こちら、椴法華鎮守府日常譚 (汐ノ爾)
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登場人物紹介

進んだ話の内容を加味して記載しています
ネタバレすっかもしれないから、できれば話を読んでから見てね


※話が進むにつれ紹介も増えます

 そして必ずしもこの設定が話の中に出てくるとは限りません、適当なので

 

■鎮守府側

提督:椴法華鎮守府に赴任した少将(階級はあってなきようなもの)

   とても大変なツッコミ役、気苦労が絶えない

 

大淀:庶務科長(秘書っぽいし)

   どちらかというと常識人だが提督には冷たい

 

明石:工作大好きの常識人

   R-18じゃないので書けないけど実はチョーエロい(ピンクだし)

   1級自動車整備士免許持ち

 

夕張:明石の同僚 もしかすると鎮守府一普通かもしれない

   秋葉原の古き良き店が減っていくのを憂いている

   実家は米農家

 

羽黒:ナチュラルメンズブレイカー

   その笑顔と涙に騙されなかった男は皆無

 

足柄:残念美人(うちの初期重巡だぞ文句あっか)

   最近本気で婚活サイトに登録しようか悩んでいる

   結婚の第一条件は「気持ち」

 

瑞鳳:料理バカというかバカ料理 卵料理の腕は天下一品?

 

瑞鶴:空母でピッチャー よくサボる

   深海勢の深海鶴棲姫とは遠縁

   最近のマイブームはボルダリング

 

翔鶴:妹思いというか重度のシスコンの姉 実は…

 

鈴谷:JK よくサボる 

   スマホのフリック入力が死ぬほど速い

 

長門:野球バカ

   仕事もせず毎日野球ばかりしている

 

陸奥:現役スーパーモデル

   イベントに出るたびにどこぞのお偉いさんから貢物があるので、自宅の押し入れがギュウギュウ

   引退したが鎮守府一の剛速球を投げる名ピッチャーだった

 

金剛:英国かぶれの戦艦

   昔話をすると必ずヴィッカースのことを絡めてくるので聞き手は少ない

   なお、以前の提督は「爺過ぎる」ということで全く興味がなかったが、今回の提督はストライクゾーンなのでアプローチが非常に激しい

 

瑞穂:実家は鷹匠の家系

   ロボコンに出場して優勝することが将来の夢

 

速吸:マネージャー気質とよく言われるが本人はどちらかというと現場タイプ

   お茶農家に嫁ぐのが夢

   

 

アイオワ:日本かぶれのアメリカ艦

     最近一番やってみたいことは「殺陣」    

 

ゴトランド:急に出てきたメインヒロイン 

      超初期艦風を吹かせているが本人は気付いていない 酒癖悪い

 

リシュリュー:鎮守府一いい女

       料理スポーツ勉強なんでもできる完璧ウーマン

       肌は決して焼かない

 

白露:筆者の中では最上級幼馴染枠 芋露とか言わない

 

村雨:美人さん 

   毎週必ず一般の人からファンレターが届く

   たまに通帳と印鑑や土地の権利書が入っていることがあるので本当に困っている

 

対馬:伝説の大打者「榎本喜八」の再来といわれるほどの名バッター

   ありとあらゆる打法をマスターしている そしてエロい

 

長良:一部(相当数)絶大な人気を誇っている

   短パンではなくブルマ派

   彼女の放つ雷獣シュートは日向君のそれを超える

 

筑摩:現プロ雀士(副業)

   気品さえ漂うその打ち筋から「雀姫」の異名をもつ

   ※鎮守府内では「航空雀洋艦」で通っている

 

 

神風:恋に恋する駆逐艦

   提督が好き、婚姻届けも用意済み 

   後は提出する日だけと妄想行き過ぎ娘筆頭

 

旗風:おっとり美人さんと思いきや天然過ぎて少し心配になるレベル

   できれば家庭に入って帰りを待っていてもらいたいタイプ

   

鹿島:隠れコミケ勢でガッチガチのコスプレイヤー

   髪を作るのに毎朝1時間はかけるので早起き

 

連装砲ちゃんズ:とても渋い低い声のナイスガイ

        深海勢の16inch三連装砲さんに憧れている

        そのうち三位一体の合体をする

 

■深海棲艦勢(基本夏仕様と考えて)

 

港湾棲姫(ワンコ):深海島の主 

          最近の趣味は下着集め 提督のことがいろんな意味で気になっている

 

潜水新棲姫(ヒメコ):ちっちゃかわいい みんなのアイドル

 

戦艦棲姫:モデル 深海勢一の稼ぎ頭

     打率は低いが打てばホームラン 外国人助っ人みたいなタイプ

 

駆逐古鬼:筆者一押しの深海棲艦(てか深海勢で一番かわいいのは古鬼ちゃん)

     鉄壁の二遊間をヒメコと組んでいる ゴールデングラブ3年連続受賞中

     とてもとても礼儀正しい 好物はカルビ丼

 

深海鶴棲姫(鶴ちゃん):瑞鶴の遠縁 瑞鶴のことが好き(待ち受け画面は瑞鶴)

            いつか空を飛べると信じている

 

水母水姫:朝に弱い

 

ほっぽ:烈風狂い 現在ベーリング海にて漁業支援中

    最近パンチラはいけないことだとわかって気を付けている

 

16inch三連装砲さん:戦艦棲姫の後ろの人 

          ああみえて手先が器用(特技は編み物)

          無口だけど従順でいい球を投げる

 

イ級ちゃん:かわいい

 

 

■その他

 

コミケ三人娘:モブ(名前もなければ今後出もしません)



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プロローグ

「お若いのにもう海軍少将さんかい、いや立派なことで。どうだい? うちの孫娘でも嫁にもらってくれないか?」

「か、考えておきますね」

「あぁ、でも今から行くところにはごまんとおなごがいるから、あんたみたいな立場ならより取り見取りか」

「そういう対象ではないので。それに仕事で行くわけですから」

「はっはっは、まぁ男と女がいるところで何が起こるかわからんから。自然の流れに任せるってこった」

「は、はぁ…」

 とある海上、一隻の漁船の上では船長と思われる男とそれに乗り合わせている『海軍少将さん』と呼ばれる男の会話が繰り広げられている。船長はいかにも海の男で、その軍人と思われる人物と多少下世話な話を繰り広げている、一方的ではあるが。それを受け身で聞く男は海軍といわれると疑問符が付きそうなくらい華奢で、到底軍人には見えない。

「しかし、戦争ももうとっくの昔に終わってるのに、まだあんたらみたいな人が必要ってのも、なんか因果なことだね」

「それもそうですね。僕らみたいなのはいないのが一番なんですけど」

 舵を握る船長の後、船尾の縁に腰かけて返事をする。出てきた港はとうの昔に見えなくなっている。それでもずっと何かを追うように今来た海を見続けている。スクリューで泡立った白い海面が青く戻るのをずっと見ている。

「そんなところで暑くないかい。遠慮せず屋根の下に入っても」

 季節は初夏。船上には容赦なく日差しが照り付けている。出港してからずっと同じ場所にいるその男に船長が中に入るように促す。

「いえ、大丈夫です。南の人間ですからこれくらいどうってことありません」

「何処の出だい?」

「鹿児島です」

「はー、そりゃまた遠いとことからこんな北まで。軍人さんは大変だ」

「覚悟してますから」

 半袖の軍服、うっすらとではあるが袖口の境目に日焼けの跡がある。今日に限らず炎天下にいた証拠だろう。

「船長! 見えましたよ」

 船首にいる少年が声を挙げる。と同時に船尾にいた男は腰を上げ、揺れる船の上をおぼつかない足取りで前へと進み、船首へと立つ。

「おー、見えた見えた」

「あれ、ですか」

 右手で日差しを遮り目を凝らす。遠く水平線に見えてきた陸地、そこに建つ何らかの施設を遠目に見る。

「あぁ、あそこが戦時中『北の要塞』と呼ばれた、まぁあんたらは当然知ってることだろうけど、あれこそが椴法華鎮守府だよ」

「あれが、僕の着任する…」

 少しずつ近づいてくる陸地。さて、そこでだれが彼を出迎え、そして何が繰り広げられるのか。どうせすぐにわかることになるのだが…。



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第1話:初めまして、僕がここの新しい提督です
その1


「ありがとうございました」

「それじゃあ、よろしくやんなよ!」

 船着場から離れていく船の上の船長に手を振る。見えなくなるまではさすがにキリがないので、適当なところで切り上げ丘のほうを向く。

「さて…」

 腰に手を当て、船着場一帯をぐるりと見回す。

「なんで誰も迎えがいないんだろう…」

 顔が少し引きつる。別に何かたいそうな出迎えを期待していたわけではないが、流石に「出迎えゼロ」は考えていなかった。別に招かれざる客ではないし、だからといって大歓迎を受けるというわけでもない。ただ初めての土地であることは間違いなく、それはこちら側には伝わっているはず。何か行き違いでもあったのだろうかと考える。

「まぁいいか。鎮守府の建物自体海からちょっと離れてるし、行く途中誰かしら一人くらいいるだろう」

フンと鼻息一つ上げて気を取り直し、桟橋に置いた荷物を持ち上げる。

「一人だとちょっと量が多いな。やっぱ誰か一人くらい来てほしかったな…」

 両手いっぱいの荷物を抱えて階段を上る。上がるとそこには防砂林の一部なのだろう、松林がある。その間に一本の道が通じている。そこしか道はなく迷うことなく歩き出す。北国の夏はまだ始まったばかりだが、気の早いセミが数匹すでに鳴いている。といっても広いその林の中、海から吹く風に揺れる木の身震いの音がちょうどいい感じにその鳴き声をかき消してくれる。

「静かだな」

 自然が奏でる音以外の雑音は一切ない。都会では絶対に味わうことができない静けさという音を聞きながら歩き続ける。5分ほど歩いただろうか、視界が開け今まで木々が遮ってくれていた日差しが目を襲う。一瞬細目になるがすぐに慣れ、開けた景色を認識する。

「…校庭?」

 かなり広い、相当だだっ広い場所に出る。その認識は間違っていないだろう、ここは学校ではないが校庭と呼ぶのが最もふさわしい思われる場所の隅っこにその道は通じていた。そしてそこにはまだ誰もいない、人っ子一人いない。

「夏休みってあったっけ? 聞いてないけどなぁ」

 ますます怪しくなってくる。その校庭と思しき場所には先ほどと同じく風の音とセミの声が染みわたっているのみである。

「もう自力で執務室探すしか…、ん?」

 その景色を見て諦めかけた瞬間、その広場を挟んだ向かいにある建物が目に留まる。そしてその窓からは、小さな光が漏れている。

「あ、あそこ誰かいるみたいだな。よし」

 萎えかけた気持ちをもう一度奮い立たせ、広い校庭のど真ん中を突っ切りその建物へと向かう。少しばかり焦りがあるのだろうか、小走りで向かう。ほどなくその建物に辿り着き、見えていたのは側面だったため正面へと回り込む。回り込むとそこには入り口があり、その横には『開発工廠』と書かれた看板が掲げられていた。入り口は重そうな鉄の大きな扉で、風を入れるためかほぼ開いた状態であった。ここまできたらもう遠慮はすまいと中を覗き込む。

「すいませーん」

 響き渡る声、しかし返事はない。

「誰もいない?」

 視線を右に左に動かす。しかし一見しただけでは人の姿は見つからない。

「ダメか…、ん?」

 建物の左側、ちょうど先ほど広場の反対から灯りが見えた場所。少しほの暗い場所に一人の女性と思しき人物が座って、何か黙々とことをなしている。こちらの声に気づくこともなくただひたすら何かに没頭しているようだ。聞こえないならば仕方がない、彼女の後ろまで歩み寄る。何か認識できる距離まで近づく、工作機械のようなものを握って何かをしていることまでは確認できた。火花が散り少々その音で聞こえが悪い。こちらの声が届かなかったのはそのせいだろうと納得する。

「すいませーん」

 声をかけるとともに、その女性の肩を指でトントンと叩く。

「ん?」

 流石に気が付いたようで手が止まり、こちらを振り向く。顔は防護用のマスクで覆われており、すぐに顔は確認できなかった。しかしすぐにそのマスクは上に持ち上げられ女性の顔が目に飛び込んできた。

「どちらさま?」

 快活そうな顔。しかしその目は「知らない人だ」と多少の警戒の色が伺えた。

「あ、あの。ここって椴法華鎮守府で間違ってないですよね?」

「ええ、そうですけど。何か御用ですか? ってよくここまで入ってこれましたね」

「あぁ、船で来たので、裏の林の向こうの船着場から」

 建物の外を指さす。

「船着場? あぁ、あの予備の」

「予備?」

「予備ですよ、あそこは。予備っていうか民間の人が資材陸揚げするときに使う勝手口的な。ってあそこがメインなわけないじゃないですかあんな小さいのが。伊達にココ軍事施設じゃないですよ?」

「えええ…」

 それを聞いて理解した。自分は裏口からこっそり入ってきたのだということを。目の前のピンクの髪の女性は被っていたマスクを外して机に置き、完全にその男の話を聞くモードに入っている。

「で、どちらさまで? 見たところ軍関係者みたいですけど」

 上から下まで身なりを確認して、流石に部外者ではないであろうことを察する。

「あ、そうなんです。実は今日ここに着任する予定の新しい…」

「あぁ、新しい提督?」

 言い終わるのを遮ってかぶせるようにその女性が呟く。

「正解」

 Vサインで正解を伝える。

「…え? でも今みんな港に出迎えにいってるはずなんだけど」

 視線を男から外しどこかへと向ける。恐らくその本港がある方角であろう。

「なので、その裏口から入港しちゃったので…」

「…」

「…」

 気まずい沈黙。それはその場の二人がそれぞれ今何が起きているかを理解した証拠でもあった。

「マズい!!」×2

 男は手に持っていた荷物を放り出し、女性は座っていた椅子を蹴倒し二人並んで全速力で外へと向かう。

「こ、こっちこっち!」

「あぁ、ゴメン!」

 明後日の方向に行こうとした男を呼び止め,、自身についてくるように促す。

「気づいてくださいよもう。いくらなんでも着任する提督出迎えないわけないでしょう」

「い、いや。みんな忙しいからなのかなーって」

「それくらいの礼儀と常識はわきまえてますーっ!」

 並走しながらのお詫びと説教。その本港があるほうへと全力で走る。



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その2

 茂みに隠れて辿り着いた港を見ている先ほどの二人。その視線の先には大勢の人だかりができており、海の向こうを見ている。とあるものは大漁旗のような旗を持ち、とあるものは横断幕を掲げ、とあるものは花束を抱えている。

「…大歓迎じゃないの」

「なんで私まで隠れなきゃいけないの。てか提督、もう一度海に出てちゃんと正面から入ってきてくださいよ」

 顔半分を茂みから出しその光景を眺め、事の重大さを認識し

「いや、もう船いっちゃったし」

「さっきのところに1隻大発あったでしょう。それ使っていいですから」

「あぁ、そういえば」

 確かに、先ほど上陸した船着き場には1隻揚陸艇が係留されていたことを思い出した。

「いや、でもそれでくるのも不自然じゃ?」

「この際四の五の言ってらんないでしょ。とにかくこの歓迎を無駄にするわけにはいかないですから。ほらさっさと」

「まぁ、それもそうか…」

 男は腰をかがめたままそろりそろりとその場を離れようとする。自身の勘違い、というよりはあの漁船の船長が船を留めるところを間違ったせいでこんなことになってしまっている。音を立てず静かに静かにその場から抜け出そうとする。

「へくちっ」

 一緒にいた女性が急にくしゃみをする。するとその音に気付いたその大勢の中の最後尾にいた一人がそちらに気づき振り返る。

「ん? あれ、明石じゃん。そんなとこでなにしてんの?」

「やばっ!」

 時すでに遅し。エメラルドグリーンの髪をした女性が、男と隠れていた「明石」という女性に気づく。

「あぁ、いやね。もう着いたのかなーって」

 気づかれてしまっては仕方がない、その場に立ち上がり姿を晒す。そして男はというととっさに体を伏せ地べたに這いつくばっている。

「それがまだなのよね。到着予定時間はもう過ぎてるんだけど、まだ船も見えなくってさ。心配になって何人か海に出てるよ、すぐそこまでだけど」

 こちらに近寄ってくる女性。明石と呼ばれた女性の足元にはまだ男が伏せたままでいる。息を殺して体を硬直させ、死体のように存在を消す。

「ああそうなんだー(棒) 何もないといいねー」

「ホント、初日から遅刻だなんて。まぁ何事もなければ別にいいんだけど」

 茂み越しの会話、視線を落とせばそこには皆が今か今かと待っているその「提督」がみじめな姿で寝そべっている。

「ね、ねぇ夕張」

「ん、なに?」

「ちょっとこっちに来てもらえるかな。大きな声は出さないで」

 明石はその「夕張」と呼ぶ女性を茂みの向こうに招く。

「どうしたの? 大きな声って」

 茂みの切れ目から回り込んで、明石の横へと回る。すると当然だが遮るものがなくなったため、その明石の足元に寝そべる提督の姿が目に飛び込んでくる。

「ちょ!」

「だから!」

 叫びだしそうな夕張の口を思い切り手でふさぐ明石。そしてそのまま茂みの下へと強制的に身を潜めさせる。

「んーんー!」

「大丈夫、怪しいけど怪しい人じゃないから」

 矛盾しまくりの説明。しかしそうとしか言いようがない。ブレイクブレイクと夕張を落ち着かせる明石。少し落ち着いたところでふさいでいた口から手を放す。

「ちょっとこれ誰よ!?」

 小声で叫ぶように指をさしその地べたに這いつくばる男について明石に問いただす。

「えー、誰と申しますかそのー」

「なに痴漢!? 明石のパンツ覗いてたんじゃないでしょうね!?」

「あぁ、そう考えれば上見れば見えたのか」

 今まで黙っていた提督が夕張の声に反応して口を開く。と同時に、しゃがんだ状態の明石からの踏み付けが入る。

「おふ!」

「まぁこの状態見ればそう見えるかもしれなけど、そういうことではありませんので」

「じゃあ何よ。ってこの人軍人?」

 流石に身なりで気づかれるようだ。夕張という女性もその男が軍属であることを察する。

「その通り。で、この人が今そこでみんなが待っている提督なの」

 踏みつけたまま提督を指をさす明石。のちの上司であることを今はすっかり忘れているようだが。そしてその説明に視線を一瞬下に向ける夕張。思考に数秒、そして明石に視線を戻す。

「…ごめん、明石もう一回」

「えっと、新任のて・い・と・く・さん」

「…」

「Understand ?」

「………えぇーーーー!!! なんでこんなとこにいるのよ!?」

 ごもっともな反応、そして大声。その場に立ち上がり正直すぎるリアクションを取る夕張。当然「あっちゃー」という顔し天を仰ぐ明石と、色々観念した顔の提督。そしてその声は当然その場に響き渡り、海を眺めていた大勢が何事かと振り返る。

「どうした夕張。なにかあったのか?」

 いち早く一人の女性が夕張のもとへと駆け寄る。

「あ、矢矧」

「ん、なんだこの男は!? 不審者か!」

 矢矧と呼ばれる女性がすぐさまその横たわる提督を見つけ、そしてこれまた当然の反応をとる。顔はとても険しい。

「現状はそういう判定で問題ないと思います。ただ、後からの弁解がめんどくさいけど」

「であえ、鎮守府に不審者が入り込んだぞ!」

 この後のひと悶着は想像を絶するものだった。数名の関係者が後日匿名で語ってくれたようだ。



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その3

 ひと悶着から1時間経過、先ほどの校庭というか鎮守府グラウンド。そこには鎮守府に配属されている全ての艦娘の姿があった。200名近い大所帯、きれいに並んでいるわけではないが、みな指令台のほうを向いている。

「みなさーん、集まりましたかー?」

 グランドの四隅にある柱上のスピーカーから声がする。指令台の横にはマイクを持った一人の艦娘がいる。

「はーい」

 数名から素直な返事が返ってくる。その返事を待っていたかのように次の言葉が発せられる。

「えっと、ではただいまより当鎮守府に新しく着任されました提督よりご挨拶があります。皆さん、指令台をご注目ください」

 視線が集まる。そして指令台の横からすごすごと先ほどの男性が姿を現し、途中横にいた艦娘からマイクを受け取り指令台へ登壇する。一部冷ややかな視線を送るものがいるが大体は温かい目で見守っている。

「あ、えー」

「おう、明石のパンツ何色だったー?」

 どこからかヤジが飛ぶ。当然見ていないので何も答えることはできない。集団の隅にいる明石は顔を真っ赤にしてうつむいている。

「えー、着任早々ご迷惑と大きな誤解を与えてしまい申し訳ございません」

 まず深々と頭を下げる提督。

「まったくだー」

「私たちの努力返してー」

 そこかしこから苦情が殺到する。それもそうだろう、結局あのまま見つかってしまった提督は、明石の提案のように海に出ることはできず、そのまま轢かれたカエルのような状態で出迎えを受けたわけである。あの後ろから見えた旗や横断幕は、すべて提督を歓迎するために作られたもの。その努力が水泡に帰した艦娘たちの心中や、察するに余りある。それでも一部横断幕などは今も掲げられ、一応の歓迎ムードは残っていた。

「では改めまして。本日付で当椴法華鎮守府に提督としての任を受け配属となりました、海軍少将『早良優護(そうらゆうご)』と申します。これからよろしくお願いします」

 改めて深々と頭を下げる。

「いらっしゃい提督ー」

「ようこそー」

「待ってたぜー」

 先ほどまでの冷たい言葉とは打って変わって、温かい言葉と拍手が巻き起こる。顔を挙げた提督の顔にやっと安堵の表情が戻ってくる。

「ありがとう。えっと…」

 次に何を言うか考えていなかった。仕事なのだから何かそっち関係の話をすればいいものだが、ひと悶着から抜け出すことばかりに頭が回っており、その後のことに関してはノープランだった。

「何話せばいい?」

 壇上から下にいる、先ほどマイクを受け取った艦娘に助言を求める。

「私に聞かないでください。別になければ終わりでもいいです」

「あ、そうなの」

「もう」

 少し口をとがらせて呆れた顔をする艦娘、彼女の名は『大淀』鎮守府における事務的なことの統括は彼女が行っている。

「じゃあ暑い中長々話すのも悪いんで、取り敢えず解散で。今後ともよろしくお願いします。何か用がある人は提督執務室まで遠慮なく来てください。あ、用は無くてもいいけどノックはしてね、それじゃあ」

 と、かなり雑に話を終える。

「いいぞーそのノリ、嫌いじゃねぇぞ」

 その声に手を振りながら壇上から降り大淀にマイクを返す。

「いいんですか、もう。以前の提督はこういう場ではもっと心構え的なことお話ししてましたけど」

「いいよ、そういうのは。話の長い校長先生は嫌われるよ」

「もう」

 少し膨れたような顔で提督を見る大淀。そして気を取り直してマイクに向かって話し始める。

「それではこれにて新任のご挨拶は終了とします。各自日常業務に戻ってください、解散」

 解散の合図で集まっていた艦娘が四散を始める。あるものは宿舎へ、あるものは鍛錬場へ、各々なすべきことをする場へと向かう。

「さってと。大淀さんだっけ」

「はい」

「簡単で構わないので、この鎮守府を案内してもらえるかな?」

「はい、もとよりその予定ですので。えっと、それじゃあどこから…」

 大淀の案内を頼み動き出そうとした刹那、数名の艦娘が提督のもとへと駆け寄ってくる。

「しれいかーん」

「ん?」

 声のほうを向く。しかし同じ視線の高さには誰もいない。少し視線を落とすと、そこには小さな艦娘が四人並んで立っていた。

「初めまして司令官、なのです」

「こんにちは!」

「本日はお日柄もよく」

「Очень приятно」

「はい、こんにちは。って君のは何語?」

「ああ、ごめんよ司令官。つい癖でロシア語が出てしまうんだ、初めまして」

「ああ、初めまして」

 小学生中学年程度の身長の子が四人、行儀よく並んで提督に挨拶をしてきた。

「六駆の子たちですね」

「六駆?」

「はい、左から電、雷、暁、響。響ちゃんはヴェールヌイとも呼ばれますが。本人どっちでもいいらしいので、人によって呼び方違いますけど」

 大淀が手を添えて紹介してくれる。

「なるほど、君たちが」

 事前に所属する艦娘に関する一覧には目を通しているため、所属艦の名前は認識している。しかし写真がなかったため名前と顔はここに来て初めて一致する。

「初めまして。今日は遅れてゴメンよ、横断幕作ってくれてたよね」

 少しかがんで六駆の艦娘に話しかける提督。

「そうよ、せっかく遠い海からでも見えるように大きいの作ったのに」

「おかげで寝不足Death、なのです」

「ごめんごめん。後でその横断幕ちょうだい、提督室に飾るから」

「ホント? 全幅10メートルはあるけど」

「…なんとかする」

「はい、それじゃあ提督はこれから鎮守府の中を見て回るので」

 大淀がポンと手を叩いて六駆の子らに解散を促す。

「はーい、じゃあまたねしれいかーん」

 元気よく走り去る4人。振り向いたその背中、一人不穏なものを隠し持っていたことに気づく。

「爆雷?」

「下手な返事してたらやられてましたね。ああみえて電ちゃん根に持つタイプですから」

「覚えておきます」

「さて、じゃあまずどこから…」

「間宮にいきましょう、私お昼まだなんで」

 主導権はないらしい。大淀の言うがまま「間宮」という施設なのか人のところなのか、そこへ向かうこととなる。



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その4:終

「間宮って?」

「食堂です。給糧艦の間宮さんが経営されているのでそのままお店の名前も間宮なんです」

「なるほど、美味しい?」

「サイコウです」

 親指を立ててメガネをキラつかせ、それ以上も以下もない答えを返してくれる大淀。

「じゃあ混んでるかな」

「もうピークは過ぎてますから、すぐに座れると思いますけど」

 左腕の腕時計を確認して繁忙時間帯を判断している。

「繁盛店のラーメン屋みたいなこと言うね」

「うちの鎮守府の食事って、間宮さん以外にもあるにはあるんです。外に食べに行ってもいいですし宅配のお弁当もあるんですけど、味が天と地ほど違うので、結局みんな間宮行っちゃうんですよね。業者変えようかなぁ。そうだ提督、まず美味しい仕出し弁当の業者探してください。どうせヒマなんですから」

「僕、ヒマ確定なの?」

 着任早々ヒマが確定しているらしく、雑用チックなことを大淀から仰せつかる。

「間宮さんがこの前あまりに忙しくて、せめて週休二日にしないとハンガーストライキ起こすぞって私に泣きついてきたので、さすがにほ放っておくわけにもいきません。私たちの胃袋は間宮さんに掛かっているんですから」

 こんな何気ない話がきっかけで提督が動き、鎮守府内の食に関する自由度が一気に跳ね上がった。これにより間宮は大繁忙から脱却し、ゆとりある経営ができるようになったのは割と近い未来のお話。いずれ顛末のご説明はちらほらと。

 

 大淀の予想通り間宮はすぐに席に着くことができ、30分ほど食事をして店を出る。なお、当然支払いは提督が行った(遅刻した罰ですとのこと)ということは、全艦娘におごるまでこの罰は続くということなのだろうか、背筋が凍り付く。そしてその後は鎮守府の全施設を案内してもらい現在提督執務室へと落ち着く。真新しい、とはいえない前任者の使っていたお古の椅子と机。それでも物はいい、肘あてのある椅子にどっしりと腰を掛ける。

「ふぅ、広いなぁ。今までいた鹿屋の基地と比べても倍以上あるよ」

「今はここが全国一の拠点ですからね。ほとんどの艦娘の母港もここになっていますから」

「いない娘もいるの?」

「はい、任務で別の鎮守府に行っている娘も多少います。入れ替わり立ち替わりという感じですね、そう長期間には及びません」

「なるほどね」

 資料をめくりながら大淀に返事を返す提督。

「先ほどご説明した通りですが、現状当鎮守府は戦闘終結につき一部施設は閉鎖されています。それにより色々戦時中と鎮守府内のシステムも変更されています。科に関しては下記の通りです」

 

庶務科

海防科

戦略科

工廠科

給糧科

救護科

音楽科

 

「音楽科? 吹奏楽でもやるの?」

「いえ、一部熱狂的な艦娘の要望で設立された科ですが、コンサートなんかの外回りが主の、まぁ趣味です。いい収入源になってはいますが」

「…」

「科についてはおいおいご自身で時間のある時に見て回ってみてください。そのほうが早いと思います。それと提督業で一番の変更があるとすれば、秘書艦というシステムが廃止されています。あれも戦意高揚を目的としたところもありましたので、現状不必要かと思われます」

「そうだね、負担にもなるしね」

「ですので、何か御用があるときは庶務科にご連絡いただければと思います。なお、それぞれの科には科長がおりますので、その者に話を通していただければ業務的にはスムーズにいくと思われます」

「庶務科の科長さんは?」

「私です」

「でしょうね」

 想像はついていたらしい。

「それでは、私も一旦失礼します」

「はーい、ありがとう」

 一礼して部屋を後にする大淀、一人広めの部屋に残される提督。そして大淀と入れ替わるように扉をノックする音が聞こえる。

「はい、どうぞ」

 扉が開くとそこには、先ほど約束していた六駆の4人がいた。

「司令官、持ってきたわよ」

 巨大な横断幕をずるずると引きずりながら部屋に入ってくる4人。

「ああ、早速ありがとう。ってホント大きいね」

「いったでしょう、大きいって。じゃあどこに飾ろうかしら」

 部屋の中をきょろきょろと見回す。そして4人の意見が一致した場所にそれは飾られる。

 

「ん? 何だあれ?」

 外を行きかう艦娘が足を止めて建物の上層を見上げる。そこには督執務室があるわけだが、その窓の下にデカデカと飾られる六駆制作の歓迎横断幕。「Welcone 司令官!」と書かれている。

「綴り違ってるんだよなぁ…」

 ちょっとした学園祭のようになってしまった。彼女らが飽きるまで10日ほど、それは飾られたままだった。撤去は提督一人で行ったとさ。



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第2話:今深海さんってなにしてるの? 
その1


「…ん、合ってる」

 電卓を叩く手が止まる。ここは庶務科、なぜか提督が隅の机で予算書を見ながら検算している。

「ありがとうございます、じゃあ次はこれの確認をお願いできますか?」

「はーい、よろこんでー」

 飲み屋の注文のような返事。庶務科在籍の羽黒から新しい書類を渡される。ぱっと見今日終わることがないであろう量の書類。「あれ、提督業ってこれだっけ?」と思いつつ、着任から1週間ほどが経過している。ぶっちゃけ鎮守府内見て回るなんてことはできていない。ヒマって言ってましたよね? 大淀さん話が違います。

「ゴメンなさい提督、ちょうど妙高姉さんと高雄さんが有給取ってイタリアに行っちゃったところで人手が足りなかったんです。助かります」

「あぁ、そうだったんだ」

 部屋を見回すと10卓ほどある事務机に腰かけているのは羽黒と提督のみ。聞くと大淀は外出中、一人は食事に出ており、他のメンバーはシフト休らしく誰もいない。また、提督着任2日前、出迎えもせずに欧州組のいるイタリアまで出かけていた庶務科の二人。権利なので何も言えないがちょっと悲しくなる。

「でも戻ってくるときはイタリアの皆さんも一緒なので、また楽しくなると思います」

「現地に完全に戻ったわけじゃないんだね」

「はい、恒久的に交流するという目的のようなので、行ったり来たり繰り返してます」

「ふぅん」

 羽黒の話を聞きながら手を進める。戦争がない以上軍の上層部なんて書類にハンコ押すのが仕事のようなものなので割と慣れているようである。

「戻りました」

 部屋の扉が開く、もう一人の勤務者が戻ってきた。

「おかえりなさい霧島さん」

「すいません提督、手伝わせちゃって」

 隣の席に腰かける霧島。向かいには羽黒、隣には霧島。広い部屋の中こじんまりと業務にあたっている。

「提督、お昼は?」

「あぁ、自分でお弁当作ったのと、あと羽黒から少しおかずもらったから」

「お口に合いましたか?」

「めっちゃうまかったです」

 今のところこの部屋で仕事をするケースが多く、一番話しているのがこの羽黒。胃袋まで心配して持って、内心嫁にしたいとすら思っている始末。ただ、目を光らせるものが多いためそんなことおくびにも出せず。

「あのさぁ」

「なんでしょう」

「なんですか?」

 提督が口を開く。

「戦闘がないのって、やっぱ嬉しい?」

 提督が艦娘たちに一番聞きたかったことを、このタイミングとばかりに二人に問いかける。

「そりゃそうですよ。私たちだって痛いのイヤですから」

「そうですね。相手の人が傷つくのは自分が傷つくのよりイヤですから」

「天使やでこの娘」

「何か言いました提督?」

「いえ、何も」

 戦闘が好きな者もいればそうでない者もいる。当然といえば当然だが、平和であることを不満に思っているということはまずなさそうである。

「最終的に平和条約結んで今では双方不可侵で落ち着いていますからね。話せばわかる相手だったということです」

「そういえば、今深海勢って何して暮らしてるのかな?」

「あら、気になります?」

「そりゃねぇ、時代が時代なら敵対していたわけだし」

「たまに遊びに来ますよ、お魚持ってきてくれたりして助かるんです」

「え?」

「えぇ、フラっと来ますよ。ただの世間話から海域の情報持ってきてくれることなんかもありますし。こっちもすごく助かってます」

「随分馴染んだね…」

「古鬼ちゃん早く遊びに来ないかなぁ、一緒にお洋服見に行く約束してるんです」

 両手を頬に当てて楽し気に思いにふけっている羽黒、想像を絶するそれ以上の打ち解け様。戦争終結の事実は当然知っているが、まさかその後の展開がウルトラCレベルで発展していることまでは、今の今まで知らなかった。完全にご近所さん、作り過ぎたカレー持ってくるレベル。

「なんなら行ってみますか?」

「え?」

 霧島が提案してくる。

「あ、いいですね。次のお休み提督も是非一緒に深海さんのところに行きませんか?」

「え、あの…、どうやって?」

「私たちが引っ張っていきますからご安心ください」



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その2

 週末、午前8時。

 

「じゃあ提督さん、準備はいいですか?」

「はい、もういつでも」

 羽黒と霧島に曳航された大発に乗り込んでいる提督。同行者としては先日同席していた霧島他数名の艦娘が海上で待機している。

「ちなみに、どの程度のお時間かかるのでしょうか?」

「そうですね、最速で行けば1時間といったところですけど。さすがに提督曳航していきますからもうちょっとかかると思います。ゆっくり行きますから2時間見てください」

「じゃあそろそろ出発しますね。提督は中でごゆっくりなさっててください」

 羽黒に促されて大発の中へと引っ込む提督。この日のために作られた明石特注全天候型大発(屋根がついただけ)、中にはほぼ提督の居住スペースはなく「お土産」と称する深海勢への荷物がごまんと搭載されていた。

「お、重くない?」

 窓から顔を出し羽黒と霧島に問いかける。

「何言ってるんですか、これくらい戦闘艤装の半分もありません」

「そうですよ。私たち生物学的には人間の女の子と同じですけど、魂だけは軍艦ですから。これっぽちもつらくありません」

 割りと根性論なんだなということを理解して再度引っ込む。

「では、進発します!」

 霧島の掛け声とともに船が動き出す。しかし話が違う、先日の漁船より確実に速い。

「ちょ!!!!!!!」

 同時に思い切り室内の後ろに叩きつけられる提督。お土産の山の中に突っ込みほぼ身動きが出来ない状態。「3倍はある」そんなことを考えるとある人物が脳裏をよぎる。崩れた荷物の中、何とか身を起こす。すると頭の上になにかハラリと落ちてくるものがある。崩れた荷物の中身だろうか、何か確認することもなくそれを払いのける提督。どのみちハンカチか何かの類であろう、そう考えていた。

 

 …1時間後(2時間とかウソじゃねーか)

 

 海の上で多少は鍛えられているはずの提督ではあったが、余りにアクロバティックな操舵のため、右に左に上に下にと振り回された大発。船酔いと呼んでいいか微妙ではあるが、船尾から海面に顔を出してグッタリしている。

「見えてきましたよー」

「お、おぅ…」

 こみあげてくるものを我慢して船首側の扉から顔を出す。視線の先には小さめの島がいくつか群島として存在している。

「あそこ全部深海勢の島なの?」

「全部かどうかはわかりませんけど、あの一番大きい島にこの海域の方は住んでます」

「へぇ」

「多分そろそろ…あ、古鬼ちゃんだ。おーい!」

 羽黒が水平線の先に見える誰かに手を振る。徐々に近づいてきて提督にもそれが人であることを認識できる距離まできて、それが深海棲艦であることを理解する。

「本当に和解してるんだ」

 終戦は別の場所で知った。一度も深海棲艦というものを見ることなく彼はこの戦乱を軍属として過ごした。それが幸か不幸かはわからない、ただ今視線の先にいるのが、幾分か昔に砲火を交えていた相手なのだということは、にわかに信じられなかった。

「あの娘がこの前話した駆逐古鬼ちゃんです、かわいいですよね」

 和装の小柄な娘、肌の色こそ人間と異なるのですぐにわかるが、それ以外何も人間と違うところは見られない。ますます不思議になる。

「不思議だな…、ってうお!」

 提督の乗る大発の横に海の中から魚とは呼べない、大型の生物が顔を出す。

「あ、イ級ちゃん達だ、こんにちわー」

 同行している駆逐艦たちがはしゃぎだす。まるでイルカのようにピョンピョンと海面を飛び跳ねるその生物、「イルカ?」とつい口をついて出てしまう。

「こっちこっち」という感じに島に立っている娘が手招きをする。和解するまではなかった桟橋に羽黒達が大発を横付けする。最後まで割と荒っぽく、激突スレスレでやっと動きが止まる。

「お疲れさまでした、さぁどうぞ。お荷物降ろすのちょっと手伝ってくださいね」

 室内の荷物を手に桟橋に上がる提督。そして陸との境目あたりに差し掛かると目の前に「駆逐古鬼」と呼ばれる深海棲艦が立ちふさがる。

「ど、どうも。椴法華鎮守府の新しい提督でっす」

「…」

「…こんにちわー」

「…」

 黙って提督の顔を見上げている。物珍しそうにただジーっと眺めている。

「あ、あの…」

「…ヨウコソ、トイトコロオツカレサマデス」

 そういうと深々と頭を下げて歓迎される。

「よかった、提督気に入られたみたいですね。ダメな人はダメなんですよ。古鬼ちゃんて人見知り激しいから」

 後ろから荷物を抱えた羽黒が嬉しそうに話す。

「そうなんだ。よろしく、お邪魔します」

「ドウゾ、ニモツオアズカリシマス」

「いいの? 重いよ、気を付けてね」

 そういって両手に抱えた荷物を古鬼に渡す。すると片手でひょいと持ち上げ、後ろからくる羽黒の荷物ももう片方の手で受け取り、大き目の箱を二つ軽々と持ち戻っていく。

「提督、艦娘とか深海さんのパワー舐めたらダメですよ?」

「失礼しました」



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その3

 荷物の陸揚げも終わり、艦娘たちは各々島の中で遊んだり深海棲艦と話したりと、平和であることをこの画が物語るかのようにはしゃいでいる。提督はというと、逆にこっちが人見知りといわんばかりに、その光景を海岸の奥のほう、日陰に座り込み眺めている。

「すげぇ、普通に遊んでる」

 提供されたコーヒーをすすりながら一緒に来た艦娘と深海棲艦が談笑したり、海上で鬼ごっこ(イ級と呼ばれるものをただひたすら追い掛け回しているように見えるが)をしたり、組み手をしている(?)のを見ている。さすがに男一人が間に入るのも申し訳ないと自重しているわけだが、ヒマなようである。

「平和だなぁ」

「提督さん?」

「ん?」

 視界を遮るものがある、羽黒だった。

「あぁ、羽黒か」

「横、いいですか?」

「どうぞどうぞ」

 提督の寝そべる横の芝生に腰かける羽黒。そのまましばらく提督と同じ景色を眺めている。

「私、これを望んでいたんだと思います」

「…」

「ずっと、戦争が終わればって願い続けていました。誰にも砲口を向けることなく、私たちの役目が無くなればいいなって」

「無くなったね、それは努力が実ったってことじゃないかな」

「そうかもしれませんけど、神様が…」

 嬉しそうにうつむく羽黒。そのしぐさにちょっとドキッとしてしまう提督。

「提督さん?」

「ん?」

「あの、提督さんのことなんて呼べばいいですか?」

「え、別に何とでも。提督でいいんじゃない?」

「その、今までは司令官っていうのが自分の中では慣れていたんですけど、もう戦闘もないからそれも変かなと思って」

「あぁ、なるほど。まぁ提督なら将官の意味もあるから別にそれで問題ないけど。好きなように呼んでいいよ。なんなら名前だっていいし」

「そ、それはちょっと恥ずかしいというかなんというか…」

 指をいじいじ、これまた可愛い仕草。このまま彼女を見続けていると好きになってしまいそうだ、少しばかり目をそらす。

「じゃ、じゃあ仕事中は今まで通り提督さんとお呼びしますけど、誰もいないときは…」

「ときは?」

「おにいちゃんでもいいですか?」

「是非!」

 この鎮守府着任以来最高にハッピーな瞬間である。屈託のない笑顔、とろけるような甘い声、何をとっても120点。こんな娘を嫁にできたらなぁと、男なら誰しも思うであろう。

「じゃ、じゃあ古鬼ちゃんが待ってるので行きますね」

 恥ずかしそうにその場から駆けて離れていく羽黒。それをまぁなんともだらしない顔で手を振り見送る提督。

 

 非常にハッピーな気分になっているところ申し訳ないが実はこの羽黒、鎮守府内では「無垢の策士」との通り名があり(本人は知らない)、例えば鎮守府へ来る郵便配達や宅配のお兄さん、電気工事の業者、お弁当の配達人に宗教勧誘などなど、来る男くる男に思わせぶりな言葉を投げかけてはその気にさせている。しかし本人にはその気はまっっっっっったく無く、純粋に優しさからくるねぎらいと裏心無しのことを言っているに過ぎない。おかげで鎮守府外には『羽黒ちゃん親衛特攻隊』がネット上で秘密裏に結成されており、「誰が彼女を嫁にする」と毎夜毎夜喧々囂々の議論が続いていることを、提督はまだ知らないし今後も知ることもない。

 ちなみに前任の提督のことは「おじいちゃん(はぁと)」と呼んでおり、そりゃもう贔屓されていたらしい。

 

「あの娘みたいな純粋さとあざとさがあれば、私の婚期もとっくに来ていたかもしれない」

 だとさ。

(妙高型四姉妹某次女談)



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その4:終

 羽黒が去りすることが無くなった提督は、持ってきた本を日よけ代わりにして昼寝をしている。半寝半起きの状態、頭上に何か近づく気配を感じて目を覚まし本をどける。

「…ん?」

「ココデ ナニヲシテイル?」

「…白だ」

 何がとは言わない、何かすごい殺意の波動とともに顔を踏んづけられる。

「あ、ワンコさんこんにちは」

「オオ キテイタノカ デ コノヘンタイハダレダ?」

 顔をぐりぐり踏みつけたまま、足蹴にしている提督がなんであるか羽黒に問う。

「あぁすいません、この人うちの鎮守府の新しい提督さんです」

「そういうことです」

「フム ナルホド タダノヘンシツシャダトオモッタゾ」

 納得したようで踏みつけていた足をどける。

「ごめんなさい、驚かせちゃって」

「マア イイ」

「提督さん、こちら港湾棲姫さん。この島の…管理人さん?」

「左様でしたか。ども、椴法華の新しい提督です」

 提督も立ち上がり挨拶をする。上背があり提督と視線がほぼ同じで、深海棲艦らしくとても美しい白い肌と長い髪。大きい胸、吸い込まれそうな蒼い瞳、夏だからなのか白いワンピース(水着?)と白い日傘を差し全身オール白。「トーン貼り忘れました?」といってしまいそうな白さをしている。周りをなにかシャーシャーと、提督を威嚇している小さい生き物がいるが、それは二の次。

「すごーく強いんですよ。下手なことしたら沈められちゃいますよ?」

「気を付けます…」

 既にその「下手なこと」をしているためすごい視線で睨まれている。羽黒がいなかったら沈んでいたかもしれない。

「トコロデ ハグロ チョットキキタイコトガアルノダガ」

「はい、なんでしょう?」

 羽黒を手招きして島の奥へといってしまう二人。挨拶しただけで提督のことはどうでもいいらしい。パ〇ツ覗いたのに。

 

 10分ほど経過しただろうか、島の奥から戻ってくる二人。

「何度も確認したんだけど、おかしいなぁ」

「ツギニクルトキデモイイ イソイデイルワケジャナイカラ」

「ん、なんかあったのか?」

 大事ではないようだが多少トラブルがあったような感じを受けたので、羽黒に問いかける。

「あ、提督。いえ、特に何がってわけじゃないんです。気になさらないでください」

「?」

 誤魔化している感じがプンプンする。上司として放っておくわけにもいかないがデリケートな問題な気もするので深く突っ込めない。そのまま提督の前を通り過ぎていく二人。

「提督、一緒に海で遊びませんか?」

「遊ぼうぜ、ていとくー」

 今度は海で遊んでいた白露型の駆逐艦、五月雨と涼風が提督を誘いに来る。

「お、そうだな。せっかく来たのに何もしないのももったいないし、よぉし」

「パパがんばっちゃうぞー」といわんばかりに張り切りだし、上着を脱ぎ上半身裸になる。さすがに下は脱ぐわけにもいかず、裾をまくり上げる。すると、どこにあったのかわからないが提督からなにか黒い布切れのようなものが一枚、ハラリと地面に落ちる。

「提督、何か落ちましたよ」

「ん、なんだろ?」

 提督の背後に落ちたものに気づいた五月雨に促され、その落ちたものに目を移す。そしてそれをひょいと拾い上げる。

「なにこれ?」

「提督、それって…」

「ん、涼風何か知ってる?」

 怪訝そうな目で提督の手の中のものを見る涼風。彼女にはそれが何かすでに分かっているようである。

「…ん? これは」

「あーっ!」

 涼風たちの後ろから羽黒が叫び声をあげる。その視線は一様に提督の手の上のものに向けられている。

「あぁ、これ羽黒の? って…アレ?」

「そ、それは…、ワンコさんに頼まれていた…」

「…随分薄手の布ですね、透けてるし…」

 お分かりであろう、提督の手の上には女性ものの下着が握りしめられている。ことの顛末はこうである。

 

鎮守府を出発→室内で転げる→荷物に突っ込む→崩れる→頭に下着が降りかかる→振り払う→奇跡的にベルトに引っかかる→海に入ろうと上着を脱ぐ→ハラリと落ちる→イマココ

 

 

 じりじりと提督の前から下がっていく五月雨と涼風。それもそうだろう、上半身裸の男があろうことか女性ものの下着を握りしめていようものなら、そりゃ変態でしかない。距離もおく。

「キサマ… ソウイウシュミダッタノカ」

 羽黒の横で奇麗な蒼い瞳を業火の如く赤く光らせ、何か後ろに「オラオラ」いうもの出せるんじゃないかというオーラを身にまとった港湾棲姫。取り巻きの小さいのが今にもとびかかってきそうな状態。

「あ、ワンコさんのでしたか。失礼しました…。にしても随分大胆なものをお履きになるんですね、今は白いのに」

プツン、という音が聞こえた気がした、その場にいた全員が。

「ココデシズメテヤルワッ!!!」

 遠く鎮守府の港からも高く上る火柱が見えたと、戻ってから聞いた。そしてその夏一杯、提督はこの島を出禁となった。



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第3話:とある一日の提督執務室の風景 
その1


 朝7時過ぎ、提督執務室内。提督は初夏の朝のさわやかな風を室内に取り入れつつ、机に向かって己の業務を黙々とこなしている。その広い室内、目の前でブンブンと物騒なものを振り回している艦娘が一人いる。

「あの、天龍さん?」

「ん、どうした?」

「なぜここで素振りを? しかも真剣で」

「あぁ、ここな。ちょうど大きな姿見があって姿勢確認するのにちょうどいいんだ。何、気にするなって、仕事してろよ」

「そういう問題ではなくてですね…」

「今朝は鍛錬場を空母連中が占拠しててスペースないんだよ。そん時に限ってだけどここ使うようにしてるんだ、前の提督の時からよ」

「あのジジイ…」

 前任の提督が許可を出していたようで、その流れで代替わりしてからもそのまま使用しているということらしい。着任した際、部屋の床に何やら斬り傷が大量にあるのに気づき「ヤ〇ザの抗争でもあった?」と大淀に聞いたが、彼女も知らないとのこと。その理由が今朝になってはっきりした。時より振り下ろした天龍の刀が勢い余って床に突き刺さる。奇麗な切り口、近寄ったらアカン。

「どの程度のお時間やってらっしゃいます?」

「1時間くらいだな」

 大きい胸を揺らしつつ、ひたすら刀を振り続ける。刀だけならまだしもその揺れる胸に気を取られて余計仕事に集中できない。

「提督、剣道とかやってたか?」

「一応、四段持ってはいるよ。随分やってないけどね」

「おう、いいじゃねぇか。よし、今度稽古に付き合え」

「いや、流石に艦娘の稽古に付き合えるほどの腕前ではないと思うけど」

「龍田の持ってる長物だとどうしてもリーチが違ってよ。竹刀なら同じくらいだし丁度いいや」

「ハンデ大きすぎやしない?」

 

 

 午前9時30分過ぎ

 

「別に私、男は顔でも収入でもないと思ってるわよ。心から私のこと愛してくれる、それだけでその人と一緒になってもいいって思ってるんだけど、どうしてそれすら叶わないのかしらねぇ? いけどもいけどもロクな男がいないのよ。どいつもこいつも下手で媚び売ってきて、足柄さん綺麗っすねスタイルいいっすねって、外見のことばっかり。それに全然こっちの話聞いてくれないし自分の自慢ばっかり。すぐにラ〇ン交換してくださいばっか、やってねーっての。絶対姉さんより先にお嫁にいってやろうと思ってるけど、どっちもなかなかいけない気がしてきたわぁ。羽黒に先越されちゃったらもう泣くしかないわ。手近なところで済ませちゃおうかしら。ねぇ提督、年収どのくらいある?」

 フーっとマニュキュアを塗った指に息を吹きかける。勝手に出してきた折り畳み椅子を提督と机を挟んで向かい合わせの場所に広げて、グチグチと先日の合コンの愚痴を言い続けている。

「足柄さん? 業務時間ですよ? それと僕の年収は言いません」

「この前一緒に行った愛宕なんか、医者と連絡先交換してたわよ。あー羨ましい、やっぱ胸かしら」

「もしもーし」

 

 

午前11時ちょい過ぎ

 

「しれーしれーしれぇー!!!!!!!!!!!!」

 開き戸のはずの執務室の扉が提督机の横まで吹っ飛んでくる。扉を蹴り壊した犯人の時津風がそのまま室内に突入してくる。

「しれーお昼いこー、ねー外にラーメン食べに行こうよー、ねーねーねー!」

「時津風、まだお昼まではまだ一時間くらいあるんだけど、待てない?」

「ぇー、だってあそこすごく混むから早めに行って並んでおこうよー、あたし待つのきらーい」

「出前じゃダメなの? それならおごってあげるから」

「ホント? やった!」

「じゃあそうしなさい、12時に書類渡さないといけないから司令動けないの。ほら、そこの電話使っていいから」

「わーい」

 なんとか外に出ることは阻止した。今注文すれば12時には間に合わないだろうが並ぶのとそう変わらないほどの時間で食にはありつけることであろう。

「あ、もしもーし。バシー軒さん? 鎮守府ですけど注文お願いしまーす」

「ボク味噌ラーメンと半チャーハンでお願いね」

 時津風に自身の注文を伝える。受話器片手に「オッケー」と指をわっかにしてそれに応じる時津風。

「えっと、味噌ラーメンと半チャーハン一つずつと、ラーメン大盛とチャーハン大盛を16人前ずつ。餃子8人前おねがいしまーす」

「ちょっと待て、お前一人でそんなに食うつもりか!?」

 とても美しい二度見で時津風にツッコミを入れる。

「え? 何言ってんの。陽炎型全員分だよ?(秋雲は除く)」

「提督、ごちそうさまー」

 外からがやがやとテーブルと椅子を運び込む陽炎型軍団。

「お会計24,350円になります。それじゃあ少々お待ちくださいねー」



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その2

 午後3時ちょっと前、食い散らかされた出前の器が並ぶ机に一人座って黙々とスマホを眺めている奴がいる。扉が無くなって非常に風通しが良くなった部屋、扇風機いらず。

※話を書くにあたって都合のいい現代文化はあるという前提で書いています

「…なにしてんの?」

「ここwi-fiの繋がり良いから、ちょっと使わせてね」

「仕事は?」

「シフト休」

「ならいい…、いやダメでしょう。ここ提督室なんですけど」

「黙ってて、もう少しで予約始まるから」

「なんの?」

「限定のミュール」

「へぇ…いやいや、自分の部屋でやんなよ」

「あっきた!」

 午後3時丁度、恐らくそのミュールの予約が開始されたのだろう。提督の声なんざ全く聞いちゃいない。画面にかじりつき、すごい勢いで画面をタップし始める鈴谷。ストトトトという小気味いい音だけが部屋の中に響き渡る。その気迫に気おされて何も言えない提督。

「…よっしゃ!」

「買えた?」

「うん、あざーっす提督。じゃまったねー」

「はーい」

 嬉しそうにヒラヒラ手を振って部屋を後にする鈴谷。

「…早く扉直してもらわないと。てかなんでこの部屋の無線のパスワードしってんの?」

(庶務科に内通者がいるから)

 

 

午後4時、一服中の提督。缶コーヒー片手に窓のさんに寄りかかって外を眺めている。遠く視線の先には夕暮れのグラウンドが広がっている。休みの艦娘が草野球をしているのが見える。

「野球か、今度参加させてもらおう」

 コーヒーを一口含む、と同時に

 

 カキーン(木製バットだけど)

 

 パリーン

 

「あっ、提督ごめーん!」

 ホームランをかっ飛ばした伊勢からお詫びの言葉が飛んでくる。グラウンドの一番遠いところ、芯でとらえた大飛球が提督の真横をかすめて窓ガラスを突き破り、部屋の中を転々としている。ここまで飛ばすバッターもバッターだがピッチャーもピッチャーで、投げている日向はMAX170kmのストレートを投げる。

「艦娘って、スポーツやらせたら世界獲れるよね?」

 また風通しが良くなった。

 

 

午後6時。

「以上、本日の日次報告です」

「はい、ありがとう。お疲れさん」

「なお、本日は海防科の数名が夜間警戒訓練に出ておりますので、明日朝には報告を受けるようにお忘れなく」

「はい」

 事務的に一日の報告を大淀から受ける。

「ところで」

「はい?」

「扉と窓っていつ直るかな?」

「すでに手配はしてありますので、週内には恐らく」

「あぁよかった、ありがとう」

「それまでは新聞紙でも貼って我慢してください。扉のほうは…、諦めてください」

「しゃーないか」

「ところで提督」

「はい?」

「今日のうちにお皿はちゃんと洗ってくださいね。夏ですからすぐ臭います」

「へい…」

 16人プラス自分の分、間宮の厨房を借りて洗った。



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その3:終

 午後9時過ぎ、まだ執務室で仕事中の提督。

「ねぇていとくー、残業したって残業代出ないんでしょう? 管理職って大変よねー。切り上げて飲みましょうよー」

「飲むのは結構なんですけど、せめて自室か談話室あたりでお願いできませんか、ゴトさん」

「もぅつれないなぁ。どうせ一人で寂しく夕飯だと思ったから、ごはんまで作って持ってきてあげたのに。ねぇ、たべよ?」

 酔った勢いもあるのだろうが、やたらグイグイ絡んでくるゴトランド。同国の艦がほかに一人もいないため、別段他の艦と仲が悪いわけではないが、提督が着任早々かなり積極的にスキンシップを取ってくる。というより絡み酒。

