東方project ~幻想十二録~ (ダンディー)
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1話

 皆、死んだ。

 彼が慕い、また彼を慕っていた者達が。

 

 その死を考えてみても、ただ単に空虚な事実があるだけで、ただ一人墓前に立ち尽くす彼には全く意味のない行為でしかなかった。

 

「なんで、俺以外が死んじまったのかねぇ……」

 

 彼は、叩きつけるようにして暮石に水をかけた。

 別に墓参りにきたつもりも、掃除に来たつもりもなかった。だが、自然とそんなことをしていた。

 

 笑える。彼を含めた十二人が集った時、既に覚悟していたはずだった。何時、何処で、誰が死のうとおかしくないと。

 

 なのに、こうして『死んだ事実』を何度も確かめに来てる自分がいる。

 それは、彼が十二人の中で最年少であり、まだ精神的に成長しきっていないことが原因である。本人がそれに気がつくのは、まだまだ先の話であるが。

 

「なぁ、俺はどうしたらいい?」

 

 答えるはずもない暮石に問いかける。それらには名前が刻まれておらず、のっぺらとしている。

 

「アンタたちが残した銃も、いつの間にかどっかに行っちまった………もう、俺のしか残ってねぇんだ」

 

 叱責するかのように、風が強く吹く。供えていた花を入れいてた花瓶が倒れ、ヒビが入る。

 

「『俺たち十二人で、このクソッタレた世界を変えよう』って言ったくせに、呆気なくくたばりやがって………」

 

花瓶を元の位置に戻すが、一部が割れていたせいで水が溢れている。

 

「十二人でできなかったなら、俺一人じゃ無理だ。………だから、俺はもう諦めることにしたよ」

 彼は、持っていた銃を、自身のこめかみに押し付けた。

 その目には、大きな水溜りができている。

 

「あばよ。あの世で会おうぜ………」

 

 乾いた銃声が、十一個の墓石の前で鳴り響いた。

 

『俺たち十二人で、このクソッタレた世界を変えよう』

 

 そう言われて、手にした銃。十二人の出会いも、そこから始まった。

 

 しかし、あれから八年。世界を変えようと戦った者は敢え無く死に、革命を目指した者として名が残ることもなかった。

 

 最後の一人である彼は、自ら死を選んだ。

 

 それでも、世界は変わらず回り続ける。

 

 

 

 

 

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 運命や定めという言葉で語られる事象は、等しく未来のことを指す。しかし、その未来は確率的なものであり、不可避なものであるわけではない。

 

「これは………」

 

 その運命に、僅かにでも干渉することができるとしたら、自身のためにより良い方向へ導こうとするだろう。

 

 だが、今まで多少なりとも運命を誘導できたはずなのに、今回はそれをする余地がない。今見ている運命が、歯車一つ分も狂うことなく完成されているためである。

 

「咲夜」

 

 ため息と共に、自らに仕えている者の名を呼ぶ。

 

 すると、何もなかったはずの空間に、突如として妙齢の女性が立っていた。

 

「ここに」

「美鈴を呼んできてもらえるかしら?」

 

 余計な発言すれば、腕を切り落とされる。そう思えるような緊張感が、その空間を支配していた。

 

「畏まりました」

 

 咲夜は、音を立てるとこもなく部屋から出て行った。

 

 

 

「さて、どうすればいいのかしら………」

 

 考える。この確定してしまったと思われる運命に、どう対処しようかと。

 

 見えた運命は二つ。

 一つ目は、この幻想郷に十二の厄災がやってくること。抽象的ではあるが、場合によっては全て排除する必要がある。

 

 そして二つ目。ある人物によって、幻想郷に甚大な被害が出ること。

 

 問題は、その厄災が何なのか。その人物は誰なのかが不明という点。

 

 幻想郷に存在するあらゆる神妖の中でも、未来視に近い能力を持っているのは稀なことで、運命を見て操ることのできる能力を有しているレミリア・スカーレット。

 

 彼女だからこそ、その未来が、運命がやってくることを知ることができた。

 

 しかしながら、防ぐ為の策が一切思い浮かばない。

 

 嫌悪感と無力感を含んだため息を吐いたレミリアだった。

 

 

 

 

 

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 銃は武器としては優秀であるが、一度攻撃するために銃弾を一つ使用する。銃弾がなくなれば、ただの鉄の塊と評されてもおかしくはない。

 

 しかし、ある特定の銃は違った。

 

 魂を撃ち出す銃。血を撃ち出す銃。音を撃ち出す銃。様々なものを銃弾とし、金属で作られた銃弾を必ずしも必要としない。

 

 にも関わらず、使い方によってはどんな大量破壊兵器よりも凶悪なものに変貌する。

 

「どこだよ……」

 

 そんな兵器の持ち主である彼、レヴァ・ゼクトールは、見知らぬ道を歩いていた。

 

 特に整備されていない田舎道のような風景ではあるが、どことなく不自然にも感じる。まるで、『絵に描いたような』自然の中に放り込まれたような感覚がして落ち着かない。

 

 ふと思い至って、ポケットに入れていたスマホを見る。

 左上には圏外の表示がある。しかし驚くべきはそこではなく、本来なら真ん中にデカデカと表示されるはずの時間が消滅していた。

 

「故障……じゃねぇな。何だこれ?」

 

 別に機械に詳しいわけではないため、考えたところでどうしようもない。

 大人しく修理に出そうと考えながら、また道を歩き出す。

 

 

 周囲には人や町が見当たらない。全く人の住んでいない地域ということも考えられないことはないが、どちらにせよ周囲の状況を知る必要がある。

 

 ただ、この場所に対する好奇心によって、足取りが軽くなっているのは彼自身も自覚できていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラッド・コネクト。

 そう命名された銃には、様々な流言飛語が飛び交っていた。

 ある時には吸血鬼の血を使って作られたと言われ、またある時には村一つの人間の命を糧として作られた共言われている。

 

 しかしそんな血生臭い話は事実ではなく、ただ単にある遺跡から発見されたという真実があるだけである。

 

 

 その銃を握り続けた末に表皮が真っ赤に染まった手の平を振りながら、レヴァの視界にようやく人工建造物が見えてきた。

 

「廃村じゃねぇことを祈るか」

 

 見た限り廃墟というわけではないが、建物自体それほど綺麗ではない。レヴァの住んでいた場所もそれほど綺麗とは言えなかったが、それでも遠目にでも人の活気を感じることができた。

 しかし、まるで活気がない。この雰囲気なら、廃村ですと言われてしまえば納得してしまう。

 

 ともかく、行ってみないと始まらない。

 何とも言えない違和感を抱きながら、レヴァは一本道を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く……ここは私が食い止める! みんなの避難を誘導してくれ!」

 ガスン! と、異形の生物の頭部に包丁を突き立てる。それによって目の前の異形が倒れたが、そのすぐ後ろから列をなした異形が迫ってくる。

「はぁ……はぁ……」

 女は肩で息をしながら、背後で逃げ惑っている人たちを見る。

 あとどれくらい時間を稼げば、博麗の巫女が来てくれるだろうか。そんなことを考えながら、再び正面を向く。

 

 

 このように攻め込まれるのは日常的であったが、今回は普段の比ではない数が押し寄せてきている。

 いつもなら数人がかりで一体を抑えるところだが、今そんなことをすれば、多数の犠牲者が出かねない。

「このっ」

 肩を掴もうとしてきたところを前に進むことで回避し、首に掌底打ちを放つ。

 急所を打たれたせいか、そのまま敵は後ろ向きに倒れ、電気椅子に座ったあとであるかのように痙攣していた。

 

 あとどれだけ倒せばいい?博麗の巫女が来るまで、自分が無事で済むだろうか。

 

 我が身可愛さのためではなく、自分が倒れたあとのことを心配している。博麗神社まで、人間が走ってもかなりの時間がかかる。

 女は妖魔を打ち倒すほどの力自慢であるわけでもなく、歴戦の戦士というわけでもない。

 

「このままでは………」

 

 止められない。

 今はまだ人里の入り口で食い止めているが、すぐ背後には家が立ち並んでいる。この区域には子供や老人が多く、逃げるのにも時間がかかる。

 

「っ!?」

 

 目の前の敵に注意を払っていたが、急に足首を掴まれた。視線を向けると、先程包丁を突き刺した敵だった。

 

(しまった!)

 

 足を掴まれ、その場から動くことができない。目の前では、敵が鉤爪を大きく振りかぶっている。

 

 ああ、これはダメだ。

 

 

 諦めと脱力感に襲われた女は、そのまま目を閉じようとした。

 しかし、その行為は二つの轟音と共に中断された。

 

 

「ゲテモノ相手か……まぁいいか」

 

 

 音がした方向には、見知らぬ男が立っていた。服装からして人里に住んでいる者でないことはわかるが、それよりも自分を襲っていた敵が絶命していることに対する混乱で、その場にへたり込んでしまった。

 

「おい」

 

 男は女に近づきながら、奇妙な形をした金属の塊を敵に向け、轟音とともに撃ちたおす。

 

「動けるなら、さっさと逃げろ。動けないなら、その場で深呼吸でもしてな」

「な、何を……」

 

 男は不敵な笑みを浮かべながら、次々と敵を倒す。一人で相手をしようかと思った時は相当な数に思えたが、この男の前では無力に等しい。

 

「俺はレヴァ・ゼクタール。アンタの名前は?」

「か、上白沢 慧音だ」

「そうか。初めまして、だな。慧音」

 

 血飛沫飛び交う光景とは不釣り合いな会話だが、レヴァにとってはそれが当然であるかのように、慧音は感じた。

 

「ったく、美人薄命なんてよく言うが、目の前で殺されるのは見たくねぇな」

 

 一体、また一体と敵の体に穴が空いて倒れ伏していく。力のある者、例えば博麗の巫女やその友人の魔法使いなどであれば可能な芸当だろうが、ふらりと現れた男がそれを片手で成し遂げている。

 そのことが、慧音には信じられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、一丁上がり」

 

 襲ってくる一団を全て片付けたレヴァは、一安心と言わんばかりのため息を吐いた。

 その背後では、慧音が呆然としている。

 

「レヴァ……お前は、何者だ?」

 

 つい、そんな言葉が出てしまった。

 命とまではいかなかったとしても、恩人に対してそのような言い方は些か失礼である。

 自身の失言に気がついて息を飲んだ慧音であったが、レヴァは不機嫌そうな仕草を一切見せずに手を差し出してきた。

 

「俺は俺だ。少なくとも、そこに転がってるゲテモノとは違う」

「そうか……済まない。失言だったな」

「慣れてるさ」

 

 慧音が伸ばした手を掴み、引っ張り上げて立たせる。

 その一連の動作で、慧音の体が華奢で、体も戦闘に向いているとは思えなかった。

 ただ、自己主張するために服を盛り上がらせている胸は、少なくともレヴァには魅力的で、思わず視線を背けた。

 

「ありがとう。レヴァのおかげで、誰も被害に遭うことがなくなった」

「そいつはどうも」

 

 レヴァは周囲を確認すると、改めて慧音に向き直る。

 

「ところで一つ聞きたいんだが、ここはどこだ?」

「ああ……」

 

 ただでさえ見ることのない服装と、奇怪の鉄の塊。そしてこの一言で、慧音は確信した。

 

「レヴァ。お前に話しておかなくてはならないことが沢山ある。礼も兼ねて、私の家に来て欲しい」

 慧音は誰の目から見ても美人と言えるような外見をしている。そんな相手にお呼ばれされたとなれば、大抵の男は嬉しいもの。

 レヴァも類に漏れず、ポーカーフェイスを装いながらも内心喜んでいた。

 

 

 

 

 

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 慧音の家に招かれたレヴァは、少し警戒して周囲を確認していた。

 

 

 一通り、慧音から説明を受けたレヴァであったが、どうにも話が飲み込めていない。

 ここが幻想郷と呼ばれる世界で、レヴァが元いた世界から隔離された空間。そこでは元の世界で忘れ去られたモノが存在することを許され、先程慧音を襲っていた異形、妖怪が多い。

 もちろん人間も多くいるが、元の世界に比べて人間以外の比率が高い。

 

 そしてレヴァのように、何の脈絡もなく幻想郷に迷い込んでしまう者が稀にいる。彼らは総じて外来人と呼ばれ、大概の場合は博麗神社の巫女である博麗霊夢に元の世界に戻してもらう。

 

「なんだかねぇ……」

 

 言葉としては理解できる。だが、あまりにも突拍子がなく、今だに実感ができない。

 仮にここが別の世界だったとしよう。では、レヴァ自身が時を過ごした元の世界と何が違うのか。助けてもらった礼とはいえ、親切にしてくれている慧音は、本当に信用できるのか。

 

「ま、あんな美人に騙されるなら、悔いはない」

 

 

「褒めても、茶菓子くらいしか出ないぞ?」

 

 いつの間に隣に来ていたのか、茶菓子と茶を乗せたお盆を持った慧音が仕方なさそうな笑みを浮かべていた。

 

「聞こえてたか」

「聞いたらまずいことだったか?」

「別に。寧ろ心に留めておく方が難しかったんでな」

 

 徐に湯呑みを取り、茶を一口。

 人里に来るまでに結構な距離を歩いたせいで喉が渇いていたから丁度良い。味も、元の世界で飲んでいたものと異なっているが、決して不味くはない。

 

「美味いな」

 

 レヴァは紅茶派であるが、一方で緑茶や煎茶も好んでいる。茶としてはそれほど高級というわけでもないだろうが、レヴァとしては慧音という華が側にあるだけで、一味も二味も違うように感じる。

 

「一つ、聞いてもいいか?」

 

 満足げなレヴァに、慧音が問いかける。その視線は、ホルスターの銃に注がれている。

 

「それは、一体何なんだ? それで妖怪を撃退していたようだが……」

「唯一無二の相棒だ。指一本で敵を殺せる優れものさ」

 

 そう言いながら、見せつけるようにブラッド・コネクトを取り出す。銃身が仄かに赤く、それが自然の色でないことを、慧音は直感的に理解した。

 そして同時に、酷い内出血を起こしているかのように紅くなっている手が気になった。

 

「その手は、古傷か?」

「いや、相棒を使い続けた結果だ。別に何か異常があるわけじゃない」

 

 幻想郷においては、その存在自体が異常であるが、それはあえて言わないことにした。

 慧音としてはこのまま歓談を続けてもいいのだが、幻想郷における外来人の扱いはレヴァに話した通り、元の世界に戻るか幻想郷に残るかを選択させなければならない。

 

「レヴァ。お前は元の世界に戻りたいか?」

「………」

 

 慧音としては、元の世界に戻って欲しいと思っている。

 いくら妖怪を退ける力があったとしても、この幻想郷は元の世界とは大きく違うことはわかる。

 見知らぬ武器を持っており、妖怪を簡単に殺すことのできる人間を、人里の人間が受け入れるかと言われれば難しいところである。

 

 人間が生き残るためには、群れることが必要である。それは元から幻想郷に住んでいる者でも外来人でも共通の認識である。

 

「………いや、幻想郷に残る」

 

 しかし慧音の期待を裏切って、レヴァは幻想郷に残ることを選んだ。

 

「……理由を聞かせてもらってもいいか?」

「元の世界じゃ、俺が生きる意味がなくなっちまったからな。ここで別の生き方をするのも悪くない」

 

 生きる意味。そう言われては、レヴァのことを詳しく知らない慧音は強く言えない。

 

「そうか……だが、まだ幻想郷に留まると決めるのは早計かもしれないぞ?」

 

 だがやはり止めたい気持ちがあるのか、やんわりと食らいつく。その考えに気が付いたのか、レヴァは苦笑して茶菓子として出された煎餅を手に取る。

 

「まぁ、別に帰った方がいいってんなら帰るけどよ。今すぐじゃなきゃいけないってわけじゃないんだろ?」

「それはそうだが……」

 

 口約束とはいえ、帰る気があると言ってくれたことで安心した。

 慧音の目から見て、レヴァが問題のある人物だとは思えないし、幻想郷の脅威になるようにも見えない。

 もし最終的に幻想郷に残るとなった時は、自分が支援しよう。そう考えていた矢先、家に誰かが入ってくる音が聞こえた。

 何事かと立ち上がろうとした慧音だが、隣にいたレヴァが銃を構えている。

 

 慧音としては親切心で行動していたが、すぐこのような行動に出るほど警戒されていたとなると、少しだけ遣る瀬無い思いが込み上げてくる。

 

「レヴァ。それほど警戒しなくても、無断で家に入って来る輩は決まってるから安心してくれ」

 

 レヴァを安心させようとしたが、その瞬間に部屋の襖が勢いよく開かれた。

 

 

 

「やっぱりここにいた!」

 

 

 入って来たのは、紅と白を基調としながら、どこぞの民族衣装のように胴体部と腕部が切り離されて脇を露出している服を来た少女が立っていた。

 

「霊夢……知らない仲ではないとはいえ、勝手に入って来るのはいただけないな」

「何呑気にお茶飲んでるのよ! こちとらアンタが妖怪食い止めてるって言われて飛んで来たってのに!」

 

 霊夢と呼ばれた少女は、苛立ちを一切隠すことなく慧音に詰め寄った。

 

「全く………妖怪退治は専門家がいるんだから、勝手なことをしないで頂戴」

「ああ、それについては申し訳ない。それと、妖怪に関してはこちらの青年が解決してくれた」

「………」

 

 霊夢はレヴァを睨むように見て、首を傾げた。

 

「……魔力も妖力もないコイツが?」

「ああ。レヴァはついさっきやって来た外来人のようでな。銃と言われる特殊な武器を持っている。それで妖怪を、文字通り赤子の手を捻るより容易く倒していった」

「ふぅん……」

 

 それほど興味がなさそうな反応だが、手に持っている銃に手を伸ばす。

 敵意がないと判断して、レヴァはブラッド・コネクトを霊夢に手渡した。

 

「……大きさの割に、結構重いのね。まるで金属の塊ね」

「まるでも何も、事実そうだからな」

 

 なぜレヴァの血を撃ち出すことができるのかは不明だが、普通の銃弾を装填することも可能である。ぱっと見では、誰もが只の鉄の塊と思うかもしれない。

 しかし、霊夢は何かに気が付いたかのように眉を顰め、グリップの部分に注目する。

 

「これ………何か術でもかかってるの?」

 

 ほぼ直感に近いが、このグリップの部分から幽かに力を感じる。それが何かははっきりと明言できないが、確実に何かがある。そう確信していた。

 

「術ねぇ……確かに変なところはあるが、よくわからん。その銃は古代の遺跡から発見しただけらしいからな」

「そう」

 

 霊夢は押し付けるようにブラッド・コネクトを返すと、くるりと背中を向けた。

 

「どうするの? 元の世界に帰るの?」

 

 端的かつ率直な物言いに苦笑したレヴァ。

 今の言葉で、この霊夢という少女が幻想郷と元の世界を繋ぐことのできる存在であることを理解した。

 

「いや、しばらく観光してから考えるさ」

 

 どうせ元の世界に戻っても、彼の仲間は既にいない。

 生まれも育ちも、年齢も趣味趣向もバラバラだった十二人が、家族同然に生きていた。

 あの素晴らしい時間は、二度とやってくることはない。

 

「こっちの世界でも、ある程度は楽しく過ごせそうだしな」

 

 だから、精一杯カッコつけて言った。

 どこかで、「仲間の死を受け入れろ」「そこにお前の居場所はない」という声が聞こえる。それらを不敵な笑みの裏側で嚙み潰し、茶を啜った。

 どことなく血に似た味がしたように思えたが、無理やり気のせいだと自分に言い聞かせる。

 

 しかし、霊夢は首だけで振り返り、軽蔑するような眼差しをレヴァに向ける。

 

「別に、アンタがそれでいいなら止めない。でも、ここにいる時間が長いほど、元の世界に戻りにくくなる。早いうちに決めなさい」

 

 それだけ言って、霊夢は慧音に詫びの一つも入れずに出ていった。

 

 

 

 

 

 

「嫌われたかねぇ……」

 

 どっちの世界で生きていくことにするのか。そんな大事な決断を前に、軽薄な態度で臨んでしまった。

 人によっては嫌われるのに十分な要因となり得る。

 

「まぁ、元々ああいう娘だ。少々愛想が足りないが、悪い奴ではない」

 

 難しい表情をしているレヴァに、慧音は笑みを向けた。

 

「それに、霊夢は人見知りなところがある。人と接するのが苦手なんだ」

「そりゃ難儀なことで」

 

 そう言いつつ、早速霊夢に一目置いているレヴァ。

 ブラッド・コネクトを一目見て、只の銃ではないと感づかれたのは初めてである。巫女というからには霊力的な何かを扱えるのだろうと納得したが、レヴァ自身よくわかっていないからなんとも言えない。

 

 ともかく、慧音と霊夢の二人と顔つなぎができたのは幸運である。慧音も只の一般人という訳ではなく、人里の中でもそれなりに知られている存在なのだろう。

 しばらくの間は世話になるかもしれない。

 

「慧音。この辺りで泊まれる宿はあるのか?」

 

 慧音に言えば、ここに泊めてくれるかもしれない。ただ、女性の家に知り合って間もない男が泊まるのは些か問題があるだろう。

 

「わざわざ宿を取らなくても、ここに泊まればいい」

 

 そんなレヴァの思いが通じることなく、慧音は微笑んでいた。

 

「いや、流石にそこまで世話になるのは気が引ける」

「気にするな。私一人ではこの家は広すぎるし、もう少し賑やかな方が寂しさも紛れるのだがな」

 

 そう言いつつ、レヴァに挑発的な視線を向ける。

 据え膳食わぬは男の恥というわけではないが、ここまで言われて引き下がろうとしても、慧音は諦めてはくれないだろう。

 結果的にレヴァが折れることとなり、小さくため息を吐いた。

 

「夜は部屋の戸締りを忘れるなよ」

「ん? 夜這いでもする気か?」

「そこまで飢えちゃいねぇよ」

 

 まだ日が高いうちにするような会話ではないが、初めて二人は笑顔を見せ合った。

 

 

 

 

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 人里の危機を救ったレヴァを家に招いた、上白沢慧音。彼女は人里の中にある寺子屋で教師をしている。

 慧音自身はその知識量や思考力が優れており、里の誰もが認める知識人で人格者である。

 しかし、寺子屋で慧音に教えてもらっている子供達からすると、慧音の話が難しくてあまり理解できないらしい。

 慧音自身もそれをわかってはいるが、どうしたら子供にわかりやすい授業ができるかがわからず、試行錯誤している状態である。

 

 

 

 

 

 

「よっと」

 

 自室で頭を悩ませている慧音を他所に、レヴァは薪を割っていた。スパン、と小気味良い音と共に真っ二つに薪が割れ、台座代わりに使っている切り株の両隣に積み上がる。

 

 慧音宅に居候させてもらうことになったレヴァだが、流石に何もしないで世話になるだけというのはいただけない。

 ただ、家事というものを殆どしたことがないレヴァができることといえば、力仕事くらいしかない。

 

「せいっ」

 

 幻想郷では、元いた世界のように液体燃料やガスのようなインフラ整備はされていない。それぞれの家庭で使用する火は、全て薪を燃やすことで得ている。故に木の伐採や薪割りは日常的な行動であり、物が物なだけに結構な重労働でもある。

 

 慣れない作業ではあるが、薪が綺麗に割れた時に感じる爽快感が気に入ったレヴァは、勢いのままに薪を割り続けている。

 貯蔵されていた薪を八割がた割ってしまい、また新たに薪を調達する必要があるだろう。

 

「ふんっ」

 

 薪割りも初心者には難しい作業であるが、一度コツを掴んでしまえばサクサクと進む。まだ昼前だというのに、貯蔵された木材を全て割り終わってしまうかもしれない。そう思っていた時だった。

 

 

 

「あら、随分働き者ね」

 

 

 

 姿を見せたのは、昨日顔を合わせたばかりの霊夢。何食わぬ顔で空中に浮いているが、慧音からある程度説明を受けていたレヴァは驚かなかった。

 

「そりゃあな。ここに泊めてくれるなら、仕事の一つでもしねぇと」

「殊勝な心掛けね」

 

 真面目なのか、バカにしているのか。知り合って間もないレヴァには区別がつかないが、慧音の言った通り、悪い奴ではないかもしれない。

 

「それで、昨日の今日で俺に用でもあるのか?」

「別に、大したことじゃないわ。外来人であるアンタがどうするのかを見に来ただけだから」

 

 にべもない返答に、思わず乾いた笑いが出た。

 

「何よ?」

「いや、クールでドライな美少女が良いなんて輩もいるが、もう少し愛想よくした方がいいぜ?」

「余計なお世話よ」

「そんなんじゃ、嫁の貰い手なんていなくなっちまう。それに、女の笑顔はプライスレスだ」

「ぷらいす……何?」

 

 歯の浮くようなセリフを受け、霊夢は軽蔑の眼差しを向けた。

 レヴァは別に口説くつもりはないし、霊夢を喜ばそうなんて思ってもいない。育ての親から教わった話し方が染み付いて、それをそのまま実行しているだけである。

 

