その刀剣は誰が為 (白亜霧雨)
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第一刀「不運な出会い」

 「人」という字は人と人が支え合っている状態だ。
 と、いう話を思い出した時に思いついた小説です。
 まあ、その事とこの小説とは無関係なんですけどね。


【1】

 世間と自分の価値観の違いは圧倒的と言ってもいい。

 それはもう体験済みだと思うから説明は省くが、もし、その価値観のズレを集めたごった煮の空間があるのなら。

 君は行くだろうか。

 今の生活に不満を抱きつつも、結局は現実に帰りたいと思うのだろうか?

 俺は。

 そうだな。

 考える。

 考える。

 考える。

 

 しかし、その考えの結末も内容も、知るものは誰一人として消えてしまった。

 

 世間の価値観から遠く離れた場所『幻想郷』

 そこにまた、新たに幻想入りを果たした者がいた。

 彼の名前は犬塚英斗(いぬづかえいと)

 これといった能力も持たない普通の人間の、幻想郷での、波乱万丈な人生の幕が上がった。

 

『その刀剣は誰が為』

 

【2】

 ここはどこだろう……?

 いや、登山をしていたら途中で遭難してしまったから、ずっとどこかわからない状態だったけど、それ以前に、さっきまでいた地形とは全く別の場所のような感じがする。

「はぁ……。水飲もうとした時にリュックの中身ごと流されちまったからなぁ……方位もわからないし飯もない……」

 俺はもう死ぬのかなぁ……、と呟いていると。

 目の前に異質な光景が目に入ってきた。

 それこそ、自分が生きてきた中で培われてきた価値観が壊れるかのような光景だ。

 今まで、足の踏み場もないような、道なき道を辿っていたのに、急に視界が開けたのだ。

 崖とか、草原に出たとかではなく、()()()()()()()()()()に出たのだ。

 その空間は、割と大きく作られていた。

 しかし、俺が真に異質だと思ったのは他にある。

「なんでこんなところに家があるんだ……?」

 家があったのである。

 それも中からわずかだが光が見える。

 かくまってもらえば、いつ死ぬかわからない遭難生活から少なくとも脱出はできるが、それ以上に不気味さを感じた。

 しかし、背に腹はかえられない状況だったので、その家を尋ねることにした。

「………。入り口は裏側か?」

 そう思い家の正面玄関に向かうと、

「…………。」

「…………。」

 森の中だったら絶対に見れないもの、しかし、我々人間社会に生きる者なら誰しもが見たことのあるものが立ち昇っていた。

「ちょっ!? こんなところまで来て覗き!?」

 湯気である。

 しかも、大きい桶みたいなのに一人の少女が入っていた。

 絶賛入浴中である。

 入浴を楽しんでいた少女も、自分の家の裏側から現れた男に戸惑いを隠せていないのか(当たり前だ)顔を真っ赤にして湯船にどっぷり浸かってしまった。

 俺もとっさに家の壁に隠れる。

 そして言い訳を始めた。

「い、いや! 違う! 誤解だ!」

 何が違うんだよ俺!? 完全に変態覗き魔じゃねーかッ!!

「何が誤解よ! この変態! 私の身体のどこに魅力があるのよ!? まさかロリコンなの!?」

「だから誤解だって! 俺は山で遭難して! それに! なんでわざわざお前の入浴シーンを見なきゃならんのだ!」

「ッ!」

 あ、あれ?

 空気が変わった……?

「誰が魅力無しのペチャパイ女よ! 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる! 切る切る切る切る切る切る切る切る切る………」

 完全に俺の失言だが、少女を怒らせてしまったらしい。

 そんなことは一言も言ってなかったのだが。

 すると、なにやらごそごそと、音が聞こえてくる。

 この少女には少しばかりの恐怖心があったが、怖いもの見たさでまた少女を見てみると。

「──いッ!?」

 少女はバスタオル一枚になっていた、器用に胸の上あたりで結び目を作り固定している。

 が、そんなことに驚いた訳では無い。

 その少女が刀を持っていたからである。

 依然、少女は鋭い目つきで「殺す……」とうわ言のように呟いている。

 これ以上の説得はしても無駄だと悟った俺は、脱兎の如く、来た道を引き返したのであった。



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第二刀「霊山妖花」

【3】

「はぁ……はぁ……」

 後ろでは木が倒れる音が何回もしている。

「殺すッ!!」

 その元凶は入浴中の少女だった訳だが。

「お前! 刀持ち出してくんなや!」

「うるさい! お前は絶対に殺す!」

 ダメだ。完全に理性がぶっ飛んでやがる。

 ていうか、銃刀法違反っての知らないのか……?