「じゃ…、まぁそろそろキリもいいし、お言葉に甘えて」

 観念して仕事の手を止めて、昼から設置されたままのゴトランドの待つ食卓机へと向かう。

「はい、じゃあまずいっぱい」

 差し出されたグラスになみなみとつがれるビール。駆けつけ一杯にしては量が多い。

「じゃ、じゃあいただきます」

「はいどうぞ。今日はスウェーデン名物のミートボールとヤンソンの誘惑にしてみました」

「ヤンソン?」

「まぁグラタンね」

「へぇ、美味そう」

 お世辞抜きでゴトランドの作ってきた料理は非常に美味しそうである。ビールで少し口を濡らして、いざ料理へと手を付ける。

「あ、待って」

「ん?」

 提督のフォークを持った手を止めるゴトランド。

「はい、あーん」

「えぇ」

 男なら喜ばないはずがない、女の子からのあーんである。酔っているとはいえまさかここまでしてくるとは。嬉しいがちょっとひく。

「じゃ、じゃあ。あーん」

 差し出されたヤンソンを口に入れる。

「ん、めっちゃ美味い」

「きゃ、よかった。まだまだあるからね、どんどん食べてね、あ・な・た」

「んふぅ!」

 ここで嫁を見つけるつもりはなかったが、ここまでグイグイ来られては仕方がないかなと、ちょっといい気分になっている、酒も入っているから。この後「スウェーデンは寒いけど、いい?」って言われた。「構わない」と伝えたが、翌日ゴトランドの記憶は吹っ飛んでいた。

 

午後11時半、提督執務室に併設されている仮眠室。

「そりゃ私も前までは夜戦夜戦ってうるさかったけど、流石に戦闘もないのに夜海に出るつもりもないわけ。だからといってすぐ夜型の体質が昼型になるわけもなく、なんだかんだ眠くないわけよ。あ、石油を掘り当てた100万ドル貰うだって、やった。ほら、提督の番だよ」

「…、結婚詐欺にあう、10万ドル払う」

「あはは、やったぁ」

「あの、もう眠いんですけど」

「えー、せめて12時までは付き合ってよ」

 全く眠くない川内が、提督室に押しかけて人生ゲームに興じている。

「じゃあ、後30分だけ」

「よし、これの決着ついたら次大貧民ね」

「せめて四人欲しくない?」

 下手なことを言ってしまった。どちらかといえば夜型の嵐と天霧が呼び出され、結局1時過ぎまでゲームは続く。

 

 

午前2時半。

「しれいかんさまぁ~」

 巻雲が、結局離れの自室に戻らず仮眠室で寝ていた提督の元へとやってくる。

「どうしたの?」

「怖いのでトイレについてきてくださ~い」

「…部屋からトイレよりここのが遠いよね?」

 夜は更けていく。



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第4話:第3回 夏の鎮守府選抜対深海棲艦草野球大会(ガチ) 
その1


「今年もこの時期が来ましたね」

「ええ、去年は辛酸をなめましたから、今年はみんな気合入ってますよ」

「この日のために磨きに磨いたナックルボール、あの戦艦姫に投げる日がとうとう来たかと思うとドキがムネムネするぞ」

 午後一の鎮守府第一会議室、そこで数名の艦娘と提督による神妙な面持ちの会議が開かれている。提督はポカンとしているが。

「あの、何が始まるんでしょう?」

「おお、提督は知らなかったな。今週末、毎年恒例になっている深海棲艦との野球大会が開かれるんだ」

「はい?」

「艦娘vs深海棲艦、選抜メンバーによるガチの野球大会だ。勝利チームには地元協賛の商店街から商品が出る。真面目にやらないほうがおかしいだろう」

「なにそれ…」

 やたら熱く語ってくる長門。お前ら戦艦としての誇りはどこへいった。

「さて、今年のメンバーだが。先日の練習試合の結果を踏まえて、以下のようなメンバーにしてみた。これだっ!」

 長門がホワイトボードをくるりとひっくり返しメンバーが発表される。

 

監督兼クローザー:長門

ヘッドコーチ:提督

 

■スタメン

1番:ショート島風

2番:セカンド神通

3番:サード衣笠

4番:DH武蔵

5番:ファースト伊勢

6番:センタービスマルク

7番:ライト鬼怒

8番:レフト長波

9番:キャッチャー加賀

先発ピッチャー:瑞鶴

 

■控え

日向(投手 中継ぎ)

リシュリュー(投手 中継ぎ

夕立(投手 ワンポイント)

長門(投手 抑え)

金剛(野手 代打の切り札)

山城(捕手)

大井(野手)

北上(野手)

涼月(野手)

満潮(野手)

雪風(野手)

長良(野手 代走)

対馬(野手)

 

マネージャー:速吸 羽黒

ボールガール:秋津洲

 

 

「以上だっ!」

「おぉ、山城入れてきましたか」

「あぁ。ここのところの彼女の盗塁阻止率はすごくてな。盗めるのは島風くらいのものだろう」

「なるほど。となると向こうも古鬼くらいしか狙ってこないでしょうね」

「最初から出してくるとは思えない。だからスタメンはイチゴーバッテリーにした」

「なるほど」

 その場にいる全員がうなずく。

「ちょっと待て、なんでしれっとヘッドコーチなんだよ。野球なんてそんなに知らないぞ? それと『サード衣笠』って、狙ってんだろ!?」

「ばれてしまったか、はっはっは。しかし本当に打つからな衣笠は」

「安心しろ提督よ。お前はベンチで座っていればいい。今年はこの武蔵がいる」

 どっしり構えた武蔵が提督を制す。

「あの、去年は?」

「肩をやってしまってな、欠場だ」

「仕事してたの?」

「しかし対馬とは。サプライズですね」

 コーチャーを務める大淀から、少し驚きの声が上がる。

「あぁ、彼女はすごいぞ。海防艦だからといって甘く見てはいけない。今年のうちの秘密兵器だ」

「楽しみですね」

 提督を置き去りに話は進む。先日「草野球に参加しよう」とか思っていたが、今はもうそんな気はサラサラ無くなっていた。



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その2

「ところで、どこでやるの?」

 純粋な疑問をその場にいる皆にぶつける提督。まさか鎮守府のグラウンドでやるのではあるまいか。そんなことをされたら窓ガラスが何枚あっても足りないどころか防弾にせねばなるまい。

「あぁ、近所の球場を借りている、毎年そうだぞ」

「へぇ………。ってあの使途不明金これだったのか!」

 提督の中で全てがつながった。昨年の決算書に目を通していた際「友好費」という、聞こえはいいが額面がとんでもないものが一つあり、それがなんだかわからなかった。ここへきてそれが「球場レンタル費」であることを悟る。

「安心しろ。チケット代やら出店の売り上げなどで最終的にプラスになる。おらが村の一大イベントになったと地域のみんなも喜んでいるぞ」

「あぁ、金取ってるんだ」

「当たり前だ。一時的に予算からちょいとお借りしてはいるがちゃんとその分補填しているわけだし、それにその後の打ち上げであったりそれこそ野球用品を買うのにまで予算を使うわけにはいかない。自分たちのことは自分たちで、だ」

 力説する長門。

「さぞかし儲かってるんでしょうね…」

 先日グラウンドに降りた際、置いてある野球道具の数々が非常に高級でプロ仕様のものばかりだったことに対しても今合点がいった。ミ〇ノにS〇K、なんでそんなものまで必要なんだとティーバッティング用のポールにピッチングマシーン(特注)「いいからここにプロ球団を作れ」といいたくなったけど、この熱の入れようだと本気にしかねないので口にチャックをした。

「ところでさ、メンバーの中にアメリカ艦いないけどなんで?」

 ベースボールといえばアメリカ、それなのにアメリカ艦が一人もメンバーに含まれていないことに疑問を持つ。勝手なイメージではあるがとても戦力になりそうと感じている。

「それは規定上NGにしている、フェアではない」

「どゆこと?」

「アイオワに限ってのことだが彼女はMLBの契約を結べるレベルだからだ」

「え?」

「本国へ行った際観戦していた3Aの試合に乱入したらしく、そこでスカウトの目に留まりメジャー契約を持ち出されたらしい。しかし本人、『私日本が好きなのでアメリカに残れまセん。帰化しようかと思ってるくらいデース。なのでオコトワリシマース』と、5年100億の大型契約を蹴って帰ってきた経緯がある。そんな殿堂入り確実な者をたかだか我々の草野球に参加させるわけにもいくまい。コーチはお願いしているがな」

 チョー似てる物まねを交えて長門が経緯を説明してくれた。中の人違うはずなのに。

「いいから出せよ、遊びだろう。てかメジャーに出すほうがルール違反だろう、艦娘だぞ」

「とにかくだ、今年は勝つ! 何が何でも勝って3泊4日熱海旅行をゲットするのだ。そこまで軍の予算にお世話になるわけにはいかないっ!」

「アレもおまえらか!」

 友好費の下に『遠征費』とこれまたわけのわからないものがあった。これも犯人はコイツらだった。報告書未記載ではないだけまだ正義は残っているらしい。



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その3

 試合当日、快晴。

 

 ポンポンと、試合の開催を告げるのろしが上がり、どこからか放たれた鳩の群れが空を舞っている。村営の球場は「椴法華Ball Park」といわんばかりに客で溢れ出店が並び、年一の盛り上がりを見せている。

「想像してたんと違う、人多過ぎ」

 余りの人の多さにうんざり半分で驚く提督。

「そうですか? まぁ確かに去年より人は増えてますね、順調順調」

 観客が増えご満悦の大淀。話題が話題を呼んで、まだ3回目ではあるが爆発的に観客は増えている。チケット完売出店盛況、興行的には大成功、鎮守府大喜び。

「あれ、そういえば今日鎮守府に誰か残ってるよね?」

 提督が大淀に尋ねる。

「何言ってるんですか、全員出払ってますよ。試合に出る人応援する人、出店担当の人デモンストレーションする人、一人も残ってないですよ」

「いやマズいだろう! 仮にも軍港ですよあそこ?」

「大丈夫です、ペッ〇ーとAIB〇置いてきましたから。受付と留守の対応くらいならなんとかなります」

 

 …その頃、鎮守府正門前のペッ〇ー

「いらっしゃいませ、ご注文をドウゾ。いらっしゃいませご注文をヲヲヲガタピシ」

 すでにトラブっており、宅配業者にわけのわからない自動音声で対応していた。AIB〇は足元でフリーズしている(寿命がぁぁぁぁぁ)

 

※実のところ「日光に当たると溶けるから外に出ない」と頑なな初雪だけが自室に引きこもってゲームをしていた。チャイムが鳴っても当然無視だが

 

「鍵もかかってますし、不法侵入に対しては簡易イージスもありますから大丈夫ですよ」

「警備ザルなんだか鉄壁なんだかよくわかんねぇな、うちの鎮守府」

 覚悟は決めた提督。始末書1枚くらいで何とかなるならもうこの日を楽しもうと腹をくくる。陽炎型数名が営んでいるたこ焼き屋でたこ焼きを買う。

「楽しんでいるか、提督!?」

「あぁ、なが…と?」

 大声で呼ばれ振り向くとそこには長門。なのだが、真新しいユニフォームの凛々しい姿がそこにはあった。胸には『TODOCHIN』って書いてある。帽子には『TL』の文字が燦然と輝いている。袖には『ミ〇ノ』と刺繍がある、高そう。

「また大層なユニフォームですこと」

「あぁ、この日のためにあつらえた。30着まとめてだったから多少割引は効いたが。当然提督の分もあるからな、後で着替えるといい」

 横からこそっと大淀が請求書を渡してくる。「ユニフォーム代 ¥309,000 椴法華鎮守府様」と記載がある。白髪が増えそう。

「さぁぐずぐずするな。もう選手はウォーミングアップを始めているぞ。座っているだけとはいえ一応ヘッドコーチなのだ、さぁいくぞ」

 襟首つかまれて引っ張られていく提督。人波をかき分け球場内へと向かう。通り過ぎる人々はみな笑顔でこのイベントを楽しんでいるようである。やってよかったんだろう、とここに来るまでは多少否定的に見ていたが、そんな気持ちも吹っ飛んだ。

「ところでチーム名ってあるの? 帽子のLってもしかして」

「あぁ、そうだ。チーム名は『椴法華ライオンズ』だ」

「せめて海の生き物モチーフにしなよ」



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その4

「はい、提督お茶どうぞ」

「あ、ありがとう」

 ユニフォームに着替え1塁側のベンチに腰かけている提督。マネージャー兼スコアラーの速吸からお茶を手渡される。観客席を覗くとすでに超満員、1万人くらいはいそうである。

「こんな田舎にこんなに人が…」

 そう大きい球場ではないが立ち見も出ている。外野には各選手を応援する旗がたなびいている。艦娘のはもちろんだが深海棲艦を応援するものもある。

「提督さん、ちょっといい?」

「ん?」

 瑞鶴から声を掛けられる。半袖半パンのユニフォーム。すらっと綺麗に伸びた腕と足に白のユニフォームが非常に映える。

「ちょっとキャッチボール付き合って、肩作らなきゃ」

「ああ、いいけど」

 先発ということもあり、肩を温める相手に提督を指名してくる瑞鶴。お茶を飲み干し腰を上げる。予備のグローブをもらってベンチを出て、ライト線の奥のほうへと駆け足で向かう。

「いいぞー」

 手を振り合図をする。

「いくよー」

 軽く振りかぶる瑞鶴。振り下ろされる腕と同時にこちらめがけて飛んでくる白球。速い速すぎる。

「ちょ!」

 放物線なんて描いていない、ド直球で自分めがけて飛んでくる。「ズドすン!」という鋭い音が響き提督のグラブの中に吸い込まれる白球。ちょっと焦げ臭い、煙を上げてシュルシュルいってる。左手めっちゃ痛い。艦娘だってことを忘れていた、プロ以上のスピードで投げてくる、身が持たない。

「死ぬ死ぬ、死んじゃう!」

「我慢なさい、30球くらいだから」

 泣き言をいう提督をたしなめる瑞鶴。逃げることは許されない、とんでもない変化球を交え約30球、全身全霊で瑞鶴の球を受け止めた提督。その後1週間筋肉痛が抜けなかった。

 

「まもなく、第3回椴法華鎮守府対深海棲艦野球大会が開始されます。開始に先立ちましていくつか注意事項を…」(場内アナウンス担当:香取)

 場内アナウンスが流れ、いよいよプレイボールが迫ってきた。ウォーミングアップを済ませた選手たちは、それぞれ気持ちを作ったりリラックスしてその時を待っている。

「あのさぁ」

「なんですか?」

「レフトスタンドの応援団なんだけど、深海さんたちいっぱいいるじゃん」

「いますね」

 深海棲艦側の応援席を眺めている提督。そこにはご存知イ級からPTに欧州勢まで、よりどりみどり深海棲艦オールスターズがスタンドを陣取っている。艦娘側の応援団に全く引けを取らない。

「この前見たイ級ちゃんたちもいっぱいいるなって」

「ええ」

「人型してるのはわかるんだけど、丘に上がって平気なのあの子ら?」

「エラ呼吸じゃなきゃ大丈夫なんじゃないですか? 細かいこと気にすると早くからハゲますよ」

 羽黒エグい。

 

「オヒサシブリ」

 一人の深海棲艦が艦娘側のベンチまでくる。ズシンズシンとなんかやたらデカいものを引っ提げている。

「お、戦艦棲姫じゃないか。久しいな」

「コトシモ ワタシタチガ カタセテモラウ」

「ふ、去年とは一味違うぞ。まぁ期待しておけ、後悔はさせん」

「キタイシテル」

 対応した武蔵とガッチリ握手をして戻っていく。提督には紹介してくれない。

「ああいう場合、どっちが打つの?」

「中の人ですよ。後ろの人はなんていうんですか、ヒュッケ〇インのボクサーユニットみたいなもんですから」

「素人にやさしくない例えだよね、ソレ」

 いよいよ試合開始。



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その5

「試合開始に先立ちまして、椴法華鎮守府音楽科のメンバーによるテーマソングの斉唱を行わせていただきます」

「はーい、なっかちゃんでーす! 今日は私のためにあつまtt」

 

割愛!

 

 試合開始に先立ち、監督同士によるメンバー表の交換が行われる。

「長門、どんな感じだ?」

「うむ、これだ」

 

■深海棲艦側スターティングメンバー

 

監督:港湾棲姫

 

1番:セカンド駆逐古鬼

2番:レフト軽巡棲鬼

3番:サード重巡棲姫

4番:DH戦艦棲姫

5番:ファースト欧州水姫

6番:センター防空棲姫

7番:ショート潜水新棲姫

8番:ライト北方水姫

9番:キャッチャー集積地棲姫

先発ピッチャー:深海鶴棲姫

 

控え:もろもろ

 

「相変わらず二遊間が鉄壁だな。俊足の古鬼とあの潜水っ子だからな」

 深海勢のメンバー表を見て顔をしかめるこっちのメンバー。

「そんなにすごいの?」

 何も知らない提督が尋ねる。

「ええ、敵ながらあっぱれの守備力です。特にあの潜水新棲姫は、彼女のところにボールが飛んだらまずアウト一つ増えると思って差し支えありません。うちの島風ですらさされるでしょう。イベント最終マップ、初期マスで追い返されるがごとくまさに鉄壁、地獄の門番の名は伊達ではありません」

「イベント? 初期マス?」

 よくわからない単語が混じってはいるが、加賀が詳しく説明してくれる。「あの子」と三塁側のベンチを指さして教えてくれる。とても小さい、駆逐艦と同じかそれ以下しかない背丈の、ぱっと見そんな風には全然見えない。視線を感じたのか潜水新棲姫がこちらを向いて手を振ってくる。かわいい。

「やっほー、かわいいねぇ」

 手を振り返す提督。しかしその後ろに先日失礼をしてしまった港湾棲姫が恐ろしい形相で仁王立ちしている。手を振る潜水姫を抱き上げ奥に引っ込む。口元が「コ〇ス」といったようにも見えた。

「提督、何かあったんです?」

「事故だけどね…」

「よぉし、相手にとって不足はない。今年はかーつ!」

「おーっ!」

 ベンチ前で円陣を組んで気合を入れる。そして選手整列のアナウンスとともにバッターボックス付近へと走っていく。双方とても気合の入った挨拶を済ませ、後攻の艦娘勢が守備へと散っていく。

「それでは始球式を執り行います。本日はお忙しい中お越しいただきました、今や世界で活躍中のモデル『陸奥さん』にお越しいただきました」

「え?」

「うおー、むったーん!」

「きゃーきれーい!」

 黄色い声援が一斉に湧き起こる。結構な人数がこれがお目当てだったというレベルの大歓声。

「はぁい皆さん、今日はよろしく」

 こちら側のユニフォームに身を包んだ陸奥がマウンドへ向かう。

「長門、お前同型艦だよね。なんであの人モデルやってんの?」

「稼ぎが違う、かららしい。安心しろ、艦娘として鎮守府に籍はある」

「副業ってことでいいのかしら?」

 審判(外注の正式審判員)からボールを受け取りマウンドへ上がる。打席には深海の一番駆逐古鬼が少し距離を取ってバッターボックスに入る。

「じゃあ…」

 天高く足が振り上げられ、一気に振り下ろされ白球が加賀めがけてすっ飛んでいく。余りにも美しい投球フォーム。「チュドン!」という、瑞鶴の球を受けた時とは比較にならないほどの轟音が球場内に響き渡る。申し訳程度に古鬼が空振りする。

「おぉー!」

 球場が歓声に包まれる。スピードガンが『206km/h』と表示される。

「火遊びはダメよー」と、会場に一声挨拶をして大歓声の中マウンドを後にする陸奥。

「『火遊びストレート』はまだまだ健在だな。あれで現役を引退したというのだから惜しい」

 腕組みして長門が感心している。

「冷静に言ってんじゃねぇよ。連れ戻せ、エースだろうアレなら!」

 試合開始のサイレンが鳴る。



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その6

ご注意:野球用語について注釈は致しませんのでご自身でお調べください、書くのめんどくさいんで


 瑞鶴がマウンドに上がり、何球かウォーミングアップを済ませ、いざプレイボールの号令がかかる。

「ずいかくー、あまり無茶しちゃダメよー。空母にとって肩は財産よー」

 観客席からひときわ大きい声が聞こえてくる。姉の翔鶴が心配そうに瑞鶴を見ている。肩が財産ならピッチャーなんかやめてしまえといいそうになったがやめといた。

「先攻深海サーモンズ、1番セカンド駆逐古鬼」(ウグイス嬢:鹿島)

「古鬼ちゃーん!!」

 艦娘側のスタンドからも声援が上がる。深海勢にもファンがしっかりついているようだ。なんか最前列で必死に応援している一団がいる。つくづく平和になったもんだと感心しているようで半分呆れている提督。

 試合に目を移そう。

「よし」

 小声で瑞鶴が気合を入れる。加賀の出すサインに頷き、振りかぶって第1球を投げる。

「ズバン!」と、小気味いい音が響く。陸奥を見た後なので遅く感じてしまうが、それでも十分な速さのストレート。「ストライク!」の主審の声、取りあえずファーストストライクを獲る。ピクリともしない古鬼。

「よーし、次は」

 加賀の出すサインを確認する。一度首を振る、二度首を振る、三度四度…。「タイム!」と加賀から声が上がる。そしてそのままマウンドへ。。

「瑞鶴、あなたなぜ私のサインに首を振るの? 組み立てに関しては私に任せなさいといったでしょう? これだから五航戦は」

「だって、ストレートでいいでしょう。一番自信あるんだし初回だから球威だってあるし! それと五航戦とか今関係ないしー!」

 大っぴらに次の球を公言してしまっている。バッターとしては絞りやすいことこの上ない。

「なんであの二人バッテリーにした?」

「相性だ」

「悪すぎじゃん」

 取りあえず話がまとまった?らしく、ポジションに戻る加賀。そして改めてサインを出してそれに頷く瑞鶴、振りかぶって第2球…。

「カキン!」

「ちぃ!」

 お約束通りのストレート。しかし軸が外れたらしく三塁線へと転がる。

「サード!」

 加賀から声が掛かる。しかしそれよりも先に動いていた衣笠。ベースの数歩前で捕球して一塁へと投げる。

「きぬがささんに…おまっ!」

「セーフ!」

 一塁塁審からセーフのコールが上がる。投げるモーションに入ると同時に古鬼が1塁ベース上を駆け抜ける。

「さすがに速いなー。これで内野安打だもん」

 ピッチャーにボールを返す衣笠。「ドンマーイ」と声をかける。

「今、2歩くらいで一塁に到達したよね?」

「あぁ、だから古鬼からは三振でしかアウトは獲れないと思ったほうがいい。どこに転がっても大体次の塁は陥れる」

 超人野球大会でも見ているのだろうか。打者一人目にしてそんな気分に陥っている提督。さて続いて二番バッター。

「間違いなく走ってくるわよね」

 チラと一塁を確認する瑞鶴。リードを取っている駆逐古鬼、アンツーカーなんか余裕ではみだし、一塁と二塁の丁度間くらいに位置している。

「舐められたもんね…」

 セットポジションからの第2球…、外角低めに狙いすましたように一直線。「ガスッ!」と鈍い音とともに一塁線へと転がる。ファーストの伊勢が前進して捕球、カバーに入るセカンド神通。軽巡棲鬼も十分足が速い、しかし先に神通のグラブにボールが収まり塁審の手が上がる。取りあえずワンアウト。

「よし」

 瑞鶴がポンとグラブを叩く。しかし、あれだけリードを取っていた駆逐古鬼、すでに二塁どころか三塁を陥れていた。三塁塁上でピョンピョン飛び跳ねる古鬼。三塁側ベンチからやんややんやと歓声が上がる。

「ちょっといいか」

「なんだ?」

 提督が長門に問いかける。

「今まで深海さんと試合して、完封したことってあるか?」

「ないな、大体どちらも二桁得点で荒れる」

「ピッチャー不憫すぎるな」



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その7(まだ半分くらいだぞ

 三番の重巡棲姫にあっさり外野フライを上げられ1点先制を許す。しかしこれは予定通り、次の四番を如何に抑えるか。ここがまず初回の勝負所だろうと勝手に思っているヘッドコーチ提督。

「四番、指名打者戦艦棲姫」

「待ってました、ダイソンさまー!」

「吸ってくれー!!」

 わけのわからない歓声が外野から飛んでくる。それに呼応(?)するかのように、オトモボクサーが砲身を外野に向け一発。歓声は止む。そして中の人がバッターボックスに立つ。

「独特の構えだな、打ちそうな雰囲気しかないな…」

 握りが逆ということもそうだが、やたらと前傾姿勢。気にせず瑞鶴が1球目を投じる。

「ブォン!」という凄まじい音、ベンチまで風が舞い込んでくるほどのスウィング。「いったか?」と一瞬思ったが、ボールは加賀のミットに吸い込まれている。

「あれ?」

 拍子抜けしたかのように提督が目を見開く。たまたまいいところにボールがいったのだろうとその時は解釈していざ2球目。

「ぐぉん!」ストライクツー。何か気になる。バットとボールが20センチくらい離れている気がする。

「まさか…」

 何か怪しい、目を細めていぶかしむ。3球目、「スパーン!」加賀のミットが小気味いい音を立てて白球を吸い込む。三球三振。なのに割と満足した顔でベンチへと下がっていく。

「なぁ武蔵よ」

「何だ提督よ」

「あの戦艦ちゃん、野球ヘタか?」

「何をもって下手とするかは人によるが、当てれば場外までひとっ飛びだ。しかし打率は推して知るべしだ」

 気になって深海勢の打撃成績表を速吸に持ってきてもらう。

 

戦艦棲姫:過去10試合(練習試合含む) 打率:0割7分8厘 HR:4本

 

「あのさ、DHってどういうポジションか知ってる?」

「バッターしかやりたくない、というやつが立候補するものだろう?」

 当然だろうといわんばかりに、しれっと武蔵が答える。

「ちげーし。…ってことはもしや武蔵も!?」

 嫌な予感はすぐに的中することになる。しかしなんだかんだでスリーアウト、なんとか初回は1点で収めることができた。

「よぉーし、こちらもさっそく反撃といこう。しまっていこー!」

「おー!」

「その熱意、仕事に向けてくれないかなぁ」

 初回だけで相当ツッコミ疲れしたので、羽黒にかき氷を買ってきてもらいシャクシャクやりながらベンチに座っている提督。さて向こうのピッチャーはと視線をマウンドに送る。

「…瑞鶴に似てね?」

『深海鶴棲姫』名前にも同じ鶴が入っており、ダイナミック寝ぐせこそ違いはあれど、顔は瑞鶴に瓜二つ。

「ああ、鶴ちゃんね。ひいおじいさんのそのまたおじいさんが同じだったってのが前話してわかってさ、遠縁だったのよあの子とは」

「それだけ遠いともう他人だよ? 似ることないよ? クローンじゃないの?」

 1回の裏、開始。



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その8

鎮守府艦娘宿舎のとある一室。

「…ん、もうちょ…っと。あ、そこじゃない…」
 カチャカチャと小さな音と独り言が部屋の中に小さく響く。
「…いっよっしゃぁー!!!」
 全身全霊のコロンビアが炸裂する。
「おぉーーーー、おめでとー!!!」
「888888」
「マジすげぇっすドカ雪さんwwwww」

 初雪が「ドルアーガの塔」の最速クリア挑戦生放送をしており、たった今新記録が樹立され、ネット民から祝福を受けているところである。苦節4か月、努力が実った瞬間であった。
 ちなみにネット上の「ドカ雪」というハンドルネーム。

 初雪→寒い、外出たくない→そういえばレミオロメンが歌ってたなー→ドカ雪にしておくか

 という理由でつけられたものらしい。
 試合に戻ろう。


 ここからホントのその8

 

「一番、ショート島風」

「いっくよー」

 意気揚々とバッターボックスに入る島風。バットを握り…、ではなくなぜか連装砲ちゃん(その1)を握り、その連装砲ちゃんがバットを握っている。

「あれ、アリなの?」

「ああ、艤装は体の一部ということで、使いたいヤツは使ってもいいルールになっている」

「野球じゃないなコレ。テニスとテニヌの違いみたいになってきたぞ…」

「まだ〇だだね」って言ってる人が思い浮かぶ。そう考えると戦艦棲姫は潔い。いくら打てなかろうが外の人には頼らず自身でバットを握っているのだから。そんなことを考えていると1球目が投じられる。

「ふんっ!」と声を挙げたのは島風。バットを持っているのは連装砲ちゃんなのに、その連装砲ちゃんを振っている。バッターで二段モーションって聞いたことないけど、島風が振る→連装砲ちゃんもバットを振る、って奇妙な構図になっている。

「メゴォ」

 嫌な音がする。ボールが当たったのはバット、ではなく連装砲ちゃん。そりゃそうだ、タイミングを取ったのは島風であって連装砲ちゃんではない。バットは空を切りその代わりに連装砲ちゃんの頭部にジャストミート。チョー凹んでる。

「自分で打つ気あるなら最初からバットだけ持てよ!」

 取りあえず打球をとらえた島風、バット(と連装砲ちゃん)を放り投げ一塁へと向かう。ベンチ前に転がってきた連装砲ちゃんが「行けよご主人、オレの屍を乗り越えて(CV:大塚明夫)」と割とはっきりしゃべっている。

「声ひくっ、しぶっ。てかしゃべれるの!?」

 試合後、板金修理で元通りになった。

 打球はというと、綺麗に三塁線を割るか割らないかスレスレのところを抜け、外野まで抜ける。長打コースだ。

「よし、いけっ」

 俊足を飛ばして一塁を回る。外野からボールが返ってくる頃にはすでに二塁を陥れていた。

「よーし、ノーアウト二塁」

 やったことはえげつないけど結果オーライ。誰も拾い上げない不憫な連装砲ちゃんを提督が優しく拾い上げベンチにそっと置く。どこからか湧いて出てきた連装砲ちゃんその2とその3も交え、この後提督のいい話し相手になってくれた。

「二番、神通いきます」

 揺れる柳のように静かにバッターボックスへ向かう神通。入るなりバントの姿勢を取る。

「まぁ堅い選択かな」

 送ってまずは確実に1点を獲る、セオリー通りの野球。そして鶴ちゃんが第1球を投じる、と同時に。

「探照灯、照射」

 振りかぶった瞬間、神通の肩についた何かがフラッシュする。そして投球フォームを崩す鶴ちゃん。当然球にも影響が出て球威が落ちる。

「よし!」

「よしじゃねぇ! どう考えても反則だろうアレは」

「言っただろう、艤装は体の一部だと。使っても全く問題ないっ!」

「えぇー…。むこうさんそういうこと一切してないのに、どっちが悪者かわからなくなってきたぞ」

 しかし、これを予想していた一部内野手はグラサンを掛けていた、たぶん去年もやったのだろう(鶴ちゃんは今年からの新入りなので知らなかったので用意し忘れたらしい)球威の削がれたボールは力なくバッターのもとへ到達する。そしてバスターに切り替えるかと思いきやそのままバント。フェアなんだかフェアじゃないんだか全く分からない。ボールは目のくらんだピッチャー前に転がる。キャッチャーが前に出てきて一塁へと放る。三塁への進塁は許したもののワンアウトはもぎ取る。

「神通も生きれると思ったが、まぁいい」

 厚かましいとはこのことか。連装砲ちゃんを膝に乗せ試合を見守る提督。

「三番、サード衣笠」

 これまた歓声が沸き上がる。赤い「C」と記載された帽子を被ったファンが特に。

「ふっふーん。まぁ見てなさい提督」

 意気揚々とバッターボックスに立つ衣笠。そして初球、あっさりデッドボール。先ほどの目くらましがきいているのか、手元が狂ったらしい。どてっぱらに一発貰う。ある意味自業自得だ。鶴ちゃんがしっかり帽子を脱いでお詫びしてくる。ホントいい子らやで深海勢。

「四番、指名打者武蔵」

 心配なのがきた。



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その9

「さぁこい! 今年はこの武蔵がいる!」

 バットを肩に担ぎ…、そのバットが何かおかしい。

「太いし長くね?」

「あれは51cm砲を加工して作成した武蔵のみが扱える特注バットだ」

「…いいのか?」

「…艤装だ」

「こっち向いて自信満々に言えよ、心配になるだろう!」

 後ろめたいところがあるのだろう、提督とは目を合わさずに返答する長門。ただその点について速吸が「深海さんからも許可貰っているので大丈夫です」とフォローが入る。多分舐められているんだろうなって察する提督。

「むさしー、がんばってー。お姉ちゃん応援してるぞー。シブヤン海まで飛ばしちゃえー」

 一塁側内野応援席の大和から声援が飛ぶ。ちなみにこの球場、外野は太平洋側を向いているため、仮にシブヤン海まで飛ばすとしたら、ほぼ地球一周飛ばさないと難しい。衛星軌道まで上げれば可能かもしれないが。

「さぁこい!」

 気合マックス右打席に入る。バットの余りの長さのためキャッチャーと主審が2メートルくらい後ろに下がる。あんなもんで後頭部殴られた日にゃ即死は免れない、主審は。

「…イクヨ」

 鶴ちゃんが振りかぶって第一球を投げた。

「もらったぁ!」

 振り出した瞬間にわかる、どう頑張っても当たるわけのないアッパースイング。長門が「あれこそ大和型必殺最大仰角45度打法!」と、見た目もう90度なんですけどいいたくなる角度で振り上げられる51cm砲もといバット。

「カッキーーーン」まさかのジャストミート。

「うそぉ?」

「いったか?」

 ベンチから身を乗り出す提督と長門他メンバー。高々と舞い上がるボール、雲の切れ間へ消えていき、このままいけば本当に「シブヤン海まで到達するかも!?」唐突に登場する秋津洲、お前居たんだ。早速逆転か!?

「チュドン!」

 大きな音とともにセンター上空で爆煙が上がる。

「何事?」

 ボールと思われる残骸が上空から落ちてくる。そしてそのままセンターのグラブの中に収まる。二塁塁審が「アウトー」とコールする。

「ちぃ、防空姫か。迂闊だった」

 あちらさんの防空の要『防空棲姫』の守備範囲に上げてしまったことを悔やむ武蔵。「直上は姫の庭」といわれるくらい完璧な守りを敷いていた。提督の目算では千メートルくらい上がっていたように見えたが。しかし、島風はタッチアップからホームを陥れ1点を返す。

「あ、あれも艤装だから問題ないってことなのかな?」

「もちろんだ」

 こっちばかりズルいと思っていたけど、そんなことはない。割と別次元でフェアな戦いだった。

 

 1回の裏、終了。

 

「逆転はできなかったがまぁいいだろう。この回きっちりゼロで抑えるぞ!」

 守備の皆をベンチから送り出す。すんなりいってくれればいいのだが、そんなことを一応願っている提督。左を向くとそこにはベンチの中なのに日傘を差したリシュリューがペリエを飲んでいる。その膝の上にはうちの秘密兵器、対馬がちょこんと座っている。

「対馬ちゃーん、パパって呼んでもいいよ?」

 ペリエの瓶が飛んできた。



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その10

 毎回毎回を長々書いても読者諸君も飽きると思うので少し回を早送りさせていただく。

 

 5回裏までが終了。

 

SS:1 3 3 2 4

TL:1 1 2 0 3

 

 現在のところ【深海サーモンズ13 対 椴法華ライオンズ7】と、少々点差が開いた状態で前半を終える。5回を終えたところで瑞鶴の球数も120球を超えている(さっさと替えろよ)しかしビックリ野球大会の様相を呈している中この点数で抑えているのは、ある意味(?)見事といえよう。仕事は十分したと提督は思ってる。恐らくこの回までなのだろう、右腕をアイシングしてグッタリベンチに腰かけている。

「あ、あたしの渾身の噴式ストレート(打ち頃のド直球)がああも簡単に…」

 魂が抜けながら何か呟いている、見ちゃいられない。

「4回の0点が響いているな。8回までになんとか1点差くらいにはしておかないと厳しいぞこれは」

「しかし、今年の深海勢の気合の入り方は異常だな。昨年よりもやる気に満ち溢れているぞ」

「彼女たちになにかあったのだろうか…」

 円陣の中、そんな疑問が選手たちに湧いてくる。しかしその理由を提督だけは知っていた。話は遡り5回表攻撃開始前。

 

「ネエネエ テイトクサン」

「あら、こんにちは。えっと潜水新棲姫ちゃんだっけ?」

「ウン ヒメコデ イイ」

 ウグイス嬢の鹿島と何か話していたところに、地獄の門番こと潜水新棲姫がちょこちょこと寄ってきて挨拶をしてくる。本当にかわいい、娘にしたいと心底思っている。

「なにかご用?」

「エットネ ワタシタチ コトシモ アタミニイケルヨウニガンバル」

「へぇ、そっかー…………。ん? え、行ったの?」

 去年の勝者は深海勢、商品も長門の言うところによれば熱海旅行。そりゃ勝ったほうなら行っててもなにもおかしくない。

「ウン スゴクタノシカッタ オヘヤモスゴイシ オフロモオオキイシ オリョウリモ エビヤタイタキンメダイガ イッパイデテクルノ」

「へぇ…どんなお風呂?」

「ントネ ウミノナカニイルミタナオフロナノ」

「サンハ〇ヤか! そこまで高級じゃねぇし!」(心の叫び)

※サン〇トヤの関係者の方ごめんなさい

 旅館を的中させる提督。

「ダカラ コトシモイケルヨウニガンバル」

「そ、そっか。でもこっちも負けないぞ」

「ウン セイセイドウドウヤルノ ジャアマタネー」

「じゃあねーヒメコちゃん…」

 無表情ではあるが何となく嬉しそうに、手を振って提督の元を後にする。

 

 時間戻ってナウ。

「完全に味占めたんだな、熱海旅行…」

 気になって通りすがりの戦艦姫にも尋ねたところ「アタミノソ〇サカンノセイチメグリガタノシカッタ」とのこと。聞けば大層なオダギリジョーファンらしい。確かに彼女らにとってもうまみがなければこんな試合やるわけもなく、考えてみれば当たり前である。しかしまさかドハマりしているとは思わなかった。完全に商品目当てで本気で来ている。

「よぉーし、ピッチャーも交代して仕切り直しだ。この回はゼロで抑えるぞ!」

「んー、多分勝てねぇわオレら」



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その11

「6回の表、守備の変更をお知らせします。ピッチャー、瑞鶴に替わりまして日向。キャッチャー、加賀に替わりまして山城。センター、ビスマルクに替わりまして雪風。ライト、鬼怒に替わりまして北上。レフト、長波に替わりまして大井。以上でございます」

 バッテリー及び外野を総とっかえして6回表の守備に臨む。センターラインの3人は、外野にボールがさんざん飛んできたため走り回りピッチャー並みに疲れている。

「ア、アトミラール」

「なに?」

 ビスマルクに声を掛けられる。

「ビール」

「今お持ちしますね」

 先頭打者、北方水姫。着ているんだか着ていないんだか非常に微妙な服装の彼女、バッターボックスに立つたびに男性客からの歓声がひときわ大きくなる。本人は全然気にしていない様子。

「いくぞ、山城」

「なんでお姉さまの球を受けられないのかしら…」

(肩を壊したからです)

 振りかぶって第一球と思いきや、まさかのアンダースロー。

「これが私の新しい魔球。いや、航空戦艦達の努力の結晶。私たちの魔球、瑞雲ライジングだ!」

 まさしく水上機が水面から飛び立つがごとく、地面スレスレを這うように飛んでいくボール。アンダースローなのに瑞鶴以上のスピードボールが山城のミットめがけて飛んでいく。

「ってことは!?」

 なんとなーく想像がついた提督。「アレ多分ホップする」と心の中で思った通り、バッター手前で大きく浮かび上がる。

「ブンッ!」振りぬいたバットは空を切りバットの上に構えた山城のミットに収まる。主審のストライクのコール、湧き上がる歓声。スピードガンは163.4km/hを示している。

「イイタマジャナイカ」

 珍しく感心している深海さん。それほどいい球なのだろう、だったら先発させろよといいたいところである。そしてその後も日向の瑞雲なんちゃらは冴えわたり、まさかの三者凡退。最後のバッターにこそ前に転がされたがボテボテのショートゴロ。見事深海勢のスコアボードに初めてゼロを刻んだのである。

「よーし、いいぞ日向山城。さすがだ!」

「ああ、だがこのボールを投げるのは非常に疲れる。あと何回もつか…」

「無理はするな、もう一回ゼロを並べてくれればそれで十分だ」

 日向の肩を叩いてねぎらう長門。ベンチに座りドリンクを飲む。そして山城も座りかけた瞬間…

「ぐっ!」

「どうした山城!?」

 左腕を抑えうずまる山城。見ると手首はパンパンに腫れ上がり、これではもうミットをはめることもボールを受けることも出来そうにない。

「大丈夫か!? これではもうムリではないか」

 監督の長門もこれは予想外、不安そうに山城を見つめる。

「この球だが、別名『捕手殺し』と言われていてな。一回が限界だ、扶桑型戦艦がどうこうという問題じゃない」

 タオルを頭から被り冷静に自身のボールの説明する日向だが、何か聞きようによっては山城に対して(というか扶桑型に対して)失礼なことを言っているようにも聞こえたが、藪蛇になりかねないので深く突っ込むことはやめておいた。結局この回で日向山城のバッテリーは交代。ゼロが並んだのもこの回のみであった。

 そして控えに捕手が居なくなったため、提督自ら主審と深海勢に交渉して、すんなり控え選手を一人追加させてもらう。キャッチャー赤城。



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その12

 その裏、球威の衰えない鶴ちゃんに三者凡退を喫し、点差変わらず6点差。残すところあと3回。

「むう、向こうのピッチャーも敵ながら素晴らしい。このままだと今年も熱海旅行を逃してしまうぞ」

「それくらい出してあげる」って言いたくもなったけど、やっぱおかしいので出かかった言葉を飲み込む提督。「こっちは熱海くらい行こうと思えばいつでも行けるんだから譲ってあげなさい」てなこと言うと「温泉目当てではない、勝負に勝つことが目的だ!」と、本音半分嘘半分で言い返されそうなのでそれもやめておく。

「ふぅ、私が出てあげる。c'est comme ça」

 ベンチの端でずっと黙っていたリシュリューがため息とともにその重い腰を上げる。ずっと膝の上に乗っていた対馬を横に置き赤城を呼び何かこそこそ話して、そしてマウンドへと向かう。

「ピッチャー、日向に替わりましてリシュリュー」

 しゃなりしゃなりと、流石パリジェンヌといわんばかりのモデルのような歩き方でマウンドへと向かう。それもそのはず、ユニフォームは上だけボタンもかけずに羽織り、下は「焼けるからイヤ」と、自前のデニムそのまんま。あの格好で野球できるんだろうか、非常に疑わしい。主審から投球練習は必要かと聞かれるが「そんなもの必要ない」と突っぱねる。本当に大丈夫だろうか。

「七回表の深海サーモンズの攻撃。二番、レフト軽巡棲姫」

「まずは先頭を抑えるぞー」

「うるさいわねぇ、わかってる…わよっ!」

 さすがデニムだと足は上がらない。しかし極小の無駄のないモーションから繰り出されたその球は、美しい七色の光を引いて空を裂き、そしてバットは空を切り赤城のミットへと吸い込まれる。

「おおおぉ!」

「美しい、なんだあれは!?」

 長門も見たことがないらしく、素で驚いている。

「知らないのにメンバー入りさせたの? なんで?」

「秘球『シャンゼリゼの憂鬱』まさかこんなところで投げるとは思わなかったわ」

 赤城から投げ返されるボールを受け取りぽつりと一言。美しい、あまりにも美しい。球場全体が驚きの後声を失って見とれている。その後もシャンゼリゼの憂鬱を連投、深海勢はバットにかすらせることすらできず、まさかの六回に続いて二連続での三者凡退。

「どっかで見たことある球だな…」

 提督がその魔球に見覚えがあるらしく記憶をたどっている、でも出てこない。

「ミラクル…、なんとか。あーここまで出てるのに!」

 気になる人はウェブでチェックだ。

 しかし、リシュリューもそうだが恐ろしいのは赤城。初見であの球を難なく捕球できるとは。なぜメンバーに名を連ねていなかったのだろう、そして今までずっと出店を食い歩いていたとは思えないほど真剣なまなざしで試合に臨んでいる(メンバー補充で探しに行ったときはドイツのブルスト屋台を食いつくしている最中だった)。彼女にどんな心境の変化があったのだろう。

 

 …5分前

「赤城、この試合に勝ったらamiralがパリの食い倒れツアーに招待してくれるそうよ(真っ赤なウソ)」

「本当ですか!? それは一航戦の誇りにかけて勝ちに行きます。リシュリューさん、どんな球でも受けます、任せてください」

 誇りって便利だなぁ。

 

「よし、いける、いけるぞ!」

 士気が高まっていくメンバー。そんなに熱海に行きたいか。

「よし、ではここで出すしかあるまい。代打、対馬!」

 提督が一番気になっていた対馬がここでいよいよコールされる。リシュリューの膝の上でずっと不敵な笑みを浮かべて試合を観戦していた彼女。果たしてどれほどの実力があるのか。秘密兵器といわれるその真の実力が今明らかになる。

「ふふふ…いきます」

 バットをずるずる引きずりバッターボックスへと向かう対馬。その姿を見る限りバットを振れるどころか野球そのものを知らないのではと疑いたくなる。主審とキャッチャーに丁寧にお辞儀してバッターボックスへと入る。構えはとりあえず普通だった。そして鶴ちゃんの第一球。

「対馬流奥義…、アンドロメダ大星雲打法!」

 怪しいネーミングの打法を告げるとともに怪しい光を放ち振りぬかれるバット。ジャストミート、変なエフェクトが付いた状態でセンター一直線。さすがの防空棲姫も一歩も動けず、ボールはそのままバックスクリーン裏へと吸い込まれる。

「ホームラーン」と、二塁塁審が腕をぐるぐる回す。それを見た提督は開いた口が塞がらない。横には「ドヤァ」と効果音が付きそうなほどの長門が腕組みしてその結果を満足そうに見ている。




 なお「アンドロメダ大星雲打法」の詳細につきましては「アストロ球団」をご参照ください。面白いからみんな読もう!


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その13

「わーい」

 トテトテとダイヤモンドをゆっくり一周する対馬。一歩も動けなかった深海外野陣打たれた鶴ちゃん、ショックを隠せないでいる。そして今ホームイン、ソロホームランで1点を返す。

「さすが秘密兵器、思った以上の働きだ」

「なぁ長門」

「ん、なんだ?」

 気になることがあって長門に声をかける提督。

「これだけ打つってわかってたんだったら、なんで今出した? ランナー溜まってから出したほうのがよかったんじゃないか? それに、コレ見られたからにはこの後確実に敬遠されるぞ」

「あ…」

 采配というものをわかっていない長門。勢いだけで対馬を代打として送り出したようである。色々な芽を摘んでしまったことを今更気づいて後悔しているのかしていないのか。もったいない、非常にもったいない。お前らの目的である熱海旅行は今さらに遠のいた。

「来年からオレ監督やるわ」

 そんなだからその後続かないと思っていた提督だったが、鶴ちゃんが多少精神的ダメージを受けたことと、対馬のホームランにより発奮したメンバーが意地を見せこの回なんとか追加で2点、合計3点もぎ取ることに成功した。内1点は雪風のボテボテのショートゴロがイレギュラーバウンドして相手側のエラーを誘い、その後追いかけたレフトが上手いこと芝生に足を引っかけ転び、外野を転々としているうちにランニングホームラン、という幸運というよりは相手のドジでの1点であった。

 

 そしてその後、リシュリューは相変わらずのパーフェクトピッチング、深海勢も鶴ちゃんがヒットは打たれるものの野手が盛り立て無失点。サクサク進んで3点差のまま回は9回裏、艦娘側の最後の攻撃を残すのみとなった。

「んー、狙ったかのように満塁ホームランでサヨナラのスコアだな。まぁそう都合よくいくわけもないだろうが」

13対10、ランナーをためて一発出れば晴れて熱海旅行ゲット。しかしそう簡単に問屋が卸してくれるだろうか、それに向こうもこの回は抑えを投入してくるはず。そう簡単にいくはずがない、提督の不安や如何に。

「深海サーモンズ、ピッチャー深海鶴棲姫に替わりましてDH解除で戦艦棲姫」

「え?」

 まさかのDH解除、まさかの二刀流、ではないか。

「やはり出てきたか」

 わかっていたといわんばかりの長門。万事休すといった面持ちで戦艦姫がマウンドに上がるのを眺めている。が、ちょっと様子がおかしい。後ろの人付きである。そして後ろの人がなぜかボールを受け取っている。そして普通に投球練習を開始する。

「ん? 彼女が投げるんじゃないの?」

 長門に問う、答えは聞かなくてもわかる気がするが。

「そうだ、向こうの抑えの切り札『16inch三連装砲さん』だ」

「相変わらずいい球投げるぜ三連装砲の旦那」

「あぁ、オレたちもああなりたいもんだ」

 提督の横にいた連装砲ちゃんズがそんな三連装砲さんを見て唸っている。憧れの対象だったとは、変な魔改造されなきゃいいなと心配する提督。ああなっちゃうともう膝の上に置けないし。

「サア ジュンビハデキタ」

 プレイボールの声が主審から掛かる。くしくもこちらの先頭打者は対馬。

「負けませんから」

 気合十分バッターボックスに立つ。今やうちの戦艦勢よりオーラがあって期待できる対馬。武蔵に至っては「肩が…」と、案の定途中交代している始末。あんなバット振っているからだ。そして三連装砲さんの第一球、微動だにしない中の戦艦棲姫、投げる邪魔じゃないのだろうか。

「ズドォォン!!!」

「ス、ストラーイク!」

 陸奥の火遊びストレートをはるかに凌ぐスピードでキャッチャーミットに収まる。ワンストライク、これは負けたか。

「速い、ですね」

 さしもの対馬もこれには手も足も出ないか。キャッチャーがボールを返し第二球目の準備をする。

「話変わって申し訳ないんだけど、向こうのキャッチャーすごいね。あの球普通に受けられるんだもん」

「あぁ、集積地はどんな球でも受け止める、とにかく打たれ強いからな。カミ車で五千とかダメージを与えても、次の出撃ではしれっと直って出てくるくらいだからな」

「何の話?」

 第二球が投じられる。

「あれをやるしかありません」

 対馬の目が怪しく光る。



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その14

 タイミングを合わせバットを振りぬく対馬。しかし当たりはしたものの球威におされバックネットへのファールとなる。そして当たったバットを見ると大きくひびが入っている。

「うわ、ダメか」

 万事休す、その一球である程度悟った提督は代わりのバットを手に対馬の元へ向かおうとする。しかし振り向きもせずそれを手で制する対馬。

「え、いらないのか」

「何か考えがあるのだろう、ここはもう対馬に任せよう」

 長門も腹を括っている、黙ってベンチから対馬を見守る。提督も仕方なくベンチへと戻る。主審からもバットを代えなくていいのかと聞かれているようだが、それを首を振って断る対馬。そしてそのままのバットで運命の第三球。

「マズ ワンアウト」

 結果賑やかしでしかない戦艦棲姫の言葉と同時に投じられる白球。そして対馬が小声で叫ぶ。

「ジャコビニ…流星打法!」

 完璧なタイミングで剛速球を捉える対馬のバット、当たった瞬間その場で力が拮抗してバットとボールが宙で競り合う。ギュルギュルと恐ろしい回転のボールがバットを焦がし煙を上げている。

「漫画!?」

 非常に的確なツッコミを入れる提督、小説だが(小説でもないか)

「んんん、ぬぅん!」

 気合一閃、対馬がバットを振りぬく。それと同時にひびの入っていたバットが砕け散り、ボールと一緒の方向へと飛んでいく。ボールの周りには砕けたバットの木片がまとわりついており、迂闊にボールを処理できない。

「おぉ、まさしく流星群の如き弾道。これが伝説のジャコビニ流星打法!」

「もうなんでもいいんだね…」

 鉄壁といわれた二遊間もこれは反応できず外野へと抜ける、お手本のような流し打ちが決まる。長打コース、しかし対馬は歩幅が小さい! 一塁ストップ。

 一塁側スタンドから大きな歓声が沸く。サヨナラではないもののノーアウトのランナー、希望が持てる。即座に長門は代走に長良を送り対馬はここでお役御免。なんだかんだで一番役に立ったのは対馬かリシュリューだろう。

「ふぅ、疲れました」

「どこで野球覚えたの?」

 気になって仕方がない提督が対馬に問いかける。

「おとうさんの実家の本棚にあった『アストロ球団』を読んで勉強しました。あとドカベン」

「あれで参考になるの? あれ野球じゃないからね、ドカベンはまだいいけど」

 あのトンデモ野球漫画を自身の技に昇華できるとは、艦娘恐るべし。迂闊にパパなんて言わないほうがいい、バックスクリーンへ叩きつけられてしまう。

「よしいけ雪風。対馬に続け!」

「いきます!」

 気合十分雪風がバッターボックスへ向かう。しかし雪風よ、なぜ君は上だけしか着ないのだ。ユニフォームも上だけ羽織り、下は毎度おなじみの格好。たまにチラチラ見えそうで見えない「ゼカキユ」と書かれたアレが気になって仕方がない提督。流石に気まずいのでうつむいて応援している。

 雪風がバッターボックスに立つと同時に内野が異常なまでの前進守備を引いてくる。先ほどボテボテのゴロをイレギュラーした経緯もあるのと、打球は上がらないと踏んだのだろう。外野含めほぼダイヤモンド上に位置している。「ゲッツー ゲッツー」と三塁側スタンドから声が上がる。セットポジションからの投球、三連装砲さんが球を投じようとしたその瞬間

「そういえば、雪風に伝えなくてはいけないことがあった。おーい雪風」

 タイムも取らずにバッターボックスの雪風に声を掛ける長門。しかしタイムがかかっていないので投球動作は止まらない。放たれるボール。

「はい、なんでしょう?」

 長門の呼びかけに振り替える雪風。左打ちのため一塁側からの呼びかけには否応なく真後ろを向く必要がある。とても自然に、くるりと、そしてバットも一緒に回る。それを幸運と呼んでいいものか、回ったバットは飛んできたボールを芯で捉える。

「かっきーん」

「お」

「あ」

「なんでしょう、監督?」

 とーっても綺麗に前進守備の頭上を抜けて誰もいない外野へポトリ。エンドランのサインが出ていたわけではないがスタートを切っていた長良は二塁を蹴って三塁へと向かっている。

「雪風、走れ走れ!」

 グルグル腕を回して走るように指示を出す提督。

「呼んだのは俺じゃないけどとにかく走れ!」

 バッターボックスで首をかしげている雪風。呼び掛けた長門はバツが悪そうに眼を逸らしている。そんなこんなしている間に長良は三塁を蹴ってホームへと戻ってくる。ボールはというと俊足の古鬼が外野まで捕球しにいきレーザービームの返球。すでにホームは諦めたらしく一塁へと投げる。

「アウトー!」

「あー、もったいない!」

 天を仰ぎ頭を抱える提督。長門は戻ってきた長良とハイタッチ、お前のせいでアウトになったんだぞ。点が入ったのはお前のお陰かもしれないが。

「よーし2点差だ、いけるぞ!」

「切り替え早すぎんよ」

 雪風は主審に促されてベンチへと戻ってくる。戻っても「何ですか監督?」と答えを提督に求めている。そこに答えはないのだが。




 なお余談ではあるが、雪風はユニフォームを注文する際「LLサイズがいいです」と注文を入れていた。ブカブカが好きらしい。


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その15

「代打、金剛!」

「いくデース!」

 バットをぶんぶん振り回し気合マックス右バッターボックスに入る。

「さっさと投げるデース!」

「イワレナクトモ」

 三連装砲さんが振りかぶって第一球を投じる。

「いきまス! 金剛型ファイナルスペシャルホールド、ヴィッカースカルテット!」

 眩い光が金剛から発せられる。神通の探照灯はみなわかっていたがこればかりは敵味方双方予想していなかった。スタンド含め全員の目がくらむ。しかし提督、すでに役目を終えたリシュリューが「代わり」といってベンチに置いて出て行ったサングラスを何気なく掛けていたため難を逃れる。その後の光景を提督のみがしっかりと目撃する。右に二人左に二人、両バッターボックスにそれぞれ二人ずつの金剛が…、ではなくよーく見てみるとなんのことはない、どこからか現れた妹三人がそれぞれバッターボックスにしれっと立っているだけであった。「艤装はセーフ」というルールの盲点を突いた見事な技。

「榛名は…」

「マイク…」

「見捨てないでぇぇぇぇ!」

 一人非常に悲痛、それぞれ何か叫びつつ四人一斉にバットを振る。「スパコン」と、情けない音とともにボールが前へと飛んでいく。バットに当てたのはどうやら榛名のようで「だいじょうブイ」と、往年のシュワちゃんの決め台詞を叫んでガッツポーズ。飛んだ球自体はボテボテだが、目がくらんでいるため誰も球を追ってはいない。その隙に金剛以外の三人は霞の如く消え去り、金剛は二塁まで到達していた。

「むぅ、いったい…。 !なんと、二塁まで行っているではないか。提督、何があったんだ!?」

 眩しさから回復した長門が提督に問う。

「…ヴィッカース社製は金剛だけだよな、確か」

「???」

とはいえ、これでホームランが出れば同点。延長はないためこちらの負けはなくなる。しかし引き分けの場合景品はどうなるのだろう。そこら辺のシステムを提督は知らない。

「代打、私だ!」

 長門自らバットを担いでズシズシとベンチを出ていく。抑えとしての役目がリシュリューに奪われてしまったため、手持無沙汰というか不完全燃焼だったのだろう。ここで追いついて負けをなくすつもりか、最後の賭けに出たようである。

「戦艦棲姫よ、とうとう決着をつける時が来たようだ」

「マッテイタゾ コノトキ」

 どこで因縁があったのか知らないが、二人の間にバチバチと火花が散っているのがわかる。監督をやるくらいなのだから、それは上手いに決まっている。提督もミジンコほど期待しているが、たぶんその期待は裏切られるだろうということもなんとなーく気が付いている。ベンチの整理をしながら長門の打席をチラ見している。

「イクゾッ」

「こぉい!!」

 三連装砲さんの直球が唸る…。




次回、いよいよ決着!


