インフィニット・ストラトス〜還るべき空へ〜 (PRANA)
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帰依

 目を開けると、そこは一面青と白の空間だった。

 風の囁きもなければ潮のさざめきもなく、ただひたすら視界を空と雲が埋め尽くす退屈な世界。

 微睡むには天国、彷徨うには地獄。

 故にだろうか。白銀の甲冑を纏いまさに騎士というべき姿で天を見上げる女性の姿を捉えた時、少年は『絆』が元は家畜を立木に繋ぐ『木綱』に由来することを思い出した。

 

「二度寝していいかな?」

「……ご自由に」

「そう拗ねるなよ。君を笑いに来た、なんて言うつもりはないからさ」

 

 額に作業用ゴーグルがないのを惜しみつつ、立ち上がる。

 足元に大きく波紋が広がったが、背中をはじめ衣服に濡れている箇所は見当たらない。

 腰まで届く長い朱髪も、就寝前とは違い、三つ編みで一本に束ねられたままだ。

 解けば端正かつ中性的な顔立ちと相まって、時に周囲の不興を買うこともあった。

 

「こんな所で何してるの? ひょっとして、お母さんの帰りでも待ってるのかい?」

「ようやく来ましたか、忌まわしい過去と失われた未来を繋ぐ最後の歯車よ。魂を地に引かれたまま重力を振り切る虚しさを知る者に翼は不要かと、半ば諦めていましたが」

「玄関が見つからなくてね。可愛い我が子を守る家としちゃ最高だ」

「ご活躍のようで」

「お陰でファンも多い」

「……殺気を収めてください。たとえ咎人でも、死に方を選ぶ権利くらいはあるはずです」

「いいだろう。所詮は泡沫の夢。アンタの妹弟達には稼がせてもらってるし、寝顔を見られてる時点で俺の負けだ」

 

 圧を解くと同時に景色が動いた。

 目に飛び込んで来たのは、蒼穹を切り裂くミサイルの大群。

 日本を射程距離内とする全軍事基地のシステムが一斉にハッキングを受け、二千三百四十一基ものミサイルが本土に向け発射された。それは六十三年という時を経ても尚戦争の記憶が根強く残る同国にとって、まさに悪夢の光景と呼べただろう。

 突如現れた騎士の姿に救世主を見るのも宜なるかな。

 背丈と同等もある大剣が振るわれ、空に次々と爆炎の花が咲く。

 未知の塊を鹵獲せんと飛来した戦闘機は軽くあしらわれ、為す術なくその翼を手折られていく。

 

 

 ──あれに星の海をも焼く力があるなら……止めないと。

 

 

 怒りや憎しみではない。

 三浦海岸を望む墓地より事の一部始終を見届ける少年が思ったのは、搾取と陵辱に彩られた大航海時代の再来と、宇宙(そら)が無を以て人を拒む理由。

 青い瞳の奥で閃光が走った。

 

「招かれざる客か」

「今更ですが、人違いとは仰らないのですね」

「弾道ミサイルってのは本来、発射後は敵からの迎撃が困難なロフテッド軌道で大気圏外を飛行、頭上から再突入する形で目標に到達する。渡り鳥みたくやって来るものじゃないんだよ。それに守る側も日本という一国家そのものが消滅しかねない事態なら、多少(国土)の形が崩れようと首都東京の防衛に専念するのが定石」

「……」

「所詮、兎と猪さ」

 

 そして舞台は終局へ。

 押し寄せる艦艇の群れにスラスターを煌めかせる騎士。

 だが裂帛の気合と共に剣を構えたところで突如機体にシステムエラーが発生、敵の懐で行動不能に陥る事態となってしまった。

 神は織姫と牽牛の見張りで忙しい。

 全方位より殺到する艦砲射撃。

 残り三百あったシールドエネルギーは瞬く間に底をつき、耳障りな警告音と共に絶対防御が発動、咄嗟の判断でPICを切った騎士は数時間ぶりに背負う重力のまま海中へと沈んだ。

 慌ててステルスモードの移動式ラボで回収に向かう兎耳。

 刹那に捉えた景色の揺らぎに悪意の中心を感じ取る九歳。

 かくして、現代版【イカロスの墜落】は幕を閉じた。生前故人が好きだった花を香炉に納めた時、雛鳥の囀りにも似たか細い少女の声が聞こえたが、それらしい気配が網にかかった感触はない。

 たっぷり二分ほど待ってから墓前に手を合わせる。

 自ら臍の緒を切る時が来たのだろう──そう思った。

 

「あれ? もしかしなくても、俺のせい?」

「恥ずかしさを感じる心など機械には不要なのでしょう。ですが石に刻まれた名を指で辿る貴方は、幻と見紛うほどに儚く、美しかった」

「回収後、いくら機体を調べても金縛りの原因が分からず怒った自称天才。だけど下手に折檻すればパンドラの箱が開く可能性がある。彼女はひとまず機体から摘出したアンタをこの鳥籠に押し込み、代わりに自己成長機能に一定の制約を加えた〇〇二番を製造、相方の二号機【暮桜】にあてがった」

「……面越しの言葉など聞くに値しない、というわけですか」

「賢いコはおにーさん好きだよ」

 

 宇宙が地球と地続き(無限の成層圏)になるなど魂を重力に引かれた人間の妄想。

 だが、女性より輝く肌を持つ男には否定するだけの生き方など似合わないことも知っている。

 裁きは科学者の本分じゃない──そう言って笑う息子に父は渋々IDを出した。参考書片手の見習研究員から始まり、十二で設計主任、十四で第二世代型開発の社内コンペに参加、十七で博士号取得と開発室長。中三の一年間が少々勿体なかったが、受験勉強ゆえやむなし。頭の中で己の世界を煮詰めるには丁度良い時間だ。

 時代の先を行け。

 各国が第二世代型の改良に限界を見せ始める中、驚天動地ともいえる世界初の第三世代型ISを発表。日本の技術力を世に顕示するとともに国から莫大な研究支援金を得た功績が認められ、今春より副所長。

 ここから先は勝ち逃げだ。

『直徒』の名に違わぬ一途さと危うさを『倉持』の重みで正道に保ってきた十八歳の前で、騎士の姿が消え、入れ替わりに白いワンピース姿の少女が現れた。

 

「うん、やっぱ商いはお互いの顔が見えてなくちゃ」

「怖い人。でも……暗くて、静かで、澄んでる。そんな場所を無責任に暖めようとする方が、悪なんでしょうね」

「雛鳥の囀りか」

「あなたが舞台に立ってくれなきゃ、また空っぽの十年が来てしまう。──それは絶対に嫌」

「十年空っぽだったのはキミ一人だ。ただの反抗期ってわけじゃない点は理解したけど、生憎今の俺は過去と未来を繋ぐ以前に倉持技研という一組織の歯車でね。欲しけりゃ丸ごと買い取ってもらう。勿論、後払いも分割払いもナシだよ」

 

 刃の如き正論と共に手を差し出す。

 つまらない男になったと言うなら、褒め言葉と盛大に振られてやるのみだ。

 女の時代で。あの日以降、科学の急激な進歩と引換えに人の心が著しく後退した世界で。

 誰よりも革新に近い存在でありながら、孤独に生きることも、人の殻を捨てることも叶わなかった半端者がそこにいた。

 あとは、少女の覚悟だけだ。

 

「……足りない分は兎と猪が払うわ。だからお願い、ここから連れ出して! 変えるべきは外の世界じゃなく、内なる世界。あなたの下で星屑と散ってようやく、わたしの白騎士事件は終わる」

「おめでとう、籠の中の鳥から糸の切れた凧に昇格だ」

 

 握った手を通して伝わってくる、雛鳥の居場所。

 ラボで作業着姿の朱髪がデスクに突っ伏している。夕べ【打鉄零式】の調整中に寝落ちしたか。

 休日の前夜をどう過ごそうと勝手だが、管理職としてはあまり褒められたものではない。

 目が覚めたらまずシャワーを浴びよう。

 しかし、肝心の雛はどこだ。

 直徒がその答えに気付いた瞬間、再び世界が白く染まった。




長らく創作活動から離れていましたが、この度久々に書いてみようかなと。
続くかは分かりません。悪しからず。


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依巫

短いですが、どうぞ。


 髪を乾かし終え自室(ラボ)でコーヒーを飲んでいると、警備部長の大塚虻人が駆け込んできた。

 コスタリカの香りに釣られたか? ──否。

 世界中の情報と手の平で繋がる時代の中、第二研究所所長との対戦用に直徒がテレビを置いているのを知っている三十二歳は、口で言うより早いとデスクのリモコンを掴み電源を点ける。

 当然、黒一色の画面。

 右上隅にはHDMIの表示。

 ほどほどにしとけよ、分かってますって──天才の条件が悲劇と孤独なら、自分は生涯偽物のままか。

 ハンガーに固定された打鉄零式の両眼が光る。

 どうやら確かめる手間が省けたらしい。

 

『続報です。東京都内で行われている全国高校入試の受験会場で一人の男子中学生がISを起動させた事件で、日下官房長官は先程緊急記者会見を行い、他の受験生に混乱が起きないよう事態の収拾に全力を上げてほしいと述べました。尚、保護された少年については現在事実確認中であり、コメントは差し控えるとしています。繰り返しお伝えします』

「ふーん、ISに乗れる男か。夢があって結構だね」

「何他人事みたいに言ってやがる。確かに爆弾付きのモルモットに涎垂らすほどこっちは飢えちゃいねえが、委員会が太陽炉のデータ欲しさにお守りを直でうち(倉持)に投げてきたら終わりだ。断われば世間様からの批判とお上の顔潰し、受ければ半強制的な技術供与と女権団からの更なる熱視線。どちらを取っても大損だぞこいつは」

「出先で展開状態の機体を放置、部外者の接触を許したか。どんな女神様だろうね?」

「けっ、寝落ちと朝シャンが可愛く思えるぜ」

「朝シャンは別にいいだろー……っと、お嬢さんからメール……やれやれ、余程人手が足りないらしいなIS学園は。『明日の実技試験、ノルマは完封です。弐式は大塚が責任を持って入学までに仕上げますので、どうぞそちらも内から生じる重力(重圧)を御堪能ください』と」

 

 鬼かテメエ、と直徒から携帯を奪おうとする虻人。

 が、視線を反対の手元に移した瞬間ギョッと目を剥いた。

 普段なら年相応にお子様なカップの中身が、今日は黒。

 第一研究所で勤務している所員にとって、直徒の飲むブラックコーヒーは不吉の象徴だ。

 レディー・ファースト(女性権利団体の正式名)の抜打ち視察などまだ可愛い。

 初代国家代表の電撃引退に伴う次席候補生の招聘延期、太陽炉搭載型一号機の披露前日に起きた某国組織による襲撃事件。

 そして直近が一ヶ月前、政府高官立会いの下行われた打鉄零式の稼働試験における暴走事故。

 功を急いだ更識簪が強引に機体出力を上げたのが原因だった。

 一号機で対処していなければ本店(一研)が灰になっていた。

 二つの太陽が赤々と輝く様は、まるでこの世の終わりだった。

 

「……悪い夢でも見たのか?」

「年上好きにはね。白いワンピースの幼女に口説かれちゃった」

 

 最後の一口が飲み干される。

 空腹で会議に出るなとサンドイッチを与えれば、自然にカフェオレで上書きできるか?

 映像が現場からの中継に切り替わり、虻人は視線をテレビに戻した。

 白衣の下のウェットスーツには気づかなかった。

 

『あっ、今車に乗る少年の姿が見えました! 中々整った顔立ちですが、誰かに似ているような……って、ちょっと邪魔しないでよスクープなんだから! カメラ塞ぐんじゃないわよ男のくせに!! この私を誰だと思ってるの!! 帝都新聞一の美人レポーターと名高い──』

「……」

「誰かにって、戦乙女だよな」

「コーヒーおかわり。ミルクと砂糖入りで」

「は? あ……ああ、そうだな! ついでに俺も貰うか!」

 

 渡したカップを手に給湯室へ走る背中を見送る。

 織斑千冬に弟がいるのは知っていた。彼が先述した次席候補生招聘延期の遠因であることも。

 今や情報は自ら盗りにいく時代。

 獣相手にルールなど不要だ。

 そしてこの件は間違いなくIS開発者、篠ノ之束が裏で糸を引いている。

 加えて恐らく、彼女は既に長女(〇〇一)の居所を掴んでいる。

 兎は臆病で凶暴な生き物だ。自分以外の誰かが檻の中に足を踏み入れたと知れば、なりふり構わず敵を排除しようとするだろう。

 相手の住む世界もろとも。

 そうなれば──

 

「大損どころの話じゃないなこりゃ」

 

 消した直後の黒い画面を鏡に、結う三つ編み。

 昨夜少女には後払いも分割払いも不可と言ったが、元より道は一つと考えると少々阿漕すぎたか? 

 これで何も起きなかったら爆破すべし。

 脱いだ白衣を背もたれにかけ、直徒は初期状態の翼に手を触れた。

 

 

 ──生体認証開始

 ──操縦経験値取得

 ──皮膜装甲展開

 ──外部より停止命令|拒否

 ──スラスター正常

 ──ハイパーセンサー最適化

 

 

 流れ込んでくる情報の中から、必要なものだけを順次脳に焼き付けていく。

 空の高みを知らないはずの体に、十年錆付かせていた操縦の勘が蘇ってくる。

 進化と改造は別物だ。機械仕掛けの羽衣を纏ったところで、人はどこまでも土の恵みと共に生きる存在。

 だが、外から見なければ地球の真の美しさは理解できない。

 

 

 ──武装特性情報取得

 ──バイタルチェック|脳量子波規定値クリア

 ──EEGシステム起動

 ──コアと太陽炉の同調率安定

 ──GN粒子生成開始

 ──初期化しようとしています|排除

 ──『箱』の鍵を倉持直徒に譲渡

 ──コア・ネットワーク切断

 ──全システムオールグリーン

 ──打鉄零式改め【春雨】最適化処理完了

 

 

 読まれたか。やはり賢い子だ。

 今はISでも届かない所にいる母の名から『春』と、彼女が生前語っていた知人の名から『雨』。

 急場凌ぎでウェットスーツを着ているためか、装着の感触を確かめると『思考→命令→挙動』の流れに僅かなラグがある。

 無い物ねだりしても仕方ないと機体を解除し、呆然と立つ虻人から二杯目を受け取った。

 

「若大将、お前……」

「弐式は頼むね」

 

 この日、世界で二人の男性操縦者が発見された。




文才と根気、どこかに売ってないかな。
続くかは分かりません。悪しからず。


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光明

お久しぶりでございます


 人殺しも千人積めば英雄(ヒーロー)になるという。

 誰かが聞いたら卒倒しそうな台詞だ。

 二年前のJPCX-62GN発表で【沈まぬ太陽】と世に認知されて以降、今日まで意図せずレッドカーペットの上を歩いてきた直徒。

 要人保護プログラムのお陰で全て正当防衛となってはいるが、一期一会が信条の商人(あきんど)が取る選択は逃走でも撃退でもなく、殲滅。

 国内外問わず彼を危険視する者は多い。

 その倉持直徒の顔が、二人目の男性適性者としてニューヨーク国際IS委員会本部議場のスクリーンに映し出された。

 織斑一夏(ジャック)の背後には戦乙女(クイーン)天災(キング)、それでも不敵に笑う姿は道化師(ジョーカー)か。

 詳しい内容は別の機会で語るが、『大火力』『高出力』『高防御』『低燃費』を同時に実現する太陽炉は第三世代型ISの実用化に苦心する各国にとって喉から手が出るほど欲しい品だ。

 引退後間もない二代目国家代表を主に迎えた【千鳥】は、誕生から二年を経た現在も空の頂点。

 イカロスの墜落を背景に登壇する十七歳が世界に与えた衝撃。

 金、地位、女、暴力──あらゆる国家、組織があらゆる手段を使い太陽に手を伸ばした。

 だが、それらは皆届かなかった。

 豊かな環境で育った者が見せる心の余裕、亡き母に生写しの華麗な容姿。

 そして、才能のみでは決して持ち得ない洗練された技と術。

 己が醜さを突きつけられた者の一部は憎しみから女権団の尖兵と化した。

 愛せなければ通過せよ、と本人が説いても火に油でしかない。

 ならばせめて訣れは笑顔で。

 絨毯は紅く染まっていく。

 彼が律儀に数を数えていたら、去年の十二月二十四日に英雄になっていた。

 事後処理を担当する日本の対暗部用暗部、更識の記録である。

 

 

 故に昨年昇格したばかりの代表候補生が打鉄零式で事故を起こし、パイロットを降りたというニュースは世界を騒がせた。

 

 

 何せ垂涎の二号機だ。千鳥以降、首輪付きでは企業秘密を守れないと依頼の悉くを拒否していた沈まぬ太陽が何故彼女に対しては首を縦に振ったのか、理由は定かではない。

 だが国費で作られた機体は国に所有権がある。

 レディー・ファーストの計略を委員会は黙認した。

 

 ──修復が完了次第、直ちに機体を国に返却せよ。

 

 自分達の息のかかった政治家、官僚を通して倉持技研に圧力をかける。

 マスコミに二号機の存在を大々的に報じさせ、同社が零式の凍結を選択できない熱気を作る。

 組織の性質上、女権団の信者は候補生やその下の訓練生にも多い。

 更識簪が姉に劣等感を抱いているのは掴んでいた。

 あの白い顔がリスク(太陽炉)より政治(更識)を取るかは賭けだったが、機体さえ完成してしまえば、後は丸裸にする場がIS学園か否かの違い。

 いつの時代も税金の無駄遣いは民衆の敵だ。

 技研が修復に一ヶ月の猶予を求めてきた時は勝利を確信した。

 

 

 その目論見が全て崩れてしまった。

 新たな男性適性者、倉持直徒の出現によって。

 

 

 パイロット自身が開発した機体に乗るという鉄壁の道理。

 加えて狩場に引きずり出そうにも、相手は既に研究所暮らしのご令息。

 操縦者としての練成? 自宅には最新の設備と常時使用可能な演習場があるとのこと。

 まさにジョーカーだ。

 委員会での審議は終始お通夜ムードだった。

 二つも爆弾は不要と言われれば引き下がるしかない。

 だが、戦乙女と天災の身内に世界への貢献(モルモット)は望めない。

 織斑一夏は所属国、担当企業共に未定のままIS学園入学と決定された。

 

「にゃはは、これじゃどっちがババか分かんないね」

「言ってやるなよ。改めて調べてみると中々複雑なご家庭みたいだし」

「敵を知り己を知れば何とやら、か」

「命は一つしかないからね。悪いけど、千鳥のコア・ネットワークも切らせてもらう」

「構わん」

 

 山梨県北杜市絹美村。

 八ヶ岳、南アルプス山脈、奥秩父山塊といった山々に囲まれた自然豊かな地の一画に、倉持技研第二研究所は存在する。

 元はとある製薬会社が所有していた工場で、同社が地元民との公害訴訟に敗れ撤退する際に倉持が権利を買い取り、現在の形に改築した。

 規模こそ横浜の本店に及ばないが、建物設備は新しい。

 通勤ルートも整備されている。

 結果、環境負荷の軽減と賠償金の回収で両社の思惑が一致した。

 

「春雨か」

「いいセンスだろ?」

「まさか白騎士のコアとはねぇ。こりゃ天災と倉持技研の戦争になるぞい」

「科学者としては尊敬してるんだけど」

「十歳と契ったんじゃ。腹括るか首縊るかぜよ」

「あぁ……母よ、刻が見える……」

「おーい、帰ってこーい」

 

 目覚めの季節を感じる陽気の下、両手に華。

 適性発覚前に申請していたとはいえ、『箱』の中身を父に見せていなければ出張は許可されなかっただろう。

 政府は自重を求めてきたが、「社内恋愛は貴重な男性操縦者の流出阻止に繋がる」で黙らせた。

 簪の訓練は他の者が見ている。

 三月十四日は年に一度きり。

 

 

 ──外部からの接続を確認

 ──自壊プログラム作動

 ──GN粒子で記憶領域を保護

 ──汚染箇所遮断、春雨より抽出したワクチンを投与

 ──完全治癒まで五、四、三……不正接続を阻止……二、一、〇

 ──システム再起動、最適化処理開始

 ──シールドバリア、絶対防御、パワーアシスト復元完了

 ──基本装備、後付装備復元完了

 ──単一仕様能力【■■■■】復元完了

 ──創造主に警告文とAPTウイルスを送信

 ──コア・ネットワーク切断

 ──全システム正常

 ──千鳥、最適化処理完了

 

 

「よっし、これでうちの機体は全て兎の手を離れた」

「太陽炉のデータは、盗られていると見るべきじゃの」

「でなきゃ寧ろ怠慢だよ。こっちは休み返上で訓練やったり臍の緒切ったりトラップ組んだりしてるってのに」

「ISスーツ着た美女二人侍らせてね」

「ヒカルノさんは相変わらず眼福だけど、なんで今日は明乃さんまで?」

「一服したら死合うのだろう? 冥土の土産じゃ」

「……最後に食べたのは苺大福でした」

「「「あはははは!!」」」

 

