召喚された酒好きな男 (ふぁぶりーず)
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1

人であふれた華やかなネオン街、笑い声、怒鳴り声が飛び交い、音が止まない街、

男はそんな中を会社の同僚とへべれけになりながら歩いていた。

 

「なかちゃああああああああああああん!!どこだああああああああああ!!??」

 

唐突にポストに向かって一人の男が叫び始めた。

周囲は彼らに注目し始めた。

 

「せんぱあああああああいいいい!??飲みすぎっすよぉぉおおおお!!!???俺はここにイマアアアアス!」

 

もう一人の男はそう叫びながら酒瓶を片手に肩を組むように電柱になだれ込む。

ポストに叫んでいる男は電柱に寄りかかっている男の先輩なのだろうか、

周囲はただ酔っ払いが騒いでるだけと、向かっている方向に歩みを進みを戻す。

 

そんな電柱を先輩と間違えてる男、中本 学は、先輩社員の昇進祝いの帰りだった。

会社に入り、ずっと彼の元で仕事を教わっていた学は、4件ほど居酒屋に付き合い、

そのため終電はとうになくなっている。

今まで一緒にいたはずの会社の人たちは帰ったのだろうか、皆、気づい時にはいなくなっていた。

ポストに叫ぶ男と電柱にもたれかかる男らは明日の始発で帰るしか術はない。

 

そんな中、一台のタクシーが先輩社員のそばに止まり、先輩は乗り込んでいった。

 

「なかちゃあああああああああんんん!!!!俺これでかえっからぁああああああ!!!」

 

「せんぱあああああああああああいいいい!!!!おれものっけてってくださああああああああああ!」

 

タクシーの後部座席に倒れ込むかのように先輩であろう男は乗り込み、そのままタクシーは出発してしまった。

 

「あの糞野郎ォォォオオオオ!!休み明け覚えてろよこのカスがぁぁぁぁあああああ!!!」

 

電柱にもたれかかったまま学はそう叫んだ。

しかし家に帰る術がない。そのうえ、酔いのためか非常に強い眠気が襲っている。

ここで寝るわけにはいかないと、べろんべろんになってもまだ考えることができた彼は、

どこかホテルかネットカフェを探し始めるため街の中を歩み進み始める。

 

「なんだぁ……?」

 

突如、学の目の前に白く輝く大きな鏡が現れた。

 

(あぁ……終電じゃねぇか!!早く乗り込まなきゃなぁ!!!)

 

学は迷うことなく光へ飛び込んでいった。

 

どんっ!と耳をつんざく爆発音。まるで花火の煙玉のように広がる土煙。

あたりが見えない中、学はただ、呆然と立ち尽くしたままだった。

 

 

 

「あんた、誰よ?」

 

 

 

土煙が消えたころ、視界が晴れ、周りに人がいることがわかった。

その中に唐突に聞こえた声は、幼い少女の声だった。

 

 

 

ここはハルケギニア大陸の一角、トリステイン王国の魔法学院

ここではある行事が行われていた。

 

「春の使い魔召喚の儀」

 

学院に通う「メイジ」と呼ばれる彼らは、2年生に上がる際、一生を連れ添うパートナーである使い魔を召喚する。

いわば進級テストのようなもの。

 

──おぉ!キュルケがサラマンダーを召喚したぞ!!

 

タバサは風竜を召喚したわ!──

 

──使い魔は召喚者の実力によって変わる──

 

儀式は順調に進んだ、かのように思えたが、使い魔を召喚できていないものが一人残っていた。

 

「おいルイズ!早く召喚しろよ!」

「お前は召喚すらまともにできないのか!」

「さすがはゼロのルイズといったとこだね!ネズミくらい召喚したらどうだい!?」

 

ゼロのルイズと呼ばれた少女は焦っていた。

彼女はいままで「メイジ」でありながらも、一回も魔法に成功したことがなかった。

このままでは家の名に恥をかけるであろうこと。

大好きな姉に向ける顔がなくなってしまうこと。

様々なことを考えながら、目の前にある召喚の儀に集中していた。

 

しかし、いくら召喚の魔法を唱えても起きるのは爆発のみ、

同級生からの罵声、彼女はさらに焦り始める。

 

「ミス・ヴァリエール」

 

