暁の異世界奇譚 (近藤ロン)
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プロローグ

気軽に書くことをモットーに、異世界ファンタジーに挑戦してみたいと思います。


私は戸田暁彦(とだ あきひこ)。

20代後半の非正規労働者。

母と実家で暮らしている。

父はいない。私が子供のころ出ていった。

歳が5つ離れた兄が一人いるが、借金を作って女と駆け落ちしたまま行方知れず。

好きなことは昼寝。

嫌いなことは暴力。

高校を卒業して就職したが、同僚と上司、そして要領の良さに恵まれず、わずか2年で辞職。

資格を取ろうとするも、生来の怠惰な性格から一向に捗らず、体力とメンタルを3年間、無駄に消耗し続けた。

母に心配をかけまいと一人暮らしを始めたのがさらに悪く、偏食と引きこもりによって心身ともにバランスを崩した。

気づいた母に実家へ帰ってくるよう説得され、先が何も見えないまま帰省。

精神科でカウンセリングを受け、幸いにも人手の足りない工場の清掃員として非正規雇用されることが決まり、現在に至る。

金もない。

スキルもない。

将来への希望もない。

しかし、なんとか生きていくことは出来ると思い始めていた。

これでさんざん迷惑をかけた母に恩返しをできると考えていた。

 

だが、神は私の平穏を許さなかった。

 

気がつくと私は、知らない世界へと飛ばされてしまっていた。

 

「こんにちは、アキヒコくん」

 

目の前に少女が立っていた。

不思議な装束を身に纏っている。

顔立ちは日本人に見える。

美人な娘だが、知らない顔だ。

なぜ私の名前を知っているのだろう。

私は横たわった状態で、少女を見上げていた。

ここに横たわるまでに何があったのか全くわからない。

私は辺りを見回して、ギョッとした。

地面は赤黒い管のようなもので覆われて、その管がズルズルと蠢いている。

まるで巨大なミミズが大地に溢れかえっているような、異様な光景だった。

空は曇天だ。

時折、稲光が走り、空中に浮かぶ巨大な物体の影を雲に映している。

物体は、要塞のような人工的なシルエットだが、よく見るとこれもまた、ミミズのようなものが集合して形作られている。

悪夢のような光景だ。

その異様な景色の中で、少女はにこやかに立っている。

「あ、あなたは誰ですか?」

「ウチはヨミ。あのお城に住んどる神様の使いや」

怪しい関西弁で喋る少女はミミズの集合体を指差した。

「神様?どういうことです?私はこれから仕事に行かなきゃならないのですが…」

「あー、それねー、もう行かんでええよ。アンタは今から神様の命令に従って異世界を旅するんや」

「異世界?」

訳がわからなかった。

そうだ、これは夢に違いない。

私はまだ自宅の布団で寝ているのだ。

早く起きなければ。

私は頰をつねったり、頭を叩いたりしてみた。

しかし、痛みがあるばかりで夢は覚めない。

「ごめんなー、夢オチやないんよ。急なことで悪いけど、アンタは神様に従うしかないんよ」

ヨミと名乗った少女は、まるで友達との待ち合わせに遅れてきたような気安い謝罪をしてきた。

「で、でも私には生活があるんです!実家に母も遺してきてる!母は心臓が悪くて、私が居なくなったら気が動転してストレスがかかるだろうし、もし発作が起きたら病院に連れて行ける人が私より他にいないんです!お願いですから、その神様とやらに何とか言って帰していただけませんか!お願いします!お願いします‼︎」