「まぁまぁ、そう怒るなよ。巫女が般若みてぇな顔してちゃ、妖怪だけじゃなく同じ人間からも怖がられるぞ?」

 

 レヴァは冗談のつもりだった。

 妖怪退治の専門家である博麗霊夢。そう、慧音から聞いていたために、勝手に人里で頼りにされ、人望も厚いと思っていた。

 

 

「……そうね。怖がられるわね」

 

 

 怒っているわけでも悲しんでいるわけでもない。霊夢の表情は、何もかもを諦めたかのような生気のないものだった。

 

「……悪い。冗談が過ぎた」

 

 触れてはいけない部分に触れてしまったとすぐに気がついたレヴァは、目を閉じて謝罪の言葉を述べた。

 

 

 かつて、自分が化け物と恐れられていたことを思い出す。

 ブラッド・コネクトを操り、その血で何百人という人間を殺してきた。時には何の罪もない人間に手をかけることもあり、その度に『冷血漢』『鉄の血』『殺人ドール』と、様々な異名をつけられた。

 

 

 たった一言だが、レヴァは後悔した。人間は群れを成して生きる生物。空を飛べようと、妖怪退治の専門家だろうと、霊夢は人間。

 そんな彼女を、人間の括りから排斥するようなことを言ってしまったのだ。

 

「別にいいわ。事実だし」

 

 レヴァの謝罪に対し、霊夢は感情のこもっていない言葉で返した。

 このような状態では、この場でいくら謝ろうとも逆効果であると経験的に悟ったレヴァは、何も言わずに薪割りを再開した。

 

「俺は、幻想郷だとか、妖怪だとか、そんなのはよく分からねぇ」

 

 そして、自然と言葉が出て来た。

 

「元の世界じゃ、世界を変えるために十二人だけで行動してたんだが、俺以外が死んだ。でも、誰も後悔はしてないし、俺もそれに対してどうこういうつもりはない」

「………」

「だから、俺は俺として生きる。たとえ化け物だろうが殺人鬼だろうが、テメェの存在はテメェが決める。少なくとも、俺は『クールなカッコつけ野郎』として生きるつもりだ」

 

 自分でも何を言ってるかわかっていないが、こみ上げてくるものを止めることができない。

 だが、霊夢が急に笑い出したことによって、次の言葉が止まった。

 

「自覚があるのに驚きだわ」

「自覚してなかったら、ただのすけこましだ。そんなのと一緒にするな」

 

 人をバカにしたような笑みだが、先ほどの表情と比べれば天と地ほどの差がある。

 

「というより、暇なら森まで木の伐採をしに行ってくれ」

「嫌よ。それは、アンタがやるべき仕事でしょ」

 

 また、にべもなく応答する霊夢。しかし、さっきと違って硬い雰囲気ではない。

 

「それもそうか」

 

 レヴァは最後の薪を割り、使っていた手斧を切り株に立てかける。

 

「まぁ、暇だったらいつでも来な。話し相手くらいにはなるからよ」

「そう」

 

 霊夢は興味なさげに返事をすると、そのまま背を向けて飛んで行ってしまった。

 その背中を見送ったレヴァは、ゴキゴキと首を鳴らしながら大きく伸びをした。

 

「霊夢とは、打ち解けたようだな」

「……いきなり声かけるなよ」

 

 振り返ると、縁側に慧音がいた。その手には玉杓子が握られており、昼食を作っていたことを知らせている。

 

「私も長くここにいるが、霊夢がああ行った表情をするのは初めて見る」

「……人間が人間に嫌われる、か」

「あの子は、小さい時からそうだった。人間ながら妖怪を倒す術を持ち、この幻想郷を覆う結界の維持ができる唯一の存在。それ故に恐れられ、遠ざけられて来た」

 

 慧音の話から、なぜ霊夢があそこで態度を変えたのかが理解できた。

 ただ、内容が内容なだけに、そう簡単に踏み込んでい良い内容ではない。

 

「アイツ、友達はいるのか?」

「私が知る限りでは、魔法の森に住む、白黒の魔法使いがいる」

「なら、俺は友達第二号ってか」

「そうだな。だったら、霊夢のことはよろしく頼むぞ」

 

 博麗霊夢。レヴァが元の世界に戻るために協力してもらう必要があるが、そんなことよりも、霊夢のことが一人の少女として気になったレヴァであった。

 

 

 

 

 

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 攻め入って来た妖怪を、慧音が全て撃退したという話が人里中に広まっている。本人は否定しているのだが、噂には尾鰭がつくもの。ある人は刀で切り伏せたと言い、またある人は素手でなぎ倒したと言う。

 

 弁解することが不可能だと悟った慧音は、その噂を甘んじて受け入れることにした。

 その一方で、若い男が慧音の家に居候しているという噂も広まっていた。別に後ろめたいことは何もないのだが、問題はそこではない。

 

 里の女衆との話で、居候とはどこまでいったのかなど下世話な話をする機会が増え、その度に嫌気が差していた。

 幸いなのは、その居候が誰なのかが特定されていないことである。

 

 

 

「はぁ……誰に会ってもそんな話ばかりだ………人の噂は七十五日とはいえ、そこまで待たなくてはならないのもな………」

 

 普段からあまり酒を飲まない慧音だが、流石に限界が来たのか、その日は一人で一升瓶を空にする勢いで飲んでいた。

 

「そりゃ、俺がいない方が良いってことか?」

「何を言う。レヴァのおかげで、以前に比べて楽しい生活ができている。感謝こそすれ、邪険に扱うことなどできん」

 

 レヴァの意地悪な発言に対し、普段の余裕を見せることなく感情をぶちまける慧音。それほど溜まっていたのだろうかと心配になる。

 

 

 ここ十数日で、慧音のことが少しわかった。

 体は華奢ではあるものの体力は並の人間よりもある。そのため多少のハードワークをしたところで疲れを表に出すことはない。

 それに加えて、家ではレヴァのこと、外では寺子屋に通う子どもたちのことを考えており、自分のことはいつも二の次になっている。

 ならば、慧音が自分のことを第一に考えることのできる時間を作ってやらなくてはならない。そう考えたレヴァは、単純ではあるが酒を飲ませることにしたのだった。

 

 

「まぁ、いつの時代もそういった話のタネは重宝されるからな」

「それだけならまだいい。だが、有る事無い事を勝手に話し始めて、恋仲やら夫婦などと囃し立てられるのは勘弁してほしい」

 

 里の中でも一番の美女といっても過言ではない、整った容姿を持つ慧音。しかしそれ故に、そういった色恋の話の槍玉に挙げられやすい。

 

「俺としてはどう言われてもいいが、慧音が苦労をすると言うのなら、少し考える」

「考える?」

「俺個人としても、いつまでも世話になるわけにはいかない。いつ元の世界に帰るかもわからないし、幻想郷に残るかもしれない。下手すりゃ一生涯慧音を付き合わせることになりかねない」

 

 ここに留めてくれたことには感謝しているし、居心地も良い。今のまま惰性で生活を続けると、老後まで厄介になるかもしれない。

 慧音に迷惑をかけられないという思いと、男としてヒモに近い生活をしていることが許せない思いがあった。

 

「だから」

 

 ここを出て行く。

 そう言いかけたところで、慧音が弾かれたように立ち上がって縁側に続く襖を勢いよく開いた。

「何だ………これは………」

 

 二人の目に飛び込んで来たのは、紅だった。ただ、紅い。

 この時間は月も高く昇り、月明かりだけで過ごせるほどに明るかったはず。それが、紅い霧によって完全に遮光されていた。

 

「霧……にしちゃ物騒な色をしてるな」

 

 慧音と並ぶようにして縁側に出たレヴァは、既にブラッド・コネクトを手に持っていた。

 幻想郷は元の世界とは違う。そう理解しているレヴァでさえ、この霧が異常であることがわかる。

 慧音に至っては、険しい表情で月が見えていた場所を睨んでいる。

 

「慧音。これが何だかわかるのか?」

「いや……こんな現象は見たことがない。霧が発生することはあるが、あのような色は………」

 

 月光を遮られたせいで、周辺が完全に真っ暗になっている。

 

「あの霧、晴れると思うか?」

 

 慧音は不安を滲ませた声で、レヴァに問いかける。答えが聞きたいと言うよりも、レヴァに否定して欲しかった。

 

「いや、晴れないだろうな」

 

 変に期待を抱かせてしまえば、それを裏切られた時により後悔したりする。レヴァは自身の正直な予想を述べた。

 

「今日は風が吹いていないが、霧は一定速度で一定方向に移動し続けてる。あんな広がり方は明らかにおかしい」

「………」

「さっき、『異変』って言ったよな?」

「あ、ああ」

「本来怒るべきではない異変。なら、それを解決してやろうじゃねぇか」

 

 何を言い出すかと思えば、と慧音は内心思った。

 これまでにも幻想郷で異変は発生していた。その度に異変解決に乗り出すのは相当な実力者や異変解決を専門とする者たちだった。

 異変の陰には必ず首謀者がいる。それと戦う必要があり、戦闘能力の低い慧音では太刀打ちできないために、いつも傍観していた。

 

 しかし、目の前の男は戦うと言い出した。

 

「やめろ」

 

 慧音はあまり意識はしていなかったが、その言葉に相当なものが込められていたらしく、珍しくレヴァが黙った。

 

「人間が関わるべきことではない。死にたくなければ、大人しくしていろ」

「……わかった」

 

 口にこそ出さなかったが、この時の慧音の目は、人間のそれとはかけ離れているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 例の紅い霧は、人里だけでなく幻想郷中を覆い尽くす勢いで広がっていった。それにより地上から光は消え、紅に包まれた空間だけが無秩序に広がっていく。

 

 妖怪は妖怪で動きがあるようだが、一番変化が大きいのは人里だった。

 

 

「う……うぅぇぇぇぇぇ………」

「おい大丈夫か!? しっかりしろ!!」

 

「はぁ……はぁ………」

「ほら、もう少しで診療所だから、しっかり意識を持て!」

 

 

 霧が発生してから、一日が経過した。始めはただ空が不気味な色をしているだけであったが、次第に体調を崩す人間が出始めた。症状は人それぞれだが、共通して原因が不明。必然的に、あの霧が原因であることは誰もが想像していたことである。

 

「……なぁ、慧音」

 

 縁側から空を見上げているレヴァは、部屋で黙りこくっている慧音に話かけた。

 

「この惨状、どうにか出来ねぇのか?」

 

 医学に関する知識もなければ、超常現象に詳しいわけでもない。それでもレヴァは自分にカニかできないかと考えていた。

 

 レヴァの問いかけに対し、慧音は鋭い目でレヴァを睨んだ。

 

「出来るなら、とっくにやっている。とにかく、霊夢や魔理沙が解決してくれるのを待て」

 

 そうは言いつつも、焦りが見えている。本心では、どんなことでもして里の人間を助けたいと思っているが、如何せん解決策がわからない。

 わかるのは、霧が魔力によって作られており、その魔力に当てられて人体に影響が出ている。

 そんなものを治療する手立てはない。

 

 だから、いつものように傍観に徹しようとしていた。

 

「……わかった」

 

 レヴァも渋々了解し、酒が入ったことによって赤みを帯びた顔をうつ向けた。

 

 

 

 

 

###########################################

 

 

 

 

 

 霧が出始めてから二日目。

 里の人口の四分の一が体調不良によって床に伏せている。太陽の光が届かないせいで気温もかなり低い状態となり、更に病人を増やす原因となっていた。

 

「慧音先生! なんとか、どうにかできませんか!?」

「……すまない。私もこのような経験は初めてでな」

 

 人里切っての知識人である慧音を頼って、里の人間が何人も慧音宅を訪ねていた。

 このような不気味な現象の下で病人が増え続ける。診療所の医者も激しい動悸と吐き気によって臥せっている。精神的に打たれ弱い者の中には、発狂してしまった者もいるらしい。

 

 すでに、藁にもすがる思いだった。

 

「おそらく、博麗の巫女やその仲間が動いている。彼女らが解決するまで待つしかない」

 

 頼みの綱であった慧音にそう言われては、もう何も頼れるものがない。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 去って行く背中を見送りながら、慧音はため息を吐いた。

 どうにかしてやりたいという思いはあるが、やはり自分にできることはない。そうした無力感を抱きながら振り返ると、レヴァが立っていた。

 

「……外出でもする気か?」

「ああ。下手したら数日帰ってこない」

 

 レヴァの目は本気だった。込められた感情がどんなものかは知り得ないが、無力感に溺れて何もしない自分には止める権利はないと、慧音は思った。

 

「そうか……」

「じゃあな。多分ここには戻ってこないだろうよ」

 

 それだけ言って、慧音を押しのけるようにしてレヴァは出て行った。

 



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2話

「とはいえ………」

 

 啖呵を切って出てきたのはいいが、目的地が不明である。霧の流れてくる方向に向かっていけば良いのはわかるが、どれほどの距離があるのかわからない。

 

「方向がわかってるだけでも良しとするか」

 

 考えても仕方がない。地図を手に入れていないことが痛手だが、最悪森だろうが海だろうが突っ切れば良い。

 

「……久しぶりだな」

 

 そう言いながらブラッド・コネクトを構える。そして近くに生えていた木の幹に向かって撃つと、血でできたロープのようなものが銃口から飛び出し、幹に絡みついた。

 巻き戻しのように血のロープが銃口に吸い込まれ、そのままレヴァの体ごと引っ張っていく。

 

 

 元の世界でも、レヴァはこの方法で長距離を移動することがあった。ターザンの真似事で始めた技だが、役に立つとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 移動を始めてからしばらくして、森林地帯の先に湖が見えた。そこも例外なく霧に覆われており、空を映す湖が血の池のような風体をしていた。

 

「晴れてりゃ、ピクニックでもしたいところだがねぇ」

 

 呑気なことを言いながら、血のロープで移動を続ける。風を切るとまではいかなくても、普通に走るよりも何倍もの速度で移動ができる。

 湖の上を通るもの有りだが、水中を得意とする妖怪がいた際にかなり面倒なことになる可能性がある。大人しく湖から十分な距離を保って回り道をすることにする。

 

「………」

 

 移動中、レヴァは元の世界と人里の現状について考えていた。

 

 

 元の世界では、何かしら力を持った人間だけが人間らしく生きることが許され、力のない者たちは常に虐げられていた。

 道端に餓死者の死体が転がっていることも、その死体を食い漁ることも普通の世界。

 弱者は蹂躙されるしか世界をかえるために戦っていた。

 

 今、人里でも同じことが起きている。この異変を起こした首謀者によって、力のない人間が一方的に被害を受けている。そのことが許せなかった。

 

 

 

「あれか……」

 

 目を凝らすと、湖から少し離れた場所に、大きな館が建っていた。そこから四方八方に紅い煙が噴出している。最早疑う余地はない。

 ああ言った巨大な施設に住んでいる場合、見張りや警備は万全と考えるのが当然だろう。

 普通なら、ここで監視の目を掻い潜る方法を考えるのだが。

 

「ぶっ潰す……」

 

 怒りで頭に血が上っている現状では、そんなことを考える余裕がなかった。むしろ、サーチ&デストロイを実行しようとしている。

 それが吉と出るか、凶と出るか。それは、運命を見ることのできる者以外にはわからない。

 

 

 

 

 

###########################################

 

 

 

 

 

 紅魔館。

 外装も内装も紅を基調とした、異色の館。そこに住んでいるのは、西洋の大妖怪で、世界的に有名な吸血鬼。

 吸血鬼に関しては諸説ある。レヴァが知っているのは、若い女の血を好んで飲むこと、日光や流水、十字架やニンニクに弱いこと。

 

 知っていればいくらでも対策を立てることができる相手であるが、実際にどれほど効果があるのかは不明である。

 

 

 

 

「お嬢様。例のお客人が近づいているようです」

「……そう」

 

 紅魔館のとある一室。そこにはベッドに臥せっているレミリアと、その従者、十六夜咲夜がいた。

 

「……大丈夫ですか?」

「問題ないわ。こちらから招いたんだもの。紅魔館の主としてもてなさないわけにはいかないわ」

 

 レミリアは体を起こすが、顔色は悪く、瞳の焦点が若干合っていない。

 それにもかかわらず、咲夜を見る目は煌々と光を放っており、吸血鬼の特徴の一つとも言える牙が覗く。

 

「それほどお辛いのであれば、わたくしの血をお飲みください」

 

 咲夜は自身の服のボタンを緩め、首筋を露出させる。

 だが、レミリアは首を横に振り、弱々しい笑みを見せた。

 

「ダメよ。貴女は人間のまま、一生涯私のそばにいてくれるのでしょう? 」

 

 それは、レミリアと咲夜の、二人だけの約束。そしてお互いを縛り付ける呪い。

 

「私のことは大丈夫だから。パチュリーの様子を見てあげて頂戴」

「しかし」

「そのために、彼の案内は美鈴に任せてるわ。今はフランを抑えるので精一杯だと思うから、必要なら手を貸してあげなさい」

「……承知、しました」

 

 心から心酔している主が苦痛に顔を歪めている。そんな状況で一時でも側を離れなくてはならないことが、咲夜にとっては辛いことである。

 それでも、主の命令は絶対。これに背けば、あの時の誓いが嘘になる。

 

 

 咲夜が音も気配もなく消え去ってすぐ、レミリアはせり上がってくるものに耐えきれず、その小さな口から大量の血を吐き出した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 従者の手前、強がってはいた。しかし、いくら吸血衝動を抑えるためとはいえ、動物の血を飲んだのは失敗だった。

 口の中だけでなく、喉、食道と、鉄のような臭いが充満している。人間の血を飲んだことがないレミリアだが、吸血鬼としての本能が人間の血を求めている。少しでも気を抜けば、咲夜の喉笛に噛み付いてしまうほどである。

 

 今から会おうとしている相手も人間。対面した時、自分はその本能を抑えることができるだろうか。

 

 いくら考えても仕方がない。ベッドの側に置いていた動物の血が入ったボトルを掴み、中身を一気に喉に流し込む。

 不味い。この上なく不味い。今まで食べたどんな料理よりも不味く、それ故に美味な血を求めてしまう。

 

「ふふ……」

 

 不意に、笑いが出た。

 生まれてから約五百年もの間、人間の血肉を食らったことはない。このような吸血衝動も経験したことがない。

 西洋の大妖怪として名を馳せた吸血鬼が、自身の本能に逆らうことできないとなるといい笑い者になってしまう。そういったこともあるが、咲夜やパチュリーといった身内を守りたいという思いが強いために耐えられたのだ。

 

「さて、思ったよりも早く来てくれて助かったけど………幻想郷の全てを敵に回してしまったわね……」

 

 窓の外を見ると、今だに霧が出続けている。レミリア自身は好きな色だが、この霧には魔力が込められている。人妖問わず、この霧から悪影響を受ける。

 

 咲夜とパチュリーは、吸血衝動で暴れまわっているフランを抑えており、美鈴は門番と例の男を案内する役割がある。

 それらの上に立つレミリアがこのザマである。自分たちだけでは解決できないと踏んで、紅い霧という形でSOSを出したまではよかったが、それを止めることのできるパチュリーがそれどころではない。

 

「………」

 

 血を欲する意識と体を、無理やり理性で抑えつける。

 たとえ吸血衝動が自分のせいでなかったとしても、ここまで大事にしてしまった責任は自分にある。

 必要とあらば、その命を盾にしてでも『家族』を守るつもりでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館の正門。仰々しい造りをしているそれは、見る者に威圧感を与えて萎縮させる。

 そこに門番がいるとなれば尚更である。

 

「一つ、聞いてもいいか?」

 

 門番と対峙するように立っているレヴァは、正面の巨大な館を見据えながら訪ねた。

 

「何でしょうか?」

 

 落ち着いた声で応答する門番であるが、その手はレヴァの右腕をガッチリと掴んでいる。

 完全に、銃による攻撃をさせないための動きに、レヴァは乾いた笑いが出た。

 

「この世界の門番は、来客を問答無用で拘束するのか?」

「それについては申し訳ありません。我が主からのご命令ですので」

 

 悪びれることなく、掴んでいる手に力が加えられていく。痛みはないが、振りほどこうとしてもビクともしない。

 

「ですので、大人しく私について来てください。ご案内いたしますので」

「ご案内? 一体どういうことだ?」

「言葉通りの意味です。我が主であり、この霧を発生させるよう命令を下した、レミリア様のところまでご案内いたします」

 

 事態が飲み込めないレヴァだが、これは逆にチャンスだと考えた。

 今までにも潜入捜査の真似事で同じような経験をしたことがある。腹の探り合いは得意ではないが、室内での戦いでは負けたことがない。

 何とかなるだろう。そう思って、美鈴の言葉に従うことにした。

 

「聞き入れてもらって、ありがとうございます」

「美人に頼まれちゃ、聞くしかないだろ?」

 

 開き直ったレヴァは、自身を奮い立たせるように軽口を叩いた。

 

「数十秒前まで敵意むき出しだったのに、変なことを言いますね」

 

 美鈴はそう言いながらも、若干頬を染めている。そういったことを言われ慣れていないのだろう。

 

「相手を褒めることは、友好を結ぶ上での第一段階だからな。できれば荒事は避けたいしな」

 

 首謀者を殺そうと考えていたくせに、どの口が言うのかと心の中で自分にツッコミを入れる。

 

「そうですね。私たちも、争いをしようということは考えていません」

「そいつは良かった」

 

 隙あらば殺す。その思いを抱きながら、笑顔で美鈴の後ろをついて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 館内に入ったレヴァが持った感想は、とにかく紅い。赤は警告色として人間の注意を引く特性があるが、視界のほとんどが赤いと目や頭が痛くなってくる。

 

「随分と、個性的なデザインだな……」

「お気持ちはわかりますが、言いたいことははっきりと言った方が良いですよ。特に、レミリア様の前では」

「………悪趣味にしか思えない」

 

 美鈴も紅魔館の建物自体に言いたいことがあるのか、レヴァの率直な感想に対して苦笑で返した。

 

「一応ご説明いたしますと、レミリア様は吸血鬼。ですが、諸説にあるように人間の生き血を啜ることはありません。レミリア様曰く、生まれてから五百年、一度も人間の血肉を食したことがないと」

「……そりゃ随分と突然な話だな」

 

 妖怪の存在は知っていたが、まさか吸血鬼までいるとは思ってもみなかった。加えて今から面会するのがその吸血鬼だとは。

 

「十字架でも持って来たら良かったかねぇ……」

「ああ、言っておきますけど、十字架やニンニク、白木の杭などは意味がありませんので」

「こいつは大発見だな」

 

 ただ日光や流水には弱いんですけどね、付け加える美鈴に、レヴァは苦笑で返した。

 わざわざ弱点を教えなくても、と思ったが、それだけ警戒しないでほしいという意思があるのだろう。

 

 

 

「ここで、レミリア様がお待ちでございます」

 

 二人の目の前には、室内に取り付けるには大きすぎるドアがあった。

 

「まるで、謁見の間だな」

「そう言っても過言ではありませんね」

 

 美鈴がドアをノックすると、中から「入りなさい」と声が聞こえた。

 

「失礼します」

 

 ゆっくりとドアが開かれ、シャンデリアの光に照らされた室内が明らかになってくる。

 

 部屋の奥。そこに置かれた、背凭れの大きな椅子に少女は座っていた。

 小柄な体躯に、ヴィクトリア朝を彷彿とさせる派手な服装。陶磁器を思わせるような白い肌を晒している腕は、掴んでしまえば折れてしまいそうなくらい儚い印象を受ける。しかしその一方で、赤い瞳には力強さが宿っており、視線が物理的なものだとすれば、心臓を射抜いてしまうだろう。

 

 レヴァの手は、自然とホルスターに伸びていた。

 

「紅魔館へようこそ。歓迎するわ」

 

 見た目に違わない、少女らしい声。だが、一つ一つの音に重みがある。

 そして、レヴァの敵意と武器に手を伸ばしていることに気がついているにも関わらず、悠然とした態度でレヴァを迎えた。

 

「それで貴方の気が済むなら、構わないわ」

「………」

 

 心を見透かされたような感覚の陥ったレヴァは、舌打ちをして構えを解いた。その背後では美鈴がいつでもレヴァを抑えられるように警戒をしている。

 

「どうぞ、そこに座って。貴方とはお話ししたいことがあるのよ」

「……ああ」

 

 今ここで銃を撃ったところで、レミリアを殺すことはできないと悟った。大人しくレミリアの正面にある椅子に座った。

 

「まず、自己紹介からしましょうか。お互い初対面ですし」

「……レヴァ・ゼクトール」

「私は、この紅魔館の主人、レミリア・スカーレット。こんな見た目だけど、五百年は生きてる吸血鬼よ」

「それで、その吸血鬼様が一体何の話をしようってんだ?」

 

