刀使ノ巫女 -蜘蛛に噛まれた少年と大いなる責任- (細切りポテト)
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第1話 始まり

初投稿。感想指摘バリバリやっちゃってください。
過去からスタートになります。ご了承ください。


1歳の頃、両親が交通事故で死んだ。

 

僕、榛名颯太にとっては物心つく前の事だったから両親の顔も今では思い出せ無いし当時の自分には何が起きたのかさっぱり分からなかった。

 

だがその直後、父親の弟とその妻である叔父夫婦に引き取られて愛情いっぱいに育てられたから寂しいと思ったことは無かった。

叔父夫婦の家の隣の衛藤家、叔母と衛藤家の両親が同級生だったらしく叔父夫婦が隣に越してきて以降は家族ぐるみの付き合いをしていて、自分もその家の長男と長女と遊ぶようになっていた。

 

長男戒刀(かいと)とは部屋でTVゲームしたり、その妹の可奈美とは同い年で可奈美の母親である美奈都おばさんに剣術の稽古やチャンバラごっこで一緒に遊んでもらったりしてそんな穏やかな毎日を過ごしていたある時、僕らが7歳の時に美奈都おばさんが亡くなった…。

 

-葬儀にて-

 

葬儀に参列する人達は皆喪服を来て誰もが悲しそうに泣いていた。

僕にとっては大切な人が亡くなるのはこれで2回目だ。両親が亡くなった時は何も分からなかったから泣く、という事は無かったが、叔父夫婦に引き取られてから数年、隣の家の美奈都おばさんは本当の息子のように僕を可愛がってくれて、僕にとってはもう1人の母親のような人物だった。

今、目の前の棺に眠る美奈都おばさんにもう会えないのだと思うと悲しみで眼から涙が溢れそうになり、隣に座る衛藤家を見る。

父親と長女の可奈美は泣くのを我慢しているが眼の端から涙が溢れ落ちそうになっていて、長男戒刀はすすり泣いていた。

家族が、大切な人がいなくなるってこんなに悲しいことなのかと両親が亡くなった時には得なかった感情を僕は7歳にして実感した。

 

-葬儀の翌日の告別式の夜-

 

叔父夫婦は衛藤家の父親と共に何か話をしている最中、僕は1人庭の縁側に座る可奈美を見つけ、その隣に立つ。

「となり、いい?」

 

「うん…」

 

と許可してくれたのでそのまま庭の縁側に腰かける。

正面を見ると、よく二人で美奈都おばさんに剣術の稽古をつけてもらった庭を見つめる。

二人で美奈都おばさんとの思い出がつまった庭を眺めている間ずっと互いに無言だったので僕から切り出した。

「あのさ…僕の父さんも母さんも、もういないし何も思い出せ無いけど…伯父さん達や可奈美達がいてくれたから僕は1人じゃなかった。何ができるかなんて分かんないけど、今だけは僕が側にいる。可奈美が泣きたい時は僕が側にいるよ」

「だから今だけは本当の気持ちを隠さなくていいんだよ」

涙を堪えながら必死に、力を振り絞ってそう言う事しか出来なかったが僕にとってはこれが精一杯だった。

 

「颯ちゃん…っ!」と可奈美がものすごい勢いで抱き付いて来て僕の胸元に顔を埋めてわんわん泣き出した。

葬儀の間ずっと泣くまいと我慢していたのが限界に達したみたいで、幼いながらに母を失った少女の悲しみが直に伝わって来て、優しく抱き止める事しか僕には出来なかった。

可奈美が泣き止み、叔父夫婦に帰るぞと声をかけられて衛藤家を後にしようと玄関で靴を履いていたら可奈美に呼び止められた。

 

「あのね…今日はありがとう。気を遣ってくれて…」

 

可奈美は少し気恥ずかしそうに礼を言ってきた。

 

「僕にとっては可奈美も家族だよ。悲しいことも嬉しいことも一緒に分け合って行来たいんだよ」

 

年齢にそぐわないような少し大人ぶった素振りで照れ隠しをし、少しの気恥ずかしさから急ぎ足で帰っていく姿を月明かりが照らしていた。

 

-数年後-

 

小学校を卒業し、二人とも日本に設立されている特殊な五つの教育機関である伍箇伝の一つである岐阜県の美濃関学院の中等部へと進学していた。今日はその入学式。

可奈美は人々を脅かす荒魂から守る刀使になるため、颯太は科学オタクに育ったためか刀のメンテや金属を研ぐ研師になるため、それぞれの目標のために実家神奈川を離れて岐阜での寮生活になるがこれからの生活に期待に胸を膨らませていた。

 

桜並木が生える春の校舎の校門の前に立ち、可奈美の父親と颯太の叔父夫婦も保護者として一緒に来ていた。

 

「二人とも頑張り過ぎるのもいいけど、たまには顔見せろよ 」

 

30後半にしてはかなり若く見える颯太の叔父、拓哉は気さくに声をかける。

 

「分かってるよ叔父さん。GWには1回帰ると思う。」

 

「颯太君、これからも可奈美の事よろしく頼むよ」

 

妻と死別して以降は男手1つで子供2人を育ててきた可奈美の父和弘は長い付き合いの間柄である颯太の肩に手を置く。

 

「もうお父さん心配し過ぎ。学課が違うから颯ちゃんに会う事だって減っちゃうかも知れないし…」

 

父親の言葉に対し学課が違うため、会う機会が減るかも知れないことを少し気にしているようだ。

 

「大丈夫よ、可奈美ちゃん。うちの颯太も一応(強調)小学校までは一緒に剣術やってたんだからたまには誘ってくれればいつでも行くから」

 

今年で36歳にはとても見えない、20代半程に見える颯太の叔母の芽衣が一応の部分を強調しながら可奈美を心配させまいとしてる。

 

「一応って芽衣叔母さん…まあ課が違っても普通に会えると思うから別段気にしてないよ僕は。それとそろそろ行かないと遅刻しそうだ」

 

颯太は入学祝いに叔父から買って貰った腕時計に目をやる。式の始まる9時より10分前の8時50分を針が指していた。

 

「ああ!そうだったな!よし、サクッと撮るから二人とも並んで~はいチーズ」

 

拓哉は9時から入学式が始まることを思いだし二人で並ぶ可奈美と颯太を写真に撮る。

後でスマホに送るからと言いながら全員で入学式場に向かう。

 

-入学式を終え、それぞれの学課ごとのHRにより新入生は教室に集まっていた。

可奈美とは課が異なるため教室も校舎も異なる。颯太は知り合いも1人もいない状況で完全に固まっていたが前の席に座る髪を少し逆立てているお坊ちゃんという風貌の男子生徒に声をかけられた。

 

「よっ、俺針井栄人(はりい えいと)。ハリーでもエイトでも好きに呼んでくれ。お前は?」

 

「僕は榛名颯太。よろしく。ハリーって呼ぶよ…って針井ってあの大企業「針井グループ」の?」

 

颯太は日本でも有数の大企業柳瀬グループにも並ぶ、刀剣類管理局にも技術提供をしている大企業、針井グループの名を思い出した。

 

「そそ、その針井。まあ、俺は後継ぎの見習いみたいな立ち位置だし家じゃ俺に権力なんて無いし、ここじゃただの一般生徒だから気軽に接してくれ」

 

「分かったよハリー。」

 

気さくに笑いかける笑顔を向けられて固く握手を交わす二人。HRが始まるまでお互いに自身が尊敬する技術者とその技術者が開発した装備に関する論文について熱く議論していた。

 

入学初日から可奈美以外の友人ができた事に喜びを感じながらHRが終わり、寮へと帰る。

荷物を整理しながらこれからの学校生活に期待に胸を膨らませていた。

 

荷物の整理が終わり、夕食を済ませて風呂にも入った後に叔父夫婦から電話がかかって来たため軽く会話をして就寝することにした。

 

「よし、明日も早いしさっさと寝るか」

 

かなりの近視であるため、いつも掛けている眼鏡を外してベッドの上へと寝転がり明日に備えて眠りについた。

 

この時の颯太は何も分かっていなかった。一ヶ月後、自分の運命が大きく狂わされていくという事を。



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第2話 目覚め

やっと話が進んだ…と思いたい。


入学式から3週間程のGW直前の頃、颯太は学校の雰囲気にも慣れ、授業にも着いて行けていたり、可奈美や針井の他に可奈美の新しい友人柳瀬舞衣とも知合うこととなった。

そして、時間が合えばたまに昼休みに4人で昼食を食べるなどそれなりに学校生活が充実していた。ある1つを除いては…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「喰らえ俺の必殺キン肉バスターああああああッ!!」

 

「ぐおぁっ!」

 

颯太を掴んだまま上空に飛び上がり、両手で両足をつかみ、颯太の顔を自分の首でフックをかけ、着地する別名「五所蹂躙絡み」をかけられていた。

 

身長180cmは優に越えるであろう大柄で、いかにもジョックスと言った風貌の男子生徒、塩川光とその取り巻きのガチムチに放課後の体育館裏でプロレス技の練習台のサンドバッグにされていること以外は。

 

「ぶははははwwwちょーいたそーwww」

 

取り巻きがキン肉バスターを決められてのたうち回る颯太を指差しながら嘲笑う。

そう。ダサくて気弱でガリ勉で貧弱な体型の颯太はクラスのガキ大将グループに時折いじめられていたのであった。

理由は簡単。弱そうでやり返して来なそうだからだ。

 

実際に颯太は剣術の経験者ではあるがあくまで小学生までのレベルで身体能力は平均的。こんな中1とは思えない大柄な筋肉モリモリマッチョマンの変態の集団には敵わないのだ。

それをいいことに会うたびに肩パンを喰らわされ、機嫌が悪い日には放課後呼び出され体育館裏でプロレス技の練習台のサンドバッグにされていたのだった。

 

「ふい~決まった決まった。今日はこの辺にしといてやるからこの事は誰にもチクんじゃねえぞ」

 

機嫌が治ってニヤニヤと笑いながら脅しをかけ、颯太には目もくれずに帰る光。

 

金持ちのハリーや刀使である可奈美や舞衣と親しい颯太であるがこういう問題で友人に迷惑をかけたくないし、適当に相手をしてればそのうち飽きるだろう、最悪証拠を集めて先生に密告すればいいと思い誰かに相談したりもせずに一人で耐えていた。

 

「はぁ超痛え…次はマッスルスパークでもかけられるのかね…」

 

しかし、これから先も時折暴力を振るわれる事への不安からため息を着きながら衝撃で地面に落ちた眼鏡を拾って掛けなおす。

 

さて、帰るか…と寮へと向かう道すがら見知った顔に出会す。

艦○れの雪風に似てると、以前同級生が評していた颯太の幼馴染み可奈美と中学生でありながらとても落ち着いた印象の年頃の男子が理想としそうな大人びた雰囲気のあるお嬢様風の少女、最近友人になったばかりの舞衣だ。

 

「あれ、颯ちゃん今帰り?てかなんで汚れてるの?」

 

颯太の姿を見るなり今の姿に着いて触れてきた。

 

「ああ…っ!その、木から降りれなくなってた猫助けようとしたらそのまま落っこちてさ…」と非常に苦し紛れの言い訳をその場で考えたが明らかにガバガバだ。

 

 

「でもそれにしては顔も少し傷が付いてるけど?それと何だか殴られたような跡も」

 

舞衣が顔を覗き込みながら、顔に着いた汚れや痣を指摘してくる。

 

「いや、その顔面から着地しちゃって…」

 

また筋が通らない言い訳をしてしまいすぐに後悔する。

 

「もしかして誰かにやられてるんじゃないの?」と颯太が必死に誤魔化す様から何かを感じ取った可奈美。

 

「い…いや、そんなこと無いって!仮にそうだとしても適当に相手してればその内飽きるだろうから放っておけばいいって!二人に迷惑なんかかけられないよ」とつい事実を口を滑らしてしまう。

 

 

「榛名君…私達ってそんなに頼りない?」

 

 

友人なのに頼ってくれないことに、舞衣が悲しそうにじっと見つめて来たことに罪悪感を覚える。

 

「ち…違うよ柳瀬さん…」

 

つい押し黙ってしまっていると可奈美が颯太の手を握ってくる。

 

「颯ちゃんさ、いつも私が悲しかったりすると気を遣ってくれるけど自分が一番辛い時に限って誰にも頼ろうとしないじゃん」

 

「それ、私からすると結構悲しいんだよ」

 

「前に言ってくれたよね、辛いことも嬉しいことも一緒に分け合って行きたいって。だったらその半分を持たせてよ、友達でしょ?」

 

 

過去に自分が言った言葉を掘り返されてぐぅの音もでなくなってしまう。

 

「分かったよ…ごめん二人とも。ずっと隠してて」と二人に謝罪する颯太。

「僕はクラスの筋肉ゴリラ3人組に合う度に肩パンされ、あいつらが機嫌が悪い日には体育館裏でプロレス技かけられてる、ハリーがいるときはなにもしてこないけど」

 

「…ッ!!」

 

事実を伝えると二人の顔が険しくなるのが分かった。友人がいじめられていたのだ許せないのだろう。その事を察して颯太は続ける。

 

「でも今は待って、証拠を集めて後で先生に言うから。

その方が確実だ。もし何かあったら二人を頼るよ、だから今は待ってて欲しい」

 

「分かったよ。もし私達の力が必要になったらいつでも言ってね」

 

「私も、力になるから!」と力強く応える可奈美。

 

自分の考えを伝えると納得してくれたようなので、もしもの時はよろしく頼むと伝えて帰路につく3人。

帰る直前に上の妹が好きだという動物の絵が書いてある絆創膏を舞衣から貰いそれを殴られた所に張り寮に着く。

 

入浴と夕食を済ませ、眠りに着く。

ホント、いい友達を持ったなと心の中で思い返し、明日は学外研修で遠くの刀剣類管理局傘下の研究施設を訪問することになっており最新鋭の機器を見られることにワクワクしながら眠りに着いた。

 

 

翌日。

 

刀剣類管理局の局長室に1通の電話がかかる。

局長室の椅子に座る眼が隠れる程髪を伸ばした白い軍服のような衣装を来た女性、折神紫が受話器を取る。

 

「なんだ?」と淡々と用件を聞く紫に対して電話の相手は「申し訳ございません局長。現在モルモットとして遺伝子を改造していた蜘蛛が脱走して行方が判らなくなりました」と管理局直属の研究所の研究者が報告する。

 

「あの状態ではそう長くは無いだろう。だが死骸は必ず回収し、本日訪問するという学生達には見られんようにしろ。いいな」

 

紫は淡々と指示を出した後に電話を切る。

 

このような些細な事で一々電話をしてくるなと内心毒づく紫。

そして場面は変わり、研究所へ。

 

美濃関学院中等部1年生全員が研究所に訪れており、約1名異常な程テンションが上がっている。

 

「うひょー!オラワクワクすっぞぉ!俺は科学諜報員ソウター・ボンドだ!」

 

全員に配布されて首にかけてある本日限りの身分証明書を銃のように構えポーズを取っている長めの茶髪に眼鏡をかけた一見パッとしない中性的な少年。榛名颯太だ。

普段は気弱で冴えないが科学や最新鋭の機器や未知との遭遇とのことになると子供のようにはしゃぐのだ。

 

「おいおい子供みたいにはしゃぐなって!ハズいだろ!」

 

颯太と同じ学課のクラスの友人、針井栄人。通称ハリーが颯太を諌める。

 

「いやいや、よく興奮しないでいられるね!最新鋭の設備が見られるんだよ!?」

 

実際に中学生なので子供なのであるが、子供のように眼を輝かせる颯太。

 

「こうなった颯ちゃんってほんと子供みたいなんだよね~」

 

昔馴染みである可奈美は興奮した颯太が子供のようにはしゃぐことを知っているため全く意に介さず笑いながら言う。

 

「剣術のことではしゃいでる可奈美ちゃんもこんな感じだけど…」と微笑みながら舞衣がツッコミを入れている。

 

毎日ではないがたまに昼食を一緒に食べたり剣術の鍛錬をしたりする4人組で施設内を回っていた。

 

すると生物の遺伝子を研究をする研究室の近くを通りかかり、ガラスケースに実験で使う蜘蛛が複数置かれていた。

 

「私虫ってちょっと苦手…」

 

「確かにね。一応捕捉しておくけど柳瀬さん。よく誤解されがちだけど厳密には蜘蛛ってクモ目に属しているから昆虫って扱いじゃないんだよ」

 

「それでも私もちょっと苦手だな~部屋に急に出てきたらビックリするし」

 

他愛のない話をしているとハリーが奥の部屋にある最新型の培養機を動かす機械を発見し、指をさす。

 

「なぁ皆、あれ動かしていいみたいだし触ってみようぜ」と提案し四人で機械の前まで移動する。

 

「あ、最初は颯ちゃんから触れば?こういう機械好きでしょ?」

 

可奈美の提案を聞くと、ハリーと舞衣はそこまで急いで機械に触りたい訳ではないため颯太に先を譲る。

 

すると

 

ズキリと一瞬妙な記憶が脳裏をよぎる。

そこには全身を完全防備した研究員と培養機とその横で大量に並ぶ赤ん坊の姿という全く見に覚えの無い記憶がよぎった。

-被検体A17、投与を開始します-

 

-僕はこの光景を知っている?…でも何で…

 

まあ良いかとすぐに割り切り「サンキュー皆、榛名颯太、行きまーす!」と某長寿ロボットアニメの主人公のような掛け声をしながら椅子に座り両手でレバーを押し上げ、機械を操作していた。

 

ある程度機械を動かすのを堪能した後急にトイレに行きたくなった颯太は皆にすこし待っててもらうことにし、一人でトイレに入って行く。

用を足し、手を洗っていると天井から赤と青の色をした蜘蛛が糸を垂らしながら颯太に近付いてくる。

その蜘蛛の接近に気付かなかった颯太は手の上に蜘蛛が乗るのを許してしまい。そのまま雲が牙を突き立て、手の甲に突き刺す。

 

「いった!」

 

あまりの痛さに噛まれた手を振り回すと勢いにより蜘蛛が飛んで行き、壁に激突して動かなくなる。

 

なんなんだよと内心毒づきながら噛まれた所を確認すると赤く腫れ上がっていた。

最悪だ。そんな気分でトイレから出ると待っていた3人に大きな声を出したことを心配されたが蜘蛛に噛まれてついビックリしてしまった事を伝え、またしても舞衣に絆創膏をもらって刺された所に貼り付けた。

 

その後は施設内を一通り見て回り、美濃関に帰る時間になると全員がバスに乗り込み帰路へと着く。

 

美濃関に到着して皆がバスから降り、それぞれ寮の自室へと向かうが颯太の顔色は青白くなっており、頭がクラクラと回っているような感覚に襲われていた。

 

「やばい…クラクラする…無理だ…もう寝よう」

 

蜘蛛に噛まれたせいだと何となくは察しているがこれ以上起きているのは無理だ、寝て休んだ方が良いかもなどと考えていたら限界に達して風呂にも入らずに寝てしまった。

 

そのまま深い深い暗闇を彷徨うかのような意識の底に沈んでいた颯太。

 

 

-目覚めよ-

 

脳内に直接語りかけて来るかのような声に反応するが周囲には誰もいない。

何が何だか…と疑念に思っているとそこには巨大な蜘蛛が顔を見せていた。

 

「うわぁ!」

 

突如現れた巨大な蜘蛛に驚いて情けない声を上げてしまう。

 

-畏れるな今世での我が隣人、現状唯一の成功例よ、貴様には俺と共に存在する権利がある。我が隣人たる貴様に力を授けよう。

力の使い方次第では貴様は正義にも悪にもなれる。どう使うかは貴様に任せる。精々俺を興じさせよ人間-

 

直後全身に電流が走ったような痛みが走る。全身の細胞が焼かれて変異していくような感覚に襲われる。

あまりの激痛のあまり起き上がってしまった。目を覚ますと全身が汗でビッショリとしており寝巻きが体に張り付いていた。

 

 

なんだったんだ今の?そう夢の中での出来事を振り返るともう朝になっていたことに気づく。

部屋の壁にかけてある時計を見ると朝の5時を指していた。この時寝ぼけていたためか眼鏡も無しに離れた位置にある時計を見ていた事に気付いていなかった。

 

「さて、汗もかいたし、昨日入り忘れたから入らないと」

 

自室のシャワー室へ向かうために眼鏡をかけたが非常にボヤける。

ん?また近視強くなったのか?と一度眼鏡を外すと外した方が視界がハッキリと見える。

 

「…………え?………」

 

急に眼鏡無しでも見えるようになった事に戸惑っているが学校へ向かうための準備もあるため早めにシャワーを浴びければと思い服を脱ぐと

 

 

いい具合に筋肉が引き締まった体つきになっていた。

更に驚愕を隠せない颯太。

 

いやいやあり得ない。小学生時代は剣術でトレーニングもしてたが筋肉が着くほどでは無かったし、今ではたまに可奈美に付き合って竹刀を振るう位でトレーニングなんて一切してない。

なのにこんな体型になるのはあり得ないと実感していた。戸惑いながらもすぐにシャワーを浴びて学校に行く準備をし、急いで朝食を摂取して学校へと向かう。

 

何が起きたんだと登校中もその事ばかりに気を取られている颯太。

「颯ちゃんおは…ってええ!?」

 

「榛名くんおは…え…?」

 

「どうしたの?二人とも?」

 

登校の途中、可奈美と舞衣に会い、声をかけられたがすぐに驚愕された。

 

 

「だって颯ちゃんすごい近視じゃん!眼鏡が本体ですって言われてもおかしくない位いつも眼鏡してたじゃん!」

 

「それで歩いて大丈夫なの!?」

 

二人とも自分が眼鏡をしてないことに驚いたようだ。

しまった、そういや眼鏡無しで来ちゃったんだ…誤魔化さないと…

 

「こ、コンタクトにしたんだよ」

 

「ああ~そういうこと」

 

「なら、安心だね」

 

本当は一応持っているコンタクトレンズは部屋にあるのだが、咄嗟の苦し紛れの言い訳をどうやら二人は納得してくれたようだ。

 

自分の通う鍛治科の校舎と、二人の向かう校舎は別方向のため二人と別れて自分の校舎の校庭を横切っていく。

 

「何が起きてるのか僕にも分からない。だからキチンと状況が分かるまで二人には言わない方がいいかも知れない…多分混乱するだろうし」

 

ぶつぶつと独り言を呟きながら一旦は状況を把握出来るまでは黙っておくことにした颯太。すると近くでキャッチボールをしていた生徒の手からボールが手からすっぽ抜けて暴投をしてしまい、颯太に向かって一直線に飛んで来ていた。

 

直後、颯太は上の空で歩いていたが突如全身に鳥肌が立つようなゾワリとした感覚に襲われた。

 

まるで全身がこう言っているようだ…

 

「危ない!」

 

振り向き様に飛んできたボールを素手でキャッチする颯太。

 

「さーせーん!大丈夫スか!?」とキャッチボールをしてた生徒が慌てて近付いてくる。

 

「あっ、大丈夫です!返しますね!」

 

ボールを握り直して30m程離れてる生徒に投げ返す。

しかし、軽く投げ返すつもりだったが手から離れたボールは150kmは出ている弾丸ライナーと言ったような剛速球となり生徒に向かって飛んで行く。ボールは相手のグラブに入るが勢いのあまり相手のグラブを弾き飛ばしてしまった。

相手はグラブを弾かれたことに放心しているため

 

「すいません!」と謝り急いで教室に駆け込む颯太。

 

ヤバい…今日の僕どうしちゃったんだ…とこの世の終わりのような気持ちで授業中も上の空で1日を過ごしてしまい。ハリーに心配されたが何でも無いと返した。

 

放課後になり、帰ろうと鞄を手に持ち廊下を歩いていると、また全身に鳥肌が立つような感覚を覚え咄嗟に体を捻らせた所、自分の肩があった位置を拳が通りすぎていた。

そう、肩パンをするために放たれた拳を颯太は避けたのだ。

 

「は?…」

 

肩パンをしようと殴りつけたであろう人物、いじめっ子光は呆気に取られていた。

 

「てめえ俺をナメてんのか?俺は今機嫌が悪ぃんだサンドバッグになれやオラァ」

 

拳を避けられたことによりかなり苛立っているのか、ドスの聞いた声と勢いに負けてそのままいつも通り体育館裏に連れていかれる。

 

体育館裏にて、誰もいない、誰も見てないことを確認した光は首を鳴らしながら右の拳を掌に叩き付け、乾いた空気の音が木霊する。

 

「さぁ~て今日は何かけよっかな~決めた!今日はマッスルスパークだ!」

 

光の脚が地面を蹴り上げて颯太に飛びかかるが颯太の視点では光の動きがゆっくりに見えるため、軽く身体を動かして横に回避しつつ右足を出して足を引っ掛け光を転倒させる。

 

「ファッ!?」

 

「「ひっか!」」

 

光が転倒したことを本人含め取り巻きも驚いていた。

 

「てめえこのもやし野郎が!」

 

光が起き上がると再度拳を握ってすぐに殴りかかるがすぐにまた全身に鳥肌が立つような感覚が発動して光の攻撃を全て回避していた。

見える…!こいつの動きが手に取るように分かる…!

 

光のパンチをジャンプで回避した際には3m程高く飛び全員が驚愕していたが、日頃の怒りが爆発したのかそのまま空中で1回転し、落下しながら光の顔面に踵落としを決める。

そのまま光は顔面から地面に伏せてしばらく痙攣していたが動かなくなる。

 

取り巻きの二人も目の前の光景に困惑していたがすぐに敵意をむき出しにして襲いかかる。

 

周囲を見渡すと、どうすれば効率よく倒せるかを考え後ろに向かって走り体育館裏の木を蹴りそのままジャンプして飛び蹴りを入れる。三角飛びだ。

蹴りが取り巻き一人の腹に命中し、蹴り飛ばされて地面を転がる。

残りの1人は拳を振りかぶってストレートパンチを繰り出すが手首を掴み、そのまま捻り上げ、曲がってはいけない方向に曲げようとする。

 

「あー…そろそろ…降参する?…」

 

少し困惑しながら颯太は聞く。まだ敵意のある視線を向けるがこれ以上自分たちに勝ち目は無いと判断し、完全に戦意が失せて3人揃って許しを乞うために土下座を敢行する。

 

「「「すいません!俺達が悪かったです!!許してください!何でもしますから!」」」

 

大声を張り上げながら謝罪の弁を述べる。

すると騒ぎを聞き付けた教師たちや刀剣課の刀使達に取り囲まれていた。

「そこのお前ら、大人しく投降しろ!」

 

教師に言われ4人とも生徒指導室まで連行され、怒られる羽目になった。

 

 

やべ…やっちった…と内心かなり焦っていたが、心の中ではもしかしてこの力って自分のために使えばワンチャン何でも出来るかも。と邪な感情も同時に渦巻いていた。




ちょくちょくふざけすぎたかも知れない…。


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第3話 大いなる力には大いなる責任が伴う

自身の能力について分析する回です。


ヴェノム公開日には出せるようにしたのでクッソ急ごしらえです。


体育館裏での騒動の後、教師たちに特別指導室に連行された4人は生活指導の教員から喧嘩の原因について問い詰められていた。

 

事前に颯太はこれまでの事を全て許すから軽いプロレスごっこの延長で本格的にやり過ぎて喧嘩になり、拳を交える上で友情が芽生えてあの土下座は3人が改心したことにするように話していたためその通りに話を進めていた。

3人が改心した上で、被害者に謝罪した事にすればある程度酌量の余地はあるかも知れないと考え、自分もやり返した事実は悪いと言う意識はあったため遊びの延長での喧嘩、しかし両者は和解しているという事にして最低限のリスクで済むようにしようと考えていた。

そして何よりなるべく早くこの力のテストがしたくてしょうがなかったからだ。

 

 

ただし少し無理があるかな…。

内心では自分の穴だらけな言い訳に冷や汗をかきつつ緊迫した状況が続く。

そして生活指導の教員は重い口を開き、4人の処分が決定した。

結果、お互いに怪我は無かった上、全員深く反省してると判断されたため喧嘩両成敗として厳重注意と保護者への連絡とGWが明けたら校舎の掃除を1週間行う。ということとなった。

 

「「「「失礼しました」」」」

特別指導室から出て喧嘩をした3人は颯太に怯えていたが、颯太は3人を許したため別に怖がらなくていい。でももう他の人にこんなことするなよと釘を指し、寮へと帰ろうとすると校舎の出入口の前に2人の女子生徒と1人の男子生徒が待ち構えていた。

 

可奈美と舞衣と針井だ。3人の表情は心配と不安、少し怒っているようにも見える。

 

「あぁ、3人とも…ごめんよ心配かけて」

 

「言いたいことは色々あるけど、怪我は無い?」

 

「全く、何がどうなってんだよ…」

 

「いじめっ子相手とはいえ、ケンカなんて颯ちゃんらしくないよ!それに何で1人で解決しようとするの!?」

と3人に次々と問い詰められた。

 

3人の言ってることは確かにその通りだ。だが力の事は言えない、不確かな情報で混乱させるのは避けたい。

それでも心配をかけたし形式上の事実だけでも応えなければ。颯太は後頭部を手で掻きながらバツが悪そうに

 

「僕だって人間だしたまには怒るさ。それが我慢できなくなってつい爆発しちゃったんだよ…。殴り返した僕も悪かったし、誰も怪我しなくてあのガチムチ3人もちゃんと謝ってくれて反省してくれたからもう心配ないよ」

「それに可奈美。確かに僕はそんなにケンカなんてしたことないけど可奈美や戒刀とケンカになって竹刀持ち出して剣術で白黒つけたりしたこともあっただろ?」

 

教員に話した内容とは少し違うが一応事実を説明した。

確かに怒りを抑えられずに爆発してつい手が出るというのは割と人間らしい理由で不自然ではない。

それに貧弱な体型の自分があのガタイのいい3人に勝ったという事は自分とあの3人しか知らないことであるため、勝敗はともかく殴り合いの末和解できたのだという年頃の少年少女ならよくあることで納得させようと試みる。

そして、可奈美には過去の体験談を交えて自分も怒ることはあると説得力を持たせようとする。

 

「でも、柳瀬さんと可奈美には困った時は頼るって言ったのに怒りに任せて先に行動しちゃったことは本当に悪かったって思ってる。後、ハリー。君を巻き込みたくなくてずっと黙っててほんとにゴメン」

可奈美と舞衣には頼るよりも先に感情的になってしまったことやハリーには遠慮して何も言わなかった事を謝罪する。

 

「ううん、もういいよ。ケンカは感心しないけど誰だって怒るときは怒ると思うし。」

 

「全く水くさい奴だな、迷惑な訳ないだろ」

 

「確かに普段大人しいけどちゃんと人並に怒るもんね颯ちゃんは」

遠慮していたことやケンカをしたことを少し咎められたが納得はしてくれたようだ。

しばらくの会話の後、それぞれが寮の自室へと戻る。

寮の自室に着いた瞬間携帯電話から着信がある。

 

実家からだ。もう連絡が着いたことを察して電話に出る。

 

『もしもし、颯太か。』

 

「うん、叔父さん」

 

『お前が喧嘩して怒られるなんて初めてだな。まぁ詳しい事は明後日からの連休に帰ってから話そう。じゃあおやすみ』

 

「ほんとにごめん…おやすみ叔父さん」

 

短い内容だった。電話越しだったから分からなかったが怒っているという感じでは無かった。

しかし、実の両親でも無いのに実の親のように育ててくれた叔父夫婦に感謝と同時に幼少期から負担になっている自覚があったためなるべく迷惑をかけないように過ごしてきたが二人に迷惑をかけた事を再認識させられる。

帰ったらちゃんと謝ろう。

そう心に誓った後、一人になった事を実感すると蜘蛛に噛まれた事によって得た力について実験がしたい欲に襲われる。

 

そうだ。叔父に教わった5段階の科学的手法を使って状況を分析しよう。

颯太が科学オタクになったのは同じく科学オタクだった叔父の影響であり、科学を用いる者として状況を分析する際に用いる手法を教わっていた。。

手順は観察、仮説、予測、実験、結論。

剣術で言う所のよく見る、よく聞く、よく感じ取るに近いものだろうか。この手法を用いて状況を分析することにした。

 

そう考えた颯太は机に座り大学ノートを棚から引っ張り出しシャープペンを数回手で回した後に書き込み始める。

 

第一に観察。

「観察した所、研究所で蜘蛛に噛まれた事により特殊な力を手に入れた。

蜘蛛の死骸を解析すれば何か分かるかも知れないが場所が遠い上に今の僕では入ることは不可能なため、解析をするという選択は除外。

実際に自身に起きた現象は視力・身体能力の強化、危険が近付くと全身に鳥肌が立ったようゾワリとした感覚になり、教えてくれるがどのような危険かは教えてくれない。この感覚を一旦仮名としてスパイダーセンスと名付けることにした。

蜘蛛は自分の100倍以上の重さを持てることや、高い感知力を持つと言われている。後は未だ試してはいないが…」

そうして部屋の窓を見やり、窓を開ける。

窓枠に足を掛け、窓の外の壁に手を触れる。そのままよじ登ろうとすると壁に手足が貼り付きそのまま寮の屋上まで登ることができ、帰る際も壁を伝って部屋に戻った。どうやら粘着力も身に付けたようだ。

 

 

次は第二段階、仮説だ。

「僕は本日のケンカやボールを投げ返した時のことを参考にし、自身の力を自分のために利用できると仮定した。

感覚と腕力、粘着力を手に入れたが蜘蛛のように体から糸を出すことはどうやら不可能なようだ。

しかし、事前に糸を用意する事により、擬似的に糸を射出できる装置を作成する事を思い付いた。」

 

一晩中装置の構想を練る颯太。

ノートには装置の構造や図面がびっしりと書き込んである。

 

「仮名はウェブシューター。

手首に着けるリストバンド型の小型の腕輪に手のひら部分にスイッチを作り、中指と薬指で20kg以上の力を入れてスイッチを押すことで、クモ糸が発射される。

糸の素材の候補としては以前針井グループが刀剣類管理局に技術提供として作成を予定していた対荒魂用捕縛ネットの原料に使用される予定だった特殊な液状プロテインだ。空気中に射出された瞬間に凝固し、伸びれば伸びる程引っ張り強度が強くなる強靭な繊維になるようにチューンナップを加える事にした。方法は秘密。

開発が頓挫して以降は用途を変更して、市販で買える物であるため確か学校にも置いてある。明日の放課後に実験室を借りて早速作成に取りかかろう。」

 

放課後。実験室に1人で籠り、保護用ゴーグルを掛けて作成する。その中で何度か装置が暴発して床にクモ糸が飛び散り後片付けが大変だったが1時間で自然に溶けることを検証できた。

夕食後もこっそり部屋に工具を持ち込み一晩中の作業と試行錯誤の末一先ず完成した。

 

使用方法の練習として部屋のゴミ箱に入っていた空き缶を的にして糸を当てる練習をし、ある程度慣れて来た後は引っ張り強度を確かめるため皆が寝静まった丑三つ時に寮の屋上まで登る。

屋上から校舎に向かって糸を射出すると校舎の壁に糸が貼り付き、引っ張ると強度が強くなっている事を確認する。

そして糸を持ったまま屋上から飛び、校舎に乗り移ろうとしたが勢い余って校舎の壁に激突するがかなり痛い程度で済んだのは身体能力が向上したからだろう。

何度か校舎と寮を糸をスウィングさせて移動することでコツは分かってきたため、練習は一旦終了した。

 

 

次は第三段階、予測。

「ウェブシューターに時計の機能をつけて量産化して売り出せば一儲け出来そうだがそれをすぐに行うには資金も時間も無いため一旦保留とした。

人智を越えた身体能力を披露したパルクール動画を投稿してyoutuberもアリだが流石にこの歳でこの方法で稼ぐのは少し気が引けたので別の方法を考えることにする。

プロレスは…中学生になったばかりですぐに参加できる形式の試合は現状無いためすぐに結果が欲しい今では有効な策ではない…」

 

そうして携帯をいじるとあるホームページを見つける。

「Eスポーツ…エレクトリック・スポーツか。賞金が出る奴だっけ?確かに蜘蛛の超人的な直感と反射神経を利用してゲームを有利に進めて優勝も狙えるかもしれない。」

「ん?中学生でも参加できるのもあるのか、僕がやったことあるゲームは…カントリーファイターだけか。まあ格ゲーとかFPSならこの能力を活かせるかも。しかも優勝賞金50万!」

と以前に自身がプレイした事があるゲームが大会の参加ゲームに指定され賞金が出ると知りテンションが上がっている。

 

「問題の場所は…実家からは近い。そんでGW中か、これは行くっきゃないな!」

開催場所が実家から近いことを確認できたため、帰省した際にEスポーツに参加する事を決意する颯太。

 

第四段階、実験。

 

帰省当日

生徒それぞれがバスや新幹線、保護者が車で迎えに来ており、帰省を希望する者達はそれぞれ実家に帰る準備をしていた。

 

「じゃーねー!舞衣ちゃーん!ハリーくーん!」

 

「3人ともまたな!」

 

「皆また学校でねー!」

 

「うん!またねー!」

 

と上から可奈美、ハリー、舞衣、颯太の順に友人達に連休の間のしばしの別れを告げる。

舞衣は執事柴田の運転する車で、ハリーもまた執事が運転するリムジンで、颯太と可奈美はそれぞれの家族が迎えに来る近場のバス停までバスで帰ることになった。

バスに乗り込み互いに隣の席に座り、バスが走り出す。

 

「もう入学してから1ヶ月も経つんだね。ほんとに早いなぁ、クラスの皆色んな流派の人がいて予定が合う日は稽古したりで毎日楽しいんだ!」

 

「確かに早いな。しかも色々ありすぎたって言うか…」

 

「その色々な問題を引っ張って来たのは颯ちゃんじゃん」

 

「うぐっ…仰る通りです」学校生活について他愛の無い話をしている二人。

ふとすると可奈美が颯太の顔をじっと覗き込んでくる。

「な、何?」

 

「…良かった、元気になってくれて」

 

「あぁ…皆の、可奈美のお陰だよ」

 

「でもなんか元気になったっていうより楽しそうって感じがする。なんか良いことでもあった?」

やはり鋭い可奈美、颯太が無意識に楽しくなって機嫌が良くなっていたのを見抜いている。

 

「そう、良いことがあったんだよ。今朝呼札で限定星5出たし、久々に叔父さんたちに会えるし連休でゆっくり休めるしね」

嘘では無く全て事実だが力の事を勘づかれるのを避けるため無難な内容で嬉しい事を伝える。

 

「そっか、それは嬉しいかもね。そうだ颯ちゃんさ、明日暇ならウチの庭で剣の立ち合いしない?」

ここ最近はしていなかった剣術での立ち合いを提案してきた。

 

「あ、ごめん明日は無理かな。個人的な用事がある。明後日ならいいよ」

 

「分かった。明後日にやろ!」とEスポーツが終わった後に立ち合いの約束をする二人。

すると二人を乗せたバスが二人の保護者が待つバス停に着く。

料金を払いバスを降りると、颯太の叔母の芽衣と可奈美の父和弘が車から降りて待っていた。

 

それぞれが家の車に乗りお互いの家へと帰る。

車の中で芽衣は学校生活での事や友人の事、ケンカで怒られたことに関しては触れて来なかった。拓哉が仕事から帰ってきてから話すつもりなのだろう。

家に着き自室に入り拓哉が帰ってくるまでやることも無いため、壁にかけてあるダーツの的にウェブシューターのクモ糸を当てる練習を軽くしたり、明日参加するカントリーファイターのソフトを起動しコンボの練習をしたりしていた。

 

「颯太~ご飯よ~」と下から芽衣が呼びかけてくる。恐らく拓哉も帰ってきたのだろう。

 

「今行くよ叔母さん」

部屋を出て階段を降りる。と仕事から帰り上着をハンガーにかける拓哉の姿を見かける。

 

「お帰り叔父さん、後ただいま」

 

「あぁただいま、そんでお前もお帰り」

久々に再開した拓哉も含めて3人で夕飯のテーブルに着く。

久々の叔母の料理を味わいながら拓哉にはまだ話してない学校での事を話したりしていた。

 

「そういやお前、最近可奈美ちゃんとはどうなんだ?」ニヤニヤしながら聞いてくる拓哉

 

「何でそこで可奈美が…別にいつも通りだよ。前よりは頻繁には会ってないけど」

 

「でも新しい女の子のお友達もお嬢様でかわいいのよね~」

 

「やるなぁ颯太。流石俺の甥っ子だ」

 

「いやだから何でそうなるのさ…」

 

確かに基本的に科学にばかり関心が行く颯太からしても二人とも美少女だと断言できるが二人とも良き友人ではあるがそのような感情はない。

そもそもまだ自分にはよくわからない感情だからその手の話をされてもイマイチピンと来ない。

 

夕飯を食し、食器を片付けた後。リビングに3人で腰掛ける。恐らくケンカの件でだ。

颯太は叔父夫婦には本当は自分は3人にいじめられていてキレてやり返してケンカになった事を伝えた。学校には彼等を悪者にしないためにプロレスごっこの延長でケンカになったことにした事を伝えた。

勿論3人とは既に和解した事もしっかりと伝えていた。

 

「江麻から電話が来たときは驚いたわ、颯太はこれまで私たちに反抗したことも無かったから」

 

「まあ、お前も男だ。譲れないとこまで来てやり過ぎちまうこともあると思うよ。俺も中坊の頃はよくケンカしてたしな。クラス1のヤンキーとどっちが先に校内で1番かわいいって人気だった叔母さんに告白するかで夕日の河原でタイマン張ったりしたんもんさ」

 

「もう拓哉さんったら…」

過去の二人の思い出も交えて説教をする拓哉。

当時の事を思い出したのか少し恥ずかしくなる芽衣。

 

「まあケンカした奴らとも和解してるみたいだしケガも無いみたいだから、お前が一方的に無抵抗な相手をボコボコにしたって訳じゃなくて安心した。でも誤魔化した事に関しては自分の中でそれは正しかったのか考えるようにしろよ。まぁ過ぎた事に介入しても意味は無いからこの事に関してはもう言わん。」

 

「お前も思春期で多感な時期だろうし体も強くなっていくから色々思うところはあるだろう。けどなこれだけは覚えておけよ」

一呼吸置いて拓哉はこれまでに無いほどに真剣な顔になる。

 

 

 

 

 

「大いなる力には大いなる責任が伴うんだ。その意味をお前はしっかりと考えて向き合って行くんだ。そして力を持ったその瞬間からお前はやり方次第では誰かを泣かせることにもなるんだ。その事をしっかり考えろ、いいな?」

力強く力説する拓哉に気圧される颯太。

 

「分かったよ。叔父さん…」

言葉の意味はまだ少し理解できない所もあったが教訓の1つとして覚えておく事にした。

 

「まあ固っ苦しい話はここまでにして、明日お前少し出掛けるんだろ?俺明日休みだから送り迎えしてやるよ」

 

「いいの?叔父さん」

 

「おう」

送迎の約束をする二人。この後3人でアイスを食べながらテレビを見たり、部屋に戻ってゲームの練習をしたりして時間を潰し、入浴を済ませて就寝する事にした。

 

 

 

-翌日-

 

叔父の車で送り届けられ、会場に着いた颯太。

胸元に蜘蛛のマークが書いてある赤いパーカーと青いジーパン姿に気合いを入れるために赤のオープンフィンガーのグローブに野球帽というラフ格好だ。上着のポケットにウェブシューターと目出し帽を隠し持ちエントリーを済ませる。

リングネームを考える必要があるらしく、特に思い付かなかったため適当に「スパイダー」と書いて提出した。

 

 

 

エントリーを済ませた後は控え室で待つ事になり、適当にパイプ椅子に座ってスマホでゲームをしながら時間を潰していた。

周囲を見ると明かにガチゲーマーという風貌の者達ばかりで並々ならぬ迫力を感じる。

しかし颯太は科学手法の第四段階、実験を検証する為に来たため気持ちで負けてはいけないと気持ちを切り替えた。

 

そして第1回戦が始まる。大会はトーナメント形式で早速試合が始まる。

対人戦はやった事が無いため、何とも言えないが先日にかなり練習したため何とかなりそうと考えていた。

選手達が会場に入場すると会場がプロレスの応援席のように熱狂し始める。

ものすごい歓声に押されそうになるが気を取り直して台座に座り、100円を入れる。

 

どうやら超人的な直感と感覚はゲームにもいかされているようで相手の攻撃タイミングを読んで的確にガードし、隙を見てコンボを決めて勝利して見せた。

 

行ける!これなら・・・っ!と自信を着け、次の試合も順当に勝ち抜き、いつの間にか決勝に来ていた。

 

控え室で待っていると選手名が呼ばれ、もう1度会場に入る颯太。

レフェリーがマイクを持ちながら高らかにパフォーマンスを始める。

 

「さぁ皆さんやって参りまたした!決勝戦です!本日のトリを飾るのはこの二人!!」

 

「初出場でありながら有名選手に次々と勝利し、決勝に登り詰めた期待のダークホース!赤ーコーナー!スパイダー!」

 

「「「「foooo~‼‼」」」」と会場から歓声が上がる。

 

気分を良くした颯太はバク転を決めながら入場し、着地した際にポーズを取ると更に歓声が上がる。

 

「相対するは5年連続優勝!難攻不落な絶対勝者!青ーコーナー!ダイナイト・バスター・ガイイイイイ!」

 

明かにゲームとは無縁そうな全長2mはある大柄な筋肉隆々な男が会場に入って来る。

「新人の蜘蛛野郎をぶっ潰してやるぜええええ!」と会場中に聞こえるような大声で宣言するガイ。

 

両者共筐体に座り、100円を入れる。

明かにゲーマーには見えないこの対戦相手からはものすごい気迫が伝わって来るが、ここまで来た以上やることは決まってる。勝つだけだ。

 

緊迫した状況が続く中、試合が開始される。

流石はチャンピオン。これまでの相手とは次元が違う。そう実感させられる程にプレーに隙が無い。

猛火の如く攻めに押し負け1ラウンドを取られてしまう。

 

2ラウンド目では守ったら負けると判断し積極的に攻撃を仕掛けた。相手は勿論防御もお手の物で中々崩せなかったが一瞬の隙を着いてコンボを決めて勝利をもぎ取る。

 

ファイナルラウンドではお互いに攻めに転じ、互角以上の打ち合いをするが、ガイがバーストを発動するタイミングを読み、バーストを外させ隙を生ませた際に必殺技でトドメを刺す颯太。

 

「今回の優勝者は赤コーナー!スパイダー!」

激戦の上勝利した颯太と互角以上の試合を繰り広げたガイを称える声で会場は熱気に包まれた。

 

「ガッチャ!楽しいデュエルだったぜ!」

ガイに向けて人差し指と中指を揃えて伸ばし、額に指先を当てる要領で顔の前を手で隠し、ウィンクしながら人威勢の良い掛け声とともに力強く指先を向け、爽やかな笑顔で対戦を締めくくる。

ガイと握手を交わして表彰式で優勝のメダルを貰い。

優勝賞金50万円を勝ち取り完全に有頂天に達していた。

 

 

 

「さーて、何に使おっかな~♪叔母さん達に新しい洗濯機?心配かけた3人を焼き肉に誘おっかな~♪それとも自分用に高スペPCもアリだな」

浮かれて歩いていると颯太の横を顔を目出し帽で隠した男とぶつかるが、男は颯太に謝りもせず駆け抜けていく。

 

「誰か!その男を捕まえてくれ!勝手に侵入しやがった!」と言われたが完全に上の空だった颯太は男をスルーしてしまい。

 

「あばよマヌケども!」と会場の外に逃げる男。

 

「ったく。使えねーガキだな!」

警備員は男をスルーした颯太を叱責するが急にそんな事を言われた颯太はこれ以上無いほどに不貞腐れた顔を警備員に見せて、トイレに入って用を足す。

 

そろそろ叔父さんが迎えに来る頃か・・・と拓哉に買って貰った時計に目をやり、会場の外に出る。

 

 

なんだ・・・外の様子がおかしい。何か異常な雰囲気を感じ取り、周囲を見渡すと1ヵ所に人集りが出来ていて何かを取り囲むようにして集まっていた。

 

嫌な予感がした颯太は人集りに近付き人と人との間を潜り抜けて中心まで来ると眼を大きく見開かせた。

 

 

 

叔父の拓哉が胸から血を流して倒れているのだから。

 

嘘だ!こんなの嘘だ!信じたくない気持ちで1杯だったが現実は残酷。自分にとってはいつもは優しく、時に厳しく育ててくれた父親のような、そんなかけがえのない相手であった。

 

「叔父さん!どうしたんだよ!」

 

「あぁ・・・颯太か・・・悪い、俺はもう死ぬっぽいわ・・・」

消え入りそうな、いや、最早消えかかっていると言っても良いほど生気が感じられない声だ。

 

「何言ってんだよ叔父さん!叔母さんはどうするんだよ!?大事な嫁と一生一緒にいたいって言ってたじゃないか‼僕だってそうだ!まだ教えもらって無いことだってたくさんあるし、叔父さんたちに何も返せてない!」

涙目になりながら残される叔母のことを想いながら、そし負担ばかりかけて何も返せない自分の事をこれほど憎らしく思った事はない。そんな感情を込めて叫び声を上げる。

 

それに反し、拓哉は死を悟ってか最後の力を振り絞り颯太の手を強く握りって言葉を発する。

自分の着いた血が甥の手を紅く染め上げるが気にせず続ける。

この言葉は、呪いだ。甥の生き方。これからの在り方。

全てを歪めてしまうかも知れない。それでも、最愛の甥にどうしても伝えたい事があった。

 

 

「いいか・・・最後だ、よく聞け。大いなる力には大いなる責任が伴う。力を手にした瞬間からお前はやり方次第では誰かを泣かせる番になるかも・・・知れない。

それでもお前は1度決めた事は最後までやり遂げる・・・俺の自慢の息子だ。きっと正しいと信じたことを成し遂げる。だからお前にしか選べない・・お前が後悔しない生き方をしろ・・・後は」

 

消えていく意識の中、最後に想い浮かべたのはこの世で最も愛する自分の妻。

中学生の頃、クラスのヤンキーとタイマンして勝ち取って告白したあの日からずっと愛し続けてきた女性。

振り返っても平凡な人生だ。それでも家族の小さな幸せを守る為に働けたこと、一生1人だけの女を愛せたなんて我ながらありきたりで平凡で、かっこいいじゃねえか・・・そこだけは自慢かな。

 

「芽衣にごめんって言っといて」

そのまま力なく項垂れ、命が消え行く様を目の前で体感し、体が冷たくなりだしたのを感じた。

 

「叔父さん・・・・・? ・・・・ッ!父さん!死ぬな!バカヤロオオオオ!」

 

この日、人生のうちで大切な人を失うのは3度目だ。

でも止まる訳にはいかない。今の自分は怒りでいっぱいだ、だから絶対に犯人を捕まえてやる。

この時颯太の顔は周りにいた人達が引くほど怒りで歪んでいた事だろう。遠くに車を追うパトカーの音が聞こえる。そして叔父の車は駐車場にはない。恐らくカージャックされたのか。なら、パトカーを追っていけば辿り着けると状況を整理し、人集りを抜けものすごい勢いで駆け抜ける。

あまりの速さに道行く人々は唖然としていたが気にならない。しかし、走るだけではパトカーには追い付けない。

なら・・・上着のパーカーのポケットからリストバンド型の腕輪、ウェブシューターを装着し、目出し帽を被る。

高い建物に向けてクモ糸を射出する。

吸着した事を確認し勢いに乗せてジャンプし、刀使が八幡力を使ったような勢いでビルと同じ高さまで飛び上がる。

体が地上を離れ、重力から解放されたような感覚に襲われるがすかさず再度落下する前に別のビルにクモ糸を飛ばし、空中を移動をしながら決意を固める為に叫ぶのだ。

 

 

 

 

 

「絶対に・・・・犯人を捕まえてやる‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長スギィ!


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第4話 Web of Night

長引いてしまった過去編もようやく終わりです。



ヴェノム見に行った記念で速攻でやりました。マジで最高でした。
ヒロインはヴェノム、はっきりわかんだね


完全に周囲が暗くなり、街が夜へと変わる。

強盗は既に使われなくなった廃ビルの中に隠れていた。

ビルの正面には何台かのパトカーが停まっており、警察がどこに隠れたのか捜索をしていた。

 

「あーやべやべ、このまま見つからなけりゃ俺の勝ちだがこりゃぁ時間の問題かぁ?…」

強盗はビルの古びて埃を被り少し形の崩れた段ボールに身を隠しながらいつ突入されるのかと肝を冷やしていた。

 

バリン!と窓ガラスが割れる音を立てながら何かが強盗のいる階に入ってくる。

姿は暗いせいでよく見えないが身長からして子供だろうか。

「なんだてめえは?」

 

 

 

「…………………………復讐だよ」

夜の暗闇のせいで顔はよく見えないもののその変声期を迎えたばかりの声からは尋常ならない怒り、殺気が感じられる。

自分の生死がかかっている強盗は子供相手だろうが手加減はできない。容赦なく銃を構える。

 

「うるせえガキ!法になど裁かれてたまるか!」

警察がこのビルに突入すれば捕まる可能性が高く逃げ切れる保証等ないにも関わらず悪あがきをする強盗。

 

しかし、颯太は銃を構える動作を見逃さずにウェブシューターからクモ糸を強盗の手に向かって発射し、銃だけを掴み腕を後ろに振ることで強盗の手から離れた銃を自分の後方に投げ飛ばす。

強盗は咄嗟の出来事に驚きを隠せていない。

 

「さあ、一緒に来てもらおうか」

ゾワリと周囲が凍り付くかのような冷やかな視線を向けられ、こんな子供相手に逃げ出すのは情けないと自覚はしているが必死な強盗は恐怖のあまり逃げ出そうと背を向ける。

直後、背中に何かが当たる感触の後、ウェブシューターから発射された糸により体が後方に引っ張られ、宙に浮いたと思いきや子供の力とは思えない腕力によりそのままハンマー投げの用量で振り回され壁に叩きつけられる。

 

「ぐあっ」

壁に激突した衝撃が全身に伝わり、激痛が走る。

そんな強盗の様子もお構い無しにじりじりと歩み寄ってくる颯太は強盗に更なる絶望感を与える。

 

「た、助けてくれぇ!情をかけてくれ!」

死にたくない。このままでは殺される。そんな恐怖心から自分よりも圧倒的に年下の子供にみっともなく命乞いをする強盗。

 

「それは命乞いか?じゃあお前はそうやって命乞いをする誰かに情をかけたのか!?」

怒り、憎しみ、それら全ての負の感情が籠った声色で問いかけてる。

握っている拳から血が出る程強く握り締めている事が分かる。

 

 

「殺すつもりは…」

 

バキィ!と言い訳をしようとした瞬間に顔面に拳がめり込みまたしても壁まで吹き飛ばされる強盗。

衝撃で顔面の骨が折れたと思うほどの衝撃で気絶しかけたがそれも許さず、顔面から床に着地する前に顔面に横凪ぎに蹴りを入れられ、月明りが照らしている窓側まで飛ばされる。

 

「言い訳なんかいらない!僕はお前をっ!………えっ………?」

これまで暗闇で顔がはっきり見えなかったが今は月明かりに照らされて顔がはっきりと分かる。

 

 

 

今自分と対峙している男は、自分が会場で見逃した男だったのだ。

 

 

その衝撃の事実に膝から崩れ落ちてしまう。

(僕のせいだ・・・・全部僕のせいだ・・・・ッ!)

床に拳がめり込む程の勢いで床を殴る颯太。

自分がこの男を逃がしたせいで叔父は殺された。叔父を殺したのは自分だ。その事実が先程まで怒り任せて暴走していた心をすぐに絶望へと切り替える。

 

「嫌だ!死にたくねえ!これならサツに捕まった方がマシだぁ!」

コンクリートの床にめり込む程の拳を見たことが強盗の恐怖心を煽り、このままでは殺される。なら警察に捕まった方がマシだと思考力を鈍らせ、窓ガラスを破りながら窓から飛び降りパトカーの上に着地し、飛び降りた衝撃でパトカーのボンネットが大きく歪み、ガラスも割れ、足の骨が折れた音がしたが強盗はそのような事も歯牙にもかけずに警察に懇願する。

 

「助けてくれ!殺される!あのイカれた野郎から守ってくれ!」

 

強盗は拘束された後、そのまま病院に搬送される。

強盗が飛び降りて拘束されている隙に自分も見つかるのはマズいと判断してか颯太もビルから離れ、家へと戻る。

 

家に帰ると叔父の訃報を聞いた叔母が待ち構えており、颯太を見た瞬間に泣き崩れ颯太の胸の中で泣き続けた。

 

(僕のせいだ・・・僕のせいで叔母さんを悲しませた・・・叔父さんの言った通りだ、僕に自覚が無かったから叔父さんも死んで、叔母さんを泣かせたんだ)

 

絶望、後悔、罪悪感、そんな感情が颯太の中に渦巻き涙も言葉も出ない状態が続いた。

 

数日後葬儀には隣近所の衛藤家や叔父の仕事仲間等が参列していた。

棺を前に叔母は終始涙を流しており、衛藤家も全員涙目になりながら俯いていた。

 

 

葬儀を終えた後の告別式の夜、久しぶりに会うが式の間は言葉を交わせなかった衛藤家の長男、颯太の幼馴染みの1人で可奈美の兄戒刀が颯太に声をかけてくる。

 

「あのさ・・・再会がこんな形になるとは正直思ってなかった。ほんとはおじさんともまた元気な姿で会いたかった」

叔父の死を悼んでくれているのか悲しげな口調で語りかけてくる。

 

「こんな時、なんて声かければいいかなんて正直分かんないけどさ・・・お前ウチの母ちゃんが亡くなった時すげえ気を遣ってくれたよな」

 

「ウチの家族さ、それで結構お前に救われたっていうか。気持ちが楽になったっていうか・・・もしできることがあったら何でも言ってくれよ」

かつて美奈都が亡くなった際に颯太が衛藤家を気遣った事を覚えており、もし今自分に何かできるなら言ってくれと颯太の力になろうとする。

 

「ありがとう・・その時は頼むよ」

精一杯声を振り絞って声を出すが声色は沈んでいて心はここに有らずだ。

自分のせいでこのような結果になってしまい皆を悲しませた。今の、自分にそんな風に優しくしてもらう資格なんか無いと今は他人の厚意も素直に受け取れない自分とそんな状況を作り出した自分に嫌気が差していた。

 

皆が帰ろうと準備している中颯太は無心のまま部屋ると部屋にノックもせずに可奈美が入ってきて二人ともベッドに並んで腰かける。

 

「ノックくらいしろって・・・そういやごめん、立ち合いするって約束してたのにこんな事になって。」

自分のせいで約束を反故にしてしまったことを謝罪する。

 

「ううん、立ち合いのことはいいよ。でも、今はどうしても話したい事があるんだ」

 

「何?」

 

いつになく真剣な表情だ。可奈美は無意味にこんなことを言い出すような人物ではない、何か感づいてるのか?そんな思考を凝らしていると。

 

「颯ちゃんさ、おじさんの葬儀の間全然泣いてなかったよね」

 

「あぁ…そういうこと。泣きすぎて、悲しすぎて涙も出なくなっただけだよ、それに叔父さんは明るい人だっから泣かれる方が悲しいんじゃな」

 

「そういう話じゃないよ」

颯太の言葉を遮りつつ普段の明るい声のトーンからは想像できないほど真面目なトーンで語りかける。

あまりに唐突だったため、一瞬身構えてしまう。

 

「気付いてないって思ってるの?颯ちゃんはいつも私達が悲しかったりすると気を遣ってくれるけど自分が一番辛い時に限って誰にも頼ろうとしないで誤魔化して絶対泣かないじゃん!」

訴えかけてくる可奈美の迫力に圧されて押し黙ってしまう。

「前に言ってくれたよね、辛いことも嬉しいことも一緒に分け合って行きたいって。ほんとは何かあったんでしょ?お願いだから…今だけ本当の気持ちを隠さないでよ…」

徐々に悲しげな声色になっていく可奈美。

 

(まただ…また、僕が悲しませたんだ…)

本当は誰かに話して心配をかけたく無かったが自分が悲しませたのだと再認識させられた事で罪悪感が沸き上がってくる。

でも、誰かに言わないと決壊しそうだ。だから、話そう。

 

「……………………叔父さんが死んだのは、僕のせいなんだよ」

 

「えっ…………?」

 

あまりの脈絡もない内容に鳩が豆鉄砲を食らったような、唐突な内容に信じられないと言った感じだ。

 

 

「あの日、僕が出てた大会の会場に強盗が侵入してて運営の金を奪って逃げ出したんだ」

 

「叔父さんは僕の迎えに来てくれてて、帰ろうとしたら僕は強盗とすれ違ったんだ。」

 

「僕は…優勝して有頂天に立ってて強盗を無視して見逃したんだ。そして、トイレに行ってる間に叔父さんは殺された」

 

「もし、あそこで僕がなんとか強盗を止めてれば、叔父さんは死ななかった…いや…僕なんかいなければ…っ!叔父さんは死なず、皆を悲しませずにすんだんだよ!」

 

最初は淡々と語っていたが徐々に眼を大きく見開きつい感情的になって捲し立てていた。

 

「で、でも…ただの中学生が強盗に敵うわけないし、もし強盗に挑んで颯ちゃんが死んでたら私達だけじゃなくて叔父さんの方が悲しかった筈だよ」

 

「そうだけど…危険な奴がいて、それを分かっててなにもしないで悪いことが起きたんだ。出来る出来ないじゃなくても僕のせいなんだよ…」

 

隠していた涙が溢れ出す。あの場で戦ってどうにかできた等思い上がりも甚だしい言い分なのは分かっているが颯太はどうしても自分が許せなかった。

自分が何もしなかったせいで叔父が死んだ。大いなる力には大いなる責任が伴う。今となってはその言葉の意味が少しは分かる気がする。

そして、言葉通り力を持った瞬間から自分は皆を泣かせてしまった。

叔父に言われた言葉が重く響く。大切な人を亡くして、自分の気持ちを吐露してやっと分かって来てしまった。

すると、唐突に抱き締められて一瞬思考が停止した。

 

 

「ありがとう。やっと本当の気持ちを話してくれて」

目に涙を浮かべ慈愛に満ちた表情をした可奈美に抱き締められていたのだ。

 

「颯ちゃんが自分を許せないならそれでもいい。代わりに私は、誰かの為に涙を流す強がりで、自分を許せなくて変わりたいと思ってる颯ちゃんを許すよ」

 

「だから、自分なんかいなければ良かったなんて言わないで、私は颯ちゃんに側に居てほしいから」

額に暖かくた柔らかい湿った感触が触れる。可奈美の唇が颯太の額に一瞬だけ軽く触れたのだ。

 

その言葉を聞いて我慢していた涙が更に溢れだし、しばらく啜り泣いていた。

 

 

-叔父さん…僕のやるべき事が分かった気がする-

颯太の心にはある1つの決意が芽生えていた。

 

泣き止んだ後しばらくして長時間抱き締めていたり、抱き締められて泣いていた事に気付いて恥ずかしくなる両者。

 

「うっ…この歳にもなって女子に抱き締められながら泣くって結構恥ずかしくてカッコ悪いかも…」

先程までの自分の状態を冷静に分析して恥ずかしくなる颯太。

 

「かもね…」

はにかんでいるが否定はしない可奈美。

 

「でも、颯ちゃんはカッコ悪くても躓いても一度決めた事は最後までやり通す。自分の正しいと思ったことを成し遂げるって私は信じてるよ」

「今はまだ言えない事もあるかもだけど、言える日が来たら教えて欲しいな」

颯太の眼をしっかりと見つめ、少し照れたように笑う可奈美。

 

時間も深夜を過ぎ、そろそろ帰るぞと下から戒刀の声が聞こえ、帰ろうとする可奈美。

玄関先まで見送り

「ありがとう…可奈美。君に救われた」

素直に年相応の笑顔を向ける颯太。

「いいの。前にしてくれた事を今度は私が返しただけだから」

微笑みながら榛名家を出る可奈美と何があったと眼を丸くする和弘と戒刀を見送る颯太と芽衣。

 

(そうだ、僕はもう大切な誰かを亡くしたくない。そして、そんな想いも誰かにさせたくない。そして、彼女達も命をかけて誰かを守るために戦ってる。だから僕も命をかける。そのために僕ができることから始めるよう。この…親愛なる隣人達を守れるように。それが僕の果たすべき責任なんだ)

 

(颯太、あなたとてもいい眼になったわね)

甥の心境の変化を隣で感じ取った芽衣は自分もへこたれている場合ではない。戻っては来ない愛する夫の自慢の妻であり続けようと再起を決意し部屋に戻る。

 

 

自室に戻り、5段階の科学的手法でまとめた大学ノートに新しく記載をする颯太。

 

「僕は今夜、何が大切なのかがよく分かった」

 

「刀剣類管理局所属の研究所で蜘蛛に噛まれてから僕は自分に起きた変化を観察し、手に入れた力を何かに利用できると仮説を立て、僕がやるべきことを予測し、どうすれば最大限力を発揮できるかを実験し、辿り着いた結論がこれだ…」

 

大学ノートに赤と青のスーツを纏い、胸に黒い蜘蛛のマーク、そして蜘蛛を彷彿とさせる衣装を来たヒーローという風貌のイラストを書き上げる。

 

「僕は大いなる力を授かった。例えこの力が呪いだとしてもちゃんと向き合わなきゃ行けない。」

 

「大いなる力には大いなる責任が伴う。僕は今日まで言葉の意味をちゃんと理解出来てなかった、この生き方を貫くには富や名声なんて求めちゃいけない」

 

そして、家をこっそりと抜け出し近所のコンビニまで走り大会で獲得した50万円を募金箱に入れる。

これまでの金儲けに目が眩んだ傲慢な自分と決別するため、そして新しく自分を始めるために。

帰り道、叔父夫婦によく遊んでもらった公園に立ち寄り、叔父夫婦との思い出を振り返りながら夜空に浮かぶ月を見上げて誓いを立てる。

 

「僕がやるべき事は…誰かを助ける存在になること。簡単な事じゃない。犯罪者と戦って死ぬ可能性もあるし、荒魂と刀使の戦いに巻き込まれて死ぬかも知れない。」

 

「それでも、選んだんだこの道を」

決意を新たに胸の前で拳を握る。

 

「今日から僕は…」

 

 

 

~連休&颯太が忌引きで学校を休んでいる間~

 

 

とある路地裏にてヤクザという風貌に全員が身長190cm以上ある筋肉隆々のヤクザに颯太をいじめていたガチムチ3人組が取り囲まれ今まさにリンチにされていた。

 

「く、くそったれが…っ!」

 

「思ったよりは鍛えてるみてえだが所詮はトーシロのガキか、俺らにぶつかっといて無事で帰れるとは思わねーこったな」

 

グラサンをしたヤクザが拳を振りかぶり3人組のリーダー塩川光の顔面を捉えようとしたところ突如上空から何かが降ってきて糸を射出し、グラサンを含めて全員を糸で拘束して、逆吊りにしていた。

 

「どーもー、ちょっとお兄さん達子供相手に大人気ないんじゃない?」

 

赤と青のスーツに黒い蜘蛛のマーク、全体として蜘蛛を彷彿とさせる手作り感がスゴく若干作りが雑な衣装を纏った男が着地する。

 

「あー糸は1時間で溶けるからね。1時間そこで反省!あーそこの君、警察に連絡しといて」

軽い口調でヤクザ達を一掃した男に光達は困惑している。

 

「ど、どうして俺達なんか…」

 

「おいおい、なんかなんて言うなって!はい、ベロ出して!」

勢いに負けて舌を出す光の舌に触れ、リンチされた影響で乱れた光の髪を雑に整える。

 

「いいかい?僕の眼を見て!きっかけ1つで、自分から踏み出す勇気があれば人は何度だって、やり直せるし変われるんだ!だから君達も自分を諦めるな!いいね?」

光の頭を両手で抑え、自分の眼を見るように指示し、表情は分からないが真剣な様子が伝わってくる。

 

「「「は、はい!ありがとうございます!」」」

自分達を助けてくれた相手に感謝の気持ちを述べる3人組。

 

「あー僕そろそろ行かないと、じゃまたねー!」

何かを察知したかのように飛び去ろうとする男。

3人組はすかさずに

 

「あの!名前は!?」

「ていうかどこかで会いませんでしたか!?」

「かなり最近に!」

 

 

 

 

「しょ、初対面だよ!でも自己紹介するよ、僕は…」

 

 

とある交差点。

 

「くそっ!ブレーキがイカれやがった!」

運転中ブレーキが効かなくなり、時速80km以上で暴走してしまう車両。

直後目の前に幼稚園児を乗せたバスが目の前に映る。

 

「や、やべぇ!」絶望した運転手だが何かに衝突したことは分かるが自身もバスも無傷な事に驚いていた。

バスに激突する瞬間、赤と青のスーツの男が間に入り、腕力と脚力のみで車を止めて衝突を防いだのだ。

 

「ナイスキャッチ!ねえお兄さーんもうガタが来てる車なんか乗っちゃダメだよー!」

車を止めた男は運転手に助言をしてそのままどこかへ飛び去ろうとする。

 

「す、すまねえ!アンタは一体?」

 

「おう!僕は…」

 

 

岐阜県某所大型ショッピングセンター

 

「か、火災だ!まだ子供が二人取り残されてるぞ!」

 

「まずい、あんなに火の手が…っ!」

野次馬や消防隊が火災で逃げ遅れた子供二人がいて生存が絶望的な状況にあると話していた。

 

「美結!詩織!」

逃げ遅れた二人の子供の姉、柳瀬舞衣が野次馬の中を掻き分けて、最前線で叫ぶ。

 

「行かせてください!妹達がまだ中に!」身を乗り出そうとするが周りの大人達に止められる。

「ダメだって嬢ちゃん!死体が増えるだけだ!」

 

「でも!」完全に錯乱しており隙を見て八幡力でショッピングセンターまで飛ぼうとしたした瞬間。

 

「や、やばい!!」

近くの高いビルから勢いをつけて糸を飛ばして燃えているショッピングセンターの中に飛び込む赤と青のスーツの男が現れる。

「おい!あれ!妙なタイツの奴が空から入ってったぞ!てか何であんな高くに!」

 

「えっ…」

自分が飛び込んで妹達を助けようとしていた舞衣はその光景を見て一瞬放心してしまった。

 

ショッピングセンターの中では

 

「舞衣お姉ちゃあああああん!」

「舞衣姉…………っ!」

下の妹詩織よりは歳が上だと思われる子供美結は瓦礫に足を挟まれ、迫る火の手と煙で呼吸も苦しくなり、姉に助けを求めているが誰も助けには来ないのだと絶望した瞬間。

自分の足を挟んでいた瓦礫が退けられ、自由に動けるようになった事に驚く美結。

 

「もう大丈夫!さぁ、僕と一緒にここから出よう!」

覆面に赤と青のスーツに胸に蜘蛛のマークをつけた男が瓦礫を持ち上げていたのだ。

 

歩くのは難しいが手を使って這い、瓦礫から抜け出す美結。

 

「歩くのは無理そうか、じゃあ二人とも僕にしっかり捕まって。もうすぐこのフロアは爆発する」

「「は、はい!」」

 

男が自分の超人的な直感により察知したその言葉に驚いた二人は妙なスーツを着た男にしっかりと捕まる。

「よし!じゃあちょっと飛ぶから声出さないようにね!舌噛むから!」

 

「えっ…飛ぶって…?」

 

「こうするのさ!」

詩織を背中におぶり、蜘蛛の吸着能力でしっかりと引っ付かせ美結を脇に抱えたまま人間技とは思えない速さで駆け抜け、窓から飛び降り空中へダイブする。

 

「えっ…いやああああああ!」

「と、飛ぶってそういう…っ!」

男の行動に絶叫する二人、落ちたら確実に死ぬ高さから飛び降り重力に逆らい空を飛ぶとはこのような感じなのかという感覚に襲われるが落下速度により絶望感が増していく。

3人がフロアから飛び降りた直後爆発を起し、凄い衝撃と爆風が伝わる。

確かにあのままあのフロアにいた方が危険だったと思考を切り替えるが落下していく自分達が結局危険な事には変わりはないことを思い出す二人。

 

「大丈夫!任せて!」

別の建物に糸を飛ばして乗り移ることも考えたが恐らく高さも足りない上に、飛ばしても間に合わずに地面に激突すると判断した男は落下しながら美結を抱えていない片方の腕、右腕を天に向けて伸ばし狙いを定めて中指と薬指で掌のスイッチを強く押す。

すると男の手から糸が発射されショッピングセンターの壁に貼りつき足で踏ん張る。徐々に糸の引っ張り強度が強くなり、踏ん張る事で衝撃を緩和したが地面に向かって引きずられていく。そして、かなりの力で踏ん張っていたため、男の足が踏ん張った箇所のショッピングセンターの壁は削れたような跡ができていく。

股が裂けそうな痛みが走るが死ぬ気で踏ん張り、壁に貼り付く能力を最大限に発揮したおかげで落下速度は徐々に遅くなり地上に到着する前に完全に停止し、その後はゆっくりと降りていくことで二人とも無事に脱出できた。

 

「美結!詩織!」

「舞衣姉っ…!」

「舞衣お姉ちゃん!」

姉妹の無事と再会を喜び抱き合う三姉妹の様子を見て、ホッとするスーツの男。

しかし、この長女見覚えがある、よくよく見ると……………。

 

(や、柳瀬さん!?マズい!正体がバレる前にズラからないと…)

 

「あの…待ってください!」

 

「な、何だい?お嬢さん?」

急いで踵を返してその場から去ろうとするスーツの男。

それに対し、姉妹の長女が声をかける。

男はピタリと止まり、固まったままゆっくりと首を動かして長女の方を向き震えた声で返す。

まさか、バレたのか…?

 

「妹達を助けていただき、本当にありがとうございました!なんとお礼を言ったらいいか…ほら、二人もありがとうございましたは?」

「「ありがとうございました!」」

 

「だ、大丈夫大丈夫!困ってる隣人を助けるのは当たり前だろ?てか、上の妹さん怪我してるから早く病院に運ばないと」

 

バレたと思ったが予想に反し、突然お礼された事に驚き慌ててしまうが冷静に負傷者である美結を搬送することを勧めるスーツの男。

 

「あっ…そうですね!急がないと!」

 

「じゃあ僕もこれから行くところあるから行くね」

 

その場を去ろうとする男に対して再び声をかける舞衣。

 

「あのっ!私達どこかで会いませんでしたか?それも割と最近…」

どこか男の声に聞き覚えがある舞衣は男に最近自分と会ったかどうかを尋ねてくる。

 

「い、いや!しょ、初対面だよ!ではまた会おう!お嬢さん!」

物凄く動揺しているがクモ糸を高いビルに飛ばし、勢いを利用して飛び上がる男。

 

 

「せめて…っ!お名前だけでも!」

 

「オッケー!僕は…」

 

 

 

 

 

 

「あなたの親愛なる隣人、スパイダーマンだ!」

 

(見ててくれ、叔父さん。僕は絶対に成し遂げてみせる!)

叔父が入学祝いに買ってくれた腕時計を改造したウェブシューターから放たれた糸の先端を掴み、街の上空をスウィングしながら飛び回るスパイダーマン。

こうして少年のスパイダーマンとしての日々が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある研究室

 

「ふむ彼は…………」

PCの画面に眼を落とすピンク色のワイシャツを来た老人がとある記事に注目していた。

 

「グランパ?どうしまシタ?」

老人の背後からPCの画面を除き混む外国人と言った風貌の長身の少女。

ふと察しが着いたかのように

「oh!最近密かに噂になってるスパイダーボーイデスネ!まだ都市伝説の域を出ないようデスが」

 

「そう、そのスパイダー坊やだ。突如現れた神出鬼没の謎の覆面ヒーローのようだがこの身体能力、刀使にも引けを取らないぞ」

 

「そして、何より私が一番感心したのは彼の使ってるこの糸だ。引っ張り強度が桁外れに強い。荒魂にダメージは無いようだが見事に動きを封じている」

 

野次馬が撮影し、youtubeに無断にアップロードされている動画にもあるようにスパイダーマンが荒魂と戦闘をした際に見せる超人的な身体能力と手首の装置から射出した糸が荒魂に当たると瞬時に貼り付き、桁外れな引っ張り強度になる強靭な繊維によって荒魂の動きを封じている様子が映っていた。

 

「確かにスゴい技術デスネ、噂では彼が戦闘に介入することで負傷者の数が減っていると聞きマス、そして次々と犯罪者を捕まえているとか」

 

「うむ、なるほど。弱者を守る親愛なる隣人か。まるで我々の国のヒーローのようだな」

 

「よし、気に入った!いつになるかは分からないが我々の計画の為に是非とも彼を仲間に引き入れたい」

 

意気揚々と画面に映るスパイダーマンを眺める老人。

 

そして、携帯にとある番号に連絡を入れる。

 

「やぁ、いきなりで悪いが頼みたい事がある。1ついいかな?」

 

「なんだ?藪から棒に、僕だって多忙なんだぞ…まぁ話は聞こう」

 

電話に出た中年と思われる男性は突然の要求に多少不機嫌そうに答えるが話は聞こうと対応する。

電話の向こうの男は仕事の合間に老人からの頼み事を引き受け通話を終了する。

 

老人は決心した。来たるべき時が来たとき彼を仲間に引き入れる事が出来たのなら共闘を試み、そして新しい力を託そう。彼の正義の心を信じて。

 

 




とある描写とセリフを追加しました。


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第5話 戦いの予感

ようやく1話の内容に入れた…(長スギィ)


話の都合上ちょくちょく主が凡ミスしますが13歳の未熟な中坊ということでご容赦ください。


颯太がスパイダーマンになってから1年後、2年生に進級して以降もスパイダーマンとしての活動を続け、時に犯罪者や荒魂と戦うヒーロー活動と学校生活の二重生活は中学生の颯太には激務であり、行動をメディアで咎められたりSNSで悪く書き込まれることもあり何度も嫌になった事もあるが叔父から教わった「大いなる力には大いなる責任が伴う」このモットーを貫くために奮闘していた。そして、親愛なる隣人スパイダーマンは美濃関周辺の町に現れる神出鬼没の覆面ヒーロー又はご当地ヒーローのような存在となっていた

 

ある日の放課後

コンピューター室

 

五月になり、毎年折神家で開催される「折神家御前試合」への代表に選抜された衛藤可奈美と柳瀬舞衣。

友人である颯太と針井栄人、通称ハリーは二人が代表に選出されたことを当人達から携帯へメッセージが来たのを確認した。

 

「へえ~衛藤と柳瀬、代表に決まったっぽいな」

 

「ほんとだ、でもあの二人なら代表に選ばれても不思議じゃないよ。」

 

「だな、たまに手合わせすると結構良いとこまで行くけど最近あいつらには中々勝てねえや」

 

作業を進めながら雑談する二人。

二人は舞衣と可奈美に祝福やら激励するメッセージを送り、向こうからありがとうのスタンプが送られてくる。

明後日には刀剣課と希望者で颯太もハリーも応援に行くことになっている。

そして、颯太は放課後に町の見回りを行うために課題を早々に終わらせようと手を早めていた。

 

 

「しっかしキーボード打つの速いなぁ颯太。前衛藤が手が迅移してるみたいとか言ってたぞ」

 

「昔からパソコンいじりも好きなだけ…よし、終わった。」

 

課題を早急に終わらせ席を立つ颯太。これから1度部屋に戻り、スーツを中に着用し、私服に着替えて町の見回りに行くつもりだ。

 

 

「んじゃ、僕先に帰るよ」

 

「ああ」

 

軽いやり取りをして部屋に戻り、スーツを中に着込み、私服をその上から着用する。

校門を抜け、しばらく歩いて町の人気の無いごみ置き場がある路地裏に入り込み誰もいないことを確認すると上に来ていた私服を脱ぎマスクを被るり、右腕には腕時計、左腕には小型のリストバンド型のウェブシューターを装着する。

そこには美濃関周辺に現れる覆面ヒーロースパイダーマンの姿があった。

来ていた私服をリュックにつめ込み、リュックを壁に向かって放り投げ、ウェブシューターのクモ糸を当てて壁に貼り付ける。

そして、ビルと同じ高さまでジャンプし屋上で町を見渡し気合いを入れるために深呼吸をする。

 

「お仕事開始だ」

 

ビルの屋上から飛び、建物に向かってクモ糸を飛ばし、ウェブシューターから放たれた糸の端を掴み「フォー!」という軽快な掛け声と共に町の上空を飛び回る。

 

駐輪場にてチェーンロックを強引に破壊し自転車を盗み、周囲に気など配らずに歩道を爆走していく男。

男の一連の行動を見逃さなかったスパイダーマンはクモ糸を建物に貼り付け男の目の前で着地する。

自転車を盗んだ男は驚いて急停止する。

 

「ちょっとこれ持ってて」

 

驚いている男の様子も歯牙にもかけず男の服に糸を貼り付ける

 

「ありがと」

 

スパイダーマンが手を放した瞬間に男の体は建物に貼り付いていた糸の方向に引っ張られ男の体は持ち上げられ、宙吊りにされた状態となる。

 

「ねえ!これ誰の自転車ー!?」

 

男が手放した自転車をキャッチし道行く人達に声をかけるが持ち主はこの場にいないようなのでペンを通行人に貸してもらい、「これはあなたの自転車? P.Sスパイダーマン」と書いて貼り付け駐輪場まで戻す。

 

 

その後はこの辺りに来たのは初めての外国人のカップルに英語で道を教えたり、木から降りられなくなった子供を助けたりしていた。

 

ビルの屋上にてマスクを上の方へと押し上げ口の辺りのみを露出させ外国人のカップルから貰ったサンドイッチを頬張りながら町の様子を眺めていると少し離れた辺りの銀行から発砲音が聞こえたため、すぐさま向かうと大型のトラックに乗った集団が銀行を襲撃し、現金を持ち出して逃走していた。

パトカー数台が追跡していたが暴走した大型トラックは道行く車を薙ぎ倒し、パトカーも巨体に弾かれ回転しながら電柱に激突したり、玉突き事故を起こして前に進めない等追跡は困難を極めていた。

 

すると高速でトラックに接近する赤い何かを確認する警官。

 

「頼むぞスパイディ!」

 

「オッケー!」

 

そのままトラックのコンテナに乗り移るスパイダーマン。

素手でコンテナの扉をこじ開け、武装して待機していた銀行強盗に向けてウェブシューターから糸を発射して武器を奪い投げ捨てる。

強盗が放心している隙に足に糸を放ち、くくりつけて走行中のトラックのコンテナから投げ飛ばして街灯に糸を繋げて吊るし上げる。吊るし上げられた強盗仲間は警察に拘束された。

次にトラックの運転手をどうにかするために再度コンテナの上に乗り、両手足で這いながら運転席まで移動する。

 

「やっほー、Mr.犯罪者?僕スパイダーマン。後ろの人達は観念したから諦めなよー」

 

「てめえ!」

 

運転席の窓をノックしながら上から顔を出すスパイダーマン。運転席の窓を開けアサルトライフルを発砲してくる運転手。

銃を構えた瞬間に全身の毛が逆立つようなゾワリとした感覚、スパイダーセンスが発動し、上半身を反らすことで回避するスパイダーマン。その際にウェブシューターからクモ糸を発射するが狙いが逸れて助手席の強盗に当たる。そしてすかさず右腕のウェブシューターのスイッチをいじる。

 

「早速試すか新機能!でも充電減るからあんましやりたく無いんだけど…くらえ!電気ショックウェブ!」

 

クモ糸にも様々な機能を着けた方がより効果的と考え、半年もの時間をかけてウェブシューターを改造し稼働時間が48時間の充電式になるという欠点を抱えたがクモ糸のバリエーションを増やしたスパイダーマン。

相手を殺さずに失神させる為に新しく改造したウェブシューターの機能、電気ショックウェブを選択した。

スイッチをいじるとクモ糸から電流が流れ、糸に触れていた助手席の強盗に電気ショックを与えて失神させる。

 

「あのさぁ、最近流行んないよ銀行強盗なんて!時代は仮想通貨だしね、銀行に金あっただけラッキー!」

 

次に運転手を止めようとしたが前に停車してある車を弾き飛ばし車体が揺れ体勢が崩れかける。車が飛ばされた方向を確認すると見知った顔を見かける。

 

可奈美と舞衣だ。恐らく明後日の御前試合で宿泊する際に必要な必需品でも買いに来ていたのだろう。

二人とも刀使であるため迅移などで回避はできると思われるが逃げ惑う人々があまりにも多く、うち一人が可奈美と衝突し反動で愛刀の御刀「千鳥」を落としてしまう。更に別の逃げ惑う通行人に千鳥が蹴られて遠くへ行ってしまう。

 

「あーやばいな…ごめんちょい待ってて!」

内心かなり焦っているがこんな時こそ冷静に。思考を切り換え急いでトラックから飛び降りるスパイダーマン。

 

急いで千鳥を拾おうとするが間に合わない、 舞衣も迅移を発動しようとしたが通行人達に押されて身動きが取れず、距離も離されていく。

「可奈美ちゃん…っ!」

 

「くっ…!」

 

このままでは弾き飛ばされた車に激突する。誰もがそう思って目を瞑っていたが一向に痛みは無い。

疑問に思って恐る恐る目を開ける

 

「間に合った…や、やぁ無事かい?お嬢さん」

寸での所で車を押え、軽々と持ち上げているスパイダーマンが立っていた。

 

「よいしょっと」

 

持ち上げていた車をそっと置くスパイダーマン。目の前の光景を信じられなそうに見ている可奈美。そして、何より噂になってから約1年経過して初めて対面するスパイダーマンに身近な誰かに似ている、昔から知っているような感覚に襲われるが気のせいだ、有り得ないと割り切る。

 

「えっと、あなたが…噂のスパイダーマンさん?」

 

「コスチュームでバレた?そうそうこれ、大事な物だろ?」

 

スパイダーマンであることを軽い口調で肯定し、ウェブシューターから発した糸で千鳥を回収して手渡す。

 

「千鳥!あ、ありがとうございます!」

 

受け取った千鳥を大事そうに胸元で抱き抱える可奈美の後ろから走ってくる舞衣。

 

「あの…妹達だけでなく友人まで…っ!本当に何とお礼したらいいか…っ!」

 

息を切らしながら感謝の言葉を述べて頭を下げてくる姿に戸惑ったスパイダーマンだがすぐに自分が次に何をすべきなのかを思い出す。

 

「お礼なんていいよ。君達が笑顔でいてくれること、それが最大の報酬だ!じゃあ僕強盗追わないとだから!また会おう!お嬢さん達!」

 

今こうしている間にも強盗の乗ったトラックとの距離は離されていくため二人の頭を軽く撫でた後、逃げ切れられる前に捕まえるために建物に向けて糸を飛ばして再度飛び上がるスパイダーマン。

その様子を可奈美と舞衣は呆然と見送っていた。

 

「ねえ舞衣ちゃん…」

 

「な、何?」

 

「スパイダーマンさんの声ってどっかで聞いたことない?」

 

「私も…あんな口調で話す人なんて知り合いにいないけど誰かに似てるような…」

(それにあの腕時計どこかで…)

 

「うーん、分かんないなー。昔から知ってるような感じがするんだけどピンと来ないと言うか…」

 

 

どこかで聞いたことがあるような身近な誰かの声に似ているような気がするが、作ったような軽い口調、明るいトーンで話す男性等自分達の周囲にはあまりいないため思い当たる節がなく悶々とする二人、これ以上考えても仕方ないと、買い物の帰りであったためそのまま寮へと帰ることにした。

 

一方逃走中のトラックに追い付き、フロントガラスに貼り付くスパイダーマン。

 

「さぁ終わりだ観念しろ!」

 

「終わるのはてめえだクモ野郎!」

 

「そうかよ!」

 

フロントガラスを叩き割ろうと何度かフロントガラスを殴るスパイダーマン。殴る度にヒビが割れていきもう少しで割れると思った矢先、またしてもスパイダーセンスが発動する。振り向くとスパイダーマンの後ろに走行中の市営バスに近付いていた。

トラックとの衝突は避けられない。なら転倒を防がなくては…。そう判断したスパイダーマンはトラックの正面から飛びバスの反対側で着地する。

トラックとバスが衝突し、バスが傾いて転倒仕掛けるがスパイダーマンはバスに背を向け倒れかかるバスを押さえて踏ん張る。

 

「ぐおおおおおおっ!」

 

あまりの重さと衝撃で道路が削れ、潰されかけるが踏みとどまりバスの転倒を防ぐことに成功した。

バスの乗客達にケガ人がいないことを確認すると、トラックが大破したため運転していた強盗がトラックから降りて逃げ出そうとしていた。

それを見逃さずに建物に向けて糸を飛ばし、糸の端を掴んで移動しながら強盗を追うスパイダーマン。

 

強盗が1度足を止め、アサルトライフルを発砲してくるが空中で身をよじらせて回避しながら強盗に接近し、そのまま飛び蹴りを入れて蹴り飛ばす。

蹴り飛ばされた強盗が壁に激突したと同時に糸を飛ばして壁に貼り付ける。

 

「一丁上がりっと、あっ逮捕の方よろしくー」

 

掃除を終えたかのような感覚で手を叩き、近くにいた警官に声をかけそのまま飛び去るスパイダーマン。

辺りはすっかり暗くなり、もう夕飯の時間だ。帰らないと怪しまれると思い寮へと帰ることにした。

しかし、着替を入れたリュックを置いた路地裏に戻るとごみ置き場のごみと同時にリュックも持ち去られていたため、着替えることもできずコスチュームのまま帰ることになったスパイダーマン。

これで服を無くすのは4度目だ、今度はもっと見つかりにくい所に隠そうと意気消沈しながら歩いていく。

 

校門の前に着くと校内に咲いている木に飛び移り、自分の部屋がある寮まで身を隠しながら進むしかなく、このときばかりは衣装を色合いが目立つカラーリングにした自分を恨んだが迷っていても仕方ない。寮の壁をよじ登って部屋まで行くしかない。

 

「スネークの気持ちが少しわかって来たかも…」

 

周囲を警戒し、姿勢を低くしながら進み、壁に背をつける。そして夕飯の時間だからか誰も窓側の方には来ていないことを確認する。

 

(よしっ、今だ!)

 

すかさず壁に貼り付き、音を立てずに壁をよじ登って自室の窓を開け部屋に入り、足で窓を閉め天井を這いながら移動するスパイダーマン。

しかし、よく部屋の電気をつけたまま出かけるクセがあるため、気づかなかった。

何故自分は今帰ってきたのに部屋に電気がついているのかを。

 

そして、そのまま天井から降りて着地してマスクを外すと中性的な一見冴えない茶髪の少年の素顔が露になりスパイダーマンから中学生榛名颯太へと切り替わる。

しかし、後ろで物を落とす音が聞こえて振り替える。

そこには、颯太の部屋の窓の外からは死角になるテーブルのイスに座る美濃関学院学長羽島江麻がいたのだ。

 

「…っ!?」

 

驚きのあまり声が出ないという様子だった。

しかし、部屋の音を聞いた寮長が声をかけてくる。

 

「どうした?今の音?てか颯太帰ってたのか?学長お前のこと待ってたんだぞー」

 

「あー!何でもないです!すいません今対応します!」

 

かなり慌てて返事をする颯太。

慌ててスーツの上にスウェットを着る颯太。

 

「えっと…榛名君これはどういう…?」

 

「あの…学長!この事はどうか内密に!ていうか何で僕の部屋に!?」

 

「何がどうなってるのよ全く…貴方、私が放課後成績優秀者の学費軽減の件で来るように呼び出したのに来なかったじゃない。それで寮に行けばまだ外出中みたいだったから戻ってくるまで待たせてもらうことにしたのよ、そしたら…」

 

「あっ…そういやそうだった…すみません忘れてました」

 

課題と町の見回りをする事で頭が一杯で呼び出されていたことを完全に失念していた颯太。

この1年間何とか隠し通してきた秘密が自分のこんな凡ミスでバレた事実が更に恥ずかしさを増していく。

観念して江麻と向かい側のイスに座って話をすることにした。

 

「それよりその…聞いてもいいかしら?」

 

「はい…どうぞ…」

 

これから何を聞かれるのかおおよそ察しが着いているため諦めたように質問を許し目を伏せる。

 

「貴方があの美濃関周辺の町に現れるスパイダーマンなの?壁をよじ登って天井に貼り付く様を見て言い訳なんか出来ないわよ」

 

 

「はい、僕がスパイダーマンです…」

 

江麻に投げ掛けられた質問に対して素直に答える颯太。

窓から入ってくる所や天井に貼り付く様も見られたのだ認める以外に選択肢は無い。

 

「やっぱりそうなのね、どうしてこんな事に」

 

「それは…」

 

颯太はこれまでの経緯、1年前刀剣類管理局所属の研究所での校外研修で蜘蛛に噛まれたこと、そして壁をよじ登ったり、荒魂とも戦える程の身体能力が身に付いたこと、自分のせいで叔父が殺されたことも。そして、叔父から教わった言葉を胸に困っている誰かを助けるためにスパイダーマンになったこと、全てを話した。

 

「そうだったのね…この事は他に誰か知っているの?」

 

「いいえ、学長が初めてです。」

 

「芽衣も知らないのね」

 

「もちろんです。叔父さんの事があって何とか立ち直ったのに僕が命懸けだって知ったら絶対にショックを受けます」

 

これまでの経緯を聞いて突拍子の無い無いようだと思ったが刀剣類管理局所属の研究所。この言葉に思い当たる節があるためある程度納得できた。

自身の同級生である颯太の叔母の芽衣は知らないという確認を取ると、確かに芽衣が知ったら卒倒するかも知れないと思いつつ話を続ける。

 

「分かったわ、この事は内密にしておくわ。貴方のおかげで美濃関周辺の町に住む人達が救われたもの。それに私の夫も貴方に助けてもらった事があるの」

 

「えっ?そうなんですか?」

 

「半年前に車に轢かれそうになった所を貴方に助けてもらったそうよ。本当に感謝しているわ」

 

「い、いいですよ感謝なんて…僕は自分のやるべきだと思った事をしてるだけで…」

 

内密にしておいてくれると約束をしてくれた江麻、その上で感謝の言葉を述べられて困惑してしまう颯太。

次の瞬間江麻に抱き締められ、大人の女性の香水のような匂いが鼻をくすぐる。

 

「貴方はとても立派だわ。でもね、忘れないで欲しいの。貴方も私の大事な生徒の1人、いつだって私は貴方のことを心配しているわ」

 

「だから…あまり無茶な事はしないでね、秘密を知った以上私も出来る限り貴方をサポートするわ。」

 

「学長……ありがとうございます」

 

自分の凡ミスにより秘密がバレてしまったがこれまで1人で誰にも言えず孤独に戦って来たためかまだ13歳の颯太は精神的にかなり疲弊していた。

しかし、誰かに話せたことと味方ができたことは素直に嬉しかった。

その後は放課後に出来なかった学費軽減の件の話をし、家での叔母の様子や交友関係の話等をして江麻は帰って行った。

 

颯太も夕飯を食し、入浴を済ませた後に明日には岐阜羽島駅で前日から御前試合の会場へと出向く可奈美と舞衣の見送りをする予定のため眠りに着いた。

 

翌日

ー岐阜羽島駅にてー

 

御前試合へ向かうため、岐阜羽島駅から鎌倉まで新幹線で向かう可奈美と舞衣を見送るために美濃関学院の制服を着た生徒数名が来ており、颯太とハリーも見送りに来ていた。

 

「降りる駅間違えないでよねー」

 

「可奈美ならあり得る」

 

「むしろ仮眠取ろうとして寝過ごしてそのまま終点まで行きそう」

 

「やりそうで怖いな…」

 

「あり得そうなこと言わないでよ颯ちゃん!だ、大丈夫だよ!舞衣ちゃんがいるから!」

 

 

「早速舞衣頼み~?」

 

「現地でもスパイダーマンが助けてくれるとは限らないんだから舞衣に心配かけちゃダメだよ、昨日もヤバかったんでしょー」

 

「ギクッ」

 

「どうした?颯太?」

 

「いや、何でもない」

 

複数で談笑している可奈美達を横に執事の柴田と舞衣が会話を交わしていた。

 

「あの大人しかった舞衣お嬢様が…美濃関学院の代表になられるとは…」

 

「柴田さんやめてください!恥ずかしい…」

 

長年勤めてきた主の長女の舞衣の成長が余程嬉しかったのか涙ながらに祝福する柴田。しかし、気持ちは嬉しいが友人達の前であるため大袈裟に泣くほど祝福されても恥ずかしさが勝ったのか柴田を諌める舞衣。

 

 

改札にて舞衣と可奈美は駅員に生徒手帳を見せ、確認させる。

「こっちが私のです」

 

「ご苦労様です!」

二人が刀使である事を確認した駅員は敬礼をしながら二人を通す。

 

「行ってきまーす!」

 

「頑張ってねー!」

 

「明日皆で応援に行くからねー!」

 

「無茶すんなよー」

 

改札を抜ける二人を姿が見えなくなるまで見送った後、全員で学校に戻る。

残った時間で翌日の準備をしたり、コスチュームに着替えて町の見回りをしたりして時間を潰した颯太。

夕飯の後に入浴を済ませ、眠りに着く。

 

深い眠りに着いた頃、体は寝ているのに意識ははっきりしている感覚に襲われる。

蜘蛛に噛まれたあの日を境に時折夢の中に出てきては話しかけてくる巨大な蜘蛛の夢だ。

最初は意味ありげに自分がどのような選択をするのか試すような事を聞いては来たものの、颯太がスパイダーマンとしての活動を決意してからは「それもまた1つの道か」と在り方に関してはあまり否定的ではないようだ。

 

とはいえ夢の中で話しかけてくる内容も大方は世間話ばかりで現世での人間の世界について聞いてくる好奇心旺盛な奴だと知って以降はそんなに苦手意識は無くなってきた。

 

「隣人、明日はお前の友の果し合いを見に遠出するのか」

 

「ああ…友達が御前試合の代表に選ばれて刀剣課と希望者で応援にね」

 

「場所は?」

 

「鎌倉だけど?」

明日の御前試合で友人である可奈美と舞衣の応援に行くことを教えていた。

 

「鎌倉か…京都ならば俺も少しは楽しめたかも知れぬが」

 

「京都に何か関係があるの?」

 

「別に…」

 

折角の遠出だと言うのに場所が鎌倉だと知ってあまり嬉しくなさそうにする蜘蛛。

関係性を問いただしてもはぐらかされるだけなので気にしない事にした。

 

「だが、鎌倉か…警戒せよ隣人。お前はそこでスパイダーマンとして重大な決断を迫られるかも知れん。俺の直感がそう告げている。」

 

「なにそれ、まあ本物の蜘蛛の直感がそう告げたのなら嘘では無いのかも。一応覚えとくよ」

 

明日の御前試合で何か起きるのか?まあ参考程度に覚えておくか。と警告された内容を頭に入れておくことにし、その後は起きるまで軽い世間話をしながら夜を明かした。

 

 

 

ー御前試合当日ー

折神家前

 

バスに揺られる長旅の末に、二人を応援するために同学年の生徒と応援の参加の希望者がバスを降りて御前試合会場の観客席に入ろうとするとハリーが引率の教師に声をかける。

 

「申し訳ありません先生。会場に着いた際に父の仕事の関係で折神家の関係者の方にご挨拶をするように言われているため少し外します。試合前までには戻りますので」

 

「分かった、気を付けてな」

 

 

「どうかしたの?ハリー」

 

「あぁ、うちの会社管理局に技術提供しててうちにとって御当主様はお得意様なんだ。だから会場に着いたら関係者の方に挨拶をするように言われてるんだよ。後、昔から家の付き合いで知ってる人もいてさ…だから少し外すな」

 

「なるほど、了解ー」

 

確かに以前は対荒魂用捕縛ネットの開発は失敗したようだが以降も技術提供を続けているようで、折神家は針井グループにとっての貴重な取り引き先だ。失礼の無いように挨拶をしに行くのだという。

関係者に挨拶をしに行くと行って別の入り口に入っていくハリー。随分移動がスムーズなため、何度か来たことがあるのかと思いつつ二階の観客席に移動する。

 

観客席に座り、周囲を見渡す。

各校の関係者がそれぞれの学校の代表を応援する為に集まっているためか会場中が声援と熱気に包まれていた。

そろそろ二人が会場に入ってくる頃かと美濃関用のスペースを一瞬見たが、まだいないようなので他の学校の様子を見る。

 

代表の二人とも気品のある立ち振舞いにいかにもお嬢様と言った風な雰囲気を醸し出す綾小路武芸学者。

 

次に鎌府女学院。代表のうち1人は颯太達よりも年下に見える無表情な少女と、もう1人は無表情な少女を睨んでいるように見える。仲は良くないのだろうか。

 

(怖っ…そんなに睨んでやるなって、そんな小さい子相手に…)

 

次は長船女学院。代表のうち1人は小柄でツインテールの気だるげな少女だ。小学生にも見えなくもないが恐らくは中学生か高校生なのだろう。

もう1人は気だるげな少女とは対照的に活発的で成長期真っ只中の颯太よりも長身に見える金髪で外人といった風貌の少女。ノリノリで素振りをしている。

 

「なぁ長船の制服ってなんか童貞を殺す服っぽくね?」

 

(やめろって…もうそれにしか見えなくなるじゃん)

 

等と品の無い会話が後ろから聞こえたが聞こえないフリをすることにした。

 

次は平城学館。代表は銀髪の少女はもう1人の代表に友好的に話しかけているがもう1人の黒髪の少女は心ここに有らずと言った具合に遠くを見つめている。

 

(そりゃ緊張するか、なんか如何にも真面目そうに見えるし…)

 

そんな二人の様子を見ていると美濃関の代表の門が開き、二人が礼をしながら入場し周囲を見渡している。先程の颯太同様周囲を観察しているのだろうか。

2階の応援席にいる自分達の存在に気付いてこちらに走ってくる。

 

「おーい」

 

「頑張れよー」

 

「緊張してるー?」

 

「緊張感してるよー!」

 

「緊張してるんじゃ無くてワクワクしてるだろー?」

 

「そう!そんな感じー!」

 

友人達の姿を見つけ、自分達の応援に来てくれたのだと嬉しくなったのか手を振ってくる二人。

応援に来た生徒達といつも通りのやり取りを交わすことでいくらかリラックスができたようで良かったと安心する。

 

ーそして、場面は変わりー

 

暗闇が続く通路を抜け、関係者以外は立ち入り禁止の区域の扉に二人の警備員が待ち構えている。歩いてきたハリーに声をかけるとハリーは胸のポケットからIDカードのようなものを取り出し警備員に見せる。

 

「こちらは関係者以外進入禁止です」

 

「お疲れ様です。私は針井グループの者です。本日は美濃関学院の応援でこちらに来たのですが、到着した際に関係者の方に挨拶をするように言われています。」

 

「分かりました。どうぞお通りください」

 

「ありがとうございます」

 

IDを凝視して針井グループの跡取りという事を確認したことで通してくれた警備員に軽くお辞儀をする。

 

 

「失礼します」

 

ノックの後に中に入ると全員の視線がこちらを向く。

男性的に見える長身で宝塚にいそうな女が惚れる女、風貌の少女。

毛先にウェーブのかかった紅い髪の気品のある上品な令嬢といった少女。

感情が喪失していると言ってもいいほど無表情な毛先以外が白く染まっている少女。

手持ちのマスコットを握ったりしている他の少女達よりは明らかに年下の、恐らくハリーよりも年下に見える桃色の髪の少女。

全員五箇伝の制服とは異なる特殊な制服を着て、腰に御刀を帯刀している。彼女達は折神家当主の折神紫の部下、折神紫親衛隊の面々だ。

 

 

初めて見る中学生にしては大人びた雰囲気の少年に対し誰だこいつはという視線を向けるがすんなり警備員が通した辺り関係者なのだろうと察しがつく。ある1名を除いては…

紅い髪の気品のある上品な令嬢といった少女が近付いて来て声をかける。

 

 

「あら、お久しぶりですわね栄人さん。」

 

 

「姐(あね)さ…此花様。お久しぶりです。」

 

思わず普段通りの呼び方をしてしまいそうになるがすぐに針井グループの跡取りとしての対応に切り換え少女に挨拶をするハリー。

 

これがハリーと折神紫親衛隊の面々との初の邂逅となる。そして彼等の運命もまた、大きく狂い始めていたことは誰も知らない。

 

 

 

 

 




中学生あるあるその1。部屋の電気つけっぱで寝たり出かけたりして親に怒られるってたまにやっちゃうよね


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第6話 0 GAME

こっからが大変ですな。


関係者以外進入禁止の部屋にいる5人。挨拶に来た少年と仲間の内の1人が知り合いのようだったため皆が不思議そうにしている。

まだ自己紹介をしていない事を思い出したため自己紹介を始めるハリー。

 

「申し遅れました。私は針井グループ代表、針井能馬(のうま)の長男、跡取り見習いの針井栄人と申します。

管理局の皆様にはいつも我が社の製品を贔屓にして頂いており、感謝しております。」

「父に応援で訪れた際に折神家の関係者の皆様にご挨拶に伺うよう申し付けられ、ご挨拶に参りました」

 

深々とお辞儀をするハリーに対し長身の少女は彼の立場を察し自分達も挨拶をしなければと思い向き直る。

 

「なるほど分かった。君のお父上の会社には僕達も世話になっている。僕は親衛隊第1席、獅導真希だ。よろしく頼む」

 

自己紹介を済ませ、友好的に手を差しのべ握手を求めてくる真希の手を取り固く握り握手を交わす。

 

「所で、寿々花。彼とはどういった間柄なんだ?知り合いのようだが」

 

「そうですわね。強いて言うなら、昔から家同士で親交があって年に何度かパーティ等でお会いする事があるといった感じですわね」

 

「はい、幼少の頃から此花様にはお世話になっております」

 

「固苦し過ぎますわね、今はそんなに固くならなくても結構ですわ。昔はお姉ちゃんお姉ちゃんと可愛らしかったのに」

 

「それは昔の話でしょう姐さん!」

 

 

二人の関係性をザックリと説明するとなるほどと納得が行ったようだ。だがあまりにも態度が固すぎるため過去の話を掘り出して緊張を解そうとしたら多少素が出始めているようで悪戯が成功して嬉しそうな顔になる寿々花。そのお陰が多少空気が和やかになる。

 

 

「第3席、皐月夜見と申します。よろしくお願いします」

 

丁寧に頭を下げる夜見につられこちらこそとお辞儀をするハリー。

 

「第4席、燕結芽!よろしくねハリーおにーさん!」

 

人懐っこい笑みを浮かべ挨拶をする少女。お兄さんと呼ばれどうやら本当に年下だったようだ。

 

「よろしくお願いします。燕さん」

結芽と同じ目線まで屈み、丁寧に挨拶をするハリーに対し少し顔をしかめる結芽。

 

「そんなに固くならなくていいし結芽でいいよ、なんか息苦しい」

 

「は、はい。分か…分かった。ん?…それは…」

 

固くるしいのは好きじゃないのか訂正され、戸惑いながらも態度を軟化させるハリー。

ふと結芽の手元のマスコットに目を配ると反応を示した。

 

「ん?これは…イチゴ大福ネコか?好きなの?」

 

「えっ?…うん」

 

「実はその商品うちの会社の子会社が作ってる奴なんだよ。よーし、じゃあイチゴ大福ネコを贔屓にしくれてる結芽ちゃんに今度発売される予約殺到の末1日で抽選が終了した数量限定生産の録音機能つきプレミアム版をあげちゃおう!」

 

自分の家の会社の子会社が作成してるマスコットを持っていたことを確認し、ポケットから袋に包まれている新品同様の状態の限定生産版のイチゴ大福ネコを取り出し結芽に手渡しする。

 

「えっ!?いいの!?わーいありがとー!」

 

「勿論勿論。そしてこれ録音機能までついてんだぜ」

 

「「イェーイ!」」

 

マスコットを握るとスイッチが入り録音ができることを証明するために先程話していた自分の声を再生させ、その後二人で一緒に録音をしたりして新機能も堪能していた。

 

「子供を物で釣ってますわね…」

 

「まあ当人が喜んでいるならいいじゃないか、嬉しそうな結芽の顔が見れて僕も嬉しいよ」

 

「針井さん。そろそろ試合開始のお時間です。戻られた方が良いのでは?」

 

幼い兄妹を見守る両親のような視点で二人の様子を見る真希と寿々花。そして無表情で試合開始の時間が近い事を淡々と告げる夜見。

 

「あっ、そうですね。ですが御当主様にはまだお会いできていないのですが…」

 

「今は会場より少し離れた所におられるからすぐには戻られない。昼休みにまた来るといい」

 

「かしこまりました。では失礼致します」

 

「ああ」

 

ペコリ

 

「では後ほど」

 

「まったねー」

 

4人に別れを告げ部屋から出る。御当主様に挨拶できなかったのは心苦しいが後から来るように言われたため、また後で挨拶に向かうことに決め、早足で会場の自分達の応援席まで戻るハリー。

その後は普通に生徒に交じり応援に徹していた。

 

 

数時間後、試合も順調に進み、残すは決勝戦のみとなった。

決勝戦まで勝ち進んだのは平城学館十条姫和、美濃関学院衛藤可奈美の2名となった。

 

決勝戦を前に昼休みとなり、各々休憩スペースで昼食を摂り、談笑している。しかし、ハリーは御当主様に挨拶に向かうと言って席を立ち、決勝戦会場に入っていった。

 

「もう決勝か~ワクワクするなぁ!でももう終わっちゃうのも少し寂しいかも」

 

「終わった後の事を考えるより次の試合を全力で楽しむ事を考えた方が楽しいよ」

 

「そうそう。そんで今ワクワクしてるこの瞬間も何だかんだで楽しいんだろ?」

 

「うん!あの娘と戦いたくてウズウズしっぱなし!」

 

(ほんとにこの戦闘民族は…でも楽しそうで良かった…あれ?そういや決勝に出る十条姫和さん。たまに親衛隊の人達のいる所をチラチラ見てたような…それに心ここにあらずというか、試合にあんまり興味が無いように見えて…気のせいかな)

 

一瞬可奈美が対戦相手の事を口にしたため対戦の様子を思い出し違和感を覚えた。

確かにこれまでの試合を振り返ると興味が無いかのように速攻で決着を着けていた事や時折客席の親衛隊達の方を見ていたことを思い出し、他の参加者達とは違う雰囲気を思い出して違和感を覚えたがやはりこんな大舞台で試合をするから緊張していたのだろうと納得する。

 

(まっ、この様子だとアイツが言ってたような事は起こらなそうだな)

 

 

可奈美と舞衣と他の友人達と昼食を摂りつつ気合い十分のいつも通りの可奈美に安心し、蜘蛛の言っていたことは杞憂だったのかもと納得する颯太。

 

「でも、私が今日こうしてここに立っていられるのもスパイダーマンさんのお陰かな。助けてもらわなかったらどうなってたか分かんなかったかも」

 

「そうだね、私はあの人に2回も大切な人を助けてもらってて感謝してもし足りない位…」

 

「ま、まぁ高頻度で町の見回りしてるみたいだしそのうちきっと会うよきっと。そんときに軽くお礼すればいいんじゃないかな」

 

「うん、そだね」

 

「僕も会ったら友達を助けてくれてありがとうございましたって言っておくよ」

 

急に名前を出されて驚き慌ててしまう颯太。自分がスパイダーマンだと言うことは秘密だ。あくまで一般人らしい回答を心掛けないといけない。

 

「そう言えば榛名君ってスパイダーマンさんに会ったことある?」

 

「え?あ、あんまし無いかな」

 

取り敢えず自分とスパイダーマンとの共通点や変に知り合いだと言う話題は避けた方がいいだろう。ボロを出して姿がバレるのはどうしても避けたい所だからだ。

 

気が付くと先程まで飲んでいた飲み物が無くなったため買いに行くと告げて移動する。

自販機に向けて通路を歩いていると前方から歩いて来た細いスレンダーな体型に緑色のセーラー服に近いような制服、長く黒い髪に紅い瞳の少女、可奈美の決勝戦の対戦相手十条姫和とすれ違う。

前方に見えた際には何とも思わなかったがすれ違った際に颯太の耳には何故か大きな鼓動音が響いた。

 

「…っ!?」

 

スパイダーマンになって以降、間近にいる人間の心音が聞こえてくる事が稀にある程聴力も強くなったが尋常じゃない程緊張しているのが伝わる。

ましてはこれから命でも賭けるかの如く決死の覚悟をして心音が速く、大きくなると更に強く聞き取る事ができるようになったため彼女には何かがあると思い急いで振り返るが向こうはこちらの様子には気付いていない。

 

取り敢えず様子だけでも見ておくかと自販機でコーラを買った後、会場に戻ると彼女との場所の距離が遠いせいか心音は聞こえないが目を伏せて同じく代表の生徒の言葉にも耳を貸さず集中しようと精神統一をしていた。

 

(おいおい、まさかあいつの言ってた事現実になったりしない…よな?)

 

先程まで心配無いと思っていた思考から切り換え、急に嫌な予感がしてきて顔が険しくなっていたが平静を装うようにしておいた。

昼休みが終わり、挨拶に行っていたハリーも戻ってきたため全員が決勝戦の会場へと移動する。

 

決勝戦の会場につき、美濃関では皆が可奈美に渇を入れる言葉を送っていたが颯太は先程から来る嫌な予感のせいかがんばれ、いつも通りやれば行けるよとしか言えなかった。

 

 

 

 

 

するとある人物の登場で更に会場がどよめき始める。

 

「御当主様よ!変わらぬお姿で」

 

「なんて神々しい」

 

 

御前試合の決勝戦を観戦するため、現折神家当主で刀剣類管理局局長の折神紫が会場に現れたのだ。

20年前の大災厄の英雄、20年経った今でも刀使の力を失わず御刀を抜けば最強の刀使だと噂されているこの国の真のヒーローとも呼べる人物だろう。

彼女の登場により観客席から彼女への尊敬と畏怖の念が篭った声や歓声が上がる。

 

 

ーだが…颯太は彼女の姿を見た瞬間会場中にいる誰とも違う感覚に襲われていた -

 

ゾワリと全身の毛が逆立つような感覚、スパイダーセンスが発動していた。実際に軽く袖を捲ると腕の毛が全て逆立っている程だ。そして手が震え始めた。

 

(スパイダーセンス!でも彼女は人間に見える…いやスパイダーセンスが感知できるのは自身の危険だけじゃない…もしかしたら会場にいる誰かに危険が?それに手の震えが止まらないこの感覚…っ!僕は直感的にアイツが危険だと感じている…っ!?)

 

颯太は感じた、この人(コイツ)は危険だ。何かに憑りつかれている。

一見ただの人間にしか見えないが他に考えられることは1つ。信じたくはないが…この人は荒魂に憑依されているのかも知れないと。

 

過去に荒魂と戦闘を行った際に怪我人を多く出す前に荒魂の元に辿り着けたのはスパイダーセンスで近くにいる荒魂の反応を感知出来たからだ。

近くに荒魂の反応があると決まって手が一瞬だけ震えるが、この人(コイツ)からはそれと似た反応が感じられる。

そして…手の震えが止まらなくなるほど強大な反応は見たことが無い。

 

 

そして、颯太の中である1つの結論へと繋がった。まさか…彼女があんなに心拍数が上がってた理由って…そう思い姫和の方を見る。

隠そうとしているが表情が険しく、怒り、殺意の籠った、そして死すらも覚悟しているかのようにも見える視線を一瞬だが紫の方へと向けていたのだ。

 

(まさか…よせ、危険だ!なんとかしないと!)

 

彼女が何をしようとしているかをなんと無く察しどうにかする方法を考えたが一般生徒に過ぎない颯太が騒いで試合を止めた所でつまみ出されるだけで何も意味はない。可奈美に訳を話して棄権してもらうかとも考えたがこんな突拍子も無い話、証拠もないのに信じられる訳が無い。そもそも試合を止めた所で彼女は隙をついて紫に攻撃を仕掛けるだろう。

 

(どうする…どうすればいい…このまま挑んでも殺されるだけだ…)

 

紫からはこれまでの荒魂とは比べものにならない程の強力な反応がある相手だ。恐らく強さも別次元な程だろう。

いくら御前試合の決勝に来る程の腕前とは言え返り討ちにされる可能性が高い。

なら、自分がスパイダーマンとして戦闘に介入して助けに入るべきか、そう考えたがある考えが頭を過った。

 

(ここで戦闘に介入すれば…でも、仮にうまく逃げ切れたとしても相手は荒魂に憑依されている可能性があるにせよ警視庁を統制しているも同然の管理局の長だ。それに刃向かったとなれば僕も親愛なる隣人スパイダーマンからテロリストスパイダーマン?上出来すぎ!)

 

(クソッ!アイツが言ってたスパイダーマンとして重要な決断ってそういうことかよ!)

 

脳内で夢の中で蜘蛛に言われた自分は鎌倉でスパイダーマンとして重要な決断を迫られると警告されていた事を思い出し、苦悩して俯いていた。

 

これまでただの犯罪者や荒魂と戦って人を守ることとは訳が違う。

自分が今決断すべきなのは目の前の国家に刃向かうテロリストを守って国の敵になるか、彼女を見捨てて一見平和に見える荒魂に憑依された人間が統制している今の社会を守るのか…この2択だ。

 

 

 

 

 

 

 

(なーんだ…そんなの、考えるまでも無いじゃないか…っ!)

 

最初から答えは決まっている…。自分のやるべきこと、これまでの自分がしてきた事を考えれば簡単なことだ。

やるべきことが分かった時、一瞬不敵な笑みが溢れていた。

 

俯いて下を向いていた顔を上げ、腹を押さえてうめき声を上げる。

 

「いだだだだだ!あー超お腹痛い…食い過ぎたかも…ごめんちょいトイレ行ってくる!」

 

「えっ!?颯ちゃん大丈夫?」

 

「急にどうしたの!?」

 

「どんだけ食ったんだお前」

 

「大丈夫大丈夫!すぐ戻るから!」

 

隣にいた可奈美と舞衣とハリーに心配されたが大丈夫だと言い張り、持ってきていたリュックを持ち出し決勝戦会場から走り出す。

 

「お腹痛いって割にはすごいダッシュだね…」

 

「そんなにお腹痛いのかな?…っていうか足速っ!」

 

「何なんだアイツ…」

 

舞衣には腹が痛いと言っている割にはものすごい勢いで走っていく姿を見て心配され、可奈美には走る速度を驚かれ、ハリーは何がなんだか分かっていない様子だが気にしている場合ではない。事態は一刻を争うのだから。

 

後方で決勝に出場する両名が呼ばれる声を聞き取り、更に焦りを感じて更に走る速度を加速させる。

 

 

(そうだよ、簡単なことじゃないか。状況がこれまでとは違っても危険な奴がいて、それを分かってて何もしないで悪いことが起きて誰かが傷付いたら…それは僕の責任だ)

 

会場を抜けて近くのトイレまで全速力で走りながら誰もいないことを確認し制服を徐々に脱ぎ、制服の中に着ていた赤と青のスーツを露にし、リュックに制服を積めつつ靴を取り出しながら自分を鼓舞させる。

 

確かに彼女を助ければ自分は親愛なる隣人から国家の敵と成り下がるだろう。命の保証もない。

だが、戦う力があって荒魂が世に潜んでいる現状を放置して更に悪いことが起きて誰かが傷付く結果になったのなら、それは大いなる力に伴う大いなる責任を放棄する事に他ならない。

それは、叔父の最後に命を懸けて教えてくれた教えに反する事になる。それだけは絶対に出来ない。

 

それに、十条姫和についてもそうだ。管理局を統制している相手の命を意味もなく狙うわけがない。

彼女は恐らく知っている。折神紫に憑依している荒魂を放置しておけば更に危険な事が起きる可能性があることを。

両者の因縁については分からないが彼女なりの信念で動いている。これだけは間違いない。

 

なら、親愛なる隣人スパイダーマンである自分が取るべき行動はただ1つ。

 

ー命を懸けて使命を果たそうとしている少女を守る事だー

 

(僕はもう、目の前で誰にも死んで欲しくない!例え世界が敵になっても、僕が正しいと信じた事をやり遂げるだけだ!それに…)

 

男子トイレの個室に入り、左手に小型のリストバンド型の腕輪ウェブシューターを装備し、赤を基調に白い目と蜘蛛の巣をイメージした柄のマスクを被り、一瞬で色々と思考を凝らし自分のやるべきこと、やりたいことを考え半ばヤケクソ気味になっていたが覚悟を決め、制服をリュックに積め、個室からジャンプして着地しそのまま窓枠に足をかけ身を乗り出し壁にリュックを貼り付け、屋根に向かってウェブシューターを発射し、反動で屋根まで飛上がる。

 

そして御前試合の会場の方を確認すると試合が開始されていて可奈美と対峙していた姫和が一瞬のうちに姿を消したかのような銃弾を凌駕する程の速さで折神紫に向けて突きを放っている姿、それに対し紫の髪の隙間から黄色い眼に紅い瞳孔の眼球のようなものが姿を顕したのを確認した。

 

 

マズい、急がなくては

 

 

「目の前の女の子1人助けられないで、親愛なる隣人が務まるかよっ!」

 

 

 

 

両手のウェブシューターを決勝戦会場の寝殿造の建物に向けて発射し、吸着したのを確認し、発射された糸の端を掴んで短く持ち、引っ張り強度がかなり強力な繊維になった瞬間に思い切り反動を着けて内心リアルビーダマンかなと思いつつパチンコから弾が飛び出す要領で屋根から思い切り飛び出し、風を斬るという表現が正しい、制御不能な目にも止まらぬ速さで一直線に飛翔するスパイダーマン。

 

しかし散々使命感に燃え、沸き上がる恐怖を打ち消すために意気込んでいた手前、これから挑む相手は現在でも最強と言われている刀使が1人、更にその護衛として全国でもトップクラスの実力を持つ刀使が4人。正面から戦いを挑んで勝てる確率はほぼ0。奇襲が成功して動きを封じる事が出来れば彼女を逃がす時間を稼ぐか連れて逃げられればいい程だ。

時間を稼ぐのはいいが別にアレを倒してしまっても構わんのだろう等と言える状態ではない。

 

 

どうあがいても自分の不利は変わらない危険なギャンブルだ。

段々自信が無くなって来たがそれでもやるしかない。

こんな所で彼女を死なせるわけには行かないからだ。

そう自分に言い聞かせ、腹を括ったスパイダーマン。

 

 

 

場面は変わり、決勝戦会場。

姫和が前方に突き出していた小鳥丸で紫を貫こうとした矢先、何処からともなく何も無い所から一瞬で御刀を取り出したかのような速さで姫和の突きを意図も容易く軽々と弾く。

 

「それがお前の「一つの太刀」か」

 

表情1つ崩さず淡々と見下ろす紫。

 

「ぐっ…!」

 

防がれたことを驚いたようだが後方に飛び紫に再度斬り

かかろうとする姫和。

 

「うあっ…!」

 

だが、元々親衛隊として紫の近くにいた獅堂真希に背後から御刀で刺され写シを剥がされ、膝から崩れ落ちてしまう。

 

そのまま姫和にトドメを刺さんとばかりに御刀を振り上げ、冷静に見下ろす真希。

後ろから刺された事で恐る恐る後ろを振り返る姫和。

体を動かそうとするが先程の大技を使った反動か体が動かせないようだ。

 

写シを貼っていない生身の姫和に対し、トドメを刺すためなのか動きを止めるためなのか恐らく前者だろう。振り上げていた御刀を思い切り振り下ろして姫和を斬り殺そうとした。

 

しかし、振り下ろした御刀による斬撃は突如介入した可奈美に防がれ、それと同時に真希の背後から

 

 

「ライダーキ-ック!」

 

と掛け声を上げながら風を斬るかの如く猛スピードで突っ込んでくる赤と青のタイツで全身を包んだコスチュームの男が飛び込んで来て勢いを殺し切れず背後から真希をライダーキックの如く飛び蹴りする形で蹴り飛ばした。

 

「「「「「「「!?」」」」」」」

 

「スパイダーマンさん!?」

 

その光景に会場中の誰もが驚愕し、言葉を失っていたが約1名、小柄のツインテールの気だるげな少女は「おおっ!」と感激していた。

 

「ぐおぁっ!」

 

かなりギリギリだが写シを張るのが間に合いダメージは防いだがいきなり蹴られた衝撃で容易く写シを剥がされ、衝撃で御刀「薄緑」を地面に落とし、柱に激突する。

 

「よっと!」

 

赤と青のタイツの男スパイダーマンは蹴り飛ばすと同時に左手の中指と薬指で掌のスイッチを押し、クモ糸を発射し、柱に激突したと同時にクモ糸を真希に当て、柱に貼り付ける。

 

「何だこの糸は…っ!」

 

「真希さん!…ぐっ!」

 

「……………っ!」

 

そして着地と同時に右手を前に突きだし、指で掌のスイッチを押すと糸が2方向に別れ、紫の隣にいた夜見、少し離れた所にいた寿々花にクモ糸を当てると身体に巻き付く。

改造した糸の種類の1つ。スイッチを押すと糸が2方向に別れる機能。「スプリット」だ。この機能ならば別方向にいる相手を二人までなら狙う事が可能だ。

 

何度か身をよじらせて剥がそうとするが柱にしっかりと貼り付けられ、桁外れな引っ張り強度になったクモ糸の前では無意味な抵抗だ。

しかし、まだ御刀を帯刀していた二人は八幡力を発動させ破ろうとしている。

流石に八幡力を使われると抜け出されるのは時間の問題だ。急いだ方がいい。

 

「お、おい!この娘を斬るなら僕を斬れ!」

 

「スパイダーマン…さん…?」

 

多少声が震えているが姫和を守るかの様に姫和の前に立ち折神紫とその親衛隊に向けて沸き上がる恐怖心を抑え込み勇気を振り絞って啖呵を切っていた。

そして、突然の登場に驚きを隠せない可奈美。

先程まで友人に近いうちにまた会えると言われ、本当に目の前に現れたのだから無理もない。

 

更に何が起きているのか理解できないかの如くスパイダーマンを見つめる姫和。

当然だ。今自分は警視庁全てを敵に回したも同然。なのに目の前にいる二人は何故自分を助けようとするのか、その理由をどうしても理解出来なかった。

 

(か、可奈美!?何で君まで!…まぁでも助かった!予定変更だけど乗るしかないこのビックウェーブに)

 

糸で反動をつけ、風を斬るかの如く速度を体感して世界を縮めていた間、可奈美が真希の攻撃を防いでいた事は確認できなかったため気付かなかったものの真希を蹴り飛ばしたことにより、可奈美が目の前にいた事に気付き、彼女も姫和を助けるために戦闘に介入したのだと判断できた。

 

 

「二人とも!後から行くからここは僕に任せて先に行け!止まるんじゃねぇぞ!」

 

「でも…はいっ!迅移!」

 

3人の動きは封じたため、恐らく二人が逃げる時間位は稼げると判断したスパイダーマンは二人に向けて逃げるように指示を出す。

普段の作ったような陽気な口調とは真逆の真剣な様子がマスク越しからでも伝わってきて気圧されるがいくら人間離れしたスパイダーマンとはいえこの状況を1人で打開するのは困難だと考えたが今は撤退が有力だと判断した可奈美はその言葉に頷き、姫和も同じく撤退を優先させるために強引に迅移を発動させて会場から逃げようとする。

 

その様子を見ていた最年少の親衛隊結芽は二人の前に迅移をして先回りしようとする。

 

「アハっ!」

 

しかし、その一瞬を見逃さずスパイダーマンは振り向き様に結芽が迅移で先回りして待ち構える着地点を予測して逃走する二人に当てないように二人の間を狙ってウェブシューターから糸を弾丸のように発射する。

 

 

「私も混ーぜて!…って!うわ!」

 

先回りしたと同時に飛んできたクモ糸を寸での所で御刀で弾き飛ばして被弾を防いだ結芽。

流石に驚きを隠せずに一瞬だがスキを作る事に成功し、可奈美はその好機を逃さずに姫和の腕を掴み、八幡力で会場の門の上まで飛び、脱出に成功する。

 

「何だよ…結構当たんじゃねぇか…」

 

迅移を発動した相手に向かってクモ糸を射つのは初めてのため、ヤマ勘で放った牽制だが一瞬だけでも隙を作れた事に安心する。

二人が何とか会場から脱出できたのを確認したことで、先程までは二人を逃がすために必死で冷静さを欠いていたものの今は多少余裕を取り戻したスパイダーマン。

 

 

現在会場ではほぼ全員が驚きを隠せずにいだ。

2度スパイダーマンに会った事がある舞衣ですら今のスパイダーマンとそして親友の可奈美の行動の理由を理解できず呆然としている。

そしてハリーも状況を呑み込めず、放心してしまっていた。

そもそも何故この地域にスパイダーマンがタイミング良く現れたのか、確かに神出鬼没で有名な人物だがこんな狙ったかのように都合良く現れる等有り得るのだろうか。そんな疑問が皆の中に募っていった。

 

 

そして、紫は相変わらず静観を決め込んでいるが柱に貼り付いていた真希も八幡力で糸から脱出した寿々花が御刀で糸だけを切断した事により開放されており、親衛隊の面々が臨戦態勢に入っている。いつでも斬りかかって来るだろう。

 

 

「あのさぁ二人みたく僕の事も見逃してくんないー?」

 

「させると思っているのか?蹴られた借りは返させて貰うよ」

 

「女性を庇った男気には感心しますが、それとこれとでは話が違いますわ」

 

「私はただ壊すだけです」

 

「クモのおにーさんも中々手応えありそうー、簡単には帰さないよ!」

 

 

 

 

4人に取り囲まれ軽い口調で懇願すると全員から一蹴されてしまう。

先程のは奇襲が成功したから何とか逃がすことに成功したが4人同時に相手をするとなると勝算はほぼ無い。

そして、先程から静観を決め込み二人をあまり追う気が無い様に見える紫に違和感を覚えたが自分の状況が不利なのは同じだ。

 

自分の状況を整理し、決して諦めてはおらず隙あらば脱出を考えているがこんな状況で、いやこんな状況だからこそつい若者が何も考えずつい口走ってしまうかのようなノリで不安が口から零れていた。

 

「あー死ぬなこれ…」

 

 

 

 




高鳴るその胸は…無ぇっ!筈なのに心音を聞き取る男、スパイダーマッ!←しょうちしたきさまはきる



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第7話 絶体絶命、そして

これで…良かったのだろうか…。とりま今回はジョーク多めです。

余談:PS4版のピーターの顔がトビーとガーフィールドとトムホの歴代ピーターの顔を合わせた顔だという話を聞いて「あっ…なるほど(語彙喪失)」ってなりました。



「ねえ、君らのご主人僕のことどうでも良さそうなんだけど命令も無しに行動して良いわけー?もしかして自分の仕事は考えて見つけろとかいうスパルタなの!?」

 

 

先程から静観を決め込み、既に逃亡した二人の時とは違い距離を取って様子見に徹している、何か長考しているように見える紫の本心が見えないため親衛隊の4人と戦闘をしながら呼び掛ける。

 

振り抜かれる刀を最低限の動きで紙一重で回避し、回避が不能な時は御刀を持つ手首に蹴りや手刀を入れて衝撃で手を痺れさせたり、糸を飛ばして牽制しつつ二人が逃げる時間を稼ぎながら脱出の機会を伺っていた。

 

「黙れ蜘蛛男、お前も紫様に危害を加えた奴の手助けをした上に僕たちに危害も加えたんだ。命令が出るまで逃がすものか」

 

「貴方確かヒーローで通ってらしたのにいいんですの?名誉を捨ててまで反逆者を助けるなんてもしかして惚れたのかしら?」

 

「仕事熱心で結構なことだね!じゃあ今度から地獄からの使者とでも名乗ろうかな!後別に惚れたとかじゃないよ、今あの娘に死なれると困るだけ!」

 

軽口を叩きつつ相手の集中を切らせようとするスパイダーマン。真希の一撃一撃が重く、力強い横振りを屈んで回避しつつ地面に手を付き、間近にいた夜見に足払いを入れてバランスを崩して転倒させる。

 

「…っ!」

 

「おっと」

 

転倒した夜見に糸を数発放って動きを封じたもの寿々花と結芽の攻撃が来たのを回避しきれず何度か肩に切り傷を負い傷口から少量の血が滴り落ちるが出血が止まり徐々に傷口が治っていく。

 

…………しかし、初めて御刀で斬られたが何故かこれまでの通常の刃物とは比べ物にならないダメージを受けたような痛みが走った。

 

(いった!何これ!?前にヤクザに脇差で斬られた時よりも何倍も痛いぞ!)

 

 

「ハハっ!おにーさん自分でこの娘を斬るなら僕を斬れって言ってたじゃん、忘れたのぉ?声震えてて超おもしろかったけど!」

 

「…」

 

中でも結芽から放たれる完成されていると言っても良いほど鋭い剣を避けるのは回避に徹しないと本当に避けられない。

足払いをした直後で回避に回す余力が無かった際に斬られて実感した。

 

 

「助けてアベンジャーズ…」

 

 

防戦一方に持ち込まれ思わず何となく頭に浮かんだ単語を呟くスパイダーマン。だが、スパイダーマンもただ追い込まれている訳ではない。

その状況下でも脱出の隙を作るために4人の戦力を観察しつつ誰から狙うのが崩しやすいかを分析していた。

 

 

(第一席獅堂さん、とにかく一撃一撃が力強い。下手に横に動きすぎると隙が出来てしまう…だが僕に蹴飛ばされたのが相当頭に来てるのか冷静に振る舞ってるけど振りが大振りになって来てる。崩すならここか…?)

 

(第二席此花さん、常に冷静だ。僕の糸を警戒して手首の動きを常に見て糸を放つタイミングを読もうとしてくる。その上真っ先にウェブシューターを狙って来てる…厄介だな。だが攻撃がウェブシューターに集中すればそれだけ狙いも絞れる。今は様子見だ)

 

(第三席皐月さん、ぶっちゃけ彼女が一番読めない。未知数過ぎる。取り敢えず彼女は動きを封じて警戒しつつ一旦は放置。)

 

(第四席燕さん、この子が一番ヤバい。速さ、鋭さ全てが完成されてる。スパイダーセンスでどこから来るか感覚を研ぎ澄ませて回避に専念しないと避けられない。

とにかく彼女相手は回避に専念だ。あー…こんだけ強いと絶対可奈美喜びそうだなー)

 

 

(よし、やるっきゃないか…っ!打開策が無いなら見つけ出す!無くても見つけ出す!)

 

思考を切り換え1つだけ思い付いた事があったため早速実験してみることにしたスパイダーマン。

猪突猛進に自分に攻撃を仕掛けてくる真希の方に向き直り、振り抜かれる剣の軌道を目で追いながら回避のルートを予測する。

 

「ねぇ一席さーん!僕のスーツが赤いからってさーそんな興奮して真っ直ぐ突っ込んで来ると危ないよー!闘牛じゃないんだからさー!」

 

「何だと!?」

 

「「プッ」」

 

真希の攻撃をバク転で回避しつつ、飛んだ瞬間にも空中で糸を放って牽制しつつ、牽制で放った糸に紛れてある方向にも糸を放つ。軽口のジョークで真希を挑発すると予想通り乗ってきた。

そして、闘牛という表現がツボにハマったのか結芽と寿々花が軽く吹き出している。

 

「このぉっ…!」

 

(よし、かかった!)

 

「お待ちなさい!!」

 

完全に頭に血が昇り、迅移で加速し物凄い勢いで突っ込んできて突きを放とうとしてくる真希。

しかし、寿々花が警告するももう遅い。着地したスパイダーマンに突きを当てる事に夢中になっていた真希は気付いていなかった…自分の腹部の高さに張られた一本の糸がある事に。

 

 

強烈な突きを繰り出し、切っ先がスパイダーマンの眼前まで来るが、スパイダーマンは動かない。まるで当たらない事が分かっているかのように。

そして、自分の正面に横一直線に張られた糸に腹部が激突して引っ掛り、突っ込んだ勢いで引っ張り強度が強くなりそのまま勢いを殺し切れずに押し込んだ反動が真希の方に伝わり、糸が形を変え、スパイダーマンがすかさず正面から力加減をしつつ鳩尾に蹴りを入れるとバネが伸縮したように後方へと弾き飛ばされる。

 

「馬鹿な!ぐっ!」

 

「よっと」

 

弾き飛ばされたのを確認すると再び飛んでいった方向に糸を飛ばすが、すかさずカバーに入った寿々花に御刀で迎撃される。しかし、同時にもう片方の空いている手から放った糸で手から薄緑を糸で奪取して引き寄せて手にとる。

御刀が無くなれば写シは張れなくなり、このままでは壁に激突する。

それを防ぐために後方に飛ばされた真希をなんとか糸から抜け出した夜見が迅移で加速して間一髪で受け止めるがあまりの勢いの強さにお互いに数メートル程転がってしまい柱に激突して頭を打ち両者共気を失ってしまう。

 

 

「ほら言わんこっちゃない、交通ルール習わなかった?赤は止まれってさ!…って聞いてないか」

(やべー…奇襲に成功して相手の精神を乱せたからなんとかなったけど、次はこうは行かないな…)

 

 

真希から奪取して右手で持っていた御刀薄緑を軽く空中に投げて後ろ向きで左手でキャッチするスパイダーマン。

だが内心では一か八かの賭けが成功して安堵していた。

この方法が成功したのは奇襲により真希の精神に揺さぶりをかける事に成功し、挑発に乗ったからこそ成功したのであり、もし万全の状態であったのならこうは行かず普通に失敗しているだろう。

 

「アハハっ!やっぱおもしろいねおにーさん!」

 

「ソイヤッ!」

 

直後後ろから迫って来ていた結芽の一撃をスパイダーセンスで感じ取り左手で薄緑を横凪に振る事で攻撃を防ぎお互いに弾いたものの速度重視で片腕で振った剣では力負けして、少し後ろへと仰け反ってしまう。

 

そのふらついた瞬間に反対方向からスパイダーセンスが発動し恐らく後ろから斬られると予測し、前方の結芽から視線を外さず、後ろを見ずに右手だけを左の脇の下から通して後ろに向け、ノールックショットで弾丸状のクモ糸を発射する。

 

「その手は読めていますわよ!」

 

(じゃあ…これはどうかな!)

 

やはり反対側から来ていた寿々花は手首の動きを見ており、本当はスパイダーマンの視線も確認しつつ発射角を見てから回避したかったが、視線は確認できないため、やむを得ず発射角から糸が飛んでくる位置を読み横に動くことで回避をした。

 

そのまま背後からスパイダーマンを斬りつければ勝利となる。

 

寿々花の振り下ろした一撃が肩口から入りスパイダーマンを切り裂く…筈だった。

 

だがそれは後ろ向きで放たれたクモ糸が通常のクモ糸だったならばの話だ。

 

回避され後方まで飛んで行ったクモ糸は壁に貼り付かずに一度だけ壁に当たった際に力強く跳ね返りそのまま高速で一直線に寿々花の背中へと向かって行く。

気配を感じ取り、振り返るがもう遅い。

 

壁に当たると1度だけ跳弾するウェブ「リコシェ」だ。

 

「くっ!」

 

跳ね返って来たクモ糸に正面から直撃し衝撃で御刀を落とし糸が体に巻き付いて手足を縛り、身動きが取れなくなる。

 

「姐さん!」

 

観客席のハリーが寿々花を心配し、身を乗り出して声を荒らげる。

 

「ナイスな読みだったけど、これは読めなかったね。そのまま大人しくしてなよ、淑女らしくね!」

 

寿々花に素直に称賛の言葉を送りつつ、後は門を飛び越えて脱出しようと前方を見る。

 

残る親衛隊は1人。このまま一気に脱出できればスパイダーマンの勝利だが残りの1人が最大の鬼門だ。

最年少でありながら親衛隊最強の名を欲しいままにする眼前の少女の実力は先程からの戦闘で嫌と言う程体感していたため多少強引でも無理矢理脱出するしかないと選択肢を絞っていた。

その為には1度は隙を作らないと。

 

「中々やるねえおにーさん。私ほどじゃないけど!」

 

迅移で目にも止まらぬ速さで加速し、高速で斬りかかって来る結芽に対しスパイダーセンスに意識を集中させ手に持っていた薄緑で防ぎ、回避するのに精一杯な状況になる。

 

「あれーでもなんか剣の腕前は普通だねおにーさん!」

 

「うっさないなぁもう!君が強すぎるだけ!」

 

鬼神の如き攻めの中で挑発してくる結芽に対し、防ぐことが精一杯のスパイダーマンは多少口が悪くなってしまうがその中で動きの中に生じる綻びを探そうとする。

降り下ろして来た一撃を防ぎそのまま鍔迫り合いとなるが10tまでなら持ち上げられるスパイダーマンは両腕に力を込め、力任せにそのまま結芽を押し返す。

 

「うわぁっ!」

 

先程から防戦一方だった相手が急に腕力が尋常ではない程に強くなり、自身が押し飛ばされた事実に驚いている結芽。

 

一瞬だが隙を作ったスパイダーマン。その瞬間に右手を前方にかざしてウェブシューターから糸を飛ばし結芽に糸を貼り付けそのまま片腕で自身の反対側へと投げ飛ばす。

 

しかし、投げ飛ばされつつも空中で1回転して受け身を取り難なく着地する結芽。

だがそれと同時に前方から御刀薄緑を振りかぶって投げようとする姿が見え再び御刀を構えるとスパイダーマンが御刀薄緑を投げつけて来る。

 

「くらえ!ソードビッカー!」

 

何となく何故か頭に咄嗟に浮かんだ必殺技の名前を叫びながら槍投げの要領でスパイダーマンの手から放たれた薄緑が恐らく200Km近くは出ている速度となり一直線に結芽に向かって飛んでくる。

 

直撃すれば危険だと判断した結芽は念のため写シを剥がさずにそのまま突っ込み投げつけられた薄緑を弾く。

その隙に一気に屋根まで跳躍するスパイダーマン。

 

だが跳躍して屋根に着地してそのまま屋敷の外まで飛ぼうとするがもう既に背後まで来ている結芽の姿があった。

 

「終わりぃ!」

 

「あーもうしつこいなぁ!」

 

結芽がスパイダーマンに三段突きを繰り出そうとした瞬間。屋外から会場に向けて黒い石のような固形物が投げ込まれ、固形物が破裂し会場中が白い煙に包まれ、会場にいる人間のほとんどが咳き込み、眼が開けられなくなるほど涙を流し、中には某40秒で支度させる海賊の子分に3分も時間をあげて敗北した大佐のような声を上げている者もいる。

 

「目が、目がぁ~!」

 

 

その内の1つが背後から飛んでくるのを感じたスパイダーマンはクモ糸を飛ばして黒い固形物を糸で掴み後方に飛びながら結芽に向かって投げつける。

飛んできた黒い固形物を難なく切り払うと同時に固形物が破裂し結芽を白い煙が包むと急に咳き込み始め、へたり込み喉を押さえる。

 

「何これぇっ!?ゲホッゲホッ」

 

 

投げつけた際に姿を確認できた。これは、スモークグレネードだ。それも催涙作用のある物だ。

外を確認すると誰も見当たらない。すぐに隠れたのだろうか、誰が投げ込んだのかは分からないがこの状況を作り出してくれた誰かに感謝するスパイダーマン。

 

「どこの誰だか知んないけどサンキュー!この借りは何とか頑張って返すよ!」

 

 

確かに普通のスモークグレネードで煙を出すだけならば視界を煙で塞いだ所で明眼等の熱探知ができる者がいた場合、逃げる方向を読まれてしまうが催涙で眼が開けられなくなれば発動できなくなる。考えたなと内心感心しつつクモ糸を飛ばして木に隠れながらスウィングし、自分が荷物を壁に貼り付けた男子トイレの窓側まで移動する。

 

男子トイレの窓側の壁に貼り付けていたリュックを剥がし、回収した後に二人の後を追おうと思ったがここである問題が起きていた事に気付くスパイダーマン。

 

 

「やべっ、僕あの二人が逃げた場所知らないや…」

 

先程までの一連の流れはほぼ計画性が無く衝動的にやってしまった行き当たりばったりな物だ。

かなり時間は稼げたとは思うが二人がどの方向に逃げたかは検討が付かない上に仮に闇雲に自分も二人を追って遠くへ逃げようとした所で逆方向に逃げてしまったのでは元も子もない。

 

恐らく遠くへ逃げるために車の荷台にでも隠れて移動したと思われるがその車が何処まで行くのか想像が付かない。

 

「どうしよう、僕の携帯は鍛冶科だからスペクトラムファインダーは搭載されてない携帯ショップで買った奴だからGPSで追われるのはあんまし無さそうだけど二人のは支給されたのだから破棄してるだろうな」

 

思考を巡らすスパイダーマン。しかし、ここで奇跡的にまだ向こうには知られていないある1つの事実を思い出した。

 

「そうだ、僕の顔と正体は誰にも知られてない。確かにあの場にいなかったから怪しいけどあの状況下でただの一般生徒としての僕1人を一々気にかける余裕は無かった筈だ」

 

かなり危険な橋を渡る事になるし他にも考えれば幾つか方法が思い付きそうだがそんなことを言っている時間はない。すぐに今自分が出せる一手を決めなくては。

 

「あーあ僕今日で何回危険な橋を渡るんだ…国の敵になるわ親衛隊に殺されかけるわ…でもこれしかないか…」

 

窓から男子トイレに入り再度来るときに着替えた個室によじ登り急いで制服に着替え、スパイダーマンから榛名颯太へと切り替わる。

そして自分が入った個室の真上にかなり大きな通気口があることを確認し、壁に張り付きながら通気口を手でこじ開けスーツとウェブシューターを押し込んで奥の方に隠す。

 

「正直自信ないけど闇雲に探し回って二人と逆方向に距離が離れる方がマズい。僕はあの娘、十条姫和さんに会って情報を聞き出さないと。それに可奈美の事も心配だ。」

 

「だからこれから僕がするのは衛藤可奈美の友人榛名颯太として管理局の捜索に協力するフリをして状況を利用し、二人の位置を調べて合流する。多分一人で探し回るよりは幾らかマシの筈だ」

 

「あーあイーサン・ハント程じゃないけどかなりインポッシブルなミッションだな。でもやってやるよ…ってかやるしかないんだろ!」

 

確実に二人に辿り着く為には闇雲にただ探し回るのではなく捜査に協力するフリをして位置を割り出す事だ。

ならここは一度敵の本拠地にいながら位置を割り出した後は頃合いを見て抜け出し二人に合流しようと考え、リスクはかなり伴うが他に方法が思い付かなかったためにこの賭けに出る決意をする颯太。

 

トイレの個室から出てスパイダーマンに関する道具は一切持たずになに食わぬ顔で会場に戻る。

会場には催涙ガスの影響があったからか既に会場のすぐ手前の庭に避難しており、各学校ごとに集まっておりその中に最初からいたかのように混ざり、皆がまだ咳き込んでいる様子を見てわざと咳き込んで見せる颯太。

 

「榛名君…可奈美ちゃんが…後、スパイダーマンさんも…」

 

「何でか分からないが御当主様と親衛隊の皆さんに攻撃した奴を庇って逃亡したんだ、ほんと訳がわかんねえよ」

 

 

「あぁ、驚いたよ。トイレから戻って会場に入ろうとしたら戦いになってたんだから…驚きのあまりその場を動けなかったよ」

 

生徒たちに合流して自分の姿を見かけた舞衣とハリーはトイレから戻ったばかりだと思われる颯太に会場での状況を説明する。

勿論当事者だから知っているがここでは少し離れた場所から見てすぐに合流した事にする。

 

「可奈美ちゃん…スパイダーマンさん…どうして」

 

 

「だ、大丈夫だよ柳瀬さん。スパイダーマンは分からないけど可奈美は意味もなくあんな事する奴じゃ無いって!何か理由があるんだよ」

 

「うん、そう…だよね。」

 

 

気休めにもならないが舞衣の不安を和らげるために何とか元気付けようとする。

しかし、何とか笑顔を作ろうとしているがとても無理をしていて沈んでいる様子が隠しきれていない表情を向けられ罪悪感にかられる。

 

(ゴメン…絶対に何とかするから)

 

心の中で不安げにしている舞衣に謝罪する颯太。すると

警備員の腕章を付けた少女数名がこちらの方に近付いてくる。

平城の方でも同じようだ。

恐らくこの様子だと関係者に事情聴取されるのだろう。

 

御前試合に参加する為に前日から可奈美と共に行動をしていた舞衣にはその白羽の矢が立ち、姫和と共に来ていた岩倉早苗も同じように御刀を没収され取調室へと連行されて行った。

 

その様子を心苦しく思いながらいつ頃捜索に踏み切った管理局に協力を申し出るかのタイミングを伺う颯太。

 

 

…………場面は変わり、会場のとある通路。

 

会場にいた際に携帯が震え始め、手に取ると携帯の画面から針井能馬という名前が表示され急いで人気の無い通路まで移動し父親からの電話に出る。

 

「はい、父上」

 

『栄人か、話は聞いた。会場では大変だったようだな』

 

「はい」

 

『お前は今は私の跡取りの見習いだが、管理局はうちの御得意様だ。私はもうすぐ海外に出るからそちらには向かえん。そこでお前は局に残り逃亡者の捜索に協力し、手柄を立てろ』

 

「かしこまりました」

 

多忙な中わざわざ自分に電話をかけてきた時点である程度何を言い出すのか予想できていたが局に残って捜索に協力するように指示を出してきた。

 

『こちらも可能な限り手を貸す。スパイダーマンが相手となると管理局に提供予定の新技術のデモンストレーションには持ってこいだろう。その使用権限を解決までお前に譲渡する』

 

『逃亡者の1人はお前の友人らしいが容赦はするな。上にのしあがって行くためには大切な物を切り捨てなければならない時もある。辛いかも知れないが本件が終わるまで帰れると思うな』

 

「かしこまりました父上。全身全霊で対処します」

 

『いい成果を期待している。何かあったら連絡をよこせ、ではまたな』

 

「はい、ではまた後ほど」

 

通話を切ると壁に力なく寄りかかり俯くハリー。

マニュアルな対応で父親からの命令に対応し、捜索に協力するように申し付けられこれから先、友人である可奈美を捕まえなければいけないことに苦悩をしていた。

 

その反面ただ父親の命令に従い父親の望むような生き方ばかりな自分に嫌気が差しつつ、前々から彼の行動には疑問を感じており自分が姉のように慕っていた寿々花や、父の御得意様の親衛隊の面々に危害を加えたスパイダーマンに対しては強い憤りを感じ始めていたハリー。

 

「衛藤…多分お前が捕まれば一歩間違えば極刑、そうじゃなくても厳罰だろうな。お前が何を思ったかは分からないが俺はお前と戦いたくない…だが」

 

徐々に低く怒気の籠った声色になりながら俯いていた顔を上げて正面を見つめる。そこにはいないが遠くへ逃げたであろう赤と青のスーツの男に向けて低く呟く。

 

「お前は調子に乗りすぎた、覚悟しろよスパイダーマン」

 

 

そう呟くと踵を返し、管理局の本部へと歩いていく。

 

 

 



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第8話 捜索

よくやく2話の内容です。

余談:アイアンマン2でトニーに助けられたアイアンマンのお面の少年が後のMCU版のピーター・パーカーだったという後付け裏設定ではありますがめっちゃすこです。



ー取調室にて

 

前日から共に御前試合に参加するために可奈美と共に行動をし、尚且つ同じ学校の友人ということで取り調べを受けている舞衣。可奈美の事が心配なのか俯いて沈んでいる様子だ。

そして、先程の喧騒から暫く経ち、柱に頭を打って気絶していたが意識が回復した真希から問い質されていた。

 

「理由は…特に思い当たりません。十条さんともほとんど面識はありませんでした」

 

「前日、衛藤可奈美に何か目立った行動は?」

 

「特にはありませんでした。本当にいつも通りで…」

 

「逃亡の際、一瞬とはいえ親衛隊をも退けたあの連携。訓練もせずに行ったというのは無理があると思うが?」

 

「それも…分かりません」

 

あれだけの衆人環視の元で突然紫に襲いかかったからには前日から計画を練っていた可能性や、一瞬とはいえあれほど息の合った連携を見せたからには以前から知っていた可能性も視野に入れた質問をしたが前日は普段通りだったことを説明する舞衣に対し質問を変える事にした真希。

 

「なら、君達の地域に現れると言われている蜘蛛男についてだ。君はあの蜘蛛男に会った事はあるか?」

 

当然聞かれるとは思っていたスパイダーマンについて聞いてきた。神出鬼没で有名とは聞いていたが何故会場に突然現れたのかがどうしても謎だが出没する地域に住む舞衣は会ったことがあるかと真希は訪ねてきた。

 

「はい。2回だけですが会った事があります。でも分からないんです…あの人は私の大切な人達を助けてくれたからどうして十条さんに手を貸したのかが」

 

「そうか…」

 

ビルの火災から妹達を救出し、飛んできた車から可奈美を救ったスパイダーマンは舞衣にとっては恩人だ。

だからこそ突然タイミングよく現れた事よりも何故国家に楯突くような行動を取ったことの方が理解できなかった。

 

真希も反逆者に手を貸し、自分達に危害を加えたスパイダーマンに憤りを感じているが冷静になってみるとこれまで犯罪者や荒魂と戦い人を救ってきたと聞いていた人物が警視庁を統制する人物に喧嘩を売る等考えられるだろうか。

もしかすると会場のすぐ近くにいた人物が姫和の危機に気付いてただ何も知らずに止めに入ったのか、これまでの活動は全てフェイクで姫和とグルでいつか紫を暗殺しようと待機していたののではないかという疑念も浮かんできたが舞衣は恐らくスパイダーマンの正体と今回の動機については知らないと判断して解放する事にした。

 

舞衣を取調室から解放し、真希も部屋から出て同じく取調室が終わり、廊下の窓側に立ち柱に背を預けて腕を組んでいる寿々花と合流し取り調べの成果を報告する。

 

「柳瀬舞衣は恐らく何も知らないな」

 

「岩倉早苗も同じでしたわ」

 

お互いに何の成果も無かった事を淡々と報告し、少し落胆している。

取り調べの間は落ち着いていたが真希は先程の会場での失態が精神に多少なりとも響き、気落ちしつつ右手を壁に当てて拳を握り悔しさを露にする。

 

「紫様に御刀を抜かせた上に、あんな妙なスーツの男に邪魔されるなんて親衛隊として恥ずべき失態だった…」

 

刀剣類管理局局長である折神紫を護衛するという大役を任されていながら反逆者の攻撃と逃走を許し、突如現れた謎の男に横槍を入れられたことに悔しさが込み上げてくるが同時に疑念もわいてきた。

 

「しかし何故、紫様はあの二人を追わず僕たちが蜘蛛男と戦っていた間は様子見に徹していて何も指示を出されなかったんだろう?」

 

「お考えがあっての事でしょう。紫様のなされる事は後になれば必ず理由が分かりますわ」

 

「そうだね、しかしあの蜘蛛男の身体能力。どうなっているんだ?迅移で加速した動きも捉える反射神経といい。写シを剥がす蹴りといい。本当に人間か?」

 

「確かにおかしいですわね。タイミングよく現れたのも疑問ですが、前に見た映像だと大型荒魂を素手で押さえて投げ飛ばしたりしていましたわ。」

 

 

ウェーブのかかった髪をいじりながら紫に何か考えがあるのだろうと状況を分析している寿々花。

すると同時に奥の廊下の方から針井が歩いてくる。

 

「針井か。流石に疲れているだろう?寮舎で休んでくれていて構わないぞ」

 

「いえ、先程父から本件の解決に助力をするように申し付けらました。微力ながら誠心誠意尽くさせていただく所存です」

 

この件とはほぼ関係無いと思われている針井がこちらに来たためか他の生徒同様に寮舎で休息をとっても構わないと真希が気遣うが父親からこの件に協力するように言われた為自ら名乗り出て協力を申し出てきた。

 

 

「分かりましたわ。しばらくはよろしくお願いしますわね栄人さん」

 

「分かった。協力を感謝する」

 

捜査に協力してくれる人物は一人でも多い方が良い上に、一応は管理局の関係者でもある為快諾する二人。

すると唐突に寿々花は思い出したかのように1つ思い付いた事を口にする。

 

「それにしても今回の件、例の組織と何か関係が?」

 

「分からないが、ほぼあると言っても過言ではないだろう。スモークで蜘蛛男の逃走に協力したのはほぼ外部からのアシストだ。それにあの蜘蛛男の手首の装置、あれを個人が作れるとは到底思えないからな」

 

「現にスモークを投げ込んだ者達に関しても追跡中ですが痕跡も残っておりません。装置に関しては個人でも作れる可能性があるため何とも言えませんがスパイダーマンが使っていた糸になら1つ心当たりがあります」

 

特別刀剣類管理局内の反折神紫派で結成された組織と言われている、「舞草」が存在すると密かに噂になっているがスパイダーマンが逃亡する際、証拠を残さずに外部からアシストを行ったとなるならば動いていると見ていいだろう。

スパイダーマンが使用しているウェブシューターも個人が作れるとは真希は信じられなかった為グルの可能性も考えていた。

反面ハリーはシューターは技術と知識があれば個人でも作れる可能性があることを考慮し、更にクモ糸に関しては心当たりがあった。

クモ糸に心当たりがあると言った際に二人の視線が注がれ、二人の方に向き直り自らの推測を語る。

 

「恐らくスパイダーマンの使っていた糸は我が社が管理局に提供を予定していた対荒魂用捕縛ネットの原料に使われる予定だった液状プロテインを独自で改良した物でしょう。開発が頓挫して以降は市販でも買える物ですから手に入れるのは難しくないため特定は難しいと思われます」

 

「なるほど、厄介だな。実際にあの糸に当たると引っ張り強度があり得ない程強くなる」

 

「それに八幡力でも抜け出すのは大変でしたわ。スパイダーマンとやらがあの二人や舞草と組んだとなると難敵になりますわね」

 

実際にスパイダーマンのクモ糸を当てられたためその厄介さを思い出していた。

そこでハリーは更に続ける。

 

「そこでスパイダーマンに対抗する為に我が社が新しく管理局に提供予定の新技術のデモンストレーションとして新装備を用意し、使用権限を私が父から譲渡されました。適合者はこちらで集めますのでご心配なく」

 

「なるほど、所でその新技術とやらは?」

 

「今はお見せできません。逃亡者を見つけ次第お披露目できると思います」

 

「貴方のお父様の会社は時折発想が飛び抜けていますから不安も半分ですわね」

 

新技術について真希が聞いてきたが今はまだ話せないという。

寿々花は針井グループの開発する装備の中には反重力クライマーやそれをベースにした開発中のグライダーという空中戦用装備等、発想がぶっ飛んでいる時がある事を知っているため不安半分だが管理局に提供している技術はまともであるためそこまで気にしていない。

 

この後は美濃関学院と平城学館の学長が緊急召集されると言う事で寿々花と真希はヘリポートに、ハリーは本部に移動し捜索の協力に出た。

 

 

取調室から少し離れた所の庭から隠れて舞衣が無事かどうかを遠目でも確認しつつ学長の羽島江麻に連絡を入れている颯太。

恐らく向こうにはスパイダーマンも介入して逃亡を幇助し、自身も逃走したと伝えられていると思ったため現地で再会した際に驚かせないようにメッセージを送っていた。

 

 

学長。本当にすみません。会場で十条姫和さんの命の危険を察知し、あの状況下では誰に言っても信じてもらえないと思いスーツを着て戦闘に介入しました。

話は聞いていると思いますが衛藤さんも逃亡に手助けをして追われています。僕は幸い外部からの手助けがあって何とか正体がバレていません。

ですが、二人の逃げた場所に心当たりが無いのでしばらくは局に潜伏して捜査に協力するフリをして二人に合流します。現地で僕と再会してもあまり動揺せずにいつも通りに接していただけると助かります。

この前無茶をするなと言われた矢先にこのような事になってしまい本当に申し訳無いです。それでは。

 

長文になってしまったが大方の事情は説明し、江麻からも「分かったわ、後で話しましょう」と返事が返ってきた。

恐らくクールにお説教されるんだろうなと内心覚悟しつつ舞衣が取調室から出てきたのを窓の外から確認し無事な様子を見る限り、ほぼ無関係と判断されたのだろう。

安心しつつ舞衣が出てくるであろう出口まで走り、無神経だとも思ったが向こうがどれくらい知っているかを把握する為に何を聞かれたのかを聞ける範囲で聞くために向かった。

 

 

局長室にてー

 

今回の件で緊急召集され、局長室に招かれた美濃関学院学長羽島江麻と平城学館学長五條いろはは待機しており、現局長である紫が局長室に入って来た際に起立し挨拶を交わし、江麻が深々と謝罪の言葉を述べる。

 

「この度は、我が美濃関の生徒がご迷惑を」

 

「定型の謝罪などは不要だ。潜伏先に心当たりは?」

 

「ごめんなさい。特には」

 

「同じく、すみません」

 

 

淡々と謝罪を受け流し潜伏先について聞いてくる紫。

二人とも潜伏先に心当たりは無いため知らないと答える。

 

「では美濃関学長。そちらの地域に出没するスパイダーマンという男の正体に心当たりは?たまたまにしては出来すぎている。実は美濃関の生徒の中にスパイダーマンがいるのではないか?」

 

「いいえ、存じ上げません。仮にそうだとしてもあの糸や装置を学生が作るのは無理がある上に、身体能力も学生どころか大人よりも高いと思うので有り得ないかと」

 

実は唯一スパイダーマンの正体を知っている江麻であるが生徒を売るわけにはいかないため知らないと嘘の証言をする。

しかし、紫は知らないと答えられたことに関してはあまり関心が無さそうにしている。確かにただの学生がウェブシューターを作る技術があるとは到底思えないというのはあながち間違った見解では無いため納得しているのだろうか。

それに御刀を使えない筈の男性があそこまでの身体能力を見せるのは学生離れどころか人間離れの域だ。

 

まあ、実際にウェブシューターを作った中学生がいるのだが。

 

「うちの柳瀬舞衣という生徒は?」

 

前日から可奈美と共に行動していた舞衣も本件の関係者の可能性があると思われ事情聴取をされている可能性を考え局長室に付いてきた真希の方へと向き直る。

 

「柳瀬舞衣、岩倉早苗の両名は無関係と判断し、拘束を解きました」

 

二人は取り調べの結果無関係と判断した事を両学長に伝える真希。

江麻が安心したように「そう」と呟くと紫が平城学館学長、いろはに向かって質問を投げかける。

 

「では質問を変えよう。平城学館学長。刀剣類管理局の届け出には小鳥丸は平城学館預かり、現在適合者無しとなっているが?」

 

「報告が遅れて申し訳ありません。小鳥丸があの娘を選んだんです」

 

姫和の御刀「小鳥丸」は適合者無しと報告されていた事に疑問を持った紫の問に対して報告が遅れたとのんびりした口調で返すいろは。

その様子を気にかけずに続ける紫。

 

「衛藤可奈美は千鳥、十条姫和は小鳥丸。それぞれの適合者だ」

 

「千鳥と…小鳥丸…」

 

この2つの御刀が揃う意味を知る2人に向けて淡々と話す紫。

江麻はかつて20年前の事、当時の適合者達の事を思い出し、千鳥と小鳥丸の名を呟いていた。

 

場面は変わって取調室の間近の出口。

出ると颯太が待ち構えていた。

 

「柳瀬さん、大丈夫?」

 

「榛名君…私は大丈夫。無関係だって判断されたよ」

 

「そっか…」

 

やはり庭から見ていた通り本当に無関係と判断されたと知り安心するがやはり落ち込んでいる。

無理もない。友人と知り合いが突然あのような行動に走り、今もなお逃亡中なのだから不安になるのは当たり前だろう。

 

「さっきも言ったけど可奈美は意味もなくあんなことしないって。ほら…あの戦闘民族の事だから多分相手があんなすごい技持ってるのにガン無視されたのが腹立ったとか、再戦して強い奴と戦いたいからとかそんな悟空みたいな理由かも知れないし」

 

「確かに、可奈美ちゃんならそう言いそうかも…あれ、でも何で十条さんがすごい突きを見せたの知ってるの?あのときいなかったよね?」

 

舞衣を元気付けようと必死に可奈美が考えそうな事を最大限思考を巡らせて空気が重くならないように励ますと確かにあり得るかもと少し気持ちが楽になったが疑問も生れた。

颯太は先程あんなすごい技と言ったのだ、あのときトイレに行っていてその場にいなかった筈なのにだ。

それに先程は気付かなかったがよくよく見るといつも付けている腕時計を着けていないのだ。

亡くなった叔父に入学祝いに買って貰った物でいつも着けていた事を思い出し更に疑念が強くなる舞衣。

 

「あー…その…あれだよ。柳瀬さんが取り調べ受けてる時に他の人から聞いたんだよ」

 

「そう…なんだ。じゃあいつも着けてる腕」

 

苦し紛れだが確かにあり得なくはない言い訳をする颯太。その後に腕時計の事に触れようとした所。

舞衣の携帯が鳴り出し、取り出すと画面に公衆電話と表示される。

 

(まさか、可奈美か!?)

 

恐らく自分達を心配させまいと1度は連絡を寄越したのだと推測し、舞衣が電話に出た瞬間に耳を澄ませて聴覚を研ぎ澄ませていた。

 

「はい」

 

『舞衣ちゃん?』

 

舞衣ちゃんと言う呼び方、声の質からして可奈美だと判断でき、突然の連絡に舞衣も驚きを隠せていないが周囲に聞こえたらまずいのか口元を押さえて声を低くしようとしたが一瞬こちらを見る舞衣。

恐らくは自分は携帯を見ない事があり、通話に出るのや返事が遅い自分よりはしっかりしている舞衣に電話をかけたのだろう。

それに今は公衆電話から電話しているのだ、時間も無限ではない。自分は聴覚を研ぎ澄ませれば会話は聞こえるため舞衣に対し颯太は視線で通話を続けるように促した。

 

「今どこ?」

 

『それはえーと…何処だろう?』

 

恐らく慣れない土地だからか近くに地名を示す物が無いのか可奈美の視界からでは分からないのだろう。

 

『色々迷惑かけてごめんね、私大丈夫だから。心配しないでって颯ちゃんや皆にも言っておいて』

 

「そんな事言われても…っ!」

 

『あーごめんね!もう小銭が無くて!』

 

『こちらは防災台頭です』

 

小銭が切れそうだと通話を切ろうとする可奈美の声とは別に放送の音が聞こえる。

もちろん耳を澄ませていた颯太にはその声も聞こえていたため台頭区の付近にいると判断できた。

 

『えーと私の荷物預かっといて!じゃあ!』

 

「あっ、ちょと!」

 

その言葉を待たずに通話を切る可奈美。

通話を終えた舞衣に視線を合わせ、本当は全部聞こえたが一般人らしくどんな内容だったのかをざっくりと説明して貰い放送については触れてこなかった。

 

「じゃあ僕ちょと捜査の協力を申し出に行ってくるから柳瀬さんは今日はもう遅いしゆっくり休みなよ!明日から二手に分かれて探そう!んじゃ!」

 

「あっ待って!」

 

恐らく試合や取り調べにより肉体的にも精神的にも疲労していると思われる舞衣には宿舎で休んでもらうように言いつつ自分はダッシュでこれから可奈美の捜索に協力する為に協力を申し出る事を決め、舞衣の制止を振り切り学長の江麻の元へと向かう。

 

局長室にて折神紫から直に両校の学長は解決まで滞在して尽力をするように命じられ、出口から出てくると美濃関の生徒が待ち構えていた。

颯太だ。

 

「学長、お願いします!僕に衛藤さんの捜索の許可をください!」

 

颯太の顔を見た瞬間に説教をしたい衝動に駆られたが冷静に思考を切り替えジト目で「何しんとねんお前」と言いたげな視線を一瞬こちらに向けるがそれに対し少しバツが軽そうに頭の後ろを掻く。

何とか捜索許可が降り、メモが入ったクッキーの袋を渡してきた。恐らくどちらが先に邂逅してもいいようにだろう。

 

準備を済ませこれから捜索するためその前に走りながらトイレに戻る颯太。

通気孔にスーツとウェブシューターと糸のカートリッジを隠した男子トイレに駆け込み壁に貼り付いて天井の通気孔の蓋を押して通気孔を開ける。

 

荷物検査は既に行われており自分は検査された時点ではスーツもウェブシューターも持っていなかった事は証明済みであるため回収することにした。

 

スーツとウェブシューターとカートリッジを取り出すとしばらく掃除はしてなかったのかスーツにかなり埃が着いていた。

 

「うわきったな!定期的に掃除しとけっての」

 

通気孔が掃除されていない事を愚痴り、適当に埃を払いリュックにスーツを詰めこみ、手首にウェブシューターを着けてトイレから出る。

 

すると携帯には江麻からメッセージが送られてきていた。

 

『一応最初に話しておくけど会ったとしても話を聞くのはいいけど合流はまだいいわ』

 

何故か江麻は二人に合流してそのまま一緒に逃走する必要は無いと説明してくる。

 

『二人を匿ってくれる所を見つけたからもし会ったら貴方に二人に渡して欲しい物があるの。先程のクッキーよ。それにまだ正体がバレていないのに無理にバレるような事をする必要は無いわ。安全に局から出られると判断できた時にそちらに合流してもらうから。仮に柳瀬さんが先に遭遇しても恐らく彼女は衛藤さんの意思を汲んでそちらを優先させると踏んでいるわ』

 

「了解しました。頑張って捜索しますっと」

 

江麻の指示を把握し、メッセージで返信し、管理局の職員に車に乗せられ鎌倉から台東へと向かう。

 

(頼むぞ二人とも…無事でいてくれ)

 

 

 

 

 




所々自信無いゾ


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第9話 再会

久々に長くなってしまいもうした


「流石にもういないか」

 

朝方になり、職員の運転する車で移動し、局の職員を車で待たせ、逃亡中の二人が台頭区の宿泊施設にいる可能性を考慮し、宿泊施設をしらみ潰しに探しているがどこにも宿泊している形跡は無く、ようやく宿泊していたと思われる安めのホテルに辿り着いたが既にもぬけの殻だ。

 

確かに逃亡するならいつまでも同じ所に留まるよりは場所を転々と移動しながら逃走する方が効果的だ。

自分達が特定した事に気が付いたのか、早めに出ていったのかは分からないがもう近隣の宿泊施設をあたる必要は無いだろう。

次に向かうとしたらどの辺りなのか、やはりこの地域の周辺を探すのが無難なのだろうか。いや、恐らくは追い付かれないように少し遠くに移動したのだろう。

 

「さて、次はどこ行ったんだ?多分もし仮に泊まるなら東京ならネカフェに泊まるのが無難だろうけど、今は日曜日だ。アキバや原宿や渋谷…色々あるけど取り敢えず人が集まりそうな所に移動するかね」

 

そう考えながら職員が待つ車に乗り込み、一旦は渋谷の付近に移動する事にした颯太。

 

車で職員と移動しながら二手に分かれた舞衣と連絡を取りながら捜索をしていると原宿付近で突然全身がゾワリとした感覚に襲われ、手が一瞬だが震え始めた。

 

(こんな時に荒魂か…っ!あっ、でも二人ならこの荒魂を放置せずに倒しに向かうかも。この気配を追って行けば二人に辿り着けるかもしれない。最悪二人が来てなくても僕が片付ける!)

 

スパイダーセンスで近くに荒魂の反応を検知した颯太は、可奈美の性格を考えると見つかるリスクはあるにせよ被害が出るよりは荒魂を倒しに向かうと考え運転手に声を掛ける。

 

「あの、僕は一人でも大丈夫なんで一旦分かれて探しましょう。この辺は僕が捜索するんでアキバの方をお願いできますか?」

 

「大丈夫なのかい君?まあ、呼んでくれればいつでも迎えに行くから」

 

「ありがとうございます」

 

運転手を口車に乗せて車から急いで降り、人気の無い路地裏に入り人が見ていないことを確認するとリュックからスーツとウェブシューターを取り出し、一瞬でスーツに着替えてスパイダーマンへと切り替え、リュックを再度背負う。

 

ビルと同じ高さまで跳躍して屋上に着地し、荒魂が現れた方向を確認すると恐らく神社のようだ。

その方向に向かってビルからビルの間を全速力で駆け抜けながら、ビルから飛び降り手頃な建物に向かって糸を飛ばし、壁に貼り付いたのを確認すると発射された糸の端をつかみながら空中をスウィングする。

 

「東京なのにスウィングするにはこの辺微妙過ぎない!?」

 

あまり高い建物が多く無いため普段とそこまで体感が変わらず、折角ならは東京の高層ビルが並ぶ摩天楼を飛び回ってみたかったがこの辺りにそれほど高い建物は無いため少し落胆した。

しかし、今はそんな事よりも荒魂をどうにかしなければならないため邪念をかき消しながら出現場所へと向かう。

 

 

荒魂が出現した神社にて

 

 

上空を飛行しながら境内へと着地し、地面に立ち咆哮を上げる飛行型の荒魂が現れた。

 

荒魂の出現により、一般市民は驚き一斉に避難している。

 

荒魂を倒すために到着していた可奈美と姫和は先程まで姿を隠す為に羽織っていたパーカーを脱ぎ捨て、御刀を隠していたギターケースを開けて御刀を取り出し、抜刀する。

 

「特別祭祀機動隊です!荒魂から離れて下さい!」

 

可奈美が逃げ惑う人々に呼び掛け、全員避難したのを確認すると荒魂の方へと向き直る。

 

「私が行くから追い込んで!」

 

 

「了解!」

 

可奈美は荒魂に一直線に突っこみ、回復しきっていない姫和の負担を減らすために八幡力で早めにケリをつけようと斬りかかるが飛行型の荒魂は翼をはためかせて空中に翔んで回避する。

 

空中に翔んだ荒魂は狙いを変え姫和の方へと直進してくる。

攻撃を回避しつつ翼を斬りつけるが前日の「一つの太刀」を使った影響で消耗しているせいか威力が出ずダメージが浅く荒魂はそのまま空中へと再度上空へ飛翔して逃げようとする。

 

「しまった浅かったか!」

 

「このままじゃ逃げられる!」

 

八番力の跳躍でも追い付けるか分からないと思われる高さまで飛んでいるためこのまま逃げられると焦っている二人だが急に空中にいる荒魂が後から何かに引っ張られたかのように動きが止まる。

 

必死に遠くへ飛ぼうともがいているがよく見ると体に引っ付いて引っ張り強度が強くなった一本の糸のせいで全く前に進んでいない。

 

後ろを振り返ると荒魂に引っ付いている糸を両手で持ち、荒魂を逃がすまいと踏ん張っている赤と青のスーツの覆面の男。スパイダーマンがいたのだ。

 

 

「どーもー、鳥籠から幸せの青い鳥が逃げ出した?ならちゃんと蓋しとこーねっ!」

 

「「!?」」

 

この状況下であるにも関わらず場にそぐわない軽口を叩くスパイダーマンに呆然とするが、そんな二人の様子を気にも止めず糸を掴んだままハンマー投げの要領で回転し始め遠心力を付けて思いきり荒魂を地面に叩きつけると、叩き付けられた際の衝撃があまりにも強く可奈美と姫和も驚く。

 

「はいおしまいっと、ゆっくりお休み」

 

いつの間にか叩きつけた襲撃で痙攣している荒魂に近付き子供を寝かし付ける親のような優しげな口調で呟いた後にローリングソバットを入れると荒魂は動かなくなり生命活動を停止する。

 

「スパイダーマンさん…」

 

「お前は会場の…っ!」

 

 

荒魂を倒した事を確認し、二人の方を向くと二人とも目の前の光景に驚いている。

御前試合の際に何処からともなく現れ、折神紫とその親衛隊を相手に自分達を逃がした相手が今目の前に現れていること、それよりもあの状況下でこうして無事に自分達の前に現れたことで更に脳内で整理がついていない状態になっている二人。

しかし、姫和は以前からニュース等の記事では荒魂の戦闘に介入して貢献したり、犯罪者を捕まえていたという話を聞いていたがその身体能力を再度目前にし、更には荒魂にトドメを刺したこの男を本当に信用していいのかつい逃亡生活のストレスの影響か神経質になってしまい警戒心が強まる。

 

それに反し、スパイダーマンは何とか二人と合流できたことと二人の無事が確認できた事を内心安心していたが、肝心の姫和から情報を聞き出すにせよ公衆の面前でいくら相手が荒魂に憑依されている可能性があるとしても攻撃をしかけるような相手だ。理由があるとはいえ簡単に話すとは思えない。なら、ほんの少しだけ強気で出てみるか。

 

(あーあ…脅しなんて初めてだし、女子に強気で脅しをかけるなんて気が進まないけど簡単に話すとは思えないしな…しゃーないやるかー)

 

若干の罪悪感を感じながら、自分の中にある強気な面を精一杯に押し出し、自分が出せる最大限の野太くて低い声を上げながらジリジリと姫和に近づく。

一瞬身構え、小鳥丸をスパイダーマンに向ける姫和だが

 

 

「俺を覚えているか!?お前が折神紫について知っている事を全部俺に吐くんだ!さぁ!」

 

「「……………」」

 

 

「早く言え!」

 

 

………………精一杯強気に野太い声を出し、威圧感を出そうとしているが無理矢理作っている感がスゴく、一言で言うと全く怖くない。

ここまで脅しが下手な奴なんて見たことがないほど迫力の無い脅しに内心脱力しかかっている姫和と可奈美。

 

「お前その声どうした?」

 

「えっ?その声って?」

 

「何ていうか…」

 

「会場のときや先程出してた声では女子みたいな声だっただろ?」

 

「女子じゃない!男子だ!!……じゃなくて大人の男だ!」

 

一応変声期は迎えており、声変わりはしているがそれでもやや高い声なのか、なりきっているときは敢えて軽い口調、そして多少高めにしているせいなのかは分からないが女子みたいな声だと姫和に揶揄されつい子供っぽく反論するスパイダーマン。

 

「まぁどちらでも構わないが、お前は何者だ?何故ここが分かった?そして…何故私を助けたんだ?」

 

「私も貴方の事が知りたい」

 

ある程度雰囲気が緩和したが姫和は未だに小鳥丸をスパイダーマンに向けながら問いかける。邪魔をするならば斬るぞという意味合いも込めてだ。会場で自分を助けたスパイダーマンの目的、何故この場所に自分が来るのが分かったのかが気がかりになっており、可奈美もまた同様だ。

 

「どっちでも良くないわ!まあ順番に話すよ。」

 

女子みたいな声と言われた事は流石に男として軽くショックだったがこの二人に合流したら話を聞く目的を忘れてはおらず話す事にした。

 

「まぁ何者かって言われても僕は貴方の親愛なる隣人スパイダーマンとしか今は言えない。ま、近い内に国家の敵スパイダーマンって呼ばれるかも。僕も秘密を抱えた身だし、今は正体がバレる訳にはいかないんだよね」

 

「答えになっていないぞ…まぁどうせ正体を明かす気は無いんだろう」

 

「まあね!」

 

「まあね…って即答…」

 

 

スパイダーマンの軽くて軽薄な態度から滲み出る自分の正体をはぐらかそうとする姿勢に少し頭に来たが、危険を省みず自分を会場で救いに来た事に関しては多少恩義は感じていることもあり、以前から覆面を被って活動している所を見ると余程正体がバレたくないのだろう。これならいくら聞いても正体はバラさないと思い一旦は詮索しないことにした。

可奈美は正体を明かす気が無いのを姫和が納得し、聞き返した瞬間に即答するスパイダーマンに多少呆れるが

再び話を聞く姿勢になる。

 

 

「ちなみに何故ここが分かったかっていうと僕はファインダー無しでも荒魂の気配を察知できるんだ。近くにその反応を察知すると体がゾクゾクして手が震えるんだよね」

「そして君達の事だ、昨日の事を考えると多分被害が出る前に荒魂を倒しに来ると思ってその可能性に賭けてここに来た。仮に来なくても僕が片付けるつもりだったからまあ…結果オーライ?」

 

「…………………っ!?」

 

 

この男はおおよそ気付いている。荒魂の反応を察知すると言った事や昨日自分が折神紫に奇襲を仕掛けた理由が何なのかをだ。

あまり気にする余裕も無かったが目の前の男が本当に人間なのか信じられなくなってきたがそれでも話を続ける。

 

「あれ?…ってことはスパイダーマンさんあの会場の近くにいたって事だよね?」

 

「確かにそうだ。お前は近くにいる荒魂の反応を検知すると言った。それにタイミングが良すぎる。あれは近くにいて見ていないと出来ない芸当だ」

 

「ギクッ…まぁ、普通はそう考えるよね。そうだよ、確かに会場の中にはいないけど比較的近いところにはいたよ」

 

会場の近くにいないと間に合う訳が無いため会場の近くにいた事を察知され、少し墓穴を掘ったと思うスパイダーマン。

しかし、自分の正体へのヒントを与えすぎないように多少嘘をつくスパイダーマン。

 

「観光中に偶然あの辺を通りかかってね、それとこれは何で君を助けたかって質問の答えに繋がるんだけど」

 

「何だ?」

 

「僕は自分の危機、ごく稀にだけど誰かの身に危険が近付くとその反応も感知できる。僕はあのとき、会場付近でかなり強い荒魂の反応と誰かの命の危機を感じ取って少し遠くで様子を見ていたら知っての通り君が折神紫に特攻していったのが見えたんだ」

 

「「………………」」

 

かなり脚色しているが二人とも冷静に話を聞き続け、なるほどと納得はしている様子だが姫和はまだ腑に落ちない点があった。

 

「それと戦闘に介入したことと何が関係ある?お前は街の人たちから必要とされていたヒーローだった筈だ。何故私の手助けなんか…警視庁に、国に喧嘩を売るような真似をしたんだ?」

 

これまで親愛なる隣人として人々を救ってきたと言われているスパイダーマンが警視庁を統制しているも同然の相手を殺そうとした反逆者を助け、自分もまたテロリスト同然な存在へと成り下がるのか、放っておけばヒーローのままでいられた筈なのに、どうしても姫和にはそこが理解できなかった。

 

「うーんまぁ…超簡単に言うと、警察組織を指揮っている荒魂を放置しておくと彼女が立場を利用してもっとマズい事が起こるかも知れないからかな。それに、警視庁の要人を意味も無く狙うなんて事はそうそうない。君は彼女の正体を知ってて彼女に挑んだんだろ?どんな因縁があるかは知らないけど事情を知ってる君から話を聞きたいからって感じ」

 

「なら私を助けたのは情報を聞きたいからという事か?」

 

「まあ、それもあるけど」

 

「けど何だ?」

 

スパイダーマンが自分を助けた理由が折神紫を危険だと判断し、その紫に対して挑んだ自分は事情を知っているから助けたというのは納得できたが他にも理由があるようなので聞き返す。その問いに対しそのまま話を続けようとするスパイダーマン。

 

すると、

 

「やっと見つけた」

 

 

 

3人の後ろから少女の声が聞こえる。

全員が振り返ると中学生にしては大人びた雰囲気の少女、可奈美と颯太の友人舞衣が御刀を抜刀したまま立っていた。

 

「舞衣ちゃん?」

 

(やべっ…話し込み過ぎたか)

 

 

彼女も二手に分かれて捜索していたとは言え、管理局支給のスペクトラムファインダーを持っている。恐らく荒魂をどうにかするためにここに来たのだろう。

可奈美は友人との突然の再会を驚いているが姫和は恐らく追っ手だと判断し警戒している。

 

「美濃関の追っ手か」

 

「待って姫和ちゃん!舞衣ちゃんは私の親友で…舞衣ちゃんどうしてここに?」

 

 

「あー修羅場だなこれ…」

 

追っ手だと判断し臨戦態勢に入る姫和に舞衣との関係性

を説明し諌める可奈美。

舞衣より先に合流したはいいものの舞衣に追い付かれたとなると可奈美と舞衣が戦うという事は無いかも知れないが弱っている姫和に舞衣の相手はかなり分が悪い。

またしても若者が何も考えずに口にしたかのようなノリで出る軽口を叩きながらいざというときは自分が介入するしか無いかと集中するスパイダーマン。

しかし、可奈美としてはどうやって辿り着いたのか検討がつかないのか説明を求める。

 

「荒魂の反応があったから…。もう退治してくれたみたいだけど、お陰で会えた。そしてスパイダーマンさん、貴方にも」

 

「親友だと言うなら何故御刀を向けている?」

 

「私は可奈美ちゃんの親友です。親友だから、可奈美ちゃんは私が助けます!そして、スパイダーマンさん。局では貴方にも捕獲命令が出ています。でも私は貴方が意味も無くあんな事をする人だとは思いたくありません。十条さんを捕まえた後に話を聞かせてください!」

 

やはり荒魂の反応をスペクトラムファインダーで追う事でここまで来たのだろう。その言葉と同時に舞衣は写シを発動させ、それと同時に姫和も写シを発動する。

両者まさに一触即発だ。

 

「ちょ、ちょっと二人とも一度御刀を収めて!」

 

「向こうにその気は無いようだ」

 

 

「僕の事はいいからこの娘の話も聞いてあげろって!」

 

二人が戦うのを阻止する為に両者を諌めるが効果は無いようだ。

 

「聞いて可奈美ちゃん!羽島学長が約束してくれたの、私と一緒に帰ってくれば罪が軽くなるように助けてくれるって!でも、一つ条件があるの」

 

 

「十条さん、貴女も一緒に折神家に同行して貰います!」

 

江麻は恐らくスパイダーマンが接触出来なかった場合に可奈美と舞衣が接触し、匿ってくれる人の連絡先を入れた袋を渡す状況を作り出すために罪状の軽減をネタに条件を提示したのだろう。

しかし、完全にやる気満々な今の舞衣では話すだけでは簡単には止まらないだろう。

ここで状況を動かさなければ。

 

「残念だがそれに協力は出来ない」

 

「協力しなくていいです、私が力付くでねじ伏せますから!」

 

「やってみろ…っ!」

 

両者御刀を構えて睨み合い、これから斬りかかろうとしたその刹那…

 

 

「いただき!」

 

「……………っ!?」

 

完全に対峙していた姫和に気を取られスパイダーマンにまで注意が向いていなかった舞衣の手元に向かって右手でクモ糸を発射し、御刀「孫六兼元」を糸で掴み直後腕を後方に持っていく事で舞衣の手から孫六兼元が離れ、スパイダーマンの元に引き寄せられ手に収まる。

一瞬の出来事にその場にいたスパイダーマン以外は驚いているがその様子を気にせずスパイダーマンは真剣に舞衣に語りかける。

 

「スパイダーマンさん!?どうして!?」

 

「ごめんお嬢さん!今彼女が捕まるのはマジで困るんだ!警視庁の要人を意味も無く襲うなんて普通はあり得ない!折神紫にはマジでヤバい秘密があるって事!」

 

「舞衣ちゃん!私見たの、御当主様が姫和ちゃんの技を受け止めたとき何もない空間から二本の御刀を取り出してその時後ろに良くない物が…」

 

 

「良くないもの?」

 

「やはりお前にも見えていたんだな…あれが…」

 

スパイダーマンと可奈美の言い分を聞き、紫には何かがあると思った舞衣は話に耳を傾ける事にした。

可奈美も会場にてスパイダーマン同様に紫の人間離れした、いやもはや神がなせる業とも呼べる一連の流れを目で追っていた事を把握した姫和。

 

「一瞬だったし、見間違いかとも思ったけど、やっぱりあれは…荒魂だった!」

 

「荒魂っ!?そんな筈…」

 

可奈美が目で見物を説明され、信じられないと言った具合に舞衣の表情は驚愕へと変わる。

至って普通のリアクションだろう。人間の後ろから荒魂が見えるなんて普通ならあり得ないからだろう。

 

「あの人は折神家の当主様で、大荒魂討伐の大英雄で…」

 

「違う!」

 

20年前の大災厄の大元である大荒魂を討伐した筈の英雄である紫が荒魂であるなど到底信じられない事であるためか非常に困惑しているが、大英雄という言葉を聞いた姫和は憎々しげに否定する。

 

「奴は…折神紫の姿をした、討伐されたと言われている大荒魂だ!」

 

「なるほど、大体推測通りって事か」

 

「ああ…」

 

「スパイダーマンさん、知っていたんですか…?」

 

「知ってた訳じゃないよ、実は僕は何でか自分でも分かんないんだけどファインダー無しでも荒魂の気配を察知できる。僕は昨日観光で近くにいたんだけどそこでこれまでとは比べものにならない位強い反応があって会場付近まで来たら後は知っての通りだよ」

 

姫和はやるせない怒り、憎しみを込めた声色で紫の正体を語る。

これで姫和の行動や紫を含めた刀剣類管理局の事情を把握したスパイダーマン。

舞衣はスパイダーマンが何故タイミングよく現れたのか、荒魂の反応を検知できるということを知らなかったため、かなり脚色されているが説明されたことで理解した。

 

「じゃあ折神家も、刀剣類管理局も、五箇伝も…」

 

「その全てを荒魂が支配している」

 

自分がこれまで信じて来た物が、今いる場所全てを荒魂が取り仕切っている物だと突拍子もない話を聞かされ項垂れる舞衣だが折神紫の実力、姫和の行動、筋が通っているためか事実だと信じるしかない舞衣。

 

「お嬢さん、恐らく折神紫は自分の立場を利用して何かとんでもない事を起こすかも知れない。荒魂が管理局を統制して今までの平和な社会が続いたって事は何かを企んでるって考えた方がいい。だから、折神紫に挑んだ彼女は何か知ってると思って助けたんだ」

 

「そう、だったんですね。でも…このままじゃスパイダーマンさん国の敵になっちゃいますよ…っ!私は貴方が悪い人だと誤解されたままであって欲しくないんです!私は貴方を信じたいんです!」

 

スパイダーマンは可奈美と姫和に背を向けて前に出て舞衣に向き直り自分の考えを伝える。

しかし、舞衣はその行動の理由は理解できたが、管理局では既にスパイダーマンは反逆者手を貸したテロリスト同然、全力で排除しにかかるだろう。

妹達や友人を助けてくれた恩人が誰かを守る為にとはいえ国や皆から悪者だと誤解されるのは心苦しい、せめて自分だけでも信じたいのだと胸の内を明かす。

するとスパイダーマンは舞衣にゆっくりと近付き、

 

「……その言葉だけで充分だよ。君みたいに信じてくれる人がいるなら例え国から敵視されてテロリスト扱いされても、僕は貴方の親愛なる隣人スパイダーマンだ!危険な奴を放置してもっと悪いことが起きる方が我慢できないさ…それに」

 

舞衣の頭に手を起き、軽く撫でながら優しげな口調で語りかけ自分の考えを伝えるスパイダーマン。

そして舞衣は頭を優しく撫でられ、スパイダーマンの意思を聞き気持ちが穏やかになり、落ち着いていくのを感じる。

そして、一度スパイダーマンが頭から手を離し後ろにいる姫和に視線を向けると舞衣もその方向に目を向ける。

 

「強大な敵にたった一人で立ち向かうガッツのある女の子が命懸けてるのに僕が何もしなかったら僕は親愛なる隣人じゃなくなる。それだけだよ」

 

「…っ!?」

 

「そうですか…そうですよね。貴方はそういう人です」

 

姫和はかなり驚いている。至ってヒーローらしい回答だと思ったが、国を敵に回して名誉を捨ててでも自分を助ける理由がそんな簡単な物なのかと。

先程の自分を助けた他の理由という問いに対する答えをさりげなく返された姫和はスパイダーマンを更に凝視している。

 

それに反して舞衣は火災の中から妹達を助けるために危険を省みずに飛び込んで行った際も困っている隣人を助けるのは当たり前だと、可奈美を助けた時も君達が笑顔でいることが最大の報酬だと言って誰かの味方をするのがこの男だ。

なら、例え警察を敵に回しても親愛なる隣人として、この目の前の困っている隣人を助けるのだろう。

なら、自分が今彼に対して多くを語る必要は無い。

ただ、信じればいい。彼は自分のいや、自分達の親愛なる隣人であり続けることには変わり無いのだと。

気付いた時にはスパイダーマンに向けて自然と笑顔を向けていた。

 

 

「私も、今は姫和ちゃんを一人には出来ない!だから…お願い!舞衣ちゃん!」

 

「本気…なんだね」

 

可奈美も今の自分のするべき事をしっかりと意思表示し、舞衣が問いかけると可奈美は真剣な顔で力強く頷く。

 

「分かってるよ、可奈美ちゃんのすることはいつも本気なんだってこと…あ、これ忘れ物」

 

可奈美の意思を汲み取り、尊重することにした舞衣は可奈美に近付きクッキーの入った袋を手渡す。

スパイダーマンは「あっ…渡すのまだだった」と内心思ったがどちらにせよ中身は同じでメモが入っているため問題はない。

 

「あっそう言えばスパイダーマンさんはどうするの?このまま一緒?」

 

ふと疑問に思ったことをスパイダーマンに問いかける可奈美。その問いに対し

 

「あーそれね、実はある人に言われててさ。話を聞くのは良いって言われたんだけどまだ合流しなくて良いって言われてさ…でも大丈夫!後から追い付く!心配ない僕を信じろって!」

 

「ある人?…まあでも分かった、取り敢えず後で来るんだね!そのときはよろしくね!」

 

「いいのか、そんな軽くて…」

 

江麻にはまだ合流するなという指示を受けているため後から合流するから心配ないという事をサムズアップしながら伝えると可奈美は軽いノリで受け入れるが姫和は困惑している。

しかし、スパイダーマンは恐らく悪い奴ではないと内心思い始めているため特段気にならなくなってきていた。

 

「十条さん、可奈美ちゃんをよろしくお願いします」

 

「私は自分のすべき事を果たすだけだ」

 

 

ギターケースに御刀を仕舞い、脱ぎ捨てたパーカーを拾い上げる姫和を呼び止め、深々と頭を下げる舞衣に対して淡々と言葉を返す姫和。

 

「後、スパイダーマン。一つアドバイスしておく」

 

「ん?」

 

突如姫和が振り替えるとスパイダーマンを名指しで呼んで来る。

そう言えばこれまでお前としか言われて無かったな、と思いつつ向き直る。

 

「お前、相手を脅すならもう少し脅しの練習した方がいいぞ。あれでは誰も怖がらない」

 

「何言ってんの?僕って怖いだろ?」

 

「はあ………………お前も変わった奴だな」

 

 

鳥居の柱に腕を組んで寄りかかりながら当たり前かのように返すスパイダーマン。あの脅しの仕方でビビると本気で思っていたスパイダーマンに対し、姫和は盛大に溜め息をつきながら呆れつつも悪い気はしていないようだ。

 

二人が早めにこの場から離れようと走り抜けていくのを確認すると二人だけになる舞衣とスパイダーマン。

 

「あの、そろそろ私の御刀返して欲しいんですけど…」

 

「あっ…ごめん、ついうっかり」

 

先程スパイダーマンに孫六兼元を手から取られていたのを思い出し、返して欲しいと懇願する舞衣。

そう言えばまだ返して無かったと思ったがここでノロの回収班を呼んだとして舞衣が二人と協力して荒魂を鎮圧して二人を逃がしたと説明しても逃亡を幇助したと思われるかも知れない。

彼女に変な疑いがかけられるのを避けたかったスパイダーマンはある方法が頭に浮かぶがやっていい物か悩んだが心を鬼にしてとある方法に出た。

舞衣の真後ろが鳥居の柱に来るように移動しながらその位置に立つスパイダーマン。舞衣も自然とその動きを追う事で正面から向き合い、真後ろが鳥居の柱と一直線になる。

 

 

「所で、お嬢さん。君はとても素敵だね。きっと将来別嬪さんになるよ」

 

「えっ…どうしたんですか!?急に!」

 

急に真面目なトーンで褒められた事で驚き、もちろん年頃の女子中学生としては容姿を褒められるのは素直に嬉しいのか恥ずかしいのか少し赤面して後ろに下がっている。

隙は充分に作った。後は…

 

(今だ!柳瀬さんごめん!)

 

舞衣が真後ろの柱に近づいた瞬間に目にも止まらぬ速さで出力を最小限に抑えながらウェブシューターの掌のスイッチを押すとクモ糸が発射され、舞衣に当たると身体が鳥居の柱に貼り付けられる。

痛みはほとんどないが、何が何だか分からずに目をパチクリとさせながら自分の状態を確認すると、胸から下が糸でくくりつけられ、手足が動かせなくなっていた。

スパイダーマンの方を見ると地面に孫六兼元を置き、舞衣に向かって土下座をしている。

 

「ご、ごめん!お嬢さん!出力は最小限に抑えたから痛くないしそんなにキツくないと思うけど、このままだと君は二人に協力したと思われて疑われる!だから君はここで僕に取り押さえられた被害者ってことにすれば疑われにくいと思う!」

 

 

「えっ…ええええええ!?」

 

必死に身を捩らせるが糸の強度が強くなり女子中学生の力では抜け出せず、せめて御刀を帯刀していれば八幡力で抜け出せるがまだスパイダーマンに御刀を返してもらっていないため抜け出せない。

 

「糸は一時間で溶けるからね!僕に遠慮とかしないで僕にやられたって言ってね!約束だよ!んじゃまたねー!」

 

「あっちょっと!…行っちゃった」

 

糸を飛ばして、飛び上がり遠ざかって行く姿を見送る舞衣。

しばらくすると背後の階段から入れ替わったかのように誰かがかけ上がって来る音が聞こえる。

 

 

 

 

 

「柳瀬さん!大丈夫!?」

 

「榛名君!?何でここに!?」

(あれ、入れ替わったかのようにタイミングよく…)

 

「この辺に荒魂が出たって聞いてさ、もしかすると可奈美いるかなって思って!」

 

「可奈美ちゃんならもう行ったよ」

 

「そ、そうなんだ…」

 

荒魂が現れたと聞いて可奈美がいるかも知れないからとこの辺りに来るのは普通に危険なのだが余程心配しているのかと思うことにした。しかし、妙にタイミングよく入れ替わったかのように現れた颯太に違和感を覚える。

 

「スパイダーマンにやられたのか…今から剥がすよ!」

 

舞衣の身体についた糸を必死に剥がそうと引っ張っているが全く取れていない。

実際には力を入れてるように見せてあまり力を入れていない。

 

「だめだこれ、一時間は溶けないぞ…」

 

「えっ………?」

 

 

肩で息を切らしながら状況を分析しているように見えるが完全に墓穴を掘っている。何故一時間で糸が溶けると思ったのだろうか、こういう場合はどうすれば切れるか等を考えるべきだと思うが何故糸が溶ける方へと考えたのだろうか。そして、舞衣はスパイダーマンの糸は一時間で溶けるという発言を思い出した。

会場でのことといい、今ここに到着した時の事といい、そして会場で別れた際にはつけていなかったスパイダーマンと似た腕時計を今はしていること。

 

(話し方は似てないけど、声も似てる………)

 

舞衣の中である疑念が確信へと変わり始めていた。

 

「ダメか、仕方ない。取り敢えずノロを放置するのは危ないから僕が呼ぶよ」

 

「え?…うん」

 

颯太が少し離れた所で回収班に連絡を取りながら状況を説明しているその姿を凝視している舞衣。

 

(やっぱり、貴方が……………)

 

 

 




真面目になったりふざけたりですまない、本当にすまない。


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第10話 確信

多少時系列が前後しますが話の進行に問題はないのでご安心ください。
ちとキャラがブレてるかもです、ヒスおばファンの皆様に怒られないか少し不安です。

余談:ファーフロムホームのポスター見てアベ4でトニーがどうなるのかめっちゃ不穏になって来ましたが、予告でミステリオと共闘してハイドロマンと戦うって書いてあってすげえ戸惑いました。どうなるんでしょうかね。


ノロの回収班が到着し、ノロの回収を始めた頃には糸が自然に溶け舞衣は拘束を解かれ颯太と共に報告を行うために捜索本部に帰還していた。

 

「逃走中の十条姫和、衛藤可奈美、スパイダーマンを追跡中、渋谷区代々木神園町にて荒魂を検知。これを3名の協力を得て鎮圧。しかし、鎮圧と同時にスパイダーマンに御刀を取り上げられ無力化、拘束され取り逃がしました。拘束されていたことは榛名君やノロの回収班の方にも聞いてもらえば分かると思います。申し訳ありません。」

 

「くっ…!スパイダーマン!なんて卑劣な真似を…っ!」

 

「………………………居場所を特定出来ただけでもお手柄よ、二人は下がりなさい」

 

「「はい」」

 

スパイダーマンに自分にやられたと説明するように言われていたため、申し訳無いと思いつつ約束を守ることにしそのように説明する。

その報告を舞衣の隣に立ち、一緒に報告を行いに来た颯太が勿論演技だが悔しそうに呟くその姿を見て正体を知っている江麻はその清々しいまでの白々しさに「あなたでしょうが」とツッコミたくなったが恐らくは舞衣が2人を簡単に逃がしたと思われないようにするためだと把握し、内心では自分の生徒である3人が無事であることを安堵している。

 

「時間の無駄でしたわね」

 

 

「まあ、そう言わずに。近辺の防犯映像などを入念に捜索すれば逃走経路が分かると思います」

 

二人を責めている訳ではないが溜め息混じりに手がかりは掴めたものの大した成果を得られなかった事に落胆し愚痴をこぼす寿々花にモニター席に着きながらPCを操作しつつ栄人が諌める。

すると本部の扉が勢いよく開かれる。

 

「何をやっている!親衛隊!」

 

赤いスーツに身を包んだ良く言えばキャリア・ウーマンにも見えなくはない性格がキツそうな三十半程の女性が怒鳴り声を上げながら扉の隣にいた颯太と舞衣には目もくれず強引に部屋に入室し、この場にいる親衛隊の真希と寿々花に詰め寄っている。

突然の乱暴な登場に驚き少しビクッとしてしまう颯太。

 

(うわこっわ…。この人何こんなに怒ってんの?カルシウム足りてないんじゃない?それとも更年期障害?なら牛乳毎日飲んだ方がいいよ!…って今はジョークなんて考えてる時じゃないか、確かに僕らは国に対してここまで怒らせるようなことしたしなぁ…)

 

あまりにも高圧的で不機嫌が擬人化したような目の前の女性の態度に対し一瞬ビビってしまいそれを誤魔化すためにいつもの癖で心の中でジョークを唱えているが今はそんな呑気なことを考えている時ではないと、目の前の怒りっぽい女性に視線を送る。

 

「反逆者の潜伏先が分かっているなら何故機動隊を派遣しない!?」

 

「お言葉ですが、鎌府学長。中等部の二人組とはいえ戦闘訓練を受けた刀使、しかも御刀を所持している上スパイダーマンという輩と共謀しています。機動隊では押し負ける可能」

 

「あの偽善者で自警団気取りのヘンテコな男等恐れるに足らず!なら、貴様らが出撃して討て!」

 

「私達もできればそうしたいですが、私達には紫様の警護命令が出ているため動くわけにはいきませんの」

 

 

「チッ…なら、周辺の監視カメラを解析させろ」

 

親衛隊の二人に詰め寄ったと思いきや強気に問い詰め真希が説明をしようとすると言葉を遮り偉そうに命令する女性。

真希の言葉から鎌府学長という言葉が出た為、鎌府女学院の高津雪那学長であると判断できる。

真希と寿々花が今は命令が下されているため動くわけには行かないと知るや否や舌打ちしつつモニターを操作する者達に向けて周辺の監視カメラの解析の指示を出す。

すると踵を返すと視線の先にいた舞衣と颯太を見つけると威圧感を出しながら近付いてくる。

 

「貴様が報告にあった刀使と男子学生だな?何故すぐに応援を要請しなかった?」

 

「拘束されていましたし、ノロの回収が先だと判断しました…」

 

 

「ノロなど放置しろ!」

 

見下ろしながら威圧的な態度で舞衣に詰め寄り至近距離で怒鳴り付ける雪那。

完全に雪那の高慢で威圧的な態度により萎縮してしまっている舞衣の様子も気にせず追撃をかけてくる。

 

「あろうことか鎮圧など、貴様まさか逃亡を幇助したのではあるまいな?」

 

「い、いえ!」

 

「お、落ち着いてください!報告にもあった通り彼女はスパイダーマンに動きを封じられた被害者なんです、彼女だけを責めるのは御門違いです!」

「それに、仮にノロを散らして被害が拡大化して局に責任が押し付けられたら恐らく現場指揮を執られるおつもりの貴女にも不利益が生じた筈です!」

 

 

このままでは舞衣が二人を見逃したと思われてしまう。

ここは用意していた筋書き通り、スパイダーマンに動きを封じられた被害者であると説明をしなければいけないと思い、真剣な様子で雪那に声をかける。

 

「何だ貴様、ただの子供が私に刃向かうのか小僧?」

 

「い…いえ、そのようなつもりはありません。ですが、

報告をお聞きになられたのなら分かる筈です。

スパイダーマンと逃亡者二人を相手にしたのなら一人では勝ち目は薄く、先程も申しましたが彼女は要請する隙もなく拘束されたんです。」

「貴女は現場指揮を執られるおつもりなのでしょう?なら人に当たり散らす前に1度冷静に状況を整理されるべきではないでしょうか?貴女1人が喚き散らした所で事態は一向に良くはなりません、敵の思う壺です。」

 

「貴っ様ぁ…!」

 

恐怖心を押し殺して必死に言い訳しているせいもあるが最大限丁寧に言っているが所々失礼な表現が混じっているためか雪那に更に強く睨まれ、更に恐怖心が沸いてきて生きた心地がしなくなって来たがそれでも続ける

 

 

「指揮官が焦ると現場の士気に関わります。それでは本末転倒、貴女も望まない筈です。なので1度精神統一などされてはいかがでしょうか?少しは気分が落ち着くと思いますよ?」

 

「…まあいい…後は我々鎌府が処理する。宿舎で休んでいろ。それと紫様に御刀を向けるような逆賊を育てた罪は重いぞ、両学長」

 

物凄く怒っているのがダイレクトに伝わって来るが焦って喚き散らしても仕方ないのは確かだと判断する理性は残っていたのか思ったよりは冷静な雪那は退室し紫のいる局長室へと向かう。

 

「「失礼しました」」

 

二人で声を合わせてお辞儀をして退室しようと全員の方を見ると江麻は完全に頭を抱えており、いろはも若干苦笑い。

しかし、親衛隊の面々真希は真顔を崩していないものの寿々花は恐らく前から雪那にイヤミを言われていたのか少し顔が笑っており、栄人に至っては颯太と舞衣以外には見えないように笑いを堪えながら親指をグッと立てていた。

 

「あー超怖ぇー。あんなに怒んなくてもいいのにねー」

 

「うん…。でも私を庇う為でも五箇伝の学長に噛みつくなんて危ないよ」

 

「わ、分かってるよ。でも本当の事を言っただけだし…」

 

扉を出て少し廊下を歩き誰もいないと知るや先程までの緊張感から解き放たれ押し殺していた恐怖心を吐露し、軽いノリで流す颯太に対し仮にも五箇伝の学長である雪那に嫌み混じりに反論するというのは勇気のある行動と言うよりは無謀に近い。それが如何に危険かという事をこの男は分かってないのかと思うレベルだ。

 

「ほんと、貴方は私をヒヤヒヤさせるのが趣味なのかしら?」

 

「すみません…」

 

振り替えると呆れ顔の江麻が二人の後ろに立っていた。

この言葉の意味は舞衣には姫和と可奈美を逃がしたことか、颯太が高津学長に噛み付いたことを言っているのだと思い半分位しか伝わっていないが、正体を知られている颯太には二重の意味でヒヤヒヤさせたのだと伝わり、肩を落とし飼い主に怒られた犬のように項垂れる。

 

「あの…事の重大さは理解しています!でも私は可奈美ちゃんとスパイダーマンさんを信じていて…っ!」

 

江麻に向かって自分が3人を見逃したことを弁明するが、その行動は彼等を信じているからこその行動なのだと真剣に訴えかける舞衣に対し、江麻は笑いかけながら近付き小声で話かける。

 

「彼等なら大丈夫よ」

 

その後はすかさず舞衣の横を通り過ぎるとスタスタと歩いていく。

その様子を見て何かがあると感づいてか少し後ろに着いていく舞衣、それに対し颯太は二人が無事に匿ってくれる人の所に辿り着いたのだと察し安心していた。

しかし安心も束の間

 

「ねえーねえー!」

 

陽気な挨拶を壁に寄り掛かりながら声をかけてくる颯太や舞衣よりは年下に見える子供、親衛隊第4席燕結芽だ。

 

「せっかく見つけたのに逃げられちゃったってホントー?」

 

「親衛隊の…っ!」

 

(げっ…!1番ヤベーのが来た…)

 

 

嘲笑うという訳ではないが陽気に、かつフレンドリーにニコニコと接して来る様子に一種の不気味さのようなものを感じ取るが親衛隊の一人が急に話しかけて来た事を舞衣が驚いている反面、スパイダーマンとして結芽と交戦し、その強さを直で感じ取った颯太は親衛隊の中で1番相手にしたくない相手が目の前に現れて恐怖心のあまり動揺したが相手に悟られないように冷静に振る舞うことにした。

 

「まぁでも仕方ないかー、クモのおにーさんも一緒だったなら一筋縄じゃ行かないよねー」

 

奇襲が成功し、万全では無く外部から手助けがあったとはいえ親衛隊から逃げおおせたスパイダーマンも一緒にいたのなら一人で相手取るのは無理な話だと理解はしているのか舞衣が彼等を逃がしたことは全く気にしていないようだ。

 

寄り掛かっていた壁から離れこちらに向き直り舞衣の方を見ると一瞬にして口が三日月のようにつり上がる。

その際に颯太はまた全身の毛が逆立つような感覚、スパイダーセンスが発動しこれから結芽が何をするのか想像が出来た。

 

次の瞬間結芽は迅移で加速し、帯刀していた御刀「ニッカリ青江」を抜刀しながら舞衣の首めがけて突っ込んでくる。

結芽が放った抜刀術の剣先が舞衣を捉えようとしたその刹那、

 

一連の動作を見ていた颯太は恐らく舞衣に斬りかかるつもりなのだと察知し明らかに正体がバレかねない愚かな行動ではあるが、つい体が無意識のうちに反応し力強く右足で踏み込みながら体を捻り、開脚しながら左足でニッカリ青江の鎬地の部分に向かって蹴りを入れる。(蛇翼崩天刃をイメージしていただければ)

すると蹴られた衝撃で軌道が明後日の方向に逸れる。

 

(あっ…やっちった…)

 

「「「!?」」」」

 

「うわぁ!何をするんだ!」

 

 

蹴り上げる瞬間までは目付きを鋭くし、真剣な顔だったが今自分が取った行動を把握した瞬間焦りを隠せない間抜けな表情へと一変する。

その後にわざとらしく尻もちをつき、ビックリした反動でたまたま蹴ったかのように振る舞っているが結芽は蹴りで軌道を逸らされたことに放心し、江麻は開いた口が塞がらないと言った状態だ。

斬りかかられるとは思っていなかった舞衣は結芽からの攻撃にも驚いたが颯太が目の前で蹴りで結芽の攻撃から自分を庇った動き、その反射神経を目の当たりにし、ここ数日で感じていたことが確信へと変わる。

 

(やっぱり貴方がスパイダーマンさんなんだね…)

 

 

元々攻撃を当てるつもりなど無かったが目の前のこんな一見冴えなくてどんくさそうな、クラスでも絶対に影の薄い陰キャのグループに属してそうな奴が自分の剣撃を察知し、御刀すら使えないただの人間が防ぐなど到底信じられなかったがこの反射神経、見覚えがある。

この時結芽の中にはある1つの結論へと辿り着いていた。

ーー楽しみが1つ増えた、今この場で誰かに言えば他の誰かがスパイダーマンを捕まえようとこの男を狙うだろう。だがそれでは自分がスパイダーマンを倒す時に邪魔が入る。簡単に終わらせてたまるものかと。

そしてスパイダーマンは自分が倒し、強さを証明する器に相応しいのか見極めるために結芽は大人しく御刀を納めると3人に背を向け反対側に歩いていく。

 

「ねえ、どんくさいおにーさん」

 

「へ?どんくさい!?」

 

後ろを向いたまま尻もちをついたままの颯太に声をかけ、どんくさいと言われたことが軽く心外だったのもあるが何もしてこない事に驚いている。

 

「私ってさーご飯食べるときって1番楽しみなのは最後に食べる派なんだよねー」

 

「え…?うん」

 

「そんでおにーさん美濃関だからクモのおにーさんとお友達だったりするのかなぁ?」

 

完全に正体が分かりきっているが敢えてわざとらしく颯太に向かって一見なんの変鉄もない話を振ってくる。

 

「ああ…何度か会ったよ、彼は親愛なる隣人だからね。今はそう簡単に会えるかわかんないけど」

 

こちらに背中を向けている結芽だがその背中越しから並々ならぬ闘争心が沸き上がって来ているのが分かる。

すると振り替えると年相応の満面の笑みで颯太に笑いかけてくる。

 

「もし、運良くクモのおにーさんに会ったら言っといてね!面白い人だね、気に入ったよ。倒すのは最後にしてあげるって!」

 

 

 

「…………………それまで他の子に負けちゃ嫌だよ」

 

無邪気な、まるで新しい楽しみを見つけた子供のように笑いかけたと思いきや突然冷えたように自分が倒しに行くまで倒されるなよ。と冷やかな笑みと声で語りかけてくる結芽にゾッとする。

正体に勘づきながらも敢えて放置されることに内心恐怖しているが後々強大な壁として立ちはだかるであろう少女が歩いていく姿をただ見送ることしかできなかった。

 

 

辺りはすっかり暗くなり夜になる。皆が寝たと思われる時間になり江麻と別れ、後で大事な連絡をすると言葉を交わして各々の宿舎へ向かおうとした矢先

 

「待って」

 

真面目な声色をした舞衣に制服の裾を掴まれ、引き止められる。

 

「な、何?柳瀬さん」

 

「大事な話があるの、ちょっと来て」

 

大事な話がある。おおよそ何を聞かれるか想像は着いていたため諦め半分で着いていくことにした。

しばらく歩き人気の無い建物の所につき、颯太が壁がある方に立つ。

 

「明眼、透覚」

 

視覚を変質させ肉眼で望遠、暗視、熱探知が行える明眼。聴覚を変質させ集音、ノイズカットを行える透覚という機械のレーダーよりも正確と評させる舞衣の技を発動させる。

 

「今、この数十メートル先に人はいない。そして、誰も聞いていない」

 

「で、こんな所で話ってどうしたのさ?」

 

今この近辺に自分達の会話を聞かれる可能性は無いことを判断した舞衣は明眼と透覚を解除する。

すると一瞬のうちに颯太に近付き両手を前に突き出し壁際まで追い込み逃げ場をなくし壁を両手で対象越しに触れ舞衣の顔と体が密着寸前な程近くなり、女子特有のいい香りが鼻をくすぐる。

一瞬何が起きたのか理解できずに頭が真っ白になるが颯太は今の自分の状況を整理する。

 

(えーと…僕は今柳瀬さんに話があるって連れて来られて、人がいないことを確認したと思ったら柳瀬さんが近付いて来たと思ったら………………僕壁ドンされとるやんけ!)

 

ようやく自分の状況を理解する颯太。そう、誤用であるが少女マンガやドラマで見られるシチュエーションのひとつ壁ドンをされて逃げ場を塞がれているのであった。

 

(あれ、でも壁ドンって普通男が女にやる奴じゃ……いやいや!柳瀬さんどうしちゃったんだ!?)

 

よくよく思い出して見ると壁ドンは男が女にやる物であるという認識を持っていた颯太はまたしても姫和に女子みたいな声と言われた時と同じくらい男としてのプライドにダメージを受けたが今は何故舞衣が自分に壁ドンを決行したのか、その方が気になってしまっている。

 

「や、柳瀬さん…どうしたの?」

 

「ごめんね榛名君。多分携帯のメッセージや電話だとはぐらかされると思って、こうでもしないと話してくれないと思って…本当に真剣な話なの。お願い、私の眼を見てしっかり話して」

 

友人ではあるが年頃の男子の理想の女子という風味な美少女である舞衣に壁ドンされるのは一種のご褒美と言えるが、もしかすると正体がバレるかも知れない状況だ。

素直に喜べるとは言えなかった。

 

お互いに顔と体が近くなり、中学生とは思えないとある部分が一瞬当たってしまい柔らかい感触が伝わった事に颯太は困惑しているが舞衣は気付いていないのか俯きながら謝罪した後に顔を上げて自分よりは背が高い颯太の眼を真剣に見つめる。

 

「………………あなたが、スパイダーマンさんなんでしょ?」

 

「……………………っ!?」(やっぱりか~)

 

舞衣はここ数日の颯太の様子を見て推測し、先程結芽から自分を庇った身体能力を目の当たりにして確信した。今目の前にいるこの少年は、妹たちを救い、友人を救い、先程は自分を助けた恩人スパイダーマンなのだと。

その事実を颯太に向けて突き付けていた。

 

 

「な、何を根拠に?どんくさい僕がスパイダーマンなんて無理があるよ!」

 

「確かに普段の榛名君はとてもスパイダーマンさんなんて思えない。でもね、ここ数日でだけど私、確信したんだ。あなたがスパイダーマンさんじゃないと説明がつかないことがあるの」

 

舞衣は両手を壁につけたまま話を続ける。

 

「御前試合の決勝の時あなたは休憩を終えた後に御当主様が出てきてから急に様子がおかしくなった、その後急にお腹が痛いってトイレに走り出した」

 

「ただ食べ過ぎただけだよ」

 

「でもお腹が痛いって言う割にはものすごいダッシュだった、中学生なら全国位は余裕で狙えそうな位の。

でもこの時点では特段気にならなかったけど入れかわったようにスパイダーマンさんが現れた、貴方がいなくなったタイミングで」

「そして、あなたは少し離れた所から見てたって言うけどスパイダーマンさんがいなくなった途端に現れて、いつもつけてる腕時計を着けてなかった。亡くなった叔父さんが買ってくれた物でいつもつけていたのにトイレから戻って来た時と私が取り調べから戻って来た時には外されてて、その腕時計はスパイダーマンさんの腕時計にすごく似てるの」

 

舞衣は颯太が腹が痛いと言ってトイレに猛ダッシュし、まるで入れ替わったかのようにタイミング良く現れた時点では疑う余地は無かったが、会場から出て各校で整列した時と舞衣が取り調べから戻って来た時にはいつも身に付けている腕時計をしていなかった事に違和感を覚えていた。

 

「多分荷物を調べられる前に何処かに隠したんだよね?そして、荷物検査が終わりあなたが無関係だと判断されてから回収して今は腕につけている。そして、こうも言ってたよねあんな凄い技って」

 

「前にも言ったけどあれは他の人に聞いたんだよ」

 

「じゃあ誰から聞いたか具体的に教えて」

 

「それは…ハリーだよ」

 

「じゃあ針井君に話したかどうか聞いてもいいかな?」

 

「それは………」

 

舞衣は自分の推理を説明しながら颯太の腕の腕時計に視線を送りながら荷物検査が終わり無関係だと判断された後に回収したのだと推理した。そして、なぜ会場にいなかったのに姫和が見せた一つの太刀を知っているのかを問いただす。

 

物凄く痛いところを突かれた。他の人に聞いたと言ったが具体的に誰かとは言ってなかったが他の学校の生徒が話している時に聞いたと言えば良かったが思わず友人であるハリーに聞いたと答えてしまい。完全に墓穴を掘った。

 

「それにまだあるよ。可奈美ちゃんと十条さんとスパイダーマンさんを追ってて私がスパイダーマンさんに拘束された時、あなたはまた入れ替わったように現れた。そして私に貼り付いた糸を剥がそうとしたとき一時間は溶けないって言った、こういう時ってどうやれば剥がせるか切断できるかって考えるのにどうして糸が溶ける方へと考えたの?」

 

「だってあれだけの吸着力と引っ張り強度だよ?僕じゃ切断は難しいと思ったし、あれだけの引っ張り強度の糸を生成するなら大体効果時間がそう長くはならない。大体一時間位だと思ったんだよ科学オタクだからね」

 

「そうなんだ…でもスパイダーマンさんは今の榛名君と同じ事言ってたよ。糸は一時間で溶けるって」

 

「あっ………」

 

「それはあなたが作ったから一時間で溶けるって知ってるんでしょ?………それに」

 

神社でスパイダーマンと颯太が言っている事が同じで糸が一時間で溶けるということをすぐに推測できたのは糸を作った本人だからということを突き付けると段々勢いが無くなって来ている。

 

「さっき燕さんの剣を防いだあの動き、眼にも止まらない早さだったし、一見驚いたら偶然蹴りが当たったかのように見えるけどやっぱり迅移している刀使の持っている御刀に蹴りを当てるなんてできないと思う。これでどう…かな?」

 

「はぁ………やっぱスゴいな柳瀬さんは…っていうより僕がマヌケ過ぎるのかな」

 

舞衣が更に追求しようと無意識のうちにさらに接近し顔は既に眼と鼻の先にあり、当たっていた胸は形を変えるほど密着していた。

ついに観念したかのように溜め息を付く颯太。すると真剣な顔つきになる。雲によって隠れていた月が徐々に二人の姿を照らし始め、春の終わり頃の優しい風が吹き二人の髪を揺らしている最中重たい口を開く。

 

「そうだよ、僕が……スパイダーマンだよ」

 

「やっぱり……そうだったんだね」

 

普段は冴えない少年であるが月明かりに照らされ、普段とは打って変わって多くの修羅場を経験した大人のようにも見える今の颯太の瞳を見つめながら真実を素直に聞き入れる舞衣。

これで正体がバレるのは3人目になってしまったが、ここまで決定的な証拠を突き付けられて、いやそれ以前に結芽の御刀を蹴った動きを見られた時点で隠し切れる訳ではないのだが。

 

自分がスパイダーマンだと明かした颯太の真剣な顔を見て嘘では無い事を認識した舞衣。しかし、落胆しているようにも驚いているようにも見えない。

颯太は自分のような冴えない陰キャだと評される男がスパイダーマンの正体だと知ってイメージと違くてがっかりされるのかと思っていたがそんな事は気にしていないように見える舞衣の心理を理解できなかったが先程まで真剣に話をするのに夢中になっていた為か1つ重要な事に気付く。颯太も年頃の男子だ、意識した途端に恥ずかしくなり頬を赤く染めながら舞衣から眼を反らしながら言葉を発する。

 

 

「あのさ、柳瀬さん。座って話そうか…その…近いし…当たってるから………」

 

「あっ…ごめんねっ!」

 

勢いで壁ドンし、問い詰める際に勢いで近付き過ぎて顔がかなり近く、そして体が密着してしまっていたことを認識した舞衣は恥ずかしさのあまり急いで体を離して俯いてしまう。

二人は少し気まずい空気の中誰もいないことを再度確認し互いに隣り合うように座り込み再び話を始めるのであった。

 

 




めっちゃ長くなりそうだと思い、二人がしっかりと問答するのは次に回しますぜ。

ヒスおばちょっとクール過ぎたかなぁという反省。


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第11話 友達

話が進む……といいな!今回も別にスパイダらないけども。
ある人を登場させることが決定しましたがあくまでゲストキャラ扱いで必要以上に出過ぎないように致しますのでご了承下さい。そんじゃ皆行くぜ。

余談:ps4版に初代のスーツがアプデで来ましたね、次はアメスパ版のが来るのでしょうか。
アメスパ1のはスタイリッシュ過ぎて別物感があると言われてましたが2のはコミックのデザインに近付けててスゲー良かったと思います。私は1のデザインも良いと思いますが(笑)


颯太は江麻に正体がバレた時と同じようにこれまでの経緯を全てを話した。

話を聞いている間舞衣の顔は真剣で、まっすぐに颯太の眼を見つめがら話を吟味していた。

 

「ごめん、ずっと黙ってて。確証もないのに力の話をして皆を混乱させたくなかったんだ。それに一歩間違えば皆を危険に巻き込み兼ねないと思って、それで…」

 

「ううん。私も同じ立場だったら誰にも言えなかったと思う」

 

颯太は皆を混乱させないため、そして刀使でも無いのにこんな超人的な力を持っている事を知ったら危険に巻き込むかもしれないと思いずっと秘密にしていた事を吐露し、徐々にしおらしくなっていく。

舞衣は責める訳でもなく自分も同じ立場なら誰にも言えなかったかもしれないと颯太の気持ちを汲んだ上で自分の考えを伝える。

 

 

「正直この力の正体は僕も分かってない。もしかしたら僕はもう既に人間じゃ無いのかも知れない。」

 

「それでも多分この力を得たのには何か理由がある。そして僕は選んだんだ。大いなる力には大いなる責任が伴う。力を持つなら覚悟がいるんだと思って、例え人間じゃ無くなって行ったとしても自分に何かが出来るかも知れないのに、何もしなくて、それで誰かが傷付いたら自分のせいだって思う」

 

力を手に入れて1年経つが未だに力の正体は分からない。10t以上を持ち上げる怪力、超人的な反射神経、そして高い耐久力。もはや自分は人間じゃないかも知れないと思ったこともあるが叔父の死を経験して、この力を私利私欲の為に使うのでなく自制して世の中の為に使い、自分のように大切な誰かが傷付いて泣く人が一人でも減るのならと今日まで戦ってきた。

 

 

「そうだったんだね…あなたはずっと一人で…」

 

 

「あーでも心配ないよ、学長が手を貸してくれてるから今は一人じゃないし」

 

自分の知れない所で友人が覚悟を決めて戦っていた事実をとても現実味な無い話であったが真剣なその様子からやはり現実なのだと再認識させられる複雑な感情が渦巻く舞衣。

しかし、凡ミスで正体がバレたものの今は江麻という味方がいる。今の自分は一人じゃないのだと舞衣を心配させないようにするがふと思い出したかのように話を切り出す。

 

「あのさ…その…正体が僕だと知ってガッカリしない?」

 

「え?」

 

颯太は舞衣から視線を外し、聞きにくそうに先程から疑問に思っていた素朴な疑問を舞衣に投げ掛ける。

その颯太の唐突な問いに対しどういう事なのか分からないかのようにキョトンとしてしまう。

 

 

「だって今は国家の敵だけど謎の覆面ヒーローの正体が冴えない陰キャだよ?ヒーローは大体ハリウッドスターみたいなイケメンとか軍需企業の社長みたいな人だからそんな感じのを想像してたのに実際はこんなんだったらガッカリしないかな…って」

 

颯太は舞衣には視線を合わさず俯きながら自信が無さそうにスパイダーマンの正体がイケメンでモテモテのかっこいい男でもなく、軍需企業の社長のように金持ちのセレブでもない冴えない陰キャの科学オタクで女子にもモテず金持ちでもないような自分がヒーローの正体だと知って仮に予想していたイメージと180°違くて落胆させたのではないだろうか。そうだったのなら申し訳ないなと思いそんな不安が渦巻いていた。

 

 

 

「榛名君…………顔を上げて」

 

「えっ?」

 

「えい!」

 

舞衣のいつも通りのトーンで顔を上げろと告げる舞衣の言葉に反応し、顔を上げた途端両手で頬を軽く横に引っ張られた。

 

「や、やらひぇはん!?(や、柳瀬さん!?)」

 

「あのね、私は全然そんなの気にしないよ。自分だって危なかったのに妹たちを火災から助けてくれたのも、飛んできた車から可奈美ちゃんを助けてくれたのも、さっき燕さんから私を庇ってくれたのは他の誰でもない、あなただよ」

「だから私はスパイダーマンさんの正体がイケメンのスターだとか社長さんとかだなんて全然気にしたことないよ。だって私が信じているのはあなたの、目の前の困っている人を助けようとするその心だから」

 

 

真剣な眼差しで颯太の眼を見つめ、語りかけてくる。

舞衣にとってスパイダーマンは恩人だ。妹たちを火災から救い、飛んできた車から可奈美を救い、2度も大事な人を助けてくれた事を心から感謝している。

そして、大きな見返りなど求めず困っている隣人を助けるのは当たり前だ、君達が笑顔でいることが最大の報酬だと言って親愛なる隣人として誰かの味方をするその心を信じたのだから。

 

正体がハリウッドスターのようなイケメンだとか軍需企業の社長などそんな事は関係無い。

今目の前にいる素は自己評価が低くて冴えない、それでも力に伴う責任と向き合いながら困っている人を助けてきた友人がスパイダーマンであるということ、その事が大切なのだから。

 

「……………………」

 

「だから私はあなたが正体だとしてもガッカリなんてしない。むしろやっと面と向かって言える。ずっとあなたに言いたい事があったの、聞いてくれる?」

 

軽く引っ張っていた頬から手を離し、颯太の手を両手で包みながら頬笑む。

その言葉に無言で頷き舞衣の瞳を見つめる。

 

 

「妹たちを、可奈美ちゃんを私の大切な人たちを助けてくれて、本当にありがとう。あなたは私の恩人です。例え皆があなたを信じなかったとしても私はあなたを、私の親愛なる隣人を信じます。この感謝の気持ちをちゃんと伝えたかったの…」

 

「柳瀬さん…ありがとう。その言葉だけで充分だよ」

「君達が笑顔でいてくれる事が最大の報酬だっていうのはさ、僕が少しでも頑張る事で誰かが泣かずに笑顔が守れるならそれだけで僕が頑張った価値があるってそう思えるからなんだって改めて実感できた」

 

舞衣は決勝戦の前に軽く話していた、いつかまた会ったら礼を言いたいという言葉が今実現した。

そして、その言葉を聞いて颯太は信じてくれる人がいるのなら自分はまた親愛なる隣人として頑張れる。

そして自分が危険を犯してでも誰かの笑顔が守れるならと、今目の前の少女の笑顔を目前にして自分が戦ったことにも価値があったのだと実感し感謝の言葉を述べ、手を握る二人の姿を月明かりが照らしていた。

 

「あ、でも私の事お嬢さんだとか言って撫でて子供扱いしたのはちょっと頂けないかなぁ」

 

握っていた手を離し隣り合いながら座って話していたら舞衣が唐突に同い年でありながら少し子供扱いされたことを少し口を尖らせて掘り返す。

 

「ご、ごめん。正体が僕だと思われないようにって言うか、なりきってる時はあらゆる感覚が滅茶苦茶鋭くなっててつい気持ちがハイになっちゃうって言うか…」

 

「それで普段とは全然違う感じになってるの?」

 

「うん、常に軽口を叩いてるのも沸き上がってくる恐怖心を誤魔化す為と敵の注意を引くとかそんな感じ」

 

「ふふっ…そうなんだ」

 

「な、何で笑うのさ?」

 

スパイダーマンになりきっている間はまるで別人のように明るいキャラになり気持ちがハイになっている為かつい年上のお兄さんのように接して子供扱いしてしまったことを説明すると舞衣はクスリと笑う。

 

「颯太君らしいなぁって思って親近感湧いちゃって、つい」

 

「えっ…?柳瀬さ」

 

「舞衣って呼んで。これまで針井君はハリーってあだ名で可奈美ちゃんは名前呼びで私は柳瀬さんって名字呼びでちょっと距離感じてたんだ…でも、もう私たち秘密を共有した、前よりもずっと仲好しな友達でしょ?だから…ね?」

 

これまでお互い名字呼びであったが唐突に名前呼びに変わったことを颯太は驚いているが舞衣は少し顔を颯太に近付けながら続けて友人達の中で針井はハリーというあだ名、昔から知っている可奈美は名前呼びであったが舞衣は今日まで柳瀬さんと名字呼びで他人行儀にも見えなくもない呼び方に少し距離を感じていたことを吐露する。

颯太の秘密を知り、スパイダーマンの人間味のある部分を知り親近感が湧いたことにより前よりもきっと強い絆で結ばれた友人になれると確信し名前で呼ぶことを提案してくる。

舞衣の真剣なその表情と向き合い、舞衣の翠色の瞳を見つめ一呼吸置いて口を開く。

 

「…………………分かったよ、舞衣」

 

「うん、颯太君!」

 

これまでの空いていた距離を埋めるかのように初めて名前を呼びあった二人はまた自然と笑顔になっていた。

この日、これまで柳瀬さんだった友人から舞衣という大事な親友の一人へと変わっていった。

すると舞衣は1つ思い出したかのように顔を赤らめて恥ずかしそうに聞いてくる。

 

「あのね颯太君、聞いていい?」

 

「どうしたの?」

 

「私の事鳥居に貼り付ける前に言ってたその…あの言葉…」

 

「あっ…」

 

『君はとても素敵だね、将来別嬪さんになるよ』

 

 

「あの言葉って本心?それとも隙を作るためのジョーク?…」

 

「あれは……その……」

 

可奈美と姫和を追跡していた際、自分に容疑がかかりにくくする為にスパイダーマンとして鳥居に貼り付ける前に隙を作るためとは言え真面目なトーンで舞衣に君は素敵だと容姿を褒めた事をあれは隙を作るためのジョークなのか、それとも本心なのかと年頃の女子中学生として気になるのか舞衣が問いかけてくる。

颯太は自分のあの時の口説くような言動を思い出し途端に恥ずかしくなって舞衣から視線を逸らすが覚悟を決めたかのように少し顔を赤く染めながら上目遣いで恥ずかしそうに舞衣を見つめる。

 

「僕は今日まで秘密を隠すために色んな人にたくさん嘘をついてきてどっちが本当の自分か分からなくなる事もあったけど、それでも僕は…」

「故意に人を傷付ける嘘は吐かないよう心掛けて来た。だからその……あの言葉は紛れもない、僕の本心…だよ」

 

「そう…なんだ…ちょっと恥ずかしいけど、うれしいかな」

 

今まで秘密を隠すためとはいえ常に色々な嘘を吐かなければならなかった。誰でも嘘は吐く。むしろ真実のみを口にして一生を終える人間もまたいないのであろうが颯太はあまりにも嘘が多すぎた。

だがそれでも故意に人を傷付ける嘘は吐かないように心掛けて来た為、舞衣を鳥居に貼り付ける前に放った言葉は隙を作るためのものであるが紛れもない本心で言ったのだと少しモジシモジしながら上目遣いで舞衣にその事を伝える。

スパイダーマンを年上のお兄さんだと思っていた時とは違い同い年の友人に面と向かって言われた時では恥ずかしさのベクトルは違うものの嬉しさもあってかまた赤くなってしまうが微笑む舞衣。

すると颯太の携帯にメッセージが届く。江麻からだ。

 

 

「こんばんは、今いいかしら?」

 

「学長からだ。ちょっとまってて、はい。大丈夫ですっと」

 

江麻に今何か用ができたのかメッセージを飛ばしてきた為いいですよと返信する。

 

「一先ず美濃関の皆の容疑は晴れたようよ。燕さんはあなたの事を誰にも言うつもりは無いみたいで本部ではあなたもシロだと思われてるわ。」

「そこで明日以降なら安全にこの折神家から脱出できると思うわ。二人を匿ってくれている人の住所と連絡先を後で教えるからその人が仕事から帰ってくる頃に合流してね」

 

「でも皆帰るのに僕はどうすればいいんですか?」

 

「学校には私の知り合いに話を通してあなたは以前から申し込んでいたインターンの研修旅行でそっちに行ったという事にしておくわ。そして、明日の午後にそこに行って代表の方にご挨拶してきなさい」

 

 

「了解しました。それで何処に行くという事になってるんですか?」

 

美濃関の生徒は皆無関係と判断されたらしく局の関係者であるハリー以外は全員が解放されるとの事だった。

そのため明日以降は折神家から脱出できると判断した江麻は後で二人を匿ってくれている美濃関の卒業生恩田累と合流するように指示を出してきた。

しかし、皆が帰るというのに自分はどうやって合流すればいいのか疑問に思って質問をすると、江麻はインターンの研修旅行でしばらく学校には戻らないという事にすると伝えた。

そして、明日の午後にその場所に向かい代表者に挨拶に向かうように指示されるが何処に行けばいいのか質問をすると。

 

 

 

「東京のスタークインダストリーズ日本支部、代表はあのトニー・スタークCEOよ」

 

「ええっ!?トニー・スターク!?」

 

「スタークインダストリーズって……あのっ!?」

 

そのインターンの研修先の会社の名前を聞いてこれ以上にない程の驚きを隠せない颯太と携帯の画面を覗いていた舞衣。

 

スタークインダストリーズ代表トニー・スターク。

 

軍事企業であるスターク・インダストリーズの社長であり、天才的な発明家でもある世界的にも有名な人物だ。

勿論科学オタクで機械オタクの颯太と亡き叔父拓哉も尊敬してる人物の為、驚きの反面嬉しさもあった。

舞衣は自分の父が仕事の関係で何度か会ったことがあると聞いていたが流石に学校の学長が知り合いだというのは驚いている。

 

この人物は10年前アフガニスタンで新兵器のテストの際にゲリラに拉致され、天才的物理学者のインセン教授と共に兵器開発のふりをしながら、自身の心臓のペースメーカーとなるパワードスーツを作り上げ、インセン教授を失うもののパワードスーツでゲリラたちを一蹴、母国へ帰還。

その後、自身のこれまでの過去を振り返ってからは、軍需産業からの撤退を決定し、パワードスーツを身に纏ったヒーロー「アイアンマン」としての活動を始めたという経歴を持ち、影では日本を支援する為にS装備の開発にも1枚噛んでいるという噂もあった。

 

 

何故そのような人物が自分達の学校の学長と知り合いなのか、そもそも何故自分をインターンの研修生として採用したのか疑問が尽きない颯太だが、続けて来たメッセージに目を通す。

 

「驚いているかも知れないけど向こうはもうあなたの事を知っているわ、渡したい物もあるみたい。向こうは多忙で夜には日本を発つそうよ。あまり長居したり話で盛り上がったりして先方に迷惑をかけないようにね。詳しい事は明日話すから。それではおやすみなさい」

 

「学長ってほんと何者なんだ……」

 

「さ、さぁ…」

 

困惑する二人、しかし携帯の時間を見るとそろそろ寝た方がいい時間だと気付く。

 

「そろそろ戻ろうか。遅いし」

 

「そうだね、ちょっと色々と整理したいから」

 

颯太が宿舎に戻ることを提案すると舞衣も戻ることを賛成する。

すると、しばらく歩くと1つ聞き忘れていた事を思い出す。

 

「そういや、舞衣はどうするの?これから」

 

「えっ?できれば私も可奈美ちゃんが心配だから着いていきたいけど…でも呼ばれてるのは颯太君だけだし…」

 

「美濃関に戻ってもいいよ。これ以上ここに縛られる理由なんか無いんだし。僕が可奈美達と合流すれば心配ないさ」

 

疑いは晴れた以上ここに拘束される理由も無い上に家柄の事もある。正体を明かしてしまったがこれ以上は危険かも知れないと思い美濃関に戻ってもいいと言うと舞衣は

 

「ごめんね、それはイヤなの。正直自分に今何が出来るかなんて分からない。でも皆が色々と動いてるのに何もしないなんて……」

 

「でも君を巻き込みたくない」

 

皆が自分の知らない所で色々と動いているというのに自分は何もしないという事を悩んでいるようだった。

颯太は巻き込みたく無いという意思を伝えると舞衣は少し怒った顔で颯太に詰め寄り反論してくる。

 

「去年のあのときもあなたは一人でそうやって一人で解決した。そして今までもあなたはずっと一人で戦ってきた。本当は去年のあのときも私は友達として力になってあげたかった、でもあなたは一人でずっと先へと進んでいた。そして、今は可奈美ちゃんも前に進んで行ってる」

 

去年の事、力を手にする前の颯太は今は打ち解けて友人のガチムチ3人組にいじめられていて力になると約束したが力を手にして一人で解決してしまった。そして、スパイダーマンになって以降は誰にも言えずに一人で戦っていた事実を知り、可奈美もまた自分の意思で前に進んでいるという事を神社の時に実感した。

 

「私、友達なのに…っ!何も出来てない。でも、どうすればいいのか分からないから苦しいの…」

 

「舞衣…………」

 

自分は今何が出来るのかが分からず、友人達に何ができるのかが分からず悩み、悔しさで涙を流し肩が震える舞衣。

舞衣の涙を見てどうすればいいのか困ってしまったが泣いている女の子が目の前にいるのに何もしないなんて男じゃない。こういう時どうすればいいのか…これでいいのか分からないが今自分が思い付く精一杯の誠意を持ってぶつかるだけだ。なら…

 

 

「颯太君?」

 

「約束する。絶対に二人に辿り着いて、何もかも終わらせて必ず生きて君の所に帰る。だから信じてくれ、僕を…スパイダーマンを、そして可奈美を…っ!」

 

「…あーでも…リスクも少なくて、もしやってくれたらすげー助かることが一個あるんだけど…聞く?」

 

「えっ…うん。勿論!」

 

颯太は舞衣を落ち着かせる為、そして泣き顔が見られないように自分の胸に顔を埋めさせ軽く抱き締めつつ頭を撫で耳元で囁いていた。

そして、誓う。必ず可奈美と姫和に辿り着き折神紫の野望を阻止して生きて舞衣の元に帰って来ていつもの日常を取り戻すと。

だから親愛なる隣人スパイダーマンを、そして親友の可奈美を信じていて欲しいと告げるとその言葉を聞いて舞衣の方も少し落ち着き颯太の体へと手を回し抱き合う形へとなる。

しかし、舞衣の自分達の力になりたいという想いを尊重したかった為、1つだけリスクが小さく思い付いた事があるため提案すると乗ってきた。

 

 

「オッケ、でも会話を聞かれるとマズいからこの体勢のまま君に耳打ちする形で話しかけるよ、いい?」

 

「うん。大丈夫」

 

会話を他の誰かに聞かれ無いように抱き合った状態のまま耳打ちする形で小声で会話する両者。

 

「多分学長も基本的にモニター室にいるからかなり長時間監視されてる事になるから多分僕に敵の情報や捜査の進行状況を伝えるのは難しいタイミングがあると思うんだ」

「だから舞衣には出来る限りで良いから安全な所からそれをこっそり僕に教えてくれるとマジで助かる。むしろこっちの方が助かる」

 

 

「分かった、こっそり向こうの状況を教えればいいんだね」

 

「うん。でも安全だと判断できるタイミングでいいから」

 

「分かった、これで可奈美ちゃんとあなたの力になれるんだね」

 

恐らく美濃関の学長として捜査に協力するためにモニター室に長時間拘束されなければならないため安全に颯太に情報を送るという事はかなり難しい。

なら、あくまで一人の生徒でしかない舞衣ならばマークされる可能性は無くはないが低いと考え、確実に安全だと判断できた時に捜査の進行状況や敵の情報を送るという事を提案した。

むしろ、逃亡生活で敵から逃げるのであれば一緒に行動するよりも情報を送ってくれる方がありがたい。

舞衣は話の内容をすぐさま理解し、承諾すると友人達の力になれる。自分にも出来るかもしれない事を見つけ嬉しいようだ。

いまだ両者とも抱き合ったままだがこれ以上は聞かれてマズい内容は無いため耳打ちする程近付いていた距離から離れて見つめ合う。

少し前まで泣いていた為か少し眼が赤いが既に泣き止み涙の後が渇いている。そして互いに笑顔を向ける。

 

「うん、充分過ぎる位」

 

「そっか」

 

二人にそういった感情は無く泣いてしまった友達を慰めて抱き締めた友情のハグでしか無いのだが深夜で星と月も出ている綺麗な夜空であるため変にロマンチックに見え、そして少し顔が近く端から見れば誤解されかね無い光景だ。

そして見事にその瞬間が訪れる。

 

「あー!どんくさいおにーさんと美濃関のおねーさんチューしようとしてるー!」

 

「コラ結芽ちゃん!遅いんだから大声はマズいって…お、お前らいつの間にそんな関係に…?」

 

かなり離れている所から子供の大きな声が聞こえて来た。慌てて体を離して振り替えると結芽がイタズラ染みた顔で茶化すようにニヤニヤと笑いながら颯太と舞衣を指を指していた。嫌がらせというよりは偶然通りかかったら姿が見えてわざとらしく茶化しに来たに近いようだ。

すると結芽の後ろから竹刀を担いだハリーが走って来て深夜にも関わらず大声で騒ぐ結芽を叱咤する。恐らく道場で一緒に剣術での立ち会いに付き合っていたのだろうか、そしてついでに遊び相手にでもなってあげていたと考えられる。

しかし、二人が抱き合っている姿を目撃して二人がいつの間にそんな関係に発展していたのかと誤解している。

 

「「いやいやしてないし、なってないから!誤解の無いように!」」

 

「ハハハ息ピッタリー!」

 

慌てて二人でそんな関係では無いことを説明するが一言一句同じように否定した為、更に結芽の笑いを誘ってしまう。

 

「そ、そうか颯太。俺はてっきりお前は衛藤が好きだと思ってたんだがな…まあ心配すんな!俺はお前らの事応援すっから!」

 

「だ、だからそんな間柄じゃ……!」

 

「…………………………………」

 

完全に誤解しているハリーは二人のことを応援するからと言ってウィンクしながら親指を立てているが恥ずかしさが増していく二人。

颯太は諦めずに否定しているが完全に恥ずかしくなってしまった舞衣は赤面したまま俯いている。

 

 

「うるさいぞ君達!今何時だと思ってるんだ!早く寝ろ!!」

 

「うわー!真希おねーさんが怒ったーwww」

 

大声で騒いでいる様子を聞き付けたのか真希が乱入して来て4人を叱咤して諫める。

確かにこのような時間に外で騒ぐのは他の者の迷惑になるため真希の行動の方が明らかに正しい。

しかし、結芽はあまり反省した様子は見せずにすぐさまどこかへ去っていった。

 

帰る最中、舞衣と颯太はハリーに可奈美の事が心配で不安そうだった舞衣を落ち着かせる為にやった事で別にそういった関係では無いことをしっかりと説明すると理解したようで誤解を解くことに成功しそれぞれの宿舎に戻って行った。

 

 

 

 

寝室に着いて夢の中

 

「お前は………阿呆なのか?隣人よ」

 

「うっさいなぁもう!分かってるよ軽率だった事くらい」

 

夢の中でいつも現れる赤と青の巨大な蜘蛛が現れ、現世での颯太の行動を見ていてあまりにも不注意な点が多く正体がバレてしまう行動や先程までの流れを見て呆れていた。

 

「まぁお前は俺の言った通りスパイダーマンとして重要な決断をし、選んだようだがこれからどうする?」

 

「どうするって、可奈美と十条さんに合流して折神紫を止める。それだけじゃん」

 

確かに御前試合の前日、鎌倉でスパイダーマンとして重要な決断を迫られると言われ実際その通りになり、今は国家の敵スパイダーマンだ。

行動を否定するというよりかはこれからどうするのか知りたいようだ。

勿論スパイダーマンとして紫を止めるというのは舞衣や可奈美、そして姫和にも言っている事で当たり前のように返すが

 

 

「そうではない。お前は親愛なる隣人から国家の敵へと成り下がった。奴等はお前を捕まえるために最悪お前を殺す気で来るぞ。お前はそんな奴等と戦えるのか?」

 

「勿論だよ。国を敵に回してでも僕は折神紫をどうにかしなきゃならない。その道中に僕を潰すために出てくる敵だって現れるさ。でも僕は戦うって決めたんだ」

 

「お前は………もし、相手を救うことなど不可能で相手を殺さなければ誰かが死ぬかも知れない状況でお前は敵を切り捨ててでも人を救う覚悟はあるのかと聞いているんだ」

 

「えっ………?」

 

「早い話折神紫がそうだ。荒魂が取り付いているとはいえ体は人だ。奴を止めるという事は奴と対峙した時に荒魂とは言え紫を殺すことになる。人がいつでも選んできた道だ。千を救うために一を切り捨てる覚悟はお前にあるのか?」

 

「それは………」

 

これまで分かってはいたがその時になるまで考え無いようにしていたデリケートな部分について触れられた。

確かに紫を止めなければ大変な事態になることは確実だ。

だが、荒魂に取りつかれているとは言え体は人だ。

もし、紫を止めるためにその荒魂ごと紫を倒さなければならないという事は紫の命を奪わなければならない可能性もあるという事だ。人々の平和を守るため、一人を犠牲にしなければならないのかとこれまでに無い選択を迫られている。犯罪者のようにただ捕まえればいいという訳ではない、その事実を突き付けられ言葉が出なくなってしまう。

 

「その事を考えておけ、お前はこれまで力を人を救う為に使ってきた。だが、折神紫…人に取り付いた荒魂を討つという事は人を救う為に相手を殺すという事だ。その事を忘れるな」

 

 

「………………」

 

 

「まあ少し意地悪をしたな。ゆっくり考えるといい」

 

そう言うと目が覚めて朝の光が部屋を照らしている。

これまで人を救う為に力を使ってきた、その為この力で相手を殺した事は未だに一度もない。

だが、これからの戦いは人々を救う為に一人を殺さなければならない可能性もある。

この力は強大だ、だからこそ一歩間違えば人殺しの道具にだってなる。覚悟は既に決まっていたと思ったがその事実を突き付けられ一瞬迷ったが拳を握って呟く。

 

「分かってるさそれくらい……でも、僕はスパイダーマンだ。僕のやることは変わらない。人を守るために人に化けた荒魂を倒すのが許されないのなら許されないまま前に進むさ」

 

「もう後戻りは出来ない。約束したんだ、必ず帰るって……戦って人に化けた荒魂を倒す事が罪だっていうなら僕が背負ってやる!そして、それ以外は討たない、それが僕の覚悟だ……でももし仮にそれ以外の選択肢があって誰も死なないならそっちを取りたいなんて思う僕は甘ちゃんなのかな…」

 

そう呟くと充電が完了したウェブシューターをリュックに積め、寝る前に済ませておいた出発の準備で忘れ物が無いかを確認し、美濃関に帰る皆を見送る為に部屋を出る。




距離が縮まったように見えるだろう?確かにそうですがこれは友達グループで若干距離があった奴と二人きりで話したり遊んだりしたらめっちゃ仲良くなるアレです(雑)だから現時点での二人の感情は友情です。友情ったら友情です!


とりま夜見ちゃん誕おめ


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第12話 出発

恐らく今年のラストになるでしょう。お、思ったよりも長くなっちまったぜ

とりまついに原作キャラとの絡みを増やすためにとあるヴィランを出すぜ(自己解釈があったり元ネタのヴィランが好きな人には申し訳ない)

初手国辱は基本。


折神家駐車場にて

 

颯太と舞衣は容疑が晴れバスで学校に帰る皆を見送る為に駐車場を訪れていた。

他の学校の生徒も同様で平城、綾小路、長船も同様だ。

しかし、鎌府の生徒達は学長の雪那から捜査に協力するために命令を受け出払っているようだ。

 

「可奈美、まだ見つかって無いって」

 

「美濃関に帰ったら何か進展あるよ」

 

「舞衣と針井君と美炎は残るって、ていうか榛名君こんな時にインターンって…可奈美のこと心配じゃないのかな…」

 

「仕方ないよ、前から申し込んでたのがいきなりになったみたいだし。場所もスターク社だよ?無理もないって」

 

 

可奈美の行方を心配する友人達の中には安否を心配する

声や颯太がインターンでしばらく帰らない事を少し不思議に思っている者もいるようだが場所が場所であるため仕方ないかと納得しているようだ。

 

「皆帰るんだ…」

 

「仕方ないって、疑いも晴れたしこんな所にずっといたら中高生なら息が詰まると思う」

 

二人が会話をしていると少し離れた所に停めてある車に鎌府の一人の生徒が乗り込もうとしている。

感情表現に乏しく、無表情の白髪の少女、糸見沙耶香だ。

 

(確か大会に出ていた鎌府の代表の人だっけな、ていうか何でこの子は別行動なんだ?)

 

「あの子………鎌府の…」

 

「確か可奈美の1回戦の相手の人だったよね」

 

「うん。確かその筈」

 

舞衣も鎌府の生徒が一人だけ別の車で別行動なのが気になったのか視線を向けて呟いていた。

 

「HEY、レディ柳瀬!」

 

後ろから片言で声をかけられ振り返る。

見たところ二人の少女だ。一人は長身で外国人と言った風貌に明るくてフレンドリーな雰囲気を纏っている。

もう一人は一見小学生にも見えなくもない小柄にピンクの髪にツインテールの少女だ。

しかし、他の生徒達と違い長身の方は薄手の半袖Tシャツにつばの広いチューリップハット、さらに小柄な方はサングラスに体に浮き輪を持っている。これからバカンスにでも行くのだろうか。

 

(えっ……?この時期に海?寒くね?)

 

颯太は二人の格好に驚いた。温水プールならまだしもまだ5月の海だ。普通に寒いのではないだろうかと心の中で思ったが口に出さない事にした。

 

「えっと、貴方達は長船の?」

 

「古波蔵エレンデース!こっちは薫!」

 

「益子薫」

 

「そちらのボーイは?」

 

「あっ美濃関学院中等部2年の榛名颯太です」

 

 

長身の少女は古波蔵エレン、小柄な方は益子薫と名乗り自己紹介をしてきた。そして、何者か尋ねられた為颯太も自己紹介する。

 

 

「なあ、お前らの地域って美濃関だよな?町でスパイダーマンに会ったことあるか?」

 

「「えっ?」」

 

薫が無表情のまま、しかし多少興味アリげな口調で二人にスパイダーマンに会ったことがあるかと聞いていた。

 

「一応…ありますけど」

 

「僕も数回ほど…」

 

スパイダーマンに会ったことがあるかとと聞かれ、一瞬顔を見合わせる颯太と舞衣だが視線だけでここは会ったことがあると答えようとアイコンタクトをしてすぐに薫へと向き直る。

今目の前にスパイダーマン本人がいるのだが正体をバラす訳にはいかない。一般人らしい回答を心掛けなければ。

 

「そうか……いいなー俺も会ったら握手してもらいたかったな…」

 

「薫は特撮ヒーローが好きデス!なので、ご当地ヒーローのスパイディのファンでもありマス!」

 

「そ、そうなんですね……でも今は追われてる身だろうから会っても握手は難しいと思いますよ」

 

「だよな、でも俺はヒーローに悪い奴はいないって信じてんだよ…っていうかお前の声どっかで聞いたことあるな、どこかで会ったか?」

 

「そう言えば最近聞いたような感じがしマス…」

 

「こ、声が似てる人なんて世の中に何人かはいるでしょうし、気のせいじゃないでしょうか…」

 

「だな。まあお前みたいなナヨっちそうな声はそうそう聞かなそうだけどな」

 

「薫!失礼デスヨ!」

 

「は、ははは…」

 

薫はめんどくさがりでありながら刀使を志したのは特撮ヒーローが好きだからだという程のヒーロー好きらしくご当地ヒーローのスパイダーマンにも会ったら握手してみたかったらしい。

颯太は今目の前にスパイダーマンがいることは黙っているが普通に町で会ったのならちゃんとファンサービスして握手していただろうと心の中で軽く謝罪する。

しかし、エレンと薫は何となく颯太の声を聞き最近どこかで聞いたことがあるような気分になっているが気にしない事にしたようだ。

薫の発言をエレンが咎めるがナヨっちいと堂々と薫に言われ軽くショックを受けたがここ最近で女子みたいな声と言われたり、男でありながら女子に壁ドンされたりで男としての自信が無くなって来てか多少慣れてしまってか渇いた笑いが溢れる程度でダメージは少ない。

 

 

「そして、任務ご苦労様デシタ!お友達の事心配でしょうけど落ち込ま無いデ!」

 

「は、はい…」

 

「ご挨拶できて良かったデス。私の両親と貴女のパパはお仕事のパートナーデスので!」

 

「父と?」

 

思い出したかのように嵐のような勢いで馴れ馴れしくフレンドリーに接してくるエレン。

どうやら親の仕事の関係で舞衣に挨拶をしに来たのだろう。

 

「あの、そんなバカンスみたいな格好でどちらに行かれるんですか?」

 

「ワタシ達やっと自由になりまシタ!これから湘南でバケーションデース!」

 

「絶好の海日和だ」

 

先程から気になっていたバカンスにでも行くような軽装姿が気になりどこかに行くのかと尋ねるとエレンにはバケーションだと嬉しそうに返され、薫は淡々と海日和だと答える。

 

「ねー!」

 

「うおっ!」

 

「それ荒魂じゃ…っ!?」

 

薫の頭から生えてきたかのように茶色の毛色に麦わら帽子を乗せた緑色の尻尾、ハムスターよりは大きい、子犬程の大きさのかわいらしい生き物が現れる。

舞衣は見た瞬間に判断できたようだ。

 

「こいつは俺のペットだ」

 

「ねねは薫の友達デス!」

 

確かに荒魂を感知した時の反応、手が軽く震えたが毛が逆立ってはいない。このような反応はこれまで見たこと無いが恐らく危険ではない。それに荒魂特有の穢れが感じられない。

妙な安心感を覚えるがねねと呼ばれた荒魂は緩み切った表情をしながらある一点を見つめていた。

 

舞衣の胸だ!(迫真)

 

とても中学生とは思えない程の、大人にも匹敵する大きさの舞衣の胸を凝視しているのを確認できた。

その事で昨晩壁ドンされて詰め寄られた時などに当たったあの柔らかい感触が一瞬フラッシュバックするが首を横に振りかき消そうとする。

 

(えっ…!?マジかコイツ!舞衣の胸を凝視してやがる…っ!あっそう言えば昨日壁ドンされて密着した時、すっげえ柔らかかったな…って何考えてるんだ僕は!まるで僕が変態みたいじゃないか!)

 

思春期の男子中学生なら女体に興味があるのは普通だが、先日密着した際に軽く体に触れたことを思い出すと途端に恥ずかしくなって来てしまう。

 

そして次の瞬間

 

「ねー!」

 

その掛け声を合図にノーモーションで薫の頭からミサイルのように飛び出し、舞衣に向かって飛び付こうとするが主人である薫に尻尾を捕まれ空中でジタバタともがいている。

 

「行くぞ」

 

既に見慣れた光景なのか薫はねねの尻尾を摘まみながら淡々と言い放ち、帰りの車が停車している所へ戻っていく。

 

「see you!マイマイ!ソウタン!」

 

「マイマイ…?」

 

「ソウタンって…」

 

エレンは元気よく二人にあだ名をつけて手を振りながら薫と並んで車に戻っていくが慣れないあだ名を付けられて困惑していると後ろから聞き慣れた声をかけられる。

 

「よっお二人さん」

 

「ハリー」

 

「針井君」

 

栄人が美濃関の帰る生徒達を見送る為に少し遅れて駐車場にやって来た。父親からの言い付けで捜査に尽力している為か基本的に捜査本部にいるか、詳細が分からない所を出入りしているが合間を縫って抜け出して来たようだ。

 

「しっかしお前こんな時にインターンって急だな。まぁお前だって辛いよな衛藤が捕まったらどうなるか正直分からないし、そんな所見たく無いよな…」

 

「うん…」

 

「まぁ、俺も正直辛いさ。友達が捕まるだなんて、でも父からの命令だから協力しなきゃいけないなんてすごいジレンマだよ…」

 

「針井君…」

 

後で可奈美と合流する予定の颯太は友人の栄人にも嘘をつかなければならない罪悪感を覚える。

栄人も可奈美の事を心配しているが自分は家の関係で捕まえる立場にならなければならない事を自嘲気味に呟いている。

 

「やっぱりお前、行っちまうのか?」

 

「うん。前から申し込んでたし」

 

「そっか、俺はお前にいて欲しかったんだがな…」

 

「えっ……?」

 

針井が名残惜しそうに真剣な顔で颯太の肩に両手を置き、お前にいて欲しい等と言い放った為颯太は一瞬栄人の発言に少し照れてしまった。

 

 

「いやさぁここに俺と歳が近い男なんてお前だけだぞ?男の職員の人もいるけど歳上ばっかで本部も女性ばっかで息が詰まるって」

 

「いや、君女子にモテるじゃん。それに親衛隊の人達と親しそうだし、昔から知ってる人もいるんだろ?昨日だって燕さんの面倒見てたみたいだし」

 

 

「いやいやいや!物には限度があんの!姐さんは昔から知ってるとは言え父の仕事の関係者だから馴れ馴れしく出来ないし、他の人達と話す時もスゲー気を遣うんだぞ!辛いわ!」

 

確かに管理局の男性職員は皆見た所成人を越えている上に女性職場と言っても差し支えない程女性も多いため同年代の男子がいるというのはどれだけ心強いだろうと心中は察する事ができる。

そして、今は針井グループの代表として捜査に協力している立場であるため相応しい振る舞いが求められる。敬語は良いと言われた結芽以外には堅苦しい畏まった態度で接しなければならない事に多少疲弊しているようだ。

 

「まぁ、でも柳瀬や安桜もいてくれるから心強いけどな」

 

「そ、そう?」

 

「ああ勿論。今はあんまゆっくり話せないと思うけど友達がすぐ近くにいてくれるってのは頼もしいもんさ、衛藤の事心配だろうけど、仮に衛藤が捕まっても俺が父に土下座してでも罪を軽くするからよ!」

 

真実を何1つ知らずただ命じられたまま捜査に協力している栄人に罪はないが、紫の正体を知っている二人は可奈美が捕まったら命が無い可能性があるため安心できなかったがその事を伝える訳にもいかないため胸が苦しくなってしまう。

 

 

「あー、俺そろそろ戻んないと。午後から出発だっけ?インターン頑張れよ!何もかも終わったらまた皆で遊ぼーや!」

 

そろそろ休憩の時間が終わるのか駆け足で戻っていく栄人を見送る二人。

その走り去っていく後ろ姿からは大企業の跡取りとしての責務を背負い友人を捕まえる葛藤を抱え、肩が重くなっているようにも見え、このままどこか遠くへ行ってしまうのでは無いだろうか。そんな危うさも感じられた。

以前からそうだが柳瀬グループの長女として育ってきた舞衣には何となくだが栄人の大変さを理解できなくも無いため同時にシンパシーを感じていた。

また皆で遊べる日常。取り戻さなくてはな、と颯太は拳を軽く握る。

 

午後になり、颯太が出発する時間となった。

 

折神家正門の前で江麻と舞衣に見送られて出ていく所だ。

 

形式上のインターンの研修先のスタークインダストリーズ日本支部の場所、可奈美と姫和を匿ってくれている累の住所と連絡先を渡され後は電車で東京まで行きスターク社に行き、代表のトニー・スタークに挨拶に行く。

 

「頑張って行ってらっしゃい、今更だけどくれぐれも無理はしないでね」

 

「颯太君、可奈美ちゃんをお願いね」

 

「勿論だよ。舞衣」

 

江麻は生徒に危ない橋を渡らせる事を苦しく思いながら生徒の力になろうと颯太を送り出す為に激励をする。

舞衣は真剣な顔で颯太の瞳を見つめ、可奈美の事を頼むと伝える。

颯太は最初からそのつもりであるため舞衣の瞳をしっかりと言葉に力強く。

 

直後に舞衣からクッキーの入った袋を渡された後は駅まで駆け足で走っていく姿を見つめる二人は颯太と可奈美、そして姫和の無事を願いながら姿が見えなくなるまで見送っていた。

駅へ向かう最中颯太の横を1台のバンが通る。車の中では手錠をかけられミリタリージャケットを纏った無精髭を生やした西洋人の中年といった男性が複数の御刀を武装した刀使の監視と筋骨隆々の管理局員に囲まれて護送されていく。

西洋人の中年の男がふと窓の外から見えた颯太を見て違和感を覚える。

 

(あのガキ………妙に手慣れた足取りだな、ただのガキにしちゃ洗練されてる。まぁいいか、ちいせぇ島国に送られて何が何だかと思ったがもうすぐ始まるんだ…とんでもねぇ規模の戦争がなぁ)

 

男はすれ違った颯太の多くの修羅場を潜ってきたような足取りに違和感を感じたが今回の仕事はうまく行けば一獲千金だ。これから始まる戦いに血潮がたぎるのを感じ口元を吊り上げていた。

 

 

とある管理局の一室。

 

犯罪者との面会室に使われる部屋にガラス1枚を隔てて一人の男が手錠に繋がれた男が椅子に座らされ、妙な真似をしないように監視の刀使が数名隣に立ち、男が暴れても対応できるようにしている。

それと向き合うように栄人、真希、寿々花が立ち会い緊迫した空気が流れている。

 

「名前はエイドリアン・トゥームス、45歳。元落下傘部隊の隊長を務めた優秀な軍人だが数々の問題行動を起こした末に軍を追い出されその後は傭兵として各地の戦場を渡り歩いたか……針井、こんなのが本当に適合者なのか?」

 

「ええ、信じがたいですが我が社のサポートAIの計算によると新しく完成した対飛行型荒魂用決戦装備『ヴァルチャー』のテストパイロットには最も適した人物だと判断されました」

 

目の前の経歴を読むだけで危険以外の何者でもない男が新装備のテストパイロットに適している事を疑問に思う真希は連れてくるように指示をした栄人に質問を投げ掛ける。

針井グループの装備開発のサポートAIの計算によると完成した新装備のテストパイロットには最も適していると導き出された為、針井グループの財力を使って見つけ出しトゥームスには莫大な報酬金を出し衛藤可奈美、十条姫和、スパイダーマンの捕獲の協力を依頼した。

傭兵であるトゥームスは大金さえ出せば仕事を請け負う性分の為二つ返事でOKし、現在に至る。

 

 

「なぁ坊っちゃんよぉ、クライアントはアンタなんだから俺の新しい商売道具の説明をしてくれや、ついでにそこの嬢ちゃんたちにもな」

 

痺れを切らしたトゥームスが栄人に対し、早く装備の説明をしろと要求してくる。確かに呼び出しておいて何の説明も無いのは失礼だと思い装備の説明を真希と寿々花の前で行う。

 

携帯のディスプレイから映像を壁に投影し全員に見えるように拡大する。

すると画面にバックパックに巨大な翼の生えたウィングスーツ、脚部に鳥の鍵爪を模した機械製の爪を付け武装が移し出される。

 

「対飛行型荒魂用決戦装備ヴァルチャー。ノロを動力源とし装着者の身体能力と耐久力を上げつつ本体に取り付けられた一対の操縦桿を握って操作し、背部のジェットエンジンと、ティルトローター式のタービンエンジンを搭載し高い可動性を持つ機械製の両翼の働きで安定して空中を飛行できます。後に量産化して高所での救助活動にも使用できる事を想定しています」

 

「なるほど、確かに飛行型を逃がすと二次被害に繋がりかねないからな、刀使に装備させることができたら画期的だと思う。だが、なぜこの男がテストパイロットに選ばれたんだ?」

 

「もしかして、操縦には技術がいるため空中を飛行する訓練を行う必要があるということかしら?」

 

「はい、飛行する機能に比重を置いているため従来のS装備より身体能力・耐久力の上昇は控えめであるため稼働時間は圧倒的に長いですが、実際にテストを行うのであれば空中での飛行になれている者が適していると打ち出された為彼が選ばれたらしいです」

 

装備の説明をされ、どのようなスーツなのかを大方把握した真希と寿々花。

しかし、やはりトゥームスが選ばれた理由が気になる真希は栄人に質問をする。

反面、寿々花はこのような装備を使用するには空中を飛行する訓練を行う必要があるのでは考えていたがその通りのようだ。

トゥームスが選ばれた理由はかつて落下傘部隊に務めていた事や、傭兵に転職して以降もタイプは違うが空中を飛行する装備への扱いに精通していると判断されたからだ。

 

 

「なるほどな、話は分かったが坊っちゃんよぉ。獲物の潜伏先が分からねぇのはしゃーねえが俺はいつまで待たされりゃいいんだ?」

 

「許可が降りれば出撃命令を出す。その時に出向いてくれ、S装備に近似した装備をつけているとは言えお前の体は人間だ。刀使2名とスパイダーマンを相手にするのは厳しいだろうから空中から牽制して親衛隊の人達の援護をしてくれれば問題ない」

 

トゥームスは日本に来てからすぐに手錠をかけられ常に監視されている上に基本的に待機を命じられている為その不自由な扱いに不服そうに問いかける。

雇い主である栄人は紫から出撃の許可が降りれば出撃させると説明する。

そして、いかにパワードスーツを着ていようが基本スペックは人間であるため、いくら元軍人で並の人間よりは遥かに強いとしても刀使2名とスパイダーマンを同時に相手取るのは厳しいと考えている栄人は一応トゥームスの安全を気遣って無理なく援護に徹すればいいと受け流す。

しかし、トゥームスはその言葉が勘に障ったのか挑発的に笑いかけ3人を煽ってくる。

 

「おいおいそんな悠長に構えてていいのかぁ?傭兵に頼むにしちゃ随分と弱気な仕事だな。敵さんの居場所が大体分かったら周辺でドンパチやれば誘い出せんじゃねえか?特に親愛ある隣人スパイダーマン様はなぁ」

 

「呆れましたわ、頭が悪いんですの?ここは法治国家ですわよ。警察組織である我々がそのようなことできるわけありませんわ」

 

「そうだ、一般市民への被害など言語道断だ」

 

長年戦場にいて、紛争地域を渡り歩いたトゥームスには倫理等は一切通用しない。勝つためなら一般市民を巻き込んででもスパイダーマンを誘き出そうという提案を仕掛けてくる。

当然曲りなりにも警察組織である刀剣類管理局の人間として、いや普通に人として看過してはいけない発言であるため寿々花と真希からは突っぱねられる。

しかし、そのあまりにも当然すぎる言い分にトゥームスは吹き出し腹を抱えて笑い始めた。

 

「ハハハ!こいつぁいい!とんだ甘ちゃんだwww平和ボケし過ぎてこの国の警察は皆頭をやられてるみたいだなwww」

 

「何だと!?」

 

「貴方にだけは言われたくありませんわね」

 

刀剣類管理局全体を嘲笑うように小馬鹿にした口調で煽ってくるトゥームスの言動に不快感を覚えたのかその場にいた全員が顔をしかめ真希はトゥームスに怒鳴り、寿々花は眉を寄せて侮蔑を込めた視線でトゥームスを睨み付ける。

その視線を向けられ先程とは打って代わって途端に真剣な顔つきになり、戦場で多くの地獄を見てきた兵士の顔になりながら持論を語りかける。

 

「あんたらが持ってるその御刀とやらもこの俺の新しい商売道具も、持ってりゃうれしいコレクションじゃねえ、兵器なんだよ兵器。敵をぶっ殺す為のなぁ。この装備を高い金かけて作ったのは見せびらかす為か?違うだろ?使うためだろうが、使うときに使わないでどうすんだよ、えぇ?」

 

確かにトゥームスの言う通り真希や寿々花の持つ御刀も荒魂を倒すための武器ではある。そして、言うなれば一歩間違えば人殺しの道具にもなる。

現に御前試合の時真希も紫に斬りかかった姫和を殺す為に降り下ろそうともした。

そして、今トゥームスにテストパイロットを依頼した新装備ヴァルチャーも飛行型の荒魂を倒すためのもの、ましては量産化して機動隊等に配備すればビルに立て籠ったテロリストを強襲したり、戦闘機を撃ち落とす為にも使われたりしていくだろう。

実際にこの装備はかなりの費用と年月をかけて作られた者だ。見せびらかす為にじゃない、使うために作られた。だが、それとこれとでは話が違う。

 

 

「これは戦争だ。俺達とテロリストどものなぁ。だからこそ勝つための手段なんざ選んでる場合じゃねえと思うがなぁ…町中で死人が出ねぇ程度にドンパチやれば少なくともスパイダーマンはほぼ確実に誘き出せるだろうよ、そこで野郎を叩く。そうなりゃ頭のイカれた野郎がスパイダーマンを倒してどっかに逃げたって事にして後はあんたら管理局様お得意の隠蔽でどうにか出来るんじゃねえか?その為に俺を呼んだんだろ?違うか?」

 

「………言葉を慎めトゥームス。お前の雇い主は俺だ。ヴァルチャーの装着者はお前だが権限は俺が握っている。不要な犠牲を出したら報酬を減らすか最悪自爆装置を押すぞ」

 

確かに早めに手を打たなければテロリストとして逃走中の3人と、そして3人が合流する可能性がある舞草との全面戦争に発展するだろう。

恐らくトゥームスは町中で奇襲を仕掛けて死人を出さない程度に戦渦を巻く技能を身に付けてはいるのか自信満々に豪語している。

そして、自分がどのような人間か理解した上、更に何故自分が選ばれたもうひとつの理由を何となく理解し、傭兵として課された仕事は確実に果たす主義なのか、その為に自ら汚れ役を買うという意気込みなのだろうか。それはトゥームスにしかわからない。

しかし、町中で爆発や発砲の1つでも起こせば人々の危機だと勘づいてスパイダーマンを誘き出せるのは確かだ。そして、隠蔽が得意という管理局全体、その局長である折神紫をも侮辱した発言ではあるがグルである針井グループも力を貸せば頭のイカれた愉快犯が暴れた末にスパイダーマンを倒したという隠蔽も不可能ではないという事も恐らく見抜いた上での発言だろう。

確かにその通りではあるが不用意な犠牲を出すのは不本意であるため冷静にトゥームスを諌め、余計な犠牲を出せば報酬を減らすか、又は自爆装置を押すぞと眼力を込めて脅しをかける栄人。

その冷えきった両者の空気感に圧を感じる真希と寿々花だがなんとか無表情を貫いている。

 

 

 

「おー!おっかない坊っちゃんだぁ、流石野蛮な管理局様らしい脅しだなぁ!感心したぜ!」

 

「てめぇ……調子に乗んなよ」

 

「ワリワリ冗談だよ冗談、ちょいと雇い主様とコミュニケーションを取ろうとしただけだっての。こちとらボーナスがかかってんだ、お声がかかるまで大人しくしてますよっと」

 

栄人の脅しに一切同じず茶化してくるトゥームスに完全に頭に来ている為かつい言葉遣いが荒くなってしまうが直後全く心の籠ってない謝罪をしつつ冗談だと誤魔化すトゥームス。

全く信用ならないが命令されるまでは大人しくしていると口約束をする。

 

「いいか、命令が出るまで余計なことはするな。逆賊を捕らえる為とは言え不要な犠牲を払うことはできない。仕事さえこなしてくれればこちらから何も言うことはない。今日はもう大人しく格納庫で待機していろ」

 

 

「はいはい分かりましたよっと………けっ、甘ぇんだよ若造が」

 

その言葉に軽い調子で答えた後に見張りの刀使に連れられて面会室を出ていくが出て行く際に小声で悪態を付きながら退室する。

 

「全く何なんですのあの方」

 

「正直あんな奴に仕事を任せるのは俺も反対したいですよ。ですが奴ほど父から提示された条件に合う者はいなくてですね」

 

「条件?」

 

トゥームスが退室した後に冷静に怒り心頭な様子の寿々花がトゥームスの態度への不満を隠せないようだ。

正直栄人もトゥームスのような危険な奴を雇うのは反対だったが父親である能馬の指示で条件に最も合致するのはトゥームスだから仕方なく雇ったとタメ息をつくと真希が条件について尋ねてくる。

 

 

「はい。装備を持たせる上で条件に合う人間を探すように言われていたのです。条件は適合率が80%以上を越える者、報酬を出せば仕事を請け負う者、意欲のある者です」

 

「確かに条件には当てはまってはいますわね」

 

「ええ、不本意ですが彼を雇うようにと指示をされました。仮に暴走しても父がどうにか手を打ってくれるとのことで…その為の強制停止の自爆装置だそうです。」

 

「なるほどな。それに安心はできないから奴には刀使の見張りを何人か常につけさせている訳か。このまま何も起きなければ良いのだが…」

 

「全くですわね」

 

見事に条件と合致したトゥームスを雇った理由を何となく理解した二人。

そして、仮に暴走しても能馬がどうにか手を打つと言い最悪の時の為に自爆装置を搭載したとの事である。

しかし、皮肉ながらトゥームスの言った通り隠蔽体質だと言うことを認めたも同然になってしまうのだが。

一応装着者が問題を起こしても針井グループが対処するという事を知りつつも安心できない為不安を漏らす二人。

しかし、その空気の中隠している事が1つ。そしてトゥームスにも何となく見抜かれている事を言うわけにはいかず目を伏せながらトゥームスの経歴が書いてある画面に目を通す栄人。

 

 

(結局言えなかったけど、なるべく遵守するよう言われたもうひとつの条件、それは…………)

 

 

(仮に消えても誰も困らない人間だなんて言えるわけないよなぁ)

 

トゥームスの過去の犯罪歴と身元を調べた上で、仮に何かをやらかしたとしても消えても誰も困らない、隠蔽が可能な人間を選ぶように言われていたとは二人には言えないなと心苦しさを感じながら端末の電源を落とす。

 




ヴァルチャーの扱いが良く言えば実力を買われて雇われた用心棒、悪く言えば大金に目がくらんだハゲタカみたいな感じになってしまったのは申し訳ありません。
フォローになっているかは分かりませんが私はMCU版のヴァルチャーはMCUの中でもかなり良いヴィランだと思いましたし、デカい悪党でも無く、悪い事をやっている理由も共感できる人間臭いキャラクターで結構好きです。



平成を振り替えると色々とありましたが、残りは別に普通にいつも通り過ごします。良いお年を。
とりま2019年はみにとじとバースとキャプテンマーベルとアベ4とファーフロムホームがしばらくの糧


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第13話 新しいスーツ

皆さんあけおめことよろです。
新年で新しくスタートするに相応しい回に出来るように頑張ります。

誤字、修正致しました。

報告:2月11日、13~15話に多少変更を入れました。


鎌倉から電車に揺られ東京に着き、高層ビルが立ち並ぶ街中を練り歩き、一応夜道を歩く際制服姿でうろつくのはマズいため服屋で赤い背景色のロゴに白い文字でMARVELと書いてある黒いパーカー(実際に売ってる奴)とジーンズと野球帽を買い。ようやく一軒の他のビルとは見た目が大きく異なる独特の形状、そしてAのマークを模したビルの前に到着する。

 

正面から入り受付けに話を通すと電話で呼び出しを始め、IDカードを渡されエレベーターで社長室に行くように指示される。

 

社長室の前に着き、軽くノックをする。

 

 

「あぁ、入ってくれ」

 

恐らく中年程の、若干野原ひろしに似ている声で返される。

 

「失礼します」

 

緊張しながらドアノブに手をかけて回し、扉を開けて入室する。

室内を見渡すと辺り1面がガラス張りで覆われた作業場という印象を受ける部屋だ。

その中では台に固定されている体が棒状の機械が懸命に作業をしていたり、ガラスケースの中には成人男性程の全長の赤と白をベースにしたカラーリングのパワードスーツアイアンマンマーク47が飾られている。

思わず興奮して叫びそうになるが衝動を抑え、眼前にいる40代後半に見えるダンディーに髭の形を整えた常に自信に溢れた雰囲気を醸し出しているスーツを来た男性、颯太の形式上のインターン研修旅行での指導者の代表、世界的ヒーローアイアンマンの正体トニー・スタークに向き直る。

 

 

「我が社へようこそ榛名颯太君、またの名をスパイダーマン」

 

足を組んで座っていた姿勢から椅子から立ち上り両手を広げながら近付いて挨拶をしてくる。正体がスパイダーマンだと知っている事に疑問を持ちながらも挨拶をする。

 

「よ、よろしくお願いします。トニー・スタークさん…。あの、どうして僕のこと知ってるんですか?」

 

「あぁその事か、話せば長くなるんだが実は父の古くからの知り合いがスパイダーマンとコンタクトを取りたいと言っててね、我が社の技術を使って君を探して欲しいと頼まれたんだ。そして僕の技術を使い、90%特定が進んでいた所、君の学長から君をインターンの研修生として匿って欲しいと頼まれ、その時に確認を取って君がスパイダーマンだと割り出した」

 

スタークの父、ハワード・スタークの知人がスパイダーマンと接触したいとスタークにスパイダーマンの特定を依頼したのだと説明され、確かにスターク社の技術の、恐らく音声から相手を特定する技術でもあるのだろうと納得はできた。

 

 

「そうなんですね。そしてうちの学長とはどのような間柄なんですか?そこが気掛かりで」

 

「君の学校の学長さんとは直接会った事はあまり無いんだが、先程話した父の古くからの知り合いのツテで知り会ったという感じだ、そして君もその父の知り合いについて知りたいだろうから話そう。フライデー、ディスプレイを起動しろ」

 

『了解、ディスプレイを起動』

 

世界的に有名な人物であるスタークと伍箇伝の、自分の学校の学長である江麻と知り合いなのが気掛かりであったが先程から話題に出てくる父の知り合いという人物が鍵を握っていると思っている事をスタークは見抜き、説明するためにフライデーと呼ばれたAIに指示を出すとAIがディスプレイを起動し眼前のPCの画面にメッセージアプリが現れる。

 

「君が折神家で戦闘に介入した際に君をアシストした者達がいただろう?その時に思わなかったか?何故自分の手助けをする者がいるのか、もしかすると彼女と同じで折神紫に対抗する者がいるんじゃないかってな」

 

「はい、どうしてあんなタイミングよく手助けが入ったのかどうしても疑問でした。十条さんは単独だったので仲間がいるとは思えなくて、もしかして他に…対抗しようとしている勢力がいるんじゃないかと薄々感づいていました、もしかしてスタークさんが?」

 

スタークは両腕を組みながら折神家での戦闘の際に颯太が撤退しようとした際にスモークを投げ込んで手助けをした者達がいた際に他に折神紫に対抗しようとしている勢力がいるのではないかという可能性を考慮したかを聞いてくる。

実際にタイミングよく手助けが入った事は疑問に思っていた上に、御前試合での姫和の状況を見るに単独犯である事と可奈美はグルではなく咄嗟に助太刀したという事を把握していたため、彼女の協力者はいないにせよ同じく対抗しようとする勢力がいる可能性を心のどこかで考えていた事をスタークに伝える。

 

「いいや、僕はあくまで影から手を貸しているに過ぎない状況だから正式に加入している訳じゃぁない。知っての通り多忙なんでね」

 

「そうなんですね、ということはお父上のお知り合いという方が」

 

「ようやく、反応したか。PCの画面を見てみろ、その男が君と話したがっている」

 

スタークはあくまで影から手を貸しているに過ぎない立場である事を説明すると、父の知り合いという相手がメッセージアプリに背中に刀を差した猫と顔がだんご大家族に似ているゆるキャラのようなアイコンをしたFineManという名前の相手からメッセージが届いている。

 

 

「やぁ、Iron Manの友人。親愛なる隣人、スパイダーマン。我々は君を歓迎する」

 

「この人は?」

 

 

「例の父の知り合いだ、話してみろ。言っとくが僕らはまだそんな仲じゃ無いぞ勘違いするなよ坊主」

 

「は、はい。了解です。あなたは?っと」

 

相手の方は今スタークがスパイダーマンである自分と一緒にいる事を察してか名指しで呼んでくる。

スタークは淡々と父の知り合いだという事を説明するが、FineManという相手がメッセージで書いた友人という言葉に眉を潜め自分と颯太はまだ友人等と言う関係ではなくあくまで指導者と研修生でありそこを履き違えて自分に馴れ馴れしく接して来たら大人として示しが着かない為その事を認識させる為に冷たく言い放つ。

勿論分かってはいたがそんな堂々と言われ少し萎縮したがキーボードを操作し、あなたは?と打ち込むとIron

Manというデフォルメされたアイアンマンのアイコンのアカウントのメッセージが表示される。

 

「Ally(味方)、親愛なる隣人スパイダーマン。立ち向かう覚悟はいいね?yes/no」

 

自分は味方だと言い張る相手だが妙な胡散臭さはない、アメリカでヒーローをしていて尊敬する人物であるスタークを使ってまで自分を探させ、尚且つスタークが陰ながら助力している事を鑑みるに恐らく敵では無いのは確かだ。

それに、答えは最初から決まっている。答えは勿論。

 

「yes」

 

と打ち込む。

すると向こうからは

 

「今日という日は完璧になった!そして、君に新しい力を託そう。詳しい話はIron Manに聞いてくれ、そして以下の場所へ」

 

 

「僕は正式なメンバーじゃないから彼等について話す権限は持たない。彼等についての詳細はFineManに聞け」

 

FineManという人物は、自分と仲間たちとの合流地点と思われる場所、「石廊崎」を指定してきた。

恐らく後々には姫和や可奈美を匿ってくれている累の家のPCにも同じようにメッセージが送られ場所を指定されるのであろうが今日の夜には累の家に行って二人と合流する予定である事も周知されているのだろうか。

 

そして、先程のFineManという人物からのメッセージに書いてあった新しい力とは?そして、学長もスタークは自分に渡したい物があると言っていたなと、この1文が引っ掛かっていたため、起立してスタークの方に向き直る。

 

「あの…スタークさん。FineManさんや学長が言っていた渡したい物って一体…?」

 

 

「あぁ、これが僕が日本に来た最大の目的だ。これを見てみろ」

 

 

スタークはどこからともなく銀色のスーツケースを取り出し机の上に乗せてくる。

そして、スーツケースが自動で開かれるとそこには折り畳まれた赤と青のツートンカラーを基調に、黒いクモの巣の模様が施されている新品同様のスパイダーマンスーツがあった。

 

「僕らからのプレゼントだ、着てみろ坊主」

 

「あ、あの…!?こんなかっちょいいのいいんですか!?」

 

「あぁ、今そう言ったろ?多少君のよりは改良してあるが僕の独断と偏見で作ったスーツだからな、特にその手首の装置に関しては君の好みをなるべく変えたくないから意見やらも聞きたい。」

 

自身が尊敬するスタークからのプレゼントという事もあり感極まってしまい一瞬口調が子供っぽくなりかけるが眼を輝かせながら新しいスーツを見た感動は抑えきれないのかスタークに満面の笑みを浮かべるがスタークは一切動揺はせずに着替えに居合わせないように一旦退室する。

意気揚々と着替える颯太だが妙にスーツのサイズがでかくブカブカの格好で親の服を無理矢理来た子供のような、ハロウィンのコスプレような不格好な姿になる。

 

「あのースタークさん。着替えたんですけどサイズが大きいですー」

 

「胸の蜘蛛のマークを押してみろ」

 

着替えたがサイズが大きい事を告げると着替えが終わった事を理解したスタークは再度部屋に戻りながら胸についている黒い蜘蛛のマークを押すように指示してくる。

 

「これか…うわっすげえ!」

 

蜘蛛のマークを押すとサイズが自動で調整され体にフィットし調度良いサイズになる。

瞬きをすると眼のシャッターが動き視界もうまく調整できる事を確認し、以前のは殆どただの布の覆面であったが新しいスーツは非常に楽に周囲が見渡せるようになる。

 

「サイズはそこで自動で調整できる。どうだ着心地は?」

 

 

「最高です!マジパナいッス‼他には何があるんですか!?」

 

 

「あらゆる機能を着けている」

 

最新鋭の機器が搭載されている新しいスーツの着心地に興奮し完全に馴れ馴れしくなっているがスタークは新しいスパイダーマンのスーツには様々な機能をつけていることを説明する。

 

「さっきも言ったが君の意見も取り入れたい。ウェブシューターは君はどうやって開発した?」

 

「あーそれはですね」

 

スタークにウェブシューターはどうやって開発したのかを尋ねられ、昨年に作成した時や48時間の充電式になるが種類を増やした方法を説明する。

スタークはその説明を一瞬で理解し、次の質問を飛ばしてくる。

 

「壁を登るときはどうしている?粘着手袋でも使ってるのか?」

 

「いえ、壁には自然に吸着できるんでその手の類いのはつけてません」

 

 

「じゃあウェブシューターの素材はどうやって集めた?安物だが強度は悪くない。子供の小遣いでも買えるようにリサイクルショプ?バザー?」

 

「あー、学校で使わなくなった資材とかこっそり頂戴して。後、糸は針井グループが開発した液状プロテインを改造した物です」

 

 

 

「………僕には遠く及ばないが日本にまだこんなキテレツ君がいたとはな」

 

スタークは素直に誉めるタイプではないため多少ひねくれながら手頃な資材でウェブシューターや糸を作るその発想をキテレツ大百科のようだと揶揄しながら手腕を認めているようだ。

 

「OK、ウェブシューターの原理は理解した。大方僕が予想していた通りの作りのようで安心した。お陰で1から作り直す心配は無さそうだな」

 

「はい、ありがとうございます。スタークさん」

 

「後はそうだな。本当は君みたいな12歳の子供には補助輪プロトコルで全機能をoffにして無茶しないか監視したい所だが状況が状況だ」

 

「13歳です。ていうか来月で14になります」

 

「お口チャック!今は大人が喋ってるんだ。僕からすれば大差無いぞ12歳も14歳も」

 

スタークは新しくスーツを託す上でまだ13歳の子供であるスパイダーマンには危険な事はしないように全機能をoffにしてGPS等で監視するべきだと考えていたら話している最中に年齢を訂正され、不機嫌そうに返すスターク。確かに40後半のスタークからすれば12歳も14歳も大差無いのは事実だが。

 

「仕方ない。サポートAIと拡張偵察モードとGPS追跡機能等までは開放し、瞬殺…ゴホンゴホン拡張戦闘モードの機能はoffにさせて貰おう」

 

「ん?今なんか物騒な事言いかけませんでした?」

 

「何、子供の気にすることじゃ無いさ」

 

スタークがoffにする機能と使用させても問題ないと思う機能を選択している際、拡張戦闘モードという機能を一瞬だが瞬殺と言いかけた為聞き返すと、顔をそっぽ向きながらはぐらかす。

 

「よし、機能の選択は終わった。後はサポートAIに挨拶でもしておけ」

 

「え?サポートAI?」

 

スタークはPCを操作しながら機能の選択を行いサポートAIの使用を許可するとスーツ全体が一瞬光り、スパイダーマンの視界にはHUD(ヘッドアップディスプレイ)への接続が可能となり視界に様々な機能の文字が羅列されている画面が表示される。

スーツの使用権限がスパイダーマンに移った証拠であろう。すると

 

『こんにちは、颯太』

 

「もしもし、もしもし!?」

 

スパイダーマンのマスクを被っているスパイダーマンにしか聞こえない声で女性の声でサポートAIが語りかけてくる事に驚きテンパってしまう。

 

「落ち着け、サポートAIだ。君をアシストしてくれる。名前の1つでも着けてやれ、スーツのお姉さんじゃ変だろ?」

 

「あっそうですね。なら携帯で調べて後はダイスで決めよっと……そい!…カレンか」

 

『カレンと呼んでも良いですよ』

 

「オッケーカレン。これからよろしく!」

 

スタークに名前をつけるように言われ、携帯で海外の女性の名前を調べダイスアプリで出た目でカレンという名前になり、決定した。

スタークにウェブシューターの説明や意見交換をしたり、スーツの機能選択を行っていた為かなり時間が過ぎそろそろスタークが空港に向かうべき時間になっていた。

 

「そろそろ出た方がいい時間か。坊主、僕はもう出るがスーツのトレーニングメニューをこなすのとマニュアルは頭に叩き込んどけよ。マニュアルは持ち出し禁止だからな」

 

「分かりました、スタークさん」

 

「全くこの国は年端も行かない嬢ちゃん達が命懸けの仕事をしてたり、こんな坊主がヒーロー活動してたりで忙しいな」

 

「えっ……?」

 

「ただの独り事だ。じゃあな、負けるなよ坊主」

 

スタークは荷物を纏め、社長室から退室する前にスパイダーマンにトレーニングメニューを行うことと、マニュアルを読んでおく事を言い渡す。

そして小声でこの国の子供たちは戦争をする国家でもないのに命懸けな事をスタークは少し嘆いており、かつて武器を売っていた事への罪滅しではないが少しでも出来ることがあればしてやりたいという気持ちを態度には出さずひねくれた口調で表現する。

その後は振り返らずにスパイダーマンを激励する言葉を送りながら退室する。

 

「じゃあカレン。僕はマニュアルの内容頭に叩き込んだりトレーニングメニューやるから累さんから帰宅したって着信あったら教えて」

 

『いいですよ』

 

 

「…………叔父さん。僕、トニー・スタークに会ったよ。思ってた以上にかっこいい人だった」

 

スパイダーマンは累がマンションに帰宅する時間前まではトレーニングメニューを行うこととマニュアルの内容を読むことに没頭する事にした。

叔父と自分も尊敬していたトニー・スタークに会い、ナルシストで傲慢だが想像以上に立派な人間であった事を独り言で既にこの世にいない叔父に向けてボソリと呟くスパイダーマン。

 

 

 

夜になり場面は変わって折神邸、刀剣類管理局本部。

 

「やはり防犯カメラに写っていたのは平城と美濃関の制服だ。スパイダーマンの姿は確認できないが二人を乗せていた車の持ち主と場所を特定したわ。部屋の持ち主は恩田累、元美濃関出身の刀使。10年前に御刀を返納、現在は八幡電子に勤務」

 

捜査本部にて防犯カメラを解析し、上着を羽織りつつも制服を着ていた為居場所が大方特定されてしまっていた。

そして、二人を匿っている部屋の持ち主である累の部屋の住所までを割り出すにまで至っていた。

 

 

そして、その会話を本来その場にいない筈のある人物が聞いていた。

格納庫でトゥームスは寝たフリをしながら隠し持っていた盗聴器を格納庫に来る前にすれ違った雪那にこっそりとつけ、小型のイヤホンで本部での会話を盗み聞きしていた。

恐らく居場所が特定したのならこの神経質そうな女はすぐにでも奇襲を仕掛けると思いトゥームスも行動を起こすことにした。

 

「あーワリワリ、ちょっちトイレ行きてぇんだけどいいかぁ?」

 

「分かった、逃げないようについていく」

 

「おいおい嬢ちゃん、野郎の俺と連れションなんて気が引けんだろ?そこのメット被った兄ちゃんに頼みな、俺は繋がれてて何もできねえからよ」

 

 

「そ、そうだな。じゃあお願いします」

 

 

トゥームスはトイレに行きたいと言い出すと見張りの刀使が同行しようと言うと、男である自分のトイレに着いていくというのは気が引けるだろうと表面上気遣った言葉をかけ近くにいた全身武装した機動隊の隊員を同行させるように提案すると、見張りの刀使も同調し機動隊にトイレまでの見張りを頼んだ。

 

そして、しばらく歩いてトイレの前まで行くと。

 

「早く出てこいよ」

 

「へいへい分かりましたよ」

 

機動隊の隊員の言葉に適当に返事をしながら言葉を返しトイレに入って行き、隊員が後ろを向いてトイレが終わるのを待っていた矢先、首筋に打撃を入れられ一瞬で気を失う。

 

「ワリィな、ちょっち服借りんぜ」

 

隊員から鍵を奪い、手錠を解除してトイレへと引摺り込み、機動隊の隊員の服装に着替えてヘルメットを被ってトイレから出てヴァルチャーが置いてある区間に入る。

 

ヘルメットで顔を隠しているため特に誰も気にする様子はなく、誰にも気付かれないように机に置いてあるヴァルチャーのウィングスーツの起動スイッチを押す。

 

スイッチを押すとヴァルチャーの背部のエンジンが稼働し、ボタンを操作するとヴァルチャーの翼部が独りでに動き出し、全員が視線を向けるが既に遅い。

遠隔操作をしながら武装した機動隊と刀使にスーツが体当たりを仕掛け全員を薙ぎ倒す。

見張りの刀使の所持していた御刀を拾い上げ軽い口調で拝借する。

 

「借りてくぜ」

 

専用の鳥をモチーフにしたフルフェイスのヘルメットを被り待機状態にさせたヴァルチャーの装備の方を向いて搭載されてあるX線スキャンを作動させ自爆装置の位置を確認し、ドライバーでこじ開けて取り出し、適当に格納庫の外に棄てる。

 

「そんじゃぁハゲタカらしく、雛鳥の死肉を漁りに行きますかね」

 

恐らく居場所を特定したと同時に雪那は刺客を送り込んで奇襲を仕掛けると考えている為、戦闘で疲弊している所を横からかっさらう事で報酬を独り占めしようと考えているトゥームス。

 

ヴァルチャーのウィングスーツを装着し、格納スペースに先程拾い上げた御刀を収納し、一対の操縦棍を握りエンジンを蒸かしながら翼を展開すると、翼が格納庫の壁を突き破る。

 

そして、そのまま上空へ一気に飛翔する。

 

「UUUUUU~Yheaaaaaaaaaaaa!!」

 

これまでに無い飛行速度と高度に長年空を飛んできた『ヴァルチャー』は感極まって喜びの歓声を上げる。

 

「ハッハァ!最高だなぁコイツァ!慣れねえ装備はちと扱いづれえが…武装さえ分かりゃ後はなんとかなる!」

 

格納庫に置いてあった銃を腰に下げ、操縦棍を握りながら空中を旋回しながら試験飛行をするヴァルチャー。

先程盗聴で聞いていた住所を記憶していたヴァルチャーはその場所へのナビを起動する。

 

 

『おい、トゥームス!お前何勝手な事をしている。すぐに戻れ、今なら咎めないぞ!』

 

「よぉ!坊っちゃん!話は聞かせてもらったぜ、今が攻め時だ。スパイダー野郎と合流する前に連中をぶちのめすのが得策だと思うぜ?これでも減給は覚悟の内よ!」

 

空中を錐揉み飛行していた所通信が入る。雇い主の栄人だ。

恐らく格納庫にいた誰かが連絡したのかヴァルチャーが独断専行した事を咎められ引き返せと言い付けられる。

しかし、盗聴器で本部の話を聞いていたヴァルチャーは敵の居場所が分かったのなら攻め時だと言い張り、減給を覚悟でスパイダーマンと合流される前に倒すべきだと告げる。

 

『いいから、戻れ!余計な真似はするな!』

 

 

『そうだ、余計な真似はするな!用心棒のハゲタカ風情が!』

 

「おいおいキレ安い姉ちゃん。これは俺の独断専行よ。アンタには何のデメリットも無ぇ。それに流石にアンタん所の生徒さんが優秀でも3対1はキツいだろ?俺が野郎のマンションに向かってアンタの生徒さんを援護するってのはどーだい?俺を放置してもあんたにとって損は無ぇと思うけど?」

 

『何を、奴ら等沙耶香がいれば充分……まぁ言われてみればそうだな。なら、私は口出ししない。精々交戦中の沙耶香を援護していろ』

 

「grazie(グラッチェ)、話が分かるタイプで助かったぜ。坊っちゃんよぉ、俺は別に殺しがしてぇ訳じゃ無ぇんだ。ただ仕事を確実に成功させてぇだけなんだよ。多少減給してくれたって構わねぇから今ここで野郎と合流する前に連中を取っ捕まえりゃ仕事の成功率は上がるしアンタらも少しは楽ができる」

 

ヴァルチャーは流石に天才と言われている生徒が向かったとしても3対1で不利だと言う認識を利用し、雪那に沙耶香の援護に回ることを提案する。

元々雪那としては沙耶香が単独で倒させる事で自分の私兵が有能である事を紫に認めてもらう魂胆であったが確かに3対1は厳しいというのも筋は通っている上に一利あるためあくまでヴァルチャーには口出しをしない事に決めた。

おもしろい位に思い通りに動く雪那に対し笑いを堪えるので精一杯だがいつもの調子であろうと努めるヴァルチャー。

 

「それに・・・お友達の罪が更に重くなっちまう前に捕まえられりゃあアンタも御の字だろ?違うか?」

 

『・・・っ!それは・・・でも・・・・。分かった。だが、全員生け捕りにしろ。そうじゃ無いと俺は貴様を許さねぇからな!後、不利になってヤバくなったら無理せず逃げろ!』

 

「へいへい分かりましたよ。そんじゃ切るぜ」

 

ヘルメットの中でヴァルチャーは顔を冷たく歪ませながら諭すような口調で栄人に語りかける。

逃亡中の友人である可奈美が逃走を続けると言うことは更にいくつもの罪状がついてしまうと言うこと。

仮に捕まったとしても自分が父親に土下座してでも罪を

軽くするつもりだが、それでも限界はある。

ヴァルチャーの甘言に乗せられてしまい、罪が重くなりすぎる前に捕まえる事が出来ればと思い悩んだ末に死人を出さない事を条件とした。

ヴァルチャーはその言葉に対して軽い口調で賛同し、通信を切る。

 

 

「さぁ………一獲千金だ!」

 

ヴァルチャーは操縦棍を強く握り、ウィングスーツのエンジンを蒸かし更に加速し、真下に見える夜景を背景にエンジンの音をBGMにしながらマンションに向かう。

 

 




IW視聴してハイテクスーツで意外だったこと、ハイテクスーツのウェブシューターって自動で装着出来たんかい!?って感じです。
マジ公式さん576通りのウェブシューターのモードの概要知りたいから資料作って欲しい(無茶ぶり)
AIカレンやハイテクスーツの元ネタはホームカミングを見てください(ステマ)


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第14話 二羽の鳥と禿鷹

私用により思ってたよりかかってしまって申し訳ないでありんす。


報告:2月11日、13~15話に多少の変更を追加しました。


時間は少し戻ってスターク・インダストリーズ日本支部の一室のトレーニングルーム。

 

『次は、ウェブグレネード』

 

「ウェブグレネードォ↑!」

 

スターク社の技術によりバーチャルで作り出した仮想のトレーニングルームでトレーニングダミーのモノアイの機械兵複数を相手にトレーニングコースをおさらいしているスパイダーマン。

被っているマスクからスパイダーマンにだけ聞こえるAIカレンの声がウェブの名称を説明してくれており、黒のアームガード状のウェブシューターから接続されているスパイダーマンの視界に写るHUD(ヘッドアップディスプレイ)でウェブシューターのモードを選択し、ウェブシューターから掌に収まる大きさの黒い球体が出てくる。スタークが開発した新しいウェブ「ウェブグレネード」だ。ウェブグレネードを掴んでトレーニングダミーに向かって投げつけると対象に吸着し球体が炸裂して中から大量のクモ糸が四方八方に飛び出して多くのトレーニングダミーを拘束する。

 

「おお!これいいね!」

 

『他にもあなたが以前に作成していたウェブのモードにも調整が加えられています。例えばテーザー・ウェブ(電気ショックウェブ)を放っても充電は減らず、威力も上がっています』

 

スパイダーマンがウェブグレネードの威力に感心しているとサポートAIのカレンは以前にスパイダーマンが作成したウェブにもアップデートが加えられていることを説明する。

すると、接続してある携帯から着信の文字が表示される事をカレンがHUDに表示して伝えてくる。

 

『恩田累から着信、接続しますか?』

 

「あっ、お願いカレン」

 

HUDから接続し着信に出るスパイダーマン。

 

『あー、もしもし~君が颯太君?もうすぐ帰るからこっちに来てもいいよ~』

 

「了解しました。今向かいます、よろしくお願いします」

 

『はいはい了解~』

 

電話には若い女性の声が聞こえてくる。とても気さくで気の良さそうな人だ。

二人を匿ってくれている人だからきっと優しい人なんだろうなと想像していたが予想通りで安心するスパイダーマン。

そろそろ来ても良いと言われた為スターク・インダストリーズを出発する事にしたスパイダーマン。

時間を確認すると23:00を過ぎていた。

 

「やばっ結構長居しちゃったな、補導されないようにタクシーで行くか」

 

『その方が良いでしょう。マンションの近くで降りましょう』

 

「あーでもマンションに行って部屋に行くって事は二人には正体明かそうか、はぁ…絶対可奈美にしつこく問い詰められるな…」

 

『可奈美とは?』

 

深夜とは言え中学生が歩き回っていると思われない為に私服を購入し制服で出歩かずにタクシーを呼んで近くまで行くことを考えたがマンションに行って合流すると言うことは二人と累には正体を明かすことになるだろう。

流石にスパイダーマンの格好で歩き回るのもおかしな話な上にしばらく行動を共にするのだ、仕方がないだろう。

しかし、スパイダーマンは正体を可奈美に明かすと何が起こるのか若干想像したく無くなって来ていた。

 

「幼稚園から一緒の子。家が隣ってだけだけどね。僕がスパイダーマンになってから何も相談したり頼らずに一人でやって来たから怒りそうかなって」

 

『それは颯太の事が心配だからでは無いですか?私も彼女と同じ立場なら、友人として放っておけないでしょう』

 

「まぁね、それは分かってるんだけど…でも、言いにくいよ。自分からはさ…あっカレン、タクシー呼んどいて」

 

『そういうものでしょうか?後了解です』

 

可奈美との関係性を軽く説明するスパイダーマン。自分に黙って一人で抱え込んでいた事を問い詰められそうだなと危惧しているがカレンはそれは友達として放っておけないからではないかと考察している。

それは分かっているが、自分が人間じゃ無くなって行くんじゃ無いかという不安もあるためそう簡単には割り切れる物ではないと言い切る。

 

そして、覆面をリュックに仕舞いスーツを中に着たまま購入した黒いパーカーとジーンズと野球帽とマスクに伊達眼鏡で一応だが変装し、スターク社を出て呼んでおいたタクシーに乗り込む颯太。

しばらく走行していると携帯が震える。誰かからメッセージが来たのかと思い確認すると舞衣から一件のメッセージが来ていた。

その内容を確認すると驚愕して眼を見開く。

 

『大変なの!可奈美ちゃんと十条さんの居場所が本部に バレて鎌府の刺客がそっちに行ったみたい!』

 

「マジかよ…了解っと」

 

「そして、ついさっき大きな翼のついた装備を着た人が追撃に向かってるって!気をつけて!」

 

(はぁ!?なにそれ!?……多分針井グループが技術提供して作った新型装備か…っ!)

 

その内容は累のマンションの場所がバレてそちらに刺客が二人も向かっている事を警告するものであった。

このままタクシーに乗っていてはそれなりに距離もあるので間に合わないと判断した颯太は運転手にここでいいと降ろさせ、代金を払って路地裏でリュックからマスクを取り出して被り、急いで服を脱いでスパイダーマンへとなり変わる。

新しいウェブシューターに変更はしたものの叔父から買ってもらった腕時計はスパイダーマンにとっては大切な御守りも同然の物だ、どんなときでも肌身離さず持って行くのは変わらない。

 

「カレン!今すぐこの住所をスキャンして最短のルートを設計して!その間に僕は累さんに連絡する!」

 

『了解、住所をスキャン…最短ルートを設計、完了しました』

 

「はやっ!」

 

カレンに最短ルートを設計させるように指示を出すと即座に現在地から目的地までの最短距離のルートを設計し、そのルートがHUDの画面に表示される。早速新スーツの性能を体感して驚くスパイダーマンだがなりふり構わずに設計されたルート通りに建物の屋上の上を走り、建物の間をジャンプで飛び、高層ビルに糸を飛ばして東京の摩天楼を飛び回りながらHUDに接続して累に電話をかける。

 

『あーもしもし、どしたの~』

 

「あぁ!累さん、無事ですね!マンションの場所が敵にバレました!今そっちに鎌府の刺客と翼を着けた奴が向かってるんです!二人を連れて避難するか迎撃してください!」

 

『えっ?翼?何?』

 

累さーん、どうしたんですかー?

 

取り込み中だろう、今は待て

 

 

電話に出た累に対し、マンションに刺客が向かっている事を伝えるがテンパっているため多少支離滅裂な言動になっている。そのため向こうも困惑しているが恐らく危機が迫っている事は伝わったようだ。そして二人も近くにいることも確認できる。

 

累が二人に避難する為に御刀を持たせているのが通話の様子で伝わるが直後に窓ガラスが割れる音がする。

恐らく迎撃することになるのだろう。一応だが事前に伝えた事で早めに対応出来たが安心は出来ない。

翼を着けた装備をしている輩が未知数で何をするか分からないからだ。

通話を切って落下していく力を利用し再度空中に上がり、高度がかなり高くなった際に両腕を広げると脇からムササビのような膜「ウェブ・ウィング」が張られ、空中をそのまま滑空し、夜景に彩られた華やかな街を真下に今自分は初の摩天楼でのスウィングがこんなタイミングであることを実感し皮肉混じりに叫ぶ。

 

 

 

「初の摩天楼でのスウィングがこの後バトルとかもう最っ低(さいっこう)!」

 

『矛盾しています』

 

場面は変わってマンション

 

 

累が帰宅して以降夕飯を共に食した後に、デスクトップの置いてある窓際の部屋に案内し、FineManとコンタクトを取っていた。

その最中にスパイダーマンから電話がかかってきたと思いきや焦った様子で敵に住所がバレた事と刺客が向かっている事を伝えられる。

にわかには信じがたいが冗談ではこんな事は言えないだろうと確信し、可奈美に千鳥を持たせ避難する準備をしていたら窓ガラスを割りながら可奈美よりも年下に見える白髪に色素の薄い鎌府女学院の刺客、糸見沙耶香が乱入してくる。

乱入してくると同時に近くにいた姫和に上段から斬りかかるが咄嗟に小鳥丸を構えて一撃を防ぐ。

 

「可奈美!累さんを連れて一旦奥まで下がれ!」

 

「うん!」

 

防いだ後に手で押し返し、可奈美に指示を出すとその言葉に頷き、累を保護しつつ奥まで下がらせる。

 

「貴様、鎌府の!」

 

睨みを効かせると沙耶香は無念無想を発動させ瞳が淡い光を放ちながら再度斬りかかり、防いだ姫和はその速さに驚いている。

一旦距離を取り、ベランダに出ると再度突きを繰り出してくる沙耶香の攻撃を回避し、手すりに登りベランダから飛び下りる。狭い所で戦うより多少は広い駐車場で戦う事を選択したからだ。

落下していく最中姫和を逃がすまいと御刀「妙法村正」を振り降ろす沙耶香の剣劇を受け身の取りにくい空中であるにも関わらず姫和は身体を捻る事で小鳥丸を振って防ぎ、両者とも地面に着地する。

 

(一瞬の加速でなく、持続的に迅移を使っている…そんな事ができるとは…っ!)

