BanG Dream! 少年とパレットで描く世界 (迷人(takto)
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アイドルバンド


なぜ少年はアシスタントをすることになったのか


あるところに、江古田拓人(エゴタ タクト)という少年がいた。

彼は小さい頃から音楽が好きで、小学校の頃から自分の楽器を持つのが夢だった。

 

しかし、拓人の家庭は裕福ではなく、楽器一つ買うのも大事だった。

ひたすらに両親の手伝いをして少しずつ資金をため、小学校4年生の頃ついに中古のギターとベースを購入した。大好きな楽器をうまく弾けるようになるのに、そう時間はかからなかった。その上達ぶりには、低学年の頃から拓人を知る担任も驚いていた。

 

すぐさま拓人は学校一ギターとベースがうまいことで有名になった。

中学校に入学してからもその噂を知るものは多く、それに感化されて音楽を始めるものもいたという。

 

好きなものを好きなだけ弾く、それは拓人にとって”生きる意味”といっても過言ではなかった。

 

しかし、そんな中ある悲劇が拓人を襲う。

 

“フォーカル・ジストニア”という病気をご存知だろうか。

ピアノを引く、ギターのコードをおさえるといった規則的な動きをとろうとすると、その動きに不必要な筋肉まで動いてしまい、動作不良や痙攣などを起こす運動障害である。

 

普遍的な効果のある治療方法は未だに見つかっておらず、難治病としても知名度が上がりつつある病気である。

 

江古田拓人もまた、その病気にかかった患者の一人となった。

きっかけは中学2年のころ、ベースを弾いていたら突然規則的なリズムが取れなくなった。

はじめは疲れからくるものだと気にしていなかったが、どれだけ休んでも治らなかった。

心配した父とともに病院に向かい、そこで初めて、フォーカル・ジストニアという病名を知った。長期的に治療を行わなければならず、症状は緩和されても癖になってしまうこともあるらしい。それはつまり、彼の好きな楽器を満足に弾けなくなってしまうことを指していた。

 

それから数ヶ月、拓人はまるで抜け殻のような生活をおくった。今まで好きだったものにも触れられず、金銭的にも治療を受けられない状態で、ただ時間だけが過ぎていった。

 

 

 

それでも楽器を嫌いになれず、高校に入学後は、ライブハウスでアルバイトを始めた。機器のメンテナンスをしたり、会場のセッティングをしたりして、少しでも好きなことに携わる道を選んだ。どんな形でも、音楽に触れていればいつか、再び音を奏でることができると。

 

 

高校2年生になった拓人は、今日もライブハウスで台帳を見ながらスケジュールを確認していた。

彼の働くライブハウスは有名なプロダクションが経営に携わっていることで知られている。

毎週どこかでライブが開かれ、そのたびに多くの人が集まるのである。

本日もライブの予定が何件か入っていて、その準備をしているところだった。

「お疲れ様ッス、拓人さん!」

ふいに声をかけられて拓人が後ろを振り返ると、そこにはメガネをかけた少女が立っていた。

「ああ、大和さんこんにちは。今日も機材の調整、お願いしますよ。」

「はい!任せてください!」

 

大和麻弥、拓人と同じライブハウスでスタジオミュージシャンとして働いている同級生である。自他ともに認める機材オタクで、機器の設定でわからない事があればとりあえず麻弥に聞けば答えてくれると言われている。

二人は予定を確認し終わると、すぐに設営に取り掛かった。

「そういえば、上の人から呼び出しがあったみたいだね。何かあったの?」

アンプの位置を調整しながら拓人は麻弥に声を掛ける。今日はもう少し早く設営を始めるつもりだったのだが、麻弥から「用事があるから少し遅くなる」と連絡が入り、10分ほど遅れてから作業することになったのだ。

 

「それが、とある企画でしばらくドラム担当として働くことになったんですよ。」

「へぇ、すごいじゃないか。大和さんドラムうまいもんね。」

「そういうふうに言われると照れますね・・・。」

 

けしてお世辞で言っているわけではない。麻弥は機器を弄れるだけでなく、ドラムも嗜んでいる。拓人も何度か聞かせてもらった事があるが、その腕前はかなりのものであった。

「それで、どういう企画なの?」

「はい、なんでもただのバンドではなく、アイドルバンド?として売り出すらしいんですけど。」

まだ公式発表前だからあまり詳しいことは話せないらしいが、なんでもアイドルとバンドをかけ合わせた新しい試みで売り出していこうという話らしい。

それだけならたしかに良い話なのではないかと思った。しかし。

 

「それ、ほんとに大丈夫なの?」

「やっぱりそう思いますよね・・・。」

なんでもそのバンド、“実際に演奏はしない”らしい。演技力だけで、あたかも弾いているかのように見せる、いわゆるエアバンドだというのである。だがドラムは弾いているフリをするのが難しいため、機器の調整もできて実際にドラムも叩ける麻弥に白羽の矢が立ったのだという。とはいえ正式なメンバーが加入するまでのつなぎらしく、いずれはお払い箱になってしまうようだ。

そんな話をきいたら心配しないはずがない。

「それはそうさ。いくら演技派がいたとしても、それをずっと隠し通すことなんてできるわけがない。きっと経験のある人間にはすぐバレるし、機材トラブルなんてあった暁には一瞬でその場の全員に露見してしまうだろう。」

 

人間だって完璧じゃない。1年経って仕事になれてきた拓人も、そして何年もこの道で仕事をしているものでも、機材のトラブルをなくすことなんてできないのだ。

それを知っている人間であればそんな企画は挙げないはずだが、よほど自身があるのか、いざというときの対応は特に考えられていないらしい。

 

「それだったら、今は録音に頼っているけど練習して弾けるようにしますくらいの意気込みでやったほうがいい。けどそんなこと考えているような感じでもなさそうだね。」

あまりの無謀な考えに、拓人は呆れると同時に苛立ちを覚えた。

 

「拓人さん、やっぱりこの手のことになると辛辣ッスよね。」

「当たり前でしょ?アイドルを売るために音楽を利用して、演技だけでなんとかしようとするなんて、馬鹿にしているとしか思えない。とはいえ、大和さんのドラムは本物だからね。それに普通に楽器弾ける娘もいるんでしょ?だったら応援するさ。」

 

「あ、ありがとうございます!」

麻弥はまたすこし照れながら返事をする。

「うん、できればそのバンドの全員が音楽を奏でているところを見てみたいけどね。」

これは拓人の本心である。多くの人に楽器を弾く楽しみをしって欲しいから、これをきっかけに、そのバンドメンバーみんなにも楽しさを知ってほしかった。

「自分もできればそうありたいです・・・。」

「今の俺には応援しかできないから、さっき言ったことが現実にならないよう祈ってるよ。」

「はい!」

拓人の言葉に麻弥は元気よく返事をした。

 

その数日後、拓人の危惧していたことは現実となった。Pastel*Palettesと名付けられたアイドルバンドは、機器の不調でエアバンドであることが会場の全員に知られてしまった。

麻弥の誘いで会場に来ていた拓人は、心配していたことが現実になってしまい頭を抱えた。そのときのメンバーの悲しいような、焦っているようななんとも言い表せない表情は、後に忘れないほど深く脳裏に焼き付いた。

 

後日、拓人は麻弥に呼ばれて事務所まで向かうと、一人の男が立っていた。

「はじめまして、江古田拓人さんですか?私はPastel*Palettesの企画担当をさせていただいているものです。今日はあなたにお願いしたいことがあって来てもらいました。もちろん、ただでとは言いません。」

 

なんでも、麻弥がバンドについて話したときに拓人が言ったことを聞いて、力になってくれると思ったらしい。自分はまだ大きな企画を行ったことがないため、今回の企画は協力してくれる人員も少なく困っているとも語った。今回の件で反省し、Pastel*Pallets、パスパレをちゃんと演奏のできるバンドとして売り出したいが指導できる人間が見つからない。そこで楽器の知識のある拓人に講師をしてもらえないかと、そういう話らしい。

 

確かに教えるくらいなら拓人にもできる。アルバイト仲間である麻弥の協力もしたいとも思っている。だから協力すること自体には賛成だったが、拓人はどうしてもこれだけは言わずにいられなかった。

 

「普通に考えれば、ずっとエアバンドで売ることに限界があることはわかると思います。それを企画の時点で考えられていなかった時点で、失敗することは決定していた。まだあなたの企画者としての力は不十分です。この企画に参加しようと思ったメンバーと、そのメンバーに期待して見に来ようとする人たちを裏切ることは今後無いよう、気をつけてください。」

 

その言葉を聞いて男性は深く謝罪した。それが嘘か真であるかは置いて、その行動で拓人は少し許そうと思えた。

 

「他ならぬ大和さんの頼みでもあります。ただのガキの僕で良ければ協力させていただきますよ。」

 

その言葉を受け、再び男性は頭を下げた。

そうして正式に、拓人はこの企画に携わることとなった。

詳しいことは後日連絡するといい、男性はその場を去っていった。

拓人と麻弥がスタジオに戻ると、気まずそうな顔をしていた麻弥が口を開いた。

「すみません拓人さん、この企画に巻き込んでしまって。一応拓人さんの病気のこともわかっているはずなのに・・・。」

演奏したくてもできず、我慢している拓人を紹介してしまったことを後悔しているらしい。それでも他にベースを教えられる人間は他にいなかったから本当に困っていたのだ。

 

他に人がいないとわかったから拓人は協力することに決めた。自分にもそれくらいであればできると思ったからである。

 

「気にしなくていいよ。俺がやりたくてやるんだからさ。自分で弾かなきゃ問題ないし、それに前から言ってると思うけど、少しでも多くの人に音楽を好きになってほしい。だから協力するんだ。」

 

その言葉を聞いて安心した麻弥は改めて拓人の方に向き直り頭を下げる。

「拓人さん、ジブンは途中で抜けてしまうと思いますが、暫くの間、よろしくおねがいします!」

 

麻弥はそう言ったが拓人は考えていた。

(大和さんビジュアルいいんだから正式メンバーになればいいのに。)

 

こうして拓人は、Pastel*Palettesのアシスタントを務めることとなったのである。

 

はたして、パスパレは本当のバンドとして復活することはできるのだろうか。

 

今はまだ、誰もわからない。

 

 

 

 

 

つづく・・・・・

 

 

 

・・・・・といいな

 




こんな駄文を読んでいただきありがとうございます!

あらすじにも書いてあるとおり、次はいつになるかはわかりません。

よろしければまたよろしくお願い致します。


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はじめまして、パスパレ。

パスパレメンバーと拓人の顔合わせ。



アイドルバンドPastel*Palettesの楽器指導をする事になった江古田拓人は、後日改めて担当者に呼び出され、依頼内容の説明を受けた。楽器を弾いたことのないメンバーのフォロー、ライブ時の機材セッティング、会場移動時のフォロー etc…

「ちょっと待ってください。なんか増えていませんか?」

ある程度説明を受けたところで拓人はたまらず声を上げる。

拓人が問いかけると担当者は不思議そうな顔をしながら首を傾げた。

「何か?」

「いや、何かじゃありませんよ。確かに楽器教えるって話はしましたけど、こんなに仕事やるなんて聞いていませんよ?」

これではまるで本当にアシスタントだ。

「黙っていれば気づかれないと思ったのに・・・。」

「なにか言いましたか?」

「いえ何も!」

そう言うと担当者はバツの悪そうにいう。

「いやぁ、人が少ないせいでそのあたりのフォローに手が回せなくてですね・・・できればそちらの作業もお願いしたいと思いまして・・・。もちろん、今のバイトよりもしっかりとした給与は出させていただきますのでご安心を。」

それでも1学生にそれをやらせるのか?給与以前に、よくこんな体制でアイドルバンドなんて企画したものだ・・・と内心思ったが、拓人はあえてそれを口には出さなかった。確かに聞いていた内容よりもやることは増えていたが、今までとやっていることはほとんど変わらないからだ。いつもの作業の合間に手伝いが増えると思えば、たいしたことではない。また給与が増えればリハビリ治療のための資金になる。

もし少し作業が増えたとしても、楽器に触れなくなってからこれと言った趣味を見つけられなかった拓人にとっては、時間を潰す機会ができたと思う程度だった。

何より、こういった仕事に携われることは新鮮で、興味のほうが若干勝っていたため、改めてこの内容で承諾した。

 

その後、麻弥と共にライブハウスの店長に経緯を話し、上の人間の意向であればしょうがないと、若干納得していない様子ではあったが、アシスタントの仕事と並行しながらアルバイトもすることになった。

 

ライブハウスをあとにし、拓人は途中まで道が同じ麻弥と会話をしながら帰路についていた。

 

「ってことで、やることが増えちゃったわけなんだけど。」

「アハハ、なんというか申し訳ありません・・・。一応ジブンも小耳に挟んではいたのですが、こんな事になっているとは・・・。」

麻弥がこのことを知ったのもどうやら今日店長に話に言ってかららしい。

「だから大和さんが謝ることないって。ろくに人員の確保もできてなかったあの人に問題があるんだから。だいたい学生にそれやらせるかって話だよ。大和さんもパスパレの人たちも同じ学生だから何も言えないけど。」