 不機嫌を前面に押し出すレヴァに美鈴は眉を顰めたが、レミリアは妖艶な笑みを浮かべている。

「あら、意地悪な人ね。こんな状況で雑談でもする気なのかしら? 私としてはそれでも構わないけれど」

「あー、わかったから。俺が悪かったから」

「素直に謝れる人は好きよ」

 

 少女が相手だというのに、ずっと年上の女性を相手にしている時のような感覚。悪い気はしないはずなのだが、やはり違和感が拭えない。

 相変わらず不機嫌そうな反応をするレヴァを見かねてか、レミリアは見せていた笑みを消した。

 

「それじゃあ、早速本題に入らせてもらうわね。話す内容は大きく二つ、まずはこの紅い霧について。もう一つは、貴方へのお願いがあるの」

「お願い?」

「まあ、順番に聴いて頂戴」

 

 あくまで落ち着き払っているレミリアが美鈴にアイコンタクトをすると、美鈴は静かに部屋を後にした。

 

「この霧は、私が家族の一人に命令して発生させたの。霧の中には相当量の魔力が込められていて、人間だけでなく妖怪にも悪影響が出てしまう」

「だから、里の人間があれだけ不調になるわけだ」

「それに関しては、何の申し開きもないわ。後で断罪でも処刑でも何でもするといいわ。でもそれより重要なのは二つ目よ」

「俺に何をしろって言うんだ?」

「そんなに拗ねないで頂戴。可愛くて襲いたくなっちゃうわ」

「幼女に襲われて興奮する趣味は無い」

「貴方の二十倍は長く生きてると思うのだけれど?」

「俺は結構見た目で判断するからな」

 

 急かしていたはずなのに、いつの間にか話が脱線している。

 いつものレヴァならば雑談には一切応じないが、レミリアの醸し出す不思議な雰囲気に当てられて、本人が意識をせずに話を合わせてしまう。

 豪奢な調度品もシミ一つ無い紅の壁も、全てがレヴァを飲み込み、レミリアが一度命令をすれば、危うく従ってしまう。そんな魅力じみたものがあった。

 

 

 次にレミリアが話し始めようとした時、ノックの音が聞こえて来た。

 今度は返事を待たずにドアが開き、美鈴がティーポットとカップを乗せた台車を押して入って来た。

 

「レミリア様。お茶の準備ができました」

「ありがとう」

 

 美鈴がやって来たことで会話が中断され、レヴァもレミリアも、お互いに聞こえないほどのため息を吐いた。

 

「まぁ、話すべきことはあるけど、一息入れましょ? 大きな仕事の前には英気を養うのが基本よ」

「つまり、これから大仕事が待ってるってことか」

「そうね。でも、強制でも何でも無い。貴方が嫌と言うなら、今後は私たちと関わる必要はないわ」

「それを引き受けた時のメリットは?」

「成功すれば、この霧を止めることができるわ」

 

 そこでレヴァの思考が停止した。

 大仕事を頼むと言われ、それが成功すれば霧を止めることができると言う。

 しかし、一つ目の話と繋がりがあると考えると、レミリア自身は霧を止めたいと思っている。

 だが、それを部外者であるレヴァに頼んでいる。

 

「自分たちだけじゃ、解決ができないからか?」

「そうね。だからこうして異常現象を起こして、助けを求めていたの」

 

 だからと言って、関係のない人間を巻き込むのはどうだろうか。

 とはいえ、霧を止めるためにここまでやって来たレヴァには、選択肢があるようで一つしかない。

 

 そんなレヴァの心理状況を元から知っていたのか、レミリアは意味深な笑みでレヴァを見据える。

 そこで美鈴が紅茶を淹れ終わり、レヴァとレミリアの前に鮮紅色の紅茶が置かれた。

 

 レミリアは何も言わずに一口飲み、満足げ笑みを浮かべた。

 

「咲夜の紅茶も美味しいけど、やっぱり貴方が教えたとだけあるわ」

「ありがとうございます」

 

 咲夜と言う名前が気になったレヴァだが、今ここで何を問いただしたとしても、レミリアは微笑むだけで何も答えはしないだろう。

 大人しく、紅茶を一口。

 

「ん……」

 

 元の世界で紅茶を好んで飲んでいたが、別にソムリエというわけではない。茶葉の種類などは分からないが、美鈴が入れた紅茶が今まで飲んだ紅茶の中で最も美味であることはすぐにわかった。

 

「良かったら、感想を聞かせてくれないかしら?」

「……月並みなコメントで申し訳ないが、俺が知る紅茶の中で一番美味しい」

「だそうよ。美鈴」

「お褒めに預かり、光栄です」

 

 美鈴は恭しく一礼する。もはや門番ではなく、執事やメイドと言ったほうがしっくりくるほどの立ち振る舞いである。

 

「なぁ、レミリア嬢」

 

 だが、いつまでもゆっくりしてられない。今のこの瞬間にも霧は広がり続け、力のない者ばかりが苦しんでいる。

 

「呼び捨てで構わないわ。……貴方に頼みたいことっていうのは、フランドール・スカーレット、血の繋がった私の妹を止めて欲しいのよ」

「……止める?」

「ええ」

 

 レミリアの目は、若干の憂いを帯びている。

 

「私たちは吸血鬼と言っても、血を飲まずとも生きていける。だけど、ここ最近になって無性に人間の血肉を貪りたくなる衝動に駆られてるのよ」

「アンタもか?」

「そうね。でも、私はまだ大丈夫。誤魔化し方も知ってるからね。問題は妹よ」

「誤魔化しが効かないってことか?」

「その程度なら、まだやりようはあった。………あの子は衝動に身を任せて暴れてるの。紅魔館の中で誰よりも強い力を持ったあの子は、あの子以外が束になっても止められるか分からない」

 

 そんな化け物の相手をさせようとしていることを聞き、レヴァの背中には冷や汗流れ始めた。

 

「ま、まさか、その妹さんの相手をしろとでも?」

「そうよ」

 

 さもそれが当然かのように、何の感情も込められていない肯定の言葉が部屋に響いた。

 

「俺はただの人間だ。そんな状態の吸血鬼に勝てるとは思えない」

「別に殺せとも倒せとも言っていないわ。『止めるだけ』でいいのよ?」

 

 簡単に言いやがる、と心の中で悪態をつく。

 

「大丈夫。貴方一人でやれなんて言ってないわ。今、妹の足止めをしてる二人がいるから、そこに加勢して欲しいの」

「面識のない奴らと共同戦線か……骨が折れそうだ」

「美鈴。案内してあげて」

「承知しました」

 

 美鈴に指示を出し、レミリアはすぐに部屋を出て行った。

 

「では、ご案内いたします」

 

 美鈴も特に気にしていない素振りでレヴァに声をかけた。

 

 

 

 

 

###########################################

 

 

 

 

 

 どの場所にも繋がっている、どこにも存在しない場所。そんな場所に出入りできるのは、多数の猛者が集う幻想郷の中でもほんの一握りしかいない。

 

「で、紫。何でいきなり修行なんて言い出したのよ」

「貴女、最近弛んでるみたいだったからね。たまには稽古をつけてあげようかと思ってね」

 

 肩で息をしている霊夢に対し、紫は涼しげな笑みを湛えるだけである。それだけ実力差があるということで、霊夢は恨めしそうな視線を向けていた。

 

「弛んでるって言われてもね。私も神社の管理の仕事があるの。お母さんみたいに妖怪退治ばっかりやってられないの」

「まぁ、あの子はあの子で荒事以外はからっきしだったからねぇ……」

 

 

 先代の博麗の巫女は、現代の博麗の巫女である霊夢と比べて、全ての才能を妖怪退治に傾けたような人間だった。その圧倒的な力の前では大妖怪も迂闊に行動することができず、幻想郷は平和そのものであった。

 

 

「とにかく、今更アンタに稽古つけてもらうほど訛ってないの。早くこんな悪趣味な場所から出して。もう何日ここにいるのよ」

「まだ二日よ。もう少し付き合ってもらうわ」

 

 既に霊夢の霊力と体力は限界に近い。二日間も飲まず食わずで紫の猛攻を凌ぎ続けているが、肝心の紫はとどめを刺すことはしない。

 

「ぁぁあもう! 一体いつになったら解放するのよ!!」

「私が良いと言うまでよ」

「ふざけないで!!」

 

 霊夢はスペルカードを取り出し、『夢想転生』を発動させる。それによって霊夢の体が半透明になり、周囲に色の付いた光弾を出現させる。

 

「それは、もう通用しないってわかってるでしょ?」

 

 紫は持っている傘を盾のように突き出し、そこから光弾を発散させる。しかし、光弾は向かってくる霊夢の体をすり抜けて後方に見えなくなっていく。

 

 夢想転生が発動している間は、全ての攻撃が無効化される。戦闘においては最強クラスのわざと言っても過言ではないが、霊夢にその技を習得させたのは紫であるため、当然対処する方法も知っている。

 

「このっ」

 

 半透明のまま紫に追撃をするが、宙を舞う紙のようにひらりと躱されていく。この二日間、その動きの翻弄されて一撃も当てられていない。

 

「これじゃ、『あの子』は止められないわね」

 

 紫は一枚のスペルカードを取り出し、鋭い視線を夢想転生の効果が切れた霊夢に向ける。

 発動したのは「紫奥義『弾幕結界』」。夥しい量の光弾が周囲に展開され、その矛先は全て中心にいる霊夢に向いている。

 この奥義は、つい最近になって考え出したもの。この時初めて使ったため、対策は誰にも知られていない。

 類に漏れず、霊夢は初めこそ直感で躱していっていたが、段々と無理が出てくる。

 

「うぐっ!?」

 

 目の前を横切る光弾を避けたと思ったら、背中に鈍器で殴られたかのような衝撃が伝わってきた。そこから痛みを感じ取った瞬間、光弾の滝が降り注ぐ。

 

「………っ!!」

 

 声にならない叫びが霊夢の脳内で響き、同時に思考を埋め尽くす痛みに襲われる。自分が今どういう体勢なのか、何が視界に入っているのか、紫はどこにいるのか。何も分からない。

 

 

 スペルカードルールに則った弾幕ごっこでは、殺傷力のある攻撃は禁止されている。だが、紫はそれを無視しているようにしか思えない。

 現に、大量の光弾の直撃を受けた霊夢は、身体中から血を流していた。このまま攻撃を受け続ければ絶命するのは火を見るよりも明らかである。それに、スペルカードルールなら既に決着がついているはずだが、紫は別のスペルカードを手に持っていた。

 

「……何よ………私を、殺す気?」

「そんなことはしないわ。貴女の力を向上させるためよ」

 

 霊夢のためと言いつつも、その言葉は酷く冷たい。

 もし紫が攻め手を緩めなかったら、本当に殺される。今までに数度しか感じたことのない、死への恐怖が脳裏によぎった霊夢は、震える手で自身のスペルカードを取り出した。

 

 

 

 

 

###########################################

 

 

 

 

 

「マジかよっ」

 

 転がるようにして横に飛ぶことで直撃を免れ、体勢を立て直すために巨大な本棚の後ろへ隠れる。しかし、それもすぐに壊されるとわかっているため、隠れるようにして別の本棚へ移動する。

 

「アハハハハハ!! どこまで逃げれるかなぁ?」

 

 無邪気な声、無邪気な笑顔で、人間の数十倍はある大きさの本棚を木っ端微塵に破壊する。幸いそこに誰もいなかったが、本棚の数にも限りがある。

 遮蔽物を全て破壊された時。それは自身の体も本棚のように木っ端微塵にされることを意味する。

 

「貴方、大丈夫?」

「大丈夫なら、口説きの一つでもするとこだがな」

「……その時は、私が貴方を刺します」

 

 絶体絶命の状況にも関わらずそんな会話ができるのは、お互いにそれ以上の修羅場を超えたことがあるからだろう。

 

「日光やら流水やらを用意できないのか?」

「貴方、それってフラン様に死ねといってるようなものよ」

「まぁ、止めろって話だったからな……」

 

 レミリアが妹を止めて欲しいとはいったが、殺さないで欲しいという思いもある。それをわかっているからこそ、安易に弱点をつくことができない。

 

「で、どう止める? 咲夜」

「私の能力で先制を仕掛けても、フラン様を止める威力はない。レヴァこそ、何か良い案はないの?」

 

 

 

 紅魔館の奥にある、パチュリー・ノーレッジのために用意された書斎がある。図書館と言ったほうが良いその場所は、現在強力な結界で閉じられており、その中でレヴァと咲夜が件のレミリアの妹であるフランドール・スカーレットと戦っていた。

 

「パチュリー様が結界を貼り続けている限り、霧を止められない。さっさとケリをつけるわよ」

「せっかくのアバンチュールを楽しみたいが、そうも言ってられないか……」

 

 二人はフランから最も遠い本棚に隠れており、フランは二人を探すというかくれんぼ状態。見つかれば文字通り木っ端微塵にされるというおまけ付き。

 

「吸血衝動なら、血を飲ませればいいんだろ? だったら」

「吸血鬼に噛まれたら、そのまま人間でも妖怪でもない眷属になるだけ。自我すらまともに保てない存在になって、退治されたいのかしら?」

「どこぞの華麗で不機嫌な巫女に退治されるなら、それも良いかもな」

 

 などと軽口を叩いているが、二対一で無邪気な子供一人に追い詰められている状態。どうにかできないかと考えてはいるが、戦力差が圧倒的すぎて手も足も出ない。

 

 

 フランの力に関しては咲夜から聞いているが、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』という荒唐無稽なもの。フランの視界に入らなければその能力を使用されることはないが、吸血鬼としての身体能力や、弾幕と呼ばれる大量の光弾、炎を纏った剣などを扱う。

 

 一方で咲夜は『時を操る程度の能力』を有しているが、時間を数秒止める程度のもの。それとナイフの投擲を組み合わせてフランに攻撃をしているが、どれも決定打にならない。

 吸血鬼の驚異的な生命力と再生能力のせいで、ただ一度としてフランの動きを止められていない。

 

「上手いこと、あの可愛らしい口の中にぶち込めればいいんだが……」

「言い方を考えなさい」

「まぁ、銃口から出た血を吸えって言っても聞かねぇだろうよ」

 

 それに、吸血衝動という割には、まるで『遊んでいる』ようにしか見えない。血をよこせというよりも、『壊したい』という破壊衝動に切り替わっているのだろうか。

 

「あれをするか……」

「何か手があるのかしら?」

「一応。だが、とんでもなく危険で、下手したら嬢ちゃんが死ぬ」

 

 レヴァが思いついた方法は、元の世界で一度だけ使ったことのある殺害方法。それは、内部から内臓を全て破壊するというとんでもないもので、いくら吸血鬼でも絶命させてしまうかもしれない。

 

「……でも、パチュリー様がこの空間を維持できる時間も少ないと思うわ」

 

 レヴァが美鈴に案内されてこの空間にやってきた時、既にパチュリーは限界が近いと聞いていた。もし先にパチュリーがダウンした場合、フランが容易に外に出てしまう。今の状態では、どんなことをしでかすかわかったものではない。

 

「そうなるくらいなら、殺してしまったほうがいいわ」

「……レミリア嬢に一体なんて言えばいいか」

 

 そう言いながら、ブラッド・コネクトをいつでも撃てるように集中する。下手をすると心臓や脳まで破壊してしまうため、気の緩みは許されない。

 

「咲夜。ナイフで嬢ちゃんの移動ルートを制限してくれ」

「できない可能性の方が高いわよ」

「その時はその時だ」

 

 などと言いつつ、咲夜は時を止めている間に本棚の上で機会を伺い、じっと見てくるレヴァにハンドサインで指示を出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何よ……あの連携」

 

 大図書館に張った結界を維持しているパチュリーは、咲夜と突然やってきた男、レヴァが初対面とは思えない連携をしていることに驚いていた。

 

「っ……そろそろ厳しいわね」

 

 しかし、フランの全力でも壊れない結界を維持し続けて、二日と半日。魔女であるパチュリーは食事も睡眠も必要ないのだが、魔力が尽きると何もできなくなってしまう。

 

「パチュリー様。あとどれくらい保ちそうですか?」

 

 レヴァを案内してきた美鈴が、顔色の悪いパチュリーに心配そうに尋ねる。

 

「そうね……あと数分が限界かしら」

「……どうしてもっと早く仰ってくれなかったのですか?」

 

 ともすれば、フランが紅魔館の外に出てしまう。咲夜とレヴァ以外で満足に戦える人員は美鈴のみ。

 美鈴本人としては、フランを止める自信はある。しかしそれは全力を出した時に限る。

 だが、全力を出してしまったら最後、フランを殺してしまうことになりかねない。

 

 

 そんな殺生をしないために、自分は人の姿となったのだから。

 

 

「最悪、フラン様の命を奪うことになるでしょう。その時は………」

「わかってるわ。とどめはレミィに任せる」

 

 急に言い淀んだ美鈴の本心を知っているからなのか、パチュリーは毅然とした態度で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜ん………どこだろ」

 

 結界の中心に近い部分で、フランが咲夜とレヴァを探していた。咲夜が時を止めたりハンドサインでレヴァに指示を出しているために未だ見つかっていないが、隠れられる物がどんどん壊されていき、残っているのは大テーブルの下と、本棚三つ。それらが壊されたら、二人ともフランの能力で破壊されてしまう。

 

「……飽きちゃったなぁ」

 

 かくれんぼを始めて既に十分ほどが経過していた。初めはノリノリだったフランだが、予想通り飽きが来てしまった。

 

「禁忌『レーヴァテイン』」

 

 フランが一枚のカードを取り出すと、巨大な炎の剣が出現した。もしそれでこの場を薙いだとしたら、本棚やテーブルだけでなく、隠れている二人も斬られるかその炎で焼かれるか。

 

 これはマズイと判断した咲夜は、すぐさま本棚からおりて、時を止める。たった数秒の間ではあるが、フランの行動を全て止めることができる。

 咲夜はナイフ投げの要領でフランの目をめがけてナイフを投げる。しかし、咲夜の手から離れた瞬間、ナイフは空中で静止する。そして自分たちとフランの間にあるテーブルに対して思いっきり蹴りを入れ、レヴァをの盾になるようにして立つ。

 

 時が動き出し、ナイフがフランの目に直撃。その後突如テーブルがひっくり返り、これもまたフランに直撃する。悲鳴とも雄叫びともつかない声がテーブルの向こうから聞こえ、レヴァは見えないながらも咲夜の背後から銃を撃つ。

 

「アアアアアイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイィィイィィイイ!!!」

 

 これだけやれば、動きが止まるか怒りに任せてまっすぐ突進してくるはず。そう考えての行動であったが、ここで周囲に張られていた結界が砕け散った。

 

「まさかっ」

「パチュリー様も限界のようね……」

 

 咲夜は横目で遠くに待機しているパチュリーと美鈴を見る。次の一手で仕留められなければ、レミリアと美鈴が動くことになる。

 

「レヴァ」

「ああ」

 

 レイヴァテインが消え、音がなくなる。

 瞬間、テーブルを弾き飛ばして吸血鬼が突進して来た。その速度は常軌を逸しており、奇襲されれば反応はできても交わすことができない。

 

 だが、あらかじめフランの行動を制限し、誘導することでレヴァは行動を起こすことができた。

 向かってくるフランに対して銃口を向け、口内に向けて発砲。

 発射されたのは、レヴァの血で作られたロープ。吸い込まれるようにしてフランの喉奥に入り込んだそれは、スルスルと体内に入り込んでいく。

 

「うおっ!」

 

 フランの突進をまともに受けたレヴァは、ブラッド・コネクトでフランの口を塞ぎ、空いている左手で右腕の関節を決める。

 フランの目は黒く染まっており、赤い瞳が爛々と輝いている。

 

「……悪いな、嬢ちゃん」

 

 レヴァはフランの鳩尾に思いっきり蹴りを入れて、一瞬できた隙を見逃さずブラッド・コネクトをフランの喉奥までねじ込む。

 その瞬間、フランの全身から血が吹き出し、腹部に至っては風船が割れたかのように中身がのぞいていた。

 



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3話

 結果から言うと、フランの暴走は止まり、命に別状もなし。フランが動かなくなってすぐにパチュリーが紅い霧の発生を止め、図書館の半分ほどの調度品や本が破壊され尽くしたことを除けば、紅魔館への被害はなかった。

 

 フランの傷はもう塞がっているが、レヴァの攻撃によって、心臓と脳以外の内臓が穴だらけになっていた。驚異的な再生能力と生命力を誇る吸血鬼といえど、その強烈な一撃の前では痛みで気を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「全く……わかってたけど、相変わらず無茶するのね」

 

 フランを止める為に危険を冒したレヴァはと言うと、ブラッド・コネクトの使いすぎ、要するに血液の不足で倒れたのだった。

 

「男には、無茶するからこそ意味がある時がある」

「それで倒れられちゃ、意味がないわよ」

 

 ベシ、とベッドで横になっているレヴァの額を叩く咲夜。ただ、その表情は朗らかなものだった。

 

「……フラン様を止めてくれて、ありがと」

「麗しき女性の頼みなんて、断れはしないさ」

「全く、誰に似たんだか」

「我らがプレイボーイ代表、オーデル・エバーニクスしかいないだろ?」

「それもそうね」

 

 咲夜はベッドの横にある小さなテーブルに水を置くと、そのまま立ち去ろうとする。

 

 

 

 

「まさか、幻想郷で貴方に会うことになるなんてね」

 

 

 

 

 そう言い残し、音も気配もなく咲夜が消えた。

 

 

 レヴァは貧血で寝かされてはいるものの、症状もそこまで酷くはない。すぐにでも準備体操が出来るほどには体調も良くなっている。

 

 ふと視線を横にやると、テーブルに置かれた水の横に、ブラッド・コネクトが無造作に置かれている。もう覚えていないが、いつからか銃身がほんのりと紅くなっていた。

 

「咲夜、か………行方不明になったと思ってたが………」

 

 そんなことよりも、レヴァが気になっていたのは咲夜のことだった。

 あの銀髪に整った顔立ち。淑女然としながらもレヴァにはフランクに接する。そのことから、自分の知っている十六夜咲夜だろうと確信していた。

 

 

 十二の銃と十二の仲間。自分と相棒を残して全てを失ったと思っていたが、それ以外にも出会いはあった。

 中でも咲夜は、ともに五年以上を過ごした仲である。かの有名な殺人鬼『ジャック・ザ・リッパー』だと疑われ、冤罪で指名手配されていた少女であると聞いた時の衝撃は忘れられない。

 

「畜生が……嬉しいじゃねぇかよ……」

 

 自然と涙が出て来た。

 自分以外が死んで、三年間は一人で生きていた。 一時期はバディを組んでいた咲夜も、仲間が死んだ三年前に行方不明になっていた。みんなの意思を継ごうと、一人でも十二人分の願いを果たそうとしていたが、限界だった。それ故に自ら命を絶つ選択をした。

 

 それがどうだ。わけのわからないまま幻想郷に来て、他人の好意に甘えて惰性で暮らそうと思っていた自分がいることに気がつく。

 志を諦めてしまったこと、自分だけが悠々と過ごしていること、もうあの仲間たちと出会えないと言う寂しさから、心のどこかで嫌気がさしていた。

 

 

 声も出さずに涙を流していると、ノックの音が聞こえた。

 

「留守にしてまーす」

 

 いち早く涙を止める為に、自分から茶化すような言葉を吐く。

 すると、その言葉を完全に無視してドアが開かれた。

 

 姿を現したのは、パチュリーだった。結界を維持し続けて魔力が尽きてしまったことが原因で顔色が悪いが、その目にはしっかりと意識が宿っている。

 

「居留守を使うなら、何も言わないで頂戴」

 

 ゆったりとした動きとは対照的に、不機嫌そうな顔をしている。

 

「随分不機嫌そうだな。俺としては笑顔を見せてくれたら治りも早くなるんだが」

「プラシーボ効果を期待してるなら残念ね。初対面の相手に笑顔を振りまけるほど器用じゃないの」

「なら、仲良くなれば笑顔を見せてくれるのか?」

「それだけ軽口が叩けるなら、体調は良さそうね」

 

 パチュリーはわざとらしいため息を吐き、ベッドに近づいて来た。

 

「それにしても、不思議な銃ね」

「俺の唯一無二の相棒だ」

 

 レヴァの戦いを見てブラッド・コネクトに興味が湧いたパチュリーは、許可も取らずに手に取る。

 

「見た感じはただの銃ね。私が見たことあるものよりだいぶ小型化されてるけど」

「アンタが知ってるのは火縄銃とかマスケットあたりか?」

「そうね。マスケット銃なら、紅魔館にもあるわよ」

 

 ブラッド・コネクトは、一般的なハンドガンの形状を取っている。それが何故古代遺跡から発掘されたのかは不明だが、そんなことは大した問題ではない。

 

「火薬の匂いがしないわね。空なの?」

「ああ。口径が合えば普通の弾も撃てるが、消耗品だから使い勝手が悪い。せっかく血を撃てるなら、それだけで十分だ」

「なるほどね」

 

