バロウスという魔神 (メセォスォ)
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プロローグ『彼女が生まれた日』

交流3がきたので、書き溜めておいたものの一部を公開。
バロウスの鎧を誰が作ったのか気になる。


 人間が支配する物質界と対になるように、デーモンが支配する魔界が存在する。

 そんな魔界の大地に点在する魔の森の片隅に、いくつものさ迷う魂の淀みが生まれた。人の魂のほかに、犬や牛に馬などの動物の魂、果ては植物の魂といった物質界のあらゆる生物の魂が集まっていたのだ。

 

 ただの淀みなら時が経てば霧散するのが常だが、この淀みには異物が混ざっていた。それは異世界の人間の魂であり、他のものよりも高位の力を秘めていた。

 そのため、魂の群が霧散することはなく、異世界の魂を中心に徐々に1つの巨大な魂となっていった。

 

 そして長い時間をかけて巨大化していく魂に気づいた小さなデーモン種であるインプが1匹、淀みへ近づいていった。

 

 さて、ここで魔界のデーモンの特徴について話しておこうと思う。魔界のデーモンは魂の操作に長けており、肉体が滅びても魂が無事ならば時間経過によって復活することが可能となっている。そのためデーモンに死という概念はなく、魂や魔力の質と量次第でいくらでも強くなることが可能なのだ。そして強化のため、あるいは娯楽のために物質界から人を拉致して魂を食べることもよくある話だったりする。現在は、魔界から地上へ行くことはできないが、たまに魔界と人間界が近づいたときに、神隠しのように入ってしまう人間も少数ながら存在するほか、召喚魔法を用いて人間を拉致する者もいた。

 

 今、巨大化した魂は並のデーモンを遥かに凌駕し、上級のグレーターデーモンに迫るほどの量となっていた。しかし魂の操作技術が全くなく、ただ集まっているだけの魂はただの魂塊でしかなく、インプからすればこの上ないご馳走であった。

 

 周囲にはまだ、このインプ以外に気づいた者はおらず、当然、インプは全ての魂を吸収することに成功する。

 ここで異世界人の魂が、インプの魂の在り方を変えることとなった。次元の異なる世界の魂であるという要素が、次元の存在を跨ぐ魂であるという概念をインプに付与したのだ。その結果、力の強さでは魔神には至らずとも、力を得たインプの特殊性は魔神に近いものとなる。

 

(なんだこの魂は……。久しぶりのご馳走だと思ったら変なのが混ざってたぞ。って、うお!お!?)

 

 徐にインプの体が、粘土のようにぐにゃりとねじ曲がり始めた。その瞬間、彼の意識は閉ざされてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 再び覚醒したインプは、即座に周囲を警戒する。魔界は弱肉強食の世界。隙を見せたものが捕食されるため、索敵は当然の行動である。幸いなことに、相変わらず周囲には誰の気配もなく、一端落ち着いたインプであったが、自分の体を見下ろした瞬間に再び慌てふためくこととなった。

 

(いきなり五感が消えたと思ったがとりあえずは無事っぽいな。それはいいんだが……手足が変な形してやがる。っていうか人間みたいな形と色だな。しかも胸の辺りに変なもんがくっついてんぞ。なんだこりゃ?)

 

 元インプは自分のことなので気がついていないが、左目はルビーよりも深く輝く紅色で、右目はサファイアより鮮やかな蒼いオッドアイをしていた。髪は艶のある癖の無い長髪で、捻れた角二本を側頭部から生やした、150cmほどの小柄な美少女だった。

 

 驚いて身体全体を見てみると、ほとんど人間の雌のような体をしていて、胸も小さいながら柔らかく盛り上がっている。服は何も着ていない。そして背中には、インプだったころよりも立派な悪魔の翼が生えている。

ここまで確認せずとも薄々気づいていたが、どう考えてもインプの身体ではない。ましてや人間の身体でもない。いや、胸を見ると人間の女性のような膨らみがある、という点ではこの異形は人でなくとも女型と言えるだろう。股間のイチモツも無い。

 

(デーモンが長い期間死なずに魂を溜め込み続けたときに体が変化するって話は聞いたことがあるが……なんか話に聞いてたのと違うな。女型デーモンとも違うし。)

 

 魔界にも女型のデーモンは存在するが、数は多くなく、一部の高位デーモンを除いてどれもこれも通常のデーモンと同じ赤い肌をしている筋肉隆々の姿だ。元々インプは雄であったが、どういうわけか雌になり、体つきも人間に近いものになっていた。実は雌になったのは取り込んだ異世界の魂が女性のものだったからだが、体つきが人間に近いのは運としか言いようがない。高位のデーモンでも肌の色が紫だったり、人間の肌色だったりとまちまちなのだ。

 

(雌にしては貧相な体だが俺様は元々雄だ。胸のせいで体の動かし方もそこまで阻害されないのは幸いか。でもちょっと立ちにくい……骨格が違うからか?)

 

 そこまで現状を理解したところで一度落ち着いたかに思われたが、元インプ———彼女は嫌な考えが思い浮かび、再び恐怖することとなった。

 

(いや待て、ここは魔界。弱肉強食の世界だ。そんな所で、慣れない雌になっちまったということは……ヤバい! 主に貞操的な意味で。捕まったら間違いなく性奴隷だろこれ! いや、雄だった頃は貞操とかどうでもよかったんだが、ヤられる側となると話は別だ。そもそも俺様は同性愛者じゃねぇ。雄にヤられるなんてまっぴら御免だ!)

 

 魔物は、数百年前に起きた人と魔物の戦争時には破壊衝動しか持ち得なかった。しかし魔王封印の礎となった女神の性質を取り込み、雌雄という概念と、雌を孕ませて繁殖する欲求を持つようになったのだ。

 

 新たな力を手に入れたはいいものの、所詮は元々が普通のインプ。使いこなせなければ意味はなく、今までのように上位のデーモンに従うだけならばすぐに性奴隷となってしまうのは想像に難くない。

 

(とはいえ、今の俺様に必要なのはこの体の扱い方に慣れて力量を知ること。そして安全な隠れ家を探し、俺様に忠実な駒を探すことだ。雌になっちまったことはとりあえず無視するしかない。それどころじゃないからな……。)

 

 今後の方針が決まったところで、自分の思考に没頭していた彼女は周囲への警戒が薄れていた。それが不味かったのか、そこへ一体のデーモンが近づいていたことに気がつかなかった。

 

 

 

 

「あの雑魚インプ、どこへ行きやがったんだ?勝手に部隊から離れやがって! ……チッ!連れ戻したら一度ぶっ殺す!」

 

 数刻前、元インプの管理役であったデーモンはイライラしていた。部下(インプ)の行方がわからなくなったため、更に上位のデーモンにネチネチと小言を言われてしまったからだ。インプの1匹もまともに管理できないのかと。

 インプ程度を支配するだけのデーモンは魔界では珍しくなく、赤色の体表と巻き角を持つ、2mを優に越える筋肉の塊のような姿をしている。雌のほうが圧倒的に少ないこともあり、悪態をついていたこの個体も雄だ。

 

 しばらく彷徨いていると、森の中からおかしな気配を感じた。不審に思った彼は気晴らしがてら森へ足を踏み入れた。

 

 しばらく歩いていると、前方におかしな気配の正体が現れた。そう、先ほど雌へ変化した元インプである。顔の造形や肌の色は人間のようだが、頭の角や背の翼が人外であることを示していた。そして……何よりも美しかった。陶器のように滑らかでシミ1つない肌と、華奢な体躯、そして禍々しい角がアンバランスながらも不思議とその魅力を際立たせていた。

 

 デーモンにとっては幸いなことに、彼女は思考に没頭しており、彼に気づいていない。ニヤリと笑った彼は身を隠して彼女の背後へ迫り、片手で首をつかみあげて宙へ持ち上げた。

 

「なっ!? なんだテメェ! って、お前は?! ……ぅ、ぐぅっ……!!」

 

「あぁ? 随分口の悪い雌だなぁ! こんなところでボケッと突っ立ってりゃ襲ってくださいって言ってるようなもんだぜ? ゲハハハ!」

 

 下品な笑い声をあげながら、デーモンは彼女の首を絞め始める。

 

「こんな上玉な雌が手に入るなんてついてるぜ! 雑魚インプのせいでイライラしてたからなぁ。俺のストレス解消に付き合ってもらうぜ!」

 

 彼女は万力のような力で首を絞められる。振りほどこうにも、酸欠状態の慣れない体では上手く力が入らず、足をバタバタとさせてもがくことしかてきない。

 

 やがて意識が朦朧として、体の動きが鈍くなってくると、デーモンは、彼女を腹から勢いよく地面に叩きつけた。

 

「がはっ!」

 

「ゲハハハ。しかしホントに良い雌だなぁ。柔けぇ体してやがるし、なにより人間じゃねぇ! 人間は餌に見えてくるからヤってる最中につい食っちまうんだよなぁ。こいつの胸が貧相なのはちょいと残念だが……」

 

 もがく彼女を仰向けに拘束して、その顔を覗く。

 

「抵抗しても無駄無駄。さーて、お楽しみの時間だな。かわいい顔して睨み付けられるとそそるってもんだ!」

 

 彼女は動けず、首も絞められているため、睨み付けることしかできなかったが、それはデーモンの劣情を煽る結果にしかならない。

 

「顔は悪かねぇな。しかも目の色が左右で違うとは、随分なレア物だ。今まで噂にもなってないのが不思議なくらい…だ……。」

 

 そのとき、彼女の目を覗き込んでいたデーモンの動きが唐突に止まる。彼女は不可思議に思うものの、拘束が緩んだため抜け出すことに成功する。

 

 脱出後は、相変わらず固まっているデーモンを睨み付けつつ、距離をとって体の調子を確認した。多少酸欠で力は抜けているが、問題はないようだ。

 

「ゲホッ、ゲホッ……。ふぅ……。おい、お前!いきなり襲ってきたと思ったらいきなり固まって、何やってんだ?」

 

 彼女は強気な口調でデーモンを問い詰めるものの、デーモンには反応がない。ちなみに彼女は必要以上にデーモンとの距離をとっており、内心かなりビビっている。

 

「おい! 返事くらいしたらどうだ!」

 

「……はい」

 

「?」

 

 更に強めに詰問すると、返事を返してきた。しかしその反応は、操られたように意思のない声であった。そして『返事をしろ』という言葉に対して返事だけが返ってきた。

 

 彼女は唖然としていたが、この2つの状況から、彼女は、自分がこのデーモンを操っているのではないか? という仮説を立てていた。

 

(どういうことだ? 俺様を正面から見てから急に操られたようになりやがった。……目か? まさか目に何かあるのか? あいつは俺様の目を見て、左右で色が違うとか言った直後にこうなったが……。しかし操られているようだというのも推測にすぎないか。これは検証する必要があるな。)

 

「おい、今からお前をぶん殴るが、絶対に動くな」

 

 そう言ってから彼女はデーモンの腹を全力で殴る。デーモンの巨体は軽く数メートルも吹っ飛んで数本の木をなぎ倒した。インプだったころとは比べ物にならない威力が出ている。

 

 そして殴る瞬間をよく観察していた彼女は、間違いなく自我がない、という確信を得ていた。正面から殴ったにも関わらず、微動だにしなかったためだ。普通、威力が弱くても多少身構えたりするものだが、それすらなかったのだ。

 

 それと同時に自分の力の上がりようにも驚いていた。流石に人の身長ほどもある大槌を振り回すようなグレーターデーモンほどではないが、それでも圧倒的に力が増していた。その事実に、彼女は生涯感じたことのない程の高揚感を得ていた。

 

「ケ、ケケケケ! すごい! すごいパワーだ! これなら最底辺の生活からもおさらばできる! よくわからんが能力だってあるかもしれないんだ! やっとこのクソみたいなヤローどもから逃げられる!」

 

 彼女は元インプであるためか、微妙に志が低かった。

 

「よーし! 手始めにこの糞デーモンを相手に準備運動でもさせてもらうか! 今まで散々コキ使いやがって!」

 

 数十分後、そこにはボロ雑巾のようになったデーモンと返り血で体を汚した彼女が立っていた。デーモンはついでに駒として扱うほうが良いかと思ったために一応殺してはいないが、瀕死の重症である。

 

「ふぅ。これくらいにしといてやるか。俺様は慈悲深いからな。駒は簡単には使い潰さねぇ。末長くコキ使ってやるよ。さて、とりあえず移動するか」

 

 いい笑顔でそう言った彼女はデーモンを引きずりながら歩き始めた。

 

「イテッ」

 

 しかし数歩で転んだ。やはり体の違いは大きかったようだ。

 

「うーん、それにしてもこの体は歩きにくいな。それに防御力も弱そうだ。ぷにぷにしてやがる。これじゃ攻撃も殴るぐらいしかできなくないか? ……あ、そうだ! 俺様の武器! 拾うの忘れてた!」

 

 慌てて元の場所に戻る彼女。戻る途中も、何度も転んでいた。

 

「あったあった。やっぱり使い慣れた武器がいいな。んー……、改めて自分の武器を見ると、実に弱そうだ。俺様のニュースーパーパワーに耐えられるのか?」

 

 武器を回収してブンブン振って調子を確かめる。インプの一般的な武器は巨大なフォーク型の刺突武器である。人間界でいうと、農具に使われるピッチフォークが近い。身長と力で劣るインプは、リーチと一点火力に優れた刺突武器が最も適しているのだ。もっとも、武器の質が悪いうえに皮膚の固い生物が多い魔界では、貧弱もいいところである。

 

「相変わらず体が違いすぎて違和感が拭えないけど、無いよりはマシか」

 

 彼女はフォークを手に、放っておいたデーモンの側へ戻った。

 

デーモンはまだ気を失っていたので、フォークの柄でぶっ叩いて起こすことにした。

 

「おい!いい加減起きろ」

 

 力が上昇したのに乱暴に扱ったからか、フォークからミシミシと音がしている。それほどの力で叩かれたデーモンは、元々ボロボロだった体が更にボロくなっていく。まぁ、相手の怪我など意にも介さない彼女だが、一応死なないように手加減はしているのだ。やがてデーモンは痛みに耐えかねて目を覚ました。

 

「う、ぐぐ。……な、なんだ? 俺はいったい?」

 

「あれ? 正気に戻ったのか? 面倒だな。おい。お前は俺様に負けた。わかってんのか? 負けたってことは俺様より格下ってことだ。だから俺様に従え」

 

「はぁ!? 何言ってんだてめぇ! 雌が調子に乗ってんじゃねぇぞ! しかも俺様だぁ?! あのいけ好かねぇ雑魚インプを思い出してイライラするからやめろ!」

 

 目を覚ましたデーモンだが、正気を失う直前に押し倒していた雌がいきなり強気で格下発言をしたがために、即キレた。そして彼女を殴り倒そうと腕を振りかぶった。しかし彼女は彼のことをよく知っているので、この程度のことは予測済みだ。振りかぶった瞬間に突進するようにしてデーモンの腹にパンチを叩き込んだ。慣れない体ではあまり複雑な動きはできないので、突進をしたのだ。まともに彼女のパンチを食らったデーモンはその場に崩れ落ちた。

 

「お前の単細胞な行動なんてお見通しなんだよ。俺様が雌だからって舐めてんじゃねぇぞ。オラ、起きな。手加減はしてるんだからよ。これでわかったか? 二度と俺様に逆らうんじゃねぇ。力も頭も俺様の方が上だし、俺様には相手を操る能力まである。お前もいきなり意識がなくなったことを不思議に思わなかったか? 単細胞だからそんなことも考えつかなかったか?」

 

「てめぇ……。クソが! わかったよ! 今はお前には逆らわねぇ。でもいつかブチ犯してやるからな! 覚悟しやがれ!」

 

「フン! お前ごときが俺様の相手をしようなんざ、魂が消滅するまで無理ってもんだ。ケケケ!」

 

 こうして、彼女らは行動を共にすることとなった。未だに体の扱いも慣れていないが、数は力ということを知っている彼女は、どうあってもデーモンを殺すつもりはないのだった。

 

 




名前はまだない


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第1話『名前』

 物質界の時間にして数日間の間、彼女らは魔界各地を転々としていた。無理やり奴隷にしたデーモンの傷は、すでに回復している。彼女も体に少しは慣れてきて、咄嗟でなければ転ばなくなったし、力加減も把握してきた。しかし、それでも力の違いがあるので、元々使っていた武器はあっという間に壊れてしまった。

 なお、彼女はその辺にいたデーモンワームから剥ぎ取った皮をそのまま巻き付けた簡易的な服を着ている。奴隷のデーモンが邪な目で見ることをやめなかったからだ。どれだけ言い聞かせても、ぶん殴っても、懲りずにジロジロ視姦してくるのだ。あきらめの方が早かったし、防御の面でも不安だったのでちょうどよかった。

 

 二人が未だ定住していないのは、住み処となる場所がなかなか見つからないためだ。始めは元の住み処に戻ることも考えたが、デーモン陣営の真っ只中なのでやめた。

 現在彼女は、魔界の森の切り株のうえに腰かけ、奴隷のデーモンはその横に立っている。彼女は行き先について思案していた。単に隠れ家を探すといっても、組織の後ろ盾があるのとないのとでは大きな差がある。しかし魔界には碌な組織がないのだ。

 

 ダークエルフはデーモンの支配域に住んでいるが、排他的で、そもそもデーモンに対してよく思っていない。明らかにハグレの自分たちでは追い返されるのが関の山だ。

 オークは戦いのことしか考えていないために論外である。落ち着けるところを探しているのに、そんな戦闘狂たちの元に居ては休めるはずもない。

 ゴブリンも論外である。知能が低い個体が多く、欲望に忠実な彼らの集団に入ったときの結果は火を見るよりも明らかだ。ゴブリンは最弱種族とはいえ、数だけは多い。一部個体は優秀な人間に匹敵する程の能力があるため、油断ならないのだ。

 各地に点在する魔神達は基本的に自分本意で、配下はおまけのような扱いだ。組織といえるほどの統率もない。組織を作っている魔神もいるにはいるが、希なため会いに行くのも困難である。どこにいるのかもわからない。

 

 さらに言うと魔界はデーモンの勢力が大半を占めており、他の種族の集落自体少ないのだ。丁度いい場所はそうそう見つかるものでもなかった。

 

「はぁ……。わかってはいたが、魔界って本当にクソだな……。これから先どうしようか? まだ暫く旅をするか、ダークエルフに頼み込むか。」

 

「難しいところだな。姐さんの能力でなんとかならねぇのか?」

 

「その姐さんっていうのやめろって言ってんだろ! 俺様は今はこんな姿でも元々雄なんだよ! その薄汚い視線でジロジロ見るな! ボケ!」

 

 この数日で、彼女はデーモンに、元々雄だったがあの森でなぜか雌になってしまったことだけは伝えていた。元々雄なら変な気も起こさないだろうと思って牽制したのだが、あまり意味はなかったようだ。そもそも倫理観が人間とは全く異なる魔界で、どれ程の効果があるのかは甚だ疑問だが。この辺りの意識の差は補食した魂の影響があったのかもしれないし、雌雄の立場の違いによるものかもしれない。

 なんにせよ、言わずにいることでもないか、と思ってのことだった。

 

 能力について今わかっているのは、彼女が害意を持って対象を睨み付けると、対象に何かしらの変化が起きる、というあやふやなものである。何度か使用しているうちに、能力が発動する感覚もわかってきたが、まだ発動する異常がどの程度まで可能なのかわかっていない。少なくとも確認した対象に起きる異常は催眠、混乱、発狂があり、ある程度は効果を意思通りにできるが、まだ完全には制御ができていない。

 

「まだ制御もできていない能力なんて使えるわけないだろ! 馬鹿か! しかも発動できるのは1度に1体まで、下手したら取り巻き共に袋叩きにされるわ!」

 

「うーん。なら物質界でも……って、今は門が閉じてたな。忘れてた」

 

「物質界ねぇ……。確かに行けるなら安全だし食い物にも困らねぇから悪かねぇが。戦前から生きてる連中を探して行き方を調べなきゃならん。保留だな」

 

「じゃあ独自勢力でも作るか?」

 

「それは却下。今さら新しい組織作るなんて、魔神ぐらいの力がなきゃやってられん。俺様も流石にそこまでの力はないだろうよ」

 

「あれもダメこれもダメ……姐さんもワガママだな。雌のヒステリーかよ。それに妙なところで小物っぽいというか卑屈というか」

 

「うるせぇ。俺様は悪くねぇ。魔界のアホ共が悪いんだ。それと姐さん言うな!」

 

 あーだこーだと議論が白熱するが、まったく進展がない。旅をする場合だって、今までは上位種に会わなかったからこそ無事だっただけであって、これからも問題ないということは全くないのだ。

 

 

 

 

 

 さらに数日、森のなかで身を潜めつつダラダラとしていると、どこからか女性の叫び声が響いた。

 

「あ、雌の悲鳴だ。こんな声出すのはダークエルフぐらいか? 森だし。それにまだ子供みたいだな。まあ、どうでもいいか」

 

 しかしここは魔界。種族に関わらず生き死にが激しいので、珍しくもなかった二人は、無視することにした。魔界の森に生えている植物一つとっても、並みの人間なら抵抗もできずに補食されてしまうほどであり、いちいち他人を気遣う余裕などないのだ。

 

二人は声を潜めて、騒ぎが収まるのを待ったが、なかなか収まらないどころか、声が大きくなっていった。どうやら声の主が近づいているようで、二人とも渋い顔をした。面倒事の気配しかしないからだ。

 

 二人はこの場を離れようとするが、そうもいかない事態が発生した。

 

「あ!そ、そこの方たち~!助けてくださ~い!」

 

 二人の予想よりも早く、声の主がこちらに気づいてしまったのだ。少し考えればわかることだが、元々のエルフは森の民であり、ダークエルフとなっても森は主な活動区域で、単純に慣れているためだ。さらに弓を扱うこともあって、デーモンよりも感覚器官に優れている。2人はそのことを失念していた。

 

 こうなってしまっては、逃げても追いかけてくるだろう。二人は諦めて、逃げてくる馬鹿野郎を待つことにした。

 

「あー、クソ! 本当に面倒なことになった」

 

「姐さん、もう逃げられそうにない。こうなったら、助ける見返りに搾り取るのが良いと思うぜ」

 

「仕方ねぇ……。いや、待てよ? これで恩を売ればダークエルフの集落に入れるんじゃないか?ダークエルフはその辺大切にするらしいし。それに悪魔の契約は絶対だ。うまく唆せばいけなくはねぇ」

 

「流石姐さん! 弱ってる輩に漬け込むなんてデーモンの鏡だぜ!」

 

「そうだろうそうだろう! でも姐さん言うな!」

 

 彼女はドヤ顔と怒り顔をまぜたよくわからない表情になっていた。

 

 そうこうしていると、上から幼い少女が降りてきた。どうやら木上を移動していたらしい。少女は褐色肌の黒髪で、赤い宝石のようなパッチリとした目の美少女だった。年齢はおそらく、人間換算した場合8歳程だろうか。

 

「あ、あああああの! 助けてくれませ…って! デーモ…ン……?えええーっと、あの、その…」

 

 少女は森で見つけた人影がデーモンを連れていることには気づいていた。遠目からだが、デーモンが人影に従っている様子だったために接触しても問題ないと踏んだのだ。しかし近づいてよく見てみるとその人影の主も、頭にはデーモン特有の巻き角がある。

 少女が、人影がデーモンだと気がつかなかったのは当然で、人の容姿に近いタイプのデーモンは数が非常に少なく、少女はそういったタイプを見たことがなかったのだ。

 

(ずいぶん慌ててるな……。って、そりゃそうか。自分で言うのもなんだか、デーモンなんかと関わったらなにされるかわからんわな。……不味い。このままでは逃げられてしまう……。そうだ!)

 

「落ち着いて? 何があったかお姉ちゃんに話してごらん。私が守ってあげるから。ね?」

 

 彼女は笑顔で少女に話しかけた。

 

「えっ、姐さん?」

 

「(小声)お前は黙ってろ。警戒されてちゃ話もできんのだ」

 

「あ、あのー? ひょっとして、助けていただけるんでしょうか?」

 

「うん。お姉ちゃんに任せなさい!」

 

「プッ、うごぉ!?」

 

「(小声)笑うんじゃねぇコノヤロウ。殴るぞ」

 

「うごご、もう殴ってる……」

 

「あ、ありがとうございます!でもあの、そちらの方が、苦しそうですけど」

 

「あ、いいのいいの。こいつ殴られてよろこぶ変態だから。ところで、何があった…っ!」

 

 彼女が事情を聞こうとしたとたん、少女の立っていた場所に炎が迸る。ギリギリのところで、少女を助けることに成功したが、炎からかばったために体の一部を火傷し、赤く腫れ上がっていた。その部分にチリチリとした痛みを感じつつ、炎が飛来した方向を見ると、黒く大きな獣が3つほど現れた。

 

「ああ。オルトロスか」

 

「は、はい!いつものナワバリ外の場所を探索してたんですけど、急に飛び出してきて…」

 

オルトロス。魔界にいる双頭の黒い狼である。数匹でまとまって狩りをするのは普通の狼と同じだが、特筆すべきはその口から放たれる炎である。その炎はかなりの温度で、物理的な防御力を無視するため、防御するためには特殊攻撃に対する耐性、所謂魔法耐性が必要となる。

 また頭が2つあるために、殺すには頭を2度潰さなくてはいけない。心臓は1つだが、体毛と筋肉による防御力が高く、普通のインプ程度の弱い攻撃力ではほとんど傷付かない。

 さらに上位種にケルベロスがおり、あらゆる能力がオルトロスより上であるが、詳細は割愛させてもらおう。

 

「オルトロス相手3体じゃ、守りながらは不利かな。ほらアナタも早く起きて! この女の子をお願いね」

 

「姐さん、1人で大丈夫なのか?」

 

「(小声)むしろ1人の方がやりやすい。それに囲まれたら嫌だし。倒せとは言わんが、せめて女の子の盾になれ。お前魔法耐性高いんだし」

 

「ひでぇ」

 

 そう言葉を交わして少女とデーモンの2人を後ろへ下げ、彼女は前に出る。オルトロスは、1人で前に出た彼女から一定の距離を保ち、ゆっくりと動きながら彼女の周りを取り囲んだ。彼女の能力は1度に1体にしか使えないため、1匹づつ処理する必要があるが、このまま1匹を攻撃しても他の個体に邪魔されてしまうだろう。

 

(なら、邪魔させなければいい。)

 

 彼女は周囲を警戒しつつ1匹に狙いを定め、目の能力を発動する。するとオルトロスの1匹は、2対4つの全ての目をあらんかぎり見開き、口から涎をたらし、全身をガクガクと振るわせ始めた。どう見ても正気ではない。ほかの2匹は警戒して様子を見ていたが、彼女の正面にいた仲間の様子がおかしいことに気がつき、慌てて彼女へ突進する。彼女は振り返ってそのうちの1匹へすばやく接近し、狼の下に潜り込むと、体を掴んで正気を失った1匹へ投げつけた。絡まりあって倒れる2匹は怪我こそないものの、正気を失ったオルトロスが、ぶつかってきたオルトロスへと襲いかかる。

 

 目の能力により発狂させたオルトロスへ、他の1匹を宛がうことでこちらからの気を逸らし、1対1を作ると同時に、残り2匹も疲弊させる、という作戦であったが、どうやら上手くいったようだ。

 

 最後に残った1匹は彼女を果敢に攻め立てる。接近戦では不利だと判断したのか、距離を保ちつつ炎弾を放つ。なんとか避けていた彼女だが、このままでは埒があかないと判断し、再び能力を発動する。するとオルトロスは金縛りにあったかのように固まってしまった。その隙に彼女は接近し、片方の首を掴み、足をもう片方の首に引っ掛けて首を引きちぎった。オルトロスの首は1つ残っていたが、引きちぎった際の裂傷が体にまで及んでいたため、出血多量によりそのうち死ぬだろう。もはや虫の息だ。

 

 仲間同士で戦っている2匹のうち、正気を保っている1匹は、彼女と戦っていた味方が呆気なくやられてしまったのを見て、一目散に逃げ出した。

 最初に狂わせた1匹はその直後に、肉体と精神の疲労から気を失ってしまったようだ。

 

 1匹を倒した時点で予想よりも呆気なく勝負がついてしまって、彼女は少し不完全燃焼気味だったが、今回の目的は戦うことじゃないので気にしないことにした。

 

「ふう。案外呆気なかったね。今日のご飯はオルトロスかな? 寝てる1匹はどうしようかな。あ、そっちは大丈夫?」

 

「ああ。おかげさまでな」

 

「す、すごいです!お姉ちゃんとっても強いんですね! ありがとうございます!」

 

「えへへ。そうでしょそうでしょ。私はこれでもこの魔界を2人で旅してるくらいだからね! オルトロス3匹くらい簡単よ!」

 

「魔界を!? すごいです! 私なんて森の中でも危ない時があるのに。

あの! 私、ダークエルフのビパルティータって言います! 気軽にティーって呼んでください! お姉ちゃんの名前を教えてくれませんか?」

 

「え? 名前? 名前なんてないよ。私はただのデーモンだから。デーモンに名前はないの。そっちの大きな方もね」

 

「そうなんですか? でもそれだと呼ぶときとか不便じゃないですか?」

 

「うーん。気にしたことないかなぁ。魔神ほどになると名前もつくけど」

 

「あ、じゃあ私が名前を付けてもいいですか?そこの大きな方も」

 

「ん?まぁ別にいいよ。何でも。多分私の名前を呼ぶ人なんてそんなにいないと思うけど」

 

「俺はどうせなら姐さんにつけて貰いたいなぁ」

 

「え? 私が? ……考えとく。それよりティー、なにかいい案でもあるの?」

 

「はい! それじゃあ、んーと……あ! バロウスなんてどうですか? 私の家にある昔の人間界の書物に書いてあったんです。物語なんですけど、それに出てくる魔眼の魔神の名前が、バロウスっていうんですよ。お姉ちゃんってキレイな目ですし」

 

「良いと思うぜ。姐さんの能力も目が関係してるみたいだし、力も強いんだ。役不足じゃないだろう。」

 

「そ、そうかな?私が魔神なんて畏れ多いというか、分不相応だと思うんだけど」

 

「なら、それに見会う力を持てばいいだけさ。姐さんならできる。俺が保証する」

 

「アナタに保証されても全く信用できないんだけど……。まぁ、いいよ。何でもいいって言ったのは私だからね。わかった。私は今日からバロウス! よろしくね! ティー!」

 

「はい! 私、デーモンっていったら、すぐ暴力をふるういけすかない連中だってお父さんとお母さんから教わってたんですけど、全然そんなことないです! バロウスお姉ちゃんも大きな方もとっても優しいです!」

 

「えへへ。ありがと。ところでティー、私たち旅をしてるって言ったけど今日の寝床がないんだ。どこか休めそうな所ないかな? それに体もちょっと洗いたいし……水場もあるといいかも。」

 

「なら私の家に来ますか? お礼もしたいですし」

 

「いいの? ティーのお父さんとかお母さんに反対されないかな?」

 

「大丈夫です! 私が絶対説得します!」

 

「そう? ありがとう! じゃあ早速だけど、荷物をまとめたら出発しよっか」

 

「はい!」

 

「姐さん。そこで気絶してるオルトロスはどうするんだ?」

 

「食べてもいいんだけど……せっかくだから調教してみようかな。とりあえず生きたまま運んで」

 

ティーと知り合った彼女は、バロウスという名前を得て新たな道を歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

「ところでお二人で旅をしてるって言ってましたけど。恋人か何かなんですか?」

 

「ブフッ!?」

 

「あ、そう見えちゃう? いやー実はそうなんだよ。実力は姐さんの方が上だけど、俺にメロメロだから一緒に旅してるんだぜ」

 

「へー! やっぱりそうなんですね!」

 

「ち、ちちちちがうよ! こんな奴ただの奴隷なんだから! アナタも変なこと言わないでよ! デーモンに恋愛なんて、普通は無いでしょ!」

 

「でも全く無いわけじゃないだろ? 数百年前の戦争のときだって、1人の魔神が人間の英雄を好きになった、みたいな噂があるし」

 

「ただの噂でしょ? 仮に本当だとしても、アナタとなんてありえないよ。今は役に立つか生かしてるだけだってこと忘れないでよね」

 

「あんなこと言ってるけど、実は姐さんの照れ隠しなんだ。かわいいだろ」

 

「はい! お姉ちゃんかわいいです! そんなに照れなくていいのに」

 

「だから違うって!!」

 

 バロウスは割と本気でイラついてきたが、鋼の精神でなんとかこの茶番を乗り越えた。そして後で奴隷の指の骨を全部折ってやると心の中で誓った。

 




メフィスト、ベルーフェ、リヴル持ってないです

微修正しました(2018/11/5)


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第2話『家族』

 バロウス、ビパルティータ、奴隷のデーモンの3人は、ティーの家に向かって魔界の森を歩いていた。デーモンは蔓で簀巻きにしたオルトロスを担いでいる。歩きながらティーはバロウス相手に色々なことを楽しげに話しかけていた。

 

「でねでね、その本に書いてあったのが~」

 

「へー、すごいね!」

 

 ティーは敬語がなくなる程度には親密さを感じているようだ。しかしバロウスの方はというと、少し辟易としていた。子供の元気さを嘗めていた。止まらないマシンガントークに合わせて、毎度ちゃんとした反応を返さなければならないのだ。元雄であり、雌になってさほど時間がたっていないバロウスにはキツいものがあった。人間の女性は、脳の構造からすでに言語能力が発達しているらしいが、亜人であるダークエルフの女性もその例に漏れず非常に会話好きであるようだ。バロウスも時が経てばいずれ慣れるだろうが、今はまだ早かったようだ。

 

(はあ……。疲れる……。なんで雌は、こんなにペラペラ喋れるんだ? あ、俺様も雌だったわ。俺様もそのうちこんなのになるんだろうか? なんかやだな……)

 

 バロウスはゲンナリしつつ、これから自分に起きる変化に内心恐怖していた。雌になること自体はそこまで問題ではないのだが、アイデンティティーの崩壊が起きてしまうことが怖かった。幸いなことに、名前を得ることでおおよそは回避できるのだが、名前の習慣がなかった彼女にはそのことがわからない。

 

(なんでもいいから早く家で休みたい……)

 

 ここ数日で一番疲れてしまった、バロウスの切実な心の声を感じとる者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 それから数刻後、3人はティーの家へたどり着いた。

 

「ここがティーの家ね……。って、村の中じゃないの!?」

 

「アハハ、私の家系は代々森の番人をしてるの。だから村から少し離れたところに家があるんだ」

 

「そうなんだ。でもこれなら無駄に警戒されなくていいかも」

 

「じゃあちょっとお父さんと、お母さんにこのこと説明してくる! お姉ちゃんはちょっと待っててね」

 

 そう言って一足先に家の中へティーは入っていくのを見て、バロウスはようやく一息つくことができた。ニコニコしていた表情は一気に不機嫌な顔になり、腕を組んで木にもたれかかる。

 

「はぁ~。疲れた。こんなに疲れたのはいつぶりだろ」

 

「お疲れ、姐さん。ちゃんとお姉ちゃんできてたぜぇ! ッグハ!」

 

 煽るデーモンと、すかさず腹パンを叩き込むバロウス。

 

「ニヤニヤするんじゃねぇ馬鹿デーモン。お前もなんか喋れよ。ずっと黙りやがって。慣れない演技でガキに会話を合わせる苦労をお前も味わってみろ」

 

「はぁはぁ。それは御免だぜ。しかしまぁ、冗談抜きで似合ってたぜ。まるで人間の、いいところのお嬢様みたいだったぜ。腹の黒さも含めてな!」

 

「え、そ、そうか? 演技は大丈夫みたいだな……。ケケケ」

 

 再び煽るデーモンだが、今度は好感触のようだ。どうやら演技力の高さもそうだが、腹黒さを誉められたことが嬉しかったらしい。傍目からみると実に可愛らしい顔で笑っているが、内容はゲスそのものであった。

 

「しかし自分で焚きつけておいてなんだが、ティーはちゃんと親共を説得してくれるんだろうな? あんなガキの言うことをまともに受けるやつはいないと思うんだが……。内容が内容だしな」

 

「でもそうするしかないんだろう?」

 

「いや、状況が変わったから、それに限った話じゃない。まさか村の外に家があるとは考えていなかった。こんな村はずれの場所で暮らしてるってことは村との関りが薄いってことだ。家族もそう多くはないだろうから、能力を使うのも悪くないかもしれない。失敗する可能性もあるが、少数のダークエルフにやられるほど軟じゃない。十分許容範囲だろう。なにより、すぐ逃げれるからな」

 

「なるほど……。ってことは、能力を使うのか?」

 

「それもアリってだけだ。あくまで最終手段だな。穏便に済む方がいろいろ考えなくていいから楽だ。当分は現状維持だな」

 

「じゃ、俺は今まで通り突っ立ってればいいのか。流石姐さん。部下に楽させてくれるな。でも欲を言うなら、ダークエルフでちょっと遊んでみたいぜ。頼むよ姐さん!」

 

「アホか。お前も演技はするんだから、言動を考えて、注意して行動しろよ。ダークエルフで遊ぶのは……また今度な。落ち着いたら考えてやるよ。……しかし、単細胞馬鹿のお前が自分で考えて行動しても碌なことにならなさそうだ。やっぱ突っ立ってるだけでいいかも。お前も案外的を射た発言するんだな」

 

「お、姐さんも俺の優秀さに気が付いたか? 俺の優秀さを理解できる奴は今まで全然いなかったぜ。やっぱ姐さん最高!」

 

「コイツ……皮肉にすら気づかねぇ……。はぁ。とりあえず、この話はここまでだ。いつだれが見てるかもわからねぇからな。また演技するぞ」

 

 ひとしきり今後の方針を相談しあったところで、2人はまた演技モードに入った。バロウスはニコニコして居住まいを正すだけで、奴隷デーモンはボケっと突っ立ているだけだが。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく木陰で待っているが、家からの反応が全くない。こちらから中の様子を確認する方法はないが、向こうは窓から観察している可能性ある。猫をかぶっていたが、それでもまだ警戒されているようだ。そのせいもあって、2人は少しずつイラつき始めた。せめてティーがどういった話をしていたのか知ることができたらまだマシだったのかもしれないが、なんの音沙汰もないとなると、イラつきや不安と同時に「やっぱりあんなガキを信用するべきじゃなかったか」という後悔まで湧いてくる。

 

「なぁ、まだなのか?」

 

「ティーちゃんを信用したのは私達なのよ? 待つしかないよ。それに、強行策に出てもいいことなんて何もないもの」

 

 そういってさらに数分待っていると、どこからか唸り声が聞こえてきた。どうやら担いで持ってきたオルトロスが目を覚ましたらしい。放っておくこともできないし、他にやることもないので、取り敢えずオルトロスを調教することにした。

 とはいえ、彼女に調教経験など無いので、手っ取り早く魔眼の力を使うことにした。失敗すれば精神崩壊して死んでしまうだろうが、そのときはそのときだ。もしも発狂させてしまう姿を見られたらダークエルフ側の警戒心が一層強くなることは予想できるが、あまりにすることもなくイライラしていたので、つい短絡的な行動に出てしまった。

 

 じっとオルトロスの目を見て、『服従しろ』と念じる。しかしどういうわけか、オルトロスは目を瞑って、すぅすぅと寝息をかきはじめた。どうやら失敗して睡眠効果がでてしまったようだが、幸いなことに、まだチャンスはある。死ななかっただけマシというものだ。

 

「残念だったな、姐さん」

 

「まぁしかたないよ。さっきの戦闘では運が良かっただけだから。ん~それにしても、オルトロスの毛ってこんなに柔らかかったっけ?フカフカするね」

 

「姐さん……顔がだらしないことになってるけど……」

 

「演技だよ演技!こうしてれば油断するかもしれないでしょ? 平和主義っぽくて」

 

(確かにそうだけど、威厳も何もあったもんじゃねぇな)

 

 バロウスは演技と称していたが実は、寝心地のいいオルトロスとゴロゴロすることに夢中になっていた。この辺りの感性や触覚の変化も、体が変わったことが原因である。初めての快楽に夢中になっていると、突然家の扉が開いた。すると中からニヤニヤしたダークエルフの男と、呆れたようにため息をつくティーと、ニコニコしたダークエルフの女が現れた。ティー以外の男女は森の中でも動けるような軽装の狩猟装備をしている。

 

 突然ティーとその家族と思われるダークエルフが出てきたため、バロウスは少し驚いた。そして今の状況を考えて、はたと我にかえった。

 

(あれ? なんだこの生温かい視線は。警戒心は無いのは予想通りだからいいんだが、なんというか、微笑ましいものでも見ているようだぞ?)

 

 そう考えていたところでニヤニヤした男と女が言った。

 

「いやぁ、デーモンっていうから演技でもして娘をたぶらかしたのかと思ったけど、随分と可愛い悪魔じゃないか」

 

「そうね。魔狼とはいえ、動物とじゃれて、あんな笑顔になるなんて可愛らしいじゃない。デーモンにもいろいろいるのねぇ」

 

 そう言われた瞬間、バロウスは恥ずかしさと怒りが込み上げてきた。自身の可愛さと命を大切にする平和主義さを見せて警戒心を解かせるのは計画通りなのだが、子供扱いされるほど心地よさにだらしなくなった自分が恥ずかしくなったのだ。これでもインプだったころはそれなりに長い年月を生き延びてきた自負があるので、ティーと同列のような扱いに耐えられなかった。そしてそれと同時に、その事を指摘した二人に八つ当たりにも似た怒りを感じた。

 

「そ、そんなことないわ! 私はデーモンなんだから、ちょっと捕まえたオルトロスの調教をしてただけなんだよ! 見た目じゃれてるように見えたからって、だらしない子供扱いはやめてよね!」

(ふざけんな! たかがオルトロスに埋まってただけで子供扱いさるてたまるか! 俺様はもう雌をまわしたことだってあるぐらいには大人なんだぞ! テメーら覚えとけよ! 俺様を子供扱いしたことをいつか後悔させてやるからな!)

 

 バロウスは内心罵倒しつつ、誤解を解こうと色々言っているが、ほんのり頬が赤くなっているので、照れ隠しに虚勢を張っているようにしか見えなかった。それがますます警戒心を解くことになるのだが、これはバロウスにとっても予想外のことだろう。

 一方、奴隷のデーモンは(姐さんは演技がうまいなー)などとズレたことを考えていた。

 

 バロウスが言いたいことを言ったところで、ダークエルフの3人は事情を話し始めた。

 

「まぁまぁ。私は褒めているんだよ? 君ほどとは言わないまでも、同じような倫理観を持ったデーモンばかりなら我々ダークエルフもデーモンをそこまで毛嫌いしていないんだ。魔界が弱肉強食なのは知っているからね。強いものに従うのはしかたがないことさ。

 しかしこちらとしても、只々デーモンの食料になるつもりも、一方的に支配され続けるつもりもさらさらない。だからこそ魔界の支配層であるデーモンにはある程度命を大切に扱ってほしいと思っているんだよ」

 

「バロウスちゃんはティーの命の恩人だからできるだけお礼はしたかったのだけれど、この人が警戒しちゃって。ちょっと中から観察させてもらったわ。ごめんなさいね。でもいい子みたいだし、この人も譲歩してくれたみたい。

 そして改めて、お礼を言わせてもらうわ。ティーを助けてくれて、本当にありがとう。」

 

「もう、お父さんもお母さんも心配しすぎなのよ! ごめんねバロウスお姉ちゃん。お父さんが全然話聞いてくれなくて。お母さんもなんかわかってるようなわかってないような、よくわからない反応だし。時間かかっちゃった」

 

「えーと、ううん。警戒されるのはわかってたから。全然気にしてないよ! ただその、突然だったから驚いただけで……」

 

 バロウスは言いたいことを吐き出して少し冷静になっていたので、演技はなんとかできた。ここで暴言を吐かないだけ、彼女は他のデーモンより十分我慢強いといえる。

 

「なあ姐さん」

 

「なに? 今まで黙ってたのに急にどうしたの?」

 

 そこで徐に奴隷のデーモンがバロウスに話しかけた。

 

「いや、いつまでここで突っ立ってればいいのかなって思ってよ。家に入らねぇの?」

 

「あのねぇ、私たちは招待される側なのよ?ダークエルフの風習は知らないけど、さっきまで警戒されてたんだし、遠慮するものじゃないの?」

(あれ?自分で言ったことだけどなんか変だな? そもそも俺様はダークエルフどころかデーモン以外の風習なんざ全く知らないのに、まるで今までそうしてきたような自然さだ)

 

「ふむ、そちらの方のおっしゃる通り、こんなところで立ち話もなんだ。どうぞ家の中へ。ああそれと、こちら側の風習について気にする必要はありませんよ。文化の違いは簡単には分かり合えないものですからね」

 

 バロウスは一瞬自分の言動に違和感を覚えたが、ダークエルフの男が話を続けたために思考を放棄した。違和感はごく小さなもので、気にするほどでもないと思ったからというのもある。

 これもご存知の通り、異世界の魂の常識からの影響である。デーモンの常識ならば相手のことなど一々考えずに図々しくするもので、彼女も基本的にはその考え方だ。しかし異世界の魂の影響を受けていたからこそ、演技をする際に自然と、謙虚な対応がいいという判断ができたのだ。

 

「あ、でもこの子はどうしよう? 家の中にオルトロスを連れて入ってもいいの? まだ野生にいたのを捕まえてから調教とかしてないんだけど」

 

「あら、そうなの? なら家の裏手に檻があるから、そこに入れておきましょうか。幸い、私たちは森の番人だから、オルトロスの1匹ぐらいは問題ないわ」

 

「そう? ありがとう」

 

 オルトロスが起きると面倒なので、全員は早めに移動をして、オルトロスを檻へ入れた。口枷をするのも忘れない。

 

 家に着いてから時間がかかったが、こうしてようやくバロウスと奴隷デーモンは家へ入ることとなった。

 




書き溜めは終わり。
次は早くても一週間後かな。


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第3話『自己紹介』

思いのほか早く書けた
独自設定モリモリ


 デーモン2人とダークエルフ3人の一行は、家の中に入って居間の机を囲んでいた。ダークエルフの家は魔界の木に穴を掘る形で作られており、デーモン2人は出された茶菓子をバクバク食べつつ、初めて見るダークエルフの家の中を興味深げに見回している。もはや遠慮もない。

 なお、ティーの家は魔界の森の番人ということもあって1家族だけが暮らしているが、大きな集落の中心地ともなると、横幅だけで100メートル以上はありそうな巨木に多くのダークエルフの家族が暮らしている。その外見や内部構造は、さながら木を材料にした蟻塚である。

 

「ははは。ダークエルフの家を見るのは初めてかい?」

 

「あ、うん。外から見ることは何度かあったけど、中を見るのは初めてだから。全部木でできているの? 燃やされたりしたら大変だと思うんだけど」

 

「ああ、ダークエルフが住居にする樹木は総じて炎に強いんだ。炎耐性を上げる魔法もかけてあるからね。そう簡単には燃えない。それに周囲に罠をしかけて、燃やしにくる輩を近づけないようにしているんだ」

 

「へぇ……」

 

「あなた、世間話もその辺にして自己紹介でもしたら? まだしてないんだから」

 

「おっと、これは失礼。どうも舞い上がってしまってね。話が逸れてしまう」

 

 バロウス達の様子に、つい話し込んでしまった男は自省した。女からの注意を受けた男は居住まいを正して自己紹介を始めた。

 

「私はウンラン。ビパルティータの父をしている。この度は娘を助けていただき、とても感謝している。ありがとう」

 

「私はプルプレアよ。ティーの母親ね。改めてお礼を言うわ、バロウスちゃん。娘を助けてくれて本当にありがとう」

 

 そう言って頭を下げる親2人。ティーは少し恥ずかしそうにしながらニコニコしている。はた目から見てもとても仲の良い家族らしい。

 バロウスは自己紹介をしたことがなかったために、一瞬沈黙が流れた。バロウスはティーの親2人がじっと自分を見ていることに首をかしげていたが、しばらくしてようやく察することができた。2人は自分に自己紹介を求めているのだと。

 

「わ、私はバロウス。えーと、デーモンだけど、仲良くしてくれると嬉しいな。よろしくね! ほら、アナタも自己紹介して!」

 

「俺はただのデーモンだ。名前はまだねぇ。姐さんに付けて欲しいって言ってあるから、そのうち付くんじゃないか?

 でもまあ、俺は突っ立ってるだけだからよろしくする必要はないな」

 

 バロウス達デーモン2人は、集団での自己紹介という初めての経験に、少しドギマギしていた。バロウスに至っては自分の名前を初めて紹介するという体験にドキドキしている。

 奴隷のデーモンは元より仲良くする必要も、演技をする必要もないのでぶっきらぼうな紹介だ。しかし一見堂々としているが、単に嘗められたくないという自尊心から無理をしているだけだ。

 

「おや、君は名前がないのかい?」

 

「ああ。よく知らないけど、デーモンは強いやつ以外は名前がないらしい。俺も常々自分の名前がないことには疑問だったぜ」

 

「私も、ティーに付けてもらうまで名前はなかったなぁ。あとアンタは普通のデーモンと変わらないんだから名前なんてあるはずないでしょ。

 私の推測だけど、デーモンに名前がないのは一部の強いやつとそれ以外の差が大きすぎるからだと思うな。実力主義のデーモンの中で弱いってことは、なにも持てないってことなの。

 ついでにいうと、デーモンって死んでも魂が残っていれば転生できるから、余計に命の扱いが軽いんだよ」

 

「ほう、私たちダークエルフとは随分違うな。転生するのもいいことばかりじゃないってことか? 名前がないと人権もないみたいだな」

 

「でもティーお姉ちゃんは死んじゃダメだよ! せっかく名前がついたんだから、自分を大切にしてね!」

 

「う、うん。わかった」

 

 机に身を乗り出してティーはバロウスに釘を刺した。バロウスは少し引き気味で目を逸らしている。ここまで心配されることも初めてなので戸惑っているのだ。

 

「そうね。ティーのいう通り、バロウスちゃんにはあまり死んでほしくないわね。それに転生するといっても、魂が無事じゃないといけないんでしょう? 魔界では何が起きるかわからないんだから、あまり転生をあてにしすぎるのも良くないわ」

 

「うん……。たしかにそうだね」

(うーん、なんだ? 胸の辺りがモヤモヤする……。普段なら、お前らみたいな下等生物に心配されるのなんか恥だ、って思うはずなんだが。あ、そうか。このモヤモヤは苛立ちだな。間違いない)

 

 少し間違えている。確かに苛立ちもそれなりに混じってはいるが、それだけではない。彼女が考える普段というのは、名前がない頃の普段であり、名前を持った今では受け取り方が少し変わっていたのだ。ただのインプではなく、バロウスという個体に対して心配を向けられることが、今までにない気持ちの昂りを生み出していた。それは決して悪いものではなかった。

 今は苛立ちや不快さの気持ちも大きく、かき消されてしまうほどの弱さだが。

 

「それでバロウスちゃん。今日は泊まる場所を探してここへ来たんだろう? 今日は構わないが、明日以降はどうするつもりだい?」

 

 バロウスが一旦自分の気持ちに整理をつけているところで、ウンランが彼女らに今後の予定を尋ねた。バロウスは内心で気を引き締めた。ここが定住するための勝負どころだ。

 

「……今、事情があってデーモンの領地に戻りたくないの。だから、その、もし迷惑じゃなければ、でいいんだけど、しばらくこの辺りに住まわせてもらえないかな? 仕事とかできることなら手伝うよ」

 

 精一杯の、遠慮してる雰囲気を作りつつお願いをする。少しうつむき気味の姿勢から上目遣いでウンラン達を見る。ダークエルフ側のメリットも提示しているあたり、色々と本気である。デーモンという種が利己主義なのは本能に近く、それを押さえて相手を中心に考えるのも大変なのだ。

 

「私はバロウスお姉ちゃんなら大歓迎だよ! むしろこの家に住もうよ! 旅の話とか聞きたいなぁ」

 

 真っ先にティーが肯定する。バロウスとしてもティーの返事は想定通りなので、あまり大したことではない。

 

「うーむ、私はこれでも一家の中心だ。そう簡単にハイとは言えない」

 

「私もバロウスちゃんなら大歓迎、と言いたいけど、今のままじゃダメよ」

 

「……そうなんだ。ゴメンね、図々しいこと言って」

 

「お父さん!? お母さん!?」

 

 バロウスは露骨に落ち込む。しかしあくまでフリである。こうすればティーを使って情に訴えることができるからだ。

 案の定、ティーが両親に驚きと共に反抗的な目を向ける。娘である自分の命を助けてくれた、心優しいバロウスをまだ疑っているのかと。実際騙しているのには間違いないが、そんなことは知らないティーは怒っていた。だがウンランは落ち着いてティーを制止する。

 

「まぁ待て。迎える際にダークエルフの王と会って面通ししたり、定住に関する取り決めをする必要があるってことさ。監視とか、色々と制限もつけられるだろうけど、私個人としては問題ないよ」

 

 実のところ、彼らはまだバロウスを完全に信用した訳ではない。こちらを一度信用させてから裏切る可能性を考えてのことだ。しかし疑ってばかりいるわけにもいかないので、妥協案を出して受け入れることにした。

 それに、ハグレとはいえ、もしもデーモンと友好的な関係になれるなら、今後のダークエルフ全体にとって有益だという打算もあった。

 

「そういうことよ、ティー。私達は家族だけじゃなくて、もっと大きな集団にいるの。ティーにはまだよくわからないかもしれないけど、許す人がいれば許さない人もいるものなのよ」

 

「むー」

 

 ティーはまだ納得できていないのか、頬を膨らませてむくれている。

 

「ティー、私は大丈夫だから。そんなに怒らなくていいよ」

 

「……でもやっぱりひどいよ」

 

 バロウスとしては条件が想定の範囲内だったので、問題ないと判断したのだが、なおも食い下がるティーにため息をつきたくなった。

 

「ティーが心配してくれるのは嬉しいよ。だから私も、ティー達の役に立ちたいの。それじゃダメかな?」

 

「……バロウスお姉ちゃんがそれでいいなら、いい」

 

 なんとか宥めることに成功したが、ティーの顔はまだ不満が残っていそうだ。

 バロウスは、何で俺様がガキのフォローなんてしなきゃならんのだと不満げだが、何時までもウジウジするガキを側に置くのもうっとおしいので仕方がない、と思っていた。情に訴えるために利用しておきながらこの扱いである。

 条件については、今この場で言うことは何もないため、そこは言及しない。

 

「バロウスちゃん。私から、あと1つ条件があるわよ?」

 

「お母さん……」

 

 ティーが、まだなにかあるのかと鋭い視線を母へ向ける。バロウスは少し驚いてプルプレアに向き直る。予想ではもう条件など付きようがないと思っていたのだが、あてが外れてしまったようだ。予想外の事態に、バロウスは思わず生唾を飲み込んだ。そしてプルプレアが口を開いた。

 

「服よ」

 

「え?」

 

「あー」

 

「たしかに」

 

 服、という言葉に間抜けな返事をしたのはバロウスだ。逆に納得したような声を出したのはティーとウンランである。さらにティーの声には安堵と高揚感が覗いている。

 

「バロウスちゃんがどういう経緯で旅を来てきたのかは知らないけど、その服じゃダメよ」

 

「そうだよバロウスお姉ちゃん! 今までそれがデーモンの普通なのかなって無視してたけど、ここで暮らすならもっと可愛い服を着なきゃ! せっかくキレイなんだから勿体無いよ!」

 

「うむ。今の格好はデーモンワームの皮が巻き付かれてるだけだから、まるで蛮族のようだぞ、バロウスちゃん。お姉ちゃんのままでいたいなら身嗜みも整えられなければな! それに正直なところ、その格好だと視線にこま」「あなた?」

 

「いいいや、何でもない……」

 

 ウンランは失言を後悔した。プルプレアの殺気混じりの視線を受けてしまっては、元気なムスコも縮み上がるというものだ。

 バロウスも何を言いたいのか察して、ウンランに冷ややかな視線を向けている。内心では仕方がないことだと理解はしているが、嫌なものは嫌なのだ。

 

「はぁ。あなたは後でお話よ。それで、バロウスちゃんは問題ない?」

 

「え? う、うん。わかった。服くらいならいいよ。でもどんな服を着るの?」

 

「ウフフ。それは着てからのお楽しみよ!」

 

 プルプレアのテンションがやたらと上がっていた。無垢な良い素材を自分色に染めたがるのは独占欲か支配欲か。可愛いものを自由にできるというのは女性には堪らないものなのだろうか。

 

「それと隣の大きなデーモンさんだけど、あなたも服を着たほうがいいのかしら?」

 

 忘れていたわけではないが、思い出したように奴隷のデーモンにも話しかけるプルプレア。

 流石にデーモンの服装事情など知らないプルプレアは、奴隷のデーモンの服をどうするか決めかねていた。バロウスは角以外は普通の人型なので、即決で服を着させることにしたが、デーモンは筋骨隆々、赤い肌に高い身長をしていて顔もダークエルフからすれば化け物じみている。そして最初から全裸だ。デーモンは基本的に服など着ない。それはプルプレアもわかっているが、同じデーモンであるバロウスに着ろと言った以上、同じ扱いをしないわけにもいかない。

 プルプレアがウンウン唸っているので、バロウスは助け船をだすことにした。といっても、単純に本人の意思を聞くだけだが。

 

「アナタはどうしたいの?」

 

「服か? 今まで着たこともないし、いらねぇな」

 

「らしいから、コイツには服はいらないよ」

 

「あら、そう? なら服はいらないかしらね。でもデーモンさんの見分けがつくように目印くらいは着けてもらうことになるわ」

 

「わかった」

 

「チッ、しゃーねぇな」

 

 奴隷のデーモンの格好は、目印をつけるだけに止まった。

 

「さて、じゃあ早速いきましょうか、バロウスちゃん」

 

「え? どこに?」

 

「服を着替えるために決まってるじゃない。あ、でもその前に体を洗わなくちゃね」

 

「私も行く! バロウスお姉ちゃんにダークエルフ流の体の洗い方、教えてあげるね!」

 

「本当!? 血でベトベトしてたから、キレイにしたかったんだ~。ティーもプルプレアも、一緒なんて嬉しいな!」

 

 バロウスは嬉々としてダークエルフの女性2人についていった。ベトベトして気持ち悪かったのは事実だし、服も今の頼りないものから、もっと丈夫で露出の低いものに変えたかったからだ。しかしそれ以上にダークエルフの女体(ガキは除く)を見たいというスケベ心によるものが大きかった。プルプレアはティーが美少女なのも納得の美しさを持っているため、その裸体を見たい、近づきたいというのは雄の本能の残滓だろう。

 奴隷のデーモンも自然な感じでついていこうとしたが、バロウスが小声で「覗いたら殺さず不能にしてやる」という、ある意味デーモンには死よりも恐ろしい忠告を受けたために諦めた……かに思えたが、要はバレなければいいのだと思い直した。やはりこのデーモンは馬鹿であった。自分の巨体が隠れるのには圧倒的に向いていないことに気づいていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性陣が離れていったあと、デーモンは行動することにしたが、そこに待ったをかける人物がいた。ウンランである。

 

「待て。どこへ行く気だ?」

 

「あん? ちょっと野暮用だよ。邪魔すんな」

 

「いーや、邪魔するね。こう言ってはなんだが、君のことはバロウスちゃんほど信用していない。一応彼女が君の上位者のようだから、彼女の前では気にしていなかった。しかし君1人だけとなると話は別だ。あまり目の前からいなくなられると困るんだよ」

 

 ウンランはバロウスと応対したときとはうってかわって、剣呑な雰囲気でデーモンに話しかける。デーモンもこんな下等生物に邪魔されてなるものかと、一触即発の態勢だ。

 

「君がなにをしに行くのかは知らんが、ここで大人しく待っていてもいいんじゃないのかい?」

 

「は? 今行かないでいつ行くんだよ」

 

「ほう。急ぎの用事なのかね? そうだな、私もついて行ってもいいのなら、私としては文句はない。それくらいは構わないだろう?」

 

「あぁ? ……ま、いっか。道案内がいると楽だしな。しかしダークエルフなんてスカした野郎しかいないと思ってたが、お前もなかなか好き者じゃねぇか」

 

「道案内? 好き者?」

 

 ウンランは少し拍子抜けした。このデーモンがスパイ紛いのことをしでかしたりするのではないかと疑っていたので、ついてこられるのは嫌がると思ったのだが、あっさりと同行を許可したからだ。しかもダークエルフ側に道案内まで頼んできた。好き者のことはよくわからなかったが、疑っていた自分が馬鹿らしくなってくるほど、このデーモンにはこちらに危害を加えるつもりがないように思える。

 少し警戒心を解いたウンランだが、変わらぬ態度でデーモンへ問いかける。

 

「道案内って、どこへだ? 生憎とこの家はそう大きくないから、案内するほどのものもないぞ」

 

「んなもん決まってんだろ! 洗い場だよ! 体の洗い場! ついでに言うと隠れて様子が見れる場所なら最高だな!」

 

「え? なんだって?」

 

 ウンランはデーモンの答えに、思わず難聴系主人公のように聞き返してしまった。警戒していた相手がただのスケベ野郎だったというのは、いろいろと認めたくないものだ。

 

「だから雌共が向かった体を洗う所だよ! これだから下等生物は……。耳が悪いんじゃないのか?」

 

 ウンランはデーモンの言葉に一瞬聞き捨てならないことを聞いた気がしたがたが、所詮デーモンなど大半はこんなやつだと思い直した。今の論点はそこではない。

 そして同時に、あぁコイツ馬鹿なんだな、と悟った。話の流れからして、どうやらコイツは覗きをしようとしている、もしくは女性陣を襲おうとしているらしい。しかしその絶望的に隠れるのには向いてない巨体と、バレたときのリスクを考えもしない危機感のなさに遠い目をした。

 恐らくコイツが覗きをしたことがバレた瞬間、女性陣による総攻撃にあって、ズタボロにされるだろうことは想像に難くない。プルプレアも森の番人であるため、実力は高いし、バロウスは言うまでもない。そもそも上位者であるバロウスを覗こうというのが間違いである。

 

「おい、なんだその目は。言いたいことがあるなら言えよ!」

 

 ウンランとしては正直、このデーモンがボコボコにされようとどうでもいい。しかし、愛する妻と娘の裸体が一瞬でも視姦されることを考えると、なんとしてでもここで止めなければならないと固く決意した。

 

「ああ、すまないね。少し考え事をしていたよ。それと、案内は無しだ。というか、君を洗い場に行かせるわけにはいかないよ」

 

「なんだと? テメェ……死にてぇのか? 俺の邪魔をするなって、さっき言ったよな?」

 

「言ってたね。でも、どちらかというと死にたいのは君の方ではないかな? 行った瞬間にバロウスちゃんに殺られるとは考えないのかい?」

 

「なーに、バレなきゃいいんだよ」

 

 やはり馬鹿だった。デーモンはヘラヘラしているが、その場でバレなくてもウンランがチクればおしまいだ。しかし馬鹿につける薬はないともいうし、このままでは力づくでも行こうとするだろう。バロウスには後で、彼にキツく言い聞かせるように頼んでおく必要があると思ったウンランだが、その前にこの場をどう切り抜けるかが先決だ。

 

「まあ待ちたまえ。実は我が家の洗い場は木上の端にあってね、周りからは見えないし、そこへ行くのも一本道だから、どうあってもバレずに覗くのはできないよ」

 

 嘘である。周囲を柵で囲っているので見えないのは本当だが、実際は地面の上にあるし、一本道でもない。普通に考えれば、木上という目立つところで無防備でいるのは、魔界では下策でしかない。 

 

「そうか……。流石の俺もそりゃバレるな。仕方がない。また今度にするか」

 

 しかしこのデーモンは脳足りんなので信じてしまう。基本的な考え方がよくいるデーモンと同じという点に目をつむれば、扱いやすい馬鹿だと、ウンランは認識し、結果として警戒心を下げることになった。

 




プロットはないけどイベントは考えてある


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第4話『浴場』

書いてから、やりすぎたと反省した
後悔はしてない

説明が多くなるのは癖だな


 男2人が言い争ってる頃、バロウスとティーの2人は体の洗い場——浴場へと向かっていた。浴場は一度家から出て少し歩いた所にある建物らしい。プルプレアは着替えの服を探しに、一度部屋へ戻っているため、ここにはいない。

 歩きながら、バロウスは奴隷のデーモンのことを考えていた。

 

(アイツ、一応釘は刺したけどマジで覗きに来そうだな……。浴場の構造次第では注意しておくか)

 

 バロウスは、彼が覗きに来るであろうことは察しがついていた。これでもこの姿になる前からの付き合いなのだ。どういう行動をするかは大体分かる。どうせ「バレなきゃいい」とか抜かしつつやって来るに違いないと予想していた。要するに、バロウスは彼のことを欠片も信用していなかった。ある意味では信頼しているが、ダメな部分だけだ。

 

「バロウスお姉ちゃん、どうしたの?」

 

「うん? ちょっと考え事。どんな浴場なのかなーって。いつもは川に入ったりするだけだったし」

 

「ええ!? 川って、危ない生き物が沢山いるってお母さんが言ってたよ! 水もよくないらしいし、危ないよ!」

 

「あー、大丈夫大丈夫。ほかのデーモンも同じようなものだし、周りには気を使ってるから襲われることもないよ?」

 

「そういう問題じゃないんだけど……。もうバロウスお姉ちゃんは川で体洗うの禁止!」

 

「えー? 別にいいと思うけどなぁ」

 

 魔界の川には危険な水生生物が多くいるほか、その水は溶解液や病原体などが混ざりあっていて非常に危険であるのだが、デーモンの体は頑丈なのでちょっとやそっとではびくともしない。川で体を洗うのも問題はないだろう。

 しかし、なまじ身一つで大抵は問題なく解決できるがために、それを補う文化や技術の発展が遅く、生活様式が野性的だ。実際、食べ物は乾物だろうとナマ物だろうと料理だろうと、全て手掴みである。先ほど食べていた菓子類は手掴みで食べても問題ないもののため何も言われなかったが、料理となると間違いなく注意を受けることになる。

 

「とにかく、これからはこの家の浴場を使ってよね。ほら、ここだよ」

 

 ティーが扉を開けると、蔦で編んだ籠がいくつか置いてある小綺麗な空間が現れる。

 

「浴場ってここ? 洗えそうなものもないけど」

 

「ここは服を脱ぐとこだよ。この先に浴場があるの。この籠に脱いだ服を入れて、この籠を持って入って、中で洗うんだよ。

 お母さんが来るまでまだ時間あるし、先に入っちゃおっか」

 

 バロウスとティーは、服を脱いで籠へ入れていく。服に固まった血や汚れがついていたため、パリパリと音をたてている。そこでふと、バロウスは疑問に思ったことがあった。

 

「あれ? でもこの服ってもう着ることもないから要らなくない?」

 

「あ、そっか。じゃあ服は持って入らなくてもいいかな。今日のところは私を見て、服の洗いかたも覚えてね!」

 

 ティーはドヤ顔で、薄い胸を張る。ガキだから当然かと思いつつ、バロウスはその貧相な胸を一瞥してから、ふと自分の胸を見た。バロウスは巨乳派なのだ。そのほうが犯したときに見た目がいいし、何より柔らかくて気持ちがいい。しかし自分の胸は、無くはないが、お世辞にも大きいとは言えない。その事に少し残念に思ったバロウスであった。

 別に彼女はナルシストではないが、自分が嫌いではなく寧ろ好きな部類だ。いつでも触れる位置に巨乳があれば、喜んで触っていたことだろう。

 

「バロウスお姉ちゃん、どうしたの? また考え事?」

 

「え? ああ、ごめんね。ちょっと自分の体について考えちゃって。今まで考えたこともなかったからなぁ」

 

「そうなんだ? バロウスお姉ちゃんってキレイだから、デーモンからもよく誉められてると思ったんだけど」

 

「キレイっていうのはなんとなく分かるんだけど、そういうわけじゃなくて……ま、いっか。とりあえず、早く体洗おうよ」

 

「あ、うん!」

 

 バロウスは、ここで話をしても仕方がないと、さっさと浴場へ入っていった。ティーも後に続いて入っていく。

 浴場内はかなり広く、平らな石を敷き詰めた凹の字型をした部屋だ。その大きさは、十数人は同時には入れそうな程である。これは元々、ダークエルフの浴場が基本的に公衆浴場である風習から由来していて、この建物も他と同様の大きさで建築されたためだ。ただ、このサイズの浴場を森の番人たち1家族だけに使わせるのも勿体ないので、ダークエルフの子供が森で訓練をした帰りに体を洗っていく用途にも使われていたりする。

 浴場の壁には、人1人すっぽりと入れるほどの巨大なウツボカズラのような植物がズラリと垂れ下がっている。入り口の横手には桶が山積みされており、さらにその隣にある大きな籠にはスポンジ状の細胞組織を持つ植物の実が詰め込まれている。

 浴場の中央には更に部屋があり、これが浴場の形を凹型にしている。

 

「わぁ……」

 

 バロウスは初めて見る文化的な浴場に、唖然とした。清潔感があり、用途は不明だが体を洗うためだけの道具が整然と並ぶ光景は、今までの常識を覆すのには十分なものだった。

 その光景に感嘆の声をあげると共に、言い知れぬ不安が過った。それが何なのかはまだわからないが、ダークエルフと生活するとその不安が大きくなるであろうことはなんとなく感じ取っていた。

 

「ほら、バロウスお姉ちゃん。まずは真ん中の小屋に入って!」

 

 しばし放心していたバロウスは言われるがままに中央の小屋へ入ると、蒸し暑い空気が全身を覆った。

 

「わっ、何ここ? すごく蒸し暑いね」

 

「これはサウナって言うらしいよ。この中で汗を流してから体を洗うと気持ちいいんだー」

 

「へぇ。……ところで、これって体を洗うのに関係あるの?」

 

「うーん、前にお母さんが、あるって言ってた気がする。汗をかくのがいいとか、よくわからなかったけど……。でもホントに気持ちいいから、バロウスお姉ちゃんも入ってきてよ!」

 

 そう言ってティーは小屋のなかにある椅子に腰掛ける。バロウスは無駄なことをするつもりもなく、部屋の湿度が高くて不快感が強いため心底面倒だったが、顔には出さず小屋に入った。

 小屋の椅子に座って、バロウスが不思議に思ったのは妙に汗が出るということだ。

 

「私には少し暑い程度だけど、確かに汗がいっぱい出るね。いつもはこのくらいの温度じゃなんともないんだけど」

 

「そうなの? はぁ。暑いからじゃなくて?」

 

 ティーは体が小さいため、早くも息が上がり始めている。反面、バロウスは汗こそかいているが平然としている。これもデーモン故だろう。

 

 しばらく雑談しながら座っていたが、ティーが限界のようなので外に出ることになった。

 

「ま、まだ大丈夫~」

 

「そんなフラフラじゃ説得力ないよ。ティーがしっかりしてくれなきゃ、次に何したらいいかわからないんだから、無理しないでね」

 

「は~い」

 

 ティーを引っ張って外へ出ると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。バロウスはこの感覚にも驚いた。火炎や熱湯を受けた後のようなヒリヒリした痛みも無く、汗のべっとりした不快感もない。むしろ全身を伝う汗が心地よいくすぐったさを感じさせる。今までは雌を犯したときしか得られなかったような充足感のある快感に、ティーが言っていたことも納得の気持ちよさだと、バロウスは目を細めて放心していた。

 

「バロウスお姉ちゃん! 気持ちいいでしょ?」

 

「あ、うん。こんな感覚があるなんて知らなかったよ」

 

 これはバロウスの紛れもない本心であった。今までに経験したことのない『文化』というものの波に当てられて、今までの価値観が押し流されてしまっていた。演技のことを忘れてしまうほどに。

 

「バロウスお姉ちゃん。次は壁に掛かってる植物のところだよ。はい、桶とコスリ」

 

 いつの間にか復活していたティーは、入り口近くにあった桶とスポンジ状の植物の実を持ってきてバロウスへ渡した。

 

「コスリ?」

 

「この実のことだよ。これで体を擦ると汚れが落ちるんだ。だからコスリって呼んでるの」

 

「ふぅん」

 

 バロウスは胡乱げな視線を向けつつ、桶とコスリを受けとって、壁の植物へ近づく。植物は上部は蓋のように葉が被さっていて、それを開けて中を覗くと何やら液体が並々と溜まっている。

 

「この液体は?」

 

「これはね、コスリに染み込ませて体を擦るための水だよ。普通の水じゃなくてね、汚れがとっても落ちるんだ。でもその前に……」

 

 説明しながらティーは桶である程度液体を掬ってから傍へ置き、コスリをその中へ入れる。そして最後に、勢いよくジャンプして、植物の中に入ってしまった。バロウスは驚いて植物へ近づくと、中からティーが顔を出した。

 

「ぷはっ、体を擦る前に、この中に入るのも気持ちいいよ! ちょっとヌメヌメしてるけどね」

 

「もう、ティーったら脅かさないでよね。この中に入るのは大丈夫なの? 食べられたりしない?」

 

「ここに持ってくるときに茎から切り離してるから大丈夫だよ! たぶん! でも中に入ってると暖かくなってくるし、サウナに入った後だとひんやりしてるから、これも気持ちいいんだ」

 

「そうなの?」

 

 先ほどの快感のように気持ちがいいと言われては、元々快楽主義の彼女に我慢などできるはずもなく、いそいそとティーと同じように植物へ入ってしまう。

 

「はぁ~きもちい~」

 

 今のバロウスは人間で言うところの水風呂に入っている状態だ。その気持ちよさに、彼女は一瞬でふにゃふにゃとした表示を浮かべた。植物の中は人1人がしゃがんで入れる程度の広さしかないが、代わりに肩の辺りまで液体に浸かることができた。

 

 しかしバロウスは油断していた。ティーを信頼しきった訳ではない。ガキだからと、何かとんでとない間違いをいつかしでかすのではないかと危惧していた。しかし畳み掛けるような新体験に、そのことを失念してしまっていた。

 

 しばらく植物へ入っていると、バロウスはひんやりしていた液体がほんのりと温かく感じるようになってきた。そして心拍数が少しずつ上がり始め、顔が紅潮してきた。ぬるい程度の温かさに感じるのに、なぜかサウナの時以上に体温が上がっているような気さえしてくる。

 それはティーも同じ、いや寧ろより顕著で、荒い息をあげつつモゾモゾとしている。バロウスも少しボーッとしてきた。だがこの夢見心地のような、リラックスできる温かさにバロウスはズブズブとのめり込んでいってしまう。出たくない、ずっとこの中にいたいという欲求がどんどん強くなってきて、まともな思考も朧気になってきていた。明らかに異常であるが、思考力の落ちた彼女にはわからない。

 

「ティー、バロウスちゃん? おまたせー……って、ちょっと何してるの!?」

 

 そしてその時、ようやくプルプレアが浴場に入ってきた。バロウスは元々その裸体を拝むために浴場に来たのもあったが、もはやそれどころではないため、一瞥するだけだった。

 一方、プルプレアは2人の状態を見て慌てていた。バロウスを誘って中へ入ったのは子供心なりの気遣いであり、彼女に気持ちよくなってもらいたいというお礼だったのだろう。しかしこの場合は都合が悪かった。

 実はこの植物は液体の中に落とした動物を快楽と蔓で縛り付け、徐々に消化してしまうという植生をしているのだ。魔界の植物にしては消化速度が遅いことと、快感を得やすくなる以外に特に害のある液体でないこと、そしてその微弱な溶解液が汚れを落とすのにはちょうどよい程度なことから、体を洗うのには都合がよかった。まともな水が少ない魔界では貴重な存在である。

 だが、全身で入ってしまうとなると、如何に茎から切り離しているとはいえ危険だ。自力で出られなくなるし、下手をすれば溺死してしまいかねない。デーモンにはその効果は薄いだろうが、流石に長時間液体に漬かっていれば影響もある。

 ティーには昔から再三、危ないから植物の中に入るなと言っていたし、最近は入らないようになってきていた。だから目を離した隙に、バロウスまで巻き込んで入るとは思わなかったのだ。それにバロウスは利発そうだから、警戒して入ることともないだろうと思っていたのだが、当てが外れてしまった。ティーはまだ子供で危険さを理解しておらず、バロウスは直前のサウナで正常な判断力が失われていたためだ。

 

 プルプレアは急いで2人を植物から出し、タオルで体を拭いていった。粗方拭き終わったら乾いたタオルを2人の体へ巻き、浴場の端のあたりで並べて横にさせた。2人ともぐったりしているが、気持ち良さそうに寝息をたてている。どうやら今日あった戦いからの一連の出来事の疲労から解放されて、リラックスしていたために寝てしまったようだ。

 

「ふぅ。まったく、ティーも後でお説教ね。私がいるときは入らなくなったけど、まだまだ様子見が必要かしら?