彼女の背後から教師、ジャン・コルベールが声をかけた。

 

「そろそろ時間が迫っております。今日はこれくらいにし、また機会を設け」

 

「ミ、ミスタ・コルベール!お願いします!あと、あと一回だけ召喚させてください!」

 

彼女、ルイズはコルベールの言葉を遮り、叫びながら頭を下げて頼んだ。

コルベールの言う機会とは、またいつでも行えばいいという意味だったが、

焦燥感にかられたていたルイズにとってはもはや最後通牒にしか聞こえていなかった。

 

「……わかりました。ですが、今日はこれが最後ですぞ、ミス・ヴァリエール。肩の力を抜き、思うままに唱えてください。」

「はい!ありがとうございます!」

 

ルイズは深呼吸をし、自分にとっての最後のチャンスを無駄にしないよう集中した。

 

──私のとってこれが最後のチャンス、失敗はできない!

 

今までにない、決して散漫させていたわけではない集中力をさらに高める。

もう、失敗はできない。震えた指先で呪文を唱える。

 

──神様、どうか私に、召喚させてください──

 

「宇宙の果ての何処かにいる私の僕よ。神聖で! 美しく! そして強力な使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ! 」

 

「わが導きに……答えなさい!」

 

再度、爆炎が巻き起こる。

 

「また、だめだった……」

 

「おい!また爆発じゃないか!」

「もう諦めたらどうだ!?」

 

ルイズは諦めたように膝をつき、こうべをたれた。

周りの生徒も再びひどい言葉を投げかける。

 

しかし、コルベールは爆発の中に人影をみた。。

爆発の直後、煙の中にナニカがいることを彼の眼は見逃さなかった。

 

「ミス・ヴァリエール!なにかが召喚されました!」

「えっ!?」

 

コルベールの言葉に驚き、心が躍りながらも、爆炎の中を見つめた。

ほのかに酒精を感じつつも、しばらくして土煙が晴れて行くごとに明かされた召喚されたモノ

 

 

 

それは、瓶を片手に呆けていた一人の男であった。

 

 

 

男はただ周りを眺めていた。

手に持っているものは酒瓶か、男は酒に酔っているようであった。

 

 

 

「あんた、誰よ?」

 

 

 

そこにいた、神聖でも、美しくもなさそうな男を見て、思わず口から出た言葉がそれである。

 

「見ろ!ルイズが酔っ払いを召喚したぞ!」

「さすがはゼロのルイズ!召喚したのはただの酔っ払いの平民だ!」

 

召喚に成功したにも関わらず、ルイズは茫然とした表情で男を見ていた。

ネズミどころか平民を、それもこんな時間から酒を飲んでいるような男を召喚したのか、

なぜ、こうもうまくいかないのか、己の人生を悔やみながら、男を見ていた。

しかし、周囲の生徒は笑い、罵っていると、その男は叫んだ。

 

「誰よも何も俺は中本様だぁああああああ!!!!お嬢ちゃん達こそだれだよ!!!!???

 こんな酔っ払いに絡んだってなああああんにも得にしねええぞおおおお????

 こんな時間に非行かぁぁぁぁああああ!?早くお家に帰ってクソして風呂入って寝ろやあああああああ!!!!!」

 

ルイズと、周囲の生徒には十分に聞こえるほど非常に大きな声を上げ、学は答えた。

その咆哮ともとれるほどの大きな声に生徒たちはすくみ上り、しかしすぐに平静を取り戻した。

 

「キミ!酒に溺れているとはいえ、その口調はどうなんだい?

 このマントをよく見たまえ、キミは今貴族を相手に……」

 

ある生徒は、平民が酒に酔っているとはいえ、貴族に強い口調で叫んでいるのが気に食わなかった。

そのため、一人の生徒が注意しようと前に出たが、コルベールが遮った。

生徒よりも酔っぱらいの人間の扱いに慣れているため、下手に刺激をあたえるより、

冷静に状況を伝えるべきだと思ったからだ。

 

「ミスタ、私はこのトリステイン学院の教師を務めるジャン・コルベー……」

「おぉぉぉ!!!課長!!!!さっきぶりですねえ!!!!!さっきより髪の毛薄くなったんじゃないですかぁ!!!!???」

 