 

本来は段階ごとにシフトチェンジの要領で一段階(2.5倍速)、二段階(6.25倍速)と加速する迅移だが、段階が上がれば上がるほど非常に神力の消耗が激しい。

沙耶香は自身の能力無念無想で行動が単調になる変わりに技の持続力を上げていると姫和は察知している。

 

踏み込んだ瞬間に迅移を持続させている沙耶香の速度には劣り、斬り込まれてしまい1度写シを剥がされてしまう。

 

(ならばこちらも…っ!もっと、もっと深く!)

 

反撃に出た姫和は迅移を発動させ、沙耶香に斬りかかるが一撃目は回避され、後ろに回り込まれる。

それに呼応するように更に加速して突進し、沙耶香が反応するよりも先に中段から横凪ぎに小鳥丸を振るい、切り払うと沙耶香の写シが剥がれ後方に飛ばされるが沙耶香は難なく着地する。

 

(技の影響か…もう写シは張れないようだな)

 

無念無想の影響のせいで消耗しているのか写シは戦闘中に1度しか張れないと姫和は推測する。

流石にこれ以上挑むのは命の危険があるため攻撃はしてこないだろうと予測したがまだ、無念無想ら解除しておらず瞳が淡く光っており、もう一度妙法村正を正眼に構え戦う意思を見せる沙耶香。

写シ無しで斬りかかってくると思われる沙耶香の行動に驚愕する姫和だが、目の前の沙耶香に気を取られ上空から二人の様子を見ている者の存在には気付いていなかった。

 

場面は変わって上空。

 

雪那から沙耶香の援護を許可されたヴァルチャーは上空から二人の戦闘の様子を格納庫から盗んできた新装備の光子熱線銃を構え、ヘルメットの視界を拡張する機能を使用して観察していた。

 

「おいおい、急いで飛ばして来てみりゃ押されてんじゃねぇか。敵さんもあんまし弱ってねぇみてえだしよ…しかし、見たところスパイダー野郎がいねぇな…監視カメラの通り別行動してやがんのか、なら野郎が来る前に1羽くれぇ焼き鳥にでもしとくか…」

 

ヴァルチャーが到着した頃には二人は既に駐車場まで移動し、一対一で戦っている所を見ると一人が沙耶香を引き付け、戦う力の無い累を避難させて後から乱入すると推測できる。その上スパイダーマンの姿が見えない事から別行動を取っていると判断し、合流される前に一人でも無力化すべきだと考え、数が増えられると厄介だと判断したヴァルチャーは自身も仕掛ける事にした。

姫和の反撃により1度斬られて後方に飛ばされた沙耶香が再度斬りかかろうとしている姿を見て姫和の方へと狙いを定めて光線銃の引き金を引くヴァルチャー。

 

 

「おうおう皆さんお元気なこって…逝っちまいな!」

 

光子熱線銃から紫色の光が銃口に集束し、一点に集まり熱を帯びた光がヴァルチャーに気づいていない姫和に向かって放たれる。

 

地上にて

 

沙耶香と姫和が正面から向き合い、無念無想の影響により行動が単調化している沙耶香が写シ無しで斬りかかろうとするモーションに対応しようとしていると地上まで来ていた可奈美が大声で姫和に呼び掛ける。

 

「姫和ちゃん後ろに避けて!」

 

「…っ!?」

 

その言葉の意図が分からなかったが無意味にこのような事は言わないと察知した姫和は言われた通りに後方に避けると自身が先程立っていた位置に光弾が降り注ぎ地面を陥没させ、地面に焼け跡がついている。

 

「何だ!?」

 

突然の攻撃に驚き上空の方を見上げると驚きで瞳孔が散大し、更に驚愕する。

そこには月を背景に2m近くはある巨大な機械の翼を着けたウィングスーツに鳥をモチーフにしたフルフェイスのヘルメットから緑色の眼が怪しい輝きを放ち、こちらに向けて80cm程の銃を構えた珍妙な装備を着けた人物が空中に停滞しているのだから。

 

「ちっ…よく見えてやがる。いよぉ、鎌府の嬢ちゃん!援軍だ!助っ人に来たぜ援護は任せな」

 

「了解、続行する」

 

突然の登場に全員が状況を読み込めていない状態だがヴァルチャーは沙耶香に向けて自身は援軍だと説明すると沙耶香は頷き姫和と可奈美の方を再度見やる。

 

 

「何だ貴様は!?管理局の新型か!」

 

「傭兵がテロリスト様に名乗る名なんざ無ぇっての、こちとらボーナスがかかってんだ、覚悟しなぁ!」

 

「姫和ちゃん!来るよ!」

 

姫和はヴァルチャーの装備を見るなり恐らく刀剣類管理局。針井グループと折神紫が開発している新装備ではないかと推測する。

しかし、ヴァルチャーは会話に応じるつもりは無いようで自分はこれから雇われた内容通りにテロリストを倒して捕獲することが仕事であり、この仕事がうまくいけば一獲千金であるため殺る気満々のヴァルチャーは好戦的に銃を構え、住宅地であるにも関わらず発砲する意思を見せている。

可奈美はヴァルチャーと沙耶香が仕掛けて来ると姫和に声をかけ、姫和もその言葉を聞いて仕切り直す。

 

沙耶香が無念無想を発動したまま写シも張らずに姫和に斬りかかって来る。

しかし無念無想の影響で動きが単調になっている沙耶香の動きは迅移で加速して回避する。しかし

 

 

「動きが見えんだよ!」

 

 

ヴァルチャーに回避のルートを読まれ光弾で追撃され、数発被弾するが写シを張っているため肉体は無事だがダメージが無い訳ではなく光弾の熱と破壊力を体感し、写シを1度剥がされるが再度張り直す。

 

「ぐっ…………まだだ!」

 

「お友だちのスパイダー野郎が来る前にぶちのめしてやらぁ!」

 

直後可奈美はヴァルチャーの翼が大きい事は角度によっては視界を遮り死角を作ると思い、回り込んで姫和を牽制する為に光弾を発射した際に八幡力で同じ高さまで跳躍し背後からエンジンを破壊して地上へ落とそうと接近する。

 

「てやぁ!」

 

「ちっ…!ちょいさぁ!」

 

 

パワードスーツによりヴァルチャーは常人よりも反射神経が強化されている事もあってかギリギリ可奈美がエンジンを狙った一撃に反応し身体を高速で捻り、左の翼の先端の1本1本が切断も可能な硬質な刃になっている部分で防ぎ拮抗するが八幡力相手には力負けし、地面へと叩きおとされる。

 

しかし、攻撃を防いだ左の翼部にはダメージを負い右翼よりも自由には動かせなくなるが落下しながら背面でエンジンを蒸かし減速して姿勢を保ち落下を防ぐ。そして、隙を作るために背面で飛行しながらヘルメットの中のディスプレイの画面が捉えた落下中の可奈美に狙いをつけ右に3本、左に3本の計6本ある翼の1本1本の刃状になっている先端の羽根が1本ずつ自動で分離し、2体が可奈美を追尾して変則的な動きで襲いかかる。

 

「行けよ!」

 

「ちょっ、何これ!」

 

自動で追尾してくる2本の刃のついた羽根を空中で姿勢が取れない中、身体を捻って回避し、カウンターで千鳥を振って的確に切断し破壊する。

 

「ったく、この国のガキはどうなってやがんだ!…けどなぁっ!」

 

しかし、最初の2本は囮。そして後から飛ばしてきた本命の羽根2本は振り抜いた時に体勢が崩れたままで隠れて見えなかったため対応しきれず直撃し、身体を斜めに斬られて写シを剥がされ地面に落下する。

可奈美を斬りつけた羽根は自動でヴァルチャーの元に戻り、元々あった位置の翼部に収まる。

 

「うぐっ!」

 

 

 

落下の衝撃に備える事が出来ずに足から着地した痛みで一瞬身動きが取れ無くなりその隙を見逃さなかったヴァルチャーは、光子熱線銃の弾道が見えていた視力や、死角になる角度からエンジンを狙って叩き落とそうとしてきた判断力、さらに姿勢が安定しない空中、更に今は深夜で電灯等で多少マシだが周囲が暗いにも関わらず囮の羽根を初見で対応した可奈美が1番厄介、尚且つ左翼部にもダメージを与えられた為、恐らくこのままではこちらが確実に押し負けると判断した。

 

 

(設計上まだ試作品で1回しか打てねえらしいがやんなら今しか無ぇな、てかやんねーと俺らが負けんぞ!)

 

 

そして、着地して反応が遅れた可奈美に向けてヴァルチャーが空中で両翼を展開すると翼から地響きがしたかと錯覚するほどの強烈な超音波を発すると振動で前方にある駐車場の車の窓ガラスが次々に割れ始め、可奈美は耳をつんざくような、鼓膜が破られるかと思う不快な音波に対して咄嗟に持っていた千鳥を落として耳を塞ぐ。その隙に光子熱線銃を構え、追い討ちをかけようとする。

 

 

「うあぁ!」

 

 

「厄介なてめぇから先に焼き鳥だ!」

(クソッ!ワリィな坊っちゃん。俺の傭兵の勘が告げてるぜ、こいつは野放しにしときゃあ俺らにとって脅威になる・・・っ!こいつを放っておいたら依頼の成功率は格段に下がっちまう。依頼が成功しねぇのは元の子も無ぇ、なら・・・ここは先にこいつをぶちのめして安牌を切らせてもらうぜ!)

 

「可奈美…っ!くっ邪魔をするな!」

 

超音波を直で受け、脳にも衝撃が伝わったせいかまだ視界がぼやけ、御刀を拾おうとするも平衡感覚が狂い足が覚束無い可奈美、すぐにへたりこんでしまう。この案山子同然の相手に熱線銃の光弾を当てる等造作もない。

熱線銃の銃口に熱を帯びた光が再度収束し始め一点に集まり始める。

姫和は急いで可奈美の意識を覚まそうと声を荒げて叫ぶが動きが鈍くなっている今ではかなり危険だと判断し、迅移で加速して助けようとするも無念無想を発動中の沙耶香に斬りかかられ阻まれる。

鍔迫り合いになり、何とかして可奈美の元へ行こうとするも中々前に進めず、絶望感と焦燥感が増していく。

 

「逝っちまいな」

 

「くっ…!」

 

「可奈美!」

 

最早絶望的、ヴァルチャーは先程の軽快な口調とは打って変わって死にかけの動物をこれから捕食する為にトドメを刺さんとする禿鷹のような凍てつくように冷たい声色で淡々と告げる。

御前試合前日の岐阜での通行人にぶつかられて千鳥を落として飛んできた車に潰されそうになった時、あの時の光景が頭を過る。

あの時、咄嗟にスパイダーマンが来てくれたからどうにかなったものの、いつだってそんな都合良く奇跡が起きる訳じゃ無い。自分はこのままあの光弾に直撃して死ぬのかと覚悟を決め、もし、万に一つ願いが叶うのなら、もう1度皆に会いたかったな…。自分が無茶な行動をして、心配をかけてしまった美濃関の友人や家族の顔が浮かぶ。

ヴァルチャーの指がそのまま光子熱線銃の引鉄を奥に押し込もうとする姿を見て眼を瞑る。

 

(ごめん、皆……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウェブグレネード!」

 

 

「何!?」

 

「えっ」

 

「…」

 

「何だと!」

 

 

ヴァルチャーの真横からから変声期を迎え声変りしているがやや高めな声が響き、全員が声の方を向くと既にヴァルチャーの眼前に黒い球が飛んできており、可奈美を狙い打つのに全神経を集中していたヴァルチャーはそちらにまで注意が向かずワンテンポ遅れて反応すると黒い球体がヴァルチャーのウィングスーツの胸部の辺りに貼り着けられる。

 

「アーンパンチ!」

 

「ぐあっ!」

 

その直後飛んできた勢いを利用した赤と青のスーツの男に顔面を殴られ、鳥をモチーフにしたフルフェイスのヘルメットの半分が砕け、そのまま殴り飛ばされ地面に激突する。それと同時に黒い球体ウェブグレネードがタイミングを狙ったかのように赤い光が点滅し始め、四方八方にクモ糸が散乱し、車や地面、様々な方向に張り付けられ動きを封じられる。

 

「クソッタレが!」

 

 

「いよっしゃ!間に合った!やぁ、ビックバード!焼き鳥にされる前にケツ捲って大人しく巣に帰りな!」

 

 

『良くできました』

 

 

「す、スパイダーマンさん!?なんか前とスーツ違くないですか?」

 

 

可奈美の眼前に着地し、子供のようにガッツポーズを決め、軽口でヴァルチャーを挑発する赤と青のスーツの男スパイダーマン。

スパイダーマンにしか聞こえない声でAIカレンは誉める。

しかしその姿はこれまでのスーツとは形状が違う、手首の装置であるウェブシューターがリストバンド型と腕時計の形をしたものではなく黒いアームガード状へと変更され、スーツも体にフィットした姿になり体型がくっきりと出る物となり、肩には黒いライン、眼はただの布であったのが自動で視界を調整するシャッター機能、腰にウェブシューターのカートリッジを入れるホルスター等以前あったときとは違う姿に時間が経ち超音波の影響から解放された可奈美は気付いていた。

可奈美は岐阜での時のように自分を助けたスパイダーマンに驚いた反面、勿論感謝もしているがスーツの違いが気になっていた。

何とか可奈美の危機に間に合った事を内心ホッとするスパイダーマンだが、いつもの調子で3人に話しかける。

 

「ヤッホーお嬢さん達、お元気?ちょっと親切な足長おじさんから貰ってさ」

 

 

「標的参戦、任務続行」

 

 

「ふざけている場合か!状況を見ろ状況を!」

 

 

ヴァルチャーの方にも視線は配りつつふざけた口調でスタークからのプレゼントだとは流石に今は言えない為、お茶を濁すが沙耶香の剣を必死で受け止め、何とか押し返した姫和に怒られる。

 

「確かにピンチか…よし、僕があ」

 

「どいて、姫和ちゃん!私が相手する」

 

ほぼ復活した状態の可奈美が八相の構えをしながら沙耶香と姫和の間に割って入る。

スパイダーマンは恐らく可奈美が何をするのかを何となく察した為、沙耶香は可奈美に任せる事にしたその矢先羽根を飛ばしてクモ糸を切断したり、ヴァルチャー自体が高機動向けの装備でありながら格闘武装が極端に少ない事を懸念してか自衛用に無いよりマシか程度で持ってきていた御刀を格納スペースから取り出し、クモ糸を切り払ったヴァルチャーが起き上がり再度空中へ上がりスパイダーマンの方を向き欠けたヘルメットから見える顔から殺意の籠った視線を向けている。

 

「やりやがったな、クソガキが」

 

「あー…お嬢さん、そっちは頼むね。僕はこれからバードハンティングだからさ!」

 

「うん、任せて!」

 

ヴァルチャーのこれまで何人も殺して来たであろう真の殺戮者の顔になった視線に恐怖心を覚えたが今ヴァルチャーの敵対心は自分の方に向いている。なら、自分が相手をすべきだろう。

復活した可奈美の力を信用しているスパイダーマンは可奈美に沙耶香の相手を任せると、その信頼の心に応えるかのように可奈美が力強く返してくる。

そんな二人の様子を見て、二人がこんなに信頼し合っているのか不思議な様子で見つめる姫和。

そして、軽く肩を回した後にヴァルチャーに向けてクモ糸を放つスパイダーマン、これから乱入者も含めた第2ラウンドが始まる。

 

 

 

 

「さぁ、第2ラウンドだ!」

 




far from homeの予告が来てうはー!って感じでテンションが上がり、夏が楽しみになってきました。
MCUのフェーズ4の一作目という事で期待出来ますねぇ!まぁ、その前にアベ4で色々覚悟させられそうですがね……。
しかし予告公開早々ミステリオ自演説流れてるのは流石に草。
そしてやっぱMCU版のヒロインはまたしてもネッド君なんですかね。


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第15話 バードハンティング

さぁ対決だ。

報告:2月11日、13~15話に多少変更を入れました。

余談:バースの予告見てマモのピーター少しクール過ぎるなぁ、まぁ年長者として雰囲気出すためかなぁ→新しい予告を見る→若干渋いけどいつも通りのピーターだったwwそしてマモのピーターもいいなwwwってなりました。


「坊っちゃん、スパイダー野郎が来やがった。こうなりゃなりふり構ってらんねえ、危険な芽は先に摘んでやるぜ。最悪全員死体で構わねぇか?」

 

『お、おいトゥームス殺しはよせ!!生捕りにするんだ!不利なら撤退しても構わない!』

 

 

「チッ!つっても難しいぞ。まぁ善処すっけど五体満足かは期待すんなよ、そんじゃ切るぜ」

 

ヴァルチャーは上空に飛翔しつつ通信機能で捜査本部へと連絡を取る。

勿論スパイダーマンが参戦してきた事を連絡していた。

しかし、戦況は3対2であるため相手を生捕りにするのは不可能であると判断したヴァルチャーは最悪殺しても構わないか栄人に問いかける。勿論完全に職人としてのスイッチが入ったヴァルチャーは最初から殺る気マンマンだが。

当然ながら栄人は友人である可奈美を案じてかヴァルチャーには殺す必要は無い、生捕りにしろと必死に訴える。

が3人とも強敵であるためなるべく努力はするが無力化させるために五体満足で連れて帰れるかは期待するなと悪態をつきながら告げる。

 

しかし、通信を切ると同時に栄人は回収班を向かわせる手配を行っていた。

最悪ヴァルチャーを鎮圧して貰うためだ。自爆装置を押すのがベストだったが意外にも機械の扱いにも精通していた為取り外されてしまっていた。

 

 

 

一方、先程クモ糸を切断する為に御刀を使用し、格納スペースに仕舞う姿を見てヴァルチャーが御刀を使用している事に憤りを感じている姫和はヴァルチャーに問いかける。

 

「何故貴様のような者が、御刀を使っている!?」

 

 

「テメェの許可がいるのかよぉ、殺しの為の道具を殺しに使って何がワリィんだっての!戦場じゃあ利用できるもんは何でも利用すんだよ、洗脳したガキだろうがジェリコミサイルだろうがなぁ!」

 

 

「何だと!?」

 

姫和の問いかけに対し、スパイダーマンと戦闘をしているため視線をそちらには向けずに当然かのように答えるヴァルチャー。

頭のネジが外れているとは思っていたがここまでキッパリ言い切られると逆に清々しいまでに言ってのけられるが、そんな様子を気にすることなくヴァルチャーは持論を展開する。

 

 

「テメェらが使う御刀とやらも、この装備も、この国に住まう荒魂とかいうバケモン、言うなれば人々の生活に邪魔な敵をぶっ殺す為に使われてんだろ?今テメェらもそこの嬢ちゃんや俺という邪魔な敵をぶちのめす為に振るってるようになぁ・・・・テメェの御刀とやらもその為にあんだろうがぁ!」

 

 

「違う!私は・・・っ!」

 

 

「何が違うって?えぇ!?国家に刃向かうただのテロリストさんよぉ!」

 

この国に住む異形の怪物荒魂、その存在は人々を脅かし、生活を壊し、荒魂と人間達の戦いの歴史の中で多くの命が失われていてそれに対抗するのが御刀だ。

そして飛行型の荒魂を追撃し、後々には機動隊や警察にも配備されて戦闘機を撃ち落としたり、立て籠ったテロリストを殺すためにも使われていくのがヴァルチャーユニットだ。

 

言い替えれば自分達の邪魔をする者達を殺す為の道具である事もまた事実であり、ヴァルチャーは殺しの為の道具を殺しの為に使用して何が悪い?今自分達も沙耶香やヴァルチャーという自分達の目的を阻む敵を倒すために振るっている。それと何が違う?とまるで筋など通っていない屁理屈だが、国家に歯向かうテロリストだと正面から揶揄され、母親から受け継いだ小鳥丸を殺しの為の兵器だと吐き捨てられその上ヴァルチャーの威圧的で且つ人を小馬鹿にした態度に冷静さを保てない程怒りのボルテージが上がって来ている。

 

 

 

「姫和ちゃん!相手にしちゃダメ!ペースに飲まれるよ!」

 

 

「ならばお前にコイツらを斬る覚悟はあるのか!?甘い事を言ってるとお前が死ぬぞ!」

 

 

「斬らない!」

 

可奈美はヴァルチャーがわざと姫和を怒らせてペースを崩そうとしている事を何となく見抜き、相手にするなと告げる。

しかし、相手は自分達を容赦なく殺す気満々の危険な相手、そして任務遂行の為に自身の命を省みず例え写シを剥がされようと斬りかかってくる沙耶香。

斬らなければ自分がやられるこの状況で、このような敵を斬る覚悟はあるのかを問いかける。

しかし、可奈美の答えは「斬らない」という強い意思の籠った言葉だった。

 

「へえーおもしれぇガキだなテメェは、なんなら素手で闘り合おうってか?俺はどっちでも構わねえけどな!ハハハ!・・・おっと」

 

意図を全く理解していない、もとい出来ないヴァルチャーはツボにハマッたのか先程までスパイダーマンに向けて怒っていた感情や、二人を威圧していた時とは打って変わってからかうように笑い出す。

 

 

直後スパイダーマンが空中に向けて放つウェブをヴァルチャーは上体を反らす事で攻撃が当たる面積を少なくしながら横に回避し、姿勢を変えてすかさず光子熱戦銃で反撃をする。

 

(なんつー操縦テクだ!まともな射ち合いだと決め手にならないかも・・・・っ!)

 

(ちっ!さっきのガキの方が厄介だがこっちは遠距離攻撃もして来やがるから下手に隙を作るとこっちが的になるな・・・ったく、めんどくせぇ!)

 

そんなクモ糸と光弾が飛び交う状況の中相手の後ろには交戦中の3人だけでなく人が住んでいるマンションもあるためヴァルチャーの注意を自分に向けるためにいつもの軽口でおちょくり始めるスパイダーマン。

マンションの住民のほとんどが戦闘に怯えて籠りきりになっている為、尚更注意を引くべきだろう。

 

 

「Hey!ビッグバード!君のカラーにそぐわないけどハイテクなの持ってんね!どこで拾ったの?子供相手にそんなん持ち出して住宅地でぶっぱとか大人げないんじゃない?」

 

「別に黄色くねぇだろうがベラベラ喋りやがってこのオカマ野郎が!戦場じゃテロリストのガキを潰すために街を焼くなんざ日常茶飯事だっつーの!テロリストにはテロで立ち向かうってなぁ!」

 

 

「この俺がオカマだとぉ・・?ってそれコルテラル・ダメージのネタ?もしかしてシュワちゃん映画好き?気が合うかも!でもごめんね、僕コマンドー派なんだ!」

 

軽口でヴァルチャーを挑発しヴァルチャーの銃から放たれる光弾を回避しながら車の上に乗りそのままジャンプして高さを利用する為にマンション向けてクモ糸を放ち勢いを利用して飛び上がり空中でヴァルチャーにクモ糸を放つ。

しかし、ヴァルチャーも上空を高速移動しながら熱戦銃でクモ糸を的確に撃ち落としていく。

しかし、弾切れ寸前まで撃っていた為、銃からはエネルギー切れを伝える警告音と光が点滅していて残量は思っていたより少ない事に気付く。

 

 

(ちっ、試作品の弾数なんざこんなもんか・・・・おっ、いいこと思い付いたぜ)

 

 

ヴァルチャーは残弾が残り1発なのを把握した瞬間に真下の駐車場の様子を見てあることを思い付く。

 

先程可奈美の動きを封じる為に翼から放った超音波の巻き添えで車の大半が大破し、車体が潰れている為かガソリンが漏れ始めていることを確認した。

 

 

スパイダーマンがガソリンが漏れている車の位置の中心

に来るように誘導するように移動するヴァルチャー。

スパイダーマンもそのままヴァルチャーを追撃しようとする。

 

 

「行けよ!」

 

 

ヴァルチャーを追いかけてヴァルチャーに向けてクモ糸を放とうとするもののウィングスーツの翼についている可奈美に破壊されて計4体しかない羽根をスパイダーマンに向けて全て発射する。

 

「僕らが言うのも何だけど鳥が使うにしちゃ進歩し過ぎじゃない!?」

 

『追尾式の射撃武装です。ある程度は自動で追いかけて来るでしょう。ですが対象に突っ込む以外に機能は無さそうなので高速発射で撃ち落としましょう。』

 

「ビーム撃ってこないだけ良心的だね!それで行くか!」

 

 

「誰と話してやがんだ・・・」

 

ヴァルチャーの両翼の端から放たれた羽根の刃が空中でスパイダーマンの姿をロックし、変則的な動きで四方向にバラけながらスパイダーマンに襲いかかる。

一方ヴァルチャーはスパイダーマンは一人でベラベラと喋る奴だとは思っていたが今のはまるで誰かと会話をしているように見える為、妙な違和感を覚え、困惑する。

 

こちらに向けて飛んでくるヴァルチャーの羽根をカレンがスキャンして分析すると即座に自動で追尾してくる刃のついた羽根をスパイダーセンスで感じ取ったスパイダーマンは落下しながらスパイダーセンスで自身を狙う位置を予測してウェブシューターの高速発射のモード「ラピッド・ファイア」に切り替えて飛んでくる羽根に向けて両腕を交差して左右からの飛んでくる2本の羽根に当てて撃ち落とす。

 

(よっしゃ!2本落とした・・・・ってそっちからも来るのか、ならこれも試すか出力強め、スタークさんの猿真似だけど!)

 

「ショック・ブラスター!」

 

 

真下と頭上に来ていた残りの2本は直撃する寸前にウェブシューターのモードを音波のパルスの衝撃波を飛ばすモードの「ショック・ブラスター」に切り替え、スタークがアイアンマンで空中を飛行する時にリパルサーの推進力を利用している事を参考にし、真横に向けて出力を強めに発射してその放たれた衝撃波を推進力にして空中でほんの少し移動する。

するとヴァルチャーの2本の羽根は当たる瞬間のギリギリでスパイダーマンに回避された事によりお互いに衝突して大破する。

 

しかし迎撃に徹していた為、高度も車の少し上程まで来ており見事にヴァルチャーが誘い込もうとしていたポイントに着地する位置に来てしまっていた。 

そしてスパイダーマン落下して地上に着地しようとするタイミングを狙い、車に向けて光弾を放つ。

 

「あばよ、マヌケ」

 

 

「何言ってんのー?全然明後日の方向ですけどー?」

 

 

『地上の車の数々からガソリンが漏れ出しています。このまま落下すると中心位置に落ちて引火、爆発に包まれるでしょう』

 

 

「はぁ!?マジ!?それ先に言ってよ!」

 

 

スパイダーマンが着地したと同時に光弾が車に直撃し、車が連鎖爆発を起こし、炎でダメージを与えつつ酸素と視界を奪ってから接近戦に持ち込む算段だとAIカレンの分析から判断したスパイダーマンはやむを得ず一番手頃な駐車場の街灯に向けてクモ糸を放ち吸着すると強くなった引っ張り強度の反動を利用して、腕を後ろに引っ張ることで反動を付けて移動する。

 

ヴァルチャーの放った光弾が半壊した車に直撃し、引火する事で爆発し、カレンの分析通り着地予定だった位置が数々の車の爆発により火の海になり、ギリギリ直撃は避けられたものの爆風により吹き飛ばされ空中では受け身を取ることが出来ずそのまま街灯に激突する。

 

「うおぁっ!」

 

「「!?」」

 

「・・・・」

 

超音波の影響からある程度回復したがまだ本調子ではないのか未だ交戦していた可奈美と沙耶香、姫和の3人も連鎖爆発を起こした車の爆風と轟音と火の海になっている駐車場に驚き一瞬戦闘を止めたが、すぐに沙耶香は気にする様子もなく斬りかかってくる。

一瞬反応が遅れたが横凪ぎに千鳥を振ってその剣戟を弾く。

 

ヴァルチャーの狙いとしては車の爆発でダメージを与える事であったがその前に気付いたとしてもどこかに避難する必要があるためその瞬間に隙ができる事を狙い、その瞬間を見逃さずに格納スペースから無いよりはマシ、武器が全て無くなっても良いように念のため見張りの刀使から無理矢理拝借した御刀を取り出し正眼に構え、突きの構えを取りウィングスーツの背部エンジンを最大まで蒸かしながら高速で一直線にスパイダーマンに突っ込む

 

「ゲホッゲホッ!あっぶな!あいつより先にフライドチキンになるとこだった・・・・」

 

『二酸化炭素を一気に吸い込んだ影響で少し息苦しいかもですが、耐熱機能により思ったより熱によるダメージは少ないようです』

 

車の爆発に吹き飛ばされ、連鎖爆発により酸素を奪われ、二酸化炭素を吸い込んだ事により息苦しさにより街灯に激突した後も咳き込んでいた。しかし、スタークが作成したスーツの耐熱機能により思ったより熱によるダメージは少ない事を内心感謝していた。

その矢先、スパイダーセンスで危険を感じ取り、上空からエンジンで加速しながらヴァルチャーが繰り出して来た突きを横に転がる事により紙一重で回避し、スパイダーマンが先程いた位置をヴァルチャーが通り過ぎる。

 

「逝っちまいな!」

 

「おっと!」

 

回避と同時にどさくさに紛れてヴァルチャーの背中に向けてクモ糸を射出して当てる事に成功するがそのまま

一気に上空へと加速して飛翔すると踏ん張る間もなく糸を掴んでいたスパイダーマンも空中へと引っ張られる。

 

だがその途中で、片手で間近の街灯を掴むと街灯を掴む腕力とヴァルチャーのウィングスーツの引っ張る力が拮抗し、両者からの力により街灯が曲がり、形を変えるほど変形し、今にも折れそうになる。

 

「ぐっ!」

 

ヴァルチャーも飛翔している途中で突然強い力に引っ張られ空中で動きが止まり、驚く。

背中に着いたクモ糸が引っ張られた事により引っ張り強度が強くなり尚且つ片腕でとはいえスパイダーマンの怪力に掴まれているせいでこれ以上は前に前進することが困難になっていた。

しかし、ヴァルチャーが空中で身体を力強く回転させるとスパイダーマンが掴んでいた街灯のアームが折れる。

 

「嘘!?折れた!・・・ってうわあああああ!」

 

街灯が折れ、拮抗していた力から解放されたヴァルチャーはさらに上空へ、マンションの屋上のヘリポートの付近まで引き上げられ、反動で折れた街灯も手から滑り落ち地面に落ちる。

空中で糸を掴みながらも高速で飛び回るヴァルチャーの動きに振り回され、マンションの壁に叩きつけられ、衝撃による痛みを感じたがそんな暇も与えず身体を引き摺られるスパイダーマン。

ヴァルチャーはそのまま高速で飛び回りながらスパイダーマンを引摺り回し、叩き付けて体力を奪うつもりだ。

更にマンションの周りを飛びながらスパイダーマンの身体を引摺り回すヴァルチャー。

 

 

「うあっ!いった!」

 

「ハハハ!そのままじわじわ痛ぶってやるぜクソ野郎が!」

 

しかし、糸を離したとしても着地と同時にまたヴァルチャーから追撃を受けるだけだと考えているスパイダーマン。

そこで1つある機能を思い出したスパイダーマン。

 

 

-先日、スタークインダストリーズのトレーニングルームでスーツの機能をおさらいしていた際にあるウェブには威力の調整が入っているという事をカレンに説明されていた事を思い出した-

 

『他にもあなたが以前に作成していたウェブのモードにも調整が加えられています。例えばテーザー・ウェブ(電気ショックウェブ)を放っても充電は減らず、威力も上がっています』

 

「ふーん、それで威力ってどんなもんなの?」

 

『恐らく、通常の威力では生身の人間、機動隊までなら失神させる程で、最大出力で撃てば特殊なパワードスーツを着ている相手にもスーツの上からでもダメージを与えられるしょう』

 

「何それこっわ!出来ればあんまし撃ちたくないなぁ・・・」

 

この時、カレンから電気ショックウェブの威力に大幅なアップデートが加えられていた事を伝えられ一歩間違え無くても凶悪なウェブだと伝えられ、使用は極力控えたかったスパイダーマンだがこのままではジリ貧だと考えたスパイダーマンはやむを得ず使用する事にした。

引き摺られながら左手をウェブシューターのスイッチにかけ、スーツのマスクの視界から見えるHUD(ヘッドアップディスプレイ)に接続し、ウェブのモードを切り替える。

 

「あのさぁ!今止まれば痛い目見なくて済むかもよ、早く地上に降りなよ!これでも親切心で言ってるんだけど!」

 

「その手に乗るかよバーカwwwテメェはこのままくたばりな!」

 

「あっそ!じゃあどうなっても知らないよ・・・・くらえ!電気ショックウェブ!」

 

スパイダーマンの警告を無視するヴァルチャーに対し、どうやら遠慮はいらないと判断したスパイダーマンは電気ショックウェブのスイッチを押す。

するとスパイダーマンが掴んでいる糸から眼で視認できる程の蒼白い電流がヴァルチャーに向けて流れ始め、ヴァルチャーのウィングスーツに到達するとヴァルチャーの全身にスパイダーマンのスーツから流れる高圧電流による電気ショックが伝わり、全身の細胞が焼き切れるかのような激痛が走る。

 

「ぐあああああああああ!」

 

「人の話はちゃんと聞こうね、お馬鹿さん!」

 

屋上のヘリポートまで来た所でヴァルチャーの飛行速度が減速し、スパイダーマンは安全に飛び降りてヘリポートに着地し、飛び乗る前にウェブの機能の複数の方向に裂けるウェブ、スプリットを作動させヴァルチャーのスーツの節々に張り付け、屋上のヘリポートに固定した。ヴァルチャーは気絶はしなかったもののかなりのダメージを受けたのか空中で痛みに耐え、もがいている。

今が反撃のチャンスだ。

 

スパイダーマンは両腕からクモ糸をヴァルチャーの両翼に飛ばし糸がしっかりと吸着するのを確認すると身体を後ろの方へと思い切り踏ん張り、反動を付けて足を離すとそのまま勢いに乗ってヴァルチャーの腹に向けてドロップキックを入れる。

 

「でやぁ!」

 

 

「ぐおっ!」

 

 

蹴られた衝撃でヴァルチャーが後方へと飛ばされ、ヴァルチャーを固定していた糸が千切れていく。

そのままスパイダーマンはヴァルチャーの肩に手を置きジャンプで頭上を越えてウィングスーツの背後に飛び乗る。

 

「飛べねえ禿鷹はただのハゲだ・・・・まぁ別にハゲて無いっぽいけど!」

 

 

「テメェ、まさか!?」

 

ウィングスーツの上に乗ったままいつもの変声期を向かえた声で出せる最大限野太い声でジョークをかました後に、ヴァルチャーは次にスパイダーマンが何をする気なのかに薄々勘づく。

次の瞬間、ウィングスーツのエンジンの部分に狙いを定める拳を大きく振りかぶり、力任せに降り下ろす。

 

「させっかよ!」

 

かなり全力で殴ったがヴァルチャーが再度空中で身体を捻って振り落とそうと揺らしてきた為か狙いが逸れ、エンジンの少し上の部分を殴ることによりエンジンの半分が潰れた程度で完全に破壊は出来なかった。

 

しかし、飛行が前よりも自由が効かなくって来ているようであるため再度背後を攻撃する。

エンジンを無理矢理蒸かし、高速で上空を移動し揺らしながら振り落とそうとしてくるヴァルチャー、しかしスパイダーマンは自身の壁などに引っ付く能力を利用し、ウィングスーツに張り付いて振り落とされ無いように踏ん張っている。

 

(左の翼が右よりは器用に動かせてない。なら、もう片方もこうすれば!)

 

振り回されながらスパイダーマンはヴァルチャーのウィングスーツの翼の動きに違和感を覚えた。

そして可奈美の八幡力を使用した一撃によりダメージを受けて右よりは自由に動かせなくなっている左翼を確認すると右足を上げ、しっかりと背中に吸着したまま右の翼を踏みつけるように何度も蹴るスパイダーマン。

 

「墜ちろ!カトンボ!」

 

「テメェが虫呼ばわりすんじゃねえ!クモ野郎が!」

 

「悪いね!蜘蛛って厳密に言えば虫じゃなくてクモ目だよ!」

 

 

何度か力強く蹴りを入れた事でスーツから蒼白い火花が散り始めた、その直後に右翼が潰れ、姿勢が安定しなくなったヴァルチャーは空中を錐揉みしながら地上へ落下していく。

 

「テメェ!」

 

 

(このままだと相手の方は転落死しかねない・・・っ!僕は決めたんだ、人に化けた荒魂以外は討たないって!だからこんな奴でも助けるさ、助けりゃいんだろこんちくしょーめ!)

 

半ばヤケクソになりながら、自身の中で人に化けた荒魂以外は討たない。そう決めていたスパイダーマン。

例え、相手が傭兵で女であろうが子供であろうが容赦なく殺すことが出来る危険な相手だとしても助けられるかも知れない命を放っておく事が出来なかったスパイダーマンはそんな優柔不断な自分に対してヤケクソになりながら落下していくヴァルチャーの落ちていく位置を確認し、そちらに向けてウェブグレネードを投げつけるとウェブグレネードがウィングスーツに吸着し、ヴァルチャーはそのまま落下しながら駐車場の少し後ろの木が生えている庭へと墜落する。

 

その途中でスパイダーマンが付けたウェブグレネードが炸裂し四方八方に飛び散って木々に吸着し、衝撃を大方軽減する事が出来たものの重力と落下速度に耐えきれず糸が千切れて、木々の下に背中から落下する。

背中から落下したもののウェブグレネードにより勢いを軽減された事により背中を強打した以外のダメージが無い事に驚くヴァルチャー。

 

(何考えてやがんだあのガキは・・・・傭兵である俺をナメてやがんのか?敵に情けをかけられるなんざぁ傭兵にとっちゃ最大の屈辱だぞクソッタレが!)

 

 

ヴァルチャーは今ここで息の根を止めないと何度でも自分達に危害を加えるであろう自分を見捨てず生かしたスパイダーマンに対し、感謝の気持ちなど一ミリも沸かない。

空軍を追い出され今日まで傭兵として金のために多くの兵士、民間人、テロリスト、中には上空から町1つを焼け野原にしてきた自分からすれば敵から施しを受けるなどこれ以上ない程の侮辱だ。

傭兵としての最大のプライドを傷付けられたと言っても過言ではないスパイダーマンの行為に対し、商売を邪魔された時以上に苛立ちを隠せなくなっていくヴァルチャー。

 

ウィングスーツからも蒼白い火花が飛び散り始めており、装備の損壊率も90%以上を越え、右の翼も大破し、もう既に数メートル浮いて飛ぶのが精一杯な程であるがスパイダーマンに対する殺意だけでまだ立ち上り拝借してきた御刀をまたしも拾い上げ、再度狙いを定め始める。

 

「野郎・・・・っ!よくも俺をナメ腐りやがったな」

 

『トゥームス! もうスーツを棄て撤退しろ!下手にそれ以上無理に動かすとウィングスーツが爆発する!』

 

「へぇーそいつぁ良いこと聞いたぁ・・・・悪いな坊っちゃん、このまま手ぶらじゃ帰れねぇ。ヴァルチャーぶっ壊しちまうかもだがターゲット共にダメージは与えっから許してチョンマゲ」

 

『何をする気だ!?バカな真似はよせ!』

 

怒りで冷静さを失っているヴァルチャーであったが、捜査本部の通信から栄人から通信が入る。

機体にかなりのダメージが蓄積していた為かスーツの損壊率が思っていた以上に酷く、蒼白い火花が飛び散っている事からこれ以上下手に動かし過ぎるとウィングスーツが爆発する旨を栄人から伝えられすぐにスーツを解除するように伝えられるがスーツが爆発するという発言を聞き、一旦冷静になりひとつ思い付いた事があり、スパイダーマンに殴られた事により半分が欠けたヘルメットから覗く顔が不気味に歪んでいく。

そして、ヴァルチャーのウィングスーツをパージして庭の中に隠れる。

 

 

一方、マンションの壁にクモ糸を飛ばし、スウィングしながら着地するスパイダーマン。

 

「こっちは大体オッケー!そんじゃあ、やっちまえ!」

 

ヴァルチャーがウェブグレネードで衝撃を吸収して不時着した姿を確認し、再度追撃が来ないかを警戒して構えるスパイダーマン。

 

スパイダーマンとヴァルチャーが上空で戦闘をしている間も交戦は続いていたようだが回復してきた可奈美が沙耶香の太刀筋にも慣れ始め、 無念無想の影響で動きが単調化してきた動きを読み容易くいなし始める。

 

(この娘の剣、前はこんなんじゃ無かった。剣から何も伝わって来ない)

 

無念無想により迅移を発動させながら突きを繰り出して来る沙耶香。だが、単調になっている今の動きでは可奈美を捉える事など出来ない。

そして、突きを身を低くして回避し可奈美は自身の気持ちを魂に乗せて叫ぶ。

 

「そんな魂の籠ってない剣じゃ何も斬れない!」

 

繰り出した突きを姿勢を低くして回避し、その間に潜り込んで沙耶香の御刀、妙法村正の柄を掴んで奪い取り、後方へ投げる。

言葉通り沙耶香を見事に斬らずに無力化したその姿にその場の全員が脱帽していた。

沙耶香も御刀を投げられた為、戦意も喪失し、可奈美を見上げている。

 

「覚えてる?1回戦で戦った衛藤可奈美。あの試合すっごく楽しかった!沙耶香ちゃんの技、ずっとドキドキしっぱなしだったんだよ!また、いつか私と試合してくれない?」

 

 

「約束!」

 

先程まで命のやり取りをしたいたとは思えないほど爽やかに、そしてフレンドリーに手を差し伸べながら友好的に接する可奈美。

直後に手を取られ、戸惑っている沙耶香。

両者の間にスポーツの試合の後のような和やかな空気が流れている。

 

 

「ところがぎっちょん!」

 

すると唐突に男の声がその和やかな時間を崩壊させる。

マンションの庭の木の陰に隠れながらヴァルチャーの遠隔操作のスイッチを押すトゥームス。

 

スイッチを押すと四人の背後から蒼白い火花を飛び散らせながらダメージが蓄積し、既に大破しているヴァルチャーのウィングスーツが独りでに動き出し四人に向けて直進してくる。

 

「 Addio (アッディーオ)、ガキども!纏めて御陀仏!鎌府の嬢ちゃんは避難しな!・・・おっと壊れちまったか」

 

すると隠れていた木の陰から出てきたトゥームスがヴァルチャーの遠隔操作スイッチを操作しながら逃げる旨を伝えて走り去ろうとする。

すると同時に遠隔操作スイッチが壊れ、ヴァルチャーのウィングスーツは更なる暴走を始める。

 

かなりスピードはあるが先程よりはスピードは落ちている為、回避は可能だろうと判断できるがこちらに近付くたびにあらゆる箇所から炎が飛び出している。

 

スパイダーマンは飛んでくるヴァルチャーのウィングスーツを視認した直後にスパイダーセンスが発動し、ただ回避できれば良いだけではないと感じ取った。

それと同時にカレンがヴァルチャーのウィングスーツをスキャンして分析を始める。

 

『蓄積していたダメージがスーツの耐久力の限界を超え、ウィングスーツの爆発まで残り1分。尚且つ遠隔操作スイッチが破損した事により暴走。このままだと所構わず飛び回り、爆発してマンションに被害を及ぼすでしょう』

 

「マジそれ超最悪!僕らが避けれても後ろのマンションに突っ込んで爆発って事!?」

 

「何だと!?」

 

「どうするの!?スパイダーマンさん!」

 

カレンの分析により、仮に自分達が回避できても暴走したウィングスーツがマンションに突っ込んで爆発すれば大惨事所では無くなると判断したスパイダーマン。

ヴァルチャーの狙いとしてはもし仮にウィングスーツを止めずに回避した場合後ろのマンションの住人に被害が出る。ならばそれを止めるためにこの爆発寸前のウィングスーツを止めるために躍起なるだろう。

少なくともスパイダーマンは確実に止めに来る。

鼬の最後っ屁のような悪足掻きだが、これ以上に無いほどの卑劣な嫌がらせだ。

 

その発言に驚き耳を疑う3人。

写シを貼ったまま斬ればいつもなら問題ないが全員苛烈な戦闘による疲労によりもう既に残り一回分も貼れない状態だ。

可奈美にどうするのか聞かれたスパイダーマンは1つ方法を思い付いた。

 

 

 

「被害が極力少なくなるように上空で爆発させるとかかな・・・」

 

「だが、どうやって上空まで運ぶ!?」

 

「僕がアイツに取り付いて上空まで移動させてその後飛び降りるとかかね」

 

「だ、大丈夫なの?」

 

 

「し、しししし心配するな!俺がついてる!」

 

 

「一人称、ブレてる」

 

 

「でもやるっきゃない!僕を信じろ!ほらこっちだ暴走特急!」

 

 

思い付いたはいいが、上空まで運ぶ方法が思い付かない為、姫和に力強く質問されるとスパイダーマンは自身がウィングスーツに取り付いて上空まで運ぶ案を出す。

直後に可奈美に大丈夫なのか心配される。

勿論不安が無い訳ではなくむしろ不安しかないが安心させる為に精一杯虚勢を張るものの噛んでいる上に声も震えて上擦っており、一人称も普段の僕から俺にブレている程動揺している素振りを隠しきれていない。

勿論沙耶香には冷静に一人称がブレている事を冷静に突っ込まれるが、その事で少し落ち着いたスパイダーマンは自身に向けて突っ込んで来るヴァルチャーのウィングスーツをジャンプする事でかわし、ウィングスーツの真上で両手を構えてクモ糸を発射して吸着させウィングスーツの上に着地するスパイダーマン。

 

「どうどう!なんて言っても聞かないんだろうなぁこの暴れ馬は!どっちかっていうと鳥だけど!」

 

「こんな時でもふざけるのかお前は!一歩間違えばお前が死ぬぞ!」

 

「大丈夫大丈夫!知ってた?蜘蛛って意外と頑丈なんだよ!イヤッホオオオオ!」

 

 

左右に両手にクモ糸を手綱のように持ち、クモ糸を自身の方へと引っ張る事でウィングスーツは方向を変え、先程の位置から垂直に上空へと飛翔していく。

地上からぐんぐんと離れていき、こちらを見上げる3人の姿が徐々に小さくなっていく姿を見て、先程は姫和の前で強がっていたが実際にやってみるとかなり恐ろしく、軽く泣き言を言いながらも上昇を続けるスパイダーマン。

 

 

「ひぇー!こんな状況じゃ無かったらマジ最高なんだけど今は状況が状況だから超最悪!」

 

『爆発まで後30秒』

 

「もうちょい早く飛べないのかよこのポンコツ!」

 

累の住む高層マンションの中間辺りを過ぎるとカレンが爆発までの時間を知らせてくれるが今のスパイダーマンにとっては死への秒読みに近いため、本当に心臓に悪い。

 

上昇は更に進み、マンションの屋上のヘリポート付近まで来る。

 

『爆発まで残り15秒』

 

「よし!もうちょいだ!一気に上がれ!」

 

取り敢えず残り10秒以内にマンションの屋上を通過出来た事に多少希望が湧くが更に上空に行かないと安心出来ないため気を抜かずに更に上昇する。

 

『爆発まで残り5秒』

 

マンションの屋上のヘリポートからも更に離れ、ここならば被害は少ないと判断したスパイダーマンは糸から手を離し、ヴァルチャーのウィングスーツを強く蹴り、反動を着けて距離を離そうとする。

そして、スパイダーマンがウィングスーツから離れた直後。限界を迎えたウィングスーツが上空で爆発する。

 

 

「カレン!パラシュートよろしく!」

 

『了解、パラシュート展開』

 

爆風に押されて更に降下しながらカレンに指示を出す。マンションの屋上よりもかなり高い位置から落下していき、掴まる場所も無い為、上空で背中のクモのマークが点滅し始めてパラシュートが出てきて開き、ゆったりと地上に降下していく。

 

そして、スパイダーマンは何事も無かったかのように着地し、パラシュートを切り離す。切り離されたパラシュートは風に流され燃えている車の所に飛んでいき焼かれて灰になる。

 

「これで全員無事かな?」

 

 

「本当にやってのけたのか?・・・・お前は」

 

「超ヒヤヒヤしたけどね!命懸けじゃなかったらそこそこ最高だったけど!あー・・・ていうかそろそろここからズラから無いと警察やら管理局が嗅ぎ付けるかも」

 

スパイダーマンは全員に向き直り、いつもの軽い口調で無事を確認する。

姫和はスパイダーマンが誰も傷付けずに惨劇を回避した手腕を見て、やはり本当に人間なのか、そして明らかに性能が桁外れなスーツを新調している事に疑念はあるが内心では怪我人がおらずら自身も誰も斬らずにすんだことにホッとしていた。

 

「そうだね。そろそろ行こう。累さーん!もう出てきて大丈夫ですよー」

 

「あー怖かったー・・・何度かもう死ぬかもって思ったよー。ほんとありがとね、スパイダーマン!」

 

「あなたの親愛なる隣人スパイダーマンとしてやるべき事をやっただけです、それに皆がいたから勝てたんですよ!」

 

スパイダーマンのそろそろ移動した方が良いという提案に賛成した可奈美は隠れていた累を呼び、マンションから出てくる。

あれだけ光弾が飛び交い、車が爆発して火の海になるような光景が繰り広げられたのだから一歩間違えばトラウマになりかねない光景に驚いていたようだが事態を納めてくれたスパイダーマンに感謝する累。

 

「あ、あの・・・・ごめんなさい。私達のせいで」

 

「あーいいよ気にしなくて。君は命令されただけだろ?一番必要以上にハチャメチャにやらかしたのはあのビッグバードだし。あの野郎今度会ったらフライドチキンにしてやるからなべらぼうめ!それに、君は僕に何もしてないだろ?誰も怪我してないしさ」

 

「だから、大丈夫。なっ!」

 

沙耶香が自身の救援に来たヴァルチャーが必要以上にハチャメチャに暴れ回り、尚且つ尻拭いまでさせてしまった事を謝罪する。

しかし、スパイダーマンとしては別段沙耶香に何かされた訳ではない上に、何よりヴァルチャーに散々引っ掻き回された事に頭に来ていた為、沙耶香の緊張を解すためにふざけた声色でジョークを言いつつサムズアップする事で多少空気が和むがその直後

 

 

 

 

 

「いてっ!」

 

上空から処理するのを忘れていたヴァルチャーのウィングスーツの残骸の一部がスパイダーマンの脳天に直撃する。

完全に気が緩んでいた為、スパイダーセンスが発動しても反応に遅れてしまい、頭上から来た残骸に気付かずに脳天にクリーンヒットし、横に倒れるスパイダーマン。

せっかくヴァルチャーを撃退し、怪我人を出さずにウィングスーツを破壊した大立ち回りを見せた直後に処理し忘れたウィングスーツの残骸が頭に直撃して倒れるという非常にしまらない姿に姫和は困惑。可奈美、累は苦笑い。沙耶香は無表情で見つめていた。

 

「せっかくちゃんと決めたのに何でこうなるのおおお!?」

 

『私は知りません』

 

 

 

 

 




ブラックパンサーとIWとバースがアカデミー賞にノミネートされましたね。
ブラパンの民族風の音楽やら世界観やらとても素晴らしい映画だったと思います。なにより外せないのはヴィラン、キルモンガーの存在でしょう。
私個人としてはMCUのヴィランでは一番キルモンガーが好きなヴィランなった程素晴らしい悪役だったと思います。次点はヴァルチャーとウィンター・ソルジャーですかね。
そして、公式Twitterでヴェノムとデップーがアカデミー賞逃したことについて言及してたのは草生えましたww



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第16話 素顔

報告:2月11日。13~15話に多少の変更を追加。


ヴァルチャーとの戦闘を終え、ヴァルチャーのウィングスーツが爆発により焦げた残骸が駐車場に散らばっている。

 

管理局がマンションに来る前に移動する事にした面々は奇跡的に累の車が無事であった為、姫和を助手席、後部座席に沙耶香、可奈美、到着前に近くの木にクモ糸でリュックを貼り付け、今はそのリュックを回収し、変装用の私服をスーツの上から着用しているスパイダーマン。

 

車の中であるが管理局側の沙耶香に素顔を見られる訳には行かないため車の中でも覆面をしていた。

 

 

しばらく車を走らせある程度進んだ所に累は車を止め、沙耶香を解放する。

 

このまま連れ回す訳にも行かない上に、一歩間違えば誘拐にも見える為だろう。

 

 

そして車が停止している間に助手席から降りた姫和が沙耶香の御刀妙法村正を差し出す。

 

 

「お前のだ」

 

 

「いいの?」

 

 

「その気があるなら抜いても構わない」

 

 

「・・・・・」

 

 

御刀を取り上げられている間は刀使の力を発動でき無い為、危険性は無いが一度手に取ればまた斬りかかると思わないのかと思い、手渡された事に対していいのかと問う。

 

力強い瞳でまだ戦う気があるならそれでも構わないと言い放つが既に戦意が失せている為、無言で受け取る事にした。

 

 

「気を付けてねー」

 

 

 

「またねー沙耶香ちゃん!」

 

 

「あーそういや、腹減って無い?ちょいと口止め料と言えばアレだけど一口どう?僕のマブダチの手作りだから味は保証するよ」

 

 

累と可奈美に気さくに声をかけられ、スパイダーマンはこの深夜遅くまで行動している為、流石に空腹だろうと思いリュックから舞衣から貰ったクッキーの袋を取り出し1つ沙耶香に手渡す。

 

 

「・・・・・・・・」

 

 

「じゃーねー、お嬢さーん!今は逃亡中で難しいけど親愛なる隣人スパイダーマンはいつだって困ってる君の味方だよー」

 

 

スパイダーマンに軽く頭を撫でられ、無言でクッキーを受け取り、その後は走り去る車の様子を沙耶香はただ見送っていた。

 

 

「は~あ、今頃家は大事だろうな~この車ももう照合されてるかも」

 

 

「えっ!?」

 

 

「確か全国の道路1500ヶ所に設置されてるっていうNシステムですよね!」

 

 

「そうそう、よく知ってるね・・・・ヤバっ検問だここで降りちゃった方がいいね」

 

 

累は運転しながら自身のマンションは既に警察及び管理局の回収班がヴァルチャーの残骸を回収しに来ていると予測し家に戻る訳には行かず、逃亡に手を貸している累の車は全国の道路に設置されているNシステムという照合システムによりバレている事を自嘲気味に予想する。

 

しばらく走ると前方に検問のために複数のパトカーが停車している姿が見えた為、路肩に停車し3人を下車させようとする。

 

 

「あのー累さん、お世話になりました!ちゃんとお礼も出来なくて・・・」

 

 

 

「すいません、巻き込んでしまって」

 

 

 

「いいから、早くっ」

 

 

 

「それじゃあまた!」

 

 

 

「ありがとうございました!」

 

 

下車した3人は累にお礼を言うものの、累はこの場に留まっていると検問や巡回中の警官に見つかる可能性もあるためすぐにこの場を離れるように催促する。

 

軽くお辞儀をした後に走り去っていく3人の姿を見つめていた。

 

 

「大変だろうけど・・・・頑張ってね。しっかし、スパイダーマンが中学生で学長の教え子さんだったなんて世間は狭いね~」

 

 

3人のこれからは茨の道を突き進む事になるのは確かであるが大人の自分はこれから未来のある子供たちが立ち止まらずに突き進む事を祈るのみであった。

 

反面、一度も顔は見せておらず普通に乗せていたスパイダーマンだが、電話をしてきた時に名前をしっかりと確認した為、正体を知ったもののまさか中学生で自身の恩師の江麻の今の教え子とはかなり意外であると同時に意外と世間は狭いなと感じた累であった。

 

 

一方その頃、公道を走る3人組であるが姫和は一旦足を止め、スパイダーマンの方へ振り返る。

 

 

 

「おい、まさかお前その格好で歩くつもりか?覆面位外せ」

 

 

「それもそうだね・・・・はぁ、カレン。マジで待ちに待ってない瞬間が来ちゃったけどどうしよう?」

 

 

『覚悟を決めてください』

 

 

「はいはいそうですね」

 

 

「だ、誰と話してるの・・・・?」

 

 

「大丈夫か?お前」

 

 

姫和の言う通りこの格好で歩き回るのは目立つ上に良くてにコスプレか不審者扱いされ好奇の視線に曝されるか、ほぼ確実に通報されてしまうため指摘する。

 

スパイダーマンもまた足を止め、ついに二人の前で素顔を晒す瞬間が来てしまった事にため息をつきながらスーツのサポートAIであるカレンに声をかけると淡々と覚悟を決めろと告げられる。

 

しかし、端から見ればスパイダーマンは一人でぶつぶつ話している様にしか見えないため可奈美と姫和は不審がっていた。

 

 

少し、視線を地面に移して俯くスパイダーマン。内心ではついにこの時が来てしまった。先日カレンと話した際も言っていたが多分この事を話せば絶対に可奈美に色々と問い詰められる。

 

しかしそれも無理はない。昔から知っている隣人が犯罪者や荒魂と戦い、クモの糸で町を飛び回るスパイダーマンであるのだから。

尚且つ昔から自分は可奈美にヒヤヒヤさせられる事もしばしばだが自身も時には可奈美に心配をかけてしまうことがあるのも事実でありお互い様な時もある。

そんな相手が超人的な力を用いて日夜命懸けの戦いをしていたのだから当然心配するに決まっている。

まぁ・・・・一番しつこく問い詰められるのは可奈美や舞衣や栄人や他の友人達の前では正体がバレない為とは言え力をセーブして100%の力で勝負しなかった事かもなと考えた瞬間若干胃が痛くなってくる。

 

 

これから自分達は行動を共にするのだからキチンと自身の正体は伝え、はっきりとさせなければならない。

いつまでもこの現実から逃げ続ける訳にはいかない。

 

-今がその時だ-

 

スパイダーマンは両者の方に向き直り、一度深呼吸をして、徐々に声をいつも通りのトーンに戻しながらスーツの覆面を掴んで上の方へと引っ張り、徐々にスパイダーマンの素顔が露になっていく。

 

 

 

「しゃーないか・・・・僕だよ可奈美。僕として会うのは3日ぶり位?」

 

 

 

スパイダーマンの覆面が取れる。そこには一見は中性的で冴えない風貌の、クラスでは目立たない陰キャ。少なくとも女子にはモテないであろう事が想像がつく美濃関学院の中学生、スパイダーマンの中の人、可奈美の幼少期からの友人であり隣人の榛名颯太の顔があった。

 

 

 

「そ、颯ちゃん!?」

 

 

 

「何だ、知り合いか?」

 

 

姫和はスパイダーマンの素顔を見てもパッとしない。ほんとにコイツか?多分一年同じクラスでも顔をはっきりと覚えられないタイプ。と地味で薄味な印象を受けたが実際に先程まで共に行動していた相手が目の前で覆面を取ったことにより簡単に事実を受け止めたが、反面可奈美は一瞬開いた口が塞がらない。

 

それもそうだろう。これまで自分の危機に現れては嵐のように去っていく豪快なスパイダーマンが昔から知っている相手だと知り驚くなと言うのが無理な話だ。

 

だが、初めてスパイダーマンに会った時から何故か初めて会った感じがしなかった。

 

声も昔から知っているような感覚。そして、スパイダーマンと会話をした際、どこか親近感を感じていた為、すんなりと話を受け入れる事ができヴァルチャーと戦闘した際も何故か信頼を置いても問題ないような気がしていた事に合点がいった。

 

 

「家が隣で、幼稚園から一緒で・・・どういう事なの!?」

 

 

「ちょ、揺らすなって!・・・・・ご、ごめん!ずっと黙ってて。でも今はここで立ち止まってる場合じゃない。すぐに追い付かれるかもだし。落ち着いて話せる所まで来たらちゃんと話そう」

 

 

「う、うん」

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 

二人の関係性を聞かれ家が隣同士で幼稚園からの知り合いである事を説明するがやはり知っている相手があのスパイダーマンである事には驚きは隠せないためつい食い気味に問い詰める際に接近し、可奈美は颯太の肩を両手で掴み、前後に大きく揺らす。その際にお互いの顔と顔が近くなってしまい、颯太は一瞬怯んでしまう。

正体を隠していた事を謝罪するが今はこの場所に留まる訳には行かないため、一旦落ち着ける場所まで行ってから話し合うことを提案する。

 

その提案に可奈美はすぐに冷静になるもののまだ気持ちが晴れずモヤモヤしているがここで立ち止まっている場合ではないというのもその通りであるため、また走り始める。

 

 

姫和はその二人の様子、というよりは颯太とスパイダーマンであるときとのギャップに少し戸惑っていた。

 

どこか軽妙で一見するとちゃらんぽらんで常に軽口を叩いていてノリが軽いが危険を省みず人助けをするスパイダーマンと可奈美に詰め寄られてオドオドしている冴えない陰キャ中学生榛名颯太。どちらが本物の彼なのか分からないこの人物に対し疑念を抱いていた。

 

そして、3人はfine manに指定された伊豆へと向かう。

 

 

 

一方その頃。

 

 

一足先にマンションから遠ざかり、数キロ先の路地裏で回収班に保護、もとい拘束され鎌倉まで強制的に送還されたトゥームス。

 

拘束され護送されている間はしおらしくなり、今度は更に厳戒体制の折神家の地下の独房へと放り込まれる。足は枷に繋がれ、格子は触れると電気ショックが流れる仕様。更に無理に取り外したり、牢屋から数メートル離れれば動きを検知して爆発するチョーカー型爆弾を首に付けられずっと無口になっていた。

 

 

(クソッ、俺とした事がガキ相手にムキになるたぁな。

減給覚悟で連中の内一匹でも潰しときゃ後々楽にでもなるかと思ったが乗せられて熱くなるたぁ俺もまだまだド三流だなったくよ)

 

 

(だが、野郎のスーツ。映像で見せられてたのとは随分変わってやがった。それにぶっ壊しちまったヴァルチャーと同等かそれ以上の性能だ。あんなもんガキに、いやこの国の技術で作れんのか?あんなもん作れるとしたら大将(紫)か坊っちゃんの会社か・・・・スタークの野郎位か?まさかな、考えすぎか) 

 

 

無口になっていたのは先程の行動を振り返り、スパイダーマンと合流していない内に一人でも相手の戦力を削ぎ、倒すことが出来ればうまくいけばそのまま任務完了。最悪ダメージを与え後々少しでも楽になればプラスに繋がるとも考えていたが悉く失敗し、ヤケになっていた事を自嘲していた。

 

 

しかし、スパイダーマンと戦闘をした際に以前見せられたスーツと見た目が変わっていたこと、そしてスーツの性能が並外れた物では無かったことを思い出していた。

 

この国が突如として技術が進歩していたことは知っていたがあれほどの高機能なスーツを作れる人間がいるとしたらヴァルチャーの装備の開発に大きく携わっている紫と針井グループか、そして自身がかつて所属していたゲリラの部隊がある人物から兵器を買っていた事、そしてその人物が今は兵器産業を撤廃し自身の才能をヒーローとして発展させた人物。アイアンマンことトニー・スタークではないかと推測していた。

 

 

(だとしたらどこまでも俺の商売を邪魔しやがる野郎だなテメェは・・・・・ムカつくぜったくよ)

 

以前雇われていたゲリラの部隊が自身が抜けた後にスタークに壊滅させられ、自身も戦地で最も遭遇したくない人物として懸念していた相手だがまさか管理局の反乱分子に手を貸しているとはあまりに突飛な内容であるため、一旦は記憶の中に留めておく事にした。

 

 

(ま、これだけ大ポカやらかしたんだ。クビか機密保持の為に消されるのかね、俺は)

 

 

これだけの失態を晒し、挙げ句の果てに雇い主に多大な迷惑をかけたのだ。解雇は勿論の事、機密保持の為に処分される事も念頭に置き、思考を停止して眠りについた。

 

 

翌朝、看守に起こされると朝の日差しが射し込み重い瞼を上げるとそこには更に厳戒体制のもと、雇い主である栄人。付き添いの真希、寿々花と対面していた。

普段は友人達の前では朗らかで、尚且つ目上の者には礼儀正しく接する栄人である今はをどこか落胆、そして怒りによって身体が小刻みに震えている。

 

 

「よぉ坊っちゃん、何だい?俺はクビってか?」

 

 

再三指示を出してから任務に当たるよう、余計な事をするなと言い、下がれと言ったのにも関わらずスパイダーマンと合流していない今が好機だと独断専行をした挙げ句、栄人の警告を無視しヴァルチャーを破壊し、駐車場のみであるが被害を出し、隠蔽の為に様々な方面に手回しをして局長や父親だけでなく多くの人に迷惑をかけるハメになった事に対し憤慨していた。

 

 

「そう言いたい所だが口車に乗せられた俺も同罪だ。少なくとも独断専行の違約金とヴァルチャーの修理費用は払ってもらう事になると思うが局長から言い渡される処分を待て。でも言ったよな?余計な事はするなって、その上こっちが用意した装備まで壊すとは・・・!」

  

 

「針井、落ち着け。気持ちは分かるが抑えろ」

 

 

「このような輩の為に怒るなどエネルギーの無駄ですわ」

 

 

何度もトゥームスに戻れば咎めないと言ったり、スーツが爆発寸前になった際には逃げろと心配していた栄人だが目の前のトゥームスに対して怒りを向けずにはいられない様子だ。

その普段の様子からは全く想像できない。初めてトゥームスと面会した際に脅迫めいた脅しをするなど必要に応じてそのような対応をするのは知っていたがここまで怒る様子には一瞬困惑したが自身らもトゥームスに対しては不快感しか抱いていない為、気持ちは察するが落ち着くように真希は栄人の肩に手を置き、寿々花は淡々と諭す。

二人に諭された事で肩で息をしながら徐々に落ち着いていく栄人。

 

トゥームスは契約主である栄人の指示を無視し、勝手な行動を取った上でヴァルチャーを破壊してしまい迷惑をかけてしまった為、事情を説明し始める。

 

 

「減給覚悟で連中がスパイダー野郎と合流する前に奴等の内一匹でも潰しときゃ俺だけじゃなくてあんたらも多少は楽になると思ったんだよ。それに実際に殺り合って分かったぜ、千鳥とかいう御刀を使ってるガキ。アイツは厄介だ。放置しておくと更に強くなって俺等にとって脅威になる。何としても危険な奴は始末しとこうとしたら野郎が来やがった」

 

 

「そ、それでも・・っ!スパイダーマンが介入して来たなら無理せずさっさと撤退すれば良かったじゃないか、ヤバくなったら逃げろって言ったろ」

 

 

「そうだ。あの装備だって安く無いんだぞ、壊してまでやりあう必要はない」

 

 

「熱心なのは結構ですが努力の方向性を間違えてると言いますか・・軽率ですわね」

 

 

一応嘘ではないが独断先行の理由。殺すなと言われたが確実に危険な因子は先に排除しておくべきだと判断し彼等を本気で殺しにかかった理由の説明を受け。その最中でスパイダーマンに介入された事は把握できた。

 

それならば無理せず撤退すれば良い話だ。装備を壊してでも戦闘を継続するメリットは薄い。

 

その事を追求され、分かってはいたが独断先行の末手ぶらで帰る訳には行かないと思っていた手前、頭に血が上って冷静な判断が出来ず功を焦った事を思い返して自嘲する。

 

しかし、1つ報告していなかった事を思い出しトゥームスは真剣な顔になりながら重い口を開ける。

 

 

 

「・・・・・ここだけの話、野郎のスーツが変わってやがった。糸の種類が増えてやがっただけじゃねぇ、アンタらが貸してくれたヴァルチャーと同等か・・・それ以上の性能だ。頭に血が上っちまってたのもあるが、尚更ある程度把握しておく必要があると思った訳よ」

 

 

「何だと!?」

 

 

「ということは既に例の舞草と接触を・・・」

 

 

「してると思っていいと思うぜ。おそらくガキにあんな装備は作れねぇ、あんな装備作れんのはアンタらの大将と坊っちゃんの会社か、相当腕が立つ技術者位だろうしな。少なくともスパイダー野郎は既にグルだろうよ」

 

 

「「「・・・・・・・」」」

 

 

「栄人さん、この事を紫様に報告しておきなさい。彼らを見つけ次第早めに手を打たなくてはならなくなるかも知れませんわ」

 

 

 

「はい」

 

 

トゥームスは3人を見上げながら真剣な顔でスパイダーマンの着ていたスーツが以前着ていた物とは変わっており、ヴァルチャーにも比肩する性能の物だった事を報告し、ある程度確かめておく必要があると判断した事を伝える。

 

その話を聞かされ驚く3人。寿々花は少なくともスパイダーマンは既に舞草に接触し、スーツを渡されていると予測するとトゥームスもその考えに同意し、自身の考えも述べる。

 

トゥームスの意見を聞き、寿々花はこれから局長室に呼び出されるであろう栄人に、紫にトゥームスから受けた説明をするように指示を出す。

 

その言葉に頷くと同時に地下の独房に続く階段から、幼い少女の声が聞こえてくる。

 

 

「ハリーおにーさーん!紫様が呼んでるよー!」

 

 

「分かったー!今行くー!・・・すみません、局長に呼ばれたので少し外します」

 

 

「ああ」

 

 

「分かりましたわ」

 

 

 

紫から栄人を呼ぶように頼まれた結芽は地下の独房にいる栄人に聞こえるように語尾を伸ばしゆっくりはっきりとした声で局長室に来るように呼ばれている事を伝える。

雇い主は栄人であるが刀剣類管理局の局長である紫が上司に当たるため、新装備の適合者の出撃命令や暴走した時の処分は紫が下し、栄人が処理をするという形になる。

恐らくトゥームスの処分や自身への追求だと思い、局長室に向かうことにした。

 

「サンキュ、結芽ちゃん。わざわざ悪いね」

 

 

「別にいーけどさ、おにーさんもしかしてあの鳥のおじちゃんの事ちゃんと見てなかったから紫様に怒られちゃったりして」

 

 

地下の独房の地上に出る階段を登り、地上に出ると待ち構えていた結芽にわざわざ呼びに来てくれた事を感謝する。

そして、二人はそのまま並んで紫のいる局長室に向けて歩き始めた。

結芽が少し悪戯染みた笑顔を浮かべながらこれから栄人がトゥームの監督責任を問われて叱責されるのではないかという事を話すとため息をつきながら言葉を返す。

 

「きっとそうだね、まぁ俺が悪いんだけどさ」

 

「あーあ、あんなヘンテコなおじちゃんなんかに頼んなくても私が出ればすぐに解決なのにねー」

 

「確かに結芽ちゃんが行ったらすぐに解決しちゃいそうだな。でも結芽ちゃんは俺たちの切り札だからまだ出すわけに行かないんじゃないかな、俺も結芽ちゃんを姐さんの次に頼りにしてるぜ!」

 

トゥームスの口車に乗せられ、捕獲するように申し付けた事に対し自身もまた騒動の原因の1つであることは自覚している為、歩きながらも局長である紫と対面することに申し訳無さと重圧を感じ、足取りが重くなっている。

結芽はトゥームスがヴァルチャーを装備して出撃するよりも自身が出撃すればすぐに捕獲できることを自負しており、自身のとある事情から中々出撃の許可が降りず暇を持て余している現状に不満をこぼしている。

 

栄人は結芽の事情は詳しく知らないが彼女は実際に親衛隊の中では一番実力があり、切り札のような存在であり、ここ一番で彼女を起用するのだと考えていた。

自身も結芽の実力を信頼している事をウィンクをしながらサムズアップし、親指を立てる。

 

「うーん・・・でもつまんなーい!っていうかおにーさん私より寿々花おねーさんの方が頼りになるってどーゆーこと!?」

 

「え!?だって姐さんは昔から洞察力も優れてるし、常に冷静だし的確な指示を出してくれるからすっげえ頼りになる。それでいてプライドは高くても慢心せずにそれに足る努力も怠らない。尚且つ上品な大人の女性だ。な?頼りになるだろ!」

 

結芽は切り札のような存在と言われ悪い気はしなかったが周囲の人間達が彼女を出撃させる事に慎重になっている現状には満足出来ない様子だ。

しかし、栄人の最後の方の言葉の結芽は自分達の切り札だと言いながら最も信を置いているのは寿々花だと言い切った為、聞き捨てならず何故か自分でも理解できなかったが反発し、問いただそうと並んで歩いていた隣から栄人の前に移動する。

 

唐突に大声を出された為、驚いてすっとんきょうな声を上げてしまうがすぐに何故そうなのかを説明する。

今は共に一時的とは言え同じ仕事の環境で働いている為、彼女の冷静な指揮能力や状況判断力により現場がスムーズに進むだけでなく、的確な指示により自身も動きやすいようにしてくれている事により非常に頼もしいと感じていた。

それだけでなく昔からの知り合いであるため彼女の人となりもある程度は知っているつもりであるため、プライドが高く負けず嫌いであり、時には言葉にトゲがあるもののその自信に足る努力を怠らない真面目な人物であること。それが栄人が彼女を信頼する所以だ。

 

「うー・・・確かにそうだけど・・・いいもん、いつか絶対におにーさんに私がスゴいって所見せるんだから!」

 

 

「あー火が着いちゃったか・・・分かった、じゃあいつか俺に見せてくれ、誰よりも強くてスゴい結芽ちゃんをさ!」

 

確かに栄人の言うように今は事務仕事もこなさなければならいためその通りであるのだが、栄人の寿々花を誉め、尊敬し、信頼している様子は結芽に何故だか理解出来ないが、恐らく今目の前に自分がいるのに他の相手を褒められてもおもしろくはないと感じたのだろうか。

 

結芽からすれば栄人は会って日も浅く、お互いに分からない事もあるが自分が多少無理な事を言っても嫌な顔せずに付き合ってくれる。ノリノリで返してくれる接しやすい人物であり、一緒にいて居心地が悪くない人物になっていると感じ始めているからだろうか。それは本人にも分からない。

 

だが充分に自身の強さを証明して自分が一番頼りになるのだとい言わせて見せると闘争心を燃やす起爆剤となった。

 

やる気になった結芽の様子を見て何故ここまで躍起になるのか理解できず恐らく自身の力を証明したいのだろうと思うことにした。それと同時にとても彼女のように自分の意思をしっかりと持っている彼女を羨ましいと思った。

栄人はいつも父親の命令のため、いつか会社を継ぐために指示されたまま、言われたまま生きる事に慣れてしまっている。だからこそ彼女のような純粋で真っ直ぐで懸命な人間は眩しく見えてしまう。

 

彼女の瞳を見つめながら自分は見ているから、彼女の持つ強さ、愚直なまでの真っ直ぐな生き様を自分の心に焼き付けて欲しいと告げて同じ目線になるように膝を折り、しゃがみこんで優しく頭を撫でる。

 

 

「うん!もちろん!・・・でも何かスッキリしないなぁ」

 

「あー・・・なら俺じゃ不服かもだけど時間が空いたら道場での打ち合いに付き合うよ、そういうときは体動かすのが一番だろ?」

 

「ハリーおにーさん竹刀での試合ならそこら辺の局の人達よりは強いし退屈はしないけどもうちょっと粘って欲しいかなー」

 

 

「ははは・・・努力します・・・着いたな。ありがと結芽ちゃん」

 

 

「いいよー、後で怒られたかどうか教えてねおにーさん」

 

 

「はいはい」

 

笑顔で優しく撫でられ、自身を真っ直ぐ見つめる栄人に力強く頷き満面の笑みで返す結芽。

そして二人はまた並んで局長室に向けてしばらく歩き、雑談している最中、まだ少し晴れない結芽の様子を見て、もし時間が空いた際には微力ながら自身が道場での打ち合いに付き合うと提案する。

確かに気持ちが晴れない時、考えても何も出てこない時は体を動かしてリフレッシュするのは悪くないものだ。

 

結芽は栄人は家が大企業であり、その御曹司である栄人は小学生の頃に身代金目当ての誘拐をされかけた事があった為、自身の身はある程度は自衛できるように習い事で剣術を習っていたり、護身術を仕込まれ、時間がある時はトレーニングをしているため町のチンピラやDQNよりは身体能力は高く竹刀で勝負する分には一般人や管理局の一般職員よりは腕が立つため結芽には普通に負けるが退屈はしない、不満は抱いていないがもう少し粘って欲しいと悪戯染みた年相応の笑顔を浮かべてからかう。

 

そんな結芽の発言に対して事実ではあるがハッキリと言い切られた為、渇いた笑いが漏れるが気が付いたら既に局長室の間近に来ていた事に気付き、わざわざ呼びに来てくれた事に対して礼を言う。

 

礼を言われると結芽はまだ悪戯染みた笑みを浮かべつつ、手を後ろ手で組んで少し前のめりになりながらこれから栄人が紫に呼び出されて説教をされるであろう事をイジりつつ、その際に怒られたかどうか教えるように伝えるとどこかへ歩いて去っていく。

 

そして栄人は局長室の扉の前に立ち、一度深呼吸してドアを叩く。これからトゥームスの処分、新装備の適合者の雇用状況、自身への追求。

考えるだけでも胃が痛くなりそうだが息を飲んで自身を奮い立たせて局長実のドアのドアノブを回して入室する。

 

 

「入れ」

 

 

「失礼します」

 

 

 




バラすのアメスパ並にあっさり過ぎると思うけど変に引っ張るよりはね、これから一緒に行動するんだしと言うことで。

思い返すと本人同士で対面するの久しぶり過ぎるな。

舞衣ちゃん誕おめ!


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第17話 吐露

ほとんど出てこない予定ですがある人がモデルの人を出しますぜ。
やっぱこの人がいないとね、今回は短めです。


局長室に呼び出され、入室した栄人。

 

一人が作業をするには広すぎる程のスペースの部屋には先日可奈美達が匿われていた累のマンションに自身の生徒の沙耶香をけしかけ襲撃させた件で栄人同様に紫に呼び出された雪那とその雪那を呼びに行ったと思われる夜見、そしてこちらに背を向け何故か窓の方を向いて遠くを見つめる刀剣類管理局局長、紫の姿だ。

 

「鎌府学長、そして針井」

 

「「はい・・」」

 

凍てつくのような冷やかなで無機質な声色を前に蛇に睨まれた蛙のように萎縮し、返事をする両者。

紫はその様子を気にも止めずに淡々と続ける。

 

「追撃を許可した覚えは無い」

 

「は、反逆者の所在を特定したのでお手を煩せるまでもないかと独自の判断で・・・・」

 

「私も、本部の会話を盗聴していたトゥームスが独断専行したのを止められず、許可を出してしまいました」

 

 

紫は逃走中の彼等を追撃する許可は出していない為、二人にその事を追求し始める。

雪那は所在を特定した為、紫の手を煩せるまでもなく彼等を捕獲しようと独断専行を行った事を説明し、栄人は

トゥームスの暴走を止められず口車に乗せられ、許可を出した事を伝える。

同時に紫は急速に振り返り、鋭い視線で両者を一瞥する。

 

 

「勝手な真似は許さん」

 

 

「申し開きもございません。私がトゥームスの暴走を止められなかったばかりか奴の口車に乗せられ、彼等を早めに捕獲しようとトゥームスを行かせたばかりにこのような事態になり、局長に多大なご迷惑をおかけしました。如何なる厳罰をも受ける所存です」

 

「ですが私は許せないのです、紫様に楯突く逆臣が手の届く場所でのうのうとしている事にっ!何故私にお任せくださらないのです!」

 

「高津学長、お言葉が過ぎます」

 

「貴様・・・っ!」

 

射抜くような声色で告げられ、素直に謝罪をする栄人と見苦しく彼等が近くに潜伏しているのに何もしない現状に我慢出来ずにいて、何故自分に任せてくれないのかと出しゃばった態度を示すが夜見に諌められ、不機嫌そうに睨み返す。

隣で見ていた栄人は今の発言に関しては夜見の方が正しいと思うのに自分の学校の卒業生である夜見にここまで辛辣に怒る必要があるのだろうか。

 

確かに短気で独善的な人物だとここ数日で実感し正直あまり好きなタイプの人間では無いと感じていたが、確かに立場が下の相手に横から正論を突っつかれたら上の立場の雪那からしたらおもしろく無いのかも知れないが、いくらなんでもひどいのでは無いかと疑問に思ったが口には出さないようにした。

 

「雪那」

 

「は、はい!」

 

「貴様はまず、やるべき事をやれ。もういい、下がれ」

 

そう言って雪那を下がらせる紫。大人しく退室しようとする雪那はしおらしくなっていたが夜見の隣を通り過ぎる際に不機嫌そうに睨み付けながら退室する。

 

雪那が退室したのを確認すると今度は栄人に話を始める。

 

「先日のトゥームスの暴走の件だが、こちらで色々と手回しをしておいた。ヴァルチャーの存在は世間には公表はされていない。だが以降は気を付けろ隠蔽にも限度と言うものがある。箝口令を敷いた上で十条姫和と衛藤可奈美は世間的に知られていないため奴等を捕まえても騒ぎにはならないがスパイダーマンは別だ。奴には良くも悪くも知名度がある。奴が消えた途端世間が騒ぎ出し、こちらを怪しむ者達が現れる可能性があるため奴に先日のヴァルチャーの罪状を被せ、奴が捕まえられても文句の言えない人物だと印象操作出来るようマスコミに売り込んでおいた。奴の世間での評価は元より賛否両論。否の者達の方に傾ける事が出きるはずだ」

 

「はい・・・・」

 

箝口令を敷いているためか可奈美と姫和が捕まった所で世間で騒ぎは起こらないが知名度があるスパイダーマンが捕まって突如世間から消えればこちらの方に疑いを持つ者が現れる可能性がある事を考慮し、先日のトゥームスがヴァルチャーを装備して起こした騒動をスパイダーマンに擦り付け印象操作をする事にした事を伝える。

その鮮やかな手腕には脱帽する程であり、感心するしか

ない栄人。

 

反面確かにスパイダーマンは反逆者の一味であり、自分達が捕まえなくてはならない相手で彼相手には辟易しているがこちらの失敗を押し付けること、少なくとも死人が出る前に何とか手を打ってくれた事に関しては感謝しているため、それは違うのではないかと思ったが自分の立場では口出しが出来ないため、黙っていることしかできなかった。

 

 

「トゥームスの処分だが、奴を解雇はしない。一応曲がりなりにも奴はヴァルチャーの戦闘データの更新に大きく貢献している。それに・・・奴には後々やってもらいたいこともある」

「よって、トゥームスは24時間厳戒体制での監視の上、出撃命令が出るまで絶対に外には出すな。そしてヴァルチャー破壊の件の賠償金、奴が破壊した駐車場の車の被害額を奴に支払わせろ」

 

「かしこまりました」

 

「奴が使用していた機体は修復不可能な程だが、マークⅡの最終調整はどうなっている?」

 

「ヴァルチャーマークⅡの最終調整には後3日ほどかかるかと」

 

「急がせろ」

 

「かしこまりました」

 

ついに紫は暴走したトゥームスへの処分を下す。

結論としてはまだ解雇はしないとの事だ。

性格に致命的に大きな問題があるとはいえ操縦技術に関しては申し分無いという点と、唯一無事であったヴァルチャーのヘルメットに搭載されている学習装置の更新に大きく貢献している為実力は問題ないと判断したようだ。

しかし、やはり何をするかは安心できないため引き続き厳戒体制下での監視は続ける事になりトゥームスが出した被害額はトゥームス負担で支払わせる事になった。

元より減給を覚悟して行動していたためある程度は従うだろう。

トゥームスに支給していたヴァルチャーはデモンストレーション用の機体であり、最終調整の進捗を紫が尋ねると栄人は調整は未だに終わっていない事を伝えると紫は間髪入れずに調整を済ませるように命じる。

 

 

「所で他の新装備の適合者はどうなっている?」

 

「はい、トゥームスの後に『ショッカー』と『ライノ』の適合者を我が社のAIが割り出しました。交渉は既に済ませておりいつでも出撃できるようにしてあります」

 

続けて紫は自身も開発に携わっている新装備の新しい適合者の雇用状況を確認する為に尋ねると栄人は急いで端末を取り出し、現在新装備であるSTT機動隊向けの対荒魂用戦闘装備ショッカーと地上戦では最高クラスのパワーと耐久力を誇る、S装備をベースとしたライノという装備の適合者と交渉を済ませた事を伝える。

 

 

「では・・・『グリーンゴブリン』はどうなっている?」

 

 

「既にグライダーは完成したそうです。ですがスーツの方はまだ時間がかかるそうです」

 

 

「そうか」

 

紫は新装備組の雇用状況を確認した後、最も新しく未だに完成していない、どの装備よりも限られた人間しにしか装備できないグリーンゴブリンという針井グループが心血を注いだ空中戦にも地上戦にも適応できる万能型装備の開発状況を尋ねるが、グリーンゴブリン専用の飛行用の装備であるグライダーは完成したがスーツの完成はまだかかる事を説明する。

そして、栄人は寿々花に報告するように言われていた事を思いだし、口火を切る。

 

「それと1つ報告が」

 

 

「何だ?」

 

「トゥームスの証言によると戦闘した際にスパイダーマンのスーツが変わっていたそうです。何より我々の新装備にも比肩する性能だったとか。恐らく彼等は舞草と合流を既にしたのかも知れません」

 

 

「了解した・・・・・夜見、真希と寿々花とともに出撃する準備を。針井、ショッカーとライノの適合者に準備をさせろ。ただしライノのスーツは夜戦には向かない。夜中に出撃はさせるな」

 

 

「「かしこまりました」」

 

先日スパイダーマンと戦闘をしたトゥームスの証言を元にスーツが既に変わっていた事、既に舞草と接触した可能性を伝えると紫は冷静に淡々と夜見と栄人に出撃の準備を行うように命じる。

その命令に対して声を合わせて了解した旨を伝えて退室二人。

誰もいなくなった局長室で窓の外を見つめながら、誰に話すわけでも無く一人で話し始める紫。

 

「確かに頭のネジは外れているが、訓練がある程度必要な上に飛行能力と機動性以外に突出した点が無いヴァルチャーを初見でここまで動かせるとはな。中々に人間離れしている」

 

紫はトゥームスがヴァルチャーを試験飛行もロクにせず、思ったよりは善戦しスーツの戦闘データの更新に貢献した手腕を誉めている。最も、誉めているのは操縦技術のみで人間性に至っては一ミリも評価していないが。

 

「スパイダーマン・・正体は分からぬが恐らく貴様も我等と同様の存在、または我等の研究の副産物か・・・だが人に味方した程度で、愚かな群衆に祭り上げられいい気になっている貴様なぞに我は負けぬぞ」

 

今も遠くへ逃亡しているスパイダーマンに向けて呟く紫。

スパイダーマンの正体は未だに分からないが会場で対面した時から同族のような、不思議と他人とは思えないような感覚を覚えたが自身は負けるつもりはないと遥か先の窓を見つめ、いつも以上に顔つきを険しくしていた。

 

一方その頃。

 

首都東京の新聞社「デイリー・ビューグル」の社長室の椅子に座るちょび髭の初老の男性。デイリー・ビューグル社長、武村順一。社内や世間では「J武村(じぇいむそん)」のあだ名で通っているこの男は御得意様である刀剣類管理局からのタレコミを受け、急いで記事を作成している。

内容は先日ヴァルチャーと戦闘した際の被害をスパイダーマンのせいだと擦り付け、印象操作を行う為のものである。

 

この人物は昨年スパイダーマンが現れてから批判の記事を書いている人物であり、スパイダーマンを心の底から嫌っており、スパイダーマンが何かするたびに重箱の隅を突くように調べ上げバッシング記事を新聞に載せまくっている。

動機としては、自分には決してできない、スパイダーマンの行動力への嫉妬や、ヒーローの概念そのものへの不信感、さらに覆面を付けた強盗に、妻を殺害された事から、「本当に善人なら何故顔を隠す!顔を隠すのは、悪事をたくらんでいる証拠だ!」と考えているからである。

 

「やはり私の言った通りだ!スパイダーマンは荒魂同様街を脅かす悪党だったのだ!急いで記事を作成しろ!見出しはこうだ!悪党スパイダーマン、住宅地を襲う!うむ完璧だ」

 

Jムソンが指示を飛ばし社員は急いで新聞を発行していく。いつもならJムソンのつまらない戯れ言で片付け適当に無難にこなしている社員達だが管理局からのタレコミであるため躍起になりパソコンを操作していた。

 

「待っていろパイダーマン!貴様がお天道様の下を歩いていられるのは今のうちだと思えー!」

 

Jムソンは社長室の机の上に足を乗り上げ拳を天高くかざして声高に叫ぶ。端から見れば不審者にしか見えない光景だがいつものことであるため大抵の社員はその様子をスルーしながら作業に戻っていく。

しかし、強いて1つ彼に哀れむ点を挙げるとするならば管理局という権力者から渡された偽の情報を流させられ掌で踊っているだけだということだろうか。

 

場面は変わって伊豆。

舞草側の指令を受け、休暇中であったにも関わらず上層部から衛藤可奈美、十条姫和、スパイダーマンが伊豆に向かっている事を伝えられ、入団テストの試験官として出向いている少女二人と一匹。

長船女学園の古波蔵エレンと益子薫とそのペットのねねは車に揺られながら3人と合流する為に伊豆へと向かっていた。

 

「はぁ~ダリィ~・・・何でダルい御前試合が終わった後に出向かなきゃならんのだ、あのおばさん後で覚えてろよ」

 

「ね~」

 

「まぁまぁそう言わずに!そんな薫に1つやる気が出るgood newsがありマスヨ!」

 

「あ?」

 

面倒くさがり屋で大して興味も無かった御前試合も終わり、ようやく待ちに待った休暇を楽しんでいた所上司に命令され、3人の入団テストを行わなければいけなくなった為、車の窓に寄りかかりながら虚ろな目で自身の上司に対する不満を垂れ流している。

 

しかし、この時点では新入りの入団テストをしろとしか言われていないためご当地ヒーローもとい今は国家の敵スパイダーマンも一緒とは言われていなかったためやる気が出ていなかった。

そんな様子を見かねてやる気を出させる為にもう1人テストを行う人物について語り始めるエレン。

 

「あの二人にスパイディも一緒に行動してるそうデス、うまく行けば握手出来るかも知れマセン!」

 

「よし!今行こう!すぐ行こう!速攻で行こう!ガンガン飛ばせー!」

 

「ねー!」

 

「急にやる気になりましたネ・・・」

 

先日のヴァルチャーとの戦闘の後にスパイダーマンが二人と合流した事をエレンの口から伝えられるとその言葉を聞いた瞬間一変する。目の色を変え、輝かせながら急にやる気になり拳を握って天高くかかげる薫。

ねねもその動作を真似して小さい手を上に上げている。

元々特撮ヒーローが好きな彼女であるが現実に存在するヒーローにも関心を示している。

 

むしろアメリカには何人もの本物のヒーローが活動しているため羨ましいと思っており、舞草に入って最もテンションが上がった事が正式なメンバーではないが影の協力者であるアイアンマンことトニー・スタークに会う事が出来たことだと思っている。

実際に間近で会ったことは無いが、ビデオ通話でスタークと対面した時はアイドルの握手会に参加したドルオタのようなテンションになり、周りに落ち着くように諌められ、スタークも軽く困惑していた程だ。

 

「くぅ~これでスパイダーマンだけじゃなくて俺が憧れてるアメリカンヒーローのアイアンマンとキャプテンアメリカもいたらもっと最っ高なんだけどなぁ・・・ま、スパイダーマンに会えるだけで充分だけどな」

 

「トニトニにはごく稀に会うじゃないデスカ」

 

「ヒーローが並んでかっこよくポーズ決めてる所が見たいんだよオレは」

 

「そういうもんデスカネ」

 

「そういうもんだよ、見つけたら絶対に握手かグータッチしてもらうぞ」

 

「3人の入団テストだと言うことも忘れないでくだサイネ~」

 

「へいへい分かってる分かってる・・・く~ヒーローショーに行くみたいだぜ、テンション上がるな~」

 

「ね~」

 

「大丈夫デスカネこれ・・・」

 

普段の省エネでダウナーな状態からは想像できないほどテンションが上がっており、実際にこれから行くところにスパイダーマンに会ってみたいのは勿論だが、海外でも人気のヒーローアイアンマンとキャプテンアメリカもいたら更に最高だと豪語するがスタークは今海外にいる上に、キャプテンも今は行方が分からず、日本にいるとは到底思えない上に実現不可な光景だと理解している為、軽い冗談だと言う薫。

 

エレンは自分達の協力者であるスタークには稀にだが会うではないかとツッコミを入れるが薫的にはヒーローが並んでポーズを取っている所が見たいと言う、割とヒーロー映画や特撮を見ていると何となく注目したくなる所を見たいのだと豪語する。

 

その様子を見て深く気にしない事にしたエレンだが薫はすぐさま肯定し、スパイダーマンに対面した際には握手かグータッチをして貰うのだと意気込んでいる。

 

これから自分達が3人に会う目的は3人の入団テストの試験官をするためだと言うことを忘れるなと忠告するが素っ気ない態度で受け流しながら、窓の外を眺めこれからヒーローショーに行く時のような童心に帰るような気分になっている薫とその様子に同調するねね。

 

いつもよりはノリにノッている薫の様子を見て、楽しそうで何よりだと心の中で安堵するものの目的を違えないか不安になるが自身は彼女を信頼している為、キチンと仕事はこなすだろうと思っており口で言うほど心配はしていない。

 

 

そして二人と一匹を乗せた車は山中へと入っていく。

 

 

 

 

 

 




余談:映画だとライノとショッカーの扱い散々だからなぁ・・ライノは続編をやる予定で作ってたのと予告に出過ぎてた反面実際の出番で落差を感じたのもあるかもだけど、ショッカーに至ってはスーツも没になり、お前実写化されてたっけ?って人結構いそう。

多少活躍しただけショッカーの方がマシと捉えるかスーツを貰えただけライノの方がマシと捉えるかそれは・・・貴方次第だ!(やり○ぎ都○伝説風)

でもPS4版のショッカーとライノのスーツはかっこいいし実写化ライノの件のアメスパ2の終わり方は一番好きな終わり方なのでOKです!


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第18話 対話

話がやっと進んだと思いたいけどタイトル通りくどくどと会話しているだけなのは許してクレメンス。

余談:バース公開当日に見に行きてぇ~


 伊豆へ向かう道中、ヒッチハイクに成功した可奈美、姫和、颯太の3人はトラックに揺られて山中を行く。

 しかし、助手席に座れたのは二人だけであるため姫和と可奈良美を前の席に座らせ颯太は荷台に座ることとなった。

 

 トラックに揺られている中荷台の中では誰にも見られていない事を確認すると携帯をつけようとするが昨晩ヴァルチャーに最大出力で電気ショックウェブを放った影響でこっそり所持していた携帯がショートし、マスクを被ってカレンに解析してもらうと復旧に時間がかかると言われ自分等の無事を心配しているであろう江麻や舞衣に連絡できない事にショックを受ける。

 

「はぁ・・・仕方ない。そういやカレン昨日の奴僕が殴ったらヘルメット欠けて顔半分見えてたよね?犯罪者のデータベースからアイツのこと照合出来ないかな?」

 

『犯罪データベースに接続中。名前はエイドリアン・トゥームス45歳。殺人を含む犯罪歴多数。経歴上問題行動の数々で空軍を追い出されて以降は傭兵として活動を行っているだけでなく戦場で拾った装備を売り払う武器商人も行っている事から雇主が保釈金を払うことで難を逃れた事や名前を変えて転々としている為服役の経験はほぼ無いようです』

 

 

「うわっ管理局はそんな危ない奴を雇ってるのか・・・で、アイツの装備に関しては何か分かった?」

 

 

『恐らくは完成したてで未登録であるため機体については何も。ですが恐らくはS装備の発展型のパワードスーツであることは確かでしょう』

 

「なるほどね、でも何で局は僕らを捕まえる為にあんな装備まで・・・犯罪者を使ってるからには何か理由があると思うけど」

 

 

『私も詳しくは分かりませんが、あの装備の性能をテストするためと我々を捕まえる為でしょう。犯罪者に装備をさせている理由としてはやはり性能をテストするためにはその手の技術に精通している人間を採用するのが無難という点と、仮に暴走したとしても犯罪者が装備を盗んで犯罪を犯してスパイダーマンを倒したと言う言い訳ができるようにするためかと、尚且つ相手は警察組織のトップです。逮捕した事にして装備の適合者を極秘に海外へ逃がすことも可能でしょう』

 

「おーおー容赦ないねー管理局。本気で僕らを潰す気だよ。そしてこれから会う人達はスタークさんがバックについてるし会場で僕を助けてくれたし味方だとは思うけどどうなるかな」

 

 マスクを被りスーツのサポートAIであるカレンに先日ヴァルチャーと戦闘した際にヘルメットが欠けて顔が半分見えていた事から一縷の望みにかけてスーツの機能の1つ、犯罪者のデータベースから犯罪者を割り出せる機能を作動させた。

 一瞬の内に特定をし、相手が犯罪歴多数の上戦地を歩いて回る傭兵だとして先日自分がどれだけ危険な相手と戦っていたかと肌で実感し戦々恐々とするが、自分達を捕まえる為に犯罪者を利用していることに対しての疑問をカレンに問いかけると新装備のテストとしては技術に精通している人間や仮に暴走したとしてもバカな犯罪者が勝手に装備を盗んで犯罪を犯してスパイダーマンを倒したと後で言い訳できるようにしているためだという推測を聞かされ不安になり、これから会うfine manは大丈夫なのかと一瞬心配するがスーツをくれたスタークが協力していることや会場で結芽に倒されそうになった所を手助けしてくれた相手であるため少なくとも敵ではないだろうと思うことにし、マスクを外して再度横になる。

 

 

 しばらくして霧が立ち込める伊豆山中のパーキングエリアで降ろされる3人。

 運転手に礼を言うとトラックは走り去っていく。

 

「ふぁ~あ、結構疲れた~」

 

「荷台で横になってるだけだったから僕は楽だったかな」

 

「何それズッル!・・・・姫和ちゃん?」

 

 長旅で車に揺られて疲労している3人だが、可奈美と颯太は談笑していたが姫和は心ここにあらずというか、何かを深く思慮している様子だった。

 

「・・・・・・・可奈美・・・」

 

「なにー?」

 

 

「お前には色々世話になった」

 

「あぁっ!すみません!もしかしてこの戦闘民族が一緒に行動してる時何か粗相をしませんでしたか!?隣でデカいいびきをかいたり、寝相悪くて貴女を蹴ったり一人でフラッとどこかに行ったり!」

 

「ちょっと颯ちゃん私を何だと思ってるの!?」

 

 

「サイヤ人。僕は忘れて無いからな!小学校のお泊まり会で隣でいびきかきながら僕の事蹴ったこととか遠足で行った遊園地でブレイド(MAVEL)のヒーローショーに勝負しろって突撃して迷子になって皆で探し回った事とか!」

 

「それは低学年の時!今は違うよ!」

 

「・・・・・そんな事は無かったが・・・・・ゴホン、だがここで別れよう」

 

 

「だからー私も一緒に行くって」

 

 

「そもそもこんな山ン中で一人で戻れって結構酷じゃないですか?」

 

 姫和は唐突に可奈美には世話になったと言い放ち、もしかすると可奈美が一緒に行動をしていた姫和に何か迷惑をかけたのではないかと思いものすごい勢いで謝罪するが過去の体験談を踏まえてかなり失礼なことを言っている為可奈美に反発される。

 

 実際共に行動していた姫和はそんな事は無かった為、困惑しながらすかさずフォローを入れるが咳払いの後に重たい口を開け、唐突にここでお別れだと言い放つ姫和に反発する可奈美。少しズレているがこの山奥で一人で戻れと言うのは酷ではないかと指摘する颯太。

 ちなみにスパイダーマンであった時は正体を隠すためにタメ口であったが姫和は中学三年生であり自身からすれば歳上であるため敬語になっている。

 

「この先は・・・・無理だ。一緒には行けない」

 

「どうして?」

 

「昨夜の事で分かった。私の剣とお前の剣は別物だ。そしてスパイダーマン。お前は怪我人も出さず相手も殺さずに事態を収めた」

「私のは斬る剣、お前のは守る剣だ。この先は斬る剣しか必要ない。昨日のように私達を本気で殺しに来る奴が何度も襲ってくる筈だ」

 

「そんなの勝手に決めないでよ、姫和ちゃんがそう思ってるだけだよ。」

 

「・・・・・・・」

 

 姫和の答えは一緒には行けない。この一言が更に可奈美に反抗意識を抱かせ理由を問いかけると昨晩襲撃してきた沙耶香とヴァルチャー。

 二人とも任務遂行の為に手段を選ばず自身をも省みない厄介な相手であり、姫和は昨晩の戦闘では相手を斬って倒すことしか考えられず、ヴァルチャーの挑発に乗り本気で斬ろうかと思ってしまった。

 反面、二人はヴァルチャーも沙耶香も殺さずに無力化し、ヴァルチャーの最後の悪足掻きからもマンションの住人を救ったスパイダーマン。この二人が振るう力は自分とは別物なのだと判断した。

 

 

「可奈美、それとスパイダーマン。お前は人を斬ったことは?そして殺したことはあるか?もしくは荒魂化した人を」

 

「写シじゃなくて?・・・無いけど」

 

「僕だって無いですよ」

 

「近年、人が荒魂化する事例はほとんど無い。だが少し前私の母親の時代までは珍しい事じゃなかった」

「荒魂化した人は既に人じゃない。たまに記憶を残し話す個体もあるが荒魂は荒魂だ。御刀で斬って祓う。それしか救う手段はない。私たち刀使は人々の代わりに祖先からの業を背負い、鎮め続ける巫女なんだ」

 

 姫和は二人に問いかける。二人は人を斬ったことも殺したこともない。

 可奈美の場合はそういう状況に直面することがほとんど無いがスパイダーマンとして犯罪者と日夜命懸けで戦う颯太は何度もそういう場面に直面している。

 しかし、自身がスパイダーマンとなる決断をしたのは大切な人が死んだ為だ。自身にとってスパイダーマンは輝かしい物等ではない。自身の後悔の顕れである。だからこそ選んだのだ、人を守る為に戦い、ご近所の誰かを守る親愛なる隣人であることを。

 

 だから相手がどんな人間であろうとそんな相手にも彼等が消えて悲しむ隣人がいると思うと殺す事など出来ずにいた。

 だが、颯太自身は既に決めていた。今は例え世界から敵視され矛盾を孕んだとしても、危険な相手を放置して誰かが傷付くのなら人に化けた荒魂を倒し、それ以外は討たないのだと。

 姫和は自分達の刀使としての使命をキチンと理解した上でその事実を可奈美に突き付ける。

 

「あー・・・それ聞くと僕、貴女方の仕事に蜘蛛の巣突っ込んで無粋なことしちゃったかな・・鉄血2期後半のダインスレイブ連打みたいな」

 

「その例えは分からないが少なくともお前の自警団活動はご近所を救ってきたんだろう。私達では対処できない犯罪者をも捕まえて来た。だから私は世間での評判云々は抜きでお前を責めるつもりはない」

(だがどうにも腑に落ちない所がある。私のスペクトラム計には反応しないようだが荒魂にトドメを刺せるだけでなくあの人間離れした身体能力、そしてファインダー無しで荒魂を感知できる能力。どうなっているんだ?)

 

 

 姫和の言葉を聞き、刀使でもないのに自身の持てる力で人々を守るために荒魂とも戦っていたということは刀使の仕事に水を差して余計な手助けだったのではないかと少し落ち込んだ様子になる颯太。

 だが、姫和は颯太がスパイダーマンとして人を守るために荒魂と戦った事を責めるつもりはなないようだ、少なくとも自分達では対処できない犯罪者とも戦っていた事もまた事実だからだ。

 だが、姫和としてはスパイダーマンの人間離れした身体能力には疑念を抱いており、荒魂にトドメを刺したあの瞬間に感じていた。この男は人間ではない。もしかしたら・・・

 

 

「可奈美、これから私がやろうとしていることは荒魂退治だ。だが限りなく人斬りに近い」

「私は折神紫を斬る。それを阻む者をもだ。それも私怨に近い動機でだ。お前には斬れない。だからここで別れるんだ。スパイダーマン、お前もfine manに呼ばれているようだがもう一度よく考えろ。私は先に行く」

 

 

「待って!」

 

 再び踵を返して歩き去る姫和。その背中から可奈美とは別れる意思、スパイダーマンである颯太にはfine manには呼ばれたいるようだが今一度こんな自分の行動に付き合うなど理由はない。考え直して見ろと、先に行く素振りを見せる。

 可奈美はワンテンポ遅れて声をかけるがその刹那。

 

 振り向き様に小鳥丸を抜き、御刀同士の衝撃音が響き渡る。

 姫和の放った一撃を可奈美が間一髪で防いだ様子だ。

 

「ぬるいな」

 

 防いだその剣戟から伝わる重さに呆然とし言葉も出ない可奈美。

 

「お前は戻れ、戻って荒魂から人々を守れ。それで、お前はどうする?」

 

 

「場所は知ってます。一旦彼女と話をさせてください。ずっと言わなかった・・・言えなかったことが色々あるので」

 

「分かった」

 

 姫和からは自身の戦いに可奈美を巻き込まないようにしようとしている意思を感じられる。そして視線を颯太に移し、どうするのかを問いかける。

 数秒置き、自身も指定された場所は知っている。だがその前に今は呆然としている可奈美と話をさせて欲しい。

 ずっと隠していたことを話さなければならない時が来たと思ったからだ。近くにいたのに黙っていたこと、あの日、スパイダーマンになったあの夜に今は言えない事があるかも知れないがいつかは話して欲しいという約束。それを話すのが今だと確信したからだ。

 姫和はその力強い瞳から伝わる意思に応じ、先に行く事にした。

 

 後頭部を掻き、首をならしながら一度深呼吸をして可奈美に声をかけ正面に立つ。

 

「あーその・・・可奈美、まず君と話がしたい。ずっと黙っててゴメン。これがたまに急にいなくなったり、ドタキャンしたり遅刻してくる理由なんだ。まずはどこから話そうか・・・」

 

「・・・・何もかも話して。でも一つだけ分かるよ、颯ちゃんがスパイダーマンになったのはおじさんのことがあったからなんだよね?」

 

「察しがいいね・・・・分かった、最初から話すよ」

 

 

 可奈美と颯太は向かい合い、両者共真剣な顔になりながら話を始める。

 スパイダーマンとなってから日常生活でも支障を来すときがあり、約束の時間に遅れてきたりドタキャンをしたり、途中で一旦消えたかと思いきやいつの間にか戻って来ている事もあった。その理由がスパイダーマンになったからなのだと可奈美に伝える。

 

 姫和の剣を受け少し呆然としていためワンテンポ遅れて反応する。しかし、可奈美はスパイダーマンの声がどこかで聞いたことがあるような感覚、何故か妙な安心感を抱いていた理由に対してハッキリと理解できたため、言うほど驚いてはいない。

 だが、本人の口から言われなければ分からない事もある。

 そして、恐らくあの日の夜に本当は何があったのか、何故叔父の拓哉の死で必要以上に自分を責めていたのか、その理由がハッキリと察する事が出来ていた。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「本当はあの時、ケンカをしてひっか達に勝てたのも大会で優勝できたのもあの時僕は既に管理局の研究所で蜘蛛に噛まれて身体が変化してたからなんだ。だから大会の会場で警備員が捕まえようとした強盗を捕まえることだってできたかも知れないんだ」

「あの日、僕のせいで叔父さんが死んで皆を悲しませた日からずっと後悔してる。スパイダーマンは僕の後悔なんだよ」

 

「・・・・本当は私ね。あの時颯ちゃんはいつもの颯ちゃんじゃないなってどこかで思ってたんだ。おじさんの葬儀の時、ただの中学生だから何か特別な事ができるわけじゃないのに必要以上に責任を感じて自分を責めてたこととか・・・そして、何かを変え始めようとしていた事も・・・だからいつかちゃんと話せる日が来たら話して欲しいって思ったんだ」

 

「確証もないのに力の話をして皆を混乱させたくなかった。それにスパイダーマンには敵がいっぱいいる、一歩間違えば皆を危険に巻き込み兼ねないと思って言い出せなかったんだ」

 

 

「そっか、でもそれでも私はもっと早くに力になりたかったよ。颯ちゃんはスパイダーマンさんになる前も後も私を助けてくれるし、私だって何かを返したいよ」

 

 これまでずっと言えなかったこと研究所で蜘蛛に噛まれ身体が変化したこと、自身のせいで叔父が死んだこと、その後悔の顕れがスパイダーマンであること全てを話した。

 そして可奈美はあの日の颯太の様子がいつもと違ったこと、事情を知らない者の視点から見れば必要以上に自分を責めていたこと。そして、何かが変わり始めようとしている予感を感じ取っていた可奈美は特に深くは聞かずいつか話せる日が来たらでいいから話せばいいと約束をしたのだ。

 しかし、いつも自分が大変な時は一人で解決しようとする颯太の姿勢を心配している事も伝えられる。

 

 スパイダーマンとしての力の正体はわからない。刀使の力が大体十代の間の期間限定のもののようにいつかは消えるものなのか、一生このままなのか。やがていつかは話せるときが来て僕はスパイダーマンだったんだと若き日の思い出話のように話すことになるのか、戦いで死んで正体が露見するかのどちらかになると思っていた。

 たが、意外な程早く話さなければならない運命は進んでいたようだ。

 それでもあの日、1つだけ確かな事がある。それは感謝しても仕切れない程のこの呪いをほんの少しだけ肯定できる祝福を彼女から受けたことだ。

 少し照れながら一瞬だけ顔を反らして、恥ずかしそうに下を向きながら再度可奈美の方を向く。

 

「それは・・・本人を前にして言うのすげえ恥ずかしいんだけど、僕がスパイダーマンを志したのは叔父さんの事もあるけど、背中を押してくれたのは君なんだよ」

 

 

「え?」

 

 自身ではそのようなつもりは無く心当たりが無い為、あまりの脈絡もない内容に鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 

 

「あの日僕はこれ以上無いまでに打ちのめされてた。何も考えられない位に。自分のせいで自分が何もしなかったからあんなことになって、皆を悲しませた。自分さえいなければこんなことにならなかって何度も自分を呪った。でもそんな僕を気遣ってくれて、こんな僕でも親愛なる隣人として受け入れてくれた君がいたから・・・その時に自分のやるべき事が分かった、この親愛なる隣人達を守れるようにって」

「僕のやるべきことは持てる力で君たちのように誰かを助けることなんだって。でも力を手に入れても中学生に過ぎない僕にはできることも動ける範囲も時間も限られてる。日常生活にだって支障を来すときもあった。それでも少しずつでも僕のように大切な誰かが傷ついて悲しむ人が一人でも減るならって思って始めたのがスパイダーマンなんだ・・・・だからのその・・・・」

 

 

「うん」

 

 

「僕も君にいっぱい助けられてる。叔父さんの時の事だけじゃない。会場で君が参戦してくれたから彼女を逃がす時間を稼げたことも、昨日の奴だって可奈美が追い込んでくれなかったら負けてたかもしれない。勝てたのは君のおかげとスーツの性能のゴリ押しだったって個人的には思ってる。だから多分昔からそんなつもりなくても無意識のうちに僕らが助けたり助けられたりは今も変わってないんだよ、だから感謝してる。マジで」

 

 

「私も感謝してる。お母さんの葬儀の時も、宿題手伝ってくれた時も、家にいたときはいつも朝起こしに来てくれたこととかも、スパイダーマンになった後も何度も私を助けてくれたことも。いつもありがとう」

 

 誰しも自分ひとりだけで生きていたら、自分を証明することはできない。誰かと互いに与えあったことで、これからの人生で教えてくれる。何者なのか、何をすべきなのか、初めて分かるのだ。

 

 二人は家が隣同士で親愛なる隣人、時には喧嘩をし、時には励まし合い、大切な人が亡くなった時も側で支え合い、ピンチの時は助けに入り、互いに助け合っていた。

 長い時間を一緒に過ごし、親愛なる隣人として助け合うべきだという使命を持っていたから二人を形作り、今ここにいる。

 

 可奈美は一度自身の御刀「千鳥」に視線を落とし、自分がやるべきだと信じたことを胸に秘め、決意を固め顔を上げる。

 

 

「そういや、可奈美はどうする?彼女は君を巻き込まないようにしてるんだと思う。彼女の言ってることも分からなくは無いんだけど、君自身はどうしたい?僕は行く、スパイダーマンとして折神紫を放置はできない。

 今は例え世界から敵視され矛盾を孕んだとしても、危険な相手を放置して誰かが傷付くのなら人に化けた荒魂を倒して、それ以外は討たない」

「そして、ここから先は昨日のように命懸けの戦いになる。僕らを潰すために危険な奴がいくらでも出てくる。ハリーは何も知らないし君と戦うのを嫌がってるけど会社は装備を管理局に提供してる。間接的に僕らの敵に回るんだ。それでも僕は君が何を選んだとしても君の意見を尊重する」

 

「私は・・・・・私も行く。姫和ちゃんを一人には出来ない。剣を受けて分かった、あの子の覚悟の重さが。私、決めたことがるんだ」

 

「・・・・分かったよ。よっしゃ!なら、あの頑固ちゃんを助けに行くか!・・・・ああ・・・その・・・これまではずっと君を頼らなかったけど、これからは違う。一緒に戦おう、可奈美」

 

「うん!・・・・でもやっぱり腑に落ちないな~手加減されてたってのは」

 

「ご、ごめんって!僕の力の正体がバレる訳にもいかなかったしそれにスパイダーマンは隠し芸じゃないんだ、無闇矢鱈に人に向けて使うもんじゃない。君の御刀だってそうだろ?一歩間違えば人殺しの道具にだってなる・・・だから・・」

 

 

「もうほんと頑固だなぁ」

 

 

「だって仕方ないじゃん。生身だと僕は素手でバスを止められる。けど、御刀アリだと僕写シ貼れないし。まぁ、いつか御刀相手でも平気なスーツとか出来たら・・そんときに考えよう」

 

 そして、問いかける。自分は折神紫を止めるために石廊崎まで行くが、これから先は先日ヴァルチャーと戦った時のように命懸けの戦いになる。

 自分達を本気で潰しに来る敵が何度も出てくる可能性を危惧しており、同時に何も知らず会社の命令で付き合わされているが栄人もまた間接的に自分達の敵に回っている事を伝える。

 だがそれでも自身は可奈美の選択を尊重する意思を伝える。

 千鳥に移していた視線を上げ、互いに見つめ合い、先程決意した自身もまた付いていくという意思表示をする。

 覚悟を決めた力強い眼に曇りはない。やることは決まった。

 その覚悟を受け取り、共に向かうことを決める颯太。

 そして、自身も隠していた事を打ち明けたからか遠慮は無くなり、親愛なる隣人である可奈美の事も頼りこれからも助け合うのだと決め、一緒に戦おう。と手を差し伸べる。

 笑顔で差し出された手を掴み固く握手する両者。

 互いの手に触れ合うのは久しぶりな気がしたが両者共どちらもいつの間にか大きく、力強く頼もしい手になったなと内心では思ったが言う必要は無いため心の中にしまうことにした。

 

 しかし、最大の懸念。これまで正体が露見するのを防ぐために力をセーブして戦って本気の勝負をしなかったことだけはどうにも納得は出来るが腑に落ちなかった為、頬を膨らませながらツンとそっぽを向く可奈美。

 不機嫌になる様子を見て必死に謝り、弁明する。

 

 一旦は落ち着いたように見えるがまだ、二人にはお互いに手が届かない所がある。現状二人が剣で立ち合ったとして颯太はスパイダーマンとして常人を越え、生身同士の対決では颯太に軍配が上がる可能性がある。しかし、御刀を装備した可奈美相手だと颯太は写シは貼れず、可奈美に軍配が上がってしまい、噛み合わないのである。

 ならばいつかお互いに100%出し切れる状況が出来たらそのときに考えようということで一旦は保留という形を取ろうとする。

 

 

「じゃあその時まで待つことにする。そういえば他に颯ちゃんがスパイダーマンだって知ってる人っている?」

 

 

「あー・・・・スーツくれたスタークさんと多分大方だけど燕さんと後僕が凡ミスしてバレたのが学長と()()

 

 ピクッ

 

「ふ、ふーん・・颯ちゃんいつから舞衣ちゃんのこと名前で呼ぶようになったのかな?」

 

可奈美も一旦はその提案に賛成し、保留という形に納得はした。ついでに颯太がスパイダーマンだという事を他に知っている人はいないのかと聞かれると自身の正体を特定した上で自身にスーツをくれたスタークと寸土めのつもりだったが舞衣に斬りかかろうとした結芽の御刀を蹴り上げてしまった為、正体には気付いたが敢えて放置されている状態の結芽と、自身の凡ミスで正体がバレてしまった学長である江麻と舞衣には知られていることを伝える。

しかし、最後のフレーズに可奈美の耳は反応する。

舞衣。この男はいつも舞衣の事は柳瀬さんと名字呼びだった筈なのだが急に名前呼びに変わっている事に違和感を覚え、何故だが自分でも分からないがジト目になりながら問い質そうとする。

 

「か、可奈美さん?何か怒ってる?そんな大それたことじゃないよ。正体バレて秘密を共有したから前よりも親しい友達になれたってことで名前で呼び合うようになっただけだって」

 

「秘密を共有して名前で呼び合うようになったんだふーん・・・」

 

「いやだから何でそうなるのさ?」

 

その様子に戸惑いつつも、実際は秘密がバレたものの互いの胸中を明かし、壁ドンされたり、泣いてしまったのを落ち着かせる為に抱き締めたりもして栄人や結芽に誤解されかけたりもしたのだが何より大事なのは秘密を知り、打ち明けたことで前よりも親しい友人になれたのだという事を伝える。

しかし、やはりまだジト目の可奈美の様子が非常に不可解で更に戸惑ってしまう。

 

 

「だって颯ちゃんが名前で呼ぶ女子って私だけじゃん?」

 

「僕がコミュ障で君以外の女子とそこまで親しくなったことがほとんど無いからですぅ~」

 

「じゃあ舞衣ちゃんとはそれほどまでに親しくなったんだね?」

 

「まぁ前は少し距離あったかもだけど今は大事なマブダチだよ、あっそういや餞別で貰ったクッキー食べる?」

 

「食べる!お腹空いてたんだ~」

 

 

(単純・・・・・)

 

これまで颯太は良く言えば大人しく、悪く言えばコミュ障陰キャであり、女子と親しくなったことはあまりない。

美濃関学院が他校との交流にも積極的で、共同で作業をしたりもするのだが、以前に長船と共同で作業をする場面があった時、女子校である長船の生徒と話した時に年上の女性に声をかけられただけで赤くなり、言葉が口ごもる程緊張し相手に心配された事もある程だ。

その為、そのような場面に直面すると栄人にパイプ役になってもらうことで事なきを得ているのだが。

 

可奈美は家が隣であり家族ぐるみの付き合いをしているため唯一名前呼びであるが他の女子は大体名字呼びである。

唯一無二だったポジションが他の誰かに取られたような気がして少しおもしろく無いと心のどこかで思っているのかも知れないがそんな様子を知る余地もない颯太は自嘲気味に中々他の女子と親しくなったことが無い事を皮肉っている。

 

舞衣とは以前は互いに名字呼びで少し距離があったが今は大事な友人、マブダチになったからであると説明する最中にふと思い出したように出発前に餞別として舞衣から貰ったクッキーがまだ残っていた事を思いだし食べるか聞くと、可奈美は一変する。

先程までの不機嫌な様子が消え、眼を輝かせながら食べると食い気味に答える。

そのあまりの単純っぷりに呆れつつも安心感を覚え、クッキーを食し腹を満たす二人であった。

 

 

一方車の陰で二人の様子を見守る二人と一匹。

エレンと薫とねねだ。

真面目な雰囲気で話をしていため入っていきにくかったが急に軽いノリに変わった二人を見てズッコケてしまった。

 

「ちょ、ちょっと入って行きづらい雰囲気デスネ・・・」

 

「クソッじれってーな・・・オレちょっとシリアスな雰囲気にしてきます。っていうかアイツがスパイダーマンかよオレより年下じゃねーか」

 

「ねー」

 

 

「まさかソウタンがスパイディだなんて予想外デース」

 

すぐに起き上がりこれから入団テストを行う3人の内2人はいるがもう一人がいないことに違和感を覚えつつも、姫和と可奈美と共に行動している相手であるスパイダーマンの正体が各校が管理局から帰る際に駐車場で少し会話したパッとしない、シャキッとしない冴えない中学生だと思いもよらなかった為、軽く驚いている。

特に薫はスパイダーマンの正体が自身よりも年下であったことが信じられないのか開いた口が塞がらない。

しかし、

 

「ま、キャップも昔は喘息持ちのモヤシだったって聞くしヒーローには色々あんだろ」

 

「ね」

 

「薫は理解が早いデスネ~、そろそろいいデスカネ。ではミッションスタートデース!」

 

 

「うーい」

 

「ねー!」

 

アメリカを代表するヒーロー、キャプテンアメリカことスティーブ・ロジャースもかつては喘息持ちで貧弱な身体で軍隊に入隊できなかったという過去もあったと以前に聞いたことがあるためヒーローと言っても一重に皆それぞれ事情があるのだろうと一定の理解を示している。

ヒーローに大切なのは力でも顔でもない。ハートだからだ。

その薫の状況を飲み込む理解の早さに感心しつつそろそろ仕掛けてもいい頃合いかと判断し、任務開始の合図を告げる。

 

 




ホムカミ見ててマジで思ったけど犯罪者のデータベースから相手特定できるカレンの機能よくよく考えなくても有能過ぎワロタ。

同じ事の繰り返しになってないか不安だぜ。とりま、次はヴィラン達と面会しますぜ(多分)


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第19話 入団テスト

バース公開に間に合うように出したい。



舞衣から渡されたクッキーを食し、腹を満たした二人は再度姫和を追うために再度彼女が歩いていった方向に目を向ける。

直後颯太の身体にはゾワリと全身の毛が逆立つような感覚、スパイダーセンスが発動し、危機が迫っている事を身体が告げている。

無意識の内に急いでズボンのポケットにしまっていたマスクを被り、後ろを振り向く。

 

「誰か来る!気を付けろ!」

 

その行動を見て可奈美も何かを察知し警戒する。すると

 

「見つけマシタアアアア!」

 

背後から片言でこちらに向けて御刀「越前康継」を構え、迅移を発動しながらこちらに突っ込んでくる女子の中では長身の少女。長船からの刺客、古波蔵エレンだ。

 

可奈美とスパイダーマンは振り降ろされた御刀を同時に横に離れることで回避し、可奈美がカウンターで放った横凪ぎの剣戟をエレンは回避した所をスパイダーマンは掌のウェブシューターのスイッチを押すことでクモ糸を足元に向けて放つがバク転で後方に移動して回避される。

パーキングエリアの駐車場の路面に手を着いたためか多少掌に砂がついているためエレンは軽く息を吹き掛けて砂を落とす。

するとこちらに視線を向け柔和な笑みを浮かべたまま話しかけてくる。

 

「美濃関学院中等部2年、衛藤可奈美&スパイダーマンデスネ?」

 

 

「そうだけど」

 

「おっとここにも追っかけの子が来ちゃった?悪いね、逃走先でライブはやってないよ」

(駐車場で話しかけてきた人じゃん!バカンスに行ってたんじゃないのかよ!?)

 

エレンの問いに対して可奈美は真剣な顔つきになりながら八相の構えで応じるがそれに対してスパイダーマンはいつも通りジョークを交えている。

しかし、内心では今自分達の目の前にいる刺客は管理局本部からスターク社へ行く前に駐車場で軽く会話した少女の内の一人であることを思い出した。

確か御前試合が終わったことで休暇ができて湘南でバカンスに行くと言っていた為何故ここにいるのか、ここが分かったのかは気になるが、今は敵対する相手だと判断しウェブシューターを構える。

 

「長船女学園高等部1年、古波蔵エレン!で、こっちが・・」

 

「スパイダーマン、ナイスジョークだ。オレお前のファンなんだ、握手してくれ」

 

「薫!」

 

意気揚々と自己紹介をするエレンといつのまにかエレンの隣に現れ手を差し出している見た目に反し身の丈以上の御刀「祢々切丸」を担いでいる小学生にも見えなくもない気だるげな少女、益子薫。

 

 

「折神紫に刃を向ける不届き者!覚悟するデース!・・・所で十条姫和はどこデス?」

 

「姫和ちゃんならいないよ、でも姫和ちゃんを追う気なら私達が相手になる!」

 

「ごめんね、敵同士じゃなかったら応じてたかも!ほら握手した瞬間手錠とも握手させられそうじゃない?後彼女のサインが欲しいなら僕らを通してからにしてもらおうかな!」

 

「話が早いデス!」

 

「ならぶっ倒した後にしてもらうか、サクっとやんぞ」

 

 

エレンは周囲を見渡し、隠れて二人が会話している所を聞いていたが姫和のみがいないことに違和感を覚えて問いかけるが可奈美とスパイダーマンは教えるつもりはなく、臨戦態勢に入る。

 

元々舞草の入団テストを行うのがエレン達の目的であるため戦う意志があるという事は都合が良いためやる気満々のエレンと相反して気だるげに祢々切丸を地面に降ろして拾い上げる薫。

薫の八相の構えより剣を天に向かって突き上げ、腰を低く落とした、示現流とは異なる「蜻蛉(トンボ)」の姿勢から見て薬丸自顕流だと判断した。

 

「きえー」

 

やる気の無い掛け声と共にその構えのまま小走りしながら可奈美の方へと行こうとする。

 

「もらいっ!」

 

「させまセン!」

 

スパイダーマンは動きの遅さからすぐに動きを封じれるとタカをくくり、足元に向けてクモ糸を放とうと狙いを定めた瞬間エレンに斬りかかられたため一旦動作を中断してエレンの一閃を身体を反らして紙一重で回避する。

 

スパイダーマンが牽制できなかったことにより薫の一撃が地面に振り降ろされ、可奈美は後方に回避はしたものの眼前には地面が大きく陥没する程の威力を物語るクレーターができていた。

それと同時に可奈美は薫相手に距離を取ると不利になると判断していた。

 

 

エレンの一閃を回避したスパイダーマンは地面に手を着いて足払いを入れる。

 

しかし、ガキンという音がするだけでエレンはビクともしていない。

刀使の戦闘術。御刀を媒介として肉体の耐久度を上げる。写シとは異なり、物理的な硬度を発揮するが、短時間しか持続しないという「金剛身」でスパイダーマンの足払いを防いだのだ。

 

「何それ!?」

 

『金剛身という刀使の戦闘術の1つでしょう。物理的に肉体の硬度を上げて耐久力を上げる技のようです』

 

 

「トゥッ!」

 

「ぐっ!」

 

カレンがエレンが発動した技が金剛身だということを分析するとスパイダーマンは初めて見る金剛身に驚きを隠せず、姿勢を崩す目的で放った為全力で蹴らなかったのもあるが直後にそのまま顔面に回し蹴りを入れられ蹴り飛ばされる。

 

しかし、スパイダーマンは空中で姿勢を立て直して地面に片手を着いて可奈美の隣に着地する。

しかし、狙い目はそこであった。

 

「金剛身を使ったタイ捨流と、体術!?」

 

 

「体術の達人か・・・・素人の僕にどうにかできるかね・・・」

 

直後にスパイダーセンスが発動し再び危機を知らせる。

正面では薫がまたしても祢々切丸を振り下ろし地面を陥没させ、クレーターを作っている。

 

スパイダーマンを可奈美の隣にまで蹴り飛ばし、薫の一撃でまとめて倒そうというコンビネーションを見せられ愕然とする二人。

 

 

(この二人まるで二人で一人!?)

 

(距離を積めても長身に阻まれて、距離を取ればちっさいのの固定砲台にやられるか・・・ヤバいな・・・って!)

 

 

「ヘアーッ!!」

 

「おっと!」

 

(かかりマシタネ・・・☆)

 

直後、ウェブシューターによる遠距離攻撃が可能なスパイダーマンを抑えるべくエレンが迅移で加速して再びスパイダーマンの顔に向けて飛び蹴りを入れて来るが飛び蹴りはフェイク。首を横に動かして回避した肩に手を乗せてターンし、足を伸ばしてスパイダーマンの首に引っかけて絡ませ、そのまま乗るような形になり、頭を手で抑えつけられ首4の字固めを決められた。

両足に力を入れることでスパイダーマンの首を締め上げそのまま落とそうとする。

 

 

「アナタはおねんねしててクダサーイ!」

 

「ぐっ!やば・・・・っ!息が・・・っ!」

 

『完全に足が首に入っています、このままだと絞め落とされるでしょう』

 

スパイダーマンが懸命に足を掴んで引き放そうとするが

足が完全に首に入っており、万力のような力で首を締め上げられ喉を圧迫していく。

カレンに冷静に分析されるものの分かりきっていることであるため煩わしさを感じる。

 

「そ・・・・スパイダーマン!」

 

 

急いでカバーに入ろうとする可奈美であるが薫が振り降ろす一撃は無視できずに回避することになり、中々近づけない。

 

スパイダーマンは呼吸困難により意識が遠退いて行く中、前を向いたまま掠れた小さい声を上げながら手の角度を変えてウェブシューターのスイッチを押す。

 

「くっ、くらえっ!」

 

 

「oh!眼が!」

 

ウェブシューターから出たクモ糸はエレンの顔に付着して視界が遮られ、クモ糸を剥がそうとして一瞬だが四の字固めのロックが緩くなった為その隙を逃さずにスパイダーマンは身体を捻ることでエレンを投げ飛ばすことに成功するが首を押さえて咳き込み、再び気管に酸素が入っていくのを感じる。

 

「ゲホッゲホッ」

 

「やはり、その糸は厄介デース!」

 

 

顔からクモ糸を剥がし、糸の引っ張り強度を体感したエレンはスパイダーマンが咳き込んでいる隙を見逃さずに再度スパイダーマンに斬りかかろうとした瞬間にとこらかともなく顕れた影に横からカットを入れられる。その相手は戦闘音を聞き付けた姫和だ。

 

エレンは迅移で移動して薫の隣まで移動する。

 

「姫和ちゃん!何でここに!?」

 

「お前たちこそ何故逃げない!?」

 

「いやーほら、見ての通りファンの子に追われててさ・・でも、サンキュー!」

 

「こんなときでもふざけるのかお前は!」

 

「これで全員デスネ」

 

「3対2はフェアじゃねーよなったく」

 

 

入団テストの対象である全員が揃ったことにより、本格的な入団テストに入る為に一旦は駐車場から離れて森林に入っていく5人。

 

(この二人、息ぴったりなんだ!分断しよう!)

 

 

(了解)

 

(任して!)

 

 

可奈美は走りながら視線と身振り手振りで二人のコンビネーションが優れていることを姫和に伝え、分断しようとスパイダーマンにも伝える。

理解した二人は頷きながら森の中を走る。

 

その最中薫が正面に現れる。

スパイダーマンは木の上に向けてクモ糸を飛ばして一瞬で飛び上がり、薫の頭上を通過する。

 

一撃が強力な薫を抑えるように見せるためにわざと可奈美と姫和は正面から攻めるがエレンに防がれるものの頭上を通過しながらウェブシューターのスイッチを押して薫の振り上げようとしていた祢々切丸に糸が吸着し、着地と同時に引っ張って奪おうとするも取られまいと粘る八幡力の怪力により、拮抗してしまい、二人はエレンを抑えることに専念している。

 

 

「もらい!」

 

「渡すかよ」

 

薫の八幡力の怪力はスパイダーマンにも引けを取らない程であり、スパイダーマンはこのままでは埒が明かないと判断し、スイッチをいじる。

ヴァルチャーとの戦闘では最大出力で放ったが相手に一瞬隙を作ることが目的であるため今は威力を弱めに出力

を調整する。

 

「電気ショックウェブ!」

 

「なんだ・・・うおっ!」

 

すると、スパイダーマンのウェブシューターから出ているクモ糸から蒼白い電流が流れ出し祢々切丸を伝って祢々切丸を掴んでいた薫の手にも静電気程度の電流が伝わり、驚いて一瞬手を放してまう。

 

「そら、取ってこいワンちゃん!」

 

 

手が離れた隙に腕を横に振って、祢々切丸を遠くに投げ飛ばす。

しかし

 

「ねー!」

 

先程から透明化して姿を隠していたねねが姿を現し、鉄色の尻尾で祢々切丸をキャッチし、姿勢が崩れるがそのまま薫の元に投げ返し、悠々とキャッチする。

 

 

「いないと思ったら隠れてたのか!っていうかすげぇ!プレデターみたい!光学迷彩か何か!?」

 

 

「どうだ、驚いたろ?」

 

スパイダーマンも駐車場で会話した際にねねとも対面している為何となく覚えていたが姿が見えないと思っていたらまさか透明化しているとは思いもせず驚いている。その様子に対してドヤっと勝ち誇った顔をする薫。

しかし、スパイダーマンは驚きつつも、どさくさに紛れて薫の隣に立つ木に向けてマスクの中のHUD(ヘッドアップディスプレイ)で薫をロックオンし、ウェブシューターを構えて黒い設置型の球体を放つ。

 

そして、急いで可奈美と姫和が戦っているエレンの所に向かうかのように別方向へと走り出す。

 

「オレ相手に距離を取れば死亡フラグって忘れたのか?だが逃がさん」

 

「その言葉そっくりそのままお返しするよ!」

 

 

「あ?・・・・っ!?ちょっ、待っ!」

 

 

走り出したスパイダーマンの行動が自分のようにリーチに優れ衝撃もある反面振り回す隙がある相手はすぐさま接近して倒すのがセオリーだと思っている薫はスパイダーマンの行動が理解できなかったが距離にも限界はあるため追跡しようと動こうとしたその矢先。

 

スパイダーマンが驚きながらも薫をロックオンして隣の木に設置したウェブシューターの新しい機能の1つ「トリップ・マイン」が薫の動きを検知して作動し、設置型の球体からクモ糸が一直線に射出され、薫の背に貼り付き木の方へと引っ張られ、直後に衝突し、木に身体を貼り付けられる。

 

「ま、待て!これ外してけー!」

 

「ねー!」

 

 

「一時間お仕置き!Bye!お嬢さん!」

 

 

祢々切丸を手放してはいないものの手足の自由が封じられた状態となり、身動きが取れなくなる薫を横目に二人の援護に向かう為に木に向けてクモ糸を飛ばしてスウィングするスパイダーマン。

 

 

 

二人の元へ向かうと可奈美の振り降ろすフリをして後ろに下がるフェイントにより防御がカラ振りし、金剛身のタイミングをズラされ、効果が解けた瞬間に姫和の接近を許し首筋に小鳥丸を突き立てられているエレンの姿が見えた。

 

「いただき!ぱしっ!」

 

スパイダーマンは木に乗り、隠れながら姫和が小鳥丸をそのままエレンを生命的に無力化するために押し込むことがないように、エレンの手元に向けてクモ糸を飛ばし、越前康継に当てて腕を後方に引く事でエレンの手元から離れてスパイダーマンの手に収まる。

 

 

「ナイス!」

 

「サンキュー!」

 

不意打ちではあるが相手を傷付けずに無力化できたことに可奈美は安堵しスパイダーマンに親指を立ててウィンクする。

スパイダーマンも同じくサムズアップで返す。

 

「あ゛ーくそ、しんどい。抜け出すの大変だった・・・二度とやりたくねえ・・」

 

肩で息をしながら薫も急いでこちらの方へと迅移で加速して走って来た。

どうやらトリップ・マインの拘束からどうにか抜け出せたようだが相当大変だったのか、体力が無いのか息切れを起こし、愚痴をこぼしている。

 

しかし、3人とも警戒は怠らずに構えは崩していない。

 

エレンは御刀をスパイダーマンに取り上げられているため、こちらが有利だと判断した姫和は小鳥丸を突き立てつつ問いかける。

 

「今度の刺客は長船か、何故ここが分かった?」

 

「ふふふーん、それは秘密デス」

 

それは追われる側の3人としては気になる所である。しかし、何故か余裕な態度を崩さないエレン。直後姫和の足首の方から何かに噛まれたような痛みが走る。

 

ねねがエレンを救出するためか、姫和の足に噛み付いている。

その姿を見て荒魂だと判断したが大した力は無いことを察してからは特に気にすることなく話を続ける。

 

「荒魂を使役か・・・質問に答えろ、私は目的を果たす。阻む者は斬る」

 

ほぼ無力化されているに近い状態のエレンに対し質問に答えるように強要し、容赦の無い姿勢を見せている。

 

「ちょ、ちょっと待ってくだサイ!」

 

抵抗する意志が無いことを証明する為に両手を上げ、スパイダーマンが座っている木の枝の方向と上空を誰にも気付かれないように一瞬だけ確認した。

 

「何だ?話す気になったか?」

 

 

「えーと、もう少し、後5秒ホド!」

 

 

「5秒?」

 

 

「ん?・・スパイダーセンス!・・・うわああああああ!」

 

「「!?」」

 

5秒。その微妙な時間に何があるのか3人はポカンとしているが、スパイダーマンは直後に全身がゾワリとした感覚スパイダーセンスに襲われ、何かが来ると直感した直後に自信が登っている木、いや、ほぼ自分に向けて上空から何かが飛んで来ており地上へと降り注ぎその降ってきた何かに激突されて吹き飛ばされるが何とか着地するものの。その際にエレンから奪った御刀が手から落ちてしまい近くにいた薫に回収される。

 

姫和と可奈美は迅移で回避に成功したものの、砂煙と土埃により、視界がわるく、可奈美は軽く咳き込んでいた。

 

視界が晴れると、先程スパイダーマンがいた木を薙ぎ倒し、地面に突き刺さっている黒い飛行物体、S装備の射出コンテナがあった。

この装備は基本的に遠く離れている相手にS装備を届けられるにする運搬機であることを察した二人。

 

「S装備の射出コンテナ!?荒魂殲滅用の装備をっ!?」

 

「S装備なんて私研修で一回しか着たこと無いよ!」

 

「そういや昨日の奴の装備もS装備の発展型らしい、グルならヤバイかも!」

 

態々3人を捕まえるためにS装備を持ち出したことに驚く可奈美と姫和。

スパイダーマンはカレンの分析結果では先日戦闘したヴァルチャーもS装備の発展型の装備であり、もし仮に管理局側の人間であれば昨日同様に厄介な相手となる可能性を危惧し、3人の警戒心を強める。

 

「お色直し完了デス」

 

 

「アーマード薫、見参」

 

幸か不幸か先日戦闘したヴァルチャー等のような特殊なタイプとは違い、通常の頭部にバイザー付きのヘルメット、胸部と腕部と脚部に装着されているパワードスーツS装備であったことを確認し、グルではないのかと邪推する。

しかし、S装備により身体能力が飛躍的に上げられる為、こちらが不利になると判断した3人は一旦逃げることを選ぶ。

 

「あれ?昨日のに比べると随分と地味なパワードスーツだね?整備士変えた?全部シルバーじゃなくて赤と金だったらかっこよかったかもね!」

 

「それアイアンマンじゃねーか、まあオレも同意だけど」

 

 

「昨日のってどういうことデス?」

 

 

(知らないのか?それともとぼけてるのか?ま、パワードスーツ相手となると部が悪い、ジョーク言って気を逸らすから今のうちに)

 

コクッ

 

スパイダーマンの軽口から先日のヴァルチャーとの関連性を割り出そうと話題を振るとヴァルチャーのことは何も知らない様子が見てとれるため、長船が独自に動いていると判断した。

 

スパイダーマンが冗談を言って相手が反応している隙に二人は二方向に別れて移動する。

 

「「なっ!?」」

 

「今だ!ウェブグレネード!」

 

驚いている隙にウェブシューターのスイッチをいじり、掌に黒い球体が出て掌大のサイズになるとスパイダーマンが全力投球でエレンのS装備のコアの部分に当てる。

直後に赤い光が点滅し始め、周囲一体に大量のクモ糸が散乱し、二人を巻き込んで木々に貼り付けられ、反動で御刀を落とし、身動きが取れなくなっている。

 

「三十六計逃げるにしかず!逃げるが勝ちってね!バイバーイ!」

 

「おい!今スーパー戦隊で言うところの主役メカの活躍シーンだろうがー!」

 

 

急いで二人に向けて踵を返して木に向けてクモ糸を飛ばしてスウィングしながら二人が逃げた方向まで飛んでいくスパイダーマン。

スパイダーマンが飛んでいく姿を追いながら、叫ぶ薫。

しかし、そんな彼女の叫びも虚しくスパイダーマンの姿はすぐに見えなくなる。

 

 

「しかしトニトニ製スーツスゴい性能デスネー」

 

「あーあ、アイアンマンからスーツ貰えるとかうらやましーなーずりーなー」

 

「ねー」

 

S装備の怪力で思いきり糸を引き千切り、なんとか御刀に触れられるようにし、直後に八幡力でなんとか抜け出すがかなり大変であったため、へたりこんでいる二人。

 

「で、どうだったアイツら?」

 

「能力的には問題無しデス。スパイディはまだ少しスーツの機能に頼ってる感じはありマスがうまく使いこなしてマス。そっちはどう思いマスカ?」

 

「ただの向こう見ずじゃないのは確かだな。それに俺からすれば成長途中のヒーローでもヒーローなら大歓迎だ」

 

「ブレないデスネ」

 

3人を入団テストした結果スパイダーマンはまだスーツの機能に頼っている未熟さはあるものの全員能力的には問題無しと判断したエレン的には合格だと判断し、薫としても不利になった際には撤退と言う合理的な判断が行える判断力を評価し合格でも問題ないとした。

 




すまない。長くなりすぎるからヴィラン達との面会は次回に持ち越しになってしまい、本当にすまない。

押され過ぎじゃね?って思われるかもですが素人が体術の達人相手には流石に押されるってことで。だが美少女の首4の字固め(怪力)はご褒美・・じゃないね!折れるね!


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第20話 衝撃波と犀

余談:バース見てきました!
これまでの映画のシーンを彷彿とさせるシーンも多々あり、3の調子ノリノリダンスした時も同じ音楽使っててすげえ!ってなりました。

ヴィラン達の名前は極力本家の方に準拠する方向で。


刀剣類管理局捜査本部

 

3人の捜索で何の成果も得られなかった為か鎌府女学院の学長である雪那は何の役にも立てないことに歯がゆさを感じつつも撤収を決断した矢先、本部の通信に自衛隊の横須賀基地から伊豆山中にてS装備用射出コンテナの使用があったかと連絡が入り、所属不明であったため何か関連性があると判断した雪那は意気揚々と撤収を延期し、正確な着地点を割り出すように命じる。

すると同時に司令室に紫から命令を受けた夜見と栄人が本部に入室してくる。

 

「獅堂さん、此花さん。紫様から出動命令が出ました。ご準備願います」

 

「そして、お三方の指揮下に入る新装備の適合者とその装備についてもお話があるため、一度面会室までお願いします」

 

面会室に向けて局内の廊下を歩く4人。

 

真希は栄人に向けて話しかける。

 

「今度の奴はトゥームスよりはマシだと助かるんだが、どうなんだ?」

 

「えー・・・と、片方はまともです。もう片方はトゥームスよりはマシと言えばマシと言うかベクトルが違うと言うか・・・」

 

「どっちですの?ハッキリなさい」

 

「はい、私が話した感じトゥームスよりはマシです。ですがどう受けとるかは人によりますね。実際に対面しないと判断しにくいと言った感じです」

 

「早速胃が痛くなってきた気がする・・・」

 

 

「新装備の適合者はお馬鹿でなければならない理由でもありますの?」

 

 

「うっ、返す言葉もございません」

 

 

栄人の煮え切らない態度に業を煮やす寿々花に問い詰められ、実際に会わないと判断しにくいという言葉に対し不安になってくる面々だが、そうしている内に面会室に到着する。

 

面会室に入室すると、トゥームスの時よりは監視員も少なく手錠もされていないためそこまで危険視はされていないことが見てとれる。

 

1枚の防弾ガラスを隔てて二人の新しい適合者が並んでパイプ椅子に座っている。

 

一人は何か格闘技でもしていたのか引き締まった体躯に坊主頭に剃り込みを入れ、身体中に刺青を彫っているチンピラと言った風貌の20代程の若者。しかし、この男依然にテレビか何かで見たことがあるような感覚に陥る栄人を除く3人。

片方は年齢はトゥームスとさほど年齢は変わらないように見える中年間近のような印象を受けるが何より最大の特徴は筋肉モリモリマッチョマンの変態などという言葉では表せない程の筋肉に2m以上は確実にある身長の強面で視線だけで人が殺せそうな程の、いや確実に何人も殺しているであろう

鋭い目付きをしているが若い方が姿勢をダラリと崩して耳にヘッドフォンを着けながら音楽に乗り、リズムを刻んでいる姿に反し、拳を丸め、手を膝の上に置いて行儀よく座る物静かな印象を受ける男性だ。

 

 

「おい、針井。ほんとに適合者はこんなのしかいないのか?片方はまだ御し切れそうだが人は見かけによらないって言うぞ」

 

「本当に申し訳ありません。彼等が新装備の『ショッカー』と『ライノ』のテストパイロットに最適と判断されたんです」

 

「このお行儀の悪い方はあまり好きになれなそうですわね」

 

「素直に言うことを聞いて頂けたら問題ないのですが・・」

 

4人が固まってヒソヒソと相手の方を向きながら人相を確認して早速不安になっているようだ。

 

 

「シュルツ、シツェビッチ。仕事の話だ。」

 

 

「やっと仕事かおせーんだよ」

 

 

「Да(ダー)」

 

話がまとまった後に二人の方へと向かい合い、適合者と装備の紹介を始める栄人。

シュルツと呼ばれた方は悪態をつきながらかったるそうにヘッドフォンを外して首にかけ、足を組んで机の上に載せる。あまりにも行儀の悪い態度に面々は溜め息をこぼす。

そしてシツェビッチと呼ばれた方はロシア語で了解の意を意味する言葉を発し、微動だにしない。

 

まずは若い方からだ。

 

 

「こちらが、STT(特別機動隊)向けの対荒魂用戦闘装備ショッカーの適合者ハーマン・シュルツ21歳。元プロボクサーで一昨年に世界チャンピオンにまで登り詰めたものの、直後にWBA(世界ボクシング協会)のトップとファイトマネーの問題で揉め、評議会全員を滅多打ちにして逮捕。出所以降は日本でギャングの用心棒を行っていたそうですが数日前に美濃関付近の銀行を強盗目的で襲撃し、スパイダーマンに阻まれて逮捕されていましたが局長の権限でスーツのテストパイロットとして一時的に釈放されています」

 

 

「どこかで見たことあると思ったら一昨年のボクシングの世界チャンプだったのか」

 

「随分と落ちぶれましたわね」

 

ハーマン・シュルツの経歴を聞かされ、ようやく既視感の正体を理解した面々。

一昨年の年末のボクシングの世界大会で19歳でヘビー級のチャンピオンになった選手がいたことをテレビで見ていて記憶の片隅に置いてあったことを思い出す。

しかし、そんな輝かしい経歴を持ちながら今は一人のチンピラへとなり下がっていて数日前には美濃関近辺の銀行を襲って逮捕されていることを知り、唖然とする。

しかし、どうやら何か反論があるようで反抗的にぶっきらぼうに口を開くハーマン。

 

「その表現は語弊があるな。奴らこの俺様と死力を尽くして戦った対戦相手(ダチ)をチャンピオンじゃなくなった途端に掌返してバカにしやがったからムカついて全員半殺しにしてやっただけだ、俺は間違ってねえ」

 

「気持ちは分からなくもないが限度があるぞ」

 

 

「知らねえな、俺様はチャンピオンだ。チャンピオンだからあの業界じゃ一番偉い俺様の気分を害した奴は俺様にぶちのめされて当然なんだよ。まぁ、その後は知っての通り人をぶん殴る以外金稼ぐ方法を知らねえロクデナシの俺はギャングになって銀行強盗と恐喝で食ってきた訳だ」

 

「まぁ心配はいらねえ俺を捕まえやがったあの野郎をぶちのめせんならアンタらの言うことは素直に聞く」

 

評議会全員を滅多打ちにした理由は元チャンピオンで自身がベルトを勝ち取り、死力を尽かして戦った相手を侮辱された為だと言い切る。

真希に諭されるものの、さも当然かのように悪びれもせず自分は間違ってない等と言い張る傲慢さにある意味で感心を覚える面々であるが、自身の事はロクデナシであると自覚し、言うことは素直に聞く姿勢を見せている為思っていたほどマイペースで馬鹿ではないのかと思い始める面々。

余程スパイダーマンを倒したいのだろうか。

 

 

 

「そこまでスパイダーマンに固執する理由はなんですの?負けてプライドに傷がついたからかしら?」

 

「・・・・・野郎はチャンピオンの俺様の顔に泥を塗りやがっただけじゃねえ野郎のせいでなぁ・・・・」

 

ゴクリ

 

寿々花にスパイダーマンに固執する理由を聞かれると先程までの尊大な態度から一変し、表情が険しくなり低い声でスパイダーマンに対する怒りが直で伝わってくる程の怒気を感じ、息を飲む。監視員を含む面々。

シツェビッチと夜見は表情を変えずに話を聞いているが。

 

 

 

 

「奪った金で行く筈だったアイドルのライブの遠征費が消えただけじゃなくて逮捕されたせいで行けなくなっちまったんだ!チクショー!思い出すだけでムカつくんだよ!コケにしやがってよぉ!」

 

 

((((いや、それお前/貴方が悪い/から!!/のでは・・・))))

 

机の上に載せていた足を下ろして地団駄を踏みながらスパイダーマンに捕まえられた事で強盗した金の取り分で自身が好きなアイドルのライブの遠征費が消え、逮捕され、懲役刑がほぼ確定であるため、ライブに行けなくなったことを逆恨みし、激しい怒りを示している。

 

一同は内心でそれは自業自得だと総ツッコミを入れているがもうツッコむ気力が無いのか心の中でツッコむ程度に留めておく。

 

そこで栄人が話を仕切り直して、ハーマンにテストパイロットを依頼したショッカーの説明に入る。

咳払いをして、携帯の画面から映像を投影して全員に説明を始める。

画面には全身防備の茶色の頭部のフルフェイスのヘルメットに、身体の部分は黄色をベースに網目の模様が入っており、両腕にはガントレットを装備しているパワードスーツが映し出される。

 

「ゴホンッ話を戻しましょう。こちらが彼にテストパイロットを依頼した新装備、ショッカーの概要です。現在御刀以外で荒魂を倒すことは不可能であり、STT(特別機動隊)では到着までの時間稼ぎが限界です。そこに比重を置き、荒魂を倒すのではなく振動波で姿勢を崩し、動きを止め、時間を稼ぐ。というのがショッカーの荒魂戦での運用です。装着者の身体能力を引き上げつつ両腕に装備されているガントレットに振動波を収束させて対象を殴り飛ばしたり、収束した振動波を音速で発射することも可能です。そして、スーツの用途としてはガントレットの振動波は荒魂を殴り飛ばせる威力であり、生身で使うと使用者の身体に負担がかかるため、その振動波に耐える為にあります」

 

「なるほど拳のエキスパートで自分で怪我しねえようにうまく使える奴は俺位ってことか」

 

 

「確かに量産化出来れば機動隊での死亡者の数を減らすことに貢献できるかも知れないな」

 

ショッカーの概要を受け、ハーマンは何となく自分が選ばれた理由を納得しつつ頬杖をつきながら興味深そうに見ている。

 

 

「言っておきますが貴方分かっていますわね?自分の仕事を」

 

「あー俺難しい話良く分からねんだけど、ようはコイツらと、合流したと思われる奴を思いっきりぶん殴りゃいんだろ?簡単じゃねえか」

 

「・・・・・・作戦では夜中にお前にスパイダーマンの相手をしてもらう。そして、スパイダーマンを捕まえたら親衛隊の皆さんの援護に向かってくれれば問題ない。後誰も殺す必要はないからな」

 

「そりゃ心配ねえ、銀行強盗も恐喝も平然とできる俺だが殺しはしねえ主義だ。チャンピオンは下々の者を手にかけはしねぇんだよ。金は奪うけどな」

 

寿々花に怪訝そうな顔で自身のやることを理解しているのか、暴走して民家を攻撃したりしないかの確認を取るとハーマンは軽いノリで返す。

頭はあまり良くないのか、管理局の事情、舞草の存在、逃亡者たちとの因縁。そして作戦をざっくりとは理解していて間違ってはいないが非常に大雑把なその様に声も出ない面々。一応、暴走して民間人を襲う心配と相手を殺す心配は無さそうだが・・・・。

 

「はぁ・・・・。そして次は」

 

「「ライノ」の適合者アレクセイ・シツェビッチ42歳。元々貧民街の出身で20年前にロシアから移民してきた移民で、漁師として働いていましたが相模湾岸大災厄の海難事故で漁船が沈没。そして行方不明になり、瀕死の所をギャングに救助され、以降は組織の敵を排除する用心棒として勤めているそうです。組織ではなく彼個人にコンタクトを取り、逃亡者の捕獲を依頼しました」

 

「組織は俺を救ってくれた。その恩に報いるだけだ。仕事を個人的に引き受けたのも恩を返すためだ。だが」

「この子達は本当に自分の意思で悪いことをしたのだろうか?何か、事情があったのでは無いだろうか?」

 

ハーマンの様子に溜め息をつきながら今度はライノの適合者、アレクセイ・シツェビッチの経歴を説明する栄人。

アレクセイの引き受けた動機としては組織に恩を返す為に大金を手に入れる事が目的のようだが、今一つ思い悩んでいるのか、ギャングの暗殺者にしてはかなり甘いことを言い始めるアレクセイに全員が少し意外そうな顔をする。

隣に座るハーマンでさえもだ。

 

 

「ギャングの暗殺者ともあろう方が反逆者に同情ですの?」

 

 

「ギャングのくせに随分おセンチだな」

 

 

「俺は自分を救ってくれた組織に感謝はしている。だが、いつの間にか流されて後戻り出来なくなってしまった」

「彼女達も本当は誰かにやらされているのではないか、やりたくてやってる訳では無いのではないか。そう考えてしまう。俺は罪のない子供を手にかけたくはない」

 

「彼女達の行動の理由を知るために捕獲するんだ。それからでないと話は始まらない」

 

寿々花に質問され、ハーマンには横から皮肉を言われるものの特に気にする様子もなく話を続けるアレクセイ。

自身の命を救った組織の為に働き、何人もの敵を殺してきたアレクセイだが、敵だからとは言えまだ未来のある子供を手にかけることには抵抗があるのか彼女達の意思で行ったものでないのなら戦いたくはないと甘いことを言ってのけるが栄人もアレクセイにはやりたくなくてもやらなきゃいけないことをやるしかない境遇にシンパシーを感じているのか、アレクセイを気遣って捕獲する理由をしっかりと説明する。

 

 

「ならば、仕方がないか。アレクセイ・シツェビッチ、全身全霊を持って対象を捕獲する」

 

「なら問題なさそうだな。そして、これがお前に今回テストパイロットになってもらう新装備「ライノ」の概要だ。お三方もご確認ください」

 

アレクセイは栄人の話を聞き、彼女達が本当に悪いのか、どんな事情があってしたことなのかを知るために捕まえるのだと諭されたことで了承する。

そのままショッカーが写された画面を切り替えるとサイをモチーフにしたかなり大柄な全身装備の鼠色のアーマーが映し出される。

 

 

「ヴァルチャー同様S装備の発展型であり、対大型荒魂用の決戦装備「ライノ」。通常のS装備よりもパワーと耐久力に特化した装備で、計算上は大型の荒魂の突進を受けてもビクともせず素手で荒魂を持ち上げられる程のパワーを有します」

 

「凄まじいですね」

 

シュミレーション用に作成された映像ではライノが荒魂に突進されても微動だにしない映像と荒魂を持ち上げて投げ飛ばす様や、突進で大型の荒魂を撥ね飛ばしている様が流れる。

夜見はその圧倒的なパワーを見て、凄まじいと語彙力を低下させる程に感嘆としている。

 

「はい、攻撃力と耐久力はピカイチです。ですが、欠点としては全身装備な上特に頭部は視界が狭く、変わりに集音性が高いのですが夜戦では安定した戦闘が難しいことと、スーツが重いため、動きが多少鈍重になる点や稼働時間が短いことです。対荒魂戦でも超短期決戦を想定して作られています」

 

「力が強すぎるが故にか、色々と惜しい装備だな」

 

「物には物の使い時がありますわ、彼らを追い込めるタイミングで使うのが無難でしょう」

 

ライノの運用方法が限定的であり、汎用性は低いことを知らされ歯がゆい気持ちになる真希だが、限定的だからこそ真価を発揮する場面があるのだと寿々花に諌められる。

 

「とりあえずだ、シツェビッチ、シュルツ。作戦中お前達はこの3人の指揮下に入り、余計なことはせずに状況に応じて3人の指示に従ってくれれば問題ない」

 

「俺は野郎をぶちのめせんなら文句はねーよ」

 

「元よりそのつもりだ」

 

 

「ならば、出撃の準備をして装備を積んだヘリがあるヘリポートに向かってくれ。シツェビッチ、恐らく今日は夜中での戦闘になるだろうから今日は出撃しなくていい。シュルツが出てくれ」

 

「早速か、いーじゃん」

 

「了解した」

 

 

雇い主である栄人の指示を素直に聞き入れ、トゥームスよりは遥かに扱いやすい面子であることに安心しつつ二人に出撃の準備をするように指示をする。

 

「では、皆さんよろしくお願いします」

 

「あぁ」

 

「分かりましたわ」

 

「かしこまりました」

 

栄人は3人に向けて二人の指揮をお願いすると3人はすぐに了承する。

安心したその矢先

 

「おい、デカブツ。てめえの出番はねぇかもな、俺様が全部かっさらっちまうからよ。大人しく倉庫の置物でもしてな」

 

 

「どうだかな、そういう奴に限ってうまく行かない。特にお前のような井の中の蛙はな」

 

 

「あ゛?てめぇ挑戦か?今ここで勝負してやろうか?3分でリングに沈めるぞオラ」

 

 

「コラコラ喧嘩はするな。シュルツ、お前の相手はスパイダーマン達だ。相手を間違えるなよ」

 

「チッ、行くぞ」

 

「失礼する」

 

 

ハーマンが挑発的な態度でアレクセイに肩パンして、尊大な態度でマウントを取って接している。ガキか。

アレクセイは大人であるためか、あまり本気にはせず適当に受け流すとその態度が気に入らなかったのか喧嘩腰でメンチを切りながらファイティングポーズを取り、今にもケンカし始めそうな雰囲気だ。

栄人が急いで仲裁に入ると先程までの勢いはすぐに失せて舌打ちしつつもアレクセイに行くぞと共に行動することを許しつつも退室する。

反面、アレクセイは一言断ってから退室していく。

 

 

「はぁ~胃が痛ぇ・・・シツェビッチはまともなのが救いですよ」

 

 

「僕も同じだ、言うことをある程度聞いてくれるだけトゥームスより遥かにマシだが、アレも大概だぞ」

 

 

「どうして殿方は拳で解決だのタイマン勝負だの安直な思考にいたるのでしょうね」

 

「それはシュルツさんがその極地を行っているだけな気もします」

 

それぞれに対面した新しい適合者への感想を述べつつしばらく歩き、出撃のためにヘリポートへと向かう3人を見送るために栄人もついてくる。

 

「今になって私達を出すなんて、紫様も随分勿体つけましたわね」

 

「君が紫様のお側を離れるなんて珍しい」

 

紫の秘書官として常に紫の補佐に回っている夜見が戦線に出ることが意外なのか真希は夜見に話しかける。

 

「索敵には私の力が役立ちます」

 

 

「申し訳ありません、皐月さん。本来山岳地帯ならばヴァルチャーで上空から索敵させるべきなのですが、私の判断ミスでヴァルチャーを壊してお手を煩わせてしまって」

 

「いえ、お気になさらず。これも私の仕事です」

 

本来ならば飛行能力があり、上空から索敵も可能なヴァルチャーを出撃させれば夜見に負担をかけなくて済んだことを謝罪するがいつも通り淡々と問題ないと返す。

 

「そういえば結芽は居残りですの?」

 

 

「彼女が出れば不必要な血が流れますので」

 

 

「確かに」

 

 

「針井、僕達が留守の間時間が空いている時で良いから結芽を頼めるか?」

 

「今私達も忙しくてあの子に構えません。ですが栄人さんが構ってくださるお陰でお暇な時間が減って最近少し楽しそうですしね、頼みましたわよ」

 

 

「お願いしますね針井さん」

 

「えっ?・・・・はい。勿論。任せてください!」

(な、何で3人揃って俺に言うんだ?まぁ、クライアント様を退屈させないのも俺の仕事か。それに・・・この忙しくて殺伐としてる中彼女といるとほんの少しだけ解放されてるような、不思議な気持ちになれるし)

 

3人から時間が空いている間に結芽の相手をしてやって欲しいと頼まれ、驚いてワンテンポ遅れて反応し、敬礼する栄人。

3人としては自分達は今、逃亡者を追うことに尽力していて彼女に構う時間が無いものの栄人がたまに空いている時間に彼女に付き合う事で暇な時間が減り、少し楽しそうにしているため信頼して結芽を頼むと頼まれるが、当の本人は自分に与えられた重要な仕事だと思いつつも結芽といるとほんの少しだけ安寧を得ていることを自覚しつつも心の中にしまう。

 

「しかし、やはり動いてますわね。折神家管轄外のS装備が存在するなんて」

 

「折神家と針井グループと管理局以外あの装備を開発、運用できる組織などない。本格的に合流を始めたんだろう。連中が噂通り特祭隊内部の造反分子ならあり得なくもない」

 

「紫様は十条姫和達が彼らと接触すると踏んで泳がせていた。ということなのかも知れませんわね」

 

紫が二人を安易に追わずに逃がしたのは反乱分子である舞草と合流させ、まとめて倒すためだと予想している寿々花の筋の通っている推測に納得しつつも歩みを止めない面々。

 

ヘリの前につき、乗り込む3人を見送る栄人。

3人に向けて、声をかける。

 

「それでは皆さん、お気を付けて。皆さんの無事と成功を祈っています」

 

「心配するな」

 

「誰に言っているのかしら?」

 

「ははは、ですよね・・」

 

「では、針井さん。また後ほど」

 

 

それぞれが既に準備万端で問題ない様子を見せるとヘリが駆動音を立てながら離陸し、風圧により髪と服がはためくものの飛んでいくヘリを姿が見えなくなるまで見送り、完全に見えなくなると同時に捜査本部へと戻っていく。

 




ヴァルチャーが悪い奴にし過ぎたので悪党のレベルを少し下げることにしたぜ。

余談:バースを見て私のこれまでで好きなスパイダーマン映画のランキングベスト3は1位はスパイダーマン2で2位はホームカミングで3位はアメスパ2でしたが、バースが1位になりました。

ほんと初代2は今でも好きな映画です。ホームカミングはこれまでとは違い軽いノリの小規模な感じがウケない人も結構いて賛否両論(偏見)ですが、キャラクターが良くてピーター・パーカーとしてはMCU版が一番好きですね。そしてホームカミングのヴァルチャーは個人的実写化ヴィランで1位です。個人的に楽しくて明るい気持ちになれる映画って感じです。
アメスパ2はエンディングが一番好きな終わり方です。最も悲しくもあり最もかっこいい終わり方だなと思います。

OK、じゃあもう一度だけ説明するね!バースは情報量がスゴいのにゴチャついてなくて明るくて楽しいだけじゃなくて、「勇気」を貰える映画でした。
ホームカミングでもうちょい欲しかった所を押し上げてくれた感じで本当に素晴らしかったです。
挫折と葛藤からのヒーローへの転換、伏線の回収も本当に見事で皆にオススメできる映画でした。もっかい見たくなってきたな・・・。


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第21話 繋いだ手

さぁ、YA☆MA☆GA☆RI☆DA☆


夕刻を過ぎ夜になり、休憩時間になったため捜査本部ではなく休憩のために一室で休む栄人。夜見に作りおきのおむすびを用意してもらい、頬張りながら端末に画面に目を落とす。

そこには美濃関学院の体育館で撮影した友人グループ複数で撮影した写メだ。

栄人が颯太の肩を組み、仲良さそうに笑い。後ろには舞衣と可奈美や他の友人達も笑い合っている平和な日常の一幕だ。

 

「衛藤、颯太。お前等今どうしてる?颯太。お前はトニー・スタークに憧れてたな。今頃テンション上がりながらインターンしてるのかな?衛藤。俺はまたお前を捕まえる為にまた敵を送っちまった。最悪だよなホント、罪を軽くするためって言うけど俺はまたお前の敵になっちまった。後何回こんなこと続ければいいんだよ・・」

 

写真に写る二人を見つめて、二人が今どうしているのか案じている栄人。

可奈美に対しては命令だから、やらなければいけないことだからだとトゥームスよりは危険で無いにせよまたしても敵を送り付け、敵に回ってしまったことを後悔していた。早く捕まえて罪を軽くするために、敵を送り付けてしまうという自身の矛盾とも取れなくもない行動と思念のギャップに思い悩んでいる栄人。

後何回こんな事を続けなければいけないのだろう。もう一度対面した時、またいつものように接することが出来るのだろうか、そう考えてしまう。

 

「ハリーおにーさん!超暇ー!」

 

「うおあ!」

 

結芽がニッカリ青江を構えて避けられる速さで弱めの突きをかましてくる。

栄人は深く思案していた為、反応が少し遅れたが急いで回避すると先程まで栄人が座っていた位置にニッカリ青江が刺さっている。

無論、結芽としては最悪寸止めできるため当てる気など更々ないが。

 

「ゆ、結芽ちゃん!?びっくりしたなぁもう。俺じゃなかったら団子三兄弟になってるって!」

 

 

「だって、おねーさん達出かけちゃってまた私だけお留守番なんて納得行かないんですけどー!これじゃあ私のスゴい所見せられないじゃん」

 

「俺に言わないでくれよ、結芽ちゃんは俺たちの切り札だからだと思うよ」

 

 

「でも暇ー!なんか面白い話してよ・・・ってそれおにーさんの学校の写真?千鳥のおねーさんやどんくさいおにーさんもいるね」

 

他の親衛隊の面々が出撃しているにも関わらず自身はまた待機の境遇を不満に思い、偶然通りかかると栄人が休憩していた為、構って貰おうと乱入してきたとのことだ。

ふと携帯の画面が目に入り、栄人の隣、肩と肩が触れ合いそうな距離まで近付き携帯の画面を覗き込んでくる。

 

「あぁ、前に放課後に撮ったんだ」

 

 

「じゃあおにーさん、学校の話聞かせてよ!

 

 

「あぁいいよ、じゃあ何から聞きたい?」

 

「じゃあどんくさいおにーさんって普段どうなの?やっぱりどんくさいの?」

 

 

「颯太?あぁまあ普段からパッとしなくてたまにどんくさい時はあるな」

 

「ははは!超予想通りー!」

 

どんくさいおにーさんで伝わる颯太ェ・・・・。

その上否定せずに話を続ける栄人、あまりにも予想通り過ぎて笑い出す結芽。

 

「でもアイツは早くに両親を亡くして叔父さんと叔母さんに育てられたらしくてさ、その父親代わりの叔父さんも去年の今頃亡くなってアイツも色々辛いことが多くても健気な俺の大事な友達だ、命懸けてもいい」

 

「そうなんだ・・・・」

 

「結芽ちゃん?どうしたの?」

 

「何でもない!後おにーさん、クモのおにーさんに町で会った事ない?美濃関に出没するんだよね?」

 

結芽はどこか思う所があるのかしんみりとした顔になり、それでいて少し羨ましいなと心のどこかで思ったが気にしない事にした。

 

「あーご当地ヒーローみたいに祭り上げられてるな。会った事はないよ。全くアイツには困ってるよ。衛藤を巻き込んで局長を攻撃した奴を逃がしたり、親衛隊の皆さんに危害を加えたり、影もつかめない神出鬼没っぷりのせいで全然捕まんなくて今の俺のストレスの原因の1つだよ。でも1つだけ、トゥームスが甚大な被害を出す前に止めてくれたことに関しては感謝してる」

 

「敵に感謝するなんて変なの。あのおじちゃんだって千鳥のおねーさん達を捕まえる為だったんでしょ?」

 

「アイツは予想以上に頭のネジが飛んでて必要以上の事してくれたからな、まぁ送り出した俺が一番悪いんだけど」

 

 

「そー言えば紫様に呼び出された時怒られた?」

 

昼間に結芽に紫に呼び出された際に少し会話した際に、呼び出された以上は叱咤されることは確定であるためその事を後で教えろと約束していた事を思いだし、ニヤニヤとからからうような笑みを浮かべている結芽。

 

「スゴい視線で睨まれて超怖かった。怒られたよ勿論。すぐ許してくれたけど」

 

 

「ははは!確か高津のおばちゃんも一緒だったよね?やっぱおばちゃんも怒られた?w」

 

 

「あー大人気なく食い下がってたな・・私は許せないのです!紫様に楯突く逆臣が手の届く場所でのうのうとしている事にっ!」

 

「ははは!ちょー似てる!最高!」

 

栄人がその場の状況を説明し、その上で同じく呼び出されていた雪那も叱咤された為、雪那が局長室で不満げに紫に反論していた際の真似を声のトーン、口調、身振り手振りを可能な限り再現すると結芽がひっくり返って腹を抱えて爆笑する。

もし、雪那が近くを通りかかったら恐らく掴みかかって来たであろうが幸いにも本部にいるため当の本人は知るよしもない。

 

 

「実は結構モノマネ得意でさ」

 

「あーお腹痛い・・wwwじゃあさ千鳥のおねーさんについて教えてよ、私の次くらいにすごそうじゃん」

 

結芽が笑いすぎて涙目になりつつ、腹を押さえて身体を震わせながら話を続ける。

 

「あぁ、衛藤ね。衛藤は寝ても覚めても剣術、三度の飯よりも剣術の剣術オタク。俺も竹刀で戦ってもそこそこ善戦するけど後一歩で負ける。中学生で美濃関の代表に選ばれて、決勝まで行って親衛隊の人達から逃げ仰せる実力だ。それでいて強い奴と戦ったり相手の工夫を見たりするとテンションが上がる。颯太はサイヤ人とか戦闘民族って言ってたな」

 

「どんくさいおにーさん結構デリカシーないね」

 

「俺もそう思う、だからモテないのかもな。でも衛藤は何となく結芽ちゃんと似てるかも」

 

 

あながち間違いでは無いが、女性に向けて使うにしてはややデリカシーに欠ける表現をしていることに結芽は軽く呆れている。

当の本人達としては昔から知っている間柄であり、互いに遠慮がなく容赦ないツッコミを入れ合える信頼の証ではあるのだが端から見ればモテない要因の1つに見えても仕方がない。

 

 

「何!?私もサイヤ人って言いたいの!?」

 

 

「違う違う。強い相手と戦うのが好きで底抜けに明るくて一緒にいて楽しい気持ちにさせてくれるって意味でだよ。多分似た者同士だからきっといい友達になれると思う」(戦闘狂じゃないとは言い切れないけど!)

 

「ふーん。なら、戦える日を楽しみに待ってる!まぁ私は群れるのは好きじゃないね。そんなの弱い子がすることだし」

 

「こりゃ手厳しい・・俺はもう結芽ちゃんの事、とっくに友達だと思ってたけど」

 

 

「そ、そう?ま、悪い気はしないけどね!」

 

 

「ははは、元気そうで何よりだ」

 

可奈美と結芽はどことなく似ていて同じく剣術で強い相手と勝負するのが好きな二人は立場が違えばいいライバル、友人になれるのではないか、もしかしたら毎日試合を繰り広げる程親しくなれるのではないかと私見ながら栄人はそんな事を思っていた。

しかし、結芽は勝負の時を楽しみにしている反面自分の強さを見せるためにあまり他者との連携を意識せず単独行動を好み、群れることについても弱いと考えているためか群れることは好きではない姿勢を見せる。

 

だが、そんな本音を前にしても特に気にする様子もなく真剣な表情で既に大事な友人だと思っていた事を伝えられると、何故か照れ隠しをしてしまう結芽。

確かに会って日が浅く、互いの事を深く知っている訳でもないが、時間がある際に構ってくれる相手であり、立ち合いしても退屈はしない。何故か一緒にいて安心する相手になりつつある栄人にそんな事を言われたからだろうか。

そして、昼間に会話した際に気になっている事を手を後で組んで少し恥ずかしそうに尋ねる。

 

 

「ねぇおにーさん・・・おにーさん寿々花おねーさんのこと好きなの?」

 

「えっ?どういう意味?」

 

「だって前に私が目の前にいるのにおねーさんのこと誉めちぎってたじゃん?相当好きか深い仲じゃないとありえなそうじゃん?」

 

 

「あーそれね。姐さんの事は小さい頃からの知り合いだし尊敬してるし実の姉ちゃんのように慕ってる。でもそういうのじゃない。ていうか向こうからすれば俺なんてガキだと思われてそうだし」

 

「そ、そうなんだ」

(何で私少しホッとしてるんだろ?)

 

もしかしたら栄人はあれだけ寿々花を褒めちぎる程に敬愛している様からもしかしたら惚れているのではないかと何となく思った結芽だがそんな事はなく、人として尊敬し、実の姉のように慕っているだけだと説明されると軽く胸を撫で下ろす結芽。

 

 

「それに、好き相手はともかく俺は政略結婚のために大企業の令嬢と結婚させられてもおかしくないし」

 

 

「えっ?どういうこと?」

 

「自慢じゃ無いけどうちは結構デカい企業だよ?更に会社をデカくするために大企業の跡取りの令嬢と結婚させるなんて話もチラホラ上がってくる。あーあ、結婚は普通に好きな相手がいいけどなー」

(なんで結芽ちゃんにこんな事ペラペラ喋ってるんだろうな、会って日も浅いのに)

 

栄人が将来的に家の企業を継ぐためにいつかは政略結婚のために好きでもない相手と結婚させられる可能性がある事を知り、結芽は軽く驚いている。

しかし、それ以上に引っ掛かるのはそんな生き方に従う生き方を受けていれている栄人に対して疑念が生じる。

 

 

「おにーさんはそれでいいの?」

 

「何が?」

 

 

「おうちのために自分のやりたい通りに生きられないなんて嫌じゃないの?」

 

「そりゃ嫌だけど、俺は跡取りなんだ。俺がやるしかないんだよ」

 

「私だったらイヤだね!絶対自分の事は自分で決めて、自分の生きたいように生きて自分の運命と戦うもん、その中で自分のやりたいことをやる!」

 

結芽の堂々としていて、我が儘でgoing my wayであるが自分に正直に生きるその姿は栄人に取っては眩しく憧れてしまう生き方だ。

これまでの人生でずっと父親に決められた生き方をして来てその生き方に慣れてしまっていたが結芽のようにはなれなくとも、力強く、自分をしっかりと持っている人間にはどうも頭が上がらない。

今は難しいかも知れないが、たまには、一度だけでいいから自分に正直になって堂々と生きてみたいと思った栄人。

 

 

「・・・ほんっと結芽ちゃんてたまに年下なのかって疑う時があるよ。でもそうだな、悲観してばっかじゃダメだよな・・・ありがとう。少し元気になれた」

 

「私特別なことしてないけど」

 

「結芽ちゃんにとっては大したことなくても俺にはデカいことだよ」

 

「へへへ」

(おにーさんの手、暖かい。お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな)

 

結芽の言葉に勇気付けられた栄人は感謝の意を込めて昼間と同じように結芽の頭の上に手を乗せ、優しく撫でる。

昼間の時とは違い、兄が出来たような嬉しさに胸が一杯になる結芽、しかし、彼女としては最も懸念している事があった。それは

 

「ねぇおにーさん・・・あっちに帰っても私の事覚えててくれる?」

 

「当たり前だろ?結芽ちゃんは俺の大事な友達。暇な時とかあればこっちに遊びに来なよ、大歓迎!つーか、俺らから会いに行くかもな!」

 

「ま、考えとく」

 

「ちぇっつれねーな」

 

(あーあ、何もいらないって思ってたのに今は、今だけはおにーさん達と一緒にいる時間が止まって欲しいなんて・・・そんなこと思うなんて)

 

誰かに自分の事を覚えていて欲しい。それが結芽の最大の願いだ。もし、事件が解決して栄人が美濃関に帰ってしまったのならもう会えなくなってしまうのではないか、すぐに忘れてしまうのではないかそう考えてしまう。

だが、栄人は当然のように満面の笑みで返す。

結芽は自分の友達だ。いつでも遊びに来い。むしろ自分達から会いに行く、もしかしたらあり得るかも知れない幸せな未来への希望までくれる。

結芽は表には出さないが、今はもう少しだけ、この日々が続けば良いと思うようになり、ならば今はこの1分1秒を満喫しなければと思い立ち、悪戯っぽい笑みを浮かべた直後に栄人の手を握って引っ張り走り出す。

 

「ハリーおにーさん、休憩時間まだあるよね?じゃあ私と道場で打ち合いしよ!決定!拒否権はありませーん!」

 

「ちょ、ちょっと結芽ちゃん!?強引に手を引っ張るなって!急すぎるって!あーもう・・・10分だけな!」

 

 

結芽に唐突に手を引かれ、道場まで連れて行かれる栄人。いきなりであったため姿勢を崩し、引っ張られている状態になり結芽の滅茶苦茶な行動に戸惑いつつも結芽といる間は辛い現実を忘れられるほど楽しい時間であるためか栄人も結芽の手を握り返し、道場まで駆けていく。

 

一方その頃伊豆山中。

襲撃してきたエレンたちを撒くことに成功した3人は雨宿りの為に元々は駄菓子屋か何かだったと思われる商店に入る。

 

ちなみに雨に濡れた為かスパイダーマンは着ていた私服を搾って水分を取り除き、スーツに搭載されているヒーター機能で自身の身体を暖めている。

 

「カレン、確かヒーター起動できるよね?」

 

『かしこまりました』

 

 

「おお、こりゃあったまる!」

 

 

「前から思ってたんだが誰と話してるんだ?」

 

 

「カレンって・・・あまりにモテないからってとうとう空想の彼女と話始めるようになっちゃったの?」

 

 

「違うわ!スーツのサポートAIだよ、マスク被ってる間は分析したり、検索してくれるの!あー、カレン二人とも話せるようにできる?」

 

『可能です』

 

「じゃあよろしく」

 

『こんにちは二人とも、スーツのサポートAIのカレンです』

 

「うわっ、すご!私、衛藤可奈美!」

 

「・・・・・・十条姫和」

 

『颯太から話は聞いています、可奈美は戦闘民族のサイヤ人だと』

 

「ちょっ!カレン!」

 

「颯ちゃん・・・・」

 

「すみませんでした」

 

スパイダーマンからすればスーツのサポートAIであるカレンと会話しているだけなのだが、カレンの声はマスクを被っている人間にしか基本的に聞こえないように設定されている為端から見れば一人でぶつぶつ喋っているようにしか見えないため、かなり不審だ。

 

一応拡声の機能もあったようでマスクから機械で加工したような女性の声が聞こえてくる。

どうやら本当にAIと会話していた事が分かる。

二人は自己紹介を済ませ、カレンが前から可奈美の話を聞いていたがあまりにもデリカシーの無い紹介のためか可奈美はジト目でスパイダーマンを見やる。

スパイダーマンはバツが悪そうに謝罪する。

 

可奈美と姫和は隣に座り、颯太は少し離れた段ボールの上に座っている。しばらくは3人は何を話せばいいのか、どこから話すべきなのか困っているのか沈黙が続いていたが、姫和が話を切り出す。

 

「なぁ、榛名」

 

「はい、何でしょう?」

 

「お前は一体何者なんだ?何故あんな力を使える?」

 

姫和は少し離れた位置にいる颯太に視線を向け、気になっていたことを質問する。

話しかけられたのが意外だったが、すんなり応答する。

 

 

「それは僕も分かって無いんです。僕は・・・・ずっと普通に生きてきて、何の力もないただのガキでした。でも1年前に管理局の研究所で蜘蛛に噛まれてから身体が変化して、壁を登れたり、感覚が鋭くなったりしたんです」

 

「管理局の研究所だと!?」

 

「えっ?はい、校外研修で行ったときに」

 

「その蜘蛛の体は調べたか?」

 

「出来るわけ無いですよ、力が着いたのに気付いたのは翌日ですし、調べようにもただの中学生が入れる訳無いですし」

 

「そうか、そうだよな」

 

スパイダーマンの力を手に入れた経緯を説明すると、管理局の研究所。この言葉に強く反応する姫和。

恐らくこの人物は意図的に力を手に入れたのではなく研究の副産物に偶然触れて力を手に入れたことだけはなんとなく察する事ができた。

この男はただ、たまたま彼らの陰謀の1つに巻き込まれただけなんだろう。そう考えることにした。

 

「どうしたの?」

 

「いや、何でもない・・・1つ聞きたい。お前は何故これをやってる?お前のその力があれば自分のためだけに楽に金儲けだって出来るだろ?荒魂を倒して給料が入るのは私達公務員だけだ。お前は自警団で、荒魂や犯罪者を倒してもお前には一銭も入らない筈だ。自分に何一つ得にならないのに、何故そこまでやるんだ?」

 

思案していると可奈美に心配され、何ともないと返す。

そして、もう1つの気になっている所、それはその力を私利私欲のために使って金儲けだって出来る筈なのに、何故、スパイダーマンとして活動しているのか、そこが疑問だった。

自分達刀使は公務員であり、犯罪者には対応できないが荒魂を倒すことで給料が入る。それが仕事だからだ。

だが、スパイダーマンは違う。スパイダーマンは正体不明の覆面の自警団だ。ほぼボランティアと何も変わらない。そのため、犯罪者を捕まえようと荒魂を倒そうとスパイダーマンには一銭も入らないタダ働きだ。

そんな自分に何一つ得にならないのに、時には犯罪者扱いされるのに何故続けているのか、気になっていたことを尋ねる。

 

「確かに、僕には一銭も入らないし、スーツが破れたり、クモ糸を補充したりで僕の小遣いとお年玉はそれに全部消えるし、今じゃジャンプもロクに買えない時もあります。たまにデイリービューグルにスパイダーマンの写真撮って郵送で送ってその報酬でなんとか切り盛りしてますけど。そして、僕は早くに両親を亡くてして叔父夫婦に引き取られました。それで、去年スパイダーマンの力が備わって、いじめっ子もぶっ飛ばして、調子に乗って最初はこの力を金儲けに使おうとしました。賞金が出るゲームの大会でスパイダーマンの超人的な感覚を活用して優勝して賞金を貰いました。そこで運営の金を奪った強盗とすれ違って僕は舞い上がって見逃したんです、捕まえることだってできたのに。そのせいで僕を父親代りとして育ててくれた叔父さんが強盗に殺されたんです」

 

「前の日に叔父にいじめっ子とケンカしたことで言われました。大いなる力には大いなる責任が伴う。その言葉の意味を理解してなかったせいで叔父さんが死んだ。だからその日から自分に出来ることを少しずつでもいいから始めようって思ったんです。出来ることも、やれる範囲も少ないかも知れないけど自分に何かが出来るかも知れないのに、何もしなくて、それで誰かが傷付いたら自分のせいだって思う。・・・・それで」

 

スパイダーマンであることは辛いことばかりだ、自分の元には何一つ入っては来ない。時には私生活に支障を来たすことも多々ある。責任感でやっていることであるため嫌になることばかりだ。

それでも、やはりあの忘れない1日があるため投げ出すことは出来なかった。

だから小さい事からでも自分の出来ることを始めたのだとこれまでの経緯を話した。

 

 

「それで、困っている人を見つけては助けているのか?」

 

「大体そんな感じです」

 

「なら、会場で介入した本当の経緯を話せ」

 

「当日僕は美濃関の応援に来てて会場で折神紫が現れた瞬間に荒魂を察知できる力が働いて、それで貴女が折神紫の方を殺気の籠った眼で一瞬睨んでて、そして貴女に危険が迫っている反応が出たんです。あ、僕自分や間近で危険が迫るとどんなのかは教えてくれないんですけど身体がゾクゾクして危険を教えてくれるんです。恐らく貴女が折神紫に挑むと予想して、多分一般生徒である僕が言っても誰も聞いてくれないと思ってそれで介入したんです。それに貴方は多分事情を知ってる、だから助けたんです」

 

「・・・・では、何故お前も折神紫を討とうとする?奴は荒魂だが人の姿をしている。お前があいつを討とつということは折神紫も死ぬことになる。お前の人助けと矛盾しかねないぞ、名誉を捨ててまでやることなのか?」

 

自身が会場で参戦した経緯を説明すると、経緯は理解できたがここで何故折神紫を倒す理由を聞かれる。

そして、折神紫を倒すことと人を救う事への矛盾も突き付けられる。

 

「確かにそうです。でも、折神紫を、人に化けた荒魂を放置したらもっと危険な事が起こる。それで僕の近所や身内にだって被害が及ぶかも知れない。これまで人に化けた荒魂が警察組織を統治して荒魂の出現率が減ってたのは彼女が指示を出してたからだとしても不思議じゃない」

「だから今は・・・例え世界から敵視されても、矛盾を孕んだとしても僕は親愛なる隣人スパイダーマンとして人に化けた荒魂を倒す、それ以外は討たない。そう決めました」

 

「・・・・・・・」

 

自身の推測と共に、危険な奴がいる事を分かっていて放置した場合に充分に想像できる被害を考えると自身が何もしない訳にはいかないと自身の意思を伝える。

あの日と同じ事を繰り返さないように、自分が守らなければならない人達を放って、黙って指を加えて待っている事などできないからだ。

その様子にだんまりを決め込む姫和に対し、あまり暗い空気になりすぎないように一瞬可奈美の方を向いてウィンクし、少し軽い明るいトーンで話を切り替える。

 

「それに、味方は一人だけじゃないですよ」

 

「何だと?」

 

「ほい、可奈美さんどうぞ」

 

話を振られた可奈美は姫和を剣を受けた時、そして、駐車場で話した事で自身が決断した事を話し始める。

 

「さっき、姫和ちゃんの剣を受けたとき思ったんだ、姫和ちゃんの剣は重たいって・・・姫和ちゃんの剣には強い意志が乗ってるんだ目的を成し遂げようって意志。だから重たいんだって・・」

 

「・・・・」

 

「あの時、御前試合の決勝戦・・・私は姫和ちゃんがどう攻めてくるかそればかり考えてた姫和ちゃんの事で頭がいっぱいだった。でも、姫和ちゃんは私の事なんか見てなかったよね」

「私ね、結構頭に来てたんだ。姫和ちゃんに無視されたこと」

 

 

「あんな超必殺技持ってるのに、戦ってくれなかったからサイヤ人としてのプライドが傷付いたとか?」

 

「もう!大事な話してるのにサイヤ人サイヤ人って、怒るよ!」

 

「ゴメン冗談だって!」

 

「・・・・・・・」

 

可奈美が真面目に話している最中に颯太が間違ってはいない、というか図星に近い事を突かれ、驚いたが真面目な話をしている時に横から突っつかれたためか過剰反応し、ムキになる可奈美と謝罪する颯太。そして二人の様子に唖然としている姫和。

 

 

「ゴホンッ、それに・・・・黙って見てたら姫和ちゃんが殺されちゃうことにも」

 

 

「なっ!?」

 

 

「姫和ちゃんの言う通り私には「覚悟」がなかった、何をするっていう「意志」も。でも今なら言える私のすべき事・・・・」

 

 

「私の剣が守る剣なら、私は姫和ちゃんの目的と姫和ちゃんを守るよ」

 

「決めたんだね、可奈美」

 

 

「うん」

 

 

「それは、結局人斬りの手助けをするということだぞ!」

 

 

「違うよ!姫和ちゃんは御当主様・・・人に化けた荒魂を斬る、それ以外は斬らせない。それが私の覚悟だよ」

 

 

一旦咳払いをし、可奈美もまた、目の前で人が殺される事を看過できず体が反応した事を伝える。

そして、自身が選んだやると決めたことを貫く「覚悟」とそれを成し遂げる「意思」を伝える。

だが、それは姫和からすれば人斬りの手助けをすることに他ならない為、強く反応する。

だが、倒すのは荒魂。それ以外は斬らせない。それが可奈美の覚悟である。

颯太は折神紫を倒すために戦い、それ以外は討たないこと、可奈美は姫和が紫を倒すという目的を守り、それ以外の者を斬らせないと似ているが少し異なる決意する。

それでも、二人が助け合うことには変わりはないのだが。

 

 

「・・・・・・私が折神紫を倒したい理由・・・」

 

「え?」

 

「話したくなったら話せと言ったろ?今話す」

 

「「どうぞ」」

 

二人の話を聞いて、何かを決めたのか、重い口を開き自身の目的を話始める姫和。

 

 

「二人とも、20年前に起こった『相模湾岸大災厄』は知っているな」

 

「有名じゃないですか、叔父さんと叔母さんから聞いたことがあります」

 

「20年前に起こった事件で江ノ島に現れた史上最悪の大荒魂を折神紫と今の五箇伝の学長たち六人の特務隊が討伐したっていう」

 

20年前の1998年9月に起こった史上最大規模の荒魂災害。相模湾岸沖の事故により海中に大量のノロが流出、観測史上最大の大荒魂と化した。大荒魂は相模湾岸から上陸、北上し、藤沢市などで死者3千人を超える甚大な被害をもたらした。警察の機動隊、自衛隊の全面協力の下、大荒魂を江の島に封じ込めることに成功。特別祭祀機動隊による少数精鋭の特務隊によって鎮圧された。帰還した六名の特務隊は後に英雄視されたという誰もが1度は耳にしたことがある災害の話をし始める。

 

 

「・・・・その中に私の母もいた」

 

「えっ?」

 

「確か六人の筈ですよね?もしかして揉み消したのか・・」

 

特務隊に参加していたのは6人だという話を聞いていた為、その発言に違和感を感じた二人だが先日の戦闘で管理局がトゥームスという傭兵を雇っていた理由や揉み消しが可能な点を鑑みると紫が姫和の母親が参加していたという事実を隠蔽したと考えても不思議ではなかった。

 

 

「そうだ、記録には残されていない。世に知れ渡っている事件の顛末は何もかもが虚偽だからな」

 

「えっ?」

 

「真実はすべてこの手紙に書かれていた」

 

やはり、紫には事件が起きようともそれを揉み消し、0から証拠を作り出せる権力があることを知らしめられる。

どこからともなく取り出したB5大の白い封筒を取り出して見せる。

 

「お前たちが見た、英雄「折神紫」の正体はその討伐された大荒魂そのものだ。この国・・・いや、世界の存亡を脅かすと言われた許どの災厄、忌むべき存在。純然たる穢れ・・・それが奴だ。そして数多いる刀使の中で唯一奴を討ち滅ぼす力を持っていたのが私の母だ」

 

「だが完全には討ち滅ぼせなかった、奴は折神紫になりすまし生き延びた。刀使の力を使い果たした母は年々目に見えて弱っていった、そして去年私が見守る中息を引き取った」

 

「その夜私は誓った・・っ!母さんの命を奪ってなお人の世に潜み続ける奴を私は討つと!母さんがやり残した務めを私が果たすと・・・!」

 

「・・・・・お前の言う重たさの半分は刀使としての責務だが・・・半分は私怨だ、だから付き合う必要は」

 

 

彼女の口から放たれる真実、その声色からは強い憎しみもあると同時に時々泣きそうになっているように聞こえる声色になりながらも、それでも中学生が背負うには重すぎるその小さな肩に多くの物を背負っている事がよく分かる。

昨日トゥームスに国家に刃向かうテロリストと揶揄されていたが同じくテロを行う者同士だとしても背負うものが違う。そう感じさせられる。

 

 

「そうだね、重たそうだから半分・・・私が持つよ」

 

そこで可奈美は姫和の手紙を握る手の上に自分の手を重ねて優しく包み、微笑みながら自身もまた共に戦うことを伝える。

 

「そして1個忘れてません?ここに相手を傷付けずに捕まえられる達人がいるってこと」

 

「颯ちゃん」

 

 

そして、姫和の話を聞き、少しだけだが彼女がどういう人間かを理解できた為、本格的に協力しようと後押しさせた。

可奈美の剣が守る剣であるように、スパイダーマンの力もまた、人を救う力でありたいと思う颯太は昨日自身がヴァルチャーと戦闘をした際に相手を殺さずに倒し、怪我人を出さなかったこと、エレンと戦った際も後で隙を突かれたが相手を傷付けずに無力化したことをセールスポイントとし、協力の姿勢を見せる。

 

「十条さん、貴女は立派です。それ以上に勇気がある。確かに私怨はあるかも知れません。でも、人々やお母さんのために強大な敵にたった一人でも挑むその勇気、貴女の勇気は僕や可奈美だけじゃ無くて他の人達の心も動かしています」

 

「だから僕も貴女に協力します。アイツを倒さないともっと危ない事が起きる。それに・・・・前に言った通り、強大な敵にたった一人でも挑むガッツのある女の子が命を懸けてるのに僕が何もしなかったら、僕は親愛なる隣人じゃなくなります。それだけですよ」

 

姫和座っている場所の近くまで歩き、方膝をついて同じ目線になりながら、私怨があったとしてもその小さい肩に何もかもを背負い、母親のため、刀使として人々のために強大な敵にたった一人でも挑む勇気に自身もまた動かされていた事を伝える。

なら、親愛なる隣人スパイダーマンは目の前の困っている人を放って行くなど絶対にできない、たった一人でも強大な敵にたった一人でも立ち向かう勇気がある少女が命を懸けてるのなら自身も戦わなければ親愛なる隣人は務まらないからだ。

 

「・・・・・ん?他の人達と言ったか?お前何を知っている?それは誰だ」

 

「あー・・・えーとその・・・これから合流するfine manさん達とこのスーツをくれた人」

 

「スーツをくれたのは誰なんだ?」

 

「アイアンマンことトニー・スタークさんです」

 

「なっ!?アイアンマンだと!?そのスーツを作ったと言うのか!?」

 

颯太の言葉を聞いて誰からも咎められ、否定されてもおかしくない自分の決断を笑うことも、否定することもなく勇気のある行動だと言い切られ、少しだけ温かい気持ちになる。しかし、一瞬だけ引っ掛かるワードが耳に入り、気になって尋ねる。

スーツがいきなり高性能な物に変わっていた事が何となく気になっていた為、何かしら協力者がいるという疑念もあったからだ。

 

スーツをくれた相手が軍需産業の社長であり世界的に有名なヒーローとして知られているトニー・スタークだとすると瞳孔を大きく散瞳させ、驚愕を隠せない。

確かに、世界的に有名な人物と関わりがあると知ったら驚くのも無理はない。むしろ普通のリアクションだ。

 

 

「はい、そうです。これから会うfine manさん達は会場で僕が逃げるのを手助けしてくれました。そして、スタークさんは正式なメンバーでは無いようですが協力してくれてるみたいです」

 

「・・・・・・・」

 

 

「あー信じられないなら他の機能見ます?拡張尋問モードとか偵察ドローンとか色々」

 

「見たい!」

 

「いや、昨日から大幅に変わったスーツの性能を見ていれば疑いようはない。それで、こうしている間お前はどうしていることになっている?」

 

「えっと、羽島学長の計らいでスターク社でインターンの研修旅行に行ってることになってます」

 

「学長すご過ぎるね・・・」

 

「まぁ、確かにアイアンマンが味方と考えると少しは説得力があるな・・・少しは信用してもいいかもな・・・」

 

 

これから会うfine manの協力者に世界的なヒーローアイアンマンことトニー・スタークがいるということはfine

man達は信じても良いかも知れないという話に説得力が出た為、少しは信用しても問題ないかも知れないと緊張が解れる姫和。

 

 

一方その頃、

雨も上がり、山中の駐車場に簡易テントやパジェロが立ち並び、雨が上がるのを待っていた捕獲任務に当たる面々がテントから出てくる。

格納庫にて待機していたハーマンは既に両腕にブラウンのガントレット、黄色を基本色として網目状の模様、頭部には専用のヘルメットのややヒロイックなデザインの全身完全防備の対荒魂用戦闘パワードスーツ『ショッカー』を装備していた。

寿々花が掌を天に向け雨が降っていないことを確認する

 

 

「ちょうど雨が上がりましたわね」

 

 

「ったく、雨ぐれぇで尻込みしやがって。気合いが足りねんだよ気合いが。もっと熱くなれよ、熱い血燃やしてけよ」

 

 

「全身完全防備のスーツを着ている状態で言っても説得力がありません」

 

「プッ」

 

「あ゛?髪色戻し振りかけんぞコラ」

 

ショッカーがシャドーボクシングをしながら身体を慣らし始めながら雨にも負けない逞しさを振りかざしているが夜見にショッカーのスーツを着て完全防備をしている姿では説得力が無いことをツッコまれ、隣にいた寿々花がショッカーにバレない程度に軽く吹き出す。

夜見の冷静なツッコミに反応し、メンチを切るショッカーだが、スーツで顔が隠れているため表情は伝わらない。

 

「そこまでにしておけ、これから僕たちはチームで行動するんだ。シュルツ、お前は僕たちの指揮下にいることを忘れるなよ」

 

「分かってるっつの、アンタらの言うことには素直に従ってやらぁ」

 

早速チームの和を乱しかねないショッカーを見かねて真希が注意すると素直に言うことを聞くショッカー。

喧嘩っ早く、誰に対しても喧嘩腰で尊大だが言うことはすんなり聞くタイプであることは分かってきた為問題は無いと判断した真希は一呼吸置いて新鮮な空気を吸って溜めた息を吐き出し、全員に気合いを入れるために両腕を組み、真剣な表情で一喝する。

 

「ならいい。さぁ・・・・山狩りだ」

 

 




明後日キャプテンマーベルやんけ


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第22話 山狩りの夜

キャプテンマーベル見に行きたい




一方、その頃

 

雨が上がり、月明かりで視界がよく見渡せるようになり、今のうちに合流地点まで向おうとする3人、その矢先

 

「はぁ・・・やっと見つけマシタ・・・・こんな所で仲良く雨宿りしてたのデスネ・・」

 

3人を追跡していたエレンと薫が雨宿りをしていた商店の前に息を切らしながら現れる。

雨の降る山中を相当歩き回ったのか、制服は濡れている。

 

「さっきの・・・・っ!」

 

(あれ?敵対者相手なのにスパイダーセンスが働かないぞ、もしかして敵意が無い?)

 

二人が現れた事でまたしても戦闘になると思っている可奈美と姫和は構えるが颯太はスパイダーセンスには一切反応が無いため違和感を覚えたが、しばらく睨み合いになるが唐突にエレンと薫がパーティー等で使われるクラッカーを取り出し後ろの紐を引くと音が炸裂し、中から火薬の臭いと同時に色とりどりの紙が飛んでいる。

明らかに攻撃ではないのは確かだ。

 

「おめでとうゴザイマース!」

 

 

「お前ら合格ー」

 

「ねー!」

 

 

エレンは両腕を上げ、笑顔で祝福しつつ薫はやる気の無い乾いた拍手を送っている。

唐突な合格発表に困惑する3人。

 

そんな彼らの様子を気にすること無く、はしゃぐ二人と一匹。

 

「ふざけるな!これ以上邪魔をすると言うのなら今度こそ本気で」

 

「ダイジョーブ、そんなに焦らなくても石廊崎は逃げまセンヨー」

 

 

(もしかして、この人達がスタークさんが協力してるっていう・・・)

 

 

 

「何故私達がそこに向かっていると?」

 

 

「お答えするその前に・・・・」

 

 

石廊崎、こらから会うfine manとの合流地点を何故知っているのか、その事に合点がいかない姫和。

先程とは打って変わり、エレンは真剣な表情になる。

 

 

「まずはこれを片付けちゃイマスネー」

 

「山でのポイ捨て、ダメ、絶対」

 

「ね」

 

「「「ズコーっ!」」」

 

話をする前に勝負でも着けるかのような雰囲気を醸し出したと思いきや突如クラッカーから飛び出した中身を拾い集める二人と一匹。割としっかりはしているが予想外すぎる行動に3人はズッコケてしまう。

中身を拾い終えてから手を叩いて話を始めようとするエレン。

 

「さて、どこまで話マシタカ?」

 

「まだ、何も話して無いだろ」

 

「えっと・・・・エレンさんと薫ちゃんですよね?合格ってどういう意味ですか?」

 

 

「っ!?待て、俺はエレンと同い年だぞ」

 

「ええ!?年上だったんですか!?つい小学生かと」

 

「あ゛?」

 

「す、すみません」

 

なんとなく薫を年下だと思ったのか年下にちゃん付けされたことにより反発する。身長が135cmであるためそう思うのも無理はないとは思うが颯太は薫を小学生位だと

思っていたと発言すると蛇のような視線で睨まれ、すぐさま謝罪する。

 

 

「私もエレンちゃんがいいデース!」

 

 

「うん、エレンちゃん!薫ちゃん!」

 

「適応早いなマジで」

 

「くそっ、定着しちまった」

 

流石社交的でコミュ力の高い二人。もう既にある程度打ち解けている。反面、薫は年下にちゃん付けされることが定着してか落胆している。

 

「合格とは文字通りの意味ネー、3人は「舞草」のテストに合格しマシタ」

 

「舞草?・・・」

 

「日本刀源流の地と言われるあの舞草のことか?」

 

「折神紫率いる変革派に抗い、御刀と刀使のあるべき姿を取り戻す組織としてはナイスなネーミングでしょ?」

 

 

「折神家に抵抗・・・・じゃあ姫和ちゃんと同じってこと?」

 

「yes!目的は同じデス!」

 

エレンは3人が目的が同じなのであれば味方に引き入れてもいいと判断した舞草側からの指令で入団テストを行い合格を通達し、味方として受け入れる姿勢を見せている。

そして、颯太は二人と一匹の前に出て頭を下げて会場で自身が逃げる手伝いをしてくれたことを感謝する。

 

「あー、僕として会うのは駐車場で話した以来ですね。会場で僕の事逃がすの手伝ってくれたのは多分あなた方のお仲間ですよね、ありがとうございました!」

 

「正直会場に現れた時は感極まった反面、焦ったぞ。お前には後でアイアンマンが直接コンタクト取りに行く予定だったが少し予定が狂っちまったからな」

 

 

「あーそれに関してはほんとに申し訳無いです・・」

 

「でも結果的にソウタンはトニトニからスーツを貰えて無事ここまで来たので問題ナッシングデース!」

 

「ならお詫びの印に一旦マスク被ってオレと握手してくれ」

 

「はいはい勿論いいとも」

 

「くー感動の嵐、次はアイアンマンと握手してー」

 

「スタークさんは中々難しそう」

 

「つーか、アイアンマンからスーツ貰えるとかマジ裏山なんだが。なぁ、ちょっとスーツ着させて」

 

「ね!」

 

「いやいや、それはちょっと・・・」

 

 

「ん?もしかして二人と知り合い?」

 

 

「あー、各校が帰る時に舞衣といたら話しかけて来てその時に少し話したんだよ」

 

 

「あーそゆこと」

 

本来は来るべき時が来たらスタークが直接会いに行く予定だったのだが予定が多少狂ったことを説明され、すかさず謝罪すると薫に詫びの印にマスクを被り、スパイダーマンとして握手することを求められ、握手する二人。

どうやらエレンと薫のことは知っているようにも取れるやり取りが気になったのか可奈美に聞かれると折神家を出る際に駐車場で少し会話したことを説明し、その時に知り合ったことを説明すると納得が行ったようだ。

 

 

「舞草か、fine manという名前に聞き覚えがあるか?」

 

「あのアバターは似合ってないからいつもやめろと言ってマスネー」

 

「なるほど、お前達は私達を舞草に入れるかどうかの試験官ということか、入団テストのつもりで良いように試されたのはあまりいい気分はしないがそこはもういい。アイアンマンがそちら側にいることは事実のようだからな・・・・たが・・」

 

自信らと合流する予定のfine manと関連性があると判断した姫和に質問をされるとやはり関係者であることが判明する。しかし、アイアンマンも関わっており悪事に手を出す可能性は低いと思っている為入団テストと称して戦わされた事に関しても気にしないことにしたが、どうしても気がかりなところがあるそれは

 

「刀使が荒魂を使役するだと?それでは折神紫と変わらないじゃないか!」

 

 

「ねね!」

 

 

「違う、ねねはオレのペットだ」

 

 

「この子一応僕のスパイダーセンスに反応はあるけど特有の穢れを感じないっていうか、危険度が全く無いですよ」

 

「そうそう、見てくだサイ!ノープロブレムデス」

 

「スペクトラム計が反応しない?私のもだと?」

 

「ねねは確かに荒魂デス・・・が同時に祢々切丸の代々継承者も常に共にある益子家の守護獣でもありマス、未だ荒魂や隠世については不明な点も多く解明のためにも特殊なケースとして上から認められているんデス」

 

「だからと言って・・・」

 

「ヒヨヨンは頭が固いデスネー」

 

「ヒヨヨン!?」

 

 

荒魂を連れ、使役すると言う行為は管理局側と変わらないのでは無いかと憤慨しながら指摘する。

その指摘をされ、反発する両者。しかし、スパイダーマンの感知したスパイダーセンスとエレンにファインダーを見せられ、自身のスペクトラム計を確認しても反応がない。ねねには危険性がなく、特殊なケースとして上から認められている存在だと説明される。

 

 

「ねー!」

 

「見て見てこの子とってもかわいいよ!」

 

(ん?確かこいつって・・・・)

 

ねねが可奈美の胸に飛び込み甘え始めふみふみし始める

。とても小動物のようで愛らしいがスパイダーマンは記憶の片隅に何となく覚えているがイマイチピンと来ない事が引っ掛かっていた。

 

 

「ね?・・・・・・ねー」

 

 

「は!?」

 

 

「そうそう、ねねはビッグなバストが大好きなのデス」

 

 

(あー・・・なるほどそれで・・・・って何考えてるんだ僕は!煩悩退散煩悩退散!)

 

「今なんかいやらしいこと考えなかった?」

 

「いやいや考えてない、考えてませんよー」

 

「じー」

 

「・・・・・・・・・」

 

しかし、ねねが一瞬視線を姫和の胸部に移すと、全く関心が無いのか残念な物を見るような顔をした後にガクッと項垂れる。

その唐突な行動に憤慨するが、エレンに説明されるとスパイダーマンはなぜ駐車場でねねが舞衣の胸を凝視し飛び込んだのかを理解できたがそんなことを考えている自分が恥ずかしくなり首を左右に振って煩悩を払おうとするが何かを察した可奈美にはジト目で睨まれ、そっぽ向きながら片言で否定する。

 

 

「そして将来胸がでかくなる女の可能性をかぎ分ける」

 

「もう!姫和ちゃんに失礼でしょ!」

 

「いや、堂々と本人の前で言い切る君が一番失礼だから!」

 

「ぐぬぬ・・・・」

 

気の抜けた会話をしているのも束の間、ねねがすぐさま反応し、森に向かって吠え始めると同時にスパイダーマンもスパイダーセンスが反応している。

この反応は、荒魂だ。

 

 

「・・・・ね!ねー!」

 

「スパイダーセンス!ヤバい、結構な数だ!」

 

「囲まれているぞ!」

 

 

「・・・・・・」

 

姫和もすぐさまスペクトラム計を確認すると様々な方角から攻め込まれていることを把握する。

しかし、エレンは携帯のスペクトラムファインダーには一切反応しない事に違和感を感じていた。

何故ならこの支給されたファインダーは折神家から支給された最新式なのだから。

 

 

「ねねー!」

 

「待てねね!」

 

「薫ダメデース!」

 

 

「来るよ!」

 

「小型でもこれだけると・・・!」

 

「クソ、1発じゃ一気に捕らえられないか!」

 

「話の続きはここを突破してからデース!」

 

 

「「分かった!/了解!」」

 

ねねが独りでに森の中に突撃していき、薫がその後を追いすぐに姿が見えなくなり、追いかけようにも蝶の形をした小型の荒魂に追撃され距離が離されてしまう。

スパイダーマンのウェブシューターでは1度に何匹も捕らえることは可能だが数が多すぎるため、五十歩百歩だ。

1度各々に散開し、後で合流することを約束する。

 

 

「あーもう、僕も虫に間違えられがちだけどさ、好かれる相手は選びたいよねホント!蝶らしく蜘蛛の巣に引っ掛かってくんない!」

 

 

スパイダーマンは暗い森の中を木に向けてクモ糸を放ち、スウィングしながら移動するもあまりの数の多さに泣き言を抜かしている。

しかし、ここは大量の木が生い茂っており、木々の間隔も狭い。トラップなら張り放題なのだ。

スパイダーマンは後ろから迫る小型の荒魂には目もくれず正面の木に向けてウェブグレネードを飛ばす。

自身が壁になっている事で荒魂達はグレネードの存在には気付いていない。木に貼り付けられたウェブグレネードが赤く点滅し始め、中から一直線に蜘蛛糸が飛び出す。上体を反らすことで飛んでくる蜘蛛糸を回避し、背後に迫る小型の荒魂を捕縛する。別の方向からも小型の荒魂をウェブグレネードが捕縛し、自身を追撃してきた小型荒魂の動きを封じる事に成功した。

捕縛された荒魂は抜け出そうと蠢いているが全身がクモ糸にくるまり身動きが取れなくなっている。

 

「いよっしゃ!大量の敵だと便利だなーこれ!よし、他の皆の所に行かないと!」

 

『よくできました』

 

なんとか成功した事に1度ジャンプしてガッツポーズをするスパイダーマン。

自身の方は片付いたため、一旦可奈美と姫和が追いたてられたと思われる川の方へと移動する。

 

一方別の地点

 

しばらく経ち、大量の小型荒魂の襲来により全員が散開し、一旦は木の枝に登ることで難を逃れたエレンは状況を整理しつつ次の一手を考えていた。

 

 

「うーむ、すっかり皆と離れ離れになってしまいマシタ、しかし何なんですかねこの荒魂は。妙に統制が取れた動きデスネ・・・反応ナシデスカ、やはり真っ黒ということデスカ。薫達との合流も大事デスがもう一手何か決定的な物が欲しいデスネ・・・」

 

しかし、エレンが入ってきてしまったのはショッカーが待機しているポイントであることに気付かず、本来はスパイダーマンをこの地点に誘き出す予定がスパイダーマンに小型荒魂の誘導を突破され、別のポイントに移動されたためである。同時にエレンが登った木の下の付近にいる黄色のカラーリングに網目状の模様のスーツ、頭部を守るための鋭い目付きのツインアイのブラウン色のヘルメット、両腕にガントレットを装備しているショッカーは所定の時間になってもスパイダーマン所か誰も現れない事に苛立っていた。

 

 

「・・・・・・遅ぇ!何やってんだったくよぉ・・・ちゃんと追い込んでのかぁ?所定の時間になっても野郎が来ねえじゃねえか!」

 

地団駄を踏みながら不満タラタラに文句を垂れるショッカー。一旦気持ちを落ち着かせ胡座をかいて地面に座る。

 

「あー暇だ!しゃあねぇ支給された携帯にこっそりインスコしたTwitterでもやろっと・・・お!りるるんツイートしてんじゃねぇか!」

 

元々我慢強い方でなくじっとしていることが苦手なショッカーは待機することに飽きて支給された携帯電話を取り出し、こっそりインストールしたTwitterを開き、自身のギャングとしての血生臭い日常の中で唯一の癒しとしていて例え銀行を襲撃し、強盗をしてでもライブに行こうとしていた程推している。アイドルの公式アカウントのツイートを眺め始め、先程とは打って変わり声のトーンが明るくなり、ツイートを眺める作業に入る。

 

 

「あ^~好物のラーメン屋巡りをするりるるんがかわいいんじゃ^~。りるるんのライブに行くためなら拙者は銀行強盗だってやってのける覚悟であります!毎度のツイートご苦労様であります!不肖、このハーマン・シュルツ!魂のいいねとリツイートさせていただくであります!るんるんりるるん♪」

 

ショッカーのスーツの下で普段は他人に対してすぐに喧嘩を売り、メンチを切るチンピラの顔からは想像もつかない最高に緩んだ笑顔になりながら自身が推しているアイドルが投稿した写真を眺め、口調をも変貌させている。

どうやらショッカーが好きなアイドルが食レポと共にピースしている姿が彼のハートを刺激したのか相等テンションが上がっている。

いいねとリツイートをすることを決断した際には姿勢良く規律して背筋を伸ばして右手の拳を握り、左胸に当て軍人のように宣言する。

しかし、突如いいねとリツイートのボタンを押そうと画面に向けて指先を伸ばしたその矢先、何かを察したのか1度その指を止めてショッカーのマスクの下で無表情になり、低い声でぶつぶつと呟き始める。

 

 

「・・・・・・いいねとリツイートってよぉ・・・『リツイートが1回』ってのは分かる・・・・。スゲーよく分かる。何回もリツイートしたらTLに流れすぎてフォロワーに迷惑がかかるからなぁ・・・・それはいけねぇよなぁ・・・・」

 

 

ショッカーが疑念に思っていること、その事を頭では理解しつつ知的な口調になりながら分析を始める。

そして、どうしても納得が行かないことがあるのかその不満にまた苛立ちを覚え始める。それは

 

 

 

 

 

「だが『いいねも1回』って仕様はどういうことだああ

ああああ!?1回でりるるんの可愛さを表現できるかよ!あ゛ー!もどかしいぜこの機能!どう言うことだ!せめて二回は押せるようにしてくれってんだぁ!るんるんりるるん!」

 

 

「what!?ちょ、待っ・・アウチ!」

 

 

ショッカーはどうもTwitterのいいねの仕様をとてつもなく素晴らしいものを見たときは1回では足りないからもっと押させて欲しいという見も蓋もない、誰に怒ってもどうにもならないことに激怒し始め、右手のガントレットを起動させる。

ガントレットが開き、展開させると拳に振動波が収束し始め、自身が推しているアイドル固有の合の手と共に振動波を乗せた拳で近くにあった木を殴り付ける。

 

不幸にもその木はエレンが登っていた木であり、振動波を乗せた拳による一撃で樹木が粉砕され、衝撃が木全体に伝わる。そのあまりの衝撃の強さにエレンも驚き、受け身を取る間もなく腰から落下する。

驚いた反面、腰を打った痛みにより腰を擦っているエレンが視界に入るとショッカーは突然の来訪者の登場に思考をすぐに切り替えて携帯を格納スペースにしまい、怪訝そうな視線を向けながら問いかける。

 

 

「あ?てめぇ何してんだ?こんな所で」

 

「あ、怪しい者じゃありまセーン」

 

「おいおいこの時間帯に俺ら以外でここいらをウロチョロしてる奴なんざ連中のグルに決まってるよなぁ。野郎をぶちのめすのが俺の任務だがそれに与すると思われる奴等を容赦なくぶちのめして捕まえんのも俺の任務だ。安心しな俺は殺しはしねー主義だから死にはしねーよ」

 

ショッカーに話しかけられ、両腕を上げながら降参のポーズを取るエレン。

だが、この時間帯に自分達以外でこの山にいること。それはつまり、スパイダーマンや姫和とグルになっていると考えたショッカーは自身の仕事の1つであるスパイダーマン達に与すると思われる者達を捕獲するという任務に当てはまると判断したショッカーはファイティングポーズを取り、闘る気満々の姿勢を見せている。

 

「こ、これは何を言っても話を聞いてはもらえなそうデスネ・・・それに、管理局の新装備・・・ここで倒さないと多分不利になりマス!」

 

 

「お?闘る気か?いいぜ、どっからでもかかって来な。もちろん俺は抵抗するぜ?」

 

「・・・・・っ!?」

 

 

本来はこのまま捕まったフリをして潜入しようと考えていたがどうやらこのままでは有無を言わさずに襲いかかられ、ボコボコにされると判断したエレンは後続の者達のため、ショッカーを倒さなければ難敵の一人になる可能性を考慮し、倒して気絶させる事にし、御刀を正眼に構える。

 

エレンに闘う意思があることを汲み取ったショッカーは意気揚々としながらの先程の怒っていた様子とは一変し、挑発的な口調へと変化していく。

 

 

刹那、ショッカーの両腕のガントレットが開き、振動波を纏いながら両手の拳と拳を突き合わせる。

 

拳と拳がぶつかり合った瞬間に火花を散らせながら炸裂音が地響きを立て、周囲にも衝撃として伝わり、木々を揺らしている。エレンもその衝撃により咄嗟に身体を庇うように防御の姿勢を取る。

 

ショッカーは振動波を纏った右手の拳を目の高さ程に持っていき、力強く握りしめる。エレンを正面に捕らえ、これから本気の真剣勝負をする相手と捉えて開戦を告げる。

 

 

「ーー拳で」

 

 

「ふんっ!」

 

 

「オラァ!」

 

エレンが間髪入れずに迅移で加速して速攻で勝負を決めようと直進するとパワードスーツにより身体能力を強化されているショッカーはその動きを察知して右腕を殴り付けるように前に突き出すと右腕に纏っていた振動波が音速でガントレットから発射され、直進してくるエレンに向けて飛んでくる。

その動きに気付いたエレンは嫌な予感がして右にに回避すると振動波がエレンがいた場所を通り過ぎ、背後の木に直撃して薙ぎ倒している。

 

 

「what!?いまの何デス!?」

 

「俺もよくは知らねえがこいつの機能だよ。これは軽いジャブだぜ」

 

 

「薫がいてくれたら、何とかなりそうデスがこれはキツいデスネ・・・って!拳で抵抗って言いつつやってるのは衝撃波じゃないデスカ~!」

 

驚いているエレンの問いに答えつつ再度ガントレットを起動させると駆動音を立てながらガントレットが展開されて開き、両手の拳に振動波を纏い、いつでも射ってくる構えを取るショッカー。

 

「うるせぇ!漢が魂込めた拳に距離は関係ねぇ!リーチじゃねえ気合いだ気合い!ようは相手を思いっきりぶん殴れるかだ!まだまだ行くぞオラァ!」

 

ショッカーとエレンは戦闘しながらも会話しつつショッカーは支離滅裂な脳ミソまで筋肉でできているかのような思考回路であることを把握できたが、ショッカーも常にこちらの動きや視線に目を配っており油断も隙もない上にガントレットからの振動波を両腕に纏わせて発射して来る。

よって、回避に専念しながらも接近し、1度八幡力を発動する。振動波には追尾の機能はなく一直線に飛ぶだけだと判断したため、ガントレットから振動波を放ってからほんの少しだけ硬直した隙を狙ってジャンプで回避してそのままショッカーの胸部に飛び蹴りを入れる。

 

「はぁっ!」

 

 

しかし、荒魂を殴り飛ばせる振動波に耐えられる構造であるためか思っていたより装備は頑丈で軽く衝撃を与えた程度でしかなく、普通に飛び蹴りしただけでは平然としている。

 

 

「やるな女ぁ、てめえは俺が本気を出すのに相応しい奴だ。スパイダー野郎の前にぶちのめす!ガンガン来いやぁ!」

 

 

「oh!」

 

 

カウンターでショッカーはガントレットを起動させ振動波を纏わせながら裏拳をエレンに当ててくる。

咄嗟の金剛身により防いだが、裏拳で速度重視で振るった一撃とは言え荒魂を殴り飛ばせる威力を直に受けたため、ダメージはそれなりにある。ショッカーは更に闘志を燃やし殴り飛ばしたエレンに向けて振動波を飛ばしてくる。

 

一方、エレンは痛みに耐えつつ唐突に空中で受け身を取るのは難しいため、通り過ぎる前に木の太い枝に御刀を刺し、反動を利用して飛び上がって回避し、空中で1回転して木の枝の上に着地する。

 

 

「てめぇ程できる奴は女子レスリングにもいなかったぜ。世界狙えんじゃねぇか?」

 

「それはお断りしマース!」

 

「そうかい!」

 

ガントレットを起動させ、ガントレットに振動波を纏わせながらジリジリと近付いてくるショッカー。まだ、僅かだがエレンの手腕を認め、刀使が御刀を用いて超人的な力を発揮している原理はイマイチ理解していないためか本心からそんな言葉を送り、エレンが登っている木を殴り付ける。

 

エレンとしてはそんな道に進む気は毛頭ないためすぐさま否定しつつ木から飛び降りてショッカーの一撃を回避し、地面に着地して次にどう動くかを考えていた。

 

 

一方場面は変わって川の方

 

小型荒魂の追撃を回避したスパイダーマンは物陰に隠れながら移動した所川辺に辿り着いた。

川辺には姫和と可奈美が来ていたため、合流しようと声を掛けようとした矢先、スパイダーマンとして会うのは何日かぶりに会うできれば対面したくない面子が現れたからだ。

 

 

 

(二人はここまで逃げてきたのか。よし、合流・・・げっ・・・)

 

「流石夜見、いい仕事をしてくれる」

 

「ええ、おかげで苦もなく反逆者を捕らえる事ができますわ

 

「お前達は・・・っ!?」

 

「親衛隊の!」

 

紫の親衛隊の第一席、獅堂真希と第二席、此花寿々花の二人だ。

先程の言動からどうやら小型の荒魂を操ってこちらを誘導していた相手は第三席の皐月夜見であると把握できる。

会場でなんとか撒いたが恐らく自分に並々ならぬ殺意を抱かれていても不思議ではない相手であるため尻込みし、様子見に徹しつつ。状況を整理しているスパイダーマン。

 

 

(あー最悪、僕らの場所バレてたのか。多分コンテナの着地点から割り出されたなこりゃ。携帯は未だに治んない上に、舞衣に連絡取る暇が無かったのが痛手か・・あーもうまた奇襲かよ!)

 

 

既に向こうは殺る気満々である様子にまたしても奇襲を仕掛ける羽目になるのかと内心でため息をつきつつも、最も厄介な結芽が恐らくこの場に来ていない事に内心感謝しつつ死角に回り込み、飛び込む準備をするスパイダーマン。

足が少し震えているが足を叩いて自身を奮い立たせて二人の頭上を通過できる程の高さの木に向けて蜘蛛糸を放ち、飛び上がるスパイダーマン。

 

 

「少しおいたが過ぎたようだね、後輩」

 

「貴女のお友達みたいに手加減は致しませんわよ」

 

「ま、待って!姫和ちゃんの話を聞いてください!」

 

「親衛隊第一席、獅ど・・・何!?」

 

「同じく第二せ・・・・何ですって!?」

 

 

 

「隙だらけですよ先輩」

 

「そ・・・スパイダーマン!」

 

真希と寿々花が名乗りを上げながら御刀を抜刀して構えた瞬間に赤と青のツートンカラーの何かが頭上を通過し、糸が二方向に裂けるウェブシューターの機能、スプリットを作動させて二人の御刀に当てて取り上げ、真後ろの土手に片手を地面に着けて着地し、着地の際に手元と足元にクモ糸を放ち、動きを封じる事に成功し、いつもの軽口を叩くスパイダーマン。(シビルでのキャップの盾奪った動きだと思ってください)

 

あまりにも予想だにしない出来事であったため、全員が瞳孔を散大させながら驚いている。

 

 

「またしても奇襲ですの?少しは男らしく戦ったらどうかしら?」

 

「戦ってるよ、蜘蛛男らしくね!」

 

御刀を奪われた際は驚いていた二人、特に真希だが、すぐに一旦落ち着いて誰にも気付かれないように隣にいるお互いにアイコンタクトを取り、小さく頷き、寿々花がスパイダーマンに話しかけてくる。

 

「貴様・・・忘れてないだろうな?散々会場でコケにしてくれた事を」

 

「あーほら、若気の至りって奴だって!そんな過去の因縁はさ、この川にでも流しちゃおうよ!」

 

寿々花が話している間に真希は視線を会話をしているスパイダーマンに向けてながらも縛られている手首から右手の巻いている包帯の巻き口を指先でいじり、隠していた何かを取り出し、掌の中に隠し、疑われないように自身もスパイダーマンに話しかける。

 

 

「そんな事が言える立場だと思うのか?蜘蛛男。僕はこれでもお前を市民を守るヒーローとして買ってたんだがな」

 

「そりゃ嬉しいね!でも、僕ら今君達と遊んでる暇無いからさ」

 

真希の言葉に応じつつもスーツのマスクの中のHUD(ヘッドアップディスプレイからウェブグレネードを選択して掌にウェブグレネードが収まる。

 

 

(グレネードで一気にグルグル巻きにするから今のうちに!)

 

 

((了解!))

 

姫和と可奈美の方に視線を向け、エレンと薫を撒いた時のように逃げるように視線を送ると旨は伝わった様子の二人、だが、真希達も何も考えていない訳ではなかった。

 

 

「一時間仲良くくっついてな!ウェブグレ」

 

スパイダーマンがウェブグレネードを振りかぶって二人に投げつけるモーションをした瞬間に真希が手首を拘束されている両腕を天高く掲げると何かの小型のスイッチのような物を押す。すると何かのシグナルのような光が上空に映し出される。

 

「やれ!夜見!」

 

 

「スパイダーマン!後ろだ!」

 

 

 

「はっ・・!スパイダーセンス!うわあああああああ!」

 

先程包帯から取り出したのは小型のシグナルを伝えられるライトのような物であり、事前に打ち合わせしていたのか何かあった場合にシグナルで自分達の位置を教えたら小型の荒魂達をそちらに向かわせるようにしていたようだ。

姫和のスペクトラム計に反応が起き、大声でスパイダーマンに投げ掛ける。

スパイダーマンは二人にウェブグレネードを投げることに集中していたためかスパイダーセンスがほんの少し反応が遅れてしまい、ワンテンポ遅れて反応し、背後から接近し来た小型の荒魂に気付かず体当たりを受け、身体を上空まで運ばれるスパイダーマン。

咄嗟に空いていた手を真希の靴に向けて何か小さな球体のような物を靴に当てる。

 

 

「スパイダーマン!」

 

「僕は大丈夫!目の前の敵に集中!うわあああ!」

 

 

「全く手間取らせる」

 

「後はシュルツさんにお任せしましょう。こちらも行きますわよ」

 

「ああ」

 

「ちっ!」

 

「来るよ!」

 

夜見が呼んできた小型荒魂は二人を拘束していたクモ糸を切断し、スパイダーマンに奪われた御刀をも奪取して真希と寿々花に手渡す。

どうやら予定とは違うルートになったが小型荒魂を使ってスパイダーマンを運搬してショッカーの元に届け、分断することに成功した二人は姫和と可奈美の方を睨みながら御刀を構えて一直線に斬りかかる。

 

 




長くなりそうなんで一旦ここで。

余談:PS4版プレイ時のショッカー戦初見時
「こいつ映画でスーツ没になってたし、序盤のボスだし余裕っしょwww」

↓数分後

「えっ・・・何こいつ強っ・・・」ってなったプレイヤー私だけでしょうか?ww


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第23話 因縁(一方的)

余談:MCUのショッカーのガントレットってシビルウォーでのクロスボーンズの引っこ抜かれたガントレットをヴァルチャー達が回収して改造した物っていう見事なフラグ回収に天晴れだと思いました。


刀剣類管理局本部

 

誰もいない休憩所の椅子に座り、携帯電話を握りしめて祈るように友人達の安否を案じるスパイダーマンの正体を知る数少ない人物の1人、舞衣は何度もメッセージを送っているにも関わらず既読もつかず、一切返信が返って来ないことを心配していた。

 

先日、累のマンションを沙耶香とトゥームスが襲撃しに行ったことをスパイダーマンこと秘密を共有した友人颯太に伝えることは成功したのだが「了解」以降は一切何の連絡もないことにより、もしかしたら負傷でもしたのか、秘密裏に始末されたのかとマイナスな不安を掻き立てられる。

だが、単に逃亡生活が忙しいため連絡する暇が無いのでは無いかとも考えてもいるがこちらに一切情報が入って来ないのは流石に心配だ。

 

「颯太君、可奈美ちゃん、十条さん。三人とも大丈夫かな・・・昨日のことは公にはなってないし捜索は未だに続いてるからまだ逃げてるってことだと思うけど」

 

「二人のことは信じてる。でも私心配だよ。お願い、何でもいいから連絡して・・・」

 

これ程までに相手から連絡が返って来ないことで一瞬が永遠にも感じられる程時間が長く感じられ、焦燥感を増していく。

俯きながら携帯を握りしめ、瞳を閉じて3人の無事を祈りつつ安否確認の連絡を待っていた。

 

「あっ、そういえば・・・」

 

ふと、1つ思い出したことがあった。

そういえば先日累のマンションに向かった沙耶香は帰還して取り調べ室で待機させられていることを思い出し、聞ける範囲で話を聞くことは出来ないだろうかと思い立ち取り調べ室へ向かう。

 

取り調べ室へ着くと見張りの鎌府の生徒に面会の許可を貰い、入室が叶う。

 

「えっと・・・・糸見沙耶香ちゃん。ちょっと良いですか?」

 

舞衣に名前を呼ばれた沙耶香は取り調べ室の椅子に座りながら首を回して声の主の方を向く。

自分に何の用なのか想像もつかないが視線を固定しつつ何となく駐車場で目が合った人だったかなと記憶から掘り起こす。

 

「可奈美ちゃんとスパイダーマンさん無事なのね、良かった~。あっ、ごめんね!沙耶香ちゃんの前でこんなこと言ったらダメだよね・・・」

 

どうやら3人とも沙耶香とトゥームスの襲撃を回避し、マンションの住人にも怪我人を出さずに事態を治めて、無事でいることを安堵している。

 

「別に・・・・。勝てなかったことは事実だもの。それに、私達の失敗なのにスパイダーマンが怪我人が出る前にどうにかしてくれたから」

 

 

あまり明朗快活なタイプでは無いのか低い声で短く、結果だけを伝える沙耶香。

これ以上この話をするのは気不味い空気になると思い話題を変える。

 

「あ、沙耶香ちゃん。鎌府だよね?自分のお部屋には帰らないの?」

 

「この部屋を出るなと命令を受けたから・・」

 

「高津学長に?・・・・えっと・・・・」

 

 

何気ない世間話を振ってみたが会話が続かず、話題に困ってしまう舞衣。

学校も学年も違う上にほぼ初対面の相手だ。話題に困るのはよくある話であるが舞衣は沙耶香の左の頬に不自然な切り傷のような物を見つける。

 

「頬っぺた怪我してるね。ちょっとごめんね・・・・これでよしっと。ごめんねこんな子供っぽいので上の妹がこれ好きだから」

 

「別に気にしない」

 

 

世話好きの彼女としは小さい傷でも絆創膏を貼り、世話を焼きたくなってしまう性分なのか甲斐甲斐しく沙耶香に接している。

 

一瞬どこか放って置けない危うさと儚さを感じられたが

気を取り直してポケットからクッキーの入った包みを取り出して手渡しをする。

 

「あっ!これよかったら!手を出して・・・はい!」

 

手渡されたクッキーを沙耶香は意外そうに見つめている。クッキー・・・包み・・・これを最近どこかで見たような・・・そんな既視感が渦巻いている中、1つ思い出した。

 

(確か、スパイダーマンもクッキーの入った包みを持ってた。結構似てる・・・)

 

「落ち着こうとしてクッキー作ってたら作り過ぎちゃって・・沙耶香ちゃんは甘いもの好き?」

 

「えっ・・?うん」

 

「良かった~。じゃあ食べてくれると嬉しいな!」

 

「嬉しい?」

 

クッキーを見つめ、考えに耽っていると舞衣に声をかけられて我に帰る。

沙耶香の意図は解してはいないが笑顔で同じ目線で接してくる舞衣の対応に妙な安らぎを感じる。

 

「じゃあ見つかると怒られちゃうし、もう行くね」

 

「あの・・・スパイダーマンに会った事ってある?」

 

舞衣が席を立って部屋から出ていこうと移動しようとした際に沙耶香に思いもよらないことを聞かれる。

 

 

「ギクッ!う、うん。あるよ。あの人は私の大事な人達を助けてくれて、美濃関の町を、困っている人を助けてくれてる親愛なる隣人だからね。ほ、放課後とかに町に行くとたまに会うんだっ・・・!」

 

 

「そう・・・」

 

スパイダーマンに会ったことがある所か正体までも知っている舞衣としてはかなり度肝を抜かれる問いであったが自身が美濃関の人間であることや可奈美だけでなくスパイダーマンの無事も喜んでいたため知り合いかと思うのは不自然ではない至極全うな疑問だと思い、多少言葉を濁しているが一応事実は伝える。

筋は通っているため沙耶香も納得している様子だ。

そのまま扉の方へと向かい、ドアノブを回して退室する。

その際に振り向きながら沙耶香に笑いかけ、サムズアップしながらウィンクする。

 

「そうだ、また可奈美ちゃんと勝負してあげてね!遠慮なんかいらないから!」

 

その後は取り調べ室から出ていき、宿舎へと歩いていく舞衣。

 

しばらくして小腹が空いたため、軽くクッキーを食して間食を摂ろうとした沙耶香は包みを開けて一口摘まんで口の中に入れる。

口の中にクッキー特有の甘味が広がり、とても美味な味わいに思わず笑みが溢れる沙耶香。

しかし、このクッキーの味。覚えがある。

確か、スパイダーマンに貰ったクッキーも同じ味がしたからだ。

もしかするとスパイダーマンは彼女と実際に親しい人間なのではないかとふと頭を過ったがあまり気にしても仕方の無いことなので二口目を口に入れる。

 

 

廊下を出てしばらく歩いた舞衣は硝子張りの窓から先程までは雲に隠れて見えなかった月が姿を現し月明かりが射し込み、廊下を照らしている。

月明かりの美しさに魅入っていた舞衣は廊下の窓に近付き、ガラス窓に手を当て遠くを見つめて今もなお逃亡生活を送りながら戦っている友人達のことを想う舞衣。

 

「颯太君、可奈美ちゃん。二人も今頃私と同じ月を見てるのかな?やっぱり無事だって言う連絡は欲しいけど、二人のこと、信じて待ってるから」

 

 

そう言って窓ガラスから手を話して踵を返して歩いていく舞衣。

 

 

時を同じくして伊豆山中上空。

 

「あ゛ー!もう!せっかく月もいい感じに出てるのに僕の視界は荒魂だらけ、ロケーション最悪!っていうか、僕の服食い破るなって!僕の小遣いから何とか出したんだぞ!」

 

夜見が呼び出した小型の群れに体ごと空中に持ち上げられ、所定の場所まで運ばれながら愚痴をこぼしているスパイダーマン。色々台無しである。

先程真希と寿々花に投げ付けようとして不発に終わったウェブグレネードが掌の中にまだ残っており、至近距離で小型の蝶型荒れ魂の群れに向けて当て、貼り付くと同時にクモ糸が炸裂して四方八方に飛び散り、小型荒魂の群れを拘束し、荒魂達はスパイダーマンを手放してしまう。

 

スパイダーマンは視界が晴れた瞬間に既に木々より少し上の位置に来ていたことに驚きつつ頭から真っ逆さまに落下していくが落下して通りすぎた木の枝に向けて両手からクモ糸を放ち、衝撃をギリギリまで押さえて落下しながら糸を掴んで猛スピードになっている糸に掴まり、ターザンのように宙ぶらりになりなる。そして前方にある物体に気付くことは出来なかった。

 

 

一方、時は本の少し戻りショッカーの待機していたエリア

 

「オラァ!」

 

ショッカーが拳を握ってファイティングポーズを取り、両腕のガントレットを起動させると中に光る掌大の大きさのコアが光り、振動波を纏わせ、 右ひじを脇につけて構えた姿勢から骨盤を回しながら右足で地面を蹴り、肩を回して右ストレートを打ち出す。骨盤と肩を連動させ、右足の蹴りで生み出した力を腕へと伝え、踏み込んで無駄の無い動きでエレンに接近し殴りかかる。

 

(多分、一回しか通用しないかもデスガやってみなきゃわかんないデス・・っ!)

 

右、左のワンツー、そしてボディブロー。抉り込むように放たれる振動波を乗せた高速パンチの怒濤のラッシュを迅移で加速して紙一重で回避、そして間に合わない際は御刀を振って拳を弾くが手に伝わる衝撃により手が痺れそうになるも我慢しつつ防戦一方に陥るエレン。しかし、回避したと同時に放たれた顔面に向けての右ストレートは回避仕切れないと判断したエレンは越前康継を上段に構えて柄で防ぎ、八幡力を発動させ拮抗するも振動波を纏った拳には力負けしかねないと判断し、相手の力を利用して徐々に角度を変えてズラすことで後方へ受け流す。

 

「何だと!」

 

「必殺!鳩尾砕き!」

 

ショッカーの拳を通り過ぎ、普通のパンチや蹴りでは効果が薄いことは把握できていたため、八幡力を乗せた拳をショッカーの鳩尾に叩き込み、そのままめり込ませて本体にもダメージを与えて殴り倒す・・・・筈だった。

 

「・・・・・・っぶねぇ、肝が冷えたぜ。こいつの使い方は殴るだけかと思ってたが前方に展開すりゃよぉ・・・こんな事も出来るとはなぁ」

 

 

エレンの放った会心の一撃、必殺鳩尾砕きは確かにクリーンヒットし、手応えはあった。だが、拳は眼前にある何かを殴っただけでショッカーの鳩尾の前で制止して届いていないのだ。

 

「・・・・・・っ!?」

 

エレンが目を白黒と反転させながら驚きを隠せない。

自分の放った拳が見えない壁のような物に遮られて防がれてしまったからだ。

その摩訶不思議な現象に脳の処理が追い付かなかった。

 

ショッカーは放った拳を柄で防がれて、少女の力とは思えない力で拮抗され徐々に角度を変えることで力を利用して受け流されたことに驚いたがその直後に一撃を入れられることは想定できたため、一か八かではあったが最も間近にある左手のガントレットを起動させて、振動波を纏わせ、飛ばすのではなく出力を上げて前方に展開させることで振動波が壁となりエレンの拳から自身を守ることに成功したことを安堵している。

 

あまりにも衝撃的な出来事に驚くエレンだがショッカーは一度振動波を解除して裏拳で殴り飛ばす。

一度解除をしたのは出力を上げて膨大な振動波を長時間展開させているとエネルギーの消費が激しいだけでなく、力を貯めている状態になるため身動きが取れなくなるからだ。

 

「ぐっ!・・やはり1人では厳しいデス。誰かと合流しないと」

 

振動波による防御壁だけでなく自衛力が高いショッカー相手に正面からの突破が難しく、長引くとこちらが不利になると判断し、一度退いて誰かと合流してその後に連携が肝になると考えたエレンはショッカーに背を向けて迅移で森林の中へと走り出す。

 

木々が大量に生い茂り、その中を交互に移動しながら距離を引き離そうとするエレン。

振動波は確かに音速で発射されるが一直線にしか飛ばすことはできないため、背後の木を盾にしながらジグザグに走り回れば逃げる時間は稼げると判断して迅移を発動させる。

 

「チッ!邪魔くせぇなぁっ!だが、逃がさねぇ!」

 

急いでガントレットを構えて振動波を飛ばそうとするが一直線にしか飛ばせないため、木々に隠れつつ移動して距離を離されれば逃げられ、誰かと合流されることは想定できる。

ショッカーは再度ガントレットを起動して振動波を纏い、今度は正面に向けて放つのではなく1度飛び上がってエレンが逃げた方向に向けて拳を地面に叩きつける。

 

地面を殴りつけると地面が轟音と共に地響きを起こして

周囲一帯、ましてやエレンが逃げた前方にも地面が削れて土埃を巻き上げ、木々を薙ぎ倒しながら振動波が津波のように雪崩れ込む。

 

振動波を発射する場合は一直線にしか飛ばせないが何かを殴り付けて振動波を辺り1面に拡散させて飛ばすことができればどこに逃げようが関係なく振動波を当てることができる。

 

「なっ!何デスかそれええええ!?」

 

周囲一帯に広がる振動波の波に直撃して呑まれたエレンは吹きとばされ近くにあった木に激突し、写シが剥がされてしまう。

 

「oh!」

 

背中を強打した衝撃で越前康継を手放してしまう。

先程強く打ち付けたため、しばらくすればまた動けるようになるが今は身体に力が入らず越前康継に手が伸ばせない。

振動波が直撃し、振動波が木々を薙ぎ倒し、エレンの姿も明るみに晒されたため姿を視認したショッカーがジリジリと歩み寄って来る姿は恐怖心を掻き立てる物だった。

 

 

「カウントいるか?まぁギブは許さねえぜ俺はKO以外はスッキリしねぇからな」

 

「な、何なんデスカ?その装備は?」

 

エレンの眼前に立ったショッカーは足元にある越前康継を足の爪先で蹴って少し離れた位置まで飛ばし、簡単には取ってこられないようにする。

 

 

「俺も雇われた身だから詳しくは知らね。でも健闘したてめぇに免じてショッカーって呼ばれてるSTT(特別機動隊)用の対荒魂用のパワードスーツとだけは教えてやるよ」

 

「なるほど、恐らくテストのために態々そんな装備を持ち出して・・・やはり管理局は真っ黒みたいデスネ」

 

「あ?なんだそりゃ?ま、俺はスパイダー野郎をぶちのめせりゃ何でもいんだ。連中やてめぇらの事情なんざ知ったこっちゃねんだよ・・・ガキはそろそろおねんねの時間だ」

 

 

「・・・・・・・っ!」

 

ショッカーはエレンを殺す気は微塵も無いためガントレットのスイッチを切り、気絶させられる位の勢いで頭に打撃を与えようと拳を振りかぶり、エレンは覚悟を決めて目を瞑る。

しかし

 

「うわあああああ!どいてどいてえええ!」

 

 

「あ?・・・・ぐおあっ!」

 

 

「あっメンゴ」

 

空中から投げ出されターザンのように猛スピードで宙ぶらりになっていたスパイダーマンが偶然前方にいたショッカーを勢いを着けたまま止まることも出来ず蹴り飛ばす。

事故とは言え相手に蹴りを入れてしまったため、スパイダーマンは軽く謝罪する。

あまりにも急な光景に驚くエレンとショッカーだがショッカーは空中で振動波を作動させて衝撃を緩和しながら地面へと着地し、スパイダーマンを睨み付けている。

 

「ソ・・・スパイディ!何でここが?」

 

 

「いやぁ荒魂にここまで運ばれたら空中で投げ落とされてね・・・」

 

 

エレンの問いに対しスパイダーマンは頭を掻きながら経緯を説明するがあまりにも間抜けな話であるため恥ずかしそうにしている。

スパイダーマンはショッカーが蹴飛ばしたことで遠くに落ちていた越前康継にウェブシューターでクモ糸を当てて手元に引き寄せて回収して投げ渡し、エレンは難なくキャッチする。

 

「そうそうこれ、落とし物コーナーに落ちてたよ」

 

「サンクス!」

 

「よし、ちょっと休んでて。こいつは僕が」

 

「まだ行けマス。1人ではキツい相手デス」

 

エレンは越前康継を構えてショッカーの方に視線を向けるとショッカーはぶっきらぼうに首を回して、音を鳴らしつつ拳からポキポキと骨の音を鳴らしながら怒気を交えて臨戦態勢に入っている。

 

「久しぶりだなスパイダー野郎。待ってたんだぜ・・・てめぇに復讐できるこの時をよぉ」

 

「お、お前は・・・・・・・・・・誰だっけ?」

 

「「ズコー!」」

 

一瞬意味ありげな間を置きながらも、心当たりは山ほどあるが故に捕まえた犯罪者等一々覚えていなかったことも原因の1つだが、ショッカーのパワードスーツで全身完全防備し、顔が隠れている姿では誰なのか分からないのも無理はない。

そのスパイダーマンの様子に息ぴったりにずっこけるエレンとショッカー。

 

「いやだって顔隠れてるし、一々捕まえた相手を一人一人覚えるなんてしないよ!ほら、お前は今までに食ったパンの枚数を覚えているのか?って言うじゃん!あんな感じ」

 

「この野郎・・・・何日か前に美濃関周辺の銀行襲ったらてめぇが捕まえやがったハーマン・シュルツ様だ!覚えろクソガキ!」

 

「あー!思い出した!何日か前に美濃関の銀行襲って僕に捕まったマヌケな人か!脱獄して山のお掃除のボランティアでも始めた訳?」

 

「知り合いデス?」

 

「御前試合の二日前に捕まえた強盗一味の一人みたいです。何となく思い出して来たけど複数いた内の誰かは分かんないです」

 

態々ご丁寧に自己紹介を始めるショッカーの言葉を聞き記憶の片隅で消えかかっていた相手だったが何となく思い出すことができたスパイダーマン。

しかし、何故現在なら服役しているか裁判を待つ身でありながら管理局の新装備を装着しこんな山奥で親衛隊達と行動しているのか引っ掛かったが恐らくトゥームス同様に新装備のテストとして雇われたのだと解釈することにした。

 

 

「てめぇが俺らをムショにぶちこんでくれたお陰でよぉ・・・月末のりるるんのライブと、夏のアニサマの遠征費が消えただけじゃなくて逮捕されたせいで行けなくなっちまったじゃねぇかどう落し前つけてくれんだコラ!あ゛ぁっ!?」

 

「「いやそれ君/貴方が悪い/デス/から!」」

 

ショッカーのスーツのヘルメット越しから伝わってくる怒りがスパイダーマンに向けてひしひしと伝わってくるがあまりにも下らない理由であり、自業自得であるためにエレンとスパイダーマンも脱力感を感じながらツッコミを入れる。

 

「うるせぇ!俺の心のオアシスをぶち壊しやがったてめぇへの憎悪を毎日燃やし募らせて来たがてめぇをぶちのめせるチャンスが来た上に金も入るんだ、やらねぇ訳無ぇよなぁっ!」

 

「おいおいマジかよ・・・僕そんな理由でつけ狙われてんのかよ・・・」

 

 

「ド、ドンマイデース・・・」

 

肩を落として両手で顔を塞いで呆れ果てるスパイダーマンの肩に手を置き、同情的なフォローをするエレン。

ショッカーのあまりにも幼稚な思考回路に流石のエレンですらため息を隠せない程呆れている。

ショッカーはそんな二人の様子も気にすることなくガントレットを起動させて、振動波を纏い、いつでも闘る気満々の構えを取り、地面を蹴り上げ二人に殴りかかる。

 

「扱いづれぇ装備とかって話だが、最新型が負けるわけねえだろ 行くぞおおぉぁあ!! 」

 

 

「気を付けてくだサイ!中々厄介デス!」

 

 

「了解!」

 

 

二人は殴りかかってくるショッカーの動きを同時に左右別々に横に飛ぶことで回避しようと試みる。

 

ショッカーが地面を殴りつけると再度周囲に向けて振動波の波が拡散される。

 

振動波の波に吹き飛ばされるがスパイダーマンは木の枝に向けてクモ糸を飛ばして反動で上空に上がって回避し、エレンは金剛身で振動波を防ぐ。

 

 

スパイダーマンは空中で左右に生えている木々にクモ糸を飛ばして貼り付け、勢いを利用して飛び蹴りを入れる為に高速で落下してショッカーの顔面にお見舞いしようとする。

 

しかし、ショッカーもいち早く反応して身体を半回転させて回避し、そのまま振動波を乗せた裏拳でカウンターを腹部に入れる。

 

「オラァ!」

 

 

「うあっ!」

 

スパイダーセンスが反応するも空中では受け身は取れない為、殴り飛ばされて木に激突する。

エレンも裏拳を入れた直後の隙に再度斬りかかるもガントレットの振動波を展開させた防御壁を張って防がれる。

押し込もうとするが振動波の壁は物理的に力業だけでは破ることは出来ず、更に振動波の出力を急激に上げることで弾き飛ばす。

 

「寝てろ女ぁ!」

 

 

エレンを弾き飛ばすことで距離を空けてさせて右手のガントレットを起動させ、振動波を飛ばそうと構えると木に貼り付けられた黒い球体が赤く点滅し始めショッカーの動きを検知してショッカーのガントレットに向けて一直線にクモ糸が射出され、ガントレットに絡み付く。ウェブシューターの機能の1つ、トリップマインを殴り飛ばされると同時にガントレットのみをロックして木に貼り付けていたのだ。

 

「あ゛ぁ?」

 

ガントレットが開こうとしているが小さい面積にびっしりと貼り付いたクモ糸の引っ張り強度の前ではガントレットがいかに高出力でもクモ糸を破るのにも多少時間がかかる。

木とガントレットがくくりつけられ右手の動きを封じられたショッカー。

 

「よっしゃ!これで右のガントレットは封じた!」

 

「ナイスデス!」

 

「そいつはどうかなぁ!」

 

喜びも束の間ショッカーは左手のガントレットを開き、今度は左手で地面を殴って振動波で自身の周囲のみを吹き飛ばし、右手のガントレットと木を繋ぐ糸を切断する。

そして、右手のガントレットもクモ糸を破るのに成功し、再び自由になる。

 

「ハァ・・・ハァ・・・オラ来いよ、これで振り出しだけどなぁ!」

 

「油断も隙も無いデス」

 

「しつこい人って嫌われてるよ!」

 

エネルギーはかなり使うのか多少息切れを起こしているショッカー。

だが、まだまだ動き回れる体力が残っているのか再び臨戦態勢に入る。

 

 

スパイダーマンは両手のウェブシューターのモードを高速発射に切り替えて真っ先にガントレットを狙うがショッカーは地面を殴りつけた衝撃を利用して空中に飛んで回避し、空中で拳を振りかぶって振動波を地上に向けて発射してくる。

 

スパイダーマンはスパイダーセンスで攻撃を感知し、音速で発射された振動波を何とか木にクモ糸を飛ばして上空に飛ぶことでなんとか回避する。

 

それと同時に振動波を射った直後でほんの少しだけ生じる隙を狙って八幡力で跳躍して空中で斬りかかるエレンの一撃を振動波を真横に飛ばすことで推進力にして移動し、回避したと同時に回し蹴りを入れる。

エレンも背中に回し蹴りを受けて距離を放されるものの地面に着地する。

そして、ショッカーは木の上にいるスパイダーマンに向けて振動波をエンジンの変わりにして加速しながら突進してくる。

 

「おっと!」

 

「甘ぇんだよ!」

 

 

スパイダーマンがジャンプで回避した矢先にショッカーはスパイダーマンの真下に来た途端に地面に向けて振動波を発射し、それを推進力にして真上にいるスパイダーマンに体当たりをお見舞いする。

 

「ぐっ!」

 

ショッカーの体当たりを受けたことで密着され、方向転換して正面に向き合ったショッカーに首を掴まれて振動波を乗せた拳で顔面に向けて右フックを入れられ、地面に叩きつけられる。

 

「スパイディ!」

 

 

「何だこの威力・・・っ!頭がくらくらする・・っ!」

 

『軽い脳震盪です』

 

荒魂を殴り飛ばせる威力であるショッカーのガントレットの一撃を右フックとはいえ顔面に強い衝撃を受けて少しフラフラしているスパイダーマン。

 

「ぶっ飛べ!」

 

「うおっ!」

 

 

しかし、脳震盪で鈍っているとはいえスパイダーセンスが発動して危機を知らせる。

ショッカーが振動波を乗せた拳で再度顔面に殴りかかって来たのだ。

屈むことで回避し、ボディブローを入れるものの腕を曲げたボクシング特有のガード方法でガードされた後にカウンターで素早いジャブを顔面に何発も入れられる。

 

「何だよそこそこ動けるがてんでド素人じゃねぇか!おい!」

 

「クソッ!痛いところ突かれたな・・・」

 

ショッカーは現在はただのギャングのチンピラに成り下がっているがやはり腐っても鯛と言うべきか元世界チャンピオンであるため、スパイダーマンが身体能力は超人的だが戦い方に関しては素人に近く、身体能力が近しい達人が相手になると押され気味になることを見抜き、水を得た魚のように怒濤のラッシュをかましてくる。

 

「ちょっ!これヤバイって!」

 

「これならてめぇも楽勝かぁ!」

 

振動波を乗せた拳を高速で連打してくるショッカーのラッシュを回避することが精一杯になるスパイダーマン。

距離を取れば振動波を音速で飛ばされるだけでなくあまりにも高速の連打であるためウェブシューターを使う隙も与えない。

 

「ふん!」

 

「邪魔だ!」

 

迅移で加速して来たエレンが横から斬りかかるとショッカーは相手を変更することにし、回避することに精一杯のスパイダーマンを右足で蹴飛ばして距離を空けさせスパイダーマンの方を見ずに振動波を飛ばして追い討ちをかけて更に吹き飛ばし、それと同時にエレンの剣戟を振動波を乗せたガントレットで的確に捌き、八幡力を乗せた回し蹴りも脚を掴んで受け止めて勢いを利用してスパイダーマンの方へと投げ飛ばす。

 

飛んできたエレンをウェブシューターを作動させてクモ糸で掴んで引き寄せてキャッチして受け止め、肩を貸す形になる二人。

未だにこちらは有効打を与えられていないことに焦りを覚えつつ肩で息をする二人。

 

「マジかよこいつ、パワードスーツ着て強化されてるとは言えガントレットだけじゃなくて本体も強いのかよ・・・」

 

「だから厄介なんデス・・・スパイディ。あっちの装備に稼働限界があるかは分かりマセンがこのままだとジリ貧デス。勝つためには連携、combinationが必要デス。やれマスカ?」

 

「会って僕ら小二時間も経ってないから正直自信無いけど・・・でもやるっきゃ無いんだろ!」

 

『厳密に言えば1時間58分40秒です』

 

「その意気デス!さぁ、ミッションスタートデス!」

 

苛烈な攻撃により、体力を奪われている二人は疲労感が蓄積し始めたが、それでも止まるわけにはいかない。

ジリ貧だが長引けば長引く程こちらが不利になると考えたエレンは連携で戦うことを提案してくる。

しかし、エレンとスパイダーマンはまだロクに会話をしたことも同じ空間に何時間もいたわけでも無いため、非常に難しい話であるが今の二人には単騎でショッカーに挑むよりかは最も現実的な判断であろう。

スパイダーマンは不安を覚えつつも快諾し、自信は無いがエレンの言うとおり、単騎で戦うよりも効率は上がる。なら、無理を通して道理を蹴っ飛ばす。何としても勝利し、貪欲に食らいつくことを半ばヤケクソ気味になりながらも選択した。

エレンはスパイダーマンの意思を汲み取り、不敵にニカっと白い歯を見せて笑いかけると肩に担がれていた手を降ろし、スパイダーマンの隣に立ち再度越前康継を構える。

 

ショッカーは二人が何やら諦める訳でもなく、真面目に作戦タイムをして大事な話をしているその姿に一旦話が終わるまでは待ってあげていたが、話は終わったようなので再度ガントレットを起動させて構えを取りいつでもかかって来いとでも言わんばかりに拳と拳をぶつけ

ると周囲に振動波が広がっていき、自信たっぷりに斜に構えて言い放つ。

 

 

「 ブレークは終わりだ。何をごちゃごちゃ抜かしてるか知らねぇがやれるもんならやってみろや、勿論俺は抵抗するぜ?・・・・・拳で」

 




エンドゲームまで後1ヶ月切りましたが、キャップ役のクリエヴァ氏とソー役のクリヘム氏がアベンジャーズ卒業するらしいからどうなるか不穏ですね・・・どんな形になっても彼らの勇姿をスクリーンで見に行きたい。
ファーフロムホームのコンセプトアートのスタークさんもかなり不穏ですけど・・・。


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第24話 ショッキング・フィスト

キャプテンマーベル、見てきました。フューリー長官が眼帯になった理由草。噂通りの猫映画でしたね。


樹々が生い茂る森林でショッカーを相手に戦闘を継続するエレンとスパイダーマン。

 

距離を取れば振動波を飛ばされ、接近すれば強力無比な格闘技術で抵抗され、時にはガントレットから振動波を展開した防御壁は物理攻撃では突破がほぼ不可能。

更に空中へ逃げても振動波を利用した衝撃で自分を飛ばして追いかけて来るなど中々に隙の無い相手だ。

 

遠距離攻撃が可能なスパイダーマンは距離を取りつつウェブシューターでショッカーを牽制してエレンを援護し、接近戦でもショッカーと互角に戦えるエレンは前衛を担当する。

 

まずはスパイダーマンはウェブシューターのモードを高速発射に切り替えクモ糸を飛ばして牽制してショッカーの動きを阻害し、エレンは動きが阻害されているショッカーに斬りかるという連携で挑んだ。

 

急に連携で動きが変わった二人の様子に戸惑ったがスパイダーマンの攻撃を回避しつつ振動波を展開させてガントレットに纏わせて拳を振るい、エレンの剣戟を防いでいく。

しかし、先程のようにそれぞれが自由に動く戦闘よりも連携による隙の無い攻撃により相手のペースを軽く乱しつつあるとは言え決め手にはならない。

 

スパイダーマンは隙を作るためにウェブシューターのスイッチをいじり、ショッカーの木の隣に向けてウェブグレネードを飛ばす。

エレンは雨が降る前にウェブグレネードの効果をその身を持って体感しているため、巻き込まれないように一旦回り込んで距離を取る。

 

「くらえ!」

 

ショッカーは完全に狙いが外れた攻撃に慢心ししているが、直後にウェブグレネードから赤い光が点滅し始め、四方八方を巻き込むようにショッカーに向けてクモ糸が拡散される。

 

「なんだそりゃ!」

 

木々の間隔が狭く、すぐに木々が生えているエリアから抜け出さなければ糸によって貼り付けられ、木々に張り付いた糸の引っ張り強度で動きを封じられてしまうため

地面を殴り付けることで振動波による衝撃で自身を飛ばして真横に飛んで森林から脱出しようとする。

 

「うおりゃぁ!」

 

「なっ!?」

 

しかし、四方八方に散乱する糸から逃れるために抜け出すルートは木々が生えていない真横か上空しか無いために逃げる方向が分かりやすくなってしまったため、エレンに逃げた方向に先回りされて森林から脱出した矢先に八幡力を込めた回し蹴りを顔面に向けてお見舞いされ、咄嗟にガードに成功したが障壁を張る隙が無かったため、直撃し、腕に強い衝撃が伝わりそのまま蹴り飛ばされて木に激突し初めてまともにダメージを与えることに成功する。

 

「やりマシタ!」

 

「よっしゃ!」

 

 

「クッソ・・・っ!痛えぇ・・・やりやがったなこの野郎っ!」

 

やはりエレンの読み通り先程のようにそれぞれが好きなように動いている戦闘では分が悪かったが連携で挑めば初めてダメージを与えることに成功したために読みは成功だったと言えるだろう。

 

しかし、まともに入ったとはいえ痛えで済む程度でありまだまだ動き回れるショッカー。すぐに立ち上がりガントレットを起動させて振動波を飛ばしてくると二人は左右に分かれて回避すると避けた先の木々がへし折れ、空中に舞う。

 

 

「お返し!顔でキャッチしてね!」

 

スパイダーマンは飛び上がると同時にショッカーの攻撃により吹き飛ばされた木に向けてウェブシューターからクモ糸を飛ばして掴み、空中で一回転して反動をつけてショッカーに投げつける。

ショッカーは投げつけられた木をステップで回避するものの目的はショッカーに当てることではなく投げつけた際に上がる土煙だ。

叩きつけられた木により土煙が舞い、視界が悪くなると視界を晴らすために振動波を展開させるが、展開させたと同時に接近していたエレンに斬りかかられていて既に間近であり間に合いそうにない。

 

 

「チッ!オラァ!」

 

 

横凪ぎの一撃を姿勢を低くして回避し、地面に手を着いて足払いを行うものの振動波の乗っていない一撃なら金剛身で防ぐことが可能であるため防がれる。

 

「あぁっ?」

 

「ふっふ~ん♪驚きマシタカ♪・・・今デス!」

 

「いただき!」

 

その隙にスパイダーマンは背後から両腕のウェブシューターからクモ糸を飛ばしてショッカーの両腕のガントレットに向けてクモ糸を当てて腕を引っ張る。

ショッカーのガントレットは必ず開いてから振動波を纏わせていたことや、トリップマインを当てた際に糸を破るのに時間がかかっていたことを鑑みるにクモ糸が密着することによりガントレットが開かなくなることが弱点であることを把握した。

しかし、振動波の威力は中々に高いためガントレットをクモ糸で封じても時間をかければ破られるため、一時凌ぎにすぎない。その前に更にダメージを与えなくてはならない。

 

「喰らえ!電気ショックウェブ!」

 

 

「これでどうデス!」

 

すかさずスパイダーマンが両腕のウェブシューターから電気ショックウェブを作動させ、視認できる程の蒼白い電流が糸を伝ってショッカーへと流れ込む。

電気ショックウェブは最大出力で放てばパワードスーツを着た相手にもダメージを与えられる。

しかし

 

 

「あー、マジで焦ったぜ。このショッカーはよぉ・・荒魂君は雨の日だろうが待っちゃくれねえからって、雨天の中でも活動できる様自分の振動波を出すバッテリーの電力で感電しねぇように対電仕様なんだとよぉ。だからテメェの電気は大して効か無ぇんだよ!」

 

「うおっ!」

 

ショッカーの特性上振動波を発生させるためのバッテリーが仕込まれており、雨天の中でも活動できるように対電仕様が施されていたため、思ったよりもダメージが小さいようだ。ショッカーは後ろに引っ張られていた腕を前の方へと引っ張り、後ろから糸で抑えていたスパイダーマンをエレンの方へと投げ飛ばす。

エレンは飛んできたスパイダーマンを回避し、スパイダーマンは後方の木に激突。ガントレットが開く前に一撃入れるためにショッカーの方へと突撃する。

 

 

ショッカーも先程のトリップマインのようにガントレットの小さい面積を包むようにびっしりとクモ糸が貼られた訳では無いためガントレットを起動させて徐々に破りながらエレンの剣戟をボクシング特有のフットワークで最小限の動きで回避しつつ糸が破れた瞬間にカウンターでエレンの腹部にボディブローを入れる。

ギリギリで金剛身で防いだため、ダメージは軽減できたがあまりの威力に防いだ姿勢のまま足が地面を削りながら後方まで飛ばされる。

 

「ぐっ、あともう少しデシタのに・・っ!」

 

「まだだ、少しずつだけどあいつの動きについて行けてる!このまま押し切るんだ!」

 

 

隣に立ち、肩で息をしながら疲労を隠せないエレンとスパイダーマン。額や頭部からは汗が滴り落ち、呼吸も荒くなって来ている。

連携によりショッカーの動きに適応出来始めて来たため諦めなければ突破口は見つかると信じ、その瞳から闘志は消えていない。

エレンは舞草の構成員として、スパイダーマンは人々の親愛なる隣人として、ここで倒される訳にはいかないからだ。

 

ショッカーも超人的な力を使える相手とは言え、年下の子供がボクシングの元世界チャンピオンである自分をここまで追い詰める手腕に驚いているが、何より驚いているのは何度殴り飛ばされ、吹き飛ばされても立ち上がって自分に向かってくる二人の根性だ。

何が彼等をそこまで駆り立てるのか知らないし興味は無いが何としても譲れない物があるのだろうと見てとれる。

ショッカーは二人のように何かを為そうと言うよりはスパイダーマンに仕返しができればそれでいいと思っていたが今はそのようなことよりも優先したい感情が沸き上がって来ている。

 

(あん時の俺みてぇだな、負けるってことを考えてねぇ目だ。まさかこの俺が久しぶりにマジになっちまうとはなぁ・・・・)

 

二人の姿はかつて自身が大晦日の世界大会でチャンピオン相手に必死に食らい付いていた頃のことを思い出させる。

今は戻ることは出来ないが必死だったあの瞬間を彷彿とさせる二人に対し久々に血潮が燃える勝負に元チャンピオンとしての意地がショッカーの負けん気を強くする。

ショッカーは二人の方へと向き直りファイティングポーズを取ってガントレットを起動させて振動波を纏わせる。

 

「やるじゃねぇかガキ共・・・・年甲斐も無くマジになっちまったがこんなに熱くなれんのは大晦日での防衛戦以来だなぁ!」

 

「何の話デス・・・?」

 

「大晦日の防衛戦って格闘技か何かか・・・」

 

ショッカーの発言は主語が無いせいということもあるが二人はショッカーの素性を知らないため理解出来てはいないが何やら昔に格闘技か何かをやっていた事は伺える。

 

「てめぇらが何をやろうとしてるか興味も無ぇし知ったこっちゃ無ぇが、目的を果たそうって言う強ぇ意思と覚悟を感じる。そんなてめぇらに敬意を表して、全力全開でぶっ潰す。全力で来いや、勿論俺は抵抗するぜ?・・・・・拳で!」

 

構えを解かずに二人から伝わってくる覚悟と根性に対して自身が本気でぶつかるに相応しい相手だと再認識し、再度拳と拳をぶつけるとバチィっという衝突音を上げながら振動波が周囲に広がっていく。

そしてショッカーからは先程とは比べものにならない程の気迫と威圧感が増していく。

 

「元々こっちは全力デスケド!」

 

「あーこれ多分ヤバい奴だ・・・」

 

ショッカーはそんな二人の様子を気にする事無く振動波を纏った拳で地面を殴り付けて加速しながら二人に向けて高速で踏み込んで来る。

 

「オラァ!」

 

「うおっ!」

 

「何デス!?これ!」

 

これまでの身体能力でのみのフットワークとは異なり、

気が付いた頃には既に眼前まで迫っており、勢いに乗って地面を殴り付けて二人の立っていた地面を吹き飛ばす。

エレンは金剛身を瞬間的に作動させ、振動波によるダメージを防ぐことに成功したものの巻き上がった土煙が視界を奪い、吹き飛ばされた岩盤の石が弾丸のように襲いかかり

ダメージは軽いものの遠くまで吹き飛ばされてしまい、スパイダーマンのカバーに入る時間を奪われる。

エレンの立っていた位置を重点的に吹き飛ばしスパイダーマンは少し怯ませる程度に抑え、スパイダーマンが怯んでいる隙にスパイダーマンに対して振動波を纏った右フックを入れる。

咄嗟にスパイダーセンスが発動し姿勢を低くして回避するも回避した矢先にショッカーは膝を繰り出してスパイダーマンの顔面に命中させる。

 

「ぐっ!」

 

 

「隙だらけなんだよ!」

 

 

回避と同時に顔面にに膝蹴りを入れられ、よろめいた瞬間に顔面に振動波を乗せた拳でジャブの連打を受け、最後にボディブローを入れられ殴り飛ばされる。

 

「うあっ!」

 

「寝てろ!」

 

荒魂を殴り飛ばせる威力の振動波を乗せた一撃で腹部を殴られ、腹部だけでなく全身に衝撃が走ったような痛みが広がり、咳と同時にマスクの下で軽く吐血して口の中に鉄臭い味が広がる。

更に追い討ちをかけるように殴り飛ばしたスパイダーマンに向けて振動波を飛ばそうと構えを取ると同時にスパイダーマンも痛みに耐えながら隣に生えている木に向けてウェブグレネードを飛ばす。

痛みで体が言うことを聞いてくれないため回避できる状態ではないスパイダーマンは一か八かの賭けに出る。

 

ショッカーが振動波を飛ばすと同時にウェブグレネードから赤い光が点滅し始めウェブグレネードを設置した木の向かい側まで糸が飛び散り、向かい側の木に張り付いて壁のように広がることで引っ張り強度を増していく。

 

ショッカーの振動波を飛ばした一撃は壁のように展開されたクモ糸に直撃し、強い衝撃音を響かせ、木々を揺らし糸の繊維が何本か切れていくが振動波の衝撃を吸収して攻撃を防ぐことに成功する。

 

 

「ちっ!中々くたばらねぇ・・っ!」

 

 

「スパイディ!無事デス!?」

 

倒しきれると思ったショッカーだったがウェブグレネードの意外な使用法により防がれてしまったことに驚きつつも戻ってきたエレンの剣戟を回避する。

 

 

「ごほっごほっ・・・・大丈夫大丈夫・・・骨と内臓と全身の筋肉が痛いだけ・・・」

 

『先程のガントレットの一撃により脳震盪が生じ、肋骨が3本骨折、内臓にもダメージを受けています』

 

「それ結構ヤバいじゃん・・・」

 

振動波を乗せた一撃を受けたことにより思ったよりもダメージが大きかった事に掠れた声で嘆きつつも地面に手を着いて倒れた体をゆったりと起こす。

まだ口の中に吐血した血の味が広がり、脇腹を抑えながら襲い来る倦怠感に耐えながらボヤけた視界に写るショッカーを捉える。

スパイダーマンに超人的な再生能力があり、骨折しても短時間で治るとはいえやはり痛いものは痛いのである。

 

「どうしたよオラ!こっちはやっと肩が温まってきたぐれぇだぞ!」

 

横目で弱っているスパイダーマンの様子を見ながらエレンへの警戒も解かずにガントレットを起動させながらエレンの剣戟を弾き、繰り出される蹴りを回避して反撃をし、エレンもショッカーの拳を金剛身を纏った腕で弾いて受け流すという応酬を繰り返している。

 

直後に突っ込んで来たエレンの攻撃を前にして、ショッカーは気になっていたことを試す事にした。

ショッカーはガントレットに振動波を纏わせながら左のガントレットを上げたり下げたりしてしながら狙いを分かりにくくし、エレンの顔の方に視線を向けつつステップで踏み込む。

 

エレンがショッカーの視線を見るに狙いは顔面にパンチを入れてくると考え腕に金剛身を発動させるとショッカーはステップを踏みながらガントレットを起動させて振動波を纏いながらエレンの読み通りに顔面に向けてストレートを放ってくる。

エレンはその動きを読んで腕でガードしようとするとショッカーは1度拳を途中で引き戻してタミイングをズラすと金剛身の効果時間が切れてガラ空きになった腹部に向けてボディブローを放ってくる。

 

「しまっ・・・っ!」

 

「どうやら、その硬くなるオカルトパワーは数秒間だけみてぇだなぁ!」

 

雨が降る前に可奈美達と戦った際に可奈美にやられた金剛身の発動時間が短いことを逆手に取られたフェイントだ。

警戒していなかった訳ではなかったが刀使への知識が無いと思われる相手であるため自分達は御刀を持っている間は何かしらのオカルトパワーで戦っている位の認識だと思っていたし、実際にショッカーもその認識で戦っている。

先程ショッカーは足払いを入れた際に金剛身で防がれた時や振動波による一撃を防げたのなら、常に張っていれば防御等必要ないと考えていたのだが何故部分的に、殴られた時だけ金剛身を発動させるのか疑念に思い、もしかしたら時間制限があるのではないかと思いボクシングの基本であるフェイントで仕掛けてみる事にした。

 

そして、顔面を狙う振りをして相手が防御の姿勢を取った際に拳を引いて時限式の防御のタイミングをズラせるのではないかと何となく思い、そのままボディブローを入れるという手法を取った。

 

振動波を纏った拳は金剛身を貼るのも間に合わないであろうエレンの腹部を狙って来て、このままでは直撃するだろう。その上完全に防御に意識を集中していたため、迅移を発動させるにせよ間に合わない可能性があり、このままでは確実に大ダメージ、最低でも写シは一撃で剥がさせるだろう。

 

「間に合いマセン!」

 

「ぶっ飛べオラァ!」

 

ショッカーの拳がエレンの腹部に届くまで残り数センチ、未だに連携以外の突破口が見えない中あの強力なガントレットによる一撃はマズいと言うのは一目瞭然。

エレンの中に一瞬焦りが生じる。

 

「うぐっ・・・!おりゃぁっ!」

 

「what!?」

 

直後にエレンの背中に何かが当たる感触がし、直後に後ろから身体をグイッと引っ張られることで身体が後ろへと引き寄せられ、ショッカーのガントレットが先程まで自分がいた位置を通り過ぎていたことに驚く。

エレンの持っていた御刀越前康継の刃が偶然ショッカーのガントレットが自身の前を通りすぎた際に開くことで振動波を発する掌大のコアに当たり、火花を散らした姿を見て、これまで気にしてはいなかったが1つだけもしやと思った事がある。

そして、後ろを振り向くとスパイダーマンがエレンの背中に向けてウェブシューターでクモ糸を当てて後方に引っ張ることでショッカーのボディブローを回避することに成功していた。

 

「やべっ何か超絶やな予感・・・」

 

「oh!」

 

 

しかし、スパイダーマンもショッカーの攻撃からエレンを守るために身体に鞭を打ってクモ糸を当てて無理矢理引き寄せたため直後にバランスを崩して倒れ込んでひっくり返ってしまい、エレンを受け止めることなど出来ずに引き寄せたエレンの下敷きになる。

 

 

「アウチ・・・助かりマシタ、大丈夫デスカ?」

 

「ふぁ、ふぁやふろいふぇ!ふぉのらいへいはまふぃい!ひぬ!(は、早くどいて!この体勢はマズイ!死ぬ!)」

 

『このままでは敵と戦う以前に窒息するでしょう』

 

「そ、sorry!」

 

しかし、受け止めることに失敗したスパイダーマンの上に覆い被さる形で倒れこんだエレンはスパイダーマンがクッションとなってくれたためか転んだ程度のダメージだがその体勢が問題だ。

 

エレンの下敷きになったスパイダーマンはエレンの高校生とは思えない程の豊満な胸が顔面全体にのし掛かり柔らかい弾力がスパイダーマンの鼻を圧迫し、呼吸困難に陥らせている。

スパイダーマンは恥ずかしさも相まっているのもあるが今は2つの意味で緊急事態であるため早く退くように懇願する。

カレンもくぐもった声しか出せないスパイダーマンに配慮してか自身の声がエレンにも聞こえるようにし、スパイダーマンの言いたいことを伝える。

突如スパイダーマンから機械で加工した女性の声が聞こえたことに驚いたがスタークがアイアンマンにサポートAIを搭載していることは聞いたことがあるため、すぐに納得して身体を起こしてスパイダーマンを圧迫から開放する。

 

「あ、あの・・・その・・・・ごめんなさい。僕のことは打ち首にでも何でもしていただいて構いません」

 

 

「だ、大丈夫デス!これは事故デス、それより目の前の敵デス!」

 

 

「はぁ・・・・なーに俺の前でTOLOVEるみてーな目に遭ってんだこのラッキースケベ野郎が、とっとと構えろしばくぞコラ」

 

スパイダーマンが力無く打ち首すらも覚悟して地面に手と頭を着いて土下座を敢行する。

助けるつもりで疚しい気持ちなど微塵も無かったがいつもマンガやラノベでよく見る、よく寮の友人達がTOLOVEるを読みながら「リトさん羨ましー」等と言っていたラッキースケベという男子なら1度は憧れる事態に陥ったものの現実でやればただの変態行為でしかないため、不可抗力とはいえ女性の尊厳を傷付けたのではないかという思いが戦闘中でありながら沸き上がって来る。

エレン自身も不可抗力であったため、確かに恥ずかしさは残るが2つ年下の子供であるためそこまでダメージは無い。それよりも今は目の前の敵に集中すべきだと羞恥心を押し殺し、ショッカーの方を見る。

 

当のショッカーはあまりにも締まらない二人の様子に脱力しながら溜め息をつき、起き上がるのを待っていてくれている。

最も、こんな状態の敵を倒してもおもしろく無いからという理由もあるが。

 

 

 

「やっぱ正攻法じゃキツいか・・」

 

「金剛身の時間制限がバレマシタ・・スパイディ、そのスーツであっちのスーツの解析って出来マスカ?」

 

「え?出来るって言ってもスーツの詳細は無理ですよ、多分武器とかならまだしも・・」

 

「充分デス!あっちのガントレットを解析してクダサイ。あのガントレットの片方でも破壊しないと私達は圧倒的に不利デス」

 

「え?・・・・了解!カレン、アイツのガントレットの構造を調べて!」

 

『了解です。戦闘時の記録映像から照合、解析完了。あの腕に装備しているガントレットはスーツと一体化している物では無く、腕に装着している付属パーツでありパージも可能でしょう。ガントレットのスイッチを入れることで装甲が開き、爆発性の高い掌大のコアにエネルギーを集束させて発動させます。ガントレットが開いてエネルギーを拡散させている状態になるためクモ糸等で開かなくなると時間をかけて破壊しなければならないでしょう』

 

 

言われた通りカレンの解析によりガントレットを構造を解析するとエレンは読みが当たったのかのようにぱあっと明るい笑顔になる。

そして、念のためだが恐る恐るショッカーの方を向いて気弱そうに尋ねる。

 

「やっぱりそうデシタカ!いいデスカ、私に考えがアリマス。さ、作戦タイムいいデスカ?」

 

「許可する」

 

ショッカーはこの二人と全力の勝負がしたいため、アッサリと許可するが直後にガントレットを構えていつでも射てるようにしている。

 

「サンクス!20秒で終わりマス!」

 

「逃げやがったら後ろから撃つからな」

 

「no problem!勝利の法則は決まりマシタ!いいデスカスパイディ・・・かくかく云々・・・」

 

「了解。申し訳無いんですけど、幾らか治って来たとは言え身体の自由が効かない僕が今役に立てるのは後ろから君を援護する事とウェブシューターの機能を扱える位です」

 

「充分デス!それにもう敬語は結構デス!行きマスヨ!」

 

エレンは以前に薫が寮の部屋でたまたま一緒に見ていたニチアサの特撮ヒーローの決め台詞を真似した後にスパイダーマンに近付き耳打ちをする。

その方法を聞いたスパイダーマンは自身が出来ることを最大限提案すると話はまとまったため、再度ショッカーの方を向いて臨戦態勢に入る。

 

「終わりか?何をする気か知らねぇが勝つのは、俺だ!」

 

「うおりゃあああああ!」

 

「あぁっ!?突っ込む気か良いぜぇ!俺と正面からマジでやり合うその根性、やっぱこうじゃねぇとなぁっ!」

 

エレンは迅移で加速して少し距離の離れているショッカーに向けて突進してくる。

真正面から突っ込んで来るエレンの気概に応えるためにガントレットを起動させて防御の姿勢を取り、カウンターを狙いに来る。

 

「金剛身!」

 

「無駄だって分かんねぇのかあ!そのオカルトパワーは既に見切ってんだよ!」

 

ショッカーの眼前1メートル程の距離まで来るとエレンは掛け声と共に金剛身を発動させて振動波を飛ばした一撃やショッカーの拳による打撃を腕で弾くなどしてくるのだとショッカーは判断する。

しかし、ショッカーは金剛身の発動時間が短いことは知っているため、1度こちらも踏み込むと見せかけて止り、フェイントを仕掛けてタイミングをずらし、直後に完全にエレンをKOするために放った全力全開の大振りの一撃を入れてくる。

その直後にエレンは袖口に隠していた黒い球状で中にオレンジの塗装が施されているヒトデにも見えなくもない球体をを取り出して足下の地面に叩きつける。

 

「サスペンション・マトリックス!」

 

スパイダーマンが叫ぶとエレンに持たせていたウェブシューターの機能の1つ「サスペンション・マトリックス」が炸裂して蒼い光が走ると共にエレンの周囲の重力を変化させてエレンを空中へと打ち上げる。

 

本気で相手をぶちのめすために放った一撃が外れるということは大きな隙が生まれるということ。ショッカーはフェイントに成功し、相手は避ける術が無いと判断し今の一撃で勝負を決めるつもりでいたたがその一撃を当てられると確信した矢先に重力を変化させて自身を上空に打ち上げることで回避させられたことで空振りし、これまでに無いほどの隙を作ってしまった。

 

「何ぃっ!?」

 

「狙いは最初からここデス!」

 

「解除!」

 

 

ショッカーのガントレットは必ず振動波を発生させるためには開かなくてはならない。ならば振動波を乗せた拳を思いきり振り回した時がガントレットのコアを狙う最大のチャンスだと考え、敢えて特攻した。

そして、スパイダーマンがHUD(ヘッドアップディスプレイ)を操作してサスペンション・マトリックスを解除してエレンを変化させた反重力下から解放する。

反重力から解放されたエレンはショッカーの肩に着地して未だに開いている左手のガントレットの青く光るコアに越前康継を突き刺した。

越前康継が刺さったコアは破壊には至らないがガントレットのコアにヒビが入り、振動波を発生させるエネルギーが漏れ始める。

 

「うぐおっ!だが・・・っ!まだガントレットは壊れてねぇぞ!」

 

越前康継が刺さっているガントレットに振動波を発動させてエレンを弾き飛ばすがエレンは飛ばされる直前に空中で身体を1回転させて刺さっている越前康継に蹴りを入れて杭を打ち込むように更に深く刺しこむ。

そして、弾き飛ばされながら叫ぶ。

 

「今ですスパイディ!」

 

「電気ショックウェブ!」

 

ショッカーの左手のガントレットに刺さっている越前康継に向けてクモ糸を当ててウェブシューターのスイッチをいじることで電気ショックウェブを選択して電流を流し込む。

 

「バカかてめぇは!電気は効かねえって忘れたのかぁ!」

 

「それはどうデショウ?」

 

しかし、ショッカーは自身の装備は自身のバッテリーで感電しないように対電仕様が施されているため、電気ショックウェブでは大したダメージを与えられ無いことを指摘する。

しかし、エレンは余裕のある笑みを崩さない。

 

スパイダーマンが放った電流が越前康継を伝い、振動波を発生させる爆発性の高い、エネルギーが漏れ始めているコアに到達してそのエネルギーと混じり合うことで力が増幅してガントレットのコアが容量をオーバーロードして耐えきれなくなり、爆発を起こす。

エレンの狙いは最初からガントレットのコアを破壊して片方でも振動波を使えなくすることであり、仮に壊し切れなくても電気ショックウェブの力が足りないのならば爆発性の高いショッカーのガントレットのコアのエネルギーを利用して傘増しにすることで爆発を起こさせることであった。

 

 

「なっ!しまった!やべえっ・・・うぐおおお!」

 

ショッカーの左手のガントレットのコアが爆発を起こして轟音と焼ける臭いと煙により、視界が悪くなっているために状況が判断出来ない。

 

 

「やりマシタカ!?」

 

「それフラグ!」

 

エレンが定例通りに手で煙を払いながらもう片方の手で口を抑えて煙を吸い込まないように状況を確認しようと近付くと煙の中で正面からかこちらに向かってきた腕に首根っ子を掴まれて持ち上げられた。

 

 

「ぐっ!」

 

 

「やってくれくれたな女ぁ、急いでガントレットを切り放して投げなかったらヤバかったぜ。久しぶりに燃えさせてくれた礼に一発で眠らせてやらぁ!」

 

爆発する寸前にショッカーがガントレットをパージしたことにより生の腕への損傷を防いだようだが少なくともガントレットの爆発には巻き込まれてはいるため、スーツは焦げ痕が残っている。

ショッカーはエレンの首をガントレットを外した左手で持ち上げて絞めながら動けないようにして拳を振りかぶって気絶させようとしてくる。

 

 

「させるか!」

 

「まだ動けんのかてめぇ、意外とタフだなくたばり損ないが。けど忘れて無ぇか?ガントレットが片方無ぇからってなぁ、てめぇと俺ではレベルが違ぇんだよ!」

 

幾らか身体の怪我が治りはじめて動けるようになったスパイダーマンはショッカーに向けてクモ糸を飛ばして牽制して来るが狙いが定まらないのか避けられてしまうがショッカーはエレンをつかんでいた手を放してスパイダーマンの方を向く。

ショッカーの握力を込もった手から解放されたことにより呼吸が楽になり、一気に酸素が体内に入ってくるのを感じるが咳き込んでいる。

 

「ゴホッ・・ゴホッ・・・」

 

 

「うおおおおお!」

 

 

「トロいんだよボケが!」

 

ウェブシューターを構えながらクモ糸を飛ばして牽制するがショッカーはその弾道を回避しながらスパイダーマンに接近してくる。

スパイダーマンは回避するためにクモ糸を木の上に向けて飛ばして勢いを利用して飛び上がると振動波で自身を飛ばして追い付いて来たショッカーに首にラリアットをお見舞いされて地面に叩き付けられ、直後に顔面に振動波を乗せた渾身の右ストレートを打ち込まれる。

あまりの威力にスパイダーマンは殴り飛ばされてエレンの近くの地面に沈む。

 

 

しかし、殴り飛ばされたと同時に御守り代りとしていつも持ち歩いている叔父から買ってもらった腕時計を改造したウェブシューターが転げ落ちるがスパイダーマンは気付いていない。

エレンはその様子を見てその腕時計に見覚えがあったため、もしやと思いこっそりと拾い上げる。

 

「ぐあっ!」

 

 

「・・・・・・っ!?」

 

 

「ヤバっクラクラしてきた・・・次食らったらヤバいかも・・・」

 

『血圧、脈拍、意識レベル低下。次にまともに食らえば気絶します』

 

頭に強い衝撃を与えられ、今まで異常に足が於保つかず、視界もボヤけ、意識がハッキリとしない状態であり、中腰で立ち上がるのがやっとであった。

ショッカーは肩を回しながらスパイダーマンに近付いて来る。

 

「意外と楽しめたぜトーシロ。もう少し鍛えりゃそこそこ強くなるかもなぁ。ま、次があるかは知らねぇがこいつでKOだ!」

 

(クソっ!ここまでなのか・・・・っ!?)

 

ショッカーは右手のガントレットを構えてスイッチを入れて起動させようとして拳を振りかぶってスパイダーマンに殴りかかろうとしているがスパイダーマンは先程の一撃で身体が思うように動かせずこのままここで負けてしまうのか、一緒に戦おうと誓った者達との約束や必ず帰ると約束した者達との約束を反故にしてしまうのかと無念により悔しさが込み上げて眼を摘むってしまうが一向に痛みが無い事に違和感を覚えて視界を開ける。

 

 

「・・・・・・・あ゛?」

 

「え?・・・・」

 

ショッカーの右手のガントレットが開く前に自身の後ろから白い、いつも自分が使っているクモ糸が伸びていて

ガントレットに巻き付いて開くのを阻止していたのだ。

 

 

急いで振り返るとエレンが先程スパイダーマンが殴り飛ばされた際に落ちた叔父から買ってもらった腕時計を改造したウェブシューターを拾い、スイッチを押してショッカーのガントレットが開く前に命中させていたのであった。

エレンが何故ウェブシューターを使えたかと言うのは会場で親衛隊達と戦っていた時や自身と戦った際に掌にあるスイッチを押していたのを思い出していたため、その通りにしたら使用することができたのだ。

自身も驚いたが思わぬ伏兵に驚いたショッカーが一番驚きを隠せていないが今が最大のチャンス。

 

「ナイスショット!せいっ!」

 

 

「なっ・・・!?しまっ・・・!」

 

スパイダーマンはクモ糸を掴んで千切って手に巻き付けて思いきり下に向けて引き倒す。

ショッカーも咄嗟の行動に対応できずに姿勢を崩したと同時にガントレットがすっぽ抜けて離れた所まで転がって行き、拾おうとするも足下にクモ糸を当てられ、転んでしまう。

 

 

「サンキュー!はいパス!」

 

「どういたしましてデス!さて、反撃開始デス!」

 

「チィッ!」

 

エレンのアシストに感謝しつつ越前康継が刺さったガントレットにクモ糸を当てて引き寄せ、越前康継を引っこ抜いて手渡し、エレンもスパイダーマンにウェブシューターを返す。

ガントレットが無い今、クモ糸からの脱出が困難になっているショッカーは必死に足を動かして抜け出そうとしているが中々抜け出せず、焦燥感がショッカーの心を掻き乱していく。

 

エレンとスパイダーマンは手で拳を包んでポキポキと骨の音を鳴らした後に一斉にショッカーに突っ込む。

 

「「でやあああああああああああああ!」」

 

「ぐおああああああああああ!ぐはっ」

 

無防備になったショッカーに拳を当てるのは難しいことではなく、エレンは八幡力を乗せた拳、スパイダーマンは今出せる精一杯の力を込めた拳でショッカーのヘルメット、もとい顔面を殴りつけるとヘルメットが砕けてあまりの勢いに足下を固定していたクモ糸が千切れて後方まで殴り飛ばし、背後の木に激突して動かなくなる。

そして、動きを封じるためにスパイダーマンは木に激突したと同時にクモ糸を当てて木に貼り付けて腕と胴が動かないようにする。

 

 

「やりマシタ!大勝利デース!」

 

「いだだだだ!ちょっ、抱きつかないで!まだ全身痛いんだから!」

 

「oh、ゴメンナサイ・・・」

 

ショッカーをノックアウトしたのを確認するとエレンは勝利を確信し、嬉しさのあまり飛び上がってスパイダーマンの身体に抱きつくが今全身がショッカーの攻撃によりあちこちが痛むため、エレンに飛び付かれた瞬間に全身に激痛が走り情けない悲鳴を上げる。

 

エレンもその悲鳴には驚いたが痛いのに抱きつくのはかわいそうだと思うので放してあげる。

 

スパイダーマンは痛みによりマスクの下で涙目になりながらショッカーの方を見やる。

かなり全力で殴ったため、気絶はしたようだが重傷だったりしないかが心配であった。

 

 

「それよりアイツ、大丈夫かな?」

 

「ガキに心配される程でも無ぇ、これぐれえでくたばるなら世界なんざ取ってねぇっての」

 

「・・・・・・・」

 

ヘルメットが砕けて素顔が晒されているショッカーの装着者ハーマンは不貞腐れながらぶっきらぼうな口調で無事だと伝える。

スパイダーマンはハーマンの素顔を見て数日前に美濃関の銀行を襲ったメンツの一人にこんな顔の奴は確かにいたなと思い出すことが出来た。

エレンは相手が死んでいない事に内心安堵はしていたが自分達の正体を話すのでは無いかと言う懸念により険しい顔をしている。

ショッカーはエレンが何を言いたそうにしているのか察したためか真剣な顔付きで語りかける。

 

「言わねーよ。勝ったのはてめぇらだ。女が自分のことは黙ってろって言うんなら俺は奴等にてめぇのことはゲロらねえ。まあ、仕事だからスパイダー野郎のことは喋るけどな。俺は恐喝もするし暴力も振るうが殺しと詐欺はしねー主義だ」(フェイントはボクシングの基本だからしゃーねーけど・・・)

 

「ホントぉ?嘘ついてない?」

 

「あ゛?はっ倒すぞクソガキ」

 

「まーまーまー!眼を見れば分かりマス。ハマハマは嘘はついてマセン!」

 

ショッカーは自身に勝利したエレンとスパイダーマンに敬意を表し、二人のことは見逃し、なおかつ恨みは無いエレンのことは管理局には報告しないことを誓う。

 

しかし、スパイダーマンはハーマンには散々痛い目に遭わされたたのと100%信用していいかは分からないため、少し嫌味を込めてイジると、真剣な話だったのに茶化されたためかメンチを切りながらスパイダーマンを睨み付ける。

 

そんな二人の間に仲裁に入るエレン。先程殺し合いをしていた相手同士とは思えない程ハーマンにも気安く接している。

エレンとしては実際にハーマンは頭が悪くて自己中なだけで悪い奴と言うほど悪い奴ではないと思ったためである。

 

「なんだそのあだ名・・・・オラ、とっとと行け。モタモタしてっと俺を雇ったアイドル親衛隊だかって奴等がすぐに駆けつけんぞ。次任務で会った時は敵同士だ、それを忘れんなよ」

 

「分かった」

 

「see you!ハマハマ!」

 

自分を雇った者達の名前もロクに覚えていない程大雑把なハーマンだが彼女達や機動隊が駆け付ける前に移動することを奨める。

ハーマンの言葉も一理あるためスパイダーマンは短く頷いて踵を返し、エレンは手を振りながら走り去っていく。

 

そして、二人の姿を見送り誰もいなくなったことを確認すると脱力感を感じながら木にもたれ掛かりながら訪れた眠気に誘われてぶつぶつと呟き始め、直に眠りに着く。

 

「へっ・・元チャンピオンの俺がこんなガキ共にやられるたぁ俺も相当鈍ってんな・・・・まぁ、久しぶりに自然と全力の試合で真っ白な灰に燃え尽きたような感じ・・・悪い気はしねぇ。せいぜい足掻けよクソガキ共。次に俺がぶちのめしに行く前に半端な所で負けやがったらもっぺんぶちのめすぞ・・・・・コラ」

 

 

ハーマンとの戦闘を終え、しばらく歩き続けて人目が付かない所まで来たが先程の戦闘の疲労で限界が来ているスパイダーマンは木にもたれ掛かっている。

 

「ヤバい・・・超疲れた。マジ眠い」

 

「私も少し休憩しマース」

 

エレンも同様に先程の戦闘でスパイダーマン程直接的なダメージは受けてはいないが疲弊していたため、へたり込む。

 

「昨日といい今日といい。あんなのをまた持ち出して来るってなると先が思いやられるな・・・あの妙に統制が取れた荒魂達の動きも気になるけど・・・あ、ダメだ・・・ もう無理起きてらんない。おやすみ・・・zzz」

 

「あらあら・・・・お疲れみたいデス。会場からずっとここまで必死だったんだから無理もないデスネ。さてと、私も少ししたら調べものをしに行きマスカネ」

 

 

ついに疲労と眠気に耐えられなくなったスパイダーマンは大の字になりながら地面に寝転んで段々力なく眠ってしまう。

 

エレンはそんなスパイダーマンの様子を見て、自分よりも年下でありながら会場で親衛隊達と戦い、ショッカー達のような新装備組とも戦い、先程の激戦を制したのだから疲れているのも無理は無いかと思い、自身はまだ気になることを調べるためにやることがあるため少し休憩したらある準備をすることにした。

 




エンドゲームの上映時間三時間はやべぇ、まあ集大成ですからね。IWも二時間四十分だったし言うほど気にならなそう。


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第25話 潜入

遠い深い記憶の中、あの日から何度も同じ夢を見る。

 

20年前 相模湾海上

 

9月に入り、漁に出る漁師たちは旬の魚介類を捕るために深夜にも関わらず海上にて漁船を出していた。

夏も終わりごろではあるが夜の海は冷え込み、磯の臭いが船中に充満している。

漁師たちの中で際立って身長が高い筋骨隆々で髪は茶の白人の青年は海に敷き詰められた魚介類が詰まった網を船へと引き上げる作業をしていた。

その年の春に相模湾付近の漁港に就職したロシアからの移民の労働者アレクセイ・シツェビッチは故郷の貧民街を出て海外である日本へと移住し、多忙であるがそれなりに生活できる暮らしを送っていた。

 

「おーい新人、こっち手伝ってくれ。お前の馬鹿力が必要なんだー」

 

「Дах(ダー)」

 

上司に呼ばれたアレクセイは日本語も覚えたてで時折ロシア語が出てしまうがそれなりに同僚たちとは良好な関係を築けていた。アレクセイにとって貧民街にいた頃よりも人との繋がりは暖かいものなのだと実感させられる1年であり、職場も自分の大切な居場所だと実感できるようになっていた。

そして、大漁に獲れた魚を市場に出して、高い値段がついたりお客さんに評価してもらえたりすることが、漁師にとって何よりの喜びであり、自分たちの捕った魚介類が飲食店でも使われ多くの人のもとに届く、その小さな繋がりも貧民街では体験できなかったことであった。

 

「いやあお前が来てくれてから助かるよ。力仕事だったらお前より右に出る奴はいねえからよ」

 

「そ、そうでしょうか」

 

「そうそう。しっかしまだ9月なのに夜の海は冷えるなー。さっさと終わらせて寝ようぜ」

 

「せやな」

 

同僚たちと他愛ない話をしながら作業を進める。

 

すると漁船の真横を一隻の超大型タンカーが通過する。

漁師たちはそのタンカーに一瞬視線を移し、口々に感想を述べる。

 

「ずいぶんでけえタンカーだな。なんか輸送すんのかな?」

 

「ま、俺らとは相当縁がない話だろうよ。海外のお偉いさんが関わってんじゃねえの」

 

「おめえらくっちゃべってねえで手動かせ!」

 

「「す、すいやせん」」

 

「・・・・・・・・」

 

アレクセイは恐らく東京湾を抜けて海外へ行くタンカーに対し、特に思うことはないが遠い海の向こうにいる故郷の貧民街はどうしているのか等逡巡するが早く帰宅して就寝するために作業へ戻る。

 

直後・・・。

 

先ほど通り過ぎたタンカーが轟音を上げて炸裂音が響き渡り船体の中央を突き破り、橙色と黒が混じった巨大な液体のようなものが形を変えて植物が成長するように天に向けて柱のような形を形成していく。

 

その巨大な何かがタンカーを突き破り、重油に引火したタンカーの爆発により海面が大きく揺らめき、その船から出現した何かにより海が荒れ始めて津波となって漁師たちの漁船を襲う。

 

 

「なんだありゃ!海坊主か!?海上であんなデカい荒魂が出るとか聞いてねえぞ!」

 

「やばい!津波だ!クソ!間に合わねえ!」

 

必死に舵を取って回避しようと試みるが距離が近すぎたためか間に合わずに漁船が波に飲み込まれる。

 

「た、助けてくれええええええ!]

 

「俺の手を掴め!」

 

船体から投げ出された同僚の手に手を伸ばして掴もうとするも船体が大きく揺れて姿勢を崩し、床に倒れこんでしまい。手が届かずに目の前で絶望した顔をしながら海へ放り出され波に呑まれて行った。

最期まで絶望に染まった顔をしていた同僚の顔はこの先何十年もアレクセイの心に大きな傷を残すことになる。

 

その直後にアレクセイが乗っていた船も船体が割れて海に放り出されて海面に叩き付けられて意識を失い。それから数日間漂流した後に近くにいた日本に潜伏していたギャングに救出され、相模湾岸大災厄の影響で漁港付近に借りていた帰る家も、勤めていた漁港も職場の同僚たちも何一つ残っていなかったことを知るのはそれからすぐのことだった。

 

重い瞼を上げて起床すると朝日が昇り始めている時間帯なのか周囲も明るくなり始めていた。

 

(また、あの夢か・・・。俺の時間はあの日から止まったままだな。それを言い訳にして今日まで生きてきた、それは今後も変わらないのだろうか)

 

20年前の相模湾岸大災厄による海難事故はアレクセイにとっては今でも忘れることができない半ばトラウマになっている出来事だ。あの日から何度も夢に出てその度に生き残った自分への自己嫌悪に陥る。

しかし、今自分がやることはライノのテストパイロットとし反逆者の容疑をかけられている相手を捕獲し、自身を救い拾ってくれた組織への恩返しすることが任務だ。いつものように心を殺して冷静に機械のように対処すればいい。それだけだ。

 

ふとすると外から会話が聞こえてくる。様子が気になり就寝していたテントから少し顔を出し外の様子を確認する。

 

すると、STT隊員に担架に担ぎ込まれそうになっている所をジタバタして抵抗している自身と同じく任務に当たっていた若者、ハーマン・シュルツと現場の指揮を取る真希と寿々花の姿だ。

 

「シュルツはどうやら倒されてしまったようだな。軽傷のようだがショッカーの装備が半壊しているため任務続行は不可能だろう。搬送してやれ」

 

「了解しました!ほら行くぞ」

 

「うるせぇ!擦りむいた程度だケガ人扱いすんじゃねえ!自分で歩けっから担架に乗せんなコラァ!」

 

「いいから大人しくなさい。次に備えて多少の怪我でも治療しておくのも任務ですわ」

 

「チッ、まあ今俺が役に立てることなんざねぇしな・・・」

 

「蜘蛛男を追い詰めて情報を提供してくれただけでも充分だ。ゆっくり休め」

 

「わーったよ。せいぜいてめぇらも足元をすくわれねーよう気を付けな」

 

「言われなくてもそのつもりですわ」

 

会話の内容から察するにショッカーの適合者のハーマンは敗北し、ショッカーも半壊したため残ったSTT隊員に管理局本部の医療施設に搬送されるようだ。

 

やはり、ハーマンのように自分は何でも出来る気になって天狗になっている井の中の蛙のような若者はひょんなことで失敗することは想定できるため特に気にしないことにした。

 

直後に別の若い女性の声が外から聞こえてくる。

 

「何者だ?そこで止まれ」

 

「怪しい者じゃありマセーン。通りすがりの刀使デース」

 

この早朝の時間帯にこの駐屯地のテントに顕れた外国人のように見える金髪で長身の高校生位の少女。

 

昨晩、スパイダーマンと共にショッカーと戦闘し、勝利をもぎ取り管理局の決定的な証拠を掴むために来たエレンだ。

 

「ふんっ」

 

 

一瞬エレンが担架で運ばれていくハーマンと視線が合い目配せをするがハーマンは知り合いだと悟られないようすぐにぷいっと視線を反らしてケンカ中の相手に不貞腐れる子供のようににそっぽ向き我関せずの態度を取っている。

エレンは約束を守るためとはいえ露骨に知らない人のフリをし、そしてハーマンの人柄を多少は知っている身としてはその子どもっぽい仕草に軽く笑いが込み上げかけたが我慢した。

 

勿論ハーマンは先日エレンとも戦闘したことは約束通り誰にも話していないためエレンが潜入のために近付いて来たことは現時点では誰も知らない。

 

だがアレクセイは彼女からは怪しさが漂うため、警戒は怠らないようにし、しばらく隠れて様子を見ることにした。

 

数刻前

 

「ん・・・・あぁ・・・僕疲れて寝ちゃってたのか。我ながら寝て起きたらケガが治ってるのは便利だな。あれ?古波蔵さんは?」

 

早朝になり先日のショッカーとの戦闘を終え、疲労により疲れて森林で眠ってしまったスパイダーマンは目を覚まし、骨折した肋骨の辺りに触れると痛みは無いため、スパイダーマンの持つ回復能力に感心させられていた。

しかし、寝落ちする直前まで一緒にいたエレンの姿が見当たらないため、周囲を見渡すとカレンが話しかけてくる。

 

『おはようございます。彼女は貴方が起きる一時間前にやることがあると移動しました。彼女から伝言を預かっています。』

 

「マジか。何て?」

 

『私は調べものがあるので薫について行ってくだサイネ~だそうです』

 

カレンが精一杯エレンの口調を真似してなるべく本家に近付けようとしているがいつもの抑揚の無い無機質な声での棒読みであるためか全く似ていない。

 

「そうは言っても、一人じゃ危険だ。なら、偵察ドローン起動」

 

スパイダーマンが声をかけるとスーツの胸部にあるクモのマークが外れて浮遊し、自律型の偵察用の小型ドローンになる。

スタークが開発したハイテクスーツの機能の1つ。偵察ドローンだ。

 

「よし、ドローンちゃん。この顔の人物を探して。恐らく古波蔵さんは敵が夜営してる所に直接行った筈だ。一人じゃ危険だし、昨日一席さんはこう言ってた、「やれ夜見!」って。多分あの荒魂は三席さんが操ってたとなると尚更きな臭い。それに捜査ならこのスーツの機能を充分発揮できる」

 

スパイダーマンが指示を出すとドローンは小さい体全体を前に倒すようにして頷き上空へと飛び立ち、薫を捜索し始める。

 

先日川で真希と寿々花と相対した際に恐らく夜見が操っていたと思われる荒魂に運ばれる際に苦し紛れに真希の靴にGPS機能の着いた小型の精密機械をつけていたため、気付かれていなければ彼女の居場所が分かる。

これで相手の位置を把握して遭遇しないようにすることも可能だろう。

スーツの機能では捕獲のためのルートを設計するために細かい地形も表示されるため場所は駐車場のような駐屯地で車や夜営のためのテントをいくらでも置ける広さであるためここを陣取っていると推察できる。

 

 

ドローンが薫を見つけたようなので急いでその方向へと向かう。

 

少しして

 

エレンに伝言を預かり、可奈美と姫和とスパイダーマンを合流地点まで送り届けるように言われたため、3人を捜索する薫とねね。

すると走って来たスパイダーマンと遭遇する。

 

「うお!狙ったように出てきたな。お前大丈夫だったか?」

 

「ねー!」

 

「やっほ。あぁマジで終わったかと思ったけど古波蔵さんのお陰で何とかね」

 

互いの無事を確認する両者。薫はスパイダーマンの先ほどの発言で引っ掛かった所を問い質す。

 

「ん?その口振りだと昨日エレンと一緒だったのか?」

 

「え?あぁ、うん。昨日衝撃波ぶっ放して来る強盗と一戦交えた際に一緒に戦ったんだ」

 

「そうか。エレンの事だからお前にも伝言板残してると思うがアイツがどこ行ったか分かるか?」

 

「うん。僕が疲れて寝落ちしてる間に敵の拠点に行ったみたいだ。だからこれ、君に渡しとく」

 

スパイダーマンは持ち歩いていたリュックから掌には収まらない程の大きさの黒い球状の精密機械のような物を取り出し、薫に手渡す。

薫は何が何だか分かってはいないようでねねもその機械を覗きこんでいる。

 

「何だこりゃ?」

 

「ねね?」

 

「昨日親衛隊と遭遇した時にこっそり獅堂真希の靴にGPSを付けといたんだ。これでGPSが付いてる相手の位置が分かる。元々相手を捕獲するための物だから細かい地形とかも教えてくれるんだ。これを見ながら相手の動きを読んで彼女達と遭遇しないように辿り着けると思う。スイッチを押してみて」

 

言われた通り機械に付属されているスイッチを押すと機械から3Dのような立体感を持った映像となって飛び出し、GPSを着けた相手の位置をスパイダーマンのアイコンで示されており、細かいルートなどを表示している。

スタークが作成した機能の1つ、GPS追跡システムだ。

 

「ねねっ!」

 

「これマジかっこいいな・・・・って何でオレにこんなの渡すんだ?」

 

 

薫が感嘆とした声をあげ、GPS追跡システムの映像に見入っているが1つ気掛かりなことをスパイダーマンに問い質す。

するとスパイダーマンはバツが悪そうに頭の後ろを片手で掻きながら答える。

 

 

「あー・・・・なんつーか・・・相手の手の内を探るためとはいえ流石に一人だと危険だし、それに僕のスーツの機能にはおもしろい機能が付いてるんだよ・・・だから僕は彼女にもしもの事があったら助けに入ることにするよ」

 

「はぁ!?お前何言ってんだ!アホなことはよせ、こっちにも予定ってもんがあるんだよ!」

 

流石に敵地にエレン一人で行くという行為は危険であるため、自身も近くに行くことを伝えると薫が焦ったように止めようとしてくる。

無理もない。これから相手や相棒がしようとしていることがどれだけ危険なことかは理解できる。心配しない訳がない。

 

「でもごめん。危ない目に遭うかも知れない人を放ってはおけないんだ。それに僕のスーツの機能も彼女のやろうとしてることに役立てる筈だ。んじゃ二人をよろしく!」

 

「おい、待てって!」

 

薫の制止も虚しく、かなりのスピードで走り抜けるスパイダーマン。

手を伸ばすもののその背中をただ見送ることしか出来ない薫。

 

 

場所は変わって駐車場

 

スパイダーマンは森林を駆け抜け彼等が夜営している駐車場の近くの茂みまで接近し、木に登って高い所から状況を把握していた。

 

見た所、武装したSTT隊員が複数見張りに付いているようだ。

そして、よく見るとエレンは任務に来ていた親衛隊達に投降し、STT隊員に

銃口を突き付けられ両腕を頭の後ろで組んでホールドアップの状態にされ、指揮を執る真希と寿々花に問い詰められていた。

 

「うわっマジかよ、ホールドアップさせられてる・・・」

 

『早急に救助に入りますか?ならば瞬殺コマンドをオススメします』

 

「いやいや、そんな物騒な機能は使わないって!そもそもスタークさんにロックされてるじゃん。多分いきなり斬られたりしてない所を見るとまだ問い詰められて事情を聞かれてるってことはハーマンは約束通りチクって無いのかね。何話してるんだろう?カレン、拡張偵察モードを起動して。会話を聞きたい」

 

 

『了解。拡張偵察モードを起動』

 

カレンの物騒な提案を否定し、まだ問答無用で斬りかかられていない所をみて状況を観察するとハーマンが約束を破ってエレンの事を報告していないことは見て取れる。

そして、スパイダーマンはスタークが開発したもう1つの機能、『拡張偵察モード』を起動した。

スパイダーマンの視界と聴覚が強化され、視界全体は青くなるが建物の中にいる人間でもサーモグラフィとして作用して熱探知でどこに何人いるのかが把握できる。

 

「なるほど、敵の人数はこんなもんか・・・んで、会話会話っと」

 

そして、聴覚はある程度距離が離れていて、会話の声が小さくとも会話を盗聴できる機能だ。

強化された聴覚によりスーツが音を拾い、彼女達の会話が聞こえてくる。

 

 

『御前試合に出場していたな?』

 

『oh・・・お恥ずかしい・・不甲斐ない結果デシター』

 

 

『見え透いたおとぼけですわね』

 

いつものとぼけたような口調で淡々と答えるエレンの様子は確かにこのような緊迫した状況で飄々とした態度を取っている所を見るに怪しさ全開なのも無理はないかも知れないがあれが彼女のデフォルトであるため覆しようは無い。

 

『あの~そろそろ手、降ろしてもいいデスカ?貴方達と戦うつもりなんてこれっぽっちもアリマセンカラ』

 

『ならその御刀、差し出してもらう』

 

『携帯もですわ』

 

『foo~手が痺れマシタ~』

 

STT隊員に携帯と御刀を押収され、武装解除に持ち込まれたエレンはホールドアップから解放され、手を降ろしブラブラとさせながらリラックスし始める。

 

『で?こんな所で何をしていた?』

 

『いや~試合の結果がアレだったじゃないデスカ~、このまま手ぶらで帰ったら学長に大目玉喰らっちゃうかな~って思いマシテ、紫様襲撃犯を取っ捕まえて手柄にしようと思ったんデスヨ』

 

『反逆者を捕獲するためにS装備まで持ち出したんですの?』

 

『S装備?何の話デス?』

 

先日の戦闘で3人の実力を測るためにS装備を持ち出した事を寿々花に問い詰められるがシラを切るエレン。

 

『昨夜伊豆山中に向けて射出された所属不明のコンテナ二機のことだ、逃走中の反逆者に用意できるとは思えん』

 

『貴女ともう一人の長船代表、益子薫の物と考えるのが自然ですわ』

 

 

『・・・・・・・・』

 

完全にS装備を使用したことを見破られている。狩りに舞草の一員じゃないと言う事で話を通したとしても管理局の管理下に無いS装備を使用しているという自体はまずい。そこから特定されてもおかしく無い緊迫した空気が遠くからでも伝わって来るがエレンは沈黙してしまう。

 

「やっぱりコンテナの着地点から特定されてたのか・・・っていうか薄々感付かれてない!?ここで沈黙

はヤバイ!なにか・・・何か喋らないと!」

 

『やはり危険です。スタークさんに許可を取り瞬殺コマンドを実行して助けに入りしょう』

 

「もう!ことあるごとに瞬殺コマンドを薦めるのはやめてくんない!?」

 

 

ぐ~

 

『お腹空きマシタ~』

 

スパイダーマンとカレンが物騒な話をしているとエレンの腹が空腹を告げる音を上げ、腹の辺りを押さえている。

もしかすると自分でいつでも腹から空腹音を出す訓練でもされているのか、本当に空腹なだけなのかそれは彼女のみが知る。

一応空腹なようなので朝食位は与えてあげることにした寿々花と真希。

 

「貴女には色々聞かなければならないですわね」

 

STT隊員に銃口を向けられながらテントへ向けて移動すると一瞬だけ押収された自分の御刀越前康継がSTT隊員により車のトランクに収納されたのを確認し、その車両を記憶してからテントへ向かう。

 

「ふぅ・・・・助かっては無いけどナイス回避。よし、僕らも動こう。ドローンちゃん、あのSTT隊員に取り付いて僕が指示を出したら奴等の車両をスキャンして。僕らももう少し近付いて、奴等の会話から割り出さないと」

 

スパイダーマンは更に駐車場に接近し、偵察ドローンに指示を出すと偵察ドローンは空中を浮遊しながら近くにいたSTT隊員の背後に貼り付き、服の黒い色と同化し、待機状態になりながらスパイダーマンからの指示を待つ。

そして、近付くと寿々花と真希が口論している。どちらかが尋問するかで揉めているようだ。

 

 

『僕に尋問するなとはどういうこだ?』

 

『どうもこうも、言葉通りですわ』

 

『紫様からお預かりしている指揮権を蔑ろにする気か?』

 

『あら、地位を盾に要求を通そうだなんて貴女らしくもありませんわね』

 

真希がかなり苛立ちながら自身が指揮官なのだから自身が尋問しようと言う要求を通そうとしているがかなり苛立っているため、尋問中にシラを切るエレンに苛立ってペースに乗せられてはぐらかされる可能性も0ではないからなのだろうとスパイダーマンは内心で分析する。

確かに苛立って尋問している相手に暴力などを振るったとなれば問題である上に、仮に舞草とは無関係の人間だったのならばすみませんで済む話では無くなるからだろう。

 

「なんだなんだ痴話喧嘩かぁ?夫婦喧嘩は犬も喰わないっていうけど蜘蛛は聞いてるんですけどね!出来れば一生やってて貰えると助かるけどそうは行かないか。にしても随分ピリピリしてる。まぁ主な原因は僕らだけど」

 

『・・・・・・・・っ!?』

 

突如、寿々花に諌められたからなのか真希の瞳が紅くなったのが確認できたがそれと同時に手先が軽く震えるある反応が出た。それは

 

 

「スパイダーセンス!この反応、荒魂の反応を傍受したときのだ!それも一席さんから出てる。少なくともここに来てる親衛隊3人は確実に黒ってことか」

 

スパイダーマンは真希の瞳が紅くなったと同時に荒魂の反応を検知した時に出るスパイダーセンスを感知し、その反応が真希から出ているのを確認する。

 

『その眼・・・・あの娘に見せるつもりですの?舞草の一員かも知れないあの娘に』

 

「もう疑われてる。ま、無理もないか」

 

『昨晩の戦いで遅れを取って以降、冷静さを欠いているようだな・・・・僕は』

 

『どちらへ?』

 

『頭を冷やしてくる』

 

寿々花に指摘され、確かに尋問中に感情的になってその紅い瞳をエレンに見られたのなら決定的な所を見られてしまったことになるため、今冷静さを欠いて感情的になっている真希が尋問を行わない方が無難な選択肢だとスパイダーマンも納得する。

寿々花に指摘されたことも一理あるため、紅い瞳からいつもの茶色の瞳へと戻るとと同時にスパイダーセンスも解除された。

肩を落とし、落ち込んだ様子で少し離れた森林まで移動する。

森林欲でもしながらクールダウンでもするつもりなのだろうか。だが、スパイダーマンは真希の靴にGPSを取り付けているため位置を把握することは可能であるため一旦は放置することにした。

 

『少々意地悪が過ぎたかしら?冷静さを欠いているのは私も同じですわね』

 

『もしも、貴女が彼女達の仲間なのだとしたら、代償を支払って貰わなければなりませんわね、古波蔵さん』

 

歩いていく真希の背中を眼で追いながら自身も我慢しているが可奈美達一向と舞草に引っ掻き回されていることには頭に来ているためか真希にキツく当たってしまったことを反省しているようだった。

しかし、冷徹に淡々と物騒なことを言いながら紅い瞳になる寿々花。遠くで聞いていたスパイダーマンもスパイダーセンスで寿々花から荒魂の反応を示した時の反応を傍受したが、それと同時に冷静にキレる人の恐ろしさを遠くからでも感じ取る。

 

「うわこっわ!聞いてて生きた心地がしなかったよ。改めて僕らそうとうヤバい奴等を敵に回したんだな・・・やっぱり彼女からも反応が出てる。彼女が古波蔵さんを尋問するのかな。よし、ドローンちゃん。気付かれないようにこっそり隊員から離れてトランクの中をスキャンして。証拠になりそうな物を見つけたら教えて」

 

偵察ドローンは了解の意図で軽く頷き、STT隊員から離れ、テントへと貼り付き、緑色のテントの布地の上を這い回りながらトランクへと移動し赤外線スキャンで解析を始める、映像がスパイダーマンの視界のHUD(ヘッドアップディスプレイへと送られ、スーツの中に記録されていく。

 

「んで次は・・・あっちの古波蔵さんがいるテントでの会話か。よし、捜査続行だ」

 

『盗み聞き続行の間違いではないですか?』

 

「ちょっとカレン、ストレートに言わないでくれる!?僕もちょっと気にしてるんだから!」

 

そうして今度は寿々花がエレンを尋問するために入ったテントでの会話に耳を傾けるのであった。

 




長くなりそうなんで一旦ここで。次は・・・出来るならエンドゲーム公開日の辺りには出したい。(公開日に観に行けない悲しみ)

余談:ファーフロムホームでの新スーツってアップグレードスーツって名前なの最近知っためう。てことはハイテクスーツの強化版なんすかね


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第26話 尋問

うおおエンドゲーム公開日投稿に間に合わなかったああ!平成最後にも間に合わなかったああ!とりま令和でもシクヨロオオオ!