麻弥は頬をかきながら、

「ジブンはもともとこういうことがやりたくてやってますからね。急にやれと言われた拓人さんとはちょっと違いますから、そう言いたくなる気持ちもわかりますよ。」

そう言ってフォローしてくれる。

「まぁ、自分でやるって言ったわけだし、もうこれからはこういうことは言わないさ。言っていられる暇もないくらい、やれることはやらせていただくよ。」

「はい、よろしくお願いします。」

そう言ってから、拓人は少し表情を曇らせる。それに気づいた麻弥はどうしたのかと彼に尋ねる。

「やるって言ったのはいいけど、本当は少し不安なんだ。この手で実際に弾いて見せることもできないのに教えることなんてできるのかってね・・・。」

フォーカル・ジストニアを患った拓人の左手は、簡単なコードの練習くらいであれば問題ないが、少し複雑な動きをするようになると正常な動きができなくなってしまう。今はまだどの程度教えればよいのかわからないため、もし複雑なテクニックを求められた場合、どのように対応すればよいのかという不安があった。

 

それを聞いてすぐさま麻弥がフォローを入れる。

「大丈夫ッスよ!とても熱心な方々ですから、簡単なところさえ覚えてもらえば、応用的なところはなんとか自分でも覚えてくれると思いまっす!」

確かに、若いながらも今まで芸能界で活動を続けていた人たちだ、そのあたりの努力は人一倍だろう。そう言われて拓人は少し安心した様子で。

「ありがとう大和さん。そう言われたらやれそうな気がしてきたよ。」

「いえいえ、ジブンはほんとにそう思っているだけッスから。」

「よし、それなら俺も、できることからやってやるさ。大和さんも頑張ろう!」

「はい!」

「ヴェイ!!」

「なんスかその掛け声?」

そんな会話をしてから、二人は帰宅した。

帰宅後、自室に戻った拓人は部屋の隅に置かれている自分の楽器を眺めていた。麻弥との会話ではああ言ったが、正直まだ不安だった。教えるということは、長年触れていなかった自分の楽器にふれることもあるということ。再び触れようとすれば、ショックを受けたときの記憶がよみがえる。それがあるから、今まで触れることはなかった。

「少し、持つくらいだったら・・・」

そう言って手を伸ばすが、動機が早くなり、そして途中で手が止まった。

結局、この日は触れることはできなかった。

「どうにかして、触れずに教えるしかないか・・・。」

教える人には申し訳ないが、今はそうするしかないと、方法を考えながら拓人は眠りについた。

 

・・・・・・・

 

翌日、スタッフから拓人のもとにメールが入った。昨日予定した通り、パスパレのメンバーとの顔合わせをするからスタジオに集合してほしいという内容だ。

学校が終わるとすぐさま拓人は集合場所に向かった。

パスパレの事務所こと、拓人の務めるライブハウスの大元は、ライブハウスから少し離れたところにあった。

「失礼します。」

そのスタジオに向かうと、そこにはすでに3人待機していた。

一人は見知った顔である大和麻弥、そして残り二人はピンク色の髪の毛を肩くらいまで伸ばした少女と、白銀の髪の毛を三つ編みに束ねた少女だった。

そこで真っ先に声を上げたのは、見知った顔の麻弥ではなく、ピンク髪の少女だった。

「あれ?もしかして、江古田くん・・・!?」

彼女が自分の名前を呼んで拓人は疑問符を浮かべた。なぜなら拓人に彼女と合った記憶がないからだ。

「失礼ですけど、どなたでしたっけ?」

拓人が申し訳なさそうにいうと、ピンク髪の少女は少し残念といったような顔をしながら口を開こうとする。だがそのタイミングで部屋に入って来た人がいた。

「ごめんなさ~い!ちょっと遅れちゃった!」

そこにいたのは青緑色のショートヘア、もみあげを三つ編みに束ねた少女だった。そしてその顔は確かに見覚えが合った。

「あれ?氷川さん、なんでここに?」

拓人はよく自分のアルバイト先を訪れる少女の名前を口にする。だがそれを聞いてもピンときていないのか、少女は首を傾げながら返す。

「あれ?君あたしと会ったことあったっけ?あ、もしかしておねーちゃんの知り合い?」

お姉ちゃんと言われて思い出す、確か拓人の知っている少女には双子の妹がいるということを、まさかここまでそっくりとは意外であった。

そして青緑色の髪の少女は当たりを見回しながら言う。

「あれ、まだ千聖ちゃん来てないんだ。」

メンバーは5人、そのうち一人が来ていないことを確認したようだ。

それからボフッと勢いよくソファに座った。

「まだ前の仕事が押してるみたいなんです。」

麻弥がスマートフォンの画面の文字を見ながら答える。

 

「じゃあ仕方ないか。それよりも。」

青緑色の髪の少女が拓人の方に向き直る。

「君がアシスタントをしてくれるって人でしょ? 思ってたよりしっかりしてそうだね!」

人の印象をさらっと口にする。どういう人間を想像していたんだろうか? スタッフがあんな人達ばかりであればそう言われるのも仕方ないとは思うが。

「千聖ちゃんが来る前に自己紹介しちゃってもいいよね!あたしは氷川日菜って言うの!パスパレではギターを担当してるんだ。よろしくね!」

明るく挨拶をする日菜を見て、つい彼女の姉、氷川紗夜と比べてしまう。しっかりしていてクールな印象を持つ姉に対し、妹の日菜は明るく天真爛漫な印象を受ける。まるで正反対な性格の二人が双子というのは、不思議だと思ってしまう。

だが、ギター担当というのは納得がいった。姉の紗夜もギターを担当しているからだ。

聞くところによると、やはり姉の影響でギターを始めたのだという。姉の腕前を知っている拓人は、彼女の演奏を聞くのが楽しみになった。

 

「次は私ですね!」

次に声を上げたのは白銀の髪色の少女だった。よく見ると日本人離れした整った顔立ちをしている。

「私の名前は若宮イヴといいます。Pastel*Palettesでキーボードを担当しています。父がフィンランド人なので、少し前までフィンランドにいました。」

道理で整った顔立ちをしているわけだと、拓人は納得する。

「ブシドー精神を忘れずに、日々精進したいと思います!押忍!」

イヴの顔と言動のギャップに困惑する。

「イヴさん、武士は押忍、とは言わないッスよ?」

「え?そうなのですか?」

麻弥がすかさずフォローを入れ、誤解を解く。

その光景を見て、同じ場にいた全員が笑いに包まれた。

拓人の中で、イヴは面白い娘という印象を得た。

 

そして、最初に声をかけてきたピンク髪の少女が口を開く。

「私、丸山彩って言います。一応、同じ中学校に通ってたんだけど、覚えてない、かな?」

丸山彩と名乗った少女に、拓人は通っていた中学の名前を聞いて納得する。確かに同じ学校に通っていたようだ。しかし拓人は中学2年のときにジストニアを患ってからクラスメイトとは必要な内容以外話すことがなかったため、正直誰が誰、ということは覚えていない。

もちろん、それ以前に話した人間のことは覚えているが、あくまで交流があった人間のみ。彼女との記憶は一切なかった。

「ごめん、やっぱりクラスが違う人のことは覚えてないかな・・・。」

そう言うと彩は再び残念そうな表情で続けた。

「そっか、さすがに他クラスの人のことは知らないよね・・・。」

そう呟いてから表情を一変させて続ける。

「この前までアイドル候補生をしてたけど、今はパスパレでボーカルをやってます! 改めてよろしくね!」

アイドルらしい仕草で言う彩に対して、拓人は彼女がメインである理由がわかった気がした。そしてこれだけ目立つ少女が近くにいたことを知らないでいたことを不思議に思った。

 

最後は麻弥だが、今更自己紹介をするような仲でもないので、軽く名前を言うだけで終了した。

こうして今いる全員の自己紹介は終わったが、それでも、最後のメンバーである千聖という少女は訪れない。

それよりも先に入室してきたのはパスパレの担当者だった。

「お疲れ様です。まだ白鷺さんは来ていないようですね。とりあえず江古田君、ここにいるメンバーにだけでも自己紹介をお願いします。」

そう言われて拓人が立ち上がろうとした瞬間に勢いよく扉が開かれる。

「すみません、前の仕事が長引いてしまって遅れました!」

入ってきた少女は金色のロングヘアを背中まで伸ばしていて、整った顔立ちに落ち着いた雰囲気を漂わせる。少女は呼吸を整えると拓人に向かい姿勢を正す。

 

「あなたがアシスタントをしてくださる方ですね。はじめまして、私は白鷺千聖、一応女優をやっています。よろしくお願いしますね。」

道理で見たことがあるはずだった。彼女の姿はテレビで度々確認していた。小さい頃からメディアに出演し活躍している人気女優。そんな彼女がアイドルバンドに参加するのは貴重だと騒がれていたのを思い出した。以前ライブ会場で見たときは気にしていなかったが、近くで見るとオーラが違うと思える。

千聖が入ってきたことを確認してから改めて担当者が拓人に自己紹介を促す。

 

「えっと、江古田拓人と言います。普段は大和さんと同じところでバイトをしています。皆さんの活動を少しでも円滑に行えるようがんばります。」

実に平凡な自己紹介ではあるが、拓人の気持ちは伝わった様子だった。だがあまりいい空気ではなかった。あれだけの事件があったあとというのもあり、全体的にメンバーのテンションは低めだ。この空気から改善していかないことには活動再開は夢のまた夢であると悟った。

 

「ええ、前回も言いました通り、皆さんには改めて楽器を弾けるように練習をしていただきたいと思います。」

そんな空気を気にもとめず、淡々と話しを進める担当者。この中で楽器に触れたことのある人間は3人、残り2人は全くの初心者だが、彩はボーカルのみのため楽器は弾かない。すると必然的に、拓人が重点的にレッスンする相手は千聖ということになる。

 

「私はその間に、ドラムの正規メンバーを探そうと思いますので、各自アシスタントの指導の元、レッスンに取り掛かってください。」

 

その言葉を聞いて声を上げたのは日菜だった。

「あのー、それならそのまま麻弥ちゃんにやってもらったほうがいいと思うんだけど。」

それを聞いて一番困惑していたのは麻弥だった。

「ひ、日菜さん!?何を言い出すんですか!どうしてジブンなんですか!?」

「だって麻弥ちゃん、面白いし、楽器できるし。これ以上の適役っていないと思うんだよね。」

その言葉を聞いてイヴも賛同する。

「そうですよ!私もマヤさんと一緒にやりたいです!」

次に声を上げたのは彩だった。

「それに麻弥ちゃん、メガネを取るととても美人なんですよ。」

「ほんと!? そりゃ!」

それを聞いた日菜が麻弥のかけている眼鏡をヒョイと取り上げる。

「あ!日菜さん!返してくださいよ!」

麻弥がメガネを取った姿に皆が注目する。確かに、メガネをかけているときとかなり印象が変わる。もともと麻弥のビジュアルはいいと思っていた拓人でも改めてそう思えるほどである。

「あ、あの拓人さん・・・そんなに見られると流石に恥ずかしいですよ・・・。」

「あ、ごめん! つい!」

いつもと違う印象の麻弥につい目が釘付けになってしまった。そんな魅力があれば、確かにアイドルバンドのメンバーとしては申し分ない。

「というわけで、麻弥さんはアイドルとして十分なものを持っています。それに楽器を弾ける人はこの中ではとても貴重です。他に適任はいないかと。」

あまり口を開いていなかった千聖も声を上げる。

「俺も、てっきり大和さんがそのまま続けるものだと思ってたから。むしろ自然な流れだと思うよ。もっといろんな人に大和さんのドラム聴いてほしいし。」

拓人も以前から思っていたことを口に出した。

最初は自分には無理だと言っていた麻弥だったが、全員からの抜擢に心打たれたのか表情を変える。

「皆さん、そこまでジブンを必要としてくださるなんて・・・ジブンも、みなさんと一緒にライブがしたいです!」

皆の意思は固まった。そしてそれを担当者に伝えると、しばらく何か考える仕草をしてから口を開く。

「わかりました、大和さん、正式にパスパレのドラムとして参加してくださいますか?」

「は、ハイ!」

そこにいたメンバー全員の表情がぱぁっと明るくなり、麻弥を囲む。

「良かったね!麻弥ちゃん!」

「はい!ありがとうございます」

他の人間が喜んでいる中、一人だけ違う表情をしている人間がいることに拓人は気づいた。

そう、それは千聖だった。他の人は気づいていないようだったが、明らかに一人だけ作り笑いだった。その真意がわからず、拓人は困惑していた。

 

「それでは、私は事務作業に戻りますので、江古田さん、あとはよろしくお願いします。」

「わかりました。」

そう言って担当者は部屋を出ていった。

そしてこれから、拓人の初仕事が始まる。夜中まで考えていた教え方で、どこまで覚えてもらうことができるか、まさに腕の見せ所だ。

そして、千聖に向かい声を掛ける。

「それじゃあ白鷺さん、ベースは俺が教えますんで、早速準備しましょうか。」

拓人がそういって練習が始まる、そう思っていたが、千聖の返しは予想していなかった。

 

「ごめんなさい、どうしても優先しないといけない仕事があるんです。今日のところは参加できそうにありませんので、また次の機会にお願いします。」

 

早くも、暗雲が立ち込めているような気がした。

 