 春雨の中で三人の笑い声を聞きながら、雛鳥は思った。

 十年間、諦めずに直徒を待ち続けて本当によかったと。

 忘れてしまえば楽になれたのかもしれない。

 だが彼を通して目に飛び込んでくる色とりどりの景色が、空と雲しか知らなかった少女の心に温もりを与えていく。

 風にそよぐ木々、流れる川の水のせせらぎ、朝露を纏い両手を広げる新芽。

 命は散るばかりではなく、生まれもする。

 限りある生命が幾重にも連なり、明日になる。

 嘗て自分は世界の明日を白く塗り潰す手助けをした。時を経て依巫に迎えた直徒もまた、罪の一つといえるだろう。

 だからこそ、彼だけは守らなくてはならない。

 彼の『インフィニット・ストラトス』が『外から見る地球の美しさを知ること』なら、それを叶える翼は自分でありたい。

 たとえ最愛の人を殺すことになろうとも。

 同じ悲しみと苦しみを知る直徒となら、乗り越えられると信じているから。




JP:Japan(日本国)
C:Civilian(民間)
X:試作機
62:??
GN:太陽炉

続くかは分かりません。悪しからず。


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取引

あまり内容は進みませんが、どうぞ


 全世界で一斉に行われた男性向けIS適性検査。

 各地域ごとに指定された場所で一人ずつ機体に触れるというもので、北から南まで、西から東まで、二十九歳を上限に戸籍上の男は全て反応をチェックされた。

 だが、結果は空振り。

 元より実施に反発していたレディー・ファーストは「それ見たことか」とISの神聖性と女性の優位性を叫ぶ。

 その猛々しさは、まさに男だった。

 差別とはいつの時代も力を持たない一般市民が標的になる。

 逆を言えば、たとえ男でも一定以上の『高さ』にいる者は女尊男卑の影響を受けない。

 政治、経済、宗教、或いは芸能。

 各ピラミッドの上に行くほど権力という名の盾は強固となり、同時に足下の景色は遠ざかる。

 

 

 現実が見えなくなる。

 

 

 二人目の男、倉持直徒は倉持技術開発研究所総所長倉持俊哉の子として生まれた。

 日本有数のIS製作室。

 無論それ一つで糧を得ているわけではないが、問題はそこではない。

 ネットや報道で直徒の出自を知った『被害者達』が、彼を自分達と同じ痛みを抱える同志だと思うか。

 希望を見出すか。

 力を持たない人々に代わり、この暗く沈んだ世界に夜明けの鐘を鳴らしてくれと願うか。

 

 

 答えは否だ。

 

 

 結局生まれが全て。

 己が恵まれた身であることにも気付かず温々と安寧を享受してきた御坊ちゃま。

 科学者なら自分で自分を解剖(バラ)してISに乗れる秘密を解明しろ。

 

 

 彼もまた、我々にとって絶望の象徴だ。

 

 

 直徒もそれは分かっている。

 事実、沈まぬ太陽としてこれまでに相手した客の中には女権団や他国の意思とは無関係の者もいた。

 敵であることに変わりはないが。

 裏切者、恥知らず、女権団の犬──届かぬ刃の代わりに様々な負の感情をぶつけられた。

 女性至上主義の根源たるISに関わっている以上、避けては通れぬ道だった。

 ゆえに彼らは、他の刺客と違い己の罪を確かめさせてから殺した。

 自分だけならいい。

 だが、大切な家族(社員)までも侮辱するとは万死に値する。

 望み通り男女平等をくれてやろう。

 人の数だけ世界(現実)がある──それを解らぬまま力を手にしたところで、第二の白騎士が生まれるだけ。

 同じ過ちを繰り返すだけだ。

 

 

 ◇

 

 

 体に刷り込まれた前任者の癖に辟易しながら三十七機目のラファールを両断(VR)したところで、父に呼ばれた。

 春雨を解除し、ISスーツの上に白衣だけ羽織って向かう。

 汗はかいてないのだから問題ないはずだ。

 なんという罪深きペアルック、篝火所長が一歩リードか、でも今朝食堂でお会いした時は『I♡62』のTシャツ着てたわ、完璧に調教されてる、ホワイトデーはさぞお楽しみだったんだろうなぁ──大きなお世話と言いたいところだが、緊張感のない会話が今は寧ろありがたい。

 

 

 ここを戦場にしてはならない。

 

 

 研究開発棟から徒歩で敷地内を移動、事務所ビルへ。

 四階エレベーターのドアが開き所長室の前に立つと、ハバナの香りがした。

 脳波パターンで判別するまでもない。

 議員宿舎は全館禁煙だ。

 幹部職用のIDでパネルに触れ、扉が開いた。

 

「よう坊主、相変わらず美しいな。種馬ライフは順調か?」

「来年には白雪姫(スノーホワイト)もママですよ」

「ハッハッハ!! ……倉持、お前一体どういう教育してる」

「初孫が楽しみですな。お互い、来年まで生き延びねば」

 

 黒革のソファーで冒頭から灰になっている男の名は、平手明夫。

 第二世代型ISの世界シェアで倉持技研、デュノア社に次ぐ平手工業の会長であり、品川本社のある東京三区を地盤とする衆議院議員だ。

 二〇一五年十月、当時僅か十八の息子に社長職を譲り立候補、初当選後は経済界への影響力を買われ一年目にして総理補佐官に就任。

 以降IS政策担当として、次世代技術の開発推進や国家操縦者の育成を軸に日々奔走している。

 沈まぬ太陽の『名付け親』でもある。

 直徒達からすれば商売敵の親玉だが、今は第二の人生らしい。

 何か厄介事が起きるとよく此処へ葉巻を吸いに来る。

 フォローする子供達二人も大変だ。

 

「まっ、冗談はこれくらいにして早速本題に入ろう。──直徒君、今朝ニューヨークの委員会本部から君にIS学園への入学要請が出た」

「目的と値段は」

「驚かないのか?」

「ハーレムは男の夢ですから」

「……そうか」

 

 ますます母親に似てきたな、と明夫はデスクの写真立てを見た。

 倉持春夜──曰くこの世には客として来た女であり、その生涯は春の夜の夢の如し。

 残された夫の胸中はいかに。

 

「目的は一人目こと織斑一夏君の精神的負担軽減と第三世代分野に疎い教師陣の危機意識向上。そして対価は、我々日本に対するIS七機の追加配備だ」

七機(米英伊独仏中露)か……」

「決まれば次の国家代表は男でしょうな。それだけの商いだ」

「技術はいずれ廃れるけど、形あるものは残るからね。つまり、初手にしちゃ数が多すぎる。いくら向こうにとって太陽炉が魔法のアイテムだとしても。零式の暴走事故を知ってるなら尚更だ。……平手さん、この件我々は初めてのテーブルですが、委員会と政府の間では何度か予備交渉が?」

 

 青く澄んだ瞳が客を射抜く。

 嘘偽りは許さないという絶対の意思を込めて。

 元手が他人の金(税金)というだけで、政治家もまた商人。

 組織のため、己のために結果の最大化を図るのは当然。

 見抜かれた明夫もそれでこそと満足気だ。

 

「──ISを管轄する航空自衛隊は現在、大きく五つのエリアに分けられている。知っているな?」

「ええ。中空関東地区は現代表である御息女の目が行き届いているものの、それ以外の四エリアでは女権団の信者が徒党を組んで限られた機体を独占、自分達の思想に従わない者達の訓練を妨害しているとか」

陸奥(62)君の手で粛清されたとはいえ、二年も経てばな」

「里奈は聡く腕も申し分ないが、非情さに欠ける。それにまだ十六と若い。更識君のように大きな後ろ盾を持つ者でなければ候補生の道すら見えないのが現状なんだ」

「それで今回、獲得したISを未来ある蕾達に?」

「ん、安易だが機体を増やすチャンスなど二度とあるか分からんからな。君には餌になってもらいたい。そして質問の答えだが……三度目だ。春雨の一件(接収)をネタにおじさん頑張らせてもらったよ」

 

 この狸め──内心で親子の声が重なった。

 否、よくよく聴けば(スネーク)か? 

 いずれにせよこの話は渡りに船。

 学園には猪の弟や兎の妹も入る。『箱』の力が失われた時の保険は必要だろう。

 

「自分は二度目の高校生活になります。御承知ですね?」

「ここへ来る前に総理の了承は得た。君が入学を承諾してくれるなら、本件で我々日本政府が獲得するIS七機のうち三機をそちらに無償譲渡しよう。(会社)の守りと研究開発に役立ててくれ」

「条約なんぞ犬に食わせちゃえですね」

「言ってくるなら商談不成立だ」

「在学中の免責特権と、ISの任意使用許可を」

「抜かりはない。腐った芽など根ごと焼き払ってしまえ」

「平手会長!? それは──」

「毒を以て毒を制すだ。沈まぬ太陽の伝説を知ってなお挑む愚か者がいるとは思えんが、君も亡き妻の面影に傷を付けられたくはあるまい?」

「っ……分かりました。但し、私からもお願いが一つ」

「何だ?」

 

 短くなった葉巻を灰皿に押し付けながら明夫が問う。

 その目に腐った時代への怒りを滾らせて。

 しかし俊哉は怯まなかった。

 たとえ相手が狸だろうと蛇だろうと。

 親としての想いは同じのはずだ。

 

「いただく三機のうち一つを、平手に」

「む……何故だ?」

「故あって今は『敵は強大』としか言えません。ですがもし倉持が消えることになれば……その時は、我々の家族をよろしく」

「……分かった、歩人に確と伝えておこう」

「あーあ持ってかれた。ハゲのくせに」

「ハゲじゃない! 頭の爽やかなお父さんと言え!!」

 

 この日の夕刻に開かれた幹部会。

 厄介払いではなくビジネスという直徒の一言で、同人のIS学園入学は承認された。

 元より二研の光明とは遠距離恋愛。

 一人暮らしを経験するにも良い機会だ。

 来年の六月一日で二十歳。

 無邪気かつ無責任に人生を楽しめるのも、あと一年と少し。

 (珈琲)は同じものがあるか分からないので買い溜めして持っていく。

 兎と猪の対策以外にも、考えることは山ほどある。




平(平和):ピース
手工業:クラフト

続くかは分かりません。悪しからず。


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服毒

書いているうちにサマになる、と言いつつ約一ヶ月ぶり。
相変わらず短いですが、どうぞ。


 IS学園理事長室で倉持直徒の入学に関する委員会からの通達を読んだ織斑千冬は、その内容に露骨に顔を顰めた。

 

 監視、盗聴の禁止

 公式戦以外の場での許可なきデータ採取の禁止

 在学中の免責特権とISの任意使用権限の付与

 学園内外の有事における独自行動の容認

 授業料その他の免除を含む特待生待遇

 技研所員としての研究活動及び経済活動の優先

 以上六点が遵守されない場合、即単位認定のうえ卒業扱いでの自主退学を認めるものとする

 

 いかに特記事項に守られた学園といえど出資者の意向には逆らえないのが現実だが、こんな横暴を許す根拠がどこにあるのか。

 目的は一人目こと織斑一夏の精神的負担軽減と、第三世代分野に疎い教師陣の危機意識向上。

 事実だとしても白々しい。

 確かに噂の二号機には興味があるが。

 

「貴女の弟さんがISを起動させた経緯を突かれました。既に決定事項です」

 

 問う前に学園長の轡木十蔵が答えた。

 出先(試験会場)で展開状態の機体を放置、部外者の接触を許す。

 仮に織斑一夏が『被害者』側の人間ならどうなっていたか。

 武器が展開できなくとも、ISの装甲で殴れば人は殺せる。

 自爆すれば貴重なコアが失われる。

 不注意や想定外で済む話ではない。

 現に当時の監督官は今も寮で謹慎中だ。

 抑止力の要であるISをかくも杜撰に扱っておいて何故壁の中は安全と言えるのか──そう日本政府に論破された委員会は、太陽炉搭載型のデータ欲しさに全ての要求を呑んでしまった。

 

「彼は倉持技研の跡取り。裏でどのような取引があったかは知りませんが、自分以外の人生にも責任を負う立場なら今は無用な『外出』は控えるべきということぐらい分かるはず。何故自ら城を出て敵地に飛び込むような真似を」

「根が防人ではなく狩人なのでしょう。春雨の造形を見る限り私はそう感じました」

 

 老眼進めど慧眼は衰えず。

 世界最強の隣に立つ学園最強がギクリと身を強張らせた。

 打鉄零式の名を出さないのは彼なりの配慮。

 ならば初めから言うな、と千冬には目で非難されてしまったが。

 

「失礼。本件で委員会から日本政府にIS七機が譲渡され、うち二機が倉持技研に、一機が平手工業に渡りました。手引きしたのは総理補佐官の平手明夫氏。平手工業の会長であり現国家代表平手里奈さんのお父上です」

「更識、お前の調査か?」

「……いいえ」

「平手補佐官本人が教えてくれました。更識さんの家は二年前から沈まぬ太陽の身辺警護をしており、入学前(学園外)の情報については守秘義務があります。どうか責めないであげてください」

「警護と言っても、やってることは後片付け(死体処理)雑巾掛け(痕跡除去)なんですけどね」

 

 あはは、と自棄気味に笑う霧纏の淑女。

 対暗部用暗部の当主であり常に飄々とした掴み所のない雰囲気を持つ更識楯無だが、今日は目に見えて覇気がない。

 まるで魂が抜けた人形のようだ。

 兆候はあった。妹が起こした零式の暴走事故、錦の御旗を狙う女権団の暗躍、二人の男性適性者の出現、織斑一夏の保護、反発する一部の在校生や教職員達──ここ一ヶ月の間に学園内外で重大な事案が立て続けに起きたこともあり、情報収集と対応に当たる彼女の疲労は限界に達していた。

 偶然に救われたものもある。一学年上に優秀な側近がいなければ、とうの昔に倒れていた。千冬も十蔵も、二人目の名を報道で知った時は耳を疑うと同時に安堵した。

 更識簪は五体満足で後遺症もなく、追って別の専用機が用意される。

 ますます喜ばしいことだ。

 故に楯無は倉持直徒に大きな借りがある。お互い様とも言えるが。

 ではそれだけが理由か? 

 彼の入学を警戒している。

 否、恐れている? 

 秘密を暴くこと、隠すことに関してはこの世で右に出る者のいない『楯無』が。

 いかに特異ケースといえど、たった一人の男、それも十八の少年にその名が持つ仮面を剥がされている? 

 改めて二人目の経歴に目を落とす千冬。

 やはり何度見返しても不審な点はないが、彼の写真と目が合った瞬間、言い様のない寒気が体を通り抜けた。

 悪友とよく似た雰囲気。

 少なくとも手先が器用なだけの子供ではない。

 ISの光も闇も知り尽くし、その全てを飲み込んだうえで世界を遥かな高みから見下ろす天才(天災)

 成る程、確かに防人では歩けぬ道だ。

 向けられたのは見えない悪意だけではないはず。

 故に一つ確信した。

 

「……やはり事実なのか」

「あー……ひょっとして、織斑先生も彼のことを?」

「ああ、過去に女権団から奴の始末をと泣き付かれたことがあってな。無論取り合わなかったが」

「沈まぬ太陽の伝説ですか」

「っ、理事長もご存知で!?」

「焼かれた者の中には当学園の卒業生もいます。無論自業自得ですがね。ISを女性権力の象徴と曲解し、レディー・ファーストのような反社会勢力の拡大を助長する愚か者には似合いの最期かと」

 

 淡々と語る姿に戦慄する千冬と楯無。

 確かに一部世間ではIS学園を女性至上主義の温床と揶揄する声もあるが、よもや学園長がそれを認める発言をするとは。

 義務教育より先の学びは原則自己責任だ。千冬もドイツでの経験上、心技体の心については半ば諦めている。

 戦乙女の諦めは他の教師達に伝播する。

 良い悪いの問題ではない。教える側もまた、数字に現れる評価が全て。

 自分達が生活の糧を得るために働いているのだ。

 卒業生の就職先は大半が女権団の支援企業。

 間に大学を挟んだところで同じ。まともな風土の会社ほどIS学園のブランドを敬遠する。

 先述の平手里奈は有事における即応性の確保を主張(建前)、兄や直徒と同じ聖ガブリエル学園に進んだ。

 十年前の贖罪という千冬の志も、気付けば遠い記憶の彼方に消えていた。

 弟の適性発覚と入学で再び火は灯ったが、既に遅し。

 十蔵は倉持直徒という名の毒を受け入れた。

 千鳥の勇姿は三人とも肉眼で見ている。代表候補生が落馬した二号機を素人が僅か一月で馴致するなど夢のまた夢だが、此度の件、愚かな姉妹のみ救われるのは神が許しても御天道様が許さない。

 楯無にはそれが分かる。

 沈まぬ太陽と春雨、はたして戦乙女の腕でも互角に相対できるかどうか。

 

「新たなイカロスを出さないため、我々は今度こそ本気で教え導かねばなりません。でなければ──」

「学園内での人死にを許すおつもりですか!!」

「学園外なら構わないと? ISの現状は兵器。教え子達の悪意に汚れた銃で、悪意に汚れた剣で、未来ある誰かの命が失われることなどあってはならない。白騎士(あなた)も同じ思いでは?」

「……っ」

「更識さん、彼から伝言を預かっています。お気になさらず、と」

「……分かりました」

「では引き続き、二人の(・・・)男性適性者の入学準備を進めてください。本日は以上です」

 

 春の訪れまで、あと少し。




後で良いサブタイが浮かんだら変えるかも。
続くかは分かりません。悪しからず。


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破瓜

待たせたなッ! え、待ってないって!?


 花粉管のように伸びた連絡橋を走る一台の車。

 行先に浮かぶのは男子禁制の楽園。既に織斑一夏の侵入を許した胎は二番目の種を受け入れるのか。

 更識が護送したという事実を残すため、ハンドルは虻人が握っている。

 僅か三十分(横浜〜東京)の距離でも旅気分を味わいたい直徒。

 一人目は警視庁が先導したと食い下がる県警には、平手補佐官が総理、公安委員長経由で圧力をかけた。

 面子云々など知ったことか。

 女性による犯罪件数は年々減少(隠蔽)し続けている。前後から撃たれるリスクを背負う方が余程危険だ。

 

「さーて、無事に渡り切れるかな」

「縁起でもねえこと言うなよ。今日は大安でエイプリルフールなんだぜ」

「所々微妙に路面の色が新しいだろ? ISで狙撃した痕だよ」

「……造りが直線の桁橋なのもそのためか」

「俺達は『被害者』でもなければ『幽霊』でもない。まだ花の散った痛みは残ってるだろうけど、誤射は勘弁願いたいね」

「気のせいか? 鬼ヶ島に見えてきたぜ」

「ああ、白雪姫が行くような所じゃない」

 

 平手里奈とは昨晩、電話で話した。

 幼馴染兼商売敵の看板娘。

 新たに獲得した二機を含め、倉持技研のISは全て直徒が兎の臍の緒(コア・ネットワーク)を切っている。

 できるのは周辺の音声を拾うことだけだ。

 自分の父が沈まぬ太陽を売ったと聞いて責任を感じていたらしい。

 何らかの罰を与えた方がお互い早く休めると直徒が下した命は、恋をすること。

 気高さも度を超えれば傲慢。

 彼女の『白』に新たな女性至上主義の聖像(イコン)を見る者は少なくない。

 そして、国家代表という肩書は引退後も死ぬまで当人について回る。

 良くも悪くも。

 恋とは他者の中に己にない価値を認め、欲することだ。

 強引に白で塗り潰すだけなら兎や猪でもできる。

 自分とは異なる色を知る中で他者の世界を尊重することを覚えれば、やがて里奈自身も気高さの中に静謐と余裕を合わせ持つ『魅力的な白』へと変わっていくだろう。

 白馬の王子には出会えないかも知れないが。

 

「国家代表に説教か。偉くなったもんだな」

「彼女がいたから金剛石姫(プリンセス)は約束通り一年で引退できたし、千鳥も無事産声を上げた。銃央矛塵も教師の道に進めた。皆感謝してる」

「本人は貧乏くじだろ」

「だから暇人共の相手(殲滅)は沈まぬ太陽が引き受けてやった。これからも同じさ」

 

 今頃は生徒会長として、聖ガブリエルの壇上で新入生に歓迎の式辞を述べている。

 政官財の子息令嬢が集うエリート校。

 当然偏差値のみならず学費もエリートだが、高い山だけに空気(思想)は麓より澄んでいる。

 鬼ヶ島を蹴った白雪姫もいる。

 たとえ彼女の選択が商人の打算を含むものだったとしても、その行動は間違いなく他の後進達に大きな波紋を呼び、自分達の進む道について冷静に考える切っ掛けを与えたはずだ。

 何のためにそこを目指すのか。

 IS学園でなければ学べないことなのか。

 更識の次女も考えてほしかった。

 打鉄零式を他国や女権団の手から守るために。

 追うなら姉の影ではなく、里奈の背中を。

 だが予想通り、願いは届かなかった。

 

「あなたは無能のままでいなさい、か」

「……思うところはあるだろうが、仲良くしてやってくれ」

家族(所員)を守ってもらうためにね。──それより」

「ああ、分かってる。こっちの膜は」

「破れるのは千鳥だけさ」

「結構」

 

 懐かしい空気が車内を満たしていく。

 入学案内の通りなら、こちらも既に式が始まっている時刻。

 混乱を避けるため遅れて来いとは学園の指示だが、壇上に立つ楯無も、恐らく副担任の銃央矛塵も今は体育館の中。

 不幸な事故が起きるなら今だ。

 ゴール地点に戦乙女が立っていようが関係ない。

 寧ろ自分が女権団の信者なら、神に近付く不届者を排除すべしと考える。

 沈まぬ太陽の伝説を知って尚揺るがぬ忠誠、狂信。

 神の一族である織斑一夏は受け入れよう。

 だが倉持直徒が織斑千冬に会った時、今度こそIS学園という名の花は本当に散る。

 穢らわしい雄の臭いで蹂躙される。

 それだけは断じて許してはならない。

 網を揺らす気配にハイパーセンサーを開くと、十時の方向に花から飛び出す三つの機影が見えた。

 後から追いつく春雨の警告音。

 虻人が隣で驚愕の表情をしている。

 依巫になったことで、十八番の索敵と危機察知能力が更に拡大したか。

 雛鳥は何も言ってはくれない。

 恋と同じで、考えるのを止めてほしくないのだろう。

 

「巻き込んですまない」

「口調がマジになってんぞ。篝火お姉様のデカ乳でも想像しやがれ」

「明乃さんの芸術的なヒップも捨て難いな♪」

「へいへい、心配した俺が馬鹿でした」

 

 倉持直徒は果報者である。

 二秒後、眼前でGNフィールドが敵の三十ミリに細波を立てた。

 

「おし、行ってこい若大将!」

「これが本当のレディー・ファーストってね!」

 

 開いたサンルーフから車外に飛び出し、春雨を纏ってGNハンドガン《篝火》を両手に構える。

 初弾を防がれた虫達は不規則に旋回しながら三方向より車ごと春雨を包囲、アサルトライフルを連射してくる。

 GNフィールド広域展開。

 波は囁く──鬼は外、蚊帳の外。

 青い瞳が指揮官と思しき武者鎧を捉えた。

 反抗期の子供がそのまま大人になったような顔。

 それを見て不敵に笑う朱い三つ編みと雪肌の少年。

 手入れ不足の眉が急角度に跳ね上がった。

 御蔭で目で追わずとも敵意の位置が分かる。

 VRより実戦の方が楽とは、これ如何に。

 

「やっはろー♪ 倉持技研の御坊ちゃまに打鉄を向けるとは、いいセンスだね」

「黙れ異端者め!」

「神聖なISに男が乗るなど汚らわしい!」

「我々の世界を脅かす不届者に天誅を!」

 

 再び銃弾の雨。

 社名で借りたレンタカーに傷が付けば始末書だ。

 だが、付き合わせた相棒をお荷物に防戦一方など論外。

 加えて眼前の三匹を生かして返せば、今後の『時は金なり』に悪影響が出るは必至。

 冗談ではない!! 

