咲-Saki- in キャンパス (ウメ、)
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入学式

始まりです。
大学の描写は作者の経験によりある程度片寄ってしまうと思います。


四月一日。都内某所。

 

気持ちの良い春の風に桜の木が揺れ、花びらが舞う。そんな幻想的な景色の中を黒いスーツの集団が歩いている。多くの人が笑顔を浮かべ談笑している、中には緊張している人もいるが表情はやはり明るい。そんな中に一人泣きそうな顔でオロオロと歩く少女がいた。

 

「ここどこ~。本当にこっちであってるの?」

 

その少女、宮永咲もまた人生初のスーツを身に纏いとある会場を目指していた。しかし途中あまりに見事な桜に足を止め、カメラ機能ってどうやるんだっけ?とあたふたしながらなんとか写真に納めることに成功する。たったそれだけの筈なのに咲には自分のいる場所が分からなくなっていた。不思議なことに。

 

「……ここはいったい。……黒い人達に着いていけば、きっと着くはずだよね?」

 

誰かに確認するように声に出すが当然返事はない。

 

「始めくらいはしっかりしないと。待たせちゃ悪いしね」

 

そう呟くと咲は気持ちを切り替え歩を進めていく。会場で待っているであろう友人の元へ。

 

因みに現在咲が後にくっついている集団は全く別の会場を目指しており、咲がそれに気づくのはもう少し後の話。こうして宮永咲は入学式に完全に遅刻することが決定した。

 

 

 

*****

 

 

 

小林大学。東京都西部に建つ私立大学である。今日はその入学式が行われる、今年から通うことになる宮永咲も友人と共に参加すべく会場を目指していた。

 

(スーツにヒールってどうしてこんなに走り難いの!?)

 

走るためにできていないので当然なのだが、今の咲にそんなことを考えている余裕は無かったりする。しかし努力の甲斐もありようやく会場に到着した。

 

「遅いっ!!!」

 

咲が会場に到着するや否や、大きな声が響く。式は既に始まっており周りには誰もいない。間違いなく咲に向けた言葉だ。咲は辺りを見回し声の主を探す。そして見つけた瞬間、表情がぱぁっと明るくなった。

 

「淡ちゃーん!良かった……本当に良かったよー」

「ちょっ!?サキ!?」

「もうダメかと思ったよ」

 

咲は目尻に涙を溜め、淡に走りよりそのまま抱き着いた。驚きなからも確りと抱き止めた淡は文句の一つでも言ってやろうと待っていたが、咲の思わね行動に言葉が出てこない。それでもこれだけはと口を開く。

 

「何で連絡しないの?電話にも出ないし!二度と咲に会えないかもって心配したんだからね」

 

咲は淡から離れながら答える。淡は名残惜しいのか少々残念そうにしている。

 

「地図見ようと思っていろいろ弄ってたら、電池無くなっちゃって……」

「……はあ。やっぱりサキに東京は早かったんだよ」

「ひどいくない!?それに『二度と』なんて流石にあり得ない……よ、多分」

「ひどいのはサキの方向音痴だよ」

 

淡はその後も「やっぱり迎えに行くべきだった」とか「治せるの?」とか「いっそ一緒に……」などぶつぶつと呟いていた。それを聞いた咲は卒業までに方向音痴を治すことを密かに誓う。ただ高校の時も和に同じことを言われ、同じことを誓ったのは咲だけの秘密だ。

 

「そうだ、淡ちゃん」

「今度は何?忘れ物それともトイレ?」

「ううん……式始まっちゃってるのに待っててくれてありがとう。心配してくれたのも嬉しかった」

 

目を少し赤くしながらニコッと笑う咲。男女問わずあらゆる人を惹き付ける魅力的な笑顔だ。淡は不意討ちをくらったように狼狽える。

 

「……と、当然!テルにも任されてるし。それよりほら早く行こ」

 

そう宣言すると咲の手を引っ張り早足で進みだす。前だけを見る淡の顔はかすかに朱に染まっている。咲は頼りがいのあるその手をしっかりと握り返し後に続いた。

 

 

 

*****

 

 

 

出鼻を挫かれはしたが今日の二人の本来の目的は大学の入学式である。この日のためにスーツを買い、朝から入念に準備をした。途中からとはいえ、出ないという選択肢は無く二人は会場に続く大扉の前に来ていた。

 

「これ開ければ会場だよ」

「すごい。本当に着いた……」

「私は宮永家とは違うからね。じゃあ開けるよー」

 

一切の躊躇なく開ける淡。しかし二人は幾つかのミスをしていた。一つはこの大扉が来賓用の会場入口であること。さらに自分達の知名度と淡が如何に目立つのかを忘れていた。そして手を繋いだままであること。

 

「「……」」

 

会場に僅かに沈黙が流れる。式の最中に開くはずのない、来賓用の扉が突然開いたのだから当たり前だ。しかし本来ならちょっとしたハプニングで終わるはずだった事が、近くの学生が小さな声を出したのを皮切りに全体に声が伝播していく。

 

「なんだなんだ?」

「あの二人どこかで見たことあるような?」

「どれっすか?見えないっす」

「あれ大星じゃね?麻雀の」

「じゃあ隣は宮永か?すげえな、去年のインハイの一位二位じゃねえか」

「うえ、マジっすか」

 

あっと言う間に咲と淡の正体がバレた。麻雀全盛の世の中でインハイのトップ2であり、加えて淡の目立つ容姿だ。気づくなという方が無理があった。式の参列者数百人、もしかすると千人を越えるような人が咲達に注目しているのだ。咲の顔はみるみる真っ赤に染まる。

 

「あはは、間違えちゃったみたい……」

「バカ!!」

「痛い!叩くこと無いじゃん!ちゃんと会場には着いたでしょ!」

「着いたけど……着いたけどこれは違うよ!バカ!」

「また言った!そもそもサキが……」

 

そのまま言い合いを始める二人。咲はテンパっているのかバカを連発し、淡がそれに反論しだして、終わる気配は見えない。

 

「手繋いでるし、あの二人って仲良いんだな」

「……」

 

全一年生共通の意見だった。

 

「さっきは頼りになるなと思ったのに!」

「サキこそ!ちょっと可愛いなと思ったら、

「ねぇ、あなたたち仲が良いのは分かったから、そろそろいいかしら?」

「「あっ……はい」」

 

結局係員に止められ強制的に席に案内されるまで言い合いは続き、多くの人が生暖かい目で見守っていた。僅かな時間ではあったが宮永咲と大星淡の存在は全一年生の知るところになる。さらには入学式の噂は上級生まで伝わり、一月後には学内でも有数の知名度を誇ることになるのだった。