スパイダーマンは拡張偵察モードを起動させながらエレンの尋問を行うためにテントに入る寿々花から視線を離さず、拡張偵察モード特有のサーモグラフィでテントの中にいる人数を確認するとどうやらエレンと寿々花、武装したSTT隊員のようだ。

朝食として差し出されたコンビニ弁当を食し終えたようなので会話を始める両者、スパイダーマンは耳を澄まして二人の会話を聞きながら各テントに潜入させた偵察ドローンに送られる映像にも目を通す。

 

『例のS装備ですけど、既に運び去られていましたわ』

 

『私には関わりの無い話デス』

 

寿々花がコンテナの話を持ち出し、エレンが舞草の一員であることを割り出そうとしてくるがエレンは先程のように無関係のフリをする。

 

『珍しい名字ですわね。古波蔵って』

 

『ん?』

 

『でも、どこかで聞いた気がしてましたの。で、先程思い出しましたわ』

 

 

頬杖をつきながら余裕そうな表情を浮かべたままワインレッドの髪のもみ上げを指先でいじりながら身内から彼女の素性を交えて話を始めるつもりだ。

エレンは普通に家族の話をされたとも取れる対応する。

 

『ダーパ(DARPA)から出向しているS装備開発チームの主任技術者が、そんな名前だったと・・確か、ジャクリーン・アン・古波蔵でしたからしら? 』

 

『ジャクリーンはママデス!ついでに言っておくとママと一緒に働いている公威がパパデスヨ!』

 

「え!?すっご!マンガの家族かよ・・・・これお祖父さんが豪華客船の船長とかスタークさんにも引けを取らない天才技術者とかでも不思議じゃないな・・・」

 

 

『実際にそうですよ』

 

「え?カレンどういうこと?」

 

 

スパイダーマンがエレンの両親がDARPAこと国防高等研究計画局、つまり軍隊使用のための新技術開発および研究を行うアメリカ国防総省の機関に勤めるかなりスゴい人物であったことにかなり驚いている様子だ。

彼女とは昨夜にショッカーとの戦闘で共闘した間柄ではあるが互いの家族関係については一切話していないため無理もないが。

スパイダーマンがここまで一家でハイスペックとなると祖父の系譜までハイスペックなのではと呟くとカレンが反応する。

どうやら名前を聞いた瞬間に検索をかけたようだ。

スパイダーマンがカレンに質問しようとした矢先にエレンが「けど」と話始めようとすると寿々花が話を始める。

 

 

『いくら開発責任者とはいえ、無登録な機体を射出することはできませんわ。S装備の開発・生産は全て折神家の管理の元に行われてますもの』

 

しかし、表情は余裕そうな表情を崩さないまま真剣な声色に変わる

 

『けど、貴女のお祖父様ならどうかしら?』

 

『グランパデスカ?グランパは今・・・・』

 

『『ノロの軍事利用の第一人者にしてS装備開発の先駆けとなった天才科学者、リチャードフリードマン。5年前、自らが創業した技術開発企業を売却後、忽然と姿を消されたとか/されています』』

 

 

『YES』

 

寿々花の言葉とカレンの説明が一言一句同じに説明され、驚くスパイダーマン。

何より驚いたのは話の内容だ。

 

 

「うぇっ!?古波蔵さんあのフリードマン博士のお孫さんだったの!?」

 

『はい、先程の検索によるとジャクリーン・アン・古波蔵のお父上であり、スタークさんのお父上のハワード・スタークともお知り合いのようです』

 

「あー・・・何となく分かってきたぞ。fine manさんがフリードマン博士だったのか・・」

 

スパイダーマンは会話の内容、そしてカレンからスタークの知人であることを知らされるとfine manであることは推測できたため自分達は味方としてもものすごい人物たちに目を付けられていたことに感嘆とする。

 

『そのフリードマン博士が、日本に入国した形跡があるのはご存じかしら?そして、舞草と接触した・・・いえ、もしかしたら中核を成す人物だとしたら?』

 

『もぐさ?お灸デスカ?』

 

「この人どんだけ鋭いんだよ・・・結構核心に迫りかけてるじゃん」

 

『そのための瞬殺コマンドです。実行して彼女の助けに入りましょう』

 

「もう!ことある毎に瞬殺コマンドを奨めるのはやめてったら!」

 

とぼけるエレンには何を言っても口を割るとは思えないため、多少苛立ってはいるが荒魂の力を使用した際に発現する紅い瞳にならないように耐えつつ挑発の意味も込めてこちらも反撃をする寿々花はパイプ椅子から起立してテントの扉の方へと歩みを進める。

 

『あくまでシラを切るおつもり?ま、いいでしょう。』

 

『そうそう。貴女のお友達の益子薫さんですけど、昨夜、うちの皐月夜見に御刀を向けたのをご存じかしら?』

 

 

『えっ?』

 

自身も昨夜自身を守るためと勝負を仕掛けてきたショッカーのパワードスーツを大破させる為にハーマン・シュルツことショッカーと戦闘をし、御刀を振るったためあまり人の事は言えないが面倒臭がりで怠惰な薫が人に向けて御刀を振るうという状況はかなり切羽詰まっている状況だと推測できるが彼女の安否も含めて少し動揺してしまったと同時に親衛隊側に更に不信感が強まる。

その動揺した様子を見て寿々花は牽制の意味も込めて冷えきった容赦など無い強い口調でエレンに脅しをかけてくる。

 

 

『初耳のようですわね。それともお得意のおとぼけかしら?まぁ、どのような理由であろうと我等親衛隊に刃を向けることは即ち、紫様に刃を向けること、その罪は万死に値します』

 

『貴方や益子さんが舞草であろうと無かろうとですわ』

 

 

『薫はどうなったンデスカ?』

 

 

『さぁ?またお話しましょう』

 

そう言って踵を返してテントから出ていく寿々花の後ろ姿を見つめるエレン、そして拡張偵察モードで観察しているスパイダーマン。

スパイダーマンはその場にいた訳では無いが遠くで聞いているだけでも威圧感がダイレクトに肌に伝わって来るものだった。

 

「やっぱこの人こっわ・・・でも逃げちゃだめだ、ここで逃げたら男じゃねぇぞ僕」

 

 

『その意気です。偵察ドローンが新型のスーツを発見。またしてもS装備の発展型のようです』

 

 

スパイダーマンが恐怖心を打ち消すために自身の頬を軽く叩いて気合いを入れ直すとカレンが偵察に向かわせたドローンがショッカーの他にも新しい装備があることを報告する。

 

 

「他には?」

 

『全ての格納庫を調べた所該当するものはありません。新型1機だけです。ちなみに救護用と思われるテントにてノロを体内に接種できるようにするためのアンプルが入ったケースを見つけたようです』

 

 

「マジかよ了解。そのまま捜査を続行、僕はもうしばらく様子を見る」

 

駐車場に停めてある車輌、格納庫、テントをドローンがスキャンして調べた結果をカレンから伝えられたスパイダーマンは再度ドローンに捜査の続行を指示し、自身も周囲を警戒しつつ監視を続行する。

 

 

ー場面は変わって刀剣類管理局局長室ー

 

「入れ」

 

何かしら用があったのか局長室をノックする雪那。扉越しであるためか少しくぐもっているが入室の認可する返答が返ってくる。しかし、精一杯低くしている子供の声に聞こえなくもない。

そのままドアノブを回して入室すると局長室の机の椅子が後ろを向いている。そして大人が座っているのであれば椅子の背凭れを越えて頭が見える筈なのだが頭は見え無いため余程背が低い人間が座っているということが察せられる。更にお菓子のポッキーをかじる音が局長室内に木霊する。明らかに紫でないのが明らかだ。

 

からかわれた雪那は気分を害しつつも表情は崩さずに椅子の方へと視線を向けている。

 

 

「紫様かと思った?残念、私でした!」

 

まさに外道!というテロップが入りそうなどこぞの赤さんのコラ画像のような台詞と共に振り返るその正体は結芽であった。

雪那は何となく察していたがあまり長い時間相手にしたくないのか手短に済ませようと用件だけを質問する。

 

「紫様はどこに行かれた?」

 

 

「さぁ?私が来たときにはもういなかったよ。折角遊ぼうと思って来たのにぃ」

 

 

「そうか」

 

素っ気ない態度で結芽を軽くあしらう雪那、そこに新しく紫に用事がある来訪者が訪問する。

割と急ぎの用だったのか開いている扉からそのまま入って用件を伝えようとしている。

 

「失礼します。局長に新装備についての報告と数日前に宇宙から帰還した管理局所属の科学特捜隊が発見したものを解析した研究者が局長に報告したいことがあるのことでご報告が・・・・あっ、局長はご不在のようですね」

 

「見て分からないのか?」

 

新装備についての報告と急ぎの用件を伝えに来た栄人だが、紫の不在を確認した矢先に不機嫌のメーターが上昇していた雪那は苛立ちを隠さずに言い放つ。

その誰が見ても苛立っている姿から発せられるオーラに萎縮し、一瞬だが縮こまってしまう。

その萎縮した姿に物事が思い通りに進まないことに苛立っていた雪那の嗜虐心に火を着け、捲し立て始める。

 

 

「申し訳ありません」

 

「貴様らは所詮紫様の温情で金儲けができているだけで技術力以外に取り柄がないクセによくもまあいけしゃあしゃあと。新しく雇っている新装備のテストパイロット共も新装備もロクに扱えないボンクラ共ばかりで大した成果も上げられないようね。せいぜいボンクラ共々クビを切られないように気を付けなさい」

 

栄人は機嫌を悪くしている相手を更に怒らせ無いようにしようと下手に出る態度を取ると雪那は勢いが着いたように、紫に認めてもらえないことへの焦燥感、捜査の進捗の不行き届きのもどかしさへの苛立ちを本来ならこの場にいない自分が学長を勤めている鎌府の卒業生である夜見にぶつけている所だが苛立っている所に入って来た栄人にぶつけた言葉全てが本心という訳では無いが尊大な態度で厳しい言葉をぶつけて八つ当たりをする雪那。

 

何も言い返しては来ないその姿勢に身近な誰か、とある人物に似た物を感じたが自分と関わりが深い訳ではない相手に理不尽に罵詈雑言を浴びせたのは大人気無いなと少しだけ反省し、管理局、ひいては局長である紫に協力し、技術を提供して貢献している企業の関係者をなじり過ぎて下手に関係を悪化させるのは賢くは無いと判断し、踵を返し捨て台詞と共に退室しする。

 

「それとそこの無礼な小娘が勝手な事をしないようお前が見張っていろ、お子様同士戯れていれば紫様のお席に小娘が胡座をかくなどという事は無いだろうからな、ふんっ!」

 

「はい・・・・」

 

結芽はその様子を静観していたが直後に齧っていたポッキーを食し、栄人に話しかける。親しくなった相手が目の前でなじられるのはあまり気分がよくなかったからだろうか。

 

「あーあ、ハリーおにーさん流石に今のは怒ってもいいと思うよ」

 

「そういう訳にもいかないって、一応あの人もお得意様と言えばお得意様だし。ああいうタイプには適当に言いたいだけ言わせとけば良いんだよ、そうすれば勝手に飽きるだろ。ていうか何で結芽ちゃんがここに?」

 

栄人は雪那を軽く見ているわけではないが理不尽に一方的に怒鳴る人間、雪那のような導火線の無いダイナマイトのような相手は必要以上には刺激せず飽きるまで言わせておけばいいと思っているため、少し腹が立ったがいうほど気にしてはいない。

 

「紫様に遊んでもらおうとして来ただけだよ。おにーさん仕事中で構ってくれないからさぁ」

 

「そうは言っても局長にご迷惑をかけるのはマズいって。それに俺は御三方に結芽ちゃんのこと頼まれてるんだからさ。にしても困ったなぁ早めに報告してくれって頼まれてるのに。しゃーない、出直すか」

 

(俺も詳しくは聞かされてないけど帰還した特捜隊が持ってきた宇宙で拾ったのを解析してる研究者達そうとう急いでたな。宇宙で月の石か何かでも拾ったのかな・・・・?ま、考えすぎか)

 

詳細は一切聞かされていないが管理局所属の研究員からまるで世紀の大発見でもしたかのように電話越しで捲し立てるように早めの報告をするように頼まれ、あまりの剣幕に萎縮してしまったが紫が不在であったため出直すことにして退室する。

 

「はいはーい。ま、おにーさんもおばちゃんみたいにカッカしてると余裕無くなっちゃうよ。ポッキー一本あげるから落ち着いたら?」

 

「え?あぁそうだな。じゃあもらうよ」

 

結芽も栄人の言葉に素直に従い、局長室の椅子から降りて眼前まで来ると長方形の箱に入っているポッキーを取りやすいように一本だけ伸ばして差し出す。

栄人は特に他意は無いんだろうなと思いつつ取りやすいように少しかがんでポッキーを手に取り、口にくわえてチョコレートの塗っている部分から食べようとする。

 

その瞬間を待っていたかのように結芽が悪戯染みた悪い笑みを浮かべる。

 

「ニヒッ・・・えい!」

 

結芽は眼にも止まらない早さでジャンプして栄人のくわえていたポッキーの反対側に食らいつき、両者の顔が目と鼻の先になる程接近した。

所謂、ポッキーゲームのような状態になる。

 

「なっ!?」

 

咄嗟に結芽が反対側のポッキーをくわえた速度にも驚いたが結芽の顔が突如ドアップになるほど近くなったことに驚いた。

1つ年下とは言えかなりの美少女である結芽の顔が目と鼻の先、女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐり、揺れた薄桃色の髪が栄人の頬を優しく撫でる。どちらかが前に倒れれば密着してしまうのではと思うほど近くなり栄人は無意識に心臓が高鳴り、脈拍が速くなるのを感じる。

当の結芽も悪戯心から栄人を驚かせようとしただけではあるが実際に顔と顔が近くなるのは気恥ずかしさがあったが驚いていて目を白黒させている姿がおかしかったので満足できたため、顎を下に引いてポッキーを折る。

折れたポッキーの欠片が宙を舞い、栄人は欠けて少ししか残っていないポッキーをくわえたまま呆然としている。

 

結芽は奪ったポッキーを食し、両手を後ろ手で結んで少し距離を置き、悪戯っぽい笑みを浮かべて笑いかける。

 

 

「へへへ、引っ掛かったねおにーさん!」

 

「ちょっ!?ビックリするじゃねぇか!心臓に悪いなぁ・・・ていうか半分以上折れててほんの少ししかねぇんだけど!」

 

「騙される方が悪いもんねー!じゃあ昼休み遊んでね、おにーさん!」

 

数秒遅れて栄人が赤面して反応するが、意識して心臓が高まったのもあるが純粋に驚いた部分もあるため2つの意味で心臓に悪かった。

 

結芽はその様子に満足したため、嬉々としてスキップしながら局長室から退室し嵐のように去っていく。

 

 

「あぁもう・・・・しっかし、局長どこで何してるんだろう?しゃーない、研究者の人に話して少し待っててもらうか」

 

栄人は去っていく結芽の背中を見えなくなるまで視線で追いながら、結芽といると退屈しないなということを再認識させられる。

しかし、自分の仕事も怠る訳にはいかないため紫への報告を依頼していた研究員に電話をかけ、その報告にあった物を管理局に直接持ってきて貰うことにした。

 

ー伊豆山中ー

 

一度冷静になるために真希はエレンの尋問を寿々花に任せ自身は山中で素振りをしていたが、気付かないうちに自分の中で思うように物事が進まない苛立ちが募っていたのか木々を根元からなぎ倒し地面がえぐれているが当人は

構わずに気合のこもった掛け声と共に素振りを続けていた。

そこに一度エレンの尋問を終えた寿々花が呼びに来る。

 

 

『ふんっ!ふんっ!ふんっ!』

 

『貴女、限度というものをご存じ?』

 

『何のようだ?』

 

『出動ですわ』

 

『連中を見つけたのか?』

 

『未確認ですが南伊豆町の山中で目撃したという情報が入りましたわ。制服で山の中を走り回る女子中学生はそういないと思いますけど』

 

『行くぞ寿々花!』

 

『呼びに来たのは私ですのに・・・』

 

拡張偵察モードで真希と寿々花の会話が聞こえていたスパイダーマンは三人のうち誰か、もしくは3人ともまだ山中にいて見つかったのかは定かではないがタレコミがあったようなのでそちらに向かおうとする二人に少し焦るが少なくとも真希の位置は昨夜にこっそりGPSを取り付けているため追跡用端末を持っている薫なら動きを読んで早々と離脱してくれることを祈り、木の陰に隠れて動向を見守っていた。

 

 

「やばい、近隣住民か横須賀基地から通報されたのか!相手の位置は分かるからまだいいけど、取り敢えず二人を連れて早く逃げててくれよ・・・っ!」

 

任務に同行していたSTT隊員を整列させ、新型装備ライノの装着者の筋骨隆々の大男、アレクセイも後列に並び異彩を放っているが大人しく指示を待っている。

 

『一班、二班は私に続け。三班はこの場で待機!連絡を待て。シツェビッチはここで待機しつついつでも出られるようにしておけ』

 

 

『Дах(ダー) 』

 

『了解!』

 

アレクセイはライノの装備が置いてある格納庫に移動し、扉を閉めて格納庫にこもり、一班と二班の隊員は寿々花と真希を乗せたパジェロで捜索のため移動を開始する。

 

 

『では私もそろそろ行動開始と行きマスカ、よっと』

 

 

越前廉継を取り上げられ、待機しているSTT隊員のパジェロに後部座席に座らせられ両手を後ろ手に手錠で拘束されていたエレンは指揮を執り向こうの主戦力である真希と寿々花が捜索のために移動をして手薄になっている今なら物的証拠を見つける事が可能だと判断し、行動に移すことに決意した。

 

履いているローファーのかかとの部分が開き、その中に収納していた刃物を取り出し、手を前の方に持っていくために中国雑技団の如く肩の関節を外して両腕を前の方まで持っていき、関節を元の位置に戻して手錠を外す。

 

 

エレンが手錠を外して、運転席のSTT隊員の背後から座席に向けて腕を伸ばしそのまま首を相手の後ろから首に手を回し、手を自分のほうに思い切り引いて首を絞める。所謂、チョークスリーパーだ。絞めるコツとしては、手首の手前の平らな部分を喉仏にあてて絞めると決まりやすく完全に首に入っているためか脱出は困難となり、気管が締め上げられた隊員は絞め落とされて白眼を剥きながら意識を失う。

 

 

「うわすっげ、スパイ映画みたい。よし、カレン僕らも行こう!慎ましくね!」

 

『了解です』

 

「ドローンちゃん、古波蔵さんのいる車の付近まで接近して」

 

早速STT隊員の一人を音もなく無力化したエレンの一連の行動を見ていたスパイダーマンは自身も彼女の手助けに入ろうと判断し、木陰に隠れながら身を潜めて接近しつつ偵察ドローンに指示を出す。

 

 

「じゃあ次は・・・手頃な奴はあそこの奴か、そらよ!」

 

「あーあ、何で荒魂相手じゃねぇのに俺らが出向くんだか・・・早く帰ってスロ打ちに行って帰りにキャバ行きてぇなぁ・・・なにっ!?ぐっ」

 

「ごめん、ちょい服借りるよ」

 

約1名、他の隊員達から離れた位置にいる背格好が自分に近い欠伸をしている隊員に向けてウェブシューターを構えて先に装備している銃にクモ糸を当て、自身の元に引いて取り上げて遠くに投げ飛ばし、驚いている隙に木の枝から飛び降りて飛び蹴りをお見舞いすると隊員は気を失う。

気絶した隊員の身体を引き摺って銃以外の装備一式を奪って装備し、隊員に扮装する。

そして、気絶している隊員を茂みに隠して見張りをしているフリをして誰にも見つからないように更に接近する。

拡張偵察モードを解除して歩いていく最中ドローンが発見した新型装備ライノが置いてある格納庫の辺りを通り抜ける際に袖口からウェブシューターを出し、中指と人差し指でスイッチを押して扉にてクモ糸を当てて隙間にクモ糸を貼り付けて引っ張り強度が強くなるのを確認し、これで格納庫は簡単には開けられなくなる。

本来なら装着される前に破壊したいが事を荒立てる訳にはいかないため今は簡単には取り出しにくくすることを選択した。そして、更に細かく糸を張り付ける暇も無かったため、通りすぎる。

 

その最中、格納庫の中にいたアレクセイは外から何か貼り付いたような音がしたような気がしたが先程から気になっていたことを真希達に報告できなかったため、まだ駐車場に残っていた夜見に連絡をとる。

 

『はい』

 

「すまない皐月隊員。隊長殿に話すタイミングを逃したのだがあの投降してきた女、目配りといい態度といいなんだか妙じゃなかったか?それに外がやけに静かだ。隊長殿が離れている間、この拠点の最大戦力は貴女という事になる。あの女を警戒しておくことを提案するがどうだろうか?」

 

『分かりました。仮にその話が本当なら誘い出せるかも知れません』

 

 

 

エレンは自身が捕らえられていた車輌の付近の隊員を気絶させて越前廉継が収納されていた車輌に入っていたケースから越前廉継と携帯電話の奪還に成功する。

 

「HI!ご無沙汰デス!MY SWEET廉継!」

 

すると車内に1匹の飛行する蜘蛛が飛んでくる。

シルバーのカラーリングに紅い目、何かの機械であることは見て取れるがドローンの方向を見ると後ろを向いたまま車輌のドアに背中を預けているSTT隊員の姿を確認できる。

もしかするとSTT隊員に気付かれたのかと思ったが何故一向に襲って来ないのか不思議に思うと外から小声で話しかけられる。

 

 

「古波蔵さん、無事?僕だよ僕」

 

「ソ・・・スパイディ!?何で来たんデスカ!?」

 

その声は変声期を迎えて声変わりは一応しているが子供っぽい声の持ち主であり、どこかで聞いたことがある。

昨夜共にショッカーと戦い、寝ている間にスーツのAIに伝言を残して薫達と合流するように言っておいたスパイダーマンであった。

何故こんな所で、隊員に扮装してまでここに来たのか疑問は残るが手助けに来てくれたこと、昨夜での戦闘での疲労が回復しきっていない所もあったため増援が来る自体は嬉しかったため、話を聞こうと言う姿勢を取る。

 

「ごめん、一人じゃ危険だと思って着いてきたんだ。益子さんには一席さんの靴につけたGPSを追跡できる機械を渡してるから奴等とは遭遇しにくいと思う。そして僕は今隊員の一人に紛れ込んでる。僕のスーツの偵察機能で奴等のテントと車の中を一通り調べといた。後は脱出に協力するよ。所でノロのアンプルが入った箱が救護テントにあるみたいなんだけどそこに小型カメラ仕掛けてたよね?」

 

「ふぅ、薫達は無事だったんデスネ。そうデス、今から繋ぎマス」

 

スパイダーマンが着いてきた事情を説明すると自身では調べきれなかった所も調べてくれていたようで、後はそのアンプルを使う瞬間を押さえて持ち帰って逃げ切れば任務達成であるためエレンが事前に小型カメラを仕掛けたノロの入ったアンプルのある救護テントの映像を映す。

 

すると駐車場にて待機していた親衛隊第三席、皐月夜見が長方形のベッドに腰掛け白い四角い箱を手に持って開けていた。

その円筒状の橙色の液体に紅黒い塊のあるアンプルを取り出すとうなじに向けて突き刺し、注射する。

 

「薫が御刀を抜いた理由はコレデスカ」

 

「僕も行くよ。一応隊員の格好はしてるから疑われにくいと思う。映像だけだとでっち上げだと思われるかもだから証拠品のノロのアンプルを回収したらサクッと逃げよう」

 

「了解デス」

 

救護テントの中に入るとエレンが設置したカメラを回収し、隊員の格好をしたスパイダーマンは箱の中身を調べるとアンプル等1つも入っていないのであった。

 

「あれ?おっかしー・・・・な!」

 

直後に背後から全身がゾワゾワとする感覚、スパイダーセンスが働きそれでいて軽く手も震える。この感覚は昨夜の夜にも感じた反応。荒魂の反応だ。

反応と同時に振り向き様にウェブシューターのスイッチを押して紅黒い蝶に当てて壁に貼りつける。

貼り付けられた蝶は抜け出そうと必死にもがいているが貼り付いて引っ張り強度が強くなったクモ糸からは小型の荒魂では簡単には抜け出せない。

 

「シツェビッチさん、感謝します。オマケも釣れました。一気に捕獲します」

 

『そうか、やはり救護テントを狙って来たか』

 

感情が死滅したような無表情と毛先以外が白く染まっている少女、皐月夜見がアレクセイに言われた通りにエレン達の動きを警戒していたが予想外にも合流していたスパイダーマンも発見する事が出来たためアレクセイに軽く礼を述べて御刀水神切兼光を構える。

 

「人が悪いデスネ、気付いていたのなら言ってくだサイ」

 

「紫様に仇成す輩にそのような配慮の必要を認めません」

 

「そおれっ!」

 

短い会話の間にスパイダーマンが夜見の顔面に向けてウェブシューターを構えてクモ糸を飛ばすと姿勢を低くして回避した直後にエレンに斬りかかられる。

 

横一閃をも回避に成功するが狙いはポケットであり、一瞬の内にノロのアンプルを掠め取り手に入れる。

昨夜の戦いで連携を行うことで息を会わせてショッカーに勝利できたた感覚が残っているためか咄嗟の行動でもエレンはある程度スパイダーマンに合わせることができたのであった。

 

「君は昨日の戦いで疲れてるだろうから先に行って!ここは僕が!喰らえ!ショックブラスター!」

 

「ハイデス!」

 

スパイダーマンは一瞬の内に隊員の装備を棄ててHUD(ヘッドアップディスプレイ)に接続してウェブシューターのモードを切り替えて衝撃波を飛ばすショックブラスターを選択して2mの距離もない夜見に当てるのは難しくなく、ウェブシューターから放出された衝撃波が避ける隙間もなく直撃して夜見が後方に向かって飛ばされ、カーテンや救護道具を薙ぎ倒し床に散乱させる。

スパイダーマンは夜見が尻餅を着くと同時に夜見の手元に向けてクモ糸を当てて地面に貼りつける。

 

消耗しているエレンはすぐに救護テントから脱出し、森の中へと走っていく。

 

「手から蝶を出すなんてスゴい手品だね!タネ教えてくんない?」

 

「これから捕まえられる貴方が、知る必要の無いことです」

 

 

夜見が八幡力を発動してクモ糸を剥がしてスパイダーマンと対峙し、スパイダーマンは軽口を叩き夜見はまともに相手にせずに睨み合いを利かせて臨戦態勢に入る。

 

 

そしてその直後テントの外、エレンが逃げた方向で重量の重い何かが地面に激突した轟音が響き渡り、地響きが起きる。

 




エンドゲーム見て参りました。
3時間の上映は流石に疲れましたが11年の集大成として
素晴らしい映画でした。誰が好きでも楽しめると思います。
熱いとエモいしか言えない位語彙力低下し、年甲斐も無く泣いちゃいましたwww
取り敢えず長くなる前に言わせてくれ、トニピタはいいぞ!


余談:MCUのフェーズ3ってエンドケームで終わりじゃなくてファーフロムホームで終わりなんすね。
てことはフェーズ4の最初は新キャラのソロ映画か続編決まってる陛下かストレンジ続編辺りでしょうかね。
とりまファーフロムホーム楽しみっす。


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第27話 激突

金ローでストレンジ先生見たら魔法習得したけどほとんど魔法(物理)で殴る蹴るが主体のマジカル拳法だったのを思い出しましたw

5月22日0:09分一部描写変更


ー時間は少し戻って格納庫ー

 

エレンの警戒を怠らないように夜見に告げ、夜見がエレンの尻尾を出すために敢えて救護テントでアンプルを投与し、退室した後に救護テントにアンプルを回収しに来たエレンとそして合流したスパイダーマンを誘き出すことに成功した。

その事をアレクセイに報告した後に通信を切って確保に動いたようだった。

 

通信を切られたアレクセイはすぐさま薫達一行の捜索に出た指揮権を持つ真希に通信を送る。

 

駐車場からはかなり離れた山中の道路を走行するパジェロの後部座席に座る真希の携帯に連絡が入る。通信者の名前は登録してあるアレクセイ・シツェビッチと書いてある。

意味もなく連絡など寄越してくる相手ではないと知っているためすぐさま電話に出る。

 

「どうした?」

 

『あの投降してきた女、奴が逃げ出した。皐月隊員が応戦しているが他にも仲間がいるようだ。流石に二人以上は厳しい上に仮にどちらかが逃げて増援を送ってくるかもしれない。俺もライノで出撃した方がいいだろうか?』

 

「古波蔵が逃げた?分かった。ライノを着けて夜見の援護に回れ、シツェビッチ」

 

『Дах(ダー) 』

 

アレクセイからの報告を受けて、ライノを装備する許可を卸すと同時に指示を出して通信を切るとため息を溢す。先日から物事が思い通りに進まないストレスが彼女の心労がかさんでいた。

 

 

「はぁ・・・・怪しいとは思っていたがまさかな」

 

「いいのではありません?狐が尻尾を出してくれたのですから。いいえ、彼女は狸の方がお似合いかしら。それに」

 

「あぁ、二人の事だ。そう簡単に逃がしはしないだろう。だが、中々逃走中の奴等の影も掴めないな。まるで先回りされているような・・・・それにシツェビッチの話だと他の仲間もいるようだ。一体何をしたんだ・・・まさか蜘蛛男か」

 

エレンが潜入のために投降してきた上に逃走したとの報告を受けてエレンも逃走中の面々に協力している、ひいては舞草のメンバーであると確信は持てるが薫を含む逃走中の面々は影も掴めない状況を疑問視する。

そして、早急にエレンの手助けに入れたことも真希に違和感を与えていた。

すると真希の足元が視界に入った寿々花があることに気付く。

 

「ん?真希さん。靴に何かついてますわよ」

 

「なんだこれ?蜘蛛?いや、蜘蛛の形をした機械!まさかアイツ・・・・っ!」

 

寿々花が指摘すると、彼女の指差す方向に手で触れると冷たい機械のような無機質な感触を皮膚で感じ取る。

一瞬その固体が動いたが手で掴む方が早くされるがままに摘ままれる。

真希が摘まんだ物は無機質な感触に蜘蛛の造形を象った小型の機械のような物だった。真希の手から逃れようと手足を動かしているが背と腹を押さえられているため脱出出来ない。

 

この蜘蛛を機械を判断とした二人は分析を始める。

 

 

「もしかしたら昨日のうちに真希さんの靴にGPS付きの発信器を着けて我々の位置を特定し、駐車場の近くに潜んで緊急時に駆け付けられるようにしていたと言われても不思議ではありませんわね。彼女達が中々見つからないのはGPSで我々の位置を逆算して見つからないように先回りしている・・・と言った所でしょうかね」

 

 

「味な真似をしてくれるじゃないか。どこまでも僕たちをコケにしてくれるな奴は」

 

大体当たっている推測を寿々花が行うと両者の中で何故こうもスムーズに物事が思い通りに進まなかったのか、合点が着いた。

真希は苛ついたままGPSを摘まむ指に力を込めて握り潰す。これでお互い公平に泥臭く地道に捜索しなければならなくなる。

 

 

「しかし、これで確信が持てましたわね。こんな精巧な小型のGPS付きの精密機械。会場で見たときとは違う多機能のスーツ。スパイダーマンは舞草の重要な人物と既に接触・・・・いえ、ここからは私の憶測ですが更に強力な協力者がいるのかも知れませんわね」

 

 

「そうだな。それに、かなり距離が開いてしまったが引き返すぞ」

 

 

一本道であるため車でUターンするには時間がかかるが引き換えそうと一行は来た道を戻ることを決意する。

 

格納庫内では真希からライノを使用するよう指示されたアレクセイはS装備を装着する際のように待機状態になっているサイをモチーフにしたパワードスーツの胸部のコアに手をかざすと格納庫中が煙に包まれ一瞬のうちにパワードスーツがアレクセイの身体に装着される。

 

全身を覆うS装備のカラーリングの名残のある黒銀の鋼の装甲、サイを連想させる頭部の兜には眉間の部分に鋭利な角、蒼く光るツインアイ。そして装着者であるアレクセイの筋骨隆々の発達した肉体にベストマッチとも呼べるほど親和性のある姿はまるで鬼のようでもあり、アメリカのヒーローハルクにも通ずる姿をしているがその猛々しい見た目とは裏腹に『ライノ』は物静かに佇んでいる。

 

 

ライノは夜見の援護に回るために格納庫から出ようと出口の扉を開けようとするが何か外側から貼り付けられたように軽く力を入れただけでは動かないため、申し訳無いと内心では思いつつライノは右腕に力を込めるとスーツの下の上腕二頭筋が膨れ上がり、血管が青筋を立てそのまま拳を振りかぶって格納庫のドアを殴り付けると格納庫の扉がひしゃげながら吹き飛び格納庫の外にいたSTT隊員の真横を通りすぎて道路に激突する。

 

「すまない。開かなくなっていたから無理やり開けた」

 

鉄の扉が猛スピードで自身の顔面スレスレを飛んでいくという恐怖体験をしたSTT隊員は腰を抜かしてガタガタと眼前の光景に震えていたが、ライノが謝罪と共に手を差し出して握り返して来た隊員を立たせる。

 

救護テントの方を見ると昨夜の戦闘で消耗しているエレンは先に逃走するという選択肢を取ったため、山中の方向へ迅移で加速して行く姿が確認できる。

ライノはエレンの味方の内の一人が夜見と戦闘を行っていると判断し、このままエレンに逃げ切れられ増援を呼ばれる可能性を考慮して自身も行動を起こす。

 

「マズい!逃げられるぞ!」

 

「だったらこうすればいいだろう!」

 

 

ライノは先程まで自分が待機していた格納庫を片手で掴むとそのまま軽々と持ち上げる。人間が片手で持てるいいや、大の大人数人で持ち上がるであろう重さの鉄の格納庫を持ち上げる様に近くにいたSTT隊員全員が絶句しているのも気にせずライノはスポーツテストのハンドボール投げの要領でエレンが逃げた方向に目を向けて走る位置を予測して反動をつけるために数歩ステップしてそのまま・・・・・投げた。

 

格納庫が投げられた際の加速と共に宙を舞いながら山なりに飛んで行き、山中に入ったエレンが走っていく方へと向かっていき、そのまま重力落下に従い山中を走るエレンも現在は昼であるにもかかわらず突如周囲が暗くなる。それも自分の周りだけ暗くなることに違和感と何か嫌な感じを感じ取り横に転がって影から抜け出すと先程まで自分が走っていた位置に長方形の鉄の物体が降ってきて地面に激突し轟音と衝撃が響き渡り、数m程転がっていく。

 

「アウチ・・・振動波の次は何デスカ・・・?」

 

 

起き上がり、土が舞った際の砂埃が晴れると陥没した地面に衝撃で形が歪んだ鉄の塊が突き刺さっていたため、直撃はしていなかったであろうが威力の凄まじさに絶句していた。後数㎝ズレていたら危なかったため自身の幸運に感謝するエレン。

だが強い衝撃を身体に受けて動きが鈍くなってしまった。それでも重い身体に鞭を打ちながらよろめいたら後に覚束ない足で走り出す。

 

「管理局は戦闘用にゴリラでも飼ってるんデスカ!?」

 

救護テント内では突然の地響きと轟音がそこからしたため、夜見と戦闘していたスパイダーマンは驚きの声をあげる。

 

「何だ今の音!?」

 

「余所見をしている暇があるのですか?」

 

一瞬気を取られている内にスパイダーマン以外誰も見ていない事を知ってか夜見が自身の左腕に御刀で切り傷を作ると傷口から血液ではなく、黄色の眼に赤い瞳孔の目玉のような物が溢れ出てくると同時に赤黒い蝶の大群となってスパイダーマンの方へと向かってくる。この救護テントの狭い空間の中で物量で押してくる夜見、明らかに逃げ場が無いスパイダーマンは荒魂の大群を相手に隙を作らずに反撃するかを考えた結果、ウェブシューターのモードを再選択する。

 

「へえーその手品のタネってリスカで呼び出すんだ!でもやっぱ痛いのはごめんだからマスターするのはやめとくよ!」

 

ウェブシューターのモードをショックブラスターに設定して衝撃波を荒魂の大群に向けて放つと大群を倒すことは出来ないが衝撃で数が分散する。

大群が衝撃を緩和してくれていたとは言え多少なりとも衝撃によりのけ反った夜見の手元にクモ糸を飛ばして御刀を持つ手に当ててそのまま取り上げて引き寄せようとするも夜見が出した大群が再度陣形を整えてスパイダーマンの方へ攻撃をしかけ始め、スパイダーマンはそれらを振り払うために動きを止められてしまっている。

 

「いだっ!ちょっ、集団リンチ反対!」

 

 

一方駐車場ではその様子を唖然としていたSTT隊員が口を開けて震えた声で話し始める。

 

「なんつー馬鹿力だよお前・・・」

 

「この手に限る。だが、当たってはいない。時間が稼げれば充分だ。皐月隊員、ライノは足が遅い。速度で言えば貴女の方が上だ。逃げた女の方を追いかけてくれ」

 

「分かりました」

 

 

STT隊員を後にして、救護テントにいる夜見に声をかけるライノ。

ライノに言われたことも一理あるため迅移で加速してエレンを追えるだけでなく、身体から荒魂を出して索敵も可能な夜見が駐車場に留まっている理由はない。

そう判断した夜見は御刀についた糸を引き剥がして迅移で加速してエレンを追跡する。

スパイダーマンは小型荒魂の大群に苦戦していたが何とか薙ぎ払うことに成功するが夜見には逃げられてしまう。

すると同時にスパイダーセンスが何かを感じ取ると正面のテントの手口の方向から地響きを立てながら突進してくるかのような音が聞こえてくる。

 

「あ、やっば」

 

猛烈に嫌な予感を感じるスパイダーマンであるが時既に遅し。重い重量の巨体がテントに激突し、救護テントをひっくり返しながら後方へとを押し飛ばす。

スパイダーマンも吹き飛ばされながらその追突した正体であるサイの意匠を模したパワードスーツの姿を目の当たりにする。

無慈悲に弾き飛ばされた救護テントの残骸はは土手を転がり落ちていく。

 

「なんて無茶苦茶なパワーだコイツ!」

 

『後方は土手です。パラシュートを再装備していないので、落下して地面に落ちた場合、人間ならほぼ死ぬでしょう』

 

「冷静な解説どーも!」

 

空中に撥ね飛ばされながら近くにあったパジェロに向けてクモ糸を飛ばして、糸が車に吸着した後に車の上に着地することに成功する。

スパイダーマンの視界にいる、救護テントごと自分を撥ね飛ばした正体。偵察ドローンで存在は認知していたが破壊する暇が無かった上に、荒魂を引っ張れる程強度が強いクモ糸が貼り付いて簡単にはとれなくなっている筈の格納庫の扉から容易に脱出できていることに驚いた。

見渡すとライノが収容されていた格納庫が無くなっている。記憶の中にある格納庫の大きさの質量から察するに先程の地響きはライノが格納庫をエレンが逃げた方向に投げ飛ばした事を察することができ、引っ張り強度が強くなったクモ糸が貼り付いた鉄の扉をこじ開けられたととしても不思議では無かった。

 

「怪我をさせたくない。大人しく投降しろ」

 

「おっと、さっきのゴリラパワー全開な戦いっぷり見せられてそんなこと言われても説得力無いよマッチョメン」

 

「「「確かに・・・」」」

 

 

ライノが先程鬼神の如き怪力を披露した後だというのに急に穏やかな口調でスパイダーマンに語りかけてくる。

しかし、今スパイダーマンは捕まる訳にもいかずいつもの軽口でおちょくりながら隙を伺うとSTT隊員も軽く同意している。

 

「なら、仕方ない。実力行使だ。骨折は覚悟してもらう」

 

 

「君が言うと完全に粉砕の方だよね!?」

 

再度スパイダーマンに向けて地面を蹴り、体当たりをしかけてくるライノ。スピードは巨体にしては速いがかわせない速さでは無いため、パジェロの屋根から飛んで電灯に飛び移って回避してカウンターを狙おうとするとスパイダーセンスが発動する。

見渡すと残っていたSTT隊員複数人がこちらに銃を構えて引き金に手をかけていたのであった。

 

スパイダーマンはライノからの突進攻撃を回避しつつ、まだ回収していなかった待機中の偵察ドローンに指示を出す。

 

「ドローンちゃん!そっちの方よろしく!」

 

スパイダーマンが指示を出すと車の影に隠れていた偵察ドローンが飛行しながら銃を構えるSTT隊員に接近して口の部分からクモ糸を発射してSTT隊員の銃口に貼り付けて発射口を塞ぎ、STT隊員の身体をクモ糸で拘束する。

 

「うおっ!なんだこれ!」

 

「動けねえ!」

 

 

拘束されたSTT隊員とは反対方向のSTT隊員に向けて空中を移動しながらHUDに接続してウェブグレネードを通り様にノールックで投げつける。

 

「なんだこんなもん!マッハで蜂の巣にしてやんよ!」

 

「あっ、それやめといた方がいいよ」

 

スパイダーマンの静止を無視して投げ付けられたウェブグレネードに向けて発砲するSTT隊員。的確にこちらに飛んでくるウェブグレネードに命中させるものの弾が命中した途端に容器につまっていたクモ糸が衝撃により炸裂して、周囲にいたSTT隊員を拘束する。

その様子を電灯に飛び移ったスパイダーマンは呆れながら人指し指を立てて左右に振る。

 

「人の話を聞かないのは君達管理局の悪い癖だゾ!ま、言うの遅かったけど!」

 

駐車場に残っていたSTT隊員を拘束して今この場で戦闘が可能なのは互いに対面しているライノとスパイダーマンだけとなる。

 

スパイダーマンが投降する意思が無く、抵抗することを理解したライノは拳を地面に突き刺すとそのまま持ち上げて地面を引き剥がして地中の石やコンクリートの塊を持上げてスパイダーマンが引っ付いている電灯に向けて投げ付けてくる。

 

「あっぶね!」

 

スパイダーセンスが反応して飛んでくる塊を飛んで回避するが、その塊が電灯に直撃し、ひしゃげて形が歪む。更に二段構え、今度は間髪入れずに駐車場に駐車してあるパジェロをスパイダーマンが逃げた方向に円盤投げのように軽々と投げ付けて来る。

回避したばかりでどこかにクモ糸を飛ばして移動する余裕は無いため、すぐさまHUDに接続してウェブシューターのモードをショックブラスターに切り換える。

ショックブラスターの出力を高めて自身もその反動で移動できる威力の衝撃波を放ち、その反動を利用して回避するがライノが既に全速力で突進をしかけて来ていた。

 

 

「ぐっ!」

 

回避仕切れずに体当たりを受けて山中の方まで吹き飛ばされ、木々に激突し、薙ぎ倒しながら吹き飛ばされ徐々に勢いが無くなった後に最後に木に激突する。

 

体当たりを受けた際のダメージは昨夜のショッカーの振動波を纏った一振りにも匹敵するものであった。

一応先程の一撃を咄嗟にガード出来たため、思ったよりはダメージは無いが軽く吐血して口の中に鉄の味が広がる。

それに激突される前に肩の部分に蹴りを入れたが凹む位で大したダメージを与えられていない。

その耐久力の高さにも驚きを隠せないスパイダーマン。

 

ライノがスパイダーマンを遠くに吹き飛ばした理由は自身の完全に破壊に向いているスーツではSTT隊員を巻き込む可能性が充分にあったためスパイダーマンを山中まで吹き飛ばして距離を空けさせた。

 

「やはり稼働時間は短いな。早めにケリをつける」

 

ライノの稼働時間は他のパワードスーツよりも短い。そのために直ぐ様ケリを付けるために山中の方へと走っていく。

 

場面は変わって山中

 

夜見に追いつかれたエレンは昨夜の戦闘での消耗と、先程ライノが投げ付けて来た格納庫が地面に激突した際の衝撃もあって疲弊しつつも応戦していたがノロのアンプルの投与により、身体能力を強化し、右目の辺りから黒い角のような物まで生え始めた夜見に押されて行き、ついには写シも張れなくなってしまう。

肩で息を切らしながら木にもたれかかるエレンに容赦なくトドメの一撃を与えようと降り下ろし、エレンも覚悟するが金属同士がぶつかる音が眼前でなっただけで自分の身体を切り刻む様子が無いことに違和感を覚え目を開けるとそこには、二人の増援に駆けつけた薫が身の丈に合わぬ大太刀の祢々切丸で防いでいたからだ。

 

「薫!」

 

「ね!」

 

「オラァ!」

 

力任せにそのまま前の方に押し返すと夜見もバックステップで後方へ飛ぶ。

後方のエレンに向けて無事を確認する。

 

「生きてるなエレン、つーかスパイダーマンはどうした?」

 

「スパイディは今別の相手と戦ってるみたいデス」

 

「マジかよ。まぁ取り敢えず無事みたいだな、じゃあ金剛身」

 

「ほへ?」

 

「ホームラン!」

 

すっとんきょうな声を上げた途端に言われた通り金剛身を発動すると薫が峰の部分で横薙ぎに祢々切丸を振ってエレンを飛ばす。これも距離を取らせて彼女を戦闘から離脱させるためだ。

 

「ちょっ、このバカあああああ!ぐふっ」

 

突然飛ばされたことにより、不満をぶちまけながら後方へと飛ばされて行くエレンを同じく増援に駆けつけた可奈美が滑り込んでキャッチする。

 

「大丈夫?」

 

「何でこんな所にいるんデスカ?」

 

「ひよよんもいるよ!ほら」

 

本来ならば既に石廊崎に到着していた筈の面々がここに揃って自分達の増援に来たことに疑問を持ち、問いかけると正面に立って姫和が夜見と対峙している。

 

「変な勘違いをするなよ。私は、私が戦うべき相手を見極めるために来ただけだっ!」

 

「本当に親衛隊の人が荒魂を・・・」

 

(これが・・手紙に書いてあった人体実験・・人とはこれ程までにおぞましくなれるものなのか・・っ!)

 

ぶっきらぼうに否定しつつも場にいる全員が夜見の今の異形となりかけつつも、周囲に小型荒魂の大群を従わせている姿に驚愕している。

統制の取れた動きをしながらこちらに向かってくる小型の大群を見て後ろを軽く振り向いて姫和が可奈美に指示を出す。

 

「可奈美!その金髪を安全な所まで連れていけ!その後はスパイダーマンの助けに入ってやれ!私はここでこのちんちくりんとコイツを止める!」

 

「了解!行くよ!」

 

可奈美はエレンに肩を貸し、走り出す。

しばらく走っていると突如別の方向から木々が奈木倒されながら轟音と地響きをあげて何かがこちらに迫ってくるのが分かる。

するとリュックを背負った顔が赤のマスクに白い眼の中学生位の身長の人物が何かから逃げるように木の天辺に向けて手首から糸を出して移動し、上空高く舞い上がった後に可奈美とエレン、そして少し離れた所に小型荒魂を従わせた夜見とそれと対峙する薫と姫和。

全員の姿が見えるとその人物は相当慌てているように話しかけてくる。

 

 

「ごめんちょっと!愉快な仲間を連れて来ちゃった!」

 

「そ、スパイダーマン!?」

 

「スパイディ!・・・・愉快な仲間って超絶嫌な予感しかしないんデスガ・・・」

 

「全員に告ぐ!森林で非常事態だ!容疑者は男性2m位のサイのアーマー、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ!」

 

 

 

スパイダーマンが事態をジョークを交えて説明すると同時に森林で木々を薙ぎ倒しながら突進し、飛び上がるとその姿を露にし、地面に着地すると地震でも起きたかのような衝撃と地響きが山中に響き渡り、全員がその方向を振り返る。

全身を包む黒銀の鋼の鎧に身を包み、蒼のツインアイ。

全身防備のスーツの上からでも分かる程隆起した筋肉が特徴の大男。その勇猛なる姿とは裏腹に物静かな佇まいをする新装備の適合者、ライノがスパイダーマンを追ってここまでやって来たのだ。

先程接近戦を試みてもスパイダーマンも力負けする程の怪力であり、打撃を入れても軽く凹む程度でしかなく正攻法での突破は難しいと思ったため、これだけ強大な力を持っているパワードスーツがS装備をベースに作成されているのであれば稼働時間は短いと判断して、命がけのチキンレースをして時間切れを狙ったのだがしつこくつけ回されてしまっていたのであった。

 

「これのどこが愉快な仲間だっ!」

 

「でも地味にゴツくてかっけえな」

 

「ねね!」

 

 

「すまない皐月隊員。この坊主が思いの外逃げ足が速くて手こずっていた。だが、連中が1ヶ所に集まっているとも言えるな」

 

「はい、シツェビッチさん。貴方と私でここで一気に勝負を決めましょう。短期決戦です」

 

「Дах(ダー)」

 

ライノは夜見が視界に入ると話しかけ始める。

夜見はライノの稼働時間がお世辞にも長いとは言えないため、一気にケリを着けるために一度御刀を地面に突き刺し、両ポケットから指の間に挟める限界の数、片手に4本ずつ計8本を取り出し、首筋に打ち込む。

 

一瞬苦悶に満ちた様子を見せるが右目の側の角のようになっていた部分が開き、そこが黄色の眼に紅の瞳孔をした眼となる。

 

スパイダーマンはいつも感じている荒魂の反応とは違う、強力な反応をスパイダーセンスで検知して全員に声をかける。

 

「ヤバイぞ!この気配尋常じゃない!」

 

すると周囲に赤黒い煙のようなものを纏いながら生気の無い、動く屍のような動きで逃亡者一向に歩み寄ってくる。

 

ライノは夜見が何をしたのか全く知らないが、様子がいきなりおかしくなっているのを見て心配して声をかける。

 

「おい、皐月隊員・・・大丈夫か?」

 

「問題・・・ありません・・・。行きましょう・・」

 

夜見はそうは言っているがこれも任務の為の秘策なのだろうと思うようにし、ライノも子供が相手だとは言え、何か事情があったのだとしてもターゲットはターゲット。何としても捕まえるのが自分の仕事だ。

そう言い聞かせてライノと夜見は同時に逃亡者一向に襲いかかる。

 




RE:EDIT1/6のアイアン・スパイダーのフィギュアかっけえなと思い値段を見たらヤバくて卒倒しました。


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第28話 チャージ

若干皆パワーゲーム気味になりすぎたかね・・。


昨夜でのショッカーとの戦闘での疲労が蓄積し、夜見にもダメージを与えられたため消耗により写シも張れず戦闘の続行がほぼ不可能なエレンを可奈美は急いで木陰に隠し、エレンももう既に自身は戦闘続行できる状態ではないことを察してか力なく肩で息を切らしながら無念そうに木にもたれ掛かっている。実質戦線離脱に近いだろう。

 

前方から攻めてくる夜見を姫和と薫が相対し、後方から来るライノをスパイダーマンと可奈美が対処する。

 

 

「やべー感じしかしねーぞおい・・・っ!」

 

「お前達は後ろのデカブツを!」

 

前方では虚ろな眼をしつつもその中に闘志が宿る瞳をしている夜見の奮う剣戟のその力強さに弾かれ、叩き伏せされ、そして押されながらも交互に攻めることで一進一退の攻防を薫と姫和は繰り返している。

 

「「了解!」」

 

後方ではライノは一瞬エレンがもたれ掛かっている木の方を見ると戦闘不能のエレンを巻き込まないように周囲の物を投げ付ける戦法は避け、すぐに正面にいる可奈美とスパイダーマンの方を向いき地面を蹴り上げ、肩を前に突き出して全パワーを肩に集中させたショルダータックルを仕掛けて来る。

巨体とパワードスーツの重さの割にはかなり速いが避けられない速度では無いため可奈美とスパイダーマンは左右に飛んで回避する。

 

「最初に言っとくけどこいつのタックルめちゃくちゃ痛いから気をつけて!生身で受けたらミンチだ!」

 

「それ痛いってレベルじゃないよね!」

 

回避する際にスパイダーマンは違和感を感じていた。

何故先程の駐車場での戦闘のように森中に生い茂っている木や地面を引っこ抜いて投げつけて来ないのか。

直撃すれば大ダメージを受けるのは確実な一撃だが避けられなくはない速度で突進をするメリットが理解できなかった。

 

 

「せいやっ!」

 

回避と同時に可奈美が千鳥を横一閃に八幡力を込めて右肩の部分に振るうが装甲があまりにも硬く、直撃しても分厚い装甲に遮られて途中で止まってしまう。

 

「うっそ!?」

 

更に千鳥を挟むその鋼の装甲の壁にガッチリとハマってしまい、千鳥が簡単に引っこ抜けなくなってしまう。

そうしている間にライノは巨大な左手を伸ばして千鳥をデコピンで弾いて遠くに飛ばし千鳥が地面に刺さり、そして御刀が身体から離れた可奈美の首を掴む。

 

「うっ!」

 

「すまない。なるべく早く済ませる」

 

 

ライノは首をつかんだまま可奈美の身体を持ちあげ、首が折れない程度に力加減をしながら首を締め上げて意識を落とそうとしてくる。

首が折れない程度の力ではあるが完全に首に入っている

上にライノの怪力からはそう簡単には抜け出せず気管が圧迫され、呼吸困難に陥り意識が朦朧とし始める。

 

その矢先にスパイダーマンが手を左右に構えて眼前から数M先の木々に当てる。

そして、身体を後ろの方へと力を入れて踏ん張り糸の引っ張り強度が強くなり地面を蹴ると飛び出したパチンコ弾のように一直線にライノの背中に向けて飛び付く。

 

「やめろ!」

 

 

ライノの背中に飛び付いて肩まで登り、肩の上に乗っかり、可奈美の首を絞めている指に向けて、ウェブシューターのモードのひとつ、糸が二方向に裂けるウェブであるスプリットを選択して連続で指に向けて放って全力で自分の方へと身体を仰け反らせながら強く引っ張る。

 

「ゴホッ、ゴホッ・・・っ!」

 

指が肩の上に、手から見れば後方にいるスパイダーマンの方向へ引っ張られたことにより指が可奈美の首から離れて可奈美を手離させることに成功する。

ライノの締め上げる指圧の圧迫から解放され、喉を抑えて咳き込みながら千鳥を地面から引き抜く。

 

「くらえ!新必殺見様見真似首四の字固め!」

 

スパイダーマンは飛びついた後にライノの背中にウェブグレネードを残りの全て、残り数8個を貼り付けており、その後、エレンに入団テストの際にされたように見様見真似で脚をライノの首に掛けて首四の字固めを決めて脚でライノの首を締めながらライノのスーツの兜の蒼い眼の部分にクモ糸を当てて視界を封じ、ライノの頭部を叩くように数回殴るがやはり兜が凹む程度だ。

 

直後にスパイダーセンスが発動して、ライノが手を上に向けようとしている様を見て、スパイダーマンを引き剥がそうとして手を頭に向けて振るい始めると判断し急いで飛び下りて地面に着地し、飛び下りた際にライノの手にウェブのモードの1つ、トリップマインを貼り付け狙いは地面をロックオンする。

直後にトリップマインが発動してライノの腕と地面をクモ糸が繋いで動きを封じるがライノなら地面ごと引き剥がして来るのは想像に難くないため、直ぐ様攻撃に転じる。

 

飛び降りると可奈美が隣に並び立ちスパイダーマンはライノの腹部に蹴りを、可奈美は自身が出せる八幡力を最大限発動させて斬り付ける。

しかし、やはり切断には至らなかったが強い衝撃で相手を後方へ押し飛ばすことは可能でありライノを大きく仰け反らせることに成功するとライノは後方の木々に衝突し、貼り付けていた全てのウェブグレネードが作動する。

球状の容器が炸裂して、中から大量のクモ糸が四方八方に拡散される。今回は残っていたウェブグレネード全てを使用したため、後方の木々や地面に背中から出たクモ糸が幅広くビッシリと貼り付いている。

いくらライノが計算上大型のムカデ型荒魂を撥ね飛ばせる怪力であろうと簡単には抜け出せ無いだろうとスパイダーマンは推測していると思った通り、徐々に破ろうとしているが薫と姫和に加勢する時間は稼げると判断した。

 

「あんたはそこでお留守番だ、OK?」

 

「ぐっ・・・!」

 

すると後方では先程まではライノの呼びかけに応えられる程度の意識があったものの今は既に意識が無い、目に映る者全てを敵と判断し破壊し尽くす鬼と化した夜見が写シすら張らず、生身のまま御刀を振るう剣戟に薫が弾き飛ばされ地面を転がり、姫和は得意の速さを活かした高速戦闘のパリィで翻弄しながら応戦していたが鍔迫り合いの際に力負けしてそのまま叩き伏せされてしまう。

やはり腕力はアンプルを大量に接種した夜見の腕力は通常よりも格段に底上げされているためかまともな斬り合いではこちらが部が悪い。

 

「こっちだよ!今度は私たちが相手になる!」

 

「つってもコイツ、今ハルクみたいな怪力になってるだろうから無刀取りは難しいかも・・っ!」

 

 

地面に伏している姫和と薫から注意を逸らさせる為に二人は大きめの声をあげながら夜見の気を引く。

可奈美は八相の構え、スパイダーマンは腰を低く落として脚を広げ、指をウェブシューターのスイッチにかけながら夜見へと相対する。

 

二人の声が耳に入り、視界に捉えると獲物の標的を二人に変えて襲いかかってくる。

 

スパイダーマンは本来ならウェブグレネードを使いたかった所だが先程ライノを拘束する際に使い切ってしまったため、正面から勝負に出ることにした。

 

先程薫と姫和と戦闘をしていた際に左手を斬って傷口から荒魂を飛ばす戦法を取っていなかったため思考力が失われているように見えるが周囲に荒魂を纏いながら我武者羅に突っ込んでくる。

 

スパイダーマンは夜見の足元にクモ糸を飛ばして靴と地面を接着させるが少し怯むだけで勢いのまま脚力で引き剥がして尚も突進してくる。

予想に反して纏わりついていた蝶の小型荒魂の群れが遠距離攻撃が可能なスパイダーマンを押さえるべく襲いかかる。

 

「この技嫌い!」

 

それを手と蹴りで払っていくが動きを阻害され、つくづくこの攻撃をされるのは苦手だと実感する。

 

それに応じて接近した可奈美が夜見の剣戟を多少押されながらも生身の相手を斬らないように細心の注意を払いながら的確に捌き、一進一退の攻防を繰り広げる。

 

「あっやばっ」

 

可奈美を力任せに後方に押し飛ばし、夜見から撒き散らされた液状のノロの残滓に足を滑らせ尻餅をついた際に追撃しようと千鳥を持っている右手の手首を足で踏んで抵抗出来なくし、御刀を降り下ろそうとしている。

 

「斬れ可奈美!そいつはもう人じゃない!お前が死ぬぞ!」

 

「皐月隊員・・・何がどうなっているんだ・・?」

 

姫和は今の夜見は完全に人としての自我を失って暴走し、目に映る者全てを破壊する鬼と化している夜見を斬らなければ可奈美は斬り殺されると警告する。

ライノは姫和の発言がどういうことなのか理解できず置いてきぼりになり、夜見の尋常ではない様子に困惑している。

その叫びも虚しく手を完全に封じられていて抵抗しようにも夜見の力を振り払うことはできない。

 

直後にスパイダーマンが夜見の御刀を持っている方の手である右腕に向けて右手の掌のウェブシューターのスイッチを押してクモ糸を飛ばして夜見の右手の甲の辺りに当てる。

 

「取った!うおらっ!」

 

「・・・・・・・・っ!」

 

スパイダーマンがそのまま地面に向けて思いきり引き倒して姿勢を崩させようとするが夜見は少女の身体からは想像も着かない程の怪力で抵抗し、地面へ糸を引っ張る力に抗っている。

直後に夜見の方が腕を振り回すとスパイダーマンの身体が持ち上がり、宙に浮きスポーツの応援でタオルを振り回すように軽々と振り回され地面に何度も叩き付けられる。

 

 

「ちょっ!何このゴリラパワー!君たちって女ハルクだったの!?ヴぇっ!」

 

クモ糸を掴まれ、腕を振り回す夜見に地面に叩き付けられながらも軽口は忘れないスパイダーマン。

最後に1回転の後に木に叩き付けられ、背中から木に直撃して地面に顔面から落下する。

 

「ぐあっ!乗り心地最悪のメリーゴーランドだ・・・っ!可奈美!」

 

まだ、クモ糸はスパイダーマンと夜見を繋げているが夜見はスパイダーマンより前に足元の可奈美から始末しようと今度こそ御刀を降り下ろそうとしている。

クモ糸を飛ばしていたとしても暴走している夜見の怪力には簡単に破られる上に恐らく意識を失うか目に映る敵全てを排除するまで止まらないだろう。ならば、意識を奪って気絶させるしかない。

それにウェブシューターでクモ糸を飛ばしていたら夜見が水神切兼光を可奈美に押し込む速さの方が速いだろう。

このままだと可奈美が殺される。スパイダーマンはまだ自身と夜見を繋げている物、夜見の手に着いている自身のウェブシューターから出ているクモ糸を出している方の手のウェブシューターのスイッチをいじる。

 

 

「やるっきゃ無いのかよっ!カレン、人間が気絶する位に調整よろしく!」

 

『了解、出力を調整します』

 

「電気ショックウェブ!ぐううっ!」

 

スパイダーマンの掛け声と共にスパイダーマンのウェブシューターから出ているクモ糸から蒼白い電流が夜見に向けて流れる。

相手を殺さず、可奈美も殺させない為に取れる最善の手段は今は写シを張っていない生身の夜見になら通用するであろう電気ショックウェブを選択した。

 

「ぐう・・・・・・・・っ!」

 

右手の甲に貼り付いたクモ糸を伝って皮膚の下にある神経に直接電気が流れる。神経に電気が流れると、神経網を伝って電気ショックは瞬時に全身に及ぶ。

夜見は今全身を伝う電気ショックにより、 人体には安全な範囲であるが身体が痺れ始めて意識が遠のき始める。

もがいている際に踏んでいた可奈美の手から足を放してよろめき、意識が遠のいたことにより身体が過剰に投与したノロに耐えられなくなり身体から紅黒い炎のように液体を撒き散らしながら気絶して崩れる。

 

「なんだ、この感じ・・・・」

 

ウェブグレネードの拘束から脱出したライノ、斬り伏せられて倒れてい面々はその炎のように広がるノロに呆気に取られてしまっていた。

 

特に事情を知らないライノは今眼の前で起きている事が信じられないかのようにただ立ち尽くしてしまっていた。

無理もない。人間の身体から発火したかのような熱を出し、大量のノロを周囲に撒き散らしたのだから。詳しい事情はよく知らないがただ事では無いことは理解できる。

 

そして寸での所で可奈美が夜見の身体を抱き止めて支える。気絶して意識を失ってはいるがまだ呼吸があり心音も聞こえる。夜見の生存を確認して可奈美は安堵する。

 

「良かった・・・・生きてるよ」

 

「多分、ノロと荒魂の力のバランスが取れなくなったんデスネ。人の身体にノロを入れるなんて無茶にも程がありマス」

 

「荒魂をあんな風に使うからだ」

 

「ね!」

 

戦闘不能で隠れていたエレンが木にもたれ掛かりながら推測をし、薫がぶっきらぼうに言い切るとねねも同調している。

 

しかし、約1名本気で困惑している者がいた。

 

(じゃあ、僕は何で平気なんだ・・・?彼女は何回もアンプル投与してたけど僕は研究所で1回噛まれて身体が変化して以降はずっと安定してる・・・何でなんだ・・・)

 

スパイダーマンは疑念を持ちながらも今はそんなことを皆の前で言う訳にも行かずマスクの下で唇を噛んで歯痒い気持ちになりながら俯いていた。

 

しかし、その様な猶予も許さず背後からスパイダーセンスを感じ取り、バク転で後方に飛んで回避する。

 

「しまった忘れてた!」

 

呆気に取られている隙を狙ってライノが拳をスパイダーマンの背中に向けて振るって来たのであった。

スパイダーマンが回避するとライノの拳は空を切り、先程までスパイダーマンが立っていた位置を通過する。

ライノの巨体が歩く音に全員が反応し、その方向を振り返る。暴走した夜見に気を取られていて拘束していたライノにまで注意が行き届いていなかったため、全員が「しまった」と思い構える。

可奈美は夜見を木にもたれかけてかられてゆっくりと寝かせる。一方薫はねねにエレンを避難させるように指示を出し、ライノに向かって斬りかかっていく。

 

「おい、もうよせ。この人数相手にやる気かよっ!」

 

「悪いが君達を捕まえるのが俺の仕事だ。ライノが、手と足がまだ動くのなら仮に君達全員は仕止め切れなくとも隊長達が来るまでの時間は稼ぐ。後続の為に考えて動くのは当たり前だろう?」

 

「そのクソ真面目っぷりをもっとマトモな事に使えなかったのかよ!」

 

大柄なライノとは対極の小柄な薫がライノの前に立ち塞がり、大太刀である祢々切丸を振り回しながら数が勝るこちらが有利であるため無益な戦いを避けるために戦闘を続行する意思があるライノを威嚇する。

ライノは逸らさずに薫の眼を見ながら振り回される祢々切丸を拳による打撃と足の蹴りで防ぎ、最後に回し蹴りで蹴り飛ばしながら淡々と自身の考えを話す。

 

「そう・・・・出来たら良かったんだろうがな・・・」

 

「どういう事だ!?」

 

「君達の事情を俺が知っても罪を軽く出来る訳でもなくどうにもならないように、俺の事情を無関係な君たちが知ってもどうしようも無いし無意味なことだ。俺達は敵同士だからな。それに」

 

ライノは本心ではないが互いに捕まえる、逃げる、抵抗する間柄である以上事情はあるのかも知れないが知ったとしてもどうにもならないことは世の中にはたくさんある。彼等が標的であり、捕まえるのが自分の仕事であるのなら無用な感情は捨てて取り組めばいい。そう割り切ってライノは任務に臨んでいる。

可奈美と姫和が左右からの挟撃をライノは身体を1回転させて攻撃を行われる前に腕を振るって弾き飛ばす、森林の中へと二人は飛ばされていく。

 

「おめおめと逃げ帰って皐月隊員の決死の覚悟を無駄には出来んっ!」

 

「うあっ!」

 

「何て怪力っ!」

 

「でもその割には僕らの事殺す気無いよね!」

 

「捕獲が命令で抹殺は命じられていないからだ」

 

スパイダーマンはライノが駐車場での戦闘した時のように木等の障害物を投げ付ければ少しでも楽に立ち回れるのに接近戦ばかりをし、殺意が感じられないことを問うとライノはまたしても淡々と返す。

障害物を投げ付けないのは投げ付けた障害物が蓄積されたダメージにより戦闘不能で避ける術が少ないエレンを巻き込まないようにしているのだが、最大の理由は戦闘不能な相手を無慈悲に追撃しなくとも捕まえられると考えているからというのもあるが。

 

ライノの拳をジャンプで回避した矢先にライノの顔にクモ糸を当てて視界を封じ、視界が封じられている内に正面に立って腹や胸部を蹴りとパンチで殴打する。

かなり全力で殴っているがライノの硬い装甲の前では拳の形に凹み、身体を軽く後ろへ仰け反らせる程度で本体へのタメージは徐々には与えられているが決して大きくはない。

 

「キエエエエっ!」

 

そして、後ろから薫が斬りかかるとまるで見えているかのように後ろ足を薫のいる方向を見ずに素早く突き出してくる。

 

「なっ!?うおっ!」

 

視界が封じられている筈なのに分かっているかのように的確に蹴りを打ち込まれたことに驚いたが咄嗟にガードして、ダメージを軽減するがライノの力強い蹴りの前では軽々しく蹴り飛ばされる。

 

そして、視界が封じられているにも関わらず眼前のスパイダーマンに目掛けて我武者羅にではなく回避しなければ確実に当たるような鋭い拳を連続で的確に放ってくる。

 

「分かったぞ、見てるんじゃ無くて聞いてるんだな!サイって確か視界が狭い変わりに聴覚が発達してるって話を聞いたことがある。もしそれをスーツに取り入れてるなら仮に視界を封じられても音で相手の位置が分かるように集音性を高くして心音や呼吸音、声を拾って僕らの位置を逆算してるんだな!」

 

「正解だ。例え視界を封じられてもある程度は音で君達の位置が分かる」

 

スパイダーマンが推測を語るとまたしても見えているかのようにスパイダーマンに向けて拳を放ち、地面を強く踏みつけた際の脚震でスパイダーマンを吹き飛ばし、顔に付着したクモ糸を剥がしながら種明かしをする。

 

吹き飛ばれていた全員が各々集まって円陣を組んで互いの背中を守るように1ヶ所に固まり、状況分析を始める。

 

「どうしよう?S装備がベースだから逃げ回って時間切れを待つのがいいんじゃないかな・・・?」

 

「多分無理だと思う。音で私たちの位置が分かるなら追ってこれるだろうし、木とかを投げ付けたりとかでわざと逃げ回らせて親衛隊の人達の方へと誘導させられて挟み撃ちにされると思う。それに直感だけど・・・時間切れを狙ってたら全員倒されるか親衛隊の人達と合流される気がする」

 

「確かに渡された機械から親衛隊の奴等の反応が消えた。位置を読んでたのはバレてるだろうよ」

 

 

「じゃあどうするんデス!?」

 

スパイダーマンがS装備をベースにし、更にパワーを格段に強化しているのなら稼働時間は長くはない。バラバラに逃げ回って時間切れを狙う事を提案するが直後に昨夜に夜見の操る荒魂の大群により真希と寿々花が待機している位置まで追い込まれた事を参考にし、逃げ回ったとしても誘い込まれる可能性を考慮し、逃げるという選択肢もベターではないことを説明する。

戦闘不能のエレンが言葉を挟むと薫が祢々切丸を肩に担ぎながら当然のようにサラっと返す。

 

「あ?簡単だよ。思いっきりぶっ叩いてここでぶっ壊せばいんだよ」

 

「ねね!」

 

「初めて意見が合ったなチンチクリン、その方が手っ取り早い。賛成だ」

 

薫がこの場でライノを全員で攻撃して装備を破壊するという提案をすると真っ先に隣にいた意見が同じなのか、性に合うのか姫和が賛同し、ねねが「そうだ!」とでも言わんばかりに右手を上に上げる。

意見が合ったのが少し嬉しいのか姫和と薫は視線を合わせると息ピッタリに肘を水平に曲げて互いの肘と肘をコツンとぶつける。

 

「いやでもちょと君達何でも力で解決するのは・・・」

 

「でも、このままズルズル行くよりいいよ。私もこの場で倒すのが合理的だと思う」

 

「はぁ・・・しゃーない。たまにはパワーゲームで行くかっ!でも正攻法じゃ僕らの攻撃は簡単には通らない。何か弱点を見つけないとっ!カレン、あいつのスーツを解析して!」

 

『解析を開始、頭部から全身に至るまで分厚い装甲で守られているため、数十t以上の打撃を与えなければ装甲を破ることは不可能でしょう。しかし、S装備がベースであるため胸部にあるコア。あの部分から全身に流れるエネルギーによりスーツパワーを引き出しています』

 

三人の提案に乗ったスパイダーマンがカレンに解析を命じると即座にスーツの解析を行う。解析の結果によると先程スパイダーマンが何度殴打しても凹む程度で可奈美の八幡力の怪力でも切断は不可能であったため相当頑丈であることは理解できる。

 

「なるほど、ってことはあのコアを破壊できればスーツの機能を停止させられるかもって事か」

 

『恐らくはそうでしょう。しかし、貴方が胸部を殴打しても大したダメージが無いことを鑑みるにあのコアそのものにもかなりの衝撃を与えなければ破壊は不可能でしょう。そして、狙いがコアに集中すればそれだけこちらの手の内を読まれることになります』

 

「つまり、一番火力ゴリラな人がアイツのコアを破壊すればいいってこと?」

 

「おい、ゴリラ言われてるぞ奈良盆地」

 

「どう見てもお前のことだチビ!刻むぞ!」

 

『はい、その通りです。しかし、先程も申した通りチャンスは数回も無いでしょう』

 

全員がカレンの解説を聞いて出した結論。それは、最も火力の高い者がライノのコアを攻撃し、残りの者達はライノの封じてその高火力の者が一撃を打ち込めるようにチャンスを作るということだ。

ライノは構えを解かずにこちらの出方を伺いながら臨戦態勢に入っている。

 

「よし、皆死ぬ気でアイツを押さえるよ!」

 

「誰も死なせない、そして・・・・勝つ!」

 

「私は・・・こんなところで終われないっ!」

 

スパイダーマン、可奈美、姫和がライノを押さえる役割を担うことになり3人は並んで前に出て可奈美と姫和は自身の御刀を正眼に構える。

そして、その後ろで最も攻撃力が高く、ライノのコアを狙う役割を狙う薫が祢々切丸を肩に担いでいるがやはり気だるそうにしている。

スパイダーマンは薫の方を向いて被っているマスクのシャッターが動きながらウインクする。

 

「頼むぜヒーロー!ここで決めたら超カッコいいぜ!」

 

「しくじるなよ」

 

「お願いね、薫ちゃん!」

 

「・・・・・ったく、こんなメンドクセー役割柄じゃないんだけどな。けど、ここで逆境をぶっ壊して皆の期待に応えんのがヒーローってもんだよなぁっ!」

 

自身を守り、隙を作りライノの動きを押さえる3人に呼び掛けられるとダルそうに頭を掻いた後にヒーローと呼ばれた事が嬉かったのか口角を吊り上げて不敵に笑い、片手で祢々切丸持ち上げホームラン宣言をするバッターのように祢々切丸の切っ先をライノの方へと向けて啖呵を切る。

 

「超カッコいいデース!惚れ直しマシター!」

 

「ねねー!」

 

薫が蜻蛉の構えに入り、今自身が出せる渾身の一撃を打ち込むために一度心呼吸をし、瞳を閉じて肩の力を一度抜く。

そして、力強く開眼して相対するライノを強く睨んで足で思いきり地面を踏みつけると靴が地面を小さく砕く。

そして、祢々切丸を握る手に力を込めて力を貯め始める。

 

「全力全開の最大火力でぶっぱするにゃ少しチャージが必用だ。ちと時間が掛かるが、粘れよお前ら。こっからのオレは・・・・最初から最後までクライマックスだぜ!」

 

 




長くなりそうなんで一旦ここで。
ファーフロムホームまで1ヶ月切りましたね、楽しみ♪

遅れたけど5月29日スタークさん誕おめ!



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第29話 渾身

私用でごたついてて遅れたンゴ。

泥臭い戦いになってるのは許してクレメンス。


直接的な物理攻撃での正攻法で勝利することが困難なライノに対し、胸部にあるライノのスーツを稼働させるエネルギーをスーツ全体に送るコアにダメージを与えてスーツの機能を停止させることを選んだ面々は最大火力の一撃を放つ為に力を貯めている薫を護衛するために可奈美、姫和、スパイダーマンの3人はライノを薫に近付かせないように、動きを封じる為に各々で攻撃を仕掛ける。そして、戦闘不能なエレンは近くで戦闘を見守っていた。

 

「何をする気か知らんが・・・させるか!」

 

 

「せいぁっ!」

 

「ふん!」

 

力を溜めている薫を止めようと頭部の兜の角をこちらに向けて地響きを立てながら突進してくるライノに対し、可奈美と姫和は接近した後に左右に飛んで回避して着地と同時に、斬るのではなく殴りつける鈍器のように渾身の八幡力を込めて御刀を横一閃に振り抜き、腕部の装甲に当ててライノの装甲に金属音と金切声をあげながら御刀がめり込み、足を力強く踏ん張りライノの動きを一時的に抑える。

 

「やっぱスゴい怪力!」

 

「踏ん張れ可奈美!」

 

しかし、ライノの突進の勢いとライノの怪力はあまりに強く、抑えながら踏ん張っている足ごと引き摺られ始める。

スパイダーマンは薫の方にライノが行かないように突進してきたライノに対し正面から挑む。

 

糸の量と範囲が広く拘束力の強いウェブグレネードは先程使い切ってしまったため、今あるウェブの機能で勝負しなければならない。

ライノが地面を脚で強く蹴り上げた瞬間に指と指の隙間にトリップマインを挟み腕を交差してライノの腕、脚の関節をロックし、可奈美と姫和が力業で拮抗している最中ライノの注意をトリップマインから逸らす為にスパイダーマンは堂々とダッシュで接近しながらトリップマインを左右に投げると地面や樹木に吸着する。

 

「そらよっ!」

 

「ぐっ!」

 

「キックは1番、パンチをご希望の方は2番を押してくださいっと!」

 

投げた後に地面を勢いをつけて飛び上がってライノの顔面に飛び蹴りを入れる。

突進の勢いが弱まっていたライノの顔面にスパイダーマンの蹴りはクリーンヒットするがやはり兜が凹む程度であり大したダメージはなく突進の力が強まり始める。

しかし、目的はライノの視界からトリップマインを隠すことでありスパイダーマンはそのままライノの正面に組み付いたままライノの頭部を素早く高速で連続で拳による打撃の殴打し始める。

 

「アカン!ゴールしたらアカン!って言っても聞かないんだろうなぁこのマッチョメンは!」

 

 

「何の話だ?」

 

そして地道に前方に動いていたライノがトリップマインの射程に入るとトリップマインがライノの動きを検知して様々な方向に設置したトリップマインからクモ糸が飛び出しロックした部分に向けて射出される。

 

トリップマインの糸の量は大体人間一人を拘束力する程の量しか無いが自在に設置できる点や狙った相手にのみ飛んでいくというどちらかというと隠密行動向きのウェブで直接的な戦闘では扱いにくさもあるがライノの動きを抑える為に様々な方向から糸で拘束することを選択した。

そして、音で糸が飛んでくる位置が分かるものの複数方向となると回避に使う余力がなく、3人に動きを抑えられ相手をしているとなると全てを回避するという事は至難の業となる。

 

「そう来たか・・・・だがっ」

 

「うわあっ!」

 

「ちっ!」

 

 

ライノは一度足を止めて急ブレーキをかけ、身体を捻って1回転させると突如にバランスが崩れて力業で踏ん張っている二人が身体から離れると姫和には裏拳、可奈美は回し蹴りを入れて吹き飛ばすと同時にトリップマインから放たれるクモ糸の狙いを逸らして当たる位置を少なくし、いくつかのクモ糸は回避し、また多少クモ糸が被弾したが被弾した面積は少ないため、大した拘束力はない。

 

直後に頭上に貼り付くスパイダーマンを拘束を逃れた左腕で掴んで後方へノールックで投げ飛ばす。

 

「うわっ!ちょっと!」

 

しかし、スパイダーマンも投げ飛ばされたと同時に両腕のウェブシューターのスイッチを押してライノの両肩に当てて木に激突しながらもすぐに貼り付いて両腕でクモ糸を自分の方へと引き寄せて引っ張り、ライノと拮抗する。

 

「カレン!最大出力!」

 

『了解、最大出力で放出』

 

スパイダーマンは即座にカレンに指示を出すとカレンはすぐさまHUDで電気ショックウェブを作動させ、設計上最大出力でパワードスーツの上からでも相手にダメージを与えられる威力になる電気ショックウェブを最大出力に設定して放出する。

スパイダーマンのウェブシューターから視認できる程の蒼白い高圧電流がライノに向けて流れ始めてライノの両肩に貼りついているクモ糸を伝ってライノに直撃する。

 

「ぐっ!」

 

ライノはショッカーのように振動波を出す為のバッテリーがスーツに仕込まれている訳ではなく、雨天時の漏電による感電対策として高い耐電仕様が施されている訳ではない為、パワードスーツの上からでもダメージを与えられる程の高圧電流を通すことになり物理攻撃に対しては優秀な防御力を誇るライノであっても生身である本体に直接ダメージを与えられる武器には耐性が低かったのだ。

元々対大型荒魂との戦闘を想定して作られている為、そのような攻撃をして来る相手との戦闘は考えにくいため対策のしようが無かったのだが。

 

「高圧電流か・・・っ!だが、気合いがあれば耐えられる!」

 

「いやそれもう人間業じゃないよね!うおあっ!」

 

最大出力の電気ショックウェブの高圧電流がライノの全身を駆け回り、細胞が焼き切られるのではと錯覚する程の痛みが走り意識が一瞬薄れるが気合いと意地で耐えて肩に貼り付いたクモ糸を自由になった左手で掴み、1つに束ねた後に力強く自分の方へと引き寄せる。

 

しかし、スパイダーマンも負けじと物に吸着する能力を使用して踏ん張るが逆にスパイダーマンが貼り付いていた樹木がライノの引っ張る腕力に耐えきれずにへし折れてしまい、そのまま林の中へ投げ飛ばされる。

 

しかし、気合いで高圧電流に耐えて気絶は免れたが電気ショックによるダメージとスパイダーマンを投げ飛ばしたライノに隙が生じる。

 

「今だ!」

 

「うおらああああああああああ!」

 

「・・・・・・・・っ!」

 

スパイダーマンは林へと投げ飛ばされ、木々と衝突して薙ぎ倒しながらもある方向を見て叫ぶと力を貯めていた薫が準備を済ませて地面を蹴り上げて駆け出し、飛び上がってライノに向けて上段から祢切丸を振り降ろそうとしている。

 

大太刀のようにリーチの長い武器を扱う相手に後方に向けて回避をするというのは得策では無い為、一瞬反応が遅れたが急いで左右どちらかに動ければ回避できなくもないと判断し、急いで地面と右腕を繋ぐクモ糸を引き剥がし、まだ痛みが残る両足を動かして右に回避をしようと試みる。

 

・・・・・しかし、足元が田んぼに長靴で入って足が抜けなくなった時のように動かせない。

 

「私たちがいることを忘れるなっ!」

 

足元を確認すると可奈美が右足、姫和が左足にしがみついて八幡力を発動させてライノの足を押さえつけていたのであった。

強力な一撃を振り下ろそうとしてくる薫と電気ショックウェブの高圧電流で意識を刈り取られると思うほどのダメージにより二人にまで注意を向ける余裕が無かったため二人の接近を許してしまった。

 

「しまった・・・・!」

 

「薫ちゃん!」

 

「行け!」

 

「GO!」

 

二人を振り払おうとするが電気ショックによるダメージで二人に八幡力による超人的な怪力によって抑え込まれて左右に飛んで回避は不可能であることは想像がつく。

そして無情にも力を貯めた薫の八幡力を込めた一撃がライノへ向けて渾身の力で振り下ろされていた。

このまま祢々切丸が振り下ろされればライノのコアに直撃してライノの機能は停止させられて自身は敗北。真希と寿々花が来る前に逃亡者に逃げられるだろう。

ライノは回避が不可能であるのならば一か八かの賭けだが今できる唯一の手段に出る。

 

右腕と地面を繋ぐトリップマインを地面ごと引き剥がして両腕を自由にし、本来なら薫に向けて拳のストレートをお見舞いして迎撃する所だが既に薫は祢々切丸を振り降ろしていたためそれでは間に合わないと判断し薫の視線と祢々切丸の刃先の軌道を眼で注視する。

 

「きえええええええ!」

 

「ふんっ!」

 

祢々切丸が振り降ろされて薫がライノの胸部のコアを注視していたためコアに狙いを定めて来ていると予測し、胸部のコアに向けて振り下ろしてくる祢々切丸を脇を絞めて呼吸を整えると両手のひらを合わせるようにしてライノに直撃する前に祢々丸を寸での所で受け止めた。

真剣白刃取りだ。

 

しかし、直撃を防いで薫の八幡力を込めた渾身の一撃を受け止めることに成功はしたものの振り降ろした際の衝撃までは完全に殺し切れずライノが立っていた地面が砕けて足元が陥没し、足が地中に沈み込み全身が痺れるような衝撃が周囲にも伝わり、足を押さえ込んでいた可奈美と姫和も驚いたが咄嗟に金剛身を張ることで身体の耐久力を上げて衝撃から身体を守ることに成功する。

そして、ライノの装甲の節々にヒビが入り、パワードスーツの内側のライノの生身にも全身を鈍器で強く殴られたようなダメージが伝わるが全神経を筋肉に集中させ、身体中の血管を浮かび上がらせながら歯を食い縛って痛みに耐える。ライノの全身の筋肉が「もうこれ以上は無理だ」といったとしても任務の遂行の為に筋肉に命令し筋肉の限界を超え、薫の一撃に耐えて見せたのだ。

 

 

「何っ!?」

 

「白刃取り!?」

 

「このクソッタレ!」

 

全員が驚いている最中薫が祢々切丸を更に押し込んでライノのコアに当てようとするがライノの腕力と拮抗してしまい祢々丸が押し込めない。

 

「うおりゃぁっ!」

 

「いてっ!」

 

「薫!」

 

「ねね!」

 

するとライノは白羽取りの体勢のまま祢々切丸ごと薫の身体を持ち上げて地面に向けて振り下ろすようにして力強く地面に背中から叩き付ける。叩き付けられた衝撃で地面が砕け、砕かれた土と岩盤の破片が宙を舞う。

今自分の出せる全てを攻撃に集中していたためか、受け身を取る余力が無くライノに祢々切丸ごと持ち上げられた挙げ句抗う隙もなく背中を強打して怯んでしまう。

 

 

大太刀を扱う薫相手の場合距離を空ける方が部が悪いため、祢々切丸を振り回しにくい距離が弱点となる間合いでの接近戦に切り替える。

 

「先に君から沈黙させる」

 

「おいおいおいおい!男女平等メガトンパンチかよ!」

 

二人に足元を押さえられているが足を使わずに拳を地に伏せる薫に向けて振るうことは可能であるため、反撃される前に右手の拳を強く握って右肘を後方へと持っていき、振りかぶって薫目掛けて振り降ろしてくる。

 

「まだだ!・・・・ぐっ!」

 

「姫和ちゃん!」

 

薫がライノの振り下ろされる一撃に焦っているとライノの左足を押さえていた姫和が左足から離れて薫を庇うようにして立ち塞がりライノの右ストレートに対し八幡力を載せた小鳥丸の横一閃で拳に当てて防いだ後に押し返そうとするが小鳥丸とライノの拳が衝突したと同時にライノの腕力に力負けして身体が宙に浮き、左側の森林へ殴り飛ばされる。

 

「任せて!大丈夫!」

 

 

ライノに貼り付いていた樹木ごと投げ飛ばされて遠くまで飛ばされていたスパイダーマンが戦線に復帰しようと移動して来ていた。

木々の頂上をクモ糸でスウィングし通過と同時に、前方に見えるライノに殴り飛ばされた姫和の背中に右手のウェブシューターから放つクモ糸を当て、引っ張り強度が強くなると同時に手首を自分の方へと軽く振ると姫和の身体がスパイダーマンの方へと引き寄せられてスパイダーマンに片手でキャッチされる。

咄嗟ではあるが背中を摘まむようにして持つという配慮に欠ける持ち方ではなく、肩に担ぐという形になる。

 

戦闘中ではあるが同年代の異性とこれ程接近したのは初であり意識すべきではないがほんの少し恥ずかしさもあるものの地上を見ると今度は可奈美が薫の前に立ち、ライノの振り下ろされる拳を防いで押し返すのではなく部分的にカウンターで弾いてライノの剛腕から放たれる怪力の威力を巧みに逃がして薫の方へと近付けさせないようにしながら一進一退の攻防を繰り広げていた。

しかし、ライノ相手に一人で挑み続けるのは至難の業であることは一目瞭然であるためスパイダーマンの方を向いて声を大にして投げ掛ける。

 

「い、今すぐ降ろせ!二人がピンチだ!」

 

「マジだ。OK、了解!」

 

スパイダーマンも地上での可奈美のライノに対し奮闘を確認するとスウィングしながら地上スレスレの位置まで来た際に途中で姫和を地上に降ろし、勢いを付けたまま背後からライノに飛び蹴りを入れる。

可奈美の相手をしていたため、スパイダーマンの飛び蹴りを回避出来ずに直撃するが軽く姿勢を崩す程度であり、またしても大したダメージでは無い。

しかし、一瞬スパイダーマンがライノに組み付く隙を与

える。これだけで充分なのであった。

前方を見ると薫も既に叩き付けられたダメージから回復し、再び祢々切丸を構えて力を貯め始めている。

 

スパイダーマンはライノがフラついた瞬間に背中をよじ登ってまたしても首を足でロックして力を入れて固定するが今回は首を締め上げることが目的ではない。

 

「馬鹿者!それが大して通用しないのを忘れたのか!?」

 

「待って、何度もそんなに無意味なことはしないよスパイダーマンは・・・何か、何か目的があるのかも」

 

「またそれか?無意味だと分からないのか?」

 

ライノと姫和には一度破られた手段を再度取る理由を理解できなかったが、可奈美は冷静にスパイダーマンの方を見ていた。

 

「確かに大してこれは通用しなかった。けど、ここでいいんだよ!」

 

そう言うとスパイダーマンはライノ兜の頭を押さえてウェブシューターを耳の辺りに当てる。

するとすかさずスパイダーマンは叫ぶ。

 

「難聴系ラノベ主人公じゃないサイ以外は耳を防いで!最高にロックだからさ!カレン!こいつの耳に向けて人間が最も不快な音を超大音量で流して!」

 

「何!?」

 

「それって・・・・・」

 

 

 

 

 

「黒板を引っ掻く音だ!ミュージックスタート!」

 

『了解、人間が不快に感じる音波を流します』

 

 

力を貯めている薫は咄嗟に移動したねねが耳を塞ぎ、残りのスパイダーマン以外の全員が急いで耳を塞ぐとスパイダーマンのウェブシューターからハイテクスーツに搭載されていたスタークが遊び心で入れたのか誰得な機能であるがその機能を使用してギイイイイイイイ!と今この場にいる全員の耳をつんざくような不快な音が響き渡る。

この音を敵側の残存している戦力の寿々花と真希が聞きつけ場所を教えてしまうリスクはあるがライノと早めにケリをつけるためにやむを得ずにこの手段を選んだ。

地球上の生物の感覚の中に聴覚がある。空気中の振動を拾い上げ、それを音に変える感覚だ。

 

空気の振動を音に変換する仕組みは驚異的だが中には神経を逆なでするような不快な音もある。

その中で学校に通って先生が授業を行う際によく使用される黒板。誰もが目にしたことがあるだろう。

しかし、クラスの誰かが悪ふざけで引っ掻いたり、チョークで文字を書く先生の爪が偶然黒板に当たってしまった際になる想像しただけで寒気のする皆大嫌いなあの不快な音。誰しも図らずして聞いたことがある筈だ。

人間は個人差があるが15~2000Hzまでの周波数なら問題は無いと言われているが黒板を引っ掻く音は2000Hz~5000Hzとされこの周波数は人間の耳によって増幅され不快感を煽る。

その不快な音がスパイダーマンのウェブシューターからライノの兜の集音機能を通してライノの脳内に直に流れ始めている。

 

ライノは普段の物静かな姿から想像できないような絶叫を上げている。どうやらライノにもこの音波が不快な音だったようだ。いくら身体を筋骨隆々の肉体に鍛え上げようと人間の生まれ持った脳の機能までは鍛えようがないのかかなり悶えている。

またスパイダーマンも両手が塞がっている為、スパイダーマンもその音波を聴いてしまうためほぼ自爆技に近いがライノの動きを抑制するために取れる手段を選んだのだ。

 

「うっ、ぐおああああああああああああ!」

 

「僕らの、心音や呼吸音や足音、そんな些細な音でも聞き取れる位耳が良いんだろ!?だったらこいういう嫌な音もより強く拾っちゃう筈だ!」

 

更に、ライノの視界が狭い代わりに聴覚を発達させた些細な音でも聞き分ける集音機能はオンオフが出来ずにスパイダーマンの流す音を通常の人間よりより強く広ってしまう。

それも直接耳に当てて音波を流し込まれているのだから尚更だ。

ライノは音波の不快感に耐えきれず身悶えて絶叫しているがスパイダーマンも不快な音に耐えながらライノの耳から手を放さないようにしている。

 

「・・・・このっ!」

 

「うあっ!」

 

ライノは腕を伸ばしてスパイダーマンを両腕で掴んで持ち上げると同時に地面に思いきり叩き付ける。

叩き付けられたと同時に背中を強打すると音波が止まるとライノは仰向けに倒れているスパイダーマンを逃がすまいと右足でスパイダーマンの胸から腹の辺りを全体重をかけて踏みつけて、ぐりぐりと地面に押し込む。

ライノのパワードスーツを含めた体重とライノの脚力がスパイダーマンの身体を圧迫していき、あまりの威力に昨日の戦闘の時のように肋骨が折れ、臓器にもダメージを与えられて呼吸が苦しくなってくる。

 

「少しじっとしていろ!」

 

「ごふっ・・・・僕だけに注意がそれるのも待ってたんだよ!」

(こんな所で負けられない!大分セコいし無茶苦茶だし作戦にすらなってないけど、泥臭く諦め悪く食らいついて活路を見出だす!)

 

地団駄を踏むように何度も力強く踏みつけられて、マスクの下で吐血するスパイダーマン。しかし、ライノにこれ程までには接近出来た上に注意が自分に向いている。

踏みつけられる痛みに耐えながらスパイダーマンは両手の掌のスイッチを押す。

スイッチを押すとウェブシューターの機能の1つ、スプリットを選択し、糸が複数の方向に裂け、掌のスイッチを何度も連続で押して肩や腕の間接の節々に当てるとクモ糸を束ねて力付く掴んで引っ張り、踏みつけられながらライノの腕を押さえて拮抗する。

 

すると再び可奈美と姫和がライノの足にしがみついて八幡力を発動して足を押さえる。

 

「今度は外すなよ!チンチク!」

 

「準備はいい!?」

 

「僕らの心配はいい、全力で行け!」

 

「薫!」

 

「ねねー!」

 

3人が命懸けの覚悟を決めて全力でライノの動きを封じ、戦闘不能ながら勝利を祈るエレンとねね、全員が最も攻撃力の高い、重要な役割を担うことになった薫に全てを託す。

 

 

(何故だ?なぜ君たちはそこまで抗う?国を敵に回してタダで済むわけがない。事情があるのかも知れないが君たち子供が命を懸けてでもやることなのか?何故今もこんなにボロボロになりながらも何度も立ち上がってくるんだ・・)

 

 

ライノは顔に土くれが付着し、衣服が泥にまみれながら、所々擦りむいて血を流しながらも、何度薙ぎ倒しても折れずに立ち向かってくる年端も行かない子供達の姿を見て困惑すると同時に自身が惨めな気持ちになっていた。

何故自分は彼女達のように運命に抗おうとしなかったのか、流されるまま自分の居場所も生活も何も残っていないからと楽な方へ楽な方へと流されてウジウジとしている自身は身体だけがでかくて小さい人間なのだと劣等感を駆り立てる。

 

だが、今自分がこの任務に臨んで彼等と敵対しているのは自身を救ってくれた組織への恩を返すためだ。

自分の劣等感等今は関係ない。命を救ってくれた組織への恩を返す。この気持ちだけは間違いなく自分自身から生れた気持ちだ。

それたけでいい。だから負ける訳には行かない。例え自分が彼等よりも小さい人間であったとしても、力でその差を覆す。

ライノは更にスーツの力を開放してスパイダーマンを更に強く踏みつけて意識を奪いに行く。一瞬クモ糸を握る力が弱まったがスパイダーマンはすぐにもう一度クモ糸を強く掴んで引っ張る。

ライノの足を押さえている可奈美と姫和も負けじと抵抗しいるが振り払われるのも時間の問題だ。

 

「俺にも、君たちと同じ負けられない理由がある!」

 

「くそっ!こいつ急に力が!」

 

「押さえるのも限界かも・・・・っ!」

 

 

この一撃で決められるかが勝敗を握る鍵となる。

 

全員からの声を受け、先程から力を再度溜め直し準備が完了しいる薫は蜻蛉の構えを取りながら力強く、そして低く、熱さの籠った声で返す。

祢々切丸を握るオープンフィンガーのグローブの下で掌が汗ばみながら握る力を更に強くして擦れた熱が掌を熱くする。

 

「ったく・・・・本っ当に、めんどくせぇ!」

 

言葉は悪いが全員の意思を無下にせず、必ずやり遂げると承った言葉だ。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!」

 

今度は外すまいと心に決め、成長期の高校生にしては短い足で地面を蹴り、駆け出しながら飛び上がって自身の背丈よりも遥かに高いライノと同じ高さまで飛びあがり自身の身の丈よりも大きい祢々切丸を両腕と同時に振り上げてライノの胸部のコアを向けて渾身の力を込めて振り下ろす。

いつもよりも力と熱が籠っているのは皆の覚悟を背負っているからだろうか、それとも案外思っているより自分は熱くなりやすい性格なのか、自身でも分からないが今の自分は負ける気がしなかった。

 

「これがオレの・・・・・全力だっ!」

 

ライノは3人に力業で動きを封じられていたがスーツの力を更に開放して足元の姫和と可奈美を振り払うが薫が祢々切丸を振り下ろすスピードの方が早く間に合わない。

 

薫が全身全霊の一撃を込めた一振りはライノの胸部にあるコアに力強く衝突し、刃先がコアに深くめり込むと同時に下方に向けて思い切り振り抜くことで機能停止どころかコアを粉砕し、ライノのパワードスーツの鋼鉄の装甲も切り裂き、破壊する。

 

ライノの生身のアレクセイに切り傷は与えていないが今回は防御が間に合わなかった為、意識を失ってはいないがライノのパワードスーツが破壊されて装着を解除されると同時に後方に仰向けに倒れる。

 

「オレらの勝ちだ」

 

「あぁ俺の完敗だ、そして君たちの勝利だ」

 

倒れる前のアレクセイに勝利宣言をするとアレクセイは素直に自身の敗北を認め、既に身体を動かす体力も無いのか生身で襲ってくるということは無さそうだ。

 

「ナイスデス薫ううううう!」

 

「ねね!」

 

「やったね皆!」

 

「まぁ、今回だけは感謝しといてやる」

 

「ごふっ・・・・・今の君、最高にヒーローだったぜ・・・」

 

薫がライノのスーツを破壊するとエレンとねねが薫に飛び付いて姿勢が崩れる。可奈美が勝利を喜び、姫和は素直にはならずに遠巻きに賞賛し、スパイダーマンは寝転びながらサムズアップして薫を讃えている。

すると、その皆の様子に気を良くしたのか途端に調子に乗り始める。

 

「そうだろうそうだろう。もっとMVPのオレを崇め奉れ、オレに休暇と賞与という報酬を寄越すのだ・・・・・やべ、どっと疲れた・・・・・。もう歩けねぇ誰かおぶってくれ・・・」

 

「ハイハイ、分かりましたヨ~」

 

「それよりもこの騒ぎだ、すぐに他の親衛隊も駆け付けるぞ」

 

「心配ご無用!既にタクシ一を1台手配してマスカラ!」

 

しかし、全身全霊の力を込めた攻撃を何度も放った為、既に薫の体力は限界に達しており力なく寝転ぶと運んで貰うことを懇願する。

 

ライノの踏みつけから解放されたスパイダーマンは覚束無い足で立ち上がろうとするとすぐに崩れ落ちそうになり可奈美に肩を貸される形でようやく立つことが出来る状態になっていた。肋骨が折れ、折れたら肋骨が肺を引っ掻いていて呼吸をする度に痛みが走るがスパイダーマンの再生能力があれば数時間経てばある程度は完治する為、スパイダーマン自身は大して気にしてはいない。

 

そして、エレンがいつの間にかどこかに連絡を取り、既に逃走の準備を進めていたようだ。

一行はそのタクシーと称す物がある場所に行こうと歩みを進め、山を下る。

 

アレクセイは彼等の姿が遠ざかって見えなくなると自身には無い眩しさを感じたが、ノロの過剰投与に肉体が耐えきれずに気を失って負傷している夜見の姿を確認すると起き上がってそちらに歩み寄り、肩に担いで治療を最優先させる為に駐屯地代りにしていた駐車場に戻る。

 

「すまない皐月隊員。無様にも負けてしまった。本当なら生身でも彼等を追うべきなんだろうが貴女が心配だ。ここは退こう」

 

「皐月隊員。貴女からは彼等と同等の、いやもしかするとそれ以上に強い覚悟と意思を感じられる。例え自分がどれだけ傷付こうとも何かを成し遂げようとする純粋な力だけでは語り切れない強さがある。俺には・・・・・それがあるつもりでいたが実際はまだまだ足りないのかも知れない。あの若造の事を偉そうに言えた立場でも無いな」

 

意識の無い夜見にはアレクセイの言葉は一切届いていないがアレクセイは独り言のように語りかけながら夕映えに染まる森林を歩いて行く。

 

下山した一行は港から舞草の構成員の操る小型のボートに揺られ海上を移動していた。

しかし、これから逃走を図るにしてはかなり陳腐に見える。

勿論約1名乗り気ではない様子だ。

 

「こんなボートで逃げ切れるものか、連中の事だ。すぐに海軍に連絡して・・・」

 

「多分だけど、これが本丸じゃないよね?」

 

「オフコース!私が呼んだタクシーはこれでなくて、アレデスから!」

 

駐車場で寿々花とエレンの尋問の内容を聞いていたスパイダーマンはエレンの身内のこと、そしてスタークが舞草に協力しているという点を踏まえるとこのボードではなく別の物を用意していると考えてその旨を伝えるとエレンは即答し、エレンが視線を沖の方へと向けるとボートの先の海面がゆらゆらと揺れ始め海を割るようにして黒い鉄の塊が姿を現す。

 

アメリカ海軍所属の潜水艦が海上から姿を現すと薫とエレン以外は呆然としていたがある程度怪我が治ってきたのかスパイダーマンは幼子のように軽くテンションが上がっていた。

 

「うひょー!すっげー!僕生の潜水艦なんて初めて見た!」

 

「ようこそ舞草へ!ささ、早く乗りマショ」

 

エレンの導きにより急いで全員が潜水艦に乗船し、海中深くへと潜水し、一行は親衛隊一行の追跡から逃れることに成功したのであった。




アッサリかもだけど複数対1だしってことで許して。

マーク85とアイアン・スパイダーのフィギュアーツかmafex欲しい・・・・。
ファーフロムホームまで後8日!まぁ、初日には行けなそうですけどね・・・・とりまファーフロムホーム公開日前後には1回は出せるようにしたい!


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第30話 脱走

祝え!6月28日、スパイダーマン:ファー・フロム・ホームの公開を!・・・・いや、最早言葉は不要!映画を観に行く諸君!ただ映画館で最高の瞬間を味わうがいい!
それはさておき私も初日に見に行けそう!(代わりに7月は地獄だけどな!)

公開日に間に合うようになので説明回でありながら急ごしらえです。一応26話で存在は軽く語ってはいたけどちょっと唐突な登場ですがこの機会逃すと若干出しにくいから片目つむって許してちょんまげ


逃亡者一行に潜水艦で海底に逃げられた為、これ以上の追跡の手段が無いため管理局本部へと撤収した親衛隊一行。

米軍に連絡をしたところ哨戒網に反応がなく完全に見失い、作戦は失敗してしまった事が判明する。

 

捜査本部で指揮を執っている雪那は苛立たしげに椅子から立ち上り、本部に来ていた真希と寿々花、そして新装備組に装備を渡した栄人をなじり始める。

 

「親衛隊が3人も揃って何だこの失態は?やはりお前が雇った連中も大して役に立たないボンクラ共ばかりだな。世界中から集めたとかいうエキスパートが聞いて呆れる。しかも、その内の一人は・・・・」

 

そして、任務に参加していた内の一人、皐月夜見は任務遂行のためにノロの過剰投与で意識を失い、負傷して医療施設に入院していた。

彼等に敗北してスーツを破壊されたアレクセイが夜見を駐車場まで運び、その後に緊急搬送され、アレクセイも軽傷であったが念のため治療を受けている。

逃亡し、親衛隊にまで手傷を負わせたとなると更に罪状が重くなってしまう可能性があり、自身が学長を務める学校の生徒たちを心配しつつも夜見の体調を気遣ういろはと江麻であった。

 

すると静寂を破るようにノック無しで捜査本部の扉が開かれる。

刀剣類管理局局長、折神紫が捜査本部に入室すると室内が強張った空気になる。

 

真希と寿々花は右手を左胸に当て、瞳を閉じてお辞儀をする。

親衛隊ではないが栄人も急いでお辞儀をして微動だにしなくなる。

 

「申し訳ございません。この度の失態申し開きのしようも」

 

「いい。気にするな」

 

「しかし・・・」

 

真希が謝罪をするとその言葉を遮り、任務の失敗を容認する寛大さを見せる。

次に捜査本部の椅子に座る面々の方へと視線を移して口を開く。

 

「美濃関学院、平城学館の学長は現時刻をもってこの特別任務から解任する。それぞれ自分の職務へ戻れ。」

 

 

「「はい」」

 

「鎌府学長」

 

「はい!」

 

任を解かれた2校の学長は早々に本部から退室していく。それと同時に紫が雪那の方へと声をかける。

声をかけられると先程の苛ついたら口調からややトーンの高く、嬉しそうな声色になる。

 

「お前は自分の持ち場を離れるなと言った筈だが?」

 

「は・・・はい・・・」

 

どうやら先程まで散々命令も関係なしに出しゃばっていた事を咎めてはいないが釘を刺すように言い渡され、萎縮しながら2校の学長が退室していく後についていく。

 

「針井、この任務で新型装備の戦闘データはどのような状況だ?」

 

 

「はい、伊豆での戦闘によりショッカーとライノのスーツは破壊されてしまい近日中では完全修復するこは出来ませんが戦闘のデータは大幅に更新されています。実戦投入への未来もそう遠くは無いかと」

 

「そうか。お前には申し訳ないがもうしばらくはここにパイプ役として残ってもらう。管理局所属の特別研究チームが持ってきた物については把握済みだ。代表でこちらに届けに来た者には帰宅して構わないと伝えろ」

 

「かしこまりました」

 

「2羽の鳥は未だにこちらの掌にある。案内してもらおうではないか」

 

紫の意味深長な呟きに顔をあげて少し軽く驚く3名であるが栄人が自身が所属する美濃関の学長である江麻にしばらくは管理局に残ることを伝えるために退室する。

 

場面は変わって正門

 

正門の前で雪那に連れられて少し後ろを歩く沙耶香と江麻の背後を歩く舞衣がすれ違う。

 

「沙耶香ちゃん」

 

「あ・・・・」

 

「出られてよかったね」

 

「・・・・うん」

 

「私たちも明日美濃関に帰ることになったの」

 

「そう・・・・」

 

「んじゃっ」

 

会話をするのは2度目であるためか以前よりはすんなり会話が出来ている両者。そろそろ頃合いかと思った舞衣が踵を返して江麻の方へ行こうとすると制服の袖をつままれる。

どうしても伝えたい事があるのだと察せられる。

 

「クッキー・・・おいしかった」

 

「ありがとう!良かったらまた作るね!そうだ、良かったら交換しよ、連絡先」

 

美濃関学院は積極的に他の学校とも交流をしている為、総じて言えばフレンドリーで社交的な生徒が多い。約1名を除けばだが・・・。沙耶香と親しくなった証に連絡先を交換することを提案するとコクりと頷いた後に連絡先を交換する。

 

雪那が早くしろよとでも言いたげに舌打ちした後に右足首を上下させて地面をリズムを取りながら踏み、貧乏ゆすりをして急かしている。

連絡先を交換すると駆け足で雪那の元に駆け付けて再度後ろに付いていく形でその場を去る。

 

そして、江麻と舞衣の前にその反対側から割と全力で走ってきたのか栄人が駆け付ける。

命令で暫くは管理局に残ることを伝えに来たのだ。

 

「学長、申し訳ありません。私はもうしばらく会社の代表としてこちらに残ることになりそうです。こちらでやることもありますので」

 

「分かったわ、何かあったら連絡を頂戴」

 

 

「はい」

 

「針井君・・・」

 

「柳瀬・・・お前は先に美濃関に帰っててくれ。衛藤のことは心配だけど・・・でも俺はまだ、あいつを追わなきゃならない」

「もう一度会った時いつもと同じように接することが出きるか自信は無いけど、罪を軽く出来るように父に頼むよ。俺にはどうせ、それしか出来ない」

 

「ううん、きっとまた皆で笑える日が来るよ。それに、誰だって何でもかんでも出きるわけじゃないよ。その人にはその人にしかできない。自分に出来ることをやればいいと思う」

 

「お前は見つけたのか?その・・・・自分に出来ることを」

 

「どうなんだろう・・・・でも、手探りで探して、たまに誰かに教えてもらってようやくちょっとそれが見えてきたかも。それが今の精一杯の答えかな」

 

「そっか・・・・立派だな。おっとそろそろ戻らねえと。じゃあな、夜更かしないで早く寝ろよ」

 

「もうっ子供じゃないんだから」

 

舞衣は栄人の問いに対して少し答えにくい内容であった為逡巡すると、江麻が美濃関に帰る以上自分はここには残れない。だから仕方がないが明日に美濃関に帰ることになる。今は向こうが逃亡生活で忙しい為か連絡が中々取れない、自身が協力しているスパイダーマンの正体こと颯太に情報を送ることで協力しているのだが中々連絡がつかないため心配になっているが可奈美とスパイダーマンの無事を信じて待つ。

そう決めた舞衣の瞳には強い信念が宿っていた。

その意思を感じた栄人は感心して言葉を返す。

そして、踵を返して捜査本部へと戻っていく。

 

 

(認めてもらわなければ・・・・紫様に鎌府の・・・私の存在意義をっ!)

 

刀剣類管理局の研究棟に向けて歩みを進める雪那とその後ろを付いていく沙耶香。雪那はまたしても余計なことはするなという指示を無視して独断で行動を開始する。

一見すると聞き分けが無さすぎるようにも見えるが雪那も内心では冷静な判断が出来ない程に焦っている。

 

雪那はとある室に入室すると、本人が整理するためにペンライトを当てている位置以外は暗くなっている為、顔ははっきりとは見えないが白衣を纏う人物が棚の整理をしていた。

じっくり見てもこれと言って特徴がある淡麗な外見とは言えないがそれなりに整ってはいる。しかし、日本人なのか外国人なのかまでは判別は出来ない。そして、何より眼を引くのが白衣の右腕の袖には腕が通ってはいない。いや、右腕が肩より下には存在していないのが特徴だ。

青年は雪那の方をチラリと見るが特段気にしている素振りは見せていない。

雪那が沙耶香を連れて入室すると沙耶香を寝台に寝かせると不機嫌そうな態度を崩さずに声をかける。

 

「おい貴様、そこの棚から完成したての新型アンプルを寄越せ。最も出来がいい奴をだ」

 

「おや、高津学長。ごきげんよう。そちらは生徒さんですか?」

 

「貴様が知る必要のないことだ。私は何としても紫様に認めてもらわなければならんのだ。研究に協力した位で対等になったと思い上がるなよ一介の研究者風情が」

 

「おやおや、相変わらず不機嫌ですね。あっ・・・貴女の顔を見て思い出しました。そういえば一応貴女も研究に携わっておりましたね、局長には報告済みなのですが貴女にもお見せしましょう」

 

「後にしろ、今はそれどころでは」

 

「局長から直々に貴女にも説明するよう申し使っているので」

 

「話を聞こう」

 

どうやら二人は知り合いなのかすんなりと会話を始めるが青年の紳士的な口調だが白々しい態度が気に食わないのか当たり障りの無い態度で接する雪那。

しかし、紫が直接雪那にも説明するように命じた物があると言われ突如態度を変える。

 

研究者はこの研究室に保管しておくように指示をされた機械に包まれ、接続されたチューブから酸素が送られているガラスケースを取り出し、机に置く。そこに収納された黒く、波のように蠢くノロとは異なるタール状の液体を雪那に見せる。

雪那も20年程前は刀使として荒魂と戦っていた経歴や荒魂やノロの研究に携わっていたためある程度はグロテスクな物に耐性が着いているのだが初めて見る不気味な物体を見て顔をしかめる。

 

「何だその海苔の佃煮みたいな物体は?」

 

「管理局の科学特捜隊が水星探索に出向いていましたがその最中に宇宙船のコンピューターが生命の反応を発見しました。何百万ものね。そして現地で発見さた新種の生命体のサンプルがこちらです。研究チームの面々は私に内緒で『シンビオート』なんて名付けているようですがね・・・・中々の中二病だ・・・・っ!素晴らしいっ・・・!」

 

「つまりエイリアンとでも言いたいのか?」

 

 

共生するという意味のシンビオーシスからもじっているのだろうがネーミングセンスが本人の好みにハマったのか興奮を抑えながらも拳を握ってガッツポーズを取っている。

そして、直後に平静に戻り研究者は特捜隊が他の惑星の探索の際に発見された地球外の生命体シンビオートについて話始める。

 

「おっと脱線しましたね、失礼。そんな所です。2つの異なる生命体が酸素の多い地球で行き続けるのは呼吸するため宿主と結合する必要があります。彼らは単独では地球では生きられません。ですが他の生命体に寄生することにより生命活動を保ちます。一応ですがこの酸素を送り続けるケースに収納していればシンビオートはすぐに死ぬことはありません。現在はマウスやら兎やらに移して実験していますが宿主と適合しなければ宿主は衰弱して死亡します。臓器移植のドナーのように適合する人間にしか移植出来ないのと似ていますかね」

 

「全く不便ではないか」

 

「ええ、仰有る通り現状不便の一言です。ですが、寄生された宿主が完全に適合すればより高度なステージへと昇りつめると推測されています。宿主を衰弱させてもシンビオートは元気ですからね。シンビオートの研究が進めばノロと融合への強化パーツとして我々の研究にも大きく役立つ可能性もあります」

 

「・・・その海苔の佃煮が何でも構わんがそれを沙耶香に投与などさせんぞ。詳細が分かってもいない不確かな物を身体に入れて沙耶香が再起不能にでもなったらどうする?私が見出だした器なんだ、テストのためなんぞに使えるかっ!」

 

「勿論そちらの生徒さんに投与など致しませんよ。シンビオートはまだ生態を調査し、順当に小さい動物からテストを重ねていかねばなりません。一応貴女にも報告をするようにと伝えられたのでお話ししただけです。局長から研究に対する指示がある可能性もあるので記憶の片隅にでも置いておいてください」

 

「ふんっ、今はそんな海苔の佃煮よりも新型のアンプルだ。一番良いのを寄越せ」

 

「かしこまりました。では、この間貴女と共に作成した私イチオシのトカゲの遺伝子とノロを結合させた最新型アンプルです。投与すれば対象の遺伝子とトカゲの遺伝子が化学反応を起こしてトカゲの再生能力を手にし、ほぼ不死身となるでしょう。調整に調整を重ねるのは大変でした」

 

研究者は自身の胸の高さ程の棚を開け、綺麗に整頓されたアンプルの群から1つを取り出し、雪那に差し出すと奪うように手から抜き取られる。

 

(チッ、製品は丁寧に扱えよ・・・・・・)

 

「これは直々に鎌府が・・・・いや、私が命じられた大いなる研究の成果・・・っ!この力を満たした時、貴女と言う器は完成する!なにも考えず、感じる事もない、ただ紫様に仇なす者を討つだけの刀使として」

 

(え?マジでやるんだ?意志薄弱そうな子とは言え本人の意思の有無も確認せずに強引に投与するとか独善的過ぎて教育者として終わってるな。あ、元々か)

 

 

研究者は貼り付いた笑顔を浮かべたまま自身に対する雑な態度にではなく、丹精込めた製品を粗雑に扱う粗暴っぷりに心の中で舌打ちをして毒づく。

研究者から手渡された円筒状のアンプルを特殊な注射器にセットし、その注射器を寝台に寝そべる沙耶香の首筋まで持っていき打ち込めるようにセットする。

 

「何・・・・も?」

 

それと同時に雪那は視界に映った沙耶香の頬についた動物の柄の絆創膏をひっぺがして投げ棄てる。

その投げ棄てられた絆創膏を見て、ほんの少し気持ちが揺らぐ。何も感じず、何も考えず。そのフレーズは任務遂行のために何度も聞いた言葉だが、今は自分に優しく接してくれた舞衣が貼ってくれた絆創膏が無慈悲にも投げ棄てられたことが心苦しかった。

 

いや、それ以上にこの心苦しいという感情を捨てなくなかった。そう思うと無意識の打ちに雪那の手を払い除けると衝撃で雪那の手からアンプルが床を転がって行く。

 

「沙耶香、何を・・・?」

 

 

雪那は沙耶香の突然の行動に驚き理解が出来なかったのか心底困惑している。

優秀であったが為に散々贔屓し、これまで自分の言うことにホイホイと従う人形のような優秀な手駒である沙耶香が自分の手を払い除けたのだ。そんな感情的な行動に戸惑ってしまった。

 

「沙耶香!待ちなさい!」

 

「お好きにどうぞ。私は一切口出ししませんので」

 

直後に沙耶香は自身の御刀、妙法村正を手に取り、八幡力を発動させて窓ガラスを突き破って外へと脱出する。

研究者は雪那の手を払い除けた矢先に沙耶香を見逃す意思を見せて床に落ちたアンプルを拾い、沙耶香が飛んで行った方向を見つめながら八幡力の跳躍力に関心しつつアンプルをポケットの中に入れる。

 

「おー随分飛びましたねー」

 

「貴様、何を悠長なっ!貴様のせいで逃げられたではないかっ!どうしてくれる!?」

 

「は?逃げられたのは貴女であって私ではありませんよね?そもそも本人の意思の確認もせず強引な手段に出た貴女に原因があると思いますが?あれでは彼女が逃走を図るのは必然的です。私は製品の説明をして貴女の指示通りアンプルを手渡しただけです。そんなレベルの低い事で一々喚かないで頂きたい」

 

「何だと!?」

 

雪那は研究者が悠長な説明をしていたが為に逃げる機会を与えたと詰め寄っているが研究者は鬱陶しそうに雪那を石ころを見る眼で見つめて関心が無さそうな視線を向ける。

研究者にとって沙耶香が逃走したことは心底どうでもいい為、そのことで突っかかられるのは疎ましく感じているのだろう。

説明という自身の仕事は終えた為、これ以上雪那にも用は無い上にここにいる理由は無いため踵を返して部屋から退室していく。

 

「私はこの辺で失礼させてもらいますよ。シンビオートは特殊な保管庫にて厳重に保管します。局長から賜った貴女への説明という仕事はしましたし肉体労働は専門外ですからね。私はこれでも多忙なのです、それでは」

 

片方しか無い腕でシンビオートの入ったケースを入れた鞄を持ち、袖の通っていない右腕が帰宅の意思を告げる為に手を振るかのようにヒラヒラと揺れ、振り返らずにすぐさま歩いて行く研究者。

 

「クソが・・・・っ!」

 

雪那はその態度に腹が立ったがこんな所で油を売っている訳には行かない。早く手を打たなくては、そう考えると雪那は本部へ向けて駆け出していた。

 

 

場面は変わって海中を進む潜水艦の中

 

潜水艦に乗せられ船内を移動する一行。

約一日中スパイダーマンのスーツを纏っていた颯太だが逃走用に購入した私服も袖が破け、あらゆる箇所が擦れる程にボロボロになった為、リュックの中に入れていた美濃関の制服に着替えていた。といってもトニーに渡されたスーツの上に制服を着ただけなのだが。

 

エレンが呼んだタクシーこと潜水艦の廊下を歩く姫和、可奈美、颯太。しかし、潜水艦なんてアニメやゲームでしか見たことが無かったため、妙にテンションが上がっている。

 

 

「すっげぇ~!僕生の潜水艦なんて初めてだけど精密機械だらけでもうテンションMAX~!操舵室とか行ってみてえ~」

 

 

「おい、こいつ何歳だ?普段と違い過ぎないか?」

 

 

「ははは・・・・ロボットとか科学のことになると変なスイッチが入ってこう・・子供っぽくなるんだ・・・」

 

「なるほど・・・・」

 

 

普段のパッとしない冴えない印象ばかり受けていたが子供のように潜水艦の内装を見てはしゃぐ姿にやや引きながら戸惑いを隠せない姫和。可奈美の説明を受けてどうやらオタク特有の昂り過ぎてテンションがおかしくなっている状態だと思うことにした。

 

すると前方の鉄の扉が開き、ピンク色のシャツに白髪の白人の老人が3人に向けてきさくに話しかけてくる。

 

「お会いできて光栄だよ、二人の反乱者。そして、親愛なる隣人スパイダーン。まさに、今日という日は完璧だ!」

 

「ほへ?」

 

「もしかして・・・」

 

「貴方がfine manか?」

 

「fine manとは世を忍ぶ仮の姿!しかしてその実態は・・・っ!」

 

今日という日は完璧。このフレーズに聞き覚えのあった

3人は大方この老人が自分達をこの場へと導いた張本人、歳にそぐわないアイコンの人物fine manの正体だと察することができる。

流暢な日本語でノリノリで自身の自己紹介を始めるfine

manであるが颯太は駐車場のテントで寿々花から尋問を受け、身内の話をしていたエレンの会話をスーツの機能の拡張偵察モードで聞いていた為、この人物の本名を知っていた。

 

「リチャード・フリードマン博士ですよね!S装備開発の第一任者の!あなたの過去の論文を読ませて頂いたことがあります、とても興味深い内容でした!」

 

「そうそう・・・・それで私のグランパ・・・え!?何でソウタンがグランパのことを知ってるんデスカ!」

 

「ま、孫でも無い子にネタバラシされてしまったよ・・・トニーから聞いたのかい?」

 

 

「あー・・・すいません。僕も奴等の情報を探る際に敵が拠点にしていた駐車場のテントでお孫さんと親衛隊の会話をスーツの機能の拡張偵察モードで聞かせて頂きました。盗み聞きのような形ですみません」

 

「な、なるほど。トニーならやりかねないなな・・・・」

 

ほぼ全員に驚かれたがトニーの作成したスーツなら遠く離れた人間の会話を聞き取り、検索する機能を有していてもおかしくないと知人であるフリードマンは察することができた為、納得したようだ。

 

そして、一行は潜水艦のとある一室に移動し、寝台の上に寝かしつけるように置かれたS装備を取り囲むようにしてフリードマンと会話を始める。

 

 

S装備はフリードマンだけでなく、多くの技術者の助力により作成された刀使用のパワードスーツであることを説明される。

姫和は腑に落ちない点もあるのか両腕を組ながらフリードマンに質問をする。

 

「何故海外の技術者が舞草として行動しているんだ?それに知り合いとは言えアイアンマンまで・・・」

 

「無論。誰よりも近くで折神家を見ていたからこそだよ、太平洋戦争後間もなく、ノロの軍事転用の一環として米軍と折神家のS装備の共同開発が始まった」

 

「しかし、開発は進まず停滞。頼みの綱となる私の先輩であるトニー・スタークの父、ハワード・スタークも他の用件でこちらに手を貸せない状況になってしまったから尚更でね。そして、完成を待たずに28年前ハワード夫妻はこの世を去ってしまった」

 

惜しい人を亡くした。とでも言いたいのか物憂げな顔でハワードのことを思い出し、暗い表情になるフリードマン。

 

「しかし、息子のトニーはS装備開発については何も聞かされてい無かった為か、莫大な遺産と大企業の経営権を得ることになって以降は自身の頭脳を使って数々の新技術を次々に開発し、一躍時の人となっていたが手を貸してはくれなかった」

 

「そんな・・・・」

 

「仕方ないよ。彼は何も伝えられていなかったんだ。現に彼の作った兵器で世界の勢力バランスが傾きかねなかったからね、その稼ぎだけで充分だったのだろう。そんな自分の為だけに生きていたトニーが心を入れ替えてアイアンマンになったのは10年前だ。責めないでやってくれ。今は日本を手助けするために舞草に外部協力者として秘かに助力してくれているのだから」

 

「無論だ・・・責めるつもりはない」

 

全員がトニーがアイアンマンになる以前の軍需産業の社長として兵器を作成して販売し、死の商人と影で呼ばれ自分の為だけに生きていた。実際にテロリストに拉致され自身の開発した兵器で多くの人間が死に、そして命の恩人であり共に脱出を試みたがトニーを逃がすために死亡したインセンに心を動かされてアイアンマンになったトニーの過去を聞いて少し重たい空気になってしまうが、トニーへのフォローも忘れずにフリードマンは再度話を続ける。

 

 

「続けるよ。しかし、技術の行き詰まりを迎えた時ブレイクスルーとなる事態が発生した。今から20年前のことだよ」

 

 

「20年・・・っ!?」

 

「相模湾岸大災厄・・」

 

「しかも、ちょうどあの人が当主になった位の時期って事か」

 

20年前というワードに可奈美と姫和と颯太は反応する。やはり、この国の人間からすると20年前というワードは1998年に起きた相模湾岸大災厄に直結出きる。

尚且つその相模湾岸大災厄の英雄と称される紫が関与しているのたがら尚更だ。

 

「当主となった折神紫は従来からの勢力を粛清し、より合理化を進めるようになった」

 

「合理化?」

 

「3人も知っての通り、かつてノロは全国各地の社に少しずつ小分けにして祀られていたデショ?」

 

エレンは分かりやすく説明するために両手を拳で握って丸め、小分けにの辺りで手をピースにして分けていることを差すジェスチャーを行う。

 

「それを折神家に一極集中させて纏めて管理することになったって話だ」

 

「その頃から開発現場の技術レベルは急激に上昇し、S装備は完成に至った。そして、その技術をもたらした者こそ折神紫なのだよ

 

「折神紫が・・?」

 

「だが、それは科学者の眼から見て、それは現行ある筈の無い技術だった。ブレイクスルーと同時にもたらされた技術。果たしてどこから来たのだろうね・・・」

 

「まさか・・・!?」

 

紫が20年前に大荒魂に憑依されているのなら、この世のものではない技術を用意できると考えて不思議ではないと推測できた姫和。

フリードマンもその様子を感じ取り、そこで同じく志しを共に立ち上がった同士について話始める。

 

 

「そこで同じ考えに至ったとある人物に従い、共に舞草を組織したという訳さ」

 

「とある人物?」

 

「スタークさんはあくまで協力者だから、一緒に組織したって感じじゃ無いですよね?」

 

「そうだとも。以来、我等は水面下で折神紫への反抗の刃を研いできた。君の母、十条篝に助力を願ったのもその一環だよ。その恩人の娘である君達とこうして出会えたこと、光栄に思うよ」

 

突如母親の名前を出されたこと、いや、普通に母親が舞草に参加していた等と言われたら驚くなというのが無理な話だ。姫和は軽く瞳孔を散大させながら驚きを隠せていないが声には出さない。

生前でもそのような素振りは見せていなかったが、自分がここに来たこともまた1つの運命なのかも知れないと思うことにした。

 

すると、少し質問しにくかったのかおずおずと挙手しながら颯太がフリードマンに質問をしていいかと意思表示をすると、どうぞとでも言いたげに掌をそちらにむけると全員から視線を注がれる。

全員の視線が向く前で話すのはシャイな本人からすれば公開処刑にも近いがどうしても質問したかったことを尋ねる。

 

「あのー博士、1つお聞きたいんですけどどうして僕を誘ってくださったんですか・・・・?僕は皆みたく戦闘訓練なんて積んでませんし、直接的な戦闘だと結構遅れを取ると思うんですけど・・・・これまでだってスーツの性能のゴリ押しと、皆がいてくれなきゃ負けてた局面も多いですし」

 

確かに親愛なる隣人スパイダーマンとして自警団活動をしているとは言え態々自身を舞草にスカウトしようと考えたのか、そのことが気がかりであったため質問をするとフリードマンも思い出したかのようにハッとした表情をして話始める。

 

「あぁ、説明がまだだったね。確かに君は戦闘経験も浅いし、訓練も積んではいないかも知れないが君を誘ったのは僕とトニーの判断だ。以前に君が荒魂の動きを封じた時や犯罪者と戦闘をしている映像で君のクモ糸を見てね、驚いたよ。相手を傷付けずに無力化していたのだから」

 

「えっ?」

 

「これから我々が挑むのは国単位の相手だ。情報を探るにせよ直接的に挑むにせよ戦闘は避けられない可能性が高い。我々が倒したいのは折神紫に憑依した荒魂であって人間ではない。だから戦闘で傷付く者を一人でも減らせるように、無傷で相手を捕まえられるかも知れない君が重宝すると考えたんだ」

 

フリードマンがスパイダーマンである颯太をスカウトしようと考えた理由はやはり真に倒すべき敵は紫であり、彼女に騙されている者達ではない。

クモ糸で相手を傷付けずに無力化できるスパイダーマン

は無用な負傷者を減らせるかも知れないと推測したからだと告げる。

 

「本来ならトニーが直接君に会いに行ってスーツを渡してスカウトする算段だったが予定が狂ってしまった。しかし、今こうして君を仲間に迎えられることを私はうれしく思うよ」

 

フリードマンはトニーの知人だからこそ言える、本人なりに汲み取ったトニーの心情、それを筋道を立てて話し始める。

本人が聞いたら多分照れ隠しで全力で否定するであろうが、彼らには話しておきたかった。

 

「トニーは絶対に口には出さないが、彼はかつてソコヴィアでの戦いで多くの死人を出してしまい、アメリカのヒーロー達が国の監視下に敷かれることになって賛成するかしないかでチームで揉めたそうだ」

 

数年前に起きた東欧にある小国ソコヴィアでヒーロー達と敵の戦地となり、ウルトロンという平和維持のために作成した人工知能が人類の歴史を紐解いて、平和をもたらすという指示を歪解して人類絶滅のために市街地の地底に巨大な半重力エンジンを建造し、街を浮上させ、隕石として地上目がけて落下させた。どうにか市街地は粉砕され、危機は去ることとなるが同時に平和維持のための戦いとはいえ多くの死者も出してしまった。

 

犠牲者遺族の批判、政治家の怒り、それらに業を煮やした国連はチームに対し一つの協定を提出する。

「ソコヴィア協定」国連の許可なしに、ヒーローは出撃してはならないという署名であった。

トニーはそれに賛成したが、個人の自由を蔑ろにするその法にリーダーのキャプテン・ アメリカは納得出来ずに賛成派と反対派二つの意見が混在するようになり、争いに発展。そして見事2つに分かれてしまいキャプテン賛成派の数名は現在国家反逆罪で逃走中とのことだ。

そしてトニーの方も決別の末、自身も仲間と争うのは不本意であったためソコヴィア協定を受け入れないことにした。

薫はヒーロー達が争い2つに分離してキャプテンが国家反逆罪で逃走したという事実はショックだったらしく暗い表情になる。

 

「結局チームは内部決裂の後に分裂してしまって、キャプテン・アメリカは逃走の末行方不明。長年の相方のローディ中佐も負傷してしまったソウデス」

 

「推しと推しが争うなんてよ・・・聞いたときはほんとしんどかったぜ・・・」

 

 

「かつては兵器を作り、自分の発明で多くの人が死んでいたことを知って兵器を作る技術を人を救う為の技術に変えてテロリストと戦う戦士になったトニーだからこそソコヴィアで多くの無実の人を死なせてしまった責任を誰よりも重く受け止め、監視下に置かれることを望んだ。しかし、結果として皆が傷付く結果に終わってしまった」

「現在この日本にも危機が迫っている。出来るのなら戦いで傷付く者が一人でも減るのが彼の願いだ。そこでトニーは自分のように敵を殲滅するヒーローではなく敵を殺傷しない武器を持ち、一般人と近い距離にいて守ることが出来る力に賭け、自分の力を貸したのだよ坊や。だから、一緒に戦って欲しい。ダメかな?」

 

フリードマンの真剣な視線、本人なりにトニーの意思を汲み取った考察を伝えられると自身が舞草に誘われた理由を聞かされ、その理由を理解することができた。

今は例え世界から敵視され矛盾を孕んだとしても、危険な相手を放置して誰かが傷付くのなら人に化けた荒魂を倒してそれ以外は討たないと既にそう心の中に決めていたが自身を信じ、力を貸し与えてくれたフリードマンとトニーの気持ちに答えること、そして、その力で人々を守るために戦うことに尽力することが自分にできること

なのだと認識を更に強くする。

そして、フリードマンの瞳を見つめ返しながら自身の意思を伝える。

 

 

「・・・・・分かりました。あなたが・・・スタークさんが僕を信じてくれたのなら・・・・その気持ちに答えることが僕に出来ることなら全力で取り組みます。親愛なる隣人としてそう決めましたから」

 

 

「なら、良かった。今日はもう遅いからゆっくりしたまえ」

 

フリードマンは颯太の意思を聞き取り、仲間に引き入れられたことに達成感を感じながら長旅で疲れている皆をそろそろ休むように促し、エレンと薫にそれぞれの寝室に案内させる。

 

 




6月28日ファーフロムホーム公開!7月5日の金ローではホムカミが地上波初放送!


シビルやソコヴィアでの戦いは本筋には基本的に絡まず、きっかけや背景としてチョロっと扱う位なので特に深く気にしないでください。


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第31話 振り返り

私用でごたついて遅れたンゴ。7月中は中々時間取れなくて遅くなりそうっす。
新装備の事を潜水艦のメンツが振り返るだけです。特に話は進みません。
余談:ファー・フロム・ホーム見た後にホムカミを改めて見ると見方が大分変わるというか、気付くポイントも多くて感慨に耽りました。そして、実はアーロン叔父さん出ててマイルスにも軽く触れてたんすね。


誤字報告ありがとです。


潜水艦内の寝室に案内され、女性陣は4人用の2段ベッドが2つある船室に移動し、戦闘による怪我の手当てを行なっていた。

 

「颯ちゃんもこっち来て治療しなよー」

 

『僕はもう大体完治して来たからいいの!それに・・・女子が密集してる空間はいづらいし、着替えたりする中に行ける訳ないだろ』

 

「大丈夫だよ、颯ちゃん男子って感じしないし」

 

「もちろん今入って来たらぶっ飛ばすつもりだが、まぁナヨナヨしくて女子みたいな声してるしな」

 

「よくよく見るとソウタンって、ちょこっとだけ可愛い顔してますからネ〜」

 

『アンタらフォローしてんの!?それともバカにしてんの!?』

 

治療の後はこれまでの話をまとめる為に話し合いをするが治療の為に衣服を脱いで着替えたりもするため颯太は扉の外で胡座をかいて待機している。年頃の女子中高生のやり取りを盗み聞きしているようで妙な背徳感を感じていたが年頃の中学生である為か聞き耳を立てて会話を聞くことに専念していた。

 

包帯の数が少ない為、効率的に広い面積に巻く為に姫和が可奈美の脚に包帯をキツく巻き付けると可愛らしい悲鳴を上げながらもう少し優しく巻くように懇願しているとねねが残り少ない包帯に包まりながら転がって遊んでいると姫和が糾弾する。

 

するとねねをぞんざいに扱われた薫が姫和に茶々を入れて口論になっているが思春期の男子には興味はあるが触れてはいけない内容だと思う為、気恥ずかしさで部屋に移動したい気分になっている。

 

 

「包帯が足りてないのに遊ぶな貴様!おい、この荒魂を外に叩き出せ!」

 

「だから、ねねはオレのペットだっつってんだろ、エターナル胸ぺったん女」

 

「え、エターナルゥうう!?」

 

「おう、ねねが懐かない=お前には胸が成長する未来が無いってことだ。お判り?」

 

『僕もう用意された部屋に戻っていいっすかね・・・・?』

 

するとエレンがねねを持ち上げながらすかさずフォローを入れる。

 

「ねねを責めないでくだサイ。包帯が足りないのは私が使い過ぎてしまったせいなのデスカラ」

 

姫和と薫の視線が一点に集中する。その先はデデドンと言うBGMでも流れそうな程の高校生とは思えない程の迫真的な大きさの胸。連日の戦闘で負傷し、この中で最も包帯を使用した為包帯の数が少なくなったのだがその驚異的な胸囲に巻くには確かに相応の量が必要となるだろう。

 

 

「「ぐぬぬぬ・・・・」」

 

幼児体型とスレンダーな体型の持たざる者の2人は視線で人が殺せるのでは無いかという程の恨めしそうな視線をエレンの胸部に向け、悔しさを噛みしめている。

 

「それよりもビックリしたよねー、fine manさんがエレンちゃんのお祖父ちゃんだったなんて!」

 

「確かにな・・・・」

 

先程までfine manの正体であるフリードマンから舞草の経緯や背景を説明され、トニー以外にも姫和の母親である十条篝が舞草に加担していたという衝撃の事実を聞かされ、姫和は心の整理が追い付かなかったが現実を受け止めて今は状況の把握に努めることにした。

 

ねねを膝の上に乗せた状態でエレンが補足の説明を始める。

 

「ヒヨヨンのマムのお陰で準備は着々と進み、いよいよ折神紫に攻勢を掛けようとしたまにその時・・・まさかヒヨヨンが真正面から折神紫にぶっ込み掛けてオジャンになるとは予想外デシタ・・・」

 

「要するにお前のせいで一気に事態がめんどくさくなった。アイアンマンがスパイダーマンに直接スーツを渡す算段も狂っちまったしな」

 

『けど、スタークさんからスーツを貰えて無事辿り着いたから結果オーライじゃないかな』

 

「私は私の目的の為に動いたまでだ」

 

『まぁ、裏でこんな大掛かりな組織が水面下で動いてるなんてそう簡単に想像付かないですしね』

 

姫和が紫を襲撃したことにより、攻勢をかけようにも以前よりも警戒が強くなってしまった為、計画が一から練り直しになってしまったが目的が同じなのであれば味方に付ける事を思い付いて結果的に無事に辿り着いたことは僥倖とも言えるだろう。

何より、舞草の計画を姫和が知るということは困難であるため、彼女ばかりを責めるのは酷な話だ。

しかし、マイナスなことばかりでは無い。現にこの状況が生み出されたお陰で折神家が非人道的な研究をしている物的証拠となるノロのアンプルを回収できたのだ。

 

「でも、収穫もありマシタヨ!コレをサナ先生に解析して貰えば、折神家が人を人為的に荒魂化させる非道な研究を行なっているって証明になれば折神紫体制に大打撃を与えることができるという訳デス」

 

「んで、オレたちは任務完了。後はジジイと学長がなんとかする」

 

『あーそれに、スーツの偵察ドローンで奴等の駐車場での車輌を一斉にスキャンして親衛隊が身体から荒魂を出す瞬間の記録映像も取ってあるから後で博士に渡せば何かしら役に立つかも。それに、僕らを捕まえるついでに世界中からその手の技術のエキスパートを雇って新装備のテストを行なってる事も証拠になると思う。それぞれ未確認の装備もあるだろうし一通り見返しとく?』

 

トニーから渡されたスーツにはマスクを被って視認した映像を記録しておく機能が備わっているため、颯太がマスクを被っている間に遭遇した出来事は全てスーツの記録映像として残っている。

その説明を受けて室内にいる一同は驚いたがトニーの技術力ならあり得なくは無いと状況にも慣れ始めて来た。

 

「マジか、そんな機能あんのかよ。超見てえ」

 

「OK!入ってきていいデスヨー」

 

「じゃあ・・・・失礼します・・・・ぶふぉっ!」

 

薫とエレンに入室の許可を貰うと、やはり女子だけが密集した空間に入室するのは気が重いが扉のノブを下に下げ、前へ押す。

 

先刻までは部屋の外にいた為室内の状況を詳しくは把握していなかったが室内に入室するとベッドに腰掛けて脚に包帯をキツく巻き付けた可奈美、そしてその隣に座る姫和、そして反対側のベッドに腰掛ける薫、そして床に胡座をかいているエレンの姿を確認出来たが、エレンの姿を見た瞬間に顔を赤面させて慌てて顔を横に向けて視線を外す。

無理もない。今のエレンの格好は制服のワイシャツのボタンを全開にはだけさせ、胸元を包帯のみで巻いて隠している非常に際どくて扇動的且つ、アメリカ人の遺伝子なのか日本の平均的な女子高生よりも格段と発育が良い力強さと弾力を主張する豊満な胸が包帯でのみ隠されているという一部のマニアックな人達が好みそうな格好だ。女性に免疫が無い颯太が直視できるものではない。

昨日の夜にショッカーとの戦闘でエレンを受け止める際に失敗して顔を埋めてしまってその感触を知っているため思い出すと同時に恥ずかしさが倍増される。

 

「ちょ、ちょっとなんて格好!大丈夫だって言ってたじゃないか!」

 

「私は別に気にしまセン。自分より二個年下のキッズですからネ」

 

「いや、でも・・・・」

 

エレンは自分よりも年下の相手であるためか特段気にした様子を見せてはいないがその扇動的な格好は思春期真っ只中の中学生には刺激が強いためか視線を合わせられない颯太。

すると薫が間髪入れずに話かけてくる。

 

「それよりスーツで撮ったって映像見してくれよ。気になるじゃねーか」

 

「あーそだね。よし、マスク被った後に携帯に繋げるからちょっと待ってて」

 

上手いこと話題が逸れた為、スーツの映像を見せることにする。刺激が強いエレンの方を極力見ないようにしながらリュックのチャックを開けて中に入れていたハイテクスーツのマスクを取り出して被り、電気ショックウェブの影響で使用出来なくなっていたが潜水艦に乗る直前に復旧した携帯を取り出す。電源を入れるとどうやら復旧したようでメッセージ欄には舞衣からのメッセージが多く届いていた。

自分達のことを本当に心配してくれていたんだなと実感し、2日程合っていないだけなのに何年も会っていないかのような懐かしさを感じる。

返信したいが海中では電波が透過せず返信は難しいため、地上に出たらになるが早く彼女を安心させる為にも後で自分も可奈美も姫和も無事だと言う事を伝えなくてはいけないと実感する。

 

マスクを被るとスーツのAIであるカレンがスパイダーマンにのみ聞こえる無機質な声で挨拶をしてくる。

 

『こんばんわ颯太』

 

「やぁ、カレン。皆と話をするからカレンの声を皆に聞こえるようにして」

 

『了解です。こんばんわ皆さん』

 

スパイダーマンが宣言するとスパイダーマンのスーツから機械で加工した無機質なカレンの音声が全員に聞こえるようになる。

一度その光景を見ている全員は初見程驚いてはいない。

 

「HI!カレン!」

 

「こんばんわカレンちゃん!」

 

「ああ」

 

「オレもペットだけじゃなくてサポートAI欲しいなー。希望としてはジャービスみたいなの」

 

「ねねっ!」

 

エレンがカレンに挨拶をし、薫の発言により一瞬自分のポジションが危うくなった危機感を感じ取るねねは白目を剥きながらガーン!という文字が頭上に浮かぶかの如き驚きようだ。

 

「カレン。僕のこの復旧した携帯に僕がスーツで見た映像を記録するシステムで見た映像を送って。何て名前だったか忘れたけど」

 

『了解です』

 

スパイダーマンは自身がスーツを着ている状態で視認した映像が記録されるシステムの名前が思い出せないことが脳内で引っかかりつつもカレンに指示を出す。

しかし、何という名前の機能だっただろうか。スーツに関しては覚えることが多すぎてパッと思い出せない時がある。

 

そのスーツの機能は何故かあまり堂々と口に出して言って欲しくないネーミングだった気がしていたが指示を受けたカレンが名前を口にしようとした際に段々の記憶の引き出しが開き始めて焦りが強くなり始める。

 

「あ、しまった!カレンやっぱちょい待って!」

 

『貴方の見た映像は全て記録済みです。機能名は・・・・・・・・・・・・・赤ちゃんモニタープロトコルです。ちなみに補助輪機能というスーツの機能を制限するシステムでもこの機能は使用可能です』

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「・・・・・・・・・・・ぷっwww」」」」

 

しかし、時は既に遅し。無情にもカレンはトニーが如何に颯太を子供扱いし、ヒーローとして初心者であると見ているかが分かる機能の名前を告げる。中学生にもなって赤ちゃん扱いのネーミングにスパイダーマン以外の一同は一斉に吹き出してしまっている。あの普段はクールな姫和でさえもだ。

カレンの無機質で淡々とした丁寧な口調が更に笑いを誘い。薫に至っては腹を押さえて床を叩きながら爆笑している。

 

「oh・・・あんまりなネーミングデスネ」

 

「ははは!赤ちゃんwモニターwwプロトコルwwアイアンマンのネーミングセンス最高かよwww」

 

「ダメだよ薫ちゃん!笑っちゃ・・・・失礼だよ・・・でも補助輪機能ってwふふっww」

 

「・・・・・・・・」

 

エレンはあんまりなネーミングセンスに同情しているが笑いを我慢する表情を崩さないようにしているのが精一杯のようだ。

爆笑する薫に注意する可奈美であるがツボってしまっている為、注意しながら吹き出すというフォローになってないフォローをする。

姫和は最大限気を使って声に出して笑わないようにしているが、顔を後ろへ背けて手で顔を押さえて肩を震わせている。笑うのを必死に我慢している状態だ。

 

全員に噴き出されて羞恥心で憤死しかけるが、なんとか堪え説明を始めるスパイダーマン。

マスクの下のHUD(ヘッドアップディスプレイ)に映る記録映像を操作しながら携帯に接続して、画面にもHUDの映像を映るようにする。

ひとしきり笑った後、全員一度携帯の画面を注視する為スパイダーマンの周りを囲む形で集まる。

 

「はいはい赤ちゃんね・・・・よし、これでHUDの映像を携帯の画面に映るようにできたな。じゃあカレン一昨日の夜に戻して」

 

『了解です』

 

スパイダーマンが指示を出すとビデオの早戻しのようにスパイダーマンの視界に映っていた映像が巻き戻されていく。

そして、2日前の映像を映し出す。

そこにはスパイダーマンがスーツを着用して調子に乗ってテンションが上がっていたのかスーツを渡されたスタークインダストリーズ日本支部のトレーニングルームにある鏡に姿を映して、正体を累のマンションにいた2人に明かす際どうやって明かすか、どう接するかを考えていた時であり1人で小芝居をしている姿が映し出された。

 

『やぁ、お嬢さん達。イケてるマンションだね。HI、可奈美。お噂は颯太君より兼ね・・・・うーん、キザすぎ。じゃあ、どストレートに。真実は・・・・私がスパイダーマンだ。ダメダメダメ、これじゃパクり!』

 

自身が出せる爽やかな声を精一杯再現しながらキザったらしく大人ぶった接し方を鏡にトレスするスパイダーマン、その結局は徒労に終わった黒歴史な前振りを見せられスパイダーマンはスーツの下で顔を赤くし、他の面々は苦笑いを零していた。

 

「何をしているんだお前は・・・・」

 

「これ何て言って正体明かすか考えてた時の奴じゃん!これじゃ無くてもうちょい先!」

 

スパイダーマンが再度指示を出すと今度はトニーがスーツを作成の際に作成する際に用いる金槌を持ち、力こぶを作りながら野太い声を上げているスパイダーマンの姿が映し出される。

ネタが伝わった薫は手でハンマーの取っ手に付いている紐を持って振り回す様を真似している。

 

『俺はオーディンの息子、マイティソーだ!』

 

「颯ちゃんここまで残念だったっけ・・・・」

 

「これ、新スーツの着心地が良くて調子に乗ってた時の奴だ!ちょっと飛ばして!」

 

『何故ですか?とても面白いモノマネです』

 

カレンは少し映像を先に早送りをするとマンションを襲撃して来た沙耶香に加勢して来た管理局が雇った新型装備ヴァルチャーが映ったシーンが見えた為、スパイダーマンが一時停止を命じると映像が静止する。

そこには2m近くはある巨大な機械の翼を着けたウィングスーツに鳥をモチーフにしたフルフェイスのヘルメットから緑色の眼光を光らせるS装備の発展型のパワードスーツ、ヴァルチャーの姿が映し出される。

 

「あーここだ。一昨日の翼をつけたビッグバード。着てたスーツは高速で空飛べたり、機械の羽を飛ばしてくる位で現状新装備の中で一番性能は地味だと思うけど装着者は一番僕らを殺すことに躊躇がない非常にやりにくい相手だったな」

 

「近隣への被害も考えずに私達を潰しに来た奴か。傍若無人な態度といい。危険な奴だ。御刀を殺しの為の道具などと・・・・っ!」

 

「正直危なかったよねー。間一髪だった」

 

実際にヴァルチャーと対面して対決し、その危険度を身に染みて体感した3人はその日の事を思い出して顔をしかめている。

自分たちの在り方を侮辱されたことに憤る姫和、危うく殺されかけた可奈美、そしてこれからの戦いは命懸けで危険な戦いである事を実感させられたスパイダーマンの表情は曇っていく。

 

「伊豆で言ってた昨日の装備ってこれのことデシタカ」

 

エレンは3人を入団テストとして腕試しの為に勝負を仕掛けた際にスパイダーマンに管理局との関係性を疑われてジョーク混じりに聞かれて何の事か知らなかった為答えられ無かったが、先日にヴァルチャーと戦闘し、追ってと思われる自分達も一味なのかと推察したと把握する。

 

『名前はエイドリアン・トゥームス45歳。殺人を含む犯罪歴多数。経歴上問題行動の数々で空軍を追い出されて以降は傭兵として活動を行っているだけでなく戦場で拾った装備を売り払う武器商人も行っている事から雇主が保釈金を払うことで難を逃れた事や名前を変えて転々としている為服役の経験はほぼ無いようです』

 

そして、カレンはスパイダーマンに殴られてヴァルチャーの欠けたヘルメットから素顔を覗かせるヴァルチャーのテストパイロット、エイドリアン・トゥームスの経歴を説明すると以前に説明を聞いたスパイダーマン以外は唖然としていた。

無理もない。傭兵として戦場を駆け抜け、トニーがアイアンマンとして活動を始めて以降はなりを潜めていたようだが、それだけで無く戦場で拾った武器を売り払う武器商人として活動している可能性まである事を知らされたのだから。

 

「こんな危ない奴を雇ってるって証拠を抑えているなら後で使えるかもなこの映像。オバハンが解析したアンプルだけじゃ信憑性が無いって言われたらこの映像も込みで突き出してやろうぜ」

 

「名案だし、その手で行こう。だけど相手は治安維持組織を牛耳ってる相手だよ。0から証拠を作れるような物さ。20年前の件だって今日まで隠蔽出来てるし、この時の戦闘ですら僕のせいにされてるんだろうなぁ・・・絶対今頃あの編集長この情報に踊らされて僕のことノリノリで叩いてるよ」

 

「あーあの大袈裟なちょび髭オヤジか。アイツ絶対暇人で他にすることなくてお前のこと叩いてんだろーから気にすんなよ。お前のアンチスレの大体の建て主絶対アイツだから」

 

 

薫が映像を見せられてパイロットの名前と顔も特定しているのならば証拠として取っておく事を提案すると勿論手札の1つとして隠し持っておく事を説明するがやはりちょっとやそっとでは尻尾を出さない折神紫体制にどこまで通用するかはわからない。

やはり相模湾岸大災厄の真相を今日まで見事に隠蔽し、この騒動をスパイダーマンのせいにして報道させていることも拍車をかけている。

 

 

次は昨日の夜での戦闘。ショッカーと戦闘した時の映像だ。

ヴァルチャーとの戦闘の後からの様子を早送りで飛ばす。ショッカーとの戦闘ではエレンがショッカーとの交戦の最中に偶然介入した形になるため一部始終を収めている訳では無いが戦闘している様子やテストパイロットであるハーマン・シュルツの素顔も記録している為確認する価値はあるだろう。

 

「よし、次は昨日の奴だ。カレン早送りよろしく」

 

『了解です』

 

「よし、そこだ・・・・ぶっ!」

 

『ふぁ、ふぁやふろいふぇ!ふぉのらいへいはまふぃい!ひぬ!(は、早くどいて!この体勢はマズイ!死ぬ!)』

 

『このままでは敵と戦う以前に窒息するでしょう』

 

『そ、sorry!』

 

スパイダーマンが静止を命じるとカレンが直前に早送りを早めたのかショッカーにダメージを与えられてまともに立つ事すら危うかった際にエレンを受け止める事に失敗し、転倒と同時にエレンがスパイダーマンに覆いかぶさる形で伸し掛かり、エレンの胸がスパイダーマンの顔に直撃し、埋もれて窒息しかけた瞬間だ。

視界全体に胸がドアップで映し出された瞬間スパイダーマンは盛大に吹き出し、エレン以外の面々、特に姫和と薫から白い目で見られた。半面ねねは緩んだ表情になっている。

 

「ねね~」

 

「そうか、やっぱお前もそういう星の星人か・・・」

 

「ふーん」

 

「いやちょっと誤解だって!これは敵にダメージ与えられててまともに立ってられなくて無理矢理受け止めようとしたら失敗して・・・っ!」

 

「そうデスヨ、あれは事故デス。私は気にしてマセンカラ!」

 

スパイダーマンが弁明するとエレンがすかさずフォローしてくれたおかげで一旦場は落ち着いたがやはり女性陣からの冷ややかだ。そんな視線に晒されながらショッカーの全身像が映る瞬間に止める。

黄色のカラーリングに網目状の模様のスーツ、頭部を守るための鋭い目付きのツインアイのブラウン色のヘルメット、両腕にガントレットを装備しているややヒロイックなデザインのパワードスーツ、ショッカーが映し出される。

そして、エレンとスパイダーマンにスーツのフルフェイスのヘルメットを破壊された際に装着者であるハーマンの素顔が晒され、犯罪データベースに記録があったためハーマンの経歴がカレンから説明される。

 

『犯罪データベースから照合。ハーマン・シュルツ21歳。元プロボクサーで一昨年に世界チャンピオンにまで登り詰めたものの、直後にWBA(世界ボクシング協会)のトップとファイトマネーの問題で揉め、評議会全員を滅多打ちにして逮捕。出所以降は日本でギャングの用心棒を行っていたそうですが数日前に美濃関付近の銀行を強盗目的で襲撃し、颯太に阻まれて逮捕されていました』

 

「コイツ、御前試合の前日に美濃関周辺の銀行を襲って逮捕されてた奴なのは本人から聞いたけど、実は一昨年の大晦日のボクシングの世界大会でチャンピオンになってたのか・・通りですごい厄介な奴だった訳だ。しかも銀行強盗の動機がアイドルのライブの遠征費が欲しいからって・・・」

 

「えっ?私そんな理由の巻き添えで死にかけたの・・・」

 

可奈美は御前試合の前日にハーマンの一味の運転するトラックに撥ね飛ばされた車に直撃しそうになったためそんなふざけた理由で死にかけたことに戦々恐々としている。

するとエレンはハーマンがスーツの名前をショッカーと名乗っていたことを思い出していた。

 

「装備は確かショッカーって言ってマシタネ。STT向けの装備らしいですが使い手のハマハマが初見とは思えない位に使いこなしてマシタ」

 

「撃ってくる振動波はメチャクチャ速いし、そのガントレットで殴られた時の痛みは言葉じゃ語れない位だったよ。あの威力は多分荒魂殴り飛ばせると思う。おまけに電気ショックは効かないし何より本体がバカみたいに強い・・・・」

 

「強いのかぁ・・・・・ちょっと戦って見たかったかも」

 

「イーッ!ってこれは違うショッカーだな」

 

「ハマハマ・・・敵にもあだ名を着けるのか・・・」

 

ハーマンが格闘技界隈ではかなり有名な人物であったが今は一人のチンピラになり下がってはいるものの初見でショッカーを使いこなし、エレンとスパイダーマンを相手に互角以上に渡り合う手腕は素直に評価しており、エレンがいなければスパイダーマンは確実に敗北していたであろう勝負であったため忘れられない敵になったともいえるだろう。

薫はショッカー違いで某特撮番組の戦闘員による戦闘員の為の魂の掛け声を真似している。

姫和がエレンが人見知りせずに様々な人にあだ名を付ける人物とは言え命がけの戦いをした相手であるハーマンにもあだ名をつけているフレンドリーさに困惑している。

 

エレンはハーマンとは本気の勝負を繰り広げた相手であるが単細胞だが裏表がなく、堂々としていて勝利したエレンに譲歩してエレンのことを報告しない約束を守るという義理堅さを知っているため次に仮に会う時は敵かも知れないが、憎めない相手であるため悪感情はない。

 

 

「ハイ!昨日の敵は今日の友デス!それに約束通りハマハマが私と戦闘した事を内緒にしててくれたお陰で敵の拠点に潜入できマシタ!ハマハマが義理堅い性格で助かりマシター」

 

「ほーん・・・・そうかい」

 

薫はエレンの様子を見て相棒である自分が共に戦って助けに入ることは叶わなかったのは心苦しい上に、相棒をここまで追い詰めて疲弊させ、翌日のライノとの戦闘に大きく影響を与えた相手ではあるため対面したことはない画面に映るショッカーの装着者のハーマンに憤りを感じないでもないがエレンが笑って許しているのなら特別に許してやらなくもない。

しかし、相棒がここまてま評価する相手なら会う機会があればどんな奴か見てやろうじゃないかと心の中で思いつつジト目で視線を送る。

 

そして、スパイダーマンは映像を進めて、本日の日付で止める。次は昼間にかけて全員が激しい戦闘をした相手、ライノについてだ。

携帯の画面には全身を覆うS装備のカラーリングの名残のある黒銀の鋼の装甲、サイを連想させる頭部の兜には眉間の部分に鋭利な角、蒼く光るツインアイのパワードスーツ、ライノが映し出される。

スパイダーマンはライノと夜見の会話でライノという単語を発していたのを覚えていたためライノと呼ぶことにした。

 

 

「次は今日の奴か。確かライノって言ってたな」

 

「全くこのマッチョゴリラに会うのは勘弁して欲しいぜ」

 

ライノに最もダメージを与えた薫であるがやはり、装着者の身体能力だけでなく桁外れの耐久性とパワーを思い出すと頭が痛くなってきた。

可奈美は真剣な表情でライノを見つめている。すると戦いの中でライノの装着者であるアレクセイから感じ取ったことを告げる。

 

「颯ちゃん、この人も検索できる?なんか私、この人犯罪とか悪いことに自分から手を出すようには思えなかったんだ」

 

「確かに、この3人の中では一番大人っていうか理性的っていうか・・カレン、見つけられる?」

 

カレンが即座にライノを解除させられて姿を見せたアレクセイの顔をデータベースに接続して検索を試みるが検索には一切引っ掛からない。つまりは逮捕歴がないということだ。

前二人と違い、検索結果に出ないことを姫和が疑問視し始める。

 

『犯罪データベースから照合・・・・・・犯罪データベースに記録がありません』

 

「どういうことだ?これまでの奴は少なくとも適性が高いが犯罪者だったじゃないか。装備のテストの為、最も性能を引き出せるとはいえ犯罪者を雇う場合は装備を盗んで犯罪を犯してもおかしくない者、仮に消えても誰も困らないから極秘で逃したり匿ったりできる相手を選んでいたのではないのか」

 

「わかんねーけど、それを揉み消せる大がかりな犯罪組織の一員とかそれを知ってる奴は消されるとかなんじゃねーの。だとすると逮捕歴がないのも納得だけど。にしてもオレら複数で戦ってやっと勝てるようなメンドクセーマッチョゴリラには戦闘じゃ会いたくねーな。敵だけどクソ真面目で悪い奴じゃ無さそうな感じはしたけどよ」

 

「ねね!」

 

薫なりにライノの正体を考察し、人物的に進んで犯罪に加担するようには見えないが、本気を出してはいるのだろうが殺す気でかかって来てはいない。もしくは相手がどのくらいならギリギリ死なないのかを熟知しているのではと推察しつつこれまでの関連性から犯罪者かそれに類する組織の一員なのではという推測は大まかには当たっている。

 

「よし、これで敵が送り出して来た新装備の奴らを一通り把握出来たね。これで仮に次にまた攻めて来た時に事前情報無しって言う事は避けられるといいけど」

 

管理局が採用した新装備のテストパイロット達とそのスーツの性能を確認して振り返ると、戦闘で苦戦させられた苦い思い出や敵の人物像をおさらいした事で戦闘での反省点や仮に次に攻めて来た際に少しでも事前情報無しで戦闘するという事態を避けられるようになれば御の字であろう。

 

「oh、もうこんな時間デスカ・・・戦闘での疲れが取れてないのでもう寝た方がいいかもデスネ」

 

「だな、オレもマジ疲れた。これでまたしばらく休暇が入るといいけどな」

 

「じゃあ、僕も部屋に戻るよ。おやすみー」

 

「颯ちゃんもお疲れ、おやすみー」

 

「おやすみ・・・・」

 

 

長い時間話し込んでいた為か、携帯に内蔵されている時刻に視線を移すと深夜に差し掛かる時間だ。

よく見ると皆、連日の戦闘で相当疲労が溜まっているのか目の下に隈が出来ていたり目をショボショボとさせながら半開きになって大きなあくびをしている。そろそろ就寝してもいい頃合いだろう。会話を御開きにしてそれぞれが寝台に移動してスパイダーマンのマスクを外した颯太は部屋から退室していく。

 




長くなりそうなんで一旦ここで。

ファーフロムホーム、良かったです。

何を言ってもネタバレになっちゃう気がするので内容にはあまり触れません。
単独映画としての完成度も半端無かった上にエンドゲームを見た人には是非見て欲しい映画です。

ホムカミ見たときアクションとスウィング若干少ないのと少し動きが分かりにくいかなーって思っていた部分もありましたがファー・フロム・ホームだとアクションとスウィングが格段に増えててかっこ良くなってたのでアクションとスウィングに関してはもう文句なしです。

とにかく熱さとエモさで言えば実写スパイダーマン映画屈指だなって感じました!

取り敢えず言える事は・・・・・・早く続きが観たい!


余談:アイアンマン~ファー・フロム・ホームまでの合計上映時間って3000分らしいっすね。


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第32話 疼き

エンドゲーム世界興行収入1位、ファーフロ歴代スパイディ映画興行収入1位めでたい!

若干ギスギスするよ(主にある人のせいで)


「あー暇だー俺ら大した怪我じゃねぇっつのにわざわざ入院とかだりーわ。装備もぶっ壊れて直すのにかなり時間かかるっぽいからクソ暇なんだが、テレビ見るか携帯いじる以外やる事ねーし」

 

「あぁ、まぁしばらく出番は無いだろうな」

 

刀剣類管理局本部にあるとある医療施設の一室にて、2人の男性が入院着に身を包んでそれぞれの寝台に寝そべっていたり、アグラをかいて座っている。

入院着の服の隙間から腕から背中、胸や首にかけてに彫られた刺青が覗く、耳にゴツいピアスという如何にもなチンピラと言った風貌でアスリートのような引き締まった体躯の筋肉質な若者、ショッカーの適合者ハーマン・シュルツは逃亡者一行を捕獲するという任務の際にエレンとスパイダーマンに敗北し軽傷であったが念のために治療を受け、医療施設の一室に検査入院をさせられている。

そして、もう片方の筋骨隆々な体躯とは裏腹に物静かな印象を受ける40代前半程の男性、ライノの適合者アレクセイ・シツェビッチもハーマン同様折神紫襲撃の一味とそれに加担した面々の捕獲のために任務に参加していたが4対1の勝負を正面から受けて敗北。ライノは大破させられたものの本人は軽症で済んだが満身創痍の夜見を運んだと同時に自身もこの施設に搬送され治療の為にこの医療施設にいる。

 

両者とも任務でテストパイロットとして各々に用意された装備を逃亡者一行と戦闘の末に敗北して破壊され、修復にはかなりの時間を要する為現行は治療以外にする事がない2人は同じ病室に入れられている。最も、2人とも軽症である為入院する意味はほぼ無いがしばらくは待機と治療という形で暇を持て余している。

ハーマンは左肘をシーツにつけ、頭を左手で支えながら寝そべって病室のテレビを見ているが歌謡祭か格闘番組かアニメ以外興味はないためかバラエティを死ぬほどつまらなそうに見ている。

アレクセイもニュース以外に関心はない為バラエティを興味無さげに眺めている。

 

「あーあ最近のバラエティなんて大体内容同じじゃねーか。俺の推しちゃんが出演する歌番までまだ時間あるしよークソつまんねー」

 

「・・・・・・・・・・・なぁシュルツ」

 

「あ?」

 

ハーマンが愚痴をこぼしていると、後ろの寝台に座るアレクセイに真面目トーンで話しかけられかったるそうに身体をそちらには向けずに寝そべったまま首半分だけを動かして顔の半分をそちらに向ける形でアレクセイの方を振り向く。

するとアレクセイはいつにも増して真剣な顔付きで訴えかけてくるような視線にハーマンは少し戸惑うが顔には出さない。

 

「すまなかったな。最初に対面した時、お前のような井の中の蛙は肝心なところで上手くいかない、足元を掬われると。自分のことを棚に上げてお前のことを軽く見てしまった。だが、結局俺も彼等に負けてしまって示しが付かない無様を晒した。だからお前を軽んじた発言を謝罪する」

 

アレクセイの口から出たのはまさかの謝罪の言葉だった。初対面の際、ハーマンがマウントを取った自信過剰な態度で接して来たためあまり本気で相手にせず当たり障りの無い、軽んじた態度で接して来た事を謝罪するとハーマンは驚いたなか少しだけ瞳孔を散大させる。

急に真剣な表情でそのような事を言われためハーマンは珍しく困惑している。

まぁ、あの様な態度を取られて友好的に接しろと言う方が無理な話ではあるため、アレクセイが当たり障りの無い対応に出るのも無理はないと頭では理解していたが唐突にハーマンを一人の個人として認識した上で謝罪をされるとこちらも立場が無くなるという部分もある。

 

「な、なんだよ急に気色ワリィ・・・・アイドルみたいな美少女にならともかくテメェみたいなゴリラにマジ顔で言われても嬉しくねぇっつの・・・・まぁ、俺も調子こいてたわ悪かったな。俺も大口叩いといて負けたし2人ともダセェ敗残兵だしな、罵り合っててもしゃーねーか」

 

「そうだな、俺も自分ではすでに出来ていると思っていたが彼女達や皐月隊員のように何かを為すための意志も覚悟もまだまだ足りなかった。だから負けた。お前の事を言える立場じゃ無かったなと思ったんだ。もし、次から一緒に戦う時はよろしく頼む」

 

「おう、俺の足は引っ張んなよ。つーかテメェ何人がかりに負けたんだよ?」

 

自分がやられた事にはネチネチと根に持つタイプのハーマンではあるが他人の失敗や敗北には比較的寛容、どちらかと言うと無頓着な部分もあるためアレクセイが彼等に負けた事に関してはとやかく言うつもりはない。何より自分も大口を叩いておいて敗北したのだから言い訳したり反発するのはシャバ憎のやる事だと考えている為素直に非を認める。

互いに非を認めた事で多少だが関係が修復し、仕事仲間である事を認めた事で蟠りが少しだけ解ける。

するとハーマンは自身は2人掛かりの相手に敗北したのだが自身に勝利したエレンに自分の事は口外しない事を約束しており、彼女が潜入がてらノロを奪取し、夜見とライノと戦闘した事で逃亡者一行の一味だと知られている事はハーマンは知らない為エレンにも負けた事は話すつもりは無いがアレクセイが何人を相手に立ち回ったのか気になった為に問い掛ける。

 

「4人だが?」

 

「はぁ!?4人だぁ!?盛ってんじゃねぇだろうな?」

 

「事実だ。俺は正々堂々彼等一人一人と真正面からぶつかって負けた。死力を尽くしたが勝てなかったな」

 

「マジかよテメェ・・・・俺は・・・・・スパイダー野郎とサシだ」

 

伊豆の山中でアレクセイはライノとして可奈美、姫和、薫、スパイダーマン の4人を捕獲するために夜見がノロの過剰摂取で倒れて以降は一人で戦っていた事を告げるとハーマンに驚かれる。自身も2体1を相手にそれなりに善戦したとは思っていたがまさか渡された装備の性能に違いはあるとは言え4人相手に激戦を繰り広げたと考えると開いた口が塞がらない状態になる。

ハーマンは律儀にもエレンとも戦闘をした事は仮に逃亡者一行の一味だと知られていても約束通り話すつもりは無く、無関係で通すつもりでいたため自分はスパイダーマン とタイマン勝負で負けた事にしている。

 

「そうか、だがあの坊主はまだまだ未熟という感じがしたが・・・」

 

「うっせ、トーシロなりに気合い入った野郎だったから俺が凡ミスで負けただけだ。次はぶっ潰す」

(あの女も相当に気合い入った野郎だったな。わざとらしいエセ片言でふざけてやがるが常に思考はクールでぜってぇ負けねぇ、やり遂げるって闘志が眼に宿ってやがったな・・・・チッ、何で推し以外の女の事なんざ考えてんだ俺は)

 

「・・・・・・・・・」

 

「んだよ文句あんのかコラ・・・・・あぁっ!歌番が始まったであります!」

 

ハーマンの何かを隠しているかのような態度に少し怪訝そうな視線を送るが、余計な事は喋らないつもりであるためこれ以上追求しても無駄かも知れないと判断したため会話を打ち切ろうとするとつけっぱなしで放置していたテレビ欄が切り替わり、ハーマンが待ちに待っていた自身が好きなアイドルグループが出演予定の歌番組が始まった為即座に視線をアレクセイから外して子供の様に眼を輝かせながらテレビに齧り付くように見入っている。

 

あまりの変わりようとその反応の速さにアレクセイも戸惑ったが、誰しも趣味や好きな物の前ではテンションが上がる物だと無理矢理納得し、共にテレビを眺める。

ハーマンが推しているグループの推しメンのアイドルがテレビの前の視聴者及び観客に向けて元気に可愛らしく挨拶して曲が流れ始めるとハーマンもリズムに乗り始めて医療施設の病室でありながら所構わずに大声でガチコールをし始める、その豹変ぶりに隣にいる普段は無表情なアレクセイですら、ハーマンの装備ショッカーの名の通りに強い衝撃を与えられ、気圧されて固唾を飲んだまま固まってしまう。

 

『みんなー!いっくよー!』

 

「(ウリャ!)オイ!(ウリャ!)オイ!(ウリャ!)オイ!(ウリャ!)オイ!タイガー!ファイアー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャージャー!L、O、V、E!ラブリー、りるる!Fuwa!Fuwa!Fuwa!Fuwa!」

 

(な、なんというべきか・・・・すごく、立ち去りたい・・・・)

 

ハーマンの豹変ぶりにも驚いたがその声量にも驚かされたアレクセイは頭を抱えながらしばらくは任務で共に仕事をするのはともかくハーマンと同室であることは1つの試練、苦行なのでは無いかと思わせる苦痛の空間だ。

 

「はぁ〜やはり何度見てもりるるんはかわゆいでありますな〜」

 

曲が終わり、汗を流しながら緩んだ表情で好きなアイドルグループがインタビューされている場面を見ている姿を横目に嵐が過ぎ去ったと思った矢先に病室の扉を開けていたためか廊下から怒号が聞こえてくる。

 

「鎌府女学院!直ちに集合しろ!モタモタするなノロマグズ共!早急に沙耶香を連れもどしなさい!」

 

雪那が逃走した沙耶香を捜索するために、管理局の捜査本部へ向かう道すがら各地に配置させた自身が学長を務める鎌府女学院の生徒たちに大声で呼びかけ、時には手を叩き、生徒を召集するために指笛を吹いている為先程のハーマンにも匹敵する程うるさい。

テレビにお熱になっているハーマンは我関せずの態度を貫いているが雪那が病室に近づくたびに雪那の大声がより強く大きく響き始めてテレビの音をかき消し始めた。

 

テレビを熱中して観ている最中に近くで誰かに騒がれたり話しかけられると人間は段々イライラし始めるのだが、ハーマンも例外では無く段々怒りのボルテージが上がり始め、表情も先程までの緩んだ表情から視線だけで人が殺せそうな眼力を宿して歯を力強く食いしばり、額に青筋を立て、背後からでも分かる程肩がワナワナと震え始めている。アレクセイは直感で察した・・・・あっコイツ、キレる寸前だと。

 

すると雪那が2人の病室の前まで来ると病室のドアが開いていた為、雪那は姿が見えた2人に向けて威圧的で上から目線な態度で偉そうに指図してくる。

 

「おい、役立たずのボンクラ共!どうせ大した怪我じゃないのだから生身での捜索で構わないから私に協力しなさい!猫の手も借りたい状況なのでな、我が校の生徒の糸見沙耶香の捜索に協力すれば私直々に報酬を出す!どうせ新装備もロクに扱えない、生きていても大して意味を持たない無能なのだからそれくらい役に」

 

・・・・ブチン!

するとついに、ハーマンの中で何かが切れた音がした。雪那は意図してやっていた訳ではないが付けてしまったのだ、付けてはいけないダイナマイトの導火線に火を。

そして、その危険なダイナマイトが今炸裂する。

 

「うるせぇババア!人がテレビ見てる横でギャーギャー騒ぐんじゃねぇ!りるるんの声が聞こえねぇだろうがぁっ!シメるぞこの・・・っ!」

 

ハーマンは病室のベッドから立ち上がり窓側に置いてあったガラス製の壺のような大きで、花と水も入っていてそれなりに重量のある花瓶を手で掴み、振り向きざまに雪那に向けて大きく振りかぶって全力で投げつける。勿論当てるつもりは無いが。

 

「クソボケアバズレがぁっー!」

 

「ひぃっ!」

 

声だけで人がすくみ上がる。窓ガラスが声の声量で揺れ、館内に響き渡るであろう罵詈雑言を込めた怒号を雪那はいきなりぶつけられて腰を抜かして尻餅を着く。ハーマンが力強く投げた花瓶は風を切る音を立てながら雪那の頭上スレスレを通過して廊下の壁に直撃して、花瓶が粉々に砕け散り水が廊下に散乱して花が床に落ちる。雪那は確かに言い方に問題はあったかも知れないが突然に逆ギレされた上に花瓶を投げ付けられたのだ、怖くない訳がない。

 

当のハーマンがキレた理由は侮辱されたからではなく雪那の周囲を顧みない怒声のせいでテレビの音が聞こえないからだというかなり一方的な理由だ。

先程病室で騒いでいたハーマンにはそれを言う資格が無いため尚更性質が悪い。

同じく自己中心的で短気という点は似てなくも無いが2人の相性は水と油、衝突は必然とも言えるだろう。

 

 

「な、何をする貴様!?」

 

「脳ミソに刻んどけやアバズレ、人がテレビ見るのを雑音で邪魔する野郎はなぁぶちのめされても文句は言えねんだよゴラァ!」

 

「あ、アバズレ・・・・っ!?」

 

「覚悟は出来てんだろうなぁ!?あ゛ぁっ!?」

 

「いいから早く逃げろ!」

 

「この、野蛮な猿め・・・っ!」

 

衝撃的な光景にアレクセイも唖然としていたが、このままでは雪那が危険だと判断したため、既にアイドルオタクから一介のチンピラの顔になりながら怒声をあげ、拳をバキバキと鳴らして今にも雪那を殴りかねないハーマンの前に立ち塞がり通せんぼをするとその隙に雪那は走るのに向かない筈のヒールの靴であるが全力疾走で捜査本部へと駆けて行った。

ハーマンは先程怒りを爆発させて怒鳴っていた為か肩で息をしながら息を荒くしている。

 

「ハァ・・・・ハァ・・・・クソっ、推しグループのインタビュー終わってんじゃねぇか。チッ、あのババア覚えとけよ」

 

「お前少しは自重しろ」

 

「つーか、あの偉そうなババア俺らに何の用だったんだ?」

 

「聞いてなかったのか・・・生徒さんが逃げたから捜索に協力しろとの事だ。しかも報酬付きで」

 

「マジか、ちゃんと聞いときゃ良かったかな・・・・・ま、いっか!ババアの事情なんて。それよりテレビ見よーぜ」

 

 

アレクセイがハーマンを諌めると廊下を歩く足音が聞こえる。振り向くと2人同様に入院着に身を包み、右眼や腕の辺りを包帯で覆っている少女、先の任務で負傷した夜見だ。重い身体と足を引き摺る様な覚束ない足取り、誰が見ても安静にしてなきゃいけないように見える彼女だが何度も転びそうになりながらゆっくりとした足取りで雪那が走り去って行った捜査本部の方へ向かっていた。

 

「おう、てめぇか。てめぇもこっち来てテレビ見よーぜ。俺が推しグループの良さを朝まで語ってやるよ」

 

「結構です」

 

ハーマンに部屋で一緒にテレビを見ようという誘いを即答で断り、ハーマンは口を尖らせて不貞腐れながら自身の寝台に寝そべってテレビの鑑賞に戻り、次は深夜アニメを見始める。

アレクセイはハーマンとは違い、戦闘で彼女が倒れる所も見ており彼女を駐車場まで運んだ為夜見の容態を心配していた。

アレクセイの真剣な問いに対して無表情のまま言葉を返す。

 

「皐月隊員・・・・大丈夫か?」

 

「はい、シツェビッチさん。私のこと、運んでくださったようですね。申し訳ありません」

 

「それはいいんだが、怪我人なんだから無理をしてはダメだ」

 

「お気遣い感謝します。ですが行くところがありますので」

 

「んだよ、つれねー奴」

 

アレクセイの気遣いには感謝をしてはいるが今は急いでいるのか再度壁に手を付けて身体の姿勢を直した後に2人の病室を後にして捜査本部の方向へ向かう夜見の背中をテレビから視線を離さずに欠伸をして悪態をつくハーマンとは違いアレクセイはただ見つめていた。

 

場面は変わって捜査本部。

 

「今何と言った?」

 

雪那は自身にキレて花瓶を投げつけて来たハーマンから逃れ全速力で捜査本部に駆け込み、目的であった新装備の使用権を持つ栄人、親衛隊の面々真希と寿々花に対し沙耶香の捜索に協力するように高圧的な上から目線で指図しに来たのだが彼女らからの返答に不機嫌そうに返す。

 

「我々親衛隊は糸見沙耶香の捜索に協力出来ない。と申しました」

 

「そもそも我々の使命は紫様をお守りすること、鎌府女学院内部の問題に介入する権利も義務もありませんわ」

 

「申し訳ありませんが私も協力出来ません。使用権は私に一任されていますが例外を除いて局長の許可なしに彼らを出撃はさせられません。おまけにショッカーとライノは戦闘で大破、近日中での修復は不可能。残っているヴァルチャーも調整中です」

 

3人から協力出来ない理由。そもそも自分達には関係が無い、雪那と沙耶香個人同士、鎌府内輪揉めのいざこざに介入する理由は無い上に紫の側を離れる訳にはいかない為

協力は出来ない。紫の許可無しに装備は使用できない事と、どの道どの機体もすぐには出撃は不可能であるため栄人にも協力を拒否されると3人に向けて反撃し始める。

 

「紫様の為なら尚更よ!沙耶香こそ紫様の片腕たるにふさわしき者、反逆者も捕まえられない貴様ら無能共とは違うの!早急に沙耶香を連れ戻しなさい!このノロマ共が!」

 

雪那の傲慢で粗雑な言動、自分達や仲間の夜見をそのように堂々と貶されたためか真希と寿々花の顔付きが段々険しくなっていく様を隣で見ている栄人は生きている心地がしなくなって来て冷や汗をかき始める。

しかし、彼女達が雪那の言動に腹を立てる理由も理解出来る上に会社のクライアントである彼女達を貶されて自身も腹が立ってしまった上にこれまでの彼女の横暴な態度に我慢していたフラストレーションが軽く爆発し、自身の正直な気持ちをつい口を滑らせてしまった。

 

本来ならば雪那のような導火線の無いダイナマイトのような相手は下手に刺激せず飽きるまで適当に言わせて置けばいいと堪えるべき所だが、ここ数日間一緒にいただけだが、自由気まま、自分の意思を強く持って生きる結芽の影響を多少なりとも受けたのか、栄人も自分のことはいくら悪く言われても構わないが仕事仲間であり無表情で何を考えているか読めず現状最も接しにくいが職務に忠実で真面目で、自分にも丁寧に接してくれる夜見、昔から知っていて実姉のように慕っている寿々花、面倒見が良く凛々しくて気の良い人物で素直に尊敬できる真希、そして何より友人を追い詰めなければならない苦難が続く中、彼女といるときはその事を払拭してくれる。時折彼女の我儘に振り回されるがそれでいて一緒にいて楽しい気持ちにさせてくれる相手である結芽を侮辱されて黙っていたくないという自分の意思を雪那に丁寧に、それでいて力強く語る。

 

「高津学長・・・・その辺にしておいた方がいいですよ。いい加減にしないと皆さんキレますよ」

 

「針井・・・・?」

 

「栄人さん・・?」

 

 

「何だと貴様!」

 

全員が雪那を冷やかな眼で見ている最中、突然にトゥームスなどを相手にする際、時に牽制のために強気で脅しをかけたりすることは知っていたが普段はこういう場では上の立場の者には強く主張しない栄人が唐突に最大限丁寧に、それでいて強い口調で雪那に相対している。

その姿を見て真希と寿々花は少し驚いていて、雪那もただ自分の暴言を黙って大人しく聞いていた相手に反論された為少しだけ驚いたが立場は自身の方が上であるため尊大な態度で怒鳴る。

そんな雪那に対し、恐怖で掌が汗まみれになるが強く握って一歩も引かずに反論する。

 

「局長のお役に立ちたいと言うお気持ちを否定するつもりはありません。むしろ誰かの為に懸命になれる精神はご立派だと思います。でずが周囲を顧みずに当たり散らすのはいかがなものかと思います。それに貴女は私と共に局長直々に勝手な真似はするな。自分の持ち場を離れるなと再三注意をされたにも関わらず命令を無視されている事に関して、私が言えた発言ではありませんが局長の親近を悩まし、不利益になり得ないご自身の行動に疑問は持たれないのですか?ここ数日の貴女の態度と行動を見ていると逃走された糸見さんが逃げ出したくなるのも無理はないかと思わざるを得ません」

 

「図に乗るなよ商人風情の小僧が!誰に向かって口を聞いているか分かっているのか!」

 

鎌府女学院は神奈川県に設立されており南関東1都3県にやたら荒魂が発生する首都圏のため討伐に狩り出される事が多く、結果として最新装備を優先的に配備される為会社にとって雪那は御得意様あるため、雪那に反抗的な態度をとるということはマズい所では済まないのだが、それでいて先程の強い言葉ではなく諭すように語りかける。

 

「分かっております。貴女も我が社の立派な御得意様であり、お客様です。商品を贔屓にして頂けていることは誠に感謝しているからこそ私は貴女が無闇矢鱈に他人に当たり散らす方だと他の皆様に誤解されて欲しく無いのです。局長の為に何かをしたいというお気持ちは尊重しますがここは貴女のホームではありません。貴女は伍箇伝の一校の学長を務められているのならご自身の立場を考慮した冷静で適切な発言と行動をされた方がよろしいかと思われます」

 

「・・・・・ちっ!」

 

「・・・・・申し訳ありませんが、我々もご期待には沿いかねます」

 

「獅堂、貴様!」

 

「お静かに、紫様の親近を悩ますは高津学長とて本位では無いのでは?」

 

「・・・・・・・・ふん!」

 

確かに沙耶香には逃走され、研究者にはあしらわれ、ハーマンには花瓶を投げ付けられるという散々な目に遭遇して焦りと苛立ちで冷静さを欠いていたが真剣な表情で語りかけてくる言葉、全員に言われた事も一理ある事や、これ以上彼らに何を話しても協力しては貰えない。時間の無駄だと判断すると会話を打ち切って退室していく。本来ならここで立場を盾に取って栄人に脅しをかける位はしたいがそんな事をしている間に沙耶香に遠くに逃げられる方がマズいため退室していく。

 

「出来損ない共め、沙耶香に取って代わられるのを恐れてか・・っ!」

 

「高津学長・・・」

 

 

そして、退室した扉の外に出た廊下で悪態をつき始めると声をかけられる。

振り返ると病室から抜け出して出して来た右眼の辺りや身体中に包帯を巻き、左手で右腕を押さえる満身創痍の夜見が歩み寄って来る。

すると先程までの鬱憤をぶつけるかの如く夜見を見下し、嘲笑い始める。

元より自身の学校の卒業生ではあるが故に当たりがキツいのだが、本日は特に機嫌が悪い為か更にキツく当たり始める。

 

「ふんっ、折角の力も御し切れず惨めな姿、それで親衛隊とは聞いて飽きれるわ。お前など所詮紫様の温情で拾ってもらった試作品。身の程を知りなさい」

 

雪那の罵詈雑言を無表情で聞きながら、しばしの間両者の間に沈黙が流れるが普段は口数が少ない夜見がその沈黙を破り、左腕で抑えていた右腕を持ち上げて差し出すようにして体の前方に持って行く。

 

「私の・・・私の力であればご随意に」

 

「私の力だとぉっ!」

しかし、直後その発言が雪那の理性の導火線に火を付けてしまったのか怒りで表情筋が細かく動き、怒鳴りつけながら頰に強く平手打ちをお見舞いする。

その乾いた音が深夜の静寂に包まれた廊下に木霊し、頰を抑える夜見に向けて直後に正面から向き直って腹の底から怒鳴りつける。

 

「お前にくれてやった力など、沙耶香を完成させる上で零れ落ちたゴミも同然!なのに紫様に召し上がられ増長して私を見下すか!忘れるな!沙耶香さえいればお前たちなど必要無い事を!」

 

言いたい事だけ言い終わると苛立った様子のまま通り過ぎ、再度鎌府の生徒たちに召集をかけ始める。

 

 

そしてその一部始終を柱の陰から見ていた者がいた。手に持っていたいちご大福ネコのストラップを握ると顔が形を変え、どことなく先程まで怒鳴り散らしていた雪那の表情を真似たような表情をいちご大福ネコにさせている。

 

「うへーおばちゃんおっかなーい。あーあ、おにーさんやおねーさんが仕事を終えて出て来たらびっくりさせようと思って出待ちしてたのに嫌なもん見たちゃったなー」

 

捜査本部に籠りきりで完全に疲労で油断している所を突然柱の陰から現れるか大声を出すなどして驚かしてやろう等と考えて結芽が栄人や真希達を出待ちしていたのだが出て来たのはヒステリックに怒鳴り散らしながら夜見に八つ当たりをする雪那であったためアテが外れたような、すっぱいガムシリーズでハズレを引いたような気分になる結芽であった。

 

一向に捜査本部の部屋から出てこない3人の出待ちに飽き始めていた矢先に捜査本部の扉が開かれる。

 

「あー疲れた、やっと寝れる・・・・さ、皐月さん!?」

 

(あっ!ハリーおにーさん!よーし、後ろから大声出してあげよっと・・・・ん?)

 

一仕事を終えた為宿舎に行こうと捜査本部から退室して来た栄人の姿を見るやニヤリとイタズラっぽい表情を浮かべて栄人の背後を取るタイミングを伺っていると目の前の光景が気がかりになり始める。

栄人が駆け寄るようにして夜見に近付いて心から心配そうな顔をして接し始めたのだ。その瞬間に結芽には普段現れない焦りのような感情が湧き上があってくる。

 

「皐月さん!ダメですよ抜け出しちゃ!貴方は安静にしていないと!しかも顔も腫れてる・・・・高津学長にやられたのか・・・ひでぇな・・・」

 

「・・・・・」

 

本来ならば病室で安静にしていなければならない筈が病室を身体を引き摺りながら抜け出し、頰を抑え無言で佇む夜見を見て甲斐甲斐しく声を掛ける姿を見て結芽は胸やけなどのように生理的に起きる現象とは種類が違った胸の疼きが走る。無意識のうちに掌で服を掴んで胸の痛みを押さえる動作をしてしまう。

その動作により服に強く皺が残るほど強い力が籠っていた。

 

「とにかく、皐月さん。病室に戻りましょう、今は安静にしている事が第一です。歩けますか?」

 

「はい・・・・つっ!」

 

「危ね!」

 

直後に覚束ない足で歩き出そうとすると躓いて姿勢を崩し前に転倒しそうになると身体が前に傾いた瞬間に夜見の両肩を支えて栄人が転倒を防ぐ。

 

咄嗟であった為両者共驚いているがすぐに長距離の歩行は難しい夜見を病室まで戻すべきだと判断してか夜見の左腕を自身の首の後ろを通した後に手を左肩に乗せて左手で夜見の手を持ち、右手で相手の脇腹を支えて肩を貸すような形になる搬送法、支持搬送の形になる。

夜見は無表情を貫いているが声色は申し訳無さそうに謝罪してくる。

 

「ここからまた病室まで歩くのは大変か・・・私が肩を貸しますのでゆっくり行きましょう。ほら」

 

「すみません・・・・・・」

 

「大丈夫ですよ、皐月さんも大事なクライアントさんです。2人も貴女を心配していました。今はゆっくり身体を休めてください」

 

「はい・・・・・」

 

「「あっ・・・・・・」」

 

肩を貸しているため身体は接着している状態であるため会話をしようとお互いの顔がある方向に顔を向けると自然と近距離で見つめ合う形になってしまう為両者共素っ頓狂な声を上げてしまう。

これまで事務的な会話は交わして、その際に面と向かって話した事はあるものの顔を近くで見る機会は無かった。普段は感情が死滅したかのような無表情であるが、例えそうでも逆に美しさを際立てる色白の艶のある肌に、毛先以外が白く染まっているが綺麗な髪質、無機質に栄人を映すタイガーアイの様な琥珀色の瞳、更に健康的な身体つきであり忙しさで意識する暇も無かったが夜見もかなりの美少女であったと認識させられる。

夜見は一切表情を変えてはいないものの栄人は年代、増しては年上の異性と近距離で顔を合わせたことや、肩を貸す体勢で接着している為色々と意識してしまうが煩悩を払って無心であるように暗示をかける。

 

「す、すみません!」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「「・・・・・・・・・・・・・・」」

 

夜見は特に気にしていないが栄人は以降妙な気まずさを感じてかその後はお互いに無言のまま病室まで歩き続けて、2人分の足音だけが廊下に響いて行く。

その2人のやり取りを陰で見ていた結芽は俯いて前髪で両目が隠れて表情は見えない。

口を横に結んでいる為少なくとも笑顔では無いだろう。

 

(べ、別におにーさんは他意なんて無いだろうし私がおねーさんと同じ状態でも多分おにーさんは同じこと言ってたかもだけど何で・・・・私、こんなに胸が苦しいんだろう・・・・)

 

(おにーさんが他の女の人と仲良く接したりしてるのがこんなにモヤモヤして苦しい。いつもの胸の痛みとは違う・・・なんでか分かんないけど、早くおにーさんにスゴい私を見て欲しい。それでスゴいって褒めて欲しい・・・・どうすれば・・・・・)

 

栄人は自分達を仕事仲間、会社のクライアントと見て、気遣っている為仮に自分が今の夜見と同じ状態でも同じ事を言っていただろう。それは頭では理解出来るが心が認めたくない。そんな感じだろうか。2つの自身の感情の鬩ぎ合いが焦燥感を掻き立て、胸を締め付けている。

以前に栄人がそう言う感情は無いが寿々花を姉の様に慕い、尊敬しているため強く信頼し、褒めちぎっていた際に感じた焦燥感に近い感情だ。

どうすれば自分を褒めてくれるのか、より強く存在を刻み付けられるのかその方法を模索する。

そして1つ、思い出したことがあった。以前に雪那が局長である紫と自身の出身校である綾小路武芸学者の学長相楽結月に自身の学校の在校生で天才と呼ばれ鎌府のエースとして紹介しに来た際に自身も同席していた事を思い出す。

すると、1つの結論に結芽は思い至る。結芽は口を猫口にしながら不敵な笑みを浮かべ、手に持っていたイチゴ大福ネコのストラップを空中に投げてノールックで別の手でキャッチして窓の外を眺める。

 

「そう言えば家出したのって私と同い年の沙耶香ちゃんだよね・・・確かあの娘も天才って呼ばれてるんだっけ・・・捕まえたら皆・・おにーさんもビックリするかなぁ」

 

次の瞬間、結芽が先程まで立っていた場所には誰も居なくなっていた。




フェーズ4のラインナップが決まってテンション上がりました!フェーズ4 は新キャラのが多いみたいですね。ただ、ワンダヴィジョンとかホークアイとかロキとかドラマで公開のメンツもいる上に合計10本を追うの大変そうですよね・・・・・w



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第33話 揺さぶり

ソシャゲの水着イベなどで忙しくなる前にある程度やらんと


数刻前、雪那に連れられて入室した研究室で不穏な会話をバックボーンとして説明され何かが蠢いているアンプルを投与されそうになった瞬間、自分でも予期していなかったが雪那の手を払い退けてそのまま逃走し、鎌倉の商業地区を駆け抜けていた。

 

路地裏に向けて歩道を走っている最中に後方から走ってくる誰かに声をかけられる。

 

「左失礼」

 

その凛とした透き通る声に乗せられた言葉と同時にその人物は陸上のオリンピックで優勝も狙えそうな速さで駆け抜けながら沙耶香の左横を通り抜けてくる。

今の沙耶香は雪那から逃げるために必死であるためその人物を気にする余裕は無いのだが見たところ、夜の背景と同化している程の全身黒のスポーツウェアに黒の野球帽と帽子からはみ出す程の手入れのされていない無造作に伸びたブロンドの金髪、そして顔を余程見られたく無いのか夜中にも関わらずサングラス、そして剃る余裕が無いのか顔の下部分の大半を覆う髭、白人なのか日本人なのかの判別は付かないが日本人の平均身長よりは高い180cm前後の長身に筋骨隆々な鍛え上げられたかのような筋肉がスポーツウェアを膨張させていた。

 

その人物が自身の真横を通り過ぎた後に路地裏を見つけ、路地裏に入 る。

 

そして息を整えた後に座り込むと急に深夜の誰もいない、暗くて静かな世界が沙耶香の不安を煽り始めると無自覚のうちにポケットから携帯を取り出し電源を着けるとディスプレイの光が沙耶香の顔を照らす。

誰か、誰でもいい。誰かと話して不安を和らげたい。安心したい。その一心で今最も頼ることが出来る、安心出来る相手。

先程連絡先を交換した電話帳の柳瀬舞衣の欄をタップする。

 

場面は変わって刀剣類管理局の宿舎

 

中々寝付けない舞衣は用意されている浴衣の寝巻きに木造建築の建物である寝室の外の縁側に腰掛けて月が照らす庭とそして、上空に浮かぶ月を眺めていた。

 

「やっぱり美濃関の空とは少し違う・・・。可奈美ちゃんと颯太君どうしてるかな・・・」

 

未だに連絡が取れず、合流は出来たものの先日までの安否は沙耶香の口から確認できたが現在はどうなのか、何をしているのか分からない友人達の事を想って寝付けない気持ちを空に向けて呟く。

 

すると深夜であるにも関わらず携帯が鳴り始め、まさか2人からの連絡かと思い表示された名前を確認すると先程連絡先を交換した沙耶香から着信が入っていた。

急いで応答を押して電話に出る。

 

「もしもし?」

 

『・・・・・・・』

 

電話越しでは先程まで走っていたかのように少し息を切らし、何を話すべきなのか、困っているのか戸惑っている声が聞こえてくる。

 

「どうしたの沙耶香ちゃん」

 

『・・・・・・あ・・・・あの・・・・』

 

「早速電話してくれてありがとう。夜更かしさん同士お話し、しよっか」

 

外にまで話している声が聞こえると周囲の迷惑になると考えて寝室に入り、窓を閉めて音を密閉して外に漏れないようにする。

すると電話からコンビニの入店音と店員の声が聞こえてくる。

 

「大丈夫、ちゃんと聞いてるから」

 

 

『あの・・・・・やっぱり何でもない』

 

「あっ、ちょっと!」

 

ただならぬ不安を感じている事を電話越しでも聞き取れる程震えた声、何かに怯えていてそれでいて自分を巻き込まないようにしている。そんな様子が感じ取れるが何でもないという言葉の裏に何でもない訳がないと感じ取れる。

沙耶香に電話を切られるとどうしても放っておけない。何かある筈だと感じ取った舞衣は急いで着替えて宿舎を抜け出して行く。

 

 

 

 

 

「では、私はこれで失礼します。無茶しちゃダメですよ、皐月さん。それではお休みなさい」

 

「はい、お休みなさい。針井さん」

 

夜見を病室まで運び終えた後に宿舎に戻ろうとしていた栄人が欠伸と伸びをしながら歩いているとふと窓の外を見るとこんな深夜であるにも関わらず物凄く真剣な表情をしながら、全速力でどこかに向けて走っている舞衣の姿を確認する。

 

「あれ、柳瀬何やってんだ?こんな時間に。それに結芽ちゃんの姿も見ないな・・・・そう言えば柳瀬、今逃走してる糸見さんと連絡先交換してたっけな・・・・そして、結芽ちゃんがいない・・・・まさか!?」

 

急いで近くにいた警備をしている鎌府の生徒に結芽を見かけなかったか質問するとどこかへ去って行った、外の方へと向かったと言われそこで栄人はある一つの結論へと到達した。

自身も沙耶香の逃走には余計な介入はするべきではないと判断し、不干渉の姿勢で行こうと思っていたが舞衣の姿を見て、なぜこのような時間に外に向かうのか、舞衣が沙耶香と連絡先を交換していた事を思い出すと何か関連性があると思案する。

もしかしたら舞衣は沙耶香の逃走に関して何かを知っているのか、それとも放って置けずに探しに行ったのだと考えられるが、問題は結芽だ。

自分と立ち会いをする際の強烈かつ苛烈な攻めや時折脅かす為に御刀で斬りかかって来たり、会場でスパイダーマンと戦闘した際の敵に一切の容赦がない面を持つ結芽なら沙耶香と合流した舞衣を必要以上にコテンパンにする可能性も0ではないと察し、急いで舞衣に電話して引き返すように電話しようとするが一日中業務で充電する時間が無かった上に仕事上ぶっ通しで電話をしたり、打ち込みや連絡手段として使っていたためバッテリーが切れていた。

 

「電話電話!クソッ一日中忙しくて充電する暇なかったからバッテリー切れかよ!」

 

 

「あーもう!俺もあのヒステリックおばさんの事言えねぇじゃねぇか!」

 

 

あまりの急速な事態に冷静な判断が出来なくなっていると、職権乱用になるが自身の権限を使用して沙耶香や舞衣の位置をGPSで探して直接結芽に手荒な真似はしないでくれと説得しに行く事を選択し、面倒な雪那に絡まれないようにコンピューターのある部屋を目指して走り出す。

自分は可奈美を捕まえるために新装備の適合者達を送り出しておいてこのようなことを思う資格など無いのは分かっているが、それでも出来るのなら自分の親しい人同士が争って欲しくない。そんな事を思いながら。

 

一方、商業地区の路地裏では

 

「ずっと言う事を聞いてきたけど、アレが入って来たら・・・きっと、消える・・・消えちゃう」

 

舞衣との電話の後に路地裏に座り込み、先ほどの雪那と片腕の研究者とのやり取りを思い出していた。片腕の研究者は沙耶香の逃走に関心が無さそうにしていた上に逃げるのを見逃してくれた上に顔すらハッキリとは見えなかった為不穏な会話をしていた点以外特に思う所は無いが、雪那に投与されかけた最新型アンプル。その中で蠢く何か。

沙耶香は直感であのアンプルからは危険な予感を察知していたため、衝動的に逃走してしまったのだ。

その事を思い出すと不安を掻き立てられ体育座りしている膝に顔を埋めて俯く。

おまけに夜食もロクに食べていない上に深夜だ。空腹で腹まで鳴り始める。

 

 

「あっ!」

 

沙耶香を見つけたのか大きな声が聞こえた為、追手だと思いつい反応して逃走を計らうとするものの。

 

「待って!沙耶香ちゃん!」

 

聞いたことのある声の主、それに自信を下の名前+ちゃん付けで呼ぶその呼び方に敵意は無いと判断してか後ろを振り返る。

 

「あっ」

 

 

「・・・はぁ、はぁ・・・見つけた!」

 

走り疲れたのか息を切らして、姿勢が前屈みになりながら小さく手を振る舞衣の姿だ。

沙耶香はこの不安な時に自分の前に来てくれた目の前にいる舞衣を見て、不安と希望が入り混じった表情をしながらも視線を外さない。

 

「遅くなってゴメンね。この辺りのコンビニ全部回ってたから」

 

「なん・・で?私何も・・・」

 

電話越しで聞こえて来たコンビニの入店音から沙耶香はどこかしらのコンビニの近辺にいると予測し、周辺のコンビニをしらみ潰しに捜索していたら沙耶香を見つけ出す事が出来たのだと伝える。

だが、何故自分にそこまでしてくれるのかと聞こうとすると先程から鳴って止まない腹からの空腹音が沙耶香の言葉を遮る。

 

「お腹、減ってるの?じゃあそこのコンビニで・・・・あーでも中学生が夜中に買い食いなんてダメだし・・・そうだ!良かった、まだあった!」

 

「クッキー・・・?」

 

流石に深夜に歩き回っている上に更に深夜の買い食いは流石に悪いと思ったがポケットを確認すると暇な時間につい作成し過ぎたクッキーの袋を取り出して沙耶香に差し出す。

差し出されたクッキーをリスのように両手で持ちながら小さく頬張る。

口の中に広がるクッキーの味はやはり美味しい。空腹だから尚更美味に感じてしまう。

それにしてもやはりスパイダーマンから貰ったクッキーの味とソックリな点に関しては聞いていい事なのか、聞かないべきか思案していると舞衣が身の上話をしてくる。

 

「上の妹の話、昨日したよね?」

 

「うん」

 

「その子、基本的には凄くワガママなの。もう私を困らせるのが趣味なんじゃないかって位・・・・そのクセね、本当に困っている時に限って助けて!なんて絶対に言わないの。おかしいね、バレバレなのに」

 

「何で、分かるの?」

 

「分かるよ、だってお姉ちゃんだもん!だから、困ってる子は放っておけないよ」

 

 

舞衣がや夜中であろうとも自分の事を親身になって探し回ってくれた理由。沙耶香が実妹のように本当に心の底から困っていた時に限って助けてとは言わない。ならばきっと困った事があるのだと察して舞衣は身体が動くままに駆け回っていた。

そして、沙耶香を落ち着かせる為に軽く包むように抱き締めると、抱きしめられた肩が温かくなるような感覚に陥る。

そして、それと同じ温かさを最近どこかで感じ取ったのを思い出す。

マンションで可奈美に一対一で真剣に向き合って貰った上での力強い握手で握られた手の熱さ、そして帰り側に被害を最小限に抑えてくれて、落ち着かせる為に頭を撫でられたスパイダーマンのスーツ越しでも伝わる温かい手を思い出させられる。

 

(これ、あの時と同じ・・・)

 

直後舞衣のポケットの中の携帯が着信音と共に震え出す。咄嗟に持ち出してしまったがこのような時間帯に電話をしてくる相手などいるのだろうか。そう思い、名前を確認する。すると、よく知った名前がディスプレイに映し出される。

舞衣は驚いているからこそ即座に応答を押して電話に出る。

 

「あっ、ゴメンね。誰だろう?えっ!?もしもし!?」

 

 

『あぁっ!ゴメンこんな時間に。・・・・今外?』

 

その声は数日振りであるがよく知った声である。

それは恩人でもあり、友人であり、そして、親愛なる隣人である。ここ数日間連絡が取れずに心配していた相手、颯太だ。

勿論、沙耶香の前で名前を出す訳には行かないため一瞬出かかったが抑えた。

沙耶香は舞衣の様子をただ見ている。

 

そして、当の向こう側は電話越しから夜風の音から外にいることを察しているようだ。

舞衣は安心と湧き上がる感情を落ち着かせて会話を続ける。心配はしていたがこのような時間に電話をしてくるということは何か用があるのかと思い質問をする。

 

『あ、うん。色々あって。ど、どうしたの?』

 

『話すと長くて纏まらないんだけどマンションでの戦いで携帯がショートしたり色々あって中々連絡する暇無くて連絡できなかったんだけど、今陸に上がってやっと安全な所に着いた。ホントはメッセでいいとは思ったし夜中に悪いなーとか思ったんだけど散々心配かけたし、こう言うのはちゃんと電話でして元気な声を聞かせた方が良いかなーって言うか久々に舞衣の声が聞きたいなーなんて!あー何言ってんだ僕・・・っ!』

 

「り、陸?落ち着いて!とにかく無事なんだね?」

 

潜水艦にいた面々は仮眠の後に一度陸に上がり、その後に寝室に移動していた。

そこで、電話の向こうの颯太はこれまで中々連絡をよこせなかった事を申し訳無く思っていた上に報告しなければならないと思っていたことがたくさんあるためこれまでの経緯をまくしたてるように早口で一気に説明する。

無論。皆の睡眠をなるべく妨げないように庭で連絡している。

しかし、明らかにザックリとした説明であるため舞衣も理解しきれなかった所もあるが取り敢えず無事であることは受け取れたため、落ち着くようにと宥める。

そして、落ち着くように言われたため一度冷静になって言いたいことの本文を説明する。散々心配をかけたのだ、自分達の無事、そして安全な場所にいる事を伝えなければならない。そう思い言葉を綴る。

すると、電話越しで鼻をすするような音が聞こえてくる。何かと思って問い質す。

 

『あーゴメン、何とかね。君が教えてくれたから何とか無事に可奈美達に合流できたよ、マジサンキュー。その後も色々あって何とか安全な場所にいる。それで・・・舞衣?』

 

舞衣はずっと連絡が取れず毎日心配していた友人達の無事、そしてその元気な声を聞くことが出来たためかこれまで溜めていた涙のダムが決壊してしまい、眼から一筋の涙が流れ、口元を押さえて必死に堪えている。

そして、電話越しで嗚咽を零す舞衣の声を聞いて申し訳なさが増してきたため安心させる為にこっちは大丈夫、無事に目的地に着いた。安心して向こうに戻っても良いと伝えようとする。

 

 

 

「良かった・・・っ!無事で本当に・・・・グスッ」

 

『あーゴメンよ・・・心配かけた上に中々連絡出来なくて・・・・取り敢えず僕らは大丈夫だ。だから心配ないよ。だからそっちも明日には美』

 

 

 

 

「沙耶香ちゃん見ーつけた♪」

 

喜びも束の間、深夜の暗い風景に似つかわしくない明るい声が電話の声を遮る。

逃走した沙耶香を追って結芽が突如、どこからともなく出現し、路地裏とコンビニの境目の柵の向こう側に立っている。

舞衣と沙耶香も突然の登場に驚いてそちらの方へと振り返っている。

そして何より、その声を電話越しで聞いた颯太が一番驚いていた。結芽が最も手強い親衛隊であり、驚かす為とは言え舞衣に寸止めの突きを入れたことや、自身の正体に薄々勘付いている相手である為、正直な印象としては恐怖の対象であるためあまり良い印象を持っていなかったのもあり驚いてしまうがそれとは別に自身の身体が反応している。

そう、危険を察知する能力、スパイダーセンスだ。

 

(げっ!この声っ!・・・・それにスパイダーセンス・・・っ!?でも僕の周りに危険は無い・・・まさか!?電話越しの舞衣に危険が!?)

 

 

周囲を見渡して自身に危険を及ぼす者や、存在、事象を確認出来ない為スパイダーセンスの発動に違和感を感じたが、結芽が以前に唐突に舞衣に攻撃した時の事や、現状自分に危険が起きない点を鑑みると合点がいってしまった。

そして、深夜であるにも関わらず大声で警告する。

 

『舞衣!危険だ早く逃げ』

 

 

「貴女は親衛隊の・・・・っ!」

 

舞衣は大声で電話越しでも相手の声や会話内容を聞かれないように素早く終了を押してポケットに仕舞う。

 

 

「じゃあ、帰ろっか!おばちゃんが待ってるよ」

 

「・・・・・・」

 

「あれ?もしかして帰りたくないー?そっかー困ったなー・・・・」

 

「ね、どうすればいいと思うおねーさん?」

 

結芽の酷薄とした笑みと冷えた声色が妙な威圧感を放つ。そして、戻るということはまた雪那にアンプルを強制的に投与させられること。俯きながら何も答えられなくなってしまった。

このままでは話が進まないため舞衣に話を振ってくる。

沙耶香はこれ以上舞衣を巻き込む訳にも行かないと思って摘んでいた袖を離す。

 

「・・・・・沙耶香ちゃん?」

 

「私が帰れば済む話だし・・・」

 

「いいの?本当に私事情とか全然知らないけどいいの?聞かせて、沙耶香ちゃんの気持ち」

 

舞衣の真剣な問いかけに本当にそれでいいのか?彼女の本心からの意志を問う。

そして糊で接着したように閉じていた口を震わせながら、自身の意思を、本心を、震えながらも口を開く。

結芽はその様子を眼を細めて不機嫌そうに眺めているが本人が意思表示をするまでは黙って待つことにしている。

 

 

「私の・・・・気持ち・・・・や、嫌だ」

 

「わかっ」

 

「じゃあさぁ!追っかけっこしよっか!10数えるまで待っててあげる。私から逃げ切れたら知らなかった事に、見なかった事にしてあげる。いーち、にー」

 

沙耶香が初めて出した、雪那への反抗。だが、それだけではない。自分の意志をしっかりと伝える彼女にとって大きな一歩だ。

その意志を汲み取った舞衣の言葉を遮って結芽が口を三日月の如く吊りあがらせながら自分から逃げ切れたのなら見逃すと堂々と宣言をしている。

このようにある程度相手にも譲歩すれば相手も自分の提案に乗ってくると判断してこのような発言をしている。

 

「行くよ!」

 

 

(そう来なくっちゃ、でないと私のスゴい所見せられないじゃん。予定外だけどおねーさんを捕まえればどんくさいおにーさんが助けようとして私に挑んで来る!そして、どんくさいおにーさんも捕まえてハリーおにーさんに私がスゴいって褒めてもらうんだ!)

 

直後に2人が八幡力の跳躍力で飛び上がり、遠くまで飛んで行った方向を余裕のある表情を崩さずに眺めていた。

アッサリ引き下がられてはこちらが力づくで天才と呼ばれている沙耶香を実力で捕まえたという証明にはならないため逃げてくれた方が好都合なのだ。

それに、予想だにしていなかったが舞衣も沙耶香の逃走に協力していたことも嬉しい誤算であった。実力的に倒すことは難しくはないが、舞衣はスパイダーマン である颯太が咄嗟にとは言え、正体がバレるリスクを顧みずに自身の突きから庇う程親しい人間であるということ。

もしかすると舞衣を捕まえ、ダシに使えばスパイダーマン は救出するために自分に挑んでくるかも知れない。今、管理局が血なまこになって捜索しているスパイダーマン を捕らえる事が出来るという事は管理局にとっては大きな功績であり局にいる皆どころか国中が自分に注目する。そして何よりスパイダーマンの捜索に辟易している栄人からきっとスゴいと褒めて貰えると踏んで、表面上は余裕そうな表情を崩していないが湧き上がる高揚感を抑えずにはいられない結芽であった。

 

 

一方、舞衣に通話を切られた颯太はかなり焦っていた。深夜であるにも関わらず、焦りから声も大きくなってしまっている事を自分でも気付かない程にだ。

自分の考察でしかないが痺れを切らした結芽が舞衣を人質にとって自分を誘き出すために強行手段に出たと思っているため、彼女を自分が正体を向こうにある程度把握されたせいで巻き込んでしまったと重圧により冷や汗をかき始めてスマホを握る手も汗ばみ始める。

どうすれば良いのか、助けに行くのか?だが、どうやって向こうに行くというんだ?糸を飛ばして飛んで行ったとしてもこの里から現地までの距離は遠すぎる。何より攻撃を避けるのが精一杯だった相手に勝てる保証なんてない。だが、それでも思い付く限りの手段を思案する事をやめる訳にはいかない。

今、危険な目にあうかも知れない人の事を放っておくことなど出来ないからだ。

そして、1つ思い付いた事を、一縷の望みにかけて携帯電話の電話帳のとある欄に電話をかける。

 

 

「クソっ!ヤバいどうしようっ!アイツ相手はマジでヤバい!」

 

「一か八か・・・でも、行ってどうするんだ・・・・?勝てる保証は?・・・・あぁっ!もうどうにでもなれ!」

 

着信中の音が普段なら一瞬のように感じられるが、今はこの秒単位の時間が永遠のようにも感じられた。そして、直後に相手から応答があったのか電話に出て妙に軽い口調で対応してくる。

 

『やぁ坊主、僕に電話する余裕があってGPSの反応が里の場所にあるってことは無事に着いたようだなご苦労』

 

「あのっ!スタークさん!いきなりで申し訳無いんですけどアイアンマン貸してください!」

 

颯太が電話をかけた相手、それは今の形式上のインターンの指導者であり、スーツをくれた相手であるトニーだ。

向こうまで一気に行く方法といえばアレしかないからだ。

そして、今の颯太にとって最大の希望であり、憧れであるトニーが電話に出てくれた事が嬉しかったのかつい大きな声で、向こうからしたら突拍子も無い願いごとをしてしまう。

無論、電話越しのトニーは困惑している。

 

『なんだ急に・・・・僕のスーツはヒーローごっこのDX変身ベルトじゃないんだぞ、トレーニングルームで僕の真似をしてた時の続きか?』

 

「そ、それは!・・・すみません、主語が抜けてましたね。さっきスタークさんがスーツをくれた後にマンションに向かう時に刺客が向かってるって教えてもらって以降中々連絡が取れない、局に残ってる友達に無事だって電話で連絡したら向こうの電話越しに親衛隊で一番ヤバい奴の声が聞こえて来て、そしたら周囲の危険を察知する、僕はスパイダーセンスって呼んでるんですけど電話越しの僕の友達に危険が迫ってる事を感知したんです。このままだと友達が危険なんです!何とかして向こうに行かないと!だからアイアンマンでひとっ飛びして」

 

『向こうに行くだと!?はぁん?落ち着け若者。確かに記録映像を見ると予知したみたく回避してる場面もあるからそのお子ちゃまセンスとやらもあながち嘘じゃないんだろうが行ってどうするつもりだ?まさか』

 

トニーに何故今アイアンマンが必要なのか、先程電話で感じたこと、スパイダーセンスで舞衣の危険を感じ取ったこと、尚且つ相手が厄介な強敵であるという事を根拠に自身の意志を主張する。

するとトニーが声を張り上げて、嘘や冗談でこのような事を言っている訳では無い事はトニーも共有している記録映像でスパイダーセンスの存在は把握していた為何を言っているのかは理解はできる。

しかし、実際に颯太が向こうに行く事でどのようなリスクを負うことになるのか分かった上で言っているのか、語気を強くしながら問い掛ける。

そして、トニーの問いに真剣に力強く、迷いなく返してくる。

 

 

「行って友達を助けます!」

 

『頭ガーデン・オブ・アヴァロンなのか坊主。判ってるのか?今の君は組織の人間でありながら国からすればテロリストなんだぞ。既に君は一組織人として自分の行動が周囲にどう影響するのかキチンと考えられるようにならないといけないんだぞ。君がもしヘマをして捕まったらどうする?それで足がついたら?責任が取れるのか?君が行った所でイタズラに場を混乱させるだけだぞ』

 

トニーの発言は最もだ。今自分が助けに行って負けて捕まったら足が着いてしまう可能性だってある。現に渡されたトニー製のハイテクスーツは子供の資金や技術で作れるものではない。そのため向こうには協力者がいることは既にバレているがトニーが助力していると具体的に知る者はいない。

だからこそ、今颯太は組織人として周囲の事を考えて行動しなければならない。組織は個人の感情では動かないのだから。

自分の行動と言動がいかに独善的で身勝手であることは重々承知している。だがそれでも、今の自分を形成したあの出来事以降ずっと、悔み続けている事がある。

自分に何かが出来るのに何もしなかったから叔父が死んだ一件から、このような事態を簡単に見過せなくなってしまっているのだ。

だからこそ、自分の気持ちをトニーにぶつける。駄々をこねている子供と同じだが、それでもキチンと言わなければ相手には伝わらない。

 

 

「それは・・・バカな事言ってるのは分かってます。ここまでこれたのも博士や皆の、何よりスタークさんのお陰だって事も・・・だからこそ、協調性が大事なことも。でも、誰かが危険な目に遭うかも知れないのに知ってて何もしないなんて僕には出来ない!それで僕は大切な人を失ってるんです。大袈裟かも知れないけど、今、自分に何か出来るのにしなかったら・・・・それで悪い事が起きたら、自分のせいだって思います・・・」

 

 

『・・・・・・・・・』

 

その言葉を受けてトニーは思う所があるのか、真剣に黙って話を聞き続ける。

 

「僕もこのままただ図々しくお願いするのは失礼なのは分かっています。だから、どんな罰だって受けます!戻って来た後に懲罰房にでも入れてもらっても、頂いたスーツを没収してもらっても構いません。今あそこで僕の大事な人が・・・友達が危ないんです!」

 

 

『友達』。この言葉を受けてトニーはその力強い声色からかつて自分も友と呼んだ者と戦い、友と呼べる者を救う事が出来ずに負傷させてしまったこと、結果的に自身の暴走で皆を傷付けてしまった事を思い出していた。

その離反した友も自分の友のためにこのようなリスクを伴う無茶な行動だとわかっていて、自分と戦うことになったとしても自分に一歩も引かずに食い下がって来た1人の男の姿を電話越しの少年に見た。

 

自身は人間関係において器用だとは口が裂けても言えない。むしろ自分の中で最も苦手な事と言っても良いだろう。だが自身に付いてきてくれた友人を救う事が出来ずに後悔した。しかしその友人が励ましてくれた事で今は日本の危機に立ち向かう子供達に手を貸すという新たな目標が出来た。そこで自身が見出した相手、その相手も今、自分よりも遥かに歳下の子供であるが友の危機に真剣に向き合おうとしている。

 

人に憧れを抱かれ慕って貰えるのは誰にとっても悪いことではない。より良い人間になろうと頑張れる。

それでいて自身を強く信頼し、慕い、頼りにしてくれる子供達に出来るのなら自分と同じ友を失う辛い経験などさせたく無いという気持ちもある。

 

トニーは沈黙の後に大きなため息をつきながら、今は慈善活動で来ていたインドの社交界の会場のWi-Fiの電波を確認すると腹をくくったようにぶっきらぼうな口調で話しかける

 

『・・・・・・・・もう少し君は冷静だと思っていたが、どっかのバカと似たような事を・・・・・・はぁ・・・・この会場にWi-fiがあって良かったな、ガネーシャ様に感謝しろよ』

 

「じゃあっ!」

 

『今回だけだからな。坊主、自分が言った言葉を忘れるなよ』

 

「はい!勿論です!ありがとうございますスタークさん!」

 

『少し待て、すぐに着く。後僕は送るだけだ、帰りは自分で来いよ』

 

トニーがWi-Fiによる遠隔操作で東京にある自社に置いてあるアイアンマンに接続して起動させると自動的にアイアンマンが動き出し、腕のリパルサーを飛行用に切り替え、足のスラスターを点火してマッハ3の速さまで加速して上空を移動する。

 

アイアンマンが来るまでの間、制服からハイテクスーツに着替えて制服や身分証などの荷物は部屋に置き、逃走用の私服と靴をリュックにしまい、ウェブを補充していつでも出撃出来るように準備していた。

 

すると飛行音の後に勢いをつけたアイアンマンがスパイダーマン のいる庭、もといスパイダーマン の眼前で右拳と右膝を同時に地面に着けて着地する独特の着地をする。

するとスパイダーマン はそのスタイリッシュな着地にかっこいい!と口に出したくなったが一旦は堪えた。

マッハ3の加速の入ったアイアンマンの重量が地面に当たる衝撃音が響き、その音を聞きつけた面々が起きてこちらに来る。

 

「おいなんだよさっきからうるせーぞ・・・・うおおお!リアルアイアンマン!」

 

「何、何の騒ぎ?何でスパイダーマンに着替えてるの?」

 

「何故アイアンマンがここにいる?」

 

疲れて眠い中の騒動の上、目をこすりながら半開きにしていた面々であったがスパイダーマン に着替えている様子やアイアンマンが目の前にいる光景に驚いて戸惑う者とはしゃぐ者がいる。

スパイダーマン は可奈美とその面々に対してアイアンマンに来てもらった理由と敬意を説明する。

 

「舞衣に僕らの無事を電話で連絡したら向こうで舞衣が親衛隊で一番ヤバい奴に追われててピンチなんだ、今からスタークさんに運んでもらって助けに行く」

 

「だったら私もっ!」

 

「オレもオレも!つーかアイアンマン着たい!」

 

『いいや、連れて行けるのは1人までだ。帰りに逃げる人数が多くなると動きにくくなる。言い出しっぺの坊主以外はお留守番だ。後そこの一寸法師はサイズ的に着れないだろ』

 

「そんな・・・なんで!?」

 

 

『何で?ダメったらダメなの!』

 

 

「ぐっ・・・・確かにオレは着れねぇか」

 

 

どうやら連れて行けるのはスパイダーマン のみであり、可奈美も親友である舞衣を助けに行きたいがアイアンマンに強く拒否される。

そしてスパイダーマン はマスクの下で真剣な表情になり可奈美と正面に向き合い、安心させるために決意表明をする。

 

「可奈美、約束する。必ず舞衣を助けて戻って来る」

 

「・・・・分かった、お願い」

 

少し渋々といった感じだがその声色の持つ力強さと意志を汲み取って自身は待つ事を了承する。

すると、アイアンマンは話が落ち着いたのを見計らってスパイダーマン に問いかけて来る。

 

『よぉし、シンデレラ。お城の舞踏会の具体的な場所は分かるか?』

 

 

「あっ、しまった咄嗟で必死だったから詳しい場所までは把握出来なかった・・・・」

 

「ノープランデスカ・・・」

 

間抜けなことにスパイダーマン はつい必死であった為、そこにまで気を回す余裕が無かったため、管理局及び鎌倉から遠く離れた訳では無いのであろうが

具体的な場所までは把握しきれていなかった。

更に結芽との戦闘になっているであろうから移動している可能性も高い。

ツッコまれたことでスパイダーマン はオロオロとし始めるがアイアンマンは冷静に指示を出してくる。

 

『人をカボチャの馬車にしようとしといてノリと勢いだけで行動するな。ほら、携帯投げろ。手渡しは嫌いなんだよ』

 

「はい」

 

『フライデー、通話履歴から相手の番号を照合した後に逆探知だ。携帯の位置を探り当てろ。サーバーに痕跡は残さずにな。引き続き飛行する前にここら一帯の自衛隊の基地の防衛システムと市街地の防犯カメラに潜り込め。モニターに視界マスキングと、映像差し替えを行なって僕らが飛んでいるのを気付かれないようにしろ』

 

 

『了解です』

 

 

フライデーと呼ばれたアイアンマンに搭載されているAIによって、電話番号から舞衣の位置を逆探知し、アイアンマンの飛ぶ姿を認識されないように防衛システムにハッキングをかけて予防線を張っている。

 

「スゴい手際の良さデスネ・・・」

 

「かなりアウトなことしてるがな」

 

『反応が消えたか、携帯を破棄したらしい。確かに持ち歩くのはリスキーだからな。だが位置は覚えた。後は上空から探せる。行くぞ坊主、しっかり掴まってろよ』

 

「了解!」

 

『何でこっちを向いてハグの姿勢なんだ!僕らはまだそんなに親しくないだろう?前を向け』

 

「す、すみません・・・」

 

スパイダーマン はアイアンマンに手でこちらに来いと手招きされ、しっかり掴まっていろと言われたため、正面からハグのような形でアイアンマンに抱きつくとアイアンマンは皆が見ている前でやられた事やそこまで親しくなった訳では無いため軽く脳天にチョップして身体が離れたと同時に肩を押してスパイダーマン の背中をこちらに向けるようにする。

そしてアイアンマンは背後からスパイダーマン の身体に手を回して片腕で引き寄せてがっしりと抑える。

そして、アイアンマンはスパイダーマン を持ちながらであるためリパルサーによる飛行は難しいため、足の裏のスラスターにエネルギーを回して一気に上空へと舞上がる。

そして、スパイダーマン は向こうで結芽と交戦しているであろう舞衣の身を案じながら夜風と加速による風圧を感じながら正面を見つめる。

 

 

『よし、一気に飛ぶぞ坊主!』

 

 

「はい、スタークさん!」

(無事でいて!舞衣っ!)

 




ハイテクスーツ着てる以上は一回は没収イベントは必要かなってことで許してちょんまげ

かなみん誕おめ!


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第34話 殻

サーセン、某コマンドカードRPGのイベ周回してました。(なお人権サポーターのあの人引けないorz)

エンドゲーム の円盤も明日発売っすね、アッセンブル!




里の庭にてアイアンマンに身体をがっちりと抑えられながら夜空に一気に上がるスパイダーマン 。マッハ3の加速には驚いているが真っ直ぐに前を見据える。

上空に飛翔する際にスパイダーマンは気になっていたことをアイアンマンに質問する。

 

「あの、スタークさん。防犯カメラジャックしたからって、僕らを見かけた一般人からの通報で管理局にチクられちゃう気がするんですけど」

 

『僕が何の対策も無しに来たと思うのか?坊主達も山中では射出コンテナの件で近隣住民や基地から通報されただろ?それを見て対策位立てている。再帰性反射パネルを展開』

 

アイアンマンが宣言するとアイアイマンの装甲に施されている再帰性反射パネルという光を反射させる特殊なコーティングが発動し、アイアンマンの色が透明になり夜空の背景と同色に変化していく。この機能により飛行中は周囲の景色に溶け込むことが出来る。どうやら里まで飛行して来る時もこの機能を使って来たのだと想像できる。

スパイダーマン はその画期的な技術を前に語彙力を低下させて驚いている。

 

「何これすっごい!」 

 

『出来る男ってのは隠し玉持ってんだよ。普段は輸送機の夜間飛行の際に使っている再帰性反射パネルをアイアンマンの装甲に付与しておいた。昔、知り合に提案されたのが役に立つとはな。これを作動している間は僕は夜の背景と同化している。そして、坊主にはこれだ』

 

次の瞬間アイアンマンの胸部にあるアークリアクターからスパイダーマンの身体にフィットし、包む形になるように形状を変化させながら纏わりつく液状の何かが流れ出る。

すると一瞬でスパイダーマンを液体が包み込むと今のアイアンマンと同様に周囲の景色と同化した色に変色する。

 

「今度は何⁉︎」

 

『ナノテクノロジーだ、まだまだかかりそうだが今この技術を流用した新型スーツを考えている。これ、企業秘密な』

 

どうやらナノマシンと呼ばれるこの液体は自在に形状を変化させることが出来るようであり、現在は胸部に取り付けられた、ナノ粒子の格納ユニットとしても機能する新しいアーク・リアクターに格納されている。

この技術を流用したスーツが完成すれば、必要なタイミングで一瞬でスーツを装着できるかなり便利な機能だとスパイダーマンは察知した。

 

「なるほど、実用化したらすごい便利ですね・・・・」

 

アイアンマンの高速の飛行によりかなり里から離れた位置であったにも関わらずいつの間にか鎌倉の商業区域まで到達しており、アイアンマンが記憶していた舞衣の携帯の反応が消えた付近を捜索していると少し離れた位置にある神社の庭で争っている3人の生体反応を検知する。

3人を発見したアイアンマンの言葉を聞いて目を細めて下を見ると舞衣と沙耶香とそして2人を圧倒している結芽の姿が見える。

 

 

『目的地までもうすぐだな。おっと、神社でバチ当たりな事してる嬢ちゃん達がいるぞ』

 

「え?ホントだ!ヤバい!スタークさん僕を投げて!」 

 

『投げる!?無茶苦茶だな・・・・分かった、死ぬなよ坊主』

 

アイアンマンはスパイダーマンに纏わせたナノマシンをアークリアクターに戻すとスパイダーマンのいつも通りの姿が映し出される。

アイアンマンがスパイダーマンの背中を掴んで空中で一回転して3人のいる神社の方向へと投げつける。

アイアンマンの腕力と遠心力も込みで投げつけられたことにより重加速が加わり神社に向けて一直線に落下していくスパイダーマン 。

アイアンマンは飛んでいくスパイダーマンを見送りながら夜空に消える。

着地に失敗したら大惨事であるが鳥居が見えて来たため鳥居にクモ糸を飛ばして当てる。

当てた際に重量が加わり、クモ糸の引っ張り強度が強くなり、勢いに乗ったまま鳥居の下をくぐり、3人の抗争の火種に飛び込んでいく。

 

「い、言ってはみたけど結構怖え〜・・・よし、鳥居がある丁度いい。サプラーイズ!」

 

少し時は戻って鎌倉

 

結芽が2人を追いかけるまでの10秒のカウントをする合間に、2人は八幡力で跳躍して建物の上を飛び移りながら商業区域を抜けてより遠くへ逃げるようにしながら人気の無い神社まで移動する。

舞衣と沙耶香は着地と同時に周囲を確認して結芽に追いつかれないように全速力で駆け抜けていく。

 

体感で10秒位経ったと思った舞衣は念のため後ろを振り向くとすぐ背後まで結芽が酷薄とした笑みを浮かべながら猛スピードで迫って来ていた。

 

「はっはぁっ!」

 

嬉々とした掛け声と共に発せられた横一閃の抜刀術を皮切りにそれを防ぐのに手一杯の両者はいつの間にか神社の本殿の前まで追い込まれていた。

追い込まれた舞衣と沙耶香は片膝をついて肩で息をしながら眼前の結芽を見据える。

背後からの奇襲、そして逃げながらだったとは言え2対1で数ではこちらが勝っている状況でも一切の余裕は崩さずに舞衣と沙耶香を見下ろして月を背景に結芽は佇んでいる。

 

「もうお終い?まだまだ・・・これからだよねぇ!」

 

右手に持っていたニッカリ青江を顔の高さ程まで持ってきた後に左手でも柄を持ち、両手で持つようにしてから正眼に構えて突きの構えのまま突進してくる。

 

しかし、突きを放つ前に素早く反応した沙耶香に突きのカウンターで押しのけられ、後方に退くが惚けた声を上げたフリをしてすかさず足払いと同時に横薙ぎにニッカリ青江をを振り抜く。

 

「わあー(棒読み)・・・・なんちゃって!」

 

足払いと同時に回転を加えた横一閃をバックステップで回避し、沙耶香の斬り込みを防いで更に突きを繰り出すものの沙耶香は回避と同時に後方に力強く飛んで距離を取る。

距離を取った先でも結芽は迅移で加速して追いつき、再度攻撃に転じ、斬り合う両者の剣戟により深夜の人気の無い神社の庭に火花が散り、金属音が木霊する。

舞衣は構えはするものの両者の一進一退の攻防を前に手が出せない、2人のハイレベルな戦いを前に立ち竦み、目で追うのが手一杯になっていた。

 

「2人とも、すごい・・・・っ!」

(足が・・・・動かない・・・・っ!目で追うのが手一杯・・・・っ!)

 

 

両者共、自身より一つ歳下であるにも関わらずこれ程までに才覚を発揮している様に一歩も動けずにいること、もしかしたら今この場にいても自分は何も出来ないのでは無いか、何かしようとした所で2人に付いて行けるのか、2人の剣戟を前にして動けなくなってしまった。

 

自分から、沙耶香のことが放って置けないからとここまで来たが実際今の自分はどうだ。2人の実力を前に動けなくなってしまっているではないか。

何故だ?負けるのが怖いのか?負けて倒されるのが怖いのか?自分の実力を突き付けられて悔しさに歯噛みするのが嫌なのか?動けない言い訳を自分の中で探していた。

 

(何で・・・っ!?こんな時に足が動かないの?もし、今ここで可奈美ちゃんが・・・スパイダーマンさんが・・・颯太君がいてくれたらどうしたんだろう・・)

 

そして頭の片隅で、妹達や友人である可奈美の危機を救ってくれた恩人スパイダーマンのことを思い出していた。結芽の嫌がらせで廊下で突きをお見舞いされた際に正体がバレるのを恐れずに助けてくれたスパイダーマン がいてくれたら、もしくは自分が信頼し、強く慕っている可奈美がいてくれたのならどうしていたのか、どうにかしてくれるのか。そんな想いが渦巻いている。だが、その2人は今はここにはいない。ずっと遠い場所で戦いながら前に進んでいるだろう。

今どうにか出来る、どうにかする人間は自分しかいないのだと事実を突きつけられる。その重圧により、足が地に貼り付けられたかのように固まって動かなくなっていき、孫六兼元を握る掌も緊張で汗ばんで行く。

 

だが、それでも分かっていることがある。スパイダーマンの正体が冴えなくて内気な友人の颯太であると知り、正面から話し合い、彼なりの悩みがあること、自分よりも大人だと思っていた相手が一人の人間として悩むこと、「自分に何か出来るのに、何もしなかったら・・・それで悪いことが起きたら自分のせいだと思う」と自分の出来ることから始めようとしてスパイダーマンになった事を知り、自分も友人達のために自分に出来ることから始めたいと。かつてスパイダーマンが妹達を助けた際に言われた、困っている隣人を助けるのは当たり前だと。自分もその様に友人達の力になりたいとそう思ってスパイダーマンに協力した事を思い出した。

 

(そうだよね・・・・これが私が手探りで探して、たまに誰かに教えてもらってようやくちょっとそれが見えてきた・・私に出来ること!だから私も、信じて飛ばなきゃね!)

 

そうだ、既に答えは自分の中で出ていたのだ。目の前で困っている誰かの力になりたい。そう思って彼女の助けに入ったのだと。なら、今自分のやるべき事は1つ。考えるよりも先に脚が動き出していた。先程まで糊で固められたように地面に張り付いて動かなかった足も既に地から離れて駆け出していた。

 

 

激しい斬り合いをしている最中でありながら優位に立ち回っていながら息一つ切らさずに余裕な笑みを浮かべて陽気な口調で結芽は挑発を始める。

 

「やるねぇ沙耶香ちゃん。でも、まだそんなものじゃないよね?」

 

このままでは埒が開かないと判断した沙耶香はいつも通り、雑念を打ち消して思考を停止して集中状態になる無我の境地に突入する為に無念無想を発動させる。

瞳が淡く光り始めた事で結芽もどうやら天才と噂されている沙耶香が、使用できる無念無想を発動を発動したと理解した結芽は好奇心の篭った煽りを受けて数日前、累のマンションを襲撃した際に交戦した際に言われた言葉が無念無想で雑念を掻き消した筈なのに脳裏でフラッシュバックする。

 

「知ってるよーなんか凄い技使えるんだよね?無念無想だっけ?」

 

『そんな魂の篭ってない剣じゃ何も斬れない!』

 

「・・・・・っ!」

 

その言葉がフラッシュバックしたことにより、沙耶香は何か思う所があるのか眼を細めて無念無想を解除する。思考を停止した持続力に特化する代わりに動きが単調化する剣技で勝てるほど結芽は甘くないということもあるが。

 

「あれーやらないのー?ちょっとハードル下がり過ぎて物足りないけど時間が勿体無いからもう・・・・決めるね!」

 

無念無想の解除をした様を見て結芽は露骨に不服そうな態度を露わにしつつ早急にケリを付けるために飛び上がって上段から振り下ろして沙耶香に斬りかかろうとする。

 

しかし、眼前に突如割り込んで来た何者かに阻まれ沙耶香の頭上一直線に振り下ろされる筈だった一撃を防がれ、金属同士の衝突音が響く。

先程まで2人の戦いに気圧されていた舞衣が結芽の一振りを孫六兼元で防いでいたのであった。

突如の予想だにしない介入に結芽も沙耶香も驚いて硬直してしまったが、その隙に横一閃に孫六兼元を振り抜き、結芽を後方へと弾き飛ばす。

予想だにしない事態であったため対応仕切れずに後方まで飛ばされてしまうが余裕綽々に着地をする。

そして、舞衣はその隙を見逃さずに左足を後ろに下げて一旦孫六兼元を鞘に戻し右手で柄に手を掛けて気合の篭った横一閃の抜刀術、居合を結芽に叩きつける。

 

「てやぁっ!」

 

「おっと」

 

だが、結芽も押し返されたからと言っていつまでも呆然としている訳ではない。先程は油断したがために介入を許したため、気持ちを切り替え、相手が今の隙が出来た自分に攻め込まない訳が無いと予測して予め回避の準備をしていたため居合は後ろに下がって回避する。

 

「たぁっ!」

 

「ビックリしたぁ、一歩も動かなくなってたから怖気付いたかと思ったけどちょっとはやれるみたいだね・・・・・・ま、クモのおにーさんを誘き出すならおねーさんのが最適か」

 

結芽は廊下で突きを放ったあの時以降完全に舞衣のことをナメ切っていて眼中に入れていなかった為認識を改めて、自分と相対するに値する敵か再確認する為に敵と認識し、舞衣に向けて突きの構えで突進して左胸の上の部分に突きをかます。

 

「はっ!」

 

一瞬のうちの出来事であった為、反応が遅れてしまったが写シを貼った上でも生身の肉体は無事でもダメージ自体はあるため痛みを生じる。

そして、結芽はすかさず腹部に蹴りを入れて2人ごと後方に押し飛ばしてくる。

 

「まだまだ行くよ!」

 

「うあっ!」

 

舞衣は踏ん張ったものの衝撃を受けた沙耶香は転げ落ちて尻餅を着くいて前を見据えると結芽の猛攻を舞衣が防戦一方になりながらも応戦していた。

 

「うおー結構しぶといね!」

 

右から斜め上の一閃、次にそのまま左からの横一閃、左右交互に絶え間なく一方的に、そして更に踏み込んでからの突き、繰り出される連続攻撃を舞衣は防ぐのが手一杯になっている。

しかし、それでも例え攻撃を捌き切れずに肩が斬られようとも、時折被弾して写シを剥がされようとも舞衣は一歩も引かずに結芽と相対する。

 

「や、やめて・・・」

 

「大丈夫・・・だからねっ!だって」

 

攻撃を防ぎながらというのもあるが、途切れ途切れでも沙耶香からの言葉に応じ、自身の一歩も引かずに結芽に向かっていくその覚悟、そしてある人から受け取った物が今自分を突き動かしている。力強い瞳で前を見据えて自身の中で強く根付いた意志を告げる。

 

「私は沙耶香ちゃんよりお姉ちゃんだから!理由なんてそれで充分!それに、前にある人に・・・親愛なる隣人に言われたのっ!困ってる隣人を助けるのは当たり前だろって!」

 

その言葉に沙耶香の胸は強く鼓動を波打つ。そして、その鼓動が殻を打ち破ろうとしているかの様に張り裂けそうな痛みも走る。

だがその痛みは不快な物では無い。燃える火の様に熱が籠っていき、その熱と痛みさえも鼓動を早くしていく。

独りでに生じた物では無い、可奈美に真剣に向き合って貰って受けた縁、スパイダーマンに事態を収束して貰った際に気にしなくていいよと気遣って貰い撫でられた縁、そして、自身を顧みずに助けに来てくれた舞衣との縁。この縁により生まれた物なのだろう。

そして、心の中の熱が爆発を起こしたかのようにこれまで何も考えず、流れに任せて何も感じず、空っぽのままでいいと閉じ籠っていた自分の殻を打ち破って行く。

 

(痛い・・・・痛いよ・・・だけど温かくて、熱くて空っぽだった私を一杯にしていく・・・・私は・・・これをっ!)

 

「ぐあっ」

 

「もうお終いかな?だったら!もうお休みの時間だよね!」

(見ててハリーおにーさん、私がスゴいんだってこと!クモのおにーさんも捕まえて絶対に褒めてもらうんだっ!)

 

遂に結芽の猛攻の前に写シを貼った腕を切り飛ばされ、完全に全体の写シも剥がされて肩で息をし、既に限界間近まで追い込まれながらも一歩も退かずに結芽と対峙する舞衣。

 

結芽は思ったよりは耐久した舞衣の胆力と根性には驚いたが自身の今一番の願い、強さを証明して栄人に誰よりも自分はスゴい人間なのだと褒めてもらうこと。焦りにより冷静な判断が出来ず、手段を選んではいられなくなってしまっている自身に苛立っている部分も無くは無い。それでも今から舞衣を無力化してスパイダーマンを誘き出すダシにしてその上で真っ向勝負でスパイダーマンを倒そうと言う行動に理性の歯止めが効かなくなっていく。

元より殺す気は無い。柄で殴って意識を奪う。そう思って舞衣に向けてニッカリ青江を振り降ろそうとする。

 

 

 

「うああああぁあああ!!」

 

これまでの沙耶香からは想像も付かない力の篭った絶叫と共に結芽と舞衣の間に入る事で結芽の一撃を防ぎ、鍔迫り合いに持ち込み、魂の叫びを響かせる。

 

「沙耶香ちゃん!」

 

「これを、失くしたくない!!」

 

その変わりように舞衣も驚きを隠せない様子だが沙耶香がそのまま結芽を押し返し、沙耶香が反撃に出る。

 

「しまっ!」

 

結芽は沙耶香からの猛攻を受けつつもすぐさま防御に切り替えて猛攻を防ぐ。しかし、八幡力の上昇が止まらない。受ける剣さばきから力が込められて行くのが分かる。結芽も咄嗟の反撃に防戦一方に持ち込まれるが沙耶香が空振りした矢先に迅移で加速して背後に回り込んで突きを入れるが消えたかのように回避されて突きが空を切る。

驚いて振り向くが既に遅い。空振りを誘われて隙が出来た結芽に沙耶香が八幡力を込めた横一閃の一撃をお見舞いすると防ぐ事自体には成功したが力負けをして弾き飛ばされてしまい神社の庭の端に立たされている像に背中から激突する。

あまりにも強い衝撃でぶつかった為か像が半壊以上のダメージを負い、少しでも力強く押したりしたら崩れそうな程に威力を物語ってある。

沙耶香も必死だった為か肩で息をしている矢先、結芽が壊れたように高笑いを上げ始める。

 

「あははははははは!いいよいいよぉ!やっぱこうじゃなきゃなぁ!」

 

やはり基本的には戦闘狂な彼女は強い相手を見たのだ、今は少しだけ本来の強さの証明だけでなく純粋に戦いを楽しみたい欲が湧き上がって来る。

昂らない訳がない。口を三日月状に吊り上げて結芽の方から攻めに転じて来る。

只者ではない気配を感じ取って沙耶香は身構えると既に眼前まで結芽が接近して来ており左からの袈裟斬り、次に右からの横一閃、的確に相手の防御が難しい所を突いて来る。先程とは比べ物にならない程速さ、鋭さ、力強さが増して行っている。

先程までは攻めで優勢だった沙耶香だが、結芽の連撃を前に今度こそ防戦一方に持ち込まれ、そして斬り上げで上空にまで打ち上げられてしまいそのまま同じ高さまで跳躍した結芽に袈裟斬りで叩き落とされてしまう。

 

「だぁっ!」

 

「ぐあっ」

 

「沙耶香ちゃん!」

 

その力強さに地面が陥没し、ダメージにより写シが剥がされてしまう。

沙耶香が抵抗しないように妙法村正を持っている手を足で踏んで動けなくし、首元にニッカリ青江を突き付けて無力化をするが先程の高揚感は既に失せていて失望のような、落胆のような憂いを帯びた表情になる。

一暴れして冷静になったのか沙耶香の手から足を離して妙法村正を簡単には取って来られないように蹴り飛ばす。

そして、ゆっくりと首だけを舞衣の方へ向けて、無力化はしたが武装解除はしていない舞衣を気絶させようと振り返る。

ジリジリと舞衣の方へと近寄って行く結芽からは殺意は無いが強い敵意を感じるがそれでも構えて相対する舞衣。

 

「はぁ〜あ・・・ちょっと本気を出したのに思った程じゃ無いな・・・・もういーや。忘れてたけど次はおねーさんの番だね・・・・とっ!」

 

「くっ・・!」

 

舞衣が覚悟を決めて一旦眼を瞑り、結芽に向かって立ち向かおうと居合の構えをすると結芽はそんな舞衣に向けて容赦なく柄で殴って気絶させようと加速して接近すると上空から白いクモ糸が雨のように降り注いで来る。

 

「「・・・・・っ!」」

 

「ははっ、待ってたよ」

 

舞衣と沙耶香は驚いているが結芽はあまり動じずにバックステップで回避して上空を見上げている。

 

そして、上空から赤と青のカラーリング、夜なのであまり細かくは見えないが蜘蛛の巣のような模様の黒いラインと腰にウェブシューターのクモ糸の入ったカートリッジを入れるホルスター、黒の縁に囲まれた視界調節の為に動く白い眼。そして、アームガード状の両腕に装備されたウェブシューターを付けたスーツの人物が結芽と舞衣の間に右拳と右膝を同時に着地する独特な着地を敢行する。

ちなみにかなりの勢いがあったため、着地時に膝を強く打ち付けたためかなり膝が痛い様子で、小声で「痛っ」と呟いたが幸い誰にも聞かれていない。

あの時御前試合の会場にいた誰もが目撃したその姿とは異なるが現在逃走中の反逆者の一味、スパイダーマンだ。

 

「やぁ皆、まだ神社で肝試しする季節じゃ無いと思うけど。それとも椅子取りゲーム?なら僕も入れてくんない!・・・・にしても膝痛いなぁこの着地。スーツアクター膝壊しそう・・・」

 

「そ・・・・スパイダーマンさん!」

 

「え・・・・・?す、スパイダーマン・・・・」

 

スパイダーマンがいつもの軽いノリで軽口を叩きながら舞衣と沙耶香に視線を配ると今のところ無事な様子を確認してホッと一息着くと3人から視線を注がれる。

舞衣はスパイダーマンが遠くにいる事を知っていたがあの電話からどうやってここまで来たのかという疑問が湧いて来るがやはり無事な姿を確認できた事は嬉しいため心の中で一息着くが問題が解決した訳ではない為すぐに焦りにも変わる。

一方で沙耶香は無言でスパイダーマンを見つめていた。

マンションで戦闘した後に、去り際に「今は逃亡中で難しいけど親愛なる隣人スパイダーマンはいつだって困ってる君の味方だよ」と言っていた言葉を思い出した。

親愛なる隣人、その言葉を舞衣が言っていた事からスパイダーマンが持っていたクッキーを作った人物が舞衣であることを察した沙耶香。

スパイダーマンもまた自分に熱を与えた人物でもあるため再会自体は嬉しいのだがやはり状況は好転はしていないため不安は拭えない。

 

「はは・・・・あははははははは!!やっぱおねーさんが危ないと来るんだねクモのおにーさん。単純だなぁ!」

 

そして、結芽は夜空を見上げて高笑いを上げる。予定より早まったが自身の名を建て、存在を証明する上で相応しい存在。

自身が所属する管理局が血なまこになって捜索している人物で、自身が気になり出している栄人が捜索のために辟易している相手であり、倒して捕まえる事が出来れば彼に、何より皆にスゴいと褒めてもらえる。

手段を選ばない程までに執着していた相手が今目の前にいる。昂らない訳がない。

投降も降参も許さない。真っ向から勝負して全力で叩きのめして屈服させる。さすれば誰もが自身を認め、皆の心に功績者としてだけでなく1人の人間として、心に残るだろう。

そして結芽は不敵な笑みを浮かべてニッカリ青江を正眼に構えて1つだけ心の篭っていない謝罪をする。

 

「あー1つ謝っとくよ、ごめんねおにーさん。どんくさいおにーさんに伝言頼んだんだけど聞いてたかな?おにーさんは最後に倒すって約束したよね?」

 

「そうだ大佐助けて!」

 

正体を粗方知っている上で相手の心に揺さぶりをかけるように恐怖心を煽るかのように以前にスパイダーマンを倒しに行くまで負けるのは許さない、倒すのは最後にしてやると宣言したのだがスパイダーマンはその時の結芽の冷たい笑みと声を思い出して背筋がゾクリとしたが姿勢を比較して身構える。

次の瞬間結芽は獲物を見つけた肉食獣のような好戦的な顔になりながらスパイダーマンに斬りかかって来る。

 

「やっぱりあれは嘘!予定変更と行かせてもらうよ!」

 

「ネタが伝わるのって嬉しいなぁ!ったく!」

(2人は限界っぽいし、やるっきゃないか!)

 

 

直後、スーツのサポートAIであるカレンがスパイダーマン に話しかけて来る。

 

『危険度SSSと断定。瞬殺コマンドはロック解除済みで使用可能です。実行しますか?』

 

「はぁ!?何で!?と、兎に角瞬殺コマンドは人間相手にはダメだ!ごめんちょっと借りるよ!」

 

先日まではトニーにロックされていた筈の拡張戦闘モード、別名『瞬殺コマンド』の機能のロックが何故か解除されている事に疑念と戸惑いを抱きながらも人間相手には使いたくないとして使用を拒否する。

結芽が嬉々とした様子で接近してきたため、2人は既に戦闘での疲労により写シも貼れない程消耗している事が見て取れる為、スパイダーマンは沙耶香の妙法村正にクモ糸を飛ばして手元に引き寄せて手中に収めて、結芽の上段から叩き込まれた一撃を一振りの御刀で防ぐがかなりキレのある力強い一撃により防いだ姿勢のまま足を引きずるようにして押しのけられる。

 

「前よりは楽しませてくれる事を期待するよ!」

 

「ほんっと、勝てる気がしないなぁっ!」

 

スパイダーマンは弱音を吐きながらも再度身構えて結芽の追撃に備える。




長くなりそうなんで一旦ここで。

スパイダーマン MCU離脱の可能性・・・複雑っすね・・一番売れたしこれからやん・・・・まぁ新キャラバンバン増えるし集合映画もまだまだ先だし権利の問題もあるから仕方ないですが・・・・。
一応権利が向こうに戻ってもトムホスパイディは続きますが、向こうに権利戻っちゃうとトニーやアイアン・スパイダーの固有名詞使えなくなる可能性あるからさ、マジだったら辛いですよね・・・。
続くのは自体は嬉しいけど、でもなんかこれも後々視聴者を驚かせる戦略なのかなとすら勘繰ってはいますがwww

詳細な発表を待っております。


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第35話 離別

PS4版スパイダーマンがゲーム大賞受賞めでたい!ムズいけどロード超短いからオススメです(ステマ)

今回は長くなり過ぎて申し訳ないっす。

2019/9/24。少し、セリフ修正


「沙耶香ちゃん、大丈夫!?」

 

「うん、大丈夫」

 

舞衣と沙耶香は戦闘の喧騒から少し離れて身を寄せ合い、結芽とスパイダーマンの一騎打ちを見ていた。

両者共ダメージの蓄積による疲労困憊でこれ以上の戦闘続行は厳しいからだ。

 

「気を付けて!その娘かなり強いの!」

 

「イヤって程知ってる!」

 

スパイダーマンが沙耶香の手元から引き寄せた妙法村正を構えて結芽の攻撃に備えた矢先に結芽は眼前まで迫っていた。左からの横一閃、次に右からの横一閃。スパイダーマンは超人的な動体視力により動き自体は見えているがやはり素早い上に一撃一撃が抉り込むように鋭い結芽の剣戟は防ぐことが精一杯である。

そして以前はスパイダーマンの予想だにしない怪力により力負けして一瞬のふいを突かれた経験を忘れていないのか八幡力も込めている為威力もかなり高い事が伺える。両者共刀と刀がぶつかる度に互いの掌にビリビリと気を抜くと痺れるのではないかと錯覚する衝撃が伝わってくる。

鍔迫り合いには敢えて持ち込まない結芽のパリィは順当にスパイダーマンの選択肢を奪って行く。

 

「ははっ!ほらほらどうしたのかなぁっ!」

 

「ぐっ!やっぱヤバいなコイツ!」

 

剣術に関しては小学生までは習い事レベル、中学校に上がってからは可奈美達の付き合いでたまに振るったりする位であるためやはり実際に戦闘訓練を積んでいる上に、流派の極致に達しかけている相手には圧倒されてしまう。

文字通りウェブシューターを使う隙さえも中々与えない。

 

結芽が放った突きをスパイダーマンが上体を反らして回避し、回避と同時に結芽に向けて空いている手でウェブシューターを放つが結芽身体を軽く傾けるだけで回避される。

 

「前より早いね、でも私を捉えるにはまだまだだよ!」

 

「簡単には当たらないかっ!」

 

「もらいっ!」

 

結芽がそのまま流れるようにスパイダーマンに袈裟斬りをお見舞いしようとするとスパイダーマンは放ったウェブシューターのクモ糸の端を手に持っていた。

 

「そら罰当たりだ!」

 

「ん?」

 

スパイダーマンが手を自身の方へと強く引く姿に違和感を感じて後方を振り向くと背後に先程沙耶香と戦闘した際に沙耶香の猛攻を受けた際に防ぎ切れずに押し飛ばされて激突し、半壊した像が結芽が激突した部分から下と分離して迫って来ていた。

スパイダーマンは回避される事は知っていて後方の像に狙って当てて力強く引き寄せていたと察することが出来る。

 

「ちょっ!」

 

「後方注意ってよく言うでしょ!」

 

スパイダーマンの怪力には驚かされるが、既に背後に迫っている像を回避するにせよ振り下ろした袈裟斬りの姿勢から回避に転じるのは難しい。そこで空中で身体を捻ってニッカリ青江を振り下ろす勢いを殺さずに像に向けて振り抜く事で像を両断することに成功するが、ここで隙を作ってしまった事を警戒しない結芽ではない。新しくなっているスーツから察するに何か仕掛けてくると警戒の視線をスパイダーマンに向けて着地すると、機械が何かに反応したかのような音を耳が拾うと左右の像に取り付けられた黒い球体、トリップ・マインから一直線にクモ糸が結芽を狙うかの如く発射される。

結芽は周囲を見渡して他にもトリップ・マインが無いかを確認してスパイダーマンに一直線に突進する事で回避と同時に攻撃を仕掛けようとする。

 

「おっと!危ないなぁ!」

 

「吹っ飛ばされたい人は手上げて!」

 

スパイダーマンは掌に隠し持っていたオレンジ色のヒトデの様な形状の球体を結芽の足元に向けて叩き付けると突然青い光が炸裂したことで眼が暗順応した事で暗さに慣れていた為か突然の光に過敏に反応して眼を細めたが本能的な勘で八幡力で上方へと跳躍する。

 

「あっぶな」

 

すると、先程まで自分がいた所にあった砂利が空中に浮かび上がり、空中に静止していた。効果範囲内の重力を変換して敵を空中に短時間留めるサスペンション・マトリックスが発動していた。もし、まともに効果範囲に入っていた場合。そのまま空中に固定されてしまい逃げられていたことは想像に難く無い。

そして、跳躍したはいいがスパイダーマン の真上であるためスパイダーマンが両腕をこちらに向けて掌のスイッチを押してクモ糸を飛ばしてくる。

スパイダーマンの方もサスペンション・マトリックス自体かなり特殊なウェブであるため2つしか搭載されておらずショッカーとの戦闘と先ほどの一発で使い切ってしまい同じ手を使用出来ないため、追撃の手を止める訳にはいかない。

 

「もらいっ!」

 

「嘘っ!」

 

「良い子はおねんねしてな!」

 

「ちぃっ!」

 

空中での方向転換は難しいためスパイダーマンのクモ糸が結芽の右腕と左足に命中して張り付く。そしてスパイダーマンがHUDに接続してそのまま電気ショックウェブを作動させると蒼白い光が糸を伝って結芽に向けて伝導しようとして来る。結芽はクモ糸に捕らえられ続けるとそのまま追撃を受けて御刀を取り上げられて無力化されると判断して即座に写シを張っている右腕と左脚を切断してエネルギー体と化している部分を切断してダメージを軽減しつつ、クモ糸から逃れて八幡力を発動して地面に着地する。

手足であるが写シをもう一度貼り直す羽目になるとは予想だにしていなかったが、分かってきた事がある。

 

「前よりはやるね、おにーさん。でも結芽分かっちゃったー」

 

「な、何を?」

 

「にひっ」

 

言葉でスパイダーマンを動揺させると一瞬のうちに前方に接近したかと思いきやまたしても一瞬でスパイダーマンの左横に接近して更なる猛攻を仕掛けて来た。結芽は先程見たサスペンション・マトリックスが砂利を浮かせていたのがスパイダーマンの前方から数メートル程の範囲内のみであり、その範囲にさえ入らなければ空中に固定される事はないと判断して直前で狙いを逸らす事にした。

所謂、本気を出し始めたということだ。

そして、その更に激しい猛攻によりスパイダーマンはまたしても劣勢に立たされてしまう。

余裕の表情のままの結芽から放たれる剣戟は更に鋭さを増して行く。スパイダーマンは攻撃を逸らして体勢を仰け反らされて行き所々スーツの上を掠って行く。

 

「ぐあっ!」

 

「やっぱりおにーさん身体能力は高いけどおねーさんや沙耶香ちゃんの方が手応えあるね。それに・・・・・」

 

スパイダーマンが何とか反撃の隙を突いて横一閃に妙法村正を振ると結芽はニッカリ青江の刃で受け止めてそのまま流れるように華麗に受け流して口を三日月のように吊り上げながらスパイダーマンの肩にニッカリ青江の突きをかますとスーツの肩の部分の素材を裂き、そのまま腹部に回し蹴りを入れて押し退けて来る。

 

「私の不意を付けたのも全部その着ぐるみのおかげだよねぇ!」

 

「クソ!気にしてるのに!」

 

スパイダーマンは以前にもショッカーと戦闘をした際にも身体能力は超人的に高くとも戦闘に関する経験が訓練を積んでいる面々より少ない為、同程度の身体能力を持つ戦闘技術の達人が相手になると押され気味になることを指摘された事やこれまでの戦闘もトニーの作成したスーツの性能とその性能の初見殺しがハマっていた点が功を成して切り抜けて来たことを自身でも自覚はしていたがやはり堂々と言ってのけられるのは精神的にクる物がある。

そして慢心を捨て完全にスパイダーマンを狩りに行くスイッチが入った結芽の息切れ1つせず、余裕の笑みを崩さない態度は今の実力差と自身のレベルを突き付けられ、圧倒され焦りが生じている自分とは真逆な様がスパイダーマンの思考力を鈍らせていく。

そして、結芽は軽く溜め息を吐いた後に蹴り飛ばしたスパイダーマンに向けて迅移で加速して肉薄して来る。

 

「はぁ〜あ、確かに前よりは幾らかマシだけどおにーさんもまだまだだね。悪いけどサクっと倒させてもらうよ!」

 

「うわぁっ!」

 

結芽の剣戟は更なる威力と凄まじさを増して行く。スパイダーマンは先程の斬り合いでは防ぎつつも一歩も引かずにその場に立って留まれる程であったが完全に押され始めれて今の自分ではまともに結芽と対決しても勝機はない。何か別の方法を考えなくては。

 

しかし、そんな思案を読んでか否かスパイダーマンは結芽の横長の一閃に力負けして、後方へと吹き飛ばされる。

そして結芽は宙に浮いたまま防御の姿勢を崩されて怯んで反撃する余裕が無いスパイダーマンに対し、それなりに耐久力が高くてしぶとい相手であるため一気に勝負を決める事にした。渾身の力を込めて天然理心流における自身の必殺技三段突きで勝負を決める事にした。

結芽は息を潜め、地を強く蹴り力の全てを攻撃に回す。

 

しかし、正攻法では勝てないと判断したスパイダーマンは結芽が自身を倒すために全力の大技で勝負を決めに来て集中力の全てが攻撃に向いている今、この攻撃を一瞬でも回避出来れば、またはほんの一瞬だけでも隙を作れれば反撃の糸口に繋がると判断して一か八かの賭けに出る。

 

(うまく行くと良いけど!)

 

全力でこちらに向けて突進して来る結芽はスパイダーマンを捉え、ニッカリ青江を握る両腕を前に突き出して渾身の力を込めた突きを入れて来る。

しかし、手を前に突き出した瞬間スパイダーマンは手に持っていた妙法村正を地面に思い切り突き刺し、妙法村正の柄に手を置いて反動を利用して勢いに乗って空中で身体を捻る事で結芽の突きを寸での所で回避する。

結芽の方も完全に倒す気で放った突きを回避された事には驚いたが戦闘の素人が何度も自身の攻撃に対応できる訳が無い。すぐに攻撃に転じる事にする。

しかし・・・・

 

「へぇ実力で勝てなきゃ発想を変えるのかぁ、嫌いじゃ無いよそういうの。でも・・・・私を倒すには全然、程遠いんだよねぇっ!・・・・・ぐっ!」

 

「電気ショックウェブ!」

 

次の一瞬、胸の辺りで心臓を握り潰される様な痛みが走る。どうやら思ったよりも()()()()()()()()ようだ。

その痛みにより胸元を抑えてしまった事により大きな隙が生じてしまい、ニッカリ青江を落としてしまい写シが解除されてしまいスパイダーマンが空中で放ったクモ糸が身体に接着してしまう。

そして、結芽のその様子に気付かないスパイダーマンはすかさずにHUDに接続して電気ショックウェブを選択してスイッチを押す。すると、蒼白い電流が糸を伝導して結芽に向けて結芽の身体に人間が気を失う程度に設定した電流が流れ込む。

 

「しまっ・・・うああああっ!」

 

「何だ・・・・・・・っ!?カレン電気ショック切って!」

 

『何故ですか?このまま倒せますよ?』

 

「いいから早く!」

 

電気ショックウェブを使った瞬間結芽が胸を抑えて一瞬動きが止まり、自分の攻撃以外の要因で苦しむような素振りを見せて苦しみ出した為、心配になったスパイダーマンはすぐさま電気ショックのスイッチを切って地面に着地する。

電気ショックウェブの電流から解放され、胸を押さえたまま咳き込む様子の結芽に対してスパイダーマンは心配そうに少しずつ近く。

結芽は一瞬の隙を、自分よりも弱い筈の相手のスパイダーマン相手に作ってしまった上にまともなダメージを受けてしまい胸部に走る痛みが焦燥感と憤りを掻き立て、冷静さを奪って行く。

 

「ゲホッゲホッ!クソっ!私がこんなっ!」

 

「だ、大丈夫・・・・!?」

 

「・・・・・ナメるな!私はこんな・・・・っ!」

 

スパイダーマンの心配そうな声色と戸惑っている様を見聞きして結芽は自身の弱みを見せないようにスパイダーマンを力強く睨み付けて威嚇して威圧して来る。その先程までとは打って変わって激昂する結芽の様子を見て恐怖感よりも結芽に対してあれだけ厄介な相手、危険な相手だと言って忌避してきたが目の前で突如苦しみ出した様を見て戦意は失せて心配と言う感情が湧き上がってくる。

すると背後から不機嫌そうな声が結芽の背に向けて突き刺さる。

 

「何をしている結芽」

 

「この声って確か・・・っ!?」

 

その場にいた全員が声の方向を振り返る。

沙耶香の捜索に来ていた雪那が鎌府の刀使複数人を引き連れてこの場所に辿り着いたようだ。不機嫌そうな形相で結芽を見下ろし、苛ついた声でがなりたてる。すると視界にスパイダーマンが映ると驚愕した表情へと変貌し、取り巻きの刀使達も身構えて臨戦態勢になり、多勢に無勢の状況に陥った事によりスパイダーセンスが発動し、危機を感じ取りカレンは雪那の顔と刀使達を認識し、装着者であるスパイダーマンを守るために防衛手段として強制的に拡張戦闘モード。通称『瞬殺コマンド』を起動し、スパイダーマンのスーツの普段は白い眼が急激に赤く光る。

 

「スパイダーマン !?逆賊の一味がノコノコと戻ってきたか!」

 

『鎌府女学院学長、高津雪那と刀使の数名と認識。ターゲットを高津雪那に設定。瞬殺コマンドを実行します』

 

「げっ!あのヒステリックおばさんかっ!ていうか何でカレンは事あるごとに瞬殺コマンドを薦めるの!?」

 

『私は貴方のサポートAIです。貴方を全力で支援して守るのが私の務めです。貴方は私が守ります』

 

「なにこのイケメンAI、ちょっと惚れそう・・・と、とにかく僕は誰も殺したくない!OK?」

 

『了解、瞬殺コマンドを停止』

 

 

「何を一人でブツブツ話してる?壊れたフリか?」

 

スパイダーマン的にはスーツのAIであるカレンと会話しているだけなのだがやはり側から見ると一人でブツブツと話しているようにしか見えない様に全員が懐疑的な視線を向けている最中、何者かが鳥居をくぐってこちらに走って来る。

 

「やっと見つけたっ!結芽ちゃん!柳瀬は俺の友達なんだ!手荒な真似はしないでくれ!・・・・スパイダーマン!?」

 

自身の権限を使い結芽に舞衣に手荒な真似をしないように説得するために携帯の位置情報を探り、位置情報が途絶えて以降近辺を捜索していた栄人であった。

相当懸命に走り回っていたことが伺えるが雪那には目もくれずに結芽の元に駆け寄り、手で両肩を掴んで息切れを起こしながら真剣な表情で懇願する。

顔と顔が近くなった事とこれまでにない真剣な様子に結芽は驚いてしまうが直後に栄人は沙耶香と舞衣の前に立ち、雪那と鎌府の刀使達と対峙するスパイダーマンの姿が視界に映ると瞳孔を散大させながら驚愕する。

結芽としては天才と謳われている沙耶香、そして現在逃亡しているスパイダーマンを倒して捕獲すれば皆に認めてもらえると思って行動したのであり、認知して欲しいのは今の不意を突かれた自分ではない為結芽の方も栄人に食い下がって来る。

 

「おにーさん・・・・これからなんだよ・・・っ!これから逆転して私が勝つから!だから・・・っ!」

 

舞衣とスパイダーマンも聴き慣れた声に、反応し何故こんな所にいるのか。という疑念もあるが最悪のタイミングだ。中でもスパイダーマンは特に動揺してしまっている。ここ最近の中で一番焦っているのではないかと思う程に心拍数が上がり、冷や汗もかきはじめる。

スパイダーマンになっている間は最も遭遇したくない。友人でありながら自分たちを追いかける側の人間。その矛盾した関係性にお互いに苦しんでいる者達が遭遇したことがスパイダーマンの精神を焦りと不安が塗りつぶして行く。

 

「針井・・・・君?」

 

(ハリー!?何で君まで!?もう最悪!)

 

「もう下がりなさい。お前ごとき欠陥品の出る幕ではないのよ!」

 

「ちっ・・・・・はいはい分かりましたー」

 

痺れを切らした雪那は結芽を不機嫌な表情で見下ろしながら後は自分達で片付けるとでも言わんばかりにふてぶてしく言い放つと結芽はこのような状態のまま引き下がるのはプライドが許さないが、ここでヒステリックを起こしては自分らしくない。そんなみっともない姿を誰かに見せるのは癪であるため雪那の上から目線の指図に対して他人には聞こえない程度に舌打ちをしながら起立し、栄人から離れて雪那の横を通り過ぎようとする。

 

「さぁお前たち!紫様に刃向かう逆賊の一味を捕らえろ!そして必ず残りの残党の居場所も吐かせてやる!手柄は私達の物になる!やれぇっ!」

 

雪那の高圧的な、神社であるにも関わらず自身の目的、うまく行けば紫に貢献できるチャンスが目の前にある事に高揚感を抑えきれずにスパイダーマンを指差して鎌府の刀使達に指示を出すと刀使達も身構えて戦闘態勢に入り、一斉にスパイダーマンに斬りかかる。スパイダーマンが身構えて姿勢を低くして、迎え撃とうとしだ直後

 

「人のデザート勝手に取らないでくれる?」

 

鎌府の刀使達が雪那の横を通り過ぎるフリをした結芽にいつのまにか斬り伏せられたいた。やはり自身が倒すと決めているターゲットを他人に横取りされるのが不愉快な上に雪那に言いたいように言わせたままにしておくのは許せないからだ。

あまりに一瞬の出来事に全員が驚いているが連れてきた鎌府の刀使達がいないと逃亡した面々を捉える手段がほぼ皆無の雪那は結芽に対し怒りをぶつける。自身の目的をパーにされただけでなく沙耶香にも逃げられる可能性が高くなってしまったからだ。

 

「結芽・・・っ!貴様何を!?」

 

「結芽ちゃん・・・・何で・・・・」

 

「あーあ、無駄な時間使っちゃったー。また今度にしてあげるよ」

 

雪那は自身の行動をフイにした結芽に対し、視線で人が殺せるので無いかと思う程の殺気の篭った視線を向けるが、結芽は我関せずの態度のまま鞘に納刀し、雪那の横を通り過ぎて行く。沙耶香と舞衣、そしてスパイダーマンは最大の脅威が去った事により一安心し、舞衣は先程よりも強く沙耶香を抱き締める。

 

「助かった・・・・・のかな?」

 

『最大の脅威は去りました。瞬殺コマンドの実行の必要はありません』

 

雪那は結芽に対する憤りは消えないが悪足掻きで一縷の望みにかけて沙耶香に対し、強く命令して来る。最も、雪那としては沙耶香は従順で自分の言う事には素直に従うと信じているという事もあるのだが。

 

「沙耶香何をしている!?わがままはお終いよ、さっさとそこの逆賊を捕まえて鎌府に戻りなさい!」

 

「沙耶香ちゃん・・・・・」

 

雪那の高圧的な態度から放たれる言動を聞き、沙耶香は舞衣の抱擁から離れてスパイダーマンが地に突き刺した自身の御刀妙法村正の柄を持って引き抜く。

自身の言う事を聞いたと確信した雪那は唯一無二の今の自分の願望を叶えられる存在。今の雪那は沙耶香に縋るしか無いため余計に心強く感じられる。

 

「そうよ、沙耶香。お前は親衛隊共や新装備もロクに使えないバカ共のような欠陥品とは違う。完璧な刀使になるのよ」

 

しかし、引き抜いた妙法村正を鞘に納刀し雪那の正面に立ち、雪那の眼を強く見つめ、一瞬手は震えながらも初めて面と向かって雪那に自身の意思を伝える。

 

「私は貴方が望む刀使なはなれない・・・・ううん、なりたくない」

 

「は?何を言っているの?」

 

沙耶香の意思は雪那がこれまで押し付けていた願望を真っ向から否定する物だった。

一瞬何を言われたのか脳の処理が追いつかず、理解することに多少の時間がかかってしまったがすぐに反撃を開始する。嘘だと信じたい気持ちが、今ここで自身の後継者、もとい代わりとして見出した沙耶香に言ってのけられたのが信じられなかった。

 

「空っぽのままでいいと思った・・・でも私をいっぱいにするこの熱・・・・失くしたくない。だから」

 

「この熱をくれた人達と・・・・もう一度戦いたい・・・・一緒に」

 

今目の前にいる沙耶香が自身の意思を伝えたことにより、雪那は冷静さを欠いていたのもあるが自身が見出した相手が自身の元から離れると言う言葉を聞き、ついに堪忍袋の尾が切れてしまい沙耶香に向けて激昂して彼女の言葉を途中で遮り、溢れ出る限りの罵詈雑言をぶつける。賢いやり方では無いがそれだけ彼女を損失することは痛手どころでは無いことも要因ではあるが。

 

「何を寝言を言っているんだ貴様ぁっ!?お前は妙法村正の継承者、私の代わりに・・・・いいえ、私として紫様にお仕えすべき存在!紫様だけの道具なのよ!お前より私の方が頭がいいの!分かるでしょ!?貴方みたいは道具はどうせロクな事なんか考え付かない、貴方みたいな道具は何も考えずに私の言う事だけ聞いてろこの・・・・・っ!ひいっ!」

 

雪那が手を振り上げた矢先に雪那の顔面スレスレに蒼白い光を纏った弾丸のような糸が横切り、後方の鳥居の柱に当たって光が消える。

傍若無人な態度の雪那を沈黙させるために電気ショックウェブを発射していた。雪那は電撃を帯びた糸が後少しズレていれば直撃していたことに戦慄し、情けない声を上げてしまう。

そして、舞衣は沙耶香の手を強く握り、自分たちが付いている。自分の気持ちを伝えれば良いと言う意味を込めて勇気を分け与える。

スパイダーマンは強い口調で雪那を嗜めながら最後にジョークを交える事を忘れずに雪那に自身の行動や言動にも問題がある事を自覚するように告げて舞衣と沙耶香と共にその場を去ろうとする。茫然自失としている栄人には申し訳ない気持ちを抱えながら、重い足取りで歩いていこうとする。

 

「はい、お口チャック。今彼女が話してるんだ。貴女のターンじゃない。僕は人に何か教えたり導いたりなんて柄じゃないけど貴女みたく人の意志を無視して自分の生徒を道具呼ばわりするなんて教育者としていただけないと思うよ。後、一々カッカし過ぎ、カルシウム足りてないんじゃない?毎日牛乳飲みな」

 

「今までお世話になりました」

 

沙耶香が深々と雪那に御礼し、立ち去ろうとするが雪那は喪失感により、目の前が真っ暗になるような感覚に追い込まれ、去って行く背中を目で追うことすらできずに膝を付いて石畳を見つめることしか出来ず、譫言で沙耶香に呼びかけることしか出来なかった。

 

「ま、待ちなさい・ま・・待って・まって・・・沙耶香・・・・!」

 

「お、おいお前ら」

 

舞衣と沙耶香、そしてスパイダーマンは更なる追っ手が来る前に移動しようとする背中に震えた声で先程から、いや今でも状況を飲み込み切れていない栄人が一同を呼び止めてくる。特にスパイダーマンは生きた心地がしないままそちらの方を振り返ると困惑と不安。それ以上に心配だという表情でこちらを見てる。そして重々しく口を開ける。

 

「スパイダーマン 、お前にはトゥームスが暴走した際に被害が拡大する前に止めてくれたことは感謝してる。今じゃ何か事情があったのかとも思う。だが、お前がやった会場でやった事は自殺に等しい。あの人は今や警察関係者・・・国単位で組織を動かせる、なんでそこまで命を懸けるんだ?」

 

「それに、柳瀬も分かってるのか・・・っ!?そいつに、スパイダーマンに付いて行くって事は国中が敵になるんだぞ!どこに逃げる気なんだ!?あの人は0から証拠をでっち上げられる。あの人が一言お前らをテロリストだって宣言すればすぐさま見つけ出して殲滅される・・っ!引き返した方が良い」

 

会場から現在に至るまで御前試合の会場でスパイダーマンと可奈美と姫和が起こした騒動以降、可奈美は自分の意思で行動した事であるが自身は事情を何も知らない一味であるため可奈美は姫和とスパイダーマンに巻き込まれたのではと言う疑念と彼らを追跡することによるストレスと不満。溜めていたフラストレーションをスパイダーマンにぶつける。

スパイダーマンに辟易していたこともあるが言葉が次から次へと溢れ出てくる。そして、今目の前で舞衣が可奈美のようにスパイダーマンに付いて行き共に行動をするという事は次にスパイダーマン達と戦う時は舞衣とも戦わなければならない事に対する不安が胸の内を埋めていく。

 

「これは俺のワガママだけど・・・・こんな事を言う資格なんか無いのは分かってるけど、スパイダーマンに付いて行くって事は管理局はまたお前達を狙う。そして俺はまた刺客を送らなきゃ行けなくなる・・俺に・・・お前と・・・お前らと戦わせないでくれ!」

 

いつもは明るくフレンドリーな態度とは一変し、まるで子供の様に深夜の神社であるにも関わらず自身の願望をぶつける。その真剣な様にどれだけ心苦しいのかがよく分かる。そして何より、管理局と折神紫を敵に回すことが自殺行為に等しいという事が何よりの懸念だと言うこともひしひしと伝わってくる。

言いたいことはよく分かる。もちろん自分たちも友と争う事などしたくない。だが、既に舞衣とスパイダーマンは自分の行く道を、やるべき事、出来ることを見つけ出していた。だから、引き下がる訳には行かない。譲ることの出来ないものだからだ。

スパイダーマンは折神紫を止めるために、舞衣は自身に助けを求めた沙耶香を放って置けない。だから、栄人の言う事は理解は出来ても進むしか無い。

 

「聞いて、折神紫はメッチャ危険なんだ。十条姫和さんだって意味も無く警察組織の要人を狙った訳じゃ無い。あの人はあら・・・・あの人はこれまでの現体制を粛清して自分に都合の悪い相手は排除して来たんだ。そんな相手が伍箇伝も、管理局も統治して今の平和な社会が続いたって事はヤバいことを企んでるって考えた方がいい。彼女を放置してたら国中が危ない!だから僕はあの人を止めなくちゃいけないんだ。だから行くんだ」

(ダメだ、あの人は荒魂で伍箇伝や政府を支配してて人の身体にノロを入れるなんて危ないことをしてるなんて話してハリーはそれを調べられる立場だから詮索しようとして消されたりするかも知れないっ!こっちの情報も話す訳にはいかない!)

 

「なんだよそれ!そんなの憶測じゃねぇか・・・それでも命を賭けるって言うのかよ・・・」

 

スパイダーマンはマスクの下で唇を血が出るのでは無いかと思うほどに強く噛んでいた。出来るのなら本当のことを言いたい。だが、栄人は管理局側の人間だ。調べようと思えば紫の研究の秘密や、紫の正体さえも調べられる立場だ。もし、今本当のことを話して調べたのだとしたら秘密を知ったことで粛清されるかも知れない。そして彼には家が管理局に協力している会社だ。管理局を裏切る事など出来る訳がない。

そんな覚悟をいきなり彼に強いるのは酷だとスパイダーマンは判断し、心苦しさを残しながらも出来るだけのことをするしかない。

 

「約束する。必ず折神紫と管理局を止めて君にいつもの日常を返す。だから本当にゴメン」

 

謝る事しか出来ない自分に嫌気が指しながら踵を返して神社から去ろうとするスパイダーマン。そして舞衣も栄人の前に立ち、沙耶香の手を強く握り自身の意思を伝える。

 

「針井くん、私も今は沙耶香ちゃんを放って置けないの。だから私も行く。これが私が遠回りしながらやっと見えてきた私に出来ることなの。だから・・・・」

 

「柳瀬・・・お前まで・・・・」

 

 

「でも、これだけは言える。また皆で笑い合える日は来る。だから信じて待ってて」

 

舞衣も栄人に対して申し訳なさと晴れない気持ちがある最中、既に自分のやれること、やりたい事が明確に決まったわけでは無いが自身に助けを求めた沙耶香のことを放っては置けない。それでも必ず元の日常を取り戻せると言葉を添えて神社から去っていく。

 

栄人は3人の背中を目で追う事しか出来なかった。今の自分のスタンスが如何に中途半端で皆の様に明確な強い意志を持って行動出来ていない事への劣等感。そして、またしても友人達を追わなくてはならないことや心のどこかでは使命や立場を捨ててでも舞衣達に付いて行きたい。彼らの話をもっと聞きたいという気持ちも無くは無いが自分は管理局に技術提供をしている企業の跡取りだ。自身を育ててくれた親と仕事のクライアントを裏切る事は出来ない。

何より、今の栄人はどちらの事も大事になってしまっているため誰のことも裏切る事ができなくなっている。

 

「ダメだ、俺は会社の事も局長のことも、結芽ちゃん達のことも、裏切るなんて出来ない・・・・っ!」

 

俯きながら今の自分の不甲斐なさに項垂れて、何もする事が出来ない自分の悔しさを吐露しながら朝陽が昇り始める。そんな様子を去ったと思われていた結芽は鳥居の柱の陰に背を預けて複雑そうな顔をしながら聞き、日の出の方向を見つめていた。

 

 

3人は神社からそれなりに離れた海岸沿いの防波堤付近まで来ていた。スパイダーマンのマスクを取った颯太は持って来ていた逃走用の私服をスーツの上から着て、クモ型の偵察ドローンに近辺を偵察させて追っ手の有無を確認していた。

沙耶香と舞衣は偵察ドローンが起動して飛んでいく様を目の当たりにするものの流石にもう慣れたのか大して驚かなかったがスーツの高性能ぶりには感心させられる。

そして、敵がいないことを確認するとドローンがこちらに飛行して戻って来てリュックのポケットの中に入る。

すると同時に途端に浮かない顔をしながら舞衣に謝罪する。こちらに情報を送って貰うという形で協力してもらっていたが結果として舞衣を、そして沙耶香のことも結果的に完全に巻き込んでしまった事は悔やまれるからだ。

 

「ドローンちゃん、ここら一帯で僕らを追ってる敵はいる?あぁいないのね、まず一安心かな・・・。ごめん。本格的に巻き込んじゃったよね・・・・舞衣の事も、糸見さんのことも」

 

「ううん、これは私が選んだ事だから。いつか針井君も分かってくれる。また皆で会える日が来るよ」

 

「別に、問題ない。皆がいるなら私は大丈夫」

 

「うん・・・・あーでも、なっさけないなぁ・・・君に何もかも終わらせて生きて君の所に帰るって言ったのに色々中途半端なままっていうか終わらせられて無いのに戻って来ちゃったのがダサいって言うか・・・・」

 

申し訳無さそうに俯く。管理局を出発する前日の夜に可奈美達と合流し、紫の野望を止めて生きて帰ってくる。これまでの日常を取り戻すと約束したのだが実際のところは可奈美達とは合流したはいいがまだ何も終わらせられていないのに戻って来てしまった事は情けないと思い気恥ずかしさとみっともなさが込み上げてくる。

そして、介入したはいいものの状況を悪くした上に本格的に舞衣のことも巻き込んでしまったこと、それでいて戦闘では結芽には圧倒されてしまった自身の戦闘技術の未熟さを思い知らされ自身はまだまだだと認識が更に強くなる。そして、自身が憧れるアイアンマンの様に手際よくそれでいて的確にやるべきことをこなせる様になることは今では確実に無理だという現実も突き付けられてしまう。

そんな様子を知ってか否か舞衣は颯太の手を両手で包み、お互いの顔の前まで持ってくる。そうすることで自然に視線は上の方へと引っ張られていくと海岸沿いであるため海面で反射する朝陽に照らされ、包み込むような笑みを溢す。その美しさに目を奪われ、見とれてしまう。

 

「ううん。それでも貴方は1つだけ約束をちゃんと守ってくれたよ。だって、今こうして生きて私の元に戻ってきてくれたから」

 

逃亡生活の最中様々なトラブルに見舞われ中々連絡を取る事が出来なかっただけではない。親友の可奈美も同様に自分の知らない、手の届かない場所で命懸けで戦っていたこと。常々彼女は皆の身を案じていた。

連絡も欲しかったが何より皆が無事でいてくれること、それが何よりも嬉しい。今目の前に友が無事な姿で自分の元へ帰って来たこと、まだまだ拭えない不安要素もあるが今はその事実だけで嬉しかった。

だから今はその小さな喜びを噛み締めたくて安堵によって溢れそうな涙を堪えて笑いかけると颯太も釣られて笑い返す。

沙耶香もその2人の様子を見て暖かい気持ちが心に暖炉を灯す。自分ももっと誰かとこの気持ちを共有して行きたいと思わせられる。

 

「お帰り」

 

「・・・・・ただいま・・・・・あーでも結局何も解決してないんだよなー・・・皆無事だったとは言え可奈美達がいる所まで結構距離あるし、状況自体はむしろ前より悪くなってるし戻ったら戻ったでスタークさんに怒られるの確定だし前途多難だよトホホ」

 

「だ、大丈夫大丈夫!皆で一緒に頑張ろ!ねっ!」

 

先程の雰囲気を台無しにするかの如く、実際に今の状況を整理すると何も解決出来ていない事は事実であるためその事を再確認すると一気に現実に引き戻されてしまった為頭を抱え、早口でボヤキ出すのを舞衣は宥める。

そして、3人で切り抜けようと言う意志を持って沙耶香の手を握って1人では無いことを強調する。

 

そして、昇りゆく早朝の朝陽が水平線から顔を見せると皆が一斉にその輝きに魅せられて、眺めていると舞衣は隣に立つ沙耶香に声をかける。

 

「沙耶香ちゃんのしたいこと、一杯、全部やろ!私も可奈美ちゃんもスパイダーマンも一緒だから!」

 

「すぐには見つからないかもだけど、これから見つければいいと思うよ。まだまだ先は長いしね」

 

「食べたい。また、クッキー食べたい」

 

「喜んで!」

 

舞衣が沙耶香に抱き着くと同時に一見すると外国産の車と見られる黒塗りの高級車が3人の後ろで停車する。

すると、運転席から小太りの50代前半程の白人の男性が降りてきて3人に声を掛けてくる。

颯太のみこの男性をどこかで最近見たような記憶があるが思い出せない。

 

「おいガキンチョ共!」

 

「あーえっと・・・・・どちら様?どっかで見たことある気がするけど・・・」

 

「オレだ!スタークインダストリーズの警備部長で社長の運転手してるハッピー・ホーガンだ!覚えとけ」

 

東京のスタークインダストリーズを訪問した際に一瞬すれ違った程度であまり印象には残っていなかったが何となく思い出してきた。

この人物は社長であるトニーとは古い付き合いの人物で運転手でありボディガードもとい警備部長を務めている。現在は出張で日本に来日しており、東京のスタークインダストリーズ日本支部で仕事をこなしている

普段の不機嫌そうな様子からとてもハッピーには見えないがスタークインダストリーズの人間であるということは味方であるため、一瞬のうちに安堵する。

しかし、何故そのような人物がこの様な場所に来たのか一同が疑問に思っていると後部座席が開き、誰かが降りてくる。

 

「あー何となく思い出しました!でもなんで警備部長さんがここに?」

 

「私がご足労願ったからよ」

 

その声は舞衣と颯太は良く知っている声だ。しかし、颯太は声を聞いた瞬間にビクッと反応してしまう。

降りてきた人物は美濃関学院学長羽島江麻。どうやら言葉通り江麻がハッピーに連絡を取って舞草の里までの運転手としてここまで来てもらったようだ。

 

「羽島学長!」

 

「あぁっ!学長!ほんとすみません、事態をよりややこしくしちゃって・・・」

 

「全く貴方は・・・・おおよそ事情は把握してます。3人とも今はこの地を離れなさい。ハッピーさん、3人をお願いしますね」

 

慌てる両者を見てどうやら全員が無事であることを確認すると内心で安堵するが今この地に長く留まるのは危険であるため、3人を舞草の里まで移動するように指示してくる。

 

「はいはい、分かりましたよ。学長さん、後でボスにもこの件で俺が一役買った事は言っといてくださいねっと。ホラ、お前ら乗れ。坊主は助手席だ」

 

その言葉に応答したハッピーは運転席に乗り込み、舞衣と沙耶香を後部座席、颯太を助手席に乗せて発進していく。

その様子を見送り、誰もいないことを確認すると江麻は海岸の朝陽を眺めながら独りでに何かに話しかけ始める。

 

「無茶する子の後始末ばっかり得意になったのは誰のせいかしらね・・・・・・・3人は無事よ社長さん」

 

『気付いてたのか?』

 

すると江麻から少し離れた位置にいた姿は現さないが隠れて3人の様子を見守っていたアイアンマンの機械声が聞こえてくる。

どうやら、再帰性反射パネルを切らずに隠れて3人を追撃する追っ手がいないか、

無事に里まで辿り着けるのか護衛をするために遠隔操作状態のまま隠れていたようだ。ちなみに偵察ドローンが報告しなかった理由は敵はいる?という聞き方をした為味方だと判定して報告しなかった為である。

 

「あの子達が心配で隠れていたんでしょ?」

 

『別にそんなんじゃあない。坊主が捕まって僕らの機密が漏れて足がつくのはマズいからな。念のため装着者を守る為に付けた瞬殺コマンドのロックも解除していたが、断固として拒否していたな』

 

「もう中学生が着るスーツにそんなの付けて」

 

『仕方がないだろう。何が起きるか分からないのが戦いってもんだ。できるなら僕だってど素人の坊主は補助輪機能で徐々に慣れさせて行きたかったが状況が状況だからな』

 

トニーは隠れていた理由を江麻に見透かされているが素直に心配だからという事は認めずにぶっきらぼうに江麻に言葉を返す。

すると直後に江麻の携帯に着信が入り、携帯を取り出して応答する。

 

「もしもし沙南?ええ、匿うだけでいいの。そこから先は自分で決めることよえ?私?私はもう腹を括ったわ」

 

ここまで来たのならもう後戻りは出来ない。自身も覚悟を決め正式に舞草として行動する事を決意する。その表情はようやく重い腰を上げて立ち上がったかのように晴れやかな物だった。

江麻の決意を感じ取ったアイアンマンは自身もこの地に留まる理由が無いためそろそろ移動する事を決める。

 

『覚悟を決めたようだな学長さん。さて、僕もそろそろ行かないとな。夕方までにはとある場所には着くためにもうすぐテイク・オフなんだ』

 

「スタークさん、あの子達をお願いしますね」

 

アイアンマンが脚のスラスターを点火させて移動する前に江麻がアイアンマンに生徒達を預けると姿は江麻からは見えないが振り向いて江麻にも一言添えて発進しようとする。

 

『僕らに子供のお守りが務まるかね。ま、取り敢えず他の生徒さん達のことも気にかけてやれよ』

 

「ええ、勿論よ。貴方もいつか自分の引っ掛かっている事に折り合いをつけてみたらどうかしら?」

 

『・・・・・簡単に言うな。じゃあな』

 

江麻もアイアンマンの事情は大方把握している為、アイアンマンも今は難しいかも知れないが自分から一歩を踏み出して見ないかと告げるが、その事を持ち出された瞬間に声色が強張り、更にぶっきらぼうな口調になる。

そして、脚のスラスターを点火して宙に浮き、鎌倉の地から離れて行く。

 

そして、アイアンマンは遠隔操作のまま海上を突き抜けて行く。

そして、今回力を貸した颯太の言葉を思い出し、そしてある人物の事を思い出しボソリと独りでに呟く。

 

『友達か・・・・・僕も少しだけ踏み出してみるか・・・あーでも嫌だなーアイツに連絡するの・・・・。ま、それはさておき僕にここまでさせた坊主、バシバシしごいてやるから覚悟しとけよ』




エンドゲームの円盤とマーベルレジェンドの金魚鉢野郎のフィギュアが届きました。お、思ったよりもデカい。つ、次はマーク85のS.H.figuretsだ。

余談:交渉が始まってヴェノムをmcuに参戦させるというのが条件という噂も流れてますが公式発表があるまで安心はできませんねぇ・・・向こうもシリーズ化決めてるヴェノムを簡単に手放すとは思えないですし。公式発表があるまでこれも金魚鉢が見せる幻影のように思えてしまう・・・。


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第36話 説教と真実

説明回なので味気ないのはメンゴ。ノリと勢いでやっちまったから色々と雑なのは許してくだされ。


ハッピーが長時間3人を乗せて車を走らせ、途中パーキングエリアで休憩を挟みながら走り続けているといつしか時刻は夕刻となり、かなりの時間が経過していることが察することが出来る。

人気の少ない都会から離れた森林まみれの小さな里に到着するとハッピーが車を停車し、携帯の地図で場所が合っているのか確認して誰かに連絡をすると仮眠を取っていた3人を起こす。

 

「ほら、着いたぞ。起きろお前ら」

 

「すみません、ありがとうございました。ハッピーさん」

 

「この御礼は必ずします。ありがとうございました」

 

「ありがとう、ハッピー」

 

「ちっこいのは早速呼び捨てか・・・・ま、いいけど。俺は車回してくるから宿舎までは坊主が案内しろよ」

 

「2人とも、僕に着いてきて。宿舎はこっちだ」

 

ハッピーが3人と視線を合わさずに携帯を操作し始める。颯太は里に着いた際の宿舎の道のりは覚えているため舞衣と沙耶香を案内しようとすると前方から何かが猛スピードで走ってくる音が聞こえる。

 

「舞衣ちゃあああああああああああああん!」

 

舞衣との再会が余程嬉しかったのかはしゃいでいると言った様子の可奈美が舞衣に飛び付いて、勢いに乗ったまま抱きつき、両者が向き合い再会に歓喜している。

 

「可奈美ちゃん!」

 

「ええっとね・・・私・・・ええっとええっと・・・っ!」

 

「取り敢えず落ち着きな」

 

「そ、そだね!とにかく舞衣ちゃんに話したいこといっぱいあるんだぁっ!」

 

「うんうん、私もたくさんあるよ」

 

感動のあまり言いたい事が多すぎてまとまらない様子だが一先ず落ち着いたかと思いきや舞衣の隣にいた沙耶香が視界に入ると反応すると沙耶香の手を掴んで上下に振り回し始める。

 

「沙耶香ちゃん!聞いた通りだー!本当に沙耶香ちゃんも来てくれたー!」

 

可奈美の破天荒で馴れ馴れしくはあるもののフレンドリーなノリに着いていけていないのか困惑している様子だ。

その騒がしくも微笑ましい喧騒の中で可奈美が走ってきた方向からエレン、薫、そして少し後ろに姫和が歩いて出迎えに来る。

 

「Hello!舞草は2人を歓迎しシマスネー!」

 

皆が再会と歓迎ムードの最中上空から何かが飛来する飛行音がこちらに近づいて来るのを音に気付いた可奈美が上空のを方向を向く。

 

「あれ?何の音だろう?」

 

「あー多分これは・・・・」

 

可奈美と颯太の発言を聞いて全員が上空を向くと接近する音は聞こえるのに姿は見えない。すると、地面に金属が衝突するかの様な音がすると同時に音の正体が姿を現わす。再帰性反射パネルを展開し、姿を消してここまで飛行して来たアイアンマンが地面に右拳と右膝を同時に着けて着地している。

 

「「「・・・・・・・っ!?」」」

 

「リアルヒーロー着地、頂きました」

 

ハッピー以外の全員が驚き、薫が眼前でアイアンマン固有の独特なヒーロー着地をしているアイアンマンに感激して携帯で写メを撮っている。

そして、アイアンマンが起立して颯太の方を向くと歩み寄って来る。すると、途中でアイアンマンの前部装甲が開く。中には先程までアイアンを装着していたトニーが出て来る。

どうやら途中から遠隔操作したアイアンマンと合流して、そのまま乗り換えてここまで来ていたようだ。全員が驚いている最中、トニーはハッピーを見かけると普段通りに会話を始める。

 

「わざわざすまないなハッピー、ご苦労」

 

「いえいえ、何てことないですよボス。これで俺を資産管理のポストにしてくれるのを検討してくれますかね?」

 

「ま、考えといてやる」

 

普段通りのやり取りの後、ハッピーは車を走らせ去って行く。その様子を余所に眼前に世界でも有名な人物トニー・スタークが現れた為か中高生である面々は戸惑っている様子だ。

エレンは夕方にはこちらにトニーが来ることはフリードマンから聞かされていたがまさかアイアンマンを着て、ましてや姿を消してこちらに飛んで来るとは予想もしていなかった為目をパチクリとさせているがすぐにいつも通りにフレンドリーに話しかけ始め、薫とねねは眼前で実際にアイアンマンの着脱を拝むことが出来たのが嬉しいのか目を輝かせて着脱されたアイアンマンの周りをグルりと一周する。間近で細部まで見る機会など普通ならほぼない事なのでこの機会を逃すまいとアイアンマンをマジマジと見つめている。

 

「おひさデストニトニ、実際に会うのはいつ以来デスカネ?」

 

「君がメロンになる前位の頃だな・・・・おっと、アイアンマンにご執心みたいだな一寸法師とグレムリン、試しに着てみるか?」

 

舞草やフリードマンの繋がりで知っているエレンと薫には軽口を叩きながら軽く挨拶を交わしている様子から関係性自体は悪くは無いということは察する事ができ、トニーの冗談に薫とねねは過剰に反応してしまう。

 

「え!?いいのか!?」

 

「ねねっ!?」

 

「なんてな、悪いなのび太、このスーツは僕1人用なんだ。もし君のサイズに合わせるとしたら子供服売り場のキッズサイズから選ばないと行けなくなるな」

 

「シュン・・・・・べ、別に凹んでねーし。ほ、ホントはハルクバスターとか着てみたいとかそれで俺より身長高い奴らを見下ろしたいとか思ってねーし」

 

「何だかんだで小学生みたいな身長は気にしてるんだな」

 

「ほほーん、お前さんの永久に隆起しない大和平野に比べれば将来性はまだあるとおもうけどな」

 

「・・・・・やる気か?」

 

「そっちこそ・・・・・」

 

「まぁまぁ落ち着いてくだサーイ」

 

「そうそう不毛な争いって言うじゃん!」

 

「「やっぱお前が一番失礼だわ!」」

 

些細な事でいがみ合う薫と姫和とそれを止めるエレンと可奈美を余所にトニーは薫が言っていた発言を聞き、インスピレーションに働きかけたのか下顎に手を当てほんの少しだけ思案する。

 

(・・・・言われてみると見た目に反して大太刀を軽々と振るう怪力な一寸法師と2mはある大太刀とハルクバスターアーマーとの相性自体は意外と悪く無いかも知れないな)

 

姫和と可奈美はそこまでトニーを見かけても大きく戸惑ってはいないようだが、やはり有名な人物ではあるため身構えてしまう。沙耶香はただトニーを見つめているが舞衣は颯太がトニーの助力で自分たちの元に来たこと、怒られるのは確定だとも言っていたため心配そうな顔をする。自身のために怒られるというのなら、自身にもその一因の一端があると思い申し訳ないという気持ちがあるからだ。

そうしてトニーが颯太の眼前に来ると皮肉った口調で話し始める。

 

「やぁ、シンデレラ。魔法が解けて無事にお城の舞踏会から帰ってこれたみたいだな。ガラスの靴は持ってるか?」

 

「・・・・・はい、すみませんスタークさん」

 

「僕が何を言いたいのか分かるよな?」

 

「はい・・・・」

 

トニーの皮肉った言い回しは側からみれば軽いジョークを言っているように聞こえるが、表情は真剣で颯太の眼を強く見つめ、怒っているという雰囲気がひしひしと伝わってくる。

そのピリピリとした緊張感の漂う空気は肌を通して痛みとなっていく。自身にスーツを作ってくれた上に仲間に誘ってくれたトニーに多大な迷惑をかけてしまった事に罪悪感を感じ、まだ思春期の子供が叱りつけようとしている大の大人の顔を見つめるのは怖いがそれでも真剣なトニーの眼差しは今自分を写している。怖くても真剣に向き合い、颯太もトニーの瞳を見る。

両者の視線が合うとトニーは次から次へと重みのある、それでいて真剣な声色で語りかけて来る。段々語気がヒートアップして行き、颯太もその言葉に対して何も返せずにいた。

如何なる理由があろうとも自身は一歩間違えば皆を危険に晒しかけた、そんな役割を形式上のインターンの指導者であるトニーにも担わせてしまったことは彼に多大な迷惑を掛けた事になる。そのことを理解はしていたが実際に突き付けられると叱られている子犬の様に縮こまってしまう。

皆もその真剣に叱るトニーの剣幕に押され、気まずさも相まって誰も口出し出来ずに固唾を飲む。これは一対一のやり取り、トニーと颯太の問題だからだ。

 

「手を貸した僕も充分に悪い、だからこれは僕たちのしくじりだ。言い訳はしない。だが、僕は形式上は君の指導者だから言わせてもらう。君の今回の行動は一組織人として相応しい行動だと思うか?今の君は組織の人間だ。知ってるか?君を買ってたのは僕とリチャードだけだった、刀使でもない12歳の子供をスカウトするなんてどうかしてると非難されたんだからな」

 

確かに舞草の中核を為す人物であるフリードマンと協力者であるトニーが推薦したとは言え、超人的な身体能力を持っているとしてもまだ中学生の子供を誘うという事に関して他の組織の大人達の中で反対する者、疑問視する者だって当然存在する。思春期という魔物は時に何をしでかすか分からない、それだけでなくスパイダーマンの正体ですらまだ不明瞭な点が多い為それだけリスクの伴う判断だとも言える。

そんな中、折神紫体制との戦闘で負傷する者が1人でも減るなら、相手を極力傷付けずに無力化出来る力にどうしても賭けてみたくなったからこそ無理を通してスパイダーマンを誘ったのだ。

スカウトに反対した大人もいた最中何とか加入した人物が加入して早々に組織に迷惑をかけるという事は信頼を地に堕とす事となる。だからこそ地に足を着けて自分に出来る事から始めて行くことで組織との信頼関係を築かせて行きたかった。

しかし、それでも彼なりに友の為に必死な様に心を動かされて助力してしまった自身にもこの件に関して重大な責任があると自負して、自身にも言い聞かせるように、そして自覚を持たせるためにこうして厳しく接している。

 

「13歳・・・・」

 

「おいお口チャック!大人が喋ってるんだ。もしも君のヘマで誰かが死んでたら?どうする気だったんだ!君の責任だぞ。君が死んでたら?それは僕の責任だ。そんな罪悪感はいらない。分かるか?」

 

本当は近くに隠れていつでも助太刀出来るようにしていたがその事は本人には言わない。いつだって自分が尻拭いをしてやれる訳じゃない、何かあればトニーが助けに来てくれる。そんな甘い考えを持つようになって欲しくないため敢えて言わない。

一方颯太はトニーに言われた言葉全てが突き刺さってしまっているため強く出るなど出来ない。今回の自分のした事とトニーに言われた言葉はしっかりと受け止めなければならないと強く実感させられ、その圧に押されて言葉も弱々しくなっていく。

 

「はい、そうです。すみませんでした・・・友達を助けたかったんです」

 

トニーの気迫に押され、涙目になりながらも声を絞り出して言葉を紡ぐ。その叱られている姿に舞衣は内心で颯太が叱られている理由になってしまったという思いが駆け巡り、心苦しくなって胸の奥がチクリと痛むような感覚に陥ってしまう。

そして、自分でも分からないが咄嗟にトニーに叱られて震えている颯太の手を取って握り、自身もトニーの方を向いて強く眼で訴えかける。咄嗟の行動に両者共驚いてしまうが、震えている最中手を優しく取られた為か段々精神が落ち着き始めて自然と震えは止まる。

そして、彼女の瞳からは彼は自分のために無理を通したのだ、なら自分はその決断をした理由であるのだから彼だけを責めないで欲しいと言う想いを込めた眼力が籠っている。

 

その力強い眼力に押され、颯太の友達を助けたかったという言葉を聞いてトニー自身もその言葉に動かされていたこと、彼にも自身と同じ様に友を失う経験をさせたくなかったという想いや、彼が危険を冒してまでして助けたかった相手が今こうして無事に目の前にいる事自体は嬉しく思っているため説教はこの位にしてやろうと思い、自身の言った言葉のケジメを付けさせるために本題に入る

 

「・・・・・坊主、自分で言った言葉を忘れて無いよな?戻って来たら懲罰房に入れても、スーツを没収しても構わないと」

 

「はい、言いました」

 

「男なら自分の言葉に責任を持て、だからスーツを返せ」

 

「・・・・っ!?・・・はい・・・・」

 

今着ているトニー製のハイテクスーツを返す。このスーツが無くなれば自身はこれまで通りカレンの戦闘サポートも無くなる上にウェブグレネードやトリップマイン等のハイテクな機能を使用できなくなる。強敵との戦いを切り抜けて来られた力を手放す事になるため、自身の身体能力とウェブシューターで戦わなければならなくなる。

とても厳しくなるなと心の中で思い、いつの間にか知らぬ間に自分はこのハイテクスーツを着ることが好きになっていたのだと実感させられ、実際に返せと言われた際に少しだけ惜しくなったが自分自身で言い出した言葉だ。スーツを返却するのはとても心苦しいが約束を反故にすることは義に反するため返却する事を決断する。

 

「君が言い出した事だ、これからは地に足着けて相応の仕事をしろ。スーツは後で僕の所に持って来い。ここで脱いだら誰得ストリップになるからな」

(坊主、君は少しスーツの力に頼り過ぎだ。いつかの誰かさんみたいにな。だからスーツの力だけでなく君自身が強くなれ。・・・・・あぁ!親父みたい!)