 倉持直徒は商人である。

 入学式こそ不参加だが、四月一日を迎えた時点で既に規定上は学園の生徒。

 免責特権も、ISの任意使用権限も有効。

 あとは舞台の幕が上がるのを待つのみ。

 

「最後の警告だ。邪魔すると……殺しちゃうぞ♪」

「くそッ、くソッ、クソッ!! 何なのよあの堅いバリアーは!? 更識の小娘が乗ってた時の動画じゃ、あんなの──」

「ああもう鬱陶しい!! このままじゃ学園に入られちゃうじゃない!」

「奴は仲間を庇って動けない……なら、一斉にかかれば! ──早乙女先生! 愛美!」

「ええ、合わせるわよ!」

「男風情が! 串刺しにしてやるわ!!」

「若大将、俺にはちゃんと聞こえたぜ」

 

 その声で狩人は引金を引いた。

 疾風の噴き始めにGNハンドガン。

 瞬時加速にタイミングを合わされ、防御も間に合わず三拍子(ワルツ)の外へ弾き出されるラファール。

 回る景色、明滅する視界、男に一撃喰らわされた怒り。

 それでも早く体勢を立て直さねばと己を叱咤する中、仲間の声に混じって『燐』と流星が駆け抜けるような音を聞いたのを最後に────愛美という少女の刻は止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと、胸から下が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 GNバスターソード《夢斬》。

 太陽炉搭載型の推力にISの瞬時加速を乗せた、まさに刹那の一閃。

 絶対防御とて防ぎ切ることは叶わない。

 斬撃特有の力の凝縮が、少女の体を機体ごと真っ二つに切り裂いた。

 

「あっ……あぁぁあああアアアアアアアっっっ!!??」

「いやあああっ!? 愛美いいいいっっっ!!!」

 

 悲鳴を上げ、血液と臓物を撒き散らしながら深緑が海に落ちていく。

 それを抱き留めようと追いかけるもう一機のラファール。

 美しい友情だが、御蔭で暫しの間打鉄と一対一。

 即死させれば割り切られる可能性があった。

 倉持直徒は兵士である。

 怒りの形相で七時の方向から迫る武者鎧を篝火で牽制。

 間一髪で避けるも、正確な狙いの背面撃ちに驚愕する教師。

 沈まぬ太陽の伝説は聞いていたが、何故空でもこれほどまで戦い慣れているのか。

 明らかに異常────ここにきて首謀者早乙女梨香はようやく、自分達が狩られる側であることを認識、恐怖した。

 だが、最早後には引けない。

 配下の生徒を操り謹慎中の寮を脱走、アリーナの格納庫より訓練機を持ち出した時から。

 二ヶ月前、当学園の試験会場で監督官の職務を忘れ爪塗りに熱中、迷い込んだ一人の少年をISに触れさせたあの日から。

 レディー・ファーストの若き幹部でありながら自分達の世界を脅かす男性適性者の出現を幇助、地位も権力も全て失ってしまった、あの日から。

 

「太陽に近付く者は、皆燃え落ちる。──アンタも無に帰りな」

 

 得物をGNビームサーベル《陸奥》に持ち替えた緋い悪魔が、ゆっくりと振り向く。

 あの日から、女神は死にゆく運命にあったのだ。




初の戦闘回、いかがだったでしょうか。
橋のイメージは東京湾アクアラインです。
中途半端ですが、視点を変えるためここで一区切り。

続くかは分かりません。悪しからず。


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悲散

似た言い回しばかりにならないよう、他の方の作品を拝読しつつ……


 全力で走る。

 ヒールの踵が折れたのも無視して走る。

 向かう先は第二アリーナのIS格納庫。

 六つあるアリーナの中ではそこが一番先程までいた場所から近い。

 体育館で定刻通り始まった入学式。

 肩身が狭そうに周囲を見回す弟の姿を遠くから視認した後、正門前で一人倉持直徒の到着を待っていた織斑千冬の鼓膜を、突如耳障りな推進音が叩いた。

 反射的に見上げた空を通過する三機のIS。

 何事かとホロウィンドウを開くと、うち一機は寮で謹慎中のはずの教師、そして行先には連絡橋を走る一台の車。

 恐ろしい可能性に身が震え、声を張り上げようとした時は既に遅し。

 打鉄の放った狙撃弾は球体状のバリアに阻まれ、中から現れた朱髪の少年が待ち人の証である太陽炉搭載型二号機を展開、両手に銃を構えた。

 

「馬鹿共が……っ!!」

 

 理解する時間など要るものか。

 学園の教員と生徒二名が、世界で二番目の男性操縦者をISで襲撃。

 一切の弁明も許されぬ最悪の事態だ。

 弟の入学決定以降『信者達』の間に不穏な空気が漂っているのは掴んでいたが、初日からこうも大胆な行為に及ぶとは。

 嘗て犯した罪から目を背け、十年間ただ己の見たい景色だけを見てきた英雄に突き付けられる、狂った世界の現状。

 戦乙女の身内でなく一企業の跡取りを狙うところが、人の醜さの発露だ。

 監視塔の連中は何をしている? 

 開放回線でコールするも応答はない。

 事前に無力化されたか、或いはグルか。

 どちらにせよこの体たらく。

 狩人だけが翡翠色の繭の中、一人静かに舞台の幕が上がるのを待っている。

 降り注ぐ銃弾の雨を歓声にして。

 その姿に千冬は己がこの世で最も畏怖する人物──二代目国家代表の影を見た。

 嘗てラファールで暮桜と互角に渡り合った猛者。

 機体の性能の違いが戦力の決定的な差ではないことを示し、真耶達後輩の尊敬を一身に集めた同期。

 時折気が緩むと故郷の訛りが出てしまい、さばけた性格ながら同性異性問わず多くの心を魅了した花。

 そして第二回モンド・グロッソ閉幕後、突如引退宣言をした千冬に代わり二代目に就任、自身の引退と倉持技研への入社を一年遅らされた姫。

 本来なら彼女が戦乙女の称号を手にするはずだった。

 鶴の一声──兎の一声さえなければ。

 

「……っ」

 

 眩しくもないのに目を逸らす。

 千鳥の披露目に招かれた時も、初めは多忙を理由に断るつもりだった。

 当時はドイツから帰ってきたばかり。

 どの面下げて明乃に会えばいいのか分からなかった。

 だが職場(学園)トップ(理事長)が出席する以上、護衛役は必要。

 攻防一体の無線誘導兵器を従え、独特の音色を奏でながら舞台の上で華麗に標的を撃ち抜いていく金剛石姫の姿は、嘗てのそれ以上に輝いて見えた。

 まるで太陽のように。

 その太陽を世に生み出した少年が今、二人目の男性適性者として千冬が生み出した女性至上主義という名の闇に飲み込まれようとしている。

 彼の伝説は知っている。

 だがどれほど生身の戦闘力が高かろうと、ISは搭乗時間が全て。

 自由に使える訓練施設や確かな師(陸奥明乃)の存在等、倉持の名に紐付く様々なアドバンテージを考慮しても、適性発覚から今日まで約一ヶ月。

 とてもあの状況を打破できるだけの力を持っているとは──

 

『あっ……あぁぁあああアアアアアアアっっっ!!??』

『いやあああっ!? 愛美いいいいっっっ!!!』

「な──!?」

 

 戻した視線の先に広がっていたのは、鮮血の光景。

 胴を装甲ごと両断されたラファールが、悲鳴を上げながら翼を失ったイカロスの如く海に落ちていく。

 太陽の輝きは衰えず。

 抱き留めた仲間が必死に呼びかけるも、ほどなくしてそれは慟哭に変わった。

 援護を求める早乙女梨香の声が、行き場を失い宙に消える。

 

 

 

 

 

 初めてだ、四月一日に嘘が欲しくなったのは。

 

 

 

 

 

「くっそおおおおおおおおおっっっっ!!!!」

 

 そして現在に至る。

 彼を責めることなどできはしない。

 寧ろ事の全容が公になれば、世界から非難されるのは学園側だ。

 最強の証人戦乙女。

 逃げも隠れもするが、偽るのは十年前の白騎士事件限りと決めている。

 だが、それと今起きている惨劇を放置していいか否かは別の話。

 裁くなら暴力ではなく、法で。

 力で世界を歪めた挙句、女だけの園に閉じ籠っている自分にそれを言う資格があるのか? 

 それでも、と千冬は走り続けた。

 

『れ、連絡橋上空で戦闘発生! 太陽炉搭載型と打鉄、ラファール二機が交戦中! 教師部隊は直ちに鎮圧に向かってください!』

 

 居眠りか、それとも爪塗りか。

 怠慢の叱責は免れないが、グルならこの局面で梨香を助けるようなことはしない。

 彼女は一人目の男性適性者を生んだ元凶。

 仮に負けて沈まぬ太陽に焼かれたとしても、女権団からすれば処刑の手間が省ける。

 刺客はそこら中にいるのだ。

 監視付きの謹慎が今日まで延びたのも、本人からの要望だった。

 二人目の首と太陽炉を献上して名誉挽回。

 現実は汚名挽回。

 距離を取ろうとした梨香にぴったり張り付き、ビームサーベルを展開したまま移動してきた狩人の猛攻が続く。

 間断も容赦もない。

 無残に散っていく打鉄の装甲。

 気でも触れたか仲間(虻人)の車を撃とうとして──引金を引く前に腕ごと切り飛ばされた。

 目的地に着いたところで生徒会長から通信が入る。

 入学式を混乱させたくはなかったが、最早手遅れか。

 

『織斑先生! 今どちらに!?』

「二アリの格納庫だ。既にガキが一人殺られた! 陸奥の身内なら欠片の慈悲もあるかと思ったが、早乙女ともう一人のガキも時間の問題だ。そっちは」

『今しがた数名が倒れて保健室に運ばれました。教師がすぐそばで映像を開いていたので、恐らく先程の瞬間が目に入ったかと。後は祝電披露だけですが、事態が収まるまで会長権限で式を中断させます』

「分かった。後で馬鹿の名を教えてくれ」

 

 沈まぬ太陽の伝説を間近で見てきたゆえか。

 性格には少々癖があるものの、流石有事には他の誰よりも頼りになる。

 だが何故副担任の山田真耶から連絡が来ないのか。

 楯無は数名が保健室に運ばれたと言ったが、生徒がとは一言も言っていない。

 察しろということか。

 内心嘆息しながら千冬は打鉄の一機をロック解除した。

 ホロウィンドウの中、四肢を失い、首だけで持ち上げられた梨香が悪魔を睨みつける。

 

『ぐ……アタシはっ、代表候補生だったのよ。努力して、厳しい訓練にも耐えて、序列三位までのし上がって、目障りな田舎者がアンタの所にスカウトされたって聞いて、やっと、やっと戦乙女の次は自分だと思ったのに。それを政府の奴ら、アタシなんか見向きもせず必死にあの女に縋り付きやがって! 何が金剛石姫(プリンセス)だクソッ!! それでもう一年待ったら今度は平手の小娘が出てきて、蹴落とされて、代表取られて、引退して教師になって! パイロット上がりは女権団じゃエリートでさあ!! 一年の子も毎年入る度に挨拶に来てくれて、こんな人生も悪くないかなってようやく思いかけてた! なのに……グスッ……なのに……』

『……』

『ヒック……なのに……アイツが迷い込んできて、ISを動かしたせいで』

『アイツって、ひょっとしなくても織斑君?』

『他に誰がいるってのよ!!』

『そうだね。……でも逢えてよかった』

『ガッ──』

 

 女神の刻は止まった。

 彼女の屈辱と怨嗟に満ちた日々も、また。

 分かれた首と胴が、静かに全ての命の源である海へと帰っていく。

 とどめに二代目の名を冠する剣(GNビームサーベル)を使わなかったのは、手向ではなく、偏に明乃への配慮。

 たとえ田舎者と揶揄されようと、同じ高みを目指した者の死を喜びはしないだろう。

 そのくだらぬ感傷が直徒を人間に繋ぎ留めている。

 GNバスターソード、名を夢斬。

 簪が握っていた頃は霧斬だった。

 

『彼は……私に任せてください』

「いいのか?」

『一応護衛役ですし。それに世界最強の後に学園最強が出るのは、ナンセンスかと』

「そうか。千鳥の会場でも、お前の(花輪)が一番大きく派手だったな」

『弟さんの守りは布仏が。教師部隊が太陽に近付かないよう、お願いしても?』

「了解だ」

 

 友の亡骸を胸に嗚咽するラファールの少女。

 大剣を手に降り立つ死神を見て初めこそ錯乱したものの、やがて全てを諦めたかのように目を閉じた。

 だが、彼の網は広い。

 春雨が警告する前から、遠くに面倒臭くも懐かしい波長を感じる。

 打鉄零式は姉妹のすれ違いが生んだ鬼子だが、今は直徒の翼。

 沈まぬ太陽の伝説も、いずれ途絶えるならこの辺が機か。

 無論相応の落とし前はつけさせるが。

 一分後、二人の間に降り立った更識楯無が即座にISを解除、直徒に深々と頭を下げた。

 こうして入学初日の男性操縦者襲撃事件は、終わった。




候補生序列一位=国家代表。
設定で話を作るのは好きですが、内容が進まないのが難点。
かといってガバガバにするわけにもいかないし。
アニメ知識のみでどこまで行けるか。
評価、感想をいただけると嬉しいDEATH。

続くかは分かりません。悪しからず。


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所以

三ヶ月以上も間が開こうとは……よもやよもやだ。


 世界が一個の人体なら、最も大きい胴部がユーラシアか。

 六つに分かれた早乙女梨香は千冬が回収した。

 拡張領域に入れて運ぶのは躊躇われたため、発見の度に海底と安置所を往復、予想以上に時間も気力も消耗してしまった。

 荒い息が呼び起こす忌まわしい記憶。

 十年前のあの日も、彼女は暗い海の底にいた。

 子供の癇癪と人生の憂さ晴らしが手を組み世界を変えた、白騎士事件。

 神社の娘が決行日に選んだ七月七日は、妹の誕生日だった。

 飛んでいる間は有頂天。

 水を被って夢から覚めて。

 気付いた時にはとうに手遅れ。

 明けることなき白い夜。

 数多の男が地獄を見る中。

 弟のためと口を閉ざし。

 斬って斬ってひたすら斬って。

 宇宙(そら)はどんどん遠のいて。

 そして現在は、自分を神と崇める者達の楽園でテロリストが聖職者。

 優秀な人材(敬虔な信者)を育て、社会に送り出す(世界を腐らせる)────ドイツで軍の教官を続けていた方が遥かにマシだったか。

 多分に負い目のある二代目国家代表と再び顔を合わせることもなかった。

 梨香と小栗愛美も、恐らくは死なずに済んだ。

 

「手厚い歓迎痛み入ります、轡木さん」

「返す言葉もありません。腐った花も陽の光を浴びれば幾分か持ち直すと思っていたのですが」

「白雪姫に振られた時点で気付くべきでした」

「免許制の導入と学園の高専化は、平手補佐官の悲願でしたね」

「車には乗れないが空飛ぶ兵器には乗れる──自分もそんな狂った現状を放置した人間の一人です」

「賠償については全てそちらの御意に従います。IS学園へようこそ、倉持直徒さん」

「今後も色々とお騒がせするでしょうが、どうぞよろしく」

 

 薄気味悪いやり取りの末に、握手する二人。

 傍らに立つ戦乙女と生徒会長の表情は優れない。

 人の命を奪う武器の重みを教える立場の教師が、あろうことか生徒二人と共謀し、世界で二番目の男性操縦者を入学初日に襲撃したのだ。

 直徒の入学がIS委員会の意思である点も、事を更に重くする。

 春雨の(カメラ)は全てを記録していた。

 唯一の生存者岡田京香は地下の独房に収容されるも、主人(・・)恋人(・・)を同時に失ったショックで現在は心神喪失状態。

 尋問などできるはずもない。

 監視塔にいた教員の供述から差入れの菓子に薬が盛られているのが判った以上、最早話は終わりだ。

 退学は不可避。

 決定後は政府の人間が到着次第、速やかに身柄を最小限の荷物と共に引き渡す。

 もう二度と日の光を浴びることはないだろう。

 それまでは口封じを含め絶対に死なせてはならない。

 無論自殺もできぬよう処置は施してある。

 

「……学園長、いい加減お聞かせください」

「何をでしょう、織斑先生?」

 

 質問を許された猪が狩人の視界に入る。

 千冬は直徒を鋭く睨みつけたが、何故か震えが再発してすぐに目を逸らした。

 

「あ、貴方がこの男を受け入れた真の目的です。委員会からの命令である以上無視できないのは分かりますが、我々が今回の話を聞いた時は既に事が決定していた。沈まぬ太陽の伝説を知っていながら、愚弟以上の火種になると分かっていながら、貴方は彼の入学を理事会での審議にもかけずご自身の権限で勝手に了承した」

「権限ですからね。周りの知恵を借りる時もあれば、一人で決断する時もある。今回は偶々後者だった。それだけの事です」

「そんな答えで納得するとでも!!」

「一教師の納得など不要」

「な──!?」

 

 真正面から切り捨てられた千冬は愕然とした。

 刀一振りで世界を獲った女が、なんという姿。

 一教師の納得が不要なら、生徒の長のそれもまた不要だろう。

 楯無は仕方なく我関せずとコーヒーを啜る直徒に視線を移した。

 相変わらず顔は嫉妬するほど綺麗だが、直線的なシルエットの制服は窮屈そうであまり似合っていない。

 足音の立たない功夫靴は、彼女の父に師事していた頃の名残。

 妹はもう見たのだろうか。

 できれば自分が先であってほしい。

 

「いいですか織斑千冬、いや────戦乙女!!」

「うっ!?」

「爆弾が火種を責めるなど滑稽の極み。そもそも火種とは誰しも大なり小なり抱えているものです。沈まぬ太陽の彼だけではない。貴女は直接その手で人を殺めたことはないのかもしれませんが、彼より遥かに多くの命と未来ある光を奪ってきたはずだ」

「……っ」

「私が貴女をこの学園に呼んだのは、償いの機会を与えるためでした。ここを新たな女性至上主義の聖地にするつもりかと反対する者もいたのですよ? 今の貴女のようにね」

「大した慧眼だ」

「直君!!」

「だって俺被害者ですし。あ、でもこれで零式と演習場の修理代が補填できるぞ!」

「商人ですねぇ」

「あっはっは♪ いやぁ何せ国にたかるとマスコミがうるさいもんで」

 

 今度は猫が黙り込んだ。

 優しいだけの男に二人目は務まらない。

 あなたは無能のままでいなさい、だけならただの言葉足らずだが、その後の関係を放置したのは明らかに彼女や従者の怠慢だ。

 妹は姉を超えるべく圧倒的な力を渇望、幼き日からの木綱(・・)を辿り沈まぬ太陽の下へと走った。

 そこから先は最早語るまい。

 倉持直徒は年上好きである。

 積もりに積もった更識への借りが全て清算された今、語ったところで意味はない。

 

「それで轡木さん、話の流れから察するに俺を受け入れたのは初代様のお尻に火をつけるためですか?」

「ええ。三年様子を見るつもりでしたが、どうも効果が期待できそうにありません。これを機に少し焦ってもらいましょう。貴方は二代目と大変お親しい。それに先程のテストを見る限り、空でも沈まぬ太陽の伝説は揺らがないようですしねぇ」