 それにしても、2人ともいい表情してるわね……。こうしてると、デーモンも私たちとそう変わらないのかしらね」

 

 プルプレアは溜め息をつきつつ、優しげな笑みを浮かべて2人の頭を撫でる。デーモンとダークエルフが、種族に関係なくこうして仲良く寝ている姿を見ると、魔界もそう捨てたものじゃないと思えてくる彼女であった。

 




今週のイベントでリナリアちゃんでましたね
だからどうというわけでもないのですが
かわいいよね


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第5話『彼』

展開が早すぎる気がする
でもTSモノの醍醐味だと思うし、私にはこうするしかなかったんや
力量不足で済まない

あと、先に言っておきます
作中キャラの思考が筆者個人の考えを反映するものではありません。ご留意ください。


 彼女は彼だった頃から、自分こそがもっとも優秀な頭脳を持っていると信じて疑わず、自分が下っ端でいるのは周りのデーモンが馬鹿で、自分を見る目が無いからだと思って生きてきた。実際、彼は周囲よりも優秀だった。しかし、飛び抜けている程でもなかった。単純な戦闘力が低かったことは彼自身が理解していたことだが、今のデーモン社会では頭の良さは評価されない点であり、引いてはその社会構造が悪いと、不満を感じながらも甘んじてその状況を受け入れていた。その程度が純然たる自分の実力だとは気付かずに。

 

 そういった状況だったために、彼女は自分こそを最も信頼している。新たな力を得て、それを完全ではないものの扱うことができる自分はやはり優秀なのだと。前々からの自信の拠り所である頭脳に加え戦闘力をも手に入れた自分が、もはやデーモン社会に縛られること無く生きることができるのだと。

 

 しかしダークエルフの文化には強い衝撃を受けていた。そして優秀故に、無意識の内に理解してしまう。昔の自分と同じような弱者でありながら、自分とこれ程までに違うのかと。自分の方が上だと思っていたが、そうではなかったのではないかと。

 上位のデーモンにとってはこの程度で驚く程の文化ではないのだが、低い文化と狭い世界で野生動物のように生きてきた彼女には十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううん? ここは……」

 

 バロウスが浴場の片隅でゆっくりと目を覚ました。普段は即座に行う索敵も、なぜかボーッとしている頭ではうまくできない。体を起こすとタオルがハラリと落ち、毒が抜けきっていない少しだけ赤い体が露になる。彼女はその事は気にもとめずにキョロキョロと辺りを見回す。プルプレアはサウナに入っているため、ここにはいないようだ。

 バロウスは、ここが浴場であることと、傍にはティーが寝ていることを見て、少しずつ直前の記憶を思い出してきた。そして一気に顔が赤くなった。恥ずかしいやら悲しいやら腹立たしいやら、様々な感情が彼女のなかを渦巻いていた。

 

(うわあぁぁ……。まさか……まさか俺様があんな情けない姿を晒すなんて……。たしかに気持ちよかったけど、流石にあれはありえない……。薄々感じてはいたが、この体になってから感覚が違いすぎる! オルトロスに抱きついた時もそうだ。なんというか、いろいろと敏感だ。雄だった頃に同じ体験をしても、ここまでにはならないだろ!?)

 

 自分の体の変化に、顔に手を当てて悶絶し、自己嫌悪するバロウスだった。

 

(自分の奥底から、本能が雌になっていっているのか? はぁ……ありえない。ありえない。こんなことがあってたまるか! 俺様は力を手に入れたんだ! なのにどうしてこんな下らないことで悶々としなくちゃならんのだ! 雌なんて雄に尻を振るだけの弱いやつらなんだ! 力を手に入れた俺様が弱いなんてありえない! なのにあの時の俺様は……は、発情した雌そのものじゃないか! くそっ、くそっ!)

 

 バロウスは自分の意識と体との解離に、恐れていたアイデンティティの崩壊が起き始めていた。そしてそれを隠すように、だんだんと怒りが大きくなっていった。怒りによって現実を直視しないという、馬鹿がすることだと彼女が常々見下している行動をとってしまうのも無理はなかった。

 彼女がこの姿になってから今まで、昔のまま行動することに体格以上の不自由はなく、受け入れるという思考そのものをする必要がなかった。だからこそ、この浴場での体験は急すぎたのだ。本能を呼び覚ますような強力な毒に浸かってしまうには、心構えも何もできていなかった。

 

「あ、バロウスちゃん? もう起きたの?」

 

 バロウスが俯いて、うわ言のように、ありえない、ありえない、と繰返し自己否定しているところへ、プルプレアがやってきた。

 

「……なんだよ」

 

「あ、あのバロウスちゃん? やっぱり、怒ってる? ゴメンね、恥ずかしいことさせちゃって。ティーには後でよく言い聞かせておくから」

 

 プルプレアはバロウスの様子が明らかにおかしいことは遠目で見てもわかっていたが、実際に話しかけて確信した。間違いなく怒っている。何に対して怒っているのか、正確なところはわからないが、おそらく直前の浴場体験が原因だろう。そう察したプルプレアはまず謝罪した。しかし、事態は更に悪い方向へと転がってしまう。

 

「ケ、ケケケ……そうだよなぁ。元はと言えば、このガキが悪いんだよな」

 

「……バロウスちゃん?」

 

 プルプレアは、どうにも変だと感じていた。バロウスの口調や雰囲気が先程までとはまるで違うのだ。怒りで正気を失っているのかとも思ったが、あの温厚そうな彼女がティーの失敗くらいでそれほどまでに怒り狂うとは思えなかったし、仮にそうだとしてもこの豹変はおかしい。

 

「っ!?」

 

 バロウスは俯いたままユラリと立ち上がった。プルプレアはその姿にとてつもなく嫌な予感がした。次の瞬間、バロウスは足元で寝ていたティーの頭へ、足を勢いよく降り下ろした。

 

 浴場に、轟音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 間一髪のところで、プルプレアはティーを引っ張ることができたため、ティーは無事だった。しかしティーの頭があった場所は陥没していた。それだけ、バロウスが躊躇なく頭を踏みつぶそうとしたのが分かる。プルプレアは冷や汗をかいて多少混乱しているものの、ただ事ではないバロウスの雰囲気に警戒を強めた。

 

「バロウスちゃん、どういうつもり?」

 

「……」

 

 プルプレアが真剣な眼差しを向けて問いかけるも、バロウスは俯いたまま答えない。

 

「どういうつもりなの!」

 

「うるさい……黙れこの下等生物が!」

 

「!?」

 

 反応がないため、プルプレアは大きな声で問いかけた。するとバロウスは信じられない一言を発した。

 

「下等生物って、どういうことよ……! あなたさっきまでそんなこという子じゃなかったじゃない。もしかして、そんな目で私たちを見てたの? じゃあ何でティーを助けたり、私たちの里に住みたいなんていいだしたの?」

 

 ティーへの暴挙と、ダークエルフへ向けられた暴言がプルプレアの口調を荒立たせた。バロウスとは出会って間もないために信頼こそ薄いが、信用はしていたのだ。だからこそ、騙されていたのではないかという不信感から苛立っていた。

 しかし同時に、プルプレアはバロウスに対して不審感をも抱いていた。騙していたデーモンにしては、何か様子がおかしい、妙な引っ掛かりを覚えた。その疑念があるために、バロウスを完全に敵と認識できないでいた。

 

「うるさい!! 俺様はお前らみたいな下等生物とは違うんだ! こんな体になったって、俺様は俺様だ! 力を手に入れたんだ! お前らに心配されるほど、俺様は弱くない! 弱くなくなった、はずなんだ!」

 

 バロウスは感情を制御できず、思っていたことを吐き出した。それを聴いて、プルプレアはバロウスがどういう状況でいたのかをおぼろげながらに悟った。信じられないことだが、バロウスは昔と違う体と力を手にいれたのだろう。そしてその変化に戸惑っているのだと。それを受け入れる前に私達に出会ったのだと。

 ダークエルフを下等生物と見ているのは本心なのかもしれない。心配されることが屈辱だと本気で思っているのかもしれない。だが、プルプレアには今のバロウスを心配もせず、放っておくことなどできなかった。プルプレアからしてみれば、子供が癇癪を起こしているようにしか見えなかったからだ。

 普通のデーモン相手ならこうはならなかっただろう。プルプレアは、やはりバロウスに気を許しているのだ。

 

 一方、バロウスは思いを多少なりとも思いを吐き出したことで、少し冷静になっていた。体が雌になったのは疑い用のない事実であるために諦めるしかない。諦めきれない気持ちはまだまだ残っているが、今のままではどうしようもない。なら、このまま狂ってしまう前に他の対策を考えるべきだ。

 

(……ダークエルフの生活は俺様には合わねぇな。たった半日でこれだ。やっぱり元の生活が一番ってことか)

 

 そして、バロウスが出した結論は、ここを去って元の旅を続けるということだ。もともとの目的は定住しても問題ない場所を探すことなのだ。本性がバレた今となっては、演技していたことでかえって印象が悪くなっているだろう。そんなところで定住するほど、彼女も無謀ではなかった。

 

(前に考えた、俺様だけの勢力を作るのも視野にいれるか。そのためにはもっともっと、力をつけなければ)

 

 もはや、バロウスの心はここではない、外の世界へと向かっていた。眼前にいるプルプレアとティーのことも、完全に意識の外に追い出していた。

 

「バロウスちゃん。ここを出ていくつもり?」

 

「!?」

 

 唐突に、プルプレアが言葉を投げ掛ける。その言葉にバロウスは驚いた。自分の思いなど、普通のダークエルフなんぞにわかるはずもないと思っていたからだ。

 

「……そうだ。俺様にはダークエルフの生活は合わねぇらしい。たった半日でこれだぞ? お前だって俺様の本音を聞いたならわかるだろ。価値観だって全然違う」

 

 バロウスは少し自嘲気味にそう言うと、プルプレアに背を向けてさっさと歩き去ろうとする。しかしここで別の声がバロウスへ待ったをかけた。

 

「待って! バロウスお姉ちゃん!」

 

 ティーである。先程のバロウスの蹴りの衝撃を受けて、目を覚ましていたのだ。ティーには難しいことはよくわからない。だからこそ、なぜバロウスが今のような態度をとるのか、なぜここを去ろうとしているのかが理解できなかった。

 

「バロウスお姉ちゃんがいなくなるなんて寂しいよ……。まだ何のお礼もできてないのに。せっかく友達になれたのに、すぐにお別れなんて嫌だよ!」

 

「ああん? 俺様がお前みたいなガキと友達だと? 笑わせんじゃねぇよ。最初はお前なんざ見捨てて逃げようとしてたし、助けたのもダークエルフの集落に入るためだけなんだよ」

 

「うそだ!」

 

「いーや、本当のことだ。 だいたい、お前が俺様の何を知ってるんだ? 友達なんざ作ったことねぇからよくわからんが、所詮俺様とお前は上部だけの付き合いだったってことだよ」

 

 バロウスは、あくまで淡々と事実を言い放つ。プルプレアは、そこになんの感慨も見られなかったことを悲しんだ。デーモンという種が、自分達とどれだけかけ離れているのかを実感したのだ。しかし、バロウスの言葉を認められずに泣いているティーをこのままにはできない。加えて、バロウスの考え方を改めさせたいとも考えていた。だからこそ、ここで逃がしてはならないとプルプレアは判断し、会話を途切れさせないように揺さぶりをかけることにした。

 

「ダークエルフの生活が合わない? たしかに、バロウスちゃんと私たちの価値観は全く違うわ。 でも私には、バロウスちゃん自身が、自分に合っていないように見えたけど?」

 

「……チッ」

 

「あら図星? ということはやっぱり、自分というものに慣れていないのね。名前を持つのも初めてみたいだし。バロウスちゃんもデーモンだもの。過去に、私達には想像もできないことが起きたのでしょう。

 でも、それを認めずして自分が自分だとはっきり言えるのかしら?」

 

「……お前には関係ない」

 

「ええ、私とバロウスちゃんとの間に恩義以上の関係はないわ。でも、ティーはあなたの名付け親で、私はティーの親なのだから、お節介したっていいでしょう?」

 

「意味がわからん。なんでお節介を焼く必要がある? お前に何の得があるんだ。

 それに名付け親だと? 俺様が名前を捨てれば、そんなものには何の意味もない」

 

「バロウスお姉ちゃん……名前も捨てちゃうの?」

 

「元はと言えばお前が勝手に言い出したことだ。俺様が今後、自分からその名を使うことはない。それだけだ」

 

 バロウスは自分を引き留めようとする2人にだんだんイライラし始めた。こんなやつら放っておいて立ち去ってしまおうとするが、プルプレアは逃がさない。

 

「得ならあるわ。もちろん、バロウスちゃんにもね」

 

 その一言に、バロウスは動きを止める。察しがいいプルプレアのことだ。自分にはわからない得があることに気づいたのかもしれない。しかしダークエルフの言葉に耳を貸しても仕方がない。その理性とプライドという、相反する思考が彼女を逡巡させた。

 

「聞くだけ聞いてやる……。言え」

 

 そう溢すバロウスに、プルプレアは安堵した。やはり彼女は今弱っているのだ。救いの手を求めている。しかし、助けてもらうという考えがないため、逃げるしかなかったのだ。

 

「簡単なことよ。バロウスという名前を捨てないで。そして、私たちと一緒に暮らせばいいのよ」

 

「は?」

 

 バロウスは耳を疑った。この期に及んでまだ、一緒に暮らすなどと言うとは思わなかった。自分の本性はさらけ出しているし、デーモンと暮らすことで起こりうる危険性に気づいていないわけがない。だというのに、双方に得だと言い切ったのだ。

 

「別に演技しろとか、ダークエルフの風習にあわせろ、なんて言うつもりはないわ。ただ、私たちを見て、考えてほしいの。私たちがどうやって生きているのかを」

 

「……で、得っていうのは?」

 

「私たちの得は、今日という日を悲しまずにすむことかしら。毎日気分よく生きたいものよね」

 

「まぁ、たしかにな。だが俺様を誘い入れた後に悲しむことになるとは思わないのか?」

 

「少なくとも、ここであなたを逃がしたらティーが間違いなく悲しむわ。それに先のことなんてわからないもの」

 

「なるほど。お前ら相手なら、理屈よりもよっぽど分かりやすい。で?」

 

「バロウスちゃんの得は、今よりもっと強くなれることかしらね。それこそ、旅をするよりもね」

 

「なんだと?」

 

 そうしてプルプレアは口を閉じ、バロウスを見据える。どうやらもう話すことはないらしい。

 

 バロウスは考える。プルプレアが嘘を言っているようには見えなかったが、断言するだけの判断材料がわからない。こんなところで生活することが、本当に自分の力になるのだろうか? そしてダークエルフの生活を見て考えろといったことも気になる。単に生活するだけではない。

正直なところ、こちらの生活スタイルを変えずにダークエルフの集落に入れるなら願ったりかなったりだ。もちろん制限もつくだろうが、演技しなくていいのなら嫌なことも拒否できる。最悪、気に入らなければ勝手に出ていけばいい。演技に必要なしがらみを気にする必要もなくなるのだ。

 

しかしダークエルフの生活を見ることになれば、否応なしに自分と向き合う必要が出てくるだろう。他人を知るというのは己との違いを知るということでもあるのだ。つまり、己を正しく認識していなければならない。

それはとても恐ろしいことだと、バロウスは思う。また先ほどのように、自己嫌悪に苛まれて暴れてしまうかもしれない。今回は目撃者がプルプレアとティーのみで、どう転がっても対処可能だったが、次はどういう状況で起きるかわからない。さらに言うと、潜在的な話ではあるが自分に向き合うことそのものにも、恐怖心を持ってしまっていた。

 

里を離れて今までの生活に戻るべきか、里に入って新たな道を切り開くべきか。バロウスには、決定的な判断材料がまだ得られていなかった。

 




アイギス5周年おめでとうございます


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第6話『男女』

1000UA、ありがとうございます。


 バロウスがここを去るべきか悩んでいると、浴場の外からドタドタと騒がしい音が聞こえてきた。何事かとこの場にいる全員が思っていると、浴場のドアが勢いよく開かれた。そこにはウンランが血相を変えて立っていた。その後ろには奴隷のデーモンもいる。

 

「お前たち! 大丈夫か!? さっきこっちですごい音がしたぞ!」

 

ウンランは先程の轟音を聞いて急いで駆け付けたのだ。デーモンはよくあることだとスルーしようとしたが、ウンランが浴場の方で音が聞こえたとつぶやいた瞬間、ノリノリになってついてきた。

 

「お、姐さん。やっぱいつ見ても眼福だなぁ。しかもそっちにはダークエルフじゃねぇか。ううむ、やはり姐さんにはない魅力が凄まじいな、ッウゴ!」

 

「てめーは入ってきてすぐそれか! いい加減にしろ馬鹿野郎!! あと俺様が劣ってるみたいな感じで言うんじゃねぇ!」

 

扉を開けて即セクハラをかますデーモンへ、バロウスの腹パンが決まる。バロウスの八つ当たり分の威力も加わって、いつもより5割増くらいの威力がある。

 

 一方、ウンランは突然のバロウスの行動に驚いて硬直していた。バロウスが先程とは全く違う荒々しい口調だったからでもある。

 戸を開けた瞬間に、ティーが泣いていることと浴場の床の一部が陥没しているのは把握できたが、いったい何が起きたのかはわからなかった。そしてデーモンがセクハラ発言をした時、バロウスの方から凄まじい殺気が沸き起こり、デーモンとバロウスの間にいた彼はその殺気をモロにくらってしまった。その直後にこのパンチと罵り声だ。気が動転してしまうのも仕方がない。

 ちなみに、極力、裸のバロウスの方は見ないようにしていたが、殺気の余波をあてられて思わず視線が向いてしまった。その時に見た彼女の肢体は、服とも呼べない皮を身に付けただけの、野性味が強く艶やかとは言いにくい状態から打って変わって、一糸纏わぬ少女の幼さに加えて成長途上のいやらしさと赤く仄かに火照る体が、得も言えぬ淫靡さをかもしだしていた。

そこまで認識したところで今度はプルプレアの方からも殺気が飛び出していたが。ウンランは自分のスケベ心を恨んだ。

 

 頭を抱えるウンランのことなど露知らず、デーモン2人は話を進めていく。

 

「な、なんかいつもより痛いぜ姐さん……ゲホッ。あ、そうか。少し離れてる間に、俺の魅力に気づい……待て待て、冗談だって。だから腕を振り上げるなよ。な?

 ってあれ? いつも通りの態度でいいのか? 演技は?」

 

「そうだ。もう演技する必要はねぇ」

 

「マジかよ! じゃあ早速ダークエルフの雌をいただこうか、ウベァッ」

 

 今度はプルプレアへ性欲を向けるデーモンだが、再びバロウスに殴り飛ばされる。

 

「お前普段そこまで盛ってなかっただろ。どうした?

 まぁ、そんなことはどうでもいいか。とりあえず今は手を出すな」

 

「ええー。演技しなくていいなら別にいいだろ? ここに残るわけでもないし」

 

「それが、そうもいかねぇみたいなんでな……」

 

 バロウスはデーモンへ事情を説明する。もちろん自分に関わる事は誤魔化しているが、演技無しで里にいていいと言われたことと、実際に里に残るべきか考えていることを伝えた。

 

「へぇ、いいじゃん。演技しなくていい方が色々と気が楽なんだろ? なんで姐さんは渋ってるんだ?」

 

「あー、それはだな……」

(い、言えるわけがねぇ……。自分の気持ちに向き合いたくないから、なんて)

 

「姐さん?」

 

「ひ、秘密だ! だいたい、お前ごときが理由を気にする必要があるのか? 俺様の言う通りにしてりゃいいんだよ!」

 

「そうは言うけどな姐さん。俺ぁ、もうそろそろ我慢の限界でよ、里からは出たくねぇ」

 

「は、はぁ? 何が限界なんだよ?」

 

「そりゃもちろん俺の[自主規制]がだよ。」

 

 そう言うデーモンの股間からスライムが変形するように生えてきた。すでに臨戦態勢である。しかし、このデーモンは我慢した方なのだ。基本的にデーモンという種は強いため、我慢を知らない。だからこそ、ここまで盛っているのだが。

 

「ばっ、馬鹿かお前! こんなところでおっ立ててんじゃねぇ! 早くしまえ!」

 

「だからもう我慢できねぇんだよ! 旅の最中も姐さんは相手してくれねぇし、森の中だから丁度いい雌もいない! そんなときにこんな光景を見ちまったらもうな、無理」

 

「んなぁ!?」

 

 デーモンはバロウスの両肩をがっしりと掴む。バロウスは先程の状態を引きずっていることと、突然のデーモンの暴走に怯んでしまって、いつものように行動できないでいた。

 デーモンは、赤くなるバロウスが何の行動も起こさないのをチャンスと見たのか、一気にバロウスを押し倒した。バロウスは、組伏せられてようやく我に返る。

 

「やめろ馬鹿! はっ倒すぞテメェ! また目の力で狂わすぞ! 今度はマジで発狂させんぞ!」

 

 流石のバロウスも、自信の体の2倍近い巨体に押さえ込まれては、うまく撥ね飛ばすことができないため、焦りながら罵り声を上げる。しかしデーモンは意にも介さない。

 

「へへ、姐さんの弱点はわかってんぜぇ! 結局、能力は目で相手を見なきゃならねぇんだ。つまり、見られなくしちまえば能力は使えねぇ!」

 

「!?」

 

 バロウスは無理矢理俯けにされ、両腕を後ろに回した状態で抑えつけられた。この体勢と体格差ではいかにバロウスが怪力でも、うまく力が入らずはねのけるのは容易ではない。なおかつ、直接相手を見る必要がある今の魔眼では、操ることもできない。

 バロウスはこの弱点に気づいてこそいたが、そうそうやられるはずもないと油断していた。しかもやられる相手がこのデーモンだとも思わなかった、というのもある。この単細胞が気づくはずがないと、高をくくっていたのだ。

 

(まずい……!)

 

「これなら姐さんなんか怖くねぇぜ。やってやる「はーい、そこまでー」ウゲッ!」

 

 デーモンの顎に、今度は蹴りがクリーンヒットする。周りのことを気にしておらず2人だけで話を進めていため、蚊帳の外だったダークエルフの横やりも簡単に決まったのだ。組伏せていたデーモンはウンランの蹴りを食らって崩れ落ち、バロウスは脱出することができた。

 

「はぁはぁ……助かった……。この糞デーモンが!」

 

 バロウスは息も絶え絶えで立ち上がる。と、そこに顔を全力で横に向けたウンランがやってきた。なんとなく間抜けに見えるが、バロウスは基本的に隠すつもりもないので目に毒なのだ。

 

「話はプルプレアから聞いたぞ、バロウスちゃん。君が私たちを騙していたのは悲しいが、信じたのは私たちだ。今回は私たちが間抜けだったというだけだね」

 

「……ふん! 魔界じゃ騙される方が悪いんだ。当然だな。

で、あんたは話を聞いたんだろ? 俺様をおいてもいいと思ってるのか?」

 

「ああ! 私は妻に賛成だ」

 

「え? 本気か? ……それともアホなのか?」

 

「うーん、本当のバロウスちゃんは随分と口が悪いね。

 私は実際に君の様子を見たわけではないが、妻が良いと言っているからね。そこを信じることにしたよ」

 

「いや、いくらなんでもおかしいだろ。お前の意見とかないのか?」

 

「ふむ、確かに、君が危険な存在だと認識を改めたとも。しかしまぁ、なんとかなると思っているよ。もちろん根拠もあるが……、それは言わないでおこう」

 

「なんだそりゃ」

 

 ここで言うウンランの根拠とは、一連の流れをプルプレアから聞いた際に、バロウスの内面に変化が起き始めていることがわかったからだ。変わる余地があり、心の変化が大きい今の時期なら、デーモンらしさを薄めることができるのではないか?と思ったのだ。

 希望的観測ではあるが、こういうチャンスは今後ほぼ起きることもないだろう。ウンランは子供達のためにも、この魔界に新たな風が吹くことを望んでいるのだ。

 

「でも俺様はまだ、ここに残るなんて言ってないぞ」

 

 バロウスの中の自尊心が、流されて囲い込まれるだけの状況を受け入れられずにそんな言葉を吐く。ダークエルフが受け入れたから入るのではなく、自分が入りたいから入るという理由が欲しい彼女であった。しかしそれに対してウンランは不思議そうに言った。

 

「おや? てっきり、もう旅をするのは懲り懲りだと思ったのだが?

 なんせ、魔界で女性独りが旅をすることの危険さは、さっき思い知っただろうからね」

 

「うぐ……」

 

 流石のバロウスも、これには言い返せない。万全ではなかったとはいえ、ちょっとした切欠であっさりと格下相手に押さえ込まれてしまったのだ。これから先、独りで今まで通りに旅をするにしても、襲われ、否応なく自分が雌なのだと思い知ることになるだろう。

 そう結論付けてしまえば、もう道は1つしかない。

 

「はぁ、わかったよ。お前らの言う通り、ここに残る。でも、力をつけたらすぐにでも出ていくからな!」

 

「うむ。それがいい」

 

 プルプレアとウンランは満足そうな顔をしている。タイミングを図ってバロウスを助け出したのもこの流れに持っていきたかったからだ。この2人も、やはり魔界の住人だけあって腹黒い。

 

 そして、今まで次から次へと状況が変わるためについていけず、呆然としていたティーだが、バロウスの言葉にようやく我に帰った。

 

「バロウスお姉ちゃん……残ってくれるの? どこにも行かない?」

 

「だからそう言ってんだろ。そのご立派な耳は飾りか? 言っておくが、今まで通りの態度だと思うなよ。ガキなんざ興味はねぇし、ウザいだけだからな」

 

「う……で、でも! 残ってくれるんでしょ? それならやっぱり嬉しいよ」

 

 ティーは持ち前の明るさで、元気を取り戻してきた。バロウスが塩対応なので少し暗いが、無視されているわけでもないし、また仲良くなれると思っているのだ。

 

「ま、なんにせよ、これにて一件落着というものだな。はっはっは!」

 

 ウンランが笑い声をあげる。ティーはいつもの調子を取り戻し、プルプレアはニコニコして、バロウスは不機嫌そうにそっぽを向いていた。ボロボロの浴場のなかに、和やかな雰囲気が流れる。

しかし、それも一瞬のことだった。

 

「そうね。仲直りできてよかったわ。

 ところであなた? いつまでここにいるのかしら?」

 

「え、お父さん?」

 

 プルプレアはニコニコしつつも不機嫌なオーラが出ていた。バロウスに決心させた点ではウンランが来たのは嬉しい誤算だったが、それはそれ。ここは女性用浴場なのだ。

 ティーは父がいることがどういうことなのか、ようやく理解し、一気に赤面する。

 

「やー! お父さんのエッチ! バカ! 早く出てってよ!」

 

 ティーは今更手で体を隠して叫び声をあげた。ウンランは笑うのをやめて、振り返りもせずダッシュで扉へ向かった。思いきりがいい。

 

「あ、こいつも連れてけ!」

 

 バロウスは床で転がってるデーモンをひっ掴んで、今まさに出ていこうと扉を開けたウンランへ投げつける。

 凄まじい衝撃が男2人を襲い、そのまま2人とも脱衣場の外まで吹っ飛ばされていった。男の悲鳴が響き渡るが、そんなことは知ったことではないと、バロウスは外へ続く扉を閉めた。

 

「はぁ、疲れた。さっさと帰って休むぞ」

 

「あ、待ってバロウスちゃん。私まだ体洗ってないんだけど」

 

「知るか。服だけ寄越せ。あとは勝手に帰る。

 おい、ティー。服の着方教えろ」

 

「うん。わかった。お母さん、先に行ってるね」

 

 色々あって疲れていたバロウスは、プルプレアをおいて先に家に帰ることにした。ただ、前の服は汚れていたので処分してしまったし、なにも着ないのも心もとないので、プルプレアの用意した服を着て帰ることにしたようだ。

 

 プルプレアは遠慮のなくなったバロウスを見て、こういうのも悪くないと思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、ティー。本当にこの服は普通の服なんだろうな? お前らの服とは随分と違う気がするんだが」

 

「私たちの服は狩猟服だからね! バロウスお姉ちゃんと違うのは当然だよ。

 でもその服、可愛くて凄く似合ってるよ! お母さん、こんな服持ってたんだ。私も着たいなぁ」

 

「別に可愛い必要はない。ただなんと言うか、ヒラヒラしてて動き辛くないか? 俺様も狩猟服でいいんだが……。あとついでに言うと胸がスカスカなのも問題だな」

 

「あはは。胸は仕方ないよ。お母さん大きいからね」

 

 家への帰り道、バロウスはプルプレアの用意した服に文句を言っていた。彼女の不満はデザイン的なものもあるが、どちらかと言うと機能面にある。サイズに関しては胸の辺りが余っていること以外は大丈夫らしい。しかし上半身はともかく、腰から下を膝の辺りまで、布を巻き付けただけのようにも見える構造に不安感が拭えないようだ。

 バロウスが着ている服は濃紺の下地にくすんだ金色の柄が入った、吊り下げ紐のついたインナーと、同じような柄の膝丈ほどのスカート、そして首の回りにはフードがついていて背中から裾が二股に分かれるマントを羽織っている。靴はプルプレアが履いていたような、動きやすいブーツだ。背中の翼は、背中が開いているデザインの服なので窮屈にはならない。

 胸周りは、借り物の服なのでしかたがない。マントに関しても、そこそこの厚さがあり、内側にポケットが多めについているため、機能的に問題ないとバロウスは判断していた。しかしスカートは用途がわからなかった。どう観察しても戦闘用には見えない。確かにインナーよりも厚い生地だが、それでももっといい形状があるように思う。

 

(服か……これから必要になるなら、俺様の考えた服でも着るかな)

 

 バロウスがどんな服がいいのか考えつつ、体の火照りを冷ますように、風に当たりながらゆっくりと家へ向かっていた。そこへ、ウンラン達が森の中から出てきた。デーモンは何故かやたらと上機嫌だ。いったい何をしていたんだと、バロウスは訝しげな視線を向けると、デーモンは嬉々としてバロウスのところへやってきて、何をしていたのかを話し始めた。

 

「あ、姐さん! 今から帰るところか? へへ、さっきダークエルフの雄と話しててよ、明日ダークエルフの風俗に行くことになったぜ!」

 

「あ、君! ティーもいるのに、何でもかんでも話すんじゃない! せっかく隠れて話をしたのに!」

 

「フーゾク?」

 

「ああ、ティー。風俗ってのはな「バロウスちゃんも、ティーに変なことふきこまないでくれ!!」」

 

 デーモン2人が、子供がいるにもかかわらず下世話な話を堂々とし始めるため、ウンランは焦って2人の話を遮る。流石に性のせの字も知らない子供であるティーに聴かせる話ではない。

 

「ねぇ、バロウスお姉ちゃん。フーゾクって何?」

 

 しかし好奇心旺盛なティーはバロウスへ問いかける。バロウスは答えようかと思ったが、どうせまたウンランが騒ぎ始めることが予想できるため、言うのはやめておいた。ティーとウンランの両側から騒ぎ立てられるのは、うるさくてしかたがない。

 

「ま、風俗については今度だ。それよりウンラン、そんなところに行って大丈夫なのか? デーモン出禁じゃないのか?」

 

「ああ、その点は大丈夫だよ。外交用にたてられたデーモン向けの風俗だからね。接待用というやつさ」

 

 バロウスは納得した。それなら何も問題はなさそうだし、デーモンの扱いにも慣れてそうだ。なにより、この無駄に盛っている奴隷のデーモンが大人しくなるのなら、喜んでいかせるべきだ。

 自分も少し行ってみたいとは思ったが、自分が雌であることを思い出して諦めた。それに、この姿になってから性欲が少なくなったのか、ムラムラすることがほとんどない。さっきプルプレアを見ていた時も、雄だったころなら興奮していたのだろうが、イチモツが無いせいなのか雌になってしまったからなのか、燃え上がるような興奮は起きなかった。性にドライになってしまったのかはわからないがとにかく、行きたいという欲求は薄れてしまった。

 

「とりあえず、今日のところは早く帰って休もう。一日でいろいろなことがありすぎだ」

 

 ウンランの一言に、全員が同意した。

いろいろと紆余曲折あったが、バロウスはダークエルフの里へ入ることができそうだ。それに、性と自我に関する問題も、ダークエルフ一家のサポートのおかげで少しずつ解決へと進み始めていた。

 




たぶん次回からバロウス以外の原作キャラが出ます
ようやくですね

あと、今回の帝国ガチャでメフィスト狙って50連したのですが駄目でした。
残念。


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第7話『目色』

魔王の封印は弱り始めて魔物も復活し始めてるけど、その数はまだ少ないということにしておいてください。

というか、そういう期間がなければ今いる魔物は全員が千年前からいることになっちゃうよね?


「明日、王に会いに行くよ」

 

 バロウス達がダークエルフの里へ入って数日後、食事の場でウンランが、ダークエルフの王に会いに行くのだと言い出した。

 

「ふぅん。なにしに行くんだ?」

 

「他人事のように言ってるけどね、バロウスちゃん。君が会いに行く、というのが正しいんだよ。前に言ったけど、里で暮らすなら面通しはしないとね。

 まぁ、ここは里のはずれだというのもあって、後回しにされてたみたいだけど」

 

 ああそうか、とバロウスは思い出した。王にはもっと早く会うものだと思っていたが、なかなか行かないので忘れていたのだ。ウンランは少し不機嫌そうだが、こうなるのは予想済みらしく諦めの雰囲気が出ている。

 

「王に会うなら空き家でも貰おうかねぇ。ティーに四六時中付きまとわれるのも面倒だ。それに毎晩毎晩、元気な夫婦がうるさくてしかたねぇ。なぁ? ウンランとプルプレアさんよ」

 

「な、なにを言ってるのかわからんな」

 

「うふふ、バロウスちゃんったら、突然何を言い出すのかしら?」

 

 バロウスがジト目で2人を睨むと、ウンランは動揺して目をそらし、プルプレアはいつも通りニコニコとしているがどことなくぎこちない。2人とも、初日のバロウスが起こした出来事にショックを受けたのか知らないが、その後に随分と愛を確かめ合っているようだ。

 しかしプルプレアからしてみれば、バロウスは口が悪く、性に鈍感だとしても見た目麗しい女であることにかわりはない。それが危機感を煽らせることとなったのが原因であるのだが、バロウスは全く気づいていない。

 

「ま、もうちょい静かにしてくれれば俺様も文句はねぇ。おい、ヘンタイ。お前も行くんだぞ。なにが欲しいのか考えとけよ」

 

「え? そうだなー、俺は今の生活でも悪くないと思うけど。あえて言うなら、拷問場が欲しいな。最近血を見てねぇし」

 

 バロウスにヘンタイと呼ばれたのは、彼女が連れていたデーモンの名前だ。性欲を暴走させたのもあるし、最近は風俗に入り浸ってるので、彼女はそう名付けた。その時はダークエルフ一家もデーモンに同情せざるを得ず苦笑していた。当のヘンタイには分かりやすくていいと逆に好感触だったが。なお、現在は外見上の目印として、ダークエルフの首飾りをつけている。筋肉質な体となぜかマッチしていて、妙に似合っていた。

 

「それは流石に無理かな……というか君たち、どちらかと言うと要求される側だと思うんだが?」

 

「要求されっぱなしじゃフェアじゃねぇだろ? なーに、無茶なことは言わねーよ。必要ないしな」

 

 ウンランはデーモン達の会話に呆れた声を出すが、ここ数日でこの2人の常識はそれなりに把握できているので、この反応もいつものことだ。

 

「お母さんとお父さんは毎晩何してるの?」

 

「ティーにはまだ早いかしらねー」

 

 そのころプルプレアはティーの質問をのらりくらりと躱していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、バロウス達の王との対談は特に問題が起きることもなくあっさりと終わった。里への定住が許可されたのは森の番人からの推薦というのも理由だが、与えられる住居がティーの家に程近い休憩所のような廃屋だったからである。里から離れていて、森の番人の監視も付くため、デーモン2体程度ならもし反乱を起こしても対応可能という判断のもとだ。それに、家を貰う対価として森の番人の仕事を手伝うことにもなっている。

 もちろんルールを守る宣言は前提として交わしている。

 

 王の間に上がったときは、屈強な衛兵に囲まれてティー達ダークエルフ組は緊張であがっていたが、デーモン組は平然としていた。その態度が王の不興を買うのではないかとティー達は不安そうにしていたが、王は特に気にする様子もなく淡々としていた。

 ちなみにダークエルフの王は、定期的に開かれる武術大会の優勝者がなるものと決まっている。今の王は年若いがダークエルフ最強の称号を持っていて、なおかつ超イケメンだ。ティーは少し頬を赤らめて、見惚れていた。

 

 バロウス達は王の間から出たあと、魔界都市を散策していた。ついてくる衛兵はいないが、どこからか監視されるような視線を感じる。首からは滞在許可証をぶら下げている状態で、この許可証にもなんらかの魔法がかかっているらしい。恐らく監視か、力の抑制だろう。

 しばらくの間は大人しくして、体を馴染ませ、鍛えることが目的なのでこの事に関してはバロウスは気にしていない。

 

 今はウンランとプルプレアの案内の下、魔界都市の食べ物屋を回っていた。人間からしてみれば、魔界の食べ物は紫色の謎材料でできた大体グロテスクな見た目だが、バロウスからしてみればそれが普通だ。その中でも、ダークエルフの料理というのはデーモンからしてみれば新鮮なものである。ここ数日は、プルプレアの料理を食べていたため、ダークエルフの食文化を楽しむ余裕が生まれていた。

 

「魔界の森の植物って意外と食えるもんなんだな。肉ばっかり食ってたから新鮮だ」

 

「ダークエルフは普通のエルフと違って肉も食べるけど、植物も変わらず食べてるからねー」

 

 バロウスが料理に舌鼓をうっていると、周囲の人垣からするすると見知らぬ銀髪の幼女が近づいてきた。ほとんどの人はデーモンである彼女達を遠巻きに見るだけだったので、そのことにはすぐに気がついた。

 その幼女はティーよりも更に小さく、人間の年齢なら5歳にも満たないほどだ。そして、バロウスに近づくと彼女の顔と見つめだした。

 

「なんだ? このガキ。俺様の顔をじろじろ見やがって。とっとと失せな」

 

「バロウスお姉ちゃん! そんなこと言ったら可哀想だよ!」

 

 バロウスは興味本意でなにも知らないガキが寄ってきただけだと思い、少女を追い払おうとする。ティーはそんな彼女を嗜めるが、しかし少女はそんなバロウス達を意にも介さず、ただジッと見つめているだけだった。

 バロウスは、ダークエルフにはプルプレア以外にもよくわからん奴がいるなと少女を見つめ返した。ティーとは違って半目で、眠たげな印象を受ける美幼女だ。

 

「……おめめ」

 

 そうしていると、幼女がポツリと呟いた。おめめ……お目々? とバロウスが推測したところで、彼女も気づいた。この幼女は顔というよりも自分の両目を見てるのだ。バロウスの両目は魔力が集中しているせいか仄かに輝いている、混じりけのない美しい色の瞳だ。しかもパッチリとした眼は大きく開かれており、遠目からでもよく目立っている。幼女はそれに興味をもって近づいてきたのだろう。

 

「ったく、俺様は見せ物じゃねーぞ」

 

 バロウスは目を閉じて顔を背け、やれやれと首を振った。

 

「まぁまぁ、いいじゃないの。綺麗なのは本当なんだから。ところであなた、お名前……あら?」

 

 そんなバロウスの様子を尻目に、プルプレアが幼女へ近づいてしゃがみこみ、名前を聞こうとしたが、その前に何かに気づいたような声を出した。

 ティーが、なんだろうと幼女に近づいてよく見てみると、その原因がわかったのか声をあげた。

 

「あ、この子も両目で色が違う! バロウスお姉ちゃんとお揃いなんだね!」

 

「あらあら、本当ね。半目だったから気付かなかったわ。バロウスちゃんとは色か違うみたいだけど、珍しいこともあるものねぇ。」

 

 幼女の両目はバロウスと同じ、左右で色が異なるオッドアイをしていた。バロウスと違うのは右目が赤色で左目が紫色をしていることと、輝く瞳ではないことだ。

 ティーは珍しいものを見たことと、バロウスとの共通点を持つ子供を見つけたことですっかりはしゃいでいる。

 

「わ~。この子の目もきれいだね! ねぇねぇ! 名前教えてよ! あ、私はビパルティータ! 長いからティーって呼んでいいよ! それで、お名前は?」

 

「……ドロテア」

 

 ドロテアと名乗る幼女は眠たげな視線をティーへ向ける。口数が少なく、表情もたいして変わらないか、その眼はバロウスと同じく不思議な魅力を放っていた。

 

「ドロテアちゃんだね! ねぇ、お友達になろうよ! 私いつもは森のなかに住んでるから友達少ないんだ。

 あ! でも最近バロウスお姉ちゃんと友達になったんだ! ドロテアちゃんもバロウスお姉ちゃんと友達になるといいよ! お揃いだし!」

 

「おい! ティー、勝手に話を進めんな! 大体、俺様はお前と友達になった覚えなんざねーぞ」

 

 ティーは捲し立てるようにドロテアへ話しかける。1人で勝手に話を進めるティーに、バロウスは抗議の声をかけるも、テンションが鰻登りのティーには聞こえない。

 そういうときに止めるのはプルプレアの役目だ。

 

「コラ! ティー。ドロテアちゃんが困ってるでしょ? 友達になるのはいいけど、ドロテアちゃんの話もちゃんと聞いてあげなきゃ。ね?」

 

「うっ、ごめんなさい……」

 

 プルプレアに起こられたティーはしょんぼりしている。バロウスはそんな様子を見てニヤニヤしている。

 

「ゴメンね、ドロテアちゃん。ティーが騒いじゃって」

 

「……別にいい」

 

「そう、よかったわ。ところでドロテアちゃん。お父さんとお母さんは?」

 

 一端、場が落ち着いたところでプルプレアはドロテアの両親がどこにいるのかを聞いた。流石にこの年齢の子供が1人で街を歩いているのはおかしい。迷子になったのかと思って尋ねたのだ。

 

「……おうち」

 

「お家にいるの? 外に抜け出してきちゃったのかしら? ドロテアちゃん、お家はどこかしら?」

 

「……まんなかのおっきなきのなか」

 

 しかし、その答えはプルプレアを驚かせた。家が中央の大樹にあるということだ。大樹に住むことができるのは、ダークエルフの中でも特に力の大きな一族だけで、なにかと特別扱いをされている。そんなところに住んでいるというのは驚きだった。

 

「ドロテアちゃん、お家から1人で出てきちゃったのね。1人でいると危ないわ。お家に帰りましょ?」

 

 プルプレアはドロテアに、家へ帰るべきだと促す。しかしドロテアの反応は芳しくない。

 

「……わたし、ごほんよみにきたの。だからかえらない」

 

「ごほん? ああ、ご本ね。読みに来たって言うことは本屋かしら? 一般図書館は中央だし……でもこの年の子供が本なんて読めるのかしら?」

 

「おい、いつまで話してるんだ? そんなガキ放っておいてさっさといくぞ。本屋に行くっていうなら勝手に行かせとけばいいだろ」

 

 そのとき、バロウスが会話をする2人に声をかけた。彼女からしてみればそもそもこんな子供に構ってること自体が不要なのだ。食べ歩きを再開するためにドロテアから背を向けて歩き始める彼女だったが、服の裾に引っ張られる感触を受けた。今度は何だと見てみるとドロテアが裾を掴んでいた。相変わらず眠たげな視線を彼女の目に向けている。

 

「おいガキ。俺様は失せろって言ったんだぞ? あんまりしつこいと怖い目を見てもらうことになるぜ」

 

「……おめめ、すごい。ついてきて」

 

 バロウスは殺気を飛ばして威嚇するが、ドロテアは感じ取れていないのか、はたまた受け流しているのかはわからないが、委縮する様子はない。さらにバロウスの言葉を無視して、ついて来いとまで言いだした。

 彼女は心底面倒な気持ちになった。ここでガキを殺して終わりといかないのが辛いところだ。穏便に事を運ぶやり方が分からないので、このガキをどうにかしてくれとプルプレアとティーに顔を向ける。

 

「ドロテアちゃん本屋さんに行くの? お金持ちなんだね! 私も行きたいなぁ」

 

「あら、ティーも行っていいわよ? こんな小さい子供を1冊人で歩かせるわけにはいかないわ。バロウスちゃんとティーがついていくなら安心ね」

 

 しかし2人はこんな会話をしていた。バロウスは頭が痛くなってきたが、王にあって早々問題を起こすのも今後の活動に支障が出る。正直なところ、ダークエルフの食べ物はまだまだ食べ足りない。

 しかしまだまだ時間はあるのだ。それに本というのも気になる。ガキの買う本などたかが知れてるが、他にダークエルフの持つ知識が書かれた本には興味があった。代わりにという体裁でプルプレアとガキから金を出してもらえば、ガキについていくのも悪い話ではない。そう結論付けたバロウスは嫌々ながらも、といった雰囲気でドロテアとプルプレアに話しかける。

 

「チッ、しかたねぇな。俺様も、ここで問題は起こしたくねぇ。だから、俺様にも本を買え。そしたらついて行ってやるよ」

 

「……わかった」

 

「1冊くらいならいいわよ。ティーも買ってきたら?」

 

 バロウスが言っていることは完全にチンピラと同じだが、ドロテアはあっさりと頷いた。プルプレアも、たまには本を買うのも悪くないと乗り気だ。確かに本は高価な部類だが、それでもプルプレアに金の問題はなさそうだ。というのも、森の番人は収入は狩りで得た獲物をうることや森の素材を売ることで立てているが、支出はさほどない。おおよそ森の中のもので済むからだ。

 

「話が早くて助かるよ。……ところでお前はついてこないのか?」

 

 バロウスはプルプレアに疑問をかけた。別についてこられる必要もないが、なぜここで別行動をするのかが気になる。

 

「バロウスちゃんは暴れないって信用できるけど、ヘンタイさんは違うわ。あんまり人目の少ないところには行きたくないのよ。

 それにまぁ、かわいい子供には旅をさせよって言うでしょ?」

 

 

 プルプレアは笑顔でそう返した。

 

 




後半の帝国ガチャでも天井までパリンしてメフィスト出ませんでした。
この小説でメフィストが出ることは無いでしょうな。最低半年は。

そしてついに原作キャラ出ました。
ちなみにこの小説では、ダークエルフの寿命は200年くらいを想定しています。


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第8話『師』

遅くなりました。しかも短めです。
今週からGooglePlay版のアイギスをやり始めて、書く時間が無くなってしまいました。
今から始めても、ちびラピスおりゃん!



 プルプレアとウンランに、ヘンタイの世話と日用雑貨の購入を頼んで、バロウス、ティー、そしてドロテアの3人は、ドロテアの先導のもと移動していた。

 子供2人に囲まれてしかめっ面の女デーモンが歩く光景というのは、なかなかに見れるものではなく、衆人観衆の目を集めていた。しかも全員美少女で、なおかつ2人はオッドアイなのだ。男の下世話な視線から好奇の視線まで、様々な感情をむけられて、バロウスは更に顔をしかめることになる。

 

「おい、ガキ。どこに向かってるんだ? 俺様はさっさとこのうっとおしい視線から隠れたいんだ。早くしろ」

 

 そのイライラをドロテアに向けるバロウス。幼女相手でも容赦がないが、ドロテアは涼しい顔をしている。

 

「……もうすぐ」

 

 そう言って、彼女は裏路地へ入っていってしまった。バロウスは、なんか薄暗いところだな程度の感想しか持たなかったが、ティーは怖がってバロウスにひっついている。

 

「ね、ねぇドロテアちゃん。本当にこんなところに本屋さんがあるの? こんな所にある本屋なんて聞いたことないよ?」

 

「……こっち」

 

 ティーの問いかけも虚しく、ドロテアはズンズンと進んでいく。それを見てティーは益々バロウスをつかむ腕に力を加えていった。

 バロウスがティーを振り払おうかと考え始めたとき、ドロテアが1件の家の前で止まった。とくに看板らしい看板はなく、暗い雰囲気がある。ドロテアがノックをしてから、中にいる人物と扉越しに何かを話し合い、しばらくして扉が開いた。ドロテアは迷いなく中へ入っていき、バロウス達もついて入った。

 

 建物の中は、昼間だと言うのにカーテンを閉めきっていて薄暗い。部屋中にところ狭しと様々な本、実験器具、魔道具が山積みされており、さながら西洋の魔女の家のような雰囲気である。ティーは物珍しげにキョロキョロしていて、バロウスはこの異様な雰囲気の部屋を警戒していた。

 

(ここはどう見ても本屋なんかじゃねーな。何しに来たんだ?)