 

トニーは映像記録モードで見た記録映像を見て現状のスーツ頼りな戦闘スタイルに対して思う所もあるのか、厳しくは接しつつも心の中で檄を飛ばしつつ説教を切り上げる。

 

「「あっ・・・・・・」」

 

そして、颯太と舞衣の2人はいつの間にか舞衣が不安を抑えるために叱られて震える颯太の手を取り、手を繋いでいた事を思い出して恥ずかしくなったのかお互いに無言で手をバッと離して反対方向を向く。皆がトニーの真剣な剣幕と説教に、当事者ではないとは言え気まずい空気に圧倒されて呆気に取られてしてしまった為か2人の様子に気付く事は無かった。

恥ずかしさもあったがトニーの発言で引っかかった部分があるため素朴な質問をトニーに問いかける。

 

「あのスタークさん、後でってことはしばらくはここにおられるんですか?」

 

「ああ、2日程だがここでやることがあるからな」

 

トニーがここに来たのは単にスーツを没収するためだけでなく、実際にこの里でやることがあるからのようだ。すると直後にフリードマンが運転する車が皆の近くで停車し、運転席から手を振っていると助手先のドアが開き、誰かが降りてくる。

黒髪で穏やかな雰囲気のある30代前半程に見える女性が降りて来て全員を一瞥すると挨拶をしてくる。

 

「ようこそ舞草へ。若き刀使達、そして親愛なる隣人スパイダーマン。折神朱音と申します」

 

 

それからしばらく経ち、夕日が沈み辺りは暗くなり夜になると座敷の中に案内され、和風の室内に到着する。その前に颯太は制服を置いた部屋に戻り、服の下に着ていたスーツを脱いで畳み、制服に着替えてスーツをトニーに返却する。返却する際に一瞬スーツを自身の元に寄せて渡すのを拒否しようと身体が反応したがすぐに冷静に立ち直って大人しく返却する。

 

そして、皆が建物の中に入ると、トニーはアイアンマンをガレージに仕舞うと少しやることがあると言い残して1人だけ屋敷の奥へと入っていく。可奈美、姫和、舞衣、沙耶香、エレン、薫、颯太は各自で自由に座り、朱音とフリードマンの話を聞く。

まずは朱音が座布団の上に正座をしながら話の口火を切り、話を始める。

 

「相模湾大災厄、あれから20年の時が過ぎようとしています」

 

1998年に発生したこの国の人間なら誰もが知っている相模湾で起きた観測史上類を見ない巨大荒魂による大災害。大荒魂を江ノ島に封じ込め、少数精鋭の特務隊が鎮圧したことは有名な話だ。その話の更なる真相をこの場に集った面々に告げられる。

特務隊が突入して激戦の最中、隊員の1人である当時の高津雪那、旧姓相模雪那が蓄積されたダメージにより体力が限界に到達しこれ以上の戦闘は不可能となってしまったらしい。

これ以上の犠牲を抑えたかった特務隊の隊長であった紫が自身と歴史の裏に隠されているが参戦していた姫和の母親、旧姓柊篝を残して撤退するよう指示。

指示を受けた隊の面々が撤退命令を承諾して撤退したものの実はもう1人、歴史の裏に隠されていたもう1人の隊員が援護のために付いて行き3人は奥津宮へと突入。残りの現伍箇伝の学長達は無事撤退し、生還したというのが事の顛末だ。

 

直後に襖が開けられ、褐色の肌に銀髪。スーツの上に法被を着たような格好をした30代半ば程の女性が入室してくる。

 

「あっと言う間だったな」

 

「HI!サナ先生!」

 

「長船女学園の真庭学長?」

 

サナ先生と呼ばれたその女性は伍箇伝の1校、長船女学園の学長を務める女性、真庭紗南であることが判明する。

長船女学園は伍箇伝の一つ。所在地は岡山県で中国地方、九州、南は沖縄までの荒魂事件を担当している。長船の管轄内に最新技術の開発機関があるため、試験装備のテスト運用などにも積極的に協力しているのだがまさか長船の学長まで舞草に関わっていたとは予想だにしていなかったのか長船在籍以外の面々は驚いている。

そしてこの場にいる全員の顔を見渡すと視界に可奈美と姫和が入ると2人の方を向いて口を開く。

 

「お前が十条姫和、そして衛藤可奈美だな?」

 

「はい」

 

すると紗南はどこか懐かしむように、語り始める。その表情も堅苦しい雰囲気から穏やかな物へと変わる。まるで恩人の子供に会い、言えなかった感謝を伝えるかのようにだ。

 

「あの日のことは昨日の様に思い出せる。私が今こうして生きていられるのはお前たちの母親のお陰だ」

 

「ん?お前・・・・達?」

 

お前達という言い方が引っかかったのか姫和が反応するとその様子を察してか朱音がその事について触れるために説明する。

 

「そうです、大災厄のあの日、大荒魂を沈めるべく奥津宮へと向かった3人・・・1人は私の姉、折神紫、1人は姫和さんのお母様、柊篝」

 

「・・・そして、もう1人は可奈美さんのお母様、藤原美奈都」

 

「っ!」

 

「えぇっ!?おばさんが!?」

 

「ヒヨヨンのマムがかがりんで」

 

「可奈美ちゃんのお母さんが美奈都さん!?」

 

朱音の口から語られた衝撃の一言、可奈美の母親である衛藤美奈都こと旧姓藤原美奈都がまさか20年前相模湾岸大災厄の最前線で活躍していた特務隊の一員であったと聞かされ、真実を知らない若者達は驚いている。可奈美も皆ほどオーバーリアクションはしていないもののかなり驚いてるようだ。

無論、亡くなる前までの知人である颯太も驚きを隠せない、身近な人間がそのような立場にいたとなると実際に知った時は驚かずにはいられない物なのだと実感させられる。

 

「ちなみに颯太さんの叔母様の芽衣さんも特務隊の所属ではありませんでしたが前線で活動なさっており、私も世話になりました」

 

「芽衣先輩は江麻先輩や美奈美先輩の同級生で私達との交流もあった。実力は特務隊に入るには至らなかったがあの人がいると場が和むというか・・・うっかりしているが優しい先輩だった。しかし、まさか先輩の甥っ子さんがスパイダーマンの正体だなんて思いもしなかったがな」

 

「芽衣叔母さんまで・・・・どんだけ世間は狭いんだ・・・」

 

朱音が余談として語ったまさかの事実。両親を亡くした後の自身の育ての親である叔母の芽衣までもが舞草の中心人物とかつては関わりがあった上に特務隊では無かったものの大災厄の際も避難区域に荒魂が入って来ないように前線にいた1人だという話を聞かされ驚いている。

そして、可奈美と颯太には相模湾岸大災厄の話を聞かせた姫和が反応して問い詰めてくる。

 

「なっ・・・・・本当なのか!?お前達!?何故言わない!?」

 

「そ、そんなの全然知らなかったもん、それに今は衛藤美奈都だし・・・」

 

「僕の叔母さんだって自分でそんなに活躍してた方じゃないって言ってましたよ。それに羽島学長と美奈都おばさん以外にも更に交流があったなんて聞いてないですし」

 

2人の知らなかったの一言で片付けられるのはアッサリし過ぎだとも思ったがどうやら美奈都も芽衣も自身の過去は語るほどでも無いと思っていたのか、ましてや芽衣の方も甥の颯太が実際に美濃関でお世話になっている江麻やお隣に住む美奈都のように実際に関わり合う機会がある人物のことは話していたようだ。

 

「自分の母親だろうが、刀使だった頃の話くらい聞かなかったのか?」

 

薫が可奈美に対してやや呆れたように質問をすると顎に指を当てて思い出すように語り出す。

 

「う〜ん、そういう話した事なかったしなぁ・・・・そっか、お母さんが・・・」

 

俯きながらもどこか嬉しそうな表情になり笑みが零れて母の姿を思い浮かべる。自身の母も人々を守るために戦っていたことを知り、嬉しく思ったのかも知れない。そこで舞衣が可奈美に対してかつて可奈美が母親との思い出として語っていた事を思い出し話を振る。

 

「確か可奈美ちゃんの最初の剣の師匠がお母さんなんだよね?」

 

「うん、ちっちゃい頃から毎日しごかれてた」

 

「あの人はマジで容赦ってのを知らないっていうか・・・・・」

 

2人が想いを馳せるようにかつての美奈都のことを思い出していると沙南も話に乗っかってくる。

彼女は実に強い刀使だった。当時の折神紫をも凌ぐほどの実力を持っていた。彼女の人物像を語る沙南の表情はとても穏やかだ。

それと同時に相模湾岸大災厄の大荒魂を沈めた真の英雄は美奈都と篝であること。

そして、自分達は英雄達に何も報いることが出来なかったことを今でも悔いていると朱音と沙南の表情に影が落ちる。

 

「そして改めてみなさんに言っておかなければならないことがあります。あの時の…20年前の荒魂討伐はまだ終わっていません。しかも大荒魂はあの頃よりはるかに力を増し強大になっているはず。奴の名はタギツヒメ。私の姉、紫です」

 

大災厄のあの日、奥津宮に潜り込んで結果的に戻って来たのは折神紫ただひとり。藤原美奈都と柊篝は消耗が激しく病院へと緊急搬送され、戦いの影響で力を失っていた

そして、大災厄から2年後、紫は折神家当主の座に就いた。その8年後、特務隊は大荒魂討伐の英雄として伍箇伝の各学長として配属されて伍箇伝が設立された。しかし、そこに藤原美奈都と柊篝の姿は無かった。

 

力を失い、家庭を持って穏やかな日々を過ごす2人を表舞台には戻さない事が紫の判断により決定されていたためである。

こうして紫が統制する刀剣類管理局、特別祭祀機動隊の組織はより強化され、荒魂の被害は減り、次々と新技術を開発されていき、日本は表面的には平穏な社会を築いていた。

 

しかし、その平穏な日々を過ごす内に皆が20年前に置き忘れた物に気付くことが出来なかった。

7年前、美奈都が逝去した。当時のことは当事者である可奈美と颯太はよく覚えている。大切な人を亡くす悲しみをより強く刻み付けられた出来事であったからだ。

そして、朱音が篝に美奈都の訃報を知らせた時、電話の向こうで自分のせいだと自身を強く責め、後悔しているようであった。

彼女の悔恨の言葉、朱音は大荒魂討伐の真実を調べる決意をした。そして、実家の蔵の古い文献を漁ることで手掛かりを得た。

 

朱音が文献を読み漁ったことで辿り着いた事実がその口から伝えられ、その発言により皆の顔が曇って行くのがわかる。

それは、折神の中でも一部の者のみに伝えられて来た鎮めの儀、それは1人の命を贄として大荒魂を隠世へ引きずり込むことだった。

 

「隠世へ・・・・?命と引き換えに・・・?」

 

「そんなことが可能なのかよ」

 

その突拍子のない、かなり飛躍した話に舞衣と薫が疑念に思ったのか質問をすると沙南が返答する。

 

「可能だ、刀使は御刀の力を使い、隠世の様々な層の力を使う、スパイダーマンが何故お前達にも引けを取らない身体能力を常時発動できるのかは謎だがな。それでいて極稀に隠世の深淵にまで到達出来る力を持つ者もいる・・・篝先輩の迅移がそれだ、隠世の層の時間の流れの違いを利用して加速する技、深く潜れば潜る程加速する」

 

しかし、仮に限界値まで到達してまうと何が起きるのか。

沙耶香がボソりと先程までの沙南の説明から掻い摘んで察知したことを口にする。

 

「一瞬が永遠に近づき無限となる。戻ってこれなくなる」

 

「ってことは相手を道連れにするってことじゃ・・・スマブラのドンキーの掴み技みたいな」

 

「お前よくそんなん知ってんな、つまり心中技ってことかよ」

 

颯太が柊の家の重たい宿命、その力を持つ者だからこそ自身の命を投げ打ってでも人を救うためにその力を使う宿命に対して非常に複雑な気持ちにさせられてしまう。

薫が補足的に心中技であることを説明すると皆が頭の中で何故そのような自身の命を投げ打つ命懸けの奥義を使ったにも関わらずその娘である姫和が今ここに存在出来ているのか、そのことが引っかかっている一同に対して朱音が説明する。

 

「篝さんが生還できたことには外的要因が存在します。それは美奈都さんがギリギリで救ったからです」

 

「美奈都おばさんが・・・・」

 

「お母さんが・・・」

 

「だがどちらにせよ2人は文字通り命を削ってしまったんだろう。刀使の力を失い、数年後には命までもな・・・・」

 

「2人はそれが原因で・・・」

 

「うーん、2人が大荒魂を隠世へ追いやったなら今の折神紫は何者なのデス?」

 

「僕はスパイダーセンスで、あの人からこれまで感じた事がない位かなり強い荒魂の反応を感じ取りました。だから多分・・・」

 

「母は鎮め切れていなかったんだ。一時的に奴の力を削いでいたに過ぎない。奴は折神紫に憑依している」

 

2人の死の原因が判明したは良いがエレンは真面目な表情で冷静に思案している。

スパイダーセンスという危険を察知する超人的な感覚は荒魂の気配をも察知する事が可能な事は伊豆で共に共闘した面々は実際に目撃しているため嘘ではないと思っている。すると事情を把握している大人達である朱音とフリードマンと沙南は同時に頷いて更なる真相を伝えることを決意する。

 

「恐らくあの日から、生還したあの時からあれは既に姉では無かったのでしょう、そして私は2年前に見てしまったのです。自身の内に巣食う何かと会話をしている姿を。私は確信しました、これは大災厄で討伐された筈の大荒魂。タギツヒメであると。そして20年前よりも遥かに力を増して復活の時を迎えようとしている。私はそのことを手紙にしたため篝さんに助力を請いました、貴女はそれを読んだのですね?」

 

朱音の言葉を聞いて常にポケットにしまっている朱音が篝に書いた手紙の入ったB5大の封筒を持つ手に力を込めて朱音の言葉に対して肯定の意味を込めて強く頷く。

こうして全員との会話を打ち切って解散して各々が用意された寝室へ案内される。

 

刀使6名は離れにある旅館。颯太とトニーとフリードマンが同じ棟の宿屋で寝泊まりすることになった。どうやら流石に懲罰房は無いようなので普通に用意された寝室で寝泊まり出来ることとなった。

宿舎に向かう最中、可奈美と姫和と会話をしていた朱音がこちらに気付いてこちらに歩いて来る。歳上の、あまり親しいわけでも無い女性がこちらに来たので緊張して身構えてしまった。何よりトニーの言っていた舞草の大人達の中で颯太を推薦していたのはトニーとフリードマンだけであり周囲の反対を押し切ってスカウトした事を聞かされていたことを思い出した。皆の前で話すときは丁寧な対応をしてくれたが本当は独断専行したことを怒っているのでは無いかと思ったからだ。

朱音が眼前まで来ると同時に怒られるのを覚悟して眼を瞑ると意外な言葉が飛んで来る。

 

「ごめんなさい、貴方を大人の都合で巻き込んでしまいました」

 

「・・・・・え?」

 

しかし、朱音は怒る訳でも貴方を認めないと責める訳でもなく深々と頭を下げて来た。呆気にとられてしまったためパチクリと目を白黒させていると朱音が更に続ける。

 

「貴方の事情はおおよそ聞いています。貴方の身体が変化してしまったのは、管理局・・・・もとい紫の・・・・更に言えば折神の研究が原因で貴方の運命を狂わせてしまいました。貴方の叔父様の件も・・・・。私がスタークさんやフリードマンさん達に反対していたのは貴方をこれ以上折神の都合で苦しめるのは申し訳ないと思ったからです。許してくださいとは言いません。折神の者として貴方に謝らせてください」

 

脳が朱音の発言を理解し、処理するのに時間を要したのか一瞬固まってしまったが概要を把握してから朱音の言葉に反応する。朱音が自身の事情をある程知っていることに驚いたがやはりスカウトする前にある程度どのような人物なのか調べた上で、自身が管理局の研究所で蜘蛛に噛まれてから身体が変化した事を恐らくスーツの機能で会話を聞いていたトニーまたは事情を聞いた両者からある程度説明されていたのかもと思うことにした。

朱音が自身を加入されることに難色を示していたのは信用していないからという訳ではなく自身の家が、実姉の研究の巻き添えで中学生の子供の運命を狂わせ、大切な人を失う切欠の一端を担ってしまったことに負い目を感じていたからだ。

朱音の真剣な様子に押されてしまったが、自分は組織に加入して独断専行をして組織に迷惑をかけ、一歩間違えば皆を危険に晒しかけてしまった為謝るべきは自分の方だと思っていたこともあるが、叔父の死の件に関しては自身に何かが出来るかも知れないのに何もしなかったから起きてしまったことだ、このことだけは他人のせいにしてはいけない。だから自身もキチンと朱音に謝らなければならない。

 

「えっ!?いや、そんなっ!やめてくださいって!か、顔を上げてください!む、むしろ謝らなきゃいけないのは僕の方ですよ!僕を入れるの結構グレーゾーンだった中何とか組織に入れてもらったのに早々に迷惑をかけちゃったんですから。僕の方こそごめんなさい!」

 

謝るつもりだった朱音は逆に颯太に謝り返されてしまった為、居た堪れない気持ちになってしまう。だが、それでいて自分が何故トニーとフリードマンの誘いを受けたのか、何を思ってここまで来たのか自身の意思を伝える。

 

「ですが・・・・・」

 

「あ・・・・その・・・確かに原因は研究のせいかも知れないですけど、身体が変化して力が備わってから僕が調子に乗って何もしなかったからあの出来事が起きたんです。あの件に関しては全部何もしなかった僕のせいなんです。だから他人のせいになんて出来ません」

 

「・・・・・・でもこの力が備わったから出来ることもあったんです。僕に出来る事なんて小さい日常や、ご近所の誰かを手の届く範囲で守ることだったりでそんなにご大層な物じゃないかもって思う時もあります。僕がここまで来たのは人に取り憑いた荒魂っていう危険な奴がいる事を知ってて放置して、それで悪い事が起きたら自分のせいだって思うからです。だから僕は自分で選んでここにいるんです・・だから・その・・・謝らないでください。決めたのは僕なんです・・・・あ、でも妹さんの前で憑依されてるとは言えお姉さんを危険な奴呼ばわりは酷いですよね、すみません・・・・」

 

今は例え世界から敵視されたとしても、危険な相手を放置して誰かが傷付くのなら人に化けた荒魂を倒してそれ以外は討たないと既にそう心の中に決めていたが自身を信じ、力を貸し与えてくれたフリードマンとトニーの気持ちに答えること。そして、人々を守るために戦うことに尽力することが自分にできることなのだと決断し、選んだのは自分自身だ。だから謝罪など必要ないこれからは行動を共にする同志であるのだから朱音にこの事で深く気負わないで欲しい。

その言葉を聞いて、やはり心配だ、知人の甥っ子の運命を狂わせた家の人間であることの罪悪感は拭えないが自身を見つめる瞳を見てこの子は大人がやめろと言っても、やると言ったらやるんだろうなと思わせられる。

それはかつて芽衣との絡みで何度か会った事がある芽衣の亡夫拓哉に似た瞳だなと感慨に耽ると朱音も後ろめたさは残るがこれからは行動を共にする同志として、出来ることは出来るだけしてあげたいと思い協力関係を結ぶことにした。

 

「・・・・分かりました、こちらは紫と鎌府の研究の証拠を皆さんのお陰で掴めました。難しい事は大人に任せてください。それに、貴方の事を心配する人間がいることは忘れないでくださいね。一度落ち着いたら、身体検査も受けてください。私たちなりに貴方にしてあげられることもあるかも知れません。これからよろしくお願いしますね颯太さん」

 

 

「あっ!はい!よろしくお願いします!・・・・えっと朱音様。じゃもう遅いんで僕は宿舎に行きますね。おやすみなさい」

 

 

最後はお互いに軽く会釈をした後に、用意された宿舎へと向かう颯太の背中を朱音は見つめ、誰にも聞こえない程度の音量で呟くが朱音の穏やかな声は夜風に乗って夜闇に消える。

 

「おやすみなさい・・・・芽衣さん拓哉さん。貴方達の甥っ子さんはいい子に育っていますよ」




あの台詞が出て来ないのは没収の過程が違うので今回は言いませんでした、サーセン。いつかは絶対に言いますぞ。


余談:スパイダーマンMCU残留マジ嬉しい。2021年の続編も超楽しみ、次は誰がメインヴィランなんでしょうかね。まだ実写化されてないヴィランとか見てみたいけど。というか2021年のラインナップやば過ぎる。


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第37話 心構え

話が進むようで進みません。許して。


2019/10/21。台詞の一部を変更。


朱音と別れた後に宿舎の用意された寝室に着いて以降、颯太は敷布団を敷いたり支給された寝巻きに着替えをして制服をリュックにしまう際にトニーからスーツを渡されるまで着ていた何の力も性能も持たないただの服でしかないスパイダーマンの象徴である以前の手作り感満載なスーツが目に入ったので手に取る。そのスーツを見つめると自身が悪いのではあるが溜め息が溢れてしまう。

 

「はぁ・・・・明日からこいつで戦うのか・・・」

 

視線を下に移すと逃走用に用意していた私服の上着のパーカーが目に入る。スーツの上にこの服を着たまま戦闘した事もあったので袖が破れ、あちらこちらがほつれているのが見て取れる。捨てるのは勿体無いが用途が思いつかないので床に投げて置き、消灯して眠りに着く。

 

「・・・・・・眠れん!昼間から夕方にかけて寝過ぎたからかな・・・・でもやっぱり一番は・・・・」

 

いざ就寝しようとするが全く眠気が襲って来ない。ハッピーに里まで送ってもらう際に長時間車の中で睡眠を取っていたのもあるがやはり最大の要因はこれまでの戦闘やあらゆる局面でサポートしてくれていたハイテクスーツが、そしてAIカレンが自身の手の届く距離から離れてしまった事だろう。

 

ハイテクスーツを渡され、強敵達と命懸けで戦っていく最中でもある程度安眠できていたのは皆と力を合わせて来た事もあるが何より自身を守ってくれていたハイテクスーツを着て睡眠を取っていた、または枕元に置いていつでも着れる状況にして来た為か仮に寝ている時に襲撃があってもスパイダーセンスで反応して飛び起き、そのままハイテクスーツの高性能な機能で押せば対応出来るという安心感があったからだと手元を離れてようやく気付かされた。

まるで付き合っていた彼女と別れて初めてその大切さや存在の大きさに気付くような感覚を“彼女いない歴=年齢”ながらも実感したような気がした。

 

今そのハイテクスーツを着て寝ていない、手の届く距離にもない。もし寝ている際に奇襲があったら?圧倒的に強い強敵が攻め込んで来たら?今ハイテクスーツを着ていない自分は対応出来るのか、そんな不安が瞼を閉じても襲い掛かってくる。数日間で戦った親衛隊の猛者達、新装備を付けたヴァルチャー、ショッカー、ライノ。彼らとの戦いの中で刻まれた姿と肉声が自分を追い立てるようにイメージとして再現されて来る。

 

『逝っちまいな!』

 

『どのような理由であろうと我等親衛隊に刃を向けることは即ち、紫様に刃を向けること、その罪は万死に値します』

 

『何だよそこそこ動けるがてんでド素人じゃねぇか!おい』

 

『なら、仕方ない。実力行使だ。骨折は覚悟してもらう』

 

何より極め付けなのは・・・・

 

『私の不意を付けたのは全部その着ぐるみのお陰だよねぇ!』

 

思い出すと段々と身体から嫌な汗が流れ始めて、何となくだが心拍数が上がって来るのを感じる。

これまでも武装した犯罪者と戦う事はあったがそれらは全てスペックはただの人間、且つ達人ばかりという訳では無い。ただ闇雲に武器を振るう者が多数を占めていたため身体能力で押せば制圧自体は難しくなかった。

だが、今回の敵達はスケールが違う。パワードスーツを来ているとは言え自身にも引けを取らない身体能力を用いる者や、戦闘の達人達が相手になって来る。そう言った相手になると素人の自分では戦闘で苦戦する事実はここ数日間で実感させられた。

既に戦う覚悟自体はある程度出来ていると思っていたし、逃げるつもりはない。しかし、この舞草の里、ましてやこの寝室にいる限り今の自分は安全なのだろうがやはり不安な物は不安と言える。

 

「考えてもしゃーない。気晴らしに散歩でもしよっと」

 

貸し与えられた寝巻きのまま靴を履いて里の地形を把握するついでに夜風に当たって気分転換でも出来たらいいと思いながら宿舎から抜け出し、宿舎の周りや里を見渡せる見晴らしのいい場所を探して月明かりを標べにして外を歩き回って神社の近くまで来る。

 

向こうの宿舎に目をやると可奈美達は安眠できてるのだろうか。確か彼女達は枕元に御刀を置いている上に皆で同じ部屋に寝るという話をしていたから自分よりは安眠出来ているだろうかとそんなことを思いつつ、石段を登って神社から里を見渡してみようと思い立っている最中正面から人影がこちらに歩いてくる。

しかし、スパイダーセンスに反応がないことを鑑みるに敵対者でないことは察することが出来る。そして、影に隠れていた人物が顔を現す。

 

橙色をした長船のジャージを寝巻きがわりに着用し、チャックもしっかり上まで上げて少しも着崩していないがジャージで薄着になっているせいか年頃の割には大人びた凹凸のある身体つきが目立つ。そして普段は後ろで結んでいる髪がリボンから解放されてその全容を明らかにしている艶のある髪を靡かせた少女の姿が露わになる。

月夜に照らされたその美しさに目を奪われてしまい、一瞬誰なのか判別するのに時間がかかってしまっていると向こうはこちらを知っているのか名前を呼ばれて誰なのか理解することが出来た。

 

「颯太・・・・君?」

 

「えっ・・・?舞衣?」

 

一方、時を少し戻して、皆が朱音の話を聞いている最中1人だけ屋敷の奥に入っていったトニーの行き先には舞草の里の屋敷の隠し扉があった。

部屋の中はさながらラボとでも呼べる有様でデスクトップ型のPC、作業をサポートする機械、そしてテーブルの上に寝そべるシルバーを基調とした改造を加えている最中のパワードスーツを寝そべらせている。何より特徴的なのは小型の鞄型のコンテナに格納されている複数の円形のプラズマ技術を用いたスターク・インダストリーズ製の小型の半永久機関、すなわちアイアンマンの動力炉であるアーク・リアクターが目を引く。

そして、颯太から没収したハイテクスーツも置いてあり、ウェブグレネードとパラシュート、サスペンションマトリックスを使い切った事は確認してある。後はスーツの記録映像のコピーを取ることと、もしもに備えて使い切ったウェブの機能の補充とパラシュートの再装填のみであるためハイテクスーツのことは完全後回しではあるが。

 

トニーは現時刻の深夜まで作業用BGMとしてお気に入りの洋楽を音量を爆音にしてかけながら時折コーヒーを飲み、小腹が空けばチーズバーガーを食したりしつつ複数のパソコンを同時に操作し、パワードスーツの操作プログラムの打ち込み作業をしていた。

 

「2〜3日じゃ6人分位が限界か。もう少し時間が欲しいな。ほらそこ、武装はリチャードと相談しながらなんだから勝手にいじるな。前に200ペタワットレザーの機能を付けようと提案したら止められたからな。跳躍時の高所移動の補助としてリパルサー・レイの搭載位なら問題ないと思うが・・・」

 

普段は自身の仕事やアイアンマンとしての活動により海外で脅威と戦うことが多く、多忙なため中々舞草に関わる機会が無い。フリードマンが作成したS装備に改造を加える作業を中々行うことが出来ないため時間を極力無駄にしないように素早く的確に画面に映し出されているS装備を3Dモデルにした映像を確認し、不備がないかのチェックをしながらスーツのプログラムを組み立てつつもスーツ作成をサポートする機械がこなれた動きで的確にスーツに改造を施していく。これも自身が日本で命懸けで戦う子供たちにしてやれることはこれくらいのことしか無いが、少しでも力になってやりたいという気持ちがあるからだ。

スーツが徐々に出来上がって来たのを確認し、後は翌日フリードマンにチェックしてもらうだけだ。本日のパワードスーツ残り一機分の改造がもう少しで終わるが時刻を確認すると深夜に差し掛かっていた。

 

「もうこんな時間か。時差ボケのせいもあるが少し眠い。風に当たろう」

 

トニーも何だかんだで徐々に睡魔が襲って来た為か本日の残り一機分の改造の前に夜風に当たろうと隠し部屋から退室して屋敷の外に出ると夜空に浮かぶ月を見上げ、自然溢れる心地の良い空気を吸うことで幾らか眠気が覚める。

 

「この辺は都会と違って緑が多くて空気も良い、いつかこういう長閑な場所に家を一軒買うのも悪くないかも知れないな」

 

月夜に照らされた自然豊かな舞草の里は普段は都会の喧騒の中で生活するトニーからすると自然に囲まれた田舎の風景は貴重な体験を、そして新鮮な気持ちにさせてくれるため軽く散歩をしようと歩みを進める。

宿舎の近くを過ぎて普段は舞草の面々の鍛錬に使われている神社の近くまで歩くと1つの影が佇んでいるのを確認すると一旦歩みを止めて急いで木の陰に隠れる。

この時間帯に夜道をウロウロしている怪しい人間がいるという事は侵入者か不審者の可能性がある。トニーは隠れたと同時に腕時計のボタンを押すと時計が開き、下に飛び出た部分を上に向けて倒すと変形してトニーの手に装着されて紅のオープンフィンガーグローブ、アイアンマングローブとなる。

そして、トニーは顔を出すと同時にいつでもフラッシュ又は衝撃波を打てるように腕を前方に構えるがその心配は杞憂だったようだ。

 

それは寝巻きに身を包んで寝付けずに気晴らしに夜中に軽い散歩をしに来た颯太の姿であった。

 

(何だ坊主か。思春期の夜更かしは身長伸びないぞ。それとも枕が変わると眠れなくなるタイプなのか?)

 

トニーは一安心すると同時に明日も早いと言うのに何をしているんだと言う疑念が湧いて来るが夕刻の時には中学生の子供相手に少し厳しく言い過ぎたせいか、それとも朱音から聞いた話によって不安になってしまったのか、もしくはスーツを没収した際に身体がビクリと反応したことを鑑みるにハイテクスーツが手元から離れてスーツを着ているか枕元に無いと眠れなくなったのではないかと推測する。

 

「まぁ夕方の時は少しキツく当たり過ぎたかもな、それか・・・・お気にのウサちゃんを抱いてないと眠れないお年頃なんだろうな」

 

どこかの誰かさんが経験した様な事態で眠れなくなっているとなると確かに気がかりになってしまうため、自分なりにフォローを入れてやろうと一度頭を掻いてしぶしぶ木陰から出ようとするが颯太が反対方向から来た誰かに反応して会話をしている。

 

「颯太君・・・・?」

 

「えっ?・・・・舞衣?・・・一瞬誰か分からなかったや・・・その、普段と違くて・・・」

 

「へ、変かな?」

 

「ぜ、全然っ!そんなことないよ、新鮮だなーははは・・・」

 

またしてもサッと隠れるトニーであるが見たところ敵対している様子はない。なら知り合いなのかと思い視認すると就寝するためなのか普段の後ろ結びの髪を下ろしてストレートのロングヘアーになっていて誰かは判別するのに時間がかかったが颯太との会話で舞衣だと判断できる。

両者の様子を見てどうやら侵入者でないことは理解できた為かトニーは胸を撫で下ろして木に背中を預けて姿勢をダラりと崩して安堵する。しかし、2人ともこの様な時間帯に抜け出して何をしているのかという疑念が浮かんで来た上に今移動して音を立てれば2人に気付かれる。色々と問い詰められるのも面倒なので2人が去るまでは待つことにした。

 

(孝則の所のお嬢ちゃんか・・・なんだ坊主その歳で夜中にランデブーか?このマセガキめ。後そこは言葉は濁さずにストレートに褒めろモテないぞ)

 

「どうしたの?こんな時間に」

 

「あーその・・・昼間から夕方にかけて結構寝ちゃったから寝付けなくてさ。舞衣もそんな感じ?」

 

「えっ?・・・・うん、そんな感じ・・・来てすぐにあんな凄い話聞いちゃったからちょっと気持ちの整理がつかないっていうか・・・」

 

「じゃあちょっと座って話す?」

 

「うん、いいよ」

 

どうやら彼女はこの里に来て以降、情報の処理だけで無く自分の行き先を決めるのに迷い、眠れなくなっているようだ。

両者共それぞれに眠れない理由に関して含む所がある素振りを見せ、その様子が気になるがやはり寝付けない者同士、会話でもして気を紛らわせようと石段に並んで腰掛ける。

 

しかし、いざ並んで腰掛けたとは言え何から話せばいいのか少し戸惑ってしまう。

話したいことはある、だが朱音からあれだけスケールの大きい話を聞かされた為か情報の整理が追いつかない部分もある。だから両者共言いたいことが纏まらない。それでいて夕方の際にトニーに叱られていた際に誰にも気づかれなかったとは言え舞衣に手を握られて落ち着いたことには深く感謝しているが変に意識してしまって顔を直視出来ない。

 

だが、まだしっかりと礼を言ってなかったなと思って颯太から恥ずかしそうに言葉を紡ぎ出しながら話を切り出そうとすると舞衣から先に話を振られる。

 

「あ、あの・・・」

 

「颯太君、スタークさんにスーツを返せって言われた時ビクって反応したよね?それに少し震えてた。本当は嫌だったんだよね?スーツを渡すの・・・私が燕さんに立ち向かったから颯太君がスタークさんに無理を通してまで来てくれたのは私の為だったんだよね・・・本当にごめんね」

 

舞衣から放たれる言葉、それはあの時颯太の隣で、それでいて震える手を握っていた舞衣だからこそ感じたことだ。約束通り、組織に迷惑をかけてしまう行為の代償として自身はトニーにスーツを返却するという条件で舞衣の元へと向かった。

結果として皆は無事に生還し、舞草との合流を果たすことが出来たのだが、スーツをトニーに返却する事態に陥り、その際にスーツを返せという言葉に動揺していたことを鑑みるに嫌だったのではないかと、それでいて負担になってしまったのではないかという自責の念に駆られていたことを告げる。

 

舞衣の重苦しい表情から伝えられる。放たれた言葉に理解が追いつくのに時間がかかったが理解できたと同時にハッとして自分の意思を伝える。

 

「そ、そんな事無いって!あの件は僕の独断専行だし、悪いのは僕なんだよ。僕の組織に迷惑をかける行動にスタークさんが怒るのは当たり前なんだ。それにスーツを没収しても構わないって言ったのは僕なんだし誰かのせいになんかできないって」

 

「でも、颯太君。本当に震えてたよ。怯えてる子供みたいに・・・。もしかして今寝付けないのもそのせいなんじゃないの?」

 

「ギクッ!い、いや、寝れないのは寝すぎたせいだって・・・あ、後コオロギが結構鳴いてるんだよ・・・」

 

「隠し事結構下手だよね」

 

「あぁ・・・そこは否定できないや・・・・。秘密主義のつもりなんだけどね」

 

(なんだ君もウサちゃんが枕元に無いと寝られないのか。やはりここは大人の出番かな)

 

今寝付けない最大の理由。これまでの強敵との戦闘で自身を守ってくれていたハイテクスーツを着ていない、手の届く所にない。もし、寝ている際に敵襲があったら?スーツが無い今の自分は対応できるのかという不安があるからだという事はスーツを返却する際の反応で大方察することが出来る。

どれだけあのハイテクスーツに入れ込んでいたのか、共に戦ってきた訳ではないが舞衣はなんとなく察する事が出来てしまっていた。

もしそうなら自身が重荷となってしまったのではないかと感じてしまったのか、舞衣の表情に暗い影を落とす。

2人のやり取りを見ていたトニーが動こうとした矢先にそんな舞衣の様子を見てか颯太も無意識のうちに隣に座る舞衣の手の上に自分の手をそっと重ね合わせると自然とお互いの顔を見合わせる。やはり実際に面と向かうと少し照れてしまうが言葉を紡ぎ出す。

 

「あ・・・あのさ、中々機会無くて言えて無かったけどさ、夕方の時・・・ありがとね。叱られたのは僕が悪いんだけど、あの時舞衣が手を握ってくれてたから自然と震えが止まったんだ。なんて言うか、うまく言葉に言い表せないんだけどすごく・・・心強かったんだ」

 

舞衣が無意識の内の咄嗟の行動で手を取った、その手の暖かさと優しさに包まれた事により不安が軽減されたこと、そのことでトニーの話を落ち着いて真剣に受け止めることが出来たこと。あの時は照れ臭くて礼を言えず、それ以降もその機会が無かったが今こうして2人でいる時に礼を言わないとなと思って舞衣の方に顔を向けて心からの感謝を伝える。

舞衣の方も夕方の事を思い出して途端に行った自身の行動が恥ずかしくなるが、それでも颯太の力になれた事は嬉しか思ったのかそちらに顔を向け、ようやくお互いに顔を見合わせて話が出来る。

 

「あれは・・・本当にあの時は咄嗟だったの。私が原因で怒られてるなら何かしてあげたい、力になりたいって思ったの。本当は2人の問題だったのに私が入って行くのは筋違いだったかなって後から思ったんだけどね」

 

「あの時君が手を握ってくれてたから心が落ち着いた、その後の話もちゃんと受け止められたんだ。だから舞衣にはホント感謝しても仕切れない位だよ」

 

「でも、私が原因でスーツが・・」

 

「確かにこれまで僕が戦いを切り抜けてこれたのは皆がいたからってのと、スーツのお陰だってのは事実だよ。でも、電話越しで君が危ないって分かった時、半ばヤケクソだったんだけどあの時は何より君の無事ばかりを願ったんだ。友達が・・・大切な親愛なる隣人が危ないのにあの時のように何もしないなんて出来なかった。スーツの事は確かに惜しい。でもやっぱりそれ以上に、僕の大切な友達が傷付くのはもっと嫌だって思った。それだけなんだ」

 

「・・・・・・・・」

 

舞衣が懸念しているスーツを取られた遠因になってしまったと言う思いに対し、スーツの没収を条件に鎌倉まで戻った事。これは自分で決めて実行した事だ。スーツが無いと不安になっているのは事実だがそれでもかつての様に危険な目に合うかも知れない誰がいるのを知っていて放置する事が出来なかった。それが大事な友人なら尚更だ。だからスーツが無いと不安にはなっているが決して後悔はしていない。その行動の組織に迷惑をかけたツケでスーツを没収されたとしてもだ。

そして何より

 

「だからその・・・・うまくは言えないんだけど。やっぱり僕を、スパイダーマンを支えてくれてるのってさ、スーツだけじゃ無くて僕を信じてくれる人達や、僕が守りたいって思う親愛なる隣人たちが無事で、笑顔でいてくれることなんだ。どっちも僕にとって大事な事なんだよ。それに、スーツはまた渡しても良いってスタークさんに認められるように頑張ればいいしね!だから今はスーツがどうこうよりも君が今こうして目の前で無事でいてくれることが何より嬉しいんだよ」

 

(・・・・・・・・)

 

スパイダーマンは確かに超人とはいえ別に個人単体で成り立てる物でも完全でも無ければ完璧でも無い。どこまは行っても自分はご近所を守る自警団、大それた物じゃない。そう思っている。

自身がスパイダーマンとして活動するのはかつての自分のように大切な誰か傷付いて涙を流す人が少しでも減るのなら、そして、自分の大切な隣人達を守れるようにこの力を自警団として振るって来た。

確かにハイテクなスーツは今の戦闘の素人のスパイダーマンにとっては必要な物だ。現にスーツが無ければ負けていた局面がほとんどであるように。

しかし、その上で何より大事なのは、自分を信じてくれる人々や今の自分を形作ってくれた人々、親愛なる隣人達がいないと成り立たないことだ。

舞衣も今の自分を支えてくれる、親愛なる隣人。大切な人の1人だ。だから、スーツのことも大事だがそれ以上に大事な存在だと言うことが伝わってはいるようだが彼女はイマイチ自信が持てないのか謙遜した態度を貫いている。

そして、木陰で聞いているトニーはスーツよりも友が、親愛なる隣人が大事だと言う言葉にピクリと反応してしまう。

 

「でもやっぱり私は貴方の力には・・・」

 

「なってくれてる!累さんのマンションの時も君が連絡をくれたから死人が出る前にビッグバードを止められた。危なくなった時や負けそうな時にいつも君に生きて君の所に帰るって約束した事を思い出してた。携帯がバグったのと逃亡生活が忙しくて中々連絡出来なかったのはマジごめんだけど・・・だから・・・君は、君は離れてても僕を助けてくれてた、僕の力になって支えてくれてたんだよ。だからスーツのことは気にしなくていいよ」

 

颯太の言葉を受けて暗くなっていた表情に月明かりが照らされているのもあるがどこかしら明るくなっていく。まだ、重要なことは全て決められる程覚悟が決まった訳では無い。だが、それでも気持ちが晴れて来た事は事実だ。

 

「・・・私もね、ずっと颯太君や可奈美ちゃんのことを心配してたんだ。心配で眠れない時もあった。私に出来ることって何だろうって思ってて、それはまだ見つからないし舞草に参加するかとかはまだ決められないけど、でも沙耶香ちゃんを放って置けなかった。燕さんと沙耶香ちゃんの激しい剣戟を前にして私、最初は目で追うのが精一杯だった。決意したと思ったのにいざその局面になった時に足が竦んで動かなかった。でも貴方が言ってた困っている隣人を助けるのは当たり前だってこと、自分に何か出来るのにしなかったら、それで悪いことが起きたら自分のせいだって思うって言葉。私もそんな風に友達の力になりたいって思って貴方に協力したのを思い出したんだ。だからあの時私は踏み出せたの。だから私も、貴方から既に勇気を貰ってたんだなって。だから・・・」

 

舞衣もいつも友人達のことを案じていた。しかし、唐突に運命は加速して自身も決断を迫られることとなった。実際にハイレベルな戦闘、そして強敵を前にして足が竦んでしまったがその際に彼の言葉に自身も勇気を貰っていた事、そして自身から一歩を踏み出せたこと。

お互いがお互いに知らぬ間に、離れていても助け合っていた事を気付かされる。

すると、両者とも重ねていた手を握って、友情の握手を交わし、月夜に照らさせる互いの顔を見つめ合い同じタイミングで言葉を切り出す。

 

「「いつもありがとう。これからもよろしく、僕/私の親愛なる隣人へ」」

 

とても真面目な雰囲気だったが、一言一句同じタイミングで発言したため、おかしくてつい吹き出してしまう。

 

「ぷっ・・・息ピッタリ。意外と波長が合うのかもね僕ら」

 

「そうかもね。ふぁ〜あ、色々話してたら私はちょっと眠くなって来たかも・・・」

 

いくらか落ち着いて来たのか舞衣が段々と眠くなって来たのか瞼がしょぼしょぼと上下し始めて欠伸までし始めた。会話をしたことによりある程度憑き物が落ちて落ち着いたのだろうか。そして、これ以上付き合わせるのは申し訳ないと思って会話を切り上げて踵を返して宿舎の方へと戻ろうとする。

 

しかし、その前に軽く何か不眠対策が無いかを聞きたいと思い、振り返って質問をする。

 

「ごめんよ長々と付き合わせちゃって。じゃあさ、折角だし舞衣って普段眠れない時とか、緊張してる時ってどうリラックスしてる?ちょっと参考までに聞きたくてさ」

 

突拍子のない質問に対し、一瞬戸惑ってしまうが難しい質問では無いため、思った事をありのまま答える舞衣。

 

「え?う〜ん、胸が一杯の時、悲しい時、緊張して眠れない時はクッキーを焼いてると落ち着くかな」

 

「う〜ん、クッキーかー・・・僕料理のセンス皆無だし作る物大体カーボンになるんだよなぁ・・・」

 

「そうじゃなくて、好きなこと、集中できる事、自分のアイデンティティを強く見出せる事をすればいいんだよ」

 

実は料理のセンスが壊滅的で究極のメシマズである颯太には初見では言葉の意味を捉えきれなかったが補足されたことによりようやく脳内でシナプスが繋がり始めた気がしてくる。舞衣にとってクッキー作りは単に趣味というだけでなく、落ち込んだ時や心配で寝付けない時等に行うと集中出来る、気持ちが落ち着く一種の儀式とも言えるものだ。

限られた時間で自分を保ち、今自分は何をしているのか、自分は何なのかを冷静に立ち直って見つめ直すことが出来る物事、それは誰かしらにある物だろう。そこで思い出してくる。

 

そうだ、最初にウェブシューターは誰が作った?ウェブを改造したのは誰だ?それが出来るのは自分が科学のオタクだからじゃないか。クッキーは作れなくても、自分だからこそ出来るアイデンティティが確かにあった事を思い出した。

そう思い立つと、善は急げと言わんばかりに宿舎の方へと駆け出して行き、別れを告げる。

 

「そうか。好きな事をすれば良いのか・・・サンキュー!そんじゃおやすみ!」

 

「えっ?うん、お休み」

 

舞衣も変わりように戸惑っているが手を振って見送った後に自身も宿舎へと戻る。当の2人はトニーが近くで聞いていた事には幸か不幸か気付いてはいない。2人の姿が見えなくなると隠れていた木陰から抜け出して颯太の走って行った方向を見つめている。

 

「・・・・全く糖分過多な奴等だな。僕の年齢では段々気を付きゃならない甘さだ」

 

2人のやり取りを図らずしも聞いてしまった事で何とも言えない複雑な気分にさせられてしまったもののトニーの中で1つの考えが芽生えていた。

トニーはポケットから小型の型の古いガラケーを取り出すと真剣な表情のまま見つめる。

実は常に充電を満タンにしていつも持ち歩いている、ある人物から連絡手段として渡された大事な物であるからだ。

かつては仲間として、年長者として敬意も払っていた人物だが協定の是非のいざこざで離別してしまったが自分の力が必要ならば連絡をくれと渡された型の古いガラケーだ。

この携帯を見る度に彼の事を思い出す。また会って話したいという気持ちもあるが気まずさが優って自分から連絡を入れるのは勇気のいる行動だ。心のどこかでは彼を既に許している、許したい自分がいるのだがどうも意地っ張りな自分が邪魔をする。何ならば彼の方から連絡をくれたならばと乙女チックなことも考えてしまう。

 

だが、ここ最近で友達のために命を懸ける子供達の姿を見て、その行動に心を動かされて自身でも合理的とは思えないがその想いに触れることで揺らぎ出してたいたことを、彼ら2人の先程までの会話で自覚させられてしまった。

そして、今自身がスーツを与えた颯太はかつての自分のようにスーツ頼りになってしまっていて、少し突き放してしまったことを心苦しく思ったが根底にはスーツよりも友を、隣人を大事に思う気持ちに触れて、少し眩しく感じてしまう部分もあり、なおのことスーツの力だけで無く彼自身が強くなって欲しいと思わせられる。

 

その為に自分も訓練には付き合うが常に着いてやれる訳では無い。自分も限られた時間の中でS装備を改造する用事がある。ならばその合間にでも戦い方を、近接戦闘の技術を教えられる人物・・・超人とは言えスペックはあくまで人間の延長上であり、特殊なスーツを纏っている訳でも、決して無敵という訳でも無い。

だが、例えどれだけスペック差のある相手、不利な状況であろうとも一歩も引かずに技術と経験、そして高潔な精神でそれらを覆す人物・・・・考えられるのはある人物の姿だった。

 

「友達か・・・・分かってはいたさ。奴を庇ったのが許せないんじゃない、僕を信用せずに知ってて黙っていたことに腹が立ってしまったんだ。だが坊主達の友のために懸命になる姿に手を貸してアンタの、友を何より強く想う気持ちがほんの少しだけ理解できた気がしちまったんだ。だからこのジジイ携帯を肌身離さず持って、いつでもアンタからの連絡を待ってるまでもあるんだが・・・・。か、勘違いするなよ坊主。もし君が友達よりもハイテクスーツを取るような奴だったらここまでしないんだからな」

 

トニーはガラケーをポケットにしまうとスマートフォンを取り出してハッピーに連絡を取り始める。すると距離自体はすぐ近くにいるのでハッピーはすぐに電話に出る。

 

『はい?どうしましたかボス』

 

「やぁ、お眠の所悪いなハッピー。ちょっと頼まれてくれるか?朝からで良いんだが、これから言う所に向かって欲しいんだ」

 

一方、颯太が戻った宿舎では、颯太は床を滑りながらフリードマンの寝室の前で急停止して、ノックしながら用件を伝える。

 

「博士すみません、ちょっとガレージと備品とS装備とかのジャンクパーツ借りていいですか?」

 

「ん?何だいこんな時間に。まぁ、好きにしたまえ」

 

「ありがとうございます!」

 

フリードマンは寝ぼけているのもあるがガレージは宿舎の隣である上に、既に組織の協力者である颯太には使う権限はあるのですんなりと許可して再び眠りに着く。

急いで用意された寝室に入ると脱ぎ捨てられた逃走用のパーカーと古いスーツとウェブシューターを持って宿舎の外に出て宿舎の隣のガレージに入る。

すると、逃走用のパーカーをテーブルの上に置くと破れている袖の部分を掴み、片手で押さえてそのまま引き千切ると服の繊維が飛散する。そのまま両方の袖を千切ってノースリーブの形にすると塗装用の赤のスプレーを発見してパーカーに振りかけて服を赤色に染めて行き胸の辺りには蜘蛛のマークになるように細心の注意を払いながら服を塗装していく。袖が破れて私服としては着れないがまだ冷え込む5月。無いよりは良いだろうと判断してスーツの上に着れる仕様に変更する。

 

塗装した後にはハンガーにかけて乾燥するのを待つ。次にマスクの眼の部分にはなりきっている際には色々な情報が入ってくる為ハイテクスーツのように視界を調整できるゴーグルを作ろうと思い、ガレージの棚から工具箱と廃棄されるであろうジャンクパーツ(恐らくS装備作成の際に余った物や失敗した物)を取り出す。

 

「わぉ、ガラクタの山から結構いいの揃ってんじゃん」

 

寄せ集めの廃棄されるであろうジャンクパーツを寄せ集めて円形のプラチックを眼を保護するゴーグルの代用品としてマスクの目の部分に取り付け、いつも通りの白い眼に外側から余計な光をカメラの要領で広げたり狭めたりできるシャッターを動きに合わせて調整できるように一度旧式のウェブシューターと廃棄する電子機器を分解して、配線をゴーグルに譲渡する事にした。

 

確かに自分が好きな事、自分を出せることをするのは緊張がほぐれて行く。例え今はハイテクスーツは無くとも自分にはウェブシューターを作った機械オタクとしてのアイデンティティが確かにある。

ハイテクスーツの様な代物は作れないが、ただ指を咥えて何もせずに敵に怯えているよりは遥かにマシな選択と言えるだろう。限られた時間・物で作り上げて行く。その最中心が落ち着いて行くのを感じる 。

 

まだスーツへの依存が完全に治った訳でも無く、自覚も無いが今はスーツが無くとも戦いに向けて準備をする、その上で自分の力で挑むメカニックとしての心構えが確かに芽生えて来ている。

 

ゴーグルが手作り感満載で雑な作りではあるが一応目の動きに合わせてシャッターを広げたり狭くしたりは出来るようになって来た。

ハイテクスーツの様に制度の高い視界調整は出来ないがこれでただの布よりは遥かにマシの筈だ。

 

「電気ショックウェブをこっちのウェブシューターでも発射出来るようにしたい。発射すると出力が落ちるのは仕方ないけど何かに使えると思うし。えーと、予備バッテリーはこれから頂こう。んで、次はここの配線を組み替えて・・・・あーでもやっぱ容量の問題でゴツくなっちゃうけどこれで行くか。んでシューターのスイッチと連動するバネには・・・おっと僕が使ってるのより遥かに返りが強いのがあるな。取り替えて発射速度を上げられるようにしとこう」

 

マスクに譲渡した配線を補うように電子機器から配線を移動してウェブシューターに改造を加えて行く。多少無骨でゴツくはなったが前よりは面積を大きくしたためウェブの許容量も上がっているためウェブの補充に使う時間を短く出来るだろう。

 

「ふぅ、一丁上がり」

 

作業を終えてスーツに多少なりとも改善を加えたホームメイドスーツが出来上がった瞬間、自然と眠気が襲って来たため、やはり舞衣から聞いたアドバイスは需要がある物だったなと実感させられる。

明日から日中は訓練もあるため早朝に叩き起こされるだろうと思って寝室に戻り、布団に入って眠りに着く。すると先程よりもすんなり眠りに入る事が出来た。

 

(ホントだ。さっきよりぐっすり寝れる。サンキュー、舞衣)

 




アベンジャーズのVRゲームのダメージコントロールめっちゃ楽しそう。


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第38話 鉄は熱い内に打て

ある人がちょい役で出てくるけどこの人もちょい役でホムカミに出てたしって事で許して。



東京某所の墓地にて、深夜の丑三つ時に全身黒の服装をした、外見としては30代半ば程に見える筋肉質で、ブロンドの髪が特徴の白人男性がかつての日本兵達の慰霊碑の前に片膝を着いて黙祷を捧げていた。

服装はスポーツウェアで少しラフに見えてしまうが髭などは綺麗に剃られており、髪も短く切り揃えられている。この日に備えて散髪でもしたのだろうか。

白人男性は誰もいない、静寂に包まれた墓地で一人でにボソボソと話し始める。

 

「この様な格好ですまない。今この場に相応しい服装が簡単に手に入れられる生活を送っていないんだ・・・日本には来るべきかと悩んだが、たまたま日本の近くを通った際に、どうしても一度貴方達に祈りを捧げたいと思ったんだ」

 

この人物はどうやら外見年齢の割には戦時中の事をまるで当事者であるかのように知っている様にも見える素振りをしている。いや、実際にそうなのだろう。

 

「僕はかつて国を守る為に血清を打って超人兵士となり、戦時中には日本兵とも戦った。任務のために僕や、僕達の部隊が手にかけてしまった日本の兵士もこの中にいるのかも知れない。戦争だから、討たなければならないとあの時は殺し合う事しか出来なかった事を、そのせいで不幸になったかも知れない人が大勢いる事を今でも心苦しく思う」

 

白人男性が目を伏せながらかつての記憶に想いを馳せている。

戦場では遭遇すればそれは敵、皆が自身の国を、守りたい人達の為に戦っている人、ましてや戦いなどしたくなかった人達も大勢いただろう。

中には味方とは言え横暴を働いた者達には不快感を覚えたこともあったし、敵国の兵士の中にも尊敬できる人達もいた。

そんな人達と戦うことになり、自身は彼らを討って英雄として祭り上げられてしまったことを、今でも苦しく思っている。

そして何より、日本が荒魂という異形の怪物の出現以外では平和な国になったことに安堵もしている。

 

「貴方達は国を、守りたいと願った人達を守るために戦っただけ。僕らもそれは同じだ。誰かが一方的に悪かったと断じて良いものではない。戦争が終わり、今の日本が平和である事を嬉しく思う。だが、その裏には命懸けで戦った貴方達の存在があったからだということを忘れてはいけないとも思う。僕に、元敵国の兵士にこんな事を言う資格等無いと承知しているが僕は貴方達を忘れない。敵としてではなく、国を守るために戦った戦士として。貴方達の魂が安らかに眠れる日が来る事を祈っている」

 

白人男性が慰霊碑に一礼して立ち去ろうとして野球帽を被って歩き出すと、ポケットの中の携帯電話が鳴り響く。ここ最近では自身に連絡をよこす人物などほとんどいない。いるとしても今は安全な地にいる古い友人とSkype通話をするくらいだ。

だからこそ今自分に、こんな時間に電話を寄越す存在が気がかりになった。

一人心当たりがあるがその人物がそう簡単に連絡をくれるのだろうかと、相当意地っ張りで面倒くさい人物であるため簡単には無いだろうと思っていたがそれでも可能性が1%でもあるのなら賭けたかった。

白人男性は携帯をポケットから取り出して着信相手の名前を確認する。着信名を確認すると即座に応答を押して電話に出る。

 

「トニー、君なのか!?」

 

『やぁ、キャプテン。久しぶりだな。知らぬ間に老けすぎて老人ホームのお世話になってないか?』

 

軽妙で相手をおちょくるような口調で話す白人男性の電話の相手、かつての仲間アイアンマンことトニー・スタークだ。

そして、トニーの発言から分かるようにこの白人男性は超人血清にて超人となり、65年近くのコールドスリープを経て、アメリカのヒーローチームの元リーダーとしてチームを率いていたが、現在は全国指名手配中の戦争犯罪人『キャプテンアメリカ 』ことスティーブ・ロジャースである。

協定の是非でチーム内で揉めた際、長年の友人がトニーの両親の死の原因。そのことを知ってて黙っていた上に友を庇ったことで決裂してしまい、自身の力が必要なら連絡をくれとせめてもの詫びとして連絡用の携帯をトニーに渡していたのだが、トニーがその携帯を使ったことは嬉しい反面驚きを隠せない。

しかし、彼には謝っても謝り切れないほど心に深い傷を負わせてしまった負い目があるため謝罪から入ることにする。

 

「・・・・何とかな。トニー、僕からは君に電話をする資格は無いと思って、君からの連絡を待っていた。電話越しで失礼なのは承知しているが、嬉しく思う。そして、本当にすまなかった。君の怒りは最もだと思う」

 

スティーブの謝罪に対して、電話越しのトニーは一呼吸置いて段々と真剣な口調になりながら言葉を返してくる。話したいことが色々とあるからだ。

 

『まぁヴィブラニウム頭で頑固者の君なら自分から連絡はしないだろうと薄々思ってたよ・・・僕の方は君を許している自分とムカついているが許したい自分がいて、気まずさが勝って連絡が出来なかったんだ。・・・・しかし、未だに奴に関しては許し切れてはいないし、これからも許せるか分からないのは事実だが頭に血が上っちまった僕も僕だしな。怒りは人を蝕む物だ、それは避けたい。だから一度君と話がしたい』

 

「トニー・・・分かった、話をしよう。所で一つ聞きたいんだが僕に連絡をくれたのには何かきっかけでもあったのか?」

 

まだお互いに直接会って話せた訳でも無く、蟠りも完全に解けた訳でもないが自分から小さな一歩を踏み出したトニーの言葉を受けてスティーブは何かを感じ取る。自分も大概だが頑固で意固地なトニーが自分から連絡をくれるという事は何かしらの心境の変化があったからなのではないかと直感で察することが出来たからだ。

トニーはスティーブに言い当てられて内心ドキリとするが、ここ数日間行動を共にし、助力した子供達の姿、スーツに依存はしていてもスーツよりも隣人を想う気持ちに触れたことを思い出して照れ臭さはあるがそれを隠して背景を説明し始める。

 

『うっ・・・・まぁ、今はガキのお守りをしててな。ガキなりに友達のために命を懸けて行動するガキ共に手を貸して、それがまた自分でも合理的だとは思えないんだがあんたの友を強く想う気持ちに触れたというかまぁ・・・・背中を押されたというか・・・そんな感じだ』

 

「そうか、その子達に感謝しないといけないな。所でトニー、僕に連絡をくれたという事は何か僕の力が必要だからじゃないのか?君が話をしたいからという理由だけで連絡をくれたとはどうも思えなくてな」

 

しばらくは会えていなかったが共に過ごした時間はある程度あるスティーブはトニーの人柄を考えると単に仲直りのためだけに連絡を寄越したとは思えない。自身の協力が必要なのだろうと質問を返すとトニーは真剣な声色で今日本で起きていること、そして自身の現状を伝える。

 

『ああ、そろそろ本題に入らないとな、忘れてたよ。キャプテン、今日本に・・・いや、最悪の場合世界規模にまで危機が迫っている』

 

「本当か?」

 

『あぁ、20年前に相模湾岸大災厄という荒魂による大災厄があったんだが、その元凶である荒魂が復活しようとしているらしい。しかも、警察組織・・・刀剣類管理局を牛耳るトップに化けていて権力があるから国を裏から支配して、反対勢力は片っ端から潰される。僕は今、外部協力者扱いだが奴に密かに対抗する舞草という父の知り合いが指揮をとっている組織に力を貸している』

 

「他人事とは思えない話だな・・・・災厄に関しては微かに聞いたことがある程度だが・・・しかし、僕らで対処可能なのか?」

 

世界を脅かす災厄がこの日本の地で起きようとている。かつて何度も共に世界の危機に立ち向かって来た両者の関係からしてスティーブはトニーの言っていることを真剣に咀嚼して状況を飲み込み始める。

しかし、今かつて自分たちが組んでいたチームはほぼ解散状態。全員を早急に集めるなど不可能に近い。恐らく連絡手段が残されていた自分に連絡を寄越したという事はそれだけ切羽詰まっているのか、または自分達で対処が可能だと判断したからなのかとトニーに質問をする。

 

しかし、トニーは電話越しで肩を竦めて、憎たらしそうに皮肉った口調で自分が今彼女達にしてあげられるであろうことを説明する。荒魂は近代兵器では倒す事は不可能。ユニビームによる強い衝撃を与えて動きを封じるか、部位を物理的に脆くして彼女達が戦いやすい状況を作り出し、より効率的に荒魂を倒しやすく援護する位しか思い付かない。

そもそも舞草が水面下で行動している組織であるため外部協力者であるとはいえ自身も派手な行動が出来ず、実際に珠鋼性の武器や装甲を武装したアイアンマンや盾を作成したり、何かを試したりした訳では無いため現段階では何とも言えない現状を歯がゆく思っているようだ。

 

『あーそこなんだがな、困った事に荒魂は御刀という専用の武器を用いないと倒すことが出来ないらしい。数に限りがある上にそう易々と手に入るもんじゃ無い、アイアンレギオンじゃあ役不足だろうし多分僕がアイアンマンで出ても動きを封じて足止めか、砲撃で援護してやれる位かもな。まだ何も試せていないから現段階では何とも言えないが』

 

「子供達に対して何もしてやれないのは心苦しいな・・・」

 

スティーブもトニーの話、荒魂は刀使でしか倒すことが出来ない、やや語弊はあるが御刀を使ってまともに戦えるのが日本では彼女達のみであり、彼女らに匹敵する怪力を発揮出来れば恐らく倒すこと自体は可能だ。

その話を聞いて表情に暗い影を落とす。確かに自身は血清により超人的な身体能力を持ってはいるがあくまでもスペックは人間の延長上でしか無い、彼ではややパワー不足になり戦局を大きく覆せる戦力にはならない可能性が高い。例え敵わなくとも出来る限りの事はして荒魂に立ち向かうとは思うが、人員に限りがある以上どうあがいても結果的に子供達を戦場に立たせざるを得ないと考えると悔しさで奥歯を強く噛み締める。

 

『全くだ。現に僕は来たる戦いに備えて彼らを護るアーマースーツを改造する事に徹底している』

 

「なるほど。それで、何故スーツを作れる訳でもない僕に連絡をくれたんだ?」

 

トニーにはスーツを作る技術と知識がある。前線に立つ彼女達の身を守るため、そして身体を強化するスーツの改造に徹する事で彼女達に助力すると考えると納得は行く。トニーは常々脅威から世界を守るには自由は無くなるが世界中にアーマースーツを配備して守る術を持つべきだと考えている為、これもその一環だと考えるとスティーブは納得出来た。

しかし、トニーが技術で彼女達に助力することに納得はいったが、スーツを開発出来る訳では無いスティーブに助力を願ったことには腑に落ちないため再度質問する。

するとトニーの口からは意外な一言が発せられる。そして、どこが声のトーンが一瞬高くなった様な気がした。

 

『アンタは知っているか分からないが、スパイダーマンというレオタード君を知ってるか?』

 

「日本で噂になっている彼か。その彼がどうしたんだ?」

 

スティーブも日本に来て色々と良くも悪くも噂になっている覆面の自警団、スパイダーマンの存在は耳にしていた。トニーがその名前を口に出したという事はその人物が自分に連絡を寄越した最大の理由なのかと思案する。

 

『今僕がお守りをしている坊主がスパイダー坊やだよ。僕の推薦で舞草に協力してもらって、一時的にハイテクなスーツを渡したりして形式上僕はレオタード君の中の人のインターンの指導者だ』

 

「君がそこまで他人の面倒を見るとはな・・・・いやすまない、そういう時もあるか」

 

ナルシストで自己中心的な生き方をして来たトニーが子供のお守りをして、指導者までしていると言う話を聞いてスティーブは一瞬固まってしまう。無理もない。これまでのトニーを知っているスティーブは困惑してしまったが心境の変化だろうとすぐに適応することにした。

 

『なんでそんな意外そうなんだ・・・まぁ、いい。そのスパイダーマンは管理局、敵さんの研究の影響で超人的なパワーを身につけ、不明瞭な点が多い上に何故かは分からないが御刀は使えなくともオカルトパワーで荒魂にダメージを与えて倒すことはできるみたいなんだ。最も、僕が坊主を舞草に誘って協力を願ったのは彼のクモ糸は敵を極力傷付けずに捕まえられるからだ、管理局と戦う以上人間の敵も多くなるからな。なるべく人間の負傷者を出すのは避けたいんだ』

 

真に倒すべきは日本を影で支配し、世界を脅かす存在。荒魂タギツヒメこと折神紫。彼女の下に付き従う管理局に所属する者達は騙され、利用されているだけ。その最中で負傷する人間が一人でも減らせるならとトニーはスパイダーマンを誘ったのだと言う発言を聞き、スティーブは思い当たる節があった。

ウルトロンの暴走により、人類滅亡を阻止するためとは言えその過程で多くの犠牲を出してしまったことや協定の際にチームがそれぞれの信念の為に感情的になって傷付け合い、皆が傷付く結果に終わり、離散してしまったこと。

 

かつては兵器を作り、自分の発明で多くの人が死んでいたことを知って兵器を作る技術を人を救う為の技術に変えてテロリストと戦う戦士になったトニーだからこそ多くの無実の人を死なせてしまった責任を誰よりも重く受け止めたものの、あの戦いの遠因となってしまったことを今でも悔いているのだろうとスティーブは察することが出来た。だからこそ、スパイダーマンの力に賭けてみたくなったのだと。

そして、次に発せられる要件がトニーが自身に連絡をくれた最大の決め手、勇気を振り絞って一歩を踏み出すきっかけとなった相手を心から想ってこその考えをスティーブに伝える。

 

『だが、困ったことに坊主は元々一般人で戦闘経験が少ないド素人だ。スーツを渡して無事に目的地に着いたはいいが、どうもウサちゃんにご執心でな。だから、彼にはスーツの力だけでなく彼自身が強くなって欲しい。僕も出来るだけ訓練には付き合うが嬢ちゃん達のアーマースーツを改造する用事もあるから常についてはやれないんだ。そこで、その合間に君が坊主に近接格闘を教えてやって欲しい。まぁ、後進を教え導くのも年寄りの役目って言うだろ』

 

「・・・分かった、全力で取り組もう」

 

トニーの心からの願いを聞き届けたスティーブはただ静かに力強く、一歩を踏み出したトニーの気持ちに応える為に。そして、自身が戦うことで不幸にした日本兵達の魂が安心して眠れるように、せめてもの償いとして日本を守るために戦いに臨む未熟な若者に戦う術を教えることで彼等に助力する決意を固めて返事をする。その静かで力強い返事には様々な想いが込められているのをトニーにもひしひしと伝わってくる。

 

『そう言うと思ったよ。で、今どこにいる?後でハッピーに荷物を届けさせる』

 

トニーが自身なりに勇気を振り絞って一歩を踏み出した選択であったため、その決断をスティーブが快く引き受けてくれたことに心底安堵したのか、表情は少し晴れやかだ。

そして、居場所を問いただした矢先にスティーブは即答する。

 

「日本だ」

 

『はぁ!?何で日本にいるんだ、寿司でも食いたかったのか?』

 

あまりにも近くにいることが分かったのでつい素っ頓狂な声を上げてしまうトニーであるが、スティーブは冷静に日本に立ち寄った経緯を説明する。

彼等が意外と近くにいたのはかなりの偶然であるがこれはこれでプラスに働くであろう。

 

「確かに本場の寿司も蕎麦も食べてはみたいがそれは後だ。いつか日本に来て墓参りをしたかったんだが中々来る機会がなくてな。たまたま近くを通ったんでついでに何日か滞在することにしていたんだ」

 

『なるほどな。まぁ、近くて助かったよ。だが、僕らとの合流はすぐには難しいだろう、皆の混乱は避けたい。それに念には念をってことで。後でハッピーを遣いに送る。しばらくは僕が用意する隠れ家に身を隠してくれ』

 

トニーの発言を聞いてスティーブは思わず聞き返してしまう。訓練に付き合って欲しいというが、実際に彼らのいる場所に行くのではなく、スティーブ達に配慮して別の場所に身を隠して欲しいという発言に疑問符が浮かんだ。訓練の相手をすると言うのに別の場所にいてはどうしようもないのは事実だがトニーは何かしらちゃんとした用意はしている様であり、スティーブはこれからの予定をトニーとじっくりと話し合うのであった。

 

「なら、彼の訓練はどうすれば?」

 

「これから説明するよ、まずな・・・・」

 

 

夜が明けた舞草の里にて。

 

「ふあ〜あ、マジで朝早いんだよな〜おはよう、カレン・・・ってそういやいないんだっけ」

 

目覚まし時計代わりに訓練の為早朝に起床し、ついいつものクセでスーツのAIであるカレンに話しかけてしまうが今はハイテクスーツは没収されたことによって手元にないことを思い出し、昨晩作成したホームメイドスーツに目を通す。

しかし、我ながら作りが雑だと実感させられるが妙に安心できてしまう。

時間を見るとそろそろ朝食を摂らないと遅れるかも知れない時間だ。訓練の場所は神社と言われているためなるべく急ごうと寝巻きのまま食堂に向かって朝食をサクッと食べる。

朝食の後、一晩で作り上げた何の力も持たないただの服に近いホームメイドスーツに袖を通し、マスクを被って移動しようと宿舎を出て神社へと玄関へ向かう。

 

すると、玄関先で靴を履こうしている誰かの後ろ姿が目に入り、目が合う。これから神社へと向かうとするトニーだ。

朝食の際には自分やフリードマンと違って食堂に姿を見せなかったのでどこにいたのか見当がつかなかったがハイテクスーツ没収のこともあってか気まずい空気になってしまう。

 

しかし、トニーはスパイダーマンのホームメイドスーツを前にすると以前に映像で見た手作り感のあるたただのタイツ状の服から、逃走用に購入した黒いパーカーを袖を引きちぎってノースリーブにして赤の塗料で塗り潰し、胸の辺りには黒い蜘蛛のマーク、そしてマスクの目の部分には視界を調整出来るシャッター付きの白い眼の黒ゴーグル、手袋も手の甲の部分が赤で黒い蜘蛛糸の様な縞模様に、掌の側が黒いオープンフィンガーのグローブ、何よりトニーの見立てでもそれなりに質のいいパーツを使用して無骨でゴツくなった改造ウェブシューター(叔父から貰った腕時計を改造したウェブシューターはお守りとしてポケットに入れたままではあるが)という手作り感があるのは変わらないが、思い切って様変わりしたのが一目で分かる姿に少し驚いたかのような素振りを見せるが何事も無かったかのように靴を履いて起立し、サングラスをくいっと押し上げて挨拶し始める。

 

この時、自身もかつてスーツが無いことによる不安でPTSDを起こした際に即興で近場で買える物で武器を作って戦ったことや、テロリストに拉致された際に洞窟の中で脱出の為にガラクタの山の中からハリボテの様なスーツを作った事を思い出して心の中でクスりと来たが表には出さない。

 

「やぁ、レオタード君。寝てる間に恩返しにスーツを作ってくれる鶴か、小人の靴屋でも雇ったのか?」

 

「あっ・・・おはようございます、スタークさん。昨日寝る前にちょっと改造を。ハイテクスーツが無くても、ただ指を咥えて何もしないよりは今ある物や時間でスーツを改良した方がいいかなー・・・なんて」

 

「そうか、一晩で作ったにしては悪くない。まぁ、ゴーグルの作りが雑だけどな。ほら、さっさと行くぞ」

 

「それは言わないお約束ですよスタークさーん」

 

トニーは簡単に褒める事はしないが、大事なのはスーツだけではないと言っていたこと、舞衣からのアドバイスでスーツが無くとも自分のメカニックとしてのスタンスを確立し始めているスパイダーマンを見て、昨日のやり取りを知っているためか心の中で嬉しく思った。

スパイダーマンも靴を履いてトニーと共に神社へと向かって少し歩くと石段の前で数人程の集団と対面する。どうやら可奈美達のようだ。

こちらに気付いて手を振って挨拶して来る面々だがすぐに数人はスパイダーマンの格好を見るや否や吹き出してしまった。

 

「あっ、颯ちゃん、スタークさんおはよー!・・・って!何その格好!?」

 

「グッモーニーン!ワオ、まさにホームメイドスーツって感じデスネ!デスが・・・」

 

「ちょっ、何だよお前その格好。まぁ、泥臭くて嫌いじゃねーけどよ・・・」

 

「何があったと言うんだ・・・しかしまぁ・・・」

 

「「「「ダサい」」」」

 

「み、皆堂々と言うのはかわいそうだよ!」

 

「・・・・・」

 

「ぐはっ!言い切られた・・・・確かに作りが雑なのは否定しないけどさ・・・」

 

「特にゴーグルの作りが雑だな」

 

可奈美、エレン、薫、姫和には新しく作成したホームメイドスーツを全員息ぴったりにダサいと言い切られ、舞衣にはフォローされるもののトニーにはゴーグルの作りが雑だと言うことを付け加えられたことが更に笑いを誘ってしまい、スパイダーマンは軽くショックを受ける。一方でスーツの修繕によってある程度裁縫に慣れて来たレベルの中学生の裁縫技術ではこんな物だろうとも言えるため、強く言い返せないスパイダーマン。

 

ふと、そちらを見ると特にダサい等とは言及しなかった舞衣と沙耶香はスパイダーマンのホームメイドスーツをただ見つめている。沙耶香は堂々とダサいと言って良いのか分からない、イマイチ距離感が掴めていないので特に言及はしていない。

舞衣はそのスーツが出来上がった経緯を、昨日会話したことを思い出してか何かを感じ取って特に言及はしないが微笑んでいつも通りに挨拶をする。

スパイダーマンは舞衣の顔を見た際に昨夜のことを思い出し、彼女のアドバイスのお陰で安眠出来たことを思い出したがそのことを下手に話すと皆に追求された上で揶揄われると思い、いつも通りに接することにした。

 

「おはよう・・・」

 

「おはよう、颯太君。おはようございますスタークさん」

 

「あぁ、舞衣も糸見さんもおはよう・・・」

 

「あぁ、おはよう。よく眠れたかな?お嬢ちゃんたち」

 

視線が合うとお互い少し照れくさくなってしまうが昨日の事は内緒にして「いつも通りでいよう」とスパイダーマンがマスクのゴーグルのシャッターを片目だけ閉じたり広げたりしてウィンクしてジェスチャーを送ると舞衣も察知して小さく頷き、他愛のない会話をしながら石段を登って行く。トニーは昨夜のやり取りを一部始終見ていたため、知ってはいるが敢えて気付かないフリをして皆の後に石段を登って神社の境内に入っていく。

 

神社の境内で待っていた舞草所属の長船の刀使の筆頭である米村孝子率いる面々による集団戦の指導が始まろうとしている。皆がそれぞれ舞草の先輩方と対面して立ち合う様子だ。

 

「よーし、やるぞー!ぐえっ」

 

スパイダーマンが張り切って肩を回しながら集団戦の方に行こうとするとトニーにパーカーのフードを掴まれて動きが止まり、ゴーグルのシャッターが驚きを表すかのようにカッと見開かれる。

そして、そんなスパイダーマンの様子を他所にフードを掴んだまま神社のすぐ側にあるガレージまで引きずられながら連行される。

 

「坊主はこっちだ、君には特別メニューをこなしてもらう」

 

「ちょっ、スタークさん!?」

 

「君はまず単独でも戦えるようにしろ。ほら行くぞ」

 

トニーに連行されて行くスパイダーマンを一同は苦笑いをしながら見送っているが、モタモタしている場合ではないためすぐ様集団戦の訓練にとりかかるのであった。

 

そして、トニーとスパイダーマンが神社の隣にあるガレージに到着して中に入るとトニーは壁に取り付けられたパネルを操作する。すると、壁が倒れて地下の方へと続く階段が現れる。スパイダーマンがその高度な技術に感心しているが特に気にせずトニーは先陣を切って地下階段を下って行く。

 

地下の階段を降りるとそこには天井は高く、壁はかなり硬質の物質を使用し、ちょっとやそっとではビクともしない様にも見える。そして、それなりに面積も広くて飛び回ったりは出来そうであり、トレーニング用品以外は大したものが置いてない、恐らく極秘でトレーニングするのか、ここでないと行えないトレーニングを行う為に設けられたと思われるトレーニングルームが姿を現わす。スパイダーマンは地下の階段の下にこんなものがあった事に驚きながらあちこちを見渡している。

 

「ひぇーガレージの地下にトレーニングルーム。スゴイですね、ってこの壁メタルなの!?うわすっごいね!」

 

「まぁ、白昼堂々僕がスーツを着て神社でリパルサーなんてぶっ放せないからな」

 

「えっ?・・・・今何て?」

 

リパルサー?ぶっ放す?スパイダーマンはトニーのかなり物騒な発言を聞いて首を恐る恐るそちらに向けるとトニーは既に地下に収納していた、里に来る際に着ていたアイアンマンスーツを装着して既に腕を前に構えてリパルサーを打てる構えを取っている。

途端にスパイダーマンは身体から変な汗が流れるのを感じ、驚いてしまう。

 

「ええっ!?アイアンマンが相手なんて聞いてないですよ!」

 

まさか、自分の訓練の相手があのアイアンマンだと言うのだから驚くなという方が無理な話だ。確かにスーツに改良を加えてはいるが圧倒的に金がかかっていて高性能なアイアンマンには敵うわけが無いため、訓練になるのか不安になって来た。

 

「言ってないからな。いいか坊主、君はまずスーツの性能云々以前に他の面々と比べると戦闘経験が足りない。RPGのように育成要素のあるゲームでも強いボスと戦うためにはまずレベリングが必要だろ?だから今は自分よりも強い敵と戦いまくって経験を積め。時には歩くよりまず、走れだ」

 

トニーもかつてはアイアンマンになったばかりの、熱したばかりの鉄だった頃は何度も試行錯誤を繰り返し、飛行に慣れるのに何度も吹っ飛ばされたし、墜落もした。

それでいて、何度も失敗しながらも経験を積んでいったこと。時には実践こそが最大の教訓であったこともあった。

元々が一般人のスパイダーマン。スーツの力に頼るようになった彼に今一番必要なのは実際に戦って経験を積むことだと考えている。

スパイダーマンはまだ唯一無二なんて程遠い、火で熱したばかりの叩き方次第で形が決まる何でも吸収できる柔軟な鉄であるため、簡単には折ることが出来ない硬い鉄にするためにもアイアンマンは敢えて厳しい態度で接し、指導という名の槌で叩く。

 

「わ、分かりましたスタークさん!よろしくお願いします」

 

「時間もあまりないし、1秒たりとも無駄には出来んからな。鉄は熱い内に打てって言うだろう?さぁ行くぞ!」

 

スパイダーマンが戸惑いつつも自身のことを思って特訓を付けてもらえることをありがたく思い、感謝の意を込めて腰を低く落として膝を曲げ、手を前に構えるポーズを取って臨戦態勢に入る。

アイアンマンもスパイダーマンの気合を感じ取るとリパルサーを蒸しながら高速で移動して先手を取る。

こうして、スパイダーマンの特訓が始まるのであった。




アントマン3も決まったみたいっすね。うれぴー。


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第39話 特訓

タイトル通り地味でパッとしないのは許してくだされ


舞草の里の神社の隣にあるガーレジの地下に設置されたトレーニングルームにてスパイダーマンとアイアンマンが対峙し、戦闘訓練が開始された。

アイアンマンが午前中はスパイダーマンの訓練に付き合う予定であり、午後からは別の者と交代となる。

流石にユニビームや200ペタワットレーザー、プロトンキャノンは使用しないが限られた時間の中で戦闘経験を多く積ませるためにも沈黙を破り、まず先手を取ったのはアイアンマンだ。

 

「僕から行くぞ」

 

「よし、カレン!ガントレットとスラスターをスキャンして!モードは高速発射だ!っていっけね、いつものクセで・・・今はいないんだった」

 

「何でもすぐAIに頼ろうとするな、今君を守れるのは君だけだぞ」

 

戦闘の際にもまだハイテクスーツを着ていた時のクセが抜けないのかいつものクセでこの場にいないカレンに指示を出してしまうが今自分が着ているのはゴーグルのシャッターが動く以外は特に何の力もない、ただの服でしか無いホームメイドスーツであるため無論サポートAIは無い。今自分自身を守れるのは自分だけだということを再認識させられる。

 

背中のブースターを蒸すことで加速してジャンプし、アイアンマンが拳を振りかぶってスパイダーマンに向けて振り下ろしてくる。かなり速かったがスパイダーセンスが反応して咄嗟に左横にステップで回避し、そのまま右手のウェブシューターのスイッチを押してアイアンマンにクモ糸を放つ。

 

「上へ参りまーす!」

 

ハイテクスーツ程の発射速度は無いが良質なな素材で改造されているだけあってかつてのウェブシューターよりは速い。しかし、直後にアイアンマンが掌を下に向けてリパルサー・レイを放つと反動で上方に移動して回避し、そのまま身体を捻って踵落としを入れてくる。

ウェブシューターを放った直後で少し反応が遅れたが両腕を頭上に構えて交差させ、踵落としを防ぐがアイアンマンのパワー自体かなり高く、受け止めた際に衝撃により両腕にビリビリと痺れるような痛みが走る。

 

「ぐうっ・・・・!おりゃっ!」

 

「アイアンマンを押し返すとは中々パワーあるな、けど押し返して満足するな。相手の次の攻撃にはすぐに備えろ。特に僕みたいなタイプはな」

 

スパイダーマンも衝撃に耐えた後に怪力で押し返すが宙に放たれたことによりアイアンマンの更なる追撃を許し、即座に腕を前に突き出すとガントレットの掌に内蔵されている主に飛行の安定として使用されるが、単発の発射でもかなりの速度と威力を誇るためアイアンマンの標準的な装備として搭載されているリパルサー・レイを放ってくる。

 

「ぐあっ!」

 

スパイダーセンスが反応するもリパルサーの速度はかなり速いため、アイアンマンを押し退けた反動で怯んでいたスパイダーマンでは回避し切れず、胸部への直撃を許す。

威力を抑えているため軽く尻餅をつく程度であるのが幸いだが、実戦ではこうはいかない、下手を撃てば今の一撃で死にかねない。スパイダーマンも更に気を引き締めなくてはと実感させられる。

 

「実戦じゃ敵さんは待ってくれないぞ、よく知ってるだろ」

 

「はいっ!」

 

スパイダーマンが起き上がる頃にはアイアンマンは着地しており、着地と同時に腕を前に突き出してリパルサーを放って来るが今度はスパイダーセンスが発動して危機を知らせてくれたことや、教えられていた様に次の相手の攻撃に備えていたためか横に軽く移動する最小限の動きで回避に成功し、接近と同時にアイアンマンがリパルサーを放とうとしている腕を掴んで掌をアイアンマンの方へと向けさせる。

 

「食らってみるとけっこう痛いよ!」

 

「ちっ!」

 

既に発射のモードに切り替えていたため、自身の放ったリパルサーに当たってしまうがやはりアイアンマンの名の通り尋常ではない耐久力を誇るアイアンマンの前では威力を抑えているリパルサーでは軽くフラつく程度であるが既にスパイダーマンに接近を許してしまっている。

直後にスパイダーマンに左腕を掴まれ、それなりに重量があるはずのアイアンマンをそのまま軽々と投げ飛ばしそうな勢いであるため、アイアンマンは次の手を打つ。

 

「攻め込める時は徹底的に攻め込め。攻撃は最大の防御とも言うだろ」

 

「うおわっ!やっぱスゴい出力!」

 

アイアンマンがスラスターを高出力で蒸して高速で身体を浮かせることでスパイダーマンが超人的な脚力で踏ん張る前に地上から引き離して隙を作る。

急激に身体が宙に浮いたことにより身体が床から離れたことには驚いだがすぐ空いている方の手でアイアンマンのヘルメットのツインアイの部分にクモ糸を放つことで視界を奪う。

 

「おい、ヘルメットにワイパーの機能はついてないぞ!」

 

「攻める時は攻めるんでしょ!」

 

「確かに言ったな、それっと」

 

「うわっ!」

 

視界がクモ糸により塞がれてしまったことにより着地を優先させるためにはまずスパイダーマン引き剥がすことにし、左腕を掴んでいるスパイダーマンを右手のリパルサーを視界は塞がれているが密着されているため位置は分かる。

ならばと、右手のリパルサーを超至近距離で放つとスパイダーマンは咄嗟に手を離してアイアンマンから離れることで直撃を避ける。

 

即座に床に着地し、トレーニングルームの隅に向けて左右同時にクモ糸を放ち両手でクモ糸を持って身体を後ろに下がらせて反動をつけ、視界が不安定なアイアンマンに対し着地と同時にドロップキックを入れる準備をし始める。

引っ張り強度の増したクモ糸の反動を利用した蹴りは速度も威力も申し分ないだろう。しかし、難点を上げるとすれば一直線にしか飛べないことだろうか。

 

(確かに避けにくい・・・ここでは逃げる場所も少ないしな)

 

アイアンマンが着地と同時にヘルメットに付いたクモ糸を剥がすと、そこを狙ってスパイダーマンが地面を蹴ると弾かれたパチンコ弾のような勢いで飛び出してアイアンマンに向けてドロップキックを入れる。地下のトレーニングルームにしては広いがこの速度のドロップキックから逃げる場所は少ない。命中する確率は高いと言っても良いだろう。

 

「そら」

 

「いだっ!」

 

しかし、アイアンマンには速度と通過する位置をスーツの機能で解析されており、アイアンマンがスラスターを蒸すことでドロップキックの後の追撃を受けないよう上に移動し、そのまま流れるように裏拳を入れるとスパイダーマンの顔面の鼻の辺りに直撃してスパイダーマンはひっくり返って床に倒れ込む。

 

「いてて・・・・避けにくいと思ったんだけどな・・・」

 

「狙いは悪くないぞ。まぁ、僕みたいにスーツの機能で解析して予測したり、相手の動きを咄嗟に予知出来る相手でもない限りはだけどな」

 

「そんな相手そうそういないですって・・・・」

 

腰を打ったのかスパイダーマンが腰をさすりながら起き上がるとアイアンマンが手短に練度評価を下す。

スパイダーマンはここ数日の連戦で確かに以前よりはいくらか戦闘慣れして来たがまともな戦闘訓練を受けている面々と比べれば経験が足りないことは見て取れる。

しかし、アイアンマンの視点から見てスパイダーマンは戦闘技術や経験には乏しく、スーツの性能の格差はあるものの装着すれば身体能力が確実に上のアイアンマンと勝負をすれば技術と経験も含めてアイアンマンに軍配が上がるが、どうにも厄介な能力がスパイダーマンにはある。

 

「僕のスーツにも何発も相手から攻撃を食らう必要があるが相手の攻撃パターンを分析してカウンターを狙える機能もある。君の理解を容易く超えることだって起きるのが戦いってモンだ」

 

「相手の攻撃パターンを予測演算するってことは莫大な演算量になりますよね。それを短時間で行える高性能AIほんとズルいなぁ・・・」

 

「何を言う。君のお子ちゃまセンスだって相手の攻撃を予知したみたいに回避してるだろう?それと同じだ」

 

「あれはクモの第六感っていうか・・・なんか危険だなって言うのが伝わって来るけど具体的には教えてはくれないんです。実際に起きた危険に対して対処出来るかは割とそん時次第だったりしますし」

 

アイアンマンがスパイダーマンと戦闘をして理解したのはスパイダーマンの能力であるスパイダーセンスは自身に危険が起きると察知したかのように回避する能力であるということだ。

確かにスーツの記録映像や自身との戦闘を見る限り、攻撃を予知したかのように咄嗟に回避している所が見受けられるため逃げ場のない超広範囲殲滅攻撃等余程のことが無い限りは比較的便利な能力であると言えるだろう。

 

しかし、スパイダーセンスは別の事に集中していたり、雑念が多いと反応がワンテンポ遅れて不意打ちを受ける局面もままあることや、それでいて基本的に本人の意思に関係なく発動するため日常生活を送る上ではウザいだけという難点もあるため決して完全な物ではないのだろうがスパイダーマンの走る速度もかなり速く、戦闘時により使いこなせるようになれば自身の仲間のチーム数人相手でも彼を仕留めるのに時間がかかる可能性も0のではないかも知れないと推察する。

 

勿論、流石に雷の神様や赤い念動力使い、顔が赤い人工生体ボディや緑マッチョは相手が悪過ぎるのであくまで彼らを除外したメンツでの話だが。

戦闘訓練を積んで戦闘技術を高めることが最優先ではあるが同時にアイアンマンはこの能力はスパイダーマンにとって何かしらの突破口になるかも知れないと考えており訓練の合間に正確性を高め、使いこなせるようにさせたいとも考えていた。

肝心な時、最後の最後で自分自身を守るのは高性能スーツではなく自分と直感を信じて困難を打ち破る術を身に付けて欲しいからだ。

 

「なら、もっと使いこなせるようにしろ。君の利点は嬢ちゃん達とは違い、その超人的パワーを常に発動出来ることだ。だが、現状君は身体能力が高いだけだ。肝心の君がマグルのままだと宝の持ち腐れだからな」

 

「は、はいっ!分かってます!」

 

「よし、バシバシ行くぞ」

 

「はい!お願いします!スタークさん!」

 

再度スパイダーマンとアイアンマンは向かい合い、お互いに床を強く蹴って接近し、再度近接格闘の特訓を始めるのであった。

 

それからしばらく経ち、昼の11時頃に差し掛かるまでスパイダーマンとアイアンマンは近距離での殴り合いに徹していた。

スパイダーマンの放った拳をアイアンマンが掌でタイミングよく受け止め、そのまま流れるように受け流す。そして、受け流されて姿勢を崩したスパイダーマンの腹に膝蹴りを入れる事で全身に衝撃が伝わるもののスパイダーマンはフラつきながらも覚束ない足で踏ん張り再度身構える。

 

「今のはもっと早く踏み込め、それでは遅いぞ。後は攻撃が大振り過ぎだ、外した後に隙が大きくなるぞ」

 

「・・・っ!はい!」

 

実はこっそりスーツの機能でスパイダーマンの攻撃パターンを分析してある程度攻撃のタイミングや方向を予測出来ていたたからこそ、躊躇して踏み込みが甘くなることや素人特有の攻撃の際に腕の振りが大きくなることを事前に察知し、そのことを指摘している。

ふと、スパイダーマンの様子を見るとやや軽く肩で息をし始めている。長時間アイアンマンと接近戦をしてようやく息が上がり始めたことろを見るにどうやら体力自体はかなりあるように見える。

 

アイアンマンは一度HUDに内蔵されている時計を確認すると昼飯前の午前中の訓練の残り時間が一時間程と確認すると先程言っていたもう一つの、訓練の合間にやっておきたかったことを試してみることにした。

 

「よし、残り一時間って所だな。坊主、君のお子ちゃまセンスは大方どれくらいの危険なら回避できる?」

 

「えっ?うーん・・・そん時の危険によるんですけど、例えば道を歩いていたら木の枝にぶつかりそうになるのを咄嗟に回避できるとか、銃口を向けられてどのタイミングで撃ってくるのか何となく分かって回避出来るとか・・・背後から狙われても危険は分かるんで確実性は無いですけどある程度は対処に移れるって位ですかね」

 

スパイダーセンスは眼前に向けられた銃口から放たれる銃弾などは楽々回避出来るようであり、恐らく攻撃された位置が不明でも察知してある程度対処自体は可能だが、目に見えていて確実性のあるものでないと一筋縄ではいかないと言った程度の物であることをアイアンマンは察する。

 

アイアンマンは内心ではこの能力をより鋭敏な物にし、あらゆる危険に対応出来るようにするには反復で練習して身体に覚えさせることが大事だと判断し、スパイダーマンから視線を外して踵を返してトレーニンググッズが置いてある壁の方へと歩いて行き、その中にある視界を一切遮断するスキーゴーグルのような物を取り出し、スパイダーマンに投げ渡す。

スパイダーマンがそれをキャッチして受け取ると頭上に疑問符を浮かべながら質問をする。

 

「えっ?なんですこれ」

 

「これを着けて僕の攻撃を残り一時間避け続けろ。インベーダーゲームみたいにな」

 

「ええっ!?僕スパイダーセンスが反応した上で目の前で相手の動きを見るから回避出来るんであって見えない攻撃はちょっと・・・」

 

「やる前から決め付けていたら何も始まらないぞ。君が限界を決めない限り、見えない危険だって回避出来る可能性だってあるんだ。記録は破る為にある」

 

「そうですね、やってみます!」

 

「君がゴーグルを着けた瞬間が合図だ、それを着けたらすぐに訓練は始まってると思え」

 

「了解!」

 

アイアンマンに言われるまま面積がやたら大きいスキーゴーグルを装着する。よくよく考えるとゴーグルの上にゴーグルをするという異質な光景であるが特に気にせず装着し終えると視界が一切遮断されてスパイダーマンの眼前に広がるのは辺り一面暗闇のみだ。

常人なら聴覚や視覚を封じられると平衡感覚を保つことが出来ないがスパイダーマンは超人的な平衡感覚を持つため、普通に歩いたり走ったりすること自体は可能だが普段よりはほんの少し不安定に見える。

 

そんなスパイダーマンに対してアイアンマンはスパイダーマンの背後に回り、容赦なくガントレットの掌をスパイダーマンに向けると掌に光が集まり始め、リパルサーレイ を発射してくる。

スパイダーマンは視界が塞がれているため、自身に向けられた攻撃は影も形も見えていないが今の頼みの綱であるスパイダーセンスは具体的なことは教えてくれないが危険を察知してキッチリ発動してくれる。

意識を集中することで背中の方からぞわぞわとした感覚が湧き上がり、具体的に何が起きているか分からないが何となく背中に攻撃が当たるかも知れないということを教えている。

 

「よっと!やった!回避できた・・・・いだっ!」

 

スパイダーマンが背後に向けて放たれたリパルサーレイを感知して紙一重で横に軽くステップすることで回避する。

しかし、スパイダーマンは目隠ししたままでもリパルサーレイ を回避出来たことに安堵してしまい、更に追撃するように連続で放たれたリパルサーレイは回避出来ずに直撃し、ひっくり返って尻餅を着いてしまう。

 

「全く、一回避けれたからと言って油断するな。誰も一発ずつなんて言ってないからな。君は上手くいくと一喜一憂し過ぎだ。常に気を抜くんじゃない」

 

「いたた・・・すいませんスタークさん・・・」

 

スパイダーマンは腰をさすりながら立ち上がり、再度回避をしやすいように姿勢を低くして腰を落とし、膝を柔らかく曲げて動きやすい姿勢に入る。

スパイダーマンの準備が完了したことを確認するとアイアンマンは再度攻撃の準備に入り、掌をスパイダーマンの方へ向けてリパルサーレイ を連射していく。

 

「よっ! ほっ!はっ!ぐえっ!」

 

自身に向けて発射されるリパルサーに対し、スパイダーマンは神経を集中させて自身に迫り来る脅威と、その方向を大まかに感じ取って直感で回避を行う。一発目の正面からの一撃は屈むことで回避、追撃するように少しタイミングをズラして放たれた2発目は上体を反らして回避。

そして、ガラ空きになった足元に向けて同時に放たれた2つのリパルサーは上体を反らした姿勢からそのまま地面に手をついた勢いで高く飛び上がってリパルサーを回避するが逃げ場の少ない上に視界が塞がれているためクモ糸を飛ばす位置を目視出来ず、次のリパルサーは回避出来ずに直撃して床に叩き落される。

 

「まぁ、今のは少し意地悪し過ぎたな。この調子で行くぞ、何度も反復で練習して身体に覚えさせるんだ」

 

「いててて・・・りょ、了解!」

 

スパイダーマンは片膝で立ち、肩で息をしながらも床に手をついてそのままフラつきながらゆっくり起き上がり、姿が見えないアイアンマンに向けて返事をする。

アイアンマンの方もスパイダーマンがまだまだ自覚は無く、時折弱音も吐くがスーツの力無しでも起き上がり、訓練に臨む姿勢を前にして一安心しながらも心を鬼にして再度両腕の掌をスパイダーマンに向けて構え、掌に収束したリパルサーを放つのであった。

 

「よし、午前はここまでだ、昼飯を食いに行くぞ」

 

「りょ、りょうか〜い・・・・」

 

それからしばらく経ち、スパイダーマンは先程までリパルサーを目隠しで回避する特訓を行っていたのだが何度も回避に失敗し、身体中あちこちに被弾したようであり、かなりへばっていて脱力した声を上げながら返事をする。

午前中の訓練が終わったことでトニーはアイアンマンのスーツを脱ぎ、スパイダーマンも視界を遮断するゴーグルを外して先程までは暗闇だった視界に光が入ったことで眩しさを感じつつトニーと共にガレージから出て皆と合流して神社の境内で昼食に舌鼓をうつ。

 

昼食を終え、集団戦の訓練をする面々は境内に残って訓練を続けるようであり、一方トニーとスパイダーマンは再度ガレージの方へと戻っていく。

地下のトレーニングルームに入るがトニーは一向にアイアンマンを装着する気配がない。それどころかトニーは携帯でどこかに連絡を取りながら壁に取り付けられたパネルを操作している。

すると壁から身長が180cm程の筋肉質に見える、左手にマンホール大の円形の盾を装備したロボットが収納されていたようで今度はそちらの機械の打ち込みを始めている。

スパイダーマンは驚いているがトニーは特に気にする様子もなく電話の相手と通話を続行する。

 

「すげえ!壁の中にロボットを収納できるなんてこのガレージまるで宝箱じゃないですか!」

 

「もしもし、所定の場所には着いたか?そうか、なら既にハッピーに持って来させたVRゴーグルをつけてくれ。それで視界と感覚をトレーニングダミーと共有できる。後はこちらが電源を入れてシステムを起動すれば遠隔操作モードに切り替わってトレーニングダミーがアンタの動きをトレースする。攻撃や打撃を受ければ多少のノックバックが伝わって少し驚くかも知れないがアンタに直接ダメージが来る訳じゃないから安心してくれ。最初は少し違和感があるかも知れないがすぐに慣れるだろう。アンタが戦いやすいように試作品の盾も用意してあるからそれを使ってくれ。何?受け取れない?なあ、石頭。今盾を使うのはアンタじゃない、トレーニングダミーだ。ゲームの操作キャラが使うと思えば良い。そう、そんな感じだ」

 

こなれた手つきと素早い入力であっという間にプログラムを立ち上げて行く様にスパイダーマンは再び関心させられるが今度は自分に何の特訓をさせるのか一向に見当がつかないでいた。

連絡を終えたのかトニーが電話を切って携帯電話をポケットにしまうとスパイダーマンの方を向いて説明し始める。

 

「坊主、午前中は付き合ってやれたが午後からは僕にもやることあるからな。午後からは特別講師にお願いする。教育番組のたいそうのおにいさんじゃあないぞ」

 

「特別講師・・・?ていうかたいそうのおにいさんって、僕教育番組は小学校低学年で卒業したんですけど」

 

「直に分かる、僕は作業に戻るからみっちり鍛えてもらえよ。じゃ、後でな」

 

トニーがプログラムの打ち込みを終えると、作業場に戻るためにガレージの地下から退室していく際にリモコンを起動するとトレーニングダミーの眼が淡く光り、駆動音を立てながら徐々に内部に搭載されていたと思われるホログラフによってトレーニングダミーの外見を別物へと変えていく。

 

筋肉質で180cm程の長身に、頭部から目の辺りを覆ってはいるが眼の辺りは解放されているAのマークの青の丸いヘルメット、それを固定するベルトを顎にかけている白人男性。そして、全身が青色を基点に構成されつつも両肩には背中と連動して物を背負って走れるようにベルトを巻き、胸には銀色の星のマークと腹部には白を基調として赤の縦ラインの入った腹巻きを装着したまるで星条旗をモチーフにしてるかのようなコスチューム。そして、何より目を引くのは彼の象徴とも言える数少ない所持武装。マンホール大の大きさに赤を基調としたカラーリングに銀の丸い模様に中心には青の丸の上に銀の星のマークがある円形の盾。

かつてのアメリカの象徴であり、チームの元リーダー。現在は国家反逆罪で行方不明になっている筈の人物、キャプテンアメリカだ。

 

勿論本人はこの場におらず、姿はホログラフによって再現した物で、彼の身体能力を再現したトレーニングダミーを遠隔操作で動かしているに過ぎないのだがまるで本当にそこにいるかのような溢れ出るカリスマ性と強い存在感を放っている。

ちなみに、この姿を再現する機能を付けたのはやるなら形から入ることも大事だろうという遊び心からという特に語るほど深い理由はないのはここだけの秘密だ。

スパイダーマンは技術にも驚いたが、目の前に世界的に有名な人物が現れたのだから語彙力を低下させながら驚きを隠せない。

 

「特撮技術で人の姿をここまで精巧に再現出来るのもすごいけどまるで本物みたい!ていうか、キャプテンアメリカ!?規模がぶっ飛びすぎ・・・」

 

『やぁ、スパイダーの坊や。トニーから話は聞いている。初めまして、僕はスティーブ・ロジャース。いや、ここはお互いコスチュームに習ってキャプテン アメリカと名乗らせてもらおう。よろしく頼む』

 

「えっ・・・?あ、はい。初めましてキャプテン 、僕はスパイダーマンです」

 

キャプテンが爽やかに挨拶をすると同時に手を差し出して来たのでスパイダーマンもそれに応じて握手をして手を握り返す。姿はキャプテンではあるがあくまでもホログラフで再現された物。手の感触は機械のそれであるが言葉では表せない暖かさがある。

握っていた手を離すとキャプテンはスパイダーマンの方を向いて、穏やかな視線を送って一瞥する。

協定のいざこざがあってチームが離散し、トニーとはお互いに会うことも話すことも出来ない時期があったのだが、そんな最中トニーが自身に連絡をくれた、話をするきっかけとなった者達の一人であるスパイダーマンを前にして伝えておかなければならないと思ったことを話し始める。

 

『坊や、君達には感謝している。君達が彼の背中を押してくれたから、僕達はまた話す事が出来た』

 

「えっ・・・・?いやいや、とんでもないですよ!僕は何も特別なことなんてしてないですって!僕のわがままにスタークさんを振り回しちゃって迷惑をかけちゃったりしたんで背中を押すなんてとんでもないですよ・・・むしろ、押した瞬間押し返されるまでありますよ」

 

『それでも、君達に感謝の意を示さずにはいられない。受け取ってくれ』

 

唐突にキャプテンにお礼を言われたのでテンパってしまい、トニーがスティーブに連絡をするきっかけを自覚なしに作っていたという事は本人のあずかり知らぬ所の話であるため、イマイチピンと来ない様子だ。

だが、それでもキャプテンの感謝の意を示す圧に押されて理解しきれてはいないが受け入れることにした。

 

「わ、分かりましたキャプテン 」

 

『よろしい。坊や、今この日本に危機が迫っていることはトニーから聞いている。僕も微力ながら協力させてくれ。君は実践的な近接格闘に関してはルーキーだそうだね。僕で良ければ練習相手になるよ』

 

「ありがとうございます、キャプテン 。超心強いです!それではお願いします!」

 

キャプテンもスパイダーマンの特訓に付き合う形で日本の危機に立ち向かう若者達に助力する姿勢を見せ、盾を前方に構えて臨戦態勢に入る。

スパイダーマンもトニーとキャプテンが自分たちのために親身になってくれることと、歴戦の戦士から特訓を付けて貰えることをありがたく思いながら姿勢

を低くして腰を落とし、同じく構える。

 

『いい根性してる、出身は?』

 

「神奈川です」

 

『僕はブルックリンだ』

 

お互いの出身地を言い合うやり取りを合図に、開戦の火蓋は切って落とされる。




長くなりそうなんで一旦ここで。
2022年4月にスパイダーバースの続編決まったらしいですね、うれぴー。
4種類の蜘蛛のマークが映ってたんで新キャラですかね、前作の売り上げ次第では東映版を参戦させるみたいな話があったらしいですがどうなるんでしょうかね。出る可能性は高いって話は聞きましたが。


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第40話 大事な事

前回よりは多少話が進みます。


ガレージの地下のトレーニングルームにて、スパイダーマンとキャプテンが対峙し、お互いに手の内を把握出来ていないせいかどちらから攻めるのか微妙な空気が流れている。

 

キャプテンにとって、リーチのある武器を所持していて接近が困難な場合や、距離が空いている場合、自身よりも強力な怪力を用いて単純な腕力で力負けする可能性のある敵の場合はキャプテンは基本的に初手の攻撃はあらゆる衝撃をも吸収し、跳ね返った後に自身の手元へと返る唯一の所持武装である盾を投げ付けて怯ませることで牽制し、確実に攻め込める状況を作り出すのが常套手段だ。

 

トレーニングルームは比較的広いとは言え密閉された空間である。よって、盾を投げつけても拾いに行きやすい、それでいて壁に当てて反射した盾が手元に返ってくる時間も短いと言うことは推測できる。

仮にだだっ広くて障害物も少ない場所なら戦いにくかったと思うがトレーニングルームは比較的キャプテンにとってある程度戦いやすい場所だ。

 

『であっ!』

 

状況を観察したキャプテンはまずは定石通りスパイダーマンを怯ませるために円盤投げの要領で左腕を腕を横に振り抜いて盾を投げつけると、円形の盾が手元から離れて前方に見えるスパイダーマンの方に向けて回転しながら襲い掛かる。

 

スパイダーマンはかなり速い速度で盾を投げ付けられたため、スパイダーセンスが反応したことで身体を軽く傾けると風を斬るかの如く回転音を立てる盾を悠々と回避し、前方から走って接近して来たキャプテンの攻撃に備えて膝を軽く曲げて動きやすい姿勢のまま迎え撃つ。

キャプテンはスパイダーマンに接近し、後方の盾ではなく自身に注意を向けさせるように派手にジャンプして飛び上がり、一回転して蹴りを入れてくる。

 

「おっと!派手で荒々しいね!でも避けやすいよ!」

 

『どうかな?』

 

スパイダーマンは回避の準備はしていたためか、キャプテンの蹴りは簡単に回避は出来た。

だが、スパイダーマンは知らなかった・・・キャプテンの盾は投げつけて硬い物に当たれば何処かに跳ね返る性質があるということを。

 

キャプテンの蹴りを回避した矢先に背後からの毛が逆立つかのようなビリビリと嫌な感覚が発動し、スパイダーセンスが危機を知らせて来たので直感で姿勢を低くして回避する。

 

「?・・・・後ろから何か来る・・・あっぶな!」

 

上を見て確認すると頭上には壁に当たることで跳ね返り、一直線にキャプテンの元へと返って行く円形の盾の姿が見える。

回避しなければ盾に当たっていたことは容易に想像出来るが同時にまさかこんな物理学の法則を無視した武器があるのかと感心させられてしまう。

 

しかし、キャプテンは同時にスパイダーマンに接近して足を前に突き出した前蹴りを繰り出して来ておりスパイダーマンは何とかそれを横に飛んで回避する。

 

キャプテンは流れるように自身の手元へと返って来た盾を右手で掴んで左手に持ち直し、盾の裏側にあるベルトを握って再度腕に装備する。

その様子を見てスパイダーマンはキャプテンの盾を見ながら感心したかのように、これまでキャプテンの仲間たちが心の中で思っていたが誰もツッコまなかったことを指摘する。

 

「それ物理学の法則に適ってないっすよ」

 

『いいか?君の理解を超えるものだってある』

 

「スタークさんも言ってたっけなそれ・・・確かにここ最近で嫌って程実感したよ!」

 

キャプテンの淡々とした返しは先程の訓練でトニーも同じことを言っていたため、やはり戦いの世界では日常茶飯事なのだろうと再度納得させられる。

スパイダーマンはキャプテンの手の盾を奪おうと右手のウェブシューターを前に構えて掌のスイッチを押し、クモ糸がキャプテンに向けて一直線に発射される。

 

クモ糸が発射された際にキャプテンは咄嗟に左手に持つ盾を前方に構え、頭を少し低くすると盾にクモ糸が吸着する。

このままでは盾を奪われると判断したキャプテンはクモ糸が盾に吸着し、空気に長時間触れて硬直することで引っ張り強度が強くなる前に空いている右手でクモ糸を掴んで引き剥がし、手に巻き付けてクモ糸を自身の方へと強く引っ張る。

 

『ふんっ!』

 

「のわっ!」

 

すると、スパイダーマンは脚で踏ん張って力を入れる直前であったためそのままキャプテンの腕力に身体を持ち上げられることで地上から離れ、キャプテンの方へと引っ張られていく。

キャプテンはすかさず盾を持っている左腕の方を横薙ぎに振ることで引き寄せたスパイダーマンの顔面を盾の表面で殴る。勿論、怪我をしない程度に力加減をしてだが。

スパイダーマンは盾で殴られたことでひっくり返ったまま地面に尻餅を付く。そして、蹌踉めきながら立ち上がり、腰の辺りをさすっている。

 

「いたた・・・盾を奪えば行けると思ったのになぁ・・・」

 

『確かに僕から盾を奪うという選択自体は間違っていない。だが、奪うにせよまず確実に奪える状況を作り出すんだ』

 

「例えば?」

 

『確かに僕の盾はあらゆる衝撃をも吸収し、抜群の耐久力を誇る。正面からなら大抵の攻撃は防げるだろう。だが、完全無欠ではない、同様に欠点もある。何だと思う?』

 

キャプテンはスパイダーマンに対し、接近戦の戦い方をも教える予定だがスパイダーマンの武器を所持している敵との戦い方は武器をクモ糸で奪い無力化することにある。

これから刀剣類管理局を相手にするとなると武器を所持した人間との戦いになるのだから歴戦の戦士のキャプテンとしてはスパイダーマンに知っておいて欲しい事もある。

 

そして、スパイダーマンは思案する。これまでの戦いで武器を所持している相手、刀使と戦闘したり武器を奪った際の自身の行動やその時の状況を。

御前試合の会場で親衛隊と乱戦になった際、真希の薄緑を奪えたのは、相手が罠にかかりその隙を突けたから。舞衣と姫和が東京の神社で対峙した際に孫六兼元を手元から奪えた時、あれは舞衣がスパイダーマンを敵視しておらず眼前の姫和に集中していたため。

伊豆山中で入団テストとしてエレンと薫と戦闘した際に姫和に小烏丸を突きつけられ、ホールドアップしたエレンの手から越前康継を奪えたのは意識が完全に別のことに向いていたから。そして、夜中の戦闘で真希と寿々花の両者から御刀を奪えたのも完全にスパイダーマンが視界に入っていない暗い森で、なおかつ想定外の奇襲をかけたから。

 

スパイダーマンがこれまで刀使との戦闘で正攻法で御刀を奪えた機会はほぼなく、大体が奇襲、不意打ちが多い。だが、これからの戦闘ではそれだけで戦って行ける訳ではない。自分なりに考えて工夫する必要が出て来る。

相手から武器を奪うにせよ、常に直接武器を奪って無力化出来るとは限らない。自身よりも戦闘経験を積んでいて身体能力も高いとなると尚更難しくなる。現に戦闘経験に雲泥の差が差があるキャプテン相手には失敗したため、そう言う相手にはまずどうやって有利な点を崩していくのか。その判断力が求められる。

 

「うーん・・・防御が一局に集中するとガラ空きになる箇所が出来る・・・全方向からの攻撃だと対処し切れない時もある・・・とか」

 

『そうだ。僕の盾での防御は一方向からの攻撃には対応出来るが、その分足元や背中がガラ空きになりやすくなる。そう言った状況に陥りそうだと判断したら即座に盾を投げて遠くの敵を倒して先手を打ったり、姿勢を低くして身体全体を守りながら移動をしたりと工夫が必要になって有利な点を潰されてしまいかねない。僕の盾での防御もそうだが刀使達のように地面に足を付けて武器を振るったり、防御する相手が最も重要とするのは足捌き、脚の踏ん張りの強さだ。そこを崩すんだ。だから坊や、戦いでは戦闘技術も大事だが相手の利点を潰し、如何に自分に有利な状況に持って行けるかの判断力も大切だ』

 

『僕が最初に盾を投げたのも、相手の力量が分からない場合や単純な腕力で力負けするかも知れない相手は盾を投げつけて怯ませる。そして、極力自分に有利な状況に持ち込んでから接近戦を行っている。覚えておくように』

 

「りょ、了解ですキャプテン!」

 

キャプテンの長い戦闘経験から来る教えを聞き、確かにスパイダーマンはこれまでの戦闘で強敵相手に戦ってこれたのはスーツの性能だけでなく運が絡んでいたことや、奇襲が成功していたからだと新たにその現実を叩き付けられる。

 

キャプテンは決して脳筋では無い。戦闘指揮で皆を引っ張るリーダーシップだけでなく、自身が戦闘をする際にはかなり工夫して戦闘していることを身に染みて実感するスパイダーマン。

キャプテンは超人血清により超人的な身体能力を獲得しているとは言えどあくまで人間の延長上。よって、戦闘では常に工夫を強いられてきた彼だからこそこの教えに重みが加えられている。

 

そして、気持ちを切り替えて再度お互いに向き直りスパイダーマンとキャプテンの近接格闘の訓練は再開させる。キャプテンとスパイダーマンとの距離は盾を投げる程でも無いためお互いにダッシュで接近して殴り合いを繰り広げるつもりだ。

 

やはり先手を取るのはキャプテンからだ、キャプテンは軽いフットワークで床を蹴って接近し、ボクシングのようなポーズで拳を構えて小ぶりながら素早いジャブを繰り出して来る。

キャプテンは様々な格闘技に精通しており、指揮能力や戦術眼だけでなく本人の格闘技術も優れ、盾以外でも自衛力が高いがためチームでは重要な役割を果たしていると言える。

 

スパイダーマンはキャプテンから放たれる拳に対してスパイダーセンスが反応したことでキャプテンの拳を回避していく。そして、キャプテンが右腕から放って来たストレートパンチを左手の掌ので受け止める。掌を伝って腕全体にかなりの衝撃が走ったがスパイダーマンはそのままカウンターとして手で掴んでいるキャプテンの拳を握ってそのまま腕を力一杯捻り上げる。

 

「すげえ!感触はメタルだね!このまま貰うよ!」

 

『ぐっ!』

(神奈川の坊や、思ってた以上に怪力だな・・っ!)

 

キャプテンは自身の拳を軽々と受け止められたことにも驚いたが、可能性の一つとして考えていたスパイダーマンが細身であるにも関わらずかなりの怪力であるという予想が的中した。

負けじと自身も力を入れて元の位置に戻そうとするが想像以上に腕力が強い、いくら力を入れてもスパイダーマンの腕はキャプテンの拳を捕らえたまま離さず一向にビクともしない。恐らくこのままでは力負けする。そう判断したキャプテンはスパイダーマンの注意を逸らすために左腕に装備している盾をスパイダーマンの足元に向けて叩き付けるように投げ付ける。

 

スパイダーマンの足元に叩き付けられた盾が床と激突して金属を響かせる。それだけでなく盾が反射したかのように床から一直線に上へ向けて跳ね上がり、スパイダーマンの下顎に向けて盾が下から襲って来る。

 

「ん?今何か・・・・やっべ!」

 

床に金属音が鳴ったことでスパイダーセンスが反応し、足元に叩き付けられて跳ね返った盾が下から襲って来たため驚いたが咄嗟に身体を反らして回避するが一瞬キャプテンの拳を掴んでいる手の力を緩めてしまい、キャプテンに腹部に蹴りを入れられてしまったことで手を離してしまう。

 

「やっぱ物理学の法則を無視してるなぁほんと!」

 

キャプテンに腹部を蹴られたことにより、後方へと後ずさってしまったことで距離を離されるとキャプテンはすかさず地面を蹴って跳躍して天井に当たって落ちて来る盾を左手でキャッチして着地し、そのまま流れるように後ろ回し蹴りで追撃して来る。

 

キャプテンの風を斬るかのような音を立てる後ろ回し蹴りを姿勢を低くして回避した直後に懐に飛び込んだスパイダーマンはすかさず午前中にトニーに言われたように攻める時に大振りになり過ぎないように振りは小さく、それで素早くキャプテンの腹部にボディブローを入れ、そのまま押し込んで後方へ倒そうとする。

 

「うおらっ!」

 

『ぐっ!』

 

キャプテンのトレーニングダミーを遠隔操作しているしているスティーブにもVRゴーグルとモーションキャプチャーを通じて多少の衝撃がノックバックとして伝わるがダメージはほとんど無い。初めてまともに有効打を入れられたがキャプテンも反撃に出る。

 

キャプテンが膝を前に突き出すようにしてスパイダーマンに膝蹴りを繰り出しして来る。スパイダーマンはキャプテンの素早い膝蹴りを鳩尾に受け、怯んだ隙に顔面に数発のジャブの連打、そして力強いボディブローを入れられる。

 

スパイダーマンはショッカーやライノの威力が高い攻撃にも耐え得る程の超人的な耐久性を持つが、キャプテンの腕力は人間の延長上であろうとも的確に人間の弱点である鳩尾にボディブローをクリーンヒットさせられるとダメージは大きい。

その証拠に鳩尾をさすり、肩で息をしながらキャプテンを見据えている。

 

『今の攻めで大振りで攻めず確実にボディブローで攻めに転じるのは良かったぞ。だが、まだ荒削りだ。パンチを打つ時は拳を握り込むようにして打ち込むんだ。そして殴ったらすぐに腕は元の位置に戻してガードにも使える様にする。殴った後に捩じ込むのも悪い選択では無いがそれは確実に倒す時だ。基本的にはすぐに拳を引っ込めて連続で殴る方が相手にはダメージが大きい』

 

「めっちゃ丁寧で分かりやすいですキャプテン!」

 

実際にキャプテンの達人のような拳を受け、その威力を身を以て理解した為かスパイダーマンもすんなりとキャプテンの説明を受け入れることが出来た。

キャプテンとスパイダーマンもお互いに破壊力のある武器を用いず、基本的には素手での戦闘の方が主体となる為接近戦では最も参考にしやすい相手と言えるだろう。

そんなキャプテンからみっちりと限られた時間の中で鍛えてもらうためには時間は1秒も無駄には出来ないスパイダーマンは再度攻撃を仕掛ける。

 

「行きますよキャプテン!」

 

『来るがいい坊や!』

 

右手のウェブシューターのスイッチを押してキャプテンの盾へと向けてクモ糸を発射するとクモ糸は盾に容易に防がれるが直後にワンテンポ遅らせて左手のウェブシューターで足元を狙ってクモ糸を放つ。

 

まず初めに放ったクモ糸はフェイク、キャプテンの足首に接着したクモ糸の方を自身の方へと強く引き寄せるとキャプテンは姿勢を崩して仰向けに転倒すし、スパイダーマンの方へと引き摺られて行く。

 

『ぐっ!そう来たか!』

 

「足をねらうんでしょ!」

 

直後にスパイダーマンは持っていたクモ糸から手を離し、壁の両端に向けてクモ糸を放ち、身体を少し後方に仰け反らせて引っ張り強度が強くなった瞬間に

手を離すと地面をスライディングしながら滑り、キャプテンの下顎に蹴りを入れる。

完全に足元を狙われて体制が崩れていたこともあってか防御が間に合わず、スパイダーマンの蹴りを受けて蹴り飛ばされてしまい、盾を落としてしまう。

 

キャプテンは即座に起き上がり、すぐに足元に落ちた盾を拾おうとするがスパイダーマンは盾を狙ってクモ糸を放って来る。

 

『狙いはいいぞ、だがこれは想定できたかな!?』

 

「・・・っ!?マジ!?」

 

この状況では素直に手で盾を拾っていては時間的ロスの差でキャプテンが不利。スパイダーマンが盾を狙って来ることは察知できていたため、敢えて拾うと見せかけてキャプテンはすかさず地面に落ちた盾をスパイダーマン目掛けてサッカーボールのように蹴飛ばす。

 

「あいた!」

 

『坊や、行くぞ!』

 

スパイダーマンはウェブシューターを既に発射する準備に入っていたため、反応が遅れてしまい盾の表面が顔面に直撃し、強い衝撃で視界が白黒と反転する。しかし、そんな暇さえ与えずに直後にキャプテンは走って助走を付け、両足同時に飛び上がり腹部に向けてドロップキックを入れて来る。

 

キャプテンの力強いドロップキックが直撃し、スパイダーマンは後方まで蹴り飛ばされてしまい地面を転がりながら壁に激突する。

 

『判断力自体はいくらか身に付いて来たな。この調子で行こう』

 

「いたたたた・・・はい、キャプテン・・・」

 

キャプテンはいつのまにかスパイダーマンの前に立っており、右手を差し出している。スパイダーマンがキャプテンの手を取ると腕力で起立させる。

その後はスパイダーマンとキャプテンは残りの時間で近接格闘での攻撃方法、プロレス技、殴り合いによる踏み込みや防御の方法、そして実践的な殴り合いを続けていた。

 

しばらく経ち、キャプテンとスパイダーマンが実際に接近戦での殴り合いを繰り広げていた最中、スパイダーマンの放った拳を顔に受けた直後にキャプテンはスパイダーマンの腕を掴み、足払いをしてスパイダーマンの身体を浮かせた直後に思い切り一本背負いで床に叩き付ける。

 

午前中よりかは戦闘に慣れて来たが、やはり歴戦の戦士であるキャプテンが相手となるとやはり自身はまだまだなのかと実感させられてしまう。

そして、弱音ではないが叩き付けられた現実に対してボロッと心情を吐露してしまう。

 

「いててて、やっぱハイテクスーツ着てない上に歴戦の戦士キャプテンアメリカが相手だと技術も力量にも差があるのかな・・・」

 

『・・・坊や、少し休憩がてら僕と腕相撲をしよう』

 

キャプテンはスパイダーマンの発言を聞き、戦闘訓練での様子を見てか自分なりに思う所があるのか、それでいて他にも教えたいことがあるのかスパイダーマンに腕相撲で勝負を持ちかけて来る。

しかし、スパイダーマンはキャプテンの唐突な提案を聞いて理解が追いついていないが意味もなくこのようなことなど言わないだろうと思い、床から起き上がり、キャプテンの言葉に従う。

 

「え?何で今腕相撲なんか・・・分かりました」

 

キャプテンとスパイダーマンは椅子に腰掛け、テーブルの上に肘を載せてお互いの手をガッシリと握る。

ただの腕相撲であるのだが、キャプテンの表情は極めて真剣だ。自身も気を引き締めて汗ばむ手でキャプテンの手を強く握る。

 

『よし、坊や。僕が合図したらそれが勝負開始の合図だ。遠慮はいらない。全力で来い』

 

「了解しました」

 

『行くぞ・・・Ready・・・GO!』

 

キャプテンが瞳を閉じ、深呼吸をした後に力強く勝負開始の宣言をする。

合図開始と同時にお互いに腕に力を込め、相手の腕をテーブルに叩き伏せようと押し込もうとする。

 

『「うおおおおおおお!」』

 

キャプテンも力を入れるためにホログラフで姿を再現しているとはいえ見事に肌の見える部分から血管の青筋が浮かぶ程に力を入れていることを再現しているかが分かる。

それだけ全力を出していると言うことが容易に想像出来る。

 

・・・・・しかし、お互い拮抗しているように見えるが実際にはスパイダーマンの方がキャプテンを押している。

 

スパイダーマンも力を入れてはいるがここまで自分の力が拮抗するとは予想もしていなかった。キャプテンは自身よりもずっと怪力で、それでいて経験の差があるから勝てないのでは無いかと想像していたが腕相撲で、それでいてキャプテンが全力を出しているにも関わらず自身が優勢。戸惑わない訳が無い。

 

それでもスパイダーマンはキャプテンが全力で来ているのならばこちらも全力で行くのが筋だと思い、キャプテンの手を掴む腕に更に力を込める。

 

スパイダーマンが手に力を込めると徐々にキャプテンの手の甲がテーブルにの上に接近して行き、しばらくしないうちにピタリと着く。

腕相撲ではスパイダーマンが勝利した。

 

「嘘・・・腕相撲では、僕の勝ち・・・?」

 

『ふう・・・見事だ坊や。僕も全力だったんだが、負けてしまったよ』

 

キャプテンは手の甲をブラブラとリラックスさせながら、腕相撲に勝利したスパイダーマンを賞賛する。

しかし、スパイダーマンはそれでも腑に落ちなかった。自分がキャプテンに勝てない、負けるのはキャプテンが歴戦の戦士であって経験も技術もある。

それでいて、自身よりもずっと身体能力が高いからでは無いのかと思い込んでいたため勝負の結果に困惑してしまっている。

 

「そんな、僕がキャプテンに勝てないのはキャプテンは経験や技術だけじゃなくて僕よりもずっと力が強いからだって思ってそれで」

 

『坊や、さっきの腕相撲の結果からわかるように純粋な腕力、反射神経では君が上だ』

 

「そんな、信じられないですよ・・・」

 

キャプテンの言葉に納得出来ずに戸惑うスパイダーマンに対し、キャプテンは更にその言葉に説得力を持たせるためにより具体的な話をする必要があると考え、持ち上げられる重さの話をし始める。

 

『確かに腕相撲では実感湧かないか・・・なら君はどれくらいの重さなら持ち上げられる?』

 

「多分・・・10t位なら。後は時速80km位で走る車を素手で止められる位ですかね」

 

『僕はヘリコプターを素手で引き戻せる位だ。だから全力で2〜3t位かも知れない』

 

キャプテンの衝撃的な発言を聞き、スパイダーマンは驚愕する。自分よりも腕力が強いと思っていたキャプテンよりも実際は自分の方が重いものを持ち上げられるという事実はスパイダーマンを驚愕させるには充分であった。

ちなみにキャプテンはサポーター無しでベンチプレス500kgを軽々と持ち上げることが可能であるが実際に普通の人間が補助なしでやろうとすると潰れるか体中の関節が外れるので良い子の皆は決して真似しないように。

 

「嘘・・・ですよね・・・」

 

『嘘を言っているように見えるか?』

 

「・・・見えないです」

 

未だにのキャプテンの発言を信じられないスパイダーマンに対してキャプテンは真っ直ぐにスパイダーマンの目を見据える。蒼く澄み切った瞳には一切迷いも嘘偽りが無い程真剣な目をしている。

誰が見てもこう思うだろう。この人は嘘は言っていないと。

 

『いいか、坊や。戦いで重要なのは単純な身体的スペックの差だけじゃ無い。技術や経験、それでいて自分が如何に戦いやすい状況を作り出す創意工夫が必要なんだ。最初から強い人間なんてどこにもいない。僕もそうだったからな』

 

キャプテンアメリカだって最初から強かった訳ではない。超人血清を打つ前は徴兵にすら弾かれた喘息持ちで小柄なモヤシ、ただ人一倍愛国心と勇気だけは誰にも負けなかっただけの普通の青年だった。

血清の力で超人兵士となって以降常に戦場で前線に立ち皆を引っ張って行くリーダーシップを発揮し、時には自身よりも超人的な身体能力を持つ相手や宇宙からの脅威、機械の兵団と渡り合って来た。その最中で彼は自身の力に驕ることなく常に研鑚と努力、戦闘に置いて常に創意工夫を重ね、幾度となく修羅場をくぐり抜けて歴戦の戦士となったのだ。

そして、キャプテンにはいつも大事にしていることがある。血清があるから、盾があるからキャプテンアメリカは強いのでは無い。

打ちのめされようと、自身よりも圧倒的に力の差があろうとも、仮に血清が無くとも一歩も引かずに立ち向かうモヤシのスティーブ・ロジャースであることが最大の武器だからだ。

 

『だからこれだけは覚えておいて欲しい。君はまだ本格的に戦いの方法を学び始めたルーキーだ。これからたくさん訓練を積めば良い。だが、その上で必要なのは自分を信じること、例えどれだけ不利で、打ちのめされていても相手を睨みつけながらまだやれるぞって言ってやる事だ』

 

「はい、キャプテン・・・」

 

凛とした声の中に重みの籠もった言葉がスパイダーマンにのし掛かって来る。本日出会ったばかりでキャプテンの言葉をスパイダーマンでは100%理解することは出来ないだろう。だが、それでも心に響く物があった。

 

キャプテンはVRゴーグルのデジタル時計を確認すると訓練終了の時刻が迫っている。

キャプテンはスパイダーマンの方を見据え、スパイダーマンに問いかける。

 

『時間はギリギリだな。坊や、まだやれるか?』

 

「はい、まだやれます!キャプテン!・・・・あれ・・・身体に力入らないや・・・」

 

意気揚々とキャプテンに返答する。しかし、朝から現在の時刻までハードな訓練を受けていたため、流石に全身が既に悲鳴を上げ身体が自分の重さを持ち上げられ無い程力が入らずへばってしまう、気持ちに身体が着いて来れないという非常に締まらない状態だ。

 

キャプテンはスパイダーマンの様子に苦笑いを浮かべるが確かにハードなスケジュールであったと考えれば無理もないかと思案し、特訓を切り上げることにする。

 

『まぁ、日中ぶっ通しで激しい訓練したからかな・・そういきなりはうまくいかないか。今日はここまでにしよう』

 

「す、すいませんキャプテン・・・」

 

『お疲れ様坊や、明日も頑張ろう。トニー、坊やが限界だ。ここまでにする。分かった、また後で』

 

キャプテンが遠隔操作を解除したことでトレーニングダミーはホログラフを解除し、元の機械のボディへと戻る。そのまま最初に収納されていた壁の方まで歩いて行き、収納される。

 

スパイダーマンはしばらく起き上がれなかったが徐々に力を取り戻し、ようやく立って歩ける様になる。

壁に手を付けて足を引きずりながら地上へ向けて歩き始める。

 

「いたた・・こんなに身体動かしたの昨日ぶり位かな・・とにかく戻らないと」

 

一方、外では既に里の景色は夕暮れに染まっており、橙色の夕陽が田舎の里を照らしている。神社で集団戦の訓練をしていた面々も訓練を終了し神社の渡り廊下の縁側に腰掛けて里の景色をぼんやりと眺めており、フリードマンと会話をしたりしていた。

しかし、フリードマンが一度去ってから訓練を終えて皆が疲労により寛いでいる最中約1名落ち着かない様子を見せる人物がいた。

 

「舞衣、どうかした?落ち着きがない」

 

「えっ?そうかな・・・?」

 

「らしくないぞ」

 

「そうだよ舞衣ちゃん、休み時間とかたまに颯ちゃんとスタークさんが入っていったガレージの方チラチラ見てたよ」

 

皆に指摘されて自分が1人だけ特別メニューと称してガレージに連れて行かれたスパイダーマンがどの様な特訓をさせられているのか、昼に戻って来た時はピンピンしていたが顔に擦過傷が出来ていたため、心配になって落ち着かなかったことを自覚させられてしまう。

スパイダーマンには超人的な耐久力と、失明しても翌日には回復し、戦闘不能状態から短時間で復帰する再生能力があるとは言えやはり友がハードな特訓をしていると考えると心配になってしまうものだ。

 

「・・・っ!わ、私そんなに見てた?」

 

「ハイ!まるで子供を心配するマミーみたいなデシタネー」

 

「ま、まだそんな歳じゃないですよ・・・1人で特訓って言うからどんなことしてるのかなって気になってつい・・・」

 

友人としてなのか、保護欲からなのかは分からないがあまりに心配する様子から保護者目線になってしまっていたのだろうか。

言及されてもイマイチピンとは来なかったが、世話焼きな彼女の本質がそうさせたのだろう。

 

「午前中はアイアンマンにみっちりしごかれてたみたいだからな、午後は何してたか知らねーけど。オレもアイアンマンに特訓付けて貰いて〜」

 

「それだと薫は訓練そっちのけでアイアンマンを眺めるだけで終わってしまいマス」

 

「まあ、否定は出来ねえ」

 

「心配ないよ舞衣ちゃん、昼にスタークさんと戻って来た時はピンピンしてたし運動不足にはもってこいな訓練してるって!」

 

「そうだよね、心配だけど信じなくっちゃね」

 

可奈美の言葉で元気付けられたこともあるが、昨夜に話をした際に彼なりにスーツの力だけで無くとも本人なりに努力する気持ちがあることを知っているため信じる事にした。

 

「にしても超疲れた〜水〜」

 

「体力無いデスネ〜」

 

「こ、ここにも体力無いのが一人・・・」

 

薫とエレンの会話に乗じてガレージの方から力の抜けたような声が聞こえてくる。

皆が振り返ると足を引きずりながら、覚束ない足取りでフラフラしながら歩いてくるスパイダーマンの姿だった。

何度も殴られるたり、蹴られたり、叩き付けられたりしたのかスーツの上に来ている赤いパーカーは薄っすらと汚れており所々糸がほつれたりもしている。

幸いゴーグルは無事なようだがマスクにも汚れが付いている。

大袈裟に見えるが割と満身創痍な状態に一同は驚いている。一体どんな訓練をしたのだと。

 

そして、躓いて前に転倒しそうになった際に舞衣に腕に身体を抱きとめられることで転倒を防がれる。

抱きとめられた際に鼻腔を甘い匂いが擽ぐるが疲労状態の自分は地獄から天国に来たような感覚に陥る。

 

「そ、颯太君!?大丈夫!?」

 

「あぁ・・・舞衣。何とかね、ブルックリンのスティーブって奴にやられただけ」

 

「?」

(ブルックリン?・・・スティーブ?・・・いやまさかな、流石にねーよな。あの人は今逃亡中だぞ、無い無い)

 

スパイダーマンの発言を聞いて薫には引っ掛かるワードが入っており、思い当たる人物がいるにはいるのだが流石に今の現状ではありえないため思い過ごしだと思う事にした。

薫が尊敬する人物であるため、対面した際には飛び上がって喜ぶ自信があるが。

 

「どうだった?最初の戦闘訓練は」

 

「超キツい。小学生の頃の剣術の鍛錬の倍はキツい・・・」

 

可奈美のこれから戦闘員としての一歩を踏み出したばかりのスパイダーマンに対して心配というより、期待という意味合いを込めた問いに対し、キツい。の一言で返す。

だが、努力や訓練はいつだって厳しいし、苦しい物。逃げ出す意図は無いことはすぐに伝わる。

 

「とにかく、颯太君ボロボロだよ。ちょっと来て」

 

「あっちょっと」

 

舞衣に肩を貸してもらった状態のまま神社の渡り廊下の縁側まで連れてこられる。

一足先に彼女は縁側に腰掛けて先程までの訓練で一応用意はされていたが結局ほとんど使用しなかった救急箱を開け、手で縁側の方を指して座れというジェスチャーをしてくる。

 

「はい、座って。頭と顔をこっちに向けて。手当てするから」

 

「えっ、いや良いって!放っておけば僕の怪我は治るからいいの!骨折しても寝れば治るし」

 

「すごい・・・」

 

「ダーメ、菌が入って化膿しちゃうかもでしょ。いいからほら」

 

「は、はーい・・・」

 

スパイダーマンの再生能力に皆感心しているがそれでも舞衣は傷口から菌が入る可能性も考慮している上に純粋にボロボロな相手を前にして何もしないということは出来ない彼女の母性本能のようなものなのだろう。

舞衣の圧に押されてスパイダーマンは大人しく廊下の縁側に腰掛ける。

いててと言いながら舞衣の隣に座り、マスクを外す。

 

マスクを外すと長時間マスクを被っていたせいか髪型が非常に乱れており、顔には殴られた際の擦過傷が所々にあり、額には傷、盾や拳で殴られたことが要因であろう。鼻は出血して鼻血が流れているが時間が経っているのか既にある程度固まっている。

 

舞衣は救急箱から救急セットを取り出して、腫れている箇所をアイシングしたり、擦過傷に対して消毒綿で傷口を拭いていく。

軽い手当てであるのだが、怪我をした顔を見るためお互いに顔と顔が近くなり、自然と心拍数が上がり、顔が紅くなって行くのを感じるがこれはあくまで手当だ。余計なことは意識するなと自己暗示をかける。

 

「どれどれ・・・顔結構腫れてる。ちょっと冷やすね。ほっぺも切ってる、絆創膏も貼っておくね」

 

「あ、ありがとう舞衣」

 

照れ臭さはあるが訓練の後に舞衣の優しさに触れて、心が落ち着いてのを感じる。訓練は死ぬほど疲れたがこうして心配してくれる人や、懸命にトレーニングを付けてくれる人達がいることに内心感謝するのであった。

 

長船に帰還する紗南を見送るために朱音とフリードマンがハッピーが運転手を務める黒塗りの高級車の近くに集まっていた。ハッピーはトニーの指示で朝方に別の場所に遠出していたのだが、戻って来てすぐに今度は紗南を長船まで送る役割を担う。

紗南が今両手で持ってるアタッシュケースの中にはエレンが強奪したノロのアンプルが入っている。里の施設では詳しい解析が出来ないため、長船に直接持ち帰って調べることになったようだ。

 

「えっと、長船の学長さん。場所は長船女学園で良いんでしたっけ?」

 

「ええ、詳しい解析は長船で行わなければならないようで、アンプルが想像通りの物なら折神家と鎌府が行なっている人を荒魂と融合する非道な研究を白日の下に晒すことが出来ます」

 

「孫たちが命懸けで手に入れたプレシャスだ、無駄にはならないよ」

 

短い会話の後にハッピーが運転する車が発進し、長船に向けて移動を開始する。紗南は怪訝そうにアタッシュケースを眺めているがそこには様々な感情が渦巻いている。

これから自分は解析というかなり重要な役割をこなすという重圧とかつての仲間の非道を明かすということに多少なりとも抵抗があるがこれは放置してはいけない問題だ。すぐに気持ちを切り替えて前を見据える。

 

しかし、エレンが強奪したアンプルはアタッシュケースの中でギョロリと黄色い目に紅い瞳が開眼していたことはこの時は誰にも知る由は無かった。

 

そして、刀剣類管理局の局長室の一室で、薄ら笑いを浮かべる紫の姿があった。

 

「見つけたぞ、朱音」

 




キャプテンが初手に盾を投げ付ける云々は私の自己解釈な部分があるので解釈違いだという方はすみません。



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第41話 一時の休み

本編の説明をなぞっただけなので過度な期待はしないでくだされ。

若干知名度が低いヴィランの名前が出てきまっせ。


訓練開始から2日後。

 

トニーも特訓に付き合う傍でS装備の改造も無事6機分終了し、本日の午前にはトニーが里から離れるという事や、スパイダーマンにも多少の休息も必要だろうとトニーなりに配慮した結果、午後の祭に行けるように午前の訓練ではアイアンマンとキャプテンのツーマンセルを相手に訓練していた。これまでのおさらいとも言えるだろう。

 

キャプテンとアイアンマンのコンビネーションにはかなり苦戦したが2日間の特訓で習った事を活用し、相手は本気ではないとは言え割といい勝負が出来る程には経験を積む事が出来たと言えるだろう。

訓練終了のブザーが鳴ったので全員が戦闘態勢を解除するとキャプテンがスパイダーマンに対して特訓での成果を本人なりの視点を交えてアドバイスをしてくる。

 

『中々板に付いて来たな神奈川の坊や。一瞬でも気を抜くと一本取られそうだよ』

 

「えっ、マジですかキャプテン!」

 

「調子に乗るな坊主、僕からすればまだ甘いぞ」

 

「す、すいませんスタークさん・・・」

 

キャプテンはスパイダーマンが徐々にだが上達して来たことを素直に褒めてはくれるがアイアンマンは厳しい態度で接している。

今いる自分の強さを実感することも大事だが大切なのは向上心だ。上達して来た時期だからこそ満足して欲しくないと思っているが伝えてしまえば意味がなくなってしまうことであるため敢えて言葉にはしない、熱した鉄を打つ力を緩めて仕舞えば質が変わってしまうからだ。

 

『トニー、厳し過ぎるぞ。上達して来てるんだから素直に認めるのも指導の一環だ』

 

「あんたは甘過ぎるんだよじいさん。甘いもの食べ過ぎて過ぎてインスリン不足なんじゃないか?まぁ、取り敢えずは今日の分の特訓はお終いだ。明日から僕は自分の仕事に戻るが引き続き時間があれば彼を見てやってくれ」

 

『トニー・・・・分かった、また後でな。お疲れ坊や、また後で』

 

「ありがとうございましたキャプテン」

 

キャプテンがVRゴーグルのスイッチを切ったのかトレーニングダミーは元の姿に戻って格納されていた壁へと入って行く。

トニーもアイアンマンのスーツを脱いでガレージにしまい階段へと歩いて行き、地下から出て行く最中スパイダーマンの方を向いて顎で来いとでも言うようにクイっと動かす。

釣られてスパイダーマンも急いで地上へ戻って行く。

 

「ほら行くぞ」

 

一方その頃、神社の境内で集団戦の訓練をしていた面々も訓練が終了したため露天風呂の温泉に浸かって身体を洗い流していた。

訓練で一汗流した後に入る温泉は格別なのか皆それぞれゆったりと寛いでいた。

 

「あ゛〜生き返る〜。つかアイツ高い所に楽々登れるからってオレらのこと覗いてたりしねーよな」

 

「えーそれは無いと思うよ。覗きに来るような度胸があるならとっくの昔に彼女出来てるでしょ」

 

「確かに言えてマスネー」

 

「個人戦も楽しいけどチーム戦って楽しいね。私達ってまだあんまり実戦経験ないから攻撃手とか遊撃手とかってなんだか新鮮!」

 

可奈美の無邪気な発言とは裏腹に舞衣は浮かない表情を浮かべている。何か憂いがあるようだ。

 

「うん…可奈美ちゃんは強いね」

 

「舞衣ちゃんだって、聡美さんと対峙した時薫ちゃんと打ち込みのタイミングかぶっちゃって一瞬遠慮したでしょ?あのまま打ち込んでたら一本!だったよね」

 

「そんなとこまで見てたんだ…」

 

「見たっていうか見えたっていうか…」

 

可奈美は先程の集団戦の訓練で冷静に状況を把握し、記憶しているようだ。

舞衣はそこまで気を配れ無かったが、可奈美の戦闘での視野の広さには感心させられてしまう。

 

「やっぱり可奈美ちゃんは強いよ。お母さんのあんな話聞いてそれでもまだ戦おうとしてる。ううん。聞いたからかもね。颯太君も、いつもあんなにボロボロになりながら頑張ってる・・・でも私には」

 

「戦う理由がない、か。理由がないのなら戦わなければいい」

 

少し離れた位置で会話を聞いていた姫和が立ち上がって話しかけてくる。

確かに舞衣は沙耶香が放っておけなかった、偶然が重なってここまで来ただけ。姫和のように紫に対して因縁がある訳でも無いからこそ戦う意味を見出せないでいた。

 

「でも十条さんは行くんでしょ?」

 

「因縁があるからな…あの2人も舞草なりの理由で戦いに挑むんだろう。アイツもスパイダーマンとして戦う理由は聞いている。だが、だがお前と糸見はついてこなくていい。折神紫は私が倒す」

 

姫和の言葉は一見厳しい物に聞こえるが彼女なりに危険に巻き込まないようにするために敢えて突き放した言い方をしている。

戦う理由が無い相手を危険な戦いに連れて行っても辛い想いをさせるだけだと判断しているからだろう。

その姫和の言葉を受けて舞衣の表情に暗い影を落とし、沈黙してしまう。

姫和も悪いとは思っているが、再度湯船に浸かって1人だけそっぽ向いて外の景色を眺めるのに徹することにしている。顔を合わせるのが気まずいからだ。

 

一方旅館前では男性陣4人が宿泊していた旅館の前にハッピーが運転する一台高級車が停車している。

トニーが里に滞在できる期間は元々長く無かった上に次の予定が入っているため一足先に里を離れることになっている。ちなみにハッピーは近くの空港までトニーを送迎した後は再び里に戻って来る予定だ。

 

颯太とフリードマンはトニーを見送るために車の横に立ち、車のドアに手をかけたままこちらを向くトニーと会話し始める。

 

「悪いなリチャード。時間が足りなくて6人分位しか改造出来なかったから続きはまた今度になる」

 

「いやいや、忙しいのにここまでしてもらっただけ充分だよ」

 

「僕も時間が無い中訓練を付けて頂きありがとうございました」

 

各々の口から放たれる感謝の言葉に対してトニーは飄々とした態度のまま掛けているサングラスをクイっと押し上げつつ愚痴をこぼす。

 

「なら、良かった。あーあ僕も若い年頃の嬢ちゃん達と田舎の祭りで浴衣デートなんてのも楽しそうだと思ったがこの国じゃお縄につけられちまうからな、今回はやめとくよ」

 

「今回だけじゃなくて今度でもヤバいですよ」

 

元々生粋のプレイボーイであるトニーが言うと冗談に聞こえないがツッコミを入れる颯太に対して軽く遇らうように軽いノリで返してくる。

ここ数日間みっちりと特訓をさせた為、労りの意を込めて午後は休みにしている。大人なりに休みを満喫することの大切さを伝えたいのだ。

 

「冗談だ。坊主、今日の午後位はゆっくり祭りを楽しむと良い。たまには休息も必要だろ、教育には飴と鞭だ。ハメを外す時はとことん外せ、ノリが悪い男はモテないぞ。今の君みたいなのはな」

 

「うぐっ・・・わ、分かりました」

 

突き付けられた非モテの理由により胸に矢が刺さったようなダメージが入るものの、そんな様子を気にするでもなくトニーはハッピーの方を向いてこれからの行動方針とスケジュールを説明してくる。

 

「しばらくはハッピーが君の運転手兼お目付け役だ。僕も多忙になるかもだしな。ただ、彼は心臓が悪くてな。あまりストレスを与えないでやってくれ。僕がしそうなことも、しそうに無いこともするな。その間のグレーゾーンが君の活動エリアだ」

 

「了解です。次に呼ばれる時も研修旅行の名目ですかね?」

 

サングラス越しに映る瞳には真剣さが宿っている。仲間としてハッピーを気遣う気持ち、そして自分が起こしそうな失敗や自分なら絶対にしないような失敗をして欲しくないという意味、地に足を着けて自分に出来る仕事をして欲しいと言う想いを込め、親指と人差し指のみを伸ばしグレーゾーンを意味する隙間を再現して訴えかけてくる。

 

「次の任務か?」

 

「あっはい、任務です任務。スタークさんが直接連絡をくれるんですかね?」

 

「一概に僕がするとは言えない。ハッピーかも知れないしリチャードかも知れないし他の誰かかも知れない。連絡して来た者の指示に従え」

 

「了解ですスタークさん」

 

トニーもこれから多忙になるため常に面倒を見てやれる訳では無いが誰かを通して送られてくる連絡だとしても後に全て目を通す予定だ。

これから彼が地道に一歩ずつでも成長していく様を見守ることがトニーなりに楽しみになっているからだ。

 

「ボス、そろそろ時間です」

 

「分かった。じゃあな坊主、スーツは君が相応しい男になったら返してやるよ」

 

ハッピーに声を掛けられると颯太とフリードマンの方を向いてしばしの別れの言葉を告げる。車に乗り込むと座席に置いてあるハイテクスーツが入っている銀色のアタッシュケースをポンポンと叩き、少し悪戯っぽい余裕そうな笑みを浮かべる。

ハイテクスーツを渡すのはもう少し先になることを示唆しているが、またしてもスーツの力に頼らない訓練に引き続き取り組んで欲しいからだ。

それだけでなく空いた時間でハイテクスーツをアップデートして再度プレゼントする際にサプライズとして驚かせたいという遊び心もあるからだが。

 

「は、はい・・・。また後で、スタークさん」

 

ハイテクスーツが今よりも遠い場所に行くという事で非常事態に使用できなったことで更なる不安が募って来るがトニーを前にして態度に出す訳にはいかない。今は堪えなくてはと不安を押し殺す。

 

ハッピーが車を発進させることで高級車が里から離れて行く。その最中に神社の隣のガレージに収納されているアイアンマンを遠隔操作し、再帰性反射パネルを作動させながら東京にあるスターク・インダストリーズ日本支部に飛ばしている。姿は視認できないが今あの遠隔操作されているアイアンマンはマッハ5以上の速度であの雲の上を飛んでいるのかなと野暮な事を考えたのはここだけの秘密だ。

 

2人を乗せた車が見えなくなると、フリードマンが話しかけてくる。

フリードマンも特訓でトニーにしごかれていたことを知っているため、彼には祭でゆっくりして欲しいという想いもあり、休むことを勧めてくる。

 

「坊や、今日は年に2回開催されるこの里でのお祭りがある。制服と今のスーツをクリーニングに出すが明け方には仕上がるからそれまでは僕が用意したカジュアル服でも着て皆と遊んで来なさい」

 

「あ、ありがとうございます、博士。じゃあ僕はこれで・・・」

 

フリードマンの気遣いに感謝しつつ軽くシャワーでも浴びた後に祭でのんびりしようと思って宿に戻ろうとするとフリードマンが颯太の肩に手を置き、軽く力を入れてくる。

急に手を置かれたのでビックリして振り向くとフリードマンは口元は笑っているが目元が笑っていない、それでいて眼鏡が怪しく光りながら威圧感を放っている。

何故ここまで迫真的な表情をしているのか理解が及ばなかったがフリードマンの放つ言葉により理解させられる。

 

「だがその前に坊や、僕もハイテクスーツの記録映像を見せて貰ったんだが山中で我が孫と共闘した際の君の行動について詳しく聞こうじゃあ無いか」

 

実は数日前にハイテクスーツの記録映像のコピーを取る為にフリードマンも記録映像を確認していたため、エレンとスパイダーマンが伊豆山中でショッカーと対峙した事を知ったのだがその際に起きた軽いとあるトラブルがあった事を知ったため事情を聞こうと思っていたようだ。事故とは言え溺愛する孫娘の胸に顔を埋めた事実は度し難いためつい力が入ってしまう。

 

「は・・・・はい博士・・・・・」

 

しばらくの間フリードマンに迫真的な表情で問い詰められたので事情を説明すると長丁場になったが何とか謝罪をしたことで納得してもらえたため解放される。

祭に行く前から精神的に疲れた様な気持ちになるがフリードマンの心情を考えれば当たり前かと思うことにした。

 

 

里の神社の近くでは夏祭りの様に屋台が大量に出ており、浴衣を着た里の住民が遊びに来ていた。

普段は荒魂との戦闘や訓練をしている彼女達からすれば分かりやすい平和な空間とも言えるものであるため浴衣に着替えた面々は穏やかな気持ちになるのであった。特に可奈美ははしゃいでいる。

 

「わあー!祭りなんてしばらくぶりー!」

 

「でも大丈夫かな」

 

「今は浮かれている場合では・・・」

 

楽しそうにはしゃぐ可奈美とは裏腹に舞衣と姫和は制服がクリーニングに出されているため用意された浴衣に着替えてはいるが、現状を鑑みると祭で浮かれるのは気がひける様だ。

しかし、可奈美は遊ぶ時はとことん遊ぶタイプなのかテンションが上がっており祭を楽しむ気満々である。

 

「2人とも何言ってんのー!今日はお祭りなんだよ、今日浮かれないでいつ浮かれるの!」

 

「その通りデース、たまには息抜きも必要デスヨー」

 

「大体しっかり浴衣着てるじゃねーか」

 

エレンと薫の言葉を聞くと姫和がひとりで歩いていくため、可奈美が呼び止める。

 

「ひ、姫和ちゃんどこ行くの?」

 

「行くんじゃないのか、お祭り」

 

クリーニングが終わるまでの時間までだけどなと付け加えつつも彼女なりに祭を楽しむ気が起きたのか、皆の方を向いて屋台の方へと歩いていく。

 

「祭に行く前から疲れた気がする・・・結構念入りに問い詰められたもんな。ま、お孫さんを想えばこそか・・・ん?あれは」

 

フリードマンに伊豆山中でのショッカーとの戦闘を説明をしたり、起きてしまったトラブルへの謝罪をしていたため少し出遅れたタイミングで祭に来ることになった颯太。

軽くシャワーで汗を流した後にフリードマンの用意した七部丈のベージュ色のカーゴパンツに黒いクモのマークの赤Tシャツの上に紺色のスポーツシャツを着たカジュアル服のまま祭に来ていた。

しばらく歩いているとこちらに気付いたのか手を振っている姿が視界に入る。どうやら祭に来ていた可奈美達だ。

 

「颯ちゃーん!こっちこっちー!」

 

「可奈美か・・・今行く!」

 

呼ばれたのでそちらの方へと来場客を掻き分けながら、6人と一匹がいる方へと歩いていく。

皆がフリードマンに用意された浴衣を着ており、舞衣と姫和は髪型まで変わっていたため一瞬誰か判別するのに時間がかかったが声を聞いたことで把握できた。

 

「颯ちゃんも来てたんだね、お祭り」

 

「スタークさんと博士に行って来たら良いって言われてね。ぼっち周りしてた所・・・ていうか皆その格好・・・」

 

「ああこれね!フリードマンさんが用意してくれたんだー」

 

「ど、どうかな・・・?」

 

「「・・・・・」」

 

可奈美が浴衣の袖を持ちながらクルりた回って浴衣を着ている事をアピールしつつ、舞衣は普段の後ろ結びとは異なり長い髪を編み込んで一つにまとめて前に流している。異性に普段とは異なる浴衣姿を見せるのが慣れていないのか少し恥ずかしそうにしている。

姫和と沙耶香は学校が同じ可奈美や舞衣程親しくなってはおらず2人になると会話が続かないと思うが颯太を邪険にする素振りは見せない。

エレンと薫も既に祭を楽しむ気満々であるし、歓迎するムードではあるが浴衣の感想は気になるようだ。

しかし、実際に女性に対して浴衣が似合っていると言うのは思春期の中学生からすれば割と照れ臭いため、頰を右の人差し指で掻きつつ目を逸らしながら感想を述べる。

 

「み、皆似合ってると思うよ」

 

「そう?ありがとー!」

 

「あ、ありがとう」

 

「・・・・コクッ」

 

「そうか」

 

「目を逸らさずに堂々と言えたら完璧デスケドネー」

 

「つーか、地味に鼻の下伸びてたぞお前」

 

各々が浴衣姿に対する感想を聞いて十人十色の反応をすると薫が先陣を切って屋台の方へ歩いて行く。スマホで時間を確認することで暗くなる前になるべく多く遊ぶ事を強調しているように見える。

 

「それよりいこーぜ日が暮れちまう」

 

「え?これ僕も同行して良い感じ?」

 

颯太は薫の同行を許可するかのような言動に自分が混じるのは大分浮くと思っていたため、かなり意外そうな反応をすると沙耶香が上目遣いで自分達と行動するのは嫌なのか?という意味を込めた視線を送られると罪悪感に負けてすんなりと受け入れる。

 

「ダメ・・・?」

 

「だ、ダメじゃないけど・・・実はぼっち周り結構精神的にキツい・・・」

 

「じゃあ決まり!レッツゴー!」

 

金魚掬い

 

金魚掬いの屋台では颯太と舞衣と可奈美の美濃関組が専用のポイを持って金魚救いに挑戦していた。

 

「僕の前では金魚なんてちょちょいのちょいだ!水に触れてる時間を少なくしてサッと掬い上げれば捕まえられる!そら!・・・・あれー?」

 

颯太が勢いよく眼前を泳ぐ金魚に対して相手の動きに合わせて手早く動かすが大物を狙ったせいか、それとも力み過ぎたのか途中で紙が金魚の重さに耐えきれずに破れて見事に失敗する。

 

「ど、ドンマイ・・・」

 

「犯罪者は捕まえられても金魚は捕まえられないんだ・・・」

 

舞衣と可奈美も失敗しており、既にポイが破れているがあまりに意気揚々と張り切っていたのに失敗しているのは流石に何とも言えない気持ちになった。

 

アイス屋

 

アイス屋の前に並んだ姫和は屋台が出しているアメリカとのコラボアイスを凝視している。彼女の他人には中々理解して貰えない味の趣向、チョコミント味のアイスを探していると彼女のチョコミントへの敏感なセンサーが反応して発見するが彼女はそのアイスの名前を見てとてつもない違和感を覚える。

 

「・・・・・・」

(このバケットに入れるタイプのアイス、ハルクのイケイケアイスだと?ハルク要素がどこにあると言うんだ・・・だが、色合いはチョコミント・・・)

 

余程念入りに凝視していたのか可奈美に声をかけられた事でハルクのイケイケアイスに対して少し踏み込めない感じがあったのだが、店員には凝視していた商品が何かを見抜かれている。

 

「姫和ちゃん、何凝視してるの?」

 

「な、何でもない・・・」

 

「アメリカで流行ってるハルクのイケイケアイスと言うチョコミントアイスです、お一つどうでしょうか?」

 

タイトルからどんなチョコミントアイスなのか、もしかすると食べたら発狂する程スースーした味なのかと思考を巡らせ、抵抗があったが店員が勧めてくれたことですんなり買いやすい空気になった。

アメリカで流行っていると言うのなら非常に興味深いため、購入して店員から手渡されたハルクのイラストが描いてあるバケットを手に取り、スプーンでアイスをほじくり出して口に運ぶ。

 

「!?ではいただこう・・・・美味い」

 

他国で流行っているチョコミントを食することが出来たのが相当嬉しいのか、余程美味かったのか言葉はシンプルだが内心では飛び上がりそうになるほどテンションが上がっている。

可奈美もそれに乗じてコラボアイスの一つであるスターク・クレイジー・ナッツというナッツ系アイスを指差して注文する。

 

「じゃあ私はスターク・クレイジー・ナッツで!・・・ちょっと粉っぽいけどおいしー!姫和ちゃんも食べる?」

 

「いや、私はいい・・・」

 

姫和が渋っている、またはチョコミント以外にはそこまで関心がないのかハイテンションな彼女の様子にノリ切れないようで素っ気ない対応をしていると一瞬の隙を突かれて可奈美にアイスを乗せたスプーンを口の中に入れられる。

 

「そい!」

 

「な、何をする!ならお前もハルクのイケイケアイスを食らえ!」

 

口の中に広がるスターク・クレイジー・ナッツの多少粉っぽい味が広がるが意外と悪くない。しかし、やられっぱなしは性に合わないのか彼女もスプーンで自分のアイスをほじくって乗せ、ハルクのイケイケアイスを可奈美に食べさせようとして突っ込もうとして来るが可奈美はチョコミントは歯磨き粉みたいな味だと思っているため咄嗟に顔を逸らして回避する。

彼女が根負けしてハルクのイケイケアイスを一口食すまでしばらくそのやり取りが続いた。

 

綿飴屋&りんご飴

 

綿飴屋に並んでいると店主が颯太に対して大きめの綿飴を手渡して来る。商品名はスパイダーマンのウェブ綿飴だ。

 

「現在は何かやらかしたらしいが息子が彼のファンでね!スパイダーマンのウェブ綿飴だ!」

 

「ど、どうも・・・・」

(本人を前にして渡されるとすっげえ複雑・・・・)

 

実際本人を前にして自分をネタにした商品を手渡されると複雑な気持ちにさせられてしまうが現在は逃走中扱いでありながらも自分を信じてくれている人が他にもいたことを実感して嬉しい気持ちも湧き上がって来る。

 

薫はスパイダーマンをネタにした商品を本人が食するというシュールな光景に対してニヤニヤと笑いながら肘で突いて来る。

 

「どうよ、自分の蜘蛛の巣食ってる気分は?」

 

「美味いけどすっげえ変な感じ。次は僕の好物の1つ焼きそば食いに行こっと」

 

綿飴を食した後は屋台の定番焼きそばを食しに離れるのであった。

 

りんご飴の屋台では沙耶香が店の前にて金色で先端が2つに分かれている棒に、分かれる寸前の位置に飴が埋め込まれているりんご飴。セプターりんご飴を舐めていた。

舞衣は沙耶香の姿を見て自分もりんご飴を購入しようと近付くと、その独特な形状のりんご飴を見て不思議な気分にさせられる。

 

「沙耶香ちゃん、何舐めてるの?」

 

「セプターりんご飴」

 

沙耶香が淡々と答えると肩まで伸びた黒髪に前髪を全て後ろの方へと上げたオールバックの優男風で紳士的な口調だが怪しさが漂う店主がりんご飴の説明をして来る。

 

「舐めれば舐める程洗脳されたかのように熱中するりんご飴だ。貴女もいかがな?」

 

「だ、大丈夫です・・・」

 

舞衣は店員に怪しを感じているが、沙耶香が飴を舐めるのを中断して親指を立てながら食品レビューを開始する。

 

「美味しいけど舞衣のクッキーの方が私は好き。勿論、ここのりんご飴は星5つ」

 

「さ、沙耶香ちゃん」

 

店員に怪しさを感じているが沙耶香は別に何とも無い上に、自分の作るクッキーが好きだと言われ内心で嬉しい気持ちになる。

どうやら店員は雰囲気が独特なだけで別に悪人ではないのかと察することが出来た。

 

「お褒めに預かり恐悦至極だ」

 

店員は沙耶香から高評価を得たことにより、頭を軽く下げて右手を左胸に当てて紳士的に会釈をする。

 

お面屋

 

お面屋の前を通ると薫は目を輝かせながら急停止して、吟味し始める。

エレンも薫の付き合いでニチアサを見る機会があるのでヒーローのお面にはそれなりに関心がある。

 

「キャプテンのシールド大判焼き超うめー!おっ、お面屋があるじゃねえか」

 

「薫はどのお面にしマスカ?」

 

「お面って言ったらアイアンマン一択だろ!」

 

薫が意気揚々に通常のアイアンマンとは異なり丸型で多少横に広くてツインアイがやや中心によっている薫が一番好きなアイアンマンスーツのシリーズ、ハルクバスターのお面を選択する。

 

「なんて名前のアーマーデシタっけ?」

 

「ハルクバスターな。俺これが一番好きなんだよなー」

 

「ねねっ」

 

「理由はなんデスカネ?」

 

「簡単だよ、デカくてゴツいからだ」

 

エレンの質問に対してハルクバスターのお面をつけながらドヤッと仁王立ちして答える。

薫は自身が身の丈よりも遥かに巨大な、2mを越える大太刀を武器とするためなのかスーパー戦隊のメカや機動戦士のようなヒロイックな巨大ロボも好きであるため自然とハルクバスターが一番好きになったようだ。

エレンは内心で低身長へのコンプレックスの現れなのではないかと思ったが指摘すると怒ると思ったため敢えて口には出さない事にした。

 

 

 

祭をある程度楽しんでいるといつのまにか日が暮れて辺りは既に暗くなっていた。一同は神社に集まっているとエレンが里に来たばかりの面々に声をかける。

 

「カナミン、ヒヨヨン、ソウタン。後、マイマイやサーヤやにも見てもらいたいものがあります。グランパが今日の祭りのメインイベントに招待したいそうデス」

 

「メインイベント?」

 

フリードマンが言うメインイベントという物がイマイチピンと来ない中、神社の境内の中で小太りの男が一同を見つけてこちらに寄って来る。

どうやら仕事を終えて戻って来たハッピーだ。ハッピーは颯太の前に立ち、いつも通りの不機嫌そうな表情は崩していないがこれから長い付き合いになると思うのでキチンと挨拶をしておこうということなのだろう。

 

「おい、ガキンチョ。ボスから話は聞いてるとは思うがしばらく俺はお前の運転手兼窓口役だからよろしく頼むぞ」

 

「おかえりなさい、ハッピーさん。こちらこそよろしくです」

 

「んじゃ、俺はちょっと美味そうな屋台を食べ歩きしてくる。運転して疲れてるしなー」

 

ハッピーが挨拶を済ませて屋台の方へ歩いて行くと入れ替わったかのようにスーツ姿の20代後半程の眼鏡の女性が一同に声をかけて来る。

可奈美と姫和を一時的にマンションに匿っていた人物、美濃関の元卒業生である恩田累だ。

 

「あっ姫和ちゃんと可奈美ちゃんみーっけ。あっ颯太君として会うのは初めてだね」

 

「累さん!?大丈夫だったんですか!?」

 

「累っぺは逮捕されてたらしいデスよ。折神紫襲撃容疑者の一人として」

 

「えっ、じゃあ私たちのせいで・・・」

 

累が逮捕されたのは自分達を匿ったから共犯だと疑われるのも無理はない。むしろ、逃亡犯2人を匿ったのなら当然とも言える。

可奈美と姫和は巻き込んでしまったことを心苦しく思っているのか落ち込んだ表情になってしまう。

しかし、累はいつもの軽い調子で2人を気遣ってその後に何があったのかを説明する。

 

「あ~大丈夫大丈夫。羽島学長が手を回してくれたからすぐに釈放されたのよ。あなたが舞衣ちゃんね。それと沙耶香ちゃんは久しぶり~」

 

「沙耶香ちゃんの知り合いなの?」

 

「襲った。あの人の家を」

 

「え!?」

 

「そっか、ビッグバードの前には糸見さんが襲撃してたのか」

 

どうやら江麻が手を回したことによりすぐに釈放されたようで、その後にハッピーに里まで送られて来て舞草の面々と合流したのだろう。

後から遅れて参戦した颯太は知らないがヴァルチャーより先に累のマンションを襲撃したのは雪那の指示を受けた沙耶香であることまでは把握していなかった。

 

累はエレンが先程言っていたメインイベントとやらが始まる時間となったため、皆をこれから奉納の舞の席へと案内する。

 

「そんじゃ行こっか、皆も呼ばれてるんでしょ?ファインマンに」

 

累に案内された面々は境内の拝殿に用意された客席の最後尾に腰掛ける。

既に来ていたフリードマンと合流し、巫女服姿に着替えた舞草の先輩である米村孝子と小川聡美が演舞を舞っている。

その奥に祀られるかのように木製の箱が鎮座している。

 

「あれが御神体?何が入ってるんだろう」

 

「多分ノロじゃないかな」

 

「折神家に回収されてないノロがまだ存在してたのか・・・」

 

可奈美と颯太と姫和の会話を聞いていたのかフリードマンが古いノロの奉納の歴史を語り出す。

 

「かつてノロはこのように全国各地の社で個別に祀られていたんだよ。ここはまだ社が残っているんだ」

 

「祀る・・・」

 

「可奈美君、そもそもノロがどのようにして生まれるのか分かるかい?」

 

「あっ・・・え〜っと・・・」

 

「おい、刀使の基本だぞ」

 

「流石に僕でも授業の一環で触り程度だけど習ったよ・・・」

 

フリードマンの質問に対し、パッと答えられない可奈美の代わりに舞衣が返答する。

 

「御刀の材料、玉鋼を精錬する工程で不純物として分離される」

 

「流石は舞衣君だ。御刀になる程の力を持つ玉鋼から分離されたノロはほぼ御刀と同等の神聖を帯びている。いまだ人の持つ技術ではそれを消し去ることはできない」

 

「でもそのまま放置すると荒魂になっちゃうから折神家が管理してるって・・・」

 

「うん、不正解だな」

 

「え!?」

 

「あ・・・」

 

フリードマンに答えを否定されると驚いたかのように神社の舞の最中だと言うのに大声を出してしまったことで他の客や主催者側から一気に注目を集めてしまう。

皆の注目を集めてしまったことが羞恥心を刺激したのか、可奈美が照れているとフリードマンが場所を変えようと外を指差して皆を移動させようとして来る。

 

「少し場所を変えようか」

 

外に移動すると境内に置かれた篝火が灯す焔の光が暗くなった一面をほんのりと明るく照らし、燃える音がパチパチとなりながらBGMとして作用している。フリードマンは皆の方を向いて先程の続きを話すようだ。

 

「かつてノロは全国各地の社でこんな風に祀られて来た。それを今のように集めて管理するようになったのは明治の終わり頃、当然そのままにしておけばノロはスペクトラム化し、荒魂になってしまう。そうならないように、当時の折神家がノロの数を厳密に管理していた。そして、以前にも話したが戦争が近付くにつれ軍事利用のためにタガが外れてしまったんだね」

 

「そんな・・・神事で使うものを軍事利用するなんて・・・」

 

颯太が浮かない顔をしながらボソリと呟いた言葉をフリードマンは聞き逃さなかった。確かに科学や未知への発見に興味はあるが物には限度というものがあると考えており、禁断の領域を安易に踏み越えて戦争の為の道具にするのはどうなのかと疑念を持ってしまったのだろう。

 

「大災厄の前にトニーにも鼻で笑われたよ。神事で使うものを軍事利用だなんてどうかしてるな、神が人を試すならともかく人が神を試すなんてロクなことにならないってね・・・だがノロの持つ神聖、つまり幽世に干渉する力を増幅させまさに君達刀使にのみ許された力を解明し戦争に使おうとしたのさ。戦後米軍が研究に加わったことでノロの収集は加速した。表向きは危険なノロは分散させず一か所に集めて管理した方が安全だと言って日本中のノロが集められていった。しかし思わぬ結果が待っていた・・・ノロの結合、スペクトラム化が進めば進む程彼らは知性を獲得していった」

 

「それってノロをいっぱい集めたら頭のいい荒魂ができあがったってことですか?」

 

可奈美のザックリとしているが割と的確な問いにより皆も大方内容を把握できたようだ。それでいてフリードマンは何故タギツヒメが厄介なのかの説明をする。

ノロを簡単に一箇所に集められる立場の人間に取り憑くことで長年に渡り回収し続けている事が何よりの問題だ。累も続けて補足説明をする。

 

「簡単に言えばそうだね、それに今は折神家には過去に例がない程の膨大なノロが貯め込まれている。それがタギツヒメの神たる所以」

 

「問題はそれだけではないわ。もしもその大量のノロが何かのはずみで荒魂に、いえ大荒魂になってしまったらもう私達にコントロールする術はないの、あの相模湾大災厄のようにね」

 

フリードマンは重々しい口を開けながら人々の業、相模湾大災厄の真相を口にする。当事者でありタンカーに乗っていたからこそ、その言葉には重みがある。

 

「あの大災厄はノロをアメリカ本国に送ろうと輸送用のタンカーに満載した結果起きてしまった事故。つまり人の傲慢さが引き起こした人災だ。彼らの眠りを妨げてはならなかったんだ・・・今思えばイヤミと自分の経営が脅かされる可能性への牽制だったのかも知れないが、トニーに鼻で笑われた時点でやめておけば良かったのかも知れない」

 

フリードマンの声色からは後悔、後ろめたさ・・・様々な感情が籠っている。あの日からずっと悔いているからこそ舞草の中核として今日まで生きてきたのかも知れない。

あの時、トニーに鼻で笑われて茶化された時点でやめておけば・・・自分が軍事利用のプランを中止させていればと悔やまなかった日はない。遅かれ早かれ誰かがこの領域に踏み込んだかもしれないがあの災厄を防ぐ事が出来たかも知れないと考えると自責の念に押しつぶされそうな毎日で、いつの間にか心の底から笑えなくなっていた。

 

「ノロは人が御刀を手にするために無理矢理生み出されたいわば犠牲者なんだ。元の状態に戻すことができないのならせめて社に祀り安らかな眠りについてもらう。それが今の所我々にできる唯一の償いなんだ・・・刀使の起源は社に務める巫女さんだったそうだね。荒魂を斬る以上その巫女としての務めも君達はちゃんと受け継いでいかないといけないってことさ」

 

フリードマンの言葉を聞いた一同は口を固く紡いで押し黙ってしまう。

自分たちの使命、ただ国家公務員だから、人が守れるからと言う言葉で蓋をして考える事を放棄しては行けない。先祖たちの業を引き継ぐ神職であることを再認識させられる。

一方、颯太も御刀は使えないが自分も管理局の研究の一端に触れたことで彼等と等しい力を持ってしまった以上、自分も手放しで考えてはいけないのかも知れないと実感させられてしまう。

 

 

刀剣類管理局のとある一室

 

司令室のモニター席に座る栄人がPCを操作しながらこれからテロ行為の計画を進めていた舞草を含む反抗勢力の拠点を攻め込む為に使用される新技術のプログラムの入力をしていた。

その背後には殲滅には参加せず、紫の身辺警護と待機を命じられている真希と寿々花もPCに映し出されている画面を見ている。

 

画面には紫色に円形のボディに顔の部分に相当する面にはメインカメラと思われる黄色の横長のバイザーと少し下の辺りには何か音波でも発射すると思われるスピーカーが搭載され、下の左右の部分には小型の機関銃、そして中央には特殊なボウガンを装備しているドローンのような機械が映し出されている。

 

紫の指示によりこの装備を使用するよう言い付けられた為、殲滅作戦に新技術の導入として実戦投入されることになった。

既に現地に到着している特別機動隊(STT)の大型の格納庫を搭載した車の中には大量のこの戦闘用ドローンが積載されている。

すると装備しているヘッドセットから現地に到着しているSTT隊員から通信が入って来た。

 

『主任、機動隊到着いたしました!』

 

「了解です。ではSTT用に作成した新技術『パラディン』のデータ打ち込みがもう少しで終わります。アップデートの後、使用可能です」

 

『了解しました!』

 

「では、ご武運を」

 

STT隊員との通信を切るとヘッドセットを外して首に掛けてため息を吐く。

またしても彼女達の敵に回ってしまったことへの自己嫌悪の念もあるが既に舞草としてテロ行為に加担していた可能性のある複数の学校関係者、則ち学長さえも捕獲する準備を管理局が進めている以上、彼女達が捕まった場合確実にテロリストの一員として処理される。

ならばせめて可奈美と舞衣だけでもどこかへ逃げて欲しいという思い。厳しい言い方をすれば甘さを捨てきれないため、気休めにしかならないが栄人はパラディンのデータを打ち込んでいる際に真希と寿々花の目を盗んで一瞬の隙を突いてパラディンの戦闘プログラムにとある指示を打ち込み、入力のためのエンターキーを押した。




里での敵は映像技術を駆使して荒魂殲滅戦と誤魔化すのにギリギリ筋が通りそうな金魚鉢にするか悩みましたが、タイミングがちょと急過ぎる気がしたのと金魚鉢は誰かの指示で動くより自発的に行動する方がらしいかなと思ったので今回は見送りです、めんご。



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第42話 殲滅戦

もうちょいでファーフロ の円盤発売、待ち遠しい〜


報告:一部台詞変更。
オートキルモード→エクスキュートモード


祭りから戻った可奈美と姫和は祭の喧騒から離れて座敷に戻って来ていた。

クリーニングが既に終わっていたため、一足先に姫和が平城の制服に着替えて廊下の縁側に腰掛けて夜の暗がりで辺り一面が黒く染まっている庭を静かに眺めていた。

 

祭の賑わいから覚めて、静寂が楽しさと使命に燃える今の揺れる自分の心を落ち着かせてくれているようだ。

 

足音が反対側から聞こえて来たので顔を横に向けると、既に美濃関の制服に着替えた可奈美の姿があった。

可奈美はそのまま流れるように姫和の隣に腰掛けて足を庭に向けてダラリとさせる。

 

「お前も着替えたのか?」

 

「楽しかったね。お祭り」

 

「ああ」

 

否定はしない。実際にここ数年で最も楽しかった時間であることは間違いないだろう。実際祭の間だけは仇のことや使命のことも忘れて楽しむことが出来たからだ。

 

「お母さん達も一緒に行ったりしたのかな」

 

「どうだろうな」

 

可奈美の問いに対して姫和は明確な答えは出せない。その話を聞こうにもその相手は今この世にはいない。たらればの話にしかならない。

当時を知る颯太の叔母の芽衣または江麻ならば知っているかもと思うが深く追求する程の事でもないかも知れない。

 

「…可奈美。…小烏丸?」

 

「千鳥も」

 

話を切り出そうとすると両者の御刀から共鳴するかの如く、鈴を鳴らしたような音が聞こえてくる。

 

「運命…だったのかな。お母さん達が手にして戦った御刀を持つ姫和ちゃんと私が出会ったのは」

 

「・・・・行ったのかもな」

 

「・・・え?」

 

「お祭りだ。お前の母親と私の母、もしかしたらアイツの叔母も一緒に」

 

「・・・うん、きっとそうだよ」

 

確かにここまでの偶然があるだろうか。かつて母達が仲間として共に戦い、同じ御刀を手にするという事はあまりにも出来すぎている。

運命、もとい縁と言っても過言では無いだろう。

もし、母達が生きていたら?芽衣と美奈都が隣の家になって颯太と可奈美が出会ったように、美奈都も篝の家に行ってもっと早くに姫和と可奈美は出会っていた可能性も0ではない。

どうとでも言える話だが、この2人はいずれ出会っていたのかも知れない。

 

 

藁と薪を燃やす自分たちよりも背の高い篝火を前にして舞衣と沙耶香は並んで見上げていた。

 

「私には何が出来るんだろう・・・・」

 

辺りを優しく照らす篝火の灯りに魅せられて無意識のうちに今の自分の悩みを吐露する。

自分は憧れである可奈美のように抜群の戦闘センスがある訳でもなく、姫和や颯太のように自分のやらなければいけないと思う事に対し、信じて前に進もうとする意思や里で出会った先輩達のようになれるのか?そんな中で自分にできる事はなんなのか?

ここ数日で様々な事を経験し、体感する事でそのような焦りが彼女の心を蝕んでいた。

だが、彼女は自分では気付いていないが困難に対して踏み出す勇気を既に持っている。沙耶香を放って置かなくて自ら結芽に挑んだ勇気があることを彼女はまだ自覚していない。その勇気をくれた者達のように自分の出来ることを探しているが正しい答えが見つからない。と言った所だろうか。

 

「舞衣は何でも出来る」

 

「え?」

 

呟いた言葉を沙耶香は聞き逃していなかった。自分は彼女に助けられた。ここ数日一緒にいて舞衣に出来て自分に出来ないことを知ったからこそ、この言葉が出たのだろう。

 

「私も私に出来ることを考えてみる」

 

「沙耶香ちゃん・・・」

 

彼女もまた自分と同じように自分の道を模索している途中なのだろう。これまで何も考えず指示に従って生きてきた彼女はその楔から解き放たれてようやく自由になったからこそ、手探りで常に邁進して行くという意思が感じられる。

 

 

神社の石段に並んで腰掛け、エレンと薫とその頭に乗っかるねねは夜空を見上げる。

エレンの表情には楽しい祭への余韻が残っているのか終わってしまう事に少し切なさを感じているようにも見える。

 

「お祭りももうすぐ終わりデスね~」

 

「またノロが分祀されるようになれば日本中でこんな祭りが開かれる」

 

折神紫体制が打ち砕かれてまた日本中にノロが分祀されれば僅かな間だけかも知れないが今よりは平和になって日本中でノロを祀る祭が開催される。

そうなれば、自分たちが戦った甲斐があると言えるだろう。

 

「そうしたらまたみんなで遊びまショウ!ヒヨヨンとカナミンにマイマイにサーヤとソウタンと、今度はトニトニや他の皆とも一緒に!

 

「ああ」

 

「ねー」

 

直後に祭の締めとも言える花火が打ち上げられる。空高く火が登って行き、夜空に色取り取りの満開の花を咲かせる。

 

 

一度宿舎に戻っていた颯太はクリーニングが済んだというホームメイドスーツを身に纏って着心地を試していた。

ほつれていた所は修繕され、殴られたりリパルサーが直撃して色が禿げた所は新しく塗り替えられていて新品同様のようにも見える。最も、性能はただの服のままではあるが。

 

「修繕までしてくれるなんて超親切だね。僕より裁縫上手いんじゃない?当たり前だけど・・・確かに幾らか愛着湧いて来たけどやっぱりハイテクスーツのが安心感あるなぁ・・・カレンとも久し振りに話したいし。いや、側から見たらカレンと話してると一人でぶつぶつ話してる危ない奴だけどやっぱりスーツに話し相手がいるって大きいよ・・・」

 

確かにここ数日ホームメイドスーツを着て訓練に取り組んでいたため、ハイテクスーツを没収された直後よりは大分慣れて来たがやはり強敵との戦いの前までにはハイテクスーツが手元に欲しいと感じる。おまけに更に遠い所へ行ってしまったから余計にそう感じるのかも知れない。

 

『スーツは君が相応しい男になったら返してやるよ』

 

トニーの言葉が脳裏をよぎる。確かに今の自分は訓練を積んで以前よりはマシな戦い方が多少は出来るようになったかも知れないがトニーはまだ自分を半人前、子供だと言って簡単には認めてくれない。

自分がそのスーツに相応しいアイアンマンやキャプテンのような雲の上の存在になる日が来るのはずっと先なのではないか、もしかすると一生返して貰えないのではないかとすら思ってしまう。

 

「ん?花火か?」

 

花火の音が聞こえて来たので着替えの入ったリュックを持ったまま脚力で高く跳躍して、近くの高い木の枝を両手で掴んでそのまま身体を一回転させて反動で飛び上がって頂上で着地する。

木の高さは里中を見渡せる程の高さであり、舞衣と沙耶香が篝火の前で花火を眺めている姿やエレンと薫とねねが石段で花火を見上げている姿や、可奈美と姫和が廊下の縁側にいる姿やハッピーが屋台の料理を食べ歩きしている姿を確認出来る。勿論、スパイダーマンの超人的な視力が成せる技ではあるが。

花火があまりにも美しかったため、思い出に残そうと携帯で写真を撮りながら想いを馳せる。

 

「綺麗だなー。スタークさんやカレンとも見たかったな・・・勿論、ハリーとも・・・」

 

今ここではない遠い場所にいるトニーと、そして管理局と舞草として敵対している栄人のことを思い出していた。

平和でいつも通りの日常だったのなら一緒に花火を見たり、祭を共に楽しむ事だって出来たのかも知れない。

だが、自分は舞草で栄人は管理局の人間。今は自分たちが挑まなければいけない相手だ。必ず日常を返すと約束したがどうなるかは分からない。彼の力にも自分の力にも必ず限界という物がある。その限界を通り越してまた戦う羽目になるのかも知れない。

だが紫を、タギツヒメを止めなければ日本中が、自分の近所が危ない目に遭う。だから自分は管理局に立ち向かう。その先に、人を守るために人間と戦わなければならない矛盾を抱えながらも前に進む以外に道はないのだから。

 

「戦いたくないのは僕だって同じなんだよハリー・・・」

 

紫を何とかして止めなければならない。今自分にのし掛かる現実と試練に立ち向かう以外に出来る事はないが少しでも早く戦いが終わることを願うばかりだった。

夜空に輝く花火はそんな想いを包むかのように優しく里と、里にいる人たちを照らしている。今だけはこのゆったりとした時間の中に居たいとそう思わせられる。

 

 

しばらく里の景色や少し先に聳える山岳を眺め、そろそろ宿に戻ろうと思った矢先にかなり遠くの距離から黒い何かが行列を作ってこちらに向かって来る。

 

眼を細めてそちらを凝視すると大量のSTTのマークがついた大型の車輌が近づいて来て、里を包囲しそうな勢いであった。

 

「ほんっと、この里は退屈しないテーマパークだなぁ!ったく!里にも変な奴探知機を付けるべきだね!」

 

穏やかな時間はいつまでも続かないなとつくづく実感させられると同時に何故この場所が分かったのかという疑念が湧き上がって来るがボヤボヤしているとマズい状況になると蜘蛛の第六感が告げている。

急いでマスクを被って携帯電話を取り出してハッピーに連絡を入れる。

 

『あん?もしもし何か用か?こっちは今たこ焼き食ってんだよ』

 

「あぁ!ハッピー出てくれた!聞いてハッピー、里中がSTTに・・・管理局に囲まれそうなんだ!この事をまだ祭の会場にいる舞衣達や里の人たちに伝えて朱音様達と合流して!何だったら信じて貰えるように写メでも撮って送る?」

 

『おいいきなり呼び捨てなんて馴れ馴れしいぞ!・・・まぁ、ボスにはお前の面倒を見るように言われてるからな。分かった、出来るだけ皆に声を掛けて合流して住民は体育館に避難させる』

 

「サンキューハッピー!僕はこのまま奴らの見張りを続ける!」

 

あまりにも焦っていたため、思わず呼び捨てになってまうとハッピーに速攻で反発される。

しかし、ハッピーは急な呼び捨ては遺憾だが、トニーからスパイダーマンの窓口役になるように言われた上にイタズラでこのような事を言うとは思えなかったため、一応話には乗る事にする。

直後に信じてもらえなかった時の証拠として実際に接近中のSTTの車輌の写メも送られて来たことで確信を得た。

 

スパイダーマン の発言を信用してハッピーはまだ会場にいる舞衣と沙耶香、エレンと薫、他の舞草の刀使達に声をかけ、見晴らしの良い高台に集合するように呼び掛けていた。

これが地に足を着けた選択かは分からないが今ここで何も行動せず、連絡が遅れるよりかは遥かにマシな筈だ。スパイダーマンは見張りを続行しながら携帯を操作し、今度はディスプレイの電話帳に表示されているフリードマンの名前の欄をタップする。

 

時間は少し戻って、座敷内では舞草の重役である朱音とフリードマンを前に姫和と可奈美と対面し、本格的に共に行動する事を決めた事を伝えに来ていた。

 

「では我々と行動を共にすると言うのですね?」

 

「はい。歪みを正し刀使を本来の役目に戻すと言うのであれば目的は同じです。私はその元凶、折神紫を倒す」

 

「・・・・・」

 

舞草と協力することを中々渋っていたがようやく決心がついたようだ。

しかし、朱音の表情は晴れないままだ。またしても子供達を戦いに巻き込んでしまう事に対して後ろめたさが拭えないのだろう。

 

「優秀な刀使が増えるのは喜ばしい事だと思いますが?」

 

「あなたは…そうですね。気持ちは分かりました。舞草はあなた達を歓迎します。ただし…」

 

フリードマンの合理的ではあるが安易に首を縦に振りたくは無い発言を聞いて表情に更に陰りが見えて来るが、やはり一理ある提案であるため渋々と賛成することを決意した。ただし、険しい表情は崩さずにだ。

 

その直後に朱音の言葉を遮るかのようにフリードマンのポケットに入っている携帯から着信音が鳴る。

一同から視線を集めてしまうが電話の相手の名前を確認すると颯太であることが確認できたため、電話に出る事にした。

 

「どうしたんだね坊や、今取り込み中」

 

『博士、大変です!里に管理局が攻めて来てます!』

 

突拍子も無い電話越しのスパイダーマンの慌てているかのような声色から只事で無いことは理解できる。それに、聞き捨てならないワードまで含まれている。

 

「何だって!?」

 

『本当です!今ハッピーに里にいる舞草の人達に声を掛けてもらって高台に集合してもらってます。博士も皆と合流してください、僕はこのまま見張りを続けます!』

 

電話越しから漏れる声は部屋にいる者達にも聞こえていた。只事では無いことは理解出来たため、スパイダーマンの言葉に従って急いで高台に移動する事にした。

 

 

 

祭りの終わり頃、夜空の暗闇にも関わらず空中を飛行する機械の翼をはためかせて翼に搭載されているローターが激しく回転している。鉤爪のような脚のブーツに緑色の眼が怪しく光るハゲタカをモチーフにしたパワードスーツを纏った人物が里の付近の上空を飛行していた。

 

東京の累のマンションを襲撃して、必要時以外は幽閉されている筈のヴァルチャーだった。

しかし、今回明らかに異なるのは以前のように熱線銃のような派手な武器ではなく地味なボウガン。それでいて左腕には何かを操作する小型のタッチパネルが装備されていて首元には黒い機械のチョーカーが取り付けられている。

 

そんな人物が今こうして飛行しているという事は局長である紫直々の指令が出たからである。

ヴァルチャーは乱気流を意に解する事なく通信で司令室に連絡を入れる。

 

 

「あーあ、ここ何日か窮屈な牢屋にいたから身体が鈍っちまいそうだぜ。で?俺に急に仕事とはどういう風の吹きまわしだい?坊ちゃん」

 

『局長がお前を出撃させろというから出撃させただけだ。言っておくがお前の今回の仕事は』

 

「へいへい分かってますよ、余計なことしたら今度は俺の首が二重の意味で飛んじまうからな。必要以上の事はしねーよ。現場指揮と奴らが簡単に来れねえ高さで探知してエクスキュートモードの騎士サマを向かわせりゃいんだろ?」

 

ヴァルチャーが飄々とした態度は崩さずに首元のチョーカーをツンツンと小突いてこれが命自分のを握っている事を指している。

外そうとしたら動きを検知して爆発する仕組みであるため自分では取り外す事は出来ない。前回功を焦って独断専行の結果このような対策がなされているのも無理はない。

 

『そうだ。それが局長からのお前への指示だ。お前の腕に装備させた操作パネルでパラディンを敵のいる位置に向かわせて、親衛隊の最強戦力の増援が来るまで時間を稼いでくれればそれで良い。お前に今回オペレーターを頼むパラディンの触りだけ説明しておくぞ』

 

「りょーかい。ま、最大の仕事は時間稼ぎってこったろ?確かに束になった連中に真っ向から勝負挑むのは不利だしな」

 

幾らパワードスーツを着ているからとは言え舞草の里に常駐している全員を真っ向から相手にするのは難しい。だからこそ今回ヴァルチャーに任される役割はかなり特殊だ。

その事は理解できているため、今回は現場指揮と今回実践に投入される新技術であるパラディンの操作を担うことに異論はないようだ。

 

通信先の栄人から説明されながらヴァルチャーのHUDの画面に視界を大きく遮らない程度に小さく新技術であるパラディンが映し出させる。

見た目は紫色に円形のボディに顔の部分に相当する面にはメインカメラと思われる黄色の横長のバイザーと少し下の辺りには何か音波でも発射すると思われるスピーカーが搭載され、下の左右の部分には小型の機関銃、そして中央には特殊なボウガンを装備しているドローンのような機械が映し出されている。

 

『ショッカーの他にSTT用に開発を進めている刀使の戦闘を支援する攻撃ドローン「パラディン」。内部にはスペクトラムファインダーが搭載されていて荒魂の反応を検知し、顔認証のシステムで敵と味方を判別して荒魂を攻撃して刀使を支援する。最も、近代兵器は荒魂には通用しないから砲撃で注意をパラディンへ向けたり、ショッカーからの流用だが衝撃波で姿勢を崩すことや時には自動防御で味方を庇うことも可能だ』

 

パラディンは人的被害を減らしつつ、刀使達を支援するための新技術だ。スペクトラムファインダーと顔認証の機能が付いているのは誤って刀使を誤射しないためや荒魂のみを攻撃するように設定されているシステムであるが今回は舞草の里に潜伏している面々を捕獲するためにファインダーは御刀に反応し、刀剣類管理局に所属している以上は顔と名前もデータベースに登録されているため顔認証で刀使と認識した時点で捕獲するように設定している。

里の人間全てを拘束してそこから舞草に関わる人間を捕獲するのが今回の任務。スペクトラムファインダーに反応して顔認証をして敵対行動を取った時点で対象を攻撃し、無力な非戦闘員は攻撃しないというのが今回のパラディンの運用方法だ。

 

「そいつは進んでやがるな。ま、確かに幾らでも量産可能なドローンが戦う方が金は掛かるだろうが人的損害は減らせるしな。そんじゃあ何かあったら連絡するわ」

 

通信を切ったのちにヴァルチャーが里中が見渡せる位置まで来ると祭の出店はまだ出ているが人がやたら少ない事に違和感を感じたが今回は命令通りに仕事をするだけであるが、ボソリとパラディンに対する皮肉を呟く。

 

「にしてもパラディン・・・騎士ねぇ・・・ガキ共を支援する武器でガキ共取っ捕まえるなんざ皮肉なもんだな、おまけに完全にターゲット以外は狙わねえから無関係な人間は守れるっていう騎士サマの本懐だけは律儀に守ってやがるのが憎たらしいなぁおい」

 

今回の任務を皮肉りながら現地に到着したSTT隊員達に通信を入れて戦いの前の檄を飛ばす。確かにSTTも職務上荒魂相手に足止めや時間稼ぎとして戦闘する機会はあるが共に戦う彼女達、ましては見た目が人間である相手と戦闘するのは気が引けていると思うため緊張を解す目的もある。

実際STTも上層部から刀使が荒魂化するという嘘を聞かされているため非常に戸惑ってはいる様子だ。

 

「よぉし、テメェらぁ!これは局長様直々のご命令の怪物退治だ。テメェらは前にガキ共と仕事で組んだことがあるからって抵抗あるかも知んねえが甘ぇ考えは今は捨てろ。奴等は既にモンスター・・・ファインダーとやらに反応するバケモンになっちまったからな。今からここは狩るか狩られるかの戦場だ、連中も俺らをぶっ潰す気で掛かって来る。だからこそ容赦はすんじゃねぇ、少しでもチキった奴は次の瞬間死ぬと思って取り組みやがれ!」

 

『『りょ、了解した』』

 

STT隊員達に檄を飛ばした後に里中を見渡して地形を把握する作業に入る。里の位置がバレた以上はここに留まっている理由は無いため何かしらの脱出手段を用意しているだろうと言う事は推測出来る。

 

「里の地形から見るに奴等が逃げられる場所は限られて来るな・・・多分見た感じ水源か何かだったんだろうよ。見渡してもヘリやプライベートジェットの類も確認出来ねえ以上逃げるとすりゃ海だな。別働隊は先回りして停泊所を見つけて占拠しろ。乗り物があったら映像を送れ、どっかの軍の所属だと俺らが手を出したら坊ちゃんがうるせえからな」

 

『了解!・・・発見した!画像を送る』

 

ジェットに乗って先回りしたSTTの別働隊に停泊所を発見させ、状況の確認を行わせる。直後に何かを見つけたようで隊員から画像が送られて来たため確認すると停泊所に泊まり、顔を出している潜水艦ノーチラス号であった。

 

「どれどれ・・・チッ、アメ公の所のノーチラス号じゃねえか。いつもの俺個人が請け負った戦場だったら沈めてもリスクは俺にしか来ねえが、雇い主が警察組織様じゃどうこう出来ねぇな・・・よし、テメェら潜水艦には手ぇ出すな。そこで戦闘準備して待機しろ、パラディンを護衛に付ける。ジェリーがチーズに食いついたら取っ捕まえてやれ」

 

『『了解!』』

 

ヴァルチャーはそのままタッチパネルを操作して里の反対側に停めてあった車輌の格納庫に収納されていたパラディンを起動して停泊所へ向かわせつつも敵の動向を見守ることにした。

 

 

「さぁて・・・ネズミ共はリーダーを護衛しながら移動しなくちゃなんねぇだろうから機動隊を迎撃する奴等と護衛しながら船に乗る奴等の2つに分かれるとすると・・・スパイダー野郎がどっちにいるかだな、あのスーツのままなら一筋縄じゃ行かねえかも知んねえ。俺は奴等が簡単には来れねえ位置で待機っと」

 

スパイダーマンが引き続き隠れるようにして木に登ったまま偵察を続けている最中、舞草の面々がハッピーの呼びかけにより高台に集合している。

ちなみにスパイダーマンはハッピーが携帯を通話モードにしているため、神社にいる面々の会話を聞くことが可能である。皆が里中を見渡すと武装したSTTが里中を包囲してバリケードを貼り、里の人間を一歩も里の外に出られないようにしているため皆が戸惑っている。

 

「折神家・・・っ!」

 

「荒魂狩りじゃなさそうだな」

 

「我々はすでに罪人扱いというわけか」

 

「でもどうしてこの里の場所が・・・」

 

「今はそんな詮索をしてる場合ではありません」

 

「この里にいる全員拘束しようと・・・」

 

「だろうね。その上で舞草に関わる人間を選別し逮捕するつもりなのだろう」

 

『引っ捕らえて踏み絵でもさせられるのかな・・・推しの写真を踏めって言われたら辛いなー』

 

状況を見れば容易に想像できる。完全に自分達を捕らえに来た、皆が思ったことであろう。しかし、何故この里の場所が分かったのか?その理由だけはピンと来ない様子だ。

だが、事態は一刻を争う。ボヤボヤしている時間はない、早く行動を起こさなければ。

フリードマンが朱音の方を向いて問いかけるが、朱音の決断は既に決まっていた。

 

「さて、いかがなさいますかな?」

 

「ここで捕らえられるわけにはいきません」

 

「では戦略的撤退といきますか」

 

「撤退ってどうやってデスか?」

 

「この調子だと難しいかもしれないが潜水艦だろうな。あれの所属はアメリカ海軍のままだ。警察組織の彼らが手を出せる相手ではない」

 

「なら、潜水艦の操縦は俺に任せろ」

 

「頼むよ、ハッピー君」

 

伊豆からこの舞草の里まで移動手段として使用した潜水艦がある。もしもに備えてトニーが改造したS装備も既に潜水艦に移動済みだ。海軍の権力の盾もあるが水中を追って来る術はそう無いだろう。

一応トニーにアイアンマンで来て貰って鎮圧してもらう選択肢もあるが今は仕事の最中の可能性もあるため電話をすれば出てくれるという保証はない。おまけにWi-fiが無い場所にいる場合はアイアンマンを飛ばせない可能性もある。そうやりくりしている間に捕縛される可能性を考慮すれば早急に撤退することが効率的だと判断している。

 

孝子が率いる潜水艦へ移動する面子と聡美が率いるSTTを迎撃する部隊に面子に分かれて行動する事が決まり、可奈美達6人は潜水艦の方へと付いていくようだ。

 

「二手に別れよう」

 

「私達は朱音様を桟橋へ」

 

「私達はここで迎え撃ちます」

 

「聡美。後は任せた」

 

『あー・・・えっと・・・僕はどうすれば?』

 

「スパイダーマン、お前も潜水艦の組と合流だ。敵の詳細な配置をこちらに教えてくれたら、急いで合流してくれ」

 

『了解、敵の位置は・・・・』

 

スパイダーマンはSTTが配置された位置を携帯を耳に当てながらハッピーから電話を変わった孝子に伝えるとすぐにチームを組んで迎撃に向かうと宣言してそちらに向かって行く。

 

『分かった、今から残った組が迎撃に向かう。お前はこっちに来い』

 

「了解、今行きます」

 

スパイダーマンはマスクの下から携帯を入れて耳に直接当たる位置まで動かして固定する。持ちながら移動するのはひどいためである。

木から飛び移って潜水艦に向かう面々と合流するために木々の間を飛び回っていると全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。この感覚が来たということは・・・そう思って後方を確認する。

管理局が攻めて来たということは何かとんでもない物を用意しているとは思っていたが今回は予想の斜め上だった。

 

「スパイダーセンス !・・・・何だあれ!」

 

『どうした?』

 

未だにハッピーの携帯を持っていた孝子がスパイダーマンの驚いた声に反応するとスパイダーマン は即座に自分が目撃した物を報告する。

 

「ドローンです!大量のドローンが攻撃し始めた!」

 

スパイダーマンの視界に映っているのは空中で陣形を組みながら攻撃を仕掛けている大量のパラディンの姿であった。

大量のそれらは対象に向かって一糸乱れぬフォーメーションで迎撃に向かった面々に向けて機関砲を放ち、衝撃波で相手を怯ませてボウガンを打つを繰り返していた。

 

『何だと!?だがお前は急いでこっちに来い!辛いのは同じだ、お前も後々の作戦に必要かも知れないんだ。こっちに来ることを優先してくれ・・・』

 

「そんな・・・っ!でも・・・」

 

『頼むから・・・っ!』

 

「・・・っ!了解!」

 

スパイダーマンの報告を聞いて内心焦りが生じてしまう。孝子も出来ればそちらに加勢に行きたい。だが、残った仲間達は覚悟の上でSTTに立ち向かった。スパイダーマンの助けに向かいたい気持ちも理解できるし同じ気持ちだが今は何より離脱を優先させたい。逃げ延びて確実に生き残ることが最優先だ。

電話越しの声色から苦しい決断をする覚悟と、仲間の想いを無駄にしないリーダーとしての責務に苛まれる悔しそうな気持ちが伝わって来る。

スパイダーマンも電話越しの孝子の悔しそうに押し殺しているかのような声を聞き、自身も悔しいながらも離脱を決意する。

 

隠れて偵察をしていたスパイダーマンを上空で捕捉したヴァルチャーは腕に装備したタッチパネルを素早く操作すると車輌の格納庫に収納されていたパラディンが起動し、それぞれが列をなして空中へと浮上していく。

ヴァルチャーはスパイダーマンを片付けるつもりでもあるが、同時に上空から見渡した地形から停泊場へ向かう道のりを推測したためパラディンで舞草の重鎮である朱音を護衛している面々も攻撃するつもりだ。

 

「gotcha、見つけたぜスパイダー野郎。何かダセエスーツになってやがるな、もしかして洗濯中かぁ?・・・ま、何でもいい。奴もターゲットだ、潰せ。ネズミ共のリーダーもだ」

 

『copy』

 

 

「ヤバっ、こっち来た!皆急いで!ドローンが来る!」

 

ヴァルチャーの指示を受けたパラディンが隠れていたスパイダーマンを補足すると列を作り、大量の群れとなってフォーメーションを組みながら攻め込んで来る。その姿はまるで陣を組む騎士のようにも見えなくはないが今は忌々しさしか湧き上がって来ない。

 

もしアイアンマンがいてくれたのなら搭載されている火器で一掃出来るのだろうか?キャプテンだったら持ち前の経験と技術と盾で皆を助けることが出来ただろうか?そうでなくとも最悪ハイテクスーツを着ていたのならあの大量のドローンをウェブで繋げて電気ショックウェブを最大出力で放てば連鎖させて一気にショートさせるということも可能かも知れないと思ったが今自分が着ているのはなんの力もないただの服でしかないホームメイドスーツ。

あの2人と違って無力な自分を呪うが今この状況で頼る事が出来るのは自分の力だけだ、自分でどうにかしないといけないというんだということを突き付けられる。

 

不安と緊張により心臓が速くなって行くのを感じるが、今うだうだと考えていても的になるだけだ。なら今は出来るだけ早く行動しなければいけない。

 

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」

 

スパイダーマンは今の自分では全てを捌き切ることは不可能かも知れないが出来る限り囮になれればと思い、いち早く移動しようとクモ糸を別の木に向けて発射して飛び移るとパラディンはスパイダーマンに向けて標準装備されている機関砲、そして今回だけ特別に装備されているボウガンの矢を放って追撃して来る。

スパイダーマンは飛びながらパラディンから放たれる機関砲を回避し、抜け道からは離れてしまうが木々の中へとパラディンを誘い込んだ。木々が遮蔽物となれば向こうも幾らか戦いにくくなると判断したからだ。

 

「くらえ!」

 

スパイダーマンのスウィングする速度に追い付く速さを持っていることに驚きつつも後ろを向かずに木々の間にクモ糸をあちこちに打ち込むと横に網のようになりそこにパラディンが勢い良く突っ込むことで蜘蛛の巣に絡まった虫のように動かなくなり、後ろから来たパラディン達が玉突き事故を起こして大破する。

 

そして、飛んでいる途中で左手で木の幹を掴んで反動を利用して回転をつけたままそのまま背後に来たパラディンに回し蹴りを入れるとパラディンのボディは大きく凹んでそのまま弾丸のような勢いで飛ばされて行き、背後から来ていたパラディンに激突して爆発して味方数台を巻き込む。

その爆発で視界が塞がれている隙にスパイダーマンは右手のウェブシューターを後ろに向けて発射し、後方から来ていたパラディンに当てるとそのままハンマー投げの要領で力強く投げ飛ばして視界を塞がれいた前方のパラディンにぶつける。投げつけられた威力が強かったのか双方ともぶつかった際の衝撃でアルミ缶のように潰れて地へと堕ちる。

 

「そらよっ」

 

更に猛スピードで仕掛けて来た来たパラディンの突進を軽く飛び上がることで回避して真下に来た瞬間にクモ糸を飛ばして命中させて、糸を持ったまま着地の際に思い切り眼前に来た別のパラディンに向けて叩き付けるとお互いのボディがめり込んで爆発を起こす。

そして、加勢して来たパラディンが機関砲の弾幕を放って来ると既に破壊されて残骸と化して地に転がっているパラディンを盾にしたまま突進して行き、砲門に思い切り押し込んで、機関砲を潰してそのまま木にぶつけて破壊する。

 

「爆発!?何が起きている?」

 

「颯太君・・・皆・・・」

 

「走れ柳瀬、止まったら負けだ!」

 

「・・・・っ!はい・・・」

 

朱音を護衛している面々は後方で何度も爆発音がするので逃げている面々は驚いているが、今は朱音を守りながら移動することが最優先だ。舞衣は後方にいる面々を心配するように背後を振り向くが孝子に走れと言われたため、迷いを振り切って走り続ける。

 

皆が抜け道を走っていく最中、スパイダーマンもパラディンを破壊しながら森の中を走っていくがやはり執拗に追撃してくる。ターゲットに設した相手を追跡するように設定されていると考えていいだろう。

おまけにかなりの夥しい数であるため全てを対応し切れる訳でも無く、複数台撃ち漏らして抜け道へ行く面々の方へと行かれた。

 

「くそっ!向こうにも行かれた!ハッピー、そっちに何台か行った!気を付けて!」

 

『分かった!皆警戒しろ!』

 

スパイダーマンが電気ショックウェブを射出してパラディンに当てるとパラディンの数台はこちらを向いて即座にターゲットをスパイダーマンに変えて挟み撃ちにしようと両方向から攻めてくる。

スパイダーマンが木々の上をパラディンから放たれる砲撃を飛びながら回避するが、かなりの数から放たれる機関砲の雨であるため弾と矢が身体の所々に掠めていく。

 

痛みに耐えつつも途中で身体を捻らせて左手でクモ糸を背の高い木に当て、発射した糸の後端を掴んで少し間の開いている隣の木へと投げると隣の木に吸着して一本の幅が広い網のような形になる。

ちなみにすぐに左手から出ていたウェブを投げたのはスムーズに次のアクションに移るためである。

 

次にスパイダーマンは右手のウェブシューターを間近の木に当てて遠心力を乗せたままスウィングすると今度は身体を捻らせて左手のウェブシューターから出るクモ糸を後方から一列になって追って来るパラディン複数台に同時に当てる。そのまま勢いに乗って下から投げ飛ばすと上空を飛行していたパラディン達に直撃して爆発を起こす。

 

そして、先程木々の間に繋げたクモ糸の網に反動を利用したまま下から脚で着地するとクモ糸の引っ張り強度が桁外れに強くなり、格闘技のリングのトップロープのように変質して行き、下から上に向けて押し上げられるかのように伸びていく。

その際にクモ糸を上空にいるパラディンに当てて動きを封じる。

自分を追跡する習性を利用して上空にいるパラディンと下から追ってきたパラディンがスパイダーマンを狙おうと対面する。

 

パラディンがスパイダーマンを攻撃しようとしたまではいいが引っ張り強度の強くなったクモ糸の反動により、加速して地面へと落ちていくスパイダーマンには当てることが出来ず、対面していたお互いの砲撃によって複数台のパラディンが自滅していく。

 

スパイダーマンはすぐ様着地するがパラディンは着地と同時に黄色のメインカメラの下の部分、おそらく顔での口に当たるスピーカーのような部分が開き、広範囲の衝撃波を放って来る。

衝撃波は放たれると同時に木々を薙ぎ倒し、地面を大きくまくり上げるように吹き飛ばしていく。スパイダーマンは着地の直後であったため衝撃波の直撃を受けてしまうが飛ばされてながらも隣の木に一度だけ跳ね返るウェブのモード、リコシェを当てるとパラディンの衝撃波を放つスピーカーに当たる。

パラディンは衝撃波を再び放とうとするが発射口を糸で塞がれたことにより衝撃波を放つものの耐えきれずに内側から暴発を起こして近くにいた味方数台を巻き込んで爆発四散する。

スパイダーマンは軽く肩で息をしているが、目立った外傷もないまま辺りには集めたらゴミ山が築けるであろう程のパラディンの残骸が地に転がっている。

スパイダーマンも司令塔を探すがどこを探しても見当たらない。しかし、追撃がなくなった事を鑑みるに数が減って来た事が想像出来た。

 

「よし、大方片付いた!急いで合流しないと!」

 

スパイダーマンを追撃するパラディンの数は大幅に減って来た上、恐らく迷いもなく抜け道のルートの方向へ飛行して行った事を鑑みると既にバレていると思って良いだろう。ならばここは敢えて合流して皆と協力するのが孝子の指示を守る選択と言えるかも知れない。

スパイダーマンは抜け道からは離れてしまい、遠回りになってしまったが合流するために森林を目にも止まらぬスピードで駆け抜けて行く。

 

「なんだこりゃ・・・スパイダー野郎を潰しに向かわせたパラディンの数が減って来てやがる。なるほど、ダセエスーツになったかと思いきや鍛えてやがった訳か」

 

驚きを隠せないがヴァルチャーが全体的な戦況を把握するために一度上空から里を見渡すと、STTを迎撃する部隊の中にはパラディンの衝撃波を受けて御刀を手放した隙に拘束された組もあればパラディンの放つ対刀使用の特殊なボウガンの矢により無力化されている組もある。しかし、所々被弾しながらもパラディンを撃破している組も見受けられる。幾ら大量に搭載されているとは言え、その数は無限ではない。

 

しかし、ヴァルチャーの最大の役割は舞草の人間の捕獲もそうだが、如何に相手を消耗させた上で時間を稼ぐ事だ。

ヴァルチャーはタッチパネルを操作したまま朱音を護衛する面々を追撃する指示を出しつつこれから増援が来るであろう方向をチラリと確認するとヘリコプターの機影を確認する。どうやら敵の数を減らしつつ、時間は稼ぐ仕事は果たしたと察することが出来た。

 

一方、地上では舞草の長船側の主戦力の一角である聡美が率いる組は多少は消耗しているがチームプレーで何とかパラディンを撃破しつつ、神社で攻めあぐねているSTT隊員達を待ち構えている。

パラディンの活躍によりほとんどの舞草の刀使達を捕獲することには成功したが、里中に潰れて機械の中身が見えているパラディンや両断されて転がり落ちている残骸が横たわっている。

STT隊員も対刀使用の装備を所持している上に、まだ幾らかパラディンが残っているとは言え未だに脱落者を出さずに神社で堂々と待ち構えている聡美達と対峙しては攻めあぐねている。

 

「来るなら来なさい!」

 

聡美のSTTに向けた凛とした声がしたと同時にヘリのプロペラ音が頭上から聴こえて来たため、全員が上空を見上げる。

薄桃色の髪の12歳程の子供がヘリのドアを開けて無邪気な声を上げて地上へ向けてパラシュートも付けずに飛び降りて来る。

 

「お待たせ〜!」

 

折神紫親衛隊第4席、燕結芽だ。美濃関の代表である舞衣と鎌府の代表である沙耶香を相手取って余裕で勝利する程の強豪。勿論この前までのスパイダーマン等目でもない程だ。

その強さ、まさに絶望。無邪気な態度とは裏腹の絶望が空から降って来る。

 

「ったく、もうちょい早く来いっつの」

 

ヴァルチャーは自分の仕事の大半はこなした事を確認するとタッチパネルを操作して残っているパラディン全てを停泊所へ向かわせることにした。彼らの捕獲も自分の仕事ではあるからだ。

 

「あなたは!」

 

「折神紫親衛隊第四席燕結芽。四席って言っても一番強いけどね」

 

神社の境内の石畳に余裕綽々で着地した結芽は一斉に聡美達の部隊の視線を集める。

1人を囲みぬがら残っている面々が同時に抜刀するとそれに応じるように結芽も鞘からニッカリ青江を抜刀して口を三日月のように釣り上げながら好戦的な笑みを浮かべている。

 

(ここでこの人たちを壊滅させたら私がスゴイって証明にはなるけどおにーさんのお友達を傷付けたら悲しんじゃうのかな・・・だったらさっさと終わらせてやるっ!)




来年発売のS.H.の《FINAL BATTLE 》EDITHIONのアイアン・スパイダーに瞬殺コマンドの表情あってめっちゃ欲しい。(先にMAFEX版買っちゃったけど)



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第43話 鉄条網

ファーフロ円盤発売めでたい!発売日に出さなくてスマソ。ボックスガチャと周回が大変だったんっす。


森の抜け道を抜け、潜水艦のあるかつては水源であった停泊所まで辿り着いた朱音を護衛する面々は岩陰に隠れてあちらの様子を伺っていた。

 

来る道中で複数のパラディンによる上空からの連携攻撃を受けて数人が食い止める為に離脱してしまい現在は非戦闘員はハッピーと朱音とフリードマンと累、戦闘員は可奈美、姫和、舞衣、沙耶香、エレン、薫、孝子という面子となってしまった。

 

停泊所まで辿り着いたはいいものの通路が複数人が横一列に並んでも通れる程だだっ広いため既に複数台のパラディンが横陣形を組んでSTT隊員達を守るように前に出て通せんぼをしており、いつでもターゲットを砲撃する準備をしている。それでいてSTT隊員もスペクトラムファインダーを手に持ち、潜水艦を使って脱出する面々が来るのを待ち構えている。

 

「よっと、何とか辿り着いた・・・あー・・・これもしかし無くても僕らチーズに引っかかったジェリーって感じ?」

 

皆がSTTの出方を伺っている最中パラディンを退けてここまで来たスパイダーマンがかなり遠回りをしてようやく合流出来たようだ。

遠回りをして来たためかパラディンを迎撃する面々とは鉢合わせ出来なかったようだ。しかし、パラディンと戦闘をしていたにしてはホームメイドスーツの所々がパラディンの砲撃を掠めたのかほつれていたり裂けたりしているが特に目立った外傷はない。強いて変わった所と言っても盾代わりに持ってきた既に機能が停止しているパラディン一台を担いで来たこと位だろうか。

 

戦闘での相性の問題もあると思うがスパイダーマンが大量のパラディンを相手にして無事に戻って来たことに関して皆驚いている反面、安堵はしている。

戦力が一人増えたことへの安心感と純粋に再会が嬉しいということもあるからだ。

 

「あぁ、差し詰めアイツらは俺らを待ち構えてるトムって感じだ」

 

ハッピーの説明の後にエレンがフリードマンに対し、問いかける。勿論道中の事を考えれば大方想像は出来るが。

 

「撃って来るデスカ?」

 

「多分ね。彼らはスペクトラムファインダーを装備してるだろう?舞草の構成員は人間だよ。あんなものが必要だと思うかね?」

 

フリードマンの指摘通りSTT隊員の手元にはスマートフォン型のスペクトラムファインダーを手に持っている。これは本来対荒魂に使用されるものであり人間相手には無用の産物だ。

なら何故そのようなものが用意されているのか?そして、何故パラディンは刀使を見つけた瞬間にターゲットに設定して的確に攻撃して来るのか?

 

「じゃあ・・」

 

「伊豆でのことを思い出してくだサイ。目の前に荒魂がいたというのにスペクトラムファインダーはぴくりとも反応しませんデシタ」

 

「まさか官給品に細工を!?」

 

舞衣は伊豆での事は知らないため紫は真実を操作し、そのような細工を施せることは想像出来なかったがやはり現に目の前で起きていることであるため信じる以外にない。

 

「おそらくそうだろう。あれはS装備同様折神家からもたらされた技術で作られたものだ。今ならそう・・・御刀に反応するよう設定されているといったところかな」

 

フリードマンのほぼ正解に近い推測の通り、STTの持つスペクトラムファインダーとパラディンに搭載されているスペクトラムファインダーが皆の所持している御刀に反応して機械音がなるとパラディンとSTTが構えて戦闘態勢に入る。

 

『荒魂の反応複数あり、近辺に敵が接近。射程圏内に入らないよう後方で待機を。貴方方は我々が守ります。全システムエクスキュートモードに移行』

 

「了解。よし、全員後方に下がって構えろ!」

 

パラディンは味方を守る騎士のように前に出て陣形を組みならSTTを後方まで下がらせ、武装を展開する。

 

STTとパラディンに勘付かれたことで全員が冷や汗をかき始めるが今はうだうだしている場合ではない。

おまけにこの停泊所は比較的広いと言えるが洞窟ではあるため逃げる場所も少ない。その上パラディンの砲撃の破壊力はかなり高く、ボウガンの矢は写シを貫通して直撃すると肉体に矢が残るという彼女達とは相性が悪い武器だ。尚且つそれを大量に搭載している相手が複数台陣形を組んで道を塞いでいるというのは明らかにこちら側の部が悪い。

 

「このままだと我々は荒魂として処理されるぞ!」

 

「荒魂が人を荒魂呼ばわりするか!」

 

荒魂でありながら人に憑依して管理局を支配し、荒魂を使って人々を傷付ける紫が人間を荒魂呼ばわりするというのは彼女にとっては誠に遺憾で地雷を踏み抜いた行為なのだろう。声色と憎々しげな表情からも憤りが見て取れる。

 

「だが、あのボウガンお前らと相性悪いんだろ?どう対処するんだ?」

 

「えっ?あのボウガン何かあるの?」

 

「当たると写シを貫通して身体に矢が残って直接本体にダメージを与えてくる代物だ。刀使の動きを封じる武器と言った所だろうね」

 

「あのボウガンそんなにヤバかったのか・・・」

 

スパイダーマンは実際にパラディンからボウガンの砲撃を受けたが掠った程度であるためその脅威を実感していなかったがそれを目の当たりにしたフリードマンの説明により刀使達にとって相性の悪い武器を大量に搭載していたとなると本気でこちらを潰す気で来ていることが容易に想像出来た。

 

「クソッ!」

 

「お待ちなさい。彼らは命令に従ってるだけです」

 

「わかっています」

 

しかも性質が悪い事にSTTも、ましてはパラディンも上層部または操作する者の命令に従っているだけであり致し方ない部分もあるためやるせない想いもありつつ孝子も悔しそうだが理解はしており朱音の言葉には素直に従うつもりだ。

 

この切羽詰まっている状況、尚且つ彼女達に対抗する相性の悪い武器を大量に積んでいる敵に、逃げる場所も無い。おまけに破壊力の高い攻撃を雨のように放って来るとなるとこちら側に深刻な被害が出かねない。

非情にもこちらに考える猶予を与えることなく、海の方からヴァルチャーが操作するパラディンが増援として加勢し始めてより強固な陣を組み始める。その姿は勇ましく、騎士団の整列のように一糸乱れぬ的確さだ。

 

この最悪の状況下で当然ながらスパイダーマンもかなり内心で焦っているが頭の中にはあるビジョンが浮かんでいる。

あのボウガンの矢はあくまで写シを貫通する物。写シに関係なくショッカーやライノの攻撃やアイアンマンのリパルサーにも耐えうる耐久力を持ち、如何なる戦闘不能状態や負傷からでも数時間で回復できる再生能力を持つ自分からすればただの金属矢に過ぎないのではないかという考えが浮かんでいた。

 

人には適材適所というものがある。出来るのならば目の前にある鉄条網を切る選択肢を取り、危険を取っ払って最小限のリスクで皆と無事に脱出したい所だが今はその選択肢すら用意されていない。

 

おまけに完全に里中が包囲されているだけでなく、前方にはパラディンが列をなしてこちらを待ち構えている。倒さない限り潜水艦に乗ることさえ叶わないだろう。そして、こうしてオタオタしている間にも他の追っ手が増援として加勢して来ない保証はない。

 

よって、今何よりも大事なことはこの状況下で仲間の為に立ちはだかる鉄条網に飛び込む勇気を持つこと。それが今スパイダーマンに出来る最大限のことだろうという結論に至る。

全員で襲い掛かることも可能だろうが確実にこちらに深刻な被害、尚且つかなりの消耗を強いられ、脱落者を出して脱出どころではなくなってしまうのではないだろうか。

今自分が思い付く限りの最善の行動を考え、そう思い経ってからのスパイダーマンの行動は早かった。

 

「忘れました?ここに相手を取っ捕まえる達人がいるって」

 

「颯太さん・・・」

 

「でもやっぱりあの数のドローンを一体一体倒してたらチーズにされちゃうか・・・よしっ!」

 

朱音の方を向いて当然のように言い切るスパイダーマンの発言は皆の注目を集める。

戦闘経験が乏しく、これまでの戦闘をスーツの性能と身体能力と運で押して切り抜けて来たが故に1人だけ特別な訓練をしていた人物が自ら危険な鉄条網に飛び込んで行くと言うのだから無理はない。

 

そんな皆の心配を他所にスパイダーマンは盾代わりに担いで来たパラディンを地に置き、機体の隙間に指を入れてそのまま腕力でこじ開けると中にはドローンを動かすために稼働し、熱を帯びて紅く光る専用のエンジンが埋め込まれている。

 

「あっつ!」

 

スパイダーマンがオープンフィンガーの部分でエンジンに触れると静電気が起き、一瞬驚いて手を引っ込めるがすぐに本体からエンジンを引っこ抜きそのまま即興でクモ糸を当てて先端にエンジンを巻きつけたチェーンハンマーのような武器を作り上げる。

 

「お、おい無理すんなって。確かに一人でここまで戻って来たのはすげぇけどこれは全員で行った方が良いんじゃねえか?」

 

「今は皆の消耗を抑えることも大事。それに、僕からすればあのボウガンはただの金属矢だ。食らってもちょっと痛い程度だと思う」

 

「でも・・・」

 

「いくらなんでもリスクが高過ぎるよ・・・」

 

「大丈夫大丈夫、あんなんアイアンマンのリパルサーに比べたら屁でもないって!」

 

ここまですれば何をするつもりなのかは想像出来る。薫がスパイダーマンに配慮している最中、当の本人は今は損害を抑えつつ皆で脱出をするならば耐久力と再生能力のあるスパイダーマンが鉄砲玉になる方が良いと主張する。何より祢々切丸を振り回すにしては狭い場所でもあるからだ。

舞衣と可奈美は心配そうにしているがこちらに顔を向けて白い眼のゴーグル越しに伝わる明るく振舞いつつも力強い声色を聞いてそれでも行くのだと言う決意を感じ取る。

 

「米村さん。僕からすればあの矢はただの金属矢です、当たっても軽く刺さる程度だと思うんで僕が突っ込んだら攻撃が当たらないように僕の真後ろからついて来て下さい」

 

「・・・分かった」

 

スパイダーマンは物陰に隠れつつ岩壁に背をつけて顔を少しだけ出して状況を確認すると再度岩陰に戻る。

一度深呼吸をし、気持ちを落ち着かせてから右手のウェブシューターを構えて岩陰から身を乗り出してクモ糸を一体のパラディンの砲口に当てる。

 

直後、向こうの視線がこちらに向いたと同時に右手に即席で作った武器を携えて振り回しやすいように手に絡めて短く持ち、パラディンの残骸を足で拾い上げて左手でキャッチし、盾のように前方に構えて岩陰から飛び出して隊列を組んだパラディンに向けて突撃して行く。それに追従する形で孝子もスパイダーマンの背後に続いて突撃する。

 

『攻撃開始』

 

「ちょっ、やっぱヤバいかもこれ!」

 

スパイダーマンが勢いよく飛び出して来た事でパラディンがスパイダーマンと孝子に向けて接近しながら機関砲とボウガンを乱れ撃ちし始める。

スパイダーマンはパラディンの残骸を前に突き出して盾にしながら砲撃を防ぎつつ突進する。

砲口から放たれる辺り一面を埋め尽くす雨のように浴びせられる銃弾が盾にしているパラディンを掠めて行くことで破片が飛び散り、徐々に。それでいて確実に部位が欠けて面積が小さくなって行く所を見るに砲撃にはかなりの威力があることは見て取れる。

 

「・・・っ!」

 

 

流石に全ては防ぎ切れずに所々弾丸が身体を掠めて肩や足にボウガンの矢が浅く刺さり、少量の血が飛散するが結構痛いという具合のダメージだ。

刀使相手には写シを貫通する武器ではあるが強靭な耐久力を持つスパイダーマンからすればただの金属矢に過ぎず、そのまま脚を止めずに突進して行きエンジンにウェブをつけた即興武器をハンマーの如く円を描くように振り回しながら宙に浮いているパラディンに向けて投げ付ける。

 

「後ろの人達!伏せた方がいいよ!君たちが中止にしてくれた花火の第2幕が上がるからさ!」

 

スパイダーマンの忠告を聞いてSTT達や岩陰に隠れている面々が姿勢を低くし、STTは咄嗟に盾を前に構えて防御の態勢に入る。

 

「たーまやー!」

 

フワリと浮いたエンジンがパラディンの眼前まで来たので迎撃のために砲撃するとエンジンに直撃して他のパラディンを巻き込んで爆発する。

轟音が周囲に響き渡り、飛散した残骸が海に落ちて行く機体もある最中皆が耳を塞いでいる。

 

スパイダーマンと孝子は爆発音により一瞬耳が聞こえにくくなった気がするが黒煙と炎が上がる中で視界が悪くなっている隙に孝子は前に出て上段から振り下ろした一閃で眼前のパラディンを破壊しながらパラディンの壁を突破してSTT隊員達に突撃していく。

 

スパイダーマンは走りながら通路の壁に向けて反復横跳びの要領で飛び、壁を蹴って宙に浮いているパラディンを殴り飛ばし、その勢いに乗ったまま踵落としで前にいた他のパラディンを破壊する。

 

そして、着地の後に先程まで盾にしていた手元の残骸を腕を後方まで伸ばして背中の方まで持って行き、大きく振り被りながここ数日間の特訓で何度も見た投擲フォームのように下から円盤投げの要領で投げるとフリスビーのように回転しながら宙に浮いているパラディンに直撃してお互いのボディが押しつぶし合うことで地に堕ちる。

 

墜落したパラディンから装備されている機関砲を力任せに手で引き抜くと砲身を掴んで両手に持ち、鈍器の代わりとする。

 

直後に前方のパラディンが放って来る衝撃波を跳躍で回避し、落下したまま右手に持った機関砲を振り下ろして叩きつけるとパラディンの装甲が潰れ、左手に持っていた機関砲を別の機体に押し込むようにして突き刺すとメインカメラを突き破って貫通する。

 

「まだだ、撃って撃って撃ちまくれ!」

 

勢いが止まらない孝子とスパイダーマンにより配備されていたパラディンが全て破壊されたことで完全に切羽詰まったSTT隊員達はほぼヤケクソ気味に横一列に並んだまま孝子とスパイダーマンに向けて再度発砲を始める。

 

しかし孝子は既に近距離まで接近しており、飛び蹴りと峰打ちでSTT隊員達を気絶させて行き、スパイダーマンはパラディンを盾にしながらも特攻し、攻撃が一瞬途切れたタイミングで投げ捨てる。

ウェブシューターを構えてクモ糸をSTTが所持している銃に当ててこちらの方に引き寄せると手元から離れ、直後に飛んで来たクモ糸で身体を拘束されて身動きが取れなくなる。必死に脱出しようと身をよじらせているがクモ糸は既に常人では破ることが不可能な引っ張り強度となり、強靭な繊維により脱出は不可能だと実感させられてしまう。

 

そして、気が付くと彼等は抵抗虚しくウェブでグルグル巻きに拘束されて無力化されて完全に鎮圧へと至っていた。

 

一方その頃、結芽が降り立った神社では彼女を取り囲んでいた舞草の刀使達は既に倒されており、迎撃部隊を率いていた聡美もそれなりには粘ったものの結芽の実力は桁外れであったため非常にも結芽に鎖骨の辺りにニッカリ青江を押し込まれている。

写シを張る精神力が限界に達したことを察した結芽はニッカリ青江から引き抜くと聡美は意識を失って地に伏せる。

 

「おねーさんたち、よ・わ・す・ぎ〜♪あーあ、全然足んないや」

 

倒した舞草の迎撃部隊を感心無さげにため息混じりに見下ろしつつ、不服そうな本心を呟く。

力の証明に相応しい相手となるとやはりそう簡単には見つからないものだとある程度覚悟はしていたが手応えがないとやはり興醒めなようだ。

 

直後に海の方向から銃撃音と爆発音が聞こえてくる。どうやら逃げるチームと迎撃するチームに分かれて行動していたようだと推測出来た。

 

「ふーん、あっちか」

 

どうやらまだ敵が残っていることを察知した結芽は命令通りに反逆者達を捕らえる任務を続行するためにそちらへ向かうのであった。

夜空の上空では結芽が停泊所の方向へ向かう姿を里全体の戦況を観察していたついでに見ていたヴァルチャーはHUDに映る映像の狭い場所かつ陣形を組んで刀使と相性の悪い写シを貫通するボウガンを大量に搭載しているパラディン

がスパイダーマンに、そして後方から付いてきていた孝子に破壊されていく姿を目の当たりにして内心でイラついているが特に能力を持たない、明らかに誰が見てもただの服でしかない手作り感満載のハンドメイドスーツでパラディンの攻撃の嵐の中に飛び込むという突飛な行動に舌を巻いている。

 

確かにスパイダーマンからすればあのボウガンは一気にただの金属矢と化すためスパイダーマンが鉄砲玉になりながらパラディンを破壊するというのが味方への損害が少ない手段なのだろうが味方の為にそこまで身体を張る度胸まで身に付いていたことに関しては割と予想外であり尚且つ地力がある程度向上したことにより、相性が良いという点もあるがパラディンを倒す手腕には純粋に驚かされた。

 

「なんだあの野郎・・・知らねえ内にそんな度胸まで付けてやがったかのか。つくづくテメェも忌々しい野郎だなおい」

 

パラディンが倒された後はSTT隊員達がクモ糸で拘束されて行く姿を見て、セカンドプランへと移行することを決意した。

 

「しゃーねぇ、潰せるネズミの数は減っちまうが出来る限りは捕らえねぇとな。背に腹は変えられねえ」

 

ヴァルチャーはエンジンを蒸しながら彼らに視認されない高度を保ちながら移動し、念のためまだ停泊所付近に潜伏さていたパラディンをタッチパネルで操作し始める。

 

 

停泊所では待機していたパラディンを破壊し、STTを拘束して無力化した一行は先に潜水艦を操舵するハッピー、非戦闘員の朱音やフリードマンが乗り込み、次々と同行していた面々が潜水艦に乗り込んでいく。

 

「朱音様、お早く!」

 

「皆早く!」

 

スパイダーマンと孝子は乗り込む面々を誘導しつつ周囲を警戒するために孝子が入り口を、スパイダーマンは海の方向を見張っていると最後尾にいた可奈美と舞衣が乗り込もうとすると潜水艦が駆動音を立てて今にも動き出す準備を始めている

 

「ここにいた人達で最後だといいんだけど・・・」

 

「そうであってくれなきゃ困る」

 

「後は可奈美と舞衣だけか、急いで!」

 

「了解!」

 

だが、安堵する暇も与えずに次から次へと厄介ごとは舞い降りて来る。

可奈美が潜水艦に乗り込むためにタラップを渡ろうとすると潜水艦のエンジンによる振動と同化して分かりにくくなっていたが海面からパラディンが水飛沫を上げて複数台浮上し、メインカメラの黄色いバイザーが無機質で冷徹な視線をこちらに向けている。

 

「マジかよくそ!」

 

敵を全て倒したと思わせて潜水艦に乗り込もうとし、完全に奇襲に対応する準備が出来ない状況になってから再度攻撃を仕掛ける為に海中に潜伏させていたパラディンに指示を出すヴァルチャーはタイミングを見計らっていた。

陣形を組んだパラディンを突破されてもいいように管理局にとって最大の脅威となり得るであろう可奈美、そして残党達を仕留める確率を上げる為の算段も用意していたようだ。

 

「天災は忘れた頃にやって来るって言うじゃねぇか。考えた奴分かってるなぁおい」

 

ヴァルチャーは多少降下した位置でタッチパネルを操作しながらパラディンの視界を通して映る可奈美と舞衣、スパイダーマンと孝子の姿がHUDにも映し出されたため、彼らを捕獲のターゲットに定めたようだ。

 

そして、息を吐く余裕すら与えないかのよう入り口の方では音もなく姿を現し、不敵な笑みを浮かべたまま佇むこの場にいる最大の脅威。折神紫親衛隊最強の名を欲しいがままにする結芽が納刀している自分のニッカリ青江以外にも手元に1つ、御刀を所持している。

孝子はその手元の御刀が目に入った瞬間に神社の方では何が起きていたのか察することが出来た。

尚且つスパイダーマンも入り口にいる者の気配に気付いて視線を向けると最も会いたくない敵が現れたことで冷や汗が流れ始めてマスクの中が蒸れていくのを感じる。

 

「げっ!一番めんどくさい奴が来た・・・っ!」

 

「一番めんどくさいなんて心外だなー。一番強いって言ってくれたら優しくしてあげようと思ってたのにー」

 

「嬉しくないお気遣いどーも!」

 

結芽の余裕そうな態度は崩さない様子はスパイダーマンに一抹の恐怖を与えてるには充分過ぎるものだった。あの時はハイテクスーツがあったから何とか戦えた・・・いや、戦いにすらなってはいなかったろうが何とか持ち堪えられたが今は手作りの何の力もないハンドメイドスーツだ。数日間みっちり鍛えたからと言って勝てる相手ではないとスパイダーマンは実際に勝負して痛感していた。

直後に身体の震えが止まらなくなっている程に自分はこの相手を避けていることを自覚させられてしまうのであった。

 

「舞衣ちゃん早く!」

 

「うん!」

 

可奈美はフリードマンが言っていたこのアメリカ海軍所属の潜水艦には相手は簡単には手を出せないという言葉を思い出して脱出を優先させようと急いで潜水艦に乗り移ろうとする。乗り込んで仕舞えばこちらの勝ちであるため現段階では最善策と言えるだろう。

 

「逃がさねえよ。テメェは厄介だからなぁ、出来ればここで捕まえたいんだわ。つーわけで・・・逝っちまいな!」

 

ヴァルチャーがタッチパネルを操作してパラディンの写シを貫通するボウガンを連打する指示を出し、彼らを攻撃するコマンドを入力し始める。

すると、パラディンは入力されたコマンド通りに武装をフルで展開して視界に移っているターゲット達を顔認証で判別して攻撃を開始し始める。

 

「「「・・・・っ!」」」

 

ボウガンの弦から弾かれた金属矢はボウガンを飛び出して対象達へと向かって行く。

 

ドスン!

 

 

・・・・そして、ボウガンの矢は眼前の可奈美と舞衣ではなく結芽と対峙していた孝子の背中や肩に連続で突き刺さり、スパイダーマンには機関砲を浴びせて来る。

 

スパイダーマンは地面に落ちているパラディンをクモ糸で引き寄せて咄嗟に盾にし、同時に発射も可能に設定されていた電気ショックウェブを放ってパラディンに着弾させる。

防水性はあったのか海中に潜伏可能ではあったようだが海水にどっぷり浸かっていて電導率が上がっている為かパラディンがショートを引き起こす程の電力となり、力無く地に落ちて海面に音を立てながら没していく。

 

「ぐっ!」

 

「孝子さん!」

 

舞衣が目の前のショッキングな光景に思わず叫んでしまっているがその間に可奈美が舞衣の手を引いて潜水艦のハッチの中に一緒に飛び込んだことで2人は実質脱出成功となり、ヴァルチャーと結芽は実質可奈美と舞衣を取り逃がした事になる。

 

「あ゛ぁっ!?どうなってやがんだクソッタレ!・・・あのガキ・・どこまで甘ぇんだボケが!」

 

ヴァルチャーはパラディンが攻撃を開始した瞬間彼らを捕獲出来ると確信していたが何故かパラディンは可奈美と舞衣は狙わずに孝子とスパイダーマンを攻撃した。

最初は何が起きたのか理解できずに思わず二度見してしまったがすぐに合点がいった。

 

パラディンの操作の指揮はヴァルチャーに譲渡はして来たが戦闘プログラムを弄れる立場にあるのはパラディンの提供者である針井グループの人間。さらに今の代表者である栄人だ。どうやら可奈美と舞衣は攻撃しないように設定していたようだ。

 

ヴァルチャーはあと少しでうまく行きそうだったと言うのに雇い主に私情を挟まれたことで台無しにされたため流石に頭に来たのか本気でイラついて口汚く罵っている。

甘ちゃんなのは重々承知していたが彼らと敵対することを悩んでいるとはいえ中途半端なスタンスで仕事に水を差されたとなると流石にヴァルチャーも頭に来ている。問題を先延ばしにしても解決はしない。これはただの逃げだ。そのことで後で文句を言ってやろうとヴァルチャーは心に誓った。

 

孝子は背中や肩口に矢が刺さっている状態であるためか痛みに耐えながらも状況を把握し、とある決断をしてスパイダーマンに指示を出す。

 

「先に行け・・・っ!」

 

「えっ?でも米村さん1人じゃ・・・」

 

孝子の発言を聞いてスパイダーマンは思わず振り返る。結芽の脅威的な強さを身に染みて実感しているスパイダーマンからすれば一人で立ち向かうと言う選択肢は敗北を意味するものだと察知しているからだ。

 

だが、潜水艦は既に発進しているためこちらに残された時間は少ない。心配してくれることは嬉しいがこのままここで2人とも倒されるより朱音を護衛する人間は一人でも多い方が良いと判断して孝子はスパイダーマンの方を向きいつになく真剣な表情で訴えかける。

 

「いいから行け!・・・・朱音様を頼む!」

 

舞草の重鎮達を守ること、その事をスパイダーマンだけでなく潜水艦に乗り込んだ面々に託す。その言葉と同時に孝子は八幡力を発動させながらスパイダーマンの肩と腕を掴むと身体が持ち上がって身体が宙に浮き、そのまま腕力で潜水艦の開いているハッチに向けて投げ飛ばす。

 

「米村さん!」

 

スパイダーマンはシュートでリングに入れられるバスケットボールのように放物線を描きながら潜水艦のハッチの中へと投げ込まれ、船内にて強く腰を強打する。

結芽は沈んで行く潜水艦を眼で追いながら心底つまらないそうにしている反面、数日前の出来事で舞衣と可奈美は栄人の友人であり彼女らと戦うことへの迷いがあるようでもあったようで乱暴な真似をして悲しませなくて良かったとも思っている自分もいるが、やはり身体は闘争を求めている。

 

「あーあ間に合わなかったか・・・ざーんねん。まぁ、ナイスシュート。3点あげるよ」

 

「神社にいた刀使はどうした?」

 

結芽の軽い態度もそうだがパラディン達と戦闘して消耗している可能性は否定出来ないが手練れの迎撃部隊を無傷で殲滅する手腕を見るに何が起きたのか想像は出来るが睨みを利かせている孝子。

そんな様子を知ってか否か当て付けのようにわざわざ持ってきた聡美の御刀をチラつかせ、事態を強調してくる。

 

「ぜーんぜん手応え無くて寝ちゃいそうだったよ。ま、この御刀の人はちょっとはマシだったかな!」

 

既に倒した相手には関心がないかのように孝子の足元に転がって行くように孝子の足元に聡美の御刀を投げつけてくる。

 

「聡美・・・」

 

身体に矢が刺さったままであるが一向に投降する気配のない孝子に対し、挑発的な口調で写シを張りながら言葉を投げかけてくる。

 

「やるの?そんな状態で?待っててあげるからその矢抜きなよ。何なら手伝ってあげようか?」

 

「必要ない・・・・ぐっ!」

 

自身の身体に刺さっている矢を素手で引き抜き、痛みに耐えつつ地へと棄てる。

 

「荒魂に頼っているお前達なんかに・・・負けはしない!」

 

その孝子の一言は挑発とも単なる強がりとも言える発言だが、舞草の中では親衛隊は身体の中に荒魂を入れて肉体を強化しているという話を聞いているため、そう思い込むのも無理はないだろう。

 

しかし無知は罪とでも言うべきかその発言は彼女の導火線に着火した。眉間を内側に寄せて眼を細め心底不愉快そうな表情を浮かべ吐き捨てるように言い放つ。分かっていないようだから力で骨の髄まで理解させてやると決心させた。

 

「あっそ」

 

不機嫌そうな呟きと同時に結芽は加速して孝子の左胸の辺りに突きをお見舞いすると身体を貫いてダメージを与える。

それだけでは済ませる筈もなく今度は背後に回り込んで連続で袈裟斬りをお見舞いし、四方八方に回り込んで斬りつけると孝子も力なく地に伏せてしまう。

あれだけ斬られても写シが剥がれない辺り精神力は強いと想像出来るが結芽はトドメと言わんばかりに孝子の背中にニッカリ青江を突き刺して来る。

結芽は自身の力を存分に見せつけた上で孝子を見下ろして言い放つ。

 

「私、戦いに荒魂なんて1ミリも使ってないもん。これは全部私の実力なの!」

 

子供が意地を張ってムキになっているかのように徐々に語気がエスカレートして行っている辺り相当本気でイラついていることは見て取れる。

しかし、こんな些細なことでイラついた自分にも腹は立つため、孝子からニッカリ青江を引き抜くとパラディンの残骸の中に佇みながら潜水艦の方向をただ見つめている。

 

その頃、刀剣類管理局の本部では廊下に出て、窓ガラスから月を見上げる真希、廊下の壁に腕を組んで寄り掛かかる寿々花、浮かない顔のまま下を向いている栄人は今頃結芽とSTTが舞草の構成員を捕獲しに向かった面々の話ことを話していた。

 

「結芽は今頃、どうしてるかな」

 

「・・・分かりません。トゥームスがヴァルチャーで里全体を見ながらパラディンを操作して反乱分子の戦闘員達を攻撃して彼女が戦いやすい状況を作っていると思うので彼女が不利になると言うことは無いと思いますが・・・」

 

「そうでなくてもあの子、手加減という物を知りませんから」

 

栄人は後ろめたさもあるのか当たり障りの無いコメントをしているが真希と寿々花の表情と声色から結芽への強い信頼感を感じ取ることは出来る。

 

だが、自分は気休め程度にしかならない今自分が出来るであろうことを考慮してパラディンの戦闘プラグムに可奈美と舞衣を顔認証で照合したら攻撃しないように設定し、例えパラディンが攻撃しなくとも結芽によって彼女らが捕獲される可能性も無くは無かったが彼女達が少しの間だけでも逃げられる可能性を1%でも上げられればと思いこのような行動を取ったこと。

リスキーで、現実を見ていない行動であることは理解しているため2人との間に壁を感じていた。

 

(せめて、お前らだけでも・・・少しの間だけでも逃げててくれ)

 

潜水艦に乗った一行が去った後は祭りの後の静けさとも言える程閑散としており、事態の収集に当たっているSTT隊員が結芽とパラディンを操作したヴァルチャーの攻撃により戦闘不能になっている戦闘員達を捕獲し、護送車に乗り込ませて行く。

中には神社の祭壇から祀られていたノロを持ち出す者もいる。

 

ヴァルチャーは未だに近辺に潜伏者がいないかを里の上空を旋回しながら確認しているとふと視界に神社の境内の水飲み場に佇む結芽が入る。

結芽の戦いぶりを見ていたため、彼女程の逸材はそうそういないだろうと贔屓目無しに評価していたが以前に地下牢に入れられた頃に栄人を呼びに来た人物の声と似ていることからあの時のガキか。と合点が行った。

 

「ゲホッ!ゲホッ!」

 

直後に結芽は唐突に胸の辺りを抑えて激しく病的な咳をし始めたため、何事かと表情を確認すると彼女は表情を苦痛で歪ませながら吐血し、血を受け止めた掌には拳大の血溜まりができていた。

 

あれだけの激しい狂ったような強さを見せつけていた彼女が、突如苦しみ出して吐血した姿を見る辺り彼女には何か秘密があると察知したヴァルチャー。

同時にヴァルチャーは長年戦場にいたため何度も目の前で戦死するものや負傷して数日後に死亡する者達を大勢見てきたため、()()()()()()()には敏感になっている。ヴァルチャーの直感はまた新しい戦いの予感を告げている。

 

「へぇ・・・こいつはまた・・・」

 

鳥型のヘルメットの下で興味深そうな歪んだ笑みを浮かべた後、再度周辺の散策へと向かうのであった。




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第44話 明日への決意

あー年末忙しい。進むけどちと途中感あるのは許して


舞草の里が壊滅した後の早朝、刀剣類管理局の舞草構成員の摘発の魔の手は伍箇伝にまで伸びていた。

 

長船女学園の真庭紗南学長、美濃関学院の羽島江麻学長、平城学館の五條いろは学長。三校の学長達は舞草構成員の疑いをかけられ、学校自体が各県警及びSTTにより制圧されて閉鎖された。

中でも江麻と紗南はテロ計画の首謀者の一員として疑惑をかけられ拘束されてしまった。

 

そんな状況を全国ネットでニュースとして大々的に取り上げられている。

そして、東京の大手新聞社デイリービューグルでは社員一同が慌ただしく記事を作成する作業に取り掛かり、常に不機嫌そうな社長である武村純一ことジェイムソンは水を得た魚のように生き生きとしながら舞草側からしたら非常に傍迷惑なことを行っていた。

 

「ガハハハハ!コイツは特ダネだ!一面記事に載せられれば大儲け出来る程のな!急いでこの記事を作成しろ!見出しはこうだ!伍箇伝の学長テロ計画に加担!?首謀者はスパイダーマンの可能性!よし、これでPV数を稼げるぞ!ほらそこモタモタするな!少しでもモタついた奴は即効クビにしてやるからなああああ!」

 

ジェイムソンの怒号に社員一同が「テメーも働け」と内心で舌打ちして毒付きながら大急ぎで作業を進めている中当の本人は意気揚々と社長の椅子に座り、パソコンの椅子に座りラジオ曲と連絡を取り自身の持ち番組である『ネットニュースジェイムソンのファクトニュース』へと接続し、担当のDJが仲介役を担当する。

お得意様である刀剣類管理局からの依頼であるためかすぐ様行動しない訳にもいかないからだ。

 

『日本国民の諸君、ジェイムソンのファクトニュースの時間だ。日本に溢れる未知の脅威についてお知らせしよう。現場の映像に注目だ』

 

現場に赴いているリポーターとカメラマンが映す映像がテレビにされる。そこにはSTTが長船に突入して阿鼻叫喚になっている姿や学校そのものが閉鎖された美濃関の刀使達がSTTに御刀を没収していく光景だ。

 

『見るがいい!このショッキングな映像を!各県警は大規模テロの疑いで伍箇伝の長船女学園と美濃関学院に強制捜査に入ったようだ。当局によると両校共に刀使による戦闘部隊を編成しテロ行為の準備を進めていた模様だ。なんと嘆かわしい!本来は国家公務員として国民を守る立場でありながら国民から余計に税金を巻き上げるだけでなく、陰では長きに渡り日本を守って来た刀剣類管理局に牙を剥き、謀反を起こそうとしたのだ!』

 

捲し立てるジェイムソンの勢いは留まることを知らない。だが、と一度区切ると今度は落ち着いたかのように喋り出す。非常にテンションのアップダウンが激しいノリについて行けない視聴者達であるがこれは国家を揺るがす大ニュースであるため皆ファクトニュースに釘付けになっている。

 

『だが、問題は彼等がいつからこのような準備を進めていたのかだ。今になって問題が露出し始めた所を見るに直近で何かアクションがあったと考えて良いはずだ。長年準備を進めて来た可能性も高いが、どうもここ数日間世間を騒がせている仮面の悪党がいるだろう?』

 

ジェイムソンが国民に語りかけるように問いかける。普段彼の書く記事やファクトニュースの内容を聞いていれば大方予測出来る内容だ。

そのまま続け様に言葉を紡いでいく。

 

『そう!荒魂以上に厄介な仮面の悪党!スパイダーマンだ!奴が数日前に住宅地を襲撃するというテロ行為に走って数日経たぬうちにこの騒動だ。何かしら関連があると見てもいいだろう!現在警察はこの事件に深く関与していると思われる折神家関係者の女を重要参考人として追っている。引き続き続報を待つがいい!』

 

ジェイムソンはその後もファクトニュースを続け、国民はその放送の内容に微動だに出来ない程に釘付けになっていた。

そのニュースの一部始終を病室のテレビを通してハーマンとアレクセイも眺めていた。彼等の治療は終わり、もう既に退院扱いで自由に動けるのだが病室を出る前にこのようなニュースが流れたのだから釘付けになるのも無理はないだろう。

 

「なんか知んねーけどこれ俺らの仕事ほとんど終わったんじゃね?ショッカーとライノも夜には治るらしいがやる事なんて局長とかいう奴の警護くらいだろ」

 

「そうかもな。だが、あの子達がただで終わるような気がしない。気を抜かない方が良い」

 

「あぁ、知ってるよ。来るなら来るでぶっ潰すだけだ」

 

アレクセイの真剣な表情から見て取れる。彼等のしぶとさを侮ってはいけない。何かしら仕掛けてくると直感が告げている。同様にハーマンも彼等と戦い、その根性、何かを成し遂げるための信念を知っているためか気を抜いてはいない。

左の掌に右拳を軽く打ち込むと渇いた音が病室に小気味よく響く。

 

一方、潜水艦で逃げた面子は日本の海の海中を潜水していた。ハッピーも脱出以降から今の時間まで操舵をしていたため、休憩のために今は交代して操舵室を離れて皆がいる一室まで来て非常に疲れている様子で姿勢を崩して楽にしている。

しかし、集まっている一同の表情は暗くまるでお通夜ムードであるため雰囲気にそぐわない態度はしない程度にだが。

 

辛うじて入ってきた情報を整理する累と朱音により皆が陸での様子を把握できる。勿論最悪な情報しか入ってこないが。

 

「孝子さん達・・・大丈夫かな・・・」

 

「長船と美濃関が・・・」

 

「平城も警察によって封鎖されたそうです」

 

「一気に窮地に追い込まれたね…大分前から仕組んでたんだろうか」

 

フリードマンの言葉通りかなり前から仕込んでいたからこそここまで用意周到に自分たちを殲滅出来たのだと理解することができた。

だが、何故場所が分かったのか?こればかりが気がかりだ。

 

「どうして里の事が知られていたんデショウ?」

 

「舞草内に内通者がいた痕跡はないしあの里の情報は地図やネット、スターク・インダストリーズのバックアップも込みで衛星からもリアルタイムでデリートし続けてるからね」

 

「本来ならGoogleマップにも映らない筈なんだけどな」

 

ハッピーとフリードマンの言う通り、あの場所は簡単には見つけられない場所だったに違いない。現に昨夜までは隠し通せていたのだから。

知るにせよ容易ではない筈だ。ならば見つけたと考えるのが自然だと理解させられる。

 

「知られていたというより何らかの方法で見つけたんだろう。もしかすると今の我々の位置も筒抜けかもしれないな・・・」

 

「問題は邪魔者がいなくなった奴等が次に何をするかだ」

 

「まさか20年前のような!?」

 

累の言葉に肩を竦めながらフリードマンは戯けているようにも見える発言をする。しかし、表情や声色からは心底落胆していることが見て取れる。

 

「それで済むかな?今や折神家に集められたノロの総量はあの時以上の筈だよ。まさにステイルメント。打つ手なしだね」

 

ステイルメント。今のこの最悪の状況を現す一言は全員の胸に突き刺さる。

直後に携帯を見ていたハッピーがいつも通り不機嫌そうな口調でスターク・インダストリーズならどうかと思って連絡を取ろうとした所逆に向こうから連絡をよこされたことを説明する。

 

「さっきウチの日本支部の奴から連絡が入った。ウチもガサ入れされそうな勢いだから戻って来ない方がいいってさ」

 

「なら、いっそ国外にでも逃げるかい?トニーとの連絡は?」

 

「まだ取れない。かなり遠くにいるから時差もあるし、合流もすぐには無理かもな。ただGPSで俺達の位置は分かるのが救いだな」

 

潜水艦の中では重苦しい空気がのし掛かったまま虚無に時間だけが過ぎて行く。トニーと合流出来る可能性はまだ残ってはいるがこの潜水艦の場所を突き止められて全員確保されないとも限らないという予断を許さない状況は続く。

 

刀剣類管理局司令室では、皆が先程までは慌ただしく業務に徹していたが舞草関係者を次々と摘発していく事で徐々に落ち着きを取り戻して行く。

寿々花が報告の内容が綴られているタブレットの画面を見ながら淡々と状況を整理して行く。

 

「舞草と思しき者を全て掌握しました。これで事態は収束に向かいますが・・・」

 

ため息と同時に紫の手腕には感嘆とするしかなため、寿々花は肩を落とす。

 

「あれほど我々を悩ませた組織をほぼ一夜にして壊滅に追い込むなんてえげつないほど鮮やかな手腕ですわね」

 

これまで影も形も掴めなかった、長年水面下で行動してきた組織を一晩で壊滅させるというまさに神業を披露されたのだから無理はない。

タブレットに目を通しながら捕獲者のリストを確認していた。リストの中に舞衣と可奈美の名前が無いことにほんの少しだけ安堵するが彼女達が舞草の人間として逃げ続ける以上安息の地など無い。彼の不安が消え去ることは無いだろう。

 

「現場に向かわせたSTTには刀使の写シ対策のための武器とそれを装備した大量のパラディンを持って行かせるように命じられました。かなりの数のパラディンを破壊されましたが里の戦闘員を大方捕獲したそうです」

 

「対刀使用の武器をわざわざ開発してたなんて。舞草対策だとしても少しの容赦もありませんわね」

 

ここまで徹底した対策を取って里を殲滅させる容赦の無さと手際の良さ。ここまでスムーズに行くとなると一から十まで計算済みだと思わざるを得ない。真希もそう考えているようだ。

 

「紫様は十条姫和の起こした御前試合の一件からここまでずっと布石を打っていたんだろうか」

 

「それ以前から、という感じですわね。わたくし達の敗北も布石の一つ、だったのかもしれませんわ」

 

「結芽はいつ戻って来る?」

 

舞草の里を壊滅させたとは言え肝心のフリードマンを含む残党達が何かしらの手段で攻めて来ないとは思えない。紫に次ぐ管理局の最強戦力であるため彼女がいてくれた方が安心出来るからだ。

 

「近いうちに戻って来る筈です。ヴァルチャーの上空からの索敵能力で里近辺の人間を捜索するのに時間は掛からなかったのだと思われます」

 

「舞草の拠点を壊滅か・・・手練れの刀使も随分いたと聞いていたが・・・」

 

パラディンの攻撃により彼女が戦い安い状況を作っていたとは言え、やはり親衛隊最強戦力の名は伊達では無いということか手練れの舞草の刀使を殲滅する手腕は見事としか言いようがない。彼女が刀使として実際に戦っている姿をあまり見たことがない栄人でもそれがどれだけ凄いことなのか理解させられてしまう。

片手間に鍛錬に付き合った程度でしか無いが、竹刀での試合であれだけ強いのだから御刀でも強いのだろうというのは容易に想像でるのだが。

 

「紫様は?」

 

「祭殿でお務めです。ずっとお籠りになられたままですわ」

 

紫は長時間祭壇に篭りっきりになっている。今まさに20年分のノロと融合しようとしているなど局の本部にいる者達には知る由もない。

真希と寿々花が会話をしている最中、栄人のヘッドセットにプライベートチャンネルで通信が入って来る。大方この通信方法を使って来る相手も、通信を送ってくる理由もパラディンに特殊コマンドを入力した本人からすれば一瞬で察することが出来た。

 

『よぉ坊ちゃん。お陰様で一旦任務完了だ。今着いたから後で腹割って話そうや・・・俺らだけでな』

 

「分かった。格納庫で待ってろ」

 

任務を終えて帰還したヴァルチャーから皮肉を交えてかなり不機嫌なのが伝わって来るが敢えて2人で話そうというのは彼なりの配慮だろうか。

一方で仕事を依頼しておきながら私情を挟んで彼等を逃す手伝いをしてしまったのだから文句の1つでも言いたくなるのも当然かと思い、覚悟を決めて他の人からは聞こえない程度の声で場所を指定した後に通信を切る。

丁度休憩の時間になったため、真希と寿々花に声を掛けた後に司令室から抜け出してヴァルチャーの待つ格納庫へ駆けて行った。

 

 

「私…戦いたい」

 

潜水艦の寝室にて可奈美、姫和、舞衣、沙耶香、薫、エレン、そしてねねの6人と1匹はベッドに腰掛けつつ待機していた。先程の皆で集まった時のようにお通夜ムードであったが舞衣がどこからともなく、今の自分の湧き上がって来る気持ちを皆に吐露する。

その発言により、皆の視線がそちらに向く。

 

「十条さん。私あなたに戦う理由がないって言われてずっと考えてた。自分がどうしたいのかって」

 

どうやら昨日訓練の後に言われた事が、彼女なりに巻き込まないように気を遣った発言で敢えて突き放していた発言だったのだが指摘されてからずっと突き刺さっていたらしい。

 

「私は可奈美ちゃんや颯太君に追い付きたくて、沙耶香ちゃんをほっとけなくてここまで来た。ただそれだけで、状況がどうなっているのかも紫様の事も実感がなくて・・・でも、颯太君が皆の為にドローンに向かっていく姿や聡美さんや孝子さん、他にもお世話になった沢山の舞草の人が命を懸けて戦う姿を目の当たりにして改めて思ったの。これ以上目の前の人達が傷付くのは嫌だって」

 

彼女は管理局に強い因縁がある訳でも無ければ、命を懸けてでも管理局と戦う理由が無かった。ただ、状況に呑まれ、流され、気付けばここまで来ていた。

だが、仲間の為に鉄条網に身を投げる彼等の背中を見て、傷付いたとしても戦う姿を見て勇気付けられて戦う理由を見出す事が出来た。

 

「私の力では全ての人を助ける事はできないかもしれないけどせめて見える範囲の人達だけでも助けたい。それが私の戦う理由だって」

 

「私も・・・私にはそれしかできないから」

 

舞衣の決意を聞き、沙耶香も自分には戦うことしか出来ない。だが、それでも同じ気持ちであることを告げる。低く淡々とした口調だが声色には確かな熱意が篭っている。

 

「オレも里のみんなの仇を討つって決めた。このまま黙っていられるか」

 

寝そべってだらけた姿勢ではあるが普段はダラけている反面誰よりも義理人情に熱い薫も闘志を燃やしていた。仲間を傷つけられて心中穏やかでは無いのだろう。

 

だが、皆がやる気になっている最中普段は惚けているかのように見えるが最も

この不利な状況下で行動することのリスクを冷静に把握しているからこそエレンは反論する。

 

「ちょっと待ってくだサイ!残った刀使は私達だけなんデスよ?そもそもこの状態でどうやって・・・」

 

「この艦を下ろしてもらって孝子さん達の無事を確かめに行きます」

 

「それから鎌倉に戻る」

 

舞衣と沙耶香のプランはあまりにも無謀で、無策で行けば同じく捕まるのがオチだろう。

だが、彼女達の目には硬い決意を感じる。

 

「敵は一人じゃありませんよ!大荒魂に辿り着くまでにはきっと沢山の障害があります!」

 

「十条さんは一人でその障害をかいくぐって紫様に一太刀入れました」

 

「そこのぺったん女にできて俺達にできないはずはない」

 

姫和が御前試合の決勝戦であそこに辿り着くまでに、敵にバレずに一太刀入れたのも方法を考え、自分の命に関わることでも躊躇い無しに行動する事が出来た。

例え障害があろうとも諦めずに挑み続ければ必ずそこに綻びが生じる。それを彼女は命を懸けた一突きが証明してくれた。そんな彼女の姿もまた誰かを勇気付けた筈だ。

 

「はぁ…やれやれデス。わかりマシタ。皆さんだけでは頼りないですから私も一緒に行きマスヨ」

 

「ねねー!ねねねー!」

 

エレンも彼女達の熱意に押され、自分も共に戦う決意をする。状況を冷静に分析することも大切だが時には自ら行動してでも運命を変えなければよりよい成果を得ることは出来ないからだ。

エレンが重い腰を上げたのを皮切りに最初から姫和と共に戦い続けることを決めていた可奈美は真剣な顔で、だがそれでも不敵な笑みを浮かべながら姫和に喝を入れる。

 

「姫和ちゃん!みんなで行こう!」

 

「いいのか?」

 

自分一人で成し遂げなければならないと決めていた大荒魂退治。人と壁を作り他人を巻き込まないようにしていた。だが、今はその重責という重みを肩代わりしてくれる人達がいる。それだけで彼女の心は救われ、閉ざしていた心に光が灯ったかのように表情が少し明るくなる。

 

「・・・ありがとう」

 

「後はアイツにも声を掛けるぞ、今ハッピーが医務室で治療してる筈だからな」

 

気持ちが1つになった今、戦力の一人でもある颯太にも声を掛けようと寝室から移動する事を決意し、腰掛けていたベッドから離れて寝室から退室しようとする。

 

 

 

一方その頃、時を同じくして皆の寝室から離れた医務室ではハッピーが颯太の軽い応急処置を行っていた。傷口の場所が分かりやすいようにハンドメイドスーツの上着を脱いで中に着ていた黒のタンクトップ姿になり、傷口になっていた部分を縫っていく。

身長は高いという程ではないが中学生では平均的な背中に、そこそこ引き締まった程よい筋肉がノースリーブ越しに覗いている。

しかし、昨夜のパラディンとの戦闘によりあちこちに擦り傷が出来ていたがスパイダーマンの再生能力により細かい傷は大方塞がっている。

治り切っていない部分を縫い合わせているのだが現在の追い詰められ、傷心した心情のせいかいつもより痛く感じる。表情もあまり良く眠れ無かったのか目の下に隈が出来ており落ち込んでいるようにも見える。

 

「いてっ・・・」

 

「ほら、リラックスしろ。もうちょいで終わる。お前強いんだろ?」

 

「強くないよ・・・だから痛い・・・」

 

「だからほらリラックスリラックス・・・」

 

ハッピーが気を遣って言葉をかけてくれているが今タギツヒメの手元には20年分の日本中から掻き集めたノロがあり、いつでも融合可能だということ。結局自分は全員を守ることは出来なかったこと。あのような理不尽な手段を敵とは言え人間に対し平然と行う紫に対する憤りが焦りを加速させ苛立ってしまっていた。

いつもは大して痛くもない筈の針のクチリとした痛みが焦り、不安を刺激するかのように責め立ててくるように感じた。これまで何度も戦いで追い込まれる状況に陥っては来たが流石に国家や街に危険をもたらす敵に対し打つ手が無いという現実はどれだけ超人的な能力を持っていようとも所詮は13歳の子供を焦らせるには充分な物とも言えるだろう。

 

これまでの不安や焦り、怒りがついに爆発してしまい、拳を握り締めながら机の表面に力強く叩き付けてしまう。

そして、勢いよく立ち上がってハッピーに向けて感情をぶつけてしまう。情緒の糸が切れてしまったのか涙目になっており、いつもはマスクの下に隠している年頃の思春期の子供の顔に戻っている。その表情からは焦り、不安。そして何よりも悔しさが滲み出ている。

 

「リラックスリラックス言わないでよ!どうやってすんのさ最悪の状況なのに!僕じゃ皆は助けられなかった・・・っ!あれだけ特訓したのに親衛隊が来た時怖くなって足が竦んで、おまけに米村さんまで犠牲にした!それにタギツヒメは里を簡単にサーチしたみたく、いつでも僕らを殺せる準備が出来てるだけじゃなくて20年分貯めたノロと融合してアイツは日本中の人を殺す気だ!なのにリラックスとか言わないでよ!」

 

感情のままに気持ちをぶつけてしまう。実に賢くないし愚かと言えるだろう。

これまで出来る限りは気丈に振る舞って来て、自分なりに自分が抱える問題に前向きに取り組んで来た。紫と戦うと言うことはこれまでにない最大の脅威と戦うということ。これだけの規模の戦いになることは覚悟はしていた。出来ていたつもりだった。

 

だが、彼女は長年舞草が立てていた計画を一晩にして打ち砕き、圧倒的な力と権力で蹂躙した。

自分もトニーとスティーブ の特訓で以前の戦闘訓練も受けていない素人の状態よりは多少はマシにはなっただろう。だが、それでも全員は助けることが出来なかった。それは非現実的で到底無理な事だと分かってはいた。

部隊を分け、朱音を逃す事が何よりも大事であり、その役割を全うすることを選んだのは舞草の人達だ。分かってはいる。だがそれでも自分の無力さを恨まずにはいられない。

 

そして何より最も彼を不安にさせているのはタギツヒメが紫の刀剣類管理局局長というポストを使いこれまで自分の元に集めさせていたノロの総量は正に20年前よりも遥かに膨大な数。相模湾岸大災厄ですら多くの犠牲者が出たと言うのにその時以上の力を手に入れるとなるといつでも復活し、人類への復讐の為に日本中の人間を殺し尽くすことだろう。

 

もし、彼女がそれを実行したら日本中の人間が死ぬ。町の人達も、学校の友人達も、近所の人達も、そして、家族でさえも。

両親が幼い頃に亡くなっている颯太ではあるが自分を実の子のように育ててくれた叔父と叔母がいてくれた。だから今自分はこうして生きている。

父親の代わり。いや、実質彼にとっての父親と言える叔父が自分の力への自覚の無さのせいで死んだ。そして今は残された叔母が唯一の親だ。

タギツヒメが虐殺を開始したら今度は自分にとって母親とも言える叔母も死ぬ。そんな状況下で落ち着けというのは常人ならば難しい事だと言えるだろう。

そして今は頼みの綱とも言えるトニーといつ合流出来るかも分からず、敵がいつ行動を開始するかも分からない状況なのにこれまで自分を守ってくれていたハイテクスーツもない。言葉通り最悪の状況だ。

 

子供のように喚き散らす颯太のことをハッピーは毅然とした態度でただ黙ったまま、眼を逸らさずに真剣な表情で聞いていた。

 

一通り喚いた後で直後に何も悪くない。本来は自分だって不安な筈のハッピーに怒ってしまったことを申し訳なく思い、そんな配慮が出来なかった自分を恥じてすぐさま椅子に腰掛けながら謝罪する。

 

「ごめんなさい・・・貴方に怒って・・・スタークさんやキャプテンだったら皆を助けられたのかな・・・今この最悪な状況でどうすれば良いのか教えてくれるのかな・・・」

 

涙を掌で拭きながら、気持ちを吐露する。

その様子をハッピーは言いたいことを言い終えるまでは受け入れるかのように聞き入る姿勢に入っている。

 

「・・・・」

 

「スタークさんやキャプテンに特訓を付けてもらって、少しは強くなれたかもって思った・・・でも、実際にあの人たちの背中を見て思った。僕はアイアンマンでも無ければキャプテンでも無い・・・ただの子供なんだよ」

 

アイアンマンとキャプテンに特訓を付けて貰ったことで、以前よりは確かに実力は上がった。それは間違いないだろう。

だが、それでもまだ彼らに、彼らのような強い人間になれたのかと言われればまだまだの一言で片付けられてしまえるレベルだ。

これまでの戦いでもアイアンマンが作ったハイテクスーツがあったから、皆がいてくれたから乗り越えられて来たことは本人が一番分かってはいた。

その実力不足の壁を越えるために、そして、皆を守れるようにと短い期間だが彼らに特訓を付けて貰った。そこで思ったのだ。自分も彼らのようにありたいと。

 

だが、まだまだ発展途上であるにも関わらず理不尽は襲って来る。自分なりに地に足を付け、自分に出来る範囲で皆を脱出させる努力はした。だが、それでも全員は助けることは出来なかった。

 

そこで、実感させられる。自分は彼らにはなれない。天と地がひっくり返ってもそれはありえない。

だからこそ、自分ではなく彼らがいてくれたのなら皆無事に脱出できたのではないかと。それはたられば論でしかなく、後からどうとでも言えることだが今の心境ではそう思わざるを得ない。

 

そして、今日本の終焉の刻が刻々と迫っていく最中、残酷なことに自分たちに残された猶予はあまりにも少ない。もし、トニー がこの場にいてくれたのならこの状況をどう解決すれば良いのか教えてくれるのだろうか。スティーブがいてくれたのなら皆の先頭に立って諦めずに引っ張ってくれたのだろうか。

そんな想いがグルグルと頭を駆け回っていく中、これまで傾聴に務めていたハッピーが口を開く。

 

「アイアンマンじゃない・・・アイアンマンにはなれないよ。人は自分以外にはなれない。自分自身になるために誰だって時にはキレたり悩んだりしてるのさ・・・ボスでさえな」

 

ハッピーが語る言葉が耳に入ると少し驚いたかのように反応し、伏せていた顔を上げてハッピーの方へと視線を向ける。

 

無理もない。自分では到達できない、ずっと雲の上のような存在で立派な大人だと思っているトニーが今の自分のようにどうしようもなく追い詰められながら、時にはキレたり悩んだりもすると聞いて少し懐疑的に感じたからだ。

ハッピーは上司である彼のいない所でこのような事を話すのはどうかとも思ったが、今迷走する子供を励ましてやりたいと思って話を続ける。

 

「あの人とは長い付き合いだ。前には自分の命が危なくなってヤケを起こしてキレて暴れたりもした。常に先のことを考えながらも本当は自分のしたことが正しいのかいつも迷ってる。あの人がスゴイのはアイアンマンだから、強いからスゴいんじゃない。今何をすべきか、何が出来るかを考え、行動で示し続けているからだ。それに・・・お前ももう既に持ってるだろ?」

 

ハッピーの語るトニー像から伝わってくる。颯太が立派だと、雲の上の存在だと思っているトニーもまたアイアンマン 、ましてはヒーローとしての重責と人々からの要望に悩み苦しむ等身大の人間だということが。

 

アイアンマンも決して完璧ではない。スーツから出る毒で命が蝕まれた際にはヤケになり、酒に溺れて家で暴れ、脅威を退けても自分の身を守るスーツが無いと不安で不眠症を起こしてPTSDになったり、皆が脅威に対し、来たら倒せばいいというスタンスでいた中彼は先のことを考えて人々を守るというプランとして作成した人工知能は悲劇を引き起こし、後にチームを引き裂く遠因を作ってしまった。

 

だが、そんな彼が今でもアイアンマンであり、ヒーローである理由。それは常に言葉で語るよりも行動で示しているからだ。特別なことが、スゴいことが出来るからスゴいのではなくその人が出来る、その人にしか出来ないことを悩み、苦しんだとしても持てる力で挑み続けているからだ。

そして、ハッピーは言及する。彼自身は気づいていないが昨夜の里の襲撃の時からだが芽生え始めていることに。

 

「えっ?」

 

言われた際にはイマイチピンと来ないためつい素っ頓狂な声を上げてしまう。今の自分ではそこまで思い至るに足る自信がないからだ。

 

「洞窟での大量のドローンとSTTに待ち伏せされた時、お前と孝子は仲間のために危険な鉄条網の中に飛び込んで行った」

 

「あ・・・あれは・・・あの時はああするのが最善だと思ったし・・・皆の消耗を抑えるのが大事だと思ったから。でもあれは誰にだって出来たことだよ」

 

昨夜の潜水艦の前でパラディンとSTTが待ち伏せしていた時、刀使の防御手段の1つである写シを貫通する相性が悪い武器を大量に搭載して誰が行くにせよ避けては通れない道だった。行けたとしてももっと多くのメンバーがリタイアしていた可能性だって0ではない。パラディンに打ち込まれた特殊コマンドについて知らなかったためこう考えるのも仕方ないのだが。

 

しかし、スパイダーマンと孝子は自らも危険でありながらパラディンの隊列に仲間のために躊躇いなくその鉄条網に身を投げた。颯太からすれば写シ対策装備が自分にとってはただの金属矢に過ぎず、負傷のリスクはあったが皆の消耗を抑えるのならそれが最善だと判断したからだ。

 

「誰にでもできたことかも知れないが最も大事なことだ。お前達あの時、皆のために自分にやれる事を放棄せず行動し、今この艦にいる仲間を守った。孝子だって、舞草の一員として何を守るべきか、何が大切なのか分かっていたから殿を買って俺たちの道を作り、舞草の意地を行動で示した」

 

颯太も孝子もあの瞬間、組織のため、仲間のため、何が出来るのかを考え行動で示した。そして、孝子が結芽という強大な敵に対し一歩も退かずに自らが殿を務め、後を皆に託せたのは例え自分達が倒されても必ず残った仲間がいると信じていたからだ。

 

「ボスとの合流もいつになるか分からない、それでいてハイテクスーツも無い上に敵の準備は万端・・・お前はどうする?」

 

状況はまさに最悪。だが、立派な大人だと敬愛するトニーも悩み、苦しみながらも自分のなすべき責務を行動で示し、孝子も仲間のために自分を犠牲にしてでも道を作ったことに思い至った。なら、自分は?何をすべきか?

 

思いたってからは椅子から起立してハッピーの目を力強く見つめて自分の答えを出す。

 

「アイツを止める」

 

自分はアイアンマンでもキャプテンアリメカでも無い。ただのスパイダーマンだ。だが、彼らと唯一変わらないのは迷いもするし、悩みもする完璧では無い等身大の人間であること。

それでも今何をすべきかを考え、行動で示す。そういう風に戦い続ける道も決して間違いではないのだろうとハッピーの言葉で信じることが出来た。

 

そして脳内である言葉を思い出す。「例えどれだけ不利で、打ちのめされていても相手を睨みつけながらまだやれるぞって言ってやる事だ」。キャプテンから教わった事だ。

 

そうだ、まだ自分は生きている。死んで灰になっていないのなら。まだ、脚が地を踏みしているのなら。まだ、手が拳を握れるのなら。まだ、相手を睨む眼力があるのなら。まだ、やれるのなら・・・自分の持てる力で挑み続ける意志が、昨夜の自分の危険を省みずに行動した時のように瞳に宿っている。

 

「あぁいや、それはいいんだが今どうするかだ。何事もまず段取りが必要だろ?」

 

善は急げとばかりに自分のすべきこと、何をするべきかを見出した颯太の言葉に対し、理念自体は伝わったが行動に移すにせよ今大事なのはどういうプロセスを辿るべきか。その為の段取りが必要なことを指摘すると理解したかのように方法を考えようとし始める。

 

「あっ、それもそっか・・・じゃあ」

 

次の瞬間、全身をゾワゾワとした感覚に陥る。いつものアレだ。急いで腕の毛を確認すると腕毛が逆立っている。そう、スパイダーセンスだ。

しかし、いつもと違うのは気を抜くと意識が持ってかれそうになる程強烈な予感を感じ取っている。上に手が細かく震えてている。

これ程までに大きな反応は一度体感したことがある。そう、御前試合での会場でだ。

 

 

 

 

直感で察することが出来る。これはまさに、大災厄の予兆だ。




長くなるのでこの辺で。来年もよろぴく〜


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第45話 Back in Black

あけおめことよろです。話があまり進まんです、スマソ。


スパイダーセンスに強大な反応を示した矢先に皆が会議室に集合している。

恐らくこの現象が起きたことで皆の状況を確かめるためにこの場に集まったのだと考えられる。

ハッピーとフリードマンと颯太は特に何も起きていない。強いて違う所を挙げるとすればスパイダーセンスが働いて危機を察知しているため颯太の腕毛が逆立っているということくらいか。

 

しかし、女性陣は違う。

6人や累や朱音を含めて身体から前後に虚ろな虚像としてまるで幽体離脱をしているかのように自分と同じ姿が映し出されている。

側から見れば分散しているようにも見える奇怪な現象だ。

 

「どうした!?」

 

皆が各々に自分に起きている現象に困惑していると直後に何事も無かったかのように虚ろな虚像は消えて元通りに戻る。

 

「グランパとハッピーとソウタンは何ともなっていませんデシタネ」

 

「僕の方はスパイダーセンスがこれまでに無い程強烈な反応を示しました。何かこう・・・ヤバい予感でムズムズして来る感じ」

 

男性陣には特に何も起きてはいないが危機察知能力であるスパイダーセンスが働いていることを知るとフリードマンは思い出したかのように語り始める。記憶の底に閉まっていた20年前の出来事が扉を開いたようだ。

 

「この現象は刀使達にしか起こらない。以前同じ現象が確認されたことがある。20年前の事だ・・・おそらく幽世で何か大きな変化が起こったのだろう。そして大荒魂が出現した」

 

20年前に大災厄の出現に居合わせたフリードマンの記憶ではタンカーでノロを輸送する最中にも現に今女性陣に起きていた現象を目の当たりにしたことを思い出した。その直後にタギツヒメ が覚醒したこと。

その20年前と同じ現象が起きていることを鑑みるに大災厄の予兆であると察知できる。

 

一向の緊迫した状況から朱音は刻一刻と迫る最悪な状況に対してどのように行動し、民衆に知らせるかを思案するとすぐさま自分も行動に移そうとし、沈黙を破る。

 

「これは国家レベルの災害です。一刻の猶予もありません。この事をすぐにでも人々に報せなければ・・・真っ直ぐ横須賀に向かいます。報道陣を集められますか?そこで私が全ての真実を語ります。折神家が隠してきたこと。そしてタギツヒメのことを」

 

朱音としては真実を国民に伝え、逃げるように促し、かなり距離はあるが最も近い横須賀で緊急会見を開くことを提案する。だが、その行為にはかなりのリスクが伴う。フリードマンはそれを理解しているため釘を刺す。

 

「それが明らかになれば最早この国だけで済む問題ではなくなるかもしれないな。だが折神紫がそれを許すとは思えん。最悪の場合もあり得ます」

 

フリードマンの言う通りそのことを公にすれば紫がすぐ様日本中の虐殺を開始しかねない。それだけでなく国外から攻撃を仕掛けられて更なる被害を生む可能性もゼロとは言い切れない。

しかし、朱音の決意は固く真剣な表情で己の犠牲をも厭わない覚悟を伝える。

 

「私に何が起きようと舞草には協力者がたくさんいます」

 

「駄目です!朱音様の代わりはいません!」

 

「逆に言えばあなたさえ無事ならチェックメイトにはならない」

 

朱音という折神家の人間と言う強い発言力を持つ人物は大勢に反旗を翻す組織に置いて唯一の交渉人。シンボルとも言える存在だろう。

だからこそ、累とフリードマンは朱音に危ない橋を渡らせる訳には行かないとしている。

朱音さえ生きているのならば舞草は黙殺されることもなく完全なる積みにはならないと言える。朱音が唯一の彼らの発言権のようなものだからだ。

 

そんな大人達が言葉を交わす中、既に紫と戦うことを決めた面々は自身の決断を伝えるため、それらを代表して姫和が口を開く。

 

「ならば横須賀から私達は別行動をとります。折神紫を討てば全てが終わる』

 

「攻撃は最大の防御といいマス!」

 

「アイツを止めないと最低でも日本中の人が死ぬ。僕は彼女達に賛成です」

 

脳筋な考え方であるが言葉を持ってしても対話できる相手ではない上に時間もあまり残されていない。姫和の言う通り根源である紫を倒せば、日本の壊滅を阻止できる上にこの最悪な状況を打破する最善の行動と言えるだろう。

皆の表情からは強い闘志、そして覚悟が伝わってくる。

 

「…止めても無駄なようだね。朱音様といい君達といい・・・」

 

フリードマンも皆の硬い決意を聞いて、子供達に戦いを押し付けてしまうことへの罪悪感に苛まれながら浮かない表情をしている。

しかし、ここからが最大の問題。医務室でハッピーが言っていたように倒すと決意するのは良いが今何をするか、どうやってそこまで行くのか?