「……さて、どうしたものか」

 幸い、バスタオルだけで身を守っているため走る速度は本調子では無いようだがかなり速い。

 普段着を着ていたらすぐ追いつかれていたことだろう。

「ちくしょう! なんなんだよここ!? まるで俺の知っている世界じゃないみたいだ!」

「はぁ……? あんたなに言って……あ、あんたまさか外の世界の人なの!?」

 外の世界なんだそりゃ?

「意味わかんねぇよッ!!」

「ち、ちょっと! 待ちなさいよ!」

「誰が待つか!」

 俺は走った。

 その行く道は登り坂となっており、遭難前に目指していた山頂に行くには5分もかからなかった。

 

【4】

「ここ……どこだよ………」

 山頂に登ってすぐに、ありえない光景が目に入った。

 そもそも英斗が登ろうとしていた山は、標高は高いものの雲を超えるほどでは無いのだ。

 つまり、普通なら夜に光る街並みが見渡せるはずなのだ。

 目の前には静寂な闇と広大な自然だった。

 なぜそこに自然があるのがわかるのかと言ったら、空にあり得ないくらいに大きい月が輝いていたからだ。

 その信じられない光景と美しい光景に目を見張っていると後ろから声が聞こえてきた。

「はぁ……はぁ……人が待てって言ったら待ちなさいよ」

 振り向くとそこには湯船の少女がいた。

「なあおい、ここ、どこなんだ?」

 少女は歩いて俺の隣まで来ると、その質問に答えてくれた。

 どうやら、もう殺そうとは思っていないみたいだ。

「ここは忘れられた者が集う『幻想郷』よ」

「幻…想郷……?」

「そう。それで、あなたが今まで住んでいたところをここでは外の世界と言うの」

「なるほど……」

「それで? あなたはどうするの?」

「どうするって……?」

 少女は一つの問いを出してきた。

 それは()()()()()()()()()()()なら、すぐに答えを出せるような問いだろう。

「外の世界に戻るのか、このまま幻想郷で生きるのか。どっちにするの?」

 

【5】

 結局その場では答えが出せなかった。

 口ごもっている俺に対し少女は、答えを聞くまで泊まらせてくれるらしい。

 ありがたい限りだ。

「「……あの」」

 走ってきた道を引き返すこと数分。

 質問の答えを考えていた俺と、それを気遣って黙っていた少女は、ついに沈黙に耐えきれずに話しかけた。

「……先に言ってよ」

「いやいや、俺は後で言うよ」

「先に言って」

 怖ぃ……。

 それはともかくとして。

「俺はまだ君の名前を聞いていない。教えてくれないか?」

「……霊山妖花(れいざんようか)。あなたは?」

「犬塚英斗だ。短い間だけかもだけど、よろしく」

 こうして俺は霊山妖花の家に居候することになった。




 〜紹介〜
 幻想郷・・・人によって解釈や世界観が違うと思うので、それの説明。
 この小説内での世界観としては、原作ゲームのような異変は全て解決されており、だんだんと妖怪への恐怖心が失われつつある。逆を言えば、人間と妖怪が仲良く生活できるような感じ。


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第三刀「人里」

 私が書いている他シリーズの『無表情のこころさんがつきまとってくるんだが!?』もよければ読んでみて下さい!


【6】

「おぉ……」

 目の前には古風な感じの家が立ち並び、道行く人も洋服を着ている者はおらず着物を着ている。

 現在俺は人里に来ているのだ。

「おっといけない。買い物を頼まれていたんだったな……」

 俺は着物ではないので、ズボンのポケットの中からメモ用紙を取り出した。

 もちろん、妖花が書いたものだ。

「ん〜と、醤油と味噌と塩と自分用の服と、魚か………あれ? 幻想郷には海がないって言ってなかったっけ?」

 まあいいか。

 ここにメモしてるってことはあるんだろ。

「しっかし……どこにあるんだぁ〜?」

 霊山妖花の所に居候してからはや翌日。

 俺は妖花の代わりのおつかいを頼まれていた。

 