読んでいただきありがとうございます。

相変わらず文章力がなくて辛い・・・。

もう少しうまい表現ができるようがんばります。


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カラー1:ファーストコンタクト
1.1 日菜


今回は少し短めです。これがあと3人分続きます。ご了承ください。


都内某所にあるスタジオ、そこではとあるアイドルバンドがレッスンを行っていた。歌の練習をする者、培った技術で楽器を調整する者、長年忘れていた感を取り戻そうとする者と、皆それぞれの音を奏でていた。

 

そんな中、部屋の片隅に一人座り込む男がいた。

楽器経験の少ないメンバーの練習を手伝うことになり、パスパレと同じスタジオに集められた男、江古田拓人である。今は絶賛落ち込みムードだ。

本来ベースを教えるはずの相手である白鷺千聖は、次の仕事があるため早々にスタジオを出ていった。相手がいなくなったことで手持ち無沙汰になってしまった拓人は、他のPastel*Palettesのメンバーがレッスンしているところを見学することになった。ギターの経験もある拓人はベース同様教えることができるのだが、ギター担当である氷川日菜はもともと経験者であるため、教えることは殆ど無い。

なんとか自分のやれることはないかと、現在模索中である。

「まずは白鷺さんのスケジュールを確認して・・・それから空き時間をどれだけ・・・ブツブツブツブツ・・・・・・」

 

「さっきから何ブツブツ言ってるの?」

拓人は唐突に声をかけられ肩を震わせる。声をかけてきたのは日菜であった。しゃがんでいた拓人を上から覗くように立っていた日菜は彼の横に座って続ける。

「千聖ちゃんに逃げられてシュンってしてると思ったら何か考え事してるし、気になっちゃって。」

「ああ・・・ちょっとね、これからどういう方針で練習を進めるのがいいのかと思ってさ。」

「ふーん、そっか。」

自分から聞いてきたのに、日菜は興味なさげに答える。

「ところで氷川さんは?練習しなくてもいいの?」

「ん?別に練習なんてちょっと楽譜見て軽く弾いて見るだけで、他にすることなんてなくない?」

それを聞き拓人は驚愕する、姉の紗夜がいつもライブハウスの練習スタジオでどれだけ仲間と練習を重ねているか知っているからだ。

「ちょっと弾いて見せてくれない?」

拓人が言うと日菜は快く承諾し、ギターを構える。

「あれ?楽譜は用意しないの?」

日菜は目の前に譜面台を置かずにいたため、疑問に思った拓人が問いかけると。

「そんなのちょっと見ただけで覚えられるって。」

日菜はそう言いながら演奏を始める。複雑なテクニックを要するわけではないが、渡されたばかりの楽譜を終わるまで一度もミスせず、完璧に奏でてみせた日菜を見て拓人は唖然としていた。

「ふ~、どうだった?」

日菜の言葉に偽りはなかった。彼女は確かに楽譜を見て、少しの時間練習をしただけで完璧に覚えてしまったのだ。

「どうっていっても、すごいとしか言えないかな・・・。」

「そうなんだ、別に普通なんだと思うんだけどな。」

「普通の人間はそんな超速でマスターはできないはずなんだよな・・・。」

 

日菜はギターを置いてから再び拓人の近くに来ると、話し始める。

「私、昔からちょっと見れば何でも出来ちゃうから、あんまり他の人がすごいって言う理由がわかんないんだよね。」

拓人はそれを聞き、天才と呼ばれるものの考え方を知った。確かに拓人も、楽器を自由に弾けていた頃は練習自体そこまで行わずともある程度引くことはできたが、全く間違えがなかったといえばそんなことはなかった。もともとそれは、練習によって下積みが合ったからこそできることで、昨日今日できるようになるものではない。こんなすごい人が近くにいたら、姉が”ああいう”正確になるのもよくわかった。しかしここで触れるべき内容ではないと、拓人は話題を変える。

「それだけなんでもできるのに、なんでこのバンドを続けようって思ったの?」

「う~ん、正直広いステージで弾けるならなんでもいいんだよね~。でも・・・」

日菜は笑顔のままだったが、どこか、寂しそうな表情で続ける。

「他の人と触れあえば、ここにいるみんなと触れあえば・・・いままでわからなかったことが、わかるような気がするんだ。」

いままでの発言から、この少女は他の人のことなどどうでもいいのだと思ってしまっていた。しかし、彼女なりに周りのことをわかろうとしている。拓人は一瞬でも彼女のことを疎ましく思ってしまった自分が恥ずかしくなった。

 

「ところでさ、君おねーちゃんと知り合いなんでしょ?」

日菜の姉である紗夜は、拓人のアルバイト先に度々訪れている。数日前まではバンド仲間との折り合いが悪く、練習に来る回数も減っていたが、つい先日新しい仲間を見つけ、本格的に練習を再開した。拓人が知っているといえばこれくらいだ。

「氷川さんはいつも熱心に練習してる。傍から見てる俺にもわかるくらいにはね。」

「へぇ、そっか!おねーちゃんらしいや!ところでさぁ~。」

姉の話を聞いて再び上機嫌だった日菜が不満そうな顔をする。

「氷川さん氷川さんって、あたしも氷川さんなんだけど?」

「あ、それもそうだった。」

「あたしのことは日菜って呼んでよ!これから長い付き合いになりそうだしさ!」

いままで仲のいい女の子も名前で呼んだことのない拓人には少々ハードルが高かった。

とはいえ、氷川さんでは混同してしまうし、氷川姉、氷川妹というのもなにか違う。散々悩んだ挙げ句

「じゃあ、日菜・・・さん、じゃダメかな?」

「う~ん、あたしは別に呼び捨てでも気にしないんだけどなぁ・・・」

日菜は少し不満そうに言ってから、拓人に手を差し出す。

「改めてよろしくね!たっくん!」

「た、たっくん?」

「え、だって拓人って言うんでしょ?だからたっくん!」

少し気恥ずかしいと思いながらも、拓人は手を差し出し、

「こちらこそ。」

そういいながら握手すると、日菜がはにかむ。

白いキャンパスに、ティファニーブルーが添えられた瞬間だった。

 




メンバーと最初のお話って、書いてるとすごく長くなってしまってダラダラしてしまうので、いっそメンバーごとに話を区切ってしまおう作戦。
そして早くもいい文章が思いつかない。学の無さが露見してしまうぅ・・・。

いかがだったでしょうか?

一応不定期と最初に述べてはいますが、ここまで時間がかかるとは自分でも驚きです。
リアルで忙しくて・・・申し訳ありません。

こんな感じで続きも少しずつ進めて行きたいと思います。

よろしければまたよろしくお願い致します。


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1.2 イヴ

今回はイヴさんです。


氷川日菜と親睦を深めた拓人は、この機会に他のメンバーとも交流することを決め、次なるメンバーのもとに向かった。

Pastel*Palettesにおいてキーボードを担当することになった少女、若宮イヴのところである。自己紹介のときから他のメンバーとは一風変わった雰囲気を感じていたため、普段どのような話をするのか気になっていた。また、事前にピアノの経験があったということを耳にしていたため、彼女がどのように楽器を弾くのか興味があった。

 

少し離れたところで練習をしているイヴのところに向かうと、彼女は真剣な表情でキーボードの鍵盤を眺めていた。

「う~ん、確かあの音は・・・。」

自己紹介のときとは違う、真剣な表情と、緊迫した雰囲気を醸し出しているところを見て、近くに来た拓人にも緊張が走る。

「(若宮さんすごく集中している・・・、ここは邪魔するのは良くないかもしれないな・・・。)」

そう思い、一度その場を離れようとした瞬間、イヴの目がカッと見開かれ、そっと指を鍵盤へと添えられる。

「(なんて気迫に満ちた表情・・・!一体どんな音色を響かせるんだ!?)」

イヴは一息吸うと、勢いよく鍵盤を叩き始めた。

その連弾は、力強さと優しさを兼ね備え、内に眠る勇気を奮い立たせた。同時にその音色は懐かしさを感じさせる。そう、なんというか、昔からおじいちゃんが好きな…時代…劇・・・?

「…って、水○○門じゃねぇか!!!」

思わず大声でツッコミを入れる拓人と、それを聞きビクリと肩を震わせて驚くイヴ。

「わ!びっくりしました!どうしたんですか?」

「いや、どうしたんですかじゃなくて、真剣な表情で何を弾くかと思ったら時代劇のテーマソングを弾き始めるんだから、そりゃ驚くさ。」

「えへへ、昨日観ていたのを急に思い出して、ついつい弾いてみたくなっちゃいました。」

とはいえスタジオで○戸黄○のテーマを弾こうとするものだろうかと拓人は内心思っていたが、それは内にしまっておくことにした。

 

「確か、タクトさんでしたよね。改めまして、私の名前は若宮イヴと言います。よろしくおねがいします。」

そう言いながら頭を下げるイヴをみて、拓人は丁寧に頭を下げて返す。

「自己紹介のときと言いさっきの曲といい、若宮さんは本当に日本の文化が好きなんだね。」

「はい!私はブシドーを学ぶためにいまここにいると言っても過言ではありません!」

今どきの女子高生でここまで熱く語る者も珍しく、拓人は改めてイヴという少女を面白いと思った。

 

「若宮さんはどうしてパスパレに?」

「私はもともとアイドルではなく、モデルのお仕事をしていました。その仕事の打ち合わせのときに、こういう企画があると紹介されたのがパスパレだったんです。」

拓人はそれを聞いて、以前どこかのコンビニでみた雑誌の表紙に、それらしき女の子が写っていたのを思い出した。アイドルにとってビジュアルは重要な要素の一つ、同じくビジュアルを重視するモデルとあれば申し分ない。

「はじめは少し不安でしたが、なんでも挑戦してみることが、真のブシドーへの近道だと思ったんです!」

「あと、もともとピアノの経験もあるんだよね?」

「はい、小さい頃に習っていたことがありました。いまは少しずつ思い出しているところです。」

「少しの練習であれだけ弾けるようになっているなら、十分すごいと思うよ。」

それからイヴは少し間を開けてから口を開いた。

「最初に、楽器は弾かないと聞いたときは驚きました。バンドとは自分たちで音楽を演奏するもの、フリをするというのはなんだか違うと思いました。なので、いまは正々堂々と練習に取り組んでいられるのが、すごく楽しいんです。」

イヴの考え方が自分と似ていて、拓人はゆっくりとうなずく。

キーボードは多彩な音を奏でることができて便利な楽器であるが、その分扱いが難しい。どの音がどのように使われているかを考えた上で、他のメンバーの音と重ならないように意識しながら調整していかなければならない。しかし、これだけ真っ直ぐな気持ちを持っているのであれば、すぐに上達してメンバーの支えになるだろうと確信が持てた。

「よし!ピアノの経験はないけど、俺も勉強して協力できるようにするよ!」

「おぉ!かたじけないです!誰かのために努力する!タクトさんもブシドーですね!」

「はたしてその使い方があっているかはわからないけど・・・まぁいいか。」

こうして二人は打ち解け、改めて握手を交わした。

サフラン色の絵の具の可能性をみた瞬間である。

 

「よーし!やる気出てきました!もっともっと練習します!」

そう言いながら再びピアノを引き始めるイヴ。

~~♪(馬が走り抜けそうな音)

 

「・・・・いや!○れん坊○軍のテーマはいいから、練習用の楽譜開いて!!」

 




相変わらず不定期で、文字数も少なめです。

何回も言いますが文章力ほしい。

よろしければまたお願い致します。


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1.3 彩

激遅で申し訳ありません・・・。


某スタジオにて、アイドルバンドPastel*Palletsが次なるライブに向けての練習をするなか、

ボーカル、丸山彩は緊張を隠せないでいた。

 

動くたびに熱のこもった汗が額を伝う。それは練習が厳しいからというだけではなかった。同じスタジオ内に、中学時代の同級生であった江古田拓人がいて、Pastel*Palletsの練習している様子を見学しているからだ。

中学時代から知り合いで、彩がアイドルであることを知っている者は少ない。そのため自分の練習している姿を見られる機会などなく、しかも間近で見られているため、練習から数時間経ってもその緊張がほぐれることはなかった

 

「(どうしよう・・・お客さんの前でならまだなんとかなるのに・・・江古田君が近くで見てるって考えたら、集中できないよ・・・。)」

 

そんな雑念まじりに練習していると、自分の汗がたれてしまっている床に足を滑らせ、体制を崩してしまう。

「うぁっ・・・!」

このままでは倒れてしまう。そんなとき、誰かが彩の手を掴み、床に倒れるのを食い止めた。つかまれた手の先を見ると、先程まで彩たちの練習を眺めていた拓人が手をしっかりと掴んでいた。