 そう言いつつ、パチュリーはブラッド・コネクトを弄くり回す。何度も確かめるように銃身を指でなぞり、銃口を覗き込んだりしている。危ないことこの上ないが、レヴァは特に何も言わなかった。

 

「中に魔術式が書かれてるのかしら………変な感じがするわね……」

「その銃に関しては、俺もほとんどわからない」

「何か結界が張られてるわね。これを……そうね、これなら………」

 

 レヴァの声が聞こえていないのか、パチュリーは銃口の覗き込みながらブツブツ言っている。

 

「おい、何をする気だ?」

 

 突然、パチュリーがレヴァに銃口を向ける。マガジンに弾丸は入っていないとはいえ、謎の多い銃である。適正がないと血を撃ち出すことは出来ないが、もしパチュリーに適正があれば、レヴァの命が危ない。

 

「………」

 

 カチ、と乾いた金属音が部屋に響く。

 

「……おい、今のはマジでシャレにならねぇぞ」

「悪かったわ。でも、気になったことは調べないと気が済まないのよ」

 

 一切悪びれた様子もなく、パチュリーはブラッド・コネクトをテーブルの上に戻した。

 

「一つ言っておくと、その銃には魔術が何重にもかけられてるわ。原理や術式は一切わからないけど、かなり危険なものであることは間違いないわ」

「……そりゃどーも」

 

 淡々と事実報告をするような口調のパチュリーに、レヴァは若干の怒りと呆れを覚えていた。

 

「で? わざわざアンタが来たのは、相棒を触りたくるためか?」

「そんなわけないじゃない」

 

 ブチッ、とレヴァのこめかみに青筋が浮かび上がる。

 相棒を勝手にいじくり回され、銃口を向けられ、それがただの好奇心でしたなんて言われれば、大抵の人間は怒りを覚えて当然である。

 

「まぁ、レミィからあなたの様子を見るように言われただけよ」

「ならとっとと出て行ってくれ。テメェがいると治るものも治らねぇ」

「そう。なら失礼するわ」

 

 

 

 

「パチュリー様」

 

 

 

 

 

 音もなく現れた咲夜が、パチュリーを睨んでいた。

 

「図書館の後始末をしているはずなのに、どうしてここにいるのですか?」

「この男の持ってる銃が気になったから、調べてただけよ」

「終わったのならすぐに戻ってください」

 

 有無を言わせない口調で、パチュリーに詰め寄る咲夜。

 紅魔館の従者として仕えている身であり、礼節を重んじる咲夜にあるまじき行動に、パチュリーは面食らっていた。

 

「らしくないわね」

 

 抵抗する気がないのか、パチュリーはそう言い残して部屋を出て行った。

 

「全く……」

「もしかして、心配で来てくれたのか?」

「ええ、そうよ」

 

 咲夜は臆面もなくそう言った。レヴァは特に驚くことはなく、されるがままに額に手を当てられた。

 

「パチュリー様は、自分の知的好奇心を満たすためならどんなことでもする。たとえそれが相手の命を奪うとわかっていてもね」

「とんでもねぇマッド野郎ってことか」

「否定はできないわ。最近では、全く別次元に存在する世界の地獄から、使い魔を召喚しようとしてるみたいよ」

「マッドどころじゃなかったか」

「幻想郷では、そんな奇想天外なことを可能にできるやつらが大量にいるからね」

 

 そう言われて、元の世界で時たま見た漫画などを思い出す。その世界観では、それぞれが固有の能力を有しており、世界を簡単に壊せるというものだった。

 もしかしたら今現在自分がいる幻想郷がそういう世界かもしれないと思うとため息しか出なかった。

 

「それで、嬢ちゃん……フランって言ったっけ? あの子の容体は?」

「問題ないわ。仕えてる身で言うのもアレだけど、よく生きてたわね。多分心臓と脳以外の中身をズタボロにしたわよ」

「………後で謝らねぇとな。なんなら土下寝でも焼き土下座でもするか」

「そこまでする必要はないわよ。レミリアお嬢様が言っていたわ。あの状態のフラン様を『殺さずに』止めてくれたことは、感謝してもしきれないって」

 

 咲夜はエプロンのポケットから錠剤を取りだし、レヴァに押し付ける。

 

「気休め程度だけど、栄養剤を持って来たわ」

「悪いな」

 

 栄養剤を受け取り、なんとなくそのケースを観察する。

 一般的な白い錠剤が小包装されており、連結されている。解く問題ないように見えたが、裏に書かれている数字が目に入った。

 

「19980523………使用期限か………?」

 

 レヴァがいたのは、少なくともそれから十年は先の世界。賞味期限やら消費期限はあくまで目安だが、安全という意味ではやばいかもしれない。

 だが、せっかくの厚意ということで、意を決して錠剤を口に押し込んでぬるくなった水で胃に流し込む。

 

「そんなに経過しなくていいじゃない」

「十年前に消費期限が切れたものを飲み食いしたことがあるか?」

「五年前のなら、外の世界で食べたことあるわよ。もちろん大惨事になったけど」

 

 クスクスと笑う咲夜は、懐かしむような優しい笑みを浮かべていた。つられてレヴァも笑った。

 

「にしても、誰もが恐れる暗殺者『サイレントキラー』様が、今では吸血鬼のメイドをやってるとは……ククッ」

「なんなら、貴方は執事にでもなる? ここではやることが多いけど、その分待遇もいいわよ」

 

 本気とも冗談ともつかない雰囲気で、レヴァを引き込もうとしている。

 

「家事が壊滅的な俺を雇ったら、咲夜の仕事が増えるだけだぞ?」

「指導は美鈴に任せるわ。もし上達しないようなら、一つミスをする度に鉄拳が飛んでくるから注意しなさい」

 

 スパルタ教育という言葉が頭に浮かぶが、美鈴の印象からしてそんなことをするとは思えなかった。

 ただ、『女性ほど見かけによらないものはない』という師の言葉を思い出し、妙に納得してしまった。

 

「ともかく、しばらくはここで休んでなさい。それとお嬢様からもう一つ伝言。『行く宛てが無いなら、紅魔館に滞在してもらっても構わない』とのことよ」

「そいつはどうも。考えとく」

 

 レミリアからすれば、妹のフランの暴走を止めてもらい、SOSのサインとして出していた霧を止めることができた。

 そのような恩人に対してできる限りのもてなしをするのは当然のことである。

 

「まぁ早く体調を良くして頂戴。貴方の様子を見る仕事も追加されたし、タダ飯喰らいは嫌いよ」

「咲夜に嫌われたら、次の日には頭と胴体が泣き別れしそうだ」

「いい加減冗談言うのはやめなさい。収集がつかないわ」

「悪いな」

「そう思ってるなら、その癖を治しなさい」

 

 古い友人に偶然会い、思わず長話をしてしまうような感覚。気がつけば二十分ほど経過していた。

 

「じゃあ私は行くから、何かあったらこの鈴を鳴らして頂戴。どこにいても聞こえるようになってるから」

 

 咲夜から鈴を受け取ったレヴァは、大人しく寝ることにした。

 

 

 

 

 

###########################################

 

 

 

 

 

 吸血鬼にとって、人間の血は嗜好品である。

 あくまでも嗜好品であり、生命の維持に必要な訳ではない。事実、レミリアは約五百年の間、人間の血を飲んだことはない。

 

 しかし、今になって『人間の血が飲みたい』という衝動に駆られている。

 なんとか理性で抑えているものの、動物の血でごまかすのも限界が近い。近くに咲夜という人間がいる為、余計に衝動が強くなっている。

 

「フランを止めれたのはいいけど、吸血衝動はおそらくそのまま。最悪、人里から攫うこともかんがる必要があるわね………」

 

 このままでは、レミリアの自我が崩壊してしまうかもしれない。そんな感覚に恐怖を覚える。

 

 フランを殺さずに済んだのは、レミリアとしては最上だった。そればかりを考えていたせいで吸血衝動をどうすべきかを考えていなかったのは問題だ。

 咲夜からは、迎え入れた時の契約から間接的にも血を貰うことはしない。

 レヴァに関しては、血を銃で撃ち出す為、これ以上は戦闘以外で血を消費させるのは憚られる。そうでなくとも、吸血鬼に血を吸われた人間は、物言わぬ眷属になってしまう。

 

 レヴァのこれからの運命を見たレミリアにとって、それは最悪の選択肢である。

 

「………」

 

 そんなことを考えながら、動物の血を飲む。血への渇望は消えないが、これで少しはマシになる。しばらくして吐くのまでがセットだが、それは仕方のないこと。

 

 妖怪の血も飲めないことはないが、如何せん味が悪いのと乾きが収まらない。それなら動物の血を飲む方がマシと思えるほどである。

 

「お嬢様」

「……どうだったかしら? 懐かしの再開は」

 

 音もなくやって来た咲夜に、レミリアは一切驚くことなく質問を投げかける。

 

「思っていた通り、良いものでした」

 

 感情の起伏が感じられない声で答える咲夜。それとは裏腹に、若干口角が釣井上がっている。

 

「そう。それは良かったわ。それで、咲夜はどう思う?」

「どう、とは?」

 

 

 

「レヴァ・ゼクトールを殺すか否か」

 

 

 

 それを聞いた途端、咲夜の心臓が冷えた。

 

「……理由を伺ってもよろしいですか?」

「簡単なことよ。彼が、私たちと敵対する運命があるの」

「………」

 

 咲夜はわからなかった。ここでレヴァを殺すと答えるのか、否と答えるのか。我が主の求める答えは、一体どっちなのか。

 

「……それがお嬢様の障害となるならば、わたくしが全力を持って排除します」

「それは、従者としての本心でしょう? 私は、十六夜咲夜としての本心が聞きたいのよ」

 

 どこか試すような笑みで、咲夜を瞳を見つめるレミリア。昨夜はばつが悪そうな表情で、徐に口を開いた。

 

「彼には……彼とは、外の世界にいた頃同様に対等な関係でいたいです。バディとしての行動は不可能ですが、手助けくらい出来たらと」

「そう。正直な答えをありがとう」

 

 主に敵になる可能性がある相手を生かしたいと思うのは、従者としては二流だろう。だが、レミリアは満足げに頷いた。

 

「彼は恩人でもあるから、彼が紅魔館に立ち寄った時は賓客として持て成しなさい」

「……ありがとうございます」

 

 恭しく一礼をする咲夜だが、レミリアは嘘を吐いていた。

 レミリアが見た運命には、レヴァが博麗神社で霊夢とお茶を飲んでいる所に、霊夢の育ての母である博麗 霊那(ハクレイ レイナ)がやってきて、二人を茶化している様子があった。

 

 能力によって咲夜とレヴァの関係を知っていたレミリアは、二人の関係がどれほど深いものかを判断していた。

 結果、大方レミリアの予想通り、恋仲や夫婦のように男女の関係とはまた違った強い絆で結ばれている。

 

「っ! ゴフッ!」

「お嬢様!」

 

 これからの話をしようかと言うところで、レミリアが吐血を伴った咳をした。咲夜が側に駆け寄るが、それを突き飛ばした。

 咲夜の体は軽々と宙を飛び、部屋の壁に叩きつけられた。

 

「だ、ダメよ………今は………」

 

 いつになく弱々しい声音で、咲夜を拒絶するレミリア。それほどまでに吸血衝動が酷いのか、咲夜は背中の痛みに耐えながら気遣うように距離をとる。

 

「……もし限界がきてしまった時は、わたくしの血をお飲みください」

「………ありがとう」

 

 礼を言いつつも、咲夜の血を飲む気はない。

 もし飲むくらいなら、自ら太陽に焼かれて自害する。そう思うくらいに、レミリアは咲夜に人間でいて欲しかった。

 それは同情でも憐憫でもなく、ただ一人の存在としてあるがままに生きて欲しかった。自分のように、身分や素性を偽りながら、人目を避けるような生き方をして欲しくない。そんな考えから、咲夜を咲夜たらしめる一端である『人間』と言う特徴を奪いたくはなかった。

 

「それでは、失礼いたします」

 

 音もなく部屋を後にする咲夜の気配を感じながら、震える口に自身の手を突っ込む。反射的にその柔肌に牙を食い込ませ、溢れ出てくる血が口内に染み渡る。

 鉄のような匂いと、嫌悪感を駆り立てる若干の粘性。それが嫌に口内の粘液と馴染む。

 そう。血はこんなにも不味いのだ。同じような見た目をし、同じように生き、多少寿命や力が違うだけの人間の血を、どうしてこんなにも欲してしまうのか。

 咲夜が側にいただけで腕が震えそうになる。絹のような肌を引き裂きたくなる。首筋に噛み付いて、心ゆくまで血を吸い尽くしたいと思ってしまう。

 

 今はなんとか抑えているが、日に日に吸血衝動が強くなっていく。あと数日としないうちに、咲夜だけでなく他の者にまで被害が出るかもしれない。下手をすると妹のフランまで傷つけてしまうかもしれない。レミリアにとって、それが一番避けなくてはならないことであった。

 

「どうしようかしら………」

 

 運命を操る程度の能力。それによって様々な人妖の経験するであろう運命を見ることができ、多少であればその運命を変えることができる。レミリア本人の介入が必要になってくるのが難点であるが。

 

 しかし、問題として自分の運命を見ることができない。他人の運命が見えたとしても、断片的なもの。それに至る経緯なんてわからないし、見えた未来がひょんなことから変更されてしまう可能性がある。

 

 曖昧で不確実で、不便な能力だと、自分で思う。

 

 結局この能力では、自分が吸血衝動によってどうなってしまうのかがわからない。だからこそ、レヴァの存在に掛けている。

 そのために咲夜に嘘をつき、より自然な流れでレヴァを賓客扱いするようにした。これによって、レヴァがフランの手によって殺害される運命が回避された。加えて博麗の巫女との繋がりが強くなることで、紅魔館にも良い影響がある。

 

 会ったばかりの者によって、たった数時間のうちに運命が今までにないくらい大きく変わっていった。

 レヴァが何かしら解決に導いてくれる。理論も運命もあったものではないが、直感でそう思ったのだ。

 その一方で、自分が身内に被害を出してしまうとおもっていながら何も行動を起こせない自分に腹が立った。これが自分のことでなければ、それに対する解決策を見出した上で惜しみなく行動を起こすだろう。

 だが、いざ自分のこととなるとどうしたら良いかわからない。知り合ったばかりにも関わらず危険を冒してくれた男に、全てを委ねようとしているのだ。

 

「天下の吸血鬼様が、無様よね………」

 

 僅かに歯型が残った手を見ながら、レミリアは自重気味に笑った。

 

 

 

 

 

###########################################

 

 

 

 

 

 紅い霧は完全に晴れ、今までのことが嘘であったかのように、雲ひとつない青空で太陽が燦々と輝いている。

 

 そんな清々しい時分に、紅魔館では緊張が走っていた。

 

 

 

「フラン……貴女、自分が何をやったのかわかってるの?」

「お……お姉…様………」

 

 紅魔館の主、レミリアが妹であるフランの首を片手で掴み、その体を持ち上げていた。

 

「私はどんなことでも許してきた。物を壊しても、誰かを傷つけてもね。でも、今回ばかりは許すことはできない」

 

 いつものように落ち着いた表情と声で、諭すように言うレミリア。しかし、醸し出している雰囲気は、相手を押し潰しそうなほどに重かった。

 

「彼は、私たちの恩人よ。ちゃんと説明して、貴女も聞いていたはず………その恩を仇で返すとはね」

 

 レミリアの視線が部屋の隅に行く。

 そこには、首筋から血を流しているレヴァと、ガーゼでその傷口を押さえている咲夜がいた。

 

 それ以上は何も言わず、フランは軽い動作でフランを壁に投げつけた。

 

「うぐっ!?」

 

 壁にデカデカとヒビが入り、相当な威力であったことを物語る。苦しそうに呻いたフランには目もくれず、レミリアはレヴァに歩み寄る。

 

「咲夜。容体は?」

「傷に関しては、すぐにふさがると思います。眷属になってしまったかどうかまでは、意識が戻るまでわかりません」

「そう………」

 

 悼むように目を瞑る。

 吸血鬼に噛まれてしまった人間は、例外なく眷属になってしまう。だがその実態は、ゾンビのようなもの。

 自我も感覚もなく、ただ自身の血を吸った吸血鬼の命令のままに動くだけである。

 

 恩人に対してこのような仕打ちをしてしまった。謝って許されるようなことではないことはわかっている。

 

「彼の自我を確かめようにもね……」

 

 稀に眷属になっても自我を持つ者もいるが、九分九厘物言わぬ肉塊と同じであることから、期待しないほうが吉である。

 

「とにかく、彼をベッドに寝かせることと、今回のことについて博麗ぼ巫女に話してきて頂戴」

「承知いたしました」

 

 咲夜はレヴァの背中と膝下に手を入れて、いわゆるお姫様抱っこの状態で部屋まで運ぼうとする。

 だが、レヴァの瞳が咲夜の姿を捉えたことによって、その行動を止めた。

 

「レヴァ?」

「んあ………咲夜か……」

 

 気怠げな返事が返ってきたことに、レミリアは驚いた。

 

「って、何で俺がプリンセス扱いされてんだ?」

「し、仕方ないじゃない。フラン様に噛まれて気絶してたんだから」

「噛まれた程度で気絶か……毒を仕込んだわけでもないだろうが」

「それについては、私から説明するわね」

 

 質問に答えようとする咲夜を遮って、レミリアが割り込んできた。

 レヴァがレミリアに視線を向けると、その背後に倒れているフランが目に入った。

 

「聞きたいことがあるでしょうけど、まずはこちらの話を遮らずに聞いて頂戴」

「……了解だ」

 

 余計なことは聞くな、とでも言いたげな視線に、レヴァは言われた通り黙ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうことで、貴方には申し訳ないことをしたわ」

 

 レミリアから事の顛末を聞き、レヴァはそれなりに事態を把握した。

 

「最終的には、眷属になっていないってことか?」

「そうね。眷属になったら、たとえ自我を持っていたとしても主の命令無しにはほとんど自由に動けないわ」

「そいつは何ともまぁ」

 

 まだ体が怠いのか、テーブルに頬杖を着く。目の前には咲夜が入れた紅茶が用意されているが、全く飲む気になれない。

 

「フランにはよく言い聞かせておくわ。それと、紅魔館での無期限滞在を許可するわ」

「……そりゃ、随分と高待遇だな。衣食住には困らなさそうだ」

「当然よ。下手をすれば、貴方の命を奪っていたのだから」

 

 それだけのことをしてしまったと、レミリアは本当に申し訳なく思っていた。そのために、紅魔館でいつまでも暮らして良いという慰謝料を払うと決めたのだ。

 だが、レヴァは首を横に振り、自嘲気味に笑った。

 

「魅力的な提案だが、断らさせてもらう」

「理由を聞かせてもらっても良いかしら?」

「別に大したことじゃないが、俺はこの幻想郷をもっと知りたい。どんな奴らがいて、どんな世界なのかを、この身で感じたい」

 

 図書館の魔女と一緒にいたくない、という一言は飲み込み、それっぽい理由を言って納得させようとする。

 

「そう……それなら、ここを拠点として使うのはどうかしら? 旅をするとしても、確実な拠点が一つはあったほうが良いでしょう?」

「そんなことで迷惑をかけるのは、俺のプライドが許さん。野宿やらその日暮らしには慣れてるしな」

 

 パチュリーに顔を合わせたくない、という本音はあくまで隠す。

 

「図書館には、いろんな書物があるの。もしかしたら、そこに貴方が欲しているものがあるかもしれないのよ?」

「それはマジで勘弁してくれ」

 

 思わず本音が出た。レミリアはそれを聞くなり、小さく笑った。

 

「その本音が聞きたかったのよ。大方、パチェが何か失礼なことをしたんでしょうけど」

 

 まあいいわ、とレミリアは仕方なさそうな笑みを浮かべた。

 

「パチェは知的好奇心を満たすためなら、どんなことでもしかねないからね」

「さすがに、相棒を弄くり回されて銃口を向けられるとは思ってなかった」

 

 バレてしまってはしょうがないということで、パチュリーへの嫌悪感を前面に出した。

 

「それで? 俺はあんな奴と顔を突き合わせながら滞在しなくちゃいけねぇのか?」

「ここにいれば、咲夜が色々とサービスしてくれるわよ」

「お嬢様。勝手なことを言わないでください」

「あら、冷たいことを言うのね。せっかく外の世界での貴女を知る異性がいるのに」

「彼とはそういった関係ではありませんので」

 

 今度は当事者そっちのけで雑談に興じている。それはマナーとして一体どうなのだろうかと感じたが、いちいち指摘することを面倒に感じたレヴァは、そのまま席を立った。

 

「悪いが、何と言われようともここに留まる気は無い」

「そう。なら止めはしない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様」

 

 レヴァが紅魔館から出て行く様を見ながら、咲夜は咎めるような視線でレミリアを見ていた。

 

「そんなに怖い目をしないで頂戴。こうでもしないと、貴女が引き留めてたでしょう?」

「………」

「大丈夫。彼はそう簡単に殺されるような人間じゃ無い。五年間も一緒にいた貴女が信用してあげなくちゃ、彼は誰を信じたらいいのかしら?」

 

 咲夜は答えられなかった。

 レミリアの言う通り、咲夜はレヴァを引き止める気でいた。正確には、紅魔館への滞在を選ぶと思っていた。

 

 幻想郷では外の世界の常識が通用しないことが多い。いくらブラッド・コネクトという常軌を逸した銃を持っていても、無茶なことは無茶に変わりはない。

 人間が住む人里を離れれば、いつどこで妖怪に襲われるかわからない。人間など、そこらへんの落ち葉のように簡単に潰されてしまう。

 

 いくら数々の殺しを遂行してきたレヴァといえども、妖怪相手では不覚をとる可能性は高いだろうと、咲夜は考えていた。

 

「彼は……確かにレヴァは戦う術を持った人間です。ですが、私のように能力を持った人間ではありませんし、あの銃も、血を消費するために無制限に撃てるわけではありません」

「それでも、私よりも凶暴なフランを倒した。これは評価すべきことよ。少なくとも、そこら辺をうろついている木っ端妖怪に負けるわけがない」

「………それは、運命を見ているのですか?」

「どうかしら?」

 

 悪戯っ子のような笑みを浮かべるレミリアに、少しだけ不信感を募らせつつも、レミリアに合わせて笑っていた。

 



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4話

 紅魔館を離れ、行くあてもなく歩くレヴァ。

 一旦人里に戻るという選択肢もあることはあるが、慧音にあれだけの啖呵を切って置きながら、『行くあてがないのでまた泊めてください』と言えるわけがなかった。ただ、紅魔館に残れば、いやでもパチュリーを顔を合わせることとなる。レヴァにとってはその方が嫌だった。

 

 門を出た時に、美鈴が簡単に地理を教えてくれたものの、大抵の場所は危険だと言っていた。危険が少ない場所に行こうにも、歩いて行くには遠い。

 

「どうしたもんかねぇ」

 

 美鈴曰く、博麗神社に行くことをオススメするとのこと。そこの巫女である霊夢とはすでに面識があるため、行くことには別に問題ない。

 ただ、霊夢の育ての親も博麗神社に住んでいるらしく、そっちとも顔を合わせておけと言われた。

 

「親、か……」

 

 ふと、自分が銃貴十二士のリーダーであったオーデルに拾われた時のことを思い出した。

 

 どこの国かもわからないスラム街に放り出されていたレヴァは、何もわからないままにオーデルに連れていたことは覚えている。だが、それまで何をしていたかということは何も覚えていない。

 当然のように親の顔も覚えておらず、自分が捨てられたことや、親が略奪行為で処刑されたことは、オーデルに拾われてから三年後のことだった。

 

 ちなみに、レヴァというファーストネームは、オーデルがレヴァを拾った場所が『キッチンズレヴァ』という店の裏だったことからつけられた。ゼクトールというファミリーネームは、オーデルの愛人とされる女性のものをそのまま使っている。

 

 

 

 

「いや、気にしちゃいけねぇ」

 

 頭をガシガシと掻いて、思考を中断させる。

 例え親だったとしても、子供を捨てるような顔も知らない奴のことを考えても仕方ない。レヴァにとって親と言える存在は、オーデルを含めた銃貴十二士の人間である。

 今となっては全員亡き人となってしまったが、八年の歳月こそが、レヴァにとっては全てである。

 

「小せぇ野郎だな、レヴァ」

 

 軽く、自身の頬を叩く。ピリっとした感触が僅かに頬に残り、鬱屈とした思考を頭から追い出した。

 

 そして、来た時と同じようにブラッド・コネクトを介して生成した血のロープを使い、ターザンのように木々の間を通り抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、博麗神社にて。

 

「紫。確かに霊夢を鍛えて欲しいとは言ったが、コレはやりすぎだ」

 

 現博麗の巫女である博麗霊夢と共に博麗神社に住んでいる、先代の博麗の巫女、博麗霊迦が苦言を呈していた。

 