 

 そうして部屋のなかを観察していると、奥から1人の人物がのそりと現れた。

 

「おやおや、今日はずいぶんと珍しいお客さんが来てるね」

 

 その人物はしわがれた声をした老婆だった。ローブで覆うその背は曲がっており、背丈よりも大きな捻れた杖を持っている。髪は銀髪で、皺だらけの顔だが、眼光は鋭くバロウス達を見ていた。そして驚くべきはその魔力量だった。衛兵や王も含め、町で見かけた誰よりも多い魔力を持っているのだ。バロウスはいっそう警戒してしまうのも無理はない。

 

「ヒッヒッヒッ、そんなに警戒しなさんな。わしゃここに住んどるしがない老ダークエルフだよ。あんたのパンチ1発で死んじまうようなね」

 

「はぁ? そんな魔力を持っていて、よく言うぜ。ババアに殴かかる前に俺様の方が吹っ飛ばされるのがオチだろうよ。気にくわねぇことにな」

 

「おや? そうかのう?」

 

 老婆は飄々とした態度でバロウスと会話していた。言っていることは正しいのだろうが、デーモンを前にして堂々としているのはそれなりの自信があると言うことだろう。

 バロウスも、口では勝てないようなことを言っているが、別に負けるつもりもない。それはあくまで能力を使わない場合の話だ。

 

「ま、ドロテアに大人しく連れてこられた以上、どんな相手だろうと客だね。もてなそうじゃないか。

 ようこそ、バズウ魔法店へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バズウおばあちゃん! これ何の本?」

 

「これは魔界植物の植生に関する考察だね。お嬢ちゃんもいつかは読むといいけれど、まだ早いね」

 

 バロウスが胡散臭げなものを見る目で老婆――バズウを見ているなか、ティーはバズウに店の本を見せてもらっていた。ティーにとってはこの店は見たことのないもので溢れていて、好奇心をくすぐるようだ。

 

「……バズウ。これよみたい。」

 

「ほう、中級基礎治癒魔法の指南書かい。いいさ。持っていきな」

 

 一方ドロテアは、黙々と魔導書を漁っていた。その幼い外見に似合わずかなりの知識を持っているようだ。ティーはこの手の本は読んだことがないためさっぱりだが、ドロテアは理解して読み進めている。

 

「え!? ドロテアちゃん魔法使えるの!? しかも私より小さいのに中級って……すごくない!?」

 

「少なくとも、お前よりは賢いみたいだな」

 

「ヒッヒッヒ、コイツは私の弟子だからね。才能はあるさ。将来はかなりの大物になるだろうね」

 

 そう、ドロテアはバズウの弟子だったのだ。考えてみればドロテアは本を読みに行くとは言っていたが、本屋に行くとは言っていなかった。つまり、ドロテアはバズウのところに魔導書を読みにきた、ということなのだろう。言葉足らずなドロテアを差し置いて話を進めてしまったバロウス達の失敗と言える。

 当のバロウスも、舌足らずな幼女がこれほどまでに知識を持っていることには驚いた。成長速度が並大抵ではない。先程のバロウスの威圧も涼しい顔で受け流していたが、バロウスが自分に危害を加えないと理解しての行動だったのかもしれない。

 そう考えると、この幼女が自分をここへ連れてきた理由も気になる。ただ単に珍しいもの見たさというわけではないかもしれないのだ。

 

「おいガキ。さっきから俺様を放っておいて、自分は本探しとはいいご身分なことだな。俺様に何か用があったから連れてきたんじゃないのか?」

 

 バロウスは皮肉混じりにドロテアの真意を聞き出そうと声をかけた。だがドロテアは、今気づいたと言わんばかりに目をしばたたかせてバロウスの方を見ていた。つい何時ものように本を物色していたために忘れていたのだ。バロウスは眉間に皺を寄せてドロテアの言葉を待った。

 

「……あ、バズウ。この……ひと? へんなおめめしてる。わたしとおなじだけどちがう」

 

「うむ、よく気がついたね。まぁ、こんなに目立つ魔眼を見て何も感じないなら、それはそれで失格だがね。

 あとコイツは人じゃないよ。デーモンだね。こういうのもいるってことは覚えときな」

 

「……デーモン? ムキムキのじゃないの?」

 

「そうだね。大半は筋肉達磨だけど、こういう人や亜人に近いタイプもいるのさ。そういうのは大きな力を持っているやつが多くて、コイツも確かにすごいが……まだ扱いに慣れてなさそうだね。大したことない部類だよ」

 

「お前らいいかげんにしろよ」

 

 自分を指差して言いたい放題な会話をする2人に、バロウスは益々イライラしていた。筋肉馬鹿と一緒にされたことや大したことないと言われたことがバロウスのプライドを刺激したためだ。ティーはそんな3人の様子を見てオロオロしている。

 

「ヒッヒッヒ、そう怒らないでおくれ。こういうのは魔法使いによくある質でね、色々と考えてしまうものなのさ。ドロテアも、わしと話をして考察をしたいから、アンタを連れてきたんだろうね」

 

「こっちは迷惑だ」

 

「まぁまぁ、代わりに1ついいことを教えてあげるよ。

 ところでアンタ、名前はなんていうんだい?」

 

「は? んなもん教えて何にになるんだ? いいこととやらだけ、端的に教えろよ」

 

「なあに、これからもここに通ってもらいたいからね。常連客の名前を覚えることくらいいいだろう? それとも、名前がまだないのかね?」

 

「……まぁ、減るもんでもないし、別にいいか。通うかどうかは別だがな。

 俺様はバロウス。お察しの通り、デーモンだ。名前はこのガキ……ティーにつけられた。あまり使う予定もないんだがな。

 で? いいこととはなんだ?」

 

「バロウスか。旧魔眼の魔神の名前とは、また随分なものをもらったみたいじゃないか。

 しかしせっかちだねぇ。デーモンなんだからもうちょっと時間に余裕をもってもらいたいね」

 

「あいにく、俺様は早いところ力をつけてダークエルフの里なんぞから抜けたいんだ。のんびりするほど暇じゃない。それに、俺様はまだそんなに長く生きていないからな。精々、数十年ってところか」

 

「なるほど、だから力の使い方も慣れていないんだね? いや、それにしたって慣れなさすぎに見えるか。となると……お前さん、その力は最近身に着けたものだね。それにその姿、急激な力を身に着けた影響で変化したんだろう? 口調や仕草がちぐはぐだからね」

 

 わずかな情報からこちらのことを察したバズウに、バロウスは思わず息をのんだ。その洞察力もすごいが、それを裏付ける知識を持っているということなのだ。

 

「ほう、よくわかったな。だが慣れていないだけで使えないわけじゃない。俺様の我慢が切れる前に早く言え」

 

「しかたないねぇ。じゃぁ言うが、バロウス、アンタかなり魔力の無駄遣いをしているね」

 

「なんだと? どういうことだ?」

 

「わかりやすく言うと、垂れ流しなのさ。魔法っていうのは魔力を制御して起こすもの。その様子だと、魔法を使った経験もないんだろう? だから魔力の制御方法もわからない。だから魔力を身にとどめることもできていない。

 わしから言わせれば宝の持ち腐れだね。ああ、勿体ない勿体ない。いらないならその魔眼ごとわしに譲ってほしいくらいだね」

 

 バズウの両目が猛禽類のように鋭くなり、バロウスの眼を見据える。しかしそれは一瞬のことで、すぐに元の表情へと戻った。それはバズウの、隙あらばバロウスを襲ってでも魔眼を取るという意思表示でもあった。

 そのことを理解したバロウスは冷や汗をかく。今は子供が近くに2人もいるために、巻き添えを危惧して行動を起こさないバズウだが、一歩間違えればこの場で襲われていたかもしれないのだ。ここは土地勘のない街、自分に匹敵する実力者、周囲のデーモンに対する信用問題等々、悪い要因が多すぎる。

 こうなってしまっては、魔力の制御を真っ先に覚える必要がある。しかしそこで、バロウスに1つの疑問が浮かんだ。

 

「ババア、てめぇなんでそのことを俺様に教えた?」

 

 そう、バズウはわざわざバロウスの実力を伸ばすような発言をした。そうしなければ、より多くの魔眼を手に入れるチャンスが得られたのにだ。

 

「ヒッヒッヒ、なあに、ただのおせっかいだよ。勿体ない使い方をいつまでもしているようなら、わしが許さんというだけのことだね。

 それに、ドロテアが珍しく他人を連れてきたんだ。そんな客相手に手を出すほど野暮じゃないさ」

 

 しかしバロウスの問いに、バズウは飄々と答えるだけだ。バロウスにはこの発言の真偽はわからないが、問い詰めたところでバズウが本当のことを言う保証はどこにもないため、ひとまずは引き下がることにした。

 

「チッ、胡散臭いババアだ。で? つまりそれを教えたということは何かしら制御させる算段が付いてるってことだよな? でなきゃ言う意味がないからな」

 

「おやおや、アンタもなかなか察しがいいね。簡単なことさ。さっきも言った通り、ここに通えばいいのさ。わしが教えてやるよ。ま、次からは金をもらうがね」

 

「ふん。せこいババアだ。通うのは気が向いたらな」

 

 バロウスは確かに急いで強くなりたかったが、バズウの思い通りに事が進むことがなんとなく気に入らないため、通うのは最終手段だと決めた。そもそも魔力制御の話自体眉唾だというのもあるし、仮に本当だとしても、納得できるまで自分でやりたかったからだ。時間云々よりも自分の感情を優先するデーモンにありがちな思考である。

 

「え!? バロウスお姉ちゃんここに通わないの?」

 

 そこでティーが声を上げた。どうやら、バズウとバロウスの話がよくわからなかったためにドロテアと話をしていたようで、2人で本の話をしていた。そこでバロウスの、気が向いたら通うという発言を耳ざとく聞きつけたのだ。

 ティーはこの店にあるもの全てが珍しく、ドロテアの話も好奇心をくすぐられるものが多いので通う気満々でいた。ドロテアは魔導書のみならず、数少ない魔界の書籍を幅広く読んでいるようで、図鑑や小説にいたるまでさまざまな話をしてくれたのだ。

 

「今の時点では通うメリットが大して無い。それにこのババアがボケて暴走する可能性もある」

 

「そんなつもりはないんだがねえ」

 

 バロウスはバズウの呟きを無視して店を出ていき、ティーはドロテアに、またねと言って慌ててバロウスについて出ていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……またくるかな?」

 

「来るさ。バロウスを連れてね」

 

 ドロテアは僅かにほほ笑んだ。

 

 




GooglePlay版で帝国ガチャ天井までやったけどメフィスト出なかったよ


あと、ドロテアの性格が違うと思われるかもしれませんが、まだ幼女だからね。まだまだこれから。


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第9話『無知』

お待たせしました。
短いし、クオリティーも低いです。
すみません。

やっぱ勢いで小説書くとダメだね
途中から何の話書いてたのかわからなくなってきた



 バロウスがバズウ魔法店を出て路地裏をズンズン進んでいく後ろを、ティーは不満気な表情でトテトテと歩いていた。もっとドロテアとお話をしたかったのもあるし、結局本の1冊も買うことができなかったからだ。

 

「バロウスお姉ちゃん! なんで急に帰ろうとするの!? 私まだ欲しい本とか決めてないよ!」

 

「あん? お前あの中に読める本でもあったのか? てっきり何もわからねぇからお喋りしてるだけだと思ってたわ」

 

 ティーのそんな小言にも、バロウスの容赦ないツッコミが入り、ティーは怯む。

 

「う……わ、わかるもん! ドロテアちゃんに教えてもらったらわかるもん! ……たぶん」

 

「はぁ……そうは見えねぇがな。

 しかし金が余ったのは確かだ。なんか買ってくか。おい、ティー。この辺りにあるオススメを教えろ。それを買う」

 

「え!? 本当!? ど、どうしようかな? 本屋もいいけどお菓子とか玩具とか欲しいものいっぱいある! どうしよう?」

 

 バロウスの発言にティーは一気に機嫌が戻った。バロウスとしては単に何がいいのかわからないから聞いただけなのだが、ティーには臨時のお小遣いを何に使ってもいいと言われたも同然なのだ。好奇心旺盛な子供には嬉しい話だろう。

 

「あ!……でもこのお金、お母さんから借りたやつだし……やっぱり本を買った方がいいのかな?」

 

 しかしティーは根が真面目なので母の意向通りのものを買わなければならないと思っているようだ。バロウスは貰った金をどう使おうとこちらの勝手だと考えているので、遠慮は全くないが。

 

 ティーが1人で悩んでいるころ、バロウスは手持ちぶさたなため、同じように1人で何を買うべきか、思考を巡らせていた。しかしここで大事なことに気がつく。

 

(しまった。俺様は金はもらってねぇ。あのドロテアとかいうガキに出してもらうつもりだったのをすっかり忘れてた。

 あのババアが余計なこと言うからだな。絶対許さねぇ)

 

 などと自分の失敗を棚にあげて理不尽な怒りをバズウへ向けていた。

 

(となると、ティーの金次第か。そんなに貰ってなさそうだな……。俺様ならこんなガキに大金は渡さん。だが……)

 

 ティーの持っている金額はわからないが本1冊買う程度の金しかないのなら、多くはないと想像がついた。というのもダークエルフは森に住んでいるので、人間よりも製紙技術が比較的高いためだ。もちろん食べ物などと比べるとそれなりに値は張るが、子供向けの、内容の薄い本は素材もそこまで使わないので意外と安く買えるのだ。

 

 だがバロウスには妙案が思い付いたようだ。

 

「ティー。ちょっとここで待ってろ」

 

「え? なんで?」

 

「いいから待ってろ。俺様は野暮用ができた。すぐ戻る」

 

「う、うん」

 

 有無を言わさず、バロウスはティーをおいてどこかへ去ってしまった。ティーは人気のないところに1人取り残されて少し心細そうだったが、森ではいつも1人で遊んでいたため問題はなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、壁にもたれかかって足をプラプラさせながらバロウスを待つティーのところに、1人の男が近づいてきた。ティーは、男は通りすぎるだけだと思っていたのだが、男はティーをジッと見て近づいてくる。明らかに不審者だが、森から出た経験の少ないティーにはわからない。

 そんな無警戒なティーに、男が話しかけた。

 

「お嬢ちゃん、こんなところで何をしてるんだい?」

 

「え? バロウスお姉ちゃんを待ってるだけだけど」

 

「ああ、……実は君のお姉さんから伝言を頼まれてね、ちょっとトラブルが起きたから来れないらしいよ」

 

「え!? そうなの? すぐ戻ってくるって言ってたんだけどなぁ」

 

「それなんだけどね……君のお姉さんは僕の家に来てるんだ。僕、このあたりに住んでるからね」

 

「おじさんの家に? バロウスお姉ちゃん何しに行ったのかな?」

 

「おや、何をしに行ったのかも聞いてないのかい? まぁ、特に問題はないかな。君をこんなところに放っておくわけにもいかないから、連れてきて欲しいって君のお姉さんに頼まれたんだよ」

 

「おじさんの家に案内してくれるの? バロウスお姉ちゃんもいる?」

 

「そうそう。ほら、こっちだよ」

 

「わかった!」

 

 いろいろと男の話はおかしい部分が多いが、ティーはあっさりと男を信じて着いていってしまった。他人に警戒心がないというのもあるが、つい最近知り合ったデーモンが噂ほど悪くなかったのも原因だろう。女に成り立てで天然なバロウスと、アホのヘンタイでは恐れる子供も少ないというものだ。

 

「ところでバロウスお姉ちゃんは何してるの? トラブルって?」

 

「まぁまぁ、それは後でいいじゃないか。ほら、お菓子をあげるよ」

 

「わーい! お菓子ー!」

 

 男はティーからの質問をのらりくらりとかわして警戒心を持たせないようにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10分ほど歩いて、男は1件の小屋の前に止まった、裏路地の更に奥まったところにあるボロ小屋だ。

 

「ほら、ここだよ」

 

 そう言うと男はさっさと中へ入ってしまう。ティーは遅れないように慌てて入っていったために不審感を抱く間もなかった。

 小屋の中は閑散としていて、人の気配がない。ティーがバロウスを探していると、男は素早く戸を閉めた。

 

「おじさん? バロウスお姉ちゃんは?」

 

「ふひっ、バロウスお姉ちゃん? 誰それ?」

 

 ティーが男へバロウスのことを問いかけるが、男は不気味な笑みを浮かべてしらを切るだけだ。

 

「お、おじさん? それってどういうこと?」

 

 しかしこの期に及んでもでティーは男を敵視していない。騙されていたことは漸く気づいたが、この男もバロウス同様、話し合えばわかりあえる相手だと思っているのだ。

 

「だからぁ、バロウスお姉ちゃんなんて僕は会ったこともないってことだよ!」

 

 しかし男はティーを閉じ込めることに成功したことを確認すると即座にティーを押し倒した。

 

「痛っ! おじさん! やめてよ!」

 

「ふひひひ。ティーちゃんは可愛いなぁ。それにちょろくて助かるよ~。親やお姉さんは心配してるだろうな~」

 

「やだっ! あ……!!」

 

 ティーは抜け出そうともがくが、大人の男に敵うはずもなく、押さえつけられてしまう。ティーもようやく自分がどれだけ愚かなことをしたのか気付き、顔を青ざめている。

 

「まったく。君のお姉さんは、魔界でこんな子供を1人にしちゃ間違いなく襲われるっていうことを知らないのかな? ま、僕にはどうでもいいことだけど」

 

 男の手がティーの服へと伸びる。

 

 

 

 だが、その手は別の手に掴まれる。

 

「あん?」

 

 男はいきなり現れた手に間抜けな声をあげる。

 

「知ってるぜ。魔界はゲスのたまり場だって、な!」

 

 男はその声を聞くと同時に、顔面を蹴り飛ばされ、きりもみ回転をしながら壁に直撃した。頭を強く蹴られたせいで意識を失っている。

 

「バロウスお姉ちゃん!」

 

 先ほど現れたのはバロウスだった。彼女はティーの方へ向き直り、呆れた声を出した。

 

「よう、ティー。やっぱお前バカだなぁ。魔界でホイホイ知らない人に着いていきやがって。俺様に1度騙されたのに学習してないのか?

 まぁ、こうなるだろうとは思ってたから、1人にしたんだけどよ」

 

 バロウスがタイミングよく現れたのは、単にこの展開へ誘導したからだ。彼女は少し前から邪な視線を感じたのでティーと離れたあと、ティーを監視していたのだ。普段からヘンタイの視線を浴び続けていたことで視線には敏感になっていたらしい。

 

「え!? なにそれ! こうなるってわかってたの? 酷いよ! もー!」

 

「うっせーな。これも社会勉強ってやつだよ。授業料はコイツからもらうけどな」

 

 バロウスはそう言うと家の中を物色し始めた。

 

「あ! バロウスお姉ちゃん、それ泥棒じゃないの?」

 

「いいんだよ。こいつは未遂とはいえティーを襲ったのには違いない。つまり、ルールを破ったってことだ。俺様ですら守ってるルールをな。つまり、俺様以下のこいつはデーモン以下ってことだ」

 

「うーん、でも……」

 

「はぁ、お前本当にお人好しだな。よくそれで魔界を生きてきたもんだ。他者と関わるなら、少しぐらい疑うってことと取引を覚えろ。仲良くなるのはその後でいい。

 ま、俺様は仲良くなった奴なんていないけどな」

 

 バロウスは魔界での生き方を適度にレクチャーしつつ、あらかたの物色を終えた。そして立ち上がってティーに向き合った。その目には確かな信念が見てとれる。

 ティーはそんなバロウスの考え方を悲しく思った。彼女が未だ自分と仲が良いと思っていないこともそうだが、魔界が悪い者ばかりだと思っていることもだ。だが、ティー自身が何度も騙されてきたため、反論することができず俯くことしかできずにいた。

 

「納得するかしないかは俺様の知ったことじゃないが、その能天気な考え方を止めないといつか取り返しがつかなくなるぞ?

 俺様がそう何度も都合よく助けるとは思わないことだ。……俺様はこの金で買い物に行く。お前も早く来な」

 

 俯き続けるティーに痺れをきらしたバロウスは、ティーを残して早々と男の家を出ていった。

 

 



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第10話『成長』

お久しぶりです。
正月休みは書いていなかったので遅くなりました。


 バロウス達がバズウの店から帰ったあと彼女達はプルプレアから金やら買ったものやらティーの様子やらと、色々と追求された。しかし元々問題なく帰ってくるとも思っていなかったらしく、意外とあっさり解放された。ちなみに金は結局使い道が思い浮かばなかったので食べ歩きで少し使うだけに止まった。

 むしろプルプレアはティーの物思いにふける様子を見て、少し安心していた。ティーはその幼さゆえもあるが、森から出たことがほとんどないため、箱入り娘と言っていいほど世間知らずだ。魔界で生きるうえで、いつかはそれを払拭する出来事がなければならない。そこで今回はバロウスについていかせたというわけだった。

 ティーの様子を見るに、まだ踏ん切りはつかないのかもしれないが、考えるようになっただけでも成長と言えるだろう。

 

 バロウスの森の番人としての仕事は次の日から始まった。やることは簡単で、ティーと共に森の内部を巡回して、いきすぎた略奪・破壊行為を行う生物やその集団を討伐して回ることだ。ティーは戦闘にはあまり参加しないが、その分目と耳を使った索敵をしている。

 敵を討伐すること以外にもダークエルフの里へ侵入しようとするものの監視と撃退や、森の植生異常が起きていないかの調査などもあるが、基本的にバロウスが行うのは戦闘だけである。

 

 また、ティーとバロウスはチームを組んでいるが、ウンランとプルプレアは単独で巡回している。この3チームがローテーションで巡回しているため、家には常に2人が残っている状態だ。

 残るヘンタイは家で家畜の世話をしている。図体がでかいため、森での活動に不向きなのもあるが、頭もよくないので余計なことをしないように監視できる場所にいてもらうことにしたのだ。本人は暴れられないからか、不満そうだが。

 

 そうして仕事の手伝いをしつつ、バロウスは隠れて魔力操作の特訓をしていた。自分の努力を見せないようにしているのは単なる見栄でもあるが、弱味を見せないという意味もある。そのため、常に独りでの特訓だったが、経験のない彼女にうまくいくはずもなく、大した成果も得られないまま時間だけが過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、ダメだな。全っ然魔力とやらが感じられねぇ。というか、何を魔力って言っていいのかもわからん。ティー達は魔法使えねぇからわからないし、過去にあったデーモンはみんな脳筋ばっかりだったしな。

 ……しかし、魔界の支配者が脳筋ばっかりっていうのはどうなんだ?そりゃ上位にもなれば魔法くらい使うだろうけど、少なくとも俺様は知らねぇ。ほとんど、いや、全員筋肉達磨だったな。

 あ、そうか……魔力は全部筋肉にまわってるんだな。だから特殊攻撃に対する耐性が高かったりやたらマッチョが、多いんだな!

 ……必要なくね? 筋肉モリモリじゃないけど並のデーモンを越えるパワーはもうあるじゃん!」

 

 バズウの店から帰って幾ばくか時間がすぎ、森の地図も朧気ながらに頭に入ってきた頃、バロウスは自問自答の繰り返しで精神的に疲労していた。そのせいで独り言が多い。

 今彼女は、また独りで森の中にある秘密の特訓場であれこれ頭を悩ませていた。流石にもう体の扱いは慣れたもので、以前のようにとっさの力のかけかたがわからなくなったりすることもなくなった。能力もある程度はコントロール出来るようになった。

 ちなみに、その練習台になった、捕獲したオルトロスはもうバロウスに完全に服従してしまっている。散々精神を弄ばれたり、物理的に圧倒されたりしたので、上下関係が出来上がってしまった。

 

 魔眼の力がコントロールできて魔力がコントロールできないのは、魔眼が意思を反映するという特徴があるためだ。だからバロウスは意思を明確に持つ練習さえすれば魔眼を操ることができた。しかし魔力は燃料のようなものなので、適切な方法でなければ通常は扱えない。火を起こすときにライターをつけることと薪を燃やすための労力が全く違うことと同じようなものだ。

 デーモンに脳筋しかいないのはバロウスの考えた通りでもあるのだが、魔力を扱える上位デーモンがまだ女神アイギスに封印されたままだからである。アイギスの封印は弱まりつつあるが、まだ充分に機能しているのだ。

 

 ひとしきり魔眼の力を使ってみたり瞑想してみたりと、いつも通りの特訓をして、いつも通り成果が出ずにこの日の特訓も終わった。バロウスは家へ帰る道すがら、諦めてバズウのところに行こうかと考え始めていたが、プライドが高い彼女はなかなか決断できない。

 

「はぁ、もういっそバズウのところに行くか? でも嫌だなぁ。あんな啖呵きって、成果も出せずにのこのこ戻るくらいなら、死んだ方がマシだ」

 

 そうして家につくと、ティーがドタドタとバロウスを迎えにやってきた。家が近いのでよく遊びに来ているのだ。バロウスが面倒そうな目でティーを見ると、なにか抱えるほどの大きさのものを持ってきていることに気がついた。

 

「バロウスお姉ちゃん! ほら! これ!」

 

「あん? なんだこの本」

 

 ティーはバロウスに本を押し付けるように渡した。

 

「最近バロウスお姉ちゃん元気無さそうだったから、ティーからプレゼントだよ!」

 

「俺様のために探してくるとは殊勝な心がけだな。

 しかしこれは……『鉄のように硬い頭でもわかる!よい子の魔法入門』? なんだ……このタイトル……。ティー、なんでこの変タイトルの本なんだ?」

 

「え? 何がいいかバズウお婆ちゃんに相談したら、これがいいってくれたものなんだけど」

 

「あのババア~! こっちのことはお見通しってか!? 気に入らねぇ。

 というか、お前またあのババアのところに行ってたのか? 独りでってわけじゃないよな?」

 

「うん! お母さんと行ってるよ」

 

 そう、ティーはバロウスが特訓でいない間、プルプレアに頼んでバズウのところへ連れて行ってもらっていたのだ。しかもそこそこの頻度で行っていて、もうバズウとプルプレアはお友達である。ティーとドロテアの仲も良好だ。

 ティーには難しいことがわからないため魔法はまだ使えないが、そのうち簡単なものなら出来るようになってくるかもしれない。そのことに、バロウスは危機感を持った。バズウに教えてもらうのも嫌だが、ティーに負けるのはもっと嫌なのだ。

 

「……チッ、気が進まねぇが、こうなったら入門だけでも読むしかないか」

 

 バロウスはしぶしぶ、ティーから本を受け取った。ティーはなんだかんだでプレゼントを受け取って使ってくれるバロウスを見て、満面の笑みを浮かべている。

 バロウスが本をパラパラと捲り、中身を流し見すると、驚いたことにふざけたタイトルとは違って、中身は至極真面目ものだった。この本の筆者の持つ、魔法に関する見解が初心者にも分かりやすく噛み砕かれて書かれているだけでなく、要所にはより正確な解説や挿し絵も入っている。また、ところどころ誰かが書き加えた注釈があり、理解を深める手助けとなっていた。

 

「ふぅん。中身はまともな本みたいで安心したぜ。ティー、俺様はしばらくこの本を読むから茶を煎れてこい」

 

「はーい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バロウスはこの手の本は喉から手が出るほど欲しかったこともあって、すぐに本にのめりこんだ。しかも持ち前の理解力のおかげで、スムーズに読み進んでいった。

 そしてその知識を使い、僅か一週間程度で魔力を把握し、火の玉程度の魔法なら使えるようになっていた。もともと種族的にも個体的にも素質があったことと、彼女の頭のよさがこの上昇速度をもたらしたといえるだろう。

 

 こうなってくると自分の成長が楽しくなってくるもので、意地をはっていたことも忘れて上機嫌で勉強をしていた。そのせいか、もしくはティーに対して無意識ながらに恩を感じているのか、ティーに対する人当たりも幾分か丸くなっていた。たまに笑顔を見せることもあるほどだ。

 本人はプライドが邪魔して頑なに認めないだろうが、周囲から見ればただのツンデレである。

 

 特訓も、魔法の扱いが様になって来た頃にはティーの同席を許していた。ティーは基本的に見ているだけで、バロウスの相談相手になるほどの知識や発想もない。それでもバロウスが許可を出したのは多少なりとも心を開いた証拠であった。

 

「バロウスお姉ちゃん! 今日も特訓に行くの?」

 

「ああ、この本の内容も大体理解したことだし、そろそろ応用に入る。今度こそババアの手助けは借りん。

 ……ところでティー、オルトロスなんか連れてきてどうした?」

 

「バロウスお姉ちゃん、オルトロスじゃなくて、ヘルファイアだよ! 自分でつけた名前なのに忘れたの?」

 

 バロウスは魔眼の練習ついでに従えたオルトロスに、ヘルファイアと名付けていた。単に炎が吐けるからという安直な由来である。

 

「いや、なんか今更だけどその名前が恥ずかしくなってきて……。ヘルファイアって言うほどの炎吐かないし……名前負けしてない?」

 

「え、そこ? ……って、バロウスお姉ちゃんじゃ仕方ないよね、はぁ」

 

 ティーは思わず聞き返してしまった。流石のティーも、バロウスのネーミングセンスには呆れてしまうようだ。

 

「それはどうでもよくて、最近バロウスお姉ちゃんが魔法に夢中になりすぎてヘルファイアが寂しがってるんだよ! おかげで私にもなついてくれたけど!」

 

「なんかそこはかとなくバカにされた気がするんだが……。

 それに、なついたなら別にいいじゃないか。俺様は今魔法の練習がしたいんだよ。オルトロスにかまけてる暇なんてない」

 

「それはそれ、だよ、バロウスお姉ちゃん。森の番人として、森の生き物に悲しい思いをして欲しくないの!」

 

 ティーにとってこの理由が全てではない。完全になついたわけでもないため、機嫌を損ねるとこちらの身が持たないという理由もあるし、両親からペットを飼うときは責任を持つように躾られたからでもある。飼い主であるバロウスがオルトロスを放置している状況が気に入らないのだ。

 

「そう言ってもなー。……そうだ、魔法の練習台になるなら連れてきていいぞ。的になるとか」

 

「そんなの危ないよ!」

 

「落ち着けよ。こっちも手加減くらいするって。まぁ事故の危険があるのは否定しないけど、魔界じゃ気にしてもしかたないだろ? この前のこと、もう忘れたのか?

 いい加減その甘ったれた思考を直さないと、ティー自身が危ない目に遭うって気づけよ」

 

 ティーは反射的にオルトロスを危険な目に合わせたくないという気持ちになったが、続くバロウスの言葉に声を詰まらせた。魔界は危険なのだ。バロウスと出会ったときもそうだし、街中でも襲われていたことを忘れることはできない。

 今まで両親と森に守られて安全に生きてきた、ティーの危機意識が刺激されはじめていた。しかしティーもそれをすぐに受け入れ、対応できるはずもない。

 

「う~、それはそうなんだけど……。私だって、いろいろ考えてるの!」

 

「はいはい、わかったわかった。

 とにかく、邪魔しないなら勝手についてくればいい。でも、ついてくるなら早く決めろよ? 俺様の今日の予定にも関わるんだから」

 

 ティーを軽くあしらってはいるが、所々にティーへの気遣いが見えるバロウスはティーに背を向け、いつもの特訓場へゆっくりと歩いていった。

 



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第11話『不一致』

また遅れてしまった。
やっぱりデータ2もプレイしつつ小説書くには時間配分考えないとなー。
書きたいことはいっぱいあるんだけど、うまく話を持っていくのが難しいね。


 結局、ティーはヘルファイアを連れてバロウスについていくことにした。ヘルファイアに情が移ってしまったことで過保護になってしまっていたが、ヘルファイアは元々野生で生きてきたのだ。むしろ森の番人としては、ヘルファイアの好きなようにさせるのがいいのかもしれない。そう思うことで、自分をなんとか納得させることにした。

 

「今日は魔法で武器を作る」

 

 彼女達が特訓場について、最初にそう言葉を発したのはバロウスだ。

 

「え? 魔法が武器なんじゃないの?」

 

「確かにそれはそうだ。だが魔法には術式の構築と、魔力をためる時間が必要だ。術式は物に込めることができるし、同じものを作るだけだから1度作ればあとは複製するだけで手間がかからん。しかし魔力を込める時間はどうしてもかかる。それこそ魔神でもな。

 だがそれだと素早い相手に対応できない。そもそも俺様は近接戦闘の方が得意なんだ」

 

「うーん、理屈はなんとなくわかったけど……具体的にどうするの?」

 

「魔力を物質化する。こんな感じにな」

 

 そう言うと、バロウスはおもむろに手を前に付き出す形で何かの術式を構築し始めた。彼女の手を包むように魔力が光を発しながら螺旋を形作っている。その光が手のひらに集まり徐々に棒状になっていき、20秒ちょっとたった頃には、手に無骨ながら一振りの剣が現れた。装飾も一切無い、町でよく見かけるショートソードだ。

 

「わっ! すごい!? 何もないところから剣が出てきたよ!

 あれ? でもこれで今日の目標達成してるんじゃないの?」

 

「ふぅ。いや、物質化自体はそう難しくない。特に俺様みたいなデーモンにはな。だが問題はこの剣が武器として使えないってことだ。

 強度、材質、切れ味、何をとっても弱いんだよ。ま、今作ったのは精々が銅の剣ってところか? ガキの玩具みたいなもんだ」

 

 バロウスがティーの疑問に答えつつ、作り出した剣を勢いよく振り回すと、数回でその剣身が歪んでしまっていた。バロウスはその様子を不満げな顔で見ながら何か思案しているようで、ブツブツと独り言を呟いている。だがしばらくするとため息を付き、剣を放り捨てた。

 捨てられた剣は音をたてて地面に落ちて転がり、空気にとけるように霧散した。術者から離れても長時間維持できるような作りにしていないからだ。

 

 バロウスは術式の改善のため、しずかに思考を巡らせていた。今、最も問題なのは強度不足だ。強度さえあるならば、単に硬い鈍器のようにでも使えばいいのだ。切れ味や付与魔法は二の次である。魔力を多量に込めれば強度は上がるが、その分疲労も大きいため実用的ではない。

 なら棍棒のような鈍器そのものを作ればどうかと考えた。悪くない案ではあるが、鈍器となるとその重量が問題だ。軽い武器だと意味がなく、怪力に任せて叩いてもたいしたダメージにはならないだろう。今のバロウスはいかに怪力とはいえ、人間の少女と大差ない体重しかない。バランスがとれる軽さの魔界で使える鈍器となると、モーニングスターのようにトゲのついた鉄球を先端につけた、棒状の武器が限界だろう。しかし構造が複雑化し、剣よりも脆くなる可能性がある。

 やはり安定感を求めるなら剣もしくは槍がいいか、と結論付けた。

 

「バロウスお姉ちゃん!」

 

「なんだ、いきなりでかい声で」

 

「さっきからずっと呼んでたよ! バロウスお姉ちゃんは集中すると回りが見えなくなるタイプなの?」

 

「そんなことは無いと思うんだが……ティーがいつも騒いでるから慣れちゃったのかも」

 

「うー……なんか納得いかない!」

 

「あぁもー、うっせーな。いいから早く用件を言え」

 

「あ、そうだ! バロウスお姉ちゃん! 剣が作れるなら他の物も作れるの!?」

 

「おう、あんまり複雑だったり大きすぎる物じゃなけりゃな。

 そうだ、なんか作ってやるよ。ちょうどいい訓練になる」

 

「なら服作ってよ! 服!」

 

「服? まぁいいけど、弓矢とかの武器じゃなくていいのか? もしくは遊び道具とか」

 

「いいの! 私の注文通りに作ってよね!」

 

 ティーは服を作ってもらえると聞いてご機嫌な笑みを浮かべた。バロウスからしてみれば練習台とは言え武器のように必要なものを作らなかったことを不思議に思った。服はすでに着れるものがある分、新しいものを作る必要性を感じなかったのだ。

 ともあれ、作れるものは作ると言った前言を撤回するつもりはなかった彼女は、ティーに言われるままに服を作り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バロウスは服に無頓着、というより知識が全く無かった。そんな彼女は服を作り始めてある程度時間が経ったころ、2つ返事で了承してしまったことを後悔していた。

 途中までは服の構造を考えたりする試行錯誤が、成果として簡単にわかるために楽しくて夢中になっていた。

 しかし、ある程度形ができてからはティーがやたらと注文を付けてきて、次第にウンザリとしてきたのだ。

 

「うーん、ここはもっとフリルをつけようかな」

 

「……なぁ、もういいんじゃないか? いつまでやるんだよ……」

 

「まだだよ! まだ全体のバランスとか色合いが良くないかなって思う!」

 

「勘弁してくれ」

 

 明らかにバロウスは疲れてきていた。長時間付き合わされるのもそうだが、単に魔力と集中力の消費が大きい。さらに長時間維持できるように魔力の霧散を防ぐ術式の組み込みにも労力がかかるのだ。

 

 今、ティーがデザインしている服は紫色をメインとした足首近くまであるロングスカートのドレスだ。スカートの部分にはパニエが入っており、傘のように裾が広がっているタイプだ。上下分離式で、上はお腹と胸の谷間を強調している、ボディラインを際立たせるようなデザインである。

 

 そしてさらに数十分後ようやくティーの満足いく仕上がりになった。

 

「んー、うん。いい感じだね! 完成!」

 

「……疲れた」

 

 まさか服程度でここまでティーが拘るとは思っていなかったため、もはやバロウスはグロッキー寸前である。かといって前言撤回すのは彼女のが許さず、最後まで気を抜くことなく服を完成させた。あまりにも長時間弄っていたため、自分の頭の中に服の構造が刷り込まれてしまう程度には。

 魔力も集中力も枯渇ぎみだが、これはこれでいい訓練になったと思うこととした。

 

 ちなみにティーが盛り上がってる間、ヘルファイアはというと、特にすることがなかったので周囲の警戒をしていた。そのことを思うと、ティーだけを連れてきた場合のリスクの高さはバロウスに冷や汗をかかせた。

 

「バロウスお姉ちゃん! 早く服着てみてよ!」

 

「は?」

 

 そんなバロウスの心配など欠片も感じずにティーは作った服を着ろと言い出す。バロウスは一瞬何のことを言われたのかわからなかったが、すぐに気がついた。この服って俺様が着るための服だったのか……、と。

 作っている段階で、ティーが着るには若干大きい気がしていたが、自分が対象というのは無意識のうちに排除していたため気づけなかった。

 

「えーと、今から?」

 

「あ、やっぱり外じゃ恥ずかしい?」

 

「いや、そういう訳じゃない。外で服を脱ぐのだって水浴びのときにしてたし、今更だわ。

 単に確認しただけだよ」

 

 彼女はそういうとさっさと着替え始めた。疲れて文句を言う元気もない。それに今まで動きやすいかどうかで服は決めていたし、この服も動きやすいように細かく調整しているためさほど問題ではなかった。自分で作った服なので多少難しいが着方も熟知している。

 

 服はバロウスにぴったりのサイズだった。肌色の露出が少し多いが、多少なら彼女は気にしない。気になるのは防御力と局部の保護だけだからだ。ゴシック風のドレスで、濃い紫色が魔界らしい。本人の紫がかった黒髪と、紅と蒼の両目とあわさって可愛らしさと美しさが同居した芸術品のような姿だ。

 

「わー! バロウスお姉ちゃんすごく可愛いよ! 我ながらいい仕事したね!」

 

「足下の視界が少し悪いが……まぁ体を動かす分には問題なく作ってあるし、悪くない出来だな。あとは肩に何か着けてもいいか? 胴回りとかも肌が出てるのが気になるな……」

 

「私はそのままでもいいと思うけど。

 あ、でも靴は新しく作ったらいいかもね。靴だけ狩猟用じゃバランス悪いし」

 

「そういえばそうだな。ついでだし、後で作るか」

 

 2人の会話は微妙に噛み合っていないが、おおむね2人とも好評価だ。バロウスが簡単な剣を作って振り回すが、動きにほとんど支障はない。そのうえ剣を振っている間の彼女の姿は、その粗削りだが勇ましく力強い姿と、お嬢様とも見紛う美しい姿とのギャップから不思議な魅力があった。ティーも思わず見惚れて言葉を失うほどだ。

 

「これでもうちょっと言葉遣いがよければなぁ。演技でもいいから初日みたいな……」

 

 ここまで素材がいいと、やはり普段の仕草を残念に思うティーは小声でそう漏らした。せっかく似合う服を着たのだからもう少し、と思うのが人情だろう。

 しかしバロウスは必要に迫られなければするつもりもないのは明白だ。ティーもそれはわかっているし、演技で自分を隠すくらいなら今の方がいいのではないかという思いもある。せっかく少しずつ心を開いてくれているところなのだ。ここでまた前の状態に戻るというのは避けたいところだった。

 

「ティー、お前が今何を考えているのか当ててやろうか? 俺様の普段の言動がガサツすぎてもったいない、とか考えているんだろう」

 

「え!? なんでわかったの!?」

 

「簡単な思考トレースだ。要はわかりやすいんだよ。

 お前、可愛いものとか素直なものに惹かれるみたいだし、初日の俺様の演技もかなり気に入ってたみたいだし」

(さっき小声で言ってたのが聞こえただけだけど、これは言わないでおこう)

 

「そこまでわかってるならもう少し普段の言動に気を使っても……」

 

「馬鹿な事いうんじゃねぇ。あんなのは媚びる時だけだ。相手に取り入る時、誘惑する時、同情を誘うとき……要は、あんなのは弱い奴がすることなんだよ。

 あの時の俺様は弱かった。この体にも慣れてなかったし、心も不安定だった。何かの庇護下に入ることで精いっぱいだったからお前らダークエルフに媚びたんだ。自分のことながら虫唾がはしるがな」

 

 バロウスはあの時の演技を苦々し気な表情で思い出し、そう吐き捨てた。ティーは気にしすぎだと思ったが、彼女の真に迫る様子がその言葉を発することをためらわせた。だがその代わりに、今まで気になっていたことを聞く言葉がこぼれた。

 

「……そういえば、体に慣れてなかったって言ったけど、どういうことなの?」

 

「あぁ?……そういえばはっきりといった覚えはなかったな。この際だから教えといてやるよ。俺様は、お前と会う数日前にこの体に変化したんだ。インプの体からな」

 

「インプっていうと、あのデーモンを小さくしたようなやつだっけ? 嘘だー!」

 

「ケケケ、まぁそれが普通の反応だと、俺様も思うよ。俺様も当初はかなり混乱したからな……」

 

 バロウスは苦笑しつつ、つらつらとティーと会うまでのことを掻い摘んで語っていった。ヘンタイに襲われて危うく犯されかけたことはプライドが許さなかったので言わなかったが。

 そして、話が戻ってインプだったころの話をするときに、元々が雄だったことも話すことになった。

 

「え……雄って……男の人だったってこと?」

 

「ああ、笑っちゃうだろ? 小柄とはいえ一端の雄が、軟弱な雌の体になっちまったんだからな。怪力だけは大したものになったが、どうも体の強度が低下してるようなきがするんだよな。やけに敏感だし。

 ところでデーモン種って雄ばっかりなんだよな。最近は雌も少し増えてきたみたいだけど。なんでだろうな?」

 

 バロウスが独り言のように疑問に思ったことも吐き出していくのを、ティーは少し引き気味で聞いていた。まさか今まで姉として慕っていた彼女が、元々は彼と呼ばれるべき存在だったのだから。思い返すと、彼の言動にはただガサツなだけではなく、男性らしさが見えていたような気もしてきた。となると、自分の恥ずかしいところも男性に見られたことになる。そう考えると、恥ずかしさと同時に怒りが沸々と湧き上がってきた。こう思うことは自分でも理不尽だと感じるティーだが、なぜかバロウスに対して反発的な感情が生まれてきたのだ。

 

「バロウス……お姉ちゃん?……は、今でも自分を男だと思ってるの?」

 

「んなわけあるか。生物的には間違いなく雌だろうよ。そこはもう諦めた。それに、雌に対して欲情することもなくなっちまったしな。プルプレアを最初見たときはすげぇと思ったんだがなぁ……どうも湧き上がるような欲情には至らん」

 

 ティーにとっては幸運なことに、バロウスは人格は男性でも感覚は女性のものになり、それを受け入れることもできているようだ。それを聞いて、少しはティーの心も落ち着くことができた。だが心の奥底にある、悶々とした淀みが晴れることは無かった。

 

「……俺様は俺様だ。それは変わらないんだから、こんな話をしても意味なんてなかったかもな。

 話は終わりだ。今日は疲れたし、もう帰るぞ。ヘルファイア! 見回りはやめて帰ってこい!」

 

 バロウスは気まぐれに話した自分のことを何とも思わないかのように話を切り上げ、暗い表情をするティーから目を背けて帰り支度を始めた。だがその声音からは、この話をこれ以上したくないという気持ちが見え隠れしていた。

 




ついに原作バロウスの衣装が出ました。
あとはインナーと甲冑だけなんで、完成したも同然ですね。


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第12話『魔神』

 バロウスがヘルファイアを呼ぶと、息を荒らげて戻ってきた。しかしそれは走ったり喜んだりしたときのものではなく、なにか焦燥感がある様子であり、バロウスは不審に思った。ヘルファイアはしきりに周囲を気にしているようだ。

 何かあると感づいたバロウスは周りに意識を巡らせた。今日はいつもより長時間ここにいたし、人数も多い。さらに言うと魔力を多大に消費したせいで魔力感知に優れるものなら容易く自分達の存在を感づかれるだろう。

 自分の迂闊さに舌打ちしながら、バロウスは周りを見渡した。周りは木々に囲まれていて、遠くを見渡すことができない。だがヘルファイアの異様な雰囲気が、『何かある』ことを表していた。

 

「ティー、俺様の傍に寄れ」

 

「……え?」

 

「早く来い」

 

 ティーは先程ショックなカミングアウトをしたバロウスが、急に傍に寄るように言ってきたため、少し躊躇した。だが彼女の有無を言わさぬ雰囲気に押され、ティーはバロウスに従った。

 

「どうしたの……?」

 

「何かいる。どこにいるのかは知らんがな。とにかく伏せてろ」

 

 ここで漸く危険を感じたティーはあわてて地面に伏せた。バロウスが立ち上がり再び様子を見ようとしたとき、2人の正面に急激な魔力の高まりをを感じた。そしてその魔力は地面の上に水平なひとつの巨大な術式を構築したと同時に、輝き、上昇し始めた。上昇する術式の下側、術式が通過した空間から、異形の化け物が現れる。その化け物はどことなく人の形をしているが、全身は朱色と紫色を基調としていた。頭には天を突くような巨大な2本の角、甲冑のような体表に、背中には骨組みだけの翼のようなもの折り畳まれて付いている。右手には剣身が魔力で作られた光る剣を持ち、左手には魔力で防御範囲を拡大している盾を持っている。その全長は軽く10メートル近くあり、バロウスは見上げなければ全体を見ることさえできない。

 そして、バロウスは久しく感じていなかった恐怖を思い出した。その圧倒的な魔力は平常状態でさえ、現在の彼女の全力を軽くしのぎ、威圧感だけでひれ伏しそうになる。彼女は、インプだったころも含めて、過去にこれほどの存在に出会ったことは無かったが、すぐに何者なのか本能的に察しがついた。魔界にいる絶対的強者。

 

 魔神

 

 バロウスは出てくる冷や汗と体の震えを止めることができず、尻もちをつかないように立っているだけで精一杯だった。それができたのも、偏にそばにティーがいたからである。

 ティーの前で情けない姿を晒せないという意地だ。そうして彼女が何も言えず、蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くしている姿をみて、魔神は彼女に声をかけた。

 

「ほう、見知らぬ目立つ魔力を気まぐれに見に来てみれば、面白い組み合わせだな。それなりに魔力が多い女型のデーモンに、ダークエルフの子供、さらにはオルトロスまでいる。しかも異種族が一緒にいるのに争った形跡がないとはな」

 

 魔神はバロウス達を音量こそ大きくないものの、低く響くような声を出しながら観察していた。ここへ来たのはバロウスの魔力に対する、単純な気まぐれからくる興味だったらしい。

 

「……ふむ、そこのデーモンは骨がありそうだ。それに、鍛えればかなりのものになるかもしれんな。暇つぶしには丁度いい。私直々に鍛えてやろう。

 だが、このままではまともに話もできんか」

 

 自由気ままに生きる魔神は欲望に忠実だ。だからこそ、行動にためらいがなく、バロウスを鍛えることを勝手に決めてしまった。バロウスが口を出す暇もない。出したところで意見を変える存在でもないが。

 言葉を区切った魔神は灰色の魔力の渦を身にまとい、その姿を隠したと思いきや、すぐに魔力が霧散し、その巨体が消えうせた。そして魔力渦があった中心には紫色の肌の、魔神がつけていたような武器、甲冑、角をつけた人間のような形の女性が立っていた。その女性は先程の魔神が姿を変えたものであり、魔力と威圧感がかなり抑えられている。おかげでバロウスもようやく口が動かせるようになった。

 

「あ、アンタはいったい何者なんだ?」

 

「私か? 私はラクシャーサ。わかっていると思うが、魔神だ。よろしく頼むぞ。デーモンよ」

 

 魔神は低い声からうってかわって、少し中性的ではあるが女性の声で、ラクシャーサと名乗った。その表情は先程の異形からは想像もつかないような、朗らかな笑みを浮かべている。

 

「……あんたみたいな魔神が、俺様になんのようだ?」

 

「さっき言った通り、暇潰しさ。魔王や危険な魔神が女神に封印されてから、とんと強いやつが居なくてな。物質界へ行くのも、契約で禁止されいるからできない。まぁ相手が1人もいないわけでもないが……率直に言って、飽きた。

 だからお前のような素質のある者を鍛えて、闘いの相手にでもしようか、と思ってね」

 

 そう言ったラクシャーサは朗らかな笑みから獰猛な笑みに表情を変える。その様を見てバロウスは内心舌打ちするしかない。要は、この魔神は強者を養殖しようとしているのだ。養殖の目的は何処でも1つ、育ったモノを喰らうことだけだ。

 ふざけるな、お前の相手なんてしない。そう言いたいバロウスだったが、魔神相手では無駄なことである。魔界では力が全てであり、その頂点に立つ魔神に逆らえるはずもないのだ。

 つまり、彼女が生き延びるにはラクシャーサに鍛えてもらいつつ、殺されないように立ち回るしかない。

 

「クソッ、なんでこんなところで、こんな奴に会うんだよ……!」

 

「ほう、貴様はなかなか反骨心が強いな。普通のデーモンなら実力差からすぐにひれ伏すのだが。

 しかし、そうでなくてはつまらん。気に入ったぞ」

 

 バロウスの罵倒にも気にした様子はなく、むしろ好印象のようだ。そしてラクシャーサは徐に武器を構える。

 

「まずは小手調べといこうか。殺すつもりはないから安心しろ。

 まぁ、あまりにも腑抜けた動きをするなら、うっかり殺ってしまうかもしれんがな」

 

「何!? 待っ」

 

 バロウスが制止の声を言う暇もなく、ラクシャーサはバロウスへ突進を仕掛けた。10メートル程の距離を瞬きほどの一瞬で移動する凄まじいスピードだ。ラクシャーサの魔力光剣が彼女の首もとをなで斬りにしようと迫る。だが彼女もギリギリのところで反応し、バク転によって回避に成功する。

 

「ふむ、これくらいなら避けられるか……まぁ、この姿だと器用さは上がるが力もスピードも低くなるし、当然か」

 

「テ、テメェ……いきなり何しやがる!」

 

「ん? 先程の私の言葉が聞こえなかったのか? 小手調べさ。今の貴様の実力を測るためのな」

 

 バロウスは全身から冷汗をかきつつも、ラクシャーサを睨み付けた。先程の一撃はかなり危なかった。反応が遅れていれば首をはねられていたし、追撃されれば間違いなくやられていた。しかも回避に成功したとはいえ、スカートの裾が切断されてしまっている。それなりの強度で作ったはずだが、切られる衝撃すら気づけないほどの切れ味で切断されていた。ラクシャーサの魔力光剣の切れ味は、並の業物を遥かに凌ぎ、装甲をものともしないほど鋭いらしい。

 

「ああもう! わかったわかった! やってやるよ! ティーとヘルファイアは早くどっか行け! 邪魔だ!」

 

 ようやく覚悟を決めたバロウスは剣を作り出す術式を展開する。

 

「で、でも……」

 

 ティーはどうにも急展開すぎて状況がよく飲み込めていないらしく、バロウスを置いて帰ることを躊躇していた。ただ、彼女が危機に晒されていることだけはなんとなくわかった程度だ。

 幸い、魔神はバロウスとティーの会話が終わるのを待っているようだが、いつ気が変わって襲いかかってくるかわからない。バロウスとしては、単にティーがいると気になって思いっきり動けないというのもあるが、魔神の動向も不明であるため、ティーに早く移動して欲しく思っているのだ。

 

「お前がいたら戦いにくいんだよ。あいつも本気で俺様を殺そうとしてるわけじゃないようだから心配する必要はない。わかったらヘルファイアを連れてさっさと家へ帰れ」

 

「……わかった。お父さんとお母さん呼んでくる! 無事でいてよね!」

 

 いろいろと言いたいこと、聞きたいことがあったが、それらを全て飲み込んで、ヘルファイアを連れてティーは駆け出した。自分が戦いになると役に立たないことはこの数か月で嫌になるほど身に染みていたし、そういうときにこそバロウスは頼りになるのだ。そこに男女の性差は関係なかった。

 

 しかし、今回ばかりは同じようにいくことができないらしい。

 

 走り出したティーの目の前で魔法陣がきらめいたかと思うと、女性形態のラクシャーサに似たデーモンが突如として現れ、ティーの腹を殴り飛ばしたのだ。ヘルファイアがその人影に襲い掛かるが、同様に胴体部分へのカウンターを食らってしまう。1人と1匹は宙を舞い、バロウスの近くに転がった。

 

「ウゲェッ!? ゲホッゲホッ」

 

「!? お、おい! 今度は何だ!?」

 

「お前たちも来ていたのか。私の散歩にわざわざ付き合うほどでもないだろうに」

 

「いえ、我らはラクシャーサ様の眷属。いついかなる時でも傍にいるべきかと」

 

「まったく……私のプライベートも考えてほしいのだがな」

 

 新しく現れたラクシャーサ似のデーモンは、ラクシャーサの眷属だった。それも数体はいる。

 魔神は自らの血肉を他の生物に分け与えることで、自らの眷属を作ることができるのだ。眷属は魔神に従う代わりに、その魔神の特性と絶大な力を得ることができる。

 ただしこの眷属化にもいくつかの制限はある。一定数以上は眷属にできなかったり、定期的な眷属継続の儀式を行わなければ支配から離れてしまうこともある、といったような軽いものだが。

 バロウスにも、眷属の存在には聞き覚えがあった。眷属は基本的に魔神とともに行動するため、魔神と同様に会ったことは無かったが、まともな強さではないことは想像に難くない。ラクシャーサだけでも死を覚悟するほどなのに、ここにきて眷属まで現れたのでは、ティーを逃がすこともままならない。

 

「ところで、そのダークエルフの子供はどうした? 私の本命はこのデーモンだ。子供1人にオルトロス1匹程度、放っておいてもよかったんだぞ?」

 

「それは失礼しました。ですが、仲間を呼ばれると本命が困難になると判断し、足止めを行いました」

 

「なるほど。確かに言われてみればその通りかも、おっと。しれんな。余計な横やりが入らなくて済む。感謝するぞ」

 

「チッ、どんな反応してやがる……」

 

 ラクシャーサと眷属が話をしてバロウスから注意が逸れたその瞬間を見逃すほど、バロウスは甘くない。彼女は静かに踏み込んで、死角からラクシャーサの肉質の柔らかそうな部分へ、魔力で生成した剣による刺突攻撃を行った。だが、ラクシャーサはまるで最初から気づいていたかのように軽く躱してしまった。

 

「フフフ、相手が油断して気が逸れたところを狙うのは正解だ。タイミングも悪くない。意識と意識の隙間というのはどんな者にも大なり小なり存在する致命的な死角だからな。だがまだまだ、魔力が制御しきれていないし、体術も未熟だ。気配が駄々洩れだぞ? 反応以前の問題だな。

 さて、我が配下たちよ、先ほども言ったが、このデーモンが今回の本命だ。手を出すんじゃないぞ」

 

「かしこまりました。では、我らは周囲を見張っています」

 

 眷属達はラクシャーサの言いつけを守り、戦う2人と傍で踞る1人1匹を中心に四方へ離れていった。囲うように見回りをしているため、その中には入ることも出ることもできないだろう。

 

「フフフ、しかし本当に面白いやつだな。不意打ちもそうだが、随分とダークエルフと仲がいいらしい。今時のデーモンには珍しいことだ。

 そのダークエルフが大切なんだな」

 

「……大切? 俺様が? ティーを?」

 

「なんだ、自覚無しか。精神もまだまだ、発展途上というところか?

 だが、大切なもの、守りたいものがあるやつは強いぞ。人間ですら私を倒せるほどにな」

 

「は? アンタを人間が!? 人間ごときがなんとかできる強さじゃねぇだろ!」

 

「そうでもないさ。さて、話はここまでだ。続きが聞きたければ、私を満足させることだな」

 

 ラクシャーサは言葉を切り、臨戦態勢に入る。バロウスもその様子を見て、舌打ちをしつつ剣を構えた。

 




ついに麻宮魔神登場
異形魔神形態の姿は私の想像です


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第13話『盾』

バー赤くなってるし日間ランキングにものったみたいですね。
読んでくださって、ありがとうございます!


「どうした? そっちから来なければこちらから攻めさせてもらうぞ?」

 

「うるせぇ。こちとらさっきまで特訓してたんだ。疲れてるんだ、よっ!」

 

 バロウスは言い終わると同時にラクシャーサへ駆け出す。数分前までの特訓もとい作業のせいで魔力は枯渇気味だ。すでに額には脂汗が滲み出ている。

 そしてラクシャーサに接近し、剣を振り回す。剣は全く当たらず、それでいて歪んでいくため、直ぐに2本目の生成に取りかかる。

 

「剣の作りが甘いな。そんな玩具ではたいしたダメージは見込めんぞ。

 剣の腕は我流か? 少しは考えて振っているようだが、剣筋が粗い。それにフェイントもわかりやすい」

 

「やかましい! そんなことは百も承知だっての!」

 

 ラクシャーサは批評するように喋りながら、バロウスの猛攻を涼しい顔で回避していた。剣も盾も両腕に垂れ下がったままでだ。縦斬り横斬り袈裟斬り刺突を全身くまなく浴びせかけるように振り、視線誘導からの足払いといった搦め手も試すが、まるで効果がない。

 

(クソが! 全ッ然当たらねぇ! このままじゃ俺様の体力が先に無くなる!)

 

 まともに攻撃を当てられるとは最初から思っていなかったが、搦め手を含めて一撃も当たらず、動揺さえ誘うことができないことは想定外だった。魔神など、自身の力を絶対視したゴリ押ししかできないと思っていたのだが、そうでもないらしい。そして通常の攻撃では歯が立たず、早くも息が上がり始めてきている。

 そして彼女は、魔眼を使わなければまともに戦うことすらできないことを理解した。問題は使うタイミングだ。何度も使えば対応されるのは目に見えている。しかも魔眼を使う際には眼に魔力が集まるのだ。それに気づかないラクシャーサではないだろう。

 

(チャンスは1度!)

 

 バロウスはハイキックを繰り出し、スカートで自分の体を覆い隠す。自分もラクシャーサを視認できなくなるが、その一瞬で魔眼に魔力を集める。こうするとラクシャーサは魔力がどの箇所で高まっているのか正確に認識できない。そしてお互いが再び顔を見合わせた瞬間に魔眼を発動する。効果は幻惑だ。睡眠や混乱にかかるとは思えないし、幻惑は使い慣れている。

 

「む、これは……? 幻覚か!?」

 

 即看破されてしまうものの、数瞬はラクシャーサの動きを止めることに成功した。その隙にバロウスは逆袈裟斬りに剣を投げ捨てるように振り、それを大きく避けて体勢が崩れたラクシャーサの下腹部辺りに、即座に新たに生成した剣を突き立てた。

 

「グッ!?」

 

「おらぁ!」

 

 貫いた剣は腹筋のせいで貫通することはなく、螺曲がってしまったが、そのおかげで抜けにくくなっていた。そして、さらにバロウスはラクシャーサの腹に刺さった剣の柄目掛けて蹴りを放った。剣は抜けてしまったが、腹をグチャグチャにかき回し、骨まで見えるほどの穴を開けてラクシャーサは倒れた。

 

「はぁはぁ。ったく、なんて硬い体してやがる……。

 だが、油断したな。調子に乗りやがって。ケケケ!」

 

 バロウスは全身を返り血で覆われ、肩で息をしていたが誇らしげな表情だ。それもそのはず、魔神を倒したのだ。これで高揚感を覚えない者はいないだろう。

 

「バロウスお姉ちゃん、すごい……」

 

 横たわっていたティーも唖然としているものの、安堵の笑みを浮かべている。

 

 だが、その高揚感は長く続かなかった。

 

 ラクシャーサの死体に魔力が集まったかと思うと、突然爆発したのだ。周囲は魔力によって焼き払われ、傍にいたバロウスも吹き飛び、ダメージを受けてしまった。

 

「くっそ! なんなんだコイツは……! 死体が爆発するとか、なに考えてるんだよ! しかも動けねぇし!」

 

 魔力の爆発には体の動きを阻害する術式も込められていたためか、バロウスは少しの間倒れたまま動くこともできなくなった。

 体が動けない間に、ラクシャーサの肉体があった場所を中心に、大掛かりな魔法陣が形成されていく。バロウスの体が動くようになった頃には魔法陣は完成し、バリヤーのような球状の障壁に覆われてしまった。そうしてバロウスがなにもできずにいると、魔法陣から人影が浮かび上がり、十数秒後には完全な形で現れ、魔法陣とバリヤーも消え去った。

 

「フ、フフフ。いいぞ。まさか、油断していたとはいえ、私を1度殺すとは思わなかった。自分の力をよく理解している。素直に感服するよ。

 やはり貴様には素質がある」

 

 そう、魔方陣から現れたのはラクシャーサだった。傷ひとつない、完全な姿で、だ。

 

「は? ……テメェ、デーモンにしたって復活早すぎるだろ! どんな手品だよ!」

 

「単純に魔力を使って転生時間を短くしただけだ。私が死ぬと同時に発動するようにしてある。多少術式にアレンジは入っているが、魔神は全員使えるぞ? 我が眷俗もな。

 まぁ、戦闘で魔力を使いすぎればこの方法は使えないが、人間形態ならそこまで消耗することはまず無い」

 

 ラクシャーサは魔神であり、魔神とは高位のデーモンである。つまり、死んでも時が経てば転生し、復活することができる。だからバロウスは、ラクシャーサを殺したところで、目をつけられたという問題が解決するとは毛ほども考えていなかった。とはいえ転生にはそれなりの期間が必要だ。この場は切り抜けられたと思っていたのだが、流石に目の前で転生まで十数秒でやってしまうとは思いもよらなかった。

 

「魔力ってのはなんでもありか!? そんな素敵パワーを筋肉にしか使っていない普通のデーモンはなんなのマジで! アホなの!?」

 

「貴様もそう思うか。私も常々疑問に思っているよ。頭が悪くなければ先の人間との戦争で、種族的に勝る我々が負けるはずがないからな」

 

 バロウスは癇癪を起こすが、その内容にはラクシャーサも同意見らしい。バロウスは、そこ同意すんのかよ……、と呆れてしまい、場に妙な空気が流れる。

 

「……で、どうすんの? 続きやるのか? 俺様は疲れたからもう帰りたいんだけど?」

 

 冷静になってしまったバロウスは、さっさと帰りたいと話を進めた。実のところ彼女にはもうすでに打つ手がない。得意の魔眼は一瞬効きはしたものの即座に対応されてしまったし、有効な武器もない。あとできることと言えば徒手空拳くらいだ。

 

「ふむ、攻撃に関しては見たいものは見れた。次は防御だな。私の攻撃を捌ききってみろ」

 

 次はラクシャーサがバロウスへ攻撃をしかける番らしく、剣を構える。バロウスは戦闘狂なラクシャーサに対して心底うんざりした表情をしているものの、大人しく剣を生成し、構えた。

 

「あのさ、俺様は疲れてるの。万全じゃないの。わかる? テメェの攻撃を避けきれなかったら即、死ぬわけ。転生だって時間かかるよ? だからさ、やめてくんない?」

 

「わかっているさ。だが疲れているから襲わないで、などと魔界でそんな甘いことが通じないこともよくわかっているのだろう?」

 

「まぁな。今のは只の愚痴だ」

 

 お互いに軽口を言い合いつつ、睨み合う。

 

 瞬間、ラクシャーサが先程のような爆発的速度で飛び出し、バロウスへ攻撃をしかける。ラクシャーサは手を抜いているが、それでも柔な剣技ではない。だというのに、バロウスは所々危ういものの全て回避していた。

 

「回避はなかなかのものだ。やはり眼がいいらしい。

 なら、これはどうだ?」

 

 ラクシャーサの動きが少し変わる。今までで最も早い攻撃が、今までとは異なる剣筋、タイミングでバロウスへ襲いかかった。

 彼女は咄嗟に剣を盾にしたが、魔力光剣の威力はその剣もろとも彼女の体を袈裟懸けに引き裂いた。鮮血が飛び散る。

 

「ガッ!?」

(くそっ、やっぱりこんな剣じゃ防御できねぇ!)

 

「手応えが浅いな。剣で受ける直前に後方へ飛んだか」

 

「バロウスお姉ちゃん!?」

 

 ティーの悲鳴が響く。バロウスの服は上半身の部分が切り裂かれ、血塗れの裸体が晒されている。この傷では動くことも辛く、顔を青くしてる。

 

「緊急時の対応はどうかな?」

 

 だがラクシャーサはそんなことは知ったことではないと、追撃をかける。先程と同じく手を抜いた剣だが、今のバロウスでは体が追い付かずに避けきることができない。体に次々と傷がついていった。

 魔眼を使って幻覚や行動の阻害などを試みるも、やはり対応されて効果がない。

 

「はぁ、はぁ、ふざけ、やがって……っ!」

 

 攻撃を受けすぎたことと疲労のせいで、彼女は徐々に意識が朦朧としてきていた。

 

「むぅ、つまらん。防御に関しては落第点だな。眼に頼りすぎなのもよくない。他に手札はないのか?

 仕方がない。次で最後にしよう」

 

 ラクシャーサは攻撃の手を止めるが、不満そうな顔だ。だがバロウスを殺すことが目的ではないためか、次が最後だと言う。

 何が最後なのかは知らないが、攻撃が最後だと言うのならこれさえ乗り切れば生きて帰れる。ここが正念場だ。だが、だからこそ、バロウスは嫌な予感がした。

 

「最後は意思の強さ、いや、精神の確認かな?

 今からそこのダークエルフの子供とオルトロスを殺す。そのときの貴様の行動を見てやろう」

 

「は?」

 

 バロウスは一瞬頭が真っ白になった。なぜ、突然関係のないティーとヘルファイアが狙われるのかわからなかった。そして、自分のなかに生まれた蝋燭ほどの小さな不快感が、大きく燃え上がっていくのを感じた。彼女は今までこのような感情を持ったことがなく、どのような意味なのか言語化することができない。しかし1つ確実に言えるのは、それは嫌だ、という拒絶の意思があることだけだ。

 

「だ、ダメだ! コイツらは関係ないだろ!」

 

「いや、あるさ。貴様と仲がいい。それに、貴様の反応をみてますますやりたくなったぞ」

 

 バロウスは愕然とした。意味がわからない。仲がいいことがなんの理由になるのだろうか。しかも自分の反応とは、どういうことなのか。

 

「意味を説明するつもりはない。しない方がいいからな」

 

 そして、ラクシャーサは横たわるふたりに剣を向けた。

 

「バ、バロウスお姉ちゃん……。私、死にたくないよ……。助けて……」

 

 ティーは涙を流し、恐怖の表情でバロウスへ助けを求める。だかティーも理解していた。ラクシャーサを、バロウスは止められない。自分が狙われたのならば、死ぬことも逃れられないのだろうと。

 

 バロウスは、いてもたってもいられず、ラクシャーサとティー達の間に入る。自分でも何をしているのかわからないほどに動揺していた。

 

「ふむ……そこを退かないと、貴様もろとも斬ることになる。貴様程度では紙を斬るのも同然だ。意味があるとは思えんな」

 

「ああ、俺様もそう思うよ! わけわかんねぇ!」

 

「では、諸ともに死ね!」

 

 ラクシャーサの剣が迫る。バロウスに止める手段はない。だが、黙って受け入れることなどできるはずもない。だからこそ力を求める。

 

 盾

 

 バロウスは盾を求めた。後ろのふたりを守れる盾を。いかなる攻撃も通さない強固な盾を。

 

 その瞬間、主の強い意思に呼応するように、紅い魔眼が魔力を収束し、彼女達を包むように障壁を作り出した。

 

「おお、これは!?」

 

 その障壁は一瞬しか展開されなかったが、たしかにラクシャーサの光剣を防いだのだ。剣自体は貫通したものの、障壁を通過した部分の魔力が大きく減衰し、実質的な無力化となっていた。

 

「いいぞ! やはり私の目に狂いはなかった! これほどに強固な障壁を作り出せるとはな!」

 

「グッ……テ、メェ」

 

「しかも魔力を絞りきって意識も朦朧としているはずなのにこの気迫!

 ああ、安心しろ。ダークエルフの子供とオルトロスは殺さん。軽く発破をかけるのに、丁度よかったからああしたまで。今は休んでいい」

 

「……よく、言うぜ」

 

 そして力を使い果たしたバロウスは血に伏し、意識を失った。それを見て、ラクシャーサはニヤリと笑い呟いた。

 

「貴様なら新たな魔神になれるやもしれんな」

 




防御無視って怖いですねぇ


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第14話『嘘』

お待たせしました。
今回は展開に悩みました。
でもしっくりくるのは、これしかなかったのです。


 バロウスが目を覚ましたとき、見慣れない部屋にいた。部屋全体が薄暗く、ランプの明かりしか光源がないうえ、部屋には本がところ狭しと乱雑に積み重ねられていて埃っぽい。見渡したところで、視界に違和感があったが問題なく見えているため後回しにした。

 どこかの倉庫か?と怪訝な表情をして上体を起こそうとする。そのとたんに全身を鋭い痛みと倦怠感が襲った。頭痛もする。かなり辛いが、気合いでなんとか上体を起こすことに成功する。

 

「ウグッ……はぁ、はぁ。ああ、そういえば、全身怪我してたな。あの魔神、ラクシャーサ、とかいったか。嘗めた真似しやがって……ん?」

 

 起き上がって彼女は気を失う前の事を少しずつ思い出していると、腰の辺りになにかがもたれ掛かっていることに気がついた。何かと見てみると、そこにはティーが眠りつつバロウスに覆い被さっていた。

 

「なんだ、ティーか。こいつ俺様の上で寝るとか、なにやってるんだ?」

 

 彼女は変なものを見るような目をティーに向けた。ティーはずっと看病していて、疲労から眠ってしまっていただけなのだが、看病などすることもされたこともなかったので、何をしているのかわからないのだ。

 

「おい、ティー。早く起きて退け」

 

 手を伸ばしてティーを起こそうと頬をペチペチと叩く。そのとき、自分の手に白く細長い布が巻き付けられていることに気がついた。もちろん包帯のことだが、劣悪な環境で育ってきた彼女はそれも知らなかった。止血など、精々魔界植物の蔓や葉を巻き付ける方法をとるばかりてあったからだ。

 とにかく、手に何かが巻かれていることに驚いた彼女は急いで、手から腕、肩、胴を確認した。包帯は全身くまなく素肌の上に巻き付けられていて、今の彼女はさながらミイラのような格好をしている。

 その全身をつつむ白い布に僅かながら血が滲んでいることと止血がされていることから、用法は何となく推測できた。

 

「な、なんだこりゃ……。止血用の布? なんでこんなもんが巻かれてるんだ?」

 

 バロウスが目を丸くしていると、ティーがもぞりと動く。

 

「うーん、何ー? って、バロウスお姉ちゃん!? 起きたの!? というか起きて大丈夫なの!?」

 

「うわ! ウクグッ、なんだよティー、いきなりうっせーぞ」

 

「あ、ゴメン! バズウおばあちゃん呼んでくる!」

 

 ティーは目を覚ました瞬間、バロウスが起きていることに驚き、大声で心配するような声をかけた。そして彼女が何をしていたか聞く暇もなく、ティーは立ち上がり、扉を開けて部屋を出ていってしまった。バズウを呼んでくるという言葉を残して。

 

「何なんだ、いったい……。しかもバズウを呼ぶだと? まさかこの部屋、あのババアの店か? 雰囲気はそれっぽいが……。しかしなんでまたここなんだ?」

 

 次から次へとわき上がる疑問に頭を捻らせていると、再び扉が開き、バズウ、ティーに加え、人間形態のラクシャーサまで入ってきた。鎧を脱いだラフな格好だ。

 

「な!? なんでテメーがここに!」

 

 バロウスは飛び上がってファイティングポーズをとる。全身が悲鳴をあげ、痛みに脂汗が出てくるが関係ないとばかりにラクシャーサを睨み付けた。

 

「ヒッヒッヒ、それだけ動けるならもう怪我は大丈夫そうだね」

 

「あ! バロウスお姉ちゃん! そんなに動いたら傷が開いちゃうよ! 早く横になって!」

 

「フフフ、安心しろ。今の私はしがない客人。争う気など毛頭ないよ」

 

「えーい、うるさーい! 1人ずつ喋れ!」

 

 3人が呑気な様子で各々に好きなことを口走るため、バロウスは頭痛がひどくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場が落ち着き、ラクシャーサ、ティー、バズウの順に要件を改めて説明した。

 ラクシャーサはバズウと旧知の友人であり、たまにお忍びで遊びに来ているらしい。転移魔法を使ってここへ運び込んだのもラクシャーサだ。あの場でバロウスに死なれて転生を待つことになるよりかは、治療したほうがいいと判断したためだ。ティーとヘルファイアもその際に必要と判断し、連れてきている。ティーがバズウとすでに知り合いだったことは知らなかったようだが。

 

「貴様らが知り合いだったときは驚いた。奇妙な縁だ。いや、強者は強者と引かれ会う、といったところか?」

 

 ティーはバロウスに安静にしているように言ったが、ラクシャーサの居るなかで横になることなどできないと、これを断固拒否した。ティーは不服そうだが、彼女が聞く耳を持たないのでしぶしぶ諦めた。

 

「でもせめて激しい運動はやめてよね! さっきだっていきなり立ち上がるからびっくりしたよ!」

 

 バズウはバロウスを治療したらしい。ここへ運び込めれた当初の彼女はひどい状態で、障害が残るほどの大きなものこそないが、多量の傷と、出血多量、魔力枯渇などが原因で危険な状態だったらしい。特に魔力は、精神体でもあるデーモンにとって第2の血液のようなもので、これが完全に消失すると転生すらできず、魂が消滅することになる。その魔力をほとんど使ってしまったバロウスはあと一歩で消滅の危機だったらしい。

 魔力は一応自然回復するが、枯渇した状態で死ぬと転生まで相当な時間がかかることになる。おそらくその頃にはティーも寿命で死ぬだろうというほどに。そしてそれほど待たされるのはラクシャーサとしても本意ではない。

 

 以上のような経緯で、バロウスはバズウに治療されるに至ったというわけである。

 

「ふぅん。なるほど。じゃ、帰るわ」

 

 バロウスは用は済んだと、そそくさとベッドから抜け出して扉へ向かおうとした。しかし、それをティーが押し止める。

 

「バロウスお姉ちゃん! 安静にしててって言ったでしょ!」

 

「動けるなら問題ない。それにこんなババアの世話になるなんて嫌だね。なにを要求されるかわかったもんじゃない」

 

「ヒッヒッヒ、もう貰うものは受け取ったから必要ないよ」

 

 

 

 

 バズウの聞き捨てならない言葉に、バロウスは足を止めた。

 

「は? ババア! なに勝手に!……って、まさか!」

 

 そこで先程感じた視界の違和感を思い出す。左目に手を当てると、包帯で目の辺りが覆われていた。それにバズウは前からバロウスの眼を欲しがっていた。

 

(このババア、俺様の、眼を!?)