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その16(いよいよ決着):終

「カッ!」

 長門のバットが三連装砲さんの渾身の直球を捉える。

「おぉ!」

 歓声が上がる、一瞬景色が止まる。そしてピッチャーの右横を抜け弾丸ライナーが外野めがけて一直線。

「抜けろぉ!」

 バットを放り投げ走り出す長門、そして…

 

 ゴッ

 

「…あ」

「あ」

「…」

 鈍い音、それは弾丸ライナーが走り出した金剛の左頬に直撃した音だった。歪む金剛の顔、それを見て真っ白になり固まる長門、同じく固まる艦娘サイド、よろめきその場に倒れる金剛、浮かび上がるボール、フライで捕球する駆逐古鬼、そのまま二塁を踏む、スローモーションのように流れる情景。艦娘サイドの時間が動き出すまで、それではお聞きいただきましょう「加賀岬 二航戦アレンジver」

「ゲームセット!」

 二塁塁審の二回のアウトコールを確認したのち主審から発せられる試合終了のコール。と同時にレフトスタンドから大きな歓声が上がる。提督はパチパチと手を叩きナイスゲームと称賛している。深海勢はマウンドに集まってハイタッチ、かと思いきや金剛の周りに集まって心配そうにその白目をむいて失神している金剛を介抱している。ホント、何から何まですいませんと言いたい。そしてようやっと動き出す艦娘の時間。

「ま、負けた…」

 膝からがっくり崩れ落ちている一塁ライン上の長門。

「負けるべくして負けたわ」

「あ、あんなに練習したのに。ピッチングマシーンだって新調したのに…」

「二度と無駄遣いさせねぇからな」

 

 選手がホームベース前に集まりゲームセットの挨拶を行う。

「13対11で、深海サーモンズの勝利!」

「ありがとうございましたー」

 一同礼、それぞれに握手を交わす選手たち。監督の長門はまだ立ち直れないでいるため、代わりに提督が監督同士の握手を行う。相手はあのワンコ。

「うちの連中がホントすいません…」

「…」

 提督が手を差し出すもそれに応じてこないワンコ。やはりまだ例の件が尾を引いているのか。

「イイシアイダッタ」

 提督の手を握り返してくる港湾棲姫。初めて触れる深海棲艦の肌、少し冷たいがチョーすべすべでキメが細かくずっと握っていたい、そんなことを思っているとちょっとワンコの目が光りかける。感情を殺す。

「あ…、いやこちらこそ」

「ライネンハ オマエガカントク ヤッタラドウナンダ」

「そのつもりです…」

 その後セレモニーが執り行われ「目録」と書かれた封筒を受け取る港湾棲姫。ピョンピョン飛び跳ねて喜ぶ古鬼や潜水姫ことヒメコ。良かったね、また熱海に行けて。そして選手は引き揚げるが、提督は深海勢の陣取るスタンドの前まで行き軽くお辞儀をする。するとどうだろう。

「タノシカッタゾ」

「イイシアイダッタゾー」

「マタライネンモ タノシマセテクレー」

 などなど、ねぎらいの言葉が次々と飛んでくる。「あいつら普通に楽しんでんな」なんてこと思いながら、それを聞いてもう一度深々と頭を下げる提督。その横を港湾棲姫と潜水新棲姫が手をつないで通り過ぎる、その時「アリガトウ」と聞こえたのは空耳だろうか。そのままダグアウトへと消えていく二人。最後にヒメコちゃんだけが振り返って「マタネ」と口が動いたように見えた。

「…平和だねぇ」

 陽の傾きかけた空、試合中のそれとは異なる人々の騒がしい声。徐々に薄れていき平和の祭典は幕を閉じる。

 

 

 後日

「アイツらチョー楽しそうなんだけど!」

 瑞鶴宛に届いた鶴ちゃんからの写真付きメール、そこには温泉旅行をド満喫している深海勢の姿が写っていた。

「自腹で行けよ」

 

 日常へと戻る…



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第5話:卵焼きが上手く作れてまず三流
その1


 給糧科

 

 戦時下でこそ間宮と伊良湖、たまに鳳翔が手伝うくらいで賄っていた部署であるが、戦後戦闘から離れたものが編入され一気に人数が増えた部署。科長こそ間宮ではあるが名ばかりの長であり、所属する者はめいめい勝手に料理の腕を磨いた小料理屋を出したり、はたまた究極の食材を探しに出回ったりと、最もフリーダムな部署と化している。そのフリーダムさが災いして間宮の手は足りていないケースがあるのは前述の通り、お察しあれ。

 

「提督、野球の後始末も落ち着いた頃ですから、そろそろあの件進めませんか?」

「あの?」

「胃袋の件です」

「あぁ、そういえば。間宮さんが大変だったんだっけ」

「そうです。早くしないと本気で荷物まとめて実家に帰られますよ」

「そりゃまずい」

 提督と大淀が執務室でペンを走らせながらしている会話である。

「確認の意味も含めて、お昼は間宮さんとこ行くか」

「あ、今日は臨時休業ですよ」

「あら、そうなの。じゃあ食事は別でするとして間宮さんとゆっくり話せるかな…」

「しれー、ラーメン食べいこー!」

 どこかで聞いていたのかわからないが、素晴らしいタイミングでぶち破り対策で押し戸から引き戸に変えられた執務室の扉が勢いよく開かれる。

「週三でたかりに来るんじゃねぇ!!」

 誰がとは言わない、追い返す。

「ふぅ、でなんでまたお休みなの?」

「今日から伊良湖ちゃんが有給休暇で来週頭まで帰ってこないんです」

「ありゃ、そりゃ大変だ」

「こういうことがあるから、早く対策立てないといけないんですよ。近所のラーメン屋さんもこういうことがあってうちのが大挙して押し寄せると、食材食いつくされるーって嬉しいやら悲しいやらの悲鳴上げてましたよ」

「んー、他所様に迷惑かけるわけにもいかないし。こりゃ本気でどうにかしないと」

 食というのは人(艦娘)にとって源であり、無くてはならないもの。その提供が立たれようものなら人は声を挙げ場合によっては武力を行使する。それは歴史が証明している。こんな場所でもし武力を行使されようものなら、三日も経たずに火の海で壊滅、ってなことは免れない。何事よりも優先すべきであろう、昼のチャイムが鳴るとと同時に大淀と二人、間宮へと向かう。

 

「臨時休業、だって」

「言ったじゃないですか。でも中に間宮さんは居るはずです」

「ちわー」

 ガラガラと扉を開けて中へと進む二人。当然客はだれ一人おらず静まり返っている。だが奥からは何か料理屋独特の物音が聞こえてくる。何か仕込みをしているのか、間宮であることは間違いない。奥へと進む。

「まみやさーん」

「あら、提督と大淀さん、いらっしゃいませ」

 癖だろう、つい「いらっしゃい」といってしまう間宮だった。案の定厨房で仕込みを行っている最中だった。

「すいませんね、休業なのに勝手に入ってきちゃって」

「いえ、そんな。お昼ですか? お二人分くらいなら何か出せると思いますけど」

 厨房内をきょろきょろ見回す間宮。職業病だろう、誰かに何か振舞うことを決して嫌とは言わない。

「いえいえ、お昼は別のところ行きますから気になさらず」

 双方気を遣う。提督と大淀は先に客席にて待つと厨房を後にし、そしてタイミングのいいところで間宮も仕込みの手を止めて客席へと向かう。

「お待たせしました」

「いえ、お忙しいところすいません」

 三人分の冷たいお茶とともに、間宮が席につく。

「えっと、早速なんですけど人手が足りないとかどうとか」

「はい、お手伝いの方はいるにはいるんですけど、なかなか全てには回らなくて」

「基本伊良湖ちゃんと二人ですか?」

「はい」

 申し訳なさそうに首を縦に振る間宮。

「そりゃキツイ」

「戦時中のことを考えればこれでも十分楽なんですけど、商業ベースで考えるとどうしても手も足りなければクオリティの維持も厳しくて」

 戦時中と異なり、艦娘以外にも外からの客を入れることにしている間宮。稼ぐという意味では当然なのだが、それを彼女一人の肩に背負わせるのはちと厳しい。

「給糧科ってそんな人少ないの?」

 提督が大淀に問う。

「いえ、そんなに少ないわけではないと思います」

「じゃあなんで間宮さんがこんなヒーコラいってんの? 誰か替わりになれる人いないの?」

「いるにはいるんですが、次いつ帰ってくるつもりなんだろう…」

 手元のメンバー表のようなものを見て大淀が呟く。

「いるの? 誰々?」

 それを横からのぞき込む提督。

「はぁ、瑞鳳さんさえ戻ってきてくれれば。安心して任せられるんですけど」

「瑞鳳?」

 鎮守府内において料理上手といえば真っ先に名前が挙がるのが鳳翔・大和・大鯨あたりなのだが、そこで間宮の口から意外な名前が発せられる。

「…そういえばここにきてから一度も見てないかも」

 嫌な予感がしてきた提督。



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その2

「瑞鳳って、そんなに料理上手なの?」

「はい。昔は卵焼きしか作れなくて何の役にも立たなかったんですけど、その後誰か名のある料理人の霊でも降ろしたんでしょうか、メキメキ上達して。今ではもう十分お店を任せられるくらいの腕前です。でも…」

「へ、へぇ…」

 黒間宮を見た気がする。黙って聞き続ける提督。

「でも、その降ろした霊が多分変な食の探究者だったんでしょうね。全国各地飛び回って究極の食材探しをしているんです。鎮守府に戻ってくるの三か月に一回くらいですかね、大淀さん?」

「そうですね。以前戻ってきたの提督が着任されるひと月くらい前ですから」

 手帳を見ながら間宮の問いに答える大淀。

「道理で見ないわけなんだね…。生きてるの? どこかで食材目当てでクマやイノシシとやりあったりして死んでない?」

「艦娘ですからそれはないでしょう、それに噂は聞くので生きてはいるはずです。ふらりとどこからともなく現れた艦娘が、そこのご当地食材でメチャクチャ美味しい料理を振舞っては消えていく。そのメニューの中には必ず卵焼きが含まれている。都市伝説っぽくなってますけど、まず瑞鳳さんで間違いないでしょう」

 料理人独自のネットワークでもあるのだろうか、変な情報が間宮から伝えられる。ちなみにソースはネット上の掲示板らしい、パソコン持ってきて見せてくれる。

「なんか『私より美味く卵焼きを作れる奴に会いに行く』とか捨て台詞を残して消えていくらしいんですよ」

「そんな人ごまんといるよ、ねぇ!? さっさと連れ戻そうよ!」

「直近だと…、あぁ割と近くに出没報告ありますね。ボチボチ戻ってくるんじゃないですかね」

「利尻のクマじゃねぇんだから…」

 直近の出没情報を画面をスクロールして大淀が確認する。なぜ定時連絡手段持たせてないのか非常に気になる。

「よし、戻ってきたら俺が直に言ってやる! 間宮さん手伝えって」

「そうしていただけるとありがたいのですが、瑞鳳さんがそう簡単に首を縦に振るでしょうか」

 不安そうに頬に手を当ててため息をつく間宮。

「いや、これ仕事だから」

「ふふ、それもそうですね」

 その後、お昼がまだだということで間宮が三人分蕎麦を茹でてくれた。山盛りのざる蕎麦を三人でつつく。結局間宮さんの手を煩わせてしまったことを申し訳なく思う提督。どこからか匂いを嗅ぎつけてきた時津風と雪風が提督の分を横からぶんどっていく(食いきれそうになかったからまぁいいか)

「ところで提督…」

 

 …一週間後

 

「戻りましたぁ!」

 港に高く大きな声が響く。ドヤドヤと人が港に集まり、その中には提督もいる。帰ってきたのは、そうお目当ての瑞鳳であった。全国放浪の旅をしている割には非常に小綺麗である。

「おかえり瑞鳳。長かったわねぇ、今回はどこへ行ってたの?」

 声を掛けるのは姉の祥鳳。

「あ、おねえちゃん。今回はねぇ一番遠いところだと岡山まで行ってきたよ。美味しい卵があるんだぁ、あとで卵焼き焼いてあげるね。他にはー…」

「おーい、瑞鳳」

 姉妹で話しているところ、後ろから提督が声を掛ける。

「はーい、って誰?」

 返事はしてみたものの、その声の主の顔を確認して顔をしかめる瑞鳳。

「ああ、そういやそうだったな」

 提督着任後、まだ一度も鎮守府に足を踏み入れていない瑞鳳にとっては初見の提督。当然の反応が返ってくる。

「こちら新しい提督さんよ、瑞鳳の留守中に着任されたの」

「よろしく」

「へぇ、そうだったんですか。初めまして瑞鳳です」

 敬礼して挨拶をする瑞鳳。まだ海の上、背後には『ホシザキ』とロゴの入っている、なんかデカい箱ものが搭載された大発がチラチラ目に入る。あれも明石製、ちょっと後で説教だと心に決める提督。

「落ち着いたらでいいんだけど、あとでちょっと提督執務室に来てくれるか」

「はい。え、なんですか早速。そんなに卵焼き食べたいんですか? それとも土産話ですか」

「どっちでもねぇし。まぁとにかくよろしくな」

 用件だけを伝えその場を後にする提督。みんなで大発に搭載された全国各地の食材を下ろしつつ、その後ろ姿を不思議そうに眺めて見送る瑞鳳。

 

 そして夜8時過ぎ…。

「まだこないんだけど…」

 早めに業務を終わらせて瑞鳳が来るのを待っていたのだが、待てど暮らせどやってこない。腹も減った、早めに上がって飯にしたいところだが、呼びつけた手前さすがに席を外すわけにもいかない。今どこにいるのか、とりあえず宿舎に内線を掛けてみる。

「あ、もしもし、提督ですけど」

「どうされたんですか?」

 出たのは都合よく祥鳳だった。

「あのさ、瑞鳳って今どこにいるか知らない?」

「え? 瑞鳳なら随分前に提督のところに行くといって出ていきましたけど」

「あれ?」

「まだそちらにいってませんか?」

「だねぇ」

 どうやら忘れてはいなかったようである。しかし聞くところによれば一時間は前に宿舎を後にしているとのこと。現状は了解したので電話を切る。

「さて、どこにいったのやら…」

 窓を開けて、陽が落ち闇に包まれた鎮守府内を見回してみる。するとどこからともなくいいにおいが漂ってくる。

「ん…、いい匂い」

 どこかでなにか料理をしているようである。しかしすでに間宮は閉店、この時間に漂ってくるのは少々違和感がある。

「…まさかあいつ」

 大体察しがついた提督、部屋を後にしてその匂いの元へと向かう。



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その3

「ここかぁ瑞鳳!」

 ピシャーンと勢いよく扉を開け、間宮の店内に踏み込む提督。なぜか鍵も開いていて灯りもついている間宮。灯りだけなら珍しくもないが、いい匂いまで漂わせている。勝手になのかどうなのか定かではないが瑞鳳が使っている、と踏んだ提督。

「わ!! なにっ!? って、提督?」

 案の定、瑞鳳が料理をしていた。

「やっぱり、遅くなるならなるって言えよ。こっちは飯も食わずに待ってるんだから」

「あああ、ごめんなさい。集中してたら時間忘れちゃって…。ゴメンね」

 ペロっと舌を出して謝る瑞鳳。その可愛さに許しそうになる。

「まぁいい。で、何してるんだ?」

「料理、見ればわかるでしょう」

「じゃなくて」

「いい食材が手に入ったから、それで今料理してるの。あ、提督も食べり…、食べる?」

「あ、いいの? じゃあお言葉に甘えて…」

 空腹に負けて用件そっちのけ、瑞鳳の料理をいただくことにした提督。客席に座り瑞鳳の料理を待つ。ほどなくして両手いっぱい料理を運んでくる瑞鳳。

「はい、お待たせ」

「お…、すげぇ美味そう」

 食卓に並ぶ料理の数々。白く輝き米が立っている炊き立ての白飯、具はオーソドックスに豆腐とわかめと油揚げではあるが非常に香りのいい味噌汁、どこで獲れたのかこの時期としては非常に脂ののった鱈の西京焼き、肉じゃが、得意料理の卵焼き、オムライス、ゆで卵、煮卵、ポーチドエッグ、オムレツ、イタリア風オムレツ、韓国風オムレツetc.…。

「卵料理多くない!? それにオムライスあるなら白飯いらなくない? コレステロール値オーバーしちゃうよ」

 気づけば卵だらけ、殺しにきてるとすら思えてしまう。

「何も一人で全部食べなくてもいいよ、私も食べるんだから」

「そりゃそうだろうけど…、まぁいただきます」

「はい、召し上がれ」

 確実に黄色い食卓、某美食家なら間違いなくキレている。取り敢えず冷めてはなんだと料理に手を付ける。

「…おぉ美味い」

 一口すすった味噌汁でその美味しさがわかる提督。これから箸を付けるものも恐らく間違いはないであろうと確信する。

「でしょ?」

 自信満々嬉しそうに提督のつぶやきに反応する瑞鳳。そしてその後も腹が減っていたことも相まって、出された料理を次々に食べる提督。新婚ほやほやのお嫁さんが旦那の帰りを待ちながら腕を振るい、やっと帰ってきた旦那がその料理を美味しく食べる。傍から見ればそうとしか見えない光景ではあるが、提督は瑞鳳を説教しに来ている、そこんとこ忘れてはいけない。

「で、提督。用事って何?」

「は! 忘れていた!」

 やっぱり忘れていた。いったん箸を止め口の中を空にしてお茶を一口、一息つく提督。そしておもむろに話し出す。

「瑞鳳、遠征は止めて間宮さんを手伝うんだ」

 担当直入、提督としての威厳全開で瑞鳳に告げる。

「えー、ヤダ!」

 なんの迷いもなくその要望は突っぱねられる、とても清々しい。

「イヤ、じゃなーい! これは提督命令としてもいいんだぞ。これだけ料理が美味ければ十分間宮さんの助けになる。てかお前給糧科所属として仕事しろよ」

「えーだってー、寒くなる前に北の海に行ってホッケ獲ってこようと思ってたのに。あとついでにロシア(の卵)料理学んで来ようと…」

「ガングートが戻ってきたら教われー!(ロシア組帰省中)」

 なんとしてでもコイツを鎮守府にとどめなくては。ロシアなんか行かれた日にゃ何年帰ってこないか、心底心配になってくる。

「ダメェ?」

「ぐ…」

 すんごい上目遣いでおねだりされる。やられそうになる提督。

「ダメ、ダメなもんはダメ!」

 瑞鳳テンプテーションになんとか勝った、腕組みして改めてお願いを拒否する。

「えー!」

 とても残念そうな瑞鳳、テンションだだ下がり。それを見た提督はあまりの落ち込み方にちょっとだけ同情してしまう。それほどまでに瑞鳳にとって料理というものは大切なのだろうか、というか上手くなるならほかの手があるだろうにと考える。と同時に一つの考えが思いつく。

「なぁ瑞鳳」

「…ん?」

「お前、自分より料理が上手いヤツに会いたいんだよな?」

「うん、その人から色々教わりたくて」

「よしわかった。じゃあオレと勝負しろ、そして勝ったらロシアでもベーリング海でもどこにでも行かせてやる」

「ホント!?」



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その4

 週末、晴れ渡った空、吹き抜ける海からの風、漂う祭りの雰囲気、鎮守府内グラウンドに特設ステージが設けられる。

「この鎮守府、毎週末なんかイベントやってる気がするんだけど」

「今日のは提督主導でしょう」

「そうなんだけどね…」

 ステージ下からそれを眺める提督と大淀。『提督vs瑞鳳 料理対決!(かも)』と書かれた大看板、そう先日提督は瑞鳳に対して料理勝負を持ちかけていた。

 

 …先日の続き

 

「よしわかった。じゃあオレと勝負しろ、そして勝ったらロシアでもベーリング海でもどこにでも行かせてやる」

「ホント!?」

「あぁ、二言はない」

「やったぁ、そんなのもう勝ったも同然じゃない」

 瑞鳳は提督が勝手に負け試合を持ち掛けてきたと信じ込んでいる。

「だが、もしオレが勝ったらちゃんと鎮守府にとどまって仕事するんだぞ。行きたいところがあるなら休みの日に行け」

「いいよぉ、その勝負喜んで受けて立つ!」

 ブイサインを出してもう勝った気でいる瑞鳳。余裕しゃくしゃくとはまさにこのこと、どれだけ北に行きたいのか知らないがノリノリである。しかし、当然提督が無策でこんな勝負を持ち掛けるわけもない。「瑞鳳に仕事をさせる」当然のことなのだがここまでしなくてはいけないことに納得はいっていないが、これで瑞鳳を土俵に上がらせることはできた。喜び飛び跳ねている瑞鳳を不敵な笑みで眺めている。

「さて、食いきれない料理どうしよう…」

 やはりすべてに手の付けられない量だった。偶然歩いていた赤城を呼び止めノータイムで「食べます」と返事をもらって全てご馳走様。

 

 …戻って週末ステージ横

 

「伊達に瑞鳳さん料理上手くないですよ? 勝ち目あるんですか提督?」

「まぁ任せろ」

 頭に手ぬぐい、腰にエプロンを身に着け臨戦態勢の提督。自信満々大淀の問いに答える。

「それでは、選手入場!」

 本日のMCは那珂ちゃん、歌は無し。向かって左サイドから瑞鳳、右から提督がステージに上がる。ステージ上には厨房セットが一通り、二人分左右対称に並んでいる。提督は前述の通りの格好、瑞鳳はというと…。

「瑞鳳、あなた何でも形から入るタイプだったわね」

 ステージ下観客席で、誰に聞かれることもなく姉の祥鳳が呟く。その身なりはまさしく形から、洋食のシェフが着る白いユニフォームに袖を通しオレンジのスカーフを首に巻き、例の如くあの高いコック帽。日本の軍艦としての誇りなんてどこへやら、かぶれまくっている格好である。

「恰好はいっちょ前だな」

「提督こそ、似合ってるじゃない」

 登壇したステージ上でにらみ合って?いる二人。大したことをしているわけではないのに早くも火花が散っている。

「それではルールを説明します。二人には制限時間1時間で料理をしてもらいます。そして食材、これは今からこの箱の中に入っているクジを引いて出たものがメイン食材となります」

 公平を期すためにランダムでの決定。これは双方納得しての勝負方法である。

「そして審査員ですが、今からこれもクジを引きます。それで出た七名が審査員となります。さて、食べられるのはだれかな~?」

 煽る那珂ちゃん。

「では、まず食材から決定したいと思います。クジを引くのは…間宮さん!」

 その呼びかけで間宮がステージへと登壇する。そして観客に一礼してから那珂ちゃんの持つ抽選箱へ手を入れる。

「…これっ!」

 一枚の紙を引き抜く間宮。折り畳まれたそれを那珂ちゃんに渡す。

「さて、二人が料理する食材は…」

 引っ張る那珂ちゃん。さっさとやれと思ってる提督。

「おぉ、これは! 二人が料理する食材は…『卵』です」

 湧き上がる観客、そして何を思っているのか大体わかる顔で微笑む瑞鳳。彼女にとってこれ以上ない食材だろう、勝利を改めて確信する。しかしその後ろで提督が不敵に微笑む、誰にも気づかれないように小さく口元を動かす程度に。



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その5

 審査員は間宮は固定で、残り6人をくじで決定することに。栄えある審査員は、赤城・鈴谷・那智・ザラ(帰ってきた)・多摩・クソガキ(佐渡)、以上6名が選ばれた。

「使用する食材はここに用意されているものでも構いませんが、ご自身で用意していただいても構いません。そこはお任せしま~す。それでは準備はいいですか? では、調理開始!!」

「どじゃ~ん」と試合開始を告げる銅鑼が鳴る。なんで鎮守府にこんな備品があるかはいずれ語ろう。

「じゃあ折角だからこの前持って帰ってきた名産の卵を使うわ」

 瑞鳳が自身の食材庫に卵を取りに向かう。しかし提督は動かない、用意されたものを使うのだろうかとステージを降りる瑞鳳は考えたが、次の瞬間遠くから提督を呼ぶ声がする。

「ていとくー、買ってきたよー」

「おお、サンキュー」

 近寄ってくるのは白露と村雨、手には何やら携えている。そのままステージに駆け上がりその手のものを提督に渡す。

「うん、これだけあれば十分だ」

 それは丸いプラスチックの器に入った、無人販売所でよく目にする売られ方の卵であった。それを二ケース、提督は二人に注文していたのだ。瑞鳳は二人とすれ違ったためそれがなんであるかわかりはしなかったが、なぜ試合開始とほぼ同時に指定された食材が提督の手元に都合よく届くのか、一部観客は訝しんでいた。そうこの食材、実は仕組まれていたのだ。

 

 …5分前

 

「あの、間宮さん。ちょっとお願いがあるんですけど」

「はい、なんでしょう提督」

 開会式前、ステージ裏にてこそこそと話す提督と間宮がいる。提督の手には一枚の折り畳まれた紙切れがある。

「これ、食材決めの時に持って箱の中に手を入れてください」

「えぇ!? それってズルじゃないですか」

「いえいえ、中開けてみてください」

 イカサマをする、当然間宮はそう考えた。しかしそういうことではないと提督がその紙を間宮に確認させる。

「…あれ? 卵って」

「はい、そうです」

「これじゃあ瑞鳳さんに有利になっちゃいませんか?」

「いえ、いいんですこれで。これで負かしてこそ彼女も納得する、だからこそこれなんです」

「…わかりました。提督にどんなお考えがあるかわかりませんが、これならそう贔屓でもないでしょう、やります」

 あえて相手側に有利な食材を選択させる。そこに自信が有利になるという姑息な考えはないであろう。間宮の誤解は解け、そのくじ引きのイカサマには協力することを了承する。そして上手いこと事は進み現在に至る。

 

 …現在ステージ上

 

「一番良さそうなの選んできた」

「うん、十分新鮮そうだ。助かったよ、今度ご馳走してやるからな」

 提督は二人に礼を言い、いざ調理へと取り掛かる。ルールとしては最低3品、それを7人分。そううかうかはしていられない、腕まくりをして必要な調理器具を並べる。その手さばきは昨日今日料理を始めた人間の手つきではない。それは観客の誰もが思った。「コイツできる」と、間宮もステージ袖から思った。

 ほどなく瑞鳳も食材を抱えステージに戻ってくる。

「提督、もう料理始めてる。…ってかうま!」

 まだ食材に手を付けて間もないところではあるが、提督のその手さばきに一瞬で目を奪われる。自分もそれなりにやってきて上手くなっているという自負はあったものの、それと同じ、いやそれ以上かもしれない。楽勝ムードでやってきたがそんな気は失せ、ここで一気に身が引き締まる。

「て…ていとく、できますね?」

 その言葉に返事はせずただ瑞鳳の顔見てニヤリとするだけの提督。瑞鳳に恐怖とは呼べないがなにか得も言われぬ感情が襲ってくる。

「ま、負けませんよ! 北方遠征は頂きますから!」

「そんなに鎮守府にいたくない、ねぇ?」

 瑞鳳も調理開始。



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その6

 あっという間に時間は過ぎ去り、制限時間の一時間が経過して終わりを告げる銅鑼が鳴り響く。

「調理しゅうりょ~う!!」

 那珂ちゃんのコールとともに盛り付けの手を止める提督と瑞鳳。二人とも時間に追われることなく、ある程度余裕をもって指定の品数を揃えることができた。

「提督、やりますね」

 その料理の出来を見て瑞鳳が唸る。料理自体はどこにでもあるようなものをセレクトした提督ではあるが、その出来は細部にわたって非常に丁寧な仕事が見て取れる。それを瑞鳳は見逃さない。

「提督、まさかとは思いますが…」

「ふふふ」

 不敵に笑うだけの提督。そして実食の時間。

「ではまず、瑞鳳さんの料理からー」

 審査員の前に瑞鳳の作った料理が運ばれてくる。「おぉ」と審査員一同から声が上がる。数にして4品、余裕があったため規定より1品多く作っていた。

「私の料理は、まずは夏野菜と卵のトマト風スープ、小エビとえのきの和風スクランブルエッグに自家製燻製ベーコンとほうれん草のカルボナーラ、そして十八番の卵焼きです」

 さすが自分の土俵で勝負しただけのことはある。ひと手間かかっているのが見ればすぐにわかる料理の数々。伊達に仕事サボって全国行脚しているわけではない、審査員も感嘆の声を上げる。

「では、じっしょ~く!」

 これまた那珂ちゃんの合図で、審査員が一斉に箸やらフォークやらを手に取り瑞鳳の料理を食べ始める。

「んー、美味しい。お店の味」

 鈴谷がパスタをすすりながら感想を漏らす。店といわせるレベルのものを提供しているということがこの発言からうかがえる。

「あら、この炒り卵美味しい。うちでも出そうかしら」

 スクランブルエッグを口にした間宮もつい口をついて出てしまう。鎮守府の料理番を唸らせるとは大したもの、瑞鳳の鼻が少し高くなっている。

「すいません瑞鳳さん、おかわりはありませんか?」

 あっという間に食い尽くした赤城からのリクエストがかかる。しかしそういう趣旨ではないので我慢してもらう。そんなに食いたければTVチャンピオンにでも出てくれと、それを傍から見ている提督は思う。

「あたし野菜嫌いだけど、これならいくらでも食べられる」

「このパスタ美味しい、お酒に合いそう」

「うむ、ワインがあればいいのだが」

 それぞれ感想が出てくる。そのすべては好意的なもので一人たりとも口に合わないという趣旨の言葉は出てこない。審査員の好みまで熟知してのセレクトなのだろうか、瑞鳳の腕の良さに疑いはなくなる。

「では、次に提督の料理でーす」

 一段落していざ提督の料理が運ばれてくる。それを見た審査員は驚きとともにちょっと拍子抜けしている。目の前に並んだ料理は何の変哲も飾り気もない、勝負飯とは呼べないいたって普通の料理の数々であった。

「なんかフツーだね」

 鈴谷の口から正直な感想が漏れる。それもそのはず、提督の料理は…。

「俺の料理は、親子丼、オムレツ、卵焼きだ」

 瑞鳳の料理が舌を噛みそうなら、提督の料理は早口で言っても問題なさそうなほど簡単なものばかり。というよりはオーソドックスな家庭料理でまとめたラインナップ。しかしこの料理にはオーラがある、それを感じ取ったのは間宮だけであった。

「じゃあ、じっしょ~く」

 審査員が提督の料理に箸をつける。そして次の瞬間それは起こった。

「んまぁーーーーーーい!!!!」

 立ち上がって叫んだのは赤城であった。親子丼のどんぶりを片手に、空を見上げ吠えている。鎮守府中に轟くその声、ご近所さんにも聞こえる。そしてそれを見た瑞鳳はハッとして提督に視線を移す。そこにはブイサインを出して瑞鳳に微笑む提督の姿があった。



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その7:終

「美味しい、めっちゃ美味しいじゃん提督!」

 フツーと言っていた鈴谷も口にした途端その言葉を撤回するように提督の料理に感嘆の声を上げる。それは鈴谷に限らず審査員すべてから同様の感想が上がる。

「提督、このオムレツめっちゃ美味い。毎朝作ってよー」

 佐渡がそんなことを言う。毎朝食べたい、それは親の料理くらい口に合わないと出てこないであろうセリフ。それほど佐渡の心を捉えたのであろう。

「め、めっちゃ美味しいにゃ…。鳥肉が柔らかすぎず固すぎずちょうどいい感じで口の中でほどける。感動したにゃ」

 泣いてる多摩。そして間宮からもこんな言葉が発せられる。

「提督、あなたこの卵焼きどこで覚えたんですか?」

「あぁ、流石間宮さん。気づいちゃいましたか」

 二人の間だけで会話が成立している。那珂ちゃんも間に入れずただ見守るのみ。

「わかります! こんな美味しい完璧な卵焼き、何年ぶりに食べました。形、出汁、塩加減。そう、見習いの板前は卵焼きが完璧に焼けるようになるまで次の料理に進ませてもらえないかの如く、師匠を唸らせるレベルになってこそ。そのレベルをはるかに凌駕している。あなた一体!?」

 一見何の変哲もない卵焼き。しかしわかる人が食べればそれがどれほどの出来かすぐにわかる。料理人としての血が騒いだのだろう、つらつらとうんちくを並べ提督に詰め寄る間宮。それに呼応するかのように提督は頷き不敵に笑う。

「ええ、そうです。私は素人じゃありません」

 二人のザ・ワールドが展開されている。観客も審査員もそれを半分呆れて見守るしかすべがない。赤城だけは厨房の中にある残りの親子丼をかき集めて一心不乱に食っている。食品ロスという言葉はこの鎮守府には無縁である。そして頭に巻いた手ぬぐいを脱ぎ去り提督がこう吠える。

「俺の実家は料亭だー!!!」

「えぇーーー!!!!」

「ずほーーーーーー!!!」

 瑞鳳含め一同大驚愕。なんで軍人、提督やってんだというツッコミが入りそうで入らない。間宮は北島マヤの怪演を見た時の月影先生みたいになって驚いている。

「ズルいよ提督! そんなのプロじゃん!」

 膝から崩れ落ちた瑞鳳が提督に詰め寄る。

「ズルくない! それに俺はずいぶん昔に家を飛び出している。料理人でも何でもない」

「でも…」

「確かに、若いころ料理は親から散々叩き込まれた。しかし、どうしても自分が料理人になる未来は見えなかった。だから俺は軍人になる道を選んだ」

「どうしたらそうなる」というツッコミは総員から入った。しかしこの勝負、最初からほぼ互角であったことが今判明する。そして食材のアドバンテージがあったはずの瑞鳳だが、この反応を見れば結果は一目瞭然。

「あの、提督。たしか九州の出身でしたよね。もしかして…」

 間宮には何か思い当たることがあるらしい。それを提督に問うたがそれに対して提督は指を口に当て「シーっ」と沈黙を要求する。間宮の予想は当たっているのだろう。

「まぁ、多少料理の腕はあるけど、その情報があったらお前はなにかやることが変わったのか? 食材も自分で持ち帰ったいいものを使ったが、俺は近所の普通の食材だ。そこにもお前にはアドバンテージはあったはず。だが素人相手だからという慢心と油断、それが敗因だ。そしてそれが今の料理人としての立ち位置だ。わかったか瑞鳳」

 今この場に来た人がこの話を聞けば、コイツら絶対軍人じゃないと思う会話が繰り広げられている。しかしそれほどまでに提督が瑞鳳に掛ける言葉には説得力があった。

 

 結果は火を見るより明らかであった。6対1、提督の勝利である。唯一瑞鳳に票を入れた鈴谷は「なんかレストランっぽい味だったから」という理由での瑞鳳票であった、さすがJKである。そして勝負の後提督は赤城から「毎日私にご飯を作ってください」と、プロポーズにも似た言葉を贈られるが、丁重にお断りした。

「わ、私にも是非」

 加賀からも言われる。

 

 後日

 

 完敗した瑞鳳は、言いつけ通り鎮守府にとどまり給糧科の仕事をこなしていた。間宮も人手が増えてやっと普通に回転するようになっていた。

「提督、今日のは自信があるの。さぁ食べて」

「たまには別のものがいいんですけど…」

 また「提督に認めてもらう」と、瑞鳳は毎朝卵焼きを作り提督執務室まで朝食を届けるようになっていた。そして提督自身も料理の腕がばれてしまったため、その料理を食べたがる者が殺到し、週一で間宮では「提督デー」なるものが開催されるようになり、結果自身も間宮を手伝う羽目になっていた。身から出た錆という表現はふさわしくないが、自身の仕事を余計に増やしてしまった。後悔先に立たず。



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第6話:鎮守府備品買い出し紀行
その1


 休日、提督は鎮守府内の離れにある宿舎でゴロゴロしていた。平屋の日本家屋、縁側で扇風機を掛けて麦茶片手に涼んでいる。

「クーラーなしで過ごせるから、この土地はいいよなぁ」

 南の人間である提督、北の地の夏は非常に過ごしやすい。扇風機の作るそよ風だけで十分らしく休日を満喫している。

「…ん?」

 ちょっと焦げ臭いにおいとともに扇風機がその羽を回すのを止める。何事か、故障か寿命だろうが恐らく後者であろうと察する提督。簡単に分解して確認するが、やはりもう駄目なようである。諦めて代わりを探すが自宅に予備がないのはわかっている。仕方なく庶務科に電話を掛ける。

「あ、もしもし、提督だけど」

「あら提督、どうされたんですか?」

 電話に出たのは妙高だった。

「あのさ、扇風機って余ってないかな?」

「扇風機ですか? そうですねえ、宿舎に1個くらいならあるかもしれませんけど、ちょっと待ってくださいね、確認して折り返します」

「ごめんね」

 一度電話を切って連絡を待つ。20分ほど経過して自宅の電話が鳴る。

「提督ですか。ごめんなさい、扇風機全部使っちゃってるみたいなんです。今年は例年より暑くて、みんな自室に持ってっちゃってました」

「ありゃ、それじゃ仕方ない」

 提督にしてみれば涼しい夏であったが、これでもいつもより暑いらしい。この土地になれている艦娘たちにとっては少々厳しい夏なのかもしれない。

「どうされたんですか?」

「いや、うちのが壊れちゃってさ。だから代わりあるかなーと思って」

「そうでしたか。じゃあ買い替えるしかないですね」

「うん、そうするわ。ごめんね手間とらせて」

 お礼とお詫びをして電話を切る。

「しゃーない、外行ってくるか。今日くらいしかヒマないしなぁ」

 扇風機の代わりにうちわを手に取り仰ぎつつごろんと縁側に寝ころび、抜けるような青空を見ながら呟く。一度目を閉じる、すると見えないながらも視界が陰るような感覚がしたため目を開けると、目の前には二つの顔あった。

「こんにちは提督さん」

 白露と村雨だった。自宅とはいえ鎮守府内、鍵もかけていないので誰の出入りも自由。そんなところに尋ねてきたようである。

「おう、どうした」

 身を起こして二人を迎え入れる。二人とも休みなのだろう、艦娘としての制服ではなくプライベートの私服を身にまとっている。

「提督、この前言ったこと、覚えてる?」

 村雨から思わせぶりな質問がくる。

「ん…? あぁ、もしかして」

 思い当たるふしのある提督。

「そ、奢ってくれるっていったよね。ちょうど三人とも休みだし、今から外に何か食べに行こうよ」

 白露から回答とそれに対する要求が告げられる。先日の料理対決時のお使いに対するご褒美をねだりに来たようである。

「ちょうどいいや。よし、二人とも付き合え」

 渡りに船、出かけるつもりだった提督は二人を伴い鎮守府の外に買い物に出かけることを決める。



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その2

 着替えを済ませ二人の待つ玄関へと向かう提督。玄関の金魚鉢を眺め待っている白露と村雨。腰を折りくの字になって前かがみ、二人全く同じポーズで金魚を眺めているその姿を見た提督は「さすが姉妹」とちょっと笑ってしまう。

「お待たせ」

「よし、じゃあ行こう行こう。って、どうやって街まで行くの?」

「この鎮守府って車ってあるのか?」

「あったと思うけど、私たち使わないし。明石さんに聞けばわかると思うよ」

「提督、免許もってるの?」

 村雨が聞いてくる。

「もちろん」

 街に出るにはさすがに歩きでは厳しい。だからといって提督は艦娘のように艤装を身に着け海を奔ることはできない。陸路を選ぶのであれば市街地には少しばかり遠い、郊外の鎮守府から移動するのに車は必須。どこかにあるはずの車を探すため、三人並んで歩いて明石の工廠へ向かう。

「明石ー、いるかー?」

「ん? 提督じゃないですか。それに白露と村雨も」

 いつも通り何か作業している明石。手を止めて提督たちに目を向ける。

「なんですか、ダブルデートですか?」

「こういうのはダブルデートとは言わない」

「じゃあ二股ですか?」

 ニヤニヤしながら提督をからかう明石。

「予算下げるぞ」

 明石に対してのリーサルウェポンが炸裂する。

「あぁ、ごめんなさい! で、何用ですか?」

「車ってどこにある?」

「車ですか。それならこの建物の裏に置いてありますよ」

 すんなりと在り処が判明する。裏に回るとそこには小さめの車が一台、少しだけほこりを被った状態で置かれていた。

「動く、か?」

 心配そうにそれを眺める提督。

「壊れてはいないと思いますよ。あ、でもバッテリーはあがっちゃってるかもしれませんね、しばらく誰も使っていませんし。鍵は多分庶務科にあると思いますよ」

「私とってくるね」

 それを聞いた白露がダッシュでその場を離れる。そしてそれに合わせるかのように村雨も「忘れ物が」と一旦部屋へと戻る。残される提督と明石。

「ついに駆逐艦に手を出しちゃったんですか? しかも姉妹!?」

 勘ぐり過ぎの明石。軽く頭をひっぱたく提督。

「じょ、冗談ですって」

「もしバッテリーあがってたら、何とかできるか?」

「ええ、大丈夫ですよ。お出かけですか?」

「ああ。自宅の扇風機が壊れちゃったんで買いに行くのと、二人には飯奢る、それだけだ」

「なるほど。あ! 提督、申し訳ないんですけどついでにお遣い頼まれてくれやしませんでしょうか?」

 手をすりすりと合わせてお願いしてくる明石。

「ほほう、提督を使うとはいい度胸だ」

 「へへ」と苦笑いをする明石。

「何だ、そんな面倒なもんじゃなければ別にいいけど」

「助かります。じゃあちょっとメモしますんでお待ちを!」

 そんなに多いのかと引き受けたことを若干後悔する提督。待ちぼうけを食らう、ボンネットに腰を下ろして三人が戻るのを待つ。木々で日差しが遮られ風が通りとても心地よい。目を閉じたら寝てしまいそうなくらい居心地のいい場所。この鎮守府で一番いい場所を見つけたかもしれないと思う。

「ていとーく、取ってきたよ」

 先に戻ってきたのは白露だった。片手に車の鍵を携えて提督の元へ駆け寄る。

「おう、サンキュー。じゃあちょっとやってみっか」

 鍵を受け取り扉を開けて運転席へと乗り込む。鍵穴に差し込みいざエンジン始動…。やはりバッテリーがあがっているらしくうんともすんともいわない。セルの回る音だけが悲しく響く。

「ダメ?」

 運転席を覗き込む白露。

「ああ、でも明石が何とかしてくれるらしいから大丈夫だろう」

 一度運転席から外し、明石の元へと向かう。メモついでにバッテリーとプラグの持参もお願いし二人で担いで戻ってくる。ボンネットを開けケーブルを繋ぎ、再度運転席へと上半身を潜り込ませ鍵を回す。キュルキュルとセルの回る音とともに今度はブォンと大きな音を立ててエンジンが始動する。

「やった」

「よし、じゃあしばらくエンジンかけっぱなしでお願いしますね」

「OK。じゃあ村雨が戻ってチョットしたら出発…」

「お待たせー」

 タイミングよく村雨も戻ってくる。街までは少なく見積もっても車で30分程度はかかる。

その間エンジンが回っていればまず十分だろう。運転席には当然提督、後部座席に二人を乗せていざ出発。村雨の「スタンバイオーケー」の声とともにゆっくりアクセルを踏む。鎮守府内徐行、明石に見送られ工廠裏を後にする。そして正門までの短い距離、鎮守府内を車が走っている珍しい光景に目を留める勤務中の艦娘たち。それに対して窓から手を振る白露と村雨。中には連れて行けと追いかけてくるものもいたが、定員オーバーと席が空いているにもかかわらず強引に断る提督。事実、どれだけ荷物を載せるかわからないのだから。正門を抜け外界へ、提督にとってもここへ来てから初のプライベートな外出。ちょっとだけワクワクしていることに自分では気付いているのかいないのか。



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その3

 鎮守府を抜け一般道へ入る。窓を全開にしていると心地よい海風が車内に吹き込んでくる。晴れて景色も非常にいい、とばすことなく景色を楽しむためゆっくりと車を走らせる。二人も珍しい車窓からの景色を身を乗り出して楽しんでいる。海ばかりの彼女らにとっても提督同様この景色は新鮮なものであった。

「あ、そうだ。はいこれ、妙高さんから」

「ん、なんだ?」

 白露から紙切れを一枚渡される。今日は大淀が非番のため先ほど電話に出た妙高が庶務科の仕切りをしている。

「お遣い、お願いしますだって」

「揃いも揃って提督コキ使って…」

 明石に続き妙高も提督に対してお遣いを依頼してきた。立っている者は親でも使え理論がこの鎮守府には浸透しているのだろうかと考える。渡されたメモをチラ見してみると「ティッシュペーパー 買い置きのコーヒー」などなど、個数含めしっかりと記載されている。几帳面な性格の通りメーカーまできっちり指定。雑な買い物はできそうにない。

「あ…、提督」

 村雨が言いづらそうにしている。

「まさか」

「そのまさか。時雨や夕立からもお遣い頼まれちゃった。ああ、別に提督に買ってきてってわけじゃないから、寄ってくれればいいだけだから、うん」

「それならまぁいいけど。取りあえずまず飯、食いに行くか?」

「おー!」

「わーい」

 朝起きてからまだ何も食べていなかった提督。自身の腹を満たすことも兼ねてまずは約束を果たす。少しスピードを上げて市街地へと向かう。

「なに食いたい?」

 ご希望を賜る提督。

「んー、そうだなぁ」

「村雨、ピザが食べたいな」

 悩む白露に対して即決の村雨。和食メインの間宮と出前と近所のラーメン屋。確かに洋食はなかなか食べる機会に恵まれない。

「白露、それでいいか?」

「うん!」

「ピザ屋か、こんな田舎にあるのかね」

 姉妹は気が合う。さて、希望は確認したがそのピザ屋がどこにあったものか。ファミレスレベルで妥協してくれるかそれともきっちりとした窯焼きのピザか。運よく道中にそんなものがあればよいのだが。

 15分ほど車を走らせ市街地のちょっと手前に差し掛かると、一軒の食事処がある。

「あったよおい」

 

「こんなところにお店あったんだ」

 来ることをわかっていたかのように、真新しい建物の洋食屋が三人を迎える。看板に「窯焼きピザ」と記載されているので、お望みのものはあるだろう。屋根の上には煙突があるので、窯が本当にあるのだろう。車を駐車場へと入れてエンジンを切る。飛び降りて店に突撃する二人、その後を追う提督。まだ開店して間もない時間のためか客は提督達が最初であった。

「いらっしゃい」

 店の外観とは真逆、非常に野太い声、丸太のような腕、一見某国の退役軍人じゃなかろうかと思うほどの体格。そして顔全体に髭を蓄えた屈強なオッサンが出迎える、店主だろうか。そんなこと白露たちは気にも留めず席に腰かけメニューを眺めている。しかしそのただならぬ雰囲気の店主がどうしても気になる提督。席に着くまでお互い目を合わせたまま威嚇しあっている、散歩中の犬か。

「なににしよっかなー」

 提督がメニューを覗くと、こんなにあるのかと思うほどのピザの種類がメニューに並んでいる。アイツ只者ではない、カウンター裏でこちらを見ている店主に目を向けるとニヤリとされる。

「多分、この店美味いぞ」

「え、なんでわかるの? 来たことあるの?」

 白露が提督に問う。

「いや、無いが直感だ」

「? なにいってんの提督」

 程なくしてその店主が水を持ってテーブルまでやってくる。

「ご注文は?」

「えっとねー、迷うなぁ」

「迷ってんなら、俺に任せてみねぇか?」

「え?」

 三人そろって声を上げる。店主からの提案、従うべきか従わざるべきか。

「損はさせねぇよ、ピザ食いてぇんだろ」

「な、なんでわかるの?」

「顔に書いてあるんだよ。どうだい?」

 ここで提督はこの店主が只者ではないことを確信する。ほか二人は「なにいってんだコイツ」といった顔をしている。しかしその店主の自信満々の顔を見て考えを改めたようで、せっかくなのでその提案に乗っかることにする。

「じゃあ、ピザ3人前、お任せで」

「おうよ」

 ドスドスと巨体を揺らし厨房へと消えていく。そして奥から今度はバスンバスンと多分生地を練っているんだろうな、そんな音が響いてくる。

「おお、すごそう。ねぇ村雨、ここきっと美味しいよ」

 遠目に厨房をチラと除く白露が村雨にそんなことを言っている。提督はというとメニューもロクに見ずに決めてしまったため、値段が気になりメニューを開く。しかし、そこに書かれている値段は非常にリーズナブルで懐にやさしい。吹っ掛けられるかとも思ったがそれもどうやら杞憂に終わりそうである。

「食えねぇもんはあるかい嬢ちゃんたち」

「なーい!」

 好みを確認する店主。それに答える二人。

「あ、あのオレウリ科がダメなんで…」

 聞かれていない提督も一応答える。

「男は黙って出されたモンを食え。それにピザにウリ科なんて滅多に入らねぇから安心しろ」

 一喝され黙る提督。聞いている分には苦手なものは入ってこないであろうと、諦めて出てくるものを待つ。そして30分後、焼き立ての香ばしい匂いとともに三人分のピザがテーブルに並ぶ。

「へい、お待ち!」



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その4

「あれ、一枚多いよ?」

 その場にいた全員が当然気づいたことではあったが、まず最初に声を上げたのは村雨。三人分であれば三枚でいいようなものだがなぜか一枚多い四枚のピザがテーブルに並ぶ。

「一枚はサービスだ。マルゲリータだから誰でも好き嫌いなく食べられるだろう」

「わーい、ありがとう」

「それでは遠慮なく」

「いただきます」

 三人そろって手を合わせて唱和する。サイズも宅配ピザのように大きくはなく、一枚を一人で十分食べきれる程度の大きさ。余分に一枚あるが三人なら残さず食いきれるであろう。そして店主が気を遣ってくれたのだろう、四枚すべて具は異なる。小皿も貰いテーブル中央に四枚並べて、好きにちぎって食べるスタイル。

「あたしこれ」

「私こっち」

「んじゃ、これからいってみっか」

 三者三様、別々のものを取り分けいざ食す。

「…」

「…」

「…」

「んん~、美味しい!」

 落ちそうな頬に手を添え、美味しさのあまり声を出す村雨。白露もつられるように声を出して、次から次へと色々なピザに手を伸ばしている。

「美味いなホント。やっぱただもんじゃねぇなあの店主」

 食に明るい提督、同様の反応をして改めて店主を見る。店主も腕組みをしながらこちらを嬉しそうに眺めている。お互い「グー」のサインで、何か料理人同士にしかわからない意思疎通をしている。

「何枚でもいけちゃう。これで足りるかな?」

「まぁ多少なら追加してもいいぞ」

「ホント? わーい」

 奢る約束の提督、多少の無茶は聞いてやるつもりできている。艦娘の胃袋も一部を除けば底はある。この二人ならそこまでにはなるまいと考えている。すると、徐々に客が増え始め、店主もこちらばかり構っていられなくなったようで、注文はほかの店員に任せ厨房へと引っ込む。

 最終的に七枚ほどを平らげ店を後にする。会計の際店主に「あんたら鎮守府の人たちだろう? サービスするからまた来なよ」と、今後のサービスを確約されてしまったので、今後一部艦娘には行きつけの店となる。商売上手だなと感心する。

「はー、美味しかった」

「提督、また連れてきてね」

「時間が合えば、な」

 そうしょっちゅう奢るわけにもいかないので、そこは流す。

「さて、じゃあまずどこから行くかな」

「そういえば提督って何しに行くの?」

 白露と村雨には自身の目的を告げていなかったため、白露から質問が飛んでくる。

「ああ、扇風機買いに行くんだ。自宅のが壊れちゃってな」

「ふぅん」

「じゃあさ、電気屋さん行く前にちょっと時雨たちのお遣い済ませていいかな? 多分そっちのほうが近いから」

 村雨から提案される。

「構わんぞ。で、どこへ行けばいい?」

「もうちょっと行った先の服屋さん」

「おっけー、じゃあまずそこな」

 最初の目的地が決まる。ナビは村雨に任せて車は進む。腹が膨れて少し眠いが、二人の話声が賑やかなのでそれも何とか耐えられる。電球の替えも買っておこうか、自身の買い物も何かほかにないか考えながら、15分ほどで最初の目的地へと到着する。

「あそこ、入って」

 後部座席から身を乗り出してきて目的地を指し示す村雨。

「あいよ」

 スピードを落とし通り沿いの衣類量販店へと入っていく車。田舎によくある例の店『ファッションセンター島〇作』ここなら自身の下着やシャツなんかもあるだろう。この瞬間自分の買うものも増えた提督。空いている駐車場に適当に止めて、さっさと店内へと入っていく。

「提督、すぐ済ませてくるから。ゴメンね」

「ん? おう、そんな急がなくていいぞ」

 そそくさと店の奥へと消えていく村雨。白露は特に用事はないらしく、すぐ済むならと外で待っている。提督も自身の必要そうな衣類を見に村雨とは逆方向へと歩を進める。そして村雨はというと、ある売り場の前で足を止める。何と書いてはいないがそこは『女性向け下着売り場』であった。

「提督に見られちゃダメ、提督に見られちゃダメ…」

 なんか異様に緊張している。



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その5

 提督が男もののある反対方向へ消えていったのを確認して、頼まれ物を探し始める村雨。少しかがんで提督に見つからないように、買っているものを悟られないように相当気を遣っている。

「時雨ったら、なんで下着なんか頼むのよもう!」

 小さく叫ぶ村雨。用事というのは時雨からのお遣い、しかも下着というセンシティブなものであった。そりゃ提督には見せられない。姉妹がどんな下着を履いているのか、それを知られては何に使われるか(?)わからない。店内メタルギア状態で時雨の下着を探し回る。