何事も段取りが必要だというのはまさにこのこと。

薫も些か疑問には思っていたようでそのことを追求してくる。

 

「ところでどうやって折神紫の下に辿り着く?」

 

「え?それは…」

 

横須賀に着いてもマスコミを集める以上はそのことを聞きつけた管理局本部に待ち伏せされるのがオチだ。何より鎌倉である本部に辿り着くまではかなり距離がある。走って行ったら間に合わない上に陸にも敵だらけ。尚且つ頼みの綱であるトニーとも連絡が取れないとなるとより具体的な方法を考える必要が出て来る。

 

悩む一向。颯太も自分も前に里から鎌倉までアイアンマンに運んで貰ったが連絡が取れない以上確実な方法とは言えないだろう。だが、あともう少し。もう少し頭を捻れば何か思い付きそうだがうまく言い表せない。

ここ数日色々あり過ぎたのもあるが、どうしで引っ掛かる所がある。どこで見た?いつ頃見た?そんな思考を逡巡させているとここ数日起きた出来事から逆算して1つの方法に辿り着いた可奈美が口を開く。

 

「ねぇ・・アレ、使えないかな?」

 

可奈美の発言に皆ピンと来なかったようで少しポカンとしているが颯太もようやく引っ掛かっていたことが1つの線となって繋がった。そうだ、山中でエレンと薫に入団テストと称して試された時に空から降ってきたアレがあったことを思い出した。

可奈美の考えを理解した颯太は指を鳴らして親指を立てる。

 

「・・・あっ!そっか!それがあった!ナイス!僕も似たような事したのにすっかり忘れてたよ」

 

颯太の急変したかのように皆困惑しているが、2人だけで納得されてもこちらはイマイチピンと来ない。薫がぶっきらぼうに説明を求めてくる。

 

「おい、お前らだけで納得すんなよどういうことだよ?」

 

思ったよりテンションが上がって普段とは違うような振る舞いをしてしまい、皆の注目を集めてしまっている。注目されている上に人前で発言するのはどうも苦手なためか恥ずかしそうにしているが思い至った結論を伝えることに専念する。

 

「あー・・・シンフォギアってアニメ知ってる?その中でさ、ミサイルは乗り物って言って、それに乗って目的地まで行くの」

 

「あーあのミサイルの上に乗る奴か」

 

「なるほど、S装備の射出コンテナか。あれなら何とか人も入れるし目的地まで飛べるって訳か」

 

日本で放送されているアニメの中に飛行する物体にに乗り、目的地まで移動するという戦法があることを説明するとフリードマンも合点が行く。

エレンと薫を3人の入団テストに向かわせた際にS装備の射出コンテナを飛ばした事を。コンテナの大きさも人間が普通に入れる大きさでもあるためこの中に入り、潜水艦から射出することができれば地上にいる敵と接敵せず、且つ早急に目的地まで辿り着けるということを。

 

光明が指してくるが、説明をした颯太がどこか不安な要素があるのか少し浮かない表情をしている。里の襲撃の際に経験したことが懸念となっているからだ。

 

「あー・・・でもこの方法一番確実ではあるんどけど1個だけデカい問題があって・・・」

 

「やっぱりあのドローンが・・・」

 

舞衣にパラディンがこの突入におけるかなりの不安要素であるこを懸念しているのを察知されている。

颯太はパラディンと交戦したからこそ空中を自在に飛び回り、尚且つ破壊力の高い砲撃や衝撃波を撃ってくるその脅威っぷりを体感している。これがもし、飛行中に襲って来るとなるとかなりの脅威になると察しているのだ。

だが、それ以上に気になることがあるので里で感じたこと。それでいて更に懸念すべき要素があることを伝える。

 

「そうなんだよ・・・僕らを追って来たのは全部倒せたとは思うんだけどアレだけとは限らない。それに里での戦闘で気になってたのがドローンを操っている奴が見つけられなかったことなんだ。本来なら操ってる奴を探し出して一気に叩きたかったんだけどどこを探してもいなかったし、僕らの行く場所がまるで分かるかのようにドローンを向かわせて来た」

 

ドローンのように操り手の指示に従い群れを為して行動する敵の場合、指示を出している。または大元を叩くことで無力化することが常道手段ではあるが操り手はどこを探しても見つけられず自分たちの居場所を的確に把握していたことは気になったがあの時は離脱を優先するあまり意識する余裕はなかった。

しかし、今になって見るとかなり不自然ではあった。

 

ならば、操り手はどこにいた?という話になる。そこで後からではあるが自分なりにここ数日間戦った敵の中でそれが容易に行える相手が1人いたことを思い出し、自分なりの答えを出す。

その場にいて体験した可奈美と姫和も薄々勘付いて来たようで表情が険しくなって行く。大方予想通りだろう。

 

「だから、操っていた奴は僕らが簡単には届かない場所、且つ里全体が見渡せる場所・・・上空から見ていたんだって僕は思う。ビッグバードが治っているとしたら途中で撃墜される可能性も高いと思う。多分だけど里の場所を簡単に特定した奴が読んでいないとは思えない。それに飛んでいる途中で撃墜されるってのもヤバいんだけどもし本殿よりも遠い場所で堕ちたらタイムロスでこっちの負けの可能性も0じゃない」

 

颯太はパラディンを操っていた相手はヴァルチャーである可能性を指摘し、一晩で舞草の里を壊滅させ関連する人物達を捕獲し始める手腕を持つ紫がコンテナでの上空からの突入を予期しているとしたら移動中は無防備になってしまうため、撃墜される可能性もゼロではないということだ。

その話をすることで空気が重くなってしまっている中実際に高速で飛行するヴァルチャーを見ている姫和は対抗策はあるのかを尋ねて来る。この方法以外に今自分たちが取れる手段はほぼ無い。藁にもすがる想いなのだろう。

 

「ならどうする気だ」

 

「誰か・・・空飛ぶコンテナの上に乗ってもバランスを保てる人間がコンテナの上に乗って奴等の攻撃から守る必要が・・・何で皆僕を見るのさ?」

 

対抗策を客観的に思い付く限り考えていると一同の視線が一気にこちらの方に向く。現にその条件に当て嵌まる人物が目の前にいるからだろう。

 

「いや、いるじゃねーか。その人材が」

 

「颯太はクモみたいに色々な所に引っ付ける」

 

「それでいて雑技団みたいなバランス感覚デース」

 

「それに遠くの敵を狙える武器もあるよね」

 

薫、沙耶香、エレン、可奈美に自分が言っていたことに合致するのは自分であり更にスパイダーマンにはそれに見合う条件が整っていることを指摘されて素で焦って素っ頓狂な声を上げてしまうが言い出しっぺは自分である上にこの作戦を行うのであれば必要なことであるため、皆ために出来る地に足を着けた選択だと思い承諾する。

 

「うぐっ・・・言い出しっぺは僕だしね。し、心配するなお、俺がついてる」

 

「一人称、ブレてる」

 

「お願いね、颯太君」

 

しかし、コンテナの上に乗り、皆を敵の本拠地まで護衛するまではいいにせよ里でパラディンと戦闘をしたからこそ生じる懸念がある。

 

「わ、分かったよ。ただ、やるにせよあのドローンは今の僕のウェブシューターの電気ショックウェブの電圧じゃ大した効いて無かったのが不安要素だな。でも海水に浸かってたドローンはショートさせられた・・・電圧さえ上げられれば皆を守りながらアイツを一撃で倒して戦いやすく出来るかも!あーでもそんな電力簡単に用意出来ないか・・・うーん」

 

今自分に課せられた最大な任務は皆を鎌倉まで送り届けること。しかし、ハイテクスーツのウェブシューターの電圧ならば恐らくパラディンを一撃でショートさせる程の威力となりどこで戦うにせよ有効に働くことは想像できるが今のウェブシューターの電力では不可能であることは戦闘で実証済み。そして、それ程の電力を今すぐ用意するなど不可能であると思い思い悩んでいると会話を聞いていたハッピーが思い出したかのように口を開く。

 

「大量の電力ならあるぞ」

 

「えっ?」

 

ハッピーの発言により一気に視線が向く。

一度に皆の視線が集まったことにより注目されてしまうが淡々と、大量の電力を確保出来る根拠を説明する。

実は舞草が使用しているこの潜水艦はアメリカ海軍の所属でありフリードマンの知人から貸し与えられた物だ。

そして、製造元はどこで、誰が作ったのか?という話になる。

 

「この艦の所属はアメリカ海軍だが製造元はウチの会社だ。動力には発電所以上の電力を誇る大型のアークリアクターを使用してる。そして、電力が切れても予備の電力、または極地においても電力を持ち歩いて確保できるように超小型化したアークリアクターがある」

 

この船の製造元はまさかのスターク・インダストリーズ製。そして、動力にはプラズマ技術を用いた半永久機関アークリアクター。アイアンマン の動力にも用いられている物がこの船に搭載されている。

それだけでなく予備電力や持ち運べるように超小型化したリアクターまで存在するというのだ。

そこで、颯太も思い付く。超小型化されているとは言え発電所並の電力を持つリアクター・・・自然と突破口が見えて来たのかテンションが上がって上ずった口調になる。

 

「それをウェブシューターの電力にしてアイツをショートさせられる電圧に変換できれば・・・よし!早速やらないと、作戦開始まで時間も後数時間くらいしかない。後は溶接の道具と半田付け用具一式、それにヘルメットと防護服がいるな」

 

現地に着いたとしてもパラディンの伏兵が待ち伏せしていないとも限らない。ならばこの改造は早急に行わなければ行かないと判断して言うや否や善は急げとばかりに行動が早くなった颯太はウェブシューターの改造をしなければと急いで必要な物のリストを整理しているとフリードマンに横から声を掛けられる。

 

「坊や、この艦にはS装備のメンテナンスを行うラボがあるからそれら一式は揃っている。そして、僕も手を貸そう。効率が上がるよ」

 

「私も手伝うよ。これでも大手S装備開発会社の技術者なんだから」

 

「累さん、博士・・・。ありがとうございます!じゃあ早速・・・」

 

時間も人手も足りない最中フリードマンと累に協力して貰えるというのは非常にありがたい物であるため安堵の涙が出そうになったが時間も勿体無いので以前潜水艦に初めて乗った際にS装備を見せられながら組織の全体像を説明された部屋まで移動する。どうやら装備をメンテナンスするためのラボだったようだ。

颯太とフリードマンと累が室内に入る中皆は少し離れた入り口のあたりで3人の様子を見ている。

 

「坊や、まずはウェブシューターの全体像を決めよう。リアクターを埋め込む以上形はある程度初期段階から想定しないと行けない。いつもなら紙に図面を書くことから始めていたんだろうがこのラボのホログラフィックプリンターなら一瞬で読み込んで大まかな形から入れる筈だ。ウェブシューターを置きたまえ、内蔵データから必要なものを選べるよ」

 

フリードマンが指差しているのはスキャンした物を読み取って3Dのホログラフへと変換するプリンターのようだ。これでまずは設計の大まかな形を早い段階で決めることが出来るのだろう。

ウェブシューターをプリンターのガラス面に置くと一瞬の内にスキャンが始まり、ウェブシューターの形状、構造、構成する素材を読み取ったホログラフがまるで目の前にあるかのように投影される。

 

そのままホログラフに投影されたウェブシューターに触れ、直後に必要な材料、これから改造するに当たって削っていく必要がある部分を選定するためにこなれた手付きで動かして行く。その動作はまるで初めて動かしているとは思えない程スムーズであり手慣れている様子であった。

 

「んーと、違う違う違う・・・これはいらないな。リアクターが場所を占めるからなるべくパーツはコンパクトにしないと」

 

今思うと何だかんだで皆が颯太がウェブシューターを作成するのを目撃するのは初めてであるため普段の頼りない感じでもなく、マスクで顔を隠した冗談ばかりを言う陽気さでも無く、1人のメカニックとしての真剣な表情はまた新鮮な物に感じた。

 

一方でハッピーはそのこなれた手付き、時折専門用語を用いながらフリードマンと累と意見交換やアドバイスを受け、それでいて的確に部品を選定していく1人のメカニックとしての姿を見て、よく知るある人物がスーツを作成する場面を思い浮かべてつい笑みが溢れてしまう。

 

「やべえ・・・3人が何か話してるか全然分かんねえ」

 

「専門用語ばかりで流石にな・・・」

 

「頭から煙出そう〜」

 

「私ちょっとは分かりマース!」

 

3人のやり取りは技術者ではなく戦闘員である彼女達からすればまるで別の国の言語のように聞こえてしまうため凄いことが起きているのは理解できるがヤムチャ視点のように置いてけぼりにされてしまっている。

 

直後に颯太が新しく改造するウェブシューターのサイズを合わせるために投影されている腕の形のホログラフに手を通すと手の形に合うようにフィットする。これでサイズ調整は終わりだ。

 

「あー・・・何?」

 

皆の視線が注がれていることにようやく気付く程集中していたのか素朴な表情で問いかけて来る。

 

一方で舞衣はかつて自分のしたアドバイスは今でも彼の背中を押し、支えになっていることを目の当たりにして言葉では言い表せないような不思議な感覚になりながらも自分たちでは手伝えることは無さそうな上に自分たちも英気を養うために現地での作戦を考えたり準備をしようと思い立ち、皆を部屋に戻らせようとして退室して行く。

 

「ううん、続けて。じゃあ、邪魔にならないように私達は部屋に戻ろっか」

 

「うん・・・」

 

ハッピーは颯太の最悪な状況下の中にいながらも限られた時間の中で地に足を着けて行動し、自分の持てる力で諦めずに脅威に挑み続ける意志を感じ取りつつ、腕にホログラフを通した姿を見ると一度不敵な笑みを浮かべる。

そして、横須賀に向けて舵を切るためにすぐ近くの操舵室へと入ってく。それと同時に壁に取り付けられているボタンを押す。

 

「・・・よし、改造は任した、作業用BGMは任せろ。お前らスーパーナチュラルってドラマ知ってるか?妖怪退治って言ったらこの曲だろ!」

 

これから戦いの渦中へ行く最中ウェブシューターの改造の場を盛り上げるため。そして、皆の英気を養う為にミュージックを掛ける。

 

20年前の大災厄の日、命を掛けて戦った人達の想いを、使命を受け継ぎ、再びタギツヒメ という脅威に立ち向かう為に彼の地へと戻る若者達に相応しいと思う曲を流す。

各場所に取り付けられたスピーカーを通して船内全体に重低音のギターとドラム音の前奏が響き渡る。トニーが好きなバンドの曲『Back in Black』だ。

 

フリードマンとエレンはその曲を知っている為一瞬驚いて目を見開くとフィーリングが合ったのかテンションが上がりながら颯太が即座にスパナを軽く宙に投げてキャッチしながらノリノリで反応する。

 

「あっ、叔父さんも前に聞いてた曲だ!いいよねコレ」

 

「まぁ、私的には今は移民の歌かJust A Girl な気分デスが・・・」(ま、確かにこっちの方が今の私たちにマッチしてマスネ)

 

ヘヴィメタル調な曲が流れる最中颯太、フリードマン、累の3人だけが残ったラボでは大まかな形状とサイズを決めた後に今度は具体的な改造のプランへと入って行く。

引き続き颯太がホログラフに投影されたウェブシューターを操作し、両手を広げると映像のウェブシューターが一度分解されこれから内部構造を変えて行くようだ。

 

「それじゃあ、まずは発射時のセッティング。電気ショックウェブの射出機能をinheritance(継承)。前のはバッテリーの電力が足りなかったから射出してウェブシューターから離れると威力が落ちてたけどリアクターの電力量ならデフォルトは電圧を75%アップに固定。これでドローンをショートさせられる筈。で、コンテナの上じゃクソエイムになって安定しないから発射する時は完全マニュアル操作で。風力で軌道が安定しなくなる可能性を考慮して射出時のウェブの形状を流線型に変更、これは内蔵してるバネを形に沿うように溶接する。これなら風力への抵抗を持たせつつ、射出速度をアップできる筈」

 

今回改造する際のプランはまずウェブシューターの動力をリアクターに変更。発電所並の電力を得た事によりパラディンをショートさせられる程の電力を確保した事になる。それでいて稼働時間も格段に引き上げられることだろう。

しかし、電力を上げるだけでは不十分。威力の調節も大切だ。

その電力を調整する為に極地用に持ち出す専用の小型のポータプル変電圧機を埋め込んで電気ショックウェブの電圧を調整できるように施し、OSを専用の物に書き換え、電力量の再計算を短時間で行う必要がある。

累とフリードマンがいてくれて良かったと心の底から安堵しつつ、2人に協力してもらう作業や役割分担を決めて行く。

 

「博士、ではウェブシュータにリアクター専用のモジュールを直結するのをお願いしていいですか?超精密作業をお願いしてしまってすみません・・・僕はリアクターの使用電力の再計算とパーツの溶接の作業に入るので」

 

「誰に物を言っているんだい?僕は君より年季のある技術者だよ、これくらいお茶の子さいさいさ」

 

フリードマンはすぐ様ウェブシューターのバッテリーを取り外し、先程のセッティングで計算した通りの形状になるようにリアクターのモジュールの接続を始める。数々の新技術を開発してきた天才科学者という名は伊達ではないようで半田付けで精密作業を黙々とこなして行く。

 

「累さんは電力量が前より圧倒的に多くなると電圧調整の再計算が必要になるのでそれを調整するために付属させるポータブル変電圧機のOSをこの紙に書いた通りに書き換えてください」

 

颯太がヘルメットを被りながらウェブシューターの内蔵バネを溶接し、金槌で熱したパーツを叩きながら累にOSの書き換えを依頼する。

必要になる電力量の計算と、電圧を調整するポータブル変電圧機専用のOSを即座にメモ帳十数枚程にビッシリと書き込んで机の上に貼り付けてある。

 

累はパソコンを担ぎながら机に貼られた紙を剥がして確認するとその量に驚くがすぐ様、パソコンを机の上に置いて手を高速で動かしながらキーボードに入力を開始して行く。

大手のS装備開発会社のシステム開発に携わっており、数々の技能検定で上級の資格を所持している累からすればOSの書き換え等容易いようである。

 

「オッケー!・・・ってスゴいねこの量!?ま、オラクルマスタープラチナとシスコ技術者architectの私にはこの位朝飯前だけどね!」

 

非常に優秀な協力者がいることでウェブシューターの改造作業は的確に進んで行く。それと同時に潜水艦も横須賀に向けて進行し、作戦開始の時間も迫って来る。

 

そして、自分たちは戻って来る。あの場所に・・・大荒魂のいる鎌倉に。

 

横須賀に行き、その後鎌倉に行くまでに陸にも空にも敵だらけ。自分たちを吊るし上げるために立ち塞がる敵が大勢いるだろう。

今、自分の手元にはハイテクスーツも無い、それでいてトニーとの合流もいつになるか分からない。

 

だが、先人達の想いを引き継ぎ、苦境の中で困難に挑み続ける若者達の鉄の意志は今、目覚めを迎える。




モービウスの予告のラストにめっちゃ意外な人が出てて超ビビリましたわ・・・。


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第46話 刹那の輝き

今回は管理局側視点です(ま、間延びちゃうわ)。この辺がムズ過ぎるから過度な期待はせんでくだちい。
1月2月はちと時間取れんですたい・・・


先程の隠世からの現象は日本全土に起きていたため、刀剣類管理局本部でも同等の現象が起きていた。その直後に朱音がマスコミを横須賀港に集め、投降するという暴挙に出たという知らせを聞いて皆が混乱している。

 

その現象により結芽が本部へ帰投する時間がかなり早まり、直に戻ってくるということだ。

先程まで格納庫にてヴァルチャーを装備していたトゥームスに呼び出されて会話をしていた栄人はその時のやりとりを思い返しながらかなり焦った様子でヘリの発着場まで駆けていく。

 

(結芽ちゃん・・・まさかそんなことになってるなんて・・・あの子に会って本当のことを聞きたい・・・結芽ちゃん・・・・)

 

その表情には暗い影が落ちており、焦り、不安、ショック。様々な感情が見て取れる。

 

・・時は少し前に遡る。

 

ヴァルチャーに呼び出されて格納庫に来ると、トゥームスは既にヴァルチャーを解除して生身の状態になりヘルメットを隣に置き、テーブルの上に座ったまま姿勢を崩すという非常に行儀の悪い態度で待ち構えていた。

時折貧乏ゆすりをしている様を見るにかなり不機嫌であるのが見て取れる。

 

「来たぞ」

 

「あぁ、気やがったか。ま、適当に座れや。ここには俺らしかいねえし見張りの類もいねぇ。てめぇがしてくださりやがった失態は誰にも漏れねえから安心しな」

 

どうやら誰もいない所に呼び出したのは、栄人がパラディンにした細工は管理局側からすればとてつもない裏切り行為に抵触する行為であるとも言えるため雇主に極力配慮した結果だろう。

適当に格納庫内の箱に腰掛けるのを確認するとトゥームスは嫌味ったらしい口調を崩さずに話を続ける。

 

「まずだ・・・坊ちゃんよぉ、テメェはまず何がしてぇんだ?ネズミ共を取っ捕まえるために俺とパラディンを嗾けておきながらテメェのダチだっつーガキ共は攻撃しねえように細工するなんて随分舐めた真似してくれたじゃねぇかおい」

 

トゥームスが腹を立てているのは後少しで彼らを捕まえられたかも知れないのに装備の使用権限を持つ栄人のみが可能なパラディンへの細工。顔認証のシステムで舞衣と可奈美は攻撃しないように設定していたことについてだ。

 

虚を突いて彼らを攻撃出来たのなら残党の内1人でも捕まえられたのではないか、敵の戦力を削ぐことが出来たのではないか。何より実際に可奈美達が戦う様を目撃している身としては即座に手を打ちたかった身としては雇い主とはいえ説明も無しに私情を挟まれたことは腹が立つため、信頼がないのは分かるがそんな甘いことを言ってはいられない状況下でそのような行動を取った理由が聞きたい。というものだ。

 

一方、自分が細工をした事はいずれはバレたかも知れないが未だに自分は管理局に協力する会社の人間として反逆者と戦うか、友達を逃すかという狭間で迷っていたから大した意味は無いのかも知れないがせめて彼女達だけでも、少しの間だけでも管理局の人間にテロリストとして扱われ、処理される前に逃げて欲しいという想いもあってパラディンに細工をした。

管理局に協力する会社の人間としての立場、彼らの友人という立場、その2つに板挟みになりながら矛盾した行動を取っている自分は情けなく思っているが自分は簡単に立場に背ける立場じゃない。彼らのように選ぶ権利すら与えられていないに等しい状況だからだ。

 

しかし、雇い、命令を出しておきながら私情を挟んで足を引っ張ってしまったことは申し訳ないとも思っている上に何も喋らないのは不誠実ではあるため、震える喉から声を絞り出して眼前の相手に向けて言葉を向ける。

 

「管理局は既に2人をテロリストの一員として見なしてる。捕まったら2人はテロリストとして相応の扱いをされてしまう・・・国家に背いた人間を管理局は許しはしない・・・確実に殺される。だから、せめて2人だけでも一分一秒でもいいから少しでも長く逃げて欲しくてだから・・」

 

「はっ!てめぇの頭はハッピーセットかよボケガキが!・・・これだからゆとり丸出し頭のガキはムカつくんだよ」

 

次の瞬間に栄人の顔の横を風を切る音を立てながら長身の男の長い脚が横切って背後の壁に靴底が激突し、格納庫に轟音を響き渡らせる。

トゥームスが当てるつもりはさらさら無いがあまりにも中途半端なスタンスで私情を挟み、既に手段を選んではいられない状況であるにも関わらずに未だに甘い事を言っている様に腹が立ってしまったため、ついカッとなって彼の背後の壁に蹴りを入れる。

強い衝撃とビリビリとした空気の中、突如背後で大きい音がしたので目を見開いて驚いている。

 

そんな彼の様子を知るや否や制服のネクタイを掴んで引っ張り、威圧しながら話を続ける。その気迫に押されて蛇に睨まれたカエルと言った具合に硬直してしまうが視線は逸らさない。というかこちらに向けて来る怒気を纏った視線を前にして身動きが取れない。

 

「てめぇ状況分かってんのか?ダチだか何だか知らねぇが奴らは既に他国と共謀して国家転覆企むテロリスト共の仲間入りしてんだよ、仮に騙されていようがいまいがな。そんな奴等から国を守んのが管理局様とてめぇの会社の仕事だろうが」

 

既に状況は変わっている。まだ数日前の御前試合で紫を襲撃した姫和に咄嗟に協力した可奈美も早めに捕まえられたのならまだギリギリ庇えなくも無かったり、その反逆者一味であるスパイダーマンに沙耶香と共に付いて行って管理局から離反する行動をとった舞衣もまだスパイダーマンや舞草に騙されている可能性も無くは無いとして庇えない物でも無かった。

だが今は違う。彼らは長年反抗の牙を研ぎ続け、他国と結託してテロ行為を画策している舞草の一員として管理局に見なされてしまった。

 

日本では他国と共謀したてテロ行為を行なった者は死刑に相当するものであり管理局にそう見なされてしまった以上、未成年とはいえ2人共捕まれば只では済まない。

現に対刀使用の装備を搭載したパラディンや御刀に反応するファインダーを搭載し、STTに特殊装備を持たせた所を鑑みるに荒魂として処理するつもりだったのだろう。

 

「で、奴等は長い年月を掛けててめぇらに反抗するために牙を研いで大将の首を狙ってやがった正真正銘ぶっ潰さなきゃならねえ国の敵だっつーのにダチだから、捕まって欲しくねぇから何もしねぇならまだしも私情を挟んで逃すだぁ?戦いをバカにすんのも大概にしろや」

 

既に彼1人がどう足掻いた所でどうこう出来る問題では無いのだが、それならそれでどちらの味方もせず何もしないでも、管理局から離反して彼らの側に着くでもいいし、管理局の人間として彼らと戦い務めを果たしても良い筈だ。

だが、管理局の人間としてパラディンやヴァルチャーを送り出しつつも彼女達を捕まって欲しく無いから逃すという筋が通っていないというスタンスは看過出来なかったためつい感情的になってしまう。

 

「・・・・・・」

 

トゥームスに投げかけられた言葉の圧に押されてつい押し黙ってしまう。自分のどっちつかずの中途半端なスタンスは会社だけで無く管理局にも迷惑を掛けかねない行為であり、それを堂々と突き付けられたからだ。

友達と戦いたく無い、だが会社の人間として戦わなければいけない。

 

可奈美と舞衣の事も大事だが、会社の経営を支えてくれている管理局の長である最大のクライアントである紫、無表情で何を考えているか読めず現状最も接しにくいが職務に忠実で真面目であり丁寧に接してくれる夜見、昔から知っていて実姉のように慕っている寿々花、面倒見が良く凛々しくて気の良い人物で素直に尊敬できる真希、この苦境の中でそのことを払拭してくれる結芽。

 

自分の立場もあるが新しく知り合った人達のことも大事になっており裏切ることができない状況に立たされ未だに自分の身の振り方を決められずにいたのでトゥームスからぶつけられる言葉が突き刺さってしまい何も言えなくなってしまっていた。

 

そんな様子を知ってかトゥームスは先程まで怒鳴り散らすパワハラ上司のような態度から一転して掴んでいたネクタイを離してやる。

硬直している最中に急に手を離されたためバランスが取れないままゆらりと身体が揺れながら尻餅をついてしまう。

 

「はぁ・・・どうしようもねぇ野郎だなテメェは。いいか?今のてめぇの半端なスタンスが気に食わねぇから教えてやる」

 

トゥームスはため息をつきながら唖然としている栄人に向けて小言を吐き始める。決して老婆心では無く単なる嫌味でしか無いことは様子から伝わっては来るのだが。

 

「立場がどうだのダチと戦いたくねーだのうだうだ理屈っぽく決めんのを有耶無耶にしてっからこうなんだよ。あのガキ共を逃した所で捕まる時間が先延ばしになっただけ。遅かれ早かれ奴らがテロリスト扱いなのは同じだ。問題を先延ばしにしても何も解決はしねぇんだよ」

 

 

「そんなの・・・分かってるって」

 

 

「はぁお〜ん?なら今すぐ連中をぶっ潰すか管理局様を裏切るか決めてみろよ」

 

「それは・・・」

 

トゥームスに突きつけられた選択肢はかなり両極端ではあるが今の自分にある数少ない選択肢ではあるだろう。だが、そのような大事な決断はすぐには下せない。自分には立ち場や大切な人たちがいるのだから。

 

「ほら、決められねぇ。てめぇは立場に背く度胸も無ければ連中と戦う勇気も無ぇ。全員に良い顔して嫌われないようにしたいんだろうがそんなもん幻想なんだよ、この世界ではな。てめぇに良くしてれる奴もいりゃあ俺みたくてめぇが気に食わねぇ奴もいる」

 

言われた言葉がまさに図星であったため、押し黙ってしまう。

自分はいつも皆の前では都合のいい顔をして御曹司針井栄人でなければならなかった。そのために上っ面を取り繕わなければならなかったのだが最早どちらかに譲歩していられる状況では無くなってしまったため、それが崩壊の序章を迎えたのだろう。

 

トゥームスはそんな中皆が皆納得出来る選択などないことを。世の中は不平等であり誰もが皆幸福になれる等幻想に過ぎない。誰かを幸福にするのなら選ばれなかった誰かぎ不幸になるのだという自身の人生経験で培って来たことが表情から伝わって来る。

 

 

「全員が全員納得できる選択なんて出来る訳がねぇ、個人の幸せも他人からの評価も平等なんかじゃねぇのよ。大将やスタークのように金と権力を持ってる奴等はやりたい放題、てめぇのように安全な場所でふんぞり返ってることが許されてる奴もいれば、俺たちみてぇな貧乏人のように連中の食べ残しを食うしかねぇ奴等もいる。立場の格差のように人格も違えば価値観も違う。だからこそ衝突し、納得できねぇから戦争は起きるのさ。てめぇの考えや立場に従ってそれが正しいと思い込んでる奴らのおかげでなぁ」

(ま、そんな奴らを煽って武器を売り捌いて戦いを引き起こしてんのは俺らなんだけどなっ⭐︎)

 

トゥームスが戦争の中で生きてきたのも、不平等の中で幸福な誰かが出した残骸やゴミをハゲタカのように漁り、生きるためには手段を選ばずにはいられなかったからなのだと。時には誰かの人格や価値観、それらを利用し、自分たちが戦いを起こしてでも武器を漁り、敵を殺して日銭を稼ぐしかなかったからこそ今の栄人のどっちつかずで中途半端なスタンスが人一倍腹が立ったのだ。

だが、一方的な説教だけではぬるま湯に浸かりまくった甘ちゃんは理解しない。時には年上らしいく諭さなければ甘ちゃんには響かないからだ。

 

「だが、そんな中で唯一誰しにも与えられていて金じゃ手に入らねぇ平等なもんがある。それは時間だ、今こうしている間にも時間が進み、各々がテメェに与えられた時間の中で生きて行動してる。人間で最も大事なのはその限られた時間の中でテメェのやることを決める事、これだけは揺らがねぇ」

 

先程とは打って変わって口が悪いのは変わらないが多少は穏やかな雰囲気になりながら話を続ける。

頭のネジは飛んでいるがやはりここだけは必ず大切にしていることなのだからだらうか。

 

「俺が生きてきた戦場ってのはまさに地獄でな。常に弾が飛び交い爆風が舞ってやがった。そん中で一瞬でもチキったり迷ったりした奴は即座にあの世逝きだ・・・いいかクソガキ、生きるってのは戦いだ。そして、何より大事なのはテメェのやることをちゃっちゃっと決めることだ。テメェみたいな甘ちゃんが戦場に出たら10回はドタマぶち抜かれてんぞ」

 

「分かった・・・」

 

自分は常に少しでも迷ったら死ぬ戦場で生きてきた。その中で最も大切なのは決められた時間の中でやるべき事を決断し、選択する事。

これは我々人間が生きていく中で常に強いられていること。例え些細なことであろうが我々は常に物事を自分なりに決断し、行動して生きている。

 

「ま、何を取るにせよ少なからず男が決めた事に横から外野がくっだらねぇことごちゃごちゃ抜かして来るかも知れねぇが気にすんな。細けぇことなんか一々気にしてもしょうがねぇし、テメェはテメェの決めた事やりゃいんだよ。くだらねぇ揚げ足取って偉そうにゴチャゴチャ抜かす連中は『うるせぇバーカ』って鼻で笑ってやる位でちょうどいいんだ、その方が前向きになれるだろ?w」

 

あまりらしくないことをペラペラと喋ったせいかこういう堅苦しい雰囲気が好きではないからなのかは不明だがフォローのつもりなのか重苦しい空気を変えるために軽い口調で茶化し始める。

 

確かに仕事をする上でストレスが無い仕事など存在せず、一々物事を真面目に受け取りすぎるといつかはパンクしてしまうこともあるのだろうがそこまでお気楽にはなれないと思い冷静にツッコミを返す。

 

「それはお前が軽過ぎるだけだ」

 

「それを言っちゃあお終いよ。まぁ、俺が言いたかったのはテメェが行動出来ねぇのは理屈っぽくグダグダと考えすぎでいつまでたっても準備が終わんねぇからだ。やることはさっさと決めて行動しろ。チャリンコが漕ぎ出したら少しの力で進んでくように決めてから行動したら後はなるようになるだ。老害からは以上ってことで」

 

「・・・用が済んだならもう行く。席を長時間は空けられ無いからな」

 

話が終わったようなので格納庫から本部へ戻ろうと踵を返すとトゥームスはわざと聞こえるようにとぼけた感じで思い出したかのように言葉を紡ぐ。

 

「・・・あーそうだったー。一個大事な事言うの忘れてたぜー」

 

「まだ何かあるのか?」

 

トゥームスの言葉に振り返り、視線が合うとそのまま話を続けて来る。

 

「里の殲滅戦に増援に来たあのガキ、知ってるよな?」

 

「彼女がどうかしたのか?」

 

結芽のことを話題に出され何事かと思っているが結芽とトゥームスに何か関連でもあるのかと思っているとトゥームスの口からは予想外の言葉が発せられる。

 

「あのガキ・・・・もう長くねぇだろうなぁ。多分数日もしねぇであの世逝きだぜ」

 

「・・・・っ!?お前冗談でも言って良いことと悪いことがあるぞ・・っ!」

 

流石にそのような発言を看過出来なかったので詰め寄るとトゥームスは飄々とした態度を崩さずにヴァルチャーのヘルメットを持ってヘルメット内部に記録されているHUDに接続して例の証拠映像を見せて来る。

 

「流石の俺でも冗談でこんなこと言わねぇさ、現に証拠も残ってるしな」

 

「なんだと」

 

「ヴァルチャーのヘルメットに内蔵されてるカメラの記録映像に残ってる。ここだここ」

 

記録映像を巻き戻すと結芽が神社の境内に立っている姿が映し出される。

 

『ゴフッ!』

 

直後に急に口元を押さえて咳き込み始め、掌には拳大の血溜まりが出来ていた。

専門的な知識名がなくともこれがただ事では無い事は理解できるだろう。

あまりにもショッキングな出来事であるため、思わず目を見開いたまま硬直してしまう。

 

「そんな・・・結芽ちゃん・・・」

 

「俺長い間次々に人が死んでく戦場にいたから分かるんだよなぁ、人間がそろそろ死ぬっていう兆候っていうか予感?みたいなのがな」

 

「敵の攻撃をまともに受けた訳じゃないのにこの吐血量・・・結芽ちゃんずっと限界が近かったってことなのか・・・?」

 

トゥームスは長年戦場で多くの人の死を目の前で目撃してきた。今は大分慣れてしまっているので「あぁ、こいつそろそろ死ぬだろうな」と直感で分かる時がある。結芽からもそのような気配を感じ取ったのだろう。

 

「多分そうだろうな。ずっと墓穴に片足突っ込んだまま戦ってたんだろうよ。あのガキを早くに送り込んでりゃもっと早くテロリスト共を殲滅出来たのに今になって送り出したってなると何度も出撃に耐えられる肉体じゃねぇ、ガタが来てるってことだろうな」

 

「・・・言いたい事は分かった。だが、何故俺に態々教えた?」

 

「まぁ、テメェには迷惑掛けたしこの国では報連相が大事なんだろ?」

 

冷静に淡々と結芽が中々出撃の命令が降りなかった理由を考察した内容を話す。それが栄人の神経を逆撫でするがトゥームスはその調子のまま理由を説明してくる。

 

「おいおいそんな睨むなよ、あのガキが限界なのと俺は関係ねぇだろ?あのガキと親しそうなテメェに教えんのは気が引けたけど大事な連絡を怠って後でグチグチ言われるのはウゼェし何も教えねぇであのガキと今生の別れになって泣かれても寝付けが良くねぇからだよ」

 

トゥームスなりに多少は配慮した結果であるため言い方が悪いのは問題だが確かに知らされない方が辛かったかも知れない。

 

「で?テメェはどうすんだ?」

 

「えっ・・・?」

 

「言っただろうが大事なのはテメェのやることはちゃっちゃっと決めることだってな。今がその時だ」

 

人にはいずれ何かを決断し、選択しなければならない時が来る。それを拒み前には進まなかった栄人にも今しかない。限られた時間の中で物事を決めなければならない時が来てしまった。

そんな中今すべきことを逡巡して自分なりに答えを出す。

 

「・・・・もうすぐ結芽ちゃんが戻って来る・・・彼女に会って話をする。そして本当のことを聞く」

 

「うーん・・・まぁ、目先しか見えてねぇからぼちぼち50点ってとこだがウジウジ悩んで何もしねぇよりは良い。オラ、こんなとこで油売ってねぇでとっとと行きな。俺は大将に言われた持ち場に戻る」

 

目先しか見えていない如何にも子供らしい選択だとは思ったがこれまで親や紫の言う通りに生きてきた人間が出せる答えなど今はそんなものだよなと思うことにし、早く行くように促してくる。

 

「すまない」

 

「・・・・命短し何とやらだっけかなぁ。せいぜい励めよ若者、おじさんは応援しちゃうぞぉ」

 

栄人が走って結芽が帰投する屋上のヘリポートに向けて移動するとトゥームスはヴァルチャーのヘルメットを人差し指の上に乗せてバスケットボールのように回し、途中で掴んで止めた後にくるりんぱで頭に被り、戦闘に向けて準備を開始しするのであった。

 

時は現在に戻り、結芽を乗せたヘリはヘリポートの上に着地しドアから結芽が降りてこちらに向けて走ってくる。

ヘリのパイロットは栄人と結芽に軽くお辞儀をするとシートベルトを外して機体から降りて去っていく。

 

 

「結芽ちゃん・・・・」

 

「ハリーおにーさん、お仕事はいいの?ま、いいや。色々話したいことがあるんだ!私敵の拠点を壊滅させたんだよ、スゴいでしょ!・・・おにーさん?」

 

結芽はこちらに駆け寄って来て自分が成果を上げたことを褒めて欲しいのか目を輝かせてる。先程の現象によりこれから更に自分の力を証明する機会が来たと察知したのでウキウキしているというのもあるからだろう。

 

「結芽ちゃん、今から俺が聞くことに正直に答えてくれ」

 

「な、何?そんなマジになっちゃって・・・」

 

そのあまりにも真剣に結芽を見つめる視線に一瞬戸惑っているが、直後に最も本人の口から聞きたくないが聞かなければいけないことを問いかけてくる。

 

「結芽ちゃん、もう身体が限界だって本当なの?」

 

「・・・・っ!?誰から聞いたの?」

 

予想だにしなかったこと、いや、最も彼には知られたく無かったことを彼の口から伝えられたことで驚いて目を見開いてしまうが自分の身体の事は自分が一番分かっている。だから知られてしまった事は彼にとっても自分にとっても必ずしも良いことだとは思え無かったので知られたく無かったのだ。

 

「トゥームスが装備してたヴァルチャーのヘルメットのカメラに掌に拳大の血を吐血してる君の姿が映ってたのを見た。敵の攻撃を一発も被弾してないのにアレだけ吐血するってのは専門的な知識が無くても分かる。君には何か抱えてる物があるんだって・・・だから、本当のことを君から聞きたい、出来るなら力にだってなりたい。だって結芽ちゃんは俺の・・・大事な友達だから」

 

彼女と接したこの数日間、過ごした時間は決して長くは無かったが彼女といる間だけは自分にのし掛かる辛いことを忘れられた。彼女の影響を受けて自分も彼女のように強い意志を持ちたいと思うようになった。

そんな彼女が何かを抱えている。どこかに行ってしまう。だから力になりたい、友だからというだけでなく胸の奥でつっかえている想いが張り裂けそうだが口に出してしまったらより辛くなってしまう気がしていた。

 

「おにーさん・・・はぁ・・・もう言い逃れは出来ないかー。あーあ、おにーさんには知られたくなかったんだけどなー」

 

結芽は栄人の結芽を本気で心配し、本当のことを知りたいのだなという事が伝わって来たので知られた事は少し遺憾であるため多少投げやりな態度が出てしまうが自分のことを話さなければいけないと覚悟を決めて続ける。

 

「結芽ちゃん・・・話してくれる?」

 

「分かったよ、話せば良いんでしょ話せば・・・ゴフッ!」

 

結芽が会話の最中に急に跪いて咳き込み始めて口元を抑えている。心配になって自分も他に膝をつけて結芽に駆け寄ると結芽の掌にはやはりヴァルチャーの記録映像で見た通り拳大の血溜まりが出来ている。

 

「結芽ちゃん・・・っ!?血が・・・」

 

「あぁ・・・これね。私、もう長くは生きられないんだ。ううん。もう死んでてもおかしくないのかな・・・多分、今日が最後になるかも」

 

「そんな・・・やっぱりダメだ!早く病院に行かないと・・・っ!ウチが世界中から治せる医師を探す!金もウチが全部出す!だから・・・」

 

結芽の口から語られる現実はあまりにも残酷であった。栄人も冷静さを事欠いてすぐにでも自分の家の資金で医師を探すと言うが残念ながら結芽は既に知っている。どう足掻いてももう既に自分は限界だと言うことに。

結芽は栄人には視線を向けずに掌の血溜まりに映る自分の顔を見ながら自嘲気味に話始める。

 

「ごめん、気持ちは嬉しいけどそれはもう試したんだ。でも、結局私の病気は治せない病気でさ・・・もう、何年も前になるかな。小さい頃にニッカリ青江に認められて神童って呼ばれる位強くて、それで綾小路に編入したんだ・・・でも入学式の時」

 

かつて結芽が小学校低学年の頃、ニッカリ青江に認められ、神童と呼ばれる程剣術の腕前も上達して行きその才能を認められ順風満帆な人生を歩む・・・筈だった。

編入した際の入学式の日、校門の前で急な胸の痛みに襲われて倒れ込み緊急搬送された。

 

「この原因不明の不治の病が分かってそれからはずっと入院したまま・・・日に日に私の身体は弱って行って、両親も私から離れて行って・・・私はもう死ぬのを待つだけだった・・・けど、ある日紫様が私の前に現れた」

 

その日以降、長い入院生活が始まった。身体が日に日に動かせなくなって行くほど弱って行き、最初の内は見舞いに来ていた両親もついには来なくなった。

既に強い刀使では無くなった彼女を見限ったのか弱って行く自分の娘を見ているのが耐えられなかった。それは彼らにしか分からないがまだ幼い彼女の心にトドメを刺すには充分だったと言える。

 

そんなある日、自分の所属していた綾小路の学長である相楽学長と共に訪れた

折神紫。

彼女は冷静に病床に伏せながら虚な視線でこちらを見つめる結芽に向けて橙色の蠢く液体の入ったアンプルを掌の上に乗せて究極の選択を迫ってくる。

 

『選ぶがいい』

 

その口から伝えられた言葉は全てに絶望していた彼女にとって救いのように感じられた。

 

『このまま朽ち果て、誰の記憶からも消え失せるか、刹那でも光り輝き、その煌めきをお前を見捨てた者達に焼きつけるか』

 

紫の提示して来た選択はこのまま死を受け入れ、自分を諦めた両親や周囲の人間たちの記憶から消え死んだ1人の人間として生を終えるか、短い間だとしても自分の生きていた証を残すのか。

 

そして、彼女は後者を選んだ。

 

だが、彼女の意地なのか彼に拒絶されたく無いからなのか自分の・・・いや、自分たち親衛隊は改造したノロのアンプルを体内に入れているという事を口には出さなかった。

自分たちは死んだとしたら人間として死ねるかも分からないという事実を伝えたら辛くなると思い、この事だけは言えなかった。

 

「私は紫様のお陰で今もこうしてここにいる。私は決めた、私は私の命が無くなるその瞬間まで戦い続ける。私を忘れた奴らに、私の存在を刻み付けて私が生きた証を残したい。それから私は親衛隊に入って、おにーさんに出会ってここまで来た。どう?引いた?・・・なんで泣くの?」

 

結芽はややヤケになりながら、これまでの経緯を聞いただけでも彼が自分を拒絶するかも知れないと思い自嘲気味に真実を告げる。

そして、これまで視線を逸らしてしたが彼の方へ視線を向けると目尻から涙を流して結芽を見つめる栄人の姿だった。

 

「だって、そんなの悲し過ぎるじゃねぇか・・・君は俺より年下なのにまだまだ未来だってある筈だったのに・・・」

 

「何?同情なんていらないんだけど!」

 

「違う・・・そうじゃない。悔しいんだよ・・・友達になれたのに君に何もしてあげられない自分が・・・君は既に自分の生き方を決めてたのに俺は何も知らずに立場に縛られて迷ったままだったことが・・・」

 

彼の涙を流した理由。結芽の、それしか選ぶ道が無かったこと。だが、それ以上に自分の無力さを突き付けられたからだ。

自分はこれまで何不自由なく生活して来た。父親の経営する会社が日本でも有数な企業でありゲームも発売日よりも前に手に入り、高度な英才教育だって受け幸せな世界で守られて来ただけの存在だということを思い知らせる。

自分の家には金がある。そして、彼女の時間も命も、買うことも救う事が出来ない。

金や権力では完璧な解決は出来ない事態に直面され自分では彼女の力にはなる事が出来ないこと、そして自分は恵まれた場所にいながら言われた通りに生きてきた在り方は彼女の抱えている物に比べるととても小さな物に感じてしまった。

 

結芽はそんな意気消沈とした彼に向けて血の付いた部分はすぐにハンカチで拭き取った後に姿勢を地に膝をついている彼の正面から腕を回して抱き締める。

結芽なりにフォローというか彼に精神的に助けられていたことを本来なら認めたくは無かったが今しか伝えられないからこそ自分の想いを伝える。

 

「ハリーおにーさん・・・私ね、ハリーおにーさんと出会ったこの数日間とっても楽しかったんだ」

 

「えっ?」

 

結芽の言葉にハッと驚いて前を向くと結芽と自分の顔は既に目と鼻の先。以前にもこれ程までに接近した事はあった。あの時は驚きと気恥ずかしさがあったが今はそれよりも結芽の言葉を聞くのに精一杯になっている。

 

「おにーさんは限定品のストラップをくれたり、忙しい時でも時間の合間を縫って私に構ってくれた。それで一緒にいて退屈しなくて私に優しくしてくれた。おねーさん達もそうだけどおにーさんといる時本当のお兄ちゃんが出来たみたいで胸が一杯になった。もう少し、もう少しだけでいいから皆でいる時間が続いて欲しいなって思った。おにーさんにスゴいって褒めて欲しくなった。

もう少しだけ・・・この世界で生きてみたくなった」

 

御前試合の応援のついでに親衛隊に挨拶に来て、最初にあった際に限定品のストラップをくれたこと。そして親しくなってからは自分に構ってくれる。それでいて我儘を聞いてくれる。隙間の空いた心が満たされて行ったこと。この奇跡だけは時間を巻き戻してやり直せると言われても失くしたくと思える程充実していたのは事実だった。

 

だが、時間は残酷なことに皆に平等に、時計の針を刻んで行く。

まだ親衛隊の皆や栄人と過ごす時間やもう少しだけ長く続く未来まで生きてみたいが本当に残酷なことに時間は既に結芽の味方では無い。

 

結芽の口から紡がれるまだ生きていたいという願いを聞き、彼も自分なりに金で解決は出来なくとも、それでも彼女と出来る限り共にいたい。

 

そして、ついに自覚した自分の本当の気持ちを伝える。

 

「結芽ちゃん・・・じゃあ、少しでも長く生きられるように病院に行こう。きっと姐さんや獅童さんや皐月さんだって力を貸してくれる。例え少しの間だったとしても、今の立ち場を捨ててでも俺は最後まで君の側にいるよ。だって俺は・・・君のことが好きだから」

 

今は真剣に結芽だけを見つめている視線には一切の曇りはない。彼女にいつの間にか惹かれていたこと、その事実を今は嘘偽りなく告げる。

 

「ほんっと・・・ズルいなぁ。お陰でちょっと死にたく無くなっちゃったじゃん。でも・・・・」

 

その言葉と真剣な表情を向けられた結芽の鼓動は強く高なった、一瞬その言葉と提案を受け入れてしまいたいと思ったがやはり自分の中には絶対に曲げられない事がある。

 

「私はやっぱり最後まで戦いたい。誰よりも強い私を皆の記憶の中に焼き付けたい。例え明日には灰になっても、私は今日までそのために戦ってきた。そこだけは譲れない。だからごめん」

 

「そっか・・・ゴメン。もうとっくの昔に決めてたことだもんな・・・外野がとやかく言うのは筋違いだよな」

 

結芽の覚悟を、意志を聞いて彼女はやはり戦う道を選ぶのだと知ってほんの少し落胆するが、彼女がとうの昔に決めていたこと。自分がとやかく言って水を差すべきでは無い。いや、言ったとしてもこの強烈な意思は変えようも無いと悟り、眼を伏せる。

 

結芽はそんな彼に対し、ここ数日ずっと胸の内に引っ掛かっていたモヤモヤの正体が分かり自分も本当の気持ちを伝えるべきだと決意した。

 

「いいって、おにーさんが悪いんじゃないんだし。それに・・・」

 

結芽の顔があの日、室長室でポッキーゲームのように互いに目と鼻の先まで接近したあの日のように接近し、あの時は接近しただけだが今度は違う。

 

互いの唇を重ね合わせ、本当の気持ちを行動で伝えるのであった。

独特の湿っているが弾力のある柔らかい感触を他人と交わしたのは初めてであるため感触に一瞬戸惑う。

そして、結芽の行動には驚いたがきっと彼女も自分と同じ気持ちだと理解し、眼を瞑る。

 

もし、彼女が健康体であってまだこれから先の未来も生きられたのならこんな急ではなく普通に恋をして、デートをしたりしたのだろうか。

それは分からないが今はこの許された時間の中で彼女と触れ合えるであろう僅かな時間を噛み締めなければと思い彼女の気持ちを受け止める。

 

お互いの口を塞いでいる状態であったためかしばらく時が経つと少し息が苦しくなって来たのでお互いの顔を離すと結芽の顔は泣くのを我慢しているようにも見えるが心からの笑みを浮かべている。

その笑顔がとても愛おしくもあり、同時に哀しく思えた。

 

「結芽ちゃん・・・」

 

「今度はしちゃったね・・・私も好きだよハリーおにーさん。これで私のこと忘れられないでしょ?」

 

「あぁ・・・お陰で忘れられそうもないよ」

 

「はははっ。なら良かった」

 

お互いの額と額を合わせて多少前髪が崩れるがお互いが同じ気持ちであった事が嬉しくて喜びでつい笑みが溢れる。

これでお互いの想いを伝えることが出来た。これでほんの少しだけ後悔が晴れる、それが少しだけ救いになる。

 

結芽と額を合わせながらもうお互いに残されている時間が少ないことを鑑みて、今自分は何をすべきか。どうあるべきかを決める決断の時が来たと思い、自分なりに出した決意を結芽に伝える。

 

「結芽ちゃん、君が最後まで戦い抜く道を選ぶって言うなら俺はもう止めない。君の意志を尊重する。たけど俺にもその手伝いをさせてくれないか?」

 

「えっ?」

 

「俺はずっと迷ってた。アイツらと戦いたくない。そう思って今日まで自分のやることにも中途半端なスタンスで挑んで今まさにテロリストの残党を逃す状況を作り出しちまった・・・連中が何らかの方法で管理局に攻めてくるのも時間の問題だと思う」

 

栄人はずっと迷い、苦悩し、彼らと敵対することも、ましては管理局に背くことも恐れていた。どちらも大切だったから……だが、もう状況は完全に変わってしまっている。

悠長なことは言ってられない。もう片方に譲歩していられない、引き返せない所まで来ているのだと実感させられる。

 

「何かが出来るなんて大層なことは言えない。でも、何もしないなんてことも出来ない。もし、局長が討たれて管理局が陥落したら・・・これまで局長が抑止力として様々な大勢を押さえ込んで来たのにその座から局長が居なくなったら、その抑え込まれてきた悪意や問題が一気に吹き出してこの国に牙を向く。アイツらと・・・衛藤と柳瀬と戦いたくはない。だけど管理局に協力する会社の人間としてそれを見過ご訳にはいかない」

 

舞衣や可奈美と戦うことは今でも嫌だ。だが、同時に長年に渡りこの国の多くの勢力を粛清し今の表面上は平和な日本を作って来たがその裏で抑圧された悪意や問題も同時に潜んでいる。

以前に紫を暗殺しようとした者や、舞草のようにテロリストと称される勢力も同時に存在していたことがその証明だろう。

 

もし紫という枷から解き放たれた時、それらの悪意は日本に牙を剥く。そうすれば訪れるのは更なる混乱と破滅だ。

紫の正体を知らず、管理局を信じる無知な人間だからこその着眼点と言えなくは無いがタギツヒメ の片棒を担いでしまっているのは皮肉か。

 

「でも、どうするの?ハリーおにーさん戦う力なんて無いのに」

 

「1つだけある。ウチの会社が開発を進めてある最新式の装備がね、それをつければ俺も親衛隊の皆さんを補助する位は出来る筈だ」

 

栄人の中には既に1つだけリスクは伴うが1つの結論は出ていた。

誰も適合者のいない。針井グループが心血を注いでいる最新式のパワードスーツ。あれこそが今自分が切れる最大のカードだ。

 

「私は群れて戦うのは好きじゃないけどまぁ・・・たまには悪くないかもね」

 

「ただ、もし、舞草が攻めて来て、その中にアイツらがいたら・・・少しだけでいいからアイツらとは話す時間をくれないか?まだあの2人だけなら庇い切れるかも知れないから・・・」

 

「しょーがないなー」

 

「じゃあ、俺は格納庫に行く。またね」

 

「うん、またね」

 

その言葉と共に互いの身体から手を離して、踵を返して特殊格納庫のある場所へと移動して行く。

結芽は無意識の内に去っていく栄人の手に向けて手を伸ばすが、名残惜しそうに途中で手を引っ込めてその背中を見つめ続ける。

 

針井グループが局内に設置させて頂いている特殊な格納庫に移動した栄人は周囲には誰もいないことを確認すると携帯電話を取り出して電話帳の欄にあった

颯太の上にある父親である能馬に連絡を取る。

報連相が大切なのもあるがこちらもこの装備を使うための交渉手段を用意しているからこその選択だろう。

 

「父上、私です」

 

『どうした?どうやらこの数日の内に多くの反乱分子を捕らえたようだな。後は残党だけか?』

 

未だに海外にいる父親は忙しそうだが日本の管理局の様子は聞いていたようであった。

 

「はい、ですが舞草の残党はまだ管理局への・・・局長への反抗の意を見せています。管理局に攻め込んで来る可能性もあり得るかと」

 

『そうか、なら局長を護衛する戦力はどうなっている?』

 

「皐月さんは負傷して今は病室にいますが親衛隊全員本部の敷地内にはいます。後は護衛の刀使が数十人程、後は数台のパラディンとヴァルチャーと夜には修理が完了さるライノとショッカーです」

 

『それだけいるなら残党に物量で押し負けることは無いだろう。お前は彼らの仲介役を引き続き行え』

 

能馬は栄人の口から伝えられる管理局の残存勢力を確認すると複数人であるならば紫を護衛出来ると考えたようどが直後に栄人から伝えられる言葉は能馬の耳を疑うものであった。

 

「私も出ます」

 

『何?どういうつもりだ?』

 

一瞬息子から伝えられた言葉に対し脳の処理が追い付かなったがあまりに真剣な声色で言っているため嘘だとは思えない。いや、コイツがまともに自分に対し意思表示してくる事が信じられなかったということもあるだろう。

 

「私も管理局の人間として戦います・・・『グリーンゴブリン』を装備して」

 

『馬鹿な!?何を考えている?お前はただの人間だ。戦う必要など無いだろう』

 

栄人の決断、グリーンゴブリンを装備し、管理局の人間として舞草から紫を守るということだった。

能馬は息子が言っていることが理解出来なかった。彼は本来は戦いは戦闘員に任せて安全な場所で静観することが許された人間。いや、それ以前に戦う必要などないただの人間なのだから尚更だろう。

 

「仰りたいことは分かります。ですが舞草にはあのリチャード・フリードマンだけで無く更なる協力者がいます。現にスパイダーマンはハイテクなスーツを用いて集団との協力ではありますが一度はヴァルチャーやショッカーやライノを破っています。それに昨夜里での掃討作戦に置いてスパイダーマンはパラディンの軍勢を以前の物とは違う・・・恐らく特殊な力も持たないスーツで突破しました。勝負に絶対が存在しないように彼らを甘く見てはいけません。恐らく土壇場で計算外の強さを発揮するでしょう」

 

だが、この反応は想定内。今度はこちらが用意していたカードを切る。

ここ数日戦闘での報告や記録映像などで彼らの戦いぶりを見ていた上で察せられること。敵には世界有数な天才技術者がおり、ハイテクなスーツを用意してくる可能性があり、増援が来る可能性があるため人手が足りなくなる可能性があるだけでなく計算外の強さを発揮する場合もある。

管理局側も猫の手も借りたい状況に陥る可能性が高いことも明白ではあるため戦力は1人でも多い方が良いことは理解できた。

だが、それでも能馬には納得し切れないことがあった。

 

『なるほど、フリードマンが敵側にいるとなると厄介だな。言いたい事は分かるが何もお前が戦う必要は無いだろう?護身術を習い、日頃地道なトレーニングを行なっているとはいえお前は本部で安全な場所で守られていることが許されている人間だ。お前がやる必要はない・・・それに、新装備のテストパイロット達とは違ってお前に替わりはいないんだぞ』

 

彼らと違って替わりはいない。その言葉には跡継ぎという道具として必要なのか個人として替わりがいないという意味なのか正直分からないが軽く頭に来つつも今は一刻を争う状況だ。何とかコイツを説き伏せないといけない。そう思って話を続ける。

 

「父上、お気遣いは有り難いですが最早そうは言っていられ無い状況なのです。彼らが攻めて来るまで最早一刻の猶予もありません。もし、局長が彼らに討たれて管理局が陥落したらウチの最大の株主を無くすだけで無く局長が抑えつけて来た勢力の悪意が牙を向きます。それを防ぐのも我らの役目ではありませんか?」

 

能馬は栄人の言う紫が倒されると起きる問題について確かにと納得させられる部分もあったため、気が引ける上に親としても今すぐやめさせたいがその事態に陥ることは避けたいがために渋々であるが承認する。

 

『お前が会社のためにそこまで考えているとはな・・・だが、グリーンゴブリンの装備には気を付けろ。アレは装着者の脳内を特殊な状態に変性させ感情をエネルギーに変換してパワーを上げるが完成したてで何が起きるか分からないからな、戦闘の補助以外で出しゃばろうとはせず危険なら無理せず逃げろ。何度も言うが私の跡を継げるのはお前だけなのだからな』

 

「分かっております。では」

 

能馬からグリーンゴブリンの使用する権利を勝ち取り、装備をよりパワーアップさせるため今は自分専用にチューン出来るよう承認された。

 

そして、ガラスケースの中にて眠る鎧は全身を深緑色にカラーリングされ、頭部を守るフルフェイスのヘルメットマスクは分離式で取り外しも可能なようである。

西洋の民間伝承に伝わるゴブリン という精霊を模したと思われる後頭部に向けて長い頭部のヘルメットは首と連結していてフードのようにも見え、長い耳のように思える両耳のアンテナ付きのイヤーマフ。そして、顔を隠して防御する面は鬼を連想させるがメタリックなデザインだ。

 

特殊コマンドを打ち込んでスーツをケースから取り出して認証コードを入力していく。そして、装備の機動の宣言を行う。

 

「俺は管理局の人間として戦うことを決めた、国を脅かす悪意を止める!あの子と一緒に・・・グリーンゴブリン、起動!」

 

そしてオープンされたパワードスーツの鎧の中に入り、これから適合のためのシークエンスを行う。AIが装着者と装備のシンクロ率を上げよりパワーアップするために画面に大量の文字が映し出され準備が進められていく。

 

『装着者の認証を開始。スーツとのシンクロ率を上げるために装着者の細胞を摂取し、特殊細胞との融合を開始します』

 

AIの宣言の後にスーツから機器の先端が伸び始めて栄人の手の甲に密着し、細胞を摂取し、身体能力および戦闘において効率的に敵を攻撃する思考を司る特殊な細胞との融合を開始する。

 

「ぐっ!ぐあああああああ!」

 

細胞を抜き取られるだけでなく更に特殊な細胞との融合の痛みは想像を絶する物で耳や目から出血が起きる程の激痛が走る上に緑色の電流が全身を駆け回る痛みは中学生なら悲鳴をあげずにはいられないため絶叫する。

だが、自分は戦う道を選んだ。だからこの痛みにも耐えられる。先程気持ちを伝え合った結芽のことを思い浮かべれば大したことのない痛みと割り切り、耐え抜くことに成功した。

 

『承認完了。シンクロ率100%』

 

AIの機械声が淡々と新たなる戦鬼『グリーンゴブリン』の誕生を伝える。

装着者である栄人は顔色が蒼白くなっていて目眩もするが何とか意識を保ち、新たなる自分の名を、そして、共に戦う装備の名を告げる。

 

「はぁ・・・・はぁ・・・・行くぞ、グリーンゴブリン !」

 




区切るべきだったと思ったけど1つの話として纏めたかったんやスマヌ・・・。




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第47話 Unlimited Sky

2月中は色々忙しくて時間取れなかったっす、スマソ。


日も沈み、海面を照らす光が黒い闇になった頃。横須賀港に向かう一行を乗せた潜水艦は海中を進んでいた。

 

S装備射出コンテナで空中を移動する都合上、途中で撃墜されてタイムロスをすることを防ぐために管理局が所有する戦闘用ドローン、パラディンへの対策として電気ショックウェブの威力を上げるためにウェブシューターの電力をアークリアクター由来に変換して埋め込む作業や、威力を調整するために付属させるポータブル変電圧機のOSを書き換える作業を進めていた。

 

「坊やが溶接で形を整えてくれたからすんなり組み込めたよ。中々やるじゃないか」

 

「いえ、あんな超精密作業を短時間でこなした博士に比べたら僕なんてまだまだですよ」

 

流石天才技術者と言われているだけあってかフリードマンは短時間でウェブシューターのバッテリーとしてアークリアクターを専用のモジュールを半田付けで接着させ、配線を専用の物に組み替え既にアークリアクターはウェブシューターと一体化して蒼白い輝きを放っている。

颯太が溶接でシューターのバネやパーツの形状を変化させ、より組み込みやすいようにしていたことも合間ってか改造のスピードは格段と上がったようだ。

後は取れないように蓋をし、外部にポータブル変電圧機を連結するだけだ。

 

「書き換え終わり!いやぁ中々骨が折れる作業だったなぁ」

 

「出来ましたか?累さん」

 

「うん、何とかね…あーこんなに高速でキーボード打ち込んだのは上司に無茶振りで夕方に朝のの6時までに資料大量に作れって言われた時以来だなぁ」

 

「無茶振りしてすみません」

 

「いーの、いーの。ほら、早く連結してちゃんと動くか確認しないと」

 

「そうですね、やってみます」

 

累から渡されたOSを書き換えた変電圧機を受け取るとすぐ様ウェブシューターの外側に連結すると起動音がして画面に数値が表示され正常にウェブシューターが動くことを確認出来る。

 

どうやら改造は成功したようだ。3人の…いや、装備を改造するための技術をこの潜水艦に搭載していたトニーの力も含めれば4人の努力の結晶の塊であると言える。通常よりも重量と面積が増して多少大きくなった改造ウェブシューターは机の上で誕生を迎え、確かな存在感を放っている。

 

「よし!成功です!ありがとうございます、2人とも」

 

「どう?私も中々捨てたモンじゃないでしょ?」

 

「何、これも大人の仕事さ。ハッピー君、後どの位かな?」

 

累とフリードマンに協力して貰った事への礼を言うと快く言葉を返してくれる。

無線でハッピーに連絡を入れるとすぐ様操舵室から返答がスピーカー越しに返ってくる。

 

『もうちょいで着く。6人にも伝えてくれ』

 

「じゃあ私が行ってきます」

 

寝室で待機している可奈美達に作戦開始の準備を進めるように伝える為に累が退室していく。

 

『坊主、ちょっと操舵室まで来てくれ』

 

「分かった」

 

ハッピーに操舵室に呼ばれたため言われるがままにラボから退室して操舵室の扉を開ける。

扉の音に気が付いたハッピーは颯太の存在に気付くと一旦潜水艦を自動操縦に切り替えてこちらの方を向いて話しかけてくる。

 

「どうだ?改造の方は?」

 

「博士と累さんのお陰でたった今何とか終わった」

 

早速手首に装着したウェブシューターを見せるように肘を自分の方へ曲げると視界に自分とフリードマンと累、そして技術を搭載していたトニーの努力の結晶であるウェブシューターをかざす。

まだ誰かと協力しながらという未熟な面も見て取れるが、戦いの前に準備をするメカニックとしてのスタンスは確立されつつある事を実感して笑みが溢れる。

直後にハッピーは携帯電話を取り出して手渡しして来る。

 

「なら良かった。たった今ボスと連絡が着いた。お前と直接話したいらしい」

 

「えっ!?マジ?」

 

ようやくトニーと連絡が着いた事が心強く感じて思わず大きな声を上げてしまうが今は向こうの話を聞いてこちらとの示しを合わせる事が先だと判断してすぐ様受け取って電話に出る。そしてビデオ通話であるためお互いの顔を見合わせることになる。

 

『やぁ、坊や。何だか僕がいない間にとんでもない事になってるみたいだな』

 

「スタークさん!?はい、そうなんです。実は」

 

画面越しから伝わってくる軽妙な口調は相変わらずであるが、この2日間彼に頼る事が出来ず、自分の力で突破しなければ行けない局面もあって心細かった為か1日会っていないにも関わらず数年ぶりにあったような感覚に陥るが嬉しさの方が勝る。

 

『話は大方ハッピーから聞いた。こっちはこっちでめんどくさい長官の機嫌取ったりでやることが山積みで遅れて申し訳ないが…事態は一刻を争うそうだな』

 

「はい、これから作戦開始なんです」

 

どうやらトニーもこちらの状況を把握し、緊急事態であることは理解しているようだ。彼なりに準備を進めたかったが予想外にもタギツヒメが急にアクションを起こした事により予定が狂わされてしまったことには多少憤慨しているらしい。

 

しかし、トニーやスティーブ にも頼れない状況下で自分たちの力で何とか切り抜けた事に関しては感心していると同時に少数でも仲間が助かったことは嬉しいと思っているが素直な性格では無いためあまり表には出さない。

そして通話をしている最中にふと手首に巻いているウェブシューターが視界に入り、大幅な改造が加えられている事が見て取れる。

スーツの力だけに頼るのではなくある物で工夫して戦いに挑むという発想の転換に持って行けるように進歩したことを嬉しく思うトニーであった。

 

『分かっているとも。それにしても、ずいぶんと見ない間にウェブシューターが中々ロックな見た目になってるじゃないか。洋バンドにでも看過された?』

 

「あっ、これはコンテナで空を移動する最中にビッグバードやドローンに途中で攻撃されて撃墜されないように僕がコンテナに引っ付いて皆の乗るコンテナを守る為に博士と累さんと協力して作ったものなんです」

 

『一皮向け始めて来たという事だな。全く思春期のガキは』

 

「…出来るならハイテクスーツやカレンもいてくれたらもっと心強いんですけどね…」

 

本心では無く軽い冗談のつもりでどうせならハイテクスーツやカレンもいてくれたのならもっと心強かっだのだろうと言う発言を聞くとトニーは眉をピクリと動かし、反応する。

 

どうやら多少は前進しているようどが奥の部分ではイマイチ自分自身の力を信じ切れていない部分もあるようなのでかつて自分が体験したことを、その時に学んだ心情を教えてやる時が来たのだろうと思いぶっきらぼうに、しかし真剣な表情のまま口を開く。

 

『……坊主、君はどうやらスーツの力を過信しているようだからこれだけは言っておいてやる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何のために今日までスーツ無しでトレーニングさせて来たのか、もう答えは分かっている筈だ』

 

「…………………はい、スタークさん」

 

尊敬する相手から受け取った言葉、その言葉からは強い重みがあり颯太の胸の奥で突き刺さる。

100%理解し切ることは今は出来ないかも知れない。だが、その言葉により胸の奥が熱くなるような、あと一歩で届きそうな感覚に陥る。

 

『スーツは自分の身を守るための物だ。現実逃避の為の繭でも無ければ、必要不可欠な力でも無い。奪うことも壊すことも出来る。だが、決して誰にも奪えない物が君に、君だけにある。それは……自分で見つけないと意味がないから教えなーい』

 

「そんなぁ」

 

『僕はこれでもスパルタなんだよ。せいぜいお得意のお子ちゃまセンスでも働かせることだな。そうだ、僕から特別に一つだけプレゼントをやろう。ハッピー』

 

折角真面目な雰囲気になっていたのにぶち壊しになったがこればかりは自分で見つけて答えを出さなければいけない物であるため敢えてはぐらかしている。

 

そしてトニーはふと思い出したかのように颯太の後ろにいるハッピーに声を掛けるとハッピーは阿吽の呼吸で理解して行動に移す。

操舵室の壁に掛けてあった物を取り出して投げ渡してくる。

 

「ほらよ」

 

「何これ……日本刀!?」

 

それを難なくキャッチして受け取ると鉄やダイヤモンドよりも硬度が高いように感じるが意外にも軽量であることに拍子抜けする。このような物質は学校の授業で使用したどの金属や物質とも異なるため探究心が芽生えて来る。

 

「僕が昔使ってたシルバーセンチュリオンってスーツの隠し武器に搭載していたヴィブラニウムブレードを改造したものだ。嬢ちゃん達の武器みたく刃こぼれもせず、折れもしない神性を帯びた武器と比べれば信頼性はやや下がるかも知れないが護身用にしては充分強力な武器なのには変わり無い。持って行くと良い」

 

ヴィブラニウム。遥か太古の昔に、宇宙からの隕石によって地球にもたらされたダイヤモンド以上の硬度を持ち、ウラン以上のエネルギーを放出する。限界まで振動と運動エネルギーを構成分子内に吸収して硬度を増すという超鉱石。

その力は植物をも超常的なパワーを内包するように変異させたり、ナノマシンの素材としても使用可能などの不可思議な特性を有していることである。

中央アフリカの小国ワカンダのみで採掘される稀少な鉱石であるため日本の中学生である颯太が触れる機会などほぼ無い物である。

 

今回護身用に託した武器はかつてシルバーセンチュリオンの腕に仕込み、隠し武器としていた物の分量を新たに増やし、更に改造を施した物であるため頂いた量自体は実際は大したこと無い。

 

その上御刀のように神性を帯びて折れも欠けもしない武器に比べれば信頼性はやや低いが護身用の武器としては充分すぎる上に、本来は武器など持って欲しくは無いが今は日本と世界の命運を賭けた作戦であるため、それでいて彼は間違った力の使い方はしないだろうと判断して止むを得ず彼を守る為に持たせることを決意した。

 

しかし、あまり浮かない顔をしている颯太。何やら引っかかる事があるようだ。

 

「あ、ありがたいですけどこれは受け取れません。持ち歩く形式の武器はスウィングする時どっかに引っ掛けて飛ぶのに邪魔になりそうですし…必要な時だけパッと取り出せたりするなら個人的にはアリかもですけど…」

 

武器はなるべく持ちたくないという思いもあるが小学校卒業までは剣術を習っていたとは言えスウィングで縦横無尽に飛び回れるのが自分の長所だとも思うため、持ち歩く形式の武器を所持すると色々な所に引っ掛けて飛ぶ際にに邪魔になる可能性がある上に気を付けて飛ばなければならなくなる。

 

何より最近では付き合いで竹刀をたまに振るう位の自分が達人相手にどこまで通用するかは分からないため、気持ちはありがたいが受け取ることに抵抗が生まれてしまうようだ。

 

彼なりの考えを聞き訝しむ表情に変わるが『必要な時だけパッと取り出せる』。この言葉を受けてトニーの脳内では新たなビジョンが浮かび始めていた。

今作成しているナノマシンで構築される新スーツのアイデアに流用出来そうだなと思いつつも頭がお硬い子供にも分かるような説明してやらないとなと思い話を続ける。

 

「ふむ……必要な時だけパッと取り出せる武装か……案の一つとして記憶しておこう。それはさておき坊主、そいつに切断能力は無い。ほぼ打撃武器だ。それに昔にちょっと剣の鍛錬はやってたんだろ?枯れ木も山の賑わいだ。どんな武器も無いよりはあった方がマシの筈だ。まぁ、いざとなれば状況に応じて盾にするなり投擲武器にでもしてやれ」

 

「状況に応じてか……分かりました、ありがとうございます。スタークさん」

 

どのような武器も、科学の技術も使い手の使い方次第。何事も無いよりはあった方がいい。その時の状況に応じて使い分け、あらゆるものを利用して有効活用する事が大切なのだと言う事が理解出来たと同時に納得してあくまで防御手段として使用するとこを受け入れる。

 

『僕も後から現地に向かう、君たちの手伝い位は出来る筈だ。それにもう1人助っ人が現地に行く、君の良く知る奴がな』

 

「それって」

 

今自分たちは孤立しているがトニーだけで無く自分たちにはまだ仲間がいる。そして、その相手に心当たりがあるため合点が行った際に遮るようにしてハッピーが会話に入って来る。

 

「ボス、そろそろ時間です」

 

『分かった、じゃあ後でな』

 

「では、また後で」

 

トニーとの通話を終えるとハッピーは正面に立ち、真剣に。それでいて優しい視線を向けながら語りかけて来る。

 

「俺の仕事はお前らを横須賀まで運んで、後は成功を祈ること位だ。だが、ここ数日お前らと過ごしたからこそ分かる。これだけは言わせてくれ……お前らならやれる」

 

「あぁやれる。道中で新装備を付けた奴らや親衛隊達が待ち構えているかも知れないけど頭である局長を倒せれば全てが終わる」

 

ハッピーも皆と出会ってから過ごした時間は少ないが、実際に共に過ごし、里での殲滅作戦の際も彼と協力したことで危機を乗り切ることが出来た。

もしハッピーがいなければ里からの脱出はスムーズには行かなかったかも知れない。

そう言った経験を通して彼も仲間として舞草の若者達の事を信じ、彼等なら成し遂げられると信じているようだ。

 

その言葉を聞いてハッピーもまた自分達を信じて送り出してくれる仲間だという事を再認識し、真剣な表情でハッピーの瞳を見つめ返す。

 

「この前は親衛隊のチビに負けかけたけどな」

 

「そ、そうだよ!だけど……今度は感じるんだ。あー、第六感みたいな!」

 

「お子ちゃまセンス?」

 

「違うよスパイダーセンス!」

 

冗談を言いつつもお互いに確かな信頼関係が結ばれていることを感じ、緊張が解れていく。

ハッピーも冗談を交わせる余裕があるならば問題ないと判断して激励を送る。

 

「それだけの元気があるなら充分だ。お前はスパイダーセンスを働かせろ」

 

「あぁ、大丈夫。やれる」

 

ハッピーの激励を受けてヴィブラニウムブレードを握りしめ、改造ウェブシューターにも視線を送る。

自分には力を貸してくれる仲間が、共に戦う仲間がいること。決して1人では無い事を。彼等と共に作り上げ、渡された武器がある。そして託された想いがあることを胸に秘めて自分のヒーローの証であるハンドメイドスーツに着替えるために寝室に戻る。

 

一方その頃、6人がいる寝室。

 

「可奈美ちゃん。そろそろ時間だよ」

 

「ん…おはよう…」

 

どうやら作戦の前であるにも関わらず仮眠を取っていた様であるため舞衣に起こされている。どうやら長い夢を見ていたようだ。

だが、命懸けの作戦前であるにも関わらず仮眠を取れる神経の図太さに感心しているのか呆れているかの感情が半々で皆各々異なった反応をしている。

 

「こんな時によく眠れるな」

 

「どこでもすぐに眠れるのことも刀使の大事な資質デス!」

 

「みんな!そろそろ横須賀だよ!」

 

ウェブシューターの改造を終え、皆に作戦開始の時刻が迫っている事を伝え、それでいて激励しに来た累の言葉で皆の視線が真剣な物に切り替わる。

自分たちが負ければ日本は終わる。皆が気持ちのスイッチを切り替えるのに充分な一言であると言えるだろう。

 

しかし、真面目な雰囲気になることも大事だが緊張をほぐすことも大事だ。

可奈美が勝利した後、皆無事に生きて帰ってきたのならしたい事をここで決めて置こうと言う面目で語り始める。

 

「ねぇ!大荒魂を倒したらみんなでおいしいもの食べに行かない?シャワルマとかどうかな?」

 

「そういうことなら私がごちそうしてあげる」

 

「おー!累っぺお腹太いデース!」

 

「わざと間違ってるだろ」

 

作戦前に暗い雰囲気になり過ぎず、程よい空気感に包まれていく。

それでいて皆がやる気に満ちていく、良い傾向だ。

 

「やった!姫和ちゃんデザートは勿論ハルクのイケイケアイスだよね?」

 

「人をチョコミントのアイスがあればいいみたいに言うな」

 

「みんな無事に戻って来てね。美味しいお店探しておくから」

 

皆が無事に帰ってくる。この目標を持つ事で一体感が生まれると姫和が舞衣を意味ありげな視線を送っており、当然舞衣もその視線に気付く。

 

「十条さん?」

 

「お前が全体の指揮を執ってくれ。お前の指示があればきっと折神紫に辿り着ける」

 

「え?」

 

「お前にはその力がある。孝子先輩達もそう言ってただろ』

 

「十条さん…」

 

その言葉からはお互いに気まずい関係だった間柄であった2人であるが姫和なりに覚悟を決め、戦う事を決意した彼女を、そして彼女の指揮能力を信頼していることを伺わせており表情もいつもの仏頂面ではなく穏やかな物だった。

 

「姫和でいい。舞衣。後ろは任せたぞ」

 

「うん。姫和ちゃん!」

 

「・・・・クスッ」

 

一時は対立し、厳しい言葉を掛け、お互いに気まずい間柄であったが既にこの数日間で確かな信頼関係が構築され名前で呼び合うように、背中を預ける仲間という間柄に変わった両者の表情は晴れやかな物だった。

その関係性の変化を、そして人と人が繋がっていくことの温かさを感じ取った沙耶香も微笑みを零す。自分も仲間として皆を守るために戦おう。そう、思えた瞬間だった。

 

6人とは離れている自分の寝室に戻った颯太はハンドメイドスーツに袖を通し、多少パラディンの弾丸や矢が掠めた後が残るノースリーブの赤いパーカーに袖を通し、赤を基調として黒い蜘蛛の巣模様のオープンフィンガーグローブに手を通して数回グーとパーを繰り返し、大量のウェブのカートリッジを専用のホルスターにしまう。

先程手渡されたヴィブラニウムブレードは他の面々のように装着できる物が無いため頑丈な紐を通して肩から下げて背に差すような形になる。装備の仕方が見た目がソックリな誰かさんに似ているような気はするが気にするな。

 

そしてリュックを漁ると最近は使っていないが最初期から使用している叔父から貰った腕時計をウェブシューターに改造した物が視界に入る。

自分がスパイダーマンになると誓った日から常に持っている大事な御守りに近い代物であるため持って行く事はいつものことだ。

 

「行くよ、叔父さん」

 

そのウェブシューターを外れないようにガッチリと腰のベルトに固定して上から服を被せる。

そして、視界調節のシャッター付きゴーグルの付いたマスクを頭から被ろうとすると背後に誰かがいる気配を感じ、すぐに出て行く予定であるためドアは開けっぱなしにしていたのでたまたま誰か通りかかったのかと思い、振り返る。

 

「あの…颯太君…ちょっといいかな?」

 

単独で部屋の前まで来た舞衣だった。作戦開始前でありそろそろ時間だと言うのに何故自分の部屋に来たのか理解出来なかったが意味もなくこんな所には来ないだろうと思い用件を聞くことにした。

 

「あー…どうしたの?そろそろ時間だよね?」

 

「うん…。そうなんだけどね…少しだけ、残ってる時間でお話ししたいなって」

 

どこか歯切れが悪い。何故か手を後ろに組んで時折視線を泳がせてモジモジとしている。

常人ならば薄暗くなっている船内の灯、それでいて部屋を真っ暗にしていた状態では相手の表情は分かりにくい筈だがスパイダーマンの視力により恥ずかしそうな表情をしていることは読み取ることが出来た。

 

だからこそ作戦前に、彼女が何故今このタイミングでそのような態度なのか理解が追い付かずに首を傾げて彼女の顔をジーっと見つめる。

他意は無いが見つめていると数回目配せをした後に何かを決意したかのように高鳴る心拍数を押さえるために胸に手を当てて瞳を閉じて一度深呼吸をし、開眼して颯太の瞳を見つめて言葉を紡ぐ。

 

「?」

 

「私ね、やっと分かった気がするんだ…自分には何が出来るのかって。これまではずっと迷ってたけど颯太君が…舞草の先輩達が仲間の為に必死で戦う姿を見て私も戦う理由を、そして何が出来るのかを見つけたの。そして、分かった、貴方がいつも勇気を持って誰かの為に行動する姿を見て私も勇気を貰ってたんだって…本当にありがとうね」

 

ここ数日、嵐のように降りかかる真実、そして困難により彼女は自分の在り方に付いて迷い、悩んでいた。

だが、里での殲滅戦の際に仲間の為に鉄条網に身を投げる彼等の背中を見て、傷付いたとしても戦う姿を見て勇気付けられて戦う理由を見出す事が出来た。

感謝の気持ちを作戦の前に伝えるのはどうかとも考えたが彼女の真面目な性分がそうさせるのだろう。

 

照れ臭さは残るが面と向かって礼を言われたことで少し驚いてしまうがあの時は自分は最大限自分が出来るベストな行動を取ったに過ぎないため、その結果誰かを勇気付けたというのは結果論でしか無い。謙遜しながらも理由やきっかけはどうあれ自分の道を自分で決めた彼女の決断ことがなによりも大事であるとフォローする。

 

「僕は何もしてないよ。決めたのは君だ」

 

「それでも、妹達を助けてもらったあの日から私はずっと貴方に助けられてた…だから…だから…」

 

こらから挑む作戦は命を掛けた勝負だ。少しの隙が命取りになるだろう、彼も自分達同様にその身を戦火に晒す。

こんな状況だからこそ伝えたいことがある。そう思うと直後に相手の右手を両手で包んで取り、顔の辺りまで持って来て真剣な表情だからこそ自分の彼に対する最大限の望みを口にする。

 

「これだけは約束して。死なないでね…っ!絶対に私達の元に帰って来て!」

 

「……了解!僕はいつだって親愛なる隣人だ。だから絶対に皆の所に帰って来る、約束だ!」

 

彼女の翠色の幼いが硝子の様に美しい瞳に宿る力強さに吸い込まれるような程魅せられつつも自分はこれまでも彼女と約束を交わし、打ちのめされた際もそのことを思い出して切り抜けて来た。

舞衣が、いや、スパイダーマン を形造り自分を支えてくれている親愛なる隣人達がいる場所が自分の帰る場所だ。だから、その約束を胸に生きていれば今度もきっと帰って来れる。そんな気がして力強く返事をする。

 

「うん!約束!…じゃあ後でね」

 

「うん、また後で!」

 

舞衣が包んでいた颯太の右手を離した後にお互いに手を握り拳の形にして交互に上下に軽くぶつけるグータッチをする。

そして、手をパーの形に開き掌と掌をを軽く叩き付けるハイタッチをすると小気味のいい音が室内に響く。

 

互いに必ず生きて帰るという誓いが今結ばれた。

そうして互いに別方向に歩いて行きながら颯太はマスクを被り、スパイダーマンとなる。

 

横須賀港にて

 

既に日が落ちて暗くなった港を灯台が照らしている。

普段は漁船などが行き来しているであろう港には県警、武装したSTT隊員が辺り一面を完全包囲し、間近の建物の屋上にはスナイパーまでもいる始末だ。雪那の指示で待機させられている鎌府の刀使も横一列に並んで潜水艦に搭乗していると思われる面々を捕獲する為にこの場に来ているようだ。

そして、会見を開くという都合上マスコミが大勢殺到しておりその中には勿論、東京から態々ネタを集めに来たデイリービューグルの社員とお騒がせ社長、ジェイムソンまでもが来ている。

 

「よし、ベストなポジションは確保したな。この記事は絶対に物にするぞ!反乱分子共の実情を、そして…スパイダーマンの正体を吐かせてやる!全く、いつもスパイダーマンの写真を寄越して来る坊主にも見せてやりたい光景だな」

 

「彼がこんな所に来る訳ないじゃ無いですか」

 

時折ウェブの代金やスーツの修繕費のためにデイリービューグルにスパイダーマンの写真を売っているため、社長であるジェイムソンや社員からも写真を送ってくる坊やとして知られている。

ジェイムソンは意外と颯太が写真を撮るのが上手いことを評価しているためこの場に来させて記事に載せる写真を撮らせたいと思っていたがただの学生がこんな所に来る訳が無いので俄然無理な話だと事情を知らない面々はそう思っている。

 

ジェイムソンが騒いでいると同時に海面が波紋を作り出して黒い大型の潜水艦、ノーチラス号が水飛沫を上げてその姿を露わにする。

するとタイタニックのように朱音が船のハッチを開けて甲板に上がる。

 

「潜水艦の甲板に人が出てきました!どうやら女性の様です!」

 

「むっ!出たなテロリストの首領め!」

 

「しゃ、社長!いきなり喧嘩腰はマズいですよ…っ!」

 

朱音は自分たちを取り囲む警察やマスコミ一同を見渡して深呼吸をして話を始める。

舞草の象徴である自分にはマスコミの前で話をする事で注目を集めて時間を稼ぐ囮りになるという重要な役割がある。ミスは許されない。

震える声帯から声を絞り出して自分が出せる大きな声でマスコミ各社に、そして日本でこの放送を見ている者達全てに聞こえるように告げる。

 

「みなさん!私は折神朱音です!私の話を聞いてください!」

 

「よし!張り込んでいた甲斐があったぞ!大スクープだ!」

 

朱音達を捕獲または殲滅して手柄を立てようとまたしても指示を無視して行動をしていた雪那もこの港に到着し、状況を確認する。

どうやらマスコミが大勢来ているこの状況は想定していなかったのか毒付きながらも隣にいるSTT隊員に指示を飛ばす。

 

「なぜマスゴミがいる!?ネタを漁るために集りに来たか!チッ!有事の際に備えろ!くだらんマスゴミに遅れを取ってたまるか!」

 

「なぁにおう!コネでのし上がっただけの小娘風情が神聖なジャーナリズムを侮辱するだとぉ!許さああああん!」

 

「社長落ち着いて!今は会見に集中して!」

 

雪那の暴言を聞いて沸点の低い万年高血圧のジェイムソンは無視出来る訳が無く雪那の方を向いて同じように暴言を吐き散らし、暴れようとすると社員に押さえつけられながらジタバタとしている。

そんな彼らの様子を他所に朱音は自分の役割を全うする為に真実を語る。

 

「今この国には大きな危機が迫っています!20年前、いえ、それ以上の災厄が起ころうとしているのです!20年前の災厄の元凶、大荒魂は再び蘇ろうとしています!」

 

その様子にメディアが、国中が注目する。そしてこの放送を見ている者達が朱音の言葉に耳を傾けて聞き入っている。

 

「刀使のみなさんは感じたでしょう?先程の不思議な現象を!それは大荒魂が現れる前兆です!最早一刻の猶予もない!」

 

新装備の格納庫にてショッカーとライノの最終メンテナンスがまだ掛かるが終わり次第出撃できるように待機しているハーマンとアレクセイ。

 

ハーマンが寝そべりながら携帯のワンセグで自分の推しグループの出演する歌番組を見ていると突如ニュースに切り替わったので憤慨していたがどうやら敵のシンボルである朱音が出て来た事には驚き、アレクセイもその中継に見入っている。

 

「おいおいマジかこの女。何か俺らの気引くためにやってるみてぇで発言が嘘くせぇな」

 

「少し静かにして貰えるか」

 

「チッ、わーったよ。つーかテメェ間に受けんなよ?こんな見え透いたホラ話」

 

「…………」

 

ハーマンが冷めた目で中継を見ているがアレクセイにとって無視出来ないワードが飛び交っているため朱音の発言に聞き入ってしまっている。

 

一方、中継を車の中のテレビで見ているとある一行は鎌倉に向けて進路を進めている。

顔は暗い車内によって判別は付かないがどうやら30代前半程の白人女性が中継に対して懐疑的な視線を向けているが既に戦闘の準備は終えているのかピッチリとしたバトルスーツを身に纏っている。

 

「にわかには信じられない話だけど、他人事とは思えない話ね」

 

シルエットですら分かる程の筋骨隆々の肉体を持ち、手には円形の物体を持つ人物が女性の疑念に答える。

 

「だが、以前にトニーからこの危機が訪れる可能性がある事は聞いていた。今がその時だ」

 

「で?どうするかもう決めてるんだろ?」

 

坊主頭の30代程の特殊なバイザーで目を隠した黒人男性は当然彼の答えは分かっているが彼の決断を聞こうと言う姿勢を見せている。

筋骨隆々の男と行動を共にしている以上、覚悟は既に決まっているということだろう。

 

「あぁ、僕も行く。ここはアメリカじゃないが…助けを求めて手を伸ばす誰かがいるのならそこに国境はない。その手を掴むのが僕たちだ。例え僕1人でも戦うが1人では無いと信じている」

 

筋骨隆々の男性の答えは決まっている。自分と同じ時代、同じ戦場で戦った日本の英雄達の魂に報いる為、彼らが守った未来を守る為、そして…助けを求める誰かの想いに応えるため。自分は舞草に助力する。それが彼の答えだ。

 

「釣れないこと言うなよ。俺たちもいるぜ?」

 

そう答えると思っていた坊主頭の男性は筋骨隆々の男性と共に戦う事をとうの昔に決めているため快く返す。

その心地よい程自分を信じてくれる彼からの信頼は心強いため、筋骨隆々の男性は彼らに指示を出すと彼らは仕事人の顔になりながら返事をする。

 

「なら、僕は本拠地で敵を引き付ける。そして2人は彼らが戦いやすいように近隣の住民を避難させたら折神家周辺を警備するSTTを制圧してくれ。彼らも命令でやっているに過ぎないからなるべく傷つけないように頼む」

 

「「任せろ/分かったわ」」

 

朱音の演説にマスコミや警察が注目している間、既に時間稼ぎが終了。

フリードマンはここまでは予定通りに進んでいることに不敵な笑みを浮かべながら射出ポットに目をやる。

 

「フン…準備は整った」

 

「どうか皆さんのお力をお貸しください!」

 

朱音が語気を強めて力強く日本中の人々に向ける。

その瞳と声色には魂が込められているのが伝わって来るのかいつもなら騒がしく野次を飛ばしているであろうジェイムソンも真剣に聞き入ってしまっている。

 

「よし、お前ら…ぶちかましてやれ!」

 

ハッピーが操舵室から射出コンテナの発射ボタンに力を込めて押し込む。

すると潜水艦に搭載さているS装備の射出コンテナがブーストを蒸し、轟音を立てながら離陸して行く。

 

その際に雪那は何か様子がおかしい事を察して目を細めていると、徐々にイヤな予感…というより自分が学長を務める鎌府女学院の生徒が任務に当たる際局長である紫から使用の許可が降りた際に、生徒達の元に装備を届けるためにいつもやっている行為が脳裏をよぎり、シナプスが一つの線に繋がって合点が行き、眼をカッと見開く。

 

そんな雪那の不安を煽るかのようにVLSハッチが開き、6つの射出コンテナが煙り上げながら流星の如く夜空へと舞い上がって行く。

 

皆が一瞬の隙を突いて飛び立った物体に驚愕し、気を取られているため大抵の人は気づかないだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事に。

 

「むっ……っ!?奴は!?」

 

だが、約1名。その相手を最も忌避し、常にバッシングする記事を書き、非常に嫌っている程毎日眺めている人物は例え服装が変わっていても瞬時にその相手だと見抜き、それを見逃さなかった。

 

「これは攻撃ではありません!今飛び立ったのは私達の希望なのです!」

 

飛び立った希望の中にまさか奴がいること等想定はしていなかった、ましては実物を見るのは初であるためテンパりながらジェイムソンは無茶苦茶な事を言い始める。

 

「おい!坊主!いつも写真を寄越す坊主!すぐに写真を撮れ!」

 

「何を言っているんですか社長!?彼がこんな所にいる訳がありませんってさっきも言ったじゃないですか!?」

 

「くそぅ!スパイダーマンめ!反乱分子の味方をするだけでなくこんな小癪な手を使うとは!待っていろ!貴様はいつか絶対にワシが捕まえてやるからなぁあああああ!」

 

ジェイムソンは悔しそうに飛んで行ったコンテナに対して負け惜しみを口にしつつも自分がネタにしている相手の実物を見ることが出来たことには満足感も感じているため拳を天に、あの野郎が飛んでいる空に向けて突き上げて雄叫びを上げる。

 

その中継を見ていた管理局の本部では椅子に座っている職員が映像を解析すると舞草が今回使った種が割れる。

 

「これは…ストームアーマーのコンテナです!」

 

「予想着地点は!?」

 

寿々花が目の前の突飛な現象に驚いてはいるがすぐ様冷静に次にどうするかを考えて職員に尋ねるとその場所を報告する。

 

「ここです!ここに向かって飛んできます!」

 

「何!?」

 

敵を横須賀に集め、舞草のシンボルである朱音が堂々と姿を現して会見をしている隙に射出コンテナを管理局の本部に打ち込むという大掛かりな手に出たことに真希だけでなく多くのクルーが驚きを隠せていないが直後に本部に向けて通信が入る。

 

『任せな、空飛ぶコンテナをガキ共の棺桶にしてやる』

 

 

 

上空を飛行するコンテナの上では強風とコンテナの速度により常人ならば容易く振り落とされて空中に投げ出されているであろう力が加わっている状態であるにも関わらず平然と引っ付いているスパイダーマン。

空中での敵の攻撃から皆を守る為にその身を晒してはいるが乱気流の強風に揺られてハンドメイドスーツのパーカーのフードがバタバタと音を立てて激しく揺れ、その力強さを物語っている。

 

直後に張り付いているコンテナに搭乗している可奈美から、その次に隣のコンテナの姫和から通信が入り、マスクの中に付けた通信機越しに声が聞こえて来る。

 

「通信チェック、聞こえるー?」

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫聞こえるよー!風の音が邪魔だけど!…言い出しといてなんだけどコレ結構怖いな!ま、アイアンマンの速さに比べたら余裕!」

 

思っていた以上のスピードとパワーには驚いている様だがいつもの調子で返してくる。

口調はマスクを被っている時の物になっているがいつ撃墜するための攻撃が来るか分からない状況であるため意識は常に集中させている。

 

「いいなー…つーかさりげなく自慢してるよな」

 

「最恐の絶叫マシンデスよねそれ…」

 

「楽しそう…」

 

「さ、沙耶香ちゃん!危ないから真似しちゃダメだからね!」

 

まだ冗談を言える程の余裕はあるようだがそんな時間も長くは続かない。

スパイダーマンの直感が、スパイダーセンスが神経を逆撫でしながら語りかけてくる。

 

直後にスパイダーマンの視界に、入って欲しく無い連中が目に入って来る。100m程先に複数の小型の飛行物体。そしてその奥で高速で飛行しながらそれらを的確に操る凶鳥の姿が。

 

「……っ!来た、奴だ!」

 

日本の…いや、世界の命運を掛けた戦いの火蓋が今、切って落とされる。




mafexにナイトモンキー登場っすか…グラサン装備の顔パーツの再現度高くて良さげっすね。

ちょいとシメがムズいので半端なのは許して。


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第48話 天空

ドクター・ドリトルといい2分の1の魔法といい見たい映画が次々と延期になって行く……状況が状況だから仕方ないですが…。ブラックウィドウは今のところは延期しないみたいですがなんとか放映してくれたら嬉しいですね…。


スパイダーマン達が横須賀港から鎌倉までを経由する上空、そんな中ハゲタカをモチーフにした頭の丸い形状のヘルメットに緑のツインアイが妖しい光を放っている。

なにより最も特徴的なのはパワードスーツの背中に取り付けられているバックパックから火炎を吹き出していて、左右に取り付けられている巨大な機械の翼は刃状の花が左右に3本、計6本存在し、翼に取り憑かれているティルトローター式のタービンエンジンが高速回転することで後方に向けて風を起こして飛行速度を格段に引き上げている。

 

更にはコンテナを撃墜する任務のために携行させているのは紫色で丸い形状にオレンジのバイザー型のメインカメラに重火器やボウガン、衝撃波を放つためのスピーカー型の砲門が取り付けられている円形の戦闘用ドローン、パラディンである。

 

その相手こそ夜空を飛行するコンテナ6機を鎌倉に近づけない様に事前に紫から上空を攻めて来る敵が鎌倉に近づく前に撃墜して始末しろという命令を受けて出向いて来た最初の刺客、上空を自在に飛び回る力を持つヴァルチャーだ。

 

そして、上空をコンテナに乗って移動する際はどうしても乗っている面々は無防備になってしまう上に、S装備の稼働時間には制限があるため電力の節約のためにあらゆる場所に自在に張り付き、超人的なバランス感覚を持つスパイダーマンが護衛役を買って出ており、生身を上空に晒しているため、時折コンテナの速度に姿勢を崩されそうになりながらも接近しているヴァルチャーの姿を認知する。

 

「映画みたいな日だ!空飛ぶコンテナにしがみ付いて…っ!鳥男とツーリングっ!うおっと!」

 

ヴァルチャーはこちらの姿を補足するとパワードスーツの両翼に取り付けられたタービンエンジンを稼働させながら猛スピードでコンテナに接近して来る。その最中、舞草の里の殲滅戦に使用していた戦闘用ドローン、パラディンの操作パネルを引き続き装備している。

 

視界にコンテナ6機とそれを護衛するスパイダーマンを捕捉し、里での戦闘で大半が破壊されて残りの数台しか残っていないパラディンを操作すると左右に散開して行く。

 

「そんじゃあ始めようかぁ…とんでもねぇ戦争って奴をよぉ!全員を庇いながらどこまで持つかなぁ、スパイダーマンさんよぉ!」

 

『里の殲滅を指揮してたのはお前か……よくもあんなことを』

 

『ね!』

 

ヴァルチャーがスパイダーマンと6人と相対した途端に殺意を剥き出しにして攻撃を開始すると右端のコンテナの方から里で舞草の仲間を攻撃した1人であるヴァルチャーに対して憤慨している薫が怒りによって低く、それでいてドスの効いた声色になりながらコンテナ内のモニターを通して睨み付けている。

普段の気怠げな感じは残しつつも今回ばかりは割と本気でキレている様子が伝わって来る。

 

「悪いが俺だって年端も行かねえガキ共を攻撃するのは心が痛んだんだぜ?だが、これはあくまで仕事なんでな。それに…国を脅かすテロリスト共を治安組織のトップ様がどんな手使ってでも排除すんのは当たり前じゃねぇか」

 

しかし、ヴァルチャーは全く悪びれる様子もなく淡々とあくまで里での殲滅戦での行為はビジネスでやっているだけ、舞草は世間から見れば国を脅かすテロリストだから国が排除しようと動いても仕方ないという他人事のようなスタンスを貫いている。

 

しかし、そんなヴァルチャーの態度に対していくら世間から見ればテロリストとは言えあのようなことを平然と行う管理局、ひいては紫やヴァルチャーのやり方は悪辣だとして舞衣はヴァルチャーの態度に憤慨している。

尚且つ姫和は以前にハイテクスーツの犯罪データベースに記録されていたヴァルチャーの装着者であるトゥームスの経歴を触り程度であるが知っているため、人をテロリスト呼ばわりする資格は無いと糾弾する。

あらゆる陣営にいる人々の心を煽り、武器を売り捌いて戦いを引き起こして自ら戦場に立って金を稼ぐテロリスト同然の行為をしているヴァルチャーにだけは言われたくなかったからだ。

 

『そんなの…っ!?』

 

『よく言う。お前は人の心を弄んで武器を売りつけて戦いを起こしている立派なテロリストだと言うのに』

 

「まぁ最近のガキは物知りでいらっしゃること。そこまで詳しけりゃスタークの野郎が探り当ててやがったか…奴のせいで俺らの商売は上がったりだ、つくづく俺の商売を邪魔する忌々しい野郎だなぁ死の商人のクセによぉ」

 

こちらに付かず離れずの距離を保ちながらパラディンを操作するヴァルチャーと相対したスパイダーマンが身構えると散開したパラディンが空飛ぶコンテナを囲むように移動する。

そして両端を飛行する現在無防備なエレンのコンテナと薫のコンテナを撃墜しようと攻撃を開始し始める。

 

「お前が悪いんだろ!ぐっ!風が強くて狙いが安定しない…ならこれだ!」

 

しかし、スパイダーマンはその行動を見逃さなかった。

パラディンが移動したと同時にスパイダーセンスが発動し、左右を囲むことは予想出来たため、飛行中であり姿勢や軌道が安定しない中でありながら一瞬手を明後日の方向に向けたかと思いきや早速新調したウェブシューターの電気ショックウェブのスイッチを押す。そして、気流に乗せてパラディンが通過する位置とタイミングを読んで左右に放つ。

咄嗟に判断出来たのは里でアイアンマンとのトレーニングで目隠しでリパルサーを回避したり、組み手をする訓練をしていたためか空間把握能力が自然と鍛えられていたのかも知れない。

 

暗闇が広がる夜空に一瞬雷光が走ったのかと錯覚する様な蒼白い光はパラディンがコンテナを攻撃を開始しようと砲門を展開したと同時に着弾する。

 

直後にアークリアクター由来の発電所並みの電力による高圧電流が流れ、一撃でパラディン達の全身を巡ってショートさせる。それだけ電圧が大幅に引き上げられていることが容易に想像できるだろう。

そして、ショートさせられたパラディンは内部でオーバーヒートを起こして空中で爆散し、粉々になる。

 

一撃でパラディンをショートさせて破壊する威力には皆驚いているが、累、フリードマン、スパイダーマンの3人で協力して作成した努力の結晶である改造ウェブシューターの威力には感心するしか無かった。

 

『爆発……っ!?』

 

「いよっしゃ!やっぱスゴいな2人とも!」

 

「なんつー威力してやがんだ……だが、まだ終わりじゃねぇぞ。奴を潰せ」

 

『copy』

 

流石にパラディンを一撃でショートさせて破壊する程電圧が引き上げられていることにはヴァルチャーも驚いたが今度は狙いを変えてスパイダーマンを攻撃するように指示を出す。

すると、再度パラディンはフォーメーションを組んでコンテナを護衛しつつバランスを保ちながら貼り付いているスパイダーマンを包囲し、コンテナから突き落として排除するために本体の下に付いている衝撃波を放つためのスピーカーのような砲口が開く。

 

「ヤバっ!今度の狙いは僕か!」

 

「…っ!?」

 

今狙いは自分に集中している。衝撃波を屈んで回避すれば乗っかっているコンテナに当たってしまう。だが、ここで敵のヘイトを集めて空中に飛び跳ねて回避すればコンテナには当たらないだろうが空中に投げ出されてしまうというどう足掻いてもリスキーな道。

更に嫌がらせの如く今度は今貼り付いているコンテナの隣を飛行する姫和の乗るコンテナをも同時に攻撃しようとしておりこちらの選択肢を潰しに来ているという3連コンボだ。

 

「さぁて、どっちを取るんだぁ!?」

 

自分が取れる最善の選択を取るならばどうすれば良いのかをすぐに考慮して実行に移す。

 

「衝撃に備えて!」

 

『うわっ!?何!?』

 

ギリギリまでパラディンのヘイトを引き付けて衝撃波が放たれる瞬間にコンテナの甲板を力強く蹴り上げてジャンプするこでジャンプした際の脚力で可奈美の乗るコンテナの高度がガクンと下方へと下がり、パラディンの衝撃波がスパイダーマンとコンテナの間を通過していく。

 

「くらえ!」

 

それと同時にスパイダーマンは飛びながら右手のウェブシューターで姫和の乗るコンテナに乗り移るために気流に乗せてクモ糸を当てつつ左手で背中に差した右向きのヴィブラニウムブレードを抜刀しながら身体を捻らせて姫和のコンテナを狙うパラディンへと投げ付ける。

 

投げつけられたヴィブラニウムブレードは縦方向に回転しながらパラディンに突き刺さると本体を貫いて爆発を起こす。

 

「ごめんちょっと揺れる…よっと!」

 

『なっ!?急すぎるぞ!……ぐっ!』

 

『胸は揺れないけどな』

 

『貴様…っ!今くらいは自重しろ!』

 

スパイダーマンは引っ張られるような形で姫和の乗るコンテナに着陸…いや、もはや衝突に近い形で飛び移って着地すると機内にいた姫和にもその衝撃が伝わる。

ちなみにヴィブラニウムブレードは投げたと同時に左手から出したウェブを柄に当てており、着地の際に左手を自分の方に引くことで引き寄せられるように手元に収まり再度背に差している鞘に納刀する。

 

更にこちらを牽制するかのようにすぐにウェブでの攻撃も放って来るためパラディンも回避行動を取って後退せざるを得なかったりと中々有効打が与えられない。

 

「どうしたの?アイツの攻撃は僕に掠ってすらないよ!」

 

スパイダーマンとヴァルチャーは再度睨み合いをしながら里での殲滅戦でも感じていたがやはり以前より実力が上がっていることを再認識し、残りのパラディンの数も3機しかない事を鑑みると更に攻撃の手を強める必要があると判断して自身も仕掛けることにした。

 

(仕留め損なったか…しぶてぇ野郎だ。だが、地の利はこっちにあんだよ!)

「決め手に欠けるか……なら、コイツで逝っちまいな!」

 

ヴァルチャーはスーツの両翼に装備されている右3本、左3本の計6本装備されている刃状の羽を2本ずつ、計4本を翼から分離させるとタッチパネルで操作したパラディンと交互に変則的な動きで皆のコンテナに襲い掛かる。

 

強風が吹いている上に変則的な攻撃をされると予想が困難になるため確実に倒せる厄介な敵を倒しつつ防御に徹することにした。

そういう意味ではパラディンからの攻撃の方が明らかに威力が高いことは身を持って経験しているためパラディンだけは優先的に破壊することがベストであると判断して制圧にかかる。

 

「次はこれだ!」

 

まず初めにパラディンがコンテナの下に潜り込もうと隣を飛行する舞衣の乗るコンテナの下に潜り込み、スパイダーマンの電気ショックウェブが当たりにくいようにしながら下方から攻撃を仕掛けようとしているのを目視すると左手で自分が乗っているコンテナの甲板に向けて一度だけ跳ね返るウェブの機能リコシェに切り替えて手首のスナップを利かせながら放つとコンテナの甲板に当たると跳弾し、コンテナの真下に潜り込んで狙いにくくなっていたパラディンに命中させる。

ウェブが命中したパラディンは砲口と視界がウェブで塞がれて下手に砲撃すると暴発する状態になり、視界が糸で塞がれている中浮遊していると速度が出ているコンテナに弾かれて流されるように後方に飛ばされて行き、爆散する。

 

 

更に右手のウェブは糸を長めに発射し、空気中に触れたことで凝固した糸を左手で途中で掴んで横向きに投げつけると気流に乗ってパラディンの通る位置に向けて漂い、先端がパラディンに当たると同時に気流によって引き延ばされたウェブが近くにいたパラディンにも命中する。

 

そして、すかさず電気ショックウェブを片方に当てると糸を通して繋がっているパラディン同士に電流が連鎖して同時にショートして爆散する。

これで全てのパラディンが全滅するが振り向くと黒煙に紛れてヴァルチャーが飛ばした4枚の羽が姿を現しジグザグに蛇行すると途中で分かれて1枚はスパイダーマンに向けて。そして残りは散開して距離が離れて手が届かない端っこのコンテナに向けて襲撃させて来る。

 

「全部は無理か……ならっ!」

 

先程残りのパラディンを倒したばかりで嫌がらせの如く続く追撃に備える間もなく、反応が一歩遅れてしまったがコンテナを護衛することが最優先であるためヴァルチャーに背を向けた姿勢のまま両手のウェブシューターのスイッチをワンテンポズラして2回押すことで距離や高さも異なる位置を飛行してコンテナのエンジンを狙っていた分離したヴァルチャーの羽に直撃させるとショートして航行不能になり落下していく。

 

しかし、両手が塞がっている上に自分の方に来ていた羽の攻撃の回避は間に合わずに左腕の上腕部を掠めてスーツの袖の繊維を切り裂かれてしまう。袖の下から覗く腕の傷口から鮮血が軽く吹き出してコンテナに血液が付着する。

 

「ぐっ!」

 

『颯太君、大丈夫!?』

 

「大丈夫!掠っただけ!」

 

「先にテメェから潰す」

 

皆が各々に心配しているがそんな隙を与えないが如く羽を翼に戻したヴァルチャーはスパイダーマンがコンテナに貼り付いて護衛している以上こちらも有効打が出せずにジリ貧になると判断して先にスパイダーマンから始末することを優先事項とし、スーツの肩部分にある格納スペースを開くとそこから三尺八寸程の特殊な…恐らくヴィブラニウムには劣るかも知れないがかなり硬質な金属で生成されている長剣を取り出すと翼のタービンエンジンを蒸し、乱気流を物ともしないスピードで接近して来る。

 

先程の攻撃により怯んだ隙を見逃さずに背後を取って脚部に取り付けられているあらゆる場所に引っ掛けたり、物を器用に掴んだりも出来る停泊用のクローを展開する。

そのまま、滑り込むように脚のクローをコンテナの甲板に付けると装甲の表面を削りながら飛び散った破片を気流に乗せてスパイダーマンに向けて飛ばしつつスパイダーマンを刺した上に突き落とそうと突きの構えで突進する。

 

「ちょいさぁっ!」

 

飛び散った甲板の破片は弾丸の如く襲いかかりスパイダーマンの背後に命中して地味なダメージを与えて行くが相手を怯ませるには充分であり、そのまま背中を突き刺そうと長剣を突き出すと咄嗟に身体を逸らされてしまい、軽く背中を掠めた程度のダメージだが押す力も加わっている。

その衝撃でスパイダーマンの足裏がコンテナから離れて身体が浮き、一瞬ジェットコースターで高い位置から急速に落下した時のような浮遊感がスパイダーマンを襲う。

そして直後に上空に投げ出されて気流に乗せられて後方に飛ばされて行く。

 

「うおわぁ!」

 

「あばよ……ぐっ!クソッタレが!」

 

このまま地上に落下してトマトのように潰れて死ぬ。そう思っていたが身体が浮いたと同時にヴァルチャーの両肩に向けてウェブを飛す。

近距離であったため、両肩に貼り付き、後方にスパイダーマンが吹っ飛ばされている影響により引っ張る力が強くなり、糸がより強靭となって強度が増して行く。

飛ばされる威力を軽減されたことで既の所で爪先をコンテナの端に辛うじて着けることが事が出来た。

 

しかし、ヴァルチャーも両肩同時にウェブが張り付いた上に体制を立て直すのに利用されて様々な力が加わったことで拮抗して硬直状態になるが隙を作らないように残っている左右の翼をスパイダーマンに向けて飛ばそうとして来る。

 

「テメェはさっさと落ちてスイカになれ」

 

「まだシーズンじゃないよ!ちなみに僕はメロン派だからね!」

 

だが、スパイダーマンはすぐに足の裏をコンテナにしっかりと着け、ヴァルチャーの両肩に当てているウェブを1つに纏めて掴み、思い切り横に向けて引き倒す事で姿勢を崩させる。

 

「この…っ!」

 

「うおらぁ!」

 

そうしている間に翼を飛ばし損ねている隙に糸から手を離したスパイダーマンがコンテナの甲板の上を走りながら殴り掛かって来るとヴァルチャーは咄嗟にスーツのエンジンを蒸して甲板から脚を離して距離を取りスパイダーマンの拳を回避する。

しかし、スパイダーマンは追撃するように両手を前に構えてクモ糸を飛ばして来るが改良されて空気抵抗への対策が施されているとは言え風力により速度はある程度減衰されてしまう。

よってヴァルチャーには回避されてしまい一度距離を取るために移動することを許し、雲の中に隠れられたことで姿を一度見失う。

 

(クソッ!何なんだあの野郎は…落ち着け、野郎のスーツはただの服に色塗っただけのポンコツじゃねぇか。俺が遅れを取るわけがねぇ、落ち着けよ俺)

 

ヴァルチャーは新しく改良が加えられてスピードが以前よりも上がっているだけでなく以前は不足気味だったパワーもある程度カバーされている今のスーツを着てスパイダーマンと一進一退の攻防を繰り広げている。

 

しかし、こちらのスーツは以前よりも改良が施されているのに対し相手は恐らく以前とは違う。改造されているウェブシューターはともかく以前のような様々なバリエーションがあるウェブや高性能な機能を有しているスーツでは無くほぼただの服であることは戦闘を通して理解出来る。

 

その上向こうは高速で飛行するコンテナの上にしがみ付き6人分のコンテナを護衛しながら戦闘するという圧倒的に不利な状況。

且つこちらは空中を自在に移動できるという一見するとこちらに負ける要素は無いというにも関わらずパラディンは全て破壊され中々有効打が出ないという泥試合だ。

ここまで、何の力もないただの服でしかないスーツで善戦する姿は、里での戦闘でも感じたが奴は既に以前の奴ではないことは容易に想像できる。

 

(何のつもりか知らねぇがどうやらよほどお行儀の良いトレーニングを施してやがるらしい…野郎が育てあげたもんをぶっ壊すか…ハハッ尚更負けらんねぇなおい!)

 

以前は子供の技術や財力では到底用意できないであろうと思われる、ましては管理局の装備にも匹敵する高性能スーツの性能でゴリ押しして自分と戦っていたが今度は違う。

本体のレベルが短期間でここまで上がっているとなるとやはりそれなりに場数を踏んで相当質の良いトレーニングを受けたのだろう。

 

そしてその特訓を付けた相手こそこの小僧にスーツを用意した戦争屋達が忌み嫌う存在。テロリストを殲滅するヒーローであり自分たち武器商人にとって最大の商売敵アイアンマンことトニー・スタークだろうとヴァルチャーは予測している。

 

現に作戦前に確認した舞草の構成員のリストの中に以前からスターク・インダストリーズの創始者であるハワード・スタークと親交があると武器商人達の間で噂になっていたフリードマンがいたことを確認したため、関連性はあると想像している。

やはりどこまでも自分の邪魔をする忌々しさからヴァルチャーは奴に協力するこのガキ共を必ず潰すという念が湧き上がる。

 

すると、その意思に呼応するように新型装備の核であるコアに搭載されているノロの格納ユニットが淡い光を放ち、スーツを着ているヴァルチャーの身体能力を更に引き上げて行くのを実感する。

 

「へっ、いいじゃねぇか、盛り上がって来たねぇ!」

 

「何を……っ!?」

 

ヴァルチャーはエンジンを蒸し、翼のタービンが火花を散らすほど更に回転を増して行くことにより、先程よりも高速で飛行しながら雲の中に隠れ、旋回してこちらの狙いの予想を立てにくくしてから再度攻撃を仕掛ける。

 

「行けよ!」

 

コンテナより高度を高く取り、先に予めHUDに接続してターゲットをスパイダーマンに絞り、翼から羽を4本分離するとジグザグと交互に蛇行しながらスパイダーマンを四方八方から襲撃する。

しかし、スパイダーセンスによる予知が働いた事により攻撃が来たことを察知して四方八方から襲い掛かる羽を迎撃するモーションに入っている。

 

(これを全部落とせれば楽になる!確実に決めないと!)

 

ヴァルチャーの羽の残りの枚数はこれで全てである事は翼から飛ばしに来る際に確認してあるためここで全て撃墜するべきと瞬時に攻撃が来る位置や方向を予測。

まず、初め少し距離があり当てる事が困難な左側から来る羽を撃墜するためにはまず近付く必要があると判断して隣を飛行する可奈美の乗るコンテナに飛び移るためにコンテナの先端まで走る。

 

助走と勢いを付けるためだ。とは言え右から来る攻撃への対処を疎かにしてはいけない。羽の攻撃の位置と速度から予測し、同じタイミングで飛行したり並列して飛行はしないことは理解しているため走って位置とタイミングをワンテンポ遅らせて微妙にズラすことで羽に向けてウェブを放つ。

 

位置とタイミングを微妙にズラした電気ショックウェブは飛行するヴァルチャーの羽に的確に直撃させると先程と同じようにショートして航行不能になって小さく爆散する。

 

 

「あーミスったらマジで死ぬなコレ!」

 

『な、何する気デス…?』

 

『まさか…』

 

ヤケクソ気味に叫びながら右からの攻撃に対処しながらコンテナの先端まで走ると隣を飛行する可奈美の乗るコンテナに飛び移るために思い切りコンテナの甲板を強く蹴り上げて気持ち左側斜め前に向けてジャンプする。

 

「I can't fly!」

 

『それ、飛べて無い……』

 

ジェットコースターよりも強い浮遊感に襲われながらも狙い通りにコンテナの正面まで飛ぶことが出来た。

 

「ぐあっ!やっぱいってぇ〜」

 

『痛いで済むんだ…』

 

しかし、やはり勢いは強いがためにまたしても衝突に近い形で可奈美の乗るコンテナに着地することに成功し、コンテナの上を2、3回転がる。

そのまま左側を確認すると既に再度コンテナに乗った自分に向けて羽が突進して来ており、完全に間合いに入られそうだと判断したスパイダーマンは背中に差しているヴィブラニウムブレードを抜刀して横薙ぎに一回転しながら振り抜く。

 

完全にヴィブラニウムブレードの間合いであったためスパイダーマンの横一閃が命中し、ヴァルチャーの羽が潰れて爆発を起こす。

しかし、爆発で視界が悪くなっている隙にスパイダーマンの頭上からヴァルチャーは翼のタービンを高速回転させて高速で接近して来る。

 

「ガラ空きなんだよ!」

 

「ぐっ!」

 

ヴァルチャーが高速で接近して勢いを付けながら標準装備されている剣を思い切り振り下ろす。

その一撃をスパイダーマンは手に持っていたブレードの刃の部分で受け止めるが上空からの位置エネルギーと翼と背中についているエンジンの出力により振るう剣の力にもかなりの重量と威力が加わっており、空飛ぶコンテナの上であり、風も吹いている上に揺れて姿勢が安定しにくい中では防ぐのが手一杯になっており、拮抗しているが微かに力負けして押されてしまい、膝を軽く曲げながらも踏ん張っている状態になる。

 

「いい加減くたばれヒーローもどきが!」

 

「悪いね!ちょっとやそっとじゃくたばらないのがヒーローもどきなのさ!」

 

ヴァルチャーは拮抗していて踏ん張っているスパイダーマンに対して自分は少し高い位置に浮いている状況であるためか右脚で蹴りを入れて相手の姿勢を崩し、よろめいた隙にコンテナの上に着地して脚のクローを甲板に引っ掛けて固定する。

直後に両翼を振り上げたかと思うと切断も可能な細かい鋸状の刃が付いている翼の部分でスパイダーマンと自分の間にある甲板に向けて翼をコンテナの装甲に突き刺す。

 

『うわっ!』

 

『可奈美ちゃん!?』

 

コンテナの機内は何とか人が入れるスペースであり自由な身動きは取りにくいが何かが甲板の装甲を突き破って来ることを直感で察知し、微妙に身体をズラすことで直撃を回避する。

自分の顔面スレスレを通過したのはヴァルチャーの翼の刃の先端部分だったと気付く。

後一歩反応が遅れていたら直撃していた可能性があると思うと刃に写る自分の顔を見てゾッとするがヴァルチャーが翼で更に装甲を切り裂こうと翼を更に奥深くに差し込もうとする前にスパイダーマンが左手でヴィブラニウムブレードを持ちながら突進し、隙を作るために電気ショックウェブをヴァルチャーに放つと同時に突進する。

 

「させるか!」

 

「やりあう気か?えぇ!?」

 

自分に向けられた攻撃に対して反応したヴァルチャーは翼をコンテナから離して手に持っていた剣で応戦して来る。

ウェブを回避するとお互いの近接武器同士がかち合うことでスパイダーマンの掌には乱雑だが何よりも殺意の篭っていて、その一撃からは以前はスピードはあったが腕力に関してはライノに比べると格段に劣る程だったのが懐かしく思えた。

 

 

「しぶてぇんだよ!ガキが!」

 

「ぐっ……姿勢が安定する地上なら…っ!」

 

再度縦に振り抜いた一撃をスパイダーマンにガードされるがやはり安定しない上空ではヴァルチャーが一枚上手。そのまま再度押し込もうとして来る。

ヴァルチャーは押し始めるとスパイダーマンの精神に揺さぶりをかけて精神攻撃をするためにヘルメットの下で歪んだ笑みを浮かべると素直にスーツのいや、このスーツを強くする技術とそれを動かす原動力を称賛し始める。

 

「ははは!やっぱコイツはすげぇ…っ!ノロ、荒魂…コイツはとんでもねぇ兵器になるぜ、ビジネスのし甲斐がありそうだ」

 

『何だとてめぇっ!』

 

『聞き捨てなりまセン!』

 

ヴァルチャーの発言はねねと、言うなれば代々荒魂を家族として共に生きてきた一族である薫のスタンスを否定するもの。そして、エレンは祖父がかつてノロの軍事転用への研究を行おうとしたら間接的に大災厄という悲劇を起こし、傷付きながらも猛反省して今日まで生きていること。

自分の両親がS装備の研究に関わり、誰かを守るためにの力にしようとしている技術を人殺しのための道具にして金儲けをしようという言葉は彼女たちの地雷を踏み抜いたに近い発言だろう。

 

「こいつらをうまい具合に軍事転用できりゃ大抵の奴は手が付けられねぇ兵器が出来てどこの国の奴らもこぞって欲しがるぜ。それを世界の覇者にでもなりてぇ金持ちにでも売っぱらえばガッポリ金儲けが出来る訳だ。最初に転用を考案したアメ公の守銭奴共は見る目があるぜ」

 

『だからってノロを殺しのための道具に利用して悪い人に売り付けるのは間違ってる…』

 

『そんなこと、ノロも……誰も望むわけが無い!』

 

ヴァルチャーの物言いに対して沙耶香も、人一倍荒魂を憎む気持ちを持っている姫和ですら反発している。

彼らはあくまで人間の傲慢さが原因で生まれるものではあるが、あくまで自然に発生してしまうものでもあるため、それを故意に犯罪や争いの為に利用することは流石に看過出来ずに怒鳴ってしまう。

だが、ヴァルチャーはそれを嘲笑うかのように悪びれもせずに続ける。

 

「はぁ?金儲けに利用出来そうなもんを利用して何が悪い?利用価値があると判断して守銭奴共も目を付けたんじゃねぇのか?…それになぁ、世の中には戦争で得をする奴が大勢いるのよ。それだけじゃねぇ、国民自体怨み憎しみに燃え盛って戦争してぇ国だっていっぱいあんだよ。そんな奴等のお陰でオレ達みてぇな戦争屋の食い扶持は無くなる事ぁねぇ!皆が得をしてwin-winな訳だ。つーかテメェらのバックにいるスタークもかつてそう言った奴らのニーズに合わせてとんでもねぇ兵器を売り捌いてただろうが!」

 

世界には未だ戦争が終わらない国や、情勢に納得出来ずに戦争をしている国、

中には憎しみの怨嗟を絶つ事が出来ずに復讐を望んでいる人間が両手の指では数え切れない程いるのだろう。

 

以前はそう言った人間たちからの頼み、彼らの願いを叶えて賞金をもらう為に戦地を駆けていた。依頼して来た相手も得をするし、自分達も金が入る。まさにwin-winだったと思っていた。

だがアイアンマンが登場して以降。彼に目を付けられれば大抵の戦争屋は一瞬で全滅させられてしまう。

 

そのため完全に戦争屋としてはほぼ廃業に近い状態となり細々と戦地で拾った武器やヒーロー達が戦った後の残骸を集めて武器を改造した物を隠れながらひっそりと売り付けることで食い繋いで来た、皮肉にも自分から天職を奪った奴と同じ方法で。

 

「大体野郎は何の稼ぎでタワーを建てた?オモチャを何故作れた?全部武器を売って稼いだ金でじゃねーか。俺と何が違う?……まぁ、奴が日本のガキ共に協力してやがんのはちと意外だったがあの目立ちたがり屋のことだ。テメェら日本のガキ共を利用してここ最近の失敗の汚名を返上しようと考えてんだろうよ、全くあいつらしいぜ」

 

「そんな…ことっ!」

 

確かにトニーがアイアンマンになれたのは、自分が会社の仕事で開発した武器を売り捌いた金が資金となり本人にも知識や技術があるからだ。

 

ヴァルチャーが彼のことを一方的に敵視していることもあるが兵器を売り捌いて多くの人間を死に追いやり、ヒーローになった後でもその戦いの余波に彼らだけが悪いわけでは無いが巻き込まれている無実な人、その皺寄せを受ける人もいるにも関わらず、さも称賛される姿には懐疑的な物を感てじいるからという面もある。

 

「どこまで聖人ぶってヒーロー面しようが奴の根っ子は変わらねぇ、自分以外を見ちゃいねぇ死の商人のままだ。それに、スタークや大将のように金と権力を持ってる奴らはやりたい放題だ。奴らはテメェらのことを気にも止めねぇ。手足となり道を作って戦おうが奴らの眼中にねぇ。俺らは奴らの出した食べ残しを食ってる。そんな世の中だ。だから奴にとってはてめぇも都合が良い道具なんだよぉ!」

 

彼らの本質を知らない人間からすれば彼の活動は偽善のように見えるのだろう。

ヴァルチャーの突き刺さる刃のような言葉の数々。かつて武器を売っていたトニーの矛盾。それは今では消し去ることの出来ない過去なのかも知れない。

 

そして、徐々に腕に込めた力が増して行き更にスパイダーマンを追い込んで行く。少しでも力を緩めれば喉元に剣の先が捻じ込まれそうになり、それを防ぎながらも喉から声を絞り出す。

確かに過去は消せないのかも知れない。だが、自分は知っている。ここ数日共に過ごしただけで何もかもを理解出来る訳ではないがこれだけは理解している。

 

「確かにあの人は…いつも一言多いし、人を選ぶタイプだけど……」

 

「あ?」

 

スパイダーマンの絞り出すような声に対して聞こえてはいるが敢えてわざとらしい反応をするがそれでも、臆することなく言葉を紡ぐ。

 

「確かにあの人が作った武器で多くの人が死んだかも知れない……本当に誰よりも先のことを考えてるからそれが行き過ぎて悪い方向に働いてしまうこともあるのかも知れない…だけどっ!」

 

かつてトニーには長年共に過ごし、世話もしてくれていたが徐々に歪んでいったとある重役が秘密裏に影で危険な勢力にも武器を売り捌いていたが本人は一線を超えないことを信条にしていた。

だからこそ、その力に目を付けられてテロリストに拉致された際には自分が作り出した武器が悪用されて多くの人間が死んでいた事実にはショックを受けてしまったのだ。

だが、洞窟でのある人との出会いは彼にとって人生を変える出来事だった。

 

「あの人は自分の持ってる力を、技術を…っ!誰かを守る為の力に変えたんだ!洞窟で助かった自分の命を、決して無駄にしないために今日まで色んな人を助けて来たんだ…っ!リスクだってあるのに僕らに力を貸してくれてるのも…脅威から人々を守るために僕らを信じてくれたからだ!それが出来るのは科学の力を守る為の力に変えた彼が…彼こそがアイアンマンだからだ!だから絶対に……お前なんかとは違う!」

 

 

そして、トニーは過去の出来事を猛反省して自分の力を人助けのための力に変えた。『その命、決して無駄にするな』。この言葉を忘れた日は一度も無かっただろう。だが同時に、時にはそれが呪いとなって彼を縛り、追い詰める事もあったかも知れない。

 

実際彼は優秀であっても完璧では無い。元々は一般人に近い精神力であった為か追い詰められたり死にかけたりした時はヤケを起こし、酒に溺れて家で暴れたこともある。

誰よりも賢いが故に常に人類への脅威に対してあらゆる手段や策を用意することもあるがそれが行きすぎて悪い方向に進み、間接的にチームの間に亀裂を生んでしまったりもした。

 

……だが、それでも彼が今でもアイアンマンである理由はヒーローである重責に悩み、苦しみ、時には誰かと衝突して現実に押しつぶされそうになりながらも何度も何度もスーツを身に纏って人々を、愛する人達を守って来た。時には自分の命に関わる事であろうとも常に行動で示し続けているからだ。

決してヴァルチャーのように力を自分のためだけに使い、それをビジネスに使って金儲けを企む奴とは絶対に違う。

 

そんな彼の背中を見ながら鍛えられ、そしてハッピーから彼も皆と同じように悩む等身大の人間である事を教わったことで自分も悩み、苦しみながら戦う道も決して間違いでは無いと信じる事が出来た。

だからこそ、こんな奴には決して負けない。いや、負けてはいけない。そう言った意に呼応するかのように徐々にヴァルチャーの剣を押し返して行く。

 

「何だこの野郎……っ!急に力がっ!?」

 

直後に思い切りスパイダーマンが力押しでヴァルチャーを押し返すとすぐ様左手首のウェブシューターのスイッチを押してウェブを発射して肩にウェブを当てる。

ウェブを掴んで自分の方に向けて引っ張り、ヴァルチャーを自分の元へと引き寄せると頭を軽く退け反らせてヴァルチャーのヘルメットに向けて頭突きを入れる。すると、衝撃で相手が怯み、距離が離れる。

 

「てめぇ……」

 

「はあああああ!」

 

スパイダーマンはすぐ様その隙を見逃さずに翼を振り回せない距離まで接近し、拳を振りかぶってヘルメットに向けてキャプテン直伝の右ストレートをお見舞いすると拳がめり込み、ガラスの部分が割れてヴァルチャーの身体がコンテナの前方へと飛ばされて行く。

 

しかし、ヴァルチャーも負けじと咄嗟に脚でコンテナを強く踏み付けるようにして蹴りつけると機体が大きく傾き、スパイダーマンもバランスを崩す。不運にもヴィブラニウムブレードを落としてしまうが柄を足で踏む事でなんとか落下を防ぐ。

 

「なら、奴を信じたことを後悔させてやる。そして、教えてやるよ、テメェらの技も所詮は殺しの技だ。暴力では何も救えねぇってことをなぁ!」

 

ヴァルチャーはコンテナが揺れて傾いている隙に手の甲に隠してある着地や装備の解除、または方向転換に使用する鉄状のアンカーを発射するとスパイダーマンのウェブシューターの少し上のあたりの手首に巻き付き、エンジンを蒸して引っ張るとスパイダーマンの腕力と拮抗する。

 

だが、このアンカーは囮。今のうちに手に持っていた剣を振りかぶって投げ付けて来る。狙いはスパイダーマン……に見せかけて背後にあるコンテナのエンジンだ。

 

スパイダーマンもスパイダーセンスは反応したが向こうが気流に乗せて投擲する速度の方が早く自分の横を通り過ぎる速さには反応し切れず通過を許してしまう。

急いで左手でアンカーを掴んで腕力で引きちぎるが間に合わず、投げた剣が非情にもコンテナのエンジン部分に突き刺さるとエンジンが破損して出火を起こす。

誰が見ても察する事が出来る。このコンテナはもう持たない、乗っている方が危険だと。

 

「おら、早くしねぇとテメェも焼けるぜ」

 

「くそっ!可奈美!装備付けろ!」

 

スパイダーマンがコンテナ内にいるまだ火の手が来ない機内にいる可奈美に物凄い剣幕で声を掛ける。

 

『えっ!?』

 

「乗ってる方が危険だ!早く!」

 

「分かった!」

 

スパイダーマンの迫力には押されてしまうが徐々に炎による熱がジワジワと浸透して来ている事を察すると千鳥を手に持ち、急いで機内にあるスーツのコアに手をかざして装着の準備を始める。

しかし、それを阻止しようとヴァルチャーがアンカーの切れた部分を引っ掛けて自分の元に引き寄せることで剣を回収すると追撃を仕掛けて来るがスパイダーマンが何とか抑えている。

 

「させるかよ!」

 

「こっちの台詞だよ!」

 

「付けたよ!」

 

「オッケー!じゃあ手を上に向けてリパルサー・レイって所押してみ!」

 

翼を突き刺された事により微かに切れ目が出来ている為か微かに外の様子がチラりと見える程度だが2人が交戦しいることは見て取れる。

 

装着が完了して起動状態に入ると頭部のヘルメットに付属しているオレンジ色のバイザーにREADYの文字が浮かんだ後にHUDに接続となる。

基本的に身体能力を上げるための物であるため通常の物には複雑な機能は付いていないがトニーが改造を施したことにより電力をアークリアクター由来に変換して稼働時間がある程度引き上げられている上にバイザーにはHUD、掌にはアイアンマン同様の飛行安定装備であるリパルサー・レイが搭載されている。

 

HUDの操作が初めてであるため、慣れない様子で画面を操作しながら機能のリストを調べると『リパルサー・レイ』と日本人である面々にも分かりやすいようにカタカナで表記されていたため、容易に見つけられた。

 

「うーんと…あった!」

 

「もうちょい左…今だ!」

 

スパイダーマンはスパイダーセンスで背後からリパルサー・レイが来る位置を察しつつヴァルチャーの狙いを自分に絞らせるために敢えて鍔迫り合いに留めている。

 

そして打てと言われたと同時に掌からリパルサー・レイが放たれ、切れ目を入れられていて脆くなっているとはいえコンテナの甲板を突き破って一直線に飛ぶ威力には驚いてしまった。しかし、同時に恐らく人間に当てれば1人を転倒させることは容易という推測も立ててはいるが。

 

スパイダーマンがギリギリまで注意を自分に引きつけていると背後からリパルサーが放たれた事を感じ取るり、咄嗟に姿勢を低くして回避する。

そして、スパイダーマンが死角になっていた事により反応が遅れたヴァルチャーの胸部装甲にリパルサー・レイが命中して後方へと飛ばされて行く。

 

「何のつもりだ……うおっ!」

 

「ジャンプ!」

 

「うん!……うわっと!……ありがとう」

 

殺傷能力は無いがかなりの衝撃が走っているのかヴァルチャーが押し飛ばされて距離を離されている隙にS装備を着けた可奈美がジャンプで甲板に上がるとスパイダーマンに手を取られる形で着地する。

 

「っぶねぇ……やっぱ他のガキ共の分も作ってやがったか」

 

「ゴメン、流石に全部は計画通りには行かなかった」

 

「ううん、無理も無いよ。よくこの状況で粘ったなって思う」

 

スパイダーマンに身体を支えてられながら上空に身体を晒したことで吹き付ける強風やバランスを取るのが困難な最中こちらに対面するスパイダーマンのマスク越しか最大限努力したが申し訳いと思っている様子が伝わって来る。

 

羽の刃に切られて服の袖が破けているためかそこから出血していたりと軽症ではあるがもうすぐ目的地である鎌倉の付近までよく粘ったなという感想の方が強く出ているため責める気にはなれなかった。

 

「悪いんだけど手を貸してくれる?君が落っこちないように僕がサポートする。アイツをぶっ飛ばして皆を送り届けないと!」

 

「分かった!任せて!」

 

スパイダーマンの声色からは自分を信用し、共に力を合わせよう。という意思が伝わって来る。これまであまり自分を頼ろうとしなかったスパイダーマンから向けられる信頼は心地よく、同時に嬉しかったため力強く頷く。

 

半壊してたコンテナの上に乗りながらこちらと相対するヴァルチャーに対して力強く見据える。

ヴァルチャーの方も拳がめり込んだ後が残り、ヘルメットのガラスの部分にヒビが入っているが緑色のツインアイからは戦闘続行の意思は消えておらず、冷たく2人を見下ろしながら任務遂行の為に彼らを排除すべく翼を広げてスパイダーマンに対して武器を構える。

 

「よりにもよってあの厄介なガキか。纏めてここで始末してやる」




コンテナ君、装甲削られたり蹴られたり突き刺されたりエンジン壊されたりで大変ンゴねぇ…ま、空を自由に飛べる奴が相手だから仕方ないよね!

コンテナ「解せぬ」


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第49話 凱旋

ソロドラマが続々延期…ほんま辛いっすわ…。



コンテナの本体の上に乗るスパイダーマンと装備を付けた可奈美。火の手は未だ回らないものの両者がヴァルチャーと対峙しながら前を見据えていると徐々に下方が暗くなっている事から大方東京の都心を抜けたことが想像できる。

 

スパイダーマンの超人的な視力により、着実に鎌倉に近付いていることが視認できた。一方で今の自分たちも敵と同じ高さにいるという好条件なタイミングを逃すとヴァルチャーを倒すことがやや困難になる可能性があると想定しているからか、早めにケリを着けることも視野に入れている。

 

皆のコンテナが撃墜されないように防衛することも大切であるが現在のようにヴァルチャーが飛行可能状態のまま現地に到着した場合、鎌倉は敵の本拠地である上に、格納庫に帰投したら遠距離武装を大量に補充して来るだろう。

 

もし、そうなればこちらの攻撃が届きにくい上空からの遠距離攻撃によって進攻を遅延されるだけでなく親衛隊に挟み討ちにされて本殿に辿り着くまでに大幅なタイムロスを起こす可能性があると両者の頭をよぎっている。

現に里でパラディンを使用されたことで、上空からの攻撃は厄介な事は身を持って学んだことで警戒すべきポイントだと判断して戦略を組み立てている。

 

「じゃあ、可奈美。このコンテナがオジャンになるのは時間の問題だ。それに鎌倉も見えてきた……なるべく早くケリを付けないと」

 

「分かった。その前に乗り移った方良くない?燃えてるしどんどん下がってる」

 

「OK、じゃあしっかり捕まっててよ!」

 

「跳ぶのは私が!ゴメン姫和ちゃん!」

 

『おいまさかまた……』

 

コンテナの高度が下がりつつある最中、コンテナが爆散しかねないため両者とも行動に移す。

 

「そらよっ!」

 

「ちっ!ちょこまかと!俺がまとめて狩り殺してやるよ!」

 

ヴァルチャーに対して左手を向けながら電気ショックウェブを連続でヴァルチャーの周りの上下左右に向けて放ち、回避行動を取らせる。

隙を作っている間に可奈美がスパイダーマンの肩に手を回して密着すると同時にスパイダーマンは隣を飛行する姫和の乗るコンテナに右手を向けてウェブを飛ばす。

 

空気中に触れ、吸着したことによってウェブの硬度と引っ張り強度が強くなったのを視認すると可奈美がS装備を装着することで上昇している八幡力の脚力でコンテナの装甲を強く蹴り上げると力強く、一直線に空中に飛び出す。

 

「野郎…なら、テメェには大して効かねぇから使うつもりは無かったがガキ共相手なら別だ。こんな地味なのよりホントは派手に粉々に吹っ飛ぶのが使いやすいが四の五の言ってる場合じゃねぇな!」

 

しかし、ヴァルチャーはそれを見逃す訳がない。スパイダーマンにはあまり有効ではないが対刀使戦では有効な写シを貫通するボウガンを構えると可奈美に向けて構え、弦を引くとその特殊な素材で出来ている金属矢を連続で放って来る。

 

「……っ!?」

 

「僕に任せて!」

 

可奈美はすぐ様反応するが空中では無防備、だがスパイダーマンはこのボウガンは自分には彼女達ほど有効とは言えない武器であるため自分がタンクになることが効果的と考え、飛びながら左腕を素早く動かして3本の矢を手掴みで掴み取る。

 

スパイダーマンが矢を掴んでへし折ると同時に可奈美が両足を姫和の乗るコンテナの上に付ける。今度は2人分の体重がのしかかったためか、衝撃もかなり強いようで物凄い衝突音が響く。嫌な予感がしていた姫和は咄嗟に機内にある小鳥丸に触れて金剛身を張ることで衝撃を軽減した。

 

「oh…アイアンマンみたいなゴツい脚の為せる脚力……」

 

「何か言った?(威圧)」

 

「いえ!何も!」

 

『おい、地味にこれ心臓に悪いんだぞ……』

 

「も、申し訳ない……」

 

「ゴメン……来る!」

 

「ハハハ!これが止められるか」

 

お互いの身体を離して並び立つ形でコンテナの上に乗っているとヴァルチャーも追撃の手を止めずにボウガンの矢を両者に向けて放って来る。

ボウガンの矢はスパイダーマンに当たったとしても軽く刺さる位だ。素で身体の耐久力が高いスパイダーマンには効果が薄いが写シを貫通し、身体に残る特殊な矢は直撃すれば可奈美にとっては脅威になる。

 

「はっ!せいや!」

 

しかし、可奈美はいち早く反応してすかさず千鳥を振り回して矢を叩き落し、切断された矢は足元に落ちて風に流され飛んでいく。

 

飛行中のコンテナの甲板の上という風で姿勢が安定しない悪環境の中改造されたS装備によってHUDが自動で行う弾道予測によりどこを叩けば落とせるのかという計算が為され、その位置を引き上げられた腕力で御刀を振り抜く事で風の抵抗を上回った。ちなみにスーツの性能はさることながらこの悪環境で飛んでくる矢に当てること自体達人技である

並の刀使だったとしたらこのボウガンの矢の連打ですぐ様ノックアウトされている所だろう。

 

「あのさぁ!禁止兵器連打のやり過ぎは辟易させるから程々にしといた方がいいよ!」

 

「はぁ?勝つためなら何でもするのが俺らだっつってんだろぉが!」

 

しかし、ヴァルチャーの狙いは当てることだけではない。少しでもボウガンで相手の気を逸らして隙を作ることだ。

直後にエンジンを蒸して勢いを付けたままコンテナの下方に潜り込み下方から攻めてくる。

 

「ヤバっ!可奈美はちょっと上にいて!僕は下を!」

 

「了解!」

 

それを察したスパイダーマンは矢を回避したと同時に自身のあらゆる箇所に貼りつく能力を活用してしがみ付きながらすぐ様姿勢を低くしてコンテナの真下に向けて這うような形で移動してヴァルチャーを迎え撃つ。

 

一方でヴァルチャーはガラ空きなコンテナの底を攻撃するために巨大な翼を傾け、翼に付いている刃の部分が底に当たるようにしてコンテナの底を翼の刃が火花を散らしながら削っていく。

それを待ち構えていたスパイダーマンは掌を底に付けて脚を一度畳んだ後に脚を伸ばしてヴァルチャーに顔面に向けて蹴りを入れる。

 

「させるかよっ!」

 

「ちっ!」

 

一歩ミスをすれば落下してスイカになるような状況の中空飛ぶコンテナから乗り移るために飛び出す無茶をやって退ける奴ではあるため、多少の事では驚かなくなって来たがやはり無駄に覚悟の決まってるガキは厄介だと再認識させられる。

明らかに自分が不利な体の向きが逆さまになるコンテナの底に張り付いてこちらを迎えつというのならこちらはそれを回避してやる。その懸命な攻撃を外せば大きな隙ができ、こちらにもチャンスが出来るだろう。

 

ヴァルチャーはスパイダーマンの蹴りが届くか届かないかの距離に近付くと咄嗟に身体を翻し、急降下して回避を行う。

眼前に突き出されたスパイダーマンの足裏は思っていた以上に素早いが避けられない程ではないとヴァルチャーは見た。

スパイダーマンの蹴りはヴァルチャーのヘルメットスレスレを掠ったが予想通りなんとか回避は出来た。相手は張り付いているのが手一杯の状態、反撃のチャンスと言えるだろう。

 

「ガラ空きなんだよ!」

 

ヴァルチャーが身体を翻した反動を付け、スパイダーマンに向けて回し蹴りを入れてコンテナの底と脚のクローで圧迫してスパイダーマンをコンテナから振り落とそうとするがスパイダーマンに微かに首を動かすだけの最小限の動作で回避され、クローが底に突き刺さる寸前で足首を掴まれる。

 

「待ってたんだよ、ここまで接近するのをさ!」

 

「離せこの野郎!」

 

「そおら!」

 

スパイダーマンは逆さまになりながらもコンテナの底にしっかりと脚を着け、ヴァルチャーの足首を掴んだまま一回転してヴァルチャーを宙へと放り投げる。

 

「夜間飛行に連れてってやるよ!そのままあの世にもなぁ!」

 

しかし、投げ飛ばされたことには驚いたがヴァルチャーも負けじとカウンターで手の甲からアンカーを伸ばしてスパイダー右腕の肘の辺りに巻き付け、投げられた勢いを利用して背中に取り付けられているエンジンを蒸すとスパイダーマンの足が底から離れ、そのまま宙へと引っ張られて行く。

 

「おわあああああああ!」

 

「スパイダーマン!」

 

「だけどっ!」

 

しかし、スパイダーマンもただではやられない。身体がコンテナから離れる瞬間に左手のウェブシューターのスイッチを押してなんとかコンテナの甲板にクモ糸を当てていた。

ヴァルチャーの引っ張る力によって引っ張り強度は強くなって行く。そして、途中でヴァルチャーも引っ張り強度の強くなったウェブと拮抗して空中で不自然に急停止してしまう。

 

「ぐおっ!」

 

スパイダーマンの腕力とコンテナの飛行する力とヴァルチャーの力が拮抗しているとその格好に耐えられないのか徐々にウェブの着いている装甲の部分がカタカタと揺れて剥がれそうになっているのが可奈美の視界に入る。

 

「なんか嫌な予感……っ!」

 

嫌な予感がするため急いでウェブに近付いて行くと、案の定それが的中する。

ヴァルチャーの引っ張る力に耐えられずにコンテナの装甲が剥がれて先程までスパイダーマンを繋ぎ止めていたウェブが宙に浮いてしまったのだ。

 

このままではスパイダーマンは宙に投げ出される。

そう判断すると可奈美はダイブして風に舞うスパイダーマンの生命線であるウェブをキャッチする。しかし、安心する隙など与えない。

掴んだ瞬間に気流だけでなくヴァルチャーのエンジンの引っ張る力も桁外れであるため一瞬姿勢を崩してしまう。コンテナの後方、一歩足を踏み外せば可奈美も宙に飛ばされかねない位置まで引き摺られてしまった。

 

だが、改造を施しているS装備であるためかパワーも上昇しており、発動している八幡力のパワーを上昇させていく。

腕を振り上げ、思い切り後方に倒れ込むような形になるが僅かに可奈美とスパイダーマンの腕力が力勝ちし、伸び切っているがその分引っ張り強度の強くなったウェブの反動が返って来てヴァルチャーとスパイダーマン両方を自分の方へと引き戻して見せた。

 

スパイダーマンが着地したと同時にヴァルチャーもコンテナの前方に激突する形になり、一度コンテナの上をバウンドし、翼をコンテナの装甲に突き立てて衝撃を軽減し、装甲を削りつつ滑りながらコンテナの前方まで移動する。スパイダーマンがそれを見逃さずに自身に巻き付いているアンカーを左手で掴んで思い切り引き寄せようとするが危機を察知したヴァルチャーは咄嗟に手の甲のアンカーを切り離して接近を回避する。

 

その隙にスパイダーマンの肩を台にして飛び出して来た可奈美が攻め込んで来ており、ヴァルチャーの飛行手段を潰すために翼を破壊しようと接近戦を仕掛けて来る。

ヴァルチャーも反応するとボウガンを連射するが勢いを止めずに矢を打ち払いながら突進して来る。

 

しかし、この悪環境で走りながら打ち払い続けるのは困難。所々掠めたり、後少し反応が遅れていたら命中していたと思わされる瞬間も多々ある。

スパイダーマンが可奈美の背に隠れながヴァルチャーに気付かれないように相手の足元に向けてクモ糸を飛ばす。

 

ヴァルチャーは急いで軽くジャンプで回避するがそこに一瞬の隙を作ってしまった。

 

「せいあっ!」

 

 

「野郎っ!」

 

翼に向けて振り下ろされた一撃に反応して咄嗟に剣で塞ぐが力負けして姿勢を崩されてしまいそのまま流れるように下段からの斬り上げでボウガンを両断する。

 

これで写シ対策の矢は使用不可能となる。そのまま翼を切断しようと再度上段からの振り下ろしをお見舞いしようと思ったがヴァルチャーの背中に取り付けられているエンジンを急速に蒸す事で後方に飛んで回避される。

だが直後にスパイダーマンに手元の剣にクモ糸を当てられる。

 

「今だ!くらえ!」

 

「クソッタレが!」

(冗談じゃねぇぞ!アレを食らったらやべえ……チッ!コイツを捨てるっきゃねぇか!)

 

すると直後に電気ショックウェブのスイッチを押しており、ウェブを通して高圧電流が流れ始める。

このままでは剣を通して電流を浴びると察したヴァルチャーは止むを得ず手に持っていた剣を投げ捨てて感電を回避する。

 

「外した!……おっとっと!」

 

「ふーあっぶねー!」

 

可奈美は倒しにかかった一撃を回避された上にコンテナの先端であったためか踏み込みのせいで足を踏み外しかけて前から落下しそうになるが突如として後方へ引っ張られてコンテナの真ん中程まで移動したので落下を防ぐ事が出来た。

 

完全に手元に武器が無くなったヴァルチャーが一瞬背後を見るとこちらの本拠地である鎌倉。ましてや折神家が視認できる程まで近づいている事を確認する。何としてもヴァルチャーは鎌倉に到着する前に突入するメンツを1人でも多く排除しなければならない。

残された時間が少ない以上、こちらも一手を打たなければならない。

ヴァルチャーに搭載されている一度撃てば再度換装が必要になるが相手が生身を晒している人間である以上成功すれば有効打となるだろう。

最悪、一瞬でも隙を作る事が出来ればこちらの勝ちであろうと判断して使用を決断する。

 

「やっぱしぶてぇガキはめんどくせぇ……なら、コイツでくたばりやがれ!」

 

ヴァルチャーがそう宣言すると両翼が分離するかのように展開され、翼に搭載されているティルトローター式のタービンエンジンが後方を向いて急速に回転し始めて風を集め始める。

 

「はっ……っ!?アレはマズい…!?」

 

「何があるって言うんだ……」

 

そして、可奈美はそれを見て察知する。以前、アレを直に食らった事があるからだ。スパイダーマンはそれを見たことがある訳ではないためか何が何だか理解していないようだ。

今、この状況下でアレを喰らえば確実にこちらが負けると判断して、それを使われる前に何とかしなければ……と言った思考が頭を巡る。

御刀のリーチでは届かない。なら、リパルサー・レイで妨害をしようと掌をヴァルチャーに向けて放ち、それに便乗したスパイダーマンもウェブを放つが風に揺られて姿勢が安定しない上に最小限の動きで回避されてしまう。

 

「テメェらが生きてる人間である以上、コイツに対抗する術はねぇ!」

 

ヴァルチャーの翼に風が収束され、翼から超音波が放たれようとしている。マズい、アレに直撃すれば立つことすら困難になる程平衡感覚を破壊され、力も入らなくなってしまう。そうなればこちらは一方的に嬲られて終わるだろう。

 

(どしよう……あの音を聞いたら私たちの負け……っ!どうすれば……

聞かなくて済む方法……方法は……あっ!こうなれば一か八かで!)

 

ヴァルチャーのヘルメットの緑のツインアイがこちらに冷徹な視線を送り、完全に決めに来ている事が察する事が出来る。

焦りも生じて冷や汗を掻くが、頭の中で一つの線が繋がり、効かなければこちらの負け。だが、もし成功すればこちらにも反撃するチャンスが出来ると判断してHUDの通信機能に接続して舞衣の乗るコンテナに向けて通信を送る。

 

「舞衣ちゃん、透覚で音を掻き消して!」

 

「何があるんだ……?」

 

「えっ?…うん、分かった!」

 

唐突に、それでいてかなり真剣な剣幕で言われた為、一瞬困惑したが何か考えがある事は理解できた。

指示通りに舞衣は咄嗟に孫六兼元に触れると刀使の能力の一つ、聴覚を強化する能力透覚を発動する。集音マイクのように特定の音を集中して聞き取ったり、ノイズをカットするといったことも可能となる。これもまた使い手はそれほど多くないが、これと先の明眼と合わせると機械よりも正確な情報・状況分析が可能となるが使い手が少ない能力であるため、この二つを併せ持つ者は少ない。

今回は言われた通り透覚を発動して、音を掻き消す方の使用方法を用いる。

 

ヴァルチャーの翼はタービンの回転によって集めた風を収束し、放つ超音波に乗せる衝撃の威力を高めると翼の普段は装甲で隠されているスピーカーから地響きがしたかと錯覚するほどの強烈な超音波を放って来る。

 

翼から放たれた超音波がスパイダーマン達に襲い掛かって行く。この音波を直接聴くと不快な音波により脳にまで衝撃を与えられ、しばらくの間平衡感覚を失う程のダメージを受けてしまう。

 

「こいつで楽になりな!」

(ハハハ!これで終いだ!何とか鎌倉に着く前に始末出来たか)

 

しかし、その音波がスパイダーマン達に当たるが衝撃により後方にまで押されていくが両者が互いの手を掴む事で踏ん張っている。

歯を食いしばっているのは感じられるが超音波の影響を受けて戦闘不能になる様子は見られない。

 

「何だと!?」

 

ヴァルチャーは本来ならば戦闘不能になっている筈の両者がケロっとしている様に驚きを隠せなかった。

 

「間に合った……」

 

舞衣が既の所で透覚のノイズカットを発動したことにより、周囲を無音にする事でヴァルチャーの超音波を無効化して防ぐ事が出来たようだ。

しかし、後一歩発動が遅ければ超音波が直撃していたであろう。正直成功するかは五分五分だったが何とか超音波を切り抜けることが出来た。

 

「よし、可奈美。一気に決めよう!」

 

「うん!」

 

ヴァルチャーが奥の手を封じられ、装備にも負担を掛ける程の大技を使った反動で動きが鈍くなっている今が好機。それを見逃す両者ではない。

片やヴィブラニウムブレードを構え、片や千鳥を構えて頷くと同時に正面を向いて並走しながらコンテナの上を走って行く。

 

コンテナの先端まで来ると2人とも力強くコンテナを蹴ってヴァルチャーの飛行している位置まで飛躍する。

 

「「はあああああああ!」」

 

両者が同時に上段から剣を振り下ろすとヴァルチャーは翼でガードしようとするが既に遅い。

八幡力とスパイダーマンの自前の怪力によって振り下ろされた刃先が機械の翼の根本に食い込んでいき、金属を切り裂く金切り声を上げながら翼がウゥングスーツから離断される。

 

「クソッタレがああああ!」

 

翼が切断されるがまだ背中のエンジンがある以上は何をされるかは分からない。翼を切り裂いてヴァルチャーの横を通り過ぎると宙でヴァルチャーの背中に向けて右手のウェブを当ててて背中のエンジンに回し蹴りを入れる。

それと同時に可奈美の腕を掴む。

 

「ぐおっ!」

 

スパイダーマンの蹴りによりエンジンが潰れた事によりヴァルチャーは完全に飛行能力を失った。そして、蹴られた勢いのままコンテナの方まで飛ばされて行く中スパイダーマンがウェブを連射する事でヴァルチャーを拘束して行く。

 

ヴァルチャーが姫和の乗るコンテナの上に直撃すると同時に表面に吸着して落下を防がれる。またしても敵に命を助けられるという屈辱を味わう羽目になった。

その直後に前進するコンテナの上にスパイダーマンと可奈美が落下に近い形で着地する。ウェブを当てて引っ張られて来たようだ。

2人は拘束されて身動きが取れない自分を見つめているが殺意を感じられない。そんな2人の様子を見て皮肉げに相手を茶化すような口調で語りかける。

 

「何だよ甘ちゃん共……今俺を殺さねぇと後で損するぜ?」

 

「僕達が挑むのは大荒魂だ。だから人間は討たない。そう決めてるんだよ、悪いけど」

 

「貴方を裁くのは私達じゃない。法律だよ」

 

「クソガキ共が……その甘さが命取りになるって思い知る時が来るぜ……その時お前らが絶望する姿が目に浮かぶ……ハハハッ!」

 

ヴァルチャーが負け惜しみに近い言葉だがかなり不吉な事を言っているとエレンの乗るコンテナから通信が入る。

 

『見えマシタ!もうすぐ鎌倉デス!』

 

『皆、着地する時の衝撃に備えて!』

 

『この調子で本拠地まで行ければ』

 

どうやらコンテナが着地のために地上に向けて徐々に高度が下がって来た事により折神家周辺やその前に聳える市街地が見えてくる。

下の世界には民間が立ち並び、その前には市街地がありビル群が並び立っている。

皆が着地に向けて準備を始めていると姫和から通信が入る。

 

『……っ!?おいマズいぞ!可奈美の乗っていたコンテナが!』

 

既に戦闘の余波で高度が下がり、軌道も大幅に変えられてしまっていた可奈美が先程まで乗っていたコンテナは完全に破損し、機体は急降下。

火はまだ小さいものの炎上しつつあるコンテナは既に折神邸の付近にある市街地に突っ込む勢いだ。

 

「このままじゃビルに突っ込むよ!」

 

「おっとーこのままじゃあビルの中にいる連中はお陀仏だなぁスパイダーマンさんよぉ」

 

もし、コンテナがビル群に追突して大爆発を起こせば大惨事だ。それでは余計な犠牲が増えてしまう。こんな状況だがそれは避けなければいけない。

 

「可奈美は着地の準備をしてて!僕はあのコンテナをどうにかする!

 

「どうかするってどうするの!?」

 

「どうにかするんだよ!」

 

かなり焦っているためか会話のドッジボールをしてしまうが今は一刻の猶予もない。スパイダーマンはコンテナにウェブを当てて飛び移ると視界の先にある

ビル郡の谷間とコンテナの幅を把握する。

まず初めにやるべきことはこのまま行けばコンテナの横に取り付けられている右翼と左翼がビルに当たりかねない。ならば隙間を通れるように傾け無くては。

左手のウェブを左翼に当てるとコンテナの甲板の上で力強く踏ん張り、思い切り自分の方へと引っ張る。

 

「曲がれええええ!」

 

スパイダーマンの怪力により徐々にだが水平だったコンテナを垂直に傾けて行く。危うく左翼がビルに当たりかけたが何とか回避する事に成功した。だが、まだコンテナの落下の勢いは止まらない。

コンテナがビル群が並ぶ市街地を抜けると管理局以外の近隣住民は誰かが避難させてくれたのか民家に明かりは無く、管理局周辺以外はほぼ無人であることは想像出来る。

だが、コンテナは確実に管理局本部に向けて前進している。

 

「近隣住民は避難させてるのかな?舞衣、明眼の熱探知で局周辺の生体反応を探して!このままだと墜落は避けられない、なるべく人がいない所に着地させないと!」

 

「分かった!………本部には結構いるけど周辺や研究施設付近にはいないよ!」

 

「了解、頑張る!」

 

目標を決めるとスパイダーマンは左右を見渡すと避難して人がいない局周辺の建物を確認する。

研究施設付近に不時着させるには軌道を変えるしかない。ならば……。

すると、落下しながら既に人がいないことを確認しているため、右翼の上に乗って身を乗り出しなが隣の建物の壁を思い切り蹴る事でコンテナの軌道を研究施設付近に向けて強引に変える。

そして、軌道が変わった後は周辺の建物の頂上に向けてクモウェブを発射して貼り付けそれを力強く引っ張る。

 

「ふん!ぬおおおおお!ぐあっ!」

 

コンテナの上を脚力で強く踏ん張りながら糸を強く握る事で怪力と伸びたウェブの引っ張り強度によってコンテナの速度が減速し、勢いを殺して行く。

しかし、落下は止まらずついには不時着してコンテナの上にいるスパイダーマンにも強い衝撃が伝わる。

 

「一本ずつじゃ足りないなら……こうだ!」

 

それでも勢いが止まらず滑り続けるコンテナに対してまだウェブの数が足りないのだと判断して今度はウェブを何度も周辺の建物に連射して、それを強く握る。

複数のウェブが強靭な引っ張り強度となったことで徐々に勢いは減衰して行く。

 

 

かなり勢いは減衰したがコンテナは止まらない。

地を滑るコンテナは一度バウンドして研究施設の壁、それも何かを厳重に保管していると思われる場所に突っ込み、轟音を上げながら激突する。

 

 

結果として怪我人は出ていない上に、もし減衰させなければ研究施設は更に崩壊していただろうが万事休すと言った所だろう。

すると直後に少し離れた位置に連続でコンテナが着地し、地震が起きたと錯覚する程の揺れを起こしている。

 

その揺れは管理局本部にも伝わっており、捜査本部にいる真希や寿々花も感じ取っており、モニタ越しに移っている着地点を確認している。

 

「くっ……!」

 

「トゥームスはしくじったのか……やってくれる!」

 

 

「…………」

 

管理局の医務室ではコンテナの着地による地響きを聞き、未だに医務室に入院した夜見は戦闘で負傷した日から数日経っているためか幾らか身体を動かせる程には回復しているため、まだ重い自分の身体を引き摺って彼らの迎撃に備える為に部屋から退室して行く。

 

 

格納庫では整備士が急いでメンテナンスを進めている中、ハーマンとアレクセイが待機しているとコンテナの着地による地響きで格納庫がグラグラと揺れ、辺りの機材や棚に置いてある工具を薙ぎ倒していく。

 

「おわっ!たくっ、あのガキ共滅茶苦茶しやがるな……ま、じゃねーとぶっ潰し甲斐が無ぇ。オラ、とっとと急がねーとここもやべーんじゃねぇか?」

 

「は、はい!すぐに!」

 

ハーマンが意気揚々と右拳を左の掌に軽く打ち込みながら闘争心を燃やし、更に整備士達を急かしているとアレクセイが再度諫めに入る。

 

「急かすな。慌ててメンテナンスに失敗したら元の子もない。すまない、ペースは上げても落ち着いて的確に行ってくれ」

 

アレクセイの発言を聞いて少しだけ安心した整備士は真剣な表情になりながらショッカーとライノの最終メンテナンスに移って行く。

一方でハーマンは舞草側が陽動のために行った朱音の演説をアレクセイが真剣な表情で聞いていた事から彼らに情が移り、任務に支障を来さないかの確認を取るためにメンチを切りながら問い掛けてくる。

 

「つーか、お前あの演説聞いてマジな顔してたけど鵜呑みにしてねーだろうな?あんなん芝居だろ芝居。それで奴らに肩入れして手ぇ抜いたらシメるぞコラ」

 

「問題ない。気になる点はあるがアレは明らかな陽動だ。注目を集める為の演技かも知れないからな。俺は俺の任務を全うするだけだ」

 

「そうかよ」

 

アレクセイも演説には聞き入ってしまっていたが彼らの目的は実際陽動だったという事、朱音の発言には確たる証拠も無いというのに鵜呑みにし過ぎるのは軽率だと判断してか自分なりに彼らと戦い、局長である紫を守る任務を全うするという気持ちに切り替えている。

ハーマンも気になる所はあるが嘘は言っていないように感じたため、特に気にしない事にしてショッカーとライノの最終調整を傍目で眺める。

 

一方、ようやくスーツとの適合を終えて針井グループ専用の格納庫から出てきたグリーンゴブリンはスーツに搭載されている数々の武装の概要を確認をし、専用の蝙蝠の形をしたその上に足を乗せて飛行する専用の装備『グライダー』を手に取って地面に置く。

 

「おにーさん、終わった?」

 

「ああ、結芽ちゃん……丁度今スーツとの適合が終わった所」

 

「おにーさん……大丈夫?」

 

するとこちらに合流するために歩いて来た結芽と対面する。全身を完全防備のスーツに身を包んでいるが一瞬フラついたように見えるグリーンゴブリンに向けて心配そうに声を掛けてくる。

 

「大丈夫だよ。ちと疲れたけど……これくらいどうって事ないさ」

 

「そう……あのね、おにーさん。私」

 

何とか気丈に振る舞いながら大丈夫だと豪語するグリーンゴブリンに対し、少しだけ嫌な予感というか心配だという気持ちが湧き上がっては来るが再度その姿を見て声を聞いた際にもう一度だけ、もう一度だけで良いから……と自分の気持ちを最後に伝えたい。それを分かち合いたいという想いを腕を後ろで組みながら頬を赤く染めながら伝えようとしたが時間はそれを許してはくれなかった。

 

5機分のコンテナの着地音が響き渡り、大地を揺らすかと錯覚する程の揺れと轟音が結芽の声を掻き消してしまう。

グリーンゴブリンは一歩も退かずに直立不動のまま轟音がした方向を見やっていた。結芽の声は掻き消されて聞こえていなかったようだ。

 

「来たか……行こう、結芽ちゃん。舞草から局長を守るために」

 

「………うん!おにーさん!」

 

少し残念だが、自分に残された時間も敵が攻めて来るまでの時間も残されていない。残された時間の中で大切な人達と共に戦い、そして自分の強さを証明する恐らく最後の戦いに向けて結芽はグライダーに乗って移動するグリーンゴブリンの後を追って行く。

 

 

 

 

「限りなくアウトに近いセーフ……おっと、皆は少し遠くに落ちたか。行かないと」

 

地響きを聞いて皆が到着した事を察知すると皆と合流するためにコンテナから飛び降りて音がした方向に向けて走り出すスパイダーマン。

だが、この時スパイダーマンは気に留める余裕が無かったため、気付くことは出来なかった。

スパイダーマンがコンテナを不時着させ、コンテナの先端が研究施設の壁に激突して突き刺さったことにより何かを保管していたと思われる倉庫の扉が完全に壊れ、蠢く黒いコールタール状の液体が瓦礫から這い出て来ようとしているという事に。

 

時は少し前に遡り、コンテナが不時着する少し前

 

管理局のとある一室ではテレビで全国生中継で放映されている朱音の演説を見ながらコーヒーを左手に持っているが右腕は肩から下が存在せず、白衣を纏った恐らくギリギリ青年と呼ばれる年代に見える白人の研究者が優雅に椅子に腰掛けている。

机の上にはノロと生物の遺伝子を結合させたアンプルの構想を纏めた設計図や管理局のほんのごく一部、雪那や紫、ましてや自分位しか調査に携わっていない地球外からの異形、シンビオートについて現段階で判明したことをレポートに纏めている用紙が並べられてある。

 

「やれやれ、豪快な人達ですね。ナイストラップで知性は感じますが、品性を感じられない……まぁ、ヒステリックで口煩いとある御仁よりは遥かにマシですが」

 

中継を眺めながら飲み干したコーヒーカップをテーブルに置くと部屋から見える夜景を眺め始める。

既に夜中で暗くなっているが月の光が窓の外の世界を辛うじて照らしている。

 

「しかし、コンテナの上にスパイダーマンが貼り付いているとは興味深い。蜘蛛の接着能力でしょうか?恐らく、私たちの研究のおこぼれと偶然が重なった結果かも知れませんが質は悪くありませんね」

 

研究者が夜空を眺めていると遠方から何かがこちらに向かって来ていることが見て取れた。

目を細めて見てみると舞草がノーチラス号から射出したS装備の射出コンテナがこちらに向けて飛んで来たのだ。

 

「思ったより早いですね。衝撃でカップが割れないように仕舞わなくては」

 

研究者がコーヒーカップを仕舞おうとするが一機だけ急降下しながら位置を変えて別の場所に不時着しようとしているのが見て取れた。

 

そして、その光景は研究者の瞳孔を散瞳させるには充分過ぎる出来事だった。

そう、急降下して地面を滑って行くコンテナの行く先は……シンビオートが保管してある特殊な保管庫の場所だったからだ。

 

「アレは……まさかっ!?チッ、冗談じゃありませんよ!あそこの保管庫にはまだ研究途中のシンビオートがいると言うのに!」

 

もし、コンテナが研究所に激突して保管庫を破ったりしたらシンビオートが外に出るかも知れない。未だにシンビオートは調査中であるにも関わらずこんな些細な事で脱走したとなれば自分が責任を負わされるからだ。

そして、紫や雪那はシンビオートをノロと人間の融合の強化パーツや研究のセカンドプランとして見ていて、あまり重要視せずに過小評価しているが研究者はシンビオートを知りたいという知的好奇心を持っているため脱走など尚更許せる訳が無かった。

 

その瞬間に研究者は急いで、シンビオートが地球上でも生存できる特殊なケースを持って駆け出していた。

 

研究者が大急ぎで息を切らしながら研究所まで移動すると最悪な事にコンテナは保管庫のある部屋の壁を突き破っており、保管庫のあった場所に直撃していた。

そして、保管庫がコンテナの先端に潰されてひしゃげて形が変形した場所から抜け出そうと必死に足掻いているコールタール状の生物が形を変え、分裂する事で抜け出そうとしており、地球上では単独では生きられない彼らは酸素を求めて何かに寄生しようと辺りを探すように蠢いていた。

 

「ハア…ハア……全く、肉体労働は専門外だと言うのに」

 

研究所はシンビオートを救出するために急いで酸素を送るシンビオート専用のケースを持って移動し、瓦礫を退かそうと近付こうとするとコンテナのエンジンが爆発して研究者とシンビオートの間を炎の柱が立つ。

どうやら既に限界に達していたようだ。

 

「ぐあっ!最悪ですねホント!」

 

研究者は何とか合間を潜り抜け、二酸化炭素によって呼吸を奪われてしまうが何とか保管庫に近付く。

 

ふと見ると最悪な状況は続くようであり、脱出する際に分離したシンビオートの片割れは炎に包まれる寸前であったがもう片方は違った。

 

先程出た炎に身を焼かれており、形を滅茶苦茶に変形させながらまるで苦しんでいるかのように激しく暴れていた。

 

「もしかして……貴方達は炎……いや、熱が致命的な弱点なのですか……?こんな状況で知りたくありませんでしたよ」

 

研究者は思いもよらない形でシンビオートの弱点を知ることが出来たが既に火の手も上がっておりこのままではもう片方も焼け死ぬ上に片腕しか無い自分では両方を助けるのは非常に困難と判断して炎上している方のシンビオートは見捨て、無傷な方のシンビオートを救助して撤退する事を決意した。

 

「申し訳ありませんが、貴方を助けている余裕はこちらにはありません。無事な方を救うのがベターです。非常に残念ですが結果的にいいデータが取れました、それでは」

 

助けを求めるかのように暴れるシンビオートを他所に無傷な方のシンビオートをケースに入れて研究者は炎の中から抜け出し、走り去って行った。

 

置いて行かれたシンビオートはその後ろ姿を見つめているかのように静止しているがこのままでは自分は焼け死ぬと判断し、業火から脱出する。

体組織の大半が焼け爛れて満身創痍、既に虫の息と言った状態のまま生にしがみ付くために当ても無く、ただ生きるために、なんでも良いから宿主を探す為に本殿の方へと這って行く。




東映版のアーツと超合金レオパルドン出るのは流石に草


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第50話 月光

ウィドウ11月でエターナルズ来年か……何とか終息すれば良いんですけどね…。

ちと長くなり過ぎましたすみません。


コンテナの着地音が局の敷地内に響き渡る中、その音と土埃を頼りにして駆け付けたスパイダーマンも皆と合流する。

 

着地して地面に突き刺さっているコンテナをよく見ると先程までの戦闘でコンテナに貼り付けられていたが、着地の衝撃で引き剥がされて地上に身を投げ出された上にスーツの翼が切断され、スーツもボロボロなヴァルチャーが片膝を着いてこちらを睨んでいるが彼の性質上何をするか分からない。

飛行能力がなくなったとは言え新たに装備を換装されて空中から再度攻め込まれると厄介であるため敵の戦力を減らすためにここは拘束するべきだろう。

 

「やっほ、翼の折れたエンジェル。動き回られても困るから誰か捕まえに来るまでいい子でお座りしてな」

 

「へっ……せいぜい調子こいてろガキ共。とんでもねぇ戦争はまだ始まったばかりなんだからな、ハハハッ」

 

スパイダーマンが軽口を叩きながら右手のウェブシューターのスイッチを押すと手首の装置からウェブが発射され、ヴァルチャーに命中すると身体もウェブの命中した衝撃で後方に飛ばされて道端に生えている木に貼り付けられる。

 

一方でヴァルチャーが一貫して挑発的な態度を崩さないことに関しては引っかかる物を感じるがこちらに時間は残されていない。気にしている余裕もないだろう。急いで本殿に向かう必要がある。

総意で地を蹴って跳躍することで移動しながら折神家の正面の門まで移動する。

 

人気のない、それでいて電灯も無いためか月明かりが辛うじて道を照らしている正門の前に着くと砂利を踏む音が別方向から聞こえて来る。

 

「侵入者を発見!」

 

「殺しても構わない!やれ!」

 

雪那がある程度戦力を残存させて待機させていた鎌府の刀使複数がこちらを見つけるなり抜刀しながらこちらを睨んでいる。

どうやら、コンテナの着地音から突入がバレたのだろう。

 

「流石にバレるか……」

 

「こんなのに構ってる時間ねぇってのに……っ!」

 

「こっちの稼働時間はリアクター由来でも無限ではありまセン!それまでに大荒魂を討たないと行けまセンのに!」

 

S装備を装着していることにより身体能力が強化されているため、直接戦闘で敗北するということは無いだろうが稼働時間は無限では無い。

なるべく強化されている状態で本殿にいる紫を倒さなくてはいけない。

その上護衛の数もそれなりにいるため、全員を一々相手にしていては大幅なタイムロスだろう。

だが、突破しなければ結果は同じ。そう判断して臨戦態勢に入ろうと構える。

 

ーー刹那。後方から透き通るような凛とした声、ここ数日スパイダーマンは何度か聞いた声が、そして沙耶香は数日前にどこかで一度だけ聞いたような気がする聞こえてくる。

 

「左失礼」

 

凛とした掛け声と同時に7人が立っている合間を的確に円盤状の物体が高速で回転しながら通過したと思いきや護衛の刀使達の手首に円盤が次々に命中すると御刀を手から落とす。

その命中した円盤は………盾のようにも見える物だった。

 

声の主はスパイダーマン達の頭上を跳躍で通過すると同時に引き寄せられるように持ち主の元へ帰ってくる円盤をキャッチする。

そのまま護衛の刀使に接近すると、片方の背後を取って手刀で気絶させる。

そして、流れるように姿勢を低くしながらもう1人の護衛の刀使の足に足払いを入れる。

足元を崩されたことにより転倒しそうになるのをその人物に受け止められ、それと同時に首筋に手刀を入れられたことで意識が途絶えて気を失い、地に優しく寝かし付けられる。

一同が、あまりの手際の良さに驚いていると微かな月明かりがその姿を顕にする。

 

筋肉質で180cm程の長身に、頭部から目の辺りを覆ってはいるが眼の辺りは解放されているAのマークの青の丸いヘルメット、それを固定するベルトを顎にかけている。

そして、全身が青色を基点に構成されつつも両肩には背中と連動して物を背負って走れるようにベルトを巻き、胸には銀色の星のマークと腹部には白を基調として赤の縦ラインの入った腹巻きを装着したまるで星条旗をモチーフにしてるかのようなコスチューム。

そして、最大の特徴はマンホール大の大きさに赤を基調としたカラーリングに銀の丸い模様に中心には青の丸の上に銀の星のマークがある円形の盾。

 

かつてのアメリカの象徴であり、チームの元リーダー。現在は国家反逆罪で行方不明になっている筈の人物、そしてスパイダーマンの訓練に付き合ってくれた人物キャプテンアメリカだ。

 

「キャ、キャプテン!?来てくれたんですか!」

 

「キャプテンアメリカと知り合いなのか?」

 

「あーうん、実は僕に訓練付けてくれてたから」

 

「アンビリーバボーデース……薫?」

 

「…………………」

 

何故そのような人物がこの場所に来ているのか、皆疑問しか湧かないがスパイダーマンは訓練を付けて貰っている間柄である上にトニーが助っ人を送ると言っていたことを踏まえると合点が行った。

 

一方で、彼のファンである薫は固まったまま動かなくなってしまっている。

実際は飛び上がりそうになる程嬉しいが無理もないだろう、逃亡中な上に会う機会など普通は来ない筈の人物がそこにいるのだから。

 

「やぁ、神奈川の坊や。実際に会うのは初めてだね、トニーから話は聞いていた。どうやら事態は既に最悪な状況みたいだな」

 

「そうなんです、キャプテン。今は一刻の猶予も無くて」

 

スパイダーマンとキャプテンが親しげとまでは行かないがそれなりに親密なのか普通に会話し始めたことに皆驚いている。

だが、確実に分かるのは今1人でも味方が欲しい自分たちにとって光明とも言える存在が現れたということだ。

キャプテンは一度、会話を打ち切ると全員を見るように顔を上げて一同を見渡し、流れるように言葉を紡いで行く。

 

「だからこそ、僕が来た。君たちの行く手を阻む護衛の刀使達やSTTは僕たちが引き付ける。その間に君たちは大荒魂を倒してくれ」

 

「ほ、本当にいいんですか?」

 

「どうしてここまでしてくれるの?ここは貴方の国じゃないのに」

 

キャプテンがいや、自分達と言っている様子から他にも協力者がいるという事を何となく察することが出来るがここまでしてくれるキャプテン達の厚意に舞衣と沙耶香は素朴な質問をする。

本来なら彼は逃亡生活中で、自分達のことで手一杯の筈。それでいて祖国でもない他国である日本に力を貸し、それでいて日本の治安組織である管理局と戦うなどリスクが大きいだけの無謀な行動のように見えるからだ。

 

それに呼応してキャプテンは一度だけ、顔を上げて月を見上げるとポツポツと語り始める。

蒼く、透き通るような双眸はここにはいない誰かに向けて。そして、自分に言い聞かせるように力強く語り始める。

 

「確かにここはアメリカじゃない……。だが、助けを求めて手を伸ばす誰かがいるのならそこに国境はない。その手を掴むのが僕たちだ。それに……かつて戦った日本の英雄達の魂が安らかに眠れるように、彼らの守った未来をこれから先に繋いで行きたいからだ。微力ながら協力させてくれ」

 

自分はかつて戦時中国を守るために、そして誰かを守る為に超人血清を打つことで超人兵士となることで国の為に戦っていた。

その最中で戦場で多くの敵と戦い、命を奪い、結果として英雄として祭り上げられてしまった。その敵の中には日本兵もいた。

 

ーー結果としてアメリカは勝利して、祖国の人々は救われた。

戦いの中で、敵国だとしても尊敬出来る人達がいた。彼らもまた国や守りたい人たちの為に戦っていたのかも知れない。

戦場で命のやり取りをする以上は誰かが悪いと一方的に断じて良いものではない、死ぬか生きるかだ。自分を責める者は今はいないのかも知れない。

 

だが、自分が戦った事でその人達が守りたかった人たちを不幸にしたかも知れない。そう考えると胸の奥が苦しくなる。

今の日本が戦争も無くなり、荒魂が出現する以外は平和になったことは嬉しく思っている。

だが、その平和な世が出来上がる過程には命を掛けて国を守るために戦った英雄達がいた事、キャプテンは彼らを忘れることは無いだろう。

 

ならせめて、彼らの守った未来をこれから先に繋げていくこと。

今、日本を守るために命懸けで戦う子供達の手助けをすることが自分が彼らに出来る最大の償いなのかも知れない。

 

それだけでなく、目の前で困っている誰かがいると言うのに手を伸ばさなかったら自分は一生後悔すると思っているからだ。だからこそ、リスクを負ってでも彼らに助力するのだと。

皆はその言葉を聞いて言葉も出なくなっているがその覚悟の強さを感じ取ることが出来た。

 

「助かります」

 

姫和がキャプテンに頭敬意を表して頭を下げて、礼をすると先程まで推しが目の前に現れたことで硬直していた薫が多少挙動不審になりながらキャプテンの前まで移動し、緊張で手をカタカタと震わせながら手を差し出す。

 

「あ、ああああの!オレ、益子薫って言います!こっちはペットのねねです!その……キャプテン、ファンです!……握手してください!」

 

喉から絞り出すように声を上げていると上擦った声を上げていてアイドルの握手会に参加したオタクのような反応になっている。皆が苦笑いしているがキャプテンはそんな素振りを見せる事なく彼女に対し1人の仲間として真摯に対応する。

視線を薫の高さに合わせるように屈んで自分から薫の手を取って強く握る。

 

「こちらこそ、よろしく頼む。一緒に戦おう」

 

「ねっ!」

 

いつも嵌めているオープンフィンガーグローブを、ついクセで外すのを忘れてしまったが尊敬している人物に手を強く握られたのだから心拍数が急激に上がるのを実感する。

手のサイズに大きな差はあるがキャプテンにしっかりと握られた手の感触は忘れることは無いだろう。

薫との握手を終えると彼女の頭の上に乗っかっているねねの手を指先で握るような形で握手をするとねねも得意げな表情を浮かべている。

 

「……………オレ今日手洗わねぇわ……」

 

「汚いデスヨー」

 

「ねっ!」

 

尊敬する人物と握手出来た事が余程嬉しいのか自分の掌を見つめていると、ふと思い出した事があった。

スパイダーマンはここ数日、何らかの方法でキャプテンと知り合っていたということだ。今まさにご対面出来たのであまり深くは気にしていないがこんな羨ましい秘密を内緒にされた事は悔しいのかジト目でスパイダーマンを見やる。

 

「つーかお前、なんでキャプテンとトレーニングしてるって言わねんだよ。ズリーぞ、知ってたら見に行ったのによぉ」

 

「いやほら守秘義務みたいなのがあってさ……」

 

「ま、まぁ競争じゃねぇし。実物のキャプテンと握手したのはオレが先だし」

 

薫がドヤっと仁王立ちしていると、キャプテンの超人的な聴覚は何かを聞き取ったのか表情を兵士の物に切り替える。どうやら増援が来たようだ。

 

「どうやら、敵は待ってはくれないみたいだ!君たちは行け!」

 

キャプテンが盾を構えて7人の前に出ると彼らに向けて力強く言い放つ。

その言葉を受けてキャプテンから伝わる覚悟を感じ取った面々は次々に跳躍して正門を飛び越えて行く。

 

「ありがとうございます!キャプテン!じゃあ行ってきます!」

 

「ありがとうございます!」

 

「ご協力、感謝します!」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう」

 

「キャップもファイトデース!」

 

「キャプテン!良かったら後でサインもお願いします!」

 

「行って来い、神奈川の坊や!お嬢さん達!さて、僕は僕の役割を全うしないとな」

 

キャプテンが子供達の跳躍を見送ると再度こちらに接近しつつある気配を彼らに近づけさせないために手に持っている盾のベルトをキツく握り締めて大地を蹴って進撃する。

自分が彼らにしてやれる事はこれ位しか無い。だが、かつて国を守るために戦った英雄達の魂が安らからに眠れるように、彼らが守った未来を自分が守る。

そう心に誓うとキャプテンの走る速度は更に加速して行く。

 

 

正門を飛び越えると敷地内に入ることが出来た。全員が横並びに立つと目の前に広がるのはあの衝撃的な光景が繰り広げられた御前試合の会場。

全てはここから始まって今に至る。決勝戦の最中に突如として管理局の長である紫を抹殺しようとした中学生と、それに加担するご当地ヒーロースパイダーマンというあまりにも濃ゆい光景は中々忘れられ無いだろう。そんな会場を感慨深そうき可奈美が見渡している。

 

「どうした可奈美?」

 

「ここで出会ったみんなとまた戻って来たんだなって」

 

「そうだな…戻って来れるとは思ってなかった」

 

国の治安維持組織のトップを敵に回してまさか戻って来られるなど誰が想像できるだろうか?いや、普通は出来ない。

当然ながらここに来るまで沢山の脅威が攻めてきて来た。

親衛隊、ヴァルチャー、ショッカー、ライノ。そして、里を襲撃して来たパラディン。どれもこれもスパイダーマンにとっては思い出したくもない強敵ばかりだった。

 

だが、その度に自分たちは力を合わせて乗り越えて来た。きっと、今回だって同じだ。

 

「感慨に耽るのは早い」

 

「あんまし時間も無いしね……ぐっ!やっぱ嫌な感じがあっちからビリビリ伝わって来る。第六感が刺激されてるみたいだ」

 

沙耶香も既に自分なりに気を引き締めているのか喝を入れる。スパイダーマンも大荒魂に確実に接近しつつあるのか全身がゾワゾワした感覚、スパイダーセンスが発動すると嫌な予感がする方向を見やる。

姫和の持つスペクトラム計も同じ方向を指し示しているため、総大将である紫は大方見当が付いた。

 

「これは…祭殿の方角。折神家の一番奥。御当主様しか入る事の許されない禁則地」

 

「じゃあ大荒魂がいるのは…」

 

「よし、行かないと!

 

「見てて……母さん」

 

ーーしかし……

 

「ん?なんだコレ?」

 

皆が一斉に祭壇まで移動しようとした瞬間、放物線を描きながら眼前に橙色のボールサイズの球体が投げ込まれた。球体の頂点には緑色のマークがまるでヘタのようにも見え、所々に緑色の縦線が入っているため何となくだが南瓜のように見えなくはない。

 

視界に映る球体に対して皆すぐに違和感を覚えた。

ーー何故ならその球体からは何かをカウントするかのような機械音が淡々とが聞こえて来るからだ。

 

「まさか!……クソっ!」

 

スパイダーセンスが反応したと同時にその嫌な予感が確信に変わったスパイダーマンは球状の物体にウェブを当ててそのまま明後日の方向へと放り投げる。

宙に投げ出されたそれは臨界点に達したのか球状の物体が夜空で白く光り、轟音を上げながら爆散する。

 

どうやら、本当に爆弾だったようだ。だが、先程投げたタイプのは光量が多い割には威力が低いのか実際目の前で爆発しても驚いて足を止める程度のようにも見える。足止めが目的なのだろうか。

 

直後、緑色の粒子を撒きながらエンジンを蒸して上空を高速で移動する装備に乗った人物が一同が見上げる必要がある高さに浮遊したまま静止する。

 

その姿は蝙蝠の形をしてエンジンの付いた飛行用装備『グライダー』の上に直立不動で乗っており、全身完全防備のパワードスーツの人物だ。

 

全身を深緑色にカラーリングを施し、西洋の民間伝承に伝わるゴブリン という精霊を模したと思われる後頭部に向けて長い頭部のヘルメットは首と連結していてフードのようにも見え、長い耳のように思える両耳のアンテナ付きのイヤーマフ。

 

そして、顔を隠して頭部全体を防御する面は鬼を連想させるがメタリックなデザイン。針井グループが心血を注いで作成した最新型スーツであり、次の管理局からの刺客。グリーンゴブリンだ。

ちなみに先程投げ込んだのは『パンプキンボム』というグリーンゴブリンの標準装備の一つだ。

 

 

皆が次の刺客かと思い身構えると相手は何を思ったのかフルフェイスのヘルメットが自動で後方へと移動することで分離し、素顔を顕にする。

 

可奈美、舞衣、スパイダーマンは驚愕する。確かに管理局内にはいるが絶対にここには来ないだろうと思っていた。

……いや、そうであって欲しいと願っていた人物だった。

 

自社と管理局が開発した、人間の身体能力を大幅に強化する新型の強化細胞『ゴブリンフォーミュラ』との融合による身体的影響なのか血色は悪く、どこか蒼白いようにも見え目元には血涙が流れた後を布で雑に拭いたのか流れて模様の様に見えるため余計に普段とは違う印象を受ける。

だが、それでも昨年から同じ学校の友人として馴染みのある人物であるため見間違える訳がない。

 

実家が経営している会社が管理局に装備を共同で開発して協力している大企業、針井グループの御曹司針井栄人だ。

 

(ハリー!?そんな……嘘だろクソッ!)

 

友人が管理局の刺客として出向いて来たのだ。可奈美と舞衣もショックを受けているが何より言葉も出ない程、嘘であって欲しい……こんなことは夢だと思いたいスパイダーマンが最も現実を受け止め切れていない状況だ。

 

他の面々も同様に困惑した表情を浮かべている。3人の知り合いだという事は察することが出来るが普段の様子からは想像出来ない程明らかに動揺しているからだ。

 

無理もない、これまでは自分とはほぼ親しみのない犯罪者や管理局からの刺客と闘っていたが今目の前にいるのは本来は守るべき隣人の1人だ。特にスパイダーマンはショックを受けない訳がない。言葉が出なくなってしまう程だ。

 

栄人は一瞬咳き込んだ後に口を開く。普段の言葉遣いは変わっていないが声のトーンがやたら低い。それでいてどこか苦しそうにも聞こえる。

 

「全員動くな。久しぶりだな衛藤、柳瀬。出来ればこうなって欲しく無かったよ」

 

「………っ!?」

 

「針井君!?その装備は!?」

 

「ハリー君が何で……!?」

 

「反乱分子の殲滅。そして、舞草の残党から管理局を守るのが我が社の務めだ。だが、俺は出来ればお前たちとは戦いたく無い。今ならまだギリギリ庇える、だから何故舞草に加担してるのか教えてくれ」

 

淡々とその口から語られるのは事情を教えて欲しいという要求であった。向こうもなるべく友人とは戦いたくないという想いは同じであるが向こうにも管理局に協力する会社の人間という立場と、そして守るべき物がある。最悪の場合は命懸けで戦うつもりでここに来ているのだろう。

……だが、どこか様子が変だ。普段は決して言葉にしないような攻撃的なワードが随所に見られる。その事に3人は違和感を覚える。

 

「聞いて!紫様は大荒魂なの!今あの人を止めないと大変なことになる、それは阻止しないと!私もハリー君と戦いたく無い。これまでだってやらされてたことだって分かってるから!私達が争う理由は無いよ!」

 

「私も、紫様を止めたい。これまでは戦う理由も実感が湧かなかった。でも、今は違う。もう、これ以上目の前の人達が傷付くのは嫌だって。全ての人は助けられなくても目に見える人達だけでも助けたい、それが私が今ここにいる理由だよ!」

 

舞衣と可奈美も敵の首領である大荒魂タギツヒメに憑依された紫を倒すためにここに来た以上、なるべく人間とは戦いたくはないがそれでも行く手を阻む者が顕れることは覚悟していた。

まさか友人が今度こそ本格的に敵になるとは思っても見なかったからだ。だが、それでも今自分がやることを見失ってはいない。

 

栄人の方も2人の言葉を聞いて彼女達なりに信念がある事。出来れば戦いたくないという気持ちは同じであることを聞いて心を動かされそうになってしまった。

 

……だが、グリーンゴブリンのスーツは装着者が相手の言葉で揺らぎ、戦闘に支障に来すのを許さない。

スーツを通して伝わってくる特殊な信号が『ゴブリンフォーミュラ』を活性化させることで脳内を刺激してすぐにその迷いを振り切って行く。額を右の掌で抑えるとすぐに落ち着いたかのように話し始める。

スーツの電気信号により細胞を活性化させ、装着者の感情をスーツのエネルギーに変換してスーツの性能を引き上げる事が可能であるが細胞による攻撃変性の影響を強く受けるデメリットがある。

一同は相手の様子が徐々に不安定になっていることに対して一抹の不安を覚えている。これまでの敵は自分の意思で堂々と自分たちの行動や理念を否定し、真っ向からぶつかって来たが今度の相手は何故か苦しそうにしているからだ。

 

「……ぐっ!何を根拠にそんなことを。舞草の首領、折神朱音の演説を聞いたがあの話の中にそれを裏付ける決定的な証拠なんて無い。全ては管理局の気を引くためのブラフ、お前らを騙すための都合の良い嘘に決まってる。奴らの言ってる言葉が心地よく聞こえたとしてもお前たちは舞草に利用されて、騙されているんだ!」

 

「それは……」

 

「それでも、私達は自分の意思で舞草に加入した。騙されてるからなんかじゃない。今は例えテロリスト扱いされても私は舞草の一員として戦うって決めた。絶対に元の私たちの日常を取り戻して見せる!だからお願い……そこを通して!」

 

確かに紫が大荒魂だという事実は言葉にするだけでは朱音の演説の内容を証明する手立てはない。

祭壇に行けば証拠はあるかも知れないがもし、説き伏せるのに時間が掛かってしまったら?そうしている間に増援が来て囲まれて仕舞えばタイムアップでこちらの負けだ。それでは全てが無に帰す。

両者の間に緊張が走り、焦燥感だけが募って行く。どうすれば良いのか分からなくなってしまっているのだ。

 

「だが、もう状況は変わった……っ!今のお前達はどう繕っても国に逆らうテロリストだ。お前たちにはお前たちの信念があるようにこっちにはこっちのやるべきことがある。国の転覆を企んでる奴らがいて、そいつらがこの国を守って来た局長を始末しようとしてる……そんな状況下で俺たちだって引くわけにはいかない。譲れないから……俺達も舞草と戦うしか無い。もう決めたんだよ」

 

彼女達から伝わる絶対に投降の意思を見せない彼女達の瞳からは力強い覚悟が伝わって来る。

 

ーーそうだった。彼女達はもうとっくの昔に決めていたんだ。スパイダーマンに連れられ、管理局から離反したあの時から……。

 

所詮は安全な世界で丁重に守られて来ただけの一般人の視点から見れば彼女達の行動はどれだけ異常な物に見えるだろう。

彼らが歯向かう相手は国の治安組織のトップだ。これまで存在していたありとあらゆる勢力を粛清し、国を自分の味方につけて来た相手だ。

それに仇を成す者には安息の地などない。他の果てまで追い掛けて始末する。

そんな相手に立ち向かい、反逆するなど自殺行為以外の何物でない。そうなって欲しくないから説得を試みたが彼らは一歩も引かなかった。

 

そして自分の甘さで彼らに手心を加えたことで彼らが攻め込んでくる状況を作り出してしまった罪が自分にある。

自分が立場に縛られていた事、そして結芽や親衛隊の面々という新たに大切な人達が増えてしまったことによりどちらを取るかの板挟みに苛まれて決められなかったあの時から……いや、それより前から彼女達の覚悟は決まっていたのだろう。

 

だが、既に自分も選んだのだ。遅くなってしまったがそれでも自分の意思で戦うことを選んだのだ。

 

結芽の、残された時間の中で例え死んだとしても最後まで戦い続けるという自分には無かった強い意志。自分もいつしかそんな彼女に心を惹かれ、心を動かされていたという事。

 

唯一誰しにも与えられていて金では手に入らない平等な概念、『時間』。

限られた時間の中で自分のやるべきことは決めること。人間にとって最も大事なことを自分も決めた。

 

皆それぞれに立場があり、信念があり、人格がある。全員が全員納得出来る結末など用意出来るわけがない。譲れないからこそ、戦いは起こる。

 

今の自分は管理局の人間として表面上は長年日本の平和を守って来た局長である紫を舞草から守る必要がある。

会社の最大の太客だからでは無い。紫の正体を知らず、管理局を信じ、現状維持を望む保守的な側の人間だからこそ紫が倒されると生じてしまう問題があるという事に気付いているからだ。

口を開けば利益利益とグチグチうるさい父親の得にもなってしまうのは非常に癪であるが。

 

「……もし、局長が討たれてその座から離れればこれまであの人が抑止力となって抑えていた悪意や勢力が枷から外れて解き放たれる。その先にあるのは混沌の未来だ、それらはいずれ日本に牙を向いて多くの人が傷付く。俺は管理局の人間としてそれを阻止しないといけない。悪いがこっちも引く訳にいかねぇんだよ!」

 

その言葉から伝わる凄みにより、一同が硬直してしまう。

姫和は紫を倒してこの事態を収束させて母親の無念を晴らしたい。これまでそれを支えに戦って来た。だが、倒した先は?彼女が今の立場から退いたとして引き起こされる問題もあるかも知れないことまでは考える余裕も無かった……いや、考えないようにしていた為か瞳孔を散大させてしまう。

 

だが、それは一瞬の迷い。ここで紫を倒さなければ全てが無に帰してしまう。その言葉を振り切って前を見据える。皆、同じ気持ちでこちらも一歩も引くつもりはない。

 

 

一歩も引かない姿勢を見せる一同に対し、既に言葉では止まらないと判断して残念そうに目を伏せる。やはり、やるしかないのかと……。

逡巡している最中、突如として栄人の脳内にズキリとした言葉では形容できない痛みが走り、瞳孔を更に散大させて頭を抑える素振りを見せる。

 

『これ以上の接敵は危険です。敵勢力を鎮圧するために殲滅プログラムに移行します』

 

栄人が頭を抑えて動きが静止すると、スーツに内蔵されているAIの声が脳内に直接響いて来る。スーツのAIがスパイダーマン一行の危険度を測定し、排除すべき敵だと判断してか特殊な電気信号を送ることで装着者と融合したゴブリンフォーミュラを刺激することで対象の精神を攻撃的な物に変性させ、アドレナリンを過剰分泌させながら脳内を侵食して行く。

 

自身に起きている異変に気付き、自身が纏うスーツに向けて夜空に向けて雄叫びを上げる。

 

「よせっ、やめろ!あの2人はダメだ……っ!やめろおおおおおお!」

 

「早くそのスーツを棄てるんだ!マズい予感しかしない!」

 

「ハリー君!」

 

スパイダーセンスが反応したことにより、固まってしまっていたスパイダーマンも正気を取り戻して警告する。そして、可奈美も声を荒げている。2人の呼びかけがギリギリの意識を繋ぎ止めるがその抵抗も虚しく打ち消されてしまう。

既に自我をスーツに支配され、冷徹な視線を一同に向け低い声で呟く。

 

「………なら、仕方ない。結芽ちゃん!」

 

「待ってましたー!お任せってね!」

 

ヘルメットが強制的に閉まったことを皮切りに本格的に舞草の殲滅を決断したグリーンゴブリンが叫び声を上げると同時に、グリーンゴブリンの背後に聳える満月を背景に1人の人間が跳躍した姿が見える。

 

揺れる薄桃色の長髪、こちらを好戦的に見下ろす肉食獣のような闘志が宿る翠色の瞳。グリーンゴブリンから指示があるまで待機していた結芽がニッカリ青江を振りかぶりながら7人に向けて奇襲を仕掛けて来る。

 

戦闘の方針は結芽に任せているため、グリーンゴブリンは自分の役割である親衛隊のサポートをこなす為に彼女達の戦闘補助に置いて非常に厄介な相手だと認識しているためかスパイダーマンの方を見やるとグライダーのエンジンを蒸して、上空へと舞い上がる。

 

 

「奴等を足止めしろ……行け!」

 

そして、腰のホルスターに連ねて装備されているパンプキンボムに似ているが幾らか小型な球体で、特徴的なのは左右に黒い翼のような物が付いているため蝙蝠の形にも見える手裏剣のような刃物。

グリーンゴブリンの標準装備の一つ『レイザーバット』を複数個同時に引き抜いてスパイダーマンから他の刀使達を引き離して孤立させるために撹乱目的で狙いを付け、腕を交差させた後に投擲する。

 

グリーンゴブリンの手から離れたレイザーバットは生命を得たかの如く分裂して左右の翼の役割を果たす刃が上下に高速で動くことでスピードを増し、自動で散開しながら一同に襲い掛かる。

 

「結芽ちゃん!方針は君に任せる!」

 

「おっけー!」

 

「針井君!」

 

四方八方から自動追尾で攻めて来るレイザーバットの襲来により一同が散開して個々にレイザーバットを迎撃する。

 

「狙いは……きーめた!」

 

「………っ!?親衛隊の!」

 

「いいねぇ。相手がお姉さんなら私はきっと」

 

しかし、そうしたことにより孤立した可奈美に狙いを付けた結芽が落下と同時に斬り下ろしを入れてくる。

それを防ぐことに成功するがそのまま力業で押し込まれて行き、会場の中にある寝殿造の席にまで移動させられてしまった。

 

可奈美を前にして結芽は余裕な態度を崩さない。差し詰め恐らく自分が最後の戦いになるであろうこの大舞台における最初の贄に相応しいと判断したのか既に獲物を狙う狩人の視線になりながら口角を吊り上げてニッカリと笑うとそのまま怒涛の猛攻を仕掛け始める。

 

「待ってろ!今行く!……このっ!邪魔だ!」

 

姫和が可奈美のカバーに入ろうとするが執拗に追撃して来るレイザーバットの猛攻により足止めを喰らいうが正面からの突きで一体を破壊する。

しかし、背後からの攻撃には一歩遅れてしまい避けきれずに肩口にレイザーバットの翼が抉り込むようにして突き刺さる。

 

写シを張っていた状態であるにも関わらず、それを貫通して肩口に刺さったレイザーバットに驚愕してしまう。

これは、里で見たパラディンやSTTが使用していたあの矢と同じく対刀使用の武装と同じ物……恐らく紫が開発した物であると察した。

 

「ぐっ!……写シを貫通して来る武器!?あのボウガンと同じ技術か!」

 

自分たちを直接倒すのは困難ではあるが一時的に動きを封じる分には充分過ぎる武装、それでいて自動で追尾する機能があるということはかなり厄介だと実感すると急いでレイザーバットを肩口から引き抜いて握り潰す。

 

孤立したスパイダーマンが皆を襲うレイザーバットを撃墜しようとウェブシューターを構えるとグリーンゴブリンの視線はこちらを向いておりグライダーはこちらに向かって来ていることを視認すると狙いが自分だと理解する。

 

その相手を引き受けるために、足止めとして厄介なレイザーバットが次に飛行する位置を軌道、狙い、速度を直感で大方把握するとレイザーバットの通過ポイントに向けてあらかじめ電気ショックウェブを放つと全弾命中してショートを起こして破壊に成功する。

そのまま別方向に走りながら地を蹴って跳躍して空中まで移動し、正門の屋根の上に移動する。

 

「皆は行って!ここは僕が引き受ける!」

 

「お前は俺が倒す!」

 

完全に孤立したスパイダーマンであるが今はグリーンゴブリンの相手を1人が担えるのなら自分が戦うのが合理的。

計算外の戦力があることで予定が狂ったが皆の負担を軽減出来るのならやらない理由はない。

グリーンゴブリンがグライダーのエンジンを蒸して空中を高速で移動しながら

足元にある円形の収納スペースが自動で開くと中からパンプキンボムが自動で射出されるとそれをキャッチし、そのままスパイダーマンに向けて投げつけて来る。

 

今度は自分を倒しに来ているのなら、先程より威力は高いのかも知れない。スパイダーセンスで危機を感じ取ったことで敷地内の高い建物にクモ糸を飛ばして移動する事で回避する。またしても皆から離れてしまったが敵を引きつけることが出来たため、悪い選択ではないのだろう。

臨界点に達したパンプキンボムが光って爆発すると、轟音と爆熱を上げながら正門を見る影もない程にまで粉砕し、瓦礫は熱を帯びて溶け出している。

 

「お前を一歩も通しはしない……これが俺の役目だ!」

 

「もうやめろ!こんなこと!」

(クソっ!何で……こうなるんだよ!こんなこと、誰も望んでなんかいないのに!)

 

これをまともに喰らえば人間なら即死であろう………あまりの高い破壊力に戦々恐々とするが今は自分が囮になって皆を先に行かせること。恐らくこの状況で最善なのは最大の戦力である可奈美と姫和を何が何でも祭壇まで送り出すこと。そう判断した舞衣がエレンと薫に指示を出している。

 

……なら、自分は自分の役割を全うするだけだ。

そう判断したスパイダーマンは着地と同時にグリーンゴブリンを真っ直ぐに見据えて姿勢を低く、腰を落としながら臨戦態勢に入る。

それを敵対と認識したグリーンゴブリンは背中に刺してある日本刀を引き抜くとその刃は深緑色をしているが月の光を浴びているため美しく刀身を煌めかせている。

 

一方、結芽と可奈美は寝殿造りの本殿の中で斬り合いを続けていた。

ーーその力量、まさに互角。

 

一進一退の攻防を繰り返している。強いて言うならば可奈美がやや防御がちになっているが言い換えればお互いに一撃も攻撃が当たっていない。S装備による身体能力の強化によって大幅なパワーアップが加えられてはいるがここまでまともに打ち合えるのは可奈美本人の技量があってこそだろう。

 

だが、肝心の結芽の方はS装備も付けず。体内に投与されているノロも基本的に生命維持にしか使っていない。御刀と自身の技量のみだ。

結芽も自分のタイムリミットを微かながら感じ始めて来たが、今はそれよりもこの対決を全力で戦いたい。

湧き上がる焦燥感。だが、嫌いじゃない。自分をここまで滾らせたのは紫以来だ。自分はこれ位強い相手との戦いを待ち望んでいたのだから。

 

「ははは……すごいや。おねーさん、やっぱり私が戦うにこれ以上ない位相応しいよ!」

 

だが、どこか様子がおかしい。あれだけ激しい剣劇の中であるとは言え、長い時間打ち合っている訳ではない。

だが、彼女は長時間マラソンを走ったかのように肩で息をしながら身体を上下させている。

 

(この子、何か急いでる)

 

その異変を感じ取っているが、ここまで強いと本気で勝負をしてみたくなってしまうではないか。戦闘民族の血が騒が無い訳がない、同時に本来の目的までも見失いかけてしまう程滾ってしまう。

 

結芽が少し狭くなった気管で新鮮な空気を吸って吐き出すと息も絶え絶えになりながら今の正直な気持ちを話す。

 

「楽しいね…」

 

「……うん!」

 

両者がお互いの力量を認め、力と技でぶつかり合うこの瞬間。2人は既に剣を通して通じ合ったと言えるだろう。

だが、まだ足りない。もっとお互いを知りたい。

以前に栄人が話していた。彼女は自分のように勝負が好きだと、似た物同士だからきっと親しくなれると。

 

(おにーさんの言ってた通りだ……教えてくれてありがとねおにーさん)

 

確かに、そう納得させられてしまった結芽は心無しか自然と笑みが溢れてしまう。それに釣られて笑みが溢れる可奈美。

 

だが、忘れてはいけない。今は時間がこちらに味方をしてはくれない作戦中だと言う事に。

 

「横槍ー!」

 

「ぐあっ!」

 

睨み合いをする両者の静寂を破るかのように何かが結芽に力強い体当たりを入れて、距離を離す。

そして、その人物はタックルの勢いを殺さずに庭まで強制的に移動させる。

 

「ダイナミーック!リパルサーverだ」

 

右腕を前に突き出して掌を可奈美に向けると独特の起動音がすると同時に掌に光が集まって行き、白い閃光を可奈美に当てて長距離まで吹き飛ばす。

 

レイザーバットの足止めから抜けたエレンと薫だ。

 

そして、リパルサーで吹き飛ばされた可奈美を姫和がキャッチすると肩に担いでそのまま通路へと走り去っていく。

 

「行くぞ可奈美!」

 

「あーっ!ちょっと!姫和ちゃん!?まだあの子と決着が…」

 

肩に担がれながら名残惜しそうに結芽がいる筈の庭の方へを向きながら不満げにしていると舞衣に一喝される。

 

「いいから!」

 

その有無を言わせない迫力に押されてつい、何も言えなくなってしまう。

 

本殿を越えて決勝戦の会場である庭の方ではタックルされた姿勢のまま結芽は引き摺られていた。

 

「この……っ!」

 

このままでは逃げられてしまう上に決着を付けられない。水を差されたことに怒っている結芽は自分に密着するエレンに向けて右肘を振り下ろして肘打ちを入れようとするがスルリと抜けられて距離を取られてしまう。

 

そして、移動してきた相棒薫の隣に立ち通せんぼをするかのようにこちらを見ている。

勝負に水を差されたことに対して非常に憤慨しているのか2人に向けて怒号を上げる。

 

「もう少しだったのに!なんで余計な真似するの!?」

 

その悔しさがら伝わって来る結芽の非常を前にして両者共一歩も引かずに挑発的な態度で迎え撃つ。

こちらも相手が任務の上とは言え仲間の借りがあるためか内心穏やかではないからということもあるだろう。

 

「その顔を見られただけで残った甲斐がある。ざまぁみやがれ」

 

「傷付いた舞草の仲間達、あなたには大きな貸しがありマス」

 

「だから何!?そんなの弱いのが悪いだけでしょ!知ってるよ!お姉さん達二人弱いからここに置いてかれたんだ。それって千鳥のお姉さんと違って二人がかりでないと私を抑えられないってことだよね!」

 

結芽から放たれる言葉の数々。自分たちは立場は違えど命懸けで戦っている。それで負けて傷付いたのならそれは負けた者が弱いと言う事、戦いとはそういう世界だ。

確かに間違った事は言っていないが逆鱗に触れられてしまっているためかつい余計な事まで言ってしまう。こちらにはタイムリミットがあり、時間が無いというのに邪魔をされたのだから余裕が無い彼女からすればそれ程腹立たしいことなのだろう。

 

「そうだな。ま、ムカつくけど」

 

「事態を冷静に把握し最良の判断をとれる指揮者がいることが頼もしいデス!」

 

一言余計だが言っている事は全て事実であるため強くは否定出来ない。大人しくその事実を認める。

だが、自分たちの戦力の中。尚且つ時間にも限りあがる以上はこちらも譲歩は出来ない。ツーマンセルに特化している両者なら彼女を抑えて時間稼ぎが出来ると考えた舞衣の判断を素直に称賛している。

 

「だから何!?いいよ!すぐに片付けて追いかけるんだから!」

 

結芽が迅移で加速して一気にカタを付けようと横一閃に振り抜くがエレンにそれを弾かれ、後方に下がると入れ替わるように割って入って来た薫の上段からの振り下ろしが弾かれて姿勢を崩した結芽を追撃してくる。

 

一瞬焦ったがすぐに右に飛ぶ事で回避に成功するが八幡力を込めて地面に叩き付けられた祢々切丸の一撃は地響きを起こしたと錯覚する程の衝撃であり巨大なクレーターが出来ている。

 

「チッ。一拍遅れたか……着てたのがハルクバスターだったら仕留め切れたか?」

 

「少しは楽しませてあげるのでご安心くださーい!」

 

「時間…ないのに…!」

 

苛立ちが限界値まで達しているのか、それともタイムリミットが更に迫ってしまったことを自覚しているのか額を抑えて2人を憎々しげに睨み付け、瞳孔を散大させる。

 

一方、スパイダーマンはグリーンゴブリンをなるべく皆から遠ざける為にスウィングしながら距離を取りながら誘導している。

内心では焦りと不安が押し寄せているが今は私情を挟んでいる場合じゃない。大丈夫だ、自分のウェブならば相手を傷付けずに無力化出来る。自分を信じるしかない。そう、自分に言い聞かせる事しか出来なかった。

 

だが、グリーンゴブリンもスパイダーマンを逃すつもりは無い。反逆者の1人として倒すべき敵だ。

搭乗しているグライダーの速度を上げながら再度レイザーバットを起動させてスパイダーマンを追尾させる。

 

こちらを執拗に狙って来るレイザーバットを目視で確認するとクモ糸から手を離して折神邸の森林の中に逃げ込む。木々の枝がレイザーバットの飛行を妨げてくれるからだ。

 

森林の中をスウィングしてレイザーバットが森林に入って来るのを確認すると

ウェブを網の様に仕掛けてネットを作って通路を塞ぎ、更に自分は一度高く跳躍する。

 

レイザーバットが自分を追うために上空に行こうとするとウェブの網に引っ掛かり、身動きが取れなくなる。

その隙を逃さずにウェブのネットに向けて電気ショックウェブを放つと全体に電流が連鎖してショートを起こしてレイザーバットを破壊する。だが同時に上空に身を晒したことでグリーンゴブリンに見つかり、更なる追撃を受ける。

 

「どうした、逃げるだけじゃ勝てないぞ!」

 

「ぐあっ!」

 

グリーンゴブリンにグライダーの速度とパワーの乗ったラリアットを喰らいそのまま建物の壁まで押されて行き、思い切り壁に叩き付けられる。

あまりの腕力の強さにより壁が粉砕されてしまっていることからその威力が窺えるだろう。

 

だが、ショッカーやライノの攻撃にも耐えられるスパイダーマンの耐久力も伊達では無い。かなり痛みは走ったがまだ意識はハッキリとしておりまだ立って戦える位にはぴんしゃんしている。

 

グリーンゴブリンが抜刀している深緑色の日本刀を両手で持って振り下ろそうとした矢先、上空から光の閃光の雨が大量に降って来る。

 

それを察知したグリーンゴブリン は急いでグライダーのエンジンを蒸して後方に飛んでそれらを回避する。

 

「ちっ、新手か」

 

「これって……スタークさん!」

 

スパイダーマンはその光を何度も見て来た。独特な起動音、そしてこの音速の如き速さ。これは、リパルサーレイ であると。

上空を見渡すとそこにはスラスターを蒸して空中に静止してこちらを見ている赤と金の鎧を身に纏った鉄の男、スパイダーマンの師の1人アイアンマンだ。

後から合流すると言っていたが、今がその時の様だ。

 

「やぁ、スパイダーマン。苦戦してるみたいだな、手を貸すか?」

 

 

これまで向こうの都合もあって彼に頼れない状況にあり、何度も彼がいてくれたらと思ったことだろう。だか、それでも自分なりに自分の力で苦境を潜り抜けて来た。

そんな嬉しい増援がまたしても来てくれたのだ。内心では嬉しくて仕方がなくて涙目になっているが今は作戦の遂行が優先される。

自分のやるべきことは何かを即座に判断してアイアンマンに声を掛ける。

 

「ここは僕が何とかします!スタークさんは可奈美と姫和を祭壇に向かわせてください!」

 

「分かった、踏ん張れ坊主!」

 

今この状況下で大事なのは最大戦力2人を祭壇に向かわせる事。猫の手も借りたい状況だが、最優先事項はそっちだ。

スーツの力に等頼らず自分の力で乗り越えようとする意志、何よりも自分が今何をすべきかを理解した上で適切な判断を下すその様に内心感心したあるアイアンマンはリパルサーを起動して祭壇に向けて飛翔して行った。

 

可奈美も落ち着きを取り戻し、祭壇へ向かう通路への道すがら俯きながら舞衣は走る速度を減速させてしまう。どこか思う所があるようだ。

その様子を察した可奈美に呼び止められる。

 

「どうしたの?」

 

その問いかけに対して今でも俯いたままポツリポツリと心境を吐露する。

 

「私達には…時間がないから……私達の最大戦力は間違いなく可奈美ちゃんと姫和ちゃん。この二人だけでも大荒魂の下に届けないといけない」

 

この限られた時間の中で最大戦力の2人を送り届けること。それが自分が指揮官として取るべき最善の選択だと判断してこの決断をした。

だが、それは同時に預けられた仲間に命懸けで戦って来いと言って置いていくという事。初めて実戦でこのような決断をしてしまったことを重く受け止めている。

 

「私達の誰でもあの子を一人で抑えるのは難しい。二人でもどうか…だからあの場での最善はツーマンセルに長けた薫ちゃんとエレンちゃんだと判断して……それに、針井君まで敵になって……その相手を颯太君に任せた。誰よりも辛い筈なのに……」

 

彼女の口から吐露させる言葉からは指揮官を任された事や自分が行った指示が正しかったのかと自分に問いかけ続けているのだろう。

彼らもここに来た以上、命を懸ける覚悟の筈だ。誰も彼女を責めたりなどしないだろう。

 

直後に乾いた音が廊下に響き渡る。可奈美が自分の頬にセルフビンタをかましていた。

熱中し過ぎて作戦よりも対決を優先させたことへの一喝。そして、友に心労を掛けたことへの一喝。これでバッチリ目が覚めた。

 

「痛~…ごめん!もう大丈夫だから!熱くなって大事な事忘れないから!」

 

「舞衣ちゃんがいてくれてよかった!ハリー君なら大丈夫、きっと颯ちゃんが何とかしてくれるよ。信じよう、2人を」

 

セルフビンタをした後のためか頬が赤く腫れているがそれでも希望は捨てていない。ここにいる共に戦う仲間を信じること、今は敵対している友を信じること。

 

「私も。舞衣に従う」

 

「皆……うん!」

 

3人から全幅の信頼を寄せられ、自分がいま出来ることが何なのかを本格的に理解し始めチームとしての信頼関係も構築され始めていること。そして、皆が自分を信じてくれていることを強く実感した矢先……。

 

「うあっ!」

 

舞衣の立っていた位置の隣の襖を突き破って、飛蝗の大群が作物を襲い、蝗害を為すかのように群生行動を取りながら小型の蝶型荒魂に突撃され、そのまま引き摺られながら隣の部屋まで移動させられてしまう。

 

皆も驚くと同時に舞衣が弾き飛ばされたいや、運ばれた部屋に入ると次なる刺客が待ち構えていた。

毛先以外が白に染まり、感情が死滅したかのように無表情な少女。この人物を我々は知っている。

 

「親衛隊第三席……皐月夜見」

 

以前もこのように手首を御刀で傷付けることでそこから小型荒魂の群生を率いていることを思い出した。管理局の人体実験の賜物により特殊な戦い方が出来る彼女も中々に厄介であったことを思い出す。

 

「姫和ちゃん!」

 

「くそ!囲まれている……」

 

背中合わせでお互いをカバーするつもりたか完全に周囲一体を荒魂の群生で囲まれてしまっている。

時間が無いと言うのに更なる足止めを食らったことで焦りが生じている最中冷静に対処法を模索している者がいる。

 

「明眼……左前方!一気に突っ込んで!」

 

「了解!」

 

舞衣の瞳が水色に淡く輝くと明眼を発動して視覚を強化してどこかに抜けられそうなポイントを探し出して見せた。

 

襖を蹴飛ばして一気に部屋から退室して撒こうとするが夜見の操る群生は執拗に追撃して来る。

最大戦力の2人は先に行かせる。ならば誰か1人が残って相手をするのが先決。

そう判断してか舞衣は夜見に向けて立ち塞がる。

 

「舞衣ちゃん!?」

 

「今度はこれが最善なの!行って!」

 

「でも……」

 

この数、それでいて親衛隊である夜見を一人で相手取るのはかなり厳しい。

こちらの状況を知るや否やスーッと自然に和室から夜見が出てきてこちらを淡々とした眼で見つめている。

だが、心配そうな可奈美に答えるように沙耶香が前に前進して群勢を斬り裂いて視界を晴らす。

 

「大丈夫!舞衣は私が守る」

 

「二人とも早く来てね…先に行って待ってるから!」

 

「うん!」

 

2人にこの場を任せた可奈美と姫和が移動して行くと、指示を聞かずにこの場に勢いに任せてこの場に残ったことに後ろめたさを感じてかどこか恐る恐る沙耶香は問う。

 

「舞衣…怒ってる?」

 

「うん。言うこと聞いてくれない子に怒ってる」

 

案の定な答え。それを堂々と言い切られた為か少し落ち込んだ表情になる。

それはそうだろう。ここに戦力が多く残存するよりも敵の大将を倒すのならば1人でも多い方がいい。私情を優先させたのだから怒りはするだろう。

 

「だから罰として新作のクッキー、全部食べてもらうから!」

 

「任せて!」

 

「何故貴女は……」

 

 

だが、1人では抑え切れる相手とも思えない為残ってくれたこと自体は心強い為、快諾すると背中を合わせてお互いを守る陣形を組む。

2人の様子を見ながらどこか思う所があるのか夜見はボソりと呟く。だが、任務に私情は持ち込まない。目の前の敵をただ倒す、それだけだ。

 

 

先行した可奈美と姫和が祭壇まで近づくと門に続く石段の上に2人の影が待ち構えていた。

こちらの様子を見て先回りして待ち伏せしていた真希と寿々花だ。

 

両者は冷酷な視線でこちらを見ながら2人を見下ろしている。今度は完全にこちらを始末しに来ている顔だ。

 

「ごきげんよう。伊豆以来ですわね」

 

「必ず来ると思っていたよ」

 

「さぁ。続きだ」

 

「斬るか斬られるかですわ」

 

両者の瞳が血の様に紅く妖しく輝き、嫌な予感が更に増して行く。以前伊豆で撒いた時はそのような事はして来なかったがスパイダーマンが伊豆での野営地に潜入した際に彼女達の瞳に同じような現象が起きていたのをスーツの機能である赤ちゃんモニタープロトコルが記憶していた。

それを見たことがあるら両者は彼女達は人体実験によりノロとの融合を果たしていたのではないかと裏付ける事が出来た。

 

「その目は!」

 

「この禍々しさ…やはりノロを!半ば荒魂と化してまで折神紫を守ると言うのか!」

 

その問いかけに対し、真希は先程まで紅く灯っていた光が消え普段通りに戻りながら腕を縦に振りかぶって切っ先を2人に向けて来る。

 

「力無き正義は無力。力でなければ守れないものもある」

 

「そして力でこそもたらされる幸福だってあるというものですわ」

 

「言えてるかもなっ」

 

「なっ!」

 

「何者!?」

 

2人が写シを張りながら抜刀して2人に飛び掛かろうとしており、可奈美と姫和も臨戦態勢に入ろうとした矢先、山側からやや自嘲気味に、それでいてどこか皮肉っぽそうな声色と共に円形の盾が高速回転しながら真希と寿々花の前を通過する。

 

「蕎麦のお届けでーす!」

 

思いがけない奇襲に驚き、バックステップで回避すると上空から2本の金色の光が一直線に向けて放たれ、それが回転する盾に命中すると光が盾の回転で反射されて、並び立つ真希と寿々花の間に向けて襲い掛かる。

 

このままでは命中すると判断してお互いに左右に飛ぶことで回避するが結果として見事に分断されてしまった。

 

空からの攻撃に驚いている一同だがそれを放って来た張本人が独特の起動音を立てながらその姿を顕にする。

可奈美と姫和の前に立つように右膝と右拳を同時に着ける独特な着地をするその人物は全身をメタリックな装甲を見に纏い、赤を基調として頭部のヘルメットの面の部分は黄金色。2人がよく知る鉄の男、アイアンマンだ。

アイアンマンは即座に起立して掌を寿々花の方へと向けている。そして、盾を投げつけた人物が手元に戻って来た盾を掴み、前方に構えるようにして真希の前に立ち塞がる。

 

先程までこちらに外敵を寄せ付けないように奮闘していたキャプテンだった。

周囲を囲む敵を無力化しながら先行している最中、可奈美と姫和が祭壇の門の前に来た姿が見えたと同時に立ち塞がる真希と寿々花が見えた。

どうやら、2人だけになっている所を見るにこの2人が最大戦力でありこの2人を何が何でも届けることが重要なのだという舞衣の判断を即座に理解して介入して来たようだ。

 

「スタークさん!?」

 

「キャプテン!?」

 

突如として現れた増援に驚きを隠せない両者。だが、アイアンマンとキャプテンもあまり時間が無い事は理解している。

アイアンマンはスパイダーマンから2人を託されている。その想いに応えるため。そして、キャプテンはこの最悪な状況下でありながらも冷静な戦況判断を下した指揮官に敬意を評しつつ、それを完遂させようと言う意思を滲ませて盾のベルトを強く握る。

 

「坊主から君らを先に行かせろと言われたからな。ほら、さっさと行け」

 

「君達が鍵だ!ここは任せろ!」

 

「ありがとうございます!」

 

「お願いします!」

 

2人が分断されている今がチャンス。このチャンスを逃さない為に可奈美と姫和は改造S装備により強化された八幡力により跳躍力を増しながら門を飛び越えて行く。

 

2人を無事に祭壇に届けたことを確認した両者は再度自分たちと対峙する敵対者である真希と寿々花の方へと視線を向ける。

真希は2人を祭壇に行かせたことに対する苛立ちを覚えているのか口調がどこか不機嫌気味になりながら自分の前に立ち塞がるキャプテンとアイアンマン を睨み付けている。その視線からはまるで憤慨、失望……様々な感情を含んでいる。

 

「随分と落ちぶれたな、キャプテンアメリカ。かつての英雄が今は反逆者共の味方をするなんて」

 

「良いのかしら?社長さん。こんなことをして、御社のイメージに関わるのでは無くて?」

 

2人の挑発的とも取れる言動。だが、言葉の節々や口調から苛立ちが感じられる程時折語気が強くなっている。

向こうも自分たちが目の前にいる以上そう簡単には祭壇には近づけないのだろうと思っている為か殺意を久々と感じる。

 

ーーだが、2人ともその程度では怯まない。何度も修羅場をくぐって来たのだ。

そして、日本を守る為に子供たちが命懸けで戦っている。

ならば自分もそれに応えよう。2人は一歩も引かずに立ち塞がる。

それに……

 

「それでも僕は、日本を守るために立ち上がる彼らを信じた。僕も共に戦う価値があると判断した、それだけだ!」

 

「生憎僕は好かれたくてやってるんじゃないんだよ。ま、変な奴らにはやたら好かれるけどな……こうして君と実際に肩を並べて一緒に戦うのは久しぶりかもな。よし、キャプテン。色にちなんでピノ・ノワールちゃんは僕に任せろ」

 

「誰が赤ワインですか!?」

 

「分かった、僕はもう片方を相手取る」

 

彼女のワインレッドの髪の色からそれを揶揄するアイアマンに対して憤慨する寿々花。だが、そんな様子も梅雨知らずにアイアンマンとキャプテンは目配せをしている。

信じられる仲間が側にいると言うのは何よりも心強い。一度は道を違えた、性格も生き方も正反対な2人は何度もぶつかり口喧嘩をした。

チームが引き裂かれた後、お互いに罪悪感により手を伸ばせずにいた。

だが、この日本で出会った友の為に懸命になれる子供たちから勇気を貰い自分から踏み出すことでもう一度友となることが出来た。

 

その子供たちには感謝している。だから、彼らが生きるこの日本を守ることでそれに応えたいと感じている。

互いの気持ちが同じになった時、真の逆襲(アベンジ)が始まる。

 

自分たちを前にして一歩も引かないキャプテンとアイアンマンを前にして、相手がかつて皆からの尊敬と畏怖を集めていた英雄といえど紫の前に立ちはだかるのなら反逆者。それを蹂躙するのが我ら折神紫親衛隊だ。

 

自らの使命を全うする為に地を蹴り上げ、キャプテンに向けて薄緑を上段から叩き入れる。

 

「……いいだろう。なら、僕らの強さをその星条旗に刻むがいい!」




映画だとあまり活躍しないレイザーバット君……こっちでもあまり活躍しなくてスマヌ……まぁ、基本パンプキンボムとグライダーぶっ刺しと剣ぶん回しがメインだから仕方ないね。



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第51話 入り乱れる戦局

色々と忙しくて遅れました、スマソ。

ヴェノム2のタイトルが発表! Venom:Let There Be Carnage……元ネタは聖書の光あれから来ていているらしいですが……でも延期した上で来年の6月なのは辛いですね……。


可奈美と姫和を祭壇まで先行させ、夜見を前にして沙耶香と舞衣は対峙していた。

夜見の実力は未知数ではあるが、彼女は自身の身体に御刀で切り傷を入れることで傷口から小型の蝶型荒魂を生成し、それを群勢にして索敵や遠距離攻撃も可能という特殊な戦い方が出来る。

 

尚且つ大量に呼び出すことによって物量による広範囲攻撃が可能な彼女を何としても抑えるという選択は間違いなく正解と言えるだろう。

 

だが、実際に思っていてもやれるかは別問題であり彼女が生成する小型荒魂の群勢は容赦無く舞衣と沙耶香に襲い掛かって来る。

 

トニーの手によって改造が加えられているS装備であるためこちらに近付く前に掌からのリパルサーと同時に衝撃を衝撃で当てる事で散らすことが出来るがすぐに陣形を立て直して来る為迎撃に時間を取られてしまい、未だに有効打は出せていない。

 

その証拠に夜見は涼しい顔をしたまま、こちらを見下ろしている。

 

肩で息をしながら背中合わせで互いを守りながら夜見を抑え、次にどうするかを考えている2人に対し、奥の襖の方からこの場に似合わないヒール音が聞こえて来る。

 

「沙・耶・香〜♪」

 

その靴音と共に現れた人物はねっとりとした口調。だが、どこか甘だるいような声色で沙耶香の名前を呼ぶ。

自分の名前を呼ばれたからという事もあるがよく知る人物の声であったため、沙耶香は反応してそちらに振り向く。

 

その声の主は鎌府女学院学長、高津雪那だ。

どうやら、横須賀港からコンテナの発射と同時に急いでここまで引き返して来たようだ。

非戦闘員であるため、この場に似つかわしくないがそれでも隠しきれない存在感を放ち、こちらに向かって歩みを進めて来る。

 

「折神朱音のくだらない小芝居に付き合わされたけど無理して戻ってきてよかったわ」

 

同じく眼前にいる夜見と舞衣のことはガン無視であり視界に入っていても石ころ程度にしか気に掛けていないのか沙耶香に向けて一方的に話を進めてくる。

 

「沙耶香、あなたに会えた。やっとあなたも紫様の御力を受け入れる気になったのね。それに免じて先日の我儘は許してあげましょう」

 

一方的に、それでいて沙耶香が自分のために戻って来たと思っているかのような口ぶりで話を続ける雪那。真意は分からないが揺さぶりを掛けるためとも言えなくも無いのかも知れない。

 

その直後、雪那が耳に付けているヘッドセットに通信が入る。どうやら、プライベートチャンネルに直接連絡を入れられる人物であるためそれなりに関わりのある人物なのだろう。

 

その人物からの通信が入ると雪那は今良いところなのにとでも言いたげに舌打ちをしながらヘッドセット越しの声の主に対して表情を憎々しげに歪める。

 

どうやら、聞いた感じは若い男性の声の様だ。雪那は声の主を知っている為か心底うざったそうに表情を歪めている。

その相手である研究者は自分に対し、結芽とは別ベクトルで無礼な態度を取る相手であるため気分が悪いのだろう。

 

『高津学長、早急に避難してください。非戦闘員で戦闘力のない貴女が前線に出ても皐月女史の負担にしかなりません。というか死にたいんですかね?』

(………まあ、別にそれでもいいけど)

 

雪那に対して慇懃無礼な態度は崩してはいないが、確かに非戦闘員である雪那が出ても何か役に立てる訳でもなくむしろ彼女を庇いながら戦わなければならないため、夜見の負担にしかならないということは事実だ。

最悪、戦闘に巻き込まれて死亡という結末を辿る事もあり得なくは無い。それだけ非合理的な行動を行なっているということは理解しているが今はそんなことを言っている場合では無い。

自分が見出した最良の器であり、優秀な道具である沙耶香が戻ってきたのだ。こちらに引き込めれば戦力の増強にも繋がると思っているため雪那は研究者に対して尊大な態度を崩さない。

 

「黙れ研究者風情が。貴様の意見など聞いていない」

 

『やれやれ、私も皐月女史のメンテナンスに関わっている以上多少は指摘する権利があると思いますが……それに貴女、勝手にアンプルを持ち出しましたね?』

 

どうやら研究者が通信を寄越してきた理由は夜見が戦闘に出すにはまだ完全な回復はしていないという点。そして、自分が燃え盛る炎の中からシンビオートを救出するために一時的に研究室を離れている間に雪那はアンプルを持ち出していたことを把握し、それを追求するためのようだ。

 

シンビオートの安全を確保するために研究室に入り、棚の中にあるアンプルの位置を全て記憶しているため、不自然に無くなっているとなれば考えられるのは雪那だろうと結び付けられる。

研究者は不愉快そうにアンプルを入れていた棚を目を細めながら一瞥する。

 

「私も開発に関わっているんだ、問題無いだろう。貴様は必要最低限の発言以外は口にするな」

 

雪那もノロと人体の融合の研究に携わっているため研究室に入る権限は持っている。

普段から夜見に持たせている追加投与用のアンプルを急いで取り出し、更にこの間研究者が完成させた新型のアンプルも持ち去ろうとしたが更なるアップデートを重ねるために厳重なロックが施されていて持ち去ることが出来ずに汎用型のアンプルのみを持ち出したようだ。

 

研究者はそんな雪那の言動と行動に辟易しながらため息を付くことしか出来ない。

 

『はぁ……貴女に死なれると(ちょっと)困るのですがね……ならせめて無茶はしないでください。皐月女史、今の貴女は全快ではありませんので短時間での連続投与にはご注意ください』

 

夜見が研究者の言葉に頷くと雪那の前に立ち、両者を見据える。

その様子を研究者がヘッドセットの通信越しに察し、左手に収まっているアンプルに視線を落とす。

 

(…………まぁ、私の許可無く『†リザード†』を持ち出して無駄打ちしなかっただけ良しとしますか)

 

通常のアンプルとは異なり、特殊なタイプであるのか黒い蜥蜴の模様が刻印されている自身が独自に日々改良を加えているアンプルを月の光に翳して中で蠢くノロを眺めている。

 

一方で沙耶香にジリジリとにじり寄って来る雪那に対し、舞衣は睨みをきかせ、守るかのように前に出て掌にあるリパルサーの砲口を雪那に向けて独特の起動音を立てながら光を収束させて行く。

 

「沙耶香ちゃんは渡しません」

 

だが、雪那は舞衣の存在を認識していないかの如く無視しながら満面の笑みを浮かべて更に上機嫌そうな声色になっている。

まるでこちらの話など一切聞く気が無いと言わんばかりに自分の言いたいことをつらつらと並べ始めた。

 

「どうしたの沙耶香?怖いことなど何もないわ」

 

そのまま前方にいた夜見の頭を手で掴み、持ち上げながら見せつけるようにして持ち上げる。そうすることで存在を強調しているようにも見える。

 

「あなたなら決してこの失敗作のようにはならない。だから案ずることはないのよ」

 

雪那の発言に対し、舞衣と沙耶香はより表情を険しくする。それだけ非人道的で自分たちと同じ、人間の口から出る言葉とは思えなかっだからだ。

それでも、雪那は黙って頭を掴まれたまま持ち上げられされるがままになっている夜見を特に気にする間もなく右手を差し出してこちらに来るよう指示をしているジェスチャーをしている。

 

「うふふふふ、さぁ沙耶香いらっしゃい。紫様に忠を尽くす刀使に、いいえ御刀となりなさい。かつて私が振るい今はあなたの手にある妙法村正のように………それが道具のあるべき姿というものよ」

 

雪那の一方的な言い分に対し、心の底から本心で言っているのかまたは自分に言い聞かせるように言っているのかは分からないが少なくともこの場にいる人間を絶句させるには充分であったと言えるだろう。

 

そして、その2人を他所にヘッドセット越しに研究者は完全に呆れ果てながら月を見上げ、内心で雪那に対して毒突いてしまう。

 

(全く困った御仁だ。人の話を聞かず、自分の思想や無理矢理押し付けている理想が無条件で相手に伝わると思っているんだから尚更性質が悪い。仮にも保護者様方から生徒さんの命を預かる立場であろうというのに……呆れることしか出来ないなぁ)

 

一方、御前試合決勝戦の会場である庭では敵の総大将である紫を除けば最大の脅威である結芽をエレンと薫が相手取っていた。

薫は八相の構えより剣を天に向かって突き上げ、腰を低く落とした蜻蛉の構えのまま結芽に向けて雄叫びを上げながら突進し、身の丈に合っていない自分の身長の倍近くはあるであろう祢々切丸を軽々と振り回しながら連続攻撃を仕掛ける。

 

「うおらああああああああ!」

 

会場である庭のように広い場所ならばリーチの長い祢々切丸を普段のように全力で叩きつけるような使い方ではなく自在に振り回すことも可能だろう。

実際に素早く振り回しているためか叩きつけた時程のパワーは無いが改造を施してあるS装備に搭載されているAIにより動きのモーションが装着者に合わせて最適化されているため力強く、それでいて鋭い連続攻撃が可能となっている。

 

「チッ!」

 

現に結芽もまともに打ち合えば力負けすると判断して回避に徹している程だ。

振り下ろされた一撃を回避すると轟音と共に衝撃が走り、その場所にクレーターが出来る。

流石にその一撃をまともには食らえないためか跳躍して後半に飛ぶ事で回避することに成功する。

だが、2人は結芽に息をつかせる暇すら与えない。その隙に薫がその場で祢々切丸を持ったままコマのように回転し始める。

ちなみにエレンは巻き込まれないように阿吽の呼吸で行動を先読みして屈んで回避している。

 

「スラスター全開だ、出し惜しみ無しで行くぞ」

 

薫が回転をする際にトニーが跳躍時の空中静止の安定の為に新たに搭載させた背部スラスターを全開で蒸す事で加速しより回転の勢いが増していく。何なら薫の周囲で軽く竜巻が起きるのでは無いかと思わせられる程だ。

 

「オラァ!」

 

ある程度遠心力と回転を加えることに成功したと判断した薫は振り向きざまに

祢々切丸をフリスビーのように軽々と投げ付ける。

手元から離れた祢々切丸はフリスビーの如く高速回転し、会場の庭にある砂を巻き上げながら結芽に向けて突貫して来る。

 

「何これ!?」

 

流石にこれまでこのような突飛な戦術を取って来る相手と戦った事が無いと言えばスパイダーマンのようなトリッキーな相手もいたため嘘になるが、基本的に接近戦主体で攻撃して来る刀使ではこのような相手はいなかった。

 

いや、彼女達をやや甘く見ていたためか油断してしまったのだろう。すぐ様横にステップする事で回避ことに成功する。

 

ーーだが、彼女達の連撃はこの程度では終わらない。

 

「ねね!」

 

結芽に回避された事で後方まで飛んで行っていた祢々切丸をこれまで透明化することで姿を隠していたねねが姿を現し、鉄色の尻尾で祢々切丸をキャッチし、そのまま持ち主の元まで投げ返す。

 

「3・2・1……」

 

そうしている間にエレンも追撃の準備を済ませており、越前廉継をやや水平に構えると薫が縞地の上に飛び乗りそのまま振り被るようにして両腕を後方まで引き、薫の乗っている越前廉継をバットのように振り抜いて見せる。

 

「「せーのっ!」」

 

その言葉を合図にして渾身の力の篭ったスイングにより薫が弾丸の如く飛び出して行き、こちらに戻って来ようとしている祢々切丸に向けて飛び出していく。

 

「嘘!?」

 

「ほんと」

 

型にハマらない奇抜な戦法に結芽で素で困惑してしまい、驚嘆の声を漏らしてしまうが薫に対し淡々と言ってのける。

空中で祢々切丸をキャッチし、そのまま縦に高速回転して勢いを付けながら猿叫と共に全力で結芽に向けて叩き付ける。

 

「きええええええ!」

 

「ぐあっ!」

 

両者のこちらに息をつく暇すら与えない連係攻撃により回避し切れずにスーツパワーと八幡力の乗った一撃を見事に喰らってしまい、身体全体に衝撃とダメージが走る。

すぐに後方に飛び、着地するがまだ身体に先程のダメージが残っているため思わず膝を着いてしまう。

 

「あまりオレ達を」

 

「嘗めないでほしいデース」

 

「この……っ!」

 

結芽が咳と同時に喀血した口元に滴る血を拭き取り、舐めた態度の両者を憎々しげに睨み付けている。

何故ここまで腹が立つのだろうか?自分の強さの証明のためにふさわしい相手との戦いに水を差されたから?

こちらは真面目にやっているのに相手のふざけているとしか思えない。だが、同時に型に囚われない柔軟な発想で自分をここまで追い詰めるコイツらにか?

 

違う、何より腹が立つのは一瞬でもこんな連中に遅れを取った自分にだ。

自分よりも格下の相手に手間取っている自分。それが彼女の高過ぎる自尊心を大きく傷付けたのだろう。

 

ーー結芽の怒りのボルテージが最高潮に上がり、腹の奥から怒気と苛立ちの篭った咆哮をあげようとした矢先ーー

 

「いい所の様で悪いが」

 

「ぶっ飛べオラァ!」

 

3人の立っている場所の空模様が急に暗くなったように感じる。ふと見上げると先程パンプキンボムで破壊された正門の壁の巨大な破片が頭上から降って来ていた。

更に壁の破片の上から1人の人型の影が月を背景に登場し、右拳から金色の衝撃を放つことで破片を粉砕し、砕けた破片が雨のように両者の間に降り注ぐ。

 

 

 

アイアンマンの介入により、戦闘が一時的に中断してお互いに攻めあぐねているグリーンゴブリンとスパイダーマン。

グリーンゴブリンはグライダーの上に乗り、こちらを少し高い位置から見下ろしながら様子を伺っている。

スパイダーマンもウェブによる空中戦もある程度は可能だがグライダーの超高速移動による空中からの攻撃が厄介な事に変わりはない。

おまけに残された時間も少ないとなると、短時間で勝負を決するならばグライダーをどうにかするしかないと考えている。

グリーンゴブリンの腰に付いている装備を確認するとどうやらホルスターには残り数個程しかレイザーバットは残っていない。数個程ならどうとでも出来るため最大の警戒ポイントはパンプキンボムと言った所だろう。

 

「ねえ!その蝙蝠みたいなの幾らで売ってんの!値段教えてくんない!100%offで買い取るけど!」

 

スパイダーマンは右に向けて走りながらまずはグリーンゴブリンに何かしらアクションをさせる為に腰のホルスターに付いているレイザーバットに向けてウェブシューターを構えてスイッチを押す。

 

飛んで来たウェブを視認したグリーンゴブリンはウェブを回避する為にエンジンを蒸して更に高度を上げることで回避行動を取る。

そして、上昇しながら腰のホルスターに手を伸ばして回避と同時に残りのレイザーバットを引き抜いて刃を展開し、スパイダーマンに向けて投擲する。

レイザー・バットも写シを貫通する装備ではあり、それなりに強力だがスパイダーマンには追尾弾程度の効果を為さないため、どうせ取られるくらいなら先に使ってやると言うことだ。

 

「バーゲンセールだ、欲しけりゃくれてやるよ!」

 

手元から離れたレイザーバットは生命を得たかのように刃を翼のようにして羽ばたきながらスパイダーマンに向けて飛翔する。

既に跳躍で屋根の上に登っていたスパイダーマンに向けてレイザーバットは次々に襲い掛かる。

 

「距離60、数は5台。狙うなら……ここだ!」

 

スパイダーマンは目線でレイザーバットの速度と自分との距離を把握すると屋根から飛びながら両腕を前に構え、微妙にタイミングと位置をズラしながらレイザー・バットに向けて電気ショックウェブを放つ。

 

スパイダーマンが後出しで放った電気ショックウェブは的確にレイザー・バットに命中させ、一気に帯電することによりショートし、爆発を起こして行く。

 

「貰った!」

 

「ぐっ!」

 

だが、辺り一面がレイザー・バットの爆発による黒煙で視界が一気に悪くなっている隙にグリーンゴブリンはスパイダーマンに接近しており、その刹那、グリーンゴブリンの接近を許してしまっていた。

 

グリーンゴブリンがグライダーによって加速した勢いの乗った拳をスパイダーマンの腹部に向けて放ち、拳をめり込ませるとそのままグライダーのエンジンの出力を上げてスパイダーマンを折神邸の壁に叩き付け、そのまま特攻して行くことで次々と他の壁も貫通して行くことにより着実にスパイダーマンにダメージを蓄積させていく。

 

「ぐああああ!」

 

「はぁ!」

 

ある程度壁抜きでスパイダーマンにダメージを蓄積させたと実感すると途中でスパイダーマンから手を離してグライダーの上で一回転して今度は胸部に向けてハイキックをお見舞いする。

 

「ぐあっ………くそっ……」

 

スパイダーマンがグリーンゴブリンの蹴りを受けて壁にめり込むと、徐々に力無く弱々しく立ち上がろうとするが足が覚束ず、そのまま倒れ込んでしまう。

 

「悪いがこちらも必死なんだ、恨んでくれて構わない。だが、せめて……こっちを散々引っ掻き回してくれたお前の面は拝んでやる」

 

グリーンゴブリンはグライダーに乗ったまま倒れ込んだスパイダーマンに接近すると片手で胸ぐらを掴んで強制的に起き上がらせて持ち上げる。

彼の着ている以前のスタイリッシュなデザインとは異なり、ただのパーカーに色を塗っただけの何の力も無いハンドメイドスーツは既にボロボロでありあちこちに汚れが付いており表情に合わせて自在に動くゴーグルのシャッターも力無く閉じている。

やたらと呆気ないと思っていたがパラディン、ヴァルチャーとの連戦により疲労が蓄積していたのだから無理もないかと考察しているがグリーンゴブリンとしては友人を舞草に巻き込み、散々こちらを振り回した相手であるためそんな相手の顔くらいは拝んでやろうという気持ちが湧き上がって来ている。

グリーンゴブリンが空いている方の手でスパイダーマンのマスクに手を伸ばし、マスクの頭頂部を掴んで引き剥がそうとする。

 

「ゴメンね!マスクの下にはマスクを用意してないから今回はお預けだよ!」

 

「なっ!……この!」

 

……しかし、スパイダーの左手の角度は上の方に向いており、グリーンゴブリンがスパイダーマンのマスクを上に向けて引っ張ろうとした矢先に閉じていたゴーグルのシャッターが開き、グリーンゴブリンが驚いている隙にウェブシューターのスイッチを押す事でウェブが発射され、グリーンゴブリンのヘルメットのメインカメラに吸着し、空気に触れた時点で凝固する。

 

グリーンゴブリンのような頭部全体を覆うタイプのヘルメットではカメラの表面にウェブが吸着すると張り付いて視界が見えなかってしまう。ライノでの戦闘で実証済みのことがここになって活きて来ている。

 

「これ邪魔なんだよね!大人しく巣に帰ってな!」

 

どうやら空中を自在に移動できるグライダーに相手が載っている以上は向こうにアドバンテージがあり、長引けば泥試合になるため早急にグライダーを破壊して相手を弱体化させたかったため、ワザとやられたフリをしていたのであった。

ヘルメットに貼り付いたその隙にバク転で姿勢を立て直しながら右腕を上に向けて突き出す事でグライダーのエンジン部分にめり込ませる。

 

「マズい……っ!くそっ!」

 

そして、エンジンを握り潰しながら引っこ抜いて投げすてる事で飛行機能を失ったグライダーはフラフラとした軌道で飛行しながら墜落していく。

それを悟ったグリーンゴブリンは飛び降りる事で墜落を回避して、地に足を付けて着地すると同時に少し離れた場所にグライダーが地面に突き刺さる音が聞こえる。

これでグリーンゴブリンは地上で戦うしか無くなった。

 

グリーンゴブリンがヘルメットに貼り付いたウェブを剥がすとスパイダーマンの方を見やり、どうやら以前に御前試合の会場で親衛隊と戦闘した時よりも厄介になっていることを再認識することになった。

その言葉と同時にグリーンゴブリンは背中に納刀してある日本刀を抜刀し、スパイダーマンに向けて構える。

 

スパイダーマンもグライダーを破壊したことにより弱体化はさせることに成功したが相手からまだ戦意は喪失していない。

こちらも応戦しなければ負けると判断してこちらも向かうと同じく背中に納刀してあるヴィブラニウムブレードを抜刀する。

 

「お前の正体が誰だとか……もうそんなのは関係ない。流石にここまで残って来ただけはある、認めるよ。だからと言って俺達も負けられねぇんだよ!」

 

「僕だけじゃない、皆がいてくれたからだ!それに、負けられないのはこっちも同じだよ!」

 

 

ーーグリーンゴブリンとスパイダーマンが同時に力強く踏み込み、お互いの意志と意志をぶつけて合う。

 

 

 

一方その頃、祭壇の前で真希の相手をしていたキャプテンはなるべく各個撃破という狙いや真希をアイアンマンから遠ざけるという目的もあるが木々が生い茂っていることにより盾を投げても跳ね返って来られるポイントが多い森林へと誘い込む為に逃げるように走りながら森林の中へと移動している。

 

キャプテンを追いかける真希は彼の走る速度は人間にしてはあり得ない位速いがこちらが追い付かない程では無いすぐ様迅移で加速してキャプテンに追い付き、薄緑を上段で突きの構えをし、勢いを付けながらキャプテンに突きをかます。

 

「ぐあっ!」

 

だが、キャプテンはそれを盾で悠々と防ぎ、その上でワザと力負けして吹き飛ばされたフリをして森林の中へと着地し、真希をその場所へと誘い込んで見せた。

だが、その事は梅雨知らずの真希はキャプテンを見下ろしながら淡々とした言葉を投げ掛けている。

確かにそれなりに強いが所詮は人間の延長上、ノロによるパワーアップを受けている自分たちが負ける筈がない。

 

「噂には尾鰭が付くものだね、キャプテンアメリカ。この程度で僕を…止められるか!!」

 

真希は薄緑を振りかぶると力強く振り下ろすがキャプテンは夜であるため暗くて見えにくくなっている筈の真希の剣劇を超人的な視力で捉えながら円形の盾で防ぐ。

金属と金属が強く衝突する音が森中に鳴り響き、真希は更に力で押し込もうとして来る。

 

「ぐっ……!まだだ!」

 

真希の流派である神道無念流は「真を打つ」という教えを本とし、一撃一撃に渾身の力を籠める「力」の流派。その腕から放たれる一撃はまさに剛剣。

まともに力と力でぶつけ合えば掌から伝わる衝撃によって相手を鈍らせる程、その上で腕力で力負けしかねないだろうがキャプテンの盾も伊達ではない。

 

ヴィブラニウムの限界まで振動と運動エネルギーを構成分子内に吸収して硬度を増す特性上、彼女の剛剣から放たれる衝撃による痺れは大幅に軽減している為かキャプテンは真希の攻撃を受けながらも一歩も怯んではいない。

 

とはいえ、衝撃は吸収しているとは言えノロによる身体強化による怪力には力負けする可能性は充分にある。

どちらにせよ長期戦は不利である事は明白なため、キャプテンも仕掛ける事にした。

 

「はぁ!」

 

「何っ!?」

 

盾の角度を変える事で薄緑を逸らして後方に受け流し、左脚を前に突き出して顔面に向けてハイキックをお見舞いする。

風を切る音が聞こえる程の鋭い蹴りであるため驚いてしまったが避け切れ無い程では無い。

 

すぐに顔を右に動かして回避するがキャプテンは攻撃の手を休めない。

ハイキックを避けられた後はすぐに左脚を地に付けながら空いている右足で回し蹴りを真希の持つ薄緑の刀身に命中させる。

 

「なっ!」

 

防ぐ事に徹底していたため、防御には成功したがそれでも掌に伝わる衝撃には驚かざるを得ない。

どうやら人間の延長上とはいえ彼が血清により超人と化している。下手な敵よりも断然強い事を理解した。

恐らく先程まで逃げ腰だったのも自分を誘い出すためだったのではないかとまで思えて来た。

 

その隙に盾を持っている左腕を思い切り横薙ぎに振る事で打撃を入れて来るがその一撃は後方にジャンプすることで回避する。

 

だがキャプテンは彼女が後方に飛ぶと同時に盾をノールックで全く明後日の方向に投げ付け、盾は回転しながら真希とキャプテンから遠ざかっていく。

 

「何のつもりだ、どこに投げている?」

 

「君の所にだ」

 

「??………っこの!」

 

真希が頭に疑問符を浮かべていると明後日の方向に飛んでいた筈の盾は周囲の木々を伝って跳ね返り、真希の背後に迫って来ていた。

 

明らかに物理法則を無視した軌道を重ねながら確実に敵の所まで来る盾など誰が想像できるだろうか?

あまりにも初見殺しと言っても過言ではないキャプテンの盾投擲に驚くが今はそれどころではない。

 

薄緑を横薙ぎに振るう事で盾を野球ボールのように弾き飛ばして直撃を回避するがそれもキャプテンの狙いの一つ。

キャプテンが接近する隙を作り出してしまい、既に目と鼻の先だ。

 

「だああああ!」

 

キャプテンが助走を付けることで勢いを増し、両足で地面を蹴り上げて跳躍し

両足を前に突き出してドロップキックが炸裂する。

 

「ぐあっ!」

 

ドロップキックを避け切れず腹部にまともに受けた真希は写シを一度剥がされながら地を転がって行く。そして、投擲した盾が引き寄せられるようにして手元に収まるとキャプテンは何なくキャッチしている。

 

真希はこれまでキャプテンをナメて掛かっていたがどうやらこの相手は身体能力が人間の延長上とは言え的確な判断力、それでいて洗練された格闘技術により相手とのスペックの差を常にカバーしながら立ち回って来る。

内心かなり焦っているが気付いた事もある……キャプテン自体も弱くはない……いやむしろかなり強いが防御や攻撃には盾は必須でありある程度依存せざるを得ない。特に自分のようにリーチのある武器を扱う相手ならば尚更手放せ無いだろう。

 

……ならばこちらも相手の理解を越える勝負をすればいい話だ。

 

「どうやらその盾のせいであまり僕の攻撃は大して響いていないらしいな……貴方を少しナメていたよ。なら貴方の反応速度を越えれば良いだけの話だ!」

 

「ぐっ!スピードが……っ!」

 

真希はキャプテンの盾が如何に強靭であり、衝撃を吸収する代物であろうとも扱う人間が相手の反応速度に付いて来られ無ければ防戦一方になるだろう。

 

そう判断した真希はキャプテンの反応速度を超えるために防御の瞬間に迅移の段階を上げ、素早く別方向に移動しながら攻撃の手順を変えていく。

 

キャプテンはスピードが上がった彼女の攻撃に対し、最初の一撃は難なく防ぐことが出来たがすぐに横に移動して別方向からいつもの力強い一撃を入れて来るため、守りに徹するのが精一杯になってしまっている。

 

神道無念流の教え、「三寸横に動けば相手は隙だらけ」が上手く型にハマったと結果と言えるのだろう。

その証拠にキャプテンの身体には防御し切れずに掠った細かい切り傷があちこちに付き始めている。

 

「はぁ……はぁ……はぁ」

 

息も絶え絶えになりながらもキャプテンはこちらを強く睨み付けて来る。

その澄んだような青い瞳から伝わってくる燃えるような闘志に対し、つい真希は顔を顰めてしまう。彼からは底知れない不気味さを感じたからだ。

 

(何なんだ?勝ち筋を敵に握られたというのにコイツの全く勝負を捨ててない目は……)

 

アイアンマンが空中に浮きながらリパルサーを光線状にして地上を走る寿々花向けて放ち、木々を薙ぎ倒して行くがお互いの相手に近づけさせないようにしながら本殿から離れた場所で戦闘をしているものの八幡力での跳躍力で接近される心配や、遠距離からリパルサーで狙えはするものの高度を高くし過ぎると攻撃しても避けられ安くなるリスクや相手に逃げる時間を与えてしまう為、一定の高度を保ちながら戦わなければならないため、今の所お互いに決め手になる一撃は入れられていない状況だ。

 

アイアンマンの広い視界を補助しているHUDに一瞬真希の猛攻を受けて防戦一方になっている姿が見えた。

 

「キャップ!」

 

アイアンマンがすぐさま苦戦しているキャプテンに助太刀するために左腕を前に突き出し、手の甲に搭載されているホーミングミサイルを放とうとして構えるがそれを許す程敵は甘くなかった。

 

「させませんわ!」

 

既にアイアンマンの隣まで移動していた寿々花はキャプテンの助太刀を阻害するために九字兼定を振り下ろさんとしていた。

 

「おっと」

 

アイアンマンはワンテンポ遅れたが右手の手の甲から接近戦主体の彼女達への対策として用意していたヴィブラニウムブレードを展開すると上段からの振り下ろしを防ぐ事に成功したがノロにより強化されている八幡力の怪力により力負けしてしまい、地へと叩き落とされてしまう。

 

「ハルクバスターで来れば良かったかぁ?」

 

『的が大きくなる上に小回りが利かないのでこの手の相手には不向きかと思います』

 

「よくお分かりでっと」

 

アイアンマンが寿々花の強化されている身体能力を実感して間接的に彼女達がゴリラとでも言いたげに皮肉っているがそんな隙を与えはしない。

地上にいるアイアンマンに迅移で接近して連続で斬り付けて来る。

 

アイアンマンも何とか防ぐがこちらに宙に浮かぶ暇すら与えない。向こうも飛行能力のある敵が厄介だと言うことは分かっているからだろう。

接近戦でアイアンマンに息を吐かせる暇さえ与えないかの如く、常に技を変化させながら技量でアイアンマンのスーツのスペックに追従して来る。

 

「お仲間の所へは行かせませんわよ。差し詰め、貴方が彼らを支援し、スパイダーマンに装備を渡していた人物ですわね?手こずらせて頂いたお礼をさせて貰いますわ」

 

「舞踏会のお誘いか?悪いが僕はお子様と社交ダンスを踊る趣味はないんだよ。そう、君に合うとしたら……一人で踊れるラテンダンスなんてどうだろう?」

 

アイアンマンが舞草に協力していた事を大方察した寿々花は何としても自分の手で倒したいのか剣戟で押しながら軽妙な語りで挑発して来る。

 

「あら?淑女のお誘いを断るのは紳士らしくありませんわよ」

 

マスクの下でトニーの息が徐々に上がって来ていることを自覚する。この相手は思っている以上に厄介だ。

自分も近接格闘のトレーニングは積んでいるが剣術という広く浅くしか手を出していない分野で相当な戦闘訓練を積んでいる上に達人となるとどうも分が悪いようだ。

冷静に戦局を分析しているAIのF.R.I.D.A.Y.に真っ向から指摘されてしまう。

 

『ボス、純粋な接近戦の技量では向こうが上です。生半可な戦法では勝てません』

 

「おい、それちょっと自分でも思ってたのに実際に言われるとマジで凹むぞ」

 

このまま真っ当に正面からやり合い続けていては拉致が開かない。何か方法を考えなくては……そうして思考を逡巡させて行く。

 

格闘技術に自分以上に精通しているキャプテンに前衛を任せ、自分と共にコンビネーションでなら倒せるか?と思考を巡られせて一瞬だけキャプテンの方を見やるが先程と同様に視界に映るのは真希に押されて防戦一方になり、より大量の切り傷が増えているキャプテンの姿であった。

 

それを読まれたのか寿々花の口からアイアンマンの思い付きそうになったプランをへし折る情報が突き付けられる。

 

「お仲間とならばと考えても無駄ですわよ?言っておきますが彼が如何に超人で強力な盾があろうとも所詮は人間の延長上。彼女の敵ではありませんわ」

 

寿々花の言う通り、キャプテンと真希では相性の問題でキャプテンが不利。それは見て取れる。防戦一方な状況を見るにせよ、合流して共闘するのは不可能だろう。

彼女の口からは真希を強く信頼しているからこその言葉であるためその言葉に一切の嘘は無いのだろう。

 

ーーだが、アイアンマンは信じていた。キャプテン・アメリカはそう簡単には倒される程柔ではないという事を。

そして、相手がキャプテンは盾と血清があるから強いのだと勘違いしている様を見てつい失笑が溢れてしまい鼻で笑う。

 

かつてチーム同士でぶつかった際、スーツのスペックも機能、所持している武装も上回っている筈のこちらをボロボロになりながらも打ち破った彼の最大の武器が何であるのか、アイアンマンは身をもって知っているからだ。

 

「フッ……分かってないようだから教えてやるよMs.ピノ・ノワール」

 

「むっ」

 

鍔迫り合いになりながらマスク越しから伝わって来るこちらを挑発するかのような軽妙な態度に思わず眉を中央に寄せてしまうが所詮は戯言だろうと思い特に気にしないようにしたいがこちらの様子を気にする事なくアイアンマンは続ける。マスクの下で隠れて分からないが今アイアンマンはさぞ不敵な笑みを浮かべているに違いないだろう。

 

「奴が超人だとか盾を持っているだとかそんなもの些細な事でしか無い。奴の最大の武器はなぁ…例え盾が無くとも、超人で無くとも、例え相手が自分よりも圧倒的に強くとも一歩も引かない超ド級に諦めの悪いモヤシのスティーブ ・ロジャースである事なんだよ」

 

座敷の中では舞衣と沙耶香、そしてそれを迎撃にした夜見と非戦闘員でありながら態々戦線に出張ってきた雪那。

雪那は先程同様に夜見の頭を掴んで虐待でもするかのように時折揺すったりもしている。彼女が何も言わないから調子に乗っているのだろう。

 

そんな彼女の傍若無人な態度に沙耶香は喉から絞り出すような声で雪那に自分の意思を告げる。

 

「もうやめて……」

 

「はぁ〜ん?」

 

心底小馬鹿にするような鼻抜け声と表情で沙耶香の発言を聞こえませんアピールでもするかのように耳に手を添えてそちらに向ける。

 

「もうひどいことしないで…でないと…私は…あなたを…」

 

徐々に感情がエスカレートし始めていたが、その言葉が余程気に障ったのか。はたまたおかしかったのかは不明だが狂ったように下賤な高笑いをあげる。

 

「斬るのか?私を?お前が?ははははははははほは!」

 

だが直後、急変してヒステリックにが凄まじい剣幕で捲し立て始める。この情緒不安定っぷりはもはや芸術の域に達しているのではないだろうか。

その逆ギレをする表情からは怒り、焦り様々な感情が込められておりあまりにも力が入り過ぎているためか皺がより過ぎて別人の域に達している。

 

「出過ぎた事を……っ!道具風情が意志を持つな!お前は黙って従ってればいいのよ!」

 

『フッ………だからダメなんですよ、貴女は』

(あ………いっけね………声に出ちゃった☆)

 

研究者は雪那の言い分に対し、時折口出しをする程度で深く言及せず内心で小馬鹿にしている程度であったが中高生の子供相手にムキになっている様や、彼女の一方的な物言いに対し呆れを通り越して逆に感心してしまいついポロッと本音が出てしまった。

 

「あ゛ぁっ!?黙れ貴様らぁ!いいか!?所詮貴様らなど………ひいっ!」

 

この場にいるほぼ全員及び場面外にいる者にさえ自分を否定された事により、

更にヒートアップしようとした矢先に雪那の顔面スレスレに独特の起動音を立てながら音速で通過する光は雪那の後方にある障子を木っ端微塵にしている。よって、一瞬だが本気でビビって情けない声を上げてしまう。

 

『おやおや』

 

どうやら先程から黙って聞いていた舞衣が雪那を本格的に敵として認識し、黙らせる為に先程から向けていた掌に付いているリパルサーの砲口から煙が出ている事からリパルサー・レイを雪那に向けて放っていた。本当は当てる事も出来たが黙らせるために敢えて外したようだ。

 

「貴女こそ、もう何も喋らないでください」

 

「な、何だと貴様らぁ!」

 

リパルサーが顔面スレスレを通過したのは流石に驚いたのか流石に先程よりは勢いがなくなっている。

舞衣は雪那を恐れずに堂々と孫六兼元を雪那達に突き付け、自分の覚悟を伝える。

 

「人を物のように扱うことしかできないあなたを私は認めません。あなたにも、そして折神紫にも沙耶香ちゃんをいいようにさせたりはしない!」

 

人には個人として自分の意志を持ち、自由に生きる権利がある。それは誰かを傷付けたり、人を自分の利益のためだけに道具のように扱うことで得る物ではない。人は道具では無く、意志を持って自分の生きる道を決める物なのだから。

どれだけ探しても自分一人だけの力で生きられる人間などそうそういないだろう。強く自分の意志を持って生きている人ですら自分を形作ってくれる、道具としてではなく心と心で支えてくれる人がいなければ成り立たない筈だ。

 

それを教えてくれたのは、1人の隣人だ。だから自分も、今こうして全ての人を守ることは出来なくとも目に見える人たちだけでも助けたい。そう決心してここまで来た。

 

だからこそ、雪那のような人間にだけは負ける訳にはいかない。そんな気持ちが湧き上がって来る。

 

「戯言を。御刀に携わる者、そのすべては紫様の為にある。その中にはこーんな失敗作もあるけれど」

 

そんな舞衣の意志は雪那には1ミリも響ないのか心底下らなそうに吐き捨てると

強調するように夜見を足元に叩き付けると右肩の辺りをヒールで踏み付けグラグリと捻じ込ませる。

 

味方にすらそのような行為を行える雪那を自分と同じ人間とは思えないような気分にさせられてしまった。

 

「何を!?」

 

調子づいたのか足元に横たわる夜見を心底不可解そうに見下ろしながら、罵詈雑言を吐き捨てている。

 

「本当に気味が悪いこと。戯れに実験台として選んだ頃からお前が何を考えてるのか何一つわかりゃしない!」

 

(逆だよ逆。我々研究を行う者は常に実験ではトライアンドエラーの繰り返し、実験を行うためのモルモットありきで成り立つ存在だ。例え実験台であったとしても命を使わせて頂いている以上ある程度敬意は払うべきだろうが)

 

雪那はかかとのヒールを夜見の肩口から離し、淡々と起き上がらせる。

 

「立て。どうした?恨み言の一つでも言うか?」

 

「反逆者を捕えます。それが親衛隊の務めですので」

 

「ふんっ」

 

恨み言も言わず、ただ淡々と自分の言う事に従う夜見に対し、やはり気味の悪さを感じているのか然程も彼女の心情には興味が無いのか研究室から盗み出して来た汎用アンプルを彼女の首筋にセットして、ボタンを押す事で静脈に的確に打ち込むと夜見の瞳が深紅に淡く光り、その姿を見て舞衣と沙耶香は思わず身構える。

 

「沙耶香は殺すな」

 

『全く、無益な殺生は美しくないというのに……皐月女史、貴女は過剰投与により他の皆さんより浸透のステージが進んでいます。病み上がりでいつまで持つかは分かりませんので決めるならば速攻を仕掛けることをオススメします、ご利用は計画的に♪』

 

 

一方、結芽と薫とエレンが激戦を繰り広げる会場の庭では両者の間に巨大なクレーターが出来ており、穴の大きさがその威力を物語っている。

 

「何!?」

 

「コレってまさか!」

 

「げっ……こんな時にお前かよ」

 

直後、その攻撃の正体の主が自然な形で両者の前に着地して結芽の前に立ち、エレンと薫の前に立ちはだかった。

片方は黄色のカラーリングに網目状の模様のスーツ、頭部を守るための鋭い目付きのツインアイのブラウン色のヘルメット、両腕にガントレットを装備しているややヒロイックなデザインのSTT用のパワードスーツ、ショッカー。

 

そして、もう片方は2mは優に超える巨体に全身を覆うS装備のカラーリングの名残のある黒銀の装甲、サイを連想させる頭部の兜には眉間の部分に鋭利な角、蒼く光るツインアイのパワードスーツ、ライノだ。

 

2人とも伊豆での戦闘で敗北したことによりスーツを破壊されため、これまでは戦線に出てかなかったが、どうやらスーツの修理が先程終了したため戦線に復帰したようだ。

 

ショッカーはエレンを、ライノは薫と対面し状況を把握している。

突如介入して来た2人を前にして身構える。この2人も中々に厄介であることをその身を持って実感しているからだ。

ショッカーは拳を左手の掌に打ち込むとエレンを睨み付けている。この前敗北したため、なるべく自分が倒したかったという思いもあってかメンチを切っている。

 

「対象を発見。これより鎮圧する」

 

「やっぱ来やがったかテメェ。さーてこの間のリベンジマッチと行こうじゃねぇかおい」

 

「ん?お前スパイダーマン1人に倒されたんじゃないのか?」

 

以前病室で同室になった際に会話の中で自身に勝利したエレンに譲歩して律儀にこれまで黙っていたが今こうして本拠地に攻め込んだ来た以上は倒すべき敵同士であるため今となっては無意味な話ではあるが。

ライノに指摘されて、うっかり口を滑らせたと思うが今は優先すべきことがある。そう思うとショッカーは背後にいる結芽に向けて声を掛ける。

 

「う、うっせ!今そんなこたどうでもいんだよ!おいチビガキ」

 

「あ゛?」

 

(反応するってことは自覚はあるんデスネ……)

 

「私チビガキって名前じゃ無いんだけど?」

 

薫が額に青筋を立て、ドスの効いた声を上げながらショッカーを睨み付けているが本来は結芽に向けて放った言葉であるためショッカーは特に薫を気にすることなく背後の結芽に話しかける。

 

「分かりゃ何でもいんだよ。あのガキに俺らの最大戦力のテメェを先行した奴らの元に行かせろって言われててな、それにこの野郎には借りがある……だから俺らがぶっ潰す。テメェは先行した奴らをぶっ潰せ」

 

「俺は俺の任務をこなすだけだ。敵対者を1人でも多く排除する」

 

どうやら出撃の前からグリーンゴブリンに装備の修理が完了した場合、戦闘に介入する際は結芽を本殿に近付く敵の迎撃に向かわせるように言われていたようであり、その指示を実行するためにここに来た。

ショッカー個人としてはまさか結芽の足止めをしている相手の内の1人が以前自分が敗北したエレンだと知り、同時にリベンジも出来ると思い介入して来たようだ。

 

結芽はこんな奴らに遅れを取ったことにヤキモキしている部分もあるが栄人が自分のためにここまで配慮してくれていたことには素直にありがたく思った。

自分のタイムリミットは自分が一番よく分かっている。恐らく次に全力で数分間戦えばこの身は朽ちるだろう。

ならば、より最後の相手に相応しい相手と戦うべきだと判断して先行することを優先した。

 

「あっそ……ま、今の所は感謝しといてあげるよ!おじちゃん達!」

 

「あ゛ぁ!?おじちゃんだとぉ!?コイツはともかく俺まだ21だぞゴルァ!お兄さんだろクソガキがああああ!」

 

売り言葉に買い言葉になりながらも結芽を先行させるためにショッカーはガントレットを起動させながら両腕で地面を力強く殴り付け、ライノは無言のまま右脚で地面を力強く踏み付けることで周囲一帯に地震が起きたと錯覚する程の脚振を起こす。

土煙を起こしてエレンと薫の視界を奪いつつ拡散した振動波と脚振による衝撃で怯ませた隙に見事に結芽は会場の屋根を飛び越え、簡単には追いつかない場所まで移動することに成功している。

 

「ぐおっ!何だよコレ!」

 

「マズいデス!逃げられマシタ!」

 

「落ち着け、一々乗っていては精神年齢が同じということだぞ」

 

「……ちっ、まぁいい。さーてまた会ったな女、テメェらの何度潰されてもただじゃ潰れねぇ根性には感心するぜ。けどよ……」

 

「ハマハマ……」

 

結芽を逃してしまったことはかなり痛いがここで敵にも増援が来たという状況も勿論好ましく無い。この2人を無視してすぐにでも結芽を追って追撃したいがこの2人はそう簡単に逃してはくれない。それは実際に戦闘して実感している。

 

ショッカーとライノはこちらを逃す気が1ミリも無いことは見て取れる。結芽に追い付くには2人を倒すしか無いことは自明の理だ。

だが、ショッカーは挑発的だが舞草の意地を見せ続ける残党達のことは素直に認めており、ライノもそれは同様だ。

 

ーーだが、次の瞬間。ショッカーは言ってはならない事を口に出してしまった。

 

「いくらテメェらが人手不足だからってこんな時間まで()()()()()()連れ回すのは感心しねーな。ガキはもうおねんねな時間な上に親御さんが心配すんだろーが」

 

ショッカーは薫に対し、こっちに来いとでも言いたげに手招きをするがその子供扱いするかのような仕草が更に彼女の神経を逆撫でして行く。

ショッカーの口から出て来る舌禍に対し、薫は顔を伏せながらワナワナと震え始めエレンはオロオロしてしまう。

 

「オラそこのチビ、お兄ちゃんが近くの交番まで送ってやっからこっち来いよ。全員ぶっ飛ばした後でだけどな」

 

「あっ、馬鹿お前……っ!」

 

「それは禁句デス!」

 

……………ブチン!

 

ショッカーの発言に悪意はない。むしろ、彼の数少ない良心が篭っているまである。だが、その分余計に性質が悪い。

人には触れられたくない部分がありそれを何度も突かれたため、堪忍袋の尾が切れた薫は怒号をあげながらショッカーを指差す。

 

「テメェ………オレは来月には16になる高1だ!人を見た目で判断すんじゃねえ!」

 

薫の口から突き付けられた真実を聞いたショッカーは心の底から驚いたのかマスクの下で瞳孔を散大させ、慌てふためきながらエレンとライノにも同意を求める。

確かに135cmという身体は一見小学校4年生女子の平均程度であるためそう思うのは無理もないと言えばそれまでなのだが……。

 

「あぁ!?どう見ても小4か小5位のガキじゃねえか。なぁ!お前らもそう思うだろ!?」

 

「彼女は中高一貫校の伍箇伝の制服を着てるから少なくとも中学生より上なのは確かだろう。彼女の発言を鑑みるに一概に嘘とは言い切れないと思うぞ。というか渡された反逆者のリストに年齢が載っていたのを見なかったのか?」

 

「嘘じゃありマセン、こんな見た目ですが薫は私と同い年デスヨ」

 

「おい、こんな見た目って何だ?こんな見た目って」

 

ライノは冷静に分析した上で入院の前に渡された舞草の一員と思われる人間のリストに一通り目を通していたため彼女が小学生ではないことを知っており、エレンは長い付き合いであるためか2人にあっけらかんと返されたことによりショッカーは知らなかったのは自分だけだと知り、脱力しながら自分の良い加減さを感ばかりはほんの少しだけ憎んだ。

入院中自分が管理局の病室で腹を出し、寝転がってポテチを食べながらテレビを見ている間ライノは空いた時間に真面目に端末を眺めていた姿を思い出し、合点が行った。

 

「あー……来た奴は全員ぶっ飛ばせばいいだろって思ってたから流し見してたわ。まさかマジで見た目ガチの小学生のガキが来ると思わねーだろ」

 

悪意が無いとはいえ小学生小学生と連呼され、流石の薫のボルテージも上がって来ている上に結芽を取り逃してしまっているというかなりマズい状況でもあるため、祢々切丸を構えてショッカーとライノを力強く睨み付けている。

 

「さっきから小学生小学生ってお前なぁ……っ!やるぞエレン、あのガキの前にコイツらをぶっ倒す!」

 

「どの道倒さない限り先には進めまセンらかネ。ガッテンデス!」

 

簡単に結芽を追わせてくれる程彼らは生易しくは無いことを理解しているエレンは早急に結芽を追撃するためにライノとショッカーを撃破すべきと判断して両者に向けて臨戦態勢に入る。

 

「全く締らないな。だが、俺達のやるとこは既に決まっている。排除するぞ」

 

「な、何だか知らねぇが勿論俺は抵抗するぜ?………拳で!」

 

ライノは中継で見た朱音の演説を聞いて彼らに思う所が無い訳では無いが実際に囮であった上に罠である可能性も否定できない。

そもそも、自分は組織に恩を返すためにこの任務に参戦しているのだ。これまでと同じように只敵を排除して組織に貢献するだけ、敵に同情したり配慮する余裕なんてない。それだけのことだと自分に言い聞かせて彼女達を見据えている。

 

ショッカーは一同に呆れられたり、薫に堂々と親の敵のように睨まれていることに戸惑いつつも、向こうがやる気ならこちらも全力でぶちのめす事が最大の礼儀だと思っているため両腕のガントレットを起動さて振動波を纏い、拳と拳を力強くぶつけて挑発的に振動波を纏った右手の拳を目の高さ程に持っていき、力強く握りしめる。




誠に遅くなってしまいましたが11年間トニー・スタークの吹き替え担当としてシリーズを引っ張ってくださった藤原啓治さん、これまで本当にお疲れ様でした。ご冥福をお祈りいたします。


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第52話 力の価値

ちと中々時間取れなくて四苦八苦してて遅れました、スマソ。

今回は出番が無い人達が結構いますが次回には出るのでよろぴくです。



キャプテンと真希、アイアンマンと寿々花の攻防は未だに続いていた。

 

真希の迅移による加速でキャプテンの反応速度を超える速度で薄緑を振り抜き、毎度狙う位置を変える事でキャプテンに激しい連撃を繰り出していく。

 

対するキャプテンは反応速度を微かにだが超えられてしまっているためかワンテンポ遅れて盾の最も高度の硬い中央で防ぎ、いなすのが精一杯になっている状態は変わらず防戦一方のままだ。

未だに反撃の糸口が掴めないだけでなく、攻撃も完全には防ぎ切れずに切っ先が頬や太腿、肩口を掠めて行きキャプテンのスーツに細かい傷を大量に作り出していく。

 

「ふんっ!」

 

「ぐっ!」

 

盾で防ぐことには成功したが体内に投与されているノロによる腕力の上昇により力負けをしたことで防御した薄緑の切っ先が逸れていきそのままキャプテンの左太腿を斬り付ける。

皮と肉を裂かれたことによりその部分に鮮血が赤い染みとなってスーツに広がって行く。

 

更にその隙を逃すまいと下段から薄緑の斬り上げでキャプテンにトドメを刺そうとするが咄嗟に盾の中心で防ぐことには成功する。

 

しかし、咄嗟であったためか腕力で力負けしたことにより火花を散らした後に上空へと弾き飛ばされて祭壇の直前の鳥居の前にある通路の瓦の屋根に背中から叩き付けられる。

奇しくもその通路はアイアンマンと寿々花が接近戦を繰り広げている屋根であった。

 

そしてダメージを痛感する間を与える暇も与えないかの如く、真希も屋根の上に乗りキャプテンを薄緑による剣劇で容赦なく追撃して行く。

 

アイアンマンがカバーに入ろうとそちらを見た瞬間にキャプテンと一瞬目が合うが無言のままアイアンマンのツインアイを見つめ返して来る。まるでその瞳からは大丈夫だ。信じていると言っているような力が籠もっているようだ。

 

「他所見をしている暇があって?貴方の相手は私ですわよ!」

 

「全く君もしつこい奴だな、Ms.ピノ・ノワール」

 

「そうでなくては親衛隊は務まりませんからね!今は目の前の私を見なさい!」

 

もちろんそれを許す筈もなく寿々花の追撃に阻まれてしまい、アイアンマンもキャプテン程劣勢ではないがキャプテンのカバーに入るのはかなり厳しいだろう。常に両方の戦局を観察しながら戦略を考えてはいるが一筋縄ではいかないタイプであるため尚更だ。

 

 

「はああああああ!」

 

 

「力強いな!」

 

そして、直後に真希の力強い突きを防御したはいいものの、今度は屋根から飛ばされて鳥居の隣の森林まで移動させられて、更なる真希の追撃を受ける。

キャプテンが辛うじて真希の力強い一撃を姿勢を低くして回避した矢先に薄緑が大木に当たるとそれらを両断し、木々が地響きを立てて倒れて行く。

 

今のが当たっていたら即死だったろうと冷や汗をかくが真希の連続攻撃は止まらず、その腕から放たれる剛剣の一撃をキャプテンが回避する度に木々が薙ぎ倒され、キャプテンと真希、両者の姿が開けた形となり屋根の上という少し高い位置にいるアイアンマンにもはっきりと見える形となる。

これでキャプテンが森林での戦闘で得意とする木々に当てて変幻自在に投げた盾をコントロール出来る要素を大幅にへらされてしまったことになる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

息も絶え絶えに肩で息をし、顔に着いた砂埃が大量の汗によって流れて行くという疲弊しているにも等しい状態。太腿を斬られて以降は特に被弾してはいないものの傷口から血が更に滲み出てきており誰が見てもキャプテンの姿は満身創痍と言っても過言ではないだろう。

 

たが、その圧倒的不利な状況でもキャプテンは真希に対して一歩も引かずに睨み付け、盾の革ベルトを強く握りしめて盾を前に構え、ファイティングポーズを取っている。

真希を力強く睨み付けるその澄んだ蒼い瞳はまるで諦めるという文字を知らないかのようだ。

 

「……まだやれるぞ」

 

折神紫親衛隊という精鋭の証である映えある称号を持つ自分に対し、全く恐れなど抱いていないのか。それでいて自分より弱く、既に満身創痍ながらも諦めを知らない澄んだ瞳は真希に不気味さを与えると同時に徐々に不可解な苛立ちを覚えさせる。

 

……自分は何故、彼のように自分よりも強大な敵に諦めずに挑み続ける勇気を持つことが出来無かったのかと。そんな思考が一瞬脳裏をよぎるがすぐに振り払って行く。

どれだけ足掻こうと力無き正義など無力という事を知っているからだ。

 

「……無駄な足掻きを。貴方は強い、だが僕とは相性が悪かった。今の貴方は防戦一方で手も足も出ない。なのに何故立ち塞がる?そもそも日本のことなんて貴方からすれば所詮は他人事だろう?」

 

ーー真希の問いかけに対し、キャプテンは静かに答える。

 

「確かにここはアメリカじゃない……だが、助けを求めて手を伸ばす誰かがいるのならそこに国境はない。その手を掴むのが僕たちだ。それに……かつて戦った日本の英雄達の魂が安らかに眠れるように、彼らの守った未来をこれから先に繋いで行きたいからだ。そして、国を守るために立ち上がる彼らを信じた!簡単では無いだろう……自由の代償は高い。常にそうだった」

 

キャプテンが舞草に協力する理由は至極簡単。真の意味で日本を守るために立ち上がる彼らに協力し、自分も共に命を賭けると決めたからだ。

そして、戦時中自分が戦ったことで殺めてしまった日本の兵士やその結果不幸にしてしまったであろうその家族のため、彼らが命懸けで戦うことで守った未来を今度は自分が守ると決めたからだ。

 

キャプテンの決意は固い。そして、誰よりも石頭で頑固な彼は一歩も退かないだろうとその力強い瞳は真希に訴えかけてくる。

 

「だが払う価値はある。僕も共に命を賭ける価値があると判断したからだ……僕からも一つだけ聞かせてくれ。これだけの強さがありながら…なぜ荒魂を受け入れたんだ?」

 

キャプテンもフリードマンや朱音の調査、そしてスパイダーマン達の親衛隊との戦闘を記録映像によって知ったトニーから彼女達が荒魂を体内に入れることで身体能力を飛躍的に強化させているという話は聞いていた。

 

キャプテンは実際に真希と戦闘し、彼女は自分よりも高い力を持っていることを実際に戦闘して実感した。だが、これだけ力があるのなら血清を打たなければ喘息体質故に軍に入り、戦うことすら認められなかった自分とは違い荒魂の力になど頼らなくとも充分に戦い続けられたのではないか、こんな馬鹿げた悪事に加担等せずに最前線で人々を守る立場の人間でいられたのではないかと純粋に疑問に思ったのだ。

 

「フッ……貴方と同じだよ、キャプテンアメリカ。強大な敵に挑むための力が欲しかったのさ。それに僕は一度たりとも自分を強いだなんて思ったことはないよ」

 

「ぐっ!」

 

真希の謙虚で自嘲気味な笑みからはどこか諦め、自虐……様々な感情が伝わって来る。

それと同時に喋りながら迅移で加速してキャプテンに接近し、上段から振り下ろして来る。キャプテンがそれを盾で防ぎ、横に受け流すことで反撃に出る。

 

隙が出来たことを皮切りにキャプテンの拳が真希の顔面を捉えようと拳を突き出すが敢えて前に出ることで寸前で躱して見せた。

 

「態と隙を作ったのか……っ!」

 

そう、態と隙を作ったのだ。その間に薄緑を投げて持ち替えるとガードが困難な位置からキャプテンに横薙ぎの一閃をお見舞いして来る。

 

キャプテンがワンテンポ遅れて盾で塞ぐが今度は最も頑丈で衝撃を吸収できる中心ではなく最もヴィブラニウムの密度が低い端っこを狙われてしまったため、力負けして盾はキャプテンの手から離れて簡単には取って来られない位置まで飛ばされてしまう。

 

真希の追撃を転がって回避すると先程こちらに来る山中で倒し、盾を投げ付けたことで遠くまで弾き飛ばした護衛の刀使が所持していた御刀が目に入ったため、それを拾いながら流れるように真希の一撃を防ぎ、拮抗するが徐々に押し込まれて行く。

 

そして、真希はキャプテンを見下ろしながらもポツリポツリと自身の心情を吐露していく。

 

「どれだけ足掻き、手を伸ばそうとも……どんな光でも力が無ければやがて闇に飲まれて消えてしまう。それがこの世界の法則だ。そんな僕の目指す背中は彼方に遠く……見上げる頂は遥か高い」

 

ーー彼女が親衛隊に入る前の頃の話になる。

 

真希はかつて平城学館の出身であり、在学中には御前試合を二連覇する程の実力の持ち主だった。それ故に周囲からの期待、羨望、称賛の声に溢れ皆から信頼されていた程であった。

 

だが―――

 

彼女の実力を評価されてか隊を率いることが多くなりそれに引っ張られるかのように厳しい戦局の任務に駆り出されることが多くなって行った。

だがその度に、彼女以外の者は倒れ、真希はただ一人で前に立ち刃を振り続けた。

 

だが、どれだけ彼女が足掻き、敵を倒そうとも荒魂による被害は無くならない。

そこで気付いてしまったのだ。どんな光でも、やがては闇に呑まれてしまうのがこの世の法則であると。

 

そして、ある時に出会った。見上げる頂きにいる程の絶対的な力。目指す背中を追いかけるだけの力。

それこそが希望となった。上には上がいるという現実を知り、あの日折神紫と直接の対局に敗北し、 自身より幼いものの神童として圧倒的な実力を持つ結芽を前にしてこの強さに並び立てるのならば自分は悪魔にさえも魂を売ってでも人を守るための力が欲しいと願い、アンプルを受け取った……いや、受け取ってしまったのだ。

1人で皆からの期待、羨望、使命感。それらを1人で背負い続けることに耐え切れなくなって荒魂の力に逃げてしまった。

 

(そうか……僕は本当は……)

 

キャプテンとの会話の中で根底にあったのは仲間を失うこと、負けることへの恐怖心から来ていたのだと実感させられてしまう。

だが、それを悟られる訳にはいかない。真希は更に目を細めてキャプテンの瞳を睨み付ける。

 

この男も自分と同じで戦うための力を求めて手を伸ばした。だが、自分よりも弱く、今も満身創痍ながらもこちらを睨み続ける彼からは自分とは違う何かが感じ取られる。真希はどうしようもなく、それが羨ましく思えてしまう。

 

「膨大な闇に立ち向かい続けるならば自らも闇でいなければならない。それに対抗できるように並び立てるだけの力を得る。その目的の為ならどんな手だって使う。貴方もそうして超人兵士になった筈だ!」

 

徐々に強くなって行く真希の語気に圧倒されているがキャプテンは真摯に真希の瞳を見つめながら彼女の話を聞いている。

殺し合いをする敵の言う言葉など本来はあまり真剣に聞く必要も余裕も無い筈だがキャプテンは彼女が話を終えるまでは黙って聞く姿勢を貫いていた。

 

彼女の言っている事も理解出来てしまうからだ。自分もかつてアメリカを守る力を手に入れるために超人兵士誕生の実験に参加し、他人から渡された力で強くなった人間だ。

過程や立場が違くとも彼女の気持ちも分かる。完全否定するつもりはない。

 

ーーだが、彼女の言い分も分かるからこそ、退けない理由がキャプテンの中にはある。

拾った御刀で真希が薄緑を喉元に押し込もうとしている切っ先を峰で押さえながら絞り出すかのように語り始める。

 

「……僕は君の言っている事が分からないと言えば嘘になる。僕はかつては徴兵からも弾かれる喘息持ちのモヤシだった。皆が命がけで戦っているのに体質のせいで国のために戦いたいという願いは叶えられず悔しい日々を送った。だからこそ祖国を守るために超人兵士の実験に参加した。危険な賭けであったとしても祖国を守るための力を手に入れるために手を伸ばした」

 

「なら僕の言うことが分かるだろう?」

 

真希はキャプテンも自分と同じ力に挫折した人間だと知り、もしかすれば話せば分かってくれるかも知れない。出来るならこの人を討ちたくない、そういった感情が湧き上がってくる。

 

「君達なりに力に手を伸ばす理由があることは分かった……僕に君たちを咎める権利はない。君は言っていたな、自分を強いと思ったことなど一度もないと……それは力に挫折して力の価値を知った人間だからこそ得る感情だと思う。僕もかつてはそうだったからな……」

 

「分かったのならそこを退いてくれ」

 

真希の冷たく言い放ってはいるが余計な犠牲は極力出したくないのか、自分の言い分を理解できたのならば退いて欲しいと言う願いを込めてキャプテンに言い放つがキャプテンは瞳を大きく散大させながら反論する。

彼女達を咎める権利は無くとも、同じく力を求めた者が間違ったことに手を貸すことを見逃すことはもっと間違っているからだ。

 

「You move……断る!今の管理局は変わってしまった。大荒魂に乗っ取られているんだ。折神紫がその首領だ、奴は完全に管理局を……いや、この国の治安組織全てを支配してると言えるだろう」

 

「何を恐れ多い事を!紫様が局長として国を守ってきたからこそ日本は平和になり、荒魂被害での犠牲者は減ったんだぞ!」

 

キャプテンの身も蓋もない発言を聞いて紫を護衛する立場である彼女からすれば看過出来ない発言であったため、過剰に反応してしまう。

自分たちが仕えている相手が……そんな筈がない。と自分に言い聞かせるがキャプテンの嘘を付いている人間の発言とは思えない真剣な表情に戸惑ってしまい、一瞬薄緑を押し込む手を緩ませかけるが徐々に力を込め直す。

 

「それは奴が当主になってから様々な勢力を粛清して荒魂の被害をセーブしていたからだ。20年間貯めていたノロが適量になるこの日のためにな。奴が完全復活を果たしたらタギツヒメは邪魔者を自由自在に殺せる力を得る。だから僕らで止めるんだ」

 

「何を……」

 

キャプテンが薄緑を抑える力が徐々に強くなって行く。自分と同じ力に逃げた人間だと思っていたキャプテンの口から語られる言葉からは信念と、そして揺るぎない強い意志と高潔なら精神を感じられた。

 

スティーブ・ロジャースは国を、人々を守るために力に手を伸ばした。

だが、それは失うこと、負けることへの恐怖による逃避ではなく国を守りたいと言う純粋な願いだったからだ。

 

だが、血清を打った結果超人になっているとは言え、その力は人間の延長上。チームの中で一番強い訳でも無ければ、時にはより強い仲間が来るまでの時間稼ぎに過ぎないこともある。

 

しかし、それでも彼は一歩も退かない。どれだけ劣勢で相手が強力であったとしても立ち上がり続ける。例え血清が無くとも、盾が無くとも困難に立ち向かい続けるだろう。

肉体が、時代が、自身を取り巻く環境が変わったとしても超ド級に諦めの悪いモヤシのスティーブ・ロジャースであり続けることが彼の最大の武器だからだ。

 

 

キャプテンアメリカはいつだって証明して来た。

ーーメディアが何と言おうと関係ない。

ーー政治家や群衆が何と言おうと関係ない。

ーー国全体が黒を白だと言っても関係ない。

勝敗に関係なく、立ち上がり続ける彼の背中に奮い立たされた皆が着いて来る。

かつて友が言った。「俺が着いて行く男は1人。弱いくせに逃げないモヤシ野郎だ」と、そんな彼だからどんな時でも最後には味方がついて来る。

 

……故に、世界の全てがどけと言うのなら真実の川のそばに立つ木のようにどっしりと地面に根を下ろし、こう言ってやるのだ。

 

you move .そっちがどけ。と

 

薄緑を押す力で勝っている筈なのに心の強さでこの男に勝つことは出来ないのではないかと思わされてしまい、震える手に力を込めることで震えを押し殺して行く。

 

「それに僕は君たちの事も放っては置けない!僕と同じで力を求めて手を伸ばした者が間違ったことのためにその力を振るっているというのなら、僕にはそれを止める義務がある!」

 

「……残念だよ、キャプテンアメリカ。舞草に騙されているとは言え貴方のような人をここで始末しなければならないということが……このまま、押し込ませてもらう!」

 

真希はやや悲しげに目を伏せると、敵であろうとも一方的に糾弾して完全否定して叩いたりなどせずに真摯に対応するこの人を討ちたく無いという想いはあるがそれでも自分には自分の使命がある。精神的には負けても反逆者には負けられないという使命感を前にして更に押し込むと切っ先が微かにキャプテンの喉元に触れて行く。

 

 

キャプテンのピンチを前にするが寿々花の連続攻撃によりアイアンマンは防ぎ、いなすことで手一杯になっている。

そんなアイアンマンの思考を乱すために敢えて挑発的に煽って来る。

 

「お仲間がピンチですわよ、お助けしてあげてはいかがかしら?最も無理な話でしょうけども!」

 

「クソッ!意外とエネルギッシュだな。ここまで弾けてると実はピノ・ノワールなんじゃなくてビールちゃんなんじゃないのか君」

(やはり長期戦は不利だな。単純な接近戦主体の相手なら……アレで行くか)

 

アイアンマンは互角の勝負を繰り広げているが未だに互いに決定打が出せていない。

 

アイアンマンの中に打開策の一つとして一度はある人物には破られた、とある機能を使う時かと思考を巡らせているが寿々花には特に気にする様子もなく呆れた態度で返してくる。

プライドが高く真面目な彼女からすれば自身を奮い立たせるためや敵の注意を引くためにジョークを言って自分を落ち着かせている彼らの強がりの内情など知る由も無いのだが。

 

「スパイダーマンといい貴方といい、戦闘中に冗談ばかり。お寒いですわよ」

 

「まぁそう言うな、ビールちゃん。男の冗談を笑って流せる余裕も淑女の器だぞ。全く。君はかなりの才女に見えるのに何故ノロドーピングなんて自分で自分の限界を決めちまうような勿体ない真似をしたのやら」

 

アイアンマンが相手にプレッシャーを掛ける意味合いもあるが年端も行かぬ子供が何故体内に荒魂を入れてまでして身体強化を図ったのか。そうまでしてまで強くなりたい理由があるのかと思い問いかけて来る。

 

『自分の限界を決めるような真似』そのワードが耳に入った途端相当触れられたく無いことなのか、あるいは図星だったのか一瞬彼女の眉が不愉快そうにピクリと動いた。そして、その一瞬をアイアンマンは見逃さない。

 

そして、悔しそうに目を伏せる寿々花は自身の心情、劣等感、強くなる事への貪欲なる意志を零して行く。

 

語りながら彼女の脳裏にはいつも隣にいる、親衛隊に入る前の御前試合で一度も勝てずに強く意識している相手の背中が思い浮かんでくる。

 

「貴方には分からないでしょうね。放って置いたら振り向きもせずに行ってしまう人……私などには目もくれずに。そんな相手に水を開けられたくない、どんなことをしてでも追い付きたい人間の気持ちなんて」

 

しかし、人を怒らせる天才アイアンマン……いや、トニー ・スタークはいつものように軽妙な調子で返して来る。だから何だと言わんばかりにだ。

 

「うーん、分からないな!僕はいつだって美女と変な奴には追い掛けられる側の人間だからなっ!」

 

「貴方に言うだけ無駄でしたわね」

 

寿々花は苛立ちの篭った口調で淡々とため息を吐きながらアイアンマンを睨み付けて来る。

目の前にいる天才と称され数々の功績を成し遂げて来た相手には自分の気持ちなど理解できるわけがない。きっと常に誰よりも先を歩き、迷いも悩みも挫折も知らないのだろうと内心で毒づく。

 

だが、アイアンマンは自分の半分も生きていない子供に対して一方的になじるという事は精神的にまだ大人になり切れていない自分でも気分の良い物ではないため自分なりの考えを伝える。

 

「まぁ、実は半分本当で半分嘘だがな。僕にだって唯一いつかは追い付きたい人がいる。誰よりも国を愛していて賢い。だが、僕を簡単には認めてくれなくていつだって厳しく、冷たくて、愛してるとも好きだとも言われたことがない相手がな」

 

自分が20歳の誕生日に逝去した父親、ハワード・スターク。

アメリカの軍事企業《スターク・インダストリーズ》の社長にして創設者。

アメリカで最高の機械工学士を自称しているがその名に違わず、半重力システムの基礎部分を作り出すなどの天才ぶりを見せ、1940年代当時の最先端テクノロジーを幾多も作り出し、世界平和に貢献した偉大なる存在であり憧れの存在だ。

 

存命中トニーと父親の仲は決して良くは無かった。お互いに不器用で素直になれなかったということもあってか不和が続いていた。

それだけでなく、ハワードは一度もトニーを認めてくれることは存命中実現し無かった。プライベートでは自分を仕事や研究の邪魔者扱いし、寄宿学校へ無理矢理自分を押し付けた冷たい父親として彼に長年憧れを持ち、尊敬していても素直になれず父を敬遠していた。

 

だが、アイアンマンとして活動を始めてしばらく経った頃。自身の命綱てわあったリアクターから出る毒が身体を蝕み命に危険が迫った時、父が残していた映像を見て知った。

生きている間一度も自分を認めてくれなかった父が誰よりも自分を信じてくれていたこと、そして未来への鍵を託してくれていたこと。

 

……そして、父の言葉はトニーを奮い立たせる切欠となった。

 

自分自身の限界を決めず、突破口の切り口を変え、バッドアシウムという元素を合成し、新たな動力源として新型アーク・リアクター「リパルサー・トランスミッター」を開発運用、無害化と高出力化に成功した。自分に降り掛かる試練を、壁を、何度打ちのめされようとも、叩かれる度に強くなって行く鉄の意志を持って乗り越えて来た。

 

「だが、その人は亡くなって30年近くなった今でも僕に大切なことを教え続けてくれる。そして、本当は誰よりも僕のことを信じてくれていたからこそ、自分に乗し掛かる試練を自分の力で越えることが出来た……だからいつかは他人から与えられた力なんかじゃなく自分自身の力で越えたいのさ」

 

「………」

 

「いいかお嬢ちゃん、記録ってのはなぁ破る為にあるんだよ」

 

アイアンマンの口から語られる言葉の数々、試練や壁、憧れはいつかは自分自身の力で乗り越えるために存在するのだと。

先程まではあだ名で呼んでいたが本気で語りかける時はお嬢ちゃん。と大人として接していることが見て取れる。

 

……寿々花はアイアンマンの言葉を受け、表情には出さないが心臓を握られているような痛みが走って行く。

自分の荒魂との融合を受け入れ、ある人物に強さに水を開けられたく無いがために自らプライドを捨てて手に入れた力。

自分でもピンポイントかつ個人的な理由だとも思うが手に入れたことを後悔はしていないと思っていた。

 

だが、眼前の天才として誰もが辿り着けない場所にいる人物も自分達と同じで試練に迷い、苦しみながらもいつかは追い越したい人がいる等身大の人間なのかと感じ取った。

 

彼は天才だから試練を乗り越えて来たのでは無い。もしかしたら、自分の限界を決めずに常に降り掛かる試練に挑み続けて来たからこそ、この男は強いのでは無いかと。

 

一瞬だが、寿々花は思ってしまった。水を開けられたく無い人に追いつくために禁忌に容易く手を伸ばした時点で自分は自分の限界をそこで決めてしまったのでは無いかと。自分は彼女には勝てないと認めてしまっていたのでは無いかと気付かされその事を本気で恥じた。

 

だが、今は任務の最中。余計な私情を挟むべきでは無い。アイアンマンに気付かされた自分の弱さを胸に隠して敵対者であるアイアンマンに向けて九字兼定を正眼に構える。

 

「あらそう……なら今後の参考にさせて頂きますわ!」

 

迅移で加速しながらアイアンマンに接近し、高速の剣劇を再度浴びせようとして来る。

アイアンマンは自身に迫って来る敵を正面に捉え、小声でスーツのAIであるF.R.I.D.A.Yに語りかける。技量が上であるならば一から八かの賭けでリスクも伴うがこれしから方法が無いからだ。

 

「技量は向こうが上なんだっけ?なら、恐らく一回しか通用しないだろうが……行けるか?」

 

『ボス、いつでも行けます。相手の攻撃を受け続けなければいけないのでミスは出来ません』

 

「シビアだなったく………攻撃パターン分析」

 

『スキャン開始』

 

宣言と同時にアイアンマンがヴィブラニウムブレードを両手の手の甲から展開させて迎撃し、寿々花からの攻撃を受けては弾き、受けては弾きを繰り返して行く。

 

時には防ぎきれずにスーツに刃が命中して装甲に切り傷を付けていき、その度にスーツの中にいるトニーにも強い衝撃を与えていくがアイアンマンは尚も彼女からの攻撃を真っ向から迎え撃ちながら逆転のチャンスを待つ。

それと同時にアイアンマンのスーツのヘルメットのHUD内のカメラを変性させ、視界に捉えた寿々花の動きを細かく演算しながら彼女の攻撃パターンを解析して行く。

 

「はぁ!」

 

「おっと」

 

寿々花の放つ突きを斜め上から左腕のヴィブラニウムブレードの薙ぎ払いで防がれるがすぐ様細かい上段からの再攻撃で牽制していく。

アイアンマンが押されて始めるとすぐ近くでは真希がキャプテンに薄緑を押し込もうとしている鳥居の付近まで来ていた。

 

だが、角度的に建造物が視覚となり助けには入れそうに無い。アイアンマンは後ろをチラリと一瞬だけ見るだけで理解した。

 

……だが、両者から少し離れた位置にキャプテンの戦況をひっくり返せるかも知れない隠し球がそこに落ちていた。

 

その他所見をしている隙を逃さずに寿々花はアイアンマンの懐にまで接近しようとするがアイアンマンが超近距離では既に剣を振るよりも素手での戦闘に切り替えた方が効果的と判断してリパルサーを駆使したインファイトに切り替える。

 

「どうしましたの?受けてばかりでは勝てませんわよ!」

 

寿々花の下段からの斬り上げを少ない動きで後方に下がることで回避しつつ地に向けて左手のリパルサーを放つ事で軽く跳ね上がり、そのまま勢いを付けて右腕のヴィブラニウムブレードで斬り付けるがその動きは迅移を使用することで回避してアイアンマンの背後を取る。

 

(貰った……っ!)

 

アイアンマンは大振りの一撃を外したことで背後がガラ空きになってしまい、隙が出来る。このまま背後からスラスターを破壊すれば彼は地上戦一択となり勝機は自分の元にやって来る。

 

そう確信して、上段からの切り下ろしでアイアンマンの背部スラスターを狙う。九字兼定の刃がヴィブラニウムブレードを振り抜いた姿勢のままのアイアンマンの背中を捉え、スラスターが裂けて砕ける。と寿々花は踏み、アイアンマンの背後から上段の斬り下ろしを打ち込もうとする。

 

……だが、それと同時にアイアンマンのスーツに内蔵されている女声の無機質な音声は淡々と告げる。

 

『分析完了』

 

その言葉にハッとした寿々花だが時既に遅し。アイアンマンが左腕に装備しているヴィブラニウムブレードを後ろ向きのまま振り抜く事で互いの切っ先と切っ先をぶつけることで、九字兼定による上段からの一撃を防いで見せた。

 

 

ーーそして、マスクの下でトニーは低くドスの効いた声色で静かに呟く。

 

「ぶちのめすぞ」

 

かつては友だった者を怒りに支配された拳で倒すと決めた時に放った呪詛。

だが、今のアイアンマンにとって言葉の意味は別の物に変わっている。あの時とは違う今度はきっと………

 

そのまま腕を上に向けて振り上げることで切っ先を滑らせ、九字兼定を巻き上げて横に薙ぎに払うことでそのアイアンマンのテクニカルな動きに釣られて寿々花がバランスを崩した瞬間にアイアンマンは振り向きながら右手の掌のリパルサーを起動させながら背後に向けて放つ。

接敵している寿々花にではなく、キャプテンの手から離れて取手を地に付けている盾に円形の盾に向けてだ。

 

……リパルサー・レイが盾に命中すると跳ね上がり、鳥居に命中して跳弾する。

 

「このまま……押し込ませてもらう」

 

キャプテンが徐々に真希薄緑を押し込もうとする腕力と拮抗し、切っ先が首筋に微かに当たり一条の血が一直線に滴り落ちている。

 

しかし、遠方から聞こえる独特な起動音が鳴る。そして、キャプテンはそれが何かを弾いて打ち上げた音を超人的な聴力で聴き取った。

 

「ぐっ……!うおおおおおおおおお!」

 

真希の背後で起きたとある異変に気付いたキャプテンはアイアンマンの意図を察知して真希に悟られないように雄叫びをあげながら押し返そうと力を入れていく。その際に左手の手の甲の辺りの角度を前に向けながら。

 

「ぐっ!まだこんな力が」

 

キャプテンの左腕と逆転の一手の位置が一直線になった時、急激に力を増した自分を困惑した表情で見つめる真希の瞳を睨み返しながら小さく、それでいて力強くこう言ってやるのだ。

 

キャプテンの左手の前腕から手首に掛けて巻いてあるバンドが一瞬蒼白い淡い光を放る。

 

「左失礼」

 

「?………はっ!?」

 

キャプテンの発言の意図を理解できずにいたが直後に背後から何かがこちらに引き寄せられていることを察知し、咄嗟に背後を振り向くと先程簡単には取っては来られない位置まで弾き飛ばした盾が自分という障害物越しに持ち主へ戻るかのように宙に浮き、こちらに迫って来ていた。

 

アイアンマンがリパルサーで飛ばした盾をキャプテンの左腕に巻いてあるバンドに内蔵してある専用の磁石を用いて引き寄せていたのだ。

注意を自分に向けさせながら、アイアンマンが飛ばした盾をこちらに持って来させる。更に言うならば真希の隙を作るために一芝居打っていたのだ。

 

「感謝するぞ山ガール。木こりの歌に乾杯」

 

「真希さん!」

 

「僕を見ろ」

 

寿々花が声を荒げた隙に先程言われた言葉を相手にそのまま返してやりながら

両腕を前に構えて掌にリパルサー・レイの光を収束させ寿々花に向けて高出力でぶっ放す。

 

「うあっ!」

 

収束されたリパルサー・レイはかなりの威力であった為、直撃と同時に全身に強い衝撃が伝わり写シを剥がされてしまう。

 

「まだまだですわ!」

 

「いや、ゲームセットだ」

 

すぐに写シを貼り直し、立ち上がり反撃の意思を見せて再度斬りかかろうと九字兼定を振り上げるが攻撃パターンは既に解析済み。

振り上げたと同時に左腕のガントレットに隠してある特殊なワイヤー『グラップリングフック』を射出して九字兼定の柄に寿々花の手首ごと巻き付けるとそのままグラップリングフックを巻き取るようにしながら思い切り地面に向けて引き倒す事で彼女の姿勢を崩し、更にグラップリングフックを切り離す。

 

そして再度両手の掌のリパルサー・レイを起動させて寿々花に向けて放ち直撃させる。またしても同程度の威力のリパルサー・レイを受けたため彼女の写シの限度を越してしまい、九字兼定も手放してしまった。

 

壁に力無く持たれ掛かりながら、自身と対峙するアイアンマンを前にして自らの負けを悟る。

攻撃パターンの分析という予想だにしない機能を使われたことで敗北を喫してしまったが悪い気はしていない。

 

攻撃パターンを分析するのならばアイアンマンはその相手を真剣に見て、分析しなければ真価を発揮しない。自分を対戦相手として真剣に見てくれたことに内心では感謝している。

 

「私の敗北ですわ、社長さん」

 

「僕の勝ちだ。MS.ピノ・ノワール」

 

寿々花に向けて右の掌を向けているアイアンマンに向けて先程とは打って変わって穏やかな様子で問い掛ける。

 

「貴方、言っていましたわね……追い付きたい人がいると言うのなら自分自身の力で追い付くと。私もそうなれるでしょうか……」

 

「知らん。だが、君がノロドーピングなんぞに頼らなくともソイツに振り向いて貰えるか、対等に並び立てるか証明できるのは君だけだ」

 

アイアンマンはマスクの下で真剣な表情になりながら問い掛けに応える。

 

君なら出来る。と優しく言うことは誰にでも出来る。だが、アイアンマンは基本的に若者に対してはスパルタだ。実際に彼女が水を開けられたくないという相手に追い付けるか、並び立てるかは今後の彼女次第であるからだ。

 

「そう……ですわね……」

 

だが、厳しく突き放すだけが大人ではない。ある程度はフォローも入れなければ性質の悪い新人潰しと変わらない。

アイアンマンはぶっきらぼうな口調になりながら語る。彼自身、自身の持つ誰よりも優れた技術と頭脳により優れた者が持つ苦悩や恐怖を知っている。

 

「……まぁ、どれだけ優れた人間だって悩みの1つははあるだろう。人々から羨望され、期待され、信頼されている人間にも苦悩や迷いは付き物だ。その重さに耐えきれずに1人で抱えてしまう時もあるだろう」

 

そして、アイアンマンの脳裏にはいつだって隣で寄り添い、力になってくれた1人の友の姿を思い出していた。

チームが離散してしまう事態を招いてしまったトニーに対し、着いてきた事で負傷させてしまったことを悔いていた際に彼は言った。

「後悔はしていない」と笑顔を浮かべ、逆にトニーを励ましてくれた心強い友

の姿だ。

 

「だが、そんな時一番ありがたいのは隣に立って次は一緒に行くか?って言ってくれる奴がいることだと君より少しは大人のつもりのおじさんは語るのであった」

 

「そうですか………」

 

「じゃあな、おやすみお嬢ちゃん。夜更かしはお肌の天敵だぞ」

 

アイアンマンがHUDを操作すると手の甲から放たれる一本の小型の針が寿々花の首筋にチクリと刺さると瞬時に強い眠気が襲って来た力無く壁にもたれ掛かるようにして動きを止めると安堵したような表情のまま寝息を立てている。

 

どうやら麻酔針のようだ。万が一のため相手を傷付けずに無効化するために用意していた物が役に立ったということだろう。

強敵を1人鎮静化することに成功したアイアンマンはキャプテンの助太刀に入るべくスラスターを蒸してキャプテンの元へと飛翔する。

 

……一方その頃

 

真希が背後に迫る盾に対して咄嗟に姿勢を低くして回避するがそれと同時に力を緩めてしまったがためにキャプテンを鍔迫り合いから開放してしまい透かさず腹部に膝蹴りを入れられ、体勢を崩してふらつきながら後方へ後ずさる。

 

「でりゃあ!」

 

「ぐあっ!」

 

真希が回避した盾をキャッチすると手に持っていた防御に使っていた御刀をポイッと投げ捨てる。そして、真希にダッシュで接近し、ふらつきながら立ち上がる彼女に向けて盾を右腕を振りかぶって水平に投げ付け来る。

今度はワンテンポ遅れてしまった為咄嗟に薄緑で水平に振って防ぐのに精一杯であり、キャプテンはそのまま自分の方へと跳ね返って来た盾を左脚で蹴飛ばす事で真希を追撃する。

 

「何!?」

 

 

「だあああああああああ!」

 

構える隙すら与えない連続攻撃に対して今度は防ぐ間もなく盾が頭に直撃してノックバックを受けているとキャプテンは既に真希の眼前まで迫っており拳を強く握りながら強烈なボディブローをかます。

 

キャプテンの拳が真希の腹部に突き刺さると全身に衝撃が伝わり、写シが剥がされ意識が薄れて行き弱々しく膝から倒れ込もうとした矢先にキャプテンに受け止められる。

 

「スティーブ……ロジャース……」

 

完全に自分の敗北を認める。自分は彼に、どれだけ不利でも諦めないモヤシのスティーブ・ロジャースに敗れたのだと精神的にも認めざるを得なかった。

キャプテンは倒れ込んで来た真希に対して非難する訳でも無く、真剣な表情のまま彼女に向けてキチンとフォローを入れる。

 

「見事だった。僕は君たちを責めるつもりもなければ咎めるつもりもない。君たちは今回、騙されて力の使い方を間違えたんだ」

 

「なら……僕はどうすれば良かったんだ。これからどうすれば……」

 

敗北し、薄れて行く意識の中でキャプテンの言っていることが本当ならば自分のしてきたことは何なのか。

そんな彼女に対し、キャプテンは答える。

 

「弱さを認め、前に進むんだ。生まれてからずっと強い者は、力に敬意を払わない。だが、弱者は力の価値を知っている。それに、憐れみも……それを知ったのなら忘れずに君のままでいてくれ」

 

かつて自分が血清を打つ前に言われた言葉。

力を手にするのならば力強さだけで無く、強い心を持ち続けなければならない。力に挫折し、無力さを知った人間だけがその痛みを知っている。

 

「行き先が見えなくとも勇気を持って一歩を踏み出すことから始めるんだ。例え小さい一歩でもそうやって少しずつ積み重ねて行くんだ。そうやって立ち直り、もう一度目標を見つけよう」

 

「…………」

 

「そして、時には悩んだ末に一人で問題に立ち向かうと決め、打ちのめされることもあるかも知れない。だが、その時に信じるんだ……まだやれる。立ち上がり続ける限り君は1人では無いということを」

 

 

曇りのないキャプテンの瞳から伝わって来る。その言葉によって心の奥底が熱くなって行くような感覚に陥って行く。

 

「綺麗事だな……だが……」

(少しだけ信じてみたくなるじゃないか……)

 

 

自分も彼のように諦めて強さにすがるのでは無く、例えどれどけ不利でも自分の意志で脅威に対して一歩も引かずに立ち向かい続けることが出来るだろうか。そんな想いが芽生え始めると同時に意識の糸が切れて気絶するとキャプテンは優しく木に寄り掛からせる

 

直後にスラスターを蒸しながらアイアンマンが飛行して来ており、右拳と左膝を同時に付ける独特なヒーロー着地をして周囲を確認してキャプテンの無事を確かめる。

 

一見、スーツのあちこちに切り傷が目立ち満身創痍に見えるがキャプテンは何とか元気そうであり内心でアイアンマンはホッとする。

 

「そっちは片付いたか?キャプテン」

 

「なんとかな。よし、坊や達を助けに……と行きたいが遠くからこちらに迫って来る音が大量に聞こえるんだが」

 

キャプテンが超人的な聴力で離れた場所からこちらに近づいて来る複数の大量の足跡を聴き取ると、アイアンマンは横須賀に敵を一極集中させた上でコンテナで移動するというプランを聞いていたため、大方予想が付いている。

 

「恐らくヒステリックウーマンが横須賀にアッセンブルさせた鎌府の刀使達をこっちに寄越して来たんだろうよ。連中を坊主たちや祭壇に近付ける訳にはいかない、行けるか爺さん?」

 

現在交戦中の彼らの助太刀に行きたいがこの後大量に押し寄せて来るであろう雪那が連れてきた鎌府の刀使達が相手となるといくら改造したS装備を付けているとは言え多勢に無勢。

タイムロスになる可能性も充分にあると判断して彼らの露払いをするのが今取れる最良の手段だろうと確認を取る。

 

そして、キャプテンの答えはいつだって決まっている。

 

「勿論だ、行くぞトニー!」

 

キャプテンとアイアンマンが肩を並べて隣に立つとアイアンマンが左の拳、キャプテンは右の拳を横に突き出して互いの拳と拳を合わせ、これから攻め入って来る勢力に向けて突撃して行く。




この方々は早めにやった方がキリがいいと思って描き切れなかったメンツもいますがそこは次回触れます。サーセン。

5月29日、スタークさん誕おめ!

mafexのEGキャップにムニョムニョ振り回すパーツあって良いっすな。


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第53話 Childish Killer

時間が取れなかった+最近疲れてすぐ寝ちまうようになって遅れてしまいもうした……ワイも歳かのぉ。

前回よりはスッキリしないと思われるのでそこはよろ。


皆の後押しを受け、総大将である紫がいる本殿へと脚を進める舞草の最大戦力である可奈美と姫和。

洞窟のような造りの道を駆け抜けると縦長の鉄製の扉が聳え立つ。

扉を軽く押すとそのまま開き、眼前には儀式を執り行なうと思われる祭壇と思しき場所があった。

左右には木製の格子が壁となっており、そこに吊るされた篝火が暗い祭壇を不気味に照らしている。

そして、よくよく足元を見ると大量の木箱が転がり落ちていることが分かる。

舞草の里だけでなく、各地に祀られてある筈のノロの御神体だ。おそらく敵は既に大量のノロと融合を果たし、万全な状態であると言うことが想像できてしまった。

 

「雰囲気が変わった…」

 

「多分ここが…」

 

2人が周囲を見渡しながら状況を把握していると祭壇の奥の細道から、足音と共に1人の人物が現れる。

 

「戻ってきたか、幼い二羽の鳥よ」

 

「この感じ……っ!」

 

声色だけで物凄い重圧が襲って来たと思わされる程の存在感、最強と言われるだけの威光。一瞬だが本気で身体が竦み上がってしまう程であった。

 

その声の主が完全に姿を顕にする。腰の辺りまで届くと思われる長い後髪に、

右眼を隠すほどまで伸ばしている前髪。

目つきが悪いというより寧ろ鋭いと表現した方が伝わりやすいであろう長い切れ長の眼に紅い瞳は強者の雰囲気を醸し出している。

 

そして、何より目を引くのは腰に差したニ振りの御刀だ。彼女の流派の都合もあるが二本もの御刀に選ばれる人間はそうそういない。

 

この国人間ならば誰でも知っている救国の英雄、折神紫。いや、全ての元凶タギツヒメだ。

 

彼女は口角を小さく吊り上げ酷薄とした笑みを浮かべながら両者に向けて、威圧感を放ちながら彼女達を挑発して来る。

 

「巣立ちを迎えたか、未だ雛鳥のままか。剣を持って証を立てるがいい」

 

舞草の最大戦力と敵の総大将との、熾烈なる戦いが幕を開ける。

 

 

時を同じくして御前試合の会場。

 

薫とエレンは結芽を逃すために乱入して来たライノとショッカーを相手にしていた。薫は先程散々小学生扱いされた事に対する恨みを込めてショッカーに向けて祢々切丸を構え、突進する。

 

「行くぞオラァあああああ!」

 

「来いやゴラアアアアア!」

 

薫がこちらに来たのを把握するとショッカーはガントレットの振動波を起動させて拳と拳をぶつけると腰を低くし、右拳を引いて振動波を収束させて薫に向けて放つ姿勢に入る。

気合十分、全力でぶっ潰し合う準備が出来た。とでも言いたいような気合の入った掛け声同士が響き合う。

 

「横から失礼シマース!」

 

だが、両者が互いに集中していると何かが高速移動でショッカーの隣に周り込ん来た。見る限りショッカーのガントレットは現在、前回の反省を兼ねてガントレットのコアが露出しない構造になっていて最低限の開閉を行いながら振動波を纏うことが出来るように改造されているようだがおそらく位置は同じだろう。

 

その位置を大方把握している人物はガントレットのコアの部分に向けて横薙ぎに剣の一閃をかまして来る。格闘技術の達人、それでいて以前にショッカーと交戦経験があるエレンが横から介入したようだ。

 

「落ち着いテ薫!彼の相手は私がシマス!勝手が分かってる方がいいデショ!」

 

エレンに諭されて我に帰ると確かに以前に管理局の用意しているスーツに着いてある程度の予習(そこまで深くは考えていたなかった)をしていたもののやはり以前にショッカーと闘り合っているエレンの方がショッカーとの闘い方を知っている上に早めに倒してくれるのなら万々歳と言える。だが……

 

「ふんっ!」

 

低く唸るような掛け声と共に風を切る音を立てながらこちらに迫る気配を察知して祢々切丸を盾にしてガードをするとその巨体の脚が命中し、祢々切丸を通して衝撃が薫の身体全体に伝わり踏ん張っていた足を引き摺りながら数メートル押し飛ばされ、両手にはビリビリとした痺れた感覚が広がっている。

同時に参戦していたライノは薫に狙いを定めて会話の隙を狙って蹴りを入れて来ていたのだ。

 

「ぐあっ!……悪いな、頼むぞ相棒」

 

「OK!good luck!」

 

確かにライノは伊豆で戦闘した際、S装備を着ていなかったとは言え4人がかり、しかも正攻法では勝つのが難しかった相手だ。同じくパワータイプの自分で無いと倒すのが難しい筈の眼前に立つ黒銀の装甲を纏う犀を前にして再度蜻蛉の構えに切り替えて対峙している。

 

「前は4人がかりでやっとだったけど前のままだと思うなよ。今の俺はアイアン・アーマード薫で、俺たち2人なら100人分なんだよ」

 

「それを言うなら100人力じゃ無いのか?」

 

「ど、どっちでもいいだろ!何となく雰囲気で察しろ!」

 

「ねっ!」

 

一方、ショッカーはエレンのガントレットのコアに向けての横一閃を軽いフットワークで回避すると自身に斬りかかって来たエレンの戦闘方針を理解し、首をダルそうに動かしてボキボキと音を鳴らすと右肩をグルリと一回転させてメンチを切る。

 

「あ゛?俺をチビに近付かせねぇ気か」

 

「オフコース、ハマハマも知ってる相手の方がやりやすいデショ?」

 

明るい口調は崩さずにとぼけている様に見えるが向こうのこちらに向ける視線は真剣そのものだ。悪感情は持っていないがショッカーが気を抜けない相手だと言うことをその身を持って体感していること、そして振動波はかなり厄介だからと言う事もある。

 

「……………」

 

ショッカーはエレンの惚けている姿か真剣な姿、どちらが本当の彼女なのか底の見えない掴みどころの無さには奇妙な物を感じているが彼女から伝わって来る真剣さと熱意に敬意を評し、全力でぶっ潰すと心に決めて右拳を左の掌に打ち込むとパシンと小気味の良い音を響かせ、すぐさま振動波を纏ってファイティングポーズを取る。

 

「上等だ、ならテメェから潰す。デカブツはチビを潰せ」

 

「Да(ダー)、そっちは任せる」

 

了解の意の返事と共にライノは薫に向けて再度拳を力強く振り回しながら連続で殴打して来る。ライノの自身の腕力に匹敵するであろう重い一撃一撃を祢々切丸を左右に振って弾きながらライノと激しい打ち合いを始める。

 

両者の攻撃がぶつかる度に火花が散り、轟音と衝撃が両者に走るが互いに一歩も退かずに打ち合いを続ける。

 

「だ……っ!チビって言うなこの野郎!」

 

「小さくても君は強い。それで良いんじゃないか?」

 

「ま、まぁな。けど、簡単に負けてやらねぇからな!」

 

「ねねっ!」

 

「そうか」

 

一方、振動波を纏った右手のガントレットで地面を殴った衝撃で加速しながら自身を飛ばす事で一瞬でエレンに接近したショッカーは一回転しながら振動波を纏った拳をエレンに向けて放って来る。

 

「オラぁ!」

 

その一撃を回避してガントレットのコアを狙い、今度は突きをかます。一応、エレンがガントレットのコアを執拗に狙う事には理由がある。

 

ショッカー自身、パワード スーツの機能によって身体能力を大幅に強化されているこという事もあり、振動波を纏った一撃を放てば荒魂すらも殴り飛ばすことが可能な一撃を常時放つことが出来る。 

おまけに放出して来る際の振動波は音速、最悪それすら超えているのでは無いかと感じる速度な上に振動波による防御の壁は物理的に突破することはエレンでは不可能であった。

 

(確かにハマハマの技量がおかしいのはありますが……欠点が無い訳ではありマセン!)

 

だが、言い換えればショッカーは攻撃にせよ防御にせよ全てが振動波由来の物であり完全に依存していると言っても過言では無い。

元々はSTTが刀使よりも早く現場に到着し、刀使の増援が来るまでの時間稼ぎをするために作成されたスーツであるため本来は対人戦には特化していない。

 

扱うのが難しい機能も少なく、高火力と超耐久ででぶっぱしていれば雑に強いライノと比べれば対人戦に於いてヴァルチャーの次に使用者の技量に左右される玄人向けの装備と言えるだろう。だからこそ、ガントレットのコアを破壊すればショッカーを弱体化させること自体は可能………な筈だが現実は非常である。

 

「あっぶねぇ………なぁ!」

(いってぇ!何だよコイツの力……っ!やばたにえんにも程があるだろ!?)