「そんな風に言わなくてもいいじゃない。霊夢が思ったより食らいついて来たから、思わず、ね?」

「ね? ではないだろう。スペルカードルールの作成に協力した奴が、弾幕で相手が昏睡状態になるまでやめないとは……」

「それについては反省してるわ」

 

 そう言いつつも、扇子で口元を隠す紫。笑っているのは明らかで、反省しているのかどうかわからない。

 霊迦は盛大にため息を吐くと、隣に敷いている布団で眠っている霊夢の頭を撫でた。

 

「拳しか知らない私には、スペルカードなんてものはわからん。だから、頭を下げて紫に頼んだのだがな」

「わかってるわ。だからこそ、今までになく厳しくしたのよ」

 

 霊迦に習うように、紫も霊夢の頭を撫でる。

 

「この子に教えた『夢想天生』だけど、あれは基本中の基本。完成形にはまだ程遠いわね」

「 最終形は、誰にも手がつけられなくなるという話だったが……」

「それでも、霊迦の力には及ばないけどね」

「力を持ちすぎて良いことなど、一つもない。それは紫も経験しているだろう?」

「……まあね」

 

 霊夢が、くすぐったそうに身じろぎをする。驚いた二人は手を退けたが、再び気持ちよさそうに寝入ってしまった霊夢を見て、二人とも微笑んだ。

 

「貴女も、だいぶ丸くなったわね。霊迦」

「それはお互い様だ」

 

 つい十年ほど前まで、力のある妖怪が人間やその他の弱小妖怪を蹂躙し、覇を争っていた。

 このままでは幻想郷が滅びると危惧した紫は、人の身でありながら尋常ではない力を持っていた霊迦に目をつけ、幻想郷を守る存在である博麗の巫女として選定。幻想郷の崩壊を防ぐという大義名分のもとに振るわれたその力の前では、大妖怪ですらまともに手が出せなかった。

 

「そういえば」

 

 霊夢の寝顔を見ながら、霊迦が思い出したように言いだした。

 

「レヴァという外来人がいるらしいな」

「ああ、変わった武器を持っているあの男ね。それがどうかしたの?」

「いや何。霊夢の口から魔理沙以外の人間の名前が出るのが珍しくてな。少し気になっただけだ」

「悪い男に引っ掛けられてるのかが心配なの?」

「もしそうなら、自力で撃退しているはずだ。いつになく楽しそうに話していたから、悪いやつではないはずだ」

 

 霊迦としては、是非ともレヴァという男に会って見たいという思いがある。だが、いきなり呼びつけるのも不躾である。

 だが外来人ならば、遅かれ早かれ博麗神社にやってくるだろう。何も急く必要はないと思っていた。

 

 そこで紫がニヤリと口角を釣り上げ、自身の隣に空間の裂け目を出現させる。

 

「なら、実際に会ってみましょうか」

「おい、まさか」

 

 無理やり連れてくる気じゃないだろうな、と言おうとした時には遅かった。

 その裂け目からそれなりに体つきの良い男が急に出てきて、霊迦がそれを受け止めた。

 

「おっと」

「………」

 

 放り出された男は、自分の身に一体何が起こったかを一切理解できず、目を見開いたまま微動だにしない。

 

「……紫」

「そ、そんな睨まなくてもいいじゃない。それにほら、どこに行くかわからないし」

「何も言わずに急にスキマで連れ去る奴があるか。昔の私であれば、その場で殴ってるところだぞ?」

「それは勘弁して欲しいわね」

 

 謝罪をしつつも、紫に反省の色は見られない。霊迦は内心ため息を吐きつつも、腕の中で目を白黒させている男の顔を見た。

 

「驚かせてすまない。こっちの胡散臭い女が君をいきなり連れて来たものでな」

「……なんか、なんでもありだな。幻想郷って」

 

 心配そうな霊迦を他所に、男はしみじみと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊夢の育ての親に、幻想郷を管理する大妖怪……」

 

 霊迦の方からレヴァを連れて来た理由を説明した後、自己紹介をしあった。

 

「まぁ、いつかは顔出しをしなきゃとは思っていたが………事前に話してくれりゃもう少し身だしなみも整えたんだが」

「あらあら、随分と余裕があるのね」

「相手がとびっきりの美人なら、それに見合うだけの格好をするのが基本だ」

 

 そう言いながら、レヴァは二人の顔の高さから視線を下げないように注意していた。

 原因は、女性らしさの一つを象徴する、胸部の双丘。外の世界でもそうはいないであろうサイズは、道ゆく男の視線を掃除機のように集めてしまうだろう。

 

 そこは『スタイルの良い女性こそ、体よりも顔を見るべし』というオーデルの教えが役立っていた。

 

「び、美人か……」

 

 ありがと、と余裕の笑みを浮かべる紫に対し、霊迦は頬を染めてレヴァから視線を逸らしていた。

 

「そう恥ずかしがる必要はない。美人であることは、誇るべきことだ」

「い、いや……霊夢ならまだしも、私は……」

「そういった謙遜は、時に嫌味にしか思われない。なら、第三者が認めた事実は事実として捉えるべきだろうさ」

 

 口説いているようにしか見えないが、これがレヴァの素なのだろうと紫はわかっていた。

 とはいえ、目の前で甘い会話をされるとむず痒いものがある。紫はわざとらしい咳払いを一つして、無理やり会話を中断させた。

 

「男女の会話には興味があるけど、それは後で存分にやって頂戴」

「べ、別にそういったものではないぞっ!」

「はいはい」

 

 ムキになって反論する霊迦を、紫は子供を相手にするときのように流した。

 

「では、レヴァ・ゼクトールさん。私は管理者として貴方のような外来人のことを把握しなくてはならないの。だから、貴方自身のことについて話を聞かせてくれないかしら?」

「俺のことか………何を話すべきかは、俺が選んでもいいのか?」

「ええ。お任せするわ」

 

 答えにくいことや答えられないことについて聞かれたら困るものだが、何を話しても構わないと丸投げされるのも困るものである。

 レヴァは話の種程度になる話を頭の中で選び出し、話す順番を組み立てる。

 

「んじゃ、俺の名前についてからだ。知っての通り、名前はレヴァ・ゼクトール。元々名前はなかったんだが、拾ってくれた師匠が拾った場所と愛人の名前を組み合わせた名前をつけてくれた」

「孤児なのか?」

「いや、捨てられたらしい。そん時にはもう十二歳だったらしいが、師匠に出会うより前のことは、全くといっていいほど覚えていない」

「………」

 

 捨てられた。その言葉に、霊迦は黙った。

 レヴァはその変化に気付きながらも、話を続けた。

 

「んで、師匠に拾われてから、生きるための術を叩き込まれたさ。体術、暗殺術、処世術、家事、話術、その他諸々って感じだな。家事はいつまで経っても出来ないままだったが」

「どのレベルかはわからないけど、その分だと相当仕込まれたようね」

「ああ。そのせいで、女誑しだのすけこましだの言われてる」

「そうね。初対面の相手に美人だとか言えるのは、人間には珍しいわ」

 

 扇子で口元を隠す紫。その隣では、なんとか顔の赤らみを抑えようと奮闘している霊迦。

 なんともちぐはぐな二人ではあるが、一度その力を振るえば、レヴァなど灰も残らず抹消することができるのである。

 

 会話をしながら、レヴァは暗に『余計な騒ぎは起こすな』という紫の思いを感じ取っていた。だからこうして警戒心や敵対心を見せず、嘘も吐かない。

 

「んで、そっちで寝てる霊夢は大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。ちょっと修行に熱が入りすぎちゃっただけでね」

「誤解しないように言っておくが、霊夢は紫に扱かれてな。ここに運ばれて来た時には酷い怪我をしていた」

「随分と熱意ある指導をしていたようで」

 

 霊夢の寝顔は綺麗なもので、レヴァが見て来たやさぐれた表情は欠片もない。見た目相応の少女らしい寝顔に、レヴァは少しだけ見惚れていた。

 まるで、一つの完成された絵画に心打たれるかのように、思わず見入ってしまう。

 

「もしかして、霊夢の興味があるのかしら?」

「仲良くしたいとは思ってるが、アンタの言う興味とは違うと思うぞ」

「別にいいじゃない。見た目は申し分ないし、普段は素っ気ない態度をとるけど、本当は優しい子なのよ?」

「それはわかる気がする」

「あら、そこに気が付けるなら、ただの女誑しじゃないわね」

「れ、霊夢にはまだ早いとは思うのだが………」

 

 二人が霊夢について話していると、霊迦がおずおずと会話に割り込んで来た。

 その様子は年頃の少女が男女の情事を耳にした時のようなもので、レヴァと紫は揃って笑った。

 

「別に娶るとかそんな話じゃねぇさ。そうしたいと思えるほど霊夢が可愛らしいってことだ」

「そうよ。それに、こんな何処の馬の骨ともしれない男に、霊夢は任せられないわ」

「そうか……そうだな……」

 

 霊迦が安心したもの束の間。紫の発言に対してレヴァがこめかみに青筋を浮かべた。

 

「おい、そりゃどういう意味だ?」

「どういう意味って、そのままの意味よ?」

「どうしてだろうな。普段ならこんな挑発はどうでもいいが、テメェに言われると無性にムカつくな」

「酷い言われようね」

「第一、いきなり連れてくる手段だって無茶苦茶だろ? なんだよスキマって。胡散臭いにもほどがあるぞ」

「そう言われても、私はそういう妖怪だから仕方ないわ。霊迦もそうだけど、みんな揃って胡散臭いとか言うから、私の信用はガタ落ちよ」

 

 

 一人は娘に関して、二人はお互いの言葉に心を乱す。

 幻想郷の管理者とも呼ばれる者の威厳は、あまり感じることがないレヴァであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ。アンタが異変を解決したのね」

 

 しばらくここにいると良い、という霊迦の提案により、とりあえず霊夢の目が覚めるまで博麗神社にいた。

 日もすでに沈みかける時間に目を覚ました霊夢に、今回の騒動について話をしていた。

 

「自分たちでは解決できないからってことで、外に助けを求めた結果らしい」

「傍迷惑なことね。それで人里はとんでもない被害が出たっていうのに」

「まぁそう怒るな。まだ片付いてない問題があるが」

「……まだ何かあるの?」

 

 霊夢は心底鬱陶しそうに眉間に皺を寄せた。

 

「レミリア嬢……紅魔館の主とその妹が、吸血衝動で苦労してるらしくてな。妹に関しては、それで暴れてたな」

「吸血衝動ねぇ………アンタが飲ませれば良かったじゃない」

「そう思ってたが、どうも吸血鬼に血を吸われると、自律行動ができない眷属になっちまうらしい」

「それこそ、罪人を突き出せばいいじゃない」

 

 霊夢の言うことは最もである。

 この幻想郷で罪を犯した人間は、人里にある牢に監禁される。あまりにも凶悪な場合は処刑をすることもあるが、基本的には監禁してしばらくしたら解放される。期間は人それぞれだが。

 

「まあそう言うな。レミリア嬢は、なんとしてでも人間の血を飲まないつもりらしい」

「馬鹿馬鹿しい……」

 

 大抵の人間は妖怪に手も足も出ない。理不尽な死人が出たとしても、妖怪が絡んでいたとなれば自然災害のように扱われる。

 要するに、『妖怪が絡んでるなら、どうなろうと仕方ない』という考えである。

 

「………」

 

 レヴァはレミリアと会話したときのことを思い出す。

 レミリア自身も吸血衝動に襲われていると話していたが、そんな様子は見受けられなかった。恐らくは相当我慢していたのだろう。

 

 そして、フランに吸血されても眷属にならなかったことも思い出した。

 自己犠牲などはレヴァの性に合わないことだが、紅魔館には咲夜がいて、下手をすると咲夜だけでなく人里の人間にも被害が及ぶ。

 そうなる前に眷属にならない自分が血を吸わせれば良いのではないか。上手くいけば、自分が多少貧血になるだけで済むかもしれない。

 

 そんな考えが頭に浮かんだ。

 

「霊夢。ちょっと出てくる」

「はぁ? こんな時間にどこに行こうって言うのよ。ご飯ももうすぐ出来ちゃうし」

「ちょいとした野暮用だ。多分今日は戻らないから、霊迦さんには伝えといてくれ」

「ちょっと」

 

 止めようとした霊夢だが、制止を振り切ってレヴァは神社の外に出て行った。

 

 

 

 

 

「変わった男だな」

「っ!? お、お母さん………驚かさないでよ」

 

 一体いつからいたのか、柱の影からヌッと出てきた霊迦に、霊夢の心臓は鷲掴みにされたかのように跳ね上がった。

 

「私の気配を感じ取れないなら、まだまだ未熟だな」

「才能を戦闘に極振りした人に敵うわけないでしょ」

「それより、彼の行き先の検討はついてるのか?」

「十中八九、紅魔館よ」

 

 霊迦はスッと霊夢の隣に座ると、レヴァが出て行った方向を眺めていた。

 

「吸血衝動か……人間にはわからん症状だろうが、相当な苦しみがあるだろう」

「知らないわよそんなこと。それより、ちゃんと炊事はできたの?」

「……粥ならできたぞ?」

「はぁ………」

 

 博麗霊迦という女は、その力故に多くの人妖から恐れられ、名前を呼ぶことも恐れ多いと言われているほどである。

 しかしその実、戦闘以外はできた試しがないと言われてるほどに不器用なのである。

 霊夢が怪我をしたということで本日の夕食を作ることになった霊迦だが、野菜を切れば俎板ごと切れるか包丁が折れるか、火を扱えば材料を焦がすわで、一番基本の米を炊くだけでも一苦労。

 かれこれ三刻(約六時間)もの間、夕食を作るために奮闘した結果が粥だけと言う残念な結果となってしまった。

 いくら育ての親だとはいえ、霊夢は落胆を隠しきれずに盛大なため息を吐いた。

 

「もう私がやるから、お母さんはレヴァを追いかけといて」

「うぬぅ………」

 

 わかっていたことではあるが、面と向かってはっきり言われるとくるものがある。それが自分なりに愛情を持って育てた娘からならば尚更であろう。

 

 反論の余地があるわけもなく、霊迦は霊夢に言われた通り、レヴァが向かったであろう紅魔館へ向けて移動を始めた。

 

 

 

 

 

###########################################

 

 

 

 

 

 紅魔館の一室では、レミリアが手足を縛られた状態でベッドに転がされていた。

 誰かにやられたというわけではなく、自分から咲夜を通じて美鈴に頼んだのである。

 

「うぐ……」

 

 念のために、咲夜が部屋に入ることは禁止している。それでも震えが止まらなくなってきた。

 

「いよいよもって、私も限界ね………」

 

 そう呟きながら、ふと昔のことを思い出した。

 

 

 それは、レミリアやフラン、紅魔館が外の世界にあった時のこと。

 多くの罪人が、レミリア・スカーレットという吸血鬼を恐れた人間たちによって生贄にされ、レミリアはそれを拒むことなく全て眷属にした。

 

 当時はウェアウルフとの抗争もあり、先手を打つために様々な場所へと攻め込んだ。

 その過程でパチュリーや美鈴に出会い、スキマ妖怪である八雲紫にも出会った。紫の提案で幻想郷に来たとき、レミリアは自分がいかに井の中の蛙であったのかを思い知った。

 

「本能なんかに負けるなんて……いい笑い者よ………」

 

 ただ、自身が大妖怪である自覚とプライドはある。たとえ眷属がいなくとも、たとえ吸血衝動に駆られようとも、自分が自分で無くなることを良しとはしない。

 

 なぜそこまでプライドにこだわるのかは、自分でもわからない。

 

「……っ」

 

 縛られている手で、ベッドのシーツを掴む。

 シーツ自体は上質なもので、手触りは良いはずである。だが、今のレミリアからすればそれすら鬱陶しい。

 

 もうすでに日は沈み、空には輝かしい月が浮かんでいる。吸血鬼にとっては最も活発に活動できる時間帯であるが、それが吸血衝動に拍車をかける。

 

「あ……がぁっ………!」

 

 内臓が焼けるように熱くなる。喉が張り付くように乾燥し、全身が熱くなる。

 

 血が、欲しい。

 何よりもまず、血が欲しい。

 

 真っ先に『血を飲みたい』という考えが湧く。思考が紅く紅く塗りつぶされていき、視界を覆ってしまう。

 

 

 

「お嬢様!」

 

 消えていく自我の中で、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 目を覚ますと、ベッドで寝ていた。先ほどのように手足は縛られておらず、いつものように体を横たえていた。

 

 上体を起こし、自身の体を確認する。

 吸血衝動による気持ち悪さや体の震えはなくなっており、むしろ調子が良いほどである。

 衝動を完全に抑えることができたかもしれないという期待がある反面、咲夜を襲って吸血してしまったかもしれないという不安が込み上げてくる。

 

「よう。大丈夫そうだな」

 

 不意に声をかけられた。

 視線をやると、壁に寄りかかっているレヴァがいた。

 

「貴方……どうしてここに?」

「麗しき主の寝顔でも見に来た、とでも言っておこうか」

 

 レヴァを賓客として扱うように指示はしたが、咲夜を遠ざけた時点で『人間を近づけてはいけない』と言うことはわかっているはずにも関わらず、レヴァはここまで案内されている。

 

 そして、フランに吸血されても眷属にならないことを思い出し、一つの可能性に行き当たる。

 

「もしかして、貴方の血を……」

「ああ。熱烈なハグと首筋へのキスなんて、随分情熱的だな」

「………」

「そう絶望したような顔しなさんな。お前さんは何も悪いことはしてないし、それに俺が血を飲ませたいと思ったわけだからな」

 

 そう言いながらレミリアの頭を撫で、 その口にわざとらしく首を押し当てる。

 

「是非とも、俺の血を飲んでくれ。そうしてくれれば、俺も嬉しいからな」

「……そう」

 

 レミリアは仕方なさそうな笑みを浮かべ、レヴァの首に甘噛みをした。それでも牙が刺さる感覚が確かに感じられ、生暖かい粘性を持った液体がレヴァの皮膚とレミリアの口の間に溢れ出る。

 慣れない感覚に、レヴァは一瞬だけ体を震わせた。

 

「さっきと違って、優しい吸血だな」

「あら、痛い方が好みなのかしら?」

「どっちも悪くないが、できれば甘い言葉を囁きながら優しくして欲しい」

「欲しがりさんね」

 

 口に含んだレヴァの血。それはどのような甘味よりも甘く、どのような紅茶よりも美味しい。

 やはり、本能には逆らうことができないことを実感すると同時に、自分はどうして意地を張っていたのだろうと疑問に思っていた。

 だが、そんなことはもうどうでもいい。今はただ、この甘露を味わい尽くすだけである。レヴァも、それを望んでいる。

 

「外の世界で何千人の血を飲んできたけど、貴方の血は誰の血とも似つかないわね」

「ナンバーワンよりオンリーワンを地で行くのが俺のスタイルだ」

「そのオンリーワンのせいで、私の理性は揺さぶられてるのよ? 責任、とってくれるわよね?」

「おいおい。男が絶対に断れない台詞トップ3を言われちゃ、断る方が無粋ってもんだろ?」

「そうね。断ったら八つ裂きにしようかと思ってたわ」

「そこまで愛してくれるとは、光栄の極みだ」

 

 レヴァの皮膚に付着している血を舐めとる。側から見ればその行為は扇情的で、ともすれば男女の営みの前戯のように思われるかもしれない。

 

「厚かましいお願い、してもいいかしら?」

「仰せのままに」

「フランにも、貴方の血を飲ませて欲しいの。あの子も吸血衝動が酷いから」

「それなら、フランを止めるときに大量の飲ませてるから問題ないだろうさ」

「そう」

 

 口の周りについた血を舐めとるレミリア。そして、ニヤリと口角を釣り上げる。

 

「それじゃ、特別に見せてあげるわ。私の本来の姿を」

「そりゃ光栄だ」

 

 吸血鬼がいくつも姿を持っているなんて話は聞いたことがないが、断る理由はない。

 レヴァとしては、感謝の表し方の一つとしか思っていなかった。

 

「それじゃ、いくわよ………」

 

 レヴァから数歩離れたレミリアの体が光り、バキバキと痛々しい音が鳴り始める。

 そこで驚くのはまだ早く、レミリアの体が変形し始めた。中の骨から変形しているせいなのか、変形の過程で何度も内側から突起のようなものが出入りしている。

 その様子を、レヴァは黙って見ることしかできなかった。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 変形が終わり、レミリアは何事もなかったかのようにレヴァの目を見る。

 

「これが、私の本来の姿。五百年の時を生きた吸血鬼、レミリア・スカーレットよ」

「……はは」

 

 乾いた笑いが出た。なんせ、さっきまで子供の姿でしかなかったレミリアが、『大人になった』のだから。

 

「どうかしら?」

「ああ。魅力的過ぎて、声も出なかった」

「そう言ってもらえると、わざわざこの姿を見せた甲斐があるってものよ」

 

 見せつけるように、さりげなくポーズをとるレミリア。その仕草はさながら高級娼婦のようで、レヴァの劣情を煽る。

 

「だが、いつもその姿でいることはできないのか? その方が俺は嬉しいが」

「そうしたいのは山々なんだけど、この姿になるには相当量のエネルギーを消費するのよ。人間の血を飲まないとやってられないわ」

「だったら、俺が血を提供すれば、いつでもその姿を見せてくれるってことか?」

「私としても、貴方の良質な血を飲めるなら、それくらい安いものよ」

 

 レミリアの発言に、レヴァは首を横に振った。

 

「おいおい、女が姿を晒すことを安いなんて言っちゃいけねぇ。今のお前さんの姿を見るためなら、全財産を支払うって男がいてもおかしくない」

「それは私を口説いてるって認識でいいのかしら?」

「ご想像にお任せする」

「狡いわね。言うだけ言って、あとは相手に丸投げするなんて」

 

 とは言いつつも、妖艶な笑みを浮かべるレミリア。

 

「そうね。私個人の感情で答えるなら、貴方と添い遂げるのも良いのかもしれない」

「だが、そうはいかないんだろ?」

「ええ。幻想郷において、一定以上の力を持つ妖怪が婚姻を結ぶとなると、それなりに大きな事件になるわ。そのときに起こるであろう不都合もあるの」

 

 レヴァとしては別に口説いていたつもりはないのだが、それでも振られるとくるものがある。

 それを表情に出さずに、ニヒルな笑みを浮かべた。

 

「まぁ、関係の在り方はそれぞれだ。結婚したからと言って仲睦まじい訳でもなければ、同輩との絆が夫婦関係を上回ることもある」

「そこは明確な価値観を持っているのね。安心したわ」

 

 そっとレヴァに歩み寄り、その頬に手を当てるレミリア。

 

「とりあえず、今回のことについては感謝しかないわ。この先、もし困ったことがあったらいつでも言いなさい。私のできる限りで協力するわ」

「そいつは重畳」

「ふふ♪ 私は欲深いから注意しなさい。一度できた縁は、なかなか解かせないわよ?」

「こちらこそ、この出会いを家宝にしたいくらいだ」

 

 この良き出会いに乾杯、と言い出すレヴァに、レミリアは思わず吹き出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 そんな会話を、部屋の外で聞いている者がいた。

 白と紅を基調とした色合いで、足の付け根や脇やらを露出させる意匠は製作者の感性を疑うが、その服こそ博麗神社の巫女である証である。

 そんな目立つ服装をしているにも関わらず、ここまで誰にも見つからずにここまで侵入することができるのは、幻想郷の中でも限られている。

 

 博麗霊迦は、そのうちの一人にして筆頭である。

 

「問題なし、か」

 

 会話だけでなく、二人の”気”の変動を感じ取っていたが、途中でレミリアの”気”が強大なものに変貌した。だが、特に問題はなさそうということで何もしなかった。

 

「ふむ……」

 

 変わった男だ、と霊迦は思った。

 自ら吸血鬼に血を吸われたいなどと言う人間はいない。眷属になる恐れがないとはいえ、自ら血を差し出すなど、幻想郷では狂気の沙汰としか思えない。

 

 霊迦としても、血を扱う輩を好ましいとは思わない。

 だが、そうでもしなくては吸血衝動によって壊れてしまう吸血鬼も、この幻想郷の住人なのである。その存在を認めて受け入れるのも、幻想郷を管理する者の務めである。

 

 それに、レヴァが使う武器がレヴァ自身の血を撃ち出している。武器を介してるとはいえ、血を攻撃手段としている妖怪なんて聞いたことがなく、人間なら尚更である。

 

「……さて、連れて帰るか」

 

 レミリアが何かしないかを監視していたが、特に問題はない。レヴァの要件も済んだのならば、長居は無用。博麗神社でも霊夢が夕食の用意をしてくれているため、遅くなりすぎると拗ねてしまう。

 霊夢は感情をあまり表には出さないために分かりにくいが、一度拗ねると十日ほどは臍を曲げたままになってしまう。家事や神社の管理などをほとんど霊夢にしてもらっている霊迦からすれば、下手をすると死活問題になりかねない。

 