私は土下座の姿勢で、ミミズの地面に頭を擦りつけてヨミに懇願した。

額にブヨブヨとした不快な蟲の感触があった。

高校の時、筆箱を隠したクラスメイトを思い出した。

筆箱はトイレの便器に沈んでいたが、土下座をしたら場所を教えてくれた。

下手に出れば、相手は気を良くするはずだ。

顔をチラリと上げると、ヨミは目を閉じて耳をすますポーズをとっていた。

「………今、神様がウチに伝言をくれはった。『命令を一つ遂行したら家に帰す』やって」

「ほ、ホントですか?」

「ホンマホンマ、神様は嘘つかへん。アキヒコくん、とにかく早く異世界に行ってミッションクリアすることや」

仕方がない。

事情は全くわからないが、言うことを聞けば家に帰ることができるはずだ。

私は頷いた。

「あんな?ミッションは『悪い王様を倒して革命を起こせ』や」

「お、王様?」

「せや、今からアンタが行く世界は王国や。悪い王様が国民を苦しめとる。アンタが王様をしばき倒して、悪政を終わらせるんや」

「わ、わかりました。でもどうやって?私、何も特技がないんですけど」

「まあ行ったらわかるわ。とにかく頑張ってなー」

ヨミが言い終わるや否や、私とヨミの間に突然、何か出現した。

それは空間に空いた穴だった。

穴の縁は、黒い影のようなものがウネウネと動いている。

まるで怪物の口に呑まれるように、私は見えない力で穴の中へ引きずりこまれた。



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第1話 異世界へ

気がつくと、私は地面に倒れていた。

ミミズではない、土でできた地面だ。

起き上がると、ここが舗装されていない道であることがわかった。

周囲は背の高い森で、道には馬車のものと思しき轍が残っている。

この轍を辿って行けば、人のいる場所に着くだろうか。

 

「」

 

突然、背後から声がした。

振り向くと、いつのまにか男が立っていた。

やはり見たことのない装束を着ている。

しかも、手には棍棒を持っており、怒っているような表情だ。

どう見ても有効的ではない。

 

「」

 

男は叫んでいるが、何を言っているのかわからない。

異国の言葉だ。

 

「す、すみません、言葉がわかりません」

 

私は無駄だろうなと思いながらも、立ち上がって話しながら近づいてみた。

と、男は突然棍棒を振り上げ、私の頭へ振り下ろした。

意識が急速に遠くなり、私は再び気絶した。

 

目が覚めると、薄暗く狭い部屋の中にいた。

床がガタゴトと揺れている。

脳天に鈍い痛みを感じる。

触ってみると、思わず歯を食いしばるほどの激痛が走った。

 

「」

「ひっ」

 

また誰かの声が聞こえて、反射的に体を丸めて身を守ろうとした。

しかし、暴力は振るわれなかった。

恐る恐る目を開けてみると、傍らに誰かが座っている。

 

「」

 

声はどうやら女性のようだった。

体を起こすと、女性は少し後ろに下がった。

暗くてよく見えないが、小柄な女性で、すっぽりとフードのようなものを被っている。

 

「えーと…ここはどこですか?」

「」

 

やはり異国の言葉なので意味はわからない。

彼女の方も同じことだろう。

私は自分で確かめようと思い立ち上がった。

狭くて揺れる部屋だが、少しだけ明かりが漏れている場所がある。

その明かりへ向かって左足を1歩踏み出したが、2歩目を踏み出そうとすると、右足が予想外に動かず、勢いあまって私は前のめりに倒れた。

 

「痛っ!」

 

身構えることも出来ず、思いきり顎を床に叩きつける形となった。

その衝撃で脳天の傷にも痛みが走る。

頭を襲う上と下からの痛みに涙ぐむ。

 

「」

「へ、平気です…」

 

女性の声が心配そうな声色に聞こえたので、私は通じないとわかっていたが強がりを言った。

右足を手で触って確認すると、足首に固い輪っかが嵌められていた。

輪っかには鎖が繋がっており、手で辿ると床に固定された金属質の器具に繋がっていることがわかった。

鎖はちょうど明かりのところまで私の手が届かない長さだった。

ブルル、と動物の鼻息のような音が外から聞こえる。

おそらく馬か何かだろう。

揺れる床、逃げられない狭い部屋、そして馬の鼻息。

 

「もしかして、いきなり命の危機ですかぁ?」

 

つまるところ、私は誘拐されているまっただ中であった。

 



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第2話 ローレと知り合う

殴られ、拉致され、拘束され、どこかへ運ばれていることはわかった。

動き回るのは諦めて、私は女性の前へと戻り、腰を下ろす。

暗闇にも段々と慣れてきたので、私は女性の方を見た。

女性もこちらを見ているようだった。

彼女の右足にもまた、枷が繋がれている。

お互いに無言のまま観察する。

感じるのは、馬車の揺れと、時折聞こえる馬の鼻息だけだ。

私は沈黙で気まずくなるタイプではないので、押し黙っていたが、ついに女性の方が声を発した。

 

「ローレ」

「え?」

「ローレ」

 

先ほどまでの聞き取れない言葉ではなく、明確な単語の発音に聞こえた。

女性は自分自身を指差して「ローレ」と繰り返す。

 

(名前か…!)