 

 バロウスに大量の冷や汗が流れる。

 

「ああ、アンタの想像通り、魔眼をもらったよ。ヒッヒッヒ!」

 

「あっ……っ……そ、それ……」

 

 バズウはニタニタ笑いつつ試験管の液体に入った紅い瞳の眼球を見せた。嘘だと思ったが、たしかにその眼からは魔力を感じるし、自分の魔力は少なくなっているのだ。バロウスは息が荒くなり、片目だけの視界も真っ暗になっていった。足から力が抜け、項垂れ、茫然自失となる。

 それもそのはず、彼女にとって魔眼こそが今の自分の力の源であり、それがなければただのか弱い少女のようなデーモンでしかなく、半身を奪われようなものなのだ。

 更に言うと、仮に今ここで自殺し、転生したとしても、失われた魔力が戻ることはない。

 

「バロウスお姉ちゃん……。ゴメンね。私は反対したんだけど……そのほうがいいかなって」

 

「うぅっ……うあああぁぁ」

 

 バロウスは弱々しくティーを見上げ恐怖した。ティーは心配そうな顔で彼女を覗き込んでいるが、バロウスにはいまティーが何を考えているのかわからない。まさか、彼女が眼をくり抜かれるのを許したなんて、思いたくもない。

今まで傍若無人に振る舞ってきたせいだ。それが自分に返ってくるのか、また虐げられる毎日が始まるのか、と思うと震えが止まらなくなる。

 

 ティーは、尚も呻きながら震える彼女を包み込むように背中に手を回して抱きかかえた。

 

「大丈夫。大丈夫。バロウスお姉ちゃんなら大丈夫」

 

 既にバロウスの頭の中はグチャグチャだ。そんな彼女に、何度も大丈夫と言いつつ、背中を撫でた。

 

そうしていると、しばらくして彼女から反応がおきる。それに対して、ティーは安心させるような声色で返していく。

 

「……もう、俺様には、なにもない……」

 

「あるよ。私がいる」

 

「……だから、なんだって……言うんだ」

 

「私が、バロウスお姉ちゃんを、守ってあげる」

 

「でも……ティーは弱いし、バカだし……お人好しだし……」

 

「うっ……バロウスお姉ちゃん、相変わらずだね……。

 たしかにそうかもだけど、それは闘いの話。私は心を守るの。お姉ちゃんの心を守ってあげる」

 

「心?」

 

「そうだよ。闘いだけなら、今のお姉ちゃんをダークエルフの里の皆がきっと守ってくれるよ。お父さんも、お母さんも。

 でも……心はわからない。命って、闘いだけじゃないから。だから、私がお姉ちゃんの心を守ってあげる。もう不安にならなくていいように。ね?」

 

「うぅ……でも、どうやって」

 

「いつでも傍にいて、辛いことがあったら相談相手になってあげるし、どうすればいいのか教えてあげる。これから私の言うことをよく聞いてくれれば、すぐに安心できるよ。

 まず、私を信じて。そのあとに、私以外にも信じられる人を探して」

 

「信じる……なんて……できるわけない。

 魔界にいる奴は、みんな、自分のことしか考えていない」

 

「うん。私もね、最近はそういう風に思えてきたよ。でも、だからこそ、信じられる人が必要なんじゃないかな? やっぱり、1人って寂しいよ。

 それに、暴力が全てじゃないって知ってほしいな。たしかに必要だけど、それだけじゃ壊れちゃうよ。今のお姉ちゃんみたいに」

 

「そう、なのかな……」

 

「そうなの。ちょっとずつでいいから、他のものを見付けていこ? 私も手伝うから。

 それからね、普段の仕草と言葉遣いを直して。自分のことも、俺様じゃなくて、私って言って」

 

「え? わ、私?」

 

「そう、今のバロウスお姉ちゃんはか弱い女の子なんだから、当然だよね? お姉ちゃんも言ってたでしょ? 弱い人がすることだって」

 

「た、たしかにそう、言ったけど……」

 

「じゃあ決まりだね。私が言ったのは簡単なことだよ。今のお姉ちゃんに合った行動をすればいいってだけなんだから。身の丈って言うんだっけ?」

 

「お……私、に……合った……行動」

 

「そう。そうすればきっと安心してまた生活できるよ。女の子の仕草と口調、約束、できる?」

 

「……」

 

 ティーの語りによって、バロウスの心は大きく揺れ動いた。衝撃的な事実で前後不覚に陥った彼女は、唯一頼っていた自分自身すら見失い、ティーにすがるしかなかったのだ。これにより、今までの彼女が芯にしていた自尊心や価値観は破壊された。

 

 今の彼女は魔力に乏しく、全身に傷を負い、心も壊れかけた無力な少女でしかない。

 

 首を縦に振るしかなかった。

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 

「よかった! じゃあバロウスお姉ちゃん、約束できたなら、本当のことを教えてあげるね」

 

「……え?」

 

 ティーが、先程の表情とは違い、笑いをこらえるような表情をしてそんなことを言った。

 

「フ、フフフ。いや、なかなかいい催しだった。フフ、ティーもやるじゃないか」

 

「……えぇ?」

 

 先程まで黙っていたラクシャーサも溢れる笑いが止められないような様子だ。

 

 そして最後にバズウが。

 

「じゃ、ネタバラシといくかい! ドッキリ大成功~!!」

 

「ええ!?」

 

 ドッキリ大成功、という文字がデカデカと空中に魔力によって現れた。バロウスは開いた口が塞がらないようで、しばらくポカンとしていた。そして正気を取り戻すと、羞恥と怒りで顔を真っ赤にしてバズウに詰め寄った。

 

「えぇ!? ババア、あの眼は、本物じゃ……?」

 

「ありゃ作り物だよ! まったく、自分の魔力の波長もわからないなんてまだまだだね! まぁ、気づかれないように似せて作ったんだけどね!」

 

「俺様の眼と魔力は!?」

 

「眼? 眼の上の包帯をきつく巻いてあるだけでなにもしてないよ! ヒッヒッヒ!

 それとアンタ、魔力枯渇してただろ? 魔力が減ったと感じた原因はそれだけだよ。ここまで消耗するのは普通ないから勘違いしたかね? いつもの量に回復するまでもう少しかかるだろうね」

 

「俺様から取ったものっていうのは!?」

 

「んなもんゼニに決まってるじゃろが。ヒッヒッヒ! アンタがこの前巻き上げてた金が余ってたろ? それをそこの嬢ちゃんに持ってきてもらったのさ!」

 

 バロウスは再びポカンとしてしまった。

 

 そこへティーがおずおずと話しかける。

 

「あの、こんなことしちゃって、本当にゴメンね。バロウスお姉ちゃん……。お金、勝手に渡すのも悪いと思ったんだけど、渡さないと本当に眼を抜くって言うから……。

 でもね、あの、私としても、さっきみたいなお芝居は必要かなって、思ったの」

 

 バロウスは未だ呆然としながらティーの方を向いた。

 

「あのね、私もバロウスお姉ちゃんにも言われたこと、街であんなことがあったし、いろいろ考えたの。

 それでね、確かに、私は皆より世間知らずだって思うの。だから、変な人とか怖い人とか騙そうとしてくる人とか、いるってことはよくわかったよ。

 でも、それじゃお母さんとお父さんも信じちゃいけないのかって考えたら、そんなこと絶対ないって思うの。バロウスお姉ちゃんも、約束は守ってくれるし、ただ言い忘れてただけで前の姿のことも教えてくれたし、それでもいつも通りだった」

 

 ティーは拙い言葉で途切れ途切れになりつつも、自分の思いを吐露していく。

 

「そうして皆を信じてきたから、私はこんな世間知らずでも生きてこれたんだと思うし、バロウスお姉ちゃんとも知り合えた。

 だから、やっぱり、自分以外の人を信じるって必要だと思し、バロウスお姉ちゃんにも他の人を信じて欲しいって、思うの」

 

 ティーはそこまで話して、一度言葉を区切り、バロウスの反応を待った。バロウスは先程の驚きで少々思考停止していたが、ティーの言いたいことは理解できた。しかしだからこそ、疑問が出る。その疑問を、彼女は思考を介す前に口にしていた。

 

「……なぁ、じゃあさっきの言葉でティーは、信じてって言ったのに、なんでこんな方法を取った? こんな嘘をつくようなやり方じゃなくて、ただ正面に向かって俺様に言うだけじゃダメだったか?」

 

 その疑問の言葉はどこか弱々しい。だが、ティーはそれに対しても自分の答えを持っていた。

 

「それについては、本当にゴメン。嘘をつくのは悪いことって、むしろ私がいつも言ってたもんね。

 でも、嘘をつく人が信じちゃダメな人っていうのは、ちょっと違うかなって思うの。お父さんもお母さんも、嘘をついてた訳じゃないけど今までの私に、世の中の本当のことは教えてくれなかった。でも、それって私のためを思って言わなかったんだと思う。

 あと、こういう方法を取った理由だけど……」

 

 理由を言うところでティーは言葉を濁らせた。なにか言いにくいことがあるのだろうかと、バロウスはティーを見ると、少し笑っているようにも恥ずかしがっているようにも見えた。

 

「理由はね、ちょっとした仕返し! バロウスお姉ちゃんも嘘ついてたんだし、元々男だったってこと言わずに私の裸見たりしたんだから! 私だって怒るよ!」

 

 ティーは少し顔を赤くしながら、ニッコリと笑いながら言った。

 

 そして、バロウスはようやく全てを理解した。なぜティーがこうしたのか、何を思い何を求めていたのか、そして、自分に何が足りなかったのか。

 

(足りないもの、ね。ケケケッ。俺様も、まだまだってことか)

 

 バロウスは苦笑しつつ、ティーの頭を撫でる。

 

「わかったよ。ティーの言いたいことは。ティーが反省したのと同じように、俺様も、まぁ、反省すべきところがあるらしい。

 でもな……」

 

 バロウスは撫でるのをやめて、ティーにデコピンを浴びせた。

 

「いたっ!」

 

「俺様を騙したんだから、これくらい許せよ。

 あとバズウの言葉は嘘ばっかりだから信じるな。よく考えたら、俺様の眼を抜くつもりなんて最初からない。ラクシャーサがいるからな。みすみす弟子の力を削ぐのを見過ごすわけなかったわ」

 

 ティーは頭を押さえてむくれつつも、顔を赤くして照れ隠しをするバロウスに安心していた。

 

 ティーはバロウスに微笑み返しつつ、思い出したように言った。

 

「あ! バロウスお姉ちゃん! さっきの約束はちゃんと守ってよね!」

 

「うっ……あんなの反則だろ……。でもまぁ、もう守るって言っちまったし……ティーが撤回するまでは守ってやるよ」

 

「うん! でも口調直ってないよ?」

 

「え!? あれも!? つーか、あれだけなんかおかしくないか!? 俺様の力は無くなってないんだから女言葉にする必要ないだろ!」

 

「えー? ラクシャーサ様は強いけど女言葉なのに……約束、守らないの……?」

 

「……あー! もう、わかった! わかったよ! 直すからそんな目で見るな!」

 

「よかったー! やっぱり、バロウスお姉ちゃんは約束守ってくれるから好きだよ!」

 

「お前、なんか本当に変わったな……。といっても、お……私のせいか……」

 

 バロウスは複雑な気分で頭を抱えた。

 

 かくして、ティーとバロウスは新たな価値観を持つための1歩を踏み出し始めた。

 




バロウスちゃんがあまりに頑固なのでショック療法での性格矯正です。
今後の展開でちょっとずつ変わる様子が思い浮かばないし、王子軍入る時も演技だったっていうのも考えたけど、それはそれで何か違う気がしました。


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第15話『人間』

説明回です
考え方について異論反論あるかもしれませんが大目に見てください


「こ、こいつはいったい……どういうことだ!?」

 

 魔界の森の一角で、1体の雄の叫び声が響く。その正面にはドレスのような服を着た1体の雌が立ち、その可愛らしい顔を向けている。

 

「俺が知らない間に……なにがあった!?」

 

 なおも雄は吠える。その声は困惑の色が強いが、同時に劣情を孕んだ喜色も垣間見える。一方で雌は少し気まずげに目をそらした。

 

「は!? そうか、また演技か!? でも俺相手にする必要ないだろ? 俺との仲なんだし」

 

 雄は馴れ馴れしく雌の肩に腕を回す。その体格差から雌を抱きかかえるような姿勢になってしまう。手をかけられた瞬間、雌はビクリと体を跳ね上がらせた。肩も震えている。

 

「でもあれだな。姐さんのその演技も好きだぜ! 普段とのギャップが強くて……こう、嗜虐的な気分になれるというか、支配欲がわくというか……。とにかく、とてもいい!

 せっかくだからヤらせろよ!」

 

「ヘンタイ……」

 

 雄は雌の顔に自分の顔を近づけ、性交を求めた。そのストレートな言い方に、雌は顔を赤くする。

 

「なんだ? 顔を赤くして。照れてんのかよ! あーやっぱ反応が初々しいのは良いな! 服も雌らしい色っぽい服で実に良い! ぐちゃぐちゃにしてやりたくなる!」

 

 雄は雌の背後から覆い被さるように体を密着させ、雌のなかに進入しようとし始めた。

 

「……やめてよ。ヘンタイ!」

 

 雌は拒絶の意思を示すが、言葉だけでは雄は止まらない。さらに雌のなかへ進入してくる。

 

「……っ!」

 

 そして、ブチッ、と何かが千切れる音が聞こえた。

 

 

 

 ような気がした。

 

「やめてって言ってるの! 馬鹿ヘンタイ!!」

 

 堪忍袋の緒が切れた雌はロケットのように強烈なアッパーカットを繰り出す。拳が顎にクリーンヒットした雄は、数メートルも飛び上がることになった。そして数秒の滞空の後に、グシャア!という音をたてて頭から地面に叩きつけられた。雄は頭から血を流して痙攣しているが、体格差と頑丈さのおかげで一応死んではいない。

 

「あーもう! やっぱりおしとやかにするとか無理! 特にヘンタイ相手だとなおさら無理! 服のなかに手まで入れてきたし最悪!

 ティー! やっぱり性格まで矯正するのは勘弁して!」

 

「えー、こういうバロウスお姉ちゃんも可愛いと思うけどなー」

 

 その場へ、ティーと呼ばれたダークエルフの美少女が1人現れた。といっても初めから先程の様子を遠巻きに観察していたのだが。

 

「まぁ性格はついでだったし、別にいいよ。

 でも、バロウスお姉ちゃんもかなりいい感じになってきたね! 始めの頃は言い間違いとか多かったけど、今はもうそんなに間違えないし!」

 

「……だって自分の意思で演技するならともかく、矯正となるとね。緊張感が足りないから失敗もするよ」

 

 はぁ、と雌――バロウス――は溜め息をついた。

 

 いまバロウスは療養期間が終わり、長期間家を空けるのはよくないということで、久しぶりに帰宅したところだった。そこで配下であるデーモンのヘンタイと鉢合わせしたのだ。ヘンタイはその名にふさわしく彼女に猥褻な行為を働こうとしたが、あえなく撃沈されてしまったというわけだ。

 

 ではなぜ彼女が途中までほぼ無抵抗だったのか。それは療養中に、ティーとバズウとラクシャーサのよって女の言動になるように矯正されたからだ。

 約束とは取引であり、取引は守るものというプライドを持つバロウスには、言動を女のそれに直すという約束を違えることはできず、ここまで矯正されてしまった。約束は守るとはいえ、乗り気ではなかった彼女は演技をしたときほどスムーズに変われなかったが、主にティーのスパルタ矯正により短期間で板についてしまった。

 そのついでに危うく、もう少しおしとやかになるように性格まで矯正されかけた。そのため肩に手を回されたときも、1度はヘンタイをぶん殴ることを我慢したのだ。だがやはり、そう簡単に変わるものでもなく、結果は先程の通りとなった。

 

「なんだか私の知らないうちにティーがどんどん変わってて複雑だよ……。最初に会ったときはあんなに馬鹿だったのに。子供の成長って早いものなんだね……」

 

「バロウスお姉ちゃん、相変わらずさらっと人のこと馬鹿にするよね。駄目だよ。自分以外の人のこともきちんと知って、いいところを知らなきゃ。ラクシャーサさんにも似たようなこと言われたでしょ?」

 

「ああ、うん。わかってるよ……。でもまだ慣れてないんだからしかたないでしょ。はぁ」

 

 ティーに言われて、バロウスは療養中にラクシャーサに言われたことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 療養中、彼女はラクシャーサからいろいろな話を聞いた。魔神について、剣技について、デーモンについて、魔法について、そして物質界についてといった具合だ。どの話も詳しく聞きたい彼女だったが、全てを詳しく話すほどの時間もなければラクシャーサが話す気もなかったため、さわり程度にしか聞けなかった。だが、どれも非常に興味深い話だった。

 

 一番はやはり物質界のことだ。戦いの前にラクシャーサが言っていた、ラクシャーサを負かした人間についてである。

 人間は、女神による封印以降、極希に偶発的な次元の歪みを通って魔界へきた少数の漂流者がいる程度しかバロウスは知らない。高位のデーモンにもなれば魔界と物質界を繋ぐほどの力を持つ者もいるが、大半は封印されているし、残る少数もラクシャーサのように繋ぐ意思を持たないものばかりだった。もしかしたらバレないように姿を隠して物質界へ遊びに行っている者もいるかもしれないが、今のバロウス達にそれを知る方法はない。

 とにかく、ほんの少数だが過去にそういった漂流者に会い、人間を知る機会がバロウスにはあったのだ。そのときに感じた人間の脆さ弱さは呆れるもので、インプ時代の自分ですら赤子の手を捻るように犯し、殺すことができたのだ。さらに魔界の瘴気は人間には毒だ。それによる弱体化の影響もあるのだが、それを踏まえても弱かった。力は当然のことながら、精神力もだ。

 そんな劣等種族の人間ごときが、自分ですら圧倒されるラクシャーサを倒したというのだから、気にならないわけがない。これだけはラクシャーサから詳しく話をせがんだ。

 

 ラクシャーサの話は数百年前の物質界との戦争時の話だ。ラクシャーサは魔王の配下ではないため戦う理由はなかったが、暇つぶしがてら、強者との戦いを期待して物質界へと赴いたのだという。そこで戦う人間はどれもこれも雑魚ばかりだった。しかし、あるときから人間の中心に立って戦うものが現れたのだ。それこそが人間の英雄であり、ラクシャーサを負かした者だ。

 本来の姿で戦い、負け、消耗してあわや封印の危機となった。しかし、その英雄はラクシャーサに情けをかけた。さらに仲間に引き入れようとまでしたというのだから驚きだ。話を聞いていたバロウスが考えるに、少しでも戦力が欲しいと思ってのことなのかもしれないが、殺し合いをした敵性種族のラクシャーサに対する態度とは思えなかった。

 しかし、そのことを話すラクシャーサは実に楽しそうだった。バロウスには敵に情けをかける英雄のことも、負けても嬉しそうにしているラクシャーサのことも理解不能だったが、なぜそう思うのか、という興味もわいていた。

 

 英雄に負けたあとのラクシャーサはというと、英雄と共に魔物と戦ったのだという。たしかに戦うなら貧弱な人間より魔物の方がラクシャーサの戦闘欲を満たすだろう。その時の話はやはり戦いのことが多かったが、英雄に関する話題も増えていた。二言目には英雄が何をした、何を思っていたかなどを言うのだから、ラクシャーサの英雄に対する入れ込みようは相当なものだ。

 だからか、次第にバロウスも英雄に、ひいては人間自体に興味を抱くようになった。インプ以下から魔神以上までの広い可能性と、デーモンである自分にはない思考、それらが魅力的に映ったのだ。元々魔界では弱小のインプだった彼女にとって、下克上や成り上がりの憧れをもつようなものだ。

 

 当時の話を語り終えたラクシャーサは、楽しげな様子を変えて少し寂しそうにしていた。自分を昂らせてくれた英雄は寿命で死に、また退屈な日々に戻ったという。魔界の強者のほとんどは戦争で倒され、消滅、封印もしくは長期の転生期間となったらしい。そして残ったのは寂れた魔界だ。バズウのような強者も少数ながらいるが、以前ほどの活気はないのだ。

 

 また人間の英雄と戦いたいのなら、物質界へ攻め込めばいいのでは、とバロウスは聞いたが、ラクシャーサは約束があるからできないとしか言わなかった。そう言われてしまっては彼女も引き下がるしかなかったが、その約束というのも気になってくる。英雄や女神との間に交わしたものらしいが、嫌々したわけでもなさそうだったからだ。その理由は今のバロウスには経験がなく理解できない事柄であるため、ラクシャーサは話をしなかったが。

 

 最後に、その英雄が強かった理由は何なのか、バロウスは尋ねた。彼女との戦いの前にラクシャーサは「大切なもの、守りたいものがあるやつは強い」と言っていたが、曖昧な表現のため、どうとでも受け取れる。

 結局のところ、才能や育った環境に強さというものは左右されると、彼女は考えている。そして戦争ならそれら個人の資質よりも、数と武器と優秀な上官が大切だ。これは彼女がインプ時代に自分が仲間のインプをまとめあげて格上を倒した経験から、そう思うようになった。

 だからラクシャーサの言葉を考えたときに出てくるのは、根性や気合といった精神的な支柱に、大切なものを置いているだけではないか、ということだった。それだけなら自分自身を置いてもいいし、絶対勝つという強い意志さえあればいい。そもそも精神論が通じるのは実力が近しい者が相手で、かつ個人もしくは少数での戦いのときだけだ。絶対的な力や数の差を覆すほどの影響力はない。

 そういった持論を踏まえたうえで、ラクシャーサへ英雄の強さの理由を尋ねたのだ。そのときのラクシャーサは少し苦笑いをして同意したが、それだけでは足りないとも言った。その足りないものは何かとも聞いたが、それ以外のすべて、という答えが返ってきた。バロウスには意味不明だった。

 実際のところ、曖昧な答えしか返せないのは当然のことで、ラクシャーサとしてはもっと総合的な意味で言ったのだ。戦闘のみに絞ってみればバロウスの意見でも十分ではある。しかしそれは戦いしか知らない者の意見だ。世界には多種多様な考え、価値観、性格、資質を持った生命が存在する。さらに言うと自分というものは自分だけで成り立つものではなく、他者との関りによって生まれるものだ。

 だからこそ、真に強いものに他者を理解するという能力は不可欠であり、戦い以外を知ることが必要なのだ。

 話の締めに、ラクシャーサはその事をバロウスへ助言したのだった。

 

 そうして、バロウスが釈然としないまま話は終わってしまった。ラクシャーサが話したことは今までの彼女にはなかった考えばかりで、受け入れがたい部分もある。しかし今のままでは大きな成長が見込めないことも理解した。

 

 バロウスはより広い視野と他者を受け入れる心の余裕を持つこと決めた。それは単にティーとの約束だからという理由だけではない。自分だけの価値観で行動していた今までとは異なり、ティーやラクシャーサを信じた行動を始めてみようという、彼女なりの精一杯の努力だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、バロウスが一旦帰宅しているときも、まだラクシャーサはバズウ宅にいる。単に暇だから友人と雑談をしつつ修行や研究をしているのだ。そしてバロウスの生活が元に戻って軌道に乗ってから、また特訓相手になるつもりでいる。

 

 ひとしきり、これまでのことを思い出したバロウスは気分を切り替え、ヘンタイを引きずって家の中へ入っていった。ティーは度々家に戻っていたが、バロウスの療養も終わったので、そのことを伝えにウンランとプルプレアの待つ家に帰っていった。

 

「じゃあね。ティー。また明日」

 

「うん! またね! バロウスお姉ちゃん!」

 




人気投票Aグループ!バロウスちゃんいます!
50位付近でウロウロしてますね。
私は満遍なく投票するタイプなのでそんなに投票してませんけど。

それにしてもアイギスっていろんな種族の子がいますね。
女の子なら全員抱いちゃう王子は間違いなく英雄です。


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第16話『日常』

サブタイトル通り、日常回です。
普段の生活描写とか、TSだと大事だよね。
相変わらず下ネタ多いですけど、TSだと大事だよね。ごめんなさい。


 家に入ったバロウスは、ヘンタイを邪魔にならな位置で横にして、久しぶりの自宅でくつろいでいた。バズウから借りた本(貸出代はしっかりとられた)を読みつつ、居間の椅子に座って魔界の植物で作った紫色のお茶を飲む。自作のドレスも着こなして優雅にしている様はさながら深窓の令嬢のようだ

 療養中に改良したドレスは前のものよりも布面積が大きくなっていた。ドレスの下は薄紫色をした全身タイツのインナーで覆われ、肌色が見えていた胸やお腹部分はインナーの色が見える。さらに胸部分はそのふくらみを強調するようなデザインになっている。丸出しだった肩と腕はスカートと同じ素材の長袖となり、肌色が見える部分ほとんど無くなった。

 ついでに、足には硬質な素材で作られた、紅い眼のような意匠が施された靴を履いている。これも魔力を物質化したものだ。

 全体的に、ラクシャーサと比べると甲冑のような防御力こそないが、デザイン性と被覆面積に優れていると言えるだろう。

 

(今までは力をつけることに躍起になって、こんな風に落ち着いている時間はほとんどなかった。いや、それ以前も生きるために必死だった。

 しかし、悪くないもんだな。……じゃなくて、悪くない。うーん、あってるかなぁ? 頭で考えるとまだまだ地がでちゃうなぁ)

 

 彼女は本を読み進めつつ、言葉遣いについて考えていた。彼女はやると決めたらトコトンやるのだ。さすがに思考言語まで直すのには時間がかかるのか、未だに気を抜くと間違えているが。

 

(とりあえず家に帰ってきたはいいけど、やることは無さそう。ヘンタイの様子が見れたってことぐらいかな? ヘルファイアは結局ティーが面倒見てるし、この家も寝床にしか使ってないし。

 それにしても、ヘンタイは全然変わらないなぁ。悩まないからぶれることもないっていうのは、バカの利点だよね)

 

 彼女は、床でグースカ眠っているヘンタイに目を向ける。その目はジトっとしていて、軽蔑しているように見えるが、実際は呆れと感心も多い。

 彼女は自分の心を見直すきっかけを得たので、ヘンタイのことも考えてみたのだ。なんだかんだいって、ヘンタイは精神的に強いと思っている。硬い柱ではなく、柔らかいゴム柱のような、という意味だが。硬いということは衝撃に弱く脆いことでもあり、柔らかいということは曲がることはあっても壊れないということだ。

 それはある意味、長い時を生きるデーモンには不可欠な要素だ。精神が柔軟でなければ、死という逃げ道のないデーモンにはいろいろと精神的に辛いことが多い。テキトーな生き方が合っているのだ。

 

(その点、私は優秀だったから、自尊心が強かった。強くなりすぎちゃった。だから硬くなっちゃったんだろうなぁ)

 

 彼女は思わず溜め息をつく。あの1件以来ガラリと変わった価値観で、今までの自分を思い出すとなんと滑稽なことか。所詮は井の中の蛙。頭でわかっていても正確に理解していなかった。力を得て舞い上がってしまい、狭い世界で強者を気取っていただけだった。

 

(まぁ、だからといってコイツを見習う気にはなれない……と思ったけど、余裕を持つことは大事かも。

 ……それにしても、ヘンタイはなんでこんなにスケベになったんだろ? いくら私が美少女になったからって、ここまでにはならないと思うんだけど。

 それに何故か私にばっかりつきまとうし。プルプレアのほうが好みじゃなかったっけ? 胸とか大きい方が好みだよね?)

 

 次に、最近のヘンタイが明らかに彼女に集中してアプローチをかけていることを思い出した。それは大怪我を負う少し前からのことで、妙にベタベタ触ってくるのだ。もちろんその度に殴ってたし、やめろと言っているのだが全くやめる気配がない。それどころかむしろ近づいてくる始末だ。

 

(はっきりいって、うっとおしい。ストレス解消用の肉人形みたいな扱いしかしてないのに、懲りないんだもん。俺様の上司はどこいった! 私の元上司は変態だー! なんちゃってね)

 

 なんとなくおかしくって、ケケケっとつい笑ってしまう。そこでハッと、ティーから笑い方も直せと言われたことを思い出した。身に染み付いた笑い方は言動ほど簡単には変わらないらしい。しかし、ティーから『笑い方が小物っぽい』と言われたので直すことには特に全力だ。

 

(うーん、しっくりくる女の子っぽい笑い方かぁ。普段笑わないならよくわからないや。『クスクス』? 『あはは』? それともラクシャーサみたいに『ふふふ』とか? どれも違うかなぁ。うーん。

 そういえば最初の演技では『えへへ』だったっけ。口の形はこれが今の笑い方に近いかな。あの時はなんとなくそうしてたけど、これでいいかな)

 

 笑って悩んでの表情を繰り返し、最後にはえへへ、と笑う練習をする。誰も見ていないのをいいことに、いろいろと試す彼女だった。そうしていると笑った時にどう見られているのかも気になってくる。

 

(笑い方はこれでいいけど、表情はどうなんだろ? 鏡なんてここにはないし、また今度誰かに見てもらうかな。でもヘンタイには見せたくない)

 

 頬に手を当てて少し心配になる彼女だったが、演技のときはなにも言われない程度には元から上手く笑えていたので然程問題はない。咄嗟の反応になると、これもまた練習が必要だが。

 ひとしきり顔のマッサージをしてから再び本に視線を戻す。ヘンタイは相変わらずで、腹をボリボリ掻きつついびきをかいている。頭から地面に落ちたのにまるで堪えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あ、出そう)

 

 本を読み続け、お茶も飲み終わってしばらくすると、下腹部に圧迫感を感じた。お茶も飲んでいたため、トイレが近くなってしまったのだ。

 デーモンは普通に飲み食いするし、排泄もする。魔力や魂も吸収するが、これらは必須ではなく能力のようなもの。基本的には通常の生物と同程度の代謝機能だ。ただし魔力で身体能力は常に底上げされるので燃費は人間の比ではないし、寿命という概念がないので姿の変化が無かったり、生理間隔が非常に長かったりする。なお、彼女はまだ経験していない。数ヶ月どころではない長さなのだろう。

 死という概念がないデーモンに生殖が必要なのか?そもそもデーモンは何から生まれていたのか?という疑問は残る。生殖に関しては女神の特性を取り込んだ結果であり、後天的なものだ。しかし発生元というのは卵鶏問題のようなもので誰にもわからない。魔王が生んだ可能性もあるが、転生可能な生物を生み出し続けるというのもおかしな話だし、魔神に至っては魔王に従わないのだ。

 

 閑話休題、今彼女は尿意を感じていた。

 

(この服を魔力で作った利点のひとつが、トイレしやすいってことだよね。トイレの時だけ一部分を消せば脱ぐ必要ないし、もし汚れても作り直せばキレイだもん)

 

 などと考えつつ、トイレへ向かう。この家のトイレは個室だ。元々彼女は羞恥心などなく、精々が外敵に見つからないように隠れて野外で用をたしていた。しかしこの家となるとヘンタイがいるのだ。鍵をかけた個室でないといつ襲われるかわかったものではない。ドアを破壊される可能性もあるが、破壊している間に態勢は整えられる。ちなみに寝室も同じ理由で個室になっている。

 

(ふぅ、トイレも大丈夫そう。最初はどこから出てくるのかとか、どこに出せばいいのか、とかで慌てたのにね。立ちションすると体に引っ掛かるのが面倒だったなぁ。

 トイレ掃除は、しとこうかな。ヘンタイは掃除しないからねー。衛生って大事なのに)

 

 用を済ませた後、置いてあった布で軽く掃除をする。彼女はマメな性格なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 掃除も済ませ、居間に戻るとヘンタイが起きていた。……下半身もだったが。思わず靴で踏み潰したくなる彼女だったが、元々雄だったころの自分も、寝起きはあんなものだったことを思い出した。それに靴越しにでも触りたくないものだ。だから妥協して無視することにした。

 

「ヘンタイ、起きた?」

 

「うーん、ここは……? あ、そういえば姐さんが俺の雌になって」

 

「ないから。勢いよく殴りすぎて記憶がとんだの?

 それより、起きたのなら机の上片付けといてよ。そろそろご飯の時間だし」

 

 食事を作るのは彼女の役割だ。初めはヘンタイに作らせていたのだが、図体がでかいせいで細かい作業が出来ないわ、ヘンなもの入れようとするわで、まともな料理にならなかった。だから仕方なく彼女が作っている。ダークエルフの都で食べ歩きしたせいか、舌が肥えてしまって調理してないものは食べたくなくなってしまったのだ。といっても、彼女の料理も凝ったものではない。ヘンタイ料理がダメ過ぎただけだ。

 材料集めの担当は特に決まっていない。彼女が仕事中に狩ってくる時もあれば、ヘンタイがその辺で捕まえてくるときもある。このあたりは昔から変わっていない。

 

 彼女はエプロンを作り、ドレスの上から着けた。火にかけた鍋に水と切り分けた肉と野草をぶちこむ。そして都で手にいれた調味料で味付けをする。プルプレアのような主婦からすれば雑な料理だが、これでも前よりは進歩しているのだ。インプ時代は生肉をそのまま食べていた程なのだから。

 

 料理をささっと作り、机の上に並べてエプロンを消す。デーモンも食事量は体の大きさで決まるので、ヘンタイは彼女の倍以上は食べる。彼女も人間の成人男性程度には食べるが。

 食器は木から削り出した器とスプーンだ。食器の使い方はプルプレアにしつこく教えられたので問題なく使える。もともとは手掴みだったが、特に拘りもないのでそのまま習慣化した。とはいえ、上品に食べるわけでもなく、ただ使えるというだけだ。ヘンタイは料理によっては皿ごとかき込むように食べたりする。

 

「はい。汁物だから溢さないでよね。後で掃除するのも面倒なんだから」

 

「おう。……モグモグ。うめぇ。ところで、スズーッ、姐さん、モグモグ」

 

「何?」

 

「結局なんで演技してるんだ? 俺と2人だけのときも変わってないし」

 

「んー、まぁ……色々あったの。全部話すと長くなるから言わないけど、そうしなくちゃいけない事があったからね。それにもう演技じゃないよ」

 

「ええ? 演技でもないのか? 雌扱いされるのあんなに嫌がってたのに……何があった?

 モグモグ……はっ!? そうか! しばらく家に帰ってないと思ったら、俺以外の雄にしっぽり抱かれて……『雌堕ちしちゃいましたぁ』とか言うやつだろ!? うわああああ!」

 

「なに勘違いしてるの? そんなんじゃないから。あくまで言動を女にしたってだけよ。男に抱かれるなんて冗談じゃない。

 あと、口にもの入れて叫ばないでよ。唾が飛んできたでしょ」

 

 もはやこの程度のセクハラは慣れたもので、特に慌てることなく対処する彼女だった。勘違いして悶えているヘンタイは放っておいて、彼女はこれからのことを伝える。

 

「あ、そうそう。明日からちょくちょく都の方に用があるから、家を空ける時が増えるよ」

 

「マジかよ。スズーッ、ただでさえ暴れたりなくて欲求不満なのに姐さんまでいなくなったら色々と我慢できねぇよ。ガツガツ、なぁ、俺も連れてってくれ!」

 

「別に暴れに行くわけじゃない……けど体を動かすことはできるかな。いいよ。でも私の命令には絶対服従だから」

 

「わかったわかった。いやーよかったぜ。もう家畜の世話なんて暇で暇で。たまに踏みつぶされそうになるのはスリルあったけど。

 ムシャムシャ……ゴクン。ふぅ、食った食った」

 

「食べ終わったら食器は洗ってね」

 

「へいへい。めんどくせぇなぁ」

 

 ヘンタイは億劫そうにしながら、命令には従って、濡れた布で軽く食器の汚れを落としていく。

 

「あ、それと私がいない間になにか問題とかなかった?」

 

 ふと、彼女は自分がいない間に面倒ごとが起きてないか気になった。ヘンタイはアホなので自主的な報告などしないのだ。

 

「え? そうだなぁ……。なんかあったっけ?

 あ、そういえば昨日、家畜を入れる建物に鼠がわいてたな」

 

「え!? ちょっ、それは早く言えよ!」

 

 彼女は慌てて立ち上がった。それもそのはず、魔界の鼠―—ワーラットは非常に厄介なのだ。ワーラットは生命力が強く、瘴気の薄い魔界の表層だけでなく、深層のような劣悪な環境でも生きることができる。だが別の言い方をすれば恐ろしい疫病をまき散らして移動するということだ。深層に住む魔界生物ならともかく、表層にいるダークエルフが飼う家畜など、簡単に全滅するだろう。そうでなくても疫病によって家畜は使い物にならなくなる。

 さらに放置すれば家の中に侵入する可能性もある。そうなるとダークエルフ程度ならすぐに病気にかかり、あっさりと死に至ることもある。デーモンは体力があるし、転生できるので必死になるほどのことではない。だが放置すればそのうち死ぬことになるだろう。

 

 そんな鼠がわいたというのだから、彼女の慌てようも頷ける。しかしデーモンの感覚で言えば、現れたときに体力でゴリ押して鼠を駆除すればいいし、死んだとしても一時的なものなので、危機意識が薄い。ヘンタイの反応はデーモンなら普通の反応なのだ。彼女が慌てているのは、自分達だけではなくティー達も危険に晒されているためだ。

 

「ティー達にも連絡してくる! 家はそんなに離れてないから、放置しとくと大変なことになる! あ、ヘンタイは家の中に入り込んでないか調べて、見つけ次第ぶっ殺して森に捨てといて!」

 

「え~、めんどくせぇなぁ」

 

 ヘンタイのぼやきを無視して、バロウスはバタバタと走って家を出ていった。

 

 

 

 

 




日常回です(白目)
ワーラットは魔界中に生息してそうだから、ダークエルフも大変そう。

そういえばヘンゼルはいつ使えるようになるんですかね?
ワーラットトークンとか使えたら強そう。


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第17話『鼠』

戦闘描写は短めです。
魔界の鼠はダクソの鼠みたいなイメージです。


「ティー! 私の家に鼠が出た!!」

 

 扉をあけて開口一番、バロウスは大声で叫んだ。勝手知ったる顔でダークエルフ一家の家の中へドカドカと入っていく。すると奥からティーとプルプレアが何事かと出てきた。ウンランの姿が見えないのは森の巡回に出ているためだ。

 

「あれ? バロウスお姉ちゃん、さっきぶりだね」

 

「あら、バロウスちゃん。こんばんは。それがティーと作った服ね。可愛いわぁ」

 

「あ、こんばんは。じゃなくて! 私の家の家畜小屋に、昨日鼠が出たんだって。ヘンタイが見つけたみたいだけど、こっちでは見なかった?」

 

「そうねぇ、こっちではまだ見てないわ。でも、見たのが昨日ならもう入り込んでるかもしれないわね。

 ありがとうバロウスちゃん。教えてくれて」

 

 プルプレアは真剣な表情で考え込む。こういうものは普通、発見直後に周囲に住む全員に知れ渡るようにするのがダークエルフの一般的な対応なのだ。対策は複数あるが、より適切な判断をするためには正確な情報が重要だ。

 

「バロウスお姉ちゃん……鼠って、あの鼠?」

 

「ティーが想像しているのがどの鼠か分からないけど、ワーラットのこと、だと思う。しまった、その辺りは詳しく聞くの忘れてた……。でもよく見かける魔界の鼠なんてワーラットくらいしかいないよね?」

 

「確かにそうね。それにワーラットじゃなくても危険なことに変わりはないわ。

 ……ところでバロウスちゃん、ティーから話は聞いてたけど、とっても可愛らしくなったわねぇ。私も嬉しいわ」

 

 突然、ニッコリとしたプルプレアが話を変えてバロウスの姿や仕草に言及した。バロウスは不意打ちをくらって、気まずさや恥ずかしさで顔を赤くしながら反論する。

 

「う……い、今そこは関係ないでしょ! 私の言動がどうなったって!

 それは置いといて! 鼠駆除の対策はあるの?!」

 

「それは問題ないわ。見つけたのが昨日ならまだ、どの鼠にも通用するいつもの方法で間に合うもの。そうね……今回はティーにも手伝ってもらおうかしら。最近、見違える程に成長したみたいだしね」

 

「そ、そうかな」

 

 ティーは褒められて照れている。バロウスは咳払いして、改めて対策があるのか尋ねた。

 

「コホン。で、方法は? 私はデーモン流のやり方しか知らないよ」

 

「いくつかあるけど、やっぱり手っ取り早いのは餌でおびき寄せて、捕獲してから殺処分ね。毒餌でもいいけど、毒を食べても種類によってはなかなか死なないから時間がかかるし、あんまり使わないのよねぇ。

 それに体が大きい分、そんなに数も多くないし、ある程度数が減ればすぐに危険な場所と判断して逃げていくわ」

 

「つまり……まとめて直接?」

 

「そういうこと。おびき寄せて、サクッと殺っちゃいましょ。

 ただ注意するのは、複数の鼠に囲まれないようにすること。咬まれたらそこから病気になるし、そうでなくても空気中の病原菌や毒素のせいで体力が削られるわ。それにティーぐらいの体の大きさなら、押し倒されたら簡単には抜け出せなくなるわね。だからティーは樹上みたいな高所からの弓で牽制をお願いね」

 

「わ、わかった! 囲まれないように気をつける!」

 

 ティーは鼠に囲まれてかじられる自分を想像して青い顔になるが、気持ちを奮い立たせている。

 

「ティー、大丈夫だよ。私は昔から鼠退治してたから、今回もうまくいくに決まってるよ!」

 

 そんなティーを励ますように、バロウスは自信ありげに胸を張った。彼女はインプ時代にも鼠退治に駆り出された経験があるのだ。

 

「バロウスお姉ちゃん……何回くらい死んだの?」

 

「ええっと、2回に1度は……いや、違うから、嘘だから! 冗談だから!」

 

「なんか不安になってきたかも……」

 

 ティーの鋭い突っ込みに、うっかり失敗談を漏らしてしまう彼女だった。だが、彼女の死亡率はインプ内では飛び抜けて低いと言っていいのは間違いない。インプは捨て石……ゲームでよくある、死んでも評価に影響しないトークン扱いなのだ。だから囮になったり突撃させられたり、無能な上位デーモンの命令で無駄に死ぬことが多い。要するにデーモン流鼠駆除法とは、ただ数に任せて突撃するというシンプルなものということだ。そのうえでこの死亡率は十分低いと言える。デーモン相手に言ったらなら称賛されていただろう。

 しかしダークエルフにとってはやり直しなどきかないので、ティーが不安に思うのは無理もない話だった。そしてそのことを理解しているバロウスは弁明に必死だった。

 

「今は昔とは違うよ! それに、どうなったら死ぬのかわかってるから、危なかったらすぐ教えられるし、間近で鼠と戦ってきたから習性も把握してるし!」

 

「そうだね、昔とは違うもんね。バロウスお姉ちゃんは強いもんね」

 

「くっ……このガキ……」

 

「バロウスお姉ちゃん? 約束は……?」

 

「ンぐぐ…………テ、ティー。あの、あのね? インプはぁ、とっても死にやすいのぉ……。デーモンに、捨て駒にされるからぁぁ……。だっ、だからね、今は、今は違うからぁ、不安になることなんて……っないんだよぉぉぉ……はぁ、はぁ」

 

 煽るティーに、バロウスは顔をひきつらせ、こめかみに血管を浮かべつつ笑顔で返した。元来、笑顔とは威嚇であり……という話ではない。本気でキレると口汚くなってしまうので、無理やり笑顔になることでなんとか抑えているのだ。ティーはというと満足そうにニッコリしている。順調に魔界に毒されているらしい。バロウスの反応で楽しんでいる節がある。

 

 一方、その2人の様子を見てプルプレアはポカンとしていた。

 

「あれ? お母さん、どうしたの?」

 

「え~っと……あなた達、いくらなんでも変わりすぎじゃない? 特にバロウスちゃん、前のあなたなら、『俺様が鼠ごときで死ぬわけねぇだろ! あんまり舐めたこと言ってたら、手足縛って生きたまま鼠の餌にするぞ!』とか言いそうだったのに……」

 

「……いや、流石にそんな無茶苦茶なこと言わないと思うけど」

 

「えっ!?」

 

「いや、ティー? なにその、『え、言わないの?』みたいな反応は。デーモン相手でもないのに、意味もなく殺すなんて、言わないよ? ……言わないでしょ?」

 

「……まぁそれは置いといて、鼠駆除しよっか。お母さん! 餌は何使うの? どこに置くの?」

 

「餌は家畜の肉を使うわ。バロウスちゃんの家で飼っている家畜を処分して、それを餌にしましょう。それに鼠が好む罠用の香料をかけるわ。場所は……そうね、2ヶ所に置いて様子を見ましょうか。バロウスちゃんの家と私達の家の間に少し距離をあけて置くってところかしら。あまり色々な所に置いても把握しきれないから、これくらいでいいわね」

 

「2人とも、なんか私の扱い酷くない? やっぱりこの口調って舐められちゃうよ……すごーく後悔してきた……」

 

 バロウスの怒りをスルーして話を進める2人のダークエルフ。この態度ができるのも彼女が丸くなったおかげである。

 そして、こういう扱いになるから女らしくするのは嫌だったのだと、改めて思うバロウスだった。女性としての経験はティーやプルプレアの方が豊富なのだ。同じ土俵に立てば勝てる見込みは少ない。

 ただし、ティーがこの態度をとるのはバロウス限定であり、他の人に対しては今までと、そう変わらない。それを考えると1種の信頼の現れと言える。プルプレアは単に悪乗りしてるだけだが。

 

「それと駆除メンバーに、ウーくんも加えましょう」

 

「そうだね! お父さん呼んでこなくちゃ! あ、どうせだからヘルファイアも連れてくるね!」

 

 ちなみにウーくんとは、プルプレアがウンランを呼ぶときのあだ名だ。

 

 プルプレアは家の外に出て、緊急通信用の魔道具を使った。魔道具から発せられた魔力波を感知した子機が音を鳴らすという簡易的なものだが、重宝するので常に常備してある。

 子機を使っての会話はできないが、逆にそのお陰で魔力消費が少なく、魔力が少ないタイプのダークエルフでも使えるのだ。さらに言うと有効半径も広いし、値段も安い。

 

 ウンランが戻ってくるまでに、バロウスは1度自宅へ戻り、弱った家畜2頭を手早く処分して、ヘンタイと一緒に配置地点へ置いて回った。

 プルプレアはバロウス達の置いた肉の周りの、鼠が通りそうなところに罠を仕掛けていく。その最後に、鼠集めの香料をばらまいた。

 ティーはヘルファイアを檻から出し、ウンランが帰ってくるのを待って、事情を説明した。

 

 そしてそのあと合流したウンランを含めて再び全員が集まり、人員の配置決めとなる。

 

「餌の周りにトラバサミを仕掛けたわ。急ぎだったから他の罠はないけど、これで足止めくらいにはなるわね」

 

「ふむ、では動きが止まる、もしくは遅くなったところを弓で射る方法だね」

 

「私もがんばって当てるよ!」

 

 プルプレアの報告にティーとウンランが応える。2人とも戦いを前にして戦意をたぎらせているようで、いつもと顔つきが違う。

 次いで、バロウスが近接戦闘組の動きを説明する。

 

「私とヘンタイとヘルファイアは弓が使えないから、餌の周りで待機して、撃ち漏らしを殺すよ。

 ヘンタイは暴れるのに夢中になって、持ち場を離れないでよね」

 

「おう。 ……あれ? 姐さんの魔眼でまとめてやれないのか?」

 

「言ってなかったっけ? 私の魔眼で精神干渉できるのは1度に1体限定だから、敵の数が多い今回は対応しきれないと思う。狂わせて変なところに逃げられても困るし」

 

 ヘンタイはバロウスが能力を使わないことに疑問を持った。だがそれは多数相手では逆に使いにくいと判断した彼女が、使わないことに決めたのだ。使うとすれば1体づつ処理するときだ。

 ラクシャーサ戦で身についた障壁については、まだ練習が十分ではないので今回は使わない。そもそも空気中に充満する鼠の毒素相手では効果がない。

 

「じゃあ、餌も置いてしばらく経つから、そろそろ鼠が出てくるわ。配置に就きましょう。私とウーくんとヘンタイさんはバロウスちゃんの家側の餌、バロウスちゃんとティーとヘルファイアは私達の家側の餌の周りで待機して頂戴。

 それと全員、危なくなったら撤退していいわ。

 ティーも、くれぐれも、囲まれないようにね」

 

「わかった!」

 

 ティーの元気な声を皮切りに全員が配置場所へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バロウス、ヘルファイアとヘンタイはそれぞれの餌の前で仁王立ちしていた。お互いの姿は遠目に見えるものの、木に隠れたり距離があったりするせいではっきりとはしない。そしてダークエルフ組の姿は見えない。すでに樹上に移動して索敵をしている。

 今回の人員配置は、敵の数と戦力がバロウスの家の周りに集中していることを想定して決められたものだ。バロウスの家の周りの方が鼠の数が多いと思われるため、ウンランとプルプレアの2人ともが集中している。バロウス側はティーといつもコンビを組んでいたので、一緒になった。

 

 魔界の鼠も雑食だ。肉でも植物でも何でも食べる。それに体長は1メートル以上ある。集団でやってくるとまるで黒い津波のようで、力のあるデーモンでもひとたまりもない。だが幸いなことに今回はそこまで数が多くないだろう。鼠の主な生息域は深層にあるのだ。ここにいる鼠は、はぐれた個体が繁殖したと考えるのが妥当だ。

 

 ヘルファイアが唸り始め、それから更にしばらく経つと,ポツポツと肉めがけて数匹の鼠がやってきた。警戒心よりも食欲が大きいので、2人と1匹を前にしても逃げる気配はない。それどころかまとめて食わんとする勢いだ。

 

 ヘンタイ側は熟練の弓2丁による猛攻があるため、数が増えようともどんどん死んでいく。死体はヘンタイが片っ端からぶん投げて、無人の森へ捨てていき、ついでとばかりに走る鼠を殴り蹴るの大暴れである。久しぶりの戦闘に気分が高揚しているようで、実に楽しそうだ。

 

「ギャハハハハ! オラオラ! 鼠なんて目じゃねぇぜ! ……あれ、なんか気分悪くなってきた。まあいいや。ギャハハハハ! ウッ、ゲロゲロ」

 

 考えなしに敵の群れに突っ込むせいで、早くも気分が悪くなっているが、高揚感でそれを多い隠すほど楽しんでいた。吐きながら笑って戦っているので、遠くから弓を射っているダークエルフ夫婦はドン引きだ。

 しかし、なにはともあれ、ギリギリではあるが駆除は順調に進んでいる。

 

 一方、バロウス側も、数は多くないために駆除は順調だった。しかし断続的な鼠の襲来に少しづつ体力は削られていた。殺す度に鼠の死体がその辺に転がるので、衛生環境が悪いのだ。魔法で焼き殺したり、ヘルファイアの火炎放射があるので、ヘンタイ側ほどではないが。

 だが周りは森だ。いかに魔界植物が火に強いとはいえ、それは比較的、という意味でしかない。火事にでもなったら家ごと燃えてしまうかもしれない。それを考えると火炎放射だけに頼るわけにもいかない。

 やはりメインの攻撃はバロウスによる近接戦闘だ。ティーの牽制により散り散りになった鼠を、バズウの助言によって前よりも強度の上がった魔法製の剣で1匹、また1匹と斬り殺していった。

 

「ふっ! はぁっ! っと、けっこう順調かな? 罠があるから動きが遅くなっててやりやすいね。それに遠距離の支援があるから、囲まれずに済むし楽に殺せるよ。デーモン連中もこれぐらいやればよかったのに……」

 

 バロウスは体調が少々悪くなっているものの、まだまだ余裕の表情だ。支援効果の大きさに舌を巻くが、一方で改めてデーモンの脳筋っぷりに呆れ返る彼女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく淡々と殺し続けていると、バロウス側への鼠の襲撃がピタリと止んだ。周囲を警戒するが、やって来る気配はない。ヘルファイアも感じていないらしく、周囲をキョロキョロと見回している。

 

「終わったのかな……? ティー! 周りに鼠はいないのー?」

 

 バロウスが呼びかけると、樹上からガサガサと音が鳴って、ティーが降りてきた。

 

「この周りにはもういないみたいだよ。周りにいた鼠はみんな逃げていっちゃったみたい」

 

「そっか。それじゃあとりあえずこっちは安心かな。ケホッ、うーん、ダルい……。

 あっちの3人のほうはどうなってるのかなぁ?」

 

「あ、あっちも終わりそうだったよ。射ってる矢の数も減ってたし。でも最後あたりになったらヘンタイさんの姿が見えなかったから……怪我してるかも」

 

「怪我ですめばいいけどね……ケホッ、ケホッ。

 あ、ティーはあんまり近づかないでね。移るかもしれないから」

 

 鼠の毒素に呼吸器系をやられたのか、なかなか咳が止まらないバロウス。ティーは樹上だったので無事だが、まだ周囲には死体が散乱している。あまり長居するのは危険だと判断した彼女はティーに制止をかけた。

 

「う、うん。バロウスお姉ちゃんも、大丈夫?」

 

「平気平気。私はここで待機してるから、ティーは向こうに終わったことを連絡してきて」

 

「うん!」

 

 元気のよい返事をして、ティーは再び樹上へ姿を消した。ティーが帰ってくるまでの間に、バロウスは死体掃除をすることにした。落ち着いた状態なら、火力を高めた魔法でも延焼しないように制御はできるので、魔法でとんどん焼却処分していく。

 土壌の汚染については放置だ。さすがにそこまでしなくても、しばらくの間付近を通らなければいいのだから。

 

 あらかた処分が終わり、周囲に黒焦げの塊が煙を吐いて転がるだけになった頃、ティーが慌てて帰ってきた。

 

「バロウスお姉ちゃん! ヘンタイさんが大変だよ! 鼠の毒にやられて死にかけてるの!」

 

「やっぱり……」

 

 想像通り、突っ込みすぎて死にかけているらしいヘンタイに、バロウスは頭を抱えた。

 

「危なくなったら撤退してって、事前にプルプレアが言っていたのに……ケホッ、聞いてなかったのかなぁ?

 それとも撤退する暇もなかったのかな?

 はぁ……それはあとで聞くとして……鼠は?」

 

「あ、それはもう大丈夫だって。

 それで、こっちも終わったって言ったら、1度合流するからこっちに来て欲しい、って言ってたよ」

 

「そう。それじゃあ死体の処分もあらかた終わったし、ヘンタイの様子でも見に行こっか」

 

 

 




アイギス的戦闘回でした。
ミッション難易度は中級か上級くらいですかね?
固定編成だけど、敵が単調だしコストも潤沢でしたので。

原作の鼠の死体はやっぱり一般兵くんが処理してるのでしょうか?
大変そうです。


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第18話『羞恥』

早いところ進めて王子と合流させたいので、
この話はカットしようかと思ったのですが、
今がTSの旬な時期なので書かざるを得ませんでした。

展開が冗長になっているのは申し訳ない。




 バロウスたちはプルプレアたちと合流した。ヘンタイは横になっており、その周りにプルプレアとウンランが立っている。少し離れたところには十数匹の死体が散乱しているので、少し移動したようだ。ダークエルフ2人は少し顔色が悪い程度たが、ヘンタイは吐瀉物をそこら中に撒き散らしてグッタリとしている。さすがに、デーモンの耐久力をもってしても治るには時間がかかるだろう有り様だ。

 

「お父さんお母さん、バロウスお姉ちゃん連れてきたよ!」

 

「おかえり2人とも。そっちは大丈夫そうで安心したわ。でも、こっちはヘンタイさんが……」

 

 プルプレアは少し言い淀んだ。だがバロウスにはその先が容易に予想できる。

 

「どうせ、なにも考えずに突撃して撤退する前に倒れたってところでしょ? ケホッ」

 

「……その通りよ」

 

 はぁ、と2人してため息をつく。おつむが悪いのは知っていたが、まさか自分の身すら把握しきれないとは思わなかった。とりあえず、とバロウスはヘンタイの側に近寄ってしゃがみこむ。

 

「ヘンタイ、聞こえてる?」

 

「うう、姐……さん……?」

 

「うん、耳は聞こえてるみたいだね。で、どうする? 治して欲しい? それとも、1回死んどく?」

 

 食事に誘うような、軽い言い方で彼女はヘンタイに死の選択肢を提示した。死んだ方がマシ、という苦しみを味わうくらいならいっそ本当に死ぬことも考えるのがデーモンというものだ。もっとも、それは本当に最後の手段でもある。

 肉体がリセットされるので病気は治るが、デメリットとしてまた鍛えなければならなくなることと、死そのものも苦痛であるということだ。リセットされた肉体は貧弱で、筋肉も激しい運動ができるほどついていない。さらにいうと転生に時間がかかって居場所がなくなる可能性がある。そうなると次の死が早まり、また転生を繰り返すことになる。

 力の弱いデーモンとして定着してしまえば、格の低いデーモンとして奴隷になることもあったりする。

 

「…………う」

 

「あ、目が開いた。ケホッ、体は大丈夫?」

 

 バロウスが返事を待っていると、ヘンタイがゆっくりと目を開いた。そして弱々しくバロウスの方を見て手を伸ばした。

 その手は目の前の布を捲り上げる。

 

「……タイツ?」

 

「よーし、死にたいんだね♪ 思いっきりやってあげる!」

 

「ちょっと待ってー!」

 

 この期に及んで、しゃがんだバロウスのスカートの中を覗く変態に彼女は笑顔で剣を突き立てようとする。寸でのところでティーが彼女に後ろから抱きついてなんとか止めたが。

 刹那的な思考のデーモンは、欲望のためなら多少のリスクなど無視してしまうものだ。

 

「ティー、離して。そいつ殺せないよ?」

 

「さ、さすがに下着を見られただけで殺すのってやりすぎだよ!?」

 

「だって、デーモンだし……。別によくない? 殺しても」

 

 バロウスは怒ってはいたが冷静さは失っていない。ヘンタイも殺される覚悟があってふざけたのだ……と思っている。冷静ではあるが怒っているので、そう思うことにした。

 

「よくないよ! いくらなんでも殺すのはダメだよ!」

 

「いや、だからちょっとの間死ぬだけなんだよ? どうせしばらくしたら復活するんだし」

 

「そうだけど~……なんかイヤ!」

 

  しかし、ティーはダークエルフの倫理観のもとで成長してきたのだ。いくらデーモンが転生するとはいえ、目の前で友人が友人(?)を殺す様を見るのは拒否反応がある。

 

「はぁ、しかたないなぁ……。

 ヘンタイ、もう1度だけ聞くけど、どうしたい?」

 

「そこは治してあげようよぅ……」

 

 バロウスは剣を降ろし、ため息をついて再び問いかけた。しかし今度はしっかりと距離をとっている。そんな様子にティーもため息をつきたくなる。

 

 当のヘンタイは、バロウスたちの口論に注意を割くほどの余裕がなかったため、これからどうするかをずっと考えていた。

 苦しさから早く解放されたいと思わなくもないヘンタイだったが、バロウスの様子を見て思い直した。なぜなら、今朝から彼女は相変わらず辛辣であるものの、前よりは優しさが垣間見える気がするからだ。以前なら先程の質問も、罵倒しつつニヤニヤして聞いてきたはずだ。それが、特に余計な感情を挟まずに淡々と聞いてきた。心配する様子もなく、行動自体はほんの少しの差でしかないが、態度は大違いである。今までの酷い態度が少し軟化した程度でも、プラスに働くなら過大評価されるのはよくある話だ。

 このギャップが、『以前より優しい』と思うに至った原因であり、それは彼女の精神面に生まれた変化が理由である。

 

 そしてヘンタイはそこに付け込まないほど欲望を押さえることはできない。つまり、これもまた役得なんじゃないかと思っていた。

 

「あ……姐、さん」

 

「決まったの?」

 

「治……して……くれ」

 

「はいはい。治すのね。まったく、それなら最初から下らないことしなきゃいいのに」

 

 バロウスはぼやきつつ、ヘンタイを背負う。体格差があるので足は引きずることになるが、そこまで面倒は見られない。むしろ角や手足だけを持って引きずらないだけでも気遣ってくれていることがわかる。ヘンタイも、意識は朦朧としているが、密着できて少し幸せそうな顔だ。

 

 そのとき、周りで静観していた者の1人の、プルプレアが疑問を口にした。

 

「バロウスちゃん。ヘンタイさんを治す方法なんてあるのかしら?」 

 

「当てはあるよ。確実とは言えないけどね。とりあえず今日のところは時間も遅いし、明日行ってくる」

 

「どこにいくのかしら?」

 

「バズウのところだよ。あそこなら色々あるし、デーモンも普通に出入りしてるから」

 

 彼女の当てとはバズウのことだ。ついでにいうとラクシャーサもそこにいるので、なにか知っているんじゃないかという考えである。それにあの店には回復魔法の魔術書があったはずだ。それを使えないかという目論見もある。

 

「お姉ちゃん、私も行っていい?」

 

「ダメ。私も体調はよくないんだから、ティーが来たら移っちゃうよ。そうなったら今日の役割分担の意味ないでしょ?」

 

「そうだね……わかった。明日は行かない。でもバロウスお姉ちゃんも気を付けてね。途中の道で倒れたら大変だもん」

 

「えへへ、さすがにそこまでひどくないって。ケホッ。

 それじゃ、バイバイ」

 

「うん! バイバーイ!」

 

「またねバロウスちゃん」

 

「2人とも、体は大事にな」

 

 軽口を少し交わしつつ、彼女はダークエルフ一家と別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、道中何事もなくバズウの家に着くことができた。ダークエルフの勢力圏内なので、よほどのことがなければ問題が起きるはずもない。

 

「おーい、ケホッ、バズウ! 出てきてよ!」

 

 バロウスはヘンタイの巨体を背負ったままドアを開けることは難しいので、家の外からバズウを呼び出した。少しして、音もなくドアが開くと、奥からのっそりとバズウが現れた。

 

「なんだい、朝っぱらから騒々しいね。って、誰かと思えばアンタかい。昨日帰ったと思ったらもう来たのかい?」

 

「昨日ちょっと大変なことになって……あなたと取引にきたの」

 

「へぇ、ラクシャーサ目当てでもないか。やっぱり、その背負ってるデーモン関係かい?」

 

「そう。昨日の晩に、鼠と1戦するはめになっちゃって」

 

「あいわかった。薬だね。とりあえず店の前で話すのもなんだ、入りな」

 

 バズウが手招きし、バロウスはヘンタイを背負ったまま家へ入った。

 バロウスはヘンタイを、以前彼女が療養していたベッドに寝かそうとしたが、そこで顰めっ面をしたバズウに待ったをかけられる。

 

「ちょいと待ちな。アンタ、こいつの体は洗ったのかい?」

 

「えっと、濡らした布で拭くくらいはしたよ。ゲロまみれだったし」

 

「そうかい。どうりで臭いわけだね。アンタも昨日から風呂入ってないのかい? 臭いったりゃありゃしない! 鼻がバカになってるんじゃないのかい!」

 

 昨日は帰ったあと、軽く体を拭いて直ぐ泥のように眠ってしまったので、デーモン2体は風呂に入っていない。平常時なら然程問題ではないが、今は全身に雑菌、病原菌、ウイルスetc. が付いた状態だ。

 デーモンだけなら多少の汚れは問題ではないが、ここはバズウの家だ。体をいつも以上に清潔にするべきだろう。

 

「あぁ……そっか。バズウは年寄りで貧弱だから、病気になったらすぐ逝っちゃいそうだもんね」

 

「やかましいわ! いいからとっとと2人とも体洗ってきな! ホレ、桶と布とコスリと消毒液だよ!」

 

 バズウはポイポイッと、バロウスに道具を投げ渡していく。バロウスは落とさないように慌てて、片手で受け取っていった。

 

「わわっ、いきなり投げないでよ」

 

「ふん、アンタ等に触りたくもないんだから、当然だね! さぁ、浴場まで運んでやるから。とっとと入ってきな」

 

「え、ちょっと待っ」

 

 いきなり言われても……と、抗議の声を上げようとしたバロウスだったが、突如彼女たちの体がフワリと浮き上がり、勝手に宙を移動し始めた。バズウによる念力魔法だ。家の中のドアが勝手に開いていき、それによってできた通路をされるがままに移動していく。そして脱衣所と思われる部屋に入ったとたん床に放りだされた。

 あまりの急展開に少しの間ポカンとする彼女だったが、やがてため息をつきつつ立ち上がった。

 

 脱衣所は今まで使用していた浴場のものと同じような形式だが、やけに狭い。数人が入れる程度だ。気になって浴場の中も覗いてみると、これもいつもと違って数人が入れるような小さな大きさだった。これはこの浴場が、バズウの個人所有のものだからだ。

 個人で浴場を持つというのは珍しい。ならなぜ在るのかというと、バズウ自作の浴場だからだ。そのため普通の形式とはかなり異なっている。サウナもなければあの忌々しい液体を貯めた植物もない。

 あるのは、数人が入れる大きさの木枠で囲まれた空間や、何らかの装置くらいだ。その謎の装置は壁に埋め込まれており、ロープのような太さと長さの、柔らかい筒が垂れ下がっている。

 彼女は、水もないのにどうするべきかと浴場の中へ入って悩みつつ、謎の装置をいじってみる。すると何かを押した感触を受けた瞬間、繋がっている筒から水、ではなくお湯がドバッと、勢いよく吹き出した。筒を手に持っていたため、彼女はそのお湯を頭から浴びてしまう。

 

「わぷっ!? ケホッ、ケホッ。なにこれ~……お湯が出てきた。 どうやって止めるんだろう? 同じところを押せば止まるかな? ……止まらない……」

 

 何度か装置の押してしまったところを再度押してみるが、お湯が止まる気配はない。しかし、放置してしばらく悩んでいると勝手にお湯が止まった。

 

「あれ? 止まった。押してからしばらくしたら勝手に止まるのかな?