 

「うっ!」

 

ショッカーが突きを裏拳で弾くと、以前よりも打ち合った際の腕力がS装備により上昇していることを感じ取った。だが、それを悟られないように我慢して気合の入った雄叫びを上げながらステップで接近して振動波を纏った右ストレートを打ち込んで来る。

自然な流れで接近して来たショッカーの右ストレートが既に眼前まで迫って来たため、咄嗟に金剛身で身体の硬度を上げながら右腕の肘でギリギリ防ぐことに成功した。

 

ガードには成功したが拳がぶつかった瞬間に全身に響き渡るような強い衝撃、骨が軋み、臓器にもダメージを与えているのではないかと錯覚するような一撃に一瞬だが怯んでしまい、金剛身の効果時間が切れた矢先にショッカーが思い切り右拳を力強く押し込むことで姿勢が崩れてしまう。

 

「やりマスネ!はぁ!」

 

「リーチはテメェだが、獲物アリより素手のが攻撃の出が早ぇんだよ!」

 

「what's!?」

 

だが、それと同時にショッカーに向けて右脚を高々と上げてハイキックを入れるがショッカーはそれを屈むことで回避し、ステップでエレンの懐、言わば御刀を振れない距離。いや、振るよりも先に拳が届く方が早い距離と言った方が正解か。

 

ショッカーが接近して拳が届く至近距離に入り込むと、即座に振動波を纏ったボディブローを腹部に打叩き込み、エレンの瞳を見つめながら低い声でボソリと呟く。

 

「最初から全力じゃねぇとテメェには勝てねぇ、ヲタ芸で鍛えた体力ナメんじゃねぇぞ」

 

以前戦闘した時と比較して、S装備を装着していることもあってか攻撃性能、防御面が前回よりも強力になっていることは理解した。向こうのスーツの稼働限界がどれ程かは知る由もないが速攻を仕掛けなければ厳しいと思い、一気に倒しにかかるつもりだ。

 

「うあっ!」

 

「よっしゃ!いくぞー!タイガーファイアー発動!」

 

またしても金剛身で防御するがショッカーは以前の戦闘で金剛身の効果時間は短く、時間が無制限で無いのならば他の突破方法は効果が切れるまで殴り続ければ良いのでは無いかと考えており打ち込んだ拳をすぐに引き、ヲタ芸の開始のコールと共に魂のエンジンに点火するとガントレットに黄金の振動波を纏い、相手に休む間も与えないであろう無数の拳の連打を全身に打ち込んで来る。

 

「タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャージャー!」

 

「な、なんて無茶苦茶な……っ!?」

 

ショッカーの掛け声は主にライブでのコールで使用されるものというこの場に似つかわしくないふざけた物に聞こえるがそんな事実を忘れさせる程に凄まじいラッシュだ。

 

1秒間に何十発もの拳が放たれてると感じる程の高速の連打はまさに乱舞。それだけでなく振動波を纏うことにより一撃一撃が力強く、叩きつけられた振動波による衝撃の余波は彼女が立っている背後にある試合会場の横にある寝殿造の建物にまで伝わり、一瞬で石の柱達を崩壊させて土塊に変えて行く程だ。

 

「ぶっ飛べオラァ!」

 

金剛身の効果時間が切れ、ショッカーの怒涛のラッシュに怯んでフラついている隙に右肘を後方まで引き、振動波の出力を一気に上げることで金色の振動波を纏った右拳をエレンに向けて全力で叩き付ける。

ワンテンポ遅れたが咄嗟に両腕を交差させて、防御を試みるが金剛身の発動は間に合わずショッカーの渾身の右ストレートがクリーンヒットしてしまう。

 

「うあああああああっ!」

 

拳がガードのために交差した腕に命中した矢先に、一撃で写シが剥がされてしまうのは容易に想像出来るが精神力にも大きなダメージが与えられてしまう程であった。

ぶつけられた振動波が拡散されて周囲に拡がって行く。両社が立っていた地面が割れ、ショッカーの拳を押す力になす術無く脚が宙に浮くとそのまま殴り飛ばされてしまう。

 

時を同じくしてライノを相手に、向こうもスピードが速いという訳ではないが自分よりはある程度は素早く動ける相手であるため、有効打は出せずにいる。

4人掛かりでようやく倒せた相手であるため、トニーの手によって改造されているS装備を装着しているとは言えタイマンで相手取るのはかなり、厳しいという所だろう。

 

「コイツ相手にタイマンはやっぱキツいよな……けど、コイツの稼働時間だって無限じゃねぇ」

 

「見事だ……以前よりも格段に強い。それが君たちのスーツの装備の性能か」

 

「それだけじゃないぞ。俺たちと一緒に戦ってくれてる皆の力だ」

 

「それはいいことだな」

 

おまけにスーツを動かすコアを破壊して動きを停止させることが数少ない突破口であることが尚更難易度を上げている。

だから先にエレンがショッカーを倒してこちらに来てくれれば良いが……そんな事を考えつつもライノに蜻蛉の構えで上段に構えながら脚を走らせ軽く飛び上がって祢々切丸を振りかぶる。だが………

 

『ぶっ飛べオラァ!』

 

『うわあああああああっ!』

 

 

「………っ!?どうしたエレン!」

 

直後、そんなことを考えていた矢先にエレンの普段は聞かないような悲痛な悲鳴が聞こえたことで無意識に反応してしまい、そちらの方に顔を向け祢々切丸を振る力を弱めてしまう。

普段はめんどくさそうに対応していることもあるが心から大切に思っている相棒だからこそ悲痛な悲鳴が聞こえたことでつい身体が反応してしまった、という所だろう。

 

ライノは後ろめたさを感じたがチャンスを逃さない程甘くはない。すぐさま、薫の上段からの一撃を回避する。そして、力を溜めて全力でその巨体と重量を組み合わせ、それらから肩を突き出して全力でダッシュで勢いを付けながらダメージを増大させて薫にタックルをお見舞いする。

 

「悪いが大人しくしてもらうぞ」

 

「ヤベっ!ぐあああ!」

 

一瞬の隙が致命的となりライノの渾身のタックルが薫の小柄な全身にモロに直撃してしまい、トラックで跳ね飛ばされたようにいとも容易く跳ね飛ばされて

行く。全身を強く強打することで薫も写シが一瞬で剥がされ、あまりの威力に意識が飛んでしまう程だった。

 

「「がっ!」」

 

そして、ライノの怪力により弾き飛ばされた薫はショッカーの右ストレートを受けて殴り飛ばされているエレンと勢いよく激突し、地面に叩き付けられて転がって行く。

 

「ヤベェ……一瞬意識飛んでたわ……全身が痛ぇ」

 

「私も身体に力が入りまセン………」

 

全身を強打した痛みにより意識が覚醒したことで、薫は何とか目を覚ます事が出来たが身体に力が入らず、起き上がろうとするも膝を着いてしまう。おまけに装備しているS装備にも凹み傷やあちこちに傷ができ始めていることからダメージが大きいことは見て分かる。

 

そして、薫と激突してしまったエレンも仰向けの状態で倒れながら必死に起き上がろうとしている。だが、指先を微かに動かす事は出来るが手には越前康継を握る握力が無い。

ショッカーの猛攻撃により蓄積されたダメージが今になってジワジワと効いて来たのか身体が言うことを聞かなくなってしまったようだ。

 

「まだやるってか?いいぜ、やっぱお前らモグラは根性あるじゃねぇか。さて、さっさとテメェらをぶっ潰した礼金で推しグループ『スクリューボール』のCDを全国店舗から買い占め、その投票券で推しを次の曲でのセンターにするぜ」

 

「かなり、本気で行ったがまだ戦えるとはな。ちなみにモグラじゃなくて舞草だ」

 

「んだっけか?まぁ、コソコソ隠れて影で動いてやがる感じはモグラっぽいだろ」

 

そんな2人に追い討ちを掛けるように戦闘の衝撃と破壊力により巻き上がった砂塵の嵐が立ち込めている。直後にショッカーが振動波を起動させることでそれらを取り払い、視界が晴れると振動波のスイッチを切る。左手の拳を右手で包み、ポキポキと小気味の良い音を響かせ、ライノも蒼いツインアイで2人を見つめながら警戒を解かずに肩を並べて歩み寄って来る。

 

ライノの言葉に対して薫は祢々切丸を杖代わりにして、片膝立ちになりながら起き上がるとそちらを睨み付けて言葉を返す。

 

「んなわけあるか、ぶっちゃけもう帰って寝てぇよ」

 

「薫……」

 

「ならそうすれば良い、命は何よりも大事だ。亡くしてしまったのならそれはもう取り戻すことなど出来ない。過去と……同じようにな」

 

本人の言っている通りライノの攻撃を写シ有りとは言えまともに直撃し、全身が悲鳴を上げて激痛が走っている。

正直横になっていたいというのが本音ではあるが、それでも膝立ちの状態からフラつき、姿勢を崩しながらも立ち上がり2人を睨み付けている。

 

普段のダウナーな本音と雰囲気はありつつも、彼女からはだとしてもと突き動かす原動力が働いているのを感じられる。そして、ライノとショッカーに向けて不敵な笑みを浮かべる。

 

「ナメん……なよ……今、この日本の危機に推してるヒーロー達が俺達を信じて一緒に戦ってくれてんだ……諦めるなんてダッセェ真似したら俺は一生推しに顔向け出来ねぇ……それになぁ」

 

アイアンマンとキャプテンアメリカ。直接会い見えてはいないが自分達舞草を、刀使を信じてリスクを恐れずに日本の危機にそんな尊敬している人達が一緒に戦ってくれている。これだけで彼らを敬愛する薫からすれば嬉しく、心強いことこの上無いだろう。だから自分も彼らの期待に恥じぬように立ち上がれる。

 

そして、彼女が今こうしてボロボロでありながらも戦い続けられるのはそれだけが理由では無い。

 

「ジジイやハッピー、舞草の皆から託された想いが俺たちにある!いくらお前らが強かろうが、叩き潰されようが……っ!逆境をぶっ壊して皆の想いに応えんのが俺の信じる……俺がなりてぇヒーローなんだよ!」

 

里を襲撃され、多くの舞草の仲間が傷付き、皆が朱音や自分達を守る為に命懸けでバトンを繋げてくれたから自分達は今こうしてここに立っている。

例え、自分達が倒されても想いを託せる者がいるからこそ皆命を賭けられた。

その想いを受け取った薫は、その想いに応えたい。口から一条の血が滴り落ちながらライノとショッカーを睨み付け、小さな体躯からは想像も付かない気合の入った声で一喝する。

 

その言葉を聞いて、エレンもまだ痛む身体に鞭を打って起き上がり隣に立って眼前に立ち塞がるライノとショッカーを見据える。

相棒の語るなりたい自分像に心を打たれ、それが活力となった。祖父の重荷を終わらせること、そして今度こそ平和な日本を取り戻すのだと言うことを力に変えたのだ。

そして、いつかは叶えたい自分の夢を守る為に一歩も退くことはしない。

 

「……i'm with you!私も最後までとことん付き合いマスヨ!カッコいい所を見せてくだサイ、My hero!」

 

「ああ!全てをアイツらにぶつけるぞ」

 

「ねっ!」

 

どれだけぶん殴られても、どれどけぶっ飛ばされようとも彼女達の瞳から光が消えることはない。成し遂げたいこと、背負った想い。それらが彼女達を立ち上がらせる。

ショッカーはそんな事情を知る由もないが、やはり彼女達は自分の魂を熱くさせる熱い奴らだと再認識してこの気合の入った奴らに全力で勝ちたいという気持ちが湧き上がって来た。

 

そして、ライノも彼女達は過去を生きているのではない。仲間が紡いだ今を全力で生き、その先の未来を掴み取る為に足掻き続ける意志を感じ取った。

過去は変えることは出来ない。だからこそ、今をくれた人たちのためにライノも自分の未来を一歩も譲らない。

 

「ハハハッ、やっぱおもしれぇぞお前ら!お前らみたく気合入った奴には全力でぶつかってくのが俺のポリシーだ。全力で来な、勿論俺は抵抗するぜ……拳で!」

 

「どうやら、既に言葉では退かないらしい……だが、俺も俺の今を一歩も譲らない。恩義の為に、俺は力を振るう」

 

 

祭壇に続く座敷にて、立ち塞がる夜見を前にして舞衣と沙耶香は未だに決定打。いや、まともに接近することすら叶っていない。

 

彼女の左腕を御刀で斬り付けて傷を作る事で傷口から小型荒魂を生成し、物量で怒涛の荒波の如く押し寄せて来る小型荒魂の波状攻撃は改造されているS装備による怪力とリパルサーの直撃によって細かく散らせることは出来るが、不規則に攻めて来るためお互いがお互いを守ることに手一杯になってしまっている。

 

そんな彼女達の様子を何も感じないかのように機械的な表情のまま夜見は見下ろす。後ろに控えて口出しして来る雪那を守りながらでありながらも彼女は舞衣と沙耶香の妨害に成功していると言ってもいいだろう。

 

だが、夜見が親衛隊の制服の袖をまくって露出している左腕から大量の切り傷、それでいて傷口から血が滴り落ち、夜見の足元の畳に小さな血溜まりを作が出来ている。敵対者ではあるがここまで身を削ってまで自分たちの足止めをしようとする夜見に対し、流石に心配になって来てしまう。

 

ーー人間は一般に失血量が全血量の二分の一以上になると失血死すると言われているからだ

 

「そんなに血を流したら流石に死にますよ」

 

「先に果てるのはあなた達です」

 

だから何だ?と言わんばかりに無表情のまま淡々と言い放つ夜見はまさに自分の命すらも惜しくないと思わせられる程強い何かを背負っているのかという凄みがある。

 

「続けろ。稼働限界が近い筈だ」

 

雪那も夜見の命など捨て駒程度にしか思っていないかのような発言に対し、通信機越しに情報を客観的に整理していた研究者が口を挟む。

 

確かに雪那の言っていることも間違ってはいない。だが、それは彼女達の纏っているS装備が何の改造もされておらず本来通りの稼働時間しか無い場合に限られるため、夜見の状態を鑑みるとただ慢性的に続けるだけでは不十分だからだ。

 

『それでは少し見通しが甘いですよ。彼ら舞草はスタークインダストリーズとも共謀している可能性があると言う報告を受けています。何かしらの改造も施されていると考えた方がいいでしょうね』

 

揚げ足を取る様な形なってしまっていることには後ろめたさがあるが何よりも危惧すべきは長期戦になれば先に夜見が出血多量で戦闘不能になるという状況だ。入院中の彼女のメディカルチェックも兼任していた研究者は更に続ける。

 

『それに病み上がりの皐月女史の体力も無尽蔵ではありません。皐月女史、長期戦はリスキーです。予定通り速攻を仕掛けてください』

 

「かしこまりました」

 

「チッ、横からごちゃごちゃと!」

 

雪那が研究者の指摘に苛つきながら悪態をつく。夜見は自身の身体の事は自分がよく把握しているためか務めを果たすならば速攻を仕掛ける方が最適と判断し、更に左腕に切り傷を大量に作っていく最中、その分だけ出血する箇所が増えて行く。体内から徐々に血液が減って来た弊害か一瞬だけ目眩がしたがすぐにそれを振り払って舞衣と沙耶香を見据える。

 

すると、前方が全て荒魂で覆い尽くされるのではないかと思う程の量の小型荒魂を生成して周囲に展開する。

 

「何て数……っ!」

 

流石にこれだけの量の小型荒魂を四方八方からぶつけられれば祭壇にいる可奈美達の元へ行くことすら出来ないどころかまだ幾らか稼働時間には余裕があるが装備の稼働時間も無限ではないためいつかは突破されかねない。

このままでは埒が開かないと判断して舞衣は沙耶香に指示を出す。

 

「沙耶香ちゃん。少しの間でいい。荒魂を抑えて。私があの人を斬る!」

 

「分かった」

 

両方がこの場に残って防戦一方のままでは確実にタイムアップを迎えてしまう。ならば片方が荒魂を抑えて、もう1人が発生源を断つ方が効果的だと判断した。

 

直後に沙耶香が両眼を瞑ると一度集中状態になる。この技を使えば技の持続力を保つ事が出来るが思考が単調になってしまう。

実力者である可奈美には通用しなかったが、今は技の持続で攻撃を切らさずに荒魂を抑えるには最適な手段だからだ。

 

「この力を今度は私の意思で使う」

 

開眼と同時に沙耶香の瞳が淡い輝きを放ち出す。彼女が使える刀使の技、無念無双の発動だ。

舞衣を背後に下がらせると前に出ると夜見が周囲に展開させた大量の小型荒魂を四方八方に拡散させ、怒涛の荒波の如く沙耶香にぶつける。

 

前方を覆い尽くすのではないかと錯覚する量の小型荒魂の群勢を前にしてトニーの手によって改造されたS装備が沙耶香に応えるかのようにリアクターが淡く光り、頭部のバイザーに搭載さているHUDに荒魂の行動パターン、的確な方向や抜け道を即座に計算して表示して行く。

おまけに思考が単調化している状態でもある程度分かりやすいように文字は少なめで図で示してくれている。後はこの表示されたパターンを参考にして迎撃することだと判断して前方に踏み込んで行む。

 

「………」

 

踏み込むと同時に計算されたパターン通りに来る右側から来る群生を横薙ぎにに斬り付け、そのまま回転しながらの一閃で背後から来る群生を斬り払い、背後に立つ舞衣に近付けるさせる事なく順当に、そして的確に阻止していく。

 

「あぁ……沙耶香……っ」

 

雪那はその沙耶香のテクニカルな動きに対して好意的に見れば純粋に魅せられた、悪く言えば自分が見つけ出した道具はアタリだったと悦に浸っているのか両腕を腰の前で交差させて左右の腰を抱きながら身悶え始める。

 

流石に雪那のこの命懸けの状況下にあるにも関わらず場にそぐわない言動を聞いた研究者もドン引きする事しか出来なくなってしまった。

 

(……うわ、状況分かってないのかなぁこの人……何敵が戦ってる様見て悦に浸ってるのやら。おめでたいこと)

 

「ぐっ…」

 

夜見の身体も病み上がりで万全では無い為か、失血により一瞬目眩がした事で傷口を増やすための手の動きを止めてしまった事により荒魂の群勢の流れが止まってしまい隙を作ってしまった。

 

自分が攻め込むタイミングを見計らっていた舞衣はその隙を逃さずに迅移で加速しながら夜見に向けて突進して行く。

 

彼女の接近に気付いた夜見も咄嗟に最後の隠し球として隠し持っていたアンプルを取り出し、投与することで身体を更に強化して彼女を迎え撃とうとするが

舞衣はそれを見逃さない。

 

「当たって!」

 

咄嗟に右の掌を前方に構えるとガントレットの掌に独特の起動音を立てながら光を収束させ、夜見の手元に向けてリパルサー・レイを放つ。

 

「なっ……!」

 

夜見が再度自分に打ち込むよりも早く、リパルサー・レイは夜見の手元のアンプルを弾き飛ばして彼女が強引にパワーアップする手段を奪う。

アンプルで強化する手段を奪われた夜見は真っ向から迎え撃つしか無いと判断し、写シを貼り、水神切兼光を正眼に構えると上段に孫六兼元を構えながら接近して来た舞衣を迎え撃つ。

 

「はあああああ!」

 

夜見が防御を捨て、完全に舞衣を倒すために上段からの振り下ろしで迎え撃とうとして来るが舞衣も回避の素振りを見せずに、上段に振るフリをしながら途中で右薙の一閃に切り替えて夜見にお見舞いする。

 

一瞬の交錯を終え、両者の背中が向き合う形になる。

直後、舞衣の頭部に装備していたヘルメットがヒビの入る音を立てながら割れ、形を保っていられなくなったのか砕け散り、同時に普段は長い髪を纏めているリボンが切れて床に落ちる。どうやらヘルメットの弱い部分に夜見の一撃が当たっていた様だが等の本人はなんとか無事そうだ。

 

「お見事です」

 

対する夜見の口から出る言葉は純粋な賛辞。彼女の腕前を称賛し、自身の敗北を素直に認めたのだ。

夜見は糸が切れた操り人形の様に力無く床に音を立てながら倒れ伏せる。

 

「沙耶香!」

 

勝利の余韻に浸る間もなく雪那の怯えたような声が舞衣の耳に入って来た。

その方向に顔を向けると沙耶香が雪那に向けて村正を向け、ジッと彼女を見つめている。

 

「沙耶香ちゃん!」

 

「この私に村正を……っ!」

 

現状唯一雪那を守れる人物である夜見も戦闘不能にされ、その上御刀を所持していない。所持しても使えない年齢の自分では彼女達に対して為す術は無い、完全にチェックメイトだ。

 

通信機越しに雪那の発言で状況を把握した研究者はこれ以上こちらが切れるカードは無いと客観的に判断し、どうするべきかを思考して雪那に連絡を入れる。

 

『高津学長、皐月女史はよくやってくださいましたが我々の負けです。死にたく無ければ降伏するか大人しく逃げるしかありませんね』

 

研究者に事実を突き付けられたがこの小生意気で慇懃無礼な研究者に横からつつかれた事は雪那の負けん気を強くしてし行く。20年前に自分が撤退の原因になってしまったあの時から長年かけて肥大化したプライドは諦めることを許さないのだろう。

 

「黙れ!私はまだ負けてなどいない!直に横須賀から寄越した鎌府の刀使達が来る!……フハハハハハハっ!物量で押せばいくら貴様らでも……っ!」

 

直後に自分が横須賀に集結させた鎌府の刀使達をこちらに向かわせていたことを思い出し、そろそろ到着してもおかしくない時間ではないかと思い、まだ神は自分を見放していないと雪那に一筋の希望を与える。

 

だが……

 

『高津学長!大変です!突如現れたアイアンマンとキャプテンアメリカに阻止されて祭壇に近づけません!』

 

鎌府の刀使が通信で寄越して来た内容は自分のプランを打ち砕く内容だった。

物量で押せばこの反逆者共を制圧できると思っていたがそれ以前に到着してもこちらに辿り着けないという問題が生じてしまっていたのだ。

どう足掻いても詰みな状況に対し、自分の思い通りに行かないことに腹を立て、激昂しながら自分の思い通りにならない、期待通りに働かない者達全てに罵詈雑言を浴びせ始める。

 

「クソッ!どいつもこいつも何の役にも立たぬ欠陥だらけのクズどもめ……っ!」

 

雪那の様子をジッと見つめていた沙耶香が瞼を下ろし、ポツリと呟く。

 

「熱い…可奈美の剣を受けた手が熱い。舞衣に抱きしめられた肩が熱い。でも…あなたに御刀を向けると胸が苦しい」

 

彼女の心の内を吐露する発言により、気持ちが露わになって行く。ここで邪魔者であり生かしておいたとしてまた彼女が自分たちの行く手を阻むのではないか、またしても人体実験で誰かを苦しめるのではないか。だがそのような相手でも曲がりなりにも世話になった人物ではあるため葛藤が生じてしまっているようだ。

 

雪那は彼女の発言を聞き、僅かだが活路を見出す。まだ手の打ちようはあると。

そうと決まればこちらに引き込むために苦し紛れではあるが先程の焦りに顔を歪ませていた様子から一変して自信たっぷりに尊大な態度とドヤ顔で説得を始める。

 

「フ…フフ…人形のお前にもそんな感情があったのね。いえ、芽生えたのかしら?いいわ沙耶香。教えてあげます。その痛みを取り除く方法を。私に許しを請いなさい。そうすればその不要な感情は…」

 

これまで自分が依怙贔屓気味に過保護に育て、道具として育てて来たが余計な外的因子共が余計なことをするから道具にも感情が芽生えてしまった。

恐らくこれまでの自分と新しい自分との変化のバランスを受け止め切れずに迷ってしまっているのならばそれを取り除く方法を教えてやればいい。

 

雪那の苦し紛れな提案を通信機越しに聞いていた研究者は雪那に対し、呆れを通り越して感心してしまい、冷めた視線を遠くに向ける。

 

(あらら、この後に及んでどの口が言っているのやら……完全に相手に生殺与奪の権を握られているというのにこの尊大な態度。強がりか知らないけど神経図太いな、少し尊敬しちゃう)

 

雪那の苦し紛れであるが節々から伝わる要求という名の精一杯の懇願、それを受けた沙耶香の答えは勿論………NOだ。

 

「わかってない…痛いのはあなたが可哀想だから…」

 

「……………っ!」

 

 

 

沙耶香からの拒絶の一言。その言葉は雪那が一瞬声を失わせる程の大ダメージを与え、数刻硬直させるには充分な物だった。

自身が道具として扱って来た相手に憐憫の感情で見逃されたことが何よりの決め手となってしまった。

 

そのやり取りを聞いていた研究者は以前管理局の研究室で遭遇した時の無機質な機械のような物でも、これから羽化する蛹のような成長の前触れでもない。

糸見沙耶香という1人の人間として自立した彼女の強い言葉に感激し、称賛の言葉を送る。

 

『ブフッww……いや失敬。言われてしまいましたね、一本取られたとはまさにこの事』

 

「……………」

 

静寂が包むこの座先の空間の中で通信を寄越して来る研究者の陽気な声は舞衣と沙耶香にも届いている。沙耶香は以前に研究者の声を聞いているため、聞いた瞬間に彼も雪那に協力していることを思い出すことが出来た。

両者が沈黙をしながらこちらを声のする通信機の方へと視線を向けている。

この人物も通信機越しではあるがこちらの様子を把握している者の1人、外部から増援を送って来ることや何かしらの危害を加えて来るのではないかと懸念し、警戒を解かない。

 

研究者は2人の様子を感じ取ったのか研究者は敵意の全く篭っていない爽やかな口調で舞衣と沙耶香に語りかけて来る。だが、漂う胡散臭さは全く拭えていない。

 

『お行きなさい、勝ったのは貴女方です。私はただ高津学長への注意喚起と皐月女子の容態が心配だっただけですよ。それに』

 

研究者は通信機越しに向こうの状況を考察して自身の現状と照らし合わせた結果、自身が導き出した回答を両者に伝えて来る。

 

『私には今あなた方をどうこうする力はありませんしね……こんな所で我々なんかのために使っている時間など無い、貴女方には為すべきことがある筈です。そのためにここに来たのでしょう?その手に未来が欲しければ歩みを止めずに手を伸ばし続けなさい、何があろうと……ね」

 

研究者は肩から下が存在せず、袖が何も通していない右腕を伸ばすかのように右肩を上の方へと持ち上げ手を伸ばすことを示唆するジェスチャーをする。

 

今の自分の存在しない右腕ではどんな未来も掴み取ることは出来ない。だが、彼女達には大地を踏みしめる脚が、そして、未来を掴み取る為の手があり、それを伸ばす為の腕がある。

例え国家転覆を企むテロリストであろうとも、可能性のある若者の未来が無意味に潰えるのは面白くないと考えている研究者からは彼女達の邪魔をする意思は感じられない。

 

それを汲み取った沙耶香は村正を納刀し、雪那に背を向け祭壇の方角へと歩き出す。

 

「急ごう、可奈美達の元へ」

 

「うん」

 

舞衣もショックを受けている雪那をこれ以上責めるのは酷だと思っている点や、自分たちに残された時間が少ないことは理解しているため、気を引き締めるかのように先程解けたリボンで髪を結い直しながら祭壇の方へと走り去って行く。

 

 

雪那が茫然としながら、力無く膝から崩れ落ちて譫言の様に走り去って行く小さな背中に向けてその名を呟く。

 

「沙耶香……沙耶香……」

 

自分の手の中にあった筈の道具、大事な手駒。だが、そんな彼女に離反され完全に拒絶をされてしまった。

おまけになるべく強い言葉を使わずに最大限気を遣った物であったため尚更精神的に打ちのめされたと言っても過言では無いだろう。

 

研究者は雪那の譫言が耳に入るとこれで流石に少しは響いただろうと彼なりのフォローを入れて来る。一応、なるべく嫌味が入ってしまわないように気をつけながらだ。

 

『高津学長、あまり落ち込まないでください。彼女は変化を受け入れ自ら進んで自分の道を決めたんです。生命は自らの意思で変化を受け入れることで真に価値のある進歩をします。それは誰かに強要されてするものではない。自ら殻を打ち破ることが大切なのです……貴女も教育者ならば生徒さんの成長を少しは喜ばれては?」

 

「……喜べだとぉっ!寝言は寝てから言え貴様ぁっ!」

 

研究者なりに気を遣ったフォローが耳に入ると雪那はこのやり場のない憤り、悔しさ、悲しみが湧き上がって来る。

今この気持ちをぶつけられる相手が研究者しかいないこと、そして普段から溜まっていたフラストレーションが爆発してしまった。

 

「貴様があの時沙耶香を易々と見逃したりなどしなければ彼女は私の元を離れなかった!あの小娘とスパイダーマンもそうだ!沙耶香に余計な感情を植え付け紫様のお役に立てる筈の最良の器をくだらぬ凡愚へと貶めた!何もかも貴様らが余計なことをしたせいだ!どうしてくれる、このクズ共め!」

 

(は?うっぜ。クズはお前だよバーカ)

 

張り付いた笑顔を浮かべながら内心ではこの言葉が一瞬脳裏を過ぎり喉まで出掛かったが寸前で堪えて息を整える。

研究者はため息を吐きながら雪那に対し、呆れて果てて視線を夜空に移して空を見上げたままの姿勢で横顔をそのままカメラに向かって倒したような顔の角度をしながら冷ややかで凍てつくような口調で言葉を返して来る。

 

『はぁ……貴女も研究者の端くれなら少しは自分で原因を考えたらどうです?実験で失敗したり想定外のことが起きれば原因を考察して何がいけないのか考えるなどいつもやっていることでしょう?おまけにこの後に及んで自分に原因があると思ってすらいないとは……だから、彼女は離れたのですよ』

 

「何だと、貴様……っ!」

 

研究者が淡々とこれまでの雪那の行動の落ち度を整理し、周囲を省みず自身の病的なまでの紫への崇拝と、それを認めて貰うために他者をも巻き込んだ独善的なまでの勝手な行動。

沙耶香が学院で孤立する程の過剰な依怙贔屓と紫の為の道具として生きることが幸せだと自身の願望を押し付ける行動及び言動。

尚且つ彼女を物言わぬ兵器へと貶めるに等しいアンプルの強引な投与など沙耶香が雪那の下から離れてもおかしくないことを多数行っている為、離反されても仕方が無いだろう?と研究者に冷たい口調で言い放たれるが決して彼女は自分の非を認めはしない。

 

ならば、更にトドメと言わんばかりに研究者は先程沙耶香に言われた言葉の意味を雪那に突き付けることで彼女の非を自覚させようと試みる。

 

『おまけに、貴女がなんの説得力もメリットもない苦し紛れな提案をしている間彼女は貴女を始末することなど容易に出来たんですよ?なのに、貴女は今死なずに済んだ……これがどう言うことか分かりますか?』

 

「や、やめろ……それ以上その下賤な口を開くな!この研究者風情が!」

 

雪那も内心では先程沙耶香に憐憫で見逃されたことは理解しているのか、彼女の言っていた言葉がどう言うことなのか、状況を鑑みれば理解できる話だ。

彼女は御刀を持ち、S装備もまだ稼働している状態。だが、自分はただ身構えて震える脚を必死に抑えて彼女と対峙することしか出来ない最中自分を始末することが容易なのは火を見るよりも明らかだ。なのに見逃されたという事はどう言う事なのかは流石に理解出来る。

 

研究者はその事実を突き付けるために口角を小さく吊り上げると口の中から蜥蜴のように長い舌を出し、唇の辺りを舌舐めずりをした後に突き放すかのように冷たい口調で雪那に言い放つ。

 

『彼女からすれば貴女の命など殺す価値も無いということです、温情で見逃して頂いたに過ぎないんですよ』

 

「……………っ!!」

 

理解はしていた。だが、認めたく無かった。自分の忠誠は価値のある物だと、そのために生徒を利用することもいつかは正しさへと変わると信じて疑わなかったが、手塩にかけて育てた生徒に遠巻きに罵倒されてしまったことは流石に響いてしまっていた。そして実際にそれを第三者にまで言われると精神のダムが決壊してしまった。

 

「くっ……っ!クソ……っ!クソが!どいつもこいつも!」

 

雪那は悔しそうに床を何度も拳で殴り付けながら自分の思い通りに動かない者達全てに呪詛の言葉をぶつける。

研究者は流石にここまで言えば少しは反省するだろうと思い、言いたいことはある程度言ったため雪那との会話を打ち切ることにした。

 

『まぁ、何事にも『合う合わない』があります。彼女にとって貴女の教育方針より彼らと共に歩む道の方が合っていた……という事ですかね。私は一旦ここで失敬させて頂きますよ。これを機に反省して、拾った命を無駄にしないことです。では、ごきげんよう』

 

研究者が爽やかで紳士的な口調を崩さずに張り付いた笑顔を浮かべたまま、雪那の傷心を撫でる……いや、傷口に塩を塗りたくるにような妖しい手付きで左手を軽く振ると通信を切る。

研究者との売り言葉に買い言葉なやり取りの中で辣言をぶつけられた雪那はワナワナと震える手で通信機を取り外すとメンコのように思い切り床に叩き付ける。

あまりにも強く叩き付けたためか通信機がバウンドして室内を転がって行く。そして、雪那の行き場のない悔しさと怒りの篭った腹からの怒号が室内に響き渡る。

 

「…………コナーズウゥゥゥゥゥゥゥ!」

 

 

他の面々から少し離れた位置にて、数刻前にグライダーが堕ち、地上で戦うしか無くなったグリーンゴブリンはスパイダーマンと向き合い同時に踏み込むと、グリーンゴブリンは深緑色の日本刀をスパイダーマンに向けて振り下ろして来る。

 

「うおおおおおおおお!」

 

「はあああああああああ!」

 

スパイダーマンも負けじとヴィブラニウムブレードを横薙ぎに振るとグリーンゴブリン の日本刀と激突し、鈍い金属音が鳴り響き、火花が飛び散る。

グリーンゴブリン はそのまま鍔迫り合いに持ち込むと獣のような咆哮を上げながら日本刀を推し込もうとして来る。ヴィブラニウムブレードの特性により衝撃は大幅に軽減しているが最終的には相手との力比べになるため過信は出来ない。

 

グライダーでの空中からの攻撃が不可能になり、レイザーバットも使い切り、パンプキンボムもグライダーの中に搭載されている物であるため容易く取って来る事は出来ない。グリーンゴブリンの武装が多いという長所が無くなっているため大幅な弱体化をしているのは確かだろうが地上戦や空中戦にも対応できる万能型のスーツとして作成されているのは伊達では無いという事だろう。

 

おまけにゴブリンフォーミュラによるアドレナリンの過分泌と脳のリミッターが外れた事による身体強化、それでいて身体への負荷を軽減しつつ身体能力を倍増させるスーツの機能により身体能力もスパイダーマンに引けを取らない。

 

「グライダーを壊したからって甘く見るなよ!」

 

「そのつもりだよ!」

 

グリーンゴブリンが続け様にスパイダーマン、もとい現政権の瓦解を狙うテロリストを排除すべく、一切の容赦をかなぐり捨て思い切り日本刀を振り抜いた後に息を吐く暇さえ与えないかの如く猛攻撃を仕掛けて来る。

 

「局長の命を狙うテロリストにはここで消えてもらう!」

(なんかコイツの太刀筋何処かで見たような……どうせ始末する敵だ。気にする程でもねぇ!)

 

一応結芽相手に生身同士ならば勝てはしないがある程度打ち合える腕前は持っている栄人が装着者であるためか身体能力が同程度まで引き上げられるとなると剣術での勝負ならば技量の差によりスパイダーマンは割と防御がちになっている。

 

それでいて、グリーンゴブリンの振るう凶刃は首に向けての横薙ぎ、心臓に向けての渾身の突きなどどこも命中すれば致命傷になる箇所を躊躇なく狙って来る。最もグリーンゴブリン から見ればスパイダーマンは舞草というテロリストの一員に過ぎないからと言える。

 

だからこそ、相手を排除することに迷いがないのは理解できるが相手が自分の正体を知らないとは言え親しい人間に本気で殺意を向けられるのら生まれて初めてであるためか本気で動揺する。

 

(ヤバい……本気で殺しに来てる……。だけど!)

 

だが、こちらも退く訳には行かない。紫を止めないと日本が終わってしまうからだ。例え世界からテロリスト扱いされたとしても日本が終焉を迎えることだけは防がなければならない。だから自分はここにいる。

 

「いつも通り無力化すればいいだけだ!」

 

スパイダーマンがヴィブラニウムブレードを思い切り振り抜く事でグリーンゴブリンを一度押し退けると今度はスパイダーマンがヴィブラニウムブレードをグリーンゴブリンに向けて横一閃に振り抜く。

しかし、グリーンゴブリンは右横にステップで飛びながら回避し、日本刀を軽く投げて左手でキャッチして流れるようにスパイダーマンの首、もとい脊椎の辺りを勢いに乗せて斬り付けて来る。

 

「くたばれ!」

 

「簡単にあげるほど僕の賞金首は安くないんだよ!」

 

スパイダーセンスでその危機を察知したスパイダーマンは右脚を思い切り左に向けて軸移動することで即座に対応し、右手にブレードを持ったまま横薙ぎに振る事でグリーンゴブリンの上段からの一撃を防ぐ。

 

「ぐっ!」

 

後方に飛ばされたグリーンゴブリンが着地すると同時に足元に向けて左手のウェブシューターのスイッチを押してウェブを射出して牽制するがすぐ様反応してバク転で回避されてしまう。そしてグリーンゴブリンの方も跳躍と同時に肩のアーマーに隠していた小型の先の割れた刃物を右手で掴んでスパイダーマンに向けて投擲する。それと同時に、こっそりと地面に丸い球体を砂の中に埋もれやすい位置にポトリと落とした。

 

「蝙蝠じゃないならどうとでもなるっての!」

 

グリーンゴブリンの手から放たれた刃物は蛇の蛇行のように変則的に飛んで襲いかかって来る。だが、スパイダーマンはレイザーバットのように追尾機能の無い投擲武器である刃物ならばどうとでもなると判断し、ダッシュで接近しながら刃物を打ち払っていく。

 

(よし、チャンスは一度……砕け散れ!)

 

だが、スパイダーマンが刃物を打ち払い、進撃を進める中で少し離れた位置に着地したグリーンゴブリンはあることを狙っていた。

スパイダーマンが接近するために走り出した瞬間にグリーンゴブリンは腕のタッチパネルを押し、地面に仕掛けていたそれを遠隔操作で起動させる。

 

「………?」

 

直後にスパイダーセンスが反応し、何かが起きるであろう事を察知したスパイダーマンは咄嗟に急停止して周囲を確認する。

グリーンゴブリンとの間には距離があり、自身を守れる武装である日本刀を容易く投擲するとは考えられない。なら何故スパイダーセンスが反応したのかを思案していると地面の方から何かをカウントするかの様な音が聞こえて来る。

 

「ヤバっ!」

 

その音がする武器の威力を思い出したスパイダーマンは脅威の正体を理解して足元の辺りの砂が熱を浴びて赤く光る球体が視界を照らしたのが視界に入った。

 

直後、足元に仕掛けてあったパンプキンボムが臨界点に達し、地面を橙色の光が包んでスパイダーマンとその周囲を巻き込むかのように大爆発を起こし、辺り一面に轟音と衝撃が広まって行き業火が夜空を照らす。

 

「やったか!?」

 

グライダーから墜落する寸前に落下しながら一つだけ回収したパンプキンボムを隠し持っており、それをどこかで使えればいいかと考えていたが早速ここで出番が来るとは思っても見なかっただろう。

 

スパイダーマンの辺り一面が消し飛ぶ威力かつ、生身の人間が直接喰らったとしたら一瞬で塵に還ってもおかしくはない威力であるパンプキンボムの直撃を受けたのだ、流石のスパイダーマンでも重傷を負わす位は出来ただろうと思っていると左側から何かが接近する気配を感じてそちらを向く。

 

「ぐっ!」

 

直後に肩の辺りに向けて強い衝撃が走り、グリーンゴブリンの身体は宙を舞って地面に叩き付けられると転がって行き、衝撃で日本刀を落としてしまった。

 

「フラグ回収お疲れさんっと!」

 

ウェブから手を離して着地をしたスパイダーマンであった。スーツのあちこちに焦げ跡がついており、繊維の破けた部分から見える素肌は皮膚組織が焦げて火傷を負っているがまだ戦闘続行は可能なようだ。

どうやら、先程のパンプキンボムが爆発する寸前に跳躍し、ウェブを建物に当てて移動する事で直撃は免れた様だがパンプキンボムの破壊力と爆発の範囲の広さ、広がっていく爆熱を完全に回避することは不可能であった為かそれなりのダメージは負ってしまった。

 

「流石にしぶといな。皆がお前を仕留めるのに手こずるのがよく分かったよ」

 

「簡単にやられてあげる程僕はサービス精神旺盛じゃないからね」

 

蹴り飛ばされたグリーンゴブリンはゆったりと立ち上がると、スパイダーマンの方を睨み付けながらスーツの右腕の前腕から爪の様な形状、複数の刃を連結させたような形状であるリストブレードを展開する。

本当は接近戦の際に隠し球として取っておきたい武装ではあるが出し惜しみをして勝てる相手では無いためかそれを使用するべきとグリーンゴブリン は判断したようだ。

 

「だが、それもここまでだ!」

 

グリーンゴブリンがかなりのスピードで接近して来るのを目視で確認すると、スパイダーマンは相手の隙を作るためにヴィブラニウムブレードを肩に乗せるように構えてグリーンゴブリン に向けて走り出す……と同時に思い切り振りかぶって投げ付ける。

 

「そら!」

 

「チッ!」

 

グリーンゴブリンが自身に向けて飛んで来るヴィブラニウムブレードをリストブレードで横に振って弾き飛ばすとスパイダーマンはその隙にウェブを足元に放ち、それをグリーンゴブリンに当てようとするがそれを跳躍で回避し、空中で縦に回転しながらリストブレードで斬り付けて来る。

 

「うわっと!」

 

スパイダーマンがその縦軸の回転斬りを上体を逸らすことで回避しながらカウンターでグリーンゴブリンに回し蹴りを入れて蹴り倒す。

 

「野郎……っ!」

 

「痛かったかな?」

 

地に手を付け、痛がるフリをしながらすかさずグリーンゴブリンは足払いを入れて来るがスパイダーマンはそれを後方に飛ぶことで回避する。

 

「今度はこっちから行くよ!」

 

スパイダーマンが走りながら接近して起き上がったグリーンゴブリンの腹部に連続で拳を打ち込み、それでいて素早く拳を引くことでダメージを蓄積させていく。だが、グリーンゴブリンもやられてばかりでは無い。スパイダーマンのボディブローを左肘で弾き、上に持っていくことで姿勢を崩すとそのまま腹部に拳をめり込ませる。

 

「うおらああああああ!」

 

「がっ!」

 

反撃のチャンスを得たグリーンゴブリンが再度左からのストレートで追撃するが姿勢を低くすることで回避される。しかし、直後に右脚からの膝蹴りを顔面の鼻の辺りに命中させ、怯ませた隙に右からのアッパーカットをお見舞いしスパイダーマンの顎に命中させて殴り飛ばす。

 

「どうだいスパイディ!」

 

「……その程度か?」

 

片手を着いて着地してグリーンゴブリン の方を睨みながらスパイダーマンが消えない闘志とこちらを挑発し、冷静さを奪おうとしてるのかと思われる返をして来るがグリーンゴブリンは気にする事なく、リストブレードを振り被ってスパイダーマンの首元を狙って一閃する。

 

「うおらぁ!」

 

それを屈んで回避すると同時にスパイダーマンは地に手を着きながらヘルメットに蹴りを入れると、衝撃が伝わり一瞬だがグリーンゴブリンがフラ着きそのまま起き上がって腕に付いているリストブレードに回し蹴りを入れることで粉砕する。

 

「なっ!」

 

「これでイーブンだろ?」

 

「なら、次はこれだ……っ!うぐおああああああ!」

 

リストブレードのみを的確に破壊したことに驚いたがグリーンゴブリンはすぐさま残された最後の手段に切り替えて左腕に備え付けてあるパネルをノールックで弄るとスーツから警報音のような耳をつんざくような音が鳴り響き、グリーンゴブリンが苦しみ出す。

 

すると、同時にヘルメットのツインアイが紅く妖しく輝き、スーツの通気孔から赤黒い煙、そして全身から緑色の電流が流れ始める。

装着時の投与の際に、体内に蓄積された強化細胞、ゴブリン フォーミュラを活性化せることでスーツのAIの戦闘システムである破壊プログラムにブーストを掛け、全リミッターを解除してオーバーロード状態になって性能を最大限に引き出してスパイダーマンを倒すつもりの様だ。

 

「もうよせ!これ以上やったら君が……っ!」

 

「何度も言わせるな……こっちだって既に手段を選んではいられねぇんだよ!局長を何としても守るのが俺たちの役目だ!そのために俺も、結芽ちゃんも、皆も、命を賭けて国の敵と戦ってるんだ。だから……俺たちは一歩も引かない!」

 

グリーンゴブリンのスーツの性能を最大限に引き出したことによるバックファイアによる吐血、そしてゴブリンフォーミュラの浸食により精神を凶暴化させられているため、言葉で語っても通用しない。舞草の陣営が死に絶えるまで戦い続ける事を辞めないだろうと言う意志が伝わって来る。

 

スパイダーマンは改めて突き付けられた現実に対し、こうなるかも知れないと思っていても受け止め切れていなかったことを実感させられる。

確かに世論から見れば舞草など国家転覆を企むテロリストでしか無いのは間違いでは無い。批判されるのも無理はないし、甘んじて受けようとも思っている。日頃からジェイムソンにネチネチと叩かれている為かバッシングにはある程度耐性が付いているのは皮肉な話だが。

 

舞草と戦い、殲滅することを選んだのは彼自身だ。彼には彼の立場があり、やるべき事がある。それが舞草と戦うという事なのならば致し方ない部分もあるのかも知れない。

 

だが、それでもスパイダーマンにとって栄人が大切な隣人であることには変わりはない。戦いたくなど無い、だが向こうは絶対に退かないしこっちも退け無い。だからこそ、自分は自分の手で友を倒さなければならない。

……スパイダーマンは一度深く深呼吸をすると姿勢を低くして身構えてグリーンゴブリンからの攻撃に備える。

 

(落ち着け、大丈夫だ。僕は相手を捕まえる達人だ。これまでも無理だろって局面でも上手くやって来れた……僕は僕のやるべき事をやるだけだ!)

 

「絶対に局長とこの国を護る!」

 

「絶対に隣人たちを護る!」

 

その言葉を合図に両者の脚が地から離れると、一瞬で互いの拳が届く位置まで接近して互いに拳と拳をぶつけ合う。

 

「「はああああああああああ!!」」

 

力と力がぶつかった衝撃が周囲にも広がって行き、地響きを立てて敷地内の庭の砂を巻き上げて行く程だ。一歩も引かずに互いの拳が拮抗しているとスパイダーマンの押す力が僅かに勝ってグリーンゴブリンの拳を押し返し、すぐ様グリーンゴブリンへの追撃を開始して再度殴り掛かる

 

グリーンゴブリンはすぐ様反応して高速移動をする事でその一撃を回避し、スパイダーマンの背後に回り込んで掌底を放つ。スパイダーセンスで背後からの危機を感じ取るとその掌底を左肘で受け止め、受け流してグリーンゴブリンの腹部に蹴りを入れる。

 

「取った!」

 

「何……っ!?」

 

だが、その蹴りをグリーンゴブリンはガッチリと受け止めていた。しかし、スパイダーマンの鋭い蹴りを片手で受け止めると一回転してスパイダーマンを軽く投げ、姿勢を低くして右足に力を溜め始めると緑色の電流が再度駆け巡り、それを纏った右脚で落下点に入ったパイダーマンに回し蹴りを入れる。

 

「消し飛べ!」

 

「なっ、ぐああああああああ!」

 

力を溜め、緑色の電流を纏った一撃を受けたスパイダーマンは腕でガードすることに成功するも力負けして、弾丸の如く数十メートルは悠に飛んで行き壁に激突し、何枚もの壁をぶち抜いていく。スパイダーマンが壁に激突すると一瞬で崩壊したことから、どれだけ今の蹴りの威力が高いか理解出来る。当のスパイダーマンもガードには成功したが、フラ付いている事から何度も食らえばただでは済まないだろうという事が理解できた。

 

「うおおおおおおおおおお!」

 

「ヤバっ!」

 

だが、グリーンゴブリンの怒涛の攻撃は止まらない。次の瞬間には眼前に迫って来ており、倒れているスパイダーマンの顔面に前蹴りをかまして来ており、それを感じ取ったスパイダーマンはウェブを建物に当てて跳躍して回避に成功する。

 

「ぐあっ!」

 

「お返し!」

 

直後にスウィングによって遠心力をつけながらラリアットをグリーンゴブリン に命中させる事でグリーンゴブリンをぶっ飛ばし、地面に叩き付ける。

だが、直後に両手を地面に逆立ちし、開脚しながら横回転での回し蹴りをスパイダーマンの脊椎の部分に回し蹴りを入れて来る。

 

「うおらあああ!」

 

「嘘だろ!?」

 

グリーンゴブリンの予想外の動きによりワンテンポ遅れて肘でガードするが、蹴りの威力により怯まされると直後にグリーンゴブリンの渾身の右ストレートが眼前に迫っていた。

 

「終わりだ!」

 

「そっちがね!」

 

それを咄嗟に屈むことで回避すると同時に腹部にボディブローをお見舞いするとグリーンゴブリン は衝撃で姿勢を崩し、その隙を見逃さずにスパイダーマンは拳を握ってグリーンゴブリンに向けて高速のラッシュをかます。

 

(ゴメン、ハリー……苦しいよな……すぐに終わらせるから!)

 

「ぐっ!どこにこんな力が……っ!」

 

スパイダーマンの拳が身体のあちこちに命中することで蓄積されたダメージが限界を超え、装着者の意識が遠のいて行く。

 

「はあああああああああ!」

 

一瞬殴り付ける際に、いつも笑顔で接してくれる友の姿がグリーンゴブリンに重なったが今は敵同士。倒さなければ自分は前には進めない。

迷いを振り切ってスパイダーマンはグリーンゴブリンの腹部を下から拳で打ち上げると宙に舞ったと同時にウェブを命中させて一回転しながらウェブのクッションを作っておいた茂みに投げ付けるとグリーンゴブリンは衝撃をかなり軽減されながら全身をフェブに巻き取られて身動きが取れなくなる。

 

そして、蓄積されたダメージによりスーツのヘルメットが砕け、素顔が露わになり密閉された空間から解放さ、新鮮な空気が安らぎを与える。意識が遠のく中投げ飛ばしたポーズのままこちらを向く手作り感満載のスーツの男を視界に捉えたまま手を伸ばすが力無くダラリと手を下ろす。

 

(クソ………負けられないのに……俺たちが負けたら……局長が……日本が………結芽ちゃん……)

 

負けた事への悔恨よりも自分たちの敗北によって齎せるであろう最悪の事態が起きる事を憂いながら1人の最愛の少女に後を託して意識の糸が切れる。

 

グリーンゴブリンを投げ飛ばした姿勢のまましばらく固まっていたスパイダーマンは無意識の内にマスクの中で生温かい液体が一筋流れたことに気が付いた。

 

(何だろう……勝ったのに、全然嬉しくない……)

 

これまでは自身とは無縁な敵、親衛隊や新装備を付けた面々は露程も知らない間柄である為か抵抗は少なかったが今回の敵は違った。自分の友人で、親愛なる隣人を初めてその手で倒してしまったという事だ。スパイダーマン史上最も嬉しくない勝利と言っても過言ではないだろう。

 

命に別状は無いが初めて親しい人と本気で殺し合うことの辛さ、国に背いてでも人々を守る責任を果たすために命を懸ける事の重さを改めて実感した。

 

「行かなきゃ……皆も戦ってるのに……」

 

だが、止まる訳には行かない。残された時間も多くはない。こうしている間にも仲間たちは命懸けで戦っている。自分だけ感傷に浸っている場合ではないと

思いヴィブラニウムブレードを拾い上げ、納刀すると祭壇まで向かおうと歩き出す。

 

 

…………だが、直後に全身の毛が逆立つようなゾワゾワした感覚に陥り、ヴィブラニウムブレードを鞘から抜くと同時に振り返ると金属音が鳴り響き、何かと強くぶつかった感触がした。

 

「君は……っ!?」

 

その正体が雲に隠れていた月が再び顕現して、地上を照らす事で姿を現す。

瞳孔をカッと見開き、口元を憎々しげに歪めて歯を食い縛りながらこちらにニッカリ青江を振り下ろしている結芽の姿だった。

スパイダーマンは察する。彼女を抑える役割を担っていた筈のエレンと薫は彼女を流してしまった。ということは既に倒されてしまったのでは無いかという最悪の予想が頭をよぎる。最も、絶賛ライノとショッカーを抑えている最中ではあるがそれをスパイダーマンが知る由もない為致し方ない部分はある。

 

ヴィブラニウムブレードを思い切り振ることで一度弾き飛ばすがクルリと一回転して地面に着地し、後方で気を失っている栄人の方へと視線を向ける。

 

「おにーさん……そっか、負けちゃったんだね」

 

どこか気落ちした、低いトーンで状況を把握してボソリと呟く。だが、そこからは落胆、失望のような物は感じられない。心配、命に別状は無いように見える様子を見て多少安堵しているようにも見える。

 

だが、眼前にいるスパイダーマンの方へ視線を向けると一瞬不愉快そうに眉の形を歪めていたもののすぐにいつもの小馬鹿にした口調で語り始める。

 

「参ったよ。良い所で凸凹なおねーさん2人に邪魔されたのには結構腹が立ったけど嬉しい助っ人のおかげでここまで来これてね…でもまさか……おにーさんがやられちゃってるなんてさ。前のすんごい着ぐるみ無しでも意外とやるんだね」

 

どうやら結芽はショッカーとライノが逃げる隙を作ってくれたお陰でエレンと薫から離脱して、先行した者たちを倒そうとしていたようだが通りかかった先でスパイダーマンとグリーンゴブリン が戦闘しているこの場所を通りかかったようであり、決着が着いた瞬間に辿り着いたようだ。

 

いつもの相手を小馬鹿にする口調を崩してはいないが、目は笑っていない。自覚はしていないがスパイダーマンに対して憤りを感じているからだ。この感情は何だ?生意気にも自分に電気ショックをお見舞いしたことを根に持っているからだろうか?それとも……自身の大切な人を倒されたからか。

 

スパイダーマンはそんな彼女の心境は露知らず、無言のまま結芽の方へ視線を向ける。敵側で無意識の内に忌避している人物である為か手が汗ばみ、心拍数が上がって行く。

 

「負けたのはおにーさんがクモのおにーさんより弱かったからだし、仕方ないよ。でもさ何でだろうね…こんなにムカつくのは」

 

結芽は目を伏せ、グリーンゴブリンが負けたのはスパイダーマンより弱かった。勝ち負けなどその二元論だと考えているし、この考えは曲げるつもりは無い。だが、それでも湧き上がって来る感情が身体中を熱くする。

これでは先程自身に倒された舞草の面々の仇討ちとして阻んで来た2人のことを馬鹿に出来ないなと自身の言い分に後ろめたさを覚えなたが口には出さない。

 

「僕達だって退く訳には行かない。阻む者がいるならそれを越えなきゃ行けないからね」

 

スパイダーマンは結芽に対し、一歩も引かずにヴィブラニウムブレードを構えて真っ直ぐに見据える。親しい人を倒し、傷心していたがどうやら敵はそんな時間は与えてくれないらしい。すぐに気持ちを切り替えて今目の前にいる強敵である結芽を睨み付ける。

 

結芽はスパイダーマンの視線からは例え逃げれば許してやると言っても逃げないだろうなという意思が感じ取れた。どうやら、コイツも本格的に倒すべき敵らしい。

 

「まぁ、何でもいいよ。おにーさん達は私の敵だし、私はおにーさん達の敵だし潰し合う理由なんてそれで充分だしね。ただ、この前調子に乗ってくれたお礼とおにーさんをぶちのめしてくれたお礼はさせて貰わないとね、じゃないと私がスッキリしないし。千鳥のおねーさんの前に倒させてもらうよ」

 

「……悪いけど、君を可奈美達の元に行かせる訳にはいかない。例え勝てなくても1秒でも長く君を足止めする!それが僕が今やるべき事だ!」

 

結芽はスパイダーマンを以前に自分の隙を突いたことや、今もなお自身の邪魔をする敵であることを認識する。そして、それ以上にグリーンゴブリンを倒した事への怒りや憤りの方が優っている。

だが一方で、これまで自分のためだけに力を振るってきたというのに歪ながらにも自分以外の誰かの為にも力を振るうなんて思っても見なかったな。と

いう思考が一瞬頭を過ぎったがすぐに目の前の敵であるスパイダーマンに集中することにした。

 

結芽は月の光を浴びながら、口を三日月のように吊り上げて歪んだ笑みを浮かべると一瞬でスパイダーマンに接近してその凶刃を振りら下ろす。

 

「あっそ………じゃあ、やってみなよ!」




PS5でPS4版スパイディの続編、しかもマイルスサイド出ると知ってテンション爆上がりング!PS5買う決心が付きましたよホント。

MARVEL UNIVERSE VARIANTのアイアンマンのフィギュア超カッコええ……


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第54話 夢幻

遅れましたらスマソ!ここはどう足掻いても難しい局面+リアルが忙しかったのです……


地を照らす月を流れていく雲が隠していく最中、既に戦場と化した折神家敷地の砂利の庭にて侵入者兼テロリスト舞草の残党を倒すべく凶刃を振るう親衛隊第4席燕結芽。

そして、その神童を相手に足止めを担うスパイダーマン。

先程のグリーンゴブリンとの激しい戦闘により、折神邸の敷地にある建造物に深刻なダメージが散見されており、グリーンゴブリンの蹴りの威力でぶち抜かれた壁の破片や瓦礫、パンプキンボムの爆撃に巻き込まれて建造物の残骸があちこちに散らばっているなどその凄まじさを物語っている。

 

日本を、隣人達を守る為に立ち上がるスパイダーマン。

親衛隊の務めとして自身の主人である紫を国に刃向かうテロリストから守り、自身の強さを証明する為に立ち塞がる結芽。

互いに一歩も退かない両者の睨み合いの末最初に仕掛けて来たのは結芽の方だった。

 

「あっそ………じゃあ、やってみなよ!」

 

迅移による高速移動で十数メートルは離れていた距離から一瞬でスパイダーマンに向けて加速してすぐ様視界から消え失せた。

 

(ヤバい!先手を取られた……っ!真っ向からの純粋な剣の腕前じゃ絶対勝てないのは僕が一番よく知ってる……でも、あの2人から逃げてここまで来るのに時間が掛かったっていうなら何処かに付け入る隙が?なら、僕も何か別の方法で行かないと!)

 

だが、以前のスパイダーマンのままならば棒立ちのまま叩き伏せられていたか、あるいは下手に動き回りそのまま相手のペースに持ち込まれていたであろうが今は違う。一瞬焦ったが手に持つヴィブラニウムブレードを下段に構え、膝を軽く曲げる。しかし、一歩も動かずにどっしりと構えたまま結芽の攻撃を待つ。

 

先手を取られた上に相手がどう仕掛けて来るか分からない。尚且つ真っ正面から闘り合うにせよ実力差があり過ぎる相手だ。そんな相手に真っ向から勝負のみを仕掛けるのは完全に無謀、圧倒的に不利と言えるだろう。

 

実際に舞草の里の精鋭たちが瞬殺されてしまった程だ。だが、彼女の足止めを担った型にハマらずコンビネーションに特化しているエレンと薫を撒いてここまで来るのに移動時間も込みだが自分がグリーンゴブリンを倒す程の時間まで掛かったという事はコンビネーションプレーによる足止め、尚且つ御刀を投擲して透明化したねねにキャッチさせた後に投げ渡すという独特な戦法も可能な薫。剣だけで無く格闘術も取り入れるという柔軟な発想力を持つエレンの型破りな戦法には戸惑ったからでは無いかと考えた。

前回自分が彼女の不意を付けたのも、スーツの力もあるが発想を変えた攻めに転じた事も一つのヒントとして繋がっていく。

 

ーーこれは彼女が正面からのぶつかり合いならば強い生粋の剣士であるが故、下手な小細工は何度も通用はしないが予想外の攻撃には最初から全て対応できる訳ではない可能性に賭けてみる価値はあるのかも知れない。

 

そして、ここに来てキャプテンに言われていたことが思考の海の中に流れ込んで来る。

 

『いいか、坊や。戦いで重要なのは単純な身体的スペックの差だけじゃ無い。技術や経験、それでいて如何に自分が戦いやすい状況を作り出す創意工夫が必要なんだ』

 

彼は例え相手がどれだけ格上で圧倒的スペックの差があったとしても自分の状況を悲観したりせずに技術と経験を培い、常に戦闘では創意工夫を強いられて来たキャプテンから受けた言葉を思い出すと自分も切り口を変えてみることにした。

何も正面からのぶつかり合いばかりに拘る必要はない。自分らしく臨機応変に相手に立ち向かえばいい、という結論に至るとここ数日の特訓で培った物を発揮する時だと感じて更に極限の集中状態へとシフトする。

 

(必ず付け入る隙はある筈だ。僕は僕のやり方でコイツを止める!)

 

闇雲に動き回るよりも最小限の動きのみで結芽の攻撃に対応し、キャプテンから教わった相手の利点を潰し、如何にして自分に有利な状況に持っていくかを実践しようとしている。

 

(……スパイダーセンスが強く反応する場所………)

 

「ははは!終わりぃっ!」

 

全身からビリビリとした感覚が伝わって来る最中、特にスパイダーセンスの反応が強い場所を感覚で探り当てて行く。

どんな危険かは具体的に教えてくれない不親切且つ、自分の意思に関係無く発動する私生活では地味にうざったい力ではあるが相手が所持している武器や能力が分かればそこからある程度は想像し、対処できる代物だ。

何より、ここ数日目隠しでリパルサー・レイを回避する訓練を行なっていたためか反応の正確性は以前よりも上がっていることは確かな筈だ……危険がジリジリとこちらに近づいて来る。最も反応が強い場所……右斜め上方向からの攻撃と感知する。

 

「ここだ!」

 

結芽が身動き一つ取らないスパイダーマン相手にニッカリ青江を上段から振り下ろそうとした矢先にスパイダーマンはすかさず相手の間合いとニッカリ青江のリーチ……おおよそ1尺9寸9分位だったなと思い出す。そこから振り下ろす速度、相手が自身を叩っ斬るのに必要な間合いを逆算して攻撃が来る方向に向けてヴィブラニウムブレードを両手持ちに切り替えて下段の構えから一気に振り上げる。

 

「なっ……!」

 

上段からの振り下ろしでニッカリ青江を振る寸前、ヴィブラニウムブレードの一閃がそれを遮り、金属と金属がぶつかり合った音が響く。そして、力が乗り切らない状態となってしまった結芽の腕力では力負けして弾かれてしまった。

 

(私が攻撃する前に反応した……っ!)

 

結芽はスパイダーマンの腕力に負けて空中に打ち上げれながらも思案する。相手がいくら格下とは言え流石に一撃で倒し切れるとは思ってはいなかったが自分が攻撃するよりも先に反応して来たスパイダーマンの反射神経と間合いを把握して的確に防いで来る空間把握能力には驚いてしまった。

以前から攻撃が中々当たらない、反射神経が良かったな程度に思っていたが感知することに集中していたとは言えその精度が以前とは比べ物にならない程早くて的確だ。

 

(落ち着け私、こんな奴のために使ってる時間は無い。さっさとおにーさんのお礼参りして千鳥のおねーさんと戦わなきゃいけないのに!)

 

だが、悠長に驚いている時間は自分にはない。残された身体のタイムリミットは長くないことは自分が一番よく知っている。1秒の時間も無駄にできない以上、すぐに切り替えることにした。

 

(何度も同じ手が通じる奴じゃ無い、仕掛けるなら……)

 

「今だ!」

 

ヴィブラニウムブレードを振り抜いた直後にスパイダーマンはヴィブラニウムブレードの柄から左手を離して掌を結芽がいる上空へ向けてウェブシューターのスイッチを連続で押し、結芽に牽制を仕掛ける。

アイアンマンのリパルサーでも無い限り空中では急な方向転換が出来ない以上、ウェブによる追撃は驚異の筈だからだ。

 

「うっそ!このぉ!」

 

直後に結芽の視界にウェブの連続射出による追撃が迫って来ていた。

嫌らしいことに、全てタイミングを微妙にズラすことで結芽の対応するために思考する時間を狭めつつ着弾地点を全て変えることで対応を困難にさせる。空中では自由に受け身が取れない最中、微妙にタイミングと位置をズラした遠距離攻撃に対応するのは至難の業だ。一つでも命中すればこちらのペースを崩されかねない。

 

だが、結芽は即座にウェブの位置と軌道、ニッカリ青江のリーチを鑑みてどの攻撃から対処すればいいかを判断すると身体を宙で捻りながらウェブを回避しつつ飛んで来るウェブをニッカリ青江の刃に当てて両断することで回避する。

 

だが、スパイダーマンもそれだけでは無い。結芽がウェブを切り払って防ぐであろうことは容易に想像できているため、結芽がウェブを空中で斬り払って防いでいる隙に出力を超高出力に設定した電気ショックウェブを放ち、すぐにダッシュで結芽の死角まで移動する。

 

ニッカリ青江の刀身がウェブを切断した矢先、顔を正面に向けたがスパイダーマンの姿が見えない。

 

「…………いないっ!?チッ!」

 

どこかに隠れたのか?と見渡すがどこにも見えない。死角に移動された事を察した結芽だが既に眼前には別の物が迫っていた。

この夜間の空間の中で異彩を放つ蒼白い電撃を浴びた電気ショックウェブだった。以前電気ショックウェブを直接受けた事がある結芽はそれは避けなければならないという事を思い出すが空中では自由に動けずウェブを防ぐために激しく動いた後で回避する余裕もない。

なら、打ち払えば?とも思うがそうは行かない。自分の得物であるニッカリ青江も所詮は金属である以上電気は通してしまう。

 

「だったら…………!」

 

どう足掻いても避けられ無い以上、最悪写シ1回分は犠牲にする覚悟を決めて電気ショックウェブの直撃を受ける。着弾と同時に一瞬だが全身の神経網を伝って電気ショックが全身に走り、細胞をバチバチと強く刺激するようなダメージを受ける。

射出されていることで電流の持続力は無いものの電力をリアクター由来に変換し、パラディンを一撃でショートさせる威力へと昇華しているためか一発ごとの威力はハイテクスーツをも凌駕しているように感じられた。

 

「凸凹なおねーさん達みたいなナメた戦い方をっ!」

 

そして、結芽が電気ショックを受けて動きが止まっててしまっている隙に背後で何かを振り回すような音、そして余程強く振り回しているのか突風が発生しているように感じて首だけを動かして確認するとスパイダーマンが自身の全長の数倍の大きさはあるグリーンゴブリンとの戦闘の余波で破壊された建造物の残骸にウェブを貼り付け、それを両手で掴んでハンマー投げの要領で軽々と振り回していた。

 

「無茶苦茶するねおにーさん!」

 

「無茶苦茶な奴相手には無茶苦茶なやり方で行かないとね!おらよっ!」

 

スパイダーマンは加速と力が充分に加わった事を実感すると電気ショックウェブの直撃により隙が出来てしまっている結芽に対し、容赦なく建造物の残骸をハンマー投げの投擲の要領でウェブから手を離して投げ付ける。

スパイダーマンの手から離れた残骸が結芽に向けて一直線に加速しながら襲いかかって来る。

 

「間に合わない!」

 

電気ショックによる感電でほんの少しの間だが動きを止められてしまっていた結芽。残骸はスパイダーマンだけでなく自身の全長さえも凌駕する大きさだ。面積からして走って回避することは難しいだろう。なら、八幡力を乗せた一撃で、とも考えたがニッカリ青江を振り抜いている時間は無い。

ならばニッカリ青江を振るよりも早い、防御手段を選ぶとしたこの手に限るだろう。

 

「っ!…金剛身!」

 

結芽は残骸が直撃する前に金剛身を発動し、身体の硬度を上げることで自身よりも巨大な残骸の直撃を受けると残骸は木っ端微塵に粉砕され、地響きと強い衝撃が響き渡る。

スパイダーマンが高速回転を加えた事による遠心力と速度が加わったことによる衝撃と力による大ダメージを金剛身によって軽減することには成功したが地面に叩き付けられた残骸により庭に撒かれていた砂利が砂煙となって舞い上がる。

 

「ゴホッ……ゴホッ……いったいなぁ!」

 

舞い上がった砂塵が白い霧のように辺り一面を覆い隠していることによって、周囲を見渡してもスパイダーマンがどこにいるのか分かりにくくなっている。

この視界が悪い最中、どこから攻撃が来るのか分からないというのは脅威と言える。

無論、自分を倒すつもりならば向こうも今この瞬間を逃しはしないだろう。

だが、言い換えれば例え姿が見えなくとも攻撃が来た方向に必ず奴はいる。そこから奴の位置を割り出してやれば良い。そう考えると視界が晴れるまで結芽は防御の構えを取ったままスパイダーマンの出方を待つ。

 

「チョロチョロチョロチョロ蜘蛛みたいに……セコいおにーさんらしいねほんっと」

 

結芽の挑発的な問いかけに対してスパイダーマンは何も応えない。応えれば声のする方向で居場所がバレてしまうからだろう。

結芽としてもまぁ、応えはしないだろうとは思っていたがやはり何も返されないと自身の存在を無視されているようでそれはそれで腹立たしさを感じる。

 

直後、カチッ!という何かを押したかのような音が背後から聞こえて来る。恐らくウェブシューターのスイッチを押した音だと反応し、背後から飛んで来るウェブを頭を軽く横に動かすことで回避しながら一気にその方向に向けて迅移で加速しながら突進する。

 

「そこだね!おにーさんっ!」

 

そのまま流れるように鞘に手を掛けてニッカリ青江を振り抜きながら斬りかかり、一閃する……っ!

 

「何!?」

 

………だが、結芽はすぐに鞘走るのを止め、急いで急停止する。

 

結芽の眼前にあったのはスパイダーマンではなく枝にウェブシューターのみをを巻きつけた樹木だけだった。

先程結芽に向けてウェブを放ったのは枝に括り付けられたウェブシューター。スパイダーマンは本来いる筈の場所にはいないことに困惑してしまった。

 

しかし、ウェブシューターの方をチラリと見るとスイッチの先端に長く伸びきっているウェブが繋がっていることが確認できた。

結芽が思考を巡らせていると足元に何かが貼り付いたような感触を察知し、足元に視線を移すと自身の足首の付け根の辺りにウェブが張り付いている。

その糸が続く先に視線を向けると右手のみにウェブシューターを装備し、ウェブを手に持っているスパイダーマンの姿だ。

 

「はぁっ!」

 

「ぐっ!」

 

スパイダーマンは結芽に何かしらのアクションを行う暇すら与えないかの如く思い切りウェブを自分の後ろに向けて力強く引っ張る。

すると、結芽右足が宙へと引っ張られてしまい、姿勢を崩し、背中から転倒してしまう。

 

「うおおおおおお!」

 

そして結芽が転倒している瞬間を見逃さないスパイダーマンはダッシュで接近しながらヴィブラニウムブレードを思い切り後方へ振り被る。

起き上がったばかりの結芽は何とか力を振り絞って横薙ぎに一閃するがそれを軽い跳躍でスケート選手ばりの回転で身体を捻りながら回避して初めに左脚をからの突き出すような蹴り、続け様に右脚で結芽の背中に連続で蹴りを入れる。

 

背中に蹴りがクリーンヒットした痛みを痛感している間にスパイダーマンは着地と同時に姿勢を低くして滑り込み、一回転しながらヴィブラニウムブレードを思い切り振り抜いて結芽の鳩尾に叩き付ける。

 

「当たれ!」

 

ヴィブラニウムブレードの刀身が鳩尾にめり込むと全身に落雷でも落ちたかの様な強い衝撃が伝わり、素で痛みに驚いた声を上げてしまう。

切断能力は無くなっているが代わりに打撃武器としてはかなり強力な硬度を誇る一撃をモロに受けたため、かなりのダメージが入ってしまった。

 

「ぐあっ!」

 

全力で叩き付けられた為か、パワータイプの薫の一撃には遠く及ばないものの怪力による打撃が精神ダメージにも反映された事で写シを剥がされ後方まで飛ばされてながらも一回転して着地する。だが、鳩尾に強烈な一撃を受けたためか肩で息をしながら膝を着いてしまう。

 

結芽の頭の中では散々雑魚と見下していたスパイダーマンに真っ向勝負ではなく、想定外な手段とは言え地に膝を着かされたことに腹が立ってしまい、眼前にいるスパイダーマンを力強く睨み付ける力に憎悪と苛立ちが篭る。

 

だが、苛立ちつつも結芽はスパイダーマンの取っていた行動を脳内で整理する。

どうやら先程背後から残骸を結芽に向けて投げ付けた後に左手のウェブシューターを外して結芽の方に向ける形にして木の枝に巻きつけ、右手のスイッチからウェブを長く出しつつ巻き付けたシューターのスイッチに貼り付けて移動すしたのだろう。それでいて残骸を投げ付けた本当の目的は結芽を倒すためではなく、巨大な残骸を彼女の眼前に投げ付けたことにより視界を塞ぎ、叩きつけた際に起きる轟音と砂煙で移動した場所を分かりにくくする目的があったようだ。

 

そして結芽の視界が土煙で塞がれて膠着状態になっていることを理解するとすぐ様旋回して、再度死角に隠れて手に持っているウェブをすぐ様引っ張ることで巻き付けたウェブシューターのスイッチを押し、結芽の背後から攻撃を仕掛けたように見せる。

 

だが、これはあくまで囮。結芽の得物が近接武器である以上リーチの都合上接近戦しか出来ないため敵の姿を探すなら直接移動して探すか、遠距離攻撃の来た方向から敵の位置を割り出すしか無い。

結芽はウェブが飛んできた方向に敵がいると信じてその方向へ向かったがその先にスパイダーマンはおらず、戸惑っている隙に剣士の踏ん張る際の重心の要と言っても過言では無い足元を狙ってウェブを当て、思い切り姿勢を崩すことで自分が攻め込みやすい状況を作り出して攻撃を仕掛け、自分に一発かましたのだ。

 

思ったよりも単純なプロセスだったが、基本的に一対一。正面からの真っ向勝負が基本の自分にとってこのような小賢しい手段が相手となると初見は戸惑ってしまう。そこを突かれて一発お見舞いされた。

この結果は間違いなく、スパイダーマンは初めてスーツの力だけで無く、単なるラッキーだけでも無い。自分の力で結芽に一発かましてやったと言える筈だ。

 

「弱い癖に……っ!あの着ぐるみを着てなきゃ私を追い込めないクセにっ!」

 

「スーツ無しじゃダメならスーツを着る資格は無いらしいからね。スーツが無くても戦える強さを、色んな人から受け取ってるんだ。だから、スーツ無しでも君に勝つ!僕のやり方で!」

 

結芽は未だにこの自分に一矢を報いたにも関わらずにスパイダーマンが慢心せずにまだこちらを赤一色のマスクにくっ付けた白い目のゴーグル越しに睨みつけているのを感じる。

その声色は未だに上擦り、少し震えている。結芽に対する恐怖心や苦手意識は抜け切ってはいないがそれでも力強い、それでいてしっかりとした芯を感じる。

 

グリーンゴブリンを相手にただの布でしかないハンドメイドスーツ、おまけにタイマンで勝負を制している事から以前とは比べ物にはならない程実力が上がっていることは事実だが、自分から見れば格下の相手なのは事実な筈だ。

だが、コイツは真っ向勝負ではなく自身のアイデンティティを活用し、切り口を変えて正攻法とは言えない手段でも自分に向かって来る。

そこまでしなければ自分に追い付けないのは事実だろうが、それが見事にハマり自分はコイツに膝を着かされた。

それは恥ずべき事実。戦場での失態は戦場でしか取り戻せない。認めよう、コイツはもうスーツ無しでも自分と戦える立派な強敵だ。

 

「それでも……っ!」

 

……それと同時に尚更コイツには負けられないという負けん気が湧き上がって来た。確かに強くなったのは事実だがコイツはいつだって他人から与えられてばかりいるような奴だからだ。

トニーからはハイテクなスーツとヴィブラニウムブレードとヒーローとしての在り方、キャプテンからは戦う術と心得。恐らくこの力だって何かしらの偶然で手に入れた物なのだろう。

そして、何より以前に栄人との会話でチラりと聞いた両親が亡くなっているにも関わらず、引き取って育ててくれた叔父夫婦から受け取った愛。

 

どれもこれもノロによる生命維持以外は自分の力と御刀で戦ってきた自分にとっては無用と切り捨てて来た産物。

自身が両親から見捨てられ、誰もが見舞いに来なくなる程自分を気に掛けなくなってから最も欲しかった物をコイツは無条件で手に入れている。そんなぬるま湯に浸かって、幸せな世界でぬくぬくと生きているような奴に簡単に負けることはプライドが許さない。

そして何より、コイツは例え残りの命が少なくとも自分を愛してくれた人をぶちのめしたのだ。負けられない理由としては充分だ。

 

「私は負けない………っ!誰にも!」

 

直後にスパイダーマンを強く憎々しげに睨みつけるとまたしても心臓を強く握り潰されるような痛みが走る。迎えに来た死神の手が結芽の心臓を掴み、既に持って行こうとしている前触れなのかも知れない。

 

「ぐっ……!ゲホッ!ゲホッ!」

 

「お、おい!大丈夫!?」

 

咳き込むと同時に胸の辺りを手で強く押さえると頭を思い切り下に向けたまま、地に向けて思い切り血を叩きつけるように吐き棄てる。

 

「ぐおおおおあああああああああ!」

 

「これは………伊豆での時の!」

 

直後苦しみ出した結芽の瞳が深紅に光り、身体から赤黒い焔のような熱が吹き出し、その風に当てられて周囲の木々の葉が力強く揺れている。

スパイダーマンは咄嗟に両腕を交差して熱から身体を庇いつつ以前に伊豆の山中で夜見がアンプルの過剰投与で身体とノロとのバランスが取れなくなっていたことを思い出していた。それだけでなく親衛隊は皆、体内に荒魂を入れているという話を聞いているため、マズい事が起きるかも知れないと感じている。

 

「よせ!それ以上は危険だ!」

 

「私に指図するな……っ!お前も出てくるなっ!お前の力に頼ったら私の負けなんだよ!」

 

スパイダーマンが結芽を心配して声を荒げるが結芽はそんな静止も聞かずに、痛みに耐えながら、宿主の身体の危機を自身の危機と感知して自己防衛の為かまたはスパイダーマンを倒そうという結芽の想いに応える為に発現したのか分からない体内にいる荒魂に向けて声を荒げなから束で自分の頭を殴りながら怒号をあげる。

宿主に怒鳴られた事が堪えたのか先程まで吹き出していた赤黒い熱波は収まり、結芽の瞳の色も鮮血のような深紅から普段の色へと戻っている。

 

「………………」

 

荒くて粗暴な言葉遣いに驚いてしまったがスパイダーマンは今の現象で一つ感じた事がある。以前の戦闘の際、戦闘中に突如苦しみ出して動きが鈍り電気ショックを流す隙が出来た瞬間の事を思い出していた。

ここ最近は結芽が余裕の状態で戦っていたため、記憶から抜け落ちていたがあの時に感じていた違和感が今になって嫌な予感となってスパイダーマンに乗し掛かる。おまけに彼女が咳き込んで吐血する姿を見たのだからそれが確信へと近づいて行く。

もしかしたらこの娘は………

 

 

「もしかして君は…………ずっと、限界が近いまま戦っていたって言うの?」

 

「………………………っ!?」

 

敵に知られたくないことを悟られた為か、結芽は悔しげに歯を食いしばってスパイダーマンから視線を逸して顔を伏せる。

自分は強い剣士としてスパイダーマンを倒したい。だが、敵には極力見せないようにしていた自分の弱みを知られ、そこに踏み込まれたような気がして思わず不遜な態度を取ってしまう。

 

「何?じゃあ私が健康で万全じゃ無きゃ戦う価値も無いって言いたいの?」

 

「違う!君が心配だからだ!君は確かに敵だし嫌な奴だけど、目の前で苦しんでる姿を見たら心配になるよ!あんなに血も吐いてて………これ以上やったら君は……っ!」

 

「分かってるよそんなの!」

 

スパイダーマンの言葉を遮る様な結芽の剣幕に押されて黙ってしまった。彼女は伏せていた顔をこちらに向け、顔色はまだ健康的に見えるが口元からは紅い鮮血が滴り落ちている。その表情からは生きることからの諦めは伝わって来るがその瞳の奥からは闘志だけは消える事はないように見える。

 

「自分の事は自分が一番分かってるよ……多分、今夜が最後になるって事だって」

 

「そんな……だからって命を粗末になんて……君が死んだら悲しむ人だっている筈だろ…?」

 

スパイダーマンは結芽の事情を知らない。彼女が残り少ない命だとしても命の灯火を燃やしてこの戦いに臨んでいることは理解できた。

だが、どうしても引っ掛かる。何故そこまで命を粗末にするようなやり方をしてまで戦い抜こうとするのか、栄人同様舞草を国家転覆を企む危険な反乱分子とし、今の紫によって作られた管理局による表面上は平和な日本を守るという保守派の考え方のもと自分たちを排しようとしているのか、それとも紫への純粋な忠誠心からなのか。イマイチ理由にピンと来ないのである。

 

「………いるよ、最後に出来たって感じだけどね。だけど、おにーさんみたく家族や友達……いや、本当なら皆から愛されてる人には分かんないだろうね。強くなきゃ、特別じゃ無きゃ認めて貰えない、忘れられてく人間の気持ちなんて」

 

結芽の口から放たれる重たい言葉の一言一言が自分にのし掛かる。自分の両親が亡くなった後、引き取ってくれた叔父夫婦から沢山の無償の愛情を注がれて育って来たこと、今の自分を形作ってくれた隣人達のおかげで力を得た後でも彼らを守るために立ち上がって来れたという事も。だが、裏を返せばそれは人間関係に恵まれた奴だからこそ行き着く物なのかも知れない。

結芽の寂しげにポツリポツリと話す姿に何も言えなくなってしまった。

 

「…………」

 

「私がこの不治の病気になって、身体を動かすことすら出来なくなった時両親は私を見限って見舞いにすら来なくなった。だけどそんな私に紫様はチャンスをくれた!少しの間でも輝いて私を忘れた奴らに私の存在を刻み込んでやるんだって」

 

彼女の両親は自分の両親と違って生きている。彼女の両親が見ていた物は結芽という個人ではなく、強い刀使としての彼女でありそうで無くなったから興味が無くなったのか、本当は弱って行く娘を見るのが辛くて現実から逃げてしまったのかは分からないがそんな状況に陥ったら誰だって心を病んでしまうのかも知れない。

彼女が不遜な態度を取りながらも、戦い続けているのは誰かに強い自分を焼き付けたいからという願いから来ているのだという事は理解できた。

 

「私は今日までその為に戦って来た。今更その生き方を変えるつもりは無い……例えここで朽ち果てたとしても私は自分の証明のために最後まで戦い続ける。ハリーおにーさんはそんな私の願いを尊重してくれた……本当は止めたい筈なのに私の最後の願いを肯定してくれたんだ。だから私は退かない……おにーさん達を倒す!」

 

栄人は彼女の真実を知りながらも彼女のこれまでの戦いや願いを否定せずに、辛いながらも尊重することを選んだのだろう。彼女自身もそれが辛い決断であったことは理解しつつも退くことはしないらしい。この強烈な自我は変えようが無い。きっと死ぬまで戦い続け、自分たちの行く手を阻むだろう。

 

「さぁ、私を千鳥のおねーさんの元へ行かせたくないなら剣を握れ!私の病気を言い訳にして手を抜くなら許さない!」

 

スパイダーマンは彼女の力強い眼力と気迫に押されてしまうが、唇を噛みながらもしっかりと前を見据える。

彼女の真実を知り、彼女なりの事情があったことは理解できた。だが、彼女だけのせいでは無いが彼女が舞草に行ったことは手放しで肯定したくない自分がいる。

そして、自分が今ここに来ている理由を思い出してみろ。彼女達が守ろうとしているタギツヒメが完全復活を果たしてしまったら日本中の人間が、自分の家族や友達が死ぬ。それを阻止するためにここに来たんじゃないのか?

同じ目的を持ってここまで送り出してくれた皆が命を懸けて作り出してくれたこの状況をぶち壊す目の前にいるジョーカーをみすみす見逃してしまったら全てが水泡に帰してしまう。

 

だから、絶対に今、彼女と対峙している自分が止めなければならない。だが……もし、自分と戦ったら彼女の寿命はもう……。

本当に倒すべき敵は人間に憑依した荒魂タギツヒメだけ。人間同士で争っている場合では無い上に決して人間は討たずに、極力相手を傷つけないようにこれまで戦っていたがそれが通用しない現実が重荷となって伸し掛かる。

自分たちの目的のため、どんなお題目があろうと邪魔な物を壊し、他人の命を好き勝手に握る権利があって良いわけがないと自分に問いかけ続けながらもスパイダーマンは決心してヴィブラニウムブレードを構える。

 

 

「クソッ……やるしかないのか……っ!」

 

舞草の一員として、スパイダーマンとして結芽を止める。祭壇にいる最大戦力の可奈美達には一歩も近付けさせない。皆の想いと命を背負っているという当たり前の事実から眼を逸らさずに彼女と戦うことを選ぶ。同時に心臓を握り潰されるような拭えない心労を抱えながらも堪えて彼女を睨み付ける。

 

「最後に一つだけ謝っとくよ……ごめんね、付き合わせて」

 

自身と戦うことを選び、ヴィブラニウムブレードを構えたスパイダーマンの瞳をしっかりと見つめ、倒すべき敵と再認識してニッカリ青江を構える。

ーーそうだ、それでいい。お前はお前のやることを貫いて見せろ。こちらの寿命の事なんて気にするな。誰と会い見えようとも遅かれ速かれこうなってたかも知れないんだ、それがたまたまお前だったというだけの話だ。病気と成りを理由に手を抜くことこそ私に対する最大の侮辱だ。

だから迷わずに戦え、親愛なる隣人よ。

 

 

結芽の謝罪……その表情はどこか悲しげで今日まで相手を討たないと決め、この力を人助けのために使って来たのに今は望まない形で力を使わせてしまうことへの謝罪なのかスパイダーマンには完全には理解しきることは出来ずとも言いたいことは伝わった。

 

「………来い!」

 

「いくよ、おにーさん!」

 

2人の立ち姿を月明かりが照らす中地を強く蹴り上げた瞬間、再戦の合図となる。

 

………そして、その2人の戦いの火蓋が切って落とされるその光景を木陰の中で既に虫の息となり、芋虫のように地に這いつくばりながらも生を求める体組織の大半が焼け焦げたコールタール状の黒い液体は静かに見守っていた。まるで何かの機会を伺っているかのように……。

 

スパイダーセンスで相手からの攻撃が来ることを予測し、結芽が加速するよりも先に地を力強く蹴り、踏み込む。

 

確かに正攻法での勝ち目は薄いが同じ手が何度も通用する相手でも無い。搦手を用意しようにも向こうはそれを必ず警戒してそれらを用意して考える時間すら与えない連続攻撃が来るだろう。

ならば、スパイダーセンスで相手の動きを読み、予測して先取りからの猛攻撃を仕掛け、自分のペースに持ち込んだ方がまだ勝率があると言う考えに至った。

 

結芽が地を蹴るよりも速くスパイダーマンはダッシュの速さのみで結芽に接近し、姿勢を低くしながら突進を仕掛ける。

 

「速い………っ!」

 

結芽は自分から仕掛けようと思っていた矢先に先手を取られてしまい、攻めではなくすぐに迎撃に切り替えて上段からの振り下ろしで対応しようとする。

 

だが、スパイダーマンはそれを軽く身体を捻りながらジャンプする事で回避して結芽に回し蹴りを入れる。

 

「はぁっ!」

 

「ふんっ!」

 

結芽の方も肩に回し蹴りの直撃を受けたが咄嗟に金剛身でガードすることに成功するも威力に押されて足が地面を引き摺りながら押し飛ばされる。

 

結芽が押し飛ばされた矢先に足元に向けてウェブを連続で放って来るがそれは何度も牽制として放たれる一撃である事は理解している。

 

「それはもう見てるんだけど!」

 

その次に何か仕掛けてくることは察知できた為、その場から動かずに微かに身体を逸らすのみの動きで対処すると今度は深緑色の刀身をした日本刀が投げ付けられた。

 

「ちっ!おにーさんを武器を私に投げるなんて……超ムカつくね」

 

グリーンゴブリンが使っていた武器だった。恐らくまだそこらに転がっていた物であることは理解出来たが驚くことじゃ無い。アイツは生粋の剣士では無いが故にこのような手段も平然と取ってくるのは何度も見ている。

 

「はぁっ!」

 

 

「甘い!」

 

結芽がグリーンゴブリンの日本刀をニッカリ青江を横に振って弾き飛ばすと同時にスパイダーマンが死角に回り込みながらヴィブラニウムブレードによる横薙ぎの一閃を放って来るがそれをノールックのまま束をその方向に突き出す事で防ぐ。

 

掌に強い衝撃が伝わるがその痛みを意にも介さずにそのまま受け流すと返す刃でスパイダーマンに斬りかかるとスパイダーマンの右の肩口を裂き、傷口を作って地面に鮮血が撒かれる。

 

(やっぱり御刀からのダメージは他の武器より痛いな……だけど!)

 

「負けられないんだよ!」

 

やはり御刀からのダメージは通常の武器よりも若干痛いダメージが入るような感覚に陥りながらもスパイダーマンは怯まずに再度結芽に向けてヴィブラニウムブレードを振り下ろすがそれをワンテンポ遅いながらも的確に返され、何度も激しくお互いの力のこもった剣劇をぶつけまくる。

 

ニッカリ青江とヴィブラニウムブレードが力強くぶつかる最中、火花が飛び散り、ニッカリ青江の刃が微かにスパイダーマンの身体に細かい切り傷を付けて行き、血が飛んでいく。必死に食いついているが結芽には一発も当てることが出来ていない状況だ。

 

「小細工は終わりにしてもらおうかな!」

 

「うあっ!」

 

結芽はスパイダーマンの振り下ろし防ぎ、そのままニッカリ青江の刀身をくるりと回して受け流すとそのまま流れるようにがニッカリ青江の先端が右手に装備されているウェブシューターに当てる。しかし……

 

「まぶし……っ!」

 

「今だ!」

 

内蔵されていた小型リアクターがニッカリ青江の切っ先とぶつかったことにより裂けて眩しいフラッシュが走り、結芽がその発光に驚いて一瞬眼を瞑ってしまった。右手のウェブシューターはリアクターを裂かれてもう使用は出来ないだろう。その証拠に内蔵されていたウェブのカートリッジが溶けて流れている。

 

「うおああああああああああ!」

 

だが、この機を逃すなとばかりにスパイダーマンも怒涛の攻めを展開する。

決して大振りにはならないようにしながらも力強く、結芽に向けて上段からヴィブラニウムブレードを振り下ろす。

 

「あっぶない……なぁ!」

 

だが、流石は神童と言うべきかワンテンポ遅れながらもニッカリ青江の刀身で受け止めながら相手の力を利用して受け流し、再度攻め込む。

そして、こうして打ち合っていく最中自分のタイムリミットが限りなく近付いていくのを感じられ、またしても心臓が力強く握り潰されるような痛みが走るがそれを歯を食いしばることで耐えている。

 

(おかしいな……何でおにーさんは止まらないの?何で力が衰えないの?私の剣を受け続けてるのに)

 

だが、スパイダーマンと……いや、スパイダーマンが持っている武器と打ち合っているとある違和感を感じる。

自分は八幡力を発動してニッカリ青江を振るうことで、ヴィブラニウムブレードからの斬撃をいなしているが相手の力が一向に衰える気配が無いという事だ。

 

お互いに同程度の怪力を発揮して剣同士でぶつ合えば手に伝わる衝撃で掌に痺れが生じることで握る力は弱まって行く物である。

なのにスパイダーマンが振るう一撃一撃は一向に力が衰えない。それでいてこちらは何とか上手いこといなしているといえこれだけでは決め手にならない。

これも、ヴィブラニウムの衝撃を吸収して大幅に軽減する特性上、いくら打ち合っても向こうのパワーが衝撃による痺れで落ちる事がない為である。

このままでは打ち合っている内にこちらの身体に限界が来てしまう……コイツを倒すには今のままでは不足らしい。

 

ならば……自分の出せる最大の一撃必殺でコイツを倒す。それしか方法は無いらしい。

 

(ごめんね……おにーさん。でも、私は負けない!)

 

 

結芽は一瞬だけ森林の方で未だに気絶している栄人の方をチラリと見た後に、スパイダーマンの上段からの振りを受け流すとそのまま腹部に蹴りを入れる。

彼の友人を倒してしまうことへの謝罪、そして彼を残して先に逝ってしまうかも知れないことへの謝罪だ。

 

「ぐっ!」

 

「はぁああああああ………っ!」

 

スパイダーマンが腹部に蹴りを入れられた事で後方に移動されると結芽はニッカリ青江を突きの構えを取ると息を潜めて意識を研ぎ澄ませる。

この技は初手を外せば隙が生じる死に技。本来突きとは一度放てば次の一撃を放つのに時間が掛かり、反撃されたら防御の暇もなく倒されてしまう。

 

(絶対にこの攻撃でおにーさんを倒す!)

 

だが、必ずこの攻撃で相手を倒し切るのだと言う意思を込めてスパイダーマンを強く睨み付けると結芽の足は強く地を蹴って駆け出す。

一つの音を相手が聞いた瞬間、相手には3つの突きが入っていると言われている天然理心流の奥義三段付きだ。

 

(来る……っ!あの技だ!あの子は必ずこの一撃から本気で僕を倒し切りに来る……絶対にそれを防いで反撃するんだ!)

 

着地と同時にスパイダーセンスが発動し、結芽が突きの構えを取ってこちらに向けて突っ込んで来る姿が目に入った。

どうやらあの三段の突きが来る、そしてこの距離からならば回避は恐らく不可能だろうと理解してヴィブラニウムブレードを正眼に構えて防御の姿勢を取る。そして、スパイダーセンスでどこから攻めて来るのかを予測して攻撃に備える。初手の一撃を防げればこちらにも勝機があると考えたからだ。

 

……直後に結芽が間合いに入り、眼前に現れるとスパイダーマンの胸の辺りに向けて突きを繰り出して来た。

 

(絶対に最初の一撃を防ぐんだ!)

 

 

その直前にスパイダーマンは自分の心臓辺りから強くスパイダーセンスの反応を感知すると刹那の間に思考する。相手は一流の剣士。プライドが異様に高く、自分の剣技に絶対的な自信を持っている。

もし、このリスクのある大技を使うと言うのなら必ず自分の様な格下相手だとしても必ずこの重要な一撃を当て、確実に自分を倒しに来るだろうと確信し、結芽の突きが自身の心臓を穿つ前にヴィブラニウムブレードを防御の姿勢で構える。

 

スパイダーセンスの感知した通り結芽は自身の心臓の辺りを狙って来た。結芽の突きをヴィブラニウムブレードで刀身で防御しようと振り抜こうとするがその寸前、結芽はニッカリ青江の突きを途中で引き戻して、スパイダーマンの防御のタイミングをズラした。

 

「なっ……!」

 

「これで最後だ!」

 

その隙に再度腕を引き戻し、スパイダーマンの左肩にニッカリ青江を思い切り二回連続で同じ場所を突き刺す。

ニッカリ青江の先端はスパイダーマンのハンドメイドスーツの表面に押し込まれて行く。その硬さは常人から逸脱しており、咄嗟に八幡力の段階を上げないと貫くことすら難しいと思わせる程彼の肉体は堅固であったが、突き刺したニッカリ青江は肉を突き破って貫通するとスパイダーマンの背中からニッカリ青江が突き出すような形になる。

 

 

「ぐあっ!」

 

スパイダーマンが自身の肩を貫いているニッカリ青江によるダメージを受け、痛みにより力が入らなくなった左手に持っていたヴィブラニウムブレードを落とすと転げ落ちる金属音が響き渡る。

 

結芽の視点から見ればスパイダーセンスがある以上自分の攻撃に対して素早く反応されてしまうため、単純な長期戦で倒し切るのは難しい。だが、スパイダーマンと戦う中で相手の行動を把握して行く内に相手は必ず自分の三段突きは必ず警戒して来るのではないかと考え、自分がこの技を使う時相手は必ず確実に倒しに来るため防がれれば全てが崩れる最初の一撃を必ず予知して全力で防いで来るだろう。

かなり賭けの要素はあったが相手が、結芽が強い剣士としてこの攻撃で確実に倒しに来ると言うことを信頼してくれたことが功を奏したと言えるだろう。

 

(よし!決まった……えっ?嘘っ……!?)

 

結芽の方も相手を殺さないようにしていたが確かな手応えを感じ、ニッカリ青江の取手を握ったままスパイダーマンに突き刺していたのだが突如として右腕を万力のような力で掴まれる。

 

「ぐっ………何て力……っ!」

 

スパイダーマンの左手でだった。突き刺したまではいいが逆に言えば相手に掴まれる距離まで近付いてしまっていたと言う事だ。

マスクの下で苦痛に表情を歪めながらも、歯を食いしばって痛む左手を動かして結芽の右腕を掴み、離れられないように力を入れて行く。

スパイダーマンの執念にも驚きつつ速く脱出しなければと思い迅移で逃げようとするが自分の腕を握り潰されるのではないかと錯覚する程のスパイダーマンの怪力によって手が動かせず、ニッカリ青江が抜けない。

自分の腕を掴む手からは肩から流れ落ちている鮮血が滴り落ち、自分の親衛隊制服のワイシャツの袖部分を赤く染めて行く。

 

「離せ!」

 

 

「まだだ……絶対に……勝つ!」

 

スパイダーマンは自由な右手で結芽の左腕も掴んで逃げられないようにして頭を後方へ持って行き、結芽の額に渾身の頭突きをかまして来た。

 

「「ガッ……!」」

 

悪足掻きとも言えるスパイダーマンの頭突きが頭にクリーンヒットし、鈍い音が響かせながら全身に強い衝撃を受けると突き刺していたニッカリ青江がスパイダーマンの肩から抜け、両者共後方に仰反る。

 

(ダメだ……起きないと……)

 

スパイダーマンはダメージにより、後退りながらも肩に思い切り突き刺さった結芽の正確無比な突き技のダメージにより膝から崩れて地に膝と手を着いてしまい息も絶え絶えになりながら結芽の方を睨み付けるが次の瞬間には地面へ倒れ伏してしまう。

 

結芽の方は、スパイダーマンの鼬の最後っ屁とも言わんばかりの渾身の頭突きを直接食らったことによりジンジンと痛む頭を左手で抑え、フラ付きながらもその場に留まり彼女の足は大地を踏み締め、肩で息をしながらもスパイダーマンを見下ろしている。

 

ーーこの勝負、燕結芽の勝利。

結芽は彼は剣の純粋な腕前は先程の2人よりも劣っていた。だが、根性で自分に食らいついて来たことには正直驚いてしまった。

ウェブシューターを壊されながらも、剣を地に落としても、肩を貫かれても最後まで勝負を捨てずに自分に向かって来たスパイダーマンを珍しく素直に称賛する。

 

「いったいなぁ………まぁ、弱い割にはよくやったよ。少しはやるじゃん」

 

「……………」

 

何も応えないスパイダーマンを一瞥した後に森林の方で倒れている栄人の方向を向くと覚束ない脚でふらつきながらもそちらに歩もうと試みる。

 

「ハリーおにーさん、勝ったよ。私、クモのおにーさんに勝ったよ……スパイダーマンに勝ったんだよ……私を褒めてよ……」

 

直後に結芽は激しく吐血すると膝から崩れて倒れ込み、人間が受け身も取らずに倒れ込んだ音が庭に響く。

 

「ん?…あっ!」

 

スパイダーマンはその音を拾い、一瞬意識が飛んでいたがその方向に目をやると結芽が倒れ伏していた。

 

「ぐっ……おい、しっかり!」

 

ニッカリ青江に肩を貫かれた出血で体内の鉄分が多少減った息苦しさからマスクを外し、まだ痛む身体に鞭を打ちながら走って結芽に接近して彼女の身体を抱き起こす。彼女は既に力を使い切ったのか力無くダラりとしており、眼を開ける力すらも残っていないのか微かに眼を開けている程度であり、譫言でか細い声を出す事しか出来ていない。先程の鬼神の如き戦い振りからは想像出来ない程に弱っていることは見て取れる。

エレンと薫のコンビネーションを相手取った激しい戦闘の上にスパイダーマンとの決闘による連戦のダメージと疲労が蓄積してついに限界値を超えてしまったのだろう。

 

「ははは……そっちの方が眼を醒ましちゃうんだ……残念だなぁ」

 

「僕で悪かったね……ゴメン」

 

結芽が重い瞼を開けるがその瞳に映る人物は今最も会いたい相手で無かったことは残念であったが、自分を気にかけてくれることに関しては悪い気はしていない。

だが、先程まで自分と戦っていた相手であるその人物は今までマスクで顔を隠していたようであるが瞳から涙を流し、とても悲しそうな顔をしている。

それがとても不思議でならなかった。自分たちはずっと敵対していてさっきまで命懸けの勝負をしていたというのに。

 

「何で謝るの?おにーさんは私の願いを尊重してくれたんだよ、これも全部私が望んだこと、例え敵でもおにーさんを恨むほど私器小さく無いよ」

 

「だけど………っ!僕が君と戦ったからっ!」

 

実質的に彼女の最後の敵を担ってしまったことにより、彼女の死の間接的な原因になってしまったことに強い罪悪感と責任を感じているのかその顔は後悔と迷いが入り混じっていてとても苦しそうだ。

 

「言ったじゃん……おにーさん達と私は敵同士、戦う理由なんてそれだけだって……おにーさんはおにーさんのやるべきことをやって私をちょこっとだけ追い込んだんだよ……誇って良いと思うけどなぁ」

 

「誇れるわけ無いよ……今こうして目の前で苦しんでる君すら助けられない、程僕は無力なんだ……こんな力があっても何でも出来る訳じゃない。僕は君たちの誰1人にだって死んで欲しく無かったさ」

 

結芽の方は可奈美と戦えなかったことに関しては未だに残念に感じているが、死力を尽くし最後まで向かって来たスパイダーマンに対し憤り等感じてはいない。

だが、それでも颯太は悲しそうな表情を変えない。多くの犠牲を払い、ここまで来たのもタギツヒメ という脅威から日本を守るためであり相手を極力傷付けない、人側は討たないと決めて誰にも死んで欲しく無かったというのに自分は敵対した友を倒し、彼女の最後の相手を務め、彼女を死に追いやる原因の一つになってしまっことを心を痛めている。

 

各陣営、皆が国の存亡をかけて命を掛けたやりとりをしているというのに誰も犠牲を出さずに解決しようだなんてそれは幻想に過ぎないのかも知れない。だが、それでも自覚の無さから叔父を死なせてしまったあの日からこの力を人助けのために使って来たというのに彼女の事を救う事は出来ない。

 

自分には他人の病気をいきなり全快させるような力も無ければ死んだ人間を生き返られせる力など無い。結芽が与えられた力と恐らく同じ物を授かってこの体たらくなのだ。

敵を倒し、戦うことで誰かを守ることは出来ても実際には届かないものも多い決して万能な力ではないということを思い知らされる。

 

「甘いなぁおにーさんは……甘い甘い……だけど嫌いじゃないよ。ねぇおにーさん、私達違う形で会ってたら仲良くなってたかな?」

 

「僕は……正直分からない。ハリーと君が仲良くなれたなら僕らも不器用だけど悪くない関係にはなってたかも。でも、可奈美ならきっと『同じ学校だったら毎日試合を申し込むよ。結芽ちゃんの太刀筋もっと見たいからっ!』って言うと思う」

 

「同じ学校かぁ……悪くないね」

(おねーさんと私が仲良くなれるかぁ……おにーさんと同じこと言ってる……)

 

その言葉を聞き、どこか安心したかのように結芽は微笑む。同じ学校であったのならきっと毎日のように試合を繰り広げる2人の姿、それを遠目で見ながらも応援する皆の姿、今頃気にしても仕方ないがそんなもしもだってきっと悪くないのだろうと思う。

 

「うん…………」

 

そして、結芽は己の最期を悟ったのか自身を見つめる颯太の瞳を見つめながら問いかける。彼女が今最も彼に聞きたい事だ。

 

「ねぇ……おにーさん。私強かった?」

 

「………うん、僕がこれまで会って来た敵の中で一番厄介で一番面倒くさくて………忘れられない位一番強いよ」

 

先日舞草の里を潜水艦で脱出する際に彼女を忌避して一番めんどくさい奴と言ってのけたこと、一番強いって言って欲しいと言われたことに対する彼なりのアンサーを結芽に返す。

 

「フン、あったり前じゃん……っ!……ねぇおにーさん、おにーさん達みたく誰かの為に戦うってのも悪く無いね…そっか……そんな簡単なことで良かったんだ」

 

最も聞きたかった言葉を受けて、結芽は満足しながらその言葉を受け取る。

そして、結芽の方も散々無用だと、弱いと切り捨てて来た物でありながら身を削って誰かを守り、自分に喰らい付いてくる彼らの強さを理解した。

そして、自分も割と私的な理由であるが誰かの為に力を使う事で断片的でも触れることが出来たのだろう。

 

「強い敵を倒す力だけが強いんじゃない……自分のことばかりを優先するんじゃなくて困ってる人に手を差し伸べて、おにーさん達みたく誰かのために戦って1人でも多くの人の、小さくても皆が大切にしてる幸せを守ればきっと……」

 

自分のこれまでの行い、言動、それらを今際の際になってようやく全てが自分のためばかりであったことを自覚して恥じる。

自分が両親から見捨てられ、既に無くした……いや、捨てたと思っていた物は

ここ数日栄人と過ごしたことで既に手に入れていたということを自覚した。

自分に生きるためのチャンスと居場所をくれた紫、多少口煩くとも面倒見が良い真希と寿々花、どこか心配で放っておけない夜見、そして自分にその幸せをくれた栄人がいたことで満たされていたのだという事を理解した。

そんな誰もが大切にしている幸せを守る為に戦えたのならきっと自分は………

 

「君もきっとそうなれるさ……困っている時に助けられた人はきっと、その人への感謝を忘れない……いつかは自分もそういう人になりたいって思ってくれると思うよ」

 

颯太は結芽が最後に気付いたことを否定しない。自分が力を手に入れ、増長した結果大切な人を死なせてしまい皆を不幸にしてしまった。

だが、そんな時に自分の背中を押してくれた人がいたことで今の自分を形作ってくれた人達を守る為に自分は今日まで力を使って来た。

その中で自分の姿を見て勇気付けられた人がいるというのなら、その人はその気持ちを、それをくれた人の事を忘れないだろう。

 

「そっか……それはきっと素敵だね……」

 

直後に結芽はこれまでの好戦的な笑みでも嘲笑でもない年相応の屈託のない笑みを浮かべるとなんとかギリギリで開けていた瞼を閉じて力無く手を森林の方へと伸ばして最愛の人への別れを告げる。

 

(あーあ、もうお終いかぁ……ハリーおにーさん、先に死んじゃう私を許してね……本当は作戦が始まる前までずっと側にいて欲しかったけど……傷ついて欲しく無かったけど……私の願いを否定せずに尊重してくれたことは嬉しかったよ……何より、私に夢のような時間をくれたことは私の宝物だったよ。だから、生きてね……私の大好きなおにーさん……)

 

直後に結芽は颯太の腕の中で動かなくなり、力無く腕が地へと堕ちる。

 

「……………っ!」

 

この感覚は覚えている。あの日、叔父を死なせてしまった時の生命が終わる瞬間と同じ光景だ。その死により大切な人たちから笑顔が消え、悲しみに包まれるこの世の何よりも悲しい事だ。

そんな想いを誰にもして欲しくなくて自分は今日までその力を人助けのために使って来たと言うのに彼女のことは救えなかった。悔しさと、もっと他に良い方法だってあったたんじゃないか?という考えばかりが頭を巡る。

この力が万能では無いことも、何でもかんでも出来る訳では無い事は分かっていた。だが、それでも届かない想いと押し潰されそうな現実を突き付けられて嗚咽を漏らすことしか出来ないでいた。

 

だが、現実は悲しむ時間すら与えてくれない。こうしている間にも終焉の時は近づいて来る。だから進むしか無い、タギツヒメ を止めなければ全てが無に帰してしまう。辛くとも進むしか無いと決めてまだ人の温かさのある彼女を地に寝かせて祭壇へ向かおうとすると一人の声が聞こえる。

 

「………颯…太?」

 

「ハリー……」

 

 

振り返るとそのには先程まで気絶していた栄人の姿があった。

グリーンゴブリンのスーツの機能は停止しているようだが自分の姿を見つめる彼の姿はまるで信じられない物を見るような眼でこちらを見ている。

無理もない、先程まで本気で殺し合いをしていた相手が本当は自分のよく知る人間であったという事実に衝撃を受けているため、駆け出していた足を止めてしまっている。

颯太も自分を見つめる彼の姿を見て、固まってしまった。ずっと、嘘に塗り固めて隠し続けてきた彼と敵対し続けていたという事実。運命により引き裂かれた自分たちはいつも間にか別の道を行き敵同士になっていた。

何も知らずに笑い合っていた幸せな時間は脆く崩れ去ってしまっていたという事実を突きつけられ、彼の瞳を見つめ返す事しか出来ないでいた。

 

 

夕暮れは既に別の色と化し、先刻まで月が雲に隠れ、星の灯りすらも見えない長い夜に月が顔を出し両者の姿を明確に映す月灯りは両者を隔てているように

……そして、横たわる結芽の眠りを祈るかのように優しく、それでいて冷たく照らしている。

 

(乗り物が3台分……だが、このピンピンしている方はダメだ、今のオレじゃあ簡単に追い出される……乗り移るなら……このチビの方だぁ)

 

だが、この時この場にいる誰もが気付かなかった。互いに目の前の状況と両者に気を取られ、結芽の指先の辺りからこの機会を狙っていたかのようにこっそりと忍び寄って来ていた黒いコールタール状の液体が入り込んで行っているという事を。




遅れたけど8/10、ピーター誕おめ!(FFHのパスポートから抜粋)


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第55話 蝕毒

今思うと200ペタワットレーザーって数値上は超とんでも兵器よなぁ

やはりここもどう足掻いてもムズい局面ですが迷いながら辿り着く場所を探し続けます。
タイトル的にあの人メインなのでちと急な説明がありますが30話の話をチロっと広げる&背景として軽く扱う位なので頭の片隅に軽く入れとく程度に思ってくだされ。


ーー数刻前

 

「………ん……そうか、俺は負けたのか」

 

栄人がブラックアウトしていた意識から覚醒すると背後に自重が茂みを押しつぶしている感触を感じ、ウェブのクッションにより投げ飛ばされた衝撃を軽減されていたのかその上で気絶していて先程まで自分の理性を支配していたグリーンゴブリンのスーツの機能も停止している。

手を握ったり開いたりしながら、殴られた腹部に触れて感覚を確かめると少し痛むが何ともない。相手はテロリストでありながら本当に自分を最低限傷付けないように倒したということを察知する。

 

……だが自分たちが負けて紫が討たれ、舞草が国を掌握してしまったら抑え込まれていた様々な悪意や勢力が調子づいて国に牙を向く可能性が高いという問題に危機感を覚えながら前方を見ると2人の人間の姿があるのを確認できた。

 

「あれは………」

 

 

一つは明らかに赤色の塗料を塗っただけのパーカーに青基調のインナーのスーツを着てマスクを外し、踵を返そうとしている人物と、庭の地べたに背を預けて眠るように倒れている小柄な人物の姿だ。

 

そして、次の瞬間。月を隠していた雲が動いた事で月灯が地上を照らしたことで姿が露わになることで視界に入り、嫌な予感だけが心臓の鼓動を早くして行く……それは倒れて動かなくっている結芽の姿だ。

 

(結芽ちゃん……っ!)

 

まだ気怠さの残る身体に鞭を打って身体を起き上がらせ、重い足を引き摺り、彼女が倒れているのは夢であって欲しい……その一縷の望にかけながら走る。

そして、間近まで近付くと踵を返そうとしている人物の顔が視界に入った瞬間に足を止めてしまった。なぜならその人物は、本来ならこんな所にいるはずが無い人物であったからだ。

 

「颯………太?」

 

そして、現在に至る。

 

対峙して互いの瞳を見つめる両者。普段は毎日学校で共に学生生活を送る友人であり、席も前と後ろ。寮の部屋すらも隣の隣人である2人だが先程まで殺し合いをしていたという事実は思春期の子供にショックを与えるなら充分と言える。

 

もっとも、これまで様々な痛みや悲しみ、命懸けの戦いに身を置いて来た颯太はまだしもどこまで突き詰めても結局は安全な場所で生き続けて来たただの一般人でしか無い栄人では受けている衝撃が違うのだが。

 

「結芽ちゃん………」

 

ゆったりとフラ付きながらふと視界に入った庭の砂利の上に身体を横たわらせ、瞳を閉じて安らかに綺麗な顔のまま動かなくなった結芽の前に膝から崩れ落ちて彼女の身体を抱き起こす。まだ人の温かさはあるが息もせず微動だにしなくなった彼女を前にして目の前が真っ暗になったような感覚、それでいてやるせない気分に陥る。

彼女は最後まで自分の命を燃やし尽くして戦った結果なのか、それとも自分の友が彼女にトドメを刺したのかそれは分からない。

 

「……………」

 

その様子を見ることしか出来ない颯太も栄人が結芽の身体を悲しげな表情で抱き起こす姿に対し、自分がこの状況を作り出した原因の一つであるため、心の奥が締め付けられる感覚に陥ってしまう。

 

一方、動かなくなった結芽を抱えながら意外にもグリーンゴブリンのスーツの機能が停止し、スーツの精神支配から解き放たれているためか思ったよりは理性的に行動できる。

 

(何でだよ……何でお前はそんなに苦しそうなんだよ……)

 

何よりそれ以上にどうしても気になるのは、仮に結芽の最後の相手を務めたというのなら友と言えど彼に対してやるせない想いが湧き上がるが涙の跡や酷く落ち込んだ表情から彼が苦しんでいるようにしか見えないことがより一層疑惑を強く深める。

 

管理局及び世間の視点から見て舞草は現政権を瓦解させようと企んでいる上に子供達を甘言で扇動し、その上で自分たちに都合の悪い者の排除を企て、いざ自分たちがやられたら被害者面して同じ様に攻め込んで来る危険なテロリスト集団にしか見えない連中の一員が、彼らから見て邪魔者である自分たちを倒してあんなに苦しそうに涙を流したりするのだろうか……。

実際にそのテロリスト集団の中に自分の友人がいたことにショックを受けたがその相手が結芽の死を心から悔やみ、悲しむ心がある相手を何故か強く責めることが出来ない。

 

だからこそ、どうしても聞かなければならない。

 

「どうしてお前がこんな所に………なんで……お前がスパイダーマンなんだ?」

 

その問いかけは疑念。20年前に大災厄から日本を救い、今の表面的には平和な日本を築き上げて来た現刀剣類管理局局長であり、自分の家の会社が国を脅威から守るために長年協力している折神紫に刃を向け、抹殺しようとした姫和とそれを手助けした可奈美を逃すことに協力した反逆者の1人、何度も自分たちが追いかけて捕まえようとした国家転覆を企むテロリスト集団舞草の1人であるスパイダーマンの正体が友人であったことは未だに信じられないからだ。

 

しかも本来ならばスターク・インダストリーズ日本支部でインターンを受けている筈……更に言えば今は安全な場所に避難している筈の人物であるためここにいるはずがないと疑ってすらいない相手だったのでその正体が彼であったことが拍車を掛けている。

 

その問い掛けに対し、グリーンゴブリンや結芽との戦いを通して流れた涙の跡があり、眼も赤く腫れながらも袖で涙を拭いてついに隠して来た真実を告げる。

 

「僕が舞草の一員でこれから起きるタギツヒメ の大虐殺を止める為だよ………僕は去年の校外研修で局の研究所で実験用の蜘蛛に噛まれて力を得たんだ。だけど、僕の自覚の無さで叔父さんを死なせて皆を悲しませた。だから、今日まで僕と同じように大切な誰かが傷付いて悲しむ人が1人でも減ればと思ってこの力を奮って来た」

 

友の口から告げられる端から見れば嘘にしか見えない真実を聞いて瞳孔が散大して行く。確かに思い返してみればいつもスパイダーマンと彼が同じ時間、同じタイミングでいたことが無かったことを思い出すと合点が行く部分があった。

 

そして、その口からは苦悩や迷いが感じられる。自分の自警団活動の全てが正しかったのか、刀使でも自衛隊でも機動隊という役職に付いている訳でもない特殊な力を持った一般人がその力を振るうという事は各方面から是非を問われても仕方の無いことをしている自覚はある。

実際、新聞社のジェイムソンには日夜「仮面で素顔を隠し、フラッと現れて犯罪者や荒魂に戦いを始めて訳が分からん。正当な理由があると思ってるのは貴様だけだ!」と苦言を呈されている程だ。

だが、それでも持てる力を自分のためだけに使うのではなく誰かのために使って来た。少なくとも自分ではそうありたいという想いを込めて言葉に載せる。

 

「君を……皆を危険なことに巻き込みたくなくてずっと正体を隠して来たんだ……僕には敵もいっぱいるしね」

 

目を伏せながら、ポツポツと語るその姿は普段のシャキッとしない鈍臭い様子からは全く想像できない程重荷と悲しみを背負って来たのだと言うことが伝わって来る。

 

「だけど、御前試合の会場で事態は変わった。僕には……多分管理局の研究所のノロの生物実験の関連からなのか荒魂の反応を感じ取る力があるんだけどそこで局長が荒魂に取り憑かれてるって事に気付いたんだ。だから本当のことを聞くために姫和の手助けをした。そして彼女からこの国の真実を聞いたんだ……折神紫は20年前の災厄から生き残った大荒魂なんだって。それでスタークさんに協力してもらいながら舞草と合流して彼女を止めるために行動して今に至る」

 

「なんだよ……それ。じゃああの会見で言ってた大荒魂が復活しようとしてるってのは注意を引くためのハッタリじゃ無かったとでも言いたいのか?じゃあ、何で前に会った時に言わないんだ」

 

会見をチラリと見た時はあまりにも身も蓋もない話である上に、明らかに囮の罠だと察してはいたが朱音の言葉からはそれを立証する物が何一つ無いため全く信じてはいなかった。更にグリーンゴブリン のスーツの特性である感情の起伏で性能が上下する都合上、常に安定して高出力で戦闘力を高めるために余計な思考をシャットアウトさせて装着者の性格を攻撃的に変性させられていたため信じるという事が出来なかったという部分もあるが。

 

だが、以前に舞衣と沙耶香が結芽の追跡から逃走する際に駆け付けていたスパイダーマンと会った際にスパイダーマンは紫は危険だと、放置していれば危険な事になると具体的な説明はせずに抽象的な事しか言わなかったため、拗れてしまったという部分もあるためその辺の説明は必要と言える。

 

「あの時はそれを証明するための証拠も術も無かったし、君は管理局内でも特殊な立ち位置だ。下手に彼女のことを調べて真相に辿り着いたら消されるかも知れないと思ったんだ。彼女はこれまでも今も自分に従わない不都合な邪魔者や勢力を粛清して排除して来た……一晩で舞草の構成員を殲滅して見せたようにね。そんな危ない橋を君に渡らせたくなかったんだ」

 

「そんな……局長が今の座に着いて今の体制になってから危険な勢力は粛清されてそれで平和な日本が続いて、荒魂の被害も減少して平和な日本だった筈だろ……それが全部嘘だったって言うのか」

 

あの曖昧で抽象的な物言いで余計な混乱を与えてしまったことで拗れるのは颯太の言い方が悪かったのは確かであるが栄人の立場を考えると真実を話して内側から管理局を調べたりしたら紫に排除される可能性があると考え、本当のことを堂々と話せなかった。尚且つあの場には紫を盲信する雪那もいたため余計に面倒なことになって余計拗れたことは想像に難くない。

 

だが、一方で現折神体制が正しいと教え込まれて育った世代の、現管理局の保

守派な考え方を持つ人間である栄人に信じろと言っても難しい話ではあった。だからこそ、早めに紫に憑依てしいるタギツヒメ を倒して終わらせて元の日常を取り戻したかったのだがいつからか互いの道は離れて行っていた。

 

そして、紫が現体制の当主になった事で危険な勢力は皆粛正され、なりを潜めた事で表面的には平和な日本は保たれて来たという事実が彼の考えを固定化させたのだろう。

勿論、その一方で良い面ばかりであったという訳では無い。それは日本中のノロを管理局で一括で管理する事で自身の力とするために20年間復活のために力を蓄えるための演技であり、管理局は……いや、日本の全ては彼女に騙され、彼女の力を復活させるための手伝いをさせられていたからだ。

 

「残念だけど全部今日までの自作自演だよ。君は何も感じなかったかも知れないけど数時間前に隠世の扉が開く大災厄の予兆が起きた。刀使は身体の残像が分裂するような現象で僕にはスパイダーセンスが強烈に反応したんだ。多分今頃20年間日本中に集めさせたノロと融合してるかも知れない。それを止める為に僕らはここに来た」

 

数時間前に起きた隠世の異変、つまり大災厄の予兆が起きた際スパイダーセンスを持つ颯太、及び隠世に干渉する力を持つ刀使達は異変を感じ取っていたが刀使ですらない一般人の栄人はそれを検知する術も無いため知らないと言えばそれまでだが、確かに今日一日祭壇に長時間篭りっぱなしの様子を鑑みるに保管庫に貯蔵されているノロに何か仕掛けているかも知れないことは流石に想像出来た。

 

管理局の局長というポストを利用し、長年集め続けたノロを好きにどうこう出来る人物と言えば紫しかいないという事を踏まえると、その話が本当であるならば自分たちが守ろうとしたいた物は……そう考えると自分の腕の中で動かなくなった結芽の安らかな顔に視線を落とす。

 

……とても、不幸そうには見えない。100%自分のやりたかった事を出し切ったとは言えないがそれでもそれなりに満足そうに眠る彼女の顔がそこにはある。

 

「じゃあ俺たちは何を守ろうとしてたんだ……何のために結芽ちゃんは……」

 

彼女は間違いなく不満ばかりを残したまま逝った訳では無いかも知れない。だが、彼女が命を掛けて守ろうとしていた者は……そして、自分が友に武器を向けて、悲しそうな顔をさせ、彼女を戦場に送り出してまで守ろうとした物は何だったのか。

自問自答を繰り返す……自分は何を守ろうとしていたのか、何を守っているつもりだったのか。

 

そんな動かなくなった結芽を抱えて俯く彼に対し、事実を突き付ける。相手をフォローすることと、間違いを誤魔化して有耶無耶にすることは違うからだ。人は何かを失い、傷付き、自分の過ちに気付かない限り進めないことを自分は多少なりとも知っているからこそ、キチンと伝える。

 

「人でも国でも無い、従わない者を排除する……20年前にノロを兵器にしようとした人間のエゴが生み出したモンスターだよ」

 

「…………」

 

決して禁断の領域を超えてしまった先代達を非難している訳ではないが、力や技術は良いことにも悪い事にも使えてしまう。そして、傲慢な人間のエゴが引き起こす物はいずれ自分たちに返って来る。だからこそ、戒めとして肝に銘じておかなければならない。

 

「…………」

 

栄人は颯太の口から語られる真実を、徐々に理解し始めていたが実際にその真実を突き付けられて硬直してしまう。自分は、自分たちはとんでもない者がしでかそうとしていた、とんでもない事の手助けをし、結果的に結芽を死なせてしまったのだという事を思い知られる。

 

しかし、そんな彼の沈んで行く姿を前にして自分も彼らに対して非のあることをしてしまったことは事実であるため、謝罪しなければと思い謝罪する。

 

「でも、ハリー……これだけは謝らせて欲しい。ゴメン、僕は……僕のせいで彼女が死んだ……僕じゃ彼女は助けられ無かった」

 

「颯太……」

 

その声の方向に顔を向けると彼は涙を流しながら自分たちに向けて謝罪している。膝を地につけ同じ目線に立ちながら結芽と栄人にだ。

 

「彼女を何としても祭壇でタギツヒメと戦ってる可奈美達に近付ける訳にはいなかった。もし、彼女が祭壇の戦闘に介入して行ったら作戦が瓦解して全てが無に帰すかも知れない。だから、僕は……彼女を足止めしたんだ」

 

折神邸に突入して来た面々は何としても最大戦力である可奈美と姫和を最優先で何としてもタギツヒメのいる祭壇に向かわせなければならない。だが、その上で自分たちを阻む存在である親衛隊と新装備を付けた面々も抑えなければならない。お前にS装備の稼働時間も込みと考えると時間は自分たちに味方してくれてるとは言い難い。

 

その上で一番厄介な存在が結芽だった。彼女は親衛隊どころか日本だけで見ても最強クラスの刀使だ。そんな相手を可奈美や姫和と戦わせて仕舞えば祭壇にたどり着くのが遅れてしまい、タギツヒメ は完全復活を遂げて誰も手が付けられなくなり全てが無に帰す。そうしたら自分の家族や隣人だけでなく日本中の人が死ぬ。それだけは阻止する為にここまで来たのだ。

 

だからこそ、誰かが身を削ってでも彼女を抑えなければならなかった。最初はエレンと薫が。彼女がライノとショッカーの介入で逃げて以降は自分が。

数多くの犠牲を払い、バトンを託されながらこの場に来ている以上仲間の想いを無駄にすることなど出来ない。だから自分は何としても彼女を抑えなければならないと思い、彼女と戦った。

 

本当は誰かと争うことなど好きでも得意でも無いが日本を守る為に互いにやるべき事をやった。そして、自分は負けた。だが、同時に彼女の生命もタイムリミットを迎えて力尽きてしまった。

 

どちらかが悪いと断じて良いものかは分からないが自分は彼女にも死んで欲しくなったため、少なくともこれまで人間の死者は出さないように戦って来た自分が友の大切な人を死なせてしまったことも事実である。だからこの事実からは逃げない。作戦的には成功でも一騎討ちの勝敗も込みでこの結果は充分に敗北と言えるからだ。

 

栄人はその瞳から伝わって来る悲しみや痛み、矛盾を背負いながらも前に進み続け、乗し掛かる責任や重荷に対して向き合い続ける意思を感じ取り、こいつには勝てねぇなと理解した。だからこそ、自分なりに相手の事情を汲み取って意思を伝える。

 

「結芽ちゃんは……自分がもう長く無いことも、今夜が最後になることは分かってたんだ。俺はそれを止めずに彼女の戦いに同伴した……俺にお前を責める権利は無ぇ」

 

「だけど……」

 

「お前を倒すために彼女が本気を出したから死んだ……結果論で言えばそうかも知れない。だけど、彼女を止めなかった俺も同罪だ……俺は彼女に何もできなかった」

 

友の必死な謝罪を前にして、自分がしたことは彼女が今夜が最後になるから最後まで戦いたいという願いを尊重したと言えば聞こえは良いが言い変えれば死地に向かわせることを是として彼女の命を諦めたと同義でもあると理解し、結芽と全力で命をやり取りをしたが彼女のために涙を流す彼を責める事が出来ない。

何より自分にも非があるというのに彼を責めるのは筋違いと言える。だから今は背伸びせず現実を受け止めるしかない。

 

「僕もかつては大切な人を自分の判断ミスで失った。だから、僕は君を強くは責めない。だけど、力を持って何かを為そうとすると言うのならいつだって自分の心に問いかけ続けなきゃいけないんだ。これでいいんだではなくこれでいいのか?って」

 

「そうか………」

 

友のその言葉を聞き、自分にも通じる部分があった。

確かに管理局や世間から見れば舞草は危険なテロリスト以外の何者でもない。紫が倒され、舞草が国を掌握してしまえば起きる問題もあるが同時に現折神体制も良いことばかりではない。テロを起こして国家転覆を企む奴らがいるのならそれだけ紫の掛けてきた圧力により不幸になった者達も少なからずいたからではないか。

そう言った少数に目を向けず、目に見えて管理局が、世間が、皆が悪だと断じる者達に対し彼らの事情を汲み取らず、容赦無しに大衆が掲げる正義という名の棍棒で思い切りぶっ叩いてしまったのではないかと思い至る。

 

管理局や国の脅威に対して対抗しなければならない自分の立場からすれば、反乱分子を取り除く選択自体は特段間違いではないだろう。だが、本当にそれだけで良かったのか?

そのテロリストにも大切な人や守りたい者がいる。同時に敵であろうとも相手の死を悼み、哀しむ心があるのだと言うことを颯太を通して理解した。自分は友人達のことは庇おうとはしたが他の構成員は容赦なく捕らえようとすることは虫の良すぎる話だ。その者達だって敵組織に属した友人達にとって大切や人や仲間になっているかも知れないことは想像できなくはない。

そして、自分の木を見て森を見ない考え方は結果的に友人と殺し合いをし、相手にこれ以上無い程に悲しい想いをさせてしまったのだと自覚する。

 

お互いに気まずい空気が流れる中、自分達に残された時間が少ないこと、今もなお祭壇で最大戦力である可奈美達が戦っている以上あまりぼやぼやしてはいられない。

そうしてマスクを被り直し、結芽との戦闘の際に枝に括り付けたウェブシューターを取り外して手首に装備し、栄人の方へと向き直る。

 

「悪いけどあまり僕らに時間は残されて無い。行かないと……ハリー、後でちゃんと話そう」

 

踵を返し、祭壇に向けて跳躍しようとウェブを高い建物に当て、飛び上がろうとすると栄人が声を掛けてくる。

 

「……一つだけ聞かせてくれ。結芽ちゃんとお前、どっちが勝ったんだ?」

 

確かに勝敗については話してはいないため、彼も彼女の最後の戦いの結果について質問される。

結芽と自分の一騎討ちの結果……彼女を祭壇に近付けないという作戦の意味では自分達の勝ちと言えなくはないが勝負の結果は敗北であること、自分の命を燃やし尽くしてまで戦い抜いた彼女に敬意を評して嘘偽りない真実を伝える。

 

「彼女だよ。一生忘れられない位、僕の会って来た敵の中で一番強かった」

 

「そうか。なら、彼女のことを忘れないでやってくれ………気を付けろよ」

 

「うん」

 

和解……とは口が裂けても言えない程気まずくて曖昧なやりとりではあるがもう既に敵対という意志はない。何もかもが終わったらちゃんと話し合う必要がある、だからこそ必ず生きて帰って来い。そんな意図を込めてスパイダーマンを送り出す。

スパイダーマンの方も、またしても死ねない理由が、戦いが終わったらやらなければならないことが増えた事を実感して必ず帰らなくてはと心に誓って思い切り祭壇に向けて跳躍して飛び去っていく。

 

スパイダーマンが飛び去るその姿が見えなくなるまで見送ると自分の腕の中で静かに眠る動かなくなった結芽の顔に視線を落とすと堪えていた涙を流すと彼女の顔に涙が当たって頬を伝って流れ落ちて行く。

 

「結芽ちゃん……俺は……俺たちはどうすればよかったんだ……答えちゃくれねぇか……」

 

残りの命が少なくとも戦い抜くことを選んだのは彼女の方だ。自分はそれを否定せずに自分も同伴した。あの状況ではそれ以外に方法は無かったのは確かだが真実を知った今、自分はどうすれば良かったのか分からなくなってしまう。

だが、これだけは言える。彼女を死に追いやったのは自分も同じだ。

必死に迷った末に出した決断の先がいつだって正しいとは限らない、起きてしまった結果を覆す事など出来はしない。結果から目を逸らさず、背伸びせずにただ受け止めることしか今の自分には出来ない。

だから、だから今だけは………最愛の彼女の死を悼んで泣いた。

 

……一通り泣いて落ち着くと、自分の腕の中で動かなくなった結芽を管理局の遺体安置所へ運ぶために持ち上げ、そのまま大人しく降伏しよう。そう決めて今もなお戦闘しているであろうライノとショッカーに停戦を呼び掛けようと通信機に手を掛けようと手を動かした。

 

「結芽ちゃん……行こう………ぐッ」

 

だが、直後に頭に殴られたような強い衝撃が走り、一瞬で意識を刈り取られて地に倒れ伏す。それでも最後の最後に結芽に手を伸ばしたが届かずに意識がブラックアウトする。

 

自分の周りにいる人間が1人になる瞬間を結芽の体内で待っていたそれは結芽の背中からは服と同化しているかの如く、自然に溶け込んでいる黒いコールタール状の液体が握り拳の形を形成して振り抜いたポーズのまま固まっていた。

直後に流動しながら姿形を変え、丸い頭部、白く釣り上がっている横長の眼、裂けたような口が出来上がり、その口からガラガラで掠れた様な、人間の声帯からは出ないだろと感じる声を発する。

地面に倒れ伏した栄人と自身が乗り移った結芽を交互に見渡すと常に裂けている口を更に開いて刃物のやうに鋭利な牙を見せて不気味な表情を浮かべる。

 

やっと行ったか。アイツは厄介だがこのガキ1人なら今の俺でもどうとでもなる。どうやらこのガキにとって大切な奴みたいだからな。交渉のカードになる……さて、交渉開始と行くかぁ」

 

ーー数刻前、舞草の残党であるスパイダーマン一行が射出用コンテナで管理局に突入した際、ヴァルチャーとの戦闘で大破寸前であったコンテナが人のいない地帯、つまり管理局の研究者であるコナーズ(53話参照)がシンビオート(管理局の研究チームによる呼称)を保管していた研究棟に不時着し、保管庫に激突した時だ。

 

カプセルが潰れて何とか脱出しようと一度分裂した矢先に不時着したコンテナのエンジンが爆発を起こし、片方は脱出と同時に火柱を回避出来たが自分はその炎に巻き込まれてしまった。

 

自分たちシンビオートには致命的な弱点が存在する。一つは地球の大気下のように酸素のある星では何かに寄生しないと生きることすら出来ないという点。(コナーズは特殊なケースに入れることでこれを塞いでいた)尚且つ、宿主に適合しなければ相手を死に至らしめてしまうため非常に不便だと言うこと。

二つ目は超音波、中でも4000〜6000hz以上の音波は今の寄生する前の戦闘力が低い状態では致命的となる。

そして、三つ目は炎……厳密に言えば高温の熱と言った方が正しいだろうか。有機生命体に寄生する以上炎が弱点になるのは仕方ない事だからと推測される。

 

そして、最悪なことに自分は運悪くコンテナのエンジンから出火した炎に身体を呑まれてしまった。

全身を焼く炎の熱が痛い。苦しい。自分たちは地球では何かに寄生しなければただの動く液体に過ぎない、炎の直撃を受けたのはかなりの痛手……防御力0の状態で一撃必殺のクリティカルヒットを喰らったに等しいダメージである。

そんな状況下で自分たちを故郷の星から連れ出し、研究をしている連中の代表の1人である20代後半程の研究者コナーズが駆け付けた。

 

(苦しい……っ!何をしている地球人、早く俺を助けろ……っ!)

 

自身を包む炎の熱によりジリジリと全身を焼かれるダメージにより知能を低下させながらも助けを求めるかのように暴れるがその人物はまだ分裂した無事な方のみを救出していた。

……そう、自分は見捨てられたのだ。

 

『申し訳ありませんが貴方を助けている余裕はこちらにはありません。無事な方を救うのがベターです。非常に残念ですが結果的にいいデータが取れました、それでは』

 

そう言って燃え盛る保管庫から走り去っていくコナーズの背を視線で追うがこのままでは焼け死ぬことは想像に難くないため、何とか脱出した。

既に体組織の大半が焼け爛れ、満身創痍な虫の息となりながらも生にしがみつくために地を這いずり回りながら行くあても無く宿主を求めて彷徨っていた。

 

最初は自分に近づいて来た虫、それを捕食しようとする蛇、そして山中にて遭遇した野兎、食物連鎖の如く次々と乗り移る生き物を変えて折神邸まで移動して来た。

だが、やはり小型の動物では自身との融合には耐えられないようであり数百メートル走っただけで限界が来てしまっていた。

 

(ふざけるな……この星でも俺は欠陥品の弱者だとでも言うのか?俺が今にも死にそうな弱者だから奴は俺の価値を否定してあの生かすかねぇ高慢チキなゴマスリ野郎を助けたとでも言うのか……そうか、ここでも俺は負け犬なのか……)

 

死にゆく宿主である野兎の体内で、シンビオートは悔しげに呟く。

自身の故郷、水星でもそうだった。水星に拠点を置き、そこに根を張って生息するシンビオートは一体一体が意思を持ち、人間同様同族間にて文明、社会を形成している。

その中でシンビオートの中で長年の間守られているルールがある。完全実力主義の強き者が絶対正義というルールだ。

最も力のある者が施政を敷き、敗北した者達は最も強い王に従うことでシンビオートは王の敷いた社会を生きる。

 

そして、自分はシンビオートの中ではまだ若輩の身……実力は低くないが言うならば下っ端だ。

そんな自分はかつて王の気紛れで催し物のために皆の前で手も足も出ずに徹底的に打ちのめされてから、自分は向こうでは負け犬の烙印を押されて上流階級のシンビオートにこき使われる屈辱の日々を送っている。それが今回自分たちが地球に来る理由へと繋がっていく。

 

ある時、シンビオートを統べる王に自分ともう一体、エリートの格に位置する上流階級のシンビオートが玉座に呼び付けられる。

 

全身が真紅の液状でありながら個体よりも巨大で禍々しく、威圧感を放つシンビオートの王は自分の配下である自分ともう1人、白銀のシンビオートを呼び出していた。

自分はこの王が死ぬほど苦手だ。超がつく程の愉快犯で只々自分の悦楽の為だけに脈絡も無く他者を屠り、痛ぶる……所謂暴君と言えるだろう。

以前に気紛れで催し物と称して昇進をネタに自身に挑戦させ(尚且つ断れば即処刑)、皆の前で自分を徹底的にサンドバックとして痛ぶることで笑い者にして今の地位に固定させた。

しかし、気分で配下を屠る悪癖はある物のこの星で最も強い存在である以上誰も逆らうことが出来ない。反面その強さと何だかんだで統治者としては有能であるため心酔する者も少なくはないためかなりの困ったさんである。

 

そして、暴君としか言いようが無い真紅の王は自分たちに向けてがま口のように横に広がった口を形成して語り始める。

 

「最近、我々の個体の数が無用意に増殖したため各地で食料が枯渇しつつあるのは知っているなぁ?」

 

「はっ、心得ております」

 

白銀のシンビオートは副官として情勢を把握している為か真紅の王の語る、この星で起きているシンビオートの増殖による食料問題についても把握していた。自分は何となく知っている程度だが、下っ端である自分を呼び付ける理由は大方察することが出来る。恐らくこいつの補佐だろう。

 

「バランスを取ぉるためには不必要な個体、つぅまり能力的に見て無能な順から抹殺して数を減らすことで保って来たがこのままではいずれ足りなくなるぅ。はい、そこで無能君に質問です。どうすればいいんでしょおかぁ?」

「……他の惑星にまで我々の手を伸ばす事だろう?」

 

真紅の王が心底自分をおちょくるような口調で自分に話題を振ってくる。やはり以前嬲られたトラウマが身体に染み付いているのか一瞬強張ってしまう。

タメ口が耳に入った瞬間、真紅の王がコールタール状の身体を刃状に変形させ、シンビオートの周囲をわざと本人にギリギリ当てないようにズタズタに斬り付けて見せた。

 

「はぁい、口の利き方には気ぃを付けなさいよぉ無能がぁ、虐殺するぞぉ?まぁた痛い目を見たいのかぁ〜?」

 

「……申し訳ありません」

直後に明るいトーンになりなって返してくる。やはりこちらをおちょくって反応を楽しんでいる辺りつくづく胸糞の悪い奴だと内心で吐き捨てるが力では絶対に敵わない相手であるため抑え込む。

 

「うん、よろしいぃ!そこでお前たちは今回、他の惑星に行って調査をして来い。無能は優秀な高官の補佐だ。我等の狩場に相応しいかどうかをなぁ。そしてぇ!地球人の中に私が大虐殺を行うに相応しい玩具がいるかぁ……実に楽しみだぁ」

 

自分の隣にいた白銀のシンビオートは王へのご機嫌取りなのか純粋な忠誠心なのかは計り知れないが真紅の王の発言から汲み取った内容を掻い摘んで提案をする。

 

「では我が王、私は敢えて彼らを水星に呼びます。調査のために我らを回収するついでに彼らの星に案内して貰おうと考えております。そこで適合する宿主を探して向こうでの調査を始めます」

 

 

「やはりぃお前に任せて正解だぁ……さぁ、行って来いぃ!我らの次なる狩場の下見になぁ!お前が戻って来るまでいつまでも待つうう」

 

地球に来るまでの経緯を思い返しながら、地を這いずり回り折神邸にまで到達した。何やら地球人が抗争をしている様で激しい戦闘があちこちで繰り広げられている様だった。どこの世界でも争いは無くならないのだなと地球もまた厳しい場所なのかと薄々感じ始めていると偶然通りかかったそこでは2人の地球人が白熱した戦闘を繰り広げていた。

 

薄桃色の髪に茶色の独特なデザインの制服を身に纏い、1尺9寸9部のこの星の金属で構成された刃物を持っている少女とパーカーに色を塗っただけのように見える赤い上着に青いインナースーツと手作り感満載のゴーグルを付けたマスクを被っている恐らく雄に分類させるであろう人物が同じくこの星の金属で構成された刃物で激闘を繰り広げているが押されている。

 

一見すると、押されている方に取り付くのがベストに見えるがシンビオートは別の所に着眼点を置いている。少女の方は優勢だが肉体的な限界が近いことは荒い呼吸、速まっていく心音から想像できる……シンビオートは決めた。

 

(乗り物決定だ)

 

 

そして、激闘の末一瞬の交錯の末勝利を制したのは少女の方だった。最後の悪足掻きで頭突きをかました赤い衣装の人物が地に伏したが肉体的には向こうの方が強靭である以上火傷による大ダメージで大幅に弱体化している自分では簡単に追い出される可能性が高い。

地球人の水準がどの程度かは知らないがその人物の高い身体能力を見るに辺りその可能性は否定出来ない。だからこそ、勝利しつつも既に立っている事が奇跡の状態の少女に向けてゆっくりと接近する。

 

(乗り物が3台分……だが、このピンピンしている方はダメだ。今の俺では簡単に追い出される。乗り移るなら……このチビの方だぁ)

 

赤い衣装の人物がマスクを外して彼女を抱き起こした際には少し焦ったがそれでも息を殺して近づいて行く。そして、少女の意識が途絶えて動かなくなり、赤い衣装の人物が立ち去ろうとした際、突如現れた赤い衣装の人物と知り合いの緑のパワードスーツを着た人物が起き上がり対峙して気を取られている隙に自分は少女の腕から体内に忍び込んで行く。

 

(まさか適合するとはなぁ……コイツの身体はよく馴染む)

 

少女の体内に寄生したシンビオートの融合は……結果的には成功だった。寄生した少女が完全に死亡する0.1秒前に体内に潜り込んだことが幸いして、彼女を

仮死状態にする。そして、血液を通して全身に浸食を順調に広げて行く際、ある1つの異常に気が付いた。

 

--彼女の体内のあちこちに橙色の生命体が存在していたのだ。どうやら先客のようだ。シンビオートは向こうがこちらに気付く前に一気に吸収することで封じ込め、しばらく暴れられたような気はするがすぐに大人しくなった。

どうやら、この橙色の生命体を捻じ伏せることに成功はしたようだ。だが、もし仮に彼女が死亡した状態であったのなら体内で結合して手が付けられなくなったかも知れないことは容易に想像出来た。

 

(まずはこの星の情報が欲しい。脳と結合する)

 

体内のあちこちに散りばめられていた橙色の生命を吸収したことで食欲が急激に満たされたことに満足しつつシンビオートは宿主の体内を駆け上がって脳と結合し、宿主の記憶、この星の言語と情報を探ろうとして行く。

 

(これがこの星の言語か、簡単過ぎるな。さて、宿主の個体名は燕結芽。地球人換算で年齢12歳。職業は折神紫親衛隊第4席……か。なるほど)

 

シンビオートは宿主である結芽の脳と結合することにより、宿主の記憶という名のデータ、文明に関する情報、言語を瞬時にインプットして情報を整理して行く。

 

ーー自分たちの星とは異なり自然や海、そして自分たちの星では決して見ることが出来ないであろう青く晴れ渡る空。特定の星の主を持たずに各々が自由に生きる世界。自分たちの狂った真紅の王の気分次第で死に兼ねない世界よりは遥かに優しい世界……純粋に美しいとも思った。

水星での生活で既に心は死んでいたと思っていたが、この景色を失うのは少し惜しいような気もしてくる。

 

(適合出来たはいいが12歳程のガキの脳じゃ得られる情報が少ない。

それにこいつ自分が感心ある物以外への興味が少な過ぎる……これならこの星にある情報探知システムの本やネットとやらを使った方がまだ速いな……だが意外にも健康体の際の身体能力に関しては問題はない……その点に関してはアタリと言えるがコイツは……)

 

シンビオートは結芽の脳と結合した事で理解した。いや。彼女の過去の記憶を覗き込み彼女のこれまでの人生を情報という名のデータとして閲覧したという方が正しいか。

彼女は類稀なる剣の才能を持ち、神童と持て囃され、将来を期待されていたようだ。このデータを覗いた時は王になす術もなくボコボコにされ、以降は負け犬として上流階級のシンビオート達にこき使われて来た自分とは異なる。正直いけ好かない奴だとすら思った。だが次の記憶のページを開く。

 

綾小路武芸学舎への編入の際、急に胸を抑えて苦しみ出して呼吸困難に陥って搬送されてしまった。

そして、彼女の身体は日々弱って行き、見舞いに来ていた筈の両親もすぐに来なくなった。彼らはこの宿主を見捨てたのだ。

 

(そうか……コイツも、価値を見出されなくなって捨てられた訳か……俺と同じように)

 

シンビオートは彼女の経緯に一瞬だが自分を重ねる。この大役の仕事に選ばれ、地球に来ればもしかしたら自分は変われるかも知れないと思っていた。だが、現実はそうは行かなかった。不慮の事故で炎に包まれ、死にかけたことで自分に研究対象としての価値を見限られ見捨てられた。

彼女は自分と違い、天才と持て囃され、期待されていた。だが、突如訪れた不幸により本来は最後まで味方であるべき両親に見限られ、後の主となる紫に荒魂と融合するためのアンプルを受け取って何とか今日まで戦って来たということを理解した。

例え、神から与えられた才能があろうとも、一つの不幸によりいとも簡単に切り捨てられ、忘れられて行く現実……そこから生まれる孤独。ここだけは何となく共感できてしまった……そして同時に、使えるかも知れないと思った。

 

(俺たちシンビオートは単体じゃあこの星で生きて行くことすら出来ない。生物としての格は最下層……一番格下って言って良いだろうなぁ……だが、だらかこそ……この星で這い上がる価値があるなぁ)

シンビオートは何故か自分では理解出来ないが、心の内に湧き上がってくる高揚感に胸を躍らせている。自分たちは良くも悪くも共生した宿主の影響を受ける。自分では気付いていないが徐々に負けず嫌いな彼女に影響され始めているのだ。

何より、自分たちの世界よりほんの少しだけでも優しい世界を壊せる程自分は腐りたくない。奴等と同じにはならない。

 

(コイツは自分の境遇をぶち破るために禁忌を犯してでも進み続けた。自分を忘れた奴らにその存在を刻み付ける為に……なら、俺もうかうかしてる場合じゃない。今度こそ変わるって決めただろうが……俺は、一つの命としてこの星の大地に根を下ろし天下を掴む。そして俺を見下したいけ好かねえゴマスリ野郎と王様気取りの痛野郎に吠え面掻かせてやる……俺たちの星よりほんの少しだけ優しい世界を壊せる程俺も腐っちゃいねえ。そのためにまずはコイツと交渉と行くかぁ)

そうだ、燻っている場合ではない。自分は何のためにここに来た?変わるためだろう?コイツは禁忌を犯してでも自分の存在を刻み付けるために行動した。なのに自分は状況を悲観して文句を垂れるだけ。

それでは何も変えられない、今までと同じだ。ならば変わってやろうではないか。水星同様に今の自分は生物として最下層……どん底から這い上がり、この星の誰よりも強くなっていずれ奴らに吠え面掻かせてやる。ならばそのために善は急げだ。

これまでの水星での自分の待遇と度重なるパワハラに不満を募らせていたこともあって完全に故郷と一度もついて行きたいとすら思わなかった主との決別を心に決めたシンビオートは栄人が孤立したタイミングを見計らって彼を殴って気絶させたのであった。

 

ーーそして現在至る。

 

「おい、起きろチビ」

 

「ん……何……ここ天国……?」

 

脳内に直接語りかける様な掠れた声に結芽は重たい瞼を上げる。既に自身を蝕む病の限界を超えてスパイダーマンと全力で戦ったことで自分の12年の生涯は幕を閉じたと思っていたためか自分が生きているとは思えずにそう口に出てしまう。

だが、自身の肩から顔を出すドス黒い色をしたコールタール状の液体は人間で言う所の頭と顔に相当する形を形成して話掛けて来る。

 

「天国なら良かったなぁ」

 

「………っ!?何これ荒魂!?もしかして寄生虫!?」

 

自身の肩から頭部を形成して声を掛けて来る異形に対して一瞬冷静さを欠いて驚いてしまった。自身は延命のために紫からノロのアンプルを手渡されている。自身が死亡したことによって荒魂が体内でスペクトラム化を起こしてしまったのでは無いかと本気で焦っている反面、その直後の発言はシンビオートの地雷を踏んでしまった。

 

「誰が寄生虫だゴラァ!!……ゴホン、俺はシンビオートと呼ばれているこの星を調べるために水星から来た地球外生命体……分かりやすく言えばエイリアンと言った所だな。刀剣類管理局の研究チームが俺たちの出した反応を検知し、俺たちを調べるためにここに連れて来させた。俺はその内の一体だ」

 

「私やな夢見てるのかな……いった。本物か」

 

結芽はシンビオートが語る身も蓋もない突拍子の無い話に付いて行けないのか頬を軽く抓って見るがキチンと痛覚が機能する。どうやら自分はまだ生きているという事も現実な様だ。

そして、シンビオートはそろそろ本題に入ろうとして結芽に右隣を見るように促す。

 

「残念ながら本物だ。右隣を見てみろ」

 

「おにーさん!お前……何をした!?」

 

視線を右隣に向けると機能が停止したままのグリーンゴブリンを装着したまま気絶している栄人の姿がある。自身が意識を失う前は少し離れた位置にいたのに自分の隣にいるということはコイツが何かしたことは明白だ。

語気を強めてシンビオートに問い詰めると、あっけらかんとしたまま答えを返して来る。

 

「話の邪魔になるから少し寝て貰っただけだ。俺はお前と話がしたい」

 

「話?」

 

「お前は何で自分が生きてるのか気になるだろう?それは俺がお前が死亡する0.1秒前にお前の体内に潜り込み、適合することでなんとか命は繋いだという事だ」

 

「………で?」

 

どうやらまだ自分が生きているのはコイツが自分の体内に入り込むことで死自体は回避出来たようだがコイツの思惑が全く見えてこない。自分たちとは異なる姿を持つ相手だからだろうか。

そんな自身に懐疑的な結芽に対してシンビオートは語り始める。ここからが本当の勝負だ。適合者が見つかる確率は限りなく低い、その上経験上人間不信に陥っている自分からすれば管理局も上官を保護している上に、初の適合例が出来たとなると自分たちは永久に実験動物として扱われかねない可能性を考慮すると危ない組織でしかないのだ。

最も、シンビオートがこの答えに行き着いたのは凝り固まった他者への不信感と紫及び管理局がノロを人体に投与するという非道な実験を行なっていることを子供故にあまり詳しくは説明されていないものの当事者と言えなくも無い結芽の記憶を覗いて推測した物だ。

 

「俺は舞草とやらの残党共が突入して来た余波で研究所から脱出するハメになってここまで来て、死にかけのお前を見つけて取り付いた。簡単に言えば今のお前は俺が体内に入ることで何とか生きている状態だ。無理に俺を追い出そうとすればお前は死ぬ」

 

「何が目的なの?」

 

結芽の記憶から拾った知識で相手と同程度の知識レベルで会話をし始めたことには驚いたが今の自分はコイツのお陰で生きながらえているという事は理解出来た。

そして、相手が事情を理解出来たのならばここからが交渉の場だ。

自身の方も火傷による大ダメージにより回復力が大幅に低下している以上、長期間身体を休める必要があるため、管理局の目から逃げるにはまず人間社会から遠ざけ、追跡を躱す必要がある。それを理解して貰わなければ。

 

「俺がこの星の頂点に立つ程の強さを得るために為にお前の身体を貸して貰いたい。俺達がこの星に来たのはうちの星で1番偉い王様の命令でな……そいつは俺と違って何かを虐殺して自分の悦楽を満たすこと以外考えちゃいない快楽主義者だ。そいつは俺ともう1人の奴をこの星に送り込んだ……俺は奴ら潰す。そのためにお前が必要だ。勿論ただとは言わない、人間社会から離れて生きる事になるがお前の延命は保証しよう」

 

「話がとんでもない方向に飛んでる……てか、何で私が皆から離れないと行けないの?私が協力するメリットが生きる以外に見当たらないんだけど」

 

確かに言われて見れば明らかに自分にばかり優位になるように話を進めてしまったなと反省し、元々あまり他者と会話することが得意ではない自分を恥じる。だが、あまりうかうかもしていられない。自身の隣で気絶しているガキが起きないという可能性……尚且つ火傷のダメージによる致命傷のためこの宿主を逃す訳にはいかない。カードを切らなければ。

そう言って首に相当する部分をゴムのように伸ばして頭を栄人の隣まで移動して刃物のような牙をチラつかせながら口を大きく開けて舌舐めずりをする。

 

「そうか、なら残念だなぁ……しっかし最近何も食べてねえから何だか腹が減って来ちまったぁ……おっと丁度いい所にご馳走がある。肺、心臓、目ん玉……御馳走が一杯だぁ」

 

本当はここに来るまでの宿主である野兎やら蛇を食した上に体内に投与されていた橙色の生命体を吸収したことにより満腹ではあるのだが相手がこちらの話を飲み込みやすいように敢えて栄人の存在をチラつかせる。

結芽の記憶を覗いたことにより彼及び仕事仲間である親衛隊達が大切な存在であることは読み取っている。彼女の意識を彼らの安全を確保させる方向にシフトさせる。

 

「ダメ!おにーさんに手を出すな!」

 

結芽は気迫迫る顔で栄人を守るかのように覆いかぶさってシンビオートをキッと睨み付ける。どうやら読みは正解だったようだ。

 

「なら、どうする?言っておくが俺を追い出したからって回避出来ると思うなよ?何も乗り物をお前だけに拘る理由はない。他を探せばいいだけだからなぁ。そこのガキ、お前の大事な仲間……探せば乗り物はゴロゴロいる。しかもお前みたくホイホイ俺に適合出来る訳じゃない。適合出来なければ……宿主は死ぬ」

 

「駄目……それは……やめて」

 

シンビオートの口から語られるシンビオートのこの地球における特性はまだ幼い結芽の心に圧力を掛けるには充分すぎるものであった。もし、自分がシンビオートを切り離したら自分が死亡した後に手当たり次第に寄生することになる。そうなってしまったら自分の大切な人だけでなく、他の大勢の人間が苦しむことになるかも知れない。先程の勢いは衰えてシンビオートに懇願する。

 

「なら、俺に身体を貸せ」

 

「分かった……貸す……貸すからおにーさん達に、私の大事な人達に手を出さないで……」

 

シンビオートの最も語りたい結論、その提案を涙ながらに聞き入れる。そして、契約が成立した以上この場所に用はない。自分の傷が癒えるまでは最低でも数ヶ月はかかる。おまけに管理局(主にコナーズ)が信用できない以上は離れるのが得策と判断する。

 

「良いだろう、契約成立だチビ。急で悪いがここから離れるぞ、既にお前は人間じゃ無くなってるんだ」

 

「どういう……こと?」

 

シンビオートの放った言葉。その言葉に瞳孔を散大させながら尋ねる。人間では無くなっている?どういう事だ?

 

「お前はもう既に俺と適合したシンビオートの宿主だ。奴ら管理局の研究者共は人類を進化させるためと言って俺たちを研究するために躍起になってやがる。もし、俺とお前が適合したとなれば奴らはこぞってお前をモルモットとして酷使するだろう」

 

以前に雪那が管理局の研究棟に沙耶香を連れて来た際にたまたまそこにいたコナーズが自分たちについて説明した際の言語を記憶しており結芽の脳と結合する事で地球の言語を理解し、その時の雪那とコナーズの会話を地球の言語に変換した事実を結芽に伝える。

現に他の動物では適合せずにいた非常に扱いにくい生命体であるシンビオート。もし、世界で初めてシンビオートに適合した者が現れたとなると奴らはこぞって自分たちをモルモットにするだろう。

中でもMRIの超音波検査などされたら只では済まない可能性もある。あの手の超音波で体内を調べる類の検査では弱点を攻撃されるに等しいからだ。

 

「でも、そんなの黙ってれば」

 

「残念だがそう簡単にはいかない。奴らはもう片方……俺の上司にあたるシンビオートの方を回収している。今は俺の力が弱まっているし距離も離れているから俺を探せないが近距離に入れば互いを検知する力でバレかねない」

 

今のシンビオートは火傷による大ダメージで大幅に弱っている状態であるため互いに感応する能力では探せない程反応が小さくなってはいるが、もし管理局が確保した方のシンビオートにはバレる可能性も捨てきれないため管理局に残ること自体がリスキーと言える。

 

「そんな……」

 

「悪いが理解しろ。お前はもう人の輪から外れた存在だ、共に生きていくことなど出来ない。もし、奴らに脳を弄られて洗脳されでもしたらそれこそ取り返しが付かなくないことになる。そして、お前が死ぬ事で俺が実験のために次から次へと新しい宿主に身体を移り渡ることになれば、適合しない者は死に至る。俺たちは既に……世界の毒なんだよ」

 

人間への不信感も勿論存在するが考え得る最悪の状況を短時間で導き出して結芽に伝える。最早今の自分たちは研究者たちからすればこれ以上ない程のモルモット。おまけに超音波検査などされれば身体から強制的に引き剥がされて結芽は死亡する。

仮に地球外生命体とは言え今の現代医療では完治できなかった病の治癒をするとしても短期間では難しい、先程まで病の進行で死にかけていた肉体だ。完全に取り除くにせよ今の弱体化した状態では最低でも数年は必要と言える。

そんな猶予があると言えるだろうか?尚更管理局に戻る訳にはいかない……自分達は死して尚且死を撒く毒となってしまったのだということを突き付けられてしまう。そして、結芽も決断する……

 

「……分かったいいよ、身体を貸すよ。だけどある程度はこっちのやり方には従ってもらうからね。人殺しはNG、世界の毒になってもそれだけはしたくない」

 

今の自分では彼らの……大切な人たちの側にいては巻き込んでしまうかも知れない。そして、自分がこのシンビオートを棄ててしまったら適合せずに誰かが死ぬかも知れない。ならば、今は人知れず皆の前から離れることがベターだと思い至った。

だが、シンビオートに対して条件を突き付ける。元々自分は激情に駆られ易いタイプではあるが相手を殺すなどという行為はしなかったし肉体に傷もなるべく付けないようにはしていた。これだけは絶対に譲らない。

だが、それでも自分は任務や敵とは言え他者に対して嬉々として暴力を振るってしまったことをスパイダーマン含む舞草一行との戦いを通して後悔しており、それが自分の元に返ってきてしまった結果なのだろうと自らの戒めとした。だから今度は力を証明するためだけではなく、この力を人の為に使う。そう決めた。

 

彼女の自分を見つめる瞳からはこれだけは譲らない。という強い意志を感じ取ったシンビオートは彼女の意志を尊重することにした。

 

「あぁ、約束する。ならお前も俺を隠蓑として使え。俺とお前では体格が違う。俺を纏っている間はお前だと気付ける奴はいないだろう」

 

実際に一度結芽の体内に潜り込むと全身をコールタール状の液体が包むと2mはあるだろう大型の人型の異形の姿に変貌させる。

普段の視点よりも高くなったことには驚いたが確かにパッと見で自分だと判別出来る人間はそうそういないだろうという事は納得した。

そして、確かに身体は貸してやるが今のシンビオートのスタンスや考え方について、自分が敵対者である舞草の面々から学び取ったことを真剣な表情になりながら伝える。

 

「先に1つだけ言っておくよ。アンタ……今の考えのままじゃ絶対に1番強くなんてなれない。本当に強いってのは力が強いって事だけじゃないって理解しない内は絶対に」

 

「フンッ…ありがたく受け流させて貰うぞ、チビ」

 

真剣な忠告を真剣に聞いてはいるがイマイチ素直にはなれないのかシンビオートはあっけらかんと返す。そして、あまりにも自分をチビと連呼するため結芽もムスッとした表情で返す。

 

「さっきからチビって……私には燕結芽って名前があるからそっちで呼んでよ」

 

「分かったぞ結芽」

 

「じゃあアンタの名前は?アンタじゃ呼びにくいし」

 

そう言えばシンビオートという種族であることは名乗ったが本名を名乗ったことは一度も無かったことを思い出して自身の本来の名前を地球の言語形態に当て嵌めて変換して行く。

 

俺の名は………

 

「お前達の星の言語形態で言い換えるならば……そうだな……俺は、ヴェノムだ」

 

毒物、悪意、憎悪を意味する『VENOM』。これが本来の名前だ。

 

「ヴェノムね……分かったよ。でも、行く前に1ついい?」

 

互いの自己紹介を済ませた事で結芽もこの場を離れようとする。本当は皆といたい。だが、自分はもう既に人の身で無くなってしまった。生きても死しても世界にとっての毒。

彼らのことを想うと自分はいるべきでは無いと判断して、未だに気絶している栄人に視線を向け、接近して両手で頰を挟んで少しだけ浮かせる。

 

「……早く終わらせろよ」

 

やはり実際に近くで見ても整った顔立ちだ。その顔をじっくりと見つめる。

長い睫毛に、高い鼻筋。そして、一度だけだが重ね合わせたことのある唇。その全てが愛おしかった。

今は気を失っているが月明かりに照らされて綺麗な顔の眠る顔に一瞬顔を近づけようとする。

だが、今の自分はそうするべきでは無いと思って静止する。もう自分は人とは交わらない存在になってしまったのだから。

 

「おにーさん、ごめんね。私せっかく生きられたのに、こんな事になっちゃったよ……おにーさん達と一緒にいられなくなっちゃった……だけど、私はいつだっておにーさん達の事を想うよ。だから生きてね……私より先に行かないでね……おにーさん」

 

ここ数日の満たされた日々。自分の寿命から鑑みて体験することなど無いと思っていた青春。

確かに出会ってからの時間は短かったが、彼と出会った数日間自分は人生の中で1番幸せだったと思える。

だからせめて生きていて欲しい。既に世界の毒となってしまった自分。もう、触れ合うことすら出来ないだろう。だからこそ、大切な人達一人一人の事を想う。

 

ーー既に自分は毒となってしまったのならば、その毒を以て毒を制する。脅威と戦い続ける。大切な人たちとの想い出を胸に。

 

そう想うと初めて栄人と出会った時に貰った限定品のイチゴ大福ネコのストラップを強く握り締める。最後に、彼に返そうかとも考えたがこれは彼が自分に初めてくれた物……せめて、自分で持っていたい。唯一の彼との繋がり、手放すことは出来なかった。

 

そんな感傷に浸っている結芽に対し、ヴェノムは声を掛ける。

 

「行くぞ」

 

「……うん」

 

ヴェノムの言葉に反応して、踵を返して結芽は去って行く。恐らく自分は死亡した後に体内に入れていた荒魂がスペクトラム化したという扱いになるかも知れない。皆に心配と傷を残してしまうであろうことを申し訳なく思いながら重い足を引き摺る。

 

一瞬だけ名残惜しそうに振り返るが彼は未だに起きない。俯いて目を瞑って皆の事を思いながらすぐに前を向いて歩き始めた。

 




中々進まなくて申し訳無い、次はちゃんと進めますぜい。


ウィドウ再延期で来年公開かよぉ(涙目)来年にウィドウ、エターナルズ、シャンチーといい上映スケジュールキツキツになりそうですね……。


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第56話 背水

リアルが忙しい&すぐ眠くなるようになって遅れましたメンゴ。やはり最大の敵は時間と眠気。
今回は消化試合気味なので深く考えず軽い気持ちで見てくだされ



舞草の残党一行が折神邸に突入してからそれなりの時間が経過し、迎撃に来た面々との各々の戦局が加速して行く最中、御前試合の会場にて結芽の足止めを引き受けた薫とエレンだったが結芽を先行したメンツを迎撃させるために乱入して来たライノとショッカーに阻まれ、結芽を逃してしまう。そして未だに御前試合の会場から進めないままでいた。

 

何としても彼らを撃破して先行した面々に追いつこうと奮戦するもボクシングの世界チャンピオンとギャングの戦闘員という戦闘技術の達人がS装備にも引けを取らない強力な性能のスーツを着ているためという事もあり、一度は交戦経験がある者同士で各個撃破に挑むがライノとショッカーにはまともなダメージは与えられず、逆にこちらは手痛いダメージを受けてしまっているという状況だ。

 

その上薫の装備はライノの突進の直撃を直に受けたことにより装甲に亀裂が入り、ショッカーの振動波を纏ったガントレットによる拳の連打を直に受けたエレンの装備は装甲のあちこちに凹み傷が出来ており、バイザーにはヒビが入り、一部の回路が切れショートを起こして火花が散っている。

しかし、それでも送り出してくれた舞草の仲間たちや一緒に戦ってくれてる者達に応えるためにあちこち痛む身体に鞭を打って立ち上がり、未だに余裕そうに立ちはだかるライノと指をポキポキと鳴らすショッカーを睨み付けて啖呵を切る。

 

「って散々カッコ付けたけどやっぱキッツいな……でも、絶対勝つぞ。皆が待ってんだ」

 

「OK、付き合いマスヨ」

 

「ね!」

 

エレンと薫が互いに目配せをしてエレンは左拳、薫は右拳を横に突き出すとグータッチをして互いに気合を入れる。

長期戦が難しいならば短期決戦。そして状況に応じて臨機応変に2人と1匹の連携攻撃で攻める。信頼と絆がミソだ。

 

未だにやる気満々な眼前の敵対者を前にするとショッカーはガントレットのスイッチを入れる事で振動波を纏う。前回戦闘した際はエレンの頭脳プレーとスパイダーマンの懐から落ちたウェブシューターでガントレットを封じるという咄嗟の機転に敗れた経験があるためかより警戒心を強めてファイティングポーズを取る。

 

「気ぃ付けろよ。あの女嘘臭え片言でふざけてやがるが悪知恵が働きやがる。何か企んでんぞ。おまけに短時間だがバカみてぇに硬くなるオカルトパワーを使うからな、油断すんじゃねぇぞ」

 

「了解。あっちの子の怪力にも注意しろ、下手に食らうと負ける。後、悪いんだがライノの稼働時間は長くない。早めにケリをつけたい」

 

「だな」

 

ショッカーからの忠告を聞きつつもライノの残りの稼働時間をチェックすると残り10分以下を切っていた。常時高火力の怪力を発動し、その上超耐久という強力なスーツである代わりに他のスーツに比べて非常に燃費が悪く、通常のS装備以上に稼働時間が短いという難点を抱えている。トニーによる改造が加えられているS装備を装備している彼女達と長時間戦うのはリスキー以外何物でもない。

ショッカーのスーツはまだ稼働時間に余裕があるものの単独で彼女達を同時に相手取るのは厳しいため、一気にカタを着けるのが最善だろう。

その上、装備に対する説明はショッカーも一緒に受けており、ライノの稼働時間がショッカーよりも圧倒的に短いという事を珍しく覚えていたこともありライノの言いたいこともすんなり理解できため、早急にケリを着ける方向にシフトする。

 

「oh、薫並にアバウトなのに無駄に頭の回転は速いハマハマには言われたくありまセンネ」

(確かあのライノっていう装備、薫じゃなければほぼダメージが通らない上にとてつもないパワーがありましたネ……おまけにこっちのスーツもダメージが蓄積してあちこちガタが来てマス……タイムリミットも考えると下手に長引かせるのはクレバーではありマセンネ……)

 

向こうもこちらを見逃さずに倒す気でいる事を理解したエレンはショッカーに向けて軽く挑発する。一方、挑発はボロボロな自分を奮い立たせるための強がりの意味合いもあるが。

 

「おい、何か今オレ遠巻きに適当って言われてないか……?」

 

「ね!」

 

事実だろ?とでも言いたげに頭の上に乗るねねに指摘され、苦い顔になる。自分も基本適当でマイペースなのは否定しないが敵対組織である舞草をモグラと覚えたり自分を小学生扱いして来た関心のある事以外はとことん適当だと初見で理解できるショッカーと同列にされるのは流石にショックだった。

 

(何か……トニトニが改造してくれたスーツで他に使えそうな機能は……っ!?)

 

エレンの方も冗談を交えつつ伊豆での戦闘で得た情報やハイテクスーツの機能によって彼らのスーツについて復習したことを思い出しながら、それでいて振動波による応用の効く攻撃や振動波をバリアのように展開する事で攻撃を防いでくる防御壁だけでなくライノと違ってスピードもあるショッカーをも相手にするのは厳しいだろうということを懸念しつつ使える物が他にないかHUDで残された機能を確認する。

 

すると、そこに一つ。胸部に内蔵されているアークリアクターをはめ込んである部分に使えそうな機能を見つける。その機能は以前薫と一緒にDVDで見たニチアサヒーローの必殺技に似た機能があった事を思い出した。

 

(これは………前に薫と見たDVDでヒーローが使ってた武器に仕様が似てマスネ。確か……)

 

ーー脳内の記憶を辿って行く……それは休日にゴロゴロしながら薫の部屋でDVDを見ていた時のことだ。薫はテレビの前でサイリウムを振って応援しながら熱中している最中自分は寝転がってポップコーンを頬張りつつ流し目で見ていたのだがテレビの画面に映し出される広場のような場所で黒を基調色とした周辺のフレームが緑色のガシャポンのようなギミックのヒーローが水色のアンキロサウルスのような怪人と交戦し、苦戦している場面だった。

 

『クソやっべえな……でもがんばれー!』

 

『ね!』

 

そのヒーローが怪人に欄干に抑え付けられるとハンマーのような形状をした拳を何度も叩き込まれながらも一瞬の隙をついて必殺技を撃つためのプロセスを完了させる。すると直後に胸に銀色の砲台のような武器が形成され、腕で怪人を押さえ込んで動けなくすると即座に砲口を密着させる。

 

『ブレス○○ャノン……っ!』

 

その掛け声を放つと同時に砲口に真紅の光を収束させて一気に零距離で放出させる事で形勢逆転する場面だった。

 

『おー零距離ぶっぱかっけえー!捨て身とは言え泥臭く勝つのも良いよなー』

 

『ねー』

 

『WOW、なんかアイアンマンの武器にも似てマスネー』

 

余程今の自分は疲れているのか過去の休日のイメージが一瞬頭をよぎった。しかし、同時にピンチな状況とは言え似たような武装があるとは言え、創作のアイデアを何でも鵜呑みにするのはどうかとは思った。

だが、リスキーとはいえ発電所にも匹敵する電力量を誇るアークリアクターの残り電力を全て消費するこで、今の蓄積されたダメージでは反動に耐え切れずに装備が壊れる可能性はあるが全電力を消費したこの機能の攻撃はかなりの威力を誇るようだ。使う価値はあるのかも知れない。

 

(ですがやはりリスキーデス……やるにせよ彼ら相手なら多分チャンスは一度。厳しいデス)

 

だが、相手と接敵しなければいけない上にショッカーには完全にこちらの行動全てを警戒され、金剛身の時間制限の弱点を知られているため難しい。やはりこれは捨て身の戦法であるためかなりの危険を伴うと判断し、手段の1つとして取っておこう。

 

「ほざいてろ、テメェらが何して来ようが全力でぶっ潰す!」

 

「一気にケリを着ける」

 

こちらの準備を待たずに相対するライノとショッカーは漸く立ち上がることで精一杯の2人に対し一切の容赦を捨てる。

本気で倒しに行くためにショッカーは振動波で地面を殴りつけることで自分を飛ばす事で微妙に宙に浮きながら超加速してこちらに突進し、ライノは地面を思い切り強く踏み付ける事で地震が起きたと錯覚する程の脚震を起こすことでまずは2人を怯ませ、そこから確実に攻め込める状況を作り出そうとする。

 

「来るぞ!」

 

「OK!」

 

「ね!」

 

ライノとショッカーが全力で攻め込んで来たことを理解した両者と1匹は視線を

一瞬だけ合わせると息を合わせて各々が取るべき今最も適切な行動を取る。

5段階金剛身によりダイヤモンドを凌ぐ防御力を持つエレンは地上に残ったまま

脚震を受け止めライノと対峙し、薫は一度跳躍して脚震を回避してショッカーに狙いを付ける。

 

「なんて力……っ!?」

 

「ならまずは君からだ」

 

「伊豆では見てるだけデシタガ今度は違いマスヨ!」

 

エレンが脚振を防いだ後に再度写シを貼り直すとライノは脚震を防がれはしたが先程の一撃は倒す目的では無かったためすぐに次のモーションに移行する準備はしていたため、予定通り難なく地上に残ったエレンに接近して勢いの乗った前蹴りをかまして来る。

 

「ふん!」

 

まだショッカーによる振動波を纏った拳の連打を受けたダメージは残っているがライノのスピードはなんとか回避出来る速度だ。

 

「えりゃああああ!」

 

すぐ様身体を右に傾けて回避するとライノが続け様に脚で地を踏みつけて地面を踏み砕く程の威力の乗った追撃をして来たがライノの左腕に手を置いて跳躍し、回避しつつライノの側頭部に向けて回し蹴りをお見舞いする。しかし、鈍い金属音が響くものの当のライノは一瞬少しフラつく程度だ。

 

「チッ……」

 

「はぁーっ!」

 

だが、攻撃の手は止めない。そのまま背後に周り、着地と同時に横薙ぎの一閃お見舞いするがライノの装甲に軽く傷を付ける程度でしかない。やはり薫程の怪力でないとまともなダメージは入らないようだ。

 

「私も負けまセン!」

 

「どうかな」

 

「そういうセリフは私を倒してから言ってくだサイ!」

 

だが、自分は5段階金剛身によるガードである程度はライノの強力な攻撃にも対応出来るため相性自体は悪くは無い。一定時間足止めをする分には問題は無い筈だ。

 

「ふんっ!」

 

「……ぐっ!まだまだ!」

 

(やはりシュルツから聞いていた通り彼女はライノのパワーにも耐えうる防御力を時限的だが発動出来るらしい……相手のタイミングに合わせて的確に防御すればその後カウンターにも持ち込める……ある意味こちらのタイムアップを狙うだけなら一番ライノと相性が悪いのはこの娘かも知れない)

 

ライノの重い一撃をエレンは的確なタイミングで金剛身を発動することで防御し、ダメージを大幅に軽減することで反撃している。ライノの利点でもある高火力を防御出来るという利点はかなり大きく時間稼ぎをして活動停止に追い込むには最適かも知れない。

 

「はっ!じゃあ、チビは俺の獲物ってかぁ!」

 

一方、自分はパワーはあるが耐久力が高いとは言い難いと判断した薫は脚震を回避するために咄嗟に跳躍すると同時にねねの姿が瞬時に見えなくなり姿を消すがショッカーはその様子には気付いていない。そのまま加速してこちらに接近して来ていたショッカーに狙いを付けて祢々切丸を投擲する。

 

「チビって言うなこの野郎!」

 

 

ショッカーの移動速度は確かに速いが目標に対して直線的であったため、狙い自体は付けやすかったようだ。リーチの長い祢々切丸が縦に回転しながらこちらに迫って来ていたためガントレットから振動波を放つ事で急速に方向転換する事で回避する。

 

「ちっ!バカが!」

(妙だな、あの武器はチビの命綱みてえなモンだろ?それをぶん投げる程考え無しとは思えねぇ……何が引っかかってんだ?)

 

祢々切丸がショッカーの隣を通り過たことで回避に成功はするが薫の行動に妙な違和感が残りながらそちらを向くがショッカーの視界に映った違和感は確かなものだった。

 

「お前がな」

 

薫が不敵な笑みを浮かべた事で、その正体を理解した。いつも頭の上に乗っかっている小動物、ねねの姿がそこには無かった。

 

「……っ!犬っころがいねぇ!」

 

「これまでの奴の中で一番速く気付きやがった……でも行けぇ!」

 

「ねねっ!」

 

気付いて背後を向いた頃には時既におすし。姿を透明化……もとい、隠世の浅瀬に潜ってショッカーの背後に回り込んでいたねねは姿を具現化させ、祢々切を鉄色の尾でキャッチしてそのままショッカーに投げ付けて来る。

 

「野郎……っ!だが」

 

まさかあの頭の上に乗ってるだけだと思っていた小動物がこんなに器用で小賢しい真似が出来るとは想定していなかっため焦ったがボヤボヤしていたらこちらが負けるだろう。すぐに切り替えたショッカーは右手のガントレットは後ろに向けて震動波を展開して防御壁を形成し、ねねの投擲を防いで弾く。

それと同時進行で攻撃の要である薫を牽制するために左手は薫に向け、振動波を一直線に放つ。

 

「ただのガキになったテメェに避けれっかよ!」

 

「じゃあ、昔から真似してたアイアンマンの真似、一度やってみたかったんだよなぁ!」

 

御刀が手元から離れている以上今の薫はスペック上は生身の人間、音速にも匹敵するショッカーの震動波を回避するのは無理に等しいだろう。

だが、今はまだトニーが改造を施してくれたS装備は稼働している。

ショッカーがガントレットを構える動作をすると同時に両手の掌を地面に向けてリパルサー・レイを起動させると独特の起動音を立てながら光を収束させ、出力を高めて一気に放出する。

 

「うおっと」

 

アイアンマンですら宙に浮かせる事が可能、且つ通常の出力で厚さ90cmのコンクリートを余裕で貫通可能な威力を誇る代表的な武装リパルサーの出力ならばより速く、より高く体重の軽い薫を浮かせるなど容易。

薫の身体は宙に浮く事で速度は速いものの一直線にしか飛ばないショッカーの

振動波を回避することに成功する。

 

「んだとぉっ!?」

 

「キャッチ。そんじゃあ覚悟しやがれドルヲタ野郎。きえええええい!」

 

(ちっ!やっべえっ!最大出力でガードするっきゃねぇ!)

 

そして、ショッカーに弾かれた愛刀を空中でキャッチすると空中で一回転しながら猿叫を上げながらショッカーに向けて振り下ろす。

本来ならば振動波を再度ぶつけて未然に阻止したいが祢々切丸のリーチを考えると構えて放つまでの隙を与えてくれないだろうという危機感、その上でショッカーは振り下ろされるであろう薫の一撃の威力を全力でガードしないと負けると直感で察知して両腕を前方に構えて振動波を最大出力で展開することで2つの振動波が共振し、通常よりも拡張されて巨大化した防御壁を形成して薫の一撃をガードする。

 

「「うおおおおおおおおお!!」」

 

祢々切丸の切っ先と振動波の防御壁が激突して、着地と同時に振動が周囲に広がって行き、ライノとエレンもその衝撃の余波を受けるが双方とも対処可能であるためすぐ様タイマンを続行している。

ショッカーの防御手段がただの鋼鉄の装甲でのガードならばそのままぶち抜けたのだが振動波の防御壁という展開された未知のエネルギーシールドとぶつかるのは初めてであるためか拮抗するという状態になる。

 

これもショッカーの方も本来は想定していなかった振動波を防御壁として使用するという使用方法を前回の戦闘にて即興で編み出したこともあり、ここ数日の調整で振動波の防御壁も新たに機能の一つとして採用されたためか防御壁に送られる振動波の電力エネルギーの出力が大幅に引き上げられている。

それだけでなく、2つの振動波を重ねる事で共振現象が起こり振動波に紛れている電磁波によって電磁メタマテリアルを発生させてそれらを電磁シールドに変換することで展開中はあらゆる物理干渉を遮断する。

 

一方、ライノが自分の最大の欠点が稼働時間が短いという点は危惧しているからこそ速攻を仕掛けていくのだが、長引く前に一つ打って出る事にした。

 

「はぁ……っ!」

 

ショッカーよりスピードは無いが素早い拳と蹴りの連打をかまして来る。S装備を装備したことによりショッカーとは概ね同等な腕力になってはいるがライノの腕力とまともにぶつかって勝てる保証はない。

少ない動きでライノの攻撃を回避して行くがその怒涛の攻めの勢いに押されて反撃の糸口は見えない。

 

「闇雲に攻めてるだけじゃ私には勝てまセンよ!」

 

「知っている」

 

「?」

 

ライノの言葉に違和感を感じたが彼が回し蹴りを回避されると同時に反動を利用し、地を蹴って宙に浮くと脚を開脚して横回転する脚技。所謂ローリングソバットをお見舞いして来た。

 

「なっ!?プロレス技デス!?」

 

「知人から習った」

 

図体の割にはかなり動けるライノのフィジカルにはつくづく驚かされるが防ぐこと自体は可能だ、金剛身を発動して再度防ぐ。

空中で3連続で放たれるローリングソバットを全て的確に防ぐと強い衝撃自体は受けているがダメージは無い。

 

「………ふんっ!」

 

「何度やっても同じデス!……へっ?」

 

続けてライノの右ストレートの拳が頭部に目掛けて飛んで来る。激しい攻めの後であったため回避には一拍置かれてしまったが再度金剛身でガードすればいいだけの話。定石通り金剛身を発動する。

 

……しかし、ライノの狙いは違っていた。

 

「貰った」

 

「しまっ……!」

 

静かにそう呟いたライノの拳は直前で開き、重装甲のスーツを着ているということはあるが常人よりも遥かに大きな掌はエレンの頭全体を包む、俗に言うアイアンクローで鷲掴みしにてこめかみを力強く圧迫して行く。そして、あまりにも力が強いのか頭部のバイザーにヒビを入れて行き、形が歪に変形していく。

そのまま持ち上げて身体を宙に浮かせることで、このプロセスを辿ることで金剛身の使用時間にタイムラグを生じさせると同時に手で掴んだエレンを即座に持ち上げてメンコのように地面に思い切り叩き付けようと腕を振り上げていた。

 

 

(クソッ!中々破れねぇ!……八幡力がお世辞にも燃費が良いとは言えねぇ以上ここで使い切るのはマズい……っ!なら!)

 

「だりゃあああああ!」

 

それと同時期、ショッカーの防御と自身の怪力が拮抗している薫の方は前回のままの防御壁ならばそのまま叩き壊すことも可能だったかも知れないが強化されたことにより短時間では突破不可能となってしまっている。

それと同時にチラリとライノとエレンの方を見ると金剛身のタイムラグを利用して金剛身を貼り直す前に頭を掴んで地面に思い切り叩き付けようとしているライノの姿が目に映った。

このままでは拉致が開かない上にエレンを助けるために横薙ぎに祢々切丸を振ることで拮抗していたショッカーを叩き潰す方向から彼らのいる位置まで飛ばすという方向にシフトさせる。

 

「うおっ!何だ叩き潰すんじゃねぇのか!?」

 

横一閃により弾き飛ばされたショッカーの脚が地面を引き摺りながら跡を作って行く。その最中ショッカーは薫の八幡力による怪力のパワーに驚愕しつつこの短時間で得た情報を脳内で整理していく。

 

(あんなちいせぇ身体のどっからこんなパワー出てんだよ……っ!スピードはねぇがあんなのを何度も全力でガードしてたらこっちの電力が持たねぇ上にあの原型はダサそうなスーツの掌からの光もチビのトロさを絶妙にカバーしてやがる……っ!)

 

ショッカーは最初薫と対面した際小学生のガキだと思っていたが自身の倍近くある得物を持っていることにほんとに振れるのか?と内心で思っていたが蓋を開けてみれば祢々切丸を軽々と振り回すパワーファイターであることを身を持って知ることとなった。

その威力は強化された振動波の防御壁を最大出力にしないと破られる程の威力。何度もまともに受けていてはこちらの電力が彼女達を撃滅する前に尽きてしまうだろう。

 

そんな思考を巡らせている間にふと気付くと先程弾き飛ばされたことで既にライノとエレンが戦闘している位置まで移動させられていることに気付く。

 

「くっ!マズいな。ふん!」

 

その隙に薫が敵であるライノとショッカーが一箇所に集まったのを確認するとサンライズ立ちをした後にそちらに向けて猿叫と同時に祢々切丸を横に振りかぶりながら突進して行く。

背後にショッカーが飛ばされて来たことに気付いたライノはこのまま薫は自分達を同時に倒しに来たという事を理解して、彼女の味方であるエレンを薫の方へと腕を大きく振りかぶってボールのように投げ付ける。

 

「なっ!なんて無茶苦茶な!デスガ離してくれて助かりマシタ!薫!」

 

「おう!」

 

投げ付けられている間に金剛身の硬直が解けた相棒の呼び掛けに応えると同時に祢々切丸の縞地を横に寝かせて、バントのよう構えを取る。

 

「着地からの〜」

 

「バスター!」

 

エレンが縞地の上に見事着地すると背部のスラスターを一気に蒸して勢いを付け、野球のバスター打法のようにバントの構えからそのまま振り抜いてショッカーに向けてエレンを投げ飛ばす。

 

「次は俺だ」

 

「いいだろう」

 

そして、エレンの後ろに一瞬隠れた隙に、掌のリパルサーで牽制した後にライノに迅移で接近して近距離戦闘に持ち込む。

 

「何だコイツら!何で急に動きが!」

 

彼らの動きがタイマンの頃よりも無駄が無くなって来たことに地味に焦っているショッカーに対して放たれるのは一直線に飛ばされながらも脚を前に突き出す飛び蹴り。所謂ライダーキックをショッカーにかまして来た為、ショッカーの方もすぐ様ガントレットを起動して正面から迎え撃うことにした。

 

「だが甘ぇんだよ!うおおおおりゃああああ!」

 

振動波を纏ったガントレットが直前に金剛身を発動して防御力を上げたエレンの脚と正面から激突するとショッカーは拳をアッパーをする時のように天に向けて突き上げてエレン宙へと打ち上げる。

 

「hey!最大出力でライノのコアにアレを撃ったら装備の破壊は可能デスカネ?」

 

宙に打ち上げられながらエレンはスーツのAIに問い掛ける。

先程創作のアイデアを鵜呑みにするのはどうなのかと思ったがパワーはあるが体力が無い薫の残り体力とスーツの稼働時間を鑑みるとこちらも早めに決着を付ける必要がある。

 

その上で大切なのは装備を着けている面々の中では一番厄介なライノを倒す、または機能停止に追い込まなければこちらも負けかねない。おまけにショッカーも同時に相手取るとなるならばつべこべ言わずに賭けてみる事にした。

自身の耐久力を利用して、ライノに至近距離でこの機能を打ち込む。この行動で必ず暗闇の荒野に進むべき道を切り開いて見せる。そう心に誓う。

すると、エレンの問いかけにスーツのAIは即座に計算を行うと演算結果が写し出される。

 

『完全破壊は不可能だが、機能停止に持ち込むのは恐らく可能』

 

その文字を目にした瞬間に宙に浮いた瞬間にエレンは頭部のバイザーに搭載されているHUDを網膜認証で操作しながらある機能を選択する。

よく休日に鑑賞する特撮ヒーローならアイテムやベルトをいじるモーションで次の挙動を読まれかねないだろう(それがカッコ良くはある)がHUDの網膜認証による操作は相手にそれを悟られずに行うことが出来る点は美徳と言えるかも知れない。

 

「教えてあげマスヨ!今の私たちは皆の想いを背負ってるからデス!」

 

(ユニ・ビーム、チャージ開始!フルパワーデス)

 

そして、胸部の熱可塑性レンズを通してスーツの心臓とも言えるアークリアクターが蒼白く光り始め、電力を一局にチャージし始める。

そのまま掌を横に向けてリパルサーを放つと、その推力を利用することでショッカーの頭上を通り越し、落下しながら後方で薫とパワーバトルを繰り広げているライノにしれっと接近して回転しつつ落下しながら肩口に縦一閃をお見舞いしてライノの前に着地する。

 

「がっ!」

 

「テメェ!」

 

激しい音と火花が散ってはいるがライノのスーツに大したダメージ自体はないものの咄嗟の縦斬りにより一瞬だが怯ませることに成功する。

ショッカーはすかさずガントレットを構えて振動波を纏うがエレンと薫はショッカーの射線状にライノが来る位置に移動しており、援護に入れなかった。

 

「ちっ!」

 

「でぇええええい!」

 

ショッカーが舌打ちをした隙にエレンと薫が一瞬だけ視線を合わせる。

薫の瞳に映る相棒の力強い瞳からは何か考えがあるのか自分を信じろという意思がその青空のような蒼い瞳に込められていたため、それを信じて自分は戦う相手を交換して薫はショッカーに斬り掛かっていく。

 

ショッカーの方もすぐに反応して薫の乱雑な連撃を回避して行くが距離を取るのは悪手な上に叩き付けた際の衝撃でダメージを負いかねない。ならばこのパワーファイターなチビに付かず離れずを保ちながらエレンがカバーに入って来る前に一発は打ち込まなければという意識に駆られて間合いを保ちつつ拳を振るう。

 

「はあっ!」

 

その時、ライノと接近戦に持ち込んだエレンが越前康継を思い切り上段から叩き付けると強い金属音が鳴り響くが装甲を切り裂くことは出来ず、刃は食い込みこそすれ、それ以上先には進まないという状態になってしまう。

 

その直後、ライノは間髪入れずにエレンを今度は逃げられないように刀身が食い込んでいる越前康継を握る右手の手首を思い切り掴んで動きを封じる。

 

「なっ!」

 

「追いかけっこは不得意でね、これで終わりにする」

 

エレンも咄嗟に抜け出そうとするがライノの腕力は万力のような力でエレンの腕を締め上げ、スーツの装甲を徐々に握り潰して行く。

 

「ふんっ!」

 

スーツの右腕の装甲が潰れると同時に電子回路も切れ、リパルサーすらも打てなくさせる程の腕力に驚愕しながらもここまでライノに接近できたということはこちらのプランも着実に進んでいると言う事だろう。

 

「ぐっ!チャージは!?」

 

『後5秒です』

 

「上等デス!」

 

そして、ライノは容赦なく彼女の意識を奪うために右拳を握って何度も肩や頭部に向けて拳を振り下ろして殴り付けて行く。

写シもすぐ様解除させられてしまい、すかさず金剛身を発動するもののライノが間髪入れずに何度も殴り付けて来るために何度かタイミングを外してしまう。頭部に命中してS装備の頭部バイザーの部分が先程よりも大きく歪んで行き、更には額が切れて出血までし始めて赤く生暖かい血液が額を伝って瞼と頬に流れて行くがエレンはジっと耐える。

だが、頭に響く衝撃に意識を持って行かれかけているのか視界がボヤけ始めて彼女の生き生きとした目は虚になって行く。

 

「これで終わりだ」

 

ライノの激しい打撃の連打に意識が消えかけているとそれを彼女の表情から察知したライノはトドメを刺すために右拳を大きく振りかぶって右ストレートを無慈悲にも振るってくる。

そして無情にもライノの剛腕がエレンの顔面を捉えるために風を切る音を立てながら一直線に放たれる。

 

(ダメデス………もう意識が……薫……)

 

額から頰を伝う血液の熱さだけが意識があることを教えてくれる最中、現在自分と少し離れた位置でショッカーの足止めをしている相棒の事を想う。もし自分がユニ・ビームを当てる前に意識が尽き、ライノを機能停止に追い込めずに気を失えば2人とも負け、彼らを本殿に向かわせてしまう。

そうしたら全てが無に帰すかも知れない。自分が今こうして命懸けで戦っていることの意味も、祖父達がこの時のために積み上げて来た功績も、無駄になってしまう。

 

耐えなければ、そう頭はでは理解しているが身体は既に強制的にでも休めと言って言う事を聞いてくれない。そして、何度も頭に響く衝撃に対して金剛身の発動も間に合わなくっているのか更に強くなっていく。

 

ーーしかし、意識が消えかかっている彼女の耳に奇跡を呼ぶかのような声が聞こえる。

 

『チャージ完了、最大出力放出可能』

 

「……………っ!?」

 

ライノの猛攻に耐え続けた彼女の功績に応えるかのように響くスーツのAIの声は彼女の意識を覚醒させ、ライノがトドメを刺すために放った拳が彼女の頭部に当たるか否かの距離で反応した。

 

「何っ!?」

 

頭部へのダメージによって意識が消えかけて虚な眼をしていた彼女の瞳に瞬時に光が宿りライノの拳を左手を咄嗟に翳すと同時に金剛身を発動する事で受け止めて見せた。

彼女が必死に耐えていた努力は決して無駄では無かったのだ。

 

勿論、ライノの全力の一撃をモロに防いだため、蓄積されたダメージによって壊れかけてガタが来ていたスーツのパーツのあちこちは音を立てて崩れ落ちて行く。

その余波で頭部のバイザーが砕け散るが想いまでは打ち砕けない。砕け散ったバイザーのクリアパーツは役目を終えたのかのように誇らしく流血が目に入って赤みがかっている普段は青空のように青い彼女の瞳をくっきりと写している。

 

 

「うおおおおあああああああああああああ!」

 

普段の作ったような片言では無く腹の底から気合いの入った雄叫びが響き渡る。それを現すかのように力を振り絞ってライノの動きを封じるために八幡力を発動して拳を受け止めた掌を握る形に変えることでライノの拳の装甲に指を立ててめり込ませていく。

 

額から流れ出る血液が左目に入った事で視界が霞みがかっているがそれでもライノを強く睨み付けて、トニーが改造したS装備の最後の仕事を果たさせるために、先程まで創作のアイデアなんて真に受けるべきではないと言っていたが敵からの激しい攻撃に耐えながらも、決死の覚悟で勝利を捥ぎ取る活路を教えてくれた画面の向こうのヒーローに敬意を表しながらアイアンマンの必殺技と言っても過言ではないこの機能の名前を叫ぶ。

 

「私たちにも負けられない理由があるんデス……っ!ユニ……ぃっ!ビーム!」

 

「なにっ!?」

 

S装備の胸部に埋め込まれているアークリアクターが強い光を放ちながら熱可逆性レンズから蒼白い光が収束して必殺のユニ・ビームが一直線に放たれ、ライノの胸部装甲に命中する。

発電所並みの電力を誇るアークリアクター全ての電力を一局に集めて放たれるユニ・ビームの一撃は子供達に使わせるにしては強力過ぎるためある程度はデチューンされているがその威力は絶大。

 

ライノの分厚い胸部装甲を高熱で溶かしていき、ぶち破って行く事でスーツの心臓と言えるコアに直撃して粉砕した。

装着者であるアレクセイもコアに当たれば機能停止になることは前回の戦闘で経験しているため、敗北宣言にも等しいがすぐさま脱出のコマンドを入力して自身をスーツから切り離して脱出し、地を転がって行く。

エレンがスーツから放ったユニビームによりライノのコアが粉砕された事により完全にライノは機能停止し、エレンの装備もユニ・ビームの威力に耐えきれずに砕け散ったが新装備を着けている面子の中で地上では最も厄介なライノを封じたのだから充分と言えるだろう。

 

「ぐっ……今度は役に立ちマシタヨ……」

 

エレンもスーツの防御機能に最後まで守られており、ユニ・ビームを最大出力で放った反動でフラ付きながら片膝を着いて額を伝う流血を拭い、血液が入った左眼を拭いている。

 

 

一方、ユニ・ビームの放出音によりショッカーと薫が一瞬その方向を向くと、至近距離からのユニ・ビームの最大出力の放射によりライノの胸部装甲とコアを破壊している姿が目に入った。

 

「ゴリラァーッ!ちぃっ!」

 

「無理させたな、相棒……でも、これで残りはお前だけだ」

 

「ねっ!」

 

戦う相手を切り替える瞬間、アイコンタクトを取った相棒の瞳からは自分を信じろと言う強い意志を感じ、それを信じて自分はショッカーを相手取ったが自身の耐久力を活用して至近距離でユニ・ビームを打つ事で体力の無い薫の消耗を抑えつつ早めにライノを倒すためだったとは……と後からだが察する事が出来た。

 

そして、前回の戦闘で4人がかりで漸く倒せたライノが倒れた今残るはショッカーだけ。エレンも額を切っており、拭ったあとは残っているが戦線に戻って来るのにそう時間は掛からないだろう。

これも彼女の耐久寄りな戦闘スタイルとトニーが自分たちを守るために改造してくれたスーツの防御機能の賜物と言える。

そうして、今は眼前のショッカーに意識を向ける。

 

「はっ!ナメんじゃねぇぞガキ共……おいゴリラ」

 

「む?」

 

だが、ショッカーはだからなんだ?とでも言わんばかりに相変わらずこちらを挑発してくる。負けん気が強い性分なのか、それともペースをこちらに握られないための強がりか知らないが図太い奴である。

そして、既にスーツも機能停止に追い込まれて本人は無事だが既に戦力にはならないであろうアレクセイに声を掛ける。

 

「テメェは邪魔だ、どいてろ」

 

「おい、その言い方はねーだろ」

 

「ハマハマひどいデス!」

 

「ねねっ!」

 

あまりにも必死に戦った仲間にかけるにしてはかなりドライな物言いだ。現に2人と1匹からの反感を買っている。だが、この2人の関係性は初対面時の険悪な関係からある程度は修復されてはいるが出会ったのも最近であくまでビジネスライクな付き合いなためエレンと薫やねねのような強い絆は無い。

 

だが、一応仕事仲間としてある程度の連帯感の上で信用しており、口が悪く素直じゃ無いが戦闘に巻き込まれ無い場所にいるように気を遣っていることはアレクセイも何となく理解できる位の関係性にはなっているため、後を託して言われた通り一旦下がって彼らの様子を見守る事にした。

 

「ふっ……いや、それでこそお前だ。頼むぞ」

 

「たりめーだボケ」

 

「まだやるんですかハマハマ」

 

アレクセイがせっせと引っ込むと息も絶え絶えで足元が覚束ないが何とか薫の横に来るまでには回復したエレンがショッカーに向けて越前康継を構えると彼はさも当然かのように右拳を左の掌に軽く打ち込み言葉を返す。

 

「あぁ、給料分はキッチリ仕事しねぇとな。大体やられっ放しは性に合わねぇし後は何より……負けらんねえ理由なら俺にもあんだよ」

 

「何だよそれは?」

 

「大したことじゃねぇ………言えることがあるとすりゃあ」

 

「「ごくり……」」

 

「はぁ………」

 

ショッカーの珍しく真剣な声色に一同が息を呑むがエレンはもう前回対峙した際にショッカーが真剣な雰囲気を醸し出すと大体何を言い出すのか分かって来たため呆れ半分で彼の言葉を聞く姿勢に入っている。

それと同時にショッカーは両者にビシィッ!という効果音がしそうな程スタイリッシュに人差し指を立てると意気揚々と語り始めた。

 

「テメェらをぶっ飛ばしたボーナスとショッカーのテストパイロット代で大量の報酬金が手に入りゃあ全国店舗からスクリューボールのCD&DVDを年間単位で買い占められる!そして買い占めた次の曲のセンター投票券を全て推しにぶっ込んでセンターにする!そしてそしてそしてぇ!次の8月リリースのスクリューボール新曲のテーマは夏!海!つまり衣装は水着!次の曲で推しがセンターになれば、可憐な水着に身を包んだ拙者の推しのりるるんのスクリーンタイムが自然と長くなって拙者は長時間推しの水着を堪能することが出来る!いやぁこれは外せませんねぇ……っ!普段のフリフリ衣装とは一風変わって普段はそのベールに包まれた蕾から花が開きそうな成長期の肢体を水着という布1枚の神聖領域へと解き放たれ、水着写真集とは違う表情を見せてくれるであろう推しが踊って動くMVにはもう期待しかないであります!ウヘヘ…それだけではありませぬ!更にぃ!拙者が毎月CDを買い占め続けることでオリコンチャート月刊一位を連続でキープし続け、最終的には日本を代表するアーティストの祭典である紅白歌合戦に推しを出場させることがなによりの目標なんであります!」

 

「「「………………」」」

 

 

………シーンという静寂が会場中を包み込み、誰も言葉を発せない状態になっている。

ショッカーの普段のチンピラのような口調から徐々にオタクとしてのスイッチが入ったことで段々饒舌になって行き、オタク特有の早口による勢いに押されてしまった薫とねねは目を点にしながらポカーンとしながら口を半開きにして唖然としていたがエレンは前回で耐性が付いたのか気圧されつつも言いたいことは理解できた。

 

「おい、コイツの言ってる事理解できたか………?」

 

「ねぇ…………」

 

「ま、まぁ少しは………」

 

要は推しがセンターの水着衣装MVが見たくて、自分が大量に課金する事でCDの売り上げを底上げして推しグループを紅白に出場させたいという事だろう。

呆気に取られていたが以前装着者達の情報を振り返っていた際に中の人であるハーマンは美濃関周辺の銀行で強盗を行なったことで懲役は確定であろうことを思い出した薫はショッカーに気になったことを問い掛ける。

 

「つーかお前はどう考えても懲役確定だろ?イベ行けなくね?何もここまでするこたないんじゃねーの?」

 

薫の素朴な質問に対してショッカーはあっけらかんと答え始める。

確かにショッカーは管理局の局長である紫の権限でショッカーの試験運用にテストパイロットとして協力するという名目で一時的に釈放されており仕事が終わればそのまま留置場に戻ることになる。

おまけに懲役もほぼ確定であるため今後のライブやイベントにも裁判や服役期間によって参加出来ないため薫はショッカーのイベントに行けない割には前向きな発言には違和感を覚えた。

 

その上ショッカーは発言を聞く限り管理局に対して特にこれと言った大義も忠義もない。まぁ、元々部外者でありテストパイロットとして雇われている一時的な金の関係でしかないため大義や思い入れを抱けという方がおかしな話しではあるのだが。

 

当然ショッカーの方も今回参加している行動原理はスパイダーマンへの仕返しと協力すれば大金が貰える上に金を貰う以上は仕事はこなすという損得勘定で動いているのが大半ではある。

だが、基本的に自分の事を優先しているショッカーが数少ない他人のために行動出来ることがあり、なんとしても譲れない意地が彼を突き動かす。

 

「まぁ、確かに俺は懲役確定でこの任務が終わりゃあムショに戻る。ライブとイベ全通はオタクの義務だしおまいつじゃなくなんのはつれぇ。何より握手会で推しに会えねぇのはまるで年に一度しか会えねぇ織姫と彦星みてーな気分だが行けねぇ以上はしゃーねぇ……だがぁっ!課金!献上!奉仕!例えイベに行けなくても公式に貢献するのはオタクの務めなんだよぉ!」

 

アイドルが歌やパフォーマンスでファンの心を支えるようにファンも課金や応援で公式に貢献してアイドルを支える。

例えイベントに行けなくともその心は一つ。ショッカーも懲役が確定していてしばらくイベントには参加出来ないが暴力事件でボクシング界から追放されて後悔はしていないがしばらく不貞腐れていた際にたまたま日本のアイドル文化をネットで見つけた際、彼の中に中に衝撃が走った。

 

日本で活動するアイドルグループスクリューボールのライブを観て以降初見でそのグループに所属する10代程の1人のアイドルにハートを撃ち抜かれてしまって以降ドハマりし、より深く歌詞や言葉の意味を理解するために日本語を半年で覚えた程の入れ込みようから、この強固なスタンスはファンとしての意識自体は無駄に高いことは窺える。

 

ショッカーの熱弁に対し、彼の人柄をおおよそ理解して来たエレンと薫はため息は尽きつつも無駄にファン意識だけは高いことは理解出来た。もちろん行動や言動が褒められるものかは別問題ではあるが………。

 

「oh……ハマハマって良くも悪くも純粋なんデスネ……変な方向に振り切れてマスケド」

 

「微妙にズレてるのにファンとしてはそこまで間違って無いように聞こえるのが性質ワリィ……」

 

「ねんね………」

 

そんな彼女達の様子など気にせず改めて自分の戦う理由を再確認したショッカーの気合いは充分。肩甲骨を外回しに回した後、流れるように右拳を掌に軽く打ち込んで両者を睨み付ける。

 

「さぁて、無駄話は終わりだ。さっさと俺のオタ活資金になりやがれ!」

 

ショッカーが再度振動波を起動して両者に向けて構えると先程の戦闘で写シが剥がされていたエレンは再度貼り直し、薫と一瞬だけアイコンタクトを取ると左右に分かれることで前方に向けて放たれた咆哮のような振動波を回避すると行き場を失った振動波は後方にある会場の建造物に当たることで円形の痕が残っていることが威力を物語っている。

 

 

「うぐっ…!はあああああ!」

(はぁ……っ、はぁ……妙に息が……さっきの戦闘での疲労が来てマスカ……ですがショッカーの障壁は見た感じ前にしか展開出来ないように見えマス。多方面からの攻撃には弱い筈デス!)

 

エレンがいつも通り薫が動きやすいように前衛に切り替わってショッカーを足止めに入る。ライノとの戦闘での影響は残っているが先程のやり取りの間にいくらか回復はした。しかし、額が切れた事による出血の余波と疲労もあってか呼吸はいつもより荒い気はする。

だが、瞬間的にショッカーを足止め出来れば問題ない。ショッカーの防御壁は厄介だが対荒魂戦での時間稼ぎとして正面からの衝突を防げれば万々歳であるため毎回前方にのみ展開していることは前回の戦闘、先程薫の一撃を防いだ際に確認したため多方面からの攻撃でペースを崩すことにした。

 

「チッ、チョロチョロうぜぇんだよ!」

 

「うおっ!」

 

「危なっ!」

 

薫の邪魔にならない角度に回り込みながら上段からの袈裟斬りをショッカーに向けて振り下ろす。しかし、ショッカーは相手が2人に増えたことによりこちらの防御への対策として多方面からのツーマンセルで攻めて来る事を直感で察知すると振動波を起動させつつ、袈裟斬りを軽く跳躍しながら回避し、一回転して回転を利用する事で全く異なる角度にいる2人に振動波を飛ばして来る。

 

「まずはテメェから潰してやらぁ!」

 

「やはり弱ってる方から狙いマスカ」

 

「ちげぇな、厄介だからだよ!」

 

回転を利用する事で当てにくい角度から攻めて来た2人を怯ませると疲労で多少弱っている上に金剛身によるタンク戦法で足止めをして来る強力な前衛エレンに狙いを定め、左手のガントレットから放たれる振動波による加速をしながら

拳を振りかぶって叩き付けようとする。

 

「させっかよ!」

 

「そう来たか、だが甘ぇんだよ!」

 

それを阻止するために掌を前方に突き出してリパルサー・レイを放って牽制するが空いている方のガントレットの振動波を小さく起動する事で薫の方向を見ずに振動波をチャージする状態にしてリパルサー・レイを振動波で防ぎつつ一気に薫の方へと放つ。それと同時に加速を加えてエレンに拳を叩き付ける。

 

「なんだよそりゃぁ、ぐっ!」

 

そして、薫はカウンターのように返された振動波の直撃を回避し切れずに直撃して数十メートルは飛ばされて行き、敷地内の壁を突き破って外に放り出され、森林の木々を薙ぎ倒し、その後は地面を転がって行く。

 

「うあっ!」

 

「薫!」

 

「他人の心配してる場合かオラァ!」

 

金剛身を発動して腕でショッカーの攻撃を防ぐとショッカーがその上で跳ねた後に地面に着地してダッシュでこちらに接近して来る。

それを目が捉えると越前康継を右手に持ち替えて金剛身を発動させる的確なタイミングを慎重に見極めて行く。金剛身の時間制限の弱点は既にバレているため、前回のようにフェイントでタイミングをズラされることも考慮しなければならないからだ。

 

「がっ……!何で!?」

 

……だが、エレンがショッカーの攻撃を読むより先にショッカーの拳は腹部に命中していた。

 

「逃すかよ!」

 

ショッカーがそのままガントレットを起動して零距離で振動波を放って来そうであったため、迅移で加速して距離を取ろうとするが加速するよりも前にショッカーはすぐさま拳を引いてエレンの足に自分の左脚を引っ掛けると思い切り脚を横に振る事で脚払いをしてバランスを崩す。

 

「what's!?」

 

そのフラついた瞬間にショッカーは振動波を起動して拳を振りかぶって来る。

咄嗟に越前康継を振る事で防ぐが姿勢が安定しない状態であったため、押されてしまう。そして、その最中で何発か金剛身の発動よりも前に拳が命中しただけでなく切れたタイミングの際にも被弾してしまった。

 

(こっちのタイミングが読まれてマス!?)

 

写シを貼っていながらも拳が命中した場所がビリビリと痛む。ショッカーの拳はまるでエレンの金剛身の発動タイミングを完全に読んでいるかの如く徐々にだが確実にダメージを与えて来ている。

そんなエレンの様子を知ったか否や、ショッカーは彼女が疑問に思っていそうなことを、思っていなかったとしても答える。これでも身内や気に入った相手には割と甘い部分があるらしい。

 

「なんでテメェのオカルトパワーを使うときのタイミングが読まれてるかって思ってそうだな。ゴリラをぶっ倒してボロボロな今でも粘ってるテメェに免じて特別に教えてやるよ」

 

「教えちゃっていいんデスカハマハマ?」

 

「あぁ、これでも俺はテメェらみたく国に喧嘩売るなんて勝ち目のねぇ試合でも全力で来るおもしれぇバカは嫌いじゃねぇからな。ま、単純な話テメェのオカルトパワーは短時間だが防御面じゃ強力だ。テメェら同士の戦いじゃあ相手のタイミングに合わせて発動すりゃ相手の体力を無駄打ちさせつつ反撃に繋げられるって所か?」

 

ショッカーは伊豆での戦闘、そして今夜の戦闘での経験を踏まえて対刀使戦ではエレンと薫としか戦ってはいないが大方刀使の使う能力の特徴を理解して来たようだ。

一応事前に能力についての資料は渡されているがライノはマニュアルを読み込んでから挑むタイプである反面、ショッカーはざっくり見た後は実戦で慣らすタイプでありその方が入り安いというだけの話ではある。

 

「見た感じテメェらの能力は速くなるオカルトパワーが一番燃費が悪くてその次がチビが使う怪力、でもってテメェの得意な硬くなるオカルトパワーが一番燃費はいいみてぇだと理解した。現にテメェがチビ以上にアレだけ食らってんのにまだ動ける辺り、そんなとこだろ?」

(まぁ、チビの場合はあんまし体力がねぇってのはありそうだけどな)

 

「…………」

 

この問いに対する沈黙は肯定と受け取っても良いだろう。

ショッカーは実際にエレンや薫と戦っている最中自分が感じ取ったことが概ね当たりだったことに達成感を感じつつも続ける。これだけでは何故エレンの金剛身のタイミングを読めるかの説明にはならないからだ。

 

「だが、その発動時間も無限じゃねぇ。おまけに防御と同時に殴り返して来ねえ所を見るに硬直してんじゃねえか?そして何より、テメェが生きてる人間である以上ごまかせねぇ綻びがある。それは呼吸や瞬き、微かな表情の変化だ」

 

「………っ!?そう来マシタカ」

 

「ボクシングってのは相手とサシで向き合って殴り合いながら相手のクセやプレースタイルを観察してそれを潰し合う競技だからな。常に相手の眼の動き、攻め込む時の呼吸の強弱を見抜いて攻める。俺はそれらのことからテメェらと闘り合ってく内にテメェらの能力の燃費の違いとテメェが硬くなるオカルトパワーを使う時のクセや呼吸の仕方でオカルトパワーの効果時間と発動までのタイミングを覚えた。後は、音ゲーみたくタイミングよくオカルトパワーに守られてねぇ時のテメェをぶっ叩きゃ良いってこった」

 

ショッカーは開いた状態の右拳を眼前に掲げて初めに人差し指中指、薬指、次に小指、最後に親指を内側に畳んで握る、所謂スクライド握りをしてマスクの下でドヤ顔を決めながら言ってのける。

 

「俺、これでも大達とDDRとデレステは結構得意だぜ?」

 

その自信に満ちた発言は「今からテメェをフルコンする」という宣言として捉えて良いだろう。

そして、先程の話からショッカーはエレンのクセを見切っていることから真実味を帯びている。まるで自分の技をゲーム感覚で攻略されるというのはいかんせん複雑な気持ちになるがもし、本当にやってのけるというのなら非常に厄介である。

 

「oh………音ゲー感覚で攻略しないでくだサイ」

 

「ハッ!何事も自分に合うやり方に乗っ取るのはたりめーだろうが!さぁ、始めるドン!」

 

ショッカーは言うや否や振動波で加速して眼前に接近するとガントレットに振動波を纏わせて拳を振るって来る。

防御のタイミングが読まれているのなら、まずは越前康継を振るって応戦することで相手の隙を見つけ出そうとする。

 

だが、振動波を纏ったショッカーの拳と越前康継がぶつかると掌には強い衝撃が伝わって来る。だが、それでも前進しながら切り返してこちらも攻め込むがショッカーは的確に拳をぶつけることで弾き、防いで行く。

 

水平に振るった横一閃と裏拳による一撃が激突するとエレンの腕力が微かに力負けして姿勢を崩し、その隙にショッカーの右拳がエレンに向けて放たれている。

 

まずい。と思ったが仮にこちらのタイミングを読まれているのならば思考パターンやタイミングを変え、極力金剛身を発動させる際にやっている行動の粗を減らして金剛身を発動させる。

だが、ショッカーはそのエレンの防御の粗を減らしてタイミングを変えた防御すら見切っているのか拳を寸前の所で止め、おとりの右拳によるストレートから左手のボディブローに切り替えて金剛身が切れた瞬間、的確に腹部に拳を命中させて来た。

 

「ぐっ………!」

 

「オラァ!」

 

腹部から全身に広がる衝撃に耐えつつ、こちらの格闘が当たるリーチに入っているため膝蹴りで追撃するがショッカーはそれを振動波を纏って防御壁に変換して防ぐとすかさず連続で腹部にボディブローを的確に当てる。

そしてフラついた際に肩や腕に向けてジャブを当てることで彼女の写シによる防御箇所を剥がして行く。

 

「このままではフルコンされマス!」

 

ショッカーがエレンの金剛身の防御を発動するタイミングや効果時間などを考慮して思考パターンを変えた防御すらもクセや呼吸法、自分が相手ならどうするかを先読みして拳を的確に当てて来る様はまるで音ゲーで譜面を的確に叩いているコンボ状態と言って良いだろう。

そして、完全に自分が得意なインファイトの距離に入り、その上でエンジンの掛かったショッカーは気合いの入った掛け声と共に激しい拳の連打を高速で叩き込む。

 

「オラオラオラァ!ぶっ飛べぇ!」

 

ゲーム画面ならばhitやperfect、良という小気味の良いエフェクトに画面中が埋め尽くされているであろうショッカーのラッシュは一寸の狂いもなくエレンの防御の隙を掻い潜り会心の一撃を彼女の全身に叩き込むと最後に両腕を交差してガードしようとした彼女の腕に振動波を纏った一撃を叩き込む。

 

「ぐあっ……!」

 

ショッカーのストレートをガードしたがほぼ藁の盾にも等しく、直撃してしまい全身に衝撃が伝わり写シを完全に剥がしてしまいそのまま殴り飛ばされ、地面を転がって行き手元から越前康継を手放してしまう。

 

「うう……」

 

意識はまだ残っているがライノとショッカーによる連戦が祟ってか苦しそうにうつ伏せで這いつくばり、それでも必死に越前康継に手を伸ばすが身体が動かせず戦闘不能状態に追い込まれてしまった。

 

「よっしゃあ!フルコンボだドン!」

 

ショッカーがデータカードダスやパック開封でレアカードを引き当てた小学生男子のように右拳を握って天高々と突き上げその場で飛び上がって数回跳ねると渾身のガッツポーズを決める。余程前回敗北を喫したエレンを撃破した事に達成感を感じたのか勝利の雄叫びを上げる。

一足遅れてショッカーの攻撃から戻って来た薫はショッカーがエレンを撃破したことを察するとまたしても相棒を良いようにやられたことによるフラストレーションが爆発し、ショッカーに向けて怒りを向けながら跳躍し、思い切り袮々切丸を振りかぶろうとしていた。

 

「エレン!またしてもやりやがったな……っ!」

 

エレンを無力化したことに達成感を感じて調子に乗っていたショッカーはすぐ様気持ちを切り替えて薫が走って来る音が聞こえる方向に目を向ける。

今は試合中だ、一瞬の気の緩みが相手にペースを掴まれてしまう。それと同時に状況の把握を始める。

 

薫の怪力による一撃はショッカーの防御でも何度も防ぐのはかなり困難。だが、それと同時にスーツの機能であるリパルサーで補助されているとは言えスピードは無いという事は理解している。ならばその防御がガラ空きになる瞬間を狙っていたかのように行動に移す。

 

エレンを全力で倒した後で隙だらけのフリをして相手がこちらを倒す為に防御をかなぐり捨てた攻撃を放つ為に生じる僅かな隙をボクシングで培った直感で感じ取り怯んだ姿勢から振動波で自分ごと飛ばすことで一瞬で薫の眼前に接近する。

 

「………おっせーよ」

 

ガントレットを起動して振動波を放つことで思い切り自分を飛ばしている為、手はフリーになっていない物のその勢いを利用した飛び蹴りを薫の鳩尾にめり込ませる。そしてこの時ちゃっかり近過ぎて祢々切丸の刀身では捉えられない距離に入っていたりする。

拳による一撃に比べればかなり貧弱な威力だが最低でも30t以上はあるだろう。写シを貼ってはいる上にS装備の装甲に守られているとは言え鳩尾にそれだけの衝撃が走っていることに眼を点にしながら驚愕する。

 

「なっ!?」

 

「どんだけテメェのパワーがすごかろうが当たらなけりゃどうってこたねんだよ!」

 

ショッカーが至った結論は至極単純ではあるが、攻撃の威力がいくら高かろうが当てることが出来なければ無意味。

おまけに薫はどちらかと言えば対人戦よりかは対大型荒魂戦向きのスタイルであるため相手の的が相当大きいか自分よりも遅い相手でも無ければ集団戦またはコンビネーションが前提となって来る。

だが、今はそのコンビネーションを活かせない状況であるため奇策やスーツの機能を用いてショッカーを追い詰めていたのだがやはり相手と正面から向かい合い、読み合いや駆け引きが重要になって来る対人格闘の元世界チャンピオンであるためか呑み込みは速く、単純ではあるがすぐに戦闘方を組み立てた。

 

おまけに蹴りが鳩尾に命中する距離まで一気に接近されたという事は完全に相手の得意な間合いに入られてしまい、尚且つ祢々切丸を振れない距離だと言うことだ。ここでは相手の攻撃の出が圧倒的に速くなってしまう。

 

「更に言やぁテメェに攻撃させなきゃいいってこったろ」

 

「なんつー極論だよ……っ!ぐっ!」

 

ショッカーは早速有言実行とばかりに蹴りの衝撃に怯んでいる薫の背中に向けて、肘を強く叩き付けるエルボーをお見舞いする。

そして、地面に着地した瞬間からガントレットのスイッチを入れて振動波を纏い、反撃の隙を与えない猛攻撃を仕掛ける。

相手との身長差が50cm以上あるためパンチが絶妙に当てにくいのが難ではあるが先程エレンにお見舞いしていた時と同じように自分に気合を入れるための雄叫びをあげながら力強い拳を繰り出す。

 

「ちっ!無駄に身長差あるから地味に当てにくいな」

 

「チビって言うなお前!」

 

咄嗟に祢々切丸を両手で構えて盾にする事でショッカーの放って来る連打を、トニーの手による改造が施されているS装備のHUDの機能による攻撃の軌道予測と強化された知覚と自前の怪力によってその場凌ぎで何とか防いで行くがこちらが攻めに転じる隙を与えないかの如く凄まじい攻めに防戦一方になって行く。

 

「まだまだ行くぜぇ!」

 

「うおっ!」

 

なんとか距離を取ろうと迅移を発動して後方に下がるものの、ショッカーは薫の視線の微かな動きから移動する方向を先読みして移動する直前にガントレットをその方向に向けて振動波を放つ。

加速して移動した薫であったが自分が移動した場所に的確に振動波が飛んで来た為すぐ様掌のリパルサーで強引に移動したがショッカーは既に追い付きて来ており、移動と同時に回し蹴りを顔面にお見舞いして脚が頬を捉える。

 

「ぐあっ!」

 

「薫!」

 

前回の伊豆の山中での戦闘で、スパイダーマンとエレンが行ったウェブグレネードのように派手な攻撃で相手に回避行動を取らせ、相手が回避する方向に先回りして回し蹴りを入れるという戦法でダメージを入れられた経験からその戦法を猿真似して自分でも実行に移して見せた。

 

ショッカーの回し蹴りで顔及び頭部に衝撃を受けたことで怯んだ薫に対し、ショッカーは攻撃の手を休めずに追撃する。彼女らには何の恨みもないがどんな敵対者であろうと全力で相手をするというポリシーとこちらも金の掛かっている仕事である為確実に潰しに掛かっている。

エレンもうつ伏せになりながらも相棒にショッカーの蹴りがクリーンヒットした様はショッキングなようで、助けに入ろうにも身体が動かせないもどかしさと焦燥感は彼女を心を焦がしていく。

 

そして、ショッカーはガントレットのスイッチを入れてガントレットを起動させると両腕に振動波を纏う。そしてすかさず薫の腹部に思い切り下から拳を叩き込む。

 

「うおっ!」(何だよコイツのパンチ!?ゴリラ程じゃねぇけど死ぬ程痛ぇ……っ!)

 

ショッカーの振動波を纏った拳は振動波非展開時の素殴り以上のダメージが全身に伝わり、装備による身体強化でいくらか軽減出来ているとは言えかなりのダメージは入る。

そして、そのまま薫を宙に軽く浮かせると再度振動波を纏って拳を彼女に向けて叩き込む。

 

「ウオラァッ!」

 

今度はスーツに守られている肩のアーマーの部分に命中した。そしてライノの攻撃を直に受けていたという部分もあるがスーツの装甲がかなり歪んだ後に砕けた事からその威力を物語っている。

 

「エンジンの掛かった俺の勢いは止まらねぇぜ!」

 

そのまま薫は勢いに乗って殴り飛ばされるが、ショッカーの勢いは止まらない。振動波による加速ですぐ様飛ばされている薫に追い付き再度拳を叩き付けて追撃、更に飛ばされる速度に追い付いて追撃を繰り返す。

 

「やべぇっ!祭壇に行く前にスーツが壊れちまう……っ!」

 

「ぶっ飛べオラァ!」

 

完全にショッカーの気迫とペースに呑まれてしまい、防御に綻びが生じた事で

彼女の身を守っていたスーツは既にボロボロ。既にパワードスーツとしての機能を果たしていないであろうただのガラクタと化していた。

ショッカーの執拗な連撃によりとうとう写シを剥がされて生身となった彼女に対し、ショッカーの拳が完全に迫って来ていた。

 

「うおああああ!だぁ!」

 

ゴキャ!

 

「チッ!逸らして軽減しやがったか!」

 

この一撃を何とかしないと負ける。そう思った薫は咄嗟に八幡力を発動させる事でショッカーの拳に対して掌を翳し力業で思い切り軌道を逸らす事にした。

だが、振動波を纏った拳と直接激突したため、右手を通して身体中に響き渡る衝撃を受け、右肩の関節部分から鳴ってはいけない音が聞こえた。

 

ショッカーも薫の怪力によって勢いを殺された上で軌道を逸らされたため、思い切り勢いが行き場を失って少し体勢を崩した状態で着地した。

 

「ぐっ………やべ……今ので肩が逝った……」

 

「薫!」(マズいデス……何とか……何とかしないと……っ!)

 

「ねね!」

 

「さーて、そろそろ終わりにすっかー」

 

ショッカーの拳を何とか逸らしたとは言え、生身で受けてしまったためか薫の右肩は完全に脱臼してしまい右腕に力が入らずブラリと降ろした状態になってしまったため左手に持ち替えてショッカーを睨み付けるが彼女の方がダメージが大きい事は明白だ。

その上でショッカーは拳をポキポキと鳴らしながら片手で袮々切丸を持つのが精一杯の薫に対し、ジリジリとにじり寄って行く。元々高身長なのもあるが今の彼女達からすればずっと強大な敵のように感じられる。

 

エレンの方も先程から身体を動かそうと身体に鞭を打っているが、何とか肘を使って前進するのが精一杯だ。今なおトドメを刺されそうな相棒に向けて手を伸ばすがショッカーに何度も殴り飛ばされたせいでかなり距離が空いてしまっている。彼女を助けに入ることはかなり難しいだろう。

もし、ここで自分たちがショッカーを流してしまえば先行した皆に負担をかけ、下手を打てば全てが水泡と帰す。なんとかしなければと思ってはいるが身体は言うことを聞いてくれない。

 

ショッカーが一度息を深く吸うと大地を思い切り強く蹴り、薫にトドメを刺すために加速して思い切り拳を振りかぶっている姿が目に入った。薫の方も片腕であるが袮々切丸を構えて一歩も引かずに対峙している。

だが、このままではダメだ。スーツも完全に壊れてリパルサーやユニビームで助けにも入れない。どうする?どうすればいい?この刹那の間に様々な方法を思い付くが今の自分では不可能な事が多い。

だが、考えろ。自分が相手ならどうする?相手は何のためにここまでする?相手が今やられたら最も困る事は何だ?……

 

(………一か八かの賭けデスガ。ハマハマが一貫して言っているアレ、一瞬でも彼の隙を作る事が出来れば……ハマハマには管理局に対して何の大義も思い入れもない見たいデスがこれだけは貫いてマス。絶対に反応シマス……いや、反応してくれなけりゃ困りマス……っ!)

 

思考を巡らせていると1つ、ショッカーが常に一貫して言っていた事があったと思い至った。毎回毎回スマートとは言い難い背水の陣を敷くなと自分たちの状況を悲観しながらも大きく吸って薫に殴り掛かっているショッカーに向けて最大の博打を打つ。

 

「きええええええええええええい!」

 

「うおりゃあああああああああああ「あー!スクリューボールがゲリラライブデス!」

 

薫の横一閃を袮々切の上に乗って踏み台にして回避し、そのまま薫に拳を叩き込もうとし、薫は敗北を覚悟して目を瞑ったが会場中にエレンの腹からの声が響き渡る。

あまりにも大きな声であったため、薫とねねは驚いてビクッとしてそちらを向いたがショッカーだけは爆速で異なるリアクションを取っていた。

 

「え゛ー!?どこどこー!?何処でありますかー!?って今スクリューボールは北海道で歌番組に生出演中だぞこんな所に来る訳ねぇだろゴルァ!」

 

ショッカーはスーツのヘルメットを被っているにも関わらず目を♡にしながら周囲をキョロキョロと見渡し始め、オタク特有の過剰反応を起こしていた。

だが、周囲を見渡しても自分の推しグループはおらず余程ショックだったのかすぐ様素に戻って嘘を付いたエレンに暴言を吐くが充分過ぎるくらい大きな隙を作った。

 

「今です薫ー!」

 

「な、何だか知らねぇがナイス!……きえええええええええええい!」

 

このチャンスを逃すまいと薫は即座に八幡力を発動して、右肩の痛みに耐えながら袮々切丸をショッカーに叩き付ける。

 

「あ゛?ってのわあああああああああああ!」

 

呆気に取られていたショッカーでは薫の一撃に反応し切れずに防御壁を展開するもワンテンポ遅れてしまい、直撃と同時にクルクルとギャグみたいな回転をしながら壁に激突する。

 

「ビターン!」

 

漫画ならでは効果音を断末魔にしながら壁に人型の穴を作って、そのまま地に落ちる。

それと同時にスーツが装着者を守るために強制的に装着を解除したため、生身となってほぼ無力化されたと言ってもいいハーマンの姿が露になり、目を渦巻き状にしながら回している。

 

「勝った……のか?随分呆気ねぇのは釈然としねぇけど」

 

「やりましたネ薫ー!」

 

「ねねー!」

 

既に装着も解除されたハーマンを横目に見て、勝利はしつつもこんな倒し方で良いのか?と思いつつも何とか切り抜けたことは事実であるため安堵していると何とか身体を動かせるようになったエレンが薫に抱き付き、ねねは頭の上に乗っかって労う。

 

「待てやゴラ、俺はまだ負けてねーぞ」

 

「よせ、俺たちの負け。そして彼女達の勝ちだ」

 

しかし、そんな余韻をぶち壊すかの如く装着が解除されていてもまだ動く事は出来る。そして拳を構えて走り出そうとするが腕を何かに掴まれ、動きが止まる。振り返ると避難していたアレクセイがハーマンの腕を掴んで静止しさせている。

確かにスーツを来てようやく彼女達と戦える自分たちの武器であるスーツが壊れて装着解除になっている以上勝ち目はない。アレクセイは潔く負けを認めてハーマンを諫める。

 

「チッ……わーたっよ。あーあ、マジであんな凡ミスしなきゃ勝てたのによー」

 

「だが、ナイスファイトだったぞ」

 

「う、うっせ。ま、テメーもよくやったと思うぜゴリラ」

 

「おいおい野郎のツンデレとか誰得だよ」

 

「シッ!行けまセン」

 

「ね!」

 

状況を鑑みるに単なる強がりであることは認めており、アレクセイの言葉を素直に聞き、互いを称賛する。素直じゃないながらも何だかんだ互いを認めているハーマンとアレクセイのやり取りを見て少しほっこりしているとハーマンとアレクセイは2人と1匹に向けて声を掛ける。

 

「ったく、しゃーねぇ。オラ、勝ったのはテメェらだ。俺は疲れたからここで少しふて寝すっからさっさと行け。俺の睡眠を邪魔すんじゃねーぞ」

 

「連れを起こさないでやってくれ、死ぬ程疲れている」

 

ハーマンはそっぽ向いて横になって寝転がって自分たちに勝利した彼らを見逃すであろう姿勢を見せ、アレクセイはそのまま彼らを見送る事にしている?そんな2人に対し、先を急がねばならない2人と1匹は祭壇の方に目を向ける。

 

「おーおー好きなだけ寝てろ。ったく、アイツらが倒してくれてりゃあ楽なんだけどな」

 

「装備は完全に壊れてしまいマシタ……どうシマス?」

 

「おまけに身体はボロボロ、行った所で大した戦力にもなれん。この場でもう一眠りと、行きてえが……推しが一緒に戦ってくれてんのに寝てるだけっての

はカッコつかねぇ」

 

お互いの状況を確認するエレンと薫。既に満身創痍という言葉すら生ぬるい状態になっており戦闘に参戦するにせよ後一回が限界のはずだ。だが、それでも彼女達は俯かない。そんな自分たちの意志と目的を強く持ち、なすべきことに対して全力で取り組む姿がアレクセイには眩しく見えたため、一つだけ問いかける。

 

「やはり、どうしても局長殿と戦うのか?君たちは君たちの意思で」

 

「あぁ、俺たちは世間から見りゃあ害悪なテロリストかも知れねぇ。けど、アイツを止めないと大変な事になる。俺たちは俺たちの意思で最悪の結末を回避するために戦う事を選んでここに来てんだ」

 

「そうか………」

 

自分は状況に流され、紫のことも朱音の言葉も完全には信じ切れてはいないまま参戦していたが彼女達はどんな立場になろうとも自分の意志で自分の目的に向けて邁進して行く。だからこそ強いのだと再確認させられた。

 

「そういうと思ってマシタ!じゃ、行きマショ!」

 

「っ!つっても肩脱臼しちまったのはいてぇな」

 

しかし、やはり2人ともライノとショッカーから受けたダメージはかなり深刻なようであり、先程からショッカーの拳を受けて関節が外れた肩がズキズキと痛む。これではまともに袮々切丸を振ることすら困難かも知れない。

しかし、エレンはノープロブレムとでも言わんばかりにサムズアップして意気揚々と語り出す。

 

「安心してくだサイ!その位ならすぐ治せマス!私に任せてくだサイ」

 

「お、おい何する気だ?」

 

しかし、医療機器も無く医師免許を持っている訳でもないエレンがそのような事を言い出したため、薫は若干顔を青ざめさせながら問いかけると満面の笑みで返し来る。

 

「ねねっ……!?」

 

「ちょーっと痛いデスが、我慢してくだサイネ!」

 

右拳を左の掌で包みながら指をポキポキと鳴らしながら薫に近付いて行く。どうやら力付くで関節を元の位置に無理矢理戻すつもりらしい。

エレン自体伊豆山中でSTTと親衛隊に自ら拘束された際に、手錠を外すために自らの関節を外して直後に元の位置に戻すという離れ業をやってのけていたので脱臼位なら力付くで治せるようだ。

肩が外れた時のダメージすら想像を絶する物だったのに、再度元の位置に戻すとなるとそれと同等の激痛が走ることは容易に想像出来てしまい涙目になりながら後ずさって行く。

 

「い、いやちょっと待って!まだ心の準備が……っ!「問答無用!」あ゛ーっ!」

 

ゴキッ!

 

無理矢理肩を元の位置に戻す際のえげつない音が鳴るとそれに呼応して先程まで散々カッコよく決めていたのが嘘のように情け無い薫の絶叫が会場中に木霊する。

 

「うるっせぇ!寝れねぇからとっとと行けやボケェ!」

 

「………はぁ」

 

割とマジで眠たいのに近くで騒がれたことに腹を立ててキレるハーマンを他所に呆れつつも微笑ましいなと思っているアレクセイ達も知らない内に、今にも日本壊滅までのカウントダウンは着実に進んで行く。




次のスパイディ続編にストレンジ先生ついて来るとかパワーバランス大丈夫か?いやまぁ敵のエレクトロ実写化スパイディヴィランじゃ最強格ではあるでしょうけど……(逆に実写化最弱は多分金魚鉢かショッカーかアメスパゴブリン …?)


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第57話 鬼神覚醒

遅れましたメンゴ、今年もリアルと時間と眠気と戦いながらやって行こうと思いまーす。マジ時間経つの早すぎ。

少し前に某列車に乗って号泣したり、滑り込みで見た心配だったゼロワン映画で浄化されて(消化不良だった本編を映画で見事綺麗に完成させた劇場版艦これで気持ちが救われた時に近い感じ)今の情勢下で制限や不便なことが多い中でも良い映画は作られて行くんだなと少しほっこりしました。



各々の戦局が変化して行く一方、祭壇の最奥の戦況も同時進行で進んでいた。刀剣類管理局局長のポストを利用して自身の元に集めていた20年分のノロと融合を果たした折神紫ことタギツヒメと対峙する反抗組織舞草の最大戦力である可奈美と姫和。

そして、開戦の合図としてタギツヒメは写シを貼って見せる。

 

「荒魂が写シを…?」

 

「親衛隊の人達だって使ってたし不思議じゃないよ」

 

相手は荒魂でありながら写シという刀使の使う技を使用できることに驚いてはいるが肉体自体は紫の物ではあるし、親衛隊も体内に荒魂を注入して身体能力を上げていたことを思い出せば自然な話ではある。融合はしていても肉体が刀使の物ならば使用自体は可能なのかも知れない。

 

向こうがその気ならこちらも仕掛けるべきだと判断した可奈美と姫和は同時に、写シを貼りつつHUDを操作してトニーの改造が加わっているS装備の身体強化を格段に行う機能を選択する。身体能力に一気にブーストをかけながら八幡力を発動して斬りかかる。

 

「はあーっ!」

 

「でやぁっ!」

 

しかし、直立不動のまま抜刀して既に両手に持って構えているニ振りの御刀で両者の攻撃を受け止める。金属同士が力強くぶつかった音が祭壇中に響き渡るがタギツヒメの方は余裕綽々に受け止め、力と力が拮抗する状態に持ち込む。防がれてしまってはいるが通常のS装備よりも腕力が上がっているためか実は微かに刃と刃の接面は細かく震えている。

 

「すごい……全部止められた!」

 

「ストームアーマーの打ち込みを片手で!」

 

流石にS装備を着けて身体能力が強化されているとは言え軽々と受け止められたことには驚愕を隠せない。

2人の様子を見るや否や、小さく口角を吊り上げて酷薄な笑みを浮かべる。その様子から彼女はどこかこの戦いを楽しんでいるようにも見え、より恐怖を煽って来る。

 

「ふん…我が先兵の鎧たるその装備、荒魂を宿した親衛隊と渡り合えたのならまずまずといった所か。楽しいな…」

 

拮抗した状態から一気に前に押し込むことで2人を押し飛ばして距離を開けさせる。

相当力が強かったため、一瞬怯んでしまったが着地と同時に再度構えてタギツヒメをしっかりと睨み付ける。

敵が強力なのは元より百も承知。それでも成し遂げなければならない目的を再確認し、声に出す事で自身を奮い立たせる。

 

「母のやり残した務め…この私が果たす!……最後に聞く。貴様は折神紫なのか?それともタギツヒメなのか!?」

 

しかし、その問いに対してタギツヒメはあっけらかんと挑発的にはぐらかしてくる。既存のS装備の技術に大幅な改良を施し、かなり完成に近付けて装備の難点は知っているからこその発言だ。

 

「話してる余裕があるのか?多少は賢い猿による改造はされているようだが稼働時間は無限では無いだろう?」

 

しかし、タギツヒメの目から見てもヒーロー兼世界的な天才技術者であるトニーの持つリアクター技術によって稼働時間と性能が向上していることは目視した時点で察しており、自分が施した改良に更なる要素を追加し、拡張までして行くという離れ業をやってのけた人間はいなかったため、人間の中にも飛び抜けている奴もいるものだなと内心感心している。

 

「くっ…全力で畳みかけるぞ!可奈美!」

 

「うん!」

 

先程のタギツヒメの言う通り装備の稼働時間は無限ではない。ベッドアップディスプレイに映し出されるタイマー式の稼働時間の文字は刻々と時間を刻み、0へと近付いている。スーツの身体能力強化の力をより強く引き出そうとすればする程それだけ消費する電力も多くなる、スーツの力が残っている内に有効打を与え、決着を付けなければならない。

 

気合の篭った掛け声と共に左右から同時に攻め込んで両者共上段から一気に愛刀を振り下ろして叩き付けるがやはり軽々と防がれてしまう。

左手で受け止めた姫和の一撃を横に思い切り振ることで後方まで退け反らせ、すぐ様二刀流の状態で左手で受け止めていた可奈美に対応しようとする。

 

「だあああっ!」

 

だが、両腕をフリーな状態にはさせない。攻撃を切らさない事で相手の隙を作り出そうと迅移で加速して攻め込むがその動きを読んだかの如くタギツヒメも同タイミングで迅移を発動して加速、その上で回避して左手に握っている御刀で横一閃を仕掛けた来た姫和にお見舞いする。

 

「ぐっ!」

 

しかし、寸での所でガードしたはいいものの腕力で力負けしてしまい一瞬だが姿勢がフラついてしまいその隙に腹部に持っていた右の御刀で突きをかまして来る。

腹部を貫かれはしたが写シによるダメージの肩代わりにより生身の方は無事だ。しかし、20年間分のノロと結合しているためか身体能力にかなりの強化が施されており一撃で写シは剥がされてしまう。

 

「うおおあああ!」

 

そして、無言無表情のままタギツヒメが生身の姫和にトドメを刺そうとするが

可奈美が即座にカバーに入り、僅かな時間だが打ち合うことで姫和が一旦後方に下がる時間を稼ぐ。

しかし、2本の御刀を同時に扱う二天一流の妙技は、息を尽かせぬ連続攻撃とその器用さに対応するのがやっとであったことに多少息を荒くしながら戦々恐々とした感情が可奈美の中に湧き上がってくる。

 

(これが折神紫の二天一流…)

 

「躊躇ってる時間はない!可奈美、次で決める!」

 

「分かった!」

 

姫和の呼び掛けに対し、可奈美も応える。躊躇っている間に刻々と世界の危機が迫っているのだと再認識して再度攻め込んで行く。

 

しかし、タギツヒメはすぐ様攻撃に転じて来る彼女らに対して自分から仕掛ける訳でもなくまたしても直立不動、悪い言い方をすれば棒立ちのまま淡々と彼女達の出方を待っているかの様に構える。

 

姫和が一気に迅移の段階を上げ、地を思い切り蹴り上げて接近して上段から叩き付けるがそれを最小限右手にもつ御刀を振る動きだけで弾いて対応する。

しかし、弾かれると同時にすぐに後方に下がって距離を取って前衛を可奈美と交代してもらう。

前衛に切り替わった可奈美の上段からの振り下ろしてを空いていた左手で対応し、御刀を奮って彼女の攻撃をガードする。

 

「はぁっ!」

 

しかし、そのまま振り下ろし切らずにすぐ様タギツヒメの死角になるであろう背後に移動し、再度タギツヒメから見て前方から攻め込んで来る姫和に合わせて同時攻撃を仕掛ける。

 

しかし、タギツヒメは入り乱れるように攻め立ててくる彼女らの連撃を直立不動のままその場から一歩も動かずに角度を変える動作のみで両者の攻撃を的確に防いで行く。

 

「ふっ」

 

「ぐっ!」

 

「はぁっ!」

 

そして、防御と同時に可奈美に思い切り突きをかまして、押し飛ばすと入れ替わったように姫和が正面から堂々と突きを繰り出す。

しかし、右手に持つ御刀を右方向に思い切り振る事でガードして弾く。そのまま力負けして姿勢が崩れた姫和に対し容赦無く左手に持つ御刀を彼女の胸部に向けて突き立て、そのまま貫通させる。

 

「ぐあっ……うう……」

 

「終わりか?」

 

胸元から御刀が引き抜かれると彼女は憎々しげにタギツヒメを睨み付けるが先程も写シを一撃で剥がす程の威力の一撃を何度も受けたためか力無く地面に倒れ伏してしまう。

そんな彼女に対し、顔をそちらに向けずに目線だけを向けて見下ろしながら凍てつく様な冷えた声色で呟く。

 

「姫和ちゃん!」

 

ダウンした姫和を助ける為に迅移で加速して可奈美が接近し、彼女を肩に担いで拾い上げて再度後方へと下がって間合いを空ける。

可奈美の肩に担がれながら精神ダメージによる疲労で脱力しながら対峙するタギツヒメを睨み付けるが相手が強大すぎる。

 

「なぜ…奴は今の一撃を躱せた…?私達の剣は完全に読まれてる……っ!」

 

トニーの改造が施されているS装備による身体強化を持ってしても、2人同時のコンビネーションによる攻撃を持ってしても攻撃を当てる事すら出来ない。

実力……いや、スペックの差以上に何か、普通に攻撃するだけでは突破出来ない要素があるのではないかと思わされてしまう。

まるでこちらの攻撃は全て読まれているかの如く対応されているとしか思えない程だ。

 

「ああ。見えているのだ私には。全てが」

 

姫和の漏らした疑念に対してタギツヒメは淡々と答える。そして瞳が一瞬だが左眼が橙色へと変化して行く。

 

 

ーー祭壇へと続く折神邸の庭ーー

 

数刻前、アイアンマンとキャプテンとの戦闘で気絶した真希と寿々花も時間の経過により意識が覚醒し、目を覚ました。

自分達の状況を把握すると真希の方はキャプテンがある程度加減してくれた上に、純粋な攻撃力ではアイアンマンより劣る彼の拳をモロに受けた程度のダメージであるためある程度の戦闘は可能だろう。

 

しかし、寿々花の方は殺傷能力は控えめにしているとは言え出力次第では高火力な武装へと変わるリパルサー・レイの出力高めの砲撃を至近距離で2回は受けてしまった上に生身の状態で人間を即座に眠らせる強力な麻酔針が首筋に打ち込まれたことでのしかかるような倦怠感が全身に募っている。実質これ以上の戦闘続行は不可能だ。

 

2人が周囲の状況を把握する為に周囲を見渡すと祭壇へ続く道の少し下の方にある庭がそこだけ世界大戦が起きたのか?と思わせられる程の凄惨な状態と化していた。

 

屋敷の壁は何かが貫通したのかと思わされる大穴が何層も空いていたり、火災が起きたと言われた方が納得出来る大量の焼け跡に焦げた臭い、崩落した屋根等自分達が本気で戦ってもそうそうこうはならないと思わされる程の惨状だ。

 

「何だこれ……アイアンマン達がここでも戦闘したのか?」

 

 

「真希さん……っ!」

 

 

「?……針井……っ!」

 

その渦中で意識を失って倒れている人物が2人の目に入る。少し前まで管理局の司令室でCICを担当しつつ、新装備組や機動隊に指示出しをしていた栄人だ。

本来非戦闘員である筈の彼が、新型パワードスーツグリーンゴブリンを纏ってこの様な場にいる事自体信じられないが、この場にいると言うことは何かしら関わってはいる筈だ。

その上、倒れている以上放っておく訳にも行かないので真希がそくさくと彼の元に近付き、まだ身体がフラつく寿々花は愛刀である九字兼定を杖代わりにしてゆったりと近付く。

 

戦闘があったと思われる庭に降りた真希は倒れている栄人に近付き、状態を確認する。呼吸はしている上に目立った外傷もない為無事だと判断して軽く肩を揺すって起こす。しかし、同時に何故彼がこんな場所にいるのか?何故パワードスーツ等纏っているのか?という疑問が湧いてくる。

 

「おい、大丈夫か?しっかりしろ」

 

「この惨状も気になりますが何故栄人さんがスーツ等……」

 

数回揺すった事で意識が徐々に覚醒して重い瞼がゆったりと上がる。そして、真っ先に視界に入って来た真希と寿々花の姿が映る。

 

「ん……獅堂さん、姐さん……俺は……痛っ」

 

上半身をゆったりと持ち上げると同時に側頭部に軽い痛みが走ったのでそこを手で押さえる。何かに殴られたような感覚だ。

 

「大丈夫か?」

 

「はい……私は大丈夫です」

 

「どうして貴方がこんな所に、スーツなんて纏っているんですの?」

 

彼の目が覚めた事で寿々花が聞きたい事を尋ねる。確かにこの事を知っているのは身内では父親と結芽のみであるためこの2人には話す時間も無かったので聞かれた以上は話す必要があるだろう。

 

「私も国家転覆のために攻め込んで来ると思っていた舞草の侵攻を止めようとしました……ですが、スパイダーマンに敗れてそれで……」

 

「そうか」

 

「なんて無茶な真似を……」

 

自分の行動を説明して行く最中、死闘を繰り広げたテロリストスパイダーマンの正体が自分の友人であったことを知ってしまった。何度も捕まえるため、叩き潰すために何度も戦っていた相手が友人だったことにショックを受けた。

だが、彼から管理局の真実、自分がこれまで正しいと信じていた、信じ込まされていたいたものが偽りであったこと、彼が何故命を賭けてまで紫に立ち向かうのか……彼が背負って来た物を聞かされ、戦いに赴く彼を送り出した。

 

そして、その戦いの結果結芽が………ふとそれに気付くと周囲を慌てたかのように見渡し始める。

 

「結芽ちゃんは!?」

 

「結芽と一緒にいたのか?」

 

どれ程時間が経っていたのかは分からないが気を失う寸前までは確かに自分の腕の中にいた筈の、まだ温もりが残っていたが既に動かなくなっていた結芽がいない事に気が動転してしまう。

そんな動揺が真希にも伝わったのか彼のただならぬ様子に対し、結芽に何かがあったのかも知れない。いや、この場所が激しい激戦区になっている以上彼女の事情を少なからず把握している真希の頭には最悪な状況が浮かんでしまった。

一方、寿々花の方も彼の様子と周囲の状況を鑑みるに真希と同じ考えに行き着いたが自分も激しく動揺してしまえば冷静さを欠いている2人を更に混乱させてしまう。自分はあくまで気丈に真実を聞き入れる覚悟を決めて2人を諌める。

 

「落ち着きなさい、2人とも。栄人さん、話してください」

 

「…………」

 

寿々花は決して責めている訳ではない、ただ何が起きたのかを知りたいという想いで冷静に振る舞って無理矢理震える声を喉から振り絞っている。

そんな寿々花の押し殺しているかのような表情から気丈に振る舞ってはいるが拭いきれない不安や悲しみが伝わって来た。

 

そして、自覚する。自分は彼女に同伴して共に戦ったからこそ結芽の事を仕事仲間として大事に想っていた2人に対し、自分はこれから残酷な事を伝えなければならない。

自分の腕の中で動かなくなった結芽の体温の温もり、細くて華奢な腕の感触、そして彼女幼くも無邪気な笑顔を思い出しながら重々しく口を開く。

 

「結芽ちゃんは……亡くなりました」

 

「くっ……!」

 

「そうですか……」

 

彼女らの顔が一気に曇る。当然だ、短い間とは言え共に過ごした仕事仲間が既に亡き者となった事を聞かされて平然としていられる程彼女達の精神は大人では無い。

 

実際は地球外生命体シンビオートの一体であるヴェノムに寄生された事で一命を取り留めてはいるのだが彼(?)の自身の身の安全の確保と上司への下克上のための養生を優先とした彼女の周囲の人間を盾にした脅迫によって管理局、もとい人間社会では生きられない存在となったと悟って結芽自身も自分は皆の元にいてはいけないと判断して既にこの場を去ってしまい距離が離れたため今の彼らでは知る由は無い。

彼らの視点から見れば彼女の生命のタイムリミットが尽きてしまったとしか考えることが出来ない。しかし、いくら見渡しても彼女の遺体がどこにも無い。

先程まで彼女と一緒にいた栄人ですらそのことが気がかりで困惑している。

 

「だが、彼女はどこだ?何処にも見当たらないぞ」

 

「私が彼女を局の安置所まで運ぼうとしたのですが、突如何かに殴られたかのような衝撃を頭に受けてそこからの記憶が無いんです。そして目が覚めたら……お2人が前にいて、彼女はいなくなってて……」

 

その発言を聞いた途端、真希はハッとして瞳孔を散大させ、自分たちが取り入れた禁忌による起きうる末路が頭をよぎったことで取り乱してしまう。

その事実が本当だと言うのなら彼女は……

 

「マズいぞ……結芽が死んでそのまま彼女の体内のノロが活性化したら荒魂化してっ」

 

「真希さん!」

 

「っ……!」

 

寿々花の遮るような呼び掛けで思わず失言した、と自覚した頃には遅かった。関係者で無いとは言い難いが管理局に関わる者にとっての最大の機密事項をうっかり口に出してしまった。

真希の発言を受けて彼の方も驚いかを隠せないのか固まったまま2人の方を見つめる事しか出来ていない。

だが、ショックを受けつつも管理局の真実、それらを統べる紫が大荒魂に取り憑かれているという話を聞かされているためかもしかしたら、ありえなくはないと想像が付くため現実を受け止める姿勢に入っている。

 

「どういう……事ですか?」

 

「それは………」

 

「話してください……お願いします」

 

はぐらかそうにも既に彼に機密事項を聞かれてしまった上に結芽と共に行動をしていた上、彼女がこの場からいなくなっていることに対して筋の通らない説明をしても納得しないだろうと理解する。

自分たちの真実を語るのは彼にとって、自分たちにとっても良い事ばかりでは無いのかも知れない。だが、彼も真実に迫っている以上知る権利はあるだろう。それにあの男にも言われた。行き先が見えなくとも勇気を持って一歩を踏み出すことから始める。現実と向き合うことがどれだけ恐ろしくとも、例え小さい一歩でもそうやって少しずつ積み重ねて行く。

そしてそれを自分にも言い聞かせるつもりで自分たちの事情を語り出す。

 

「僕達親衛隊は紫様から渡されたノロアンプルを身体に投与することで荒魂の力を使って身体能力を上げている……僕らが生きている間はいいがもし、宿主の肉体が死んだとしたら……」

 

「それはもうその人ではありません、その器を苗床にしたただの荒魂。そうなればもう一度殺さねばなりません」

 

2人の口から重々しく語られる真実、折神紫親衛隊は身体能力を強化するためにノロアンプルを投与している。現に投与無しでは身体を起こすことすら不可能な程病気で衰弱した結芽が短時間だが戦闘を可能な程にしている事から筋が通っている。

結芽の場合は戦闘で荒魂の力は使用せず、あくまで生体維持のために使っている程度ではあったのだがやはり完治には至らず戦えば戦う程彼女の命は削られて行くためその事が彼女を存在の証明に固執させていた。

 

だが、それには悪魔との契約の如く成果に対して大きな代償が伴い、宿主の肉体が死亡した場合その肉体を苗床としたその人であった物でしか無い荒魂と化してしまうというデメリットがあったと知らせられる。

そうなってしまえばそれは人に仇を為す怪物となり討たなければならない存在となってしまい人としての尊厳すら与えられない最期を迎える事になるのだと彼女らの説明で理解した。

 

数日前に出会ってから今日までという短い期間であったが彼女との思い出は確かに少ないかも知れない、だが彼女の年相応の笑顔と妹のように懐いてくれたあの愛らしい人間らしい初めて心の底から好きになった相手が人間としての尊厳すら保たれないまま荒魂となってしまったのだと聞かされたらショックを隠せないのは無理もない。

だって彼女はわがままで強引で、ややな生意気ではあったかも知れないが年相応に笑う明るい1人の人間だった筈のだから。例え彼女が自分の意思でそれを取ったのだとしてもその終わり方がどうしようも無く悲しいと思ってしまった。

 

「じゃあ結芽はちゃんが言ってた局長のお陰でって言うのは……皆さんはもう普通に死ぬことさえ許されないんですか……」

 

「元よりその覚悟はできていました……荒魂を受け入れたあの時から」

 

「多分君が無事なのは残っている記憶の残滓が君を殺したく無いという想いから君の事は放置したのかも知れない……」

 

「結芽ちゃん……」

 

結芽の姿が見えず携帯のファインダーにも反応が無い所を見るに既にに彼女は人ではない存在となってこの場から離れてしまったのだと考えられる。だが、栄人に危害を加えていないことを見るに彼女の残った記憶が彼を殺さずに1人でに何処かに行ったのかとこの場の全員が判断した。

最も地球外生命体と融合した事で一筋縄で行かない存在となったのは事実で、皆の為に自分の気持ちを押し殺して人前から姿を消したのだが今の彼女らの視点から見ればそう判断する以外ないのもまた事実。

 

重苦しい雰囲気が3人にのし掛かり、冷たい夜風が吹き抜けて行く。まるで今の3人の沈んだ心情を現しているかのように。

だが、こうしている間にも戦局は変化して行く。今の自分に戦う力は無い。だが、戦いが続いており反逆者達が紫と戦っているのだとしたら今は自分に出来ることをすべきと考えて寿々花は真希に言葉をかける。

だから自分は精神的に参っている彼の側を離れない方がいいと判断して一旦はこの場に残る事にしたようだ。

 

「お行きなさい真希さん。紫様の下へ。残念ながらわたくしにはもう戦う力はありません。彼は私が見ます」

 

「あぁ……この目で真実を確かめに行く」

 

襲いかかって来る度重なる現実に押し潰されそうになってしまうが今は泣く事も落ち込むことま許されない。親衛隊として何と戦うべきなのか、キャプテンが語っていた事が本当なのか、それを見極めなくてはいけない。

そう判断して踵を返して本殿の地下施設のノロの貯蔵庫方向に向けて駆け出して行く。

 

再度場面は戻って祭壇・祷の間

 

可奈美と姫和の猛攻すらも全て見切ったかのように対応し、未だに攻撃を掠らせる事すら出来ていない状態で焦りが募っているであろう2人に対して事実を突き付け、その上で問い掛けに応える。

 

「我が眼は全てを見通す。お前達の身体能力、秘めた力、思考。あらゆる可能性を見通しそこから最良の一手を選択する。先程の問いに応えよう。我はタギツヒメ」

 

その返答と同時に2人の少女は果敢に攻めていく。スーツの稼働時間、彼女の中の怪物が応えた真実により本格的に倒すべき敵と認識したからだろう。

2人が雄叫びを上げながら祭壇の床を脚で強く蹴って特攻する。

 

「「はあああああああ!」」

 

同時に攻め込むと同時に可奈美は前方から姫和は迅移で加速してタギツヒメの背後に回り込む。片方は正面、片方は死角。この変則的な攻撃では相手の防御も普通なら追い付けない。

だが、タギツヒメは正面からの可奈美の攻撃を受け止め、その直後に背後から攻めて来た姫和の背面への一撃をノールックで受け止めて見せる。

 

「くっ!しまった!」

 

「……っ!」

 

トニーの改造により従来のS装備よりも稼働時間は伸びているのだが敵の総大将を全力で倒しに掛かるために力を初っ端からフルパワーで使い過ぎてしまったのか限界が思ったよりも早く来てしまい、強制的に装着を解除されてしまった。

 

「本当に見えているのか…?」

 

「そうとしか思えない」

 

すぐ様2人共一旦タギツヒメ から距離を取って並び立ち、先程の本当に見えているとしか思えない的確な対応、ノールックでの背面受け等で確信に近づいて行く。だからこそ御前試合の会場で不意打ちで一瞬の内に消えたと錯覚する程の速さで放たれた一つの太刀さえも防ぐ事が出来たのではないかと

 

「そうか…あの時私の一つの太刀を受けられたのは…」

 

「そう、全て見えていた。殺す気ならば容易にできた。だがあえて解き放った。結果全ての糸をお前が手繰り寄せ舞草共は壊滅に至った……そして今、殺されるために舞い戻ってきた」

 

短時間ながら未来視を行える能力『龍眼』。これが彼女の能力の真髄だと語る。

 

彼女があの時姫和たちを敢えて見逃したのはいずれ自分に対抗する意思がある舞草が目的は同じである彼女を仲間に引き入れるということは想像に難くなかったから。

舞草のメンバーと思わしき人物の居場所や組織構成を今の立場を使っても全てを把握することは難しい、現に舞草の里では衛星からもリアルタイムデリートによってマップにすら映らない程用意周到であった程であった。

だからこそ、彼女をダシとして泳がせて合流することで反抗勢力の頭の居場所を突き止めるための布石、全てタギツヒメの掌の上で転がされていただけだと伝えられる。

 

母親の人生だけでなく自分さえも掌の上で踊らされているだけだと知らしめられ、憎々しげに表情を歪める。その発言に完全に頭に血が上って激昂した姫和は怒号の乗った荒々しい声を上げながら連携も可奈美の制止も無視して一人で突っ込んで行く。

 

「貴様ぁあああああ!!」

 

「ダメ!」

 

「見えている」

 

やや呆れの入ったその一言で彼女の怒りを一蹴すると連続で繰り出される強い怒りの籠った連撃を左手で軽くいなす事で全て防いでいく。

 

攻撃を全ていなした後は右手に持つ御刀で上段から勢いよく叩き付けるように振り下ろされるタギツヒメの一撃、頭に血が上っていた上に猛攻を全て防がれた一瞬の隙を突いた一撃が姫和を縦切りにしようとする。

 

「ぐっ……!」

 

「な、何を!?」

 

横合いから介入した可奈美が姫和とタギツヒメの間合いに入り込み、その一撃を防ぐ。その行動に姫和は驚いていると同時にタギツヒメの方も一瞬だが固まったかのように見える。

 

そして、今度は先程から自分から仕掛けず反撃に時だけ仕掛けるようにしていたタギツヒメが自分から攻撃を仕掛け始め、左からの横一閃は屈んで回避することに成功するが右手からの腹部を突く一撃はいなし切れずに受けてしまう。

 

当然一撃で写シは剥がされてしまうが、そのまま背後に倒れるようにして後方へ下がると先程の打ち合いで何かを確信する。

 

(今のは見えてなかった)

 

尻餅を着いてしまった可奈美を守る為に姫和が前衛に立って切り掛かって行くがやはり全て対応されてしまう。

それを見据えていた可奈美は思い付いたこと、先程の戦闘で気になったことを実際に試してみることにした。

 

(だったら……)

 

一度目を瞑って写シを貼り直して立て直す。斬り合いの末何とか背後に回った姫和がタギツヒメ の剣戟によって押されてしまいバランスを崩した矢先に背後から攻め込み上段から叩き付ける。

 

この時、もう一度攻め込む際に頭の中では仕掛けを考えるが実際には身体に任せて打ち込むがやはり普通に防がれる。だが同時にすぐ様切り替える。どうやら相手はこちらの心を読んでいる訳ではないのかも知れない。

 

(駄目…こうじゃない)

 

今度は目を瞑る事で、タギツヒメの上段からの一撃を最小限の動きで回避するとそのまま反撃には転じず、正眼に構えたまま棒立ちになる。

柳生の「無形の位」だ。

 

だが、この棒立ちのまま幾らでも攻め込める状態の可奈美に対して何故かタギツヒメ は御刀を向けるだけで固まってしまっているように見え、攻撃しようとしない。

 

(なぜ攻撃しない…?)

 

そんな棒立ちの状態の両者に困惑している姫和だがそれに反して可奈美は一つの結論に至った。

 

(見え過ぎているんだ。打ち込めばその先はある程度絞り込むことができる。でもこの状態だと可能性が見えすぎて打つ手が選べないんだ)

 

どうやらアタリだったようだ。次に試していたのは相手は五感で感じる情報から予測をしているのなら、棒立ちになることで極力動きの兆しを伏せ、防御に徹すればその分有り得る動きの可能性を増やしてみたら相手はどう動くか?……見事に固まってしまった。

 

攻撃をしようとするならば、その行動にはどのように攻めるか、どこを狙うかの意思が介入し攻撃の方法が限定され見える可能性はぐっと絞られる。だが、もし行動の兆しを極限まで抑えられ、どうとでも動ける構えを取られるとそれだけ可能性が広がってしまう事で脳内の処理が追い付かなくなってしまうのだと。

 

そして、完全に固まっている今が攻め込むチャンスだと判断した姫和が背後から叩き付けるように上段からの一撃を振り下ろすがまたしてもタギツヒメ は後ろ向きでノールックのまま左手を後ろに持ってくる事で容易く防いぎつつ右手に持つ御刀を眼前にいる可奈美に向けて上段から振り下ろすがカウンターに徹していた可奈美は最小限の動きのみで対応し、切先でその一撃をしのいで晒すとその隙にタギツヒメの右腕の上腕二頭筋の辺りに突きを入れる。

 

突き込まれた切先は見事にタギツヒメの右腕はその肉体を突き破り、後方まで突き出している。

これまで誰も手も足も出ず、攻撃すら当てられなかったタギツヒメに対し、初めて舞草側が……いや、人類が一矢報いた瞬間だと言っていい。

その証拠に相手は表情は一切変えていないが貫かれた自分の腕の部分を凝視している。

 

だが、一発入れたからと言って深追いは禁物。再度そのまま反撃されたらあちらがまた優勢になってしまうかも知れない。

一度立ち位置を立て直すために2人はすぐに後方に下がって距離を取り、再び正面からタギツヒメと睨み合いをする。

 

「なるほど……この器ではこれ以上の演算は難しいようだ」

 

淡々と付かられた傷口を凝視しながら状況を分析するタギツヒメ。確かに一発入れたと言っても致命傷には程遠い。もしかしたら蚊に刺された程度のダメージしか受けていないのかも知れない。

 

先程の一連の流れはこれまで通り仕込み通りに全てが進み、姫和への止めの一撃を放った直後、処理の演算が済んだ一瞬の間に可奈美が姫和を守る為に動いた行動により演算が終わった姫和への止めに対する割り込みのため処理が遅れてしまったことで彼女に気付かれてしまった。

その上で柳生の無形の位による動きの兆しを減らした彼女の読みが上手くハマったことによりそこから得られる膨大な情報量によって脳が処理落ちを起こしてしまったことでより最良の結果を選ぶことに固執したことにより予測の正確度を上げようとした矢先に次は姫和に背後からの一撃を入れられたことにより、処理落ちした状態で放った一撃を可奈美に放ったことで安易と打ち返されて反撃を許してしまった。と自己分析を行う。

 

そうして視線を貫通した跡が残る右腕から相対する2人へと移し、その右腕を左手に持つ御刀で切り落とし、再度写シを貼り直す。

 

「千鳥と小烏丸。藤原美奈都と柊篝の二人と同じく現世にあらざるもの。我と同質の存在に……なぜその可能性が見えなかった…そうか…うっ……!紫ぃ!」

 

未だに自己分析したことを1人でにぶつぶつと独り言のように呟き始めたタギツヒメだが何かを納得したその矢先、急にうめき声を上げると頭を押さえて苦しみ始めた。

 

「……討て!」

 

「え?」

 

「何!?」

 

これまでの酷薄とした冷淡な声色では無く、何か訴え掛けるような悲痛な叫びを唐突に上げる。これまでの冷徹な彼女の様子からは想像も付かない必死な叫びに2人に対して驚きを与えるには充分な代物だった。

 

「その御刀で私を討て!」

 

 

今の一瞬だが2人に対して、強く語りかけるその意思は紛れもなく20年間タギツヒメに囚われている折神紫その人の物であった。

想定外のダメージを受けたことで自己分析をしている間に彼女の中にいる紫の意思が上回ったのか、それともただの奇跡なのかは測り知れないが確かに彼女の意思もタギツヒメと戦っていることは分かる。自分ごと討つことでコイツを止めろと言う強い願いが籠っている。

 

「ぐ……っ!ぐあああああああああ!!」

 

だが、その微かな抵抗さえも嘲笑い、無惨にも踏み潰すかのようにタギツヒメの力はそれを塗り潰していく。紫が頭を押さえ、身体を天井の方へとのけぞらせながら悲鳴を上げる。

 

すると紫の腰の辺りまであるだろう長く艶やかな黒髪は瞬間最大風速の突風に吹かれたかの様に逆立ち、隙間の端々から無数の橙色の眼、深紅の瞳、黒い瞳孔がギョロリという音を立てながら一斉に開眼する。

隠世に隠していた本体をこちらに引き摺り出し、その姿を顕現させた事で隠世と現世の境界線が限りなく近くなる。

 

「これは!」

 

「あの時と同じ…っ!」

 

それと同時に日中に起きた全身に違和感を感じる強大な反応を感じ取る。自分の身体が前後にも分かれて分身でもしたかのように飛び出す現象だ。

 

 

ーー同時刻の横須賀港

 

演説で気を引いている間に潜水艦からコンテナを射出した後、船内にいた累、フリードマン、ハッピー、そして甲板に立って演説をしていた朱音は今での敵で戦闘を繰り広げている希望達に想いを馳せながらも今の自分たちは国からすれば立派なテロリストであるため現地に来ていた神奈川県警には大人しく拘束され、連行されるためにパトカーに乗り込もうとしていると朱音と累はピタリと足を止める。自分の身体が前後に飛び出した分身している現象を察知したからだ。

だが、男性であるフリードマンとハッピーには特に何も起きていないが船内で見たこの現象を見るに隠世で何かが起きている……いや、滅びの刻は一刻と迫っているのかも知れないと察する。

 

「朱音様、また!」

 

「……姉様……皆さん……」

 

大荒魂に取り憑かれているとはいえ実姉が世界を壊しかねないこと、そして送り出した子供達に対し、ボソリと不安を漏らしてしまう。しかし、そんな朱音に対し手錠をかけられながらも両手の親指を立てて前に突き出してハッピーは語りかける。

 

「俺もいつもボスが命懸けの戦いに出向く時は心配で仕方ない、あの人は無茶ばかりするからな。だが、あの人が戦いに行くのは皆を守るために命を賭けられる強さを持っているから俺はあの人を信じられるし、ついて行こうって思える。だからアンタも信じるんだ。坊主を、ガキ共を信じろ!」

 

ヒーローアイアンマンとして世界を賭けた戦いに出向くことも少なくない上司であり、友人とも言えるトニーに対し自分がしてあげられることは確かに多くはない、いつだって心配だ。だが、それでもハッピーは彼の仲間としてサポートし、身を案じながらも信じて待つ。それが戦う者を支える人間の務めだ。

 

「……はい、ハッピーさん」

 

ハッピーの言葉に励まされた朱音は微笑みを向け、何があっても、どの様な結果になっても彼らを信じることを決めてパトカーの中に乗り込む。

 

ーー折神邸祭壇へと向かう通路

 

 

祭壇への入り口となっている通路の扉の前に何かしらの引っ張り強度の強い糸の反動を利用して長距離を一瞬で飛び越えて跳躍して来たと思われる影が着地する。

相当な長距離から高速で飛んで来たのか着地と同時に脚が地を砕き、土煙が上がっている程の威力がそのスピードと高度を物語っている。

土煙が晴れるとその人物が姿を露にする。

 

「ここが祭壇……」

 

グリーンゴブリン 、そして結芽との戦闘を終えてここまで来たスパイダーマンだ。

既にここからは一本道の通路であるためウェブによるスウィングで長距離移動をする必要が無いため手に持っていた糸を放してこのまま一本道を一気に走り抜ければいい。

まるでゲームのダンジョンの洞窟にも見えるこの通路には壁に付いている篝火が道を照らしてはいるが尚更ボスとの戦闘への雰囲気を醸し出している。

 

 

(幾らか治って来たけどやっぱり結構痛いな……燕さんに刺された所は傷の治りが遅い……それに……ハリーとも……。けど、今は僕個人の感情は後回しだ、アイツを止めないと!)

 

先程の戦闘のダメージはスパイダーマン独自の再生能力によりある程度は治癒し、傷口は閉じて来たが結芽にニッカリ青江で突きを入れられた左肩はまだ少し痛む。通常の攻撃よりも傷の完治が遅い上にダメージが大きいと言った感じだ。おまけに敵対や対立とまでは行かないものの友人との間に溝が出来てしまった事も引っ掛かっている。

 

……だが、今はなりふり構ってはいられない。自分たちが負ければ日本は滅びて大切な隣人達が死ぬ。自分の私的な感情のみを優先させて皆の足を引っ張ってはいけないんだと自分に言い聞かせて戦いに臨む。

 

「スパイダーセンス……っ!?ぐっ」

 

気を引き締めて一歩踏み出そうとしたその瞬間、日中に起きたのと同じ全身の毛が逆立ち、ゾワゾワとした感覚に襲われる。

その上手も細かく震えていることからこの先にいるタギツヒメ に何かが起きている事は確かだろう。

 

「今度は頭が痛い……っ!」

 

ただ、明確に日中と違うのは脳内に電流が走ったような痛みが頭に走っていることだ。まるで脳に直接何らかの力が強制的に働きかけ、圧力を掛けられているような感覚だ。

あまりの激痛に左手で頭を押さえながら右手を壁に付けて身体を支えつつ、頭を地に向ける。

 

『時間がない、急げ』

 

脳内に直接語りかけていのか、聴こえているというよりは頭の中で声が響いていると言った方が正しいだろう。そして、この声色には聞き覚えがある。

ここ数日は大人しくしていたのか夢の中に干渉せず、絡んで来なかったが今になって出てきた謎の蜘蛛の声だ。

 

「…最近出てこないと思ったらこんな時に……っ!」

 

ここ数日間全く夢の中で語りかけて来なくなったなと思っていたが、特訓やスーツ依存を克服する事への執着で何する余裕が無かったため、出て来ないことに関してあまり気にしていなかったが普段は睡眠中のみに語りかけて来ていたのだが今は起きている最中に声を掛けて来たのは初めての事例だ。

頭が握られているような痛みが徐々に引いて来たことを察するとその声は続ける。

 

『少し前から俺のいる所にも変調が起きてな、下手なことをして事を悪化させるのも悪いし奴に気付かれないよう大人しくせざるを得なかった。そもそもお前に俺を気にする余裕も無かっただろう?そんなことよりもだ』

 

どうやら出て来なかったのはこちらに気を遣ってくれていたというのが主な理由だったようだ。意外と親切な面もあるのかと感心させられていると自分の事などどうでもいいかのように話を振って来る。

 

『奴は今、一気にケリを決めるために隠世にある本体をそちらに引き摺り出した。さっきのは隠世とそちらの境界線が限りなく近くなった余波だろう、俺とお前が話せている事もその影響のようだ。その上、今の奴はこれまでよりも強力と来た、2人だけでは死ぬぞ』

 

「マジかよクソ!急がないと!」

 

気になるワードが散りばめられているが今こうして起きている状態でも会話出来ていることの理由としてはタギツヒメ が隠世に干渉して本体を引き摺り出したことで真の力を解放したことを聞かされた事がスパイダーマンに焦燥感を募らせて行く。

急がなければ今でも本殿で奮闘している彼女らが死ぬ。また大切な人達の危機に間に合わない、そう感じ取るとゴーグルの下で瞳孔を散大させ扉の方へと顔を向ける。

 

『お前1人が下手に行った所で死体が増えるだけだ、それでも行くのか?』

 

誰も手も足も出なかったタギツヒメが真の力を解放したという事は先程からジワジワと危機を告げるスパイダーセンスを通して感じ取ることが出来る。

いつもよりも強大な反応だ。全身の毛が逆立ち、身体中がゾワゾワとしてさぶいぼが出ている感覚そして距離が離れている扉越しでも伝わってくる敵の禍々しい程の強さ、そしてそれを平然と振り翳す悪意。

 

直感で分かる、行った所で死ぬ方の確率の高いということ。ここ数日の命懸けの激戦と特訓で少しは強くなったからこそ相手のレベルが上がり強大な壁であることは理解している。

 

ーーだがそれでも、答えは最初から決まっている。

 

「……あぁ、それでも行くさ。だって僕はスパイダーマンだから!」

 

例え敵が強大であろうとも、世界から敵と蔑まれようとも、自分は自分の大切な隣人達を守るために戦う事を決めてここに来た。

国を支配する悪意と戦う度に自分は戦いで傷付き、時には大切な人とも殺し合いをした。肉体的にも精神的にもかなり応えている。だが、それでもこうしても前を見て、立ち続けられるのは叔父を亡くしたあの日から、自分の力を自制して人のために使って行くと誓ったあの時からその根底にある後悔、そして自分を信じて協力してくれた人達が背中を押してくれたからだ。

迷い、傷付き、苦しんだとしても持てる力で行動でし続ける意思がスパイダーマンを奮い立たせる。

 

この場所から走り出したらもう後戻りは出来ない。命を賭けた戦場に身を投げる。だが、それでも命を賭ける価値はある。信じたい物のために、大切な隣人達のために戦える意志で脚の震えを抑え込む。

 

『………なら、邪魔をしたな。せいぜい足掻け』

 

スパイダーマンの考えを聞くとどこか納得したように脳内に干渉されていたかのような感覚は消える。本当に帰ったようだ。

だが、下を向いている暇は無い。今すぐ2人を助けにいかなくては……そう考えると同時に地面を強く蹴って前進する。

 

スパイダーマンが地面を力強く蹴り上げると地が陥没して足跡が残る。そして普段は長距離を時速320km程度でしか走れないが瞬きとほぼ同じ速さで鉄の扉まで接近し、扉を開けるために前蹴りを入れる。

 

そして、軽く開けるつもりだったのに蹴られた鉄扉は跡形も無く粉々に砕け散った。

 

一方その頃、祭壇の最奥。

 

床に突き刺していた二振りの御刀を引き抜くと、逆立った髪が拡散していきながら巨大化し体内のノロが凝固して瞬時に異形へと変化する。

あちこちから一斉に開眼する橙色の無数の眼球、そして徐々に生えて来た部分が腕の形へと変形すると手をぐーとパーを作って動きを確認しているように見える。

 

「鬼…か?」

 

頭部の髪から生えている異形はまるで鬼と見紛う程の悍ましさを放っている。そして四本の腕へと分離し、瞬時に手の中に御刀が収まるとミスマッチなサイズ感を放っている。

紫の肉体の方で持つ童子切安綱と大包平、そして4本の剛腕の持つ三日月宗近、大典太光世、数珠丸恒次、鬼丸国綱を構える。

 

計6本の御刀を構えるその姿は一見すると手の数が増えたグリーヴァス将軍、脚も含めれば8本であるためタコ等色々と言いようはあるが最もしっくり来るのは鬼だろう。

その異形の覚醒に驚いている眼前にいる可奈美と姫和に対し、その場から一歩も動かずに異形の剛腕のみを振るう。

 

「ぐあ!」

 

「うわぁ!」

 

その力任せに叩き付けられた一撃を防ぐ事など出来ずに力負けしてしまい2人とも一撃で写シを剥がされる。姫和は床を転がり、可奈美はそのまま飛ばされてしまい壁に叩き付けられ、意識を失ってしまう。

 

あまりの威力に御刀を手放したまま意識を失っている両者に対して無慈悲に、それでいてゆったりと歩きながらトドメを刺そうと近付いていく。

そして、頭部から生える剛腕が両腕を振り上げてそのまま叩き付けようとしたその瞬間……

 

 

「やぁグリーヴァス将軍!手首は回せないの!ジェダイの技はドゥークー伯爵から習ってない感じ!?」

 

殺意の静寂に包まれたその空気にミスマッチなジョークであると同時に自分を奮い立たせ相手の注意をこちらに向けるための挑発が入るとタギツヒメのリーチの範囲内にいる姫和の背中と地に転がる小烏丸に対し、2条の糸が当たる。

 

「ごめん、ちょいと投げるよ!」

 

そして、腕を思い切り強い力で後方に向けて引っ張る事で反動と後ろに投げる力が作用して身体がふわりと宙に浮いて攻撃が当たらない位置の壁側へと投げ飛ばすことで攻撃から逃す。

 

するとその人物はその体勢から左手で背中に掛けてある日本刀を抜刀しながら身体を捻り、一回転してタギツヒメが叩き付けた一撃とぶつかり合うと互いの怪力と怪力によって衝撃が周囲へと伝わる。

 

「うっ!」

 

「………!」

 

後から入って来た2人の人物の内1人がその人物が投げた姫和をキャッチすると

その衝撃から守るようにタギツヒメに背を向けて衝撃から守る。

 

それと同時に金属がぶつかった音が祭壇に鳴り響き、その人物が祭壇の壁に立てかけてある篝火に照らされて姿を現す。

パーカーを赤の塗料で塗り潰し、胸の辺りには黒い蜘蛛のマーク、そしてマスクの目の部分にシャッター付きの白い眼の黒ゴーグル、手袋も手の甲の部分が赤で黒い蜘蛛糸の様な縞模様に、掌の側が黒いオープンフィンガーのグローブと右手のみに装着された無骨なウェブシューター、そして手に持っているヴィブラニウムブレード。

 

スーツに力は無くともここまで辿り着いた親愛なる隣人、スパイダーマンだ。

 

「うおりゃあ!」

 

スパイダーマンがそのまま力強く振り抜くと剛腕から振り下ろされた一撃は跳ね返され、一瞬だが怯ませた。

床に着地すると姿勢を低くして、相手の攻撃に備えるや否やタギツヒメ は標的をスパイダーマンに変更して分離した4本の腕を変形させながら伸縮させて振り下ろして来る。

 

「退いて!」

 

背後から聞こえた少女の力強い声。スパイダーマンにとっては聴き慣れた声であるため誰の声かすぐに理解し、即座に指示に従って軽くステップする事で後方へと移動する。

すると、スパイダーマンの隣に左右一列に人が並び立ち共にタギツヒメと対峙する。

 

「皆!」

 

気絶から起きた姫和と可奈美、そしてスパイダーマンに一歩遅れて入って来てスパイダーマンが投げた姫和をキャッチした舞衣と沙耶香。

どうやら舞衣と沙耶香もなんとか無事にここまで辿り着いた様だが既にスーツのバッテリーは切れていたのかパージされているようであった。

 

「すまない……と言いたいがさっきお前思い切り私を投げたな?」

 

「ギクっ!ご、ごめんああするしか無くてさ……」

 

「まぁいい」

 

スパイダーマンは今のところ全員が何とか生きていることに内心胸を撫で下ろしていると姫和にジト目で先程の行動を指摘される。もしああしなければ死んでいた確率は高いので感謝はしているが流石に女子をぶん投げるという扱われ方には納得出来なかったのか軽く嫌味を言う程度で済ませた。

 

「私…始めて怖い…」

 

「私もだよ……多分、あの人も」

 

眼前に立ち憚る真の力を解放した強敵タギツヒメ 。その異形の放つ威圧感に圧され、恐怖が伝播する。それはあまりその面を表に出さない沙耶香や、精神的に安定している可奈美ですら恐怖を覚えている程だ。

 

「僕もアイツが怖い……怖くて今にも気絶しそうだ」

 

「颯太君……」

 

この中で一番弱いであろうスパイダーマンは尚更タギツヒメが怖い、それは当然の帰結だ。だが、そんな最中でも姫和と可奈美を助けるために真っ先に飛び出して行ったり、震えを必死に押し殺しながらも後戻り出来ないこの場に立ち、タギツヒメと対峙している。

先程決意を固めたがやはり強大な敵に対して怖いものは怖い。だが、それでもと自分に言い聞かせてしっかりと相手を睨んで拳を強く握りしめることで叫ぶ。

 

「だけど……ここで逃げたら皆が死ぬ!この国には皆の大切な生活がある、皆の大切な思い出があるんだ!だから……逃げない!」

 

自分達が負ければ日本中の人達が、隣人達が死ぬ。ヒーローならば強いし負けないと思われるだろうがスパイダーマンはそれだけとは言い難い。自分のやり方や方法に悩んで苦しむ人間だ。

だがそれでも命を賭けても守りたい人達がいる。だからこそ恐怖に怯え、苦しんでも辛くても情けなくとも、例え勝てる確率は低くともそれでも逃げずに必死に戦う姿勢がある。それを行動で示すためにスパイダーマンはヴィブラニウムブレードを両手持ちに変えて決意を込めた雄叫びを上げて皆と一緒に突撃する。

 

「うおああああ!」




次なるmcuスパイダーマン映画のタイトル、no way home。家へと帰る路はないという意味か……まぁ、あの状況ならそうなっても仕方ないですがホントどうなるのやら。しかも次でトムホが契約満了するらしいんでそこもどうなるのか?とは思いますが先人達は満了しても契約更新してたので一昨年のアレよりは深刻ではないと思いたいですね。


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第58話 Never say Never

大事な場面なので中々出来に納得できんかった上にリアルが忙しくて眠気と疲労で中々頭が種割れしなかったのとゲームしたり積み番組とか積み映画とか積みプラモ消化したりで遅れましたスマソ

いやーSEEDの劇場版嬉しいですね、嬉しくはあるもののでってにーの後からどう広げるんやって心配もありますが掌クルーゼ期待したいですね


ーー祭壇付近貯蔵庫通路ーー

 

祭壇へと続く折神家の管轄により20年間厳重に管理されているノロの貯蔵庫、そこに至る薄暗い通路にて壁に右手をつけながら身体を引き摺るようにして歩いて行く人物がいた。

 

自分の主が隠して来た真実を、そして自分が縋った物の正体を接確かめるため戦闘の影響で疲弊した重い身体に鞭を打ってここまで来た長身で褐色の髪に銅色の独特な隊服を纏った人物、折神紫親衛隊第一席獅堂真希だ。

 

「確かめなくては……」

 

そう一言漏らすとそのまま歩みを進めていく。そして貯蔵庫の入り口と思われる金網のフェンスが張られている位置まで移動すると自然と下の方にある貯蔵庫の様子を確認できる。

普段ならばここに全国から荒魂討伐の際に回収するノロをこの貯蔵庫一箇所に集められ、20年分貯蔵した量がある筈だ。真実に向かうに連れて自然と心拍数が上がっていくのを感じる。

自分たちの現実に向き合うことの恐ろしさと、主である紫への半信半疑な信頼の間で揺れ動いているからだろう。

 

ーー意を決して自分と貯蔵庫との間を隔てる金網に手を掛けて貯蔵庫を確認すると、先の戦闘でキャプテンアメリカが語っていた信じたくない方の真実こそが現実だったと突き付けられるものだった。

 

「やはり……本当だったのか」

 

貯蔵庫のプールに貯めてあった筈の20年分のノロがもぬけの殻、水の一滴も残っていない状態だった。現実を突き付けられて自分達は主に騙されていたこと、大荒魂の復活に助力してしまった事を嫌でも理解させられ目の前が真っ暗になったような感覚に陥る。

 

そんな憔悴した精神状態の彼女に背後から声が掛けられる。

 

「事態は飲み込めマシタか?」

 

「何だここは」

 

数刻前までのライノとショッカーとの戦闘による疲労が残っているのか腕を組んで壁に持たれかかったまま語りかけるのは何とかこの場に辿り着いたエレンだ。

一見気丈に振る舞っているが先の戦闘でライノの拳を何度も受けて額が横一文字に切れて拭ったことは把握できるが血痕が残って赤くなっており、身体のあちこちにはショッカーに殴られた青痣が出来ている。

更に彼らの強力な攻撃を腕で直接防いだその余波でワイシャツの長袖の部分はボロボロになっためその部分を途中で破り捨てたのか腕が露出してノースリーブのようになっていて制服は砂利の上での戦闘を行った上にその上を思い切り転がされたため砂に塗れて汚れている。

そして遅れて通路からひょっこりと彼女と共に戦いを制した後も行動していた薫も顔を出した。彼女もショッカーの怒涛の攻撃を受け、お手玉のように連続で休む間もなく追撃されたため身体中に擦過傷、顔は打撲によって所々腫れ上がっている。以上のことから2人とも満身創痍なのは見て取れるがそれでもこの場所に来る彼女達の根性は真希も感じ取れた。

 

そして、この場所については無知であった薫に対しエレンは説明を始める。

 

「折神家が回収したノロの貯蔵庫デス。ほんの数時間前まで20年分のノロがありました」

 

「その全部が結合し化物が復活したってわけか」

 

彼女の説明と現場の状況を客観視した事で合点が行ったのか事態を把握して金網のフェンスに近寄って行く。

 

「波長に合わせて電流を与え続ければノロはスペクトラム化しない。少量ずつ各地に奉納するより安定して管理できる……そう教わっていた」

 

自分は確かにそう教わっていた、救国の英雄で自分に戦い続けるための力をくれた主の言葉を信じて疑わなかったがエレンと薫の会話から汲み取った内容を自分なりに整理した真希は彼女達の口から語られる言葉が事実だと言う事を理解し、エレンの言葉を聞く姿勢に入っている。

 

「残念ですがそれは嘘デス。タギツヒメの支配下にあるノロは大人しいふりをしていたにすぎマセン」

 

「この国は20年間も奴に騙されせっせとノロを集めてたってわけだ。責任取れよ」

 

本来ならばノロは一箇所に集まれば結合する性質を持ちながら紫が当主になって以降一箇所に集められているのに何故今日まで深刻な事態にはならなかったのか、その答えは1つ。

紫の肉体を支配して彼女の折神家当主兼管理局局長のポストを利用して自分の手元に集めさせ今日のこの日まで耐えさせていたという事だ。

 

一方で、薫はこの事態に陥ったのは彼女だけに問題があると言えないのは理解は出来るがこの災厄の一端を担った側の人間であることは忘れるなと冷たく釘を刺しておく。

 

「しかし、折神家の管理が始まってから荒魂による事故は激減した。殉職する刀使の数も……だがそれも」

 

「全部この日の為の芝居だろ」

 

「穢れの具現化である荒魂は駆除しても駆除してもなくならない…対抗するには同等の力が必要だ。毒には毒を、穢れには穢れをもって制するしか他に無いと……そう信じたかったんだ」

 

真希の口から溢れる言葉は彼女の心情を現した物だ。実力を評価されて隊を率いることが多くなりそれに引っ張られて厳しい戦局の任務に駆り出されることが多くなって行きその度に、彼女以外の者は倒れて行き何度も何度も前線で戦い続けたがそれでも被害は無くならない。 

ならば例えそれが自らを闇に落とす力だとしても対抗し続ける力が必要だと考えて行く内に1人で皆からの期待、羨望、使命感。それらを1人で背負い続けることに耐え切れなくなって荒魂の力に逃げてしまった心情をキャプテンとの戦いで吐露した時と同じように語る。

 

「要はビビってんだろ」

 

「………」

 

「お前らみたいな怖がりがいるせいで荒魂は穢れなんて忌み嫌われるんだ」

 

「ねねー!」

 

薫も真希の語る言葉の理屈自体筋は通っていて一理あるかも知れないとは思いつつそれは一種の逃避であり、最適解とは言えないという事実をドライ目に突き付ける。

 

荒魂を自ら体内に入れて強い力を得てまでして理解できないと相手と向き合うことを放棄して相手を滅ぼすまで戦い続けるのではなく、そうではない……理解し、共存して行く生き方だって選ぶことが出来る。少なくとも自分たちは何百年も掛けて穢れを取り除き共存という道を選ぶ事が出来た、諦めなければ可能性はある筈だと頭上にいるねねを意識する。

 

キャプテンは自分よりも大人であった上に自分も力を求めた側の人間だからこそあまり強く否定したりはせずに聞いてくれたが薫の様な第3者的視点から見ればそのように見えても仕方がない。自分がしたことへの自覚の薄さを再認識させられたような気持ちになり何も言い返せない。

 

ーー直後、

 

「あん?」

 

天井が軋むような音が響き、それに何故か地震の様に揺れているようにも感じられたので一同が天井が見上げる。

すると天井が瞬間的に崩落し、瓦礫が落下して貯蔵庫のプールに直撃する轟音が響き渡るが人影のような姿をした人物たちが蛸の様に複数の腕を持つ影が振り回す腕からの攻撃をいなしていることは大まかに把握出来たがその場に似合ぬ軽いジョークが貯蔵庫中に響き渡る。

 

「ねえ!そんな床が抜ける程重いんだったらさ、取り込んだ物全部吐き出して軽くなった方が次体重計乗る時怖くないんじゃない!?」

 

「心配無用だ、もう乗る必要はないからな」

 

「こんな時に何を……」

 

「あはは……」

 

「大荒魂相手でも、流石に失礼」

 

「だからモテないんだよっ!」

 

着地した衝撃が土煙を払う風となったと同時にその姿をようやく視認することが出来る。20年分のノロと融合したタギツヒメとスパイダーマン達だ。

 

「紫様…いや…あれは…」

 

真希の目に映ったのは姿は自分の主である紫だ。だが、その様子は普段とは明らかに異なっていた。

髪が逆立ち、そこから黒と橙色の剛腕が4本生え手には御刀を持っており紫の手に持っている物を含めて6刀流、脚を含めれば8本という蛸のような節足動物と形容できなくはない異形の姿だった。その異形はゆったりと歩きながら周囲を見渡して自分に相対する敵対者たちをぐるりと見渡している。

主の今の姿を見て確信に変わる。自分の主は大荒魂であり人間ではなく、自分たちはいいように利用されていたのだという事に。

 

「じゃあな」

 

真希が主の真の姿を見て愕然としてる間に薫は金網のフェンスを叩き破り、人が通れる程のスペースが出来上がるとエレンと薫は飛び降りてそのまま5人の元へ向かう。

 

「…………」

 

真希自身も行くべきだろうか?と思ったが足が地に糊付けされたように動かせない。当然だ、一度も自分は主である紫に勝ったことがない所か一撃も入れられた事がない。

幾らかは戦闘可能とは言えど疲弊による消耗で入った所で無駄に死体が増えるだけだと脳が警告して来る。

行かなければいけないと頭では理解していても身体が言うことを聞いてくれない、今の自分はただ彼らの戦いを見届ける事しか出来ないと立ちすくんだ。

 

貯蔵庫に飛び降りると髪から生えた剛腕を伸縮させて遠距離にいる相手に対応し、間近から攻めて来る相手には手に持つ御刀で対応するという離れ業を披露しているタギツヒメに接近しながらエレンは叫び声をあげる。

 

「敵は六刀流。こっちは一本多くて七本デス!」

 

「エレンちゃん!薫ちゃん!」

 

「無事だったのか!」

 

「無事じゃねえっつの」

 

2人が参戦して来た事により2人の生存を確認できた舞衣は彼女らの生存を喜ぶ声を上げ、他の面々も安堵の笑みを浮かべる。この戦局の中で味方が1人でも多いのは心強い上に再会できたことは嬉しいからだろう。

そして、それに呼応してスパイダーマンの呼びかけに薫はややぶっきらぼうに返しながらも笑い掛ける。

 

そんな再会を喜ぶのも束の間、髪から伸びた腕を振り回した高速の剣を自分に向けられた沙耶香は速さに対抗するために無念無想を発動する事で迅移の持続時間を維持しながら剛腕による攻撃をいなして接近を試みるが雪崩の様に攻め立ててくる攻撃には押されてしまっているとすかさず姫和が割って入ることでカバーする。

その一方で薫が跳躍して空中で縦方向に回転しながら八幡力を発動させて袮々切丸を叩き付けるが軽々と防がれた上にそのまま弾き飛ばされた。

 

「スパイダーマンさんは距離を取って皆を援護して!可奈美ちゃん!一度退いて!エレンちゃん!後ろ!」

 

「OK了解!」

 

舞衣が自分自身を自衛しながら少し離れた全体が見渡しやすい位置で戦局を見極めながら的確な指示を出すことにより互いをカバーしながら戦闘するという構図が出来上がる事で布陣が完成する。

 

異常な耐久力とスパイダーセンスによる高い回避性能があるとは言え写シという実質的な残機がある面々とは異なり、戦闘による攻撃直撃時の危険性は最も高い。だが、唯一ウェブシューターという飛び道具が扱えるためバックアップによる援護に回るとすればその効果は高いと判断、スパイダーマンもそれに納得した。

直後に自分の方へ伸びてきた剛腕による横一閃を宙返りで後方に飛んで回避しながら貯蔵庫の岩壁に飛び移ると壁にひっ付きながら壁を這ってタギツヒメ の死角になる位置にまで回り込む。

 

(よし、皆の動きと奴の攻撃に合わせて、味方が被弾しない位置は……ここだ!)

 

各々が攻め込んだり、防御に徹している状況を観察しながら相対するタギツヒメから伸びる腕からの攻撃精度とその攻撃によって生まれる隙間を見極める。

その際、味方に被弾すれば状況は悪化するため正確に敵からの攻撃速度と味方の配置、これから行うであろう回避行動によって移動する位置やタイミングを見極めると狙いを定めてウェブシューターのスイッチを押す。

 

「行け!」

 

右手のウェブシューターは結芽との戦闘で破壊されているため左手からのウェブのみになるため攻撃の量は減ってしまっているがそれを補うかのように2方向に裂けるスプリットを連続で多方面攻撃、そして一度だけ跳躍するリコシェを組み合わせたスパイダーマンの放ったウェブがタギツヒメに押し寄せる。

 

「うおっと、近付き過ぎたか」

 

薫が近距離で近づき過ぎた位置で踏み込もうとした瞬間リコシェウェブが足元で跳ねたため、足を止めて一旦離れて距離を取る。得物がリーチのある袮々切丸だが重い上に八幡力によるパワーファイトが主体で動きは鈍重なため適切なタイミング以外で下手に近付き過ぎると変幻自在に伸縮する腕が4本もある相手となると得策では無い。

スパイダーマンは敢えて薫の足元にリコシェウェブを当てることで足を止めさせると同時に跳弾させてからの死角からの攻撃を行い薫に再度距離を取らせるつもりだった。

 

そして最前線で打ち合っている姫和、可奈美、沙耶香に命中させないように切りかかった彼女らに当たらない腕を振り上げた瞬間の脇の下や踏み込んだ瞬間の股座の隙間や顔面スレスレを通過させ、被弾させずに的確にタギツヒメを狙い撃つ。

 

「…………」

 

流石のタギツヒメの龍眼でも7人分の動きとそれによって生じる未来による予測を同時にしながら動きに対応するというのは器が人間の脳の容量ではいずれ限界が訪れて処理落ち。その上で、スパイダーマンが攻め込んで行く面々に当たらないように放つ正確なウェブ投擲による牽制は厄介なようだ。

当たった所でダメージなど無いが直撃すると桁外れな粘着強度により動きを封じられたり、足元を硬直させられると隙を生んでしまうからだ。

 

タギツヒメもそれを理解してか咄嗟に前方に移動するがその動きを可奈美と姫和に先回りされてしまい足止めを食らい、それを2人からの攻撃を2本の御刀を振る事で防ぐ。

 

そして、背後から沙耶香が接近すると後ろに目が付いてるのかと思うレベルの精度では髪から頭部から生えている剛腕を器用に動かしてノールックで突き刺して来る。

 

だが、その攻撃を横からエレンが前に割り込んで金剛身を発動することで盾になる事で防ぎ、そのまま跳躍して前にいる彼女の肩を踏み台にして斬りかかろうとするが横薙ぎに振った一撃に防がれ、そのまま弾き飛ばされてしまう。

 

「きええええい!」

 

7人掛でも未だに誰も有効打を与えられていない状況の最中、薫が距離を保ちつつタギツヒメが沙耶香を弾き飛ばした瞬間の硬直を好機と判断し八幡力を最大限に発揮させるべく力を溜めて蜻蛉の構えを取ると一直線に走り出して一撃を叩き込もうと接近するが4本腕の同時攻撃で渾身の一撃を防がれてしまい足が床を削りながら後方へと押しのけられる。

 

「クソっ」

 

「薫ちゃん!近づきすぎないで!」

 

なるべくその場から動かずに全体を見渡して指示を出す事で布陣を保っていた舞衣であったが彼女の指示により陣形が組まれていることはこの場にいる誰もが理解出来る。

ならば司令塔が潰れればこの陣形はドミノ倒しのように瓦解すると判断して彼女が薫に気を取られてそちらに気を向けたその一瞬を見逃しさず彼女に向けて刃を突き刺す。

 

「うあっ!」

 

その一撃のダメージで彼女の写シを剥がされると同時に意識を刈り取られてしまい気絶してしまう。そのまま意識を失って戦闘不能になった舞衣に用は無くなったのかボールのように壁の方に向けて放り投げる。

 

「……っ!危ない!」

 

舞衣が放り投げられたのが視界に入り、放り投げられて宙に浮く彼女を目の当たりにして咄嗟に足で壁を思い切り蹴って跳躍し、彼女の方向へと手を伸ばす。写シも剥がされ気を失った彼女はただの人、生身で岩壁に直撃するのは危険であるため左手のウェブシューターのスイッチを押す指に力を入れてウェブを放つ。

 

放たれたウェブは舞衣の背中に命中し、思い切り自分の元に引き寄せるとそのまま右腕で抱き止める姿勢で受け止めて再度ウェブシューターのスイッチを押す事でウェブを発射して壁に当て、地に脚を付けて引っ張り強度を利用しながら勢いを軽減して自分の背中を壁の方に向けて彼女を衝突から庇う準備をに入る。

 

本来なら右手のウェブシューターも使って別の場所にウェブを当ててそのまま方向転換して安全な位置まで運びたかったが結芽との戦闘で壊されてしまったため、この方法を選択した。

そして壁との衝突から彼女を庇って自身は壁に激突してしまう。背中に衝撃が走ったが肉体頑丈なスパイダーマンからすれば大したダメージでは無い。

 

「いったぁ!……はっ、舞衣!」

 

確かに多少は痛いが今はそんなことよりも、最優先に確認すべきは舞衣の安否だ。すぐ様腕の中にいる舞衣の方へと視線を向ける。

 

スパイダーマンの腕の中にいる舞衣は眠るように意識を失っているが肌の血色に問題は無く、胸も上下に動いており呼吸も確認できる。

 

「よかった……生きてる」

 

間一髪で彼女が壁に激突することは防げたため安堵しているが今は戦闘中であることを忘れてはならない。腕の中で眠っている舞衣をゆっくりと床に降ろしてタギツヒメの方を見据える。

 

(今は切り替えろ、ここで負けたら皆が死ぬんだ!)

 

自分たちが負ければ全員の死。いや、大切な人や自分を信じてくれた人達の死を意味するということを再認識して気持ちを切り替えなけらばならない。

 

「舞衣!うぐっ」

 

舞衣が戦闘不能になり、スパイダーマンに庇われているとは言え壁に激突しているため心配になった沙耶香が気を取られている一瞬の隙を突かれ、胸部に御刀を突き刺される。

その一撃で写シを剥がされてしまい彼女も意識を失い、その場に倒れ伏した。

 

また1人、1人と倒され状況は切迫して行く。

 

「きえー!!」

 

薫が猿叫を上げながら接近するも敵の数が減少した事で手間が空いた複数のタギツヒメの剛腕が2方向から同時に攻め立てて来て、彼女を小さな身体中を切り刻んで行く。

 

「クソッタレが……っ」

 

「ぐあっ………もう限界デス……」

 

呪詛のような言葉を残して薫も写シを剥がされしまい、精神ダメージと連戦の疲労も限界に達してその場に倒れ込む。

そして、同時に攻め込んで隙を突こうとしていたエレンも金剛身を張るよりも先に腹部を貫かれており薫同様蓄積された疲労が限界に達したことで視界が暗転して倒れ込む。

 

「くっ、7人掛かりでもまともに攻撃を当てられないのか……っ!」

 

次々と仲間たちは倒され残るはスパイダーマンと可奈美と姫和の3人のみ。

スパイダーマンも可奈美達の隣まで移動してタギツヒメを睨み付ける。だが、彼女相手に対して打つ手も無い。7人で掛かってもまともな有効打すら与えられていないという絶望的な状況は3人の心臓の鼓動を早くして行く。

 

だが、一方で姫和は自分のみが使える唯一の手段が頭を過ぎる。

 

(あれを使うべきか…母と同じ秘術を…)

 

だが、その奥の手すら一回しか使用できない。外して仕舞えばすぐ様反撃されてしまうだろう。それに仮に成功したとしても自分は……と思案している間にタギツヒメが口を開く。

 

「我は凶神…」

 

ーー20年前、江ノ島

 

機動隊と刀使の総力戦により大荒魂を江ノ島まで追いやることには成功したが大荒魂の本体と無数の荒魂は江ノ島に完全に根を張っていた。

過激化する戦闘の最中、既に体力の限界に達していた特務隊の隊員であった現高津雪那こと相模雪那が戦闘不能となり隊長として現場を指揮をしていた紫はこれ以上の犠牲を出さないために現綾小路学長である当時伏見結月に皆を連れて撤退を指示して自身は柊篝を連れて奥津宮へと移動した。

 

それと同時期、奥津宮付近にて人知れず大地が揺れて何かが地中を突き進んでいるのかそれが道のような形になるように徐々に地面が隆起して行く。

そして、直後に地面がひび割れると轟音を上げて同時に地中を破って巨体の異形が姿を現した。虫と形容されがちだが実際には節足動物である8本の刃のような鋭利な脚、そして顔面に相当する部分には複数の複眼。そして、2本の牙の生えた生物学的には蜘蛛に酷似した異形、荒魂と言える。

 

『イヤな臭いがすると思って来てみれば……まさか世界を終わらせかねない逸材だとはな』

 

江ノ島に完全に根を張っていた大荒魂の本体を見据えるとおどろおどろしい声を上げながら状況を観察してその異形は己の感情に従って行動を決める。

観測史上類を見ない巨大荒魂の出現、引き付けられるように次々と現れる荒魂の群れ、多数の死者、負傷者、行方不明者を出しながらも討伐は数日に及んでいることを鑑みるに余程強力な相手な様だ。

 

『だが、奴に無駄に長生きされて人類を滅ぼされてもおもしろくない。この辺りで消えてもらうか』

 

人間に対して何か特別な思い入れがあり味方しているのか、御刀という神具を作り出すために半身である自分たちを生み出しては滅ぼすということを繰り返している愚かで滑稽な生き物の歴史を観客席から傍観して楽しむことを娯楽の一環とし、それを中心となって動かす人類を自分を楽しませるサーカスの動物程度に思っているのか図り知れないが今だけはタギツヒメの敵、という事だけは確かだろう。

 

8本の脚を駆使し、江ノ島の地を這いずって移動しながらタギツヒメの根本近くまで移動するとその鋭利な脚を思い切り突き立てながら垂直に這い上がって行き、上部にある繭の辺りを目指して登って行く。

 

繭の付近まで接近するとその蜘蛛型の荒魂は左の前脚を軽く上げると前脚の先端が先割れして鋭利な形状の針を展開する。すると、その針が薄紫色の毒々しい輝きを発光する。

 

『散れ』

 

その容赦の無い一言と同時に発光する針を持つ脚を大荒魂 の繭に思い切り突きり刺突すると繭の表皮にめり込み、針が内部へと突き刺さる。

 

『なっ……!何だこれは……貴様……っ!我らが同胞でありながら愚かな人類の肩を持つというのか……っ!裏切り者め!』

 

『俺は誰の敵でも味方でも無い、ただの観客として積み上げられて行く歴史の果てにある世界の行く末を見届けたいだけだ。今、お前に世界を滅ぼされるのは都合が悪いんでね』

 

突き刺さった針から毒々しい光がタギツヒメ の身体へと流れ込み始めるとのタギツヒメ の身体が内部から軋み始め、激痛が走り、徐々に身体全体を黒と橙色で彩られていた全身がまるで毒に侵されているかの様に紫色に変色させて行く。

本来自分負の神性を帯びた存在である自分たちは神性を持つ御刀でしか祓うことが出来ない。だが、この全身を蝕んで行く猛毒は祓うというニュアンスよりも相手が持つ神性の構造そのものをノロの知能が無くなるまで原子分解させて行き、生物としての死という結末へ誘っているように見えた。

 

ならば、早くこの針を抜く必要がある、このままでは自分は計算外の手駒に滅ぼされてしまう。だが、まだ手が無い訳では無い……ふと下を見下ろすとどうやら天はまだ自分を見捨てていない様だ、こちらが用意した駒が到着した。

 

紫と篝が進んで行く道中、その最中2人に無理矢理ついてきた美奈都も合流して大荒魂の根本となった奥津宮へと入って行く。

それを確認すると大荒魂は身体の一部を変質させて自分の繭に針を突き立てている蜘蛛型の荒魂の自分の繭に突き刺している前脚を掴んで押さえ込み、思い切りへし折る。

 

『はぁ!』

 

『何っ!?』

 

『少し読みが甘かったな、我の用意した駒が揃った。盤外からの来訪者には退場願おうか…っ!』

 

針を介していた前脚が折られたことで猛毒の供給が途絶え、身体に毒を更に注入され続けることは阻止できた。そして、根元に来た手駒である紫達の様子を確認しながら一気に反撃に打って出る。

 

前脚が折られて姿勢を崩した蜘蛛型荒魂に対して、身体の一部を変形させて剛腕を形成して拳を握り、思い切り剛腕を振り下ろして人間に例えると背中の辺りに相当する頭胸部に叩き付ける。

 

『ぐあっ……!』

 

身体中に猛毒が回っているため力を出し切れず、一撃で仕留めることは不可能であったが奴の背中の甲殻が割れて内部からノロが溢れ出して来ている。

これを好機と判断してか大荒魂は連続で頭胸部を殴打する。殴られる度に甲殻が砕けて行き、挙句の果てには四肢さえも遂に砕けて身体を支えられなくなることで身動きが取れなくなって行く。

 

この調子だ、後は柊の小娘が自分を封じるために秘術を使った時、そこに放り込んでやれば此奴は永遠に一瞬が永遠となった通常の時間から切り離された場所から出てこられ無くなり、この邪魔者を排除できるということだ。

後はタイミングをしっかりと計算し、一寸の狂いがない様にじっくりとその時を待っている。

 

大荒魂の根本で篝は腕を後方に向けて伸ばし小烏丸を斜めに構える斜の構えを取り、紫に向かって声を掛ける。

 

「紫様、ご命令ください。務めを果たせと」

 

「務め?」

 

その言葉を意味を、紫は誰よりも理解している。つまり、命を賭けて例え自分が戻って来れなくなったとしてもタギツヒメを封じる。

それが自分たちに残された唯一の方法、それを許可して仕舞えば彼女は2度と帰っては来ない。出来るのならば彼女に死んで欲しくない、止めろと言たい。

だか、自分は折神の者、そしてこの場を任されている現場責任者だ。最善の選択で多くの者を守らなければならない。

 

だから……

 

「紫様!」

 

「お願い篝…タギツヒメを封じて……」

 

「はい。辛い決断をさせてしまい申し訳ありません」

 

辛いのは自分も同じ筈だ。いくら大荒魂を封じることが出来る力を持つ人間だとは言え15歳の子供だ。それを背負うにはあまりにも大き過ぎる。それでも、気丈に振る舞い気遣いの言葉を掛けてくれる。

だからこそ、その優しさが刃となって胸に突き刺さる。

 

「みんなで過ごした学校生活、かけがえのない私の宝物です」

 

走馬灯の様に、学校生活を振り返る。2人とも同じ時間を共有した掛けがけの無い友人であり、仲間であり、恩人だ。最後に語るのならば笑顔で感謝を伝えたい。

 

「美奈都先輩。あなたのこと正直苦手でしたけど…でもいっぱい…いっぱい感謝してます」

 

よく言えば気さく、悪く言えばガサツで自分の領域にズケズケと踏み込んで来る馴れ馴れしさは生真面目な気質の彼女からすれば苦手そのそものではあったが彼女と過ごした日々も今となっては良い思い出だ。

言い残すべき事は全て言った。後はもう、後戻りは出来ない。覚悟を決めてこの世から別れるための最後の跳躍をする。

 

「タギツヒメ、お前は私が封じる!そのために私はここにいる!」

 

「篝!」

 

跳躍と同時に一筋の光となった篝は一瞬で弾丸すらも超える速度まで加速して

江ノ島を包む繭のような巨体にまで接近して来た。

 

『今だ、悠久の時に堕ちよ!』

 

タギツヒメは今がチャンスとばかりに眼前で這いつくばる蜘蛛型荒魂を繭の中に放り投げると必殺の一撃として小烏丸を突き立てられ、同時に篝は闇の中に消えて行く。

 

『ぐっ……これで終わりだと思うな……人間にも貴様という世界を蝕む悪意を跳ね除ける可能性もある……運命はどちらに転ぶか分からない。見届けてやるさ、この戦いの結末をな』

 

だが、蜘蛛型荒魂は放り込まれる寸前タギツヒメ が気付くか気付かないかの一瞬の隙を突いて体内から毒の生成機関と思われる部分を切り離すと秘術の影響を受けて闇の中に吸い込まれて行くとタギツヒメ に向けて負け惜しみ、捨て台詞というのが適切だが同時に宣戦布告とも取れる不穏な言葉を残し、隠世の彼方へと押し込まれて行った。

そして、切り離された毒の生成機関は徐々に小型の蜘蛛の姿に形を変えて、脚を懸命に動かして森の中へと姿を消した。

 

だがしかし、その篝の後を追うかの様に美奈都も跳躍してその闇の中へと入って行く。

 

「美奈都おおおおおお!」

 

篝だけでなく、美奈都まで消えてしまうかも知れない、彼女の行動に対して悲鳴の様な声を上げる。そして、徐々にその姿が見えなくなって行く彼女を見送ることしか出来ないでいた。

 

 

ーー跳躍した先で篝は暗闇の中にいた。ただ一面、無限に広がる闇。光も届かない暗闇の中。

最高速度の5段階迅移をしようしたのだ、一瞬が永遠となり戻って来れなくなり、通常の時間とは切り離された。

これでもう自分は帰って来れないことを自覚する。これでいい、自分1人の命で皆が救われるなら使命を果たせたと言える。

既に先程の浮遊感すらも失せ、重力にも似た力に引き寄せられるかのように堕ちていくだけだ。

 

だがしかし、ここには自分以外が来る筈の無い人間のような感触が自分の身体を腕で包み抱きしめていた。

 

ここまで自分を戻すために付いてきた美奈都だ。彼女は篝を諦めないつもりだったのだ。だが、それでは……美奈都も巻き添えとなってしまう。自分が消えてでも守ろうとしたのに彼女は無茶をしてでも連れ戻しに来たのだ。

 

「美奈都先輩!駄目です!あなたまで…」

 

「篝は絶対渡さない!!」

 

美奈都は闇に向けて咆哮するが、虚しく木霊するだけ。彼女も篝同様闇の中へと堕ちていく。

 

「篝…美奈都…私は…」

 

責任ある立場の人間としてその場を動くことが出来ず、友が消えて行く様を立ちすくんだまま見ていた紫は自身への無力感と絶望。

幼子の様に眼から涙を溢して泣くことしか出来ない。一人の犠牲に留めるはずが二人とも犠牲にしてしまったという重荷が彼女にのしかかっていく。

 

そして彼女の心が折れ、精神的に参る瞬間を待っていたかのように彼女の前に張り巡らされた大樹の枝よのうにも見えるタギツヒメの身体から橙色の眼球に紅い瞳の目玉が一斉にギョロりと開眼する。

 

「折神紫、我は取引を提案する」

 

奥津宮の閉ざされた空間に鳴り響く様な不気味な声、その声の主は間違いない。タギツヒメだ。

紫は今、その声を書くことしか出来ないため静聴に入る。

 

「我という自我が目覚めたのは暗く冷たい貯蔵層の中だった。最初に在ったのは喪失感だ。自らの一部を引き裂かれ大切なものを奪われたという感覚。取り戻さねばという衝動。それは餓えに似ていた」

 

軍事転用の実験として輸送する船の貯蔵庫で目覚めたこと、そして得た感情。

それに従った結果輸送船に乗せられていた大量のノロと結合してしまった事で大荒魂となった。という経緯をおどろおどろしくも強い感情の籠った声で伝えてくる。

 

「やがて巨大な凶神となった。その時我を突き動かしていたのは復讐心だった。災厄を振り撒きながらも我の知能は進化し続けた。やがて一つの結末を予見した」

 

「凶神と化した我はいずれ人の手により駆逐されるということだ。我は生存の道を模索した。それを実行してるに過ぎぬ」

 

「そんな…江ノ島に封じ込めたのも特務隊を送り込んだのも…」

 

「そうだ折神紫。全てはお前をおびき出す演出に過ぎん」

 

ただ生きる為、憎しみを晴らすため、最初はそのためであった進化の過程で自分が始末される可能性を予見した。荒魂を祓う家系である折神の家の者が代表として特別な隊を組んで攻め込んで来る。

そして、その代表者として送られてくるであろう紫を誘き出してここまで来させること。そして彼女の友人の命が取引の材料となるこの瞬間を待っていたのだ。

 

「じゃあ…篝は…美奈都は…」

 

自分が彼女達をここに連れて来たから、特務隊の仲間も傷付き美奈都も篝も隠世へと消える。掌の上で転がされていたとは言え自分のした事がこの結果を招いてしまったのだと言う事実を突き付けられた紫の心は完全に折れてしまった。

 

そして、今が交渉の時だと判断してそんな彼女の心情を察してタギツヒメは実に甘美で悪魔のような囁きをする。

 

「我と同化しろ。さすれば藤原美奈都と柊篝の命は救われる、我はお前と同化し幽世の浅瀬に潜み傷を癒そう。今より10数年お前は猶予を得る。それまでに我を滅ぼすことができればお前の勝ちだ」

 

そんな事、出来る訳がない。自分は折神の家の者、この現場を任されてている現場責任者だ。私情を優先させて全てを瓦解させて無に帰す訳にはいかない。もし、奴の提案に乗って奴をのうのうも生かしてしまったら自分がここに来た意味は?二人が命を賭けた意味は?彼女の理性が取引の言葉を否定する。

 

だが、タギツヒメは彼女のその根底にある想いを見透かしているためそれを後押しする。

 

「そんな馬鹿げた提案を…」

 

「お前の結論は既に出ている」

 

「………っ!」

 

自分が望んでいたことを持ちかけられ、2人が助かるのなら、また会えるのなら……いけないと頭で理解は出来るが自分にとって2人は大切な存在であることは間違いない。

世界と友人を秤に掛けられ、その上でこちらにも譲歩した一時的な妥協案を提案されたのならいくら現場責任者としての責任や家の務めを背負った立場である人間とは言え所詮は17歳の子供。ダメだと頭では理解していても仲間を見捨てることが出来ず、その提案を呑んでしまった。

 

「脈々と受け継がれてきた折神家の務め。だが紫は二人の生還を選んだ」

 

「じゃあ彼女は……20年間ずっと1人で……」

 

紫が2人の生還を選んだことでタギツヒメは今の今まで生きながらえているのは事実だがスパイダーマンは彼女の話を聞いて彼女もただ大切な人を助けたかっただけ、自分の判断ミスで大切な人を失った側の人間なのかも知れないと把握した。

自分も判断ミスで大切な人を失ったからこそ、彼女だけを憎んだりということは出来なかった。自分ももし同じ立場になったとして大切な人を助けられるのなら、今にも失ってしまうかも知れない大切な人が帰って来るのなら同じ事をしないとも限らない。

だがそれでも、今自分のやるべき事はタギツヒメを止める事だ。それに集中しなければいけないことを思い出し身構える。

 

だが、そんな彼らの心情を知るや否や全員を仕留めに来る為に剛腕を伸ばして二振り同時に攻め立ててくる。

 

「ぐあっ!」

 

最初の一撃で姫和が胸部を貫かれ、写シを剥がされて膝を着かされる。激痛で胸部を抑えるがまだ意識はある。だが、写シを貼れるとしても後一回が限界かも知れないと理解出来る程自分の疲労も溜まって来た。

 

「ぐっ!」

 

二手に分かれて同時攻撃を仕掛けるが動きを先読みされた可奈美は腕に持っていた御刀で腹部を貫かれると写シを剥がされ意識を失ってその場に倒れ伏す。

 

「筋はいい、だが母親には遠く及ばぬ」

 

「可奈美……っ!うおおおおおお!」

 

スパイダーセンスによる直感でタギツヒメからの攻撃を回避していたスパイダーマンはタギツヒメに斬りかかるがそちらを見ずに左手に持つ御刀でその一撃を防ぎ、その間に空いている剛腕でスパイダーマンを一斉に狙う。

 

「くっ!オビワンはすごいなぁ!」

 

映画で四刀流で今の自分が相手をしてる敵よりも少ないとは言え4本腕で自分よりも近接武器の数が多い相手にライトセイバー1本で挑んだ映画のキャラクターの凄さを実感し、それらを捌きながら後方に飛んでウェブを放つが身体を軽く傾けるだけで回避されてしまう。

 

「はああああ!(だめだもっと……速く動かないと!)」

 

その後にスパイダーマンが再び地を蹴って再度振りかぶってそのまま斬りかかろうとするがタギツヒメ は4本の剛腕を広げて4方向からスパイダーマンの周囲、例えスパイダーセンスによる予知に近い回避能力があろうとも回避しても避けきれない程の広範囲攻撃の回避は難しいと判断して剛腕から御刀による雨のような連続突きを繰り出す。

 

「その力は未知数だが……お前自身は素人に毛が生えた程度だな」

 

「くっ……!」

 

(しかし、奴の速さと力は上がって来ている。そろそろ終わらせるか)

 

一応視線はスパイダーマンに向けているため感心はあるようだがスパイダーマンの動きは手に取る様に分かる。以前見た時よりは多少経験は積んでいるのか幾らかはマシになってはいるがまだまだ未熟。

だが、自身が本体を隠世から引き摺り出した後……すなわち祭壇に来てからスパイダーマンの腕力とスピードは以前とは比べ物にならない程上昇しており、下手に長引かせ続けると面倒な事になると判断して勝負を仕掛ける。

 

「なっ!ぐあっ!」

 

スパイバーマンも雨の様に広範囲に降り注ぐ連続の突きを回避し続けるというのは至難の業、繰り出される突きは徐々に身体に命中して行く。

一閃した光が左肩を裂き、身体中に切り傷を作り血を撒くスパイダーマンに対して右足の靴の爪先に御刀を思い切り突き刺して地面にめり込ませることでスパイダーマンを固定する。肩からは出血し、足元からは円形状に血が広がって行く。

 

「終わりだ」

 

そして、一気に迅移を使用して接近しようとするとスパイダーマンがヴィブラニウムブレードを悪足掻きで投擲して来たがそれを左手に持つ御刀で明後日の方向に弾き飛ばして眼前まで接近して左手の御刀でスパイダーマンの左腕に装備されているウェブシューターを横一閃に振ることで破壊する。

 

ウェブシューターが壊れた事で内蔵されていた筈の容量のウェブが飛び出して火花を散らしながら発光するがそれを意にも介さず氷のように冷えた声色で終わりを告げ、その勢いのままスパイダーマンの胸部に思い切り童子切安綱を突き立てる。

 

「ぐあ………っ!」

 

右手に持っていた童子切安綱はスパイダーマンの胸部に突き刺さると思ったよりも頑丈であったため咄嗟に八幡力の段階を一気に上げることで肉体を貫通して背中から飛び出す。

普通ならば今の一撃でバラバラの肉塊になってもおかしくないのだが姿を保っているだけで充分異常だ。だが、結芽と戦った時も身体を貫かれたが肩口であったため致命傷には至らなかったが今回ばかりは違う。

 

人間の全身に血液を循環させる最も重要な器官、心臓に思い切り童子切安綱が突き刺さっている。細胞が代謝を維持するには常に血液によってエネルギー源や酸素を受け取り、老廃物や二酸化炭素を運び出す必要がある。そのため、心臓が機能を停止することは生き物の存続条件の一つである代謝・呼吸ができなくなることである。

童子切安綱が刺さっている胸部から赤いパーカーのスーツを鮮血がより紅く染め上げて行くことで足元には血溜まりを作り、貫通している童子切安綱の刃に

血が滴り落ちる。

 

「ゴハッ……!あ゛ああああ!」

 

「力を入れてもなお砕けぬか……ならば」

 

「うっ……」

 

一方スパイダーマンの胸部を刺し貫いたタギツヒメは想像以上に硬く全く砕ける様子が無い心臓の強度にも驚いたが心臓にダメージを受けた以上コイツも長くは持たない。

そう判断するとスパイダーマンの足を地に縫い付けている御刀を引っこ抜くと右腕を上げることでスパイバーマンの身体が持ち上がり、足が地から離れて中に浮く。そのまま右腕を思い切り振り上げる事でスパイダーマンを放り投げ、空中で剛腕の一本で右肩と腹部に突き刺して貫通させる。

 

「ぐ……っ!」

 

「死ぬがいい」

 

スパイダーマンを串刺しにしたまま思い切り貯蔵庫のプールの床に思い切り叩き付ける。既に先程からの出血で意識が朦朧とし始めて徐々に痛覚が無くなって来たような気はしたがその衝撃で目を覚ます。

 

「うあっ!」

 

「ほらほら」

 

そして、休む間もなく剛腕を持ち上げることでスパイバーマンを振り回して貯蔵庫の岩壁に叩き付ける。荒魂の怪力で叩き付けたためスパイダーマンの身体は思い切り壁の中にめり込むのを確認するとそのまま壁に押し付けた状態のまますり潰す様に思い切り引き摺り回す。

 

岩壁と剛腕に挟まれ、前からも後ろからも痛みが来るというのにその剛腕の怪力で引き摺り回させると言うのは地獄の苦痛だ。

 

剛腕による腕力で目一杯引き摺り回されることで壁に横一文字のような跡が刻まれていく、身体が潰されそうになりながらもスパイバーマンは抵抗出来ないまま何度も何度も岩壁に叩き付けられ、既にボロ雑巾と言う表現が正しい程ハンドメイドスーツとスパイダーマンは惨めな姿になり抵抗も弱くなくなるとプールの床に叩き付けられる。

 

すると同時に倒れ込んだ衝撃でスパイダーマンの腰のベルトに固定されていた旧式のウェブシューターがのロックが外れてスパイダーマンの目の前辺りまで転がり落ちた。

 

「…………」

 

「スパイダーマン!」

 

先程の苛烈で執拗な攻撃を受けるショッキングな様を眼前で見せ付けられた姫和は瞳孔を散大させて声を荒げるがもう頭はでは1つの結論に辿り着いていた。自分たちのように写シという身代わりの残機があって肉体へのダメージを誤魔化せる刀使とは違いスパイダーマンは超人とはいえ生身だ。

心臓を貫かれ、何度も壁や床に剛腕で叩き付けられ、引き摺り回され、既に抵抗無く倒れ伏せ、倒れた場所からは一面丸を描くように血溜まりが広がって行く。断言できる……もう助からないと。

 

「お前の存在は想定外だったが取るに足りん」

 

「………」

 

既に虫の息のスパイダーマンに対してタギツヒメは冷め切った視線を送り、淡々と告げるがスパイダーマンは首だけを動かしてタギツヒメの方に視線を向ける。

 

「我と同じ人を超えた力を持ちながら人々に媚び諂って受け入れられ、祭り上げられようともお前の力と在り方は人を迷わせる。ヒーロー、親愛なる隣人、自警団。どれだけ貴様が自分に都合のいい方向に取り繕おうとも所詮は現実の見えていない子供。諦めの悪い者達に余計な希望を抱かせ、どうにか出来るかも知れないというくだらぬ幻想という名の病魔を撒き散らす」

 

「何を……」

 

これまでスパイダーマンに対してあまり感心を向けて無かったように思えたタギツヒメが自分に対して長々と捲し立ててくる。その事も意外だったが身体から血液が抜けて来たからか意識も朦朧として来ており、語彙力の無い返しをしてしまう。

 

自分がスパイダーマンとして力を使って来たのは、自分と同じく大切な人を失って悲しむ人が1人でも減るのならと持てる力を人の為に使って来た。

だが、彼女の言う様に人によっては自分の行動や在り方は人に媚び諂っている、自分の行動を都合のいい方向に捉えている現実の見えていない子供という風に見えるのかも知れない。

 

だが、同時にそんな自分のして来た行動には希望や勇気を人に与える事もあってそれに感化されて行動を起こした人もいた。だが同時にこうして巻き込まれて皆が今こうして倒れている状況を作っているのも事実だという現実を突き付けられたような気がした。

 

「だが、現実はこれだ。お前を信じて力を託した者、それに感化されお前の病が感染った者達は皆倒れた。直にアイアンマンもキャプテンアメリカも始末してやる。皆お前を信じたばかりにこうなるのだ」

 

「…………そんな……こと!」

 

させるものか!と否定したいが皆自分で選んだとは言えスパイダーマンを信じて力を託してくれた舞草の面々は捕縛され、折神邸に乗り込んだ面々はタギツヒメ という現実の前では打ちのめされ、挙げ句の果てには守りたい者の筈の友人とも殺し合いをしたのも事実だ。

単なる精神攻撃でしか無いのだが今の精神的にも肉体的にも打ちのめされているスパイダーマンには有効だ。言葉が棘となって突き刺さって行く。

 

既に反論する力もこちらを睨む力も弱くなって行くのを感じ取ると関心が無くなったのか地に伏せるスパイダーマンから目を逸らして視線を姫和の方へと向ける。

 

「大人しく自分なりの生活で満足していれば良かったものを、力を持った程度で子供風情が出しゃばるからこうなる。せいぜい後悔しながら逝くがいい」

 

「待て……っ!ゲホッ!」

 

起き上がろうと身体を起こすが喉から血液が洪水のように押し寄せて来て思い切りマスクの下で吐血する。マスク中に血が広がり心臓を傷付けられた事で血液の循環が鈍くなり呼吸が苦しくなったためスパイダーマンは右手でマスクを上に向けて引っ張り上げて外すと自分の重さを持ち上げることが出来ずに血溜まり倒れ込む。

 

「何だと、アイツが蜘蛛男だったのか……」

 

離れた場所にいて戦いの勢いに押されながらスパイダーマンがマスクを外した姿を初めて目撃した真希は驚愕の声を上げる。

その相手は反逆者として逃亡した可奈美た姫和を追うために協力を申し出た美濃関の中学生、榛名颯太だ。自分たちを散々引っ掻き回していた人物が名前すらまともに覚えられなかったような地味な奴であのスパイダーマンだったのかと驚いたが今にも死にそうな程瀕死な様を見て真希も目を思わず目を背けてしまう。

 

外したマスクが血溜まりの上に落ちた事で波紋が広がって行き、微かに持ち上げられる頭を起こそうとするが出血で力が抜けて来た事ですぐに倒れ込む。

もはや自分の重さを持ち上げる事すら困難な状態だ。

 

(動け……っ!動けよこんちくしょう!クソ……視界がボヤける……このままじゃ叔母さんが……皆が……)

 

先程まで自分の体内にあった血液が血溜まりとなって今の虚な瞳が自分の顔を映している。視界がボヤけて来たのでハッキリとは見えないがきっと酷い顔をしているのは理解できる。

 

なんてザマだ、自分が皆に希望を抱かせたから皆が傷付いたと指摘され自分の行動や理念と相容れない友と殺し合いをして、挙げ句の果てには誰の事も守れずに自分は無様に死ぬ。連戦での疲れが心臓を穿たれたことで更に増して来たような気がする。

 

ボヤけている視界の中で今自分の目と鼻の先にある物体はかろうじて視認できる。叔父から貰った腕時計を改造したウェブシューターだ。それはこちらに対してただ見守るかのように転がり落ちている。

 

(ごめんなさい叔父さん……叔母さん……もう…身体が動かないや……)

 

かつてこのウェブシューターに誓った、必ず力を手に入れた責任を果たすと、自分の力を自分の為だけではなく人のために使うのだと。

だが、立て続けに訪れる現実は齢13歳の子供の精神に対して重荷となって積み重なって行く。今動かなければ今なおタギツヒメ と相対している姫和が、仲間たちが死ぬ。なのに身体は動いてくれない。

おまけに改造したウェブシューターも壊れた上にハンドメイドスーツには何の力もない。全てが自分次第だ、自分が動けない以上打つ手は無い。

 

ギリギリを保っていた意識は既に途切れかけ、視界が徐々に暗転し死へと誘う闇が広がって行くような感覚に陥るとあの世から迎えが来たのではないかと思われる走馬灯から映写機がフィルムから映画を映すように古い記憶が流れてくる。

 

ーー小学校低学年程の頃、運動会のシーズンだろうか。周りの生徒は皆体操着で各々赤と白の鉢巻きをしていて、校庭の隅で保護者がベンチシートを地に敷いて弁当を食べている。

 

(何だこれ……あぁ、小学生の頃の運動会か……マジか走馬灯ってマジであるんだ……)

 

隣の衛藤一家のベンチシートに座る可奈美は弁当をバクバク食しているがそれを横目に自分は叔母の芽衣に慰められながらも昼食を突いていたがあまり乗り気では無い状態だった。

 

『落ち込むことはないわ、あなた頑張ったじゃない。あそこから追い上げただけでもスゴいわよ』

 

『でも……皆応援してくれたのに…僕……』

 

『おいーっす、ワリィ遅れたー』

 

そこで休日出勤で途中から合流して来た叔父拓哉が気落ちしている幼き日の颯太の様子が気になって隣に座り込んで来た。

 

『何だよ元気ねえな、何があったか話してみろよ』

 

『そうよ、叔父さんにちゃんと話しなさい』

 

叔父に優しく肩を叩かれたことで気持ちが落ち着いたのか、何故先程まで落ち込んでいたのかを語り出す。

 

『転んでリレーに負けた』

 

リレーの選手として出場したものの自分が転んでしまったことで負けてしまった。その事に自責の念を感じ、毎日練習したというのに転倒するという凡ミスを犯した事で応援してくれてた叔母や皆の期待を裏切ってしまったことに落ち込んでしまっていた。

そんな落ち込んでいる自分に対し、怒るでもなく、ただ励ます訳でも無く拓哉は問い掛けてくる。

 

『立ったか?』

 

『うん』

 

走っていた時の勢いのまま思い切り転倒してぶつけた肘が痛くとも、擦りむいた膝が痛くとも立ち上がった。

 

『走ったか?』

 

『うん』

 

先を行く他の面々に引き離されないよう、追い付くように懸命に走り抜けた。

 

『足が痛くても?』

 

『うん』

 

走る度に擦りむいた膝が痛み、速く走れば走る程痛みが走ったたとしても諦めずに前だけを向いて走り続けて3人抜いて1位にはなれなかったが2位にまで上り詰めた。

 

『自分に勝ったんだな、ならお前はヒーローだ』

 

『えっ?』

 

その言葉の意味を理解できずに思わず聞き返してしまった。負けたというのにヒーローという言葉を掛けられたのは幼い自分では理解できなかったのだろう。そんな様子を見てか真意を語り出す、本当に大切な事は何なのかを。

 

『勝つっていうのは一等賞を取ることだけを言うんじゃないんだ。もうダメだ、そう思っても辛い状況を押し退けて前に進んだ奴の勝ちだ』

 

優しく笑いかけた後は頭に手を乗せて撫でて来る。先程まで自分の行動を問いかけて来た時の様子とは一転して諦めかったことを称賛してくれる。

 

『今日お前は勝った、それで誰かを元気付けたかも知れない。負けたっていうのは自分自身が頑張るのをやめた時だ』

 

楽な状況で勝利するのは誰にでも出来る。だが、本当に大切なのは苦しい状況の中でも最後まで諦めず、立ち向う事。そして、勝てる確率が微々たるものだったとしても勝利を信じて戦い抜く事が大切なのだと。

 

今日自分は勝負には負けたが、自分自身に勝った。その姿は落ち込んでいる誰かを励まし勇気付けたかも知れない。敗北する事が恥なのではない、本当に恥ずべき事は諦めてしまう事なのだと叔父は教えてくれた。その言葉に対してとびきりの笑顔で返したことを思い出していた。

 

(叔父さん……ありがとう、僕に大切な事を教えてくれて……もうちょっとだけ頑張ってみるよ)

 

横になった事で多少意識が回復したのか先程までモヤがかかったように曇っていた視界がある程度だが眼前にある旧式のウェブシューターを視認できる程度には回復して来た

 

そして、視界に入り込む自分の血溜まりが反射して鏡のように自分の顔を映し出す。既にボロボロだが目に生気が宿っており先程脱いだハンドメイドスーツのマスクの半分が顔半分と重なることでスパイダーマンというもう1人の自分の姿をも写している。

 

『スーツ無しじゃダメなら、スーツを着る資格はない』

 

『自分を信じること、例えどれだけ不利で、打ちのめされていても相手を睨みつけながらまだやれるぞって言ってやる事だ。坊や、まだやれるか?』

 

(ですよねスタークさん……ちょっとだけ分かった気がします……っ!キャプテン……まだ……やれます!)