更に大きな声でコルベールに対し、そう言い放った。

その言葉ははほかの生徒にも聞こえ、生徒全員が声を上げて笑い始めた。

 

「……ミス・ヴァリエール、次の儀へ進んでください」

「えっ!?」

 

どうしたらいいか戸惑っていたルイズは、コルベールの一言でさらに戸惑ってしまった。

 

「でもこれ、人間ですよ!?、も、もう一度!召喚させてください!」

 

酔っ払いが使い魔であるということを認めたくないルイズは必死にコルベールに再度、召喚を行うことを求めた。

 

「ミス・ヴァリエール、これは神聖な儀式です。貴女もそれは分かっているはずです」

「でも!」

 

それでも平民の、こんなだらしない男を使い魔と認めたくないルイズは必死に弁明した。

 

「でももへちまもありません。これは決まりです」

「うぅ……」

 

「おいルイズ!早く終わらせろよ!」

「いつまで待たせるんだよ!ゼロのルイズ!」

 

しびれを切らした生徒たちがルイズへ投げかける。

 

「う、うるさいわね!すぐ終わらせるから黙ってなさい!」

「お前がうるせえんだよおおおおお!!!!!!!」

「あんたが一番うるさいのよ!!!」

「ミス・ヴァリエール!契約の儀を済ましなさい!」

 

ルイズは怒りに顔を真っ赤にし、そう叫んだ。

生徒たちに注意するよりも早く、ルイズが反応したため、コルベールはそのまま儀式を続けることを催促した。

自分の発言に後悔し、ルイズは覚悟を決めた。

 

「勘違いしないでよね。これはあくまで使い魔としての契約だから。本来なら貴族にこんなことされるなんて、一生ないんだから」

「契約ゥ!!??……一度弊社の営業と確認しますのでぇ!!!本件は預からせていただきますぅ!!!!!」

 

学は頭と舌が回らないながらも、打ち合わせのテンプレートを唱えた。

しかしルイズはそれを無視して契約の儀を唱えた。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

ルイズは呪文を唱えると、男の顔に両手を添え、ゆっくりと唇を近づける。

先ほどとは違った感情で顔が紅潮していく。

平民の顔が近づくにつれ、酒の匂いが強いことに気付き顔をしかめた。

 

「やめろおおおおおお!!!!俺は好きでもない女とキスはできねええんだああああああああああ!!!!」

「うるっさいわね!私だって好きでもない男とキスなんてしたくないわよ!!!」

 

学の叫びを遮り、そのまま勢いに任せ、ルイズは平民、中本 学と契約を済ませた。

暴れる中本をコルベールが押さえつけながらも、無事、契約は終了した。

 

「お、終わりましたっ……!」

「サモン・サーヴァントは何度も失敗しましたが、コントラクト・サーヴァントはきちんとできましたね……」

「うおおおおおおおおおお!!!!!!話せええええええええ!!!!未成年保護法には引っかからないぞおおおおおおおおおお!!!!!」

 

二人は疲労困憊になりながらも、なんとかコントラクト・サーヴァントを終えた。

 

「あああああああああづうううううううううういいいいいいい!!!!!」

 

先ほどからうるさい男がさらにうるさく叫んだため、何事かと振り返ったところ、

男の左手に使い魔のルーンが浮かび上がるのを発見した。

 

「ミス・ヴァリエール、よくやりましたね。人間が使い魔というのは私も聞いたことがありませんが、良きパートナーとなることを祈ります。

 しかし、珍しいルーンですね……少しスケッチを……と思いましたが、暴れまわってうるさいので後でもう一度確認しましょう」

 

コルベールは平民の左手の甲に使い魔のルーンが浮かび上がるのを見届けると、

珍しい紋様だと思いながらも一先ず最後まで粘った生徒へ労いの言葉をかけた。

 

 

しばらく暴れのたうちまわった学は、酒のせいか、疲れ果てそのまま眠ってしまった。

 

「な、なんなのよぉ~!もう~!!」

「ひ、ひとまず学院へ戻りましょうか……」

 

何人か生徒を呼び、眠った男を浮遊の魔法で浮かび運ばせ、学院へと戻っていった。

 

 



