そもそもISに乗る事がこの学園に来た理由なのだ。わくわくしないはずがない。

しかし、一組の生徒達に限ってはそのような期待感だけではなかった。

隆道とセシリアの試合を目の当たりにし、ISの危険性を認識したのだ。今の彼女達には他のクラスのようにISを軽く見る素振りはなく、顔つきもしっかりしている。

千冬はそれを見て、確信した。彼女達は他のクラス以上に伸びると。

そんな彼女達は今、ISスーツを着用している。その特殊なスーツはISを扱うに当たって必要であり、これを着ているか着ていないかで反応速度にに違いが出てくる。

見た目はスクール水着の様なものであり、ボディラインがはっきりと出てしまうので女性は自身のスタイルに普段以上に気を遣っている。もしだらしない身体であったならば目を逸らしてしまうような悲惨な事になるのは間違いない。

勿論男性である一夏と隆道もISスーツを着る事になる。ただし、今現在普及してるISスーツは当然ながら女性用だ。彼等がこれを着てしまえば色んな意味で悲惨な事になってしまい、社会的に抹殺されるだろう。故に彼等には特注として初の男性用ISスーツが用意された。

一夏のISスーツは上下に別れており、腹が露出した物だ。隆道のISスーツは当初一夏と全く同じ物を着用させるつもりだったが古傷が見えてしまうのと、なによりサイズが合わなかった。

一夏の身長は172㎝に対して隆道は180㎝。ISスーツは着やすいように着用前は多少緩めてあるので、彼のISスーツが届かなかった場合無理に着る事も可能なのだが、着れない理由は身長だけではなかった。その理由は───。

 

「「「「「………」」」」」

 

「あの、柳さん………」

 

「………なんだよ」

 

「柳さんて………着痩せするタイプだったんですね………」

 

遅れてやってきた彼のISスーツは一夏とは違い腹も隠れた全身タイプだ。そして彼の身体は───男性ですら惚れ惚れしてしまうほどの肉体だった。

一夏も標準以上の筋肉をつけており、整った顔もあって女性を釘付けにするには十分の破壊力を持つ。しかし隆道の身体は一夏のそれを遥かに上回っていた。

山脈のような胸板を始め、両腕、両足はまるで鋼のように強靭な筋肉で覆われている。一番目に留まるのは腹筋であり、誰が見ても板チョコを連想してしまうかのようにくっきりと出ていた。

太過ぎず、細すぎずな筋肉質の身体であり、それは正しく『漢』の姿。それを見た教員の真耶を始めとした生徒達は先程までの顔は何処へやら、顔を真っ赤にしてしまう。おまけに彼も一夏程ではないが整った顔をしてるので、流れでそれを見てしまった生徒の殆どはとうとう俯いてしまった。

千冬は彼が大怪我した際に一度見ており、その時はそれどころではなかった為に気にしなかったが、改めて見ると彼女ですら頬を染める。彼の肉体は女性にとって刺激が強すぎたのだ。

 

「あー………こほん。全員注目!これよりISの基本的な地上操縦を実践してもらうが、先ずは見学だ。織斑、オルコット、そして柳。ISを展開しろ」

 

このまま隆道の肉体に見蕩れる訳にはいかない。千冬は無理矢理生徒の注目を集め授業を再開することにした。

 

「それが織斑のISか。驚きの白さだな」

 

「はい、『白式』って言いまして、待機形態はガントレット………らしいんですけど………」

 

「どう見ても腕輪だな」

 

「やっぱり腕輪ですよね」

 

一夏は彼に右腕に装着されてある待機形態を見せる。表記ではガントレットと記されているのだが、誰が見てもそれは腕輪だった。何故これをガントレットと言い張るのか不思議でしょうがない。

 

「お喋りは後にしろ。オルコットは既に展開を済ませてるぞ」

 

二人が白式を眺めている間に既にセシリアは自身のIS『ブルー・ティアーズ』を展開していた。これ以上駄弁ってては授業に支障が出るので早々に切り上げる。

一夏は右腕を突き出し、腕輪を左手で掴む。隆道が休学している間に色々と試したのだが、このポーズが一番イメージ出来るのだ。

 

(こい、白式)

 

彼は心の中で呟くと身体は光の粒子に包まれ、純白のISが現れる。

 

───第三世代近接格闘型IS『白式(びゃくしき)』───。

 

それが一夏の専用機。肩部にある高出力ウイング・スラスターが特徴であり、これにより加速と最高速はトップクラスの性能を誇る。

隆道はそれをまじまじと見て、考えに耽る。

 

(この間のような感じはしない………。なんだったんだよあれは)

 

以前ピットで見た初期設定状態のISを見たときの恐怖感は無い。一夏のISは見たことなど無いのでやはり気のせいなのだろう。そう思うことにした。

 

「上出来だ織斑。だがいずれはポーズ無しで展開することだ。そうすれば展開まで一秒とかからなくなる。後は柳だけだが………。柳、決して無理を───」

 

「今やるから黙ってろ。………はあ」

 

隆道は首輪に手をかけ、目を閉じる。余計な事は考えるな、ISを纏うことだけを考えろと自分に何度も言い聞かせる。

 

 

 

そして───。

 

 

 

「………灰鋼」

 

 

 

その言葉と同時に彼の身体は灰色の粒子に包まれ、黒灰色のISは現れた。

 

 

 

「「「「「………っ!!」」」」」

 

───第二世代汎用防御型IS『灰鋼(はいはがね)』───。

 

彼女達はその禍禍しい機体を目にして一気に表情が強張る。とうとう現れたと。

機体には真っ黒な血管の様な模様が装甲全体に行き渡っており、以前暴走に似た時とは違い赤く点滅はしてなく、所々に溝がある装甲そのものも鈍く発光せず光沢はない。

その機体に人一倍強く反応したのはセシリアだった。それも当然だ、隆道と機体の豹変を目の当たりにしたのは彼女なのだから。

彼女にとってそれは一種のトラウマとなってしまい、息も多少荒くなる。ISを纏っていなければより酷くなっていただろう。

 

───操縦者の各バイタルサイン正常。異常を確認出来ず───。

 

千冬は彼がISを展開してすぐタブレットを確認する。朝方は彼女一人しかいなかったが今は他の生徒───『女性』が多数いるのだ。もしかしたら起動してしまうかもしれないと不安が募ったが、それも杞憂に終わった。

 

「無事に展開出来たようだな。それでは二人とも、飛んでくれ。柳はそこで待機だ」

 

彼はセシリアとの試合以降一度もISを使っていない。システムが起動している時を除いて彼は一度も飛ばなかった事から飛行はまだ出来ないと千冬は判断、故に一夏とセシリアにだけ飛行を指示した。

彼女の一言で真っ先に行動に移したのはセシリア。流石は代表候補生とあってか、一気に急上昇し遥か頭上で静止する。

一夏も少々遅れて後に続くが未だ慣れていないのだろう、その上昇速度は彼女よりかなり遅いものだった。しかし、初心者にしては上出来の範囲だろう。

何せ一昨日までは放課後で展開や歩行などの基本中の基本しか行っておらず、急上昇と急下降は昨日習ったばかりである。

飛行は『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』で行うのだが、彼にはまだ感覚が掴めないようだ。

 

「織斑、もっと強くイメージしろ。スペック上の出力では白式の方が上だ。今は構わないが、何れオルコットよりも素早く急上昇するように」

 

「わかりました」

 

既に二人は空高くいるため通信回線を使用し会話をする。隆道も回線を繋いでいるため彼の声ははっきりと聞こえていた。

 

「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

 

「飛行はまだ二度目なんだから大目に見てくれよ。大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだ、これ」

 

「説明しても構いませんが、長いですわよ?反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

 

「………また今度にしてくれ」

 

「そう、残念ですわ。ふふっ」

 

楽しそうに頬笑むセシリア。その表情は嫌味や皮肉など一切ない、純粋に楽しいという笑顔だった。

隆道はハイパーセンサーによる補正でそのやり取りをしっかり見えていた。その望遠鏡並みの視力により地上二百メートルから一夏の睫毛まで見えるのだ。

ちなみに、これでも機能制限がかかっている。元々は宇宙空間での稼働を想定したもので、何万キロと離れた星の光で自分の位置を把握するためなのだからこの程度の距離は見えて当たり前なのである。

そういった知識はどうでもいいとして、彼は一夏とセシリアのやり取りに疑問を覚えていた。

 

(あいつら、あんな仲良かったっけか)

 

とは思いつつも、別に人の人間関係に口を出すつもりはない。自分は彼女と仲良くするつもりはないがそれはそれ、これはこれなのだ。彼に味方が増えたのならそれでいいかとすぐに気にしない事にした。

彼は知らない事だが、一夏は何度かセシリアにISのコーチをしてもらい、そういった内に他人行儀を無くす意味合いもあって互いに名前呼びになる程の仲になった。

流石に代表候補生の指導だけあって一夏は歩行は難なくこなせるようになり、最終的には全力疾走が出来るレベルにまで成長した。

ISは飛行が主な操縦だが、何事も段階が必要なのだ。歩行が完璧になっただけものすごい成長である。

余談だが彼女の指導は色々な意味でかなり難しく、一夏が理解するのに目茶苦茶苦労したという小話がある。箒にも説明をしてもらったのだがこれも色々な意味で難しかった。というか意味不明で役に立たなかった。

隆道もいずれ二人の説明を聞くことになるだろう。彼が頭を抱える事になるのはまだ先の話。

 

「オルコット、急下降と完全停止をやって見せろ。織斑は一定の速度で降下、完全停止だ。目標は地表から十センチとする」

 

「「了解」」

 

千冬の指示と同時にセシリアはすぐさま急下降、一夏はゆっくりではあるがそれに続いて降下する。

彼女は完全停止も当然のようにクリアし、彼は多少のズレはあったが無事に地表に辿り着いた。

 

「上出来だオルコット、流石は代表候補生。織斑は今後も訓練に励め。何れオルコットのように出来る日が来る」

 

「「はい!」」

 

「良い返事だ、それでは武装を展開しろ。柳にも参加してもらう」

 

「ん」

 

「織斑、オルコット、柳の順番で行う。では始めろ」

 

言われて一夏は機体を展開したときと同じく突き出した右腕を左手で握り集中する。それを強く握り締め集中が限界に達したとき、手のひらから光が放出され形として成立し、やがてそれは武器となる。

 

───近接ブレード『雪片弐型(ゆきひらにがた)』───。

 

(あれが織斑の武器か。変わった剣………いや刀か?)

 

彼の武装は刀より反りのある太刀に近く、既存のブレードとは違い鎬には溝がある。恐らく何かしらのギミックがあるのだろう。

 

「一週間練習したようだがまだまだ遅い、コンマ五秒で出せるようになれ。次はオルコットだ、武装を展開しろ」

 

「はい」

 

セシリアは真横に腕を突き出し、一夏とは違い光を放出することはなく一瞬でレーザーライフル『スターライトmkⅢ』が握られた。

その手際の良さに本来なら褒めるべきなのだが───。

 

「あわわわわ………」

 

「うわっ馬鹿!セシリア、引っ込めろ引っ込めろ!」

 

「………?」

 

周囲は顔面を真っ青にし、非常に慌ただしい。いったいなにがと彼女は視線を自身の武装に向けると、その銃口の五センチ先には隆道の頭が───。

 

「………」

 

「うひゃあ!!も、申し訳ありません申し訳ありません!!」

 

気づいた彼女は勢い良く武装を引っ込め、彼に何度も頭を下げる。それはもう命乞いのするかの如くに。

 

「………なんとも思ってねえからそれをやめろ、鬱陶しい」

 

彼はそんな彼女を見て一言だけ。故意ではないことはわかりきってるのでいちいち目くじらを立てる事もない。こんな些細な事など彼にとってはどうでもいいのだ。

 

「はあ………オルコット、そのポーズはやめろ。いったい誰を撃つ気だ、下手すれば大惨事だぞ。正面に展開出来るようにしろ」

 

「はいっ申し訳ありません!必ず直します!」

 

本来なら何かしら言い訳をしようとしたのだろうが、これは彼女にはだいぶ効いたのだろう。自身のミスを直ぐに認めた。

 

「次から気をつけろ。次は近接武装だ」

 

「えっ。あ、はいっ。」

 

彼女は武装を直ぐに収納し、近接武装を展開しようとするが───光は形を成形させず空中を彷徨い、顔が強張ってしまう。

 

「くっ………」

 

「まだか?」

 

「ううっ………」

 

彼女は近接武装の使用、展開を苦手としている。よって未だに武装が現れないのだが、もう一つ新たな理由が最近出来た。

 

オ゛ル゛コ゛ット゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッッッ

 

近接武装を展開しようとするとあの時の───爆炎の中から飛び出した、血涙によって赤く染まった彼の顔が鮮明に写し出されてしまう。

彼女にとって完全なトラウマとなってしまい、元々苦手としてきた事に拍車が掛かってしまった。

 

「───ああ、もうっ!『インターセプター』!」

 

ヤケクソ気味に武装名を叫び、光の粒子はようやく武器として現れる。トラウマによって余計展開出来なくなった彼女が行った事は初心者用の手段、武装名を呼び展開する方法だった。

 

「………何秒かかっている。お前は実戦でも相手に待ってもらうのか?」

 

「………申し訳ありません」

 

「次までには直しておけ。………さて、最後に柳だ。射撃武装を展開してくれ」

 

「………『焔備』」

 

ようやくかと呆れながら隆道は自動小銃『焔備』を展開する。彼は当然初心者なので武装名を呼ぶ方法を取っても何も言われる事はない。

 

「よし、収納していいぞ。次に近接武装だが───」

 

千冬は彼の機体に格納してある基本装備を展開させようと指示を出そうとした。しようとしたのだ。

しかし、彼女の指示を聞く前に武装は消え、彼の右腕に爆発的な速度で()()()()が姿を現す。

 

「ひっ!?」

 

生徒の誰かが思わず小さな悲鳴を上げる。彼がコンマ五秒以下で展開したのは一組の生徒に、特にセシリアとって恐ろしい印象を与えたあまりにも暴力的な武装である『鋼牙』。

二度目の御披露目であるが、それは他者を嫌でも圧倒させる巨大な二本の杭。通称『盾殺し(シールド・ピアース)』。

この武装は『相手のシールド、装甲を確実に一撃で破壊する』というコンセプトで開発された。その威力は以前セシリアが弾丸の如く吹き飛ばされたことからわかるだろう。

しかしその威力の対価としてパワーアシストでも制御が非常に難しく、空中で使うものなら高度な操縦技術がいる代物であり、隆道が空中で使いこなすにはかなりの訓練が必要だ。では何故このような物があるのか。それは政府の一部による悪意の思想が原因だった。

使いこなせると思ってなかったが、ダメ元でこれを使って女性を潰してくれと願ったのだ。悲しくもその思惑は一度叶った。

彼等は今後も隆道に鋼牙を使わせるつもりだ。既に彼は政府の一部に踊らされていた。

 

「うっ………」

 

鋼牙を見てセシリアは顔を青くする。彼女はアレの威力を身を持って知っている。叶うならば今後は絶対に喰らいたくはない。

 

「………柳、人の話は最後まで聞け。そしてそれは収納しろ」

 

「………」

 

彼にしては珍しく直ぐに従い鋼牙を収納する。それと同時に全員が安堵し、胸を撫で下ろした。

 

「さて。専用機持ちの御披露目も済んだところで諸君にもISに乗ってもらう。専用機持ちは訓練機を運ぶため山田先生に付いて行ってくれ、それまでに私が諸君に今回の基本操縦について説明をする」

 

顔を赤くしたり青くしたり、焦ったり安心したりと忙しかった生徒達だがメインであるIS操縦はまだ始まってすらいない。既に彼女達には謎の疲労感が出ているが、本番は此処からなのだ。気持ちを切り替えて授業に取り組むべく一人一人が気合いを入れ直す。

 

「えと、はい。それではオルコットさん、織斑くん、柳くん。訓練機を取りに行くので付いてきて下さいね」

 

「行きましょう柳さん。………さっきはひやひやしましたよほんと」

 

「あ?お前らが勝手に怖がってるだけだろ。俺には関係ない」

 

「まあ、そうなんですけど………」

 

「んなこと今はどうだっていいだろ。それよりもあの牛眼鏡と馬鹿はもう行っちまったぞ」

 

今まで真耶を見向きもしなかった彼が放った彼女の初めて呼び名はまさかの『牛眼鏡』という酷過ぎるものだった。

確かに彼女は学園の中ではぶっちぎりの巨乳であり眼鏡もかけている。しかし幾らなんでも牛眼鏡は無いだろう。彼女が聞いたら泣く、絶対に大泣きする。

 

「う、牛眼鏡て………」

 

「あんな脂肪の塊ぶら下げてんだ、牛眼鏡で十分だろ。ほら、早く行くぞ」

 

「あっ、待って下さいよ!」

 

隆道は顔を引きつらせた一夏を置いて颯爽と歩き、それに遅れて彼も後を追う。

彼の歩く姿は二度目とは思えないほど自然な動きだった。

その後は千冬の厳しい指導によって生徒達はみっちりと操縦訓練に励んだが、始まる前から疲労したこともあって専用機持ちを除いた生徒は全員筋肉痛になったとのこと。

隆道はそんな彼女達を見て貧弱すぎるだろと思ったそうな。



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第十四話

2/24
地の文微量修正。


本日の全授業を終えて放課後。専用機持ちを除いた一組の生徒が筋肉痛によって撃沈している頃、隆道と一夏の二人はアリーナの隅っこにいた。ちなみに箒は日頃剣道をやっていたりと身体を常に動かしていたのでそこまでのダメージは無かった。現在は観客席で彼らを見守っている。

何故彼等が隅っこにいるかというと、理由は他の生徒───主に上級生が訓練に勤しんでいる為である。男性操縦者が二人もいるという事に周囲は注目しまくって訓練に集中出来ていない事は一夏には知るよしもない。

隆道は多数の視線───「興味」と「敵意」に気づいてるが、気にしても無駄なので無視していた。流石にこんな大っぴらの所でちょっかいはかけてこないだろうと。

そんな視線を余所に彼等は互いにISを纏っており、これから訓練に励む───と思いきやそんなことそっちのけで互いの機体について語っていた。

 

「はあ?武装は刀一本のみ?」

 

「そうなんですよ、後付武装が一切無いんです。それに拡張領域(バススロット)が空いてないんでナイフ一本すら量子変換(インストール)出来ないんですよ」

 

「何でだよ。たかが刀一本に全部容量食ってるってのか?」

 

拡張領域とは後付武装を格納するための領域であり、IS用の武装を量子変換することによって自由に取り出すことが出来る。

セシリアの第三世代IS『ブルー・ティアーズ』ですら拡張領域の空きはあるのだから本来ならば空きはあるはず。しかし一夏の機体『白式』は今までの第三世代とは違い過ぎた。

 

「武器がというより、恐らく単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の方に容量を使ってるからかと」

 

「ワン………なんだって?」

 

「ワンオフ・アビリティーです。唯一仕様の特殊能力なんですって」

 

「そんなもん積んでるのかその機体は。………あ?ちょっと待て、単一仕様能力って確か………」

 

ふとその単語に見覚えがあるのを思い出したのか、隆道は予め持ってきた教科書を開く。今まで授業をまともに受けなかったり怪我などの関係で教科書など全く開いてなかったが今日から多少は授業を受ける事にしている。彼を支えると決めたのだ、いつまでも自分だけ何もしないわけにはいかない。

とはいっても、マシになったのはISに関する座学だけであり、普通授業は依然として放棄。座学も話を聞いたり教科書を見ているだけで、教員の事は変わらずガン無視である。

やっと授業に取り組んでくれると真耶は歓喜したが名指ししても無視されたので涙を流したのは言うまでもない。

 

「単一仕様能力………各ISが操縦者と最高状態の相性になったときに自然発生する能力。ISが第二次移行(セカンドシフト)した後の第二形態(セカンド・フォーム)から稀に発現する、か。『白式』の特殊兵装が第一形態にも関わらず使える単一仕様能力………てとこか?」

 

「俺もよくわからないんですけど、多分そうなんだと思いますよ」

 

「ますますよくわからねえ機体だな。んで、その単一仕様能力はどんなやつなんだ?」

 

「『零落白夜(れいらくびゃくや)』って言いまして、これですね」

 

彼は既に展開させていた雪片弐型を垂直に掲げると刀身が割れ、そこから青白いエネルギー状の刃が現れた。

 

「………ライトセイ───」

 

「ストップ柳さん。俺も思い浮かべたんですからやめにしましょう」

 

「ああ、悪い。んで、どんな効果あるんだこれ。まさか切れ味が上がるとかそんな単純なやつじゃねえだろうな」

 

「切れ味が上がるなんてもんじゃないですよ。能力は『バリアー無効化攻撃』でして、対象のエネルギー全てを消滅させるんです。エネルギー兵器の無効化───例えばセシリアのレーザーを打ち消したり相手のシールドバリアーを無視して本体に直接攻撃、その結果絶対防御を発動させるといったものだそうです」

 

単なる切れ味の向上だろうと考えていたが、彼から出た答えは隆道の予想を遥かに上回るものだった。

ISに欠かせないエネルギーを全て無視した攻撃。つまり当たれば大幅に、場所が悪ければ一撃で相手を倒せるということ。

 

「なんだそれ………。つか全エネルギー消滅すんなら絶対防御も貫通するんじゃねえの」

 

「流石にそれは危な過ぎるんで普段は競技用に制限掛かってるんです。直撃したとしても傷は付かないって千冬姉が言ってましたし」

 

「ほー。………それほど攻撃特化してんだ、何かしらのデメリットはあるんだろ」

 

大きなメリットには必ずそれ相応のデメリットが存在する。隆道の『鋼牙』が良い例だ。セシリアの機体のように第三世代に備わる特殊兵装のお陰でエネルギー効率が悪いなども揚げられる。

 

「そのデメリットがデカ過ぎなんですよね………。何せ発動中は自分のエネルギーをおもいっきり消費してるんですから」

 

「は?つまり機体のエネルギーを攻撃に振ってんのか?玄人向け過ぎるだろ、素人が使っていい物じゃねえぞ。………織斑、今エネルギー残量はどれくらいだ」

 

「へ?………おっと危ない危ない」

 

隆道に言われてエネルギーがガリガリ減っている事に気づき、彼は直ぐに単一仕様能力を消す。気づかずに発動したままであったなら機体も強制解除されていただろう。

 

「高機動で機体そのものも燃費が悪いだけでなく、武装も燃費が悪い。それはここぞというときに使った方がいいな、なりふり構わず使ってたら直ぐ御陀仏だぞ」

 

「試合に集中してるとついエネルギー管理忘れてしまいそうですね、まだやったことないですけど」

 

「他のクラスだってそうだろ。まだ専用機を持ってる分アドバンテージも、練習量も此方にあるんだ。クラス代表戦まで期間はあるんだからそれまでにしっかりやれよ、クラス代表さんよ」

 

「俺がやると決めたんです、もちろんそのつもりですよ。俺の『白式』のことはこれくらいにして、柳さんの『灰鋼』………でしたっけ。色々教えて下さいよ」

 

『白式』の特徴は互いにおおよそ理解した、後は『灰鋼』である。彼はどちらかというと隆道の機体の方が気になって仕方がないのだ。

元は量産型だが一次移行により仕様もかなり変わってるはず。それに武装も二つほどしか見ていない。結構な数があると聞いてるのでぜひ見てみたいと彼は期待している。

彼も男の子なのだ。そういった物に興味を持つことはなんら不思議ではなかった。

 

「あんま面白いもんじゃねえぞ。あの意味不明なシステム───『狂犬』つったっけな。それを除けば性能は量産型の『打鉄』と変わんねえとさ。………そういえばもう一つあったな」

 

「アレ、『狂犬』って言うんですか………なんとまあ、的確と言いますか………。それにもう一つとは?」

 

「一次移行したとき、『狂犬』と一緒に発現したらしいんだが、これが文字化けしてて詳細処か起動条件もわからねえ。調べても何にもわからなかったんだと」

 

「なんだが、物凄く恐ろしいですね………なんで政府はこの機体を使わせるんでしょうか」

 

どう考えてもおかしい。普通こんな危険過ぎる機体を、ましてや数少ない男性操縦者に使わせるなどあり得ない。

嫌な予感がする、彼はそう思わずにはいられなかった。

 

「んなこと知るかよ、お偉いさんの考えてる事なんて俺らガキにはわかりゃしねえんだから。大方珍しい反応だの、機体に余裕が無いだのそんなんじゃねえの?」

 

「うーん、それだけじゃないような気がしますが………」

 

「考えたってしょうがねえだろ、どうにもならねえんだからよ。んなことよりほら、武装も見るんだろ?」

 

確かに隆道の言う通り考えた所でどうにかなるわけではない。そもそも政府からの指示はデータ採取の一点のみであり、それ以外は何も言われていない。

偶然にも一夏の予感の通り、『灰鋼』を使わせる理由はそれだけでなく悪意が練り込まれたものだがそれを知る術は無い。彼はひとまずこのモヤモヤは胸の奥にしまうことにした。

それよりも隆道の武装を見る事を優先だ。機体もそうだったが、武装も気になって仕方がないのだ。その心はプレゼントの中身を早く見たい子供と一緒であった。

しかしその感情を表に出すわけにはいかない。故に彼なりの全力ポーカーフェイスで言葉を返す。

 

「そういえばそうでしたね。結構な数があるって言ってましたけど何があるんですか?」

 

(すっげえ楽しみって顔してんぞおい)

 

隆道にはバレバレだった。

 

「………基本装備を含めて近接、射撃武装合わせて十種類だな。んじゃまあ手始めに基本装備から出していくか」

 

バレバレなポーカーフェイスには触れないことにして、隆道は基本装備である近接武装と射撃武装を各一つ出していく。射撃武装の方はセシリアと試合した時と授業中に見せた自動小銃『焔備』。そして近接武装は日本の武者鎧をモチーフとした打鉄に相応しい、日本刀を彷彿とさせる剣。

 

───近接ブレード『葵』───。

 

「やっぱりそれは入ってたんですね」

 

「元は打鉄だしな。つっても刀の振り方なんて知らねえぞ。せいぜい木刀かバットぐらいだ」

 

「………柳さん、ちょっと思いついたことがあるんで、それ貸してもらえます?」

 

一夏は何かを思いついたらしく、隆道の持つ『葵』を借りたいとお願いする。その表情は真剣そのものであり、それに対し不思議に思いつつも彼は渡す事にした。

しかし量子変換した後付武装は所有者以外使うことは出来ない。そのまま渡してしまうと粒子となって消滅してしまうからだ。他人に使わせるためには対象の機体を登録する必要がある。

 

「?………ちょっと待ってろ、使用許諾(アンロック)するから。つか銃火器とかの兵器ならまだしも、なんでこんな仕掛けも無い近接武器ですら使用許諾しなきゃいけねえんだよ」

 

「試合中に武器を奪われるのを防ぐためじゃないですかね。俺もよくわからないですけど」

 

「考えれば考えるほどISってのはわかんねえな、理解なんてしたくもねえけどよ。ああもうめんどくせ、武装全部使用許諾してやる」

 

「え、いいんですかそんなことして」

 

「別に構わないだろ。装備を貸すななんて言われてねえし、織斑にだけ登録しとけば問題なんて無いしな。貸すなと言わない奴が悪い。………こんなもんか、ほらよ」

 

使用許諾を済ませ、『葵』を一夏に渡す。それを手に取った彼は突如ニヤリと笑みを浮かべた。

その『葵』を左手に持ち、空いた右手に武装を展開、『雪片弐型』を持つ。両腕を広げ、その両手に持つ二種の刀を垂直に構えると彼の表情は更に変わった。

それはまるで相手に勝ち誇った表情、誰がどう見てもドヤ顔だった。

 

「………ドヤ顔ダブルソードって言いたいのか」

 

「へへっ似合ってます?」

 

「下らねえことしてんじゃねえよ。………結構面白いじゃねえか」

 

どうやら隆道は気に入ったらしい。不思議と表情が多少和らいでいた。

彼はIS学園に来てからほとんど気を張りっぱなしだ。少しでもそれをほぐせないかと一か八か試してみたのだ。結果は成功だ、この調子で行けばきっと良い方向に向かうはず。そう確信した一夏だった。

 

「よし、満足しました。もう大丈夫です、ありがとうございました。早速次行きましょうよ」

 

「(もう隠す気無いだろこいつ)ったく………んじゃ次はコイツだ」

 

『焔備』と『葵』を収納し、次に現れたのは、あの暴力的な武装『鋼牙』。身構えずに前のめりでいたため、一夏は思わず驚き後退りしてしまった。

 

「うおわぁっ!?ちょっと柳さん、それ出すなら言って下さいよ!」

 

「うるせえな、いくらなんでもビビり過ぎだろ」

 

「いや、その、なんといいますか。………。結局それって何なんです………?使ったときはセシリアだけじゃなく柳さんも吹き飛びましたし」

 

「相手のシールドと装甲を一撃で破壊する為に開発されたんだとさ。反動が凄まじいからしっかり構えてても抑えきれないらしいし、弾倉が二つ付いてるが二発同時発射だから実質そんな撃てねえしよ。せいぜい三発、予め薬室に装填しても四発だな」

 

連射も出来ない、弾数も圧倒的に少ない、そして強すぎる反動、それらの代わりに得た強大な威力。それを聞いて一夏は戦慄を覚えた。

どう考えたって使いこなせない。まだエネルギー管理と剣術の心得があれば何とかなりそうな自分の機体や武装の方が遥かにマシだ。

 

「ええ………癖が強いなんてもんじゃないですよそれ………。なんか俺の『白式』や『零落白夜』なんか可愛く見えてきましたよ」

 

「確かにな。こんなのどう使いこなせっつうんだ。………ちょっと試してみるか」

 

「え!?今使うんですか!?」

 

「しっかり構えて踏ん張ってれば吹っ飛ばねえだろうし、物は試しだ」

 

困惑する一夏を尻目に隆道は腕を囲うようにある『鋼牙』のレバーを引くと重厚で鈍い金属音が鳴り響く。ただ装填しただけであるが、それだけで初見でも威力が想像出来てしまう位だ。

 

「そんじゃまあ………とりあえず一発っ!!!」

 

彼は殴るように腕を突き出した瞬間、まるで大砲のような爆破音と共に彼は後ろに吹き飛ばされ、その場には二つの巨大な空薬莢だけが残る。

 

「ぐおぁっ!?」

 

「柳さんっ!?」

 

彼は勢いよく吹き飛ばされるが、地に足をつけ踏ん張っていたおかげか五メートルほどでようやくそれは止まる。彼が元いた場所から今いる場所の間には足で削ったであろう二本の溝が出来上がっていた。

 

「かぁ~~~きっつ………。なんだよ、踏ん張ってもこれなのか」

 

「大丈夫ですか柳さんっ!」

 

「ああ、なんとか。………ほんとなんなんだよコイツは。考えた奴頭おかしいんじゃねえのか」

 

「地上ですらあれだけの吹き飛び様ですし、もしこの間のように空中で使ったら………」

 

「間違いなくどっかに叩きつけられるな」

 

地上ですらこれほどの反動なのだ。空中で使うものなら以前の二の舞になる事は確実。ISを用いた試合は主に空中戦だ。使う度に吹き飛ぶ様ではまるで役に立たない。

実は『鋼牙』を扱う際、ある事をすれば反動を抑制する事が出来、空中でも吹き飛ぶ事は無いのだが今の彼はその事を知らない。

 

「………ああくそったれ、次だ次。もっとまともなやつ………を………」

 

「………柳さん?」

 

「………」

 

『鋼牙』を収納し次の武装を模索していた彼は突如沈黙する。何かあったのだろうか、彼をよく見ると苦虫を噛み潰したような表情である。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「………『竜殺(りゅうさつ)』」

 

一夏は心配になりおそるおそる声を掛けると彼はそう一言呟く。すると今度は彼の右手に巨大な剣が展開される。その剣は一夏にも既視感があった。

 

「………大剣、ですね」

 

「………大剣だな」

 

それは剣というにはあまりにも大きすぎた。

 

大きく ぶ厚く

 

重く そして

 

大雑把すぎた。

 

それは 正に

 

鉄塊だった。

 

「………いや、これもう、どう見てもアレですよね。ベル───」

 

「やめだやめだ、これは絶対使わねえ。なんでこんなの入ってんだよ」

 

拡張領域を見た時からからずっと自己主張が激しいソレを見て見ぬふりをしていたが、展開してようやく確信する。

これはダメだ、使ったらいけない気がする。千冬に報告して別の物に取り替えて貰うか返品する事にしよう。そう思い直ぐ様収納して、この先不安を感じた彼はとうとう溜め息を吐いてしまった。

 

「………気を取り直して次行きましょう」

 

「………そうだな。アレは存在しなかった、いいな?」

 

彼の武装は残り六種類。御披露目会はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

しばらくして日も暮れる時間。武装御披露目会が終わった頃には隆道と一夏は訓練をしていないにも関わらず疲労感だけが残っていた。

 

「これで………全部、ですね………」

 

「ああ………ようやく、な………」

 

拡張領域に積んである十種類の武装は全て出し切った。幾つかは一夏にも貸して試射させてみたりと時間を忘れてしまう程に夢中になったり。

怖いもの見たさで『鋼牙』も使ってみたいと借りた彼が、案の定吹き飛ばされた光景を見て隆道が笑い転げたのは良い思い出。

 

「種類は結構豊富でしたね。超長距離狙撃砲(スナイパーカノン)擊鉄(げきてつ)』に自動散弾銃(フルオートショットガン)轟鉄(ごうてつ)』、多銃身回転式機関砲(バルカン)豪雨(ごうう)』と榴弾砲(グレネードランチャー)破砕(はさい)』。個人的には『擊鉄』と『豪雨』が好みですね 。残り二つは………その………」

 

「みなまで言うなよ。ったく………大型チェーンソーに加え巨大ペンチってなんなんだよ、全く用途がわかんねえぞあんなもん。アレも絶対使わねえわ、使ってたまるか」

 

銃火器は近距離から遠距離用まで豊富であり、どの状況にも応じる事が可能な点に関しては別に問題はない。だが近接武装に関しては問題だらけで文句しか出ない。

基本装備の『葵』に色々な意味でぶっ飛んでいる『鋼牙』、某狂戦士が振り回す『竜殺』。そして残りの二つは『竜殺』と大きさの変わらない大剣型チェーンソー『大百足(おおむかで)』にアホみたいに巨大なペンチ『鉄血(てっけつ)』。もはや意味がわからなかった。

 

「おかしいだろ、なんで近接武装だけこんなゲテモノ揃いなんだよ。基本装備の『葵』しかまともなのねえじゃねえか。『鋼牙』は百歩譲って良いぞ?他はどう考えてもいろんな意味でダメだわ」

 

「『鋼牙』もアレでしたけど、まさかそれを上回るとは思いませんでしたね………」

 

「………もう帰ろうぜ。変に疲れちまったよ」

 

「そうですね………」

 

既に時刻は夕食時間に近い。良い感じに腹も減っているため二人は手際よく空薬莢等を片付けて帰るが、一夏は何かを思い出したのかピットに戻りながら話を持ちかける。

 

「そういえば柳さん。夕食後って時間あります?」

 

「あ?いつも部屋に来るじゃねえか。今更言うことでもないだろ」

 

「いえ、そうじゃなくてですね───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん、ここがそうなんだ」

 

隆道と一夏が訓練(武装御披露目会)を終えて、ほぼ全ての生徒が夕食を取ろうとする頃。IS学園の正面ゲート前に、小柄な体に不釣り合いなボストンバッグを持ったツインテール少女がいた。

 

「えーと、受付ってどこにあるんだっけ」

 

彼女は上着のポケットからくしゃくしゃになった一切れの紙を取り出し確認する。それは校舎の案内用紙の一部で、結構雑に扱ってるが気にしない。彼女は大雑把な性格なのだ。

 

───本校舎一階総合事務受付───。

 

地図は無く、書かれているのはこれだけ。紙の内容も雑だった。

 

「………って、だからそれどこにあんのよ。………ああもう、自分で探せばいいんでしょ、探せばさぁ」

 

文句を言っても誰も聞いてるはずはない。多少の苛立ちを募らせながら紙をポケットにねじ込み足を動かす。

彼女は思考するよりも行動をする活発な少女だ。良く言えば『実践主義』、悪く言えば『よく考えない』。もっと悪く言えば『思考停止』である。一部の人間だったら『脳筋』や『アヘアヘ思考停止ガール』、更に容姿を見れば悪意盛り沢山な本人ブチギレ待った無しのあだ名を付けたであろう。

 

(ったく、出迎えが無いとは聞いてたけど、ちょっと不親切過ぎるんじゃない?政府の連中にしたって、異国に十五歳を放り込むとか、なんか思うところ無いわけ?)

 

と彼女は自身の出身国───中国の政府に文句を垂らしているが日本に来たのは別に初めてではなく、むしろ第二の故郷でもある。

 

(誰かいないかな。案内出来そうな人)

 

学園内を歩きながら人を探しているが、時刻は八時を過ぎている。当然どの校舎も灯りは落ちており、ほとんどの生徒は寮にいる時間だ。

 

(あーもー、面倒くさいなー。空飛んで探そうかなー)

 

彼女はセシリアと同じく代表候補生であり、専用機も所有している。ISを使って飛ぼうというふざけた発想が出てくるが学園内重要規約書を即座に思い出し踏み留まる。やはり脳筋であった。

 

『転入の手続きを済ませて無いにも関わらずISを起動させたら、最悪外交問題に発展するからそれだけは本当にやめてくれ』

 

(ふっふーん。まあねー、あたしは重要人物だもんねー。自重しないとねー)

 

ふと、日本に向かう前に何回も懇願していた政府高官の情けない表情を思い出す。大の大人がへこへこ頭を下げるのは気分がいい。多少機嫌が良くなった彼女は先程よりも足が軽くなっていた。

彼女は忘れているか知らないかは定かではないが、そもそも枠内を逸脱したIS運用をした場合は刑法によって罰せられる。

独断でISを使ってしまえば政府は勿論困る処ではないが、何より一番困るのは彼女だ。一生を棒に振る羽目になってしまうのだから。

自重などとんでもない、そのような事は決して許されない、許してはならない。

やはり彼女は脳筋処か思考停止なのかも知れない。

彼女は『歳をとっているだけで偉そうにしている大人』が嫌いであり、かつて子供の頃は『男というだけで偉そうにしている子供』が大嫌いであった。故に今の世の中は非常に居心地が良かった。

男の腕力は児戯、女のISこそ正義。彼女は決して女尊男卑思考では無いのだが、色々と優遇された結果少なからず男を下に見ている。───一部を除いて。

 

(元気かな、アイツ)

 

思い出すは一人の男子。彼女にとって、今回日本に帰ってくる最大の理由だ。

彼だけは他の男とは違った。男だからと偉そうにせず、むしろ対等に接して来た。

 

(まあ、元気なんだろうけど)

 

いずれここにいれば会える。早く会いたいと思っていた彼女であったが、ふとある事を思い出した。

 

(そういえば、男性操縦者は二人いるのよね。一人目はアイツ、二人目は………)

 

一人目は知っている。というより、彼女が日本にやってきた最大の理由である男子は奇しくもその一人目である。しかし二人目は知らない、三つ歳上としか聞かされていないのだ。つまり全生徒の中で一番の歳上ということになる。

 

(どんな奴なんだろ、どうせ歳上だからって偉そうにしてんでしょうね)

 

その時はあたしが思い知らせてやる。男だから、歳上だからといって偉そうにする奴は許さないと、彼女は意気込んだ。

 

 

 

その考えは直ぐに崩壊する処では済まなくなる。

 

 

 

「ですので………という訳で………」

 

ふと、声が聞こえた。その方向に視線を向けると、生徒であろう女子が出てくる。何やら他の人と話をしている模様。

 

(丁度良いや、場所聞こっと)

 

受付の場所を聞くか、良かったら案内して貰おう。声を声を掛けようとして、彼女は小走りで向かうが───。

 

「なので箒の言うように、柳さんは部屋で待ってて下さい。あ、リクエストあります?」

 

「とりあえず、やるっつうのもその理由もわかった。つか毎度言ってるけどよ、まだ缶詰残ってるんだから無理に持って来る事もねえって。………何でも構わねえが、強いて言うなら和食だな」

 

その二人の男子の片方の声が耳に入り、不意を突かれたのかその足は止まる。その声は知っている。恐らく、いや間違いなく彼だと彼女の鼓動が高鳴る。

 

(あたしってわかるかな。わかるよね。一年ちょっと会わなかっただけだし)

 

自分に言い聞かせつつ、わからなかったら自分が美人になったからだと謎の超ポジティブ思考に切り替えて彼女は歩みを再開する。

既に彼女の目には彼しか映っていない。

 

「いち───」

 

思わぬ再会だったがそんなことどうだっていい。胸の高鳴りが最大になった彼女は彼───一夏に声を掛けようとした。しかしそれは女子の声で中断され、視界は元に戻る。

 

「じゃあ今度はホッケ定食にしますね。ところで一夏、蒸し返すようだが先程の吹っ飛び様は中々であったぞ」

 

「あのなあ、あんなの絶対抑え切れねえって。箒もやってみろよ、同じ事が起きるからさ」

 

(………誰?あの女の子なんで親しそうなの?っていうかなんで名前で呼んでんの?)

 

先程の胸の高鳴りは何処へやら、酷く冷たい感情と苛立ちが彼女を満たしていく。所謂嫉妬というものだった。

 

(それに………アイツが例の………?)