「あ、あった」

 頼まれものを見つけた村雨。そこにあったのはフリフリヒラヒラスケスケ、とは程遠い上下セットのスポーティな黒の下着であった。流石に姉妹とはいえ他人に勝負下着を頼むわけもなく、普段使いのものを頼んでいたらしい。というか誰に対して勝負を仕掛けるのだろうあの鎮守府の艦娘。朴念仁昼行燈の提督はそもそも対象外であろう。

「サイズは…」

 自分の胸を揉み始める村雨。どうやらサイズは同じらしい。

「…これかな。1セットでいいんだよね」

 該当サイズの品を手に取り、また周りを見回して別の場所へと移動する。

「後は…、夕立のTシャツを。ってこれは適当でいいのか、部屋着だし」

 あとは夕立のもののようである。要望としてあるのは「少しダボっとしたの」というものだけのため、デザインなどお構いなし。ショップブランドのコラボシャツを適当に物色している。

「これでいいや」

 どこかで見たことがあるようなないような、怪しげな浮輪のイラストが描かれたシャツを手に取る。サイズは要望通り大き目でLサイズ、以上用事終了。と思いきや、もう一度下着売り場へと戻っていく。そして先ほどの時雨のものがあるところとは違い、今度はちゃんとした(?)下着の前に立っている。

「…」

 またキョロキョロ店内を見回している。そしておもむろに一つの下着を手に取って、先ほどの夕立のTシャツで畳み込むように挟む。今度は自身の下着であろう。時雨のこそ地味で言い訳も効くが、自分のに関しては今この場で提督に見られようものなら、恥ずかしくて今後目も合わせられない。男子高校生がエロ本をジャンプでサンドして買うかの如く方式でレジへと持っていく。

「おう」

「あ」

 レジ前でばったり提督と遭遇する。これがあるから危ない。しかし対策はきっちりと取っていたので問題なし。でも緊張はする。

「先いいぞ」

 レジを譲られる村雨。しかし先に会計をしてしまっては下着を見られてしまう! 店内が暑いから流れているわけではない、焦りからダラダラと汗が頬を伝う村雨。

「ん、どうした?」

 近づく提督、チラつく下着。マズい、これはマズい。村雨、どうこの危機を回避する。

「提督! 私まだ探すものあった、先に買って外で待ってて!」

 そう告げるとピューと走り去り、必要もないものの売り場へと消えていく。

「アイツ、なんで男物下着売り場にいってんだ?」

 違う誤解は生まれたが下着は提督に見られることなく無事購入。次の店へゴー。



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その6

「白露、おまえはどっか行きたいとこないのか?」

「んー、そだなぁ」

 村雨の用事が済んで次に向かうは提督の扇風機。食事は村雨の希望、さっきの店も姉妹の用事、白露本人の希望は今のところ特になし、提督が白露に何か希望がないか確認する。どうせ急ぐ外出ではないし時間にも余裕はある。多少接待してもよかろうと考えている提督。

「んー」

 悩む白露。

「無理に捻り出す必要もないぞ、あればでいい」

「わかった。提督が用事済ます間に考えておく」

「んじゃ、電気屋いくぞ」

 まばらだった通り沿いの建物が徐々に増え始める。そんな中に少し大きめの家電量販店が姿を現す。ウィンカーを出して駐車場へ。ここも空いているので適当に停める。ここは白露もついてくるらしく、三人そろって店内へ。店に入るなり村雨は「スマホみてくる」と一人別行動。そして残される提督と白露。

「お前はいいんか?」

「うん、扇風機見る」

「物好きだな、まぁいいや。さて扇風機は…」

 店内看板に目を向けて売り場を確認する提督と白露。白露が看板を見つけて移動、よりどりみどりの扇風機が並ぶ前へと到着する二人。

「どれにすっかな」

「提督、これにしようの。この羽のないヤツ」

 白露が一つの扇風機を指さす。

「ん、どれ…。たかっ!」

 白露推薦の品に目をやる、そして値札を見ると同時に吹き出しそうになる提督。自宅で使っているレトロな扇風機の額を倍にしてさらに丸を一つ増やしたほどの値段。とてもじゃないが買えない。いや、買えなくはないが今ここでこの額を使う気にはなれない提督。

「却下!」

「えー、かっこいいじゃん。一番高いし」

「お前の一番癖を値段にまで広げないでくれ、破産しちまう」

「じゃあこの小さいサイズのでもいいから」

 最初に指し示した品を一回り小さくしたようなものを今度は推してくる。しかしそちらもそちらで当然高い。

「却下、昼飯がひと月カップラーメンになっちまう。いいの普通ので」

「男気ないなぁ」

「こんなところで出す男気はない。それにこんなオシャレなの、あの家に似合うと思うか? レトロなのでいいの、レトロなので」

 一番安い、一番オーソドックスな扇風機の頭をポンポンとする提督。

「一応気にするんだ、そういうの」

「あの宿舎がデザイナーズマンションで、コンクリうちっぱなしみたいなオシャレ感バリバリの家だったら買ったかもしれないけど、あの築50年といった感じの日本家屋に、このダイ〇ンとかいうのは不釣り合いだろう。それにこんなにいっぱい機能いらないっての。羽が回ればそれで十分!」

 力説する提督。仮にこれを買ってしまった場合、誰かに目を付けられて結果鎮守府のお古と交換させられてしまう未来予知ができたのあって余計に買いたくない。被害は少ないほうのがいい、安さは正義と白露に言い聞かせる。それを聞く白露は、別に自分の買い物でもないのでどうでもよく「確かに羽がないとあ”あ”あ”あ”あ”って遊べないもんね」と、提督の力説に流されたのかそれ以上勧めてはこない。

「じゃあ、これレジ持ってけば…」

 商品棚の下にある、該当の品の在庫を手にするためにかがむ提督。

「ねぇ、提督」

 そんな提督の背中をつつく白露。

「ん、どうした?」

「これ見て」

 扇風機売り場の端に立っている宣伝用と思われる大きいポップを指さす白露。提督も品を抱え立ち上がりそれを覗く。

「…あれ?」

「これってさぁ、深海の戦艦さんだよね?」

 そこにあったのは、先ほどのお高い扇風機とともに並んで写っている戦艦棲姫の等身大ポップだった。扇風機に肘を掛け背をこちらに向け振り返るポーズ。服を着ているがその衣装に浮かぶ尻のラインが妙にエロい。『吸引力は伊達じゃない、扇風機も伊達じゃない』というキャッチコピーがそこには添えられている。

「…?」

「仕事してるんだ。にしてもスタイルいいねー」

「…、まぁ平和だからなんでもいいっしょ」

 深海勢については色々考えることを辞めた提督。平和ならそれでよし、それに勝る結論はない。

「ねぇねぇ提督。ゲーム買って」

「自分で買いなさい」

「またデートしてあげるよ?」

「タダ飯食いたいだけだろう、おまえは」

「バレたか」



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その7

扇風機をレジに運ぶ途中、別コーナーにいる村雨の頭上半分が棚越しに見える。「スマホコーナーに行く」といって別行動をとっていたが、どうも今いる場所はそこではない。レジに向かうついで村雨のもとに立ち寄る。

「何見てんだ?」

「あ、提督。えっとね、宿舎の談話室にあったポットが壊れちゃってさぁ。今お茶もコーヒーも淹れられないんだ。だから替わりに良いのないかなって」

「何だ、壊れちまってんのか」

 鎮守府内の知らない事実がここで一つ提督の耳に入る。入ることは滅多にない艦娘の宿舎。完全な出禁ではないが女の園に一人男が紛れ込んでも異物扱いされるだけで、お互い気まずいのは承知しているのからこそそこらへんは自重している。だかこそこういう小さいことはわからない、提督の耳には本来入ることなく庶務科で処理されてしまうことだろう。

「たぶんまだ庶務のほうにも伝わってないだろうし、今買っちゃおうかなぁって」

「なるほど…」

 それを聞いた提督。抱えていた扇風機を床に置き、おもむろに電話を取り出して鎮守府に電話を掛ける。電話はすぐにつながりそして会話もすぐに終わり、振り返りそして村雨に告げる。

「買っていいぞ、出してやる」

「え、いいの?」

「あぁ。それは経費で落ちるし立て替えておいてやる。好きなの選べ」

「やったー。ありがとう提督」

 鎮守府の長らしいことをする提督。どうせ自身の懐は痛まないので、ついでに済ませられるならと気を利かせただけである。村雨と白露が二人で物色し始める。

「提督、これでいい?」

 村雨が一つの商品を指さす。

「ん…、なんだこりゃ?」

 みると、それはポットというには程遠い形をしている。先ほどの扇風機と若干似ているのは真ん中が抜けているからだろうか。これで本当にお湯が沸くのか、若干心配になる提督。その珍妙な形をした機械をまじまじと見る。

「これでお茶淹れられんのか?」

「うん、ここにカプセルセットして…」

 村雨が解説してくれる。最近の家電にそう詳しいわけではない提督、村雨の言うことを丸々信用するしかない。なんか普通の安いのでも良さそうだが、涙目で懇願され結局押し切られてその品を購入することになる。

「最近のポットは結構高いんだな」

 提督の購入する扇風機の5倍くらい値段のするそのポット。その場に商品がないため札をもってレジに向かう。

「18,128円です」

「大事に使えよ」

「わーい、みんな喜ぶよ。ありがとうね提督」

 別に村雨の私物ではなく何十人もの艦娘が使うと思えば安い買い物だろう。それにどうせ経費で落とせるわけだから、と考える提督。だが、その経費が落ちることはなかった。そう、それはポットではないからだ…。

「さてと、次は明石のお遣いを済ますか」

 これで今この場にいる者の用事は全て済んだことになる。あとはお遣いである。明石と妙高、同じところで済むものではなかろう、おおよその察しは付いている提督。ならばまずは面倒くさそうな明石から。

「何頼まれてるの?」

「んと、なんだ。メモメモ…」

 ポケットに突っ込んである明石からのメモを取り出す。

「…、明石連れてくればよかった」

「え?」

 

 買い物はまだ続く。



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その8

 明石のお遣いのものがある最寄りのホームセンターへとたどり着く。駐車場に車を止めて車外へ出ると、上空を何やら飛んでいるものがあり目に入る提督。しばらくみているとそしてそれは徐々に大きくなり、どうもこのホームセンターめがけて飛んできているような軌道にしか見えない。「深海さんの空襲?」と雑に考えてしまう。

「なぁ、あれってなんだ?」

 提督が呟く。二人なら知っているかも、そう答えに期待はしていないが一応念のため。

「水上機の群れじゃない?」

「だよねぇ」

「群れ?」

 あっさり答えが返ってくるが、何かおかしな日本語が耳に入ってきたためにすぐには理解できない提督。連れの二人はそれを目にした瞬間なんであるかも理解している様子。近づく水上機の群れ、下には何かぶら下がっている。複数のプロペラの音がひときわ大きくなり三人のほぼ直上に達したその時、ぶら下がっていた何かがここにめがけて落下してくる。

「ちょ!」

 身構える提督とは対照的に動じない白露と村雨。すると提督が身構えると同じくらいに上空で何かが開き落下スピードに急ブレーキがかかる。ゆっくりフワフワ落下してくるその物体、というか人。落下スピードが遅くなったことで逃げ腰だったその体を元に戻し、改めて落下してくる物体というか「艦娘だろうな」と、大体察しがついた提督。それはゆっくり三人の前に降り立つ。

「よいしょっと」

 フワリと舞い降りた天使のようなその人、瑞穂であった。傘を折り畳み上空の水上機に向かって「ありがとう妖精さーん」と手を振る。

「あら提督、こんにちは。いらしてたんですか?」

 目の前に立つ三人に気づき、何事もなかったかのように提督に挨拶をする瑞穂。

「瑞穂さんこんちわー」

「あら、白露さんに村雨さんも。こんにちは、お買い物ですか?」

「提督の付き合いだけどね」

「あのさ、今空から来たよね? 親方に教えたほうがいいのかな? 空から女の子がーって。そんでもって空にラピ〇タとか探しに行ったほうがいいのかなオレは」

「明石さんのお遣いなの」

「あら、そうでしたか」

 提督の言うことなんか聞いちゃいない三人。空から降ってくることなどさも当然と言わんばかりに、華麗にスルーして会話をしている。

「群れって何? 親鳥の代わりして水上機越冬させるつもりなの? そんなに寒さに弱かったの??」

「あら、提督。そういえばご存じありませんでしたね」

 やっと提督のほうを向いて答えてくれる瑞穂。

「あれ、うちの子たちですよ。私たち遠出する足がないじゃないですか。だからそういうときはアレにつかまって移動するんです。水上機母艦の皆さんは普通にやってることですよ」

 上空を旋回している水上機を見つめながら説明してくれる瑞穂。

「えぇ…」

「あの少し光ってるのがリーダーの子です。特別なんですよ」

 指をさして教えてくれる瑞穂。提督が見たところでどれも同じにしか見えない水上機だったが、彼女らには違いがわかるようだ。そもそも特別とは何だろう、悩む提督。

「さぁ、お店に入りましょう。日に焼けてしまいます。折角ですからご一緒しましょうか」

「お、おう…」

 瑞穂に促されて店内へと移動する三人。上空では鳥がギャーギャーと騒ぎ立てている。どうやら水上機とバトっているようだが、勝負になるのだろうか。非常に恐ろしい、生態系にやさしくない移動手段を見てしまった提督。ついでに「なんで瑞穂がホムセンに?」という疑問も湧いてくるが、上空のことに比べれば些細なことだったので忘れることにした。



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その9

「ネジはこれ、ボルトはこれですね。あと工具は…、あちらですね」

 やたらと日曜大工系のことに詳しい瑞穂。聞くところによれば常に持ち歩いている三方のギミックは自作らしく、季節ごとに自身でネタを作成し仕込んでいるらしい。「今なら鳩を出せます」と、ホームセンター内で鳩を大量に出して見せる瑞穂。店内が鳥臭くなる。今日も次回作の材料を調達しに来たらしく「次は火を噴きたい」とのことらしいが、それはもう兵器ではないかとツッコミたかったが愚問とわかったのでやめる提督。しかし、この偶然の出会いのお陰で明石のお遣いはすんなり片付く。

 店を出て瑞穂とはここで別れる。

「年末、楽しみにしていてくださいね」

 と、忘年会ネタを今から仕込みに来ていたことが別れ際に判明する。そして上空待機していた水上機にさらわれるように空に舞い上がり、そして彼方へと消えていく(鎮守府のほうだけど)

「オレ、見かけで人判断するのやめるわ」

 空の向こうに見える瑞穂を眺めながら呟く提督。

「なにいってんの? 当り前じゃん」

「さぁ、最後のお遣い済ませに行こう。イ〇ン〇オン」

 残すは妙高からのお遣いのみ。

「あ、そうだ提督」

 村雨が提督に声を掛ける。

「何だ、まだ寄りたいところがあるのか?」

「うん。でも最後でいい、買い物終わったらちょっと寄って欲しいところがあるんだ」

「あぁ、あんま遅くならないなら構わんぞ」

 手を合わせてお願いしてくる村雨。それにほぼノータイムで了解の言葉を返す提督。

「やった、ありがとう」

「じゃ、いくか」

 三人が車に乗り込み最後の調達先へと向かう。

 

 そして、最後のお遣いが片付く。

「で、村雨。どこに行きたいんだ?」

 両手いっぱいの荷物をトランクにしまいながら村雨に問いかける提督。今だ目的地は聞けていない。そんなに言いづらいとこなのだろうか、なんて勘ぐっている。

「えっとね、ここからちょっと海のほうに行ってもらうとあるんだけどね」

「海?」

「あ、もしかして」

 白露は何か分かった様子。

「うん、あそこ。最近ほとんど行ってなかったしね」

「だね、久しぶりに見たいね」

「??」

 二人で話が勝手に進む、理解が追い付かない提督。

「さ、行こう提督」

「お、おう」

 車に押し込められ、言われるがままに車を走らせる提督。日が傾きオレンジ色の光が車内に入ってくる。どこへいくのだろう、何もわからずハンドルを握るが少し冒険の匂いがして不安どころか期待が上回っている。そして20分ほど走った頃、海へ続く一本の道へと入り込む。そこから間もなくだった、視線の先に大きな建造物のようなものが見えてくる。

「あれって…」

「あそこ、あそこに行きたかったの」

 優しい声が後部座席から提督に返ってくる。車は速度を緩めそしてその大きな建造物の前で止まる。ドアを開け外に出る提督、そして視線は自然とその目の前のものへと向けられる。

「灯台?」

「じゃないよ、これはね…」



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その10

 そういうと、白露と村雨が提督の前に出てそのまま歩を進める。見るとその先には階段があり、その塔と呼ぶのが相応しいものの上部へと続いている。そのままひょいひょいと上りだす二人。それに続く提督。

「いいのか、勝手に上っても?」

 不法侵入にはならないか一応心配する提督。大人だし保護者だし、当然の不安。

「うん、平気だよ」

 振り向きもせずその問いに答える白露。全てわかっている、そんな感じの答え方だった。

「…」

 無言で二人についていく提督。見れば結構高い塔である。ざっと30メートルくらいはあるだろうか。あまり高いところが得意ではないので、上に行くにつれちょっとだけ足がすくむのがわかる。

 塔内部の階段を上り切り頂上へとたどり着く。一気に視界が開けその視線の先に見えたものは、広大な海だった。

「うぉ、すげぇ…」

 単調な表現だがそれ以上出てこない。オレンジ色の陽に照らされた広大な太平洋が提督の目に映っている。そして視線を少し右に移すとそこには鎮守府が見える。

「お、あそこ鎮守府か」

 高い場所であることを一瞬忘れてはしゃぐ提督。ぐるぐると360度パノラマの景色をこれでもかと眺める。そして一しきり見たところでやっと一つ置かれているものがあることに気が付く。

「ん、なんだこれ?」

 それに近づく提督。遠目からでもそれが何なのかは大体察しがついた。折れた棒状の物と錨、そして一枚のパネルのようなものがある。そして目の前までたどり着き、それがなんであるかを理解する。

「…これ」

「うん、私たちの誓い」

 提督の少し後ろから、白露が呟く。そこに書かれていた言葉はこう『不戦の誓い』とある。

 

 私たちは二度と誰かに砲口を向けはしません

 その奪った命の後ろにはその命を大切に思う人が必ずいるから

 私たちがある限りこの海の平和を守ります

 戦いを辞めて降ろした錨を二度と引き上げるようなことのないよう

 奪ったものは二度と帰ってこないのだから

 

「ここね、深海さんたちとの戦いが終わった後に作ったの。彼女たちと一緒に」

「これと同じものが深海さんたちの本拠地にもあるんだよ」

 静かに口を開いてここがなんであるかを提督に説明してくれる二人。それを二人に視線も向けずに黙って聞いている。折れた棒だと思っていたものは、砲身だった。恐らく艦娘か深海棲艦いずれかのものだったのだろう。それが錨と共にそのモニュメントに埋め込まれていた。

「今はもう戦うことはしていないけど、自分が何だったか、何をしてきたかを思い出すためにたまに来るようにしてるんだ。提督も案内したかったしね」

「提督も忘れないでね、そういう時があったこと、私たちがここに来るまで通った道のことを」

「…うん」

 静かに答える提督。大変ではあるが気楽な稼業と少し思っていたここでの提督業。しかしそれは誰かが築いたものだったということを忘れていた、それを恥じる。そして海とそのモニュメントに向かって目を閉じ手を合わせる。それを黙って見守る二人。穏やかな海、かすかに聞こえる波の音。ここに二度と響かせてはいけない音と声がある。それを深く刻み込むのにそう時間はかからなかった。



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その11:終

 …とっぷり

 

 というのが非常に適切な表現だろう。すでに日は落ちライトをつけて鎮守府へと続く道を急ぎ走っている提督一行。あの後白露が「晩御飯外で食べたい」なんて言い出したもんだから、また一しきり店を探すために車を走らせ、行列のできるラーメン屋なんかに入ったもんだからこんな時間。一応門限がある鎮守府、届け出なくそれに遅れると提督艦娘区別なく反省文という名の始末書を書かされることになる。ギリ間に合うかくらいのタイミング。

「おおお、怒られるぅぅぅ!!」

「いそげー、いぇーい!」

「とばせー!」

 ルパンの車が飛び跳ねるかの如く、道を爆走するミニクーパー(ここにきて車種特定)そして暗闇の先に鎮守府の門が見えた。

「20時58分、間に合った!」

 少しスピードを緩めてチェッカーを受けるかのように門をくぐり鎮守府内に滑り込む提督運転の車。

「はー、よかったー」

 ハンドルに寄っかかる提督。

「おつかれさまー」

「ただーいまー」

 後部座席から先に降りる二人、自分の荷物をもって宿舎へと戻っていく。一息ついた提督、車庫に戻そうと身を起こしハンドルに手を掛けると、まだ付いたままのライトの先に人影があることに気づく。照らされていてはっきりとはわからない。

「ん、誰?」

「おかえりなさい提督、お早いお帰りで」

「あ”」

 声の主は妙高だった。それと同時にお遣いの中にあった品物を一品思い出す提督。そう、夕食の足しにしたいとのことでお願いされていた、お気に入りのたこ焼き。当然夕食には間に合わず冷め切ったものがトランクの中で眠っている。

「ち、チンして食べてもらえれば…」

「私はそれでもかまわないんですけど、羽黒が泣いちゃうなぁ。ってかもうとっくにベソベソしてますけどね」

 

「提督さんが…、提督さんがたこ焼き持って帰ってきてくれないぃぃぃ!!!」

※現在の自室の羽黒の様子

 

「食べ物の恨みは怖いですよ?」

 鎮守府一泣かせてはいけないといわれている羽黒を泣かせてしまった提督。車を車庫に戻し冷めたたこ焼きを手に羽黒の元へと向かう。泣き止ますのに2時間かかったという。そして同時刻、買ってきた湯沸し器もといコーヒーサーバーは宿舎の談話室でフル稼働している。カプセルはあっという間に底をつき、追加分を庶務科に請求するが当然通るわけもなく、結局そのカプセル代は提督の給料から天引きされる形で補充され続けることとなった。しばらくして談話室にはこんな張り紙がされる。

 

 1日10杯まで!!(お願いだから



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第7話:深海棲艦ズ熱海慰安旅行珍道中!
その1


「支配人、今年も深海棲艦が勝利したようです」

「そうか…」

 とあるホテルの一室、秘書と思われる人物がそのホテルの支配人に先日の艦娘対深海棲艦の野球大会の結果を報告している。とても神妙な面持ちでその報告を聞いている支配人、それほど彼女らは招かれざる客なのだろうか。

「いかがいたしますか?」

「…出来る限りの準備はするのだ、お客様であることに変わりはない」

「承知しました」

 そう支配人が告げると秘書は部屋を後にする。扉が閉まると伏せていた顔を上げ立ち上がり、窓の外に顔を向ける。

「今年も来るのだな…」

 やはり相当身構えている様子である。オーシャンビューの部屋、その水平線の先を見つめる支配人。ガラスに映るその顔、しかし先ほどまで秘書に向けていた神妙な面持ちから少し口元が緩んでいるようにも思える。その背にあるデスクの上には宴会場で楽しむ深海勢を写した写真がある。その中心には笑顔で収まっている潜水新棲姫の姿があった。

 

 

「明日から行くみたいだね、鶴ちゃんたち」

「ん、どこにだ?」

 提督執務室で油を売っている瑞鶴。椅子に逆向きに腰かけてスマホを眺めている。

「熱海、野球の副賞のアレ」

「あぁ、あれか」

 瑞鶴のスマホに『鶴ちゃん』こと深海鶴棲姫からメッセージが届いているらしい。その内容を提督に伝えている。

「この暑いのに大丈夫なのかアイツら」

「大丈夫でしょ、去年も行ってるんだし。それに暑いのより寒いほうが苦手らしいし」

「そうなの?」

「そうだよ」

 理由はわからないがそうらしい。納得するしかない提督。

「てか瑞鶴、仕事は?」

「…」

 シカト、スマホをいじり続ける瑞鶴。

「なんか言ってよ」

「お土産なにがいい? だって」

「えっとね、ときわぎの百年羊羹」

 ノータイムでリクエストを伝える提督。

「りょーかい」

 ポチポチ操作して返事をする瑞鶴。サボりの理由は結局聞けず仕舞い。

「フム ヨウカンダナ」

 ところ変わって深海島(めんどうなのでそう呼称することにした)瑞鶴からの返事をみている鶴姫。返事を返して机にスマホを置く。そして部屋を出て別室へと向かう。

「ヒメヨ ジュンビハデキタカ?」

「ウン ダイジョウブ」

 そこにいたのはヒメコこと潜水新棲姫。明日の出発に備えて荷物を整えている最中だった。

「ハヤクアシタニナラナイカナ」

 嬉しそうに飛び跳ねる潜水新棲姫(今後めんどうなのでヒメコで統一)

「ウム タノシミダ」

 冷静そうに見えるが内心非常に心躍っている鶴姫。他でも明日の準備にいそしむ深海棲艦たちがいる。勝利のご褒美、そして味を占めた熱海の色々な味覚に観光。窓の外の海を見つめて目がキラキラしちゃっている。



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その2

 翌日

 

「あっついねー」

「うん、それには同意するけど…」

 机に向かって仕事中の提督だが、なぜか聞き覚えのある声が窓際から聞こえてくる。

「あのさ、連日なんで俺の部屋にいるの? そして勝手に冷蔵庫開けて私物のアイス食べないでくれる? しかもそれ一番高いヤツだし、補充しといてよ?」

 昨日に引き続き提督執務室でサボっている瑞鶴。備え付けの冷蔵庫からアイスを取り出し、提督が先日のドルチェグストの一件でタガが外れ、結局買ったダイ〇ンの扇風機を自分のほうへ向け、完全な暑さ対策をとって窓辺に寄りかかって外を眺めている。これで給料がもらえるのだからいい商売だ艦娘とは。

「あ、飛行機。そういえばそろそろ乗ってる頃かな鶴ちゃんたち」

 はるか上空を飛んでいる飛行機を眺めて瑞鶴が呟く。明日、いわゆる本日熱海に立つといっていた深海勢が乗っているのではと短い飛行機雲を目で追っている。

「え、飛行機で行くの?」

「そだよ。さすがに遠いじゃん、北海道のさらに北から熱海までって」

「どこ経由?」

「さぁ、詳しくは聞いてないけど。たぶん羽田まで行ってから新幹線で熱海じゃない」

「てっきり海をいくもんだとばっかり思ってた」

「提督冗談キツいよ。私たちだって遠出するときは車だって電車だって使うんだから。あの子たちだって乗るっての」

 カラカラ笑って答える瑞鶴。

「絶対なんかトラブル起こすよね…」

 提督のその不安は大体当たっている。

 

 …2時間ほど時は遡り女満別空港にて(最寄り空港)

 

「あ…あの、お客様。それは機内にお持ち込みはできませんので…」

「ン ナンダ ダメナノカ」

 深海サーモンズのユニフォームに身を包んだ深海棲艦ご一行様が空港の搭乗ゲートで捕まっている。一見すると全員ユニフォーム姿で何を思ったか全員サングラス着用、メジャーリーガーの来日もしくは出国と勘違いしてしまいそうな光景だが、まごうことなき深海棲艦。そして早速金属探知で引っかかっている。というのも、彼女ら自身は問題ないのだが「あったかい海で泳ぎたい」というイ級が何匹かいたため、各自小脇に抱えて搭乗口へ向かった、そして鳴る。金属だからダメなのか生き物だからダメなのか、そんなことは読み手の判断に任せるが、どこのトラブルシューティングマニュアルにも書いていない事態に遭遇した空港職員がテンパっている。流石にここまで来て「一人で帰りなさい」も出来ないので、用心のために空港まで見送りに持ってきた(連れてきた?)三連装砲さんに預けてその場は通過する。イーイーと悲しそうに向こうで鳴いている。

「サテ トウジョウマデジカンガアル ロビーデクツロゴウカ」

「ウン」

 ワンコがヒメコを連れて乗客の待機ロビーへと向かう。その途中にお土産を売る店があり、ヒメコの目に一つの品が目に留まる。

「アレ… レップウ?」

 んなものがこの現代の空港においてあるわけもなく、それは航空機のミニチュア模型だった。ワンコの手を放し土産物屋へと駆け寄っていく。ほっぽから「レップウハイイゾ」と常々耳にタコができるほど聞かされていたため、それがどんなものか非常に興味があった。ショーウィンドウに並ぶそのミニチュアを食い入るように見るヒメコ。

「あらお嬢ちゃん、飛行機好きなの?」

「ウン」

 店のおばちゃんが声を掛ける。

「コレ ホシイ」

「あら、じゃあ買う? お金持ってる?」

「ア… モッテナイ」

 その言葉にシュンとして悲しそうな顔をするヒメコ。グラサン掛けてるのになんとなくわかる。そこに手を離されたワンコが後ろに立つ。

「ドウシタンダ?」

「コレ ホシイ」

「ドレ」

 覗き込むワンコ。

「フム チョットタカイナ デキレバイマココデオカネハツカイタクナイノダガ アタミデツカエルガクガヘッテシマウ」

「残念だったねぇ。我慢して次買ってもらいな」

 ヒメコを慰める店員のおばちゃん。

「ダガ コレナライマツカッテモ ゼンゼンカマワナイノダガ」

 そういうと、カバンをごそごそとまさぐり始めるワンコ。カバンから引き抜かれた掌の上には、何やら黄金色に輝く小さなものが乗っている。

「スマナイ コレデコウニュウデキナイカ?」

「ん…なんですこれ?」

 ワンコの手のものを摘まみ上げる店員、やたらと重い。

「『キン』トイウモノダ コレナラヤマホドアルノダガ」

「ええええええ!!!????」

 当然驚く店員。さすがにどの程度の重さで時価どの程度かその場でわかりはしないが、確実にこんなミニチュア何十個でも買えるだけの価値があることは判断が付く。結局それを受け取り、一つ航空機のミニチュアをヒメコに渡すことになった。

「あ、ありがとうございます!」

 深々とお辞儀をする店員と、それを許可した空港責任者。

「ワーイ ホッポニジマンスルンダ」

「ヨカッタナ」

 待合ロビーに消えていく二人。数日後、熱海ではちょいとしたゴールドラッシュになったらしい。それはまた後程。



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その3

ご注意

この話から深海棲艦のセリフを通常表記として記載しています。
だってカタカナ変換面倒なんだもん!


 いざ搭乗。30名程の深海勢がゾロゾロとボーディングブリッジを歩いていく。一般客は何事かといった感じでその行列を物珍しそうに眺めている。見られている側は特に何も気にはしていないが、子供で愛想のいいヒメコやモデル稼業をしている戦艦姫あたりは手を振っている。写真にも快く応じている。そんなこんなで割りとスムーズに搭乗は完了する。

 機内後部が異様な光景に包まれている。白い衣装と黒い衣装、深海勢の来ている服のせいかやたらモノトーン調で目に痛い。初めての飛行機、実のところ昨年は気合いで海路を行ったため乗ってはいない。

 その昨年の話だが、熱海に向かう際大勢で海を進んでいる最中、深夜当然のように道に迷いどうしたものかと悩んでいたところ、近くに漁をしている船を見つけ道を訪ねた。彼女らとしては何の気なしに聞きにいったのだが、漁船側からすれば当然そんなところに人がいるはずもない、いて魚くらいのものだ。結構なスピードで船に近づいてくる、徐々に血の気が引いていく船員。そしてそれが余りに白く美しい女性だったものだから「船幽霊だ!」と、関東近海の漁港ではしばらくの間で噂になったという。そんな反省もあり、今年はおとなしく空路を選んだという経緯もある。

 

 機内に話を戻そう。

 飛行機初体験の彼女らは、完全にお上りさん状態でキョロキョロと機内を見まわしたり窓にへばりついて外を眺めたり、CAさんに「写真撮ってもいいか」などなど、自由気ままにやっている。結構礼儀正しいのでCAもそう困っていない。

「まもなく離陸いたします。皆さまシートベルトをお締めください」

 お決まりの機内放送が流れてくる。

「これを締めればいいのか」

 腰元にあるベルトを手に取り眺めるワンコ。しかしアタッチメントの存在が見えていないのか、そのまま強引に体に縛り付ける。

「おねえちゃん、私のも締めて」

「うむ、ちょっと待っていろ」

 ヒメコから頼まれ、彼女の分も同様に体に巻き付ける。小さい分固定しやすい。

「あ…あの、お客様」

「ん、なんだ?」

 CAから声がかかる、そりゃそうだ。

「それはそのようにお使いになるのではなく、そちらの器具にはめて頂ければ大丈夫です」

 アタッチメントを指さすCA。

「お、なるほど。そういうことだったのか。すまない」

 素直に応じて、体に巻いていたベルトを取り外し正常な使い方へと戻す。ボンレスハムのようにぐるぐる巻きだったヒメコも普通の状態に戻る。

「それでは離陸いたします。機体が揺れることがございますので十分ご注意ください」

「ワクワク」

「…」

 楽しそうなヒメコに対して変な緊張をしているその他大勢。機体が徐々に加速して体に多少のGが掛かる。そして今まで体験したことのない浮遊感が彼女たちを襲う。

「おぉ!」

 わかりやすい驚き方を全員でする。

「浮いたぞ!」

「飛んだぞ!」

 そりゃそうだと提督がいればツッコんだかもしれないが、今ここに適切なツッコミ役はいない。敢えて挙げるのであれば前のほうで乗務員席に座り彼女らを見ているCAが心の中で「そりゃそうだ」と思っているくらいである。

 機体が徐々に高度を上げていく。それをとても楽しそうに窓の外を眺めているヒメコ。そしてある一定の高度に達した時、それは起こった。

「うおっ!」

 深海勢全員が一斉に声を挙げて耳を押さえる。そう「耳キーン」である。余りにも綺麗に一斉に耳を押さえたものだから、見ていたCAが吹き出しそうになっている。しばらくその画のまま固まる。



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その4

 耳鳴りも収まった一同。一部飛行機酔いをしたり足が地に着かない感覚で顔面蒼白になっている者がいたりと、若干名CAにご迷惑を掛ける輩がいるがそれ以外目立って問題は起きていない。CAに飲み物を頼んだり外を眺めたり、アイマスクを付け熟睡している者もいる。

「すごーい、海があんな下にある」

 嬉々として窓の外を眺めているのはヒメコ。横では無表情ながらそれを嬉しそうに(?)眺めているワンコがいる。袖を引かれワンコ自身も窓に近寄って同じように外を眺める。

「本当に綺麗だな。私たちの棲む場所は世界一美しいのかもしれない」

「そうだよねー」

 自分たちが生まれ出でた場所を誇らしく思う。

「あ、あれは船かな?」

 相当な高度にあるにもかかわらず、海面に浮かぶ船を捉えるヒメコ。ケニアの方々より眼がいいのでそれくらい朝飯前である。いつまでも窓の外を眺めるヒメコ。体を席に戻して提供された飲み物を口にしているワンコ。

「あれ?」

 ヒメコが眼下の何かに気が付く。

「ん、どうした?」

 その声に反応し、改めて身を乗り出し窓の外を覗くワンコ。

「あれって…」

 

 

 …所変わって1時間ほど前の鎮守府港の堤防上

 

「よっしゃー、釣れた釣れた!」

「うおっ、早過ぎないか? ってか潜水艦がお前の針に魚くっつけてんじゃねぇのか?」

 提督と数名の駆逐艦、そして潜水艦たちが鎮守府の港で釣りに興じている最中である。稀に「今日のおかずは釣りなさい」と間宮さんからお達しが出ることがあり、提督はデフォで参加として他数名有志(暇を持て余しているメンツ)の艦娘と釣りをすることがある。

「そんなことするわけないでち、提督のセンスがないだけでち」

「ですってー、でっちの言う通り!」

 海面から顔を出したゴーヤとろーちゃんが今のところ丸ボウズの提督をからかっている。横ではビーチパラソルの下で読書に勤しむはっちゃんがいる。

「提督、晩御飯寂しいのは嫌ですよ?」

「わかってるっての。てか、潜れるなら獲ってきてくれよ」

「イヤです、今日はこの本読み切らなくちゃいけないんです」

 あっさり断られる。

「私たちは魚群探知するだけ、あくまで釣り勝負ですよ」

「そうそう、ほらほら早く釣らないと負けちゃうよー」

 でっちとろーちゃんの少し後ろ、しおんとしおいが顔を出してこれまた提督をはやし立てる。ボウズである事実は事実、悔しそうな顔で釣り糸を垂らし続ける提督。

「へっへーん、こりゃダブルスコアついちゃうかな? おっと、また引きが」

 横で釣っている深雪までもが提督を煽り始める。

「ちくしょう…」

 少し身を乗り出し海面を覗き込む提督。

「あれ?」

 深雪の後ろでその対決を眺めていた白雪がふと何かに気が付く。

「ん、どうした?」

「あれ…、深海さんじゃありませんか?」

「え?」

 海の向こう、遠くを指さす白雪。釣竿を置き体の向きを変え白雪の示すほうに目を向ける提督。しかし何も見えない。艦娘も人よりは眼がいいため凡人の提督より遠くの何かに気づくのは早い。

「…全く見えんぞ」

 手で日差しを遮って目を細めてみるがやはり何も見えない。他の艦娘たちもぞろぞろと後に続く。はっちゃんだけは気にせず読書を続ける。

「…あ、あれ水母さんだ」

 最初に気づいたのは敷波だった。

「水母?」

「うん、瑞穂さんとかと同じ水上機母艦の深海さん。テストさんと田舎が一緒の深海さん」

「へぇ…って、よくわかったな」

 気になる情報はあるにはあったが、さして自身の生活に重要ではないだろうと判断したためスルー。そして誰か判明したところで提督にはわからない、だって見たことないんだもん。ということで改めて目を凝らすがやはりさっぱりである。しかしそんな提督にも一つだけ分かったことがある。

「なぁ、あれって飛んでない?」

「飛んでますね」

「飛んでるね」

「飛んでるでち」

「飛んでますって」

 

 …時と場所は戻って機内

 

「あれ、水母おねえちゃんじゃない?」

「………」

「なんであそこにいるんだろう?」

 不思議そうにそれを眺め続けるヒメコ。席に戻り被っていた帽子を目深にして、ズーズーと飲み物をすすりだすワンコ。無くなったのでおかわりを頼んでいる。

 

「あれほど起こせといったのに!!!! 港湾め、熱海で会ったら覚えていろ!!!!」

 すごい数の深海ver水上機のじゅうたんに乗ってちょっと泣きながら海の上を駆けて行く水母水姫。音速は出ている。ソニックブームが引き起こす白波は、遠く鎮守府からでもしっかり確認することができた。

 

「海の珍走団でち」



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その5

「熱海、熱海ー。ご乗車ありがとうございました」

 羽田から京急で品川、そこから東海道新幹線で熱海まで。熱海自体は二度目の訪問だが、公共交通機関を使っての移動は前述の通り初めての深海勢。女満別でもあれだけ人目を引いたのだから、そりゃ東京ならその何十倍と人目を引く。空港から品川まで、彼女らが通るところモーゼの如く人が左右に割れ自然と通り道ができる。それを何の疑問も持たずにむしろ「東京とはいいところなのだな、道を譲ってくれる」と勘違いして歩いていく。当然写メやらムービーやらは撮られまくっているが、もちろん手は振るし笑顔で応える。

「ふう、着いたな。飛行機はちょっと焦りもしたが新幹線とはいい乗り物だな」

「ああ、来年も来れたとしたら今度は全て陸路にしようか。サッポロとやらまで行けば新幹線が通っているのだろう?」

 ホームに降り立ったワンコと戦艦姫が、乗ってきた新幹線を眺めながら早々と来年の計画を立てている。ちなみにまだ函館止まりです。

「うむ、自分の足ではなく文明に頼るのも悪くない。しかしこのアイス、まだ溶けないぞ?」

 戦艦姫が左手で全力で握りしめているカップアイスがあるが、乗ってすぐ買ったのにまだガッチガチの状態。スプーンすら刺さらないため握りつぶさんばかりに必死になって温めている。若干回りがジワっとしてきたくらいである。

 ホームから階段を降り改札をくぐる一同。すると改札の前に「深海棲艦御一行様」とプラカードを掲げた男性が一人立っている。

「む、あれは…」

「あ、ようこそいらっしゃいました皆様」

 サンハ〇ヤの法被を着た初老の男性、ある程度の役職と思われる人物が深海棲艦御一行様に深々とお辞儀をする。

「迎えか、ありがたい。今年も世話になる」

 代表のワンコが軽く頭を下げる。つられてヒメコも深々とペコリと。

「ではこちらへ、送迎のバスがございますので」

 従業員の男性に先導され駅の外に待つバスへと誘導される。駅前に出ると「深海棲艦御一行」と案内表示に記載がある団体用のバスが停まっている。ぞろぞろと駅から出てくる白と黒っぽい団体がオートメーションに乗る食品の如くスイスイとバスへ吸い込まれていく。扉が閉まりバスが動き出す。ここからまた40分程度伊東へ向けて移動が始まる。熱海旅行と目録に書いてあるのに宿泊施設は伊東とはこれ如何に。

「長旅お疲れと思いますが、今しばらくご辛抱ください」

 車内でマイクを握った先ほどの男性があいさつを兼ねて簡単に行程を説明する。

「なに、海を一昼夜くるよりは何倍も楽だ、気にするな」

「あ、すまない」

 今までずっと黙って乗り物に揺られていた鶴ちゃんがここで初めて手を上げて男性に何かを尋ねる。ちなみに一番前に座っている、運転席からの景色が見たいらしくヒメコと隣り合わせ。

「はい、なんでしょう?」

「ときわぎってどこにある?」

「え?」

「友人から土産を頼まれてだな、羊羹というものを探している」

 到着して早速瑞鶴からの依頼を済ませようとしている鶴ちゃん、義理堅い。

「あ…、それはこの街にございますが」

「そうか。なら少し寄ってはくれないか?」

「ですが、お土産ということならお帰りの際にお求めになったほうがよろしいかと。あまり日持ちもしませんし、帰りも送迎いたしますのでその際にということでは」

 丁寧に説明してくれる男性。

「そうか、腐っては仕方がない。では帰りに寄ろう。すまなかった」

「いえいえ」

 対応も済んだので乗務員用の席に腰かける男性。

「あ」

 窓の外を見ていた誰かが声を挙げる。

「すまない、バスを止めてくれ」

 ワンコが男性に声を掛ける。

「は、はい?」

 急な申し出ではあるがバスはゆっくりと路肩に停車する。そして扉を開けて一行が我先にと外に出ていく。何事かとそれを見守る男性と運転手。ほどなくして全員が同じものを手にバスの中へ戻ってくる。

「すまなかった。出してもらっていいぞ」

「は、はぁ…」

 全員の手にソフトクリームが握られていた。このくそ暑い中移動を繰り返してきたためアイス分が不足していた深海勢。30人近いメンツが同じ格好でソフトクリームを舐めている。全く恐ろしい光景ではないのだがそれを見ている案内役の男性は声には出さないが心の中ではこう思っている。

「…行儀が、いい!」

 戦艦姫だけはまだ新幹線の中で買ったアイスに苦戦している。一応買ったソフトクリームはちょっとずつ溶け出している。



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その6

「いらっしゃいませー」

 ホテルに到着するとかなりの数の従業員が玄関でお出迎えをしてくれる。降り立った深海勢のその人数よりも多いだろうか、これほどまでのビップ待遇。昨年一体何があったのか気にはなる。

「わーい、ついたー」

 小走りで真っ先にホテルの中へと吸い込まれるヒメコ。その後をゆっくりと追うその他一同。

「いらっしゃいませ、ようこそおいでくださいました」

 女将がワンコに挨拶がてら声を掛けてくる。

「うむ、今年も世話になる。迷惑をかけるかもしれないが」

「いえ。あ、ところで」

「ん?」

「お連れ様が先におひとりいらしているのですが…」

 女将が手で示すほう、ホテルのロビーのソファーに掛けてグッタリしている水母水姫の姿がある。体こそソファーに投げ出しているが、視線はガッチリこちらを捉えている。気まずそうに目を逸らすワンコ。そのままホテルの中へと入っていく。そして水母水姫の前へ。

「やあ港湾よ、遅かったじゃないか」

 息も切れ切れ、ワンコに嫌味十割の挨拶をする。

「すまん…」

 目は逸らしたまま、水母水姫に対して謝るワンコ。自身に100%の落ち度があるため何も言い返すことはできない。

「まぁいい。取りあえず部屋へ行って風呂だ風呂。とにかく汗を流したい」

 重い体をソファーから起こして立ち上がる。そしてワンコの肩に腕を回して「運べ」といわんばかりに体重をかけてくる。

「うむ、そうしよう。ここの風呂は疲れが吹っ飛ぶ」

 一同はチェックインを済ませ、各々の部屋へと向かう。戦艦姫はやっと食い終わった新幹線アイスの器を従業員に申し訳なさそうに渡して捨ててもらっている。

 

 ワンコとヒメコの部屋

 

「ふぅ、やっと足が伸ばせるな」

 荷物を投げ出し畳のいいにおいがする和室に体を投げ出す。二人で使うには随分と広い部屋、本来なら4人で使うべき部屋だろう。そこかしこに彼女らがビップ待遇を受けていることが垣間見られる。

「おねぇちゃん、海がよーく見えるよ」

 旅の疲れはないのだろうか、ヒメコははしゃぎ続けている。ワンコはそれを少し離れた場所から見ている。むくんだ足を休ませている。

「コンコン」

 部屋の扉をノックする音が聞こえる。

「む」

 立ち上がり扉へ向かうワンコ。

「女将でございます」

 扉の向こうから声がする、女将だった。扉を開くワンコ。

「お休みのところ申し訳ございません。何か不都合はございませんでしょうか?」

「いや、何もない。とても快適だ」

 気になったのだろうか、部屋の様子を見に来た女将。それにしても異常なまでに過保護ではなかろうか、普通ならそう思うであろう接客。

「ありがとうございます」

「それだけか?」

「いえ、これを支配人から預かっておりまして」

 着物の裾から一通の手紙を取り出しワンコに手渡す女将。そして軽く会釈をして扉を閉め去っていく。その手の中にある手紙を眺めるワンコ。表面には何も書かれてはいない。

「なぁにおねぇちゃん?」

「なんだろう」

 手紙の封を開けようとすると、再びノックの音がする。再度扉を開く。

「さぁ、さっさと風呂へ行くぞ。浴衣に着替えろタオルを持て! 銭湯準備だ、銭湯ではなく温泉だがな!」

 そこにいたのは早々と浴衣に着替え入浴準備万端の水母水姫と集積地棲姫だった。文字に起こして変換しないとわからないジョークとともに現れる。

「わかった、すぐにいこう。ヒメ、着替えなさい」

「はーい」

 手紙を机の上に置き着替える二人。内容がわかるのは風呂の後か食事の後か、しばらく先になりそうである。



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その7

 ピーッ!

 

「こらーっ! そこ飛び込まない!」

 ホイッスルの音と提督の声が響き渡る。ここは鎮守府内のプール。現在午後1時を回った最も暑い時間。プールサイドの監視台に上った提督が、ダイナミック飛び込みをする艦娘を注意しているところである。隣には短パンノースリーブの格好にサンバイザーをかぶりメガホン片手に腕組み、同じく監視している瑞鶴の姿がある。

「よりによって今年一番暑い日に監視役ローテが回ってくるなんて…」

 暑さでうなだれている瑞鶴。

「それを提督に手伝わせているのは、どこのどいつだい?」

「ポーカー負けたじゃん」

「あの勝負さ、オレが勝ったらアイス返してくれるで、負けたら監視役手伝うって。どっちに転んでもこっちにプラスにならないよね、ね?」

「いいじゃん、若い子らの水着がタダで見れるんだから」

「ガキンチョの見ても面白くないっての」

 不服そうに答える提督。

「ほら、あそこで寝てるあの二人くらいがいいんだよオレは」

 提督達とは逆のプールサイドには、ビーチパラソルとビーチチェアの完全装備で夏を満喫しているそこそこきわどい水着を着たリットリオとローマがいる。提督としてはそのおおらかなイタリア娘のほうがお気に入りのようで、それを指さしながら瑞鶴に告げる。

「っほっほー、提督さん喧嘩売ってる?」

 提督のその発言にキレかけている瑞鶴。

「あれー、どうしました瑞鶴さん? 私何も言ってませんけど?」

 瑞鶴のメガホンが提督の顔めがけて飛んでくる。ヒットしてそのまま監視台からプールへ真っ逆さま。

「ていとくー、飛び込まないで!!」

 沈没した提督が駆逐艦に注意されている。

「はぁ、鶴ちゃん今頃温泉入ってるんだろうな。いいなぁ…」

 

※なお女性の胸のことを職場で冷やかすと現実ではセクハラに当たりますのでご注意ください

 

ドボーン!

 

「こらっ! そこ飛び込むな!」

 大浴場にワンコの声が響き渡る。反響してさらに大きく聞こえる。たった今話題に上がっていた深海鶴棲姫こと鶴ちゃんが、10回転スピンにひねりを加えた見事なジャンプから湯舟へとダイブした瞬間だった。

「まったく…、子供ではないのだから。ってこら! そこも泳ぐな!」

 一人叱りつけたと思ったらまた一人。今度は水母水姫が広い湯舟の端から端まで全力でクロールしている。ホテルのご意向で貸し切り状態のため他のお客様のご迷惑にはなっていないが、幹事というか引率の先生状態のワンコはそんじょそこらではしゃぎまわる深海勢に神経を張り巡らせている。

「お姉ちゃん、私もあっちで泳いでくるね」

「あ、こらヒメ」

 ワンコが止めるのも聞かず、ヒメコも小走りで浴槽へと駆けていき軽くダイブ。水母ほどではないものの軽い犬かきで浴槽を右へ左へ泳ぎ回っている。

「まったく…」

 当然だがここには女性しかおらず、タオルを肩から掛けているのみでまっぱのワンコ。腰に手を当ててその光景を眺めつつ、自身はかけ湯をしてからゆっくりと湯舟へとつかる。

「ふぅ…」

「カポーン」という音が聞こえてきそうな空間。だが、聞こえてくるのは数十名の深海勢がはしゃぎまわる大騒音。これっぽっちもゆっくり浸かっている余裕などない。顔に掛かる水しぶき、目の前を通り過ぎるスイマーの足が顔にぶつかり、後ろで誰かが投げ合っている石鹸がこめかみにぶつかる。3分と持たずに限界が訪れるワンコ。

 

「静かにせんかーーーーーーーーーっ!!!!!!」

 

※ご説明が遅くなりましたがワンコは温泉マニアでマナーに非常にうるさいのです

 

 一瞬の静寂が訪れる大浴場。でもその静寂は1分と持たなかった。



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その8

 …暫くの後

 

 ゾロゾロと大浴場から出ていく深海棲艦勢。貸し切りの時間が終わり「さぁメシだ」とはやるメンバーが先に風呂から上がって自室へと一時引っ込む。その後、やっと静かになったということで引き続き浸かり続けるワンコと、泳ぎ疲れワンコの横でグッタリしている水母水姫の二人のみ残っている。ちなみに潜水姫は「ゲームコーナーに行く」といって先に出ていった。

「これだ、これを待っていた…」

 その小さなつぶやきすら反響しそうなほど静かな大浴場。静けさを噛み締めているワンコ。

「あ”ー…」

 疲れきってのびてのぼせている水母。

「水母よ、ちゃんと自分の足であがるのだぞ。おぶってはいかぬからな?」

「あー…あぁ」

 返事なのかうめき声なのかわからない言葉を発する水母。一応意思確認をしたことで満足したのか、再び湯を満喫することに全力になるワンコ。

「ふぅ…、この海底温泉は落ち着く。やはり我々は海の底にいたからこそなのだろうか。しかしこれほどまでに豪勢だと日本一高いのではないか、このホテルは?」

 ふと不安になるワンコ。いえ、そうでもないです。

「いくら勝利の報酬とはいえ、ここまでもてなしてもらってなんの礼もせず去るのも礼儀が悪かろう。多少何か考えんといかんな」

 最近の若者、無作法な日本人と比較してもよっぽど礼節をわきまえ節度ある対応と考えをもっているワンコ。これが深海棲艦の美徳なのかと思うほどである。チップという文化が彼女らにあるかどうかわからないが、このもてなしの礼をせねばと一人考えている。

「…ここの水槽の魚たちは、このあと我々に食われてしまうのだろうか?」

 視線を水槽に向けるワンコ。その視線に驚いたのかそれとも言葉が通じたのか、水槽の中を泳いでいた魚介類が一斉にビクッとなってワンコの目の前から姿を消す。

「活きのいいフカの1~2匹でも差し出せばいいだろうか?」

 さらにビクッとして岩陰に身を隠す魚介類。

「まぁいい、女将にでも少し相談してからにしよう」

 そして再び目を閉じて身を湯にゆだねる。貸し切りが終わったことで少しずつ一般の客が入ってくるが、先ほどまでの喧騒はない。気になることはない。

「夕食はなんだろうな」

 

 椴法華鎮守府なう

 

「わーい、バーベキューだー!!」

「お前らが深海勢羨ましい羨ましいうるせぇからわざわざ買い出しに行って火まで起こしてもらってやってんだ。オレと間宮さんたちに深々と頭下げてから食え!」

 鎮守府グラウンドでは、突発の大バーベキュー大会が開かれていた。肉は提督が近所まで買い出しにいき、魚介系は一部有志の艦娘が全力で調達してきた。200名超分の肉、その日椴法華近辺の肉屋からは全ての肉が消え去った。

※漁業権を持っているので漁自体に問題はありません



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その9

 いい加減のぼせてきたワンコも、結局のぼせて動けない水母を担いで風呂から上がる。扇風機の前に水母を放り投げ着替えを済ませ、意識が戻りかけた水母に何とか浴衣を着せて、これまた担いで大浴場を後にする。部屋に戻る道中ゲームコーナーが目に留まる。そこではヒメコがUFOキャッチャーの中身をカラにする勢いで全ての景品を吊り上げ、自身の後ろに山積みにしている光景があった。

「ヒメ、先に部屋に戻っているぞ」

 その呼びかけに気づいたヒメコが振り返る。

「うん、わかったー」

「702だぞ、間違えるなよ?」

 すでに視線はUFOキャッチャーに戻っていたが、後ろ手に「OK」のサインを出すヒメコ。それを確認したワンコは、水母を引きずり部屋へと戻る。

「集積地め、同じ部屋なら責任をもって回収しにこいっての…」

 水母の同室の集積地が迎えに来ないことをグチりながらも、人様のご迷惑にはなるまいと律義に自分で部屋まで送り届ける。水母の部屋へ辿り着くと、そこにはすでにルームサービスで出来上がっている集積地の姿があった。軽くキレて担いでいた水母を投げつけて扉を乱暴に閉めるワンコ。

「あれではせっかくのご馳走が食べられなくなるではないか。わかっていない、アイツはなにもわかっていない!」

 温泉好きというよりもう旅行大好きマナーお姉さんになっているワンコ。自室の前へと戻り鍵を開け、ようとするが鍵が見当たらない。小物入れの中、浴衣のポケット、胸の間、ありそうなところを全てまさぐるがやはりない。

「あ、あれ? どこかで落としたか?」

 周りをきょろきょろと見渡すが、やはり見当たらない。困り果てるワンコ。取りあえずフロントへ行こうと踵を返しエレベーターへ向かう。するとそのエレベーター側から一人の小さな男の子がこちらへと向かってくる。

「あの、お姉さん」

 その子はワンコの前で立ち止まり声を掛ける。

「ん、何か用か少年よ?」

「これ、落としませんでしたか?」

 少年の掌にはワンコの部屋の鍵が乗っていた。

「あ、これは私の部屋の鍵だ。少年よ、どこでこれを?」

「一階のエレベーターの前に落ちてました。部屋の番号も書いてあったので持ってきました」

「そうか、ありがとう。探していたんだ、とても助かったよ」

 微笑んでそれを受け取るワンコ。持ち主にそれを渡せたことで少年もうれしそうに微笑んでいる。

「何か礼をせねばなるまい。少年よ、何か望みはないか? そう大したことは叶えてはやれぬが」

 ここでも義理堅く、少年に対して礼をすることを提案するワンコ。

「えっ、いいの!? それじゃあどうしようかな…」

 さすがに悩む少年。しばらくの熟考の後その少年はワンコにこう告げる。

「えっと、それじゃあ…」

「言ってみよ」

 どんな可愛い願いがくるのか、しゃがんでそれを見ていたワンコが聞いた答えは…。

「お姉さんのおっぱい揉ませて!」

「おっ…………ぱ?????」

※ただいま放送が一時中断しております。今しばらくお待ちくださいませ

 

「ありがとうお姉さん!」

 やたら艶々した少年が元気よくワンコに手を振り去っていく。

「…5秒にしておくべきだった」

 両手をがっくりと床につき、せっかく流したはずの汗が体中につたわっているワンコ。そこに少年と入れ替わるようにヒメコが戻ってくる。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「…どうもしていない。さぁ部屋に入ろうか…」

 

 椴法華なう

 

「加賀さん、なんでこんなに胸大きいのよー! 私に少し分けてくれてもいいじゃない!」

「…瑞鶴、あなた酔うたびに私の胸を触りに来る癖、直しなさい」

 バーベキューで酒の入った瑞鶴が、加賀に絡んでいる。瑞鶴は酔うと加賀にも遠慮なく絡み、そして胸を揉むという癖があったのだ。それはもう鎮守府では周知の事実でだれも驚くことは無いが、その光景を初めて見た提督は何とも言えない気持ちになっている。しかしそれもつかの間、赤城から目つぶしを食らいもんどりうっている。瑞鶴の後ろではそれを羨ましそうに眺める葛城の姿がある。

「あ…、あたしも揉んでほしい!!」



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その10

 少年から大切なものと引き換えに得た自室の鍵を使い部屋に入る。オーシャンビューの部屋の中に長い夏の昼が終わる証、海に反射したオレンジ色の光が差し込んでいる。

「わーい、きれー!」

 ヒメコが窓に駆け寄りその光景を眺めている。それを見守りつつワンコも窓際の板の間にある椅子に腰かける。そしてその手には、先ほど風呂に入る前に渡された手紙があった。「支配人から」と言われたその手紙。それを目の前でピラピラさせ、まだ中を見てはいないが直感として「なんか微妙なことが書いてありそう」と眉をひそめるている。

「おねえちゃん、ごはんまだかな?」

「ん? あぁ、準備が出来たらホテルの者から連絡があるはずだ。もう少しだろう」

 ヒメコの質問に時計を見ながら答えるワンコ。

「海に行きたいんだけど、今からダメ?」

「よしなさい…。もうすぐご飯の時間だから」

 ヒメコの肩に手を掛けて制止するワンコ。「今から」というのはホントに今で、窓を開けて足を掛けている。ホテルの7階、海辺までどのくらいあるだろう、ここから飛び降りて直行するつもりだったらしい。

※深海さんにはそれくらいの身体能力はあるので問題ございません

 そんな会話をしていると部屋の電話が鳴る。立ち上がり受話器を取るワンコ。案の定ホテルの者からの食事の連絡だった。

「ヒメ、ご飯の準備ができたようだ。宴会場へ行くぞ」

「はーい」

 窓を閉め部屋の灯りを消し部屋を後にする。結局このタイミングでも手紙は読まずに後回しとなった。

 外に出ると数部屋離れた集積地水母組の部屋の前に横たわる物体が二つ。酔った集積地とのぼせのびた水母だった。食事の連絡が当然向こうにも入ったのだろうが、そんな状態のためまともに歩けない二人。バイオ〇ザードのはいずりゾンビみたいな状態で、徐々にではあるがゆっくりと前進してきている。あの状態だと宴会場まで何分かかるか、わかったものではない。

「おねえちゃん、あの二人どうするの?」

「知らん」

 置いていくことにした。

 

 鎮守h(ry

 

「仰角80度、打ちまーす!!」

 

 ズドーーーーーン!!!!