 

血溜まりに映った自分の顔と自作スーツ、そしてトニーとスティーブの言葉が脳裏を過ぎる。そして再度認識する、自分がヒーローだということに。

トニーの放ったあの言葉、いつもスーツの頑丈な鎧に守られ、豊潤な武装と高性能AIによるサポートによって地の利を得て戦っている彼がこの結論に至ったたのか。

これは自分の憶測の域を出ない話だがきっと彼も今の自分のようにスーツの力に頼る事が出来ない状況に追い込まれて、自分自身の力で創意工夫して切り抜けることを強いられ、スーツという殻を破りそれを乗り越えたからではないのか。

だからこそ、スーツの力に頼っていた自分に対し、スーツ無しでも戦える力を身に付けるように仕向けて来たのはこれらの経験を得たからこそ厳しく接していたのでは無いかと。

 

そして、スティーブの語る言葉。超人血清を打つ前は徴兵にすら弾かれた喘息持ちで小柄なモヤシ、ただ人一倍愛国心と勇気だけは誰にも負けなかっただけの普通の青年だったと聞く。

だが、彼が力を持ったとしても根底にある弱くても逃ずに立ち向かうモヤシのスティーブ・ロジャースである事を忘れずに何度打ちのめされてもその度に立ち上がり、盾のベルトを握り直す事が出来るから彼はキャプテンアメリカという1人のヒーローになれたのではないだろうか。

確かに彼はチームの中では1番強い訳では無いのかも知れない。だが、どんな時も初志貫徹の心を持ち、どんな状況でも「まだやれる」と前だけを見続ける彼だから皆がついて行くのではないかと思い至った。

 

ならば自分も…… 今何をすべきか、何が出来るかを考え、行動で示す。

 

(行くぞ颯太……っ!お前はスパイダーマン……スパイダーマンだろ!行け!スパイダーマン!)

 

絶体絶命な状況で自分を鼓舞する。どれだけ泣いて絶望して助けを求めたとしても今この状況をどうにか出来るのは自分だけ、それが自分の選んだヒーローという道。スーツがあるから、ウェブシューターというアイテムあるというだけがスパイダーマンの力じゃない筈だ。そう言い聞かせるとうつ伏せになっている身体全体に力を入れる。

 

(僕には常人の何十倍以上の力がある筈だ、今こそそれを活かすんだ……死んで欲しくない人たちがいるんだろ!)

 

自分を信じてくれた者達、そして守りたいと願う者達全ての顔が次々と浮かび上がるとダラリと脱力していた手に力が篭り、地面に手を突いて身体を起き上がらせると眼前に落ちていたかつての旧式のウェブシューターとマスクを掴み、そのまま頭からマスクを被ると足腰に力を入れてゆったりとだが起き上がる。

力を入れる度に貫かれた胸と腹は痛み、血は流れて落ちて行き体内の血液は減少して行く。しかし、徐々にだが再生して行く筋肉が出血を抑えて行く。それでも四肢は耐え難い程の激痛に呻き声を上げ、細くはあるがそれなりに引き締まった筋肉質の身体は言語にするには絶する程の試練に悲鳴をあげている。

 

(今、何をしなきゃいけないのか……考えなきゃいけないのはそれだけだ!)

 

だが、今の自分を形作ってくれたのは自分が守りたいと思う隣人達、家族、友人、師。自身がスパイダーマンとして活動するのはかつての自分のように大切な誰かが傷付いて涙を流す人が少しでも減るのなら。そして、自分の大切な隣人達を守れるようにこの力を自警団として振るって来た。

それでも現実では思い通りにならない事も多い。明確な悪意を持って自分達に危害を加える敵とも対峙したし立場の違いから友人とは敵対し、彼の大切な人である筈の結芽のことも失わせてしまった。

 

確かにタギツヒメの言う通り、自分は現実が見えず周囲に悪影響を与えて煽っているように見える子供と言う風に見えるのもかも知れないし自分を信じたから、信じてくれた舞草の面々やここまで一緒に来てくれた皆は傷付いたかも知れない。

 立ちはだかる現実の前では守りたい人を全員守るだなんて夢見がちな綺麗事だと分かっている、助けるために手を伸ばそうにも手の長さには限界がある。だからこそ手が届く範囲で自分が信じる正義を、守りたい人を全力で守る。

自分を信じてくれた人達から希望を託されて背負っている想いを嘘にしない為に立ち上がり、戦って証明しなければいけない。

 

諦めずに立ち上がり、タギツヒメという現実と彼女が振り翳す悪意から皆を守る。それが原動力としてスパイダーマンを突き動かす。彼女が悪意で戦うのなら自分は大切な隣人達とその笑顔を守る。 

 

(それに……約束したんだ……っ!必ず帰るって!)

 

最後の一押しに出撃前の潜水艦での舞衣とのやり取りを思い出す。自分の右手を彼女の両手が包み込んだ手の感触、程良く鍛えられていてか細くは無かったがそれでも自分の手よりも遥かに柔らかく、そして陽だまりのように温かった。そして自分の瞳を正面から見つめて来る彼女の翠色の幼いが硝子の様に美しい瞳に宿る力強さと、交わした約束を思い出した。

 

『これだけは約束して……死なないでね…っ!絶対に私達の元に帰って来て!』

 

(うおおあああああああああああああああっ!)

 

「はぁ……っ、はぁっ」

 

その言葉に対して自分は必ず皆の所に帰ると約束した。その約束を胸に抱き、もう一度生きて彼女に……皆に会いたい。その想いがスパイダーマンの力に更なるブーストを掛け、不恰好でアンバランスながらも何とか地に足を着けてどっしりと大地を踏みしてて立ち上がり、姫和と対峙するタギツヒメのいる方向を真っ直ぐ見据える。

 

その様子を後方で見ていた真希は驚愕した表情でスパイダーマンが立ち上がる様を見ていた。

 

「何故だ……何故そこまでして立ち上がる……心臓だって貫かれてる筈だ。生きてる事すら奇跡なのに……それに力は兎も角技量は1番低い。勝ち目が薄いのに何故……まるで」

 

心臓や腹部をを刺し貫かれ、既に虫の息という表現が適切ながら諦めずに立ち向かおうとするその小さな背中に1人の男の面影を見た。

自分よりも弱いのに何度打ちのめして叩き付けても、その度に盾のベルトを握り直し、こちらを「まだやれる」と睨み付けるあの男、キャプテンアメリカに通ずる物を感じ取った。

 

『弱さを認め、前に進むんだ。生まれてからずっと強い者は、力に敬意を払わない。だが、弱者は力の価値を知っている。それに、憐れみも……』

 

確かにスパイダーマンはキャプテンでは無いし、比べる物では無いのは理解しているが例えどれだけ不利な状況下で、どれだけ打ちのめされても勝敗に関係なく立ち上がり続けるその背中に確かに彼から受け取った魂が宿っていると真希は理解した。

 

『行き先が見えなくとも勇気を持って一歩を踏み出すことから始めるんだ。例え小さい一歩でもそうやって少しずつ積み重ねて行くんだ。そうやって立ち直り、もう一度目標を見つけよう』

 

「僕もアイツも弱い……それでも勝ち目なんて薄いのにまだやれると信じて立ち向かえる本当の強さ……か。なら、僕も負けてられないなキャプテン……っ!」

 

スパイダーマンと重なったキャプテンの背中から何か言語化するには難しいが確かに心に響く物を感じ取った真希は覚悟を決めて息を呑んで自分が今やるべき事を考慮してタギツヒメの方を力強く睨み付ける。

 

心臓を刺し貫いた事で既に始末したと判断したスパイダーマンには目もくれず相対する姫和を前にしてタギツヒメ は淡々と挑発して来る。

姫和の方も覚悟を決めて小鳥丸を強く握り、一発の賭けに出るかと思案していると手に自然と脂汗が溜まり、緊張が伝わって行く。

 

「さて、どうする?母と同じ秘術を使うか?その御刀を当てる事ができれば……だが、今のお前では無駄な足掻きだろうな。今楽にしてやろう」

 

タギツヒメが彼女の緊張している心理状態を察するとトドメを刺そうと一気に迅移で加速して前進して斬り掛かかり、右腕の童子切安綱を上段から振り下ろす。

 

「くっ!」

 

咄嗟に迎撃しようと姫和も身構えたがタギツヒメ の右腕を振り下ろす姿勢のまま動きが止まり、右手が何かに引っ張られる力と拮抗しているのかカタカタと震えている。

 

「何?」

 

「まさか……っ!?」

 

この現象の発端はまさか……と思い2人が同時に後方を向くとそこには一直線に伸びた白い糸が真っ直ぐに張られており、その糸を右手で握っている人物がいた。

 

パーカーを袖を引きちぎってノースリーブにして赤の塗料で塗り潰しているのだが傷口から流れ出る鮮血が更にスーツを赤く染め、胸の辺りには黒い蜘蛛のマーク、そしてマスクの目の部分には視界を調整出来るシャッター付きの白い眼の黒ゴーグル、手袋も手の甲の部分が赤で黒い蜘蛛糸の様な縞模様に掌の側が黒いオープンフィンガーのグローブの手作り感満載なスーツを纏った胸部を貫かれて血塗れになりがらも立ち上がり、叔父から貰った腕時計を改造した旧式ウェブシューターを右腕に巻いた親愛なる隣人、スパイダーマンだ。

 

「知らなかった?出来る男ってのはなぁ……隠し球持ってんだよ…っ!…僕はまだ……やれるぞ……っ!」

 

最後の力を振り絞り、力強い芯の通った声が貯蔵庫内に響き渡り今、逆襲が始まる。




no way homeにライミ2のオクトパス役のモリーナ氏が出演決まったらしくてこれ一本の映画にしちゃ情報量やば過ぎない?と見る前から戦々恐々とさせられてます…まあもう予定通り公開してくれればいいかなって感じにはなってますw

venom LTBCのCGカーネイジ思っていた以上にかっこよかったですね


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第59話 最後の力

大事な所且つ、平日は疲れて寝ちまうようになったり休日は映画見に行ったりゲームしたりで遅れましたすみません。畳みに行くようだから出力が変かもですがよろぴくです




「知らなかった?出来る男ってのはなぁ……隠し球持ってんだよ…っ!…僕はまだ……やれるぞ……っ!」

 

貯蔵庫内に響き渡る、まるで最後の力を振り絞るかの様な掠れて息も絶え絶えになりなり、それでも芯の通った力強い声を放つ。

声の主のスパイダーマンはタギツヒメがまだ戦闘可能な姫和にトドメを刺そうと接近した所を御守り代わりに持ち歩いている腕時計を改造した旧式のウェブシューターを咄嗟に手首に巻いて装備し、背後からウェブを放つ事で童子切安綱を振り下ろさんとしていた右腕に命中させ、腕力で彼女の動きを静止させていた。

 

「馬鹿者!お前……そんな傷で……」

 

「ガハ……っ、これでも結構無理はしてるんだけどね……」

 

その光景を目の当たりにしたタギツヒメ の正面にいる姫和は驚愕し、絶句してしまった。

無理もない、先程胸部をタギツヒメ に御刀で刺し貫かれ、壁と床に散々叩き付けられた上に引き摺り回された事で上着の大半が鮮血の色に染まり、足元に雨が降った後の道端の水溜りのような血溜まりを作る程出血し、普通なら心臓を貫かれた時点で即死しなかった事自体奇跡と言えるのだろうがそんな満身創痍な状態になっても尚立ち上がり、立ち向かう意志を見せられるとその精神力と生命力には只々驚くことしか出来ない。

 

(心臓を貫かれてあの出血量。既に即死してもおかしくない筈なのにまだ抗うか。奴の生命力はゴキブリ並か?……いや、蜘蛛だったな)

 

その一方で、タギツヒメ の方は完全に意識を攻撃に向け、そのまま童子切安綱を持つ右腕を振り下ろして姫和を始末する予定が急に右腕が何かに引っ張られる力と拮抗し、動きを静止させられたため思わず首のみを軽く傾けて視線を後方に向けると既に始末したと思っていたスパイダーマンがいた。

 

致命傷を受けて死を待つだけの死に損ないがまだ抗う気でいることに不気味さと同時に苛立ちと鬱陶しさまで覚え始め本格的な排除に移るべきかと思考を切り替える。

 

本当はこんな死に損ないを一々相手にするのも億劫ではあるがこいつに長く時間を取られ過ぎて増援が来たり姫和の一つの太刀を発動されると厄介な可能性はあるからだ。

すぐさま左手に持つ御刀で右手に貼り付いたウェブを斬り払い、拘束から解放されるとスパイダーマンを正面から見据える。

 

手に持っていたウェブが切断された事でタギツヒメの腕力と拮抗していた力が行き場をなくし、勢いに負けてフラつきながら姿勢を崩すが足の裏で大地を強く踏んで踏み留まると自身の身体から流れ出た血溜まりが跳ね、その雫が視界に入る。

 

(うっ……傷は幾らか塞がって来たけど流石に血を流し過ぎたんだ……僕が意識を保っていられるのも後数分って所か…それに……)

 

両腕をだらりと下ろし、膝を軽く曲げてリラックスした姿勢に切り替えて体力の消耗を極力抑え、微動だにしないまま棒立ちになる。

 

ダメージによる疲労が蓄積してた上で無理して立っているだけに過ぎない状態とは言えこれからどう動くつもりなのか分からない、先が読めない状態へと自然と持ち込んでいる事になる。

心臓を貫かれて損傷し、大量出血に際して体内の血液が減少した事で失血状態

に近くなっているがそれでも先程の戦闘とは異なり熱くなって頭に上っていた血が幾らか抜けた事で一度冷静になれたと言うべきか、死に瀕している事で冷静に自身の状況判断を始めることが出来ている。

 

…だが、一概にもいい事ばかりでは無い。

 

(………疲弊とダメージにより立っているのが精々な状態になった事で次の行動がどうとでも取れる棒立ちになったか……偶然か狙ってかは知らないが演算が見せる可能性が増えて来たな)

 

幸か不幸かそれによりタギツヒメ の方も龍眼による未来予測による可能性の数と正確性が不安定になって来ているが満身創痍なスパイダーマンの方が圧倒的に不利な状況にあることに変わりはない。

 

(マズい……視界がボヤけ始めて来た……もうアイツが霞んで見える……これなら目を瞑ってるのと変わらない……)

 

おまけに無理矢理立ち上がってはいるが失血状態に近付いた事で意識が薄くなって来ていると言う事実は変わらないため視界が歪むようにボヤけて行き既に肉眼ではタギツヒメ の姿すら視認することが難しくなって来ている。この状態のまま戦闘してもこちらに勝ち目がない事は明白だ。

 

(目を瞑ってるのと変わらない……?そっか、だったら……っ!)

 

だが、土壇場に追い込まれた事で働き始めた脳内でシナプスが繋がっていきスパイダーマンの中で一つ、思い至ったことがある。

今のこの状態でも使えるいつもはありがたい事も多い反面、扱い方も難しく自分の意思に関係なく無意識に反応する地味にうざったい能力だが、ここ数日の特訓でトニーに特に鍛えるように促され、何度も反復で練習して実践していた。

 

訓練を通してスパイダーセンスは既に目隠しで平衡感覚が安定しない状態でも光速で発射されるリパルサー・レイを普通に回避することが出来る程に身体に馴染んで来ており実際に特訓後に行った戦闘ではこの力と、それに応じて鍛えられた空間把握能力に助けられた場面も多い。

 

ならば答えは簡単だ。目に見える現実だけを信じるのでは無く自分と、自分の直感と自分に後を託してくれた者達の想いを信じる事だと決めると訓練の時と同じ様に瞼を閉じて視界をシャットアウトするとマスクのゴーグルも動きに連動してシャッターが閉まる。

 

そして、視界を遮断した事で現時刻は深夜帯ではあるもののスパイダーマンは深い暗闇の中に1人佇んでいるような感覚に陥る。

 

御刀で貫かれて心臓が損傷し、大量出血で身体中の血液が減少した事で弱まりつつも確かに刻まれている心音が不思議と焦燥感とは違う、必ず勝機を掴むと言う決意へと変わっていく。

そして、全身の力を抜いて息を軽く吸って吐き出して集中力を高める状態に入る。

 

「もういい、失せろ死に損ないが」

 

「避けろスパイダーマン!」

 

微動だにしない棒立ちになった事で龍眼の演算が見せる可能性が増えてしまい手の内が読めないがどの道相手は悪足掻きで立ち上がっているだけ、既に自分の剛腕による攻撃すらまともに回避することすら困難な状態だろう。そのまま串刺しにすれば終わりだ。

そう判断するとタギツヒメ はスパイダーマンの本格的な排除を決定し、頭部から生える4本の剛腕をスパイダーマンの周囲全方向に向け伸縮させ、一瞬で其々の腕が手に持つ御刀で突き刺そうとスパイダーマンの眼前まで迫る。

 

姫和の悲壮な叫びがスパイダーマンに向けて放たれるがやはりスパイダーマンは瞳を閉じたまま微動だにしない。マズい、このままだと剛腕による突きが直撃して串刺しになってしまう。

 

(何故逃げない…っ!?死にたいのか!……いや、まさか)

 

そんな考えが頭を過ぎるが本当にそれだけだろうか。これまでの戦闘でたまに他の事に集中していたり、扱い切れていないのか攻撃を回避し切れずに直撃している局面を何度か見た事はあるが彼は予知を疑うレベルの危機回避を行なっている局面があった事を思い出した。

まさか、彼が狙っているのは……

 

「……………来い、スパイダーセンス………っ!」

 

タギツヒメ の剛腕による全方位攻撃の突き技がスパイダーマンに命中するか否かの刹那。そう小さく呟くと同時にスパイダーマンの意志に応える様にスパイダーセンスが発動し、周囲の時間経過が遅くなったと錯覚する程にゾワゾワとした感覚が鋭敏になって行くと身体中のリミッターが外れたかのように全身が軽くなる。

 

迫る剛腕の切先がスパイダーマンを捉えて串刺しにするその瞬間、血溜まりに波紋が広がり、血液が跳ねると同時にスパイダーマンの姿が消えた。

 

「何?」

 

「消えた……?」

 

攻撃を外して行き場を無くしたタギツヒメの剛腕は壁に突き刺さる。その様子は側から見れば消えたように錯覚するだろう。だが、姿を消して何も行動していないと言うのなら血溜まりには何の影響は無い筈。なのに彼が立っていた血溜まりに波紋が広がり血液が跳ねたと言う事は

 

「ぐっ……!」

 

全方向からの攻撃を命中寸前に回避し、倒れている沙耶香の位置まで移動して手元に落ちている妙法村正を左手で払い上げると同時に右手に装備しているウェブシューターのスイッチを押す事でウェブを射出し、舞衣の倒れている場所に落ちている孫六兼元にウェブを当てるとそのまま手元に引き寄せて足元から火花を散らしながら着地していた。

そしてやはり動く度に胸の辺りが痛むが歯を食いしばって痛みに耐え、孫六兼元を右手に、妙法村正を左手に携えて手の中で数回クルクル回して構えると未だに距離のあるタギツヒメ に向けて特攻して行く。

 

どうやらスパイダーマンはタギツヒメ の攻撃が自分に命中するまでの間に視界を遮断している今の状態でどの様な危険が迫っているのか目視する事は出来ないが先程までタギツヒメが触手のような剛腕を伸縮させ多方面から攻撃して来るか直接接近して来るかのどちらかだと推測した。

だが、今の満身創痍で瀕死な状態の自分など腕を伸ばしてサクっと倒すのが効率的なためその可能性に賭けるとスパイダーセンスで感覚を研ぎ澄ますことに集中していた。

 

そして、タギツヒメは姫和からの攻撃にも対抗できる様になるべくその場から動かず効率よく自分を倒すために剛腕を伸縮させて来たことは音と多方面からの同時攻撃をスパイダーセンスで読み取り、命中する寸前まで脚をためて攻撃が命中する直前で回避し、気絶している皆が倒れている位置は記憶していたので最も近くにいた沙耶香の妙法村正を拝借しつつ少し離れているが他の皆よりは近い位置で気絶している舞衣の孫六兼元も視覚を遮断した訓練で培った空間把握能力で見事に位置を把握して回収したという所だろう。

 

「無駄な足掻きを」

 

タギツヒメはすぐにスパイダーマンを追撃する為にニ振りの御刀を構えたままウェブの使用無しで脚力のみで高速移動するスパイダーマンに再度剛腕を伸ばし、鞭のように縦横無尽に振り回して追撃する。

 

「ダブルダッチってさ……回す方も大事なんだよ!」

 

しかし、スパイダーマンは眼を瞑った状態でスパイダーセンスによる直感を頼りに4本の剛腕による追撃に対し、前から来た一撃を左手に持つ妙法村正を横薙ぎに振って弾き返して防御する。

 

その直後に来る背後からの上段からの斬り下ろしはまるで後ろに目が付いてるのかと疑うタイミングで手の中で軽く孫六兼元を回して柄を逆手持ちに持ち替えて右手を後ろに持って来る事で背面に当たる寸前に刃の位置で防ぐ。直後に再度手の中でくるりと回して孫六兼元を持ち替えると相手の刃を逸らして左脚で回し蹴りを入れる事で弾き返して軌道をズラす。

 

「後ろにも目が付いてるとでも言うのか……」

 

だがそれでも止まない縦横無尽な攻撃の雨霰の最中、スパイダーマンの勢いは止まらない。タギツヒメが剛腕を交差させながら攻めて来る一閃は軽く跳躍して身体をスケートのジャンプの様に捻り、攻撃の隙間を縫って的確に回避して行く。そして、身体を縦に一回転させながら両手に持つ孫六兼元と妙法村正を下向きに持ち変えると勢いのまま伸びた剛腕に思い切り突き刺す。

 

「はぁ!」

 

「………っ」

 

(戦いで大事なのは純粋な力と戦闘技術だけじゃない……相手の利点を潰し、如何に自分に有利な状況に持って行けるかの判断力も大切……っ!まだまだぁ!)

 

突き刺した妙法村正と孫六兼元が剛腕の分厚い表皮と筋組織を突き破って貫通し、そのまま貯蔵庫の床に突き刺さる。

スパイダーマンは視覚に頼ることが出来ない状況下にいながらもキャプテンから教わったように確実に攻め込むためのプロセスを組み上げていく。

この剛腕を地に縫い付けて動きを止めるという行動は大したダメージがあるわけでは無いがその細めの身体からは想像も付かない力で突き刺した御刀が鍔の位置までめり込む腕力で地面に縫い付けられているためちょっとやそっとでは引っこ抜けない事態に陥り、その上で未だに勢いの止まらないスパイダーマンにも対応しなければならない。

 

「はああああああああ!」

 

「ふん」

 

剛腕2本を地に縫い付けたとは言え剛腕の伸縮による遠距離攻撃を武器無しの回避のみで対応するのは難しい。そこでスパイダーマンは自分からも仕掛けてみるという方向にシフトし、前進しながら足元に落ちていた薫の袮々切丸を思い切り右足で固定された状態にあるタギツヒメ に向けてサッカーボールの様に蹴り飛ばす。

 

蹴り飛ばされた袮々切丸が物体を切断する機械の刃の様に細かく縦回転しながらタギツヒメ目掛けて飛来するがこの攻撃は自分が攻撃に打って出ている状態で仕掛けられた物であるため予測は間に合わなかったが対応出来ない程では無い。右手に持つ童子切安綱を横に振って弾き飛ばすと袮々切丸が壁に突き刺る鈍い轟音が貯蔵庫に響き渡る。

その間にスパイダーマンはすぐ様右手のウェブシューターのスイッチを押してタギツヒメ の足元に向けて放ち、左足首に命中させる。

 

「何?…」

 

「足を狙えってね!」

 

演算が間に合わない瞬間にウェブの命中を許してしまいスパイダーマンは思い切り右腕を後方に向けて引っ張ることで体勢が崩れて足が宙に浮く。ノロとの融合で相当な重量になっている筈のタギツヒメを片手で引っ張り上げる腕力も異常だがキャプテンから特訓で教わった様にキャプテンのシールドでの防御や

刀使達のように地面に足を付けて武器を振るったり、防御する相手が最も重要とするのは足捌き、脚の踏ん張りの強さだ。そこを突き崩す。

 

「うおおおおお!」

 

姿勢が崩れて固定されたまま軽く宙に浮いたタギツヒメ に向けてスパイダーマンはウェブを手放すと一気に接近してその勢いに乗ったまま右足を軽く上げると前に突き出して前蹴りを放つ。

 

「だが甘い」

 

タギツヒメは姿勢を崩され、姿勢が安定しないため両腕に持っている御刀で防ぐにせよ踏ん張るのが難しいのは確かだがまだ自由な剛腕が2本残っている。

次に取るべき行動を防御最優先に切り替え、残っている2本の剛腕を自身の眼前に交差させながら持って来ようとする。そしてスパイダーマンの蹴りを防いだらそのまま反撃でもう一度直接御刀で串刺しにしてやればいい。視覚を遮断しているスパイダーマンでは視覚に頼らずに次に自分が取る行動を予測するのも限界がある筈だとそう確信して思わず薄ら笑いが浮かんだ。

 

「甘いのは……お前だ!」

 

しかし、その刹那に貯蔵庫内に荒々しくも力強い声が響き渡る。

その叫び声にタギツヒメと姫和はその方向に顔を向け、スパイダーマンは

一瞬反応するが台詞回しから敵では無いと勘繰ると自分の攻撃に集中すると何者かがやや高い位置にあったフェンスから一直線に飛びながら一瞬で両者の方向に接近し、縦方向に回転しながら防御体制に移ろうとしていたタギツヒメ の2本の剛腕に重い一撃を与える。

 

流石に一撃で破壊には至らなかったが全身全霊の八幡力を込めた一撃を叩き付けたため、怯ませて一瞬動きを止める分には充分だった。

 

一撃を与えるとその人物が御刀を振り下ろした姿勢のまま地面に着地して姿が顕になる。銅色の制服にジャージを肩がけに羽織り、褐色の髪に鋭い目付きの整った顔立ちに長身。親衛隊第一席獅童真希だ。

 

真実を確かめるためにこの場所に来て、自身が仕えていた相手が全ての元凶に乗っ取られ今この日本に牙を向ける存在だという真実に辿り着いた。

先程まで足がすくんで動けなかったが勝ち目が無くとも、打ちのめされても立ち上がり続けるスパイダーマンの姿に自分より弱くとも自分に打ち勝ったある不屈の男の姿を見て、勇気付けられ自分が真に戦うべき相手を見極めて介入して来たようだ。

 

既に倒され用済みになったと思っていた手駒が今になって自分に牙を向くとは思ってもいなかったが、邪魔者の1人であるスパイダーマンを排除することに集中していたのに余計な横槍を入れられた事で不快感を示したのかタギツヒメ の眉間に皺が寄る。

 

「刃向かう気か、腰抜けの捨て駒風情が」

 

普段冷徹であまり表情が変わることはないものの寛大で、現在の平和な体制を築き上げた圧倒的な強さを誇る信用できる上司だと思っていたがやはりこいつは自分たちを騙して利用し、日本を滅ぼそうとする日本の敵だと理解した。

 

これまで彼女を信じて忠義を尽くして来たが、その相手はたった今自分の心を裏切った。そして自分はその相手の甘言に乗せられて悪行に加担してしまった、ならば今自分が為すべきことはコイツを止めて国民を守る事だと再確認してタギツヒメを睨み付けて叫ぶ。

 

「そうか……やはり本当に……なら、今のが辞表だ……っ!行け!蜘蛛男!」

 

「はぁ!」

 

その呼び掛けに応えるようにスパイダーマンが気合の入った掛け声と共に前蹴りを放つ。真希の介入で怯まされた事で剛腕での防御は間に合わずすかさず両手に持つ御刀での防御に切り替える。

 

「この……っ」

 

風を斬る音と同時に放たれた渾身の前蹴りがタギツヒメへと向かって推進して行くがタギツヒメは両手に持つ御刀で防ぐ。しかし、放たれた蹴りが御刀に激突した瞬間に全身に電流が走ったのかと思う程の衝撃が走る。それだけ重たい一撃だった。

どうやら自分が本体を呼び出す為に隠世に干渉した辺りからスパイダーマンの力はまるでリミッターが外れたかのように上がって来ている……だが、本当にそれだけだろうか?

 

姿勢が安定しない宙に浮いた状態で受けたスパイダーマンの前蹴りを防ぐことには成功したが軽くだが押されてしまい、2本の剛腕は地面に縫い付けられてしまっている為動きは制限されたしまった。ならばこのままカウンターを入れれば奴を捉えられると判断してからそのまま右手に持つ童子切安綱を前方に向けて突きを放つ。

 

(ぐっ……!流石に長くは持たないか……なら、ここで一気に勝負を決める!)

「はああああ!」

 

スパイダーマンは蹴りを防がれ、宙に投げ出された状態のままであったが目を瞑っていてもスパイダーセンスは敵からの攻撃が来ている事を教えてくれる。

スパイダーセンスの直感を信じて相手の突きが命中するか否かの絶妙なタイミングで身体を急旋回するという離れ業で捻りながら突きを回避し、そのまま回避と同時にタギツヒメ に再度回し蹴りを入れる。

 

「がっ……」

 

先に自分から仕掛けた事やスパイダーマンが回避と同時にカウンターの動きを放つ動きは予測出来ずに下顎に蹴りが命中し、その力の勢いに耐え切れず身体を固定していた2本の剛腕が千切れてタギツヒメ の身体は天井に向けて打ち上げられてしまう。

スパイダーマンは初めてまともに攻撃を当てる事に成功した事に確かな手応えを感じたがこれまでの自分の様に成功したからと言って一喜一憂してはいけない。自分が動き続けられる時間にも限りはある上に相手を空中という姿勢も安定せず、紫の身体の倍近くはあった剛腕のように重量もあるとなると身軽でウェブを使用して空中でも高速移動や細かい動きが出来る自分と違って小回りが利かず空中での急旋回や細かい動きは難しいだろう。

つくづく幸運に救われていると思わざるを得ないがそれでも降って来たチャンスを逃さずに自分の物に出来る奴が勝利を掴むと信じ、打って出る。

 

スパイダーマンは天井に向けて右手を伸ばすとスイッチを押し、ウェブを発射する。ウェブが天井に命中すると引っ張り強度が強くなった事で天井に向けて強く引っ張られ、一気に急上昇する。

 

「はあ!」

 

「ぐあ……っ!」

 

「世界を……お前の好きにはさせない!」

 

そのまま右膝を思い切り上に向けて曲げると空中にまで蹴り飛ばされたタギツヒメ の腹部に命中し、膝が思い切り腹にめり込む音が鳴ると勝機を逃すまいとスパイダーマンは追撃を開始する。

膝蹴りを命中させ、更に宙に浮かせた状態から再度身体を捻ることで勢いに乗り、タギツヒメを更に上に向けて蹴り飛ばす。

 

スパイダーマンの蹴りが命中して蹴り飛ばされたと知覚するよりも先に先程まで下方にいたスパイダーマンがウェブを壁に命中させ、その伸縮によって加速していつの間にか背後に回り込んでおりタギツヒメが反応するよりも先に回し蹴りを放って来る。

ウェブによる高速移動によって速度と慣性の乗った回し蹴りが背中に命中すると更に反対側へと蹴り飛ばし、スパイダーマンは先程と同じ方法で接近して拳を振り下ろすと最もスパイダーマンに近い位置にある剛腕で防御するが踏ん張りの効かない空中ではスパイダーマンの拳に力負けして剛腕が折れてひしゃげると殴り飛ばされ、縦横無尽に駆け回りながら空中で何度もアクロバティックに追撃して行く。

 

(マズい……このままでは……っ!)

 

空中で身動きの取れない状況下で絶やす事なく攻撃を当て続ける格ゲーで言う所の"お手玉"の状態にされ、連続で追撃されたことで徐々にだがダメージが蓄積して来たためスパイダーマンに対して危機感を覚え始めたタギツヒメ の心情など知る由も無いスパイダーマンは空中で一回転した後に回し蹴りをタギツヒメの背中に放ち、地面に向けて思い切り彼女を叩き付ける。

 

「ぐぁ………っ!馬鹿な……っ!」

 

地面に叩き付けられたダメージは大した物ではないものの空中での連続攻撃は着実にタギツヒメにダメージを与え、蓄積された痛みはタギツヒメの反応速度にも影響を及ぼし痛みに身悶えている。

 

しかし、タギツヒメを地に叩き付けた事を音で把握出来たが自分たちが7人相手で勝負を挑んでもまともにダメージを与えられなかった相手だ。

運良くダメージを連続で与える事は出来たがその程度で倒れる相手ではないのは想像に難くない。

 

「クソッ……ウェブが切れた……っ!おっと」

 

速く追撃しなければと判断して、落下しながらスパイダーマンは追撃しようとウェブを放とうとするが先程の戦闘で全て使い果たしてしまっていた様で空気が抜けた様な音がするだけだった。

しかし、視覚に頼れない状況下で地に向けて落下していると直後に足の裏に着地した時と同じ衝撃と金属音が鳴り響く。長さから察するにスパイダーマンが蹴り飛ばされた袮々切丸がタギツヒメに弾き飛ばされて壁に突き刺さった物だった。

 

「すぅ………」

 

スパイダーマンは着地した矢先に壁に刺さった袮々切丸の上で再度深く深呼吸をすると膝を曲げて力強く踏み締める。

重傷でありながら限界を超え、無理に無理を重ねて動いたため全身が悲鳴をあげており動けなくなるのも時間の問題だろう。ならば、この最後のチャンスに全てを賭けるべきだと判断する。

 

『フッ…………やっちまえ、隣人』

 

すると、脳内にスパイダーマンを激励するかの様な声が響くとスパイダーマンの命を賭けてタギツヒメという悪意に挑む意志に応えるかの様に力を溜めていた右脚が薄紫色の毒々しい輝きを発光する。

 

「何だ……この光は……?」

 

「馬鹿な………あの光は奴の……っ!」

 

スパイダーマンは思い切り袮々切丸の縞地の上を思い切り強く蹴り上げ落下しながらタギツヒメ に向けて一直線に飛び蹴りを放つ。

 

「堕ちろ!」

 

タギツヒメは20年前に隠世に放り込んだ蜘蛛型荒魂と同じ力をスパイダーマンが使い始めた事に前回の経験からあの技は危険だという事を理解しているためそれを阻止する為にスパイダーマンに向けて剛腕を伸ばして撃墜しようする。

 

「させるかぁ!」

 

しかし、その一連の動きを見ていた真希はいち早く動き出して伸ばされた剛腕に向けて横凪の一閃を叩き付けると真希の八幡力の威力によって軌道が逸れる。そして真希は上段から薄緑を思い切り振り下ろす。

 

一直線にしか飛べないスパイダーマンを狙っていた剛腕は軌道がズレた事で狙いがそれてしまいスパイダーマンの顔面スレスレ……いや、マスクのゴーグルの右側の縁に辺りを掠めたが精々ゴーグルが突き刺す力によって砕けてマスクの布と頬を軽く裂いてマスクを後方に弾き飛ばして素顔を露出させただけの結果となった。

 

 

「この裏切り者が……!」

 

「お前にだけは言われたくないな…っ!」

 

真希に割り込まれた事で狙いが逸れてしまったことも痛いため、すぐ様真希を片付けてスパイダーマンを……いや、既に素顔も露出しているのでスパイダーマンの中の人である颯太を迎撃する準備に入らないとマズい。そのため、上段から振り下ろされた薄緑を左手に持つ御刀の刃で受け止めるて左へ受け流すと

右手に持つ童子切安綱で真希の腹部を貫く。

 

「失せろ!」

 

「ぐあ………」

 

その一撃で写シが剥がされてしまい、精神にもダメージを受けると一瞬で意識が薄れていきタギツヒメはすぐ様腹部に刺した御刀を引き抜くと蓄積されたダメージが限界を超えて気を失った瞬間に右脚で彼女を蹴り飛ばし、真希がそのまま転がって行くのを他所に颯太の迎撃に入る。

 

「これで最後だ!はあああああああ!」

 

「はっ……ぐああああああ!」

 

「うあっ!」

 

しかし、迎撃体制に入ろうとした矢先に颯太の蹴りはタギツヒメの腹部に直撃し、その瞬間に地震が起きた様な周囲一帯に轟音と衝撃が走り、貯蔵庫の地層がグラグラと揺れ動いて地響きを立てており姫和はその衝撃に驚いてしまった。

 

それと同時に、衝撃の影響かは定かでは無いが意識を失って倒れていた可奈美の指先が微かにピクりと反応した。

 

颯太の渾身の一撃を受けたためか腹部から全身に向けて生身で車に激突された様な衝撃と痛みが走って行き、20年分のノロと融合した本体の分の重量があるにも関わらず両脚の踏ん張りすら意味を成さずにそのまま蹴り飛ばされて壁に直撃し、タギツヒメが激突した岩壁に巨大な穴が空いた上に土煙が舞っていることがその威力を物語っている。

 

「はぁ……はぁ……これでどうだ……ぐっ!」

 

「おい、これ以上は無理だ!後は私が!」

 

颯太は彼女を蹴飛ばした後、着地しようとしたが力が入らずそのまま顔面から地面に倒れ伏して、地面に向けて拳大の血液を叩き付けるように吐血する。

何とか起き上がろうとするものの今度こそ身体に力が入らず、地に這いつくばる形になっていると姫和が駆け寄って来て声をかけて来る。

颯太は失血で視界がボヤけている状態は変わらないが近くに彼女が寄って来た事は理解出来たが具体的な状況を把握する事が出来ずにいた。

 

もし、今のでカタを付けられていないのなら姫和が一つの太刀を発動してタギツヒメ と心中してでも封じる可能性がある。またしても目の前で誰かが消えてしまうかも知れない結果は避けたい。

 

「一瞬本気で焦ったが……我を倒すには遠かった様だなスパイダーマン」

 

しかし、それを嘲笑うかの様に現実はあまりにも残酷だった。土煙が晴れると壁穴からゆったりとした動きで起き上がってくる。歩き方はどこか覚束ずフラついている様にも見えるが颯太の攻撃が派手に直撃した割には深刻なダメージを受けているようには見えない。おまけに2本の千切れた剛腕も蹴り上げた際の勢いによる力技で千切れたに過ぎ無いため徐々にだが再生を開始している。

 

(奴が放って来たあの蹴り……20年前に我の邪魔をした奴に似た力を使った様に見えたがただの威力の高い蹴りでしか無かった。我の杞憂だったようだ)

 

タギツヒメは眼前に倒れ伏して起き上がる事すら出来ない颯太を死にかけの虫でも見るかのような凍てつく視線で見下ろし、状況の分析を始める。

確かに20年前の大災厄で自分の邪魔をして来た蜘蛛型荒魂の毒針の様な妙な力で死にかけた経験も有り、1ミリも予想だにしなかった相手が土壇場で似たような力を発揮して来たため警戒せざるを得なかったが直撃した時点では全身に衝撃が走った上に慣性の乗った渾身の飛び蹴りであったため確かに意識が飛びかねないダメージではありかなり痛かった。

 

だが、20年前に受けた毒針のように全身が軋む様な内部からの激痛や死という結末に誘われるような感覚は無くこうして何とか動く事は出来ているため肩透かしをくらったような様な気分にさせられると同時に自分の心配が杞憂であったため内心安心している。

 

「まぁ、未熟者でありながら我をここまでコケにした事は褒めてやろう。もういいだろう?無駄な足掻きだったがな。もうそろそろ楽になれ」

 

「スパイダーマン、お前はよくやった……だから」

 

「よせ……っ!」

 

「無駄だ、お前の剣は私に届く事は無い。折神紫を越える刀使はこの世に……」

 

 

反面一瞬の綻びからそのチャンスを逃さずに自分に対して怒涛の攻めで確かなダメージを与えたという事実は覆す事は出来ないため素直に賞賛しているが排除すべき人類の一部である事は変わらない上にしつこい程に諦めが悪い様はいい加減面倒になって来ている。

瀕死で苦痛なだけなのに未だに抗う眼前の惨めな生き物を生という名の地獄から解放してやろうと接近するタギツヒメ に対して姫和は瀕死ながらも命がけでタギツヒメに挑んだ颯太にこれ以上無理をさせてはいけないと思案し、自分が相手をする事を決めて迎え撃つ体制に入る。

 

「………?」

 

だが………対峙するタギツヒメの背後にある、ある物が視界に入った事で驚愕して瞳孔を散大させている。

颯太も懸命に静止しようとするが身動きが出来ない程疲弊している自分では止める事が出来ない事にもどかしさと焦りを感じているが目視できないながらも姫和の様子が変わった事を急に大人しくなった事で感じ取り、顔を上げて前を向く。

   

「?」

 

何故か自分よりも後方に視線が向けられている事に違和感を感じたタギツヒメは視線の先である自分の背後を向く。

 

「紫!久しぶり!」

 

「可奈美……?」

 

先程まで倒れて気絶していた筈の可奈美がいつの間にか立ち上がり、そこから発せられる張ったような気安い声色を発していた。

だが、その言葉には妙な違和感がある。可奈美と紫は知人という仲でも無く、先程まで戦っていたのに久しぶり、という表現はあり得ないからだ。

まるで、別人が乗り移っている様な不思議な雰囲気。当然ながらその急変ぶりに姫和は困惑してしまっている。

 

……だが、タギツヒメ と颯太はこの感覚を知っている。

 

「美奈都…………おばさん……?…ゲホッ」

 

「何だと!?」

 

「ちょっとちょっと〜!ピチピチのJKに向かっておばさんは無いでしょおばさんは〜。ま、アンタが耐えてくれてたお陰でアタシが起きるまでの時間を稼いでくれたのは助かったけどね!」

 

「えっ?あ、すいま……ガハッ」

 

「有り得ない……っ!」

 

颯太と姫和は可奈美の変貌に困惑しているが状況を受け止めている反面タギツヒメは今眼前で起きている想定外の、本来ありえない筈の現象が起きた事で狼狽している。

眼前で起きている不条理な現象に対し、排除する対象をすぐ様可奈美に切り替え迅移を発動して斬りかかる。

 

しかし、冷静さを欠いて自分から攻め込んでしまった事で攻撃を当てる寸前まで行動の兆しを起こさずに動かなかった可奈美の動きを予測出来ずに流れるように回避され、通りざまにカウンターで右手首を切り飛ばされて宙を舞い地に突き刺さる。

 

「あり得ない」

 

「あり得るよ!」

 

忌々しげに呟くタギツヒメの言葉に対して軽めな口調で返し、相手の注意を逸らしながら可奈美は姫和と颯太の前に移動して両者を守るように前方に立ち千鳥を正眼に構える。

 

「可奈美……?」

 

その呼びかけに対して、軽く後ろを振り向いて不敵に微笑みを返す。

 

「ありえない……藤原美奈都は既に死んでいる!」

 

既に7対1でも圧倒的な力で蹂躙し、表情も変えなかったタギツヒメはスパイダーマンに反撃され始めた頃から若干その鉄のベールは剥がれ始めていたが既に故人でありながら現代で最強と言われている折神紫をも超える筈の人物が、いやその人物をトレースしてるのかも知れないがこの器を越える技量を持つ相手が眼前にいるとなると動揺するなという方が難しいのだろう。

本格的に排除するために2本の剛腕を可奈美に向けて伸ばし、串刺しにしようと試みる。しかし………

 

「らしいね!」

 

伸ばされた2本の剛腕の手首は無惨にも返す刃で切り裂かれて転がって行く。

余裕そうな笑みを浮かべる可奈美に対し、タギツヒメは再度迅移で加速して接近して斬りかかって行くが軽々と回避された後に剛腕を斬り飛ばし、再度攻め込んで行くが攻撃する前に剛腕を斬る。着実に剛腕の数が減って行くことで焦りは更に本格的になって行く。龍眼が見せる未来が自身の敗北以外を見せなくなって行くからだ。

 

 「こんな未来…ある筈が………っ!演算が……未来が狂う!」

 

 「でもこうして戦ってる!」

 

最後の剛腕を斬り落とした後に本体から生える眼球に切り込みを入れる。しかし、可奈美の方も限界が来ていたのか気を失って地面を転がって行く。

 

「ごあああああああああああ!」

 

 

「うっ……」

 

「「可奈美!」」

 

人間の声帯から出る物とは思えない、潰れた蛙のような絶叫が貯蔵庫中に木霊する。

その絶叫に颯太と姫和は一瞬驚くが颯太は動けないため姫和が可奈美に駆け寄り、可奈美の肩に手を置いて容態を確認する。あれだけの凄まじい戦いを繰り広げていたのに目立った外傷は見られず、眠っているかの様に気を失っているだけであるため胸を撫で下ろした。

 

「この事態は予想外だが……これで終わりだ」

 

だが、タギツヒメ は剛腕を全て失いながらも未だに両脚で大地を踏みしめて立っている。だが、最大の脅威であり計算外の存在であり可奈美に剛腕を全て斬り落とされ、本体に付いている眼球も潰されてノロが涙のように溢れ出している事から確実に弱っているのは事実ではある。

よって、本格的にケリを着ける決断をし眼前に見える姫和と颯太、そして気を失って横たわる可奈美に向けて両手に持つ御刀を構えて3人を始末しようと足を前に踏み出そうと大地を蹴り上げた瞬間。

 

ドクン……ッ!

 

本体の体内で紫色の液体が広がって行く事で徐々にタギツヒメの本体のみが毒々しい薄紫色に変色して行き、20年前のあの時の様に身体全身が内部から軋み始めて激痛から走り出していたタギツヒメの足が不自然に静止して、両手に持つ御刀を地面に落とす。

 

「ぐっ………こ、これは……っ!?」

 

「何が起きているんだ……?」

 

「融合が保てない……これは……あの時の……っ!?ぐああああああ!」

 

タギツヒメが胸を押さえて苦しみ出して悶え始めると徐々に頭部から生えていた本体から薄紫色に変色したノロが泥の様にボロボロと溢れ始めて崩れ落ちて行き、遂には毒の浸食によって紫との融合を保てなくなったのか肉体を放棄した。

放棄された紫はその場でパタリと倒れ込み、動かなくなっているが完全に20年間彼女と融合していたタギツヒメは完全に彼女から除去出来たという形になるのかも知れない。

 

スパイダーマンがタギツヒメを止める為に限界を超えて瀕死の状態で戦う事で可奈美が起き上がるまでの時間を稼ぎ、土壇場で発動した未知数な力による攻撃も結果として紫からタギツヒメを追い出す(?)状況を作り出す土台となった。タギツヒメが無駄な足掻きと嘲笑ったスパイダーマンの決死の反撃は決して無駄では無かったと言えるだろう。

 

「今になって効いて来たとでも言うのか……っ!?ぐっ……だが……っ!」

 

宿主を無くしたタギツヒメは紫の頭部から生えていた姿のまま大地を踏みして顕現しているが颯太に打ち込まれた紫色の光の毒が遅効性で今になって効いてきたが死に至る程の物では無い様だ。

だが、まだ生きているなら反撃の意思は途絶えない。タギツヒメの頭部が花の開花の様に開き、そこから真紅の光の柱が天に向けて放たれる。

 

すると、夜空にひび割れた様に裂け目が出来ていきそれが近辺一帯に広がって行き真紅の色に染まって行く。

 

「何だあれ……?」

 

「…………」

 

その様子を見ていた姫和と未だに起き上がることは出来ないがボヤけていた視界が幾らか回復し、夜空に広がる真紅の異変を視認する事は可能でつい言葉を漏らす。

 

姫和は空を見上げながら様々な想いを逡巡する。この広がって行く紅い空がどの様な影響を及ぼすのか測り知れないがここでタギツヒメを止めなければ全てが終わるという事実は変わらない。

そして、周囲を見渡しても皆が戦闘不能の最中対抗できるのは自分だけだという事を自覚すると眼前に立つタギツヒメを見据えて立ち上がる。

 

「スパイダーマン……皆を頼む」

 

「待って!ダメだ………っ!」

 

倒れ伏したままだが、意識のある颯太に向けて遺言とも取れる発言をして後を託し、再度写シを貼り直して両手を背中側に下げて後ろに構える斜の構えを取る。

一瞬だけ可奈美の方をチラりと見やると小さく微笑み、一瞬目を瞑ると心中してでも倒すという覚悟を決めて対峙するタギツヒメを真っ直ぐに見据える。

 

それに応じて先程まで地に突き刺さっていた2本の御刀が消えて空間移動した様にタギツヒメの手元に収まると交差するように構えて防御の姿勢を取って迎え撃つ態勢に入る。

 

「姫和!」

 

右足を後方に引き、一気にシフトチェンジで加速して大地を強く蹴り上げると姫和の姿が消えた……いや、通常の肉眼では消えた様にしか見えない速度で加速したのだ。

颯太はその動き自体を目で追う事は出来ていたが既に静止も届かない距離まで移動しており、一筋の稲妻の様になっていた。

 

「これが私の………」

 

そして、タギツヒメの防御が彼女の一突きを防ぐ間もなく胴体に突き刺し、そのまま貫いた。

 

「『真の一つの太刀』だ!!」

 

そう力強く叫んだ瞬間、迅移の段階がより深い層に進んだ事によって通常の時間から切り離されて行く。自らと引き換えに対象を永遠に隠世の彼方へと送り込んで戻って来れなくなる柊の秘術。

 

「このまま…私と共に隠世の彼方へ!」

 

それを舞草の里で一同が会した際に触り程度だが聞いており発動させるのは避けたかった颯太はどうにか阻止しようとするが、無理をして起き上がるのが精一杯でウェブシューターのウェブも先程の戦闘で使い尽くしてしまって止める術が無い。

 

「クソッたれえええ!」

 

半ばヤケクソ気味になりながらウェブシューターを装着していない左腕を手を伸ばす様にして前に突き出す。しかし、この時無意識且ついつもの癖で左手の中指と薬指で掌を押していた。

 

すると、現在着ているハンドメイドスーツのパーカーの袖とフィンガーレスグローブの隙間の辺りから見える素肌の手首からいつもウェブシューターでウェブを発射する様に一直線にクモ糸が飛び出て行く。

 

「何だか知らないけど……頼む!」

 

先程から起きる自分の肉体の変化には戸惑っているがこれはある意味地獄にいる時に降ってくる蜘蛛の糸だと思う事にして手首から放たれたクモ糸が一つの太刀の影響で通常の時間から切り離されて加速して行く姫和の背中に命中したのを確認すると慣れた動作で糸を掴み、両脚で強く踏ん張る。

 

「………はっ!」

 

一瞬、後方から何かに引っ張られて前進が遅くなったようや感覚がして後方を向くと姫和は瞳孔を散大させて驚愕した。何と颯太が姫和の背に張り付くクモ糸を持ったまま大地を踏みしめて綱引きの様に引っ張る事であちらに引き戻そうとしている姿が見えたからだ。

 

「やぁ、結構重いね……これでも10t位は普通に持ち上げられるんだけどな……もしかして太った?……」

 

「バカ者!このままではお前も引き摺り込まれるぞ!」

 

「助けようとしてるのに……っ!うおっ!」

 

颯太は姫和を自分の方へと引き戻そうと踏ん張っているが加速して行く力と既に限界を超えた上で何とか動いている状態であるため踏ん張り切れずに力負けし、足裏が宙に浮いて自分も吸い込まれて行ってしまった。

だが、それでもクモ糸を離さずに自分の元へ手繰り寄せて姫和を救出しようと試みている。

 

だが、ここまでは2人とも吸い込まれる……そう姫和が思案した瞬間更に後方で声が聞こえた。

 

「ダメ!2人とも!」

 

その悲痛な声の主は先程まで気を失って眠っていた可奈美だった。

遠ざかって行く2人を追い掛けるために迅移によって加速した空間へ向かって全力でまるで果てしなく遠い坂を登るかの様に腕を左右に振りながらその道を一直線に駆け上がって行く。

 

「可奈美……」

 

そして、前方にいる颯太にまで追い付くと彼の背中に抱き着くと彼がクモ糸を持っている手に自分の手を重ねて自分もクモ糸を掴む。

颯太が振り向くと可奈美は真剣な顔で小さく頷くと彼も同じく頷き返す。

 

「「うおおおおおおおおおおお!!」」

 

2人が思い切り力を振り絞ってクモ糸を引き寄せると徐々にだが、姫和の身体が徐々にタギツヒメ から離れて行き、童話のおおきなかぶの要領で同時に強く引っ張ると完全に姫和の身体がこちらに引っ張られて来たため可奈美はすぐ様姫和を受け止めるがまたしても意識を失ってしまうが上昇が止まらない颯太と落ちて行く姫和はタギツヒメの方を見据えている。

 

(タギツヒメが…?)

 

(まだ……何か仕掛ける気なのか……?)

 

その寸前、タギツヒメは真紅の光を強く放っている。まるでまだ死んでいない可能性があると言う事、そしてまた新たなるゲームを始める気でいる可能もあるという事を認知させられた。

姫和が一つの太刀を使った反動で気を失ってしまい颯太も既に限界を越えていたため、意識を保てずに結果気を失う。

 

 

「何とか倒し切れたが……時間が掛かってしまったな」

 

「あぁ、超人兵以上の集団を2人で相手取るのは厳しかったな……」

 

一方、未だに折神邸で雪那が送って来た鎌府の刀使の増援を足止めしていたアイアンマンとキャプテンであったがこれまでの敵でいた強力な装備を付けているが所詮は人間だったり超人と言っても少人数の敵とは違い、訓練されて超人的な力を使う集団を相手にし、尚且つ命令に従っているだけで進んで悪事に加担している訳ではない子供を討つ訳にはいかない上に負傷して疲弊しているキャプテンをカバーしながら突破するのは難しい状況であるため、背中合わせで互いを守りながら鎌府の刀使を相手取っていたがたった今カタが付いた。

 

「よし、坊主達の所に行くぞ」

 

「あぁ」

 

アイアンマンがキャプテンに声を掛けるとスーツに搭載されているAIであるF.R.I.D.A.Y.が語りかけて来る。

 

『ボス、祭壇の方で異変です』

 

「何?それはどういう……」

 

アイアンマンがF.R.I.D.A.Y.の報告に嫌な予感がして一瞬祭壇のある方向に視線を送ると祭壇から一筋の真紅の光が立ち上って行き、空がひび割れた様に広がって行く。

 

「やれやれNYを思い出すな……嫌な予感がする。F.R.I.D.A.Y. 、解析出来るか?」

 

『少々お待ち下さい………解析不能……消失しました。ですが、上空にスパイダーマンの姿を検知』

 

真紅の柱はかつてNYでの戦闘で出現したワームホールを想起させ、アイアンマンの記憶を刺激し、その中に入り込んで命懸けで核ミサイルを持って特攻した事を思い出す事でこの現象も何か危険な予感がして解析を命じたが機械では不可能な様だ。

しかし、解析は不可能であったが一つの太刀を発動して上空に登って行く最中で可奈美とスパイダーマンの介入によって姫和がタギツヒメ ごと隠世に送り込まれる事を阻止した上でタギツヒメは別のプランに切り替えた事で真紅の柱は消失した。

 

だが、上空をスコープ機能でよく見ると可奈美と姫和は少し離れた場所に不時着したが戦闘の余波でマスクが外れて素顔が露わになっている颯太は途中で弾き出されて上空から落下しそうになっていた。

 

「世話が焼ける奴め……キャップ、空から男の子だ。キャッチしてくる」

 

「分かった、急げ!」

 

アイアンマンはすぐさま掌を地に向けてリパルサーを起動すると空中に向けて飛翔するとF.R.I.D.A.Y.に座標と落下速度を計算させて彼が落下してくる場所まで一瞬で移動する。

 

「よっと、F.R.I.D.A.Y.!坊主は!?」

 

空から降って来た颯太の落下点に入り、落ちて来た所に両手を広げて彼を受け止める。

アイアンマン の腕の中でですやすやと眠るその寝顔は命懸けの戦いに身を投じる舞草の一員でも、隣人達を守る為に世界を脅かす脅威に立ち向かうスパイダーマンでも無い年相応の子供の様であった。

だが、身体中に何度も叩き付けられて引き摺り回されたような擦過傷や元々赤色に塗装されているパーカーが鮮血で染まっているというパッと見だけで重症だという事は見て取れる。

 

『満身創痍で出血多量……失血状態ですので輸血は必要かも知れません』

 

「分かった急ごう……何だアレは」

 

アイアンマンが急いで運ぼうとすると祭壇から蒼白い3本の光がうねりながら出現し始める。うねり、交差し、そして夜の鎌倉を照らす様に拡大して行き天へと登って行く姿が確認出来た。

 

祭壇では先程まで戦っていたが気絶している沙耶香、エレン、薫とねね、真希……そして紫は蒼白い光に照らされ、横須賀港にて拘束されて連行されパトカーに乗り込もうとしていたハッピー、朱音、累、フリードマンは祭壇の方向から真紅の光の柱が出現した事で警察一同の視線が釘付けになっており彼らもそのパトカーの窓から様子を見ていたが今度はうねる蒼白い光を見つめていた。

 

そして、3本の光の柱が交差した瞬間にまばらに、流星の様に一筋の光となって3方向に分かれて行った。

 

戦闘不能に陥った後にスパイダーマンにウェブで道端に生えている木にくくりつけられていたヴァルチャーの装備も既に稼働時間の限界に到達して解除され、トゥームスに戻っていたまま放置されていたが祭壇から立ち上る蒼白い光を見て自分が付いた陣営の主がどう言った物だったのかを察知して今後の動向を思案していた。

 

「あーらら、俺今回とんでもねぇ所に着いちまったみてぇだな。にしても連中、バケモンの親玉が治安組織の親玉でそいつを守るために必死こいてたなんて皮肉なモンだな……さて、こっからどうすっかねぇ」

 

御前試合会場でエレンと薫とねねに敗退してやれる事も無くなったのでその場から動かずにいたが突如現れた蒼白い光を見てアレクセイは複雑そうに何かを考えている様だがハーマンはスマホを取り出してカメラ機能で蒼白い光の波動を動画撮影していた。

 

「おいおいおい、何だありゃ。ゲリラライブでも始めるってか?」

 

「やはり、局長には何か秘密があったという事だろうか……それに、あの子達は大丈夫だろうか」

 

「知らね。ま、ちょっとそっとでくたばる連中じゃねーのはテメーも知ってんだろ?映えそうだから動画撮っちゃお」

 

「あまり節操の無い事はしない方がいい。今や日本中が混乱の最中でこの現象を見守る事しか出来んからな」

 

ハーマンが蒼白い光をスマホで動画撮影という若干俗っぽいと言うか拙僧の無い行動をしたので注意すると口を尖らせて拗ねた様に撮影をやめてスマホをポケットに仕舞うと何か思う所があるのかふつふつと語り出す。

 

「ちぇっ……わーたよ……てか、待てよ。今日本中がこの特大ネオン見てるって事はりるるんも見てるかも知れないって事……つまり拙者とりるるんは同じ日同じ時間に同じ光景をみて同じ経験をしてるかも知れないって事ではあーりませんか!」

 

「やれやれ……」

 

一方、茫然自失としている栄人とそんな状態の彼が心配で傍に立つ寿々花もその蒼白い光に目を奪われていた。

 

「…………」

 

自分達が今日まで信じていた物も、当たり前だと思っていた物も、国に悪意を向ける存在から作り出された物だという現実を知り、打ちのめされていた。

これからどうなるのだろう、どうすればいいのだろう。そう考えながらも分かれて行く3つの光を眺める事しか出来なかった。

 

「クソッ……コナーズめ!たかが研究者の分際でいつも私を否定しおって!………何が起ころうと言うのだ……これは……」

 

「…………」

 

その一方で、沙耶香には殺す価値も無いと遠巻きに吐き捨てられ、コナーズにも自分の行動をボロクソに非難されて苛立っていた雪那も意識を取り戻した夜見を伴ってその光景を眺めていた。

 

 

重い身体を引き摺る様にして暗い夜道の山中を歩いて行く、既に人間で無くなり、自分は既に人間とは相容れない存在と融合した事で人前から姿を消すことを選んだ結芽であったが自身に寄生したヴェノムが肩口の方からぬるりと出て来ると顔の両端まで裂けた口から細かい牙を覗かせながら話しかけて来る。

 

「おい、空を見てみろ」

 

「何?……綺麗…」

 

まだ、互いを受け入れて切れていない為か喧嘩腰に返事を返して言われるままに夜空を見上げると蒼白い光が広がって行く様が見え、3つに分かれて行く姿を視認する。

 

「こりゃあマズいなぁ、この星に害を撒く脅威はウチのクソ王だけじゃねぇかもな……こいつぁ……とびきり危険で甘美な臭いがする」

 

「何でもいいよ、邪魔するなら潰すだけ。そうでしょ?」

 

「まぁな」

 

あの蒼白い光の危険性を人外の嗅覚で感じ取ったヴェノムに対してぶっきらぼうに返すと、ヴェノム は納得した様に顔を引っ込める。そんなヴェノム を他所に掌に握っている限定品のイチゴ大福ネコのストラップに視線を送ると強く握り締めて再度暗闇の中を歩き始める。

 

 

 

………そして、細かな光の粒子が降り注ぐ最中他の仲間たちからは離れた空洞の様な場所で倒れていた可奈美と姫和はタギツヒメから引き離した時の影響か

お互いに手を握り合って眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん……そういう事でしたか」

 

3本の光の柱が天へと昇って行く様を管理局の研究室のガラス窓から、回収したシンビオートを酸素ケースの中に保護して世話をしている、コナーズと呼ばれた右腕が肩より下には存在しない片腕の研究者も鎌倉一帯を照らす蒼白い光に目を奪われ椅子に腰掛けて優雅に紅茶を嗜みながら眺めていた。

 

「旧世代の異物は去り、新たなる時代が幕を開ける。時代の変化に対応する為に、人類にはそれに応じたアップデートが必要です」

 

紅茶を飲み干したティーカップを机の上に置いて窓際まで近付くと蒼白い光が3つに分かれて拡散して行く様を見つめている。

だが、蒼白い光が彼の姿を照らし、窓ガラスに映るその顔は口を三日月状に吊り上げて不敵な笑みを浮かべていた。そして、左ポケットから取り出した蜥蜴の刻印が刻まれているアンプルを掲げるとそのアンプルの中にあるノロが不気味に蠢いた。

 

 

 

ーーこうして世界の危機は一旦は回避された。だが、まだ全ての問題が解決した訳では無い。新たなる悪意が枷から解き放たれ、今新たに動き出そうとしていた。

 




フィギュアのホットトイズの玩具情報にてno way homeのスーツのフィギュアが発表されましたがこのギミック本編でやったとしたら「え?これヤバくね?」ってなるの多くて戦々恐々としてます…w

ウィドウ、観て参りました。
延期に延期を重ねてドラマの方が先に公開された状況且つ本来はフェーズ4 の始まりだったこともあってようやく劇場に足を運べたことは嬉しく思います。
超人少なめで人間の範疇での限界バトルはやはり壮観でここいらは期待以上で長年いたけどメイン語りが少なくて長年いるから愛着が湧いて来る、普通に好き位の好感度だったナターシャに着いての掘り下げは非常に興味深かったし知りたい部分だったので良かったです。彼女がどれだけチームに必要だったかって実感させられたのも大きかったですしとある新キャラとその役者さんが非常に良かったです。
家族ドラマが若干しっくり来ないって言う意見も分からなくは無いし、私も若干感情移入しにくかった新キャラもいましたが家族ドラマがキチンと彼女の行動原理に繋がって行くって言う部分や全体を通しての支配から脱却し自分の道を決めて行くというテーマは良かったですね。
後、あの終わり方マジヤベェよ……w

次のシャンチーと、ヴェノムも楽しみですね


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第60話 自由

前回は私の考えが足りず見てくださっている皆様があまり望まないような内容を長々としてしまい、誠に申し訳ありませんでした。内容は変更しました、すみませんでした。

ここいらはもっと簡素で良かったかなと今になると結構思いますがそこまで
勘定する頭が無かったのとサブダーマンの量産が難しい理由付け程度に思って頂ければ


「なんだここ……」

 

意識がある事を認識すると何故か見覚えのない辺り一面、霧というか霞の掛かった様なモノクロの世界が広がっている。しかし、目を凝らすと視界の先に透明感のある水が奔流している川が見えた。

 

試しに身体を触って感覚を確かめると両脚で地を踏みしめる重力、川のせせらぎを聞ける聴覚、身体があることを確かに伝えてくれる皮膚感覚、それらが押し寄せて来る。

 

眼前にある川へと歩みを進めて覗き込むと川面に映る自分の顔を認識する。美形……とはとても呼べないが中性的な童顔に明るめの茶髪、スパイダーマンの中の人こと颯太の顔だ。

 

「三途の川ってほんとにあるんだ……約束、破っちゃったな」

 

見渡す限り周囲を観察しても現実感はあるが白くモヤがかかった誰もいない場所にいるという点やタギツヒメとの戦いで心臓部分を刺し貫かれ、大量出血した状態で限界を越えて戦闘をした所までは思い出す事が出来た。

だが、自分の記憶を頼りにこの状況を鑑みるに自分はあの戦いで……というネガティブな推測が頭を過った。

 

自分は命を賭して無理を通して戦った事や、自分が満身創痍で死にかけという点やタギツヒメがスパイダーセンスを警戒していなかったという状況が奇跡的に噛み合って彼女を倒す事に貢献は出来た。その事で危機は一時的にだが去り、隣人達を守ったと言えるだろう。

 

『これだけは約束して。死なないでね…っ!絶対に私達の元に帰って来て!』

 

『彼女のことを忘れないでやってくれ………気を付けろよ』

 

だがそれでも……死なないで欲しい、必ず帰って来て欲しいという出撃前に舞衣と交わした約束や立場の違いで行き違い、敵対した友人である栄人と終わったら会って話す約束は破ってしまったと実感する。

もう一度皆に会いたかったという想いと、約束を破って申し訳ないという罪悪感がのし掛かり川面に映る顔がゆらゆらと揺れて輪郭がぼやけていく。どうやら涙目になって行ってる様だ。

 

『いいや、お前は戦闘による負傷で深い昏睡状態に陥っているだけだ。死んではいない』

 

前方から声が聞こえて来たので顔を上げてその方向を向くと、スパイダーマンの力を得た日から時折夢の中に出て来ては力の使い方、自分の在り方を問いかけては来るが特に邪魔はして来ない蜘蛛型荒魂の姿が見えた。

 

「マジ?……ならよかった〜、本気で焦ったじゃん!」

 

自分はまだ生きている、約束は破っていないという事実を知ると胸を撫で下ろし安堵の声が漏れる。

ここ数日は変に不安を煽る様な発言をしたり、颯太本人が自分の事で悩んでいる事に気を遣って静観の立場を貫いてくれていた事に感謝はしつつ、祭壇の前でタギツヒメが本体を隠世から引っ張り出す為に何か知っているかの様な発言をしていた事も気になっているため、一段落した今なら聞いても良い頃合いだろうと思い話を振る。

 

「あのさ、いきなりで悪いんだけど君は一体何なのさ?ヤケに隠世やタギツヒメについて知ってるみたいだけど……それに……なんで僕に力を託したのさ?」

 

核心的な質問され、一瞬ピクりと反応するとこれまで妨害などはしないが自分のことはあまり話さず要領を得ない回答ばかりして来たことに罪悪感は感じている様で戦いに一区切り着いた今なら話しても問題ないと判断してか細々と語り始める。

 

『………俺は約1000年前』

 

「あ、そこから始めるんだ」

 

炒飯を作る為に田んぼに苗を植える所から始めるレベルの根源的な部分から語り始めた為、思わずツッコんでしまったがそれを淡々と受け流しつつ身の上を語り始める。

 

『話すなら今かと思ってな、では続けるぞ。京の都でお前たち人類が俺から珠鋼を奪い、その後放置された残り滓のノロから俺は生まれた。そして、最初に俺が得た感情は喪失感による渇き、人間が俺にした所業への憎悪だった。だからそれを取り返そうと京の都に攻め入って俺は暴虐の限りを尽くした』

 

どうやら、やはり巨体と刺々しい外見から察するにやはり我々が知る荒魂だと言う事は当たっていた様でどうやらスパイダーマンの力も荒魂由来の力だったのかと想像出来た。

 

『当然、そんな俺を止める為に俺を祓える力を持つ存在が俺を迎え撃って来た。俺を祓える存在……今で言う刀使だな』

 

「確か、400年前に折神家が朝廷から刀使の管理を任命されたって歴史の教科書にも載ってるから昔はそれらに類する別の名称で呼ばれてたんだっけ?」

 

今でこそかつて神話の人物トールだと思われていたマイティソーが実在の人物で今尚生きていると判明し、歴史ではなく物理の授業で習う存在として刻まれている様に400年前から刀使という呼称を用いられる様になり、その際折神家が朝廷からそれらの管理を一任されていると言うのは歴史の教科書にも載っている事実だ。

それよりも昔に御刀を使う巫女は存在していたと言う話も授業では習うが深掘りされない分野で、取り敢えずその辺りの時代の生まれだと言うことを認識した。

 

『そうだな。俺はそいつと何日も掛けて激戦を繰り広げ、何度も何度もそいつを叩き伏せ、そいつは何度も何度も俺の身体を刻み付けた。そんな戦いを何日も続けている内に俺の中で人類への認識が変わって行った』

 

「認識が変わった?どんな風に?」

 

話を聞かされている内に言われてみればこの荒魂はねね同様に人間に対してタギツヒメの様な敵意は現在は感じられない、なんなら自分のことを煽ったり力の使い方を問いかけては来るが邪魔をした事はなかった。そこに至る経緯があったと聞いてつい食い気味になってしまう。

 

『お前たち人類は俺たちよりも脆弱な存在であるのに、自分よりも強大な相手に対し自分の信じる事、守りたいもののために命を賭して戦いに身を投じる。それが時に強大な壁さえも打ち破る力に変える強さがあると知った。俺には持ち得ない価値観だった』

 

自分達はただ人間のエゴで生み出され、半身を奪った存在へ敵意を向けるという動物的な行動でしか生きていない、心も満たされない。守る物も共に戦う仲間もいない空虚な生き物である自分達には持ち得ない物を人間達は持っていた。

何度叩き伏せてもその度に立ち上がるその姿から人間の強さを学習し、心に綻びが生じて行った事を聞かされる。

 

『そして、俺は負けた。人間に……いや、人間の持つ想いの力に。その時、俺は死を覚悟した。俺は奴らにとっては恐怖の対象に過ぎない、あれだけ都を破壊し暴力の限りを尽くした俺は滅ぼされて当然だとな』

 

最後には人間の強さの秘訣を理解はしたが自分たちはどこまで行っても相容れない恐怖と恐怖で成り立つ敵対関係、彼女が自分たちを守るために自分を滅ぼすのならそれも自然の摂理として受け入れるつもりでいた……しかし、

 

『だが俺は生きていた。どうやらトドメをさされる瞬間、そいつの攻撃が急所を外れて当たり所が悪く俺は一時的には意識を失い、その事に気付かない当時の人間たちに自分たちへの戒めの証としていつの間にかそいつの家の社の祠に肉体を地中の深くに埋葬されて祀られていたんだ』

 

「え?何その間抜けな話……」

 

実は気絶している際に死んだと勘違いされ、その間に祠に埋葬された事で地中深くから出て来るのが困難な状態にさせられていたというあまりにも拍子抜けな顛末を聞かされて颯太も思わずずっこけそうになってしまった。

露骨に脱力されると流石に恥ずかしいがこれまで自分の身の上を隠して来た不誠実な対応の埋め合わせとして今は話を続ける。

 

『……続けるぞ、奇跡的に生きてはいたが人類への憎しみが消えた訳ではない。再度人類への復讐への機会を伺うつもりだったんだがな……』

 

「何かあったの?」

 

自分の意志が変わり始めたキッカケに興味があるかの様な顔で問い掛けられたため荒魂はその過程を語り出す。

 

『そいつはあくる日もあくる日も俺への祈りは欠かさなかった。自分達のした業により俺は半身を奪われ人間の都合で排除することになった事を謝り続けているのを土の中で聞いていた』

 

どうやら当時蜘蛛型荒魂を祓った人物は自分達の業を重く受け止め、悔恨の念を込めて心から誠実な謝罪と蜘蛛型荒魂が安らかに眠れる様に礼拝し続けた事がキッカケだったようだ。

 

『最初は理解出来なかった。原因は自分たちにあれど俺は京の都で暴れた人類の敵に過ぎない、なのにそいつは祈りを欠かさず時にはその日起きた事や意中の相手と結ばれた事、変わって行く世界の話を俺に聞かせて来た』

 

自分は人間達と相容れない危険な存在、悪意のある害獣として忌避されると思っていたがその積み上げて来た礼拝によって彼の心は少しづつ解き解されて行ったのだろうと言う事を察知した。

全てがこの様に上手く行く訳ではないし、普通なら分かり合えないまま終わるのが人間と荒魂の歴史の常だ。しかし、僅かな歴史の片隅で経緯はともかくこの様な奇跡も起こっていたのだと年若いながらも少し胸が熱くなった。

 

『そいつと、そいつの子供、更にその先の世代へと俺への礼拝を続けられて行く内に徐々に俺の人間への感情は憎しみから純粋な興味へと変わって行った……だが、ある時を境に段々礼拝の数は減って行きピタリと止んだ』

 

「戦争か……」

 

それだけ、長い年月を掛けて礼拝を続けて来たのにそれが出来なくなった理由、太平洋戦争の辺りから集団疎開等で土地を離れざるを得ない事情はその辺りかと察すると肯定される。

 

『ああ、それにより子孫達も京から離れざるを得なくなったんだろうな……そして新しい地で各々が生活を始めたため再び訪れる機会が無くなって行ったのか、子孫達も亡くなったのかは定かではないが時代は巡りて幾とせ、俺は誰からも忘れ去られて完全に過去の遺物となった』

 

「そんな……」

 

先祖代々、自分達の罪の象徴として敬意を持って祈りを欠かさず、知らず知らずの間に蜘蛛型荒魂の心は救われていた矢先にこの様な事態になった事は素直に悲しいな、と思わされる。

 

『だが、恨んではいない。彼らは俺の事を知らないだろうし、幾ら取り繕っても俺は所詮人類に牙を向いた脅威。たまたま彼女とその子孫に世代を越えて祈りを捧げてもらっていたに過ぎない過去の遺物。今を生きるお前達にとっては野暮な存在でしかない。だから世界の行く末を静かに見守る事にした……だが20年前奴が目覚めた』

 

「相模湾岸大災厄……その現場にいたってこと?」

 

どうやらその口ぶりから20年前の相模湾岸大災厄について何か知っている様子であり……いや、むしろ当事者の様な口ぶりを見せたため思わず問いかけてしまう。

 

『奴の、日本を終わらせかねない力の気配を察知した俺はもしもの時に備え長い年月を掛けて身体を新たに作り直していたため自らの意志で地中を掘って気配を感じる方向へと向かった。俺に勝利した彼女が作った未来を終わらせたくなかったのかも知れない』

 

『そして、奴のいる江ノ島にたどり着いた俺は奴を始末しようと奴を追い込んだが一瞬の隙を突かれて奴の攻撃を受けて身動きが取れなくなってしまった』

 

しかし、人類に密かに協力してタギツヒメを討伐しようと試みはしたが後一歩という所で失敗してしまった事や20年前にタギツヒメが根を張った奥津宮に紫、美奈都、篝が向かったという話を朱音から聞いていたため段々颯太の中で色々とシナプスが一つの線に繋がって来ている。

 

『その隙に奴を討伐しに来た刀使の技を受けた奴の繭に放り込まれ、俺も共に隠世へと引き摺り込まれた』

 

「じゃあ、その時姫和のお母さんが使った技の余波で君は隠世に送り込まれたから姿は基本見せないしこっちに干渉したりはして来ないって事か……でもそれならどうやって僕に力を寄越したり声を届けたり出来るのさ?」

 

飲み込みと状況の整理の速さに感心させられるが理解が早いのは説明する上では非常にありがたい。負傷した事で身動きが取れなくなった際に自分が取った行動の真意を語り出す。

 

『奴に隠世に放り込まれる寸前、俺は自分の毒の生成器官に俺の力の一部……簡単に言えばバックアップを残して身体から切り離した。人類が奴に対抗出来る可能性を一つでも増やす為に、その力に適応出来る可能性のある者を見出す為にな』

 

どうやら自分が得た力は20年前に彼が人類がタギツヒメに対抗する可能性の一つとして飛ばした種でありそれを受け取ったという事は理解は出来たが何故それが自分だったのか?より力が強くて優れている人間だっていたはずなのに何故自分が適応出来たのか?という疑問が湧いて来る。

 

「それがどうして僕だったんだろう……」

 

『基準は俺にも不明瞭だが適応出来る存在か不可な存在かは見れば大体察しがつく。まあ、俺が長い年月をかけて適応出来る人間を探す最中管理局に潜り込んだ際に研究者達に実験用の蜘蛛と取り違えられ遺伝子改造と同時にノロを投与されている時にお前があの施設に来たと言う事だ』

 

基準は不明確で適応出来た細かい理由までは分からないが自分達が出会ったのは偶然であり、奇跡の巡り合わせだったという事は確かな様だ。

 

「な、何でそんな凡ミスしたのかは深く聞かないでおくけどその時に適応出来る可能性のある僕を見かけて力を託した……じゃあどうして僕らは会話出来るんだ?」(意外とって言うか……下手すると僕よりドジなんじゃ……)

 

『こうして会話できるのはお前が俺の身体の一部であるバックアップの遺伝子と結合した事でそれを通して会話をする事が可能となり、超人的な身体能力と全身に神性が宿りそれがスパイダーマンの力となった。しかし、本当に五分五分の賭けだった。力を託した相手がいい奴とも限らないからな……力を私利私欲の為に使う可能性もあったが俺にはこの手段した取れなかった。だから俺はお前に力の使い方を、在り方を問いかけ続けお前がどの様な奴か見極めざるを得なかった』

 

最後の方は段々声色が弱々しくなって行き、どこか後ろめたさを感じられる。

自分の力を託した相手がその力に対する責任を自覚し、誰かの為に使える相手だったと言う事が最大の幸運であった。

 

その一方で若干浅慮なところがあり短絡的な行動に出てしまう事も多く、目の前や自分の知る所で誰かが危険に晒されるとその後に起きる周囲への影響や割りを食う他人への配慮に欠ける難点もやや見られた。しかし、言い換えれば他人の為に一生懸命になれる人物に変わりはないため、力を託した人物が彼で良かったと思っている気持ちに嘘偽りは無い。

 

だが、自分が力を託した事で同時に彼に多くの物を背負わせてしまった事は紛れもない事実。許してもらえるかは分からない、今更遅いのかも知れない。それでもこれだけは伝えておかなければならない。

 

「…………」

 

『………言うのが遅くなってしまったが、お前を巻き込んですまなかったな。過去の遺物である俺の1000年越しのエゴと、お前が生まれる前の俺たちの問題にお前を巻き込んだ……そのせいでお前には何度も辛い思いをさせた』

 

「……………」

 

『今更謝っても遅いのは百も承知だ、許して欲しいとも思わない。お前の人生を狂わせてしまった』

 

遅すぎる謝罪の言葉を受けると一瞬顔が強張ったがそれでも真剣にこちらの目を見つめ返して来る。それは怒りなのか、悲しみなのか計り知れないがこれはいずれ向き合わなければいけなかった問題だ。だから、かつて彼女が自分にした様に誠心誠意心から謝罪をする。

謝罪の言葉を聞いている最中、握っている拳が震えてはいるがそれでもこちらを見つめる目は真剣でまっすぐだ。その眼力に押し負けそうになっていると沈黙を貫いていた颯太はゆったりと口を開く。

 

「確かに僕にとってスパイダーマンの力はいい事ばかりじゃないのは確かだよ。この力が遠因で叔父さんが死んだ事も……」

 

やはりそう全てを割り切れる訳が無い、彼は自分を恨んでいてもおかしくはない。ぶん殴られるのを覚悟していたが彼の強張っていた表情は徐々に柔らかくなって行く。

 

「だけど、あの日力の使い方を間違ったのは僕自身の問題なんだ。だから他人のせいになんてしない、傷として心に刻んで背負って行く。君の全部を肯定出来るかは正直分からないけど君なりの想いがあったことを全否定も出来ないって言うか……だから、そんなに謝んなくていいって」

 

彼の出した答えは、全部を全部肯定して許す……だなんて割り切った答えを出すことはしないが叔父が死んだのは間違いなく自分自身に問題があった為であり、力はそのきっかけに過ぎない。力そのものに善悪はない、持つ者の使い方次第だと颯太は認識している。

だからこそ、自分の教訓、痛みとして刻み込んで行く事を既に決めていたため強く恨む程の事でもない、と言うのが彼の結論だった。

 

『………すまない』

 

「だから良いって言ってるのに……そういや、タギツヒメと戦った時僕瀕死でハイになってたって言うかゾーンに入ってたって言うか瞬間的だけどアイツに対抗出来てた様な気がするんだけど君が力を貸してくれてたの?」

 

心臓を御刀で刺し貫かれ、その上出血多量で瀕死の状態となっていたがいつも以上にポテンシャルを発揮出来ていた点や遅効性たがタギツヒメに有効打を出す事が出来たり、ウェブを使用する暇が無く姫和が一つの太刀でタギツヒメを隠世に送り込もうとした際に咄嗟に手を伸ばしたら手首から糸が出せたのは隠世からアシストしてくれていたのではないか?とこれまでの話から推測して問い掛けると首、というか頭を左右に振って否定の意を示される。

 

『いや、お前の様子は見ていたが俺たちはバックアップの遺伝子で繋がっているから見聞きしている物を共有はしているが俺からお前に直接干渉することは出来ない。俺にも理解は出来ないが危機的状況に陥った事で防衛本能が土壇場で俺の力を部分的に引き出せる程の進化を促したのかも知れない。お前についても出会って以降の情報しか知らないからな』(しかし、火事場の馬鹿力と言うにしてはあそこまで俺の力を再現出来るのか?コイツには一体何が……?)

 

「うーん、そっかぁ。そんなもんか……ちゃんと調べないと分からないのかな」

 

あまり要領を得ない答えが返って来たため、顎に手を当てて考えむ姿勢に入る。バックアップに込められていた遺伝子を通しているため会話が可能、何かしら条件がある可能性はあるが瞬間的に普段以上の力を発揮出来る事があるという独自の進化の兆しがまた始めている、程度に留めておく事にした。

 

しかし、その一方で蜘蛛型荒魂は内心この進化を下手に深掘りし過ぎて悪い結果に繋がったりしないだろうか?蟠りはほぼ無くなっているとは言えこれから彼がどう生きていくのか、少し踏み込んだ内容の質問をしなければならないと思い問い掛ける。

 

『………一ついいか?』

 

「何?」

 

先程と同様にまたしても真剣な問い掛けが飛んで来た為、今度は何だ?と思いつつも相手の方へと向き合って話を聞く。

 

『お前はこれからどうするんだ?』

 

「え?」

 

言葉の意味が抽象的だったのもあり、質問の内容を一回では理解し切れずワンテンポ遅れて反応してしまった。

 

『お前は元々平和に穏やかに生きる事が許されている立場の一般人だ。だが、過去の遺物である俺の面倒ごとに巻き込まれたと言うのにお前は力を持つ自分の責任だと自分に課して隣人達を守る為に力を奮ってきた』

 

『しかしそれは本来それを生業とする立場の者たちの仕事、お前が無理をしてまで首を突っ込む程の事でも無くあの戦いから降りても誰も文句は言わなかっただろう』

 

『お前はもう充分によくやった、奴の脅威から隣人達を守った。これ以上は誰も強くお前に要求したりはしないだろう、ゆっくり休んで戦いから身を退いて元の日常に帰ったっていい筈だ』(お前が俺の力と深く適応出来た理由までは読み取れなかったが真実がいつでも人を幸せにするとも限らない、もう充分戦ったんだからお前は元の日常で自由に生きるべきだ)

 

 

「それは…………」

 

 

確かに言われてみればタギツヒメという脅威を退け、一時的とは言えその脅威から隣人達を守った。

しかし、言い換えれば本来はそれを生業として行う立場の人間が戦えばいい話で力を持っているとは言え本来は守られる立場にいる一般人の颯太が無理をして首を突っ込む程ではない。

 

さらに言えば戦いからはいつ降りても誰も責めたりはしなかっただろうがそれでもと前を向いて進み続けた結果、タギツヒメを倒せたのならそれは万々歳。それ以上は誰も強要はしないし元の日常に帰る事が許容されてもいい筈だ。

 

彼女を止める、その事ばかりに注視しておりそこから先までは深く考えてはいなかった。目の前にあった大きな目標が無くなった後、まずはどうすれば良いのだろうか?と初めて気付かされた。

 

『元々は過去の遺物である俺の面倒ごとに巻き込んだのが始まりだ。今を生きるお前にとっては本来関係のないはずの事だった。お前は俺の様な過去の遺物ではなくアイツが作って来た今を生きる人間だ……だから』

 

『お前はお前の今に帰れ、お前を待っている奴らがいるんだろう?』

 

これ以上、危険な場所に身を置き続ける、力を持つ者としての責任という名の枷に縛られ続ける必要もない。自分のエゴに付き合ってくれた事には深く感謝はしている。お前はもう戦いから身を引いて安全な場所で生きれば良い。

巻き込んだ側なりの配慮を込めた発言をされ、言いたい事は理解出来るし確かにこれ以上自分が変に首を突っ込む必要は無いのかも知れない。

 

「ちょっと待っ……!」

 

だが、そう簡単に飲み込める話ではないため反論しようと一歩前に踏み出すと視界全体に眩しい白い光が広がって行き、やがて全身を包んで行く。

 

「ーーんっ………」

 

瞼が自然と持ち上がって行くと薄暗い白い天井が目に入る。身体に残る気怠さが重量となっていて起きがけで頭も少しボーッとするが先程から右手の辺りにしっかりと存在する重量と温かいと感じる皮膚感覚、どうやら自分は本当に生きていて現実に戻って来た事を理解する。

 

「起きた……っ!」

 

妙に温かいと感じていた右手側の方角から聞き慣れた声がどこか嬉しそうに聞こえ、その声が耳に届いた瞬間にぼんやりしていた視界が晴れて行き鮮明に映る。

声のする方向に首を傾けて視線を向けると先程から自分の右手は誰かの手によって握られていてこの自分よりも小さく、しかし程よく鍛えられていて優しく包む陽の光の様な温かい手、自分はこの感触を知っている。

 

「ま……い」

 

意識が回復したばかりで声が途切れ途切れだが、持ち主をしっかりと認識する。

 

「うん……っ!私だよ……颯太君……っ!」

 

彼女自身も入院中なのか入院着を身に纏い髪も普段の後ろ結びではなく下ろした状態の艶やかなストレートのロングヘアーになっているが過去に一度だけその姿を見たことがあるため彼女と認識出来た。

しかし目を引くのは彼女がベッドの隣の椅子に腰掛けたまま手は右手を握ってくれていて溢れ出しそうな感情が喜びかどうかは推測の域を出ないが彼女の硝子の様に美しい翠色の瞳から一筋の涙が零れ落ち、2人の握られている手の上に温かい雫が落ちて跳ねる。

 

そして、真横の床頭台に置いてあるテレビの前に叔父から貰った腕時計を改造したウェブシューターがちょこんと見守るかのように置かれてあり時計の針は粛々と時を刻んでいる。

 

(叔父さん………ありがとう)

 

心臓を刺されて意識が消失し掛かってる時、このウェブシューターも立ち上がる力をくれた。自分がそう思いたいだけかも知れないが、叔父はいつでも自分を守ってくれている様な気がした。

 

「おーい、私たちもいるんですけどー」

 

「ったく、何2人の世界みたくなってんだ」

 

「起きた様だな」

 

「おはよう」

 

「もうHelloなお時間デスケドネ」

 

すると直後に眼前に5人分の顔が画面外から生えて来たかの如くにゅっと顔を出して視界に入る。

可奈美、姫和、沙耶香、薫、エレン。共に折神邸にカチコミを仕掛け、苦楽を共にしてタギツヒメへと挑んだ面々だ。

各々怪我の度合いは異なる様だが全員が生きて入院着を着用している所を見るに自分も入院中だと言うのに空いている時間に自分の様子を見に来てくれてたのだという事を実感し、皆が生きててくれた事と心配してくれていた事が嬉しくなり胸の奥が熱くなった様な気がした。

 

「よかった………皆無事で」

 

一瞥した感じ全員こうして元気に颯太の様子を見に来れる余裕がある所を見ると安堵の声が漏れるがその一方で薫は右腕にギプスを巻いていて顔中湿布が貼られ、エレンに至っては頭と顔へ部分的に包帯を巻いている所を見るに彼女達はかなり負傷したようだ。

 

「無事じゃねぇって全く」

 

「ねえ〜」

 

「私も結構やられてしまいマシタ〜」

 

「私達はそこまで外傷は無かったが1日程意識を失っていたんだ」

 

「でも、颯太は2日位ずっと寝てた……」

 

「そっか……だから……」

 

身体を起こして自分の状態を確認する。入院着を身に纏い左腕には点滴がされていてタギツヒメの童子切安綱で心臓部を貫かれた事による大量出血、祭壇の貯蔵庫中を散々剛腕で引き摺り回された上に何度も叩き付けられた全身打撲の傷により全身包帯だらけの姿となっていた。

「ミイラみたいだな」と他の面々と比べると戦闘経験と技術に乏しいが故に負った傷を見るにこの程度で済んだ……いや、生きてる事自体つくづく運に救われていることを実感した。

 

「でもよかった〜1番重症だったしずっと眼を覚まさなかったから心配してたんだよ。ね、舞衣ちゃん」

 

「あっ……う、うん。本当、良かった……」

 

どうやら自分が寝ている間舞衣は自分の手を握ってくれていた様だったが本人が起きた上に話を振られたと同時に皆の前だという事認識すると手を離し、両手を膝の上に置いて少し俯いてもじもじしている。

颯太は本当に皆に心配を掛けたのだということを再認識すると一同を一瞥して一息付き、今こうして皆が笑っている事実を嬉しく思いながら心からの本心を告げる。

 

「それはごめん……ありがとう、皆」

 

「礼を言うのは私の方だ、正直助かった」

 

「そうだよ、ほんとにありがとう!」

 

「センキューベリマッチ!」

 

「ま、ありがとよ。おかげでキャプテンと握手出来るキッカケにもなったしな」

 

「ね!」

 

「颯太がいなければ皆あの場所に辿り着けなかった、ありがとう」

 

「約束を……皆を守ってくれてありがとう……っ」

 

一同も笑顔で感謝の言葉を述べて行く。ひょんなことから逃走を手助けしたり争ったりもしたが今こうして協力しながら互いに感謝し合える仲間……と呼んでもいいであろう関係性をありがたく思う、命を賭けた甲斐があったなと実感させられる。しかし、舞衣がサラッと言った発言に対してある人物が原爆を投下する。

 

「舞衣、約束って何?」

 

純粋さ故の天然なのかわざとなのか……恐らく前者だろうが沙耶香の問い掛けに一同が言われてみればと言わんばかりに一斉にふたりの方を向く。

 

「確かに!気になるし教えてよ2人とも!」

 

「え?えーとそれはその………っ!」

 

可奈美に興味津々に詰め寄られてお茶を濁そうとたじろいでいる。潜水艦の中で密かに颯太のいた部屋に個人的に会いに行き、自分の決意を伝えに行くと同時にその場の流れで約束を交わしたのだがよくよく考えると少し重たくて恥ずかしくなる。

その事を思い出して若干赤面しながらバツの悪そうに両手の人差し指を突き合わせて恥ずかしそうにしている。

 

「いや、別に普通の約束だって。必ず生きて帰って来るって約束しただけだよ」

 

舞衣の心情を知るや否や自分にとって大事な約束ではあるがそんな恥ずかしがる事もないだろうと認識しているためか真剣な顔付きをしながら堂々と皆の前で言い切る。

 

「あぅ………」

 

「確かに普通だねー」

 

「うん、普通……」

 

確かに言われてみれば命の保証も出来ない命賭けの戦いに身を投じようという状況下であり、2人とも同じ学校の学友であり共に戦う仲間という点を鑑みると普遍的な約束ではあるがやはり舞衣的には思い出すと少し恥ずかしいのか顔を逸らしつつも瞳は確かにこちらを見ている。

 

(でも、この普通の約束だけど僕にとってはかけがえのない生きる理由になったんだよな……あれ、よくよく考えるとちょっと恥ずかしいな……)

 

だが、そのありきたりで普通な約束でも自分にとってはかけがえのない生きる理由になっていた事を自覚したのと舞衣にそんなに恥ずかしそうにされるとこちらも段々恥ずかしくなって来て頬が赤く染まる。

 

「あーソウイウ……(いやでも聞こえ方によっては……まぁ、茶化すのはやめてあげまショウ)

 

「ほんとはもっとあるんじゃねえのお?」

 

「ね」

 

「おい、大袈裟にするのはやめてやれ」

 

恥ずかしさを実感している最中、ふとあの祭壇の貯蔵庫の場で20年間1人で戦い続けていたある人物がどうなったのか気になったため、恥ずかしさを振り切って皆に問い掛けにる。

 

「あっ、そう言えば局長ってどうなっだんだろう……確かあの時……」

 

「それは私達からお話しします」

 

病室の扉の方から声が聞こえて来たため一同がそちらに顔を向けるとその人物が病室に入って来て病床の方へと歩みを進めて姿を現す。

舞草の創設者で潜水艦からコンテナを射出する作戦を遂行するために囮となって演説を行った事で警察に捕らえられた筈の朱音だった。それと

 

「やぁ、起きたか坊主。悪いが嬢ちゃん達、彼に話があるから一度席を外してもらっていいかな?」

 

ヴァルチャーの妨害を潜り抜けて折神家に突入している最中、遅れたがしっかりと参戦し、舞草の最大戦力である可奈美と姫和を祭壇まで送り届ける事に一役買いつつも親衛隊の寿々花相手に勝利を収めると敵の増援が祭壇に行かないよう足止めをしていた颯太のインターンの指導者兼師、社長でありヒーローであるアイアンマンことトニー・スタークだ。

6人と1匹は颯太が元気に起きて来た事を確認出来たため、後の話は大人に一任して病室を後にしようとする。

 

「近くにいますぜ、社長」

 

「遠くにおれよ、いいか?距離感保て」

 

「へーい」

 

「ねー」

 

目を輝かせながらトニーに近寄ってこれからヒーロー同士の秘密の会議でもするのかと思って薫が擦り寄るとトニーに軽くあしらわれる。

あしらわれはしたがトニーも相当彼を心配していたことは知っているため今は互いに話す時間が必要と察し、長いは無用と判断して退室して行く。

 

「see you!」

 

「じゃあまた後でねー」

 

「ゆっくりしてろよ」

 

「バイバイ……」

 

「お大事にね、颯太君」

 

一同が病室から一斉に退室して行く。最後尾を歩いていた舞衣がこちらを振り向く。未だに顔に赤みが残っているが視線は確かにこちらの眼を真っ直ぐ見つめると軽く手を振って退室して行く。

 

「うん、お大事に……」

 

その様子が一瞬愛らしいな、と不意に感じ取っている最中にすぐさま退室されたためそのまま見送ってしまった。

一同が退室して行く様子を見送った朱音とトニーは上体を起こして病室の上に座っている状態の颯太に向けて穏やかな表情を向ける。

 

「お疲れ様でした、あなた方の奮闘で災厄は回避され日本は救われました」

 

「いえ、朱音様が命懸けで演説をして時間を稼いでくれていたから僕たちはあそこまで行けたんです。こちらこそありがとうございました」

 

「いえ、私の方こそ皆さんには感謝してもし切れません」

 

朱音が深々と頭を下げてお辞儀をすると颯太もそれにつられてお辞儀をし、互いに協力した事で日本の壊滅の危機を回避出来た事をお互いに感謝した。

2人の話が終わると、それを待っていたトニーがベットの隣にある椅子に腰掛けて目線の高さを同じ程にして話しかけて来る。

 

「よ、スーツ無しでもよくやったな坊主。スーツのことはごめん、でも仕方なかった。君にとって必要な愛の鞭だったんだ」

 

「はい、スタークさん。……スタークさん、僕本当に」

 

「前回はしくじり颯太、大ポカした。だが、そこから挽回。ダメ犬が飼い主に捨てられて虎の穴に行きここ掘れワンワン……いや犬の例えはよそう」

 

超人的な力を持つ達人たちと戦うにあたり、自分と同じ高性能なスーツの力に依存している最中本人が言い出した事で友達の為だったとは言え舞草に迷惑を掛けたけじめとしてスーツを取り上げた事で不便を強いてしまったことを謝罪する。

しかし、本人なりにスーツの力無しでも自分の力で乗り越える為の意志も見られたため、厳しい態度で接してはいたが自分も訓練に付き合い、チームの内部抗争で気不味くなっていたスティーブにも歩み寄って和解して2人で彼を鍛えた。その結果、今目の前にいるこの子供は例えスーツの力が無くとも、ウェブシューターが無くとも……例え打ちのめされて満身創痍になったとしても逆境を押し退けて大荒魂の討伐に貢献した。背は変わっていないのに心なしかほんの少しだけ大きくなったような気がする。

無意識の内に習字で金賞を受賞した子供を褒めるように頭に手をポンポンと叩く。

 

「見くびってたよ、よくやったな」

 

「はい、ありがとうございます。あの……一つお聞きしたいんですけどお二人共外歩いてて良いんですか?後局長も……後キャプテンは?」

 

憧れを抱いている大人に褒められたのが嬉しいのかつい子供のような笑みが溢れるが2人が入室して来る前に気になっていた事を質問する。

 

「キャプテンは逃亡中の身だからまた別の場所にいる。君たちが奴を撃退してくれた所までは良かったんだが奴が何の目的か関東一円にノロが流出してしまってな、一般には特殊な危険廃棄物とされている物が流出したとなると管理局が責任を問われる……が、その当事者である折神紫も命に別状は無いが真実全てを公表する訳にもいかないもんで特殊な医療機関で療養中ということにして身を隠し、現在朱音くんが局長の代理を務めているんだ」

 

「私や他の舞草の皆さんも既に拘留から解放され、貴方の舞草に合流するまでの悪評も私の方でメディアに働きかけて誤報であった事を伝えておきました。正体も世間一般には明かされてもいません」

 

「そうですか……よかった〜局長は助かったんだ」

 

スパイダーマンの悪評が誤報であったと告げられた今、デイリービューグル本社にてジェイムソンはさぞ憤慨しながら謝罪記事を書いている頃だろう。

 

『よくもワシにスパイダーマンへの謝罪記事を書かせおって!絶対に許さーん!』

 

と聞こえて来そうだがそれは置いておくとして。あれだけ敵対して激戦を繰り広げ、タギツヒメに憑依されていた紫の生存を聞いて胸を撫で下ろす姿に朱音は自分の身内の事を本気で案じてくれている事と救う事に助力してくれた事に心から感謝しているがこれから自分は彼に聞かなければならない事がある。

 

「そして……我々は貴方に、これからの事をお聞きしたいと思います。よろしいですか?」

 

「はい」

 

いつになく真剣な顔付きで問いかけて来る朱音の顔を見て、何か大切な話をされると思い、背筋を正して話を聞く姿勢をに入る。

 

「今回の件、貴方の助力により最悪の事態は免れました。本当に感謝しています。ですが貴方は元々管理局の内情とは無縁の一般人、本来は安全な場所で守られる権利があります。大荒魂は討伐され、日本の壊滅を防ぐという最大の目標は達成された以上、貴方がこれ以上我々に力を貸す理由は消失する筈です。なので……」

 

(まさか……)

 

夢で蜘蛛型荒魂に言われた事と、朱音が言いたいであろう事が何処となく合致するため朱音が次に語る言葉の続きを予想できてしまいつい身構える。

 

「これから先の事は管理局と特別祭祀機動隊の問題です。貴方には戦いから身を退いて元の日常へ帰る事を推奨します」

 

「僕は君がどんな選択をしようが止めはしない。一応インターンの指導者である以上君の意志を聞くためにここにいる」

 

「仮に日常に帰る事を選択したとしても我々は一切咎めはしません。定期的な近況報告と身体検査をして頂く事にはなるかも知れませんがそれ以上の事は望みません。よく考えて答えを決めてください」

 

力を持つ者としての自覚を持ち、その責任を果たし誰かを守るために力を使う。それは勿論良い行動と呼べるかも知れないが安全な場所で守られる事が許容される一般人かつ幼い子供という事を鑑みると人智を超えた力があるとは言えそれを行使して命懸けの危険な場所に身を置き続けることを是とされるべきかは議論の余地がある。

祭壇からノロが流出した事により荒魂の出現頻度は増え、人手は足りなくなり特祭隊は猫の手も借りたい程に逼迫するだろうがそれでも一般人の子供を戦いに巻き込む大義名分は消失している。よって、これ以上彼に戦いとそれに挑む責任という名の不自由を強いるべきでは無いと朱音は考え、トニーはあくまで意志の尊重というスタンスでいる。

 

「僕は………」

 

蜘蛛型荒魂の言っていた事、朱音の言っている事、各々が言いたい事は理解出来る。むしろ自分の事を本気で気遣ってくれているのだと言うことは非常にありがたい、心地よいしそうしたい……戦いや責任から解放されて自由になってみたい……心の何処かではそう思っている節はある。

もうこれ以上は一般人に過ぎない自分が無理に自分が首を突っ込む必要もなく、相応しい力を持ちそれを生業をしている者達が行使すれば良いのかも知れない。

 

ーーそう迷っていた最中、一瞬だけ真横にある床頭台のテレビの前に置いてある腕時計を改造したウェブシューターに視線を移す。

 

ーー3ヶ月後、盆の時期ーー

 

熱い夏の日差しが照り付け、既に衣替えに入り半袖の服に袖を通す季節となり今年も多くの人間が先祖を祀るために霊園へ訪れる。

そして、この一家もそれは例外では無い。今年で37歳を迎えるが未だに20代に間違われる事の多い叔母の芽衣と3ヶ月の時は思春期の子供を成長させるのか多少は背も伸びてはいる颯太もだ、腕にはしっかりと叔父に買ってもらった腕時計を巻いており、今もなお時を刻んでいる。

よく並んで歩いていると歳の離れた従姉弟に間違われる事が亡くなった義兄夫婦の子供である甥っ子を引き取っている間柄であるため関係性は一応親子である。

 

そして、昨年の春。彼女は夫を、颯太にとっては叔父を亡くしているため彼らの魂を祀るために今日は霊園を訪れている

6月に14歳となり1歳を年を取っている事に時の流れの速さを実感しつつも今日だけは過去に生きた人を弔う日であるため時が止まっているような不思議な感覚だ。

 

霊園の中を並んで歩みを進めて行くと自分達の家族が眠る墓標の前に着いたため、足を止める。

 

「久しぶりね、お義兄さん、お義姉さん、拓哉さん」

 

「今年も来たよ、皆」

 

芽衣は義兄夫婦、長年連れ添った夫に向けて。颯太はあまりほとんど記憶の無い両親と実の親代わりに自分を育ててくれた叔父に向けて挨拶をすると2人で墓の掃除を始めて行く。

 

掃除が終わるとろうそく立てにろうそくを立てて火を灯し、お線香に火を点けて線香立てに立てる。そして、次に花立てにお花を供えて水鉢水を入れて行く。そして、借りて来た墓参り用の手桶に入れていた水を柄杓で掬って墓標に水をかけて行くとお供えをすると墓標に眠る者達に向けて合掌をして冥福を祈る。

合掌して眼を閉じて瞑想する最中、まず最初に浮かべたのは自分が力を持つ者としての自覚をせずに叔父を死なせてしまった日の事。どれだけ願っても2度と会うことができない、自分がそうさせてしまった。

それと同時に、3ヶ月前に病院で朱音達と会話していた内容が頭の中でフラッシュバックしていく。

 

 

ウェブシューターを見つめるとその鏡面に叔父の顔……そして、蜘蛛型荒魂の顔が写し出される。気遣って忠告をしてくれたと言うのにやはり、自分はこの生き方を選んでしまう。そこに申し訳無さを感じながらも自分の意志を伝える。

 

『お前は、お前の今に帰れ、お前を待っている奴らがいるんだろう?』

 

(悪いね………やっぱり僕は、僕の今を……待っててくれる人達の今も守りたいんだ)

 

「ありがとうございます、でも結構です」

 

自然と口から出たのは朱音の管理局が原因で起きている戦いから身を退いて日常へ帰るという選択を蹴る言葉だった。

 

「け、結構?どうしてですか?」

 

あまりにも早く、答えを出された事に驚きを隠せないのか反応が遅れてしまったがそれでも茨の道を行こうとする理由を朱音は問い掛ける。

そんな朱音に対して颯太は彼女の瞳を見つめて真剣な顔付きで言葉を返す。

 

「お気遣いはありがたいです。でも、やっぱり僕は自分に何かが出来るのに何もしなくて、それで悪い事が起きたら自分のせいだって思います……だからしばらくは地に足を付けて仕事を続けます。親愛なる隣人のスパイダーマンとしてご近所の誰かを守らないと」

 

確かにあれだけ危険で恐ろしい目に何度も会ったため安全で優しい場所で生きてみたい。と思っているのも事実ではあるがやはり自分は戻って来る道を選んでしまう、一緒に戦った皆が無事に生きて帰って来て笑顔でいてくれた事が嬉しかったから……力を持つ責任を受け入れていると再確認出来た。

側から見れば愚かで理解不能な事だろう、現に朱音も少し困惑している。

 

「ですが………」

 

「君がそう言うのなら僕は否定しない」

 

「スタークさん………っ!」

 

「彼の眼を見てみろ、僕らが何を言っても頑として聞かないだろうよ」

 

「……………」

 

トニーの言葉通りこちらを見つめる眼はどこまでも真っ直ぐで曇りない眼だった。これはいくら自分たちが引き止めても無駄だろうと思わされる説得力のある力強さを持っている。子供にそんな眼をさせる様に強いている現実の残酷さに朱音は悲しさを覚えはするものの、自分の家が関わっている管理局の研究が遠因である事も自覚しているため、彼の意志を尊重しながらも助力する事を決意する。

 

「分かりました……颯太さん、いえ……スパイダーマン。貴方がそこまで言うのなら私はもう止めません、今後の協力を引き続きお願い致します。ですが」

 

朱音は彼の意志を汲み取る選択をするとこれで良かったのか?という葛藤を胸に残しながらもスパイダーマンがこれからも管理局に協力を続ける以上、体面を保つ必要もある上に同時に制約も課さなければならなくなる。

 

「貴方が我々の味方である事は私もよく理解はしています。ですが、特殊な力を持ち超常的な身体能力を持つ一般人である以上は身体検査を受けてもらいつつ、もしもの時に備えて基本的に刀使皆さんと行動を共にし、戦闘は基本的に補助に回って貰います。現在各地に荒魂が頻出しているため色々な部隊を回って頂くことになりますのでコミュニケーションはしっかり取ってください」

 

「はい、問題ありません」

 

朱音が出してくる条件は確かに納得のいく物ばかりであるため素直に了承して行く。しかし、女性とのコミュニケーションは多少はここ数日で慣れて来たが流石に初対面の相手と上手く話す自信はないため頑張るしかないと自分に言い聞かせる。

 

「ですが貴方の正体を下手に誰かに知られるのも貴方や周囲の方にとって非常にリスクが大きい、分かりますね?勿論我々も正体の秘匿に尽力致しますが貴方自身も注意してください」

 

「分かりました」

 

朱音の出してくる条件を順当に呑んでいくとトニーが今度は自分が話す番だと言わんばかりに颯太の眼を見て語りかける。どうやらスパイダーマンになりきっていない時、その場に行くための理由付けが必要になってくる。

 

「今後管理局……いや、舞草に協力すると言うのなら基本的に監視の名目で嬢ちゃん達の指揮下に入り任務の補助に回って貰うのが基本だが普段の君がそこに行く理由付けが必要になる。分かるよな?」

 

「はい、確かに普段の僕がそこに行くための理由が無いと怪しまれちゃうのは理解出来ます。だから、戦闘を終えた彼女達の御刀を研いでメンテナンスするって事ですね?」

 

自分が専攻している学科は研師。戦闘が続けば続く程彼女達の御刀をメンテする人物が必要になる。自分も何度か研いでメンテナンスをした事があるため颯太としての自分がそこに行ける理由を推測出来た。

 

「察しがいいな。基本はその理由だけでも充分だが君と一緒に行動する嬢ちゃんの行き先や任務の内容によっては研究施設に入る必要があるだろう。そのために、君にはコイツの研究と開発を進めて貰いたい」

 

「これは………」

 

トニーが投げ渡して来た手に収まる小型の大量のデータの入ったデバイスでありディスプレイを起動するとそこには『ナノテクノロジー』と記載されていた。

 

「新しいインターンの課題としてナノマシンテクノロジーを使用した装備開発案とデータ採集、そして制作を課す。リチャードにも話は通してあるから彼のいる施設に行く際は彼に装備開発やメンテの指導を乞うのがその場所に行く理由付けにもなるだろう」

 

「後、ナノテクの瞬時結合で変幻自在にスーツを瞬間的に装着出来たら持ち運び問題も解決出来るし、荒魂が頻出してるなら今後はすぐに装着出来る利便性が大事になってくる……これの研究が進めば皆の役にも立てるってことか!」

 

目を輝かせているのは最新のテクノロジーに触れられるという好奇心による部分もあるがそれを制作する側に立てばこれらがいずれ皆の役に立つと考えると俄然やる気が出て来ている。

 

「ま、リチャードも君は戦闘員より技術者向けって言ってたからな。せいぜい励めよ」

 

「グサッ……はーい、頑張りまーす……」

 

フリードマンは自分が舞草の里で倉庫にあったパーツでウェブシューターを改造したり、潜水艦の中でも累やフリードマンの協力もあったがアークリアクターをウェブシューターの電力に変換して見せていたため腕前は理解している。

しかし、堂々と戦闘員としては少し劣る事を指摘されると流石にショックなのか少し落ち込む。

 

「あ、すみません朱音様。そう言えばハリーや親衛隊の皆さんってどうしてるんですか?燕さんは……あの時……」

 

 

「「……………………」」

 

2人が気まずそうに押し黙ると何か言いにくい事があると察知して先程とは打って変わって真剣な表情に変わる。これから聞かなければならないのは辛い現実であると察知出来るようになってしまったからだ。

 

「あの?どうかしたんですか?」

 

「言うのか?」

 

「はい、彼には知る権利があります。颯太さん……申し上げにくいのですが心して聞いてください」

 

 

「…………はい」

 

 

朱音が一度深呼吸し、これから目の前にいる子供に辛い真実を伝える。大人である事の残酷さと責任感の重さをしっかりと受けて止めて言葉を紡ぐ。

 

「此花寿々花、ハーマン・シュルツ、針井栄人。現在管理局の医療施設にて拘束され、治療中です。皐月夜見は高津学長と共に行動をしていますが燕結芽は昨夜の戦闘で亡くなったそうです……しかし、遺体は見つかっておらず此花さんの推測だと死後に体内に投与していた荒魂がスペクトラム化して彼女を依代としてその場から去った可能性が高いとの事です」

 

「え?そんな…………じゃあ………」

 

「針井さんは燕さんが人間として死ねなかった件と、今回自分がした事の罪悪感に押しつぶされて言葉もまともに発せません……しばらくはお会い出来ないかと思います」

 

「……………………」

 

一応生きて療養している面々がいるのは喜ばしい反面、行動の報いと言えばそれまでだがあまりにも辛い現実で誰もが皆幸せでは無い事を痛感させられる。

そして、自分がその不幸の遠因でもあるから尚更だ。

 

「先程述べた4人は所在が判明していますが行方が分からない方もいます。獅童真希、アレクセイ・シツェビッチ、エイドリアン・トゥームスです」

 

「一席さんが………?あの人………僕が瀕死の時タギツヒメと戦うのを手伝ってくれてたのに………」

 

そして、意外にも真希が行方を眩ませているという話を聞いてこれもまた信じられないという顔をしてしまう。彼女はあの祭壇での戦いで自分の主ではあるが日本に牙を向く敵であるタギツヒメとの戦いに協力してくれたのに行方を眩ませている事に強い違和感を感じた。

 

「はい、逃げる様な方では無いと思われますがこちらは調査を進めて行きます。後の2人の詳細は分かりませんがアレクセイ・シツェビッチと一緒にいたハーマン・シュルツ曰く、一緒に管理局に投降するつもりだったのに目が覚めたらいなくなっていたと仰っていました……何者かの襲撃を受けたとの事です」

 

「………敵は各地に頻発する荒魂だけじゃ無いって事か……」

 

栄人の語っていた現体制を粛清し、警察組織のトップに君臨していたタギツヒメが倒される事で噴き出してくる問題、新たな敵の出現を自覚させられる。

 

「これからも管理局に関わる以上、君の身に降りかかる事は全て君にとって幸せでは無いだろう。だから、いい歳こいた大人から1つ忠告しとくぞ……何でも1人で抱え込み過ぎるなよ」

 

「はい………スタークさん」

 

颯太の肩にトニーは手を優しく置く。トニーもよく1人で抱え込み、それに押し潰されてしまい大惨事へと繋がる事も多かったため、言えた立場では無いかも知れないが失敗した経験のある大人として真剣な表情で忠告する。浮かない顔をしてはいるが決してトニーから目を逸らさず、しっかりと見つめ返す。

 

「今は1人にしといてやろう、行くぞ」

 

「はい…………」

 

そうして、2人が退室して行くと窓の外の青空を眺めながら瞳から一筋の涙が頬を伝い、流れて行った。

 

「太………颯太?」

 

「あ、ごめん。ボーッとしてた」

 

長い間瞑想していた様で芽衣に語りかけられていた事に気付かずその声で我に帰った。

 

「しっかりしなさい、貴方は今皆のお手伝いをしながら装備の開発にも関わってるんでしょう?」

 

「うん、まあね……ここに来る度叔父さんの事思い出しちゃうのもあってさ……」

 

「叔父さんを愛してたのね、叔父さんもあなたを愛してたわ。でもあなたが立派な人間になるって、おじさんは信じて疑わなかったわ。だから期待に応えなきゃ」

 

スーツの開発と任務に協力し続ける事は今自分の目の前にある立派な目標だ、目標を持って生きていると生きる活力になって行く。

当然……ではあるが未だに芽衣には自分がスパイダーマンである事を伝えてはいない。言える訳がない、話して仕舞えば叔母を危険に晒してしまう可能性もあるからだ。

 

「うん」

 

「拓哉さん、お義兄さん。颯太は今スタークインダストリーズのインターンで皆の役に立つ研究に携わって頑張っているわ。2人の科学好きが似たのかしらねぇ、特にお義兄さんに」

 

「父さん……確か技術者だったんだっけ?」

 

「そうよ、とても熱心な人だったわ」

 

自分が一歳の頃に亡くなってしまっているため、記憶もほとんど無いため実感はイマイチ湧かないが叔父が自慢の兄だったと語っていた。

 

「そうなんだ………また来るよ、皆」

 

「そうね、そろそろ帰りましょうか」

 

「あ、桶返してくる」

 

「お願いね」

 

水を掛け終わった事で空になった桶を手に持って元々あった場所に返しに行くために来た道を引き返して行く。

家族の墓に背を向けて歩きだすその瞬間、改めてこれから先起こるであろう現実に対して決意を新たにする。

 

(これから先、何が待っていようと僕はこの言葉を忘れない。大いなる力には大いなる責任が伴う。僕に授けられた力は僕を一生呪い続ける)

 

あの日、自分の自覚の無さのせいで大切な人を……叔父を死なせてしまった。

それ以降、力を自制して大切な人を失って泣く誰かの為に使い続けている……

"大いなる力には大いなる責任が伴う"それを胸にこれからも力の使い方と、自分の在り方と向き合い続ける。

それを責務とし、自分自身を縛って誰かの為に生きる事は愚かに見えるだろうか?

 

(スーツとウェブシューターは奪う事も壊す事も出来る、でも……これだけは誰にも奪えない。僕が誰かって?僕はスパイダーマン)

 

それでも人と人の繋がりの糸によって沢山の仲間にも出会えた。彼らとの繋がりも、今自分を構成する一つの要素となっている。

立て続けに降り注ぐ現実の中で2人の英雄の背中から教えられた事が確かにある。スーツは自分を守るための力、本当に大切なのは自分の力を信じて最後まで諦めずに前を向いてまだやれると言い続ける事。

 

迷い、苦しみ、傷付いたとしても今何をすべきかを考えて行動で示し続ける。その在り方を流儀としてこれからも生きていく、それが自分のスパイダーマンとしての生き方だ。




NWH、MCUスパイディの完結になるっぽいのでアイアンマンみたく単独は3で終わりって感じなのか離脱なのかは定かではありませんが実写のシリーズでは初の明確に完結と銘打たれるのはマジで気になりますねえ。


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第61話 変わりゆく世界

いやあこの季節マジで眠いのが困りもんですねぇ……徹夜しようにも睡魔がって感じだったのと状況の交通整理や調整が大変だった位に思って頂ければ。と言う訳であけおめこです。
7日に間に合わせるために所々雑なので時間ある時に軽い手直しとかしようと思います。

GRIDMAN×DYNAZENON、3期とかにして集大成にするかと思ってたら映画だったとは……いやでも嬉しいっすわ


ーー隠世へと逃げたタギツヒメはその一部を切り離し、空高く打ち上げ関東一円に荒魂が降り注いだ。後に「鎌倉危険廃棄物漏出問題」と呼ばれるこの出来事以降、関東では荒魂が頻出するようになった。

 

それから4ヶ月後………

 

時刻は既に深夜帯へと差し掛かり誰もが寝静まっている時間帯。

しかし、荒魂が頻出するこの異常事態に於いて鎌倉に拠点を構える刀剣類管理局本部にはそんな当たり前の事が罷り通らない。そんな誰もが安心して眠れる日常を守るために寝る間を惜しんで各地に頻出する荒魂に対応にあたり忙しなくCIC担当の職員が画面を凝視し、PCを操作して状況を整理しながら情報を伝達していく。

 

「台場へ誘導した荒魂は現在、商業区を移動中。展開中の部隊との距離、2000」

 

「大宮区付近に接近中の目標の進路上の避難誘導、完了しました」

 

「第5小隊を狭山と西岸に移動、待ち構えろ。湾岸地区への増援は?」

 

現在この管理局本部の本部長の椅子を任されている銀髪に褐色肌の30代半ば程の姉御肌と言った風貌、ワインレッドのシャツに黄色いスーツのジャケットを羽織った気の強そうな女性、真庭紗南本部長が司令官らしく指示を出して行く。

そして、その直後CIC担当が新たに入って来た情報を紗南に伝える。

 

「S装備刀使2名……そして戦闘補助員スパイダーマン。現場に急行中です」

 

深夜の東京湾岸線沿い。首都高へと続く橋架線上に向けて細長い巨体を引き摺りながら地を這う百足の姿に似た荒魂が地響きを立てながら都市への侵入を防ぐためのバリケードを体当たりで突破しながら移動して来ていた。

 

それを待ち構える特別祭祀機動隊の一個小隊が橋を封鎖しながら横一列に並んで迎撃体制に入っていた。

 

「パラディンの一斉射の後、タイミングを合わせろ!訓練通りやればできる!」

 

部隊の隊長を任されているであろう鎌府の制服を身に纏う少女が対荒魂戦における集団戦のセオリー通りの指示を飛ばして行く。

そしてその部隊の中に1人、綾小路武芸学舎の制服を纏う髪をボブヘアーにした少女。彼女は実戦に不慣れなのかこれから敵が来るであろう前方をしっかりと見据えてはいるが手足は恐怖で震え、御刀を持つ手が不安定に揺れ、額にはうっすらと冷や汗が滲み出て過度な緊張により心拍数は上がり続ける。

もし、ここでしくじればこの先にある街に住む人々にも危険が及び、自分も死ぬ……当たり前の事ではあるが想像すると不安が沸々と湧き上がってしまう。

 

「はぁ……はぁ……はぁ………」

 

「来るぞ!抜刀!写シ!」

 

隊長と思わしき少女が指示を出すと皆一斉に抜刀し、写シを張り、臨戦態勢に入る。その直後、彼女達の背後から複数台の円盤の様な物体が浮遊して散開し、フォーメーションを組んで荒魂の前方、背後、真横を取り囲んで行く。

 

待機していた時は姿が隠れていたたそれらが鉄橋の灯に照らされて姿を現す。紫色に円形のボディ、顔の部分に相当する面にはメインカメラと思われる黄色の横長のバイザーと少し下の辺りには何か音波でも発射すると思われるスピーカーが搭載され、下の左右の部分には小型の機関銃を装備したドローン。

本来は彼女達を支援する為に作成されていたが舞草の里を管理局もといタギツヒメが殲滅作戦を命じた際に多くの舞草の刀使、そしてスパイダーマンを苦戦させて猛威を奮ったSTT用に作成された戦闘用ドローン、パラディン達だ。

現在は本来の使用用途通り彼女達を支援する為に使われ、彼女達と共に戦っている。

 

『対象が接近、攻撃を開始しましす』

 

機械的な音声が彼女達に語りかけると接近して来た百足型荒魂に向けて搭載されている機関銃による一斉に集中砲火を開始し、スピーカーの様な部分からは空気を震わせる程の振動波を放ち、胴体にぶつける事で百足型荒魂の動きを止めている。

基本的に通常兵器が通用しない相手ではあるが機関銃による集中砲火で注意を逸らし、振動波をぶつけて姿勢を崩すという割り切った運用法が上手くハマっている。

百足型荒魂がパラディンに対して尻尾を振って攻撃するがパラディンは小柄な上、常に浮遊して空中を自在に移動できる戦闘用ドローンであるため攻撃を軽々と回避し、同時に振動波を叩き込んで怯ませる事で見事に隙を作っている。

 

「よし、斬り込む……っ!」

 

「…………?」

 

それを好機と見た隊長が斬りかかろうとした矢先、一同の動きが一瞬止まって全員が上空の方を向いている。

目を凝らして上空を見やると3つ程の人影が落下して来ており、内2人は冷静に落下しているのたが約1名、体型にフィットした全身を包む赤と青のツートンカラーのスーツに黒いアームガード状のアイテムを手首に装着している人物は空中であたふたしている。

 

「のわあああああああああああ!落ちる落ちる落ちるうううう!」

 

しかし、その落下して行く最中に空中で掌を指で押すと手首に巻かれているアームガード状のアイテムから糸の様な細い線が一直線に射出され、架橋の上部構造に当たり、その糸の後端を持つ彼の方向転換を容易にするとその人物は空中で一回転し、同時に右脚を伸ばして踵を荒魂の脳天へ叩き込む。

 

「あらよっと」

 

上空からの落下による位置エネルギーも加わっているだけでなくその人物の脚力も強いのか荒魂の頭部は徐々にヒビが入り、大きく凹み、荒魂もその威力と衝撃でふらついている。

その一撃を叩き込んだ人物は百足型荒魂の頭を踏み台にして跳躍してサマーソルトを披露すると、一緒に落下して来た2人と同時に隊の面々の前で着地する。

 

「あ、いってえ〜」

 

降り立ったのは少女の華奢な外観には似合わぬ頭部にバイザー付きのヘルメットと橙色のバイザー、胸部と腕部と脚部に装着されているパワードスーツS装備を装備した美濃関の制服を纏ったの少女と鎌府の制服を纏った少女の2人……そして、空中であたふたしていた赤と青の体にフィットしたスタイリッシュなスーツと赤色の頭全体を覆い隠す白い眼が特徴的なマスク、肩には黒いライン、手首には黒いアームガード状のアイテムを装備しているヒーローと言った具合の珍妙な姿をした人物、親愛なる隣人スパイダーマンだ。

 

一同の視線が釘付けになっていると美濃関の制服の少女が隊列を組む面々の方を向く。少し距離もある上にバイザーで顔も隠れている為明確に表情までは読み取れないが刹那、口角を軽く上げる仕草はまるで「もう大丈夫」と言っているような頼もしさがある。

 

「ごめんごめーん!まだヘリからの着地って慣れなくてさ!」

 

『着地のタイミングを約1秒早くすると理想的です。分析の結果、戦闘が長引くことで対象が長時間暴れ回れば橋架線が崩落する可能性も0ではありません。早めにカタを付けましょう』

 

「マジ?ま、蜘蛛と百足の節足動物ゲテモノバトル頂上決戦は目の毒だろうからさっさと終わらせますか!」

 

スパイダーマンが荒魂の脳天に叩き付けた踵を軽く上げてさすりながらこの場に似合わぬ軽口を叩いているが状況は一刻を争う。スーツに搭載されているのだろうか機械的な女性の音声をしたAIは空中にいた時から既に戦況分析を始めておりそれを聞いたスパイダーマンも臨戦態勢に入る。

それを察知すると先程まで百足型荒魂の動きを封じるために攻撃をしていたパラディンは彼らの妨害をしない様に砲口はしっかりと荒魂の方を向きながらも待機状態へと移行し、「待て」と命じられた飼い犬の様にじっとして動かなくなる。

 

「うん!」

 

「了解」

 

スパイダーマンが荒魂の顔面の方向に両手を向けてアームガード状のアイテム、ウェブシューターのスイッチを押すと一直線に粘着性のあるウェブが射出され荒魂の顔面に命中し、空気に触れると同時に凝固する。

 

「そら、綱引きだ!」

 

スパイダーマンは両手でウェブを持つと両脚で力強く踏ん張り、腕を自分の方へと引くと荒魂がそれを振り払ってスパイダーマンを投げ飛ばそうとする力とスパイダーマンがウェブを引っ張る力が拮抗して荒魂の動きを封じる。

 

「今だよやっちゃって!」

 

「沙耶香ちゃん!」

 

その隙に鎌府の制服の少女は頭部に向けて回転斬りを叩き込み、美濃関の少女は数多ある脚部を攻撃して行き、スパイダーマンが荒魂の動きを封じ、2人は交互に連携を取りながら的確に荒魂の部位を破壊して状況を自分達に有利な方向へ進めて行く。

 

「よし、じゃあ僕も……っ!」

 

2人の少女の猛攻によるダメージの蓄積と身体の部位の損壊により咆哮を上げる百足型荒魂が弱り始めたのを感じ取るとスパイダーマンは自分も仕掛け時と判断し、百足型荒魂を拘束しているウェブを両手で強く後方へ引く事でウェブの引っ張り強度をより強靭にしていく。

そして、その引っ張り強度による反動を利用して力強く踏ん張っていた脚で地面を思い切り蹴り上げる事で百足型荒魂に向けて一直線に跳躍して顔面に飛び蹴りを放つ。

 

「■■■■■■■■■■■―――! 」

 

弾丸の如く一直線に飛び出したスパイダーマンの飛び蹴りが百足型荒魂の顔面を捉えると側頭部の辺りが損壊する程の威力で顔面を半壊させ、突き破る様に上昇して行く。

 

「せいあ!」

 

更に続く様にスパイダーマンが飛び蹴りをお見舞いして空中にまだ停滞している頃、スパイダーマンと位置が入れ替わり、交差する様に美濃関の少女が攻め込み一瞬背中合わせの形になると縦方向に回転しながら御刀を振り下ろして百足型荒魂の首を叩き切って着地する。

 

胴体から分離された首は宙を舞った後に地面に叩き付けられ、胴体も力無く架橋の上に倒れ込んで動かなくなる。生命活動停止と言った所だろうか。

その手際の良さを見せられてか先程の戦闘から足がすくんでいた綾小路の制服の少女の視線は釘付けになっていた。

その理由は何だろうか、自分は実戦に慣れていない……初めての実戦であるため初めて対峙した百足型荒魂を前にして過度な緊張と恐怖心で足がすくんで動けなくなった。初の実戦とは言え自分は何も出来なかったが眼前で自分達の危機を救ってくれた彼らの戦いを前にして不覚にもつい魅せられてしまった。

 

荒魂が活動を停止した事でノロの回収班が到着し、後処理が進められて行く最中部隊を指揮していた少女に対し、増援として参戦して来た面々が歩み寄る。装備していたS装備の稼働時間の限界を過ぎ、装着解除された事でその素顔が露わとなる。美濃関の少女は茶髪に活発そうに見える少女衛藤可奈美、鎌府の少女は色素が薄くどこか儚げな印象がある大人しそうな少女糸見沙耶香であった。勿論、正体は秘匿の存在であるスパイダーマンはマスクを被ったままであるが。

 

「応援の衛藤可奈美です!」

 

「糸見沙耶香」

 

「更にそのお手伝いのスパイダーマンです」

 

可奈美と沙耶香は現在本部長を務めている紗南の指示によりこの首都高に駆け付け、スパイダーマンも現場近くにいたため召集が掛かり、ビルの屋上から下降して近付いてきた2人を乗せたて移送中のヘリに飛び乗ってそのまま彼女達の戦闘補助要員として同行して来た様だ。

 

「応援感謝します。以後は我々が……」

 

「はい、お願いします!」

 

現場を指揮していた少女が敬礼しながら3人に向けて感謝の言葉を述べているとおずおずと3人の戦いに魅せられていた綾小路の制服の少女が前に出て来る。

 

「あの…お3方は4ヶ月前の……」

 

「はい、そうです!」

 

「僕はただいただけですけどね……」

 

「4ヶ月前」。そのワードが飛び出た瞬間この3人は何の事を指しているのか、当事者であるため即座に理解出来てしまう。

4ヶ月前の鎌倉の折神邸にて刀剣類管理局局長のポストとなれる存在である紫の肉体に憑依することで20年間管理局を支配する事で裏から警察組織を動かして復讐の機会を窺っていた大荒魂タギツヒメ の討伐に参戦した面々であるからだ。

しかし、その真実は世間に公表など決して出来る内容では無いため大まかな真実しか世間に知られていないがその場にいた者たちとして軽い有名人のような存在になっている。

スパイダーマンも現在はタギツヒメが流した悪評は誤報であるとデイリービューグルからの正式な謝罪により明かされており、大荒魂討伐に協力したとしてその数に数えられてはいる。

 

だが、あの時の戦闘はあの場に全員がいたからこその物であるし、自分が1番実力不足なため最も重篤なダメージを負った上に幸運と奇跡が重なりその微かなチャンスを逃さなかった事でどうにか出来たと思っている側面もあるためイマイチその数に数えられて持ち上げられるのはしっくり来ないというか未だ慣れないため自嘲気味に返す。

 

「あはは……そ、そうなんですね……」

 

歯切れの悪い微妙な返しをされたため綾小路の少女もやや戸惑い気味に愛想笑いを返してしまう。そんな彼女に対し、可奈美は友好的に話しかける。

 

「あなた綾小路の?」

 

「はい!出向で特別任務部隊に参加しています綾小路中等部1年、内里歩です!」

 

「歩ちゃん!」

 

制服の通りやはり綾小路武芸学者の生徒、ましてや中学1年生であるため実戦慣れしているだけで無く実績をあげている面々は非常に頼もしく見える上に、有名人に助けられその活躍を見た事でついテンションが上がってしまいミーハーな態度を露にしてしまう。

 

「私も鎌倉の本部にいます!寮で何度か衛藤さんや糸見さんをお見かけしたことがあって」

 

(アイドルの握手会に来た人みたいだな……)

 

「内里、警戒任務中だぞ」

 

「は、はい!」

 

興奮冷めぬまま熱量がヒートアップして行く歩に対し、指揮を取っていた少女は冷静に諌める。確かに頼もしい存在の有名人が眼前にいて安心したと同時に舞い上がってしまうのも歳相応の反応と言えるが指摘されると我に帰り、舞い上がってしまっていた事を反省して恥ずかしそうに返事をする。

 

「じゃあまた寮でね!」

 

「はい!」

 

自分たちのすべき事は終わり、歩にまだ仕事があるようなのでこれ以上ここに長くいる理由も無いため可奈美は歩に軽く手を振ると3人は踵を返して反対の方向へと歩いて行く。

 

「よっ、君たちもご苦労さん」

 

スパイダーマンは通りがけに宙に浮遊しながら忠犬の様に待機しているパラディンに対し、飼い犬を褒める飼い主の様に頭頂部に相当すると思われるバイザーの部分に手を置いてポンポンと軽く叩く。

 

『我々は命令に従い、プログラムのまま実行するだけです。その様な言葉を掛けられる理由はありません』

 

「いいじゃん別に、頑張ったのに人間も機械もないでしょ。皆さんもお疲れさんでーす!」

 

かつて舞草に属する反乱分子の一員とそれらを狩る政治権力の道具として敵対したスパイダーマンとパラディンであるがあの時は使用する人間が自分たちを殲滅する目的と意志で使用していたが故に敵対していたに過ぎず現在は敵味方の境界線は消え、本来の製造目的通り刀使やSTTを支援する装備として使われており実際皆の役に立っているためテクノロジーにも敬意を評して友好的に接している。そして、まだ現場に残って作業をしている面々にも軽く手を振ってパラディンの後を通り過ぎて行く。

 

「〜♪」

 

歩みを進めて行く最中どこか楽しげな雰囲気を醸し出している可奈美に対して隣を歩く沙耶香は彼女の顔を覗き込みながらボソリと呟く。

 

「可奈美…楽しそう」

 

「ん?何?沙耶香ちゃん」

 

ほとんど独り言のつもりで呟いた言葉であるため可奈美にはよく聴こえてはいなかった様で聞き返されるが自分が無自覚の内に楽しそうにしている事に気付いていないのか、という疑念が湧いては来るが掘り返す事でも無いと思い押し黙る。

 

「ううん………」

 

一応彼女の呟きが聞こえていたスパイダーマンはフォローのつもりで考えられる可能性をサラりと話す。しかし、荒魂出現の現場対応によりすっかり頭から抜け落ちていたやらなければならない事を思い出す。

 

「ま、深夜テンションって奴でしょ。結構遅くなっちゃったし………深夜?……あ!カレン今何時!?」

 

『深夜1時を過ぎました』

 

スーツに搭載されているAIカレンに冷静に現時刻を告げられるとマスクの下で顔色が真っ青に染まって行き、慌てふためきながら頭を抱える。

 

「やっべ………っ!昼前までにレポートの続き書いて提出しないとスタークさんに殺される!」

 

『早急に取り掛かりましょう、不眠不休で書けば間に合う筈です』

 

スパイダーマンの切羽詰まった様子に対しカレンはレポートを作成する作業に掛かる時間や移動時間を即座に計算して必要工程のスケジュール表を作成する。

 

「行けなかないか……っ!じゃまたね2人ともー!」

 

スパイダーマンもまだ希望があると知ると眼の色を変え、即座に行動に移して橋の左側に向けて走り出し、欄干から飛び出してウェブシューターのスイッチを押してウェブを飛ばして地覆に当てるとそのまま跳躍による遠心力を利用する。そして、橋の真下を通り抜けながらその遠心力によってかかる負荷によってウェブの引っ張り強度はより強靭な物へと変質して行き橋の反対側に出るとウェブから手を離す。振り子の原理を利用したスパイダーマンは勢いよく飛び出して、宿泊先のある市街地の方向へと飛んで行く。

 

「ま、またねー……」

 

「バイバイ」

 

忙しないスパイダーマンの様子を見るに荒魂対応の戦闘補助だけで無く他にもやる事が山積みなようで向こうも向こうで大変なんだなと思いつつ手を振りながら飛び去って行くスパイダーマンを見送った。

 

 

ーー翌日の朝

 

とあるビジネスホテルの一室にて中学生程に見える少年が子供ならば普通は眠っている筈の早朝の時間でありながら机の上にあるPCの画面を食い入る様に目を凝らしつつキーボードに高速で指を走らせて操作しながら画面上に表示されている送信の文字をクリックする。

 

「よし、これで完成。はい送信っと!あぶねー……」

 

『送信完了、セーフでしたね』

 

一息吐くと糸の切れた操り人形の様に力無く机の上に顔を突っ伏せ、気怠そうにゆったりと顔を上げてPCの画面とPCの隣に置いてあるスマートウォッチ型に酷似した小型のデバイスを見上げる。直後、遮断されている窓のカーテンの隙間から夜明けを告げる一筋の光が寝室に差し込んで来ることでその人物の顔が顕になる。

 

「あー疲れた……スタークさん納期キッツいからなぁ」

 

『お疲れ様です』

 

「はいどーも。にしたってここ数ヶ月色んな所行って色んな部隊の手伝いするし移動する手間や時間も掛かるから運用テストに時間割けない時もあるしで中々進まないよなぁ……君がスケジュール管理や参考資料の読めない英文翻訳してくれたりするからほんと助かるよ」

 

『確かに様々な場所に行く都合上新しい知り合いはそれなりに出来ましたね、既存の知人達程親しくなった者は両手の指で数えられる程しかいませんが。それに颯太を支援するのが私の仕事です、どうという事はありません』

 

「へ、変に深入りし過ぎて僕の正体を知られる訳にもいかないしコミュニケーションはちゃんと取ってるからいいでしょ……」

 

スパイダーマンの中の人であり、美濃関学院中等部2年生榛名颯太だ。

その顔はやり切ったという達成感に満ちてはいるが目の下には隈ができており寝不足な様子でかなり疲弊している様にも見える。

先日、深夜帯でありながら荒魂退治の応援を頼まれ戦闘補助要員として出向いて戦闘を行いそのまま宿泊先に戻って今の時間まで作業を行なっていたのだから無理はないだろう。 

 

作業の名残か机の上には朝食代わりのコンビニで買えるチーズバーガーの包み紙や眠気覚ましの為に噛んでいたブラックガムの包み紙やブラックコーヒーの空き缶が散乱している。

そして、PCのUSBポートに寝巻きの下に着込んでいる赤と青のツートンカラーで構成されているスーツから伸びるUSBケーブルが繋がれており、スーツから聞こえるサポートAIのカレンの補助もあり定期的な進捗報告を終えた所だ。

 

そしてスマートウォッチ型のデバイスを手に取り、PCの画面に目を向けると「ナノマシンテクノロジーを用いた装備開発における進捗状況報告書」と書かれており、フォルダにはそれを基にして新たに作成するスーツの案として多種多様なスパイダースーツやS装備のデザイン画の3Dモデルとそれらの名称が所狭しと並んでいる。そして、この手に持っているスマートウォッチ型のデバイスこそナノマシンの格納ユニットとしても機能するアーク・リアクターを動力源にした持ち運び可能なアイテムだ。

 

現在、トニーとフリードマンに交互に指導を受ける事4ヶ月、ようやく指導の成果が出始めたのか持ち運び可能で即座にスーツを形成、装着可能なナノマシン格納ユニットを小型のスマートウォッチ型デバイスにまで落とし込むまでは漕ぎ着けた。

しかし、このテクノロジーを用いた自分の新スーツの名称や明確なデザイン、具体的な機能等は戦闘データ採集とシステム構築が未完成であるため実戦投入出来るレベルではなく現在考案している最中である。

 

その証拠にスーツの3Dモデルの下にはそれぞれアドバンス……パンク……ヴェロシティ等々中二だけに思い付く限りの厨二センスを駆使したワードを展開して行ったのかやや恥ずかしさを感じる形跡があるが今の所しっくり来る物があまりないためこちらも前途多難なようだ。

 

「ま、僕がやりたくてやってる事だから仕方ないんだけどさ」

 

4ヶ月前、鎌倉で起きた大荒魂タギツヒメ の復活により日本滅亡を回避すべく奮闘し、その結果一時的ではあるが脅威は去った。

 

その際、カモフラージュの都合とは言えインターンの名目上の指導者として高性能なスーツを渡し、時には厳しく接してくる師と仰ぐトニー。

そしてタギツヒメ に憑依されていた紫が倒された事で管理局の代表である局長代理としてその立場を引き継いだ朱音に管理局の研究が遠因で力を得たとは言え、元来颯太は管理局のいざこざとは無縁で守られる立場にある一般人であるため大荒魂が討伐され、日本の壊滅を防ぐという眼前の目標は達成された以上協力する理由は消失すると言われ日常に帰る事を推奨されたが自分はそれを蹴った。

 

しかし、外部協力者という形に一度落ち着いたが組織としての体面を保ち、正体も秘匿しなければならないという側面もあるため定期的な身体検査を行いつつ念のため監視の名目で基本的に誰かと行動を共にし、戦闘も基本的に補助に回るという制約を設けられている。

 

その上、スパイダーマンの正体である普段の自分がそこに行く理由付けが必要になるため研師として戦闘で酷使した御刀のメンテナンスを引き受け、一緒に行動する相手の行き場所と任務の内容によっては研究施設に入る可能性もあるためその研究施設にも出入りする理由付けとしてトニーからナノマシンテクノロジーの研究とそれらを活用した装備開発案とデータ採集、制作を課せられている。

 

このナノマシンテクノロジーを活用したスーツの研究が進めば現在各地に搬出する荒魂に対応するにあたり、持ち運びが簡易的でナノマシンの瞬間的な結合で瞬時にスーツを形成でき、ダメージを受けたとしてもナノマシンが配列を変える事で修復を可能とする利便性の需要が高まるため、結果的に皆の役に立つのであればと引き受けている。

 

ちなみに舞草の里に着いた頃にトニーに一時的に没収されていたハイテクスーツは管理局と舞草での全面対決に於いて、以前は高性能なハイテクスーツの機能や多彩なウェブやAIによるサポートに頼りきりで仲間の協力やスーツの性能が無ければ負けていた局面も多いが、没収後に高性能なハイテクスーツの力無しで戦いを切り抜けた事を評価された事で既に返還されているため今こうして部屋着の下に着込む形で身に纏っているという事だ。

 

(でもやっぱちょっと、自由は欲しいかもな……)

 

これだけやる事も多く、基本的に誰かと行動を共にする状況下にあるため1人でいる時間や自由は以前よりも格段と無くなり、どこか窮屈さを感じる毎日を送っている。しかし、これらも全て自分から選んで行なっていることであるため致し方ないと納得はしている……してはいるが……。

 

「そういやスタークインダストリーズが開発中の他のスーツのテストって午後から予定してたっけ、僕もコイツのデータ採取に行かないと。少し仮眠取るから時間なったら間に合うように起こして」

 

『分かりました、時間になったら起こします。それまでおやすみなさい』

 

「おやすみ……」

 

不眠不休で作業を続けていたせいか流石に睡魔が襲って来たため、このまま午後の作業に支障を来たさない為にも颯太はベッドの上に横になり自分が身に纏っているスーツのAIであるカレンに目覚まし代わりを頼むと仮眠を取るために瞼を閉じると軽い眠りにつく。

 

 

陽は日差しは既に空高々と登り、学生ならば昼食を済ませた時間帯に差し掛かる美濃学院学長学長室へと続く廊下にて、何か用事があるのか現在も美濃関にいる舞衣が名簿ファイルを手に持ち歩いている。

 

「失礼します」

 

「柳瀬さん」

 

学長室の前に来ると2回ドアをノックし、引き戸のドアを横にスライドして室内に入り、入室した後に再度ドアをスライドして閉める。

来客が来た事を察した江麻はその方向に視線を向けて舞衣を視認し、招き入れる。

 

「来週鎌倉に出向する者の名簿をお持ちしました」

 

「ご苦労さま」

 

舞衣が江麻に名簿を渡すために歩き出そうとした瞬間、江麻が付けていた学長室のテレビの方から聞こえてる声が2人の意識をそちらに向けさせる。

 

「朱音様の証人喚問ですか」

 

画面に映し出されるニュース番組で証人喚問の席にて朱音が報道陣から集中砲火の如く質問攻めに遭っており、並の人間ではすぐに疲弊してボロを出してしまいそうな勢いではあるが冷静に一つ一つに丁寧に対処して行くが報道陣は更にヒートアップして行く。

 

『米軍所属艦艇の奪取、都市部への不明機射出、国民がどれほどの不安を抱き実害を被ったか、どのように受け止めているのでしょうか?』

 

『折神証人』

 

『一部の特災隊により20年前の大災厄のような事態は未然に回避することができました……それに前局長は現在療養中です』

 

『バッカもおおおおおん!それで全国民が納得すると思ってるおるのかあああああ!貴様らの杜撰な管理のせいで荒魂が頻出し、あの悪党スパイダーマンが自由に駆り出される事で再度持て囃されている状況を看過していい筈がなかろうて!』

 

突如、証人喚問の席では白髪の混じった頭髪にちょび髭が目立つ初老の記者が朱音の無難な解答に対して机を叩いて立ち上がり、烈火の如く捲し立てる。

管理局からのネタでスパイダーマンを悪く書く記事を書いたまでは良いがそれが記事を発行した後に誤報だと言われたため謝罪記事を書かされるという屈辱を受けた個人的な恨みも介在しているが国民を危険に晒した管理局への憤りも確かにあるため、かつてのお得意様ではあるが局長代理の朱音にはかなりキツく当たる新聞記者、ジェイムソンの怒号が響き渡る。

 

『静粛に!次騒いだらつまみ出すと言っただろう!おい、今すぐコイツを摘み出せ!』

 

『は、離せ貴様ら!ワシは市民の味方……デイリービューグルの社長兼編集長なのだぞおおおおお!』

 

がなり立てるジェイムソンは複数人のガタイのいい大男達に四肢を掴まれ、神輿を担ぐように持ち上げられるとそのまま証人喚問の場から運び出され、強制退室して行く。

その様子に辟易した表情を浮かべる江麻は見るに耐えないのか机の上に置いてあったテレビのリモコンを操作してテレビを消す。

溜め息を吐くと同時に江麻は生徒に前で言うのもどうかとは思うが現状を憂いたボヤきがつい出てしまう。

 

「今や刀剣類管理局は格好の的ね。新体制とか舞草とか言っても世間的には同じにしか見えない。ノロを大量に漏出し土地を汚した杜撰な組織……」

 

「事実だと思います」

 

真剣な表情でキッパリと厳しい自分の意見を言いながら名簿を手渡してくる舞衣の迫力に押されて一瞬固まってしまった。

例えトップが荒魂に支配されていようがどんな理由があったにせよ管理局は結果として市民を危険に晒した組織である事は否定出来ずその事で世間から厳しい目で見られても仕方ないという事実を若いながらに真剣に受け止めている在り方に唸らされたと言った所か。

 

「そうね…でも体を張って人々を守ったあなた達や朱音様が責められているのを見るとどうしてもね…」

 

受け取った名簿に目を通すと鎌倉に出向するリストの中に舞衣の名前を見つけた江麻は視線を名簿から舞衣の方へと向ける。

 

「あら柳瀬さん。あなたも来週から出向なのね」

 

「はい三度目です。可奈美ちゃんはほとんど向こうに行ったきりで颯太君は色々な所を行ったり来たりですけど……颯太君はスタークさんの指示で受けた装備開発も並行しながら任務で酷使した私達の御刀を研いでメンテナンスしてくたり、戦闘補助で私達が戦いやすくしてくれましたし可奈美ちゃんはこの4か月お母さんを目標にすごく頑張ってましたから」

 

「衛藤さん素晴らしい任務達成率ですもんね。紗南……真庭本部長がね。どうしても手元に置いておきたいって。母親譲りなのかしらね……」

 

「学長は可奈美ちゃんのお母さんと颯太君の叔母さんと同級生だったんですよね?」

 

「ええそうよ。2人とも良い友人で美奈都は本当に強い刀使だったわ」

 

古い友人の話題が出たため心なしか懐かしい気持ちになったのか江麻は席から立ち上がり舞衣に背を向けて学長席の背後にある窓の外を見つめながらどこか戻っては来ない昔を懐かしむように語り出す。

 

「私はね。ずっと彼女に憧れていたのよ」

 

「美奈都さんにですか?」

 

「ちょうど柳瀬さんが衛藤さんに抱いてるような気持ち、かしらね」

 

「えっ……」 

 

「だからね。美濃関預かりだった千鳥が衛藤さん選んだ時とても嬉しかったの」

 

「はい……」

 

唐突に自分の心情を見抜かれたかのような発言に驚いてしまい、言葉に詰まってしまったが完全に否定出来る程間違ってもいないため否定もしない。

江麻としては常に先を行き続ける者の背中を追いかけ続けたいと願う者として似た者同士の同族意識の様な物を舞衣に感じたからこそそう思うのかも知れない。そこには紛れもなく彼女らの関係性を理解し、生徒の事をしっかり見ている教育者の姿があると言える筈だ。

舞衣も江麻の言葉に今でもかつての友を想う気持ちとその子供が彼女と同じ御刀である千鳥を持った事がどれだけ嬉しかったのかを感じ取ると瞳を閉じて江麻の言葉を肯定した。

 

 

ーー東京都、市ヶ谷付近にあるビルにて

 

スーツ開発のレポートをトニーに提出した後、仮眠を取って睡眠時間を補った颯太は本日の午後にスタークインダストリーズが現在開発中のスーツのテストを予定しているため、起床後にビジネスホテルの前で待機していると知り合って以降すっかり関東付近を移動する際の運転手となっているスタークインダストリーズの警部部長兼社長の運転手ハッピー・ホーガンに乗せてもらう形で現在地である市ヶ谷付近にあるビルの前へと辿り着いた。

 

車を降りて、最近建てられたスタークインダストリーズの新しい会社のガラス張りのビルを真下から見上げて出来栄えに感心すると運転席にいるハッピーに声を掛ける。

 

「ありがとうハッピー。スーツの起動テストが終わったら連絡するよ」

 

「分かった、後でな」

 

「うん、後でねハッピー」 

 

ハッピーが車をビルの駐車場まで運転して移動させ、その後は時間までビルの食堂や休憩室でまったり待機する予定だ。そして、時間が来たら連絡し、次は本部のある鎌倉に行き、そこでの用事を済ませたら再度ビジネスホテルまで運転してもらう事になっている。

ハッピーの運転する車が駐車場に入って行く所を見送るとビルの正面玄関から入って行き、インターン実習生による会社見学という面目の受付を済ませるとすぐ様これから自分が行く、会社の中にあるトレーニングルーム付近のトイレに駆け込む。

 

「トイレでスーツに着替えるってのはあったけど、今日はトイレで装着ね……すぐ様変身して装着できる特撮ヒーローが羨ましいと思ってたけど正体バレ無いようにする工夫が大変なのはどこも同じだよね」

 

個室に入るとリュックからスマートウォッチ型のデバイスを取り出して、右手首に装着する。

これだけ見ると少し贅沢してスマートウォッチを買ってそれをオシャレ代わりに付けている中学生に見えるだろうが実際は全く異なる。

一応メールとメッセージアプリ、ミュージックプレイヤー、音声操作・音声アシスタント等の機能を搭載しているが音声操作・アシスタント以外はほとんどおまけに等しい。

颯太が左手の人差し指で画面を操作して行くと全身を包むスパイダースーツの3Dモデルのアイコンをタップすると現在作成中の外見はほとんど現在のスーツとは異なり、パワードスーツの様なスパイダースーツが映し出される。

画面に起動確認の文字のボタンが映し出され、デバイスの画面が光り出している。既に準備は出来ている様だ。

 

「ちょっとハズいけど、やりたくなっちゃうよね……スパイダーアーマー、起動!」

 

右肘を内側に曲げてデバイスの画面を前方に向けながら顔の高さまで持ち上げるガッツポーズの様なポーズを取ると颯太は掛け声と共に握り拳を作って左腕を壁にぶつけない程度に横に振った後に握り拳で「起動」のボタンを押す。

 

直後、装着者として登録されている颯太が画面に触れた事をデバイスが承認したのかデバイス内のアークリアクターが発光してスカイブルーの輝きを放ち、デバイスから幾億ものナノマシンが流れ出し、包む形になるように形状を変化させながら纏わりついていく。

すると、一瞬でスパイダーマンのスーツを形成して行くが普段の繊維出来たスーツとは異なり、赤と青色のツートンカラーに胸部から腹部程の長さの黒色の蜘蛛のマークのあるまさにパワードスーツと言った流線型のメタリックなスーツだ。

しかし、ナノテクによるウェブシューター生成機能は完成していないため外付けでハイテクスーツ御用達の取り外し可能なウェブシューターを付ける事になる。

 

「いいよなぁ、これ!持ち運びが楽になるのはもちろんなんだけどすぐに着れるのが良いって言うかやっぱ小型アイテムで装着はロマンだよなぁ。まぁ、名前は今は無難な呼び方してるけどもっとこう……バシっと決まったのにしたいよね、それに戦闘データと機能が足りないから実戦投入はもう少し先かもなぁ……じゃあ完成に近付ける為にデータ採取に行きますか」

 

一方でスーツの名前は現在は身に纏うからスパイダーアーマーと無難な呼称をしているがほぼ仮称でもう一捻り欲しい所であり、完成したら恐らく全く別の名前になるだろうし形状も自分が扱い安い物に変わるかも知れない。

その完成に一歩でも近付けられるよう、より一層邁進せねばと思いハイテクスーツの取り外し可能なウェブシューターを両手首に着け、リュックを手に持ってトイレから退室してトレーニングルームへと向かう。

 

 

既にこの会社ではスパーダマンはこのビルのオーナーであるアイアンマンことトニーの部下という扱いであるため顔パスに近い状態で、トレーニングルームも本日は自分も関わりがある新造スーツのテストプレイに協力しに来たとしてもほぼ貸し切り状態である。

 

「にしてもスタークさんこのタイプのトレーニングルームが好みなのかな、それともコスト削減の使い回し?」

 

『恐らく以前に貴方がトレーニングしたことがある場所に近付ける事で練習しやすい雰囲気を作っているのかと』

 

「あ、なるほど。ありがたいね」

 

スパーダマンがトレーニングルームに入るとその室内の造形は舞草の里の地下に作ってあった物に酷似しており天井は高く、壁はかなり硬質の物質を使用し、ちょっとやそっとではビクともしないが無機質で生活感はまるで感じない。

そして、それなりに面積も広く飛び回ったりは出来そうであり、トレーニング用品以外は大したものが置いてない所を見るになるべく見慣れていて使い勝手の知る場所で練習しやすいようにしてくれているのであろう。

 

スパーダマンが軽く準備運動をしていると正面の方から何かが重量のあるスーツ特有の足音を立てながらドアを開けて入室して来る。本日テストするスーツとテストパイロットだ。

 

身体を包むスーツは両手両脚以外を焚き火を連想させる橙色のカラーリングで構成され、両手両脚は藍色で手首と足首のアーマーのみ橙色と言った具合に塗り分ける事で差別化されているどこかメタリックなアーマー。

カラーリングにスタークインダストリーズ製らしさを感じないが胸部に埋め込まれている円形のアークリアクターに酷似したリアクターがらしさを生み出している。

左手には何かを操作するタッチパネルの様な物を装備し、腰には物理的外観は全長30cm程の金属製の刃のない柄の様な物と、背中には斜めがけに日本刀の柄が立てかけられており、そこから抜刀して戦うのだろう。

 

……更に、頭部を守るフルフェイスのヘルメットマスクは分離式で取り外しも可能なようでその形は西洋の民間伝承に伝わるゴブリン という精霊を模したと思われる後頭部に向けて長い頭部のヘルメットは首と連結していてフードのようにも見え、長い耳のように思える両耳のアンテナ付きのイヤーマフ。

そして、顔を隠して防御するマスクのツインアイが紅く光っているのが尚更鬼と言った雰囲気を醸し出している。

 

そう、形状だけ見ればあのグリーンゴブリンのリデコだ。しかし、随所にスタークインダストリーズらしさが感じられるアレンジが加わっている。

 

「おっ、いいじゃん。ちょっとリデコだけど日曜の朝じゃよくあるらしいからね!」

 

「………………」

 

しかし、スパイダーマンは全く驚いている様子を見せずに眼前にいる人物に友好的に接している。

あのグリーンゴブリンに似たスーツが眼前にいて、鎌倉の夜でその危険なスーツの力を格段と引き上げる為に装着者を凶暴化させるシステムを身を持って持って知っている筈なのに全く動じていない。

 

そして、グリーンゴブリンのリデコは終始無言を貫き、スパイダーマンを鮮血の様に赤いツインアイで見据えるだけで鎌倉の時の様な暴走しているという印象を与えない。本当にこれはグリーンゴブリンなのか?

 

「こっちのデータ採集にも協力してもらうから思いっきり来ていいよ。じゃ、始めようか!制限時間は10分!」

 

『測定開始』

 

スパイダーマンがテスト開始を告げて腰を低く落とし、左手を床に着けて右手を自由にする独特なポーズを取り、それを開戦と受け取るとグリーンゴブリンのリデコは初めて呟く様に始めて言葉を発した。

 

「『ホブゴブリン』、バトルデモンストレーション……スタート」

 

その言葉と同時に自らをホブゴブリンと名乗ったグリーンゴブリンのリデコは右肩に斜めがけに立て掛けられている日本刀の柄に右手を伸ばして抜刀しながら一直線に駆け出してスパイダーマンに斬りかかって来る。しかし、刀身は丸くほとんど練習用で殺傷能力の無い打撃武器の様だ。それでも当たるとスパイダーマンでもかなり痛いだろうからなるべく食らわないようにしたい。

 

前方にいたホブゴブリンが駆け出すと同時にスパイダーセンスが作動し、スパイダーマンは回避を選択して相手の攻撃を待つ事にした。

 

「おっと」

 

「…………」

 

ホブゴブリンは右手に持った日本刀をスパイダーマンに向けて振り下ろし、袈裟斬りをお見舞いして来る。スパイダーマンはスパイダーセンスで事前に前方らの攻撃を察知していたため、最小限の動きで身体を右に逸らして袈裟斬りを回避した。

しかし、攻撃を回避されたホブゴブリンは流れる様に今度はスパイダーマンが避けた右側に袈裟斬りを放って来る。

 

「切り替え早っ!」

 

スパイダーマンがいくら回避してもすぐ様ホブゴブリンは日本刀を左手に投げ渡して持ち帰る事ですぐに追撃の態勢に移行して執拗にスパイダーマンに斬りかかる。

 

「ちょっ!やっば!」

 

しかし、ホブゴブリンは一瞬スパイダーマンの眼を見つめると回避行動を取ったばかりのスパイダーマンにすぐ様左脚を軸脚にして右脚で回し蹴りを顔面に向けて放って来る。

ホブゴブリンの相手に次の行動を取らせないかのような烈火の如く攻めに対してスパイダーマンは先手を相手に取られた上に相手の攻撃が止まらない以上、一度受けてから反撃に入る事を選択し、左腕を最小限の動きで素早く構えてホブゴブリンの回し蹴りをガードする。

 

「ぐっ!」

 

「…………っ」

 

ホブゴブリンの回し蹴りが左腕に命中すると、左腕を通して全身に衝撃が走る。常人とは比較にならない程の耐久力を誇るスパイダーマンですら一瞬怯む程の威力の蹴りによって蹴られた場所だけナノマシンが拡散して、制服の袖の部分が覗く。

 

……しかし、ホブゴブリンに蹴られた事で装着者の着ている衣服の袖が見えたため、一見破損したかの様に見えるが手首に巻いているデバイスから再度ナノマシンが供給され始める。

破損して露出した部分に対し、再度供給されたナノマシンが配列を変える事で装甲を再構築して蹴られる前の様に綺麗さっぱり元通りになる。

 

「言ったでしょ、思いっきりやっていいって!じゃあ今度はこっちから行くよ!」

 

「くっ……」

 

スーツの腕の部分が破損した上に痛がったスパイダーマンの様子を見てホブゴブリンは一瞬戸惑った様子を見せるがそうしている間にスパイダーマンはホブゴブリンの右足首を掴んで持ち上げるとホブゴブリンの身体を宙に浮かせ、その場で一回転と同時にトレーニングルームの壁へと向けて投げ付ける。

実はキャプテンとの遠隔操作でのリモートトレーニングも頻度は多くはないがお互い時間が合う限りは続けており、対人格闘戦における投げ技もかなり慣れた事で今の様に流れる様に投げ技を繰り出せる程になっている。

 

「下手な遠慮してたらデータ採取にならいんだ……よっ!」

 

壁の方向へと投げ付けられたホブゴブリンの背中は壁に叩き付けられた事で背中に衝撃が走る。その間にスパイダーマンは両手を前方に突き出し、掌を天井に向けてウェブシューターのスイッチを同時に押す。

ウェブシューターからウェブが射出されると壁にウェブが吸着し、空気に触れた事で硬直が始まる。ウェブの後端を持って後方に向けて踏ん張る事で引っ張り強度を強靭になって行き、床を強く蹴ると勢いよく飛び出したスパイダーマンは右脚を前に向けて構え、飛び蹴りの姿勢を取る。

 

「………」

 

スパイダーマンの言葉を受け取ったホブゴブリンはどうやらその通りの様だと理解するとスパイダーマンの蹴りが命中するか否かの間合いに入ると滑り込む様に姿勢を低くする事で回避し、同時に右の掌をスパイダーマンのいる真上に向ける。

スパイダーマンの蹴りが壁に命中した直後、ホブゴブリンのグローブの掌の中心に音が集約して行き、空気を振動させて標的であるスパイダーマンが聞こえる域を上回る周波の音、つまりは超音波を発して牽制する。

 

「うわっ!うるっさ!」

 

近距離で超音波をぶつけられた事でスパイダーマンも驚いてしまい、おまけに蹴りを放った直後というアンバランスな状態に持ち込むとホブゴブリンは両手を床に着けて逆立ちし、開脚しながら横回転での回し蹴りをスパイダーマンの顔面に5連続で蹴りを多段ヒットさせて来る。

 

「ぐあっ!」

 

ホブゴブリンの蹴りを受けて蹴り飛ばされ、床に叩き付けられたスパイダーマンが起き上がるや否やホブゴブリンはスパイダーマンに接近し、日本刀を上段からの袈裟斬りを叩き込む。

 

「…………」

 

ホブゴブリンの振り下ろした日本刀の切先がスパイダーマンを捉える瞬間、何故か金属同士が激突する音がトーレニングルーム内に鳴り響く。

……そう、何故か。先程までウェブシューター以外の武器を持っておらず、この場もホブゴブリン以外得物を使用する者などいなかったのにだ。

 

「………間に合ったっ!」

 

ホブゴブリンの振り下ろした日本刀の切先はスパイダーマンには命中しなかった。いや、何も武器を持っていなかった筈のスパイダーマンの手にいつの間にか握られている日本刀の縞地に受け止められ届いていなかったのだ。

スパイダーマンはその意味深な言葉と同時に日本刀を振り払う事で受け止めていたホブゴブリンの日本刀を受け流す。

 

「…………………」

 

「何か観客のリアクション薄かった時のマジシャンの気持ちが分かった気がする。次から手品見る時はちゃんと驚くようにしなきゃね」

 

相対するホブゴブリンは眼前のスパイダーマンを見据え、日本刀を横に振って構えを取る。向こうがまだやる気がある様なのでスパイダーマンの方も試してみるかとホブゴブリンに対して右手に日本刀を構えて前に向け、左手を後方に向けて何かを掴もうとする手の形にする。

 

すると、徐々にスパイダーマンの左手の中でナノマシンが集合して行き、日本刀の形を形成し、それを掴む事でスパイダーマンは二刀流の形となる。

そう、先程スパイダーマンがホブゴブリンの攻撃を何故手に持ってすらいなかった日本刀で防ぐ事が出来たのか……それは、スーツの機能でナノマシンが手の中に送られる事で日本刀を瞬間的に作成し、それでホブゴブリンの攻撃を防いだと言う事になる。

 

ナノマシンによって形成される剣、差し詰めナノブレードと呼ぶべきだろうか。

 

スパイダーマンが現在開発中のスーツの最大の利点は持ち運びと装着脱の簡易性だけで無く、瞬間的にナノマシンを装着者の望む物を自動形成したり、損傷箇所を自動修復できる汎用性だ。

現にナノブレードも鎌倉の貯蔵庫の戦闘で地に突き刺さっていた2本の御刀が消えて空間移動した様にタギツヒメの手元に収まった瞬間を目撃した事で瞬間的に必要に応じて武器を生成する機能を思い付いた。

だが来る事が多い反面、器用貧乏に陥りがちであり汎用性が高いからこそ装着者の発想力と応用力が求められてしまいがちになる為、扱いやすいようマイルドに落とし込む必要があることや多くの戦闘データを増やし、トライアンドエラーを繰り返して粗を削って行く必要があると言える。

 

「前にやった時から妙にこれしっくり来るんだよね。じゃあ、まだまだ行くよ!うおおおおおおおお!」

 

「…………」

 

スパイダーマンがホブゴブリンに向けてナノブレードを両手に構えると腰を低く落とし、一瞬の内に床を強く蹴り上げて駆け出して接近する。

ホブゴブリンの眼前にスパイダーマンが両手に持つナノブレードを同時に上段から叩き付けるとホブゴブリンは手に持つ日本刀でそれを防ぐ。

 

「ぐっ……!」

 

両者の間に先程とは比べ物にならない量の金属音が鳴り響く。そして、ナノブレード2本分とスパイダーマンの腕力の乗った一撃を日本刀一本で受けたので、一瞬力負けしてそのまま押し切られそうになるがホブゴブリンはその力を利用して受け流し、スパイダーマンの剣戟をそのまま払うと同時にスパイダーマンの腹部に蹴りを入れる。

 

スパイダーマンが怯んだ隙にホブゴブリンは一転攻勢を仕掛けて来る。スパイダーマンに対してまたしても吹き荒れる嵐の様に絶やす事なく右からの袈裟斬りをスパイダーマンの左手に持つナノブレードに防がれたらすぐ様柄を左手に持ち替えての下段からの斬り上げを右手のナノブレードにぶつけて上に上がるとその隙に右手スパイダーマンの顎にアッパーをお見舞いする。

 

「ぐあっ!」

 

「…………」

 

顎を拳で捉えられて身体を打ち上げられたスパイダーマンは宙に浮き、身体を投げ出されてしまう。

 

「だ・け・ど!」

 

しかし、即座に空中の真上に足の歩幅程度の円形をナノマシンで形成し、スパイダーマンは逆さまの状態からその円形に脚を着けて着地する。

スパイダーマンがナノマシンで空中に簡易的な足場を作り、それを蹴り上げて空中で身体を縦に回転させながらタイムロス無くホブゴブリンに反撃して来る。

 

「…………っ!」

 

「はああああっ!」

 

予想だにしていなかったナノマシンの使用方法に驚いたがホブゴブリンもすぐ様防御の姿勢を取ってスパイダーマンのナノブレード2本を用いた連続的な回転斬りを防ぐ。

回転の加わった一撃であるにも関わらず、ホブゴブリンはそれらを受け切り、日本刀を横一閃に振り抜く事でスパイダーマンに突きを放つ。

そして、スパイダーマンも回転斬りを防がれた上で横一閃で弾かれたがすぐ様右手のナノブレードで突きを放つ。

 

「「…………………」」

 

一瞬の交錯の末、互いの首筋に刃が触れるか否かの瀬戸際で静止し、互いの動きを読み合う様に睨み合うとスパイダーマンのスーツから機械的な音声が鳴り響く。

 

『10分経過、本日のテストは終了です』

 

「え?あ、もう終わり?いい線行きそうだったんだけどなぁ」

 

トレーニング時間を測定していたカレンがいつの間にか時間となり、終了を告げると幾億ものナノマシンは瞬時に右手首に巻いてあるデバイスの中に戻って行き、それによって装着が解除されてしまう。  

 

「全く、使い方もそうだけどもっと調整しないとダメだな。参考にる似たような力持った敵とか出て来たら何かしら勉強になりそうではあるけど、実際出て来て欲しいかって言われるとね……」

 

颯太はあれだけ迫真の勢いで打ち合いになっていた様子から一転して、本日の総括を語りながらホブゴブリンに歩み寄っていく。

 

「お疲れ様、わざわざありがとう。ハリー」

 

慣れ親しんだ友人のあだ名でホブゴブリンに声を掛けるとホブゴブリンは左手に装備してあるタッチパネルを操作するとフルフェイスのヘルメットが自動で後方へと移動することで分離し、素顔を顕にする。

 

 

「………おつかれ」

 

「こうして2人で一緒に作業してるとさ、何か授業とかで一緒に作業してた頃を思い出すよね」

 

「ああ、そうだな」

 

長い睫毛に、高い鼻筋の端正な顔立ちをしてはいるが目の下には隈が出来ており以前のような明るく人懐っこい雰囲気は無く、別人の様にしおらしい。

実際、本日のテストの際は必要最低限以外の言葉を発しない程口数も少なっている。

4ヶ月前の鎌倉での攻防戦で舞草の残党を迎え撃つ為に、自らもグリーンゴブリンを装備してスパイダーマンと友人同士の殺し合いをし、自身がスパイダーマンに倒された直後に結芽はその仇討ちとしてスパイダーマンに挑み、戦闘には勝利したが身体の限界をそこで越えてしまった。

その際に、彼女の最期に立ちあった様に見える颯太と戦場でついに顔合わせをして互いの正体を、そして管理局の真実を知った。

そして、何者かに気絶させられた際に結芽の遺体が行方知らずになり、彼女が人間として死ぬ事が出来なかった可能性を知り、後に一時期管理局の医療施設にて拘束され、治療と取り調べを受けて最近解放された颯太の学友、針井栄人だ。

しかし、結芽を失った事と、自分達が加担してしまった事の負い目からか以前の様子は鳴りを潜めているのか口数は少なく、颯太に対しても必要最低限の事しか話さない。

 

……4ヶ月前の鎌倉の一件以降、新体制となった事で装備開発の方針が一転し、家が経営している会社がタギツヒメに協力していたという事実は鎌倉危険廃棄物漏出問題の真相を世間に公表する事も出来ず混乱を防ぐ為には秘匿する必要があるが折神体制側に着いていた以上は警戒・監視の対象として針井グループはスタークインダストリーズの子会社として合併吸収される形でスーツの製造権と著作権をトニーに譲る形となった。

 

長年積み上げて来た功績がスタークインダストリーズとの合併吸収により完全に下請けとなってしまった事に経営者である能馬は頭を抱えてはいたがこの程度に済んだことを幸いと思うことにしていたが栄人はそんな能馬の様子を冷ややかな目で見ている。

そして、本日2人がいるこの会社こそスタークインダストリーズに合併吸収された子会社という事になる。

 

合併吸収の際、トニーは回収したスーツの中でグリーンゴブリンのスーツの装着者の感情をエネルギーに変換してパワーを上げる機能に着目し、自分のスーツにも有効活用出来る使えるかも知れないと考え、試作機としてグリーンゴブリンをホブゴブリンへと改造する事を決定て現在テスト段階に至る。

しかし、現在ゴブリンのシステムを最も効果的に扱うには強化細胞ゴブリンフォーミュラと適合する必要があるが未だに調整中で安全に適合出来る保証はないため唯一安全では無かったが適合出来た成功例である栄人にテストパイロットを依頼するよう颯太に頼み、一緒に戦闘データを集めさせるようにしている。意図は不明だが、トニーは何故か2人に協力してスーツを作り上げていく事を課している様にも見える。

 

実際颯太も自分で頼めばいいのでは?と内心思いつつもまたいつか一緒に話したり出来れば良いと思いながら栄人にスーツ運用や作成を手伝ってもらうように依頼している。

その一方で、未だに必要最低限の事しか語らなくなり、極力颯太を避けている……所か極力人との関わりを避けているが颯太がスーツの運用、トレーニング、データ採集の協力を呼び掛ければ必ず来る上に新体制の管理局にも出向いて元自社のパラディン等のシステム調整、運用指導を行う等非常に協力的な姿勢を見せている。

しかし、互いに協力する関係にはあるが颯太が歩み寄ってもどこか一線を引いているため全く以前のような関係性には戻れてはいない。

だが、それでも歩み寄る為に何か無いかと共通の話題であるスーツに話を振る。

 

「……にしてもさ、今ホブゴブリンって試作段階だから色々機能が制限されてるけど正式に運用されて全ての制限が解除される様になればスゴい機能が開放されるじゃん?」

 

「ああ」

 

「僕も一応関わってはいるけどさ、折角だからおさらいの為にちょっと確認しとこうよ」

 

「構わない」

 

素っ気ない了承を受けると自分が知っている限りのホブゴブリンのスーツの事を語り始める。

 

「グリーンゴブリンはさ、ゴブリンフォーミュラによってスーツとシンクロした装着者の感情の強さによってそれを力に変えて戦闘力が上下するシステムを常に安定させる為に装着者を凶暴化させて感情を昂らせる機能があったから常に高出力で戦闘出来てたけどホブゴブリンに暴走機能は存在しない。スーツの性能を活かすのも殺すのも装着者に依存する、装着者の感情の強さが力の根源になってそのアークリアクターに似てる新型のリアクター、プロミネンスリアクターによってエネルギーの供給が増える」

 

「あぁ、だから装着者が弱気になれば弱くなるし装着者が強気になればなる程強くなる」

 

「ハリーはさっきどれくらいで戦ってたの?」

 

「お前が思いっきり来いって言ったから、怪我させない程度に思い切りって所だな」

 

「そっか、それで互角だったからもっと昂ってたら危なかったかもね」

 

「どうかな」

 

やはりまだ遠慮されてはいるがちゃんと真面目に協力してくれていることは伝わって来る。ホブゴブリンが全ての機能を開放した上でパワーも最大限に上がっている状態であったのならどうなっているかは分からない、と思わされた。

 

「後はさ、掌から打って来た音波。警戒してなかった訳じゃないけど滑り込んで回避しながら打って来るとはね」

 

「ルナティック・ラフも瞬間的に超音波で相手を怯ませ武装だから基本的に対人戦にしか使えないだろうな。おまけに味方を巻き込む可能性も考慮して人間を昏倒させる程の威力はない」

 

その意見を行くと颯太の中ではアイアンマンもマーク46に超音波を発生させる機能を有していたと聞いたことがあるがあれは反対派に着いた面々を無力化させる意図があったと思われるのでホブゴブリンも強力な武装と性能を有しているが極力傷付けないようにしたいという想いで搭載したのかも知れないと思わされた。

 

「そうだけど実際近距離で使われると結構厄介だよ。後はその腰のホルスターに付いてる金属製の柄は確か」

 

「ああ、200ペタワットレーザーの熱火力による切断から着想を得たらしいけど切断武器として常に使用するにはその電力量の確保は困難極まりない、実際ペタワットレーザーも瞬間的に打つだけだ」

 

「そこで、200ペタワットレーザーみたく何でも切断とまでは行かないけどグリーンゴブリンのエレクトリックショックグローブで電流を流す事によって必要に応じて高熱を帯びたレーザーの刀身を安定して現出させて切断武器とする。名前は紅焔」

 

200ペタワットレーザーからの熱火力による切断から着想を得てはいるがペタワットレーザーは強力な反面、以前はカートリッジ式であったり何度も連発は

出来ない武装であるためマイルドだがエレクトリックショックグローブからの供給で安定した形に落とし込もうとする切り口に参考になるなと感心させられるが武装のネーミングは謎だ。

 

「何でこれだけ和名なのかは不明だが、形状は日本刀を想定してるらしいからそう名付けたのかもな。表面温度は10000℃で刀身内部は約30000℃にまで達するから鋼鉄もバターの様に切れるかも」

 

「怖っ!だけどそんな高温の武器を振り回すとなるとやっぱり限定解除の後になるよね」

 

「ああ、だから今の俺じゃ使えない。正式じゃないからな」

 

紅焔は説明を聞くだけでも強力だと言う事は理解出来るがやはりそれだけ強力な武装は正式なパイロットに認定された者しか使えないという厳正なものであって然るべきであると思わされる。

現時点でゴブリンフォーミュラと適合してゴブリンのシステムと最もシンクロ出来るのは栄人ではあるが現時点では正式なパイロットではない現在では使用は出来ない。なんなら、いつか適合する人間が現れて正式なパイロットに相応しい人間がなるべきなのだろうと考えている。

 

「しかし、そんな高温自分も危ないんじゃって思うけど装着者を守る為に冷却装置で常に適温に冷やしてるらしいから流石はスタークさんだよね」

 

「ああ、本当にな」

 

「後はほとんど前のグリーンゴブリンに搭載されてた武装が引き継ぎの予定って所かな。確かにパンプキンボム強力だからね」

 

「…………」

 

グリーンゴブリンの頃の話をしたのは不味かったか?と思い、どうにかこうにかして話題を変えようと思考を巡らせ、思い付いた話を振る。

 

「………あのさ、今日は協力してくれてありがとう。助かったよ」

 

「別に、俺に出来るのはこれくらいだから」

 

「せっかくだしさ、ご飯行かない?何か運動したらお腹空いちゃった」

 

何とかして繋ぎ止めるようと夕飯にでも誘い、そこで腹を割って話すとまではいかないが一緒にどこかに出かけたり食を共にする事で歩み寄ろうと提案する。

しかし………

 

「……ワリィ、俺にそんな資格ねえから。じゃ、また何かあったら呼んでくれ」

 

「…………うん」

 

やはり、まだ鎌倉での出来事や自分のした事への踏ん切りは掴めないのか颯太の伸ばす手を取ることは出来ない。こうしてまたしても必要以上には関わろうとはせず必要とされれば協力するという距離感を保っている。

しかし、避けているのであれば要請を無視する事も、テストに協力する必要も無い筈なのにしっかり協力はするというどこかちぐはぐな行動に対し、自分でも思う所がないでは無いが自分にはその資格は無いとして一線を引き続ける。

ホブゴブリンのヘルメットを脇に抱えると颯太に背中を向けて退室して行く。

 

その背中を今はただ見送る事しか出来ないがそれでも、それでもきっと。そんな想いを抱えながらリュックを持ってハッピーに連絡にスーツのテストが終わった事を連絡する。

ハッピーと合流すると今夜、紗南に管理局の医療施設に呼ばれている事を伝えてハッピーの車の後部座席に座り、どこか名残惜しそうにビルを見つめているとハッピーが車を走らせて鎌倉にある本部へと戻る為に車に揺られて市ヶ谷から去って行く。

 

 

ーー奈良県某所ーー

 

和風の一軒家の中の広間の奥にタンスの様な大きさの仏壇が置かれており、その前に正座し、両手を合わせて黙祷を捧げる少女がいた。

この藁葺き屋根の和風の家の住人、十条姫和だ。現在は関東に荒魂が出現している状況下であるが鎌倉の一件以降、燃え尽き症候群を拗らせてしまったのか現在は活動しておらず実家でまったりしている。

 

次は庭に生えている樹から落ちた落ち葉を竹箒で拾い集めて庭の掃除に勤しんでいると車の駆動音が耳に入り、そちらに目を向ける。

黒塗りの車の後部座席から着物を羽織った糸目の女性、姫和の通う平城学館の学長を務める五條いろは学長だ。

 

「五條学長……」

 

自分の学校の学長が態々家まで来たと言う事は何かしら大事な用があるのかと予感していろはを招き入れると時刻は既に夕刻へと差し掛かり、夕焼け空が一面を橙色に照らす。

 

「この家…私がいない間も誰かが手入れしてくれてたようですが」

 

「家は人の手が入らへんとすぐに痛むからね。朱音様が気を使ってくれはったんよ」

 

集めた落ち葉の中心に火をつけて落ち葉焚きをしながら朱音に母篝へと宛てられたB5大の封筒を見つめていろはの話を聞くと、そこまでしてくれていたのかと納得する。しかし、いろはが態々家まで出向いて来た以上はこれから彼女に重要な話をしなければならないため覚悟して問い掛ける。

 

「なぁ姫和ちゃん。刀使辞めるか迷ってるん?」

 

「岩倉さんに聞いたんですか?」

 

姫和は図星を突かれた事に驚いたのか一瞬ピクリと反応するが何故それを知っているのかを熟慮すると自分の事を気に掛けてくれる級友がすぐに思い浮かんだ。

 

「早苗ちゃん…何か悩んだ顔してたから私が無理矢理聞き出したんよ。責めんといてあげてな」

 

勿論、彼女も学長という上の立場の相手に問われた以上は答えざるを得なかったのもあるだろうが心配している級友である自分の事を思ってくれての事だろうと理解は出来るため責めるつもりはない。

 

「20年前私の母はタギツヒメを討ち損じました。今更学長にする話ではありませんが」

 

「これでも当事者の一人やからね」

 

「折神紫に憑依したタギツヒメは刀使を使ってノロを集めさせその力を増していきました。それを知った母は全ては自分の責任だと悔やみ続けました。この世を去るその日まで……私は母のやり残したことを成すと誓いました。折神紫を討つと」

 

これまで学長には言っていなかった自分の心情とその目的を話し、既に用が無くなった朱音からの手紙を落ち葉焚きで燃ゆる火の中にくべて焼却する。この手紙を読み、一人で全てを背負いながら戦いを決意した時の心情を思い出していた。

 

「そうとは知らんと…ほんまに一人でよう戦うたね」

 

「いえ、一人じゃありません。多くの人に助けてもらいました。私が気付いてなかっただけで……小烏丸も学長が」

 

「ほんまはあかんのやけど学長権限でこっそりと。私はただ篝ちゃんの娘が小烏丸に選ばれたんが嬉しかったんよ」

 

「そのおかげで私は母の本懐を果たすことができました」

 

母親のやり残した事を果たす事ばかりに注力し過ぎて自分の視野が狭くなっていた事や、決して自分1人では今回の討伐はなし得なかった事を心から痛感して

おり、その内の1人にいろはも確かに入っていていて言葉にはしないが感謝もしている。

 

「タギツヒメもしばらくは現世に出て来んやろなぁ。それに今回は姫和ちゃん達も無事やった。20年前に比べたら目覚ましい戦果やで。でも…そうやなぁ……姫和ちゃんの戦いは一区切りついたんやね。それで引退を考えてるん?」

 

「タギツヒメ本体を討つまでは、と考えています。ただ……」 

 

しかし、簡単に割り切れる問題でもなく一度眼前にあった大きな目標がなくなってしまうと人間は再び熱を取り戻すのは難しいものである。

まだ全てが解決した訳でも無いし、同時に様々な問題が噴出し始めている以上燻っている訳にもいかない事も理解はしているからこそこうして迷ってしまうのかも知れない。

 

「どうにも身が入らへん、って所?それはそれでもええと思うよ。姫和ちゃんはもう十分戦うたんやから。一度よく考えてから返事くれる?」

 

「わかりました……」

 

「実は……あ、これは言わん方がええな」

 

「何ですか?」

 

いろはもあくまで姫和の自主性を重んじ、熟慮の末に決めて貰うのが1番だろうと思って本人に一任する方針のつもりだったがつい、口を滑らせてしまい。口を手で押さえるが時既に遅し。

その気になる一文を聞いてしまった姫和は真剣な表情でいろはに問い掛ける。

 

 

夜、鎌府の寮ロビーのソファーに腰掛けて休息を満喫していた可奈美と沙耶香であったがどこか落ち着きがなく、うずうずしている様子だ。

恐らく本日は出動の要請も掛からず、身体をロクに動かす機会が無かったからか遂には痺れを切らした様に可奈美が起立して向かい側のソファーに座る沙耶香に向け、手を合わせて提案をする。

 

「あのね沙耶香ちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど」

 

「何?」

 

「お風呂の前に手合わせお願いできないかな?」

 

「いいけど」

 

「ほんとー!?いーやったー!」

 

自分の要求が通った事にガッツポーズをして大層喜んでいる可奈美に対して沙耶香は浮かない表情で俯いたまま本音を漏らす。

 

「いいけど…私で…いいの?」

 

「ん?何が?是非お願い!……ん?」

 

沙耶香の発言の意図が引っ掛かったが特に気にする事なく普段通りに気さくに接していると桃色の髪をツインテールにした小柄な少女が覚束ないゾンビの様な足取りでこちらに歩いてくるのが見えた

 

「薫ちゃんおかえり〜」

 

「……………おう」

 

「ねー」

 

「お疲れ様ー、遠征だったんだよね」

 

遠征から帰還した薫とねねだった。しかし、その呼び掛けに対してか細く掠れた声で覇気のない返事を返すばかりで顔色は完全に青ざめたまま、目の下には大きな隈を作っている事から相当疲弊していることが窺える。

そして、とうとう限界が来たのか糸が切れたマリオネットの様にソファーの上にうつ伏せに倒れ込むと左手人差し指だけを立てた状態で左腕を頭上側へ伸ばしたまま動かなくなり、止まってしまう。

 

「公務員には…労働基本権が……ない」

 

「「へっ?」」

 

返ってきた返事があまりにも突拍子のないもので脳がその言葉の意味を理解して処理するのに時間がかかったのか素っ頓狂な声が上がってしまう。

そして、うつ伏せのままの薫は壊れたオルゴールの様にぶつぶつと呟き始めるる。

 

「しかも俺達警察や消防には団結権、団体交渉権、争議権といった労働三権さえ認められていない……」

 

途端に仕事の愚痴に変わり始めたため、何が何やらと言った具合に可奈美と沙耶香は顔を見合わせて首を傾げるがそんな2人の様子もどこ吹く風のまま置き去りにしてこの疲弊した状態でも確かに溢れ出して来る制御不能な熱い炎の様な感情が身体を突き破り徐々に薫の語気は強まってヒートアップして行く。

 

「あんのクソパワハラ上司……っ!」

 

「真庭本部長の事……?」

 

それで伝わってしまうのもあんまりだが自分達全体に指示を出し、薫にとっては上司である現在本部長は紗南なため彼女が思い浮かぶのは自然な話だ。

しかし、その名前が耳に入った瞬間、上体を起こして天を仰ぎながら絶叫して不満を思い切りぶちまける。

 

「なーにが本部長だ!!ふざけんなあああああ!!

 

「うおっ」

 

「………っ」

 

 

「東へ西へ…完全に不当労働行為じゃねーかよ!!あの非人道的なクソバ」

 

普段無気力でダウナーな彼女がこうも矢継ぎ早に紗南への不満を叫んばせているとなると相当過酷な労働環境なのだろう。ヒートアップして勢いが止まらない薫の愚痴のボルテージが最高潮に達したその時……

 

       

 

 

       

 

 

「ぶへっ!」

 

かつてはテレビで多用されていたが最近での使用頻度は減少傾向にある特徴的な効果音と共に角ばった黒いフォントが出てきそうな音が鳴り響く。

 

「少しは労ってやろうと来てみれば……この野郎」

 

「本部長!」

 

「いってぇ……」

 

頭を押さえる薫の頭上で拳骨のポーズを取ったまま薫を見下ろす紗南の姿があった。しかし、怒っている様子はなくやや呆れ顔である事から自分への文句を言われた事だけでなく、公共の場であるロビーで騒ぐ方が問題だと思ったから当事者なりに止めに来たのだろう。

拳骨の痛みに悶絶している薫を他所に紗南はこの光景を見ている沙耶香と可奈美の方へ歩き出して持って来ていたケーキの箱を手渡す。

 

「これやるぞー。ケーキだ」

 

「ケーキ……っ!」

 

「ありがとうございます!」

 

「お前は反省室行きな」

 

「離せ!この暴君!圧政者!何で俺ばっかり…エレンはどうした~!』

 

「あいつはちょっと別の用事でな」

 

手渡されたケーキを前にして目の色を変えて喜ぶ2人とは対照的に頭を押さえて悶絶している薫の首根っこを掴んで持ち上げ、そのまま連行して行く。

疲労困憊状態の上に拳骨の痛みも相まっている最中また新たに何かさせられると思ったのか、堂々と不満を漏らす薫の悲鳴がロビーに虚しく木霊していく。

 

ーー一方、その頃とある研究施設にて

 

ドーム状の屋根を持つ大型な研究施設の構内の一室にて女子にしては170cmを超える長身の金髪の少女が両親と思わしき白衣を纏った男女と談笑していると反対側の部屋に入るための自動ドアを通ってピンク色のシャツに眼鏡を掛け、年老いているせいか頭髪全体が白髪となっているが高めの身長と青い瞳は白人だと思わされる老人が室内に入って来る。

 

「………グランパ!」

 

その人物の姿が目に入ると金髪の少女、エレンは目を輝かせて老人の元へと駆け寄って行く。彼女の発言から察せられる様に室内に入って来た老人は彼女の祖父であり身内のフリードマンだった。

 

「it's here long time!」

 

「oh!precious!」

 

長い間会っていなかったのか家族の再会の抱擁を交わすエレンとフリードマン

の間に家族団欒な和やかな空気が流れて行く。

 

 

鎌府の寮にて未だにロビーにいた可奈美と沙耶香は紗南にプレゼントされたケーキの箱を開封して中身を確認するとタルト生地の上にアーモンドクリームやカスタードクリームを敷いたフルーツタルトが入ったいた。

 

「フルーツタルトだ!」

 

「おいしそう……」

 

「貰っちゃっていいのかな?薫ちゃんの分は残しとかないとだね」

 

「うん」

 

「あ!衛藤さん糸見さん!」

 

目を輝かせながらフルーツタルトを覗き込む2人に気付いた声が耳に入ると現実に引き戻されてそちらの方へを見やる。

 

「歩ちゃん!」

 

「さ、早速会えましたね」

 

「衛藤って……?」

 

同じく鎌府の寮に下宿している先日の任務で応援として駆け付け、その際に知人となった歩とその友人と思わしき黒髪にサイドテールの同い年位に見える少女であった。

アイドルの握手会に来て緊張している反面、テンションが上がってあるのを隠せないファンのようなリアクションを見せる歩に対して一緒にいる友人の少女は可奈美達の名前を聞いて何か思い出したかのような様子を見せる。

 

「あ!今ちょうど本部長にケーキ貰ったんだ」

 

「え!?いいんですか!?」

 

「勿論!」

 

可奈美と沙耶香は並んでソファーに腰掛けてフルーツタルトを食し、歩とその友人の少女美弥は彼女達とは真向かいに腰掛け、手を膝の上に乗せて行儀良く座りながら2人が美味しそうにフルーツタルトを頬張る様子を眺めていた。

 

「ねぇ。この二人って例の大荒魂を討伐した…」

 

「そうだよ」

 

「知り合いなの?」

 

「ううん。たまたま昨日の出撃の時に応援で来てもらって……」

 

4ヶ月前の鎌倉の事件で大荒魂を討伐した有名人を前にして友人がその様な面々と知り合いになったのかと言美弥の疑問に歩はまだ出会って日が浅く、互いの名前くらいしか知らない程度の仲である事を説明しているとフルーツタルトを食し終えた可奈美が2人に向けて気さくに話しかけて来る。

 

「そうだ!私達この後道場で手合わせするんだけど一緒にどう?」

 

「いや~私は……」

 

「見学させてください!」

 

可奈美の提案に対して美弥は自分よりも上級者であり有名人からの誘いを受けてしまい、喜びよりも困惑の方が勝ってしまったせいか遠慮がちな態度を取っていたが歩は食い気味に身を乗り出してその提案を飲んだ。

 

 

 

「襲撃された?回収班がか?」

 

先程紗南に連れて行かれた薫は実は反省室ではなく実は本部に連行されていた。恐らく、可奈美と沙耶香を前にあの様な言い方をしたのは2人に知らせないという部分や近くにいた誰かに聞かれては困る内容だったからだ。

しかし、その内容があまりにも突拍子のない内容なため、半信半疑と言った具合で訝しげな表情を浮かべている。

 

「ああ。ノロが奪われた」

 

「荒魂か?」

 

「いや違う。襲撃したのは刀使だ」

 

紗南の発言に薫は目を丸くしてしまうがあまりに不可解な内容であったため、聞き返す。

 

「刀使が回収班を?どういう事だ?」

 

「言葉通りだ。刀使による荒魂の討伐後ノロの輸送中だった回収班の車両が別の刀使に襲撃された。この1週間で4件。全てノロが奪われた」

 

こうも易々と突破された上に強奪されている有様ならば護衛を付ける等して対策を講じるのが妥当だろう。しかし、態々自分だけを呼び出し、説明する事態になっているのであれば何かしらの理由があるのでは無いかと言う疑念も浮かび上がって来る。薫も呆れ果てながら苦言を呈するが紗南は一筋縄ではいかない事を説明する。

 

「おいおい、管理局はなぜ護衛をつけない?」

 

「つけた、2件目以降は刀使が護衛した。だが奪われた…相手は相当の手練れらしい」

 

しかし、聞けば聞くほど不可解な話だ。何故なら管理局に所属している刀使であるのならばその様なテロを起こしてまで個人的にノロを強奪する理由も無い上に、メリットもこれと言ってない筈だ。

そう、かつての折神家の様に局長のポストを陣取ってノロを自分の元へ集めさせるという思惑があるのであれば話は別だが紫が倒された事で局長の座から降りた以上、そんな事を出来る奴がいるのかと思わされる。

 

「意味が分からん。そもそもノロを奪ってどうする?以前の折神家じゃあるまいし…」

 

「…………」

 

「そうなのか?旧折神紫派の仕業なのか?」

 

否定とも肯定とも言えない沈黙であるがそれでいて真剣な表情で薫の瞳を紗南は見つめている。現時点では不明な点があるため断言は出来ないと言う事だろう。

 

「いや、まだそうとは断定できない。とにかく襲われた者達の証言によれば相手は一人だ」

 

「1人?」

 

「フードを深く被って顔は見えない、皆同じ証言だ」

 

紗南の発言の中で実際に襲撃されたとなると場所によっては防犯カメラや相手の詳細を特定する為に映像を撮影ししていもいい筈だ。その可能性に賭けて薫は本部の大画面のモニターへと顔を向ける。

 

「映像はないのか?」

 

「察しがいいな、これだ」

 

紗南は座っている机の上にあるデスクトップのキーボードのエンターキーを押して映像を再生する。

すると、大画面にボヤけてはいるが記録映像が映し出され、フードを被った謎の人物が護衛に付いていた刀使を横一閃に切り払っている姿が見えた。

一時停止を押して御刀を振り抜いた姿で固定すると薫は気になる事を質問し始める。

 

「御刀を持ってるじゃないか。管理局なら特定できるだろ?」

 

「それができなかった。登録されていない御刀だ」

 

「剣術の流派は?」

 

「当てはまる流派が多すぎる」

 

どうやらその相手は未登録御刀を用いることで所有者やその関係者を炙り出すのを困難にした上で敢えて様々な流派を攻撃に織り交ぜる事で追跡を撒いていると言ったようだが薫はよく知るある人物に協力すれば一気に特定が捗ると思い、自慢げに語り出す。

 

「可奈美に見せればいい。あの剣術オタクならこいつらの手癖からすぐに流派を割り出せるぞ」

 

「ああ、近く衛藤にも協力してもらう。だがまだ一部の者にしか知らせていない」

 

「勿体つける事かぁ?」

 

「事が事だけにな………後、もう一つ念のため警戒しておいて欲しい事がある」

 

「まだあるのかよ」

 

紗南が再度、少し曇った表情を見せると何度もすまないなとでも言いたげに声のトーンを落として実は最近、この強奪犯以外にも紗南の頭を悩ませる存在が出現し始めていたのだ。

 

「ああ、これだ」

 

紗南がマウスで映像フォルダのアイコンを選択すると映像が切り替わり、今度は別の映像が映し出される。

 

……全身がドス黒いコールタールの様なおどろおどろしくこの世の物とは思えない禍々しい2m程の人型の異形の姿だ。

丸い頭部に三日月の様に鋭い白い目玉は目付きが悪い等とは言い表せない威圧感を放ち、口も人間で言うならば耳の辺りまで裂けていると言った具合の大きな口には牙と形容した方が伝わりやすいであろう鋭利な歯がびっしりと並んでいる。

 

そして、映像の中の異形は何故か管理局が遅れた荒魂を討伐隊が来るよりも先に駆け付け……腕を刃に変形させ、それを振り下ろして荒魂を一刀両断して倒している等、入ってくる情報量の多さに薫は困惑し、掌で額を押さえながら情報を整理している。

しかしこの異形、体格や体色など異なる部分は多いが丸い頭部に白い目と言うとよく知る誰かにどことなく似ている。そのどうしても引っ掛かる部分に薫は顔を顰めて眉を寄せる。

 

「何だこりゃ海苔の佃煮の集まりか?……いや、よく見りゃこれって」

 

「ああ、似てるだろ?スパイダーマンに」

 

そう、似ているのだ。現在管理局に協力し、薫も実際舞草の仲間として共に戦った盟友の1人スパイダーマンにだ。

だが、いくら多少似ているとは言えこんな不可解な行動を単独で行う奴ではないし、その様なメリットも無い為実際に説明が付かない部分が多い。その点に気が付くとスパイダーマンではない可能性を語り出す。

 

「いや、でもありえないだろ。アイツは行動にそれなりの制約を掛けられてる筈だから単独でこんな事をする筈がない」

 

「ああ、現にこいつが1週間程前から現れた際に、時間も場所も一致しないからスパイダーマンじゃ無いのは確かだ」

 

「おまけに体格からして真逆だから尚更違うな、口も裂けてるし。だけどこのパチモンみたいな奴は一体何なんだ?スーツのデータが流出したのか?」

 

そして、薫はスパイダーマンのスーツを近くで何度も見ており写真にも納めている程察する機会がそれなりにあったため見れば見るほどとこの異形かスパイダーマンではないと確信を持つことが出来た。

ならばと、あり得そうな可能性を述べて行くと紗南は首を横に振りながら既に調べている事を語り出す。

 

「その線も薄いな、スーツのデータはカレンが徹底管理してるからそう易々と突破は出来ないだろう。念のためF.R.I.D.A.Y.とカレンに外部からコピーされた可能性を考慮してネットワークから探してみてもらったがそんな形跡は無かった。おまけに開発してるスーツの案にも似たような物はなかった以上、コイツはスパイダーマンどころかスパイダーマンのパクリですら無い可能性が高い」

 

この異形が出現し始めた事で、スパイダーマンに何となく似てはいるが時間も場所も異なる所にいたためスパイダーマンでは無いことは早めに知る事が出来た。

よって、早い内から颯太にもこの事を相談して実際に本部に招集させ、リモート通話であるがトニー立ち合いの元、作成中のスーツデータと案を確認させてもらったがその様なスーツを作っている様子も無い上にスーツデータに誰かがハッキングを仕掛けてデザインをパクった上でアレンジを加えた可能性も考えたがそのような形跡も無かったため外見に関して言えばただのそっくりさんの可能性が高い程度の事だろう。

 

「そっくりさんって所か、アイツをネガキャンしたいんならもっと似せてるだろうしな。しかしコイツ、やってる事って言ってもいち早く荒魂出現の現場に現れて速攻で片付けて逃げるだけだからあの強奪野郎程危険視する必要は無いんじゃねえの?」

 

薫は多少拍子抜けした様子でつらつらと語っていると自分で言っていて引っ掛かる部分があった為、顎に手を当てて咀嚼し始める。

スパイダーマンが蜘蛛型荒魂のバックアップから神性を受け取っているため素手で荒魂を倒せる事に慣れてしまって感覚が麻痺していたが本来はそうそうありえない事であると思い出した。

 

「……いや、おかしいか。そもそもコイツ何で御刀も無しに腕を刃に変形させただけで荒魂を倒せるんだ?こいつも神性を帯びた何かだってことなのか?」

 

「確かに我々もそこが気になってな、どの映像を調べても必ず腕を刃に変化させて荒魂を倒している事から神性の混じった存在かと思ったんだが我々が感知するよりも早く現場に駆け付け、荒魂を瞬きする間も無く倒してすぐ様行方を眩ませるから何者なのか尻尾も掴めんのだ」

 

荒魂にダメージを与えられるのは御刀のみ、なのにこの黒い異形は腕を変形させるだけで荒魂を倒している事が謎を呼ぶというのにその持ち前の戦闘能力故に速攻でカタを付けて行方を眩ませる事から特定が混迷を極めている様だ。

 

「現在分かるのは基本的に荒魂としか戦闘した様子は見られない、強奪犯と犯行時刻は被った様子がない事から関係性は薄いと言っ所か」

 

「敵とも味方とも言えねえ変な奴まで出て来る何てマジでめんどくせえな、しかもコイツは荒魂を倒すだけ倒してすぐに逃げちまうから強奪犯にその時に出るノロを奪われる可能性もないでは無いしな。コイツがいつ俺らの脅威になるか分からねぇ以上はコイツの事も一応警戒はしてた方が良いかもな」

 

映像を見ただけでは判断出来ない事が現時点の薫と紗南には多過ぎる事から、強奪犯程こちらに明確な敵対の意思は無いが二次被害的な心配と、得体の知れない存在である以上は注意は必要と言った所だろう。

 

「だな、内も外も警戒せざるを得ない経験をしたからな。情報を制限したいんだよ」

 

「管理局はまだ内部を疑ってるのか。ま、折神紫の件もあるからな」

 

前回の様に組織のトップが裏で暗躍し、長い年月をかけて用意周到な準備をしていた事実がある以上内部の人間こそ疑って掛かる必要があるため、極力信用出来る相手にのみ教えているようだ。

そして、態々薫にその特級の機密を教えるという事は余程薫の事を信頼しているという事だろう。非常にめんどくさくはあるがここまで素直に信頼を寄せられているのも悪い気はしない、紗南も不敵な笑みを浮かべると机の隣に置いてあったバッグを手に持つと席から立ち上がる。

 

「フン、何とでも言え。これから何か知ってそうな奴の所に行こうと思うんだが一緒に来るか?」

 

「ま、いいけど」(ん?……なんだそのバッグの中身?)

 

しかし紗南が持ち出したこのバッグ、不自然に全長約150cm程の布地で出来た袋に包まれている枕の様な物が入っていてかなり異彩を放っているため薫もつい気になって凝視してしまう。

 

「あー……その前に私はこれから行く所があるからお前は先に行ってろ。後から行く」

 

「なぁ、オバ……本部長殿。さっきから気になってはいたがそんなモン何に使うんだ?」

 

紗南がそのバッグを手に持って本部から退室しようとドアノブに手を掛けた瞬間、真面目な会話をしているのに妙な存在感のある枕の様な物体を指差してある意味最もこの場で気になっていた事を問い掛けると紗南は一旦静止する。

自分が今手に持っているバッグの中にあるこれに視線を移す。確かにこんなデカい枕を持ち歩いている光景はいかんせんシュールであるため気にはなるだほう。自分の状況が少し恥ずかしいのか頬を染めて歯を噛み締める。

だが、同時に薫の呼び方も看過出来ないものであったため、振り返るとジト目で薫の方を見やりながら右手人差し指を向けて悪態をついて退室する。

 

「聞くな……後お前今オバハンって言い掛けたな、後で覚えてろよ」




エターナルズとヴェノム、見て来ました。
エターナルズは何を話してもネタバレになる様な気がするのであまり深くは語れませんが観た人には何となく伝わりそうな言い方をすると初期の平ラ、エヴァ、FGO7章、まどマギ、怪獣優生思想を主役にしたダイナゼノンって感じでした。
概ね、まさに多様性戦隊エターナルズと言った具合でシンプルながら強力な能力による能力バトル物としての見栄えの良さと流石に開幕10人もおったら誰かしら空気化せん?と思いきや全員の掘り下げを映画の中できっちり行って見せ場を用意し、お互いの関係性もチームだから出来るものだなと唸らされました。
ストーリーの視聴感は教科書を渡されて今から説明するんで読みながら付いてきてくださいって言われてるような世界史の授業と言った具合で掘り下げは超丁寧ではあるんですけどかなり異質なので賛否が分かれるのも頷けましたが個人の自由意志vs仕組まれた運命論からの脱却と自分の道を決めて行く王道は外してないので是非その目で確かめてもらいたいです。


ヴェノムは良くも悪くも痴話喧嘩って言われてて見に行ったら大体その通りって感じでしたwただ、今回は関係性をより強く描いて長所を伸ばしたので前作より楽しんで見ることは出来たのは良かったです。
エンドクレジット後に衝撃の核弾頭打ち込むの最近流行ってるんですかね……w


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第62話 契約

NWH、今日まで本当に長かった。FFHの衝撃的なEDから生き殺しのような気分でしたがようやくその続きを見れる時が来ました。まあ、初日に行けないんですけどね。

言い忘れていましたが2話連続投稿なので一つ前の61話からお願いします。

ネタバレがつべやTikTokに流れてたりサブスクで配信されているサントラの曲名がネタバレだったりしたらしく何とかネタバレを踏まないよう極力触れないように細心の注意を払ってネタバレを回避出来たので新鮮な気持ちで見に行けることを嬉しく思います、見に行く皆さんも楽しみましょう!完結作らしいので超不穏ですけどw


紗南を載せた車は刀剣類管理局本部から車でそう遠くない距離にある拘置所の前で停車する。ここには主に刑事事件の被告人で刑が確定していない未決囚や死刑判決を受けて執行を待つ死刑囚が収監されている。

警察組織である刀剣類管理局の人間である紗南にとっても関係のない訳ではないがそこまで関係性は濃くはない……少なくとも本部長の椅子を任されている人間が易々と来る場所ではない。

ここに来ると言う事はそれだけの理由があるという事。紗南が本部長の仕事の合間を縫って時間を作り、今夜ここに拘置されている人物の面会に来た。

車から降りると持って来たバッグに視線を移す。バッグからはみ出る程大きな長方形の枕の様な物体を手にし、屋内に入って行く。

 

「これから奴に会うとなると気が重くなるな……だが、奥の手は用意してある」

 

受付けを済ませ面会室に向けて歩いて行く。受付けの際、鞄の中に入っている約150cm程の枕の様な長方形の物体に付いてツッコまれどうしても必要な物だとその正体を見せる事でどうにか説得したが受付に顔を引き攣らせた微妙な表情をされたのは地味にダメージが入った。

 

面会室に通されるとその無機質で生活感のない空間にこれから会う人物との間を隔てる声を通すためだけの穴が空いているアクリル板と座るためのパイプ椅子が存在し、そこに腰掛けてバッグを足元に置く。

それと同時に神妙な面持ちで待機していると向こう側で扉が開き、その人物が出て来る。

 

「ったく、今日はこんな時間に何の用だ暇人かテメェは……何だ今日はテメェかオバハン」

 

両手首に拳を封じるための手錠を嵌めてはいるがその気になれば普通に破壊出来そうだと思わせる引き締まった筋肉質な体躯、収監中であるためスウェット姿であるが堂々と髑髏マークがプリントされている奇抜なデザインの服装。

流石に今は外しているのか耳には大量のピアス穴、髪も以前は坊主頭に剃り込みを入れたお洒落坊主と言った髪型であったが今は散髪する時間が無いのか真紅の髪は無造作に伸び放題で襟足は肩の位置まで、前髪は眼にかかり左眼を覆い隠す程伸びているため以前とは異なりヴィジュアル系バンドのような印象を与えるがこちらに視線を向けた際の誰に対してもメンチを切るガラの悪く鋭い真紅の三白眼の目付きは変わっておらず何より身体の随所から覗く隠し切れない刺青はまさにヤンキーやチンピラと言った風貌の20代前半程の若者が出て来た。

 

「オ、オバハン……だと……」

 

「パッと見俺とそれなりに離れてるように見えるから客観的にそう判断しただけだ」

 

4ヶ月前、美濃関近辺の銀行で強盗を働きスパイダーマンに捕縛されてそのまま逮捕されていたが新装備ショッカーのテストパイロット兼舞草を含む反乱分子の捕縛のため管理局に雇われて協力していた人物ハーマン・シュルツだ。

 

タギツヒメ討伐のために舞草の残党達で折神邸にカチコミを掛けた際に敵陣営の最大戦力である親衛隊の1人である結芽を抑える役割を担っていたエレンと薫のコンビを迎撃する為にライノのテストパイロットアレクセイ・シツェビッチと共に参戦し、結芽を本殿側へと逃した上にエレンと薫の装備していたS装備を破壊及びエネルギー切れに追い込み彼女らを負傷させて疲弊させる程のダメージを与えた激戦を繰り広げた相手であるため仇敵の1人に他ならない。

 

2人に敗北した後はアレクセイ共々大人しく管理局に投降しようとした矢先に何者かに殴られた事で気絶させられ、目を覚ますと医療施設に入院させられた頃にはアレクセイは行方不明となっておりその後の消息は不明となっている。

 

そして、鎌倉危険廃棄物漏出問題の真相を世間に公表する事も出来ず混乱を防ぐ為には秘匿する必要があるため折神体制側に着いた事を深く咎められてはおらずショッカーのテストパイロットをしていた事を知る者も少ないが美濃関近辺の銀行を襲撃した罪は消える訳ではないため治療を終えて退院した現在はこうして裁判を待つ身となっている。

 

しかし、開口1番礼儀のれの字も知らないのではないかと思わされる刺々しい言葉遣いに気怠そうな口調。歳がそれなりに離れている歳上相手にこの様な態度を取る有様に紗南はため息が出そうになるが今日は態々時間を作って重要な話をしに来たのだ、気を強く持たなければ。

そう決心すると紗南はハーマンの鋭い目付きの三白眼を見据えて対応する。

 

「あのな、私はまだ今年で35だ。お前とは14しか変わらないんだ。だからこう……もう少し手心という物をだな」

 

「何だウチのババアの一個下じゃねぇか。じゃ、オバハンでいいな」

 

ハーマンは用意されたパイプ椅子に腰掛け、背もたれに背を預けて気怠そうに右脚を左脚の上に乗せる形で脚を組むと紗南に対し友好的とも排他的とも言えない当たり障りのないを対応する。

 

紗南は年齢を話した上で堂々とオバハン呼ばわりされ、それが定着した事にショックを受けるが最初のウチのババアの一個下……この一文が引っ掛かりつい聞き返す。成人した21歳の子供がいるにしてはかなり若い所の話では無いパワーワードだったからだ。

 

「くっ……定着してしまった……いや待てお前の母親お前の年齢考えると相当若くないか?」

 

「まあ、俺はババアが15の時のガキだからな。ちなみに親父は今年で39だ。親父とババアの馴れ初めは当時14でイケイケなパリピギャルだったウチのババアが年齢詐称して親父がクラブDJとして働いてるダンスクラブに夜遊びしに」

 

ハーマンの中では自分の母親より多少若い紗南はオバハンで同い歳かそれ以上の女性はババアという基準の様だ。4ヶ月前に管理局に協力していた頃に伊豆山中の戦闘で負傷した際、管理局の医療施設に入院していた最中に偉そうに命令して来た雪那を苛ついていたとは言え堂々とババア呼ばわりしていたのはパッと見で母親と同じくらいの年齢だと思った事に起因する。

このままハーマンが自身の身の上話を細かく語り出したら長くなり、面会時間の圧迫になりそうだと思い長い身の上話は一旦静止させる。

 

「いや、それは長くなりそうだからいい……そう言えばお前今日は何の用だと言っていたが他に頻繁に面会に来ている奴がいるのか?」

 

しかし、紗南はハーマンの発言を思い返してみて気になった部分があった為身の上話を切っておいてなんだとは思うが問いかける。

 

「ああ、テメェんとこの凸凹コンビの凸の方だ。アイツ暇さえあればしょっちゅう面会に来んだよ」

 

「エレンがだと……」

 

その表現で合点が行くのもどうなんだと思うがまさかエレンがハーマンに面会を通して定期的に会いに来ていた事は聞いていなかったため意外だったが思い返してみれば舞草というか最も刀使の中ではハーマンと関わりが多かったのは彼女ではあるため面会に来るとすれば人物は彼女くらいだろう。

 

「ったく、物好きな野郎だよなアイツも……」

 

かったるそうに天井を見上げるがその表情に険悪な雰囲気や悪感情の様な物は感じられない。ここ4ヶ月の間、退院後は裁判を待つ身であり、その間にあった出来事がハーマンの脳内でフラッシュバックして行く。

 

ーーハーマンが拘置所に拘置され面会も許される時期になった頃。

 

『あーあ、ダリィ〜。折角入った前金も賠償金に半分は消えちまったが入院中に投票券付きCDは全国から買い占めて全部推しに投票して更にCD発売後のシリアル天井がもうちょいって分までは残ってたのは幸いだったな……まあ推しがセンターの水着衣装PVをリアタイ出来ねえのは悔しいが目的は大体達成できたしいっか。後は紅白だけだが今年は激戦区だからどうなっかな………にしてもゴリラの奴どこに行きやがったんだ………』

 

拘置所の個室にてハーマンは横になりながら独り言を呟き、今回引き受けた仕事の成果を分析しながら自分の目的は概ね達成出来た事を実感しつつも未だに心に引っ掛かる事が無いでは無いが今は特にやる事も無いためぐーたらしていた。

だが、心のオアシスであった推しグループのイベントにも行けずTVでの活躍を追えない上に、最近では別に親しくはないが唯一の話し相手ではあったアレクセイもいないためどこか心に穴が空いた様な虚無感を感じながらも日々を惰性に過ごしている。

 

『面会だ、出ろ』

 

『あぁ?面会だぁ?』

 

個室のドアの向こう側から看守の声が室内に木霊するとハーマンが訝しげに扉の方に首だけを傾け、視線をそちらに向ける。

 

(親父とババアには危ねえから日本には来んなつってるし妹はまずぜってぇ来ねえから誰も俺の面会になんざ来ねえ筈だ。管理局の連中も俺みてえな腫れモンに関わった事自体後ろめてぇだろうから口止めに来たって所か)

 

『ったく、めんどくせえな』

 

ハーマンはかったるそうに身体を起こすと頭を掻きながら個室から退室して面会室へと移動する。

面会室の前まで来ると看守に通され扉を潜って入室してアクリル板を隔てた向こう側に視線を向けて一体どこのどいつだと自分を呼び出した者の面を拝もうとした矢先、向こう側から声を掛けられる。

 

『Hello!お久しぶりですハマハマ!お元気してマシタカー!』

 

アクリル性の板で隔たれた向こう側の部屋から通声穴を通さなくても聞こえる程透き通った大きな声で人の名前を思い切り崩した変なあだ名で呼ぶ独特のコミュニケーション方法、こちらが室内に入るなり友人にでも会ったかのように手を振って来る気さくな態度……ハーマンが知る人間の中では1人しか存在しない。

 

最初の出会いが伊豆山中での激しい戦闘という最悪な出会い、そして後には折神邸で激しい攻防を繰り広げた舞草の一員、古波蔵エレンだったからだ。

 

『……………よりにもよって1ミリも想定してなかった奴が来やがった……』

 

確かに最も舞草側では接触が多かったが、全力でぶつかり合った事で互いの実力や人間性はある程度認めてはいる。

しかし、決して親しい間柄では無いし(ハーマンに至ってはエレンの名前すら知らない)悪感情は持ってはいないが敵同士であったという事実は変わらないため何故そんな相手に平然と会いに来るのかハーマンには理解し難かったが現に相手はこちらに屈託のない笑顔を向けながら目の前にいる。

それはハーマンを困惑させるにはあまりにも充分な代物だった。

 

それからというもの、エレンは鎌倉に出向する任務がある時や近くに寄る機会がある度にハーマンの面会に足繁く通い詰め近況報告や仕事の愚痴、身の上話をハーマンに振って来る様になり、それを通してハーマンの方も裁判を待つ身でありながらいつの間にかエレンが面会に来るのが一種の日常の様な物へと変わったいた。

 

『そう言えばハマハマのお誕生日っていつなんデスカ?』

 

『あ?別に言う事でもねぇだろ、もう祝われるような歳でもねぇしな』

 

面会に訪れた際、親しい間柄でも無いのに知り合い程度の付き合いでしかないエレンに唐突に誕生日を尋ねられたため、鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべるが既にハーマンは自身の誕生日等気にする歳でもないと思っているためかぶっきらぼうに返す。

 

『え〜私は知りたいデスネ、生まれた日がめでたいのは何歳でも一緒デス!ネ!』

 

『チッ……4月13日だ、21歳』

 

しかし、それでもと食い下がるエレンに根負けして渋々誕生日を告げる。何気に初登場時以前には既に誕生日を迎えていたのだ。

ハーマンがふてぶてしくはあるが自分の質問に答えてくれた事に目を輝かせるとエレンはノリノリで自分の身の上話を始める。

 

『ワオ!もうお誕生日は過ぎてたんデスネ!まぁ、実は私も5月15日なんでもう過ぎちゃってマスけどネ。年齢は16歳デス!』

 

『なんだテメェも遠くはねえが過ぎてんじゃねえか……』

 

『あら!近かったら祝ってくれるつもりだったんデスカ?』

 

『バッ……!違ぇーよ、誕生日がもうすぐだから祝って欲しいのかって思っただけだっつの』

 

子供の照れ隠しのように素直じゃ無い態度がどこかおかしく、それでいて可愛らしく思えたためつい笑みが溢れてしまう。

 

『またまた……でも誕生日が早いとちょっとだけ損デスヨネ……』

 

『あ?何でだ?』

 

『だって、折角出会って仲良くなれたのに早いとお誕生日を祝ったり準備とか遅れたりで祝えなかったりするじゃないデスカ、それがちょっと惜しいなって』

 

確かに誕生日が早いと後に出会えば出会うほど誕生日を祝う機会が無くなってしまうという事はあるかも知れない。成人を過ぎたハーマンにとっては割とどうでもよくなってはいたが相手はまだ祝われたい思春期の子供だ。一年に一度だけ訪れるその人物がこの世に生を受けた日を祝ってやるのも悪いものでも無いのかも知れない。

 

『……おめっとさん』

 

『what's?』

 

無愛想なハーマンの口から出た言葉を脳が処理するのに時間が掛かってしまったのかエレンは素で聞き返してしまったがハーマンは頬杖をついたままではあるがエレンの青空の様な瞳を夕空の様な深紅の瞳でしっかりと見つめ返しながら祝福の言葉をエレンに送った。

 

『……別にテメェは誕生日迎えてからまだそんな経ってねぇだろ、誤差だよ誤差』

 

ハーマンが祝いの言葉を掛けてくれた事は正直驚いているし、今でも少し信じられないがエレンは一瞬胸の奥が温かくなるような気持ちになると太陽の様な笑顔を向け、自身もハーマンに対して祝いの言葉を投げかける。

 

『oh、thank you!過ぎてても祝いの言葉を貰えるのは嬉しいデス!ハマハマも……大分過ぎちゃいましたケド、おめでとうございマス!』

 

『へいへいどーも』

 

無表情で頬杖をついたままぶっきらぼうで気怠そうな口調は変えていないがエレンの祝いの言葉を目を逸らさずに確かに受け止め、一応感謝の言葉を返す。

長時間異性に真剣な眼差しで目を見つめられる事にはあまり慣れていないのか少しだけ気恥ずかしくなり、エレンは一旦話題を変える事にした。

 

『あ!そうデス!聞いてくたサイ!後2ヶ月したらいつも忙しくてあまり会えないパパとママに会えるんデス!』

 

『ほーん、そりゃ良かったな』

 

『ハマハマのご家族ってどんな人達なんデスカ?』

 

『別に人に態々言うもんでもねぇが家族構成は親父とババアと妹だ、んで妹は確か俺の5つ下だから今年で16だったな。まあ大体テメェらと同じ位か』

 

家族の話題が出た際、一瞬めんどくさそうな表情にはなったが聞かれた以上は答えるべきかと思い自分の身内の事を語る。

両親とは別に険悪な訳では無いがいつまで経っても子供扱いしてくる上に両親共精神が若い頃のギャルとチャラ男のままなせいか軽くておちゃらけたノリで接して来る為他人に紹介するのはキツいと感じて気恥ずかしさの様な物も多少介在している。

妹も昔はよく甘えて来たがここ数年は反抗期で兄弟がウザいと感じる歳頃なのか自分には無愛想な態度を取って来るため一方的に避けられている気がしてロクに話してはいないため多くは語れない。

 

『wats!?ハマハマって実はお兄ちゃんだったんデスカ!?』

 

『おい、なんでそんな驚いてんだコラ』

 

『いや〜子供っぽいからつい』

 

『ぐぬぬ……テメェ……』

 

エレンが口に手を当て心の底から驚いた様な大袈裟なリアクションを取った為、つい食い気味に聞き返す。

自分でも自覚がある部分でもあり不良が更生し損ねて身体だけ大人になった様な精神構造であり、ボクシングの世界チャンピオンになった際にもWBA評議会に対して対戦相手のライバルを貶された事で全員を半殺しにして逮捕され、その時の精神鑑定でも責任能力はあるが精神年齢は小学生並という結果が出たため子供っぽいという部分は否定出来ずに悔しげに唸るしか出来なかった。

 

『あー……でもちょっと分かる気がしマス、意外と面倒見はいいデスからネ』

 

『あ?何か言ったか?』

 

『別に何も〜』

 

彼女は自分達が折神邸にカチコミを掛けた際に外見は小学生にしか見えない薫をハーマンは"人手不足な舞草に夜遅くまで無理矢理付き合わされている小学生"として接して気遣った対応をしたがそれが逆に彼女の地雷を踏みまくる結果となったことを思い出していた。

だが、あの時のハーマンは間違いなく歳下の小さい子供には優しく接する面倒見のいいお兄さんであったことは間違い無かった筈だ。知らなかったハーマンの一面を新たに知る事が出来た事は嬉しかったが今は自分の中だけに留めて置く事にしていつもの様におとぼけてはぐらかした。

 

ーー更にある時

 

『大分髪伸びマシタネ〜、くりくり坊主も可愛かったですが今位の長さならちゃんと整えればV系でも通用しそうデスネ!ハマハマって意外と素材は良いと思いマス!』

 

『くりくり坊主じゃねえ、バリアートだ。最高にイカすクールなヘアスタイルなんだよ。後意外とって何だ意外とって』

 

エレンがハーマンの面会に通う様になってから3ヶ月頃、時の流れによって丸い坊主頭に剃り込みを入れたバリアートは見る影も無く髪が伸び切り、現在の無造作に伸び放題な髪型に近付いて来ていた。

ハーマンが右手の指で前髪を絡めてくるくるといじりながら伸びた事を実感している姿を見て見た目の印象が変わったハーマンの顔をじっくりと眺めていると三白眼の鋭い目付きは威圧感と刺々しさを与えるが決して不恰好ではなくむしろ真紅の髪にマッチした赤い瞳の組み合わせはヴィジュアル系やパンクロッカーの様な格好良さに直結するとエレンは感じ、素直に称賛している。

 

『前のも似合ってマシタが今の方が女子ウケしそうデスヨ、髪型で損しちゃってた気がしマス』

 

『そうかよ』

 

前はあまり意識して見ていなかったが面会に通い始め、お互いの顔を見てあるがままを話すようになってから知らなかった相手の良さが少しずつ分かって行く。何てことない筈だが最近では唯一の話し相手だったアレクセイも行方不明となった事でこうして誰かと取り調べ等の様な毒気のない会話をするのは貴重な機会であるためいつの間にか煩わしさは薄まって来た。

 

ーーそして、1ヶ月前

 

『はぁ……最近薫に会えてまセン……寂しいデス。薫成分が欠如して薫欠乏症になりそうデス』

 

『確かに今バケモン共が頻出してんならチビのゴリラパワーの方が需要高そうだもんな。まあ俺も最近推しに会えねえ所か公式からの供給も拾えねぇから気持ちは分からんでもねえわ……おい、一ついいか?』

 

普段あまり愚痴を零したりネガティブな発言はしない彼女ではあるがハーマンにはいつの間にかそう言った部分も見せる程気を許しており、そんな彼女の愚痴も特に嫌な顔はせず淡々とフォローを入れるなどすっかり馴染んでいる。

だが、ある程度互いに踏み込んだからこそ気になってしまう部分も出来てしまい、そんな事を聞くのは感じ悪くないか?と思ったが踏み込まずにはいられずガラの悪い鋭い三白眼を刃の様に光らせて真剣な顔付きで問いかける。

 

『どうしマシタ?』

 

『俺ァ別にテメェの事は嫌いじゃねえ。だが、何でテメェがしょっちゅう俺に会いに来んのかはイマイチピンと来ねんだわ。俺らは元々敵同士で2度も命懸けでぶっ潰し合った間柄で俺もテメェの事を何度もボコボコにぶっ飛ばしたりもした』

 

伊豆山中での戦闘の時も義理を通して勝利したエレンの事を誰にも話さずずっと黙っていたり、折神邸で戦った際も幾ら薙ぎ倒されても立ち上がる彼女達の事は国に喧嘩を売るバカなテロリストだとは終始思っていたと同時に成し遂げたい目的の為に勝ち目の無い試合でも全力で挑む面白えバカで強え奴と認めていたりなど悪感情は無いがお互いのことはあまり知らない敵同士という関係性から面会を通してある程度は気を許せる相手へと変化しているのは間違いない。しかし、同時に近づけば近付く程引っ掛かる部分でもある。

 

『俺が管理局に協力してたのはスパイダー野郎へのリベンジと協力すれば大金が貰えるし推しに課金出来て俺にとって得だからっつー損得勘定が大半だ。今こうして管理局との関係が切れた以上俺にとって管理局なんざどうでもいいようにテメェらから見りゃ俺は目上のたんこぶの腫れモンで態々俺に絡むメリットがあるとは思えねえ。なのに何でテメェは得にもならねえ俺の所に来やがんだ?』

 

ハーマンはぶっきらぼうだが、それでいて真剣な声色で心境を吐露する。

管理局に協力していたのは大半が損得勘定であり元々部外者である以上管理局に対しては何の忠義も思い入れも無い。

それは勿論管理局も同じで自分に協力を要請したのはショッカーのテストパイロットとしてデータを集める役割とスパイダーマンや舞草の面々を捕らえるのに有用で得になるからで管理局の長であった紫が倒されて舞草が局の実権を握った以上、自分は管理局にとっては目上のたんこぶに過ぎないただの犯罪者でそんな奴とツルむメリットなど既に管理局には無い……とハーマンは考えている。

そんな自分に舞草の一員であるエレンは友人の如く接して来る理由が理解出来ず真意を知りたくなった。

 

彼の瞳をじっくりと見つめる青空の様に青い瞳は揺らぐ事なく全てを受け止める。ハーマンの言いたい事を理解した彼女は一息吐くと自分の気持ちをハーマンに投げ返す。

 

『ハマハマ……損だとか得だとか特別な理由が無きゃ会いに来ちゃいけないんデスカ?』

 

『あ?』

 

『私が貴方に会いに来るのは貴方が私にとって得になるからだとかそんなんじゃありません。私は貴方の事は大分……いいえ、スーパー変な人だとは思ってますが心の底から悪い人じゃない……と思ってマス』

 

『分かったような口ぶりだな』

 

『確かに私達が出会ったのは最近ですし分からない事も多いです。ですから貴方の事もちゃんと知りたい、出来ればずっといがみ合ってるよりは仲良くなりたい、単にそれだけデス。まぁ友達と呼べるかはまだ微妙デスが私も貴方の事が嫌いじゃありません、その後どうしてるのか気になる位にはね』

 

エレンの口から語られる真意、その人物に関わるにあたり自分にとって損か得かではなく相手に寄り添って理解し、関係を構築したいと思えるかどうか。

少なくともエレンにとってハーマンは変人ではあるが根っからの悪人ではなく良好な関係を築きたいと思える相手であり単に親しくなりたい、自分がそうしたい。それだけだった。

ハーマンは自分がそんな相手の気持ちを理解しようとせず信じたいと何処かで思いつつも信じようとせず物事を損得勘定で見る悪癖が段々馬鹿らしくなって来た。

 

『それに、めんどくせーと言いつつ貴方は一度も面会を拒否してないじゃ無いデスか』

 

『うっせ、暇なだけだ』

 

指摘された通り実はハーマンはこれまで一度も彼女の面会を拒否した事がない。面会が来たと言われれば素直に応じて毎回彼女との会話に出向いていた。単に暇だったからなのか、それとも……

 

『時間です』

 

 

『oh、時間が経つのは速いデスネ。じゃ、また近くに寄ったらまた来マス!今度はスクリューボールの売り上げ情報も一緒に持って来マスネ!私の推し曲はデビュー曲の恋はスクリューボールで皆にも布教してマス!紅白もきっと行ける筈デス!』

 

監視役の看守に終了時刻を告げられ、席を立ち踵を返して退室して行くハーマンに対して友好的に声を投げかけ続ける。彼女はまた次に面会に来た時により親しくなれる様にハーマンの趣味の物にも手を出し始めている。

そこまでされたら既に損得勘定ではなく純粋な厚意を自分に向けていると理解したため照れ隠し気味にそっけない態度で返す。

 

『勝手にしやがれ……ったく、調子狂う野郎だ』

 

 

と、これまでの面会での記憶を今の一瞬で思い返していたが面会時間も無限では無いため早く本題に入ろうと紗南に話を振る。

 

「まあそれはそれとしてだ。で?一応お偉いさんのテメェがこんな所で俺なんぞに何の用だ?何度も言ってるが俺はゴリラの行き先なんざ知らねえぞ。別にあいつの行動パターンが分かる程親しかった訳じゃねえし、今ここで嘘付くメリットも無えからな」

 

「いいや、今日お前に提案したいのはこれだ」

 

ハーマンは取り調べの際に何度もアレクセイの行き先には見当が付かないと言う事と、同じ病室で過ごした相手ではあるが組んでいたのは仕事と敵が同じであって仲間と呼べる程心も預けてはいないし友達と呼べる程親しかった訳ではない事、既に蟠りは解けて同じ目的の為に普通に協力して力も貸し借り出来る位のビジネスライクな連帯感で接していたため知らない事の方が多い事は話した。

だが、どうやら今回の紗南の狙いは違う様でバッグの中からタブレット端末を取り出し、その案件が記載してある画面をハーマンの方へと向ける。

 

それを見せられたハーマンは一瞬、三白眼の小さな瞳を散大させて驚きを隠さずにすぐ様視線を紗南の方へと変える。

 

「あ?何だこりゃ……おいおいおい、こいつはどう言うつもりだ?」

 

紗南はハーマンの眼を見つめながらこれから自分が出す提案を説明する為に一度深く深呼吸をして取引を持ち掛ける。

 

「鎌倉危険廃棄物漏出問題で現在関東を中心に荒魂が頻出している。今はどこも人手不足でな、1つでも多く戦力が欲しい程猫の手も借りたい状況だ……だから提案したい……ハーマン・シュルツ、お前に再びショッカーのパイロットとして我々に協力して貰いたい」

 

「随分思い切ったな、テメェらにとっちゃ目上のたんこぶの俺にそんな提案するなんてよ。だが、俺は今裁判を待つ身だ。そんなめんどくせえ状況にいる俺をどうやって再びショッカーのパイロットにする気だ?」

 

ハーマンの方も半信半疑と言った姿勢は崩さないが今置かれている複雑な状況下の中にいる自分を再度ショッカーのパイロットにするとなると一筋でではいかない。その質問をされることは想定済みな紗南はその疑問に答える。

 

「この事態がいつまで続くかは分からないからな、前局長がやっていた様にテストパイロットとして一時的に釈放という手段は取れないだろう。だから近い内にお前の判決を明確に決め、刑を確定させる。裁判の時に盲目だが凄腕の弁護士を雇うから上手くいけば執行猶予程には出来る筈だ」

 

「マジか、すげえな」

 

前回逮捕されたてで留置所にいたハーマンをスパイダーマン及び舞草の構成員の捕縛が終わるまでの一時的な契約であったが現在荒魂が頻出する事態の終息はいつ頃終わるのかも不明確で、より悪化するかも知れない可能性がある以上刑が確定していない人物を長期的に連れ回すのは多方面に迷惑をかける。よって、ハーマンの刑を確定させる事を最初の段階に想定している。

 

「その代わりお前には更生して社会復帰を促す為にショッカーのテストパイロットとして特別祭祀機動隊の嘱託隊員として働いて貰う事になる。基本的に荒魂が出現したら出動してスーツを装着し、彼女達が到着するまで時間を稼いだり、荒魂の動きを封じて彼女達の支援に回ってもらう事になるな。勿論働いてもらう以上は3食宿付きで給料も出る」

 

「え?給料出んのか?」

 

ハーマンが思わず素っ頓狂な声をあげて驚くが自分たちを血も涙もない鬼か何かだと思っていたかの様な反応は心外だった様でジト目で給料の金額が提示されている画面までスクロールする。

 

「我々を何だと思ってるんだお前は。大体……こんなモンだな」

 

「思ったより高えな」

 

「まあ命懸けだからこれくらいは出さんとな」

 

荒魂との戦闘は刀使でも命懸けの戦いとなる。写シの様な実質的な残機が無いハーマンの場合パワードスーツを着ているとは言えより背負うリスクは大きい

為それなりの給料が支払われなければ割に合わないだろう。

しかし、0の桁が多い給料を見て一瞬興味深そうにしていたが徐々に何かを咀嚼するかの様に不満げに唸り出した。

 

「う〜ん………」

 

「何だ?不満か?」

 

「まぁ、俺にもメリットが無ぇ訳じゃねえが命懸けてまでやる意義を感じねえな。他の奴でもいいだろ簡単だぞショッカー」

 

「それが出来るなら最初から他の奴にも言ってる。ショッカーは玄人向けで装着者の技量の影響を強く受けるからお前以上に上手く使える奴はそうそういないんだ」

 

「そんなムズいかね……あー、じゃあ聞いといてなんだけど機動隊に配属されるにせよ俺の行動はどんだけ制限されんだ?俺みてえな目上のたんこぶな犯罪者を扱うならテメェらも世間体を守る為に何かしら対応が必要だろ?そいつを話せ」

 

ハーマンからすれば自分の力を求められており、自分が一番ショッカーを上手く扱えるという事は理解出来たが命懸けで戦う理由はイマイチピンと来ない。それでも紗南から情報をしっかりと引き出した上で考慮しないといけないと思い、受けるとは言わずにメリットデメリット、設けられる制限をより明確にさせに行く。話はそれからだ。

 

「あぁ、そうだな。まずお前の衣食住は神奈川県警機動隊の独身寮に3食付きで寝泊まりして貰う、勿論水道光熱費はこっちで負担する。休日は不定期になるが年間130日はあるだろうが出動要請があれば出動して貰う事にはなるな」

 

「多いんだか少ねんだか分かんねぇな……働いてたつっても基本試合以外はトレーニングしてたから休日らしい休日なんて無かったしな」

 

「まぁ、大体週1〜2日程あると思えばいい。後、休日出掛けるにせよこんな状況でいつ出動要請があるか分からないから常にショッカーの入ったトランクは持ち歩いて貰う事になるぞ、おまけにお前は仮にも執行猶予扱いになるだろうからそんな奴を1人で行動はさせられん。休日出掛ける場合はお前に監視役を付けさせて貰う」

 

ずっとプロボクサーという勝負の世界に生きて来た上に、以前にやった事があるレストランのウェイターのバイトも同僚のウェイトレスが迷惑客に絡まれていたのが目障りで「うぜぇ」の一言で蹴り飛ばして追い出した事で即日クビになった事があったり、収入も試合に勝ったファイトマネーで一気に稼ぐというスタイルで地道に働いて稼いだ経験に乏しいハーマンにはイマイチピンと来ないが、そこそこの待遇ではあったりする。

説明を受けるとハーマンの脳内でも管理局がそんな事をする理由が1つの線となって繋がって行き、答えを導き出す。

 

「かったりぃが言いてえ事は分かる、俺みてえな何するか分かんねえ奴はすぐ制圧出来る様ガキ共を監視役に付けるって所か?んでもってショッカーも基本的に機動隊の現場責任者サマのパイセンか一緒にいるガキ共の認可が無えと着れねぇようにでもするつもりか?」

 

「察しがいいな、悪いがこちらも無理を通してお前を引き入れるならこれくらいでもヌルい位だ。休日にアイドルのライブに行くのも自由だが監視役の刀使も一緒に同行するため窮屈にはなるだろうが我慢して貰う」

 

紗南からある程度情報を引き出した上で、ハーマンは提示された情報を整理して自分がショッカーのパイロットになる必要性を考慮して行く。

1つ、給料が高いという点だがハーマンは元々管理局に協力したのはスパイダーマンへのリベンジとイベントに行けない代わりに夏の新曲のPVで推しをセンターにする事を最優先事項に設定していた。

しかし、現状スパイダーマンへの報復は時間も大分経った上に現在は大荒魂討伐に協力したとして世間的には親愛なる隣人に戻っている以上、以前のテロリトススパイダーマンを捕縛する為にショッカーを装着して叩き潰す大義名分は得られないため固執する理由が無い。

何より自分が全国店舗からほとんどのCDを買い占めて推しをセンターにするという目標は達成しているため無理に管理局にこれ以上協力する理由がない。

 

2つ、自分が行く必要性。これに尽きる。市民やそれらを守るために前線で戦ってる刀使達の為に戦えないなりに必死こいて命懸けで戦う。立派、大変ご立派なんだろう。

だが、自分には市民の為に命をかけて戦う理由も無ければそこまでする必要性を感じておらずそういうのは使命感や責任感のある奴がやればいい。

よって、自分がショッカーを装着して命懸けで戦う必要性は低いと判断して紗南の誘いを断る事を決断した。

 

 

だが、心の何処かで何か引っ掛かりを感じる。確かに命懸けでやる必要性も無ければ市井の者達の為に戦う義理も無いのは確かだがコイツと組むのを渋っている他の理由は何だろうか?

心の何処かで出会ったばかりでロクに知らない紗南には胡散臭さを感じてイマイチ信用し切れていないのかも知れない。

 

「なるほどな……ま、悪くは無えがノれ無えな。俺はそんなお堅い仕事なんざ向いちゃいねえし俺は夏の新曲のPVで推しをセンターにするって目的も達成してるし紅白も安全圏だろうからやる意義を感じねんだわ」

 

ハーマンの否定を受けると紗南は残念そうに目を伏せるがまだ残している奥の手を使うべきかと判断して足元に置いてあるバッグからこの時の為に持って来ていた約150cm程の長方形の物体を取り出し、包んでいた袋を外して前に持って来る。

 

「そうか……残念だな。入隊するならこれ、やろうと思ってたのにな」

 

「あ?…………ああああああああああー!それはー!」

 

「うおっ…!」

 

バッグの中を漁り出した紗南を眼を細めて凝視しているとその物体に印刷されている絵柄を見てすぐ様何かを察知して面会室中に響き渡る大声を上げ、その声量に驚いて紗南も素で驚いてしまった。

ハーマンはアクリル板に顔を引っ付けながらオタク特有の早口で捲し立てて行く。

 

「夏季限定、新曲サマー⭐︎マーメイドとぅいんくるすたー!のCD特典のシリアル抽選3名様限定のセンターメンバー抱き枕シリーズではあーりませんか!拙者の推しのりるるんがセンターを務め、水着衣装により曝け出された蒼い果実の如く成長期の肢体を惜しげなく披露している水着衣装の抱き枕という千年に一度の逸材な神アイテムであり拙者も全国店舗からCDを買い占めまくって天井をねらったのに資金が尽きて幾らか買い漏らして観賞用と添い寝用しかゲッチュ出来なかった代物を何故貴殿がお持ちなのでありますかあああああああああああ!?」

 

「静粛に!」

 

 

そう、紗南が持って来たのは抽選でしか手に入らないアイドル衣装のようなアレンジを加えられた水着に身を包んだ銀髪の10代半ば程の少女が右手にマイクを持ち、左手を前に向けて手を差し伸べてあるかの様なポーズを取っているハーマンが推しているアイドルグループの推しメンの限定抱き枕だったのだ。

熱量と声量に気圧され、一瞬ポカーンとしてしまったが幸い重要な部分は聞き逃さなかったため気を取り直して抱き枕の入手経路を語り始める。

 

「あ、あぁ……ウチの学校の生徒の間で密かにスクリューボールが流行っててな。教え子にいい曲だから聴いてみろと言われて聴いてみたら意外といい曲だったから1枚位買ってやろうと思って仕事帰りに近所の電気屋のCDショップコーナーに立ち寄ったら奇跡的に1つだけ残ってて試しに買ったら……その……シリアルが当選してたんだ」

 

少し前に学内でスクリューボールの布教を始めたエレンによって長船内にも流行しており、紗南にもその布教の手が及んでおり実際にCDを拝借した際に地味にだがハマってしまいお布施としてCDの購入を決意。

ハーマンが全国店舗から買い占めていた事もあって殆ど残っていなかったが電気屋に唯一残っていたCDを購入し、自宅に帰って開封するとフロントジャケットの間にあったシリアルをどうせ何も当たらないだろうと何となくで入力してみたら見事、A賞である3名様限定のセンターメンバー抱き枕に当選していた。

 

(い、いらね〜……)

 

しかし、スクリューボールにハマっては来ていたがあくまで楽曲が好きなだけであってメンバー全員を把握している訳でもないため非常に反応に困ったが処分するのは勿体ないと思い部屋の隅っこに置いてしばらく放置していた。

エレンとスクリューボールの話題になった際ハーマンの推しメンが抱き枕にプリントされているメンバーであると知り、置き場所に困ったので押し付け……もといついでに交渉材料として扱うためにこの場に持って来た。

 

結果として抱き枕を見せた瞬間今日1番いい反応をしたため、効果抜群である事に手応えを感じて心の中でガッツポーズをした。多方面に働きかけて色々なしがらみを潜って綿密に勧誘のプロセスを踏んだ時よりも反応が良かったのは心底複雑だが。

 

「で、この娘がお前の推しだと言うから入隊特典にくれてやろうかと思ってな」(ほんとは置き場所に困ったというか処分するのがめんどくさいからとは口が裂けても言えないがな)

 

「ふ、ふん!そんなんでこの俺が靡くと思ったか?ナメて貰っちゃあ困るぜ」チラチラ

 

(思いっきりガン見してるが?)

 

一方、凝り固まった利己的主義者であるハーマンはただでは靡かない。ペースを紗南に掴まれない様に先程の様な嵐のような勢いは鳴りを潜めて拗ねたように斜に構えた態度で誤魔化そうとしているが抱き枕の方を思い切り凝視しながら言っているため説得力が無い。

 

「残り5分です」

 

(しまった……時間を使い過ぎたかっ!?)

 

そうこうしている間にいつの間にか時間が迫って来ている事を告げられ、抱き枕を提示した際に反応はあったが成果はあまり芳しく無いことに気付くと額に冷や汗が流れ始めた。

 

そんな一瞬焦った素振りを見逃さなかったハーマンは物で釣ろうとしたり、メリットもあるが命懸けの仕事に勧誘して来る紗南に対する残っている不信感の正体を確かめて相手を見極めるために紗南の瞳を穴が空くのではないかと思う程見つめ、気怠げだった口調から低く、真面目な声色へと変わって行く。

 

「なぁ、オバハン。時間もあんま無えから今から俺が聞く事に答えてくれるか?」

 

「何だ?」

 

「そっち側に着く俺へのメリットデメリットは分かったしそれなりに気ぃ遣ってくれてんだなってのも伝わった」

 

「なら」

 

ハーマンなりに紗南から提示された情報を咀嚼し、好感触とも取れる反応をしめしたため紗南もやや食い気味に声のトーンが上がってしまったがそれを遮るかの様にハーマンは紗南に抱いている不信感を正直に伝える。

 

「だが、テメェらがそんな無理を通してまで俺に協力を仰いだのも組織運用的な部分で全体のためってのは分かるがイマイチテメェ個人の気持ちは見えて来ねぇんだわ」

 

「どう言う事だ?」

 

「別に深い意味は無ぇよ。ただテメェ個人はどう言う腹づもりなのか気になっただけだ。テメェが上にのし上がってくために一個でも動かせる手駒は増やしておきてえとか、目上のたんこぶは金で釣って危険な現場に送り込んでお掃除するつもりだとか……ま、何でも良いが前のバ先のトップがとんでもねぇ奴だったからな、バ先選びに失敗するにせよ次仕事を選ぶんならクライアントがどんな奴なのか自分の眼で確かめて自分で選びてぇってだけだ」

 

「今言わなきゃダメか?」

(コイツ……私を試してるのか?)

 

「まぁ、今真面目に答える気が無えなら次からテメェの面会は拒否るかもな」

 

ハーマンが紗南に抱いていたのは管理局の本部全体を動かす本部長としての提案なのは理解は出来たがそこには真庭紗南個人としての意志がどれ程介在していているのかイマイチ汲み取れない不信感だった。

メリットとデメリットが同時に存在するこのピーキーな契約の中で単に自分が組織の中でのし上がって行く為の手駒の獲得なのか、邪魔者を金で釣って始末するための損得勘定なのか。

そのハーマンの心境を聞いて紗南もあまり知らない相手にそこまで語らなければならないのかと重圧を掛けられたが、信頼を築くにせよ自分個人の本当の気持ちを伝えなければならないと判断し、ハーマンのこちらを見据える瞳を見つめて語り出す。

 

「分かった……話そう。鎌倉特別危険廃棄分漏出問題以降、荒魂が各地に頻出してる。おまけに最近ではノロを強奪する奴まで現れた、また新しく悪意を持って日本に牙を向ける奴が現れる可能性もある」

 

(まさか、あの夜俺らを気絶させてゴリラを攫った野郎かそいつの他の仲間って所か)

 

現在管理局本部が抱えている問題は頻出する荒魂の対応だけでは無く、倒した祓った後に流れ出るノロを強奪する者まで現れ出しておりそれらを実行しているのが身内なのか、はたまた外部の相手なのか…それらが単独犯なのか複数犯なのか…新たな脅威の登場により日々現場で戦う彼女達への負担がより重篤なものへと変わっていくことが現在最大の懸念材料だ。

重要機密ではあるが本当のことを話せと言われている以上、信頼を得るためにここで開示する。

 

「そして、荒魂に対抗出来るのはアイツらだけ、外部協力者であったアイアンマンも他にやることが山積みで常にこちら側にばかり手を貸せると言う状況でも無い。そんな最中、私達大人がアイツらにしてやれるのはアイツらが戦い易い環境作りとサポートだけ……情け無いよな、偉そうにアイツらに指示するクセにアイツらに大した事をしてやれない」

 

「……………」

 

「猫の手も借りたい状況だと言うのは間違い無い。だが、それは使える手駒が欲しいとか私がのし上がって行く為の道具が欲しいからじゃない。マスコミからの偏向報道とそれによって世間から冷たく心ない言葉を浴びせられながらも人々を守る為に命懸けで戦ってるアイツらの力になってやりたい、だから恥を忍んで誰よりもショッカーを上手く扱えるお前に頼んでいる」

 

「私個人が本当にお前に求める事はただ一つ、アイツらの……私の生徒達の力になってやって欲しい、それだけだ」

 

紗南がハーマンに求めているのは自分達にとって得になる道具という関係ではなく、生徒達の命を預かる教育者として生徒達の力になりたいという想いから来ている損得勘定抜きの真心からだった。

この場で適当でありきたりな事を言うのは簡単だ。だが、損得ではなく生徒の為に彼女にとってデメリットもある自分に協力を求める教育者としての彼女の言葉を聞き、ハーマンは何故かここ4ヶ月時折面会に来るエレンのことを思い浮かべると俯いて足元に視線を移す。

 

『ハマハマ……損だとか得だとか特別な理由が無きゃ会いに来ちゃいけないんデスカ?』

 

『あ?』

 

『私が貴方に会いに来るのは貴方が私にとって得になるからだとかそんなんじゃありません。私は貴方の事は大分……いいえ、超変な人だとは思ってはいますが心の底から悪い人じゃない……と思ってマス』

 

『分かったような口ぶりだな』

 

『確かに私達が出会ったのは最近ですし分からない事も多いです。ですから貴方の事もちゃんと知りたい、出来ればずっといがみ合ってるよりは仲良くなりたい、単にそれだけデス。まぁ友達と呼べるかはまだ微妙デスが私も貴方の事が嫌いじゃありません、その後どうしてるのか気になる位にはね』

 

(損か得かじゃなく、そいつの為に自分がしてやりたい事をするってか……揃いも揃ってお人好しかよテメェら。けど認めたかねぇが、この4ヶ月アイツの損得抜きの付き合いに話し相手のゴリラもいなくなって隙間が空いちまってた俺の心が埋まって行ったのは事実だ……。おいおいおい、とうとうヤキが回ったな俺も……けど、自分より歳下のガキに借りた借りを返さねぇってんなら俺は一生推しに顔向け出来ねぇ)

 

これまでの人生で基本的に損得ばかりを優先し、他人を顧みない利己的な生き方をして気に入らない事があれば口より先に手を出して積み上げた物すらぶち壊しにする典型的な能力以外価値のないダメ人間な自分に、損得無しで寄り添ってくれた事で心が満たされていた。

推し以外で初めて、コイツのために何かしたやりたいと思わされていた事に気付かされた事で気恥ずかしさの様な物を感じている。

しかし、これから自分が就く仕事は命懸けで明日の生死すら保証出来ないような職場だ。おまけに、ノロを強奪する不届き者とも戦わなければならない可能性もあるのであれば尚更今から自分が取る選択が学のある賢い者達には客観的に見たら荒唐無稽で馬鹿馬鹿しく見えるだろう。

 

ーーだがそれでも、答えは既に決まっている。

 

「………い」

 

「面会時間終了です」

 

「終わりか、じゃあな」

 

ハーマンが何かを言いかけた瞬間、面会時間終了を告げる看守の声が室内に響き渡る。その言葉に看守の方を向くと起立し、紗南に背を向けてドライな態度で面会から退室して行く。

 

(くっ……やはりダメか。誰しも命は惜しいからな)

 

「おい、オバハン」

 

「?」

 

しかし、ハーマンは紗南の方を一切見ることは無いがしっかりとそこにいる紗南に向けて言葉を投げ掛ける。

 

()()()?」

 

「………っ!予定が決まり次第追って連絡する。待ってるぞ」

 

「抱き枕はちゃんと寄越せよ」

 

短く、端的に先程の問答で紗南も取り敢えず信用してみる価値はあると判断して協力の意を示すと紗南に背を向けながら前進して面会室から退室して行く。

個室に戻るハーマンとそれに付き添う看守の足音だけが響き渡り、基本的に必要最低限の会話しかしない2人だが看守が沈黙を破って気になっている事を問いかけて来る。

 

「いいのか?今の荒魂が頻出してる状況下でSTTに入るなんて命の保証なんか無い、光の巨人が来るまでのかませになる様な物だろ。ここにいた方が幾らか安全だろうに」

 

確かに客観的に見ればショッカーを装着して常人よりは遥かにまともに荒魂に対抗出来るがどの道命懸けであることに変わりはない、それなのに機動隊に配属されるという選択を取るハーマンの選択はこれまで利己的な態度や発言を繰り返していた人間から出る選択とは思えないトチ狂ったようにしか見えないだろう。

今思い返すとつくづく自分でもまともじゃねぇなと思う。だが、自分の腹は既に決まっている。損か得でなくそいつの為に何かしてやりたいと思える奴が出来た、それだけだ。

そんな自分の選択を心底バカくせえと思いながらも何故か不思議と悪い気分はせず、無意識の内に口元を緩ませながらぶっきらぼうに看守の言葉を一蹴する。

 

「うっせ、暇なだけだ」




ネタバレ回避のためにNWH見るまではしばらくSNS等は遮断するので反応とかは遅れるかもです、すみません。リアルが初日に観に行けない仕様なので2日目以降かなと思います。


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第63話 流転

MoM公開日までには……っ!とは思ってはいたんですが忙しかったり(モービも結局行けてない)中々鬼門だったのと少し前にマスターデュエルにハマってて遅れましたメンゴ、あれマジで時間泥棒なので……って事で今回もよろしくっす。


ー鎌府女学院大浴場

 

数刻前まで道場で可奈美と沙耶香が打ち合いをし、その様子を自ら進んで見学を申し出た歩とその場のノリでついて来た美弥は彼女達の立ち会いを見学していたが時間が経過していい具合に食後の運動になった上に汗もかき、入浴に丁度良い時間帯となったため全員でこの大浴場にて身体を流していた。

湯船にまったり浸かっていると歩は興奮さめやらぬといった具合に先程の立ち会いの感想を可奈美達に述べていた。

 

「私達とはまるで次元が違いました!」

 

「二人とも立ち会いたかったな~」

 

「私達なんて相手になりませんから……」

 

美弥の謙遜のように聴こえるが本人からすれば本心からの言葉だ。先程の道場での高次元の立ち会いを見せられて以降すっかり萎縮してしまっている。

だが、そんな美弥の様子は露知らずの可奈美は2人に気になっていた事を質問する。

 

「二人の剣術の流派は?」

 

「私達二人とも鞍馬流です!」

 

「綾小路で鞍馬流というと…親衛隊の此花さんと同じ?」

 

「あ!はい!そうです!」

 

「元親衛隊ですがね……」

 

共通の知人の話題があり、話が盛り上がっているのが楽しくなって来たのか歩は食い気味になって行くがそれに反して美弥はどこか乗り気では無いようだ。同じく同門でも学年もかなり離れている先輩なためあまり会った事が無いのか話題に挙げられても反応しにくいのだろうか。

 

「そっか~。此花さんも強いよね」

 

「ですね!」

 

「その親衛隊とも渡り合ったって噂ですけど……」

 

若干の温度差はあるが談笑する3人を他所に会話には入っていなかった沙耶香は浴槽から立ち上がってドアの方へと歩いて行こうとする。

 

「先に上がる、少しのぼせたから部屋に戻る」

 

「沙耶香ちゃんありがとう!沙耶香ちゃんの剣相変わらず速かったね」

 

何気なく、普通に立ち合いに付き合ってくれたお礼を言っただけなのだが背を向けたままの沙耶香の表情は曇って行く。

 

「でも駄目。早くても意味がない。可奈美が本気を出したら多分私じゃ一本も取れない。そのくらい差がついてる」

 

「そんなこと……」

 

「ない?」

 

そんなつもりは無かったのにネガティブに返されてしまい、フォローのつもりで否定の言葉を返そうとするが先程からこちらを見ずに背を向けていた彼女は疑念の意を込めた視線をこちらを向けて問い掛けて来る。

 

「可奈美ならわかるはず。可奈美だけ一人遠い所にいる事」

 

「…………」

 

再度こちらに背を向けて去って行く沙耶香本人に悪気はないし、嘘や世辞を言っている訳でもない。しかし、彼女の言葉は確実に可奈美の心に妙なしこりを残してしまったのであった。

 

 

ーー奈良県の姫和の実家にて

 

時間帯は既に夜へと変わり、時間も時間なのでいろは既に帰ってしまったがその去り際に言っていたことを思い返しながら姫和は1人仏壇の前に腰掛け、仏壇に置いてある線香立てに視線を落として逡巡する。

 

『さっき鎌倉の紗南ちゃんから連絡があってな』

 

『真庭……本部長ですか?』

 

『また姫和ちゃんの力を貸して欲しいって直々の御指名らしいけど…ちょっとややこしい事になってて』

 

意外な人物からの指名に姫和は一瞬意外そうに表情を変えるが、「そのややこしいこと」が引っ掛かりいろはに聞き返す。

 

『というと…?』

 

『荒魂を討伐した後でノロの回収班が何ヶ所かで襲われてるらしいんよ』

 

『荒魂に…ですか?』

 

ノロの回収班を襲うとなれば普通は荒魂の仕業と考えるのが自然ではあるのだがこれからその予想を越える事実を伝えなければならないため、いろは一拍置いた後に普段は閉じているかのように細い糸目を開眼しながら事実を語る。

 

『それが相手は刀使らしいんよ。フードを被った謎の刀使…』

 

いろはとのやり取りを思い返しながら仏壇に飾ってある亡き母篝の生前の写真が飾ってある写真立てに視線を移す。

 

4ヶ月前のあの日、自分は一時的であるが目標としていたタギツヒメの討伐は果たし、戦いに一区切りは着いた。そして、それにより一度眼前にあった大きな目標がなくなってしまっため、どうも何をするにも身が入らないため隠居生活を送ってまったりしていた。

だが、もし今起きている非常事態の遠因の一端の中に自分が4ヶ月前にやり残した事があるというのならば、それにより新しい脅威が現れたと言うのであれば今自分が為すべきことは何か……。

 

「母さん…私……」

 

姫和はいろはの話から得た情報を整理しながら自分が次にやるべき事を認識すると決心して視線を前に向ける。

 

 

ーー綾小路武芸学舎ーー

 

古風な屋敷といった外観のこの校舎は伍箇伝の中の1つ、綾小路武芸学舎。

伍箇伝の中で最も長い歴史を誇り刀使養成学校である伍箇伝の内京都府、滋賀県、兵庫県、大阪府における荒魂事件を担当し、鎌倉の鎌府女学院に何かしらの事態が発生した場合は特別刀剣類管理局の仮本部としても機能することもある。

卒業生の中では此花寿々花、燕結芽と言った折神紫親衛隊に所属する程の実力者を2名輩出している。

 

そんな夜の校舎の廊下を1人歩くグレーのパンツスタイルのタイトスーツを身に纏う藍色の髪をウルフカットにし、鋭い細めのつり目で年齢は30代後半に差し掛かっている様に見える怜悧な印象を与え、差し詰めクールビューティーと言った風貌の女性が歩いて行く。

20年前の相模湾大災厄で活躍した英雄としてこの綾小路武芸学舎の学長の席を任されている相楽結月だ。

 

そんな彼女が目指しているのはこの古風な校舎には若干ミスマッチな地下室へと続くエレベーターだった。エレベーターに乗ってばらくするとエレベーターが目的の階へと到着した音が鳴り響くと同時に扉が開かれる。

 

視界の先に広がったのは複数台の高性能PC、高額に見える精巧な機械の数々、何よりこの地下室の異質さをより際立たせるのはガラス張りのバリケードに保護された壁面に貼り付けられている天井の高さ程ある細長い保管庫、そこに並べられているのは大量の橙色の液体の入ったアンプルが並べられている……そう、ノロアンプルだ。

更に部屋の奥の方にある机の上にコールタール状の液体の入ったガラスケースが置かれているこの場所はまさに研究施設と言った表現が正しいだろう。

 

そして、この場所で結月の来訪を待ちかねていたのは鎌府女学院の学長でありながら拠点が京都であるこの綾小路の研究施設に何故か出入りしている高津雪那、その背後に静かに佇む元折神紫親衛隊第3席皐月夜見……そして、椅子に腰掛けて片手タイピングでありながらかなりの速さで卓上のキーボードを叩く20代後半〜三十路になったばかりの白人男性は金髪に翡翠色の瞳は一見爽やかそうな優男の印象を与え、身に纏う白衣の右腕の袖には腕が通ってはいない。

いや、右腕が肩より下には存在していないのが特徴の青年がこちらに気付くと口元を薄く緩めて視線を向けてくる。

 

「おや、相楽学長。お疲れ様です、お待ちしておりました」

 

白人男性は席から立ち上がり身体を結月の方に向けて会釈をしてくる。青年が会釈の際に腰を曲げた事で首から下げているネックストラップの会員証が前後に動き、そこに氏名と証明写真が添付されていた。

 

『綾小路武芸学舎 スクールカウンセラー カーティス・コナーズ』

 

以前は刀剣類管理局の研究機関に席を置き、雪那や結月、そして紫と共にノロアンプルの研究に加担しており舞草の折神邸襲撃の際は破損したコンテナが保管庫に直撃した事で火災の起きたためシンビオートの片割れを救出し、自身がメディカルチェックを行っていた夜見の様子を心配して通信に割り込んで来て以降は一部始終を見届けていた人物の1人だ。

しかし、そんな彼はどういう訳か現在はここ綾小路で表向きはスクールカウンセラーとして働きながらこの研究施設で何かしらの研究に携わっているようだ。

 

「ああ、ご苦労。これは全て完成品か?」

 

「勿論です」

 

「量産ラインをここまで増やすのは骨が折れましたが、概ねあの方のご要望に添える代物にはなっているかと」

 

結月はガラス張りの向こうにある壁面に設置してある棚に視線を移すとその夥しい数のアンプルの棚を下から見上げる事で一瞥する。

雪那と結月がアンプルに釘付けになっている所にコナーズは左手を白衣のポケットに入れ、ポケットに入っている何かに触れるとそのまま2人に歩み寄って同じく棚の方を向く。

 

「当然だ、あの方から託された理論を半端な出来映えにするなど言語道断。それにしても貴様、やたら理論に詳しくなっていたがコソコソと何をしていた?」

 

「別に、この4ヶ月理論の完成の為に私なりにアプローチを変えて様々な検証をしていただけの話です。少々、身体は張りましたがね」(にしてもこれらのアンプルの効果をより精巧な物にするためとは言え彼に4ヶ月粘られたのは意外でしたけどね)

 

雪那が4ヶ月前のタギツヒメ 討伐以降も特に改心することなく現在もノロの研究を続けているのは見ての通りだがその研究を行う最中、コナーズの協力もあって研究はかなり進んだようだ。

だが、雪那としてもただの研究者に過ぎないコナーズと研究以外で関わる理由もない上に毒舌で慇懃無礼なコナーズとは必要以上には関わりたくないと心のどこかで思っているため彼が何故自分の研究に助言出来る程知識を獲得出来たのかは把握していない。

 

「では、せっかくですのでこの場にいる皆様にはその成果をお披露目いたしましょう」

 

「何?」

 

「これはこれらのアンプルのベースとなった代物です、慣れていない者が使うと危険ですのでご注意を」

 

そんな雪那の疑念を察してかコナーズは白衣のポケットから黒い蜥蜴の刻印が刻まれているアンプルを取り出すと一同がコナーズの方向へと視線を向ける。

 

「それは†リザード†……?貴様がやたら拘っていた蜥蜴の遺伝子とノロを結合させたアンプルなど取り出してどうするつもりだ?」

 

ただの人間に過ぎないコナーズがさも自分は扱えるかの様な言い方をしたのかコナーズの行動が理解出来ずにいるとコナーズは左手の中でクルクルとハンドスピナーの様に高速で回しながら右方向に腕を振ると首筋の右側にアンプルの頭部を当てる。

 

「こうするのですよ」

 

薄ら笑いを浮かべてボタンを押し込むとアンプルのシリンダーに充満したいたノロは一瞬の内にコナーズの首筋の頸静脈を通して体内に流れ込んで行く。

 

「これは人をより上位の存在へ進化させる革新的な秘薬。これにより人類は老い、病、肉体的損傷、才能の優劣、全ての苦悩から解放される……でしたね」

 

「貴様!それは私が相楽学長に説明しようと……っ!」

 

すると瞳が淡い深紅の輝きを放ち、身体から黒い瘴気の様な靄が立ち昇っていく。

 

「な、何だ……別に既存のアンプルと変わらんではないか」

 

ここまでなら夜見がアンプルを投与した時と同じ反応であった為、大袈裟に言った割には大した事が無い事に一瞬拍子抜けしたがコナーズが投与したアンプルにはここから別の派生あるようだ。

……しかし、眼前にいる彼の姿に変化が訪れる。

 

「いや、何だ……?これは」

 

「私がアンプルを使う時と違う……」

 

ーー直立不動の姿のまま腕を静かに広げるポーズを取るとコナーズの体内で細胞が新しく生成・再構築されて行き、皮膚を光沢を放つ刃の様に鋭い鱗へと変貌させ、鎧の様な外貌を形成しながら包み込む様に身体中へと拡散させて行く。

 

「お下がりください」

 

姿が徐々に爬虫類を連想させる姿に変化していくその様は正に変身と言った表現が正しく、眼前に起きている現象を前に雪那達は茫然自失と見入ってしまっていたが唯一この場で戦闘が可能なのは自分である事を思い出した夜見は雪那達の前に立ち、水神切兼光を鞘走らせて異形へと変貌して行くコナーズと対峙する。

 

「ご心配なく、皐月女史。あくまで研究成果のお披露目です、貴女方に危害を加えるつもりはありませんよ」

 

その言葉と同時に変身を終えたコナーズは……いや、翡翠色の異形は普段通り爽やかな口調で気さくに話しかけて来る。

 

そうは言うものの眼前に立つ動物界脊索動物門爬虫綱有鱗目トカゲ亜目である蜥蜴の姿をした流線型の鎧を纏ったヒーローのようにも怪人の様にも見える異形の姿と全身を覆う翡翠色の鱗がびっしりと生え、尾部からは爬虫類の象徴である尻尾、頭部は既に人間の面影は無く両眼が真紅に染まった蜥蜴の頭部の鎧兜をそのまま被ったRPGに出てきそうな竜騎士のような姿で言われても説得力は無い。

 

そして、何より目を引くのは先程まで存在していなかった右腕がしっかりと存在しており開いたり閉じたりしている。

 

「コナーズ、その姿は一体?」

 

一瞬、気を取られてしまっていたが結月は眼前のコナーズだった異形に向けて淡々と問い掛ける。

 

「以前高津学長と共に開発していたノロと蜥蜴の遺伝子を掛け合わせた最新型アンプルです。さしずめ見た目通り……『リザード』と言った所ですかね、投与すれば対象の遺伝子とトカゲの遺伝子が化学反応を起こしてトカゲの再生能力を手にする事が出来る」

 

「だ、だが以前開発した段階では瞬間的な再生能力を上げて戦闘ではほぼ不死身となるだけで変化する力など無かった筈だぞ!どんな小細工をした!」

 

アンプルの効果の概要を知っていたは言え雪那はアンプルを更に進化させていた事に自分よりも先を行かれたような気がして焦りを感じまったが臆しながらもがなり立てる。

 

「ノロをあくまで蜥蜴の遺伝子を活性化せるためのパーツへと変換し、その力を制御して意識を保ったまま人間を体内からスペクトラム化させて超人的な肉体を得る事に成功したのですよ。アンプルの量産化と同時進行で研究をより進めるために私自身も遺伝子構造を長期間に渡って調整してね、身体を張ったと言うのはそう言う事です」

 

「何故そこまでする?あの方への忠誠心か?」

 

確かに結月の言う通りアンプルの研究のためとは言え、体内にノロを投与するという行為は危険だ。それを自分に順応させるために遺伝子構造を操作したり等かなり危険な橋を渡る理由は常人には理解出来ない。

その問いかけに対してリザードは顎に右手を当てて考え込む仕草を取ると何処か言葉を濁そうとしたがすぐ様本心なのか嘘なのか分からない程度に心情を語り出す。

 

「うーん……まぁ、この場では空気を読んでそう言うべきなんでしょうが違いますね。あの鎌倉の夜から4ヶ月、世界は目紛しく変化し続けている。そんな最中、人間が自由を手にする為にはそれに応じた進化が必要です。私はその可能性を人類に齎したいというだけですよ」

 

「あくまで人類全体の為だと言うのか?ふん、なら精々その余計な寄り道で研究に遅れを出さんようにする事だな」

 

雪那も半信半疑ながらも一応納得すると取り敢えず研究を続けることを諫めるつもりはないようだ。

 

「それはご心配なく。研究と量産化を両立させてようやく1人前ですからね、精進致しますよ高津学長殿。そして……相楽学長」

 

「何だ?」

 

「我々がこうして日夜アンプルの研究に勤しむ事が出来ているのは一重に貴女に援助して頂いただけでなく、研究の場を用意して頂いているお陰です。感謝致します、綾小路学長」

 

結月に対して左手を前にして腹部に当て、右手は後ろに回して上体を前に傾けてお辞儀する。結月は眼前の自分よりも大きく刃のように刺々しい外見をした異形が自分に向けて紳士的にお辞儀をしてくる姿はどこかシュールに感じたがやはり恐怖感を煽る外見であるため視線を泳がすと後方にあるガラスケースが視界に入る。

そのため、結月は研究の進捗を確かめるついでに話題をそちらに移そうと思って話を振る。

 

「いや、研究が進んでいるなら何よりだ。1つ、尋ねたいのだが……シンビオートの研究はどうなっている?」

 

リザードはシンビオートについて話を振られたためゆったりとシンビオートの入ったケースが乗っかっている机の方向へ歩くとケースの取っ手を持って結月達の方へと突き出す。

 

「並行して進めてはいますがこちら側で調整が出来ない生物ですからね……これまでマウスから徐々に大きい生物でテストを重ねる事でシンビオートにも慣れさせようと試みてはいますが適合出来るかどうかはその宿主次第と言ったデメリットは大きく、最近チンパンジーで試した所24時間で宿主が死に至ったためこちらはあまり成果を出せていないのが現状ですね」

 

リザードがより近くで見せるために歩み寄ろうとすると雪那は右手を前に突き出し、掌を向けてリザードを制止する。

 

「ま、待て!そこで止まれぇっ!あまりそれをこちらに近付けるなよ!その海苔の佃煮に取り憑かれて無事という保障はないからな!」

 

雪那の震え気味になりながらも室内に響き渡る怒声にリザードは脚を止める。確かに雪那の言う通りシンビオートに取り憑かれたとしても、適合出来なければ死に至るため貴重な人員が無駄に減るかと思い至り、距離を保ったまま解説を始める。

 

「それは申し訳ありません。ですが、実験で徐々に融合に慣れさせた事で融合可能時間は大幅に増え、融合時は強大な身体能力を手にした上に衰弱死までの間隔は大幅に長くはなりました。次はそうですね……より大きな生物との融合

実験に移行しても問題ないかと」

 

この4ヶ月間の間にノロアンプルの研究の傍らシンビオートの研究も欠かしていなかった成果もあってシンビオート自身もそれなりに成長しているようではあるようだ。

しかし、無事に適合できる検体には未だに出会えず地道に融合可能時間を伸ばす程度にしか研究は進んでいないためリザードは実験を次の段階へと押し上げようと画策している。

 

「より大きな生物だと?」

 

「そう、人間とかね」

 

「……っ!?」

 

リザードの冷静でありながらその言葉の裏には氷の様な冷たさの籠る冷徹な声色にこの場にいる全員は背筋が凍てつくような感覚に陥る。

そんな面々の内情を知るや否やリザードは淡々と自分の推測を交えて融合実験によって得られるであろう成果を語り続ける。

 

「確かに危険は伴いますが仮にシンビオートと真の融和を果たす事が出来れば宿主は人類を超越した力を手にする事が出来るだけでなく、自身の願望を自在に叶えられるだけの力を手にする事が出来るでしょう」

 

「願望を叶える力……」

 

「………この間の被検体の実験映像です、見ます?」

 

夜見の無意識の内に呟いた声を聞き逃さなかったリザードはスマホを取り出すと端末内に保存してある実験の記録映像を再生ボタンを押すと前に翳して3人に見せる。

 

映像内に置いて実験室のような閉ざされた空間の中で実験用と思われるチンパンジーと大理石の柱が並んでいる。

ケースから解き放たれたシンビオートは逃げ回るチンパンジーの腕に飛び付くと染み込んで行くようにチンパンジーの身体と結合して行く。

結合した実験用のチンパンジーの瞳が一瞬、生気の消えたように白く濁ったように見えるや否やチンパンジーは苦しくそうに暴れ回る。

身体を振り回した際、チンパンジーの腕は偶然ぶつかったという形になるが大理石の柱に触れる。するとチンパンジーの腕が触れた瞬間大理石の柱はいとも容易くガラス細工のように粉々に四散した。

 

「……………」

 

ただの動物1匹の身体能力をここまで引き上げる程の力を前にして一同は絶句してしまったがシンビオートも強力な生物である事を理解出来たようだ。

仮に融合に成功したのであればこちらの戦力の増強にも繋がると言うのは明白だろう。

しかし、リザードの口から融合に失敗すれば宿主は死亡する事実を聞かされているためリスクリターンの釣り合いが取れているとは言い難い。そう易々と進んで融合実験を行いたいと名乗り出る者などいないだろう。

 

「ですが人間の宿主を集めるのは現実的とは言えませんからね……次は獅子か虎にでも融合させましょうか」

 

当のリザードも説明を求められたから説明しただけであり、動画の再生を止めると冗談を交えながらあまり関心の無さそうな視線を3人に向けると再度シンビオートに視線を移す。

 

--だが、リザードが踵を返してシンビオートの入ったケースを再び奥の机に置こうとした矢先

 

「私が引き受けます」

 

背後から淡々としたモノトーンな口調であるが確かに自分の意思を伝える声が聞こえたため、リザードは脚を止める。

 

「え?」

 

「何だと?」

 

「……本気ですか?」

 

その声の主に対して雪那と結月は驚いて信じられない物を見る視線を送り、リザードは振り返る事なく夜見に問い掛ける。

 

「本気です」

 

「これまで様々な生物との融合を図って来ましたが融合時間は伸びたものの成功した例はありません、どれも死に絶えました。命の保障は出来ませんが……それでも引き受けると仰るのですか?」

 

「はい、あのお方の願望を実現させるのが私の願望です。それに近付けるのであれば手を伸ばすだけです」

 

どうやら彼女は自分らの願望、全体の目的のために例え危険で命を蝕む賭けだと知りながら力に手を伸ばす姿勢にリザードは大変愉快そうに指を鳴らすと刃が擦れ合ったような金属音のような音が室内に鳴り響く。

 

間近にある机の上にシンビオートの入ったケースを置くとこれから融合実験に臨む姿勢を見せた夜見に対して知的好奇心と敬意を込めて明るい口調で右手を犬の首を撫でるように指を外側から内側に向けて閉じる形で手招きをする。

 

「ふっ、素晴らしい。ならばいいでしょう、皐月女史こちらにどうぞ。もし貴女が融合に適応出来ずに暴走して我々に危害を加えたとしてもご心配なく。骨は拾って差し上げます」

 

リザードは全身に力を入れると翡翠色の刃の様な鱗が剥がれる。するとその鱗がまるで生きているかの様に空中で徐々に一つに結合し、形を再構築して行き、3尺6寸程の翡翠色の鋭利な刃が特徴の長剣を生成するとリザードの手に収まる。リザードは臨戦態勢を解かずに生成した剣の切先を夜見に向けたまま彼女の様子を見守っている。

 

「はい」

 

「止めないのか?鎌府学長」

 

結月も夜見本人が自分で決めた事である以上下手に深入りし過ぎていいのか?と思ってはいるが流石に命懸けとなると心配になってよく行動を共にしている雪那に問い掛ける。

 

「別に好きにさせてよろしいかと、元々私に彼女の考えは理解出来ませんから。彼女の代わりなどいくらでもいるので、精々価値ある成果を残せば儲け物でしょう」

 

雪那の夜見の事を1ミリたりとも心配などする素振りを見せず、彼女の選択を静観する立ち位置を貫く事を確認するとリザードは夜見に対して机に置いてある

ケースに切先を向けて開けるようにジェスチャーを送る。

 

「では、皐月女史。ケースを開けて手を翳してみてください」

 

「………」

 

夜見がケースの前に立って右手でケースを開けた後に左の掌を前方に翳す。

すると、ケースの内部から狙い澄ました様に銀色の液体が夜見の翳す掌に向けて一直線に飛び、彼女の手を包む手袋に付着するとその色に同化する様に布繊維を透過しながら彼女の皮膚に触れる。

 

「うっ………ぐぅ!」

 

皮膚を媒介にしてシンビオートが体内に浸透して行き、血管の中を伝って身体全身を駆け巡って行く。

だが、シンビオートの侵蝕による適合の選定には苦痛を伴うのか普段はあまり表情を変えない彼女も眉を寄せて苦悶の声を上げた。

 

「やはりそう簡単にはいきませんか……いや」

 

「お、おおおい!何をしている!コイツを止めろ!」

 

「マズイぞ、これは……っ」

 

リザードはシンビオートの融合実験には何度も立ち会っておりこの反応を何度も目撃している為平然としているが雪那は夜見が暴走してこちらに危害を加える事を危惧してリザードの背中に隠れながら慌てふためき、結月の方は一見冷静そうに振る舞っているが夜見の身体を心配する等三者三様に眼前で彼女に起きている変化に対するリアクションを取っている。

 

「ぐ……っ!」

 

血液の流れに乗ったシンビオートは遂に脳へと到達する。彼女の脳と結合すると宿主である宿主である夜見の脳と結合し、宿主の記憶という名のデータの海へとダイブし、文明に関する情報、言語を瞬時にインプットして情報を整理して行く。

 

(ふゥン、これまでハズレばかりで私の運の低さに辟易していたが……この個体からは強い衝動を感じる。ようやくアタリを引けたようだねぇ)

 

「はぁ………はぁ………私は……」

 

そして、得られた情報の中で今自分が取れるであろう最適解な行動を熟慮した結果、拒絶反応も無く宿主に異常を来していない所を鑑みるにこの宿主はアタリだったと言う事だろう。

 

だが、その声は夜見の脳内に直接響くような形で反響しており、彼女は自分の現状を確かめるために耳や頭に触れ、周囲を見渡すが相変わらず臨戦態勢を解かずに長剣をこちらに向けて警戒しているリザードと信じられない物を見るかのような結月と雪那の姿のみであった。

 

「何ともない……だと」

 

「成りましたね、皐月女史」

 

「どう言うことだ?………ヒッ!」

 

リザードが何かを察したような発言をした直後、夜見の身体に異変が起こる。ーー夜見の左肩の位置から銀色のコールタール状のコールタール状の液体は人間で言う所の頭と顔に相当する形を形成し、周囲を見渡し始めたのだ。

 

「ふぅん、脳内から読み取った情報通りこの星の技術はかなり進んでいるようだねえ」

 

その異様な光景だけでも恐怖映像と呼べるがその銀色のコールタール状の液体は口は両端まで裂け、大きい口には細かく鋭利な牙のような歯が並び、悪魔の様に長い舌を持ち、眼は三日月の様に鋭く生気を放っているのかすら怪しく、くすんでいるその異形の姿に雪那が驚くのも無理はないだろう。

 

そして、宿主として適合してしまった事実を当の夜見は自分の左肩の位置を見つめて無機質な視線を向けるがさほど驚いている様子は見せず普段通りの反応を見せている。

 

「あ〜驚かせてしまったねえ、地球の民草よ。私は水星より来訪したシンビオートの使者、この星の言語形態に変換すると……ライオットと言う者だ」

 

暴動・騒乱の名を冠するシンビオート、ライオットは自己紹介を始める。

リザードは今の所向こうに敵対の意思はないように見えた為、向けていた長剣を床に向けて下ろし、自己紹介を始める。

しかし、手に持つ剣を手放さないのはやはり最低限警戒はしておくべきだと考えているため完全に信用してはいない事は見て取れる。

 

「ようやくお話出来ますね、ライオットさん。私はこの星の遺伝子工学の研究者兼綾小路武芸学舎のスクールカウンセラーをしているカーティス・コナーズ……いえ、この姿ではリザードと名乗っておきましょう」

 

「君には私をあの火災から救い出し、保護してもらった様だねえ。感謝しているよ」

 

 

「いえいえ、管理義務もありましたので。ですがもう片方のシンビオートは救えなかったのは申し訳ありませんがね」

 

ライオットの感謝の意に対してリザードは謙遜しつつも、一応同時に管理していたシンビオートの片割れを救えなかった事を悔やんでいるような雰囲気を出す事で相手に良い印章を与えようとするがライオットは特に気にする素振りも見せていない。

 

「あぁ、奴は別にいい。私の補佐でついて来ただけの下っ端だ、大して支障はないさ」

 

 

完全実力主義のシンビオートの星に於いて、脱落する敗者はその程度の存在として扱われるため、その環境下で生き抜いて来たライオットにとっては補佐役としてついて来たのに脱落したと思われるヴェノム は歯牙に掛ける程の存在でもないためか非常にドライめに言い切った。

しかし、話題に置いてかれ気味になっていた雪那は震えながらも両者に向けて質問を投げかける。

 

「お、おい!我々を置き去りにして話を進めるな!シンビオートとやら!言葉を交わせるのであれば貴様らの思惑を話せ!」

 

「落ち着け鎌府学長」

 

毅然とした態度で相手にナメられまいと振る舞っているが既に怯える姿をこの場の全員に見られているため、全く威厳がない雪那を結月が宥める。

それによりライオットが話しやすい空気になり、言われた通り自分たちの目的を差し支えのない程度に語り出す。

 

「我々は水星を居住地とし、その大地に根を張り生息しているが水星の大地も無限ではなく食糧にも限りがある以上各地で食糧が枯渇し始めていてね」

 

「地球と大して変わらないんだな」

 

「この少女の脳内からこの星の知識を読み取ったので分かるが、その通りだ。しかし、我々の星は太陽系の中では最も小さい以上、君達の星よりも速く限界が来る事は想像に難くない。いずれ、その他の星の生物への寄生が必要になるが他の星への移住も視野に入れる必要が出て来たという訳さ」

 

「よって、敢えて我々を呼ぶ事で地球外生命体として研究される事を見越して地球に来たと言う事ですね」

 

「その通り」

 

シンビオート全体の目的を大まかに語ると何故自分達を呼んだのか、どのようにして地球に潜伏するつもりだったのかをリザードがすぐさま把握すると結月はライオットに問い掛ける。

 

「なら、目的はあくまで移住のための下調べだと言いたいのだな?」

 

「………ああ、その為に私が代表としてこの星の調査に来たと思って貰えればいい。それが私の勤めさ」

 

「?……なるほど、理解は出来ました。ならば我々の庇護下の元、思う存分地球の調査に勤しんでくださ」

 

「ふざけるなぁ!誰がこんな得体の知れない奴と組めるか!この寄生虫がぁっ!」

 

リザードは一瞬ライオットの返答に間があったことに不信感を抱いたが今は波風を立てずに出来るだけ相手から情報を引き出せるよう友好的に接している最中割って入るように怒号が飛んで来る。

 

「高津学長……」

 

雪那のライオット……もといシンビオート全体に対する不信感は拭えていない為か粗雑な物言いを前に、慎重に話を進めようとしていたリザードは雪那の方へ視線を向けるとその態度に苛立っているのが伝わって来る程低い声で呟く。まるで余計な口を挟むなとでと言いたげだ。

 

「どうしても信用して欲しいと言うのであれば、それ相応の態度と言う物があるだろう!それを示せぇっ!」

 

「「「……………」」」

 

一触即発の冷ややかな空気が漂う最中、ライオットの方は今は変に関係を拗れさせるよりはこの場を収めようと雪那の横柄な態度を特に気に留める様子も無く、自分の中で夜見の記憶から読み取った情報と雪那の要求を噛み砕いて両端まで裂けた口を開いて自分なりに譲歩した妥協案を提示する。

 

「確かに、いきなり信用しろと言う方が不自然か。ならば、私の任務は後回しで構わないよ。この少女の脳から知識を得たので君たちの行動理念は把握しているつもりさ、あの方という君たちの代表の復帰のために私も協力しようじゃあないか」

 

「随分あっさりだな」

 

自分の要求に対し、やけに物分かりのいいライオットの対応に雪那の方も予想外だったのか拍子抜けしてしまった。

 

「我々シンビオートはこの星で宿主無しでは生存出来ない、宿主の機嫌を損ねて追い出されてしまえば任務を達成する事が困難になる。おまけにそこの研究者君に性質を解析されている以上状況的には私の方が幾らか不利と言える。我々の弱点は既に知っているんだろう?」

 

「ええ、熱と超音波ですね。この2つを当てた際に不快そうな反応を示したので弱点だとは把握していましたが」

 

任務遂行のため、自分の今の状況を把握した上で今取れる最善の手を取ろうとしていることは見て取れるが思ったよりも理性的であることにライオットを研究していたリザードも今は刺激せずに当たり障りのない対応をする事で話を進めていく。

だが……

 

「まぁ、今のままでもこの場にいる全員を瞬きする間に八つ裂きにする事は容易いけどもね」

 

ライオットが液状の身体を瞬間的に変化させて夜見の身体を包み込み、外貌を

全身から凶器が生えていると思わされる程の刺々しい異形へと変化させる。

 

「…………っ」

 

これまでの穏やかそうに見える態度から打って変わって、粛々と獲物を狩る狩人のような冷徹で生気の籠らない冷やかな声色に場の空気が一気に凍り付く。

 

「だが彼女もそれを望まないだろう、宿主の機嫌を損ねるのは賢くない。おまけに我々は所詮この星では宿主ありきの存在だ」

 

しかし、すぐさま変身を解除して先程までと同じ、頭と腕のみを形成して肩から顔を見せている状態に戻り、ライオットをじっと見つめる夜見を見下ろしながら手をヒラヒラと振って戦意は無いことを伝える。

 

「仮に彼女の意に反して肉体から追い出されたとして、またすぐにアタリを引けるとも限らない以上は君達と程よく協力関係に落ち着くのが賢明な筈だ。君たちは曲がりなりにも知識を持つ者だろうからこの星を調査する上で関わりを持つ位ならば近くにいて損は無いだろう?」

 

「なるほど、了解致しました。我々も地球についての知識は出来る限り伝授致しましょう、ですが我々も慈善事業でやっているわけでは無いので対価として協力して頂くことになるとは思いますが貴方のシンビオートとしてのデータ採取と皐月女史が前線に立つ際、彼女の補助をお願い致します」

 

「ああ、それで構わないとも」

 

「おい、本当にいいのか?」

 

協力関係を結ぶためにリザードとライオットが円滑に話を進めて行く様を見ている雪那は向こうに敵意がないことを知りつつもやはり深く信頼するのはリスキーだという考えは変わらないため確認のためにヒソヒソと隠れるようにリザードに声を掛ける。

 

「あの方の復活に一歩近くのです、弱点が割れていることを向こうが熟知しつつも人間に寄生している時の力は未知数な為、今は下手に関係を拗れさせるよりも程よく協力関係を結ぶ分には問題はないでしょう」

 

「くっ……なら、精々足を引っ張るなよ寄生虫が」

 

確かに今は変に関係を拗らされるようりも一旦協力関係に落ち着くのがこの場における最適解かと判断するリザードの判断が正しいかと納得し、渋々……それでいて心底嫌そうにライオットを睨み付けながら了承する。

 

「あぁ、期待に添える働きを心掛けよう。いつ頃出ればいいかな?」

 

「あー……そうですねぇ……ライオット氏はケースの中にいることが多かった上に融合に成功したばかりで慣れないことも多いでしょう。まずはこの星に慣れる事から始めてください、時が来ればお声掛けします」

 

「いいだろう」

 

ライオットと協力体制を結ぶことで戦力の増加を実感するとリザードはふと思い出したかのように左手の掌に右手をポンと当ててこの場にいる全員に自分の案を提案する。

 

「あぁ、そうだ。こちらの戦力が増えたという事で私から1つ、報告がありますので早めに共有しておこうと思いまして」

 

「何だ?」

 

「これまであの方がノロの回収に出向かれる際、私の協力者が事前に偵察をする事で手薄なポイントや適切なタイミングをあの方に伝える事で円滑に進めて来てはいたのですが流石に何件か襲撃した以上、徐々に管理局側からの警戒体制が強くなって来る筈です」

 

「なるほど」

 

この場にいる全員の共通の主、あの方。現在、各地で護衛の刀使を襲撃し、ノロの強奪に暗躍している謎の人物である。

しかし、これまでの襲撃事件は実はある程度現場の下調べを行う別の協力者の存在もありそれらを単独で行っていたのだが既に何件か襲撃を行った上にノロの強奪まで行ったとなると自然と警戒体制を敷かれてしまう。

 

「あの方はまだ完全に力を取り戻している訳ではありませんからね、もしもに備えてこちらからもある程度対応策を講じなければならないかも知れません」

 

「勿体つけるな。それで、何だと言うのだ?」

 

今の所、あの方という人物単独でもどうにかなっているが警戒体制がより強化されれば苦戦を強いられる可能性も考慮しなければならなくなるだろう。そこで、戦力も増強した上に自分も進化を遂げたと言うのであれば取れる手段は取っておくべきと言いたいようだ。

 

そして、リザードは重い腰を上げて自分たちが次に切れるカードをこの場にいる全員に提示する。それは……

 

「次からは私も出ましょう。主に研究施設のような類であれば私の研究者という地位を活用して実地見学という形で潜入し、事前に警備の数や手短なルートを調べてあの方にお伝えする事は出来る筈です」

 

「潜入するだけか、まぁ貧弱な貴様ではそれが精々だろう」

 

「これは手厳しい。これでも研究の間に力の使い方も練習して軍隊式のトレーニングも習っているんですがね。まぁあの方の支援位は出来るでしょう」

 

リザードはあちゃーとでも言いたげに右手で頭を押さえて天井を向いてとぼけたフリをすると一同は訝しげな視線を彼に向け、雪那が次のプランを尋ねる。

 

「ならば次はどこに狙いを付けるつもりだ?」

 

雪那の問いかけに対し、リザードは空を見上げた横顔をそのままカメラに向かって倒したような顔の角度で雪那達の方へと視線を向けると頭に置いていた右手を下ろして変身を解除して本来のコナーズの姿へと変わる。

変身が解除されるとリザードに変わっていた際には生えていた右腕は消失し、本来の隻腕の状態へと戻り、左手を白衣のポケットに突っ込むと首から掛けているネックストラップの会員証とは異なるネームプレートを取り出して皆の前に掲げる。

 

「長久手の民間研究機関・特別希少金属利用研究所です。聞くところによるとあそこは現在警備の刀使が1人しかいませんからね、既に見学のアポイントメントは取っています、近いうちに出ますよ」

 

「ふん、精々あの方の足を引っ張らないよう気をつけるんだな」

 

コナーズなりにあの方の役に立とうと念入りに準備を進めていることをこの場の全員が理解すると雪那は釘を刺すつもりで念を押すとコナーズはフッと不敵な笑みを浮かべ、粛々と告げる。

 

「さぁ、始めましょう。我々で人類に進化を齎し、世界を変えるのです」

 

 

 

ーー鎌倉・刀剣類管理局医療施設

 

「ありがとうございました」

 

「お疲れ様です、遠くない内に他の機関とも共同で研究を進めて行くと思うのでよろしくお願いします」

 

颯太は昼間に市ヶ谷でナノマシンスーツのテストを終えた後に鎌倉へと出向き、現在は紗南に呼び出されて管理局の医療施設に赴いていた。

朱音に定期的に身体検査を受けるよう指示されているため、御刀のメンテナンス以外でも鎌倉に通うことが増えている。

本日の検査を終えると椅子から立ち上がって検査員一同に一礼して退室すると前方から声を掛けられる。

 

「ご苦労さん、身体検査は終わったみたいだな」

 

「おっす、久しぶりだな。まぁ、お前とはあんま一緒になんなかったもんな」

 

「ね!」

 

前を向くと扉の前の廊下で紗南と薫が待ち構えていた。2人の存在を認識するとこちらも歩み寄る。紗南は恐らく拘置所でハーマンとの契約を結び、局の医療施設まで戻って来たと言った所だろう。

紗南とは鎌倉に赴いた際に会う機会はそれなりにあるが薫は今の荒魂が頻出する時勢ではかなり重宝する人材であるため日本中あちこちに飛ばされているだけでなく、任務の補助に就く機会も少なかった為久しぶりの再会となる。

 

「あ、お疲れ様です本部長。薫とねねも久しぶり」

 

「俺は今あちこち飛ばされまくってるからな、どこぞのパワハラ上司殿のお陰で」

 

「ほう、次は最北と最南を連続で往復させてやろうか?」

 

歯に着せぬ物言いをしながらジト目で紗南を見つめてはいるが、ただの冗談である。そんな薫の物言いに対し、特に怒る様子もなく悪い笑みを浮かべて彼女を見下ろしながらこちらも冗談で返すが妙な説得力を含んでおり本当にやり兼ねない凄みがある。

 

「そ、それは勘弁してください……」

 

「ねねぇ……」

 

萎んで行く薫と彼女の扱いを心得ている紗南のやりとりを前に苦笑いを浮かぶが2人が信頼関係にある上司と部下である事は理解しており、ある程度見慣れた光景であるため普通に受け流している。そして、ふと思い出したように身体検査以外にも紗南に呼ばれていた件について切り出す。

 

「相変わらずだね……あ、そう言えば本部長。僕に用っていうのは?」

 

「ああ、そうだったな。これから会わなければならない奴がいてな。そいつに大事な話があるから今日ここに用事があるお前にも立ち会って貰おうと思ってな。こっちだ、行くぞ」

 

「ういー」

 

「分かりました」

 

紗南がその会わなければならない人物がいると言う方向へ先に歩き出すと2人と1匹に対して、自分に着いて来いとでも言いたげに手を軽く振る。そして、直後に先導して歩き出した紗南の背後を親鳥の後を追いかける雛鳥のように2人と1匹は付かず離れずの距離を保ちながら着いて行く。

 

……しばらく医療施設内を練り歩くと紗南がとある一室の前で足を止めた。

 

先導していた紗南が足を止めると彼女の後方を歩いていた薫と颯太も足を止める。紗南は2人の方へと向き直り、親指で部屋のドアを指差して左右に振ってこの部屋が目的地である事を強調する。

 

「着いたぞ、ここだ」

 

「えーと……マジすか」

 

2人はその一室のプレートに書かれている名前を見やると薫は特に無反応、颯太はその相手と会うのが気まずいのか複雑そうな表情を浮かべる。そんな颯太の様子を他所に紗南はノックの後に一室の扉を開ける。

 

「失礼する」

 

「邪魔するぜ」

 

「し、失礼しまーす……」

 

扉を開けて3人と1匹はその病室へと入室すると、部屋の奥に備え付けられたリクライニングベッドに横たわっていた人物が渋々と閉じていた瞼を開けて首を傾ける事でこちら側に視線を送る。

 

「今日はどういったご用?」

 

突然の来訪に対しての丁寧な口調から育ちの良さを伺わせ、入院中であるためか病衣を身に纏い、普段は頭の後ろで纏められているワインレッドの髪は無造作に下されているため印象は大分変わるがそれでもこちらを見つめる青い瞳と端正な顔立ちは気品を保つ令嬢の優雅な雰囲気は崩していない。

 

そう、『元折神紫親衛隊第2席、此花寿々花』。かつて舞草と管理局の人間として争い合った者同士が一斉にこの場に会している。

現在彼女は新体制となった刀剣類管理局の下で人体と融合した荒魂を分離する医療研究に協力しているため、この医療施設に入院していたのであった。

 

「いや、少し聞きたいことがあってな」

 

「よう親衛隊。いや、元か」

 

「こ、こんばんは」

 

三者三様に寿々花に向けて挨拶をすると寿々花は何故かこの場所にほとんど一般人に等しく無関係に思える颯太がこの場に来ている事を見るに何となく事情を察する。

会話をしたこと等ほとんどなかったが姫和と可奈美の捜索に一時的だが協力をしていた事を何となく覚えてはいた。しかし、印象に残りにくい程影の薄い人物ではあったがまさかそんな人物が自分たちに散々煮湯を飲ませた相手だったことはかなり意外だった。

彼に対して思う所が無いでは無いがあの一件はお互い様だと思っているため、特に深く追及する事なく遠巻きに気を遣った挨拶をする。

 

「あら、珍しい来客ですわね。調子はいかがかしら?」

 

「まぁ、努力してます」

 

寿々花に挨拶混じりに突っ込まれた言葉に対し、頻出する荒魂への対応、複雑な友人達や家族との関係、皆を助けるための装備開発、学生ならば疎かにしてはいけない学業。それら全てが上手くいっている訳では無いがそれでも自分なりにやれる事はしているつもりだ、今はこう答えるのが精一杯だった。

 

そんなお互いに深くは踏み込まずに当たり障りの無い対応をする2人を横に薫の肩に止まっていたねねは突如薫の頭の上に乗り、寿々花に対して全身の毛を逆立てながら威嚇するように吠え始める。

 

「ね゛ーっ!!」

 

「かなり抜けたと聞いたがまだまだだな。まだ荒魂の匂いがするってよ」

 

ねねに威嚇される寿々花に対し、ねねの言葉を代弁するとふと思い出したかのように颯太の方を向いて語りかける。

 

「あーそうだ、この前コイツの親玉にやったみたく追い出してやる事は出来ないのか?その……必殺キックで」

 

「いや、入院中の人にそれはダメでしょ……というか、あの日から1回も使えてないから無理だよ」

 

4ヶ月前、折神邸のノロの保管庫での戦闘にて皆が倒れて行く最中颯太は瀕死になりながらも奮闘し、真希の協力もありながら何故か咄嗟に発動した力。

あの時は瀕死で無我夢中であったためどうやったのかと具体的な説明は出来ないが薄紫色の毒々しい輝きを発ち、紫とタギツヒメの融合を解除した神性の者にのみダメージを与える猛毒、手首から放つ、隠世にまで行こうとした姫和を繋ぎ止めた蜘蛛糸、颯太にスパイダーマンの力を与えた蜘蛛型荒魂と同じ力。

 

その力により紫とタギツヒメ を分離する事に成功した要因の1つとなっている為、それが出来るのであれば寿々花と身体強化に投与した荒魂と分離が可能なのでは?と思うのだが実はあの日から1度も使用出来ていないのだ。

 

「マジかよ、じゃあ何であの時使えたんだ?」

 

「分かんない……かれこれ調べてはいるんだけどこれだけはどうもね、あの時瀕死になってハイになってたから防衛本能で咄嗟に使えたのかも?としか」

 

何度か再び使えるかどうか試してはみたが一度も発動することは出来ず、何かしらの条件はがあることは想像出来るが全く見えて来ない状況である。

 

あの時、瀕死だったという条件以外に何かあったと言うのだろうか………。

 

「おまけに詳しい事を聞いたら正しくは神性のみに効果を発揮する毒針なんだって、だからキックじゃなくてパンチとかチョップでも使えるだろうって」

 

既に自分が力を手に入れたのは相模湾岸大災厄でタギツヒメを止めようとした蜘蛛型荒魂が交戦の末、共に篝の一つの太刀で隠世へと追いやられてしまう寸前に人類がタギツヒメ に対抗できる手段の一つとして自身のバックアップを託してその蜘蛛が管理局の研究所に侵入して改造を施された後に噛まれた事であることを関係者には話している。

そのため、薫と紗南は把握している為付いて行けているが寿々花は若干置いてけぼりにされてしまっているが特に深く追及することはせずに何となく聞いている。

 

そして、4ヶ月前の戦いの後も颯太がスパイダーマンであり続けることを選んで以降は人類に対して協力的な姿勢を見せており、頻度は多くは無いが時折睡眠中の無意識下の状況に陥る事で夢の中でのみで登場し、助言をしたり世間話をしたりしている。

 

ーー少し前、夢の中

 

意識を無意識下の睡眠状態へと落とし込むと霧というか霞の掛かった様なモノクロの世界が広がっていく。この夢の中で颯太は頻度は決して多くは無いが自身に力を託した蜘蛛型荒魂とこうして交信(会話と言うべきか?)している。

 

隣に腰掛けて会話をしたり、特に何もしなかったりしていると、そう言えばこれまで特に気にした事もなかったがねねやタギツヒメと言った名前を持つ荒魂と出会った事で何となく気になっていた事を蜘蛛型荒魂に問い掛ける。

 

『あー、そう言えば僕君の名前知らないんだけど何て名前なの?ねねやタギツヒメ みたく名前がある荒魂がいるって知ると君にもあるのかなーって』

 

『実は生まれてこの方名前を付けられた事も考えた事も無いな。お前が前に話していたねねという荒魂は人間が付けたもので、タギツヒメは自分で名乗っていたから恐らく自分で付けたと想像出来るが俺の場合は何も無かったな……当時の人間たちからはただ化け物としか』

 

あまり楽しい話題でも無く、失言したかと思い深く追及はせずに自分なりに言いたい事を纏めて語り出す。

 

『そっか……でもさ、皆に説明する時蜘蛛型荒魂って説明するのなんかくどいって言うか他にも蜘蛛型の荒魂が出て来た事もあるし、どれの事を言ってるのか紛らわしくなるんだよね』

 

『ならどうする気だ』

 

確かに蜘蛛型荒魂という見たままの呼び方では長い上にどれの事を指しているのか微妙に分からなくなる為、何かしら専用の呼び方があった方が呼びやすいかと思い颯太は蜘蛛型荒魂に提案する。

 

『呼びやすいように名前を付けるんだよ。蜘蛛型荒魂じゃ微妙に呼びにくいからさ』

 

『………ならば、お前のセンスを信じよう』

 

ここ最近で各地を転々とし、様々な人間と接する機会が増えたため僅かながらでもコミュニケーション能力は向上したこともあり、以前では想像も付かない意外な提案をして来た事に一瞬固まってしまったが何故か悪い気はしないため、取り敢えず聞くだけ聞いてみる事にしてそちらをじぃーっと見つめる。

 

『エレンみたくすぐに人のあだ名を付けられる自信はないけどそうだな……まず、ミゲルとかは?』

 

『何?俺が後方不注意だって言いたいのか?悪いが俺の場合は上方不注意だ』

 

カレンの名前を付けた時の様にスマホで調べる事が出来ないため颯太としては何となく思い付いた名前を適当に挙げただけなのだが、前にテレビで再放送していたロボットアニメを見ていた際に前方から飛んで来たブーメランを回避した矢先に再度ブーメランの射線上に戻り、帰ってくるブーメランに気付かずに

後方から機体の足が切断され、その隙に正面から対艦刀で機体を両断されたキャラクターがいた事を覚えていたため、訝しげな声色で反論する。

 

自分がタギツヒメに遅れを取り、隠世に放り込まれてしまったのは眼前にばかり気を取られ、攻撃に気付かなかった事にあるためそこを擦られているのかと邪推してしまった部分もあるのかも知れない。

 

 

『あ、いやそんなつもりは……ゴメン……じゃあ、ジェイムソン……は僕が嫌だな。たまには写真持って来いってうるさいし……うーん土蜘蛛……はなんかずっと土の中に埋まってからみたくなりそうだよね?』

 

『確かにそれは何となく嫌だな……』

 

逡巡した結果、ふと昔遊んでいたゲームで聞いたことのある無難にカッコよく程よく強そうな名前を閃いたためその名前を口にする。

 

『じゃあ、中二だけにちょっと厨二センスを働かせて……エゼキエル。昔やってたゲームでカッコいいなあって思ってたしね。不満なら名字でも付ける?シムズとか』

 

名前だけでなく名字を付ける事で無難に名前らしくなっため、蜘蛛型荒魂……いや、エゼキエル・シムズはその名前で納得する。

 

『……まあ、いいだろう。そう言えば初めてだな、誰かから直接何かを貰うのは』

 

自身が誕生し、半身を奪われた憎しみで暴れ回っていた為化け物、怪異、モノノ怪等と呼ばれていたが颯太から初めて毒気のない自分だけの名前を得たエゼキエルはどこか満更でも無さそうな声色を漏らす。 

 

ーーその時の事を思い返していると薫が何気なく感じた事を口にする。

 

「マジかよ……それもう必殺技じゃん、条件付きでそう簡単にはぶっぱしまくれない感じとかまさにそれだよな。じゃあ他には蜘蛛の軍団とか呼べる?」

 

「無理」

 

「じゃあ社長の元で勉強してるなら巨大ロボは?」

 

「呼べない」

 

「う〜ん、ならせっかくだしその必殺技に名前とか付けないのか?」

 

「ええ〜……そういうのはちょっと」

 

薫とねねが食い気味に目を椎茸にして輝かせながら颯太に詰め寄るが流石に自分で技名を素の状態で考える事に多少の羞恥心を覚えるため恥ずかしげにはぐらかす。

 

「いやいや分かってねえな、こういうのは形だけでも入っておくの大事なんだって。必殺技はヒーローの醍醐味だろ」

 

「ねね!」

 

人差し指を立たせて小さく左右に振り、ねねもせっかくだし考えてみろ!とでも言いたげに右手を上げるとその空気に押され、颯太は若干頬を赤く染めながら思い付く限りの名前を挙げて行く。

 

「まぁ、スーツ作成時のネーミングセンスを鍛えるようなもんだと思えばいいか。強いて言うなら……う〜ん、スティンガー……スパイダー・デトネーション……スパイダー・エクスプロージョン……ダインスレイヴ……」

 

「いや連打出来てないやん。けど、お前も中々板に付いて来てんじゃねえか?」

 

「それはまぁ……でもカッコよくない?」

 

「まぁな……っ!」

 

「ねねー!!」

 

「ゴホンッ!」

 

2人と1匹が変に盛り上がり始めた事で本来の話題から脱線し始めたのを感じた寿々花は一度咳払いをして話を本来の路線に戻そうとする。

我に帰った2人と1匹は申し訳なさそうに頭を掻きながら寿々花の方を向いて苦笑いを浮かべて軽く会釈する。

そんな2人と1匹に対して舞草と管理局の抗争で煮え湯を飲まされ続けた事や先程2人と1匹で勝手に盛り上がって置いてけぼりにされた意趣返しかやや皮肉げに言葉を返してくる。

 

「荒魂とお話ができたり荒魂の力を使えるだなんてあなた方もこちら側なのではなくて?」

 

「俺は人だ。このねねも荒魂だが穢れじゃない。悪いな、仲間じゃなくて」

 

「僕は……現在調べ中って所ですけどね」

 

「お前は人だろ、少なくともねねがコイツみたいに敵意を抱いてないしな……多分」

 

「………」

 

皮肉に対して皮肉で返す薫の発言に対し、寿々花は悔しそうに歯噛みする。売り言葉に買い言葉で空気が重くなりそうであったため、紗南はサラッと会話に割って入り、薫を諌める。

 

「いちいち挑発するな」

 

「それで、聞きたい事とは?」

 

薫が大人しくなると紗南は持って来ていたタブレットを取り出し、寿々花と颯太に確認したい画像をフォルダから引っ張って来ると画面に写し、2人に見える様に提示する。すると、画面の奥に見えるのは顔を視認できない程フードを深く被った例のフードの刀使の姿だった。

 

「お前たち、コイツを知っているか?」

 

「さぁ。存じ上げませんわ。そもそもお顔が見えませんし」

 

「画質が粗くて僕にも分からないですね……というか僕のパチモンモドキ以外にもまた変な奴が現れたって事ですか?」

 

映像に映る人物については何も分からないという2人の反応も嘘を付いているようには見えない。颯太に至っては心底困惑しているようで頭まで抱えている様子から尚更だ。

それでも、引き出せる情報は少しでも引き出しておきたい紗南は尋問を続ける。

 

「そう、変な奴が現れたんだ。それで、他に思い当たる人物は?」

 

「特には」

 

「僕もないですね」

 

寿々花も目を細めてじっくりと眺めても皆目見当も付かず、颯太もこれまで戦って来た犯罪者の中にいたか?とも思ったが同じく見当が付かないようである為、知らないという事は本当の様だ。

そこで痺れを切らした薫は堂々と自分の意見を2人に……いや、主に寿々花に向けて告げる。

 

「はっきり言ってやる。こいつは獅童真希じゃないのか?」

 

「真希さんですって?」

 

現在行方を眩ませている事を鑑みての薫なりの推測なのだが寿々花が真希の名前を出され、尚且つ犯人扱いする物言いに対し、食い気味に返してしまう。彼女がそんな事をする等信じられない……いや、信じたく無いとでも言いたげだ。

だが、同時に彼女が犯人では無いという証拠もないため一概に全否定も出来なかった。

 

「え?一席さんが?僕はそんな事をする理由やメリットがあるのかな?って思うけど」

 

「分からんぞ、ノロを強奪して自分をパワーアップさせる為に使わないとも限らないだろ」

 

颯太が頭を掻きながら薫の予想に対して寿々花同様信じられないと言った具合に首を傾げて唸っている。反論された薫はあっけらかんとしながら自分の意見を語り続けるが寿々花は2人のやりとりを真剣な顔付きで聞いている。

 

「けど一席さん、あの夜僕が瀕死だった最中手伝ってくれたからそうは思えないんだけどなぁ」

 

「騙されてた事にムカついて手を貸したって線も無くはないだろ」

 

「いやでも……」

 

薫の予想に対して颯太はやはりあの鎌倉での夜、瀕死の中戦っていた際に自分も一歩間違えが死ぬ危険性がありながらも協力してくれた事には感謝しているため、行方を眩ませているとは言え今更ノロの強奪をする理由は見えて来ず、誰かを無作為に攻撃したりするような人物だとは思えない、思いたくないというのが彼の意見だ。

 

「私も彼の言う通り分からないとしか」

 

「どうやら2人とも知らないのは本当のようだな。すまないな時間を取らせて」

 

紗南の中で2人がフードの刀使については知らない事を納得するとタブレットを仕舞い、2人に対して頭を軽く下げながら謝罪をする。

 

「いえ、別に……」

 

「どの道聞かされてたと思うので、大丈夫です。けど、次に派遣される場所で遭遇しないとは言い切れないので気を付けた方がいいかも知れませんね」

 

寿々花は目を伏せながら真希に容疑がかかっているという事実は変わらないため、あまり気分は晴れないままでいた。

颯太はそんな寿々花の様子を見過ごせず、気になってしまったがまずは紗南への対応が先と判断して紗南から伝えられた情報を脳内で整理すると自分なりの答えを紗南に伝えた。

 

「そうだな、次に行く場所でも念のため警戒はしておいてくれ。確か次に行く場所は」

 

「長久手の民間研究機関・特別希少金属利用研究所です、博士に呼ばれてるんで」

 

刀使の任務補助だけでなく、その地へ向かう理由付けとしてトニーから課せられているナノマシンテクノロジーを用いた装備の研究開発にも携わっているため時折フリードマンからも装備開発の指導を受ける機会もある。

そして、今度は新しく建てられた民間研究機関・特別希少金属利用研究所に招集が掛かっている。

 

「お前も結構色んな所飛んでるんだな……てか、ジジイに呼ばれてるって事は」

 

「うん、多分エレンにも会うと思うよ。何か伝えとく?」

 

「あー……そうだな……ま、たまにで良いから顔見せろって言っといてくれ」

.