しばらく状況が飲み込めずにいると、拓人が口を開く

「丸山さん、大丈夫?ケガとかしてない?」

「う、うん、大丈夫。平気だよ!」

彩はそういってから改めて自分の置かれている状況を思い出し、徐々に顔を赤らめる

「あ!手!もう大丈夫だから!!」

彩が慌てて手を離すと、拓人は本当に大丈夫なのか、と心配そうな表情を向けてくる。

自分は必死に平静を装おうとしているのに、拓人はその表情を全く変えていなかった。

「(なんかちょっと悔しい・・・)」

と彩は内心そう思った。

「ありがとう江古田くん。」

「気にしなくていいよ。それより、大丈夫?ずっと緊張していたみたいだったけど。」

拓人に言われてどきりとしてしまう。

「アハハハ…そう見えた?お客さんの前だとそうでもないんだけど、やっぱりこのくらいで緊張してるようじゃまだまだだよね・・・。」

「別にそこまで気にしなくてもいいんじゃないかな?むしろ少しずつ慣らしていくのにはいい経験になると思うよ。」

拓人の掛ける言葉は、彩の緊張を少しだけほぐした。

拓人は用意していたスポーツドリンクを彩に渡すと、ありがとうと言ってからそれを受け取り、床に腰掛けた。

「それにしても、改めて考えるとすごいな。まさか同じ中学出身の人がアイドルになってるなんて。もしかして中学の時からそうだったの?」

「うん、とは言っても候補生として入ったばっかりだったんだけどね。」

スポーツドリンクを一口飲んでから彩は続ける。

「私には憧れてるアイドルがいてね、その人みたいにみんなを笑顔に出来る人になりたいって、そう思ったんだ。」

「最初は両親に反対とかされたりしたの?」

「うん、それに最初はできっこないだろうなって思ったりもしてたから。なかなか自分の意志を伝えられなかったんだ。」

彩の話を聞いて、拓人も昔の記憶を思い出す。最初に楽器に触れようとしたときには、自分に弾くことなんて出来るのか、不安でいっぱいだったことを。それをとあるきっかけから乗り越え、弾けるようになったことを。この少女のそのときの葛藤は、まさに自分と同じであった。

「それでね、ちょっと色々あって、真剣に考えてみることにしたんだ。

そうしたら、やっぱり目指してみようって思うようになった。だから思い切って話してみたんだ。アイドルになりたいって。」

そうして両親を説得することに成功し、丸山彩はアイドルへの道を進むことになったのだという。

練習で何度もミスをしたり、うまく行かなかったりすることはあっても、努力すれば必ず成功すると信じ練習をしてきた。そして今、Pastel*Palletsというバンドのセンターに立つことができたのだ。

「やっぱりすごいな・・・丸山さんは。」

現状から抜け出すことが出来ないでいる拓人は、自分のやりたいことに対して一生懸命に進んでいる彩に対し、ただ、そんな言葉を口にすることしか出来なかった。

だが拓人がそうつぶやくと彩は慌てて弁解する。

「そ、そんなことないよ!私はただがむしゃらに努力してきただけで、そんなすごい才能があるわけでもないし!だからいままでも研修生だったわけだから・・・。」

「いや、そうやって努力できるっていうのは立派な才能だよ。努力しても諦めてしまう人だっているし。」

「そういってもらえるのは嬉しいけど・・・。」

彩はそれからもなにか言いたそうにしていたが、拓人のどこか遠くを見るような目を見て、言い淀んだ。

 

しばらく無言の二人だったが、ふと時計をみて我に返る。

「あっ!やば!もう結構時間経っちゃってる!」

「ホントだ!ごめん丸山さん!ちょっと休憩するつもりが。」

「ううん、気にしないで!それじゃあまた練習に戻るから。飲み物、ありがとうね!」

「ああ、あと30分後には全体で合わせるから、それまで頑張って!」

「うん!」

そういって彩は再びレッスンに戻った。

拓人は、彩との会話を思い返し、昔の自分が目指していたものを思い出した。

思い出したとき、胸が締め付けられるような感覚に襲われ、また少し、押し黙った。

そして彩もまた、先程の拓人の表情を見て、同じように胸が苦しくなっていた。

互いにこの気持ちをのこしたまま、レッスンは進められた。

 

次のライブが決定するまで、あと、数日・・・。

 




多分一年くらい経ってますよね、申し訳ありません。
相変わらずの駄文です。


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1.4 千聖

相変わらず激遅で申し訳ありません。やっとメンバー全員と交流できました。


「以上で本日の練習を終わります。お疲れさまでした。」

「「「「お疲れさまでした!」」」」

結局、レッスン終了時刻まで千聖はスタジオに顔を出すことはなかった。

事前に千聖の直近のスケジュールについて確認していたため、レッスンが終わるまでにスタジオに戻って来られないということは知ってはいたのだが。

少しの遅れでも周りとの差を生んでしまう。いくらレッスンが始まったばかりとは言え、油断は禁物だろう。

「とはいえ、まだ次のライブは決定してないから練習する時間はあるはず。それはプロデューサーも考慮してくれているだろうし、あまりあせっても仕方ないか…。」

そしてそれまでに、拓人はやらなければならないことがあった。

千聖にベースを教えるために自分がベースを、せめてコードをおさえられるくらいにはならないといけないと言うことだ。

ジストニアの影響でいつのまにか自分のベースに触れること自体がトラウマになっていたが、もはやそうも言っていられない。千聖とほかのメンバーのためにも、一刻も早く克服する必要があった。

 

「大丈夫ですか拓人さん?」

後ろから声をかけてきたのは麻弥だった。しばらく自分の世界に入り込んでいた拓人は驚き少し肩を震わせた。

「や、大和さん。お疲れさま。なにかあった?」

「いえ、また難しい顔をして考え事をしていたようなので心配になりまして。」

「あ、ごめん。そんな顔してた?」

「はい。何か悩み事ですか…?」

「いや、別に何でもないよ。」

「そうですか・・・以前も言いましたが、もしジブンになにか手伝えるようなことがあるなら言ってください!」

麻弥の言葉有難かったが、同時に拓人は申し訳なさを感じた。この件については彼女の協力があっても、おそらくどうしようもできない。これは自身で解決しなくてはならない問題だからと、拓人は考えていたからだ。

「ありがとう。でも大丈夫だよ。また何かあったら相談させてもらうね。」

拓人がいうと、麻弥はわかりました、とだけ言い、帰り支度をするためにその場を離れた。

その後、支度を済ませたメンバーが次々出口へと向かう。

拓人はというと、まだスタジオで次のレッスンのスケジュールと千聖のスケジュールを確認していた。

「あれ、たっくんまだ帰らないの~?」

未だスケジュール表と向かい合っている拓人を気にして日菜が声をかける。

「あぁ、うん。もう少しやりたいことがあるからね。もうそろそろ帰るよ。」

「そっかぁ。じゃあアタシ達先に帰るね!」

「またね、江古田くん。」

「次もよろしくおねがいします!!」

メンバーたちはそういうとスタジオをあとにした。

 

それから、スタジオの照明の確認や窓の戸締まりを確認した拓人もスタジオをあとにし、帰路につこうとしていた。直近の千聖のスケジュールとレッスンに割ける時間を算出し、予定を立てようとしていたのだが、さすがは売れっ子女優だ。中傷の件があったにもかかわらず、仕事が減ってもあまり空き時間ができることはなかった。あとはもし本人に会えた時に何時ならば練習する時間があるか聞くことができればまた変わってくるのだが。

合同レッスンとして決まった時間には来られないかもしれないが、ほかのメンバーはレッスン後に自主練を行っている。その時間に間に合えば、メンバー間で音合わせをすることができる。しかし、本人に次に会うことができるのはいつになることやら…。スタジオを出てすぐ、事務所の前を過ぎようとしたとき、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

「やはり、現状は変わらないということですね。」

「はい、こちらも沈静化に努めてはいるのですが・・・。」

それは千聖とプロデューサーの声だった。話の内容からして、今までに受けている誹謗中傷の件であるということは容易に想像できた。今のPastel*Palettsのイメージを何とか払拭しなければ、ライブの再チャレンジは夢のまた夢だ。また千聖に限ってはそれだけではないだろう。Pastel*Palettsのなかで最も知名度のある千聖は、一番その影響を受けているといっても過言ではないだろう。彼女自身の営業力と器量によって何とか仕事がなくなるようなことにはなっていないが、今後はどうなるかわからない。現状を一刻も早く解決したいと最も考えているのは彼女なのかもしれない。しかし、その必死さを見ていて、拓人は初めて千聖に会った時のことを思い出してしまう。彼女の目に映っているもの、焦点は定まっているが、ほかのメンバーと明らかに違うような、そんな感じがした。それが気のせいであればいいのだが。

「それでは、我々も引き続き交渉を進めます。今日はもう終了してしまいましたが、白鷺さんもレッスン参加、よろしくお願いいします。」

「わかりました。お疲れ様でした。」

会話が終わり、誰かが部屋を出ようと歩いてくる音が聞こえる。そして扉が開かれると、そこに立っていたのはプロデューサーだった。

「おや、江古田さん。お疲れ様です。スタジオの戸締り確認はしていただけましたか?」

「お疲れ様です。照明の消し忘れと電源の抜き忘れがないことも確認しました。鍵をお返しします。」

「申し訳ありません。これから打ち合わせで少し席を外しますので、私のデスクに返却していただいてもよろしいですか?」

「あ、はいわかりました。この時間から打ち合わせなんて大変ですね。」

時刻はそろそろ21時を過ぎようとしていた。一般的な企業であればとっくに定時を過ぎているころであろう。業界で働く人間は相手方もいたるところを飛び回っているだろうからスケジュール合わせに苦労しているようだ。

「我々にできることはこんなことしかありませんから。江古田さんと白鷺さんは明日も学校があるでしょうし、あまり遅くならないようにしてくださいね。それでは。」

そういってプロデューサーは事務所を出た。最初はいい加減だと思っていたが、彼なりに何とかしようとしているということが分かり、少しだけ見直した。

それから、事務所に残った千聖に声を掛けられる。

「お疲れ様。江古田さん。」

拓人は未だに、千聖に名前を呼ばれることに慣れていなかった。今まで有名人から声を掛けられるなんてないと思っていた。アイドルや芸能人は偶像。そういった考えが根付いてしまっているせいで、実は今も夢を見ているのではないかと錯覚してしまう。

「お疲れ様です白鷺さん。」

「ふふっ、そんなに緊張しないで。年齢は同じだし、“これから仕事をする仲なんだから"。」

気を使って言ってくれていると分かったが、まただ。社交辞令的定型文、彼女の言葉のどこかに裏があるように感じてしまう。それが言葉の一部からなのか、はたまたすべてからなのかはわからないが、何となくそう思える。それから千聖は表情を変えずに拓人に話しかける。

「もうレッスンの時間はかなりすぎているけれど、こんな時間まで何を?」

「ああ、先生と少し相談して、楽器に慣れていない人にどういったレッスンをするのがいいのかをまとめたり、あとはどのタイミングでメンバー間の音合わせをすればいいのか考えたりしていたら時間が経っちゃってました。」

それを聞いて千聖はすこし心配そうな表情をする。

「江古田さんは今まで、何か運営する作業をしたことがあるんですか?」

「え?う~ん…考えてみれば誰かの進捗やスケジュールを見ながら予定経てたりするのって初めてかもしれないですね。」

それを聞いて千聖はますます申し訳なさそうな顔をする。

「ごめんなさい…本来専門でないこともお願いしてしまって…。」

千聖にそう言われて拓人は慌ててしまう。

「そんな!白鷺さんがあやまる必要はありませんよ!これは俺が引き受けようと思って引き受けたことだから。むしろ、そういうセリフはスタッフの方に言ってほしかったです。」

そういうと千聖の表情が少しだけ戻る。

「そういっていただけるとこちらもうれしいです。」

それから拓人は千聖の対面のソファに腰を掛けて、直接聞こうとしていた話題を切り出した。

「白鷺さん、今時間が大丈夫だったらお聞きしたいことがあるんですが。」

千聖は時計を一瞥すると拓人のほうに向き直る。

「ええ、この後明日の仕事の打ち合わせがあるけれど、あと10分くらいは余裕があるので、それでも良ければ。」

「ありがとうございます。そうしたら手短に。」

以前千聖に聞いたスケジュールに変更があったかどうか、レッスン時間と自主練時間のいずれかで参加できるタイミングがあるかどうかを改めて確認した。スケジュールの変更についてはやはり、例の件によって空きができてしまったところがあったため、そこにレッスン時間をあてられるか交渉した。千聖はそれに了承し、ほかのメンバーとともにレッスンを受けられるようになった。予定は2日後。拓人のリミットも近づくことになった。

「これでスケジュールは何とかなりそうです。白鷺さん、ありがとうございました。」

思っていたよりもすんなりと了承した千聖を見て、自分の考えていたことも杞憂だったかと拓人は胸をなでおろした。

「ごめんなさい。本当は私も積極的に参加したいのだけれど、どうしても本業をおろそかにするわけにはいかなくて…。」

それもそうだ。Pastel*Palettsはあくまで企画でやっていることで、本来彼女が専念するべきは女優業。その気持ちがわかるからこそ、みな千聖に対しては強く音楽に専念するような発言をすることができないでいる。それでも拓人は、たとえ一瞬になるかもしれない企画とは言え、少しでも音楽を奏でることの楽しさを知ってほしいと思っていた。

「白鷺さんは、今回の企画を初めて聞いたときは、どう思ったんですか?」

それを聞いてから千聖はすこし考えこむようなしぐさをしてから話し出した。

「知っての通り、私は今まで女優としてこの業界に身を投じてきた。そんな私が急にアイドルで、しかもバンドをすると聞いたときは正直戸惑ったわ。けれど、そんな新しい挑戦をすることで、何か得られることがあるんじゃないか、そう思ったの。なので“今は”精一杯頑張ろうと思っているわ。」