 

 爆音が暗くなった椴法華の空に響き渡る。そして数秒の後、上空に大輪の花が咲く。大和の46㎝砲に花火を装填して打ち上げている最中であった。

「かーぎやー」

「おーけやー」

「にーくやー」

 ホテルの次は花火師にでもなったのだろうか。酔った大和が非常に楽しそうに次から次へと上空に大玉を打ち上げている。尚、本来の46cm砲の最大仰角は45度。当然このために改修した戦後特注品である。

「あのさ、花火ってどこで調達してくるの?」

 肉を片手に提督が明石に問う。

「工廠科の花火部ってのがあるんですけど、そこで作ってます。お盆に毎年鎮守府主催の夏祭りやってるんですよ。4000発くらい上げてます」

「…へぇ」

 思い当たる予算書があった。



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第X話:その夜、鎮守府に降り積もった雪は赤く染まった(ただのクリスマスパーティー)
その1


これはいずれ投稿予定の話のプロローグです。
折角なので先行で投稿します。
※正式にスターとしたら前書きなども消去します。

慰安旅行は引き続き割り込みで投稿しますので話としてはそちらを追ってください。


「あーっ、疲れた」

 夜も更けて現在8時を回ったくらい。やっとのことで仕事のケリがついた提督が腕を伸ばし背を伸ばし、一日の仕事で凝り固まった体をほぐしている。

「はぁ、ってさみーなおい。さすが北国、南の人間には堪えますな」

 椅子から立ち上がりくるりと振り返り窓を開け外を眺める。窓灯りと街灯で照らされた鎮守府は、すっかり雪化粧しており今もしんしんと雪が降っている。流石に時間も時間なので誰も外にはおらず、みな建物の中でひっそりしていることだろう。数少ない冬型艦娘の時津風は、陽が落ちる頃まで犬の如く庭駆け回りグラウンドの雪で遊んでいた。無理やり付き合わされていた天津風が可愛そうである。

「さって、帰りますか」

 窓を閉めてデスクのスタンドライトを消す。反射式ストーブの火を落として戸締り火の元を何度も確認して、最後に部屋の灯りを消し、さて自室へと戻ろうと廊下へと出る。

「ん?」

 扉を開けると目の前に飛び込んできたいつもと違う映像、目隠しされていない限り必ず提督の目に入るであろう高さにそれはあった。

 

【こっち→】

 

 そう一言書かれた張り紙、そして提督をいざなうかのように矢印が書かれている。

「なんだこりゃ?」

 その張り紙をまじまじと見る提督。そして矢印のほうを見るとその先は曲がり角、そしてそこにも同じように「こっち→」と張り紙がしてある。

「何だこりゃあ、駆逐艦のいたずらか?」

 無視するわけにもいかない提督、仕方がないのでその矢印の示すほうへと歩いていく。取りあえず今のところは帰る方向と同じなので困ることはない。曲がり角を曲がると引き続き等間隔で同様の張り紙がしてある。下の階層へといざなわれ、とりあえず建物の外には出る。

「うー、さみっ!」

 自然と両手で体を抱きかかえる。風は穏やかだが非常にきれいな牡丹雪が降り続いている。さっさと自室に帰りたいところだが、追いかけてきた張り紙も気になる。次はどこかと探していると、それは張り紙ではなく雪に描かれていた。

 

【こっちこっち↑】

 

 提督の自室の離れとは真逆の方向にその矢印は向かっている。

「こうなりゃ最後まで付き合ってやる…」

 コートのポケットに手を突っ込み、力強く雪面に一歩を踏み出す、そしてコケる。

 雪の精のいたずらだろうか、なんてロマンチックなことを一瞬考えもしたが、ここにはそんなロマンチックなものは一人もおらず、いたずら好きの座敷童なら探さずともごまんといることを思い出す。暗くなった業務棟や間宮を通り過ぎ、ものの数分歩いて矢印は最後の目的地を示す。

 

【ゴール】

 

「ありゃ? ここって…」

 提督の目の前には、艦娘たちの宿舎があった。

「何だああいつら、この寒いのに呼びつけやがって。寒いし腹減ってんだから手短にしてくれっての」

 どうせロクなことじゃないだろう、そう考えながら宿舎の扉を開く。すると…

 

 パァン!

 

       パァン!

 

  シュポン!

 

「メリークリスマース!!」

 見計らったかのように、クラッカーが鳴り響きシャンパンのふたが飛び、そして雪が薄っすら積もった提督の頭に紙吹雪が同じように積もる。

「…は?」

「待ってたよ提督、さあ始めようか!」

「今晩は徹夜覚悟だよー!」

 そう、今日は12月24日クリスマスイブ。世間のカップルがこぞってイチャイチャする日でもなければ数日後に開かれる祭典のために必死になって原稿を間に合わせようとレッドブルをがぶ飲みして徹夜する日でもない。イエス様大爆誕をお祝いする日である。そしてこのお祭り大好き椴法華鎮守府も例外ではない。野球大会に勝るとも劣らない艦娘どものバカ騒ぎが、今宵幕を開ける!!



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その2

「さぁ提督、こっちこっち」

 すでに酔って出来上がっている古鷹と加古に両手を引かれ、だだっ広い談話室奥にあるソファーへと連行される。そのまま強制的に座らされ片手にグラス、もう片手にはマイクを持たされる。

「さぁ提督、まずは駆けつけ一杯。グイっといこう!」

「ちょ、ちょっと待て待て」

「ビールにします? それともシャンパン? やっぱシャンパンからだよね今日は。はいっ、どうぞ」

 横から現れた大潮に無条件に酒を注がれる。

「ちょ、大潮おまえ…。あ、いいのか」

 一瞬引っかかったがすぐにそのつっかえは取れた。一応艦娘は全員成人なので酒は問題なし、あんなこともこんなことも合法である。奥のほうで朝潮が泣きながら満潮と霞に絡んでいる。

「ではまず、提督からひと言頂戴しまーす」

 予備のマイクを持った司会と思しき那珂ちゃんから促される。

「え、えっと…」

 促されるまま立ち上がるが、言うことが思いつかない提督。

「なんか面白いこと言えー」

「つまらないこと言ったら承知しないぞー」

 あちらこちらからヤジが飛ぶ、酒が入っているから余計にタチが悪い。考えている余裕もない提督は思ったことを口にする。

「えー…、今夜は健全に過ごしてるかーい!?」

 バンドのボーカルが観客に問いかけるかのように、マイクを艦娘たちが大勢いるほうへと向ける。

「つまんねーぞ!!」

「やり直せ!」

「芸人辞めろ!」

 ヤジが飛ぶ。

「芸人じゃねぇし!」

「俺は提督だ」と言わんばかりに反論する。

「その返しはおもしれーぞー!」

 ピーピーガチャガチャ色々な音が鳴り響きその返しに関しては称賛される。げんなりした提督は続ける。

「えー、まぁどうしてこんなことが開かれているか、俺はさっぱりわからないわけだが。とにかく! 負傷、物損、二日酔い、明日のサボリ、色々問題なきよう楽しんでくれればそれでいい!」

 一応鎮守府の長として最低限の言葉を艦娘たちに掛ける。「真面目かー!」とか声が飛ぶけどある程度好印象のようなのでまぁ良しとする。

「はーい、ありがとうございました。では引き続き開会宣言をしていただきます」

「え?」

 終わったと思ったら、司会の那珂ちゃんに引き続き「宣言」とやらを促される。

「なにそれ?」

「はいコレ」

 メモ紙を一枚那珂ちゃんから渡される提督。そこに書かれている文言を読めと無言でさらに促される。

「えっと…、それでは毎年恒例、恒例? 豪華賞品争奪…」

 続きを読めば読むほどこれから行われるバカ騒ぎの様相が今から想像に容易く、これ以上読みたくないって思ってしまう提督。しかしここまで読んでしまってはもう止まれない、続ける。

「豪華賞品争奪…、かくし芸大会を…開催します↓」

 読み始めたころからのテンションダウンが著しい提督に対して、それを読み上げられて開会を待っていた艦娘たちからはドッと歓声があがる。

「いよっしゃー! 今年は獲るぜー!」

「この日のために仕上げてきたネタ、思う存分…」

「金剛型の真価、見せてあげるデース!」

 鳴り響くクラッカー、気合のこもった叫び声、おたまで叩かれるフライパン、とにかくうるさい。ここが人里離れた鎮守府で本当に良かった、頭に降りかかるクラッカーの紙吹雪を払うこともなくその光景を、そしてこの後起こるであろう惨事を想像する提督。

「豪華賞品? 予算は?」



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特別編:イベントと一航戦(色々ご想像にお任せします
開始前


「毎度やきもきするわね、この時間」

「そうですねぇ、おちおち仮眠も出来ません」

「私が起きているから、少し寝ますか?」

「いえ、食べていれば起きていられますから」

「…そう、でもあまり食べ過ぎはよくないわ」

「腹が減ってはなんとやら、です」

「…そう」

 深夜0時過ぎ、鎮守府のとある一室で赤城と加賀がコタツにあたりながら時計を眺めつつそんな会話をしている。加賀の前にはお茶、赤城の前には大量のミカンとお茶がある。横に置いてあるごみ箱にはすでに「何個食ったの?」といわんばかりのミカンの皮が積み重なっている。肌がミカン色になっちゃうYO。

「ところで赤城さん。今回はどうも空母の出番はあまりなさそうとの噂なのだけれど」

「あら、そうなんですか? でも準備はしておいたほうがいいですよね。何があるかわかりませんし、空母機動部隊は戦の要。慢心はいけません」

「さすがです、安心しました」

「ですから食えるうちに食っておきましょふ」

「…」

 最後の一つを口に放り込む赤城。そしておもむろにコタツから抜け出しゴミ箱とは反対、赤城の右に置かれている「愛媛ミカン」と書かれた箱から、追加のミカンをコタツの上の籠に補充する。ついでに急須にもお湯を補充する。そして改めてコタツに滑り込む。

「赤城さん」

「はい?」

「一ついいでしょうか」

 加賀が赤城に質問をする。

「どうぞ」

「なぜ太らないのですか?」

「…」

「…」

 少々の沈黙。

「メンテ、終わりませんね」

 加賀から目を逸らして時計を見ながらつぶやく赤城。

「はぐらかさないでください」

「そうですねぇ、考えたこともないです。食えども食えども胃袋が食料を欲するので、それに素直に従っているだけなので」

「アレですかね、テレチャンに出る人みたいなもんでしょうか」

「そうしておきましょう」

 結論は出た。そしてまたしばらく沈黙の中時は過ぎる。そして加賀のこうべが少し垂れてくる…。

 

 午前2時半

 

「…はっ! いけない、少し寝てしまった」

 睡魔に勝てず起きているといった加賀が先にコタツの魔力に負けて眠っていた。目をゴシゴシこすって眠気を飛ばす。中途半端な眠りから覚めたため少しボーっとしている。

「あ、赤城さ…」

 顔を上げ正面にいるはずの赤城に目を移す。

「はい?」

 そこにはまだ食っている赤城がいた。しかしすでにミカンは品切れ「ど〇兵衛」と書かれた器を手にしている。ちなみに蕎麦。

「…それは?」

「お蕎麦です」

「見ればわかります。まだ食べていたのですか?」

「ええ、なかなかメンテも終わりませんし、加賀さんも寝てしまって暇でしたので」

 加賀が少し目線を左に向けると、先ほどの愛媛ミカンの箱の上にはど〇兵衛の箱が置かれていた。こっちもカートンで買ってあったらしい、ア〇ゾンの上得意の赤城。

「すいません。私が寝なければ赤城さんに余計な食事も浪費もさせずに済んだのに…」

「気にしないでください、この時間のカップラーメンほど美味しいものはありませんから」

「心配のベクトルと気遣いのベクトルが交わらないですね…」

 そんな会話をしていると、廊下にトタトタと足音が響き近づいてくる。二人の部屋の前で止まるとノックと同時に扉が開く。

「赤城さん、加賀さん。起きてますか?」

 蒼龍だった。

「ええ、起きてるわ。何事?」

「メンテ、朝までかかるって」

 メンテ延長の知らせだった。顔を見合わせる三人。

「加賀さん」

「はい?」

「モーニング始まるまで寝ましょうか」

 3時間ほど寝た。

 

 

 イベントがんばりましょー!



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作戦展開中

 午後3時過ぎ

 

「zzz」

「…」

「zzz…。ま、待って、トラットリアっ!!!」

 コタツで寝ていた赤城が、意味不明な寝言を発したかと思うと、急に天高く腕を突き上げ起き上がり覚醒する。

「…おはようございます。どんな夢を見ていたのですか?」

 こちらも向かいでコタツにあたりその様子を眺めていた加賀が、赤城に挨拶をするとともにその意味不明な寝言の正体を問う。

「あ…あぁ、加賀さん。おはようございます。いやですね、私がイタリアで食べ歩きをしている夢だったのですが、一つのトラットリアを食い尽くしてさて次に行こうと思ったんですよ。そうしたら急に、狙っていたトラットリアに足が生えて逃げていくんです。建物に足ですよ? 何をそんなに怯えているのでしょう、正夢でしょうか?」

「イタリアに行く予定があるのですか? それに建物に足が生えることはないと思うので正夢にはならないと思います」

「ですよねぇ」

 店ではなく店員が逃げるケースは否定できそうにもないが、とりあえず夢の正体は判明する。乾いたのどに冷めたお茶を流し込んで脳を覚醒させる赤城。

「ところで、私が寝ている間に何かありましたか?」

「いえ、特には」

「そうですか」

「二航戦の二人は忙しそうに走り回っていますけど。さすがあの二人は燃費がいいですからひっぱりだこですね」

「そうですか。もうすぐ夕食だというのにあの二人も大変ですね」

 その赤城の言葉に促されるように時計を見る加賀。まだ3時を過ぎたくらいなのにもう夕食の話とは。いつものことではあるが赤城の胃袋、生活リズムに多少の疑問を抱く。

「五航戦の二人はなにしてます?」

「あの二人はとにかく使い勝手がいいので、さんざんバケツかぶってフル稼働してます。私たちも早く唯一無二の何かが欲しいところですが、大本営は何をしているのかしら…」

 憎い悔しい呪ってやる末代まで祟る、とまではいわないが今の五航戦の性能を少なからず羨ましく思っているらしい加賀。

「まぁいいじゃないですか。切り札は最後まで残すものです。それまでの間私たちは食べて待てばいいのです。腹が減っては何とひゃられふひょ」

 コタツの上にあるお茶請けのお菓子に手を伸ばし、それをモサモサしながら加賀を諭す赤城。

「食べながら言わないでください…。それにちょっと前にも同じセリフを聞いた気がしますが…、まぁいいです。そうですね、我々は時を待っている、そうプラスに考えましょう」

 しばらく沈黙が訪れる。そして廊下からトタトタと駆ける音が聞こえ二人の部屋の扉がノックされると同時に開く。

「赤城さん加賀さん、大変です」

 飛龍だった。

「どうしたの? 戦局に問題でも生じたの?」

 鋭いまなざしで飛龍を見つめる加賀。

「いえ、それが…。新米を積んだ輸送船団が深海勢に弄ばれて…。今晩の到着に間に合わないって。それで間宮さ…」

「仕置きが必要のようですね」

 誰よりも早く炊飯器を片手に部屋を飛び出す赤城。食い物の恨みは人のそれを動かすには十分過ぎるものである。

「…なんで炊飯器持っていったの?」

「気にしないの、行くわよ…」

 それはお高い南部鉄器で作られた内窯の炊飯器だった。夏のボーナスを充てたらしい。まだ一度も使われていないその炊飯器、今開けられたばかり、製品の箱と説明書が留守番として部屋に残っていた。



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作戦終了:終

午後9時過ぎ

 

「加賀さん、七味取ってもらえますか?」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「赤城さん、それで何杯目ですか?」

「えっとですね…、2ダース目ですね」

「ごめんなさい、私が聞き方を間違えたみたいで…」

「いえいえ。でもここまでくるとちょっと味を変えないと飽きるんですよね」

「…そういうものですか」

 例の部屋、毎度のようにコタツにあたっている赤城と加賀。すでに夕食は済ませた後だが、部屋(ここは宿直室のようなものなので自室にあらず)に戻るやいなや「小腹が空いた」と、早速買い置きのどん兵衛に手を付ける赤城。すでに12個をたいらげ13個目に突入している。黙ってそれを見守る加賀。

「イベント、そろそろ最終海域が終わる頃でしょうか?」

「そうかもしれませんね。加賀さんは最後ちょっと出撃しましたから余計に気になりますよね。私は春になんかあるらしいとかどうとかで今回は結局最後まで出撃を見送られましたけど。まぁその分ゆっくりできたので春から頑張ります」

「そうですね、大切な体ですから。とうとう一航戦にも改二の波が来るのでしょうか」

「烈風っていうものがとうとう何かわかる日が来るのでしょうか。美味しいんですかね?」

「…」

 目の前に「烈風キャリア」の異名を取る相方がいるにもかかわらずこの体たらく。汁も残らずすすり14個目に突入する赤城をチベットスナギツネのような目で見ている加賀。

「ところで赤城さん」

「はい、なんでしょう?」

「正月太り、しましたか?」

「そうなんですよ、わかりますか!? 300グラムも増えちゃったんです!!」

 麺を口にすすり上げながら加賀の問いに答える赤城。天高く舞い上がった麺は勢いよく踊りながら口へ吸い込まれる。

「…なぜ私より食べているのに私より増えていないんですか」

 

 午後11時過ぎ

 

 積み上げられた空の容器、コタツに突っ伏して寝ている赤城。それを黙って眺めている加賀。静かな部屋に反射式ストーブの上に置かれたヤカンから漏れるカンカンという音が小さく響いている。

 

 トタタタタ

 

 廊下に足音が響く。こちらへ向かってくるものだろう、その音に気付いた加賀が見えはしないがその音のほうへと視線を向ける。そして足音が扉の前で止まり威勢よくドンドンとノックをする音が響き、同時に扉が開く。

「加賀さん、イベント完走したよ! そしてこの子が新入り!」

 瑞鶴が新しく加入した艦娘を小脇に抱え(?)部屋の中へと突入してくる。

「落ち着きなさい瑞鶴。新入りの子が頭を打ってるわよ」

 ノックをしたのは瑞鶴の手ではなくその小脇に抱えた新入りの頭だった。何があったか知らないがのびている新艦娘

「あ、あぁいけない。ちょっと、起きて」

 ペチペチと頭をひっぱたく瑞鶴。ほどなくして意識を取り戻すその小脇の娘。

「…ん。こ、ここはどこじゃ?」

「あぁ、起きた起きた」

「おはようございます、お疲れ様。そしてようこそ椴法華鎮守府へ。あなたお名前は?」

 よどみなくその艦娘に挨拶をする加賀。

「ん…。あぁここは鎮守府か。随分わしゃ迷子になっていたようじゃの」

「取りあえずお名前だけでも。私は正規空母の加賀です、よろしく」

「おお、お主が加賀か。昔直接会ったことはなかったと思うが。まぁなにかと久しいメンツが多いのぅ。わしゃ日進じゃ。以後よろしゅう」

 新しい艦娘は日進と名乗った。すると微動だにせず寝ていた赤城がその声に反応し、次の刹那こう言葉を発した。

 

「あなた、安藤百福のご親戚ですか!?」

 

 イベントお疲れさまでした。



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悪ふざけ回:深海棲艦の人事
その1だけ


 とある昼下がりの提督執務室横休憩室の雀卓

 

「…」

「…あ、それポン」

「うわ、役牌オンリー狙いだ。ダサ」

「うっさい」

「…」

「…通る、よな」

「ロンだ、対々和三色同刻ドラドラ。跳満だ」

「あー! そこ待つ!?」

「提督なんでまたフッてんのよ、もー」

「これでワンコちゃん親四巡目じゃない。うち三回も提督振り込んでるし」

「悪いな、18000点よこせ」

 そういって提督から点棒を巻き上げるワンコ。

「でもあっぶなー、私もそれ切るところだったわ。提督がないてなかったらあたしだったわ。提督あんがとー」

 朝風が全自動卓の中央に牌を流し入れながら提督に感謝している。

「提督、そろそろハコじゃありません?」

 霧島が提督の点棒ケースを覗き込む。

「…、もう5千点ないな。さすがに次でツモるか最悪港湾の親流さないと」

「そう簡単にいくと思うか? 次で勝負を決めてやろう」

 せりあがってきた雀牌を慣れた手つきで取っていくワンコが、自信たっぷり宣言する。

 

 さて、なぜこんなことが行われているのかというと。しばらく前に深海棲艦が鎮守府を訪れた際、たまたま(本当にたまたま)提督執務室で数名の艦娘による麻雀大会が行われていた。それを覗いたワンコがいたく興味を持ち、提督室から麻雀の教本を持ち帰り島で読みふけりさらには通販で(?)牌と卓を購入。相手に困ることは無いが熱心さにかけてはワンコが天井抜けているため相手にならない。仕方がないので月1ほどのペースで鎮守府に足を延ばして相手を探している。その相手が今日は提督と霧島と朝風、だったというだけの話である。

「なんで数か月でこんなに強くなってるんだよ。鎮守府最強を越す日も近いんじゃないか」

「ふむ、今日不在なのが非常に残念だが。して、その筑摩は今どこにいる?」

「今日は…、収録だ」

 

 雀姫:筑摩

 

 最初は全く興味を持っていなかった筑摩だったが、姉の影響で麻雀を始めみるみるうちにその実力を開花。というのも始めた当初利根から「麻雀は負けたら脱がなくてはいけんのじゃ」と適当なことを言われ、それに抗うため眠っていたものが目覚めたらしい。覚えて数週間後、隣の部屋で打っていた利根がまっぱで提督室に駆け込んできたという事件が発生している。無論、今では鎮守府に敵はなく、副業でCSの麻雀番組に出る始末。相変わらずこの鎮守府副業に寛容である。

 

「フム、なら仕方があるまい。次の機会に是非」

「あぁ、ところでワンコさん」

 霧島が港湾に声を掛ける。

「ずっと気になっていることがあったんですけど、イ級ちゃんとかヌ級とか、いるじゃないですか」

「あぁ」

「あの子たち、階級ありますよね。エリートとかフラッグシップとか」

「あるな」

「あれって、どうやって決めているんですか? やっぱり戦闘能力とか戦績とか、実力なんですか?」

「急だな、その話題」

 提督が軽くツッコむが話は進む。

「確かに、見た目一緒なのにね。あぁ、でもちょっと目つき違うわね、オーラも」

 朝風も不思議だったらしい。昔よく張り合っていたので顔はよく覚えているようだ。

「あれはな、試験があるんだ」

「え?」

「は?」

「なぬ!?」

 サラリと答えてくれる港湾。その答えに驚く三人。

「半年に一度、実技試験と口述試験で優秀な成績を収めたものが階級が上がる。さすがに数が多いのでちゃんと名簿に残っている。誰それはエリート、誰はフラッグシップ、という感じに」

「フラッグシップってそういう意味だったっけ?」

「深海さんとは解釈が違うようですね…」

「てか、口述って…。イ級って喋れたの?」

「まぁ今となってはあまり意味のないものだが、個体識別に使うくらいか。あ…」

 話を続けていた港湾の手が止まる。

「ん、どうした?」

「天和だ」

 並べた自身の牌をパタンと倒す港湾。

「…」

「…」

「…」

 提督、ハコ。半荘終了。



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第8話:神風の(血の)バレンタイン大作戦
その1


「作ってしまった! 私特製の53cm魚雷型チョコレートケーキ!!」

 休日の間宮の厨房、神風がそこで一人大声を上げている。日付にして2月13日、そう明日はバレンタインデー。といってもこの鎮守府、男は提督オンリーであげる相手はほぼ皆無。ということもあってかほとんどの艦娘はチョコ何ぞ用意せず、むしろ自身が食う用に買いに行く始末。一部献身的で常識的な艦娘のそこからまたほんの一部がギリで提督の机の上にポンと放り投げておくくらいである。しかし、今ここにいる神風、彼女は何を隠そうこの度着任した提督になぜかゾッコンであり、間宮さんに三顧の礼でケーキの作り方を教わり厨房を借り、明日の本番に備えてチョコを準備していたのだ。「どこがいいのか」と聞く人もいないので、彼女が提督ラブであることは一部を除いてほぼ知られていない。同室の旗風が「あぁ~ん、ていとく~」という、抱き枕をこれでもかと締め付けながらやたらとエロい寝言を発したのを聞いたので知っているくらいと考えてもらえれば十分である。

「姉さん、なんの夢見てるの?」

 旗風は当然その時そうつぶやいた。

 

「使い捨ててあった魚雷の中身空にして洗って型にしてだから、ちょっと大きいけどまぁいいか。私の愛の大きさだと思えばこれでも小さいくらいだわ」

 自重で崩れやしないかと思うほどの大きさのケーキが神風の目の前にある。そんなサイズだから当然厨房のオーブンでは事足りず、野外にある巨大ピザ窯で焼いたものを今ここまで運んできてデコって完成、という状態である。横に溶接用のバーナーとマスクが転がっているのはなぜだろう、藪蛇なのでこれ以上はつつかないことにするが非常に気になる。しかし、大きさこそ異常だがそれ以外の見た目と部屋に充満する匂いはいたって普通で、非常に美味しそうな外見はしている、外見は。

「神風ちゃん、ケーキできた?」

 そこに入ってきたのは間宮だった。

「あ、間宮さん。はい、今完成しました!」

 そういって体を横にずらし、完成したケーキを間宮の目に入れる。

「あら…って、大きいわねぇ。提督一人で食べきれるかしら?」

「大丈夫です。防腐剤バリバリにしますから」

 業務用と書かれた大きい防腐剤の袋を間宮に見せつけてドヤ顔する神風。『木材用』と書かれている。仮にそれだけ防腐処理されれば提督が死んでも腐ることはないだろう、レー〇ンみたいに。

「それは止めたほうが…。提督死んじゃうわよ?」

「そうですか。じゃあ冷凍保存してもうしかないですね」

 作り方以外も教えるべきだった、後悔している間宮。

「後はラッピングして終わり?」

「はい、そこにある容器とピンクの包装紙とリボンで」

「一人じゃ大変でしょう? 手伝うわね」

「はい、ありがとうございます!」

 間宮の手伝いもあって、ケーキはひとまず完成を見る。

 

 使用した調理器具を洗い厨房を片付け間宮の厨房を後にする神風。傍らには神風の身長ほどはあろうかというピンクの可愛らしい包装紙とリボンで包まれた長物がある。当然ケーキである。「よっこらしょ」と担ぎ上げ、コマンドーのメイトリクスが丸太を担ぐかの如く肩に載せて部屋へと戻る。

「提督喜んでくれるかなー」

 一人ウキウキ明日渡すことを考えながら、笑顔で鎮守府内を歩く神風。完全に明日の妄想で周りが見えていない。軽快に歩く神風、その数十メートル後ろの建物の陰から二人の人物が姿を現し、そしてその神風の後姿を目撃する。

「…なんだありゃ?」

「神風さん、ですね」

「そりゃわかる。そうじゃなくて、あの肩に担いでるものなんだ?」

「さぁ? 魚雷ですかね」

 提督と夕張だった。明石の工廠へ立ち寄った帰り道、その後姿に遭遇した。しかし浮かれている神風は全く気付かない。明日ソレを渡す当の本人に目撃されていることを全く気付かないでスキップしながら駆けていく。

「いいことでもあったのか?」

「じゃないですかね」

 その場はそれで何事もなく過ぎ去り翌日を迎える。



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その2

「うーさむっ」

 北の二月は当然寒い。暖房の効いていない廊下を提督室へと向けて歩いている提督。視線の先に部屋の扉が見える、と思ったらその足元らへんに何やら置かれているものがある。

「ん?」

 気づく提督、目を細めながら近づくとそれがダンボール箱であることがわかる。

「なんだこりゃ?」

 扉の前にたどり着き、しゃがみこんでそれを見ると正面に「提督へ(ギリ)」とマッキーで書かれているのがわかる。そして半閉じの箱の中身を覗くと何やら色とりどりのものが山と入っている。

「…あぁ、そうか」

 この手のイベントには疎い提督でもさすがに今日が何月何日でこれがなんであるか気が付いたようである。その場でふたを開けることはせず、そのまま両手で段ボールを抱え足で扉を開いて部屋の中へと入る。ストーブに火をつけてカーテンを開ける。換気と一酸化炭素中毒防止のために少しだけ窓を透かす。その隙間から冷たい空気が流れ込んできてまた身が縮こまる。先ほど持ってきた段ボールは机の上にドンと置かれておりまだ何も手付かずの状態。というのも「やったんだから返せよ」というその数十の無言の圧力から目を逸らしているだけという話もある。

 しばらくして部屋も暖まり、さて本日の業務に取り掛かろうと思ったが、流石に後回しにしては申し訳ないと、覚悟を決めて段ボールを開く。

「うわぁ…」

 中を見てつい声が出てしまう提督。「ギリ」という文言は伊達ではない。一つたりとも「気持ちを込めて作りました」などというものはなく、ほぼ市販品のチョコがそのまま放り込まれているだけであった。中には封が開いているものまである。しかしそれぞれにしっかり名前は書かれている。見返りは求めているようだ。

「雑過ぎる…」

 見なかったことにして段ボールの封を閉じて机の横へとそっと置く。しばらく糖分には困らないだろう、そうプラスに考えて書類を手にして椅子へ腰かけ業務を始めようとする。するとその刹那扉をノックする音が聞こえる。

「はい、どうぞ」

 確実に聞こえる声で入室を促すが誰も入ってこない。不思議に思った提督は改めて立ち上がり扉まで歩を進めて扉を開く。

「あれ?」

 誰もいなかった。と思ったが、廊下の奥曲がり角に消えていく姿を一瞬捉えた。そしてしばらくすると、昨日どこかで見た長物がその曲がり角からはみ出しており、隠れているつもりなのだろう、一人の艦娘の姿がチラチラどころかガッツリ見切れている。

「…神風、だよな?」

 そう、彼女がチョコをお見舞いしにやってきたのである。



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その3

 既に10分ほど時間が経過しただろうか、提督と神風が先ほどからそのままの状態で硬直している。その空間には変な間合いが生まれてしまっている。提督が一歩前に踏み出すとすぐに隠れてしまう神風。歩を一歩戻すとまた見切れ、一歩踏み出すとまた消える。しばらくは面白くてからかっていた提督だが、妙な緊張感が漂い始めてからは双方一向に動こうとしない。「何をしに来たんだ」というツッコミは当然とうの昔に心の中でしている。

「このままだと千日戦争になっちまう…」

 意を決した提督はゆっくりと提督室へと身を引く態勢に移行する。一歩また一歩とあとずさり。それに合わせて少しずつ神風も体を現す。

「俺、殺されんのかな?」

 殺気でも感じ取ったのかぼそりと呟く提督。

「今だ!」

 素早く神風の隙を見て体を部屋の中に収め扉を閉める提督。扉の向こう少し離れた場所から「ちぃ」という悔しそうな声が聞こえてくる。やはり殺りにきていたのか、ゾッとする。

「どれ…」

 しばらく扉の前で身をかがめ耳をそばだてている提督。コツコツという神風のブーツの音がしたと思ったら止まり、またしたと思ったらまた止まる。そんなのを繰り返していると、いつからか音が止む。諦めてどこかへ行ったのだろうか、そんなことを思いながら体を起こし扉から離れる。すると次の瞬間…

 

 ズドォン!!!!

 

 激しい爆発音とともに今まで身を寄せていた扉が窓を突き破り外まで吹っ飛んでいく。もし提督がそのままの格好であったのなら、扉同様外まで吹き飛ばされ全治数か月ということになりかねない状況だったのは言うまでもない。

「えぇ…」

 爆煙を爆音、耳がキーンとしている。煙が収まるのを待って廊下に再度戻る。そこには既に神風の姿はなく、その音になんだなんだと人が群がってくる。

「どうなさったんです、司令?」

 真っ先に声を掛けてきたのは旗風だった。

「あ、旗風。いやそれがね」

「もしかして姉さんが何かしましたか?」

「あれ? なんでわかるの?」

 一部始終を見ていたのだろうか、誰が誰に何をしてどうなったのかを理解している旗風。不思議そうに尋ねる提督。

「えぇ、それが昨晩から姉さんの様子がおかしくて。まぁいつものことではあるんですけど、昨晩に関してはいつも以上におかしくて。一晩中九五爆雷の改造をしていて、イヤな予感がしたので提督にご報告をと思いまして、ここにきたら爆煙が…」

「ああ、うん。一歩間違ってたら次の提督着任してたかもね、うん」

 殺りに来ている、ということを大体把握した提督。

「と、とりあえず神風探すことから始めようか、ここは後でどうにかするから。殺されちゃたまらないし」

 ギクシャクしながら旗風にそう告げる。

「あ、いえ司令。姉さんそういうつもりではないと思います」

「え? じゃあ、どういうつもり?」

 爆雷までこさえて怪しい長物まで携えてスキをうかがうような行動。殺しに来ていると考えないほうが難しい。

「ちゃんと火薬の量は減らして致命傷にはならないように調整していた痕跡はありますし、それに…」

「そこ重要じゃないよね」

「おそらくですが、司令にチョコをお渡しになりたいのでは、と」

「はい?」



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その4

「姉さん、ここのところヒマがあれば間宮に入り浸って、というか強引にヒマを作って」

「最近のサボり癖はそのせいか…」

 思い当たるふしがある提督。旗風が続ける。

「間宮さんからお菓子の作り方を教わっていて。そして夜には部屋で爆雷の手入れをしたり日記には『司令官司令かぁ~ん』とノートを埋め尽くすほどに書き込んだり。そういった一連の奇行を繋げると…、恐らくそういうことなんです」

 ところどころ神風の真似を交えて説明してくれる旗風。妙に生々しくて似ているので、若干引く提督。

「もうちょっとストレートな愛情表現はないのかな、嬉しいは嬉しいんだけど…」

「とにかく、このままだと司令がチョコを受け取る際には、その身が形を保っているか心配です。私も協力しますので、なんとか普通に受け取りましょう!」

 姉の奇行を案じ、提督の身を案じ、出来ることなら旗風からもらえたらなぁ、なんて考えている提督。しかしその当人そんなつもりは一切ないらしく、提督の手を引いて建物の外へと神風を探しに行く。

「いや、なんで? 向こうからくるの待ってればいいじゃん」

 

 

「で、どこにいるか見当はついてるのか?」

 執務棟の外に出て周りをきょろきょろ見渡す提督。

「はい、恐らく射程圏内に隠れていると思いますので。あ、ほらあそこに」

 即座に旗風が指をさす。その先には先ほどと同じように建物の陰からチョコの包みが見切れている神風の姿があった。

「アレでチョコを渡す、と考えるほうが難しいと思わないかね?」

 二人の視線が神風のほうへと向く。すると気づかれたと察知したのだろう、見切れていたチョコも姿を消し、どこか走り去る足音が聞こえる。

「あ、待って姉さん! 司令、追いかけましょう」

 後を追う旗風。全速力の旗風に対しどうにも歩みに力が入らない提督。とぼとぼ旗風の後を追い、先ほど神風が消えた建物の角へと差し掛かる。そこには見失ったといわんばかりに左右を見渡す旗風。しかし提督はあるものに気が付いていた。

「いませんね、流石神風型、足が速いです」

「なぁ旗風」

「はい?」

「それ」

 指をさす提督。数メートルも離れていないその指の先にあるものは一つの段ボールだった。人が一人入るには十分な大きさ。蓋は開いていないが底面側が開いている。そこからはみ出ているあのチョコの包み。

「…スネイク?」

「どこで覚えたの? そしてちげーし」

 若干心配になる旗風のボケ、天然であることを願う。それはおいといて段ボールに近づく提督。すると、手を入れるところの隙間からこちらを見ているのだろう、ガサガサッという音とともにあとずさりする段ボール。

「段ボールが動いた!?」

「お願いだからわかって、ねぇ」

 悲しくなりそうなやり取りをしていると、その隙に一気に距離を取る段ボール、というか神風。

「アッ、逃げた!」

「かみかぜー、くれるんなら早めにくれよー。仕事できないんだー」

 逃げ去る段ボールに声を掛ける提督。しかし留まることなく颯爽と次の曲がり角へと消えていく。第二ステージへと移る。



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その5

段ボールの行方を目で追わずとも鎮守府は辺り一面雪景色。まだ足跡も少ない朝であるため、簡単にその逃げる先はわかってしまう。旗風が必死に追うのをしり目に、提督は「あっちか」といった感じで冷静に神風の後を追う。

「ね、ねえさんどこへ逃げたのかしら」

「はたかぜー、こっちだぞー」

 少し先の旗風に声を掛ける提督。

「え? なんでわかるんですか?」

「まぁ…、勘だ」

 足元を見ろというのもなにか情緒にかけるというかなんというか、このシチュエーションを楽しんでいる旗風に申し訳ないので止めておく。また一つ曲がり角を曲がるとその視線の先には脱ぎ(?)捨てられた段ボールが転がっていた。

「あっ! あれはさっき逃げていった段ボール!」

「さすがに無理と悟ったか」

「提督、もしかしてこの中に姉さんがいたのでは?」

「うん、やっと気づいてくれた?」

 両手を口に当て「ウソ、私の年収…」的に女の子らしく真剣に驚いた表情で提督を見る旗風。かわいいんだけどなんか悲しい提督。

「じゃあ…、この辺りに身を潜めていることになりますね」

 辺りを見回して神風を探す旗風。しかしその隣で提督は既に神風をロックオンしている。「なぜ見つけられないのか」と旗風に問いたいところだが、恐らく何か艦娘専用のステルスでも発動してるんだろうそうだろうと、彼女が神風を見つけるのを黙って待っている。

「あっ! あそこ!」

「はいせいかーい」

 指をさす旗風、答え合わせをしてくれる提督。その先には誰かが作ったであろう巨大な雪だるまがあり、その後ろに隠れている神風自身を捉えることはできていないが、毎度おなじみチョコの包みだけがガッツリ見切れている状態。サクサクと雪を踏みしめその雪だるまに近づく二人。

「…う」

 雪だるまからうめき声がする。よく見るとちょうど目の辺りがくり抜かれておりこちらを見ることができる状態になっている。近づいてくる二人に驚きつい声が出てしまったのだろう。しかし先ほどの段ボールとは異なり動くことは叶わない。

「さて…」

 雪だるまの前に仁王立ちする提督。別に神風に説教するわけでも何でもないのだが、やたらと威圧感がある。

「神風、そこにいるんだ…」

 そう言いかけた瞬間だった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 叫び声と共に雪だるまの顔を貫く神風の右ストレート。そんなものが飛んでくるなんて夢にも思っていない提督、高さも丁度いい感じにアッパーコースで顔面に飛んでくる。左頬に突き刺さる右。吹っ飛ぶ提督。

「おごっ!!」

「し、司令!?」

「来ないでぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 雪かきで積まれていた雪山に突き刺さる提督。駆け寄る旗風逃げ去る神風。

「ご無事ですか、司令?」

 手を引いて起こしてくれる旗風。

「あのさ、ホントに神風は僕に好意があるのかな? 殺意の間違いじゃなくて?」

「呪詛の類は書かれていなかったので、恐らくは…」

 最初からだったけど余計心配になってきた。業務で鎮守府内を歩いている他の艦娘からは「また提督がバカやってる」といった目で見ている。

「提督、お仕事しないでなにしてるです?」

 すれ違った超着込んだ越冬モードろーちゃんに尋ねられる。

「したいんだけどね、その前に片付けなきゃいけないお仕事があるの…」



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その6

 訝しんでいるろーちゃんを言いくるめその場を後にし、逃げた神風を追うことを再開する提督。今回の場面だけ切り取ってみれば完全に「提督が神風を執拗に追い回している、被害者は神風加害者は提督」という構図が浮かび上がる。そんな誤解が生まれる前に何としてでも受け取るものを受け取って日常に戻らねば。決意も新たに雪面を踏みしめ歩き出す提督。ろーちゃんにかまっていた間旗風は既に神風を追いかけており一歩先を行っている。恐らく一番楽しんでいるのは旗風、雪がこんもりと積もった植え込みに隠れたふりをして、その視線の先にある神風を捉えている。

「あ、司令。ご無事でしたか?」

「うん、死にゃしないけど風邪はひきそう…」

 押っ取り刀で追いかけたものだからコートも着ず、さらに雪山に突き刺さって雪まみれの提督。氷点下の刺さるような空気が身に染みているのは言うまでもない。旗風もいつもの格好に見えはするが、インナーはしっかりと着込んでいるらしい。先ほど提督が寒くないかと尋ねたら「ヒートテック着てますので」だそうで。

「司令、姉さんはあそこです」

「どれ…、え?」

 旗風の指さすその先、そこには提督がどう頑張っても立ち入ることのできない建物があった。そう『女子更衣室』だ。そもそも鎮守府に男性が提督しかいないので、男子更衣室なるものは存在しないため『更衣室=全て艦娘のもの』ということにはなるのだが。

「卑怯者め…」

「どうします司令?」

「いや、どうするもなにもオレじゃ入っていけないし。入った時点でもうこの鎮守府にいられなくなるけど、それでもいいなら入る」

「それでは仕方がないですね。では私があそこから姉さんを追い出しますので、出てきたところを司令が捕まえてください」

「なに、神風って屏風の中の虎なの?」

 割りとキレのあるいいツッコミをしたと思った提督だが、旗風はそれ完全にスルーして更衣室へと向かう。少し悲しい。テクテクと歩いて更衣室へと入っていく旗風。何を声に出すわけでもなく無言で扉を開きピシャリと閉める。しばしの沈黙、何も聞こえてこないことが少し不思議になる提督。数分が経過する…。

「あっ! こら姉さん大人しくしなさい! いい加減お縄につきなさい、外で司令がお待ちかねですよ! あっ、しまった!」

 ドタバタと物音がする、ガタガタと何か物が崩れる音がする、ビシバシと誰かが何かで何かを叩く音がする。

「最後、なんの音?」

 中の様子をうかがっていた提督、するはずのないというよりは「なぜ?」と言いたくなる物音を聞いた次の瞬間、更衣室の扉が開いて飛び出してくる神風の姿を捉える。

「邪魔しないで、はたかぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「あっ、こらまて神風!」

 まさしく神風の如き速さで逃げていく神風。港のほうへまっしぐら、当社比三倍のスピードで消えていく。しかし旗風はどうしたのだろう。神風を追いかけたいがそっちも気になる。すると更衣室の中から何かごろりと転がり出てくる。

「し、司令。旗風不覚を取りました、申し訳ありません」

 なぜか縛り上げられた旗風がそこにいる。そうか、あの音は縄を打つ音だったのか、今合点がいった提督。胸を強調される縛り方で妙にエロい。ちょっとそのまま見ていた気もしたが、ことを収拾することを優先する提督。ここで旗風脱落。この勝負いよいよ提督と神風のタイマンに持ち込まれる。



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その7:終

 旗風脱落後、鎮守府内を一しきり駆け回った二人。最後に行きついたのは港だった。その先は海しかない桟橋の先に神風が、その後ろにはとうとう追い詰めたといわんばかりの提督の姿がある。鎮守府を一周してしまったもんだからなんだなんだと野次馬が押し寄せ、提督の後ろには数十名のギャラリーがいる。そのギャラリーの見解は当然「提督が神風に強引に迫っている」という、本来とは完全に逆の構図であった。ドン引きしながらそれを見守って(?)いる。

「い、いい加減に渡すんだ…」

「うぅ…」

 息も絶え絶えじりじりと詰め寄る提督、涙ぐみながら後ずさりする神風。そしてとうとう足場がなくなり追い詰められる。艤装も付けていないため海に逃げ込むこともかなわない。

「い、いやぁ…」

「なんでそんなに嫌なんだよ。って、もしかして…」

 頑なにそれを渡そうとしない神風。もしかすると自分はとんでもない勘違いをしているのでは、なんてことを考える提督。近寄る歩みを一瞬止める。すると次の瞬間神風が提督の横をすり抜け攻守が逆転する。

「しまった!」

 今度は提督に後がなくなる、あくまで位置的な問題ではあるが。こうなってしまうとまた追いかけっこが始まってしまう。なんとかここでケリを付けねばなるまい、思い切って思っていることを口に出す。

「神風! お前の思いはちゃんと受け止める、さぁそれをよこすんだ!!」

 告白にも似た叫び。ギャラリーから驚きにも悲鳴にも似た声があがる。

「ひっ!」

 ひるむ神風。

「さぁ!」

「ひぃぃ!!」

 詰め寄る提督

「さぁ!!!」

「ひぃぃぃぃ!!!」

「さ…」

 これで落とす、と気合十分声をあげようとしたその刹那。

「いやぁぁぁぁぁぁ、来ないでぇぇぇぇぇっぇ!!!!!」

「え?」

 提督の声をかき消すほどの大きな叫び声と共に神風は抱えていたチョコの包み、ようは魚雷であるがそれを提督めがけて全力で投げつける。あって5メートル程度の提督と神風の距離、かわす間もなくそれはどストライクに提督の腹に突き刺さる。

「!!!!」

 身体がくの字に曲がりそのままの体勢で宙を舞い海へと投げ出される提督。だいたい30メートルほどは沖にいっただろうか、波しぶきが上がるのが確認できる。

「おぉ!」

 ギャラリーが今度は感心したというニュアンスの叫び声をあげる。そしてその横を一目散に駆け抜けて港から消えていく神風。

「うえぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!!」

 勝負は決した、そして目的もある意味果たされた。冬の海にピンクの紙に包まれた魚雷だけが浮いている。

「…、提督浮いてこないですって」

 見物のろーちゃんが提督が沈没してから1分後くらいに呟く。

「…」

 誰一人言葉を発しないギャラリー。

「マズい!!! 潜水艦ズ、誰でもいいから提督をサルベージしてこい!! さすがに死なれちゃヤバい!!」

 事の重大さに気づいた天龍が指示を出す。

「えー、さむいしー」

 誰一人として海に飛び込む者はいない。着こんだろーちゃんなんか聞いてすらいないだろう。最終的に大発を持ち出してサルベージ用のクレーンで引き揚げられた提督。どうなっているかは言うまでもないだろう。

 

 …その夜

 

「えへへ、司令官にチョコ渡しちゃったぁ」

 部屋のベッドでデレデレしながら独り言をつぶやいている神風がいた。その後発覚したことだが、神風は極度の照れ屋のため渡そうにも渡せずずっと機会というか隙というか、そんな感じのタイミングを狙っていたらしい。結果彼女の思いは遂げられ今に至っている。

「全部食べてくれたかなぁ、お返しなにくれるかなぁ。今度はデートに誘ってみようかなぁ」

「姉さん…」

 二段ベッドの下では両手で顔を覆い色んな意味で涙で枕を濡らしている旗風。今回の被害者その弐は今後の姉の扱いと矯正をどうするか真剣に悩みながら眠りについた。

 

 提督はと言えば、当たり前のように風邪をひき一週間ほど寝込んでしまった。その間の業務はというと、ろーちゃんがガラクタ置き場から回収してきたペッ〇ー君の胸に「てーとく」(くの字が逆)と名札を張り付けたものが代行していたという。当然何もできないので書類は溜まった。



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第9話:提督の東京コミケラビリンス
その1


 季節は冬。年の瀬も迫りというかもう年の瀬。仕事を納め故郷に帰る人の波がどこかしこで目に付き、都会は少しの間いつもより静かになる。鎮守府も一部を除いて年末年始の休暇に入り閑散とする。実家に戻るものもいれば旅行に行くもの、面倒だと鎮守府で仲間と共に年を越すものもいる。人それぞれ、どう過ごそうが自由である。そんな鎮守府の年末だが、今珍しい取り合わせの二人がとある場所に降り立った。

 

「海風寒い! 椴法華よりマシだけど寒いは寒い!」

「だよねー。この風浴びるとここに来たなって感じするよねー」

 ガラガラと何かを引きずる音と共に、誰かの文句が炸裂している。時は12月29日場所は東京はお台場、国際展示場前駅になぜか提督と秋雲が並んで歩いている。当然仕事納めしているのでともに私服である。軍人という雰囲気はちらとも醸し出されてはいない。

「今年も無事ここに来れたことを感謝いたします、コミケの神様」

 けったいな建物を前に秋雲がそれに対して拝み倒している。

「そんなに大事なんだ」

「そりゃもう、この日ここに来るために働いてるようなもんだからねぇ」

「それは日ごろちゃんと業務をこなしている人だけが言っていいセリフだからな?」

「さぁ行こう行こう!」

 提督の言うことには耳を貸さず、そのまま歩き出す秋雲。呆れる提督も仕方なくあとをついていく。なぜこんなことになったのか、それはたまたま提督の年末の帰省と秋雲のコミケ状況が重なっただけ、という理由のほかにもう一つあるのだが、それはおいおい説明しよう。駅をあとにして歩き始めた二人は最初の目的地へと向かう。

「長旅で疲れたんだが、ホテルまだか?」

「すぐそこだよー。それそれ、見えてるやつ」

 秋雲が指差すその先には、大層立派なホテルがそびえている。

「いいとことってんじゃん」

「でしょう? もうここじゃないといろいろ面倒でさぁ。夏のうちから予約しないと埋まっちゃうんだよ?」

「なるほどねぇ…。え、毎年?」

「うん、そうだよー」

「金掛けてんな…」

 秋雲の気前の良さを思わぬところで知った提督。自分なんか出張の時はビジネスホテル一択だというのに、なんて思いながらそのホテルを見上げている。そしてその道すがら、そのホテルの横にあるけったいな形をした建物から戻ってくる多くの人とすれ違う。その人たちは何やら大荷物を抱え、中にはちょっと人前ではお見せ出来ないようなイラストの描かれた袋を堂々と携えている。それを不思議に思う提督、秋雲に尋ねる。

「なぁ秋雲?」

「ん、なにー?」

「これって何のイベントなんだ?」

「え、知らないの?」

「ん、まぁ…」

「そりゃ軍人さんならわからないかー、お堅いもんねぇ」

「俺が特にそういうことに興味がないだけとも言えるけどな」

「コミケっていってね、簡単に言えば個人が作ったマンガを販売するイベントだね」

 ざっくりと説明する秋雲。だがそれ以上もそれ以下もないイベントのため秋雲の言葉はそこで終わる。

「なるほどねぇ」

「さ、ホテル着いた着いた。さっさとチェックインして晩御飯でも食べに行こう」

「だなぁ。てかこの辺り食うとこあんのか?」

「あるよー、サイゼもマックも」

「せっかく東京来てるのにチェーン店かよ…」

「いいじゃーん、椴法華の近くにはないんだしさー。私サイゼのやっすいパスタ好きなんだよねー、ふりかけかけまくって食うのー」

「はいはい」

 晩飯はありつけるだけ良しとしよう、覚悟は決めた提督。

「お、綺麗なホテルだこと」

「でしょ。さ、チェックイ…、あ”!?」

 自動ドアが開いたところで変な声を出して急に立ち止まる秋雲。前を歩いていた秋雲が急ブレーキをかけたためそれにぶつかってしまう提督。

「ちょ、秋雲。どうした?」

「…しまった」

 青ざめる秋雲。その顔を見て得も言われぬ恐怖に襲われる提督。

「おい…、まさか部屋がないとか言うなよ?」

 恐る恐る秋雲に尋ねる。

「いや、部屋はあるんだけど…、だけど…」

「あるならいいじゃないか。だけどって…」

 その理由は5分後にはわかることになる。



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その2

 ガチャン

 

 ゆっくりと大きな扉が閉まる。その前には秋雲と提督が二人茫然自失といった状態で立ち尽くしている。部屋の奥に進むこともなくただただその場で立ち尽くす。しばらくの後提督が一言その場の空気をなんとか打開しようと奥から絞り出すように発する。

「き…、綺麗な部屋だね?」

「だね?」なんて言い方普段はするはずもなく、相当の緊張が伺える。

「そ、そうね…」

 その問いかけに対し秋雲も秋雲で、いつもはしないような女の子っぽい返しをする。

「…」

「…」

 言葉が続かない、そしてどうしても部屋の中へと歩が進められない。それもそのはず、この部屋はツインルーム。そう、提督と秋雲はこれから二泊三日を同じ部屋で過ごさなくてはならないのだ。