今は会う機会が減ってしまっているが信頼している相棒の名前が出るとどこか嬉しいのか一瞬声のトーンが明るくなるのを抑えて無難な回答をする。

 

「分かった、会ったら伝えとくよ」

 

用は済んだため薫と紗南が病室から退室しようと歩き出し颯太も同じく退室しようとした際、一瞬寿々花の方へと視線を向ける。

 

「………」

 

やはり、先程から浮かない表情を浮かべている。真希がノロの強奪犯として疑われているという話を聞かされて以降会話中ずっと浮かない表情を浮かべていた事が気掛かりになっていたため扉の前で立ち止まる。

決して親しい間柄では無い歳上が相手であるためやはり気まずさもあって緊張してしまうがそれでも放ってはおかなかったため一呼吸置いて寿々花の方に向けて声をかける。

 

「……あの、2席さん?」

 

「もう親衛隊は解体されてますのでその呼び方は相応しくありませんわ。なので名前でお呼びください」

 

話しかけられるとは思っていなかったせいか当の寿々花も鳩が豆鉄砲でも食らったような表情を浮かべるがすぐに素に戻り、普通の対応をする。

 

「えっと、じゃあ此花さん」

 

「なんでしょうか?」

 

「その……あんまり上手く言えないんですけど、僕も手伝って貰ったこともあってかこの強奪犯がいっせ……獅堂さんだとはあまり思えなくて」

 

「何を仰りたいのかしら?」

 

直接話したこと自体はほとんど無い間柄であるため固さは抜けていないがしどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。しかし、寿々花からすれば要領を得ないのか訝しげな表情を颯太に向ける。

 

「……僕も、もし現場で遭遇したら聞くだけ聞いてみます。1人で行方をくらましてでもやらなきゃいけない事があるなら何か理由があると思うので……つまり何が言いたいかって言うと」

 

未だに懐疑的な視線を向けて来る寿々花に対し、彼女の瞳を見つめ、自分なりに言いたいことを纏め、簡潔に伝える。

 

「彼女が誰にも言わず、行方をくらましてでも行動してるならそれなりの理由があると思うんです。だから、1番身近だった貴女だけでも彼女の事を信じてあげて欲しいんです」

 

かつて協力者も仲間もいない、1人でスパイダーマンとして孤立無援で1年間活動していた事や御前試合で紫を強襲した姫和の逃走に加勢し、国家を敵に回し、テロリストとして追い立てられた事があった。

だが、そんな経験をしても切り抜けて来られたのは自分だけの力では無い。協力してくれた新たな仲間達や自分の事を信じ続けてくれた隣人達がいたからだ。

それが精神的な支えとなったことにより恐らく真希も孤立無援で今も何かを成し遂げようと行動していると言うのであればそんな彼女の心に寄り添えるのは彼女にとっての最も親愛なる隣人と呼べる寿々花だけではないかと颯太は考えている。戦場であった時にあれだけ息が合っている所を見ている限り、そう思えたからだ。

 

「誰か1人にでも、信じてくれる人がいるとそれだけで助かる時ってあると思うんで……んじゃあ僕らはこれで」

 

気休めにもならないかも知れないが、自分に協力してくれた恩人でもある真希にもそういった相手がいてくれればいいな、と思い不器用ながらに寿々花に自分なりの意見を伝える。

 

そんな懇願を聞き入れた寿々花の表情は幾らか気持ちが楽になったのか先程までの沈んだような表情から少しだけ柔らかくなり、颯太に向けて手を振りながら別れを告げる。

 

「ふふっ……分かりました、ありがたく受け取らせて頂きますわ。では、ごきげんよう」

 

ーー早朝、鎌倉の鎌府女学院学生寮出入り口前

 

既に夜は明け、朝日が昇る明朝の時間帯となりまだ薄暗い地上を太陽が徐々に明るく照らしていく。

そんな時間帯でありながら荷物をキャリーケースに詰め、大人数を乗せる事が可能であろう大型バスにこれから乗らんとしている歩と美弥は綾小路の制服を身に纏い、見送りに来てくれた可奈美に出発前に挨拶をしていた。

 

「またこっちに来たら一緒に戦おうね!」

 

「はい!私綾小路に戻ったら衛藤さんのこと自慢します!」

 

「私も…すごい刀使と知り合いになったって!」

 

「うん!じゃーねー!」

 

手を振りながら送迎バスへと乗り込む2人を見送ると直後にゆったりとこちらに近付いて来る人影が1つ、そして背後からその人物に声を掛けられる。

 

「すっかり有名人だな」

 

聴き覚えのある馴染み深い、澄んだ声色が耳に入ると脊髄反射でその方向へ振り返る。

 

「ひよ……っ」

 

「今日からまたこっちに出向だ。しばらくは一緒だな。可奈美」

 

頻出する荒魂への対応、そして日本を脅かす新たなる脅威の出現と4ヶ月前にやり残した事にケリを着けるために隠居生活から重い腰を上げて参戦する事を決意した姫和の姿であった。




MoMはちと色々あってすぐには見に行けないし、初日勢じゃ無い人もいると思うのでネタバレは控えてくだされ。

バースの続編2部作なんすね……やはり映画では個人的にバースが1番好きなので(大好評のNWHも最もすごい事をやってのけた良い映画ではあると思いますし、充分楽しめました)楽しみですね……その分公開がまだまだ先なんですが……。


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第64話 家族の形

遅れましたサーセン、区切りがムズくて長引いちゃいました。


 

ーー早朝、美濃関学院学長室

 

早朝の美濃関の学長室の窓辺から見える一台の車に1名の女生徒とその保護者と思われる人物がトランクにキャリーバッグとボストンバッグを敷き詰めていた。

父親がトランクを閉めるとその生徒は母親に車に乗るように促され、頷くが名残惜しそうに美濃関の学舎を見上げる。

ここで……いや、ここだからこそ出来た友人たちもいた筈だろうに現実はその別れを惜しむ時間すら許してはくれず、車に乗り込むと同時に走り去って行く光景を窓越しに見ていた舞衣は学長室の椅子に腰掛ける江麻に対して話を振る。

 

「また転校のようですね……」

 

「親御さんのご意向でね。このところ危険な任務が増えているし刀使達に対する風当たりもね……」

 

机の上に置いてある公欠届けに目を通して内容を確認し、判子を手に取って印面を朱肉に付けて書類に判子を押して行く。

 

「本人はどうなんですか?」

 

「続けたかったようだけどあなた達は学生ですからね。保護者の同意がなければ御刀を返納してもらうしかないわ」

 

彼女達は公務員である以前に学生、保護者の同意無くしては辞職せざるを得ず現在多発する荒魂の出現により出撃頻度が多くなればそれに伴い危険な目に遭う可能性も高くなる。

更に管理局は4ヶ月前の漏出問題により世間からは悪い意味で注目の的とされているため世間的な体裁もお世辞にもいいとは言えない。

よって、先程の生徒の両親もやむを得ず転校という措置を取らざるを得なかったという事だろう。

 

「来週からまた鎌倉ね。大変でしょうけど頑張って来なさい」

 

「はい、ありがとうございます。失礼します」

 

江麻から手渡された公欠届けを受け取るとお辞儀をして舞衣は学長室の横引きの扉をスライドする事で開けて廊下に出て歩き出すとポケットの中の携帯電話が振動する。

それに反応すると舞衣はポケットの中で振動する携帯を取り出す。着信画面の登録名には「お父様」と表示されていた。

 

「お父様?」

 

このタイミングでの父親からの呼び付け、先程の学長室でのやり取りでの事を紐付けして行くともしかすると、そう言う事なのか?という一抹の不安が過って行く。

 

ーー夕刻、岐阜の柳瀬邸

 

父親から実家に帰って来るように言われた舞衣は近辺の民家より圧倒的に大きな面積を誇る実家へと帰宅した。

実家の玄関の扉を開けるとその音に気付いたのかリビングから小学生程の幼い少女が顔を出す。紫色の髪をツインテールに結び、藤色の瞳が特徴の舞衣をいくらか幼くした印象を与える少女はリビングから玄関へと歩み寄って来る。

 

「あれ!?舞衣お姉ちゃんだ!」

 

呼び方で察する事が出来ると思うがそう…彼女の妹で柳瀬姉妹3女の詩織だ。普段は寮生活で実家に帰って来る事が少ない長女の舞衣が帰って来た事が意外だったのか身長差のある実姉を見上げている。

 

「今日は寮じゃないの?」

 

「ちょっとね、美結は?」

 

「あ〜……美結お姉ちゃんなら…」

 

次女である美結の名前を出されると詩織は若干答えにくそうにリビングの方へと顔を向けて彼女がそこにいる事を示唆する。

 

「おかえりー舞衣姉」

 

リビングから聞こえて来た気怠げな声の主は茶髪のボブカットで舞衣にも詩織にも似ていない風貌のセーラー服を纏った少女がソファーに寝そべって玄関にいる舞衣に視線を向けずにスマホをいじりながらポテチを食していた。次女の美結だ。

 

「おかえりーじゃないでしょ。また制服のままごろごろして」

 

「んー、これ終わったら着替えるよー」

 

リビングへと入りながら舞衣は美結を注意するが一向にそちらに視線を向ける事なく生返事をするだけであった。

しかし、すでに慣れているのか美結へと歩み寄って起き上がるように促すと美結の方もめんどくさそうに立ち上がって渋々制服を脱ぎ始める。

 

「んも〜めんどくさいなぁ」

 

「皺になっちゃうじゃない。ほら脱いで、もうすぐお父さん達が帰って来るんだからちゃんとしなさい」

 

舞衣の言葉が耳に入った詩織は驚いたのか目を見開きながらこちらを向き、反射的に質問を投げ掛けて来る。

 

「え!?帰って来るのお父さん?」

 

「ていうか日本にいたんだ」

 

どうやら海外への出張で家を開ける事が多く、家にはあまり帰らないようだが詩織よりは長く生きている美結は既に慣れているのかドライに受け流していると詩織は続け様に気になっている事を問いかける。

 

「じゃあもしかしてお母さんも?」

 

「うん、一緒だって」

 

「めっずらしい〜皆が揃うなんていつぶりだろう」

 

「え〜と、詩織の誕生日以来かな。お父さん達も忙しいみたいだから……あっ」

 

舞衣が逡巡している最中未だに下着姿の美結は起立した状態のままソファーに置いていたポテチを手に取って再度食べ始めていた。

あまりにもお行儀が悪いので舞衣はすぐ様、ポテチを取り上げて美結を注意する。

 

「こら!立ったまま食べないの!」

 

「はいはい」

 

「はいは1回!」

 

「………」

 

「何?」

 

舞衣からすれば長女らしく妹の世話を焼き、嗜めているだけなのだが美結は一々細かく指摘されたのが癪に触ったのか半分冗談半分本音と言った具合に訝しげに舞衣を見つめてイヤミを言い放つ。

 

「そんな細かいこと言ってるから彼氏できないんだよ舞衣姉は」

 

 

『舞衣』

 

「………っ!?」

 

美結の何気ないイヤミに対し、舞衣は一瞬固まってしまう。別にそんな急いで作るべき物でもないし、恋人がいるのがステータス等と宣うつもりはないがつい、自分の友人……いや、1人の親愛なる隣人であるスパイダー マンの中の人こと颯太の顔が無意識の内に脳内に浮かび上がった。

 

(なんで、颯太君のことを思い浮かべたんだろ私……)

 

以前は普通に接する友人と言った距離感であったが今こうして妹達が生きてこの場所にいるのはかつて彼が火災から救ってくれたお陰である。

そのためかつては恩人、彼の秘密を知って以降は秘密を共有して互いに寄り添い、共に苦難を乗り越えた仲間……戦友とも言える間柄へと変化し距離感は以前よりも縮まっていると言える。

 

よって、普通に友人としては好きと言えるだろう。しかし、異性として意識しているかと言われるとそこまで深く考えた事は無かったため自覚は無かったが真っ先に思い浮かべたのが彼であったため、気恥ずかしさから少し悶々としてしまった。

 

「よ、余計なお世話です……」

 

(え?なにその反応……?)

 

美結のイヤミに対して赤面して手の甲を鼻に当てて視線を逸らしているが当の美結は怒るわけでも無く急に恥ずかしそうな素振りを見せられたため困惑していると直後にリビングのドアが開く音がすると2人の男女が入室して来る。

1人は茶髪で生真面目そうな印象を受ける外見の特徴は美結と似通っている男性ともう1人はお淑やかそうに見える紫の髪に翡翠色の瞳で舞衣によく似た女性だ。

 

「おかえりなさい!お父様!お母様!」

 

「おかえりなさい!」

 

「おかえり〜」

 

どうやら彼女達の両親だったようだ。父親は孝則、大企業柳瀬グループの代表であり海外に仕事に行く際にスターク・インダストリーズの代表でトニーと顔見知り程度だが面識があり母親は柊子、社長夫人として夫の仕事の補佐をしておりよく2人とも家を空けるためあまり家には帰らない。

よって、久々の再会が嬉しいのか何処か舞衣の声色も明るくなっているようにも感じられる。

 

「はい、ただいま」

 

「舞衣、話がある」

 

「……はい」

 

柊子はお淑やかに返す反面、孝則は神妙な面持ちで普段は忙しいと言うのにわざわざ両親揃って彼女を呼び出したのはそれ相応の理由があると見える。

妹達は何が何やらと言った具合に顔を見合わせ、首を傾げているが当の舞衣は沈んだような表情へと変わって行く。

 

妹達は各々自室へと戻り、リビングのソファーに両親と舞衣が相対するように向かい合って座り、舞衣の座るソファーには添えるように納刀状態の孫六兼元が置かれている。

膝の上で右の手の甲の上に左の手の甲を重ねて膝の上に置き、行儀良くしていると孝則の方から本題を切り出した。

 

「舞衣、美濃関学院をやめなさい」

 

「……!?」

 

言われない可能性が0ではないと思ってはいたが実際切り出されるとショックは受ける物で目を見開いてハッとした表情を浮かべながら顔を上げる。

あの場所だから出来た友人、刀使という仕事を通して出来た繋がり、そしていつも自分たちを助けてくれる親愛なる隣人……それらとの繋がりを否定されたように感じてしまった。

 

「新しい学校は父さん達で決めた、すぐにでも転入できる」

 

「話が違います!高校卒業するまでは私の好きにしていいと……っ!」

 

「事情が変わったことぐらい理解できるだろう、任務中に怪我をする刀使も増えてるそうじゃないか。お前も随分と危険な目に遭ったそうだな」

 

孝則の言い分にも一理はある。この荒魂が頻出する状況下では危険な任務は自然と増えてしまうし4ヶ月前の鎌倉での戦いはいつ誰が死んでもおかしくはなかった。

それにより、当の舞衣も今朝の転校して行った生徒の事をふいに思い浮かべてしまった。親からの同意を得られない場合は刀使を続ける事ができないという事実を聞いているため、舞衣の中で焦燥感が募って行く。

 

「確かに…でもこの孫六兼元は私を選び私は刀使になることを選びました。覚悟ならできています!」

 

「軽々しく覚悟なんて言うもんじゃない!」

 

「………」

 

しかし、舞衣なりに意思を伝えるが孝則は一喝してその言葉を一蹴する。その圧に押されて舞衣は押し黙ってしまい、暗い表情を浮かべながら俯く。

そんな彼女の姿を見て孝則も少しキツく言い過ぎたかと思ってバツが悪そうに視線を逸らして隣に座る柊子へと視線を向ける。

孝則から向けられた視線にアイコンタクトで応じた柊子は頷き、孝則も頷き返す。

 

……そして、一息吐きながら舞衣の瞳を真剣に見つめながら孝則なりに自分の意思を伝える。

 

「舞衣、忘れないで欲しい。お前もこの家の一員だということを」

 

しかし、言われたままではいられないのか現在の管理局への世間の風当たりの強さからまるで自分達の世間体を気にしているのかと邪推してしまいつい低く、くぐもった声でイヤミが溢れてしまう。

 

「……柳瀬の家に刀使がいてはそんなに体面が悪いですか?」

 

「ん?」

 

「舞衣」

 

孝則は舞衣の言っている事にピンと来ていないのか鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべているが柊子は彼女の言いたいことのニュアンスが伝わっているのか舞衣を嗜める。

 

「ごめんなさい、言いすぎました」

 

「あなた」

 

重苦しい空気になってしまい、ここはお互いクールダウンが必要だと判断した孝則は溜息を吐くとこの場での最善策として妥協案を提案する。

 

「…そうだな、しばらく時間をやろう。ゆっくり考えなさい」

 

「……はい」

 

幾許の猶予を貰えたが舞衣の表情は晴れぬまま生返事を返す事しか出来なかった。

夜食と夕食を済ませ、寝巻きのままベッドの上に仰向けで横たわりスマホをいじっていた。先程両親に言われたことが響いているのか誰かに相談したくて搭載されている電話帳の登録欄を指でスライドして行く。

そこである名前の欄が目に入ると思わず指を止める。同じ学舎の同級生であり友人の可奈美の名前だ。

彼女に今の自分の状況を話して相談に乗ってもらいたいのか、今は誰かと話したい気分なのかしばらくじっと見つめていたが画面を切る。

画面のミラーに映る晴れないままの自分の表情が映し出されたがやはりこれは自分と家族の問題だ。そこに友人を巻き込むのは良くないのではないかと判断しての事だろう。

 

(転校してただの一般人に戻ったら……もう、皆と一緒にはいられないのかな。それとも……本当は私……)

 

 

ーー深夜、某所の山中

 

誰もが寝静まっている筈の草木も眠る丑三つ時、本来は人気の無いない山中にてミスマッチなけたたましい咆哮と轟音が鳴り響き、木々がドミノの如く倒れ、地盤が抉れる程の激戦が繰り広げられていた。

 

「■■■■■■■■■■■―――! 」

 

声にならない咆哮を上げながら騒動の発端である細長い長躯の巨体を引き摺りながら山中の広い山道で百足型の荒魂が侵攻を妨害する複数名の刀使で編成された特祭隊を威嚇する。

 

すると、何かが地面を強く殴り付けたような音が鳴り響き渡りその反動を利用したのか弾丸のように一瞬で宙に向けて一直線に飛び上がると耳に入って来る銃声の混じる通信の音声に荒々しく受け答えをしなが地上の状況を把握する。

 

『本部から警戒中の各班に通達、目標を補足し次第行動に移れ。これ以上の侵入を許すな』

 

「たりめーだ、今この場でぶっ潰してやろうぜぇ!」

 

跳躍が一定の高さまで到達した事で地上を淡く照らす月灯りにより闇より出た声の主の正体が露わになる。

身体を包む黄色で彩られ編み目模様を基盤にしたアンダースーツとそれを包む外部装甲、頭部を守るための鋭い目付きのツインアイのブラウン色のヘルメット、両腕にガントレットを装備しているややヒロイックなデザインのSTT用のパワードスーツ、ショッカー。

管理局からの認可を得た事で正式に登用され、裁判を終えた後にショッカーの専属パイロットとしてSTT隊員に採用されたハーマン・シュルツが上司からの指示を受け、この山中で戦闘中の刀使達を支援するためにこの場に馳せ参じたと言った所だ………しかし……

 

「テメーのおかげでよぉ……今日のスクリューボールのライブがリアタイから録画になったじゃねぇかゴラァ!」

 

「……っ!?なになに!?」

 

「声デッカ……っ!」

 

ヘルメット越しからでも伝わる程の怒気を纏った心底不機嫌そうな怒号、恨み節が周囲に響き渡り、刀使達の困惑と驚愕の篭った視線を一斉に集める。

何故この様な状態に陥っているかのか、簡単に説明しよう。

 

ショッカーを誰よりも上手く扱える人材とは言え、ハーマンは前科持ちで裁判の判決が執行猶予中な上にSTT隊員としては新米の中の新米であり、上官や先輩達や仕事で組む刀使達からの監視の元、STTの仕事である近隣住民への説明や避難誘導の手順、ノロ回収班との連絡の取り方の業務内容を覚えるために近隣の宿泊施設に泊まっていた。

 

そして、本来ならばこの時間帯はハーマンが激推しするアイドルグループ、スクリューボールのライブが歌番組で放送される予定であり現在のホームである神奈川県警の独身寮の自室にあるDVDプレーヤーでも録画はしていたのだが1ファンとしてはリアタイ視聴もしたかった。

しかし、残り数分でオンエアというタイミングで出動要請が入ったことでリアタイが不可能となったため非常に機嫌が悪いと言った状態である。

 

そして、ショッカーは私的な怒りも力に変えつつ早めにカタを付ける事が先決だと判断するとガントレットを装着してある両腕を前方に構えて百足型荒魂に向けるとガントレットが開き、金色の振動波が収束して行く。

 

「オラァ!」

 

怒号と同時に放たれた振動波がソニックブームを生み出しながら音速を越えたで一直線に百足型に命中する。

 

「■■■■■■■■■■■―――!? 」

 

ショッカーの放った振動波が直撃すると百足型荒魂は御刀による攻撃では無いためダメージはないものの両腕のガントレットから放たれ振動波を収束させた一撃であるため威力は倍増しており百足型荒魂の巨体を大きく震わせ、姿勢を大きく崩した。

 

「沈めオラァ!」

 

ショッカーは空中にいる滞空時間を無駄にしないよう位置エネルギーを利用するために上空に向けて振動波を放つ事でそれを推進力とし、怯んでいる百足型荒魂に向けて加速しながら接近し、その最中身体を捻る事で一回転しながら体制を立て直し、右拳のガントレットの起動をすると振動波を纏い、そのまま振りかぶって百足型荒魂の脳天に向けて振動波による加速が加わった位置エネルギーとショッカーの腕力と慣性の乗った右拳を叩き付ける。

 

「くっ……!」

 

「すごい衝撃……っ!」

 

ショッカーの拳が百足型荒魂の脳天に直撃すると同時に周囲の木々が震える程の衝撃が走り、地に足を着けて立っていた者達にも伝わることからその威力が窺える。

その証拠に百足型の荒魂の頭部を形成していた殻が割れて破片が飛び散り、身体全体に亀裂が入って行く。

そして、ショッカーが渾身の力を持って右拳を振り抜くと百足型荒魂の上体は地面に力強く叩き伏せられ、地盤が抉れてクレーターを形成する。

 

「よおーっし貰ったぁ!潰せガキ共ぉ!」

 

「言われなくても!」

 

「了解!」

 

拳を振り抜いた姿勢のまま空中で地上を見下ろすショッカーが地上にいる百足型荒魂を取り囲んでいた刀使達に檄を飛ばす。

彼女達もこの好機を逃すまいと理解し、全員で一斉にショッカーの攻撃で亀裂の入った頭部に御刀による唐竹割りを叩き込むと百足型荒魂の頭部は亀裂の入った部分から砕け散り、生命活動を停止した。

 

「ったく、手間取らせやがって」

 

「ご協力、感謝致します」

 

ショッカーが地面に着地し、右手首をぶらぶらと軽く振りながら既に事切れている頭部の無くなった百足型荒魂だったものを見つめ、共闘した刀使達と労いの言葉を掛け合いながらショッカーのヘルメットに内蔵されているHUDを操作してノロの回収班へ連絡を入れようと覚えたての連絡方法で回収班を呼び出そうとする。

 

「おう、テメーらもご苦労。後は回収班を呼ぶんだったな、確か回収班の番号は……うおっ!」

 

しかし、その矢先にショッカーのHUDに内蔵されているスペクトラムファインダーの機能が発動し、ヘルメットの中で警報音が鳴り響く。

唐突な警報音にショッカーが驚くと、他の刀使の面々も驚愕する。そのガラ空きになった隙を、彼らの気が抜けるのを狙っていたかの様に上空から風圧を纏いながら流星の如く地上に向けて飛来して来る何かが接近して来た。

 

「■■■■■■■■■■■―――! 」

 

「くっ!まだいたのか……っ!?」

 

「一瞬でここまで移動して来たって事!?」

 

「おいヤベーぞ!」

 

地上にいる面々が視認できる高度まで落下して来たそれは腕の代わりに前肢が翼となっており、下肢は恐らく二足歩行自体は可能だと思われる鋭利な鉤爪を持った脚を生やした鳥型の荒魂の飛来であった。

しかし、一同が百足型を祓った後で一安心してしまったのか上空から落下して来た際の強烈な風圧に備える間もなく全員が一瞬怯んでしまっていた。

 

「■■■■■■■■■■■―――! 」

 

「チッ!」

 

その隙を見逃すまいと鷹の目の如く鋭い眼光で狙いを見定めると鳥型荒魂は翼で突風を起こしながら地上にいる者達に向けて滑空しながら一気に撥ね飛ばそうと突っ込んで来る。

ショッカーはワンテンポ遅れたが迎え撃とうとガントレットを前方に構え、起動と同時に振動波を鳥型荒魂を迎え撃つ体勢に入る。

 

すると……

 

「…………」

 

「あ゛?」

 

「◾️◾️◾️◾️◾️ーーっ!?」

 

眼前に2mは優に超えるドス黒い色で深夜の背景と同化している巨体を持つ何かがショッカーの眼前、鳥型荒魂との間に立ち塞がり同時に液体が流動するかのように右腕を刃の形へと変化させると鳥型荒魂に向けて一直線に突撃すると金属で何かを斬りつけた様な重鈍な音と共に既に鳥型荒魂への背後まで移動していた。

そして、鳥型荒魂は勢い余って壁にぶつかった様な、何が起きたのか理解出来ていないかのようなくぐもった悲鳴をあげると同時に鳥型荒魂の胴体は縦方向に両断され、頭部は胴体から離れて空高く舞い上がる。

鳥型荒魂は滑空時の勢いを殺す事が出来ずに両断された事で左右に分かれてショッカーや刀使達には命中せずに地面に激突するとそのまま滑り込んで行った。

 

「ありゃ一体なんだっ!?」

 

「…………」

 

しかし、鳥型荒魂を一撃で屠った巨体の人物……とは呼べない全身がドス黒いコールタールの様なおどろおどろしくこの世の物とは思えない丸い頭部に三日月の様に鋭い白い目玉は目付きが悪い等とは言い表せない威圧感を放ち、口も人間で言うならば耳の辺りまで裂けていると言った具合の大きな口には牙と形容した方が伝わりやすいであろう鋭利な歯がびっしりと並んでいる人型の異形……ヴェノム だ。

その一方でヴェノムはショッカーや他の刀使達には一切興味を示す様子は無く彼らには目もくれない。

そのヴェノム の立ち振る舞いが癪に障ったもののショッカーは紗南が面会に来た際、彼女から各地でノロが強奪犯が出没していることを聞いていたため、荒魂を倒した所を狙って来たのでは無いかと思いヴェノム へ向けて力強く呼び掛ける。

 

「おい、そこのコーラみてぇなテメェ。助けて貰ったのは感謝するが噂の強奪野郎だっつーなら見逃せねえ、こっちに来て全部ゲロっちまった方が楽だぜ?」

 

「こんな時でもその物言い……一周回って尊敬できます」

 

「………」

 

しかし、ヴェノムはショッカーの呼び掛けに対し一瞬だけ視線を送る。その三日月の様に鋭く無機質な白い眼ではどう言った感情であるかは全く読み取れないが敵意の様な物は感じ取れない。

これ以上この場に留まって追求されるのが面倒だと感じたのかヴェノム は地面を力強く蹴り上げると一瞬で姿が消えたと錯覚する程の高さまで移動し、そう簡単には追い付かない距離まで移動していた。

 

「待ちやがれぇ!メントス突っ込むぞオラァ!……チッ、何なんだあのコーラ野郎」

 

ショッカーは苛立たしげに腕を組みながらヴェノムの飛んでいった彼方を睨み付けて舌打ちをしていると周囲の刀使達は新たに強奪犯や荒魂の乱入が矢継ぎ早に起きる可能性も考慮してか撤収の準備をしようと散開し、ショッカーは取り残された状態となっていた。

 

「だが、俺らの邪魔すんならぶっ潰すあ゛あああああーっ!!」

 

ショッカーがチンピラ時代のクセが抜けていないのか捨て台詞を残そうとした矢先、ショッカーの眼前に重量と位置エネルギーが乗った物体が落下して来て地面に激突し、轟音が鳴り響く。

 

ヴェノム が頸部を切断した事で空高く舞い上がっていた鳥型荒魂の頭部が今になって時間差で地上に落下して来た。ヴェノム に気を取られ過ぎて気付かなかったショッカーは自分の眼前に突き刺さった荒魂の頭部を見つめながら安堵の声が漏れる。

 

「あ、あぶねー……煎餅になる所だったぜぃ…」

 

ーーショッカー達の喧騒から離れた湖畔の見える森林の奥、そこに徐々に身体に纏うコールタール状の液体が縮小して行き、身体を包んでいた巨体はすっかり見る影もなく身に纏っていた人物を隠せる程度の衣服の様な姿となり、10代前半程の少女然とした体格へと変化し樹木の枝の上へと着地する。

 

上着の様な姿に擬態していたコールタール状の液体の様な生物は上着の表面から頭部のような物を形成し、首を伸ばすかのように唸ると自分の宿主に向けて話し掛ける。

 

「どうだ結芽、俺も段々型にハマって来ただろ?」

 

そう、現在公的には死亡扱いされており現在は隠匿生活を送っている元折神紫親衛隊第4席燕結芽、そしてそんな彼女に寄生している地球外生命体シンビオート、ヴェノム 。

4ヶ月前に鎌倉の折神邸での舞草と管理局の戦いにて、舞草の一員であるスパイダーマンと激しい戦闘の末に勝利したもののスパイダーマンとの戦闘で身体の限界を迎えてしまった事により力尽きてしまった……かに思われたが舞草の面々が突入した際に用いた射出用コンテナが保管庫に直撃し、爆発した事で自分は火の手に焼かれ、新たなる居住地へとするために侵略の下見として自分と一緒に着いてきた上司と言った立場である同族のシンビオート、ライオットは救出された。

命からがら脱出したが既に自身も虫の息となり、生への執着のみで彷徨っていた所死亡寸前であった結芽に寄生、同時に適合する事で両者の命を繋いだ。

 

しかし、人類で初のシンビオートと適合した事により宿主の彼女が実験対象にされかねない事、病は完治していないためヴェノム が身体から離れれば数分で結芽は死亡する上に次の宿主がそう簡単に見つかるとも断言できない以上数多の人間が融合に失敗して死亡する可能性が非常に高く人間側につくことはかなりリスキーである。

更に融合時に彼女の脳と結合した際に地球の情報を探り、自分たちの星よりはずっとマシな世界である事を学習し、そんな世界を終わらせる程腐りたくないと言う心境の変化、その上で自分を見下し続けた故郷の者達に吠え面をかかせんとパワーアップをするためにシンビオートの習性と結芽に周囲の人間を脅迫材料として盾に取る事で渋々と承諾をさせ、人間社会からは隔絶して生きる事になり今に至る。

 

しかし、結芽は命を繋いでくれた存在ではあるが自分を仲間や大切な人達から離れて生きざるを得ない要因となったヴェノム の事は受け入れ切れていないのか素っ気ない態度で言い放つ。

 

「まぁ、少しは上達したんじゃない?私に言わせればまだまだだけど」

 

どうやら普段は各地を転々としながら剣術の鍛錬を結芽から教わり、地道なトレーニングを重ねながら荒魂が出現すればヴェノムに変身してニッカリ青江を身体と一体化させて荒魂を討伐して即座に姿を消す。という生活を送っており、同時に剣術の指南は行ってはいるものの両者の仲はお世辞にも良いとは言えず互いに深入りはしないようにしている様だ。

 

「相変わらずかわいげないなお前」

 

 

「海苔の佃煮みたいなアンタに言われたくない、それにしてもコーラはないよねホント」

 

ヴェノムは結芽のキツい物言いに対して言われ慣れているのか特に気にする素振りを見せずに湖畔に向けて腕の形を刃の形に変形させてを伸ばし、水面を泳ぐ魚に狙いを定めてムチのように振り回すとヴェノム の腕にマスやフナと言った魚を一瞬で串刺しにして捕らえる。

そして、ヴェノム は慣れた手付きで木の枝を魚の口に通して貫通させると液状の身体に固定させ、周囲に生えている木の枝をへし折って焚き火の準備をし、彼女の愛刀であるニッカリ青江の柄を持ち、刃を少しだけ出す形にして石をぶつける際に出る火花で薪代わりの枝に点火すると身体に固定していた魚を火に近付けて焼き始める。

 

「なぁ、俺の経験値になるから構わないがなんで最近の戦闘では俺に一任するんだ?」

 

 

ヴェノム の口ぶりから実は先程の戦闘ではヴェノム が身体を動かし、荒魂を撃破していると察することが出来る。

ヴェノム 本人は宿主とコミュニケーションを取るつもりで何となく話を振ると結芽は一瞬固まると何か思う所があるのか絶妙な間を空けながら荒魂との戦闘ではヴェノム に任せている理由をポツリポツリと語り出す。

 

「………別に、言っとくけど練習してるだけじゃなくて実戦で経験を積まないと上達しないから」

 

「……そういうモンか……なあ、フナとマスどっちがいい?」

 

「フナ」

 

「いいぞ、あ、脳みそは俺が食いたいからお前は頭から下な」

 

「はいはい」

 

絶妙な間があったことに微かな引っ掛かりを感じたが結芽の発言自体は概ね正論ではあるため深く追求する事でもなく戦闘経験が少ない事も事実であるため素直に受け止め、魚を焼く作業に戻る。

そんなヴェノム を他所に結芽は夜空に浮かぶ満月を見上げてニッカリ青江に着けているイチゴ大福猫の限定キーホルダーを翳して月と重ね合わせ、このキーホルダーをくれた人物の事を思い返しながら切なげに小声で呟く。

 

「おにーさん……」

 

 

ーー翌朝、日曜日。柳瀬家の食卓

 

5人分の椅子が用意されている食卓用の長机に舞衣と妹2人が腰掛けながら3人分の和食の朝食が置かれており各々が朝食を摂っていた。

詩織は意気揚々と茶碗を左手で持ちながら箸で白米を摘み、口に運んでは美味しそうに食しているが美結はあまり乗り気では無さそうな様子だ。

 

「やっぱり舞衣お姉ちゃんの作る朝ご飯は美味しいね」

 

「私はトーストの方が好きなんだけど……」

 

「文句を言わずに食べる!」

 

「はいはい」

 

「はいは」

 

「一回」

 

相変わらずなやり取りを繰り広げているとリビングのドアの開く音が聞こえた為、食事を撮っていた一同は音のした方向へと視線を顔を向ける。

執事の柴田がドアを開けた矢先にワイシャツ姿にネクタイを結ぼうとしながら歩いて来る孝則だった。しかし、そこに柊子の姿はない。

 

「お父さんおはよう!」

 

「おはよう」

 

「お母さんは…やっぱりまだ寝てる?」

 

「ああ、しばらく忙しくしていたからな」

 

しかし、帰って来たばかりの上に日曜日の朝だと言うのに孝則はスーツ姿であり、世のお父様方ではそう珍しくは無いのだが疑問を抱いた詩織は気になった事を問い掛ける。

 

「日曜日なのに仕事なの?」

 

「ああ」

 

「お父さんはいつもコーヒーだけだよね?」

 

その一言を聞いた矢先に気を利かせて淹れなければと思った舞衣は立ち上がりながらキッチンに向かおうと席を立とうとする。

 

「じゃあすぐにコーヒーを…」

 

「いや、もう時間がない。柴田、車を回してくれ」

 

「かしこまりました」

 

しかし、朝食を摂る時間も無いらしく孝則が柴田に指示を出すと彼はスーツの上着を孝則に着せると同時に退室して行く。

自分の気遣いが空回りしたような気がして気まずそうに視線を外していると孝則が舞衣に向けて声を掛けてくる。

 

「舞衣、お前も出かける支度をしなさい」

 

「え?」

 

唐突に声を掛けられた上に用事に付き合えと言われた為、鳩が豆鉄砲を食ったような表情のまま思わず聞き返してしまった。

支度後、美濃関の制服に着替えた舞衣は孝則と共に柴田の運転する車に揺られながら高速道路を走っていた。

車内の中では無言の圧力が支配したような重苦しい空気が漂う最中、後部座席に座る舞衣は隣に座る孝則の意図が掴めないため怪訝そうな視線を一瞬孝則に送る。

しかし、孝則は前を見据えているのみでこちらを向くことは無かったが視線を外に向けるとドーム状の屋根が特徴の大きな建物が見えたため舞衣は反応する。

 

「ここは?」

 

「この前まで特別希少金属研究開発機構と呼ばれていた場所だ。聞いたことくらいあるだろう?」

 

これまで沈黙を保っていた孝則が視線を舞衣の方へ向けながら質問に答える。それに応じて舞衣も孝則の眼を見ながら言葉を紡ぐ。

 

「ええ。でも刀剣類管理局の体制が変わって閉鎖されたんじゃ……」

 

「国主体の独立行政法人としてはな。うちが資金を提供し民間の研究機関、特別希少金属利用研究所として再スタートさせた」

 

「利用…?」

 

「そうだ、玉鋼に御刀以外の利用法がないか探ってる施設だ」

 

施設の中に案内され、実験現場を見物できるガラス張りのモニタールームで説明を受けている。

この場所から見物できる実験場にて四角いガラス張りの機器が階の間の通路に設置されており白衣を纏った研究員達が作業をしている。

 

「ここでは現在玉鋼を媒介として隠世からエネルギーを取り出す研究が行われている」

 

「そんな事が可能なんですか!?」

 

「理論上はね」

 

ふと背後から会話に介入するかの如く声を掛けられたため孝則と舞衣は振り返る。するとその背後には白衣を纏い眼鏡をかけた研究者といった風貌の男性とその隣にはプラチナブロンドの髪を短髪にし、青空のように青い瞳の白人女性がいた。

眼鏡の研究員は右手の人差し指を立たせながら先程の解説の続きを語り出す。

 

「玉鋼とは現世にありながら隠世に影響を及ぼせる金属です。その特性を利用することで現世と隠世の境界を曖昧にしこの世に存在してなかった物質を現出させる、これが可能になれば従来の物理法則を無視した無尽蔵のエネルギー源を手に入れられるんですよ」

 

しかし、ジェスチャーを交えながら説明をしてくれる研究者であるがどこの誰なのかは存じ上げないため舞衣は気になっている事を質問する。

 

「あの…あなたは…?」

 

「ああ失礼…僕はここの研究主任をやっている古波蔵公威といいます」

 

「妻のジャクリーンよ、よろしくね」

 

熱くなりすぎたか。と照れ臭そうに右手で頭を掻きながら自己紹介をする公威とジャクリーンと名乗った女性の方は気さくに右手を差し出して握手を求めて来る。

 

「こちらこそ……え…?古波蔵って…」

 

握手をに笑顔で応じる舞衣であったが彼らの名字には聞き覚えがあった。自分がよく知る、4ヶ月前に出会ったばかりだが共に鎌倉で戦い抜いた間柄の仲間と同じ名字であったため自然と彼らの正体が明るみになって来る。

 

「ハイ!エレンのパパさんとママさんデース」

 

「ええ!?」

 

「驚いたかな?」

 

更に続け様に前方から2つの歩いて来る影がこちらに迫って来ており、その方向に視線を向ける。

1人はピンクのシャツに眼鏡を掛けた白髪が特徴の老人と言った人物とその隣には右手首に巻いているスマートウォッチに見える装飾品の画面を凝視しながら左手で顎に触れ、念仏のように何かを呟く明るめの茶髪で下を向いているせいで前髪で顔が隠れている舞衣よりかは幾分か背の高い少年がこちらに向けて歩いて来ている。

 

「うーん……やっぱ瞬間的に形成するにせよ使う液状プロテインの改良が必要だよな……蛋白質分子を改良してシネマチック液晶、H2核磁気共鳴分光法、垂直軸で200Hzの磁界を回転させて双軸性相位パラメータを算出してイオン化装置と水分回収機を交換……って舞衣?」

 

しかし、隣を歩いている老人が立ち止まった事に気が付くと彼も足を止めて前方を向く。本日この研究施設に装備開発の指導も兼ねてフリードマンに呼ばれてこの場に来ていた颯太であった。

 

「フリードマンさん!それに颯太君も……どうしてここに?」

 

舞衣はよく知る2人が現れた事により思わず驚いてしまう。更に言えば先日の夕方、実家で美結にイジられた際に颯太の事を無自覚の内に真っ先に意識してしまった事を思い出して少し気恥ずかしくなってしまい彼の顔を直視出来ずに一瞬眼を逸らすが颯太は特に気にした様子もなく、デバイスの画面を通常の待受画面に戻しながら質問に答える。

 

「博士に呼ばれててね、プログラミングとか機械の操作の勉強をしに来てたんだ」

 

「そうなんだ……」

 

「………?」

 

しかし、こちらの様子も梅雨知らずにあっけらかんと返されてしまったため一瞬意識してしまった事を恥ずかしく感じたが友人と再会出来た事は嬉しく思っていた。

だが、孝則は舞衣が一瞬照れ臭そうにした瞬間を見逃してはおらず真剣な顔付きを崩さぬまま舞衣と颯太を交互に見つめながら問い掛ける。

 

「舞衣、彼は?」

 

「同級生の友人です、学科は違いますけど共通の友人の繋がりで知り合いました」

 

(親子で敬語?なんかよそよそしいな……それに舞衣もなんか元気ない?)

 

「こ、こんにちは」

 

「……こんにちは」

 

異性の同級生の親というどう接していいか分からない距離感の相手であるため颯太が若干ぎこちない状態で孝則に対して会釈をすると孝則もそれに応じて軽く会釈を返すが孝則は颯太の事をじっと見つめている。

その視線が気になってしまい困惑している颯太の助け舟を出す為にフリードマンは多少話題を変えて注意を自分に向けようとする。

 

「ああ、舞衣君。僕がここにいる理由はまだ話してなかったね。君の父上に請われてね、この研究所の名誉顧問に名を連ねてるんだよ」

 

「父に?」

 

それと同時に自分の父親がフリードマンにこの研究所の名誉顧問を依頼していた事実が衝撃的であったため顔を孝則の方へ向ける。

 

「そういう事だ」

 

「しかし孫娘に続いて娘夫婦とも知り合うなんて君はよくよく私のファミリーと縁があるようだね」

 

「あなたのこと聞いていますよー、マイマイ」

 

「マイマイ……?」

 

ジャクリーンのかなり砕けた娘への呼び方に生真面目な気質の孝則は真剣な表情のまま鳩が豆鉄砲でも食らったような表情を浮かべて心底困惑していると舞衣が恥ずかしそうに俯きながら実状を説明する。

 

「エレンさん…お二人の娘さんがそう呼ぶんです…私の事」

 

「そうか……」

 

家では知る事が出来ない娘の様子を知ってどこか納得したような表情を浮かべている矢先に同時に自動ドアを通ってこの部屋に入って来る人物がまたしても現れた。

 

「古波蔵主任、もうじき近接反応実験が終了する頃かと思われます」

 

「ああ、もうそんな時間ですか」

 

20代後半〜三十路程に見える白人男性で金髪に翡翠色の瞳は一見爽やかそうな優男の印象を与え、身に纏う白衣の右腕の袖には腕が通ってはいない。

いや、右腕が肩より下には存在していないのが特徴の青年が公威に声を掛けて来る。

本日、この研究施設で研究者として見学に来ていた研究者カーティス・コナーズだ。

 

(あれ……この声……どこかで……でも、思い出せない)

 

舞衣は以前、あの鎌倉での決戦で夜見と対峙した際に同行していた雪那の通信に割り込んで来たコナーズの声を聞いているため聞き覚えはあったがあの時は一刻を争う切迫した状況であった上に自分たちには何もして来なかったコナーズの事は気に留める程の存在でも無かったと認識していたため思い出す事は出来なかった。

 

「私の事はお気になさらず、本日見学させて頂きに来たしがない1研究者ですので………」

 

一同がモニタールームに入って来たコナーズに対して視線を向けているとコナーズはこの場にあまり似つかわしく無く、ただの一般人にしか見えない中学生である颯太と目が合うと瞳孔が散大して脳内で古い映像がフラッシュバックする。

 

ーー茶髪に優男と言った風貌の白衣を纏った颯太を幾分か大人にしたように見える人物とまだ10代半ば程で幼さの残る白衣が身長よりもやや大きいコナーズが談笑している光景であった。

 

(………先輩?)

 

(……この人、僕を見てる?)

 

『主任、近接反応実験が終了しました。データの解析に移りたいのですが』

 

しかし、直後にモニタールームに向けての現場で作業をしていた研究員の通信により現実に引き戻され、颯太からは視線を外しガラスケースに囲まれた擬似的な社を見下ろす。

颯太は特にコナーズを気にする様子は無いが妙に見られていたような気がしていると放送が耳に入り、皆と一斉に機械の方へと視線を向ける。

 

「わかった。ノロは保管場所に戻しておいてくれ」

 

「ノロ……?」

 

部下の研究員の通信に対して公威が主任らしくきびきびと指示を出して行くが舞衣はノロという単語を聞いた瞬間に目の色を変えてガラス張りの壁に手を付いて機械を凝視する。

 

「どうした舞衣?」

 

娘の変わった様子に対して孝則が問いかけると舞衣は真剣な表情と声色で機器を見つめながら公威に問い掛ける。

 

「あれは…何の実験ですか?」

 

「玉鋼とノロを接近させることで起こる反応を観察しているんだよ」

 

「ここでは実験にノロを使ってるんですか!?」

 

「ま、舞衣?」

 

「え?うん……そうだけど」

 

舞衣は公威の方へと振り向きながら強い語気を含んで問い掛けると公威はその圧に圧されてしまい、颯太も舞衣の様子に驚いていると公威は助けを求めるようにフリードマンへと視線を向ける。すると、フリードマンも前に出ながら説明を開始する。

 

「どうやら舞衣君は過剰にノロを恐れてるようだね」

 

「恐れているのではありません!敬っているんです、それを教えてくれたのはフリードマンさん、あなたじゃないですか!」

 

舞衣の力強い物言いに対してフリードマンは特に物怖じせずに優しく語りかけるように自分なりの意見を舞衣に伝える。

 

「確かにノロは分散させ社で祀っておくべきだと言ったね。が、それはベターなやり方ではあるがベストではないんじゃないかな?」

 

「え?」

 

「ノロには意識もあり意思もある。タギツヒメやねねを例に挙げるまでもなくね」

 

「………」

 

颯太に力を託した荒魂、エゼキエルの事は舞衣もフリードマンも颯太ごしに聞いてはいるが部外者であるコナーズがこの場にいる上に極力スパイダーマンの正体は秘密にしなければならない都合上例には挙げなかったが颯太は確かに心の中で思い浮かべていた。

エゼキエルには自分を倒した人類を認め、見守り続ける事を決めた心がある事は直に会話して理解していた。もちろん、交流のあるねねや実際に戦ったタギツヒメ にも意思があることも理解している。

 

「ノロが祀られることを望んでないと言われるんですか?」

 

「放っておかれるよりは遥かにマシだよ、でももっといい方法があるんじゃないかということさ」

 

「もっといい方法?」

 

エゼキエルもかつては人間に自分達の過ちの象徴として祀られ、礼拝される存在であったが戦争等、その地を離れざるを得ない事情があったことで次第に忘れ去られ、過去の遺物と化した事を口では悲しんでいない事は聞いていたがそれは少し、強がりと言うか空元気のように感じた。

その上、それでもかつて自分を倒した人類の未来を終わらせたく無いとしてタギツヒメ との戦いに臨んだことも……その上で自分が隠世に送り込まれてもバックアップを切り離して人類にタギツヒメ に対抗する可能性を残したことももしかしたらその行動原理の本質は恐らく……

 

「私はね、ノロの穢れの正体は寂しさなんじゃないかと思ってるんだ。ノロを祀るというのは彼らを忘れず関心を持っているという意思表示に他ならないんじゃないかな。あの里でのお祭りのようにね」

 

「ノロは…何をそんなに寂しがってるんですか?」

 

「彼らは玉鋼を求めてるんだよ、人の手によって無理矢理分離させられた分身をね」

 

「あの実験は玉鋼と近づけることでノロの穢れが清められるのを実証するためのものなんだよ」

 

「実際距離と時間に比例して穢れの減少は計測されていマース」

 

「それってまるで母親に抱かれて安心する子供のようだとは思わないかい?」

 

諭すように説明された事で憤っていた舞衣も納得出来たため落ち着きを取り戻したがその説明を聞いてもどうしても覆せない事実もある。

それが引っ掛かってしまった事で俯きながら悲しそうに呟く。

 

「でも…」

 

「そう、残念なことにノロと玉鋼を再結合させる方法はない」

 

フリードマンもどこか悲しげな表情になるがガラス張りの壁の向こうに見える機器に運ばれていく箱詰めにされているノロの方を見るように指差して強調する。

 

「あの子はニモというんだ」

 

「ニモ?」

 

「寂しがり屋のリトル・ニモさ。私はね、あの子の声が聞きたいんだよ。本当に望んでいるものが何なのか。社で祀られるよりも心地よい場所はないのか、それを教えてもらうためにね」

 

この場所で行われている研究については自分も舞衣と同じ位の事しか説明されていなかったため詳しい事は言えない上に変に自分がこの場の皆にスパイダーマンの正体だと勘繰られないように先程からあまり会話に入らず静観していた颯太も舞衣の方を向き、彼女の瞳を見つめながら自分なりの意見を伝える。

 

「僕も……正直、最初この話を聞いた時は驚いたよ。けど、博士たちの話を聞いてる内に思ったんだ」

 

「颯太君……」

 

「人間同士ですら分かり合う事は難しいし、上手く行かない事の方が多い……更に言えば元はと言えば彼らを生み出したのは僕らのせいでもあるしね……けど、それでも人間が生み出して来た技術で人間なりに諦めずに歩み寄ろうとする事自体は悪くないんじゃないかなって思うよ」

 

これまで戦って来た犯罪者や強敵たち、今もなお関係性が元通りとまではいかずに付かず離れずのままいる友人との人間関係、正体を知られる訳には行かない都合上家族に隠し事をしなければならない今を取り巻く状況を得て人間同士ですら分かり合うことの難しさをより実感する今日この頃ではあるがそれでも歩み寄る努力が大切なのでは無いかと言う部分には共感が出来た。

 

かつては軍事利用のためにノロを活用しようとしたフリードマンであるが彼も実際に20年前の大災厄で失敗した事で過ちに気付き、彼なりにどうにかしようとしていた事も知っているため、人間が作り出してしまった存在に対し人間が作り出して発展させて来た技術を以て彼らに寄り添おうとする姿勢を特に否定はしないというスタンスだ。

 

颯太の話に聞き入っている舞衣に対して孝則も今日、この場に来た理由。そして、自分なりにどんな想いでここへの支援を決めたのかを語り出す。

 

「私はこの話を聞いてここへの出資を決めた。できれば将来お前にも協力してもらいたい……そこの君、技術者志望なら一緒にどうかな?」

 

「えっ?いや僕は技術者になるかどうかはまだ……」

 

「いや、その歳で博士から指導を受けているなら君も興味があるのかと思っただけなんだが」

 

「そ、そうですか……け、検討してみます……」

 

「私は……」

 

突然孝則に話を振られた事で颯太もが少し動揺してしまう。舞衣もガラスに保護されている擬似的な社を見つめているとずっと沈黙を保っていたコナーズが無意識の内に吐露したと言った具合に社を見下ろしながら小声で呟く。

 

「本当は……個である方がずっと楽で自由な事もあると言うのに」

 

「えっ?」

 

「……いえ、別に大したことではありませんよ」

 

コナーズの呟きが耳に入った颯太は一瞬コナーズの方を向くが彼は特に気にする素振りは見せずに口元を緩ませて微笑み、別に気にする事ではないとアピールするがやはり何処か引っ掛かる言い方であったため、颯太は喉に魚の小骨が刺さっているような感覚に陥いる。

その矢先、この場の空気を変えるかのように大きくて明るい声がモニタールームに木霊する。

 

「マイマーイ!お久しぶりデース!」

 

ピンク色を主体としたフリフリのレースが付いた着せ替え人形シリーズで見かけた事がありそうな少女チックな衣装を纏った金髪に長身の少女がこのモニタールームに入室しながらこちらに駆け寄って来て舞衣に抱擁を交わす。

 

「エ…エレンちゃん?」

 

戸惑う舞衣から身体を離し、エレンは太陽の如く明るい笑顔を向けた。

 

モニタールームに会していた一同は一度解散し、それぞれ別々の場所で休息を取っていた。フリードマン 、ジャクリーン、公威、孝則は食堂のテーブルで会話をしておりその隣のテーブルで颯太の送り迎えをしてくれる運転手役のハッピーがボウル一杯に盛られたポテトサラダを食している。

 

コナーズは特に誰かと共に行動するでも無く1人で念入りに周囲を見渡しながら施設内を練り歩いて観察している。

 

そして、舞衣、エレン、颯太の3人は久々の再会を祝しテーブルを囲うように椅子に腰掛けて飲み物を飲みながら談笑していた。

すると颯太は昼下がりの陽光と昼食後に起きる微睡により目元を指で擦りながら大きく欠伸をする。

 

「ふぁ〜あ……やばっ、眠くなって来たな……」

 

「最近あまり眠れてないの?」

 

「スタークさんからの課題の提出期限が近い時は睡眠時間を削る事は多いね、だからコーヒーとブラックガムは手放せないし作業しながら片手間で食べられるチーズバーガーって最高だなって実感してる。もう最近の主食だよ」

 

最近の偏った食生活のルーティーンを明かすと2人共心配そうな表情を浮かべ、エレンは思い出したかのように語り出す。

 

「そう言えばトニトニもチーズバーガーばっかり食べてましたネ……」

 

「マジ?作業の片手間で食べられるものを探してたら1番良かったのがチーズバーガーだったんだけどスタークさんもそうだったのかな」

 

「ちゃんとバランスの良い食事を取らないと倒れちゃうよ、良かったら今度…っ!何でも無い……」

 

舞衣なりに彼の食生活を心配していただけなのだが、危うく話を自分の手料理を食べてもらおうと言う方向に持って行きそうになったと気付くと歯切れ悪く提案を中断する。

 

「?……まあ、たまにサラダも食べるようにはしてるから。意外と僕が頑丈なのは知ってるでしょ?」

 

「物理的にデスケドネ……」

 

「それはそれとして続きやんなきゃ、提出期限近いしね」

 

颯太はトニーに課されているプログラミングの課題の続きをやるためにテーブルの上にパソコンを置いてキーボードを高速で叩きながら思い出したかのようにエレンに話を振る。

 

「あ、そういやこの前薫に会った時たまにでいいから顔見せろって言ってたよ」

 

「Really?本人からも直接聞きたかったデース。ですが、そう遠くない内に会えそうな気はしマス」

 

しばらく会えていない相棒から言及されていたという事実に瞳孔部分におおきな十字型の光マークが入り、目をしいたけのようにしながら歓喜して頬杖をつき感慨に耽っていると舞衣がエレンがこの場にいる事について質問する。

 

「所でエレンちゃんは任務で?」

 

「YES!最近ノロが強奪される事件が連続して発生してるため厳重警戒中デース」

 

「でもここなら美濃関の方が近いのに……」

 

「それが警備の話を聞いたグランパが久しぶりに家族水入らずだーって私を指名したんデス!公私混同ってやつデスね」

 

颯太もフリードマンにプログラミングと装備開発の指導を受けに来ているのが主だった理由ではあるが可能な限り注意はしておくように言われているためこの情報は共有しているが外では不用意に話せないことも多いため敢えて必要以上には言及しない。

その事情はなんとなく察せられるため舞衣も特に言及はせず普通に会話を続けている。

 

「それあまりいい意味で使う日本語じゃないから…それにしてもその格好…」

 

そして、気になっていたエレンの派手なカラーリングの服装に付いて言及するとエレンは席から立ってその場でくるりと一回転するとヒラヒラとした激しい動きをするには不向きに見えるロングスカートの裾を軽く摘む。

 

「これパパからのプレゼントなんデース!任務には向いてませんけど折角だから着てる所を見てもらおうと思いまして」

 

「そうだったんだ、とっても似合ってるよ」

 

「ありがとうございマス!ソウタンはどう思いマス?」

 

2人の会話が盛り上がっている最中、まさか自分にその手の話を振られるとは思っていなかったため顔を上げてエレンの方を向き、数秒間観察すると身体全体を彩るピンクコーデの配色と高校生であるエレンが着るにしては少し幼い印象を与えるフリフリな装飾といいどう褒めていいか分からずに無理矢理捻り出したような感想を述べる。

 

「え?僕?……うーん、すげえ配色だね、苺ケーキみたい。いいと思う」

 

「oh……無理矢理褒めてる感がありマス……」

 

「こういう時、褒めるならちゃんと褒めないとダメだよ」

 

「はーい……気を付けまーす」

 

4ヶ月前に知り合い、苦楽を共にしてある程度親しくなった仲間と呼べる間柄であるためなるべくネガティブな事は言わないよう気を遣ったのだが言葉選びがよくなかったようで2人から指摘されてしまい軽く凹む。

そして、そんな空気を変えるためにエレンは視線を泳がすとふと食堂で4人で会話しながら飲食をする自分の家族と孝則の姿を発見すると話題をそちらへと持って行く。

 

「……マイマイパパって素敵デスね」

 

「ゲフッ!」

 

「うおっ!」

 

「ごめん……す…素敵…?」

 

唐突なエレンからの賛辞に思わず紅茶を飲んでいた舞衣は咳き込んでしまい、隣に座っていた颯太にも驚かれてしまったが身内をそんな風に言われると気恥ずかしさを覚えてしまい、赤面しながらその意味を問い掛ける。

 

「ここが閉鎖されていたらパパとママは路頭に迷う所デシタ。グランパはお金持ちデスからその気になれば助けられたんデスけど公私混同はよくないって」

 

「さっきと言ってる事が違うけど…」

 

「マイマイパパはどうしてここに資金を提供したんだと思いマス?」

 

「それは…玉鋼の研究はお金になると思ったから?」

 

舞衣なりに日夜休みなく働いて会社を経営している孝則のことを考慮すれば金を稼ぎたいという方向で物事を進めるというのは自然な発想だ。

だが、ここ最近で知識を付けた颯太と当事者の身内であるエレンからすれば違った答えが見えて来る。

 

「実はさ、スタークさんや博士の所で勉強させてもらうようになってから知ったんだけど玉鋼の研究ってそこまで稼げないんだって」

 

「え?それって?」

 

「お金になる研究してたらそもそも潰れそうになんかなりません。玉鋼でノロの穢れを祓えるようになったら多分刀使は必要なくなりマース」

 

「っ!」

 

「マイマイが危険になることもなくなる。だから何としてもその技術をって。そんな風に思ってるんじゃないデスか?」

 

確かに、エレンの言う事が本当なのであれば筋は通っている。先程フリードマン達から聞いた話の通り穢れの減少が確認されたと言う事実が本当だと言うならもしその技術が進歩すればすぐには無理かも知れないがいずれは命懸けで刀使が戦い、傷付き、命を落とす危険性を減らせるかも知れない。

彼女の親として娘の身を案じてこの研究を援助したのでは無いかとエレンは考えているが舞衣はまだ半信半疑といった具合で俯きながら否定する。

 

「考え過ぎだよ」

 

「そうかな……けど、エレンの言ってた事を鑑みればお父さんの行動にも筋道は通ると思うよ。憶測に過ぎないけど、家族には……大切な人には危険な目にあって欲しくないって思ってるのかも知れないし」

 

「颯太君……」

 

舞衣の瞳を真剣に見つめながら自分なりに孝則の行動を咀嚼した考えを伝えると舞衣にはその言葉に何処となく現実味を感じた。

実の両親だけでなく育ての親で実質父親と呼べる叔父を失い、スパイダーマンとなってかつては周囲の人間を巻き込まないように独りで自警団活動をしていた颯太に言われた事もあったからだろうか。

そして、エレンは再度孝則達が談笑している食堂を見やると颯太と舞衣も食堂に視線を向ける。

 

「うちの家族は特殊なんデス。パパもママもグランパもみんな研究に人生をかけているような人で、今はこうして同じ場所にいますけどそれってとっても珍しいことなんデス!」

 

「うちと一緒だね……」

 

「でもパパは私の誕生日にはプレゼントを送ってくれるんデス!顔を合わせる事はできなくても必ず、毎年新しい洋服を」

 

「じゃあその服…」

 

すると、視線を舞衣の方へと向け、手を後ろで組みながら笑みを向けて嬉しそうに返答する。

 

「イエス!古波蔵エレン、16歳のバースデープレゼントデース!子供っぽいデスし、配色もスゴいデスよね〜正直私の趣味じゃありません。わかってないんデスよね~」

 

(あ、配色がすごいのは自覚してたんだ)

 

「でも…でもデスよ。この服にはパパの愛がそれはもうめいっぱい詰まってるんだ~って、それだけは断言できますよ」

 

言葉では色々批評しているがそれでも声色は穏やかでプレゼントされた洋服を愛おしそうに眺めており大事に想っている事はその所作から伝わって来る。

 

「僕は両親が亡くなってからずっと叔父さん達に愛情一杯に育てられて来た。けど、あの日僕のせいで叔父さんが亡くなったからもう会って話す事も出来ない……でも、君はまだ会ってお父さんと話せる。だから……」

 

颯太の瞳はもう会う事の出来ない大切な人の事を思い浮かべているのかどこか寂しげに感じられたがそれでも舞衣の瞳を真剣に見つめておりその瞳に舞衣は強く吸い寄せられ見入ってしまった。

 

「お父さんがどう思ってるのか、聞いてみてもいいんじゃないかな」

 

「颯太君……私は」

 

お節介とも言える颯太の後押しであるが先日、一方的な親の取り決めや孝則の抽象的な物言いで言葉が足りなかった事もあって誤解を生んでしまいつい生意気にふてぶてしい言い方をしてしまったが自分も言いたい事だけ一方的に言うだけだったのかも知れないと舞衣は逡巡して行く。

しかし、背後から音もなく……

 

「お話の最中申し訳ありません、少しよろしいですか?」

 

間に割って入るように施設内を見学して回っていたコナーズがこの場所を歩いている最中だったようで颯太の背後に立ち、声を掛けて来た。

 

「えっと……貴方は確かさっきの」

 

「…………」

 

唐突な介入に一同は驚いてコナーズの方を見やるが、舞衣も話の途中で腰を折られてしまった気がして気落ちしてしまう。

その変化を察したのか一同へ頭を下げながら軽く謝罪し、左手でどこからともなく取り出した名刺を取り出して颯太に渡して来る。彼に渡したのは1番間近にいたからで特に他意は無い。

名刺に目を通すと綾小路武芸学舎スクールカウンセラー、カーティス・コナーズと書かれていた。

 

「失礼、私はカーティス・コナーズ。綾小路でスクールカウンセラーを務める傍ら、研究者の端くれです」

 

「どうも、榛名颯太です」

 

「柳瀬舞衣です」

 

「古波蔵エレンデス」

 

(やはりそうか……だが、関係ない。彼はただの一般人だ、深入りする必要はない)

 

よろしくお願いしますと左手に胸を当てて会釈をするが颯太の名前を聞いたと同時にコナーズの中で一つの結論へと辿り着いたようがそれを表には出さないようにしていると何故唐突に自分に話しかけて来たのか意図が見えて来ないため颯太は気になっている事をコナーズに質問する。

 

「えっと、それで僕に何か?」

 

「ああ、別に大した事ではありませんよ。たまたま近くを通りかかった際、あなたのPCの画面が見えましてね。プログラムのソースコードに抜けていた部分があったのが気になりまして」

 

左手の人差し指を伸ばして颯太がテーブルの上に広げているPCの画面に大量に羅列されている文字列のコードの問題のある箇所を指摘する。

 

「え、ホントだ。ありがとうございます、わざわざすみません」

 

颯太がすぐ様、言われた通り修正をかけるのを確認するとコナーズは謙遜していたが画面に羅列されている文字列を見るに子供にしては高度なことをやっていると思い、何となくだが質問をしてみる事にした。

 

「いえ、たまたま目に入っただけですから。それにしてもかなり高度なプログラミングをされていますね、大人でも難しいと思いますが」

 

「はい、スターク・インダスタリーズのインターンの課題で」

 

中学生でありながらスーツ開発の課題を課されている都合上、高度なプログラミング技術も勉強する必要があるとは部外者のコナーズには言えないため動揺を見せないように平常心を保ちながら普段他の伍箇伝の生徒や教員にも聞かれた際にやっているはぐらかし方で回避を試みる。

 

「なるほど、そう言う事でしたか納得です」

 

大手であり多くの技術を開発しているスタークインダストリーズの名前を出され、そこでインターンの研修を受けていると言われればそれだけ難易度の高い課題を出されていても不思議ではないし、それに呼ばれているならばやはり優秀な生徒さんなんだろうと納得出来たためコナーズはこれ以上は深く追及しない事にした。

合点の行ったように納得した表情を浮かべるコナーズではあるが颯太は先程モニタールームで一緒になった際、彼の行動や言動が喉に魚の小骨が引っ掛かったような不穏な内容であったため、こちらを見下ろすコナーズに対して問い掛ける。

 

「あの、こちらからも1つ聞いてもいいですか?」

 

「どうぞ」

 

「どうしてさっき僕を見てたんですか?それにあの言葉……」

 

どうやら、初めて会った際彼を僅かながらでも直視してしまっていた事を気にしているようであった。

コナーズの中では既に既視感との答えは既に出ている上に、現在の情報量では彼は組織間抗争や管理局の研究とは無関係な一般人であると判断したからか当たり障りの無い対応をしてお茶を濁す。

 

「ああ、不快な思いをされたなら申し訳ありません。知人に似ていた気がしたのでつい……ですがよく見ると勘違いでした。先程気にする事でも無いと言いましたがそうですね……」

 

コナーズも自分の無意識の内に溢れた独り言に対して追及されるとは思っても見なかったが先程ガン見した事で不快な思いをさせたのは申し訳ないと思い、この部分には答える事にした。

すると隣の椅子に座っており、同じ美濃関の制服を身に纏っている颯太と舞衣に白羽の矢を立てて交互に視線を移しながら例え話を始める。

 

「例えばの話ですが、柳瀬女史とあなた。お二人はお付き合いをされていると仮定します、勿論男女の仲として」

 

「私と颯太君が……っ!?」

 

「いや、僕らはそういうんじゃ……」

 

舞衣は突然気になっている異性と付き合っていると仮定した話を振られたため瞬間沸騰したように頬が薄紅色に染まって行き、椅子がガタっと音を立てる程に動揺してしまっており一方の颯太はそこまで動揺はしていないがやはり少し恥ずかしい話題ではあるためコナーズの言う言葉を否定しようとする。

しかし、自分とそう言う風な扱いをされるのは舞衣も嫌なのではないかと不安げに恐る恐る彼女の方へ横目で視線を移すと恥ずかしそうにこちらを直視できないと言った具合に上目遣いでこちらに視線を向けていた。

 

(ほら、やっぱ微妙な顔してんじゃん……僕らは友達だけどそう言う仲かって言われたら違うし……いやでも気にならないかって言われた嘘になるしう〜ん……)

 

しかし、戦友として苦楽を共にして以前より親しくなっているし異性として意識はしているがそう言う風には思われないだろうと心のどこかで思っている節があり友人としか意識されていないというのも複雑ではあるため1人悶々としているとコナーズは真顔で眉一つ動かさないまま淡々と2人に説明する。

 

「ですから仮定の話です、軽いブレーンストーミングのような物なので直感的に答えて頂ければ大丈夫です。まず、お2人が付き合いをされているとしたらどのような事をすると思いますか?」

 

同じ美濃関の制服を身に纏い、親しそうに会話をしていたため例に挙げるならこの2人の方が話としては入って来やすいと考えていたのだが照れ臭そうな素振りを見せられた事でコナーズも本当にその気があるのかと若干困惑したが軽い心理テストのつもりで2人に質問を投げ掛ける。

コナーズに例え話であると冷静に言い切られた事でクールダウン出来たのか2人ともまだ少し頬に紅みが残っているが一度お互いの顔を見合わせて少し考え込むとまず颯太が取り敢えず思い付いた事を述べる。

 

「えーっと……一緒に遊びに出かけたり、プリクラ撮ったりとか」

 

(ピュアデスか……そこはもっとぐいぐい行かないと!)

 

「手料理を食べて貰ったり、夜寝る前には電話やチャットでおやすみって言って朝は起きたらおはようって言ったりですかね……」

 

(消極的……っ!消極的過ぎマス!……でも、おやすみおはよう電話はかわいいからOKデス!)

 

2人が思い付く限り、付き合っている者同士がしそうな事を述べて行くとお互いが述べた意見のシチュエーションを想像するとやはり恥ずかしくはあるもののきっと楽しいのだろうしきっとその時自分達は満たされているのかも知れないと思う事が出来たがコナーズはより深く追及する。

 

「では何故、そのような事をしますか?」

 

「それは……もっと仲良くなりたいし楽しいことだって共有したいからとか?」

 

「私の作った料理で笑顔になってもっと好きになってくれたら嬉しいし夜眠る前1人になって寂しくなった時、相手におやすみって言って貰えると寂しくなくなって明日も頑張るぞって思えるし、朝1番におはようって言って貰えたら今日も頑張ろうって思えるから……ですかね」

 

「そう、人間は繋がりを求めて誰かを愛をし、それに応えてもらおうとして愛されようとする。その根底にあるのは人間は孤独であることを嫌うようプログラムされた生き物だからです」

 

2人の出した意見はどれも互いに楽しい事を共有したい、より愛されたい、寂しさを埋めたいという願望が見て取れる一般的な回答であったがコナーズは特に否定はしないがその裏にある、人間のメンタリティの部分に触れて来る。

 

「それはそうなんじゃ……」

 

「寂しいのは誰でも嫌デス」

 

「ですが孤独であるこを嫌う理由を説明出来る人間はそうそういない。友人、家族、恋人……それらの繋がりによって人は孤独を紛らす事は出来るんでしょうが同時に自ら理を作る」

 

「理?」

 

「愛、友情、課された責任と自分で自分を縛っておきながら心のどこかでは自由を求め、他人に与えられた言葉に流されながら自分もまた他人を流す、そのような矛盾した感情を鬱陶しいと感じませんか?」

 

「いや、そんな事はありまセンが……」

 

「別に縛られてる訳じゃないと思いますけど……けど……」

 

「…………」

 

エレンと舞衣は反論出来たが颯太は一瞬言葉に詰まってしまい、反論出来なかった。

この4ヶ月間、本来はスパイダーマンを辞め、元の日常に帰る事も出来たのにそれを蹴り、今も尚管理局に協力して任務補助と装備開発によるナノテクの研究の二足草鞋で充実はしているが常に監視の目に晒される非常に窮屈な日々を送っている。

勿論、自らの意志でこの道を選んでいるため不満は無いのだがやはり窮屈さをどこか感じ取っており何故そんな道を態々選んだのか……もしかして心の何処かで自分は……無意識の内に孤独になる事を忌避していたのでは無いか、誰かの輪の中にいて安心したかったのではないかと言う雑念が過ぎってしまったがそれでもコナーズの瞳はしっかりと見つめている。

 

「それはあなた方が人との絆に縛られてご自身を縛っている自覚がない……または気付こうとしないからです。ですが、限られた命を持つ人間はそれがごく自然な事ではあるので恥じる事はないのでしょう……ですが」

 

しかし、それでもコナーズは人間が孤独を嫌うことも絆に縛られて不自由になることを特に否定も肯定もしない。

人間は誰しも一人で生きている訳ではないし、他人と協力して物事を成し遂げることも素晴らしい事ではあると理解はしているため人間の持てる範疇の力ではそれも悪くないのだろう、というスタンスのようだ。

しかし、命の理の外にいる彼らならば……

 

「彼らは人の理から外れ人智を越えた超常の力を持ち、人間のようにいつか朽ちて死ぬ不完全な生き物とは違い長い年月を経て形が崩れることも繋がりという名の鎖から最も解き放たれた孤独という最も自由に近い場所にいる」

 

コナーズは少しだけ目の色を変えてまるでどこか羨ましがっているかの様に人智を超え、超常の存在である荒魂について自分なりの解釈で語り出す。

しかし、徐々に哀しげに目を伏せ、声色もどこか落ち込んでいるかの様に沈んで行き、先程まで実験を行っていたニモのいる擬似的な社の方へと視線を移す。

 

「なのに憎悪も寂しさも捨てる事が出来ずに感情に縛られている狭量な生き方が実に惜しい……互いの領域を侵害せず程よく自由に生きて行くのが難しい世界だなと感じているだけですよ」

 

「「……………」」」

 

「……あの」

 

自分達には理解が及ばない……いや、あまり共感しにくい思想であったため、3人ともどう反論すべきか迷ってしまった。

しかし、颯太は少し思うところがあるのか言葉を紡ごうとするがコナーズは自身の腕時計を見やって時間を確認するとすぐ様柔らかな笑顔を3人向けて来る。

 

「失敬、思ったより時間が経っていたようです」

 

「何か用事デス?」

 

コナーズが時計を確認するとそれなりに話し込んでしまっていたようだ。そこまで本格的に急いでいるという風には見えないが早く戻った方がいいという空気を出しており3人に深々と頭を下げて来る。

 

「ええ、とても大切な用がありまして。長々と失礼しました、カウンセラーに就任したのは最近で若い方とお話する事に慣れていないのでついペラペラと」

 

会話の中で圧倒されてしまったが颯太の中でコナーズは大分変わってる人だけどミスをわざわざ教えてくれた親切な人、という印象であるため急いでいるなら特に追及はしないと言った具合に会話を打ち切る事にしてプログラムのミスを指摘してくれた事に対して感謝の意を表する。

 

「いえ、お気になさらず……プログラムのミス、教えてくれてありがとうございました」

 

「では、ごきげんよう」

 

コナーズは爽やかな笑みを向けると3人を他所にスタスタと研究所の出口の方まで歩いて行ってしまうと3人はその背中を見送るがとても向かい合いながらまた談笑する気にはなれずにいた。すると続け様に颯太は別の人物から声を掛けられた。

 

「君、少しいいかな?」

 

再度声のする方向に振り返って見ると食堂でフリードマン達と会話していた舞衣の父親、孝則であった。

そんな孝則は颯太を見下ろし、何か聞きたいことがあるとでも言いたげな視線を向けて来る。

 

「え?僕ですか?いいですけど」

 

「お父様……?」

 

「舞衣、少し彼を借りる。ついて来て欲しい」

 

同級生の父親に指名されるというのは一体どう言った意図があるのか全く読めずに困惑しており、娘の舞衣ですら父親が颯太にどのような用があるのかと思考を巡らせるが答えは見えて来ない。

しかし、直接指名されたとなれば行かない訳にもいかず席から立ち上がり歩き出した孝則に着いていく。

 

「ソウタン、おじ様にモテモテデース!」

 

「ちょっとそれ複雑なんすけど……じゃあ、また後で」

 

エレンに茶化されるものの言われてみれば颯太は同世代の女子にはモテないがトニーやスティーブ 、フリードマンやハッピーと言った10代から見れば歳の離れたおじ様と呼べる世代にはやたら気に掛けられたり信用される事がここ最近多い気はするが冗談である事は理解出来る間柄にはなっているため適当に受け流しながら手を振って案内されるまま2人から遠ざかり、少し離れた位置にある部屋のテーブルまで移動する。

 

「お父様……颯太君に一体どんな用があるんだろう……」

 

遠ざかって行く2人の背中を見つめる舞衣に対してエレンは先ほどから見え隠れしていた彼が絡むと妙に恥ずかしげにする様子から悪戯っぽい笑みを浮かべて耳元で囁く。

 

「もしかしてお前に娘はやらーん!って話だったりするかも知れまセンヨ」

 

「ええっ!?私達はそう言うのじゃ無いってば……っ!でも、もしそうだったら……」

 

エレンの冗談である事は伝わるが昨日の今日で無意識の内に颯太を意識してしまっているせいか舞衣は恥ずかしさのあまりに赤面しながら口では否定はするがそれでも否定は仕切れない、と言った感情がせめぎ合い、胸の奥がモヤモヤとする感覚に陥る。

 

 

ーー夕刻、鎌倉・刀剣類管理局本部

 

日中は地上を照らしていた陽光はなりを潜め、夕焼けで薄暗い中、景色が黄金色に輝く黄昏時の管理局本部にて数日前に薫が状況を説明されていたようにこの場に可奈美、姫和、沙耶香……そして、以前は旧折神体制に着いていたことで警戒・監視の対象として現在スタークインダストリーズに実家の会社が合併吸収されて以降は新体制の管理局、そして現在スターク・インダストリーズが制作中のグリーンゴブリンの改修機であるパワード スーツ、ホブゴブリのテストパイロットとして颯太とトニーに協力的な姿勢を見せている栄人だ。

紗南に直接確認したい事があると言われ管理局本部に本日出頭して来たのだが同時に呼ばれた面々がかつての友人であったり以前敵対していた面々であるため気まずさと居心地の悪さを感じつつも勘繰られないよう表情には出さず不用意な発言はしないようにと距離を置きながらこの場に同席している。

 

「悪いなわざわざ来てもらって、今日はお前たちに知っておいてもらいこととがあってな。これを見て欲しい」

 

人数が揃った事を確認すると紗南は全員に本部の壁に備え付けられている大画面のモニターに注目するように指示を出すと一同が一斉に視線を向ける。

 

「…………」

 

紗南がマウスを操作するとモニターに大画面にボヤけてはいるが記録映像が映し出され、フードを被った謎の人物が背後にダメージを負って立ち上がる事が出来ずに横たわる人影の前に立ち百足型の荒魂と相対している映像が映し出されると一同の表情が疑念の物へと変わる。

 

「これは…?」

 

「昨夜遅く愛知県内で撮影された映像だ」

 

映像の概要を紗南が説明し始めると可奈美は姫和がいろはから聞いた話を又聞きしていたため、因果関係を紐付けして概要を察知することが出来た。

 

「もしかしてこの人がノロを奪ってるっていう…?」

 

「知っているようだな。やはり人の口に戸は立てられないか」

 

会話に混ざるよりも前に大画面に映るフードを被った謎の人物を凝視していた沙耶香はある事に気付き、発見したことに対して言及する。

 

「この人、御刀を持ってる」

 

「え?」

 

指摘された通り画面をじっくりと観察してみるとこの記録映像はダメージを受けたのか仰向けに倒れた事で身動きが取れなくなっている刀使と百足型荒魂の間に立ち、手に持つ御刀を振り抜く事で庇うように攻撃を加えている姿と言った所であった。

 

「隠していた理由はこれか…」

 

「どういうこと?」

 

「内部の犯行である可能性を捨て切れない、更に言うなら旧折神体制の者の可能性もある。ということですね」

 

「そう言う事だ。ここで見聞きしたこと口外するなよ?」

 

先程まで必要最低限の発言以外は控えていたがフードを被り、各地でノロを強奪して回っている不審な行動を行なっている人物が管理局の身内にいるかも知れないため、疑心暗鬼の空気を局内に出さない目的や敵側に知られて探りを入れられないよう情報の制限を行いたいという紗南もとい上層部の意向を汲み取りサラリと説明をすると可奈美は腑に落ちたようで更に紗南がこの場にいる全員に忠告をする。

すると、姫和がやや皮肉を込めて管理局の現状に対する自身の意見を述べる。

 

「管理局の信頼も地に落ちたものだ」

 

「…………」

 

管理局の信頼を落とした側の旧折神体制の人間であったためか、針の筵の如く身体中に刺されているような痛みと居心地の悪さを増大させられるが特に視線を向けるでも反論するでも無く押し黙って画面を注視し続ける。

 

「秘密ならどうして?」

 

「そうですよ、何で私達にこの映像を?」

 

しかし、ここで疑問が生じて来る。管理局の信頼も下がり情報を制限したいというのであれば自分達に説明する事で事情を知る者が増えることはデメリットに繋がらないか?という疑問だ。

 

「それだがな……この太刀筋に見覚えはないか?」

 

可奈美と沙耶香の疑問に答えるべく、本日彼女達を呼んだ真の目的の為に静止させていた状態の映像を再生ボタンを押し、ループ再生に切り替える。

画面に映る人物が横凪に百足型荒魂に手に持つ御刀を叩き付ける動きを繰り返す様子を見て可奈美はその人物の動きに見覚えがあったのか、脳内で過去の記憶の中から関連する物を紐付けして行くと1つの結論へと辿り着く。

 

「これって…獅童さん?」

 

「やはりそう見えるか……所でコイツについては何か分からないか?」

 

薫の言っていた通り手癖と動きだけで特定して見せた可奈美の観察眼と戦闘に関する記憶力に感心させられている紗南の言葉に可奈美が頷くと他の者達も沈んだような苦い表情を浮かべているがこの面々には他にも確認したいことがあるため一度画面を切り替えるためにマウスを操作する。

フードの人物が映し出されていた映像から切り替わり、別の映像に切り替えられる。

 

「「「「…………っ」」」」

 

画面に映し出された映像を前に一同は息を飲んだ。

誰かが一人称視点で撮影しているのが分かるが時刻は昨夜、某所の山中にてショッカーと刀使達が協力して百足型荒魂を撃破した矢先に潜んでいた鳥型荒魂が狙っていたのように介入し、ショッカーと刀使達に向けて一直線に滑空し、それをショッカーが迎え撃とうとした瞬間に眼前にヴェノム がショッカー達と鳥型荒魂との間に立ち塞がると同時に液体が流動するかのように右腕を刃の形へと変化させ、鳥型荒霊に向けて一直線に突撃すると胴体は縦方向に両断され、頭部は胴体から離れて空高く舞い上がっているという中々にショッキングな映像だったからだ。

ちなみにこの映像は新しくショッカーにHUDの機能の中に映像記録機能が搭載された物であるためハーマンが紗南に提出した物である。

 

(あの動き、まさか……しかし……)

 

しかし、その映像を見ていた4人の中これまでショッキングな話を聞かされながらも顔色を変えずにいた栄人であったがヴェノム の太刀捌きと動きを見た瞬間その型に既視感が頭を過り、1人の……短い間の交流であったが心を通わせた少女の幻影が見えた気がした。

しかし、どこか拭えない違和感も同時に感じているため画面をより凝視する。

 

一同はやはり外見だけで言えば人外の異形と呼ばざるを得ないヴェノム の異様な容貌に悪い意味で釘付けになってしまっていると体格や体色など異なる部分は多いが丸い頭部に白い目と言うとよく知る誰かにどことなく似ていると感じる。そう、スパイダーマンだ。

 

「何これスパイダーマン?でも、体型とか見た目全然違うよね?」

 

「うん、こんなにがっしりしてない。もっともやしみたいに細い」

 

「おまけにこんな裂けた口なんて無かった筈だ」

 

「ショッカーに新しく搭載された映像記録機能か………これは一体?」

 

各々がスパイダーマンに何となく似ている様な気がしないでも無いが全くの別物であることは察することは出来たがこの映像を見せられた意図が読めないため質問をすると紗南は一同に向けてヴェノム について判明している事を語り出す。

 

「お前達の予想通り、外見が少し似てるだけでコイツはスパイダーマンじゃない。少し前から突如として荒魂のみを襲っては即撤収を繰り返すだけだからこちらにこれと言った害は無いが警戒しておくに越した事はないだろう、コイツについては何か分かるか?」

 

映像を見ただけでは判断出来ない事が多過ぎるため、強奪犯程こちらに明確な敵対の意思は見られないが二次被害的な心配と、得体の知れない存在である以上は注意は必要であるため情報収集を行うために一同に問い掛ける。

 

「旧折神体制に協力していた頃に開発していた装備には類似する物は該当しませんので我々の会社からデータを盗用した物ではないと思われます。旧体制の人間で思い当たる人物も……申し訳ありませんが存じ上げません、この巨体も本来の物と合致するとは限りませんし」

 

「ならコイツは誰かが変身してるとでも言いたいのか?」

 

「そこまでは分かりませんが、瞬時に右腕を変化させている所を見るに身体を大きく見せる事も可能ではないかと思った次第です」

 

フードの人物の映像を見た際には分からない事も多く発言は控えていたが紗南が自分に聞きたかったのは画面に映る黒い巨体の異形についてだろうと察知し、自分が持つ情報量と画面から見て取れる情報を照らし合わせた考察を述べて行くと紗南も一理あるかと納得すると次は可奈美に気になった所が無いか問い掛ける。

 

「なるほどな、確かにあり得そうな話ではあるな。所で衛藤、コイツの手癖に見覚えはないか?」

 

「えっと、それが……何て言ったらいいのかな……いや、流派は何となく分かったんですけど……ホントに、誰かは分からない動きなんです」

 

しかし、可奈美は目を凝らして画面を見つめ、ヴェノム の動きを観察してはいるものの首を傾げて唸りながら芳しくない答えが返って来る。

見たことがあるような気はするがそれでもこうだと断言出来ないもどかしさにより言葉を濁すことしか出来ない……とでも言いたげだ。

そんな煮え切らない態度の可奈美の様子が気になってか姫和がやや心配げにその真意を問う。

 

「どういう事だ?」

 

「流派は動きで何となく分かったよ。実際に戦った事もある流派だったから、それは……」

 

「天然理心流……」

 

先程まで必要以上の事は語っていなかったがヴェノム に対して気になる事があるのか栄人も自分が映像を見て感じた事を積極的に話し始める。

2人が見つけ出した共通点、それはヴェノム の流派は天然理心流……日本の古武道の流派。天然天に象り、地に法り、以て剣理を究めると言われるように天地陰陽の自然の法則に従い、極意必勝の境地に至る自在の剣法と言われている。

そして、2人はこの流派の使い手を知っている……元折神紫親衛隊第4席、燕結芽だ。

 

「うん、そう。この動きは間違いなく天然理心流だった。実際に戦ったから分かったよ、けどその使い手である燕さんは……」

 

「もうこの世にいない」

 

沙耶香がボソりと小声で局内の共通認識を伝えると一同にズシリと重たい空気が乗し掛かり、一同の中で結芽という存在がヴェノム に関わっていない可能性の方へとシフトして行く。

 

「………」

 

「それに、燕さんは恐らく局地にまで辿り着きかけてた……けどこの人の動きは」

 

「見事だが必死に特訓し続けて形になって来ている伸び代の塊の段階、彼女の領域には至っていない」

 

「そう、確かに強いとは思う。一生懸命特訓してここまで来たんだってのは伝わるけどやっぱり燕さんの域にはまだ遠い。鍛えればもっと伸びるとは思う」

 

確かにヴェノム は天然理心流の使い手と言って差し支えない程の実力はあるが結芽の剣とは異なる上に遺体を確認した者が存在しないとは言え世間的に彼女は死んだ人間と認識されているため結芽だと直結する事が出来なかった。

既に彼女の死は受け入れたものだと思っていたが実際に突きつけられ、再度認識させられると胸に穴が空いたかのような虚無感と痛みが走る。

彼女達の話全てを鵜呑みにする訳では無いがヒントが1つでも見つかったため収穫はあったとして重苦しくなってしまった場から切り上げる為に一同に解散するように告げる。

 

「なるほどな、なら天然理心流の他の使い手を洗ってみるか。協力を感謝する、くれぐれも内密に頼むぞ」

 

一同が本部から退室して行き、最後に退室しようとしていた栄人は結芽がやはりもう何処にもいないんだろうという認識を突き付けられたが最後にもう一度だけヴェノムの映像を流し見すると唐突に脚を止め、画面の前に立ちすくす。

 

ヴェノム の腰の辺り、日本刀を装備するのであればよく帯刀する際に付けられる右半身の腰の部分が視界に入った際、ほんの僅か……ほんの僅かだが違和感を感じた。

普通の人間の視力では恐らく気付かないと思われるがゴブリンフォーミュラと適合した事で常人よりも視力が強化され5.0以上あるため気付く事が出来た。

ヴェノム の右半身の腰の辺り、超人的な視力を持ってした時微かながら妙な丸い膨らみの様な物……大きさで言うのであれば掌に収まりそうな程であり、更に2つ程等間隔に小さな突起のような物が確認出来た。

 

……まるで、頭頂部に耳が2つ付いている丸い小動物のような形状……以前、自社の子会社が作っていた猫のゆるキャラに似ているような気がしたのだ。

 

「………?」(この形、何処かで……イチゴ大福ネコ?)

 




2連続だからそのまま次へGO


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第65話 邂逅

歯切れが良くなかったので連続です、連続式なので1つ前の64話からオネシャス


舞衣とエレンと3人で雑談をしていた最中、会話に割り込む形で突如孝則に個人的に話があると声を掛けられた。それに応じて席を立ち、2人からは少し離れた位置にある部屋に案内され、室内に設置されているテーブルに向かい合うよう椅子に腰掛ける。

 

(言われるがままについて来ちゃったけど、これ……どういう状況?)

 

しかし、同級生…ましてや友人の父親に呼び出されるなど想定外であったため未だに事態を飲み込めずにいた。

無理もない、孝則自体本日が初対面の相手だ。そんな相手に個人的に用があると話し掛けられれば困惑もしてしまうだろう。

実際ここに来るまで孝則とはほとんど言葉を交わさず、どのような用件で呼び出されたのか皆目検討も付かないでいると孝則は自身の正面に腰掛ける颯太に向けて話を切り出す。

 

「急に呼び出してすまない……ええと、颯太君…だったか。下の名前で呼び合っている所を見るに……その……娘とはかなり親しいようだね」

 

「え?ああ、はい……娘さんとは仲良くさせて頂いてます。それで……お話とは?」

 

2人が下の名前で呼び合っていたことから孝則も一応親しみを込めて下の名前で呼んではみたがやはりぎこちなさは抜けない。

一方、颯太は舞衣の話題を出されたため、呼ばれた理由については何となく見当は付いて来たが未だ話の中核が見えて来ないため聞き返すと孝則は襟を正し、颯太の瞳を見つめて真剣な声色で問い掛ける。

 

「あぁ、すまない。娘と親しい君に聞きたいことがある……君は娘のことをどう思っている?」

 

「えええーっ!?」

 

あまりに突拍子のない、それでいて直球な問い掛けに颯太は思わず素っ頓狂な声をあげてしまい動揺を隠せなかった。

無理もない、色恋沙汰に疎い自分ではあるが流石に異性の友人の父親から自分たちの関係性を疑われた、もしくは自分が彼女を好いているのではないかと思われれば驚愕もする。

 

しかし、あくまで友人という距離感に過ぎないが思わず身体と身体が近付いた際や彼女の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐったり接触の機会がある度妙に心拍数が上がり、関係性を疑われれば心底恥ずかしくてドギマギしてしまうため確かに異性としては意識しているのは事実だろう。

 

「た、確かに僕らは友達ですけどそういうのじゃないって言うかっ!確かにたまに距離が近くなったり手と手が触れたらドキドキしたり、彼女の包み込むような優しい笑顔に目を奪われてしまう時はありますしクッキーは毎日食べたいレベルで美味しいですけど僕のモテない歴は=年齢なんで多分彼女には僕のことをそういう風には思われないと思うんで心配されるような事は無いかと思いますよ!」

 

言いたい事が纏まらず、珍妙な日本語になりながらしどろもどろに否定しようとはするものの動揺してしまっているため孝則も自分の言い方が良くなかったのか?一度落ち着かせた方がいいか?と思い聞きたかった話の本質を提示する。

 

「すまない、普段の学校での様子や刀使として活動している時の娘は学友の君の目にはどう映っているのか聞いてみたかったんだが…」

 

「え?あはは……そうですよね、すみませんお騒がせして」

 

「いや、こちらこそ言葉が足りなかった」

 

孝則の言い方が主語が少し抜けており、ド直球であった事も一因だが自意識過剰で変に意識してしまったことはやはり羞恥心を掻き立てるものであるため頬を赤く染める。

しかし、すぐに咳払いをして落ち着きを取り戻し、普段の自分の知る限りの彼女の様子を思い返し、思い付く限り述べて行く。

 

「そうですね……まず、娘さんは今年の春、折神邸で毎年開催されてる伍箇伝の代表を選出して行う御前試合……簡単に言うと全国大会のような美濃関の代表として選出されたのはご存知ですか?」

 

「ああ、その時は驚いたな」

 

まずは保護者である孝則も知っていて最も彼女の活躍や努力の結晶が伝わりやすい例えである御前試合の話を話題に挙げる。

 

「それは娘さんが日頃から努力を怠らず、研鑽を重ねていたから成しえる事が出来たんです。僕も以前1人で練習している所を見た事がありますし」

 

「そうか……では、他には何かあるかな?」

 

反応は薄い……ように見えるが相槌を打ちながら瞳は颯太の瞳をしっかりと捉えている、関心はある証拠と言えるだろう。

そして、次は実際に刀使として活動している時の様子を実体験から感じた事を羅列して行く。

 

「後は今のこの荒魂が頻出してる時勢なので彼女もよく出撃に駆り出されてます」

 

「そうか……やはり娘は危険な任務に」

 

孝則の顔がより一層険しくなる。保護者ならば当然の反応だろうがそれでもあの鎌倉での管理局との決戦において彼女が指揮を採ってくれた事で突入したチームである自分たちが効果的に動くことが出来、舞草の最大戦力である可奈美と姫和を敵の総大将であるタギツヒメ の元へと送り届けることが出来た事を思い出していた。

もし、彼女というピースが欠けていたらあそこまで立ち回れた自信がないため颯太としては彼女には頭が上がらない想いでいる。

そのため、彼女には非常に助けられたと感じており強く感謝しているためやや感情的になりながら言葉を紡ぐ。

 

「ですが、彼女が前線でチームの指揮を採ったおかげでチームが効率的に動く事ができ、周囲への被害やチームへの損害も少なくする事が出来たこともありましたし、僕も何度か助けられました」

 

ーー颯太の言葉からは舞衣への確かな感謝の念と信頼は見て取れる。しかし、ある一文が孝則に妙な違和感を与える。

 

「……ん?まるで娘と一緒に戦ったことがあるような言い方だね?」

 

「あっ……」(ヤベッ!つい口が……)

 

しまった……と自覚する頃にはもう遅い。つい彼女への想いが溢れてしまった事で感情的に語り過ぎてしまった。

まるで、この言い方では自分が実際に彼女と共闘したことがあり、彼女の指揮の元、共に行動していたかのような言い方になってしまった。

だが、この4ヶ月間正体がバレないように色々な人の追及を絶妙に躱し続けて培われたはぐらかしテクニックも伊達ではない。すぐ様切り替えて平静を取り戻して咄嗟のアドリブで回避を試みる。

 

「ああ、それは以前一緒にいた時に荒魂に襲われたんですがその時彼女が助けてくれたんですよ!その時に彼女の仕事ぶりを目の当たりにしたんです!ははは……」

 

「……なるほど」

 

苦し紛れではあるが無力な一般人に見える自分が彼女の戦いぶりを知っている理由付けとしてはなんとか理解出来る言い分ではあったため孝則も半信半疑でありながら概ね納得したようだ。

眼前の孝則の瞳を見据えると颯太の方も話題を変える名目もあるがモニタールームで対面した際に感じた舞衣と孝則の様子について気になっていたため問い掛ける。

 

「……あの、僕からもいいですか?」

 

「構わないが」

 

「少し気になってたんですけどもしかして、娘さんと……舞衣と上手く行ってなかったりしませんか?」

 

「どうしてそれを?」

 

問い掛けられた質問に対し、孝則は面を食らったような表情を浮かべる。

先日、彼女へ刀使とは縁遠い普通の学校への転校を持ちかけ、口論となり拗れてしまったことで気まずくなっていたのだが、その様子を彼女の態度から読み取られていた事を他所の子である颯太に勘づかれていたのが意外だったようだ。

 

「なんか今日の彼女、少し元気が無さそうだったって言うか貴方といる時妙によそよそしかったように見えたので」

 

「ああ実は……」 

 

勘づかれている上に自分の身内のことで心配をかけてしまったのであれば真実を話した方がいいと判断してか昨日の柳瀬家での出来事を颯太に説明する。

彼女の意思確認以前に先に学校を決めて転校を持ちかけた事、自分たちが彼女から現在の情勢から見た刀使の世間体の事を気にしていると思われている事、その結果議論が平行線と化して拗れてしまった事を聞かされると颯太は何故拗れてしまったのかを察し、頭を掻きながら若干言いにくそうに孝則に客観的な意見を述べる。

 

「あー……それでか……それはちょっと……言葉が足りてないですね、多分意図があんまり伝わってなかったんじゃないかと」

 

「む?そうだったのか……っ?それで、他には何があると思う?」

 

言い回しの問題と言葉が足らず彼女に言いたいことが伝わっていなかったのでは無いかという颯太の推測を聞き、孝則は娘と同学年の子供相手に指摘された事もそうだが実際に指摘された事で自分自身の問題についても向き合うべきかと思わされたため続けろとでも言わんばかりに追求する。

 

「後は……そうですね……今は世間から管理局のイメージが良くないからそこに所属してる彼女がいれば世間からの対面が悪いと思われる、世間体を気にしてると思われたのも確かにあると思いますが本人の許可も取らずに転校先を決めたのが尚更彼女の不興を買ってしまったのかなと。だからこそ、余計拗れたんじゃないかと……彼女、思ってる以上に強気というか芯が強いですから」

 

「そうか……それもそうだな……」

 

しかし、会話の中で拾った問題点を羅列して行くだけでは解決の糸口にはならない。孝則が大した儲けにもならないのにこの研究所に資金提供をしている話は聞いており、研究が進んだ結果得られるであろう成果とそれによる彼女の身を案じていると思われるため彼の行動原理についてフォローを入れる所から話を広げる。

 

「でも、娘さんの事を心配していたっていう気持ちは本当ですよね?」

 

「ああ、ここの研究が進めば娘を危険から遠ざける事が出来ると思って投資を決意した。彼女は私の大切な娘……家族だからな」

 

やはり孝則の行動原理には子供を想う親心から来ているようであった。

孝則なりの意思を聞いて颯太も彼の気持ちに寄り添うように優しく語りかける。彼も両親を亡くし、育ての親である叔父を亡くした事で残った叔母を巻き込まないように未だに自分がスパイダーマンの正体である事を話せてはいない。そこには自分なりへの叔母への愛情から来ているからだ。

 

「分かりますよ、大切な人には安全な場所で健やかに過ごして欲しい……それが家族なら尚更……だけど」

 

悲しげに伏せっていた目を開けて孝則の瞳を見つめ、今度は舞衣の立場に立って自分なりに子供としての意見を述べる。

 

「舞衣だって、不真面目な気持ちで刀使の仕事に取り組んでいた訳じゃないと思うんです。僕も彼女の戦いぶりを見て、確かに危険は伴う仕事だけど自分に何が出来るのか、自分に出来る事を見つけて一生懸命やっているのは伝わりました」

 

彼女の友人として、彼女が非常に生真面目な気質故に自己評価が低く、可奈美へのコンプレックスから自分に何が出来るのか迷い続けていた事を颯太は時に話し合い、互いの悩みを共有していたため彼女がいつも真剣である事は理解している。

孝則の親心も、舞衣の迷いながらも自分の戦う理由を見出した道も、どちらも真剣だからこそぶつかってしまうし、熱くなりすぎて言葉が足りなくなってしまう事もあるのだろう。

 

「なので、お互い真剣だからこそ今の貴方の本当の気持ちを話して彼女の気持ちを聞いてみてもいいんじゃないかと思いますよ」

 

だからこそ、孝則には孝則なりの考えがあった事を包み隠さずぶつけることも時には大切なのではないかと思い、未熟な子供なりに彼の背中を押そうと試みる。

颯太の真剣な声色で語られる彼なりの意見を聞き、孝則も先日の自分の言動と行動を鑑みてもう一度舞衣と真剣に話し合ってみるかと思い直したようだ。

 

「………分かった、私も自分の言いたい事はちゃんと伝えなければならないな。しかし、どうも歳頃の娘に自分の気持ちを伝えるのは難しいな」

 

幾らか緊張も解れたのかどこか表情を軟化させており、スッキリしたような様子を見せる孝則を見て颯太も幾らか打ち解けられたような気がして一息吐き、積極的に話に応じ始める。

 

ーーしかし

 

「相手にどれだけ自分の気持ちを伝えられるかって難しいですもんね。僕も苦労してます……っ!?」

 

孝則との会話の最中、颯太は何かを感じ取ったのか表情を険しくしながら周囲を見渡し始める。

全身ゾワゾワとした嫌な感覚が広がって行き、文字通り身の毛がよ立つと言った具合に腕から生える毛が逆立ち初め、更には手先が細かく震え始めた……スパイダーセンスだ。

今この研究施設に危機が迫っていることを知らせるエマージェンシーコールは颯太の不安を駆り立て始める。

 

「ん?どうかしたのかね?」

 

孝則は一瞬だが、険しい表情を浮かべていた颯太の様子が気になっていると彼はすぐに柔らかい笑みを向けて来る。

しかし、彼の心中は決して穏やかではない。反応は然程強烈という訳ではないが各所でノロが強奪される事件が頻発していることを事前に紗南から聞かされているためここにも白羽の矢が立った可能性を察知したからだ。

 

ならば、今すぐノロの強奪を防ぎに行かなければと判断するとこの場から去るための理由を速攻で組み立てて孝則に向けて語り出し、そして本当にトイレに行きたいとでも言いたげな態度で席から立つ。

 

「いえ、何でもありません……あーっ!」

 

「どうしたのかね?」

 

「僕今日ちょっとコーヒー飲み過ぎてトイレ行きたくなっちゃいました……すみません、僕は一旦失礼します!」

 

「ちょっと!……そんなに飲んだのか、コーヒー好きな中学生も珍しい」

 

最近はコーヒーを頻繁に飲むようになっており、先程3人で会話をしていた時に飲んでいたのもコーヒーであるためカフェインの利尿作用が働いたという理由付けは出来るため妙な説得力はあるようだ。最も、孝則が鈍いだけかも知れないが。

颯太は急いで扉を開けて廊下に出ると先程同様お茶を嗜んでいた椅子に座っていると舞衣とエレンの方へと駆け寄って行く。

 

「どうしマシタ?まさかマイマイパパを怒らせて私たちにヘルプミーデスカ?」

 

「ちょっとエレンちゃん!?」

 

かなり迫真であったため個室での様子を知らないエレンは颯太が孝則を怒らせたと誤解しているが一方の舞衣は颯太が駆け寄って来る前から頬が紅潮していたのだがエレンのジョークにも過剰反応してしまっていた。

だが、すぐに冗談を言っていられる状況では無い事を理解させられる。

 

「冗談言ってる場合じゃないんだって!さっき舞衣のお父さんと話してたらスパイダーセンスが反応したんだ、ここに危険が迫っている。多分例の強奪犯がここに来ると思う」

 

「……っ!?マジですか?」

 

「まだ研究者さん達が色んな所にいるのに……」

 

真剣な表情かつ他の人には聞かれない程度の声の大きさでスパイダーセンスで危機を感じ取った事を説明するとスパイダーセンスの効果を何度も目にしている2人はすぐに顔付きが真剣なものへと変わる。

この研究所が戦場になる可能性がある事を聞かされたため、彼女達もすぐに気持ちを切り替えたのだろう。

 

「とにかく、僕は先回りして様子を見て来る!2人は僕のことがバレないようにみんなを誘導して!」

 

「分かった、皆を避難させるね」

 

「ソウタンも気を付けてくだサイ!」

 

「じゃあ後で!」

 

下手に他の誰かにスパイダーマンの正体を知られる訳にはいかないため2人には研究員たちの避難を頼み、一旦別行動を取る選択をした。

 

3人が一斉に別方向に走り出すと颯太は人気のない通路へと入り込む。走りながら右手を左肩の高さまで持って行くと左手でスマートウォッチ型デバイスの画面をノールックで操作し、スパイダースーツの3Dモデルのアイコンをタップすると開発中のスパイダースーツ、スパイダーアーマー(仮称)が映し出される。

画面に起動確認の文字のボタンが映し出され、デバイスの画面が光り出すと胸の前で手首を内側に回しながら右腕を前に突き出して握り拳を作り、左手をデバイスに添える画面に翳す。

 

「2段回承認ってやっぱめんどくさいな……スパイダーアーマー、起動!」

 

セキリュティの為とは言え、ナノマシンスーツの起動を2段階承認にすると緊急時に手間になるなと実感しつつも起動ボタンに指で触れると右腕を肘打ちを放つように後方に強く引き、左手を滑り込ませるように左手の掌を下に向けながらを前に突き出す。

 

直後、デバイス内のアークリアクターが発光してスカイブルーの輝きを放ち、

一瞬で幾億ものナノマシンが流れ出して赤と青色のツートンカラーに胸部から腹部程の長さの黒色の蜘蛛のマークのあるまさにパワードスーツと言った流線型のメタリックなスーツを形成して行く。

ハイテクスーツのウェブシューターをスパイダーアーマー(仮称)の上から自動で装着させると同時に開けた場所に出ておりニモが格納されている擬似的な社のある通路が見えた。

 

「敵は……真上か!」

 

スパイダーセンスの反応は真上の方向から来る存在に対してより強く反応している。

スパイダーマンは一刻でも早くニモの強奪を防ぐために天井に向けて右腕を突き出して構えるとウェブシューターのスイッチを押してウェブを天井に命中させる。

 

「そらよっと」

 

膝を曲げて姿勢を低くし、ウェブを引っ張り、足の爪先に力を入れると一気にウェブの引っ張り強度と自分の脚力を掛け合わせてウェブから手を離すと重力から解放されてパチンコ球の様に一気に天井に向けて急上昇する。

 

重力から解放され一気に天井近くまで跳躍するとその最中、ニモの奉納されている擬似的な社の横まで上昇する最中、目を疑う存在が眼前に立っていた。

 

ーーガラス張りの擬似的な社の格納扉は既に開けられており、漆黒のフードを目深に被り、左手に御刀を装備した人物が右手を社に向けて翳している。

そして、その人物が視界に入った瞬間全身の毛が逆立ち、手先が細かく震え、身体中がゾワゾワとしてさぶいぼが出ている程にスパイダーセンスはより強く感じられる。

自分は直感的にこの人物が脅威的で危険だと肌で感じ取っていると理解できるが……これ程に嫌な感覚は以前に一度感じ取った事がある気がした、しかしその気迫もせいぜい3分の1程であるため余計に分かりにくさに拍車を掛けたが。

 

「(……っ!?このめちゃくちゃ嫌な感覚……どこかで)やっぱり来たか……っ!」

 

紗南に事前に聞かされていた現在各所に出現するノロの強奪犯と同じ特徴をしている所からやはりこの研究施設にも狙いを付けたという所だろう。

更に、視界の先に立つ謎の人物はニモの奉納されている社に手を翳そうとしている所を見るにこれからニモの強奪を試みようとしていた。

謎の人物の登場に身体中に緊張が走るが何としても阻止しなければ、と一瞬の内に思考を切り替えるとスパイダーマンは左手を前方に突き出してウェブシューターを構えると狙いを定めて連続でスイッチを押す。

 

「ちょっと不審者さん!ニモがファインディングするのは陸じゃなくて海だったと思うけど!」

 

フードの人物に向けて放たれるウェブの連打に対し、ニモの強奪を妨害されたた事もあるがスパイダーマンが出現するなり翳していた右腕を引っ込めると動きを静止させて飛んで来るウェブの方向へと顔を向けて様子見を始める……まるで、攻撃の道筋を予測してから行動しようとしているかの様に。

 

そして、短時間の中で最適な回避ルートを見切ったのか最小限の動きだけでスパイダーマンのウェブによる牽制を回避して見せた。

 

「うおすげっ、じゃあ次はこれ!」

 

スパイダーマンは追撃を図るために跳躍で空中に浮いている状態からこれから自分が登って行く頭上に足の歩幅程度の円形をナノマシンで形成し、すかさず身体を逆さまの状態に変え、円形の足場に脚を着けて着地する。

ナノマシンで空中に簡易的な足場を作り、それを力強く蹴り上げることでタイムロスを無くしつつ方向転換も同時に行い、一気にフードの人物に接近する。

 

「……………」

 

無駄の無いスパイダーマンの追撃に対してもフードの人物は右手にも御刀を装備して迎撃態勢に入る。

スパイダーマンは右手で何かを掴もうとする手の形を作ると足場にした円形のナノマシンは右手の中へと移動して集合して行き、ナノブレードを形成し、それを掴み、スパイダーマンが勢いを乗せながらナノブレードをフードの人物に上段から叩き付ける。

 

「そらよっと!」

 

「………」

 

だが、フードの人物は器用に両手に持つ御刀でスパイダーマンの無駄の無い攻撃を迎え撃つ準備を済ませていた。

右手に持つ御刀でスパイダーマンが叩き付けたナノブレードの一撃を受け止めるとそのまま流れるように受け流して左手に持つ御刀で反撃を繰り出して来る。

 

 

「うおっと!」

 

隙を見せずに矢継ぎ早に繰り出されるフードの人物の息をつかせない連続攻撃。スパイダーセンスがそれを予見して教えてくれるためスパイダーマンはその事に感謝しながらすぐに対抗策を練る。

横凪に振り抜かれる横一閃の一撃がスパイダーマンの首筋を捉える瞬間、鈍い金属音が響き渡る。

フードの人物の御刀がスパイダーマンの身に纏うスパイダーアーマー(仮称)の装甲を切り裂いた音か?……否、フードの人物の奮った凶刃はスパイダーマンの首筋に届く寸前で静止している。

 

「やべやべやべ……っ!」

 

「…………」

 

スパイダーマンが咄嗟にナノブレード左手にも形成し、逆手持ちにフードの人物の一閃を防いでいた。

しかし、あまりにも素早い対応に普通は驚いてしまう所だろうが、フードの人物は全く焦る素振りを見せずにスパイダーマンと相対する。

 

感情が読み取れない不気味な有り様であるが少し前に管理局の医療施設にて寿々花と面会した際に強奪犯であるこのフードの人物が以前、鎌倉での戦闘の際に自分に協力してくれた真希である可能性を疑われている事を聞いており実際に遭遇したら聞くだけ聞いてみる事を約束していたため攻防を交えながら問い掛ける事にした。

 

「あーもしもし一席さん?違ったらごめんだけど……っ!ノロの強奪なんてして何がしたいのかな!?オークションにでも出す気!?」

 

両手が塞がったまま防御の姿勢に入っていては不利であるため鍔迫り合いもそこそこにナノブレードの刃を流すように相手の御刀で滑らせることで受け流すとフードの人物に向けて横回転しながら飛び上がり、空中で連続で回し蹴りを繰り出す。

 

「2席さんも心配してたしさ!たまには顔くらい見せてあげたら!」

 

「……………」

 

しかし、フードの人物はスパイダーマンの言葉など全く他人事であるかのように意に介さず、無言でスパイダーマンが繰り出して来るローリングソバットを両手に持つ御刀で的確に防御し、その度にスパイダーアーマー(仮称)のナノマシンで構成された硬質な装甲と刃が激突する音が施設内に鳴り響く。

 

「ま、御刀を2本使ってる時点で一席さんっぽくないけどさ……けど、あんましノロを奪われるのは皆が困るからね!」

 

相手に休む暇すら与えない激しい連撃を防がれたスパイダーマンが通路の床に着地してニモの奉納されている擬似的な社を守るように前に立ちながら眼前に立つ意図も感情も読めない不気味さを漂わせるフードの人物を見据えてナノブレードを構える。

フードの人物は少なくともこの研究施設に無断で侵入し、ニモの強奪を試みているため何としてもここで食い止めて捕獲しなければならないとより強く認識すると一直線に駆け出す。

 

「………っ!?」

 

しかし踏み出した瞬間、全身に嫌な予感が走る。スパイダーセンスが働いたためつい反射的に反応してしまったのだが、更なる脅威の接近はフードの人物の背後からより強く感じる。

フードの人物は唐突に姿勢を低く屈むと先程までフードの人物の頭があった位置を一気に超高速で何かが通過したのを感じ取る。そして、スパイダーマンは即座に背後の社を守るためにナノブレードを上段から縦方向に振り下ろす。

 

「はっ!」

 

ナノブレードの刃がフードの人物の背後から飛んで来た物体を捉えた事でその物体を両断する。

スパイダーマンのナノブレードによって両断された物体が砕けた事でより鮮明に視認出来たのだがその正体に唖然とする。

翡翠色の爪楊枝、もとい針金の如く細長い鋭利な円錐状の棘の様な物体の残骸が舞っていた。明らかにフードの人物では不可能な位置からの攻撃と判断出来たがこちらに認識させる隙を与えないかの如く追撃を放って来る。

 

「嘘!?増援!?ぼっちじゃ無かったのかよ!」

 

「…………」

 

スパイダーマンがニモを守らないといけないという縛りを理解しているのか新たな乱入者はスパイダーマンに休む暇など与えないとでも言わんばかりに矢継ぎ早に空中に先程と同じような細長い鋭利な棘を一瞬で大量展開するとスパイダーマンに向けて一斉に放って来る。

 

「クソッ!流石にこれはヤベ……っ!」

 

雨の如く降り注いでくる細長い棘を少しでも迎撃に失敗すれば社に大打撃を与えてしまうかも知れないと予想出来る。

この状況をどうにか出来るのは自分のみである。ことを自覚するとスパイダーマンは即座に施設内を見渡して状況を反応すると右手のナノブレードと左手のナノブレードの束を重ね合わせる。

直後、ナノマシン同士が結合して1本の薙刀のような姿へと変えて左手に持ち帰るとHUDでウェブのモードを素早く操作して行く。

 

スパイダーマンが通路の手摺りから飛び、右手のウェブシューターのモードをウェブグレネードに変更すると社を囲むガラス張りのケースにウェブグレネードを当てると棘が飛んで来る正面に向けて広範囲にウェブが拡散して行き、飛んで来た棘の半数程をウェブが包むことで力無く床にウェブと一緒に貼り付けられる。

 

「上手く行ってくれよ……っ!」

 

そして、飛びながら一つに重ね合わせた事でリーチが伸びた薙刀状へと変化したナノブレードを縦横無尽に振り回して広範囲に飛んで来る棘の残りの半数を一斉に自分の足元へとたき落としていく。

 

「よし、全部打ち落とした!……ぐあっ!」

 

しかし、スパイダーマンが棘を全て打ち落としたまではいいのだがそれだけ守りに徹底してしまったことにより大きな隙を作り出し、更なる追撃を許してしまっておりいつの間にか腹部に翡翠色の鱗に覆われた鎧のような膝がめり込んいた。

そして、スパイダーマンはそのまま蹴り飛ばされガラス張りのケースに激突するとナノブレードを床に落とし、ガラスが割れる音が周囲に響き渡り、社に激突して倒壊させてしまい、ニモの奉納された壺が転がって行く。

ダメージが入る最中、顔を上げるとスパイダーマンに膝蹴りを喰らわせたと思われる乱入者の姿をようやく視認する。

 

「早く回収を、増援が来る前にここを去らなくては」

 

「ちょっと……日本にジュラシックパークの建設予定なんてあったけ……っ!?」

 

顔を上げた視界の先に広がるのはフードの人物とそれに声をかけながらこちらを警戒するかのようにスパイダーマンを見下ろす動物界脊索動物門爬虫綱有鱗目トカゲ亜目である蜥蜴の姿をした流線型の鎧を纏った様にも見える異形の姿に爬虫類の象徴である尻尾、両眼が真紅に染まった人型の異形、リザードの姿であった。

 

ーー時は少し戻って数刻前

 

颯太、舞衣、エレンとの会話を途中で予定があると打ち切って本日はもう帰ることを伝えたコナーズは研究施設の出口へと向かって歩みを進めていた。

しかし、どこか施設全体を見渡しているかのような目配りで何かを確認している。

 

(護衛の数は1人と聞いていたが予定外に1人増えていた……まぁ、偶然でしょうが。施設内の地形から鑑みるにこのルートが恐らく最短で見つかりにくいか……あのお方にも文章で伝えておきましょうか)

 

コナーズが実験後からモニタールームで解散した後に施設内を練り歩いていた

のは施設内の構造と警備体制を把握するためでありおおよその最短ルートと強奪から撤退までに掛かる時間と警備体制を把握すると携帯でどこかしらにメッセージを送り、出口へと向かって行く。

その最中、コナーズは先程までの出来事を思い返していた。

 

(しかし、私も少しペラペラと喋り過ぎたか……それにしてもまさか……成長してこんな所にいるとは)

 

本来関わる必要がない一般人に過ぎない彼に、プログラミングのミスを態々指摘してまで接触を測ったのか。自分でも非合理的で理解し難い行動であるがコナーズにその行動を促したのは過去の記憶から来る物であった。

そこを刺激されてしまったが故の知的好奇心なのか、それとも後ろめたさからなのか……実際に会話をする事で答え合わせが出来たが今は余計な雑念は払うべきだと踏み止まり、素早くポケットの中でメッセージアプリを起動しながら画面を見ずに文章を打ち込んで行く。

 

(だが、関係ない。彼はあくまで少し賢い程度の一般人に過ぎない、争いとは無縁な人間だ……下手に巻き込まないよう、ここは手短に済ませましょうか)

 

『潜入は成功、警備体制の把握と最短ルートは確認しました。報告にあった護衛の刀使は1人と事前に聞いていましたが想定外にもう1人増えていました。

しかし、その2名以外に戦力は見受けられないため最短でノロを確保して撤退する分には問題はないと思われます。私も貴方が撤退するまでは近くで待機しておりますがもし時間が掛かるようでしたら助力致します、以上』

 

メッセージを送信すると同時に施設の出口のドアをくぐって施設外に出ると待機していたかのようにタイミングよく音もなく合わられた前方から気配を殺して歩いて来る黒いフードを目深に被った人物とすれ違いながら小声で声を掛ける。 

 

「では、ご武運を」

 

ーーフードの人物が施設内に侵入し、時間が経過した頃

 

フードの人物の離脱を確認するために近場の森林の物陰に身を隠し、様子を伺っていたコナーズであったがどこか神妙な面持ちで研究施設の方向を見つめていた。ふと、時間が思っていたより経過している気がしたため左手首に巻いている腕時計を確認すると実際に作戦時間が予定よりも経過している事が見て取れた。

 

(遅い……戦力の数に反して時間が掛かり過ぎている。あの方ならば既に撤退していてもおかしくはない筈なのに……まさか、ここの戦力が思っていたより高いという事か)

 

事前にこの研究施設の名誉顧問と主任の身内であるエレンが護衛としてこの場所に来ている事は把握していたが予想外に舞衣が来たことにより戦力が増えていた事は想定外ではあった。

しかし、1人戦力が増えた程のアクシデントであればフードの人物の力量なら素早く強奪して逃走を図る分には問題ないと判断していたのだが不自然な程に時間が経過しているとなると戦力が思っていたよりも高く、素早く対応出来るイレギュラーが介在している可能性を考慮すると思っていた以上に手こずっていると想像出来る。

 

「致し方ないですね、ならば私も」

 

コナーズはどこからともなく取り出した蜥蜴のマークが刻印されているアンプル、†リザード†を取り出すと右方向に左腕を振ると首筋の右側にアンプルの頭部を当て、ボタンを押し込むとアンプルのシリンダーに充満したいたノロは一瞬の内にコナーズの首筋の頸静脈を通して体内に流れ込んで行く。

直後にコナーズの体内で細胞が新しく生成・再構築されて行き、皮膚を光沢を放つ刃の様に鋭い鱗へと変貌させ、鎧の様な外貌を形成しながら包み込む様に身体中へと拡散させて行き、一瞬の内にリザードへと変貌する。

 

「さぁ、早めに片付けて帰りましょう」

 

リザードは赤い瞳を研究施設の方向へ向けると跳躍と同時に姿を消してその場から姿を消していた。

施設内に侵入したリザードが自分もフードの人物に教えた通りの道筋を辿ってニモのある社の場所まで一気に駆け抜けて行く。

社のある場所の付近まで到達したリザードであったが眼前で繰り広げられている光景を目撃し、足を止める。

 

「あーもしもし一席さん?違ったらごめんだけど……っ!ノロの強奪なんてして何がしたいのかな!?オークションにでも出す気!?」

 

眼前に広がっているのは社を守り、フードの人物を足止めする為に、何故か、この場所にいる事自体が不自然極まりない存在であるスパイダーマンがフードの人物と攻防を繰り広げているのであった。

 

(何っ、スパイダーマンだと?何故ここに?)

 

現在管理局と協力関係にあり、各地で特別祭祀機動隊の支援を行なっている主に美濃関近辺に出没するご当地ヒーロー、親愛なる隣人スパイダーマン。

リザードも旧折神体制の頃に本部で研究に携わっていた頃、あの鎌倉での戦いの際に反対勢力である舞草の協力者である事は把握しており何かしらのきっかけで超常の力を手にしているためいずれ邪魔になる可能性は大いに高い……という認識であったがこのような関係者しか入れないようなピンポイントな場所にいるのか理解が出来なかった。

 

しかし、今自分たちがやるべき事はノロを強奪し、足がつく前に撤退をする事であるためフードの人物を支援する為にスパイダーマンを退ける必要があると判断し、リザードの左手の掌の中で鱗が細かく蠢く。

 

掌の中で翡翠色の刃の様な鱗がまるで生きているかの様に徐々に一つに結合し、形を再構築して行き、翡翠色の針金のように細長い鋭利な槍といった円錐状の棘を生成するとリザードの手に収まる。

 

(何故このような所にいるかは疑問が残りますが、時間がありません。邪魔者にはご退場願いましょう)

 

リザードは左腕を大きく振りかぶって脚を強く踏み締めると身体中の筋肉が引き絞られる。そして、フードの人物が確実に回避してくれると信頼しているあめスパイダーマンの視界に入らないようにフードの人物を壁にして棘をスパイダーマンに向けて力一杯に投げ付けた。

 

ーーモニタールーム

 

施設内に侵入者の侵入を知らせる警報が鳴り響き、施設内にいた者達に危機感を与える。

舞衣とエレンが施設内にいる者達を避難させている最中、途中で合流したハッピーに侵入者が来たことを伝える事で早急に警報を鳴らしに行かせたことで早めに皆に侵入の危機を知らせることができ、各々が避難して行く。

 

そうしている最中、モニタールームへと移動して来た施設の責任者である公威、ジャクリーン、フリードマン、施設のパトロンである孝則、護衛であるエレンと施設の者達の避難をハッピーと共に進めた舞衣が一斉に会した。

 

「何事だ!?」

 

警報が鳴り響くだけでなく、ハッピー達が懸命に避難を命じている程の逼迫した状況であるため開口一番、施設の責任者である公威は事態の状況把握に努めようとしていた。

だが、モニタールームのガラス面から見える光景が事態を理解させられる。

 

「……っ!スパイダーマン!」

 

思わず我先にと眼前で繰り広げられる光景に対し、舞衣が声を荒げる。

モニタールームのガラス面の先でスパイダーマンが社に叩き付けられた事でガラス張りのケースが粉砕された上で社が倒壊しており、ニモの奉納されているが床にに転がっているからだ。

そして、それと相対するかのようにスパイダーマンを見下ろすフードの人物とリザードの姿があった。

 

「アレは……スパイダーマン?何故こんな所に……」

 

状況を鑑みるにスパイダーマンは2対1という不利な状況でありながらニモを侵入者達から守ろうとしている事は見て取れるが何故この場に彼がいるのか全く理解出来ていない、彼の正体を知らない孝則と古波蔵夫妻は理解が追いついていないようであった。

 

「そ、それは……御刀!まさかノロの強奪犯って…」

 

「YES、刀使デス。おまけに今日はお仲間も一緒みたいデス」

 

孝則達に彼がこの場にいる事態をどうにかして誤魔化そうとした舞衣であったがフードの人物の右手に持つ御刀が視界に入ると認識を改めざるを得ない事態と理解させられる。

 

だが、そんな彼らを置き去りにするかの如く状況は加速して行く。

スパイダーマンが彼らにニモを渡さまいと左手を壺の転がっている方向に向けてウェブシューターを構えてスイッチを押す。

 

『ニモはあげません!』

 

『頂きます』

 

しかし、その行動を見逃さなかったリザードが左手の手中に細長い棘を形成すると壺の底へ向けて投げ付けて命中させると弾かれた壺は空中へと打ち上げられたことでウェブは壺に当たる事なく手摺りに命中する。

 

『今です』

 

『しまった……っ!』

 

そして、その宙へと打ち上げられた壺に向けてフードの人物が左手を伸ばすと壺の中に奉納されていたニモが溢れ出し、線状になりながら手の中へと集まって行く。結果として、ニモはフードの人物へと奪われてしまった。

 

『返せ……っ!』

 

しかし、スパイダーマンは声色にドスを効かせて即座に立ち上がりながら眼前のリザードとフードの人物をナノマシンで構築されたマスクの下で力強く睨み付け、抗戦の意志を見せる。

 

『そう簡単には見逃がしてはくれないか……私が押さえます。早急に撤退を』

 

『…………』

 

リザードの言葉に頷くとフードの人物は我先にと施設から逃走を図ろうと一気に加速して出口の方向へと駆け出して行った。

 

『待て!』

 

『貴方の相手はこの私ですよ』

 

フードの人物を追い掛けようとウェブシューターを構えた矢先、それを妨害するかの如くリザードが左手の中で3尺6寸程の翡翠色の鋭利な刃が特徴の長剣を生成し、スパイダーマンへと斬り掛かって来る。

 

「ちょっと、邪魔しないでくれる!?」

 

「邪魔者は貴方です」

 

スパイダーセンスが危機を知らせるとリザードの横凪の一閃をバク宙で回避し、右手のウェブシューターのスイッチを押してウェブを放ち、蹴られた際に落としたナノブレードに当てると同時に引き寄せて手中に収めて手摺りの上に着地する。

 

フードの人物を追わせまいとしてスパイダーマンへと剣を向けるリザードと、一刻も早くフードの人物からニモを奪還して拘束しなければと決意したスパイダーマン。お互い一歩も自分の道を譲らんとばかりに睨みを効かせる。

 

「ねぇ、Tレックス!日本は今氷河期なんだからさ、爬虫類は大人しく冬眠しててくんない!」

 

スパイダーマンが周囲を見渡すと逃げ遅れた者達の姿は確認出来ないため一安心すると同時に邪魔者であるリザードを退けるために薙刀状にしていたナノブレードのナノマシンの半分をスーツに戻し、元の日本刀一本分の長さへと戻す。

 

「つっても就職の氷河期だけどね!」

 

「ふっ、冗談がお上手で」

 

ジョークと同時にスパイダーマンは手摺を強く蹴り上げて、道を阻むリザードへ一気に接近してナノブレードを叩き付けるとそれに応戦するかのようにリザードも左手に持つ剣を振り抜くとナノブレードとリザードの剣の切先が激突すると施設内に金属音が響き渡り、力と力が拮抗する鍔迫り合いを繰り広げて行く。

 

リザードがスパイダーマンを足止めしている隙に、強奪犯の主犯であるフードの人物が退散しようとしている様子を見ていたエレンは次に自分が取るべき行動は何かを導き出すと納刀状態の越前康継を鞘から抜き出す。

 

「エレン?何を?」

 

娘の行動に理解が及ばない公威に対し、真剣な顔付きで彼の方へと顔を向けて言い放つ。

 

「パパごめんなさい。後でちゃんと縫いますから!」

 

越前康継の刃で私服のロングスカートの丈をバッサリと切り下ろし、走りやすいようにミニスカート程の長さへと変えると再度納刀して自分の家族の方へと視線を向ける。

 

「パパ、ママ、グランパ……行ってマス!」

 

その言葉と同時にこの施設を脱出するにあたって必要となるルートへと先回りするために走り抜けて行く。

 

「待って、私も!」

 

それに呼応するかの如く舞衣も自らエレンの後を追おうと走り出そうとするが背後から孝則に声を掛けられる。

 

「舞衣……」

 

その一言で舞衣はふと足を止める。背中越しであるため孝則の表情は見えないが彼の声から確かに伝わって来るのは、娘の身を思う父親の声色だ。

心配し、自分のことを想ってくれることは嬉しい。それでも今、自分がやらなければならない事は既に決まっている。

 

「ごめんなさいお父さん…やっぱり私は刀使です!」

 

「舞衣……っ!」

 

自分の意志を孝則に堂々と伝え、舞衣はエレンの後を追い掛けて走り出す。

遠ざかって行く娘の背中に向け、孝則は足を前に踏み込まながら声を掛けるがフリードマンに優しく肩に手を置かれ、静止させられる。

 

「待ってください、私らが行った所で足手纏いにすらなりませんよ」

 

「………」

 

理解はしている。生身の人間に過ぎない自分が行った所で超人的な力を扱える彼女達に対して何か出来ることなど無い、筋の通った理屈だ。

しかし、親として見ている事しか出来ない自分に歯痒さを感じている事実に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていると警報や娘の事にかまけて気にする余裕がなかったのだがつい気になったことをフリードマンに問い掛ける。

 

「そう言えば彼は?先程からどこにもいないようですが」

 

孝則は少し前まで自分と会話をしていた颯太がどこにも見当たらないことが気になってしまったようだ。

娘の理解者の1人で、会話を通して多少は心を通わせた相手であるため姿が見当たらないとなると心配になようでフリードマン達を真剣な表情で見つめてくる。

不味い……フリードマンは聞かれた瞬間にそう感じた。孝則はスパイダーマンの正体を知らないため今そこで蜥蜴のクリーチャーと戦っている親愛なる隣人が彼ですよ。等と言える訳もなく何か誤魔化さなければと思考を巡らせて行く。

 

「あー……彼はですね……トイレが長いんですよ!最近忙しくて食生活が偏っているようでお腹の調子も良くないと以前相談されたのでまだ治ってないのかと、一度入ると中々出てこないタイプでして……」

 

「そう……ですか」

 

中学生にしてはコーヒーを飲み過ぎであると聞かされていたため、多忙のあまり食生活が非常に偏っている可能性もなくは無いのか?と半信半疑ではあるが颯太と実際に会話を経た話と暇付けして取り敢えず信じることにした。

フードの人物が教わった最短ルートを通過し、施設内からの脱出を図ろうしている最中、出口への道筋へ先回りしていた舞衣とエレンが立ち塞がる。

 

「止まりなさい」

 

「抵抗するなら斬りマース!」

 

「……………」

 

2人が力強く呼びかけ、並んで帯刀ギミックにかけてある愛刀に手を掛けて威圧感を掛けるがフードの人物は一向に怯む様子も無く、ジリジリと出口へと向かって歩き出す。

止まる気がないという意思表示だと理解すると2人とも鞘から抜刀し、写シを貼って臨戦態勢に入る。

 

「マイマイ、遠慮はいらないみたいデスね」

 

「ええ」

 

緊迫した空気の最中眼前にいる正体不明のフードの人物を敵と認識し、それを

感知したフードの人物が口元を緩めると瞬きをする間に加速して通路の中心側に立っていた舞衣に向けて上段から右手に持つ御刀を上段から叩き付けて来る。

 

「………」

 

「くっ!」

 

しかし、その上段からの一撃を刃で防ぐとすぐ様後ろに下がりって前衛をエレンに交代してもらい、彼女が上段から越前康継を振り下ろす。

 

「ふん!」

 

しかし、フードの人物はまたしてもその攻撃を読んでいたと言わんばかりに右側に移動する事で回避し、すぐ様エレンに対して正中に向けて上段から御刀を叩き付けて来る。

 

エレンが越前康継を寝かせるように構える事で鎬地で防くがフードの人物は一度手を引き、今度は右手に持つ御刀を左側から横凪に一閃する。その一撃もエレンに防がれるがフードの人物は再度、右側から横凪の一閃をお見舞いするとその一撃も越前康継を横に振る事で防がれてしまう。

 

しかし、フードの人物は攻撃を止める事なくダメ押しとばかりに再度半回転する時の要領で右手に持つ御刀を左側から横一閃に振り抜くとエレンはその一撃を上体を後ろに反らす事で回避するとカウンターと言わんばかりに姿勢を立て直して越前康継を一閃する。

 

「ふん!」

 

「………」

 

気合の入った掛け声が乗った一閃もフードの人物が後方に飛ぶ事で回避されてしまうがその様子を見逃さなかった舞衣がフードの人物の跳躍後の落下点まで移動して追撃を掛ける。

 

「ふっ!はあっ!」

 

「おっと、2人とも逃がさないようにしてくれる。早く僕も合流しよう!挟み討ちだ!」

 

社のあった通路でリザードと交戦している最中のスパイダーマンであるが、2人がどうにかフードの人物の脱出を阻止するために奮闘している姿を超人的な視力で距離があるにも関わらず視界に捉える。

 

「余所見をしている場合ですか」

 

スパイダーマンが自分を前にして増援が来た事で気が緩んだように感じたリザードは生成した剣をスパイダーマンに上段から叩きつけるとスパイダーマンはナノブレードの刃で防ぐ。

その時、リザードはスパイダーマンを追撃をするように空いている右腕を左に向けて振り抜き、裏拳を放って来る。

 

「別に余所見はしてないよ!全体を見てるだけ!」

 

「なるほ……どっ!」

 

スパイダーマンはその言葉と同時にノールックで左腕をリザードの裏拳の通過点に出すことで力と速度が乗り切る前に前腕部で受け止める。

力が乗り切る前に防がれたため、大したダメージを与えられていないと判断したリザードは左手に持つ剣を力任せに振り抜くと一度鍔迫り合いの状態を解除する。

 

スパイダーマンを数歩程後方に下がらせるとリザードはスパイダーマンに向けて剣を突き出す様に構え、蜂の如く鋭い突きを放って来る。

 

「はっ!」

 

しかし、スパイダーマンはその突きに対し自分に命中するよりも早く、突き出されたと同時に軽く跳躍する事で回避する。

更に、リザードの剣を踏み台にする事でリザードの頭上よりも高く跳躍し、宙に浮くと同時にナノブレードを一度解除してスーツの中に引っ込め、両手をリザードに向けて構え、追撃するかの如くウェブシューターのスイッチを連打して乱発する。

 

「よっと」

 

「対応が早い……まさかこれ程とは……ね!」

 

スパイダーマンがリザードの背後に着地する頃にはリザードは両足首をウェブで通路の床にしっかりと強固に固定されている状態となっていた。

回避と同時に拘束も行って来るスパイダーマンの対応力に驚かされるがスパイダーマンをフードの人物の元へと行かせまいとして背後に立ったスパイダーマンがいる方向に向け、背中の細胞を変質させて背中全体から剣山の如く量の棘を生成して追撃する。

 

「ちょっと、トカゲなのかハリネズミなのかどっちかにしてよ!」

 

「その変幻自在なスーツのあなたには言われたくありませんね」

 

スパイダーセンスで危機を感じ取ったスパイダーマンは着地して間もない中、予想外の攻撃ではあったものの瞬時に思考を切り替え、先程作り出したような薙刀の様な長さのナノブレードをバトンの如く振り回す事で広範囲の攻撃を防ぎナノブレードを右手に持ったままHUDを操作してウェブのモードを選択する。

 

左手のウェブシューターでウェブグレネードを選択すると床に向けて放つと床に貼り付く。すると、赤い点滅と同時にリザードの背中全体にウェブグレネードから飛び出たウェブが命中してリザードの背中と床との間の距離感がウェブの引っ張り強度を強靭なものへと変質させて行く。

 

「そらよっ!」

 

更に、スパイダーマンはナノブレードを一度空中に向けて投げ捨てるとウェブのモードを通常のモードへと切り替え、腕を胸の前で交差するとウェブシューターのスイッチを力を緩めた状態から徐々に力を入れるように力を加減をし、投げ付ける様にリザードの両腕に向けて投げ付けるとウェブが腕に命中すると同時に投げ付けたスパイダーマンの肩力とぶっつかった衝撃によりウェブが一気に伸び始め、施設内の壁に張り付いた。

 

「しばらくそこで展示されてな化石くん!」

 

そして、宙に投げたナノブレードを右手でキャッチするとリザードを背中、両手両足を拘束した状態に持ち込むことで動きを封じるとお前にばかり構っている暇は無いと言わんばかりにナノブレードを一度分解してナノマシンをスーツに戻し、2人が交戦している通路へ行くために天井にウェブを飛ばしてその後端を掴み、慣性を利用したまま手摺りから飛び出し、施設内をスウィングして行く。

 

その様子を背後で感じ取っていたリザードは拘束された状態のまま無言でスパイダーマンがフードの人物の追撃に向かったことを悟りつつ、小声でボソボソと何かを呟く。

 

「………なるほど、これが戦いですか……力だけでなく柔軟性を求められると。勉強になります」

 

舞衣とエレンがフードの人物と攻防を繰り広げている様子と同時にモニタールームから見える場所でリザードと交戦していたスパイダーマンの様子も見ていたフリードマン達であったがスパイダーマンがリザードを拘束して身動きが取れない状態に持ち込み、2人の救援に向かうとフリードマンはスパイダーマンに向けてエールを送る。

 

「行けスパイディGO!」

 

「いや、博士野球観戦じゃないんだから……」

 

そして、研究者達を避難させ終え、モニタールームまで移動して来たハッピーがフリードマンに対して苦笑い気味にツッコミを入れる小粋なやり取りを繰り広げているとフリードマンが白髪に染まった頭を掻きながら照れ臭そうに謝罪する。

 

「これは失敬……孫にピンチヒッターが来てくれるのが嬉しくてつい」

 

「全くもう……頑張れよ、お前ら」

 

ハッピーが奮闘する3人を小声で鼓舞するがモニタールームの空気はやはり張り詰めている。

古波蔵夫妻は祈るように手を合わせて娘の身を想い、深刻そうな表情で彼女らの奮闘を見守っていた。それは孝則も同様でありフードの人物を逃すまいとエレンと息を合わせて追い込もうと奮戦する姿を目に焼き付けていると思わず先程颯太との会話を通して聞いていたことを思い出していた。

 

『舞衣だって、不真面目な気持ちで刀使の仕事に取り組んでいた訳じゃないと思うんです。僕も彼女の戦いぶりを見て、確かに危険は伴う仕事だけど自分に何が出来るのか、自分に出来る事を見つけて一生懸命やっているのは伝わりました』

 

「舞衣……」

 

これまで孝則は娘がどれだけ真剣に任務に取り組んでいるのか、実際に見たことが無かったため実感が湧かなかったが今はそれがひしひしと伝わって来る。

ノロを強奪し、この場から逃走せんとフードの人物から繰り出される凶刃をいなし、火花が散る程の激戦を繰り広げる……まさに命懸けと言える。

彼女はそんな危険な戦いであろうと自分に出来る事を全うしようと真剣に取り組んでいる様を見た事でつい感嘆の声が漏れる。

 

その呟きが耳に入ったのかフリードマンは孝則の隣に立ち、優しく語りかけて来る。

 

「全く驚かされますなぁ、子供というのはいつの間にか強く大きく成長してるのですから。親が思ってる以上にね」

 

「ええ……」

 

今ならば理解出来る。実際に娘が自分の知らぬ間に立派に成長している姿を目の当たりにした孝則はその言葉を静かに肯定した。

そんな孝則の様子を感じ取ったフリードマンは親として、家族としてどうするべきなのか答えを出すように促そうと孝則に親としての在り方を問い掛ける。

 

「その時親はどうするべきなんでしょうな」

 

「………」

 

フリードマンの言葉を受け、その上で娘の奮闘ぶりとそこから伝わって来る真剣さを感じ取った孝則はより一層眉根を顰めてより真剣な表情へと変わるが彼の中で一つの結論が導き出されて行く。

 

舞衣とエレンは距離を短縮する為に施設内の高所から飛び降りたフードの人物を追跡を続け、自分達も同じく着地するが一向に決定打を出せずにとうとう施設の出口を一直線に駆け抜ければ離脱できてしまう程の距離にある通路で来てしまった。

もし、フードの人物が2人の妨害を振り切って駆け抜けてしまえばフードの人物の正体を知る機会を逃すだけでなくノロを奪われてしまうため2人の間に緊張感と焦燥感が生じる。

 

「エレンちゃん、このままだと……っ」

 

「これ以上は行かせまセン!」

 

フードの人物が執拗に追跡して来る2人に対し、2振りの御刀を構えてゆったりとにじり寄って来るとエレンはフードの人物をこれ以上進ませない為に迅移の発動と同時に上段から越前康継を叩き付ける。

 

「はあ!」

 

「………」

 

「………っ!?」

 

しかし、フードの人物は右手に持つ御刀を斜めに構えるとエレンの唐竹割りを刃で受け止めると流れるように相手の力を利用して滑らせるかの如く受け流すとエレンは力の行き場を失って前のめりに倒れそうな姿勢になる。

 

そして、無情にもフードの人物は既に背後がガラ空きになったエレンの背に狙いを付け、彼女の背中に向けて一閃する。

 

「まだだ!」

 

しかし、それを遮るかの如く後方から気合の入った声が響き渡ると同時に高速でフードの人物へと紫電を纏ったウェブが投擲される。

エレンの背中を切り捨てようとしていたフードの人物であったがその攻撃を察知したのか咄嗟に身を引いて回避と同時に攻撃の飛んで来た方向を見やる。

 

右手の掌と右膝を床に着け、左脚は前に向けて出したままの腰を低く落とした姿勢で舞衣の隣に着地していたスパイダーマンであった。

 

「おっと化石君は後1時間は展示されてると思うから助けが来るとは思わない方がいいよ!さあ、ニモを返してもらうよ」

 

「スパイディ……!」

 

この場にいる全員はスパイダーマンがリザードを拘束した事でこちらの増援に来たと察する事が出来る。

舞衣は一瞬安堵の表情を浮かべるが事態は一刻を争う状況であるためフードの人物の方を向いて臨戦体制は決して解かない。

 

「よかった……って言いたいけど今は……」

 

「分かってるって、ここを抜けられたら逃げられるしね」

 

スパイダーマンも状況は把握しているため一瞬だけ心配してくれた舞衣の方を向いてマスクの下で軽く微笑んだが即座にフードの人物の方向を向く。

エレンも転倒する寸前で踏みとどまり、すかさずフードの人物の背後に周ることで挟み討ちの状態に持ち込み、越前康継を再度構え直す。

 

「舞衣、ここは狭い。僕は壁と天井に貼り付いて2人の支援に回って攻める時に攻める」

 

しかし、歩幅はかなり広くはあるものの所詮は複数人が倒れる程度の通路。複数人が固まり、自由に動き回るにはあまり向かない場所であるため立ち回りには注意が必要となるだろう。

そこであらゆる場所に貼り付けるスパイダーマンはこの狭い場所での乱戦では牽制と支援に回った方が2人の立ち回りを阻害しないと判断したのか、言葉短く舞衣に提案する。

 

「分かった、必要な時は言うね。ここで食い止めよう!皆!」

 

スパイダーマンの提案を聞くと理に適っていると判断した舞衣は2人に対して檄を飛ばし、即席であるがチームを引っ張る司令塔の顔へと変わる。

 

「「OK/了解!」」

 

既に彼女の司令塔としての手腕を目の当たりにしており、それを信頼している2人は舞衣の言葉に強く頷き、気を引き締める。

スパイダーマンは2人の立ち回りの阻害にならない為に跳躍して天井に張り付き、エレンと舞衣はフードの人物をしっかりと見据えて臨戦体制へと入る。

それに対し、フードの人物は3人に囲まれ、挟み撃ちといった数的不利に追い込まれようと一切動じる素振りは見せず出方を伺っている。

 

「まずはこれ!」

 

まずはフードの人物に何かしらアクションをさせようと最初に動いたのはスパイダーマンであった。

天井に足の裏だけを張り付けた洞窟の蝙蝠の如く逆さまの状態のまま両腕を前に突き出して2人には命中しない位置を瞬時に算出すると両手に持つ2振りの御刀に向けてウェブシューターのスイッチを押し、ウェブを放つ。

この3人で戦闘を行うには狭い場所で派手に動けば行き先を読まれやすくなってしまうからだ。

 

「………」

 

自分の得物を狙われたと察知したフードの人物はスパイダーマンのウェブの投擲に対し、この乱戦での通路内では派手に動いて回避すれば動きを読まれやすくなると判断してか最小限の、身体を左右に動かす程度の動きで得物を取られない様にスパイダーマンのウェブを回避した。

 

……しかし

 

「エレンちゃん攻めて!」

 

「OK!」

 

「スパイダーマンは下がって!」

 

「分かった!」

 

回避の為に最小限の動きを心がけたことにより動きが小ぢんまりとし過ぎたため、他方面からの攻撃へ反応するタイミングが遅れ、エレンの接近を許しておりその隙にスパイダーマンは即座に右の通路へと飛び移り、壁に張り付き次の、チャンスを狙う。

 

エレンがフードの人物に向けて横凪の一閃を放つとフードの人物はその場から動かずに右手に持つ御刀を構えて彼女の一撃を防ぐと流れる様に振り払う事で受け流すとエレンの姿勢は前のめりに崩れるが倒れながらも右足を軸足にする事で勢いを利用してフードの人物の顔面に向けて回し蹴りを放つ。

 

風を切る音が鳴る程の鋭い回し蹴りがフードの人物を捉えると思われた寸前、フードの人物は姿勢を低くするとこで回し蹴りを回避すると蹴りを放った直後で即座に軸足のみで立っている状態のエレンへ向けて足払いを放って来る。

 

「エレンちゃん防いで!」

 

「言われなくても!」

 

状況を把握しながら的確な指示を飛ばし、エレンもそれに応え、金剛身を発動する。すると、フードの人物の足払いは確かにエレンの軸足に見事命中するが金属を槌で叩いた様な鈍い音が鳴り響くが金剛身によって鋼鉄の様に硬度を増したエレンの脚にはダメージを与えるには至らなかった。

 

そして、舞衣はエレンが足払いを防いだ瞬間を見逃しておらずフードの人物に休む間を与えないかの如く矢継ぎ早に指示を飛ばして行く。

 

「スパイダーマン、今!」

 

「ばっちこーい!」

 

指示が出たと同時に壁を足の裏で力強く蹴り付けると弾丸の如く速さで壁から離れてフードの人物へと接近して飛び蹴りを放つ。

 

「………」

 

足払いを防がれた直後で攻め込む隙が生まれた事でスパイダーマンが攻め込むチャンスとなり、防御が疎かとなった状態で攻め込まれたためフードの人物はワンテンポ遅れて二振りの御刀を交差する形を作る事で寸での所で防ぐ。

 

しかし、スパイダーマンの飛び蹴りの威力が想像以上に強く、足払いを放った直後で足元が安定しない状態での防御であったため蹴りが命中と同時に周囲に衝撃が走り、受け止めたフードの人物を僅かだが後退らせた。

 

「まだまだ行くよ!」

 

スパイダーマンの何としてもこの場でフードの人物を捕らえ、ニモを奪還するのだとまず初めに左脚で素早くハイキックを放つ。

フードの人物は右手に持つ御刀の峰でハイキックを防ぐと、スパイダーマンは続け様に右脚で腹部に向けて前蹴りを放つ。

その追撃をフードの人物は迅移で加速する事で背後に回る事で回避し、左手に持つ御刀でスパイダーマンの向けて突きを放って来る。

 

「……っ!?やっぱ速い!けど……っ!」

 

その背後からの突きをスパイダーセンス で感知すると左側に振り向きながら腕を振るって突きが自分に当たる寸前で御刀の鎬地に裏拳を当てて防ぎ、フードの人物が空いている右手に持つ御刀でスパイダーマンに唐竹割りを放とうと上段から振り下ろす。

 

そして、その追撃すらもスパイダーセンスは教えてくれる。スパイダーマンはフードの人物の力が乗り切る前に裏拳をフードの人物の前腕部に当てて防ぐ。

しかし、フードの人物は防がれた状態から身体を一回転しながら右手の御刀を左から右に向けて一閃する。スパイダーマンはフードの人物の正面を取るために姿勢を低くする事で回避を行う。

 

「はっ!たあっ!」

 

スパイダーマンがフードの人物の正面を取ると腹部に向けてジャブを連続で放つ。しかし、フードの人物はスパイダーマンが放って来るジャブを飛んで来る位置に向けて的確に腕を構えて防いで行く。

 

剣術だけでなく徒手格闘での戦闘技術にも秀でているのでは無いかと錯覚する程に御刀での防御だけでなく素手による防御でスパイダーマンの猛攻を防ぐ手腕に驚かされるがキャプテンとアイアンマンから戦闘訓練を時折受けていた成果からか必死に食らいついていく。

 

スパイダーマンのジャブを連続で受け続けた事で腕に痺れが生じたのか徐々に防御に綻びが生じ始めた瞬間にスパイダーマンは左脚で脇腹に向けて蹴りを放つとフードの人物に咄嗟に肘で防がれたが2段蹴りを放つ事で次は顔面にハイキックを放つ。

 

しかし、左脚での蹴りの猛攻は囮で今度は右脚で左腕に向けて蹴りを放つと力を入れて放った蹴りは響いたのか左手に持つ御刀で防いだまではいいが一瞬怯んだ。

 

「…………」

 

「くらえ!」

 

その怯んだ隙を見逃さず、スパイダーマンはその場で身体をスケート選手の如く回転さながら跳躍し、隙が生じたフードの人物の顔面に向けて回し蹴りを放つ。

 

フードの人物を追い詰めようと奮闘するスパイダーマン達を前に、その様子を視界に捉えた人物は高低差のある高い位置から見下ろしながら眼前の広がる状況を分析し始める。

 

「なるほど、優秀な司令塔が駒を的確に動かし上手くゲームメイクをしていると言うことか。ですが、その頭を潰せばあなた方はどうなるのでしょうね」

 

エレンとスパイダーマンに指示を出す舞衣へと視線を移し、彼女がこの即席チームの司令塔であり彼女の指示によってフードの人物の脱出を妨害していると察する事が出来たためその人物は自らも次の一手を打たんとして行動を起こす。

 

翡翠色の鎧の如き右腕を前に突き出すと掌の中で細胞が再構築され、鱗が密集して行き得物を形成する。

今はこの場で自分が取るべき手段は司令塔である舞衣を妨害し、彼らの指揮系統を瓦解させること。それを行うために選択した得物は……弓矢であった。

 

右手の掌にはしなやかなカーブを浴び、一本の弦が張られている翡翠色の大型の弓。左手の掌にはスパイダーマンに投げ付けた際に使用していた爪楊枝の如く細長い翡翠色の矢。

その人物が右手の弓を舞衣に向けて構え、弓の弦に左手に持つ矢を弓の右側につがえると親指を弦に引っ掛かると後頭部の位置まで一気に引き込み、弓を強く握る。

 

「若き将よ、少し大人しくしていてください」

 

スパイダーマンがフードの人物と競り合っている程、想像以上に時間が掛かってしまっているため状況をこちらに有利にせんと彼女達の死角になる位置から舞衣に狙いを定め、弓の弾力を利用して弦から手を離す。

 

放たれた矢は弓から離れ、一直線に舞衣に向けて放たれる。人智を超越した腕力と弓の弾力によって流星の如く加速して行く矢は直進して行く最中で分裂し、複数に細かく分かれる事で流星群となって地上へと降り注ぐ。

 

フードの人物に向けてスパイダーマンが跳躍し、空中で頭部に回し蹴りを放ち、それが命中するか……と思われた刹那、背後からの全身の毛が逆立つ程の危機をスパイダーセンスが感じ取る。

 

かなり脅威的な反応であるため思わず蹴りに回す力を緩め、即座にスパイダーマンは自分の背後にいる2人の方向へ顔を向けて腹の底から大声で叫ぶ。

 

「舞衣!エレン!後ろ!」

 

「え!?」

 

「……っ!マイマイ!」

 

マスク越しでもスパイダーマンの剣幕が伝わる程の張り詰めたスパイダーマンの大声に驚いてしまったがエレンはすぐに後方を確認すると自分たちの背後に迫っていた危機を目の当たりにする。

ーー翡翠色の細長く鋭利な矢が流星群の如く、それでいて勢いで豪雨のような物量でこちらに向けて降り注いで来ていた。

咄嗟に身体が動いていたエレンは迅移で加速し舞衣を庇うように彼女の背後に回る、すると降り注いで来ていた翡翠色の矢の雨が彼らのいた通路付近に命中し、轟音と土煙を上げる。

 

「舞衣!エレン!……クソっ!」

 

スパイダーマンの放つ蹴りは彼女達に危機を伝えた瞬間に力を緩めてしまったため渾身の一撃はフードの人物の持つ御刀で防がれてしまい、ダメージを与えられなかったが2人の様子が気になって背後にいる彼女達の様子を確認しようと背後を向くと徐々に土煙が晴れて行く。

 

「エレンちゃん……っ!」

 

「大丈夫デス……後少し遅かったらヤバかったデスけどね……ぐっ」

 

土煙が晴れた先に見えたのは舞衣を庇う為に彼女の背後に回ったことで矢が命中し、プレゼントとして渡された私服はスカートや袖の裾はボロボロとなり、所々に壁や床に矢が命中した際に舞った土によって汚れ、写シは既に剥がれてしまい残りの全ては金剛身で防ぐ事に成功はしたが直撃を受けた精神ダメージによる疲労で右の片膝を床に着け、越前康継を床に刺すことで立ちあがろうとしているエレンの姿であった。

そして、背中を守られた舞衣はエレンが自分を庇った事でダメージを負った事に負い目を感じて彼女に駆け寄り、心配そうに声を掛ける。

 

「防ぎ切ったか……お見事」

 

直後、先程この攻撃を放って来た大元がこの通路の位置まで落下してくると着地と同時にその姿を露にする……先程までスパイダーマンにウェブで高速されていた筈が自由の身となって翡翠色の弓を右手に持つリザードであった。

 

「もう抜け出して来たのか……っ!けどどうやって」

 

スパイダーマンが拘束した筈のリザードが自由の身となって身体にウェブ1つ纏わりついていない状態で参戦したことに驚き、リザードを拘束していた通路の位置を見上げるとウェブはしっかりと固定されており無理矢理力技で脱出した形跡は見られない。

何故か?と目を細めてスパイダーマンがその方向を凝視すると目を疑う光景を目の当たりにする。

 

リザードの身体……いや、確かにウェブに繋がれているが身体のあちこちが破けている状態で、徐々に塵と化していくように身体が崩壊し始めているリザードの抜け殻と言った物へと成り代わっていた。

 

「マジかよ……脱皮したって事?」

 

「ご名答。さぁ、今のうちにお逃げください」

 

「………」

 

リザードはスパイダーマンに両手足と背中をウェブで床や壁に固定されて身動きが取れない状態になっていたのだが脱出の策を短時間で捻出し、ウェブが張り付いた皮膚の部分を棄てる為に爬虫類が行う周期的に新しい角質層が下に作られ、外側の古い鱗が剥がれて脱落する現象、脱皮を行って脱出した。

 

拘束されているリザードの抜け殻が役目を終えたかのように崩壊して消失すると同時にリザードがフードの人物に声を掛けると阿吽の呼吸でフードの人物は出口に向けて駆け出した。

 

「させるか!」

 

「こちらの台詞です」

 

スパイダーマンが逃走を図るフードの人物を追撃しようと地面を蹴り上げようと試みるとリザードは矢をつがえて構えている間に間近にいる舞衣とエレンに妨害される可能性が高い弓での遠距離攻撃から切り替え、弓を形作っている鱗の構造を剣へと変換して左手に持ち替える。

スパイダーマンを長く足止めするために脚力を行使して、一瞬で加速して接近するとスパイダーマンを背後から斬り付ける。

 

「うおっと!」

 

スパイダーセンスが反応したため、反応と同時にナノブレードを右手に形成するとリザードの一閃を防ぐ。

リザードはスパイダーマンを足止めしつつ自身も脱出する機会を伺いながらスパイダーマンを攻撃し続ける最中、エレンに庇われた舞衣は彼女の様子を心配しながら声掛けをしていた。

 

「ごめんなさい、私のせいで」

 

「私は大丈夫デス……追ってください!」

 

自分が原因でエレンがダメージを負った事に負い目を感じているという思慮は伝わって来るがエレンは写シ解除による精神ダメージが残っているが金剛身で防いだため無事であり、すぐに戦線復帰が困難な自分に構うよりもやることがあるだろう?とでも言いたげに後を託すように小さく笑って舞衣を鼓舞する。

 

「……っ!分かった!」

 

一瞬、冷静さを欠いてしまったが彼女の意図を汲み取るとすぐさま真剣な表情へと変わり、力強く頷いて前を向いてフードの人物が逃走を図った出口の方向と交戦中のリザードとスパイダーマンの方向へと目を向け、迅移で加速して駆け出す。

 

「ふっ」

 

「クソ!逃げられる!」

 

リザードは通路を縦横無尽に駆け回りながらスパイダーマンに剣戟を叩き込み、スパイダーマンはそれに対応すべくナノブレードを振っていなす事で応戦して行く事で通路中に金属音が鳴り響き、火花が散るがお互いに有効打が出せない拮抗状態へと化しいる最中、リザードが右側から振り抜いた横凪の一閃をスパイダーマンはナノブレードで防御するがやや力負けしてしまい後ずさってしまった。

その好機を逃さんとばかりにリザードは追撃を行おうとした矢先、背後に圧を感じた。

 

「はあ!」

 

「………っ!?くっ!」

 

気合の入った掛け声と共に繰り出されたのは舞衣のリザードの背後を取り、右側から左に向けて背中を斜めがけに斬り付ける動作であった。

後方にいる2人も警戒していなかった訳ではないが相対するスパイダーマンも中々気が抜けない相手であったためそちらに意識を向け過ぎた結果背後からの接近に気付かなかった。

フードの人物は直に脱出するだろうが自分が確保されてしまう事もかなりリスキーである事は理解している為、ワンテンポ遅れ、つい咄嗟に左側に回転しながら左手に持つ剣を振る事で舞衣の背後からの一撃に対応した。

 

(……っ!?何で今態々左手の剣で対応した?)

 

しかし、この攻撃に対応したリザードの様子を見て妙な違和感を覚えた。

スパイダーマンはリザードが身体を変幻自在に変化させ、時には背中から棘を生やし、時には手の中で武器を生成したりと応用の効く能力を持っている事を実際に目の当たりにしていた。

舞衣の背後からの右側への一撃に対しても態々左側に回転しながら左手に持つ武器で対応するよりも舞衣の攻撃に力が乗り切る前に右手に武器を生成して防ぐなり、棘を生成して牽制するなり出来たと思えたのだが何故かリザードは態々左手の武器で対応する事を選んだのか理解が及ばなかった。

 

……まるで、焦るあまり普段から扱い慣れている左手からの攻撃で咄嗟に対応してしまったかのように感じたのだ。

 

「ふっ」

 

「くっ!」

 

「うおっ!」

 

しかし、そんな疑念を抱いている間にもリザードは舞衣の攻撃を左手に持つ剣で受け止めると刃物の如く鋭利な尻尾を大きく高速で振り回す事でスパイダーマンと舞衣を牽制して隙を作るとその間に出口へ向けて一直線に駆け出す。

 

「やべ!追わないと!」

 

「うん!」

 

2人は顔を見合わせると同時に一気に駆け出して出口から外に出ると既に跳躍して地上から離れ、既に追うことすら困難な位置まで上昇していた。その最中、2人を流し目で見下ろす形でリザードは軽く左手を振りながら聞こえていなくても構わないが別れの挨拶……そして宣戦布告を告げる。

 

「では、ごきげんよう」

 

2人を照らす沈み行く夕陽と同じようにスパイダーマンが悔しげに姿の見えない場所まで跳躍して行く2人の姿を見届け、ニモを……対話出来るかも知れなかった存在を強奪されてしまった事実に打ちひしがれながらマスクの下で唇を歯噛みする。

その様子を隣で見ていた舞衣はスパイダーマンの肩を置き、マスクの下で悔しそうにしている様子が伝わって来る少年に向けて優しく声を掛ける。

 

「くそっ!逃げられたか……」

 

「戻ろう、颯太君。皆の無事も確かめないと」

 

「うん……一緒に戻ると疑われるから僕は別の所から入るよ。そんじゃ後で」

 

「うん、また後で」

 

(それにしてもあのフードの奴……あの嫌な感じ……後で朱音様達にも報告しないと)

 

激戦のあった場所から舞衣やエレンと一緒に同じ方向から戻って来たとなるとトレイに篭り、避難していたと言う事になっている都合上、不自然に思われる可能性が高いため別の入り口から再度施設に入る為にウェブを壁に向けて当てると同時に助走を付けて跳躍し、ウェブの伸縮を利用して施設の反対側までスパイダーマンが移動する様を舞衣は見届けると来た道を引き返して行く。

 

「そうか、ニモは行ってしまったか…」

 

「ごめんなさいデス」

 

フードの人物とリザードにニモを強奪されてしまい、モニタールームへと舞衣とエレンは帰還しており、そして2人とは別のタイミングでやや遅れて装着解除と同時に別の入り口から施設に入る事でやや遅れて戻って来た颯太はトイレに篭っていたとう事にし、何も知らない風を装ってこの場に来ていた。

ちなみにスパイダーマンはフードの人物達を追って去って行ったと報告したため、誰も特にスパイダーマンについては言及していない。

しかし、結果としてニモが強奪されてしまった事は事実であるためエレンは気落ちしており舞衣と颯太も浮かない表情を浮かべているがフリードマンとハッピーは3人を気遣うよな笑みを浮かべる。

 

「いや、君達のおかげで怪我人は出なかったよ」

 

「そうそう、お前らがいなかったら避難だって遅れてたしもっと被害が出てたかも知れないしな。よくやってくれたって」

 

「グランパ……」

 

「ハッピー……」

 

「エレン!」

 

その直後、公威がエレンに向けて呼び掛けるとエレンは並んで自分の事を見つめている両親の元へと歩み寄ると自分が今身に纏っている父親からのプレゼントである私服の所々戦闘で破損させてしまった部分に目を向け、気に病むかのようにしおらしく父親へと謝罪を告げる。

 

「ごめんなさいデス……折角のプレゼントを…」

 

「………っ!」

 

「パパ?」

 

しかし、公威は怒るでもなくただ無言でエレンを大切そうに抱きしめる。その行動に理解が追い付いていないエレンであったが彼の行動を妻として、同時に母親として汲み取ったジャクリーンはエレンの右肩に手を置き、優しく語り掛ける。

 

「パパはね、服なんてどうでもいいのよ。エレンが無事ならそれでね」

 

「うん……っ!」

 

その言葉と同時にジャクリーンも公威と同じようにエレンを抱きしめ、古波蔵親子が互いを想い、尊重する様相を眺めていた舞衣とフリードマンと颯太とハッピーであったがフリードマンが思い立ったかのように舞衣に視線を送って言葉短くだが提案する。

 

「さ、舞衣君も」

 

「お父様……聞かせてください。昨日、本当に私に何を伝えたかったのかを」

 

「…………」

 

「………」

 

舞衣は手を後ろで組みながら下を向き、若干気まずそうに孝則の方を向く。舞衣の隣に立っていた颯太も後ろに立っている孝則の方を振り向くと彼と視線を合わせ、数回ウインクして自分の気持ちを伝えてみてはどうかとジェスチャーを送ると孝則も颯太の意図を汲み取り小さく頷く。

 

「すまない、昨日は言い方が悪かった」

 

「………」

 

孝則に謝罪された事が意外だったのか、舞衣は驚きつつも顔を上げて孝則と視線を合わせて彼の話を真剣に聞く姿勢に入ると孝則は颯太との会話を通して得た事を自分なりに咀嚼して娘に対し、父親としての意思を伝える。

 

「柳瀬家がどうこうじゃない、お前は私と母さんの大切な娘だ。その事を忘れないで欲しい」

 

「お父様……」

 

孝則は自分なりの父親としての意志を伝えると先程まで張り詰めていたかのように真剣そのものであった表情はどこか吹っ切れたかのように晴れやかでありゆったりと歩き出し、出口の方向へと歩き出す。

そして、出口へ向かう道すがら通り様に舞衣の隣に立つ颯太の左肩に手を置き、礼を伝える。

 

「今日はありがとう、颯太君。これからも娘の事をよろしく頼むよ」

 

「え?……あ、はい!勿論です!娘さんは僕の大切な人ですから!」

 

同級生の親から下の名前呼びが定着した事にも驚いたが、孝則が娘を本気で想いやっていた気持ちを伝える事が出来たのは事前に会話をしていた颯太からすれば一安心出来たため、胸を撫で下ろす事が出来たような気持ちであり思わず孝則の言葉に力強く頷き、威勢良く返事をした。

 

「ちょ、ちょっと颯太君……っ!」

 

しかし、本人は嘘偽りの無い本心をそのまま孝則に返しただけであるのだがあまりにもドストレートな物言いであり、当事者のいない所でならともかく本人の隣で堂々と言ってのけられたせいか舞衣の心拍数は一気に高まってしまい、頬を紅潮させて颯太の顔を凝視しする。

 

「いや、僕はあるがままを言っただけなんだけど……」

 

「そ、それは……嬉しいけど……でも、ありがとう」

 

「あ、いや……どういたしまして」

 

颯太の無自覚天然と取れる堂々とした物言いは素直な感情である事は理解出来るが颯太が自分たち親子を繋ぐきっかけの1つになってくれた事に感謝はしているため颯太の手を握り、彼の瞳を見つめなから感謝の気持ちを伝えると颯太も舞衣に手を握られながら礼を言われたため、少し照れ臭そうにしている。

 

「ゴホン!……マイマイ!」

 

すると、気を利かせたエレンが咳払いと同時に舞衣に駆け寄ると2人は公衆の面前であったことを思い出してか手を離して別々の方向を向く。

そして、接近して来たエレンは舞衣の耳元で耳打ちするかのように小声で語り掛ける。

 

「マイマイがお姉さんキャラなのはよーく知ってマス。けどたまには甘える方に回ってもいいんじゃないデスか?」

 

「エレンちゃん……」

 

「そうそう、こういうのって甘えられる時に甘えといた方が良いと思うよ」

 

「颯太君……」

 

2人に諭されると一瞬だけ俯いたがすぐに何かを決意したかのように顔を上げると舞衣は歩き出し、その様子をエレンと颯太は微笑ましげに眺めながら見送る。

 

「おっ」

 

出口へ向けて歩いていた孝則は突如背中に何かがぶつかって当たる感覚に驚き、足を止めると自分の胸の前で美濃関の制服の長袖に腕を通した腕が巻き付くように回されており、背後には愛娘の質量がずっしりと掛かっている……舞衣が孝則に背後から甘えるかのように抱きついていたのだ。

 

「舞衣……」

 

「ありがとう、お父さん」

 

先日は自分もムキになって父の心情を汲み取れなかったが本当は自分の事を真剣に考え、想ってくれていた事実を知る事が出来たため舞衣は年相応に父親に甘える娘として孝則に抱き着き、孝則に感謝の気持ちを伝えて心からの笑顔を向ける。

そして、娘の笑顔に応えるかのように孝則は再度正面を向きながらも表情をどこか安らいでいるかのように緩めて笑みを浮かべており、颯太とエレンは後方でその光景を微笑ましそうに眺めていた。

 

 

荷物を纏め、研究施設を後にしようと駐車場へ向かう最中颯太は衣類の入ったボストンバッグとノートパソコンケースを両手に持ち、リュックを背負った大荷物の状態であるが超人的な腕力によってそれらを軽々と運んでいるため同じく帰路に着く孝則に意外と力が強いんだなと驚かれたりしたが授業で重い荷物を運ぶ事が多いから慣れたとはぐらかしたりしながら楽しく談笑して歩いているとハッピーは思い出したかの様に颯太に問い掛ける。

 

「あー、そういや次何処に泊まるとか決めてたっけか?」

 

「あっ、ヤベっ!」

 

すると、颯太は思い出したかのように足を止めると一同が颯太の方を向く。当の本人は顔を真っ青にして冷や汗をかきながらハッピーに申し訳なさそうに謝罪を始める。

 

「ごめんハッピー……最近忙しくてすっかり忘れてた。だから、どこも予約取って無かった……」

 

「おいおい頼むぞ、俺はお前の行き先まで送るのが仕事だから予約はお前がやってくれないとどうしようもないぞ」

 

「どうしよう……学校に戻るにせよここからじゃ絶対門限に間に合わないし……」

 

「ボスも納期が若干ブラックだから無理もないがしっかりしてくれよ、俺だってこの時勢で車中泊は嫌だぞ……」

 

「ごめん……」

 

(颯太君、困ってる……どうしよう、ウチに泊める?いや、いきなり男の子を連れて来たら美結に絶対揶揄われる……けど、放って置けないしなにより……)

 

忙しかった事は事実だとしても宿泊先の確保も視野に入れなければ苦労をするのは自分だけではない事を実感した事で徐々に沈んだ空気になっていく颯太を前にすると困っている友人を放って置けないという理由もあるのだが既に今日一日を通してより強固になった感情が行動を促して来る。一呼吸置くと思わず一歩前に出て2人の前に立ち、声を張りながら割って入る。

 

「あの……っ!颯太君、ハッピーさん……っ!」

 

「「ん?」」

 

2人が会話に介入して来た舞衣に対し、同時に振り返り彼女のやや頬が赤みがかった顔を見つめ返す。

特に、颯太に瞳をしっかりと見つめられる事がより気恥ずかしさを増長させ、彼女の心拍数をより早めて行くと一瞬だけ孝則の方へと視線を向ける。

まるで確認を取るかのように孝則へアイコンタクトを取ると先程からの彼等の会話の内容から娘が何を言いたくて何をしたいのかを察するとGOサインを出すかのように小さく頷くと舞衣の表情が明るくなり、2人へ向けてある提案をする。

 

「よ、よかったら今日……ウチに泊まって行きませんか!」

 

堂々とした舞衣からの実家への招待だった。彼女の大胆な提案に対し宿泊先を確保し、車中泊を回避できると思ったハッピーは内心で「よっしゃラッキー!助かった」と思ったが一応確認を取るため彼女に聞き返す。

 

「いいのか?」

 

「はい、大丈夫です!」

 

ハッピーの問いかけに対し即答する舞衣の勢いに押されてしまったがそれでも颯太はやはり友人とは言え女子の家に泊まることの気恥ずかしさもあるが突然の訪問は迷惑ではないか?という懸念が生じてしまってかやや困惑も混じった感情のまま疑念を語る。

 

「い、いや……流石にそれは悪いよ!いきなり2人も行ったら迷惑じゃない?……こんな舞衣とお父さん以外はロクに知らないのが行ったら他のご家族だって困るだろうし」

 

(あ、コイツ無自覚に矢印が折れてるタイプだな……)

 

「幸い部屋は空いている、2人位ならば問題ない」

 

「そうは言っても……」

 

孝則が舞衣をフォローするかのように横から助け舟を出してくると父親公認で宿泊の許可は降りているに等しいのだが元はと言えば自分が予約を忘れたことに原因があるため厚意は嬉しいがイマイチ踏み込まずに遠慮していると舞衣は颯太の方へと歩み寄り、互いに残り数歩程の距離まで接近するとやや顔と顔を近付けながら自分より幾らか背の高い颯太を上目遣いで見上げながら懇願するように見つめてくる。

 

「ダメかな………?」

 

舞衣の瞳は颯太の瞳をまっすぐに見つめ返して来る。そして、そんな宝石のジェイドのような翡翠色の彼女の瞳に吸い寄せられてしまいそうになり、颯太の心音も高鳴って行く。

友人と割り切ってはいるがやはり意識している近しい相手に懇願されると弱いのか颯太も折れる形で提案を呑む。

 

「うっ……分かったよ……確かに明日学校に用もあるし」

 

「俺だって車中泊は勘弁願いたかったからな、ありがたい。そんじゃあ2人まとめて」

 

「「お邪魔しまーす!」」

 

2人揃って舞衣の提案を呑む事を確認すると舞衣の表情はより一層明るくなり、気分の高揚を隠し切れていないのか声のトーンも高まりながら踵を返し、運転手役の執事の柴田の待つ車の方へと2人に着いて来いとでも言いたげに手を振って歩き出す。

 

「勿論!先導するのでウチの車の後に着いてきてください」

 

ーー深夜帯、とある神社の鳥居付近

 

既に陽も落ち、辺り一面が夜の暗闇に染まった人気のない神社の鳥居と寺へと続く石段にてこの暗い夜の闇に紛れて1人練り歩く人物がいた。

かなりの長身でありなから全身を覆い隠す黒いフード、それでいて持ち物を最低限にしたいのか青い竹刀袋を大型のナップザックに挿し込み、ナップザックの紐を肩に担ぐように持つ一見すると怪しいとしか言いようがない人物は足を止めると意味ありげに小声で何かを呟く。

 

「気配が消えた…?」

 

ーー同じく深夜帯、柳瀬家

 

帰宅早々、ハッピーと颯太を連れて来た事で詩織は純粋に孝則と舞衣の知人であるとすんなり受け入れることが出来たが案の定美結は訪問して来た舞衣と同い年程に見える颯太を見るに付け、自分に指摘されたから急いで彼氏を作ったのか?と揶揄ったりし舞衣が照れながらも憤慨する大騒ぎになった。

しかし、本来の事情を知るや否やイジれるネタでは無かったと察するとげんなりしていたがハッピーと颯太のことを客人として受け入れて以降は普通に接するとようになる。

 

そして、舞衣が腕によりをかけた料理を前に大所帯となった賑やかな食卓で夕食を終えた後、颯太とハッピーをそれぞれ空き部屋に案内した。

 

「そう、転校は取り止めなのね」

 

「随分あっさりと受け入れるんだな。お前は心配じゃないのか?」

 

その後、夫妻の寝室にて孝則が着替えを行ない、柊子は孝則の上着をハンガーを通し、クローゼットの物干し用金物に掛けながら本日の出来事を通して考えを改めた孝則の意見に納得しながらその選択を受け入れる姿勢を見せている。

どうやら孝則は娘がどれだけ仕事に対し真剣に取り組んでいるのかを実際に彼女が懸命に戦う姿を目の当たりにした事で一定の理解を示し、転校は取り止めて彼女が今後も刀使として活動する事を容認したようだ。

 

「そりゃ心配よ。でもこうなるような気がしてたの」

 

「?」

 

柊子が何故か転校の取り止めを受け入れている事に疑問符が浮いている孝則であったが柊子がまるで予測出来ていたかのような物言いに対し、首を傾げていると柊子は笑みを浮かべて孝則に真意を伝える。

 

「だってあなた舞衣にはとことん甘いんだもの」

 

「返す言葉もないな……」

 

そして、颯太は柳瀬家の空き部屋を借り、用意された敷布団の上に胡座をかき、しばらく使われていないと思われる質素なちゃぶ台の上にノートPCを広げて黙々とキーボードを叩き、研究施設でフリードマンから学んで来た事をまとめたレポートの作成や本日実際に戦闘を行う羽目になったため採取出来た戦闘データの上乗せ、プログラミングの課題の続きを進めていた。

 

「カレンを使えるならもうちょい早めに終わってたと思うけど流石にここじゃあ……ねぇ」

 

ホテルの個室などであればPCのUSBポートからハイテクスーツにUSBケーブルを繋げてカレンと会話してサポートを受けながら作業を行えるのだが本日宿泊している柳瀬家は舞衣の両親だけでなく下の妹達もいる大所帯であるため流石にハイテクスーツを着てスーツのお姉さんことAIであるカレンと会話をするという事は正体バレに繋がるだけでなくぶつぶつと女性の名前を呼びながら独り言を言う変質者になりかねないためハイテクスーツはボストンバッグの中に収納してある。

 

「せっかく泊めてもらったんだ、ちゃっちゃか終わらせないと」

 

提出期限が迫っているだけでなく、舞衣と孝則の厚意で本来は宿泊先探しで更なるタイムロスがあった可能性が大いにあるためこうして時間と場所を確保できたのは僥倖であり彼らに感謝の念を抱きつつキーボードを打つ手を早める。

一応空いた時間に地道に進めていたこともあってかプログラミングは最終チェックのみで済み、時間が掛かったのは戦闘データの更新と研究施設で学んだことを纏める位であるため想定よりも時間は掛からなかった。

 

「いよっし、終わり……あ゛ー疲れたー!」

 

最後の一文字を打ち込み、画面上に表示されている送信の文字をクリックする。送信完了の文字を確認すると一息吐き、両腕を天井に向けて伸ばしてリラックスする。

ふと視界に入ったスマートウォッチ型デバイスの液晶画面に表示されているタイマー機能の時刻が目に入ると既に23:00頃を回っている事を確認出来た。

風呂には既に課題やレポートのまとめを優先するようにと一番風呂を譲って貰ったため入浴済みではあるため後はもう少ししたら寝るだけかと思っていた所突然部屋のドアを誰かが叩く。

 

『颯太君お疲れ様、差し入れにリンゴ剥いて来たけどいる?』

 

ドア越しであるが声と呼び方からして理解出来る、舞衣だ。

特に断る理由は無かった上に一仕事終えた後で軽く軽食でもあったらいいかと思っていたためノートパソコンを閉じ、ケースに戻して彼女を部屋に通す。

 

「マジ?ありがとう、助かるよ」

 

『は……入るね』

 

「?」

 

入室を許可した途端扉越しの舞衣が妙に緊張した様な険しい声のトーンへと変化した事に疑念を抱いたがそれと同時に扉が開かれ、舞衣が入室して来るのだがその姿に颯太は二重の意味で目を奪われてしまった。

 

右手には差し入れを載せるためのお盆という何らおかしくはない所持品だが問題は格好だ。

普段は普段は後ろで結ばれている髪がリボンから解放されその全容を明らかにしながら自由に下ろされており、レース付きで細い肩ひもでつるされ、肩を露出する形状のノーズリーブタイプの前開きなピンクのキャミソールからは年頃の割に凹凸のある女性らしい肢体をより魅惑的に際立たせており、豊かな双丘は大きな谷を作っている。そして、上下セットなのか同系色の生地が薄くてゆったり履けるワイドパンツ、更にキャミソールの上にはフェミニンな印象を与えるカーディガンと言ったルームウェア姿であった。

 

その上、風呂上がりで体温が上昇し皮膚の毛細血管が広がり、全身の血行が良くなったのか、それとも気になる異性を自宅に招き、個室で2人きりという状況から来る緊張からか火照った肌は彼女を一段と艶かな印象へと昇華する。

 

これで目を奪われるなという方が難しい、無意識の内に普段とは印象の異なる舞衣に魅入られてしまってかやや困惑気味に頬を赤く染めながら対応する。

 

「ま、舞衣……?」

 

「へ、変かな……?」

 

舞衣の方もかなり気合の入ったルームウェアを着ていることもあるが颯太が今の自分の格好を見つめたまま固まってしまっている様子からより一層恥ずかしくなったのか左手で自由になった髪を左手の指をもみあげに絡ませてゆっくり回しながら視線を外す。

颯太の方も自分が見つめ過ぎていたことを自認すると慌てながらも昼頃にエレンと舞衣に言われた通り正直な感想を述べる。

 

「ぜ、全然っ!そんなことないよ、いいと思う」

 

「ありがとう……隣座るね。はい、リンゴ剥いたからどうぞ」

 

やはり紅潮したままではあるが舞衣の瞳をしっかりと見つめ、言い切った颯太の本心を聞いた舞衣は照れ臭そうにしながらも彼の隣に腰掛けて正座し、ちゃぶ台の上にお盆を置く。

お盆の上に置かれた1人分の皿の上にはを綺麗にくし形切りで小分けにし、皮が無くなる程に剥かれているリンゴが乗っておりそれを手で摘んで口に運び、噛み砕く。

リンゴの冷えた水分が口の中に染み渡り、喉が潤って行く感覚が心地よく素直に称賛の声が上がる。

 

「いただきます。うん、美味い」

 

自分が剥いたリンゴを美味しそうに頬張る様子を見ていた舞衣は微笑みを向けていたが、今この部屋に来たもう一つの目的の為にそろそろ本題に入ろうと緊張と幸福感で高鳴る胸に手を当て、一呼吸置いて気持ちを落ち着かせると言葉を紡ぐ。

 

「そう、良かった……今日はありがとうね、颯太君」

 

「へ?何が?」

 

「颯太君なんでしょ?お父さんの背中を押してくれたのは」

 

何のことかピンと来ていなかったが昼頃に孝則と会話した際、自分なりの意見を貴則に伝えた事でフードの人物達の襲撃の際、奮闘する舞衣の姿を見て考えを改め自分の気持ちを包み隠さず本音を話すことで親子が和解出来たことへの足掛かりになったと言われたことで理解出来た。

しかし、颯太本人としては大したことはしていないという認識であるため最後のリンゴを噛み砕いて飲み込むと舞衣の方へと身体を向ける。

 

「別に僕は何もしてないよ。折角親子で話し合えるなら本当の気持ちを話せばいいんじゃないかって言っただけ、それにお父さんが理解を示してくれたのは君がどれだけ真剣だったか伝わったからだと思うけど」

 

「それでも、貴方が私たちの間に立ってくれたから私たちは分かり合えた。他人の家の事情なのにここまでしてもらっちゃって……」

 

本日柳瀬親子が和解出来たのは両者が互いに向き合った結果であり、フードの人物達が襲撃して来た際に自分の仕事を全うしようと奮闘した彼女の尽力により怪我人を出さずに済んだ事や彼女がどれだけ真剣なのかが孝則に伝わった結果である。

しかし、舞衣は事前に自分と会話をしていた際の言動や孝則の行動から鑑みて颯太が何かしらの助言をした事がきっかけだと察しており、相手からすれば大した事で無くとも自分達からすればとても大きな一歩であった。

そのきっかけをくれた颯太には感謝してもしきれない。と言った様子を見せると颯太は舞衣を安心させるように彼女の頭に手を置いて軽く頭を撫でながらそんな自分の行動原理を伝える。

 

「親愛なる隣人の家族で君の一部なら、もう他人じゃないって」

 

その一言と優しげな笑顔で舞衣の心臓は今日一番の高鳴りを見せ、ここ数ヶ月、そして昨日と今日、この現象の正体をようやく理解出来た気がした。

 

「そうだよね……それが貴方だもんね」

 

「………?」

 

彼女が高鳴り続ける心音の元である胸を抑えるかのように手を当て、目を逸らすように顔を伏せて伏せて俯きながら小さく呟くが颯太は彼女の言っている事がイマイチピンと来ないとでも言わんばかりに首を傾げている。

 

その一瞬の隙を突き、正座の姿勢から膝立ちとなり両腕を前へと伸ばして颯太の後頭部へと持って行くと彼の頭全体を両手で包み、膝立ちでやや彼女の方が立ち位置が高くなっているためそのまま引き寄せるように颯太の頭を自身の元へと抱き寄せる。

 

「舞衣?えっ、ちょっ」

 

信頼している人物が相手であり危機感もなかっためスパイダーセンス は発動しなかったが彼の超人的な反射神経でも一瞬反応が遅れる程に突飛な行動であった。その事実を認識するよりも早く視界全体が暗くなるが同時に顔全体に柔らかな弾力が伝わる。

 

「むぐっ」

 

そう、舞衣が颯太の頭を包み込むように自身の胸元へと抱き寄せると同時に後頭部を両手で押さえ付けているのであった。

彼女が着ているのが前開きのキャミソールで胸元がやや空いたデザインであるためか彼女の柔肌と直接伝わって来る優しい温度、風呂上がりの芳純な香り、そして年齢にそぐわない母性を宿した弾力のある胸に顔を埋めていると認識するや否や彼の面も全体的が薄紅色に染まって行く。

 

「ありがとう、私の親愛なる隣人。いつも私を助けてくれて」

 

そして、彼女の行動に理解が追い付いていない状況下でふと耳元に熱と湿り気を帯びた吐息と同時に感謝の言葉をかけられると耳を刺激されたように感じたがそれと同時に顔全体に舞衣の赤く熱い鼓動が伝わって来る。

しかし、この命の鼓動……まるで緊張でもしているかのように早鐘を打っている。それが伝わったのかを確かめる為に舞衣は再び甘く艶やかな声で語り掛ける。

 

「ねぇ、聞こえる?私、こうして颯太君と触れ合っていたり、貴方を側で感じてると胸がドキドキするみたい。昨日妹に細かいから彼氏が出来ないって揶揄われた時に真っ先に貴方が思い浮かんだの」

 

先日、実家に帰省した際に美結との会話の中で真っ先に颯太の事が思い浮かんだ事やコナーズと会話した際、2人が付き合っていると仮定の話を振られた際も一瞬本当だったらいいのにと心のどこかで思ってしまっていて舞衣が挙げた物は無意識の内に2人でしたい事だったのかも知れないと自覚させられた。

 

「しばらく会えて無くて今日久しぶりに会って貴方にお父さんとの仲を繋いでもらって分かったんだ」

 

更に本日、父親との仲を取り持ってくれた事やいつも自分に寄り添い、助けてくれる親愛なる隣人への感情の正体をようやく理解出来た気がしたため自分の本当の気持ちを話したいとして、この行動に至った。

頭部を包んでいた両手を離し、胸元から颯太を解放すると一度深く深呼吸する。直後に舞衣はもたれかかるように両手で颯太の肩に手を置くとそのまま体重を掛けて敷布団の上に押し倒す。

 

「お願い、私の眼を見て聞いてくれる?」

 

「うん……」

 

抵抗する間もなく後頭部に敷布団の沈む感触を認識するや否や仰向けに寝かされた事で立ち位置が逆転しており視界全体には自分に覆い被さって来た舞衣の胸が反動でゆっくりと上下に揺れ、潤んだ翡翠色の瞳は確かに今は……今だけは自分だけを見ろとでも言いたげにこちらを見下ろしている姿が広がっている。

 

次は敷布団に両手で対象越しに触れるといつかの壁ドンに続きついには床ドンまでされてしまった事につくづく自分はこういう時受け身になりがちで男としての度量は低いなと実感させられたがそんな負い目すら感じさせない程に舞衣の圧が強い。

両腕によって退路を封じられてしまっている事もあるが互いの吐息がぶつかり合う程顔が近く、心臓の鼓動が煩くなる程彼女に魅了されかけていると震える舞衣の桜色の唇から言葉が漏れる。

 

「私は……貴方が好きです。私と付き合ってください」

 

彼女の口から漏れた好意の告白。

スパイダーマンとして大切な家族を助けてくれたあの日から始まり、彼の正体を颯太だと知り、秘密と悩みを共有して寄り添うようになってから徐々に互いの心の距離が近付いて行ったのは間違いない。更に、本日は自分達親子の関係性を繋いでくれた事で好意がより明確な物へと変わった。

それと同時に4ヶ月前に一時的に別行動をしていた時や舞草での殲滅戦、更に本日の1人で危険に飛び込む姿、そしてここ最近の会えない時間が彼は繋ぎ止めて置かないとどこか遠くに行ってしまうような危うさがあると感じたため、自分が側で守り、彼の帰る場所になりたいという想いへと結実した自分の想いを伝える。

 

「舞衣………」

 

これまで女性にモテた経験がなく自分が女性にそのような感情を向けられる等と全く想定していなかっため、困惑と衝撃が先に来てしまったが同時に心音がより高まる程に嬉しくもあった。

 

「すごく嬉しい、僕は多分……知ってる異性の中じゃ多分1番君を意識してると思う。それにこれから先女子に告白される機会なんて2度と無いと思うし」

 

「じゃあ……っ」

 

自分も正体を知られて以降彼女との距離が縮まって行くにつれ彼女のことは確かに異性として意識はしていた。恐らく、他の女性の誰よりも……。

舞衣の潤んだ瞳に吸い寄せられて高鳴る心臓の赴くまま彼女に身を委ねて呑まれてしまいたい……と一瞬、本気で思ってしまった。

しかし……

 

「だけど今、僕にはやらなくちゃいけない事が一杯ある……解決してない事が山ほどあるんだ。意外じゃないと思うけど僕って自分の事で手一杯でさ、他の事にまで気を回せる余裕がない。そんな気持ちのまま君の気持ちに応える事は……多分出来ないと思う」

 

舞衣の瞳をしっかりと見つめながら真剣な表情で今の自分の気持ちを伝える。

気持ちは非常に嬉しい。だが、今の自分はナノマシンのテストと研究、スパイダーマンとしての活動、友人関係や刀使達の支援等々成すべき事が積み重なっている。

自らの意志でこの道を選択しているため不満はないのだが今の何一つやるべき事が解決していない自分では彼女の気持ちに100%応えられる自信がなく、半端な気持ちのまま応える事は申し訳ない。と言った気持ちから今はこの関係性を保っていた方が良いという選択だ。

 

「だから僕は君の友達。今はそれが精一杯だ」

 

「…………私に縛られて、自由を無くしたくないって事?」

 

颯太の自分と関係を進展させることよりも自分の成すべき事や皆の為になる事を優先させる人間である事は理解出来るが彼が踏み込もうとしない要因に1つだけ心当たりがあった。

昼頃のコナーズとの会話で自分達が付き合っているという仮定で話を進め、人間は孤独を埋めるために互いを愛すがそれと同時に理を作り、互いを、自分自身を縛り自由を失う生き物だと言われた事を気にしているのではないかと言う懸念を伝えると同時に彼女の潤んで熱を帯びた右眼の瞳から薄らと涙が浮かぶ。

 

そんな彼女の涙を止めたかった事は勿論あるが自分の考えの本質を伝えなくてはいけないと思い、仰向けのまま左手を伸ばして彼女の右眼に浮かんだ涙を拭い、言葉を紡ぐ。

 

「違うよ、今のまま君の気持ちに応えるのは良くないって思っただけだよ。それに僕には向いてるか分からないことだし……でもいつかちゃんと答えを出すから。時間は掛かるかも知れないけどそれでもいいなら待ってて欲しい」

 

コナーズに言われた事を気にしていない訳ではないが何より彼女の気持ちに対して踏み込めないのは今の中途半端な状態のまま気持ちに応える事が出来ない、という本人なりのけじめである事を伝え、自分の気持ちについても真剣に考えたいという彼なりの想いを聞くと舞衣は安堵の吐息を漏らし笑みを溢す。

 

「うん、分かった。それまで私が貴方の帰る場所になってずっと待ってるから……待つのにはもう慣れちゃったからね」

 

舞衣がマウントポジションで覆い被さっていた姿勢から上体を起こして割座の体勢へと変えると颯太も起き上がってバツの悪そうに頭を掻きながら対面して謝罪する。

 

「ごめん……」

 

事実、颯太は様々な場面で彼女を待たせる事が多かったためぐぅの根も出ないと言った具合に目を伏せていると舞衣が前屈みになって身を乗り出し、彼に顔を近付けて視線を合わせると自分の口元に人差し指を当ててウインクする。

 

「冗談だよ。むしろ、今度は私の方が先に言わせちゃうかも」

 

「え?」

 

彼女のウインクという子供らしくもあざとい仕草から思春期の年相応の少女の可憐さを感じたと同時に意味深な発言にどこか強い意志を感じたため、呆気に取られて赤面していると舞衣も伝えたいことは伝えたため満足したのか最後にクスリと微笑むと重い腰を上げ、ちゃぶ台の上の皿の乗ったお盆を持ち、部屋のドアへと歩いていく。

 

「遅くまでごめんね、おやすみ」

 

「お、おやすみ……何か今日心臓に悪くない?」

 

退室する際に手を軽く振って来たため、こちらも手を振り返すと舞衣は部屋から退室して行き、その様子を見送る。

左胸に手を当て、一息吐くと今日は戦闘だけでなく舞衣とのやりとりに置いても心臓が持たないのではないかと思うほど疲弊したな。と振り返ると徐々に疲れがぶり返して来たため電気を消して敷布団に潜り、そのまま眠りについた。

 

ーー早朝、柳瀬家の食卓

 

先日が日曜日で休日であったが本日は月曜日で平日であるため柳瀬家の食卓には長い長方形のテーブルを囲うように制服姿の舞衣、美結、小学生程のため私服の詩織、更に先日の夜から泊めてもらっていた颯太とその運転手役のハッピーが椅子に腰掛けてテーブルに並べられた料理を食していた。

 

「悪いね舞衣、夕飯だけじゃなくて朝飯まで世話になっちゃって」

 

「大丈夫だよ。どんどん食べてね」

 

「え~、また和食なの?」

 

「なんで嫌なの?舞衣お姉ちゃんのご飯おいしいのに」

 

美結は並べられた和食のラインナップに対し、相変わらず苦い顔を浮かべて文句を垂れていると舞衣がいつも通り叱咤する前にハッピーが箸を置きながら美結の方を向いて語り掛ける。

 

「だから私はトーストのが楽でいいんだってば……」

 

「まぁ、朝はあんま重くなくて軽く摘める位のがいい時もあるよな。けど、お前らがその日一日を元気に過ごすならこれくらいの量も悪くないぞ。な!」

 

「うーん……そうかなあ」

 

ハッピーなりの持論を受けて美結も若干揺らぎそうになりながらもやや渋った態度は崩さずにいると颯太も冗談交じりに美結に語り掛ける。

 

「それにさ、最近の僕みたく楽だからって同じのばかり食べてると食生活が偏っちゃっていつかガタが来ちゃうかも知れないしさ。バランスよく食べてた方がいいと思うよ……」

 

「わ、分かったよ……」

 

しかし、徐々に眼前にいる美結と詩織を前にし、彼女達を見つめていると一年前の……自分がスパイダーマンとして自警団活動を始めた頃を思い出していた。

実は颯太は美結と詩織に会ったのは昨日と今日が初めてではない……いや、厳密にはスパイダーマンとして会った事がある。と説明するのが正しいか。

ビルの火災が起きた際に美結と詩織は取り残されてしまい、燃え上がる火の手とのし掛かる瓦礫によって死の淵に立たされていたのだが偶然街に買い物に来ていた際に火災を目撃し、スパイダーマンの衣装に着替えて救助者である彼女達を救助しておりその際に初めて舞衣にスパイダーマンという存在を認識された出来事があった。

 

あの日、あの時自分が行動した事により救う事が出来た相手と1年越しに再会し、現在も元気に健やかに過ごしている様子を目の当たりにする事で颯太はどこか安心した表情を無意識の内に浮かべていた。

 

(でも良かったな……2人とも元気そうで)

 

「?……颯太お兄ちゃん、どうして私たちのことじっと見てるの?」

 

「え?ああゴメン、最近1人で軽く摘める物ばっかだったから誰かと一緒に食べるのも何かいいなって」

 

「そっか〜」

 

どうやら凝視してしまった様で詩織に指摘されると即座に誤魔化しつつも本音の部分も語ることで話をはぐらかすと美結も何処か諦めたかの様に箸を動かしながら朝食をかき込んで行く。

 

「まぁ、確かに美味しいからいっか」

 

すると、リビングのドアの開く音が室内に鳴り響くと室内に3人の人物が入室して来る。

ネクタイを結ぶ以前のワイシャツにスラックス姿の孝則と彼の上着を持って来た執事の柴田と普段はこの時間帯は起きて来る事が珍しい柊子の姿であった。

そして、美結が思わず珍しく早い時間帯に起きて来た柊子の登場に驚き、素っ頓狂な声を上げる。

 

「お母さん!」

 

「今日は早いんだね」

 

詩織の冷静な問いかけに対し、柊子は早い時間帯に起きて来た事に対する理由を語り出す。

 

「ええ、舞衣の作ってくれた朝ごはんが食べたくてね」

 

「お父さんも?」

 

「ああ」

 

「コーヒーだけじゃなくて?」

 

「ああ」

 

美結と詩織が交互に交わして来る質問に対し、両親は一家団欒その上で柴田やハッピーや颯太を交えた朝食を楽しむ事を決めている事が伝わって来る。

すると、柊子は舞衣に向けて笑みを浮かべながら問い掛けてくる。

 

「いいかしら?舞衣」

 

舞衣は柊子の問い掛けに一瞬キョトンとしてしまったが近くに腰掛けていた颯太とふと目が合う。

 

「「…………」」

 

すると、颯太が行動を促すかのように舞衣に笑みを向けると舞衣は両親と柴田に向けて満面の笑みを浮かべ、声高に嬉しそうな声が食卓に響き渡る。

 

「勿論!」

 

ーー深夜帯、綾小路武芸学者

 

校舎の白砂で敷き詰められた中庭から離れた場所にありながら妙にだだっ広い池に囲まれ、池を渡る為には大きめな石を橋としている一本道の石の通路から通る事が必要だと見て取れる、通り抜けた先には鳥居があってそこからあまり長くは無い石段がある小山が存在している。

 

そして、鳥居を潜り、石段を登っ先にあるのは小型の屋根が緑色で彩られた木造建築の存在感を放つ小さな拝殿が建てられていた。

そして、その拝殿の扉を開けると2人の人物が入室するとも片方のフードを纏い、表情の伺えない人物は靴を脱がずに土足で最奥にある祭祀台の奥へと歩みを進めて行き。

やや遅れて……いや、敢えてフードの人物に道を譲った右腕が肩から下に存在しない白衣を纏った白人の青年は靴を脱ぎ、向きを揃えて置くと自身も拝殿の中へと入室して行く。

長久手でフードの人物がニモを強奪する事に助力し、スパイダーマン達と交戦したリザードの変身者であるコナーズであった。

 

「遅いお帰りで、姫」

 

「…………」

 

フードの人物が歩みを進めて祭祀台に向かう道すがら、祭祀台から見て左側にフードの人物をまるで崇める対象とでも言わんばかりに頭を垂れつくばい、平伏する2人の人物がいた。雪那と夜見であった。

 

「夜見」

 

しかし、フードの人物は雪那の労いの言葉に耳をかさずに祭祀台の段差をのぼって祭祀台に上がろうとしているのを見計らうと特に気にする様子を見せずに

夜見と共に面を上げて正座の姿勢を取ると隣に座する夜見に小さく指示を出す。

 

「失礼します」

 

雪那からの指示を受けると段に登り、祭祀台の端に垂れ下がる下紐をに向けて引っ張る事で下ろすとそれに連動して御簾が上からシャッターのように降りて行く。

……そして、フードの人物がフードを下ろすと同時に脱ぎ捨てると発光しているのでは無いかと異彩を放つ白く、収まっていた長い髪がうねるように飛び出すと全身を白い装束で包んだ様な体型からして少女の様な人物の姿が見えかけた瞬間に御簾が降りて姿が隠れてその全貌までは観測し切れなかった。

 

フードが御簾に隠れながら祭祀台に腰掛ける様を見届けていたコナーズは長久手の研究施設での戦闘の事を振り返っていた。

 

(私が実際に見学として施設内に潜入し、事前に逃走経路と施設内の戦力構造は把握した限り護衛として元々いた古波蔵女史、そしてイレギュラーではありましたが偶然あの場所に来ていた柳瀬女史……この2人しかあの施設には戦力はなくあのお方がノロを強奪して逃走する分には恐らく問題なく早急に離脱出来たでしょう……しかし)

 

施設に潜入した際の既存の戦力と予想外のイレギュラー的に増えた戦力、この程度の誤差は修正可能でありノロを強奪する分には無問題ではあった筈であった。だが、本当に予想だにしたいなかった更なるイレギュラーの介入により予定が大きく狂った……

 

ーーそうーー

 

(スパイダーマン……何故彼があの様な縁のゆかりもない様な場所に狙ったかのように現れた。しかも、あのお方があの場所に来る事をすぐ様察知したかのような対応の速さ……今思うと不自然極まりない)

 

しかし、彼は今現在頻出する美濃関周辺の市街地だけでなく管理局と協力体制を組んだ事で各地を転々としながら特祭隊を支援している事は聞かされている。だからこそ、あのような一研究施設にピンポイントに出現するのは非常に不自然なのだ。その不自然さはコナーズに更なる疑念を与えて行く。

 

(まるで……あの場所に最初からいた可能性がある……となると一体誰が……)

 

刹那、コナーズの脳内でシナプスが繋がったかの如く刺激が脳内を駆け巡り1人の、戦闘中にモニタールームにもおらず避難した者たちの中にも姿が見当たらなかった人物、その上あのナノテクを自在に操る事が出来る装備を資金調達はともかくフリードマンやスタークインダストリーズの元でインターンで指導を受けており大人でも困難なハイレベルのプログラミングを行なっている程科学技術に精通している人物が1人、思い当たった。

 

(まさか……彼が?いや、しかし判断材料が足りない。即決するのは早急かも知れない……だが、彼には装備開発を行える技術と知識……それに恐らく力を手に入れる素質を持っている可能性は低いとは言えない……探ってみる価値はありそうか)

 

ほぼ直感のような物だが、コナーズの直感は颯太がスパイダーマンである可能性が微か……本当に多くて10%未満もいい所だが捻出され初めており、次に自分が取るべき行動と自分の人類を進化させる目的に一歩近づく為への道筋を再計算し始めると同時に踵を返して拝殿を後にした。




バース続編のacross the spider verse の玩具バレでパズルではバイハのネメシスみたいな奴とパンク、スカーレットが2099とマイルスとグウェンと写ってたのとスカーレットのmafexがacrossの公開月である来年の6月に発売されるので参戦って事なんですかね……Bパーカー達は続投なのか一旦レギュラーメンバーを一新するのか、いやぁ全く読めないですね。


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第66話 派遣到来!楽園崩壊⁉︎

遅れましたサーセン、クソ長出張に行かされてて時間もなかなか取れず帰って来たら干からびた蛙みたくなってて中々身体が付いて来てくれなかったもんで…w
さて、本日はバースの続編、Spider-Man: Across the Spider-Verseの公開日っすね。前作のバースが今でもシリーズ歴代1位と言える程好きなので続編が公開される日を心待ちにしておりました。
私は運良く初日に観る事が出来るので恐悦至極ですが初日勢の皆様も、後から観に行く皆様も、劇場で楽しんで来てくだされ。


ーー群馬県にある山中の宿泊施設の露天風呂

 

日照が地上を照らす真昼間の時間帯、緑が生い茂る山中で森林と自然に囲まれた熱湯で湯気が外気に立ち昇る露天風呂の片隅の岩に背を預け、湯に浸かって寛ぐ人物がいた。

小学4年生女児程の背丈で身体にはバスタオルを巻き、長い桃色の髪が湯船に触れないよう頭頂部で一つに纏めて湯船に浸かる、お湯を吸ってふやけた麺の如く緩みきった表情の少女……

 

「あぁ^〜真昼間から一っ風呂とかたまらんなぁ~この世に楽園があるならこういう所を言うんだろうなぁ〜悩みなんざぶっ飛ぶぜ……さてと」

 

益子薫だ……普段の仕事疲れを癒すかの如くこのような真っ昼間から露天風呂を堪能している彼女であるが何かを思い付いたのか両手を2回叩く。

 

「ね」

 

その拍手に応じるように常に彼女のそばにいるねねは湯船には浸からないようにしながら鉄色の尻尾で3段に連なった干瓢巻きを乗せたお盆を湯船の上に置き、スライドするように薫に向けて送り出す。

 

「ご苦労」

 

川を流れる桃のようにどんぶらとどんぶらことお盆が薫の元への流れて行くとそれを右手の掌で受け止めるとまるでお偉いさんにでもなったかのように労いの言葉と同時に煙草でも吸うかのように人差し指と中指の間に挟み、それを口に運ぶと優雅に食し始める。

 

「風呂で食う大好物のかんぴょう巻きもまた乙なものだ」

 

「ねねー」

 

まるで殿様の如き振る舞いで露天風呂を満喫する彼女の頭にねねが定位置とでも言わんばかりに乗っかりねねもこの穏やかな時間を慈しんでいるようである。

ーーまさに、ぐうたらの楽園。

 

「ああ、まったくだ。これからもずっとこんな穏やかな日が続くといいな……」

 

しかし、彼女がそのフラグ全開のセリフを吐くと同時に彼女の天下が終わりを告げる審判の鐘が鳴る。

寄りかかっている岩の上に置いていたスマホが鳴り出したのを確認したねねが尻尾で器用にスマホを掴んで薫の耳元に運ぶと気怠げに対応する。

 

「ちぃーっすもしも」

 

『働けこのバカ薫がぁ!』

 

「ぬおうわっ!」

 

電話越しに耳元で紗南の怒号が響き渡る。脳に直接響くと錯覚する電話越しからでも怒気が伝わって来る程の声量に驚いた薫とねねは完全に気が抜けていたのは勿論あるが目を回しながら湯船に落ちる。

そして、何気にスマホはねねが湯船に浸からないよう尻尾を天へ向けて伸ばしていたため湯船に浸かずに済んだ。

 

ーー数日前、刀剣類管理局本部

 

「荒魂討伐任務終了したぞド畜生!じゃない。学長!」

 

管理局本部の扉を開け、入室すると同時に薫は敬礼しながら紗南に恨み言を放つ。

とても目上の者に対する物言いとは思えないが何だかんだ互いを信用している2人の特殊な上下関係だからこそ成立していると言えるのであろう。そんな紗南も既に慣れた事なのか軽く受け流しながらジト目で嗜める。

 

「誰がド畜生だ誰が。あとここでは本部長と呼べ……んんっ!ご苦労。では次の任務だが…」

 

他の職員も大勢いる中であまりに威厳のない普段通りの口調が出てしまった事を誤魔化すために目上の者らしい立ち振る舞いを心がけようとした所薫は不満げに反発する。

 

「待て待て!あれから4か月ほとんど休みなしで飛び回ってるんだぞ!少しは休ませろよ!」

 

「では次の任務だが」

 

「くそ!ここまで白々しい聞こえなかったフリを見たことがない…」

 

しかし、紗南は薫の反発を悉くスルーし、矢継ぎ早に次の指令を出そうとして来る華麗なスルースキルに薫も一周回って感心してしまったのか視線を外し、小声で毒突く。

 そんな薫の様子に対し、紗南は特に気にする様子を見せずに腕を前で組むと椅子に深く腰掛け、次の目的地を伝える。

 

「お前には隊長としてチームを率い群馬に行ってもらう」

 

「いや、俺パスポート持ってないし」

 

「2/3が山林で風光明媚なので取りかたによっては未開の地かも知れんが群馬ナメんな」

 

あなたも一度は聞いたことがあるだろう・・・

世界の果てにあるという魔境、GUNMAを・・・

という群馬が自然豊かな場所であるため「未開の地グンマー」のネタを薫が持ち出して来たが以前にチラリと見たことがあるネタであったため冷静なツッコミを返すと同時に飴とムチとでも言わんばかりに同時にメリットを提示する。

 

「現場はいわゆる秘湯ってやつでな。喜べ、任務を片付けたら待望の休暇だ」

 

 

ーー回想終了ーー

 

「って言ってただろうが!!」

 

『任務が終わったらっつったろうが!!』

 

どうやら紗南の計らいとしては任務が終了した場合そのまま休暇を楽しむようにしていいという言い回しだったのだが薫は任務中にも関わらず隊長としての任務を放置して優雅に露天風呂で寛いでいる。という状況であるため怒り心頭に発すると言った所のようだ。

 

「別にいいだろ!肝心の荒魂が見つからないんだから!ファインダーの反応もちっぽけすぎて正確な場所を特定できずねねですら反応を追い切れず、目撃情報もあやふやで結局取れる手段は肉眼頼りの人海戦術……だから討伐担当の俺が捜索班を指示、コンディションを最高に整えて荒魂発見の吉報を待ってるんだ!」

 

薫なりにここ数日間での任務の捜索状況を鑑みた上で隊長らしく振る舞っている風……あくまで風だが実際はサボり、手を抜く為の口実である事は紗南には即座に見抜かれておりバッサリと切り捨てられる。

 

「お前も足使って探せ」

 

「ぐっ、痛い所を突く……」

 

紗南の正論に耳が痛いと言った具合に苦い顔をして打ちひしがれていると紗南は自分たちは市民を荒魂の脅威から守るために日夜活動しているため通報がある以上は対応しなければならないのだと言う組織としての在り方を伝えるが同時に助け舟を出すことも忘れない。

 

「このご時世僅かでも荒魂の脅威がある限り民間人の訴えを無下にはできない。わかるな?まぁそういうわけで。怠け者の尻を叩くためにとっておきを用意した。ワーハッハハせいぜい驚け」

 

「ね?」

 

それと同時に紗南からの通話が切れると薫はゆったりと立ち上がり湯船から身体を出すと仕事に戻るためにぶつぶつと愚痴を溢しながら脱衣所へと向かう。

 

「ったくどいつもこいつもチンケな荒魂程度にビビりやがって」

 

薫が温泉から出て着替えた後、旅館のエントランスに自分が隊を任されているこの任務のために集められた4人の隊員達を集め、隣に副隊長を任されていると思われる眼鏡を掛け、薄暗いダークグレーの髪をロングヘアにした綾小路の制服を纏った少女を伴い点呼を行おうとしていた。

 

「つーわけでだ、桐生副隊長。宿舎として旅館を使わせてもらってる手前荒魂を探したってポーズだけでもとろうと思う」

 

「隊長、せめてもう少し本音を隠す努力を」

 

既に薫のマイペースな態度になれてしまっているのか桐生と呼ばれた少女は横目で薫の方を向くと隊長がコレだからせめて副隊長の自分がシャンとせねばと思ったのか整列している隊員達に向けて点呼を行う。

 

「それでは点呼」

 

桐生が呼び掛けると隊員達は右から順番に自分の並んでいる番号を復唱する。

 

「1」

 

1番右端の長船の制服の少女が答え、次には右から2番目の平城の少女が答える。

 

「2」

 

2番目の平城の少女が答えると次はその隣にいた美濃関の少女が答える。

 

「3」

 

3番目に答えた美濃関の少女が答えると、更に隣にいた美濃関の少女が答える。

 

「4」

 

そして、4番目の美濃関の少女が答えると……左端にいた鎌府の制服を着た白い髪に赤い瞳のアルビノのような印象を与える少女……沙耶香が答える。

 

「5」

 

「よーし全員いるな…って…… 増えてる!なんで沙耶香がここにいるんだよ…」

 

あまりにもごく自然に混じっていたため一瞬スルーし掛けたがこのチームは6人編成で隊長と副隊長を除けば4人である筈なため5人目がいる事はおかしい、更に言えばこの場にいる筈のない知人が混ざっているという事実に驚き目を点にする。

 

「可奈美との任務が早めに片付いた。そしたら本部長がここに向かえと……糸見沙耶香、これより益子薫の指揮下に入る。命令を」

 

「お、おっす……」

 

非常に堅苦しくどこか機械的に淡々とした彼女の事務的な対応を前にし、薫はやや苦い表情を浮かべる。

これまでは自分がリーダーとして指揮を採っていたためある程度緩く任務に取り組んでも隊員達から微妙な顔をされる程度で済んでいたが純真無垢で生真面目な彼女が来きたとなると自分のペースが崩されるかも知れない可能性を危惧したのだろう。

 

そして、彼女の緩くマイペースな楽園を崩壊させる審判の鐘はまだ鳴り始めたばかりであった事をまだ薫は知らない……

 

〜!♪

 

直後に、旅館の玄関先の庭からブレーキを掛ける音と同時に旅館のエントランスにも聴こえる程の妙に少女チックで若い女性達が合唱する爆音が漏れている。

一瞬、それが一同の耳にも入るとあまりの爆音にエントランスにいた沙耶香以外の全員がムンクの叫びの如く耳を塞ぎながら両眼をかっ開く。

 

「うおっ!何だ旅館の外から爆音が聞こえるぞ!」

 

「アイドルソングですかね……っ!?」

 

「うるさっ……!」

 

「でも普通にいい曲かも…っ!」

 

「………」

 

「ねっ……!」

 

「つーか……」

 

一同が驚いたり感心している最中沙耶香は特に気にする様子も無く音楽に合わせて首を左右に動かしながら音のなる方向に視線を向けていると薫はこの旅館の外から聞こえて来る楽曲に聞き覚えがあった。

 

「この曲…… サマー⭐︎マーメイドとぅいんくるすたー!か……?」

 

最近、長船の間で密かに流行している以前エレンに騙されたと思って聞いてみろとゴリ推しされ、試しに聞いてみたら意外といい曲揃いだったアイドルグループ、スクリューボールの楽曲であった事を思い出していると外で爆音で流れる音楽が止む。

直後に旅館の玄関の引き戸が開けられる音が鳴り、何者かが暖簾を潜って姿を現すと一同はその姿に釘付けになり薫は沙耶香の時以上にめんどくさそうな表情を浮かべる。

 

「おいおいグンマーは未開の地って聞いてたがちゃんと人住んでんじゃねぇか」

 

「はぁ………」

 

「そうですね……」

 

「ゲッ……!アイツなんで……っ!」

 

疲弊しているように見える刀使2名を両脇に伴いながら登場した20代前半程の青年は左肩にかけたボストンバッグからはみ出る程長い約150cm程の長方形の枕のようなものが見えており、右手には黄色を基盤にした網目状でブラウンの色が混じる大型のかなり重量があると思われるスーツケースを軽々と持っていた。

 

背丈は180cmを優に超える長身に上着として纏う紺色で背広型の警察官の制服のジャケットのボタンを全て開け、中に着込んだワイシャツのボタンを胸元の辺りまで開けた上でネクタイをかなり緩く結んでおりお堅い組織の制服でありながらかなりラフ……というかアウトローな印象を与える着こなし、足元に視線を送ればエナメル質で足首の位置にあるドレープにチェーンが巻かれたロングノーズで蹴り付けたら刺さりそうだと思える程爪先が鋭利に尖ったエンジニアブーツはパンクな印象を与えた。

七分に捲った上着の袖から覗くビール瓶の如く太い筋肉質な腕には幾つもの刺青が刻まれており、よく見ると発達した大胸筋により盛り上がった胸から首にかけても刺青が彫られているため尚更警察組織の格好を纏う人間には見えない。

 

そして、木造建築の旅館の内装を見回す容貌を確認すると両耳には以前は大量に耳に装飾品を付けていた事が想像出来る塞がりかかったピアス穴が見られるが現在は両耳たぶにシルバーで丸型の太いリングピアスをワンポイントで着けているのみとなっている。

鮮血の如く赤い真紅の髪は無造作に伸びており襟足は肩の位置まで、前髪は眼にかかり左眼を覆い隠す程伸びているためヴィジュアル系バンドのような印象を与えるが正面を向いた際に全容が明らかになる。

 

「よう、テメェらが先に来てた奴らだな」

 

誰に対してもメンチを切っているのではないかと思える鋭い真紅の三白眼の瞳とガラの悪い目付きでヤンキーやチンピラと言った風貌の青年が整列している面々に対して言葉遣いは荒々しいが普通に話しかけて来る。

 

「………」

 

「え?何々?何がどうなってるの?」

 

「すごい格好……」

 

「でもちょっとカッコいいかも……」

 

「分かるー」

 

しかし一同の反応は唖然半分、感心半分と言った状態なためそのガラの悪い青年が頭を掻きながら舌打ちをすると靴を脱ぎ、下駄箱に入れると前に揃えられている客用のスリッパに足を通してエントランスへ上がる。

 

「チッ、まさかオバハンの野郎俺が来るって説明して無かったのかぁ?」

 

「知らないフリ知らないフリ……」

 

「隊長、どうかされましたか?」

 

薫が緩くマイペースに仕事が出来る楽園が崩壊した現実から逃避するようにそっぽを向いていると桐生に心配され始めたのが視界に入ったのかガラの悪い青年は知人にでもあったかのように薫に話しかけて来る。

 

「あ?あん時のチビじゃねえか。何だテメェがここの頭張ってんのか?」

 

「いや、あの人違いじゃないですかね……」

 

「ねね?」

 

しかし、薫としては生真面目な沙耶香だけでなく彼は以前に鎌倉の折神邸で邂逅した際にこの青年は非常に血の気が多く、それでいて短気な人物である事は知っているため別ベクトルで扱いにくい奴が来たな。とつい他人のフリをしてしまった。

しかし、ガラの悪い青年は特に気を悪くするような素振りは見せずに単に気付いてないだけだろうと思った上にそう言えば自分は別に名乗った訳じゃなかったかと思い普通に自己紹介を始める。

 

「おいおいおい、いくら髪が伸びたからって忘れちまったのかよチビ。俺だ、ショッカーのテストパイロットだったハーマン・シュルツだよ。今はSTT隊員で管理局唯一のショッカーの専属パイロットだけどな」

 

「ね!」

 

「何だよ犬っころは覚えてんじゃねえか」

 

ねねは自分は覚えてるぞとでも言いたげに薫の頭上で右の前足を上げるとハーマンはねねへと視線を向ける荷物を一旦エントランスの床に降ろし、ねねが上げた前脚に軽く自分の拳を当ててグータッチもどきを行うと整列した一同に向けて自分がここに来た目的を語り出す。

 

「テメェらの任務を手伝えって本部長っつーオバハンからの通達でな、短ぇ間だが世話んなるぜガキ共」

 

更にハーマンがここに来たのは紗南からの指令である事を知ると薫は頭を抱え、戦々恐々としながら自分に面倒を押し付けて来た紗南への恨み節がつい漏れる。

 

「あの鬼ババ……俺の楽園を崩壊させやがってぇ……ぐぬぬ」

 

新規で任務に追加されたメンツに不安を覚える薫の様子を見たハーマンを旅館まで監視するために同行して来た2名の刀使達は薫と桐生に向けて心底頑張ってください……とでも言いたげに声援を送るとすたすたと玄関を後にした。

 

「じゃあ、お届けしましたので私たちはこれで」

 

「ご武運を……」

 

そして、そんな彼女たちの様子を他所にハーマンは自分が宿泊予定の個室へと荷物を置きに向かうために歩き出しながらも身体を傾けて視線を送り、エントランスにいる面々に向けて意気揚々と力強く語り掛けると前を見ずに歩いていた為か壁に軽く衝突する。

 

「よーしガキ共、俺らでバケモンを見つけ次第力合わせてぶっ潰してやろうぜ!」

 

「…………」

 

しかし、先程まで血の気の多いハーマンの面倒も見なければ行けないと思うと先が思いやられた薫だったがハーマンが気合い充分なのはいいが個人的に引っ掛かる言い方と気合の入れ方であったため複雑そうな表情へと変わる。

 

紗南の根回しによって予約されていた個室にボストンバッグと帽子を置いて重量のあるスーツケースのみを持参して来たハーマンが玄関先で靴を履き替えると現場責任者に該当する薫と桐生に話し掛けて来る。

 

「あー、チビとメガネ。一応テメェらには知っといてもらいてぇんだけどよ」

 

「チビ……」

 

「メ、メガネっ!?」

 

「オラ」

 

(ん?これって……)

 

2人の困惑した様子を他所にハーマンは右手に持つ施錠されたスーツケースを前に突き出すと2人の視線はスーツケースに集中する。ボディに一箇所だけ自動改札機のICカードタッチ部のような何かを承認するために埋め込まれていると思われる専用の読み取り部分が取り付けられているが様々な疑問点が浮かんでくる。

 

「これは……何かの読み取り部でしょうか?」

 

「というかお前、スーツはどうしたんだよ?まさか……」

 

そう、ショッカーの正式なパイロットとしてこの場に来ている割にはスーツの類が見当たらない。ならばショッカーのスーツはどこにあるのだ?という疑念が浮かんでくる。

その上、見た目はまるで荷物を入れるスーツケースでありながら読み取り部があるという点を鑑みると薫の脳内でシナプスが一本に繋がっていく。

薫が興味津々気味にハーマンとスーツケースを交互に見るとハーマンは自分よりも背が低い桐生と薫を見下ろしながら疑問に答える。

 

「ああ、このスーツケースがショッカー……俺のスーツだ。こいつを着るには」

 

「マジかすげえ!マーク5と同じじゃん!てことはこれケースが……」

 

言葉を遮るように薫が食い気味に眼を輝かせてスーツケースに顔を近付けてベタベタと触れながら凝視するとハーマンも彼女の熱量に押されてやや引き気味に顔を顰めると聞かれた質問に答える。

 

「最後まで聞けよ。ああ、スーツに変形すんぞ」

 

「ヤベぇ!絶対作ったの社長だろ、しかも重量と質量から見るにマーク5よりずっと頑丈になってるんじゃないか?マジヤッベェ」

 

「隊長、ここ最近で1番嬉しそうですよ」

 

恐らく以前トニーが使用していた装着しない場合はスーツケースとして持ち運べるスーツがあったと聞いたことがあるため恐らくハーマンが今手に持っているスーツも彼が管理局に協力して作成したのだと察する事が出来た。

 

推している人物が作った装備が眼前にあるという事実からマーク5の重量は15kg程で他のスーツと比較して畳んで持ち運べる程度の重量しかなかった装甲が蛇腹状で薄く、耐久性が低かったそうだがこのスーツケースはマーク5のケースよりも重く時代の変遷と共に改良された物だと察したのだろう。

桐生も任務に対して気怠げに取り組んでいた普段の様子とのギャップを前にしてやや皮肉げに呟く。

 

「いや、これでテンション上がるなって方が無理だろ。変形だぞ、承認式で持ち運び可だぞ。ロマンしかねぇじゃん」

 

「まぁ、宿泊施設にまでショッカー本体を運ぶのも大変だしこの時勢だから遠出する時でも持ち歩けるようにスーツケース型のも作ったんだとよ。それに俺はこれでも前科モンだからな、基本的に上司の承認なり近場ならテメェらの承認がねぇと着れねんだよ。今、更にコンパクトで瞬間的に装着出来るような装備を開発中みたいな話は聞いてるがな」

 

近場に拠点がある場合はそこに出向いてスーツを着用したり、スーツが拠点や手元に無い場合はWi-Fiによる遠隔操作で現地まで飛ばすという方式を取っているのだが今回のように民宿というショッカーのスーツを格納する場所もなく、他の観光客も宿泊している場合もある場所では普段はスーツケースとして持ち運べる方式のスーツを渡されているようだ。

だが、スーツケースとして持ち運べるのはかなり便利なのだが今後、より素早くスーツを装着する必要がある事態も起きえるため現在颯太とトニーでナノテク仕様のスーツを開発しているのだがハーマンは一応聞かされているものの詳しい事情までは知らない。

 

スーツケースを様々な角度から覗き込んだりしつつもハーマンからの説明はしっかりと聞きながら相槌を打つことも忘れない。小型のアイテムで変身なんて個人的に1番テンションが上がるだろうなと思いを馳せていると視線はスーツケースを凝視しながら隣に立つ桐生に語り掛ける。

 

「マジカッケェじゃん……なぁ、副隊長」

 

「はい?」

 

桐生は何を言われるのか薫の楽しそうな様子から大体想像は出来たため肩をすくめてため息を吐きながらも彼女の意思を聞く体勢に入る。

 

「俺が承認していい?」

 

「はぁ……どうぞ」

 

「いよっし、感謝するぞ」

 

「ねね!」

 

桐生に許可をもらうとガッツポーズをした薫と彼女の頭上で同じく嬉しそうに前足をあげるねねの様子を見るとハーマンは彼女達に向けて左手の人差し指でスーツケースのボディにあるタッチ部を指差しながら装着の際の承認の仕方を説明し始める。

 

「オラ、管理局に登録されてる御刀……だっけか?それの下の方をここに当てろ」

 

薫が祢々切丸を背中に背負う帯刀ギミックから外すと祢々切丸を持ち帰え、柄をスーツケースの方向へ向け、前方に向けて軽く押し込むと祢々切丸の柄がスーツケースのタッチ部に触れる。

 

「ゴホン……承認!」

 

「よーし、通りやがったな」

 

薫からの承認を受けるとスーツケースの施錠が外れ、本体を開けられるようになる。そして、スーツを地面に置くと本体がパワードスーツの胸部の形に開き、ショッカーのガントレットとなるグリップ部分がここに手を入れろとでも言わんばかりに飛び出す。

 

「しゃあ」

 

そこに両手を挿し、そのまま胸元まで持ち上げ、身体に当てた状態で右拳と左拳を胸の前でぶつけ、一瞬だけ両手を交差させると左腕は拳を握ったまま肘を引いて左腰の辺りに持って行き、右手は腕を垂直に立たせて拳を顔の頭で持って来るポーズを取ると徐々に小さく折り畳まれていた装甲が展開し金属同士が重なる甲高い音がなりながら全身に纏われる。

 

「うおーマジスッゲェ!」

 

薫が眼前で行われるショッカーの装着を前にして感動のあまりスマホを取り出して動画の撮影まで始めている始末だが、そうしている間にも既に展開された装甲は頭部以外を包み込んでおり、仕上げと言わんばかりに最後は後頭部を守るブラウンのヘルメットが展開され、倉庫のシャッターを下ろすようにフェイスマスクの部分が降りることで顎アーマーと結合する事でヘルメットが形成される。

 

既にハーマンから黄色のカラーリングに網目状の模様のアーマーが形成され、頭部を守るための鋭い目付きのツインアイのブラウン色のヘルメット、両腕にガントレットを装備したSTT用のパワードスーツ、ショッカーへと変わっており、装着完了と同時にショッカーの鋭いツインアイが眩く発光する。

 

「眼福です、ありがとうございました」

 

「ねね」

 

「日々装備も進化しているんですね、私たちにも有効に働けばいいですが」

 

「ま、何でもいい。原住民から聞き込みすんだろ?行くぞオラ」

 

抑揚のない棒読みで感動のあまり語彙力が喪失した薫を他所にショッカーは装着したての身体を慣らすように首を鳴らし、待機している隊員たちの方へと歩いて行く。

 

少し歩いた先の民家の庭、玄関前に隊の代表として沙耶香、薫、桐生、ショッカーが家主と思われる老人から目撃情報を聞くために集まり、情報収集を行なっていた。

沙耶香が率先して家主の前に立ち、少し後方に立った3人はその様子を伺っていると家主は雄弁に目撃情報を語り出す。

 

「おお、ありゃ身の丈5mはあった。何十頭もの熊を手にかけその鋭い爪と牙から真っ赤な血を滴らせてな…」

 

「あのジジイ毎回目撃証言を盛ってるぞ。熊の死体なんて一匹も見てねぇよ」

 

「お年寄りは若い人とお話しするのが好きですから…」

 

「マジかよ、適当こいてんのかあのジジイ。任しとけ、俺が聞き出してやる」

 

家主が身振り手振りを用いて饒舌に語っているが曲りなりにも山中で捜索を行なっていた薫からすれば眉唾ものの証言であり確証が無く盛られたものであると知るとショッカーはヘルメットの下で顔を顰め、首を鳴らしながら沙耶香と家主の前へと立ちはだかり、大袈裟な素振りを見せていた家主に対し威嚇するかの如く低い声で喉を鳴らし、ヘルメットの下でメンチを切りながら威圧する。

 

「おい、テメ適当こいてんじゃねぇぞコラ……あ゛ぁ?」

 

「ヒッ……っ!ごめんないごめんなさい!若者と話すのが楽しくてつい盛ってしまっあんじゃあ!」

 

確かに目撃情報があったと通報した以上は変な誇張をせずにあるがままを伝えた方が良いし、仮に不誠実で適当な報告をした事で大惨事に繋がってしまえば二次被害に繋がりかねないのだがヘルメットの下からでも伝わるピリピリとした空気と威圧感に圧された家主が慌てふためきながら謝罪を始める。

ショッカーの明らかにやり過ぎな対応に対し、現場責任者である薫と桐生は一瞬焦ったがすぐにでも止めなくてはと判断して駆け寄り薫が身の丈にそぐわぬ腕力でショッカーの腰に手を回して後方に大きなカブの要領で引っ張ることで家主から引き離し、桐生は家主とショッカーの間に割って入り何度も頭を下げながら家主に謝罪を繰り返す。

 

「あーコラコラよせって」

 

「すみません!ちゃんと言って聞かせますので」

 

「あ?何でだよ?」

 

一方でショッカーは相手が曖昧で要領を得ない受け答えをしてくるため、情報を書き出すために若干強気で迫った程度の認識だったのだが明らかに迫力が恐喝をするチンピラのそれになってしまっていたため引き止められたのだと理解出来ていないようであった。

薫と桐生に引き摺られていくショッカーを家主が唖然と見送る最中、沙耶香が再度いつもの落ち着いた態度で家主を落ち着かせると先程よりは誇張した表現は抑えられたコンパクトな情報を引き出すことに成功した。

 

家主から情報を書き出した沙耶香は家主に一礼すると、距離の離れた3人の所に

駆け寄りまず初めにショッカーを曇りの無い純粋な瞳で身長差のあるショッカーを見上げながら嗜める。

 

「あんなに強く迫るやり方はダメ、怖がってちゃんと喋れなくなるかも知れないから」

 

沙耶香の純粋な眼差しで言い切られたことや筋の通った論理であるためショッカーもバツの悪そうに頭を掻きながら謝罪をするが一方で本人の中ではそこまで強引に迫ったつもりは無いため小声でブツブツと疑問を呟く。

 

「ワリワリ、次から気ぃ付けるわ……そんなビビらしちまう程だったか?」

 

「「「おう/はい/うん」」」

 

「マジかよ」

 

3人同時に言い切られたため、衝撃で固まっているとそんな様子を他所に沙耶香は薫の方を向き、指示を仰ぐ。

 

「これより捜索に向かいたい、命令を」

 

「あーうん、まぁ適当に探してくれ」

 

沙耶香の指示待ちの姿勢に対し、薫は目を伏せながら左手をヒラヒラと振ってあしらうように雑な指示を出すと沙耶香は特に疑問を持たずにすんなりと受け入れ支給されたスマホの地図を確認しながら客観的な判断を伝える。

 

「了解、目撃地点に法則性が感じられない以上捜索範囲を広げる」

 

「しかしあまり広げすぎると逆に穴が大きくなりませんか?」

 

すかさず桐生が指摘を入れると沙耶香は特に問題無しとでも言わんばかりにサラりと自分のプランを伝える。

 

「私が範囲を2倍担当する」

 

スマホをポケットに仕舞うとその場で跳躍すると森林に聳える木の枝に飛び移り、すかさず別の木の枝へと跳躍して飛び移っていく。

その様子を地上から見上げていた残りの面々はその身体能力に感心させられ、桐生は薫とショッカーに向けて同意を求めるように顔を向けて語り出す。

 

「八幡力も使わずあの身体能力ですか…確かにあれなら2倍いけますね」

 

「忍者かよ」

 

「はぁ…あの真面目ちゃんめ」

 

遠ざかっていく沙耶香の姿が見えなくなると薫はもう疲れたと言わんばかりに視線を逸らし、ため息を吐く。

知人と呼べる間柄ではあるようだがお世辞にも好意的に見ているとも、親しいとも言えない距離感に桐生が気になった事を問いかけ、ショッカーは別に仲良しこよしだけが人間関係だとは思ってはいないが一瞬脳裏に決して仲間や友人と呼べる程親しくも無いし心も預けてはいなかったがビジネスライクな付き合いとしてそれなりに上手く付き合えていたと思っていたある知人、アレクセイの事を思い出していた。

 

「隊長は糸見隊員が嫌いなんですか?」

 

「仕事に支障がねえなら別に問題ねえが。まぁ、親しくはねぇよな」(そういや俺とアイツも別に親しくは無かったな……)

 

2人の言葉に対し、薫は気怠げに頭を上げると淡々と自分の感情をため息混ざりに語り出す。

 

「別に嫌いな訳じゃないって、真面目過ぎて苦手なんだよ……はぁ」

 

どうやら4ヶ月前の鎌倉の戦いで共闘し、苦楽を共にした仲間ではあるがマイペースな彼女からすれば純粋で生真面目な彼女はそれはそれとして接しにくいという間柄なようだ。

……しかし、先程のしおらしい態度から一変、不敵で悪そうな笑みを浮かべこの場にいないがイジり甲斐のある知人の事を思い出し、同時に懐かしむような表情を浮かべる。

 

「同じ真面目人間でもヒヨヨン・ザ・ナイペッタンはいじると反応が超愉快!久しぶりに会いたいもんだ…」

 

確かに真面目人間ではあるが真面目過ぎるが故にイジればちゃんとレスポンスを返してくれる相手の方が接していて楽しいと言った具合でありなんだかんだで良好(???)な関係性を築けているのは見て取れるがこの場におらず無関係な彼女にまで流れ弾が被弾しているのは実に哀れである。

そんな彼女に同情したのか桐生は目を細めて淡々と自分の意思を伝え、ショッカーもやや呆れ気味に言葉を紡ぐ。

 

「とりあえずそのひよよんという方に隊長は深く謝罪すべきだと思います」

 

「別に72のくっ、でも地平線みてえなまな板でもいいじゃねぇか俺の元カノだってまな板だったしな」

 

ショッカーが右手を前に突き出し掌を自分の方へ向けて垂直に振る事で壁や板を示唆するジェスチャーをしつつも薫に酷い言われようであった特に会ったこともない人物である姫和をサラりフォローしているつもりだが間接的にダメージに与えている。

 

「言い換えれば凹凸が無くてスレンダーって事だからな、意外とモデルとかアイドルなら逸材かも知れねえからあんまそのまな板のことナメんじゃねえぞ。んじゃあ俺も行くぜ」

 

地面を強く蹴り上げると跳躍し、空中でガントレットを起動すると振動波を推進力として利用することで空中を移動しながら地上を散策し始める。

 

「いや、お前それ間接的に両方にダメージ与えてるけどな!」

 

捜索を開始した隊の面々は隊長である薫と副隊長である桐生は残りの隊員を連れ、集団で固まる事で森林を見渡しながら歩き回って地道に歩き回る人海戦術を用いている最中、ショッカーと沙耶香は真逆の方向に分かれて沙耶香は木々に飛び移り、ショッカーはガントレットから出る振動波を本体を浮かせる程度の威力で下に向けることで空中を浮遊し、時には方向転換を行う事で広範囲の捜索を行なっていた。

 

沙耶香が姿勢を低くしながら茂みを手でかき分け、地面に耳を着けるという徹底した捜索体制を行なっていると美濃関の制服を纏っている隊員が2人で行動している最中背後に足音が鳴る。

 

「「?」」

 

「ブルルルル」

 

頭胴160cmの全身を黒毛に包んだ丸々とした大柄の寸胴な体型、発達した筋骨隆々な四足歩行の脚、豚によく似ているが口元には特徴的な鋭利な牙が覗く……猪だ。

 

「「………っ!?」」

 

山中であるため野生動物が出没する事は予想出来るが想像以上に巨大な猪が現れたため思わず驚いてしまったが猪は縄張りに侵入者が現れたのかと思ったのか咆哮を上げ、隊員2人に突進を放って来た。

 

「テメェらしゃがめ!」

 

すると、背後から力強い掛け声が圧を纏って飛んで来る。

その言葉に従うと美濃関の隊員は言われるがままその場で腰を落としてしゃがみ込むと先程自分たちが立っていた場所を金色の閃光が通過し、突進して来た猪の脳天に直撃する。

 

「ばたんきゅー」

 

脳天に金色の閃光が直撃した際に、脳内に衝撃が走ったのか猪が脳震盪を起こすと目を渦巻き状に回しながらその場で倒れ込む。

目の前で起きた光景に理解が追い付いていない隊員2人が後ろを振り返ると右拳を前に突き出していたショッカーであった。

 

「ったく、未開の地は野生動物も危ねーのかよ」

 

「すいません、ありがとうございました!」

 

「私たちちょっと反応が遅れちゃって……」

 

「テメェらの手伝いが俺の仕事だからな。だが、気ぃ付けろよ」

 

跳躍しながら捜索していたショッカーが下を向いた際に猪に遭遇した2人を見かけ、同じく共に任務に取り組む隊員に危機が迫っていると判断し、地上に降り立ち、振動波の威力を抑え目にして猪に命中させることで命を奪わずに2人を救ったと言う所だろう。

再度別方向の散策に移るとでも言わんばかりに2人に背を向け、ガントレットを起動して足元を殴り付けると一気に跳躍して去って行く。

 

「怖そうに見えるけど頼りになるよね〜」

 

「ね〜」

 

少し離れた約数十m程の崖を前に一同が立ちすくしていると沙耶香はその崖を越えるべく脚力を用いて跳躍すると崖の引っ掛かりの部分を足場とし、着地と同時にすぐ様別の引っ掛かりへと飛び移って行く事でアスレチック感覚で瞬く間に頂上にまで到達し、崖の上の範囲の探索を始める。

 

更に、他の隊員達が自分達の跳躍力では沙耶香と同じ位置まで到達するのに時間が掛かりそうだと会話しているとショッカーが自分が全員を担いで一気に飛び上がるから自分に掴まれと進言する様子を他所に薫とねねは大木に背を預け……爆睡していた。

 

「zzz〜……」

 

……しかしその時

 

    

    

    

   

 

「テメェも探せコラァ!」

 

必殺技の如く1文字ずつ画面に表示される音が鳴り響くエフェクトを纏った文字と同時に薫の頭上にかなり加減した威力の拳骨が降り注ぐ。

 

「いって!」

 

「ね!」

 

突如頭上に鳴り響く衝撃に薫は飛び上がり、肩の上に乗っていたねねは薫の大声で飛び起きてしまう。

 

「現場責任者のテメェが居眠りこいてどうすんだオラァ!」

 

「だからって拳骨で起こすことねぇだろ、たんこぶ出来たらどうすんだよ……出来てるし」

 

拳骨を受けてヒリヒリとした痛みが残る頭頂部をさすると、かなり加減はされているようだが彼女の頭部に小籠包程度の大きさのたんこぶが出来ており、その威力を物語っている。

 

「隊長のくせして呑気に爆睡こいてるテメェが悪いんだろうが!仕事しやがれ仕事ォ!」

 

「隊長は俺だしぃ、隊員達を的確に動かしていざって時にバシッと決まれば隊長として成り立つんですぅ」

 

睡眠中に、おまけに拳骨で叩き起こされた事でやや機嫌が悪いのか多少態度が粗雑になりながらショッカーの言葉を流すがショッカーは続け様に不真面目な勤務態度と雑な対応に徐々にヒートアップしていく。

 

「小学生かテメェは、テメェより眼鏡の方がよっぽど隊長してんだろこの給料泥棒が!」

 

「んだとコラテメどこ中だ?あぁん?」

 

「ニューヨークのバッドシティ中学卒だ文句あっかコラァ!」

 

「はー、あったま悪そうな学校だなぁ!」

 

小学生の喧嘩のようなやり取りへと発展している最中、取り残された隊員たちは呆れた視線を2人に送っているが崖の上から2人のやりとりを見下ろしていた沙耶香も首を傾げながら小声で感じ取った事がつい漏れ出る。

 

「……2人は仲良し?」

 

「「全っ然!!」」

 

「息ピッタリですね」

 

ーー夕刻、群馬の山中

 

既に日も傾き始め、夕陽が地上を橙色に照らす黄昏時となるまで捜索を続けたものの成果は芳しくなく、結局荒魂を見つけることが出来ずにいた。

そろそろ作戦を切り上げるには最適な時間かと判断した頭頂部にたんこぶを作った薫が隊員たちに向けて隊長らしく取りまとめる。

 

「んじゃあ今日はここまで。暗くなると山は危険なんで早めに切り上げた隊長様に感謝しつつ宿で疲れをとるように」

 

しかし隊員たちは……

 

「糸見さん達のおかげで助かった~」

 

「捜索範囲が飛躍的に広がったしね」

 

「でも、発見出来なかった」

 

「明日は見つかるって」

 

「いっそ隊長変わって…」

 

沙耶香を取り囲み、薫の事などどこ吹く風とでも言わんばかりに彼女を称賛し始める。

おまけに薫のあまりにもやる気のない態度や勤務中に居眠りを敢行するという隊長としての威厳が無い行動を取っていたため致し方ないのだが言いたい放題に言われている。

そんな彼女らの様子を見てか薫は若干ダメージを受けたのか悔しげに呟く。

 

「気のせいか、沙耶香が来たことで俺の株がストップ安になった気がする」

 

薫の呟きに対し、桐生は横目で薫の方を向きつつやや皮肉がな笑みを浮かべ、言葉を放つとそれがトドメの一撃となる。

 

「気のせいです。だって彼女が来る前からストップ安でしたから」

 

グサッ

 

言葉の刃が心臓に刺さったかのような感覚に陥り、やや落胆した様子を見せた彼女に対し、割と妥当な扱いかも知れないがあんまりな物言いに対し、やや引き気味に……それでいて少しだけ……本当に少しだけ先程まで口喧嘩をしていたショッカーが同情的に言葉を掛ける。

 

「テメェマジで人望ねぇな……」

 

「…………」

 

そうしている間に隊員たちが宿へ戻ろうと踵を返して去って行く彼女たちに沙耶香は一例をする事で送り出すと薫の方へと歩き出すと真顔のまま淡々と話しかけてくる。

 

「明日は必ず荒魂を発見するから」

 

「おう、ぶっ潰してやろうぜ」

 

沙耶香の言葉に対し、ショッカーは右拳の左の掌にバシバシと打ち込みながら活気盛んに答えると妙に力が入り過ぎている2人に対して左手の人差し指で頰を掻きながら目を伏せて諭そうと試みる。

 

「もう少し肩の力を抜いてもいいんだぞ。この一件、荒魂による直接的な被害は一切報告されてないんだ紗南の目も届かないし気楽にやれよ~」

 

ショッカーと沙耶香の間を通り抜けながら沙耶香の肩、身長差があるショッカーに対しては肘の辺りをポンポンと叩く。

しかし、ショッカーと沙耶香は薫のあまりにも悠長な態度に対し、危機感を感じていないのか?と感じ、素朴な疑念を投げ掛ける。

 

「被害が出てからじゃ遅ぇだろ。んな呑気な事言ってる場合か?」

 

「任務は速やかに達成すべき、刀使の使命は荒魂を討つ事だから」

  

「だよな……うん、特祭隊として正しいのはお前らだよ」

 

2人に筋の通った正論で返されると薫はやや自嘲気味に返すと2人は顔を見合わせ、キョトンとした表情を浮かべられる。

 

「言ってる意味が分からない」

 

「どう言うこった?バケモン退治がテメェらの仕事じゃねえのか?」

 

薫の言っている事が理解出来ないとでも言いたげな2人に対し、薫はあっけらかんとした態度のまま2人の間を通り抜け、旅館へ向けて歩き出す。

 

「いいんだよ、お前らはそれで」

 

「ね?」

 

2人の方をチラ見する事なく歩き出す薫の頭上でねねは頭だけで振り返り、彼らの様子が気掛かりとでも言わんばかりに心配そうな表情を浮かべるがショッカーは両腕を組みながらヘルメットの下で訝しげな表情を浮かべ、やはり理解不能と言いたげに悪態をつく。

 

「あぁ?なんなんだあのチビ」




あ、映画をすぐに観に行ける人ばかりではないと思うので初日勢の皆様や、早めに見た皆様もネタバレは控えてくだされ。


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第67話 卓球バトルで交流かい!?

今回は2話連続形式なので一つ前の66話からよろしくお願いします。


陽が沈み、旅館の窓の灯りが川面を照らす時間帯にもなると夕食を終え、風呂前に各々が好きなように行動をしていた。

ハーマンは宿に戻った頃にショッカーの装着を解除してスーツケース状に戻し、旅館のフロントに預けてスーツとコンセントを繋いで充電をしてもらっており夕食を摂った後は用意された個室でテレビ視聴に興じ、それに反し隊員たちは部屋に団欒と言った具合に集まって布団の上で会話に興じていた。

 

旅館の中を徘徊していた薫が皆が寝泊まりする部屋の襖を開けて室内を見渡すが約1名、姿を確認出来なかった。

 

「おい、沙耶香はどうした?」

 

薫の鶴の一声により室内にいた隊員たちが一斉に薫の方へ顔を向けると桐生が自分の知り得る事を思い返しながら伝える。

 

「夕食後は部屋に戻っていませんが…」

 

「恋バナとか聞きたかったのにな~」

 

「だよね〜」

 

「そうか、邪魔したな」

 

あまり知りたい情報が入らなかったからか、探し回っても中々沙耶香が見当たらない事に苛立っているのか……等と理解し難い複雑な感情を抱えたままぶつぶつと呟きながら廊下を歩いて行く。

 

「ったく一人で何してんだあいつは…べ、別に八つ当たりみたいに冷たくしたことを気にしてなんかないけどな!そういやねねもいないな……うおっと」

 

曲り角を曲がろうとした矢先、曲がり角から出て来ようとした人物とぶつかるとかなりの身長差があるのかそのぶつかった相手は薫を見下ろしながら話しかけてくる。

 

「おうワリワリ……って、何だテメェか」

 

旅館から用意された浴衣を身に纏い、捲った袖から覗く両腕に彫られた刺青が全体像を主張しつつもその右手には150cm程の長方形の水着衣装を纏った10代半ば程の銀髪の少女がポーズを取った姿がプリントされている抱き枕を抱え、バスケットボールすらそのまま手掴み出来そうな程大きな手には缶コーヒーが2本握られている。

両耳たぶに付けられたシルバーのリングピアス、左目を覆う長い前髪の隙間から覗く三白眼にガラの悪い目付きで察する事が出来る、ハーマンだ。

 

「いや、こっちこそ悪い。なぁ、そういや沙耶香見なかったか?」

 

「見てねぇよ、さっきまで部屋でテレビ見てからな」

 

「そうか、邪魔したな」

 

ハーマンに聞いても望んだ答えが返って来なかったため、別の所を探そうかとその場を去ろうとした矢先にハーマンは壁に背を預け、気になった事を尋ねる。

 

「ターミネー子がどうかしたか?」

 

「別に、なんでもねえけど」

 

素っ気ない態度で返されるが沙耶香に対する薫の態度や任務の終わり際での事を思い出すと1つの答えに辿り着き、揶揄うような笑みを浮かべて茶化し始める。

 

「あー!歳下のアイツにドライに接してたの気にしてやがんだな!おいおいテメェも意外とお人好しか」

 

「「いっで!」」

 

図星ではあったのだがハーマンの言い方と、ましては直接自分の前で指摘される事による気恥ずかしさからか薫はハーマンの脇腹に向けて手の指を真っ直ぐ伸ばし、指先を突き刺す貫き手を弱めに突き刺す。

不意打ちであったため、気の抜けた声が出てしまうが貫手をお見舞いした薫の指先はジーンと来る痛みによって痺れている。

 

突き刺したまでは良かったのだが想像以上にハーマンの常人よりも隆起した肉体を構成する筋肉が硬質であっため鍛えていなければ突き指していただろう。と実感した。

そんな痛みを誤魔化すついでに薫は少し、ハーマンに向けて気になっている事を尋ねてみようかと話題を変える。

 

「いてて別ににそんなんじゃねぇよ……なぁ、お前に一個聞きたいんだけどいいか?」

 

「あ?」

 

「お前が特祭隊の仕事にやる気になってんのは別にいい。けど、お前って基本自分の損得勘定で動くような奴だろ?何でこんなあぶねー仕事手伝う気になったんだ?しかも妙に張り切ってるし…ウチの学長のマルチ商法に引っ掛かったならやめとくのを勧めるぞ」

 

そう、日中の荒魂の捜索任務に当たる際、やや空回り気味ではあったが積極的に捜索に協力しており、荒魂を早急に倒す事に躍起になっていることを鑑みるにSTTとしての職務に対してそれなりに真面目に取り組んでいる事は見て取れた。

しかし、以前鎌倉で敵同士で合間見えた際に管理局についている理由の大半が損得勘定で動いている人物に見えたためそのような利己的な性格の者が自分を散々こき使うブラック上司の差し金だと考慮すると紗南の口車に乗せられているのではないかと薫なりの親切心で忠告をするとハーマンは同情するかのように顔を引き攣らせる。

 

「ひでぇ言われようだなオバハン……まぁ、オバハンにショッカーのパイロットにならねぇかって誘われて、制約は結構あるし断ったら普通に裁判受けてムショ行きだったろうしな。だったら俺はオタ活が出来る方を取っただけだ、後はファイトマネーを貰う以上はちゃんとやんねぇとダメだろ」

 

「けど、だからって釣り合いが取れてるとも言い難いだろ。俺たちの仕事は結構危険だぞーオタ活がしたいからってそうそう選べるモンなのか?」

 

照れ隠し気味にやや説明に誇張が入っているため薫に怪訝そうな視線を向けられると短い間だが一緒に仕事をする相手に変に隠し過ぎても拗れて面倒になるかと思いある程度は本当の事を話しても差し支えはないだろうと判断し、自分よりも背の低い薫を見下ろしながら語り始める。

 

「……あのオバハンは絡むだけでデメリットがある俺に対して生徒の力になって欲しいって頭を下げられるようなセンコーだぜ。そこにあったのはテメェの損得じゃなく、テメェらガキ共を想って俺みてぇなダメ人間にもキチンと真意を話して頭を下げるその誠意に取り敢えず信じてみる価値は感じた。後は……まぁ……」

 

視線を外しながら少し前に自分にそう決意させる切っ掛けをくれた、かつては敵同士で2度も潰し合いをした間柄でありながら何ヶ月も暇さえあれば自分の面会に来ては他者とは最低限の接触が無く知り合いもいない拘置所生活での退屈で穴の空いたような日々を自然と埋めてくれた相手を無意識に思い浮かべていた。

 

「借りがある奴がいるからな、借りっぱなしは癪だからよ」

 

「それって……おっと」

 

ハーマンが今思い浮かべている人物に非常に心当たりがあるため思わず追求しようとしたら照れ隠しのつもりなのかこちらを見ずにハーマンが手に持っていた缶コーヒーを投げつけてくる。

 

「やるよ、ガキにコーヒーはキツいかも知れねぇけどな」

 

「別にキツくねぇし、ナメんなよ」

 

唐突に投げ渡された缶コーヒーをキャッチした薫は鎌倉で会った時から子供扱いしてくるハーマンに対し、悪い気はしていないが複雑そうな視線を送りながらプルタブに指をかけようとする。

 

「あ、シールは寄越せよ。キャンペーン中だからな」

 

そう言われて投げ渡された缶を確認すると、缶胴にはスクリューボールのロゴがプリントされており、更には「グッズが当たる!キャンペーン実施中!」と書かれた捲るタイプのシールが貼られていた。

どうやらスクリューボールと缶コーヒーのタイアップ商品であり賞品目当てで買っていた缶コーヒーを薫にくれたということのようだ。

 

「抜け目ねぇな……」

 

優しいんだかケチなのか判断がより難しくなってしまったがせっかく貰ったのでプルタブに手を掛け、親指でリベットを押しながらタブを引っ張って缶を開け、コーヒーを口に流し込むと意外とさっぱりした味わいの微糖のコーヒーだったようで飲みやすく、コーヒーと砂糖の味が残る。一応飲みやすい方をくれたようだ。

 

「?」

 

再び視線を薫に戻したハーマンが先程まではそこまで気になってはいなかったが何か足りないような、普段ある物がないように感じ、違和感の正体を知るために薫に問いかけて来る。

 

「そういや犬っころはどうした?テメェんとこに戻ったんじゃねえのか?」

 

「ん?その口ぶりだとさっきまでねねといたみたいな言い方だな」

 

「あぁ、さっき部屋でテレビ見てた時にちょっとな」

 

ーー数刻前、ハーマンが宿泊している個室

 

「ぐぬぬ…自室ならともかく他の客も泊まっている旅館じゃヲタ芸できぬ故控えめな応援しか出来ませぬがリアタイは欠かさないであります」

 

ハーマンが個室に置かれたテレビの前に胡座をかきながら全長150cm程の長方形の、自身の推しメンである10代半ば程の銀髪の少女がプリントされた抱き枕を抱き抱え、畳の上には旅館の売店で購入した複数のサイリウムを置き、本日も自分が推しているアイドルグループ、スクリューボールも出演する歌番組の生放送を視聴していた。

 

『皆さーんこんばんわー!スクリューボールでーす!今日もあなたのハートに〜スクリューボオオオル!』

 

「んほぉ〜!このアイドルたまんねー!今日も今日とて推しが可愛いであります!」

 

階段を降りながらスクリューボールのメンバー5人が会場に入場し、画面越しにテレビの向こう側の視聴者に向けて可愛らしくウインクをしながら手を振ってファンサービスをして来る自分の推しメンのパフォーマンスに興奮し、目を❤️にしながら胸をときめかせていると個室の引き戸が横に動く音が聞こえる。

 

「ねっ」

 

夕食後以降薫の元から離れ、旅館内を彷徨い歩いていたねねが幸か不幸かハーマンのいる個室の近くに迷い込み、ハーマンの声が聞こえたため何の気無しに個室に入って来たようだ。

 

「ややっ、犬っころ氏ではありませぬか。拙者の部屋に何か用でありますか?」

 

「ねね!」

 

『はい、シルバー・セーブルの皆 さんありがとうございました〜。次は今年の紅白出場最有力候補、スクリューボールの皆さんお願いしま〜す』

 

TVから流れる音に対し、ハーマンの耳がその音を拾うかの如く巨大化し、光の速さで首をTV画面の方向へと向ける。

 

「ってヤベッ、こうしてる間にもライブが始まっちまうであります。犬っころ氏、来るならさっさと来るであります」

 

「ねっ」

 

生放送の最中であるためオタクモード時の口調は抜け切ってはいないものの再度視線は突然の来訪者であるねねの方へと向けられており特に邪険にする様子は見せずにねねを部屋に招き入れる。

 

ハーマンに招き入れられたねねはとことこ歩きながら胡座をかいて座るハーマンの膝の上に乗っかり同じくテレビの方へと視線を向けるとメンバーの若干顔の高さより下…何となく胸部の位置を見ながらも音楽に乗せて身体をリズミカルに揺らし始める。

 

「〜♪」

 

(あー……拙者、そういや犬っころ氏についてはほぼ何も知らんしペットもガキの頃にコーンスネークブリザードを飼ってた位で他の小動物との接し方が分からんであります)

 

「ねへへへ〜」

 

今思えばねねとハーマンの絡みはほぼ少なく、鎌倉での戦いの際ほんの少し合間みえた程度の絡みしかないためねねが荒魂という話は紗南から聞いてはいるものの部屋に招き入れたまではいいがどう接していいか分からず妙な気まずさに苛まれていたがTV画面に映るスクリューボールの面々を見て顔をふやけさせているため1つ、話題を振ってみることにした。

 

(まぁ、取り敢えずこれで行くでありますか)「ならば犬っころ氏、この中では誰が1番かわいいと思うでありますか?」

 

「ね?ね〜」

 

ハーマンは言葉が全て通じると思ってはいないが一応意思疎通はある程度図れないかと思案し、問い掛けた質問に対しねねは首を上に向けて曇りのない純朴な視線を向けて来る。

ハーマンの質問に答えるために再度視線をTVの方向へと向き直り、スクリューボールのメンバーを吟味し始めるとハーマンは自分の推しの良さを伝えるためにねねに対し熱弁を始める。

 

「拙者の推しは若干15歳でありながらグループの要でリーダー、本日センターも務めて日本中から注目を集めている千年に一度の逸材、総選挙では毎度一位争いに食い込む絶大な人気を誇るアイドルオブザアイドルオブザアイドル!りるるんこと相戸瑠璃!スリーサイズは上から83、56、81!どうでありますか!?中々に攻守共に優れたアイドルでありましょう?」

 

「ね!」

 

ハーマンの弾幕の如き熱弁を語るに際してかなりオタク特有の早口になっていたためねねも理解しきれない部分はあったがハーマンがゴリ推しするアイドルを指差していたためこの子の事を言いたいんだろうなという事は伝わり、確かに可愛らしくてスタイルも良いためねねは同意するかのように鳴き声を上げる。

 

「意外と分かるではないでありますか犬っころ氏!拙者は同担拒否だなんてしょっぺえオタクくんみてえな真似はしねえであります!さぁ、犬っころ氏もりるるんを推すであります!布教用のグッズならくれてやるであります!」

 

「ね、ねへへ〜」

 

推しの良さを熱弁し、更に熱烈な勧誘までしてくるハーマンであったがTV画面を見つめるねねはある一瞬を見逃さなかった。そして、ねねはとろけたように表情を緩ませ、ある一点に視線を固定している。

ハーマンも自分の言葉に相槌を打たなくなったねねに疑念を抱き、ねねが視線を向けている位置を見やる。

 

「ん?犬っころ氏……ってどこ見てんだテメーは」

 

「ね!」

 

そう、ハーマンの推しアイドルの隣で華麗に踊る20代前半ほどに見える大人びたクールな印象を与える飴色の髪を靡かせ、そして抜群のスタイルを誇り、西瓜の如く実った果実を揺らしているアイドルの胸部だ。

 

そして、ねねはハーマンの膝の上で足で強く蹴り上げてミサイルの如く勢いで、更に言うならば惑星に向けて飛び出すロケットのように一直線に向けて飛び出した。

 

「ねー!」

 

「ってコラ、画面にダイブしてもそこに実物はねぇっつの」

 

口調も既に元通りのものとなり、呆れ気味な視線をねねに送りながら冷静にねねの鉄色の尻尾の端を掴む。

尻尾を掴まれたねねは前へ進もうにも進むことが出来ず、空中でもがいていたがハーマンに諭された事で大人しく床に降り、未練がましく残念そうにTV画面を見つめる。

 

「ねね〜」

 

ねねがスクリューボールの大人びたメンバーの胸部を凝視し、飛び込もうとしていた事柄からハーマンは1つの結論に到達し、畳の上に座るねねを見下ろしながらそれを本人に向けて言い放つ。

 

「なるほどな、さっきから妙に胸元の辺りばっか見てやがると思ったらテメェ…そういう星の星人だった訳か」

 

「ねぇね!」

 

ここまで一点の曇りもない即答をされると逆に感心させられてしまったがハーマンの推しアイドルもスタイルはかなり良いため、ワンチャン好みに刺さるのではないかと言う希望を捨てず何としても自分の推しを布教せんとばかりにTV画面を指差しながらねねに再度ゴリ推しを続ける。

 

「ならりるるんも結構いいだろ、な?テメェもりるるんを推そうぜ」

 

「ね!……ん〜ね!」

 

しかし、ねねはTVに映るアイドル達を交互に見つめるがやはり好みはこの大人びたアイドルであると言う確固たる意思表示をするために前脚を向けて強調するとハーマンはねねの意志を汲み取る。

 

「結構好きだがテメェの真の好みは最年長の19歳で一番胸がデッカーなリズ姉こと亜嵐莉朱って所か。まぁ、好みはそれぞれだがリズ姉の魅力はスタイルだけじゃねえぞ。歌はりるるんには一歩譲るがダンスの腕前は屈指だ、それに一見クールで素っ気なさそうに見えるがファンレターには全部直筆で返事を書くだけじゃなく握手会での対応も丁寧で誠実だ。テメェもスクリューボールのファンになるならリズ姉のおっぱいマウスパッドならくれてやってもいいぜ」

 

「ねね!?ねへへへ〜」

 

自分の解説よりも最後の一文への反応が1番良かった事は心底複雑であるが好みのメンバーがいる上に反応は良かったため後一押しすれば行けそうだと思い、次はメンバーの魅力以外の部分を勧めようと次のカードを切る。

 

「……まぁ、いいだろう。まさか犬っころにまで布教が成功するとは思わなかったぜ」

 

「ねね!」

 

「だが、魅力的なのはメンバーだけじゃねえ。紅白出場最有力候補に上がるにゃ歌唱力とダンスのスキルも求められる最中最高にキレッキレなのがスクリューボールの歌とダンスだ」

 

TV画面の向こう側でハイレベルなパフォーマンスを繰り広げるスクリューボールの出番も終盤に差し掛かって来たため共に盛り上がるのが1番手っ取り早いと判断したハーマンは旅館の売店で購入したサイリウムを拾い上げ、軽く折り曲げると内部のガラスアンプルが割れ、2つの液体が化学反応を起こしてそれぞれ銀と橙色に発光する。

 

「テメェにもそれを教えてやるから他の部屋に響かねえ程度に盛り上がんぞ。よし、犬っころはこれを待て。リズ姉カラーのサイリウムだ」

 

「ね!」

 

ねねがハーマンからサイリウムを受け取るとそれを掴むと曲のリズムに合わせてハーマンと同時に楽しげに振り始める。

 

「はい!はい!はいはいはい!世界一かわいいよおおおおお!」

 

「ねい!ねい!ねい!ねねねー!」

 

ハーマンのコールに合わせてねねも見様見真似にコールを始めると両者の気持ちがシンクロしたかのように気分が高揚して行く。

その光景はガラの悪い成人男性が小動物と共にTVの前でアイドルのライブに合わせてノリノリでサイリウムを振り回しながらコールをするという側から見ると異様な光景であるが両者が非常に楽しそうだと言うのは伝わるだろう。

 

「おいおいおい!意外とリズム感あんじゃねえか犬っころ!どうだ?楽しくなって来たろ?」

 

「ねね!」

 

いつの前にか険しい表情を浮かべていたハーマンの表情は変貌しており、既にハーマンにとってねねはどう接していいか分からない小動物から同じくスクリューボールの音楽とダンスを楽しむ1オタクへと変わっていた。

 

 

「フォオオオオオオオオオオオオオ!」

 

「ねねーーー!」

 

両者の盛り上がりが最高潮に達したあまり奇声を上げると画面の向こう側でスクリューボールのライブが終わる。

すると邪気のない、親しい相手へと向けるような友好的な表情のままねねを見下ろし屈託のない笑みを浮かべる。

 

「メンバーだけじゃなくて曲もダンスもすげえだろ?スクリューボールはよお」

 

「ねね!」

 

ーー回想終了。

 

「……って感じで部屋で盛り上がってたんだがスクリューボールのライブが終わったら犬っころの野郎どっか行っちまったもんでテメェの所に戻ったと思ったんだけどな」

 

「風邪引いた時に見る夢だな。にしてもアイツどこほっつき歩いてんだか…」

 

しかし、ハーマンもねねの行方は皆目検討も付かないため何の気無しに庭にでもいるか?と思い、視線を庭の方へ向けると一瞬動きを止め、薫に語り掛けて来る。

 

「さあな………おい、外見てみろ」

 

「あん?」

 

ハーマンに促されるまま視線を宿の庭に向ける。

旅館の灯りが微かに庭を照らす庭に置いて白を基調としたジャージを纏う中学生程の背丈の少女が黙々と愛刀を手に持ち上段に振り下ろす、という行動を機械的に繰り返していた。

そう、薫が探していた沙耶香だ。どうやら彼女は夕食後も浴衣にも着替えずに

余った時間で素振りを行っていたという事だろう。

 

「ね?」

 

すると、どこからともなく地面の上を四足歩行で歩く鉄色の尻尾を持つ子犬……少なくとも哺乳類に見える小動物が黙々と素振りをしていた沙耶香の足元へと歩み寄って来る……薫の元から離れて単独行動していたねねだ。

ねねの鳴き声が聞こえると沙耶香は視線を足元に視線を向けたが特に気にする素振りを見せずに素振りを再開する。

 

「ねー、ねーね」

 

沙耶香に便乗するかのようにねねは自分の鉄色の尻尾を長物に見立てて彼女の近くで素振りの真似をし始める。

しかし、手足が非常に短いため素振りの動きはどこか小ぶりで腕を頭上まで振り上げる素振りのそれではなくただ尻尾を軽く縦に振っているだけの動作にしかなっていない。

 

ねねの動作が視界に入った沙耶香がは素振りを止め、妙法村正を納刀するとねねを見下ろしながら小さく指摘する。

 

「それ、違う」

 

「?」

 

何が違うのか理解出来ていないのか話しかけられたのが意外だったのかねねが素振りを止め、小首を傾げていると沙耶香はしゃがみ込んでねねの尻尾を掌の上に乗せ、ちゃんと自分たちが剣を振るう時に近い位置と、持ち方に変えてあげる。

 

「ねー!」

 

感謝の意を込めたねねの鳴き声に対し、軽く頷くと再度立ち上がり、共に並んで素振りを再開する。

 

「何してんだアイツらは……」

 

「風呂前に汗流してぇとかじゃねぇのか?」

 

ねねと沙耶香の交流(?)とも取れる素振りを前にして疑念の声を漏らす薫に対し、ハーマンは缶残り少ない缶コーヒーの中身を啜りながら壁に背を預けて淡々と答える。

 

「ね!ねねねねー!ねねねね……」

 

しかし、妙に張り切ったねねが縦横無尽に尻尾を振り回したが自分の身体ごと派手に振り回してしまった事により目を渦巻き状に回しながらヘロヘロと気の抜けた声を上げながら顔から地面に倒れ伏す。

 

眼前でねねが倒れ伏してしまったためやや慌て気味に駆け寄り、心配そうな表情を浮かべながら倒れ込んだねねに呼び掛け始める。

 

「平気?気を付けないと駄目……」

 

これまで貼り付けたようなポーカーフェイスの彼女の表情しか見た記憶が無い薫は意外そうな表情を浮かべると、彼女の事についてよりよく知るためにスマホを取り出しどこかへ連絡をしようとし始める。

 

(あんな顔もするのか)

 

そして、連絡を取った相手と繋がるとその相手が電話に出る。

 

「薫ちゃん?どうしたの急に」

 

電話越しから明るく、ハキハキとした声色が伝わって来る。口調から察するに薫をよく知る人物であるのだろう。

その電話に出た相手に対し、薫は気になった事を問い掛ける。

 

「可奈美はよく沙耶香と組んでるよな。あいつといつもどんな風に過ごしてる?」

 

どうやら薫が連絡を取った相手は普段関東圏内の任務に置いて彼女とよく任務に出撃する機会が多い彼女ならば基本各地を転々とさせられているため疎遠になっていた自分よりは詳しいと判断し、連絡を入れたようだ。

 

すると、薫の問い掛けに対し、可奈美の中で変なスイッチが入り、饒舌気味に語り始める。

 

「もちろん剣術の話!そうそう!こないだは久しぶりに手合わせして」

 

ーーブチン

 

欲しかった情報は拾えなかっただけでなく自分が提示しても盛り上がれる内容では無い気がして参考にならなかったとして長くなる前に一方的にブチ切りすると同時にめんどくさそうに盛大なため息を吐く。

 

「沙耶香もだが可奈美も大概だな!はぁ…めんどくせぇ…」

 

一方その頃、白い寝巻きを纏った舞衣が椅子に腰掛け、携帯電話を耳に当てる事で誰かに連絡を取っていた。

 

「う~ん…やっぱり心配かも」

 

「薫と一緒のサーヤのことデスカ?」

 

すると、電話の向こう側から明るくハキハキとした片言の少女の声が聞こえて来る。

その声の主は橙色の長船の制服を身に纏い、椅子に深く腰掛けて通話相手である舞衣の相談に乗っていたエレンであった。

恐らく沙耶香が派遣された隊で指揮を採っており、尚且つ知人同士が組むというのは本来心強いものである筈なのだが薫の人柄をある程度知っている舞衣はやや不安に思っている事があるようで彼女と親交が深いエレンに相談に乗ってもらっていたのだろう。

 

「薫ちゃんめんどくさがりなとこあるから…」

 

舞衣の言う通り確かに薫は基本マイペースで面倒くさがりな面もある人物であるためそのような人物の指揮下に沙耶香が派遣されるとなれば確かに不安が募るのは理解出来なくもない。

しかし、そんな舞衣に対して彼女の不安を払拭させるために満面の笑みを浮かべ、強く返す。

 

「心配ご無用!ああ見えて薫は面倒見のいい子なんデスよ。なんせ400年も荒魂と共に生きてきた益子の一族デスから!そ・れ・に今はハマハマも一緒デスカラ!」

 

更にエレンは目を輝かせ、意気揚々と語る彼女の声のトーンが一瞬高くなるのを感じた舞衣は風の噂程度で聞いたことがあるハーマンの存在について言及する。

 

「その人って確か新しく機動隊に配備された新型スーツのパイロットの人だっけ?」

 

「YES!紗南先生が薫のお手伝いとして派遣した助っ人の1人デス!」

 

「そう言えばどういう人なんだっけ?」

 

これまで管理局が雇った装備テストパイロットとの面識がほぼ無く、ハーマンとは出会いすらしなかった舞衣は彼の人物像を全く知らないためエレンに問いかけるとエレンは顎に手を当てて掻い摘んで説明しようと咀嚼し始める。

 

「えーっとスゴい簡単に言うと前は耳に沢山ピアス穴を開けていて」

 

『ガイアが俺にもっと輝けと囁いてんだよ』※台詞はイメージです

 

舞衣がエレンから聞いた通りのイメージで脳内再生を開始すると深紅の髪にガラの悪い目付きの子供の落書きのような雑なハーマンの顔をざっくりと思い浮かべる。するとまず耳に大量のピアスを付けたヤンキーやチンピラと言った風貌が思い浮かぶ。

 

「うん?」

 

「身体のあちこちに刺青が入ってて」

 

『市営プールは……出禁だぜ』※台詞はイメージですが刺青が入っていると入場を断られる場合があります

 

次に捲った袖口から覗く、刺青の入った右腕を見せ付けながら右手首を左腕で伸ばしながら胸板を強調するハーマンのイメージが頭に浮かぶ。

 

「………うん???」

 

「目付きと口と態度が悪くて二人称が誰に対してもテメェで」

 

『んだテメェ…やんのかオラ、あ゛ぁ?』※ほぼ事実に基づいた台詞です

 

「…………」(急に宇宙の話を振られた時の顔)

 

言われた通りのイメージで想像していたがどこからどう見てもチンピラかヤバい奴にしか思えず表情を宇宙猫へと変貌させていると語っている間に舞衣の反応もあってか徐々にエレンの顔色が青ざめて行き、額から大量の冷や汗が伝う。

 

「それですぐ怒って……sorry、私もちょっと不安になって来マシタ……」

 

「そ、それ本当に大丈夫なの……?」

 

電話越しからでも伝わる舞衣の不安そうな震え声に対して、エレンはどうにかフォローしなければと思い、席から立ち上がり、あたふたと手を振りながら必死に説明を開始する。

 

「だ、大丈夫デス!その上アイドルオタクで超変な人デスケドあれでも歳下には優しかったり面倒見は良かったりシマスカラ!……多分」

 

「私一気に不安になって来たんですけど……」

 

どうにかフォローしようとするがハーマンは基本的にダメ人間であるため交流があり一応いい所も知っているエレンですらフォローが難しくしどろもどろになっている様子を感じ取った舞衣は更に不安を強めて小声で呟く。

 

「と、取り敢えず私から言えるのは、2人を信じてみてクダサイ!」

 

「は、はぁ……」

 

そんなエレンの奮闘も梅雨知らずのフォローをされていた2人は同じく旅館の廊下で特に会話も無く缶コーヒーを啜っていたが薫が缶コーヒーのシールを剥がしてハーマンに渡すと空き缶をゴミ箱へ向けて投げ入れ、何かを思い立ったかのようにハーマンの前を歩き出すと自分について来いとでも言わんばかりに親指を立てて自分の方へ向けて腕を振る。

 

「よし、風呂前の運動だ。お前も付き合え」

 

「何する気だ?まぁいいだろう、これでもガキの頃から運動全般得意で部活の助っ人もしてたからな」

 

ハーマンは薫の行動原理が理解出来ずにいるが得意分野で力を発揮することを期待されていると知ってか自信満々に不敵な笑みを浮かべ、両腕を軽く回してウォームアップを始めるとそこで薫は軽いイジりのつもりでハーマンに突き刺さる冗談を放つ。

 

「勉強は?」

 

「うっせ聞くな」

 

場面は変わって旅館の卓球場。

 

「?」

 

薫に呼び出されたのかジャージから浴衣に着替えた窓側を背に沙耶香が卓球台の前に立ち、卓球用のラケットを手に持ちながら首を傾げて反対側に立つ者達を見据える。

 

「ヘイヘーイ!沙耶香と副隊長ビビってるー」

 

「風呂前の軽い運動だ、はっ倒してやるぜ」

 

右手に持ったラケットのラバーの部分を左の掌にポンポンと当て、ジト目とナメ切っているのがひしひしと伝わる間延びした口調で沙耶香を挑発する薫と身体を横に向け、ラケットを持った右手首を左腕で伸ばしながら胸板を強調するポーズ、サイドチェストのポーズを取っているハーマンであった。

 

そして相対する2人に対し、沙耶香の隣に立つ桐生の手にもラケットが握られており彼女がツッコミ所満載の2人を前にして左手でこめかみを押さえている。

 

「全くどうして私まで……」

 

「2対1じゃ部が悪ぃだろうが。副隊長の意地、見せてみろよ」

 

「……まぁ、いいでしょう。吠え面かかないでくださいね」

 

「糸見さんファイト!」

 

「隊長なんかやっつけちゃえ!」

 

「副隊長、応援してます!」

 

「シュルツさん、上腕二頭筋がチョモランマ!」

 

どうやらこの4人で卓球でダブルスを行うようだ。他の隊員隊が声援を送って

いる最中、薫に対しては誰も声援を送っていない。

本日参入したばかりのポッと出のハーマンですら本日の任務では沙耶香同様真面目に捜索に協力していたり猪から助けたり崖を登るのを手伝ったりと地道に株を貯めていたため応援されているのにこの始末である……。

流石のハーマンも隣に立つ薫の方へと視線を向け、本日見て来た限りの仕事ぶりから妥当だとは思うがあまりの人望の無さに可哀想なものを見る視線を送る。

 

「テメェマジで人望ねぇな……」 

 

「うっ、そのかわいそうなものを見る目はやめろよ」

 

「どういうこと…?」

 

沙耶香の眼前に広がる珍妙な2人と卓球勝負をするというカオスな状況下で至極真っ当な疑念を薫に問い掛けると薫は左手の掌にピンポン球を乗せ、ラケットを構えて意気揚々とした表情へと変わる。

 

「どうもこうも温泉といえば卓球だろうが!」

 

「今は任務の途中」

 

「真面目か!馬鹿野郎休んだり遊んだりするのも任務の内だ!それに新入りのお前らが馴染めるようにしねえとな!」

 

「任務?」

 

「まぁ、大事なのはメリハリって事だろ。俺も現役時代はトレーニングはトレーニング、遊ぶ時はとことん遊べって言われてたぜ」

 

「ねね!」

 

任務は粛々とこなすものであるという認識であったため薫の常識に囚われない柔軟な提案に対し、小首を傾げていると沙耶香の肩に何処からともなく現れたねねが肩に飛び乗り「やってやろうぜ!」とでも言いたげに左足を挙げ、先程のお返しとでも言わんばかりに尻尾をラケットに見立てるように持つとフォアハンドの振り方を実演して見せる。

 

「こう?」

 

「ね!」

 

沙耶香がねねに見せられたように数回程ラケットをフォアハンドで素振りして見せるとそれでいいとでも言いたげに左足を挙げる。

彼女たちのやり取りを見ていたハーマンは白い歯を見せながら悪い笑みを浮かべ、ラケットを反対側に立つ2人と1匹に向けて宣言する。

 

「言っとくが俺は遊びだろうがガキ相手だろうが手加減しねぇぜ、容赦なくぶっ潰す。……後フォアハンドは右肩引きながら腰捻ってラケットをちと下に向けながら脇から顔面の前でスイングする間に打つといいぞ」

 

「分かった」

 

「ねぇね!」

 

「向こうは2人、こちらも2人です。負ける道理はありませんね」

 

ハーマンの強気な姿勢に対し、2人と1匹も何だかんだ乗り気になっている所を確認すると薫は鼻を鳴らして両手を腰に当ててふんぞり返りながらドヤ顔のお手本と言って過言では無いドヤ顔を披露し、右手の人差し指を相対する者達へ向けて堂々と言い放つ。

 

「ふふん、ねねが行った所で貴様らは所詮遊びの素人!本気の遊びというものを教えてくれるぅ!」

 

「流れるようにフラグを立てますね」

 

「はーはっはっはぁ!行くぞお前らぁ!」

 

「しゃあ!来いオラァ!」

 

「………」コクッ

 

「いつでもどうぞ」

 

桐生の不吉な一言を華麗にスルーし、高笑いをあげて左手に乗せたピンポン球を構えて試合開始の宣言をすると一同はラケットを構えて臨戦態勢に入る。

開戦の合図として薫が左手のピンポン球を宙に放り、サーブを放つための最適な位置まで落下すると薫は猿叫と同時にフォアハンドでピンポン球をラケットに当てる。

 

「きえー!!」

 

気合の入った猿叫が卓球場に鳴り響いたから数分後ーー

 

 

「…………」

 

即落ち2コマの如く卓球台に身を乗り上げ、浴衣を着崩しながら力無く顔面を突っ伏して轟沈する薫の姿があった。

薫の体力が尽き、沙耶香桐生ペアが有利になったことを皮切りにねねが沙耶香の肩の上で緩んだ笑みを浮かべていると観客と化していた他の隊員達が沙耶香と桐生の元へ集まり、彼女達を称賛し始める。

 

「糸見さんすごーい!」

 

「副隊長もラリー上手いですよね〜」

 

沙耶香が押し寄せる称賛の渦に対し、どのように返せば良いのか分からずにいる横で対する薫のハーマンペアでは卓球台に突っ伏しながら息の上がっている薫に対し、ハーマンは薫を指差しながらツッコミを入れる。

 

「うおいチビィ!テメヘバんの早過ぎんだろ即落ち2コマかよ!」

 

試合を開始して数分までは勢いに乗れていたのだが、徐々に体力が減り始めるとヘロヘロとした返球しか出来なくなっており、薫の所を集中的に狙われてしまったためすぐにへばってしまった。

一応ハーマンも精一杯体力の無い薫をカバーし、自らも積極的に得点しに行ったため点数差自体は僅差であったりする。

 

息も絶え絶えになりながら薫は首だけを動かして相方であるハーマンを見上げると先程の自信満々な様子から打って変わって情けない言い訳をし始める。

 

「薬丸示現流は…一撃で仕留める瞬発力がありゃいいんだ……」

 

「ならワンチャン1回で終わる音ゲーか格ゲーでいいじゃねえか……まぁ、いいテメェは休んでろ。俺が2人まとめて相手してやらぁ!」

 

ハーマンが薫の浴衣の襟を掴んで持ち上げ、客用の椅子の所まで運んで休ませると再度卓球台の場所に戻る。

すると、身体を動かしたことで熱くなって来たのか動きやすくするためなのか自分の着ている浴衣の上衣を腰まではだけて裸の上半身を露にし、上衣を腰に巻いていた帯に固定した。

 

「「「キャアアアア〜!」」」

 

「あ?」

 

その光景に、隊員達一同の視線を一気に集めて釘付けにする。

裸の上半身が露呈したハーマンの肉体は腕から胸、首にかけて刻印された刺青はやはりチンピラやヤンキーと言った物々しさを伴うがそれらに彩られた白人特有の白い肌を隆起させる堅牢な筋骨、身体の裏側と呼べる背中には鬼が宿っているのでは無いかと錯覚させる程に発達した背筋が密集し、広背筋がまるで葉のよう、そして脊柱起立筋が葉を支える幹のようにくっきりと浮き出ている。

肩を回して、再度ウォームアップを始めるのだが肩の筋肉は大きく丸く、網目のように血管が腕中に浮き出ているためマスクメロンを彷彿とさせる。

そして、警察官の制服を纏っていた際にも目立ってはいたがやはり大きめのワイシャツを用意しなければパツパツになり、はち切れてボタンが吹っ飛ぶのが想像に難くない程発達した大胸筋とその真下にある腹筋は板チョコのように綺麗に分割されており、相当絞らないと現れない斜腹筋も「やぁ」と言わんばかりに顔を覗かせている。

 

「背中がクリスマスツリー!」

 

「肩がリヴァイアサン!」

 

「大胸筋デッカー過ぎて固定資産税かかりそうだな!」.

 

「腹斜筋で大根すりおろしたい!」

 

ハーマンの肉体を目の当たりにした隊員達は口々に思うがままの感想を声高に、まるで声援のように送る。

一方で、沙耶香はあいも変わらず無表情のままラケットのラバー部分を掌で叩きながら彼女なりの称賛を送っている反面桐生はやや恥ずかしそうに顔を背けているが視線だけは横目でハーマンに向けている。

 

「ナイスバルク」

 

「ど、どうして脱ぐんですか!?」

 

桐生の指摘に対し、ハーマンは歳下の子供に見られた程度では特に気にする様子を見せずにラケットを団扇代わりにして扇ぎながらあっけらかんとした態度で淡々と言い放つ。

 

「あ?だって動きずれえし、熱くなって来たからな。2人がかりだろうが勿論俺は抵抗するぜ?……ラケットで」

 

「………」コクッ

 

「望むところです」

 

腰を低く落としたまま左の掌にピンポン球を乗せ、ラケットをフォアハンドで構え、ハーマンも先程の薫と同様に流れるようにフラグを立てているのだが本人にその自覚はなく、左手に乗せたピンポン球を宙に放り、ラケットを振るとラバー部分に命中すると螺旋を描くように高速回転を始める。

 

「うおらあああああああ!……ていっ」

 

……しかし、小手先のテクニックで絶妙に力加減をされたピンポン球は低く、それでいてネットに触れるか否かの瀬戸際を通過し、沙耶香桐生ペアのネット手前で落ちる。

卓球のサーブに置いてまず大切な事は強いサーブを放つ事ではなく相手が打ちにくいサーブを放つことであるためかなり気合を入れて放った割にはしょっぱいように見えるが相手で2バウンドする短いサーブであれば、相手は2バウンドする前に打たなければならず、卓球台の上で打たなければならない。

それにより、卓球台が邪魔になるため身体を大きく使う打ち方は制限されてしまうため、コンパクトな打法が求められて強い返球が困難となる。

 

「なっ、ネット際……っ!?」

 

それに気付いた桐生はハーマンの放つ、ネット前スレスレの短く低いサーブを2バウンドする前に沙耶香よりは幾らか背の高い自分が返すと言わんばかりに身体を前に出し、ラケットをバックハンドに持ち替えて2バウンドする前に辛うじて打ち返す。

 

「やっぱ緩く来やがったな!オラァ!」

 

しかし、桐生の放った返球は緩く、長いくなってしまったためハーマンは既に後方まで下がり、いつでも打ち返せる準備をしていた。

ハーマンは狙い通りの絶好球が来たことを好機と見て、フォアハンドでラケットを構えると右腕に力を込めると血管が浮き出てて行き、跳躍と同時に叩き付けるようにラケットを振り抜く。

 

「くっ……!速い!」

 

ハーマンの長躯と常人よりも強い腕力から放たれるスマッシュは未だに返球して間もない不安定な姿勢のままの桐生では対処し切れる筈もなく、台の上でバウンドしたピンポン球を空振りしてしまう。

 

「ねね!」

 

しかし、空振りした球が壁に当たるよりも前にねねが沙耶香の肩から跳躍して桐生の肩を踏み台にすることで鉄色の尻尾を後ろ向きで振り抜く事でピンポン球を跳ね返した。

 

「ねね……っ」

 

「あっ!?犬っころも混ざる気か、上等だ!纏めてぶっ潰してやらぁ!」

 

予想外にもねねが桐生をカバーし始めたためハーマンはねねが2人のカバーに入る事を良しとして受け入れ、試合を続行し、ねねが左側に向けて打ち返して来たピンポン球に対して身体を一回転する事で後ろ向きのままバックハンドでねねの打球を打ち返す。

 

「ふっ」

 

しかし、後ろ向きで打ってしまったため狙いが定まらず沙耶香の方向へと返球し、彼女は黙々と飛んで来たピンポン球を待ち構え、ハーマンが打ち返しにくそうな位置に向けて右のエンドラインへ向けてラケットを振り抜く。

 

「取ってみやがれ!」

 

沙耶香の返球が来る前に姿勢を整えていたハーマンは打ち返して来た沙耶香の方に視線を送りながら力強くファアハンドでラケットを振り抜く……が、ハーマンの放ったレシーブは桐生の方へと飛んで行く。

 

「しまっ……!」

 

ボクシングでもよく使われるフェイントを卓球のダブルスでも使って来るとは予想だにしていなかったため桐生は慌ててハーマンからの力強いレシーブをどうにかはね返すがワンテンポ遅れてしまっただけでなく力負けもしてしまい、ハーマン側の台に落ちると高く、それでいて遅く打ち上がり、完全な絶好球となってしまった。

 

ハーマンはその好機を逃す訳もなく、獲物を仕留める野生動物の如き鋭い眼光を覗かせ金色の光が灯ると腰を低く落とし、全神経をラケットを持つ振り上げた右腕に集中させると全身の筋肉が引き締まる。

 

「うおおおおおおらあああああああああ!」

 

ピンポン球に狙いを定める鋭い三白眼は金色の閃光を宿し、振り上げた右腕を渾身の力でラケットを振るとピンポン球に命中し、ラバーの上で先程以上の回転を見せ、螺旋を描いて行くが今度は回転に回転を重ねているため火花が飛び散っている。

 

その回転を保ったままハーマンが気合いの入った怒号と同時にラケットを振り抜いてピンポン球を飛ばすと風圧を纏いながら稲妻の如き速さで向こう側の台へと一直線に飛んで行く。

 

「ぶっ飛べ!」

 

戦闘訓練を受けているため一般人よりも遥かに高い身体能力と反射神経を誇る筈の彼女達ですら目で追うのが必死と言った具合に反応が遅れてしまった。

卓球台の上に回転の掛かったピンポン球が落ちると1バウンドした後にけたたましい音が鳴り響くと同時に2人と1匹が立つ間に向けて飛んで行く。

 

「速い」

 

「ねね!」

 

「くっ!取れない!」

 

沙耶香も、ねねも、桐生も、ハーマンの大人気ない全力全開のスマッシュに対し、反応は出来たがあまりに高速で通過していくためラケットを振っても掠りもしない。

 

 

「しゃあっ!同点だぜ!」

 

子供相手とは言え勝負に対して手は抜かない姿勢と、何だかんだ卓球を楽しめてしまっているためつい熱くなっていたため、つい忘れてしまっていた。

彼女達の立っている台の側は窓側……つまり、相手が自分の本気の一球を取れなければ窓ガラスに命中する可能性が高いという事実に。

 

一応旅館に宿泊させて貰っている立場の人間である以上、流石に物を壊すのはマズい……特に執行猶予中の自分が行うのはよりリスキーであることを失念しており、つい自分の身体能力を鑑みずに本気でスマッシュをぶちかましてしまったことを後悔したが時既におすし。

 

「……ってヤッベェ!」

 

ハーマンが絶叫と同時に目玉を飛び出させながら打球の方向を凝視していると2人と1匹は結局強烈なスマッシュをラケットに捉えることが出来ずに宙を切り、閃光の如く直進するピンポン球は2人と1匹の間を通過し、2人と1匹がスマッシュが纏う風圧で押されている間に背後にあった窓ガラスに直撃するとガラスが割れる嫌な音が鳴り響くと同時に綺麗にピンポン球の形の穴を作り、穴を通過して行ったピンポン球は旅館の外まで飛んで行き、森林の中の大木に直撃すると深くめり込んだ。

 

「お、俺の給料がああああ!」

 

「あらら、やってしまいましたね」

 

「ねね」

 

旅館の窓を割ってしまった事実を前に、確実に自分の給料から修繕費が差っ引かれる事は容易に想像が出来てしまった事により3食付きの生活を送っているとは言えオタ活と賠償金でカツカツな財布にダメージが入ると思ってかハーマンはへなへなと腰砕けにへたり込んでしまった。

眼の前で情けなくへたり込む成人男性の姿を一同が目の当たりにしていると2人と1匹とハーマンが試合をしている間にある程度体力が回復した薫がゆったりと起き上がり、一同の方向を向いて何かを思い付いたのか一言残すと卓球場を後にする。

 

「おい、ちょっと待ってろ」

 

「何をなさるおつもりですか……?」

 

直後、再度卓球場の横引きの扉を開ける音が鳴り響くと一同はその方向に視線を向ける。

その視線の先には……

 

「はっはー!御刀さえあればお前らのような子童と眼鏡なんて敵じゃねぇ!

 

完全に勝利を確信したドヤ顔で左手に祢々切丸を持ち、肩に担いで仁王立ちする薫であった。

ねねが桐生沙耶香ペアに協力した時点で若干ルール無用の無法地帯と化していた気がしないでは無いが遊びとは言え勝利をもぎ取るために完全にルール違反の獲物を持ち出して来たことに対し、隊員達は呆れ半分、感心半分と言った具合に次々にその有り様に言及する。

 

「いっそ清々しいまでに卑怯!」

 

「逆の意味で尊敬します隊長!」

 

「糸見さん頑張れ!」

 

「下剋上よ!」

 

「部屋を壊さないでくださいね」

 

「いや、そんな小回りの効かねえ得物で卓球は無理だろ」

 

これまでは隊員達にボロクソ言われていた際には特に責め立てたりもせずに静観していたハーマンですらとうとう彼女達に混ざってツッコミを入れ始めているため既に彼女の隊長としての威厳はマントルにまで到達したと言っても過言ではないだろう。

しかし、ねねと沙耶香は特に気にする様子もなく彼女の肩に乗るねねは左脚を上げて鼓舞する。

 

「ね!」

 

「うん」

 

「いい度胸だ、覚悟しやがれ」

 

2人とも薫が祢々切丸を持ち出すアンフェアな行動であるが堂々と迎え撃つ意思を見せると薫は心底悪そうな不敵な笑みを浮かべ、ドスの効いた声色で室内に入り、数歩歩いて構えようとした矢先……

 

ーーガツン!

 

「あ゛あああああああー!」

 

天井から何かをぶつけた鈍い音とハーマンの野太く情けない悲鳴が鳴り響き、一同がその方向を向くと祢々切丸が天井に突き刺さり、その部分から降って来た破片がハーマンの足元へと降り注いでおりそれが見事に床にめり込んでいた。

 

無理もない。大太刀と呼ばれるだけあって刃長216.7cmという長さを誇り、茎も含めた全長はなんと324.1cmもある祢々切丸がまともに入り切る訳が無く、注意しながら扱わないと何処かにぶつける危険性があるのだ。

それを不用意に扱ったため、祢々切丸を天井にぶつけてしまい、天井の破片が近くにいたハーマンに向けて降り注ぎ、間一髪といったという所だろう。

 

「……く、クッキーをトッピングしたパフェになる所だったぜ……」

 

もし、頭に命中していたら……と想像するだけで背筋が凍る想いではあるが自分も旅館の窓ガラスを割ると言う大ポカをやらかしているため、副隊長の立場である桐生が腕を組んでジト目で2人を睨む眼力に圧され、揃って彼女の前に並んで正座をする。

 

「本部長に報告しますね」

 

宿屋に宿泊させて貰っている立場でありながら宿泊施設に被害を出したのであればケジメを付けるのが筋であるため副隊長として真っ当な対応を行おうとする桐生がその名前を口に出した途端薫は見るからに激しく動揺し、額を床に擦り付けながら渾身の土下座を敢行する。

 

「ハッ……!何卒お慈悲を!」

 

「ぜってぇ怒られるな……しばらくはグッズの箱買いは出来ねえ……」

 

魂が抜けたように……いや、ボクシングに倣うのであれば1人だけベタを廃した真っ白い画面と化し、燃え尽きた真っ白な灰になったかのように逃れられない想定外の出費に対し、ただ漠然と受け入れているハーマンを他所に他の隊員たちはワイワイと試合の感想を述べ合っている喧騒の最中、相手方の自滅という形であるが実質的に勝利したのは自分たちのチームだと理解したのか卓上に乗っていたねねが沙耶香に向けて右の前脚を差し出す。

 

「ね!」

 

「こう?」

 

勝利を分かち合うためのハイタッチのつもりで差し出された前脚に戸惑いつつも沙耶香はねねに向けて右の掌を前に向けて持って行き、前脚と掌が触れ合うとねねは綻んだ満面の笑みを沙耶香に向けて来る。

 

「ねえ〜い」

 

「ふふっ」

 

その笑顔に釣られて沙耶香も自然と笑みを溢し、素振りと卓球を通して仲が深まっている様子である1人と1匹の様子を正座をしている薫が横目で視線を送ると自身のペットと知人が親しくなったのが嬉しかったのか釣られて笑顔になる。

 

「へっ」




ACVDから10年、アーマードコアの新作が出ると長年擦りに擦り倒され、ついに今年の8月に発売されるAC6の発売まで集中したいので返事とかは遅くなるかもなのでしばらくアデューです。(好きなタイトルのゲームなので買ったら多分沼ってしまうので…w)


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