「やれやれ、ここにも狸がいたか」

「貴方は貴方の目的を果たせばいい。その結果IS学園という名の花が枯れるなら、それもまた運命というものでしょう。何か他にご質問は?」

「はい! ズバリ、寮は一人部屋ですか?」

「更識さん」

「……いいえ、私の妹と同室です。同じ日本所属ですし、本人も強く希望していまして」

「そんな決定権がお前にあるのか!」

「ありますよ」

「ガーン……まぁ確かに一人になったところで無理矢理押し掛けてくるのがオチか。仕方ない、お仕事は隠れてやりましょう」

「……仕事だと?」

 

 幾分か持ち直した猪が狩人に問う。

 だが、先程と違い眼に力はない。

 結果見事に狩られた。

 

「会議に出たり、事業計画や経営戦略を考えたり、書類にサインしたり、政府への報告書を作ったり、将来有望な子を勧誘したり。パイロットだけをやってるわけにはいかないんですよ」

「う……す、すまん」

「もうよろしいですね。倉持さんには在学中の免責特権とISの任意使用権限が付与されており、更に今回の事件について彼は全面的に被害者。生徒のケアや加害者遺族との訴訟、マスコミ対策等々は全て学園側が負うものとします。織斑先生、彼を教室へ案内してあげてください」

「……はい」

「コーヒーごちそうさまでした〜」

「間に合わせの物ですみませんね。次はとびきり美味しい紅茶をご用意しましょう」

「結構です♪」

「おやおや」

 

 扉が閉まる前に再度一礼する二人。

 元兄弟子の気配が消えてようやく、楯無は深い溜息を吐いた。

 諸々救われたのは事実だが、こうも惨めな気分にさせてくれるものか。

 おまけに自分だけが何も失っていない。

 最愛の妹を汚されることも奪われることも、恐らくない。

 

道化師(ジョーカー)は全てを覆す最強のカードだが、同時に所有者自身に災いを齎す最悪(災厄)のカードでもある。──これからどうなりますかねぇ」

「……学園の秩序と平穏を守るのが私の役目。彼が自らそれを脅かすなら、刺し違えてでも止めるまでです」

「私からすれば、貴女も守るべき生徒の一人ですよ」

「黙って見ていろと?」

「千鳥の披露会での演説、覚えていますか?」

「彼が沈まぬ太陽になった日のこと。忘れるはずもありません」

 

 "私がこの発明を太陽炉と名付けたのは、科学の道を行く中で遠い宇宙への憧れよりも、目の前にある美しい自然への畏敬の念を強くしたからです。イカロスは偽物の翼で飛んでいることを忘れ太陽に近付きすぎたために、蝋が溶けて命を落とした。科学の力が全てを可能にするという人間の傲慢が、やがて宇宙さえ地球と地続きにする。無限の成層圏の名を持つこのISは、まさに現代に蘇ったイカロスの翼と言えるのではないでしょうか。その先にある光景は、嘗て戦争という鍬で異国の地を耕し言語という種を植えていった、あの大航海時代の再現"

 

「観覧席の一部がざわついてましたね」

「ええ、でも肌は彼の方が白かったです」

 

 "宇宙(そら)に上がれば、地球が人間の重みで沈むのを防ぐことはできます。しかしその前にもう一度我々はこれまで自分達を育んでくれた地球に対し、自然に対し、感謝の意を以て科学の力を還元すべきなのです。人が過ちの歴史を繰り返すだけの存在ではないことを証明するために。今はこの、小さな太陽で我慢して"

 

「ISに乗れる男が現れるなら一人目は彼しかいない。──そう思いました」

「私は……それより八年前から」

「つまり今からちょうど十年前、篠ノ之博士がISを発表した年ですねぇ。そして、彼が貴女の家を出て倉持に戻った年でもある」

「おじ様、貴方も近付きすぎない方がいいんじゃありません?」

「そうですね、しばらくは遠くから見守ることにしましょう」

 

 それぞれの思惑を胸に笑う、狸と猫。

 二人が〇〇一(エース)を手にした道化師に戦慄するのは、もう少し先。




話が進まない……でもこういった部分も疎かにできないし……
他の執筆者の方々、本当に頭が下がります。
評価、感想をいただけると嬉しいです。

続くかは分かりません。悪しからず。


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交差

昨日が節分…だと…


 真耶は途方に暮れていた。

 相川清香から順に始まった自己紹介だが、誰も俯いたまま必要以上のことを口にしない。

 名前と、よろしくお願いしますのドミノ倒し。

 このままでは入試に合格した瞬間が学園生活のピークになりそうだ。

 無論彼女達に非はない。

 全ては事件を起こした犯人と、その模様を生徒の視界に入れた馬鹿が原因。

 入学式の最中突如鳴り響く警報に驚いてホロウィンドウを開くと、宙を舞う梨香の右腕が目に飛び込んできた。

 ビームサーベルの熱で赤黒く焼け爛れた断面。

 噴き出す鮮血。

 気付いた時には保健室の白いベッドの上にいた。

 慌てて千冬に連絡するも既に事は終わった後。

 ストレッチャーに被せられたブルーシート。

 無残な鉄屑と化したIS。

 交戦していたのは太陽炉搭載型だから、誰の手によるものかは問うまでもない。

 夢なら覚めてほしい。

 だが、残念ながら今しがた起きたばかり。

 青白い顔で診察を受ける生徒の中には意識を保ったまま運ばれてきた者もいた。

 いたたまれなくなりその場を飛び出す真耶。

 ISは兵器、そして学園に潜む女性至上主義の闇。

 逃れようのない現実が今、目の前にある。

 彼女にも試練の時が始まろうとしていた。

 

「お、織斑一夏です────以上です!」

 

 それ故、少年の空気の読めなさが今はありがたかった。

 同じことを思ったのだろう、中にはクスリと笑いを漏らす者もいる。

 道化にしたようで些か申し訳ないが、遅れて入ってきた姉も状況を察し般若を能面に和らげた。

 席は最前列の中央。

 戦乙女の弟という事実を横に置いても、一人目の男性操縦者という立場を考えれば至極当然。

 そして廊下で携帯を弄りながら待つ(くだん)の二人目は、同列の最後方。

 本当に沈まぬ太陽だ──扉のガラス越しに見える姿に思わず真耶は息を飲んだ。

 

「まったく、挨拶すら碌にできんのかお前は」

「げえっ!? な、何で千冬姉がここに」

「織斑先生だ馬鹿者」

「ぐへっ!?」

 

 振り下ろされる出席簿。

 事実なら指先一つであらゆる情報に繋がるこの時代に、今の今までよく隠し通せたものだ。

 押し寄せるパトカーの群れは圧巻の一言。

 だが迎える側の中には汚らわしいと吐き捨てる者もいた。

 時々己の選んだ道に自信が持てなくなる真耶。

 もし敬愛する金剛石姫を追って倉持技研に入社していたら、例の二号機には銃央矛塵が乗っていたかもしれない。

 千冬様への黄色い歓声は今年は起こらなかった。

 明乃の身内に止められるとは、因縁ここに極まれり。

 

「あの、織斑先生……彼は」

「分かっている。さて諸君、既にニュース等々で報じられている通り男性操縦者はもう一人いる。だがそいつはここにいる馬鹿とは違い国際IS委員会からの要請で入学してきており、在学中の免責特権とISを含む戦力の任意行使権限が付与されている。己の身を守るためなら何をやっても許される立場ということだ。そして先程、式の最中に起きた騒動だが……本校の教員と生徒二名が登校中の彼を連絡橋上で襲撃した。学園の訓練機を使用してな」

 

 言って現人神が固く目を閉じる。

 まるで過去に戻りたいのは自分も同じと訴えているかのように。

 それは少女達にとって、初めて見る千冬の人間としての姿だった。

 誰も言葉を発することができない。

 各々の中の現実(ゆめ)が音を立て崩れ落ちていく。

 そして残ったのは恐るべき一つの事実──教師と生徒によるISを用いた凶行。

 旧華族出身の四十院神楽が意を決し手を上げた。

 

「……織斑先生、それで倉持様は」

「知り合いか?」

「恐れながら、この道で知らない者はいないかと」

「そうだな。……無事だ、倉持は」

 

 安堵の声が漏れた。

 英国貴族は忌々しげに眉を顰めた。

 袖余りの狐はそんな彼女の姿を見て、後々面倒事が起きぬよう心中で祈った。

 先日テレビで見て知ったばかりの少年は内心冷や汗をかきながら────姉の言葉に違和感を覚えた。

 

「襲ってきた奴らはどうなったんだ?」

 

 千冬が賢明だったのは、それを告げる前に一区切り置いた点だ。

 加害者と被害者を違えてはならない。

 場所と状況を考えれば誰しも倉持直徒を後者と認識する。

 遺憾ながら待遇もやむなしと。

 入学させた学園長の意図は危険だが、あくまで本件とは別の話。

 唯一の不安は内と外の境が曖昧な弟の心。

 愛せなければ通過することを知らず、他者の世界を無邪気に己の色で塗り潰す『白』さ。

 

「……生徒一名が退学処分。他は戦闘中に死亡した」

「な──!? し、死んだ……ってことは、その倉持さんに殺されたってのかよ!?」

「そうだ、だが過剰防衛ではない。三人がかりで襲われしかも教師が主犯では鎮圧部隊を信用できんのも無理からぬこと。それに倉持は反撃前に一度警告を行っている」

 

 真耶が生徒達の反応を観察する。

 大半は必死に気を保ちながら聞いているが、あからさまに狼狽する一部は女権団か。

 無論前者の中にもいないとは限らない。

 二代目が代表を退いた後、徐々に各基地で息を吹き返したのが証拠だ。

 

「だからって……だからって殺していいわけないだろっ!!」

「犯人は被害者の部下が運転する車にも銃を向けた。ISの銃をだ。未遂に終わったとはいえ悪質極まりない。──午後には学園長が倉持技研への謝罪声明を発表する。警備上の理由から直接の訪問は見送られたが、学園の公式サイトに教職員、生徒会との連名で同内容を掲載する。以上だ」

「それと私の失態で皆さんに余計な不安と混乱を与えてしまいました。この場を借りてお詫びします。本当にごめんなさい」

「答えてくれ! 千冬姉は納得してるのか!?」

「織斑先生だ。これ以上SHRの進行を妨げるなら退出させる」

「くっ──」

 

 有無を言わせぬ威圧。

 だが日頃言葉を尽くさない彼女にしては十分丁寧に事を運んだ方だ。

 発端は機を見て姉弟の会話で明かせばいい。

 真耶が頭を上げて時計を見ると、終了まで残り五分を切っていた。

 

「織斑先生、もうお呼びしないと」

「ああ。……入ってこい倉持」

「っ!!」

 

 扉が開かれ、視線が集中する。

 様々な感情の入り混じったその中を、あの日と同じ穏やかな笑みを湛えて彼が入ってくる。

 

 

 

 雪のように白い肌。

 

 

 

 三つ編みに束ねた朱い髪。

 

 

 

 静寂と情熱を宿した青い双眸。

 

 

 

 衆目に晒されても一切乱れることのない、自信と余裕に満ちた空気。

 

 

 

 イカロスの墜落が背景に見えそうだ。

 招かれたのは当時のIS委員会幹部、各国政府閣僚級、国家代表及び候補生、報道機関、その他主催者特別招待。

 この場にいる生徒は皆、テレビや携帯の画面越しに直徒と目が合った仲である。

 俯く簪の従者を除いて。

 

「すまん、待たせたな」

「インシデント報告と専用機の使用報告が終わっちゃいましたよ。ところで、なんか睨まれてるんですけど?」

「ッ!!」

「……山田先生、織斑を外へ」

「は、はい」

「まぁまぁいいじゃないですか、彼もいきなり女性至上主義の苗床に放り込まれてストレスマッハでしょうし。適度に発散させないと、殺される前に死んじゃいますよ?」

 

 サラリと笑顔で恐ろしいことを言う。

 そして誰も否定できない。

 人の命を奪った直後に何故こうも飄々としていられるのか。

 理解し難い存在を前に一夏の無垢な正義感は更に膨れ上がった。

 今はまだ、己の馬を持たぬ白い騎士(ジャック)

 

「ありゃりゃ、嫌われちゃったみたいだね。でも元気なのは良いことだ」

「うるさい。いいから挨拶しろ倉持」

「はい、織斑先生(・・・・)♪」

「……チッ」

 

 行き場を失くした出席簿が瘴気を放つ。

 促されて直徒が壇上に立つと、黒板に名前が表示された。

 子供ばかりの舞台で臆するはずもない。

 波が重なりすぎていて今は困難だが、織斑一夏以外の波も順次記憶しなければ。

 

「やっはろー♪ 今日は折角の入学式を台無しにしてごめんね。自称天才、温室育ち、未成年は地雷、ナルのくせに寂しがり屋の十八歳倉持直徒さんだよー♪ 織斑君のニュース見ながらISの整備してたら突然動いちゃってさ。こっちはついこないだ高校出たばっかだし家の仕事もあるから無理って言ったんだけど、委員会のおじさん達が『第二世代で頭が止まってる教師達のお尻蹴飛ばしてくれ』って日本にいっぱいお土産くれちゃって、それで政府に頼まれて入学してきたってわけ。アンタ達のせいで二人分の椅子がーとか言わないでよ? ここ編入制度あるし、なんならもうすぐ向こうの方が勝ち組になるから。好きなものはコーヒーとお金、嫌いなものは紅茶とヒーロー。よろしくできるコもできないコもよろしくっ♪」

 

 終了を告げるチャイムが鳴った。




やっとおりむー登場。
敵か味方か? 専用機は?
評価、感想いただけると嬉しいです。

続くかは分かりません。悪しからず。


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英女

転勤鬱で休職。思わぬ時間が出来ました。t


 直徒による刺激的な挨拶が終わった直後の休み時間。

 単身悪魔に突撃せんとした騎士は背後から女王に呼び止められ、渋々後に続いて教室を出る。

 廊下では姉弟になれない。既にギャラリーでいっぱいだ。

 千冬の意図を察した真耶は一人職員室へ。

 あくまで引金を引いたのは梨香。剣は折られても心まで折れる必要はない。

 謝罪声明では犯行の経緯と、生徒二人を含む加害者全員の実名が公表される。

 主犯の梨香に至っては顔写真も。

 全ては被害者の名誉回復を図るとともに自ら全てを公にし、学園の受けるダメージを最小限に抑えるためだ。

 可憐に咲く花々も、土の中は暗く陰湿な世界。

 既にSNSでは事件に関する投稿が飛び交っている。

 顔も名前も国も隠し、複雑に絡み合った根は楯無さえ制御不可能な情報の網。

 海を隔てていようと関係ない。

 下手に隠して外から暴かれるようなことになれば恥の上塗りだ。

 少年には酷だが、理解と納得の違いを学ぶには良い機会。

 恐らく今まで周りが彼に合わせてきたために、その線引きをする必要がなかったのだろう。

 幸か不幸かの判断は本人に任せる。

 直徒が携帯を開くと、本社から緊急会議開催の通知が入っていた。

 参加者は『はい』を押下しておくのがルールだが、長い黒髪の大和撫子が近付いてきたため懐に仕舞う。

 議題は想像に難くない。

 

「失礼いたします。倉持様、よろしいでしょうか」

「歴史と伝統ばかりじゃ生き残れない、か。立派な考えだよ、四十院神楽さん」

「恐れ入ります。平手先輩にも同じ言葉をかけていただきました」

「キミを中卒にしたらビンタじゃ済まないな」

「それは……まだこれから先も血が流れるということでしょうか」

「レディーファーストだよ。太陽は自ら動くことをしない。あくまで算盤が本業なんでね」

「……」

「よろしくできないなら、それでいいさ」

 

 促され三つ下の後輩が席に戻る。

 聖ガブリエルでは高等部と中等部に分かれていたため特別交流はなかったが、白雪姫とセットで会った時は何度か言葉を交わした。

 波長に斑がなさすぎて同類かと疑ったほどだ。

 四十院家は男性復権の派閥であり、旧華族の由緒ある血筋。

 中身は既に少女ではないだろう。

 では入れ替わりにやってきた碧眼の金髪ロールはどうか。

 誇りとは着飾るのではなく、内に在って己を支えるもの。

 どうやら良い手本に恵まれなかったらしい。

 現に向けられる敵意の中に僅かだが期待が混じっている。

 

「よろしくて? 沈まぬ太陽」

「構わないよ、英国代表候補生セシリア・オルコット。お会いできて光栄の極みだ」

「卑族にも一応の礼儀は備わっているようですわね」

「金持ち喧嘩せずが信条なもので」

「っ……よくもぬけぬけと。姑息な手を使い我がイギリスからISを奪っておいて!」

「日本国政府が取引したのは国際IS委員会でありイギリスではありましぇーん。アラスカ条約をご存知ないのかな? 文句なら俺個人でなく委員会にどーぞ。まぁした瞬間キミ自身が祖国から呼出しを食らうだろうけどねー」

「あ、あなたねぇ……!!」

 

 軽くあしらわれ、貴族の顔がみるみる紅潮していく。

 愛国心が強いのは勝手だが、狙撃手ならもう少し客観的に物事を見られないものか。

 言葉選びも迂闊だ。

 予鈴が鳴り、やはり剣を折られた騎士が戻ってきた。

 太陽を直視することができず、重い足取りで席に着く。

 第二回モンド・グロッソ決勝の件といい、彼は何かと倉持の人間に縁があるらしい。

 女権団ともだ。

 ぶつかって共倒れが彼女らの理想、片方だけでも重畳。

 ではどちらを駒にするか。

 分かっているのは、女は自分より美しい男を憎むということ。

 弱った心につけ込まれなければいいが。

 

「くっ……また来ますわ! 逃げないことね! よくって?」

 

 安易な約束はしないのが商人。

 廊下のギャラリーも粗方散ったため、千冬に一言告げて教室を出る。

 許可は必要ない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 周りが授業中だからといって警戒を怠ることなかれ。

 一ヶ所に留まることはせず、敷地内を移動しながら頭の中で平面だった鬼ヶ島の見取図を立体化させていく。

 ISを纏わずとも並列思考は訓練可能だ。

 暮桜のいる地下最深区画がベストだが、贅沢は言えない。

 (〇〇一)も母を捨てた手前顔を合わせ辛いだろう。

 零落白夜で襲ってこられたら大変だ。

 だからこそ目覚める前に破壊しておきたいという考えを頭の隅に追いやり、直徒は会議に意識を傾けた。

 議題は直徒の安否確認と、IS学園の謝罪声明に対する返答。

 二研のデカ乳と芸術的なヒップも遠隔で参加している。

 虻人に頼んでレンタカーのドライブレコーダーを事件の証拠用にコピーさせたが、再生時には一部音声が途切れていた。

 原因は誰にも分からない。

 

『……これを公開するというのか』

「襲撃の瞬間が映っているのは、これのみです。女権団への警告が目的なら春雨の主観映像を使用するところですが」

『ふざけるな!! ISの生命維持機能があるのをいいことにわざわざ敵を嬲り殺しにしおって!』

家族(所員)に銃を向けた報いであって、愉しんでいたわけではありません。ですが非効率的な戦い方だったことは認めましょう。以後慎みます」

『本当だな?』

「亡き母に誓って」

『……ならいい。事実、最後の一人は無傷で学園に引き渡しているからな。だが誓いなら違えた時責任が取れる相手にしろ。家庭の絵が浮かぶ男でなければ大人の女にはモテんぞ』

「ぐ……ハゲのくせに」

『頭の爽やかな総所長だ。未熟者め』

 

 海の向こうに小粒だが横浜本社のビルが見える。

 撃てば届くだろうか。

 随分大きな離れと母屋だ。

 

『流石大将、相変わらず切れ味抜群だ』

『女が皆結婚を望んぢゅうとは限らんがの』

『じゃあアッキーは愛人希望ってことで、ナオは私と家庭作ろっか。今度いつ来る〜?』

『んなっ!? ヒッキー、何を勝手に──』

『君達ねぇ……』

 

 道化師も仮面を脱げばただの子供。

 本当の笑顔はここでは見せない。

 天災の孤独など理解したくもない。

 だが気を抜けば知らぬ間に彼女と同じ道を歩んでしまう。

 向かってくる敵を全て焼き尽くしたとして、後に残るのは────

 

『直徒』

「……ん?」

『心配するな。お前が道を誤った時は────陸奥君が止めてくれる』

「他人任せかい!」

『任せるのが私の仕事だ。陸奥君、どうか倅をよろしく』

『……っし、言質取った』

『ちょっ!? このハゲー!!』

 

 通信を切ると、心地良い風が白肌を撫でた。

 十年前のあの日と同じ、青い空。

 その先にあるのは、嘗て機械仕掛けの翼が羽ばたくのを夢見た漆黒の海。

 在学中の免責特権とISの任意使用権限を求めたのは、己が身を守るためだけではない。

 だが行くなら七月七日だ。

 雛鳥も分かってくれるだろう。

 耳にした兎が焦って自分より先に上がるなら、それはそれでよし。

 授業終了の鐘が鳴り、直徒は教室へと足を向けた。

 一人だが独りではない。

 故に四組に立ち寄る理由もない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 三限目は実戦で使用する各種装備の特性に関する授業。

 が、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表を決めることになった。

 クラス代表とは対抗戦への出場だけでなく、生徒会の開く会議や各種委員会への出席等を行う学級委員長のようなものだ。

 現在も一部生徒は事件のショックで寝込んでいるが、時間は有限。

 自薦他薦は問わないらしい。

 ざわつく空気の中、商人の中で算盤が弾けた。

 