 

嫉妬と同時に冷静になったのか、視界が戻った彼女は女子と男子二人の後ろを付いていってる男子に目をやる。

 

(うわっ、一夏よりデカい………)

 

一夏より背が高い彼が二人目なのだろう。しかしここからでは表情は見えない。いったいどんな奴なのかと彼女はおそるおそる近づく。

 

 

 

 

 

そう、()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「っ!?!?!?」

 

彼女は勘が鋭い。中国に帰国し、ISを学んでたった一年で代表候補生に上り詰めたのは持ち前の勘という要因もある。その勘によって隆道の奥底に眠る危険性をいち早く察してしまった。

今のところ彼は負の感情など出ていない。しかし、それは蓋をしているからであって決して消えた訳ではない。

以前、一組の生徒達に見せた『どす黒い何か』。

ソレが溢れていないにも関わらず、勘が鋭い彼女にはハッキリと見えてしまった。

ハッキリと見えるソレはやがて形となり、やがてある存在へと姿を現す。

 

 

 

その強靭な灰色の身体は所々が傷だらけで赤く血に染まり

 

 

 

その歪んだ口元からは鋭利な牙を剥き出しにし

 

 

 

その鋭い眼は憎悪と殺意に満ちている。

 

 

 

その様は歯向かう敵を必ず殺すかのような姿。

 

 

 

ソレは巨大な犬だった。血塗れで、あらゆるものを憎み過ぎて狂いに狂った狂犬。

 

 

 

ソレは鮮血を垂らしながら、ゆっくりと此方の方を向き───。

 

 

 

「───!?!?!?」

 

 

 

───目が合う前に彼女は逃げ出した。

 

 

 

 

 

「………柳さん?どうしたんです?」

 

「………いや、さっきからこっちを見てる奴がいてな。振り向いたら逃げやがった」

 

「私達を………ですか?それに逃げたって………」

 

「さあな。疚しい事があるから逃げたんだろ」

 

 

 

 

 

 

気づいたら彼女は総合事務受付に辿り着いていた。

先程目の当たりにしたもの。アレが何だったのかはわからない。しかし自身の勘が告げていた。

関わるべきではない。彼の事は忘れる事にしよう、でないとおかしくなってしまう。

そんなことより一夏の方だ。なぜ知らない女子と親しげなのだと不機嫌になる。胸が高鳴ったり恐怖したり不機嫌になったりと忙しい彼女である。

 

「ええと、それじゃあ手続きは以上で終わりです。IS学園へようこそ凰 鈴音(ファン・リンイン)さん」

 

愛想の良い事務員の言葉は彼女───鈴音の意識に届かない。既に二人目に感じた恐怖感は無くなり、一人目の事しか考えていない。彼女は不機嫌全開だった。

 

「織斑一夏って、何組ですか?」

 

「ああ、噂の子?一組よ。凰さんは二組だから、お隣ね。そうそう、あの子一組のクラス代表になったんですって。やっぱり織斑先生の弟さんなだけはあるわね」

 

一夏がクラス代表に決まったのは今日のSHRだが噂好きは女性の性、既に学園全体に広まっている。

その体現のような事務員を冷めた目で見ながら彼女は質問を続ける。

 

「二組のクラス代表って決まってますか?」

 

「決まってるわよ」

 

「名前は?」

 

「え?ええと………聞いてどうするの?」

 

彼女の様子が少しおかしいと感じたのか、事務員は少々戸惑いながらも聞き返す。

 

「お願いしようかと思いまして。代表、あたしに譲ってって───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は進み、現在は夕食後の自由時間で寮の食堂にて一組の生徒達はある小さなイベントを開催していた。

 

「というわけでっ!織斑くんクラス代表おめでとう!」

 

「おめでと~!」

 

クラッカーが乱射され一夏の頭に乱雑に乗る紙テープ。生徒達は飲み物を手にそれはもうお祭りの様に盛り上がっている。

彼はちらりと壁を見ると、そこにはデカい紙がかけており、これまたデカデカと文字が書かれている。

 

『織斑一夏クラス代表就任パーティー』

 

確かにクラス代表は一夏に決まった。しかし、それもセシリアが辞退したからであり、その全貌もクラス代表を決める際のいざこざから始まった様々な要因によって起きた隆道とセシリアの事件とも言える試合の結果。本来はこのような明るいイベントなど出来るはずがない。

では何故このような事をしているのか。それは周囲を欺く為、所謂カモフラージュだった。

クラス代表を決めるために一夏とセシリアが試合をし、そこに隆道は一切関与していない。それが一組以外の生徒が認識している内容だ。

辻褄を合わせる必要があったのだ。注目の的である一夏がクラス代表になったというのに、イベント一つもなければ周囲は疑問に思ってしまう。一度疑われたら止まらず、いずれ真相に辿り着く。そうなってはまずい。

 

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるねえ」

 

「ほんとほんと」

 

「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて」

 

「ほんとほんと」

 

相づちを打つ女子は二組の生徒。現にこのパーティーには一組以外の生徒も混じっており、一組の集まりにも関わらずクラスの人数以上に増えている。一組の生徒達は騙す事に悪いと思いつつも疑われないように、まるで一夏が活躍したかのように演技をするしかなかった。

彼女達は授業によって今も筋肉痛であるが、それを表情に出さずにする演技は見事である。彼女達はISより演劇で活躍出来るのかもしれない。

 

「む、胸がいてえ………」

 

「一夏、お前がメインなんだぞ。その本人がそんな顔をするな、疑われたらどうする」

 

「わ、わりい」

 

箒のお叱りを受けて一夏は気持ちを切り替える。正直言うと、彼はパーティーには乗り気ではない。戦ってもいないのにクラス代表になったのだから後ろめたさが半端ではないのだ。

それでもやらなければならない。いくら箝口令があれど女性の情報網は凄まじい、ちょっとしたことで何処かで崩れてしまう。それだけは避けたかった。

ちなみに隆道も参加しており、今は隅の方で彼等を見守っていた。これも辻褄を合わせる為であり、本人も納得している。

今までは昼は購買で済ませ、夜は買溜めした缶詰等を。怪我をしてからは一夏達が食事を持ってきたので、彼にとって今回が初めての食堂。周囲を見渡して、当然行ったことは無いがキャバクラみたいだなと思ったそうな。

 

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君に特別インタビューをしに来ました~!」

 

そんな偏見を持つ彼を余所に、一夏の前に現れたのはボイスレコーダーを片手に持つ一人の少女。

 

「あ、私は二年の黛 薫子(まゆずみ かおるこ)。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」

 

名刺を渡され、彼は表情こそ出さないが戦慄した。いきなり強敵が現れたと。

 

「ではではずばり織斑君!クラス代表になった感想を、どうぞ!」

 

ボイスレコーダーを彼に向け、彼女は無邪気な子供のように瞳を輝かせる。悪意など一切無いので余計タチが悪い。

まずい。これは非常にまずい。下手な事など絶対言えないと彼は冷や汗を流す。周囲の生徒───特に一組の女子達は彼に注目し、じっと凝視していた。

 

───下手な事は言わないでね、と。

 

一組が団結してこのようなパーティー(カモフラージュ)をしてくれたのだ。やるしかないと彼は決意する。

とは言うものの言葉など用意してないので、当たり障りのない無難な言葉を言うことにした。

 

「まあ。なんというか、がんばります」

 

「えー。もっといいコメント頂戴よ~。俺に触るとヤケドするぜ、とか!」

 

「自分、不器用ですから」

 

「うわ、前時代的!」

 

なにやら言われ放題でむっとしたが、彼は表情に出さない。インタビューを受ける有名人の気持ちが少しわかった気がする。なるほど、これは鬱陶しいと。

 

「じゃあまあ、適当に捏造しておくからいいとして」

 

彼女はマスコミではなくマスゴミの方だったようだ。勘弁してほしいと彼は言いそうになるが、それをぐっと堪える。この手の人間は此方の粗探しが得意だからだ。

 

「ああ、セシリアちゃんもコメント頂戴」

 

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ないですわね」

 

そう言いつつ満更でもない口調のセシリア。勿論これも演技である。代表候補生だけあってこの手の人間に慣れており、恐らく来ると予想していたのだ。既に言葉も予め用意してある。対策は万全であった。

 

「コホン、ではまず、どうしてわたくしがクラス代表を───」

 

「ああ、長そうだからいいや。写真だけ頂戴」

 

「さ、最後まで聞きなさい!」

 

対策が無駄になった瞬間である。流石にこれについて彼女は泣いていい。

 

「いいよ、適当に捏造しておくから。よし、織斑君に惚れたからって事にしよう」

 

「えっ………」

 

彼女は顔に出てしまうほど困惑した。それを見た一夏は、彼女の当然の反応に何故か悲しい気持ちになったという。

 

「んじゃあ最後は~」

 

困惑するセシリアと悲しげな一夏を置いて薫子はある人物の元へ向かう。

 

(((((!?)))))

 

彼女は食堂の隅にいる隆道にもインタビューをしようとしていた。

彼の事は既に聞いている。しかし、ジャーナリストを目指している彼女にとっては二人目も一大スクープの一つ。逃す訳がない。

そんな命知らずな彼女は彼にボイスレコーダーを向けてインタビューを始める。

 

「ではでは柳さん!色々と聞きたい事があるんですがまずは一つ!クラス代表になった織斑君に対して一言を!」

 

「………」

 

「あ、あれ………?柳さん?おーい」

 

彼は彼女と目を合わせているが、その目は氷の様に冷たく、一言も発せず黙ったまま。

彼女は微動だにしない彼に困惑するが、その時だった。

 

 

 

食堂に一定の間隔で鳴り響く電子音。それはタイマーのような無機質な音だった。

 

 

 

この音はなんだと周囲はざわめくが、それの正体にいち早く気づいたのは一組の生徒、その次に薫子。

 

「あれ、柳さん?なんか首輪が赤く点滅してますけど───」

 

「「「「「うわあああぁぁぁっ!?」」」」」

 

そこからの一組生徒達の行動は速かった。命知らずな彼女を取り囲み強引に隆道の元から引き剥がす。

 

「柳さんっ!ほんとに、ほんっとうにごめんなさい!!」

 

「この人の事は気にしないでください!!後で織斑先生に制裁を受けて貰いますので!!」

 

「え、ちょ、待って待って!?まだ彼にインタビューを───」

 

「貴女、いったい何を考えてるんですの!?先生方から何も聞いてないのですかっ!?」

 

周囲はぎゃあぎゃあと騒ぎ始め、煩いと思いながらも彼はそれを眺める。いつの間にか彼の首輪から電子音は消え、点滅も無くなっていた。

 

「何があった!?大丈夫か柳っ!?」

 

その騒ぎの中突如現れたのは、タブレットを片手に息を上げる世界最強───千冬である。タブレットに送信された彼のバイタルサインを見て速攻で走ってきたのだろう。

 

「先生!この人が柳さんにちょっかいを!」

 

「え、ちが、インタビュー───」

 

「ま~ゆ~ず~み~!!ちょっと此方に来い!!」

 

彼女は人から一変、修羅と変化し薫子の襟を掴み連行する。その迅速な流れを見て周囲は開いた口が塞がらない。一組一同は連行された彼女に同情すらしなかった。

 

「あ、危なかった………」

 

「全く………大丈夫ですか柳さん。すみません、私と一夏がいながら………」

 

「………俺は大丈夫だけどよ、ちと過保護過ぎじゃねえのか」

 

「いや、流石にこうなりますって………」

 

首輪の仕掛けについては一組は千冬から予め聞いていた。待機形態の状態で警告が発してもISが勝手に展開しシステムが起動することは無いのでそれについては安心だが、PTSDが発症してる事実は変わらない。これ以上彼の症状を重くする訳にはいかないのだ。

 

「まあ、いいや。ほら、周りの連中困惑してるじゃねえか、どうすんだこれ」

 

「な、なんとかしてみます………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『織斑一夏クラス代表就任パーティー』は多少のトラブルはあれど無事に十時過ぎまで続いた。

隆道は一夏達と別れ自分の部屋に入ろうとすると、扉の隙間に何かが挟まってる事に気づく。

 

「………?」

 

それは二枚に折られた紙だった。しかし彼は全く身に覚えがない。部屋に入り椅子に凭れかかりながらそれを開く。

その紙は新聞を切り抜いた怪文書。脅迫文かと思った彼だったが、それを読んで───。

 

 

 

「───」

 

 

 

───彼は目を見開き、固まった。

 

 

 

 

 

その怪文書にはこう記されている。

 

 

 

 

 

『篠』『原』『日』『葵』『に』『気』『を』『つ』『け』『ろ』



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第十五話

2/24
地の文微量修正。


『ねえにーに。にーにもおかーさんのとこにいこーよ』

 

『父ちゃんとハルを置いていけないよ、僕はここに残る。………日葵とはお別れだね』

 

『ひまり、そんなのやだよ。………もうにーにとあえないの?』

 

『わかんない。………でも、きっと大丈夫だよ。きっと上手く生きていける』

 

『ぐすっ………ねぇ、にーに。いつかまた───』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前日のクラス代表就任パーティーという名の裏工作を終えた後、自室の扉に挟まれていた怪文書を読んでから隆道は卓上で手を組んだまま俯き、そこから微動だにしていなかった。

彼の表情はこれ以上無い位に暗く、目は焦点が合わず、その下にはくっきりと隈が出来ている。とっくに日は跨いでおり、既に日が差し始める時間だ。

そう、彼は自室に戻ってから一睡もしていない。それ処ではないからだ。

 

「………」

 

彼は卓上にある首輪───自身の専用機をチラ見して、再び俯く。

怪文書を読んだ瞬間に彼の首輪が警告を最大限に発し、千冬が駆けつけて来たが直ぐに追い返した。一向に鳴止まないので即座に外し、机に叩き付けてそれからそのままにしてある。

どうやら警告は待機形態を装着している時限定である様で、外している時は発症したとしても鳴ることはない。むしろそうでなかったら困った所だ。毎度毎度警告が鳴っていたら頭がおかしくなってしまう。

 

「………どうして」

 

あの怪文書に記されていた一言───正確にはある人物の名前である『日葵』、そして苗字の『篠原』。どちらも覚えがある、というより忘れるはずがない。

片や自身が決して許す事の出来ない、特に憎む三人の内の一人である元母親の旧姓。そして片や自身に懐いていた実妹の名前。

きっと同じ名前だけであって別人のはずだ、あいつのはずがない。怪文書を見て数分はそのような考えだった。

 

「………」

 

自身とは三つ歳の差、つまりは十五歳。義務教育を終えて高校に入学している時期だ。それに加えわざわざ自身に向けたであろう怪文書。嫌でも結び付いてしまう。

誰がこの怪文書を寄越したのかなど彼にとっては重要ではない。

自室に送られてきた手紙、そしてそれに記されている名前。認めたくなくてもある結論に辿り着いてしまう。

 

 

 

───自身の実妹、『篠原日葵』はこの学園にいる。

 

 

 

「あぁ………」

 

両親が離婚して別れてから既に八年は経っている。あの頃とはだいぶ容姿は違うはずだ。もしかしたら既に顔を合わせたのかもしれない。

確かに彼は女性を嫌っている、それは確かのはずだ。今までもそうだったし、この学園に来てからもそれは変わらない。

一部の例外───『篠ノ之箒』がいるが、その理由は自分自身が良く理解している。

しかし妹はどうだ?三つ歳の離れた、それも自身に懐いていた実妹の事はどう思ってるのか?

元母親は憎んでいる。だがそれは父親を見捨てたからであって、妹は全く関係が無い。むしろ大人の勝手な事情で離れ離れになったのだから彼女を憎む理由など有りはしない。

 

彼女は自身を覚えているのか?

 

自分は彼女をどう思っているのか?

 

彼女は自身を覚えていたとしたらどう思っているのか?

 

自分は彼女とどう接すればいいのか?

 

彼女は今の社会───女尊男卑に染まってしまっているのか?

 

自分は───彼女が女尊男卑に染まっていた場合、どうすればいいのか?

 

「あぁ、くそ、くそ、くそぉ………」

 

妹と離れ離れになった当時は自身より良い人生を贈るだろうと考え、女性を敵と認識した数年後には彼女の事など考えない様にしていた。考えても仕方無いし、彼女が女尊男卑思考に染まるなど考えたくなかったからだ。

しかし、それが今になって一気に降りかかる。それは彼に重くのし掛かり、じわじわと確実に心を追い詰めていた。

 

「………ぁぁぁあああくそったれえがぁっ!!」

 

彼は限界が来たのか半ば発狂し、卓上にあるプラスチックボトル───精神安定剤を手に取り十粒ほど乱暴に口へと放り込む。水など一切飲まず、それを全て噛み砕いて。

 

「ぐうぅ………うぅぅ………」

 

もはや彼の思考はぐちゃぐちゃだ。過度の服用はするなと言われてるがそんなの知った事ではない。薬に頼り無理矢理自身を落ち着かせて数分後、目に留まるのは卓上に置かれている怪文書。

 

『篠原日葵に気をつけろ』

 

「………何動揺してんだよ隆道。ブレてんじゃねえぞ」

 

彼女を憎む理由など無い。しかし今となっては彼女も『敵』だ、染まっているのなら尚更である。

何を戸惑う必要があるというのだ。何度も自分に言い聞かせ、彼はようやく立ち上がり、首輪を着けて洗面所へ向かおうとしたその時───。

 

「柳さん、起きてますか?一夏です」

 

不意に扉が叩かれる、その声は一夏であった。そういえば昨日のパーティーの最中、明日は迎えに行くと言っていたのを思い出す。しかし今はなにかと都合が悪い、故に先に行って貰う事にした。

 

「………悪い、ちょっと色々あってな。約束しといてなんだが先に行っててくれ」

 

「え、大丈夫ですか?なんか昨日千冬姉が血相を変えて部屋に入ったようですけど」

 

「それはもう終わってる。SHRまでには行くから俺の事は気にすんな」

 

「………わかりました。無理はしないでくださいね」

 

そういって彼の足音は次第に遠くなっていく。顔を合わせず扉越しで申し訳ないと思いつつも彼は再び洗面所へ向かった。

 

「こんな調子じゃ、長く持たねえな………くそったれ………」

 

 

 

───物語はまだ序章に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑君、おはよー。ねえ、転入生の噂聞いた?」

 

「転入生?今の時期に?」

 

隆道を置いて朝食を済ませた後の教室。席に着くなり突如クラスメイトに話しかけられた一夏はその内容に疑問を抱いていた。

入学当時は女子に囲まれるという今まで経験したことのない環境のおかげで胃や精神が常にダメージを負う日々だった。しかし数週間も経てばいい加減慣れるもので、現在はそれなりに女子と会話は出来るようになっている。

 

「そう、なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

 

「ふーん」

 

今はまだ四月だ。入学ではなく転入というところに疑問が残る。IS学園は入学も当然だが、転入はそれ以上に厳しいはずだ。試験は当たり前として、国の推薦が必要なのである。

代表候補生だから国の推薦は十分有り得るとして、何故入学ではなく転入なのだ?その辺りがよくわからない。

少し思考を巡らせたが、きっとなんやかんやで遅れたんだなと彼は考えるのを止めた。

 

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

 

「………」

 

「………な、なんですの一夏さん、その目は」

 

「いや別に」

 

代表候補生という単語に反応したのかセシリアは朝っぱらから腰に手を当てたポーズ───所謂ドヤ立ちと同時にドヤ顔を炸裂させる。その姿は様になっているのだが、彼にとってセシリア=馬鹿という方程式が確立してるのでどうしても間抜けに見えてしまい、ついジト目になる。

何かしらの本で『優秀だが一周回って馬鹿』という言葉を見たことがあるが、きっと彼女のような人間を指す言葉なのだろう。そう思うとしっくりくる一夏であった。

何故か物凄く馬鹿にされてる気がする。そう感じた彼女は咳払いをし無理矢理に話を変える事にした。

 

「ンンンッ!それよりも一夏さん、柳さんはどうされたのです?お見えになりませんが………」

 

「あー………遅れるって言ってた。SHRまでには来るらしいんだけど………」

 

「けど?」

 

「いや、扉越しに言われたから顔は見てないんだけど、声だけで分かるくらいすっげえ機嫌悪そうでさ。昨日解散した後にち………織斑先生が血相を変えて柳さんの部屋に入ってったから何かあったんだと思う」

 

一夏は感じ取っていた、隆道の様子がおかしい事に。扉越しの会話の時、一夏に対しなるべく表に出さない様にしていたのも察した為、教室に来るよう無理強いはせずそっとしておく事にしたのだ。

 

「まあ、しばらくすれば落ち着くと思う。八つ当たりするような人じゃないし、変にちょっかい出さなければ何もしないさ」

 

「………まあ柳さんについては置いておきましょう。先程わたくしが言ったことは冗談として、この時期に転入など代表候補生であれど確かに妙ですわね」

 

「(冗談には見えなかったぞ)だよなあ」

 

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう?騒ぐほどのことでもあるまい」

 

教室に着いた際自分の席に向かったはずの箒だったが、いつのまにか彼の側におり話に入ってくる。流石の彼女も口ではああ言うものの、噂に敏感なのだろう。

 

「どんなやつなんだろうな」

 

「む………気になるのか?」

 

「ん?ああ、少しは。それに………」

 

「………?」

 

確かに気になる事は確かだ。代表候補生なのだから強いのだろう。しかし、彼は別の事を気にしていた。異国の人間だろうが代表候補生だろうがどうでも良いくらいに重要な事を。

 

「入学当初のセシリアみたいに噛み付いてくる奴だったらさ、柳さん大丈夫かな………って」

 

「あー………」

 

「ぐぅっ………み、耳が痛いですわね………」

 

転入したばかりなら彼の事は知らないはずだ。男だからと手を出し、そして思い知る。良い例としてセシリアは彼に噛み付き、返り討ちにあった。

教員が既に彼について伝えてあるなら大丈夫であろうが、もしそうでなかったとしたら───。

 

「………ああ全く!柳さんの話はやめだ!そもそもかつてのセシリアみたく噛み付く奴が悪いのだ!それよりも、今のお前に女子を気にしてる余裕があるのか?来月にはクラス対抗戦があるというのに」

 

「ちょ………。そ、そう!そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦に向けて、そろそろ実戦的な訓練をしましょう。今こそ他のクラスと差を広げるチャンスでしてよ」

 

無自覚に追撃を放つ箒の精神攻撃によってダメージを受け、表情を暗くするセシリアだったがいちいち怯んではいられない。彼にはなんとしても勝って貰いたいのだ。

それは何故か。理由はクラス対抗戦の優勝賞品が目当てであった。

クラス対抗戦とは、クラス代表同士によるリーグマッチである。スタート地点付近での実力指標を作る為の行事だ。また、クラス単位での交流および団結の為のイベントでもある。

士気の向上の為に優勝クラスには賞品として学食デザートの半年フリーパスが配られる。物で釣れば人間など簡単に動かせるので世の中は案外単純なのかもしれない。

 

「まあ、やれるだけやってみるか」

 

「やれるだけでは困りますわ!一夏さんには勝っていただきませんと!」

 

「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」

 

「織斑君が勝つとみんなが幸せだよー」

 

クラスメイト全員はあれやこれやと好き放題言ってくれるが、言われてる張本人の一夏はとてもじゃないが自信に満ちた返事は出来なかった。

専用機を持った事により他クラス代表と比べて練習量は現時点で差は出来ているが、未だ基本操縦から抜け出せてないのでこの先どうなるかはわからないのだ。

 

「織斑君、がんばってねー」

 

「フリーパスのためにもね!」

 

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

 

そんな彼の心情など知らずにやいのやいのと楽しそうな女子一同だが、聞き逃すことが出来ない一言があった。

 

「へっ?四組のクラス代表も専用機持ち?待ってそれ初耳───」

 

専用機持ちが他にいるなど聞いたことがなかった。あるいは聞いてはいたが単に頭に入っていなかっただけか。

今となってはどちらでもいい。彼はその情報を詳しく聞こうとしたが、それは突如遮られる。

 

「───その情報、古いよ」

 

教室の入り口から聞こえる声。その声に一夏は聞き覚えがあった。

その方向を向くと、腕を組み片膝を立てて扉に凭れているドヤ立ちの少女が一人。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝出来ないから」

 

「鈴………?お前、鈴か?」

 

「そうよ。中国代表候補生、凰 鈴音(ファン・リンイン)。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

小さく笑みを漏らす彼女のツインテールが軽く左右に揺れる。

ドヤ立ちとドヤ顔のダブルインパクトによって華々しい登場を成功させた彼女だったが───。

 

「何格好付けてるんだ?すげえ似合わないぞ?」

 

「んなっ………!?なんてこと言うのよ、アンタは!」

 

───彼の前ではいまいち効果が無かった。

それもそのはず、既にドヤ立ちとドヤ顔はセシリアで見ているので既視感が凄まじかった。

それに加え、先程のセシリアの行動によってドヤ立ち+ドヤ顔=セシリア=馬鹿と彼の脳内ではその様に成り立ってしまい、その結果としてドヤ行動=馬鹿という方程式が出来上がってしまったのだ。鈴音の学園デビューは儚く散ったのである。

ちなみに彼も隆道の前でドヤ顔ダブルソードという奇妙なドヤ行動をしてるのだが、そんなことはすっかり忘れている。棚上げとは正にこの事であった。

そんななんとも言えない雰囲気を漂わせる状況だったが───。

 

「「「あ」」」

 

「あ………?何を───」

 

 

 

 

 

突然であるが、『恋は盲目』という言葉をご存知だろうか。

意味としては『恋は人を夢中にさせ、理性や常識を失わせるものだというたとえ。』である。

今回においては鈴音の場合だと『一夏に夢中になり、持ち前の勘が麻痺する』であろうか。

何が言いたいかと言うと───。

 

 

 

 

 

「おい」

 

「なによ!?今取り込み中───」

 

彼女は苛立ちを全面に出しながら振り向く。相手が誰なのかを知らずに。

 

「邪魔だクソチビ」

 

彼女の前に佇むのは身長180㎝の常に無表情で濁った目を、更にその下には酷い隈を持つ二人目の男性操縦者、隆道である。

そう、彼女は自ら関わるべきではないと決めた人物の接近を許してしまったのだ。

 

「───」

 

彼女は何も言わず横に避けた。それしか選択肢が

思い浮かばず、逆らおうとするものなら八つ裂きにされる、そう感じたのだ。

 

「おはようさん二人とも。今朝は悪いな」

 

「あ、いえ。気にしてませんよ」

 

「そうか。んなとこいないで席に着いた方がいいぞ、ブリュンヒルデ様と牛眼鏡がすぐそこまで来てるからな」

 

皮肉全開に千冬の二つ名と酷すぎる真耶のあだ名を言い放ち彼は席へ向かう。既に落ち着いてるのか、朝方に感じた機嫌の悪さは治っていた。

ちなみに彼が言った二人とは当然一夏と箒であって、セシリアはガン無視。アウト・オブ・眼中だった。

 

「清々しいほどの無視でしたわね………目すら合わせてくれませんでしてよ………」

 

「こればかりは仕方ないだろう。罵倒を受けないだけマシだと思え」

 

「それよりも先生達近いみたいだから席着こうぜ。ほら鈴、早く教室に戻っ………鈴?」

 

「───」

 

彼女は微動だにしなかった。それは正に、動かざること山の如し。

───というか気絶していた。

 

「え?嘘だろ?何で気絶してんの?」

 

「この気絶様………もしや、昨日既に柳さんにちょっかいを出したからなのでは………?」

 

「いやいや、無いだろう。昨日は部屋に戻るまで私達と一緒だったのだぞ?」

 

昨日はほぼ一夏達と一緒にいたのでちょっかいを出すなどあり得ない。出せるとするならば彼の夕食を取りに行ってる間くらいだ。

しかし、もしセシリアの言う通りなのだとしたらなんて命知らずな奴なんだと思わざるを得ない。

実際は持ち前の勘が急遽戻った事により隆道の危険性を目の当たりにしたからなのだが、彼等は知るよしもない。

絶賛気絶中の鈴音。既にSHRまで秒読みとなり、周囲はどうしたものかと考えてはいたが───それも空しく更なる追撃が彼女を襲う。

 

「い゛っ!?な、なにっ!?」

 

彼女の頭部に衝撃が走り意識が覚醒し、突然の激痛に周囲を見渡す。その正体は痛烈な出席簿打撃。───鬼教官登場である。

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん………」

 

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

 

「す、すみません………」

 

千冬の圧倒的存在感の前では反論など無意味、すごすごと扉から離れる。彼女は元から千冬を苦手としており、逆らう意思など存在しないのだ。

 

「またあとで来るからね!逃げないでよ、一夏!」

 

「さっさと戻れ」

 

「は、はいっ!」

 

脱兎の如く二組へ逃げる様に向かう鈴音。その光景を見て昔のままだなと一夏は思ったそうな。

入学初日は格好付けて登場のはずが一夏により出鼻を挫かれ、隆道の急接近により意識は飛び、千冬の物理的制裁によって心身ともに大ダメージを受けた。

その姿は高校デビューをしようとして見事に大失敗した世の中を甘く見る人間そのもの。目も当てられない位散々であった。

 

「っていうかアイツ、IS操縦者だったのか。初めて知った」

 

「一夏さん、彼女とお知り合いだったのですね」

 

「………一夏、色々と今更だが今のは誰だ?えらく親しそうだったな?」

 

それを筆頭に生徒達からの質問集中砲火の餌食となる一夏。しかし今は既にSHRの時間だ、よって───。

 

「席に着け、馬鹿ども」

 

鬼教官こと千冬による出席簿制裁がほぼ全員に火を噴く。無事なのはとっくに席に着いてる隆道と、一夏が質問の波に呑まれる前にさっさと席に着いたセシリアの二人。完全に一夏はとばっちりなのだが致し方無しであった。

 

 

 

 

 

(さっきの女子はなんなのだ………一夏とずいぶん親しそうに見えたが………)

 

現在は授業中。ほぼ生徒全員が真面目にノートを取る中、箒は朝方の一件が気になって授業に集中出来ないでいた。

一言二言だけの会話であったが、一夏と鈴音のやり取りがまるで幼馴染みと再会したようなものでいてもたってもいなれなかったのだ。詰まる所軽い嫉妬である。

彼女は誰なのだろうか、まさか彼女も彼に好意を寄せてるのだろうかと授業などそっちのけ。

セシリアはまだ良い。一夏と親しげなのはそうだが、様子を見る限り好意を寄せている訳ではないので別に気にはしなかった。

 

「………」

 

しかし、冷静に考えてみれば大したことではなかった。

一夏と同じ部屋、二人きりの時間が圧倒的に多いのは自分自身だ。それに休み時間の時は隆道の所に行くので誰も近付いたりはしない。アドバンテージは揺るがない。

自分の優位性に一人楽しげにする箒であったが、時と場所が悪かった。

 

「篠ノ之、答えは?」

 

「は、はいっ!?」

 

突然名前を呼ばれ素っ頓狂な声を上げる彼女。───そう、今は授業中。更に現在の授業を担当しているのは千冬である。

 

「答えは?」

 

「………き、聞いていませんでした………」

 

小気味のいい打撃音が鳴り響く。彼女は将来ある意味大物になるかもしれない。

箒の頭に出席簿制裁が炸裂している頃、セシリアはノートにシャーペンを走らせている。一見真面目に取り組んでいるように見えるが、書かれているのは文字ですらない線のようななにか。彼女も授業そっちのけだった。

 

(今後どのようにすれば………彼と打ち解ける事が………)

 

思うは自分などその辺の石ころ処か眼中に無かった隆道の事。

試合を終わらせたあの日に彼の事を知りたいと思い始めたが、進展など少しも進んでいない。しかもゼロではなくマイナスだ。

現在把握してる事と言えば、彼が重度の女性不信、ISに対する嫌悪、PTSD、そして惚れ惚れするような肉体を持つ事のみ。

彼が教室に入った際、挨拶をしようと思ったのだが目すら合わせてくれなかった。下手に近づくと変に拗らせる事になるので此方からはどうにも出来ないのだ。

 

「………」

 

現時点で彼とまともに会話出来るのは一夏と箒の二人のみ。

一夏については理解出来る。同じ男性同士なのだから女性だらけの環境で仲良くなるのは至極当然の事。逆に仲が悪くなる所が想像出来ない。

しかし、箒の方はどうしても理解出来なかった。彼は女性不信のはずにも関わらず彼女と親しげに会話している。

しかも彼女は篠ノ之博士の実妹だ。本来ならば女性不信に拍車がかかるはず。

ますますわからなかった。彼女にあって自分には無いもの。それが一向に浮かび上がらない。

 

(このままではいけませんわ。何かきっかけを………)

 

聞けば彼は昨日一夏とアリーナでISの訓練をしたと言う。一切ISに乗らないという訳では無さそうなので、一夏と一緒に訓練を指導するという形であれば接触は可能だろうかとセシリアは考えた。

断られる可能性はかなり高いであろうがそれでも構わないし、接触出来たとしてもいきなり親しげに接する必要はない。そんなことをすればただの馴れ馴れしい奴だ、段階を踏んで少しずつ打ち解ければ良い。

 

(となれば、さっそく今日の訓練にお誘いを。どのように声をかければ………)

 

「オルコット」

 

「………さりげなく誘うとか。いえ、もっと効果的な………」

 

「………」

 

彼女の自慢であるふんわりとしたブロンドの髪が出席簿によって打撃音と同時に圧縮される。箒と同様に将来大物になるかもしれない。

 

(何やってんだあいつら)

 

そんな光景を見ている隆道は足を組んで椅子に凭れるという、授業を聞いていなかった箒やセシリアよりも酷い態度であった。

教科書を開いて授業を聞いていたりと以前よりマシにはなっているので進歩したと言えよう。

 

(………今日の飯どうすっかな)

 

しばらく購買には通っていない。最後に通ったのは専用機を受け取る二日前の金曜日であり、大怪我をした後は一夏達が食事を持ってきてくれていた。

昨日の昼は自室の缶詰を消費して夜もまた一夏達の調達で済んでいる、そろそろ購買に足を運びたい所。

前半は彼なりに授業に取り組んでいたが、既に彼は昼食の事しか頭になく授業など知らん顔だ。

 

「柳」

 

「………」

 

「………はあ」

 

彼は制裁を受けた二人と違って聞こえてはいるが相変わらずの無視、相手が千冬ですら態度を変えない。

無視だけなく態度も最悪なので普通は制裁待った無しなのだが、千冬は諦めたのか何もせず彼から離れた。

 

(ふ、不公平だ(ですわ)………)

 

箒とセシリアはそう思ったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前のせいだ!」

 

昼休みになって、箒が一夏に対して言い放った最初の一言がこれである。

 

「なんでだよ………」

 

彼女は午前授業だけで真耶に五回ほど注意され、千冬に三回ほど制裁という名の出席簿アタックを食らっている。そして叩かれる度にまた彼の事を考え、結果また叩かれるという悪循環。どう考えても彼は悪くなかった。

セシリアも箒と同様に真耶に注意されたり千冬に叩かれまくったりしたのだが此方の対象は隆道、文句など言えるはずがない。もしかしたら二人は似た者同士なのだろう。

ちなみに隆道は担任と副担任の二人だけでなく普通教科を担当する教員も含めて十回以上の注意や名指しを受けてるが当然全て無視。やはり不公平である。

 

「まあ、話なら飯食いながら聞くから。とりあえず学食行こうぜ」

 

「む………。ま、まあお前がそう言うのなら、いいだろう」

 

「よし、後は柳さ………あれ?いない………」

 

今日こそ隆道を昼食に誘おうとした一夏だが、既に隆道の席はもぬけの殻。周囲を見渡しても彼の姿は見当たらない。

 

「柳さんでしたらもう出ましたわ。真っ先に」

 

「は、はええ………。まあ、いいか」

 

こんなことなら予め誘っておけばよかったかと思ったりもした。しかし、よくよく考えれてみれば彼のことだ、女子が密集する食堂になど行きたがらないよなと今更ながら結論が出る。

今回も誘う前にいなくなってしまったが、次は前もってダメ元で誘ってみよう。そう決心した一夏であった。

 

「セシリアはどうする?」

 

「………よろしいのですか?」

 

「別に構わないだろ。なあ、箒」

 

「む、むう………。まあ、構わないぞ」

 

本当は二人きりが一番良いのだがと箒は歯痒い気持ちになるがセシリアならいいかと妥協した。

この男、相変わらず異性に対して鈍感である。いつか刺される日が来るのではないか。

そんな訳で三人で食堂へ向かうのだが、その後ろには某RPGを思い浮かべるほどクラスメイト数名が付いてくる。これももはや慣れたものなので彼は気にしていない。

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

食堂に着いた一夏一行は食券を買おうとしたのだが、そこに立ち塞がるは朝方散々な目にあった鈴音であり、既にラーメンを乗せたお盆を持っている。その姿は堂々としているが、彼女が立つ場所は券売機の前。単純に邪魔でしかない。

 

「まあ、とりあえずそこどいてくれ。食券出せないし、普通に通行の邪魔だぞ」

 

「う、うるさいわね。わかってるわよ」

 

「わかってるなら早くしてくれよ。それ、のびるぞ」

 

「わ、わかってるわよ!大体、アンタを待ってたんでしょうが!なんで早く来ないのよ!」

 

何故早く来ないといけないのだろうか。一応これでも早く来たというのにあまりにも横暴である。しかし、彼女がうるさいのは昔から変わらないので今更どうということはないと、彼は彼女を放棄して食券を買ってカウンターの担当者に渡す。

ここの食堂にあるメニューは勿論高いクオリティなのだが、何より出来るのが速い。大体三分も待たずに出てくる。いったいどのような技を使っているのだろうか。

 

「それにしても久しぶりだな。ちょうど丸一年ぶりになるのか。元気にしてたか?」

 

「げ、元気にしてたわよ。アンタこそ、たまには怪我病気しなさいよ」

 

「どういう希望だよ、そりゃ………」

 

あまりの無茶ぶりに彼は顔を引きつる。いったい彼女は何を望んでいるのだろうか、彼には到底理解出来なかった。

 

「あー、ゴホンゴホン!」

 

「盛り上がってる所申し訳ないのですが一夏さん。注文の品、出来てましてよ?」

 

「ああ、悪い。向こうのテーブルが空いてるな。あそこ行こうぜ」

 

箒とセシリアによって会話が中断される。確かにここだと他生徒の邪魔になるのは確かだ、いつまでもここで駄弁る訳にはいかない。周囲を見渡すと、丁度良く空きのテーブルが目についたので其処へ三人に促す。

 

「ね、ねえ一夏。その、アイツ………二人目は?」

 

「え?………ああ、柳さんの事か。昼はいつも何処かに行くんだよ、食堂にはまず来ないな」

 

「そ、そう………」

 

それを聞いて安心したのか彼女は盛大に安堵する。やはりコイツ何かしたのではないかと考えてしまうが、今はテーブルに向かうことが先だ。

しかし流石はIS学園の食堂。人は多く移動するだけでも時間がかかり、席に着くだけでもそれなりに苦労した。

 

「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ?おばさん元気か?いつ代表候補生になったんだ?」

 

「質問ばっかしないでよ。アンタこそ、なにIS使ってるのよ。ニュースで見たときびっくりしたじゃない」

 

彼は丸一年ぶりの再会ということもあって、鈴音に怒濤の質問を繰り出す。彼にとって彼女は付き合いの長い人間なので、空白期間が気になるのだ。

しかしこれを面白くないと思う人物が目の前にいる。

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明して欲しいのだが」

 

「そうですわ一夏さん。もしや、此方の方と付き合ってらっしゃるんですの?」

 

箒は親しげにしている二人を見て苛立ちを感じ、セシリアは単純に疎外感を感じたため若干刺のある声で彼に問い掛ける。周囲の人間も興味津々なのか頷いて聞き耳を立てていた。

 

「べ、へべ、別にあたしは付き合ってる訳じゃ………」

 

「そうだぞ。なんでそんな話になるんだ。ただの幼馴染だよ」

 

「………」

 

「?何睨んでるんだ?」

 

「なんでもないわよっ!」

 

それを聞いてセシリアは納得した。ああ、この人も箒と同様彼に好意を寄せているのかと。

まだ恋というものは経験が無いため羨ましいと思いつつも大変そうだなと彼女は思った。

 

「幼馴染………?」

 

「あー、えっとだな。箒が引っ越していったのが小四の終わりだっただろ?鈴が転校してきたのは小五の頭で、中二の終わりに国に帰ったから、会うのは一年ちょっとぶりだな」

 

つまり箒と鈴音は入れ違いなのだ。面識が無いのも当然であった。

 

「で、こっちが箒。ほら、前に話したろ?小学校からの幼馴染で、俺の通ってた剣道場の娘」

 

「ふうん、そうなんだ」

 

鈴音は箒をじろじろと見る。箒も負けじと彼女を見返していた。

 

「初めまして。これからよろしくね」

 

「ああ。こちらこそ」

 

そういって挨拶を交わす二人。この時二人は確信したのだ、相手は恋のライバル同士だと。

誰が見ても分かるように火花を散らし、メンチビームを彷彿とさせる睨み合いが続く。少なくとも女性がしていい目ではなかった。

それを他所に、またもや疎外感を感じたセシリアは自分の存在を認識してもらうために二人に割って入る。

 

「ンンンッ!わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」

 

「………誰?」

 

「なっ!?わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!?まさかご存知ないの?」

 

「うん、あたし他の国とか興味無いし」

 

「な、な、なっ………!」

 

言葉に詰りながら顔を赤くしていく彼女。なんか既視感が凄いと彼は思わずにはいられなかった。

 

「い、い、言っておきますけど、わたくし貴女のような方には負けませんわ!」

 

「そ。でも戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど強いもん」

 

そう確信じみた、嫌味でない言い方をする彼女。これが彼女の素なのだ。

しかし、嫌味でない分怒りを表す人も存在する。言葉は時と場合によって尖った刃物と化すのだ。

それを聞いた箒とセシリアは怒りを露に───はせず、逆に冷静になり食事を止めた。

箒は何も知らない彼女を見て井の中の蛙と思い、セシリアは以前まであった自分のような傲慢な態度に自己嫌悪を感じたのだ。

それに対して彼女は何食わぬ顔でラーメンをすすっている。何も知らないというのはなんと幸せな事か。

 

「一夏。アンタ、クラス代表なんだって?」

 

「お、おう。色々あってな」

 

「ふーん………。あ、あのさぁ。ISの操縦、見てあげてもいいけど?」

 

目線だけを向けて、彼女にしては歯切れの悪い言葉を彼に向ける。誰が見てもそれは彼と一緒になりたいという下心、操縦を見るなど二の次なのは丸分かりだ。

箒はそれを見て危機感を感じた。彼は異性に対しては凄い鈍感だ、きっと何も考えずに返事をするだろう。そう思っていたのだが───。

 

「………いや、今は遠慮しとく」

 

「………え?」

 

「だって鈴音はクラス代表なんだろ?来月クラス対抗戦があるのにそれってなんかおかしいだろ」

 

「あ、えと………」

 

彼女は予想外の返答につい吃ってしまう。まさか断られるとは思っていなかったのだ。昔は二つ返事で返したというのに。

以前までの彼だったら考え無しに返事しただろう。しかし、隆道の存在と濃厚な出来事によってこの短期間で色々と学んだのだ。彼女が知らない内に彼は着々と成長をしていた。

 

「まあ、その話はいいだろ。それよりもさ、親父さん元気にしてるか?まあ、あの人こそ病気と無縁だよな」

 

「あ………。うん、元気───だと思う」

 

戸惑う表情から一変、彼女の表情は陰りが差したのを見て彼は違和感を覚えた。

 

(あ、なんかまずいこと言ったか?)

 

「そ、それよりもさ、今日の放課後って時間ある?あるよね。久しぶりだし、どこか行こうよ。ほら、駅前のファミレスとかさ」

 

「(無理矢理話変えたな………これ以上はよそう)あー、あそこ潰れたぞ。それに俺は外出届出さないと外出れないからどっちにしろ無理だけど。放課後はクラス対抗戦に向けた訓練もあるしな」

 

「そ、そう………なんだ。じゃ、じゃあさ、夕食の時でもいいから。積もる話もあるでしょ?」

 

「夕食なら………柳さんも一緒になるかも知れないけどいいか?」

 

正直言うと積もる話なんて無い。中三の頃は今となっては無駄になった受験勉強で忙しかったため伝える事などないのだ。

それに訓練は勿論の事、自由時間はなるべく隆道と過ごしたいのだが彼女としてはどうにか話をしたい様子。空いてる時間など夕食の時くらいなので話をするならそこだけしかない。

しかし彼は一つ懸念していた。それは隆道の事である。

今日は夕食時に隆道を誘おうとしていたのだが、朝方の彼女を見るに恐怖感を抱いてるようだ。

そんな彼女が隆道と同席するだろうかと彼は不安だったが、見事にそれは的中する。

 

「うっ………え、えと、アイツは………」

 

「なあ、鈴。ひょっとして柳さんになんかしたのか?」

 

「なにもしてないわよっ!してないけど………」

 

彼女は声を荒げるが、次第に小さくなっていく。何もしていないようだがどうも様子がおかしい。入学初日はクラスメイトも多少は怯えていたが、これほどの怯えは手を出さない限りあり得ない。

隆道は自分から牙を向く人間では無い。ならば彼女が手を出した以外見当がつかないのだ。

 

「とっとにかく!訓練が終わったら行くから。空けといてね。じゃあね、一夏!」

 

「あ、おいっ!」

 

いつのまにか食事を終えたのか彼の返事を待たずに彼女は片付けに行ってしまい、そのまま食堂を後にした。

 

「………行ってしまったな」

 

「どうすんだよ………断れなかったから絶対待つしかないじゃねえか………」

 

流石に無視は出来ない彼は律儀に時間を空けとくしかない。これは隆道との夕食も断念だなと、彼は残念に思った。

 

「彼女の事は後にしましょう………ところで一夏さん。放課後の訓練ですが、柳さんもご一緒する事は可能かしら?」

 

「え?あー、どうだろう。たぶん断るんじゃないかな」

 

「それでも構いません。ダメ元で結構です」

 

「わかった。俺から言っとくよ」

 

 

 

 

 

一方その頃、隆道はというと───。

 

「ZZZzzz………」

 

久々の購買で買った食事で腹を満たし、憩いの場である屋上のベンチで爆睡していた。憩いの場だけあって彼の表情は安らかであり、早々に起きないだろう。

彼が目を覚まし教室に戻ったのは数時間後である放課後直前のSHR。

遅刻はしなかったが盛大なサボりをぶちかましたのであった。

 



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第十六話

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放課後の第三アリーナ。今日もまたセシリアからIS操縦を教わる予定だった一夏は、予想外な人物の登場に驚いていた。

 

「な、なんだその顔は………おかしいか?」

 

「いや、その、おかしいっていうか───」

 

「あら、箒さん。その機体は───」

 

「今日から実戦的な訓練をするのだろう?近接格闘戦の訓練が足りなくなるだろうからな。そこで私の出番だ」

 

二人の前に佇むのは、IS学園に配備されている訓練機の一つを纏う箒だった。

 

───第二世代近接両用型IS『打鉄』───。

 

彼女が装着する『打鉄』は隆道の専用機『灰鋼』の元となった機体である。カラーリングも『灰鋼』の光沢のない黒灰色とは違い、光沢のある銀灰色だ。

彼は彼女が機体を装着していることに驚きはあったが、それよりも機体そのものに注目していた。

 

(『灰鋼』で見慣れたからアレだったけど、元はこの『打鉄』だもんな。こうして見ると色以外はほぼ一緒だし。………あれ?確か『灰鋼』って汎用防御型だったよな?『打鉄』と一緒で近接両用型じゃないのか?)