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2

夜のとばりが落ち、ぽつぽつと部屋に明かりが点きはじめたころ、

そんな夜明けには遠く、寝るには早い時間にトリステイン学院の一室で男は目を覚ました。

 

「あー……クソッタレ……頭いてぇ……今何時だ……?」

 

周囲は暗く、窓から刺す月明かりが最も明るい光の中、

二日酔いによるひどい頭痛と目まいに襲われながら学は体を起こす。

唯一の明かりである月を頼りに自分の荷物を探すが、目まいのためか、何も探すことができなかった。

 

「俺の荷物と酒はどこだ……?」

 

カバンがない。

 

社会人にとって、カバンは会社や取引相手の書類、場合によってはパソコンなどの重要な情報が含まれる物が入っている。

当然ながら学にとっても鞄の中身は大事なものが入っていた。

しかし飲み会の際には、重要な書類やパソコン等は会社に置いているため、それについては気にしていない。

だが、自分の携帯や財布、定期券などそういった物すらも見当たらない。

そして酒がない、学にとって酒は何よりも優先されるものである。

 

頭痛に悩まされながら、自分の荷物、そして酒を探す。

なんとか照明を照らそうとするが、どこにも見当たらない。

 

「おっ!酒瓶みっけ!……まだ夜だし二度寝用に迎え酒すっか!」

 

手探りで照明を探していたところ、自身が昨夜飲んでいた酒を見つけることができた。

学は迷うことなく瓶に口をつけ、酒をあおる。

 

「んぐっ……んぐっ……ぷはぁああああ!五臓六腑に染みわたるねぇ!……なんだこれ」

 

しばらく酒を飲み、酔いのおかげか少し頭痛も治まってきたところ、自分の左手に刻まれた刺青を眺めた。

昨夜、自分の先輩の昇進祝いを行い、二度三度居酒屋を周り、なんとか終電に間に合った後のことを思い出した。

 

「まぁいいや、それにしても結局家には帰れんかったんだなぁ……

 てか不思議な夢だったな……あの子、桃色の髪をした子、るいず・ふらんしすこ……とかだっけか?」

 

荷物を探したとき、部屋が自分のものでないことに気が付いた。

終電に乗り込み、すぐに寝てしまった学は、どこか適当なホテルを取り、そこで眠ってしまったのかと考える。

そして"夢"の出来事を思い出す。マントを着ている集団、不思議な生き物、課長。様々な出来事があったが、

夢の中で"契約"と称し"青少年保護育成条例"を破ったことは今でも覚えている。

 

「俺は大丈夫だ……。ただの夢だ……。別に俺は"そうしたい"わけじゃない。衝動的に動いたわけでもない」

 

学は自分を落ち着かせるかのようにそう呟きながら酒をあおる。

酒を飲むのは楽しい、だから学はひたすら酒をあおる。

 

──ガチャン!

 

ドアが勢いよく開いた音がした。

 

その扉の先には、"桃色の髪をした子"が立っていた。

 

「あら、起きてたの?」

 

透き通った綺麗な声が部屋に響いた。

 

 

 

契約の儀を済ませた後、気絶するように眠った男を同級生が学院へ運ぶ姿をルイズは後から見ていた。

 

──まったく、ルイズのせいで……

お酒の臭いが服についちゃうわ──

 

──こんなのを召喚するなんて"ゼロ"にふさわしい──

 

聞こえるように陰口を叩く同級生に彼女は何も言い返せなかった。

ドラゴン、グリフォン、マンティコア、様々な種族が生きるこの世界で

ただの平民を召喚した。

 

──自分はゼロじゃない。

 

せめて野生動物を召喚できていれば胸を張ってそういえたはずだった。

自分は確かに召喚に成功した。しかし召喚したモノが今目の前で生徒たちが<浮遊>で

上下に揺らし遊ばれている酔っぱらった平民ということは認めたくない。

 

「運ちゃーん……もちょっとゆっくり頼むよぉ……じゃないと俺の中身が出ちゃうぜぇぇえええ……うっぷ」

「お、おい!こいつ吐くぞ!みんなゆっくり運べ!」

「ま、まて!僕の上にそいつを運ぶな!」」

 

……仮にこんなやつを認めてしまったら自分のメイジとしての沽券が下がってしまう。

彼女は男の持っていた酒瓶と鞄を持ち、ただ黙って後をついていくことしかできなかった。

 

「まったく、こんなこと自分でやりなさいよ!……といってもあんたには無理ね、ゼロだもの」

 

部屋についた生徒らは眠る男をベッドに落とし、その言葉に笑いながら部屋を出て行った。

先ほどまで生徒がいた時とかわって、二人だけの空間はやけに静かだった。

 

「すぅー!はぁー!!」

 

ルイズは強く呼吸をし、叫んだ。

 

「私だって召喚はできたし契約だってちゃんとできたわ!!