途中まで普通に会話をしているつもりでいた。そして何も強調するような言い方もされていなかったはずなのに、なぜか一か所だけ気になる点があった。

拓人はけして露骨な反応をしてはいなかったと思うが、かすかな雰囲気の変化を感じたのか、千聖は拓人をみて心配そうに眉を曇らす。

「どうかした?もしかして何か気に障るようなことを言ってしまったかしら…?」

「え?いや、そんなことないですよ!挑戦するというのは素敵なことだと思います!ただ…。」

肯定された後にそのように続けられ千聖は少しだけ眉を顰める。

そして拓人は少しだけ顔を伏せながら続ける。

「何となく、直感というか、俺の勝手な妄想というか。実は白鷺さんはPastel*Palettsという選択肢からどこか別の何かを探そうとしてるんじゃないかなって、そう思ってしまって…。もともとは女優さんなんだから当然だろうなとか、そんなことを…。でも気のせいですよね!じゃなきゃこうやって相談に乗ってくれるわけないですし---」

そういって再び千聖のほうを向き直ったとき、一瞬だけ、千聖の表情が曇っていたような気がして、拓人は言葉を詰まらせてしまう。

その後、何事もなかったかのように元の表情に戻った千聖は

「ええ、私はちゃんとパスパレのメンバーを続ける気でいるわ。」

それだけ言ってから千聖はソファから立ち上がり、荷物を肩にかける。

「それじゃあ私は打ち合わせがあるので、これで失礼するわね。明後日のレッスン、よろしくお願いします。」

そういって千聖は足早に事務所を出ていった。

千聖が出て行ってから拓人は、ふと自分が口に出した言葉を思い出して頭を抱える。

「なんであんなこと言ったんだ俺は…。」

思い返せばあの発言は、今から取り組もうとする人に対して言うには失礼すぎる言葉の数々だった。あまりにも千聖に音楽に対する関心が見られなかったから、それに対して何か憤りのようなものを感じて言ってしまったのか?自身に問いかけてもその答えは出る答えは出ることはなかった。そうして悶々としたまま拓人はしばらく事務所に座り込んだ。

 

事務所を後にした千聖は拓人の言葉を思い出しながら別のスタジオに向かっていた。

(短期間で二度も同じようなことを言われるなんて思っていなかった。日菜ちゃんといい、鋭い人だわ…。)

数日前、千聖はスタッフに対してPastel*Palettsの脱退を申し出ていた。不祥事を起こして問題となってしまったバンドでこれからも活動をすることは、今後の自分の活動の妨げとなると考えたからだ。今まで自分が気づいてきた信用も崩してしまうかもしれない。千聖は芸能界で活動する中で様々な問題に直面してきた。そのたびに、周りの人たちがするように、自分にとっての最善の選択肢を考えるようになっていた。拓人に言った言葉は本当だ。最初は自分が活動を広げるためにこの仕事を受けた。しかしこんな状態になってしまっては、ただただ悪いイメージがつくばかり。そのため脱退の交渉をしにプロデューサーのもとを訪れたのだが。

「守ることができるのは“Pastel*Palettsの”白鷺千聖だけ…今は耐えるという選択しか用意されていないなんてね…。」

脱退をしてからも心無い誹謗中傷は続くであろうが、Pastel*Palettsとして活動していけばスタッフが払拭に努めてくれる。しかし、関係のない一人の女優になってしまってはその恩恵も受けることはできない。

「やはり、この活動を続けて次を成功させるしかない。そのためには練習にくわえて、スタッフに次のライブをいち早く取り付けてもらえるように交渉しなくては。

それが、今私がやるべきことならば…。」

 

事務所から帰宅した拓人は、再び自らのベースと向かい合っていた。せっかく千聖がスケジュールを合わせてくれたのに、今の自分にできることは教本をもとに初歩の初歩といえる部分を教えるのみ。今は練習が少ないから問題はないだろう、しかし今後を考えたとき、それでいいのだろうか。初心者とはいえ今まで様々な挑戦をして身につけていった千聖のことだ、きっと上達だって遅くはない。

「何をやってるんだよ俺は…何とかやってみるだろ?そうやって引き受けた仕事だろう?」

頭ではわかっていても体は拒絶する。まだ、拓人の中では何かが引っ掛かったままでいた。

今はライトイエローの彼女とどう向き合うべきかひたすらに考えることしか、拓人にはできなかった。




ちゃんとした文章にしなきゃってなるとなかなか展開が出来なくなっちゃうんですよね(物書きとしてそれはどうなのか…)

結果読みにくくなってしまうのであればなんとか台詞回しとかでもうすこし簡単に展開できるようにしてみたいと思います。


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カラー2:ゆらゆらrelationship
2.1 上


珍しく時間があり、かつアイデアがバッと出てきたので、とりあえずはキリの良いところまで書きなぐってみました。よろしくお願いします。
このお話ではパスパレ以外のキャラクターが登場します。


「拓人!そろそろ起きろよ!拓人!?」

やや遠くから聞こえてくる自分の名前を呼ぶ声。

拓人はそれに気づき、重いまぶたを開けて起き上がる。昨晩はベースとにらめっこしながら打開策を考えていたのだが、結局ベースに触れることも、新しい策を思いつくこともできず、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。時計を確認すると、本来であればとっくに起きている時間だった。普段から決まった時間に早起きをしているため、少しくらい遅れて起きたとしても遅刻することはないが、滅多にない出来事のため拓人自身も驚いていた。とにかく今は支度をして朝食をとらなければ。それからきびきびと着替え始めた。

 

登校するにあたり忘れ物がないかを確認してから居間へと向かうと、父の雅樹が荷物をまとめて家を出る準備をしていた。

「今日はやたらのんびりしてるな。体調でも悪いのか?」

心配そうな表情で声をかける雅樹に対して拓人は答える。

「そんなんじゃないよ。昨日ちょっと考え事してたら寝るのが遅くなっちゃってさ。」

そういいながら、既に朝食が用意されている卓につく。その様子を見ながら雅樹は少し表情を曇らせる。拓人が遅く起きてくることなど、高校に入学してからはほとんどないことだったからだ。ただでさえ拓人にはジストニアの件があるのに、ほかの病気にかかっている可能性があるとすれば、心配をして当然である。

「そうか、大丈夫ならいいんだけどな。てっきりバイトのし過ぎが体調に影響を与えてるのかなと思ってな。昨日も帰り遅かったろ?」

その表情は先ほどよりも神妙な面持ちになっていた。

「前にも言ったが、治療に関する資金面はお前だけが工面する必要はないんだ。無理に一人で稼ごうとしなくてもいいんだぞ…?」

拓人には雅樹が自分を心配して言っているということはよくわかっていた。それでも、拓人は自分自身やると決めていた。

「大丈夫だって。こうして高校にだって通わせてもらってるんだし。他のことは極力自分で何とかしたいんだよ。それに、バイトのことだって自分の好きでやってるわけだし。」

拓人の表情から、確かに無理をしていないだろうということは分かったが、それでも心配になってしまうのは親心というものだ。一時期の拓人を知っている身からすれば尚更である。

「いくら好きでやっているからと言って、それで体調を崩すようなことがあれば元も子もない。無理そうならすぐに休めよ。あと、学校生活に支障が出るようであればバイト先を変えることもちゃんと視野に入れおくことだ。」

雅樹の言葉ももっともだ。本来やるべきことをおろそかにしては元も子もない。けれど、今やっていることを途中で投げ出すわけにはいかない。自分のことを少なからず信用してくれているメンバーのためにも。

そんな話をした後、雅樹は拓人に戸締りを頼んで仕事へと向かっていった。

拓人も朝食を食べ終わると約束をはたしてから学校へと向かった。

 

拓人の通う高校は自宅の最寄り駅から乗り継いで5分弱、そこからまた10分ほど歩いた先にある。普段は電車賃を節約するために自転車で通学しているのだが、今朝は時間に余裕がないため仕方なく電車を利用した。あまり利用しないため、朝の人の数にはあまり慣れておらず、少し窮屈だなと思いながら電車に揺られていた。

ふと視線を窓際に向けたとき、ある人物が目に飛び込んできて、拓人は唖然とした。背中まで伸びる銀色の髪の毛、目に映るすべてを見透かすような金色の瞳。この地域のライブハウスで働くものなら知らない者はいないであろう。孤高の歌姫、湊友希那という少女がそこにいたのだ。いつごろからかふとその姿を現して、その絶対的な歌唱力でいくつもの会場を沸かせ、ライブが終わると音もなく去っていく。そして、けして他の人と組むことをしない。だからこそ彼女は孤高と呼ばれている。噂によると、本人が本当に組みたいという相手としか組む気がないのだというが、あの歌唱力に合わせられる人もそうそう居ないだろうし、きっとその通りなのだろうと拓人は納得していた。そして、彼女を見て同時にもうひとり、別の人物のことを思い出してしまう。その人物も自分の目標を高く持って活動しているからか、バンドを組んだとしても長く続かずに解散してしまう。そんな姿を一度見てしまっているためか、彼女のこと、そして目の前の友希那のことが心配になってしまうのだった。

そんなことを考えていたら、いつの間にかぼうっと一点を眺めていることに気づいて、はっとする。若い少女をじっと見ているなんて、これではまるで不審者ではないかと。しかしそれから気づく、彼女もまた拓人のほうをじっと見据えているのだ。それに気づいた拓人は咄嗟に視線をそらした。

(ナズェミテルンディス⁉ やばい、変な奴だって思われたかも…!)

そう思って再び友希那のほうを見たとき、既に視線は外され、窓の外を眺めていた。拓人はほっとして正面に向き直る。ひょっとしたら気のせいだったのかもしれない。

数分経ってから、目的の駅に停車する。そのまま歩いて学校へと向かった。

「それにしても、朝からすごい人を見たな…。地味に生で見るのは初だぞ…。」

以前ほかのライブハウスで働いている知り合いからライブの映像を見せてもらったことはあったが、さすがに本物は雰囲気が違った。制服を着ていた分、いつもよりはオーラも抑えめだった気もする。

「あんな風にまっすぐ雑念なく音楽に没頭できたら、俺もまた弾けるようになるのかな…。」

“自分には歌しかない”

それが、湊友希那がよく口にする言葉だという。今の自分には絶対に同じように言い切ることはできないと拓人は考えていた。 

 

拓人が電車から降りて数分後、客席に座っていた友希那はふとつぶやいた。

「さっき私のほうを見ていた人、どこかで…。」

 

それから、ごく普通というのにふさわしい学校での時間が流れた。バイト以外で特に変わったことはなく、目の前の教科にただ没頭するのみ。中学後半の生活に比べれば、かなりましな姿勢で取り組めるようになったであろう。それほどまでに、当時の拓人はひどく落ち込んでいた。それを立ち直らせたのはやはり音楽の存在があったからだろうか

(今思えばやっぱり、それでも音楽にかじりついてたかったんだよな…。)

授業中の小テストを書き終えてから頭の中でそうつぶやく。本当のところ、確固たる理由というものは、拓人自身もわからないでいた。とにかく続けていれば何とかなる。そう思うに至る理由。それを探すためなのだろうか、今でもこうやって考え続けている。結局それは、授業が終わるまで続いた。

 

本日の授業がすべて終わり放課後となった。拓人は荷物をまとめてバイト先へ出かける。今日はPastel*Palettesのレッスンがないため、以前から働かせていただいているライブハウスへ向かう予定になっていた。目的地に着くと店長に挨拶をしてすぐに、制服を兼ねているライブハウスオリジナルTシャツに着替える。黒を基調として蛍光イエローのロゴか入ったデザインを拓人は結構気に入っていた。着替え終わると受付で待機、利用するお客の対応をする。お客が来るまでの待ち時間に考えるのはレッスンの方法について。あれこれ考えてはみても、結局のところ思いつくのは教本を使った基礎学習。それより先はいつまでたっても考えつかなかった。

「なんでこんなに頭が固くなっちまったかな…。」

そうつぶやいた直後

「バイトの途中に客を無視して考え事とは、如何なものでしょうか?」

真横から聞こえた声に拓人は肩をびくりと震わせた。

そこに立っていたのは、青緑色の髪の毛の少女、氷川紗夜だった。何度かスタジオを利用しているよく知った顔である。

「い、いらっしゃいませ氷川さん。ごめんなさい、気づかなくて。」

それを聞いた紗夜は、あきれてため息をつく。

「ダメじゃないですか、自分から働きたくてやっているのであれば、時間中はもう少ししっかりしていないと。」

このはっきり、且つしっかりとした話し方は確かに紗夜だ。最近知り合った日菜とは、見れば見るほど顔がそっくりであるが、性格は似ても似つかない。それもそうだ、日菜曰く、二人は双子なのだから。

「さっきから私の顔をじろじろ見て、何かついてますか?」

気づけば紗夜の顔を凝視していたようだ。少女の顔を凝視する行為は本日二度目。またやってしまったと思いつつ即座に謝罪した。若干頬を赤らめながら、紗夜もとりあえずはよしとしてくれた。