 

隆道の『灰鋼』は『打鉄』を一次移行したものだから分類は同じのはず。一次移行した際に何か変わったのだろうかと考える。

そんなことを考えてる彼とは別に、セシリアは彼女についてある疑問を抱いていた。

 

「まさかこんなにあっさりと訓練機の使用許可が下りるだなんて………」

 

訓練機の数は限られている。一学年が放課後に借りられる時期はまだ先のはずだ。にも関わらず彼女は機体を纏っている。

 

(………彼女が()()()()()()?)

 

セシリアは自身が出した答えに納得する。確かに彼女はあの篠ノ之博士の妹だ。となれば血縁である彼女のデータ採取を優先してるのか、または単に優遇されているのか。

 

(どちらにせよ、いい顔はされませんわね………)

 

少なくとも予約者がズレた事は明白。それによって借りる事の出来ない生徒から憎まれるだろう。

そうでなくとも彼女は篠ノ之だ。あれやこれやと難癖付ける輩が出てきてもおかしくはない。もしその時が来たら自分がフォローに入ろうと、セシリアはそう決めた。

 

「………一夏さん。箒さんもいることですし、メニューを少々変える事にしますわ」

 

「え?あ、ああ。具体的になにするんだ?」

 

「簡単です、お二人で模擬戦を行ってくださいまし。近接格闘限定で飛行は一切せずに」

 

予定とは違うが、彼女が来たのならば有効に使うべきと判断したセシリアは二人に模擬戦をするよう指示する。

 

「飛ぶなってことか?それに近接格闘限定?」

 

「物事には段階というものがありましてよ。箒さんも丁度良く『葵』を展開してますし、先ずはISの近接戦に慣れて頂きますわ」

 

「そういうことだ。では一夏、始めるとしよう。刀を抜け」

 

「………わかった。行くぜ、箒」

 

彼はセシリアの指示に納得し『雪片』を展開、正面に佇む箒と向かい合い互いに構える。

 

「では───参るっ!」

 

箒の合図と共に両者は斬りかかる。模擬戦ではあるが彼等にとって初のIS戦だ、お互い気合い十二分だった。

 

「物事には段階………。自分で言っておいて何ですが………ほんとうに、耳が痛くなりますわね」

 

セシリアは二人が模擬戦を始めた途端に表情を暗くし、小さく呟く。

思い出すは入学初日の出来事。激昂した事により周りが見えなくなり、相手が素人にも関わらずISを用いた決闘を申し込むという愚の骨頂を犯し、その結果起こってしまった事件。思い出す度に自分が嫌になる。

もしあの時冷静であったならば違う未来になったであろうか、そう思わずにはいられない。

 

「………ふぅ」

 

しかしそれは既に過去の話だ、変えることなど出来やしない。既に終わった事を悔やんでも意味は無いのだ。過ちを犯した事実は変えられない。

ならば自分がこれから変わるしかないのだ。

 

「………」

 

セシリアはふと、目だけを動かし模擬戦を行っている二人とは別の所を見る。

そこにはアリーナ内の外周を全力疾走する黒灰色の機体を纏う人物、隆道がいた。

彼は結局の所、セシリアとの訓練を断った。誘ったのは一夏だが、一人でやりたい事があると言って。やんわりな断り方だったと一夏は言っていたが、理由はそれだけでは無く、自分がいるからなのだろうと彼女は察した。

 

(ずいぶんと嫌われたものですわね………)

 

それもそうかと、彼女は思った。何せ自分は女性不信の彼に追い討ちをかける様なことをしたのだ、至極当然の結果であろう。

 

(………それにしても、足速くありませんこと?)

 

アリーナに来たときから彼をさりげなく見ていたが、彼の歩行操縦の成長は圧倒的に早かった。

始めはゆっくりとした歩行をし、しばらくしてジョギングからのランニング。更にその後に全力疾走と段階を踏まえて歩行操縦をしている。そのアスリート走り染みた全力疾走に彼女は目を疑った。

 

(一夏さんより速い………。搭乗時間は彼より少ないはずですのに………)

 

あれほど動けるのであれば地上操縦は近いうちに全て覚えるだろう。そうなると残すは飛行操縦のみだ。

その時は無理強いはせずにまた誘ってみよう、そう彼女は決心した。

 

「さて、此方も見つつわたくしも………」

 

彼女は目線を模擬戦をしている二人に戻しながら手を広げ集中する。

 

「………『インターセプター』」

 

彼女が発したのは初心者用の武装展開方法。近接ブレードを展開したのを確認して直ぐ様収納し、何度も同じ事を繰り返す。

近接武装に関しては未だに苦手なのとトラウマによって思うように出来ず、初心者用の方法しか出来ないが今はこれでいい。出来ないのなら出来るまで練習するだけだ。

 

「わたくしもいい加減、近接に慣れないといけませんわね」

 

 

 

 

 

模擬戦を始めてしばらくして一夏と箒二人に疲労が見え始めた頃。過度の訓練はただの毒となるので模擬戦を中断させ一旦休憩を挟む事にした。

 

「少しばかり休憩しましょう。ずっと模擬戦は流石に疲れるでしょうから」

 

「お、おう………」

 

「だらしないぞ一夏。鍛えていないからそうなるのだ」

 

息が切れてる一夏に対し箒は多少の疲労はあるものの、まだまだ余裕がある様子。剣道場での特訓の時もそうだったが彼女のスタミナは一体どこにあるのだろうか。

 

「ぜえ………ぜえ………ところで、柳、さんは?」

 

「柳さん?柳さんでしたら───」

 

セシリアが言葉を発しようとしたその時、突如爆発音がアリーナ内に鳴り響く。その爆音は三人は聞き覚えがあった。

 

その方向を見ると、吹き飛ばされたように地面を転がり回る隆道。右腕には『鋼牙』を展開しており、周辺には巨大な空薬莢と弾倉が大量に散らばっている。

 

「なんだ………こりゃ………」

 

「歩行操縦を止めてから『鋼牙』の空撃ちをしてまして………。どうやら使いこなそうとしてるようですわね」

 

「………まさか柳さん、ずっとアレを………?」

 

「お二人は模擬戦に集中してたので気づかなかったようですが、ずっとですわ」

 

「う、うわあ………」

 

どうりで彼の周辺に溝やら抉れた箇所があるはずだ。大丈夫なのだろうかと不安で満たされてしまう。

そんな三人から心配そうに見られてるとも知らずに彼は再び『鋼牙』を構え、そして───。

 

「………ふぅっ………オッラァッ!!」

 

───右腕を突き出して『鋼牙』を射出。今度は吹き飛ぶ事なく、多少仰け反った程度でその場に留まった。

 

「す、すげえ………止まった所なんて初めて見た………」

 

「………使った事はないが、そんなに………なのか?」

 

「アレは冗談抜きでヤバい。一度は必ず吹き飛ぶからな」

 

彼は吹き飛ばずに済んだ事に満足したのか、心なしか上機嫌で『鋼牙』を収納し新たな武装を展開する。

 

「………なんですの?アレ」

 

「………私にもわからん」

 

「………」

 

彼が展開したのはこれまたデカイ遠距離武装、一見ロケットランチャーに見える。しかし、箒とセシリアには見覚えが無かった。

藍色に近いそれは四角い無骨なフォルムに申し訳程度の弾倉。本来あのような大型武装は肩に担ぐ肩撃ち式か銃身を支える銃床(ストック)が存在するが、彼が持つソレにはそれらしいものが見当たらなくグリップが下と左側に付いてるのみ。

それだけでもマトモじゃないが、一番気になるのは九つもある砲口。早速嫌な予感しかしない。

 

(まさか、な………)

 

そんな二人を他所に、一夏はあの武装にまたしても既視感があった。

某銀河のヒーローが使いそうなデカイ武器。まさかなと思い検索をかけてみるが、その予想は当たってしまう。

 

───多弾頭誘導弾(マルチミサイル)蜂ノ巣(はちのす)』───。

 

「ああ、もう………」

 

なんて事だ、予想が的中してしまった。どう見ても()()ではないかと不安だったが、名前を見て確信に変わり一夏は天を仰いだ。

 

「………?一夏さん、あの武装に見覚えが?」

 

「いや、こうして見るのは初めてだ。昨日までは持ってなかったし、たぶん新しく送りつけてきたやつだと思うんだけど………」

 

「なんだ一夏。勿体ぶってないで説明を───」

 

箒の問い掛けを遮るように、彼は生徒のいない方向に『蜂ノ巣』を向けトリガーを引く。その九つの砲口からほぼ同時に飛び出してきたのは九つの巨大なミサイル。

 

「「え゛っ」」

 

そのミサイルはそれぞれ不規則に飛び回っていた。あるものは螺旋状に、あるものは直進からいきなり真横に。それらは狂ったように飛び回っていき、六発は壁や地面で爆発し、残り三発はある程度の距離を飛び回った後ようやく全て爆発した。

 

「え、ええ………。なんなんですのアレ………」

 

「よ、よくわからんが、とても恐ろしいものだということはわかるぞ」

 

「すっげ………ミサイルの軌道まで再現かよ………。うわ、柳さんめっちゃ不機嫌になってる………」

 

爆発の大きさからして威力は凄まじいだろう。もし正面にいたのであれば悲惨な光景になる事は手に取るようにわかる。攻撃性能についてはミサイル系統の中では高い方で間違いない。

しかし、荒れ狂うように飛び回り爆散したミサイルを眺めていた彼は今やしかめっ面だ。どうも気に入らなかったらしい。

彼は不機嫌のまま『蜂ノ巣』を収納する。恐らく以前と同じく二度と使う事は無いだろう。

 

「はぁ………」

 

盛大な溜息を吐きつつ、彼は哀愁を漂わせながら三人の元に向かってくる。着く頃には不機嫌な表情は無くなっていた。

 

「休憩中かお前ら?」

 

「ええ、ついさっきですけど。………あの、さっきのはまさか───」

 

「言うなよ。………アリーナに行く前に例のゲテモノをお前の姉に押し付けたら、今度は遠距離武器をって政府の奴等が送りつけたらしくてな。今回は一つだけだったから試しに使ってみたんだが………結果がアレだ」

 

そう言って彼が指差した先には焦げた壁や地面に出来たクレーターの数々。壁は試合等を想定して頑丈に造られてるため傷一つ無いが、地面の方はもう目も当てられないほど穴ボコだらけだった。

 

「俺はアレを片付けたら帰るわ。今日はもう疲れた」

 

「あ、はい、お疲れ様です。………手伝いましょうか?」

 

「いや、いいわ。お前は訓練でも続けてろよ」

 

彼は一夏に軽く手を振りその場を離れる。本当は模擬戦を見学していって欲しかったが無理強いは良くない。故に何も言わずに見送ることにした。

 

「………ところで、さきほどは聞きそびれましたが結局アレはなんなんですの?」

 

「そうだぞ一夏。まるで知っていたような口振りだったではないか」

 

「聞かない方がいい。………強いて言うならば、アレを考えた奴はすげーってことだ」

 

「「???」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー………ねみい」

 

職員室に稼働データを提出し、その後教室で忘れ物を取りに戻った隆道は未だに睡魔と戦っていた。

今日は珍しく一人だ、一夏も箒もいない。今思えば放課後はほとんど彼等と一緒だった気がする。

 

「………これじゃ、どっちが歳上なんだか」

 

最近彼等に甘え気味だ、三つも歳上の自分がこんな体たらくにも関わらずよく任せとけなど言えたものだ。

 

「………帰るか」

 

やるべきことはやった、後は寮に帰るだけだ。寄る所など無いためさっさと帰って寝たいという思いが彼の足を動かす。教室から出て、いざ帰ろうとしたその時だった。

 

 

 

 

 

「あのぉー?ちょーっといいかなぁー?」

 

 

 

 

 

不意に後ろから声をかけられた。廊下には誰一人としていないのでどう考えても自分に声をかけたのだろう。いつもの彼なら無視してそのまま帰るのだが、今回に限っては何故か足を止めその声の主の方へ顔を向けた。

 

「やぁやぁ、こんにちはぁ」

 

そこにいたのは一人の生徒。とても綺麗な黒髪をサイドテールで纏めている彼女は廊下の中央で佇み、彼をにこやか顔で見ている。

 

「………」

 

「おやぁ?冷たい反応だねぇ?せーっかくこうして会いに来たっていうのにぃ」

 

「………誰だお前」

 

「んー、やっぱわかんないかぁ。………それもそうだよねぇ。しばらく会わなかったしぃ、自分で言うのもなんだけど私も見違えたしねぇ」

 

へらへらとした態度の彼女は、彼のドスの効いた声に全く怯むこと無く一人で納得したように腕を組みながら大袈裟に頷く仕草をする。まるで彼を昔から知ってるかのように。

こいつは誰だ。全く覚えが無い、こんな奴は知らない。しかし、何故だか身体が全力で警告を発してる。こいつと関わるなと、今すぐ逃げろと。

 

「………俺はお前なんか知らねえし、知ってたところで関わる理由もねえ。じゃあな」

 

背中をつららで撫でられたように悪寒が走る。逃げ出したい気持ちに駆られた彼は捨て台詞を吐くように彼はその場を離れようとしたが、次に放たれた彼女の言葉によってそれは出来なかった。

 

「あぁもぅ、待ってよぉ。んー、じゃあこれなら思い出すかなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりぃ、()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───!?」

 

隆道は足を止めた。

 

止めざるを得なくなってしまった。

 

 

 

『にーに』

 

 

 

自身にその呼び名をする人間は一人しかいない。

 

それが耳に響き、頭痛が走る。

 

心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥り、息苦しくなる。

 

彼は硬直してしまった首を無理矢理動かし、ゆっくりと振り向く。

 

そこには満面の笑顔を浮かべる彼女の姿が。

 

「あはぁっ!思い出したぁ!?ねぇ思い出したよねぇ!?」

 

「お前………ま、さか………!?」

 

「そうでぇーす!八年前に離れ離れになったにーにの妹、篠原 日葵(しのはら ひまり)っでぇーす!!」

 

「ひっ!?」

 

笑顔。それも貼り付いたような表情の彼女───日葵は両手でピースをしながら彼に頬笑む。それが堪らなく不気味だった。

 

 

 

───メノマエノコイツガ、イモウト?

 

 

 

昔と照らし合わせても全く合致しない。大人しかったかつての妹の面影は一切見受けられない。彼女のあまりの変わり様に彼は身体だけでなく、思考まで止まってしまう。

首輪は一気に最大限の警告を発し、殆ど間隔を空けずに点滅している。廊下全体に無機質な電子音が鳴り響くが彼女は全くそれを恐れてない。むしろ楽しんでいるように見えた。

 

「おぉー!すっごい音だねぇ!織斑せんせーから話は聞いてたけどほんとに鳴るんだねぇ!」

 

「あ、う………」

 

「んんー、名残惜しいけど今日は挨拶だけにしとくねぇ。そろそろ織斑せんせーも来る頃だろうしぃ。イヒヒ」

 

だらしなく笑う彼女はその言葉を最後にその場から離れていく。彼はその後ろ姿に声をかける事が出来ない。

彼は彼女に恐怖を感じていた。貼り付いたような笑顔と人を嘲笑うかのような言葉に。

違う、こいつは別人だ、そうに違いない、そうであってくれと願うが───。

 

「あぁ、そうだぁ!今の内に宣言しとかないとねぇ!」

 

「な………に、を………?」

 

彼女はわざとらしく何かを思い出した様に呟き、彼に再び向き合う。表情は未だに貼り付いた笑顔のままで彼にこう言い放った。

 

「ISはねぇ、女だけに許された絶対的存在なんだよぉ。それを男が持つなんて許されないよねぇ」

 

「───」

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

最後の一言だけは、とびっきりの歪んだ表情で告げて彼女は今度こそ帰っていく。廊下には彼と無機質な電子音だけが残った。

 

 

 

 

 

隆道が日葵と残酷な再会を果たした頃。最大限の警告を発してるタブレットを片手に、千冬は廊下を全力で駆けていた。

 

「ああ、くそっ!よりによって校内でっ!」

 

最大限の警告を発している状態の隆道は極めて危険だ。どのような行動を起こすか一切不明なのだから。

昨日に至っては、彼の所に駆けつけた頃には既に半ば錯乱していた。部屋の中だから良かったものの、アレを校内で、生徒がいる場所で起きてしまったら───。

 

「頼む………間に合ってくれ………!」

 

彼の専用機には発信器が付いている。そこから発してる信号によると場所は一学年の廊下。階段を上がればもうすぐだ。

彼女は一段飛び処か三段飛びで階段を駆け上がり、そこから勢いよく廊下に飛び出すとようやく彼の後ろ姿が見えた。周囲には生徒は一人もいない事に彼女は一先ず安堵の表情を浮かべる。

彼を鎮静しなければ。刺激を与えないように、ゆっくりと近づく彼女であったが───。

 

「やな………っ!?」

 

「ヒッ………ググッ………ヴッ………ア゛………」

 

彼との距離は十メートルと距離は空いているが、その声と後ろ姿からして異変に気づくのは容易かった。

両腕は痙攣し、押し殺したような言葉にもなってない声。そして彼の足元には数ヶ所ほど水滴があった。

誰がどう見ても異常を来している事は明白だ。首輪とタブレットから鳴り響く最大限の警告音が、より一層異常さを際立たせる。

 

(まずい………!)

 

似ていたのだ、彼がセシリアと戦った時に起きた状態と。だとすれば非常にまずい事態だ。

他の生徒がここに来ないとも限らない。とにかく彼を正気に戻さなくてはと、彼女は恐怖を押し殺し彼に近づく。

 

「………柳………私だ、織斑だ。………どうか落ち着け、誰も危害を加えない」

 

「ギッ………イ゛ィ゛………ア゛ァ゛………」

 

「やな───」

 

彼に触れる事が出来る距離まで近づき、手を伸ばした瞬間。

 

ヴガア゛ァ゛ッ!?!?!?

 

「っ!?」

 

突如彼の指先が彼女の両目に襲い掛かる。それは完全な不意打ちだったが、伊達に世界最強と言われてない彼女は瞬時に後方へと下がる。全力で振り抜いた腕は空振り、彼はよろけるが直ぐに立て直し彼女と向き合った。

 

ヴ゛ア゛ア゛ア゛、ア゛ア゛ア゛………

 

「ああ、なんてことだっ………!」

 

彼の表情を見て彼女は思わず口を押さえそうになる。

大粒の涙を流している目は焦点が合っていなく、これでもかと言うほどに歯を剥き出しにしている。

そして彼から溢れ出している、再び現れてしまった『どす黒いなにか』。

 

 

 

───それは歪みに歪んだ狂気。

 

 

 

グル゛ル゛ル゛………ア゛、ア゛ア゛

 

隆道は覚悟をしていたはずだった。

 

妹が敵である事に。今の社会に染まった人間の可能性がある事に。

 

しかし、心のどこかで僅かながら願っていたのだ。

 

妹は違うはずだと。ISを絶対視してないはずだと。

 

もしかしたら大人しいままかもしれない。きっと懐いていたあの頃のままかもしれない。

 

もし妹が昔のままだったなら以前のように接しようと、彼はそう思っていた。

 

 

 

『ISはねぇ、女だけに許された絶対的存在なんだよぉ。それを男が持つなんて許されないよねぇ』

 

 

 

彼の僅かな希望は砕け散った。

 

 

 

妹は、篠原日葵は彼にとって───。

 

 

 

『覚悟してねぇ、にーに』

 

 

 

───『最悪の敵』になってしまった。

 

 

 

ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!

 

まるで子供の様に泣き叫び、頭を抱える彼の目には既に千冬は映っていない。最早声など届きはしないだろう。

 

「や、柳っ………!?」

 

ヴア゛ア゛ア゛ッッッ

 

叫びながら彼は懐に右手を乱雑に突っ込みあるものを取り出す、それはグリップのような物体だった。彼が勢いよくそれを振ると、そこから飛び出して来たのは銀色の刃物。

 

(ナイフっ!?!?)

 

いつのまに持っていたのかと彼女は驚愕するが、そんな呑気にしてる場合ではない。アレを取り上げなくては生徒が危険に晒される。彼には悪いが気絶させるしかないと腹を括るが、彼のとった行動は予想の斜め上だった。

発狂している彼はナイフを逆手に持ち替え、その刃を自分に向け───。

 

「っ!?待て柳っ!!早まるな───」

 

───自身の左手に突き刺した。

 

グヴウゥッ!?!?!?

 

「なっ!?」

 

深々と刺し貫通した左手からは大量の血が流れ出す。辺り一面を赤く染め、足元には濁った水溜まりのように血の海と化した。彼の表情は苦痛に満ちているが、それでも尚ナイフに力を込めている。

 

ア゛ア゛ッ………ガッ………」

 

激しい痛みによってなのか、彼は正気に戻っていく様が見える。目は次第に焦点が合い、声も落ち着きを取り戻していく。その証拠に警告も段々と弱まっていった。

 

「グッ………ヴ、うぅ………」

 

「や、なぎ………」

 

「う、ふぅ………ふぅ………うらぁっ!!!」

 

掛け声と共に抜いたナイフ。それを抜いた事により左手からは血が吹き出し、制服も赤く色付いた。あまりの痛みに彼はふらつき、とうとう壁に寄り掛かってしまう。

彼女は彼の衝撃的過ぎる行動につい面食らってしまったが、直ぐに我を取り戻し彼に駆け寄る。

 

「ああ………いっ、てえ………」

 

「馬鹿者っ………!自分を刺すなど何をやっているか………!!」

 

「う、るせえ………。耳元、で………騒ぐんじゃ、ねえよ………」

 

完全に正気に戻ったのか、彼女の声にようやく反応する。今も夥しい量の血が出ており、押さえたところで止血など出来はしない。

 

「くそっ出血が酷い。とにかく、早く保健室に───」

 

「触るなあっ!!!」

 

「っ!?」

 

彼女は彼を一刻も早く保健室へ行かせようと肩を掴むが、それは乱暴に振り払われる。彼は震えながらも、またもや懐に手を伸ばすと今度は白い布切れと網を取り出す。

それはガーゼと包帯だった。それを手際よく左手に巻き、血塗れた上着を脱いで何事も無かったかのように彼は帰ろうとする。

 

「ま、待て柳!」

 

「………なんだよ、俺は行かねえぞ。………誰がアンタの世話になるか」

 

「いやしかし………分かった。だが、ソレは流石に見過ごす訳にはいかない。こっちに寄越せ」

 

「………」

 

彼は何も言わずに血塗れのナイフを折り畳んで投げ渡す。彼女がそれを掴んだの見て彼は寮へと帰っていった。

 

「………」

 

ふと、千冬は手元のナイフを見る。血で染まって気づかなかったがよく見ると結構使い込まれてるのか、小さな傷や錆などが見える。いつから持っていたのかはわからないが、彼に持たせるには危険だ。生徒に向けない保証など無いのだから。

 

「………?」

 

ここで彼女は引っ掛かりを覚えた。彼がどうしてナイフをいつから持ってたかではない。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「古傷………………」

 

彼女は、彼が大怪我をした時に見た古傷を何故か今思い出していた。

確かに彼の身体には大から小までの刺し傷や切り傷があった。しかしあまりにも数が多すぎる。いくら襲われた事があるとはいえ、あれほどの数は現実的ではない。

 

「まさか………」

 

ここで彼女はある仮説を立てた。

 

 

 

 

 

───()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「───っ!?!?!?」

 

言い様の無い寒気が彼女を襲う。彼はもしかすると、既に自分達ではどうにもならないほど手遅れなのではないかと。

廊下に残されたのは呆然と立ち尽くす彼女と彼が撒き散らした血の海だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻はまもなく夕食時間となる頃。自室に戻った隆道は直ぐ様医療キットと鎮痛剤に手を伸ばして、椅子に凭れかかる。

鎮痛剤を数粒ほど口に放り込んで左手に巻いた真っ赤な包帯とガーゼを剥がすと、未だに出血が収まっていない大きな傷が顔を覗かせる。

 

「………」

 

数分程それを凝視した後、医療キットから取り出すのは新品の包帯やら止血剤、そして針やピンセット等の器具の数々。

 

「………」

 

それを片手にも関わらず、一言も発せずに手の甲と平の両方を器用に縫い合わせていく。完全に縫い終わり、新しく包帯を巻き終えたのは八時を過ぎた頃だった。

 

「………久々だったからな。時間くっちまった」

 

しばらくは満足に動かせないだろう。完治するその時までは周りに知られる訳にはいかない。特に一夏達には隠し通さなければ。

 

「はあ………」

 

覚悟したはずなのに希望を持ってしまい、それは砕けた。やはり希望など持つべきではないのだろうかと気が沈んでしまう。

そんなネガティブ思考一直線になりつつ力なく時計を見て、ある事を思い出した。

 

「………そろそろ時間、か?」

 

既に時計の針は八時を過ぎている。普段通りであれば一夏達が夕食を終えてそろそろ来る頃だ。彼等にはなにがなんでも隠さなければ。

帰ったら寝ようと考えてたはずなのだが、そんなものはとっくに吹き飛んでいた。

 

「………っと、噂をすればってか」

 

一夏達の事を考えてると丁度よく扉が叩かれる。医療器具等を素早く片付け、扉を開けるとそこには───。

 

「うわ………なんだその顔」

 

「すいません、柳さん。………早速、相談良いですかね?」

 

───頬に真っ赤な手形を付けた一夏がいた。

 

 

 

 

 

「ほら、こんなもんで良いだろ。俺は使わねえから何枚か持ってけ」

 

「ありがとうございます………」

 

「それで、相談ってなんだよ。まさか篠ノ之にビンタでもされたか?」

 

湿布を貼って貰った一夏は何処かどんよりとしている。相談事とは頬の腫れと関係があるのだろう。

普段なら一夏とセットで来る篠ノ之も今日は来てない。喧嘩でもしたかと思っていたが、どうやら違うようだ。

 

 

「いえ、箒じゃなくて、鈴に………」

 

「あ?誰だよそいつ」

 

「え?ああ、柳さんには紹介してませんでしたね。ほら、朝のSHRが始まる前に教室にいた背の低い………」

 

「………ああ、なんかちっこい奴がいたっけな」

 

例の怪文書の件や眠気全開で顔に出ない程度に苛ついていた為よく覚えてなどいないが、確かにそんな奴がいた気がする。しかし何故その生徒に叩かれたのか、隆道はいまいち理解出来なかった。

 

「でもよ、そいつがなんでお前をひっぱたいたのかさっぱりわかんねえぞ。喧嘩でも売られたか?」

 

「いえ、鈴───凰鈴音って言うんですけど、俺の幼馴染でして。突然俺の部屋に来て箒に部屋を変えてくれって言ってきたんです」

 

「ほー、中国人なのか。………ん?部屋変えてくれって、それ無理じゃね。なんのための割り振りだよ、横暴過ぎんだろ」

 

「はは………まあ、当然箒と揉める訳で………。揉め事は一旦収まったんですけど、問題………というか相談はこの後の事でして………その………」

 

次第に彼の声が小さくなり、目も次第に背け始める。どうも歯切れが悪い。その時、ある可能性が隆道の思考に舞い降りた。

 

「………またラッキースケベか?」

 

「ち、が、い、ま、すっ!………えと、鈴に昔の約束を覚えてるかって聞かれまして。それで、応えたんですけど………どうやらちゃんと覚えてなかったらしくて………それで………」

 

「ひっぱたかれたと。………ちなみになんて応えたんだ」

 

鈴音の事など隆道にとっては非常にどうでもいいことであり決して関わりたくは無いのだが、彼からの相談なので私情は挟まずしっかりと聞く。原因がまだ明確にならない以上は助言しようがないのだ。

ちゃんと覚えてなかったということはその間違った応えにヒントはあるはず。故に答えを探る為、自身の脳をフル回転させつ耳を傾けたのだが───。

 

「えと、『鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚をおごってくれる』………です………」

 

「………?????」

 

───聞いても全くわからなかった。

 

(料理の腕が上がったら?毎日酢豚を??おごってくれる???)

 

隆道のフル回転ブレインは急停止した。全然理解が出来なかったのだ。どう考えようとしても正解が導き出されなかった。

しかし、ここで諦める隆道ではない。停止した思考を再び高速回転させ、思考の海に沈む。

 

(腕が上がったらっつうことは料理人………いや、普通ビンタしねえだろ。………毎日酢豚を奢る?………胃がもたれるっつうの、つかその前に飽きるわ)

 

「その『料理の腕が上がったら毎日酢豚を』までは合っていたらしいんですけども………」

 

(うっそだろ中国人。昔は不味かったからそのリベンジ………か?どう聞いても料理人の挑戦としか思えねえ………いや、毎日食わす必要ねえだろ………これも違う………)

 

いくら考えても答えが出てこない。しかし、途中まで合っていると彼は言ってるのだ。ならばその後の間違った部分を変換させれば良い話。それだけならば簡単に済むのだが───。

 

 

 

(奢る………毎日………奢る………酢豚………)

 

 

 

隆道はついに答えを導き出した。

 

 

 

「………全っ然わかんねえ。お手上げ。意味不明」

 

 

 

───わからないということがわかった。

 

 

 

「なんなんだよ、毎日酢豚って。それだけでも意味不明なのに奢るじゃねえのかよ。いや、奢るも意味不明だけどよ」

 

「うぅ………。何が間違ってたんだろ………」

 

隆道は今後も知ることは無いだろうが、彼女の言っていた約束とは正確に言うと───。

 

『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』

 

───である。

つまりこれはある漫画によって一時期有名になった───。

 

『僕の為に味噌汁を作ってくれませんか?』

 

───という、一昔前のプロポーズ(告白?)をアレンジしまくったものなのだ。

味噌汁=毎朝、妻が起きて朝食の為に作る。つまり結婚、または同棲しているという意味に極めて近い意味合いになるのだ。

こうして毎日味噌汁のくだりはいつしかプロポーズ(告白?)になった訳だが、彼女はその意味を良く理解していなかったようだ。

そもそも味噌汁は日本人に馴染み深い汁物だからこそ毎日食べられるのであって、酢豚なぞ毎日出されたら飽きられてしまう。というよりそれしか作れないのかと疑いがかかる。

それに今のご時世この味噌汁のくだりは効果が薄い。何せこんな世の中だ、好き好んでする人間など極少数だろう。逆に命令されるのではないだろうか。

彼女の捻り曲がったアレンジを即座に理解し賛同する人間がいたとするならばその人間は彼女の思考を知り尽くしている人間か、超思考の持ち主か、はたまた単に彼女の味方になりたいだけか。

約束を間違えた一夏も一夏だが、彼が鈍感だというにも関わらずアレンジしまくったプロポーズ(告白?)をした彼女にも非がある。いや、暴力を振るった分彼女の方が悪いだろう。

どちらにせよ、正確な答えを知ったところで隆道は理解出来ない。女性の考える事などわからないのだから。

 

「篠ノ之はわかったのか?」

 

「馬に蹴られて死ねって言われました………」

 

「んだよ、知ってそうじゃねえか。だったら教えてくれたって………いや、その様子じゃ無理か。悪いな、力になれなくて」

 

「あ、いえ。俺が悪いんですよ………多分」

 

「多分てなんだよ………」

 

わからない事をそのままにせず相談した彼は立派であろう。しかし、相談する相手が盛大に間違っていた。

 

(………味噌汁うんぬんか?いや、それこそあり得ねえだろ)

 

隆道は惜しい所まで辿り着くが、あり得ないとUターンの如くその答えから遠ざかる。

結局この日は、一夏の相談の解決には至らなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の生徒玄関前廊下に貼り出された用紙。その表題にはこう記されている。

 

 

 

───『クラス対抗戦日程表』───。

 

 

 

一回戦の相手は二組。一夏VS鈴音が決定した。



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第十七話

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世界の何処かにあるとある部屋。薄暗いその部屋は至る所に機械という名のがらくたが散乱しており、それはまさに瓦礫の山。床はケーブルによって樹海のように埋め尽くされている。そんな不気味な部屋を歩く小さな物体。

それは『リス』だった。それも『機械仕掛けの精巧なリス』。ソレは生き物のように動き、時折乱雑に転がっている部品をかじり、全く別の部品へと造り変えていく。

かじっただけで部品を分解、吸収、再構成する出鱈目なリスなど、世界中の何処を探しても存在はしない。

 

 

───()()()()()()()()

 

 

 

そしてその部屋の奥に見える三つの人影。いや、一つの人影と三つの人影のようなものだろうか。

そこに陳列しているのは『真っ黒な三体の巨人』。その三体の前に佇む一人の女性。彼女の姿は誰が見ても異色そのものだった。

真っ青なワンピースにエプロンと背中の大きなリボン。そして彼女のトレードマークでもある白兎の耳を彷彿とさせる機械仕掛けのカチューシャという格好。

その姿は『不思議の国のアリス』に登場するキャラクターを二つ合わせたもの。

顔立ちは不健康に淀んだツリ目であり、その目の下にはくっきりと隈がついている。どう見ても寝不足である。

そして何より目立つのは胸の膨らみであった。胸を留めるボタンはギリギリまで引っ張られている。大半の女性がそれを見れば圧倒的敗北感に駆られる事だろう。

 

「………」

 

そんな不気味過ぎる彼女の前に浮かぶのは空中投影のディスプレイとキーボードがそれぞれ六枚ずつ。

優秀な人間でさえ思考が止まってしまいそうな膨大なデータを前に、彼女は表情を変えることなく目配りしつつキーボードをピアニストのように滑らかな動きで叩いていく。その行動によって数秒単位で切り替わっていく画面も全て把握しながら。

 

 

 

彼女はもはや『天才』処ではない。

 

 

 

世界の何もかもを変えた『天災』そのもの。

 

 

 

「お~わりっと。………君達は少しの間待機だよん。さてと、お仕事しなくっちゃ」

 

作業を終えたのか、彼女は操作を止めて背伸びをしている。一体どれ程の時間を費やしたのか、身体を動かす度にパキパキと音がなっていた。

誰が見ても彼女は寝不足で、今すぐにでも寝るべきだ。しかし、彼女はその『お仕事』を優先してるのか颯爽と部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その三体の前にはディスプレイが残されている。そこに記されている様々な情報の中に、一つだけ目立ったものがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『最優先事項。目標『柳隆道』と『篠原日葵』の───』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラス対抗戦の日程表が出された日の放課後。生徒指導室には教員が一人仁王立ちで佇み、生徒が一人椅子に座っていた。その生徒は足を組み椅子に寄りかかるという、明らかに教員の話を聞く態度ではない姿勢で。

そんな生徒を睨む教員は千冬、そしてその眼力に全く動じずにへらへらと笑う相手は───。

 

「………篠原。何故ここに呼ばれたか、わかるな?」

 

「全っ然わかりませんけどぉ」

 

「昨日の放課後に柳と接触したそうだな。目撃したと生徒から報告があったぞ」

 

「へー、見られてたんですねぇ。………で、それがなにか問題でもあるんですかぁ?」

 

悪びれずに応える彼女──日葵は笑顔を絶やさず目を決して逸らさない。その貼り付いたような表情に彼女は寒気を覚えた。

 

 

 

───『篠原日葵』───。

 

今年入学した新入生の中ではぶっちぎりの問題児として教員に最大の警戒をされている生徒。

一年三組のクラス代表、二人目の男性IS操縦者である隆道の実妹。

 

 

 

 

 

そして日本国家代表に最も近いとされている代表候補生であり、日本の『穏健派女性権利団体』に所属する───その会長の娘。

 

 

 

 

 

彼女の実力はこれまでの在校生と比較しても群を抜いていた。

筆記試験に関しては他の生徒と大差無いが、実技試験は彼女が断トツだった。

何せ試験を担当した教官を、手加減無しの状態で()()()()()()()()()()()()()()()()()

そう、教官を倒したのはセシリアだけではない。では何故知られていないのか。

その試験を見ていた全ての教員は恐怖を抱いたのだ。笑顔を絶やさずに教官を嫐る彼女に。あまりにも暴力的だった彼女の試験は機密扱いとなった。

本来ならば彼女の人格を考慮して入学させるべきでは無いのだが、それは出来ない。彼女の背後には女性権利団体と一部の政府がいる。そして何より、IS適性も高かった。

IS適性にはランクが存在する。ISを操縦する為に必要な身体的素質であり、値が高いほどISを上手く使いこなす事が出来るのだ。しかしこれは訓練や操縦経験の蓄積によって変動するため絶対値ではない。

ランクはS、A、B、Cと大まかに格付けしており、中でも『S』は千冬を筆頭に国家代表クラスの数名しか存在しない。

イギリス代表候補生のセシリアはA+、中国代表候補生の鈴音はA、一夏はB、隆道と箒はCと現時点でのランクはこのようになっている。

 

 

 

そして日葵のIS適性値は───S寄りのA++。

 

 

 

高ランクの適性値を持つ彼女は国籍保持の為にどの代表候補生よりも高い待遇を受けており、必ず入学させろとIS委員会上層部から通達があったのだ。IS学園は拒否を許されなかった。

彼女が入学する事に教員は不安を隠せなかったが、その悪い予感は的中した。

彼女は入学して早々クラス全員に喧嘩を売り、一組がやったようにISを使った決闘を行ったのだ。他のクラスには内密にして。

彼女を除いた、最も適性値が高かった生徒がこの試合に挑んだのだが、結果は悲惨の一言に尽きた。

互いに訓練機ではあるが、素人と代表候補生。これだけでもどちらかが勝つなど目に見えている。あっさりと終わるはずの試合なのだが、彼女は決してそうはしなかった。

格の違いを見せつける為に、今後決して逆らわない為に徹底的に相手を痛めつけたのだ。

教員は流石に彼女を止めた。でないと相手が壊れてしまうからだ。この試合結果にも当然箝口令が出された。

相手を故意に痛めつけた彼女は既に処罰の対象のはずなのだが、高待遇により却下されている。圧倒的な強さの前に三組の生徒達は恐怖、又は崇拝を植え付けられ彼女に逆らおうとしなくなった。

既に三組は彼女の支配下にある。しかし、それに飽きたらず彼女の暴れっぷりは止まらない。なんと自身のクラスだけでなく上級生数人にも牙を向き、同じく嬲り殺しにして支配下に置いてあるのだ。

彼女は代表候補生の中でも別格だが、それを知る人間は少なく、一般には公開されてない。何故ならそうするように背後の人間が情報操作をしているからだ。

わざわざ格が違う存在に歯向かう者などいない。故に、敢えて実力を隠し、何も知らない相手を一気に地獄に叩き落とす。それが彼女のやり方。それが他者を蹴散らす為に課せられた役目。

世間に存在する、ただ権力を振り翳し威張り散らすだけの人間ではない。巨大な力を持ってしまった暴れ狂う悪魔のような存在───それが篠原日葵である。

千冬は彼女ついては日本代表を退役する前から知っており、どれだけ危険人物なのかも知っている。隆道の家族構成の調査書を見て、彼の身内である事も知った。だからこそ、今まで散々近づくなと彼女に注意したのだ。彼が彼女の事をどう思ってるかわからない以上接触させるべきではないと判断したための行動であったが、それも無駄に終わってしまった。

 

「以前忠告したはずだ、柳には接触するなと」

 

「そうは言っても血の繋がった兄ですよぉ?八年振りなんですから再会ぐらい良いじゃないですかぁ。織斑せんせーだって弟さんとしばらく離れたらそうするでしょうぅ?」

 

「………奴が今どんな状況か、お前はわかってるのか?」

 

「織斑せんせーが言ったんじゃないですかぁ。女性不信によるPTSDですよねぇ?それも通常のものとは違う『複雑性PTSD』。えーと確かC-PTSDて名前でしたっけぇ?」

 

 

 

───『複雑性PTSD(C-PTSD)』───。

 

短期間に起こった要因で重度のストレスを感じてトラウマを引き起こし発症するPTSDとは違い、逆に長期に渡って重度のストレスやショックを受け続け、後に発症するのが複雑性PTSDと呼ばれてる。隆道はその後者に該当するのだ。

彼の持つ症状は追体験(フラッシュバック)と悪夢、外傷体験に関連する刺激の回避や精神的な麻痺、過覚醒と薬物の使用、そして自傷行為に摂食障害と非常に多い。

彼は自分語りを決してしない為に通常のPTSDと判断していたが、ここ最近の彼の行動の観察と生徒からの報告、部屋の状態を知った事でようやく判明したのだ。

彼は一刻も早くこの学園から離れて治療を受けるべきだ。それも女性とISから隔離した徹底的な治療を。しかしそれすら難しいのが現状である。

彼は様々な所から狙われている。治療と漬け込んで近づく人間はいるだろう。故に彼はこの場所に留まるしかないのだ。

 

「にーには変わり果てちゃったなぁ、昔はあんなに格好よくて元気だったのにぃ。あ、今も十分格好いいなぁ。ヒヒッ」

 

「………」

 

気味が悪い。悪すぎる。まるでこれっぽっちも悪いと思ってないような素振りをする彼女に戦慄を覚えざるを得なかった。

彼女もまた隆道と同様に今までにないタイプだ。自分に対して憧れも、恐怖もない。常に貼り付いたような笑顔である為、考えてる事が今になってもまるでわからない。

 

「………本来ならば今すぐにでも拘束し退学させたい所だが、今の私ではお前に手出しは出来ん」

 

「あらぁ、随分と怖い事言いますねぇ。まあそうですよねぇ、今は肩書きだけ残ったただの教師ですもんねぇ。イヒヒ」

 

「黙れっ………!いいか、もう一度忠告する。今後、決して、柳には近づくな」

 

「ええ~。にーにともっとお話したいぃ」

 

目の前の彼女を見ていると気が狂いそうだ。早々に話を切り上げてこの場から立ち去ろう。そう思った時だった。

 

「まあ、いっか………ところで話は変わるんですけどぉ。織斑せんせーに見せたい物があるんですよぉ」

 

「………なんだ」

 

「これですこれぇ」

 

「………?」

 

そういって彼女は自身の首元を指差す。千冬がそれを注視すると彼女はリボンとYシャツのボタンを二つほど外し、襟を捲って()()を見せた。

 

「………っ!?!?!?」

 

「あはぁっ、どうですこれぇ?中々似合うと思いませんかぁ?」

 

「お、お前っ………それはっ!?いつからっ!?」

 

「これはぁ、織斑せんせーが退役して直ぐですよぉ。なんかこれぇ、自分じゃあ外せないんですよねぇ。あ、ご心配無くぅ、手続きは昨日済ませたので問題は無いですよぉ。後で確認してくださいねぇ」

 

千冬は悪寒が止まらなかった。彼女のソレを見ただけではない。

ソレを見せた途端、彼女は次第に歪みきった表情となったのだから。

 

 

 

隆道の『どす黒い何か』とは別物。

 

 

 

それは『得体の知れない何か』。

 

 

 

「にしても奇遇ですよねぇ。やっぱり兄妹だからかなぁ?あぁ、運命感じちゃうなぁ」

 

「篠原………お前はっ………!」

 

「イヒヒッ。学園生活が楽しみですねぇ、織斑せんせー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏と鈴音のいざこざから数週間経った五月。クラス対抗戦まで残り一週間となり、アリーナは試合用に調整される。その為、ISを用いた特訓は今日で最後となる。

 

「未だに顔を背けられるんですけど、本当にこれで良かったんですかね」

 

「向こうが拒否してんだから構う事ねえだろ。前にも言ったが下手に近づいてみろ、何言ってくるかわかったもんじゃねえぞ」

 

結局の所、鈴音の機嫌は数週間経った今も直らなかった。むしろ日増しに悪くなっている。

彼女から一夏に会うことは無く、たまに廊下や食堂で会っても露骨に顔を背けられるのだ。

彼は叩かれた翌日に謝ろうとしたのだが、彼女はそれを聞こうともせず逃げてしまう。何度かそれを繰り返し、完全にお手上げになった彼はまたしても隆道に相談をしてしまった。

 

『ほっとけばいいんじゃね、 ああいう奴は下手に近づくと騒ぎ出すからな。どうせ痺れを切らして向こうから来るんだろ』

 

結論。彼は鈴音を放置することにした。隆道に女性関連を聞く事事態が間違いなのだが、彼がそれに気づくのははたしていつになるだろうか。

そんな事はさておき、現在は放課後。クラス対抗戦に向けた最後の特訓の為に彼等は第三アリーナに向かっていた。ちなみに彼等の数メートル後ろには箒とセシリアもいる。

 

「まさかここまで柳さんと進展無しだとは思ってもいませんでしてよ………」

 

「もう諦めた方が良いのではないか?未だに会話すら出来ていないのだろう?」

 

(………って言ってますけど)

 

(知ったことかよ。ライム女と話す事なんて一つもねえっつうの)

 

ここ数週間における放課後の特訓でセシリアは毎回、一夏経由で隆道を誘ったのだが全て拒否されている。何度か彼女本人が直接誘うという荒業を繰り出したのだが、それに対して隆道は自身の必殺技『O.O.G(アウト・オブ・眼中)』を炸裂。相手にすらされない彼女の心は今にも折れそうだっだ。

しかもあまりにしつこいと感じたからか、隆道は彼女の事を『馬鹿』から『ライム女』と言うようになった。いくら女嫌いであれど、これは酷すぎるのではないだろうか。

隆道が訓練の誘いを断ったのは単純に彼女が要因なのは確かだ。しかしここ最近はそれだけでなく、一人で考え事をしたいからであった。

 

(もう数週間は経ってるんだぞ………なんで何もしてこねえ)

 

あの日から今日までの数週間。何があっても良いようにいつも以上に警戒を張り巡らし身構えていたが、結局何も起こらなかったのだ。それがかえって不気味に感じた。

 

『覚悟してねぇ、にーに』

 

どう考えても自分と一夏を潰す予告だった。しかし何も起こらない。それ処か接触すらしてこない。日葵が何を考えてるのかまるでわからなかった。

 

(日葵………お前の目的はなんだ?俺らを潰すんじゃねえのか?)