 たかが<浮遊>ができるからって調子に乗ってんじゃないわよ!」

 

しばらく我慢していた怒りをあらわにした叫びは部屋に吸い込まれていくだけだった。

ルイズはベッドで眠る男を眺めた。男が着ている服、カバン、酒瓶。

どれも見たことがないものであることに気付いた。

しかし服は綿密に裁縫が施されたものであり、カバンは装飾もほどほどに、生地もしっかりとした物である。

ただの平民では買えないようなものを持っている男のことを考えた。

 

「もしかしてどこかの豪商かしら?」

「むにゃむにゃ……もう飲め……いや飲める!」

 

男は夢でも酒を飲んでいるのだろうか、寝言をしゃべる。

 

「いっそ殺してやろうかしら……」

 

自分が最悪な気持ちになっているのに対し、男は幸せそうに眠りこけている。

それにいら立ちを感じつつも思わずそう言ってしまった。

 

使い魔が死ねばサモン・サーヴァントを再度行える。

しかし、一度コントラクト・サーヴァントを行った手前、

目の前にいる男を、自分の使い魔を殺すという行動は貴族としてルイズは許せなかった。

 

「はぁ……ごはん食べてこよ……」

 

どうしようもない状況に区切りをつけ、彼女は食堂へ向かった。

 

 

 

食堂でも奇異な目で見られたルイズは早々に食事を切り上げ、部屋に戻りながら考えていた。

自身が呼び出した平民のこと、これからのこと、そしてメイジとしての自分の実力。

 

──使い魔は召喚者の実力によって変わる──

 

誰が言ったかはわからないが、その言葉はルイズを動揺させている。

魔法が使えない。その事実と重なり、ただの酔っ払いの平民がお似合いだ。

そう言われているのように思えた。

 

「……ふざけるんじゃないわよっ!あんなのが私にお似合いですって!?

 そんな事あるわけないわ!」

 

食堂でも聞こえてきたその言葉にいら立ちを覚え、自分に言い聞かせるようにそういい放った。

しかし自分はあの平民を召喚した。それはまぎれもない事実である。

 

「まったく……なんなのよぉ……もう!」

 

やり場のない怒りを露わにするように部屋のドアを勢いよく開いた。

そこには目が覚めたのか、酒瓶を片手にし、こちらを見て固まっている男がいた。

 

「あら、起きてたの?」

「………」

「ちょっと?なんか言いなさいよ」

「………」

 

男はルイズを見つめている。

 

(な、なんなのよこいつ……最初はうるさい奴かと思ったら今は静だし……馬鹿にされてるのかしら?)

 

自分を観察するかのようにじろじろ見られているのを不愉快に思いつつ、

その間も男はずっとルイズを見つめている。

 

(こいつの名前なんだっけ?たしかナカモト……かしら?聞きなれない訛りだからよくわからなかったわ、

 とにかく!ここは私の立場が上だってことをはっきり教えてやらなきゃいけないわね!)

 

「あ、あんたね!どこの商人だか知らないけど私に召喚されたからには私の言うことを聞きなさいよ!」

「………」

「何とか言いいなさいよ!!」

 

なおも無言を貫く男についに怒りをぶつけた。

今まで考えてたことや生徒からの侮辱に対する怒りをすべて男にぶつけてやろうと考えていた。

 

「だいたいあんたは──」

「お嬢ちゃん、お父さんかお母さんを呼んできてもらえるかい?」

「は?」

「それか誰か大人の人でもいいよ。今ここがどこで何が起きてるか知りたいんだ」

 

自分の言葉を遮って男は話しかけてきた。

それが親を呼べとのことである。しかも貴族に対するしゃべり方ではない。

生徒だけでなく、この男にもバカにされたようで腹が立った。

 