 

「怒られちゃったね」

「初日から大学デビューに失敗だね」

「それは違うんじゃ……」

「」ジロッ

「「……」」

「」スッ

「「……はぁ」」

 

係員から厳しい視線が向けられる。他にも周りからの視線が突き刺さる。二人は式が終わるまで、周りから聞こえてくる自分たちの噂話を聞き続けるはめになるのだった。

 

 

 

*****

 

 

 

式が終わり帰路に着く。咲は未だに誰かに見られている用な気がしていたが、淡はもう気にしていないようだ。

 

「入学式凄かったー!やっぱり高校までとは全然違うし!あー早く明日にならないかなー。早く学校行きたい!」

「淡ちゃんは凄いね……」

 

今までにない服、人の数、会場。など全てが淡の好奇心を刺激している。式の途中からは周りの目も気にならなくなり、淡の大学への期待は膨れるばかりだった。

対して咲は朝から迷子になり会場で注目の的になり、疲れきっていた。式の最中はまるで罰ゲームのような気分だった。

 

「私も大学は楽しみだけど、不安の方が大きいかな」

 

咲がポツリと気持ちを吐露する。淡も今日を思い返して納得したように頷いている。

 

「確かにサキが一人だったら迷子になるし、入学式に出られなかったかもね」

「うぅ忘れて……淡ちゃんは気にしてないの?皆に見られて、あんな噂まで」

「私もサキももともと有名だったんだし気にすること無いって。噂には驚いたけど」

 

二人は式の最中に噂話を聞いていた、いや聞かされていた。根も葉も無い物からどこから知ったのか不思議な物まで、悪い噂も良い噂もあった。

 

「私が後輩を虐めてるって……どこからそんな話になったんだろ」

「多分インハイでマホから役満和了ったからじゃ……」

「あれは真剣勝負でしょ!」

「でも麻雀中のサキってなんか恐いし、マホあの後泣いてたし」

 

痛い所を突かれた咲だが何とか反論を試みる。

 

「泣いてたのは確かに事実だけど私は別に怖くないよ。対局中に笑うこともあるでしょ」

「私は平気だけど、あの笑顔むしろ恐いよ。後輩も言ってたし」

「えっ……私って一体……。笑顔を怖がられる女子高生って何?」

 

咲とっては驚愕の事実だったらしく、稀に見る落ち込みぶりである。淡は一応励まそうとする。

 

「噂なんてそんな物だよ。だから気にし過ぎちゃダメだからね。私なんて白糸台で女王様だったらしいよ」

 

そう言いながら淡は笑う。咲も連れて笑うが、我が儘な女王様の淡、何の違和感も無かった。

 

(それはイメージ通りかな。……ん?もしかして"怖い私"もイメージ通りなの?)

 

それに悪い噂以外にも気になる物があった。

 

「私と和ちゃんが付き合ってるって噂もあったよ。どこから出たんだろ?」

「私はテルとか菫先輩とかと噂になってた。それから……サキとも」

 

色恋の好きな年代だからか、噂の多くはそういう物だった。その中でも一番多く聞こえたのが咲と淡がカップルだという噂だった。

 

「「んー?」」

「確かに仲は良いけどね」

「うん。カップルでは無いよね」

 

一年生の頃から"宮永照の妹"と"宮永照の後継者"として凌ぎを削ったライバル。時々SNSなどで話題になる二人が仲良く遊ぶ姿。それらが重なり一部のファンの間で噂になっていたのだ。

 

(淡ちゃんとかぁ……)

(サキとカップル……)

「でもサキ一番と仲が良い自信はあるよ」ドヤッ

「一番?うーん、淡ちゃん、いや和ちゃん?いやモ

「悩みすぎ!!そこは嘘でも私って言ってよ」

「また噂になるかなぁと」

「そんなの気にしないで!」

「淡ちゃんが気にしなさ過ぎ何じゃないかな」

「私はなってもいいよ?……サキは嫌?」

 

冗談半分で言った淡だが咲の答えは気になるところだった。咲も冗談半分だと分かってはいたが意外と答えに困ってしまう。二人の間に沈黙が流れる。

 

「「……」」

「……帰ろっか」

「うん」

 

なんとなく気まずくなり再び歩き始める。沈黙はあまり長くは続かず、その後はこれからの大学生活の話で盛り上がった。

しかし入学式の出来事が噂に拍車をかけることをまだ二人は知らない。そもそも扉を開けた時しっかりと手を繋いでいたのだから噂が広まるのも仕方がないのかもしれない。

 

「サキ、明日は学校だよ、今日と違う場所だからね。ちゃんと一人でいける?」

「淡ちゃんは私のこと馬鹿にしてないかな?」

「なんなら朝家まで迎えに行ってあげるよ?」

「絶対来なくていいです!」

 

初日に躓きながらも二人の大学生活が幕を開けた。新たな環境、新たな出会いも二人なら楽しく面白く過ごしていける。二人はそんな期待に胸を膨らませながら家路についたのだった。

 

 

*****

 

 

 

「あの二人もこの大学に入ってたんすね。すごい偶然。明日にでも早速声をかけてみるっす、ぼっちは嫌っすからね」

 

 

 

 

 



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オリエンテーション

「お待たせー!、はあはあ」

「やったじゃんサキ、今日はギリギリセーフだよ。はい席取っておいたよ」

「はあはあ、ありがと……」

 

昨日の今日で遅刻するわけには行かないと咲には珍しく全力ダッシュしたおかげでどうにか間に合ったようだ。

 

今日は入学二日目。学部ごとのオリエンテーションが開催される。一年間の大まかな予定や授業の取り方、部活やサークルなどあらゆる大学の説明が行われる予定だ。因みに二人が入学したのは文学部である。もちろん咲の希望に淡が付いて来た形だ。

 

「オリエンテーションだって何やるのかな!?」

「そんな目をキラキラさせてても。多分事務的な説明がほとんどじゃないかな」

「大学だよ大学!もっと面白そうなことやるでしょ」

「淡ちゃんは大学を何だと思ってるの?」

「高校までとは違うんでしょ!?」

「そうだけど……」

 

確かに高校までと違い自分でやることが多いが、その分説明を聞かなければならないことも当然多い。最初こそ目を輝かせて聞いていた淡だが、事務手続き等の話が続き、淡のテンションはみるみるうちに底まで落ちていた。

 

「……サキ、終わった?」

「朝の元気はどこ行ったの?まだ半分くらいだよ。ちゃんと聞いてた?」

「……聞いてたよ、覚えては無いけど」

 

机に伏せながらも堂々と答える淡に咲は軽く目眩を覚える。

 