 

そのような思考がぐるぐると回るが、考えたところでわかりはしない。他人の心などわかるはずがないのだから。

 

(っと、いっけね。考え過ぎたか)

 

考えに耽っている内に、いつのまにか第三アリーナのAピット入り口に到着していた。もうこれ以上はよそう、襲ってこないならそれでいいと隆道は考えるのをやめた。

 

「今日は何するんです?ここ最近ずっとランニングからの武装の空撃ちじゃないですか」

 

「いや、今日は織斑の模擬戦でも眺めてるわ。『鋼牙』もそこそこ慣れたし、流石に一人は飽きた」

 

「なんか、やけに『鋼牙』に拘ってますよね。何かあったんですか?」

 

「言わなかったっけか?この『鋼牙』はな、実はりょ───」

 

自動扉を開けながら隆道は『鋼牙』に拘る理由を語ろうとした。しかし、ある少女の声に寄って掻き消される事になる。

 

「待ってたわよ、一………夏………」

 

四人の前に佇むのは、ピットの中央で腕を組み仁王立ちしている鈴音。先程まで不敵な笑みを浮かべていたのだろう。

何故、だろうと四人は思ったのか。それは彼女の表情がみるみる青ざめているからであった。

 

(な、なんでコイツまでいるのよ!)

 

どうやら隆道がいることを視野に入れていなかったようである。やはり考えなしの脳筋で間違い無いであろう。

しかし、ここで怯む訳にはいかない。今日は一夏と話をするために彼女は来たのだ、今更後には引けない。

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

((((何で言い直した?))))

 

彼女は仕切り直しをしたかったのだろう。触れたらいけない気がする、故に四人は黙る事にした。

 

「………で、一夏。反省した?」

 

「へ?なにが?」

 

「だ、か、らっ!あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなーとか、あるでしょうが!」

 

(うっそだろコイツ………)

 

突如そんな事を言い出す彼女。あまりにも自分勝手なのではないかと隆道は顔をしかめた。

確かに謝りたいという気持ちは一夏にはある。しかしその本人が避けたのではどうしもうもないのも事実だ。

 

「いや、そう言われても………鈴が避けてたんじゃねえか」

 

「アンタねぇ………じゃあなに、女の子が放っておいてって言ったら放っておくわけ!?」

 

「おう」

 

隆道の助言(?)もあってのことだが、放っておいて欲しいなら放っておいてやるのが一番だ。放ってくれと言われてそれでも近寄るようならしつこいと思われてしまう。

故の放置なのだが、それの何がいけないのか一夏は首を傾げてしまった。

 

「なんか変か?」

 

「変かって………ああ、もうっ!謝りなさいよ!」

 

彼女は頭を掻きながら焦れたように声を荒げる。そのあまりに一方的な要求には、彼は応える事は出来ない。

頭を下げることに何の躊躇もないが、自分が納得いかないまま謝罪などお断りだ。

 

「いや、確かにちゃんと覚えてなかった事は悪いと思ってるけどよ。説明してくれたっていいじゃねえか。」

 

「せ、説明したくないからこうして来てるんでしょうが!」

 

「だから、なんでだよ!」

 

もはやこうなってしまっては平行線だ。互いに譲らないものがある為、話が一向に進まない。

 

「………」

 

「あ、あわわわ………」

 

「や、柳さん………?」

 

箒とセシリアは隆道の様子を見て慌てふためいている。既に彼の中では鈴音の評価はぐっと急降下をしていた。

元からマイナスではあるが、やかましい、厚かましい、横暴の三拍子が揃った時点でコイツも今までの奴と一緒かと目を細める。

ちなみに鈴音は彼の不機嫌に気づかない。激昂して既に周りが見えていないからだ。

 

「じゃあこうしましょう!来週のクラス対抗戦、そこで勝った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられるってことでいいわね!?」

 

「………おう、いいぜ。俺が勝ったら説明してもらうからな」

 

正直のところ、一夏は彼女の要求に承諾はしたくなかった。以前の───自分とセシリアが揉めた時の状況と似ていたから。

あの日を思い出すだけで自己嫌悪に駆られる。今も未熟であると自負しているが、未熟故の過ちを繰り返したくはなかった。

しかし、ここで渋ったら彼女はまた騒ぎ出すだろう。特訓の時間をこれ以上削られては困るので此方が折れるしかない。

 

「せ、説明は、その………」

 

「なんだ?やめるならやめてもいいぞ?」

 

自分で勝負の賭け事を持ち掛けたにも関わらずノーリスクはあんまりであろう。よほど説明をしたくないらしい。

故に一夏は少々の親切心で言ったのだが、彼女には逆効果だった。

 

「誰がやめるのよ!アンタこそ、あたしに謝る練習しておきなさいよ!」

 

「なんでだよ、馬鹿」

 

「馬鹿とは何よ馬鹿とは!この朴念仁!間抜け!アホ!馬鹿はアンタよ!」

 

頭に血が上っているのか、もはや語彙力の無さを主張するかの如く彼に罵倒の嵐を浴びせる彼女。

ここまで言われては流石に腹が立ってしまう。故に彼は彼女が一番気にしていることを───。

 

「織斑、もうやめろ。時間の無駄だ」

 

───言う前に隆道に肩を掴まれた。

 

「………っ!………すみません、つい」

 

「ったく。今日で最後なんだからしっかりしろよ」

 

彼は隆道に心の中で感謝した。もし止めてなかったら、彼女の一番気にしている事───『貧乳』と言おうとしたのだから。彼女は自分のスタイルにコンプレックスを持っている。危うくそれを言うところであったのだ。

そんな訳で彼は止めてくれた隆道に口には出さず感謝を連発しているのだが、話に割り込まれた彼女としては非常に面白くない。

 

「ちょっ………アンタ!今あたしが一夏と話してんの!脇役はすっこんでてよ!」

 

「はあ………。おい、中国人」

 

「中国人て言うな!あたしには凰鈴音てちゃんとした名前が───」

 

 

 

 

 

とっとと失せろ

 

 

 

 

 

ドスの効いた声で一言放つ。確実に黙らせる為、少しばかりの『殺意』を出して。

 

「───っ!?」

 

聞こえなかったか?失せろって言ってんだよ

 

「………うぅっ!」

 

隆道の『ソレ』が常に見えている彼女にとってはこれだけでも効果的だ。しかし、以前の接触で多少の耐性が付いたのだろう、ギリギリ意識を保つ事が出来た彼女は何も言わずピットから出ていった。

 

「あ、おい、鈴っ!」

 

「ほっとけ、どうせ対抗戦で鉢合うんだからな。それよりも時間押してるぞ、いいのか」

 

「………そう、ですね。今は特訓に集中する事にします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラス対抗戦当日。第二アリーナで行われる第一試合は一組VS二組。つまり一夏と鈴音の対戦となる。

噂の新入生同士ということもあってアリーナは全席満員であり、それ処か通路まで生徒で埋め尽くされていた。会場に入れなかった生徒や関係者はリアルタイムモニターで観戦するとのことだ。

 

(大丈夫………大丈夫だ、やれることは全部やった。後は試合で出し切る………それだけだ)

 

既に両者はISを展開し、アリーナ内で待機している。対戦相手の鈴音も試合開始の時を静かに待っていた。

 

───第三世代近・中距離両用型IS『甲龍(シェンロン)』───。

 

彼女のISは『ブルーティアーズ』と同様に非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が特徴的であり、肩の横に浮いた棘の付いた装甲が攻撃的な主張をしている。

機体のデザインもまさに中国らしい装飾をしており、観客席の生徒達はそれに注目するのだが、一夏は全く別の所に意識を向けていた。

 

(シェンロン………か。ダメだ、どうしてもアレを連想してしまう。………よし、『こうりゅう』と呼ぶことにしよう)

 

緊張してると思いきや、何度も『有名な龍』が脳内で暴れ回るので別の呼び名を考えていた。彼は結構余裕があるのではないだろうか。

 

『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

 

アナウンスに促されて、彼と鈴音は空中で向かい合う。その距離は五メートルと近距離状態で、直ぐ様動ける様に身構えている。

始まる前の挨拶として、二人は開放回線(オープン・チャンネル)を用いて言葉を交わした。

 

「一夏、今謝るなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげるわよ」

 

「雀の涙くらいだろ。そんなのいらねえよ」

 

「一応言っておくけど、ISの絶対防御も完璧じゃないのよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………」

 

それは決して脅しではない。それを証拠に、IS操縦者に直接ダメージを与える"ためだけ"の装備も存在する。もちろんそれは競技規定違反だ。試合でお目にかかる事は絶対に無い。何より人命に危険が及ぶ。

しかし、既存の武装でも───。

 

 

 

───()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

口振りからして、彼女にはそれが可能なのだろう。いや、代表候補生以上の人間はそれが出来るはずだ。相手をいたぶる事など。

 

 

 

しかし彼は恐れない。何故ならば───。

 

 

 

「………知っているさ」

 

 

 

───彼は既に目の当たりにしたからだ。

 

 

 

あの日の事は決して忘れはしない。隆道の全身全霊の悪足掻きを受け、地表で苦しみ悶えるセシリアの事を。

 

 

 

本来はそこにいるはずだった自分。

 

 

 

自分の身代わりとなり、血に塗れた隆道。

 

 

 

今度は自分がそれに出会すかもしれない。

 

 

 

怖くないと言えば嘘になる。

 

 

 

しかし、一夏は逃げはしない。

 

 

 

隆道も自分の為に覚悟を決めて戦ったのだ。自分も覚悟を決めなくてどうする。

 

 

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 

 

「行くぞっ!鈴っ!!」

 

 

 

自身の唯一の武器となる『雪片弐型』を展開し、彼は構える。

 

 

 

───織斑一夏の、人生初となる本気のIS戦が幕を開ける。

 



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第十八話

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試合開始のブザーが鳴り終わると同時に二人は動き出す。一夏は接近戦しか行えない。故に未だに武装を展開していない鈴音に向かって突っ込んだ。

それを見て彼女も笑みを浮かべながら近接武装を瞬時に展開、彼に向かって急速接近する。近接は手慣れているのだろう、彼よりも速く斬りかかる事に成功した。

 

「うおっ!?」

 

彼は即座に反応し、その斬撃を自身の武器で防御。ダメージを受けることはなかったが、その衝撃で大きく弾き返される。

それによって体勢を崩してしまったが、特訓で身につけた飛行技術を駆使しどうにか安定させて彼女を正面に捉える事が出来た。

 

(は、速えっ!箒と同じ、いやそれよりも上………!!)

 

先手を打つつもりが自分が先手を打たれた。自分より相手の攻撃動作が速かったのだ。

彼女の機体は近・中距離両用型だが器用貧乏という訳ではなく、機体スペックの意味合いでは近接格闘型だ。パワーも優れている。

それに加え、彼女のIS適性値はAだ。Bである彼や、Cの箒よりも機体を使いこなす事など造作もない。

更にダメ押しとして───彼女は代表候補生。それも()()()()()()()その称号を掴んだ、優れた才能を持つ少女。

 

(これが………代表候補生っ………!)

 

舐めていた訳ではない。しかし、特訓の際の模擬戦で手加減はされたとはいえセシリアとも戦ったのだ。ほとんど勝つ事は出来なかったが、接近そのものは次第に何度も成功したので多少なりとも自信はついていた。

 

(くそっ、さっきまでの自分を殴りてぇっ!)

 

だがそれはあくまで手加減された模擬戦であり、今は本番試合。更に相手は中距離を得意とするセシリアではなく、近接格闘を得意とする鈴音だ。状況はまるっきり違う。

こうもあっさり格の違いを見せ付けられると彼女を甘く見ていた事を実感してしまい、彼は自分を恥じた。

 

「ふうん。初撃を防ぐだなんてやるじゃない。けど───」

 

「!!」

 

彼女は余裕の表情を見せながら両手で持つ()()をバトンでも扱うように回す。

異形の青竜刀───と呼ぶにはあまりにもかけ離れた形状の大型な刀剣が彼女の近接武装。

 

───大型ブレード『双天牙月(そうてんがげつ)』───。

 

両端に刃を備えたその武器は持ち手の中央が不自然な形をしていた。それを見てまさかとある事が思い浮かぶ。───そしてそれは現実となった。

 

「これならどう!?」

 

『双天牙月』の持ち手が折れ、二つに分離する。彼女の武器は瞬時に『一つ』から『二つ』───二刀流になったのだ。

 

「くっ!?」

 

縦、横、斜めと自在に角度を変えながら斬り込む彼女の攻撃に防戦一方にならざるを得ない。

此方の手数は『一』。対して彼女は『二』で、しかも高速回転を織り交ぜた連撃は隙が無い。

本来ならば既にダメージを受けてもおかしくはないはずなのだが、箒との模擬戦によって接近戦の経験を積んだ彼はそれを辛うじて捌く事が出来た。

 

(まずい。このままじゃ消耗戦になるだけだ。一度距離を───)

 

「───甘いっ!!」

 

距離を取ろうと彼女の攻撃を躱し、離れた瞬間にそれは起きる。

彼女の非固定浮遊部位が可動し、中心の球体が光を放った直後に彼は吹き飛ばされた。

 

「どわあっ!」

 

その衝撃によって視界は暗闇に傾きかけるが、ISにはブラックアウト防御機能があることによって意識を取り直す。

何が起こったのかわからない。まるで突然『殴り飛ばされた』かのような衝撃を受けた事に疑問が尽きないが───当然ながら相手は待ってくれない。

 

「今のはジャブだからね」

 

にやりと不敵な笑みを浮かべる彼女。それと同時に再び彼に衝撃が襲い掛かる。

 

「ぐあっ!」

 

防御態勢も取れず、もろにソレを直撃した彼はとうとう地表に打ち付けられる。

そのダメージがシールドバリアーを貫通して届き、全身に痛みが彼に振り掛かった。

 

(み、見えねえ………!いったいなにが………!)

 

距離を取ったにも関わらず吹き飛ばされた。その時が来る前に可動した非固定浮遊部位。そこから導き出される答えは───。

 

「これが鈴の特殊兵装………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだあれは………?」

 

「『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃そのものを砲弾化して打ち出す第三世代特殊兵装ですわ」

 

Aピットからリアルタイムモニターを見ていた箒の呟きに応えたのはセシリア。彼女達がここにいるのは一夏が出る最後の最後まであれやこれやと指導し、彼が出た頃には観客席と通路が生徒で埋め尽くされていたからであった。

本来ならばもっと前から観客席か通路にいるべきなのだが、彼は初の試合だからギリギリまで指導させてほしいということで千冬は多目に見たのだ。その役目を終えた彼女達を会場の外に出すのはあんまりなのでこうしてピットに残っている訳である。

 

「一夏………」

 

箒は彼がダメージを受ける度に胸を痛めた。激しい連撃に翻弄される彼の身を案じているのは勿論だが、それと同時にある光景が蘇っていた。

 

(これでは………あの時と同じではないか………!)

 

その光景とはかつてセシリアの特殊兵装に嬲られた隆道の姿。ひょっとして一夏も彼と同じ目に会うのではないかと思わずにはいられなかったのだ。

その激しい戦闘を目の当たりにして、箒は勝利よりもただただ無事を願っていた。

 

「………ところで箒さん。柳さんがまだお見えになりませんが………」

 

「え………?ああ、そういえば始まる前にトイレへ行くと言ったきり戻ってこないな」

 

「ああ………」

 

学園内で男子が使用出来るトイレは三ヶ所しかない。それもアリーナ内ではなく、校舎のみだ。こればかりは生理現象なのでどうしようもない。

他のトイレを使おうとしてその場で生徒に出会してしまったら、女子トイレに侵入する変態として直ちに社会的抹殺を受ける事だろう。

だがそれにしたって遅すぎる。予定では開始直前にはここに戻って来るはずだ。何処かで道草でも食っているのだろうか。

ちなみに彼もピットに入る事を許可されている。そもそも彼を一人観客席や通路に置いていく事など出来やしない。そんなことをしたら彼は精神的に潰れてしまう。

以上の理由で彼に残された手段は自室待機なのだが、一夏達の頼みによってピットに入る事を千冬は許可した。

もっとも、その本人が来てない以上無駄に終わった訳だが。

 

「連絡は出来ませんの?」

 

「あの人携帯は持ってないらしくてな。………織斑先生、柳さんは今どこに?」

 

「ああ、少し待て。全く、入室許可を出したというのにこれでは意味………が………んん?」

 

「………織斑先生?」

 

隆道の位置を正確に知る事が出来るのは今のところ千冬だけだ。よって彼女はタブレットを取り出し彼の位置を確認したのだが、それを見て彼女の表情は次第に疑問に満たされる。

 

「何故、Bピットにいるんだ………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わってBピット。そこに佇むのは青年が一人、隆道だった。

トイレを済ませた彼は通路に埋まる生徒達を嫌々ながらも掻き分けてピットに向かったのだが、何故彼は彼女達がいる反対側のピットにいるのだろうか。

 

「なんだよ、ここBピットじゃねえか」

 

一人愚痴る彼であったがここにいる理由は至って単純、道を間違えただけであった。一人でアリーナに来た事が無い彼はろくに道を覚えていなかったのである。

 

「どうすっかな………また通路に戻れってか?」

 

ここに来るまでの通路を引き返すのは正直御免だった。女子で埋め尽くされてるというのも理由の一つ。そしてもう一つは───。

 

「くせーんだよ、なんだよあの匂い。鼻曲がるっつうの」

 

何も生徒の体臭がキツいということではない。その正体は香水だった。

全員が香水を付けてる訳ではないが、十数人がそれぞれ違う香水を付けていたのだ。それが狭い通路に密集するとどうなるか。

様々な匂いが入り混じり、香水に慣れてない人間にとっては悪臭に近い物と化したのだ。

埋め尽くされた女子生徒に数々の香水の匂い。そんな通路に戻るなど、彼にとっては拷問を受けてる状態で更なる拷問を受けるのと一緒だった。

 

「………めんどくせ、ここでいいか」

 

彼はここ留まる事を決めた。ここにもリアルタイムモニターがある。そして憎き世界最強も、牛眼鏡も、ライム女も、女性も誰一人としていない。彼にとってはうってつけの場所だ。

 

(でもなんだ?何かがおかしい………。それにさっきから視線を感じる………)

 

違和感と視線を感じ、周囲を見渡すが当然誰もいない。気のせいなのだろうかと彼はそれを抱いたまま試合を見る事にした。

 

 

 

 

 

彼は覚えて無いが故に道を間違えたが、厳密に言えばそうではない。

 

 

 

 

 

何故なら、彼は電光掲示板の通りに進んだからだ。

 

 

 

 

 

その電光掲示板は、見たときにはしっかりと『←Bピット Aピット→』と記されていたのだから。

 

 

 

 

 

しかし誰もそれに気づかなかった。

 

 

 

 

 

その電光掲示板から目を反らした瞬間にノイズが走り、『←Aピット Bピット→』に変わった事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく躱すじゃない。衝撃砲『龍咆(りゅうほう)』は砲身も砲弾も目に見えないのが特徴なのに」

 

アリーナで未だに余裕の表情を見せる鈴音。それに対して一夏は苦虫を噛み潰したかのような表情だ。

彼女の特殊兵装は言った通り砲弾も、砲身すらも見えない。それが何より厳しいと彼は感じた。それだけでなく、砲身射角がほぼ制限無し───つまり360°の砲撃が可能なのである。

射線はあくまで直線だが、彼女の能力がかなり高い。無制限機動と全方位への軸反転など、飛行基礎の全てを高いレベルで習得している。

それらが上手い具合に噛み合っているのだ。彼にとってはかなりの強敵だ。

 

(ハイパーセンサーに空間の歪み値と大気の流れを探らせてるが、これじゃダメだ。撃たれてからじゃ反応が遅れちまう。どこかで手を打たないと………)

 

彼女の怒濤の連続砲撃を躱しながら彼は思考を走らせる。このままでは一撃も与えられず敗北してしまう。それは何よりも避けたい。

 

(思い出せ織斑一夏っ!何か策をっ!)

 

 

 

 

 

『俺の武装打っ放してる最中で悪いんだけどよ。その『雪片弐型』に搭載されている『零落白夜』、どれくらい強力なのか試しにちょっと突いてみろよ』

 

『え、良いんですか?』

 

『別に良いだろ。死ぬ訳じゃあるまいし』

 

『………じゃあ、失礼しますよっと』

 

『………うわっ待て待て引っ込めろ引っ込めろっ!』

 

『おわっと!?』

 

『あっぶね。うわー………軽く突きつけただけで半分も減ったぞ。これあれだな、当ててる間シールドエネルギーは継続的に減るみたいだ』

 

『じゃあ、もし直撃でもしたら………』

 

『絶対防御の発動とエネルギーの消失、相手は一撃で終わるな。良かったじゃねえか、当てれば絶対勝てるぞ』

 

『簡単に言ってくれますね………』

 

 

 

 

 

「………」

 

隆道と二人で武装御披露目会をしてる最中にあった出来事を思い出す。この状況を打破するには自身の単一仕様能力を使うしかない。

ここしばらくの訓練は近接格闘や急加速停止といった基礎移動技能に費やした。それに加えて箒の剣道訓練、セシリアの特殊兵装を用いた回避訓練。それらによって武器の間合いと特性は把握し、IS操縦も人並み以上に習得出来た。

 

(後は………諦めない事、だけだな)

 

実力差は歴然としている。しかし、勝てる可能性は少なからずある。決してゼロではない。

であるならば残すは『強い意志』を持つことだ。負けないという『強い意志』が。

 

「鈴」

 

「なによ?」

 

「本気で行くからな」

 

彼は真剣に彼女を見つめる。彼の言葉は決して今まで手を抜いていたという意味ではなく、自らの折れない意志を相手に強く主張するためだ。

そんな彼の気概に押されたのか、彼女は曖昧な表情を浮かべた。

 

「な、なによ………そんなこと、当たり前じゃない………。とっ、とにかくっ、格の違いってのを見せてあげるわよ!」

 

彼女は惚けた顔から直ぐに真剣な顔に戻し、『双天牙月』を一回転させて構え直す。そしてその衝撃砲が火を噴く前に距離を詰めようと彼は加速姿勢に入り、()()()()を繰り出した。

それは彼の、強敵である彼女を倒す唯一の策。相手の懐に瞬時に近づき『零落白夜』を当てるための手段。

 

───『瞬時加速(イグニッションブースト)』───。

 

機体の後部スラスターからエネルギーを放出。そのエネルギーを内部に一度取り込み、圧縮して再度放出する事によって爆発的な加速を生み出す技能は一瞬で相手に接近することが出来る。

一週間前から練習し、ようやく身につけた『瞬時加速』はタイミングを間違えなければ代表候補生クラスとも渡り合える代物だ。

 

「ぐっ!?」

 

その加速によって急激なGに意識が持っていかれそうになるが、操縦者保護機能がそれを防ぐ。

素人が『瞬時加速』を習得していないだろうという考えを持つ彼女に出来る奇襲戦法、よってこの奇襲は一度しか使えない。これを逃したら後は無いのだ。

だからこそ、先程まで渋っていた『零落白夜』をここで放つ。確実に当てるために。

 

「うおおおおっ!!!」

 

彼の思惑通り、彼女は不意を突かれたのかその場を動かない。エネルギー刃が後少しで届きそうになった───。

 

 

 

 

 

───その瞬間だった。

 

 

 

 

 

突然巨大な衝撃がアリーナ全体に走る。それと同時にステージ中央の地表が爆発し、大きな煙が立ち上がった。

 

「「!?」」

 

つい二人はそれを凝望する。いったい何が起こったのか。状況がわからず混乱する一夏だったが、直ぐ様異常を察知した鈴音から飛んできたプライベート・チャンネルによって意識は戻った。

 

『一夏、試合は中止よ!すぐにピットに戻って!』

 

「は?いきなり何を───」

 

 

 

───ステージ中央に熱源。所属不明のISと断定。ロックされています───。

 

 

 

「なっ───………っ!?!?!?」

 

 

 

その警告によって彼はようやく気づいた。

 

 

 

その煙が立ち上がる真上の遮断シールドに穴が空いている事に。

 

 

 

アリーナの遮断シールドはISのシールドバリアーと同様の物で、それ以上の防御性能がある。貫通などあり得ない。

 

 

 

しかし、それは現に貫通している。

 

 

 

穴の空いた遮断シールド。中央からの熱源反応。そして表示された警告。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

ネラワレテイル?

 

 

 

『一夏、早く!』

 

「お前はどうするんだよ!?」

 

プライベート・チャンネルの開き方などまだわからない。故に彼はオープン・チャンネルを使用し彼女に向かって叫ぶ。

 

「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」

 

「逃げるって………お前を置いてそんなこと出来るか!」

 

「馬鹿!アンタの方が弱いんだからしょうがないでしょうが!」

 

確かに彼女の言う通りだ。しかし、彼は彼女を置いて自分だけ逃げる事なんて出来なかった。

それに、此方をロックしているということは自分も標的となっている。もし自分がピットに逃げたのならばそこにいる人間を巻き込む可能性がある。故に逃げられない。

 

「別に、あたしも最後までやり合うつもりはないわよ。こんな異常事態、すぐに学園の先生達がやってきて事態を収拾───」

 

「あぶねぇっ!!!」

 

「きゃっ!?」

 

間一髪、彼は彼女を抱き抱えその場から離れる。その直後に先程までいた場所には太い熱線が通り過ぎた。

 

「ビーム兵器かよ………。しかもセシリアの武装より出力が上だ」

 

ハイパーセンサーの簡易解析によりその熱量を知ることが出来たが、その出力は競技仕様を遥かに上回っている。その事実に彼は背中に氷を入れられた気分にさせられた。

 

「ちょっ、ちょっと、馬鹿!もういいから離しなさいよ!」

 

「お、おう、悪い───!来るぞ!」

 

躱したのもつかの間、煙を晴らすかのように連続に放たれるビームが彼らを襲う。二人はそれぞれその攻撃を辛うじて躱し、しばらくするとその射手たるISが煙からゆっくりと浮かび上がってきた。

 

「な、なんなんだこいつ………」

 

その姿はまさに異形だった。深い灰色をしたそのISは両腕が異常に長く、つま先よりも下まで伸びている。

何より特異なのが、全身を装甲で埋めた『全身装甲(フル・スキン)』だった。

通常、世に知れ渡っているISは部分的にしか装甲を形成しない。防御の殆どがシールドバリアーと絶対防御によって行われる為に見た目の装甲はあまり意味をなさない。勿論、訓練機の『打鉄』や隆道の『灰鋼』のようにシールドを搭載しているものもあるが、露出が一切無いISは見たことも聞いたこともなかった。

そしてその二メートルを超える巨体も、姿勢を維持するためのなか定かではないが全身にスラスター口が見てとれる。頭部には剥き出しのセンサーレンズに両腕にはビームを放ったであろう砲口が二つずつの合計四つ。

誰がどう見ても異質だ。少なくともまともではない。

 

「お前、何者だよ」

 

『…………対象ヲ確認。行動ヲ開始スル』

 

謎の乱入者から聞こえたのは、感情を一切感じることの出来ない機械音声だった。

その言葉を聞いて彼は寒気を覚える。間違いない、標的は自分なのだと。

 

『織斑君!凰さん!今すぐアリーナから脱出して下さい!直ぐに先生達が制圧に行きます!』

 

回線から聞こえて来るのは真耶の声。心なしか、いつもより声に威厳がある。それはそうだ、何せ生徒が危険に晒されているのだから。

 

「───いや、先生達が来るまで俺達で食い止めます。つうわけで………いいな、鈴」

 

「だ、誰に言ってんのよ全く………」

 

『織斑君!?だ、ダメですよ!生徒さんにもしもの事があったら───』

 

真耶の言葉はそこまでしか聞くことが出来なかった。目の前の巨人が体を傾けて突進し、それを避けるのに集中していたからだ。結果躱す事が出来たが相手も滑らかな機動で此方に体を向ける。既に戦いからは逃れられない。

 

「ふん、向こうはやる気満々みたいね。………一夏?」

 

「………ああ、みたいだな」

 

彼はそう返事したが、ある違和感を抱いていた。何かがおかしいと。

 

(なんでこのタイミングで?俺を狙うならもっと前にもあったはずだ。なのに………)

 

だがそれを考えても仕方がない。敵は自分を狙っていることは確実なのだ。

 

「一夏。あたし達の役目はあくまで時間稼ぎよ。無理に突っ込まないようにね」

 

「わかってるさ。じゃあ、行くぜ」

 

互いの武器の切っ先を軽く当て、それと同時に二人は散開した。

 

 

 

 

 

彼等の勝利条件。それは教員達が援軍に来るまでの時間稼ぎと生存。

 

 

 

 

 

───しかし、それは決して叶う事は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし!?織斑君聞いてます!?凰さんも!聞いてますー!?」

 

真弥は彼等に何度も問い掛けるが返事は返ってこない。既に彼等は謎のISと戦闘を繰り広げていた。

 

「織斑先生!わたくしにIS使用許可を!直ぐに出撃出来ますわ!」

 

「………そうしたいところだが、───これを見ろ」

 

セシリアの言うことはもっともだ。今近場にいる専用機持ちは彼女ただ一人。隆道も専用機持ちだが、彼を戦わせる訳にはいかない。そもそもこの場にいないのだから指示を出せるはずがないのだ。

故に援護に向かわせるべきなのだが、千冬は落ち着いた様子で端末を数回ほど叩き表示される情報を彼女に見せた。

 

「第二アリーナ………遮断シールドがレベル4に設定………?しかも、扉は全てロックされて───あのISの仕業ですの!?」

 

「ああ、そのようだ。これでは避難することも救援に向かうことも出来ない、な」

 

端末を叩くその手は苛立ちを抑えきれないほどせわしない。一見落ち着いた様な千冬本人が誰よりも焦りを感じていたのだ。

 

「で、でしたら緊急事態として政府に助勢を───」

 

「やっている!現在も三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除出来れば、直ぐに部隊を突入させたいが………」

 

「織斑先生………?」

 

「………現在、どの外部入力も受け付けないと報告が上がっている。再起動も不可能だ。完全にしてやられたっ………!」

 

「そんなっ………!?」

 

言葉を続けながら、益々募る苛立ちを隠せない千冬はとうとう眉を顰めてしまう。それを見た彼女は、どうしようもないんだと頭を押さえながらベンチに腰掛けた。

 

「なんてことですの………。じゃあ、一夏さん達は………」

 

「現状、救援を送る事は出来ない。それを織斑達に伝えようにも先程の会話を最後に通信が阻害された、くそっ………!」

 

救援は出来ない、それを伝える事も出来ない。現状をひっくり返すには一夏と鈴音がそれに気づき相手を倒すしかないのだ。

 

「なっ………はぁぁ………。結局、一夏さん達がそれに気づくまで待っている事しか出来ないのですね………」

 

「そういうことだ………!………それに、仮にクラッキングを成功させて救援に向かうことが出来たとしてもお前は突入部隊に入れないから安心しろ」

 

「な、なんですって!?」

 

「お前のISの装備は一対多向きだ。多対一ではむしろ邪魔になる」

 

流石の彼女もこれには激昂を隠せない。自分が役に立たないと言われてるのだから。

 

「そんなことはありませんわ!このわたくしが邪魔だなどと───」

 

「では連携訓練はしたか?その時のお前の役割は?特殊兵装───ビットをどういう風に使う?味方の構成は?敵はどのレベルを想定してある?連続稼働時間───」

 

「わ、わかりました!もう結構です!」

 

「ふん、わかればいい」

 

ここまで言われてしまったらぐうの音も出ない。故に彼女は両手を揺らして降参の意思表示を示す。ほっといたら軽く一時間は続きそうな指導を全て受け止める事は不可能だった。

 

「はぁ………。言い返せない自分が悔しいですわ………」

 

何もしていないにも関わらず疲労を感じてしまった彼女の溜め息は先程よりも深い。自分に出来る事など何も無いのかと気分が沈んでしまう。

 

「あ、あの………柳さんは大丈夫でしょうか………?」

 

そんな落ち込む彼女を他所に急に話を切り出した箒。一夏が心配なのは勿論、隆道の事についても不安に駆られていたのだ。

 

「ああ、今のところBピットから動いてないようだ。恐らく向こうも扉がロックされているのだろう」

 

「な、なら良いのですが………」

 

「織斑達が奴を引き付けてる以上、柳は無事だろう。………しかし、このままではジリ貧だ。最悪ゲートを破壊して───」

 

千冬が強行突破を思案した、その時だった。

 

 

 

───事態は予想外の展開を迎える。

 

 

 

「お、織斑先生!新たな熱源反応を感知!数は二体です!!」

 

「なにっ!?場所はっ!!」

 

「一つは第二アリーナ入り口付近!もう一つは………ああっそんなっ!?」

 

「どこだっ!?」

 

 

 

───それもとびっきり最悪な展開に。

 

 

 

「第二アリーナ………Bピットです!!!」

 

 

 

「───」

 

 

 

それを聞いた三人の時間は───止まった。

 

 

 

新たに現れた二つの熱源反応。

 

 

 

千冬は入り口付近の方に出現した方よりも、もう片方に思考を全て奪われた。

 

 

 

 

 

───Bピット?

 

 

 

 

 

───何故そこに?

 

 

 

 

 

───そこにいるのは隆道だけだ。

 

 

 

 

 

ホ ン ト ウ ノ ネ ラ イ ハ?

 

 

 

 

 

「───っ!?!?オルコットオォッ!!直ぐにゲートを破壊し柳の元へ向かえぇっ!!!」

 

「はいっ!!!直ぐにでもっ!!!」

 

「ああ、くそっくそっ!!!最悪だっ!!!」

 

千冬は自責の念に駆られた。隆道を一人にせず、傍にいるべきだったと。

アリーナ内にいる謎のISは、一夏が目的だと思われていたがそうではなかった。

奴等の本当の目的は───。

 

「『ブルー・ティアーズ』ッ!!!」

 

セシリアは声を荒げ機体を展開し、直ぐ様ゲートを破壊。穴が空いたと同時に彼女は全速力でアリーナへと飛び出す。一夏達に彼の身が危ない事を伝えるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セシリアがゲートを破壊する少し前。一夏と鈴音の二人は謎のISと未だに時間稼ぎと言う名の戦闘を続けていた。

 

「くっ………」

 

「ああもうっめんどくさいわねコイツ!」

 

時間稼ぎとはいえ、何もせず逃げてばかりなどいられない。故に二人は無理の無い程度に攻撃を仕掛けているのだが───。

 

「ああ、くそっ。掠りもしねぇ………」

 

「てか何やってるのよ先生達は!まだ来ないわけ!?」

 

何度か攻撃を当てるチャンスはあった。しかし躱せるはずの無い速度と角度にも関わらず謎のISはとてつもない回避を行っているのだ。

それに、いい加減来ても良いはずの教員は未だに来ない。催促しようにも通信回線も遮断された為に出来ない。もはや意味がわからなかったのだ。

 

「てかコイツなんなのほんと………。ビームを的確に撃ったり撃たなかったり、目的がわからないっての」

 

鈴音の言う通り相手は攻撃を仕掛けたりそうでない時が何度かあった。まるで此方を倒す気が無いような、一種の手加減を感じたのだ。

完全に平行線となった状況だったが、一夏はある疑問を晴らすため鈴音に話掛ける。

 

「………なあ、鈴」

 

「………なによ」

 

「あいつ、なんか機械染みて無いか?」

 

「ISは機械よ」

 

いきなり何を言い出すんだと彼女は首を傾げるが、彼はそれに触れず言葉を続ける。

 

「そういうんじゃなくてだな。えーと………あれって本当に人が乗ってるのか?」

 

「は?人が乗らなきゃISは動かな───」

 

そこまで言った彼女の言葉が止まる。確かに彼の言う通り引っ掛かるものがあったのだ。

 

「───そういえばアレ、さっきからあたし達が会話してる時ってあんまり攻撃してこないわね。まるで興味があるみたいに聞いてるような………」

 

「………」

 

「ううん、でも無人機なんてあり得ない。ISは人が乗らないと絶対に動かない。そういうものだもの」

 

確かにそれは教科書で読んだと彼は肯定する。ISは人が乗らないと絶対に動かないということも。しかし、本当にそうであろうかとも思案する。

ここ十年で技術は飛躍的に進歩した。今最先端の研究でそれが不可能かどうかはわからない。仮に出来たとしても黙っていればそれで終わりなのだから。

 

「でもさ、無人機だからってどうにもならないでしょ。攻撃が当たらないんだからさ」

 

「………さっき鈴が言ってた事だけどさ、多分間違いだと思うんだよ」

 

「は?何が?どこがよ?」

 

「『会話してる時はあんまり攻撃してこない』ってところ、なんか引っ掛かるんだ」

 

彼の言ってる事がまるで理解出来なかった。頭でも打ってしまったのかと失礼な事を考える彼女だったが、彼はそんな事知らずに言葉を続ける。

 

「俺の推測が正しければなんだけどよ………まあ見ててくれ」

 

そう言って彼は謎のISからゆっくりと遠ざかる。その間も相手はビームを撃つ処か接近すらしなかった。

 

「………?」

 

「見てろよ………ここだっ!!」

 

彼は一気にある方向へ向かう。謎のISに接近せず、『Bピット』向かって。

 

『───!?』

 

その瞬間、謎のISが動き出した。阻止するような形で彼に立ちはだかる。

 

「おっと!?」

 

「………なん、で?」

 

彼は謎のISから───Bピットから即座に離れると相手もまた静止する。彼女はこの光景を見て疑問が尽きなかった。

 

「どうやら俺達と戦うんじゃなくて、あそこに行かせたくないみたいだ」

 

「え、でも、なんで?あそこには何も無いはず………」

 

「俺にもわかんねえよ。でも、確実に何かあるのは間違いない」

 

一夏は確信した。謎のISの狙いは自分達では無いのだと。しかしそれでも疑問は残る。

頑なにBピットを守ろうとしている事から『そこにあるもの』が目的なのだろう。その『あるもの』とはなんなのだと。

 

「………とにかく、このままじゃ埒が明かないわ。先生達も来ないし、いっその事あたし達で───」

 

彼女が言い切ろうとしたその時、突如Aピット側のゲートが爆発する。

突然の出来事に二人はその方を向くと、破壊されたゲートからはセシリアが飛び出してきた。

 

「セシリアっ!?」

 

「あんたっ!?何ゲート壊してんの!?そこにコイツが入ったりしたら───」

 

「そんな事はどうでも良いですわ!!!それよりも今すぐBピットに向かって下さいましっ!!!」

 

「Bピット?やっぱりそこに何か───」

 

 

 

 

 

「そのISは囮です!!!柳さんが狙われてましてよっ!!!」

 

 

 

 

 

「───はっ?」

 

「新しい熱源反応が二体!!!そのうちの一つはBピットから出ていますわ!!!そこには柳さんがっ!!!」

 

「───」

 

彼は、彼女の言ってる事が一瞬わからなかった。しかし、その意味は次第に、嫌でも伝わった。

 

 

 

───全く想定していなかった最悪の事態。

 

 

 

───目の前にいる敵の狙いは『織斑一夏』ではない。

 

 

 

───本当の狙いは。

 

 

 

───『柳隆道』。

 

 

 

「あああぁぁぁっ!!!!!!!!」

 

彼は叫び声と共にBピットへ最大加速で飛び出す。隆道の元に向かう為に。しかし───。

 

『迎撃行動を再開』

 

先程まで静止していた謎のISは今までとは比べ物にならないほどの速度で彼の前に立ちはだかる。決してBピットへ向かわせない為に。

 

「そこをどけえええぇぇぇっ!!!!!!!!」

 

彼は凄まじい剣幕で『零落白夜』を発動。立ちはだかる謎のISに向けて自身の全力な袈裟斬りを繰り出す。しかし───。

 

「っ!?!?!?」

 

それはいとも簡単に弾き返され、その巨大な拳で彼を殴り飛ばす。もろに受けた事によって彼はアリーナの壁際、Bピットとは反対側のAピット側まで吹き飛ばされた。

 

「一夏っ!?」

 

「一夏さんっ!?」

 

二人は驚愕を隠せなかった。彼が勢いよく飛ばされた事もそうだが、まるで先程までゆったりだった謎のISが嘘のような高機動を見せつけた事に。

 

「………なんでだよ………どうして」

 

『織斑一夏、セシリア・オルコット、凰鈴音。三名に迎撃行動を開始する。終了条件、最優先事項の達成』

 

「どうしてだあああぁぁぁっ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───外部から不正規接続を確認───。

 

───複数端末より疑似信号多数───。

 

───メインシステムに不正規接続多数───。

 

───再起動を実行………不可能───。

 

───操縦者の深刻ナ異常を確認。心拍数不不不不安定。緊…急処置ヲ実行。………不可能───。

 

───深刻なシン的外ショウ後ス*レス障ガイto判dddn───。

 

───自kkko防エイsystem『キョウ犬』を強セイ起dddddddddddd───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───ジコボウエイsystem、ハソン───。

 

───システム、キドウフカノウ───。



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第十九話

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セシリアがアリーナステージへ強行突破する直前。Aピット内にいた四人がBピットの方へ意識を向けていた頃、もう一つの熱源反応があった第二アリーナ入り口付近では───。

 

「………」

 

『最優先事項。目標の篠原日葵を発見、行動を開始する』

 

入り口の外側にいた日葵は謎のISと遭遇していた。周囲には誰もいなく、扉の内側からは数々の悲鳴と必死に扉を叩く音が響いている。

普通このような状況に陥ると多少なりとも不安や恐怖に駆られる訳だが、彼女は不気味な笑顔のままだ。微塵たりとも不安も恐怖も一切見受けられない。

 

「あなた誰ぇ?私に何か用かなぁ?」

 

───瞬間。

 

「あぶなっ」

 

言い切ると同時に謎のISはその巨大な腕を彼女に向けて伸ばす。あと少しで届く所だったが彼女は焦ることなくこれを後方に跳んで回避、そのまま後退る。

回避された事が意外だったのか空振りしたまま硬直するが、それも直ぐにやめ彼女との距離をじわじわと詰めていった。

 

「………ふーん、そっかそっかぁ。私が目標ってのは聞き間違いじゃなかったんだねぇ」

 

相手は彼女の言葉に一切反応はしない。どうやら聞く耳を持たないようだ。

 

「私を拐いに………いや、それとも殺しに来たのかな?まぁどっちだっていいやぁ。狙われてる事には違い無いんだしぃ」

 

一見、自身が窮地に追いやられてる状況にも関わらず彼女は余裕の表情だ。腕を組み大袈裟に頷く姿から見るに本当に怖がってないのだろう。

しかし、そのにこやかな表情は次第に歪み始めていく。

 

「じゃあさぁ、あなた………私の敵ってことだよねぇ

 

謎のISは彼女の豹変に怯むことなくゆったりと迫っていく。まるで小動物を追い詰める狩人のように。しかし───。

 

だったらぁ………遠慮なくぶっ壊してもいいってことでしょっ!?いいよねぇっ!?