 なんだか変な浴場だねぇ」

 

 彼女は変な浴場と言ったが、これは現代日本の風呂と同じシステムだ。謎の装置も、ボタンが押されてから一定時間、清潔なお湯が出るような魔法をかけた魔法結晶を利用したシャワーである。木枠で囲まれたスペースは勿論、浴槽だ。

 だがそんなことは彼女が知っているはずもない。が、湯を使って洗うというのはわかる。

 

(とりあえず、ヘンタイを洗おう)

 

 脱衣所に放置されていたヘンタイをズルズルと引き摺り浴場へ入る。洗いやすいように横にすると、その体の大きさのせいか、かなり浴室が狭く感じる。そして、いざ洗おうという段階になってハッと気がついた。

 

(あ、私も自分の体洗うために脱がなき……え、脱ぐの? ここで?)

 

 彼女は自問自答する。そしてカァっと顔が赤くなった。

 

(ヘンタイは動けないから襲われることはない、んだけど……なんか…………無性に恥ずかしい!)

 

 全裸を視られることは、まぁ今更だからわりとどうでもいい。視線がうっとおしいことに変わりはないが。

 しかし、その状態でヘンタイの体を洗うとなると状況が違ってくる。まるで、いかがわしい店で奉仕しているようだ。彼女は自分のそんな様子を想像して顔を真っ赤にしていた。そんなことを想像する自分に腹が立ち恥ずかしくもあったが、それ以外の恥ずかしさも感じていた。

 

(いやいや、おかしいおかしい。落ち着け私っ!

 すぅ……はぁ……。すぅ……はぁ……。よし、落ち着いた。

 ……というか、私まで裸になる必要なんてないよね。服は動きにくいから脱ぐけど、インナーは着たままでいいし。私は後でゆっくり入ればいいや)

 

 彼女は2度深呼吸をして一応落ち着くことに成功する。そしてインナーだけの姿……全身タイツのようなものだが……になって、ヘンタイの体を洗い始めた。お湯をぶっかけ、消毒液やコスリを使って、洗っていった。その洗い方は物を洗うような乱暴さで、恥ずかしさも一緒に流そうといわんばかりだ。

 

「ここを、こうして、擦って……消毒液は全身に塗ればいいのかな? うわ、ヌルヌルする……」

 

「あ、姐さん…………エロ」

 

「えいっ」ブシャ

 

「ああああああ! 目にしみるううう!」

 

 今までしゃべる元気もなかったヘンタイだが、自分を洗うバロウスの艶かしい姿に思わず感想が飛び出てしまった。その反撃は目に消毒液という手痛いものだったがそれほど今の彼女が性的でもある証だ。

 今の彼女は、上気した顔をして全身をお湯で濡らしており、その長い紫がかった髪が体に貼り付いている。そしてインナーを着ているとはいえ、そのボディーラインはしっかりと浮き出ている、という外見なのだ。

 

「あ、あんまりジロジロ見ないでよ! 気持ち悪い!」

 

「目が痛くて開けねぇよ……くそー……」

 

 さらに顔を赤くしつつ、バロウスは機械的に体を洗っていく。

 そして下半身に取りかかろうとしたとき、今まで無視していたものを否応なく見てしまった。まごうことなき、雄の象徴だ。ヘンタイが生命の危機に瀕しているからか、このシチュエーションに興奮しているからか、いつもより元気に見える。

 

「……こ、これも、洗わなきゃだめ、なのか、な……うう、嫌だなぁ。何が悲しくてこんな汚物を触らなきゃいけないの。……お湯をかけるだけでいいよね?」

 

「よくないと思う……! その手で洗ってくれなきゃ死ぬ……!」

 

「んなわけないでしょ!」

 

 ためらう彼女は、チラチラと見るだけでどうにもできない。インプだったころにも見る機会は何度かあったが、その時は同じ雄のモノという視点だったので特に思うことは無かった。それに雄同士で触りあう趣味があったわけでもない。

 しかしティーによって、自分が雌だと意識させられてからはどうにもそういう目で見てしまう。今の自分には無いモノで、自分の体がそれを受け入れるカタチをしているのだと。

 そんなことは、元雄として認めたくない一線だ。結局、真面目に洗わないように、お湯を勢いよくかけるだけで済ませることがせめてもの抵抗だった。

 

(あーもう! なんなのこの感情は?! ええい、もうパパっとお湯で流して、布でグルグル巻きにして、終わり!)

 

 ヘンタイを洗い終えて脱衣所に放り込んだ後は、バロウスは自身を洗い始める。ヘンタイの水気は(下半身以外)取っているので(おそらく)問題はない。

 彼女自身の入浴は髪の毛も洗う必要があるので、ヘンタイほど簡単にはいかない。その長い髪を全て洗うとなるとかなり手間がかかるのだ。普段はかなり手順を省略しているのでそれほど時間はかからないのだが、事今回に至っては全体をしっかり洗う必要がある。

 洗い方はティーとプルプレアに散々叩き込まれたので、こちらも問題ない。まだ彼女が俺様口調だったころに叩き込まれたのだが、これは髪を雑に扱うバロウスに対して2人が強硬に反対したせいだ。そのときの気迫は尋常ではなく、普段おっとりしているプルプレアや、素直もとい従順なティーからは考えられない態度だったために勢いに押されてしまった。そのせいで長くうっとおしい髪を切ることもできずにいる。

 

 髪を全て洗う面倒臭さに億劫になりながら、手早く手入れを始める彼女だった。

 




というわけで、性懲りもなくお風呂回でした。
またです。引き出しが少なくてすみません。

あとヘンタイは活躍させたいと考えていましたけど、
よく考えたら活躍させればさせるほど後々辛い展開になりそうです。(主に王子のせいで)
悩みどころです。


原作ゲームではバロウスのユニット調整とか新魔神とかで面白い展開になってますね!
ただイベントラストの王子の行動は、まぁ英雄らしいといえばらしいんですけど、味方の魔神の扱いとはギャップがありますね。
味方の魔神連中があの戦い方許容してるから、渋々認めているという解釈になるのが自然ですかね?


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第19話『時流』

ひたすらに説明回。
でも次回以降の展開に関わります。





 バロウスたちは風呂から上がり、再びバズウのところへ戻る。通路は入り組んでいるが、正しいドアだけ開いているので一本道だ。迷うことなくたどり着いた。

 

「ああ、ようやく終わったのかい。デーモンの癖に風呂が長いねぇ」

 

 部屋に入ってまず、鍋で何かを作っていたバズウが声をあげた。その声には若干の妬みが含まれている。

 

「なんで機嫌が悪いのか知らないけど、しっかり洗ったから時間がかかっただけだよ。

 ……で、そっちにいるのはラクシャーサとドロテアね」

 

「おお、バロウスか。昨日ぶりだな」

 

「……おはようございます」

 

 その部屋には、バズウの他に、知り合いの魔神とダークエルフの幼女もいた。本を広げて何か話していたようだ。どうせ、また魔術の研究か教育だろう。ドロテアとは療養中に久方ぶりの再会をしていたが、元から仲が良い訳ではないので会話は少ない。2人とも仲のいい相手は同一人物だが、互いに他人に積極的ではないので2人が話す理由もないのだ。

 なお、ドロテアはティーに執拗に話しかけられたせいで言語能力が発達し、前のような舌足らずな話し方ではなくなっている。これもまた、同一人物からの影響による変化だ。

 奇しくも、共通点が多い2人だった。

 

 ともかく、3者に積もる話があるわけでもないので、早々に本題に入ることにした。

 

「じゃあバズウ、とりあえずヘンタイと私を診てよ」

 

「あいよ。ま、診るまでもないと思うけどね。この手の鼠の病魔を治す薬なんて、今更珍しくもないからね」

 

 バズウは手慣れた様子で症状を確認し、薬を用意してきた。しかしまだ処方するつもりはないらしく、薬を持ち上げて見せびらかすように軽く振り、問いかける。

 

「さて、こっからが取引だ。アタシはこの薬を処方する。お前は、なにを差し出す?」

 

「えっと、ちょっといい? 一応聞くけど回復魔法じゃダメなの?」

 

 取引の前に、バロウスは確認したいことがあった。それは『回復魔法が使えないのか?』ということだ。薬も悪くはないが、なぜ最初から選択肢から外れているのかがわからなかった。

 

「アンタ、魔法の勉強してきてまーだ知らないのかい? デーモンにゃ回復魔法は効かないんだよ。んま、特殊な方法を使えば不可能って訳でもないがね」

 

「特殊な方法?」

 

「そうさ。回復魔法は神の力を借りて行使するものだ。だから、定命の者にしか効果がないのさ。逆に言えば、デーモンの魂を肉体に定着させれば回復魔法も効くだろうよ。

 ま、そのかわり転生できなくなるがね!」

 

 簡単に説明してバズウはニタニタと笑っている。少し説明不足だが、要はアンデッドやデーモンのような魂が肉体と解離した存在は、世の理や神や魂を冒涜した存在であり、神の恩恵を受けることができないのだ。恩恵を受けるためには、肉体と共に魂も死ぬ、という特性を付与させればいいのだ。もちろんそんなことをするデーモンは普通いない。

 

「さすがにそれはリスクが大きいね……。わかった。薬でお願い」

 

「そうかい。つまらんねぇ。

 で、話は戻るけど、そっちの取引材料はなんだい?」

 

 バズウは改めてバロウスに問う。

 

 「えーと、魔法とか薬に使う材料集めを手伝うっていうのは?」

 

「ダメダメ。そんなもん間に合ってるよ! この戦闘狂の魔神がいくらでも持ってきてくれるからね」

 

「フフッ、ただの宿泊費代わりだよ」

 

 最初に考えてきた案は即、拒否されてしまった。

 バロウスは焦った。実は取引材料が少ないのだ。金は療養費で使って無くなっているし、何か特別なものを持っているわけでもない。最初の案で押し通そうかとも思っていたが、とりつく島も無さそうだ。

 

「それなら、お金貯めてくるから後払いってことで」

 

「金ねぇ。アンタにそんな金が稼げるのかね? デーモンのアンタに仕事なんて無さそうじゃないか」

 

「え? カツアゲすればいいでしょ?」

 

「都市でデーモンがカツアゲしてたら、相手が脛に傷持つ奴じゃない限り1発でバレるじゃろ。そしたら良くて追放、悪けりゃ永久投獄で苗床にでもされるんじゃないかね? それはそれで面白そうじゃが。ヒッヒッヒ」

 

「あ、そっか。それじゃ……森の素材を都市で売るとか」

 

「ああ、そういえばアンタ森の番人の手伝いをしてたんだったかね。なるほど、それは悪くない案だね」

 

 バロウスはホッとした。だが、落ち着いたところで、ふと今の自分を客観的に見てしまう。なぜ、ヘンタイのためにこんなにも一喜一憂しなければならないのか、という疑問がわいたためだ。治せないなら諦めて死んでもらうか放置すればよかったものを、あれこれ考えて尽力してしまった自分を不思議に思うのだった。

 とはいえ、それについては、頭の片隅に追いやることにした。よくはわからないが、体も洗っておいて今更考えることでもない気がするのだ。

 

「じゃあ、取引成立だね」

 

「ああ、かまわないよ」

 

 バロウスとバズウはお互いに同意し、契約書を書く。魔術的な強制力のあるものだ。ここまで仰々しくするのはバロウスの金が後払いというのもあるが、魔界の文化的側面も強い。取引を守る者ばかりでもない……というか、ダークエルフを除くとむしろそちらが多数派である。

 力さえあれば自分の意見が通るのだから、公正な取引など無意味と思う者が多いのも、仕方がないことではある。

 

 ともあれ、薬を投与してもらい、デーモン2体は事なきを得ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、瞬く間に数十年の時が過ぎていった。

 

 病気も治って再び元の生活が戻ってきたあとは、バロウスは森の素材を採取して、それをプルプレアとウンランに紹介してもらった買取り所に売ることで生計を立てるようになった。

 通常の森の番人としての仕事や修行もしなければならず、日用品を買って消費することもあったので、借金の返済にはかなりの時間がかかった。もちろんヘンタイの稼ぎも全て返済に宛てていたが、金の使い方に慣れていない彼女は欲しいものをすぐに買ったり借りたりするせいで、なかったことになった。それでも少しづつ金を貯めて借金を返し、終には完済するに至ったのだ。

 都市へ出向くことが増えたおかげで、他のダークエルフの知り合いも少ないながらもできた。逆にデーモン嫌いの連中に絡まれることも多かったが、今のところは眼の力で穏便に済ませることができている。

 

 外敵との接触は幾度かあった。オークやデーモンと戦うときもあったし、たまにドラゴンが都市に襲来することもあった。バロウスはデーモンなので大規模な闘いに参加することはあまり無かったが、魔界の森の巡回をしているときにそれらと戦う機会があったのだ。とはいえ、元々彼女は比較的高い力を持っているのに加え、魔神直々の修行で強くなっていたので負けることは無かった。

 ちなみに修行の一環で魔界の伝統行事である魔界武術大会にも参加したが、ここでは割愛する。

 

 女の所作には慣れてきて、それが地になりつつある。それと同時に、本性を隠すことも上手くなっていた。徹底してティーの望む女性として振る舞おうとするあまり、元雄としての乱暴で粗雑な思考が表に現れにくくなっているのだ。価値観も、デーモンのものとダークエルフのものとを切り離して考えるようになっているので、無用な意見の衝突も減ってきている。

 生理現象についてはほぼ網羅したと言って差し支えない。デーモンの生理周期は約1年らしい。初めての経験をした時にはバロウスも焦ったが、1年に1度なら負担も軽いため、そこまで衝撃は大きくなかった。症状が比較的軽かったのも理由だ。それでも、女性特有の経験を経ることで少しずつ考え方は女性に近づいていった。

 

 修行に関しては、バズウ宅にマメに通うようになり、魔法の勉強に加えて、数年間は居座ったラクシャーサと模擬戦をしていた。主にバロウスが打ち込み、ラクシャーサがそれを捌いて隙あらば反撃をするというものだ。手取り足取り教えるわけではなく、言葉も少ないが、彼女の実直な性格によって成果はでている。ラクシャーサが居なくなった後は自主練となったが、形はできていたので以前ほどの無軌道な鍛錬にはならず、着実に力をつけることとなった。

 魔力製の剣についても、修行を続けるにつれ、慣れと魔法制御の向上により強固なものになっている。今の性能は鋼の剣といったところだろうか。

 魔眼の障壁の扱いもある程度できるようになっていた。障壁はそこを通過するあらゆるエネルギーを減衰する効果があり、物理と魔法の両方に有効だ。その効果を安定して発動し、高めることが目下の目標となっている。

 

 

 

 ラクシャーサはバズウ宅を去ったあと、再び魔界を放浪して強者と戦う旅に出た。その後のことはバロウス達はだれも把握していないが、生きていればまた会うこともあるだろう。

 

 プルプレアとウンランは少し老けたが、特に変わりはない。ヘンタイも相変わらずだ。

 ただしバズウは見た目に全く変化がない。どうやら若返り魔法を使っているらしい。老婆の姿なのは、敵を油断させるためだと言う。どこまでも狸なババアだった。

 

 ドロテアはティーと親友になった。しかし彼女は中央の大樹出身なのだ。それは、都市の支配層の一族であることを意味する。成長するにつれ、為政者としての勉強を強要されることとなり、少しずつ会う機会は減っていってしまった。それでも、可能な限り2人は会うようにしているので、いまだ関係は続いている。体も心も成長し、今やバロウスの身長に近いほどに成長した。

 

 そしてティーは、肉体がすっかり大人の仲間入りを果たした。バロウスの身長はすでに超えてしまい、プルプレアのように豊満で美しい女性へと成長した。バロウスは肉体が変化しないので、そのことには複雑な気持ちだ。たまに胸に隠れて足元が見えないとか、バロウスお姉ちゃんは動きやすそうで羨ましいとか言っているのが癇に障るときもある。昔見降ろしていたティーが今や、自分を見下ろす側なのだから。

 心も成長していって、多少は魔界的な考え方が身についている。それでも、反抗期はほとんどなく、素直で根が心優しくて、明るく活発な性格が変わることはなかった。

 

 

 

 そんなある日のこと。バロウスは自分の能力に限界が見えてきていた。勿論、剣技や体術にはまだまだ伸び代はある。しかしそういう技術ではなく、扱える特殊能力、もしくは魔力そのもの、と言った方がいいかもしれない。自分の力を扱うことに習熟するにつれ、出来ることと出来ないことが明確になってきたのだ。

 その限界を考慮すると、このままではラクシャーサのような強者と戦えばどれだけ技術が優れていても負けてしまう可能性が高い。ラクシャーサの話を聞く限り、魔神クラスの強さになると、どいつもこいつも固有の特殊能力を持っているらしい。バロウスも持ってはいるが、そうなると能力の相性と地力の差が勝負の分かれ目となる。

 

 能力を開花させるのは努力だけではなく大きなきっかけが必要だ。そう簡単にできることではない。なら地力を底上げするしかないのだが、これは特訓して増やす、というようなことはできない。理由は簡単。デーモンだからだ。

 デーモンも含めてどの生命も、一定量の魔力は魂にも肉体にも宿る。つまり、あらゆる生命は魔力を蓄える器を2つ持つということだ。そしてそれを制御するのは魂……コンピューターで言えばOS、人間で言うなら小脳のような役割である。

 人間等は肉体と魂が密接に結び付くため、肉体の魔力貯蔵量を増やすことで、結果的に使える魔力が増える。しかしデーモンは肉体と魂の繋がりが薄い。だから、通常の鍛え方では『使える魔力』は増えないのだ。

 

 ならどうやってデーモンは使える魔力を増やすのか。それはご存知の通り、バロウス自身がこの姿になった原因そのものだ。つまり、魔力を持つ他者の魂もしくは肉体を喰らえばいい。

 

 だがダークエルフの魂は、今は喰えない。なんだかんだで、この生活が気に入っている彼女としては、ダークエルフとは今後も良い関係でいたいのだ。具体的に言うと、ティーと敵対関係になるのは抵抗がある。喰っていることがバレれば、たちまち破綻するのは目に見えている。

 そんなリスクを負うわけにはいかず、他の種族を喰らうしか方法が無いのだが、野生動物では微々たる量しか得られず、デーモンやオークに攻勢をかけるには味方の数が足りなさすぎる。現状では、1人になったところを闇討ちするのが関の山だ。

 

 バズウに聞けば解決するのかもしれない。しかし既に色々と頼っている部分があるのだ。これ以上弱味を見せたくはないのが彼女の正直な気持ちであるし、何もかも頼りきりになるのは信用ではなく依存だと思っている。

 

 それに、まだまだ時間はある。デーモンに寿命は無いのだ。肉体の変化した当初は、落ち着いた拠点を作るためにいろいろと慌ただしく、それからも修行漬けの日々で落ち着く暇もなかったが、そろそろ腰を据えて時に身を任せてもいいのではないかと考え始めていた。

 

 しかし、時がたつにつれ女神の封印は弱くなっていくのだ。魔界と物質界に大きな出来事が起きる時は、少しづつ近づいていた。

 




ティー幼少期編終了。
次からティー青年期編になります。

追記
カットした間の出来事は、気分が乗れば番外編として出します。
あとタイトルの話数が間違っていたので修正しました。


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第20話『出会』

 1人の男がいた。男は冴えない容姿と能力しか持ち合わせず、特別に目立つような存在ではなかった。流れに身を任せ、只々自分の役割をこなしていた。

 

 ある日のこと。

 

 男はふと昔のことを思い出した。自分が生きてきた過去全てを。次に、今の自分を省みてみる。なぜ、こうなってしまったのかと。もっと出来ること、やりたいことがあったのではないかと。

 男は今世で魔界に生を受けた。初めは戸惑った。今まで平和な世の中で、ただ流されるだけの生活をしてきたのだ。こんな、一歩出歩けば魑魅魍魎が跋扈し、戦いと殺し合いが日常の世界で生きていくことになるとは思わなかった。

 

 男は前世の記憶を持っていた。

 

 いや、記憶というよりも意識という方が適切かもしれない。男は日本という国で生まれ、凡庸に生き、そして死んだ。その魂はなんの因果か、元の世界から零れ落ちてこの魔界へ流れ着き、1人のダークエルフの赤子の魂と融合することになったのだ。

 ダークエルフはデーモンと違い、魂を識別する方法を魔法以外に持たない。そして魔法に長けたものは、男の近くにいなかった。そのせいで、今まで気づかれることもなく、手のかからない子として育てられた。

 

 男は運が良かった。

 

 手のかからない子として育てられはしたが、別の言い方をすればあまり親が面倒を見ることがなかったのだ。働ける者は皆働く魔界では、体が幼い頃から仕事を割り振られた。男はそれまでの人生経験故に、それに応えようと頑張ってしまう。

 しかし、その生来の社畜精神、もとい流され気質が災いすることになり、さらに親の手は離れていった。

 だから、親の教育を満足に受けられなかった男の倫理観は、未だに前世のものを引きずっている。死体を見れば気持ち悪くなるし、他人を殺すなんてこともできるわけがない。男が持つ前世からの人並みの正義感は、今世では行き過ぎた正義感でしかない。

 それでいて大人になるまで生きてこられたのは、単に運が良かったからだ。

 

 たまたま、戦いに参加する機会が少なかった。

 たまたま、正義感を振るう余裕がなかった。

 たまたま、死ななかった。

 

 男は、赤子の姿で目が覚めたときには、嬉しい気持ちが強かった。困惑も強かったが、まるでインターネットで読んだ小説の主人公のような体験を自らがしていたからだ。

 ダークエルフというファンタジーな種族に生まれたこと。生まれたばかりなのに他人より魔力が大きかったこと。魔法を使うことができたこと。

 まるでそれは、ちょっとしたチート主人公のようで、世界の中心が自分なのだ、と男に錯覚させた。

 

 しかし現実はそうではない。

 

 男が生まれつき魔力を高く持っていたのは、1つの体に2人分の魂が入っていた、というだけの理由である。さらに魔法の制御は、その大きな魔力に頼った杜撰なものとなり、なおかつ前世の『人は魔法を使えない』という先入観が邪魔をして、上達は遅々として進まない。

 努力はした。親の教育が受けられないながらも、独自に情報を集めて、本を借りたり、知り合いに聞いたりして勉強をした。しかし元々自主的な行動をしてこなかった男だ。その努力も十分なものではなかった。

 そして気づいた頃には、周囲は男を次々と抜き去っていった。魔法に固執していたせいで、体術も人並み以下のままだ。

 

 端的に言って、男に才能がなかった。努力する才能、センス、要領のよさ……どれを取っても高いとは言えない。

 

 そして大人になったころには、前世と変わりなく凡庸な男になっていた。所詮、環境だけが変わったところで人がそう簡単に変わることもない。人が変わるには、自らが変わりたいと思う強い意志と、それを支える環境を捕まえる運と、行動力が必要なのだ。

 そしてそれは、年齢を重ねるほど難しくなっていくものだ。人は記憶の蓄積と共に、先入観や固定観念に囚われるようになる。一般に老人の頭が固いと言われるのはこのせいだ。昔の考えを捨てきれない。これは脳神経が日々、記憶という形で容量を消費し続けていることが原因であり、人間とは……生物とはそういう風にできている。生き続けるとは、過去にとらわれ続けるということでもある。

 

 つまり男の記憶そのものが、男の成長を妨げる原因になってしまったのだ。

 

 男は人知れず涙した。なぜこうなってしまったのか。自問自答を繰り返すしかない。

 

 男は心ここにあらずといった様子で、都市の隅をフラフラと歩いていた。今日の仕事場に向かうところだったのだが、仕事先の上司に嫌気が刺してくる。前世と同じ、もしくはそれ以上の、容赦のない体罰に死にかけたときもある。男はやつれた顔をしていて、整っていたであろう顔は見る影もない。

 魔界で顔の良し悪しは重要ではない。必要なのは、生き抜くための強さだ。それが弱い男がモテたのは、幼少期の一時期だけだった。

 

 結局、なにも変わらない。そう思った男は、何もかもどうでもよくなってきた。だから裏路地に入り、ボーッと佇み、チンピラに絡まれ、身ぐるみを剥がされ、ボロ雑巾のように捨てられても、大きな感慨はなかった。

 

 

 しかし、なんというか、まぁ男は運がよかった。

 

 

「お兄さん大丈夫?」

 

 突然、頭上から鈴のような綺麗な声をかけられた。俯せで倒れていた男は、こんな情けない自分に声をかけるなんて、どんな物好きなのかと思った。放っておいて欲しかったが、しつこく声をかけられたので、なんとなく顔をあげてみた。

 

 そこには目を見張るようなダークエルフの美少女がこちらを覗き込んでいた。整った顔立ち。短く切られた茶色い髪。豊満な肉体。その容姿は、この世界に生まれてから見たことがない。だというのに、男はどこか既視感を覚えた。

 

「わっ、顔がすごく腫れてるよ。切り傷もたくさん! 早く手当てしなくちゃ!」

 

 少女は慌てた様子で、バッグから道具を取り出し、勝手に応急手当てを始めた。男はポカンとして、されるがままになる。

 

「これでよし! お兄さん、こんなところで歩いてたら悪い人に絡まれるよ? あんまり1人で危ないところにいかないようにね」

 

 少女は心底心配している様子で、男を見つめた。男はその無償の善意に心打たれたが、同時に疑問に思った。なぜ、自分を気遣うのか?

 男はその少女を知らない。恐らく少女も男を知らないだろう。なのに何故? 詐欺? 遊び? 男の自己嫌悪はそのまま少女への猜疑心になる。

 

 そんなことを考えていると、周りから複数の声が聞こえた。

 

「そうそう、こんなところに1人で来ると危ないよ。お嬢ちゃん」

 

「そんなゴミを助けて何がしたいんだ? ククク」

 

「俺たちみたいな、こわーいお兄さんに、襲われちゃうよ~」

 

 それは先補男を襲ったチンピラ達だ。今度は少女を目当てに集まってきたらしく、図らずして男は餌役となってしまった。チンピラ達は2人を囲むように近づいてくる。

 険しい顔で少女は立ち上がり、男を庇うように前へ出た。

 

「……おじさん達、何の用?」

 

「お、おじさんは酷いなぁ……そんな歳じゃないぜ。ただちょっと、俺らと遊んでほしいだけさ」

 

「へへへ、可愛いなぁ。胸もでけぇし、上玉だな」

 

 チンピラ達は勝ちを確信しているのか、ゆっくりと囲いを狭めてくる。その誰もが、ニヤニヤしつつ下衆な視線を少女の体へ向けていた。

 

 少女は少し顔を伏せてゆっくりと息を吐くと、再び顔を持ち上げてニッコリと笑った。

 

「あは♪ いいよ、おじさん達と、遊んであげる。……でも遊ぶのは私じゃなくて、この子達! 可愛がってあげて、ね!」

 

 そう言うやいなや、少女は手を振り上げる。チンピラ達が一瞬身構え、何事かとその手に注目した瞬間、狼の遠吠えが鳴り響いた。少女の口元には、いつの間にか小さな笛がくわえられている。そして、狼狽するチンピラの後ろから6つの火球が飛来した。

 

「うわっ! あっつ! なんだこの火の玉!?」

 

「さっきの遠吠えと火の玉……まさか、オルトロスか!?」

 

「正~解! みんな! 殺しちゃダメだからねー!」

 

「うわっ! やめろ!」

 

 そこへ現れたのは3匹のオルトロスだった。オルトロスはチンピラの包囲網を崩すように責め立てた。彼らは囲いを崩し、少女と向き合う位置まで離れてしまう。

 

「ちっ、オルトロス程度、3匹いたところで俺達の敵じゃねぇ! お前ら、やっちまえ!」

 

 チンピラの1人が体勢を立て直し、渇を入れると、残りの奴らも我にかえって剣を抜いた。彼らも魔界で生きてきたので、そこそこの実力はある。訓練されているとはいえ、オルトロス3匹だけでは荷が重いのは確かだ。

 しかしこの場にはオルトロス以外にもいることを忘れてはいけない。

 

 バシッという音と共に、1人の腕が矢で貫かれた。射ったのはあの少女だ。そして怯んだ隙に、2射、3射と矢を放っていく。その矢は腕と足を的確に狙い、あっという間に1人を戦闘不能にしてしまった。

 

「あ、あの女、かなりの弓の腕だぞ!」

 

「クソッ舐めやがって!」

 

「よせっ!」

 

 チンピラ2人が仲間の制止を振り切って少女へ襲いかかった。しかし、瞬時に周囲から火球が飛び、オルトロスが立ち塞がる。その火に焼かれ、視界を悪くしたところを射られて、また2人が戦闘不能になった。

 

「チッ、バカが先走りやがって……! 無駄に戦力が減るじゃねぇか! おい、お前ら、撤退するぞ。割りに合わねぇ」

 

 少女達が強敵と見ると、先程からリーダー格だった1人が素早い判断で撤退を決めた。奇襲をかけようにも、オルトロスがいれば匂いで気づかれるし、少女の戦力も未知数だ。仮に倒せても多くの味方が行動できなくなるだろう。女1人のための犠牲には釣り合わない。

 

 倒れた者を含めて、あっという間にチンピラ達はいなくなり、その場には男と少女、そして3匹のオルトロスだけが残った。少女はしばらく周囲を警戒していたが、やがて本当に誰もいなくなったことを確認して一息つくことができた。

 

「はぁ~。やっぱり都市は治安が悪いなぁ。あ、お兄さん、無事?」

 

 ため息をついた少女は、振り返って男の安否を確認する。

 

「い、痛い……」

 

 男はオルトロス達にかじられていた。

 

「わーっ!? みんな何やってるの!? ダメだよ! その人は敵じゃないから!」

 

 少女は慌てて男を助け出した。間違えて男も攻撃対象になっていたのだ。残念ながら助けるのが遅れたせいで、男は身体中に噛み跡ができ、そこから血も出ていた。それもチンピラにやられたとき以上の量だ。

 

「あわわわわ……。ご、ごめんね! ちょっと失敗しちゃって……。すぐ治すから!

 バーニング、ブレイズ。このお兄さんをバズウおばあちゃんのところに運んであげて。私もフレイムと一緒にすぐ行くから!」

 

 バーニング、ブレイズと呼ばれたオルトロス2匹は返事をするように一鳴きすると、男をくわえてその体の上に乗せ、落ちないようにしながら何処かへ走り始めた。

 

 男は何がなんだかわからなかった。目まぐるしく動く展開に目が回りそうになる。だが、疑念や期待が入り雑じった気持ちはあったものの、それよりも、今は休みたかった。疲れもストレスも、既にピークを迎えているのだ。オルトロスの心地よい揺れと肌触りを感じて眠気に耐えられず、やがて男は眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男が目を覚ますと、見知らぬ部屋のベッドで横になっていた。部屋には誰もいないようだが、外で誰かが口論する声が聞こえてくる。その声はドア越しのせいでくぐもっていて、何を話しているのか判別できない。

 

 男は体の節々が痛いので大人しく横になったまま、ボーッとしていた。そうしてしばらくすると、外にいた人が入ってきた。

 

「もー、別にいいでしょ。お金は私が払うんだから。あ、お兄さん目が覚めたの?」

 

 そこにいたのは先程の少女だ。手には桶とタオルを持っていて、看病をしに来たのだとわかる。

 続いてもう一人、口論していたであろう相手が部屋に入ってきた。

 

「だからそうじゃなくて、無闇に助けるのはやめた方がいいって言ってるの! 助けた人が襲ってこないとも限らないし、それに魔界では弱い者を護る余裕なんて無いって、前にも言ったでしょ?!」

 

 もう1人は、人助けを咎めるようなことを言いつつ現れた。その姿を見た瞬間、男は話していた内容も忘れるほど驚き、目を疑った。見た目はこれまた美少女だ。しかも珍しいことに、女のデーモン、それもオッドアイの持ち主である。そうそう見かけない容姿なのは間違いない。

 

 だが、問題はそこではない。

 

「……バロウス、ちゃん?」

 

 その女のデーモンとは、男が前世で遊んでいたゲーム『千年戦争アイギス』の登場キャラクター『魔眼の魔神バロウス』と、殆ど同じ容姿をしていた。

 

 




異世界転生系の小説を読むたびに、作中みたいな展開になるのが普通だと思っていました。
これじゃ主人公にはなれませんね。


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第21話『理解者』

人は3人集まると1人がハブられるものらしいですね。


「……バロウス、ちゃん?」

 

 転生者である男は思わず呟いた。この世界に生まれてから特に見知ったキャラクターを見たこともなく、世界観はよくある異世界(魔界だが……)と同じだったのだ。まさか前世で知っていたゲーム『千年戦争アイギス』の世界だとは思わず、驚きを隠せない。そういえば、先程ダークエルフの少女に感じた既視感も同じ理由なのかもしれない。だがそれに関してはまだよく思い出すことはできなかった。

 この世に生を受けてそこそこ長く生きてきたため、正直なところ、覚えているのは好きだった一部のキャラクターの名前と、所持していたキャラの簡単な設定、それと大まかなストーリー程度だ。それに穴のように記憶は抜け落ちているところが多く、覚えていることも、合っていると自信を持って言えるわけではない。

 それでも、その名は自然と口をついて零れ出ていた。

 

「え? 私を知ってるの? ……何で?」

 

 バロウスは自らが積極的に名乗っていたわけでは無く、魔界の森という離れた場所で生活していたために、ごく限られた相手にしか名前を教えていない。だというのに、男が彼女を見たとたん名前を言い当てたのたから、疑いの視線は強まることとなる。

 

「お兄さん、バロちゃんと知り合いだったの? そういう雰囲気じゃなさそうだけど」

 

「え、ええと……そのー……」

 

 ダークエルフの少女は、目をパチパチさせて不思議そうに見てくる。男はしどろもどろになって、なんと言えばいいのかわからなかった。まさか自分が転生者で、元々いた世界に同じ名前と容姿のキャラクターがいた、などと言って信じるわけがない、と思ったのだ。

 だが、原作ゲームでは何度か他作品と、世界を繋ぐ時空ゲートが繋がったという設定でコラボイベントをしていたのだ。この世界でも、「異世界」があるという考えが妄想ではなく現実のものとして扱われているならあるいは誤魔化すこともできただろう。

 

 しかし焦っていた男はその事まで頭が回らず、言葉を濁すだけだった。

 バロウスは、男がそういった様子なので話にならないと判断し、気持ちを切り替えて観察をする。

 

「んん? ……ふーん、あなた、中々変わってるね。それにちょっと懐かしい感じもするね……。

 ティー、私はこのダークエルフと2人で話があるから外に出てくれる?」

 

「え? でも看病はどうするの?」

 

「すぐ終わるから。ホラ、早く出て。あ、聞き耳はたてちゃダメだよ!」

 

「しょうがないなぁ……。でも早くしてよね」

 

 バロウスは男を見て何かに気づいたらしく、独り言を呟く。そしてすぐさまティーと呼ばれたダークエルフの少女の背を押す形で外へ追い出してしまった。部屋にはバロウスと男が残った。

 男は相変わらず、何を言えばいいのかわからずに沈黙している。美少女と2人きりとはいえ、これでは尋問も同然だ。彼女が男を見て何を理解したのかすらわからない。男の背に冷や汗が流れる。

 

「さて……、じゃあ聞くね。あ、名前はいらないよ。興味ないし。まず私が聞きたいのはね、あなた、元々この世界の住人じゃないでしょ?」

 

 彼女はいきなり核心を問いかけてきた。それも推測を問う言い方ではなく、確認のような言い方だ。いきなり図星を突かれ、予想外の事態に男は目を見開いた。

 

「やっぱり。その反応はアタリかな。魂の色が懐かしい色に似てたからもしかして、と思ったよ。どうやってこの世界に来たんだろうね?」

 

 ここで彼女の言っている懐かしい色というのは、彼女になる直前に見た色のことだ。彼女は、過去に吸収した巨大な魂淀みの中に、異質な存在が紛れていたのはよく覚えている。それは人間の魂なのは違いないが、少し変わっていた。よく知る物資界の人間のものではなかったのだ。

 元々、世界や時空の繋がりに関する概念が実在する魔界では、物質界でも魔界でも存在しないものが外からやって来たものと発想することは自然なことだったのだ。違う可能性も無くはないが、魂は種族ごとに均一なものなのだ。アタリをつけるには異世界が最もしっくりくる。

 

「まぁそれはどうでもいいの。大事なのは、なんで私の名前を知ってるのかってこと。都市で私を見かけて、名前もたまたま耳にはさんだのかな? それが一番可能性としては高いね。

 でも、あなたが知っていたのはそうじゃないような気がする。勘だけどね」

 

 バロウスは男のベッドに身を乗り出してその顔に自らの顔を近づけ、その蠱惑的な瞳で男の眼を見つめた。男は前世の記憶から、つい目をそらしてしまう。昔から人と目を合わせて話すのは苦手だし、バロウスは公式設定で、制御できない危険な魔眼を持っていたと記憶しているからだ。

 

「あれ? あなたって相手の目を見て話さないタイプ? ほーら。怖くないからこっち見てよ」

 

「え? で、でも、眼が合うと危ないし……」

 

 男はまた、ついうっかり本音を漏らしてしまう。ゲームでは、プレイヤーと出会ったときから彼女はその眼の危険さを口酸っぱく言っていたし、彼女自身がそれを疎んでいる節があったのだ。その時とは真逆の行動に、混乱してしまう。ついでに美少女に顔を近づけられるというのも動揺を大きくさせた。

 しかし、本来知りようもない一言を発してしまうのは、バロウスの疑念をさらに大きくさせてしまう。

 

「……確かに両眼の色は違うから珍しいとは思うけどけど、私、危険なんて一言も言ってないよ? 魔力だって込めてないし」

 

「あ……ええと、その、……き、綺麗だったから……だから、僕の心臓に悪くて……」

 

 しどろもどろになって、言い訳をする。だがそのあからさまな嘘に引っ掛かってあげるほど、バロウスは優しくない。ため息をついてから、男の顔を両手で掴んで、無理矢理目を合わせた。

 

「……あなた、やっぱり何か知ってるみたい。ますます聞き出さなきゃダメみたいだね」

 

 彼女の怪力の前では、貧弱なダークエルフの抵抗など意味をなさない。彼女は、魔眼に魔力を込めて男の意識を刈り取り、軽い催眠術をかける。男は目は開いているものの光の無い瞳で大人しくなってしまった。

 

「さて……、じゃあなんで私の名前を知ってたのか教えてくれる?」

 

「……前世のゲームに似たキャラクターがいたから……」

 

「ゲーム……? キャラクター……? よくわからない言葉を使うね。前世の言葉じゃなくて、この世界でもわかるように説明して」

 

「……架空の世界を舞台にした遊びの登場人物だったから……」

 

「う~ん。それだとまるで、あなたの世界では私が想像の産物みたいだけど?」

 

「……そう……」

 

 この答えには流石のバロウスも驚いた。文化が異なるのはわかるが、まさか実在しない扱いだったとは思わなかった。全くの想像が今の自分と重なるのも驚きだし、それを知る存在がこの世界に来たことにもだ。偶然と言うにはできすぎている。

 あるいは、だからこそこの世界にやって来たのかもしれない。実在の有無が異なるとはいえ、共通する点が縁を結んだ、と考えられなくもない。

 

「じ、じゃあ、あなたの世界での私の種族と能力は?」

 

「……種族はデーモン……能力は魔眼による防御力と魔法耐性の上昇……」

 

 次いで問いかけた内容も一致していて、バロウスは目眩がしてきた。これでは自分のことが筒抜けで、弱みを握られているようなものだ。能力の弱点や制限、あるいは自分の性格なども知られているとしたら、危険なことこの上ない。実際はそこまで詳しく作中で語られていたわけではないし、覚えていることも今言った以上のことは無いのだが、それは彼女にはわからない。

 

「これはダメだね。殺そう。1人くらいバレないでしょ」

 

 今まではお互いの存在を知らなかったので問題なかったが、知ってしまったからには放っておくわけにはいかない。バロウスは剣を作り、男に向けて構えた。しかし、

 

「バロちゃ~ん。まだー?」

 

 突然、部屋のドアがノックされ、ドア越しにティーが声をかけてきた。その声に、バロウスはハッとする。

 

(しまった! 外にはティーがいるんだった。ここでコイツを殺したら絶対ややこしいことになる! ティーに絶交されるかも……。

 しかたない。この場では殺さないでおこう……でも後で始末しよう)

 

 バロウスはすぐさま男の催眠を解き、馬乗りになって口を手で鷲掴みにして声を出せないようにする。

 

「……ん? んぐ!? んんん!?」

 

「気が付いた? あ、叫ばないでね。殺すよ?

 あなたのことは私の力で大体わかったわ。でね、本当ならすぐに殺したいところなんだけど、外にティーがいるから今は殺さないであげる。でも私のことをしゃべったりしたら後で殺すから。わかった?」

 

 男としては意識がとんだと思ったらいきなり襲い掛かられ、脅されたのだからたまったものではない。少しの間暴れていたが、バロウスに骨が軋むほどの力で押さえつけられ、その目で見られるとすぐに大人しくなった。今回は魔眼の力は使っていないのだが、その眼光が本気さを如実に表していることに気づいたのだ。男はすっかり萎縮してしまい、暴れるのをやめて壊れたように何度も頷いた。

 

「うん♪ 素直でいい子だね!」

 

 バロウスは満足そうにニッコリと笑って、ベッドから降りた。そしてご機嫌な様子でドアを開け、ティーを呼び戻す。

 

「ティー、もういいよ」

 

「終わった? 何話してたのか気になるけど……どうせ言ってくれないよね?」

 

「ごめんね。でも、何の問題もなかったから心配するようなことはないよ♪」

 

 バロウスは、男に向けていた視線とは全く違う、優しさと申し訳なさを感じられる視線をティーへ向けていた。それが2人の仲の良さを表し、バロウスにとって少女が大切な存在なのだと思わせられる。

 そして同時に、男は強い疎外感を感じていた。ティーと呼ばれている少女に助けられ、介抱されているとはいえ、やはり自分は部外者なのだと。

 

 男が落ち込んでいる一方で、女性2人は少し言葉を交わした後、バロウスは部屋の隅へ、ティーは男のそばへ近寄った。

 

「お兄さん、おまたせ。看病しに来たんだけど、起きたみたいだからとりあえず自己紹介しとくね。私はビパルティータ。森の番人をやってるよ。私の名前って結構長いから、知り合いは大体ティーって呼んでるの。

 あと、さっき2人で話したときに自己紹介したかもだけど、一応私からも紹介しとくね。こっちのデーモンのお姉ちゃんはバロウスっていうの。デーモンでちょっと性格悪いけど、根は良い人なんだよ。だから長い間、私の近所で住んでるんだ。王様にも認められてるしね。

 それで、お兄さんの名前も聞いていいかな?」

 

「ぼ、僕はアベル。仕事は……店の手伝いとか……」

 

「アベルさんだね! あの、私の飼ってるオルトロス達が咬みついちゃってごめんね。すごく血も出ちゃったから、ちゃんとした手当てをするために勝手に運んじゃったけど大丈夫だったかな? 今日は仕事とか無かった?」

 

「あ、うん……。今日は、大丈夫」

 

 本当は出勤日なのだが、元々今日は行くつもりもなかったので誤魔化すアベルだった。

 

「よかったー。私のせいでアベルさんが怒られたりしたら、本当に私いいとこ無しだよ~。

 さて、自己紹介も終わったし、包帯を新しいのに替えるね。いいかな?」

 

「あ、うん」

 

「じゃあ、失礼しま~す」

 

 ティーは安心した笑顔になる。そしてアベルに確認を取ってから、ベッドの布団をはだけて、アベルの体を露わにした。その体は全身くまなくというほどではないが、それなりの面積が包帯で包まれている。オルトロスの咬み後だけでなくチンピラにつけられた傷などもちゃんと手当てしたらしい。

 手慣れた手つきで、包帯を変えていくティーを見て、アベルは今まで疑問に思っていたことを聞いてみることにした。

 

「あの、ビパルティータさんは何故、僕を助けてくれたんですか? 知り合いでもなんでもないのに……。魔界じゃ普通考えられないですよ」

 

「え? あはは、そうだね~、魔界じゃみんな殺伐としてるからね。私も、自分が変だっていうのはわかってるよ。バロちゃんにも散々言われてるし。

 でも、だからこそ私はこうしていたいかなって思ってるんだ。まぁそう思うようになったのは私の家にある本……おとぎ話なんだけど、それが原因なんだ。その話は物質界が舞台でね、その主人公の王子様がね、すっごくかっこいいんだよ! 救いを求める人々を助けて回る話でね、危険なことでもためらいなく手を差し伸べるんだ。魔界じゃそういう人は会ったことないし、なんだかみんなの味方って感じがしてすごく好きなの。だからその主人公に憧れて、私も真似しようって、困っている人が居たら助けようって決めてたの。

 流石にずっと人助けしてるってわけにもいかないから、自分のできる範囲だけなんだけどね。……やっぱり変かな?」

 

 ティーはアハハと照れ笑いしながら、理由を語った。後ろで様子を見ているバロウスは頭を抱えていた。その反応を見るに、普段からこの調子なのだろう。魔界では珍しい思想だ。

 しかしアベルは、驚きはするもののおかしいとは思わない。前世の価値観を引きずっているためだ。今まで出会ってきた魔界の住人で同じことを言う場合は詐欺でしかなく、中身が伴ったことなど1度もない。前世の住人でもここまでのことを臆面もなく言える人は少ないのだ。ティーが本当に貴重な感性をして育ってきたのだということに驚き、魔界のような混沌とした場所でも心優しい人がいたことに嬉しさがこみあげてくるのは、無理なからぬことだった。

 この言葉を聞いて彼にしては珍しいことに、この少女の存在を守りたいと強く思う気持ちが膨れ上がった。今まで流されるだけの生き方で、自分の強い意志など持ったことがなかった彼には無かった変化だ。これも、長い間魔界に蹂躙されてきた反動なのだろう。アベルは、ティーを失ってしまうと本当に魔界で生きていくことはできなくなってしまうような気がしてきたのだ。

 

「いや……変じゃないと思う。僕も同じように考えていたよ。ただ、魔界じゃ損しかしないし……僕ってあんまり人に意見とかできなかったから、いつも口には出さなかったけど。

 ビパルティータさんみたいに、自分の気持ちをはっきり伝えられて、行動に移せるのは本当にすごいって思うし、やってることも尊敬できるものだと思う」

 

 アベルは、自分の気持ちを吐露する。

 

「え!? そ、そうかな? そういう風に言われたのは初めてかも……。えへへ……アベルさん! ありがとう! ちょっと自信出てきたよ!」

 

 その言葉を受けて、ティーは予想外の返答に驚いた。今まで何人か同じように他人を助けてきたが、その誰もが自分への疑いを最後まで解くことは無かった。バロウスも、なんだかんだで付き合ってはくれているものの、完全に意見に同意していたわけではなかった。

 しかしアベルは、その疑いを解くだけでなく意見まで同じだと言ってきたのだから、驚きと嬉しさがこみあげてくる。自分の意見と同じ意見を持ってくれている人がいるというのは、自分の考えを貫くうえで大事なことだ。今まで不安に思うことも何度かあったが、それでも諦めずにいたことが誇らしく思えてくるティーだった。

 

「あ、あの、アベルさん。私と友達になってくれませんか? こう言うと現金なところがあると思われるかもしれないけど、私の意見に同意してくれて、本当に嬉しかったの。だから、これからも時々でいいからお話ししたいなぁって思うんだけど……駄目、かな?」

 

「い、いや、こちらこそ、君みたいないい子と友達になりたいって思ってるよ。あー、その、むしろお願いします!」

 

「あはは、ありがとう! これで私達は友達だね! そうだ、アベルさん。私のことはティーって呼んでいいよ! そんな丁寧に話す必要なんてないからね!」

 

「テ、ティーちゃん……ありがとう。僕のことも呼び捨てでいいよ。友達……だもんね」

 

「わかった! アベル!」

 

 2人は数少ない理解者を得て、とても楽しそうに握手を交わした。これから2人は、今まで持たなかった理解者を得ることとなって、お互いに仲を深めることになるのだろう。

 

 

 

 

 だがその様子を見ていたバロウスは苦々し気な顔をしていた。どうせ今まで通り、ティーに助けられた者に対して自分が難癖付けて、追い出して終わりという展開になると思っていたのだ。しかしこれでは追い出すことも始末することができない。できるとすれば、監視を続けることぐらいだ。

 危機感と嫉妬心の入り混じった気持ちで、彼女は2人が笑い合う様子を見ていた。

 




アベル「バロウス怖い。ティーちゃん天使」

バロウス「は? 何コイツ。死なねぇかな」

ティー「みんな仲良くしてね!」


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第22話『金欠』

遅れてしまいました。
すいません。
細かい展開は固まりきってないので時間がかかりました。



「腹へった……」

 

 とあるボロ家で1人、アベルは倒れ伏していた。

 

 介抱してもらった後、ティーとバロウスに加え、店主の胡散臭い老婆に別れを告げて1度家へ戻ることにした。その次の日に、彼が仕事場へ謝罪をしに行き、案の定クビになった。だが元々やめるつもりだったのでそれは問題ではない。

 めでたく(?)無職となった彼は、次の仕事を求めて都市を転々と回った。しかし残念ながらアベルに、他人に誇れる特技はない。その結果似たような職場(フリーターのような職)にしか雇用されず、どれも長続きすることはなかった。

 ちなみに魔界には、所謂『冒険者』という職業は存在しない。傭兵はいるが、魔界を少人数で旅しようなどと考えるのは、実力者且つ命知らずの酔狂な者だけだ。そんなことをすれば命がいくつあっても足りない。さらに言うと、容易な仕事は子供の仕事で、ちょっとした森の探索は誰でもできる事というのも、冒険者が職として扱われない理由だ。

 

 閑話休題、その日暮らしの生活を続けていた、彼の貯金はついに底をついてしまった。彼の内面が少し変わったところで、劇的に能力が向上するわけでも、金という問題が解決するわけでもないのが世知辛いところだ。

 

「まずい……このままじゃ餓死してしまう……。せっかくティーちゃんと仲良くなれたのに……はぁ。なんで僕はこうなんだ……。

 でもご飯目当てで会いに行くのもなぁ。なんか打算的でやりたくない」

 

 プライドをとっている場合ではないのだが、アベルはティーに負い目を感じて、またしても助けてもらうという選択になかなか踏み込めずにいた。そのせいで、ここまで酷くなってしまったのだが。

 

「……でも、しかたがない。流石にもう無理だ……」

 

 空腹が限界になり、ようやく決心した彼はフラフラとした足取りで立ち上がり、家を出ていった。彼女の家の場所は聞いている。少し遠いが、なんとかそこまで行くしかない。

 

 できるだけ表通りを歩くようにして、魔界の森への道を進んでいく。しばらくすると人の数は疎らになっていき、地面も整地されていないでこぼこした道になっていった。その悪路に、彼の体力は予想以上に削られていく。目眩もしてくる。

 それでも、牛歩の速度ではあるが、彼は少しずつ歩いていった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、自分の家の前で日課の鍛練をしていたバロウスは、誰かが近づいてくる気配を感じ取った。なお、現在ティーはいない。彼女も成長して一人前と言えるほどになったので、今では4人が1人づつに別れて森の巡回ローテーションを組んでいる。そして今はティーの担当時間というわけだ。

 

 彼女が感じ取った気配は不思議なことに、都市という比較的安全な場所から来たというのに弱々しく、それでいて迷っているようにも思えなかった。足音はゆっくりしていて、とても脅威とは思えなかったが、彼女はとりあえず何が来たのか確認してみることにした。

 

 足音のする方をジッと見ていると、フラフラした足取りで1人のダークエルフが現れた。その人物はバロウスの方に向かっているというよりも、ティーの家に向かっているらしい。そして彼女はその姿をよく覚えている。アベルだ。いったい何をしに来たのだろうか?と彼女は疑問に思う。

 

 先日、アベルを家に帰してから、バロウスは数日間、常に彼の監視を行っていた。ティーの家族に事情があるとだけ伝えて、仕事を休ませてもらったのだ。

 その監視をした結果、バロウスは彼が脅威に値しないと判断し、四六時中の監視は止めることになった。彼は実力もなければ根性もなく、常に下出で、都市では目立たないように行動するというヘタレだったのだ。現在日本なら彼程度のヘタレは大勢いるが、魔界基準では頭抜けた間抜けでしかない。この数日で会話したであろう知り合いも多くはなく、その誰もが有象無象であるのも、脅威足り得ない理由だ。

 

 そんな彼が、死にかけの状態でやって来たのだ。彼を疎むバロウスには面倒事にしか思えない。しかしここで見捨てると外野がうるさいのだ。既に家から見える位置にアベルは来ていて、言い訳もできない。

 バロウスはしかたなく、彼に近づいていった。

 

「ねぇ、何してるの?」

 

 その辺に落ちていたであろう木の枝を杖にして歩くアベルへ声をかける。彼は誰かに声をかけられて反射的に顔をあげたが、もう誰が何を言っているのかも不明瞭だ。

 

「うわ……。何、その顔? ちゃんとご飯食べてないの?」

 

 その痩せこけた顔に、バロウスはドン引きした。前会ったときも疲労の濃い酷い顔だったが、さらに悪化している。ティーと仲良くなったときの笑顔などどこかへ吹っ飛んでしまったかのようだ。

 

「ご……ご飯……」

 

 彼女の言葉に反応したのか、オウム返しに彼は呟き……その場にぶっ倒れた。ご飯という言葉だけで緊張の糸が切れてしまったらしい。

 

「ちょっと! こんなところで倒れないでよ! あー、もー! お腹すいてるならさっさとティーにでも奢ってもらえばいいのに、なんでこんなになるまで我慢してるの! バカじゃないの!?」

 

 家の前で倒れたアベルを嫌々背負って、彼女はティーの家に彼を送り届けることにした。バロウス自身の家には入れたくないし、プルプレアかウンランを連れてくるにしても、その間に死なれたらまずいのだ。

 

「うわ、軽っ。はぁ、なんで私がこんなことしなくちゃいけないの……。面倒だから飛んでいこ……」

 

 背中にあるデーモンの翼を広げて、彼女は空を飛んだ。これは練習の賜物だ。

 インプ時代の翼は小さすぎて滑空程度にしか使えず、バロウスになってからもそれまでの習慣からか、しばらく使うことはなかった。だがティーに使わないのかと聞かれて、練習したのだ。羽ばたきは初めてなのでバランスを取るのには苦労したが、パワーは十分にあったので最初から推力はそこそこ出ていて、飛ぶだけなら楽なものだった。パワーに対して体重が軽いのも一因だ。

 ちなみに、魔力をジェットのように翼下から吹き出せばさらに加速できるが、消費も激しくてあまり使うことはない。

 

 ともかく、少しの距離をゆるく飛行することで、彼女はティーの家へたどり着く。

 

「よっ、と。人を運んで飛ぶのはちょっと難しいなぁ。また練習しとこうかな。

 あ、……今更だけど、こいつその辺に捨ててくればよかったかな? んー、でも、もしティーが見つけて、私が捨てたことをチクられたらって考えると、やっぱり駄目かぁ。

 しかたない。とりあえず、2人を呼ぼうかな。プルプレア! ウンラン! 出てきてー!」

 

 外から大声を出して家の中にいる2人を呼ぶ。しばらくすると入り口が開き、若干老けた顔のダークエルフの夫婦があらわれた。

 

「どうしたんだ? バロウスちゃん。……あれ、その男は?」

 

「うぅーん、まさかバロウスちゃんにも男ができるなんてねぇ。てっきりヘンタイさんとくっつくと思ってたのに」

 

「相変わらず話を聞かないよね、プルプレアは。そんなわけないでしょ。

 ただ私の家の前で倒れてたから、とりあえず連れてきただけよ。というわけで、後は任せるから」

 

 出てきたのはティーの両親であるプルプレアとウンランだ。プルプレアのからかうような言葉を軽く流して、バロウスは無造作にアベルをウンランへ投げ渡した。

 

「おっと、危ない。……えらく軽いな。

 ところで、この男は誰なのか知っているのかい? バロウスちゃんが知り合いでもない男を助けるなんて珍しいじゃないか」

 

「当たり前でしょ。一応知り合いだよ。そいつはアベルって言う名前らしくてね、この前ティーが助けた人だよ。

 ……あと、そいつ餓死しそうだから面倒みてあげて」

 

「またティーが? 優しい子に育ってくれたのは嬉しいけど、無闇に人を助けるのは良くないわねぇ。それに餓死しそうって、この人は何をしていたのかしら?

 とりあえず、この人のことはわかったわ。ティーが帰ってくるまで預かるから、バロウスちゃんは帰っても大丈夫よ」

 

「そう。じゃあね」

 

 一言残して、バロウスは再び飛び立った。バロウスに、彼の面倒を見るつもりはさらさらない。

 

「さて、私たちも家に戻るか」

 

「そうね、ちょっと早いけど、彼の事もあるし、そろそろ食事の用意でもしようかしら」

 

 残った2人も、アベルを担いで家へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アベルは食べ物のいい匂いを感じ取って意識を取り戻した。次いで、猛烈な空腹感に襲われる。体力はほとんど残っていないが、本能に従って体を起こすと、彼は自分が見たことのない部屋にいることを知った。少し前にも全く同じ展開があったので、また誰かに助けられたのだろうという推測はついたが、何とも情けない話だと彼は自虐する。

 匂いにつられてヨロヨロと立ち上がり、彼は部屋のドアを開けて家のなかを進んでいった。匂いの発生源にたどり着くと、そこには1人の女性が背を向けて立っていた。鍋をかき混ぜる様子から察するに、料理をしているらしい。アベルには気づいていない様子だったので、彼は彼女へ声をかけて、彼女はようやく振り向いた。

 

「あら? あなた。起きてきたのね。食事の匂いにつられちゃったのかな?」

 

「え? ティー、ちゃん……?」

 

 アベルが見たその顔は少し老けているものの、ティーに似た美しい女性だった。彼女はクスクスと笑って、間違いを訂正した。

 

「違うわよ。私はプルプレア。ビパルティータの母よ、アベルさん」

 

「あ、すいません。とてもお若くて似ていたので。……ってあれ? 僕、名前言いましたっけ」

 

「フフ、娘に似ているなんて、お世辞がうまいのね。ありがとう。

 あなたの名前はバロウスちゃんから聞いたわ。あなた、森のなかで倒れてたらしいじゃない。それをバロウスちゃんが助けてくれたのよ」

 

「バロウスさんが?」

 

 アベルは驚いた。以前会ったバロウスはこちらを殺そうとしていたのに、何故今回は助けるような事をしたのだろう、と。ティーが以前言っていた通り、根は優しい子なのかもしれない、そう思うアベルだった。真相は全く違うが。

 

「詳しい話は後にしましょ。あなたお腹がすいてるんでしょう? まずは、ご飯でも食べて休んでいってね」

 

「あ、はい」

 

 プルプレアに促され、アベルは食卓につき、消化のよい半固形の料理を出された。それを前にして彼は我慢できず、いただきます、という声とともに黙々と食べ始めた。

 

 その一心不乱に食べ物を掻き込む様子を確認したプルプレアは、静かに部屋の外に出てウンランと落ち合う。ウンランは始めからアベルを監視していたのだ。極限状態でどういう行動をするのか観察するために。不埒な行動にでていれば、たちまち取り押さえられていただろう。

 

「どうかしら? 私たちも人の事は言えないけど、彼、変わった人よね。悪い人じゃなさそうだし」

 

「うむ、私も同意見だ。腹がすいているのに暴力的な行動に出ないだけでも、魔界じゃなかなか見ない存在だ。それに、無防備なプルプレアを襲うことも疑うこともなかったしね。

 少々無用心が過ぎるところもあるが、ひとまず人格的に悪い人ではないだろう」

 

「そうねぇ。ティーは箱入りなところがあったからわかるけど、彼がどうしてあんな風に成長したのか、少し気になるわね。

 ……そういえば、この間ティーが友達が増えたって言ってたわね。それも自分のやってることに同意してくれる人だって。ひょっとして彼の事かしら?」

 

「うーむ、可能性はあるね。魔界を生きる上では軟弱でしかないが……彼のような存在は貴重だ。とりあえず、ティーの様子を見て判断するとしよう」

 

 話が一段落ついたところで、玄関が開く音と声が響き渡る。

 

「ただいまー! お腹すいたよー」

 

 ドタドタとティーが家に帰ってきた。食事の時間が巡回を交代する時間なのだ。食堂は奥にあるため、先にプルプレア達に鉢合わせする。

 

「あれ? お父さんとお母さん、どうしたの? ご飯は?」

 

「ティー、おかえりなさい」

 

「おかえり。実は今客人が来ていてな。どうもお腹がすいていたらしいから、先にご馳走しているところさ。ティーは、今日も異常はなかったな?」

 

「うん。特になにもなかったよ。お客さんって珍しいね。誰なの?」

 

「あー、アベルっていう若者だよ。もしかして、知ってたりするのか?」

 

「え!? アベル来てたの!? 急にどうしたんだろう? とりあえず私挨拶に行ってくるね!」

 

 アベルが来たとわかった瞬間疲労を感じさせない動きで、またドタドタと食堂へ入っていくティーだった。

 

「これは、当たりか」

 

「当たりみたいねぇ」

 




行き倒れ系転生者
就活、大変ですよね。

追記:5000UAありがとうございます。


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第23話『感謝』

この辺の話はデリケートだから書きにくいです。




 アベルが黙々と食事をとっていると、部屋の扉が勢いよく開かれた。ある程度腹が満たされてきて精神的余裕が出てきた彼は、何事かとそちらへ顔を向けると、そこには狩人の衣装に身を包んだティーが立っていた。以前と違って泥で汚れた姿だが、変わらず元気で可愛らしくて、アベルは胸が高鳴る。

 

「アベル! こんにちは! ご飯食べに来たの?」

 

「あ、ティーちゃん。こんにちは。来た理由は……えー、そのー……その通りです……」

 

「そうなんだ。お母さんの料理、美味しいでしょ? 私もお腹すいてきたー!」

 

 食事目的で来たことを後ろめたく感じるアベルは歯切れ悪く応えたが、反対にティーは全く気にした様子はない。アベルは少々拍子抜けしたが、おかげで気が楽になっていた。

 続いて、ティーが開けた扉から、プルプレアとウンランが入ってくる。

 

「ティー。挨拶もいいけど、ご飯の前に先に体を洗ってきなさい。臭いわよ」

 

「あ……」

 

 呆れた顔をしたプルプレアの言葉を聞いて、ティーは顔を真っ赤にした。森の巡回から帰ってきたばかりなのだ。当然、身体中が汚れていて、森や土の臭いと汗の臭いが混ざった、刺激的な体臭になっている。普段なら家族かバロウスしかおらず気にすることでもないのだが、知り合って間もない友人であり、男性であるアベルに嗅がせてしまったというのは、さすがのティーも恥ずかしいらしい。

 

「すぐ洗ってくる……! アベル、また後でね」

 

 テンションが一気に下がって恥ずかしがる彼女は、そそくさと部屋を出ていった。普段から元気いっぱいの彼女がしおらしくする様子に、アベルはまたドキリとしてしまう。

 

 ティーの足音が遠ざかったところで、プルプレアはアベルへ声をかけた。

 

「さて、アベルさん。少しはお腹も膨れたかしら?」

 

「あ、はい。おかげさまで。ありがとうございます。こんな美味しいものを食べたのは久しぶりです」

 

「フフ、それはよかったわ。それなら、落ち着いてきたみたいだし、ティーが戻るまで時間もあるから、少し私たちとお話ししない?」

 

「お話し、ですか」

 

 彼は嫌な予感がした。この手の状況で『お話し』とくれば、なにかあるものだ。夫婦は有無を言わさず彼の対面に座り、テーブルを3人で囲む形になる。

 

「まずは改めて自己紹介にしましょうか。私はプルプレア。ティーの母で、森の番人をしているわ。よろしくね」

 

「次は私だな。私はウンラン。ティーの父だ。よろしく。私も森の番人をしているよ。まぁ、ティーもしているから家族全員そうなんだがね。

 それじゃあ、君の事も聞いていいかな?」

 

「あ、はい。僕はアベルと申します。ええと、仕事は、その……さ、探し中です……」

 

 無職ということが駄目なことと考える彼は尻すぼみに自己紹介をした。伏し目がちになってビクビクしている姿を見て、ウンランは苦笑する。

 

「ははは、それは気に病むことはないさ。こんな世では、無職でやりたい放題しているやつも多い。むしろ安易に盗みを働かないだけでも、魔界じゃ珍しいもんだ。

 しかし、そうやって常に弱腰でいるのはあまり褒められたものではないね。他人にいいようにされてしまうぞ」

 

「う……すみません……」

 

 いきなりウンランにダメ出しをくらって、アベルはさらに縮みこんでしまう。そのフォローは、プルプレアの役割だ。

 

「ウーくん。初対面の相手に言うことじゃないでしょ?