「後で聞いても教えないよ?」

「えー!私はサキに道を教える、サキは私に学校の事を教えるこれでWINWINでしょ」

「うっ!?それを言われると……分かったよ。でも始めから諦めるのは無し」

 

提案する淡も淡だが、簡単に受け入れる咲も咲である。

 

「はーい」

「それにここからは部活とかサークルとかの話みたいだよ」

「ホントに!?やった!早く始まらないかなー」

(でも大半は手続きとかの話なんじゃないかな?言わないけど)

 

咲の予想通りだった。初めの内は部活紹介など淡もよく聞いていたが、それが終ると書類の種類や提出期限などの話が始まり淡のテンションは再び底まで落ちていた。

 

「だいがくってむずかしいんだね」

「淡ちゃんが簡単に考えすぎなんだよ」

 

今にも頭から煙を吹きそうな淡だったがここでテンションを回復することがあった。

 

「ではこれから各部活の代表に部活動紹介をしてもらう。なおサークルは後日別に行うので興味のある者はそちらにも参加するように。では麻雀部からどうぞ」

 

「んん?まーじゃん?……麻雀!?」

「さすがの反応だね、淡ちゃん」

 

机から一気に起き上がる淡、その目は元の輝きを取り戻している。どんな状況でも麻雀に反応する辺りさすがである。咲も冷静にしてはいるが内心は期待に溢れていた。

 

(大学の麻雀部……入るかは分からないけど、私もやっぱり楽しみだな)

 

 

 

*****

 

 

 

「どうも麻雀部の代表です。では早速麻雀部の紹介を始めますね。まずは……」

 

始めに行われたのは実績の紹介などの大まかな部の説明だった。咲や淡は入学前に麻雀部について調べていたので事前に知っていた内容だった。なので二人が興味を引かれたのはその後に始まったスライドショーである。

 

「ここからは普段の練習や先週行った練習試合の様子を撮った写真になります。うーん、あまり特徴は無いですかね、名門って訳でも無いですし……強いて言うならこの方はとっても強いですよ」

 

部長の言う通りごく普通の部活の様子が写真には写っていた。だが清澄という小規模な高校で麻雀を打ってきた咲にはそれが新鮮に写る。

 

(部活の仲間がたくさん。あれだけの人と一緒に打てるんだ)

 

対して淡にも写真は新鮮に写っていた。白糸台という名門で打ち、さらには部内にチーム制度のある白糸台では自ずと他チームとの関係は難しくなる。チームメートというよりもライバルに近い関係だった。

 

(別に仲が悪かった訳じゃ無いけど。こんな風にみんなで和気藹々と打つのもいいかもね)

 

((やっぱり入りたくなってきちゃったな))

 

もともと麻雀が大好きな二人だ。ある意味当たり前の反応である。ただ二人とも写真と思い出に浸っていて、部長の話は殆ど聞いていなかった。さらには部長が自分たちを見ていた事にも気づいてはいなかった。

 

「うちの大学の麻雀サークルほど伝統のある部では無いですし、大学から麻雀を始めた部員もいます。みんなで楽しくやっていますのでどなたでも気軽に来てくださいね」

「ありがとう。では次は……」

 

その後も部活紹介は続いていたが二人の頭は麻雀部の事でいっぱいで、終わってみればどんな部活があったのかさえ二人とも覚えていなかった。

 

「いやーいつの間にか終わっちゃったね」

「うん、私も麻雀部以外あんまり覚えてないや」

「まあ私とサキだからね。しょうがないよ麻雀大好きだもん」

「その通りなんだけど淡ちゃんと一緒とは……私としたことが……」

「それはどういう意味かな?んん?」

「さっ学食でお昼でも食べよ」

「サキ、誤魔化さないで!?」

 

二人は他愛のない話をしながら他の学生に続いてオリエンテーションが行われていた講堂を出る。そこに大きな声が響く。

 

「例の二人が来たぞ!!」

 

講堂の外は入った時とは全く別の光景が広がっていた。石畳の道と植木の綺麗な空間は今人で埋め尽くされていた。一年生の通り道の両脇を上級生が固め、何やらビラを配っているのだ。

 

今日は一年生の初登校日であり全員参加のオリエンテーションがある。要は絶好の勧誘日和なのである。あらゆる部活、サークルが工夫を凝らしたビラを手に集まっていたのだ。咲と淡は知らないことだが毎年恒例の光景である。

 

「なにコレ!?」

「淡ちゃん……逃げよう」

「私だって逃げたいけど……どこに逃げ道があるの?」

 

ただでさえ盛り上がる勧誘合戦の中に今年最注目の二人が現れたのだ。逃げ道などあるはずが無かった。

 

「私にはみなさんの目が光って見えるよ」

「サキも?私にも燃えてるように見える」

 

二人は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた。目に炎を宿した上級生による勧誘の始まりだ。

 

「大星さん、宮永さん是非うちの麻雀サークルに!!」

「あんなとこよりこっちは女子限定の麻雀サークルで安心だよ!!」

「たまには麻雀以外もどう!?将棋サークル宜しく!!」

「落研おすすめ……」

「漫研で魔法少女になるんはどや!?」

 

カオスだった。唖然としている二人の手にはあっと言う間にビラが積み重なっていく。貰った覚えの無い物まで積み重なっていく始末。このまま嵐が過ぎ去るのを待つしかないのかと二人は心の中で涙した。待つしかないはずだった。

 

「……さん……す」

「ん?」

 

咲の耳に僅かに声が届く。どこかで聞いたような声だ。それと同時に裾も引っ張られている。

 

「嶺上さんこっちっす!」

「えっ何で!?ちょっ……」

 

今度は確かに聞こえた。咲ははっきりと気付く、それと同時に強引に引っ張られる。

 

「きゃっ」

 

短い悲鳴と共に咲はその場から忽然と姿を消した。淡を一人残して。

 

「えっ……サキ?」

 

「……あれ……サキ?」

 

「……サキーーーーーーーー!!!」

 

咲が消えた事で獲物が一人に絞られた。今までの倍の勢いで勧誘を受ける淡は怒声とも悲鳴とも聞こえる声をあげ、勧誘の波に飲まれて行った。

 

 

 

*****

 

 

 

その頃咲たちは学食で静かに席を取っていた。

 

「今何か悲痛な声が聞こえたような……」

「何言ってるんすか?それよりここ空いてるっすよ」

「ありがと」

「気にしないでくださいっす」

「ううん、あの場から連れ出してくれてありがとう。……本当にありがとう、モモちゃん」

「そんなにっすか!?」

 

咲両手を確りと握り、心の底から感謝を伝える。咲を助けたのは東横桃子。鶴賀学園の卒業生で長野で3年間咲と戦ったライバルであり、今では仲の良い友達である。

 