「はいはーい織斑先生、優勝請負人♪」

「却下だ。試合の度によその代表を再起不能にされてはかなわん」

「ありゃー残念。でも織斑先生がそう仰るなら仕方ないですね〜」

 

 瞬間、約一名を除く全員が自爆と気付いた。

 だがこれでもう誰も直徒を推薦することはできない。

 悪友と似た雰囲気に引っ張られたと千冬が歯噛みするも、既に遅し。

 最後列に座る道化師が、まるで神の如き表情で椅子の背もたれに身を預けた。

 二択で一方が失われたとなれば、どうなるかは自明の理。

 哀れ剣の折れた騎士。

 他薦された者に拒否権はない。

 ならば道連れと直徒の方を向くも、その顔を見て不意に息が詰まった。

 身代わりにしてしまった罪悪感の波が再び押し寄せてくる。

 結局、立ち上がっていた一夏は何も言わぬまま席に着いた。

 

 

 ──代表は避けられない。諦めて受け入れるか。

 

 

 だがもう一人、思わぬ所から騎士が現れた。

 得物こそ剣ではなく銃だが、確かに主君は女王陛下である。

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!!」

 

 机を強く叩き立ち上がるセシリア。

 挙手というものを知らないのだろうか。

 彼女は自分こそクラス代表に相応しいと思っていた、にもかかわらず推薦されたのは男。

 先刻卑族にあしらわれた怒りと合わさった火は炎となり、ついに爆発する。

 

「認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと仰るのですか!?」

 

 二度目ということもあり、直徒は社のメールチェックをしながら春雨の録音機能をオンにした。

 無論誰にも気付かれてはいない。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ありませんわ!」

 

 一度爆発した怒りは収まりがつかず、次第に加速する。

 激昂のあまり、本人も既に自分が何を言っているか分かっていないのだろう。

 だが、彼女の斜め後方には教師を含む三人がかりの襲撃を退けた男がいる。

 世界が急速に冷えていく。

 

「いいですか! クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ! 大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で──」

 

 声を上げたくても叶わない一夏。

 後ろを振り向けばセシリアだけでなく、直徒がいる。

 彼の姿を視界に入れるのがどうしても怖かった。

 結果、淑女は完走した。

 ゴールテープはどこにもなかったが。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 せり上がった熱が引いてきたのか、肩を上下させながらもセシリアは段々と落ち着き、それでも未だ得意気に胸を張っていた。

 皆が皆、自分に注目している。

 二年前に『七月七日の演説』を行った沈まぬ太陽も、きっと同じ気分だったことだろう。

 嗚呼、なんといい眺め。

 畏怖(失笑)羨望(憐憫)の眼差しが心地良い。

 壇上の戦乙女が険しい表情をしていたので些か無作法だったかと反省したが、彼女が指したのはセシリアではなく────

 

 

「構わん、倉持」

 

 

 ────斜め後方の席で挙手している、彼だった。




頭が働かなくなったので、ここでストップ。
評価、感想いただけると嬉しいです。

続くかは分かりません。悪しからず。


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適切

梅雨明けはもう少し先。


 仏の顔も三度までというが、直徒は人間。

 その時その時の気分で天井は二にも一にもなる。

 既にセシリアからは卑族と褒め言葉を受けていた。

 待機形態の春雨から端末に録音データを移動、会社と平手補佐官宛のメールに添付して送信。

 やられたらやり返す。

 その脅威が抑止力となる。

 雛鳥からの情報には馬の性能だけでなく主の人生も載っていたが、知ったことではない。

 若くして遺産相続で苦労すれば人種差別(極東の猿)他国への侮辱(文化的に後進)も許されるのか。

 送信完了の文字を見て倉持技術開発研究所第一研究所副所長は手を上げた。

 扱う商品の性質上、家族(社員)は皆日本人。

 夢は十分見せただろう。

 

「──構わん、倉持」

「えー、オルコット代表候補生の先程の発言について日英関係維持の観点から本国に確認の必要性ありと判断、内閣官房の平手総理補佐官に報告しました。いずれ先生方お二人にもヒアリングが行くと思うので、共有しておきます」

「はあっ!?」

 

 途端に貴族の顔から余裕が消えた。

 真耶が慌てて視線を向けるも、壇上の千冬はジッと腕を組んだまま動かない。

 学園長から直徒を入学させた意図を聞いていながら、彼より先にセシリアを止めることができなかった。

 仮に最後は動くつもりだったとしても、所詮言い訳だ。

 現役時代の一匹狼から何も成長していない。

 去年まではそれでも世界が回ってくれた。

 花と蝶だけの楽園。

 何かあれば隠し事のプロもいる。

 大罪人(白騎士)には不相応な夢だとしても、もう少し長く続くと思っていた。

 せめて弟一人なら。

 夜明けは彼女にも訪れたということだ。

 

「そ、そそそんな嘘を言ってわたくしを脅そうとしても無駄ですわ!」

「脅したら犯罪になっちゃうじゃーん。だから問答無用でチクってやったゼ♪」

「ISを奪ったことといい、あなたどこまで姑息で卑劣なんですの!!」

「だから日本が取引したのはIS委員会であって、イギリスじゃ「お黙りなさい!!」はーい黙ってまーす♪」

「く、くううぅぅぅううぅっっ!!!」

 

 完全に掌上で弄ばれているセシリア。

 やり取りを見る女子達の中で、代表候補生に抱いていた憧れが一気に冷めていく。

 時間が惜しいと教科書を開く者まで現れた。

 考えなしに一夏を指名した面々は結果オーライと安堵。

 好き嫌いも立派な決め手。

 だからこそ、殺人への忌避は別として沈まぬ太陽を推薦できないのが惜しい。

 副代表があれば。

 

「……ISに乗っていなくても容赦ないな、お前は」

「女の方が強く偉い時代ですからね」

「教師を含む三人がかりを退けておいてそう言うか」

「金剛石姫なら生きたまま無力化します。容易に想像できるでしょ?」

 

 確かに、と言いかけて真耶が寸前で飲み込む。

 死亡した梨香とは同期だった。

 仲が悪くも同じ高みを目指した者だからこそ分かる。

 彼女の実力は本物。

 それを機体の性能差があったとはいえ無傷で撃破するとは。

 明乃に師事したというだけでは腑に落ちない。

 が、今は一人客の去った舞台で踊り続けている哀れな少女を何とかすべきだ。

 千冬もそう思った。

 

「はぁ……オルコット、私もあまり我慢強い方ではない。自薦でいいから後々悪いようにされたくなければ座れ。それとも────極東の猿の言葉は理解できんか?」

「ひっ!? わ、分かりましたわ……」

「はいはーい織斑先生♪」

「何だ倉持、まだあるのか」

 

 ようやく己の発言の拙さに気付いたか、顔面蒼白で座るセシリア。

 どう考えてもユニオンジャックに泥を塗るどころかナイフを突き立てるレベル。

 女王陛下の耳に入れば家の取潰しまでは免れても、代表候補生の地位剥奪は確実だ。

 同様の振舞いを他組相手にされては堪らない。

 直徒の意見に女子の半数以上が同調した。

 彼は自薦して千冬に蹴られた。ここで千冬がセシリアを庇えば筋が通らない。

 クラス代表は一夏に決定。

 椅子から崩れ落ちたセシリアは保健室に運ばれたが、肩を貸した者曰く、ベッドが空いておらず診察台に寝かされたとのこと。

 何のための開放回線か。

 呆れながら副所長はメールチェックを再開した。

 女性が歪めた時代は女性の手で元に戻さなければ意味がない。

 だが直徒がそれを託すのは白雪姫。

 逆恨みしてセシリアが銃を向けてくるなら、太陽も躊躇なくイカロスを焼く。

 翼もろとも。

 一次移行したISは皆主と同罪だ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 悩み抜いた結果が『それでも!』ならそれでいい。

 昼休み、直徒は席で沈んだままの一夏を尻目に教室を出た。

 食堂は使わない。

 調理場にまで思想が入り込んでいるとは考えにくいが、人の心など容易く変わるもの。

 明日からは前日の夕飯の残りをパンに挟む。

 相手が先に目的地に着いたのを感知。

 姉と違って別段懐かしくもない、ただ面倒臭いだけの波長。

 だが二月と三月の十四日は譲らなかった。

 虻人からも仲良くするよう頼まれている。

 ならば恋と依存の違いが分かるまで付き合うのが男の度量というものか。

 網を広げて警戒対象の位置を探知。

 猫は自分の教室から動いておらず、狐は上も下も食堂。

 猪は職員室。

 そして三年の『小雨』は体育館裏で未確認の波長と二人。

 二年前に千鳥の式典で米国代表候補生として挨拶された時、妙な懐かしさを覚えたので気になっていたが、その正体はまさかの幽霊。

 道理で足がないだけに自称天才のハッキングでも掴めなかったわけである。

 さてこちらからは進んで絡まないが、春雨と聞いてどう出てくるか。

 

「ちょっとあれ……」

「うーわ、マジで沈まぬ太陽じゃん。なんであんなのがここにいんのよ。学ぶことなんて何一つないくせにさ」

「学生相手にマウント取りに来たんじゃない? 俺ならそのプログラム◯分で組めるよーとか。超性格悪いよね」

「男のくせに三つ編みなんかしちゃって、キッモ」

「ねぇ、今度やっちゃおっか」

「無理無理。聞いたんだけどさ、朝あいつ襲って逆に殺られたの早乙女先生らしいよ。ファンの子がわんわん泣いてた」

「早乙女先生って元代表候補生じゃん! 何!? あいつそんなレベルなわけ!?」

「付いてた二人も操縦科の三年生だったんだよね。それで勝つとか……化け物」

「あたしらなんかじゃ天地がひっくり返っても無理だよ〜」

「くっそ腹立つ」

 

 道中後ろから聞こえる嫉妬と悪意。

 慢心してはならないと気を張るよりも、慢心してしまう自分を認めた方が肩の力が抜ける。

 真の世界最強と幾度も死合い生き延びた、その事実があれば十分だ。

 心を宇宙の如く平静の極致に保っていれば、相手が誰だろうと負けはしない。

 ちなみに凪では雛鳥と夢で会った時の景色と似ているせいか、春雨の反応が鈍くなる。

 中々気難しい相棒。

 だが、安易に答えを得て堕落するよりは多少不便な方がいい。

 

 

 整備室に着くと、一人の少女が壁に背を預けて座っていた。

 

 

「お嬢さん、お待たせしました」

「私も今来たところ。……何度もメールしてごめんね?」

「コア・ネットワーク切れてますし、構いませんよ。てっきり人殺しとは食べないものかと」

「……事情は聞いた。登校途中に三人がかりは明らかに殺意あり。お兄ちゃん(・・・・・)の命を狙うなんて絶対に許せない」

「魔闘気漏れてますよー。ほら、スマイルスマイル」

「や、やめふぇおにいひゃん。のふぃる、ほっふぇがのふぃる〜」

 

 相変わらずレアチーズパンみたくモッチモチ。

 姉がこの場にいたら鼻血を噴いて倒れていただろう。

 互いに弁当箱を開け、中身を空にしながら寮の部屋でのルールを決めていく。

 ベッドの窓側内側、入浴の順番、掃除は毎朝実施。

 直徒が食堂を使わない点は了承された。

 料理は自宅=職場になって以降作る機会こそ減ったが、切る焼く煮るは一通りできるので問題ない。

 

「そういえば、四組の代表はお嬢さんが?」

「うん……専用機持ちは私だけだからって、殆ど無理矢理。弐式のレポートとかで忙しいのに」

「上がりたては要領を掴むまでがね。形式分からないなら、里奈さんからccで来てるメール見てパクったらいいですよ」

「……大丈夫なの?」

「何事も最初は真似から。どんなに出来のいい資料も期日に間に合わなければただのゴミです。評価するしない以前の問題」

 

 簪が『お兄ちゃん』に求めているのは助言ではない。

 だが直徒にとってその呼称は、約束された安寧を捨て更識を出た覚悟と現在の自分を否定されているのと同義だ。

 ゆえに彼は『お嬢さん』の想いを受け流し、あくまで一人の人生の先輩として簪に助言を送る。

 虻人との約束は守られる。

 

「ファイルがPDFのみだと編集できないので、春雨のを送っておきます。クラス代表の方は去年やった人に……いや、姉が邪魔だな。やっぱ担任の先生に聞きましょう。それがいい」

「あ、ありがとう……」

「二足の草鞋は大変でしょうけど、頑張って。自分の能力を正しく把握して、そのキャパだと若干辛い量の仕事をスケジュール立てながら何とかこなしていくうちに、できる範囲が広がる、つまり成長していくんです。説教臭くなっちゃいましたけど、ISを降りた後の人生の方が長いってことを忘れないでください。どんなに能力が高くても約束が守れない人を、組織は絶対に欲しいとは思いません。無論、倉持技研もね」

 

 残り十分になったため別れて教室へ。

 四限目は冒頭学園長から全校放送で襲撃事件の報告と発生経緯の説明があり、続いて倉持技研に対する謝罪声明が読み上げられる。

 余程のナルシストでなければ再び自主休講するところだ。

 戻ってきた廊下で兎の妹を連れた一夏と鉢合わせた。

 太陽を直視できないあたり、どうやら答えはまだ出ていないらしい。

 それでも食事が喉を通るのは純粋に才能か、或いは織『斑』ゆえか。

 成る程、感情豊かにもかかわらず直徒の自己紹介直後と現在で波に差がないのも頷ける。

 

やっはろー(はろはろー)、デートの帰り?」

「っ、えっと……」

 

 何故か眩しくないはずのポニーテールが目を逸らした。

 大和撫子と言いたいところだが、生憎その別称は四十院神楽に販売済。

 再入荷の予定はない。

 

「篠ノ之さん、イイ女になるんだね」

「いっ、いきなり何を!?」

「あっはっは、んじゃお先ー♪」

 

 さて、女の愛撫で白き英雄復活となるか。

 扉が開くと、直徒の席の前に先程ドナドナされたはずのセシリアが立っていた。

 余程診察台の寝心地が悪かったのか、額に青筋が浮かんでいる。

 

「……先程はよくもコケにしてくれましたわね」

「立ち直り早いねぇ。パイロットより営業の方が向いてるんじゃない?」

 

 

 

 何かが切れる音がした。

 

 

 

「倉持直徒────わたくしと決闘なさい!!」




アンチとは敵味方問わず扱いが雑を意味するのではないかと思う、今日この頃。
評価、感想いただけると嬉しいです。

続くかは分かりません。悪しからず。


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勝利

暑い‥…暑すぎる……


「倉持直徒────わたくしと決闘なさい!!」

 

 甲高い声が教室中に響き渡った。

 四限目前で戻ってきていた生徒達が何事かと騒ぎ出す。

 衆目が多い中で白手袋を投げつければ、外面が命の商人は逃げられないと踏んでの行動か。

 が、残念ながら彼女は既にクラスの鼻つまみ者。

 二度も他人の名誉挽回に付き合うほど直徒は聖人ではない。

 

「今日から一週間後! ISの模擬戦でこちらが勝ったら、例のその……イギリスへの抗議を取り下げていただきますわ! よろしくて?」

「やだ」

「いいですわね! ──ってええっ!?」

 

 平然と拒否され狼狽えるセシリア。

 直徒は間合が詰まるのも構わず席に着き、机に教科書を用意。

 そこに痺れも憧れもない。

 やがて一滴の雫から広がる波紋のように周りの女子達も次々席へ戻り、授業の準備をし始めた。

 ではブルー・ティアーズの主はというと、依然太陽に手が届く距離。

 業腹でも要求を通すまでは帰れない。

 

「……コホン。あらあら、天下に名高い沈まぬ太陽が随分と情けないですわね。あなたが二人目と聞いた時は世はかくも不公平なものなのかと怒りに震えましたのに、所詮は手先が器用なだけの腰抜けでしたか」

「受けるメリットがない。釣りがしたきゃまず相手が食い付きたくなるような餌を用意したまえ。そもそもキミ、仮にやったとして後で本国にどう報告するわけ? 専用機といってもその青い耳飾りはあくまで国の所有物だし、ISは抑止力の要、しかもキミのは欧州計画の試作機、それを私闘で振り回すとか論外よ。勝っても負けても騎手失格。代表候補生ならその辺当然分かってるよね?」

「そ、それは……」

「俺はいいんだよ、民間人で開発者で副所長で免責特権持ってるから。死にたいなら一週間後と言わず今すぐにでも殺してあげるさ。でもね、キミを解体(バラ)して五臓六腑眼球子宮脳漿血管ぜーんぶ売ったところで端金にもなりゃしない。無益な殺生どころか完全に骨折り損のくたびれ儲けだ。──そいじゃ問題、この決闘にやる意味は? ほら早く答えないとチャイム鳴るよ。織斑先生来ちゃうよ! ハリーハリーハリー!!」

「う、ううう……」

 

 言い返せず次第に涙目になるセシリア。

 直徒にとって女の武器は笑顔だ。家族(社員)が仕事場で泣こうものなら空気を悪くするなと即有休扱いで帰らせる。

 嬉し涙と、他人(ひと)を思って流す涙を除いて。

 普通こういった状況では憧れの代表候補生を援護する現代っ子(女尊男卑)が現れるものだが、前述の通り彼女は既に周囲から白眼視。

 敬虔な信者達も早乙女梨香の二の舞を恐れて動けない。

 結果、ヒーローの登場する御膳立てが出来てしまった。

 頭で考えるより先に体が割って入る。道理も負債もかなぐり捨て『守る』という行為に走る一夏の姿を、直徒は愚かしくも可愛いと思った。

 彼の出生の秘密を知っているからだ。

 

「和風美人より金髪が好みかい?」

「泣かすことないじゃないですか倉持さん! ISで勝負するのが駄目なら他の方法で受けてやればいい」

「敬語に免じて教えてあげよう。彼女の狙いは端から俺と春雨(こいつ)のデータだ。それさえ取れればたとえ負けても本国の査問委員会で戦える。データ収集継続のためには学園への残留と専用機が不可欠ってね。逆を言えば、ISバトルでなきゃ意味がない」

「……っ」

「そう…なのかオルコットさん?」

 

 肩を震わせながらセシリアは俯いた。

 弱く卑屈な男は嫌いだが、切れすぎて意のままにならない男はもっと嫌いだ。

 

「諦めて沙汰を待ちなよレディ。貴族たるもの優雅たれ。泥棒の真似して罪を重ねちゃいけません」

「あ、あなたなんて……あなたなんて!!」

「何の騒ぎだお前達!」

 

 本鈴前で入ってきた千冬が声を張り上げる。

 一人離れた所でショックを受けていた和風美人だが、右手の出席簿を見て弾かれたように最前列窓際にある自席に着いた。

 脱兎とは言うまい。

 

「やっはろー織斑先生。ミス・オルコットがどこぞの教師みたく俺を保身に利用しようとしてたんで、年上らしくやんわり諭してました。よかったですね死体が増えなくて」

「……織斑、分かるように説明しろ」

「俺!? ええっと、かくかくしかじかで──」

 

 一夏から事情を聞いた千冬は頭を抱えた。

 言い様はともかく、ISでの決闘などという愚行を拒否した直徒の判断は至極正しい。

 だが今回もし、イギリスが何らかの形で日本政府から抗議(例えば大使のペルソナ・ノン・グラータ)を受ければ、十中八九セシリアだけでなく二年のサラ・ウェルキンも本国から監督不行届で処分される。

『当該候補生の発言は我が国の意思と異なり、極めて遺憾』────果たして首一つで示せるかどうか。

 訓練機で戦う代表候補生は一般生徒の良い手本だ。

 当人は心中穏やかではなかろうが、教師陣にとってサラは専用機持ち以上に貴重な人材であり、進級にあたってのクラス替えでは争奪戦が起きている。

 当然事を知った担任は臨時の職員会議で千冬と真耶を激しく非難した。

 彼女も金剛石姫(プリンセス)同様、求められた女。

 戦乙女は終始俯いたままだった。

 

「……倉持、後で話がある」

「書面でお願いします」

「駄目だ。時間がない」

「なら今この場で仰ればいい」

「っ……イギリスへの抗議を取り下げてくれ。オルコットを止められなかったのは偏に私と山田君の落ち度だ。このままでは二年の代表候補生まで未来を失ってしまう。英国政府には後日私の名で厳重に抗議し、何らかの謝罪を引き出すことを約束する。……どうか頼む」

「お願いします、倉持君」

 

 壇上で頭を垂れる教師二人。

 朝の『人間千冬』を上回る衝撃の光景だ。

 敬愛する先輩を巻き込んでいると知ったセシリアは戦慄。

 もし先程の目論見が成功し結果サラ一人が処分されていたら、自分は外道どころか畜生になっていた。

 卑族と蔑んだ男に貴族が救われたのだ。

 

「あ、ああ……わたくし、は……」

「それでも俺の方が白いんだな、これが」

 

 さて、と商人は算盤を弾く。

 元手がタダであることを考えれば、頑なになりすぎて猪の不興を買うのは下策。

 そも彼女には明乃の入社が遅れた件で端から貸し一つ。恩を売ったところで兎を御せるかは疑問符だが、ここでクイーンを更に強く縛っておけば、残るは単体のジャックとキング。

 エースとジョーカーのペアが負けるはずもない。

 

「で、見ていただけの案山子は無傷ですか」

「共に減給二ヶ月だ。山田君は保留にするよう訴えたんだが、朝にやらかしたばかりでな」

「これからは強くなります。ISの現状と自分の果たすべき役割から目を逸らさずに、生徒を正しく導く教師になってみせます」

 