 ごめんなさいね、アベルさん。主人はティーが初めての男友達のあなたに嫉妬してるのよ」

 

「え?」

 

「いやいや。プルプレア、こういうのは最初が肝心なんだ」

 

 ウンランとプルプレアがあれこれ言い合っているのを傍目にアベルは、自分がティーの初めての男友達ということに驚いていた。彼女の社交性ならもっといるものと思ったのだ。

 これはティーは魔界の森という隔離された地に住んでいたことや、価値観が他人と違い過ぎて疑われてしまったこと、体目当てで寄ってくる男をバロウスが片っ端から叩きのめしていたこと等が原因だ。

 そもそも魔界の住人は友人をあまり作りたがらない。ちょっと会わない間に死んでいた、ということもざらにあるし、バロウスのように余程の事がなければ他人は信用しない者が多いのだ。

 

「アベルくん。私たちはティーを、娘として愛しているんだ。だからその友人がどういう人物なのか知りたいと思うし、良くない友人なら近づけたくないとも思う」

 

 プルプレアとの話が落ち着いたウンランは、神妙な顔つきになって、言う。

 

「だが可能な限り娘の気持ちは尊重したいとも思っている。バロウスちゃんを知っているだろう? 彼女はデーモンだ。当然、初めて会った当初は紆余曲折あった。しかしそれでも、ああして私たちの近くで暮らしている。それは彼女が信用、信頼に足る人物になったからだ。

 私たちは、信用できるならデーモンとでも仲良くするし、信用も信頼もできなければ同族でも距離を置かせてもらう。

 もちろんそう簡単に得られるものではないのもわかる。だから、しばらくは様子を見させてもらうよ。こうして話すことが我々の誠意だと思ってほしい。

 だからアベルくん。ティーと一緒にいたいなら、君がどんな人物なのか、聞かせてくれないか?」

 

 長々と、ウンランは自分の言葉を口にした。そこにあるのは、紛れもなく娘へ向けた親の愛であり、今世のアベルには、とんと縁がなかったものだ。それを少し羨ましいと彼は思い、そうした考えを持つ夫婦に好感をも抱いた。

 だから、彼は自分のことを語ることにした。ティーと友達でいたいし、あわよくば恋仲にもなりたいという下心はある。彼は自分のことながらチョロいとは思うものの、ティーに一目惚れしていたのだ。それでも、今世での良いこと悪いことを包み隠さず飾らず、何を思い何をしたのか、話すべきだと思った。

 それは、誠意に対する対価であり、感謝である。

 

「わかりました。僕のことをお話し致します。

 ただ、少し待っていただけませんか?」

 

 だがそのことを話すには前世の記憶を持つことも話さなくてはいけない。それは自分にはとても大切なことだ。

 だからこそ躊躇してしまう。話すことが怖いのではない。ティーにも言っていないことを、先に言ってしまってもいいのかと考えてしまうのだ。これから話すことは、彼女にも黙っているべきことではない。彼女はきっと受け入れてくれるとは思うが、何事にも順序は大切だ。

 

「ティーちゃんが戻ってきてから、一緒に話したいんです。少々、込み入った話もございますので……」

 

「ふむ……、まぁそういうことならいいだろう。ああ、言っておくが、作り話などしても我々にはすぐにわかる。伊達に魔界を生きていないんでね」

 

「承知しています。もとより、作り話をするつもりはありません

 あ、でも、ちょっと突拍子もない話になると思います。それについては、バロウスさんに確認をとってください。彼女は知っているので」

 

 転生している、というのは彼自信が信じられない体験だとは思っている。だから作り話と思われる可能性もあったが、都合がいいのか悪いのか、それを裏付ける人物はいる。

 アベルが言っているのは、彼女と初めて会ったときの話だ。ハッタリにひっかかって自分の秘密が暴かれ、意識を失っている間に詳しいことまで知られたらしいのだ。

 

「なに? 先にバロウスちゃんに話したのか?」

 

「えーと、どちらかというと、知られた、という方が正しいです……。何故かいつの間にか知られていまして……僕がボロを出したのも悪かったんですけど」

 

「はぁ、バロウスちゃんは行動が早いな……。しかし、そんな彼女が放置していることを考えると、君には信用がおけそうだ」

 

「そう、ですかね? ティーちゃんと仲がいいから、というだけの気もしますけど」

 

 実際、バロウスはアベルを脅したときにティーと仲がいいから殺さないという発言をした。それしか知らない彼は、それだけが理由だと思っているのだ。まさか脅威に値しない、とまで思われるほどの低評価だとは露とも思っていない。

 

「そんなことはないさ。バロウスちゃんは本当に悪い人ならお構いなく殺っちゃう子だからね」

 

 ハハハ、とウンランは笑うと、先程より幾分か棘の少ない雰囲気に変わる。しかしアベルは顔をひくつかせていた。いつ、どうやって彼女が自分を判断したのかは知らないが、下手をすれば死んでいたと思うと身震いしてしまう。

 アベルはひっそりとため息をつき、少し冷めた食事の続きを取り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を食べ終え、3人がとりとめもない会話を続けていると、ティーが帰ってきた。少しおしゃれなデザインだが、森の番人らしい動きやすそうな服装になっている。また、急いで洗ってきたためか髪の毛はしっとりと湿っていて、体も少し火照ったように赤く色づいていた。その色っぽい姿がまた、アベルの目には可愛らしく映って、思わず顔が熱くなってしまうのだった。

 

「アベル、おまたせ。お母さん、私にもご飯用意して~」

 

「はいはい」

 

 アベルの正面に座っていたプルプレアが席を立ち、ティーは入れ替わるようにその席に腰を下ろした。アベルとティーは向かい合う形になる。

 

「じゃあ改めまして……アベル、こんにちは! も、もう臭くないよね?」

 

「うん。いい匂いだよ……あ、ゴメン。気持ち悪かったかな」

 

「あはは。ちょっと恥ずかしいけど、気にしてないよ。ありがと!

 それはともかく、今日はどうしたの? なんだか元気なさそうだけど。ご飯食べに来たんだよね?」

 

「あぁ、その話なんだけど……実はティーに言っておかないといけないことがあるんだ」

 

「私に?」

 

「私たちも、よ」

 

 プルプレアが料理を持って戻ってきて、2人の会話に割り込んだ。

 

「ティーが浴場に行ってる間に少し話をしたのだけど、彼、なにか事情があるみたいなの。それで、その話はティーを含めてしたいらしいのよ」

 

「うん。結局のところ、ティーちゃんがどう思うかっていう話だと思ったから」

 

「そんなに畏まられると緊張してくるんだけど……。うん、わかった! アベルがどんな秘密を持っているのかわからないけど、ちゃんと聞くね! 

 でも私だってちょっとやそっとじゃ驚かないし、大抵のことなら受け入れられるよ!」

 

 ふふん、とティーは胸を張る。その宣言にアベルも心が軽くなるようだった。

 

 そして、アベルはゆっくりと語り始めた。始めは今の自分の人となりについてだ。自分がどういう基準で考えて行動してきたのか、その例を交えて説明していく。

 例えば。魔法について勉強をしてきたが、結局実を結ばなかったこと。

 例えば。未だに人の死を見ると丸一日は食事が喉を通らなくなること。

 

 次に、幼年期の頃の話をした。そのころは他人より魔力が高く、天狗になっていたという話だ。また、親が自分を早々に仕事に狩りだし、まともな教育を受けさせてもらえなかったことは、愚痴としてつい口から出てしまう。

 

 そして最後の話。

 

「それで自分の秘密なんだけど、これは幼年期に天狗になっていた理由でもあるんだ。

 えぇと、こう言ってうまく伝わるかわからないけど、僕は転生者、というか前世の記憶を持っているんだ。だから生まれて間もない頃から大人並みの思考ができたんだ。

 しかも、その、前世の記憶にこの魔界と似た世界の物語もあるんだ。最近まで忘れてたけど……」

 

 アベルは心臓を激しく鼓動させながら、思いきって言った。やはりこういうことを話すのは、大丈夫だとわかっていても緊張してしまう。ティーもプルプレアもウンランも、ポカンとしている。意味がよく伝わらなかったのだろうか、と不安になっていると、ティーが気を取り直してアベルへ尋ねた。

 

「うーんと、それって、デーモンみたいな転生?」

 

「え? ああ、いや、それは違うかな。僕の前世は人間だったし、魔界に住んでたわけじゃないから」

 

「へー、そういうのってあるんだー」

 

 ティーは素直に感心した様子で納得した。それを見て今度はアベルがポカンとしてしまう。

 

「あの、ティーちゃん。嘘だとか勘違いだとか、頭がおかしいとかは思わないの? その、疑ってるわけじゃないけど、こんな光景無糖な話ありえない、とか思うでしょ?」

 

 ティーが受け入れてくれることは信じていたが、あまりにあっさりと納得しているので逆に不安になってくる。しかしアベルの問いにも、ティーはキョトンとした顔であっさりと答える。

 

「思わないよ? 魔界だからなんでもアリかなーって、思うだけかな。似た世界の物語っていうのはちょっと気になるけど、今の私には関係ないかなーって。珍しいとは思うけどね。

 それに、私の友達にも同じくらい変わってる子がいるしね!

 だから大丈夫! 安心して! 私はアベルがどんな生まれでも気にしないし、今のアベルを見てるから!

 それに今のアベルだって、頑張ってると思う! 元々人間っていうなら魔界は辛いだろうし、それでもこうして生きてるんだから!」

 

 満面の笑みで、ティーはアベルに応えた。その気持ちのいい返答に、思わず目頭が熱くなる。彼の今世でここまで全肯定してくれる人はいなかった。幼年期は褒められることもあったか、それでも役に立つ人材程度の認識しかされていなかった。

 しかしティーは、アベルの人柄を見て、友人として、対等に見てくれている。これほど嬉しいことは、前世も含めて一番かもしれない。

 

「ありがとう……!」

 

 男としての意地があるので号泣はしないが、感極まって体を震わせるアベルだった。

 

「えへへ、この間のお返しだよ! 私だって、考え方とか受け入れてもらって、すごく助かったんだから」

 

 頬をほんのりと染めて、照れた様子でティーは言葉を続ける。自分が受け入れられたのだから、その相手を受け入れることは、彼女にとって感謝の意味もあるのだ。

 

 その様子を隣で見ていたプルプレアとウンランは、彼に対する警戒をすっかり解いていた。2人が出会って間もないのに仲がいいのも、納得したのだ。お互いに心から助けられ、似た価値観を持っている。2人ともまだまだ未熟なところはあるが、そこは自分達の手で鍛え直すことはできるだろう。

 父として、母として、アベルを認めるのだった。

 




(祝)アベルくん、魔界流トレーニング実施決定
そして主人公は名前しか出てない


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第24話『両価性』

お待たせしました。
人の右脳は、アンチ左脳みたいなところがあるらしいですね。


「うわああああああ!!!」

 

「どうしたぁ! 反撃のひとつでもしてみろぉ!!」

 

「そんなこと言ったってえええぇぇ!!」

 

 アベルは森の中を全力疾走していた。後ろからは複数の足を持った生物が歩く、ガサガサという独特な音がしている。

 

「いきなりこれはないでしょおおお!!」

 

 走りながら首だけ振り返ると、紫色の波が見える。それは全長1メートル以上はある巨大な蟻の群れだった。その蟻は通称、魔界蟻と呼ばれる虫で、さまざまな場所にコロニーを作る厄介な虫だ。

 その性質は例に漏れず凶暴で、働き蟻や女王蟻のほかにも、数は少ないが戦いに特化した蟻や火球を吐く蟻など、バラエティーに富んだ個体が1つの集団を形作っている。

 

 ダークエルフにとって厄介なのは、地中を通って居住区に湧き出てくることだけではない。増えすぎると生態系を崩すほどの強烈な影響力があるのだ。だから、森の番人は定期的に蟻を間引いている。

 

「だからって1人では無理いいい!!」

 

 アベルも一応、仕事での討伐経験はある。しかし数人で、しかも後衛として戦ってきたので、彼自信の近接戦闘力はほとんどない。

 今、彼を追っている蟻は全て働き蟻で、蟻の中ではもっとも弱く特殊能力も持たない個体だ。しかし慣れない森の中ではうまく立ち回ることも難しい。

 

「君には魔法があるだろう!? それを使って倒してみろ!」

 

「走りながら発動できねえよおおお!」

 

 走るアベルと蟻を後ろの樹上から追いかけているウンランが渇を入れる。

 

「ちくしょおおぉぉ!! やりゃいいんだろおおおぉぉぉ!」

 

 アベルは体ごと振り返るり、ダメージ覚悟で魔法の詠唱を始める。詠唱自体は1秒かかるかどうかという短さではあるが、それだけでもかなり危険だ。魔法が発動可能になったころには、蟻は目と鼻の先まで近づいていた。

 

「これでもくらえええぇぇ!」

 

 アベルの杖からバスケットボールほどの大きさの火の玉が蟻の群の中心へ放たれる。火の玉は着弾後、爆発して群れごと蟻を焼き払う。周囲に激しく爆風が吹き荒れ、彼が来ているローブがバサバサとはためいていた。

 しかし火力が十分ではなかったのか、殺すには至らなかった。爆風によって舞い上がった砂煙の中から蟻が次々と姿を現し、押し寄せる。

 

「あ」

 

 アベルは赤熱した蟻の群れに押し倒されてしまった。

 

「ぎょああああ!! 熱い! 痛い!!」

 

 熱を持った蟻に押し倒され、手足を噛まれる。ウンランは急いで近づいて、短剣で彼を囲む蟻たちの首が切断した。蟻は絶命し、アベルは呻きつつも解放される。

 

「大丈夫か? アベルくん。まったく、情けないぞ。そんな無防備に突っ立っていたら倒してくださいと言っているようなものだ。

 ここまでとは思わなかったから……これは先に体力をつけさせた方がいいな……。魔法も専門家に教えてもらうといい。ツテはある」

 

「はぁ……はぁ……」

 

 手足を噛まれて血を流し、満身創痍の彼には返事をする元気もない。しかし、ウンランは治そうとはしない。代わりに、腰に下げた袋から1本の植物を取り出した。

 

「よし、次はこの草をよく観ろ。これは外傷に効く薬効のある植物で、川の近くに生えている。これを探して自分で手当てをしろ」

 

「え……僕、怪我してるんですけど……」

 

「だから? 怪我をしていても敵は遠慮などしない。むしろそこを狙われてしまうんだ。

 なに、死なない所で助けてやるから安心するといい。植物を手に入れたら処方の仕方を教えよう」

 

 アベルの返事を待たず、ウンランは再び樹上へ消えてしまった。近くには見本として渡された薬草だけが残った。

 

 ヨロヨロと立ち上がり、薬草を手にとってアベルは森の中をさ迷い始めた。回復魔法は難しいため、彼には使えない。そのため出血した状態で歩くしかない。

 

 森の中を歩きつつ、彼は自分を奮い立たせるために、こうなった経緯を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し前のこと。

 

「ところでアベルくん。これからの生活はどうするんだい?」

 

「うっ……」

 

 ティー宅での食事もすっかり終わって、アベルはティーとお喋りに興じていた。そのとき唐突に横から入ったウンランの鋭いツッコミをくらって、呻き声をあげた。すっかり頭の隅に追いやっていたが、金欠無職という問題は解決していない。また職を探すしか方法はないが、今までも散々探してきたのだ。いい場所がすぐに見つかるとも思えない。

 

「その様子だと宛ては無さそうだね。なら、森の番人でもやってみないか? 食事はこちらから提供できるし、森の素材は許可したものなら都市で売ってもいい。その稼いだ金にこちらは関知しない。どうだ?」

 

「それは……むしろこちらからお願いしたいところですが、いいのですか? その……僕は戦いは強くないですし、知識もありませんが」

 

「その点は問題ない。訓練はつけるし、最初は誰かに付いていって補助をしてくれればいい。それで、どうだ?」

 

「あ……、はい! ありがとうございます! 是非やらせてください!」

 

 アベルはウンランの言わんとすることを察して、深々とお礼をした。なにからなにまで面倒をみてくれる夫妻に、頭が上がらない思いだった。

 

「よし、じゃあさっそく今日から参加してもらおうか。もう金は持ってないようだしね。

 今はバロウスちゃんが巡回している。次はプルプレアの番なんだが……順番を入れ換えるか。次の任は私がやるから、アベルくんは私の手伝いをしてくれ」

 

「あ、はい!」

 

「ウー君、順番は変えなくてもいいんじゃないの?」

 

「バカなこと言うな。私が言い出したことだ。私が最初は面倒を見る」

 

 ウンランはやる気だ。人手は足りているが、彼もそろそろ老年期に入ってきているので、後継がティー以外にも欲しいという気持ちもあった。

 

「アベルくん。私が君を鍛える。私は君の実力を正確には知らないが、どうあっても手を抜くつもりはない、そこはわかっているな?」

 

「はい。覚悟の上です」

 

 アベルもやる気がでていた。この誘いに乗ればティーと一緒にいられる時間も増えるのだ。そういう邪な気持ちはあったが、単純に自分を鍛えて、男として好きな人を守りたいとも思っていた。

 

 今日から、ということなので、アベルは一度自宅に戻り、装備を戦闘用のものに変えた。再び森へ戻る頃には、バロウスが巡回から帰ってくるところだった。

 

 バロウスは彼を見て訝しげな視線を向けていたが、ティーから事情を聴くと興味もなさそうな様子で家へ帰っていってしまった。

 

「バロちゃん、アベルのこと嫌いなのかな? 普段はもうちょっと愛想いいんだけど」

 

「あはは……。第一印象が最悪だったからね……」

 

 苦笑するアベルを不思議そうな目で見るティーだった。

 

 そしていざ、ウンランとの初仕事となってから、唐突にウンランが言ったのだ。『特訓の前に実力を知りたい。丁度いいところに蟻の群れがいるから、倒してみろ』と。

 蟻1匹を倒すこと自体はさほど難しくないが、問題はその数だ。なにも考えず魔法をぶつけていたら数で押しきられてしまう。セオリーでは近接戦闘のできる者が足止めし、その間に魔法を放つというもだ。

 そういった戦いしかしてこなかったアベルが、僕一人で? と疑問に思って硬直するのは当然のことだった。そうして固まっている間に、ウンランは蟻を軽く挑発していた。そして蟻がやってきたことを確認すると、樹上の見えないところへ隠れてしまった。

 彼がハッと正気に戻った瞬間には、もう蟻が押し寄せてきていた。魔法使いは何をするにも1度距離をとらなくてはならず、アベルは走り出した。

 

 そして、冒頭に至る。

 

 アベルは、全身に噛み跡を負い、そのほとんどの箇所から出血していた。

 

「鍛えるって決意したんだ。僕だって、やるだけやってやる! ……って思ってはいたけど! いきなりこれは酷くない!?」

 

 蟻に襲われて怪我をして、ゲッソリするアベルだが、残念ながら魔界では特別酷くはないし、キツくもない。

 

「薬草か……川の近くって言ってたけど、川なんてどこにあるんだ? この辺の森に入ったことなんて数回しかないし、覚えてないな……」

 

 薬草を一瞥して懐へしまうと、彼は宛てもなく森を進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アベルくん。君は行き倒れ芸人か何かか?」

 

「……すみません」

 

 ウンランは呆れた様子で声をかける。

 アベルは森のなかで倒れていた。結局川が見つかることはなく、無作為に歩き回った結果、森の獣や植物に襲われて動けなくなってしまったのだ。

 過去に森へ入ったときはチームメンバーが優秀だったのだろう。アベルは付いていって魔法を使うだけでよかった。しかし1人になると自分で判断しなくてはならない。だが彼は自分に自信が持てないので、右往左往してしまうのだ。

 

「うーむ、仕事の手伝いからしてもらおうかと思ったが、これは1度徹底的に訓練をし直してからじゃないと、それすらも難しそうだ」

 

「……すみません」

 

「謝っているのは、弱くても訓練して強くなるという意志か? それとも、もう無理だから前言を撤回するってことか?」

 

 さすがのウンランも、アベルのあまりにもじれったい態度にイライラしてきていた。それだけで怒鳴ったり見捨てたりするつもりもないが、自然と語気が荒くなってしまう。

 

「……いえ、強くなりたいです」

 

「そうか、なら立て。喋れるなら動けるだろう? 今日のところはもう交替の時間だから1度帰る。自力でついてこれないなら、もう私が特訓をつけることはないと思え」

 

 ウンランは踵を返して、家へ向かって歩き始めた。その歩く勢いには遠慮がなく、ついてこれなければ本気で置いていかれてしまうだろう。その後ろ姿を見ていると不意にティーの笑顔が過り、次の瞬間には、アベルは立ち上がっていた。余計な思考にエネルギーを割くのも煩わしいく、彼は一心不乱にウンランの後をついていった。

 

 結局のところ、彼は自分のために頑張るということは才能がなかった。

 そうではなく、他人のために頑張れるということが彼の才能だったのだ。

 

 その一番の対象を見つけた彼は、もはや立ち止まることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 

 アベルはまたしてもぶっ倒れていた。

 

 今回はウンランによる基礎体力トレーニングの結果だ。仰向けになって喋る余裕もないほど疲労していた。さすがに今回はウンランもなにも言わない。倒れるまで訓練することが目的なのだから。

 魔法使いは体力など必要ないというのが一般的な認識だが、それでも最低限は必要だ。それにウンランは弓による戦闘が主体なので魔法のことなどからっきしわからない。その結果、魔界の森で数時間は全力近くで動き続けられるだけの体力を付ける訓練となった。

 

 このあとは森に関する知識の講習と魔法訓練が待っているのだ。アベルは今度こそくじけそうになってしまう。

 しかし、幸か不幸か訓練場所は自宅の近くであり、ティーが傍で見ていた。そうなると弱音など吐けるわけもない。他人の目があるとサボりづらくなってしまうのも、彼が元日本人たる所以と言える。

 

 食事の後の、プルプレアによる森の知識講座は恙無く終わった。

 

 問題は魔法訓練だ。森周辺で魔法が使えるのは1人しかいない。

 

「頼む。アベルくんに魔法を教えてやってくれ!」

 

「イヤ」

 

 そう、バロウスである。

 

「私じゃなくてバズウにでも頼めばいいでしょ? 最近ドロテアが公務で忙しくて、暇そうにしてるんだし」

 

「それはそうなんだがな……これはバロウスちゃんにもいい経験だと思うんだよ。ほら、これから先、強くなったら君も部下が増えるだろう? そうなると教育が必要だ。部下が魔法を使えたら強いじゃないか。その練習だと思ってくれればいいんだ」

 

 ウンランがそれっぽいことを言って説き伏せようとするも、バロウスはなかなか頭を縦に振らない。

 彼がこうまでして彼女に頼み込んでいるのは、半分は言った通りではあるが、もう半分は別の理由がある。言わずもがな、ティーが原因だ。あまりにバロウスがアベルを避けるので、2人に仲良くなってもらおうという彼女なりの計らいだった。

 ティーは自分が卑怯で自分勝手なことをしているという自覚はある。バロウスは基本的にティーの頼みごとは無視せず、よほどの理由がない限り引き受けてくれる。そこにつけこみ、強引に交流を持たせようとするのは卑怯で自分勝手でしかなく、好ましいことではない。

 しかしそれでも、ティーはティーなりの信念を持っている。仲良くなれる人とは仲良くなりたいし、他人にもそうあってほしいと願っている。もっと単純に言うと、知り合い同士がギスギスしているのは気分が悪いからなのだが。

 

 その相反する2つの感情の妥協点として、ウンランという緩衝材を入れてバロウスへ伝える方法を採った。断る余地を増やすためだ。ウンランもその気持ちを汲んで、必要以上に頼み込むつもりはない。

 

「……むう」

 

「そんなにアベルくんに物を教えるのが嫌なのかい? なぜだ?」

 

 なおも渋るバロウスに、ウンランは個人的に疑問を持った。たしかにアベルは特殊な生い立ちであり、他者への警戒心が強い彼女ならそんな彼と距離を置きたくもなるだろう。しかし、それでも過剰なような気がするのだ。

 

「だって……あいつ、私のこと知ってたから」

 

「んん? つまりどういうことだ?」

 

「あいつ、前世の記憶があるって話だけど、それだけじゃなくて! 前世の時から私のことも知ったいたの。本人はほとんど忘れてるみたいだけど。

 自分の能力を知ってる人を自分で鍛えるなんて、バカみたいでしょ?」

 

「つまり、将来的に考えて弱味になるかもしれないから鍛えたくない……と? それだけではバズウに教えてもらった場合でもほとんど変わらないのでは?」

 

「う~……その、何て言うか……とにかく、あいつと仲良くしたくないの!」

 

 取り繕った言い訳は、ウンランに軽く看破されてしまう。観念した彼女は自分の素直な気持ちを吐露した。うまく言葉にはできなかったが、彼女は彼に苦手意識を持っていた。理由は彼女にはわからない。今までに感じたことのない不快感があったのだ。そしてそれは、彼がティーと仲良くしているときにもっとも強く感じている感情だった。

 

 その感情のせいで思うように動けずにいた。原因となるアベルを排除することもできず、自分がどうしたいのか、わからなくなってしまう。

 だから、彼女は彼を無意識に避けていたのだ。

 

「別に仲良くする必要はないさ。むしろ厳しくやってくれた方が彼のためだろう。

 まぁ、確かにバズウに頼むのは正しい判断ではある。普段はバロウスちゃんが教えて、たまにバズウに教えてもらうというやり方でいいんじゃないのかい?」

 

「…………はぁ、報酬は?」

 

「こちらから出そう。おっと、アベルくんには内緒で頼むよ。負い目に感じてもらってはやりにくいからね」

 

「ふん、……わかった。引き受けてあげる。

 でも貴方もお人好しよね。なんであんな弱い雄に入れ込むの?」

 

「悪くないと思ったからだよ」

 

「なにそれ? 何が悪くないの?」

 

「親として、かな。君も子を育てることがあればわかるよ」

 

「んー??? 子供、ねぇ……」

 

 過去、インプ時代に犯した雌が子を孕んだことはあったが、すぐに殺してしまった。だから育てたことがないどころか、認知すらしたことがない。

 もし子を持つなら、自分が孕むことになり、当事者である彼女は認知せざるを得ない。そうなれば、子供を育てることになるのだと理解はしているが、孕むことに実感がなく、想像もできない彼女だった。

 




1話で2度倒れる転生者。
あと何回倒れさせられるかな?

GWなのでさらに更新が不定期になります。
気長にお待ちください。


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第25話『和解』

お久し振りです。
誤字報告ありがとうございます。

少し間が空いたのであらすじを三行で。

ウンランに特訓をつけてもらうことになったアベル。
そのスパルタな訓練に何度も倒れつつこなしていく。
そしてバロウスによる魔法の訓練が始まる。



 バロウスの家の前で、バロウスとアベルとヘンタイが特訓のために集まっていた。ついでに、それを見学しにティーが来ている。

 

 バロウスは全員集まったのを確認すると、不機嫌そうな顔で、アベルへこれからの説明を始めた。

 

「今日からしばらく私が、あなたに魔法を教えることになった、バロウスよ。それと、コイツは私の部下のヘンタイ。よろしくする必要はないから、さっさと訓練に移るよ」

 

「あ、はい。……って、ヘンタイ?」

 

「なに? 私のつけた名前に文句でもあるの?」

 

「え、名前? っていうかバロウスさんがつけたの? あ、すいません。睨まないで下さい……。 その、なんでそうなったのかな~って思っただけで……」

 

「そんなのコイツがドスケベでド変態だからに決まってるでしょ」

 

「ええ~……いいのかよ」

 

 アベルはヘンタイの名前を聞いてドン引きしているが、ヘンタイ本人は全く気にした様子がない。今の話が聞こえていないはずもないのだが、ただアベルをじろじろ見ているだけだった。

 

「ヘンタイはどうでもいいの。とりあえず、あなた。今はどのくらい魔法が使えるの?」

 

「えーと、火球とか単純な魔力弾みたいな攻撃魔法かな。今できるのは中級程度だけど。浮遊魔法とか付与魔法とかも簡単なものなら使えるし、属性は火以外にも風とか雷とか水とかは使えるよ」

 

「ふぅん。いろいろと使える幅は広いんだ。まぁダークエルフにしては、だけど。

 そのわりに、上級のものは使えないんだね。臨機応変に対応できるといえば聞こえはいいけど、単に器用貧乏なだけだから相手の力が上だったら力押しされそうだね。

 それに複雑な魔法も下手くそなんでしょ?」

 

「おっしゃる通りです……」

 

 バロウスも十数年は魔法に触れてきたのもあって、バズウほどではないがそこそこの知識量になっている。そしてデーモンという、魔力との親和性の高い種族性と、その優秀な眼のお陰で魔力を観察する能力が高まっているのだ。

 使える魔法の幅広さには自信があったものの、さらっと自分の弱点を看破されて凹むアベルだった。

 

「それじゃあ、制御の練習をするよ。魔力量だけは一人前みたいだし。

 まずは攻撃魔法をヘンタイに撃って当ててみて。

 ヘンタイはそれを避けて、アベルに攻撃をあててね。それができたら後でご褒美あげるよ」

 

「あ、はい」

 

「マジか!? よーし、アベルだかなんだか知らねぇが、てめぇなんぞに当てられる俺じゃねえぞ!」

 

「アベル、言っておくけど、手加減したらもう教えないから。殺すつもりでやってね」

 

「あ、はい。……え?」

 

 アベルは反射的に同意してしまったが、殺すつもりでやれ、という言葉が理解できなかった。言葉の意味は理解できるが、訓練でそこまでする意味が彼にはわからなかったのだ。

 だがバロウスはそんなアベルの困惑など知ったことではないと無視している。

 

「はい、スタート」

 

「え」

 

 パンッ、という手を叩く音とともに、バロウスは訓練を開始した。アベルは未だ混乱中だ。本当に全力でやっていいのか不安だったし、そもそも訓練位置への移動すらない。先程まで話をしていた位置からいきなり始まったのだ。

 

 バロウスとヘンタイへ、視線を往復させて困惑していると、徐にヘンタイが接近して、アベルを殴り飛ばした。それに反応できなかった彼は、受け身も取れずに地面を転がっていく。本気で殴られたせいなのか、左腕が骨が折れていた。

 アベルが痛みに悶絶しつつ、困惑の表情でバロウスを見上げていると、彼女は再びパンパンと手を叩いた。

 

「はーい、ストップ! ヘンタイの勝ち~」

 

「よっしゃ! 姐さん、ご褒美くれ!」

 

「はいはい。後でね」

 

 盛り上がるデーモン組を、激痛の走る体で見上げるアベル。いきなり殴られることになるとは思っていなかったのでダメージが大きい。混乱と痛みで頭もクラクラしている。

 

「ぐっ……な、なんで……」

 

「アベル、大丈夫?」

 

 動けずにいるアベルの側へティーが駆け寄ってきた。そして心配そうな顔で、だが手慣れた様子で手当てを始め、事情を説明し始めた。

 

「ごめんね……。バロちゃんから口止めされててどんな訓練なのか言えなかったの。

 バロちゃんの訓練はいつも実戦形式でね、本当に死にそうになる一歩前くらいの力でやってるんだ。それに不意打ちも普通にやってくるよ。

 だからヘンタイさんも普通に攻撃してくるし、殺すつもりでやれって言ったんだと思う」

 

「それだけじゃないよ?」

 

 大人しく(絶句しているだけだが)、手当てを受けているアベルへバロウスが声をかけた。

 

「アナタ程度の魔力じゃ、ヘンタイを全力で攻撃しても1度や2度で殺しきれるはずがないからね。今の全力を知るにはちょうどよかったの。

 内容を言わなかったのは、突然の事態にどう対応するかを見るため。魔界じゃ不意打ち上等だからね。

 それにしても……はぁ~」

 

 つらつらと、説明を補足したバロウスは、1度言葉を切ったあと、大きくため息をついた。

 

「はっきり言って、アベル、あなたは雑魚以下。ゴミ。クズ。仲間にはなりたくない。信頼できない。足手まとい。その実力も、精神も、全てダメ。

 それだけの魔力があって、今まで何してきたの?」

 

 侮蔑の視線をアベルへ向けるバロウス。語気も普段以上に荒い。彼女からしてみれば、アベルの優しさには意味はないのだ。どんな考えであれ、意味を持つためには『それを貫き通す力』が必要だ。単純な暴力であれ、強固な意思であれ。

 だからこそ、こんな中途半端な力で生きてきたのことが信じられない。

 

「軟弱なアナタのことだから、どうせ最初は慌ててヘンタイに倒されるだろうなって、わかってた。実際、そうだったね。

 でもそこまでは想定内。問題は、ここから。

 ……殴られてから、なんで私を見たの? なんで動かないの? アナタの相手はヘンタイって、言ったよね? 私が止めなきゃ、ヘンタイはアナタの頭を踏み潰して殺していた。そうやって、止めてくれるのを期待していたの? 腕の骨を折られたら、敵が手加減してくれると思ったの?

 アナタ……強くなる気あるの?」

 

 彼女はキレていた。訓練だからという理由で、死ぬことはないと思っている、彼のバカさ加減に心底イラついていた。どんなに安全に配慮した訓練でも、危険な力を扱う以上は常に死の可能性がつきまとう。それは事故死以外に、故意の殺人もありうる。特に、魔界では珍しくもないことだ。

 それを忘れている彼は、戦いを舐めているとしか言えない。あらゆる方法を使ってでも生き残ろうとする意思が感じられないのだ。魔界の戦いは基本的に試合であっても命懸けが基本だ。それ故に、戦いに命を懸けていないアベルに虫酸が走る。

 

「ウンランもプルプレアもティーも、みんな甘過ぎる。こんなゴミは捨てておいた方がマシ」

 

 そう吐き捨てるバロウスだった。

 

たしかに、彼女は実戦主義であり、そうではないアベルを理解できないのかもしれない。それに、筋が通った言い分だとは思う。

 だがそうだとしても、あまりにも一方的な言い方だ。端から聞いているティーには言い過ぎに聞こえた。アベルが異なる思考を持っていることは、バロウスも知っているはずなのに、そこにつけこんで彼を全否定しようとしているように、ティーには思えた。

 

「バロちゃん、本当にどうしたの? 間違ってたら、それを教えて直すのが教える人の役目でしょ? 私だって昔は似たようなものだったのに、なんでアベルには厳しいの?

 ……今のバロちゃんは、ただアベルを否定したいだけに見えるよ」

 

「……」

 

 図星を突かれて少し怯むバロウスだが、そんなことは今さらだと気を持ち直す。ウンランに問われたときに自覚し、考えていたことだ。そして今一度、自分の心と向き合った。

 彼女は、アベルが嫌いなのだ。そこに理性的な意味など、もはや持ち合わせておらず、ただ感情だけが渦巻いている。価値観はティーと似ているはずなのだが、何故か言動の一つ一つが燗に触るのだ。

 

 以前の、『バロウス』に成り立てだった頃の彼女ならもう少し理性的に行動していただろう。いかに嫌悪感があるとはいえ、魔法を教えること自体に感情を挟む余地など無いはずなのだ。契約通り教えることだけ教えていればよいのだから、怒り貶めす必要はない。

 しかし、価値観を変え、他者を信用することを知った彼女は自分の感情を露出する機会が増えた。心から他者を信用するためには、その心と触れ合わなければならない。それは相手の感情と自分の感情の衝突、和解という経緯を必要とする。

 

 そうして、感情を表に出すことに徐々に慣れていった彼女だったが、逆に言えば理性的な思考が減っていくことも意味していた。

 故に、バロウスは自分の感情に逆らうことなく、アベルへ辛辣な態度をとっていたのだ。

 

 指摘を受けて少し頭の冷えた彼女は、その態度こそ改めるつもりもないが、意味の無い罵倒はやめるべきだと反省してティーへ返事を返すことにした。

 

「……たしかに、ちょっと理不尽すぎたとは思う。でも、間違ったことは言ってないよ。その男が、どうしようもないことに変わりはないんだから。

 まぁ……契約だから、教育はもう少しちゃんとやるよ」

 

「バロちゃん……。ありがと」

 

 ティーはバロウスが、自分の言葉を受け止めて気を落ち着かせてくれたことに対してお礼を返した。2人は微笑み合う。

 お互いに意見の対立は絶えないものの、何だかんだで歩み寄ることができる関係であった。

 

 

 

 

 

「あのー、御2人の世界に入ってるところ申し訳ないんですかど、この後どうするんです?」

 

 そこへ、当事者なのに置いてけぼりをくらってしまったアベルが、恐る恐る声をかけた。

 彼の左腕は折れてしまったので、あまり無理な特訓は逆に体によくない。かといって今日はなにもしないというのももったいない。そう思っての発言だった。

 

 バロウスはジロリ睨むものの、深呼吸してから表情を戻して答えた。

 

「ん~……それじゃあ、さっきのやつ、もう一回やろっか」

 

「「え」」

 

 しかしバロウスはあくまでスパルタだった。アベルもティーも、絶句してしまう。

 彼女は、応急手当を受けてから未だ横たわるアベルを見てなお、先程と同様の訓練をすると言い始めたのだ。アベルは猛烈に嫌な予感がしてくる。

 

「はい、スタート」

 

「うおおおお! いくぜー!!」

 

 先程と同様、バロウスが手を叩いてパンッという音が鳴ると、少し遠巻きに見ていたヘンタイがドスドスと地鳴りをあげて突進してきた。

 それを見てアベルは察した。バロウスがド鬼畜であることと、こちらの全力の魔法をヘンタイに当てなければまた重症を増やすことになると。

 

「あああ! ちくしょー!! やってやんよ!」

 

 痛みで頭が割れそうになる体へ身体強化の魔法をかけたところで、ヘンタイの拳が上から降り下ろされる。アベルはそれを転がって避けつつ立ち上がり、片腕だけでヘンタイを迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 まずアベルは発動に時間がほとんどかからない魔力の弾丸を細かく連射してヘンタイを牽制することにした。全力の魔法を使うには距離をとる必要があるからだ。

 

「ハッハ~! 無駄無駄!」

 

「チッ……全然効いてない! なら!」

 

 しかし胴体に当てても怯むことなくヘンタイは突進してくる。デーモンの魔法耐性は魔法の威力を半減してしまうほどに高い。生半可な攻撃では効かないのだ。

 だからすぐに狙いは顔や足下に変わった。顔に当てるとデーモンでも一瞬は怯むものだし、視界も塞ぐことができる。足下を狙うのは、地面を抉ることで走りずらくさせるためだ。その攻撃にヘンタイがもたついてる間に、アベルはある程度距離を取ることに成功する。

 

「うおっ!? うぜぇ攻撃やめろや!?」

 

「うるさい! こうなったら何でも使わせてもらう!」

 

 アベルの足止め攻撃から脱出するために、ヘンタイは翼を広げた。空中なら機動力も上がるし、足元を気にする必要もない。砂埃をあげて飛び上がり、アベルに狙いを定める。

 それを確認したアベルは次の攻撃に移ることにした。それは風魔法を使うことだ。

 

「ゲッ!? バランスが!?」

 

 竜巻のような強烈な風が砂埃を舞い上げつつ、ヘンタイを捕らえた。風により飛行の制御が難しくなってしまい、ヘンタイは思うように前へ進めない。さらに舞い上がった砂埃や、発生する鎌鼬によって小さな傷が徐々に増えていった。

 

「クソッ、やっぱり下に降りて無理矢理にでも突破するしかねぇな」

 

 飛行を諦め、ヘンタイは再び地上に戻る。魔力弾はうっとおしいが、威力は高くないので気構えさえあれば突破できると踏んだためだ。

 だが、既にアベルは十分に距離をとれている。

 

「バロウスさん! これが僕の全力です!」

 

 元々この訓練は全力を知るためのものだ。全力の一撃を当てなければ訓練は終わらない。だから、アベルは全力であることを宣言してから、直径1メートルほどの大きさの火球をヘンタイへ放った。

 着地の衝撃で硬直しているヘンタイを火球が襲う。火球は爆発し、蟻へ魔法を撃ったとき以上の爆風が吹き荒れる。

 

「はぁ……はぁ……。やったか?」

 

 本当にやってしまったならそれはそれで不味いのだが、アベルは爆心地を確認した。そこには、ヘンタイが依然として立っていた。

 デーモンの恐るべき耐久力に、改めて驚愕する。全身にやけどを負っているようだが、軽いものばかりだ。

 

「アチチ……全身がヒリヒリするぜ。だが、この程度の火力なら大したことねぇ。まだまだいくぜぇ!」

 

「はい、ストーップ。アベルの勝ちー」

 

 再びアベルめがけて突進するヘンタイだが、横合いから文字通り飛んできたバロウスに蹴り飛ばされて吹き飛んでしまった。そして今の一撃で上半身を地中に埋めて気絶してしまう。

 

「アベル。色々見させてもらったから、今の戦いの反省をするよ」

 

「あ、はい。でもあの、ヘンタイさんは……」

 

「すぐ復活するからヘーキヘーキ」

 

 ヘンタイのあまりの扱いの悪さに、アベルも少し同情してしまう。

 バロウスは相変わらずのマイペースで、批評を始めた。

 

「アベル。アナタは魔法の特性……効果って言ってもいいかな? それがどう利用できるのかの理解が深いね。たくさん手札があっても普段使うのは一部だけ、っていう人は多いんだけど、アナタは自分の手札を理解して使いこなしている。それは評価に値するよ。

 でも、威力は全然ダメ。最後の火球も、大きさだけはそこそこあるけど、火力自体は高くないから爆風の衝撃は弱いし、相手を倒しきれない。

 全体として、効果的に戦えるけど、勝つことは難しい。そういう状態だと思う」

 

「あ、はい。ええと、ありがとうございます?」

 

 酷評しかされないと思っていたので、意外と褒められて逆に困惑してしまうアベルだった。

 

「なんでありがとうなの……? わかってると思うけど、あなたの良いところはそれだけなんだから、調子にのったら叩き潰すよ?」

 

「あ、はい。重々承知でございます……」

 

 少し浮かれていた気配が伝わったのか、バロウスは威圧的な態度でアベルへ釘を刺す。

 

「さて、じゃあ次ね。威力を上げる訓練だよ。今日はこれを魔力が尽きるまでやるから」

 

「あぁ……なんとなくそんな気はしてました……」

 

 数時間後、アベルはぶっ倒れた。

 

 




アベルの火球の威力はロイくらいです。弱い。
魔法の力は侮れんのだぞ(震え声)
魔界じゃ侮られても仕方ないね。


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第26話『欲』

誤字報告ありがとうございます。

また少し間が空いてしまいました。
長く話を続けるとこの展開でいいのか凄く悩むことが増えますね。
そしてまたオリキャラが増えます。申し訳ない。

■あらすじ
森の番人の仕事の前に特訓を受けることになったアベルは、バロウスとウンランの鬼畜な訓練を意地でこなしていった。



 アベルの集中特訓が始まってから数ヶ月が過ぎた。毎日のように繰り広げられるシゴキと罵倒に、アベルの肉体と精神は疲労し、限界が近づいていた。

 

 だが、その甲斐もあってアベルはかなり強くなっていた。もちろんまだバロウスやウンランの相手になるほどではないが、今なら単独で働き蟻の駆除ぐらいなら可能だ。魔法耐性の高いヘンタイにもそこそこのダメージを与えられるようになった。

 

 数ヶ月もこの訓練を続けられたのは頑張った方だろう。その大部分はティーによる補助が大きい。専ら、ティーがアベルの世話を焼いていたのだ。プルプレアとウンランは空気を読んで娘に任せっきりにしていた。ついでに言うとバロウスは基本的にアベルを無視していたので干渉が少なかった。

 

 そしてその結果、2人の仲はさらに深まることになった。

 

 しかし、残念なことにアベルはヘタレで、ティーは恋心というものを知らない。2人の関係は友人の域を出ることはなく、アベルはモヤモヤした気持ちを抱えていた。

 

 そういった精神的乱れも相まり、最近の疲労したアベルは訓練に集中できていなかった。これを見かねたウンランは、ご褒美も兼ねて休みをとらせることにした。

 

「とはいっても、最近は毎日訓練だったからなぁ。休みに何をすればいいのやら……」

 

「アベル? 休みは休むための時間じゃないの?」

 

「あー、たしかにそうなんだけど、せっかくの自由時間だから何かしたいっていうか……」

 

 今、アベルとティーがいつもの訓練場の側を宛もなく散歩していた。お互いに今は自由時間だ。アベルとしてはこれを気にティーともっと仲良くなりたいと思っていた。それに今はちょうどバロウスの巡回時間なので、ふたりきりになれる貴重な時間である。

 だが体力を考えると最善は家で寝ることだ。休息が必要なのは彼自身感じていたことなので、あまり派手に遊ぶことはできないだろう。

 そうして何をするでもなく、いつも通りの訓練場に行き、それに着いてきたティーととりとめもない話をしていた。

 

「じゃあじゃあ、都市に遊びに行かない? 私も久しぶりに買い物とかしたいし」

 

「都市に……遊びに……ティーちゃんと……!? あ、ああ、うん。いいね! そうしよう。うん」

 

「……? なにか気になることでもあるの?」

 

「いや、その……ナンデモナイデス!」

 

 ティーはバロウスを誘うときと同じような軽さで、都市へ行こうと言い出した。

 そこに他意などないとわかっているアベルだったが、『それってデートじゃね?』と思わず赤面してしまう。気恥ずかしさから視線を反らす。

 そんなアベルの様子を不思議に思うティーだったが、彼が言いにくそうにしていたので深く追求はしなかった。

 

「そうと決まれば、さっそく行こうよ! お財布とオルトロス達を連れてくるからちょっと待っててね!」

 

「あ、あぁ」

 

 そう言って、ティーは家へ走っていってしまう。アベルは生返事をする余裕しかなく、まだ頬が火照っている。都市でどこを見て回るのかとか、彼もお洒落しなくていいのかとか少し考えるものの、頭の中がグルグルと掻き回されて何もいい考えは思い浮かばない。

 

 そこでふと、彼は目の前を見てみた。そこには訓練場が広がっている。そこを散歩していたのだから当たり前なのだが。それを見て昨日までの訓練が思い出されてくる。

 その基本は常在戦場。

 対して、今の自分は何を考えていたのか。そこに意識を向けると一気に頭が覚めていく。こんな浮わついた考えでは、また襲われて身ぐるみ剥がされること請け合いだ。それに今回はティーもいるのだ。下手なことをすれば今度こそバロウスさんに殺されてしまう。情けない姿は晒せないと、気を引き締めるアベルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティーが3匹のオルトロスを連れて、都市行き用の服装に着替えて戻ってきた。初めて2人が出会ったときの服装だ。

 アベルは替えの服のほとんどを自宅に置いてきているので、いつもの服装だ。とはいえ、自宅にも気のきいた服があるわけでもない。着る機会が無かったのもある。そんな機会ができるとは思わなかったからだ。

 その事を聞いたティーは、まず始めに服を見に行くことを提案した。魔界でもおしゃれな服を売っている店は意外と多い。女性のなら胸や尻を強調した色っぽい服が多く、男性のなら強さを感じさせる雄々しいものや知性を感じさせる服が多い。外見も1つの武器として扱っているためだ。

 しかし服はそこそこに高額だ。しかもアベルは現在ほぼ無一文である。買えるはずもなく、提案は却下された。

 

 そうなってくると、都市に行ったとしても、できることは散歩やティーの奢りの食べ歩き程度だ。

 ただ、無作為に歩くだけというのも味気ないので、お互いに行ったことのある場所を案内し合う、というものに落ち着くことになった。

 

 最初はアベルの案内になった。土地勘がティーよりはあるし、男としてエスコートするべきという考えが染み付いているのだ。

 

「というわけで、ここが僕の今の家。まぁ……中はしばらく掃除もできてなくて汚いから今日は入らないけど」

 

 そう言って紹介するのはアベルの家だ。よくあ格安アパートのような形式の集合住宅である。

 

「へー、1つの家に何人かが住んでるんだ。私の家とは全然違うね。他の人とは仲良いの?」

 

「1つの家っていうか建物っていう感じだよ。住人同士で干渉することもないね。賃貸だし、入れ替わりが多いからそんな余裕もないんだよ」

 

「ふーん? そうなんだ。なんかもったいないね。アベルもいつか引っ越すの?」

 

「そうできたらいいなぁ……。まずはお金を稼がないといけないし、もしそうなら当分先になると思う」

 

 『ティーちゃんの家で暮らせられたら一番いいんだけど』という言葉が喉から出かかるが、思わず飲み込むアベル。やはりヘタレだった。どうにも一歩踏み出す勇気が出ない。

 

「あれ? そういえばアベルの家族は? 一緒に住んでないの?」

 

「あー、両親は2人ともだいぶ前に死んだよ。父は森の外でバラバラになってて、母は路地裏で薬漬けになってたな。あと姉と兄と弟が何人かいるけど、みんな結婚したりハーレムに入ってたりで付き合いはほとんどないよ」

 

「えぇ!? ご、ごめん! 両親のこと、無神経に聞いて……」

 

「いいのいいの。魔界じゃ珍しくないし、僕自身あんまり親に良い思いもなかったから。だから気にすることないって」

 

「……でもアベル、なんか寂しそうな顔だよ?」

 

「はは……たしかに、思うところがない訳じゃないけどね。良い思い出が少ないのも本当だし、もう割り切ってるよ」

 

 アベルは両親に恵まれなかったとはいえ、何だかんだで憎みきれずにいた。やはり、親として少しの間でも育ててもらったからだろうか。

 

 

 

 

 

 少し物思いに耽っていると、道の先からダークエルフの男女数名が談笑しながら歩いていたのに気づく。彼らはアベルに気づくと此方へやってきた。アベルはその面子に見覚えがあり、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 彼らとは幼少期からの知り合いなのだが、お世辞にも柄が良いとは言えない集団だった。違法なことをしている程ではないのだが、何かとアベルを玩具にするために絡んでくるのような連中だ。少なくともティーとのデート中に会いたいとは思わない。

 すぐにこの場を去りたかったが、後で面倒なことになりそうで動けずにいた。

 

 そんなアベルを、ティーは心配そうな顔で見ていると、やってきたダークエルフの中で中心となるチャラチャラした男が話しかけてきた。

 

「あれ~? アベルじゃん。久しぶり~。最近見なかったからみんな心配してたぜ~?」

 

「……そりゃどうも」

 

 アベルはつっけんどんな態度で返事をするが、男はヘラヘラしている。このくらいの反応は想定内らしい。

 

「冷てぇな~。俺らとの仲だろ? 幼馴染じゃんか~。

 ところでそっちの可愛い子は誰かな~? ひょっとして、アベルの女か? めっちゃ可愛い子じゃん!」

 

「そんなんじゃ……」

 

 幼馴染みの男の言葉にアベルは声を詰まらせる。そんな関係になりたいと思う気持ちこそあるが、公言するには憚られた。

 男はキョトンとした表情を見せるものの、直ぐにまたニヤニヤした表情に変わる。そして舐め回すような視線でティーをジロジロと見てきた。

 

「ふ~ん? アベルにもようやく春がきたと思ってたんだが、違うのか。

 ねぇねぇ可愛い子ちゃん。俺はジャックっていって、アベルの幼馴染なんだ。よくアベルには遊んでもらってるよ。よろしくね。

 君の名前も教えてもらって良いかな?」

 

「あ、うん。私はビパルティータ。私もアベルとはお友達としてよく遊んでもらってます。よろしくね」

 

 ジャックの馴れ馴れしい態度とアベルの普段とは異なる態度に、少し調子が狂うティーだった。以外と丁寧な挨拶をするジャックにはきちんと返事はするが。

 

「へぇ~。アベルと仲良くやってんのか。まぁ、適度に仲良くしてやってくれよ」

 

相も変わらずジャックはニヤニヤしながら、ティーと向かい合って彼女の左肩をポンポンと叩いて話を続ける。

 

「コイツここ数年でまーた卑屈になっちゃってさー。友人もほとんどいなかったし、最近は全然姿を見ないから遂に死んだのかと思ってたわ。

 まさかビパルティータちゃんみたいな可愛い子と友達になってるなんてな~。

 ねぇねぇ、俺らとも仲良くしような?」

 

「あ、えっと……」

 

 言っていることは友人を気にかけるいい人なのだが、アベルには下心が透けて見えた。いつの間にかジャックは先程まで肩を叩いていた手をティーの右肩に回し、顔を近づけて話しかけている。

 ティーはといえば、いつも自分が近づく側だったため、逆に攻められてオロオロしている。その光景はアベルを不快にさせた。彼を突き動かし、今までしたことの無い行動に出るほどに。

 

「ジャック、その手を離せよ」

 

 以前のアベルなら動けなかっただろう。相手との人数差や実力差、そして欲がなかった以前なら。

 しかし今は、厳しい特訓によって実力も自信もついたのだ。新たな力を得ることで調子に乗るのは人の本能であり、そこから欲も生まれる。すなわち、独占欲や庇護欲である。

 

「あぁん?」

 

「……っ、その人は、ティーは……お前なんかが触れていい存在じゃない!」

 

 ジャックの凄みに怯むものの、バロウスからそれ以上の威圧をかけられたことのあるアベルは直ぐに持ち直した。

 

 そして思いっきり、啖呵を切る。

 

 自分の欲望だけは表に出さなかったが、それを見たジャックやその取り巻きのみならず、ティーすらも驚愕した。

 その隙に、魔法を行使する。速射可能な魔力弾をジャックの顔面へ、そして周囲の取り巻きを牽制するために弾幕を張った。

 ジャックは怯み、周囲の取り巻きも不意のことに反応できず避けることに専念している。

 

 作戦がうまくいったアベルはティーの手を掴み、その場から走り出した。

 

「グッ! ってめぇ、アベルゥ!! ふざけやがってぇ! お前らもボサッとしてんじゃねぇ! 追え!」

 

 想定よりも早くジャックが復活する。どうやらあの一瞬で薄い障壁を張っていたらしい。その反応のよさに驚いたアベルは、逆に冷静になった。勢いのままに行動していたが、自分が強くなったとはいえ、やはり相手との実力差がそう簡単に埋まった訳ではないことを思い出したのだ。

 

「ア、アベル。急にどうしたの!?」

 

 一方でティーは混乱していた。アベルがあの人たちと出会ってからおかしくなっていたからだ。先ほどのような怒鳴り声をあげたことは今まで1度もなかった。

 

 その問いに答えることはなく、アベル達は路地裏へ入っていく。そして振り返って風の魔法で砂埃を巻き上げて目眩ましを起こす。

 路地裏の通路は狭くなっているため、その目眩ましをモロに受けてしまったジャック達は足止めせざるを得なくなった。それを確認してアベルとティーは再び走り出す。

 

「アベル!! 必ず後悔させてやるからな!」

 

 背後に響くジャックの怒鳴り声は徐々に小さくなっていった。

 




地元に行けば、顔馴染みくらいいるよね。
というわけでチャラ男ことジャック君です。
彼はハーレムを作ってます。

魔界ならハーレムが公的に認められてても違和感無いね。


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第27話『予兆』

深夜にひっそり投稿。
書けば書くほど文章が変になっていく気がしてくる。
なんなんだろうこの感覚は。

ジャック達から逃げてきたところからです。


「アベル!!」

 

 手が少し引っ張られる感覚とティーの叫び声に、アベルは足を止めた。彼の息は上がっており、訓練で体力がついたにも関わらず全身を酷い倦怠感が襲った。全身から汗も吹き出ている。

 

「アベル。もうあの人達はいないよ。……本当にどうしたの? 急に怒鳴ったりして」

 

 気付けば大通り近くまできていた。手に意識を向けると今までにないほど強くティーの手を握っている。気恥ずかしさからすぐに手を離すが、名残惜しくも感じる。離した手はじっとりと汗ばんでいた。

 後ろからは誰の声も聞こえない。夢中になって走っている間に諦めたのだろうか。それにしては先程の怒り様はそう簡単に諦めるほど生易しいものではなかった。次に会ったときにはろくなことにはならないだろう。

 

「いや、その…………」

 

 アベルはティーの質問に応えることを躊躇った。それに応えるということは自らの恋慕を伝えるようなものなのだから。

 しかし彼女からしてみればジャック達とアベルの関係もわからず、ただアベルが彼等を嫌っているように見える。彼等が怒ったときの様子を見ると何となくその理由も察せられたが、それはあくまで推測でしかない。

 だから彼女はさらに問いかける。

 

「言えるところだけでいいから、教えて欲しいな。言わなきゃわからないよ? ……アベルは大切な人だから、力になりたいの」

 

 彼女の言葉にドキリとするアベル。彼女にそんなつもりはないとわかっているものの、顔が熱くなる。

 アベルは深呼吸をして息を落ち着かせ、過去のジャックのことを話し始めた。

 

「……あいつらは、ジャックが言ってた通り、昔馴染みの知り合いだよ。でも、僕としては関わりたくない奴等だ。何でかは知らないけど、僕に嫌がらせをしてくるんだよ。

 本当に小さな子供の頃はあんなんじゃなかったんだけど」

 

「そうなんだ……。なんで変わっちゃったんだろ?」

 

「さあね。当時は子供だったから向こうの言い分も要領を得なくてよくわからなかったから、知らない。

 あと、さっき怒鳴ったのは……その……ティーが、困ってたからだよ。あんなに馴れ馴れしくされるのは、ティーも嫌だよね?」

 

「あ~……うん。それはそうだね。確かにちょっと困ってた。ふふ。ありがと! アベル!」

 

「はは……。あ、そういばオルトロス達はどうしたのかな?」

 

 なんだか妙な雰囲気になってしまったので、露骨に話題を変えるアベル。ティーも深くは追求することはなく、話に合わせる。

 

「そういえばどうしたんだろ? 1度みんなを呼ぼっか」

 

 ティーが首もとに下げた笛を吹くと、オルトロス3匹が集まってくる。その3匹ともが、少し疲れているように見える。その様子からティーは何をしていたのか悟り、顔をほころばせて3匹を優しく撫でる。

 

「ブレイズ、バーニング、フレア。みんな、ありがとうね」

 

「どういうことなんだ?」

 

「えっとね、たぶんなんだけど、さっき逃げてたときにあの人達を足止めしてくれてたんだと思う。みんな少し疲れてるみたいだし、よく見ると小さいけど怪我もしてるよ」

 

「あぁ、道理であっさり撒けたわけだ。みんな、ありがとうな」

 

 ティーの言葉を聞いて自然と笑みが溢れ、お礼を言うアベルに、オルトロス達は一鳴きして応えた。

 以前聞いたことだが、このオルトロス達は、昔飼っていたオルトロスが何処からか連れてきた子供達らしい。放し飼いだったようなので、外で子を生んできたのだろう。

 先程の混乱の中でも、的確にティーを助けるように動けていたこのオルトロス達に舌を巻く。彼女との絆の深さがよくわかり、アベルは温かい気持ちになる。

 

 そうしていると、いつしか先程までの妙な雰囲気はどこかへいってしまった。

 

「さて! とりあえずみんな無事だったし、気を取り直して次に行こっか!」

 

 パンッと手を叩いてティーは勢いよく立ち上がる。

 

「え? 次って、都市観光をか? あんなことがあったのに?」

 

「もうあの人達は今日は追いかけて来ないでしょ? アベルの家の近くに行かなければたぶん大丈夫だよ! それに、元々私が行きたいところもあったし、ね?」

 

「まぁ、そうかもしれないけど。ちょっと心配だけど……わかった。ただし、危ないところに行くのはダメだからな?」

 

「うん! 都市に来たときにいつも私が行ってる場所だからね、平気平気!」

 

 ティーはアベルの手を取り、引っ張るように道を進んでいった。

 

 その手は未だに少し汗ばんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが私のオススメの店! バズウ魔法店っていうの!」

 

「あれ……? この建物、どこかで見たような……。あ、そうか。最初にティーちゃんと会ったときに運び込まれたところだっけ?」

 

「うん! そうだよ! あの時はあんまりゆっくりできなかったし、改めて紹介しようかなって思って」

 

「たしかに……あの時はゆっくりする余裕もなかったな」

 

 最初にアベルがここへ来たとき、店主と軽く挨拶は交わしたものの長く滞在はしなかった。一時的に寝床を貸してもらっただけで、『起きたのなら』と追い出されてしまったからだ。ティーに友達宣言をされてテンパっていたり、バロウスが恐かったという理由もあって、長居せずにそそくさと帰ったのだった。

 

「バズウおばあちゃ~ん! こんにちは~!」

 

 ティーが戸を軽く叩き、店主の名を大声で呼ぶ。しばらくすると、ギシギシという立て付けの悪そうな音を鳴らしながら、ゆっくりと戸が開いた。

 

「相変わらず元気な子だねぇ。そんな大声出さなくても聞こえてるよ」

 

 中からのっそりと現れたのは老婆の店主だ。その皺だらけで姿勢の曲がった体からは年齢を感じさせない魔力の多さがよくわかる。アベルは、ここ数ヶ月のバロウスとの特訓から、改めてこのバズウと呼ばれる老婆が只者ではないことを認識した。

 特別に肉体が強そうには見えないが、なんというか、底が知れない。

 

「それで、そっちにいるのは……たしかアベルとかいう小僧だね? 嬢ちゃんが人助けをしたあとに珍しく嬉しそうだったからね、よく覚えてるよ。ヒッヒッヒッ」

 

「ど、どうも。お久し振りです」

 

「まぁ、ワシにはどうでもいいんだがね。そんなことより、嬢ちゃん。今日は良いタイミングで来たね。ドロテアが来てるよ」

 

「え!? 本当!?」

 

「ああ、中に居るからとっとと入んな。ワシは奥の部屋にいるから用があったら呼びな」

 

「ドロテア……?」

 

 アベルは小声でその名前を反芻する。どこかで聞いた名だ。それもかなりの昔に。そうなると思い当たるのはおそらく前世の記憶だろう。なんとなく、そんな名前のキャラがいたかもしれない。

 

 バズウと別れて、ティーの後ろから店内へ入ると、壁際にあるソファーに1人のダークエルフの少女が座っていた。その目はティーを優しげな笑みで出迎えていた。

 そしてアベルはその容姿を見てハッと気づく。服装は高級な仕立てのダークエルフのローブであり、官職であればよくある服装なのだが、注目すべきはその両眼だ。バロウスと同じくオッドアイなのである。

 髪は紫がかった艶のある長い銀髪で、その顔立ちは子供と言ってもいい幼さが垣間見える。だというのに、その体型は分厚いローブの上からでもわかるほどに豊満だ。その瞳からは深い知性が感じられ、仕草はひとつひとつに高い気品がある。

 そして極めつけには、炎のような体をした全長50センチメートルほどの2体のかわいらしい赤と青の使い魔が側に控えていた。

 年齢や服装こそ違うものの、こんな存在が今世でいるとすれば思い当たる人物は一人だけだ。すなわち、バロウスと同じく千年戦争アイギスに登場したキャラクターであるドロテアしかいない。

 

 原作で彼女は魔界のダークエルフの女王だったはずだが、アベルの知る限り現王は別の人物だ。やはりゲームの世界とはなにかが異なっているのか、それともまだ彼女が女王になる前の時代なのか。

 

「ティー、久しぶりだな。息災か?」

 

「うん! ドロテアちゃんも元気にしてた? 最近は私も忙しくて、なかなか来れなくてごめんね。だから、今日は会えてうれしいよ!」

 

「ああ、私も中々に忙しくてな。体調は悪くないんだが。今日は運が良い。私もうれしいぞ。元気そうで何よりだ。

 しかしちゃん付けはもうやめてくれないか……。恥ずかしいぞ」

 

 少し怒ったような口調だが、その表情はとても嬉しそうだ。2人の間柄が良い友人であることがよくわかる。

 昔は姉と妹のような関係だったが、今となってはお互いに認め合う対等な関係だ。ドロテアは為政者になるべく勉強しており、そのために口調が尊大なものになっているが、ティーもその事は承知の上だ。ドロテアとしては、もう少し子供扱いをやめてほしいとも思っているが、そうしないティーの変わらぬ態度もまた大事にしたく思っている。

 

「ところで、最近はここに来ることも少なかったらしいが、なにか立て込んだ用事でもあったのか? それに……まさか君が男を連れてくるとはな」

 

 ドロテアの視線がアベルへ向く。その視線は過去、初対面のウンラン達に向けられたものと同質のものだが、その威圧感は他者を観察する訓練をしたものにしか出せない別種の強さを持っていた。

 それに相手は原作キャラであり、かつ現為政者の卵なのだから、アベルが萎縮してしまうのも無理はない話だろう。

 

「そうそう! ドロテアちゃんにも紹介したかったんだ! この人はね、アベルっていうの!」

 

「ど、どうも初めまして。アベルと言います。ええと、ティーちゃんにはいつもお世話になってます」

 

「アベルはね、私の人助けに賛成してくれたんだ! それに、お父さんとお母さんとも仲良くなってるし、優しい人なの。

 それにすっごく頑張り屋だよ! 今は森の番人の仕事をするためにお父さんとバロちゃんの訓練中なんだ」

 

「あー、大体そんな感じです」

 

 半分以上ティーが説明してしまったが、自己紹介をするアベル。

 

「うむ。初めまして。我が名はドロテア。都市の中央部に住んでいる。ティーとは……そうだな、もう10年以上の付き合いになるか。頻繁に会っているわけではないが、こちらも世話になっている。よろしく頼む」

 

「は、はい」

 

「ははは、そこまで堅くなることはない。ここへは休暇で来ているし、その態度を咎めるものもいない。

 しかし、君は真面目だな。それに遠慮がある。真面目なだけの輩ならいくらでもいるが、君のような者は珍しい。褒めるべき点ではないがな」

 

「よく言われます」

 

 ははは、と互いに笑い合う。ファーストコミュニケーションは失敗ではないらしい。成功とも言えなさそうだが。

 

 話の区切りがついたところで、ふとドロテアが周囲を見渡す。

 

「そういえばティーよ、バロウスはどうした? 奴が君達2人を放っておくなど考えづらいが」

 

「……えへっ。実は黙って出てきちゃったの! 今日はアベルもブレイズ達もいるしね」

 

「ほう。それはそれは……ククク」

 

 アベルは今の会話に首をかしげる。まるでバロウスに黙って出掛けた事が後ろめたい事のようだ。ティーが、さも当然のように出かけていたのでよくあることだと思ったのだが。

 

「ああ、アベルはわからないか。バロウスは知っているな? いつもティーにくっついてる過保護な雌デーモンのことだ。あいつは、自覚はないがティーに依存……いや、執着している節がある。そのくせ、自覚が無くそれを認めようとしない。

 何故そうなったのかはこの際重要ではないが、ともかく、いい加減にあの雌はティー離れするべきなのだ、あいつは。ティー本人にすら言われるのだから筋金入りだぞ? ククク」

 

 ドロテアは嘲笑う。ティーも否定することなく苦笑している。つまり、そういうことなのだろう。これはアベルも薄々感じていたことだ。

 魔界という精神に負担のかかる場所で執着するモノを持つことは珍しいことではない。信仰に近いこの執着心は、強大な力を持つ存在や反対に力の極端に弱い存在に向けられたり、はたまた戦いや己の野望そのものに向けられたりする。

 欲望に忠実なデーモンなら尚更だ。

 

「だが、執着すること自体は問題ではない。問題なのは、あいつがデーモンだということだ。

 仲良くするのも結構。しかしデーモンであるあいつとダークエルフである我々は決定的に相容れることができない。

 理由は所属組織と、寿命だ。デーモンの不死性はよく知られているだろう? いずれ、ティーも死ぬ時が来る。どうしようもない敵が現れる可能性も大いにある。

 そして……奴はどこまでいってもデーモンなのだ。たとえ長年ダークエルフと共に生活していたとしてもな」

 

「うん……。寂しいけど、こればっかりはね……。

 バズウおばあちゃんみたいな、すごい魔法使いなら魔法で死ななくなっててもおかしくないけど、私は使えないし。

 だから、ベッタリしすぎるのはよくないって、この前ドロテアちゃんと決めたんだよ」

 

 ティーは伏し目がちになってつぶやく。これにアベルは驚いた。普段から仲の良いバロウス相手に、彼女が自ら距離を置く発言をしているのだから。

 だが、この認識は勘違いでもある。実はドロテアとしては関係を断ってほしいとまで意見していたのだが、ティーが強情なので少し距離を置くだけに留まっているのだ。

 

「加えて、最近どうも森の外がキナ臭い。デーモンの動きが活発になってきているらしい。実際、森の外での発見報告が徐々に増えてきている」

 

「そうなの? 私のところではまだそんな感じはしないけど」

 

「そうだろうな。この事が発覚したのもごく最近だ。今までどこに隠れていたのか知らないが、以前のように弱い個体が少数で徘徊しているたけではなく、上位種の個体が混ざったり、数が増えているようなのだ。

 この件については、あの雌デーモンにも追求の目は向くだろう。なにか知らないか、と。まぁ知るわけ無いだろうがな」

 

 神妙な顔でドロテアは続ける。アベルも、嫌な予感がしてくる。よくよく考えれば、ドロテアの年齢と今の魔界情勢から容易に推測できることが1つある。それは、魔王の復活が近い、ということだ。

 前世の記憶が薄れているアベルでも、アイギスのメインテーマである魔王との戦いを忘れてはいない。たしか、ストーリー序盤ではあまり出てこないが、復活すると凄まじい強さをプレイヤーに見せつけてきたはずだ。

 

 そのことに思いいたり、2人の会話も耳に入らないほどに、アベルは焦燥感と危機感を感じていた。

 




ドロテア様再登場。
でも話し方が難しすぎてわからん。下手すりゃリンネ並。
でも王子との交流で難しい話し方してたのは、為政者として話していたからかもしれない。
プライベートでは少しくだけた話し方、という解釈でお願いします。