 

 

 




あらすじでネタバレしていくスタイル


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志望動機

今回と次回は地の文無し、台本形式です。

ハロウィンの特別辺考えてたんですけど、形にならなかったので普通に更新。



咲「改めてモモちゃん、久しぶり?だよね」

 

桃子「部活引退してから直接会うのは初めてっすね」

 

咲「それにても凄い偶然!まさかモモちゃんまで同じ大学に入ってるなんて」

 

桃子「私は昨日から知ってたっすよ。インパクト十分の登場だったっすから」

 

咲「あー……あんなインパクトはいらなかったよ……」

 

桃子「お陰で楽しい入学式だったっすよ」

 

咲「私は全然楽しく無かったよ!」

 

桃子「まあまあ、二人とも有名人なんすからもっと慎重に行動すべきっすね」

 

咲「……んー」ジー

 

桃子「な、何すか?」

 

咲「欲しい……。モモちゃんのが欲しい」

 

桃子「えっ!?私には先輩が……でも咲ちゃんなら、いやでも……」

 

咲「ステルスが欲しい」

 

桃子「まぁ、そうっすよね。ステルスあげられるならあげてもいいんすけど」

 

咲「……欲しいっす」ジー

 

桃子「これじゃダメ?みたいな顔されても無理な物は無理っす」

 

咲「そうだよね」ハァ

 

桃子「私が一緒に居るときは協力するっすよ」

 

咲「ありがとう!!モモちゃん」パァッ

 

桃子「は、はい。というかインハイとかで活躍してても注目されるのダメなんすね」

 

咲「うん。3年立っても注目されるのは慣れなかったなぁ。よくお姉ちゃんに似てるって言われるけど、あれだけは真似できない」

 

桃子「お姉さん、マスコミの対応上手ですもんね。対局中とはまるで別人っす」

 

咲「プロになってからますます磨きがかかってるよね……」

 

桃子「……気になってた事聞いても言いっすか?」

 

咲「うん?何?」

 

桃子「何でプロに成らなかったんすか?誘いはあったんすよね?」

 

咲「ありがたいことに何チームかに誘っては貰ったよ」

 

桃子「流石インハイの女王すね」

 

咲「もう、その呼び方は止めてって。それでね、迷って悩んで、帰省してたお姉ちゃんに相談したんだ」

 

 

 

~回想~

 

 

 

照「咲はチーム選びで迷ってるの?それともプロになる事を迷ってるの?」

 

咲「そう言われると……うーん。自然とプロになるのかなと思ってたよ。お姉ちゃんもそうだったし」

 

照「ならもう一度考えた方がいい。大学でも社会人でも麻雀は打てるから」

 

咲「お姉ちゃんはどうしてプロを選んだの?」

 

照「私は……もっと強い人と打ちたかったから。当時はそれしか考えて無かったかな」

 

咲「それじゃ戦闘民族だよ……」

 

照「私は競技としての麻雀が好きだったって事かな」

 

咲「競技?」

 

照「うん。インハイとかプロの麻雀は基本的には競技、勝ち負けを決めるもの。勿論それが全てでは無いし、プロは魅せる麻雀を求められもするから一概には言えないけど」

 

咲「大学とかは違うの?」

 

照「例えば大学には麻雀を研究する人がいる、麻雀を教える事をメインにしていたり、変則的なルールで打ってみたり、本当にいろいろな人がいろいろな麻雀をしてる」

 

咲「お姉ちゃん大学行きたかったの?何だか憧れてるみたい」

 

照「プロを選んだ事は後悔してないけどね。大学、社会人出身の先輩にここ一番で負けることがあって、何と言うか経験の差みたいなものを最近感じてるんだ」

 

咲「経験かぁ」

 

照「あと……菫が楽しそう」

 

咲「そっちが本音!?」

 

咲(大学か、ちょっと調べてみようかな)

 

 

 

~回想終了~

 

 

 

咲「って事があってね、他にも久さんとかに相談したらこの大学がオススメってね」

 

桃子「なるほど。私と似たような事相談してたんすね」

 

咲「モモちゃんも?」

 

桃子「私はプロじゃなくて社会人のチームと悩んでたんすけど、加治木先輩に同じような事言われたんすよね」

 

咲「そうだよ!加治木さん!」

 

桃子「き、急にどうしたんすか?」ビクッ

 

咲「加治木さんって確か長野の大学だったよね?」

 

桃子「そうっすけど」

 

咲「何でモモちゃん東京にいるの!!?」

 

桃子「そんなに驚く事っすか?」

 

咲「驚くよ!?モモちゃんは絶対長野に残るんだって思ってたよ」

 

桃子「まあ私も残る気満々だったんすけど、あんな熱烈に説得されると」

 

咲「熱烈に?なにそれ気になる」ワクワク

 

桃子「私がもっと強くなるにはとかプロになるためにとかを私の目を見ながら切々と語られたっす。あんなに真っ直ぐ見つめられたらノーなんて言えないっすよ」

 

咲「……ちょっと羨ましいかも」

 

桃子「正直離れるのは寂しかったっすけど、二人の将来のためと思って頑張る事にしたっす」

 

咲「相変わらずの仲みたいで安心したよ」

 

桃子「っと、話が逸れたっすね。咲ちゃんもこの大学に来たって事は目的は麻雀サークルっすか?」

 

咲「うん。『麻雀部はあまり強くないけど、麻雀サークルは伝統があり、多種多様で各々が各々の分野で一流』って聞いてるよ」

 

桃子「じゃあやっぱりどこかの麻雀サークルに入るんすか?」

 

咲「そのつもりだったんだけど。まだ何も決まってないの」

 

桃子「来週には全麻雀サークル合同の説明会があるみたいっすね。一緒に行かないっすか?」

 

咲「もちろん!モモちゃんと一緒に静かにひっそり回りたいなぁ」

 

桃子「二人ならステルスできると思うっす。でも両立直さんは目立つっすから……」

 

咲「だぶりーさん?……ああ!淡ちゃん!」

 

桃子「あの顔も金髪も胸も性格もステルスとは正反対っすよ」

 

咲「あはは(モモちゃんもあまり人の事言えないよーな……)」

 

桃子「三人でステルスするのは難しいっすね」

 

咲「そっか残念。……二人ならできるんだよね?」

 

桃子「もしかして両立直さん置いてく気っすか?」

 

咲「淡ちゃんならきっと私と同じサークルにするって言うと思うし……有りだよね?」

 

桃子「大丈夫なんすか?(仲良いんすね)」

 