【7】

「ヘクチッ」

 可愛らしいくしゃみが聞こえてきたのは昨日の夜のことだった。

「おい。寒いのか?」

「うるさいわね。大丈夫よ。私は平気」

「平気って……」

 逃げるのに必死で考えられなかったが、妖花は風呂上がりに冷え込む夜の山をタオル一枚巻いた身で走っていたのだ。

 湯冷めしてしまうのは当然か、と英斗は思った。

 よく見てみると、顔は毅然と振舞っているが、身体は少し震えていた。

「………。」

「ッ! なによ。恩でも着せるつもり? 私はなにも頼んでいないんだけど?」

「うるせぇな。俺が着せたのは上着だよ。無理すんな、寒いんだろ? 風邪引くぞ」

 妖花の身体より一回り以上は大きい上着なので合ってはいないが、多少はマシになるのではないだろうか。

「なんなのよ……あんた」

「あんたじゃなくて英斗だ」

「………。」

 しばらくして家に着いた英斗と妖花は、疲れからか、布団もしかずに眠りに着いてしまった。

 妖花はちゃんと寝巻きに着替えて暖かい毛布をかけて寝たが、それも後の祭りで、結局熱を出してしまったのだ。

 

【8】

「おいお前」

「ん? 俺……?」

 昨日の出来事を思い返していると、後ろから声がした。

 その声は、英斗に敵意を持っているようだ。

 まるで、縄張りに入ってきた獣のような。

 後ろを振り向くと、赤いモンペを着た髪の長い白髪の女性がいた。

「……人里に住んでいる人間は少ないんだ。その分、里内での問題は直ぐに広まる。お前のような奴の話を俺が耳にするくらいにはな」

「ちょっと待て! 誤解だ! 俺は断じて怪しい者じゃない!」

「ほう……。人里では見ない身なりをしていて、昨日まではいなかった人間が、一人でブツブツ独り言。……これのどこが怪しくないってんだ? あ?」

 この人本当に女性だよな!? めっちゃガン飛ばしてくんだけど!?

「こーらっ、新人いびりはその辺にしなさい。妹紅?」

「慧音じゃん。なんだよ、お前はこいつの味方するのか? いくら慧音でも容赦しねーぞ?」

 いつのまにいたのだろうか?

 そこには青のメッシュがかかった銀髪の女性がいた。

 そこの赤モンペとは違い穏やかな人らしい。

「なんでそんなに敵対心を抱く……。って、ああそうか、妹紅は外来人に会うのはこれが初めてだからか」

「あ? 外来人? …………こいつ外来人なのか!?」

「……あの、すみません。外来人って何ですか?」

「ちげーじゃねえーか慧音!!」

「いや待て妹紅。君は外から来たのだろう?」

「あっそういうことか。はいそうです。外の世界から来ました。えーっと……」

 俺がなんて呼べばいいのか悩んでいると。

「私は上白沢慧音だ。みんなからは慧音先生と呼ばれている」

「よろしく、慧音さん」

「君は先生と呼んでくれないんだな」

「あはは……」

「まあいい。そしてこっちの女……男性は藤原妹紅。好きに呼んでもらって構わないよ」

 ………。

 慧音さんみたいにさん付けでもいいんだけどな。

 俺の予想が正しければ。

 こいつは。

「よろしく赤モンペ!」

 俺は満面の笑みでそう言った。

 慧音さんの時よりも声を張り上げたので、近くを歩いていた通行人にも聞こえてしまったようだ。

「はあぁっ!? なんで慧音は慧音さんで俺は赤モンペなんだよ! おい慧音! お前からもなんか言ってやれ!」

「赤モンペ………フフッ」

「テメェ慧音! 笑ってんじゃねぇ!」

 こいつやっぱり。

「お前はいじられキャラだったんだな。妹紅」

 俺は妹紅の肩に手を置き囁いた。

 こいつは呼び捨てで充分だ。




〜紹介〜
 幻想入り・・・忘れられた者が集まる幻想郷に行くには、主に三つの手段がある。
 一つ、現実に生きる人たち全てに忘れられること。しかし、この方法では家族からは忘れられることはほとんどないため難しい。
 二つ、幻想郷の管理人、八雲紫に気に入られること。これはほとんど不可能と言ってもいい。例えば、同じ種類で大きさもあまり変わらないカブト虫がいるとしよう。その中で他と区別がつけられるのは、足が一本ないとか、白い目をしている、といった、特徴のある者だろう。そして、八雲紫が人を選ぶにあたっての条件は能力を持っているか否か、だ。少なくとも、ただの一般人には気に入られることはまずないだろう。
 三つ、結界が緩くなったところに偶然入り込む。幻想郷を取り巻く博麗大結界も老化する。結界の力が弱まる場所もできてしまうということだ。しかし、これは運の要素が高い。そもそも結界なんて目視できるような代物ではない物の老化をどうやって判断するのか。答えはできない。
 結局のところ、不平不満を持ちながら現実に堅実に生きるしかないのだろう。


