『ルテシイア』
俺が中学の頃、中学の図書館で何となく目について手に取った、今ではタイトルさえ忘れた占いの本に載っていた恋のおまじないの言葉だ。その本によれば、このおまじないの言葉を唱えると恋をしている相手との距離が次第に近づいていき、やがて結ばれるという。眉唾物のおまじないだ。
こんなもん信じるヤツは余程信仰深いか馬鹿かのどちらかしか居ないだろう。「あいしてる」の逆さ読みだぞ、もっと捻った言葉に出来なかったのか。幾ら何でも中学生を馬鹿にし過ぎだろう。
だが当時の俺にはそんなおまじないにも縋るほど好きな人がいた、好きだった人がいた。過去形なのはまあ察してくれ。
あぁ、俺?俺の名前は『比企谷八幡』千葉市立総武高等学校2年F組のぼっちだ、今は訳あって奉仕部なる謎の部に籍を置いてる。話を戻すが何で今更そんなおまじないの話をしたかったいうと…
「「「告白のお手伝い…?」」」
奉仕部に所属する『比企谷八幡』『雪ノ下雪乃』『由比ヶ浜結衣』の三人の言葉は奉仕部の部室の中でハモった。前例はある、戸部が海老名に告白する際に奉仕部へと相談を持ちかけられた件がかつてあった、結果は失敗に終わったが。
「はい…」
依頼人は1年生の生徒でよく奉仕部に出入りしている『一色いろは』と同じクラスだという女子だ。何でもいろはから「ココに行けばトラブルを何でも解決してくれるよ」と言われ藁にもすがる思いで奉仕部に来たらしい。
八幡はあのいろはす適当な事言いやがってと内心嘯いていると結衣が勢いよく依頼人の話に食いついた。
「相手はどんな人!?」
「うおっ」
驚く八幡と目を見開く雪乃、だがそのリアクションは八幡も予測していた、雪乃も同じだ。こういった乙女心を擽るような依頼、コイツが食いつかない訳がない。
「ちょっと由比ヶ浜さん、本気でこの依頼受ける気?」
「だって恋の依頼だよ!?」
静止する雪乃に対し、何言ってんだお前という顔をする結衣。どうやら本気でこの依頼を引き受ける気らしい。
「で!相手は!?相手はどんな人なの!?」
捲し立てるように依頼人にその相手の名前を答えるよう急かす結衣、まだ受けると決まった訳では無いのにこの対応だ。八幡と雪乃はそれぞれ顔を合わせると結衣の肩を抑える。
「落ち着け由比ヶ浜」
「そうよ、こんなデリケートな依頼、安請け合いして取り返しのつかない事になったらどうするの」
「えぇ〜!?」
結衣は八幡と雪乃の顔を見回して「受けないの!?」といった表情だ。どうやら本気らしい。
「…受けてくださらな「大丈夫大丈夫!!しッッッかりとうけたまわっちゃうよ!!」」
結衣は八幡と雪乃の静止を振り切って不安がちな顔の依頼人の言葉を遮り、依頼人の想い人の名前を聞き出す。
「相手は…」
静止していた二人も相手の名前が出るとなると思わず清聴してしまう、やはり気になるのだ。八幡とてそうだった、八幡の中で恋というと苦々しい記憶しかないが、他人のとなると話は別だ。気になってしまう。
「テニス部の…」
テニス部、その単語を聞いた八幡は思わず硬直した。八幡の数少ない友人の内の一人にそのテニス部に所属している人間が居たからだ。
(…落ち着け、まだアイツと決まったわけじゃない)
八幡は不安を感じた、まさかなと。いやまだ決まったわけでは無いのだ、八幡は自分の思い違いである事を祈った。
「先輩の…」
先輩、テニス部の先輩。それでだいぶ対象が絞られてしまった。いや、まだ名前は出ていないのだ。まだ違う可能性はあると八幡は願う。
「戸塚先輩なんです」
戸塚、その苗字の生徒は八幡が記憶する限りではこの学校に一人しか居ない。最悪の展開に八幡は奉仕部の部室の天井を仰ぐ。
「さいちゃん!?」
トドメと言わんばかりに結衣はその人物のあだ名を叫んだ。しつこいようだが、八幡の記憶する限りではそのあだ名で呼ばれる生徒はこの学校に一人しか居ない。
『戸塚彩加』
八幡の友達だった。
「その…依頼の方は…」
「やるやる!是非やります!!」
頭を上下にぶんぶんと振って了承する結衣、テンションは普段のそれの3割増だ。そこに雪乃が割っては入る。
「ちょっと由比ヶ浜さん本気で「わかった、その依頼を受けよう」」
そこに八幡が更に割って入る、何時にも増して真剣な表情だ、普段の腐ったような目も心做しか澄んでいる。正気かいった顔の雪乃とまってましたと言わんばかりの顔の結衣。
依頼人の女子は顔をほころばせてそれを喜んだ、まだ告白が成功した訳でもないのに呑気なものだ。
「ありがとうございます!」
「ヒッキー信じてたよー!引き受けてくれるって!」
喜ぶ結衣に抱きつかれる八幡、柔らかい感触が八幡の身体に押し付けられる、それを八幡は鬱陶しそうに引き剥がす。
「…意外ね、貴方がこういう依頼を引き受ける気になるなんて」
心底驚いた表情なのは雪乃だ、八幡にくっつく結衣を剥がすのを手伝いながら雪乃はそう言った。
「…しかたねーだろ」
「だよねーヒッキーとさいちゃん友達だもんねー気になるもんねー」
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる結衣、八幡にとって気にならない訳がなかった。でも今の結衣の表情はキモかった。
「何笑ってるのよ由比ヶ浜さん、気持ち悪いわよ」
「きもっ!?」
「そうだぞ、キモイぞ由比ヶ浜」
「ヒッキーまでー!?」
ショックを受けた顔の結衣、そのやり取りを見ていた依頼の女子は頼む相手間違えたかとそわそわしていた。
「大丈夫かな…」
騒々しくなっていく奉仕部内、その喧騒を部室の外から聞く者がいた。男かも女かもわからぬ小さな人影はゆっくりと踵を返し部室の扉を背に小さな声で呟いた。
「ルテシイア」
声の主は静かに、誰にも気付かれることなくその場を去って行った。
時系列は適当です。
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