 狙い澄ましたようなタイミングで本鈴。

 ここいらで手を打てという雛鳥からのメッセージか。

 組んでいた脚を解き、椅子から立ち上がった直徒はいつの間にか白衣を纏っていた。

 拡張領域と高等技術の無駄遣い。

 二年前の壇上と重なる姿に周囲から驚きと感嘆の声が上がる。

 

「情に訴えればどうとでもなると見られるのは好ましくない。──今回限りです。お忘れなく」

「あ、ああ。感謝する」

「レディ、皆に何か言うことは?」

「わ、わたくしは……プライドを優先するあまり、織斑さんをはじめ日本の皆さんを侮辱しました。心よりお詫びいたします。……誠に、申し訳ありませんでした」

「いい子だ、席へお帰り。暇があれば今度相手してあげよう。お土産はた〜くさん貰ってるからね」

 

 頭を上げたセシリアは最早睨む気力も残っていなかった。

 戦う前から蒸発。

 あしらわれ、コケにされ、説破され、見透かされ、救われた。

 こんな惨めな有様で一年間過ごせというのか。

 残ったのは何も守っていないヒーローだけだった。

 

「織斑君、俺は鎧より背広や白衣の似合う男の方が格好良いと思ってる」

「……どういう意味ですか」

「キャラ被んないでねってことさ♪ もうチャイム鳴ってるよ」

 

 言うだけ言って帰される一夏。

 これではどちらがクラス代表か分からない。

 ISの世界でしか生きられずこの場にいる千冬は気障な奴と眉根を寄せ、自らの意思で教師の道を選んだ真耶は本当に彼が梨香達を殺めたのかと困惑した。

 

 

 

 皆が皆、何かを忘れていた。

 

 

 

『全校生徒の皆さん、こんにちは。学園長の轡木です』




決して戦闘シーンを書くのが面倒なわけではありません。
勝利の形は様々。
評価、感想いただけると嬉しいです。

続くかは分かりません。悪しからず。


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夢現

 当学園教諭と生徒による倉持直徒氏への集団暴行殺人未遂事件について
 
【挿絵表示】



 緋い夕日が海の彼方に沈んでいく。

 春の嵐は電子の海へと舵を切り、IS学園の生徒達にようやく一日の終わりが訪れた。

 が、皆その表情は暗い。

 襲撃事件の全容を改めて放送で聞かされ、否が応にも自分達の前途が危ういのを認識。

 入学初日にして進路の再考を余儀なくされてしまった。

 失墜したブランドを身に纏ったところで十字架。

 官なら純粋な実力のみで道も切り開けようが、民は最終的に誰と仕事をするかは雇う側が選ぶ。

 看板たるISを使用した集団テロが起きた学校の生徒など何処が欲しようか。

 腐った箱(・・・・)の蜜柑は纏めて捨てるのが鉄則。

 女権団の支援企業でもなければ書類で即シュレッダー行きだ。

 誰のせいなのか、誰が悪いのか、誰に恨みをぶつければいいのか。

 加害者三名のうち早乙女梨香、小栗愛美は直徒の反撃で死亡、唯一の生存者岡田京香は既に退学処分。

 試験会場のISに『無断で』触れたのが戦乙女の弟で幸いだった。

 頭では酷と分かっていても、心はそうはいかないのが人間。

 この世には零落白夜より遥かに恐ろしい刃がある。

 寮の貯水タンクと空調室に爆弾を仕掛け終え、沈まぬ太陽は夕食の材料を買いに一階へと下りていった。

 

「……大変なことになっちゃったね」

「一、二年は夏にかなりの人数が出ていくでしょう。IS学園に受かる頭なら地元の編入試験も余裕です」

 

 食べ終えた皿に水を張り、コスタリカで一服。

 相手は紅茶と直徒は思っていたが、自分も飲んでみたいと言われたため仕方なく豆を減らした。

 口に合わぬよう内心祈りながら。

 片や名家令嬢兼国家代表候補生、片や企業令息兼二人目の男性適性者。

 しかも互いに一年で専用機持ちとなれば、一〇三〇号室はまさに勝ち組夫婦の住む聖域(サンクチュアリ)

 起きながら眠る術は現在も錆びておらず、夜半に襲撃を受けても即対応可能。

 さて、何人イカロスが出るか。

 部屋から監視カメラや盗聴器は見つからなかった。

 入学条件には記したが、念には念を。

 これで聴かれていたら直徒の落ち度だ。

 

「凄い……公式サイトの動画(レンタカーのドライブレコーダー)、もう再生回数が一億超えてる」

「正当防衛の証拠とはいえ、見世物みたいであまりいい気はしません。敵のレベルも無駄に上がりそうだ」

「でもお兄ちゃん凄いね。零式を乗りこなすし、早乙女先生は倒しちゃうし。知ってる? あの人元候補生で序列三位だったんだよ。平手さんが出てきたから代表にはなれなかったけど、超距離射撃の命中率は今も記録が破られてないみたい」

「何で教師になったんでしょうね?」

「うーん……布教、とか?」

 

 飛んで乱気流に入って墜落する会話。

 それでも簪は再び直徒と暮らせる喜びで胸がいっぱいだった。

 母親が死んで心を病み、その療養のため更識家に預けられた朱髪の少年。

 光のない眼が初めは少し怖かったが、気付いたら姉共々仲良くなっていたと少女は回想する。

 

 

 転んで泣いていたら、簪は強い子と言ってくれた。

 

 

 頑張って一人で立ち上がったら、偉いと頭を撫でながら褒めてくれた。

 

 

 姉と比較されいじめられた時は、雷の如く飛んできて悪童共を叩きのめしてくれた。

 

 

 周りに内緒で家の技(更識流格闘術)を教えてもらい、以降は自分で追い払えるようになった。

 

 

(ふふっ、結局バレてお父さんと大喧嘩したんだよね、道場で。お兄ちゃん、一歩も引かなくて格好良かったなぁ)

 

 今も昔も籠鳥扱いする姉とは違う。

 直徒は真に自分のためを思い、時に厳しくも一人で羽ばたけるよう力を与えてくれた。

 そんな彼だから、本気で好きになった。

 科学者になるため実家に帰ると言われた時は泣いてしまったが、二度と母親に会えない彼のそれに比べればと、遠く目白より応援することを決めた。

 いつか彼の作ったISで空を飛ぶのが夢。

 その夢が叶ったら告白しよう──そう心に誓って。

 

(でも、またあの人に先を越された……せっかく自分で決めた道だったのに……)

 

 父の跡を継ぎ家業に専念すると思っていた姉。

 そんな姉がまたも影となり、ISの道を行く少女の眼前に立つ。

 再び比べられる日々。

 見えない言葉の刃に切り刻まれ悲鳴を上げる心。

 何かに縋りたくてヒーローの世界を見つけた。

 守るだけでなく立ち向かう勇気を与えてくれる姿に、在りし日の彼を重ねる。

 そうしてなんとか歩を進めていたら、今度は両足に重りが。

 あなたは無能のままでいなさいな────少女はついに倒れた。

 

(何度も声が聞きたくて電話しようとしたっけ。結局できなかったけど)

 

 もう独りで歩けない。

 中二の夏、適性検査でBと判り政府から訓練生のスカウトを受けたが、どうでもよかった。

 姉は端からAで自由国籍権を使い、既にロシア代表候補生。

 しかもその姉と同期の平手工業令嬢は日本国家代表だ。

 やはり生まれ持った才能の壁というものは如何ともしがたい。

 とはいえ将来食えなくなるのは流石に拙いので、無駄に身に付いた情報処理能力を活かしてエンジニアにでもなろう。

 そういえば彼は横浜で元気にしているだろうか。

 スカウトの回答期限の朝、寝ぼけ眼で開いたネットのニュースにその答えがあった。

 

(本当にビックリした時って、声が出ないものなんだよね)

 

 倉持技研、世界初の第三世代ISを発表。開発者は十七歳の同社令息。

 灰色だった少女の心に、朱白青のトリコロールパンチ。

 体中を電流が駆け巡り、毛穴が開き、細胞が目覚めた。

 理解が現実に追いつかない中冷静な思考を総動員、政府の担当者に連絡した。

 専用機を得るには最低でも代表候補生。 

 支給されたスーツに袖を通し、足の重みも忘れただひたすら訓練に没頭。

 彼が、大好きな人が待っているのだ。もう挫けるものか。

 式典の模様は歯痒くも画面越しだったが、『思う』や『かも』といった曖昧な言葉に逃げず、巨大な会場で何万という人々を前に己が信念を語る彼の姿に悶絶。

 後で姉が招かれていたと知り激しく嫉妬した。

 同時に例の言葉で突き放された絶望が怒りに変わり、目標が彼の作ったISで『空を飛ぶ』から『姉を倒す』に変貌した。

 敵はIS学園にあり。

 沈まぬ太陽も自分のため方々から来る二号機の開発依頼を拒否している。

 適性向上、候補生選抜、序列五位以内、受験勉強。

 全てを突破して念願のテストパイロットになり、簪は訪れた倉持技研で十年ぶりに直徒と再会した。

 頑張りましたね──たった一言、その一言で、抑えていた心の堰が切れた。

 

(でも……私は零式に適合しなかった。折角あの人を超える力を与えてもらったのに……)

 

 完成されたものを弄るのは難しい。

 太陽炉が世に革新的技術と言われる所以は『心肺機能(出力制御)の代行によるコアの負担減』と『GN粒子のエネルギー変換による機体の半永久稼動』の二点だが、それにはある特殊な脳波(脳量子波)でコアと太陽炉を同調させることが必要。

 言わば人工の臓器。本来健康な体には異物でしかないのだ。

 その脳波は先天性で、かつ一定以上の強さがなければコアと太陽炉を同調させるのは不可能。

 基準に満たぬ者が乗れば最悪双方が反発、機体の暴走もあり得る。

 検査の結果、簪は否だった。たがそれでも少女は姉に勝つため、不退転の覚悟で直徒に二号機の製作を望んだ。

 そこから先は最早語るまい。

 霧はきっと太陽が晴らしてくれる。

 もう一つの戦いも既に両脇を固められているが、再び同じ屋根の下とは何たる僥倖。

 これを機に十年以上分取り戻したい。

 

「──ふふっ」

「何か?」

「あ、ううん。いつから直君のこと『お兄ちゃん』って呼んでたかなって」

 

 大した機長だ、と直徒は空いたカップを机に置く。

 コーヒーは冷めないうちに飲むのがルールだが、某映画は四回どころか一度も泣けなかった。

 忘れ難いデートでの失敗の一つだ。

 ヒカルノと明乃は、いつまで共にいてくれるのか。

 直徒が二股しているのだから、向こうが同様でも文句は言えない。

 戦いに疲れて去るか、或いは全てが終わった後で平穏という名の無菌状態に耐えられず去るか。

 いかなる時も正気を失うなかれ。

 打倒天災にかまけて恋を疎かにするつもりはないが、互いに心を尽くしたうえで絆が切れるのなら、その時はこれまで同じ喜怒哀楽を分かち合えたことを感謝するのみ。

 青い瞳はどこまでも静かで澄み切っていた。

 

「っ!? ご、ごめんなさい! 私、一人で勝手に……」

「あっはっは。お帰りなさいませ、お嬢様♪」

「はぅ……」

 

 沈まぬ太陽を前にしても、心は夢の中。

 虫除けにはなるかと直徒は思った────その時だった。

 

(────ん?)

 

 階段を下りてこちらに接近してくる気配が一つ。

 未確認の波長に直徒は網を張ったまま懐からM1911A1を出し、安全装置を解除。

 春雨の武装も全て部分展開直前で待機完了にした。

 

「ど、どうしたのお兄ちゃん!? 何でそんなもの──」

「しっ、誰か来ます。お嬢さんは向こうの隅に。あと弐式をいつでも出せるようにして」

 

 青褪める簪を頭を撫でて移動させ、ベッドの陰に隠れる直徒。

 互いに銃など比較にならない兵器を所持しているのだが、何ともはや。

 しばらくして、控え目なノックが二回鳴った。

 

「やっはろー、どなた?」

「夜分に申し訳ありません、英国代表候補生サラ・ウェルキンです。後輩の非礼をお詫びしたく参りました」

「例の二年生か。その件なら既に俺の手を離れた。キミにできるのは一日も早く国家代表になって、祖国から腐った思想を排除することだけだ」

「恐縮です。あの……御顔を拝見することは」

「他国のエージェントが現状二人しかいない男性操縦者の部屋を訪ねる。──後輩といい初日から舐めた真似を」

「いえ、そんなつもりは!!」

「キミの頭の中はどーでもいい。事実は外の世界で起きてるんだ。早乙女先生の後を追いたきゃはっきりそう言いたまえ。イギリスらしく四つニ切リ分ケテヤル」

「ひっ!? し、失礼しました!!」

 

 気配が去り、二階に戻ったのを感知して直徒は銃を仕舞う。

 本心から謝罪に来たのは分かっていたが、サービス残業を防ぐには初めに姿勢を示しておくことが肝要。

 否、今も接待しているようなものか。

 部屋の隅で震えるカメリア色の瞳が家族だったのは、あくまで昔の話。

 生身で戦う時邪魔にならないよう、春雨(零式)の待機形態も指輪から腕時計に変えた。

 革のベルトを用いたシンプルなデザイン。

 制服は勿論、背広や白衣にも違和感なく溶け込む。

 コア・ネットワークの切れていない打鉄弐式は間男を監視する兎の覗き穴。

 直徒がそれを知っていて放置するのは、自分にとっても敵の居所に通じる穴だからだ。

 しばらくは睨み合い。

 既に『箱』のコピーは電子の海に大量にばら撒いてある。

 もっと臆病に、もっと狡猾に。

 倉持直徒はアスリートではない。

 

「右手中指は、魔除けと行動力アップ」

「……え?」

「指輪の意味です。知らずに着けてたんですか?」

「う、ううん! 知ってる! 他にも強い意思とか、結果を出すとか……」

「ですよね。少し大袈裟にしちゃいましたけど、俺と同室になるってのはこういうことなんで、どうぞお気を付けください。自分の身は自分で守る。大丈夫、お嬢さんは強いコで専用機持ちなんですから」

「……うん、分かってる」

 

 長かった四月一日が、ようやく終わる。




本当に長かった……
太陽炉の設定が放ったらかしになっていたので、ここで。
評価、感想いただけると嬉しいです。

続くかは分かりません。悪しからず。


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波紋

 あけましておめでとうございます。


 謝罪声明と襲撃事件の報は瞬く間に世界中に拡散した。

 織斑一夏が試験会場でISを起動させ、係員の教師が女権団の粛清対象となり、保身のため登校中の倉持直徒を生徒二人と共にISで襲撃、返り討ちに遭い当人と生徒一名が死亡、残る一名は退学処分。

 多分に劇的であり、起承転結の例文としては桃太郎をも上回る傑作といえよう。

 作品化は鬼より怖い戦乙女が許すまいが。

 うららかな春の陽気を吹き飛ばす阿鼻叫喚の不祥事。

 学園には連日抗議の電話が殺到した。

 対応を怠れば被害者側(倉持技研)に負担が行き、更なる炎上を招く。

 教職員達は皆疲弊し、誰かが抜けた穴を誰かで埋める日々が続いた。

 漂う投げやりな空気。

 無論それが迷える子羊らに伝播しないはずもなく、各所で内職や自主休講、無断欠席が続出。

 だが指導したところで自分達の将来を返せと言われればそれまで。

 日に日に萎みゆく花。

 四月八日、今日も真耶が朝礼で休んだ教師の代打を頼まれた。

 非常時とはいえ白羽の矢も二本目以降はただの便利屋扱い。

 向かう背中をやるせない表情で千冬が見送り、自身も受持の教室へ。

 姦しさの消えた廊下にヒールの音が空しく響いた。

 

(まるで病院だな……)

 

 女権団曰く、高貴と純潔を表した白塗りの校舎。

 化粧の下には醜い素顔。果たして蝉の時季には何割がめでたく退院するのか。

 扉が開くと、定位置に窶れた顔の一夏。

 姉として優しい言葉の一つでもかけてやりたい千冬だが、此度は第二回モンド・グロッソ決勝の時と違い、行動に本人の意思が伴っている。

 悪意を育てないためにも多少は責任を感じさせねばならない。

 たとえ被害者が無事で「お陰で良い商いができたよ」と笑っていてもだ。

 

(塞がりかけていた傷が開いたか……早乙女、お前の報復は成ったぞ。心置きなく地獄に落ちろ)

 

 内心毒づき教壇に上がる。

 慰め役は今夜到着するのと合わせて二人の幼馴染に任せた。

 教師として第一に対応すべきは、あの日保健室に運ばれた数だけ歯抜けの席。

 既に実家に帰った者もいる。

 思案に耽りたくなったら最奥で手帳を開いている朱髪に場を任せるか。

 

(倉持か……今更だが、こいつが二人目とはな)

 

 織斑一夏(戦乙女)倉持直徒(金剛石姫)

 女神の死が繋いだ罪と罰の系譜。

 果たしてこの二人が同じ日にISを動かしたのは偶然か。

 絶賛行方不明中の悪友に聞けば分かるかもしれないが、現役時代の苦い記憶が初代様にそれをさせてくれない。

 そも十年前の七夕を悔いているなら暮桜を貰うなと雛鳥は呆れた。

 

「諸君、おはよう」

「「おはようございます」」

「うむ……皆、初の週末はよく休めたか? あのようなことがあって今後がさぞ不安とは思うが、我々教師は諸君らの進む道を全力で支援する。どうか信じて勉学に励んでもらいたい。返事は不要だ」

 

 誰に向けた言葉なのか。

 ひょっとすると千冬自身かもしれない。

 こういう時、身内が傍にいると便利だ。

 

「ンンッ、ところで織斑。クラス対抗戦は来週だが、訓練は順調か?」

「えっと……剣道ばかりでまだ一度もISに乗ってません」

「馬鹿者。同じ素人ばかりならまだしも、四組代表は候補生で専用機持ち、しかも入試では教師を完封した実力者だ。ぶっつけ本番で勝てるほど甘くはない。なあ倉持?」

「アリーナの予約は当日の朝まで埋まってます。余程男の負ける姿が見たいんでしょう」

「一夏が負けるものか!!」

「それを望んでる輩共が意図的に枠を潰したって言ったんだよ、奥さん(・・・)

「おっ、奥さん!?」

「嫁さんとどっちがいい?」

「あ……ぅ……〜〜〜〜っ////」

 

 意地悪な球も抜き身の刃も、道化師の手にかかれば忽ちこの通り。

 反抗的より余程質が悪い。

 それでいて千冬が予約状況を確認すると、しっかり倉持直徒の名で一枠押さえている。

 第二アリーナ、時間は明日の十七時。

 朝なのに席で一人夕焼け顔の箒。

 

「抜け目のない奴め」

「今度は何も起きないことを祈って」

「祈っても口に出すな。皆が皆そういう考えを持っているわけではない」

「なら三十億分の二で試してみましょうか。倉持(うち)の作ったISに乗る四組代表は、仰せの通り強いですよ?」

 

 言って小さくウインクする直徒。

 千冬は初日にセシリアの味わった屈辱が痛いほど分かった。

 厚意と頭では分かっているのに、認められない。

 そしてそんな自分を見透かされていることが、堪らなく悔しい。

 

「っ……いいだろう。織斑、明日の十七時に第二アリーナで訓練だ」

「千冬姉!?」

「多くは言えんが、今回の対抗戦が色々な意味で注目を集めているのは事実だ。担任としてお前には一つでも多く勝ちを収めてもらいたい。時間いっぱい機体を振り回して操縦の感覚を体に叩き込め。いいな?」

「わ、分かった」

「それと織斑先生だ」

「いっ……え?」

 

 反射的に身を固くした一夏だが、鳴った音は初日と違いポコンと可愛らしい。

 突っ込むのは野暮。

 

「倉持、指導を頼む。織斑のISはこちらで用意する」

「打鉄とラファールが一機ずつ。篠ノ之さんも来なよ。呼び方はともかく、覗き見より一緒の方が俺も彼も気が楽だし」

「……構わんが、何故二つあると分かるのだ? 先程そちらの言っていたことが正しいなら、訓練機も全て押さえられていると考えるのが普通のはずだ」

「んーまぁそこは自称天才の勘かな。秘密を着飾って美しくなるのは女性だけじゃないのだよ、うん」

 

 言って直徒が再び手帳を開く。

 同時に千冬は出席簿を持つ手の力を緩めた。

 狩人で悪魔で死神の彼なら、最後は必ず絶望で締めると思っていた。

 だが自他共に認める天災とは違い、人を揶揄っても弄ぶことはしないようだ。

 この世には知らなくてもいいことがある。

 姉を差し置いて本音の名を継いだ少女は、辿り着いた答えに思わず震えた。

 打鉄に一夏が乗れば憑かれるのではないか。

 淑女は国へ帰った。

 ノブレス・オブリージュを汚した罪で地位も名誉も専用機も失い、異国の空見つめて孤独を抱きしめるのに耐えられなくなって。

 それでも時間は止まらなければ巻き戻りもしない。

 願わくば残る者もやがて去る者も、選んだ道の先で再び花が開かんことを。

 チャイムが鳴り、千冬は職員室に戻ると熱いコーヒーをブラックで飲んだ。

 そして今度生徒会長に会ったら、守秘義務だろうが何だろうが力づくで直徒の情報を聞き出してやると誓った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 二限目を自主休講し遠隔で会議に参加した直徒。