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第四刀「人斬りの噂」

今回シリアスです。


【9】

「ありがとうな。買い物の手伝いをしてくれて」

「いや、礼を言われる事でもない。人が困っていたら助けるのは当たり前だろう?」

「ふーん…。外の世界じゃこういう時に助けてくれないんだぜ」

「えっ! そうなのか?」

 俺と慧音は世間話に投じていた。

 あの後妹紅は用事があると言って帰ったのだ。

 そして、俺の買い物の付き添いをしてくれているという事だ。

「あ、そうそう。妹紅のことなんだけど」

「ん? 妹紅のことが気になるのかね?」

「まあな。あいつは女性じゃないのか?」

「…………。」

 あれ? 言っちゃ悪いこと言ったかな、と英斗は思った。

 理由は明白。

 今まで楽しそうに話をしていた慧音が一瞬で曇り顔になったからである。

「いや! 言いたくないんならいいんだ」

「……そうか。いやでも、外の世界の話をしてくれたお礼だ。ちょっとだけ話そう」

 具合が悪そうな慧音だったが、しっかりと話してくれた。

「……まあ、大した事ではないんだけれど、君も察している通り、妹紅は女性だ。いや、女性だった。が、正しいのかな」

「女性だったって……じゃあつまり今は……」

「そう、今は女性であることを忘れているんだ。自分は産まれてきた時から男性だ。ってね」

「そう……なのか」

「あっ、心配しないでくれ! 今はもう随分慣れたから、昔のことを思い出すとどうしてもね……時折考えてしまうよ。実は妹紅の中では私の記憶は無くて、あるのは最近の私だけなんじゃないかって……」

「慧音さん……。」

 あいつはそんな奴じゃない、と言えたらどんなに楽だっただろうか。

 しかし、俺は、妹紅どころか幻想郷の何も知らない。

 何も。

「ところで英斗君」

 さっきまでの雰囲気がまるで嘘みたいなテンションで、慧音さんは一つの質問を口にした。

「君はつい昨日に幻想入りしたと言っていたね。そしたら、どうやってそのお金を手に入れたんだい?」

 その質問の答えは俺も知りたい所だった。

 

【10】

 俺は慧音と別れを告げ人里を後にした。

 まだ暗く無かったので、魚屋を教えてもらって値段の交渉をしたうえで、茶屋にでも行こうかと考えていたのだが、夜は妖怪が現れるから危険だと、子供に言い聞かせても笑われるようなことを言われた。

 そんなことを言われなくても夜の山は充分危険だからすぐ帰ろうとしたのだが、慧音さんの目があまりにも真剣だったためすぐ帰ることにした。

 あと、帰り道の方角を示した時にも、こんなことを言われた。

 

 そっちの山には危険な人斬りがいる。

 

 昨日の時点でその人斬りに出会わなかったし、霊山妖花の所に居候させてもらっているので大丈夫だと思うのだが。

 しかし、自分の中で浮かんだ仮説をぬぐい切ることは出来なかった。

 霊山妖花が人斬りであるという可能性だ。

 妖花が日本刀を持っていたことも。

 あんな山奥で暮らしていることも。

 お金をたくさん持っていたことも。

 全て合点がいくのだ。

 合点がいってしまうんだ。

 俺は確かめなくてはいけない。

 妖花が、人斬りなのか、そうでないかを。




〜紹介〜
人里・・・現在は人間と妖怪が一緒になって笑いあえる交流の場である。しかし、昔はそうでは無かったのだ。なぜ交渉の場になったのか、それは、一つの事件が原因だ。
 名もなき妖怪の軍勢が人里を襲ったことがあった。それをくい止めるべく動いたのが藤原妹紅だった。自分の身をとして妖怪の軍勢を止めてくれた英雄『妹紅』の願いで今の人里が出来たと言ってもいい。しかし、その代償として女性であることを忘れてしまう。


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