『まぁ、今日はもう遅いから帰りなさい。その様子だと、ちゃんと拠点を見つけたみたいだし』

『一応な』

 

 部屋の中からそんな会話が聞こえてきた。もうすぐレヴァを解放するらしい。が、霊迦の意識下に何かが干渉している。

 霊迦が感じていたレミリアの”気”と同質の者であると即座に理解した霊迦は、僅かに微笑んだ。

 レミリアが力を解放すると、気配を絶っている霊迦を感知できるということが判明したためである。

 

「どこまで成長するか……楽しみだな」

 

 

 

 かつて、妖怪の跋扈する幻想郷をその拳のみで平定した巫女。『鬼神』『破壊神』『邪神』などと言われていた彼女にとって、匹敵するかもしれない存在の発見は嬉しいことであった。

 

 

 

 

「っと、霊迦さん」

「話は終わったようだな」

 

 部屋から出てきてすぐ、レヴァが霊迦を視界に捉える。

 

「霊迦さんも、レミリア嬢に用事なのか?」

「いや、レヴァを迎えにきた。霊夢が夕食を作って待っているからな」

「そいつは良いことを聞いた。手料理が食べられるとなれば、急いで戻らなくちゃな」

 

 そういって紅魔館を出ようとするレヴァであったが、霊迦がその肩を掴んで止める。

 何か、と言うレヴァの問いを答える間も無く抱きかかえられ、その場から消滅するように姿を消した。

 

 

 

 

 霊迦とレヴァの気配が消えたことを感知していたレミリアは、小さくため息を吐いていた。

 

「別に暗殺者みたいに侵入してこなくても、正面から入ればよかったのに」

 

 美しき吸血鬼の呟きは、夜空に浮かぶ月に吸い込まれていった。

 



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5話

 久しぶりに人里にやってきたレヴァは、紅い霧の時の騒ぎがなかったかのような光景に安堵していた。

 道ゆくレヴァの隣には、仏頂面の霊夢がいる。

 

「慧音にいちいち礼を言いに行くなんて、律儀なものね。なんで付き添わなきゃいけないかわからないけど」

 

 その声音は些か不機嫌で、どうしてレヴァの用事に付き合わなくてはならないのかと主張しているようだった。

 

「そう言うな。異性と街を歩くことに慣れてて悪いことはない。それに、霊迦さんからのお達しだたらな」

「そうよ。何でお母さんが私をレヴァに付き合わせるのよ」

「そればっかりは霊迦さんに聞いてくれ」

 

 とは言いつつ、レヴァは霊迦から目的を聞いていた。

 霊夢はただでさえ人里で恐れられている。これから数十年は博麗の巫女として活動するためには、他の人間との関わりも必要になってくる。

 それ以上に、霊夢の荒んでいる心のリハビリのためでもあった。

 

「全く……ただ買い物するだけなのに、どうして寺子屋まで行かなくちゃいけないのよ……」

 

 子供は嫌いなの、と文句を言っている霊夢を他所に、レヴァは今後のことについて考えていた。

 慧音の時と同じように、ずっと博麗神社に世話になるわけにはいかない。

 一番なのは、自分で家を建てることであるが、そんな学はない。町の大工に頼むにしても、それだけの金は持っていない。

 紅魔館に行けばその問題が解決するが、パチュリーの性格を受け入れることができないレヴァとしては、そのストレスに耐えられるとは思えない。

 

 

 それと、何かしらの事件が起こった時に動くのも悪くないと思っている。

 一人で自警団のような真似をしても良いかもしれない。

 場合によっては、妖怪退治を専門にした霊夢の同業者として活動すれば、人里でのある程度の生活は保証される。悪くないが、どんな妖怪がいるのかを把握していない状態では危険でしかない。

 その点は、霊夢や霊迦から教わることで知識を補填できるため、大した問題にはならない。

 

 

「レヴァ」

 

 思考の海に溺れていたところで、後ろから肩を掴まれた。

 

「……咲夜か」

「紅魔館の使用人じゃない。こんな場所に何の用?」

 

 レヴァの後ろに立っていた咲夜に、霊夢は鋭い目を向ける。

 

「別に、日用品などの買い出しに来ただけよ」

 

 霊夢の態度が気に入らなかったのか、咲夜は咲夜で棘のある声で答える。

 

「随分ふてぶてしいわね。流石は身内のことですら解決できない駄妖怪の従者は違うわね」

「言ってなさい。人間に理解してもらおうなんて思ってないから」

 

 目と目が合ったらバトルというわけではないが、一触即発な霊夢と咲夜。周囲の人間も異常を察知し始めたのか、離れた位置からその様子を眺め始めた。

 

「まさか、今度は人里で騒ぎを起こそうなんて思ってるんじゃないでしょうね?」

「そんなことをする暇があったら、ナイフの手入れでもするわ」

「おいおい、二人とも。そんな殺気立ったところで何も良いことはねぇだろ」

 

 レヴァが睨み合う二人の間に割り込み、ブラッド・コネクトを咲夜の額に、突き出した二本の指を霊夢の目に突きつけていた。

 

「今なら指だけで楽しい血みどろハッピーなことができるんだが、どうする?」

「「………」」

 

 決して避けられないわけではない。やろうと思えば、レヴァを一瞬で再起不能にすることができるが、闇をも凌ぐような目を見て、思わず肩に入った力を抜いた。

 

「冗談よ。ここでおっぱじめようなんて、人間として終わってるわ」

「そうね。今回はレヴァに免じて許してあげる」

 

 双方矛を収めたところで、レヴァも構えを解く。その目はすでに光を取り戻し、剽軽で女誑しな男が立っていた。

 

「女同士の修羅場を経験するのは男として成長できる良い機会だが、できる限り血は見たくないんでね」

「血を扱う貴方が言うと、説得力が違うわね」

「おう。だから、仲良くしろとまでは言わないが、荒事は勘弁な」

「前向きに検討するわ」

「ちょっと。私を無視して話を進めないで頂戴」

 

 軽快なテンポで話をするレヴァと咲夜の間に、霊夢が割って入った。レヴァのように物騒な行動にはでないものの、咲夜を睨んでいる。

 

「だから二人とも」

 

 やめてくれ、とレヴァが言いかけたところで、人里の入り口に設置されている警鐘が鳴り響いた。

 

「この音……妖怪の襲撃ね」

 

 原因がわかった霊夢は、すぐさま警鐘がなっている方向へ飛んで行った。対して、住人たちは霊夢とは真逆の方向、レヴァと咲夜の方へ向かってそのまま通り過ぎる。

 

「妖怪ねぇ……」

 

 幻想郷に来たばかりの時のことを思い出す。

 人里についたと思ったら、襲撃されている最中だった。慧音が一人で食い止めていたが、それ以外に迎撃している人間がいないことから、妖怪退治は基本的に全て霊夢がやっていると考えられる。

 

「行くぞ」

「はぁ……わかったわよ」

 

 レヴァがそう言い出すとわかっていたのか、咲夜は呆れた表情を浮かべつつも、大腿部に隠していたホルスターのナイフを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一言で言えば、圧巻。その言葉に尽きる。

 

 いち早く妖怪の迎撃をしていた霊夢は、妖怪の集団に対して真正面から突撃。周囲に結界や光弾を出現させて、時に拳で、時に御札で妖怪を倒していく。

 しかし、正面に突っ込んだ為に左右に広がっていた妖怪に背後を取られる形となり、いつ不意打ちされてもおかしくない状況になっている。

 

「霊夢、周りを見てないのかしら?」

「援護するぞ」

 

 銃とナイフという組み合わせで、本来人間よりも強い妖怪の集団に攻撃をしていく。

 何も知らない人間から見れば、正気の沙汰ではない。

 

「ニーブレイクをお願い。トドメは刺すから」

「了解」

 

 たったこれだけのやりとりだが、霊夢を取り囲んでいたり、逃げ遅れた住人を襲おうとしている妖怪を優先的に撃破していく。

 その動きは流石は元バディというべきか。

 レヴァに膝を撃ち抜かれて動きが止まったところを、その頭部に咲夜の投げたナイフが容赦なく突き刺さる。

 

 一体倒すのに一票にも満たない早業に、呆気なく倒れる妖怪たち。何事かと振り向いた妖怪にも、その洗礼が例外なく訪れる。

 

「咲夜」

「ええ」

 

 背後から迫る気配を察知したレヴァの呼びかけに、短い返事で答える咲夜。

 次の瞬間、咲夜の背後にいた妖怪の背後に咲夜が立っており、その首をナイフで切り落とした。

「流石だな」

「褒めても紅茶しか出さないわよ」

 

 戦闘中とは思えない会話をしながら、霊夢の援護を続ける。

 

 

 

 

 博麗の巫女という天敵に加え、その撃ち漏らしなどを確実に仕留める二人組の人間。

 予想外の反撃に、妖怪たちは徐々に撤退を始めていた。

 

「逃がさないわよ」

 

 霊夢は妖怪を殲滅しようとしているのか、無表情のままその後を追って行く。レヴァもそれに続こうとしたが、咲夜に腕を掴まれた。

 

「もう援護は必要ないわよ」

「流石に一人はまずくないか?」

「いえ、一人だからこそよ。霊夢は一人の時にしか本気をださないから」

 

 それは、人里に被害を出したくないのか、それとも別の理由か。

 レヴァの頭の中では、その別の理由に当てはまるであろうものが浮かび上がる。

 

「見られたくないのか」

「十中八九、そうでしょうね」

 

 その本気の力こそが、霊夢が人里で怖がられている原因ならば納得がいく。

 だからこそ気になった。怖いもの見たさと言えば聞こえは悪いが、純粋に霊夢の本気がどれほどのものなのかが気になる。

 

「まぁ、やめときなさい。レヴァは大丈夫でも、あっちが大丈夫じゃないと思うから」

「だったら尚更だ。で、言ってやるんだよ。『お前の本気なんて、大したことない』ってな」

 

 咲夜はレヴァの言いたいことを理解していた。

 外の世界にいた時、五年間世話になっていた銃貴十二士には、幻想郷の大妖怪ですら恐れるような効果を持つ銃を使う者もいた。それを考えれば、どんな強さを見せられようとも可愛く見えるだろう。

 

「ほどほどにしときなさいよ」

 

 レヴァは片手を上げることで返事代わりとし、霊夢の後を追って行った。

 

 

 

 

「お人好しなのは相変わらずで安心したわ」

 

 レヴァの背中を見ながら、咲夜は優しげな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんでこんなにしつこく追ってくるんだよ!」

「知らねぇよ! もっと速く走らね」

 

 最後尾を走っていた妖怪の体が弾け飛ぶ。

 

「逃げれるとでも思ってるの?」

 

 戦慄する妖怪たちを、無表情で睨みつける霊夢。その姿が、妖怪たちには般若のように見えていた。

 

 

 逃げ惑う妖怪を倒しながら、霊夢は考えていた。

 木っ端妖怪が人里を襲撃することは別に珍しくない。だが、こうした木っ端妖怪が徒党を組んでの襲撃はそうそうない。

 そんな事象が近いうちに二回もあった。偶然にしては違和感を感じている霊夢は、御札を握る手に力を込めた。

 

「で、アンタはなんでついて来てるのよ」

「か弱いレディを一人で向かわせるのは、俺のポリシーに反するからな」

 

 何食わぬ顔で霊夢の後ろをついて来ているレヴァに、霊夢は顔を顰めた。

 邪魔をしなければ何でも良いのだが、居たら居たで気が散る。

 

「私をか弱いって言いたいなら、本気の私を倒してからね」

「ベッドの上でなら、案外簡単に倒せそうだな」

 

 ドゴ!と霊夢の後ろ回し蹴りがレヴァの鳩尾にヒットした。

 当たりどころが悪かったのか、レヴァはそのまま前のめりに倒れ、一歩も動けなくなった。

 

「ス、スマン………変なこと言った………」

「全くよ」

 

 霊夢と親交を深めるために会話を試みたが、レミリアと違ってその手の話には免疫がないらしい。レヴァは深く反省していた。

 

 だが、霊夢もやりすぎたと思っているのか、レヴァを放っておくことはせずに近くの木に凭れていた。

 

「……そういう話、お母さんにはしないでよね」

「了解した……」

 

 霊迦は美人と言われただけで頬を染めて恥ずかしがってしまうほどに初心である。こんな話をしようものなら、どんな反応が返ってくるか分かったものではない。

 

「それで、何で後をつけてたのよ」

「……妖怪との戦い方を学びたくてな」

 

 霊夢の本気が見たかったと正直に言えば、戦いを見せてくれないかもしれないと思ったレヴァは咄嗟にそれっぽい嘘を吐いた。

 しかし、霊夢はレヴァを睨むと、近づいて胸ぐらを掴んだ。

 

「嘘ね。本当の理由を話しなさい」

「……根拠は?」

「勘よ」

 

 勘というものは、何の根拠もなく、物事の本質や真実を見つけてしまう。それが理由だと行ってしまったらバカにされるだろうが、霊夢は大真面目である。

 その勘というものが、霊夢にとっては十分な根拠として成立するらしい。

 

「あらかじめ言っとくが、これ以上の暴力はNGだぞ?」

「分かってるわよ。で、本音は?」

「霊夢の本気がどの程度か見たかった。そんでもって、『大したことない』って言ってやるのさ」

「………は?」

 

 話された内容に、霊夢は思わず口を開けて素っ頓狂な声が出た。

 

 人間の目の届くところで本気を出したことのない霊夢の本気を知っているのは妖怪のみ。しかし、その本気を見た妖怪は全て退治されるか封印されてしまったため、実質霊夢の本気を知るのは、この幻想郷でも霊迦や紫くらいである。

 

 本気を知らないとしても、人妖からは『そこの見えない化け物』として扱われる傾向のある。

 そんな霊夢に対し、『大したことない』と言うために本気を見たいという酔狂な男が言った。

 

 意味が理解できない。理解できないが、異常であることはわかった。そして徐々にレヴァがどれだけ馬鹿げたことを言ってるのかが理解でき、笑いが出てきた。

 

「随分バカなこと言ってるわね。そんなことしてどうするのよ?」

「いや何、ちょいとした余興さ」

 

 レヴァは優しい手つきで霊夢の手を振り解くと、不敵な笑みを見せた。

 

「ウチの師匠は、世界を敵に回しても簡単に滅亡させられる化け物でな」

「はぁ……?」

「俺はまだ修行中の身なんだが、免許皆伝の前に死にやがった」

「………」

「それで、だ。あんな化け物に追いつくなんざ無理な話だが、人間の霊夢になら追いつけそうかと思ってな」

 

 何故そうなる、とツッコミそうになったが、そこは言葉を飲み込む。

 

「まあ気にすんな。俺の勝手な自己満足と確認がしたいだけだ」

「そう………」

 

 滅茶苦茶なことを言われたが、怒ったり蔑んだりする気力はない。霊夢はただ返事をして、レヴァに背中を向けた。

 

「本気を見せるくらいなら、別にやってあげてもいいわ。でも、邪魔しないでよ」

「OK。むしろ援護するくらいの気持ちでやってやるさ」

 

 その軽口はどうにかならないの? と切に思う霊夢だったが、妖怪を殲滅しようとしていた先ほどとは違い、ドロドロとした感情はない。

 

「……変な奴」

 

 正直かつ失礼な感想であったが、悪い気分ではなかった。

 しかし、レヴァと話をしていたせいで、妖怪を見失ってしまった。妖気を感知できるために追跡は可能であるのだが、面倒が増えたことに苛立ちを覚えた。

 

「アンタのせいで、奴らを見失ったわ」

「なら、妖怪探索という名のデートと洒落込もうか」

「……そんなことばっかり言ってると、いつか夜道で刺されるんじゃない?」

「それも男の甲斐性ってな」

 

 霊夢は呆れてため息を吐いた。しかし同時に、これがレヴァという男であると理解した。

 

 

 

 

 

###########################################

 

 

 

 

 

「それで、一体何の用かしら?」

「随分な言われようね。せっかく良いお話を持って来たっていうのに」

 

 鬱蒼と生い茂る竹林の中に佇む、古めかしい小屋。そこの客間で二人の女が睨み合っていた。

 

「幻想郷(ここ)に匿ってくれたことは感謝するわ。でも、貴女を信用したわけじゃない」

「あくまでも味方や仲間というわけじゃない。でも、敵というわけでもないでしょう?」

「……そうね。八雲紫にかかれば、一瞬で私たちを月に送り返すこともできるから、表面上でも信用しときましょうか」

 

 余裕の笑みを浮かべている紫だが、内心焦りを感じていた。

 それは、目の前にいるのが、かつて自身が侵攻した月の都。そこで『月の頭脳』と言われるほどの切れ者である八意永琳だからというのが理由の一つ。

 

 二つ目の理由は、その月の都から大軍勢が幻想郷に侵攻しようとしていること。

 

「それで、一体どんな話なのかしら?」

「月の軍勢がやってくるらしくてね。このままだと、甚大な被害が出るかもしれないのよ」

「……それ、多分私と姫様を捕らえに来たのよ」

「確かに、貴女たちは罪人にして逃亡者。それが月の頭脳と名高い貴女なら、尚更ね」

 

 そう言いつつも、紫の心中の不安は表情に滲み出ている。他の者なら気づかないほどだが、目敏い永琳は気が付いていた。

 

「そうね………次に月との道が繋がるのは二日後。単なる追ってなら隠れてやり過ごす予定だったけど、そうも言ってられないわ。少しなら協力してあげる」

「そう言ってもらえると助かるわ。まぁ、今回はダークホースがいるから、どう転ぶかはわからないけど」

「ダークホース?」

「幻想郷の外から来た人間なんだけど、特殊な銃を武器として使う男でね。その男なら、月の軍勢を”滅ぼす”ことができるかもしれない」

「………」

 

 紫の言葉に、永琳は眉を顰めた。

 月がどれほどの勢力で、どれほどの軍事力を持っているかは紫自身が身をもって知っているはず。それが、一人の人間の存在で滅ぶというのである。

 どれほど優れた人間であっても、銃だけで月の軍勢をどうしようというのか。

 

 訝しむ永琳に、紫は苦笑した。

 

「まぁ、言いたいことはわかるわ。でも、彼がもし”あの銃”を手に入れれば可能なことなのよ」

「あの銃?」

「撃った対象を生きる屍と化し、生有るものを喰らい続けるようになる」

「……私が言えたことじゃないけど、命に対する冒涜ね」

「貴女はいいじゃない。命の価値を十分理解した上で、お姫様を守るためにやったんだから」

「それで? その銃はどこにあるの?」

「さあ?」

 

 ここに来てとぼけるように答えた紫に、永琳は苛立ちを募らせた。

 

「何が『さあ?』よ。その銃が見つからなかったとして、勝てる見込みはあるのかしら?」

「ないわね」

 

 きっぱりと答えられた。あまりの潔さに、清々しさすら覚えた。

 

「妖怪の賢者が聞いて呆れるわね」

「私にだって、わからないこともできないこともあるの。そんな期待されても、月の頭脳が満足するような結果は出せないわ」

 

 でも、と紫は言葉を続ける。

 

「お姫様の能力で幻想郷全体の時間を止めてくれれば、勝機はあるかもしれない」

「それは、異変を起こせと言ってるのかしら?」

「その通りよ」

「……軍勢が足止めを食らってる間に、その銃を探すつもりね。私たちを異変の主犯に仕立て上げて」

「悪い条件じゃないわよ? もし見つかれば撃退はできるし、その力を知れば無闇矢鱈に追っ手を送り込んで来たりはしないはずよ」

 

 追っ手がどこに潜んでいるかわからないため、永琳としては目立つような行動はしたくない。

 紫の提案は、永琳たちが目立つことなく、周りが動くことで解決できるかも知れないという者だが、如何せん失敗に終わる可能性も考える。

 

「もし失敗したら?」

「幻想郷が滅ぶか、乗っ取られるか」

 

 と言いたいところだけどね、と不敵な笑みを浮かべる。

 

「以前話した博麗の巫女……前博麗の巫女である博麗霊迦が前線に出れば、どうにかできないことはないわ」

「でも、彼女は表舞台に出るには相応しくない存在だと?」

「一言で言ってしまえば、理不尽な力で全てを灰燼と化すような人間よ。それで追い払ったとしても、どこかに理不尽な歪みができてしまう。それこそ、幻想郷が滅亡するかもしれないわ」

「管理人も楽じゃないのね」

「それはそうよ。というか、月が滅びたら滅びたで、月の公転周期が変わるから面倒なのよね」

 

 ではどうすれば良いのか。今の話で得られた情報をもとに、永琳は考える。

 

「じゃ、姫様の能力を使うのは、道がひらけた瞬間にするわね」

「わかったわ。その時に異変解決に来るであろう者の足止めをするけど、たぶん三日が限界よ」

「こちらは迎撃の準備もしておくから、そっちもお願い」

「ええ。それじゃあね」

 

 空間を裂くようにして現れたスキマにより、紫の姿が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「てゐ。出て来なさい」

 

 紫が出て行ってすぐに永琳は動き出した。

 永琳の呼びかけに対して、天井からひょっこりと顔を出した兎がいた。

 

「なんですか? 師匠」

「ここが戦場になるかもしれないから、貴女の部下を逃してから、貴女も逃げなさい」

「ふぅ〜ん………なんか大変なことが起こるんだね」

 

 でもさ、と言いながらてゐは一回転しながら床に着地した。

 

「別に逃げる必要はないよ」

「……そこらへんの木っ端妖怪の襲撃とはワケが違うのよ? 多分、貴女の力だと」

「すぐに殺される、でしょ? 今更じゃん、そんなの」

 

 何故、という問いはてゐの笑顔によって封じられた。

 

「私はさ、死にかけてたところを師匠と姫様に助けられた。自分たちもボロボロだったのにさ」

「………」

「師匠が拾った命なんだから、師匠のために使ってよ。部下のみんなも、姫様からよくしてもらってるから力になりたいと思ってるはず」

「これは私たち月の住民の問題よ。貴女が巻き込まれる必要はないの」

「ねぇねぇ。私が好奇心旺盛のイタズラ兎って知ってるでしょ? そんな面白いことには首を突っ込みたくなるのが、私なんだからさ」

 

 永琳は深くため息を吐いた。

 

 幻想郷にやって来てすぐの頃。この竹林を拠点にしようと考えていたところで、木っ端妖怪に襲われて死にかけのてゐを見つけた。

 気まぐれで助けた命だった。そこで助けて終わりのはずだった。

 

 だが、その縁が今こうして救った命を危険に晒そうとしている。

 その一方で、協力してほしいという思いもある。

 異変を起こせば、幻想郷では敵扱いされる。紫という強力な助っ人がいるとは言え、それでも三日が限度である。自分たちも下手に動くことができないなら、より多くの助っ人が必要になる。

 

「……一つだけ、いいかしら?」

「何?」

「もし相手に剣を持った子と扇子を持った子がいたら、すぐに逃げなさい」

「強いってことだよね。わかった」

 

 永琳の忠告を聞き入れたてゐは、その場を後にした。

 

 

 

「てゐなら大丈夫よ。永琳」

 

 急に目の前に美女が現れた。

 

「姫様……」

「あの子は月のことを知らないけど、力を持たずに数百年は生きてるのよ。生き延びる知恵は、私たちよりもあるわ」

「そう、ですね……」

 

 とはいえ、自分たちの事情に巻き込んでしまったことに変わりはなく、永琳は負い目を感じている。

 

「まぁ、もし何もかもが失敗に終わったとしても、私たちは死なないわ」

「死ねない、の間違いでは?」

「そうね。死ななないし、死ねない。蓬莱人の強みであり、最も弱い部分でもある」

「姫様は私がお守りいたします」

「その必要はないわ。万が一追っ手と対峙した時は、この蓬莱山輝夜の持つ全ての力を行使して抵抗してやるわ」

 

 自身に満ち溢れた笑み。

 自分たちが負けることなど全く考えていない様子に、永琳は思わず口角がつり上がった。

 

「私は、奴らを滅ぼすための銃を探して来ます。姫様はここで留守を頼みます」

「ええ」

 

 こうして戦いに出向くのはいつぶりだろうか。いつもは忍び込んで来た追っ手を暗殺するばかりであったが、自分から動くのは久しぶり。

 武者震いなのか、自身の得物である弓矢を掴む手が震えている。

 

 その手を、そっと輝夜が包み込む。

 

「自信を持ちなさい。貴女は私が唯一天才と認めた月の頭脳、八意永琳よ。あんな多少体を鍛えただけの木っ端供に遅れをとることはあり得ないわ」

「……ありがとう」

 

 永琳は感謝の言葉を述べ、そのまま小屋から出て行った。

 

 

 

 

 

###########################################

 

 

 

 

 

「どう? これでも私が大したことないって言える?」

「ああ、まぁ………無理だな」

 

 妖怪の追撃を行なっていた霊夢とレヴァだが、レヴァの本来の目的が達成されることはなかった。

 