咲「大丈夫大丈夫!もし怒ったら麻雀に付き合えば許してくれるし」

 

桃子「本当っすよね?なんか嫌な予感が……」

 

?「そうそう。置いていっても大丈夫だよ」

 

咲「だから二人で……え?」

 

?「サキは私のことそんなふうに思ってたんだね」

 

咲「……淡ちゃん」サー

 

淡「私をあんな所に一人で置き去りにして。必死に探し出して見れば私を仲間ハズレにする相談中?」

 

咲「あ、いやそれは、勘違いというか……」

 

淡「何が勘違いなの!?サキ……酷いよ」グスッ

 

桃子「あー……これは」

 

咲「ええと淡ちゃん?ほら顔上げて?ね?」ナデナデ

 

淡「さ……」

 

咲「さ?」

 

淡「サキのバカーーーーー!!」ツネリ

 

咲「ひゃっ!?ちょあわひひゃんひたい、ひたいよ」

 

淡「ふん!」ゴスッ

 

咲「っふぁ!?痛い!!」チョップ!?

 

淡「サキが悪いんだからね!」

 

咲「ごめんね?あれはほんの冗談だって」

 

桃子「えっ?本気じゃなかったんすか?」

 

咲「ちょっとモモちゃん!?」

 

淡「サキやっぱり……ふん!」ツネリ

 

咲「まひゃっ!?」

 

桃子(やっぱり仲良しさんっすね)

 

 

 



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ダブリーさんとモモコ

ひさしぶりに台本形式で書いてたら、やたら時間がかかってしまいました。




咲「まだほっぺたヒリヒリする……」イタタ

 

淡「ご、ゴメン。ちょっとやり過ぎた……でも勧誘振り切るの大変だったんだからね」

 

咲「分かってるよ、私も置いていってゴメンね」

 

淡「うん!」

 

桃子「さっ仲直りも終りましたし、サークル説明会の計画立てないっすか?」

 

淡「もともとはモモコが私を一緒に連れて行かなかったからなんだから」

 

桃子「あの場から二人消すのは、というよりダブリーさんを消すのは無理だったっす

 

咲「淡ちゃんが普段から目立つから……」

 

淡「あれ?私が悪いの?目立つのは別に悪く無いでしょ?」

 

桃子「悪くは無いっすけど、あそこでは余計だったっすね」

 

淡「」イラッ

 

淡「私は二人と違ってスターだからね。地味な二人と違って」フフン

 

咲・桃子「「……」」

 

淡「……」チラッ

 

咲・桃子「「……」」

 

淡「何か言ってよ!?『大星だけに?』とか『地味じゃないよ!』とかさ!」

 

咲・桃子「「……」」

 

淡「これじゃただの嫌な奴じゃん!」

 

桃子「大星だけに?って自分で言うんすね」

 

淡「うっ!?」イワナイデ

 

咲「淡ちゃんは地味じゃないよ?」

 

淡「サキ……そうじゃない」

 

桃子「まあ実際、スターとも言える人が言うのは微妙な台詞っすね」

 

咲「私は地味な方がいいなぁ」

 

淡「もう地味はいいよ……それより!ほら」ガサガサ

 

桃子「おお!勧誘のビラ。しかも全サークル網羅っすか」

 

咲「淡ちゃん流石!」

 

淡「でしょっ。(勝手に持たされただけだけど)」

 

咲「これ見ながら説明会の計画立てよっか」

 

桃子「予想以上の数。全部は回れない?」

 

淡「多分ね。何個かに絞らないとダメかな」

 

咲「そっか。ごめん、私ちょっとおトイレ行ってくるね」

 

桃子「了解っす」

 

淡「面白そうなとこピックアップしとくねー」ノシ

 

 

 

*****

 

 

 

淡「うーん、これとかどうかなー?」

 

桃子「イマイチっすね。ところでダブリーさん、1つ聞いていいっすか?」

 

淡「うん。何、モモコ?」

 

桃子「私たちって喋るの初めてっすよね?」

 

淡「そうだっけ?」

 

桃子「そうっすよ!いきなり『モモコ』とか呼ぶから私が忘れてるかと思ったっす」

 

淡「対局したのは覚えてたんだけどなあ、気づいたらもういなかったんだっけ」

 

桃子「あの時は負けて悔しくてステルス全開で逃げたっすね」

 

淡「私はあの時から話してみたかったんだよ?」

 

桃子「何でまた私なんかと?」

 

淡「サキから面白い能力を使う娘がいるって話は聞いてて。それにサキの話し方が仲良さそうだったから気になってた」

 

桃子「嫉妬っすか?」

 

淡「違うって」

 

桃子「まあ私もダブリーさんとは話してはみたかったす。インハイの話とか聞きたいっす」

 

淡「そうでしょ!だからモモコでいいよね?」

 

桃子「だからの意味が分かんないですけど、いいっすよ。(私をモモコって呼ぶ人って何気に超レアな気が)」

 

淡「それから私も気になってたんだけど『だぶりーさん』って私だよね?」

 

桃子「分かりやすくて良いあだ名だと自負してるっす」

 

淡「良くないよ!いや確かにダブリーはよくするけど」

 

桃子(よく、なんてレベルじゃないっすよね)

 

淡「可愛くない!」

 

桃子「嶺上さんも両立直さんも役名で個人が特定出来るって凄いことっすよ」

 

淡「それでも嫌!サキのことだって『咲ちゃん』って呼んでたでしょ」

 

桃子「前に止めてって笑顔で凄まれたんすよね」

 

淡「やっぱり。私も『淡ちゃん』とかでいいからね」

 

桃子「えー、良いと思うんすけどねー。じゃあ『淡』でよろしくっす」

 

淡「オーケー!」

 

 

 

*****

 

 

 

淡「で、説明会どこにする?」

 

桃子「ざっと見た感じだと、私はこの『麻雀教育委員会』が気になるっすね」

 

淡「何その名前。なんとなく拒否したくなるんだけど……」

 

桃子「簡単に言うと地域の中学・高校に麻雀を教えに行くサークルみたいっす。自分で打つより教えるのがメインすね」

 

淡「……人に教えるの苦手。後輩にそっと拒否されるくらい」ズーン

 

桃子(何か嫌な事思い出してる……)

 

桃子「苦手は克服しなくちゃっす。それに自分が教えた子が活躍するのは悪くないもんすよ」

 

淡「モモコは後輩に指導とかしてたんだね、私と違って……」

 

桃子「卑屈になりすぎっす。咲ちゃんも淡タイプだと思うんで二人で教え方を教えてもらえばいいんじゃないっすか?」

 

淡「教え方を教え?ややこしいけどサキと一から競うのは面白そうかも」

 