「お父様もお母さまもここにいないわよ!それに先生たちをあんたみたいな平民のために呼ぶのは失礼よ!」

「じゃあお嬢ちゃんでいい、ここはどこなんだ?外国人学校かい?最寄り駅を教えてくれないか?」

 

わけがわからない。

ひどく酔っぱらっていたためか、記憶が抜け落ちているのだろう。

 

「……トリステインよ!そしてここはかの高名なトリステイン魔法学院!」

「トリステイン?魔法学院?」

「それとお嬢ちゃんって呼ぶのやめて、私は二年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエール、あんたのご主人様よ!」

「はぁ……」

 

学の体から力が抜けた。怪訝な顔でルイズを見ている。

気を取り直したように、男はしゃべり始めた。

 

「ルイズ、俺は中本 学、東京に住んでいる。

 飲み会の帰りに電車に乗った後からあんま覚えてないんだ」

「ナカモト マナブね、変な名前だわ。

 それにトーキョー?デンシャ?何わけのわからないこと言ってるのよ。

 どこの田舎から来たか知らないけど、私は貴族よ!呼び捨てにしないで!」

 

東京が田舎、日本の首都である東京を田舎と呼ぶこの少女はだれか。

インターネットやテレビ、スマートフォンが普及した今、東京という地名を知らない人はいないはずだ。

 

「ここはどこだ……?」

「だからトリステイン……って勝手にしゃべるんじゃないわよ!」

「まぁ落ち着いてくれよ、状況を整理しよう。イギリス、フランス、アメリカ、中国、ロシア聞いたことくらいあるだろう?」

「アメリカ?トゥーゴク……?」

「国だよ国、ルイズちゃんの母国はどこだい?そしてここはどこなんだい?」

「だからトリステインよ!ここ!トリステイン魔法学院よ!あとちゃん付けで呼ぶのもやめなさい!」

「待ってくれ、トリステインなんて聞いたことないし魔法学院なんて学校も聞いたことがない」

 

まったく話がかみ合わない。お互いにそれは分かっている。

しかし学は思った。この子は不思議ちゃんだ。

歳も中学生ぐらいだ。そういう時期なんだろう。

 

「あんた魔法も見たことないの?」

「ないよ、そんなのがあれば見てみたいもんだよ。ルイズちゃんはできんの?」

 

学はお構いなしにちゃん付けで呼ぶ。

ルイズは気に入らなかった。馬鹿にしているようには見えないが、

自分が魔法を使えないことは知らないだろうが、

やれるもんならやってみろよ。そう言わんばかりの顔で聞いてくる。

平民ごときがそんな態度を取ることが鼻についた。

 

「っ!トリステインも知らないなんて、あんた東方からでも呼ばれたの?」

「東方?日本は確かに東にあるけど、そんな言い回しをするやつは初めてだよ。

 ……あぁ、ルイズちゃんの中だとそういう設定なのな」

 

話にならない。学もルイズもお互いにそう思い始めたころ、

学は外を見ようとベッドから降り、窓際に移動する。

 

「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ!」

 

ルイズの声を無視し、窓を開けた。

気持ちのよい夜風が酒に酔った学を癒す。

しかしその癒しはすぐに毒へと姿を変えた。

 

学は見てしまった。空に浮かぶ"二つの月"を。

 

「……だーめだぁ、まだ酒が回りすぎてんのか、夢でも見てんのか、月が二つに見えらぁ……」

 

夢ではない。明晰夢にしては現実的すぎる。

それは学にとって初めて見る光景だった。

月が2つ、ただそれだけで自分が今いる状況を理解する。

 

ここは日本でもイギリスでもアメリカでも、地球でもない。

 

「別の星か?」

「ちょっと!寒いから早く窓をしめなさ──」

 

ルイズの言葉を制し、学は下を向いた。

何事かと思い、ルイズは近づいた。

学が受けた毒はすぐに胃から口へと回っていった。

 

「うっぷ」

「え?」

「うぉえっウォボボロロロロロ」

「えぇ……」

 

学は窓から盛大に吐いた。

ルイズは少し離れ、彼の行動に引いた。

 

二つの月はあざ笑うかのように、二人とゲロを明るく照らした。

 

 

 



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