「それはそうと、今日はどれくらいのご利用で?」

「1時間は集中して練習しようと考えています。」

「いつも通りの設定時間だ。相変わらずかっちりしてますね。」

その相変わらずの姿勢に拓人は感心する。

「練習時間をこれ以上減らしたりはしません。決められた時間内に確実に力が身につくように意識して練習すれば、さらなる目標が見えてきて上達につながります。それにこれからは、余計に手を抜くわけにはいかなくなりましたから。」

その言葉を聞いて拓人は首をかしげる。

「余計に、といいますと?」

拓人に尋ねられてから一拍おいて、紗夜は静かに口を開いた。

「実は、また新しくバンドを組むことになりまして。」

その言葉を聞いて拓人は心から嬉しくなりすぐさま祝福の言葉をかける。

「本当ですか⁉おめでとうございます!」

予想以上に喜んでいる拓人を見て紗夜は少し驚きつつ、ありがとうございますと小さく答えた。

「以前、見苦しいところをお見せしてしまったので、ちゃんと報告しておかなくては思いまして。」

 

そう、拓人は以前、紗夜とそのバンドメンバーたちとのもめあいをたまたま目撃してしまった。バンドで楽しく音楽を奏でたいというほかのメンバーと、より高い技術を磨いて観客を魅了したいという紗夜の考え方が見事に食い違ってしまったのだ。いわゆる、“方向性の違い”というやつだ。拓人はどちらの考え方も理解できた。すべてのものが人によって特定の意義や意味がないように、音楽に対する考え方もそれぞれだからだ。

バンドメンバーと別れた紗夜がライブハウスの通用口を出たところで、拓人と目が合い、ふと足を止めた。それから消え入りそうな声で言った。

「私の考え方は、間違っているのでしょうか…?」

その問いに対して拓人は一瞬迷いながらも答えた。

「氷川さんの信じていることは、けして間違っているわけではないと思いますよ…。ただ残念ながら、そういう考えでやっている人ばかりではないというのも事実です。」

それを聞いて紗夜はうつむく。彼女のことだ、きっと納得してくれてはいるのだろう。しかしそれを受け入れられないのもよく分かった。

「おかしなことを聞いてしまいました。申し訳ありません…。ありがとうございました。」

そういって立ち去ろうとする紗夜の背に向かって拓人はすかさず声をかける。

「氷川さんなら、すぐに新しいバンドを作って、うまくやれますよ!」

それを聞いた紗夜は足を止めてから拓人のほうを向き直り、軽く会釈をした後に去っていった。

 

「氷川さん、あの時はかなり落ち込んでいたので心配だったんですけど、そうか…また組めたんですね。でも合わせて練習をしないということは、まだ担当は集まってないんですか?」

「ええ、今のところは。私たちの理想とする人はなかなか見つからなくて…。」

紗夜の理想と一致するような人、それだけでなかなかハードルが高い気がする。

「いま決まっているのって、ちなみに何ですか?」

「恥ずかしながら、まだギターとボーカルしか決まっていません。」

ギターが紗夜ならば、新メンバーはボーカルか。紗夜が認め、紗夜と組みたいというような人物、いったい誰なのかと考えたときにふと頭をよぎるのは一人だけだった。しかし、もしその人物だとしたら、ほかの人と組みたいだなんて思うのだろうか。あえて拓人はそれがその人であるかどうかを問いただすようなことはしなかった。

「もしメンバーがそろってライブをする機会があれば、聴いていただけると嬉しいです。」

「うん、その時はぜひ行きたいです。バイトの予定がまだわからないので確定とは言えませんけど…。」

そうしてしばらくしてから「そういえば」、と紗夜がつぶやいた。

「先ほどぼうっとしていたのは、何か悩み事ですか?いろいろと話を聞いていただきましたし、私でよければ相談に乗りますが。」

急に自分の話題に戻って、拓人は肩眉を下げながら

「ははは…大したことじゃないんです…。それに、これは俺の問題ですから…。」

しかし、ひとりで考えているだけではどうしようもないこともわかっていた。少しの沈黙の後、拓人は意を決し、紗夜に尋ねる。

「例えば、誰かに何かを教えなければならない日が決まっていて、今の自分では教えるだけの力がないとき、氷川さんはどうやって期日までにそれをものにしますか?」

それから紗夜は、あまり考えこむようなそぶりも見せず言った。

「そんなこと、その日までに、自分ができるようになるまで練習する以外ないと思いますが。」

予想していた通りの反応だった。これが一般的な考え方であるから当然なのだが。

「しかし…どうしても間に合わなければ、今持っている技術を最大限に活用して伝えられるようにするというのも、手段に一つだと思います。私は中途半端が嫌なので、意地でもできるようにしますが、江古田さんは私ではないですから。けれど、いつかはできるようにしたほうがいいと思います。」

「今持っている技術を…。」

結果的に先延ばしにしてしまっているだけにも思えるが、残り日数の少ない今、どうしてもできないことだけに時間を使うのも得策とは言えない。まずはできることを。その過程でできるようになっていくしかない。そもそもこの仕事を受けるまで、まったく触れていなかった時期があるのだから、急にできるようになるわけがないのだ。そう考えたら自然に胸が軽くなっていた。

「ありがとうございます氷川さん。おっしゃる通り、俺には今できることしかできないので、まずは少しずつ取り組んでみようと思います。」

「そうですか。私も応援しますよ。」

それから紗夜にスタジオのカギを渡すと、その場を離れていった。悩み事の一つが解決して拓人はほっとしていた。

目先のことばかり考えて基礎について考えることをしていなかった。そもそも千聖がすぐに上達するかどうか確定してもいないのに早くその先のことを教えられるようにしなくてはと焦っていた。

「今はやっぱり、じっくりやるしかないさ。」

紗夜のおかげでつかえがとれた拓人は、その後も黙々と作業を進めたのであった。

 




パスパレの話なのに今回は出てきませんでしたね…申し訳ございません。次回はいよいよ千聖とレッスン!


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2.2 中

一年も間が空いてしまいました…
しかしいっそ開き直ることにします。調子よければ書こう!!
可能であれば誤字等指摘ください。


バイト先から帰宅した拓人は、紗夜と話して思いついたことを実行する準備をしていた。今までに聞いたことや、教本で見た練習方法をノートにまとめる。これが今の自分にできることだと考えた。本の内容だけでわからなさそうなことがあれば、経験から得た知識もまとめ、関連する箇所に付箋していく。黙々と作業を進め、拓人の手の加わった教本は何とか完成した。それに加え、以前バイト中に見つけてこれはいいのではと購入した本に、映像で見て練習するためのDVDが付属していたため、千聖が移動時間や空き時間等に見られるように渡す準備をした。

それからは拓人自身のために時間だ。

明日の支度を終わらせると、部屋の片隅に置かれた自分のベースと向き合った。

これは、再び触れられるようにするための一歩。弾けるようになるにはまず手に取らなければ始まらない。Pastel*Palettesのためにも、何より自分のためにも。ときにじっと睨みつけたり、少しずつにじり寄ったりしては見るものの、なかなか以前のように気軽に触れようという感じになれない。原因は楽器を弾けなくなったこと以外の何かなのだろうか、だとしたらそれは一体何なのだろう。拓人は必死に心当たりがないか考えてみるが、結局思いつかなかった。しかし、以前に比べたら微々たるものだが、ベースとの距離が縮まった気がした。そんなところで本日は就寝することにした。明日はいよいよ、レッスン当日である。

 

拓人がいつものスタジオに訪れると、既にそこには麻弥、イヴ、日菜の3人が集まっていた。

「おはようございます。」

業界においてデフォルトとなっている挨拶、拓人もそれに従う。

「あ、やっほーたっくん。」

「おはようございます。」

「本日もよろしくお願いいたします!」

順に挨拶を返される。全員が言い終わってから日菜がクスクスと笑った。

「それにしても、朝でもないのにおはようっていうのもおかしい話だよね~。」

「そうですねぇ、ジブンも本当に最初のころは慣れませんでした。」

少し首をかしげながらイヴが続く。

「自然に言っていましたけど、こういった業界のあいさつは、何故おはようございますなのでしょうか?」

イヴの素朴な疑問を聞いて、拓人も確かにと思った。すると麻弥が人差し指をピンと立てながら話し始めた。

「それにつきましては、歌舞伎の世界の楽屋入りのあいさつが『お早いお着き、ご苦労様です』だったことからきているそうです。あと、朝、昼、夕のあいさつの中で、敬語で挨拶できる『おはようございます』を採用したっていうのも有力な説らしいですね。」

それを聞いて他の3人は納得し、おおっ、と感嘆の声を上げた。

「さすが麻弥ちゃん、よく知ってるね。」

「はい!勉強になります!」

拓人も二人に同調するように頷いた。

「いえ、自分も以前たまたま気になって調べたことがあっただけですよ。」

ふへへ、といつものように麻弥は照れ笑いをする。その様子が微笑ましくて、みな自然と笑みがこぼれた。

「それにしても、歌舞伎が由来だったとは!日本の和の心、ブシドーを感じます!」

「いや若宮さん、それは武士道とは関係ない気がするんだけど…。」

興奮気味に言うイヴを拓人はそう諭した。

4人がしばらく話をしていたところで、スタジオの扉が開かれる。

「「おはようございます。」」

挨拶とともに、彩と千聖が二人同時に入室してきた。それに対して4人も挨拶を交わす。

「ごめんね、バイト先に行く用事があったからちょっと遅くなっちゃった。」

基本多忙な千聖が遅れてくるのは予想できたが、彩が遅れてくるのは意外だった。しかしその理由を聞いて全員が納得した。

「彩ちゃんのバイト先って、確かちょっと行った所にあるファストフード店だよね?シフトでも入れられそうになったの?」

「ううん、これから始まる新製品の件で話しておきたいことがあるってマネージャーさんに言われて行ってきたんだ。」

その話を聞いて、ジャンクフードが好物である日菜は目を輝かせた。

「え!なになに!期間限定のバーガー⁉それとも、新しいポテトのフレーバーかな⁉」

興奮気味に言う日菜を静止させるように彩は両手を振る。

「ご、ごめんね!まだ公式で発表されてないから言えないんだ!企業秘密ってやつだよ。」

「なーんだぁ残念…。でも楽しみだなぁ!始まったら食べに行こうっと!」

そんな話で盛り上がる中、麻弥は千聖のほうに話しかける。

「千聖さんは今日どうされたんですか?」

「私は仕事で休んでしまったときに提出できなかった課題を学園に提出してきたの。ついでにいろいろと相談したいことがあったから。」

「なるほど、そうだったんですね。」

やはり売れっ子女優ともなれば学園を休む日もあるのかと拓人は思った。この業界にかかわることになってから、今までフィクションとしか思えなかったことが身近に感じられる。

それから開始時間までは少しの間皆それぞれが雑談をしていた。ライブの件があってから関係が悪くなることはなく、むしろ協力しようという雰囲気が伝わってくる。これならば、次のライブはきっと成功できると拓人は一人、そう感じていた。

 

レッスン開始予定時間数分前、拓人はレッスンを総括している先生を呼びに行くためスタジオを出る。その間にPastel*Palettesのメンバーは練習着に着替えて待機する。

先生と、それに続いて拓人が入室すると全員一斉に元気よく挨拶をする。整列をしているメンバーの前に先生が移動し、拓人はメンバーたちのやや後方に並んだ。

「それでは、本日もレッスンを開始します!」

「「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」」

先生のはきはきとした掛け声に応えるよう、メンバーたちと拓人は大きな声で答える。

「それではいつも通り、まずは準備運動と柔軟体操をして、それからそれぞれの役割ごとに練習を進めてください。そのあとに、全体で動きの確認や音合わせなど行います。わかりましたか?」

「「「「「「はい!!」」」」」」

「はい、では始めましょう。」

レッスンの初めには必ず運動、簡単に言えばラジオ体操のような軽いものを行い、それから念入りに柔軟体操を行う。彩以外は楽器を弾くだけなのにそんなことが必要なのか?と思われているであろうが。彩に限らず、演奏中のパフォーマンスをすることがあるのがアイドルバンド。いざというときに体が動かないなんてことがないように、日ごろ行うストレッチは重要視されている。それが終わると、各々が分かれてレッスンを始める。指南役は順にメンバーを回って現在の実力を確認、指導を行う。拓人は予定通り、千聖についてレッスンを開始した。

「それじゃあ白鷺さん、よろしくお願いします。」

「ええ、お願いしますね。」

まずは千聖が現状どれだけ練習できているのか把握する必要がある。拓人はそれを訪ねる。

「今のところ空き時間や帰ってからはできるだけ触ってコードを押さえる練習をしたり、奏法を調べたりはしているけれど、まだちゃんと音を鳴らすところまではできていないの。」

それを聞いて拓人は少し安堵した。てっきりすでに見切りをつけて練習を放棄している可能性も考えられたからだ。しかし練習量は明らかにほかのメンバーよりも少ない。それを踏まえてアドバイスするべきことをまとめる。

「そうですね。それならコードを押さえる練習は引き続きお願いします。楽器を演奏する上でコードを正確に切り替えることは重要です。まずは使用するなかで一番使用する指の本数の少ないものから、徐々に覚えていきましょう。」

その説明を千聖は手元のメモに書き記していく。基本的なアドバイスとはいえ、几帳面に書き留めているところを見ると、彼女の真面目さが伝わってくる。そんな千聖を見て拓人は必用な練習法を説明しながら、書き溜めていた手帳と教本を取り出す。