桃子「じゃあ一つ決まりっす!淡は見たいサークルないんすか?」

 

淡「この『役満研究会』とか『ニュールール・雀』とかは面白そう!」

 

桃子「『役満のみを追求』と『麻雀の新ルールを提案』すか。確かに面白そうですけど」

 

淡「入りたいかって言われると……うーん、だよね。あとは『ネト麻研』かな」

 

桃子「意外っすね、ネット麻雀とか嫌いな人かと思ってたっす」

 

淡「うん、あんまり勝てないから好きじゃない。でも練習にはなるし、それに……」

 

桃子「それに?」

 

淡「いつか必ずノドカに勝つ!!」

 

桃子「それは無理なんじゃ……」ノドッチ

 

淡「ノドカは何故か私に当たり強いし。ネト麻じゃぼこぼこにされるし……いつか絶対勝つ!!」

 

桃子「あー、応援するんで頑張って下さいっす」

 

淡「何言ってるの?やるからにはモモコとサキも一緒に勝つまでやるからね」

 

桃子「えー……」

 

淡「文句言わない!」

 

桃子「マジっすか?とりあえず説明会には行きますか」

 

淡「よし決定!あとはサキにはこれかな?」

 

桃子「『麻雀ファン倶楽部』魅せる麻雀を目指すサークルっすか。咲ちゃん、いや嶺上さんにはピッタリっす」

 

淡「だよね!あの嶺上は強いし綺麗だし似合ってるし……」

 

桃子「同意ですけど、やけに押すっすね?」

 

淡「だって」

 

咲「何が綺麗だって?」

 

淡「」ビクッ

 

桃子「お帰りっす!迷わなかったんすか?」イガイ

 

咲「意外じゃないよ?、トイレは入口からすぐの場所だしね」

 

咲(一周して逆の入口から入ってきたとは言えない……)

 

淡「おかえり」

 

咲「で何が綺麗だって?」

 

淡「ええとね、桜の花が

 

桃子「咲ちゃんの嶺上っすよ。淡が強いし綺麗だって」

 

淡「ちゃっとモモコ!?」

 

咲「淡ちゃんありがと。でも淡ちゃんのダブリーも強いしカッコいいよ」

 

淡「ありがと、サキ!」

 

桃子(やっぱりダブリーさんと嶺上さんでいいんじゃないっすかね?それに比べて)

 

桃子「私のステルスは地味っすよね……」

 

淡「そんなこと無いって!?ちょっと見えづらいだけで」

 

咲「淡ちゃん!?一言余計だよ」

 

桃子「良いんすよ。私は地味に影からお二人を見てるっす」フフフ

 

咲「モモちゃん!?なんか恐いよ」

 

淡「モモコ、戻ってきて!」

 

 

 

 

 



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麻雀サークル合同説明会

麻雀サークル合同説明会。

 

小林大学春の恒例行事である。

各サークルが個別にブースを作り新入生に説明を行う。

新入生を迎えるために鋭意工夫を凝らし、一種の新入生に向けたプレゼン大会とも言える。

ここでの成功がサークルの未来を作ると言っても過言ではなく、年々競争は激化している。

 

そして今年、喉から手が出るほど欲しい人材が入学した。

 

宮永咲と大星淡

 

この二人を手にいれるべく全てのサークルが策を用意し今か今かと開場の時を待っていた。

 

 

 

*****

 

 

 

そんなことなど全く知らない三人は他の新入生同様に会場の近くでのんびりと開場を待っていた。

 

「回るサークルは昨日決めた所で良いっすよね?」

「うん。あとは時間が余ったら適当に気になる所を見る感じかな」

「あー早く始まんないかなー」

「まるで遠足前の小学生っすね」

「むっそんなこと無いよ!昨日はしっかり八時間以上寝たもん」

「むしろ小学生っぽいよそれ」

 

他愛もない会話で時間を潰す三人だが桃子には心配事があった。それも十中八九現実に起きるであろう問題が。

 

「それより二人は変装とかしなくていいんすか?オリエンテーションの時みたいに囲まれるっすよ」

「いいのいいの。むしろ私達のこと優先してくれそうじゃん」

「私は少しでも隠そうって言ったんだけど……嫌な予感がするよ」

 

咲の予感はもっともで、今現在混みあっている会場前なのだが三人の周りには妙にスペースが空いている。三人は近くの新入生から視線も感じていた。

 

「今からこの状態っすからね、二人といると注目されるのに慣れられそうっす」

「有名人の辛いところだね!」

「しばらくはこの状態が続きそうだよね、新しい友達できるのかな」

 

麻雀好きからすればテレビで見ていた選手が目の前にいるのである。おなじ新入生とはいえ気後れして話しかけられない者も多くいた。

 

「その心配こそ小学生みたいっすよ」

「そのうち黙ってても向こうから寄ってくるって」

 

淡の言う通り時間が解決してくれる問題だ。咲も同意しているようで深くは考えていなかった。

 

ただ淡がいつも通り余計な一言を挟む。

 

「あっ、でも本気のサキと対局した人は逆に逃げ出すかもね」

「3年で威圧感も増したっすよね。もうプロも顔負けっすね」

「……」

 

友人たちにからかわれる事にも慣れていたが、大学に入り環境が変わり咲は改めて気にしていた。

 

"私って恐いの?"が最近の咲の悩みだった。

 

「やっぱり私ってこ

「一ヶ月後にはサキだけぼっちになってたりして」

 

そう言ってからからと笑う淡。咲はうつむきその表情は窺えない。

 

桃子は何かを察したのか密かにステルスを発動する。

 

「サキ恐いもんねー」

「……ねえ淡ちゃん。私ってそんなに恐いのかな?」

 

咲の顔には笑顔が張り付いていた。その背後にオーラをたたえながら、気にしていた事を聞いてみる。

 

「それだよサキ!そのオーラ背負った怖い笑顔でゴッてすれば囲まれても大丈夫!」

「……」

「私も手伝うし二人でやればみんな逃げ出すでしょ!」

「淡ちゃんは私を……私の笑顔をそんなふうに思ってたんだ。……ふーん」

 

咲の顔にはまだ笑顔が張り付いている。ふふふと不気味な笑い声が聞こえてきそうなステキな笑顔だ。

 

やっと淡は何かいけないものを見たように焦りだし、桃子に耳打ちする。

 

「ヤバイ。これマジなやつだ」

「淡が煽るからっすよ」

「モモコだって」

 

「ねえ」

 

「「はい!!」」

 

「二人だけで何の話をしているの?」

 

優しく問いかける咲。顔も言葉も優しいはずなのに二人には寒気すら感じられていた。

 