「なんでツインなんだよ!? シングル二つ取ってたんじゃないのか?」

「まさかこんなことになるとは思わなかったんだよー! 風雲と一緒に来る予定だったし、そんな直前で部屋チェンジ出来るわけないし、原稿のこともあってすっかり忘れてたんだよー!」

 堰を切ったように双方が言いたいことを言い放つ。どうしてこんなことになったのか。というのも本来、今日という日は風雲と一緒に行動する予定だったが、風雲が急におたふく風邪なんかになってしまったものだから、取り敢えず帰省で同じ方向へ向かう提督に声を掛けた秋雲。その理由は「部屋代一人で払うのがイヤ」というだけのこと。まぁ自業自得である。

 さっきホテルの入り口で立ち止まったのはそのことにハッと気づいたため。さてどうしよう、とりあえずチェックインしないわけにもいかないのでフロントまでは超牛歩で行くことになる。しかしフロントで顔なじみの受付に「あら、今年はカレシさんと一緒なのね」と言われあっさり気付かれてしまう。繋ぎたくもない手をこれ見よがしに繋いで鍵を受け取り今この部屋まで来たわけだ。

「いや、いくらなんでもまずいだろう。特定の艦娘と提督が同じ部屋でベッドこそ違えど二日も一緒に過ごすだなんて…。間違いが起きなきゃいいんだが…」

 頭を抱える提督。

「えっなに!? 提督間違い起こすつもりあんの? 私のことそういう目で見てたの!?」

 自身の両腕を抱えていかにも「襲わないで!」といった感じに身構える秋雲。

「しねぇよ!」

「だ、だよねー…。私なんか襲わないよね…」

「…」

 秋雲のその言葉にちょっと顔が赤くなる提督。

「…マジ?」

「と、とにかく。断じてそういうことはしないから、とりあえず平常心に戻ろう。お互いおかしくなっている。飯でも食って落ち着こう」

「そ、そだね」

 大人の提案をする提督。覚悟を決めて部屋の中へ進み、荷物を置いてソファーに腰かけ一息つく。

「あー、疲れた」

「そだねー。あ、混むから早めにご飯行こうか。コミケ帰りの客でここら辺めっちゃ混むんだよねー」

「ふーん。そんなに?」

「うん、1時間待ちとかザラだしねー」

「なるほどねー…」

 たわいもない会話。

「なぁ」

「ん?」

 提督が秋雲に尋ねる。

「それだったらどっか別のとこ行ったほうが早くね?」

「…あー…」

 宙を見上げたまま口を開けたまま、思考が止まる秋雲。

「よし、ちゃんとしたとこ行くか」

 目的地は今この瞬間変更される。

「あ、じゃあ先に荷物バラしとこ」

 ソファーから立ち上がりベッドの上にスーツケースを置き広げる秋雲。それを何の気なしに見ている提督。すると開いたスーツケースの一番上には、見慣れない布地が並んでいる。そしてそれがなんであるかすぐに気づいて目を逸らす。

「…秋雲、結構エロいの履いてるんだな…」

「見るなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 間違いが起こる可能性、5%上昇。



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その3

 電車に揺られ、海のそばから東京の街中へと繰り出す二人。電車の中は例のコミケとやらの帰りの客でごった返していた。東京は仕事では来るものの、こういったプライベートしかも完全なる未知との遭遇に、提督はその見たことのない人種や生態などを観察するのに飽きることはなかった。そして提督の言う「ちゃんとした」飯にありつくためにある店へ入る。

 

「なぁていとくー」

「なんだよ?」

「ちゃんとしたって、言ったよね?」

「言ったな」

「言ったよね」

「嫌いか?」

「嫌いじゃないけどさ、むしろ好きなほうだけど」

「じゃあ食べよう。ここは奢るから」

「そお? でもさぁ…」

「でも?」

「なんで東京チカラめしなわけ?」

「仕方ねぇだろ、どこもかしこも満席だったんだ。取りあえず前菜ってことで、どこか見つけたらハシゴする、それでいいだろ?」

「あーもう、東京出てきて最初のご飯がジャンクフードって」

「サイゼでもマックでも似たようなもんだろ、文句言うな!」

「まぁ若干予想はしてたんだよねー。コミケ帰りの客でどこもかしこも満席になってんじゃないかなーって」

「わかってんなら言えよ」

「いやでもさー、提督を立てるというかなんというか。エスコートしてくださるというのならそれに甘えないわけにはいかないじゃん」

「どっちかというとこの旅行のエスコートはお前だぞ?」

「それもそうか」

「ま、とりあえず食っちまおう。わりと待ってる人も多い」

「なんだかなぁ、落ち着かない…」

 どんぶり飯を一気にかきこむ二人。つけ添えの味噌汁を飲み干して手を合わせてご馳走様。滞在時間約10分、そそくさと店の外へ出る。

「取りあえず多少腹は膨れたな」

「一応ね」

「さて…、どうする?」

 秋雲に尋ねる提督。

「そうだねぇ、せっかくここまで来たんだし。明日に差し支えない程度にブラブラしていこうか?」

 時間にしてまだ6時を少し回ったくらい。明日は特に決まった予定はなく自由。秋雲の出展は明後日らしいので今晩は比較的余裕がある。腕時計を見てから周りを見渡す提督。

「秋雲、行きたいところは?」

「アキバには行きたいけどねー。でも今の時間からじゃお店も閉まり始めちゃうし、ゆっくり見て回れないから明日でいいかな」

「なるほど」

「提督は?」

「オレは、そうだなぁ…。やっぱ取りあえずどこかゆっくり座って一杯飲みたい気分だな」

 椴法華よりは暖かいとはいえ冬の東京も寒い。チカラめしだけでは満足も出来ず、酒と肴を欲している。

「よし、じゃあこの辺り歩きながらお店でも探そうか」

「よし、そうすっか」

 意見が一致して歩き出す二人。と思ったところに後ろから声が掛かる。

「あの、すいません」

「はい?」

 二人そろって返事をして振り返る。するとそこには全く知らない男が一人立っていた。見ると手にはコミケの戦利品と思われる品の数々が入っている大きいカバンを携えていた。

「もしかして、オークラ先生じゃないですか?」

「あ! え? はい、そうですオークラです」

 一瞬「げ」という顔をしたが瞬時に営業スマイルへと変貌する秋雲。その顔で何となく察する提督。

「あぁやっぱり。こんなところで会えるなんて偶然だなぁ。明後日の新刊楽しみにしてます!」

 その男は差し出してもいない秋雲の手を取り握手をしてブンブンと振る。

「あぁ! どうもどうも! 是非いらしてください、お待ちしてますから!」

 秋雲も超作り笑いで対応する。その光景を秋雲の横で提督は「大変やな」と声には出さないが無言で見守っている。

「ところでこちらの方は?」

 声も出さずなるべく気配を消していたはずなのに、流石にスルーは無理だった。その男が提督の存在について尋ねてくる。

「あ、あぁこれ?」

「お前、上司にむかtt」

 男の視界の外で思い切り提督の足を踏む秋雲。提督の発しかけた言葉が止まる。

「っっっ!!!」

「明後日の売り子兼軍コスしてくれる知人でねぇ。サクチケ渡すために会ってたのさ」

「あぁそうでしたか。明後日は大変でしょうけど頑張ってくださいね」

 にこやかに提督に微笑むその男。しかし秋雲のように手は取らない。

「お、はい…」

 ブーツのかかとは相当痛かったようでまだ声がちゃんと出ない。

「しかし本当に軍人さんみたいな雰囲気ですね。本物だったりして」

 変に勘のいい男。一瞬ギクッとする提督と秋雲。

「ラガーマンなの、アメフトもやってたっけ?」

「そうそう、アメフトを少々…」

「あぁ、なるほどー」

 納得させる。

「あ、じゃあ僕も人と会わなきゃいけないので失礼します。じゃあオークラ先生、また会場で」

「はーい」

 手を振ってその場を後にする男。それに最後の営業スマイルで応える秋雲。

「…行ったか」

 秋雲の顔が一気に真顔に戻る。

「秋雲、加減…」

 その場にうずくまり足をさすりながら提督が言う。

「ゴメン、急だったから」

「客か?」

「うん、流石に一人一人覚えちゃいないけど」

「オークラって?」

「…ペンネーム」

「軍コスって?」

「それはゴメン…」

 提督の問いによどみなく答えていく秋雲。色々化けの皮とプライベートの恥部が剥がれていく感じがしてとてもつらい。ここにいるとまた次がないとも限らない。早々にその場を離れて見つけた個室居酒屋へと消えていく二人。



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その4

 結局3時間以上も飲み屋に滞在して現在11時少し前。店を後にする提督と秋雲。

「ぐおおおおおお、重いぃぃぃぃ!!!」

 全体重が提督の背中にのしかかる。居酒屋で調子に乗った秋雲が完全に酔いつぶれてしまい、目を覚ます様子がミジンコもない。仕方がないので提督がおぶって帰ることになるのは当然だが、子泣き艦娘と化した秋雲は軽いはずなのに重い。必死になってホテル最寄りの駅までやっと到着して、今一歩一歩足を踏みしめながらホテルへと到着する。

「すいません、815号室の早良ですけど、鍵を…」

「おかえりなさいませ。あら彼女さん寝ちゃったんですね、豪快に」

「ええ、まぁ…」

 彼女ではないのだがと言いたいがそれは別の誤解を生みかねないので引っ込める。鍵を受け取りエレベーターへと向かう。2機あるうちの2機とも徐々に下へと降りてくる。片方が途中誰か宿泊客を乗せるのに止まったため、ほぼ同じタイミングで1階へと到着する。ほぼ同時に開く扉。人が乗っていないであろうほうへと移動する提督。

「よっと」

 ずり落ちかけた秋雲をもう一度背中の中央に戻していざエレベーターへ。エレベーターに乗り込んで踵を返し、閉まる扉越しに今降りた宿泊客だろうか、女性の姿が視界に入る。

「…ん?」

 扉が閉まりエレベーターが上昇する。一瞬ではあった、何か引っかかるものがある提督。今の女性に対してだろうか、それとも何かほかに忘れていることでもあっただろうか。今すぐピンとこないのでとりあえず思考の中心からは除外する。そしてエレベーターは部屋のある階層に到着する。

 

「とうっ!」

 ボフッっという豪快な音とともに秋雲がベッドに投げ出される。しかしこれっぽっちも起きる気配はない。軽くいびきをかいて寝続ける秋雲。さすがに室内でエアコンが効いているとはいえ冬である。ホテル特有の突っ張った敷き方をしている布団を秋雲の下から強引に引っ張り出して上にかける。室内灯の調光ダイヤルをいじって少し暗くする。スタンドライトを付けて提督はソファーに腰かけ一息つく。

「はぁ、疲れた…」

 上着のボタンを外して首元を緩める。髪をかき上げるのと同時に顔を上げて天井を見上げる提督。少しボーっとしたあとまだカーテンを閉めていない窓のほうへ目を向けると、目の前にはあのけったいな建物がそびえたっている。立ち上がり窓際へと歩を進めて眼下を見ると、こんな時間にもかかわらずそこそこの数の人間がいる。

「この寒いのになにしてんだか」

 窓に肘をついてそれを眺める。しかしすぐに窓越しの冷気が伝わってきて体が冷えてくる。腕を放してその手を腰に当てる。何が行われているのかもわからないそのイベントにたまたま来てしまったズブの素人。明日になれば少しは何か感じるものでもあるのだろうか、そんなことを考えながら窓際から離れて部屋のバスルームへと向かう。バスルームのノブに手を掛ける、がすぐにベッドのほうに戻り、スタンドライトを消す。恐らく秋雲への配慮だろう。入り口側のスポットライトを代わりに灯してバスルームへと消えていく。この様子なら「間違い」なんて起こることもないであろう。一瞬の欲に負けるような人物だったら、そもそもあの鎮守府の提督として送り込まれていない。それを知ってか知らずか、がおがおと寝続ける秋雲、幸せ者。

 

 

 

「今年もここに来れた…。姉さん、本当にごめんなさい」

 先ほどホテルで提督が見かけた女性が、暗闇にそびえ寒風吹きすさぶビックサイトを前にして呟いている。さて何者だろう。



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その5

 翌朝

 

「ぐおおおおおおおおおお」

「…何だ朝から騒々しい」

 昨晩の提督の叫び声に似た声を今度は秋雲が出している。その声で目を覚ます提督、目がまだ半開き。

「き、記憶がないぃぃぃ……」

 頭を抱える秋雲。別に二日酔いというわけではないらしいが、深酒がたたり完全に昨晩の飲み始めてからの記憶がない。その間自分が一体何をしでかしたのか、不安でたまらなくなりこうなっている。

「安心しろ、何もしていない。見てみろその服装、昨日出かけた時のまんまだろう?」

 やかましいのを黙らせるため、提督がさっさと指摘する。

「…あっ、本当だ」

 自身の格好を見て我に返る秋雲。それで最悪の事態にはなっていないことを悟りホッと一息つく。

「…」

「どうした?」

 動きが怪しい。体中に手を回したりスカート越しに何かを確かめる秋雲。

「よし、下着もちゃんと履いている。ブラのホックも外れてない」

「だからなにもしてねぇっての!」

「やーごめんごめん。久しぶりに羽を伸ばせたもんだからつい調子にノっちゃって」

「二度とおまえとはサシで酒は飲まねぇぞ」

「ホントゴメンってば。あー、メイクそのまんまで寝たから肌ガッサガサ」

 鏡を見て今の最悪な自身の顔を見て呟く。

「シャワー浴びろ。あぁ、流石に女子はあのスペースじゃ着替えや化粧は無理か。ちょっと待ってろ、先に浴びるだけ浴びて下行って飯食ってくるから。その間に入っとけ」

「ご、ごめんよ…、気ぃ遣わせて」

「気にすんな」

 秋雲とのやり取りをさっさと済ませ、着替えをもってバスルームに消える提督。5分ほどでシャワーを済ませ着替えた状態で出てくる。

「じゃ、オレ下行ってるから。もし来るならキー忘れんなよ。来ないなら部屋戻ってもいいか連絡だけよこせ」

 そういって部屋を後にする提督。

「はい、提督」

 鎮守府にいるかのような敬礼で提督を見送る秋雲。扉が閉まり敬礼していた手を下ろす。

「紳士だねぇ」

 そう一言呟いて、スーツケースから着替えを漁りバスルームへと向かう。

「あぁ、バイキングか。ありがたいな」

 下層階のレストランに着いた提督。まだ少々時間は早いが、このイベント目的の宿泊客が多いせいか結構ある席の大半が埋まっている。秋雲が来ることを一応考慮に入れて、途中確保したトレイを置いて何とか二人分の席を確保する。

「さてと…」

 自分の分のトレイを持ち、料理の並ぶカウンターへと向かう。

 

 45分後

 

「アイツくんのか? 来ねぇのか?」

 随分と待たされている提督。さすがに人も多くなってきたので、これ以上席をキープし続けるのも気まずい。スマホを手に取り秋雲にメッセージを打とうとしたところ、声を掛けられる。

「お待たせ」

「ん、やっと来た…」

 当然その声の主は秋雲だろうと、振り向いて確認する。するとそこには見慣れぬ美少女が一人立っていた。

「…誰?」

 正直にその女性に問う提督。

「秋雲だよ! あんたんところのあ・き・ぐ・も!」

 叫び声がちょっとだけ食堂内に響く。何事かとそれを見る他の客。しかしその視線はその声に反応して向けられたものはわずかで、ほとんどはそこにいる美少女に向けられる羨望のまなざしだった。提督が気づかないのも無理はない。昨晩までの秋雲とは打って変わって、まずそもそも髪を下ろしている。そして完璧なメイクと一張羅、艦娘時の制服姿からは想像もつかない変貌ぶりである。

「…」

 声が出ない提督。

「なんだよ?」

 いつもの顔、ジト目に戻って返事をする秋雲。

「い、イヤ…。化けるなって思って」

「でしょ? どう、秋雲さん見直した?」

 怒るどころか気をよくした秋雲は、くるりと一回転、スカートを翻してみせる。その姿はまさに姫、ギャラリーもうっとりしている。

「今ならマジ抱ける」

 真顔で応える提督。そしてその回転の勢いそのまま、提督の頭をひっぱたく秋雲。



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その6

「で、提督今日どうすんの?」

 朝食をつつきながら秋雲が提督に問いかける。当然だが秋雲は今日一日コミケの会場を様々な用事でぶらつくわけだが、提督に関してはその縛りはない。一緒に行動をする必要もないわけであって、その予定を確認する。

「んー、そうだな。特にそのコミケとやらに用はないからな。街でも行ってブラブラすっかな。んで飽きたらホテル戻って寝る」

「そっか。でさぁ…」

「ん?」

 秋雲が食事の手を止める。そして両手の人差し指をわざとらしく突き合わせている。

「もしよければーなんだけど。4時過ぎくらいに戻ってきてくれないかなぁ。明日の搬入とか設置があるから手伝っていただければーと」

 申し訳なさそうに胸のあたりで手を合わせて提督にお願いする秋雲。そう来るだろうと予想はできていた提督は、少しだけ苦虫を嚙み潰したような顔で何も声には出さず秋雲を見る。

「提督をこき使おうたぁいい度胸だな」

「バイト代出すからさぁ」

「要るか。なんで部下からそんなもんもらわにゃあかんのだ」

「ですよねぇ」

「まぁいいよ。どうせ最初からそのつもりだったんだろうし、風雲がいない時点で覚悟はしていた」

 少し口答えはしたがすんなり秋雲の申し出を了承する提督。

「ホント!? いやーマジで申し訳ないです…」

 手はそのまま、頭を深々とテーブルにこすりつけるように下げる秋雲。

「しかしだぞ、これだけの人でオレおまえんとこ辿り着けるのか? 会えるか心配なんだが」

「それに関しては迎えに行くのでご心配なく。羅針盤も電探も持たずに大海原に繰り出すみたいなもんだからね。私は頭の中に全マップ叩き込まれているのでご安心を」

「割りとわかりやすい例えでありがたい」

 百戦錬磨の秋雲に隙は無く、この場に関しては秋雲に頼れば問題ないということで決着する。

「じゃ、さっき言った通り4時くらいにはここらへんに戻ってるようにするわ」

「よろしくおねがいしまーす」

 再度頭を下げる秋雲。残りの食事をたいらげコーヒーを飲み干し、二人そろって部屋へと戻る。秋雲は最後の化粧チェックなどを行い身支度を済ませ「では戦場へ」と、勇ましく敬礼して先に部屋を後にする。それを見送った提督はまだ動くには少し早い時間ということもあり、再度ベッドに横になる。早かったので少しウトウトして、次に目を覚ましたのは部屋掃除のノックの音がした時だった。

 

 

 時はさっさと過ぎ去りもう約束の4時が近づいている。日は傾き海から吹いてくる風が冷たい。余裕を持って戻っていた提督は、別に律義に外で待つこともないだろうと一度ホテルに戻り、ラウンジに併設されている喫茶店でコーヒーを飲んで一服していた。

「さて、ボチボチ時間かな」

 腕時計を見て呟く。カウンターテーブルに置いたスマホに視線を送って、秋雲からの連絡がこないかと待っている。するとタイミングよくスマホが鳴動する。

「あいよ」

「あ、提督。いまどこ?」

「ホテルのロビーだ。休んでた」

「あぁ、流石っす。じゃあどうしようかなぁ」

「なるべくわかりやすいところにしてくれ。この人ゴミだと待ち合わせしても会えない恐れすらありそうで怖い」

「だよねー。コミケ初心者あるあるだからねー」

 秋雲が何を言っているのかわからない提督。

「じゃあ私もホテルまで戻るよ。まだ時間に余裕あるし」

「そっか、助かるわ。じゃ待ってるわ」

 そういって電話を切る。動く必要がなくなった提督はもう一杯コーヒーをおかわりする。窓の外に流れる大勢の人の流れを、まだ珍しそうに眺めている。

「なんであんな紙袋持って歩けるんだよ…」

 目を覆いたくなるようなイラストの描かれた大きな袋をかかえた紳士(?)たちが満足そうに、今から行くであろう会場から戻ってきて駅に向かっていく。もちろん多くの女性も歩いているが、そういったものは気にならないのか、彼女らは彼女らで楽しそうに歩いている。それほどまでに人を惹きつける空間なのだろうか、ますます不思議になる。そして一度外から視線を逸らして室内に目を向ける。すると昨日見かけた女性客がホテルに戻ってくる姿を目で捉える。

「…ん?」

 綺麗な二度見、意識の中で何か引っかかるものがあったのだろう。しかし遠いのではっきりとはわからない。その女性客もなんだか大きなカバンを抱えているのだけはわかったがそこまで、提督の視界から消える。

「既視感、かねぇ」

 結論は当然のように出ない。気にはなるが流石に後を追うのは犯罪スレスレ。忘れることにしようと考えたところに「お待たせ」と秋雲が到着する。数十秒の後、その女性のことは頭の中から消えていた。



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その7

 前日搬入という名の力仕事全般を手伝わされる提督。ようやく解放された時には日は完全に沈んでいた。鎮守府の体育館がかすむほどの大きさの建物、中は祭り特有の浮足立った雰囲気が充満している。

「やることけっこうあんだな。それなりに疲れたぞ」

「あんがとー提督、一人じゃまず無理だったわ。あーおなか減った」

 設置が終わり自身のブースの椅子にどっこらしょと腰を落とす秋雲。

「何だ、飯食ってないのか?」

「そりゃ当り前よ。ご飯食べてる時間あったら一つでも多く一人でも多くってのがコミケのモットーだからね。あー腹減った」

 提督の問いに答えながら天を仰ぐ秋雲、若干魂が抜けている。

「じゃあ飯行くか。今日は近場でいいよな?」

「んー、もう遠くまで歩く気力ない」

「ホテルにくっついてるマックか、それこそホテルの食堂でいいか」

「んだねー、早めに寝たいし」

「よし、じゃあホテルに戻るか」

「おし、そうしようそうしよう」

 テーブルに軽く腰を掛けていた提督と椅子に座っていた秋雲、同時に立ち上がる。さてホテルへと足を一歩踏み出そうとしたその瞬間、目の前をよく見る顔が通り過ぎていく。

「え?」

「あれ?」

「ン?」

 通り過ぎる人物も気づいたようで二人の目の前で立ち止まる。

「ナンダ、コンナトコロデナニヲシテイル?」

「こっちのセリフだよ!」×2

 戦艦棲姫だった。高そうな私服に身を包んでいるが、顔は変えられない。一発で気付く二人。なぜ北海のご近所さんがこんなところにいるのだろう。

「なんでお前がこんなところにいるんだよ」

「ナンデトハシツレイナ、アシタシュッテンスルンダ。ワタシノシャシンシュウヲウルヨテイダ」

「えぇ…」

「ああ、そういえばモデルやってたね」

「ウム。ソノエンチョウトイッテハナンダガ、コスプレトヤラモヤッテイテナ。シゴトノシリアイニダシテミタラドウダトイワレタノデ、コンカイハジメテキタノダガ」

「左様ですか」

「ヤタラコエヲカケラレルシシャシンヲトラレル。ココハコウイウモノナノカ?」

「ま、まぁそういうとこ、かな…」

「ナルホド。ナレテイルカラベツニイイノダガ。ソウイエバオマエモナニカダスノカ?」

 一通り質問に答えた戦艦棲姫が秋雲に質問を返してくる。

「え、あ。そうそう。私はもう何度も出しているんだけどね、本を! よければ一冊」

 平積みした自身の同人誌を戦艦棲姫に差し出す。

「ン、イイノカ? スマナイ、ジャアアシタニデモワタシノシャシンシュウモモッテコヨウ」

 差し出された本を受け取る戦艦棲姫。初めてなのにコミケの暗黙のルールをしっかり理解しているようで、明日写真集をもらえることになった。

「ム、ヒトヲマタセテイルノダッタ。デハマタ」

 颯爽と踵を返しその場を後にする戦艦棲姫。

「あぁ、ごめん。またねー…」

 手をグーパーグーパーして別れの挨拶をする秋雲。人ゴミの中へと消えていく戦艦棲姫の後姿を無言で見送る提督。あまりの衝撃に中々声を発することができない。

「ランウェイ歩いてるみたいな歩き方だな」

「うん、スタイルいいし綺麗だからそりゃ写真も撮られるわ。しかし、まさか深海さんがいるとは思わなかった…。ブースどこだろ?」

「あれじゃねぇか?」

 提督が指をさすその先には、16inch三連装砲さんがいる。恐らくだが力仕事を任されているのだろう、セコセコ動いている。

「あぁ、なんてわかりやすい…」

「気づかなかった俺らも俺らだけどな。帰ろうぜ秋雲」

「おう…」

 ほぼドッキリのような事態に遭遇した二人は、心を落ち着けてからブースを後にしてホテルへと戻っていく。



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その8

 秋雲が「手伝いのお礼に夕食おごるけど今日使いすぎたのでマック」と言い出したので、結局それぞれがお金を出してホテルのディナーブッフェを食している。しかし真実は提督が少し多めに出している。事前会計の際、レストランの前で提督に深々と頭を下げる秋雲。とてもきれいでかわいいコミケ参加のオタ女子を意図せずにかしづかせている提督は、若干冷ややかな視線と羨望のまなざしが入り混じったものをギャラリーから浴びせられた。

「おいひぃ…。いつもコミケ来てこんないい料理食べない」

「どこに金使ってんだよ」

「そりゃまー、今日ここでしか買えないものを一冊でも多く手に入れるためにはねぇ、惜しまないわけよ」

「まぁ口出しするとこじゃないからな。でもなくなっても貸さねぇからな」

「それは大丈夫、明日は売り上げが入るから。あ、入ったら今度こそおごってあげるよ?」

 空いている手の親指と人差し指で輪っかを作っている秋雲。恐らく「金」を表現しているのだろう、いやらしいったらありゃしない。

「ほう、なるほど。じゃあここの支払いに〇が一つ増えるくらいまではいいってことかな?」

「う…」

「額面までは把握しちゃいないが、相当羽振りがよろしいようですね秋雲さん。巻雲からちょーっとお話は聞いているんだよ、イベントの後は秋雲が大体ご飯の面倒は見てくれるって」

「あー…」

 先ほどまでの勢いはどこへやら、口にものを運ぶ手が止まる秋雲。

「まぁ冗談だ。それに明日は終わってからそんな暇ねぇと思うし。飛行機の時間に間に合わねぇよ」

「あ、そっか。実家帰るんだもんね」

「そ」

 少しだけ寂しそうな顔をする秋雲。

「…ご両親にご挨拶にでも伺いましょうか?」

 無言で秋雲の頭を軽くチョップする提督。

「冗談ですってばぁ」

「あ、そうだ秋雲よ」

「ん、なに?」

 その話題を打ち切るかのように提督が別の話題を切り出す。

「あのさ、鎮守府のメンツでこのイベント、コミケだっけか。これに参加してるヤツって他にいるか?」

「え? それはいないと思うよ。まぁ風雲が私の手伝いに同行することがあるくらいで、だれか参加しているって話は聞いたことがないなぁ。どして?」

 ほぼ即答で返してくる秋雲。その答えは間違ってはいないだろう、それである程度は納得する提督であったが、やはり気になる。恐らくは例の既視感の正体を探っているのだろう。

「いや、なんかさここに来てから見たことあるなーって人とすれ違うんだわ。顔は見れてないし声もかけてないからわっかんねーんだけど。あの後ろ姿誰かに…」

 額に指を当てて悩むポーズ。

「ないと思うけどなー。さすがにこれだけの人数で三日間もあるから絶対はないけど、それでも鎮守府のメンバーだったら噂くらいは耳に入ってくると思うんだよね。提督の知り合いじゃない?」

「そうかなぁ、やっぱ。まぁ似ている人の一人や二人いてもおかしくないか、こんだけ人いるんだし」

「そうそう、でももしかしたらはあるかもねー。なんつったって戦艦さんいたくらいだからねぇ」

「だよなー、いたらいたで面白いけどなー」

 あっはっはとそれを全否定するかのように二人で笑う。そして改めて食事を再開する二人。そんな二人から少し離れたレストランの隅、一人の女性が提督と秋雲に背を向けるように食事をしている。しかし今その手は止まっている、なんでかグラサンを掛けている。

「なんで…、なんで提督さんまでここにいるの? 秋雲さんがいるの知っていたからもしかしたらとは思っていたけど。そしてまさか同じホテル!? これはマズいです…」

 冷や汗だらだら、とにかく悟られないようにと気配を殺すように心掛ける

「お待たせしました、ご注文のワインです」

「ありがとうございます! そこにおいといてください!」

 スゲー小声だけど叫ぶようにお礼を言ってウェイターを遠ざけるその女性。サングラスをずらしながらちらりと後ろを見て二人を確認する。ワイングラスを片手にちびっと口に含みながら、何事もないことを神に願いさらに小さくなって食事を続ける。そして提督と秋雲が先にレストランから出ていくのを確認し、安心したのかウェイターに「ワインを、デキャンタで」と注文している。



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その9

 翌日、朝もはよから起きだして準備をして早々にホテル出る提督と秋雲。荷物だけはイベントが終わるまで預かってもらえるため身軽なことが救いである。ホテルの外には一般参加者がこんな寒い中ただじっと開場するのを待っている。それを見た提督が「ハチ公より忠実かもしれん」と、その群衆に向けて言い放った一言が秋雲はやたらツボっている。

「ところで秋雲よ」

「ん、なにー?」

「今日の手伝いって、まさかオレだけってことはないよな?」

 昨日の仕事は秋雲と二人だけで行った。それなりに冊数もあり人気もありそうな予感がしている提督。まさか二人だけで回すのかと少々心配になっている。

「あぁ、大丈夫大丈夫。知人が何人か来てくれるから問題ないよ。みーんな女の子だけどね。あ、提督、手出しちゃダメだよ」

「しねぇよ。あ、それとだな」

「それと?」

「会場ではぜっっったいに『提督』って呼ぶなよ。お互い勤務先がばれる」

「あ、それは言われないとやるとこだった…。じゃあ何て呼べば?」

「好きにしろ」

「うーん、そうだなぁ…」

 頬に手をやり考えるポーズの秋雲、そして出した答えが。

「ゆーちゃんにする?」(第1話でしか出てこない提督の本名をご参照ください)

「その場で帰るからな」

「ああーん、うそうそ!」

 笑いながら泣きそうな顔を作り提督の腕にしがみつく秋雲。傍から見れば完全にカップルがイチャついているようにしか見えず、悲しく一人並んでいる男性陣からは殺意の波動を浴びせられている。

「しかしどうしよう、全然考えてなかったわー」

「きみでも何でもいいよ、とにかく提督って単語が出てこなけりゃそれでいい」

「んー、悩む…」

 真剣に悩んでいる秋雲。そこまで考えんでもと冷ややかな視線を送る提督。

「…ダーリン」

「沈めるぞ」

「艦娘が簡単に沈むと思って!? 甘いぞ提督」

 握りこぶしを振り上げて襲い掛かろうとする提督をひらりとかわす秋雲。今度は追いかけっこが始まる。さらにイチャつくカップル、数名は殺意を通り越し羨ましいのか悔しいのか涙を流している。

 

「おはようございまーす」

 キラキラした声が提督にかけられる。開場前で合流した秋雲のプライベートの知人ズが提督に対して眩しいほどの笑顔と共に挨拶をする。毎日のように若い娘(?)に囲まれている提督ではあるが、スレていない(?)純粋なまなざしに若干押されている。

「お、おはようございます」

「今年はふーちゃんいないんだね」

「うん、風邪ひいちゃってねー(風雲のプライドのためにおたふくとは言えねぇよ)」

「そっかぁ。で、この背の高いコミケに似合わないイケてる方は?」

「あぁ、この人は…、あーさん」

「あーさん?」

「ネトゲのオフで知り合った人で、コミケに来るっていうからふーちゃんの代わりにお手伝いお願いしたら、快く引き受けてくれたとてーもいい人です」

「そうだったんですね。じゃあ今日はよろしくお願いしまーす」

「はい、こちらこそー(棒)」

 目がくらみそうな眩しい笑顔、とてもつらい提督。お手伝い三人娘と合流した提督と秋雲、再び会場へと歩き出す。

「おい」

 三人娘と並んで歩こうとしていた秋雲の肩をつかんで引き寄せる提督。

「ん、なに?」

「あーさんってなんだよ?」

「提督⇒アドミラール⇒あーさん、いい呼び方が思いつかなかったんよ…」

「いいのか、本名じゃなくて?」

「いいのいいの、ここで本名名乗る人なんてまずいないから」

「ならいいが…。で、ふーちゃんってもしかして」

「うん、風雲」

「そうか…」

 今度鎮守府に戻ったら風雲にふーちゃんと呼び掛けてやろうと誓う提督。そして今日は『提督』と呼ばれないだけまだいいだろうと、取り敢えず今日一日は「あーさん」で呼ばれることを了承する提督。

「あぁ、ちなみに彼女たちレイヤーだからね」

「レイヤー?」

「あぁそうか、わからないよね」

 また知らない言葉が出てくる。ここに来てからというもの理解が追い付かないケースが多々ある。その言葉の意味もいずれわかることになるのだが、それはまた衝撃的なものを目にすることになる提督であった。



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その10

「いらっしゃいませー。クラウドワークスはこちらでーす」

「すいません、新刊と既刊2冊ずつください」

「はーい、ありがとうございます」

「すいません、これオークラ先生に差し入れです」

「わ、ありがとうございます。終わったらいただきますね」

「列は2列でお願いしますねー。お隣のブースにご迷惑にならないようにお願いします。あと最後尾の案内は上に掲げてくださーい、ご協力お願いしまーす」

「あーさんすいません、新刊追加で持ってきてもらえますか?」

「はーい」

 まさかここまでとは思っていなかった。こんな人ゴミ人生で経験したことがない。通勤ラッシュに巻き込まれたこともなければ、混みまくる初詣に行ったこともない。冬で暖房もそう効いていない大きな倉庫のような場所なのに何だこの暑さはと、あまりの未知との遭遇に言葉を発する気も起きず、言われたことを黙々とこなしている提督がそこにいた。

「何だよこの世界。万券がバッサバッサ飛び交ってるんだけど。秋雲おまえ一体今日だけでいくら稼ぐつもりなんだ…」

 昨日の晩多めに出すんじゃなかったと激しく後悔する提督。それほど今いる場の経済観念は狂っている。薄っぺらい本一冊に惜しむことなく札をばらまき、そしてなぜ複数冊買う必要があるのだろうと、今までの人生の価値観を否定されている光景を目の当たりにしてたじろいでいる。

「軍人で良かったのかも…」

「ん、何か言いましたか?」

 コミケ三人娘の一人が提督に声を掛ける。

「あ、いえ。初めてなもんですからすごいなーって」

「ですよねぇ、コミケ知らない人にしてみれば異常ですよねー。来る人も変な人多いですからねー」

 にこやかに返され、提督も引きつった笑顔で応える。

「わかってんじゃん…」

 見えないところでぼそりと呟く。そうでもないとやっていられないだろう、女性の販売員に対して堂々とエロ本をくださいと言える人種に対して、多少なりとも達観していないとこんなことはプライベートとはいえ務まらない。そしてそのエロ本を書いているのは秋雲、鎮守府に戻ったら説教と決めている。

「あの、寒くないです?」

 また三人娘の一人に声を掛ける提督。

「え? これくらい全然ですよ。それに下わかりづらいかもしれないですけどタイツはいてますから、ホラホラ」

 それはさっき秋雲が言っていた「レイヤー」という言葉の意味が分かる格好であった。割ときわどいレオタードのなのか水着なのかわからないが、アニメのキャラクターの格好を模した服を身に着けている。これが『コスプレイヤー』という存在。鎮守府もある意味コスプレのオンパレードのような状況ではあるがこれがガチ勢。直視すると「ちょっとお兄さん署まで」と言われそうなのですこーしだけ視線を逸らして見ている。

「やだなー、そんな見られ方したほうがよっぽど恥ずかしいですよ。オークラ先生の友人に変な人はいないって信じてますから気にしないでくださいね」

「は、はぁ…」

「どうぞご覧ください」とお墨付きをもらってしまう提督。それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。そして仕事に戻るため踵を返し現れたその後姿は、水着かレオタードかお尻がはっきりとわかる状態で、やっぱ直視なんてできない結構ウブな提督であった。

「しかし…」

 視線を秋雲もといオークラ先生へと移す。

「なんであいつは夕雲型の制服着てんだよ!! しかも改二ってことは誰から借りた? 風雲か!? それにお前一応陽炎型だろ!? 借りるなら陽炎とか不知火だろ!?」

 そこじゃないというツッコミをしたいのはやまやまだが、とりあえず静かな怒りが燃え上がる提督。そう、ブースに到着後すぐに秋雲も三人娘と一緒に「じゃあちょっと着替えてくるわー」と更衣室へ消え、戻ってきたと思ったら見慣れた格好に衣装チェンジしていた。客からは「本物の艦娘みたいですね」と言われヘラヘラしているが、提督はたまったもんじゃない。説教の理由が一つ増えた瞬間だった。

「バレたらどうすんだ、バレたら。始末書書くのおまえだけじゃないんだぞ!」

 後ろから無言の圧力を秋雲に送る提督。するとその視線に気が付いたのか一瞬秋雲が振り向き提督と視線が合う。そして視線の意味を悟ったのだろうか秋雲が「メンゴ」と言わんばかりに申し訳なさそうに頭だけ下げてお詫びをする。

「夏もあるとか言ってたな…。よし、アイツに長期派遣任務でもやらせっか」

 報復手段を思いつきニヤリとする提督。その不気味な笑みに気づいたのかどうか、秋雲の背筋に悪寒が走る。

「な、なんかイヤな予感が…」

 

 

 時同じくして鎮守府宿舎の一室

 

「秋雲、あたしの制服で変なことしてないよねぇ…」

 風雲の心配は現実のものとなっていた。



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その11

「あー、疲れた」

 どっかりと椅子に腰を下ろす提督。一緒にブースのメンバーも腰を下ろす。『完売しました』の看板が掲げられているブースの机。開場からものの2時間ほどで持ってきた全ての本は捌け売り物は底をつく。こうなってはもうすることもなくなり、ブースは撤収を残すのみである。しかし秋雲にはファンが訪ねてきたり別ブースの知り合いの作家を訪ねたりと、まだ落ち着かない様子。

「あぁ皆さん。ブースには私が残ってますので、休憩してきてもらっていいですよ」

 提督がお手伝い三人に声を掛け促す。すると三人は嬉々として席を立ちどこかへと消えていく。残った提督はブースのお守りと秋雲が持ってきた昼食のおにぎりを物色し封を開け、昼食にありつく。

「スマナイ、オソクナッタ」

「はい、いらっしゃ…。あぁお前か」

 昨日会った戦艦棲姫であった。

「コレヲ、キノウノオカエシニ」

 そういって差し出してきたのは、これも昨日聞いていた彼女の写真集だった。

「あぁ悪いなわざわざ。秋雲今ちょっと出払っててな、代わりに受け取るよ、ありがとう」

「フム、ソウカ。マァウチモヤットオチツイタノデコウシテシリアイノトコロヲマワレルガ」

「知り合いそんなにいるの?」

「ソレナリニナ。ギョウカイカンケイシャモケッコウキテイルノデナ」

「ふーん…」

 そう答えながら受け取った写真集をぺらぺらとめくる。かなり立派な装丁をしており普通に書店に並んでもおかしくなさそうな作りとページ数。表紙には威厳たっぷりの目の前の戦艦棲姫の、これもコスプレなのだろうか、いつもと違う格好をした彼女の写真で飾られている。

「…けっこう色んなことやってるんだなお前」

「ナァニ、シゴトノイッカンダ。ソレニミラレルノハキライジャナイ」

「そういうもんですか…」

 ここでまじまじと見るのも何なのでさらさらとめくっていく提督。すると後ろへ飛んでいくページに一瞬気になるものが目に入り、ページを慌てて戻す。

「…これって、陸奥?」

「アァ、ゲストサンカシテモラッタ。ヨロコンデヤッテクレタヨ」

「えぇ…」

 どこかで見た顔、そうスーパーモデル陸奥だった。ノリノリで何かよくわからない衣装に身を包んだ陸奥が、戦艦棲姫とちょっとエロい絡み方をしている写真が数ページにわたって掲載されている。また水着ともレオタードともわからない衣装もあり、けっこう際どいのも載っている。

「あの、戦艦さん」

「ナンダ?」

「これもう一冊もらえる? お金払うから」

「カマワンゾ、ウリキレテシマッタガヒトニワタスタメノヨビガアッタハズダ。ジャアチョットマッテイロ、モッテクル」

「サーセン」

 そういってブースへと戻っていく戦艦棲姫。手に持っていた写真集はそっ閉じして秋雲のカバンへと放り込む。

「深海勢の金って、こういうところから出てるんだな…」

 後から聞いた話だが、戦艦棲姫の写真集はそりゃもう飛ぶように売れたらしい。それを聞いた提督はちょっと本気で艦娘本でも出して予算の足しにしようかと考えたくらいである。鎮守府の提督室の本棚の誰もいじらないであろう場所に、戦艦棲姫からもらった写真集がこっそり並んでいるのは誰も知らない。

 

「お待たせー。ごめんよブース任せちゃって」

「することもないしな、お茶飲んで待ってるだけだったし」

 秋雲が一通りのあいさつ回りを終えてブースに戻ってくる。そして「休憩どぞ」と提案があったので、お言葉に甘えて提督もブースを離れ会場内を見て回ることにした。

「買うものなんてねぇけど、そうだな…」

 お目当ては何もない、しかしちょっとだけここに来てから興味の湧いたものを見るためにある場所へと向かう。



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その12:終

 提督が辿りついたのはコスプレ広場だった。この寒空の中色とりどりの衣装を着たコスプレイヤーがそこかしこではしゃぎ写真を撮ったり撮られたり、良い匂いのする空間なのかと思い来てみたが、現実は少し違った。

「なんだあの人だかりは…」

 一人の女性コスプレイヤーに対して数十人のカメラマンが、シャチが追い込み漁をするかの如く周りを取り囲んでひっきりなしにシャッターを切っている。少しは恐怖を感じてもよさそうなものだが囲まれている女性は露ほども嫌な表情をせずにリクエストに応え写真を撮られている。

「…なんだよ、アレは」

 その囲みの一つ一つを見ていると、その中に明らかにアングルの異なる箇所から撮影している者がいる。そう、俗にいう『ローアングラー』である。気づいて制するコスプレイヤーもいるが、狡猾に撮影している不届きものもいて、撮影を許してしまっている人もいる。そんなのを見てしまった日にはさすが正義の味方の鎮守府の長、わざと足を引っかけるなどしてその撮影を妨害する提督。転げたローアングラーは気付かれたコスプレイヤーとその取り巻きなのか、親衛隊のような存在に連行されスタッフに突き出されている。

「天罰じゃ」

 物見遊山で来てみたが、そんな正義にもとる行為を見てしまったがために、臨時ローアングラー専用駆逐スタッフになっている提督であった。

「なんかすげぇ世界だな。オレにゃ遠い存在ばっかりだわ。ま、今年限りって考えれば社会勉強にはなったな」

 一通り会場内を見て回った提督。さて戻ろうと思ったところ、一際大きい囲みを見つける。そんなにきれいな人でもいるのだろうか。どうせ最後だと思い、ちらっと覗きに行く。

「どれどれ」

 数十人が取り囲むため近づくことは叶わないが、十分に顔を視認することのできる距離まで近づく。そしてその円の中心にいるコスプレイヤーにピントを合わせる。

「あぁ、確かに綺麗な人だな。にしても結構な衣装着てるな」

 やたらと装飾の多い豪華な衣装。それでいて際どい部分は結構際どく、オタクを引き寄せるにはこれ以上にないような衣装。なんであるかは当然提督にはわからないが、これだけ人を集める理由は何となく理解できた。

「確かにスタイルもいいし、それを見事に強調する衣装だし、それにどこかで…、どこかで!?」

 冷静にそのコスプレイヤーを品評していたが、急に何かに気づく提督。

「…あ”」

 変なところから声が出る提督。

「すいませーん、目線お願いします」

 それと同時に提督の目の前でかがんでいるカメラマンがそのコスプレイヤーに声を掛ける。

「はーい」

 そのリクエストに応えるコスプレイヤー。そして視線がそのカメラマンのほう、高さにすると立っている提督とほぼ同一、偶然にも視線がぶつかる。

「あ……………」

「…」

 双方固まる。しかしそんなものおかまいなくシャッターは切られ続ける。見事なまでのポージング、瞬き一つせず撮影され続けるコスプレイヤー。

「…か し ま さん?」

「…」

「すいません、カウント取らせていただきまーす。10…9…」

 唐突に始まるカウントダウン。それがなんであるかは提督にはわからない。二人にとって永遠とも思える長い長いテンカウント、提督と鹿島は同じ表情同じ格好のままそのカウントダウンを終わりまで聞き届ける。

 

 

 

 

 ―ガーンターン―

 

 年明けて鎮守府提督執務室内

 

「あのね、プライベートなことだから多くは言わないけど。もうちょっと節度をもってというかなんというか…、鎮守府には絶対にばれないようにしてね? あと、過激すぎるのはやめてね? 提督ちょっとビックリしちゃった、夢に出ちゃったよ…」

「…はい、すみません」

『通販専売』という鹿島のコスプレロムを見ながら、説教というかちょっとした注意をしている提督。聞くところ秋雲の本の売り上げよりよっぽどいいらしい。本気で鎮守府公認コスプレ写真集を考える提督だったが…

「職失うかもしれないし、止めとこ」

 

 

※艦娘は商売道具ではありません



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第10話:密着! ゴトランド24時!
その1


「しーごーとーゴトゴト~♪」

 朝の鎮守府、執務棟の廊下に明るい歌声が響いている。腕に何かを大事そうに抱えて足取りも軽くある部屋に向かっている。鎮守府唯一のスウェーデン艦のゴトランドであることは言うまでも無かろう。目的の部屋へ到着したゴトランドは、空いている片手でネクタイをキュッと締め直し扉をノックする。

「コンコン、提督、いる?」

 言わなくてもいいだろうに、可愛く自分の口でもノックしているように中にいるであろう提督に呼び掛ける。

「あぁ、どうぞ」

「はぁい」

 ガラリピシャン、一気に開けて一気に閉め小走りで提督の元へと駆け寄るゴトランド。

「おはよう提督。はいこれ」

 そういって抱えていたものを提督に手渡す。

「あ、これ。無いと思ってたワイシャツだ。ゴトが持ってたの?」

 ゴトランドが持っていたものは、汚れ一つなく真っ白でアイロンまでピッチリかけられた提督のワイシャツだった。

「うん、前部屋に行った時に脱ぎ散らかされてたから、勝手に持ち帰って洗濯しちゃった。ゴメンね?」

「テヘ」と字幕が付きそうな表情でそう答えるゴトランド。完全に彼女ヅラである。

「提督は提督なんだから、ちゃんとした格好しないとみんなにバカにされちゃうよ? わたしそんな提督、見たくないし…」

 籍を入れた覚えもなければ告白した覚えもされた覚えもない。それなのになぜかここまで尽くしてくれるゴトランド。最初のうちは少し「悪くない」と思っていた提督だったが、最近ちょっと不安が芽生え始めている。

「あ、ありがとう」

 若干ひきながらもワイシャツを受け取る提督。しかしそれを提督自身ゴトランドに頼んだわけでもなく、しかも自分が部屋にいるときにゴトが訪ねてきた、シャツを持ち帰ったという記憶はなく、勝手に忍び込んで勝手に持ち去ったということに気づいてしまう。

「じゃあ提督、あたし仕事に戻るね。お昼は…、また呼びに来るね?」

「う、うん…」

 そういうとまた小走りで駆けていき、ガラピシャンと勢いよく扉を閉めて部屋を後にするゴトランド。廊下からはまた「しーごーとーゴトゴト~」と機嫌の良さそうな歌が聞こえてくる。それを見届ける提督、嵐が一瞬で通り抜けたような感覚に襲われる。同時に萩風に怒られながら逃げている嵐の声が外から聞こえてくる。

「おかしいな、部屋出るときは鍵かけてるはずなんだけど…」

「あらしー! あたしの大切なシュークリーム食べたでしょー!!」

「賞味期限近かったんだからいいだろう、もー!」

 

 

 この話は、ゴトランドがいかに提督に対して彼女ヅラして、そして提督に勘違いをさせているかを観察するドキュメンタリーである。



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その2

 ゴトランドは言わずもがな海外艦であり、この鎮守府において海外艦は特定の科への配属はされないルールとなっている。戦時中ならまだしもすでに戦争は終わり基本的には海の世間の安全を守る任務に就いている艦娘。海外艦もその任に当たることはあるが、自国へと行き来することが多く、その流動的な状態から配属はされず、科として正式に発足はしていないが『海外科』として、忙しい部署を手伝うなどが主な任である。ちなみにロシア組はウォッカ作りに励んでいる最中、密造ではないので御安心を。

「ふんふーん」

 鼻歌を歌いながら何かしているゴトランド。そこは明石の工廠の横に建てられた小さな小屋の中。鼻歌を表現してみたはいいが、そんな小さな音はかき消すほどの爆音が部屋の中に響いている。

「ふぅ…。よし、こんなもんかな」

 爆音が止まる、そして手に持っていた工具を床に置くゴトランド。音の主はチェーンソーだった、コメリで5万弱の本格派。目の前にはその犠牲となったであろう大きな木材がある。

「んーと、次のパーツは…」

 設計図片手に次に切り出すパーツの目算を立てている。彼女は今提督と二人で寝ることができるダブルベッドを製作中なのだ。ここはゴトランドが自分一人で作り上げた『ゴトの家具屋さん』という名の工廠科の一部。この小屋も彼女の手作り、檜のいい香りが漂っている。スウェーデン恐るべし、イ〇アの源流ここにありと言わんばかりである。

「んー、組み立ては部屋に入れてからすればいいけど、この長さだとあの扉通らないかなぁ、うーん」

 設置場所は提督執務室の横にある仮眠室のようである。すでに先日忍び込んだ際採寸は済ませてあるため、そのサイズと照らし合わせてのパーツ作成。

「うん、ベッドのサイズ小さくするわけにはいかないから、扉のサイズを大きくすればいいんだ、よし!」

 斜め上の結論が出て、再度チェーンソーを手に作業に取り掛かるゴトランド。エンジンに火が入りまた爆音が轟く。顔にはしっかり防音用のヘッドホンと粉塵防止のゴーグルが装着されている。ちなみにゴトランドはことあるごとに「いい木材を探しに行く」と言って鎮守府から飛び出し、帰ってくるときには大量の木材をひっぱって帰ってくる。「紀州のいい杉の木があったの」と嬉々として提督に報告するわけだが、当然のように領収書を突き付けられて提督はハゲかけている。といっても、これも鎮守府の一商売。とてもいい値段でゴトランドの作った家具は販売されていて余裕で元は取っている。ゴトランドの「生産者は私です」という農家にありがちの写真付きというオプションがあるため、値段は常に跳ね上がっている。



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その3

 昼下がり、12時を回ったところ…

 

「はい、あーん」

「あ、あーん…」

 昼休み、間宮での一コマ。宣言通り12時ピッタリに提督を呼びに来たゴトランド。そのまま間宮へと直行して昼食を二人でとっている。

「どお? 美味しい?」

「う、うん…」

 視線が痛い、陰口が辛い、空気が嫌だ、なにより間宮さんに申し訳ない。ここは『間宮』なので当然「間宮さんが作った料理」が並んでいるわけだが、それをさも「自分が作りました」と言わんばかりに口へ運んでくるゴトランド。勢いよくどんぶりからかきこみたい提督だったが、一口分ずつゆっくりと噛み締めさせられているので、なんか食った気にならない。隣の席ではいつ飛び掛かってやろうかと凄い目で二人を睨んでいる金剛がザル蕎麦をすすっている。

「んとねベッドなんだけどー、週末には間に合うと思うから、土日どっちかで運び入れるの手伝ってね?」

「え、あの…、なぜ?」

「なぜってヤダもー!」

 提督としては当然のことを聞いたつもりだったのだが、当のゴトランドは「何をとぼけていらっしゃる御屋形様」と言わんばかりに、テレながら左手で提督の右頬を思い切りひっぱたく、床に飛び散る米粒。

「それ以上女の子の口から言わせるのは、ヤボだぞ?」

 今全力で叩いたばかりの左手の人差し指で、今度は提督の鼻をツンとつつく。

「はい、なんかすみません。自分間違ってました…」

 首がねじ切れる、そんな危険を感じたのでそれ以上ツッコむのはよすことにした提督。

「後は、お部屋に合うカーテン探したいんだけど。こればっかりは私も作れないから…、探しにいこっか?」

 頬杖を突き上目遣いでデートといって差し支えないであろう買い物を提案してくるゴトランド。隣の金剛が「二人っきりなんて許しませーン!」と飛び掛かってくるが、これ以上この食堂を修羅場にすることはまかりならんと、艦娘で唯一制し方を心得ている金剛の額を指で押さえ制止させる提督。止めることはできたが代わりに蕎麦湯をぶっかけられる。なぜ、自分は悪くないのに。

「う、うん。とりあえず業務時間の空きがあったらね。ダメなら通販でもいいよね?」

「提督が忙しいなら仕方が無いわよね。そのときはそうしましょ」

 なんとかその場をやり過ごすことに成功する提督。金剛はまだ腕をグルングルン回して頑張っている。

「あ、ごめん。ちょっとやらなきゃいけないことがあるんだ。先に行くね」

 そういうとゴトランドは席を立ち店を後にする。しれっと伝票はそのまま、会計は提督が済ますことになる。

「クズ、邪魔、足どけて」

 間宮お手伝いの曙がモップをガシガシと提督の足にぶつけながらつぶやく。先ほど噴出した米を掃除してくれている。

「あ、すみませんぼのたん」

 その呼び方に「〇すぞ?」といわんばかりの殺気と共に提督をにらみつける曙。提督のMがざわつく。

「あーんテイトクー! あんな北欧のアバズレなんかになびかないでくださーイ。して欲しいことがあるんだったら私がなんでもなーんでもしてあげるデース!」

「金剛、言い方」

 拘束の解かれた金剛が勢いよく提督に抱き着いてくる。それを見る他の艦娘の視線のなんと冷たいことか。憩いの場であるはずの間宮だが、提督の努力虚しくこの時ばかりは修羅場と化す。

「ゆっくり食事したい…」

 昼休みが終わる。



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その4

 午後3時過ぎ、鎮守府グラウンド

 

「私の国ではそんなに流行ってないなぁ。面白いのかな?」

「欧州だとそんなに力を入れている国は無いわね。オランダとイタリアくらいかしら」

「サッカーのほうが面白そう」

 グラウンド横のベンチで一仕事終えたゴトランドと、そもそも仕事をしていないリシュリューが並んで腰を下ろし野球の練習試合を観戦している。それぞれの横には一部艦娘(主に欧米組)の強い要望で出店させた移動式のコーヒーショップのカップとベーグルがある。二人の座るベンチの少し後ろ、鎮守府の敷地内で今も絶賛営業中。

 

 カッキン

 

「おっと」

 ファールボールが二人めがけて飛んでくる。しかしそこは艦娘、流石の反射神経でゴトランドが素手でそのボールをキャッチする。

「すまんすまん、大丈夫か?」

 打った長門が駆け寄ってきて声を掛ける。

「うん、平気だよ。はい」

 キャッチしたボールを長門に渡すゴトランド。受け取った長門が暫くゴトランドを見つめている。

「なぁ、ゴトランドよ」

「止めておきなさい、ゴト」

 ゴトランドに何か提案しようとする長門だったが、まだ本題も出ていないにも関わらずリシュリューが止める。その後何が続くかわかってしまったようで、先にゴトランドにくぎを刺す。

「なぜわかった!?」

 驚く長門。

「わかるわよ。あなたが声をかけるってことはもうそれしかないでしょう。私が身を持って体験してるんだから」

「おぉ。そういえば。何ならリシュリューも参加しないか?」

 何のことはない、野球へのお誘いだった。以前大会にまで駆り出されているリシュリューにとっては想像に難くないことだった。

「結構。手にマメができてロクなことがないんだから。日にも焼けてしまうし、やらないわ」

「はっはっは。まぁ次の大会には頼んだ。してゴトはどうする?」

 気にしていない長門。再びゴトランドに声を掛ける。

「んー、わたしやったことないよ?」

「気にするな、誰も最初は初心者だ」

「何するの? 私ルールも知らないよ?」

「大丈夫、バットをもってあそこに立てばいいだけだ。そして来た球めがけて振りぬく、それだけだ」

 あまりにも雑な説明。

「んー、よし。じゃあ一回だけね」

 長門に押し切られ、取り敢えず参加することを決意するゴトランド。ベンチから立ち上がりスカートのお尻をポンポンと払う。

「ゴト、あなた…」

 眉をひそめるリシュリュー。

「よし、ならばこれを持て。代打、ゴトランド!」

 打席の途中で代打とは、練習試合ならでは。バットの持ち方もおぼつかないゴトランドが長門からあれこれ講釈を受けながら、なんとかバッターボックスに入る。

「よし、ではゲーム再開!」

 ネクストバッターズサークル辺りで声を出す長門。不格好なフォーム、とても球に当たるとは思えない。そしてゴトランドに対しての第一球が投じられる。素人とわかっているだろうに本気の一球が飛んでくる。

「…よっ」

 

 カッキーーーン

 

 フワリ翻るスカート、振り抜かれるバット、海の彼方へ飛んでいくボール。

「あ、当たっちゃった。やったぁ」

 バットを持ったままバッターボックスでピョンピョン飛び跳ねるゴトランド。飛んでいった打球の方角をあんぐりと口を開けたまま見ている長門。

「当たるとスカッとするね。こういうとこはサッカーより面白いかも。あ、もう時間だ、仕事に戻らないと」

 腕時計をチラと見て仕事に戻る時間であることを確認するゴトランド。バットを置いて小走りで鎮守府内へと戻っていく。

「しーごーとーゴトゴト~♪」

 スキップしながら戻っていくゴトランド。我を取り戻した長門が追いかけはしないが戻っていくゴトランドを目で追う。

「……欲しい!!」

 その後、ゴトランドに対する長門の粘着が酷くなったのは言うまでもない。



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その5:終

午後9時過ぎ

 

「終わんねぇ、なんでこの鎮守府こんなに始末書が多いんだよ…。いや、何となく理由はわかるけどさ」

 目の前に山と積まれた書類一枚一枚に目を通し続ける提督の姿がそこにあった。事務仕事としての定時はすでに過ぎており、鎮守府内は静かになっている。「終わるわけない」そんな量の書類を一度放り投げ凝り固まった首と肩をぐるぐると回す提督。コキコキと音がする。そして掛け時計に目を向ける。

「あー…、もうこんな時間か。飯どうすっかな?」

 すでに間宮は閉まっている。誰かにお願いしようにも、そんなもの作ってくれるわけもなく、夕食をどうするか悩み始める。

「車で外に…、めんどくせぇな」

「コンコン」

 突然のノックにビクッとする提督。正確に表現するならそれはノックではない、口で言ったものだ。

「は、はい」

「提督、まだいるの?」

 ゴトランドである。扉を少しだけ開けて中を覗き込むように室内の提督を見ている。廊下は暗くなっている、闇に浮かぶゴトランドの顔、ちょっとした恐怖体験を味わっている提督。

「あ、うん。仕事がまだね…」

「わ、大変。ねぇ、入っていい?」

「あ、どうぞどうぞ」

 そういわれてやっと中に入ってくるゴトランド。すると手には何かを携えている。

「なにかあった?」

「えっとね、晩御飯ちょっと作りすぎちゃったから、提督どうかなって思って」

「え、マジで? 助かるよ、晩飯どうしようか悩んでたんだよね」

 渡りに船、顔が明るくなる提督。その表情を見たゴトランドも一気に顔色が明るくなる。

「やったぁ。カレーなんだけど、いい?」

「おぉ、食べる食べる。ありがたいよ」

 携えていたものは炊飯ジャーと鍋、米とルーだろうが確実に一人で食べる量ではない。それを見た提督、喜んではいたが一瞬だけ冷静になり頭の中で「確信犯か?」と疑う。しかし今は空腹が勝る。邪推は引っ込めてご相伴にあずかる。

「あぁ、ゴトは部屋で作れるんだもんな」

「そ。困ったら言ってね。いつでも作るから」

 ゴトランドは宿舎に住んではおらず、自分で作った『ヒュッテ』に暮らしている。協調性が無いわけではないが、作っちまったもんは仕方がない。異例ではあるがそれは認められているのであった。

 盛り付けをして提督にカレーを差し出す。

「召し上がれ」

「いただきます」

 仕事のことなど忘れてカレーに食らいつく提督。勢いよくかきこむその姿を、ゴトランドは机の上で頬杖をついて嬉しそうにそれを見ている。

「この肉美味しいね。何?」

 いつも自分が食べている食材とは少し触感違うものが混ざっている。ゴトランドに質問する。

「トナカイだよ」

「ふーん…、え?」

「ラップランドではよく食べるんだよ、美味しいでしょ?」

「う、うん。初めて食べた」

 美味しいので問題は無いが一瞬焦る。文化が違うだけなのでいいのだが、いつか変なもの混ぜられやしないかと不安になる。ほら惚れ薬とか媚薬とか。

 

「ふう、ご馳走様。美味しかったよ」

「いいえ、お粗末様」

 素直に美味しかった、助かった。ゴトランドにお礼を言う提督。嬉しそうに後片付けとこれまたしっかり持ってきたコーヒーを提督に差し出す。そこまでされて「あぁ、やっぱ確信犯だな」と確信する提督。まぁ今は良しとする。コーヒーをゆっくりと飲みながら、一枚でもと片手で書類を眺めているところに後片付けを終えたゴトランドが戻ってきて、横に椅子を出して座る。

「…」

「…」

 ともに無言。しかしゴトランドにジーっとみられているため何か落ち着かない提督。左手のコーヒーカップを一度机に置く。するとそれとほぼ同じタイミングでゴトランドが頭を提督の体に預ける。そう『肩ズン』の体制である。

「!!!」

 コーヒーを持っていたら確実にこぼしていたであろうくらいには驚く提督。

「ねぇ、提督…」

「は…い?」

 さらに体を寄せてくる。

「お部屋に帰っても一人だよね? お布団も冷たいよね?」

「そ、そりゃまぁ…」

 意味深な質問が飛んでくる。取りあえず答えるが不安でならない。

「うちに来ない? ベッド、あったかいよ?」

「ポォーーーーーーウ!!!」※提督の心の声です マイコーじゃありません

 喜んでいいのだろう、普通の男なら。しかしここは正義の味方の鎮守府である。そんなチョメチョメをしていい場所ではないが心が揺れる揺れまくる。ここまでされて断る、フる、据え膳を食わぬは男の恥ぞ。とうとう折れるか提督よ。

「ね?」

 トドメと言わんばかりに上目遣いで訴えかけてくる。マジで堕ちる5秒前。ゴトランドの肩に腕を回そうとしたその瞬間だった。

「……にをしてるデーーーーーーーース!!!!!!!!!!!!」

 

 バリーン!!