 レヴァが援護をしながら霊夢が妖怪を討伐するという手筈であったが、圧倒的な力で制圧する霊夢を援護する暇がなかった。

 霊夢が大したことがないというレヴァの言葉を撤回させたのが嬉しかったのか、霊夢の表情は少しだけ明るい。

 

「だが、俺の活躍を忘れられても困るぜ」

「そうね。危うく私の頭を撃ち抜きそうだったけど」

「師匠直伝の射撃を舐めるなよ」

「ほんっと、アンタってバカね」

 

 とはいえ、霊夢も自分が撃たれないと勘でわかっていたために別に不満はないのだが。

 

「さて、妖怪も退治したことだし、さっさと慧音の所に行くわよ」

「了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人里に戻った二人は、慧音が住んでいる家を訪ねた。

 レヴァはそこでしばらく泊めてくれた礼を言いに来たのだが、訪ねて来たのがレヴァだと知るなり、慧音は何も言わずに抱きついてきた。

 

「あー、その……来て早々ハグされるとは、熱烈だな」

「……連絡もせず、一体何をしていたんだ? 心配、したんだぞ」

「……スマン。ちょいと冒険しててな」

「馬鹿者」

 

 慧音はレヴァの胸に埋めていた顔をあげると、涙が溢れそうな瞳を見せた。

 

「あの時、お前を止めることができなかったのは私の責任だ。だが、お前の身に何かあったと思ったら……」

「だが、こうして憎たらしく女を侍らせて戻って来たんだ。怒声とビンタくらいはされて当然だ」

「全く………お前というやつは………」

 

 涙を流しながらも、いつも聞いていた軽口に笑みをこぼした。

 

「まぁ、しばらく世話になった礼を言ってなかったからな」

「なんだ、そんなことか。わざわざすまないな」

「というわけで、こっちのお嬢様が大層不機嫌なんでな。そろそろ失礼する」

「ああ。気が向いたら、いつでも来てもらって構わないからな」

 

 レヴァの発言にさらに期限を悪くした霊夢だが、そこは空気を読んで何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一つ、聞いていいかしら?」

 

 博麗神社に続く階段を登っている最中、霊夢が思いついたように聞いて来た。

 

「なんだ?」

「慧音と随分いい雰囲気だった見たいだけど、そういう関係なの?」

 

 いきなりぶっちゃけたことを聞いて来た霊夢に思わず驚きの声をあげそうになるが、レヴァは考える。

 霊夢は下ネタが嫌いだが、自分からこういった話題を振ってくるくらいには許容できるらしい。

 

「そうだな……慧音となら、是非ともそういう関係になりたいと思えるくらい魅力的な女性だ。だが、そうすると色々とな」

「色々?」

「責任、という言い方もどうかと思うが、その関係であるからこその責任がお互い新たに生まれる。それがいつ重荷になるかわからないからな」

「じゃあ、そういうことはしたことないわけ?」

「いや、一応ある」

「………」

 

 途端に霊夢の目つきがきつくなる。

 

「誤解するな。師匠に脅されて、『女一人喜ばす事のできない男は存在価値がない』とか言い出しやがってな」

「破天荒にもほどがあるわね」

「だろ? 結局、他の連中もグルになって、咲夜とスることになっちまった」

 

 言い終わった後で、自分が失言したことに気がつくが、時すでに遅し。

 あの時、咲夜が『こんなことで処女喪失なんて………』と絶望という言葉では生緩い表情で絶望していた。

 

 もしレヴァが他の者にそんなことを話したとバレたら、全力でレヴァに制裁を加えにくるだろう。

 

「な、なぁ霊夢。今言ったことは忘れてくれ」

「……へぇ」

 

 霊夢が悪意のある笑みを浮かべる。

 

「あのメイドに聞かれたらダメなことみたいね」

「そうだ。最悪殺されかねないから勘弁してくれ」

 

 下手をすると、生殺与奪の権を霊夢に握られていることになる。

 霊夢は霊夢で、新しいオモチャを手に入れた子供のような顔をしている。

 

「おい、まさか………」

「紅魔館に行ってくるわね」

「おい! 待て!」

 

 ふわりと霊夢の体が浮かび、まっすぐに紅魔館へ向かっていく。当然、空を飛ぶ事のできないレヴァが追いつける道理はなく、小さくなっていく霊夢の背中を追いかけることしかできなかった。

 



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6話

「まだ夜か……」

 

 博麗神社にて割当たられた部屋で目を覚ます。だが、十分に寝たと思っていたのに、月明かりがこれでもかというくらいに入って来ている。

 それほど寝つきが良かったのかと言われると、正直そうでもない。だが、眠気や気怠さが感じられない。

 

「つってもなぁ………」

 

 これで目を覚ましたのは三度目。時計なんかがあれば現在時刻がわかるのだが、あいにく幻想郷では正確な時間は必要ないために時計は滅多に作られることがない。当然、持っている人間はほぼいない。

 博麗神社も類にもれず時計はなく、霊迦の話だと差し込んでくる朝日が起きる時間を知らせてくれるとのこと。

 

 

 

「レヴァ。起きてる?」

 

 ふと、襖越しに霊夢の声が聞こえた。

 

「どうした?」

「異変が起こったわ」

「こんな時間にか?」

「こんな時間だからこそよ」

 

 霊夢は断りもなく襖を開ける。その姿はすでにいつもの巫女服になっており、今の言葉が本気であることを裏付けている。

 

「夜が明けないのよ。多分だけど、私がまだ知らない奴の仕業ね」

「お得意の勘とやらか」

「ええ。お母さんはだいぶ前から気がついてたみたいだけど」

 

 ただ事ではないということで、レヴァは布団から出て外出の準備を始める。

 

「宛はあるのか?」

「多分、迷いの竹林かしら」

「ああ、あの樹海みたいな場所か」

 

 迷いの竹林に関することなら、慧音の家に泊めてもらっている時に聞いた。

 鬱蒼した竹林で、一度中に入ると相当な豪運でなければ出ることはできず、そのまま野垂れ死ぬというもの。

 

「でもよ。そんなとこに入ったら出られないんじゃないか?」

「は? 空飛べばいいじゃない」

「………そういやそうだったな」

 

 普通の人間で、空飛べばいいなんて思いつくはずがない。流石は幻想郷であると、改めて思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷には、正確な地図が存在しない。あるとすれば、幻想郷の全てを記録している稗田阿求が保管している資料くらいである。

 

「で、あっちに行けば紅魔館があるわ」

「なんともまぁアバウトな」

 

 よって、大体の位置関係だけで地理を把握している。

 

「ところで、俺はいつまで布に包まれて運ばれるんだ?」

「竹林の目の前まで。というか、運んであげるんだから感謝しなさいよ」

「せっかくなら、お姫様抱っこでもして欲しいもんだ」

「バカ言ってると落とすわよ?」

「落とすなら、せめて湖に落としてくれ」

 

 そんな冗談を言いながら、目的地に到着した。

 

 目の前には歩く場所がないほどに竹が密集している。ここまで密集していると色々と問題がありそうだが、それでもレヴァの身長の五倍以上の高さを誇っている。

 

「こりゃ……柴刈りが捗りそうだ」

 

 

 

 

「入ったら出られないけどね」

 

 

 

 

 

 急に背後から声をかけられた。霊夢は臨戦態勢をとるが、レヴァは構えることなく徐に振り返った。

 

「はぁ……面倒な奴に捕まったわね」

「誰が面倒よ。せっかく警告してあげてるっていうのに」

「ご忠告感謝するが、うちのお嬢さんがここに入るって言って聞かなくてな」

「ちょっと。なんで私のせいにしようとしてるのよ」

「事実そうだろ? 俺はついていこうという意思を見せただけで、ここまで荷物の如く運ばれて来たんだ」

「……痴話喧嘩なら、第三者がいない場所でやってなさい」

 

 声をかけた少女は、呆れた表情で霊夢を睨む。

 それが気に食わなかったのか、霊夢はレヴァすらも無視して竹林の中に入って行った。

 

「……で、貴方はどうするのかしら?」

「まずは、お互い自己紹介しないか?」

 

 演技めいた口調で、白髪の少女に向き直る。

 

「レヴァ・ゼクトール、俺の名だ」

「妹紅。藤原妹紅よ。あんまりよろしくするのはおすすめしないけどね」

「随分釣れないことを言ってくれるな。俺としては、是非ともお近づきになりたいんだが」

「……貴方、外来人なのね。私にそんなことを言うなんて、馬鹿げてるにもほどがあるわ」

 

 とは言いつつも、少しばかり嬉しそうである。

 何か事情があるのだろうと察したレヴァは、あえて更に踏み込んでいく。

 

「いやいや、そんだけの美人なら、いつの時代も言い寄らない男はいない。そうしない奴は枯れてるか別の趣味があるんだろうよ」

「変わってるわね、貴方」

「よく言われる」

 

 それは置いといて、と妹紅は話を戻すために咳払いをした。

 

「なんで竹林に入ろうなんて思ったの?」

「霊夢の勘では、この竹林の中に『夜が明けない』と言う異変を起こした犯人がいるんだと」

「………そう。博麗の巫女の勘も、宛になるものね」

 

 妹紅はレヴァに背を向けて、竹林に向かって歩き出した。

 

「ついて来て。私が案内するから」

「妹紅なら迷うことがないのか」

「ええ。ちょっとした理由でね」

 

 それからは妹紅が黙ってしまい、特に会話もなく竹林の中を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

###########################################

 

 

 

 

 

 

 

「これ……まぁ十中八九、月の連中だよね。道が繋がった一瞬に入り込んで来た奴もいるみたいね」

 

 迷いの竹林、そのある場所で周辺警戒をしていたてゐは、行き倒れているうさ耳の少女を発見した。

 ここで放置したらこの後どうなるかは目に見えている。

 

「仕方ない……雀の涙ほどの可能性に賭けてみるかい」

 

 独り言にしてはやけに大きい声でぼやいているというのに、何も反応がない。

 てゐはため息を吐くと、その少女をを軽々と抱え上げる。

 

 てゐの方が圧倒的に体が小さいが、流石は妖怪というべきか。軽々とお姫様抱っこの状態になっている。

 

「さて、師匠への言い訳でも考えるかねぇ」

 

 月の者を連れて来たとなれば、永琳や輝夜が黙ってないだろう。にも関わらず、てゐがその少女を連れて行くのには二つの理由がある。

 まず一つ目は、この少女を何かしらの方法を使って味方にすること。それに関しては最悪脅してでも従わせる。

 そして二つ目は、単純に心配だったのだ。自分もかつて行き倒れていたことがあり、そうなってしまった者の心情はよく知っている。だから相手が敵であっても、こうして助けたいと思ってしまう。

 

 永琳には甘いと言われるだろう。輝夜には愚劣と言われるだろう。それをわかった上で連れて行く。最悪裏切り者として殺されるかもしれない。

 それは覚悟の上であり、それでも助けてあげたいという思いがある。

 

 

「私も、丸くなったなぁ……」

 

 

 長い年月を経て、時代の移り変わり、他の人妖の一生を何度も見て来た。

 はじめこそ、死ぬ危険のある悪戯なんかも躊躇なくやっていた。だが、それによって悲しむものがいることや、死を悼む者、復讐に駆られる者、絶望する者、様々を見て来た。

 ある時からは、悪戯の度合いを考えるようになり、命を落とすような無くなった。場合によっては、むしろ人を笑顔にしてしまうような悪戯もした。

 

 不意に笑いが出た。あの因幡の素兎が、また痛い目を見ようというのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷の土地は、表面積こそ小さいものの、地底や天界も存在する。そういった意味ではかなり広く、何か一つの物を探し出すなんて芸当は至難の技とも言える。

 

「それは、そこの出っ張りに指をかけて引くと特殊なものを撃ち出すらしいんだが、僕がいくらやっても動かないんだ」

「そう……私は話を聞いただけだから詳しいことはわからないけど、多分限られた者にしか扱えないと思うわ」

 

 てゐが竹林でうさ耳の少女を発見した頃、永琳は香霖堂という店の中にいた。

 

 そこの店主である森近霖之助は、半人半妖の男で、様々な物を取り扱っている。明らかに幻想郷に存在しないものもあり、それ目当てで押しかけてくる者もいる。

 

 永琳はいくつか主要な場所を探したが、例の銃を見つけることが出来なかった。そこで、最後する意味で香霖堂を訪れたのだが、おそらく目的の銃であろうものが見つかった。

 

「名前は『ヴォイド・タキオン』と言って、これから撃ち出されたものが命中すると、それだけ動きが加速させられるんだと」

「なるほど……」

 

 姫様の能力に似ている、と思った。輝夜は『永遠と須臾を操る程度の能力』を持っており、一瞬を永遠に引き伸ばしたり、逆に永遠を一瞬に縮めることもできる。それを使って超高速移動などができ、周囲から見れば瞬間移動したようにしか見えなくなる。

 

「なら、それを譲ってもらえるかしら? お代に糸目はつけないけど」

「……何か訳ありのようだね。ならお題は構わないから、今後も贔屓にしてれるとありがたいよ」

「ええ。こちらこそ、ありがとう」

 

 この銃が幻想郷の未来を左右とするというのなら、お金や物にはこだわってられない。だが、こうしてほぼ無条件で手に入れることができたのは僥倖だった。

 

「ああ、霖之助さん。今日は太陽が昇るまで外出することは控えた方が良いわ」

「ご忠告感謝するよ。ただでさえ夜が明けないなんて異変が起こってるし」

 

 それは自分たちのせい、というのは言うわけにはいかなかった。邪魔をされたら、本当に幻想郷が蹂躙されるかもしれないのだから。

 

 

 

「とは言え……」

 

 

 

 ヴォイド・タキオン。加速器のような銃だが、それ以外の情報がない。それに、紫の言っていた銃がこれで合っているのかもわからない。

 だが、これでダメなら諦めるしかない。

 永琳も輝夜も、月の中ではかなり上位に入る力の持ち主ではあるが、エリート軍隊をすべて蹴散らせるほどではない。もし月を統治している者がやって来たら、どのような力も意味をなさないだろう。

 

「戻りましょうか……」

 

 目的の物は手に入った。あとは紫が言っていた外来人だが、紫の言葉からその外来人の方から永遠亭にやってくると予想できた。

 ならば、あとは天命を待つのみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

###########################################

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう状況か、誰か説明してくれるかしら?」

 

 永遠亭に戻って来た永琳が見たのは、

 

・博麗の巫女

・藤原妹紅と連れられている男

・怯えているうさ耳少女と詰め寄っている輝夜

・我関せずといった態度で壁に背を預けているてゐ

 

 大体の予想はつくが、うさ耳少女が何故ここにいるのかが気になった。

 

「説明も何も、目の前の状況が全てだよ」

「月の玉兎で連れてきてたところに、博麗の巫女と妹紅と外来人がやって来た。それで、姫様が玉兎を脅してるってところかしら」

「流石は師匠。理解が早くて助かるよ」

 

 てゐは永琳の洞察力に頼って、説明を放棄した。

 一方で永琳は、一度に複数の問題が発生していることに頭を抱えた。

 

「とにかく、問題を一つずつ片付けましょうか。まずは、この銃ね」

 

 香霖堂で手に入れた、ヴォイド・タキオン。旧式モデルのデリンジャーで、女性の手でも包み込めるほど小さく、口径も小さい。装弾数は2発と少なく、暗殺のように、一対一で確実に仕留めることができる場合以外は向いていない。

 

 永琳はヴォイド・タキオンをレヴァに見えるように取り出すと、レヴァの顔色が変わって近づいて来た。

 

「……何故それを持っている?」

「人にものを訪ねる態度ではないわね」

 

 霊夢や咲夜を黙らせた、あの瞳。それを見ても永琳は軽く流した。

 永琳の肝の据わっている態度を見て、レヴァはため息を吐いた。

 

「……レヴァ・ゼクトールだ。その銃の持ち主の仲間だ」

「八意永琳よ。一応ここの管理人よ」

「それで、どこでそれを手に入れた?」

「香霖堂っていう、いろんなものを売っている店よ」

 

 説明をしながら、レヴァにヴォイド・タキオンを押し付ける。

 

「八雲紫って知ってるかしら? 彼女に頼まれて、その銃の捜索と見つけ次第貴方に渡すように言われてたの」

「そりゃなんともまぁ。根回しが早いねぇ」

 

 銃を受け取りながら、舐めるように銃身を眺める。

 撃ってみないことには確認できないこともあるが、観察した限りでは問題は見受けられない。

 

「それで、何が目的だ?」

「あら、案外鋭いのね」

「こちとらそれなりに修羅場を潜ってきたつもりだ。無償でトンデモな代物を渡すなんてロクなことじゃない」

「その通り。貴方には、この夜が明けない異変を起こした奴らを討伐、もしくは追い返して欲しいの」

 

 異変という言葉が耳に入ったのか、今度は霊夢が近づいて来る。

 

「犯人を知ってるのかしら?」

「ええ。犯人は月の住民。目的は、幻想郷への侵攻と支配よ」

「うわぁ………面倒な相手ね」

「そうね。どうしてあの玉兎だけが発見できたのかは知らないけど、まだ多少なりとも備える時間はあるはず」

 

 永琳は言葉を選び、あたかも『全て今から攻め込んで来る月の住民が悪い』という認識を霊夢やレヴァ、妹紅に抱かせる。

 

「もちろん私も全力を尽くすけど、敵の数はおそらく数千といったところかしら」

「……それを、ここにいるメンツだけでどうにかしろと? 随分ドラマチックな展開じゃねぇか」

「そうね。紫曰く、そのヴォイド・タキオンって銃があれば楽に解決できるらしいけど、実際はどうなのかしら?」

「期待しているとこ悪いが、こいつはただ対象を十分ほど加速させるだけで、大した戦力にはならねぇ。加えて、二発撃てば次を撃つまでにしばらく時間を開ける必要がある」

「そう」

 

 つまり、全く戦力にならないと言っても過言ではない。一対一なら相手を確実に仕留めることができるが、相手が大軍勢なら大した意味がない。

 

 

 

 

 もう打つ手がないか。そう思った時だった。

 凄まじい轟音とともに、激しい揺れが伝わってきた。

 

「な、何よこれ!?」

「まさか、もう襲撃しにきたのかしら?」

「いや、違うわ。これは………」

 

 焦りを見せる妹紅と永琳とは対象的に、霊夢は落ち着いていた。

 

「ちょっと、そこの窓を開けるわね」

「え、ええ」

 

 霊夢が部屋の窓を開けると、そこには根元からへし折られた大量の竹と、数体の玉兎が倒れていた。

 その奥では、一人の少女が箒に乗っていた。

 

「霊夢ー!! 私より先に来るなんて、やっぱりお前の勘ってすげぇんだな!!」

「煩いわよ! とっととこっちに来なさい! アンタにも協力してもらうことがあるから!」

「全く……一体何なんだ?」

 

 黒を基調とした服を着た少女は、箒に乗ったまま近づいて来た。

 

「ったく、香霖から『気をつけろ』って言われた矢先に変な連中に絡まれるなんて、思ってもみなかったぜ」

「それなら話が早いわ。魔理沙が今ぶっ飛ばした奴らがこの異変を起こしてるみたいなの。協力しなさい」

「そうだったのか。周りを気にせずぶっ飛ばしてもいいってんなら、やってやるぜ!」

 

 魔理沙は自身の魔法具である八卦炉を突き出し、それだけ自信があることをアピールする。

 

「で、そっちは誰だ? 妹紅はわかるんだが」

「道中に説明してあげるから、今は黙ってなさい」

 

 霊夢はそれだけ言うと、窓から飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く……どうしてこんな奴らと一緒に行動しなくちゃいけないのよ」

 

 月からやって来る軍勢を追い返すために、先に行ってしまった霊夢と魔理沙を追いかけるように、レヴァと妹紅、鈴仙が竹林の中を歩いていた。

 鈴仙は輝夜に脅されて協力させられることになったのだが、永琳や輝夜の姿が見えなくなると手のひらを返したように悪態をつき始めた。

 

「そう言われても、俺は早く朝日を拝みたいんでな。とっととこの騒ぎを終わらせたい。お前もそうだろ?」

「気安く話しかけないでくれる? 地上の人間の分際で」

「手厳しいお返事をありがとよ。おかげで悪い夢から覚めそうだ」

 

 レヴァは博愛主義者でも聖人君子でもない。女性に対して優しくするのがモットーである彼にも、優しくする相手を選ぶ権利はある。

 

「アンタみたいな奴、どうせ相手が女なら誰でもいいんでしょ?」

「自称女は勘弁だがな」

「だから話しかけないでって言ってるでしょ!?」

「随分わがままなお嬢さんだな。一人で脳内会話でもしてんのか? それとも思ったことが全部口から出ちまうのか? それともそこらに生えてる竹にでも話しかけてんのか?」

 

 レヴァの軽い挑発に、鈴仙は激昂してレヴァの額に指を突きつけた。

 

「いい加減にしないと、殺すわよ?」

「可愛いお嬢さんに命を握られるのも、悪くない感覚だな」

 

 そんな二人のやりとりを見ている妹紅は、鈴仙が頑張って背伸びをしている子供のように見えていた。

 既に千年ほど生きている妹紅は、その分だけ度量も器も大きい。鈴仙が悪態をつこうが、気にすることもない。

 ただ、女として生きてきただけに、男の考えというのはあまり理解できていない。そのため、悪態をつく鈴仙に対してレヴァがどのような反応を返すのかが楽しみだった。

 

「頭と心臓、どっちに穴を空けられたいの?」

「選ばせてくれるとはお優しいもんだな。俺なら、問答無用で両方に穴を空けてやるがな」

 

 レヴァも対抗するように、ブラッド・コネクトを鈴仙の額に突きつけた。その時、わずかに鈴仙がたじろいだのを、レヴァは見逃さなかった。

 

「さて、ここで心中してやっても良いが、やるべきことがある。殺し合いならそのあとにやっても遅くない」

「そ、そうね……」

 

 鈴仙は大人しく手を下ろしたが、レヴァはそのまま銃口を向けている。

 

「ちょ、ちょっと………」

「一つだけ言っておく。お前がどう思おうが、俺はただこの異変を解決したいだけだ。どうしてお前が協力することになったのかは知らねぇが、邪魔をするなら殺す」

「わ、わかったから! とっとと銃を下ろしなさいよ!」

 

 僅かに潤んでいる瞳を見ながら、ようやく銃を鈴仙の額から逸らすレヴァ。そのまま腕を体の正面に対して平行に伸ばして引き金を引いた。

 

「さっきから銃口が見えてんだよ。クソ兎共が」

 

 着弾したであろう茂みの中から、鈴仙と同じような出で立ちをした少女が倒れていきた。その瞬間、隠れていた全ての玉兎が姿を現し、レヴァたちを包囲した。

 

「おいおいおいおい、今からみんなでパーティでも開こうってか? ダンスをするにはちょいと向いてない場所だが」

「軽口を叩いてる場合じゃないわよ。私は不死身だからいいけど、レヴァも鈴仙ちゃんも、この数はひとたまりもないわ」

 

 どうするべきか。そうレヴァが思考を始めたところで、すぐ隣にいた鈴仙がレヴァの腕を掴み、地面に組み倒した。

 腕がミシミシと嫌な音を立て、少しでも動けば関節を破壊すると言わんばかりに、鈴仙の力は強い。故に、妹紅も手出しができなかった。

 

「ちょっと鈴仙ちゃん? 一体どういうつもり?」

「どうも何も、私は本来の役割を果たしているだけよ」

「ふぅん………」

 

 鈴仙がここで裏切るなら、自分が身を呈してレヴァを守ると考える妹紅。

 ただの人間である彼がこんなことに巻き込まれていること自体がおかしいのだ。少なくとも永琳が人格者であると知っているからこそ、今回の件は疑問に思っていた。

 

 

 周りの玉兎たちが、銃口を向けたまま詰め寄って来る。鈴仙が本気で裏切ったとすれば、いくら妹紅といえど、レヴァを無事に守りきることはできないだろう。

 

「貴様は鈴仙か」

 

 包囲している玉兎のリーダーと思われる者が、鈴仙に声をかけた。

 

「ええ。ちょっと不測の事態があったけど、八意永琳曰く、この男が切り札みたいね」

「そうか」

 

 こうすることで、自分が八意永琳に協力しておらず、本来与えられた任務である『八意永琳及び蓬莱山輝夜の捕縛』を遂行しているように見せかけれる。そう鈴仙は思っていた。

 だが、その銃口が下されることはなく、むしろ鈴仙に向けられた。

 

「まさか、地上の汚らわしい者に『鈴仙ちゃん』などと馴れ馴れしく呼ばれているとはな。恥晒しが」

「………ぇ?」

「月の住民としての誇りを忘れた貴様に、生きる資格はない」

 

 かけられた無慈悲な言葉に、鈴仙の思考は停止する。

 自分はやるべきことをこなしたはずだ。輝夜に脅されて地上の者と行動を共にしていたが、こうして貢献したはずだ。

 なのに何故、自分が殺されなくてはならないのか。

 