「淡、何か答えるっすよ」

「この状態のサキはヤバイんだって」

「何がどうヤバイんすか?具体性ゼロで全然分かんないっすよ」

 

淡と桃子がひそひそと相談している最中も咲はぶつぶつと何事か呟いている。

 

「私って恐い?ねえ?淡ちゃんだって同じでしょ?」

 

「時間になりましたので麻雀サークル合同説明会を始めます。扉から離れてください」

 

二人が諦めを決めようとしたとき大きな声が響く。二人にとって救い主とも言える声は大学職員のものだった。

 

これをチャンスと受け取った二人は一斉に咲を宥めにかかる。

 

「ほ、ほらサキ。もう始まるって。どんなサークルがあるか楽しみだよね?」

「そうっすね。咲ちゃんも落ち着いてっす。三人で一緒に楽しみましょう」

「……そうだね」

 

咲は完全に納得してはいない様子だがそれでも落ち着いていく。揺らめいていたオーラもいつの間にか消えさり、表情もいつも通りの咲に戻る。淡と桃子はほっと胸を撫で下ろし名前も知らない大学職員に一生懸命感謝した。

 

(今の咲ちゃん、自分の恐さをわかってたっすよね)

(いやいやいや!無意識だから恐いんじゃん!……多分)

 

 

*****

 

 

 

一悶着あったがもう開場の時間である。

 

三人はちょうど会場に続く扉の前に陣取っていた。先ほどの職員の言葉で咲たちより前にいた人たちが扉の前から離れ、先頭で扉が開くのを見ていた。

 

しかし徐々に開いていく扉の間からは誰も見えなかった。

 

(あれ?オリエンテーションの時みたいに一気に来ると思ってたんだけど……)

 

上級生が待っているはずの会場に誰もいない。そんな疑問が三人に浮かぶが、扉が開くにつれ驚愕の光景とともにその理由を察していく。

 

それと同時に淡の顔色が悪くなっていく。

 

「さあどうぞ淡様」

 

進み出た代表と思われる女性が淡を招く。

まるでメイドいや執事といった装いだ。

 

さらにその奥では整列した上級生が一斉に頭を下げる。

みな一様に白いワンピースを来ている。

 

見るものにとっては懐かしき光景。

その光景は『白糸台ロード』そのものだった。

 

 

「「……」」

「ええぇえええぇえー!?」

 

 

 




最新話の菫さんが良かった。
照菫は書きかけで断念してるけどいつか完成させたい


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麻雀サークル合同説明会2

目の前に現れたその光景、『白糸台ロード』に淡の顔が歪んでいく。

 

淡がそれを見ていたのは3年前、宮永照率いるチーム虎姫の一員だった頃の話だ。虎姫の一員であり、麻雀部の部長でもあった弘世菫 。彼女のファンクラブが彼女を迎える為に行っていたものだ。

 

だがここに当然彼女はいない。ならば誰を迎える為に行っているのか。

代表らしき燕尾服の女は『淡様』と言わなかったか。

 

ここまで考えた淡の結論は明確だった。

 

(よし逃げよう。サキの言う通り変装って必要だったんだ)

 

早速行動に移ろうとした淡。しかしそれよりも早く後ろから肩が叩かれる。

 

「ほら淡ちゃん呼んでるよ。行ってらっしゃい」

(ちょっと!サキ!?)

 

咲が笑顔で手を振る。どうやら先ほどのやり取りをまだ根に持っていたようだ。見事に淡の退路は断たれた。

 

(こうなったら……逃がすか!)

 

咄嗟に咲と桃子を捕まえようと手を伸ばす淡だったが。

 

(甘いよ)

 

あらかじめ淡の行動を予想していた咲は既に手の届かない所まで移動したあとだ。桃子に至っては見当たりもしない。

 

(負けた?私が一人であれに……)

 

淡は悔しがり咲は勝ち誇ろ

 

 

「何を仰います。もちろん咲様も歓迎いたします」

 

 

二人の微笑ましいやり取りを見ていた燕尾服の女が当然とばかりに言った。

 

場の時間が一瞬止まる。

 

「そうだよねー。サキも一緒じゃないとね」

(今度こそ逃がさないよ)

 

淡がそう言いながら咲の手を掴んだ。咲はあまりに予想外の状況に反応が遅れ簡単に捕まってしまう。

 

淡は自分を諦め咲を巻き込もうと必死だった事が功を奏したようだ。

 

(しまった……だったら……)

 

手を掴まれ我に反った咲は我関せずと脱出を図る桃子を見つける。

 

「モモちゃん!」

 

突然の声に驚き桃子が振り替える。

 

「一人で逃げるのはずるくないかな?」

「呼ばれてるのは二人だけじゃないっすか……」

 

言葉とは裏腹に桃子は観念した様子で咲と淡の元へ戻ってきながら呟く。

 

「相変わらず咲ちゃんは私のこと見えるんすね」

「うん。私からは逃げられないよ」

 

(どこの魔王っすか)

 

とは思っても口には出せない桃子だった。

 

「逃げられないのはサキもだよ。私を一人にしようとして……もう離さないんだから」

「はぁ、わかったって。もう一人にしないから」

 

淡は咲に逃げられまいとして、ガッチリ手を握りながらいい放つ。咲も逃げるのを諦めて答える。

 

周囲ざわめき立つが二人の耳には入っていないようだ。

 

そんな二人を一歩離れて見ていた桃子はギャラリーを一目見て。

 

(またへんな噂が立つっすねー、自業自得っすけど)

 

「ほら執事の先輩が待ってるっすよ」

 

「やっぱり三人で逃げない?」

「私たちを巻き込んでおいて今更っすよ」

 

そして三人は上級生が両脇で頭を下げ、その外から新入生が見守る中を歩き始めた。

 

 

 

*****

 

 

 

「「「……」」」

 

淡を先頭に無言で歩く。それどころか会場中に嫌な沈黙が流れていた。頭を下げる上級生はもちろん執事の先輩も周りの新入生も誰も喋らない。

 

(モモちゃんこの空気何とかして)

(私っすか?!無理っすよ、今なら咲ちゃんからも消えられそうっす。淡なんとか!)