「それは?」

 「俺が今までやってる中で重要だろうなっていうところをまとめてみました。一人の時にはこれを参考にしてみてください。」

 きょとんとした顔をしながらそれらを受け取った千聖は口を開く

「私が来られなかった間に、これをわざわざ?」

正直実践練習することを想像していたため、教本のようなしっかりしたものを用意してもらっているとは千聖は思っていなかった。

 「俺にできることなんて今はこれくらいしかありませんし、白鷺さんが上達するためにできる限りのことはさせてもらいたいと思いまして。」

 正直その発言が真実なのかどうか千聖は分かりかねていたが、今の自分の実力を鑑みても、圧倒的に実力はついていない。ならば最善なのは、拓人の言うように練習を進めてみるしかないという結論に至った。

「ありがとうございます。早速今日帰ったら見させてもらうわね。」

軽く冊子に目を通してからカバンにしまうと、千聖は練習用のベースを取り出す。

「それじゃあ、早速さっき話したように練習を進めていきましょう。」

「はい、よろしくお願いします。」

そうして、時間いっぱいまで拓人は千聖の練習に付き合った。時折ほかのメンバーの様子を見ながら、今の活気ある雰囲気を感じ取って、拓人は自然と笑みをこぼした。

 

「それじゃあ、私は別の仕事があるから、これで失礼させてもらうわね。」

「はい、お疲れ様でした。白鷺さん。」

練習が終わると千聖は荷物を手早くまとめてスタジオを後にした。

ほかの面々も続々と帰る。と、思いきや。

「あれ?皆まだ帰り支度しないんですか?」

拓人の疑問に彩が答える。

「実は、ちょっと前から残れる人は居残りで練習してるんだ。人が多ければ合わせとかもやったり、動きの確認したり。」

拓人は素直に感嘆の声を漏らす。きっと研修生の下積み時代からやっていることなのであろう。それを聞いて他のメンバーも参加するようになったのだという。丸山彩という少女のこの企画に対する意気込みを感じ取ったような気がした。

「やっぱり丸山さんは“アイドル“だよね・・・。」

その言葉にえへへと照れ臭そうに頬をかく彩に対して、日菜は「あたりまえじゃ~ん!」なんて言って笑い、それにつられて回りも笑い始めた。

(そうじゃないよ日菜さん。目指す先に愚直に突き進むその姿勢、それがアイドルだなって思ったんだ。)

そうして居残り練習は始まり、半ば変なポーズ合戦のようになってはいたが、時間の許す限り続いたのであった。

 

 

レッスン後、某事務所にて。

「お疲れ様です。今よろしいでしょうか。Pastel*Palettesのお仕事についてお話が。」

千聖とプロデューサーの間で、何やら怪しげな話が進められていた。

 




気づけばUAが増えていて、少しですが評価もしていただいて誠に励みになります。
一応バンドストーリーの進行を意識していますが、間違っていたらすみません・・・。


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2.3 下

乗りに乗っておるわい


拓人がパスパレのアシスタントとして練習に関わってからしばらく経った。メンバーたちは上達していき、客観的に聴いてちゃんと演奏できていると言えるほど上達してきていた。もともと麻弥や日菜は申し分無いが、イブや千聖も負けずについてきていた。

特に驚くべきは千聖だ。未経験だった最初に比べてかなり上達している。これも自主練の賜物であろう。それは喜ばしいことだがと思ってはいるがそれだけではなかった。実力はまだまだとはいえ、ある程度のことができるようになってくると、今度はもう少し上の段階の練習が必要になる。そうなれば教本や口頭だけではどうしても教えられないことが増えてくる。今の状態では、今度は自分が千聖の足を引っ張ってしまうのではないかと拓人は危惧していた。ベースに再び触れられるようにするリハビリは未だに続いており、触れる直前で体が強張るような感覚は少しずつ無くなってきているが、今もなお触れることはできない。

 

 「今日はお疲れ様でした。この調子で続けていきましょう。」

 「はい、ありがとうございました。」

拓人は今、フォーカルジストニアの治療のため隣町にある病院に足を運んでいた。

月に数回、薬の処方とカウンセリングを受けるために病院を訪れる。ジストニアの治療に効果があるとされる薬を内服することで症状を抑えるという試みだ。ジストニアというものには特効薬や効果的なリハビリというものは一定した見解が存在していない。そのため、拓人に有効な治療を模索しながらの治療となっている。手術や特効薬ですぐに直せるものであれば苦労することはないのにと、拓人はいつも心の中でつぶやいていた。

 

 

病院を出た拓人は帰路についていた。帰宅中に考えることといえばパスパレの今後について。今のまま続けていればライブをしても問題なく終幕まで続けることができる。多少はつたなくても、知識の少ない一般人であればそれほど気になるものでもないだろう。問題はその先だ。もしその次があったとしたら、今の実力のままではさすがに気にし出す人間が現れてもおかしくない。

「いっそのこと、知り合いにベース経験者がいる人に相談してみるか…?だけどそれは・・・」

一度やると決心した手前、簡単に他人に押し付けてもいいものなのか。拓人は顎に手を当てながらうなり声を上げていた。

その時、ふと自分の腹も同じようにうなりをあげていることに気づいた。

「そういえば、もう飯時か…すっかり忘れてた。」

今日は父、雅樹が出張中のため食事は一人でとることになっていた。いつもは自炊することで食費を節約しているのだが、今は何故か帰って作る気にはなれなかった。

「近場で買って帰るか…。」

そうして、少し歩いたところにある有名ファストフード店に足を運ぶことにした。決め手はコストパフォーマンスの良さ。セットメニューを頼むだけで十分に腹を満たすことができる。しかもそれが1000円以内で済む。頻繁に食べるものではないため、仕方ない事だと口では言いつつも、少し楽しみでもあった。店につき、事前に決めていたメニューを早速注文しようとカウンターに向かおうとした時だった。

「あら? 江古田さんじゃないですか。」

後ろから聞き覚えのある声が掛けられる。振り向くと、そこにはギターを担いだ紗夜が経っていた。

「あれ?氷川さん、どうも。珍しいですねこんなところで会うなんて。」

拓人は正直意外だと思った。優等生気質の紗夜のことだ、きっとこの手の体に悪そうなジャンクフードは嫌いだろうと思っていたからだ。

「こんにちは。今日は練習後に少し小腹が空いてしまったので寄りました。江古田さんこそ、あまりこの手の店には立ち寄らないものだと思っていたのですが。」

拓人は雅樹の出張の件を話すと、紗夜もそれに納得した様子で頷いた。

「習慣を貫くべきだとは思いますが、たまの息抜きも確かに必要だと思います。」

ただ注意されるだけだと思いきや、以外にもフォローするような声をかけられて拓人は驚いていた。

「そういうわけなので、俺は買って持ち帰りますね、s」

それじゃあまた、と言いかけたところで紗夜が言う。

「もしよろしければ、相席していきませんか?少し、ご報告したいこともありますので。」

またしても紗夜にしては珍しい誘いだった。拓人には特に断る理由もない。それに、表情こそいつも通りの無表情であったが、耳元が少し赤みがかっていることから、それなりに勇気を出しての誘いであったのだろう。ならば尚のことだ。

「わかりました。氷川さんさえよければ、ご一緒させていただきます。」

紗夜はそれでは、と言って先にカウンターへ向かう。振り返ったとき、少しだけ息をつくような音が聞こえた。

 

注文を終え、商品を受け取ってから二人で適当に席を選びそのまま座る。拓人はこうして同年代の異性と食事を共にするのは久しぶりだった。食事に手を合わせてから早速バーガーの包みを開ける。

「それで、報告したい内容って何ですか?」

尋ねると、紗夜はフライドポテトに伸ばしていた手を止めて答える。

「ええ、実は先日、ついにメンバーが揃いまして。正式にバンドが結成されました。」

それを聞き拓人は歓喜した。以前あったときはボーカルと紗夜だけだと聞いていたが、ようやくふさわしいメンバーを集めることができたようだ。聞くところによるとパートは、ボーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボードの5つだという。ギターやベースの重厚感あるサウンドに加え、軽快にリズムを刻むドラム、そして場面によってさまざまな音で世界観を作り出せるキーボード。曲を聞いていないためまだどのような方向性なのかはわからないが、きっと芯の通った力強いイメージがあるバンドなのだろうと想像できた。

「ちなみにバンド名はもう決まってるんですか?」

「ええ、“Roselia”と名付けられました。」

「ろぜ・・・りあ・・・?」

確か、何かにそんな名前のモンスターみたいなものがいたような気がする。

「ええ、『不可能を成し遂げる』という意味を持つ青薔薇をイメージした、と。名付けた人はそう言っていました。」

拓人の予想していた通り、紗夜のイメージにピッタリの名前だった。

「すごい…改めておめでとうございます!!」

「あ、ありがとうございます。」

拓人の勢いに少したじろぎながら紗夜は礼を言った。

「ちなみにライブの予定はもう決まっているんですか⁉」

「一応、数日後に開催される合同ライブに参加する予定ですが・・・。」

「いつですか!見に行きます!まだチケットってとれますか!?」

「まだ販売は行っていますので、大丈夫ですよ。」

ここまで興奮している拓人を見る機会もないため紗夜は少し圧倒されていたが、なおも冷静に続けた。

「バイトの予定が入ってるか確認しないといけませんが、行けたら絶対行きます!」

「ええ、ありがとうございます。」

紗夜はそういうと、天井を仰ぎながら続けた。

「やっと、私の求める音楽を表現できます。」

紗夜の言葉から感じ取れるそれは、単純に音楽への熱意だけではなく、執着に似た何かであったようにも感じ取れた。

 ライブの話を聞いて、拓人はふと日菜の顔が浮かぶ。何度か紗夜と対面しているが、日菜のことについてまだ聞いていなかったことを思い出し口にする。

「そういえば、そのライブって家族は呼んだりするんですか?姉妹とか。」

それを聞いて紗夜の表情が明らかに曇ったのが分かった。

「私、江古田さんに姉妹がいるなんて、一度でも話したことありましたか?」

拓人は瞬時にこの雰囲気はまずいということを察した。

「い、いえ、実は友人伝手に最近知り合いまして…。あまりにそっくりだったから驚きまして…。」

「ええ、それはそうですよ、双子なんですから。」

口調はいつも通りであるはずなのに、言葉の節々から何か黒い感情がにじみ出ているように感じた。

「あの娘が、日菜がもしも来たいというのであれば考えますが、そうでないのなら呼ぶ必要はないと考えています。理由は知りませんが、最近何やら忙しいようですし。」

「そう、何ですか…。なら仕方がないですね…。」

口振りから、日菜がパスパレとして活動を始めたと言うことはしらない様子だった。まさかこんな雰囲気になってしまうとは思わなかった拓人は、先程の自分の発言をひどく後悔した。

 

 

 

「では、ご都合がよろしければ、次はライブで。」

「はい、また今度。」

あれから別の話題に持っていき、何とかあの重苦しい空気から脱することに成功した。

まさかあれだけ見てわかるほどに、紗夜が日菜のことをよく思っていないなんて思っていなかった。日菜は普段から姉の紗夜のことが大好きだと言っていたし、ある程度良好であることを予想していた。しかし紗夜の気持ちも何となく察することはできる。自分より秀でた力を持つものに、人はいい感情は持たないものだ。近い存在である双子とあればなおさらだ。何とかできる方法はないのか、双方のことを知る拓人は帰宅しながら考えた。

 

 

そしてまた数日後、Pastel*Palettesの練習日。この日拓人は通院のため参加できず、その日決まったことを確認するためにスタジオを訪れた。メンバーのみんながレッスンをしているドアの前に立った時、誰かがドアをしっかりと閉じていなかったことに気が付く。こんなんじゃ中の声が丸聞こえになってしまうと思いながらノブに手をかけようとしたとき、中から不穏な会話が聞こえてきた。

「でも、それじゃあ努力しなかったら何を…!」

彩の声が聞こえてすぐ、聞こえたのはいつもよりも冷たく、真剣なトーンで話す千聖の声だった。

「努力は結構、夢を見るのも結構、だけど…

 

 

努力が必ず夢をかなえてくれるわけじゃないのよ。」

 

 

その言葉を聞いて、一瞬拓人の中の時間が停止する。その言葉はまるで、存在のすべてを否定されたように重く、強く響いてきた。それから中で少しだけ会話が続いていたようだが、何を言っていたのかは耳に入ってこなかった。それからドアが開かれ、中から身支度をした千聖が現れる。千聖は一瞬拓人を見て静止したが、そのままお疲れ様と声をかけると立ち去ろうとする。

「あ、あの…!!」

それに対して拓人は咄嗟に声をかける。千聖も何かしら?と振り向く。声をかけたのはいいが、いざ話すとなると何を言えばいいのかわからなくなっていた。

何か察したのか、千聖が先に口を開く。

「いつから聞いていたのかはわからないけれど、あれが私の考えよ。ただの努力だけで解決できるのなら、苦労はない、あなたもそれはよくわかっているでしょう?」

その言葉が再び拓人にぐさりと突き刺さる。

「今のままでは何も変えられない。彩ちゃんも、そして、あなたもね…。」

事の顛末については中にいる人に聞いてと言い残すと、千聖は去っていった。

しばらく、拓人は立ち尽くすしかなかった。

 

 

「努力…だけじゃ…。」

 

時を同じくして、拓人の自室に立てかけられているベースががたりと音を立てて傾いた。

 




やはり多くの人に見ていただくのはモチベーションにつながりますねぇ!