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第28話『自覚』

前回のお話。
アベル、ドロテアと会う。
デーモン活発化する。


「ん? アベル、貴様どうした? 顔が真っ青だぞ」

 

「え!? アベル大丈夫? どこか具合悪いの?」

 

 アベルが将来起こりうる、魔王と人間の戦いに恐怖していると、その様子にドロテアは気づいた。

 

「具合が悪いならバズウ師に診てもらうといい。それとも、デーモンの話を聞いて怖じ気づいたか?」

 

「……すみません」

 

「何故謝る? 恐怖とは生存本能の一種だ。オークのような命知らずの戦闘狂ならいざ知らず、我々ダークエルフは多少敏感な方が生き残り易い。恥と捉える必要はない」

 

「はい……」

 

 ドロテアの気遣いはありがたいが、アベルは自らの恐怖心が前世の知識からくるものであり、それ隠していることに罪悪感を覚えていた。

 その知識と現在起きているデーモンの異変に関係があるのか、と言われれば不明だ。すでにこの世界は元の物語とは違っているし、仮に魔王の復活が確定事項だとしても関連性が挙げられない。

 故に、彼は懸念を話さないことにした。

 

「あの、僕は大丈夫ですので」

 

「そうか。何を隠しているのは私の知るところではないが、後悔をしない選択を心掛けるといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場の空気が落ち込んだ後、シンと静まりかえったまま数分が過ぎた。各々に考えることが多く。自然と会話が出ないままの時間が続いた。

 

 その空気を破ったのは、意外なことにドロテアだった。

 

「そういえば、ティーとアベルはいつ結婚するのだ?」

 

「ブハァッ!?」

 

「えぇ!?」

 

 アベルは盛大に吹き出し、ティーも赤くなって動揺する。

 

「なんだ? 随分と仲が良さそうだから、てっきりもうやることをヤってるのかと思ったが、違うのか?」

 

「ち、ちちち違いますよ! その、僕とティーはそういう不純な関係じゃなくて……」

 

「そうそう! 私、そういうことは考えたこともないもん!」

 

「……え」

 

 照れ隠しと、単に恋愛経験の無さから発せられたティーの言葉を、友達以上として見られてないと受け取ったアベルは地味にショックを受けていた。ティーは気づいていないようだが。

 

「ほう」

 

 ドロテアはそんな2人様子を見てニヤニヤしている。

 2人とも、自覚の有無は異なるようだが、自分の心に素直になれない点も似ているらしい。

 

「よし。貴様ら2人ともに私から言いたいことがある。

 だが、この場で話すのも無粋だな……。ティー、まずはアベルと1対1で話をしたい。少し席をはずしてもらってもいいか?」

 

「へ? 何を話すの?」

 

「それをここで言うのは無粋だと言ったのだ。頼む。私が呼ぶまで、バズウ師と話してくるといい」

 

「う、うん。わかった」

 

 何がなんだかよくわかっていないティーだったが、断る理由も無いので大人しくドロテアに従って部屋を出ていった。

 昔からドロテアは博識な子供だったことはティーもよく知る所だ。そんな彼女がたいした理由もなく頼みごとをするとは思えなかったのもある。

 

 ティーが部屋の扉を閉め、足音が遠ざかっていく。そうして静かになったところで、ドロテアは話を再開した。

 

「さて、アベル。貴様なら私の言わんとすることを理解しているな?」

 

「うっ……。たぶんだけど、何でティーと付き合っていないのか、とか?」

 

「うむ……うん? 付き合う? なんだそれは」

 

 ドロテアもアベルも、互いの予想外の反応に戸惑う。

 

「え? 付き合うっていうのは、その、男女が特別な、あー、恋愛関係になることで……」

 

「それは結婚のことだろう?」

 

「あー、その前の段階というか……」

 

「それは今の貴様らの関係だろう。」

 

「いや、だってまだ告白もしてないし……」

 

 2人の会話が噛み合わない。これは互いの、というよりアベルの価値観が未だ現代よりなことが原因だ。彼の過去のことは知らないドロテアだが、少しの間熟考するとおおよそ何が問題なのか理解する。

 

「……アベルよ。貴様は何か勘違いしている」

 

「勘違い?」

 

「そうだ。貴様が言う男女関係は友人と結婚までの間に1つ段階があり、この関係は全て告白等の意思伝達によって進行する。そういうことだな?」

 

「そうですけど」

 

 ドロテアが言ったのはかなり形式ばったものだが、日本の恋愛結婚までの順序を示している。

 

「それがおかしいと言うのだ。いや、おかしいのは貴様の感性か?」

 

「何が言いたいんですか?」

 

「男と女の関係にそんな情に依って立つだけの関係は不要だ、と言っているのだ。比較的世情に疎い私でもわかることだ。

 結婚は有用な関係だ。好き合うもの同士、親密な関係を内外共に強制的に維持するには、法による拘束が簡単かつそれなりに効果のある方法なのだからな。

 だが、貴様のような悠長な考えがいったいどれだけの成果を生む? 子も成さず、前に進もうともしない貴様にあるのは、無惨で孤独な死だけだ」

 

 ドロテアは一息ついてアベルの反応を観察する。ドロテアの意見は魔界のダークエルフではごく一般的な考えだ。アベルはそれを、単に性にだらしない人が多いと言う認識で済ませていたために、正確に捉えられていなかったのだ。

 それこそ、ジャックが手をつけられていないティーに言い寄るのも、ハーレムを作るのも、他より力を持つものなら当然のことなのだ。例外はティーの家族ぐらいである。

 

 強いものの子孫は多く残したいというのは、生物のより原始的な本能なのだから。

 

 しかし、一方でアベルは憤慨していた。表情にこそ出さないが、自分とティーとの関係を否定されたので、内心はドロテアに反発心を抱いているのだ。

 だが同時に、図星でもあった。前に進む勇気がないのは常日頃から自己嫌悪の種となっている。

 そうした心情から発せられたアベルの言葉は、絞り出すような弱々しいものだった。

 

「だったら、どうしろと言うんですか……」

 

「そんなことは、私の預かり知るところではない。前に進めないなら勝手に死ぬがいい。

 まぁ……ひょっとしたらティーも既に誰かの唾つきになっているやもしれんな。ティーは価値観こそ特異だが、顔立ちも体型も戦闘能力も悪くない。おまけに騙されやすい。行きずりの男にうまく言いくるめられてしまっても不思議ではない」

 

「そんな! ティーはドロテアさんの友達でしょう!? なんでそんな侮辱するようなこと言うんですか!」

 

「では、無いと言いきれるのか?」

 

「うっ……」

 

 アベルが思わず怒りの声をあげるが、ドロテアの態度は凪ぎのように落ち着いたまま変わらない。一睨みされるだけで彼は萎縮してしまう。

 

「あれも強情でな、私と雌デーモンが言い聞かせても直らんのだ」

 

 はぁ、とドロテアは瞑目してため息をつく。思わず溢れた彼女の愚痴に、はりつめていた空気が少し緩むと、アベルは少し冷静になることができた。

 そしてようやく思い出す。今日起きたことだ。すなわち、ジャックとのいざこざである。

 

 アベルは思い出す。あのとき、ジャックがティーの肩に手を回し、馴れ馴れしく話しかけていた様を。

 

 アベルは思う。あのとき、自分が止めなければ、自分がいなければどうなっていただろう? ティーが嫌がるなら、オルトロス達が何とかしてくれるかもしれない。しかし騙され、嫌がらなければ? 結果は想像に難くない。

 

「どうやら、貴様も何か心当たりがあるらしい。なら、この話はここまでだ。

 後は、自分の後悔のないようにするといい」

 

 ドロテアは話を切ると、彼女の使い魔2体がアベルを持ち上げて、部屋から無理矢理追い出してしまった。

 追い出されて尻餅をついているアベルは、俯き、ドロテアに言われたことを考えていた。

 

「僕は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ティー。一応聞くが、私が何を言いたいのかわかるか?」

 

「えー……っと、わかんない」

 

 アベルが追い出された後、ドロテアの使い魔達はティーを連れて部屋へ戻った。その際に彼女はアベルとすれ違ったが、何か真剣に考えているようだったので、話しかけることは憚られた。

 

 そして彼女も彼と同様にドロテアと面談を始めたのだった。

 

「わからないのは心当たりが多すぎるからか、それとも本当にわかっていないのかどっちだ?」

 

「むぅ……さっきのことだとは思うけど」

 

「そうだ。実際、ティーはどうしたいんだ?」

 

「アベルと結婚するのかどうかってことだよね? うーん。考えたこともなかったからなぁ」

 

 ティーは頭を捻る。今まではバロウスと同じような気持ちでアベルと接してきたのだ。急に男女としての関係を想像することもできなかった。

 

「なら、仮に結婚しないならこの先どうなるか、想像にしてみるといい」

 

「うーん、今のままなんじゃないかな」

 

「そう思うか。では、結婚したとして、どうなるか想像してみよ。ティーが結婚した人とするであろうことを、相手が彼奴だと置き換えてな」

 

 少し想像して、ティーは顔を真っ赤にしてしまう。

 結婚とは、共に生活すること。それは互いの距離を今以上に縮め、互いが相手の生活のなかに入り込んでいくということだ。何をするにも、彼が隣にいる、ということで大きな間違いはない。

 さらに、子を生むのも重要な要素だ。必然的に、『繁殖行為』もすることになる。

 

 この想像は、男性との交流が少なかったティーにはダメージが大きかった。

 

「どうだ? しない場合と、する場合。どうなりたいのか、答えは出たか?」

 

 そういえば、とティーが思い出すことがある。今日起きたジャックとのいざこざから逃げたとき、彼の手を握っていると妙に鼓動が激しくなっていた気がする。

 走ったせいかと思っていたが、あの程度で疲れるほど柔な訓練はしていないし、何より息が乱れていないのに汗だけはよくでていた。

 

「う~……。そういう、ことなのかな?」

 

「私にはわからん。

 そうだ、まだ踏ん切りがつかないのなら良いものをやろう。といっても、この店の商品だがな。

 たしかこの辺りに……あった。この香をやろう。嗅ぐと自分に素直になれる効果がある。ティーなら、そういうのは得意だろう?」

 

「……うん。うん! わかった! ありがとう! ドロちゃん! これ使ってみるね!」

 

「ああ。二人っきりのときにでも使うといい」

 

 彼女は未だに自らの本心をはっきりと自覚していない。ドロテアに言われ自分がアベルと恋仲になりたいと思っている、かもしれないという程度の認識だ。

 しかし香を使うことに抵抗がなく、子を生むための行為にも嫌悪感がほとんどない時点で、ほぼわかりきったことではあるのだが。ドロテアもそのことには気づいているものの、流石にそこまで言うのはでしゃばり過ぎと言うものだろうと、自重した。

 

「さて、この話はこれで終わりなのだが……久しぶりの再開だ。アベルには悪いが、2人で話したい話題が数多くある。もうしばらく話に付き合ってもらえないか?」

 

「あはは、うん! いいよ。私もいろいろと話したいことあるしね」

 

「そうこなくてはな。なら、一先ずお茶を入れてこよう」

 

「あっ、私も手伝う!」

 

 こうして、2人きりの時間を使って互いの近況を遅くまで語り合った。

 




ドロテアの恋愛相談室編でした。
価値観の違いって難しい。
ドロテアは辛辣ですけど、アベルのためを思って言っているので許してあげてください。


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第29話『溝』

お待たせしました。
ようやくバロウスにスポットライトが戻ります。


 バズウ宅訪問から帰ってきた次の日。

 

 アベルの部屋でバロウスは2人に尋問を行っていた。

 

 アベルによる証言はこうだ。

 

「いや、違うんです! こんな展開予想も想像もしてないですって! 確かに、ティーのことは好きでしたし、これからも、その、愛してますけど! だからっていきなりこれはないでしょう!?

 え? ならなんで僕から襲ったのかだって? そんなの僕だってよくわからないですよ! ただ、ティーと話をしていたら急にムラムラしちゃって……。そんな目で見ないでください! あの日の僕はおかしかった! いつもなら我慢できてたはずなんです!

 あ、バズウさんから貰った『疲労回復と滋養強壮の効果がある薬』を直前に飲んだからかもしれません! そうに違いない! でもあの薬、連日の訓練で疲れてるって、僕が言ったから渡してきた物だったんですよ!? そんなの、普通の体力回復薬だと思うじゃないですか!

 それに、最初に手を出したのは確かに僕ですけど、告白してきたのは彼女の方からですし! ……ヘタレとか言わないでください! わかってますよ! そんなことは!

 とにかくこれは合意の上です! 僕は悪くない!」

 

 

 

 そして、ティーによる証言。

 

「あ、あはは。その、つい勢いにまかせちゃって。でも、もう自信を持って言えるよ。私はアベルが好き! きっかけはちょっと乱暴だったかもしれないけど、アベルって放っておけないし、最近はカッコイイところも、ね?

 ……んー、なんか疑ってるよね? あの日だって、私を守ろうとしてくれてたし、前よりは度胸もついてるし! カッコイイよ!

 え? なんで私から告白したのかって? んーと、まぁ確かに直前までは少し悩んでたけど、ドロテアちゃんから貰った香を炊いてね、アベルと話をしてたら、こう、ガーッとなっちゃった。あはは、もう好きって気持ちが抑えられなくなっちゃったの。

 そうしたら押し倒されちゃった。いつも物静かなアベルが急に襲ってきたからびっくりしたけど、嫌じゃなかったし、むしろ嬉しかったかも。ふふふ。

 それに、最初も言ったけど、アベルって放っておけないでしょ? ちょっと前までは会う度に倒れてたしね。私が支えてあげないと駄目だと思う!

 だから、私がいいって言ってるんだから、アベルを許してあげてよ、バロちゃん!」

 

 必死の弁明を続けるアベルと、ニコニコしながら惚気るティー2人を相手に、バロウスはキレそうだった。

 

 アベルがティーを襲ったこと、自分が放っておかれたこと、ピンク色の雰囲気を漂わせて惚気られていること、そんな2人を見ていることしかできないこと等々、理由を挙げればキリがない。

 

 ついでに、あとでドロテア達は絞めておくことも決意する。よくも余計な真似をしてくれたな、と。

 

 こんな状況に陥ったのは訳があるのだが、部屋の状態を見れば一目瞭然だった。

 

 まず、窓は全開されていた。何故なら、部屋全体に立ち込める、香やらナニやらの濃厚な匂いを換気するためだ。この匂いはバロウスも覚えがある。インプの頃は日常的に自分の体から匂っていたし、今もヘンタイから時々匂ってくる。

 ベッドは乱れに乱れまくっていて、もはや全て洗わなければいけないほどに汚れている。

 部屋のいたるところに謎のシミができているし、いったいどれだけ激しくしたのか。

 

 この日、ティーとアベルが起床時間になっても起きてこなかったので、バロウスが呼びにいったのだ。結果、この惨事を慌てて片付けている2人を目にすることとなった。

 それを見てドン引きしている彼女を後ろから眺めていた夫婦は昨日の時点でこうなる察しはついていたのだろう。……いや、これだけめちゃくちゃに盛っていたのなら声も音も家中によく響いたに違いない。間違いなく、親2人は知っていてバロウスを向かわせたのだ。

 

 彼女が息を詰まらせながら絞り出した疑問の声に、2人は冒頭の反応を返した。怒ればいいのか、悲しめばいいのかはわからないが、とにかく彼女はキレそうだった。

 ティーの態度は変わっていないが、アベルを見る目は特別なものに変わっていた。それこそ、彼女を越えるほどに。

 彼女は無自覚だったが、執着していた対象が他人のものになっていたのなら、男女の性差に関係なく、つらい。胸にぽっかりと穴が開いたような気分になっていた。

 ただ、以前の関係には戻らないような気がした。

 

「アベル」

 

「は、はい!?」

 

「ティー」

 

「なに?」

 

 しかし弱みを見せるのは彼女のプライドが許さない。とくにこんな他者との関係では。それは例え信頼を覚えたとしても同じことだった。

 

 “他人になめられたくない”

 

 そういった、ごく単純な自尊心が、彼女の行動を決定付けたのだ。

 

「……早く掃除してよね。2人とも、今日の予定はもう押してるんだから」

 

 だからこそ、彼女の発した言葉は素っ気なく、短いものだった。

 そのまま部屋を出ていくバロウスを、その場にいる全員が信じられないという心境で見送った。

 

 アベルは数発、なんならボコボコになるまで殴られることを覚悟していたのだが、拍子抜けした思いだった。

 ティーも、何の相談もなしに話が進んだのだから怒鳴り声くらいは受けるだろうと思っていた。

 

 彼らの予想通りの展開になることも十二分にあり得た話だ。しかし心とは曖昧なもので、不安定な時こそ、どう転ぶかはわからないものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バロウスは、魔界の森の自分の家へ、歩いていた。しっかりと踏みしめて歩いているものの、どことなく彼女には覇気がない。

 時折振り返っては、誤魔化すように周囲を警戒して歩みを進めていく。

 

 彼女が自宅へ着くと、そこにはヘンタイがいる。同じ家で暮らしているので当たり前なのだが。

 

「あ、姐さん。早くメシ作ってくれよ。腹へったぜ」

 

 ヘンタイは明らかに様子のおかしいバロウスに気づくことなく、相変わらずの調子である。

 

 そのことに彼女は、なぜか無性に腹がたった。

 

「ねぇ。ちょっと試したいことがあるから、表に出て」

 

「はぁ~? 先にメシにしようぜ!」

 

 バロウスの誘いをヘンタイが拒否するが、その瞬間、カーンという甲高い音が鳴り、ヘンタイは頭を押さえて踞る。バロウスの手には細長い魔力で作られた棒がある。これでヘンタイの頭の角を下からの掬い上げるようにぶっ叩いたのだ。

 

「うおおお……目が回る!」

 

「あなたに拒否権なんて無いから。私の言うことにはただ従ってればいいの! わかった?」

 

 そういって、ヘンタイの返事を待つことなく、その腕を掴んで、外へ引きずり出した。

 

 家の前の広い空間に出て、ヘンタイから手を離し、距離をとって向かい合う。いつもの模擬戦のときの立ち位置だ。彼女が手に持っていた棒も、刃を潰した模造剣に変わっている。

 ヘンタイも既に回復しているので、すぐに立ち上がる。

 

「いってぇ~な~。何なんだよ姐さん。いきなり説明もなしに」

 

「うるさい。あなたは訓練の相手になってればいいの」

 

 バロウスは説明も煩わしいという様子で言葉を切り、作り出した模造剣を振りかぶって、ヘンタイへ叩きつける。

 

「おっと」

 

 しかしヘンタイも伊達に長年バロウスと訓練していない。軽くいなして反撃に出る。

 

 そうやって、少しの間攻防のやりとりが行われた。

 お互いに相手の呼吸を理解している分、それは演舞のような調和があった。

 

 バロウスの剣だけでなく全身を使った舞うような攻撃をするたびに、彼女の絢爛な服装が羽根のように翻り、それを筋肉質なヘンタイが演者の舞台のように受け止める。

 

 もちろん、彼女は手加減している。全力のパワーを使えば、ヘンタイの見よう見まねの受け流しなど意味をなさない。だがそれでは技術が身に付かないので力を抜いているのだ。

 

 しばらくして、お互いが弾かれるように距離をとる。一通りの動きが終わって、仕切り直すのもいつものことだった。

 普段はここからバロウスが本気を出してヘンタイが調子に乗らないように痛め付けるのだが。

 

「……今日はこのくらいにしとく」

 

 バロウスは剣を下ろし、構えを解いた。ヘンタイは、これもブラフかと構えは解かなかったが、彼女は何の行動も起こさず、彼の顔をじっと見つめているだけだ。

 

 ヘンタイは思わず顔を反らした。彼女の眼を直視していたらいつ操られるかわからないのだから、彼にとってはごく普通の行動だ。特に模擬戦中なら尚更である。

 視界の端に彼女の影を入れるようにして彼は動きを待つ。

 

 だがその影が、ジャリ、という砂を踏む音を鳴らして動くと、音は遠ざかっていく。彼が顔を上げた頃には、影は森の方へ消えてしまっていた。

 

「なんなんだ? 今日の姐さん。ダークエルフの家に行ってから変だな? でも、よくわからねぇな」

 

 ヘンタイの疑問の声に答えるものはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バロウスは森の中を走っていた。目的地があるわけではない。ただ、無性に体を動かしたかった。少し走った程度では全く疲れなど感じることはないが、とにかく走った。

 その顔は感情を削ぎ落としたように無表情だった。

 

 気がつくと、森の外が視界に広がっていた。いつのまにか森を抜け出すほど移動していたのだ。

 久しぶりに見た森の外は以前と全く変わっていない。ただ、ただ、荒れ果てた土地に、どういう原理で支えているのかもわからない細い石道が、橋のように宙を通っている。その道の下は何もなく、闇が広がるのみだ。

 

 彼女はその光景を、ボーッとして見ていた。特に何かを考えるわけでもなく、その懐かしさに浸っていた。

 今日の魔界はいつもより静かだ。今のように警戒の色の薄い彼女は絶好のカモなのだが、周囲には奇妙なまでに何もいなく、彼女独りしかその空間に存在していないかのようだった。

 魔界の風は物質界のそれとは違い、非常に穏やかで、木の葉の擦れる音すら聞こえてこない

 

 だが、いつまでも同じではいられないのは世の常だ。しばらくすると遠くから、何かの集団が此方へやってくるのが見える。軽く見ただけでも数百体以上の影がある。

 

 これだけの組織力を維持できるのはそうそういないが、数を揃えるだけならゴブリンやオークの可能性が高い。

 ゴブリンは言わずもがな、なに相手でも孕ませて増えることができる。

 オークは基本的に戦闘のことしか頭にないし、他種族を孕ませることもないが、何故か数だけは多い。恐らく彼らの里内部で雌は子を生むのが仕事になっているのだろう。戦闘に参加する雌が少ないあたり、そう予想できる。

 

 しかしそんな彼女の予想に反して、近づいてくる集団は全く違うものだった。

 

 デーモンだ。

 

 デーモンの大集団が近づいてくるのだ。これだけの数が動くのは、どこか目的地があるということなのだが、この先には森と、ダークエルフの都市しかない。

 

 彼女は焦った。こんな数のデーモンが森近郊に集まっていることもそうなのだが、その集団の中心にひときわ目立つ存在がいたためだ。

 

 他のデーモンの倍近い背丈に、その灰色の体は巨漢としか言えないほど太く、大きい。その右手には人の身長ほどもある巨大な槌をもっており、尋常ではない筋力を持っていることがわかる。さらに頭には王冠のように金色の角のようなものがついている。

 

 それはグレーターデーモンと言われる存在だ。魔王封印以降、現れたことがなかったので彼女は過去に会ったことはないが、バズウから話は聞いたことがあった。非常に高い生命力と筋力に優れたデーモンであり、生半可な防御はほとんど意味をなさないらしい。

 そして他のデーモンよりは狡猾で知能が高く、ああやって集団の頭となるのだ。

 

 はっきりいって、厄介以外の何者でもない。他者を見下し、弱者に力を与えて傀儡とすることもしばしばある。その傀儡さえも、飽きれば迷いなく切り捨てる冷徹さがあるのだ。

 そのうえで、力で味方を増やすのだから、たちが悪い。

 

 しかも最悪なことに、ここは開けた荒れ地だ。こちらが向こうに気づくなら、向こうもこちらに気づくのは道理であった。

 一部のデーモンが彼女を指差し、グレーターデーモンに何かを言っている。その直後、彼女はグレーターデーモンと目が合った。

 

 こうなっては、まだ距離がある今のうちに逃げた方がいい。デーモン達は間もなく彼女のところまで来るだろう。

 だが一方で、情報を集めることを重視するなら、同じデーモンである彼女が聞き込みをするべきだろう。最終的に敵対することは避けられないかもしれないが、それまで騙し、逃げればいい。

 

 そして彼女が選択したのは……後者だった。すなわち、デーモンが来るのを待ったのだ。

 

 幸い、すぐ背後には森が広がっている。デーモン達よりかは遥かに地理に詳しいため、いかに数が多かろうと撒くことは難しくないだろう。森はただ地形が入り組んでいるだけでなく、危険な生物が山ほどいる。それらは天然のトラップとして使えるのだ。

 

 デーモンを待った彼女の選択は、自らの実力に対する自信の現れなのか、それとも他に考えがあったのか。

 

 しかし、この選択は後の彼女に大きな影響を与えることとなる。

 

 

 




ジューンブライドですね。

自分は昨年取り逃した嫁リンネを取るために貯めておいた石400個程度を全て食われて終わりました。
最後の10連で昇格演出から嫁リンネは出たのでよかったです。


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第30話『既視感』

今更ながら、最初の話はプロローグじゃなくて第1話にするべきだったと思った。


 バロウスの目の前にデーモンの集団がやってくる。先頭にいるのはグレーターデーモンだ。

 

 正直なところ、彼女はこの遭遇自体には然程危機感を感じていない。後々のことを思えば面倒事になるのは目に見えているが、今のみに限定すればそうでもない。

 理由は簡単。グレーターデーモンよりも強い存在を知っているからだ。いわずもがな、魔神ラクシャーサのことである。それと比べれば、たいした相手ではない。

 

 故に、彼女はその小さな体躯に似合わぬ尊大な態度でグレーターデーモンと相対した。

 

「ふむ。こんなところに雌が一匹でいるのも珍しいと思っていたが、なるほどね。まぁまぁの魔力を持っているみたいだね」

 

「そういうアナタも、その膨れ上がった筋肉はすごいよね。顔も膨れちゃって、まるでボアみたい」

 

 グレーターデーモンはバロウスの返答に顔をしかめる。ボアと言えば魔界でもかなりのパワーを持つ生き物で有名であるが、畜生と同列というのは、決していい意味ではない。

 さらにその声には畏怖の色が全くなく、煽られているようにしか感じられない。

 

「……気に入らないね。いくら魔力を多く持っているからといって、君のような小娘がワシと対等だと思っているのかね? 殺すよ?」

 

 グレーターデーモンが殺気を飛ばす。それに当てられ、背後のデーモンも慌ててバロウスを取り囲む。

 

「へぇ、とっても盛大な歓迎ね? 仲間に頼らないと小娘一匹も殺せないの? プッ」

 

 あくまで、挑発的な態度を崩さないバロウスである。

 

 彼女は下手に出るつもりはまったくなかった。そうすると上下関係を認めたも同然であり、それは屈服するということで、受け入れられることではない。要は、こんな筋肉ダルマの極みのような奴にひざまずきたくない、というプライドのためである。

 それに、仮に下手に出て一時的に仲間のふりをするとしても、今後の行動が制限されるのは目に見えている。

 そんな、自らの意思の外で物事が進むような状態は、今の彼女には耐えられないのだ。

 

「はぁ……身の程をわきまえないと後悔することになるというのに。度し難いね。

 ここで動けなくなるまで君を痛みつけて、我々の奴隷にでもなってもらうとするか」

 

「あいにく、アナタ程度にやられる私じゃないよ? ブタさん♪」

 

「……偉そうな口を利くのはワシの攻撃を耐えてからにしたまえ!」

 

 いい加減に頭に来たグレーターデーモンはその大槌を振りかぶり、上段からバロウスへ叩きつける。明らかに殺しかねない勢いだ。少なくとも並みのデーモンは一撃で絶命するだろう。

 しかし当たると思われたその瞬間、バロウスの片眼が輝くと、彼女を包むように魔力の壁が生まれ、その攻撃は阻まれてしまう。衝撃は、彼女の障壁を伝って地面へと流れ、小さなクレーターができるように土埃が舞い上がる。

 そして、メキッという音が鳴り、グレーターデーモンの大槌の柄が曲がってしまった。

 

「な、なんだと!?」

 

「ふぅ、本当に馬鹿力ね。ちょっとヒヤッとしちゃった」

 

 驚愕して狼狽えるグレーターデーモンと、冷や汗をかきつつも余裕のあるバロウス。周囲のデーモン達も驚き、ざわめいて見ていることしかできない。

 

 正確には、バロウスの余裕はハッタリだ。障壁の堅さを高めるためにそれなりの魔力を消費したし、反撃をする余裕もなかった。殴られ続ければやがて負けてしまうだろう。

 

「理解した? アナタ程度の攻撃じゃ私には届かないの」

 

 だがそんなことはおくびにも出さず、バロウスは優位性を主張する。

 

「……うーん、まさかこんな奴がいるとはね。武器も壊れちゃったし、今日は仕切り直しか」

 

「仕切り直し? そういえば、アナタ達この先になにか用でもあるの? 『答えなさい』」

 

 ついでとばかりに、彼女は魔眼の力で催眠をかける。

 

「む? ……それは勿論、ダークエルフの里へ攻め込むため……いや、違う。なんだ、これは?」

 

 一瞬催眠にかかったものの、やはり上位のデーモンには効きが悪いらしく、すぐに目を覚ましてしまう。

 しかし、重要な情報は手に入れた。

 

「ふぅん? ダークエルフの里にねぇ。面白そうじゃない」

 

「チッ、ワシに催眠をかけるとは……よっぽど自分の命がいらないみたいだねぇ。物理攻撃は効かなくても、君程度を捕まえることくらいわけないとわからせてあげよう……ふん!」

 

「!?」

 

 その瞬間、グレーターデーモンは素早くバロウスへ手を翳すと、その手から雷撃が放たれた。

とっさに障壁を作る彼女だったが、初動の差で不完全なものになってしまう。減衰はしたものの、胴にくらってしまったのだ。雷撃のせいで一瞬体が痺れ、バロウスは体勢を崩してしまう。

 

「さぁデーモン達よ! そのクソ雌を捕らえるのだ!」

 

 その隙を逃すグレーターデーモンでもない。即座に周囲のデーモンに号令をかけ、数による捕縛を試みる。

 一瞬の戸惑い間のあと、デーモン達は一斉に中央のバロウスへ殺到した。

 未だ体を満足に動かせない彼女は、押し倒され、全身を手で捕まれて拘束される。

 

 ……となると、グレーターデーモンは予想していたのだが、残念ながらそうはならなかった。

 

 デーモンが殺到する直前、バロウスの折り畳まれた翼の僅かな隙間を通るように、ジェット噴射のような魔力が噴き出したのだ。

 その結果、彼女の体は勢いよく浮き上がり、空高く飛び上がってしまった。さらに周囲に砂埃を舞いあげて目眩ましとするオマケ付きだ。

 

 とにかく脱出を第一目的としたせいか、空中での姿勢制御はできないようで、そのまま彼女は切り揉み回転しつつ放物線を描いて宙を舞った。

 しかし、やがて麻痺から復帰したバロウスは翼を広げて体勢を立て直すことに成功し、森の中へ消えてしまった。

 

 そのあまりにも素早い逃走劇に、流石のグレーターデーモンも唖然としてしまう。

 

「クッ、本当に厄介な奴だ。……今から追いかけても逃げられそうだね。奴はあの狭い森の中へ飛んで入っていたから森には慣れていそうだし、策がなければ追い詰めても逃げられるか」

 

 グレーターデーモンは歯噛みする。今回は完敗だった。こちらは情報が抜き取られて武器も壊されたというのに、得た情報といえば彼女が高い魔力と技術を持っていることと、この周辺を根城にしているだろうという推測程度だ。

 

「それにしても、あの魔力。かなり眼に集中していたが……なにか引っ掛かるね。少し調べてみるか。

 それと、森は一応ダークエルフの住み処を囲っているはず。その中を熟知しているということは……ダークエルフと知り合いなのか?」

 

 グレーターデーモンは思案する。得られた情報は少ないが、分析は必要だ。

 女神の魔王を封印する力が弱まり、デーモンや他の魔物が次々と復活している今、ダークエルフのような下等生物をいつまでものさばらせるわけにはいかない。魔界の支配者はデーモンなのだから。

 

 しかし状況が悪いのは、不本意ながら認めざるを得ない。

 わざわざ今日まで、別の方面では敢えて見つかってダークエルフ共の注意を向けさせ、こちらの方面からの偵察が見つからないように細心の注意を払ってきたのだ。

 そうしてノーマークの方面から奇襲をかけるという作戦だったのだが、たまたま居合わせた1匹の雌程度に崩されるというのは、腸が煮えくり返る思いだった。

 

「チッ、ムカつくね。もうしばらく戦力をためるべきか、こちらの情報が流れるまえに叩くべきか。……いや、どうせデーモンはどんどん復活しているんだし、ダークエルフが支配されるのも時間の問題かな? ここは様子を見るか。

 ……それにしても、あのクソ雌め! 次にあったら地獄を見せてあげるよ! 覚悟しておくといい!」

 

 そう決意したグレーターデーモンは、肩を怒らせながら、部下を引き連れて引き返していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ、と」

 

 グレーターデーモン達が引き返した頃、バロウスは静かに地面へと降り立った。森の境界付近を沿うように飛行し、撒いたことを確信する。直線的に家へ向かって飛んだわけではないので、仮に進行方向を探られても問題はないだろう。

 

「もう大丈夫かな? それにしても、グレーターデーモンがダークエルフを襲おうとしててたなんてね。

 早くティー達に伝えないと……でも……」

 

 ダークエルフに危機が迫っていることを伝えなければと、家へ足を向ける彼女だったが、すぐに暗い顔になって足を緩めてしまう。

 なにせ、つい先程逃げるように家を出てきたのだ。グレーターデーモンとのやり取りで頭が冷え、少しは客観的に考えることができるようになったものの、むしろ自分が情けなく思えてくる。

 

 ただ、ティーに思い人ができた。それだけのはずなのだ。

 その相手がアベルなのは少々気にくわないが、いつかはそういう相手もできるだろうとは予想していたことだ。

 

 わかっていたことだというのに、こんなにも、足取りが重い。

 この時、バロウスはティーに対する自らの執着心をようやく自覚した。

 

 自覚して、否定しようとした。

 他人を信じ、頼ることの大切さは理解している。ティーがその筆頭であり、今ではプルプレアやウンランにドロテア、バズウにも一種の信用を寄せている。

 

 しかし執着となると話は別なのだ。

 たしかにティーは大切な存在だが、そう思う気持ちとはまた違うように思える。真に大切なら、幸せそうに結ばれたことを話す2人に不快感を持つはずがない。

 

 ならばなぜ? なぜ、こんなにもティーに執着するのか。

 自問自答するも、自ら知りようもない内面というのは存在するもので、ついぞ答えが出ることはなかった。

 

 ゆっくりした足取りのまま歩いていると、突如、背後からガサガサという音が鳴った。獣か? と彼女が振り返って観察すると、向こうから近づいてくるのは、2つの見慣れた影。

 

「ティー……」

 

 ポツリと呟いたその名は、今の彼女の頭の中を占める張本人である人物だった。その彼女が、オルトロスのブレイズに連れられて一直線にバロウスの元へやってきたのだ。

 

 バロウスは喜びの気持ちが沸いてくるのを自覚し、遅れて不安感が押し寄せてきていた。何を話すべきなのか、混乱している間にティーは彼女の目の前に降り立つ。

 

「バロちゃん! こんなところにいたの? 探したよ」

 

「え? 私を、探してたの?」

 

「うん。なんかいつもと様子が違ってたから。そのあとバロちゃんの家に行っても居ないし、ヘンタイさんも心配してたよ。なにかあったのかなって。

 だから森の中をブレイズに手伝ってもらって追いかけてきたんだけど……大丈夫?」

 

 ティーは心底、心配そうにバロウスを見つめた。

 

 バロウスは、歓喜と自己嫌悪が混ざりあってしまう。自分が他人からの気遣いに喜んでしまうことに浅ましさを感じたのだ。媚びていると言ってもいい。

 

「バロちゃん。私には何があったのかわからないけど、話してみてよ。私じゃ力になれないかもしれないけど、ヒントくらいは出せるかもしれない!」

 

 俯くバロウスの両肩に手を置き、優しく語りかける。そうしていると、彼女は不思議と安心感に包まれてくる。

 たしか、以前にもこのようなことがあったと、バロウスは思い出した。それはまだ彼女らが出会って間もない頃、ただ単にティーを大切だと気づき、護るだけで満足していた頃だ。

 あの頃も、自分の気持ちを受け止めきれずに自分は項垂れ、ティーは包み込んでくれていた。年を経ても、関係は変わらないらしい。

 

(いつも、こうなるのね……。ティーには勝てないや)

 

 バロウスは心の中で自嘲し、その変わらない安心感に身を委ねた。

 

 またひとつ、彼女を覆う殻が剥がれ落ちる。

 

 そうしていると、いつの間にか、口から聞きたいことが滑りでていた。

 

「ティーは、アベルのこと、どう思う?」

 

「ん? 好きだよ」

 

「じゃあ、私のことは?」

 

「バロちゃんも好きだよ」

 

「……アベルとは、どっちが上?」

 

「どっちが上とかはないかなぁ。アベルは男の人として好きだし、バロちゃんは友達として好きだし。選べないよ」

 

「……それって、どう違うの?」

 

「え? えーっと、アベルのは、うーん、なんていうか……アベルのことを考えると勝手にドキドキしてきて、ギュッて抱き締められるとどうしようもなく幸せになってくるの。

 バロちゃんは、恋って知ってる?」

 

「恋? ……まぁ、知識としては。特定の雄と雌が番になるために起きる発情のことでしょ?」

 

「うぅ~ん、言われてみれば、そうなるのかな? でも、それって好きな人にしか起きないことなんだよ!

 アベルへの好きは、たぶん恋なんだろうなぁって、思う。私も今までは、お父さんとお母さんの話を聞いただけだったから、恋ってよくわからなかったけどね。

 でも今はわかるよ。これが恋なんだって」

 

「……それって、そんなに良いものなの?」

 

「私は、いいと思う。というより、誰かを好きになるって、それだけで素敵なことだよ。恋も、それと同じだと思う」

 

「そっか……」

 

 バロウスはそこで一度、言葉を区切る。

 そして改めて、自分の心と向き合ってみる。

 

 そこにある、ティーへ向ける感情は、やはり執着心だ。決してティーが語る恋のような、素敵なものではない。

 

 今までなら思考はそこで止まっていただろう。しかし今なら、その先を考えることができる。

 自分の気持ちは素敵なものではない。だが、だからこそ、彼女はそうした素敵なものを欲しいと、願わずにはいられなかった。

 

 他人を好きになる。ただそれだけのことが、こんなにも難しいなんて、知らなかったのだから。

 




ついにここまできたか~、という気持ちになる。
そろそろ大詰めが近い。
まぁ、あと10話くらいは続くと思いますけど。


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第31話『侵食』

また間が空いてしまい申し訳ない。

■あらすじ
ティーとアベルが結ばれて、
バロウスは傷心のなかグレーターデーモンを返り討ちにし、
ティーがバロウスを慰めた。



 自らの願いを自覚したあと、バロウスはグレーターデーモンのことをティー、ウンラン、プルプレア、バズウとついでにヘンタイに伝えた。ドロテアは会えなかったので直接は言えなかったが、おそらくバズウが伝えていることだろう。

 

 ティー達は直ちにこれを都市の中央へ報告。以前からデーモンの発見例が増えていたのもあり、これはすぐに聞き入れてもらえた。

 なお、バロウスは余計な波風を立てるわけにもいかないので、自らの発見であることは秘匿していた。それにはウンランやプルプレアも賛成し、彼女が表立って動くことは終始無かった。

 

 しかし、流れはいいようには動かなかった。

 

 まず、中央はその報告を受けて、すぐさま都市周辺の警備や防衛を強化した。見回りを増やし、迎撃設備も増設し、といった具合にだ。

 しかし、一向にデーモン達が来る気配はなかった。それもそのはず、デーモン達は先のバロウスによる反撃を受けて戦力の強化中なのだ。相変わらず都市周辺を彷徨くデーモンは散発的に発見されるものの、グレーターデーモンが出てくることはなかった。

 

 そうして時が経つと、気の緩みというものはどうしても生じるものだ。気が緩むと危機感が薄れて楽観的になり、徐々に、グレーターデーモン発見の報告は嘘ではないか、という意見が中央から現れ始めた。

 

 さらに、気の緩みは余計な思考をも生む余地を与えた。

 

 ついに、バロウスのことを言及する声が上がり始めたのだ。長年大人しくしていたバロウスだったので、すぐさま疑われることはなかったのだが、どうにも状況が悪かった。

 グレーターデーモン発見の報告がされたのがバロウスと仲のいい家族からであることから、猜疑心が芽吹いたのだ。そしてデーモン種への偏見がその芽の成長を加速させた。偏った思想というのは人を盲目にするもので、あることないことを吹聴する輩が現れるのも時間の問題だった。

 やれ雌デーモンはグレーターデーモンと繋がっているだのあの家族は操られたか裏切っているだのといった噂が、都市へ流れ始めたのだ。

 

 わざわざ襲撃する側がそれをばらすようなことをするのか?という疑問の声も上がったが、都合の悪いところは見ないようにするのが人情であり、黙殺された。あれこれ理由をつけるのは簡単なことで、それらしい理由付けで容易く無視されてしまったのだ。

 

 デーモンを嫌悪するダークエルフは少なくない。だからか、その噂はすぐに広まった。流石に同族であるティー達を疑う噂はそれほど広まらなかったが、その分バロウスへ皺寄せがくることになった。

 

 その結果、グレーターデーモン発見から約1年で、バロウスは都市への出入りができなくなってしまった。

 バロウス本人は都市に出入りすることが元々少なかったため、ほとんど気にしていないのだが、やはりティーには気になった。

 

 都市へ行けば噂をする人へ抗議するようになり、それにキレた相手とひと悶着あることも少なくなかった。アベルがいつも一緒にいるので、そういうときは彼が場をとりなしているが。

 ついでにいうと、たまにジャックが絡んでくるのだが、運がいいのか今のところは大事に至っていない。

 しかし、都市の治安が悪いことは別の問題も孕んでいた。

 

 文字通り、ティーは孕んでいたのだ。

そんな彼女にとって、激しい運動がご法度なのは明白だ。

 

 ダークエルフは避妊具を使わない。というか売ってない。魔界の勢力に対抗するために戦える人数は多ければ多いほどいいのだから、それを妨げるものも普及しなかったのだ。その条件下で1年毎日、肉体関係が続けばいかにダークエルフの生理周期が長くともティーが子を身籠ってしまうのもしかたがないことだった。

 

 もちろん、そんな彼女が都市へ行くことにプルプレアとウンランは猛反対した。都市へ行けばストレスが溜まるだけでなく物理的な怪我をする可能性も高い。そもそも身籠っているのだから安静にしなければならないのだ。

 2人の説得にアベルが加わればティーも折れざるを得ず、結局、子のことを考えるなら、ということで、家で落ち着いた生活を送ることとなった。バロウスに対する噂への心配も残っていたが、やはり子には変えられない。それは母性本能だ。そうして、ティーは徐々に子を第1優先として考えるようになっていった。

 

 そして、デーモンとの緊張が続くなか、物語は再び動き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティーの妊娠が発覚してから数ヵ月後のこと。

 

「もうすっかり大きくなったねぇ。あんまりこういうのは見たことなかったけど、改めて中に赤ちゃんがいるっていうのは不思議な感じだね」

 

「あはは、そうマジマジ見られるとちょっと恥ずかしいよ。でも確かに、少し不思議な感じ。恐い気持ちもあるけど、いるって思うだけで嬉しくなってくるよ」

 

 すでにお腹ははっきりと大きくなり、服の上からでもわかるほどになっていた。

 服装も、久しく狩猟服は着ておらず、妊婦用のゆったりしたものだ。服を変えた当初は初めて着るタイプの服だったこともあり、落ち着かない様子のティーだったが、身重になるにつれて馴染んでいった。

 

「1人生むだけでもこんなに時間かかるのに、よくもまぁ今までダークエルフは全滅しなかったねぇ」

 

「あー、本当にそれは思うよ! こんなに大変だなんてねぇ。

 バロちゃんも妊娠すればわかると思うけど、すぐ体調は崩れるからすごく疲れるの。それに今までやってたことが長い間なんにも出来ないんだもん。暇~! たまには森のなかを思いっきり走りたいなぁ」

 

 ティーとバロウスは今、家のなかで雑談していた。他の面子は巡回や買い出しに出ている。

 ちなみに、意外なことにヘンタイは都市を制限つきだがある程度自由に出入りしている。普段から娼館に入り浸り、そのバカっぷりを発揮していたため、都市ではバカデーモン扱いされていたためだ。

 多少敵視する人も増えたが、娼婦自らが安全だと吹聴しているのもあって、そこまで多くはない。

 そういう意味で、寧ろ得体の知れないバロウスの方が敵視されている。

 

 閑話休題。

 

「……でも、デーモンって妊娠するのかな?」

 

「え~? 私が知るわけないよー。バロちゃんがわからないならバズウおばあちゃんに聞くしかないって。でも、おっぱいはあるし生理だってくるんだから妊娠するんじゃないの?」

 

「ふーん。そういうものなのかなぁ。全然想像できないけど」

 

 バロウスは自分が妊娠したときの姿を想像してみるも、あまりの違和感の大きさに顔をしかめた。たしかに彼女は雌の体を持っているが、相手などいるわけがないのだ。

 それに今でこそ雌の体を受け入れていたが、元雄であることに変わりはなく、そもそも赤ん坊をよく知らないのだ。想像などできるはずもなかった。

 

「ところで、アベルとはまだ結婚してないの? 子供もできたんだし、してもいいと思うけど」

 

「あー、それね~、中央へ出す書類は作ってあるんだけど、今の中央って大変なときでしょ? だから、一通り落ち着いたらにしようって話になったの。

 もう同棲だってしてるし、ほとんど結婚してるようなものだから急ぐほどでもないしね」

 

「ふぅん」

 

 机いに向かい合い、ただダラダラと雑談を続ける2人。こうしていると、デーモンとのいざこざなどなかったように思えてくる。

 そんな、穏やかな時間が流れている、その時。

 

 コンコン

 

 不意に、戸をノックする音が鳴った。

 ノックの音は家の玄関からだ。

 こんな丁寧な戸の叩き方をするものは少なくとも2人の知り合いにはいない。仮にするものがいるとすれば、それはドロテアなのだが、声すら出さないのもおかしな話だ。

 おそらく、外にいるのは初対面の人物だろう。

 

 普段ならティーが対応に出るのだが、やはり身重の彼女に任せるのはよろしくないということで、バロウスが席を立った。

 バロウスもダークエルフとのいざこざがあるのは違いないが、仮に争うことになったとしてもティーが出るよりはマシだ。

 

「誰だろ? 私、出てくるね。ティーはここで待ってて」

 

「……気を付けてね」

 

 にわかに緊張が高まる。アポもなく突然訪れる相手に警戒しない方がおかしい話だ。

 

 玄関に向かい、バロウスがゆっくりと戸を開けると、目の前には1人の女性が立っていた。その人物を見て、驚いた。

 

 『人間』の、女性なのだ。

 

 その肌は色白で、耳も長くなければバロウスのような角も生えていない。どこからどう見ても人間だ。こんな魔界で人間に会うこと自体がまず珍しい。だが驚く理由はそれだけではない。

 女性は少女といってもいいほどの若さであり、美しく色の薄い茶髪をポニーテールにしている。全体的に赤と黒を中心とした配色のロングドレスと装飾程度の鎧を見にまとい、そのデザインは高貴さを感じさせる。そして背には赤黒く禍々しい槍を背負っている。

 まるで何年も魔界で生きてきたような姿は、バロウスには実に不釣り合いに映ったのだ。

 

 かれこれ数十年魔界で生きてきた彼女だが、人間を見たのはインプ時代に見た人間数体だけだ。そのどれもが、偶々魔界に迷い込んだ、不運な人間である。

 故に、目の前の女性は、あまりにも人間らしくない人間であった。

 

 そして何より、バロウスが注意したのはその目だ。いや、目に乗る感情というべきか。

 女性はバロウスを見た瞬間、憎悪や侮蔑、嫌悪や敵意の感情が目に現れていたのだ。

 表面上の態度は落ち着いているが、ともすればすぐにでもバロウスへ襲いかかりそうなほどの気迫に満ちている。

 

「……はぁ、このあたりに雌のデーモンが住んでいるという話を聞いて来たのだが……どうやらその本人が出てきたらしい」

 

 予想外の存在の訪問にバロウスが唖然としていると、女性は自らを落ち着かせるために軽く深呼吸をして、喋り始めた。

 

「えーっと、私になにか用なの?」

 

「そうだ。単刀直入に言う。ここから去れ」

 

「は?」

 

「この住処を棄ててどこか別のところに……森の外へ行けと言っている」

 

「は?」

 

 バロウスは唐突に現れた女性の無茶苦茶な言い分に、バカのような反応をしてしまうのも、仕方がないことだろう。

 

「ふん。やはりデーモンは頭もよくなければ耳も悪いらしいな」

 

「えぇ……。というか貴女誰なの?」

 

「貴様に名乗る名などない」

 

 あまりの唐突で勝手な言い分に、さすがのバロウスもドン引きである。

 

「あのー、誰とも知らない人にそんなこと言われても困るんだけど……。はいそうですか、ってなるわけないのはわかるでしょ」

 

「チッ、大人しく言うことを聞いていればいいものを。……面倒だな」

 

「え? ちょっ」

 

 不機嫌そうに舌打ちした女性は、言うやいなや瞬時に槍を構え、いきなり神速の三連突きが繰り出した。

 その想像以上の槍の速度に、バロウスは対処が遅れてしまう。

 

 槍は背負っていたために初動が遅かった。

 一撃目、頭に放たれた突きをバロウスは瞬時に避けることに成功する。

 しかし二撃目、胸身を捻って避けようとするも、肩に食らってしまった。

 そして三撃目。体制を崩したバロウスの腹目掛けて穂先が迫るものの、それを魔眼による障壁を展開し、防ぐ。

 いつもなら、この時点でほとんどの相手に優位に立つことができる。相手が魔神のような化物でない限り。つまるところ……彼女は油断した。

 

「この障壁なら、」

 

「下らんな」

 

 槍が防がれたにも関わらずその女性に動揺はなく、バロウスの言葉をバッサリと切り捨てた。そしてダメ押しとばかりに、追加の四撃目が振るわれる。

 

『ソウルバイト』

 

「なっ!?」

 

 女性がそう呟くと同時に振るわれた槍は、勢いは先程と変わらずに障壁ごとバロウスを切り裂いてしまったのだ。腹を横一線に引き裂かれ、血飛沫が舞う。

 

 バロウスは一瞬混乱した。今の障壁を突破した力はラクシャーサがしていたような超高出力の貫通ではなかったのだ。まるで、障壁を構成する魔力ごと吸収され、消滅したかのようだった。

 

 そしてその一瞬の混乱は致命的な隙を生んだ。

 

 畳み掛けるように女性は五撃目の槍を突き出したのだ。

 

 バシュッ

 

 肉が裂け、弾け飛ぶ音を出してバロウスの胴体を槍が貫いた。

 




謎の女性は原作キャラです。
原作プレイしてたらわかるはずですが、別にわからなくても問題ないように話は作ります。

元々出す予定はなかったのですが、魔王関連で動かないわけがないキャラだという結論になったので、急遽ストーリーを組み直して登場させました。


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第32話『衝突』

お待たせしました。

バロウスが長くて硬い棒に貫かれたところからです。



 ビチャリ。

 

 血がバロウスの背後の廊下と壁にへばりつく。

 

「グッ!? ガハッ!」

 

 胴を貫かれ、吐血する。

 

 槍の女性は人間とは思えぬほどの怪力だった。片手で、貫いたバロウスごと槍を持ち上げたのだ。反射的にもがくものの、地に足が届いていないため無意味な抵抗だった。

 

 苦悶の表情を浮かべる彼女は、そのとき気づいた。槍で貫かれた箇所から力が、魔力ないし魂そのものが吸収されていることに。この力の吸収こそが、魔力の障壁を切り裂いた原因だったのだ。

 そして理解する。この女性はデーモンを真の意味で殺す方法を熟知していることを。

 

「随分と魔力を溜め込んでいたらしいが、無駄だったな。まぁ安心しろ。動けなくなる程度まで消耗したら抜いてやる。殺しはしない。そういう命令なんでな」

 

「ゲホッ……命、令?」

 

「そうだ。これからそいつの元に連れていってやる」

 

「うぐぁぁっ……」

 

 ギリ、と力をこめて槍を捻り込み、バロウスは黙らせられる。痛みと、魔力を吸収される不快感から反論をする余裕もない。肺こそ潰れていないが込み上げる血を押さえ込むだけで精一杯だ。全身からは脂汗が滲み出て、足元からは水溜まりになるほどの血が滴っている。自らの体重が腹を引き裂き、痛みに耐えかねた彼女は、やがてもがくのをやめた。

 デーモンという種族の持つ高い生命力のおかげで即死することはなかったが、抵抗できなければそれもやがて尽きてしまうだろう。

 

 魔力の流れを体内から乱され、激しい痛みと不快感の中ではまともに魔力を扱うことはできない。力で抜こうにも、肩を貫かれて片腕しか使えない状態では、槍をつかんで体を支えることしかできない。

 まさに打つ手なしとなってしまった。

 

「ようやく大人しくなったか。しばらくそこにぶら下がっていろ……ん?」

 

 奥の方へ視線を向けた女性は怪訝な顔をする。

 

 そして改めて、玄関や廊下へ視線を巡らせると、なにか得心がいったように頷いた。

 

「なるほど、デーモン1体が住むにしては大きな家だと思っていたが……他にも何体かいるな? 明らかに複数の痕跡と臭いがする。それに先程、視線を感じた。

 こんなところに群れで住むとは理解しがたいが……こいつ以外のデーモンは殺す。生かす理由がない」

 

「や、め……ゲホッ!」

 

「デーモンのくせに仲間意識か……? 反吐が出るな。

 しかし、このままでは槍が使えん。締め上げてから探すか」

 

 バロウスの反応によって怪訝な表情になる槍の女性だったが、撤退の2文字はないらしい。槍ごと彼女を振り回して、壁に叩きつけることで乱暴に槍を引き抜く。そして、こんなこともあろうかと、と言わんばかりに背から縄を取り出した。

 否、それは縄ではなかった。有刺鉄線のように鋭いトゲがついた魔界植物の蔦だ。それを使って女性は手早くバロウスを締め上げてしまった。しかも胴に空いた穴にも蔦を通すという徹底ぶりだ。目元もがんじがらめにされているため目を開くこともできず、口には猿轡のように蔦を咬ませられている。

 身動きするだけで傷が増えるこの状態では体力を温存するしかない。

 

「む…………ぐぅ……!」

 

「これでいいか」

 

 蔦を持ち、呻くバロウスを引き摺りながら女性は家の奥へと入っていく。本来なら槍は屋内で使うものではないが、手慣れた様子で探索を進めていく。しかも片手だけでだ。余程技術に習熟していなければできない動きだった。その若い容姿とは不釣り合いなほどに、である。

 

「……いないな」

 

 しかし全ての部屋を見て回ったが誰もいない。デーモンはいうに及ばず、小柄な体躯のインプすら見当たらない。

 さらに、どの部屋を見ても生活様式が完全にダークエルフのそれだ。その点に女性は強い違和感を感じたようで、ブツブツと考え事をしていた。

 

「まぁ、いい。いないなら、また今度だ」

 

 諦めた女性は踵を返し、再び玄関へ戻り、戸を開けた、そのとき。

 

 女性に向かって前方から胸の位置目掛けて正確に矢が飛来した。

 

「!?」

 

 戸を開けたときに風切り音がしていたために、ギリギリのところで女性は右へ飛び、避ける。しかしそれは誘導だ。戸は外開きになっており、戸を閉める暇もないタイミングで矢が飛来した結果、そちらにしか避ける方向は残っていなかった。

 そして案の定、女性が飛び退いた先には数個のベアトラップが設置されていた。

 

 さらに着地を狙うタイミングで、続けざまに火球が3つ、上方から降りそそぐ。

 

「チッ!」

 

 槍の女性は舌打ちした。左手にバロウスを縛る蔦を持ち、右手槍を持つ今のこの状況では着地をしつつ火球をさばくことは難しい。だがここでおめおめと捕まるわけにもいかない。

 結果として、女性は蔦を手離した。そして両手で槍を持って石突で地面を叩き、その反動で体を飛び上がらせて着地点を大きくずらすことになった。

 

 女性が着地し周囲を警戒すると、放り投げたバロウスの周りをオルトロス3匹が守るように囲んでいた。

 

「さっきの火球はあいつらのものか。なら、矢はいったい誰だ? それにあの罠……」

 

 未だ姿を見せない射手の存在の探すが、見える範囲にはいない。余程気配を絶つことに優れているのだろう。

 普通なら姿の見えない相手と戦うのはリスクが大きすぎる。それに数的にも負けているのもあっては、相当な実力差が無ければ勝つことはできない。

 

 しかしやはり、女性に撤退の文字はない。ともすれはヤケクソとも取れる行動だが、その目には確かな自信が宿っていた。

 

「どこのどいつかは知らんが、邪魔するなら排除するまで。駄犬ともども蹴散らせば問題ない」

 

 女性は倒れたバロウスへ向かって歩きだす。オルトロスは唸り声をあげて威嚇するが、気にした様子もなく、足取りは止まらない。

 

 そして火球の間合いに入ると思われたその直前に、再び矢が飛来した。

 しかし先程のような不意打ちではない攻撃が通じることはなく、女性は苦もなく振り払う。

 

「あっちか」

 

 加えて、女性は矢の放たれた方向と距離を正確に把握していた。即座に走りだし、矢が飛んできた方へ向かう。それは森の中だったが、その人外じみた脚力により逃げ出す暇もない。オルトロスは1匹をバロウスの側に置いて慌てて追いかけるが、それ以上の速度で女性は走っていたのだ。

 そして森の中を動く、チラチラと見え隠れする影を女性は捉えていた。

 

「そこだ!」

 

 槍が、影の足元に投擲された。それは命中こそしなかったものの、足元を掬わせる効果は十分にあり、影は転倒してしまった。素早く槍を回収した女性は影へ馬乗りになって穂先を顔へ向け……驚き、手を止めた。

 

「やはりダークエルフッ……妊婦?」

 

 その影の正体はティーだ。馬乗りにされながらも、半泣きで槍の女性を睨みつけていた。

 女性はティーの目に覚えがあった……大切な者を守りたいという強い意志のこもった目だ。

 さすがの女性も、妊婦相手にこんな目で見られてたじろぐ。

 

「うぅ……ぐすっ……」

 

「き、貴様、なぜ妊婦がこんなところにいる? 先程の矢も屋内での視線も、貴様なのか?

 なぜデーモンなど助けようとする!? あいつらは他の種族を玩具かなにかと勘違いしているただの獣だぞ! どこまでいっても相容れることはない! 表面上仲良くしていても、心の底では必ず見下しているようなやつらだ! どうほだされたのかは知らんが、目を覚ませ!」

 

 女性は始めこそ戸惑っていたが、次第にすさまじい剣幕でティーへと問い詰めた。オルトロスが追い付き囲んでも無視するほどに、その怒りは激しいものだった。

 

「貴様がデーモンと仲良くなどと考えるのは一時の気の迷いだ。どうせすぐ裏切られるのは目に見えている。今のうちに考えなお「うるさい!」 っ!?」

 

 だがその言葉にティーも火がついた。このところ、デーモンというだけでバロウスにあらぬ誹謗中傷をいう輩が多すぎると彼女は思っていた。それを発散させる場もなく妊娠生活をしていたために、知らぬ間に不満がたまっていたのだ。

 そしてそれが今、爆発した。

 

「黙って聞いていれば言いたいことばかり言って! バロちゃんのことなにも知らないのに想像でしゃべらないでよ!

 一時の気の迷い? もう十年以上の付き合いが一時なの!? そんなわけないでしょ! たしかに、出会った頃を思えばそういうこともあるかもしれないけど、今は絶対違う! 変わったの! バロちゃんは!」

 

「き、貴様!」

 

 ティーの反撃に、今度は槍の女性が怯んだ。しかしすぐに気を取り直すと再び口論が始まる。

 

「バカなことを言うな! デーモンが他種族を見下すのはもはや本能だ。そう簡単に変わるわけがない!」

 

「バカなのはそっちでしょ! そんなこと言い出したらどんな人だって変わらないよ! いろんな人がいるから、皆他人を理解しようと頑張ってる! なのに、あなたはそれを諦めて逃げてるだけ!」

 

「異なる種族かつ異なる文化で育てば、たとえ多様な人物が生まれようとも、価値観は大きく変わらない。それこそが文化というものだからだ!

 特にデーモンは肉体が大きく変化しない分、成長がない。だから価値観を改めることもない!」

 

「そんなの誰が決めたの!? バロちゃんは変わったの! でなきゃ私たちのためにデーモンと戦ってないよ!」

 

 お互いに一歩も譲らず、しばらく口論が続いた。

 周りのオルトロスも2人の様子に手出しできずにいた。

 

 そうして睨み合い、時間だけが過ぎていった。

 

 そして、これはティーの狙い通りだった。

 

「!? ハッ!」

 

 突如、ティーの上に跨っていた女性のみを正確に狙った矢が飛んできたのだ。

 

 女性は飛び上がってそれを回避し、ティーと距離をとった。

 

「お父さん、お母さん、遅いよ!」

 

「ゴメンね、ティー」

「悪い」

 

 その矢を放った人物もやって来て、ティーの周りに立つ。ウンランとプルプレアだ。

 

「クッ、次から次へと……なぜここがわかった?」

 

「教えるわけないでしょ! バカ!」

 

「妻よ、娘がすごいキレてて怖いんだが」

 

「最近ストレスたまってたみたいだから許してあげて……」

 

 ぼやく親を置いて、2人は未だに喧嘩していた。

 種明かしをするなら、ウンラン達が駆けつけてこれたのはティーが緊急通信用の魔道具を使ったからだ。過去には鼠退治のために、ウンランを呼び戻したことのある物だ。

 

「ティー、とりあえず落ち着け」

 

「でもお父さん!」

 

「ここで無意味に口論している場合か?」

 

「むぅぅぅ!」

 

「そちらの女性も、ここは引いてくれないか? でなければ私たち全員で相手をすることになるが」

 

 槍の女性に、ウンラン、プルプレア、オルトロス2体とティーが向かい合う。

 

「……たしかに、少し分が悪いか。

 わかった。ここは引く。しかし、あのデーモンはさっさと追放した方がいいことだけは言っておく」

 

「またそんなこと言う! 追放なんてするわけないよ!」

 

「忠告はした。精々、後悔しないようにな」

 

 ティーの反発を無視し、女性は言いたいことを言って森の中へ消えていった。

 

「ふぅ……なんとも恐ろしい、人間?だったな」

 

「お父さん、何でこの場であの人を捕まえなかったの!?」

 

「ティー、あの人間はおそらく、我々全員と戦っても負けないという自信が残っていたよ。私の不意打ちの矢を避けただけでもその実力が高いのは間違いない。つまり、ここで戦っても勝てるとは限らないし、下手すれば誰か死んでいたよ」

 

「そんなに!?」

 

「今回は、彼女の良心に助けられたということだ」

 

 ティーは納得いかないようだが、反論はないらしく、俯いてしまった。

 

「ところで、バロウスちゃんはどこだ?」

 

「あ」

 

 この後、縛られたバロウスはティー達に助けられることとなる。血を流しすぎていたために瀕死の重症だったが、なんとか一命を取り止めることには成功する。またしばらくは療養生活だろう。

 

 そしてここまで影も形も見せないヘンタイはというと、バロウス達の家で寝ていた。

 バロウスからヘンタイへの好感度が80下がった。

 



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第33話『転』

大変お待たせしました。
あまりにも難産でした。
そのためクオリティも高くないです。
申し訳ありません!