 

───目の前の少女は決して小動物という可愛らしいものではない。

 

アハァッ!何しに来たのか知らないけどさぁ、まさか五体満足に帰れるなんて思ってないよねぇ!?残念でしたぁっ!あなたはここでぶっ壊しまーっすぅ!!今決めましたぁっ!!!

 

彼女は足を止め嗤い狂う。獲物は私ではない、お前だとでも言うかのように。

 

ヒヒッ。覚悟してねぇ、二度と歯向かえないようにしてあげるからさぁ

 

彼女に容赦という言葉は存在しない。歯向かう者、自分を邪魔する者は全て敵だ。これまでもそうやって相手を潰していきここまで来たのだ。

かつてのブリュンヒルデがそうしたように、立ち塞がる者は力ずくで黙らせる。

 

 

 

政府高官も知らない、()()()()()()()()()の為に。

 

 

 

彼女の異常性を察知したのか、謎のISは相手が生身にも関わらず急加速を始め接近していく。

しかし、彼女はそれに臆することなく右手を自身の首元───襟の内側のソレに触れる。

 

「───華鋼(はなはがね)

 

彼女がそう呟いた瞬間、謎のISはけたたましい破裂音と共に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二アリーナステージ。隆道がいるBピットに向かおうとした一夏は謎のISの豹変した動きによって簡単に阻まれ吹き飛ばされたが、彼は一度失敗したくらいで諦める男ではない。

妨害によって機体と自身両方にダメージを負ったはずなのだが、今の彼は痛みよりも怒りが勝っていた。

 

「どうしてだあああぁぁぁっ!!!!!!!!」

 

何故、よりによって彼なのだ。何故、自分じゃない。自画自賛する訳ではないが、世界最強の弟だの最新の第三世代ISを持っている自分の方が優位性があるはずだ。なのに───。

 

「うあああああぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」

 

Bピットの前に立ち塞がる敵に向かって一夏は再び突撃する。今度は全力とも言える瞬時加速を使用して。

高機動である『白式』の瞬時加速は正に驚異的だ、ハイパーセンサーで捉えることはほぼ不可能だろう。しかし───。

 

「ぐあっ!?!?」

 

───軌道を予測出来れば反撃など容易い。

再び彼の攻撃は巨大な腕によって弾き返され、その直後の打撃によってまたしても壁際まで吹き飛ばされる。

怒りによって冷静さを失った彼が侵入者に一撃を与える確率は───ゼロに等しい。

 

「ああ、くそっ………ちくしょう………」

 

彼は這いつくばりながらも嘆いていた。二度にわたって渾身の一撃がいとも簡単に防がれたのだ。怒りは未だに沸き上がってくるが、それと同時に自分の弱さと相手の強さに絶望していた。

 

 

 

───絶対に勝てないと。

 

 

 

「───っ!?あなたよくもっ!!」

 

「私達もいること忘れてるんじゃないわよ!!」

 

そばにいたセシリアと鈴音は敵の動きに唖然としてしまったが、いつまでも黙ってる訳にはいかない。彼女達は代表候補生だ、このような事態は迅速に対応しなければならないのだ。

 

「アンタ、私がアイツの気を引くから隙を突いてBピットへ行きなさい!」

 

「………任せますわ!」

 

本来なら連携して撃退したのち向かうべきなのだが、今は回線が阻害されてる為戦闘中のやり取りが不可能だ。至近距離でないと互いの声が聞き取れない。

二人が昔からの馴染みで息が合うのなら回線が無くてもある程度は出来るだろうが、両者とも顔見知り程度だ。連携経験など一切無い。

故に近接を得意とする鈴音が敵を引きつけ、セシリアがその隙に隆道の元に向かう事になる。

 

「はあぁっ!!」

 

分離した『双天牙月』を用いて鈴音は敵に急接近、回転を織り混ぜた連撃で攻撃を仕掛ける。だが相手は余裕と言わんばかりに全て弾き、回避してしまう。

 

「ああ、くそっ!なんなのよその人間離れした動きはっ!?」

 

国家代表クラスでもやらないような化け物染みた回避を前に彼女はつい悪態をつく。以前まで自分は強い方だと思っていたが、こうも通用しないとその自信も無くなってしまう。

だが、彼女が敵を引きつける事には成功してるのでその隙にセシリアが救援に向かう事が出来るはずなのだが───。

 

「くっ!?ち、近づけませんわ………!!」

 

何故鈴音が敵を引きつけてるにも関わらずセシリアは未だにBピットへ行けないのか。答えは簡単であった。

 

(凰さんの攻撃を捌きながら此方に制圧射撃!?化け物ですの!?)

 

なんと謎のISは鈴音の連撃を捌きながらセシリアに対しビームを連発していたのだ。それもBピットに近づけないよう的確過ぎる精密射撃で。

どれだけ捻りを加えた動きであってもそこにビームが飛んでくる。ダメージを受ける覚悟で突っ切る事も一度は考えたが、アリーナシールドを貫通するほどだ、絶対に無事では済まない。

もはや敵の戦闘能力は人間の範疇を超えている。 その事実に二人もまた一夏と同様に絶望を感じていた。

三人が絶望の真っ只中にいる中、Aピットにいる教員二人も事態の対処に全力を注いでいたが、状況は一切変わらなかった。

 

「くそっ!とうとう三年達からの通信も途絶えた!真耶、そっちは!?」

 

「ダメです、織斑君達の回線も未だ復旧しません!此方でもシステムの干渉すら受け付けないなんて………!?」

 

「徹底してるな………何がなんでも邪魔はさせないらしい………」

 

「このままじゃ、柳君が………!?」

 

状況は最悪だ。全回線は遮断され指示も出せない、扉は全てロックされてる為行動も起こせない。

 

「柳は………柳は無事なのか………!?」

 

千冬は余程焦っているのか、先程から何度もタブレットを確認している。

現状、隆道の安否を確認出来るのはこのタブレットのみだ。この端末だけ影響が無かった事が唯一の幸いであろうか。

そのタブレットには彼が『灰鋼』を展開したログが残されている。タイミングからしてセシリアがステージに強行突破した後だ。

バイタルサインは多少乱れてはいるが警告域には達していない為まだ大事には至って無いのだろう。

 

「どうすればいい………!?どうすれば………」

 

出来る事なら自らが出撃したい。しかし生徒用の訓練機は勿論、教員用のISすら別の場所だ。Aピットに缶詰にされてる状態では取りに行く事すら出来ない。

教員二人も、この状況に絶望していた。

 

「何が教師だ………!我々は………何も出来ないのか………!?」

 

「織斑先生………」

 

悔やんでも無駄なのは分かっている。だが何も出来ない以上声に出さずにはいられなかったのだ。

 

 

 

───そんな二人の前に更なる絶望が降りかかる。

 

 

 

「「!?!?!?」」

 

突如タブレットから鳴り響く警告。それを聞いて千冬は今まで味わった事の無い悪寒が走った。

ゆっくりと視線だけを端末に向けると───。

 

 

 

 

 

───操縦者の深刻ナ異常を確認。心拍数不不不不安定。緊…急処置ヲ実行。………不可能───。

 

───深刻なシン的外ショウ後ス*レス障ガイto判dddn───。

 

───自kkko防エイsystem『キョウ犬』を強セイ起dddddddddddd───。

 

───ジコボウエイsystem、ハソン───。

 

───システム、キドウフカノウ───。

 

───バイタルサイン、ショウシツ───。

 

───『ハイハガネ』lost───。

 

 

 

 

 

「あ、ああ───」

 

───彼女の頭は、真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は侵入者が現れた直前に遡り、Bピット。急にモニターが映らなくなった事に隆道は何事かと疑問に思っていた。

 

「あ………?おいおい、今からだって時に───」

 

一夏が何かを決し、鈴音に向かって何かをしようとした途端に映像が途切れたのだ。肩透かしを食らった彼はずっこけ、つい愚痴を溢してしまう。

 

「おわっ」

 

だがそんな事を口に出した直後に鳴り響く爆発音。その巨大な音と共に出る震動によって彼は椅子から転げ落ちた。

 

「あでっ。………何だよ今のは」

 

爆発もそうだが今のは震動はなんだ。ステージにいた二人が出したようには思えない。現に今もステージの方向から連続した爆発音が聞こえるが、モニターが映らない以上何が起こってるかわからない。

 

「………しかたねえ、向こう行くか」

 

これではここにいる意味が無い。生徒が密集している通路に戻るのは嫌だが、そうも言ってられないのだ。

文句を垂れながらも扉まで進むのだが、ここで彼は気づく。

 

「………悲鳴?」

 

よく耳を澄ますと、小さくはあるが通路から悲鳴が聞こえる。ピットは頑丈な造りであり、防音効果もある。故に扉に近づくまで悲鳴に気づかなかった。

 

「なんで悲鳴なんか………んあ?」

 

そしてもう一つ気づいた事、扉が一切の反応を示さないのだ。パネルに触れても、扉を叩いてもうんともすんともいわない。

 

「閉じ込められた………?」

 

いったい何故と疑問が尽きない。未だに鳴り響く爆発音と小さな震動。開かない扉に通路から辛うじて聞こえる悲鳴。もしや自分の見えない所でとんでもないことが起きてるのでは無いかと推測する。

 

「………つっても、何も出来ねえんじゃどうしようもねえわな」

 

回線を用いて連絡を取るという手が残っているのだが、生憎彼はその方法を覚えてない。今までISを纏ってる時は一夏と近場でしか会話してないのでチャンネルの開く事など無かったのだ。

もっとも、その回線も直ぐに遮断されるので覚えてようが連絡は取れないのだが。

 

「あーあ、暇になっちまった。どうすっかな………」

 

暇潰しなど用意してない。眠気など一切無いので昼寝など出来ない。現代人ならではの携帯を弄るという手もあるのだが、自身の携帯は適性検査を強要された際に紛失したので手元に無いのだ。

 

「まったく、これじゃここに来た意味が───」

 

暇を持て余してしまいBピット内ををうろつく───その時だった。

 

 

 

「───っ!?」

 

 

 

突如、彼の視界の色が反転し、心臓の鼓動が強くなる。

 

 

 

彼はこの感覚を良く知っている。

 

 

 

それはここ数年、脅威に晒された事によって彼が身に付けた技能───『危険察知』。

 

 

 

それによって感じるのは自身に襲い掛かる『物理的な脅威』。

 

 

 

その『脅威』の行方は、自身の真後ろに───。

 

 

 

「っうおあぁっ!?!?!?」

 

彼はその『脅威』から全力で跳び離れる。その直後に聞こえるのは何かを掴んだような鈍い音。その正体を見るべく振り返ると、そこには『透明なナニカ』がいた。

 

「はっ………はっ………な、なんだよコイツ………」

 

その『透明なナニカ』は次第に姿を写しだし、やがて全身が目視出来るようになる。

そこにいたのは『黒い巨人』だった。不気味なカメラアイ、至るところにある複数のスラスター、そして体格に合わない巨大な腕。

『人』からかけ離れたソレは彼の前に佇み、ゆっくりと歩み寄っていく。

 

「───っ!?こ、コイツは!?!?!?」

 

見たことの無いソレを見て彼は戦慄した。

コイツはなんだ?いつからそこにいた?どうやってここに入ってきた?今、自分に何をしようとした?などと思考が渦巻く。

 

『ステルス行動失敗。最優先事項『柳隆道』、行動を再開』

 

「っ!?コイツっ!!!」

 

今、確かに自分の名前を言った。つまり、自分が狙いだと言うことに結論が出るのはそう難しいことじゃなかった。

だとするならば周りの異常も納得が行く。自分を逃がすつもりは無いのだと。

 

(どこの差し金だ!?テロリスト!?団体の連中!?他国か!?………ああ、くそったれ!!!心当たりが多過ぎんぞっ!!!)

 

自分の価値は良く分かっている。世界に二人しかいない数少ない男性操縦者。その稀少価値を欲しがる者もいればその存在をよく思わない者もいる。

 

 

 

()()しに来たか、または()()に来たか。

 

 

 

彼は恐らく後者だと推測した。到底拐いに来たとは思えなかったからだ。

未だにステージからは爆発音は続いている。きっと一夏も同じ状況なのだろう。

逃げ場は無い、恐らく助けは来ない。ならば自衛しか残された手段は無い。

 

「四の五の言ってられねえっ!!『灰鋼』ぇっ!!!」

 

無断展開となるが、今は緊急事態だ。彼は『灰鋼』を展開し、臨戦態勢を取る。

 

(未確認熱源が他にも二つ!?こことステージだけじゃねえのかよ!!)

 

展開した事によって目の前の巨人と同じ熱源反応が表示され、それによってステージ内とアリーナ外にも存在している事が把握出来た。一夏達の位置情報も表示されるはずなのだが、故障でもしてるのか何故か表示されない。

だが未確認熱源の内一つは間違い無く一夏達がいる所だろう、しかしもう一つは不明だった。外にいる理由がまるでわからない。他にも目的があるのだろうか。

目の前の巨人があと一体処か二体いることに驚愕と疑問を隠せないが、相手はそんな事を考えてる暇は与えてはくれなかった。

謎のISは急接近し、その巨大な腕を彼に向けて伸ばす。

その速度は瞬時加速と変わらずの速度で並の操縦者だったら反応は出来ないだろう。だがしかし───。

 

「あぶねっ!」

 

『危険察知』を持つ彼がISを纏ってしまえばその程度の速度は無意味だ。以前のセシリアと戦った時と違い、機体に多少慣れているのと精神も少なからず安定しているので急接近に驚きはしたが回避など容易かった。

 

(つってもこんな室内じゃいずれ詰むぞ………。ゲートぶち破って逃げるか?でも飛べねえし………くそっ、こんな事なら飛行訓練もするべきだったか………!?)

 

彼はセシリアと戦った際にシステムが起動した時以外一切飛行を行っていない。

授業や放課後に飛行訓練をしようとしたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

その事もあって彼は飛行訓練を一切止め、代わりに歩行訓練だけに絞る事にした。

 

(飛べねえISってなんだよ………!これじゃ、ただの頑丈な鎧じゃねえか………!)

 

 

 

何故、彼が飛行が出来なかったか───。

 

 

 

それは彼のIS適性値が低いだの、訓練不足だのといった、決して才能や技術的なものではない。

 

 

 

───もっと根本的なものだった。

 

 

 

初めて機体に乗り一次移行をする時の彼はISに対し、あまりにも強い拒絶を抱いていた。その結果何が起こったか。

彼を理解しようとするISコア。そしてISを強く拒絶する彼自身。両方がぶつかり合い、度重なるエラーのまま進んだ形態移行は、結果として歪な物を生んでしまった。

 

 

 

そう、『灰鋼』は『()()()()』した姿ではない。

 

 

 

『灰鋼』は前代未聞の『()()()()()()()()』だ。

 

 

 

不完全な一次移行によって操縦者の保護機能を始めとした所々が機能不全となり、それによって飛行は愚か、浮く事すら出来ない機体となってしまった。保護機能が働かずエラーを起こし発症した原因も、元を辿ればこれが原因である。

だがそれでは検査時に形態移行もしてない機体に乗ったにも関わらず錯乱したのと、セシリアと戦っている際に発症し彼女に向かって飛べた事に説明がつかない。

検査時の錯乱は政府に強要されたこともあって精神が不安定だったという単純な物だったが、飛べない機体が一時的に飛べた理由は何故か。その答えはシステムそのものにあった。

自己防衛システムの内容の一つとして、機体の出力を無理矢理上げるものがある。そのお陰でスラスターの点火が可能になったのだ。システムが起動しなければ何も起こらず、決して飛ぶ事は出来ない。

偶然発現した危険なシステムを除けば量産機『打鉄』とデータ上は変わらない。教員も、政府も、IS委員会もそれを認識している。だがそれは間違いだ。

何故ならそのデータすらエラーを起こしてバグを発生させてしまい、『表面上』だけ問題が無く、変わらないように見えるのだから。

 

 

 

既に『灰鋼』は『打鉄』とは中身がまるっきり違う。

 

 

 

あるべき機能が働かない、危険で不完全な機体。

 

 

 

ISを憎む彼は、決して専用機など持ってはいけなかったのだ。

 

 

 

(悔やんでも仕方ねえ、ここでやるしか………!)

 

そんな自身の機体事情など知らず、ここで迎撃するとそう結論づけた直後、体勢を立て直した敵は再び襲い掛かる。その動きは先程より速度が上回っているが、彼には通用しない。

 

(中々速えなコイツ。けどまだ何とかなる………けどよ)

 

相手の動きは体格に似合わず速い。右腕を回避すると直ぐ様左腕が飛んでくるのだ。

彼も全うな人間だ、終わりの無い回避を繰り返していく内に当然ながら苛立ちも溜まっていく。

 

「………っ!いい加減にぃ───」

 

痺れを切らした彼は敵の右腕を屈んで回避したと同時にその場から高く跳び、顔面に目掛けて───。

 

「───しろぉっ!!!!!」

 

───回転からの後ろ蹴り、しかも足裏を突き出すという所謂『トラース・キック』を全力で放ち、大きく敵から距離を離す。

この蹴り技を食らった者は如何なる者でも脳震盪を起こし、まともに立つ事すら出来ない。だが相手は何事も無かったかのように、痛がりもせず此方を見ている。その姿は余裕の表れだった。

 

「ああ、やっぱIS………か?にしても少しは痛がってもいいんじゃねえの………?本当に人乗ってんのかよ、アレ」

 

彼は目の前の敵がISだと確信が持てなかった。何せ既存のISとは逸脱した姿なのだから。それに動きも人間らしくない、更に痛がりもしない。

だとしたら素手ではダメだ、確実なダメージを与えられない。エネルギーも有限なのだ。逃げられない以上、迅速に、確実に、高威力の武器で倒す必要がある。

 

()()を試すか?いや、ただでさえ馬鹿みたいな威力なんだぞ?下手したら殺しちまうんじゃねえのか?)

 

策があるにはあったが、まだ誰にも試してもいない為それは危険な行為だった。

その策とは『鋼牙』を使ったある事。だが彼自身が思ってるように、それは他者が見ても危険であろう。

 

(………試すのはやめだ。コイツだけでなんとかするしかねえ!)

 

今の状況で試行錯誤は危険だ。故に彼は放課後の訓練である程度使い慣れた『鋼牙』を展開しようとした。

 

 

 

 

 

───展開しようとしたのだ。

 

 

 

 

 

「………?」

 

彼はここで異変に気づく。目の前の敵───謎のISが近寄らなくなったのだ。

 

「ああ?なんだてめえ、急に静かになりやがって。いったいなにを───」

 

謎のISに向けて問い掛けようとした───次の瞬間。

 

 

 

 

 

───警告。外部から不正規接続を確認。システムハックを受けています───。

 

「………は?今なんて───」

 

───複数端末による疑似信号多数───。

 

───全ての武装を強制ロック。展開不可能───。

 

急激に表示された警告。それが出ると同時に表示されてる武装は全てロックされ、展開が出来なくなってしまう。

 

「ちょっ!?嘘だろ!?」

 

急激な事に焦りを隠せない彼だが、そんな彼を置いて状況は更に悪化し続ける。

 

───メインシステムに不正規接続多数───。

 

───パワーアシスト停止。可動部固定───。

 

───緊急制御システム応答無し───。

 

───再起動を実行………不可能───。

 

次に表れた警告によってとうとう身体が動かなくなってしまった。完全に固定された為にびくともしない。

 

「おい!待て待て待て!!ふ、ふざけんじゃねえぞおい!!!」

 

最悪の事態によって彼は息が荒くなり、心臓の鼓動もより強くなる。

 

『このままでは殺される』。

 

そう確信した事によって機体は彼の異常を感知し、システムを起動しようとするが───。

 

───操縦者の深刻ナ異常を確認。心拍数不不不不安定。緊…急処置ヲ実行。………不可能───。

 

───深刻なシン的外ショウ後ス*レス障ガイto判dddn───。

 

───自kkko防エイsystem『キョウ犬』を強セイ起dddddddddddd───。

 

───ジコボウエイsystem、ハソン───。

 

───システム、キドウフカノウ───。

 

───ガイブタンマツ、セツダン───。

 

「く、くそったれがっ………!何の役にも立たねえ………!こうなったら解除を───」

 

 

 

 

 

───機体解除………不可能───。

 

 

 

 

 

───強制初期化を開始します───。

 

 

 

 

 

「───う、嘘、だろ………」

 

殆どの機能が停止し、動けなくなった所にトドメとも言える初期化。ハイパーセンサーもほぼ全ての機能が停止し、目の前に映るのは度重なる信号とノイズだらけの視界。唯一視認出来たのはその信号と同時に表示される()をモチーフとしたアイコンただ一つ。

 

「ああ、くそったれ………。なんでこんなときに………」

 

先程から首輪は最大限に点滅し、自身の『危険察知』が警告を鳴らしている、謎のISが此方に近づいているのだろう。だが逃げる事は勿論、回避する事すら出来ない。

完全な『詰み』というものだった。

 

「………動けよ、動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動けっ………!」

 

しかし彼は諦めない。ここから脱出しないといけない。故に返事などしない機体に語りかけるように心の奥底から叫ぶ。が、しかし───。

 

「動けよ………。動けって………言ってんだろうがよおおおぉぉぉっ!!!!!!!!」

 

彼の叫びも虚しく、機体は微動だにしない。今も初期化が進んでおり、もう動く事は無いだろう。

 

「ああ、ちくしょう………」

 

もうどうにもならなかった。目の前の敵に何をされるかわからないが、それもどうでもよくなってしまったのだ。

せっかく意を決して一夏を支えると、ISと関わり抜くと誓ったのにこんな所で簡単に終わってしまうのかと彼は絶望した。

 

(結局、どこ行ったって同じって事か………)

 

 

 

『お前を一人にしてしまう父さんを、決して許すな』

 

 

 

(ははっ………。こんな事なら、あの時死ねば良かったじゃねえか………)

 

重く聞こえる足音は直ぐ目の前まで来ている。既に彼は逃げる気力は存在しない。

どの道動けないのだ、潔く諦める他ない。

 

「俺は、ISなんか、認めねえ………」

 

それは彼なりの最後の悪足掻きによる捨て台詞。その言葉には憎悪が込められていた。

 

「俺はISなんか絶対に認めねえっ!!!絶対に許さねえっ!!!!!!!!」

 

彼はいつの間にか泣いていた。その涙は何に対してなのか、彼自身にもわからなかった。

最後の力を振り絞り、彼は叫ぶ。

 

「くそったれがあああああぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───ソウジュウ者のho護ヲサイ優seン───。

 

───サイki動不カ能ニヨリコア・ネットワーク切断───。

 

───対■■絶対■■障■『番犬』ハツドウ───。




第二世代汎用防御型IS『灰鋼』

カラーリング『黒灰色』

待機形態『首輪』
(待機形態元ネタ:ソロモン6号)

量産機『打鉄』を一次移行(不完全)した機体。何故か展開しても待機形態である首輪が残っている。
既存の『打鉄』と違い装甲の至る所に溝があり、光沢の無い黒灰色のカラーリング上に血管のような黒いラインが浮き出ている。
自己防衛システムが起動すると装甲は鈍く光り、黒いラインは赤く点滅する。

隆道の強過ぎる拒絶によって度重なるエラーを引き起こした結果、不完全な一次移行をしてしまった。
それによって一部の保護機能は働かず、飛行に必要な機能は全て機能不全となり浮遊も飛行も不可能となる。
新たに追加された二つのシステムはISコアが隆道を保護する為に造り上げた物だが、これも強過ぎる拒絶により反って危険な代物へと成り果ててしまう。

二回目となる戦闘の最中に何者かからハッキングを受け、一つ目の追加兵装である自己防衛システムは破損。機体は強制的に初期化される事になる。


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第二十話

お待たせしました。



『灰鋼』爆誕。





「な、なんで………」

 

薄暗い部屋の中央で女性は突然の出来事に混乱せざるを得なかった。

彼女の視線の先には空間ディスプレイが複数あり、その内一つには三つの映像が映っている。

その内の一つには少年少女三人が映っており、彼等の表情は絶望に染まっている。

それについては予定通りだ、何も問題など無い。問題なのは残り二つの映像だ。

その二つの内一つの映像は完全な砂嵐状態となり、真ん中に『LOST』という赤い文字。

そして残り一つには───。

 

「どう、して………。動けない、はず、なのに………」

 

───ノイズだらけの映像に微かに映る、黒灰色の機体を纏う青年。

結論から言えば今回の襲撃に加え隆道の専用機『灰鋼』にハッキングを仕掛けたのは紛れもなく彼女だ。

今回は目的の為にわざわざ三体のISを用意した。

『一体目』はそこで行われてる試合に乱入させ囮を、『二体目』と『三体目』にはそれぞれの目的を実行させる為に。

彼女は目的である『少女と青年』がそれぞれ一人になるまで機会を伺ってたのだ。

片方の少女は勝手に外に出てくれたおかげで手間が省けた。そして最も最優先である彼は電光掲示板を書き換えて『二体目』が待つ狭い密室に誘導した。

彼女は彼の事を良く知っている。外で捕まえようとすれば確実に生身を駆使して逃げ回るだろう、そうなってはいずれ邪魔が入ってしまう可能性があった。

彼に関しては決して邪魔をされる訳にはいかない。故にISを展開せざるを得ない状況を作り上げたのだ。

そして此方で展開した彼の機体にコア・ネットワーク経由でハッキングを仕掛け、身動きを取れなくする。ついでにあの禍禍しいシステムを消して初期化もさせる、そういう流れだ。

 

 

 

───『コア・ネットワーク』───。

 

ISコアはそれぞれ相互情報交換の為のデータ通信ネットワークを持っている。元々は広大な宇宙空間における相互位置情報交換の為に設けられたもので、現在は操縦者同士の通信に利用されている。それ以外にも『非限定情報共有(シェアリング)』をコア同士が各自行う事で、様々な情報を自己進化の糧としているのだ。

 

 

 

───彼女はこれを誰よりも理解している。

 

 

 

だから『灰鋼』にアクセスしてハッキングを仕掛けて機体の動きを止め、初期化を無理矢理実行させることが出来たのだ。

片方の少女についても彼と同じ状況にしたかったのだが、ある理由によって手を出せない。よってやむを得ずそのまま『三体目』を向かわせたのだが、その『三体目』の信号は先程途絶えた。

何が起こったかはカメラ越しに見ていたから把握している、恐らく破壊されたのだろう。しかし、破壊されるまでに映っていた光景は目を背けたくなるほどに悍しいものだった。

少女の元に向かわせた『三体目』が破壊された事だけでも驚愕だが、それを上回る出来事が今目の前で起こっている。

 

「コア・ネットワークの切断………?コアが自力で………?」

 

その声は明らかに震えて動揺を隠せてない。自分は切断なんてしてない。何かしらの手違いで中断しないように先程までハッキングを続けていたのだから。

 

 

 

───ならばコアが自ら切断したとしか言いようが無い。

 

 

 

まさかハッキングを中断させる為に自らコア・ネットワークを切断するなど思ってもみなかった。本来ならば有り得ないからだ。

こうなってしまっては面倒だ。此方から切断した訳ではない故に再接続に手間取る。彼女は急いで手を動かした。

 

「でも、なんで………」

 

しかし、一つだけ疑問が残る。コア・ネットワークを切断したからといって動けるはずがない。初期化も進んでた事もあって抵抗など出来るはずが無いのにと。

 

 

 

彼女は過ちを犯した。それは『灰鋼』に搭載されてあるコアを軽視した事。

 

 

 

『灰鋼』に組み込まれてる残り一つの不可解なシステムを破壊せずに、『二体目』を接近させた事。

 

 

 

彼を襲った事。『灰鋼』の初期化が中途半端になってしまった事。

 

 

 

───『灰鋼』は、彼は、更に悪化していく。

 

 

 

 

 

彼女は取り返しのつかない事をしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………?」

 

大粒の涙を流しながら叫んだ後目を瞑ってしまった隆道は、敵が未だに近づいて来ない事に疑問を抱いていた。

何故襲って来ない。此方は既に抵抗手段なんて無く、されるがままの状態にも関わらずだ。

数秒経っても来ないのでおそるおそる目を開けると、相変わらずノイズだらけの視界だが微かに敵の様子が見えていた。

 

「………は?なんだ、それ」

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

正確に言うと、敵はゲートに繋がっている扉にギャグ漫画よろしく綺麗にめり込んでいたのだ。

全く状況がわからない、何故敵は扉にめり込んでいるのか。危機一髪の所で都合良く誰か救援に来た様子も無い。周囲を見ようともハイパーセンサー越しの視界はノイズだらけなのでよくわからない。だが、先程とは違った事がわかった。

表示されていた多数の信号が止まっているのだ。何故か初期化も途中で止まっていた。

 

「どうなってんだよ、これ………」

 

──その時彼は気づいた。視界の中央にある文字が表示されている事に。

 

 

 

───対■■絶対■■障■『番犬』───。

 

 

 

「番………犬………?」

 

彼はその文字に既視感があった。まさか、敵がこうなっているのもコレのおかげなのではないか。

どのような効果があるかはわからないが、一先ず助かったと安堵の表情を浮かべる。

 

───シールドバリアー、ゼッタイボウギョ、サイキドウ───。

 

───キンキュウセイギョシステムキドウ。カドウブ固定解除───。

 

───パワーアシスト再起動開始───。

 

「………おおっ!?」

 

その表示が出た瞬間、固定されていた機体の可動部は自由に動けるようになる。機体に身を任せていた彼は突然の事によろけてしまうが、転けそうになったところでどうにか踏み留まる。

 

───武装ロック解除。………全武装破損状態。復元開始───。

 

───ハイパーセンサー再起動開始───。

 

次々と表示が連続で表れ、ついに視界も鮮明になっていく。ようやく周囲を見ることが可能になったのだが、その光景は異様の一言に尽きた。

 

「な、なんだこれっ………!?」

 

なんと、Bピットの床には彼を中心とした半径五メートルのクレーターが出来上がっていたのだ。深さは三十センチと中々の凹み具合である。

 

『ギギ………』

 

「っ!?やっべっ!?」

 

呑気に周囲を見てる間に敵は扉から抜け出せたようだ。顔面に蹴りを入れてもびくともしなかった敵は、今や動きが覚束無く、あちこちに紫電が走っている。

だがそんな事は知ったことではないのだろう。敵は構わずに急加速し近づいてきた。

動けるようにはなったが未だパワーアシストが機能していない、故に回避は不可能。今度こそ駄目かと思った次の瞬間、『灰鋼』の装甲全てが勢いよく展開され───。

 

 

 

───させない………。

 

 

 

『ッッッ!?!?!?』

 

───けたたましい破裂音と共に彼の周囲は更に凹む。敵は先程と同じ所に向かって殴り飛ばされたように吹き飛び、とうとう扉をぶち破ってしまった。

そしてその直後に表示させる所々読み取れない文字。その文字は次第に変わり、やがて全ての文字が表示される。

 

 

 

───対近接絶対防衛障壁『番犬』───。

 

 

 

───警告。シールドバリアー、絶対防御、機能停止。再起動まで5、4───。

 

「いったいどうなってやがる………」

 

『灰鋼』の装甲が全て開いてフレームが剥き出しになったかと思えば敵は弾けるように吹き飛び、直ぐ様視界に表示された機能停止とそれの再起動。

彼はこの状況に混乱せざるを得なかった。まったくもって訳がわからないと。

 

 

 

───貴方は、私、が………!

 

 

 

───1、0。シールドバリアー、絶対防御、再起動───。

 

再起動と共に装甲は全て閉じ、隙間から煙が噴出する。どうやら発動すると相手を吹き飛ばし、発動後はシールドバリアーと絶対防御が一時的に機能しなくなる模様。自分の周囲が凹んでる理由はわからない。便利ではあるが、それと同時にあまりにも危険だ。操縦者が文字通り剥き出しのままになるのだから。

 

───パワーアシスト再起動───。

 

───基本装備復元完了。『焔備』『葵』を常時展開に移行。後付武装復元開始───。

 

───システムに初期設定多数確認。………『最適化』開始───。

 

───同時進行。『A.S.H(アンチ・システム・ハック)』作成───。

 

「直って………んのか………?それに、最適化………?」

 

視界に映るのは膨大な数列の数々。それと同時に所々が変化していった。

復元した基本装備は左右それぞれの腰に展開し固定され、腕が、足が、盾が、見る見る内に姿形を変えていく。それは最初こそゆっくりであったが、次第に速度を上げて凄まじい速さで成形されていった。

 

───ぐ………うぅ………。

 

───最適化処理を加速。進行度七十ニパーセント───。

 

───作成完了。『A.S.H』起動───。

 

───警告。コア・ネットワークの強制接続を確認───。

 

───警告。外部から不正規接続を確認。………阻止成功───。

 

───も、もっと………速く………。

 

───最適化処理を更に加速。進行度八十五パーセント───。

 

───後付武装復元完了───。

 

「………」

 

何が起こっているのかは不明だが、表示を見るからに『一次移行』をしているのだろう。それも目に見えるほど急速に。

既に装甲の成形は完了しており、以前より堅牢な見た目に成り変わっていた。

 

「まあ、なんだっていいさ………。それよりも………」

 

機体の事などどうだっていい、今は目の前の敵だ。扉をぶち破ってゲートに放り出された敵は、身体全体に紫電を走らせながらゆっくりとピットに現れた。最初の素早さは既に無く、軋む金属音を鳴らしながらも此方に手を伸ばしている。

 

てめえ、さっきはよくもやってくれたじゃねえか

 

───警告。システムに異常発生。操縦者のバイタルサイン干渉を確認───。

 

───自己防衛システム復元開始───。

 

───っ!?。そ、そんな………!?なんで………!?

 

───同時進行。新たな機能を複数作成。危険。危険。危険───。

 

───ま、待って!?駄目!!止まって!?

 

───緊急制御システム応答無し───。

 

───自己防衛システム『狂犬』復元完了───。

 

てめえが俺の敵だって事はよぉーくわかった。だったらよ………

 

心の奥底に眠る『()()()()()()()』は次第に現れ、彼の心を黒く満たしていく。

目の前のコイツは敵だ。ならばすることはただ一つしかない。

 

なにされたって文句言えねえよなあ

 

───最適化を緊急中断。………不可能。進行度九十四パーセント───。

 

───機体の強制解除を実行。………不可能───。

 

───作成完了。■■■■『猛犬』───。

 

───や、やだ………。お願い、止まって………。

 

───作成完了。■■■■『⊂Я∀┣┃』───。

 

───あ、ああ………そんな、こんなはずじゃ………。

 

───作成完了。『コード・デッド』───。

 

───最適化完了。『灰鋼』の一次移行を確認───。

 

 

 

───単一仕様能力『悽愴月華(せいそうげっか)』発現───。

 

 

 

───ひっぐ………。ごめん、なさい………。

 

 

 

俺だけじゃねえ、織斑にも手を出してるんだ。覚悟しろよ………てめえは、絶っっっ対に………

 

───対象を『敵』と認識。■■■■『猛犬』任意起動可能───。

 

───キドウシマスカ?───。

 

新たに出現したソレは彼の目の前に赤く表示される。時間が経つにつれて視界が赤く色づき、ついに全ての色が真っ赤に染まる。

彼はその未知な状況に驚きもしない。今の彼にあるのは目の前の敵に対する『殺意』のみ。

その不気味過ぎる表示を、彼は迷いもなく───。

 

 

 

───ごめんなさい………ごめんなさい………

 

 

 

ブッ殺ォスッッッ!!!!!!!!!!

 

 

 

───こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛………!

 

 

 

───押した。

 

 

 

───絶対殲滅『猛犬』起動───。

 

───操縦者のIS適性値を補正。『C』から『S』に変動───。

 

───操縦者に痛覚抑制を処置───。

 

───機体出力上昇───。

 

───パワーアシスト上昇───。

 

───ハイパーセンサー感度上昇───。

 

───皮膜装甲(スキン・バリアー)強化。耐G性能、耐衝撃性能向上───。

 

───警告。シールドバリアー機能停止───。

 

───警告。絶対防御機能停止───。

 

───警告。救命領域対応機能停止───。

 

───警告。起動中、具現維持限界による機体の展開解除不可能───。

 

───警告。機体の稼働限界、残り四分五十三秒───。

 

───付近の稼働ISに『灰鋼』と操縦者の危険性を送信───。

 

───操縦者に意識誘導を開始───。

 

 

 

───対象を破壊せよ───。

 

 

 

イ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッッ!!!!!!!!!!

 

その雄叫びと共に彼は敵に飛び掛かる。それに対し敵は掴もうと両手を伸ばすが───。

 

遅ェッッッ!!!

 

寸での所でそれを躱し、敵の顔面に以前放った同じ蹴りを再び繰り出す。

今度は出力等を限界以上に引き出した蹴りだ。敵はよろける処か盛大に吹き飛ばされ、またしてもゲート内を転がり回る。

 

さっきまでの威勢はどこいったんだよ、エ゛エ゛ッ!?

 

彼もゲート内に入り、未だに這いつくばっている敵の首を掴み持ち上げる。機体の大きさからして持ち上げる事は容易ではないはずだが、パワーアシストが上昇している事によってそれも解決していた。

 

オ゛ラ゛ァッッッ!!!

 

敵も抵抗しようとするが、それをする前に強烈な打撃が顔面を襲う。またしても吹き飛ばされてしまい今度はステージに繋がる入り口に叩きつけられた。

 

随分としぶといじゃねえか………。だったら遠慮なんていらねえよなあ!?!?!?

 

敵の顔面はくっきりと拳と足の跡が残っているが未だに立ち上がろうとする。しかし流石に効いてはいるだろう、頭部は他の部位よりも紫電が強くなっていた。

 

『鋼牙』ァッッッ!!!

 

両手を伸ばし彼は叫ぶように武装を呼び出す。そして現れるは両腕それぞれに展開された二つのダブルパイルバンカー。

 

 

 

そう、『鋼牙』は二つあった。

 

 

 

これが彼が『鋼牙』に拘っていた理由。元々はそれぞれの腕に展開する代物なのだ。

両方を使いこなすにはまず片方のみでの扱いに慣れないといけない。故にここ最近は一人でずっと『鋼牙』の空撃ちをしていたのだ。

正直言うと、彼はこれを扱う事に躊躇いは多少あった。片方だけでも機体処か操縦者そのものに確実なダメージが入るのだ、両方使ってしまったらどうなるかわかったもんじゃない。

 

 

 

───しかし、相手が自分の生命を脅かす『敵』であるなら話は別だ。

 

 

 

先程は二つ展開する事に躊躇したがもう関係ない、遠慮などいらない。確実に仕留める為に左右にある二本の杭───計四本で相手を狙う。

右腕の『鋼牙』を上段に、左腕の『鋼牙』を下段に。四本の杭を水平に構えたその姿はまさに『牙を剥く獰猛な犬』そのもの。

彼は姿勢を限界まで低くし───。

 

バラバラにしてやる………!!!

 

───敵が立ち上がったと同時に瞬時加速で一気に間合いを詰める。

そのがら空きな胴体に───

 

死ネ゛エ゛ッッッッッ!!!