(うー……)

 

「な、何で執事なんですか?」

 

淡が無理矢理質問を絞り出す。

 

「咲様が喜ばれるかと思いまして」

「え?ありがとう…ございます?」

 

とりあえずお礼を言う咲だが、会話はそれで終わってしまう。

結局三人はサークルのブースに着くまで無言で歩き続けた。

 

 

 

*****

 

 

 

三人がブースに着くと、白糸台ロードをしていた上級生は素早く撤収していく。一目でしっかり訓練されていること解る行動だ。

 

それを皮切りに他のブースでも説明会が始まったようで会場は盛り上がりを見せていた。

 

 

「申し遅れました私当サークル代表の岸と申します。以後お見知り置きください」

(そうだ。説明会に来てたんだっけ)

 

三人はここに来て本来の目的を思い出した。

 

「いろいろ質問したいこともあるとは思いますが、先ずは私ども『競技麻雀研究実践会』の説明から聞いていただければと思います」

「き、競技……何?」

 

淡の少々失礼な態度も笑顔で説明を始める。三人もそれぞれ真剣に聞き始める。

 

「ふふ、長いですよね。この名前はよく古くさいと言われますが立ち上げ当初から変わらない伝統なんです。と言うのも私どもがこの大学で最初の麻雀サークルであり、現在最大規模を誇るサークルでもあります」

 

「「「ええっ」」」

 

三人ともに驚きの反応を示す。あんなやり方で半ば無理矢理自分たちを迎えたサークルがそんな立派なサークルだとは思っていなかったようだ。

 

淡が恐る恐る気になった事を聞いてみる。

 

「じゃああの白糸台ロードもサークルの伝統なの?」

「違いますよ。あれは淡様をお迎えするために特別に用意したものです。更にいうならこの燕尾服は咲様のために特別に用意いたしました」

 

自分のためと言われると悪い気はしないが説明会との関連性はわからないままだ。

 

「何故っすか?正直理由がわからないっす」

「咲様がメイド姿で麻雀をするのがお好きだという情報を得ましたので。咲様がメイドなら執事がいいのでは、というサークル内の意見ですね。念のためメイド服も用意がありますよ」

 

思いもよらない情報に咲に視線が集中する。驚きの視線が一気に熱を帯びていく。

 

「直ぐに打ちに行くっすよ!咲ちゃんはもちろんメイド服で!」

「はいはい!私も行く!私はメイド服着ないけど」

 

こんな面白い事を逃すまいと説明会そっちのけで雀荘に行く相談をしだす。どうやら咲をメイド服で雀荘に連れ出したいらしい。何やらカメラがどうのと麻雀に関係無い相談も聞こえてくる。

 

「ちょっと待って!!」

 

今日一番の大声だった。

 

「その歪められた情報何!?メイド服で麻雀するの……好きじゃ無いから!!」

「……ということはメイドで麻雀したことあるんだ」

「あっ!しまった?」

 

清澄高校の先輩、染谷まこの実家である麻雀喫茶。そこで行われたメイド服を着てのバイトは咲の中で黒歴史として認定されているようである。まこや和の強い要望に断り切れず何度か行っていたが、口止めは完璧にしていたはずであった。

 

(なんでバレてるの!?まこ先輩にも和ちゃんにもあれだけ口止めしたのに!)

 

因みに口止めは麻雀で行われ、もちろん優希と京太郎も巻き込まれている。

 

「意外な趣味っすねー。でも人気でそうっすよね、咲ちゃんのメイドさん」

「趣味じゃないから!もともとは久さんが……ん?久さん?」

 

「それにしてもよく知ってたね。白糸台ロードだって外部に漏れないようにスミレが頑張ってたのに」

「お二人を当サークルを迎えるために頑張りましたので」

 

頑張ってどうにかなるの?と疑問は浮かぶがスルーする。

桃子は次に聞いておきたかった事を口にする。

 

「何でこの二人が欲しいんすか?だいたい想像つくっすけど一応教えてください」

 

執事の代表は一呼吸おくと、今まで以上に真剣な表情となり語り始める。

 

「まず私どものサークルは『麻雀に勝つ事』を研究対象としております。具体的に言いますと『麻雀に勝つための最良の方法』とでも言いましょうか」

 

「最良の……そんな方法本当にあるの?」

「あると信じています」

 

即答で答える。その言葉に嘘偽りは一切無いことが伝わる。

 

「小鍛治プロの麻雀が最強なんじゃないっすか?あの人未だに無敗っすよ」

「小鍛治プロも当然研究しております。牌符を研究しデータを集め同じような打ち方を再現しましたが、最強とは程遠いものでした」

「つまり?」

「小鍛治プロの麻雀は小鍛治プロが打つからこそ強い。と考えています。そもそもあくまで″同じような打ち方″でして、再現も中々上手くはいかないのが現実ですね」

「……面白そうですね」

 

三人とも最強というものには引かれるようで各々真剣に耳を傾ける。普段から研究とか苦手と漏らしている淡も興味深そうに聞いている。

 

「私どもの最終目標は『誰が打っても勝てる麻雀』です。あなた方には一緒に研究するのは勿論、研究の対象として、そして研究成果の実践相手として力になって欲しいと思っています」

 

勝つ事に対する強い思いが伝わる。『勝ち負けが全てじゃない』などよく言われる話だ。だがそれを否定し、勝つために全てを尽くすサークル。

 

「はっきり言ってしまいますと、私どもは『勝ちが全て』です。よく批判されますが、私どもがこの大学で最大のサークルなんです。競技麻雀研究実践会に入っていただけますか?」

 

最大のサークルということはその考えに同意するものが最も多いサークルだという事だ。一人ではいいづらい事も皆でなら言える。そう言うことだ。

 

「私は……好きだよ、その考え。やっぱりさ、負けるより勝ちたいじゃん」

「私もそうっすね。勝つのが全てとは思わないっすけど勝負は勝つためにやるものっす」

「淡ちゃん、モモちゃん……私は……」

 

咲には簡単に好き嫌い、良い悪いと判断する事が躊躇われた。かつてプラマイゼロの麻雀を打ち、家族を失いかけた。その経験は今も咲に深く根付いている。勝ち負け以外の部分にこそ大事なものがあるのではないかと。

 

「迷ってもいいんですよ。まだ新入生、入学したばかりじゃないですか。これから考える時間は沢山ありますよ」

 

「ありがとうございます。あの入会は保留ということにしてもらえませんか?でも活動内容には凄く興味があります」

 

「わかりました。歓迎しますからいつでもいらしてください。それにサークルに所属してない方でも打ちに来る方はけっこういるんですよ」

 

「淡ちゃんとモモちゃんはどうする?」

「私も保留でよろしくっす」

「私もー。興味あるし他の所に入っても遊びに行くよ」

 

「楽しみに待っていますね。説明会後はどのサークルも1週間体験会を開催しますから、そちらもよろしければ是非お出でください」

 

最初が最初だっただけに正直期待が薄かった三人ではあったが、短い時間でその考えは覆された。

サークルの本気と信念を垣間見て、次のサークルへの期待が増していく。

 

 

説明会はまだつづく。

 

 

 



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