 

 窓が割れる音と共に轟く叫び声。そして部屋の中にはせ参じたのは金剛だった。そう、金剛も提督を夜這いするべく宿舎から向かっていた途中、外から二人が肩を寄せ合っている画を見ちゃったもんだから、本来のルートをすっ飛ばして窓から飛び込んできたという寸法。鬼の形相で二人を見ている。そんな金剛、スケスケのキャミソールに下着という、漫画的に言えば「大事なところだけなぜか見えていない」という状態の格好をしている。

「あ…、金剛さん?」

 提督は悪くないのだが、いや、悪くなるところだったが寸止めされた感じである。

「提督、このアバズレと何してるデスか?」

「いや…、夕食を持ってきてくれて。それを食べていたんだけどね」

「食べるのにそんなに近寄る必要、アリますカ?」

 一歩前に出る金剛。

「ないね…」

「デスよね?」

 また一歩。

「やーん、提督こわーい」

 ゴトランドがギュッと提督の胸にしがみつく。

 

 ブチッ

 

 トドメにはなった。金剛がキレる。

「そこから離れるデス、この北欧アバズレ似非初期艦娘がー!!」

「やーん」

 さらにしがみつくゴトランド。もうどうにでもなれという顔の提督。どこからともなく金剛改二丙の艤装が飛んできてキャミソール姿の金剛に装着される。そしてバシャッっという音と共にフルオープンになるハープーン発射口。

※特別編:戦後の改装をご参照ください

「〇ね」

「待て金剛! ここで撃ったらこっちに当たる前に天井に。そして高いから止めて!!」

 そんな声は届かない。全弾発射されるハープーン、そして提督の言った通り全弾即座に天井に命中して大爆発を起こす。夜の鎮守府に轟く爆音。何事かと外に出てくる艦娘たち。

 

 この話の結末は『金剛vsゴトランド 提督争奪三番勝負』にて!!

 

お終い



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特別編:戦後の改装
その1:終


4月22日 AM9:03

 

 明石の工廠内にて

 

「まぁ、特別予算が組まれるなら問題はないんだけど。どうして今更なんだ?」

「さぁ。それは私も聞きたいデス」

「んー…、本当に必要なのか? だって戦争終わってんじゃん? 新兵器なんて要る?」

「私に言われても困りマース。大本営がそう言ってきたならやるしかないじゃないデスか。まぁ私としては、新しい衣装がタダでもらえるならそれだけで嬉しいですけどネ」

「そうだよなぁ、それ用の資材も何もかも、もう届いちまってるしなぁ」

 提督が書類を見るために落としていた視線を真正面に向ける。するとそこには山と積まれた資材の数々、隣にいる金剛。いや、隣と言っては語弊がある。後ろからがっしと抱き着き提督の顔の横から自分の顔を覗かせ、たまに提督の耳たぶを甘噛みしたり首筋にガッツリキスマークを付けたりしながら同じようにその資材の山を眺めている。ちなみに鎮守府ではわりと日常茶飯事の光景のため、あまり大きなトラブルにはならない。一部艦娘から冷たい視線を送られるだけで済む。

「なんだって。改二…丙?」

「私の口癖みたいデース。狙ったんですかネ?」

「いや、さすがにないだろう」

「私としては持ちネタになるので歓迎ですけどネー」

「…。なになに、雷装追加と水上機の搭載に…、その他もろもろ装備が可能になる。なるほど、万能戦艦じゃないか」

「エクセ〇ヲンみたいデス」

「ごめん、元ネタわからない」

 今二人の目の前にある山は金剛に対する新しい改装用の資材である。すでに戦争が終わっているのはご承知の通りだが、なぜか「これでもか」と言わんばかりの最新鋭の兵器と改装用の資材が大本営から届いたのである。誰に向けてぶっ放すわけでもなく、恐らくほぼ「お飾り」になるであろう兵装。ほとんどの艦娘が兵装を外し身軽になって任についている現在、これほどまでのものがなぜ必要なのか、提督は甚だ疑問に感じている。金剛はあまり気にしていないらしく、今晩の提督とのアバンチュールをどうするかで頭の中がいっぱいである。

「なんか読めば読むほど過剰武装な気がしてならないんだが…まぁいいや、やるだけやるか。おーいあかしーゆうばりー妖精さーん」

 改装担当の明石ら工廠科のメンバーを呼ぶ提督。仕様書などなどを手渡しじゃあよろしくと、夜までかかるであろう仕事を押し付けて工廠を後にする。建物の出口辺りでまだ金剛がへばりついているので、強引にはがして明石の元へ置いてくる。

「あーん、テイトクー! 今晩は新しい衣装で抱いてもらいに行くからネー!」

「精神衛生上、職務上よろしくないのでそろそろやめてくれないか…」

 無数のキスマークがついた首筋を隠すように、ワイシャツの襟を立てて首元までボタンをしめる。取りあえず今晩の身の安全を確保するため、下三人のところへ行って金剛の拘束を依頼する提督。「いつも姉がすみません」と、とても平身低頭にそれを承諾する妹たち。これで安眠は約束された。

 

 …翌朝

 

コケコッコー!!

 

「提督、本当にすみません…」

「いや、自分も悪かった。考えてみたら新作バリバリ高性能の艤装が完成すること忘れてたオレの責任だ…」

 鎮守府の港、特大のクマをこしらえた提督が金剛姉妹下三人から謝罪を受けている。昨晩、新艤装完成即押しかけを試みた金剛を三人が総がかりで取り押さえようとしたが、新しく完成した艤装の性能はすこぶるよく難なくそれを突破。一目散に提督が寝泊まりする離れへと突撃。「この服に手をかけ脱がせていいのは提督だけデース!」と、寝込みを襲われ一晩逃げ回ることになったのである。

「お身体のほうは?」

「ギリ無事だったからいいよ、ギリ」

 下は脱がされたが最後の貞操は守り抜いた提督。心は揺れたが正気が勝った。

「さ、新艤装のお披露目といこうか」

 ポンと手を叩く提督。そしてギャラリーが見守る中奥から金剛が真新しい衣装と艤装に身を包み現れる。

「おぉ」

 感嘆の声が上がる。それもそうだろう、国内艦としては初の改三相当の改装である。最新鋭の装備にアレンジの加わった真白な衣装。そして気になるのがちょっとだけ地面から浮いてホバー的にすいすいと移動している。昨晩は暗くて気づかなかったが、「このせいか」と昨晩の包囲網突破と自宅への侵入を容易く許した理由の一端を理解する提督。

「Hey、テイトクー。どうですカ?」

 提督の目の前で止まり身をくるりと一回転して一張羅を見せつける金剛。

「なんかすげぇな。色々わけわかんねぇもん付いてんな」

 まじまじとその艤装を見る提督とギャラリー。

「これなんだ?」

 小さめの突起物を見つけて金剛に問いかける提督。

「あぁ、それはファランクスですね。自動的に対空防御してくれマス。ほら、こんなふうに」

 説明と同時に近くにいた蚊と思しき飛行物体に対してそのファランクスが火を噴く。一瞬にして撃ち落されるというかチリになる虫。驚きの声を上げる一同、提督は抜き。

「…何に使うの?」

「これで蚊取り線香要らないですネ。夏の安眠が約束されマース!」

「…で、こっちは?」

「ハープーンデス」

「は?」

「ダグラス社製なので信頼性はバツグンでス」

 親指をびしっと立てて応える金剛に一抹の不安を覚える。

「あ、あれ? 主砲以外に単装砲も積んでるんだ?」

「こっちはオートメラーラ127mm速射砲ですネ」

「…」

「必要ない」その言葉だけが頭の中をめぐっている。これほどまでの過剰装備、このクッソ平和な海で何に使うのか、頭をフル回転させても理解できないでいる提督。

「他にもネ提督、航続距離もめっちゃ伸びたから、これで南の島までバカンスに行きまショー!」

 提督の手を握り「いざ出港」と言わんばかりのキラキラした瞳で見つめてくる金剛。軍艦がプライベートで領海を出るなんてあっちゃならないと、規模の大きい心配をする。

「ウニ泥棒だー!」

 どこからともなく叫び声が聞こえてくる。その声に皆が反応し海の向こうを見ると、1隻の漁船が警備艇から逃げている。

「こりゃいけねぇ。誰か、捕まえるの手伝ってあげなさい」

 提督がその光景を見て指示を出す。しかし誰一人艤装を付けておらず海に繰り出すことができない。

「チッ、せっかくの提督との時間をジャマされるなんて…」

 舌打ちして顔が険しくなる金剛。そう、金剛だけは艤装バリバリである。それを見た提督は「行ってくれるのか」と期待したが、金剛はその場から動かない。

「フンイキぶち壊した罰デース!!」

 叫び声とともにハープーンの発射口が全開になり轟音と共に数発のミサイルが漁船めがけて飛んでいく。モノの数十秒後、撃ち出された数発のミサイル全弾が漁船に命中、海面からは火柱が上がり跡形もなく消し飛ぶ。きっといい感じにウニも焼けていることだろう。

「天罰デス」

 ドヤァと鼻息荒く胸を張る金剛とは対照的にその光景を呆然と見守る提督。艦娘たちはやんややんやとはやし立てている。

「あの、提督」

 ツンツンと肩をつつかれる提督。振り向くと明石がそこにいる。

「な、なんだ?」

「あのー、あのミサイル一発の値段知ってます?」

「え? い、いやわからんが…」

「仕様書の最後のほうに書いてあったんですけど、コレ」

 昨日渡した仕様書を明石から見せられる。そしてそこに書かれていたのはハープーン一発のお値段であった。

「たっか」

 人間本気で驚くと口数は減る。余りの費用の高さに絶句する提督。全弾ぶっ放したため初期搭載分は空になる。そこからの補充は当然鎮守府の予算から組まれることになるのだが、こんなもの毎日のように撃たれたら鎮守府全体が白湯で暮らさなくてはいけなくなる。その後すぐにハープーンの発射口には『使用禁止』の札が貼られた。

 

「私、もうヴィッカース製じゃなくて三菱製になっちゃいましたネ…。英国かぶれキャラももう捨てようかな?」

 

 

 金剛改二丙おめでとう。



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超特別編:ボク↓カワウソ
その1


 鎮守府提督執務室内にて 

 

「はい、最近漁場や生け簀を荒らしている何者かがいて困っていると、近くの漁師の方々からタレコミがありました」

「ふぅん、なるほど。そりゃ困ったな」

「鎮守府さんのほうで何とかしていただけないかとのご依頼なのですが、提督いかがいたしましょうか?」

「…いかがもなにも、もう引き受けちゃったんでしょう?」

「はい」

「元より断るつもりもないけどさ、お仕事だし」

「ですよね」

「でもだよ」

「でも?」

「この目撃情報信じろって言われてもなー。なにさこのトドともセイウチとも似つかない生き物は?」

 大淀とそんな会話をしている提督がその手に持っているのは、漁業関係者の目撃情報をもとに描かれた「漁場荒らし」の犯人と思われる生物のイラストだった。どう見ても「消滅しそうな地方自治体が大逆転をかけて作ってみたはいいがどう考えてもトップにはなれなさそうなゆるキャラ」という感じのイラスト。そんなものが海にいるわけもなく、目撃情報の信ぴょう性を疑っていた。

「あくまで見かけただけであって、それが犯人だと決まったわけでもありませんし。それに、そんなの見つけた日にゃこの辺りの海域UMAネタで売り出しできますよ?」

 目が輝きだす大淀。

「また副業考えてるよね?」

「はい」

 正直でよろしい。

「まぁいいや。取りあえず次警備にあたるチームにこのこと伝えて注意してもらおう。人間の仕業だと思うんだけどねぇ…。あ、お昼終わったらでいいからさ、午後の警備担当呼んでちょうだい」

 都合よく12時を告げるチャイムが鎮守府内に鳴り響く。

「提督、お昼はどうされます?」

 大淀が提督に尋ねる。

「ん? 今日はお弁当。今月前半使いすぎちゃったから節約」

 引き出しから布に包まれたものを取り出し机の上に置く。包みを開くと銀紙が目に入る、恐らくおにぎりだろう。それとタッパーに簡単なおかずが少々。伊達に料亭の子ではないので、少ないながらも綺麗な料理が並んでいる。

「提督、一口ください」

 弁当を覗き込む大淀が提督におねだりする。

「えぇ、どれさ?」

「このお魚ください」

「メインなのに、もー。一口だよ?」

 許しを得た大淀が指でその魚をつまんで口に放り込む。噛み締める大淀、そして出た言葉は。

「おいひい…」

 余りの美味しさに手を頬に当てる大淀。

「そうだろう、旬のキンキの塩焼きだ。先日鎮守府の港に寄ってくれた漁師さんからのおすそ分けだ」

 ドヤ顔で大淀に説明する提督。

「提督」

 口の中からものがなくなった大淀が提督に真剣な表情で声を掛ける。

「なに?」

「明日からあたしの分もお願いできませんか?」

「断る」

 

 昼休み終了

 

「というわけで、みんな注意しておいてね」

「はーい」

 午後警備に出る四人が提督室で例の話を聞いて、素直に了承している。

「変な生き物。こんなの普通いる?」

「だよねぇ。司令、これ本当?」

 水無月が提督に問いかける。

「んー、にわかに信じられないけど、今のところそれしか情報が無いからなぁ」

「速いんですか?」

 続けて長良が問いかける。

「そこまではわからんなぁ」

「あ、そういえば。漁師さんから聞いた話だと、一瞬目が合ったと思ったら凄い速さで逃げていったそうです。漁船じゃとても追いつけないって」

 重要な情報が大淀からもたらされる。

「それは先に言ってよ」

「えー、じゃあ長良の足でも追いつけるかどうかわからないじゃないですか」

「んー、困ったな。見つけても逃がしちゃ意味がない」

 足の速い編成で組んでいるつもりではあるが心配になってくる。さてどうしたものかと頭を抱える提督。

「あ、それだったアレ使ってみない?」

「アレ?」



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その2

 艤装装着用のドックにいる提督と午後の部メンバーの長良・皐月・水無月・佐渡。普通に艤装を付けて出港するだけならだれも立ち会うこともないが、提督の横には明石と夕張がいる。

「これを試す日が来るとは、正直思っていませんでした」

「私の足の遅さをカバーするために作ったものですが、まさか実践投入できるとは」

 感動に打ち震える二人、冷たい目でそれを見る提督。既にワクワクしている四人。

「で、何を使うの?」

「それはですね、ふふふ…」

 提督の質問に不敵な笑みで答える明石。

「これだーっ!」

 壁に隠れたボタンをポチと押す明石。すると通常の艤装装着システムとは異なる場所から、ニョキと出てくる一つの艤装がある。自動的に装着されるわけでもなく、出てきたソレを明石が手に取り高々と掲げる。「自動じゃねぇんだ」という提督のツッコミが入ったのは言わずもがな。

「ハイパー韋駄天くんSZ!」

「おぉー!!」

 目を爛々と輝かせる艦娘、「うわぁ…」といった感じの提督。

「従来の三倍のスピードを60秒の間出すことができるこの艤装オプション。足の速い子に付ければ付けるほど効果はテキメン! 高速艇だろうがシャチだろうが追いつける者は無し。警備哨戒のお供にもってこい!」

 聞けば聞くほどゲームのブーストアイテムにしか聞こえないタイプの代物。不安しかない提督が明石に問う。

「…構造は?」

「ブラックボックスです!」

 提督の問いに自信満々に親指を立てて舌を出し片目をつぶって笑顔で答える明石。もうそれ以上聞くまいと瞬時に判断する提督。艤装についている怪しげなメーターが目に入ったので大体察する。

※深海さんからの技術供与とお考えください

 

 装着完了

 

「それじゃあみんな、無理はしちゃだめだよ。危ないと思ったらちゃんと連絡入れて救援呼ぶんだよ?」

「はーい」

 いい返事をする四人、そして次の瞬間こう叫ぶ。

「くろっくあーっぷ!」

 掛け声と同時に韋駄天くんが光りだし、それと共にものすごい勢いでドックから出撃していく。「今使っちゃダメだろう」という提督の声なんて当然届いていやしない。取りあえず佐渡の顔がものすごくキラキラしていたので、何かおもちゃをもらって喜んでいる子供を見ている父親の気分になる提督だった。

「ま、そう都合よく見つかるわけもないよな。のんびり待とうや」

 そういって引き上げる提督。水平線を見守る明石と夕張。しかし一つ気になる事があり、踵を返して明石の元へと寄る提督。

「SZって何の略?」

「シャア〇クです」

 思いのほか早く、漁場荒らしの情報は鎮守府にもたらされる。



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その3

「シャアだとイニシャル”C”なんだけどなぁ…」

 一人の執務室でどうでもいいことをつぶやいている提督。廊下からドタバタと駆けてくる音が聞こえ、そして勢いよく提督室の扉が開かれる。

「提督、いたよ!!」

「え、いたの!?」

 午後の海上警備から戻ってきた長良達から報告を受ける提督。あまりにもあっさり見つかるものだから「ホント? ホントにホント?」と勘繰りしつこく聞き返したら、佐渡にちょっと泣かれて謝る羽目になる。飴をあげたら泣き止んだ。

「で、あのイラストの出来は?」

 まずはそこが気になる提督。

「そのまんまだったよ。ホントそのまんま、そっくり」

 提督の問いに皐月が答えてくれる。海が漁師に見せた幻ではないことが判明する。

「それはそれでちょっと見たいな…」

 イラストのままであれば確実にこの世で確認されていない生物の一種ということになる。沸々とその生物に興味が湧いてくる提督。大淀の提案するUMA祭りも悪くないとか思い出す。

「でもな司令、目撃した場所は生け簀もなかったし回りに漁船もいなかったんだぜ?」

 提督からもらった飴を舐めながら佐渡が追加情報を伝える。

「え? じゃあ偶然出遭ったってこと?」

「ってことになりますね」

「ほぼ奇跡だな…」

「それにね司令官。その生き物、私たちを見つけても逃げることもしなかったし、むしろ何か目的があって泳ぎ回ってる感じなの。そのあとすぐ一度こっちを見たかなーと思ったらそのままどこかへ行っちゃったの」

 最後に水無月がその生物の去り際の様子を伝えてくれて報告は終了する。漁師から聞いている情報とは全く異なり、海を荒らしている感じは受けない。果たしてそのけったいな生物が本当に漁場荒らしの犯人なのだろうか。提督が当初予想していた通りそれは人間の仕業で、その生き物は何か別の目的があるのでは、改めてそう考え始める。

「そうか、みんなありがとうご苦労さん。よし、次はオレも出よう。4編成くらい組んで集中捜索するぞ」

 ポンと手を叩いて決断する提督。その言葉に驚く艦娘たち。

「え、提督も海に出るんですか?」

「あぁ。ちょっと見てみた…じゃなくて、何となく嫌な予感がするから。邪魔にならないように後ろからついてくくらいにするけどね」

「絶対ジャマって言われますよ」

「上司に邪魔はその、なんというか…」

 相変わらずの扱い、それでも好奇心が勝る提督。そこはこの若さでそこそこの階級にまで上がった口八丁で艦娘を言いくるめる。人用のボートを自分で操縦し、ついでに秋津洲と偵察用に大艇ちゃんを同行させるということを口実に、翌日朝の警備任務から同行することを押し切る。引き続き文句を言われている提督、その会話を執務室外、扉の陰から聞いている者が一人いた。

 

 翌朝

 

「よーし、しゅっぱーつ!」

 珍しく声高らかに意気揚々と出撃の合図を出す提督。「めんどくせぇな、これじゃサボれねぇじゃん」という視線をほぼ全員から向けられているが気にしていない。昨日とは違い16人の大所帯とそれプラス提督の乗るボート、同乗している秋津洲、上空待機の大艇ちゃんがいる。出発する艦娘に続いて提督の乗るボートが続く。艦娘にとっては業務の一環だが今の提督にとってはちょっとした探検隊気分。秋津洲は大艇ちゃんからの連絡を待ちながら提督から「これで頼む」と買収されたたい焼きを頬張っている。大艇と直接通信が可能な秋津洲だが、そのやり取りに非常に体力と精神力を浪費するため「甘いものが欲しいかも、あたしたい焼き好きかも」とおねだり、昨晩のうちにわざわざ大量のたい焼きを買い出しにいった提督。尚、提督が運転をするということが判明して以来、外に出る際のパシリは完全に提督の役目になっていた。

「秋津洲」

「ん?」

「一個くれ」

「ヤダ」

 長丁場になる可能性をすっかり忘れいてた提督。水分こそ持ってきたが食料のことをすっかり忘れていた。秋津洲におねだりしてみたが譲ってはくれなかった。



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その4:終

 出港してからものの1時間、艦娘は各方面に展開して提督の船の周りには1部隊分の4名だけが残っている。穏やかな海、心地いい揺れで眠くなってくる提督。そんな時、大艇ちゃんからの通信が秋津洲に入る。

「姉さんいたぜ。姉さんの船から北北西に20キロくらいの位置だ」

「へいほふー、みふかったっへ」

「え、もう?」

「ふん」

 口にたい焼きを頬張ったまま報告する秋津洲。

「後ついでといっちゃなんだが、近くに密漁船っぽいのも何隻かいるから気を付けな。オーバー」

「わかったかも、ありがとうたいていちゃん。だって提督」

「ありゃ。こりゃまた本業のほうも見つかったか」

 スピーカーホンで聞こえていた提督。至急全艦娘に打電というかLINEをして該当海域へと向かわせる。打電より正確だし地図情報を添付できるということもあり、最近の業務はもっぱらコレ。それを見た艦娘から「ウィーっす」など適当な返事が戻ってくる。全員分既読が付かないあたりが妙にリアル。

「あ、そういえば例の生き物、大きさどのくらいかは聞いてなかったなぁ」

 ふと思い出す提督。考えてみれば昨日の報告の際大きさについて触れているものは一人もいない。まさかクジラほどではあるまい、ちょっと心配になりつつ該当海域へと船を向ける。

 艦娘たちが先行して該当海域へ向かう。後から追う提督が到着した時、そこでは密漁船が艦娘に抵抗して逃げる光景が広がっていた。

「あっ、こりゃやべぇな」

 煙幕などでちょっとした抵抗を受けている艦娘。艤装は身に付けているが実弾を装填はしていない。漁場荒らしは確実にこの集団の仕業だろう提督は確信する。近づいて巻き込まれるわけにもいかない提督は、遠巻きに艦娘に指示を出す。

「みんな、拿捕の仕方は任せるけど決してケガするんじゃないぞ。そして一応むこうさんにもケガさせないようにね…」

「サー、イエッサー!」

 戦闘モードの艦娘はやたら軍人口調になる。提督の指示に対してとても気丈に大きな声で返事をする。

「いつもこれくらい素直に言う事聞いてくれると嬉しいんだけどなぁ」

 煙が充満しているためよくわからないが、4~5隻からなる密漁船団。小型の足の速い船が艦娘をかく乱し、大きな船が獲物を抱えているようだ。

「邪魔くさいな、もー!」

 最上が、なかなか捕まえられない船にいら立っている。こうなることを予見していたのだろうか、敵の船の足が速い。艦娘が全力なら追いつけないわけはないのだが、各種邪魔のせいでてこずっている。しかしそこは本業の艦娘、徐々に追い詰めて一隻また一隻と小型艇を拿捕していく。そして残るは大型の船一隻。しかし小型艇にてこずっている間にそこそこ距離をとられてしまう。

「待てーコラー!」

 追いかける艦娘。しかし割と遠洋まで来てしまったため燃料が不安になってくる。一部艦娘は足を止めている。

「マズいな、逃がすと面倒だ」

 船から身を乗り出す提督。残りの艦娘で何とか捕えてくれ、そう願っていた次の瞬間だった。

 

ドッパァーーーーーン!!!

 

「何事か」最後の一隻が何かにつきあげられるように海面から浮かび上がる。

「え!? 何、クジラ??」

 驚く提督他艦娘一同。浮かび上がる船の下、海面からはあの探していた謎の生物が、見事なアッパーカットの格好で水面から高々と浮上しているところであった。「アイツがやった」全員同時に理解する。

「え?????????????」

 着水に失敗して横転、船底を上にひっくり返った状態になる密漁船。そして謎の生物はひらりと身をひるがえし、頭から水しぶき一つ立てることなく綺麗に水面に吸い込まれる。

「じゅってーん」

 誰かが点数を付ける。それどころじゃないのに。

「あ、あれって…」

 まさかの遭遇に頭が整理できない提督。それをボーゼンとみている艦娘一同。そして一度吸い込まれた海面からニョキっと顔を出す謎の生物。大きさは大体戦艦姫の16インチさんと同じくらいだった。

「…ク…ウソ」

 何か口が動いたように見えた。しかし距離があるため聞き取れない。しばらく双方の見つめ合いが続く。そしてしばらくの沈黙の後、その生物は振り返りゆっくりとこの海域を去っていく。

「あ、待てっ!」

 声を上げて引き留めようとする提督。しかしその声は届かない、通じないのかもしれないが動きを止めることなくゆっくりとゆっくりと。

「やっぱりそうだったんだね」

「え?」

 提督のボートの横には鈴谷が立っている。今回の警備メンバーではないはずの彼女がなぜここにいるのだろう。

「鈴谷、なにしにきたの? 普通なら頼んでも仕事してくれないのに」

「アレはね提督、この辺りの海の守り神なのさ」

「はい?」

 鈴谷の口から驚きの真実が告げられる。

「私の故郷に伝わる話なんだけどね。海の平和を荒らすものがいると、アレが怒って成敗しに来る。海はみんなのもの、平等であれ。決して独り占めしちゃならない。もしそんなことをしたら神様が怒っちゃうぞって、樺太のおばあちゃんから聞いたんだ」

「あぁ、鈴谷この辺り地元だもんね…。で、アイツ名前とかあるの?」

 恐る恐る最後の真実を聞く提督。

「ボクカワウソ」

「ボ…はい?」

「ボクカワウソっていうの」

「ボク…カワウソ?」

「違う、ボク↓カワウソ」

 マジ顔で発音を訂正される。

「ボク↓カワウソ?」

「よろしい」

 

 捕らえた密漁船は拿捕曳航。回収した魚は漁協の皆さんの元へお返しする。一部はリリース、一部は鎮守府へのお土産。事件は解決ドンと晴れ。

「海って不思議だよねー」

 一人海を見つめながら提督が呟く。

 

 お終い



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春イベ番外編:赤城さん、ひきこもる。
その1


「イヤです!!!!!!!!!!」

 艦娘の宿舎の廊下に声が響き渡る。と同時にバタンと扉が閉まる音が続いて響く。その扉の前には加賀と提督が立ち尽くしている。

「困ったな…」

「申し訳ありません提督。まさかこうなるとは私も思っていませんでした」

 わかりやすく弱った顔をしている二人。部屋に飛び込んでいったのは赤城、とあることを提督から告げられてその内容がショックだったのか、話していた談話室から一目散に自室へ走っていき現在このようになっている。

「何が気に入らないんだろう、おめでたいことなのに…」

「そうですよね。ついにこの日が来た、気分が高揚しないわけはないのですが…」

 二人の会話からすると、それは赤城にとって悪いことではなくむしろ素晴らしいこと。それを聞いた途端にこうなってしまったのはまったくもって理解不能。顔を見合わせる二人、答えが見つからない。

「あの、赤城さん」

 扉越しに加賀が赤城に話しかける。

「…」

「赤城さん?」

「…」

 何度呼び掛けても返事はない。相当深刻なようである。

「私からではダメなのかしら…」

 落ち込む加賀。それを見ていた提督が何かひらめく。

「加賀、どいてくれ。オレがやる」

「あ、提督…」

 扉の前に仁王立ちになる提督。咳を一つ、そして言い放つ。

「…スイパラ行かないか?」

「行きます」

 あっさりと天岩戸から出てくる赤城。

「ふふふ、かかったな赤城」

「は!しまった。この近所にスイーツパラダイスは…、ない!!」

 それが嘘であると気づく赤城。しかし時すでに遅し。とっさに加賀が赤城の部屋の扉の前に立ちふさがる。二度と部屋の中に逃げ込まれないための措置であろう。

「謀りましたね提督…」

「ふふ、後が怖いからスタミナ太郎には連れて行ってやるが、さて…、一体どうしたんだ。理由を話してくれないか?」

 本題を切り出す提督。なぜあそこまで頑なに抵抗したのか、その理由を聞くために引きずり出したのだ。それがわからないことには仕事にならない、というよりは赤城のためにならない。真剣な表情で赤城に尋ねる。

「それは…」

「それは?」

「それは……」

「赤城さん」

 加賀も後ろから声を掛ける。唯一無二の一航戦の相方、心配で仕方がない。

「だって! 改二になってもし私の燃費が良くなってしまったら、今みたいに食べられないじゃないですか!!! 私のアイデンティティが消えてしまったらどうするんですか!?」

「は?」

「え?」

 再度廊下に響き渡る赤城の叫び。何のことはない、食に関する悩みだった。先ほど大本営から提督宛に通達が来た。そこに書かれていたのは「また作っちゃったから使ってね」と、緊張感のかけらもない文面での『赤城改二』の実装連絡であった。実際の整備投入は来週であるが、そのことを赤城に伝えたところ、先ほどのようになってしまった。簡単に説明するとそんなところである。

「あのさ、まだ燃費が良くなるとかそういうことなんもわかってないんだけど…。それに燃費って艤装のことであって赤城さん自身には…」

「私にはわかるんです! 性能が良くなるってことは燃費が良くなる。それって結果食べられなくなるってことじゃないですか!」

「赤城さん、大体の艦は改二になっても燃費は良くなっていないわ。むしろ悪くなっているのよ? wikiかぜかましをよく読んで、ね?」

 加賀が身も蓋もない説明をする。提督は聞いたことがない単語、不思議な顔で加賀を見つめる。

「加賀さんまでそんなことを。そんなに私が食べるのがみっともないですか? 信じていたのに、酷いです!!」

 しかしその加賀の言葉さえ届かない赤城。加賀を押しのけて再び部屋に入って閉じこもる赤城。今度は何を言っても反応がない、かなりの重症である。

「こりゃまいったな…」

 扉の前で頭を抱える提督。落ち込んでいる加賀がその横にいる。

「赤城さんに嫌われてしまった…、沈もう」

「やめなさい」

 即止める提督。

「提督、何か赤城さんを説得できるいい方法はないでしょうか?」

「んー、今のところお手上げだな。でもないとは言い切れない」

「え?」

「策はある」そう言いたげな提督の言葉と表情。その表情に希望を見出す加賀。

「取りあえず今は引き揚げよう。時間と、それと何かが解決してくれるかもしれない」

「…はい」

 そういって二人は赤城の部屋の前から去っていく。去り際に加賀が一言扉の向こうにいるであろう赤城に対して「ごめんなさい。でもどうなっても赤城さんは赤城さんよ」と、長年連れ添った二人にしかわからないであろう、信頼がこもった言葉を残していく。

「…」

 扉の向こうからは何も聞こえない。二人の立ち去った部屋の前には静寂が戻る。5分後、なにかをすする音が響く。

「…赤いたぬきも悪くないですね」

 新作を食っていた。



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その2

赤城が籠城してすでに三日が経過している。とはいっても、飯を食べに外には出るし風呂にもトイレにも行く。あまつさえ「ちょっと半舷上陸してきます」と、すでに陸にいるのに申請を出して街に繰り出したりと、舞風を捕まえて踊らせるまでもなくセキュリティーガバガバの天岩戸。いつもと変わらず普通に顔を合わせるが、改二化に頑なに抵抗するという名目のもと「タダのサボリ」に成り下がっている。しかしそれに対して何も言えない提督。というよりは敢えて黙って見過ごしている感じすらしている。

「明日、か」

 書類を見ながらつぶやく提督。

「提督、あの後赤城さんと話すことは出来ましたか?」

 業務で提督執務室につめていた加賀からそんな質問が飛んでくる。

「ん? あぁ、ちょっとだけね」

「どういった?」

「えっとね、廊下ですれ違って赤いたぬきは割とイケますよとか、そんくらい…」

「私も同じことを言われました」

「…」

「…」

 顔を見合わせて黙る二人。

「もしかして忘れてる??」

「いえ、それはないと思います。宿舎廊下で名取さんが『明日〇〇買いにいくんだー』と話しているのを聞いた途端にダッシュで部屋に逃げ込んでいました。恐らく【買いに⇒かいに⇒改二⇒燃費】と脳内変換しているようですので、まだダメかと」

 とても良く出来た声真似と仕草を交えて説明する加賀。

「なかなかの連想ゲーだな…」

「提督、赤城さんはこのまま改二を拒み続けるのでしょうか?」

 再度、心配そうに提督に尋ねる。

「心配すんなって。大丈夫、なるようになる」

 そこの提督の言葉をまだ不安そうに聞いている加賀。

「そういえば提督」

「はい?」

「メンテナンスに入りましたので、いったん失礼します」

「え? なにそれ。たまに変な単語があるんだけど、それって仕事に関係あるの?」

「では」

 一礼して部屋を後にする加賀。質問の答えは返ってこない。ポツンと一人取り残される提督。

「メンテナンス…。艤装のことかなぁ」

 色々と推測はしてみるものの全く的外れ。その答えがわかることは恐らく一生ないであろう、残念な提督である。

 

「これ美味しいですね」

「でしょう? レギュラー商品にしてくれればいいんですけど、ダメでしょうか」

 部屋で赤城と二人で赤いたぬきを食べている加賀。なんだ普通に話してるんじゃねぇかよ。提督がこのことを知っていたらそんなツッコミが入るところだろうが、これも彼にはわからず終い。

 

 さて、本日のメンテナンスは何時に明けることやら。次回『赤城山に舞う復活の烈風改』



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その3

 なんだかんだ仕事が片付かないので、結局提督執務室横の仮眠室で寝ることを覚悟する。以前の提督が鎮守府にこさえた檜の風呂に入りながら、部屋から持ってきたビールを傾けつつ疲れを癒して執務室に戻る。天然温泉を引いているので贅沢。仮眠室には先日ゴトランドが持ち込んだ新しいベッドが備え付けられていた。最初は使うのに抵抗があったが、すこぶる快適で毎日でもここでいいと思っちゃっているので完全にゴトランドの術中にはまっている提督。ウトウトし始めてそろそろ夢の中に突入する深夜0時。提督の耳には届いていないが廊下を踏みしめる音が近づいてくる。そして執務室前でその音は止まる。

 

 コンコン

 

「…ん?」

 

 コンコン

 

「ん? 気のせいじゃない? なんだこんな時間に…。また巻雲のトイレか」

 眠い目をこすりながら扉のほうへ向かう。扉越しに誰か尋ねることもせず扉を開く。

「提督」

「うおっ!!」

 そこには懐中電灯で自分の顔を照らすアレをやっている加賀が立っていた。完全にホラー、ちょっとチビりそうになる。そして完全に目は覚める。

「ど、どうしたのこんな時間に?」

「はい、メンテナンスが延びたのでご報告に」

「だからそのメンテナンスってなんなのか教えてよ…」

「今晩お呼び立てすることはなくなりましたので、一応ご報告に」

「あ、そう。そりゃどうも…」

 一応お礼だけはしておく。

「毎度トラブル続きで申し訳ないですが、ご容赦ください」

「はぁ…。ところで赤城は?」

 念のため確認する。

「食べるだけ食べて、今晩実装がないとわかったら寝ました、早々に」

「あ、そう…」

「ですので今晩はごゆっくりおやすみください」

「うん、ありがとう。寝てたんだけどね…」

 毎度おなじみ『なにも解決しない定期』である。報告を終えた加賀はそのままの格好で去っていく。こんな時間に誰もいないだろうが、あれに出遭って叫び声をあげない、気絶しない、撃ったりしない、変なトラウマにならないことを願う提督。扉を閉めて今度こそ寝るため再びベッドに入る。

 

「ギャアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 闇夜を切り裂く大きな叫び声が聞こえてくる。ベッドの中でビクッとなるが起き上がることはしない提督。確認はしなかったが、あの声は恐らく巻雲。あぁ、出遭ってしまったのだろう、一番出遭ってはいけない者がアレに。冷静に考えればこんな時間に巻雲は何をしているのだろう、徘徊癖でもあるのだろうか、そっちのほうが心配になる。そしてなぜ加賀はずっとあのまま顔を照らし続けているのだろうか、そっちもそっちで非常に心配になる。そして夜は更けていく…。



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その4:終

 翌朝

 

「さてと」

 朝7時過ぎ、着替えも済ませ顔も洗い簡単な朝食も摂り一日の準備完了。そしていよいよ赤城の改装が行われる日が来た。頑なな赤城をどうするか、それについてはさして問題ではないと感じている提督。火の元の確認と戸締りをし、離れの自宅を出て執務室へと向かう。まだ少し眠い目をこすりながら鎮守府内を歩いていると、何やら向こうが騒がしい。数名の艦娘が恐らくではあるが港へと小走りで向かっている。

「ん? なにしてんだアイツら」

「あ、提督。おはようございます」

「おう。こんな朝っぱらから何してんだ?」

 提督に気づいた能代が挨拶をしてきたので、ついでに確認する。

「赤城さんの改装が完了したらしくて、そのお披露目をやってるんですよ」

「え?」

 能代の答えに耳を疑った。あれほど改装を受けることを嫌がっていたのに率先して受けるなんてありえない、「まさか」と思った。

「で、今港にいるのでみんなで見に行くところなんですよ。提督も行きません?」

「行く行く、もちろん」

 食い気味に答える提督。そして執務室へと向けていた足を港へと向け能代と共に小走りで向かう。そして当然の如く提督の頭には嫌な予感が渦巻いている。

 

 港到着

 

 朝も早いのに人だかりができている。とうとう実装された一航戦の改二、それを一目見ようと集まったのだろう。なかなか前に進めない。

「あ、おはようございます提督」

 そんな中にいた加賀が提督に気づいて挨拶をする。

「あぁ加賀、おはよう。早速なんだけどどうなってんの?」

 挨拶半分、すぐに現状を確認する。

「はい、あちらに赤城さんが、すでに改装を済ませておられます」

 海上を指さす加賀。

「どれ…。ん???」

 確かにそこに赤城はいた。だが何となく見づらい、何といえばいいのか「影」があるのだ。なんだろう、フォトショで一枚影のレイヤーをかけて処理しているかのように、何となく下半身が暗い。

「太陽は…、出てる。遮るものは…、なし」

 念のため上空と周りを確認する提督。しかし当然の如く太陽は出ているし海の上で赤城を遮るものなどどこにもない。

「あれなぁに?」

「戊です」

「ぼ?」

「はい」

 説明になっていない説明を加賀から受ける提督。当然理解が追い付かない。仕様書には目を通したはずなのだが、そんなことどこにも書いていなかった。恐らくだが毎度の「言い忘れちゃった」的な大本営のポカだろう。実害をこうむるのはこっちなのに、責任を取るのは自分なのに、納得できない。

「で、普通の改二と何が違うの?」

 気持ちを落ち着けて加賀に問いかける。

「はい、通常の改二から戊にコンバートすることで夜間戦闘が可能になります」

「おお、すごいじゃん。あ、だから暗いのか」

 その暗さの意味を把握する。

「夜間ってことはサラと同じってことか。頼もしい…んだけど、使いどころないよねえ、ねぇ?」

 相変わらずの戦後の過剰軍備増強。ポンコツを買いまくるどこぞの国に言ってやりたい。

「赤城さん本人は、夜の魚群探知にもってこいと息巻いていますが」

「それは漁船の仕事だよ? 君たち軍艦ね?」

「ともかく、燃費も微悪化しているようで、赤城さんはいたってご機嫌です。ご心配おかけしました」

 綺麗にスルーされてしまう。

「あぁ、うん。悪化するのは知ってたんだけどね…」

 燃費に関しては事前に把握していた提督。それもあって今回の改装に関しては心配していなかったのだが、ちょっと別ベクトルに行ってしまっている最近の改二の在り方について、海上でキラキラしている赤城を見ながら悩みの種の解消方法を考えている。

「あ、提督」

 赤城が提督に気づいて寄ってくる。

「おう、どうだ改二の感触は?」

「もう提督ったら。こんなに素晴らしいものなら先に言ってくださればいいのに。あんなに拗ねてやけ食いしていた自分が恥ずかしいです」

 新調された弓を折れんばかりにギリギリと握りしめながら、恋する乙女のようにデレデレとした表情で提督の問いに答える赤城。好感触なのは問題ないが相変わらず嫌な予感が若干ではあるがよぎって仕方がない提督。

「じゃあ今からコンバートしますね、見ててください」

「ん、え?」

 そう提督に告げると、赤城は少し下がって大きく息を吸って吐いて目を閉じて体勢を整える。提督は「あれコンバートって艤装を…」とか考えているがお構いなし。そして右手を天高く掲げる赤城。

「レェェェェェェッツ!!! コンバァァァァッァァトォゥ!!!!」

「おおおおッ!!!」

 掛け声とともに光に包まれる赤城。同時にギャラリーから歓声が上がる。長門アイオワ加賀吹雪佐渡あたりがやたらと目をキラキラ輝かせてその光景を見ている。完全に変身、提督は「わーすごーい、魔法少女みたいに変身中脱げたりすんのかなー」なんて考えている。舞い降りる光の環、そんな機能あったっけって思うだろうが気にしない、あるのだから。暫く赤城を包んでいた光が徐々に薄くなり、その中から赤城が姿を現す。ジョジョ立ちのように額に手を当てて体を少しクネらせている、ノリノリである。

「影がなくなった」

 違いがそれしかわからない提督。周りからは沸き起こる拍手。

「ふふ、どうですか提督? これが昼夜戦闘どちらでもこなせる赤城改二です。24時間寝なくて安心、ジャパニーズビジネスマン、いつでもどこでも食べ続けられます」

「君はビジネスマンではなく公僕の一種だから」

 嬉々と語る赤城を見て引きこもる可能性はなくなったことを悟る。それはそれで喜ばしいのだが、今まで以上に食費と燃費がかさむことは火を見るより明らかになった。名実ともに明るくなった赤城を見ている提督。するとおもむろに腰に付けている袋から何か取り出す赤城。

「何してんの?」

「ああ、これですか。おにぎりです」

「そりゃわかる」

 取り出しますは巨大なおにぎり。それをその場でモシャモシャ食べ始める赤城。それに呼応して加賀がずずいと前に乗り出してくる。その手には唐揚げが大量に詰まったタッパーがある。

「朝飯? ここで?」

「いえ、これは燃料補給のようなものです。コンバートの際カロリーがもの凄い消費されて、血糖値も下がってしまうんです。だからすぐに補充できるように携帯しているんです」

 さも当然と言わんばかりに唐揚げをつつく赤城から説明を受ける。

「今が戦時中じゃなくてホント良かったわ、うん」

「使い物にならねぇ」と提督が思ったのは言うまでもない。

「おなか一杯でもコンバートしてしまえば一気に空腹になる。なんて便利な改装なんでしょう。あぁ神様、感謝いたします」

「好きにして、もう」

 どこの神に感謝しているのか知らないが、数日前の赤城はもういない。それだけでとりあえず良しとしよう。まだ業務開始前だったことを思い出しその場を離れ執務室へと向かう提督。すると向こうから明石がこちらに向かって走ってくる。

「ていとくー!」

「おう、どうした?」

 息を切らして走ってきた明石、それほどまでに急用なのだろうか。

「今すぐ、赤城さんのコンバート止めさせてください」

「え? どういうこと?」

「今さっき気が付いたんですけど、コンバートするたびに工廠にある資材が謎の光に包まれて消えていくんです。あれじゃいくら資材があっても足りません。数日で鎮守府破綻しちゃいますよぉ!?」

「…」

「え、もう一度見たいですか? しょうがないですねぇ、じゃあ…」

 港のほうでは艦娘たちのアンコールに応えるため、赤城が再度コンバートの準備をしている。

「やめろー!!!」(2名分)

 

 

 

 

 

『無用のコンバート禁止』

 

 赤城の周辺にはこの張り紙が山ほど貼られることになった。

 

 

 

-Dead End ?-



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第11話:提督、車買うってよ
その1


 ガタピシ

 

「ありゃ、止まっちまった」

 買い出しという名のパシリから戻った提督。駐車スペースに車を持っていこうとしていたところ、車が変な音を発して止まってしまった。車から降りてボンネットを開けると、そこからはちょっとの煙と普通ではない匂いが漂ってくる。

「あー、こりゃダメか」

 専門ではない提督、車はそのまま小走りで明石を呼びに行く。そして明石を引き連れて戻ってくる。そして状況を確認させる。

「どうだ?」

「んー、さすがにもう駄目でしょうね。相当古い車でしたし寿命でしょうね」

 専門の明石の見解を聞いてその車の寿命を悟る。

「ダメかー。まぁよく頑張ってくれたかな」

「ですねー。ちょこちょこ整備してればもう少しは何とかなったかもしれませんが、諦めたほうがよさそうです」

 開けていたボンネットを閉じる明石。そして二人でハンドルを操作しながらもとあった駐車スペースまで戻す。荷物を取り出して扉を閉め車の前に立つ提督。

「なんだかんだで役に立ったし、無いと困ったもんだな」

 腰に手を当てて感謝の視線をその車に向ける。

「代わりとかどうします? 必要なら経理に掛け合ってみましょうか?」

「んー、落ちるとは思えんな。ただでさえミサイルのせいで赤字なんだ」

 ミサイルとは例のアレである。無駄にぶっ放すもんだからどんどん年間予算が削られている鎮守府。車を買う余裕なんぞ恐らくないことは提督が一番知っている。

「んー、どうすっかな」

「どうしましょ」

 しばらく立ちすくむ二人。そしてしばらくして提督が答えを出す。

「よし、買うか」

「え?」

 その言葉に驚く明石。

「でも、予算はないって」

「俺が買う。自分の車をだ」

「えぇ!?」

 

 翌日

 

「しれー、車買うんでしょ!? コレにしようぜコレに!」

 車が壊れたことと提督がマイカーを買うことはすでに鎮守府内に広まっており、一部艦娘がカタログやらスマホをもって提督までねだりに来る。

「ん、どれどれ…。 !! 買えるかバカモン」

「えぇー、かっこいいじゃーん」

 外車のホームページをスマホで開いて見せてくる朝霜。当然そんなものを買うわけもなく即座に却下される。

「じゃあこれは?」

 次は清霜。

「ん…。これはクルーザーだろう清霜…」

 車ではなくクルーザーを勧めてくる清霜。当然却下。

「えー、せっかく船に『むさし』って名前つけようと思ったのにー」

「武蔵ならいるでしょう…。勝手に2隻目作ったらダメだっての。それに君たち艦娘でしょ? 船いらないじゃん」

 グウの音もでない、引き下がる清霜。

「提督、これなんてどうかな?」

 松風がカタログを持ってきて提督の前で開く。

「…ミツオカって。渋いね松風」

「この独特なフォルムとネーミングがいいんじゃないか。どうだい?」

 結構な変化球で来られてしまい答えに困る提督。

「か、考えとく…」

 次から次へと自分の好みとわがままを伝えに来る艦娘。仕事にならない。

「言っとくけど、鎮守府用じゃなくてあくまで俺の買い物だからな。それを一時的に鎮守府で使うだけであって、あんま無茶なことはできないの。ローンだし…」

「えー、ケチくさーい」

 ブーブーと文句が出る。

「公僕なめんじゃないよ」

 身も蓋もない回答。しかしシャラップよりよっぽど効果がある。とりあえず艦娘たちが持ってきたカタログは全て受け取り人払いをする。一応まだ業務時間中、部屋に静けさが戻る。

「ふぅ…。さて」

 誰もいなくなったところで提督もちょっとおサボリ。置いていったカタログに目を通す。

「しかし、マジどうすっかな」

 パラパラとカタログを眺める提督。今まで自家用車など持ったこともなく、まったく見当がつかない。ディーラーに行って相談するのが吉だろう。そう思いカタログを閉じると部屋をノックする音が聞こえる。

「はい?」

「あの、司令…」

 そこにいたのは浜波だった。



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その2

 次の休日、鎮守府にタクシーを呼んで外へと繰り出す提督。なぜか連れに浜波がいる。

「ご…ごめんなさい、ついて来ちゃって…」

「いやいや気にすんなって。誰かいたほうが変にセールスに押されたりしなくていいから」

「う、うん…」

 積極的でもないしよく話すわけでもない。仕事以外で接点がそうない浜波がなぜついてきたのか、それは一つ彼女の希望にあった。話は数日前にさかのぼる。

 

コンコン

 

「はい、どうぞー」

 カタログをしまうのと同じくらいのタイミングで誰かが執務室に訪ねてくる。ゆっくりと開かれる扉、そこにいたのは浜波。接点が無いわけではないが余り積極的に話すタイプでもないし、執務室に来ること自体初めて。ちょっと驚く提督。