 

───加速によって威力が上乗せされた『鋼牙』を容赦無く放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二アリーナステージ中央。一夏、鈴音、セシリアの三人は未だに一体の敵と交戦を続けていたが、突如表示された警告によってピタリと動きを止めた。

その警告は敵にも表示されているのか、出鱈目な動きを止めて隆道のいるBピットを凝視している。

 

───警告。絶対的脅威を感知。危険度レベル測定不能。撤退を推奨。撤退を推奨。撤退を推奨───。

 

「な、なに、これ………」

 

鈴音は見たこともない警告に困惑した。代表候補生になる前も、なったその後もこのようなものは知らない、聞いたこともないと。

だが一夏とセシリアは知っている。この警告がなんなのかを。

通信は未だ阻害されたままだ。故に彼は二人に向かって全力の大声で叫ぶ。

 

「これは………!セシリア!!!」

 

「………ええ、恐らく。………凰さん、大至急Bピットから可能な限り離れて下さいまし」

 

「はあ!?なんでよ!?あそこにはアイツが───」

 

「だからこそですわ!………巻き込まれない保証なんて無いのですから」

 

鈴音は彼女の言ってる意味がわからなかった。隆道を救援すべく来たにも関わらず、今度はBピットから離れろと言うのだ。

だが彼女は冗談で言っている訳では無いのだろう。その表情は明らかに青ざめていた。

 

「………ねえ、アンタこの警告知ってるんでしょ?いったいなんなのよコレは」

 

「………直ぐにわかりますわ。痛い目に会いたくないのでしたら言うことを聞いて下さいまし」

 

「だから何を───」

 

 

 

───その時だった。Bピット側のゲートから突然轟音が鳴り響いたのは。

 

 

 

「え、ちょっ、なにっ!?」

 

「っ!?凰さん、此方に!!」

 

「ちょ、まっ!?」

 

なかなか言うことを聞かない鈴音をセシリアは無理矢理に引っ張り全速力で下がる。彼女が疑問に思うのも仕方の無い事だが悠長に説明してる暇は無いのだ。

それに、百聞は一見にしかずだ。自分の目で見た方が早い。

二人がAピット側の壁に向かって退避してる間も再び轟音が鳴り響く。十中八九彼が暴れているのだろう。

セシリアの内心は相当焦っていた。もしあの時と全く一緒であるならば此方も攻撃される可能性がある。故に全力で逃げるしかない。

彼女はその轟音に目もくれず、鈴音を引っ張りつつようやく壁際まで退避。ここまで来れば万が一の事があっても対応は出来る。あとは祈るだけだ。

 

「とりあえず、ここまで下がれば………」

 

「は、離してよ!ほんとなんなの!?」

 

「セシリア!鈴!」

 

そこに遅れて一夏もやってくるが、彼もまた青ざめた表情であり必死だったのか息も荒い。

鈴音は何が何だかわからなかった。いったい二人は何を恐れているのだろうかと。

 

「セシリア、この警告ってやっぱり………」

 

「ええ、柳さんで間違い無いですわね………。ああ、どうか此方に牙を剥きませんように………」

 

セシリアは両手を組んで祈った。それもそうだ、何せ隆道の恐ろしさを一番よく知っているのは彼女なのだから。

 

「ちょっと、置いてけぼりとか勘弁して欲しいんだけど!?いい加減説明してよ!!」

 

「鈴、さっきの轟音は多分柳さんだ。………いいか、絶対に手を出すなよ?流石に助けられないからな?」

 

「え、なに、やっぱりそんなヤバい奴なの?」

 

「なんだよやっぱりって。お前、本当は柳さんに───」

 

 

 

───瞬間。二度も轟音を響かせたゲートがついに爆発した。

 

 

 

「「「!?」」」

 

爆発したゲートからは煙が立ち込め、そこから勢いよく()()()が飛び散ってくる。そのナニカとは───。

 

「ひっ!?あ、あああアレって!?」

 

鈴音が悲鳴を上げ震えるのも無理もなかった。何故なら、ゲートから飛び散って来たのは無惨にもバラバラになった手足。それらはステージの至る所に散らばり、元がどのような姿だったか最早わからないほど。

そして最後に丸い物体が宙を舞い、ステージの中央に転がり跳ね液体を撒き散らす。

それは頭だった。二ヶ所ほど大きく凹んでおり、いったいどれ程の力をぶつければそうなるのかと疑問に満ちる程に酷い有り様だ。

あまりにも悍しい光景に他の二人も悲鳴を上げそうになるが、そのバラバラになったモノをフォーカスしてある事に気づく。

 

「………機械?」

 

バラバラになった手足や首からは真っ赤な肉───ではなく金属片や配線といった明らかに生身など存在しないものが見える。血と思われた液体も目を凝らして見ると真っ黒であり、それがオイルだということは直ぐにわかった。

 

「人がいない………無人機か!!」

 

そして転がる頭部を見て一夏はまたしても気づく。その頭部は自分達を足止めした相手と全く同じデザインをしていたのだ。であるならば───。

 

「セシリア!鈴!やっぱりアイツは無人機だ!」

 

自分の予想は当たっていたのだ。しかし、だからと言って対策がある訳じゃない。攻撃に遠慮がいらないということになったが、此方の攻撃が当たらない以上策は無いのだ。

 

 

 

───しかし、状況は一変する。

 

 

 

ゲートから飛び出して来たのは煙に覆われた巨大な物体。その物体はステージ中央に迷いもなく突っ込んで転がる頭部を着地と同時に容赦なく踏み潰し、ひしゃげた音を響かせた。

 

「うわっ………えげつねえ………」

 

いくら無人機とはいえ、頭部を踏み潰される光景は目に毒だ。頭部を踏み潰した物体は隆道で間違い無いだろう。

物体を覆っていた煙は次第に消えるが、それを見て三人は驚愕に染まる事になる。

 

「え………?柳、さん………?」

 

フーッ、フーッ………あ?なんだよ、人入ってねえじゃねえか

 

 

 

───彼の髪が()()()になっていた。

 

 

 

どこまでも黒かった髪はどこにも無く、少しの汚れも目立ってしまうほどの白。何故白髪になってるのか疑問に尽きる所ではあるが驚愕はまだまだ終わらない。

彼の機体『灰鋼』は『打鉄』と姿形に差は殆ど無いはずだ。だが彼が今纏っている機体は以前とは違っていた。

 

「な、なに………アレ………」

 

「姿が変わってる………?まさか、二次移行(セカンド・シフト)!?」

 

その手足と胸部には分厚い装甲が追加され、浮遊シールドは以前の倍ほど巨大で真横からなら全体を覆うほど。スカートアーマーもより堅牢な見た目となっており、生半可な攻撃ではびくともしないだろう。

右腰には打鉄の基本装備である『焔備』が、左腰には『葵』が装着され、両腕には一つしか無いと思われていた『鋼牙』が装備されている。

まさか『鋼牙』が二つあるとは一夏は思っても見なかったが、それに驚いている場合ではない。

 

「ああ、やべえ………」

 

変わり果てた『灰鋼』は装甲が鈍く発光。血管を彷彿とさせるラインはより細かくなり、色も黒ではなく赤となって点滅している。

その姿を見て隆道の状態を知っている二人だけでなく、側にいた鈴音も不安に駆られた。

鈴音は隆道の事をよく知らない。だが彼女自身が持つ『勘』によって身体がこれ以上無い警告を発しているのだ。

 

「………」

 

隆道は三人を見向きもせず顔だけを宙に浮く敵に向ける。彼は敵を見るなり顔を一気に歪ませ───。

 

次はてめえだくそったれぇっっっ!!!

 

───目にも止まらぬ速さで飛び掛かった。

 

『行動継続不可能。離脱』

 

敵は諦めたのだろうか、逃げる為にその場から頭上に向けてビームを放ち強烈な爆発音と共に遮断シールドに穴を開け急上昇する。

その速度は爆発的な速さだ。高機動特化の機体でも追い付くのは難しいだろう。

 

逃げてんじゃ………

 

───だが今の彼は敵を逃がす筈がない。

 

ねえっっっ!!!

 

彼は瞬時加速を用いて一気に詰め寄る。その光景を見ていた三人はいつの間に瞬時加速を覚えたのかと先程から驚愕が止まらないが、そんな三人を余所に彼は敵に追い付き足を掴んだ。そしてそのまま地表に向けて───。

 

落ちろぉっっっ!!!

 

───思い切りぶん投げた。

 

『ッッッ!?!?!?』

 

敵が地表に叩きつけられた事によって凄まじい轟音と共にステージは地震が起きたように揺れる。それによってアリーナ内から悲鳴が聞こえたような気がしたが、そんなこと彼にとってはどうでもいい。

地表に半分埋まった敵の目の前に彼は降り立ち、首を掴んで引っこ抜く。もはや嬲り殺しに近いそれは目を反らしてしまうほどだ。

 

のこのこと侵入しといて都合が悪くなると逃げるってか。逃がすと思ってんのかよ

 

首を掴まれた敵は必死に藻掻き離れようとする。だが彼の腕はびくともせず、決して離れる事はない。

 

………『悽愴月華』

 

───その言葉を呟くと同時に彼の右腕は赤黒く発光しだす。

 

『ギギギッッッ!?!?!?』

 

その腕に掴まれた敵は全身に紫電が走り藻掻き苦しむように暴れ回る。しかし首をガッチリと掴む手は一向に離れる気配は無い。次第に紫電は強くなっていき、敵の抵抗が弱まった所で───。

 

これで終わりだくそったれ

 

───空いた左手で敵の胸を貫いた。

 

『ガ………ギ………───』

 

胴体を貫かれた敵は完全に沈黙し、彼は貫いた手を乱暴に抜くとその場に崩れ落ちる。その手には球体のような物を掴んでいた。

 

 

 

 

「「「………」」」

 

静寂。三人がかり───内二人が代表候補生にも関わらず傷一つ付けられなかった敵は隆道の手によってあっさりと終わってしまった。

だがまだ安心は出来ない。彼の機体は未だ発光しているままだ、此方を攻撃するかも知れない。

───しかし、それも杞憂に終わる。

 

「………」

 

───『敵』の殲滅を確認。『猛犬』を解除。ダメージレベルD───。

 

隆道の機体は点滅と発光を止め、紫電が一瞬走って直ぐ解除された。機体が消えた彼は疲労が溜まっていたのか、その場で崩れるように大の字になる。

 

「っ!?柳さんっ!?」

 

あまりの出来事に思考が追い付かないが、今は彼の安否が優先だ。混乱を振り払い一夏は彼の元へ駆け寄る。

 

「あ゛ー、しんど………」

 

「だ、大丈夫ですかっ!?どこか怪我は!?その頭はッ!?さっきのはいったいっ!?」

 

「ま、待てって………いっぺんに、聞くんじゃ、ねえ………」

 

反応から見るに今の彼は正気だ。見たところ怪我をしている様子もなく、それがわかっただけでも安心だった。

一夏は緊張の糸が切れたのか、その場で尻もちをついてしまう。格好つかないが、もう敵はいないのだ。これくらい許されたって良いだろう。

 

「と、とにかく………無事で良かったです、ほんとに………」

 

「今回は、マジで、ヤバかったぞ………。いきなり襲われるわ、機体は一度ぶっ壊れるわ………直ったのにまた壊れたけどよ。どんだけオンボロなんだよ」

 

「………なんか、色々と聞きたいんですけど、今は取り敢えず一つだけ………。その髪は………?」

 

「髪………?ああ、いつの間に………」

 

彼は自身の髪を弄くりながら大して驚きもしない。まるで昔からそうだったかのようだと一夏は思えた。

 

「あー、もしかして言いにくい事だったりします?」

 

「いや?………いつだったかな、ある日を境に色が抜けたんだよ。全部」

 

「ぜ、全部ですか………?」

 

「ああ、綺麗さっぱりにな。まーた染め直さねえと」

 

そんなことがあるのだろうかと一夏は疑問に思う。だが現に目の前の彼は真っ白なのだ。嘘をついてる様子も無い。

 

「………取り敢えず、今日はもう疲れました………。寝て良いですか?」

 

「どーせ事情聴取でもあるんじゃねえの………?絶対寝かせてくれねえぞ………」

 

「うっへぇ………」

 

 

 

 

 

織斑一夏のデビュー戦は、突如現れた侵入者によって台無しとなる結果に終わった。

 

 

 

 

 

(そういや、もう一体はどうなった?直った時には反応無くなってたしな………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お?ようやく反応が消えたぁ」

 

第二アリーナ付近で『三体目』と遭遇していた日葵は、紫と白とピンクの三色を彩る機体を纏い()()()()に座り込みながら呑気に空を眺めていた。先程まで襲われていたとはとても思えない。

 

「いやぁ、なんか違和感があると思ったけど無人機だったなんてねぇ。予想外だなぁ」

 

彼女だけを見たらISを展開して日向ぼっこをするという微笑ましい光景であったが、その周辺は悍しいの一言に尽きた。

 

 

 

所々の地面や壁はクレーターや大きな亀裂が深く残り、辺り一面には『三体目』であろう残骸やオイルが無惨にも飛び散っている。

そして彼女が座り込む()()は───。

 

 

 

『───』

 

四肢を失い頭部や胴体がズタズタになった『三体目』であった。既に事切れているのかピクリともしない。

 

「フーンフフーン♪」

 

彼女の右手にはそれなりに大きい『斧』があり、オイルがこびり付いている。それを先程からジャグリングするかのように遊んでいるのだ。端から見れば『危ない女』である。

 

「………」

 

彼女は何を思ったのか。ふと、動かなくなった『三体目』を凝視し───。

 

「えいやっ」

 

頭部に向かって『斧』を振り下ろした。ひしゃげた音と共に頭部は真っ二つに割れそこからオイルが噴射する。

 

 

 

訂正しよう。彼女は間違い無く『危ない女』だ。

 

 

 

「さっきの警告はどこからかなぁ?イヒヒ」

 

彼女の機体にも隆道の警告は流れていた。しかし、彼女は別に思うところはない。そんなこと自分には関係など無いのだ。

 

「あぁ、待っててねぇにーに。もう少し、もう少しで───」

 

彼女は頬を赤く染め、自身の首に付いている()()を左手で優しく撫でながら頬笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───彼女の首元には、パネルの付いた鉄の首輪があった。



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第二十一話

お待たせしました。
今回、人によっては胸糞かも知れません。
それと台詞で多様していた傍点をやめて、フォントを変えてみました。是非これに関する感想を下さい。
それによって今までのも修正(傍点の削減、フォント変更)しようと思います。


クラス対抗戦で突如現れた無人機三体による襲撃事件は終わった。

アリーナに閉じ込められた生徒達を筆頭に学園関係者全員には箝口令が敷かれ、生徒達は自室待機を命じられる。当然クラス対抗戦は中止だ。

敵と遭遇し交戦した人間は事件の当事者ということで事情聴取を受ける事になり、敵と交戦した一夏、セシリア、鈴音と直接襲われた隆道と日葵の五人は本来だったらまとめて事情聴取するはずだったのだが───。

 

「織斑せんせー。事情聴取なのになんで私は個別なんですかぁ?これじゃ苛めですよ苛めぇ」

 

「何度も言わせるな、お前と柳を一緒にする訳にはいかない。それに柳も個別だ、理由は別にあるがな」

 

「ぶーぶー」

 

───椅子に寄り掛かりながら千冬の前でわざとらしく不貞腐れる態度を取る彼女、日葵に関しては個別として事情聴取をする事になった。

以前彼女は隆道と接触し、発症してしまった彼は自分自身を傷つけた。ただでさえ接触させまいとしていたが、あんなものを見てしまったら尚更近づけさせる訳にはいかない。一緒くたにして、再び発症させる訳にはいかないのだ。

ちなみに彼も日葵と同様に個別で、真耶が事情聴取を行っている。反応が消えた事によって死んでしまったと思われていたが、彼は変わり果てた姿で現れたのだ。

他の三人に関してはピットから見ていたというのもあり事情聴取は大して時間が掛からなかったが彼は別だ。その時の状況や変異した機体について詳しく聞く必要がある。

 

「いい加減不貞腐れるな、そろそろ話を始めるぞ。今回の事件で襲撃してきたのは三体のISだ。一体目は試合をしていた織斑と凰の所に乱入、二体目はBピットにいた柳を襲撃、三体目は外にいたお前を襲った。お前は一人で対処したそうだが、間違いはないな?」

 

「間違い無いですよぉ。というかぁ、せんせー達は何やってたんですかぁ?扉をロックされたり通信を阻害されただけで何も出来ないなんてほんっと役に立ちませんよねぇ」

 

「………それについてはすまないと思っている。生徒を危険に晒してしまったことについては我々の責任だ。本当にすまない………」

 

彼女の言う通り教員が何も出来なかったのは事実だ。本来ならば生徒は全員避難させ、教員が対処すべき事にも関わらず襲撃者を生徒達に任せてしまったのだから。

今回に関しては対処すら許されないほどに徹底した妨害という、全てにおいて相手が上回っていたというものだがそんな事は生徒には関係ない。

『生徒を危険に晒した』。これだけで学園の教員側は言い訳など一切してはいけないのだ。

 

「まぁ別に良いですけどねぇ。私は一人でもなんとかなりますしぃ、コレの稼働データも取れますからぁ。何より私より弱い奴が救援に来ても邪魔なだけなんでぇ」

 

「………」

 

彼女はへらへらとした態度で首元にある物体───首輪を指で叩く。

その首輪こそ彼女の専用機。奇しくもその待機形態は隆道が持つISの待機形態と酷似していた。

本人いわく千冬が国家代表を退役した後から着けており、自分では決して外すことが出来ないという特殊なもの。外すには特殊なキーが必要らしい。

担当者に連絡を取って聞いてみたところ、どうやら以前強奪されかけたのでその防止の為に施したとのこと。

聞ける事は聞けたので電話を切ろうとした時、担当者は最後に意味深な事を言っていた。

 

 

 

『絶対に無理矢理外そうとするな』と。

 

 

 

「そういえばぁせんせー。襲われた時に一つだけ気がかりな事がぁ」

 

「なんだ?」

 

「襲われたのは事実ですけどぉ、なーんか殺しに来たって感じじゃ無かったんですよねぇ。それに腕や肩にあったのって多分ビーム兵器ですよね?一発も撃って来なかったんですよぉ」

 

「なに?」

 

確かに彼女は襲撃を受けた。だがその攻撃に殺意が感じられなかったのだ。おまけに搭載されていたであろうビーム兵器は一切撃たず、近接攻撃のみという不可解なものだった。

 

「でもぉ、おかげですっごく楽でしたよぉ?私に近接攻撃なんて絶対通用しないのになぁ。………ところで、あの無人機はどうなりましたぁ?」

 

「無人機は此方で回収した。織斑達や柳を襲ったのも含めてな」

 

「そっちは二体もいたようですけど、どうやって倒したんですぅ?代表候補生が二人もいながら結構時間掛かってましたよねぇ?未確認の警告が出た後立て続けに反応が消えましたけどぉ………まさかあの弱っちい代表候補生二人が一気に倒したなんて言いませんよねぇ?」

 

「………二体の無人機は全て柳が破壊した。警告も柳のISから出たものだ」

 

代表候補生二人───正確には一夏を加えた三人がかりでも攻撃を当てることが出来なかった無人機。それを隆道が一人で、しかも二体とも短時間で撃退処か破壊してしまったのだ。

代表候補生でも手間取った相手を素人が一方的に嬲るなど普通は有り得ない。だが実際に彼はそれをやってのけた。

 

「………へぇ、にーにが………ね。イイね、すっごくイイ」

 

「………篠原。お前はアレが無人機だと知っていたのか?」

 

「いいえ?機械染みた動きだなーとしか思ってなかったですよぉ?」

 

「アレに人が乗ってたらどうするつもりだ?彼処まで攻撃すれば搭乗者が重傷を負う事は確実だ」

 

彼女がバラバラにした無人機は四肢をもがれ、胴体は数ヶ所が抉れ、頭部はパックリと割れていた。

絶対防御や救命領域対応が存在しない無人機だからこそここまで出来た事だが、仮に人が乗っていたとするならば絶対防御を貫通し重傷に加え昏睡状態になるほどだ。

 

 

 

───『救命領域対応』───。

 

その名の通り、ISの操縦者絶対防御の救命領域対応である。

全てのエネルギーを防御に回す事で操縦者の命を守るこの状態は同時にISの補助を深く受けた状態となる。それ故にISのエネルギーが回復するまで操縦者は昏睡状態に陥るのだ。

三体目の無人機の損傷具合からして、誰がどう見ても殺しにかかってる。無人機だと確証が無いのなら多少の躊躇はあるはずなのだが───。

 

 

 

「私には関係ない」

 

 

 

───彼女にはそれが無い。

 

「───何?」

 

「関係ないって、言ってるんですよ」

 

「………本気で、言ってるのか」

 

「ええ、本気ですよ。生徒や選手ならまだしも、不法侵入してくるような、それも私を狙う奴がどうなろうが関係ない」

 

先程までのへらへら態度は一切消え、表情を無くし淡々と語る彼女に千冬は戦慄した。

彼女の口振りからして本気だ。相手の安否など心底どうでもいいと本気で思っている。

 

「………まぁ、無人機だったから良いじゃないですかぁ。もうこの話はやめましょうよぉ、全員無事だったんですからぁ」

 

「………そうだな」

 

彼女の雰囲気は元通りになっていた。これ以上の詮索は危険だ、そう思い千冬は話を切る事にした。

 

 

 

何故危険と判断したか。それは先程の彼女がした、千冬でなければ気づかない位ほんの一瞬の豹変を見逃さなかったからだ。

 

 

 

無表情からいつもの態度に戻るほんの一瞬。

 

 

 

彼女の顔は酷く歪んでいた。

 

 

 

だがそれは以前見せた『得体の知れない何か』ではない。

 

 

 

隆道と似ていたのだ。憎悪と殺意に溢れた『どす黒い何か』と。

 

 

 

それが何なのかはわからない。だが決して触れてはいけないと本能が告げた。

 

 

 

「いいか篠原、今回の件は箝口令を敷いた。決して口外はするなよ」

 

「まーた箝口令ですかぁ?好きですねそれぇ。まあ良いですけどぉ。………もう事情聴取はいいですよね?ならこれにて帰りますねぇ」

 

「ああ」

 

彼女が帰る支度をしてる最中、千冬はこれからの学園に改めて不安を覚えた。

 

 

 

不慮の事故でISを動かし、世界初のISを動かせる男性ということでIS学園に強制入学となってしまった『織斑一夏』。

 

 

 

適性検査を無理矢理受けさせられ、二番目の男性ということでIS学園に連行された、誰よりも女性とISを憎む『柳隆道』。

 

 

 

篠ノ之束の妹だからという理由で小中学を盥回しにされ、IS学園入学を強いられた『篠ノ之箒』。

 

 

 

圧倒的過ぎる力を持ち、それを見境無しに容赦なく振り回す『篠原日葵』。

 

 

 

そして、今月転入生が来たにも関わらず、近い内に続けてIS学園にやって来る『二人の転入生』。

 

 

 

今年の入学式から今までに無い程の問題児揃いだったが、転入してくる二人も色々な意味でとびっきり危ない人物だ。特に隆道と相性が非常に悪すぎる。早めに対策を練らなければまたしても事件が起きそうだと、千冬は頭を痛めた。

 

「じゃあお疲れ様でしたぁ」

 

そうこう考えてる内に彼女は支度を済ませ終わったようだ。

早く帰ってくれ、私の前から消えてくれと、教師にあるまじき思いを胸に秘めながら見送ろうとすると───。

 

「あ。そういえばせんせー」

 

「………なんだ」

 

「せんせーって『過激派』はご存知ですよねぇ?」

 

「………何が言いたい」

 

彼女は帰ろうとした足を止め突然そんな事を言ってきた。彼女の言う『過激派』はどの事を言ってるのかおおよそ検討はついているが、何故このタイミングなのかと疑問が浮き出てしまう。

 

「んもぅ、鈍いですねぇ織斑せんせーは。何が言いたいかと言うと───」

 

 

 

 

 

───外だけじゃなく、内側にも『敵』はいるんですよぉ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻の別部屋。そこには椅子に座り机に書類等を重ねてる真耶と、その向かい側にだらしなく椅子に寄り掛かる隆道。

白く染まった髪、そして変異した機体。いったいあの場所で何が起きたのか知らなくてはならない。故に彼女は彼と会話を試みるのだが───。

 

「………」

 

「あぅ、えと、その………」

 

───全く話が進んでいなかった。

それもそのはず、彼女は彼と今まで一度も会話が成功したことが無い。強いて言うなら寮の鍵を受け取った時ぐらいだ。

今までコミュニケーションを取らなかったツケが今彼女に降り掛かってきたのだ。

もっとも、取らなかったではなく取れなかったというのが正しい。仮に会話を試みたところで彼は目すら合わせないお得意のガン無視を決めるのだから。

だがしかし、この状況下に困っていたのは彼女だけではなかった。

 

「あ、あう………」

 

(さっきからなんなんだよこいつ………事情聴取すんじゃねえのか)

 

彼もまた、先程から吃っている彼女に対して困っていた。

流石に事情聴取で無視を決め込むほど愚かではないが、その本人が何も聞かない以上どうしようもないのだ。

しかし、彼女の様子からしていつまで経っても話を切り出して来ないだろう。非常に不本意ではあるが此方から話し掛けるしかない。

 

「………いつまで吃ってんだ牛眼鏡。さっさと事情聴取始めろよ」

 

「え!?は、はい………って、う、牛眼鏡!?」

 

約二ヶ月の歳月を経てやっと話し掛けてくれたと思いきや、まさか酷すぎるあだ名で呼ばれると思わなかった彼女はつい裏返った声を出してしまう。

眼鏡だけでも結構な酷さだが牛とはいったいどういうことだ。まさか胸の事を言ってるのか、だとするならばそれはあんまりであろうと彼女は泣きたくなった。

涙目になり今にも泣き出しそうになるが、ここで折れる訳にはいかない。出そうになった涙を無理矢理引っ込め事情聴取を始める事にした。

 

「………コホン。えとですね、まず始めに今回起こった襲撃の詳細ですが、侵入者とされる三体のIS───無人機はそれぞれ別の場所に現れました。一体目は試合中の織斑君達の所に、その後遅れて現れた二体目は柳君がいたBピットに、三体目は外にいた篠原さんの所に」

 

(日葵の所に?狙いは俺や織斑だけじゃ無かった………?)

 

「そして二体目と三体目の反応が出た途端に織斑君達を足止めしようと一体目の動きが急激に変わった事から、今回の襲撃者の狙いは柳君と篠原さんだということがわかりました」

 

(俺と日葵が………?織斑は関係無かったって事か………?)

 

襲撃者の狙いは男性操縦者だと彼は推測していたが、話を聞くにそれは間違いだということがわかった。

だがそれだと相手の狙いがますますわからない。自分ならまだしも、何故日葵も狙ったのだろうか。

 

「………一体目はどうやって入ってきたんだよ。二体目だって襲われる直前まで気づかなかったぞ」

 

「高出力のビーム兵器でシールドを突き破り侵入してきました。柳君が遭遇した二体目と外にいた三体目は突然反応が現れた事から潜伏(ステルス)モードで隠れていたようです。気づかなかったということは………恐らく肉眼では見えない不可視機能、でしょうか」

 

「ふーん、シールドを突き破るほどのビーム、ね。不可視機能を使ってまで俺を狙うとか本気にも程が………ん?」

 

一体目の侵入方法はわかった。二体目もBピットで待ち伏せしていた事も。だが新たに疑問が生まれたのだ。

 

(なんでアレはBピットで待ち伏せしていた………?本来そこに行くはずが無かったのによ………)

 

彼を襲った無人機は既存のISと比較してもかなりの巨体だった。あれほどの大きさならばゲート、もしくは搬入口からでないと入る事が出来ない。

Bピットに来た時点でどこも完全に閉まっていたのだ。ならばあの無人機は彼が来る前からあの場所で待ち構えていた事になる。

 

(俺がBピットに来る事を確信していたってのか………?エスパーかよ)

 

「そういえば、柳君は何故、Bピットにいたんです?本当でしたらAピットに来るはずだったと織斑先生が………」

 

「………道を覚えてなかった」

 

「………はい?」

 

「道を覚えてなかったって言ってんだよ。だから電光掲示板頼りに向かって行ったんだ」

 

「え、えーと………」

 

彼女は困惑した。まさか道を覚えてなかった結果、逆の方へ行ったなど誰が予想出来ようか。

 

「ま、まあ道を覚えていなかった事は置いときましょう。それにしても電光掲示板を頼りに………?書き換えられていたということでしょうか?」

 

「んなこと俺が知るかよ。………それともう一つ」

 

「?」

 

「三体の無人機は全部同じ型なんだよな?だったら俺を襲った奴もビーム兵器を積んでたはずだが………一発も撃って来なかったぞ。攻撃も素手だけだ」

 

これが彼にとって一番の謎だった。

殺しに来たのであるならば動けなくなった所で撃ってしまえば直ぐに終わってたはず。にも関わらず無人機は態々近づいたのだ。

直接惨たらしく殺したかったのか、または別の理由があったのか。彼がそれを知る術は無い。

 

「………それは、確かに気になりますね。………わかりました、その事は伝えておきます。次になんですが………」

 

「まだあんのかよ………」

 

「うぅ、ご、ごめんなさい………。ですが、その………白髪や変異した機体についても………」

 

「………白髪は昔からだっつうの、いつ頃からなってたかは忘れたが。今まで染めてたってだけだ。機体については知らねえ、勝手に壊れて初期化したと思ったらああなったんだからよ。ISに関してはそっちが詳しいんじゃねえのか」

 

 

 

彼は嘘をついた。一夏にも聞かれたことだが、白髪になった頃は嫌でも覚えている。

 

 

 

何せ、彼にとってその頃は───。

 

 

 

『待ってくれ………それだけは、本当にやめてくれ………頼む………』

 

 

 

初めて『心』が壊れ───。

 

 

 

『………やめろやめろやめろやめろやめろっっっ!!!!!おい、やめろって言ってんだろうがっっっ!!!!!』

 

 

 

全ての女性を憎む事を決定付けた───。

 

 

 

『やめろぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!!!!』

 

 

 

───『決して忘れる事が出来ない日』があったのだから。

 

 

 

(………くそったれ)

 

それは彼にとってこれ以上ない悪夢のような出来事。定期的に思い出すそれは今でも腸が煮えくり返りそうになる。

白髪の話をするということは必然的に『あの日』の事を話すことになる。身の上話など絶対したくないし、聞く側も絶対にいい気分にはならないだろう。

教えたところで自身は何も変わらないし、変えるつもりもない。だから適当にはぐらかす事にした。

だが機体に関しては本当に知らない。唐突な出来事のお陰で何が起こったのかいまいち覚えてないのだ。

急に動かなくなったと思いきや近づいてきた無人機を吹き飛ばし、機体は目に見える速度で変異していった。それと同時に新たに増えた機能は、何故か使うべきだとしか考えていなかったので詳細など一切知らない。

 

「ふむ………やはり調べる必要がありますね。少しばかり此方で預かります」

 

「好きにしてくれ。なんなら返さなくても良いぞ、こんな気味の悪い物なんかよ」

 

───っ………!

 

「え、えと、それを決めるのは政府の方々ですので、私の独断では………」

 

「あっそ」

 

どちらにせよ暫しの間ISを着ける必要が無くなったのだから願ったり叶ったりだ。ただでさえ嫌ってるのに自らを危険に晒す可能性のある機体など誰が着けたがるのか。

彼はさっさと外そうと首輪に手を伸ばそうとしたが───。

 

 

 

「あの………柳君。そのISは貴方のパートナーなんですから、気味の悪い物なんて言っちゃだめですよ?」

 

「───あ゛?」

 

 

 

───聞き捨てならないその言葉によってその手を止めた。

 

「ISにも意識に似たようなものがあるんです。操縦時間に比例して操縦者の特性を、つまり『灰鋼』は一緒に過ごした時間によって柳君を理解しようとします」

 

彼がISを嫌っているということはわかっている。しかし、そのISの事を学んで様々な事を知って欲しかった故の悪意の無い、善意からの言葉だった。授業で言った事と大して変わりは無いが、これを機に彼とコミュニケーションを取ろうという真っ当な理由で語る彼女だが───。

 

「それによって機体は以前より性能を引き出せることになるので、ISは道具ではなくパートナーとして───」

 

───彼女は理解していなかった。彼のISに対する憎しみの深さを。

 

 

 

 

 

黙れ

 

 

 

 

 

「───っ!?」

 

突然と場の空気が重くなり、彼女は息苦しさを感じた。胸を締めつけられるような感覚に陥り、同時に吐き気を催す。

彼女はこの感覚を覚えていた。この感覚は入学初日に垣間見た、彼から溢れ出す───。

 

パートナー、だと………?下らない事言ってんじゃねえ

 

───『どす黒い何か』だ。

 

ISはパートナーなんかじゃねえ。どこまでいっても所詮人に使われる道具だ、得体の知れない兵器だ。………コイツは俺を理解しようとする?随分ふざけた事を言ってくれるじゃねえか。コイツに意識なんてあるわけねえだろうが

 

「あ、あの………柳………君………」

 

それによ、以前より性能を引き出せるとか言ったよな今。つーことはあんたもISをそういう道具として見てるって事だ………。バレバレなんだよ、善人ぶってんじゃねえぞオイ

 

「う………」

 

彼は許せなかった。全てを蹂躙する化け物染みた得体の知れない兵器を、自分を散々苦しめている機体をパートナーとして扱えと軽々しく言う彼女に。

乗れば乗るほど以前より機体の性能を引き出せる。だからなんだと言うのだ。結局はISをパートナーではなく成長する兵器としか目を向けていないではないか。

今まで害の無い気の弱い女としか認識していなかったが、やはりコイツも他の連中と同じなのだと彼は改めて痛感した。

 

 

ったく、何を言うかと思えば結局IS、IS、アイエス、アイエスってよお………そんなにこの兵器が大事かっつーの………いや、そりゃそうか。あんたは女で、ここの教師だよなあ。こんな兵器が大好きなのは当たり前か

 

「なっ………ち、違います!私はそんなつもりでここの教師になったつもりじゃありません!それにISは兵器じゃ───」

 

 

 

黙れって言ってんだろうがっっっ!!!

 

 

 

「ひっ………」

 

彼女の思いは、今の彼には届かない。今までは無視するだけで済んでいたが、今となっては彼女の声を聞く度に苛立ちしか募って来ない。

大人しかろうが気が弱かろうが、結局『敵』はどこまで行っても『敵』なのだと。

 

今日襲ってきた無人機はなんだ!?俺はどうやってあの無人機をバラバラにした!?ISに積んでいる武器は兵器じゃないってか!?俺や織斑、お前らが乗るISが使う武器は………()()()()()()()()()()()()!!!!!!!!

 

「───!?!?!?」

 

………何が宇宙を想定したスーツだ、何がスポーツだ。今までの兵器を嘲笑うかのように制圧し、今や同じ人間に向けて重火器をぶっ放し、剣を振り回して、他国と差をつけるためにISの為の新しい兵器を造る………。これの何処が兵器じゃないってんだよ、あ゛あ゛?

 

「それ、は………」

 

テレビや雑誌に出てる操縦者やタレントはISは兵器じゃないだの、ISは相棒だの綺麗事抜かすけどよ………そんなの戯れ言だ。ISは兵器と肯定しているブリュンヒルデの方が幾分マシだ………!

 

彼は我慢の限界に達したのか勢いよく立ち上がり彼女を見下す。その表情と声は、最早人がしてはいけない領域をとうに越えていた。

 

いいか、良く聞け山田真耶ぁ。世間がなんと言おうが、あんたがどう主張しようが、ISは道具だ、兵器だ。それだけは譲れねえ、譲る訳にはいかねえ………!

 

「───」

 

こんなものがあるからっ………!

 

そう言って彼は首輪を外し、それを強く握り締め───。

 

こんなものがあるからぁっ!!!!!!!!

 

───彼女の目の前にある机に向けて叩きつけた。

首輪はその強い衝撃によって跳ね返り、天井にもぶち当たる。その天井から再度床に叩きつけられて転がり、最終的に彼女の足元で止まった。

待機形態とはいえ、これはISだ。当然壊れる事は無い。

 

───うっぐ………ひっぐ………えっぐ………

 

「………こんなものがあるから、日葵は変わっちまった。親父は捨てられ、虐げられ続けて、耐えられずに死んだ。ハルも………だから───」

 

右腕に巻かれた首輪を握り締め、震えながらも溜まりに溜まった感情をぶつけるように彼は唖然とする彼女に向けて叫ぶ。

彼女はもう声を出すことすら出来なかった。何故なら、彼の濁った目からは大量の涙が溢れていたのだから。

 

「───俺はISを、お前らを絶対に許さねえ!俺がくたばるその日まで、お前らの全部を否定してやる!!俺をこの学園に連れてきた事を、俺をISに乗せた事を絶っっっ対に後悔させてやる!!!」

 

捨て台詞に近い叫びを放ち、彼は早々に去っていく。部屋に取り残されたのは全てを否定された彼女とその足元に転がる、彼に拒絶された『灰鋼』だけであった。

 

───ごめんなさい………ごめんなさい………

 

 

 

 

 

真耶を置いて颯爽と寮へ向かっていく隆道。事情聴取で全てを吐き出し、自室以外では常時着けていた首輪は彼女に投げ捨てた。お陰で違和感が拭えず先程からずっと首を擦りっぱなしだが、それのお陰か足取りは軽くなっていた。

 

(ったく、人の気も知らねえで偉そうに。機械の塊に意識なんてある訳ねえだろうが)

 

彼は決して内側に抱えてるものを他人に話したり相談する事はない。

言わなきゃわからないと言われるだろうが、何が悲しくて赤の他人に身の上話をしなければならないのだろうか。その内容が自分にとって辛い出来事なら尚更だ。

それに、話したところで楽になどならない、何も解決など出来やしない。もし解決出来るのであればとっくの昔にやっている。

 

(腹、減ったな………)

 

襲撃の直前から何も口にしていない。無人機と交戦した事もあって疲労と空腹でかなり辛くなっている。

さっきの事は忘れて腹に何か入れようと、歩く速さを上げたその時だった。

 

「柳、何故ここに………?」

 

「………ああ、あんたか」

 

「事情聴取は終わったのか?」

 

彼の後ろから声をかけたのは千冬だった。彼女はまだ事情聴取してるであろう彼の所へ向かう最中だったのだ。

彼は溜め込んだものを全部吐き出したからか、敵意はあれど彼女を見ても特に苛立ちは起こらなかった。

 

「………聞かれた事は全部喋ったし、変異した機体は詳しく調べるって事で渡した。詳しくはあの牛眼鏡に聞け」

 

「う、牛眼鏡………?ま、まあいい。………柳、今回は本当にすまない。我々が無力なばかりにお前を危険な目に………」

 

「前にも言っただろ、謝るんじゃねえ。それに、いつかこうなるとは薄々思ってはいたさ。どこに行っても『敵』しかいねえんだからよ」

 

「………柳、お前も………アレが無人機だと知っていたのか?」

 

「んな訳ねえだろ。殺すつもりでやったんだからな」

 

隆道もまた日葵と同じく、相手の事など一切考えはしなかった。

IS学園に連行される前は、相手を殺す気はあれど流石に殺人まではしなかった。強いて言うなら『半殺し』程度だ。

まだ生きていた父親を支えようと、耐えて、逃げて、迎え撃って、どうしようもなくなったら半殺しにして。

しかし、今や父親も、愛しい愛犬もいない。母親は裏切り、妹は敵となった。自身が失うものはもう何もない。

新たな目標としてなにがなんでも一夏を支えると誓ったが、今回襲われた事からそれも難しいだろう。恐らく先に死ぬのは自分かも知れない。

彼には好意を寄せてる幼馴染も、世界最強の姉もいる。身の回りについてはどうとでもなる。ならば自身が出来る事はただ一つ。自身や彼に立ちはだかる敵を潰すよう暴れるだけだ。

都合の良い事に、あれほど憎んでいる自身の専用機には刺し違えても敵を倒せるだけの力が備わっている。

憎む敵を潰す為に、憎む兵器を利用する。なんと皮肉な事であろうか。

自分がどうなろうが、最早どうだっていい。一夏には悪いと思っているが自分にはもうこれしか無いのだ。

彼はもう迷わない。今回の襲撃事件で決意は揺るぎないものとなった。

 

 

 

『立ちはだかる敵は刺し違えても潰す』と。

 

 

 

「………お前も、か」

 

「あ?」

 

「いや、こっちの話だ」

 

「俺が人殺しになるところだったって言いたいのか?結果的に無人機だったんだから良かったじゃねえか。………んなことより、いつになったら俺は外に出れんだよ。いい加減外出許可出しても良いんじゃねえのか」

 

「………それについては先日、ようやく許可が決まったところだ。護衛付きになるがそれで我慢してくれ。明日外出届けを渡す、必ず書いて提出するようにな」

 

彼は一夏と同様、自由に外出が出来ない。男性操縦者の価値は計り知れない、世界中の誰もが狙ってるからだ。外出するには護衛が必要になる。

 

「はいはい。んじゃ俺は帰るからな」

 

「ああ、引き留めてすまない」

 

彼は今度こそ寮へと足を運ぶ。軽い足取りで帰っていく彼を、彼女は哀しげな表情で見送った。。

 

「………」

 

先程のやり取りで彼女は確信した。彼は決して殺しを躊躇わないと。

だが、狂っていると言う資格は自分には無い。彼をあのようにしたのは、紛れもない自分自身なのだから。

 

「ままならんもんだな………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夕方。隆道はさっさと自室に戻るべく足を速めていたが、寮の入り口で佇む二人の人影によってそれを遅めた。

 

「んあ?お前ら………」

 

「あ、ようやく終わったんですね。待ちくたびれましたよ、本当に」

 

その二人は一夏と箒だった。彼等は自分達の事情聴取が終わった後、ずっと隆道を待っていたのだ。

 

「………なにも待つことなんてねえだろうよ。いつ終わるかなんてわからねえのに」

 

「私達がそうしたいからそうしたんです。こうして会えたんですから結果的に良いではないですか」

 

「………まあ、いいわ。それより腹減ってんだ、一先ず部屋に行こうぜ。色が抜けたコレも染めたいしよ」

 

 

 

 

 

自室に戻り彼は直ぐ様洗面台に行き、髪を黒に染め直す。白髪は良くも悪くも目立ってしまうのだ。非常に面倒ではあるが白髪のままは彼とて流石に嫌ではあった。

今現在、部屋には彼一人。一夏と箒の二人は食堂で夕食を持って来ると言って彼と別れた。そこまでしなくてもいいのにと毎度思ってしまう。

 

「こんなもんか」

 

何度も染め直しているからか、全て染め直すのにさほど時間はかからない。しばらく色が抜けることは無いだろう。

塗り残しが無いかどうかじっと鏡を見つめていると、一夏達が戻ってきたのか扉を叩く音が聞こえた。

 

「………おっといけね、もう来たのか」

 

それよりも今は食事だ、塗り残しがあるなら後で染めれば良い。今日の飯はなんだろうかと楽しみながら彼等が待つ扉へ向かった。

 

「いつも悪いな」

 

「いえ、これくらい。俺達もずーっと食ってないんです、早く食べましょうよ」

 

「ん」

 

彼等を招き入れ颯爽と夕食にありつき、食べながら今日起こった出来事を共有していく三人。とは言っても大体は事情聴取で聞かれた事と同じなので隆道にとっては大した情報は無かった。

 

「柳さんと………篠原、さん?でしたっけ。今回の襲撃は二人を狙ったものだと………。というか、妹さんいたんですね………」

 

「つっても『元』な。離婚してそれぞれ別れたんだよ」

 

「あー、えと、すみません」

 

「謝ることなんてねえだろ。今時珍しくもねえし、もう八年前の話だしな」

 

彼にとっては大した事ではないが、一夏達にとってはかなりの収穫があった。

白髪であった事、妹がいてこの学園にいる事、八年前に離婚していた事。

まだまだ知りたい事はあるが、根掘り葉掘り聞く必要はない。中には触れて欲しくない事もあるだろう。彼は気にして無さそうな素振りを見せてるが、両親の離婚については触れて欲しくないはずだ。

 

(そういえば、鈴の両親も離婚してたんだっけな………)

 

事情聴取が終わった後に知った事だが、幼馴染である鈴音の両親も離婚している。親権は立場が上で待遇も良い母親の方だとも聞いた。あの時の彼女は酷く不安定だったのを見るに、かなり辛い事だったのだろう。

自身には物心ついた時から両親がいない。唯一の家族は姉だけだ。もし、姉が自分を捨てて何処かに消えてしまったら、そう思うと堪らなくなる。

家族がバラバラになるなど決して良い事ではないが、そうせざるを得ない何かがあったのだろう。

だが何故離婚したのかなど、そんなこと訊ける事ではない。他人が訊いてはいけないのだ。

 

「そういえばなんですけど。事情聴取が終わった後、鈴と仲直り出来たんですよ」

 

「鈴?………ああ、あいつか。んで、結局あの酢豚うんぬんの意味はわかったのか?」

 

「それなんですけど、『毎日酢豚を奢ってくれる』じゃなくて『毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』だって思い出したんです」

 

「………それで?」

 

彼は以前一夏が相談しに来た時の事を思い出していた。

確かあの時は、『料理の腕が上がったら毎日酢豚を奢る』と一夏は記憶していた。

つまり今一夏が言った事を当て嵌めると───

 

『料理が上達したら毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』

 

───になる。

 

「それで、もしかしてタダ飯じゃなくて『毎日味噌汁を~』のくだりかと思ったんですが………全力で否定されましてね………違わないって」

 

「叩かれ損じゃねえか」

 

意味が違わないにも関わらず一夏は鈴音に叩かれたのかと、彼はため息を吐きながら箒の方を見る。一夏に対して『馬に蹴られて死ね』と吐き捨てた彼女は、冷や汗をかきながらそっぽを向いていた。

 

「し~の~の~の~ぉ~」

 

「あっ、いや、えと、その………ご、ごめんなさい」

 

「………はあ。まあいいわ」

 

結局、二人のいざこざは無意味なものだった。

やはり一夏は女難の相があるのではないかと、彼はそう思った。

 

 

 

本当は一夏の考えは正しかったのだが、鈴音は恥ずかしさのあまりつい否定してしまった事は誰も知らない。一夏は間違いなく女難の相が存在するだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園地下五十メートル。そこにあるのはレベル4権限を持つ関係者しか入れない隠された部屋。

バラバラになった二体と胴体に穴が空いた一体の無人機は直ぐ様ここへと運び込まれ、現在は解析されている。それと同時に隆道の機体『灰鋼』の解析も進めていた。

 

「………」

 

千冬はアリーナでの戦闘映像を何度も繰り返し見ている。先程から注視しているのは一夏達を足止めした無人機とBピットから現れた、変わり果てた姿をした隆道。

彼女はどちらかというと襲撃に来た無人機よりも、彼の機体の方に注目していた。

 

「………織斑先生。解析結果が出ました」

 

扉から現れたのはブック型端末を持った真耶。心なしか表情が暗い。

彼女は、隆道の事情聴取が終わった時からこうなのだ。千冬は何があったのか訊こうとしたが、彼の名前を出す度にその表情は暗さを増す。故に訊く事が出来なかった。

 

「ああ。どうだった?」

 

「織斑先生が懸念していた生体組織の存在も確めましたが、何もありません………。完全な無人機です」

 

世界中のどこも未だに完成していない、遠隔操作と独立稼働するIS。その事実は学園関係者全員に箝口令が敷かれるほどだ。

無人機の乱入は、襲撃に飽きたらず破壊された後も学園に大きな爪痕を残していった。

 

「どのような方法で動いていたかは不明です。………柳、君と篠原さんがバラバラに破壊した無人機は最早解析が不可能。唯一原型を留めてた無人機は機能中枢が全損していました。修復は不可能です」

 

「コアはどうだった?」

 

「………それが、三つとも登録されていないコアでした」

 

「そう、か」

 

彼女は確信した。今回起こった襲撃事件の黒幕を。未登録である三つのコア、それを持つ者は世界にただ一人しか存在しない。

 

「………織斑先生?」

 

「ああ、すまない。………無人機についても、コアについてもわかった。後は………」

 

「………こちらも解析結果は出ています。これがそうです」

 

真耶は別の端末を彼女に受け渡す。そこには変異した『灰鋼』のデータがずらりと並んでいた。

彼女がそれらを目に通すが、そこには今までに無いものがあった。

 

「………っ!?こ、これは………!?」

 

「襲撃の際に、何者かが柳君の機体にハッキングをしかけ強制初期化しようとしていました。ですが、どういうわけか初期化は中断。再び最適化を行い一次移行を終えたようです」

 

「一次移行?それが、あの姿だと言うのか………?」

 

「私にもわかりません………。以前と違うのは見た目は勿論、パワーアシストも出力も上昇しています。第三世代相当ですよ………これは………」

 

「それに加えて、新たに追加された項目………。なんだ、なんなんだこれは………」

 

データを見るに、既に『灰鋼』は『打鉄』とはかけ離れた物へと変貌していた。元が第二世代とは思えないほどに機体性能も上昇。それは全て第三世代に相当していた。

そして新たに追加された兵装と機能は彼女達を震え上がらせるには十分過ぎた。

 

 

 

 

 

───機体兵装───

 

自己防衛システム『狂犬』

 

対近接絶対防衛障壁『番犬』

 

───追加兵装───

 

可変式浮遊盾(バリアブルシールド)

 

絶対殲滅システム『猛犬』

 

■■■■システム『⊂Я∀┣┃』

 

───追加機能───

 

『A.S.H』

 

『コード・デッド』

 

───単一仕様能力───

 

『悽愴月華』

 

────────────

 

「なんてことだ………!単一仕様能力まで………!!」

 

「追加された『可変式浮遊盾』は浮遊シールドが変異したものです………どうやら操縦者の意思によって形状が変わるものかと。『A.S.H』は対ハッキング機能で、無数の防壁が何層にも張られています………。一つを突破したところで直ぐ様新たに防壁を作成、最終的には全ての接続を遮断しますので今後ハッキングされる事は無いでしょう………。残りは全て解析が不可能でした………。なんとか粘ってみたのですが、何故か『A.S.H』が作動してしまい解析を強制遮断。データ採取は可能のようですが、もう『灰鋼』の解析は不可能です………」

 

「いったい、何をどうすればこうなるのだ………」

 

「うっぐ………私達は、いったいこれからどうすればいいのですか………?」

 

既に『灰鋼』は彼女達の手の施しようが無い領域に辿り着いている。暴力的な機能に加え、此方に一切情報を与えないよう徹底したその機能は、まるで操縦者である隆道以外を拒絶してるかのように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───えっぐ………貴女達には、頼らない………!