●あらすじ
ティーが妊娠する
バロウスが大怪我する
一応槍の女性を退ける


 槍の女性により、バロウスは瀕死の重症を負った。

 どんな理由で女性がやって来たのかはわからないが、彼女は『命令された』と言っていた。

 つまり、バロウスの存在を知っていて尚且つ、排除しようとする勢力があるということだ。

 

 ここでウンラン達の推理は躓く。何故なら今、バロウスに反感を持っている人物の心当たりが多すぎるからだ。

 特にダークエルフからの反発は顕著で、人数も多く、特定には至らない。

 

 そもそも、ここ数十年はバロウスですら生きている人間を見たことがない。いったい、かの女性がどこから来て、誰に命令されているのか全くの不明だ。

 また、基本的な魔界の住人の認識に『人間は弱い』としている事が謎に拍車をかけた。彼女の強さが人間離れしていたのも不可解だし、仮にその事実を知っていても、バロウスのような強力なデーモンに単騎で戦わせるのは悪手であるというのが普通の認識だ。つまり、そこに意図が読み取れないのだ。

 

 しかしこれらの謎は、アベルによって一部氷解することとなる。

 

 彼は、ティー達が槍の女性を退けたしばらく後に家に戻ってきた。その事について顰蹙を買いかけたが、彼が負った生々しい怪我と、その理由を知って撤回された。

 

 では当のアベルはどこで何をして、こんな傷をつけたのか。

 

 ティーとバロウスが家で留守番をしていたとき、ウンランとプルプレアは都市へ買い出しに、アベルは森の巡回に、ヘンタイは家畜の世話(サボったが…)をしていた。

 

 森の巡回をしていた彼は、そのときにデーモン3体が集まっているところを目撃していた。まさかデーモンの侵攻か?と離れた所から観察していたが、増援が来る様子もなければ都市に近づいて斥候をするそぶりもない。

 怪訝に思う彼がバレないように近づくと、口の動きから彼らが何か会話をしていることがわかった。3体のうち2体は会話に夢中で周囲への警戒が疎かになっていた。

 さらに近づくと、少しずつ内容が明瞭に聞こえてくる。

 

「あー、めんどくせぇ。無駄足なんじゃねぇの?」

「あんな人間の雌じゃ、大丈夫なわけねぇだろ」

「でも俺らだけじゃ近づくのは無理だしなぁ』

「それもこれも、あの変な眼をした雌デーモンのせいだ! 頭に来るぜ!」

「同感!」

「お前らうるせぇ」

「そうは言ってもよぉ、イラつくなってほうが無理ってもんだ!」

「もういっそのこと、俺らで雌デーモンを捕まえようぜ。3人いりゃなんとかなるだろ!」

「うっせーって言ってんだよ! ダークエルフにバレるだろ!!」

「「痛ぁ!」」

 

 1体が残り2体を殴り飛ばしてその会話は終了した。幸いなことに後半は大声で騒いでいたので内容はよくわかった。

 雌デーモンとはバロウスのことだろう。彼女は先日デーモンの集団を退けたと言っていたし、外のデーモン達から恨みを買っていると考えるべきだろう。そうなると彼らの会話は、バロウスを捕まえるという話になる。

 人間の女というのはよくわからなかったが、何か不穏な事態であることに変わりはない。急いで家に戻ろうとした、その時。

 

 ギュッ、と手首を何かが締め付けた。

 

「うわっ」

 

 その拍子に、アベルは思わず悲鳴をあげてしまう。慌てて手首を見ると、そこにあるのはいつも着けている緊急連絡用のリストバンドが淡く光っていた。

 これは緊急信号の受信機であり、作動すると手首を締め付けて発光するようになっているのだ。なお、光は手動で消灯可能だ。

 この手首を締め付ける通知機能は消音性に優れているのだが……今回アベルは初めてそれを実地で体験することとなった。彼はまだ番人としての仕事を始めてから1年程しか経っていない、新米だ。だからこそ、滅多なことでは動作しないはずの緊急連絡に驚いてしまった。会話を聞くために近づいてしまったことも仇となった。

 

「あぁん!? 誰だ!」

 

「やべっ」

 

 アベルの声に気づいたデーモン達がこちらを振り向く。

 デーモン3体相手では、まともに戦っても勝ち目はない。そう判断したアベルは即座に逃げ出した。

 

「あ! 待ちやがれ! おいお前らも追うぞ! 寝転がってんじゃねぇ!」

「めんどくせぇー!」

「文句言うな! ここで逃げられたら100回は殺されっぞ!」

 

 デーモン達は文句を言いつつも全速力でアベルを追いかけた。お互いに必死の鬼ごっこだ。

 ここでアベルの明暗を分けたのは、追いかけられたままでは家に戻れない、ということだった。ティーとバロウスが家にいる状態で緊急事態が発生していることを考えると直ぐにでも戻らなければならないのだが、デーモン3体を引き連れて帰るわけにはいかない。どこかで蒔くまでは逃げ続けるしかないのだ。

 

 そうして逃げ続けている内に、慣れない緊張感に疲弊したアベルの動きは少しずつ悪くなっていく。

 加えて、デーモン達は投石を始めた。3体に断続的に狙われると、避けるだけでも一苦労であり、徐々に距離は縮まっていった。

 

「いいぞ、このまま石でもなんでも投げ続けろ!」

「うりゃ! お、かすった!」

「じゃあ俺も……そこだ!」

 

「うぐっ!?」

 

 アベルの逃げる速度が遅くなるにつれ、段々と、デーモン達はアベルをなぶるように

投石を繰り返すようになっていった。散弾のように小さい石が胴や足に命中し、ソフトボール大の石が腕や肩を掠めていく。そうしてさらにアベルの動きは悪くなっていく。

 

「へへっ。やっぱダークエルフなんて、大したことねぇな」

「おいおい、もう鬼ごっこは終わりか?」

「お前ら、もっとちゃんと狙え。万が一にも逃がすなよ」

 

 しかしそれは逆にチャンスであった。両者共に動く速度が遅くなったのが幸いした。

 アベルは、立ち止まって目眩ましのための魔法を発動する猶予を得たのだ。

 

「あ!? お前ら急げ!」

「え?」

「なに?」

「あのダークエルフ魔法を使おうとしてる! 下手なことさせるな!」

 

「間に合え!」

 

 1体のデーモンがアベルの行動に感づき、走り出す。

 しかし気づくのは遅かった。

 十分な余裕をもって発動された魔法は、大出力の風の魔法だ。それは足元の砂埃を巻き上げるようにして広範囲へ広がっていく。

 

 いち早く気づいたデーモンは苦し紛れに、足元にある掌サイズの石をアベルに向かって全力で投擲する。

 その直後、視界全てが嵐に飲み込まれる。しかし、かすかに鈍い音も聞こえた。

 

「うおっ!?」

「あ、やべっ」

「風が強くて見えねぇ!」

 

 こうしてデーモン達が砂嵐の中で視角と聴覚を奪われて狼狽えているのを背に、アベルは体を引き摺りつつ、身を隠して帰路へついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、アベルは怪我を、ティーは妊娠中の安全を理由に、バズウ宅へ運ばれた。妊娠での入院というのはダークエルフ間で一般的ではなく、治療も回復魔法が使えるなら誰でも請け負っているためだ。

 その移動の最中、アベルとティー、それと護衛のウンランはお互いに何があったのか情報交換を行った。

 

 ティー曰く、『バロウスと2人で談笑していたら誰かが来たのでバロウスが対応に出た。すると玄関でおかしな音がしたから覗くと、バロウスが家に来ていた人間の女性の持つ槍に串刺しにされていた。慌ててすぐ助けようと思ったが、自分では勝てないと思い、反対側の窓から出て、緊急信号を発信し、罠を仕掛けた。オルトロス達と共に女性が出てきたところを襲撃したが、返り討ちにあってしまった。

 そこで女性がデーモンであることを理由にバロウスを罵倒したため、キレて口論していたらお父さん達が来た』

 

アベル曰く、『森を巡回していたら会話するデーモン3体を発見した。探っていると緊急信号が来て驚き、バレてしまった。逃げることには成功したが、投擲された石が背中に直撃してしまった。デーモン達は人間の女の話をしていた』

 

 2人の情報は、どちらも人間の女性が関係している。おそらく同一人物と見て間違いないだろう。となると、当然その女性の話が中心となるのだが、ここでアベルはハッと思い至る人物がいた。魔界で生存する数少ない人間の女性で、かつ槍を使う人物に心当たりがあるのだ。

 それは前世の記憶であり、本人を実際に見たわけではないために名前すらも浮かばないが、たしかに知っていることを知っている。

 

 結局、アベルは思い出せないもやもやとした気持ちを抱えたまま、バズウ宅へ到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アベルはベッドに横になり、そのそばでティーとウンランはバズウに向かい合って話をしていた。

 

「これはしばらくダメだね。治ることは治るが、背骨がひどく傷ついてる。この辺は繊細だからね、回復魔法をかけてもまともに動けるようになるまで時間がかかるよ。ついでに、その間激しく動くと死ぬまで治らなくなるから、絶対安静にしてな」

 

「そうですか……」

 

 力ない声で返事をするアベル。

 バズウの診察の結果、彼は背骨を骨折して脊髄が損傷していたのだ。足を引きずりながら歩く程度なら問題ないのだが、激しい運動はできず、その治療も難しいものらしい。むしろ治るだけマシと言うべきだろう。

 

 また黙りこんでしまったアベルを、心配そうな目で見やったティーがバズウへ問いかける。

 

「バズウおばあちゃん。しばらくってどれくらいなの?」

 

「そうだねぇ、ざっと1ヶ月ってところかね。

 ちなみに、あんたの娘が生まれるのはあと2ヶ月ってところだ。精々養生することだね」

 

「え? 娘……って、私のお腹の中の子のこと?」

 

「あん? あんた1度も誰かに診てもらっていないのかい? そうだ。あんたの腹の中の子は女の子だよ。今のうちに名前でも考えておきな」

 

「そっか……」

 

 バズウの話を聞き、ティーはそっと自分の膨らんだお腹を撫でる。アベルのことは心配だが、治るというなら安心だ。それに自らの子のことを知れて嬉しい気持ちになる。

 

「で、それはいいとして、何かあったのかい? わざわざこんな辺鄙な店に来るなんてさ。

 都市には助産師や治癒士くらいいくらでもいるだろう?」

 

「それはですね……」

 

 3人はこれまでにあった経緯を説明した。

 

「あぁ……デーモンに、人間の女、か……」

 

 話終えたとき、バズウは何かを思い出すような仕草をみせて静かになってしまった。なにか心当たりがあるのかと、ウンランは尋ねたかったが、なんとなくバズウは話さないような気がして、ためらった。

 

 そうしてしばらく場が沈黙していると、再びバズウが口を開いた。

 

「ワシはその女を知っている。が、深くは知らないし、お前たちに話すこともない。

 そのうえで、ワシから言えるのは……近いうちにこの都市は燃えるだろうね。それも、数日中にだ」

 

「それは……バロウスちゃんが倒れたからですか?」

 

「だろうね。あのデーモンの小娘は前にデーモンの集団を退けたんだろう? なら、わかっている不安要素は潰すのが普通だね。

 そして、人間の女はデーモンの配下についているのさ。小娘が倒れた今、その報告を受けた奴らはすぐにでも攻め入ってくるだろうよ」

 

「えー? でもあの女の人、デーモンのことすっごく嫌ってたっぽいよ! 仲間ってことはないんじゃないの?」

 

「いや、その女がワシの想像通りならデーモンの仲間さ。理由は言えんがね」

 

 頑として意見を曲げないバズウに、ティーは怯んだ。

 デーモンを嫌いつつも従うようなことはあるのだろうかと不思議に思うものの、それをわかったうえでバズウがそう言うのなら、そうなのだろう。

 

 腑に落ちないところは多いものの、これ以上は推測する余地もない。再び場を沈黙が支配する。

 あとすべきことといえば、デーモンの襲撃への対策を練ることくらいだろう。

 

 そこでふと、アベルは1つ聞き忘れたことを思い出した。

 

「そういえば、バズウさん。その人間の女性の名前はお聞きしてもいいですか?」

 

「ん? あぁ、そういやまだ言ってなかったね。

 そいつの名前はシャディア。

 まぁ……いろいろと哀れな女だよ」

 




たとえどんなに遅筆でも、完結だけはさせます!
気長に待ってくださると幸いです。


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第34話『魔手』

書いては消しての繰り返し。
更新も遅いし、展開も遅い。
申し訳ない。

予定ではもう少し早い展開のはずだったんだけど。


「え? しゃ、シャディア……?」

 

「なんだい? あんた何か知ってたのかい?」

 

「いや、その、なんとなく、聞き覚えがあるような……」

 

 シャディアという名前に、なにか引っ掛かるものを覚えたアベル。この記憶の薄れ具合は過去にも経験したことがある。それは前世の記憶であることを思い出そうとしたときだ。

 たしか……そう、その人物はキャラクターであり、仲間として操作できたような気がする。この世界でキャラクターといえば千年戦争アイギスの登場人物なのだろう。

 そこまでを思い出し、再び記憶は霧がかかったように見えなくなってしまった。

 

 このことをこの場にいる皆に話すべきか。アベルは悩んだ。自分の記憶は情報として役に立つものではない。むしろバズウのほうが彼女のことをよく知っている様子だ。仮に話すとしても、バズウには自分のことについて1から話さなくてはならない。

 故に、

 

「いや、なんでもない。昔どこかで聞いたことがある名前だとは思うけど、ほとんど何も思い出せない」

 

 と言ってしまった。

 

「ふぅん……。まぁいいさ。とにかく、今は目先の問題から片付けないとね」

 

「そうだ。シャディアという実力者がデーモン側にいるのはわかった。向こうにはグレーターデーモンもいる。

 早く対策を立てなければ、この都市は終わりだ!」

 

 バズウは訝しげな視線を向けるが、今は重要ではないと判断して話題を切り替えた。

 ウンランが一喝し、場の空気を引き締める。いよいよデーモンの進行まで秒読みとなった以上、時間が惜しい。

 

「まずは都市上層部へ連絡……といきたいところだが、今の状態では我々の言葉はまともに取り合ってくれまい。ううむ……」

 

「あ、それならお父さん。ドロテアちゃんを呼ぼうよ。

 バズウおばあちゃん。おばあちゃんなら師匠なんだし、緊急事態ってことで呼べない?」

 

「ああ、できるだろうよ。今やってみるかね」

 

 バズウは杖を念力で手繰り寄せ、呪文を唱える。少し高度な通話呪文だ。声に出さずに思考だけで通話ができる。周囲に聞かれることがないので、ドロテア側としてもそのほうが都合が良いのだ。

 

「バズウさんには助けられっぱなしだな……。我々もなにかしなければいけないのだが……アベルもティーも動けるような状態ではない。やはり私とプルプレアが何とかするしかないか」

 

「ごめんね……こんなときに動けなくて」

 

「すいません……」

 

 ウンランがうっかり漏らした愚痴に、2人は申し訳なさを感じる。ティーは自らの体を自由にできない歯痒さを、アベルはこんなときに怪我をしてしまった不甲斐なさを感じていた。

 

「あぁ、責めている訳ではないんだ。若い世代を守るのは年寄りの義務だからね。2人とも、こういうときくらいはいくらでも私たちに頼ってくれて構わないんだ。

 しかし人手が足りないのが痛い。このままでは2人……バロウスちゃんも入れると3人を守りきれる保証がないんだ」

 

 歯痒さ、不甲斐なさを感じているのはウンランも同様だった。戦いとなるとバズウは優秀な戦力だが、そういう戦力はより激戦区へ回されるものだ。たかが森の番人を守るためだけに、優秀な人手を割く余裕はないだろう。

 残る戦力はウンラン、プルプレア、ヘンタイそしてオルトロス3匹である。動けない者を守るだけでも大変なのに、その対象が2ヶ所に別れているのも問題だ。

 

「ともかく、できることをやるしかない。私は一度プルプレア達の所にに戻って、このことを伝えてくる。ドロテアちゃんがもし来たら、説明は任せる」

 

 そう言い残し、ウンランは店を飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウンランが家に戻り、プルプレアとヘンタイに状況を説明している、ちょうどその頃。

 

 ダークエルフの都市の外れで、1人の男が2人の女性を侍らせて薬をキメていた。

 

「あー、クソッ。イライラするぜ~。最近アベルのヤローが無駄に力を付けてきやがったせいで鬱憤が溜まってしかたねぇ」

 

「あはは。まぁまぁ、とりあえず一服しときなって」

 

 ケラケラと笑う取り巻きの女性をシカトしつつ、その男……ジャックは新しいブツを取り出してスッと吸い込む。そして少し落ち着いた気分で路地の先に広がる森を眺めていた。

 

 彼はアベルの幼馴染みだ。しかし事あるごとにアベルをからかっては、苛めのような行動をするために、彼ら2人の間柄は疎遠となっている。なお、昔はこうではなかったというのが、アベルの談だ。

 最近はアベルが森の番人としての訓練を続けているために実力差が埋まりつつあり、反抗してくるアベルに対して彼はストレスを溜めていた。

 

「そういえばさ~、そのアベルとかいう奴、ちょっと前に噂になってた雌デーモンと仲が良い、みたいな噂聞いたんだけど。ホントかな~?」

 

「あ、それ……聞いたことある。なんか、そのデーモンの悪口……言ってる人に、文句……言ってたとか」

 

「あー、そんな感じの噂。でもアタシが聞いたのは、アイツとずっと一緒にいる森の番人の女が文句言ってたって話だったよ」

 

「ひょっとしたら……3人とも一緒に、住んでるのかも?」

 

「かもね~。どっちにしても、そのデーモンと知り合いってことっしょ? 外のデーモンと繋がってるとかいうのはデマだと思うけど、そもそもデーモンなんかと仲良くするなんて頭イッてるよね~」

 

 ジャックが座り込んで宙空を眺めているそばで、女性2人のお喋り声が流れている。

 アベルの反抗が強くなってからというものの、彼は休日に、侍らせている女性陣のうち予定の会うものを連れて、このような誰も寄り付かない所で呆けている日々を過ごしていた。

 

 彼はハーレムを形成する程度には、ダークエルフの中でも成功している。それは子供の頃に培われたハングリー精神と競争心がもたらしたものだった。しかしそのことに感謝したことはなく、どれだけのしあがっても心の底が満たされない日々を過ごしていた。

 

「デーモン、か」

 

 思わずその口からこぼれた声は、渇望の色が強く出ていた。

 

「あれ~? ジャックもやっぱり興味ある? アベルの知り合いかもしれないしね~」

 

「別に。ただ、アベルのヤローをはっ倒すにはデーモンくらいの力がいるのかと思っただけだ」

 

「ジャック……なんでそんなにアベル、執着するの?」

 

「知らね。なんかムカつくんだよ。あいつ見てると」

 

「にしてもデーモン並の力か~。あいつらってタフすぎよね~」

 

 彼らにとって、いつも通りの会話が続いていた。ちょっとした不満を持ちつつも、なにかできるわけでもなく、惰性で流れていく毎日。

 

 そんなところへ、投じられるのは小石ではなく巨石だった。

 

「えっ……!!」

 

 女の1人が驚きの声をあげる。その視線は、空へと向いていた。それと同時に、バサバサと、翼で空気を叩く音が響く。

 

 ジャックともう1人の女も何事かとそちらを見ると、そこには人影。

 噂をすればなんとやらで、3体のデーモンが高くもなく低くもない位置を飛んでいたのだ。

 その向かう先はダークエルフの都市、つまりジャック達のいる場所へ進んでいた。

 

「は!? なんでこんなところにデーモンが飛んでるんだ!? 見張りはどうしたんだよ!」

 

「ね、ねぇ、これってヤバくない? こっち来てるんだけど」

 

「うっ……め、目が合った……」

 

 ジャック達が右往左往している間に、デーモンは此方を見つけたらしく、空から降りてきた。

 

「ダークエルフか。なにをしていたのか知らねぇけど、見つかったからには死んでもらうか」

 

「まぁ待て。情報を吐かせてからにしようぜ」

 

 敵がデーモンとなれば、並のダークエルフでは相手にならない。せいぜい手傷を負わせる程度だろう。逃げるにしても、ジャック1人ならなんとかなるだろうが、女2人は実力的にそうもいかない。そのことをよく理解している彼らは歯噛みした。

 

「なんにしても、まずは黙らせて縛り上げるか。へへ、ついでだし、女は後で使わせてもらおう」

 

「っ、クソが……」

 

 ジャックは険しい顔で悪態をつく。やるしかない。ここで自分が足止めしつつ逃げ回り、女2人に助けを呼んできてもらうしかない。

 

「ハッ!」

 

 そうと決まれば先手必勝。手に込めていた魔力を解放してデーモンの1体にぶつけ、爆発を起こすと、煙と砂埃で視界が塞がれる。

 

「おい! お前らは先に逃げろ! 助けを呼んでこい!」

 

「で……でも、ジャックは?」

 

「俺は時間を稼ぐ。早く行っグ!?」

 

 振り返り、女達に指示を出した瞬間、ジャックは腹から広がる激痛を感じた。意識を戻すと、腹には丸太のような腕が、突き刺さるようにめり込んでいた。

 

「「ジャック!!」」

 

「その程度の魔法でどうにかなるわけねぇだろ」

 

 デーモンは爆発をものともせず、一気に距離を詰めてきたのだ。直撃した部分も、皮膚が少し焼けた程度の傷しかない。

 無防備を晒していたジャックは、一撃で動けなくなってしまった。

 

 ジャックは剣、弓、魔法のどれもが使えるオールラウンダーだ。しかしそれは、どれもそこそこ程度の実力しかないということである。攻撃が効かなかった原因は、それ故の威力不足と相性の悪さだ。目眩ましを兼ねて魔法を使ったのが失敗だった。

 

 残った女性2人は片方が剣士でもう片方が軍師系だったのだが、ジャックが殺されるかもしれない以上、抵抗の余地はない。3人まとめてあっけなく拘束されてしまった。

 

「クソッ……」

 

「さて、この雄がリーダーっぽいな。なぁなぁ、お前に頼みてえことがあるんだけどよ、聞いてくんねぇか?」

 

 デーモンの1体がしゃがみこみ、地面に転がるジャック相手にニヤニヤしながら問いかける。頼むと言ってはいるが、脅迫と同じだ。

 デーモンの体が邪魔でジャックの視界は塞がっているが、その背後で抵抗する女の悲鳴、もう2体のデーモンの笑い声、そして衣を引き裂く音が聞こえてくる。

 

「なんだってんだよ……!」

 

「実はさ、俺ら偵察に来たんだけどよ、飛ぶわけにはいかないじゃん? でも道がわかんなくてさ、道案内して欲しいんだわ」

 

「……したら、解放してくれんのかよ?」

 

「は? するわけないじゃん。殺さないだけマシと思って欲しいね。

 でもまぁ連れて帰るにしても2人が限界だろうし? 他にいい雌がいるならそっちに代えてもいいかもね?」

 

「他の女を紹介しろってか?」

 

「そうそう。道案内のついでに他の雌を捕まえてきてくれたら、そっち連れて帰るわ。

 あー、でもそれだけだとやる気でないかな? よし! じゃあサービスで、お前の嫌いな奴をぶちのめしてやるよ」

 

「なんだと? ぶちのめす?」

 

 ジャックは耳を疑った。デーモンが圧倒的弱者である自分達に譲歩してきているのだから。しかもそれと同時に、若干の期待が持ち上がってくる。

 これは悪魔の甘言だ。しかしジャックに残された選択肢は余りに少なく、冷静に選択する余裕もなかった。

 

「あ、興味ある? いいよいいよ。殺しでも嫌がらせでも、やれる範囲ならやってあげるよ。その代わり、ちゃんとバレないようにバラさないように、道案内しろよ? お前の雌もそれ以外も、大変なことになるからね」

 

「…………チッ、……わかった。協力してやる。女も紹介する。だから2人を解放しろ」

 

「解放はぁ、できないなぁ。お前が裏切らない保証はないし。でもまぁ……」

 

 そこで言葉を区切ると、デーモンは振り向き、残る2体に向けて口を開く。

 

「オイ! そいつらは人質だから、『今は』手を出すなよ!」

 

「だとよ。お前らよかったじゃねぇか。ギリギリ犯されずに済んでよ」

 

 ジャックの目の前のデーモンが立ち上がり、視界が開けるとそこには衣服を無惨にも引き裂かれた女2人が転がっていた。2人とも、この過酷な魔界で生きてきただけあって反骨心のある瞳を残しているが、チラチラと怯えの色も見え隠れしている。

 

「じゃ、契約成立ってことで、とりあえず人通りの少ない道でも教えてもらうかな」

 

 デーモンは拘束されたままのジャックを無理矢理立たせて、ニヤついた笑みを浮かべた。

 

 




懐かしのジャックくん登場。
主人公は気絶してるので出番なし。


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第35話『逃走』

お待たせしました。

予想より展開が遅いので、前に宣言した残り話数より長くなりそう。
執筆速度あげなきゃ。

あと、ユージェンの加入ミッションでダークエルフが軽く1000年以上に生きても見た目が変わらない描写がありますが
この作品では当初の予定通り、寿命は数百年のままいきます。


 都市へ偵察に訪れたデーモン達に道案内をしたあと、彼らはとある森の番人の家の前にいた。それはティーの家である。

 都市近郊に住む雌デーモンとそれと共に住む一家については噂になるほどなので、調べればすぐに場所がわかった。

 

 ではなぜ、ジャックらがここへ来たのか。

 

「で、ここにお前のいう『ぶちのめして欲しい奴』と『代わりの雌』がいる場所か?」

 

「ああ……」

 

 彼がデーモンと行った契約である『女2人の解放と、代わりの女2人の交換』と『気に入らない奴をぶちのめすことの対価に道案内をする』を執行するためだ。

 すなわち、ぶちのめして欲しい奴とはアベルのことであり、代わりの女とはティーと雌デーモン(バロウス)のことである。

 

 正直なところ、ジャックにも良心はある。それにダークエルフを裏切っているという後ろめたさもある。

 だからこそと言うべきか、彼が強いと思える者のところに来たのだ。認めるのは癪だが、アベルは普段から自分を煙に巻くようになったし、雌デーモンも単純に戦力として申し分ないだろう。

 脅迫してきたデーモン3体は、どうせ相手はダークエルフだとたかを括っているのもあり、油断しているのは明らかだ。ならばアベル達だけでも勝てるのでは?という打算があった。

 

 それはそれとしてアベルが嫌いというのも理由であるのは間違いないのだが。

 

「じゃ、さっそく乗り込むか。雌は殺すなよ」

 

 デーモンの1体がそう言うと、家に近づいてドアを蹴破った。派手な音を出してドアは粉砕され、パラパラと木屑が舞う。

 しかし家の中からはなんの反応もない。

 

「ん~? 反応がねぇな。留守なのか?」

 

「隠れてるだけじゃねーの? 下等生物ってのは正面から正々堂々やっても勝てねぇからコソコソしてるもんだって、相場が決まってるんだよ」

 

 好き勝手いいながら1体を見張りに残して、デーモン2体はドカドカと無遠慮に家のなかに入っていった。

 

 ジャックはそれを見ていることしかできなかったが、どうも様子がおかしい。先程から家の物を破壊する音とデーモンの怒声しか聞こえてこないのだ。

 そうなると焦りも出てくる。もしも誰もいなければ、デーモン達がどういう行動にでるのかわかったものではない。となれば、彼が自ら探索に出ようとするのも当然のことだった。

 

 見張りのデーモンにジロジロ見られながらも、家の周辺を調べていく。すると入り口とは反対側に、大きな足跡が見つかった。形と柔らかさから、できて間もないデーモンのものだろう。

 これが家から裏口を通って出た足跡はそのまま一直線に森の中へと向かっているのだ。見知らぬデーモンの足跡であるにも関わらず、だ。

 

 ジャックは確信する。間違いなく、自分達がこの家に来たことを察知して、隠れるように逃げ出したデーモンがいる。

 しかもこのデーモンはダークエルフと友好的なのだろう。家のなかは荒れてはいなかった。つまり、探していた雌デーモンもしくはその仲間ということに予想がつく。

 なぜ1体分の足跡しかないのかは不明だが、手がかりであることに違いない。

 

 肝心の、この足跡がどこへ向かっているかだが……彼にとっては幸運なことに、ここ最近のアベルとの追いかけっこのお陰で上がった追跡能力がある。しかもデーモン特有の魔力の残滓も残っている。

 

 追跡は容易だった。

 

 文句を言うデーモン3体を引き連れて痕跡を追うとすぐにその巨体は見つかった。ダークエルフの女が先導しつつ、見知らぬデーモンが何か……遠目だとわかりずらいが、人の形をしている……を、抱えて森の中を走っていた。

 女は森に慣れた様子だが、デーモンは抱えている人物を気にしてか、走る速度が遅い。

 

 あのデーモンは誰だと、ジャックは3体に問う。しかしわからないらしく、全員が首を捻った。

 

「まぁ……デーモンについてはともかく、アイツらがさっきの家にいた奴等で間違いないと思う。となると、アイツらは目的の女か、それに関係するやつらだ」

 

「なぁに。要は取っ捕まえてボコればいいんだろ? おい、いくぞ」

 

 細かいことを考えるデーモン達ではないため、とりあえず襲撃することにして襲撃組の2体は走り出した。相手方に同族がいようが関係ない辺り、デーモンのドライさが伺える。

 

「オラオラ! へへへ。そこのお二人さん! 止まんな!」

 

「うわっ。なんだこいつら!?」

「くっ……もう追い付かれたのね」

 

 逃げる2体の前にデーモン2体は躍り出た。直ぐに追いかけたジャックともう1体のデーモンとで挟み撃ちの形になる。

 

「おい、探してるのはコイツらでいいのか?」

 

「……いや、女は違う。こんな年増じゃねぇ。でも顔つきは似ているから母親かもしれねぇ。

 あのデーモンの方は絶対違うが……抱えているのは雌の……デーモン? か?」

 

「……確かにあの雌もデーモンの魔力だな。見た目は角と翼以外、デーモンっぽくねーけど。

 お前の話ならあの雌デーモンは、雌の交換先の1体ってことでいいんだな?」

 

「ああ。なぜか意識がないようだし、ちょうどいい。ダークエルフの女の方も何かに使えそうだから生かしておけよ」

 

「まかせな。生け捕りなんてわけねぇ。

 しかし、お前もノリノリだなぁ」

 

「……約束は守れよ」

 

 逃げている2人……プルプレアとヘンタイは苦い表情をしつつ、この場の全員に聞こえる大きさで会話するデーモンとダークエルフの男の話を聞くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 半刻ほど前のことだ。

 

 ウンランがデーモンの動向とその企みについてプルプレアとヘンタイに報告し、またティー達のもとへ戻っていった後から、彼女らはバロウスの看病をしていた。

 ヘンタイは少しは悲しんでいるのか、普段見せない沈んだ表情をしていた。しかし床に伏すバロウスを見ては、時おり恍惚の笑みを浮かべたかと思うと、ハッとして、頭を地面にぶつけながらよくわからないことを叫び悶絶するといった奇行を繰り返していた。

 プルプレアには彼が何を考えているのかわからないが、どうせまた変なことだろうと生暖かい目を向けていた。

 

「うわああああ! い、今の姐さんならっ……! 無防備っ……! 普段、あんなに暴君なのに……! 黙ってりゃっ……かわいいっ……!!

 ボロボロで……無抵抗っっ……!! あああああ!」

 

 ……プルプレアには見守る(監視する)ことしかできなかった。

 

 それはさておき。

 

 看病をしていると、外にある感知用の罠に反応があった。窓の隙間からそっと外を覗いてみると、見慣れないダークエルフの男とデーモンが3体、そして捕らえられたダークエルフの女2人がこちらへ向かってきている。

 当然、プルプレアは不審に思う。このタイミングでデーモンが来るというのは、明らかにおかしい事だ。ダークエルフと一緒にいるのも訳ありな気がする。ひとまず、ヘンタイを呼んで状況を整理することにした。

 

「聞いてヘンタイくん」

「え? なに?」

「外に誰かいるわ。もしかしたら敵かもしれないから、バロウスちゃんの傍にいて」

「あー、ついに来ちゃったか。俺にやられによぉ!」

「あら、4体1で勝てるのかしら?」

「お、おうよ!……ダークエルフなら!」

「外にいるのはデーモン3体とダークエルフ1人……無理ね」

「うげっ……。いや、俺が特攻してお前が不意撃ちすれば勝てるんじゃね?」

「たしかに、少しは、可能性はあるわね。でも、彼らの目的がバロウスちゃんならどうする? ヘンタイさんが特攻して動けなくなったら、逃げることも不可能なのよ」

 

 2人はせわしなく会話をしつつ、状況を整理していく。

 

「えーと……じゃあ、どうすんだよ」

 

「……今すぐ逃げるわよ。バロウスちゃんを抱えて来て。裏手から出るわ」

 

 結論として、彼女は逃げることに決めた。ひょっとしたら敵意のない一団かもしれないが、その可能性がかなり低いだろうことは、想像がつく。

 ヘンタイは、未だ眠り続けるバロウスに負担がかからないようにしつつ抱き上げ、プルプレアは緊急用にまとめておいた装備を持ち、2人は静かに裏口から脱出した。

 

「でもよ、逃げたはいいとして、どこに行くんだ?」

 

「都市へ行くわ。……本当は、余計ないざこざが生まれるかもしれないから、行くべきではないのだけれど。この際仕方ないわ」

 

 ひとまずバロウス宅に行くという手もあるが、距離が大して離れていないため見つかるのも早いだろう。となれば他に行くことが出来るのは都市しかない。

 

 しかし、元々隠密には向かないヘンタイがバロウスという荷物を抱えているのだ。移動速度は格段に落ち、痕跡を消す余裕も少ない。プルプレアが悪路を避けて先導してはいるが、整備されていない森の中では限界がある。

 

 だから、いつかは追い付かれるとは思っていた。

 

「オラオラ! へへへ。そこのお二人さん! 止まんな!」

 

「うわっ。なんだこいつら!?」

「くっ……もう追い付かれたのね」

 

 誤算だったのは、予想以上に早く追い付かれたことだった。背後から追いかけてきたデーモン達に行く手を阻まれてしまう。

 

 前方では回り込んだ2体のデーモンがニヤニヤしながら仁王立ちし、後方ではダークエルフとデーモンが彼女らを捕獲する算段の話をしていた。

 

「あなたたち、何が目的?」

 

「俺らの目的はそこの雌デーモンだ。

 あと、アンタにはいろいろ聞きたいことがある。大人しく投降するならアンタには乱暴しねぇよ」

 

 プルプレアが問うと、ダークエルフの男が返事をした。

 それは含みのある言い方だ。プルプレアは傷つけないと敢えて明言するのは、裏を返せばデーモン2体には容赦せず乱暴するということなのだろう。

 もちろん、彼女はそのことを許容しない。

 

「お断りよ。あなたがどういう理由でデーモンの仲間になっているのか知らないけれど、2人に何かするなら見過ごすわけにはいかないわ」

 

「はぁ……アンタ、状況わかってて言ってるのか? 足手まといを抱えて、数でも負けるってのに、抵抗して何になるんだよ」

 

「どうにもならなくても、譲れない一線っていうのはあるものよ」

 

「バッカみてぇ」

 

 ジャックの吐き捨てた言葉を合図に、両者は構える。

 

 

 しかし……その瞬間プルプレアの頭部に強い衝撃が走った。

 

「悪いね」

 

 意識が暗転する直前に彼女か聞いたのは、すぐ側から発せられた声だった。

 




新要素の英傑の塔、楽しいです。

有用なユニットが揃ってたら楽なんでしょうけど、それだけ揃う人は報酬も要らないくらい育成リソースあるんでしょうね。

私は雑魚なので四苦八苦してますが。楽しい。


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第36話『反転』

とても遅くなってしまった。

8割がたは2週間で完成したけど、そのあとの話の流れに悩みに悩んでさらに1か月以上かかってしまった。

来年中に完結させたい。
魔王倒しちゃったしね……。


 ドサリ、とプルプレアの体が地面へ吸い込まれるように倒れる。後頭部への強烈な衝撃を受け、意識を失っていた。

 

 下手人はヘンタイであった。彼女の頭を背後から殴打したのだ。彼は裏切ったのだ。

 

「この状況じゃ諦めた方がいいのは俺でもわかる。降参だ」

 

 ジャックは少しの間唖然としていたが、ヘンタイの言葉を聞いて我に返る。流石に、彼の変わり身の早さに驚愕せざるを得なかった。

 いろいろと気になることはあるがともかく、気を取り直して声をかけた。

 

「あ、ああ。なら話が早い。その雌デーモンをこっちへ寄越せ」

 

「そりゃもちろんいいぜ。ただし、1つ条件がある。俺も、お前らの仲間に入れてくれよ。姐さんはその手土産ってことにしてくれれば都合がいい。どうだ?

 まぁ、断るならここで心中するだけなんだが」

 

 ヘンタイの要求は至極真っ当なものだ。元々敵対していた者へ手早く、そこそこの信用を得つつ寝返るためには、大きなメリットが必要である。

 また、取引は対等な立場の者との間でしか行われない。その後ろ盾に、彼はバロウスの生死を掴んでいた。デーモンであるために、大きな盾ではないものの、今回のジャックにとっては死んでいると都合が悪い。

 ヘンタイはそこまで察してはいないようだが。

 

「……俺は別にそれでいい。お前ら、デーモン連中の問題だ。そっちはどうなんだ?」

 

 とはいえ、そもそもジャックにとってデーモンの内部事情など、知ったことではない。そして当のデーモン連中はといえば、

 

「別にいいんじゃね?」

「好きにすれば?」

「そうくると思ってたわ」

 

と、平然としていた。ジャックは少なくともダークエルフなりの一般的な倫理観を持つが、それすらもデーモンのものは大きく異なる。人間と比べると、裏切り、力の大きな者になびくことは日常茶飯事なのだ。利己的に動くことを前提としていると言えばいいかもしれない。

 

 倒れたプルプレアを放置し、ヘンタイはジャック達の側へ歩いてきた。腕のなかにはもちろん、未だ眠るバロウスが横たわっている。

 ヘンタイの外見は普通のデーモンより黒んでおり、体格も魔力も一回り強大だ。そのせいでジャックは若干怯んだが、彼の腕にいるバロウスを見て目を丸くした。およそデーモンとは思えないほどに人間に近い容姿に、ダークエルフには無い美しく白い肌なのだ。ハッとしてしまうほどの可愛らしさもあり、一瞬見とれてしまうのも当然だろう。

 

「へぇー、こいつがデーモンねぇ。なんか人間みてぇだな。こんなに小さくて俺らのモノ入るのか?」

 

「小さくても姐さんは確かにデーモンだぜ。今は腹にでかい傷があるせいで寝てるけど、起きたらヤバイからな。あんまり舐めてると痛い目見るぞ」

 

「こんなナリでかよ。信じられねぇな」

 

「魔力で強くなってるから見た目はあてにしない方がいいんだ。蹴られて屋根の上まで吹っ飛んだこともあるからな」

 

 呆けるジャックを他所に、デーモン達は雑談を始めた。バロウスが聞いていれば全員叩き潰されそうな内容だ。

 

「お、そうだ。予定通り雌1体手に入ったからダークエルフのも1体返すわ。……どっちにする?」

 

 そうしていると、デーモンの1体は思い出したようにジャックは問いかけた。約束、契約を守るのは彼らには常識で、特に非道なグレーターデーモンでさえ守っているのだ(ただし屁理屈は使う)。

 そして今回、問い掛けたデーモンは、嫌みったらしい笑みを浮かべている。

 

 それもそのはず、ジャックは言葉に詰まってしまう。1人だけ解放される人質選ぶというのは酷なことだ。選ばれなかった方と、後々ギクシャクするのが目に見えている。

 かといって、2体分揃うまで交換しないという訳にもいかない。言わなければ気付かなかったで済むのだが、その手はもう使えない。

 

 そうしてしばらく悩み、結局彼は剣士タイプの人質を解放した。現在の状況下では身体能力的に優位性のあるほうを解放するのが合理的ではある。そのためもう片方の軍師タイプの人質も納得していたのか暴れることはなかったが、その目は少し寂しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘンタイの情報から、一行はもう1人の目当ての女ダークエルフがいると思われる都市近郊へやって来ていた。アベルが既に重傷で、ティーが妊娠中ということも既に全員が知ることとなっている。

それと、解放された方の女は服が引き裂かれたままだったので、ボロボロの下着の上にジャックの上着を着せている。

 

 目的地は都市の外れにひっそりとたつ、バズウ魔法店だ。これから襲撃をかけて、ティーを誘拐するのが目的だ。

 

 問題があるといえば、バズウが店にいる場合、全員でかかっても勝てるかわからないことと、間違いなくウンランがいることだろう。

 そしてそれに輪をかけて問題なのは、ヘンタイ以外のデーモン連中が油断しまくっていることだ。いかにヘンタイがバズウの底知れなさを伝えようとしたところで、本人を知らない彼らからすれば『所詮はダークエルフ』という前提があった。

 

 一方でジャックとしては、バズウ達がデーモン達をぶちのめしてくれるなら、別にそれでもいいと思う部分があるため、当初はデーモン連中を放っておいて、勝手に突撃させればいいと考えていた。しかしバズウの店にアベルが居ると聞いてから、彼に対する苛つきが再燃していたために取り止めた。

 アベルには嫌がらせをしたいが、助けてほしいという矛盾した思い。この複雑な心境は、嫌がらせをしたいという気持ちが強くなる方へ傾いていったらしい。

 

 どちらにせよ、バロウスこと雌デーモンが手に入った今、アベル達がデーモンを撃退しようとしまいと、自分の女2人は帰ってくるのだ。デーモンをぶつけること自体が嫌がらせであるのだから、そこに躊躇を挟み込む必要など無いのではないかと(実際は違うが。)……故に、

 

「……俺は注意していくことに賛成だな。相手がどうあれ、手を抜く必要もないだろ」

 

 彼はヘンタイの意見に同意した。

 

「家のなかで戦うのは不利だ。魔法使いの家ってのはそれだけで罠の塊だからな。だから、まず俺とコイツ(剣士の女)の2人で中に入って、目当ての奴等を外へ誘き出す。そこを全員で襲う」

 

「ふーん。まぁいいだろう。ただし、変なマネしたらこっちで預かってる方の女を連れてとっとと帰らせて貰うぜ。最悪、道連れにしてでも殺すからな」

 

「……ああ」

 

 彼のこの提案は、作戦がシンプルだったのもあり、すんなりと受け入れられた。ヘンタイもこれには特に文句はないらしく、欠伸をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャック達はバズウの店へ入り、店主を呼ぶ。

 

 すると、奥から1人の老婆が現れた。彼女がヘンタイの言うところの、ヤバイ魔法使いなのだろうと2人は推測する。

 

「なんだい、こんなときに。アンタ客かい?」

 

「いや、悪いが客じゃない。ここにアベルとその女がいるって聞いてな。俺はあいつの幼馴染みだ。それで、少し用があるから訪ねたまでだ。2人と話をさせてくれないか?」

 

「あ。アタシはただのツレだから気にしないでね」

 

 バズウと正面から向き合って、2人はある程度正直に話すことにした。確かに、まともではない雰囲気がある。下手な嘘をついてやぶ蛇を出すわけにはいかなかった。しかし残念なことに、正直に話したところでなんとかなる相手ではない。

 

「……フン! お断りだね。帰りな」

 

「な……、何故だ!?」

 

「ろくでもない用事な気がするから、かねぇ。ヒッヒッヒッ」

 

「それだけの理由でか!? 本当に大切な用だったらどうする!?」

 

「知らんわ」

 

 ジャック達は絶句した。こうまでとりつく島もないとは思わなかったからだ。何が気に入らないのかわからないが、こちらの様子を見ての判断だというのなら勘が鋭すぎる。

 しかし、ここで彼らとしても簡単に引き下がるわけにもいかない。気を入れ直し、再び抗議を行う。

 

「たのむ! アベル達と会わせてもらえなきゃ、俺の女がデーモンに殺されるんだよ!」

 

「ねぇ、おばあさん。大切な友達なの。なんとかならないの?」

 

 デーモンに殺される、という言葉を聞いて、バズウは僅かに眉を潜める。デーモンがダークエルフに本格的にちょっかいをかけ始めているという推測は当たっていたことを知ったためだ。

 

「デーモンねぇ……アンタ、名前は?」

 

「え? ジ、ジャックだが」

 

「へえ、アンタがジャックかい。アベルからはアンタの愚痴をよく聞かされてるよ。なんでも、会うたびに襲ってくるとか。全く女々しいやつだねぇ。ダークエルフの男なら一度戦って負けたならスパッと認めんかい!」

 

「うぐっ」

 

 当然と言うべきなのだろうが、既にバズウはジャックのことを知っていた。それも外聞の悪い話をだ。どうにも旗色が悪く、ジャックは呻くことしかできない。

 

 どう切り抜けるか考えていると、店の奥からもう1人男が現れた。すこし老けた男のダークエルフである。知っている情報通りなら、ウンランとかいうアベルの義父なのだろう。知らないはずの情報なので一応ジャックは問いかけることにした。

 

「誰だ?」

 

「私はウンラン。アベルの義父だ。よろしく頼む。ふむ、君がジャック君か。聞いていたよりはまともそうな雰囲気だが……。

 バズウさん。少し私が彼と話をしてもいいかな?」

 

「好きにしな。元々アンタらの問題っぽいしねぇ」

 

 そう言って、バズウは再び奥へ戻ってしまった。この家でアベルたちを匿っているとはいえドライなのかもしれない。簡単に引っ込んだところを見ると、結局こうなることはわかっていた様子だ。要するに、先ほどはジャックたちをおちょくっていたのだろう。ダークエルフらしいといえばそうなのだが、ジャックは悶々としてしまう。

 そうして場にはウンランとジャックと女1人が残る。

 

「そうだ。俺はジャックだ。だかそんなことより、アンタにも頼みたいことがある。アベルに会わせてくれないか? あの婆さんじゃ話にならない」

 

「会いたい理由を聞いてもいいかい?」

 

「それは……」

 

 まさかアベルを痛めつけ、彼の女を拐うためとは言えるはずもない。

 

「……俺の女を助けに行くためだ。あいつらデーモンに攫われて、人質になってる」

 

「なるほど。それらしい理由だ。しかし……アベル君は重傷だ。なにか役に立てるとも思えないが?」

 

「……この際、戦いには期待しない。でも会う必要はある。あいつの女……アンタの娘か? そいつもだ」

 

「なら、話す内容を教えてくれないか? それと、私も一緒に居ていいなら2人に会わせようじゃないか」

 

「それはッ……」

 

 ウンランが問い詰めるうちに、ジャックは焦りと苛つきを感じていた。いくらなんでもウンラン達は過保護すぎる。ダークエルフなら、たとえ家族に対してもドライになるはずなのだ。彼の家族がそうだったように。

 厄介者には距離を取る。先程のバズウのようにだ。それが当然だというのに、この家族は重傷人すら守ろうとしている。それが逆に、彼には気にいらない。

 

 そう思うのは彼の過去に起因する。それはアベルへの恨みへと繋がるのだ。幼少期に受けた劣等感と精神的苦痛は幼い彼の頭にしっかりと刷り込まれ、大人になった今もジャックを苛んでいた。常日頃から満ち足りず、アベルに対して優越感を抱いたときのみ感じる充足感を欲しているのだ。

 

 もうすぐその充足感に手が届く……だというのに、目の前のオッサンは邪魔者でしかない。しかしこれほどまでに過保護では、口先だけでは排除することもままならない。焦りで汗が吹き出し、思考がまとまらない。思い出されるのは、プルプレアの様子だ。あの妻相手なら、夫も同じ価値観を持つものだと予想するべきだった。その後悔も負の感情を後押しする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして彼は、はじけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッ……ククク。ハッハッハッ」

 

「ジャック?」

 

「何がおかしい?」

 

 突如笑い出したジャックに、ウンランはいぶかしげな視線を向ける。彼の仲間の女は心配そうにジャックを見るが、なぜ急に笑い出したかは彼女にもわからず、なにもできずにいた。

 

「ハハハ……ふぅ。そういえば、話は少し変わるけどよ、俺、そのデーモンと一緒に行動してたんだ。フヒッ。まぁ人質がいたせいなんだが。アイツらと何をしていたと思う?」

 

「何? ……まさか」

 

「そうだ。無理矢理、都市の案内をさせられてたんだよな。で、ここからが本題なんだが……アンタの家にも行ったぜ?」

 

「なぜ私の家を知っている?」

 

「デーモンと暮らしている奇特な家なんて、都市内じゃいくらでも情報は手に入る。あんたら一家のことが噂になっているのは知ってんだろ? それにその情報はデーモン連中も気になるみたいだったぜ? フハハ。で、どうなったか、教えてやるよ」

 

 彼は大声で叫ぶ。

 

「そう! アンタの妻、プルプレアは死んだ! 雌デーモンも、気絶したままだから楽に捕まえられてたぜ!! お前ら、こんなところで呑気に寝てるなんて、バカみてぇだな! 笑っちまうぜ! ハハハハハ!!!」

 

「まて! ヘンタイくんはどうした!?」

 

「もう一体いた黒いデーモンか? あっさり寝返ったぜ!」

 

「なんだと……!」

 

「っていうか、アンタの妻はそいつにぶん殴られてたしな。実にデーモンらしいデーモンじゃないか。そんな奴と仲良くしようとしてたなんて、クククッ、間抜けだなぁ」

 

「くそっ……」

 

 ジャックの話を聞いて、ウンランは今すぐ飛び出してプルプレアの無事を確かめたくなったが、なんとか踏みとどまった。まだジャックが本当のことを言っているとは限らないし、アベルたちのこともある。いずれにせよ、彼はここを動くことができなかった。

 

「お? 家族に過保護っぽいアンタならてっきり飛び出していくかと思ったが、意外と冷静だな」

 

「……君の言葉が虚偽でない保証もない」

 

「嘘じゃねぇんだけど……ププッ」

 

 煽るジャックをウンランは睨み付ける。

 

「しかし、つい勢いで全部話しちまったな。これじゃあ、もう1人の女は諦めるしかないか」

 

「え……。 ジャック、あの子は助けないの!?」

 

「いや、だってもう無理だろ。目当ての人物にはサシでの話すらさせてくれねぇ腰抜け共ばっかりだ。それに強行突破も目の前のオッサンだけならならともかく、この店のババアも相手にして出し抜くのは無理だ」

 

「そ、それはそうかも、しれないけど……」

 

 剣士女は狼狽えた。流石に普段仲良くしている軍師女があっさり切り捨てられたことに。まともな彼なら、このように後々不信感を残す選択はしなかったはずだ。明らかに普通ではない。なにか……決定的に枷がはずれてしまったかのようだった。

 

 ジャックがウンランから背を向ける。

 しかしそのとき、彼の背後からバタバタと荒い足音が聞こえる。

 右肩越しに振り返れば……そこには腹を大きくした妊婦が焦燥した表情でたたずんでいる。

 

「ティー……」

 

 ジャックは左頬を喜悦の表情に歪ませた。

 




完結させたい
早く原作キャラ出したい


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第37話『略奪』

お久しぶりです。
7周年なので投稿再開します。
遅れてごめんなさい。



 不安気な表情を浮かべるティーは、目の前の男に問い質した。彼女の母親が、すでにデーモンに殺されているのだという彼の言葉が真実なのか、確かめずにはいられなかった。

 

「今の話……本当なの?」

 

「アンタの母親のことか? さあ? そこのオッサンが言うには、俺の言葉は信憑性にかけるんだとよ」

 

「……お父さん。お母さんを探してきて」

 

「しかし……」

 

「私たちなら大丈夫だから。ジャックさんにも、ジャックさんの事情があるはず。その話を聞くだけだから。ただ、仲間の女の人を助け出しに行きたいだけだと思うの。私たちがどれくらい助けになるかわからないけど……」

 

 やはりこの女は馬鹿だ。ジャックはそう思った。ウンランという大戦力を家族なんぞのために割こうとしているのだから。

 

 実際のところ、ティーは自分自身が取引材料にされているなどとは夢にも思っていない、というわけではない。少なからず抱いてしまった彼への同情的な心境と、母の安否を思うが故の焦燥感が、自分よりも家族を助けるという自己犠牲のために目をくらませていた。

 

 しかしこれはジャックにとって、降って湧いた幸運でもあった。たしかにこういった展開を期待しなかったわけではない。だが、そううまく事が運ぶ可能性は決して高くはなかったのだ。

 声を張り上げて彼女を自主的に表に出させることも、パニックに陥らせて正常な判断力を奪うことも、全てはティーがジャックの想像以上にお人好しかつ家族思いであったことが原因だ。

 

 しかし自棄になった彼にとって、成功率が高いか低いかなど関係ない。

 

ジャックは、賭けに勝ったのだ。

 

「お父さん。無茶はしないし、バズウさんだっているんだから。大丈夫だって」

 

「……そう、だな」

 

 しばし俯いていたウンランは、顔をあげるとジャック達を一睨みし、外へ駆け出していった。

 

「じゃ、アベルと会わせてくれ」

 

「うん。こっちだよ」

 

 3人が奥へ移動し、店先に人影はなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくつかの通路を進んで奥の部屋の扉を開けると、そこにはベッドで横になるアベルがいた。先程のジャックの大声は聞こえていたらしく、どこか焦燥した雰囲気を出していた。

 

「よう、アベル。情けねぇ姿だな」

 

「ジャック……なにしに来たんだ。さっき声、こっちまで聞こえてきたぞ。プルプレアさんが……その、やられたってのは本当なのか? それにバロウスさんが捕まったって……」

 

「ああ、この目で見たよ。ダークエルフの女は、あんたらのお仲間だったヘンタイとかいうデーモンに後頭部から殴られて、イッパツでおねんねだ。

 雌デーモンは、他のデーモン連中に連れてかれていったよ」

 

「くっ……」

 

 アベルは歯噛みし、ベッドのシーツを握りしめる。

次から次へと起きる問題に、何もできない自分の弱さを悔やんでいた。

 

「まぁ? 死んだかどうかはホントは確認してねぇから、運が良ければまだ生きてるかもな? 魔界の森で気絶した女が倒れてて、いつまで無事かは知らねーけど。クククッ」

 

「そうか……。ティー、ウンランさんは行ったのか?」

 

「うん。私がお願いしたの。あとバズウさんは他の部屋にいるよ。呼べばすぐ来ると思うから。

 ……アベル。私もお母さんのこと、心配だよ」

 

「うん……。僕もだ。でも、今は信じて待とう」

 

 ジャックは煽るが、お構いなしにティーはアベルの頭を抱き、互いを慰めあっていた。

 それをジャックは冷めた目で見つつ、今のうちにと、その少し冷えた頭でこれからの作戦を考えていた。

 

(元々はデーモン連中にアベルをぶっ殺してもらって、ティーとかいう女を拐うことが目的だったが……あのバズウとかいうババアが邪魔すぎる。まともに手を出しても勝ち目はねぇ。

 だがアベルもティーもまともに動ける状態じゃないのは予想外に都合がいいかもしれねぇ。

 ならそこにつけ込んで……)

 

 ややあって方針が決まると、それを剣士女へ耳打ちした。剣士女はその内容に少し怯むが、捕まっている軍師女を助けるためだと気を引き締める。

 そして、彼は慰めあう2人に声をかけた。

 

「おい、2人とも。いつまでもイチャついてるんじゃねぇ。こっちはアンタらに用があって来たんだ」

 

「……そういえば、僕に話だって言ってたな。何だ?」

 

「なーに、簡単なことだ。デーモンについて教えろ。元々はアンタらに手伝わせて、俺を脅してきたデーモンをブッ倒そうと思ってたんだわ。まさか、こんなザマだとは思わなくてなぁ。クククッ。

 でもまぁ、デーモンと住んでたって噂のアンタらだ。弱点の1つや2つ、知ってるなら教えろ……っていう話さ

 ティーちゃんもさ、なんか知らない?」

 

 ジャックはワザと大仰な身振りで部屋の中を歩き回りながら、嘘をついた。元々共闘など微塵も考えていないし、弱点を得たところで人質がいる今、有効だとは思えない。

 

 だが、こうすればアベルとティーが少なくとも同情し、話に耳を傾けることはわかっている。それを利用するのだ。

 その意識の隙間へ、剣士女が滑り込む。

 

「アッ」

 

「ムグッ!?」

 

「おっと、ティーちゃん、大人しくな」

 

 剣士女は、その鍛えられた肉体を使って、あっという間にアベルを拘束し、口を塞いでしまったのだ。アベルは魔術師故に、反応もできなかった。

 寸前にティーは女の動きに気づいていたものの、自分に向けられた害意ではなく、さらに長い妊婦生活で勘が鈍っていたこともあって、声を出そうとすることで精一杯だった。だがそれも、即座に目の前に立ち塞がるジャックによって遮られてしまう。

 

 作戦がうまくいったことにほくそ笑みつつ、ジャックはティーへ話しかける。

 

「ティーちゃ〜ん。今動いたり大きな声を出したら、アベルがどうなっても知らないぜ?

 それに、こんなところで暴れて、そのお腹の子は大丈夫かぁ? 俺はそっちの女ほど体は鍛えてないけど、近接戦ができないわけでもない。今のティーちゃんの腹に、一発いれることだってそう難しい話じゃないんだぜ?」

 

「う……」

 

 ニヤニヤしつつ、ティーへゆっくりと近く。彼は戦闘においてオールラウンダーであることは誰もが理解しており、人質が2人もいる状態では彼女に抵抗の余地はなかった。

 

「さっき、話を聞くだけって……」

 

「あ? 嘘だよ」

 

「うそ……。こんなことして、わかってるの? 後でバズウおばあちゃんに殺されても……知らないよ」

 

「だろうな。でも、もういいんだよ。そんなこと、どうでも。目的さえ果たせりゃ、な。

 アベルに用があるのは本当だぜ。俺な、昔っからアイツはムカついてたのよ。理由もわかってないんだろうな~。ティーちゃんはわかるかなぁ? わからないだろうな〜。2人とも、お人好しだからな〜」

 

「こんな時に、急になに?」

 

「これが目的なんだよ。要は、アベルへの復讐さ」

 

 ティーには、わけがわからなかった。ジャックの言動はもはやめちゃくちゃだ。デーモンに人質を取られているにも関わらず復習を優先することもそうだが、心優しいアベルがここまで他人を怒らせる原因にも心当たりがない。

 前々から疑問だったのだ。なぜ彼が、アベルをつけ狙うのか。

 そんなことを考えていたからだろうか。次の彼の言葉をすぐに理解できなかった。

 

「だから、アベル。お前の大事なもの貰うわ」

 

「え?」

 

 ティーが一瞬呆けたその瞬間を見逃さず、ジャックは……彼女の唇を奪った。

 

 

 

 

 

「んん!?」

 

 ティーは目を丸くして反射的にジャックを突き飛ばした。ジャックはたたらを踏むが、相変わらずニヤニヤしている。

 

「い、いきなり何するの!?」

 

「何って、ティーちゃんに、キスしたんだよ。アベルにティーちゃんみたいないい女は勿体ない。アベルから貰ってやるよ」

 

「ふざけないで! あなたのものになんて、なるわけないよ!」

 

 いきなりキスをされ、それでいて上から目線で貰ってやるなどというジャックに、ティーは怒りの表情を浮かべて怒鳴った。

 

「そうか? なら残念だが、ジャックと腹の子には死んでもらうしかないな? 抵抗しなければ、今のは許してやるけど?」

 

「ッ……最っ低……!」

 

「最低で結構。じゃ、続きをしようか」

 

「……アベル……ごめんね……んむ……」

 

 人質のことを思い出したティーは何もできず、無抵抗のまま、再び口を奪われた。震える体をどうすることもできずに、されるがままに口の中を蹂躙されてしまう。

 

 アベルはというと、怪我のことも忘れて呻き暴れていた。しかし怪我のせいで力が入らずに、拘束を振り払うことができず、貪られる自分の恋人を見ていることしかできない。彼を拘束している剣士女は多少複雑そうな顔をしているものの、ジャックの不貞に対してそこまで不満は無いらしく、拘束が緩まる気配がない。どちらかというと、

 

 気が狂わんばかりに呻き叫ぶアベルだが、その声はジャックを満足させるだけだ。

 やがて、行為はエスカレートしていき、体にまで手が伸びていく。これから肉体をさらに蹂躙されてしまうのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、ティーの目は決して屈していなかった。それはアベルも同じだ。

 

 2人の口づけを食い入るように、剣士女は見ていた。それは嫉妬か、興奮か、怒りか。

 その心境は本人にもわからなかったが、そのせいか周囲への注意は散漫になっていたのだ。そうした致命的な隙に、ティー達の最後の切り札が切られることとなる。

 

「キャアアア!?」

 

 突如、剣士女は首元をギザギザとした何かに挟まれる感覚を受けた。咄嗟に振り返ってみると、何か動物の黒い毛皮のようなものが一瞬視界の端に見え、再び視界の外へ消えてしまう。

 首元の感覚はさらに大きく、激痛となり、胸元へ流れ込むぬめぬめとした感触から血が流れているのを肌で感じた。

 

「なんだ! 静かにしっ……ぐぅ!?」

 

 女の叫び声に振り返り、怒鳴るジャックも足首に激痛を感じた。下を見ればそこには1匹のケモノがいた。

 

 オルトロスだ。

 

「な、何だこいつら!?」

 

 女の首筋とジャックの足首へ、ぶら下がるように2匹のオルトロスが噛み付いていたのだ。

 ティー達も、無策でいたわけではない。万が一に備え、調教したオルトロスたちを部屋に隠していた。この部屋は魔女の部屋であり、獣の匂いをかき消すにもうってつけだった。

 彼女は、唇を奪われながらもジャックと剣士女の意識が逸れている間に、こっそりハンドサインを送っていたのだ。

 

 突然のことに噛みつかれた2人は暴れた。当然、拘束は解けてしまう。

 

「フレイム、バーニング! そいつらはそのまま捕まえて! ブレイズは様子を見て、危ない方を助けて!」

 

 すぐさま、ティーは指示を飛ばしてオルトロスに包囲をさせる。とはいえ、剣士女は首元をやられてすでに虫の息だ。ジャックも足を負傷して素早く動くことは容易ではないだろう。勝敗は決したも同然だった。

 ジャックはそれを理解し、最後の抵抗とばかりに暴れ狂う。

 

「くそがあああああああ!! アベルうううううっ! てめぇだけでも殺す!」

 

 追加でブレイズに襲われ、結果2匹のオルトロスに噛みつかれてなお、気合のみを頼りに仁王立ちし、アベルへ怒声を張り上げた。

 

「てめぇのせいで、昔っから俺は貧乏くじばかり引かされてたんだ!! お前が幸せになるなんて許せねぇんだよおおおおおお!!!」

 

 叫ぶジャックは、血を流しすぎて朦朧としてきた頭の中で、昔のことを思い出していた。それは、ある種の走馬灯だったのかもしれない。

 



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第38話『道化』

あけましておめでとうございます。
今回はいつもの文量だと区切りが付けづらかったので、少し短めです。
久しぶりに書くとやっぱり難しいものですね……。




 アベルやジャックが子供のころの話だ。

 

生まれて10年ほどの、まだアベルは他の同年代の子供よりも優秀であった。その理由は、彼の魂が2つあるという特異性からきているのだが、周囲の大人のダークエルフも含め、誰もそのことに気づく者はいなかった。

 

 優秀な子供というのは、親以外の他の大人にとって羨ましいものだ。単純に育てる負担が減るだけでなく、その子の親も含めて優秀な血筋であるという指標にもなる。そうなれば住んでいる地域での立場も自然と良いものとなっていくのだ。

 強さが絶対視される魔界では特にそれが顕著だった。

 

 だからこそ、親は子を厳しく訓練し、他の子供よりも自分の子供を、より強く育てようとする。

 

 そのなかで、アベルはあまりにも突出しすぎていた。

 

 もちろん、子供にしては、という域を超えてはいないのだが、それでも子供が訓練でどうにかなるレベルの優秀さは超えていた。前世の知識という圧倒的アドバンテージに加え、魔力総量が他の子供の倍近いというのは神童と言われるのには違いない。

 

 いくら訓練しようと埋まらない差は、次第にアベルのことを目標から妬みの対象へと変えていった。特に、他の親にとっては。

 かといって表立ってイジメを行うには、立場上できない。それくらいの差がついていた。

 

 そうなれば、その感情の矛先は自然と自分の子供へ向けられた。

 

『なぜ、お前はそんなに弱いのか』

『もっと努力しろ』

『アベルくんはもっとできる』

 

 そういった言葉を子へ投げかける親は少なくなかった。

 

 ジャックもそんな親を持った子供の1人だったのだ。

 

 そんな少年は、幼心のままに、お友達であったアベルへ問いかけた。『なんで、そんなにすごいの?』と。しかし返ってきたのは。

 

『これくらい普通だと思うけど……。え? そんなはずないって? うーん。そうだなぁ。あえて言うなら、頑張ったから……かなぁ。僕、お父さんとお母さんからは魔法については最初だけしか教えてもらってなかったけど、それからは自力だったよ。ジャック君は親に教えてもらえるんだからいいよね』

 

 という、できて当然と言わんばかりの答えだった。むしろ、ジャックを羨むような感情まで見える。

 このとき、アベルは間違いなく、調子に乗っていた。周囲の同年代よりも一歩二歩、先を行く自分自身の能力に、天狗になっていたのだ。言葉こそ謙虚さがあるようにも見えるが、その実、無意識に同年代の子供を『所詮は子供』として上から目線の態度をとっていたのだ。

 そのことを、ジャックは敏感に感じ取っていた。親の機嫌をうかがうような生活を続けていたせいで、幼馴染であり普段から会話をすることも多いアベルの、無意識の見下したような態度が透けて見えていた。

 そしてそれは同時に、才能という大きな壁と、それを超えてやりたいという反骨神をも生んでいた。

 

 以来、ジャックはより一層に勉学や訓練へ励むこととなる。ひとえに、アベルを超え、親に褒めてもらいたいがために。

 

 しかし、その努力は裏切られることとなったのだ。

 

 しばらく日々訓練に明け暮れていたジャックがふとアベルを見てみると、いつの間にか、あまりにも差が開いていた。アベルが、弱すぎた。

 

 前世の記憶持ちというアドバンテージは時とともに足枷となり、成長を著しく妨げていたためだ。

 

 その差に気づいたジャックは、今まで持っていた目標が存在しないものであることを知った。親も、そのころにはアベルなど眼中になかった。訓練に夢中でそのことに気が付かなかった。そして、当のアベルは周囲との間にできた差に対し、満足な努力をしようともせず、ただ流されるだけの生活を続けている、凡庸な人物だった。

 強くなれたのはいい。しかし、何のために強くなろうとしていたのか……彼にはそれが判らなくなった。

 

 そして生まれたのは、アベルへの憎しみと怒り、そして悲しみだった。

 

『アイツのせいで、惨めな子供時代を過ごした。だというのに、アイツはそんな目標になるようなやつじゃない……しかも、努力しようともしない腑抜けなんだ。……ふざけるなよ。ふざけんな! アベル! これじゃ、俺は何のために……! お前が弱かったら意味ないだろうが!!!』

 

 彼の心に生まれた慟哭は、言葉になることを許さず、態度として表面化していった。すなわち、アベルへの嫌がらせである。晴れることのない鬱憤を紛らわせるかのように、ことあるごとにアベルを煽り、叩きのめした。

 

 そして、彼の心は歪み、今の今まで続いているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手足から血を流し、アベルを睨みつけるジャックの脳裏を、今までの記憶がよみがえっていた。それは、一種の走馬灯だろうか。

 彼は、もはやこの場において自分が逃げられないだろうことも理解していた。味方となる剣士女は首をやられて気絶し、自らも足の腱を傷つけられ、今現在もオルトロス2匹に噛みつかれて十分に動くことも逃げることもできない。それにいくらアベル達がお人好しとはいえ、魔界の常識的に考えて、命を狙ってきた相手である自分を生かすとも思えない。

 はっきり言って、詰んでいる。

 

 だが彼は倒れなかった。殺意の乗った視線が消えることはなかった。この状況だからこそ、自らの復讐心を燃え立たせたのだ。

 

「「アベル!!!」」

 

 ジャックとティーの声が重なり、アベルめがけて拳が振り上げられる。

 しかし……彼にとっては無情にも、その拳が振り下ろされることはなく。

 

 パンッ

 

 突如として乾いた音が部屋に響いた。そして同時に赤い臓物がぶちまけられ、そこには首から上の無いジャックの立ち姿があった。

 

「え……?」

 

 空気が凍り付き、その場の誰もが現状を理解できずにいる。そこへ割り込むのは、しゃがれた声であった。

 

「まったく、中途半端なことするもんじゃないってのに、 相変わらず甘い連中だねぇ! 思わず手が出ちまったよ!! ヒッヒッヒッ」

 

 どこからともなく現れたのは、この家の家主であるバズウであった。

 

「バ、バズウさん。ひょっとしてあなたが……」

 

「そうだよ。一応アンタのことは怪我が治るまで麺等見る約束だからねぇ。こんな下らないことで死なれちゃ困るんだよねぇ」

 

「で、でも流石に殺すのはやりすぎじゃ……」

 

「まーだそんなこと言ってんのかい!? このバカモンが!! そういうのは、優しさじゃなくて甘さって言うんだよ! アンタの身から出たサビをキレイにしてやったんだから、感謝されこそすれ、非難されるいわれはないね!」

 

 ジャックの頭をふっ飛ばしたのは、バズウだった。どうやら部屋で起きたことは全て知っていたらしい。

 そして、アベルに反論を許さない剣幕で怒鳴りあげ、言い終わると返事も待たずに部屋を出ていってしまった。

 

 アベルも、ティーも、何も言えずにいた。

 ジャックが残した言葉とバズウの発言からアベルは、自分が原因でジャックが変わってしまったことを悔やんでいた。ティーはそんなアベルの様子に、心配そうに側で寄り添うことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、死体を片付け、残った剣士女をティーが手当しただけで終わった。プルプレアはウンランが駆けつけるのが早かったためか、運良く無事であった。ドロテアへはバズウが報告していたが、はたして直ぐに対応できるのかは疑問だ。

 

 そして、バロウス達を連れたデーモン3体とヘンタイはというと、戻ってこないジャックに痺れを切らして拠点へ帰ってしまったのか、ウンランが周囲を見回りに行ったものの影も形もなかった。

 

 今すぐにでもバロウスを捜したい気持ちはあった。しかし人手は足りず、バロウスを探す余裕などなかった。

 そうして何もできずに次の日がやってきたのだった。

 



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