「浜波じゃないか。どうした?」

「あ、うん…。えっとね…」

 相変わらずもじもじと恥ずかしそう。なかなか部屋の奥へと入ってこない。そんな彼女が娘のようにかわいく思えた提督、笑顔で手招きする。

「あ、ごめんなさい…」

 悪くもないのに謝る浜波。

「おいで、なにか用があるんだろ?」

 近寄ってきて机を挟んで立つ浜波。指をいじいじしながら何か話したそうにしているがなかなか口を開かない。何となく悟った提督から口を開く。

「車のことか?」

 驚いて顔を上げる浜波。いつも髪に隠れてなかなか見えない彼女の瞳がチラと見える。とても大きく見開かれいかにも「言いたいことがなんでわかったの」と口では言わないもののその目がそう言っている。

「図星かな?」

「あ…、うん。な、なんでわかったの?」

「そりゃまぁ、こんだけ次から次へと人が押し寄せてくればね。ただ、ちょっと意外だったけどね」

「う、うん…」

 申し訳なさそうに小さく返事をする浜波。恐縮することもないのに、といっても性格なので仕方がないだろう。敢えて口には出さない。

「で、浜波はどんなのがいいんだ?」

 一度は仕舞ったカタログをまた引き出しから取り出して、一応話だけは聞くことにする。机に並べられたカタログを見る浜波、視線は確認できないが頭を少し下げたので見ていると判断する。

「…えっと、こういうのじゃないのが司令にはいいかなって」

「ほう、そりゃまたどんなのが?」

 これも意外、自己主張してくる浜波。

「パソコン、いい?」

「ん、いいぞ」

 そういうと対面にいた浜波は提督の横へとやってきて、差し出されたパソコンをコチョコチョ操作し始める。そして一つのホームページを開いてそれを提督に見せる。

「…これ」

「どれどれ…」

 パソコンを覗き込む提督。

「こりゃまた…。しかしなんで?」

 それは意外な車種だった。

 

 時は戻ってタクシーの中

 

「一応ハンコと銀行口座がわかるものは持ってきているけど、今日決めるかどうかだよな」

「うん。でも…、夏までには欲しくない?」

「ん、そりゃまたなぜ?」

 浜波が妙に購入を勧めてくる。こんな子だったっけと不思議に感じる提督だが、特に裏がある感じはしない。

「だ…だって、みんなで海水浴に行けたりお祭り行けたり…」

「うちの港でやってんじゃん、全部」

「それもそうだけど…、たまには違うところに。温泉とかも、ほら…」

「まぁ、どっちにしてもあればやれることは増えるもんな」

「うん、そうだよね」

「まー、しばらくこの鎮守府にいることにはなりそうだし。浜波がここまで積極的に勧めてくれるなら買っちまうか」

「や…やった」

 ほぼ気持ちは固まっている風の提督。目的地に向かうタクシーの中、少しおめかしした浜波を横に、休日の子連れのパパのような格好、引率してもらっているのはどっちだろうなんて考えながら外を眺めている。

「可愛いですねぇ、娘さんですか?」

「同僚です」

 誤解を生まないために即答する。この鎮守府のことを知らないのか、そんな的外れの質問を運転手からされたりしながら目的へと到着する。



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その3

 国道沿いにあるとあるディーラーへと到着する二人。綺麗なガラス張りの店構え、人生初の大きな買い物ということもあるが、なんだか妙に緊張する。意を決して足を踏み出し、自動ドアを開いて店内へと進む。

「いらっしゃいませ」

 一人の男性店員が二人を出迎える。

「すいません、購入を検討していまして」

「ありがとうございます。ではこちらへどうぞ」

 促されて奥のテーブルへと進む。浜波と並んで腰かけると店員は一度その場を離れて飲み物を持ってくる。そして棚にあるカタログを一式携えて対面に腰かける。

「どういった車種をご検討でしょうか。ご家族でお乗りになる車でしょうか?」

 そういいながらチラっと浜波に視線を送る店員。

「いえ、私一人なんですけどね。あ、こっちは同僚でして…」

 聞かれてもいないのに浜波の説明をする提督。それに対して特に反応はない浜波。

「司令、これ…」

 黙っていた浜波が一冊のカタログを指さす。それは先日ホームページで見たものと同じ車種のものだった。

「お、これか。ちょっといいですか?」

 一冊のカタログに手を伸ばす。それはミニバンのものだった。

「大き目のものをお探しですか?」

「あ、えぇ。旅行とかするのに楽かなって。友人も誘ってだったりするので、人数乗れるほうがいいなーって思いまして」

 そう、浜波が勧めてきたものこそミニバンだった。なぜそれなのか、理由は定かではないが妙にグイグイ来たため少しその気になっている提督。恐らく買えば買ったで艦娘が様々な理由を付けて使うに決まっている。大は小を兼ねる、今まで世話になった車種では確かに物足りなさを感じていたこともあり、提督自身も悪くはない選択肢と考えている。

「8人乗り、ですよね」

「はい。選ぶグレードによって7人乗りというのもありますが、最大では8人です」

「なるほど」

「夕雲型なら、半分は乗れるね」

「全員乗せるとなるとマイクロバスでも買わねぇとダメだな」

 姉妹艦の多い夕雲型。流石に全員とはいかないが、一度に相当数乗せることは可能である。それが基準なのだろうか、浜波がこれを勧めてきた理由の一端がわかった気がする。

「デカいのは楽かもな。もし遠出しても車中泊できそうだし」

「十分可能ですね。フルフラットになりますから布団も敷けますよ」

 店員が説明を挟んでくる。

「ふむ、ちなみに納車ってどのくらいかかりますか?」

 これを聞いてしまうともうほぼ決めたようなもの。迷わない性格なのだろう、こういうところは男らしい提督。

「そうですね、グレードにもよりますが今の時期なら早ければ一か月程度、長いものでも二か月お待ちいただければ大丈夫です」

「わりと早いな」

 手を口元に当てて悩む提督。

「買っちゃう?」

 浜波が提督の顔を覗き込んで尋ねる。

「うん、まぁそのつもりで来てるからね。でももうちょっとどうするか聞かないとね」

 ほぼ「イエス」と返事をする提督。その後小一時間店員に対してグレードやら内装やらオプションやら、事細かく説明を受ける提督。そして出した結論は。

 

「これでよしっと」

 最後に一か所ハンコを押して契約書の作成が完了する。

「ありがとうございます。それではスケジュールに関しましては先ほどご説明した通りです。他に何かご質問はございますでしょうか?」

「いえ、大丈夫です。後は納車の日が決定したら連絡いただければ」

「かしこまりました」

 席を立ち奥へと引っ込む店員。話の流れからもわかる通り、即日即決即断。人生で一番高い買い物をした記念日になった提督とそれに立ち会った浜波。緊張の糸がほぐれ大きく息を吐く提督。それを見ている浜波は何となく嬉しそうな表情をしている。

「あー、買っちゃった」

「お、おめでとう…」

 胸のあたりで軽く拍手してくれる浜波。

「いずれいずれとは思っていたけど、まさかここで買うことになるとはね」

「楽しみだね」

「だなー」

 落ち着いて喉が渇いていることに気づき、口を付けていなかった出された冷めたコーヒーを飲む。

「あ、ごめんなさい。ちょっと電話してくるね」

「おう」

 そういうと浜波は店外へと電話を掛けにいく。一度、浜波に送った視線をテーブルに戻して契約書を手に取り目を通す。

「安くはないよな…」

 なんだかんだで大型車で、それなりにオプションなどにもこだわったため400万近い価格になっている。この年まで特に贅沢をすることもなく生きてきたので多少のたくわえはあったが、一括払いは当然出来ず数年のローン、大切にしなくては。そして下手に艦娘に手を出されては車の寿命が縮む。その点を一番気にかけている提督。保管場所をちゃんとしなくてはと考えている。

「お、お待たせ」

「お待たせしました」

 浜波と店員が同時に戻ってくる。全てが完了してディーラーのノベルティ等記念品を受け取り店を後にする二人。陽の高さはちょうど真上、正午を少し回ったくらいである。

「飯でも食って帰るか」

 提督が浜波に提案する。

「う、うん」

「何食べたい?」

「えっと…、お寿司」

「回るのでもいいか?」

 数百万すっ飛ぶことになった提督が現実的な提案をする。それに嬉しそうに返事をする浜波。昼食を済ませたのち帰路に就くことになる。



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その4:終

 その晩、鎮守府内ではちょっとした宴が催されていた。なぜかと言えば「提督が車を買った」というしょうもない理由である。騒げれば理由なんてなんでもいい、仕事より宴、鎮守府の体制を疑ってしまう。

「白って一番ダサくない? 無難すぎ」

「無難でいいんだよ」

「なんで後部座席用のテレビつけなかったの?」

「要らねぇよ」

「ねぇねぇ、車に『武蔵』ってステッカー貼ってもいい?」

「工務店ぽくなっちゃうからダメ。それに勝手に武蔵を亡き者にしちゃダメだってば」

「痛くしないの?」

「しない」

「ミサイルは?」

「出ない」

「魚雷は?」

「撃てない」

「提督ぅ、これでいつでも車の中でヤれますヨ? 人目に付かないところ探しておくデス。は! まさかそのために!? もう、遠回しなんだからぁアァン!」

「…」

 上から順に鈴谷加古清霜初風清霜ごーちゃん金剛。完全に「自分の車」扱いで話す艦娘たち。「鍵は金庫にしまっておこう、自宅そばに保管しよう」もう固く決意している提督。勝手にはしゃぐ艦娘たちを見ながらちびちびと酒を飲んでいる。

「でもよく買っちゃいましたね。まさか即日で決めてくるとは、予想外です」

 一人冷静な鳥海が話しかけてくる。

「あぁ、なんかね買っちゃった。浜波が珍しく積極的なもんだからさ、それに推されたってとこもあるかな」

「なるほど。きっと司令官さんとドライブしたかったんですよ」

「なら嬉しいけどねぇ」

 気の利いたお世辞、空気の読める鳥海。こういう常識人がいるとホッとする提督。手に持っている酒が進む。

「あれ、そういえば浜波は?」

 そのきっかけになった浜波の姿が見えない。先ほどまではいたはず、談話室を見回してみるがやはりその姿はない。

「ああ、そういえばさっき秋雲とどこかへ行ってましたけど」

「なぬ、秋雲?」

 それを聞いた途端、急に嫌な予感がする提督。手に持っていたグラスをテーブルに置いて立ち上がる。

「どうしました司令官?」

「ちょっと浜波探してくるわ」

 そういうと談話室を離れ当てもなく探し始める。

「秋雲なら上に上がっていきましたよー」

 遠くから鳥海がヒントをくれる。それに手刀でお礼して上層階へと向かう提督。純粋な浜波が秋雲の魔の手に落ちてやしないか、口車に踊らされてやいないか、それが心配で心配で仕方がない。

 

 所変わって秋雲の部屋

 

「いやーはまちん、さっすが!」

「う、うん…。でもあたし別に何もしてないし」

「いやいや、はまちんが推してくれなかったら、きっとあの提督軽自動車でも買ってたよ。デカいのなんていらねーとかいってさ」

「そ、そうかな」

「そうに決まってるって。しかしこれでデカい車は手に入ったわけだ。あとはどうイベントの時期に借りる、もしくは連れ出すことができるかだなー」

 そう、浜波は秋雲の差し金。というよりは秋雲に言いくるめられ秋雲の希望をさも自身の希望のようにみせるために仕立て上げられたスケープゴート。どうせ自分では提督をうまく誘導できるはずもないとわかっていた秋雲の狡猾な計画だった。その計画は見事に成功して、秋雲が希望していた車種を見事にゲット。手に入ればこっちのものと今後の計画をどうするか、その段階に移行していた。

「はまちんなら落とせると思ったんだよね。緊張したでしょ?」

「う、うん。でも、あたしも大きい車のほうがいいなって…、思ってたし。別に秋雲ちゃんの希望だけってわけじゃなかったから」

「デカいほうが使い勝手いいもんね、こんな大所帯の鎮守府だと、あっはっは」

「うん、みんなでどこかに遊びに行けるし…」

 最初は秋雲に言われて提督のところへ行ったが、次第に自身の希望も似てきた浜波。実は帰り道に提督に対して「車来たら、まずみんなでドライブしたい。動物園とか行きたい」と、本音を提督に伝えていた。

「よーし、じゃあみんなのところに戻って宴会の続きしようか」

「う、うん」

 浜波の肩を抱いてズカズカと歩く秋雲。そして自室の扉を開くと、そこにいたのは提督。

「声、大きいですね秋雲さん?」

「あ”」

 廊下にまる聞こえの秋雲の声、浜波のは小さいので聞こえなかった。それで当然事の顛末を知ることとなった提督。扉の前で仁王立ちして秋雲が出てくるのを待っていた。

「浜波、秋雲になんか変なこと吹き込まれなかったか?」

「あ…えっと、その…」

 おどおどと秋雲の後ろに隠れる浜波。

「大丈夫、お前は悪くないって。むしろ今日一緒で良かったよ。ほら、こっちおいで」

 浜波に対しては非常にやさしい声を掛ける提督。秋雲の後ろから引きずり出そうと手招きする。そしてその手招きで秋雲の後ろから出てきて、今度は提督の後ろに隠れる。

「さて、秋雲さん?」

「はい」

「浜波をダシにするたぁいい度胸だ。お前何企んでた?」

 大魔神の如く表情を変えて秋雲を問い詰める提督。すんばらしい迫力のため完全に委縮している秋雲。

「あのー、イベントのですね、搬入にですね、大きい車があると嬉しいなぁって、思いまして」

 何を取り繕うこともなくぺらぺらと企てを話し始める秋雲。

「ほう、あそこか?」

「はい、昨年ご一緒しましたあそこです」

「なるほど」

「はい…」

「しかし本州まで渡るのめんどうだし、遠いよねぇあそこ」

「ですねぇ。あ、でもうちの鎮守府なぜか揚陸艇があるから、船便代は掛かりませんよ?」

 無駄な節約術を提督に進言する秋雲。

「あぁ、たしかにあるなぁ。でもあれは鎮守府の備品だ、プライベートで使っていいと思うか?」

「い、いえ…」

「秋雲、免許持ってたっけ?」

「持ってません…」

 提督の質問攻めに一通り答える秋雲。

「秋雲」

「はい!」

「今夏のお盆期間の当直任務を命ずる」

「ひぃー、ご無体なー!!!!!!」

 すでに夏の当選通知が来ている秋雲にとって、それは死にも等しい通達だった。提督の後ろでは浜波がおどおどしながらその光景を眺めている。膝から崩れ落ちる秋雲、自業自得因果応報とはまさにこのこと。それからしばらくの間、秋雲の提督に対する陳情と懇願と、時に一線を越えかけてしまいかねない接待が続いた。

(夏コミ1週間前に許された)



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春イベ特別編:コロラド、今更着任す
その1(のみ):終


「ここ遠いのよ、ハワイから。それになんでヨコスカじゃないのよ?」

 ぶつくさ文句を言いながら一人の艦娘が椴法華鎮守府を望む海域を進んでいる。鈍足の戦艦とはいえ直に到着する。綺麗な金髪のボブカット。大きな艤装を背負い両手には大荷物、さらに荷物の載っている揚陸艇のようなものをひっぱっている。

「戦争なんてとっくに終わっているの、なんでアタシがここに赴任しなくちゃいけないのよ、もう」

 文句たらたら、米海軍から急に『ユー日本の鎮守府に転属YO』とペラ一で告げられ、反論などできるはずもなく南国のハワイからこの日本の北端自然豊かな椴法華に、ある意味左遷された艦娘の名は『コロラド』まもなく鎮守府港にご到着。

 

 

「あー着いた着いた」

 港に到着すると、そこには二人の出迎えの姿がある。

「コロラドさーん」

 大きく手を振っているのはサミュエル、その横には提督の姿がある。

「あ、サムじゃない。Hi、元気してた?」

「うん、元気元気!」

「そう、ならよかった。こんな田舎で退屈してないか心配だったのよね」

 まずは同郷の艦娘と出会ってご機嫌のコロラド。

「で、そっちの冴えない男は誰?」

 表情を一転、冷たい目で提督を見るコロラド。

「お言葉だな…。オレはここの提督だ」

「あなたが!? 日本人にこんなにジョークが上手い人がいるとは思わなかったわ」

 それをジョークと捉えたコロラドが大笑いする。着任して数か月、威厳はまだまだ備わっていないことがわかる。

「まぁいいけど。ほら、荷物よこせ。長旅で疲れたろう?」

 まだ海面に立っているコロラドに手を差し出す提督。

「あら、意外と紳士なのね。ありがとう」

「そりゃどうも」

 素直にその厚意に甘えるコロラド。手に持っている荷物を提督に渡す。

「ところでサム。他のみんなはどこ?」

 サムに同郷の行方を尋ねる。

「あぁ、えっとね。アイオワさんはちょっとお出かけしてて、ベイさんは日本のみんなと漁に出てるけど、サラさんとピッドさんとジョンは鎮守府にいるよ。本当はみんなでお出迎えしたかったんだけど、国からの連絡が今朝来たの。だからみんな集められなくて、ごめんなさい」

「アタシの扱いそんなに雑なの…。仮にもビッグセブンよ? そしてなんで軍艦が漁をしてるのよ」

 世界にその名をとどろかせるビッグセブンの一角であるコロラド。まさか自身がそんなぞんざいな扱いで日本への転属を命じられていたのかと、酷く落胆している。

「すまん、もうちょっと歓迎してやりたかったんだが。見つけられたのがサムだけだった」

 サムの説明に合わせてお詫びする提督。

「ここ、本当に鎮守府よね? アタシ来るところ間違ってない?」

「間違ってない」

 キッパリ言い放つ。

「はぁ…、まぁいいわ。取りあえず休憩させて? そうね、Cafeでもあれば嬉しいんだけど」

「なら間宮にでも行くか。サム、ついでだからみんなを呼んできなさい」

「はーい」

 提督にそう指示されたサムがとことこ鎮守府へと戻っていく。その場に提督とコロラドのみが残る。提督この状況を失敗と悟るのにそう時間はかからなかった。

「…」

「…」

 気まずい沈黙が続く。

「なによ?」

「あ、いや。思っていたより小さいなーって」

 戦艦の割には小さいコロラド。他の戦艦ならほぼ同じ目線の高さの提督だが、コロラドは少し見下げる感じになる。しかしその言葉が逆鱗に触れる。

「アナタ、沈めるわよ?」

 拳に力を込めて、鬼の形相で提督をにらみつけるコロラド。

「ご、ごめん」

 明らかな殺意を感じた提督はすぐさま詫びる。

「ささ、どうぞこちらへ。カフェにご案内します」

「ふん」

 機嫌を損ねてしまったコロラドを間宮に案内する提督。その道中少しばかり鎮守府の案内をすることになるが、返事はくれない。しかしとあるものに気付いたコロラド、提督が説明する前に反応する。

「ねぇ、あれはなに?」

 コロラドが立ち止まって指さすその先には、一つの露店があった。

「あぁ、あれか。あれはたこ焼き屋だ」

「タコ…やき?」

 というのも、羽黒があまりにもたこ焼きたこ焼きと所望するため、他の艦娘も「あったら嬉しい」とほぼ満場一致で出店が決定したたこ焼き屋。徐々に縁日化していく鎮守府、次は綿あめか金魚すくいか、完全侵食の日も近い。

「アメリカでは珍しいだろうな、タコ、オクトパスを小麦粉の衣で包んで焼いた食べ物だ」

「へぇ、かわった食べ物ね。でもいい匂い」

 興味深そうにたこ焼き屋を眺めるコロラド。そして匂いにつられたのか店の前まで歩を進めて立ち止まる。

「へいらっしゃい」

「食うか?」

「え、いいの? アタシ今ドルしかもってないけど」

「奢ってやるよ。すいません、一舟ください」

 店主に注文する提督。

「マヨネーズ大丈夫か?」

 提督がコロラドに尋ねる。

「ん? ええ、ノープロブレム」

 コロラドの答えと同時にマヨネーズがたこ焼きに振り掛けられる。その光景すら物珍しそうに眺めている。

「へいお待ち」

 たこ焼きを受け取る提督。出来立てのそれの上で鰹節と青のりが湯気で踊っている。

「うわぁ…」

「ほら、熱いから気を付けろよ? これで刺して食え」

「あ、うん」

 提督からたこ焼きを差し出されたコロラド。説明の通り爪楊枝で少し割って熱を逃し、適温になったところで口へと運ぶ。

「……」

「どうだ?」

 たこ焼き噛み締めるコロラドに問いかける。

「…おいっしーい!」

 笑顔が弾けるコロラド。そして次から次へとたこ焼きを口へと運んでいきあっという間に一舟完食する。

「ねぇ、もう一ついい? ドルならここにあるから、ねぇ How much?」

「落ち着け、ドルは使えないっての。どうしてもってんなら買ってやるから」

 身を乗り出して注文しようとするコロラドを制する提督。長旅で疲れているから余計に空腹で美味かったのだろうか、食い尽くさんばかりの勢いである。

「そんなにアナタに頼ってばかりじゃビッグセブンの名が廃るわ」

「そこに戦艦の威厳関係ないだろう」

「でも使えないんじゃ仕方ないわね。じゃあ後で払うわ、大体いくらなの?」

「おおよそ3ドルってとこか」

「ホントに!? 安過ぎない? こんなに美味しくてそれなりの量なのに」

「良心的な露店だからな、どこぞの店みたいに揚げたり変な手間加えてないからな」

「ニホンっていい国ね、気に入ったわ」

 変なところで途端に態度が軟化する。たこ焼き外交ここに成就。

 

「コロラドー!」

 向こうから歩いてくるイントレピッドが手を振りながら叫ぶ。サムがアメリ艦ズを引き連れてやってくる。

「コロラド、お久しぶり。で、何をしているの?」

 サラトガがちょっとだけ怪訝な表情で尋ねる。というのも、どこからか机と椅子をかっぱらってきてたこ焼き屋前に陣取り食事をし続けている。既に十舟、店主にまだ焼かせ続けている。そろそろ小銭が尽きそうな提督。

「あ、みんな久しぶり! ねえみんなも食べない? 美味しいわよ」

 口の周りに青のりを付けたコロラドが、迎えに来たアメリ艦ズにたこ焼きを勧める。

「えっと、お昼はもう済ませちゃったんだけど…。それにこの後間宮さんでお茶するんじゃ?」

 ジョンストンがコロラドの食いっぷりをちょっと引きつった笑顔で見ながら答える。

「んー、流石にこれにCoffeeは合わないわね。ねぇ、日本のグリーンティーはあるかしら?」

「間宮に行けばあるんだけどな」

「じゃあ行きましょう。あ、提督。今焼いている分持ってきてね。そのマミヤってとこで待ってるわ」

「あいよ」

 提督に指示を出してアメリ艦ズと共に先に間宮へと向かうコロラド。提督に申し訳なさそうに頭を下げるサラトガ。

「たこ焼きで機嫌直せるなら安いもんだ」

 そうつぶやき、残りの注文分を袋に詰めてもらい提督もその後を追う。果たして何をしに来たのか、また一人騒々しいのがこの鎮守府に着任した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません、今日は品切れっす」

 その言葉を聞きたこ焼き屋の前で地面に財布を落とす、それは赤城。まさか新任のアメリ艦に食い尽くされるなどとは微塵も想像していなかった。あまりの衝撃にしばらくその場に立ち尽くしていた。



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第12話:扶桑姉妹の揺り戻し
その1


 昨年末のこと。鎮守府にて年越し中の扶桑姉妹の部屋での出来事である。

「…姉さま」

「なぁに、山城」

 コタツに当たってゴロゴロと横になって紅白を見ている扶桑。山城の問いかけにそのままの体勢で返事をする。

「当たってます…」

「何が? あら、足?」

「いえ、違います」

「じゃあ、牡蠣?」

「いいえ、宝くじです」

「あら、いくら? 300円?」

「違います…。丸の数が6つ違います」

「六つ? えっと…千万、十万百万、千万、一お…」

 扶桑が桁を数え終わったところで、部屋の時間が停止する。

「いっと!!!???」

 寝そべっていた扶桑が跳ね起きる。目は見開かれ、レイテ突入の時でもしたことがないような形相で山城を見る。その山城も大一番のレイテを酒の失敗で突入できなかった(?)かのような顔で姉を見る。双方何が起こったかまだ理解が追い付かない。

「ちょちょちょちょちょちょっと待ちなさい山城。見間違いってことがあるかもしれないから、ほら、ねねねねねねねねね??」

 扶桑が落ち着くためにこたつの上の湯飲みを手に取り一口お茶をすすろうとしたが、動揺が全く収まらずガタガタと震える湯飲みからお茶が豪快にこぼれている。

「おおお、落ち着いて姉さま」

「ちょ、ちょっとタブレット貸しなさい山城。あなたの見間違いってことがあるかもしれないから、私も確認します」

「は、はい。そのほうがいいと思います」

 扶桑にタブレットを手渡す山城。見ていたページは間違いなく宝くじの公式ページ。そこに表示されていたのも間違いなく今年の年末ジャンボの当選番号。そして今山城の手元にあるものは、こちらも間違いなく今年の年末ジャンボ連番10枚である。そして改めて扶桑が手元の番号とページに表示されている番号を照らし合わせるが…、何度見ても間違いない、一等前後賞6億円のご当選である。

「ねぇ山城」

「はい、姉さま」

「私たち、明日死ぬかしら?」

「そういってもう数年経ってます」

「そうね…」

 そう、戦中ずっと「不幸だ不幸だ」と、自薦他薦問わず言われ続けていた扶桑姉妹だったが、戦後この鎮守府に来てからというもの、その不幸が嘘のように影を潜め、ツキまくっている二人になっているのだった。商店街の福引では2等、ガチャを引けば一発でお目当てのモノ、卵を割れば双子、今飲んでいたお茶も茶柱が立ちっぱなしという、誰が見ても『運がいい』姉妹になっていたのだ。それを二人は「ただの偶然」と認めることはしてこなかったが、ここにきてその幸運極まれり。一応今の日本における庶民の幸福の頂点を射止めたのであった。

「どうしましょう…」←山城

「どうしましょう?」←扶桑

「艦娘、辞めます?」

「それはダメよ。ここ以上に私たちにとっていい職場なんてないのだから」

「ですよね」

 庶民であれば即日「仕事辞めるっす」と職場に電話するところだが、この二人にその選択肢はないようだ。取りあえず年が明け銀行が開くまで、しばらく結論はお預けすることとした。

「山城」

「はい、なんでしょう」

「お茶、新しいの淹れてくれる?」

 

 そして年は明ける。

 



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その2

 年が明け銀行が開き、当選金の受け取りに向かう扶桑と山城。やはり間違いなかった、数週間後におかしな金額が自身の口座に振り込まれているのを確認する。共同購入をしたので、半分ずつそれぞれの口座に振り込んでもらった。

※贈与税とかこの際気にしないでください

 

「困ったわね」

「困りましたね」

「山城、このこと誰かに言った?」

「いいえ、誰にも」

「そう」

「何に使いましょう?」

「そうねぇ、あり過ぎて逆に思いつかないわ」

 部屋で通帳を眺めている二人。『宝くじが当選しても誰にもいわない』という鉄則だけは守っているらしく、この事実はまだ二人だけの秘密。使う当てがない、別に給料が安いわけでもない艦娘、二人とも質素倹約で切り詰めて欲を押し殺しているわけでもなく、単純に物欲があまりない。全く思いつかない使い道に頭を悩ませている。

「山城、私取りあえず新しいポットでも買おうかと思っているんだけど」

「何千個でも買えますよ姉さま。なんなら小さい会社だったら買収できるくらいの額ですよ」

「ちょっと贅沢して海外のメーカーのモノでも買ってみようかしら」

「外資だとちょっと無理ですね」

「山城、ちょっとタブレット貸してくれる?」

「はい」

「それと、ちょっといい湯のみでも買おうかしら」

「重要文化財クラスだったらちょっと無理すれば買えますよ」

 山城が無理に金の使い道を提示してみるが、それに応じるつもりはなさそうな扶桑。山城自身が何も考えつかないため、まず姉に動いてもらえないもんかと、ちょいとかまをかけている。

「…よし、注文完了」

「いくらですか?」

「ポットと二人分の湯飲みと急須で、4万円弱ってところかしら」

「贅沢しちゃいましたね」

6億マイナス4万円=残高5億9千9百9十6万。雀の涙どころかミジンコレベルの消費額、減った気がしない。

「姉さま」

「なぁに?」

「私、ちょっといいお寿司が食べたいです」

「あら、いいわね。じゃあ出前でも取りましょうか?」

「じゃあ姉さま、タブレットを」

「はい」

 扶桑からタブレットを受け取る山城。おもむろに『出前館』を開いて、圏内の寿司屋を検索する。

「姉さま、特上でいいかしら?」

「いくら?」

「二人分で9980円です」

「いいわよ」

 ポチっと注文完了。

 

 …数時間後

 

「美味しかったわねぇ」

「ええ、高いのはモノが違うって本当なんですね」

 1万円をものの数十分で平らげた二人。銀行の帰りに買ってきた高い茶葉で淹れたお茶をすすっている。

「でも、こんなの毎日は要らないですね」

「ええ、飽きてしまうわ。月に一回くらいでいいわね」

「このペースだと使いきれませんね、死ぬまでに」

「そうねぇ」

 この段階で「贅沢完了!」という空気が蔓延している。温泉くらいには行こうかと考えてはいるものの、それにしてもたかが知れている。あまりの金額に未来が想像できない。ドリカムに頼ったところで何の解決にもならない。取りあえず暫く今まで通りの生活をしようと結論を出す二人。そんな結論を出した後山城が「Hulu加入していいですか?」と言い出したので迷わず加入した。ついでにアマプラも。

 

 そしてまた時は過ぎる。



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その3

 当選から5か月が経過していた。その間、共有していたタブレットをそれぞれにということで一台追加してみたり、暑いのが苦手ということもあり夏に備えて高い扇風機を買ってみたり(提督の買った安物とは大違い)、ラーメン屋に行った際に煮卵を二個追加してみたり、飲みに行った際の飲み放題の時間をいつもなら2時間のところ無制限に延長してみたり、海防艦ズにファミレスで好きなだけ奢ってあげたりと、二人が考えうる範囲の贅沢や大盤振る舞いをしてみたが、やはり大した消費額にはならず、当選金残高約5億9千9百5十万円。むしろ給料に手を付けないで済んでいる、これだけの預金のため少しではあるが利息が付いてむしろ増えている。既に二人は夢の利息生活に突入しているのであった。

「減らないわねぇ」

「そうですね…」

 また二人、通帳とにらめっこをしている。少しばかりものが増えた部屋の中、ついでに言うと一階という立地を活かして、床を改装してもらい掘りごたつにしたお決まりの場所で足を伸ばしている。これに少々お金はかかったが、やはりかすり傷にもならない。

「何かいい使い道はないかしら」

「無理に考えることもないんじゃないですか姉さま」

「そうねぇ…」

 顔を見合わせる二人。この数か月色々と考えてみた二人だったが、やはりこれといって思いつくことはなかった。家を買うわけでも車を買うわけでも、世界一周旅行に出かけるわけでもない。ホストクラブに入れあげることもこの二人は絶対にありえない。再び視線を通帳に落とす。

「どこかに寄付でもしちゃいましょうか」

「それもいいですけど、もうちょっと自分たちのために使いたいですよね」

「そうよね。まだ人生長いしねぇ」

「あ、姉さま。私温泉に行きたいです」

「あら、いいわね。どこに行こうかしら」

「折角だから遠いところがいいです。そうですね…」

 タブレットに手を伸ばして調べ始める山城。

「ここなんてどうでしょう?」

「あら、いい雰囲気。何日かお休みを貰っていきましょうか。今ならオフシーズンで安そうだし」

「あ、姉さま、私博多に行ってみたいです。屋台巡りしたいです」

「あら、それもいいわね。ちょっと長めにお休みを貰いましょうか」

 少しではあるがやりたいことが出てくる。その一つ一つを書き留めていく扶桑。このためにノートを一冊「やりたいこと帳」として作った。まだ1ページも埋まっていないが。

「じゃあ明日にでも提督に休暇の申請に行きましょう…、あ」

 何か思いついたかのように声を出す扶桑。

「どうしました姉さま?」

「あのね山城。私ちょっと行きたいところがあるのだけれど」

「どこですか?」

「えっとね…」

 

 翌日

 

「休暇? もちろんいいけど、どのくらい?」

「はい、2週間ほど」

「おや、結構長いね。遠出?」

「はい、ちょっと遠くへ行こうかと」

「いいねぇ。たまにゃのんびりしておいでよ、はいどうぞ」

 話しながら申請書類にハンコを押す提督。それを扶桑と山城それぞれに返す。

「どこ行くの?」

「それは、帰ったらお話ししますね」

 にこやかに「秘密」といわんばかりの笑顔で応える扶桑。

「楽しみにしてるねー」

 提督に軽く会釈して部屋を後にする扶桑と山城。

「これで準備完了ね」

「ええ」

「じゃあ、明日からよ山城?」

「はい、姉さま」

 旅行に行くはずの二人だが、ちょっとだけ神妙、何かを決意したような顔でお互いを見つめる。そして翌日、二人は鎮守府を後にした。

 

 

 

「姉さま、怖いです…」

「私もよ、山城…」

 初めての飛行機にめっちゃビビっている。ちなみにちょっと奮発してビジネスクラスにした。



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その4

 扶桑と山城が旅に出てから10日経過した。昼も終えて3時を回り日が傾き始める時間帯、提督執務室に扉をノックする音が響く。

「はーい」

 返事をする提督、ワンクッションの後扉が開くとそこには扶桑と山城の姿があった。

「提督、ただ今戻りました」

 二人似通ったワンピースとカーディガンに身を包んで立っている。

「おかえりー…って。随分焼けたね…」

 七分丈のカーディガンから見える腕は彼女たちが出かけたころと比較して、誰が見てもわかるほど焼けていた。間違いなく南へ行っていた、それも察しが付く提督。取りあえず帰還の報告と出かける前に約束していた話を聞くために部屋の中へと招き入れる。

「お疲れ様。どう、楽しかった?」

「はい、とても」

「やっぱりこっちは涼しいわね」

 スーツケースを部屋の隅に置いて、提督に出してもらった椅子に腰かける二人。ついでにお茶も出してもらい一服した後、扶桑から話を切り出す。

「すみません提督。急に長々とお休みをもらってしまいまして」

「いや、そんなこと。むしろヒマだしみんなバンバン休めばいいのにって思うよ」

「ホント平和よね」

 腕組みして立っている山城が呟く。

「いいことじゃない。んで、どこ行ってたの?」

 提督も改めて腰かけ、本題に移る。

「はい、フィリピンまで」

「フィリピン?」

 ちょっと意外な場所だった。別にバカンスが出来ない国ではないが、南国での休暇といって真っ先に思いつく国でもなく少し変化球な選択肢だった。「なんでまた」と理由を聞こうとする提督。しかしその言葉が口をつく前、何かに気が付いてそれを飲み込み別の言葉を発する。

「もしかして」

「はい、そうです」

「…そっか」

 少し悲しそうな表情をしながら微笑み。提督のその問いに答える扶桑。

「レイテ、行ってきたんだ」

「はい」

 一言、力強い答えが扶桑から返ってくる。開け放した窓から風が吹き込んできて並んで座る扶桑と山城の髪を軽く撫でて通り過ぎる。その時提督の目に一瞬その海にボロボロの格好で立つ二人の姿が見えた気がしたが、それは当然気のせいだろう。並んで座る二人しかそこにはいない。

「どうしても、行きたかったんです。私たちの魂が眠る場所に」

「…」

 黙って扶桑の話を聞く態勢に入っている提督。椅子に腰かけじっと扶桑を見つめている。

「行ってみたらすぐにわかりました。前世の記憶って残ってるものなんですね。現地の人に聞くまでもなく、体が勝手にそっちのほうへと向くんです。あぁ、あの向こうに沈んでいるのねって」

「…」

 山城も黙って扶桑の話を聞いている。扶桑とは違い横を向いて頬杖をついている。その表情を提督に見られたくはないのだろう。

「お花を買って、持っていった艤装を身に付けて、あの海峡を抜けてあの海へ向かったんです。船に乗って行こうとも考えましたけど、やっぱり自分たちの足で行きたくなったのでそうしました。そして、しばらく奔ってあの海に徐々に近づくと不思議なことが起こるんです。いないはずなのに私たちの周りに最上、時雨、満潮、朝雲、山雲の姿が見えるんです。西村艦隊のみんながそこにいるんです」

 何も言葉を発することができない。椅子に深く腰掛けてその昔話にも聞こえる不思議な体験を聞き続ける。

「誰一人欠けていない、7人揃ってスリガオを抜けると、そこに西村中将が待っていらっしゃったんです。何もおっしゃりはしないんですけど、こっちを向いて微笑んだと思ったら消えてしまいました。そして気づいたら私たちはレイテの海に立っていました。待っていてくれたんでしょう、私たちが来るのを」

「…山城も、見た?」

 そっぽを向いている山城に提督が問いかける。

「…うん」

 一言だけ返ってくる。

「そっか」

 提督が視線を扶桑に戻すと、それを合図にまた扶桑が話し始める。

「正確な座標はわからないのですが、きっと西村中将がいらっしゃったあそこが、その場所なんでしょうね。そこにお花を供えてきました。素晴らしいですよね、誰一人殺めることなく、一隻も沈めることなく、静かに海を奔っていけるのって」

 横に座っている山城が鼻をすするような音を立てている。確かめることはしないがちょっと泣いているのかもしれない。声は掛けずにそっとしておく。

「大丈夫、もう誰も沈みやしないさ」

「はい」

 扶桑が嬉しそうに微笑んで話が締められる。

 

 コンコン

 

 再び扉をノックする音が聞こえる。そして今度は提督が返事をする前に扉が半分開かれて部屋の中を覗き込む顔が見える。

「提督、扶桑と山城帰ってきたんだって?」

 時雨だった。

「あら時雨。ええ、今帰ったばっかり」

 さっきまでセンチメンタルになっていたであろう山城が、いつの間にか普通に戻って時雨に返事をする。恐らくだが、時雨に情けないところは見せられないから、無理をしたのだろう。山城に見られていないのをいいことにちょっと提督がにやける。

「おかえり、長旅お疲れ様」

「ええ、ホント。飛行機なんて頻繁に乗るもんじゃないわね。落ち着かないから寝ることも出来やしないわよ」

 強がりからか、そんなことを時雨に言ってみる山城。

「大変そうだね。ところで二人とも」

「ん?」

「なぁに」

 時雨が扶桑と山城に何か尋ねようとする。

「後ろにたくさん人がいるんだけど、どこに行ってきたのさ? あぁ、別に悪いものじゃないから怖がる必要はないけれど。ほら、笑ってるよ?」

 時雨が二人の背後、ちょうど提督の頭上あたりを指さしてそう告げる。

「…」

「…」

「…あ、時雨、見えるんだっけ??」

 お連れ様がどうやらいたらしい。悪いものではないと言ってはいるが、その言葉に血の気が引いていく三人。

「何か言ってるよ。ここが…現代の鎮守府か、立派じゃねぇか、だってさ。昔の軍人さんかな?」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」

 怪談系にとことん弱い扶桑姉妹。夕暮れの鎮守府の穏やかな空気を切り裂く二人の叫び声。

「あれ? 西村提督じゃないか、久しぶり」

 何もない空間に手を振る時雨の姿が妙にリアルで怖い。



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その5:終

「え、そんなことがあったの!?」

 その晩、扶桑と山城が例の件を提督に告白する。提督執務室で三人、扶桑のおごりで寿司をとってつまみながら話している。レイテ慰霊に行けたことで二人の中では一つ区切りがついたということもあり、思い切って相談した。

「いやーすごいな。でも、それは二人のもんだからこっちが口出しすることではないんだけど。鎮守府の予算に充てるわけにもいかないからねぇ。どうしたもんかね、寄付でもする?」

 真面目に驚く提督。しかし判断だけは冷静でおかしな忠告や要望はその口からは出てこない。二人と一緒に真剣に悩んでくれている。

「あぁ、提督は常識人ですね。ご相談してよかったです」

「もし金目当てで姉さま口説いてきたら沈めてるわよ」

 山城にグサリと釘を刺される。

「しないってば」

「それはそれで姉さまに魅力がないみたいないい方で気に入らないわね」

「オレはどうすりゃいいんだよ…」

 マグロを一つ掴んで口に運ぶ。噛み締めながら腕組みしてまた考える提督。

「取りあえず、他の子たちに言っちゃダメだよ? たかる奴は絶対にいるから」

「はい。でもそれはそれでいいかもしれないって思っているんですけど」

「ダメダメ。秋雲あたりが知ったら『印刷の質と部数を増やしたいので是非ご寄付を!』って土下座して頼んでくるから、きっと恐らく」

 具体例を挙げて注意喚起する提督。

「そのくらいなら、別に…」

「いいんだ」

「ここまで来たら、もう鎮守府の役に立つことに使えればそれでいいかなって思っているんです。ここは私たちにとって最高の住まいですし最高の仲間がいますので」

「そっか」

 扶桑のそんな菩薩のような考え方を聞いて微笑んで答える提督。

「なにか、いい使い道はないもんかねぇ」

「そうですねぇ」

「毎日お寿司食べてればそのうちなくなるわよ」

「それはそれで飽きるぞ。ただでさえいい魚介類が手に入る鎮守府なんだから」

 ここは漁港かと誤認するような発言。寿司を次々と口へ運びながら真剣に考えこむ三人。すると執務室の扉をノックする音がする。

「ひぃっ!」

 昼間の件もあり、過剰に反応する扶桑と山城。そしてそこにいたのはまた時雨だった。夜なので昼にも増して怖い時雨。服装が闇に溶け込んでいる。

「提督、いいかい?」

「あ、あぁ。どうぞ」

「じゃあ遠慮なく。二人が連れてきた人たちだけど、暫く鎮守府内を見て回ったら帰っていったよ。またお盆の時期についでに寄るわ、だって」

「帰ったんだ、そりゃよかった。んで、また来るんだ」

 時雨は二人に憑いてきた方々のその後をご報告に来たようである。近寄ってくる時雨、寿司に気づいて「一個ちょうだい」と一つネタをつまんで口に放り込む。

「ねぇ、時雨」

「なんだい?」

 扶桑が時雨に問いかける。

「あなた、個人的にではなくてこの鎮守府にあればいいなと思うものはない?」

「なんだい急に藪から棒に」

 突然の質問に少しだけ驚く時雨。

「そうだなぁ」

 わかりやすい考えるポーズをとって悩んでいる時雨。そしてしばらくの後出した答えは意外なもの、指をぴんと立ててこう答える。

「コンビニ」

「え?」

「ここってさ、街に出るには少し距離があるし、その街に行くにしてもボクたちには足がないじゃないか。それにいつも間宮さんや鳳翔さんに頼ってばかりじゃ申し訳なくて。せめて近くにコンビニがあればいいなぁって思うんだ。たまに夜に買い食いしたくなる気分の時があるから。あ、出来ればローソンね」

 買い食いという言葉が恥ずかしかったのか、ちょっと照れながら理由を話す時雨。それを聞いた三人は全く予想していなかったその答えに意表を突かれるが、提督は頭の中ですぐさま「それなら」と色々計画を張り巡らせていた。

「扶桑、山城」

 提督が二人に声を掛ける。

「はい、そういうことであれば」

 喜んで返事をする扶桑。山城は返事こそしないがその表情は「ノー」とは言っていない。それを聞いている時雨は何のやり取りなのか全く理解できないでいる。そして時は過ぎ少しだけ先の話、この地方に夏が訪れる頃…。

 

 

「オープンしちゃったよ」

「しちゃいましたねぇ」

「勢いって怖いわ」

 三人の目の前には真新しいコンビニがある。鎮守府正門を出てすぐ、昔監視小屋があった土地をコンビニの出店場所として提供。提供するにあたって提督が大本営と掛け合ってそれを実現。あの話からたった数か月で開店にこぎつける。艦娘に知られてはいないがオーナーは扶桑、結構な金額を投資した。また念のため、出店にあたって鎮守府の胃袋を支える間宮や鳳翔に事前に相談した提督。二人とも「負担が減るなら喜んで。てか私たちも欲しい」と、快く了解してくれた。

「これでよかったのか?」

「はい。皆さんが喜んでくれるなら私にとってこれ以上の幸せはありません」

 嬉しそうに建物を見ている扶桑と、毎度ふてくされているように見える山城だが、口元は笑っている。

「そっか」

「ねぇねぇ提督。これ建ててくれたの提督なの? ありがとう!」

 何人かの艦娘に声を掛けられる提督。

「いやいや、オレじゃないって。これは…」

 視線を扶桑に向けると、人差し指を口に当てて「シーッ」とやっている姿がある。

「ま、地域活性の一環ということで街と大本営に相談したらこうなった」

「さすが提督!」

 提督を誉めるとコンビニの中へと消えていく艦娘たち。

「さて、俺もコーヒーでも買って仕事に戻るかな」

 提督もコンビニの中へと歩を進めようとする。

「あの、提督」

 そのタイミングで扶桑に呼び止められる。

「ん、どうした?」

「あの…、これを作ったのはいいんですけど、まだ4億以上余っているんです。どうしましょう…」

 次はスタバか大戸屋か。起業家扶桑の悩みはまだ続く。



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第13話:ガンビア・ベイの初めてのお遣い
その1


「ごめんなさいね。じゃあよろしくガンビーちゃん」

「OK! じゃあ行ってきますね」

 そういって鳳翔がガンビア・ベイを港で見送ったのは、もう三日も前のことだった。

「そんなに難しいことを頼んだわけでも、何も幻の食材を探してきて欲しいとお願いしたわけでもないのですが…。もうかれこれ丸三日帰ってこないんです、ガンビーちゃん」

 半泣きで提督に報告に来ている鳳翔。それを半ば呆れた顔で聞いている提督。

「さて、今回はどこの地図を見ながら出かけたのかな。アイダホかな、オクラホマかな? はたまた地球儀かな?」

「せめてスマホを持たせておけばこんなことには…」

「今度から隠れてカメラマンつけようよ、面白いもん撮れそうだし。青葉に言っとくわ」

「今頃どこかでお腹すかせてないですかね!? 熊に襲われたりしてないですかね!?」

 割烹着の上に付けているエプロンで顔を覆って泣き続けている鳳翔。ガンビア・ベイが迷子免許皆伝なのは鎮守府では周知の事実なのになぜ頼んだのか。聞きたいけど聞けないでいる提督。「鳳翔さんも天然だしなぁ」ってことにしておく。

「アイツのことだから多分平気だと思うけど。きっとどこかでご飯はご馳走してもらってるし、熊は…、逃げるっしょ。ベイのほうが」

「よよよ」と、昭和の漫画のように泣き続ける鳳翔に対して、艦娘だしどうにかなるだろうとドライに考えている提督。部屋の中の温度差が激しい。

「取りあえず、捜索隊は結成しますね。さすがに三日はお遣いにしては長すぎますし、何より食材が腐る。死活問題ですよ」

 提督が鳳翔にそう告げる。

「…はい、ありがとうございます」

「ちなみに、今回どっち方面に行く予定だったんですか?」

「ええと、すぐそばです。椴法華から北に数キロ行った程度の漁港にお魚を仕入れにいってもらったんです」

「それで三日!? アリューシャンあたりまでいってるんじゃねぇのかアイツは」

 驚き呆れる提督。こうなるともう迷子というよりは漂流である。全く見当がつかないので、取り敢えず数名の艦娘に椴法華近海の哨戒、というか人探しを命じる。

「まぁ、帰ってきますよ。アイツだって子供じゃありませんから」

「そうですよね。信じて待ちましょう」

「信じて待つのはいいですけど、これからは信じて送り出さないようにしてくださいね…」

 

 

 時は遡ってガンビア・ベイが鎮守府を出てから数時間後

 

「ここ…、ドコ?」

 ガンビア・ベイは取りあえず漁港に辿り着いていた。しかしそれは本来到着すべき場所ではなく、まったく見知らぬ港だった。

「おう嬢ちゃん、どうしたね?」

 威勢のいい声がガンビーに掛けられる。その声に驚き海面から少し飛び上がる。

「ひぃ! ええと…、私お魚探しに来たんですけど…」

「なんだい、突然海から来るもんだからびっくりしたよ。あんた艦娘かい?」

「は、はいぃ」

「そっかそっか。で、ここに来たってことはマグロかい?」

「え?」

 豆鉄砲を食らったような顔をするガンビー。彼女が到着した港は高級マグロの産地、青森県の大間だった。迷子は今、始まったばかり。



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その2

「んん! 美味しい。デリシャ過ぎます…」

「そうだろう。ちょうど余ってた切り落としがあってよかったよ。ホレ、ジャンジャン食え!」

 漁港に併設された食堂で今朝獲れたばかりのマグロの中落ち丼他、新鮮な刺身などなどをご馳走になっているガンビー。初めて艦娘が来たものだからちょっとした騒動になって、即席の写真撮影会や握手会が開かれる。そしてそのお礼というかこの場合餌付けというか、獲れたて新鮮海の幸をご相伴にあずかっているところである。

「いいんですか、こんなにもらっちゃって?」

「いいっていいって。もう売り物にするものじゃないから気にするなって。これが漁師の特権だな」

「私、漁師じゃないんですけど…」

 一人の漁師が豪快な笑顔でガンビーに言葉を返す。

「でも、遠くまで来ちゃったみたいだからお腹減ってたので助かりました。 Thank you so much」

「で、姉ちゃん。どこに行くつもりだったんだい?」

「あ、ええと…。うちの鎮守府の近くの港だったんですけど…、イルカの群れを見つけて追いかけていたらここに来ちゃいました」

 迷った原因は「野良イルカに付いていった」だった。それを聞いたその場にいる漁師たちは「コイツなら簡単にアメで誘拐できそう」なんてことは考えず「かわいいー」と、推しのアイドルが言う事なら何でも許すというバカなファン状態で聞いていた。

「そうかそうか、じゃあ戻らないといけないな。椴法華だろう? ここからならそう遠くないから、北へ向かって海岸線が見えたらそれに沿って行けばすぐ見えてくるさ」

「そうですか。ありがとうございます」

 帰り道を教えてもらい、それと同時に食事も終えるガンビー。箸をおいて口を拭いて手を合わせてご馳走様。帰り支度をする際に漁師から「土産だ持っていけ」と、山のような魚介類の詰め合わせをもらう。これだけですでに鳳翔からの頼まれものは、種類こそ違えど量としては数倍もの魚が手に入る。何度も何度もお礼をして大間を後にするガンビー。

「こんなにもらっちゃった。鳳翔さん喜ぶかなぁー。あ、でも頼まれたものは無いから、やっぱり買いに行かないと」

 迷子になったことは忘れて軽やかに海を奔るガンビー。だが、本来の目的だけは達成するつもりではあるようだ。しばらく海を行くと視線の先には北海道の南端、函館あたりの海岸線が見えてくる。

「ここだここだ。えっと、これを海岸線に沿って…だったよね」

 ここまでは良かった。先の漁師の説明を思い出してほしい。「海岸線に沿って行く」としか彼らは説明していない。ここで免許皆伝の実力はいかんなく発揮される。

「えっと、じゃあこっちに行って…」

 取り舵一杯、函館に向かって左に進路をとるガンビー。はい、お終い。仮に椴法華に到着したとしても北海道の海岸線をぐるりと一周することになる。それを誰が止めることが出来ようか、鼻歌交じりでガンビーはスイスイと海の上をゆく。そして次にたどり着いたのは…。

「ここ…、ドコ?」

 ライトアップされて美しく闇に浮かぶ赤いレンガの建物が立ち並ぶ、そう小樽にご到着。このへんで迷子一日目が終了、二日目に続く。



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その3

「そういえば、なんで鳳翔さん四日目でやっとオレんとこに報告に来たんだろう? 三日までは許容範囲ってこと? すげぇなおい」

 仕事をしながら提督が、急に思い出したかのように独り言を呟く。たまたま執務室に来ていた大淀に「こわッ」っと引かれている。

「ご、ごめん」

 

 迷子二日目にタイムスリップ

 

  チュンチュン

 

 朝チュン、小鳥が外でピーチクパーチクさえずっている。

「ZZZ………フーターズはイヤです!」

 何の夢を見ていたのだろう。そんな寝言と共にベッドから跳ね起きるガンビー。閉められたカーテンの隙間から一筋の明るい日差しが差し込んでいる。どうやらここで一晩を明かしたことに疑いはない。

「あれ、ここドコ?」

 キョロキョロとあたりを見回す。見慣れない大きい部屋、キングサイズのベッド、きっちり着替えてホテルの浴衣に身を包み、まだ眠い目と覚醒していない脳みそで、今の自分が置かれている立場を考えるガンビー。

「ホテ…ル?」

 正解。さて、なぜお遣い途中のガンビーがこんな立派なホテルで一泊としけこんだのか、話は昨晩にさかのぼる。ちなみにラブホではない。

 

「ここ…、ドコ?」

 すでに日も暮れて夜の帳が完全に下りている。椴法華近くであればもう人通りもなく静けさをたたえていることだろうが、今ガンビーがいるここは非常に人通りが多い。ここは小樽の一大観光名所『レンガ横丁』国内外問わず多くの観光客が行き交っている。

「ココ、椴法華の近所じゃないよねぇ…。どこぉ?」

 近所ではないことは理解したようである。キョロキョロと辺りを見回しながら歩く。通りには多くの飲食店が立ち並びいいにおいが充満しており、数時間海を奔ってきたガンビーの腹を刺激する。

「いい匂い、お腹減ったなぁ…。うう、鎮守府に帰りたい…」

 半ベソをかきながら歩き続ける。しばらく歩いて飲食街の並びを後にして再び港方面へと戻る。奔り歩き疲れたガンビー、適当なボラードを見つけて腰かけ夜の海を眺めている。夜の海には汽笛が響き渡り、大きなフェリーが停泊している。

「これに乗ったら帰れないかなぁ…」

 目の前に停泊するフェリーを見て呟く。それは新潟へ行くので止めておけ。

「お嬢さん、どうしました?」

 どこからともなくガンビーに掛けられたと思われる声がする。その声に気づいて頭を上げ、周囲を見回す。すると自身の後ろに一人の品の良さそうな老人が立っていた。ベタすぎるけど起こってしまったものは仕方がない。このまま話は進めよう。

「こんな時間に若い女性が一人でいると危ないよ?」

「あ…、ええとその…」

 にこやかに微笑んでガンビーに話しかける老人。答えに困るガンビーだったが、声が出るより先に「ぐー!」と大きくお腹が鳴る。

「あ…」

 恥ずかしそうに顔を伏せる。それを見た老人がもう一度笑う。

「お腹が減っているんだね。良ければ一緒に来ないかい? なに、怪しい者ではないから安心して。あそこに大きなホテルが見えるだろう。私はあそこの経営者だから」

 自分の後ろを指さす老人。ガンビーが再び顔を上げ老人の後ろに視線を向けると、そこにあるのは巨大なホテル。そこのオーナーであるとこの老人は自称する。嘘か真か、信じて良いものか悪いものか、鎮守府の皆から「知らない人についていってはダメ」と口酸っぱくいわれていることを思い出す。今回に関しては知らない人の前に知らないイルカについていってしまいこうなっているわけだが。しかし今のガンビー「空腹を満たしたい」という欲求が勝り、あっさりとお誘いを受けてしまう。そして辿り着いたのはそのホテル、毎日土手にいる変なオッサンが吐く嘘ではなかったようである。

 

 ホテルに到着するとガンビーはその老人に案内されるがままレストランへ通される。大きなテーブルに何も言わずに出てくる料理の数々。「遠慮しないで」といわれ遠慮なく食べるガンビー。自分は艦娘であると話すと、その老人はサマール沖海戦に参加していた元軍人で、当時のガンビア・ベイを見たことがあると話す。そんなもんだから酒が進み「私だって好きで行ったわけじゃないですよー。出来ることならサンディエゴでノンビリしていたかったんですよー!」と、当時の思い出や苦労を打ち明けまくっている。その後食事は終わり空いている部屋に泊まっていいと案内され、温泉にこれでもかと浸かり、気づいた頃には酒も回って完全にフラフラ。部屋に戻るとベッドへ一直線、こうして朝を迎えたわけである。

「おかしいなぁ、昨日の夜の記憶がない…」



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