 

───彼は………私が………私が………!




灰鋼の兵装&機能一覧+その他

◆可変式浮遊盾
打鉄の浮遊シールドが変異した巨大な実体シールド。大きさは真横からなら機体を完全に隠す事が出来るほど。
名前からして何かしらのギミックがある模様。

◆『A.S.H』
何者かから受けたハッキングのパターンを学習し、コアが自ら作成した機能。
無数の防壁が何層も存在し、仮に一つ破られても直ぐに新しい防壁を作成して重ねる事により外部からの接続を阻止。
阻止している間に接続された方法を解析し、最終的にそれを永久的に遮断する。

◆自己防衛システム『狂犬』
一次移行の際にコアが隆道を保護する為に作成したものだが、強い拒絶によってエラーを起こし生まれてしまった歪な強制起動システム。
起動条件は機体展開時にストレス対象によって起こるPTSDの発症。終了条件はストレス対象の撃退、または具現維持限界による機体の強制解除。
起動時間は最大五分。それを過ぎると強制解除となる。
起動時はシールドバリアーと絶対防御が機能停止し、それ以外の機能を限界以上に上昇させ、操縦者のIS適性値を一時的に上げる。
起動の最中は周囲のISにコア・ネットワーク経由で機体と操縦者の危険性を送信する。
各部位に無理矢理エネルギーを伝達する為、起動終了後は強制的にダメージレベルDとなる。

◆対近接絶対防衛障壁『番犬』
対近接攻撃に特化した防御システム。
此方もコアが作成したものだが『狂犬』の時と同じく拒絶によって歪なものとなった。
発動条件は対象を『敵』と認識し、対象が隆道の半径五メートル以内で『脅威』と判断した行動をした時に必ず発動。
シールドバリアーをエネルギー攻撃へと変換し全方位に放出、半径五メートル以内にある全てを吹き飛ばす。
発動した際はシールドバリアーと絶対防御が機能停止し、五秒後に再起動する。
シールドバリアーを使用する為、『狂犬』と『猛犬』の起動時は発動不可。

◆絶対殲滅システム『猛犬』
破壊に特化した攻撃システム。
対象を『敵』と認識するだけで任意起動、解除が出来る。終了条件は対象の殲滅、または起動時間の超過。
起動時は『狂犬』と同じ機能を持つが、それに加え隆道に対象を破壊するよう意識誘導と痛覚抑制を処置する。
救命領域対応といった保護機能も停止。具現維持限界による強制解除すら不可能となる。
起動時間は最大五分。それを過ぎると極一部を除いた全ての機能が停止する。
起動終了後は『狂犬』と同じく強制的にダメージレベルDとなる。

◆■■■■システム『⊂Я∀┣┃』
詳細不明。

◆『コード・デッド』
詳細不明。概要欄には『死』という文字だけ読み取れる。

◆単一仕様能力『悽愴月華』
詳細不明。概要欄には『奪』という文字だけ読み取れる。

◆第■世代■■■■型IS『華鋼』
篠原日葵の専用機。詳細不明。
待機形態は隆道の首輪と酷似している。自分では外せない模様。
担当者からは絶対に無理矢理外すなと警告されている。
(待機形態元ネタ:ガダルカナル22号)


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第二十二話

だいぶお待たせしました。



襲撃事件が起きた深夜の第二アリーナ。

襲撃直後は教員を始めとした学園関係者の全員が対応に追われていた為、現場内調査は明日となった。現在は完全に封鎖されており、関係者以外立ち入りを禁止している。

深夜ということもあって本来ならば誰一人としていないはずだが、損傷が激しいBピットには一人の女性───千冬が鋭い目付きで佇んでいた。

 

「………」

 

ピット内では機体を搬入し、そこで簡易的な調整を行う場合がある。よって床はISの重量に耐えられるように頑丈に造られているのだ。壁や天井、ゲートなどもそれに含まれる。故に簡単に破壊する事など出来ない。

流石にISのパワーアシストを駆使すれば扉はこじ開ける事が出来るし、全力で殴れば床等は凹みはする。武装を使えば当然穴は開くだろう。

しかし、目の前の光景はそんなものでは済んでいなかった。

 

「酷いものだな………」

 

まず目に留まったのが室内の中央にある大きなクレーター。床は綺麗な円状の凹みがあり、よく見ると天井にも出来ている。

次に目に留まるのはゲートに繋がる入り口。こじ開けたとは言いがたい、抉ったような状態となった入り口は修理する事は容易ではないだろう。

そして半壊した入り口を跨ぐと、そこからステージが丸見えになるほどに風通しが良くなり過ぎたゲート内。壁は所々爆発の影響で焼け焦げ、床は足跡のような二つの凹みとスラスターによって焼き付いたであろう焦げ跡が残っている。その近くでは巨大な空薬莢が四つほど転がっていた。

 

「『鋼牙』、か。しかも両腕での同時射出………」

 

『盾殺し』と言われている武装の中でもダントツの攻撃力を誇る『鋼牙』。片腕だけでもシールドや装甲を粉砕する程の威力だが、隆道は両腕で無人機に撃ち込んだ。凹みに凹んだ頭部と四肢だけが残った無人機から察するに胴体に直撃させたのだろう。ゲート内の状況からして瞬時加速によって攻撃力を上昇させた、その悪魔的な一撃を。

あまりにも容赦の無い、相手の安否を度外視した攻撃。

今回は相手が無人機だから良かったものの、人間相手にしたらどうなっていただろうか。

エネルギーが充分の状態で受けたならば、絶対防御と救命領域対応によってまず死にはしないし後遺症を残す事は無いだろう。だが不十分の状態だった場合は───安全の保証など無い。

『鋼牙』はその特性上熟練の操縦者でも使いこなすのは難しく、片腕展開のみの運用が主な使い方だ。しかし彼は両腕に展開し、しかも同時射出をした。パワータイプ型ISであったとしても使用者は無事では済まないはずだが、使用の際吹き飛ばされた様子も無い。例のシステムのおかげであるだろうが、彼は確実に使いこなしていた。

どう見ても危険過ぎる。使わせない為に此方から外す事も考えたが、『灰鋼』に発現したシステム『A.S.H』によって一切の干渉が出来なくなってしまった。後付武装に干渉出来るのは、今となっては彼しか存在しない。

そして何より、彼自身この武装を気に入っている節がある。報告によれば彼はアリーナが使用出来る期間の放課後で『鋼牙』を使いこなす為に常に空撃ちをしていた。ISや女性を目の敵にしている彼が此方の言うことを素直に聞くとは思えない。

 

「………」

 

今回の事件によって、より暴力的になってしまった『灰鋼』。『A.S.H』の他に新たに発現したシステム『猛犬』は危険過ぎる代物だ。相手にとっても、彼自身にとっても。

それ以外にも一切の詳細が不明のシステム『⊂Я∀┣┃』と名前からして危険極まりなく、『死』とだけ読み取れた『コード・デッド』。更には発現することなど本来はあり得ない『奪』とだけ読み取れた単一仕様能力『悽愴月華』。

単一仕様能力は本来ならば機体が二次移行をした際、稀に発現する特殊能力だ。『白式』のような特殊な仕様でもない、元が第二世代量産機を一次移行しただけで発現するものでは決して無いのだ。もしそんな簡単に発現するものであるならば研究者達は苦労など絶対しない。

 

「『悽愴(いたましく悲しい)』『月華(月の光)』………」

 

ステージで彼が見せた単一仕様能力。一夏の青白い光を放つ『零落白夜』とは違う、赤黒い光は禍禍しいの一言に尽きる。

その腕に掴まれた無人機はまるで生きてるかのように藻掻き、動きが鈍ったところで胴体を貫かれ機能停止した。

掴んだ相手にダメージを与える単純な能力だとは思えない。よってあの能力の詳細を知る為無人機をくまなく解析したところ、ある事実が判明した。

 

 

 

エネルギーが微塵たりとも残っていなかったのだ。

 

 

 

無人機のエネルギーが文字通りスカスカになった代わりに『灰鋼』のエネルギーは限度一杯まで残っており、ログには『エネルギー奪取』と記録されていた。

これらの状況と概要欄に記された『奪』という文字。恐らく彼の単一仕様能力は『相手のエネルギーを奪う』で間違いないだろう。

何故このような名前で、このような能力なのかはわからない。しかし、何故か彼らしい能力とも思ってしまった。

『灰鋼』の解析は不可能になってしまったが、辛うじてデータ採取は可能だ。上に報告したところでどうせ今後もデータ取りを続けろと言い出すのだろう。ただの量産機がここまで変異し、挙句の果てに単一仕様能力も発現したのだ。研究者達はさぞ喜ぶに違いない。

 

「くそっ………」

 

やりきれない気持ちで満たされ、言い様の無い怒りが込み上げる。

『灰鋼』に関しては日本政府とIS委員会が絡んでおり、学園側がどうこうする事は出来ない。それを扱う彼自身については、手助けしようにも当の本人は此方を強く拒絶している。彼と『灰鋼』の問題解決は非常に困難だ。

それだけではない。自身の弟やその幼馴染、ぶっちぎりの問題児である彼の妹、更には六月頭に転入してくる二人の生徒。問題が山積みにも程がある。

多忙なのは今に始まった事ではないが、何故同じ時期にこうも一気に降り掛かってしまうのだろうか。

 

「はぁ………」

 

物事が上手くいかず、次々と出てくる新たな問題。それらと向き合わなければならない事に憂鬱な気分は最頂点に達し、彼女はとうとう溜息を出しその場で俯いてしまう。その時だった。

 

「………?」

 

ふと、足元に何か落ちていることに気づいた。

それは小さな無印の金属ケース。少なくともピット内の備品ではない。

 

「これは………?」

 

室内の隅にあったそれは、どこかで見たことがあると彼女は記憶していた。

おそるおそるそれを拾い、じっくりと観察すると上部の蓋がスライド出来る構造になっている事がわかる。

おもむろに蓋をスライドさせると、中にはカプセル剤が入っていた。

 

「薬………?」

 

ここで彼女はようやく思い出す。このケースは彼の所持品だということに。記憶によればこれは緊急用と言っていた。恐らく襲撃を受けた際に落としてしまったのだろう。

 

「………」

 

どうも気になってしまう。以前まともに歩けない程の大怪我を負った彼はこの薬のおかげで普通に歩ける程になっていた。鎮痛作用が強力であろうこのカプセル剤にはどのような成分が含まれているのだろうか。

故に───。

 

(すまない、柳)

 

───中の一粒だけを取り出し、自身の持つ小袋にしまった。

悪いことをしたと思ってはいるが、このカプセル剤は調査すべきだと判断した。もしかしたら麻薬の一種である可能性がある、もしそうだとしたら大問題だ。

 

(後で届けるか)

 

現在は既に深夜だ、当然彼は寝ているであろう。SHR時にでも渡せばいいと考えた。

解析不可能となった『灰鋼』の今後に関しては報告してからだ。結果は見えてるが、一応しておかねばならない。

 

「織斑先生、ここにいたんですか」

 

「………ああ、おまえか」

 

突如背後からする声。振り向くとそこにはベスト風の上着を来ている生徒が一人。

外側に跳ねた、肩まで伸びる水色の髪に赤い瞳の少女。黄色のネクタイを着けている事から二年だと言うことがわかる。千冬は当然彼女の事を知っている。

 

「何か気になることでも………?」

 

「ああ。すこし、な。………それよりも私に何か用なのだろう?」

 

「ええ、はい。………彼───柳隆道について遅れながら報告が」

 

「………」

 

後ろで手を組む彼女は真剣な眼差しで千冬に近づく。周囲には人一人としていなく聞かれる事は無いだろうが、このような事はなるべく小声で済ませたい故の行動だろう。

 

「………彼の部屋に設置した監視カメラは入学初日で全て破壊された事は以前話したと思います」

 

「………ああ。原因は掴めたのか?」

 

彼が一人部屋だった理由。それは彼の精神状態が不安定だった事に尽きた。適性検査後の彼はこの世の終わりを見たような錯乱っぷりであり、大の大人が数人がかりでも手を焼いた。何名かは骨折等の重傷を負うくらいだ。おまけに女性をこれでもかと言うほど目の敵にしている。

そのような人間を、何も知らない生徒と一緒の部屋になんてしてしまったら暴力事件が起こる未来を想像することなど容易い。

対抗出来るように代表候補生との相部屋の案もあったがこれも却下。恐らく互いに無事では済まないだろう。今思えば彼の妹である日葵と相部屋にさせなくて本当に良かった。

一人目である一夏と同じ部屋にする手もあったが、ここで出てくる問題が箒である。

彼女は『篠ノ之博士の実妹』というレッテルを貼られている。そんな彼女に詰め寄る人間など五万といるのだ。

見ず知らずの他人に教室だけでなく自室ですら質問攻めにあってしまえば彼女はいずれ壊れてしまうだろう。故に面識のある彼を相部屋にさせた。

そういった訳で隆道を一人部屋にしたのだが、これがまた苦労した。

何せ適性が発覚したのが三月半ばだ。教員達の過労死レベルとも言える必死な調整によって、入学式前日には彼を一人部屋にする事が可能性となった。ブラック企業のように徹夜で働いた彼女達は報われても良いだろう。

そんなどうでもいいことは置いといて、またしても新たな問題が出てくる。

一人部屋にしたことによって入学前日まで自傷行為や逃走を繰り返した彼を24時間監視出来なくなってしまうのだ。学園内で貴重な男性操縦者が自殺などしてしまったら全てが終わってしまう。

故に、彼の部屋に監視カメラを取り付けた。プライベートもへったくれも無いが、彼の事を考えると致し方無い事なのである。

 

 

 

しかし、それらは初日で破壊された。全て。

 

 

 

隆道が部屋に入り、遅れて一夏が入ってきたところまではしっかりと記録されている。だが、隆道が自身の荷物に手を伸ばし数秒経ったところで全ての監視カメラが映らなくなってしまったのだ。

次の日に彼の不在を見計らい全て交換してみたが、まるっきりダメだった。次の日も、そのまた次の日も何度繰り返し交換しても結果は同じだった。

調査をしてもハッキングされた形跡は無い。そもそも用意した監視カメラは完全にネットワークから独立した代物なのだ。干渉出来るはずがない。

ならば別の方法で破壊したのだと、部屋を念入りに調べた結果あることが判明した。

 

「彼の部屋から電磁パルス(EMP)反応が検出されました。それも限定的な破壊を目的とした、極めて高性能な」

 

「何………?それはどこから………?」

 

「どうやら彼の荷物に備わっていたダイヤルロックから発生しているようで。ロックが掛かっていたので持ち出す事は出来ず、その場で調べようとしたんですが………その結果がこれです」

 

そういって彼女は左手を千冬に見せる。その手には包帯が隙間なく巻かれていた。

 

「なんだそれは………」

 

「いやぁ、まさか触れただけで高圧電流を流されるとは思いませんでしたよ………。おかげで仕事が凄く苦労します」

 

何処からともなく扇子を取り出し苦笑いしながら開く。その扇子には達筆で『激痛っ!!』という文字が。

彼女は常に扇子を持ち、開くと時おりそこに台詞代わりの言葉が書かれている時がある。未だにどういう仕組みなのかわからない千冬だが、そんなことはどうだっていい。

 

「高圧電流………?私は柳に渡す前に触ったが何も起きなかったぞ」

 

「あー、アレって指紋認証機能があったじゃないですか。恐らく彼が触った事で起動したのかと。監視カメラもその時に破壊されましたし」

 

「………」

 

徹底し過ぎている。何がなんでも情報を与えないそれに流石の千冬も戦慄を覚えざるを得ない。

あの荷物を用意したのは『根羽田』という、彼に最も近いであろう人物。彼を知るにはやはり彼女が必要不可欠だ。

 

「柳の荷物を用意したのは『根羽田』という人間だが、調査は済んだのか?」

 

「はい。『根羽田 光乃(ねばた みつの)』、24歳。極普通の高校を卒業し、三年間は製薬会社で勤務。その後は退職し家政婦紹介所に勤めていたようですが、去年の十二月に退職。以降は何度か彼の自宅から出入りしてるという報告が出ています」

 

経歴に関しては至って普通。過去の勤務先は既に確認も取れているらしく、疑うところなどありはしない。強いて言うなら家政婦を退職した後も彼の自宅に出入りしてる事くらいだ。

だが、今となっては決して無視出来ない存在でもある。彼女は彼の事を一番良く知っているだろう。でなければあのような医療器具等を用意するはずがない。

 

「………雇ったのは柳の父親らしい。彼女を知る術は、今となっては柳本人だけということ、か。………接触は出来たのか?」

 

「最初こそ接触は出来ました。ただ、事情聴取は拒否され、保護の為と言って同行を促したんですがこれも拒否されまして。今となっては接触前に逃げられる始末です」

 

「いずれ何者かが彼女を狙いに来るだろうな。そうなる前に………」

 

「はい。最悪、強行手段を取るつもりです。恐らく彼には恨まれるでしょうね………」

 

入学初日に荷物を受け取った彼の反応からして、彼女だけは信用している節がある。強行手段を取って連れてくれば間違いなく溝は深まるだろう。いや、それこそ二度と修復不可能の所まで行くかもしれない。

自身は既に修復不可能の領域だが、せめて他の人間には自分と同じ様にはならないで欲しいと願った。

 

「ままならんもんだな………。用が済んだなら明日に備えてもう寝ておけ、少ししたら私も戻ることにする」

 

「………あの~、織斑先生」

 

「なんだ、まだあるのか」

 

「今更………なんですが、一つ謝らなければならない事がありまして………」

 

「………言ってみろ」

 

千冬は猛烈に嫌な予感がした。言葉から察するに、自身は間違いなく関係している。今更と言うからにはかなり前の出来事に関する事なのだろう。

だか聞かない事にはどうしようもないので取り敢えずは彼女に続けるよう促した。

 

「一組が織斑君のクラス就任パーティーをした後の事は覚えてますか………?」

 

「………ああ、よく覚えてるぞ。あの時は本当に大変だったな。錯乱した柳があれほど手に負えないと………は………。ちょっと待て、まさかお前」

 

「い、いやぁ。翌日聞いた時は私も理由がわからなかったんですが、確か篠原ちゃんと接触したときも錯乱したと聞いた時に、もしやと………」

 

「………言え、何をしたんだ」

 

千冬の目付きは次第に鋭くなり、彼女は逃げ場を失う。それは正に蛇に睨まれた蛙といったところであろう。

 

「え、えと。先生達もご存知の通り、篠原ちゃんは物凄く危ない生徒なので警告として彼の部屋に手紙を置いたのですが………恐らくそれを読んで彼は錯乱したのでは、ないかな~と………」

 

「………なるほど」

 

「お、織斑先生………?」

 

「奴の事だ、遅かれ早かれ接触はした。それに、こういうのは我々教師がもっと早い段階で伝えておくべきだったんだ。対応が遅れたばかりにあんな事になってしまったのだからな」

 

本来ならば入学早々に彼に伝えるべきだった。しかし、当時の彼はあまりにも不安定だった事によってそれも難しく、先伸ばしにした結果が復学して早々の錯乱。責任は自身にもあった。

こっ酷く怒られると思いきやまさかの反応に面食らってしまう彼女だが、それと同時にほっとした。よかった、制裁を受けなくて済んだと。しかし───。

 

「まあ………それでも、だ。あの日とその翌日は………本当に………苦労したんだぞ?」

 

「………織斑先生?」

 

「いくら多忙だったとはいえ、私に前以て知らせずの行動。よくも余計な事をしてくれたじゃないか………なあ?」

 

「あ、あの~………」

 

千冬はいったい何処から出したのだろうか、手には出席簿を持っている。表情を見ると一見笑ってるように見えるが、よく見ると目だけが笑っていなかった。

 

「前以て謝っておく。これは八つ当たりだ、許せ」

 

「え、ちょ」

 

彼女の頭部に強烈な打撃が降り注ぐ。どちらにせよ制裁は免れなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千冬は勘違いをしている。

 

 

 

 

 

『悽愴月華』は無人機のエネルギーを根こそぎ奪った。それは確かだ。

 

 

 

 

 

だがこの能力の真髄はそこではない。

 

 

 

 

 

近いうちに知る事だろう。

 

 

 

 

 

『悽愴月華』は、何よりも恐ろしい単一仕様能力だということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本州の某県某市のとある路地裏。

普段から人通りが少ないであろうそこは、深夜帯ならば人一人いないのが当たり前なのだが今日に限っては違った。

 

「全く、いずれ来るだろうと思ってましたよ。こんな物まで用意して………」

 

そこに佇むのは灰色のハイネックニットと紺色のデニムを着こなす女性。服の上からでも目立つ豊満な胸と黒のセミロングヘアを靡かせるその姿は誰しもが振り向いてしまうほど魅力的だ。

そんな彼女が手に持つ物は黒い物体。指先一つあれば誰でも相手の命を終わらせる事が出来る凶器。

それは世間では護身用として使われている小型の拳銃だった。銃に慣れていない女性でも簡単に扱う事が出来るだろう。

彼女はソレを一目見て興味を無くした後、()()()()()()()()()()する。直ぐに組み立て出来ない様に素手で分解可能な所までバラし、弾倉に詰まっている弾薬も全て抜き取り投げ捨てた。

 

「貴女達、以前まで付け狙ってた政府の人間じゃありませんね。別の組織か、若しくはただの『過激派』か。どちらにせよ政府と偽って近づいて来たのですからろくな人間じゃない事には違いありませんが」

 

そういって彼女は冷めた目で周囲を見渡す。その周囲には死屍累々のような光景が。

 

「ぐっ………あ゛っ………」

 

「ひぎぃっ…………う゛ぅ゛っ………」

 

「げぼっげぼっ………」

 

そこには黒のスーツを来た女性が複数人程転がっていた。

頭を抱え転がり回る者、腹を抑え蹲る者、腕が本来とは逆方向に曲がっている者と様々であり、全員が満身創痍だということがわかる。

 

「………今後は買い物も簡単には済みそうにないですね」

 

そういって彼女は道の隅に置いておいた二つの買い物袋を手に持つ。どうやら買い物帰りだったようだ。

未だに立ち上がらない女性達など興味を無くしたのか目もくれずその場を立ち去ろうとするが、一つだけ言い残した事があったのか灯りが届くギリギリの所で振り返り悶える彼女達に向かってこう言った。

 

「別に貴女達の事なんかどうなっても構わないのですが、早くこの場から立ち去った方が良いですよ」

 

「な゛、な゛に………を………?」

 

「はあ、これだから頭がお花畑の連中は………。世の中には、女性を目の敵にしている人間がいるって事です。………殺したいほどに」

 

「こ、殺し、たい………?」

 

「今まで甘い蜜を吸いすぎたツケ、ですよ。………では、さようなら」

 

その一言を最後に彼女は暗闇の中へと消える。しばらくするとその暗闇の先から物音が聞こえてきた。

 

「………?」

 

何か金属を引き摺るような音に足音のようなもの。それが一つだけではなく、複数も聞こえ近づいて来る事がわかった。

いったいなんなのだと彼女達は暗闇を凝視するが、ようやくその音の正体は灯りに照らされる。

 

「………!?」

 

そこにいたのは十人前後の男達。黒のレザージャケット姿やジャージ姿の青年。中には学ランを着た、学生であろう少年や青年まで。全員グローブを着けており、口元は髑髏のフェイスマスクによって隠されている。その全員の目付きは鋭く、殺意に満ちていた。

そして彼等が手に持つ物は───。

 

「ひ、ひぃっ………!?」

 

一人の女性がソレを見て本能が身の危険を察知。痛みなどそっちのけで直ぐ様立ち上り大きく後退る。

彼等が持つ物は全て凶器と言える物だった。ナイフや金属バットにバールなど、人を殺すには充分過ぎる殺傷能力を持つ物ばかり。更にそれら以上に目に留まったのが───。

 

「───っ!?!?!?」

 

───瞬間。一人の女性の頬を『何か』が掠めた。頬はうっすらと傷が出来、少量の血が首まで滴っていく。

 

「………あーあ、外しちまったよこのくそったれ。もっと練習するべきかなー」

 

「でも見ろよあの怯えきった表情。中々傑作だと思わねえか?」

 

それはクロスボウだった。それも小型のピストルタイプから大型のフルサイズタイプと種類は様々で、それを持つ者が数人ほど。顔を狙っていた事から完全に殺す気だったのだろう。

 

「ぜっ………全員逃げてっ!早くっ!!!」

 

彼女達は一目散に逃げ出した。捕まってしまえばどうなるかなど簡単に想像がついてしまったからだ。怪我など忘れ、尻尾を巻いて逃げていく女性の姿は彼等に取ってはこれ以上に無い愉悦を感じるだろう。

だが、彼等はそれを見逃すほど優しくはない。

 

「おうおう、お強い女性様方がお逃げになるぞと………。狩りの時間だ、あの忌々しいくそったれな女共を───」

 

一人の男が手をゆっくりと掲げ───。

 

 

 

 

 

「ぶっ殺せっっっ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

───勢いよく振り下ろす合図と同時に、男達は彼女達を鬼の形相で追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

件の襲撃事件があった翌日。

箝口令を敷かれた事によって、生徒達は昨日の事など何事も無かったかのように振る舞っている。しかし、今まで体験したことの無い非常事態に遭遇した事によって未だに多少の恐怖感は残っていた。とは言っても、第二アリーナにいた生徒達が受けた被害といえば無人機が全滅するまで閉じ込められ、轟音と地震に似たような状況に怯えてたくらいだ。

事件の内容については、無人機が侵入する直前のビーム兵器によって観客席全てに遮断シールドが展開されたのでステージ内での事情を知るのはほんの極一部だ、観戦していた生徒達が知る事は無い。だからといって闇雲に詮索されたり口外されてはまずい。そういった理由で口止めという意味合いも兼ねての箝口令である。流石はIS学園、箝口令は最早名物と化していた。

余談だが、屋外で日葵が暴れ回った事によって悲惨な事になった壁や地表は教員総出によって夜遅くまで必死に応急修復した。彼女は無人機だけでなく、教員すらもズタボロにしていたのである。

隆道といい彼女といい、学園関係者を苦しめる事に関しては天才なのかもしれない。

 

「みんな大人しいですね。まあ無理も無いですけども」

 

「良いことじゃねえか。あんな目に遭っといてアホみたいに騒いでたら正気を疑うぞ、マジで」

 

「そうだぞ一夏。それよりも来月には学年別個人トーナメントがあるのだから昨日の反省を踏まえて訓練に励まんとな」

 

「昨日引っ越しの時に言ってたやつだっけか、それ」

 

いつもの三人は教室に着くなりいつもの場所でいつも通りに駄弁っている。周囲の人間は何故そんなに普通にしていられるのかと疑問を連発するが、考えるだけ無駄だろう。この三人が図太過ぎるのだ。

セシリアも三人の輪に入ろうとしたのだが隆道の必殺技によって敢え無く撃沈し撤退。彼が彼女に対し心を開くのはいつになることやら。

忘れがちだが、一夏の幼馴染である鈴音は二組の為当然ここにはいない。仮にいたとしても隆道がいるので近づく事は出来ないだろう。

 

「あ?引っ越し?」

 

「あ、柳さんには言ってませんでしたね。実はあの後に山田先生が来まして、部屋の調整が済んだらしいので私が引っ越ししたんですよ」

 

「ほー、ようやく織斑も個室を手に入れたってわけだ」

 

「ようやくですよ、ようやく。本っ当に長かったです」

 

それは昨日の夜の事。隆道の部屋でいつもの雑談を終え、一夏と箒の二人が自室に戻ると丁度良く真耶が訪れて来たのだ。部屋の調整が付いたということで彼女が引っ越す事になり、彼は入学当初から待ち望んでいた異性のいない部屋を手に入れたのである。

本来は真耶が初日に言ったように一ヶ月で彼の個室を用意する予定だったのだが、ここ最近まで教員達が多忙の極みだった為に遅れてしまっていた。彼がこの事を知ったら労いの言葉をこれでもかと言うほどかけたであろう。

箒としてはその時に喜んだ彼を見て非常に面白くないと思ってしまったが、よくよく考えてみれば今まで自分という異性に気を使ってたのだからあの喜び様は当然かと直ぐ様冷静になれた。

彼女がこういう考えが出来たのも、一度だけ隆道と二人きりになった時に気を使う事がどういう事かを身を以て知ったからである。知らずの内に彼はまたしても隆道に助けられたのだ。

ちなみに、彼女の新しいルームメイトは同じクラスの人間だ。彼女の素性を既に知っており、尚且つ人格に問題が無い生徒を千冬と真耶の二人が厳選したのだから質問責めを受ける事はまず無いだろう。

 

「そういえば柳さん。俺、ようやく外出許可が出たんですよ。昨日届けを貰ったんで、早速書いて出しちゃいました」

 

「へえ………そりゃ奇遇だな、俺も貰ったぞ。まだ出してねえけど」

 

「そうなんですか?………でしたら今週の日曜一緒に出掛けません?友達の家に行くんですけどそいつに柳さんの事紹介したいんで」

 

彼も事情聴取が終わった後に千冬から外出届けを貰っていた。既に行く所は決まっていたからか、直ぐ様行き先を書いて提出した。なんと行動の速い少年であろうか。

隆道も外出届けを貰っていたのならばこれは絶好のチャンスだと彼は考えた。交流を深める為に一緒に出掛けようと話を持ち掛けるが───。

 

「あー、悪いな。俺もその日曜に出掛ける予定なんだよ。場所もそれなりに遠いしな」

 

「あれ、そうなんですか………残念です。………ちなみにどこへ行くんです?」

 

「私も気になりますね。それに遠いとは………?」

 

「ああ、別に大したとこじゃ───」

 

「そろそろ席に着け。SHRを始める」

 

隆道から場所を聞こうとする彼だったが、教師二人が教室に着く事によってそれは阻まれた。どうやら話に夢中になり過ぎてチャイムに気づかなかったようだ。

行き先は聞きそびれてしまったが、授業が終わった後ででも聞けばいいかと二人は颯爽と席へ戻る事にした。

 

「その前に柳。渡すものがある」

 

「………」

 

彼女は手招きをして隆道を呼ぶ。どうせ専用機だろうと彼は考えたが、それならここではなく整備室で渡すはずだ。ならばもっと別の物だろう。それを受け取るついでに外出届けも渡しておくかと紙を手にして彼女の元へ向かう。

 

「紙………?ああ、外出届けか。受け取ろう」

 

「ほらよ。んで、渡す物ってなんだよ」

 

「これだ」

 

そう言って彼女は他の生徒には見えないように教卓の裏側で昨日見つけた小さな金属ケースを彼に渡す。

 

「………!」

 

「Bピットに落ちていたぞ。次からは落とさないようにな」

 

「………」

 

中身を確認した後、一言も言わずに彼は席へと戻る。

彼女は彼とこのようなやり取りについて今更思うところはない。他の生徒達も、まあいつも通りだなと完全に慣れてしまっていた。

 

「ふむ………」

 

SHRを始める前にふと、彼から受け取った外出届けに目を通した。

書かれてる指定日は今週の日曜日。そして行き先には───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───『自宅』と書かれていた。



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第二十三話

やっべー、0時に間に合わなかった………。
だいぶお待たせしました。
遅れた理由は活動報告にて書いてあります。ああ、今後もキッツイなぁほんとに………。
ガバガバな所がありますが、許して………!


本州のIS委員会日本支部。

そこにある一つの薄暗い部屋には書類を見ながら受話器を手に持つ男が一人。その男はかつてIS学園の理事長と日葵の母親と電話のやり取りをした熊田と呼ばれるIS委員会の一人。

男は日本政府直属であるIS研究所に従事する研究員の一人と通話をしていた。

 

「な、なんだ………これは………」

 

『非常に面白いとは思いませんかね?まさか機体がここまで変異するとは。流石はIS………いや、この場合二番目、といった方が良いのでしょうか。どちらにしろ我々の予想を遥かに上回ってくれますよ』

 

「これが、あの『灰鋼』だというのか………?」

 

『どういった経緯かは不明ですが、スペックの向上だけでなく様々なシステム等が発現しましてね。おまけに単一仕様能力まで………いやはや、実に興味深いの一言に尽きます』

 

男が目を通す書類は、二度目となる変異した『灰鋼』の詳細についてのレポート。IS学園から送られてきたそれを見た男は驚愕せざるを得なかった。

 

「これは、これではまるで…………」

 

『ええ、正に『対IS用兵器』といったところですかな。他の研究員は『IS殺し』とも言っていましたね。報告によれば、解析する前に機体側が接続を遮断し解析不可能となったようです。女を憎み、ISを拒絶する人間が乗るとこうなるんですねえ。ああ………実に面白い、彼にピッタリの機体だ』

 

「………それで、他の奴等は何て言っていた」

 

『何人かは彼の身を案じてなのか渋っていましたが、最終的に以前同様『灰鋼』のデータ採取を続行させるという結果に。政府の女共はヒステリックに叫んでたようですがね』

 

「やはりか………」

 

4月に報告を受けて以降『灰鋼』のデータ採取は確固たるものとしてきた。しかし、変異した事でより一層危険な代物と化した事によって再び政府に所属する女性達は騒ぎ出す。これ以上彼を機体に乗せる事は危険だと、学園関係者に危害が及ぶと。

しかし、彼女達が並べる言葉は全て上っ面だけの綺麗事だ。少しも両者の心配などしていない。

彼女達は恐れたのだ。隆道がこれ以上力を手に入れる事に。

彼が今の女尊男卑社会によって女性を憎んでいる事は知っている。もし、これ以上力をつけてしまったら報復を受けるのではないかと彼女達は考え始めるようになったのだ。

ただでさえ二人の男性操縦者の登場によって肝が冷えっぱなしの毎日。データ採取によって、いつの日か全ての男性がISに乗れるような事になってしまえば今の立場が薄れてしまう。

ここ数年で彼女達は横暴を繰り返してきたのだ。女性優遇制度によって守られてはいるが、それが無くなってしまったらどうなるか。

間違いなく報復を受けるだろう。それも今までしてきた横暴を超える悍しい報復を。

現時点の研究成果では男性操縦者が増える兆しは見えないが、今最も起こりうる可能性が高いのは彼がISを用いて報復を行う事だ。

彼が報復を行い、それに便乗して世界中の男性が立ち上がる事にでもなったら───考えるだけでも恐ろしい。

それを少しでも阻止しようと彼女達は必死になるが───IS委員会は彼女達の思想など丸わかりなので、聞く耳を持たずにデータ採取の続行と一言だけ告げた。

 

『あんな騒ぐだけの女共など、価値は無い。そうは思いませんかね?』

 

「………そうだな」

 

『おや、冷たい反応ですね………まあいいでしょう。ところで、お気づきかと思いますが………』

 

「………ああ、言いたい事はわかる。()()()()()と同じだと言うのだろう?」

 

男は『灰鋼』のデータを一通り見て、ある事に気づいていた。それは一部の人間しか知らない日本の最重要国家機密。

 

『ええ、まさか『華鋼』と同じ現象が起きるとは………しかも両方とも待機形態が首輪。兄妹………だからなのでしょうかね?』

 

「私は研究者ではない。わかるはずがないだろう」

 

そう、変異したのは『灰鋼』だけではない。

 

 

 

『華鋼』も突如変異した機体なのだ。

 

 

 

しかも、『華鋼』も元は第二世代『打鉄』が変異した機体だ。

これは偶然なのだろうか。それとも別の………。

 

『これは失礼。………熊田さん、これからも『灰鋼』は変異を続けるでしょう。『華鋼』とは違った素晴らしい変異を、ね。キヒ、ヒヒ、ヒヘヘッ』

 

「っ………」

 

『おっと失礼、思わず笑みが。………次は我々にどのような姿を見せてくれるのでしょうか。ああ、楽しみでs───』

 

「急用が出来た、失礼する」

 

男はそう言って一方的に電話を切る。先程から我慢していた怒りは頂点に達し、限界が来たのか拳を机に叩きつけた。

耐えられなかったのだ、これ以上機体の事しか頭にない相手と通話を続けることが。

 

「どいつもこいつも………彼等を、子供をなんだと思ってっ………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、とある建物の一室。

そこにはスーツ姿の女性が一人。その表情は歪みに歪み、誰が見ても苛立っているように見えた。

 

「ああ、もうっ!いったい何をしてるのよ!学園の連中は!」

 

彼女は日本政府に所属する人間の一人であり、隆道の死を望む愚かな人間の一人でもある。そんな彼女はこれ以上無いくらいに焦っていた。

四月の始めに彼を死に追いやる様、息のかかった人間に指示を出した。しかし、二ヶ月経ったにも関わらず望む結果は未だ出てこない。

 

「ほんと使えない奴ばかり………!本当に無能なんだから………!」

 

これ以上彼が力を身に付けたら、それこそ金輪際手を出せなくなる。そうなる前に彼をこの世から消そうとあれこれ模索するが、脳内がお花畑故に案など出るはずがなかった。

 

 

 

───しかし、そんな彼女に悪魔は味方してしまう。

 

 

 

考えに耽っていたその時、突如彼女の携帯が鳴り出した。苛立ちを募らせながら相手を確認すると、その相手は学園の関係者。

進展があったか、もしくは有力な情報を伝える時以外は連絡をするなと言ってあるので何かしらあったのだろう。悪魔染みた笑みを浮かべながら電話に出る。

 

「もしもし」

 

『───』

 

「言い訳はいいわ。………それで、連絡したのだから何か進展があったのかしら?」

 

『───』

 

「………へえ、そうなの」

 

『───』

 

「いいえ、近場の人間に任せるわ。情報ありがとう」

 

そう言って彼女は電話を切り、とびっきり顔を歪ませながら別の所に通話をかける。

 

「私よ。………二番目が今週の日曜に自宅へ帰宅すると情報が入ったわ」

 

『───』

 

「ええ、貴女の『飼い犬』を向かわせなさい。徹底的に痛めつけて、殺せれば上々ね。その時は報酬を弾むわ」

 

『───』

 

「それと、学園の教員二人も別行動で向かうそうよ。使えるなら利用しても構わないわ………じゃあ、よろしくね」

 

その言葉を最後に彼女は通話を切る。その表情は、人がしていいものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六月頭、土曜。

襲撃事件から日は浅い為第二アリーナは未だに封鎖中だが、既に九割方は施設の修復が終わっている。一週間もすれば一般生徒の出入りが可能になるだろう。流石はIS学園といったところか。

そんな高速修復中の第二アリーナは当然訓練等は不可能なのだが、修復が既に済んでいるステージ中央には三つ、隅の方には複数の人影があった。

 

「おいブリュンヒルデ、後ろの奴等はなんなんだよ。武装まで展開しやがって」

 

「もしもの時に備えてだ。悪く思わないでくれ」

 

ステージ中央にいるのはジャージ姿の千冬とISスーツ姿の不機嫌全開な隆道。そしてもう一人は───。

 

(こ、こえぇ………)

 

───目に見えるほど冷や汗を垂れ流している一夏だった。

何故彼等が封鎖中の第二アリーナにいるのか。その理由は隆道の専用機が関係している。

彼の機体について政府とIS委員会に報告はしたが、案の定データ採取を続行するように言われたのだ。こんな危険極まりない機体を何故使わせるのかと教員は当然の様に怒りを露にするが、決定したものは覆せない。

結局は彼の元に専用機を戻す事になるのだが、ここである問題が浮上する。

『灰鋼』はデータ採取は可能であれど、データ解析が不可能なのだ。データの閲覧だけではどうしても限界があり、殆どが詳細不明な以上実際に稼働させて調査するしかない。しかし、何もわからない『灰鋼』を一般生徒がいる授業や放課後の訓練などで調査するのは危険だ。ならばどうするか。

そこで選んだ場所が封鎖中の第二アリーナだ。ここでなら一般生徒もいない為、危険を最小限に抑える事が出来るだろう。最悪ステージが損傷するだけだ。

そして、万が一彼が暴走した時の備えとして隅の方では教員用のISを装着する教員四人が武装を展開して待機している。千冬が厳選したメンバーであることから実力は折り紙付きである。その中には副担任である真耶もいた。

一夏に関しては、彼のストッパーの役目として一緒にいる。隆道の専用機を実践調査すると言ったとき一緒にいさせてくれと名乗りを上げたのだ。

彼が彼女達に囲まれた状態で調査など、絶対良からぬ事が起きるに違いない。自分がいれば多少大人しくなるであろうと考えた上での行動だった。

本当は箒も連れていきたかったが、今回は訓練機の予約が取れなかったということで断念。致し方無い事だ。

 

「先程も言ったが、柳の機体はデータ解析が不可能となった。実際に稼働させて調べるしかない」

 

「………んで、何をすれば良いんだよ」

 

「先ずは機体を展開してくれ。織斑も展開しろ」

 

「へ?あ、はい。………来い、『白式』!」

 

「………『灰鋼』」

 

二人は彼女の指示通りにISを展開する。先に一夏の純白の機体『白式』が姿を現し、それを追う様にして彼も『灰鋼』を展開したが───。

 

「っ………」

 

「うわっ!?や、柳さんっ!?」

 

「「「っ!?」」」

 

「………」

 

一夏と千冬の二人はその姿に怯み、ステージの隅で待機していた教員達は思わず武装を彼に向けてしまう。

無理も無いだろう、何せ彼の機体はシステムが起動した時と同じ様に血管の様なラインが赤くなっているのだから。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「………ああ、なんともねえぞ」

 

彼の姿に面食らってしまったが、よく見ると点滅もしていなく、装甲も光沢の無いままだ。

一夏が恐る恐る彼の様子を伺うが、表情は不機嫌であれど正気の様だ。一先ずは安心といったところであろう。

千冬も先日再接続したタブレットに目を通し、彼が正常である事を確認して安堵の表情を浮かべた。

 

「………とりあえず、展開は問題無いようだな。何か変わった所はあるか?」

 

「………柳さん?」

 

「………」

 

彼は二人の声に一切反応しない。彼は二人の事よりも、目の前に表示されるものを注視していた。

 

───前方に生体反応を確認。『織斑千冬』と断定───。

 

───後方に複数のIS反応を確認。『打鉄』二機、『ラファール・リヴァイヴ』二機と断定──。

 

───対象を『敵』と認識。絶対殲滅『猛犬』任意起動可能───。

 

───キドウシマスカ?───。

 

その表示と同時にハイパーセンサーは後方の機体と彼女を拡大表示する。機体の方には『破壊対象』と、彼女の方には『殺害対象』と記されていた。

そして視界は次第に赤く色づき、その目の前に出ている表示は次第に大きくなっていく。まるで押してくれと言わんばかりに。

 

(殺害対象っておい………人間にも反応するのかよ………。なんなんだ、コイツは………)

 

機体に反応しているのは別にいい。だが目の前の彼女ですら反応しているとはどういう事だ。

確かに襲撃を受けたあの時は殺すつもりでやった。しかし、それは自身を脅かす脅威だったからこそだ。自ら殺戮の限りを尽くすつもりなど毛頭ない。

ハッキリ言ってそれらの表示は邪魔以外の何者でもなかった。

 

(とっとと消えろ、お呼びじゃねえ)

 

そう心の中で唱えるとシステムの起動表示は消え、視界も元に戻っていく。

この機体は自分に何をさせたいのだろうかと、彼は考えずにはいられなかった。

 

「───さんっ!柳さんっ!」

 

「………んあ、わりい。考え事してた」

 

「………本当に大丈夫なんですか?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

猛烈に心配をする一夏に一言添え、再び彼は考えに耽る。先程の表示に一つ疑問を覚えたからだ。

 

(織斑には反応していなかった………対象を選んでるのか?)