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番外編
(1)ある日の居残りレッスンにて


レッスンの合間にもしもこんな会話をしていたら面白いだろうなという思い付きだけで書きました。





都内某所、某芸能プロダクションの管理しているスタジオにて、

 

Pastel*Palettesのメンバー、彩、日菜、麻弥、イヴの4人はレッスンによって流した汗を拭きながら一息ついていた。アシスタント兼便利屋と化している拓人は、そんな彼女たちにペットボトルのミネラルウォーターを差し入れる。

 

「みんな、大分合わせられるようになってきたね。」

 

ペットボトルに口をつけながら彩が呟いた。

熱気で曇ってしまっていたメガネを拭きながら麻弥がそれに答える。

 

「そうですね。皆さん、寄り以前よりも周りの音を意識するようになってきている気がします。」

 

「本番を意識しなかったら、彩ちゃんもちゃんと歌えるもんね。」

 

「も、もう日菜ちゃん!本番だってミスしないよ~!」

 

備え付けの椅子に座って足をパタパタと揺らしていた日菜のちょっとした皮肉に彩はすかさず異を唱えた。

 

「これも一重に、居残りして練習をしている成果だと思います!」

 

イヴの言うとおり、居残りで自主連をするようになってからメンバー間の交流も増えてより意志疎通ができるようになってきている気がする。

 

「千聖ちゃんももっと一緒に練習できたら良いのにな…」

 

「しょーがないよ。あたしたちと違って他の仕事もあるんだし。」

 

千聖は相変わらずレッスンに参加できる時間は短い。その分を自主連で埋めてはいるようだが、合同でとなると未だに合わない部分が多々あった。

 

「何か良い方法が無いもんッスかね…。」

 

「一応前に俺が聞いたときには、あともう少しで大きな仕事は一段落つくから練習に割けると思う、とは言ってたけどね。」

 

「今のところはそれ次第ですか…。」

 

麻弥が手をこまねいていると、イヴが挙手しながら口を開く。

 

「あの、今日もこの後残って練習していきますか?私はもう少しやっていきたいんですが。」

 

持っていたペットボトルを置いて彩は立ち上がりながら答える。

 

「うん、私も気になるステップがあったし、歌以外にも身に付けられることがあると思うから、やっていくよ。」

 

「ま、今帰っても多分暇だし、あたしも付き合うかなー。」

 

「ジブンもまだ少し見直すところがあるのでご一緒します。」

 

つられて日菜と麻弥も賛同する。

 

それを聞いて一応設備の確認をしていた拓人は

 

「それじゃあ、終ったら声をかけてもらってもいいかな? いつも通り使用時間は厳守でお願いします。」

 

そういってスケジュール確認と練習メニューの調整を行おうと机に向かおうとしたところで日菜が呼び止める。

 

「ねぇ、たっくんもたまには一緒に混じってかない?」

 

「え?」

 

拓人は足を止め振り替える。アイドルでもない自分が何故誘われたのか理解できなかったからだ。

 

「こっちの練習終わるまで待ってるのはつまんないでしょ? 個人個人で確認する事以外は基本的にストレッチとか軽い体力づくりだし、やって損はないと思うけどな。」

 

確かに、運動はけして苦手とは言わないが、自信があるかと言われればそうでもない。これからこの仕事を続ける上で何かと必要になってくるような気もする。

 

「でも、皆が最初にどういう事をしてるのかちゃんと見たこと無かったし、どうすれば良いのか。」

 

「まずは柔軟かな。レッスン前はかるくならす程度だけど、みんなでやる時はしっかり伸ばす感じでやってるよ。」

 

「あとはこのスタジオ内でできる簡単な有酸素運動とかですかね。」

 

彩がすかさず説明し、それに麻弥が補足をする。

 

「楽器を演奏したりパフォーマンスしたり、なんだかんだ体力を使うものだからね。やって損はないと思うんだ。」

 

拓人はなるほどと頷く。

 

「まぁ、それくらいなら。」

 

「じゃあ決まりだね!」

 

日菜に促されながら、一応持ってきている運動用の服に着替えて参加する。

 

始めてみると、彩に言われたとおりかなりガッツリとしたストレッチだった。自分が最近どれだけ運動していないか実感する。

 

「ありゃりゃ、たっくんけっこう体固いね。 」

 

「運動部って訳でもないし、普段そこまでしっかり体操する訳じゃないからね…。」

 

その様子を見て何を思ったのか、日菜がニヤリと口角をあげる。

 

「それなら手伝ってあげるよ!」

 

「え。ちょっと!?」

 

そう言いながら、開脚をしている拓人の背中に手が添えられる。

普通であれば、現役アイドルに触れられるというだけでもご褒美だと思われるだろうが、次の瞬間、そんな思考は吹き飛ばされた。

 

 

「あだだだだだだだだただだ!!!!!!!!」

 

日菜が拓人の背中を押す。その容赦の無い力によって一気に伸ばされた股関節が悲鳴を上げ、おまけに拓人自信も悲鳴を上げた。

 

「あー!ひ、日菜さん!やるならもっとゆっくりやらないと!!」

 

「あーそっか。ごめんごめん!」

 

かかっていた力が抜けて拓人の体が再び自由になった。

 

「関節外す気か!?」

 

「いやー、思いっきりやった方が効くかなーって思って。」

 

「人間そんなすぐに体柔らかくなんてならないよ!」

 

 

「江古田くん大丈夫?」

 

彩が心配して拓人に近寄る。

 

「まぁ、日々の習慣を怠っていた俺も悪いし、これ以上は言わないけど。つぎやったら怒る。」

 

「今も十分怒ってると思うけどな…。」

 

「返事は…?」

 

「はーい。」

 

本当に反省しているのかはいささか疑問だが、とりあえず不問とした。

 

 

ストレッチの次は筋トレ。曰く、ある程度筋力もないと連日仕事があったときに体が持たなくなるからという。筋肉は裏切らないと誰かもいっていた。

 

「まずは一通りやって…ただそれだけだといつもと変わらないから、今日はちょっと趣向を変えて、時間内に何回やれるか、とか競ってみない?」

 

他の面子も面白そうだと賛同する。

 

「じゃあ、一番できなかった人は罰ゲームとかやっちゃう?」

 

「なるほど、面白そうっすね。ジブンはいいですよ。」

 

ちょっとしたレクリエーション感覚だが、これによりコミュニケーションをとり、お互いの距離をより縮めることができる。それに期待して拓人も賛同する。

 

「それでは、罰ゲームは何に致しましょう?」

 

イヴの問いかけに皆少しの間沈黙し、考える。

 

「あ、じゃあ!物真似とかどうかな?芸能界って何かとそう言うの振られることあるだろうし。」

 

彩が案をのべ、皆それにたいして異論はなかった。

 

負けられない闘いが始まろうとしている。

 

 

麻弥がスマートフォンのタイマーアプリで開始と終了で音がなるように設定する。

開始の音がなった瞬間から一斉にスタートし、終了時点で何回出来たかを口頭で伝えるというルール。

 

「よーし!じゃあ恨みっこなしだよ?」

 

「負けません!」

 

「よ、よろしくお願いしまっす!」

 

「頑張るぞー!」

 

(負けるわけにはいかない…!)

 

罰ゲーム以前に男としての尊厳を失うわけにはいかない。拓人は気合いを入れた。

 

全員手をついて四つん這いになる。麻弥がスタートボタンを押して10秒ほどでスタートのアラームが鳴る設定だ。

 

「それでは、行きますよ・・・!」

 

タップ音が鳴るとともに緊張が走る…。カウントが0に近づくたびに早鐘をうつ心臓。

 

緊張から、汗が頬を伝い落ちる。それと同時に、開始の合図が鳴り響いた。

 

勢いよく腕立てを始めると、想像していたよりスムーズに動くことができた。これならいけるか、と一瞬そんな言葉がよぎるが、そんな考えは一瞬で訂正することとなる。

視界の端で高速で動く影が見えた。

 

日菜だ。

 

(は、速すぎんだろ!?)

 

日菜だけではない、それに負けじとイヴも追いかける。その二人ほどではないが、麻弥も拓人を上回る速度で回数を稼ぐ。彩はどうやら同じくらいの速度に見える。つまり、最下位は拓人と彩の二人による争いとなる。

 

(負けられねぇんだよぁおおおおおお!)

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

そして、終了のアラームが鳴る。

 

「やったー!あたしが一番だね!」

 

「うーん、悔しいです!もう少しだと思ったんですが。」

 

「あはは、お二人ともさすがっすね…。」

 

「それでも麻弥ちゃん、私より回数稼いでたよね。」

 

そんな会話をよそに、床にうつぶせで突っ伏す拓人がいた。

最終的な順番は声を上げた順番通り、そんな中一人一言もしゃべらなかった拓人の順位はお察しの通り、最下位。

 

「まさか…こんなに差があるとは…。」

 

「大丈夫っすか拓人さん…?」

 

「そっとしておいてください…。」

 

すっかり傷心の拓人はそのまま微動だにしない。

 

「ま、まぁ急だったし、こういうこともあるよ!」

 

「そうですよタクトさん!正々堂々戦ったことが大事なんです!」

 

すかさず彩とイヴもフォローを入れるが、

 

「今はその心づかいが逆につらいです…。」

 

今の拓人には何を言われても無駄だった。

そんな拓人をよそに日菜が口を開いた。

 

「でもまぁ、一度決めたルールだから仕方ないよね。」

 

無情にも思える一言だったが、それに乗ったのはほかでもなく自分自身だ。気持ちの整理をつけてから、4人から少し離れたところに立つ。

 

(仕方ない…か…。)

 

拓人は意を決した。

 

(何やるのかな~?)(あんまりこういうことするイメージないですし)(正直ちょっとだけ楽しみだったり…)

 

少女たちが内心そんなことを考えていると、

 

「じゃあ、まぁ…、やります。」

 

その場に緊張が走る。

 

拓人が深く深呼吸をすると、口を開いた。

 

「スタジオ入りの時の白鷺さん…。

 

『おはようございます。今日も一日、よろしくお願いしますね。』」

 

一瞬の沈黙、そして一斉にあたりを見回す少女たち。その様子が気にり拓人が尋ねる。

 

「あの…どうかした?」

 

「どうって、今“千聖ちゃんの声”しなかった?」

 

「はい?」

 

不思議なことにその場にいた全員が千聖の声を聞いたという。しまいには、どこかにスピーカーがついているのではといい始める。

 

「たっくん!もう一回!もう一回やってみてよ!」

 

日菜に言われて同じようにやってみる。

 

「うん、やっぱり千聖ちゃんの声に聞こえる。」

 

「はい、しかもかなりのクオリティです。」

 

「これってもしかして声帯模写っていうものですか?」

 

拓人自身驚いていた。確かに昔から、多くのアーティストの歌い方を真似てみたりしたこともあったが、それがそんなに似ているといわれるとは思ってもみなかった。拓人は何か新たな道が開けたような気がした。

 

「そういえばたっくんって、男の子にしては身長小さい方だよね。」

 

そんな日菜の一言が拓人の胸に突き刺さる。拓人の身長は160㎝弱で、麻弥や彩たちとあまり差がなかった。それに加えて、男らしからぬ顔立ちをしているため、小学校低学年くらいまでは女子に間違えられることも多々あった。

 

「これ、いざって時に変わり身とかできるんじゃない!?」

 

どこまで本気で言っているのか、冗談で言っているのかはわからないが、日菜がそんなことを言い出した。

 

「いや、それはいくら何でも…。」

 

フォローを入れる彩をよそにテンションを上げながら日菜が続ける。

 

「そうなったときのために練習しようよ!もっと別のセリフ言ってみて!」

 

そんな悪乗りに少しずつ付き合っていたら、ほかのメンバーもヒートアップしてきて、いつの間にか練習のことを忘れて物真似ショーが始まっていた。

 

ノリにのった拓人は最後に一番感情のこもった声で千聖の真似をする。

 

「みなさんとどこかでお会いできる日を楽しみにしています!」

 

直後、なぜか彩達が固まる。何事だと思ってみてみるとどうやら自分の後ろをみているようだった。嫌な予感がする…恐る恐る振り返ると、そこには笑顔のまま微動だにしない千聖が立っていた。

 

「まだ明かりがついていたから気になってきてみたのだけれど、ずいぶんと面白いことをやっているじゃない。」

 

「いや!これはその!誤解というかなんというか…!」

 

「言いたいことはそれだけかしら?」

 

笑顔のまま威圧感を放つ千聖を前に言葉を発せなくなる拓人。

そしてそれからしばらくの間、拓人は物真似禁止を言い渡されたのだった。

 




初めて私の創作に感想をいただきました。誠にうれしい。ありがとうございます!
そんな感じで久しぶりにテンションがあってこんなものを書いてしまいました。少しずつですが読んでくださる方も増えてきているようなので、なんとか思い描いた終わりまで進めたいと思います。それまでまだまだ地道に頑張ります。



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