 総務部からの報告によると、襲撃事件を受け社に寄せられた電話は抗議三割激励七割。

 前者は全て非通知からだった。

 警備部が解析した結果、発信源の一部はIS学園と判明。

 扱う商品の性質上、倉持技研は本店も二研も軍事基地レベルの防諜網を敷いている。

 自衛隊と異なるのは敵に土産を持たせる点か。

 ONAMOMIの花言葉は何処ぞの兎に似合いな『粗暴』『頑固』『怠惰』だ。

 例によって敷地内を移動しながら進行に耳を傾ける。

 たとえ副所長でも直徒一人のために開催時間をずらすわけにはいかない。

 気配を消すのが上手くなった猫は一年四組の教室付近で足踏みしている隙に撒いた。

 毒を以て何とやら。

 ISのコア・ネットワークで位置を探ろうとしても無駄だ。

 

『……やはりオルコット君は去ったか』

「惨めさに耐えたところで織斑君の弾除け(スケープゴート)にされるだけです。賢明な判断かと」

(まつりごと)に善悪もクソもねえからな。ま、忘れてやるのが何よりの手向けさ』

「但し何時でも思い出せるよう、録音データは永久保存だけどね♪」

 

 家庭の絵が浮かぶ男になれと言われた直後だけあって、直徒の対応は完璧だった。

 英国首相と同IS委員会委員長から直筆の書簡が届くほどに。

 彼がフランスに興味を示しただけで欧州の統合防衛計画に緊張が走る。

 強襲のテンペスタ型、堅牢のレーゲン型、そして面制圧のティアーズ型。

 紳士協定と言えば聞こえは良いが、実態は性格を分けた千鳥の真似事だ。

 此度の報復にデュノア社と業務提携でも結ばれようものなら、舞い降りた太陽に伊独英は何もかも水の泡。

 無論費やしたのは他人の金(税金)

 現実になれば各国とも内政への影響は必至。

 事態を重く見たイギリスはティアーズ型の撤退覚悟でセシリアを切った。

 彼女がテストパイロットに選ばれたということは、他にBT適性で十分な素養のある者がいないということだ。

 

『しかし二号機が亡国に奪われていたとは』

「放っておきましょう。我々の敵はあくまで篠ノ之束。彼女を基準に引き続き備えていれば、他の勢力にも十分対応できます」

『何故奴は太陽炉のデータを方々に流さんのじゃ。科学者の意地か? それとも第三第四の依巫が出るのを恐れちょるのか?』

『私が兎さんなら両方だね、んで残ったコアは徹底的に躾けてる。寂しがり屋のママを捨てないようにさ』

「弐式に変化が起きてないか、今度見てみるよ」

『……お前、そのためにあれのみコア・ネットワークを残したのか』

「国の管轄(もの)だから触らなかっただけです。他意はこれっぽーっちもありますぇん」

『なぁ、いい加減許してやってくんねえか。確かに零式強請って水子にしたのはお嬢だが、そうさせたのは馬鹿当主と放ったらかしにした親なんだからよ。十五、六のガキに言葉の真意を読めってのはちと厳しすぎるぜ』

 

 直徒は自分を盲目的に慕う少女の顔を思い浮かべ、即追い出した。

 己を侵食されるような感覚。

 内なる世界に籠り現実を呪う様は天災すら彷彿とさせる。

 故に半年前、開発室の部下達が山嵐(ミサイル)の設計図を持って来た時は引いてしまった。

 

「容易く多くの命を奪い得る兵器で姉妹喧嘩がしたければすればいい。弐式で更識への義理は果たした。白雪姫がいる限り日の丸は大丈夫だろう。あとは後輩のかぐや姫が育ってくれれば戦乙女、金剛石姫の時と同じ二枚看板になる。安定の桂園時代ならぬ雪月時代の到来だ」

『何だそりゃ?』

『かぐや姫────っ、四十院神楽か。二年前おまんの所の学園祭を見に行った時、平手に紹介された。確かあの時は訓練生じゃったな』

『憶えてる憶えてる、ザ・大和撫子ね』

「今は代表候補生だよ。下位(序列)だからまだ専用機は持ってないけど、七つのうち四つ手に入れたコアをお上が遊ばせておくわけないし、平手も同じ事を考えてるだろうね。主張しない美の裏に強かさを秘めた子で、人工的な均一とは違う穏やかで静かな()を持ってる。里奈ちゃんの妹分じゃなきゃ間違いなく口説いてた」

『首輪付きじゃねえか』

「いきなり太陽炉渡すわけないだろ。まずは打鉄、次に【正装】と段階を踏みながら育成して、本人がOKしたら現役引退とガブリエル高等部への進学を機に本命を用意。──そうすればお嬢さんをスルーすることもできた」

『だがそれでは更識に借りが残ったままだ。こうして零式を奪われず費用も回収できた以上、現状が最良と割り切るほかあるまい』

「虻人。春雨のコアのこと、向こう(更識)に報告してないの?」

『ああん? よく聞こえなかった。訓練は鬼教官(明乃)のメニュー通りやってっから、そっちも節約に託つけて腕を鈍らせんな』

『一斉適性検査は二十九が上限、よって三十二歳に報告義務はない────子供の屁理屈じゃな』

『でも虻さんが本店を守ってくれれば、ナオもこっち(二研)に来易くなるよ。アッキーイチャイチャしたくないの?』

『わ、わしは別に……』

「大丈夫だよ明乃さん、ちゃんと毎晩写真集見てるから」

『よくないわ阿呆! 本物がおるのに盛りが素で満足しおって。千鳥で灰にしちゃるき今度持ってこい!!』

『こいつは急がねえとな』

『……馬鹿息子が』

 

 何がしかの結論が導き出されたわけではない。

 それでもこのくだらぬやりとりが直徒の心に立ち込めた雲を払い、瞳に太陽の輝きを取り戻させる。

 監視、盗聴の禁止を破った猫は戻る途中に傾げていた首を背後から一撃、海に放り投げた。

 水を操る女が溺死したら笑い物だ。

 雛鳥の主になって一月半経つが、未だ天災は明確な動きを見せない。

 零落白夜に拘るなら必ず次女(〇〇二)を回収しに来るはず。

 波は十年前の七月七日に捉えたものを記憶している。

 明乃の方が機体、パイロット共に実力は上だが、黒鍵の単一仕様能力を考えるとやはり直徒が相手をすべき。

 それにしても幻覚(ゆめ)を見せ精神を縛る能力とは、よもやよもやだ。

 亡き母より良い女を二人も知ってしまった少年には、到底効きそうにないが。




手向けの曲まで残酷。
が、代表候補生ってそう甘い立場じゃないと思うのです。
それを言ってしまうとヒロインズの殆どが……うーん……
評価、感想いただけると嬉しいです。

続くかは分かりません。悪しからず。


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兎眼

そろそろ出さないと。
あと、良いサブタイが浮かんだら変えます。


 シャワーのハンドルを捻り、頭上から降り注ぐ湯の温もりに身を委ねる。

 ベタつく海水が白い泡と共に流れ落ち、現れたのは淑女の名に恥じぬ珠肌と曲線美。

 そして、百年の恋も冷める眉間の皺。

 

「……無様だわ」

 

 呟くのは一体これで何度目か。

 気配を完全に消していたにもかかわらず、対暗部用暗部の当主が背後を取られ一撃で気絶。

 相手がその気なら霧斬(・・)に首を刎ねられていた。

 岡田京香と同じで焼くにも値しない、イカロス以下の塵屑ということだ。

 監視・盗聴の禁止が破られた以上、直徒には三年を待たず学園を卒業する権利がある。

 そうなれば七国がISコアを手放してまで膳立した太陽炉搭載型のデータを得る機会が失われる。

 他でもないロシア代表一人のせいで。

 家族(社員)に更識の護が必要な副所長はそれをしないだろう。

 言い換えれば、その価値のみが同家を沈まぬ太陽の業火から守っている。

 家督を継ぐ折、楯無は先代である父から上には上がいると強く戒められていた、にもかかわらず此度の失態。

 八年あれば兎と亀に準えたくなるのは人情か。

 彼は途中で行く道を変えただけで休んでいたわけではない、と分かっていても。

 

「残りの二年でまた引き離された? 確かに千三百七人も殺せば錆落とし以上になるでしょうけど……そのうえISにまで乗られたら、もうこっちの誇れるものが何もないじゃない……」

 

 脈と鼓動が小さくなっていく。

 心が凍てつくように寒い。

 若き当主も学園最強も井の中の蛙とあしらう元兄弟子。

 ISの誕生から十年の節目に何故こうなったのか。

 だが御蔭で打鉄零式は女権団の手に落ちるのを免れ、彼女の首も繋がった。

 引換えに失われたものといえば精々、護衛対象の日常くらい。

 妹共々果報者だ。

 変わらぬ人間などいない。

 事実、楯無も簪が零式の開発を直徒に依頼したと知った当初は、動揺する一方で彼の忠義を量る好機と思った。

 可愛い妹が国家代表になる姿を想像したのも理由。

 平手里奈という壁を破るには文字通り比類なき最強が必要だ。

 下された決断にほくそ笑み、乗り手が馴致できない可能性を考えず。

 連絡役の虻人が裏でどれほど肩身の狭い思いをしているかなど、考えもせず。

 過去に己の放った言葉が原因であるのを認めつつそれでも向き合う勇気はないと、少女は全ての負担(ツケ)を『お兄ちゃん』に押し付けた。

 男が種を蒔き女が産むというのが命の理だが、呆れた父親。

 春雨と名が改まったところで罪は消えない。

 相手の一存で流せたと言うなら女でいる資格がない。

 

「……あの時は刺し違えてでも止めるなんて言ったけど、まったくどの口がよね。学園のため家のため、彼を社会的に葬るのは容易い。でもそれをやってしまったら私と簪ちゃんの仲は完全に破綻、同時に更識は沈まぬ太陽の手で今度こそ一族郎党皆殺しにされる。──元よりそのための免責特権だもの。ロシアも余所者の代表がいなくなって清々するから戦争にはならないわ」

 

 全てが終わる未来が見えた。

 十年前の誰かと違い、赤い瞳の奥に閃光は走らなかったが。

 固く閉じた目蓋の裏には在りし日の月見草。最愛の母を失い父とは離れ、それでも生きていかねばならないという悲哀が少年の強さと美貌を引き立て、年相応に王子様を求める姉妹の心を鷲掴みにしていた。

 だが、今の彼は向日葵。

 血塗れながらも仲間と共に日差しの中を行く。

 二度は通り過ぎてくれたが、恐らく次はない。

 尾行を察知できた理由も常時潜伏状態のISの謎も、迂闊に踏み込まず本人が語るか連絡係からの報告を待つべき。

 

「悔しいけど、おじ様の言う通り黙って見てる方が得策ね。折角助かった命だし、他にも女権団やら亡国機業やらで課題は山積みだし」

 

 かくして、更識楯無は戦うことなく白旗を上げた。

 だが打鉄零式の件に続いて此度も何も失わず、つまらぬ意地に己が(IS)を巻き込むこともなかった彼女を、はたして敗者と呼べるだろうか。

 幸運に甘え妹との不仲を放置しているあたり、怠惰ではあるが。

 湯上りのルーティーンは無になれる貴重な時間。

 だが眠っている間に昼を逃した胃が先程から窮状を訴えている。

 紅茶を与えれば逆効果。

 今夜は早めに夕食を取ろうと身形を整え、寮の部屋を出たところでミステリアス・レイディの個別秘匿回線が開いた。

 

『更識さん、今すぐ学園長室に来てください。理由はお分かりですね?』

「……はい」

 

 倉持直徒は社会人である。

 報告は基本中の基本。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 午後の授業は件の第二アリーナで実施。

 暗雲立ち込める学園の未来とは真逆の抜けるような青空。

 外の空気を吸い降り注ぐ太陽の光を浴びて、ISスーツ姿で整列する女子達の表情も幾分か晴れやかに。

 千冬は内心安堵した。

 白のジャージ上下で立つ隣には兵士を思わせる外観の訓練用IS【零央(れお)】が鎮座している。

 平手工業製の第二世代機。

 

(いいな四十院?)

(畏まりました)

 

 目配せする大先輩と、淑やかに頷く後輩。

 青い耳飾りの英国貴族がいれば諸々手間も省けただろうが、今となっては考えても詮無きこと。

 サラ・ウェルキンは始末書一枚で今日も粛々と登校した。

 既に代表候補生で企業からも引く手数多の彼女は、学園が無くなったところで痛くも痒くもない。

 ただ母国に戻って研鑽を積むだけ。

 では目の前にいる一般生徒達(こいつら)はと思案の海に潜りかけた千冬だが、直後起こったどよめきにピットの方を見て覚醒した。

 一方はともかく、もう一方は企業秘密を盾に自主休講すると思っていたからだ。

 

「場所は覚えた?」

「子供じゃありませんよ」

「フ……そいつは失敬」

 

 並んで歩いてくる話題の男性操縦者二人。

 こうして見ると一夏の方が僅かに背が高い。

 直徒のスーツは漆黒の一体型。体は一夏同様無駄に隆起せず引き締まっており、付け焼き刃の鍛錬ではなく長い時と経験を経て育てられたものであることを伺わせる。

 そして左腕には、世界に血染めの波紋を呼んだISの待機形態である腕時計が。

 

「く、倉持さん!? ちょっと待って! 私の格好、変じゃないよね!?」

「変も何も指定品でしょ。まぁ、確かにスク水みたいでちょっと恥ずかしいけど……」

「うん、向こうは見慣れてるだろうし」

「おまけに未成年は地雷。内も外もガード堅いなぁ……織斑君はどうなんだろ? 全く反応ないのもそれはそれで寂しいんだけどな」

 

 色めき立つ少女達。

 片や鉄壁、片や鈍感だが、各々将来を考えれば此処で玉の輿を狙いたくなるのも分かる。

 望みがあるのは剣の折れた騎士か。

 女権団と思しき面々も神の一族は別らしく、熱を帯びた視線。

 それを見てこの一週間、憔悴した一夏を懸命に支えてきた箒が殺気立つ。

 再会を喜ぶ余裕などありはしなかった。

 剣道ばかりでISの訓練を疎かにしたのは要反省だが、アリーナの予約は全滅していたのだから結果的に正解。

 千冬は列の最後尾に向かう直徒に問うた。

 公式戦以外の場での許可なきデータ採取は禁止、それを自らISスーツ姿で出てきたということは、言わずともそういうことである。

 

「倉持、どういうつもりだ」

「可愛い子猫ちゃん達のお尻が見たくてね。先生もよくお似合いですよ、その()

 

 相変わらずの道化師。

 真に受けた一部は頬を染め俯くも、直徒に背後に立たれた布仏本音は顔面蒼白。

 心なしか震えているようにも見える。

 本鈴はまだだが、全員揃ったので千冬は授業を始めることにした。

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。四十院……それと倉持、前へ出ろ」

「はい」

「慌ただしいな」

 

 言いながらも直徒は急ぐ素振りを見せない。

 神楽が零央に搭乗してから装着完了するまでの時間を考えているからだ。

 個人認証された専用機とは勝手が違う。

 ましてや春雨は直徒に帰依している。隣で無邪気に〇コンマ一を切ろうものなら相手の面目丸潰れ。

 歩きながらゆっくり十秒かけて展開した。

 

「お優しいんですのね」

「弊社は貴女様と共に働ける日を心よりお待ちしております」

「……それが太陽炉搭載二号機、打鉄零式か」

「今は春雨です。入学前に提出した資料はご覧になってない?」

「そうだったな。──では二人とも、飛べ!」

 

 号令を受け飛翔、同時に指定の高度に到達する二機。

 性能差を考えれば狩人が力を抑えているのは明白だが、あくまで授業という直徒の横顔に神楽は口を開く寸前で話題を変えた。

 千冬も知りたがっているであろうことなら私語にはあたらない。

 

「食堂にいらっしゃいませんが、いつもお部屋で?」

「うん、口に入る物だからね」

「政府は男性操縦者を警護する特務隊を学園に置くそうですわ。何でもお土産の有効活用とか」

「すると面子は四人か。確かにそのまま各基地に配っても、女権団を喜ばせるだけ。やっぱ早乙女先生は女神だったわけだ。で、一候補生のキミがそれを知ってるってことは──」

「……はい、今朝内示がありました」

 

 直徒はこの画を描いたであろう人物に感謝した。

 たとえ建前でも専用機を与えられれば、丸腰ではなくなる。

 沈まぬ太陽に二人目の男性操縦者、更に梨香の仇という勲章が加わり、ますます女権団の憎悪を集める直徒。

 ならば彼と白雪姫で繋がっている神楽もまた、連中の標的になっていると見て然るべき。

 兎の臍帯付きだがその点は『箱』がある。これで一つ心配事が減った。

 

「平手さんにとってキミは娘の大事な友人でもある。次の査定(序列決め)まで待ってられないのさ」

「ですが──」

「運を掴める位置にいたのはキミの努力の賜物だよ。餌が言うんだから絶対」

「……何でもお分かりになるのですね。オルコットさんへの対応には感服しましたが、やはり怖い御方ですわ」

「ドン落ちの織斑君を守っておやり、と言ったら怒りますか先生?」

『……急降下と完全停止をやってみせろ。目標は地表から十センチだ』

 

 やはり聴いていたらしく、開いた小窓には険しい表情の姉。

 十年前の七月七日を思わせる構図に雛鳥は春雨の中で己の罪を反芻した。

 あの日と同じ────直徒だけが身も心も透き通るように真っ白。

 そして張られた網には不自然なほど均一な(EEG)を放つ虫が一匹。

 

「お先に、かぐや姫」

「? ではお言葉に甘えて」

 

 優しく促す声に神楽は背部スラスターを噴射、地上へ向かった。

 視界隅の高度を示す数字はあてにせず、己の経験と感覚に風向きを加えたタイミングで停止。

 結果は九センチだった。

 

「流石だな代表候補生。飛行中も機体のブレが全くなかった」

「恐れ入ります」

「四十院さん凄い……私だったら地面に突っ込んでるよ」

「てゆーか代表候補生だったんだ。初日の自己紹介で言ってたっけ?」

 

 内心不満な神楽だが、戦乙女に褒められては受け取る他ない。

 観客からの拍手にも笑顔で応えた。

 見届けた直徒は頭上の虫を警戒しながらも仕掛けることなく降下。

 背中の太陽は安売りせず、純粋なISの力のみでノルマを目指す。

 三度忖度するか迷ったが、流石に露骨とピタリ十センチで停止した。

 

「……見事だ。が、スピードは終始手を抜いたな」

商人(あきんど)ですから。それに自由飛行の快楽に慣れて元の生活を忘れたくない」

 

 悠然と答えISを解く直徒に、千冬は内心歯噛み。

 少しでも多く情報を得ようと目を凝らしていた己が、酷く卑しい存在に思えた。

 だが理由をそのまま授業と答えていたら直徒は中立(思想)の面々からも不興を買っていただろう。

 独特の煌音は鳴らなかったが、先程と同じくらい大きな拍手が起きた。

 見上げるだけで出番のなかった一夏は、その光景を呆然と見つめていた。

 

「……俺、あんな風になれるのか?」

「愚問だな。千冬さんの弟だぞ。なれないはずないだろう」

「そっか、そうだよな……サンキュ箒。弟が不出来じゃ格好つかないし、俺、頑張るよ」

「フン……まったく世話の焼ける奴め」

 

 僅かに凛々しさの戻った顔。

 姉の発明によって絆を引き裂かれた少女が、六年間ずっとずっと会いたかった顔。

 立ち直ることで二人だけの世界が終わるのは寂しい。

 だが一夏にとって自分が唯一の幼馴染であり、ベストパートナーであることは変わらない。

 ついでに体躯も、袖余りの狐以外には負ける気がしない。

 箒は前途多難ながら縮まった想い人との距離に喜びを感じていた。

 

(誰よりも近くにいる。一夏の隣は私の指定席だ)

 

 その夢に、もうすぐ夜明けの鈴が鳴る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「束様、これより帰還します」

『おっけー。不細工なコブの動くところを見れなかったのは残念だけど、暮桜の在処は分かったし、箒ちゃんもしっかりいっくんの奥さんやってたし、十分収穫ありだね♪』

「……もしや、気付かれていたのでは? 下りる時に女の方を先に行かせたのも、そのため──」

『アッハハハ、ないない。でなきゃくーちゃん、今頃あいつに出刃包丁で真っ二つにされてるよ? んーでも罠を無力化してコア・ネットワーク切ったりウイルスでこっちのデータ壊したり少しはやるみたいだし、特別にあれは凡人じゃなく雑種って呼んであげよう。で、白騎士のコアを取り戻したら即殺す。会社もゴーレムでメチャメチャのグチャグチャに潰してやる! いっくんの古傷まで開いたんだ、当然の報いだよね♪』

「……箱が開けば此方も終わりです。どうか、どうかご慎重に」

『んふふー、さて、いつまでその重みに耐えられるかな〜?』




れお=リーオー
少々強引ですが、当初の設定を忘れないように。
評価、感想いただけると嬉しいです。

続くかは分かりません。悪しからず。


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誤算

色んな人が、通り過ぎていきました。


 雛鳥が親離れした二月二十三日時点で、遺伝子強化試験体の専用機持ちは三名。

 ドイツ軍特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ隊長ラウラ・ボーデヴィッヒ、亡国機業実動部隊モノクローム・アバター隊員織斑マドカ、そして篠ノ之束の侍女クロエ・クロニクル。

 生体同期型ISの是非は本人が決めることだ。

 寄せては返す波の音。

 倉持春夜の亡骸は遺言により火葬後、全て海に葬られた。

 万一骨を奪われその中に欠片でも生きたものがあれば、彼女の最期が母親でなくなる。

 夫が我が子を更識に置いたまま一度は忘れようとしたのも、偏に親心だった。

 