 

千冬と後方奥で待機している教員達にはガッツリと反応したが、隣にいた一夏だけには反応を示さなかった。どういった基準で対象を選んでるのかはわからないが、勝手に起動しないならそれで良いかと彼は考えた。

まさか『猛犬』による敵対象の判断が、自身が相手に向ける敵意と連動しているなど彼は知るよしもない。

 

「柳、何かあったのか………?」

 

「………『猛犬』は任意起動出来るらしいな、おまけに攻撃対象まで出てやがる。対象は後ろの教師共と、あんた自身だ」

 

「「………!」」

 

「ガッツリと反応してたぜ。後ろの奴等は破壊対象、あんたに関しては殺害対象だとさ。どうもこの機体は俺に人殺しをさせたいらしい」

 

───ち、違う………!私じゃ………

 

彼から出た言葉に二人は身震いを感じた。システム起動時の攻撃対象がISだけかと思いきや、人間も対象の範囲に入るなど誰が思うのだろうか。

 

「さつっ………!?柳さん、それは今も………!?」

 

「いいや?消えろって念じたら綺麗さっぱり無くなったな。良かったじゃねえかブリュンヒルデ、もしも起動してたら今頃は挽肉になってたかもな」

 

「いくらなんでもそれは………!」

 

「流石にしねえよそんなこと」

 

彼はそう言っているが、一夏はまったくもって安心出来なかった。無闇に力を振り翳す様な人ではないのはわかってはいるが、攻撃的になる彼を見てきた以上どうしても不安になってしまう。

もしも彼が発症して暴走してしまった場合、今の自分では止める事が出来ない。恐らく、セシリアや鈴音でも無理であろう。

 

(………弱気になってどうする。力になりたいってあの日決めたじゃないか。しっかりしないと)

 

今まで何度も彼に助けられ、支えられた。自分が何も出来なくてどうするというのだ。

自分が本当にやりたい事を見つける為、彼を支える為に強くなろうと一夏は決意を新たにしたのであった。

 

「やはり『猛犬』は危険、だな。………いいか、何があっても起動しようとするなよ?そのシステムは『狂犬』と同様に保護機能も一部機能しなくなっている。下手すればお前も死ぬ事になるぞ」

 

ライム女(セシリア)の時やこの間の事(襲撃事件)もあんだぞ。起動しない保証なんてねえよ」

 

「我々が全力を持って対応する、もうあのような事は御免だからな。………他に何か無いか?」

 

「他に………?」

 

彼は目を反らしそのまま微動だにしない。きっと視界に映っている表示を見ているのだろう。

 

「そういえば今更なんですけど、浮けるようになったんですね」

 

「あ?………そういえばそうだな。何でだろうな」

 

彼の機体は現在『白式』と同じ様に少し浮いている。システムの起動時を除けば今までは飛ぶ処か浮く事すら出来なかったはずだったが、今回は何故か浮けるようになっていた。

 

「言われてみれば、確かに授業でも浮いていなかったな。………飛べるか?」

 

「飛び方なんて知らねえよ。どうやって飛ぶんだ、これ」

 

彼は飛び方など知らない。セシリアとの試合はシステムのおかげで飛んだは飛んだが、彼自身は近づく事しか考えていなかったのだ。決してその時だけ技術が上がったなどではない。

無人機の時に使った瞬時加速についても距離を詰める事しか考えなかった結果偶然繰り出す事が出来た。具体的なやり方など一切知らない。

 

「今度教えましょうか?俺も基本はある程度出来るようになったんで」

 

「あー………んじゃ、そうするか。クラス代表さんに是非とも教えて貰うとしますかね」

 

「よ、よろしくお願いします………」

 

「………」

 

千冬は二人とやり取りを見て心の底から一夏に感謝していた。彼は一夏といるときに限っては不機嫌な時でも大人しい。彼に関して頼りになるのは一夏とこの場にいない箒しかいないだろう。

一夏は一夏で苦労し余計な負担をかけてしまって申し訳ないが今後も彼をお願いするとしよう、そう思った。

 

「あー………水を差すようですまないが、機体について進めても構わないか?」

 

「あ?ああ、そういやそうだったな。あーっと………」

 

話が逸れてしまったが、今は機体についてだ。視線をディスプレイに戻し色々と目を通してみる。

 

「………この読めねえヤツと『コード・デッド』はわからねえ。起動も出来ねえな。うんともすんとも言わねえ」

 

そう言って彼は地面に『⊂Я∀┣┃』となぞる。

この二つは表示はあれど、何も反応が無かった。概要欄も『コード・デッド』は『死』以外は読み取れなく、『⊂Я∀┣┃』に関しては何も表示されない。

 

「あとは………あん?」

 

「どうした?」

 

他に何かあるだろうかと探していると、一つ目に留まったものがあった。

それは拡張領域の内部。量子変換している後付武装の他に見慣れないものがあった。

取り敢えずソレを展開して、二人に見せる。

 

「拡張領域にこんなものがあったぞ」

 

「なんだそれは?」

 

「注射器………に見えますね」

 

「三本もあるな。なんだこれ、こんなの知らねえぞ」

 

ソレは先端にプラグのような物があり、反対側にはボタンがある筒状の物体だった。表面には『S・E』と記されている。

 

───『リカバリーショット』───。

 

「リカバリー………ショット?」

 

「リカバリー………回復か?私にも見せてくれ」

 

「俺も見て良いですかね?」

 

「ん」

 

三本の内二本を二人に渡し、一本を手に持つと左腕部装甲の一部が開く。そこには丁度ソレが入るような差込口が。

 

「………なんか開いたぞ」

 

「あ、俺も開きました」

 

「そこは機体を解析や調整をする際にコードを接続する部分だな。名前からしてエネルギーの回復か?」

 

「百聞は一見にしかず………っと」

 

どういう効果なのかはわからないが、取り敢えず差し込んで見る。するとほんの少しだけ減っていたシールドエネルギーが直ぐ様満タンになり、注射器のような物は光の粒子となって消えた。

 

───エネルギーチャージ完了。機体の自己修復機能を促進───。

 

「………回復したな」

 

「昨日まではこんなものは無かったな………機体が自ら作り上げたというのか?調査の為コレは借りるぞ」

 

「構わねえ。………なんなんだよ、ほんっと謎過ぎんだろこの機体」

 

突然謎のシステム等が発現し、突然姿形も変わり、気がつけばいつの間にか存在している注射器のようなもの。最早意味がわからない。

ISは未だに全てが明らかにされていないと言われている。しかし、この機体に関してはそれどころの話ではない気がすると彼は思わずにはいられなかった。

 

「なんか、調べれば調べるほど色々出てきますね。他にもあるんじゃないですか?その盾とか、明らかに何かありそうなんですけど」

 

「ああ、これか」

 

システムや拡張領域にあった物に夢中で忘れがちだったが、巨大化した浮遊シールドも調べなくてはならない。

 

───可変式浮遊盾『バリアブルシールド』───。

 

その浮遊シールドは以前の面影は一切無く、分厚い長方形となっている。正面から見れば八分割に溝があった。

 

「んー、これもよくわかんねえんだよな。デカイ癖に動きの邪魔にならねえ事しか………」

 

彼はその巨大な盾を殴ろうとしたり払い除けようとしたりしてるが、その度に距離を離したり絶妙な動きで避けたりなどちっとも当たりはしない。まるでそれは生きているようにも見える。

 

「可変式と名前が付くぐらいだからな、何かしらあるのだろう。概要欄には何か記載されてないか?」

 

「あー………、『武装取付』に『分割』………『要塞形態』?」

 

「『武装取付』………試しに何か武装を展開してみろ」

 

「んじゃ、『豪雨』」

 

彼女の指示によって彼は一つ武装を展開する。それは六本の砲身がある瞬間火力が高い射撃武装。

 

───20mm多銃身回転式機関砲(バルカン)豪雨(ごうう)』───。

 

「おっ。久々に見ましたね、それ」

 

「それを盾に近づけてみてくれ」

 

「………」

 

言われるがままに彼は『豪雨』を盾に近づけてみる。すると『豪雨』はまるで引っ張られた様に手から離れ、盾の裏側に勢いよくくっついた。

 

「くっつきましたけど………」

 

「ウェポンラックにもなるのか、その盾は………」

 

「しかも向きを変えられるし、撃てるぞこれ」

 

くっつく処か『豪雨』は砲身の向きが上下に動き、横に関しては巨大シールドごと動く。彼は真上に向けて何発か発射し、一瞬の内で辺り一面に空薬莢を散蒔いた。

その時の彼は腕を組んで棒立ち。何かしてる様子もない。

 

「や、柳………撃つなら撃つと言ってくれ………。ああ、耳が………」

 

「知ったことか。耳栓してねえあんたが悪い」

 

いきなり発砲した為、ノーガードだった彼女はその轟音によって耳を痛める。頭を抱えるように耳を塞ぐ彼女を見ても彼は悪びれる様子はなかった。

当然、一夏はISを纏っているため保護機能によってノーダメージである。

 

「ああ、くそっ。………それはイメージ・インターフェイスを用いているのか………?ということは、このシールドは特殊兵装………?他はどうだ?」

 

「うんともすんとも言わねえぞ」

 

「ふむ………解析したいところではあるが、今となっては不可能だからな………」

 

彼女は顎に手を当て考えに耽る。

彼の様子からして、思考制御によって巨大シールドを動かしていた事は明白だ。ならばあの盾は特殊兵装になったということになる。

 

(出力やパワーだけじゃない、特殊兵装まで………。既に『灰鋼』は第二世代ではないのか?)

 

出力やパワーアシストも第三世代に匹敵し、思考制御で動くであろう巨大シールド。最早この機体は第二世代のカテゴリから外れている。

 

(まるで天然の第三世代だな………)

 

人が造り上げた第三世代ではなく、機体自らが造り上げた『天然の第三世代』。出鱈目にも程がある。世界中の研究員達は涙を流す事であろう。

そう考えれば、上層部の連中がデータ採取を続行させるのも頷けた。恐らく今後も変化が起こると推測したのであろう。

『リカバリーショット』の出現といい、()()()()()()()()()()()()()()といい、解析しようとした時には無かった物まで現れたのだからその推測は間違いではないなと彼女は思った。

 

「あれ?千冬姉、その右手どうしたんだ?」

 

「うん?ああ、これか。お前は気にしなくていい。コーヒーで火傷しただけだ」

 

「………」

 

一夏は今更ながら彼女の右手のあるものに気づき、隆道はそれを興味無さげに見る。

包帯が巻かれていたのだ。それも皮膚が一切見えない程にまんべんなく。

彼女が怪我をするなんて珍しい事もあるのだなと、一夏は深く考えはしなかった。

 

「他にも調べたい事はあるが、また今度にするとしよう。二人共戻っていいぞ。………それと織斑」

 

「へ?なん………ったはぁっ!?」

 

「織斑先生だ」

 

ようやく帰れると思った矢先にまさかの遅れた制裁。つい普段呼びをしてしまった時は直ぐに制裁を受けなかったので一夏は安心していたが、彼女は忘れていなかったのだ。彼が自然に先生と呼ぶ日はまだ遠いであろう。

 

「何やってんだ織斑。行こうぜ」

 

「ま、待って下さいよぉ」

 

遠ざかる二人を見送る。ピットに向かいながらも駄弁る二人を見て、彼女はその光景を少し羨ましいと思ってしまった。

 

「………本当に兄弟みたいだな」

 

何かが違っていれば、一夏の隣にいたのは自分であっただろうかと考えずにはいられなかった。

しかし、それは最早IFの話だ。自分はどう足掻いてもISと関わらなければならない。この世界から逃れる事は出来ない。

 

『織斑先生、大丈夫ですか?肝が冷えっぱなしでしたよ、ほんと』

 

「ああ、私は大丈夫だ。諸君もご苦労だった。先に戻ってくれて構わない」

 

『わかりました。お先に失礼します』

 

隅で待機していた彼女達に先に帰るよう言い、とうとう彼女は一人となる。

誰もいなくなり少しの時間が経ち、彼女は自分の右手をじっと見つめた。

 

「まさか、拒絶されるとはな………」

 

そう一言だけ呟く。その意味を知る者は彼女自身と、隆道のみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夜。本州の内閣府、個人情報保護委員会が入居するとあるビル。

その事務室にパソコンや書類と向き合う男が一人、眠そうな表情で椅子に凭れかかっていた。

 

「んー………」

 

「なんだ先輩、まだいたんですか」

 

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」

 

だるそうにしている男にもう一人の男が近づく。格好からして帰宅する寸前のようだ。

 

「ていうか、何やってんですかこんな時間に。もう俺達しか残ってないですよ」

 

「色々あるんだよこっちには。まったく、権利団体の連中といいIS学園の連中といい………」

 

「なんの話です?」

 

「あいつら、二番目の個人情報を寄越せってうるせーんだよ。俺が決めた事じゃねえのによぉ」

 

「二番目………柳隆道ですか」

 

IS学園は隆道に関する身辺調査書を政府に依頼したが、その内容は殆ど塗り潰された物だ。当然学園側は今も尚、身辺調査書を依頼している。

何を隠そう、塗り潰した調査書を送ったのは政府だ。彼に関する事は何が何でも隠し通したかった。

女性権利団体もまた、IS学園と同じ様に彼の身辺調査書を依頼している。当然ながらそれを知る権利など彼方には無いので無視はしているが。

 

「塗り潰しの調査書なんて送ればそりゃ騒ぐでしょうに。いったいなんでですか?」

 

「………ほら」

 

「?」

 

男が渡したのは、数枚の書類。いったいなんだこれは疑問を抱いた。

 

「それが正真正銘、柳隆道の身辺調査書だ」

 

「………っ!?!?!?」

 

「どうだ?まず見ないだろこんな奴?今までよく生きてきたと思うぜ」

 

「なっ、なんなんですか………これは………」

 

そこに書かれていた内容は、彼がIS学園に連れてこられるまでについた数々の前科や逮捕歴。その数はとても多く、とても普通ではない事がわかった。

 

「暴行罪に強姦罪………傷害罪まで………!」

 

「初めて見た時はたまげたぜ?世の中こんなやべえ奴がいるんだなってな。まあ、暴行罪と強姦罪については全部冤罪だって事は調べがついている。多分、女に逆らい続けてたんだろうよ」

 

「いくらなんでも多すぎる………!普通だったら………」

 

「ああ、普通だったら一生日を拝む事なんて出来ねえ。けどな、コイツは直ぐに社会復帰してんだよ。どう思う?」

 

「………誰かが彼を助けている?」

 

今のご時世で女性に訴えられでもしたらその時点で人生は終わるはずだ。なのに、彼は有罪になろうが直ぐに復帰し、また訴えられるのを繰り返している。普通なら有り得ない事だ。

 

「手助けしてる相手だけはわからなかった。綺麗に消えてるんだよ、そこだけはな」

 

「………傷害罪の方はどうなんですか」

 

「ああ。なに、ただの喧嘩さ。と言っても………相手を病院送りにするほどのだけどな」

 

椅子に凭れかかる男は一枚の書類を指差し、それを見るように促す。そこに書かれていたものとは───。

 

「………!」

 

「殆どが一対多のリンチにも関わらず、二番目は全員病院送りにしてやがる。全員が大体全治二ヶ月になる程にな」

 

「………これも、直ぐに?」

 

「ああ」

 

ますます有り得ない。こんな危険な人間を、何故直ぐに外へ出してしまうのだろうと考えずにはいられなかった。

 

「これをIS学園の連中に見せたらどうなると思う?あの学園には女尊男卑思想を持った輩までいるんだぜ?これ以上無い弱みになると思うんだよな、俺は」

 

「………だから、隠したと?」

 

「勘違いするなよ。理由は他にもあるだろうし、決定を下したのは上の連中だ。文句はそっちに言え」

 

「………まあ、わかりましたよ」

 

決定した事はどうすることも出来ないなと納得し、再び書類に目を通す。

 

「彼が通ってた中学校、確か廃校になった学校ですよね。なんでもいじめが酷くて教師達もグルだったとか。………ん?先輩、小学時代が途中からになってますよ?」

 

「ああ、中学校は二番目が転校したとほぼ同時だな。暴れ始めたのも丁度その時期からだ。小学時代に関してはそれが調査の限界だった。離婚した篠原家の方も何故か同じ所までしか知る事が出来なかったんだよ」

 

「………」

 

経歴の一番始めは世界規模の事件が起こった十年前。それ以前の事は書かれてはいない。これもまた謎であった。

それに彼が暴力を行うようになったのも、中学校が廃校になった頃から。恐らくこの中学校で起こった事によって彼はあのようになってしまったのだろう。

 

「………ところでよぉお前さん」

 

「ん?なんですか、先輩っ………!?」

 

声をかけられ顔を上げると、男はどこから取り出したのか拳銃を持ち此方に向けていた。

その瞳は暗く、先程までのだるそうな表情も一切無い。まさに無表情といったものであった。

 

「せ、先輩………何を………」

 

「てめえが『更識』の人間だって事は知ってんだよ。バレてねえと思ったのかこの野郎」

 

「………!?」

 

そう、男を先輩と呼んでいた彼は別の組織から来た工作員だ。政府がひた隠しにする隆道の調査をする為に潜入し、調査を行っていたのだ。

ここ最近情報を掴めていなかったが、今日ようやく知りたかった事を知れたので直ぐに報告をしようとしたのだが───全て筒抜けだった。彼は泳がされていたのだ。

 

「どう………して………」

 

「『更識』は日本政府に属する対暗部用暗部なのに………ってか?馬鹿が。当主はIS操縦者に加え現役の『ロシア国家代表』、政府全体がお前らを信用してると思ってんのかよ」

 

「うっ………」

 

「さてと、ここで先輩からてめえ自身に対して大事な大事な質問だ。………てめえは───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───どっちの味方だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、とある廃工場。

普通なら人一人としていないはずのその場所には、大勢の男達が屯していた。

その中で一人の男は誰かと通話している。

 

「………了解っす、任せて下さい。それで、その女二人は好きにしても?………わかりましたよっと。んではまた」

 

男は通話を切り、奥で座り込む顔が傷だらけになっている大男の元に寄る。恐らくその大男がリーダーなのだろう。

 

「先輩、『飼主』から連絡がありました。明日、柳隆道が自宅に戻って来るそうです。仕留めろと指示が」

 

「………ほぉ、そうかそうか。隆道が、ねぇ」

 

大男はニヤリと笑みを浮かべ、立ち上がる。その巨体は近くで見ると圧巻の一言に尽きるであろう。

 

「全員に伝えろ、隆道の野郎が戻って来るってな。それとありったけの武器も用意しろ」

 

「はい、直ぐに。………あの、『髑髏』の連中が黙ってるとは思えませんけど」

 

「彼奴等が来る前に仕留めねえとなぁ。用心しとけ」

 

「わかりました」

 

そう言って男は大男から離れる。男は何人かに耳打ちをし、廃工場を後にした。

 

「隆道ぃ………。今度こそてめえを殺してやるからなぁ………」

 

大男は隆道に対して怒りを持っているのか、顔を歪ませ歯軋りをする。その表情は、周囲の男達を震え上がらせる程だった。

 

 

 

悪意は、彼を待ち構えている。




◆リカバリーショット×3
単一仕様能力『悽愴月華』によって奪った余分なエネルギーを有効活用する為にコアが作成した偶然の副産物。注射器の様な形状をしており、表面には『S・E』と記されている。
使用すると少量のエネルギーを回復し、 ISに備わる自己修復機能を促進。使用後は拡張領域に自動的に格納される。
単一仕様能力だけでなく、学園の設備でもエネルギーの充填は可能。



次回、オリジナル回『暴力だらけの日曜編』。
ついにあの家政婦が………!


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第二十四話

オリジナル回『暴力だらけの日曜編』開幕。
三~四話の予定。
オリ主場面の前に一夏の場面を入れたんですが、何故か約8000文字も………。
対するオリ主場面は約6000文字、どういうことなの………。
という訳で前回の後書きで書いていた『家政婦』は未登場!
いや、マジでごめんなさい。
文字数足りなくてそこまで行けなかったんです………!許して………!


『灰鋼』の調査をした翌日の日曜日、正午付近。

一夏は以前提出した外出届によってようやくIS学園外に出られるようになり、二人の護衛を連れて無人となった自宅の様子を見に行った後、友人の家へ遊びに行っていた。

二月中旬にIS適性が発覚して以来、当然ながら中学時代の友人と遊ぶ機会など無かった為にその友人と再会した時は大いにはしゃいだ。

ここのところ隆道という同性は居たには居たが、殆どが女性に囲まれた生活をしていたのだ。なにかとキツい環境から解放された事もあって今現在の彼は凄く心地よく感じていた。

 

「で?」

 

「で?って、何がだよ?」

 

現在彼は再会した友人宅で中学時代からの友人───『五反田 弾(ごたんだ だん)』と格闘ゲーム対戦を楽しんでいる。

弾は中学の入学式当日に知り合い、幼馴染の一人である鈴音と揃って三年間同じクラスだった。

やたらと馬が合ったので中学時代はよく三人でつるんであれやこれやと楽しんだものだと弾を見る度に思い返す。出来る事ならずっとこのままが良いと考えはするが、叶わないであろうと彼はしみじみと感じていた。

 

「だから、女の園の話だよ。良い思いしてんだろ?」

 

「してねえっつの。何回説明すれば納得するんだ」

 

「嘘をつくな嘘を。お前のメール見てるだけでも楽園じゃねえか。なにそのヘヴン。招待券ねえの?」

 

「ねえよ馬鹿」

 

現在、一夏は『ISを使える世界で一番目の男』という肩書きを持ちIS学園へと強制的に在学中である。

『二番目の男』である隆道と、まだ出会った事のない男性用務員一人───計二人の男性を除いて生徒、教員、用務員を含め全て女性のIS学園で寮生活の真っ最中だ。

傍から見れば女性に囲まれた生活などさぞ楽しいだろうなと思う男性がいるであろうが、全員がそうではない。少なくとも彼自身は楽しいと微塵と感じた事も無いし、隆道に至ってはISに対する嫌悪と女性不信によって全力で拒絶している。

今となっては有り得ない話ではあるが、仮に弾もIS学園に入学して隆道と対面したらその辺りの認識が間違いなく変わるだろう。

 

「つか、アレだ。鈴が転入してきてくれて助かったよ。話相手本当に少なかったからなあ」

 

「ああ、鈴か。鈴ねえ………」

 

弾はニヤついた表情で彼を見据える。それは鈴音が彼に好意を寄せていると知っているからこその表情だ。

それを横目で見えてしまった彼はいったいなんだその顔はと不思議に思うが、その意味を知る日はまず来ないだろう。

 

「よっしゃ、また俺の勝ち!」

 

「おわ!きたねえ!そのやり口は無しだろ………」

 

「ははん、勝ちは勝ちだからな。………ところで、もう一人の………柳隆道?あ、三つ歳上なんだっけか。んじゃあ柳さん、か」

 

「そうそう。紹介したかったんだけど、向こうも予定があったらしく一緒に来れなくてさ」

 

そう、この場に隆道はいない。本当は一緒に出掛けて弾に紹介をしたかったのだが、既に隆道は予定を組んでいたとのこと。

昨日の夜に聞いた話では、隆道も自宅に戻って様子を見に行くと言っていた。場所もここより遠く、後の合流も難しいらしいので今回は断念せざるを得ない。

しかし、別に外出は今回が最後ではない。次回にでも誘って、その時に紹介するとしようと彼は考えた。

 

「メールでは殆ど触れて無かったが、どんな人なんだよ」

 

「顔にでっかい傷が二本あって殆ど表情を変えない人、かな。あとISと女性がすげー嫌い」

 

「え、なにそれ。大丈夫なのか?」

 

「大丈夫───とは言えねえけど俺ともう一人の幼馴染とは普通に喋ってくれるし、良い人だな」

 

隆道の事を聞いて弾は一気に不安に駆られたが、彼の感じからして本当に良い人なのだろう。

先程女の園で良い思いをしてんだろと言った自分を思い返して、隆道がいなくて良かったと安心した。もし本人の前でうっかり言ってしまったらブチギレ待った無しであったに違いない。

 

「 まあ、お前が言うんだから間違いなく良い人なんだろうよ。………ちなみにどれくらい女嫌いなんだ?」

 

「どれくらい………?千冬姉ですら猛烈に反発するくらいだな」

 

「うっわ、筋金入りじゃねえか。あの人に逆らうなんて相当だぞ」

 

「まあ、そういう人もいるって事だ。………間違ってもあの人の前でIS学園の話はするなよ?二ヶ月経った今でも不機嫌な時が多いんだからな」

 

「ああ、それはさっき思ったところだっての………。まあ、その人の事は置いておこう。話は戻るが、鈴のことは───」

 

今この場にいない隆道の事はいずれまた聞く事にしよう。途中で切れた鈴音の話題に戻そうとする弾であったが、その言葉は突然の訪問者によって遮られた。

 

「お兄!さっきからお昼出来たって言ってんじゃん!さっさと食べに───」

 

吹き飛ばす勢いで扉を蹴り開けて入ってきた訪問者は五反田 (らん)。弾の一つ年下である妹で、有名私立女子校に通う優等生。()とは天と地ほどの差がある。どこで教育が違ったのであろうか。

 

「あ、久しぶり。邪魔してる」

 

「いっ、一夏………さん!?」

 

完全にプライベート状態だったのか、彼女は現在ラフな格好だ。肩まである髪を後ろで挟んだだけの状態でタンクトップにショートパンツ姿。

そこら辺の男性だったら目のやり場に困るであろう姿なのだが、生憎彼はIS学園で見慣れている。何せ、殆どの生徒が寮内では彼女の様に薄着やラフ着なのだから見慣れるのも当然であった。

しかし最近は暑くなってきたせいか、やたらと胸元が開いた服を着ている生徒が多い。彼以外の視線が無いからか殆どがノーブラ等の解放的な姿で過ごしている。

彼とて健全な高一男子だ。見慣れているとしても、そこまで開放的だと目のやり場に困る。ふと視線に気づいた生徒が胸を隠す時の気まずさは計り知れない。

ちなみに隆道は移動する時以外は滅多に自室から出る事は無く、寮内で他生徒と遭遇する事は殆ど無い。遭遇したとしても見向きすらせず、例え見たとしてもしかめっ面しかしない。隆道の事をよく知らないまともな思想を持った生徒達は『私って魅力、無いのかな………』と悲しい気持ちになったそうな。

 

「い、いやっ、あの、き、来てたんですか………?全寮制のIS学園に通っているって聞いてましたけど………」

 

「ああ、うん。今日はちょっと外出。家の様子を見に行った後寄ってみた」

 

「そ、そうですか………」

 

先程の態度はどこへやら、彼女はたどたどしい。昔からそうであったが、何故自分相手だとそのような感じになるのだろうかと一夏は不思議に感じていた。

 

「蘭。お前なあ、ノックくらいしろよ。恥知らずな女だと言われ───」

 

弾が言葉を言えたのはそこまでだった。

彼女に鋭い目付きで睨まれたのだ。某配管工が縮んでいくのを彷彿とさせるその様は情けないの一言に尽きるであろう。

 

「………なんで、言わないのよ………」

 

「い、いや、言ってなかったか?そうか、そりゃ悪かった。ハハハ………」

 

「………」

 

追撃するかの如く視線を再び弾に突き刺す。それは最早死体撃ちに近い。これではどっちが歳上なのだろうか。

 

「あ、あの、よかったら一夏さんもお昼どうぞ。まだ、ですよね?」

 

「あー、うん。いただくよ。ありがとう」

 

「い、いえ………」

 

彼女はその言葉を最後に顔を赤らめながらそそくさと部屋を出ていく。残されたのは男子二人と静寂のみだった。

 

「しかし、アレだな。蘭ともかれこれ三年の付き合いになるけど、まだ俺に心を開いてくれないのかねえ」

 

「は?」

 

「いや、ほら、だってよそよそしいだろ。今もさっさと部屋から出ていったし」

 

「………」

 

彼女もまた、彼に好意を寄せている。先程の彼女が取った行動もそれによってなのだが、この男『織斑一夏』は死ぬほど鈍感である。罪な男だ。

 

「………なんだよ?」

 

「いやー、なんというか、お前はわざどやっているのかと思う時があるぜ」

 

「?」

 

「まあ、わからなければいいんだ。俺もこんなに歳の近い弟はいらん」

 

本当は指摘するべきなのだろうが、そうすると先程の視線のように牽制され、酷い時は制裁を受けてしまう。それに、友人が家族になるなど弾にとっては後免だった。

 

「まあ、いいや。とりあえず飯食ってから街にでも出るか」

 

「おう、そうだな。昼飯ゴチになる。サンキュ」

 

「なあに気にするな、どうせ売れ残った定食だろう。じゃ、行こうぜ」

 

弾の自宅は食堂を営んでおり、昼食はそこで用意されている。

部屋を出て一階へ下り、一度裏口から出て正面の食堂入り口へ。多少面倒ではあるが、弾曰くこの構造のおかげで私生活に商売が入って来ないとのこと。

住みにくくないのかと以前は思っていたが、本人がそれ以上何も言わないのだから別に良いかと一夏はあまり気にしない事にした。

 

「うげ」

 

「ん?」

 

「………」

 

食堂に入るなり露骨に嫌そうな声を出す弾。いったいなにがと一夏は後ろから除くと、そこには彼等の用意されてある昼食の他に先客が一人。

 

「何?何か問題でもあるの?あるならお兄一人外で食べてもいいよ」

 

「聞いたか一夏。今の優しさに溢れた言葉。泣けてきちまうぜ」

 

その先客とは、先程部屋を出ていった蘭であった。しかし、その姿はラフな姿は微塵も残っていない。

纏めていた髪も全て下ろし、服装は六月ということもあってか半袖のワンピースである。

 

「別に三人で食べればいいだろ。それより他のお客さんもいるし、さっさと座ろうぜ」

 

「そうよバカ兄。さっさと座れ」

 

「へいへい………」

 

弾は何かを観念したのか渋々テーブルに座る。本当に彼女の兄なのだろうか。実は彼女の方が姉なのではないかとたまに思う時がある。

 

「………蘭さあ」

 

「は、はひっ?」

 

「着替えたんだ。どっか出かける予定?」

 

「あっ、いえ、これは、その、ですねっ」

 

「………ああ!」

 

一夏は閃いた。漫画的表現を使うとすれば、頭の上で電球が現れ光ったことだろう。

 

「デート?」

 

「違いますっ!」

 

光ったところでそれが正解とは限らない。着替えた理由は彼自身に見て欲しいという思いからなのだが、彼の性格上それに気づくことは無いだろう。

 

「ご、ごめん」

 

「あ、いえ………。と、とにかく、違います」

 

「違うっつーか、むしろ兄としては違って欲しくもないんだがな。何せお前そんなに気合いの入れたおしゃれをするのは数ヵ月に一回───」

 

瞬間、突如として彼女が繰り出すアイアンクローは見事に弾の顔下半分を捕らえた。完全に口を塞いだ事によって呼吸を止めている。恐ろしい技術だ。

 

「………!」

 

「………!」

 

冷たく見据える彼女と許しを請う弾の二人が行う、二人だけに通じるアイコンタクト。その光景を見て彼は一言。

 

「仲いいな、お前ら」

 

「「はあ!?」」

 

「食わねえんなら下げるぞガキども」

 

「く、食います食います」

 

そのとき、厨房からぬるりと現れたのは八十を過ぎて尚も健在、五反田食堂を経営している五反田家の頂点である五反田 (げん)。長袖の調理服を肩までまくり上げ、剥き出しになっている腕は隆道ほどではないが筋肉隆々である。

彼は何度か厳に拳骨を食らった事があるが、それは姉である千冬に勝るとも劣らない威力だ。よって大人しく昼食を頂く事が賢明である。

隆道の拳骨を受けた事は無いが、恐らく一撃で意識は飛ぶだろう。そんなどうでもいいことを彼は考えていた。

 

「「「いただきます」」」

 

「おう、食え」

 

三人の食事様子を見て満足げにした後に厳は厨房に戻っていき、次の料理を調理し始めた。連続に響く包丁の音から察するに、二重の意味で五反田鉄板メニュー『業火野菜炒め』の注文が入ったのだろう。

 

「でよう一夏。鈴と、えーと、誰だっけ?ファースト幼馴染?と再会したって?」

 

「ああ、箒な」

 

「ホウキ………?誰ですか?」

 

「ん?俺のファースト幼馴染」

 

「ちなみにセカンドは鈴な」

 

箒と鈴音が聞いたら間違いなく鉄拳制裁が飛んでくるであろう。誰もその事を指摘しないので、彼が二人の前でその呼び名を言わない事を祈るしかない。

 

「ああ、あの………」

 

「そうそう、その箒と同じ部屋だったんだよ。まあ今は───」

 

「お、同じ部屋!?」

 

先程から彼の発言に対し気が気ではなかった彼女だったが、『同じ部屋』という部分によって完全に取り乱し立ち上がってしまう。

 

「ど、どうした!?落ち着け」

 

「そうだぞ落ち着け」

 

「い、一夏、さん?同じ部屋っていうのは、つまり、寝食を共に………?」

 

「まあ、そうなるかな。ああ、でもそれはこの間までの話で、今は別々の部屋になってる。当たり前だけど」

 

そもそも、男女が同じ部屋だったのがおかしかったのだ。何故初めから男女別にしなかったのかと思っていたが、その理由がかなり複雑であった事は彼は知るよしもない。

 

「い、一ヶ月以上同せ───同居していたんですか!?」

 

「ん、そうなるな」

 

「………お兄。後で話し合いましょう………」

 

「お、俺、このあと一夏と出かけるから………。ハハハ………」

 

「では夜に」

 

有無を言わせぬ口調で兄の退路を絶つ彼女。中等部生徒会長をやっている経験からか、妙に鋭いものを感じる。

 

「………決めました。私、IS学園を受験します」

 

「お、お前、何言って───」

 

「───っ!?」

 

彼女の唐突の宣言により弾は立ち上がってしまう。先程の彼女といい弾といい、食堂で騒ぎ立てた事によって厨房にいる厳の怒りは頂点に達した。

それによって厳が繰り出すは豪速球とも言えるおたまの投擲。それは一寸の狂いもなく弾の顔面に向かって飛んでいき───。

 

「………おお?」

 

「さ、サンキュ、一夏。助かった………」

 

「………」

 

───弾の顔面に当たる事は無かった。

とっさに飛んできたおたまを一夏は直ぐに捉え、すんでのところで掴む事が出来たのだ。

 

「………危ないじゃないですか厳さん。他のお客さんもいるんですからこういうのは投げないで下さいよ」

 

「………悪かったな。だが、あまり騒ぐなよガキども」

 

立ち上がって厨房入り口まで来た一夏からおたまを受け取って一言謝った後に、厳は厨房に戻っていく。小さな溜息を吐いて彼も席に戻る。

 

(………今までは見えなかったのに、なんで掴めたんだ?)

 

弾の顔面におたまが飛んでくる事は今回が初めてじゃない。しかし、今回は何故か目で追うことが出来、更に掴む事が出来た。

何故だかはわからない。もしかしてISの訓練をしてるからなのだろうかと考えたがどうも違う気がする。

しかし、考えても結論など出るはずもなく、まあいいかと彼は深く考えない事にした。

 

「すげえな一夏………。じーちゃんの投げたおたまを掴むなんてよ」

 

「お前もいい加減学習しろって………。ところでさ、受験するって………なんで?蘭の学校ってエスカレーター式で大学まで出れて、しかも超ネームバリューのある所だろ?」

 

彼にとってそこが謎であった。大学まで約束された学業を蹴ってまでIS学園を受験するなど、よっぽどISに関心が無ければするはずがないからだ。

 

「大丈夫です。私の成績なら筆記で余裕です」

 

「いや、でも………な、なあ、一夏!あそこって実技あるよな!?」

 

「ん?ああ、あるな。IS起動試験っていうのがあって、適性がまったくない奴はそれで落とされるらしい」

 

IS学園に入学するのだから、肝心なISに乗れなければ話にならないのだ。乗れない癖にIS学園に通うなど、何しに来たのだとしか言いようがない。

しかし、そんな二人を余所に彼女は余裕の表情を見せ、無言でポケットから紙を取り出しそれを差し出す。

 

「げえっ!?IS簡易適性試験………判定A………」

 

「問題は既に解決済みです」

 

「それって希望者が受けられるやつだっけ?確か政府がIS操縦者を募集する一環でやってるっていう」

 

「はい。タダです」

 

道理で余裕の表情だった訳だと彼は納得した。成績も優秀、適性も高ければIS学園に受かる確率は高いだろう。

 

「で、ですので………IS学園に受かりましたら、い、一夏さんにはぜひ先輩としてご指導を………」

 

「………」

 

「………一夏、さん?」

 

IFの話ではあるが、隆道に出会っていない彼だったなら恐らく安請け合いしたであろう。しかし、今の彼はそのようなことはしない。

 

『考えなしの発言はやめとけ、今後苦労するぞ。口は災いの元って言うしな』

 

IS学園に入学してから今日まで学んだ事は既に数多い。女性に対しては異常なまでに鈍感な彼であるが、それ以外の事は色々と学んで来た。そして何より───。

 

 

 

『悪いが、一次移行を終わらせてない織斑を出させる訳にはいかねえ。そんなに男のIS試合を見たいんだったら、俺が出てやるよ』

 

 

 

『ぐひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!あははははははははははははははは!!』

 

 

 

しっかりと味わえライム女ぁっっっ!!!

 

 

 

『迎撃行動を再開』

 

 

 

『………なんでだよ………どうして』

 

 

 

『織斑一夏、セシリア・オルコット、凰鈴音。三名に迎撃行動を開始する。終了条件、最優先事項の達成』

 

 

 

『どうしてだあああぁぁぁっ!!!!!!!!』

 

 

 

───今のIS学園は、何が起こるかわからない。

 

(っ………)

 

自分と隆道の存在によって起きた二つの事件。どちらも主な被害を被ったのは隆道の方だが、そういった事が今後自分や他の人間に降りかからない保証なんて無い。

今の自分では何も出来やしないのに、物事を安請け合いするなど愚の骨頂だ。彼女のお願いなど、到底聞けるはずもなかった。

 

「………なあ、蘭」

 

「は、はいっ!?」

 

「蘭が決めた事に俺がどうこう言う筋合いは無いんだろうけど、さっきも言った様になんでIS学園を受けたいんだ………?」

 

「え………。あの、えと、それは………」

 

「悪い事は言わない、よく考えた方がいい。自分の人生なんだからさ」

 

箝口令を敷かれた事によって、事件の事は言えない。今や