 

 

「世話の焼ける」

 

 

 

 下から声が聞こえたかと思うと、急に違和感を感じた。

 聞こえてくる音も、見えている竹の揺らめきも、全てが全て、遅いのである。

 レヴァを見ると、鈴仙に銃口を向けていた。その銃に関してはあらかじめ『対象を加速させる』という効果は聞いていたが、実際に経験して見るととんでもない者であることはわかる。

 鈴仙の体感では、物が動く速さが約十分の一。これだけの速さなら、逃げ切ることは可能である。

 

 鈴仙は、文字通り脱兎の如く逃げ出した。

 

「後詰の部隊は鈴仙を追え! こちらには二十名で十分だ!」

「「「了解!」」」

 

 即座に隊長が指示を出し、部下が一斉に動き出す。それに合わせるように妹紅がレヴァをかばうように前に出るが、攻撃して来ることはなかった。

 その代わり、より厳重な包囲をされることとなった。

 

 

「さて、貴様らに質問だ。黙秘権はない」

「なんだ? 愛の告白でもしてくれるのか?」

 

 敵の隊長を目の前にして、レヴァは相変わらずの軽口で答える。それに苛立ちを覚えたが、隊長は質問を続ける。

 

「八意永琳と蓬莱山輝夜はどこだ?」

「ほう? まさかそっちの趣味があるとは………話には聞いていたが、世界は広いもんだなぁ……ああでも、別にそういうのもアリだとは思ってるさ」

「どこだと聞いている」

「まぁそう焦りなさんな。どうせ殺されるんだから、もう少しおしゃべりに付き合ってくれや」

「レヴァ! そんな余裕かましてる場合じゃないわよっ」

 

 妹紅が切羽詰まったように戦闘態勢に入り、その手には赤い炎が煌々と揺らめいている。

 

「お盛んなことで」

「出来るだけ死なないように立ち回ってよね。できる限り守ってあげるけど、限度があるからね」

「善処する」

 

 ブラッド・コネクトを手に持ち、徐に正面へ向ける。

 

「悪いが、そいつらの居場所を教えることはできねぇな」

「ならば死ね」

 

 敵が銃を撃つ。その前にヴォイド・タキオンで自身の足を撃つ。

 とてつもない速さで動くことができるようになったレヴァだが、鈴仙のように逃げ出すことはしなかった。

 

 ブラッド・コネクトを構え、前方にいる五人の心臓を撃ち抜く。だが、迫って来る銃弾を無視するわけにはいかず、二歩移動することで弾道を避ける。

 今度は右に展開している六人の心臓をめがけて発砲するが、そのうち二発は狙いがずれ、腕に命中。

 退路を確保しようと後ろを向くが、弾丸が今にも妹紅の背中に着弾しそうになっていた。

 

「クソっ」

 

 隣にいた妹紅の肩を力一杯突き飛ばす。レヴァにはその動きがスローモーションに見えるが、実際にはかなりの速さで動いている。

 妹紅の体が弾道から逸れたことを確認し、背後の敵に対しブラッド・コネクトを乱射する。

 

 だんだんと、体が悲鳴を上げ始める。筋肉や骨がミシミシと嫌な音を立て、臓物が煮えたように熱く、同時にとてつもない吐き気に襲われる。視界が狭くなり、霞んでいく。

 

 傾いていく視界を、まっすぐに戻そうとする。が、そのまま真横になってしまう。音も聞こえず、体も動かない。

 

 体にいくつかの衝撃が来るが、何が起こっているのかが理解できない。

 すると、突然体が引っ張り上げられて宙に浮いた。視界の隅で玉兎が何かを言っているのに気が付いたが、レヴァの意識はそのまま闇に吸い込まれていった。

 



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7話

 ヴォイド・タキオンの効果によって危機を脱した鈴仙は、どうすれば自分が助かるかを考えていた。

 自分が帰属する組織が月である以上、幻想郷に協力者はいない。今のままでは、その月からも敵視されている。

 どうすれば敵視されないのか。どうすれば認められるのか。

 

 焦りに駆られていた鈴仙は、『八意永琳と蓬莱山輝夜を捕らえる』という任務を一人で遂行しようとしていた。

 

 ヴォイド・タキオンの副作用として、全身の筋肉だけでなく、骨や内臓、血管にすらも甚大な負担がかかる。

 玉兎であることや訓練で体を鍛え抜いたとはいえ、その苦痛は無視することができない。

 

 現に足を引きずるように、生えている竹を支えにしながら移動している。既にヴォイド・タキオンの効果は切れているが、満身創痍だった。

 

「はぁ………はぁ………なんてこと、してくれたのよ………」

 

 レヴァのおかげでここまで逃げることができたが、鈴仙としてはただこの苦痛を与えてきたようにしか思えない。

 歩くたびに足がブチブチと音を立てているような感覚がする。当然、それだけ痛みもある。もうその痛みは味わいたくないと思ってはいるものの、ここでリタイアして月の仲間から見放される方が嫌だと自分に言い聞かせて無理やり体を動かす。

 

「やっと……」

 

 ようやく、永遠亭が見える位置まで逃げて来ることができた。

 そこにいる二人を捕らえれば、きっと認めてもらえるはず。そう考えながら、銃の安全装置を外す。

 

 

 

「あら、随分早いお帰りね」

 

 

 

 足に力を入れて走り出そうとしたところで、背後から肩を掴まれた。咄嗟に振りほどこうとしたが、あまりの力に身動きが一切取れない。

 何者かと首だけで振り返ると、蓬莱山輝夜が立っていた。

 その表情は氷のように美しく、また冷酷であった。

 

「言ったはずよね? 『命を尽くして私たちに協力しろ』って」

「………」

「まさか、妹紅やあの外来人を放って、一人で逃げてきたのかしら?」

「っ!」

 

 鈴仙の肩を掴む手に、さらに力が入る。

 

「約束通り、貴女を殺すしかないようね」

「ひっ」

 

 目を見開き、涙をその瞳に浮かべる鈴仙。

 だが、既に輝夜の関心は鈴仙にはなく、鈴仙が逃げてきた方向に向いていた。

 

「どうやら、貴女を殺さなくて済みそうよ」

 

 その視線の先には、一人の男を軽々と抱えて飛んで来る、白髪の少女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、追っ手はどうしたの?」

「遭遇したのは全部片付けたわよ。でも、レヴァがあの有様だから引き上げてきた」

 

 ヴォイド・タキオンによる体への負担と、急所ではないとはいえ数発の銃弾が体を貫通していたレヴァは、現在永琳が治療している。

 永琳の話では、まだなんとかできるとのことだが、寝たきりになる可能性もあるとのこと。

 

「霊夢と魔理沙も追っ手は駆除したみたいだし、これからが勝負になるかしら」

「でしょうね。永琳の話だと、彼が鍵を握ってるんでしょ? この状態は不味いんじゃないかしら?」

「そうね………ん?」

 

 妹紅と話していた輝夜は、足元にいた兎に気がついた。話に気を取られていた為に気配を感じることができなかった。

 

「あら、どうしたの?」

 

 兎は、その口で咥えるには大きすぎる銃を咥えていた。とは言っても旧式のデリンジャーで、レヴァに預けられたヴォイド・タキオンに似ている。

 

「これを届けてくれたのね。ありがとう」

 

 輝夜は兎に礼を言うと、そっと優しく頭を撫でた。兎はくすぐったそうに身じろぎをしながら目を細める。

 

「……そんな顔もできるのね、輝夜」

「これだけ愛らしい生き物を愛でられないなら、感性が死んだも同然だわ」

「………」

 

 藤原妹紅ならびに蓬莱山輝夜。両名は理由あって不老不死となっている。

 彼女らにとって、彼女ら自身の命の価値は無に等しい。どれだけ生きようとも、見た目が変わることも死ぬこともない。致命傷を受けたとしても、必ず再生し、何事もなかったのかのように生きながらえる。

 

 だからこそ、心が大事なる。心を殺さなければ、生きているという実感を得ることができるからである。

 

「それじゃ、私は残党狩りに行って来るから。レヴァにはよろしく言っておいて頂戴ね。もこたん♪」

「もこたんって呼ばないでよ、気持ち悪いから。まぁ、レヴァには私から言っておくから」

「そう。ならよろしくね」

 

 輝夜は一瞬のうちに姿を消し、残された妹紅はレヴァが治療されている部屋の襖を見ていた。

 

「全く……」

 

 妹紅には、レヴァの行動が腑に落ちなかった。あの場でヴォイド・タキオンを使用したのは良い。だが、それを真っ先に鈴仙に使ったことだった。

 あそこで鈴仙が裏切りに走るのは想定外だった。妹紅としてはあの場で鈴仙を殺すこともやぶさかではなかったが、レヴァは鈴仙を逃すことを選んだ。

 

 逃げてきた本人は満身創痍の状態で壁にもたれている。レヴァが戦闘の途中で倒れたことも考えると、ヴォイド・タキオンの使用には途方もない負担がかかるらしい。

 

「ねぇ。鈴仙ちゃん」

「………」

「貴女、裏切ったくせになんでここに逃げてきたの?」

「………」

 

 喋らないどころか、ピクリとも動かない鈴仙。その態度にイラついた妹紅は、凄まじい熱を持った炎を纏って鈴仙に詰め寄った。

 

「聞いてるんだけど?」

「それを聞いて、どうしようっていうの?」

 

 鈴仙は半笑いで反応した。その声には、諦めと絶望が含まれている。

 そんな状態の相手に追い打ちをするほど、妹紅は鬼ではなかった。

 

「……聞かせてくれない? どうしてアンタが裏切ったのか」

「………」

 

 鈴仙は口をつぐんだが、妹紅の真摯な眼差しに耐え切れなくなったのか、俯いて話し始めた。

 

「『地上の者と同列になる莫かれ』それが私たちの部隊の教訓。アンタに『鈴仙ちゃん』なんて馴れ馴れしく呼ばれたせいで、私はその教訓に違反したとみなされて切り捨てられたのよ」

「そりゃ、悪いことをしたわね……」

「で、あの男を取り押さえたら切り捨てられないで済むと思ったけど、甘かった」

「それで、早く動けるようになったことを良いことに、永琳と輝夜を仕留めにきたってところかしら?」

「……ほんっと、バカみたいよね」

 

 もう帰る場所も頼れる人もいない。満身創痍で捕らえられたも同然の状態。

 自分が無事に済む道は何もない。よしんば命が助かったとしても、獄中生活かそれよりも辛い奴隷生活を強いられるかもしれない。

 

 だが、そんなことはもうどうでも良い。結局、自分が一番可愛い癖に助かる手立てがないのだから。

 

「なんで、レヴァは鈴仙ちゃんを助けたと思う?」

「……知らないわよ」

「レヴァは、戦っている時も私を身を呈して守ろうとしてくれていたわ」

「どうせ、女にいいとこ見せたいとかって思ってるんじゃない?」

「そうかもね」

 

 淡白な言葉に、妹紅は思わず吹き出した。

 

「でも、それで助かってるんだからさ。邪険に扱うのはお門違いよね」

「………」

「単なる女誑しでも格好つけでも、その為に命を投げ出せる。その心意気には惚れ惚れするよ」

「あんな馬鹿に惚れるくらいなら、そこらへんの男に引っかかる方がマシよ」

「本当にそう思ってるのかしら?」

「………」

「もしレヴァに言い寄られでもしたら、添い遂げるのも悪くないと思ってるわ」

「アンタも大概ね」

 

 鈴仙はあくまでも硬い態度を崩してはいないが、妹紅の言葉を無視することは少ない。

 そんな会話をしながら、妹紅は鈴仙が可愛く見えてきていた。言うならば、思春期に親や兄弟に反抗的になっている年頃の少女のようである。

 

「とにかく、形だけでも礼は言っときなさいよ。感謝なんてものは、その時々にしないと後悔することもあるんだから」

「………」

「まぁ、少なくともレヴァは悪いやつじゃない。それだけはわかってくれるかしら?」

「……はぁ……わかったわよ」

 

 鈴仙は渋々了承すると、悲鳴をあげてる体で無理やり歩き出した。

 

「どこに行くのよ?」

「追っ手が来てないか確かめるのよ」

「そう」

 

 真意は読めないが、鈴仙が何かをしようというのは理解できた。今度裏切れば、容赦無く殺すことも考えているが、今の鈴仙に起こせる行動は限られている。持っていた武器も全て輝夜が没収しており、妹紅ならば弾幕などを使わずとも取り押さえることは容易である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 一人外に出た鈴仙は、竹に凭れていた。

 もしあの時、ヴォイド・タキオンを撃ち込まれていなかったら、どうなっていたか。

 蜂の巣にされていたのか。それとも首を切り落とされていたか。どちらにせよ、命はなかったことだけははっきりしている。

 

「バカ……」

 

 レヴァのことを思い出す。

 背後からいきなり取り押さえたというのに、鈴仙が逃げれる状況を作り出した。

 なぜそんなことをしたのかはわからない。理解できない。ただの伊達や酔狂でそんなことをするなんて考えられない。

 

 だが、もし妹紅の言う通り『女誑しでも格好つけでも、その為に命を投げ出せる』ような男であるならば。

 鈴仙が女だからという理由で、レヴァという男はそんなバカな真似をしたのか。

 

 「………」

 

 そこで、鈴仙は自身が女であることを意識し始めた。

 鈴仙が所属していた月の軍隊は、九分九厘女性で構成されている。女所帯でかつ軍人と言う立場にいる為に、自身が女であり、女を意識して生活することを忘れがちである。

 身だしなみは最低限、服は同じものを何着か着まわしているだけ。女の命と言われる髪もまともに手入れせず、肌も特別ケアしているわけではない。

 

 そんな生活に慣れていくと、自分が女であることを本格的に忘れてしまう。それが今になって蘇って来た。

 

「……っ」

 

 今までの兵舎での行動を振り返る。

 下着のまま歩き回ったり、シャワーすら浴びずに過ごした日もあるし、ムダ毛の処理なども年に数回しかしていない。

 

 もしそんな状態の自分を男に見られたら、どう思われるか。

 間違いなく、幻滅される。間違いなく、低俗だと思われる。

 地上の存在を見下しているはずの鈴仙だが、そんなことを気にする余裕がなかった。ただ頭の中には、『男にずぼらな女として見られる自分』が出来上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 レヴァの治療を任された永琳だが、ここまで損傷の激しい人体は初めて見た。

 永琳も月にいた頃に医療に携わっていたこともあるが、手で触れただけで筋肉が千切れていることや骨が砕けていることがわかるほどである。そこに加えて、十二の銃創が手足にある。かろうじて致命傷は逃れているように見えるが、吐血の後を見る限り、内臓もズタボロになっている可能性が高い。

 

「薬で治せる範疇を超えてるわ………」

 

 永琳は自力で様々な薬を作ることができ、外科医としても優秀である。だが、こんな状態の人間が助かるような治療の仕方など、知らない。

 

「……てゐ。手伝って頂戴」

「わかった」

 

 どこにいたのか、てゐはすでにいくつかの薬瓶を抱えており、永琳のそばに置いた。

 

「……月の住民に比べて、地上の人間は脆い。掠っただけで病気になって、そのまま死ぬことも結構あるんだよ」

「その人間が、ここまで体を『物理的に』壊すとなると、助かる見込みはないと考えた方が良さそうね」

 

 話をしながら、レヴァに薬を半分無理矢理飲ませて治療を始める。

 まずは永琳は内臓の方から手をつけ始めた。

 

 麻酔をかけた後、腹部を切開する。表面からではわからなかったが、胃と腸の一部が破裂そており、腎臓は二つのうちの一つが完全に潰れている。辛うじて肺と心臓に目立った傷はないが、それでも無事というわけではない。

 

「てゐ。『A9E』の瓶を頂戴」

「はい」

 

 こうして、レヴァの治療が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたのかしら? 私を捕らえるんじゃなかったの?」

 

 追っ手の残党狩りに出た輝夜は、早速その力で圧倒していた。

 向かってくる銃弾は軽々と避け、自身をめがけて振るわれるナイフを受け流し、腹部に渾身の一撃を叩き込む。

 その動きは、体術の達人といっても過言ではない。銃とナイフを持った生え抜きの軍人が、徒手空拳の相手に何もできずにいる。

 

「私たちが幻想郷に逃げて来てから結構経つけど、兵の練度は全然変わってないし、武器の性能は上がってもそれを十分に使いこなせていない」

「がはっ!?」

「だから、能力すら使ってない私に、傷一つつけられないのよ」

 

 一人、また一人と地に伏していく。

 

「もう少し歯ごたえのある相手がいいわね……流石に、依姫やらが出張っては来ないと思うけど」

 

 

 

 月の姫として、箱入り娘も同然に育てられてきた輝夜。その教育係であった永琳からは勉学だけでなく、護身術や暗殺術なども叩き込まれている。

 輝夜と同じように教育されていた依姫と豊姫でなければ、輝夜が戦闘に秀でいていることは知らない。それ故に苦戦を強いられるどころから一方的にやられ放題だった。

 

「まぁ………あの外来人がどうなのかは知らないけど………私の『家族』に手を出そうというなら、一切容赦しないわ」

「くっ………」

 

 輝夜に相対する部隊は、すでに壊滅状態。隊長を除いて無事な者はいない。

 

「さて、皆殺しでもいいんだけど、情報が欲しいからね……とりあえず、拷問でもしてみようかしら? 一回やってみたかったのよね」

「ひっ」

「地上で行われた拷問も、中々にえげつないものがあるからね。貴女達が見下してやまない地上の人間が、どれほどの人間を犠牲にしながら優れた拷問術を会得したのか。その身をもって体験するいい機会じゃないかしら?」

 

 輝夜の知る拷問術もまた、永琳から教わったものである。人体の構造を理解し、相手に恐怖を与えながら死なない程度に痛めつける。

 隠しているわけではないが、サディズムな一面のある輝夜にとっては、丁度良い鬱憤晴らしができる。

 

「まぁ、なるだけ殺さないようにしてあげるから、せいぜい私たちを敵に回したことを後悔しなさい」

 

 今宵、迷いの竹林には動物のような悲痛な叫びが響き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、月の使者のリーダとタイマンをしろってことか」

 

 永琳の懸命な治療により、なんとか回復したレヴァが聞かされたのは、『月の軍勢を止め、金輪際幻想郷に対して攻撃をしない』という条件を飲ませるためのものだった。

 

「その子、綿月依姫って名前でね。私の教え子の一人なのよ」

「悪い子じゃないんだけど、過ぎた自尊心と融通の利かなさではトップクラスよ」

「………俺が勝てる見込みは?」

「おそらくは一瞬。その一瞬の勝機を掴むことができるかね」

 

 綿月依姫とタイマンで勝負し、勝利する。それだけでこの戦争まがいな行為が終わるとは思えないが、やはり腑に落ちない点がある。

 

「何故、俺がやるんだ?」

「月の者達は、地上の者を見下してるの。そんな中で、霊夢や魔理沙のように特別戦闘力のない人間に負けたとすれば、月の面目は丸潰れなのよ」

「なるほど。そいつは勝負よりもプライドを優先するから、事前に進軍を止めるように約束を取り付けておけば、絶対に守るのか」

「理解が早くて助かるわ」

 

 そう話をしながら、レヴァは体の感覚を確かめる。時計がないために時間はわからないが、依然として夜は明けていない。

 体の調子は決して悪くなく、寧ろ良い。ヴォイド・タキオンのメリットとデメリットを知っているため、永琳がどのような方法で治療ないしは手術をしたのかが気になった。

 

「で、どうやって俺の体を治したんだ?」

「……それに関しては、先に謝らせて頂戴」

 

 そう言って、布団から状態を起こしただけのレヴァに対し、永琳は土下座をした。

 

「貴方が私のところに運ばれた時には、普通の治療ではもう助からない状態だった」

「普通じゃない方法で、俺は助かった?」

「ええ。私や姫様、貴方をここまで案内した妹紅がかつて服用した不老不死の薬、『蓬莱の薬』の成分の一部を使ったの」

 

 不老不死という言葉に引っかかったが、レヴァは口を挟むことなく永琳の言葉を待った。

 

「今の貴方の体、特に骨と筋肉に関しては、人間の数十倍は治りが早くなってる。内臓も、数倍程は」

「………」

「でも、不老不死になったわけではないから安心して頂戴」

「それは、喜ぶべきところなのか?」

「不老不死というのは、古来から地上の人間の憧れと言われてるわ。でも、実際にそうなってしまうと、死ぬより辛いかもしれない」

「死に時を選べないのは、勘弁願いたいな」

 

 自身が命を投げ出そうとしていたことを思い出し、瞳から光が消える。

 レヴァは考え込んだり気分が沈んでいる時には、ホルスターのブラッド・コネクトを弄る癖がある。だが、たった今まで寝かされてたために手に届く範囲に武器は置いていない。

 

「………」

「銃なら、隣の部屋に置いてあるわ。何かあったら困るからね」

「……そうか」

「それと、手持ち無沙汰だからといって武器を弄る癖は直したほうが良いわよ。側から見てると気味が悪いし、精神的にもよろしくないからね」

 

 永琳は、レヴァの瞳の変化が気になっていた。それほどまでに死というものに対して何らかの思い入れがあるのだろうかと疑問に思ったが、深く踏み込んでい良いかどうかはわからないため、放っておくことにした。

 そんな永琳の気遣いを知らずしてか、黙っていた輝夜が口を挟んで。

 

「まぁ長生きしたいなら、武器を捨てて人里で落ち着くことね。大概のことは博麗の巫女や白黒魔法使いがいれば解決できちゃうからね」

「……捨てる? ブラッド・コネクト(あいつ)をか?」

「そうよ。人間は外敵から身を守るため武器を持ち、殺戮のために武器を開発した。逆を言えば、武器を持つことは外敵と相対することを意味する。武器を開発することは新たな殺戮を生む。貴方が平穏な生涯を望むなら、ね?」

「……はっ! 巫山戯んなよ!」

 

 輝夜の言葉に激昂したレヴァは、そのまま掴みかかろうとした。が、それを永琳が羽交い締めにすることで阻止した。

 

「アレは、俺に生きる意味をくれたんだ!! 俺の命だ!! 手放すのは死ぬ時だけだ!!」

「ちょっと! まだ体が治ってないのよ! 暴れないで頂戴!」

「何が外敵だ! 何が殺戮だ! そんなもんは呼吸するのと同じなんだよ!! あんなクソッタレな世界じゃ、武器を持たねぇのは狂人か自殺志願者だけだ!!」

「……仕方ないわね」

「ガッ!?」

 

 興奮状態のレヴァの延髄に、輝夜の手刀が炸裂する。それによって意識が堕ちかけたが、ギリギリのところで意識を浮上させる。

 

「……悪い」

「い、いえ……こっちこそ……」

 

 輝夜の手刀はこれ以上にないほどに極まっていた。名のある妖怪であっても、簡単に意識を持って行かれてしまう程である。

 だが、ただの人間であるはずのレヴァがそれに耐えたのである。流石の輝夜も驚きを隠せなかった。

 

「とにかく、俺がその『綿月依姫』って奴を倒せれば良いんだな?」

「ええ。でも、彼女は八百万の神々の力を行使することができる上に、光さえ切断するほどの剣の腕前を持っているの。私が剣術を教えたけど、その極みに達しているわ」

「……んで、お姫様よ。さっきから懐に何を隠してる?」

「目敏いのね」

「姫様……一体何を?」

「てゐの部下が持ってきてくれたわ。太陽の畑で見つけたらしいわ」

 

 そういって取り出されたのは、墨をこぼしたかのような黒い銃身を持つデリンジャー。

 多くのデリンジャーは装弾数は二発なのだが、これは片方の弾倉が潰されており、実質一発しか撃つことができない。

 

 それでレヴァは確信した。目の前にあるデリンジャーは、かつての仲間のものであると。

 

「デストラクト……コイツまで幻想郷にあるってことは、他のも全部ありそうだな」

「へぇ……そんな名前の銃なのね」

 

 興味深げに返事をしながら、レヴァに銃を渡す。

 

「コイツがあれば、そのタイマンに勝てる」

「光も切り裂く剣術も?」

「ああ」

「神の力も?」

「おそらくな」

「……永琳。レヴァに全部任せましょう」

「ですが……」

「レヴァが負ければ、私たちはおとなしくお縄につく。幻想郷が蹂躙されようが感知しない。今まで隠れてやり過ごしてきたツケを払うときが来ただけよ」

「はぁ……随分と信頼されてるもんだな」

 

 頼られるのは嫌いではない。それも、絶世の美女と言える二人にだ。

 レヴァとしては、その危険な戦いに身を投じるのには十分すぎる理由だった。

 

「さっきは頭に血が上っちまったが、俺が武器を持つのは、身を守るためでも殺戮のためでもねぇ………」

「『いい女を守るため』ってところかしら?」

「流石はお姫様、自信があって大変よろしい」

「……はぁ」

 

 いかにも軽いノリで話を進める二人に、永琳は少しだけ心配になった。

 



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