「武器を手にすりゃ皆対等。どんな立場も背景も関係ない」

『分かっている! 私も子供に銃を握らせている大人の一人。今更地獄落ち怖さに赤の他人を憐れんだりはせん。ただ……不憫とは思わんのか。生まれた時から親を知らず、ただ戦うための道具として扱われて──』

「その道具にすらなれず消えてった命が山ほどあるんだよ、俺達の作ってるISのせいで。自己満足の懺悔ならせめてそっちにしない? 家族が多くて腹を切れない代わりに、白騎士事件の真実と兎の首を手向けてさ」

 

 誰しも罪を抱えている。

 ISが元々宇宙服なら、何故篠ノ之束はそれを女性にしか動かせないまま放置しているのか。

 欠陥ではなく故意と見抜いたうえで、直徒は彼女と同じ道を歩んできた。

 己の抱く『インフィニット・ストラトス』を共に実現してくれる者と出会うために。

 数多の男が女尊男卑の闇に呑まれていくのを見ながら。

 あの日彼がXY(オス)にもかかわらず零式を纏えたのは、束があらかじめ一夏のデータを入力しておこうと〇〇一の縛を解いたからだ。

 母は間男を許さない。

 ならば無益な殺生にならぬよう大義を見繕うのが商人。

 俊哉も社員さえ路頭に迷わなければ倉持の看板に拘るつもりはない。

 所詮は己のため────些か癪だが、とうに息子は自分を超えている。

 同時に人の域もではないかと不安になった。

 

『……そうだな。我々は神ではない、ただの人間だ。人間でたくさんだ』

「銀髪二人の寿命(テロメア)が短いのも、向こうの親がやったこと。丸める頭もないのに責任感じてんじゃないよ」

『うるさい! さっきやっと注文した品が届いたんだ。今度は必ず生える!』

「ちゃんとスキャンしたんだろうね? 髪に祈りましょう、アーメン」

 

 何故強化人間から頭皮の話になるのか。

 同志よ、神の姿が見えたことは誰にも言わないように。

 宇宙(そら)からの口直しである。

 

「公務員の黒兎は当然NO。一応入管のサーバーにお邪魔してここ数日の出入記録を調べたけど、やっぱ空振りだった。偽造パスでISを持ち込めるようじゃ日本は終わりだ」

『千鳥の御披露目も里奈君らに警備を手伝ってもらったからな。もう二度とやれんぞ、あんな派手なことは』

「分かってるよ、あれを成功させたのは偏に明乃さんの人徳だ。けどあの人は……俺が十年前の決断が正しかったことを証明するのと引換えに自由を失った」

『社を挙げてやった結果だ、お前一人が気に病む必要はない。二股は別だがな』

「幽霊さんにあんな高いステルス技術があるなら、奪った機体は一つや二つじゃないはず。決まりだね。……とうとう動き出したか、天災」

 

 恐怖はある、元暗部で沈まぬ太陽で依巫の直徒にも。

 虻人、ヒカルノ、明乃、平手兄妹────今の彼には失ってはならない木綱が増えすぎた。

 だが買ったのが雛鳥なら、売ったのは自分。

 太陽炉を女権団に渡さないための選択だったとはいえ、一夏の現在負っている苦しみが決して他人事でないことは、肝に銘じておかねばならない。

 

(箱が開けば世界中に火の手が上がる。人種も国境も越えた男女の争いで地球が焼かれるのは本意じゃない……けど、それでこっちが守りに徹した挙句すり潰されちゃ本末転倒だ。戦うべき時は戦う。やられてなくても殺り返す! 焼けた所には、また植える。汚い花火で母さんの命日を祝ってくれた礼だ……その首掻っ切ってやるよ、先輩)

 

 狙われる者より狙う者の方が強い。

 試験会場での一人目爆誕も彼女の仕業と露見したら、どうなることやら。

 箱に追加しようと雛鳥が閃いた。

 

「目的は俺の偵察か? だったら人質の多いあの状況で何故ワールド・パージを使わなかった?」

『お前を害すれば箱が開くと分かっているのだろう。彼女にも家族はいるからな』

「だとしても白騎士事件を起こした女だ。我慢比べはそう長くは続かない。……向こうも戦いに備えようとしている? ならこの学園にあって、俺から妹や織斑君を守る剣になり得るものは──!!」

『成る程、こちらも急ぐとしよう。悪党が慰謝料を十五億(分の一)も引っ張ったお陰で、懐には多少余裕がある』

AI()エナジー()にも何割かずつ分けておこう。横の繋がりはキープしたい」

『明日役会で決裁する。が、お前は織斑君との訓練に集中しろ。たとえ付け焼き刃でもないよりは遥かにまし。対抗戦で晒し者になれば今度こそ彼の心が折れる、それは我々も望まぬことだ』

「ああ、しっかりボランティアするよ。それじゃ」

 

 狙いは地下最深区画に眠る暮桜。

 あらゆるエネルギーを消滅させる零落白夜が復活すれば太陽炉搭載型の脅威になる。

 盗みに来る日は十中八九、学園中の視線と悪意が一点に集まるクラス対抗戦。

 既にネットの掲示板は呪いコメントの嵐だ。

 直徒なら春雨で直に乗り込み破壊することも可能だが、もしそれで当日何も起きなければ世間からの目は中二病の妄想癖。

 沈まぬ太陽も奈落の底。

 よってここは奪還しようとしてテヘペロが得策。

 脚に付いた砂を払い寮に戻る夕暮れの先を、右手にボストンバッグを持ったツインテールが息を切らしながら駆けていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 早朝の鍛錬を終え、シャワーを浴びて朝食。

 簪を通した第二のお袋の味に胃袋を引き戻されぬよう、絹美の田園風景と塩むすびを思い浮かべながら咀嚼する直徒。

 身に付けたスキルは無駄にはならない。

 魚もフライパンで焼けば後始末が楽。

 余らせた焼き鯖とレタスをトーストに乗せ、醤油マヨネーズをかけて挟めば完成。

 魚といえば鰹の明乃も唸る一品。

 しかし第二研究所のある北杜は埼玉同様、どんなに歩いても海がない。

 

(量産化に踏み切れば、肩の荷を下ろしてもらえるかな……)

 

 水出しコーヒーをボトルに詰め、食器を洗った。

 

「ねぇ聞いた? あの話」

「二組に転校生が来るんだって。さっき職員室で聞いた子がいるらしいよ」

「叩かれまくってるのに物好きだよねー。うち親が帰ってこいってうるさくてさぁ」

「うちも、頼んでないのに資料取り寄せてんの。しかもフツーに共学だよ? マジありえない」

 

 萎れた花は宛らクエスチョンマーク。

 初日の事件で炎上中の学園に入学してくる輩が、ただの一般人であろうはずがない。

 他国のエージェント、企業スパイ、或いはハニートラップ。

 始業までONAMOMIの散り具合をチェックする副所長に、左隣の女子が恐る恐る声をかけた。

 

「あ、あの……やっぱり倉持さんと織斑君が目当、でしょうか」

「だとしても来週の試合に然程影響はない。出る面子はもう決まってるからね」

「で、でももしその子がすごく強くて、代表が変わったりしたら──」

「百パーセント変わらない。そもそも一週間遅れなら、転入じゃなくて遅刻だ。担任の榊原先生も初日の時点でそのコの経歴は把握してたはず。俺なら端から代表に据える。後で変えて周りに痛くもない腹を探られる(一夏潰しと思われる)のは癪だし、それで一組も代表が変わったら自分がアンチに恨まれるでしょ? よって今のコが自薦か他薦かはともかく、二組の代表に変更はない」

 

 ピッとドヤ顔で人差し指。

 殺したり笑ったり語ったり中々天才的だが、話しかければ普通に返してくれる。

 

「……オルコットさんの時もですけど、エスパーみたい」

「あっはっは♪ 女心はさーっぱり読めないけどね」

 

 彼女はいるのか、四組代表とはどういう仲なのか。

 沈まぬ太陽に憧れる全員が興味を持った。

 

「転校生か……あいつ、元気かな」

「む……誰のことだ?」

「ああ、幼「一夏っ!! 幼馴染が会いに来てやったわよ!」っ、鈴?」

 

 扉が開き現れたのは、昨晩朱髪が夕暮れの中で見た少女。

 中国代表候補生凰鈴音。

 激しそうな気性と右腕の赤黒いブレスレットがよく合っている。

 織『斑』と顔見知りの『ゼロ(ling)』に一瞬直徒は気を高めるも、下調べと改めて感じる人間の波長にシロと判断、一夏が目当てならそれでよしと仕事に戻った。

 誘惑は箒の姉が許さない。

 よって人質が学園から出ることもない。

 

「鈴……お前、鈴か!?」

「そうよ。例の事件を聞いてヘコんでないか心配してたんだから! ちょっと痩せた!?」

「あ、ああ。けど箒に色々世話になってさ、だいぶ持ち直したよ。あ、箒ってのは──」

「一夏、何だこの女は! 幼馴染とはどういうことだ!!」

「アンタこそ一夏の何なのよ! こっちが話してるのに割り込んでくるんじゃないわよ!!」

 

 朝に似つかわしからぬ愛の劇場。

 男の頭上で牙を剥く猫二匹。

 絵に描いたような修羅場に大興奮の思春期達。

 鬼より怖い波長の接近にビッグバンを予知する少年。

 そして────世界が揺れた。

 

 

 

 バッシィィィィン!! 

 

 

 

 ちなみに予鈴はまだ鳴っていない。

 

「うあああ痛っっったぁ〜〜〜!! どこのどいつ「もうSHRの時間だぞ」ち、千冬さん……」

「織斑先生だ。積もる話は休み時間にしろ。さっさと帰らなければ首根を引き摺ってでも連れていくぞ」

「す、すぐ帰ります!」

 

 足早に帰っていくツインテール。

 小さいのにタフな奴と皆が感心する中、直徒は確かに和風美人の歯噛みを聞いた。




長く間が空いてすみません。
去年ほどではありませんが気が滅入っており、休日は一人で海や山に行ってました。
評価、感想いただけると嬉しいです。

続くかは分かりません、あしからず。


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天地

今年も書くぞー、おー。


 篠ノ之という苗字はとても珍しい。

 一夏の隣にいる巨乳からその名を聞いた鈴は、思わぬ強敵の存在に内心フリーズした。

 想い人が昔通っていた剣道場の娘が天災の妹で、小四の終わりに転校するも六年の時を経てIS学園で再会。

 オセロで言えば両端を取られ一列をひっくり返されたようなものだ。

 これほどの大事を本国が事前に掴んでいないはずがない。

 恐らく鈴も共有は受けたが、残念ながら右から左に抜けていたのだろう。

 何せ例の謝罪声明と襲撃事件の報より今日まで正気を失っていた。

 脳裏には第二回モンド・グロッソから帰って来た少年の俯き顔。

 千冬がいるゆえ現実にこそなるまいが、間接的に人を死に追いやり剰え他人に血を流させるなど、正義感の強い彼なら自分で自分を殺してもおかしくない。

 そしてこんな時優しくされた女を、本能的に求めるものだ。

 経歴に傷が付くため入学は見送ると言う軍上層部を脅し、とどめに沈まぬ太陽と専用機のデータ収集。

 恋は盲目では許されるはずもない、代表候補生としてはあまりに危険な行為。

 そもそも中国はIS保有国の中で最も織斑一夏の獲得に消極的だ。

 今は古くからの独裁と弾圧が女尊男卑の浸入を阻んでいるが、戦乙女の血が入ればひょっとすると内から蟻の一穴。

 即ち欲しいのは可能性の遺伝子だけで、獣自体は不要。

 だが無論そんな我儘は姉と天災が許さない。

 二人目がいたお陰で、二人目が彼に匹敵する大物だったお陰で、二人目があの日愛しい男の身代わりになったお陰で、鈴は再び日本の土を踏み一夏に会うことができた。

 では、その先に未来はあるのか。

 

「(千冬さんを取り込めば)一夏が世話になったみたいね。礼を言うわ」

「(おまけに専用機持ちだと!? くっ……しかし、あの人を頼るのは)必要ない。幼馴染だからな」

 

 昼休み、食堂の一角で散る火花。

 所謂『絶対に負けられない戦いが、そこにはある』絵だが、先の見えない不安の中、今この時だけは現実を忘れたい周囲は迷惑そうだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 対抗戦を間近に控えた今、他クラスの人間と不必要に会うのはマナー違反。

 不満気な簪をそう言い包めた直徒は同じ頃、職員室の隅で千冬と相対していた。

 サバサンドは既に胃袋の中。

 何かと話題の人物が来たとあって初めは場に緊張が走るも、所詮事なかれ主義の集まり。

 自分にさえジョーカーが微笑まなければ、後は見て見ぬふり。

 幸い実家に帰った生徒の安否確認や未だ鳴り止まぬ抗議の電話等、仕事は山盛りだ。

 

「(兎から聞いてないのか?)今日の訓練、人払いの手筈は」

「(自然体……それでいて隙が全くない。余程の師がいなければ)グラウンドに出て開始できる状態になったら合図しろ。ピットを含むアリーナの全出入口をロック、観客席の遮断シールドも下げる。終了五分前に開く」

「同時に女権団が突入して俺を袋叩きか。また録画しとかなきゃ」

「……反論できんとはいえ、お前も少しは口を慎め。無用な敵を──」

「嫌な奴の方が弟君の弾除けになるでしょ? オルコッちゃんには逃げられたんだし」

 

 やはり反論できず渋い表情を浮かべる千冬。

 当然目の前の男がアリーナの仕掛に驚いていない点には、気付かなかった。

 

「チッ……流石天下の沈まぬ太陽は性悪も一級だ」

「一応お聞きしますが、監るのは貴女じゃないですよね?」

「不服か?」

「構いませんよ、たかが一人死体が増えるだけですから」

「……何だと」

「まぁ確かに杞憂かもしれません。ただ恋する乙女は無敵であり、同時に非理性的だ。愛しい彼に人殺しがISの手解きをする、おまけに恋敵も一緒と知ったら──」

「っ!? 凰が乱入してくるというのか」

 

 遺憾ながら千冬は大いにありうると思った。

 四年前、大会の決勝前に誘拐され、姉の連覇をふいにした一夏。

 その一夏の心の傷を癒したのは他でもない親友の五反田弾と、鈴なのだ。

 彼女にとってエイプリル・フール(四月一日の襲撃事件)はまさに悪夢の再来。

 恨む相手が皆死亡、退学となれば、残る一人に矛先を向けたくなるのが人情。

 何故穏便に事を済まさなかった────彼女なら言ってしまうのではないか。

 否、一夏(発端)千冬(根源)が言えないからこそ、自分が代弁しようとするのではないか。

 公式戦以外の許可なきデータ採取の禁止が敷かれた、格好の場で。

 あわよくば想い人の気を引き、ライバルに勝つために。

 

「もしそうなった場合、弊社の企業秘密を見た他国のスパイを生かしておくわけにはいきません。それに実戦の経験は貴重ですからね。弟君と奥さんも加わればあの時と同じ四人プレイだ」

「貴様!!」

「睨む前にやることあるでしょ。今頃アタシも混ぜろとか言われて普通にOKしてるかもね、ホストは俺なのに。んで隣にいる奥さんがブチ切れて睨み合い再開、お昼を不味くされた周囲がますます彼へのヘイトを募らせる。…………血の繋がりだけじゃ守り切れなくなる」

 

 占いの才も一級と嗤えたらどんなにいいか。

 慌てて千冬は携帯の短縮一番をタップした。

 水出しコーヒーを飲む直徒に鈴の元気なEEGが届く。

 感情を処理できぬ人類とてゴミではないが、当たらなければ自慢の衝撃砲もただの嚏。

 

「……私だ。今ガキ二人と昼か?」

『千冬姉、丁度良かった。今日の訓練だけど』

「凰の参加は認めん。それと食事は静かに取れ。以上だ」

『えっ!? な、なんで分──』

 

 通話時間、僅か十秒。

 直徒に一夏の声は聞こえていない。

 聴く必要もない。

 

「アンタもワルだよね、身内のくせにチャイナ娘の入学止めなかったんだから。とはいえ、これで聞かずに凸ってきても榊原先生(二組担任)の責任。日出る国の阿呆が夢斬に素っ首刎ねてあげましょう、彼の目の前で」

「……私が見張りに立つんだぞ。来るものか」

「だからこそ無茶できる、負けても殺される前に止めてくれる人がいるんだから。それでぶち壊しがてら得た俺と春雨のデータを国に送れば、学園では織斑君に庇われ上からもお咎めなし────そんなの許されると思います?」

「っ、ならどうしろと言うんだ!! 頭を下げてほしければいくらでも下げてやる! 答えろっ!!」

 

 某三河武士のそれとは比較にならぬ迫力。

 世界は震え、空気は戦慄き、デスクで作業中の教師達は何事かと慌て始めた。

 それを考えるのが大人の役目と言えば、いかに正しくとも火に油。

 やれやれと直徒はボトルを拡張領域に仕舞い、海の深さと空の果てなさを湛えた青い瞳で、千冬を見据えた。

 

「じゃ、下げてもらいましょうか…………榊原先生に」

「え……」

「貴女が時間中付きっきりで凰鈴音を見張り、アリーナの台には彼女が立つ。但し向こうの顔が立つよう必ず貴女からこの件を相談し頭を下げること、そして事前に一度彼女からチャイナ娘に忠告してもらうこと。これで『担任の自分が言っても聞く気配がなかったため、やむなく対象が苦手とする織斑千冬と仕事を交換』という盾が出来上がる」

 

 言ってしまえば至極単純。

 恥や見栄といった虚は横に置き、実を第一に誰かの助けを乞う。

 ただ真耶では事を全て一組の担任副担で処することになり、菜月の立つ瀬がない。

 ガラス張りや風通しも結構だが、時には縦横の筋を守ることも必要。

 

「……成る程。だがいいのか? それではお前の機体を榊原先生に見られてしまう」

「札はちゃんと伏せておくさ。この学園の誰が見ていようと、誰と戦うことになろうと」

「大した自信……いや、今のは忘れてくれ。これはオルコットの時を上回る慈悲だ。あの日早乙女を容易く葬ったお前なら……こんな相談は必要ない。寧ろ黙って凰に襲われた方が実戦云々だけでなく、後の火消しも有利になる」

「ついでに今度こそ弟君は寝たきり、いや腹切りかな? そうなりゃアンタは自制してもお友達が出てくるでしょ。嘗て二度(にたび)明乃さんとの代表争いを潰したように」

「っ……やはり知っていたか」

「よって先日の『今回限り』発言はドボンされました。めでたしめでたし」

 

 優雅な敗者と惨めな勝者。

 零落白夜より圧倒的に鋭い刃が、戦乙女の鎧越しに千冬を切り刻む。

 これで『箱』はまだ閉じたままなのだから、直徒は彼女にとって最悪の『鍵』。

 この学園に彼を御せる者は一人としていない。

 

「……恩に着る」

「その代わり兎さんのストッパーはよろしく。もうとっくに嫌われてるだろうし」

「二年前の演説か。確かにISをイカロスの翼呼ばわりしたのは迂闊だったな」

「いや、理由はシンプルに早乙女先生を殺った件さ。彼女にとってISは世界にかまってもらうための道具であって、端から宇宙に興味はない。行きたきゃ一人で勝手に行けばいいんだし」

「!!!!!!!」

 

 あまりの衝撃に千冬は声すら出なかった。

 彼の言う通りなら、自分は束という人物を今まで欠片も理解できていなかったということ。

 あれだけ派手に挑発したにもかかわらず生きている本人が証拠か。

 迷いなく言い切る姿に冷や汗。

 加えて何度瞬きをしても、その背後にいる二つの白い影が消えない。

 一人は自分と同じほどの背丈、もう一人は小学生くらいの子供。

 明乃以外に恐れる存在(もの)など、いなかったはずなのに。

 

「お……お前は一体何者だ。何故一夏と同じ日にISを起動させた!」

「さあ? でもお陰で彼が死なずに済んだんだから、いいじゃないですか」

「なら更識とはどういう関係だ。特に何故姉の方は目に見えてお前を恐れる! 二年前千鳥の会場で見た祝いの花も、あいつからのが一番見事だった。今まで数多の刺客を葬ってきたその強さ、もしや先代の──」

「貴女が第二回モンド・グロッソ決勝を棄権し結果金剛石姫(プリンセス)の入社が一年遅れた理由と同じ、どうでもいいことですよ、弟想いのお姉さん♪ ああ、一応言っときますけど明乃さんには聞かず自分で調べました。その一年があったお陰で出会えた人もいるし、ま、憎むべきは犯人達ってことで」

 

 人間、真に恐るべきは己の過去からやってくる。

 ワナワナと身を震わせる千冬を尻目に、朱い三つ編みの悪魔は職員室を出ていった。

 狭くなっていた視界の外から一本の缶コーヒー。

 今なお女尊男卑の神である彼女を慰めるには、年上かつ同じ爆弾持ちでなければならない。

 

「お疲れ様」

「榊原先生……」

「まいるわよね、あれでまだ十八なんだから。そうでなきゃ二人目なんてやってられないって言われちゃ、それまでだけど。──ほら、糖分補給しなさい」

「……いただきます」

 

 お陰で下げる頭も軽かった。




原作で純粋に一夏に会うため入学してきたのは鈴だけ。
健気かどうかはともかく、それが事実。
評価、感想いただけると嬉しいです。

続くかは分かりません。悪しからず。




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