 

私は試しに彼女を指差して「ローレ」と言った。

彼女はニッコリと笑って頷いた。

私も嬉しくなって、自分を指差して言った。

 

「アキヒコ」

「アー、kヒk?」

「アキヒコ」

「アーキヒコ…アキヒコ?」

「そう!アキヒコ!」

 

通じた。

ローレはおかしそうに「アキヒコ」と私を指差して言った。

この縁もゆかりもない世界において、初めてコミュニケーションが成立した。

私はわずかに希望を見つけた反動からか、じんわりと目頭が熱くなった。

話の通じない世界ではない。

それがわかっただけでも心の緊張が少し解けた。

 

しかし、依然として囚われの身であることには変わりない。

我々はどこへ連れていかれるのだろうか?

私は鈍い頭を働かせて考えた。

舗装されていない道。

馬車を使う文明。

行きずりの人間を鈍器で殴り、拘束して連れ去る世界。

悪い王様が民を苦しめている。

革命。

革命をしなければ自由を得られない身分?

 

「奴隷かな」

 

口に出してみると、より絶望感が強まった。

しかし、私は絶望よりも、焦燥を感じている。

この世界に来て何時間、いや何日経ったのか?

元の世界では、私が出勤前に突然居なくなっているのだ。

無断欠勤ということになる。

仕事を失うかもしれないし、何より母のことが心配だ。

母はストレスを受けると心臓の血管が縮まる。

私には絶対に帰らなければならない理由がある。

この見知らぬ世界で死ぬわけにはいかない。

ヨミは行けばわかると言っていた。

ならば、このような状況に陥ったのも、災難ではなく、行くべき場所へ行くための過程なのではないだろうか?

 

(この馬車が奴隷商人のものなら、諸悪の元へ届けるはず)

 

私はぐるぐると頭の中で考えるのをやめて、とにかく流れに身を任せることにした。

奴隷を買うのは金持ちだ。

圧政を敷く王国で金持ちになるには、王家との接点が少なからずあるはずだ。

もしアテが外れたなら、その時はその時で考えよう。

ジタバタしたくても、この体は鎖に繋がれているのだから、まず大人しくして様子を見るのが最善だろう。

私は奴隷として扱われることを覚悟した。

こんな風にある程度冷静でいられるのも、孤独ではないからだろう。

私はローレに心の中で感謝した。

彼女も辛い状況にあるのだろう。

上手くすれば、一緒に自由の身になれるかもしれない。

 

「ローレ」

「?」

「強く、生きましょう」

 

ローレは不思議そうに首を傾げた。

 



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第3話 不気味な屋敷

馬車に何時間も揺られているうちに、私はウトウトと夢を見た。

 

「アキヒコく〜ん、アキヒコくんや〜」

 

目を開けると、私は再びあのおぞましい空間に寝そべっていた。

顔のそばにヨミがしゃがんで話しかけている。

 

「どや?あっちの世界は」

「いきなり暴行、監禁されたんですけど」

「うんうん、それでええんよ。その馬車はお城に向かっとる。王様に新しい奴隷を差し出すために」

「やっぱり」

「察しが良くて助かるわ。ちなみにアンタの頭の傷、明日には綺麗サッパリ治るさかい安心しーや」

「それは神様の力ですか?」

「せや、他にも神様は異世界で生き残るための力を授けてくれはったから、ぼちぼち自分で試してみたらええ」

「せめてどんな力か教えてくれないと…」

「自分で試してこそ、わかることもあるんやで、ほなそろそろ時間やさかい、頑張りやー」

 

ガタンという振動で、私はハッと目を覚ました。

どうやら、ようやく馬車が停止したらしい。

何時間経ったかわからないが、さっきまで明かりの見えていた側が開いた。

両開きの扉の隙間から外の明かりが漏れていたのだ。

しかし、今はもう扉の外は夜である。

黒い人影が二人、馬車の中に入って来た。

私達の足に繋がれた鎖を、馬車の金具から外して引っ張る。

おそらく馬車から降りろということだろう。

私とローレは大人しく従った。

外に出ると、馬車は鉄柵の門の前に停車していることがわかった。

門がゆっくりと開けられる。

目の前には大きな屋敷がある。

月明かりに照らされた屋敷は、巨大な怪物のようで不気味だ。

門を開けた男は、私を棍棒で殴ったのとは別の男だった。

棍棒の男は馬車の上でタバコらしき煙を吐いている。

私とローレの鎖を握っている男2人が、手加減することなく足枷を引っ張って門の中へと入る。

我々も抵抗せずについて行く。

男達は、屋敷の玄関ではなく、庭を通って裏へと歩いていく。

奴隷は裏口から入れるのだろうか。

庭はかなり広いが、手入れされていないのか、背の高い草が生い茂っている。

おそらく人の出入りが多いのだろう、獣道のように踏みならされているところを、奥へ奥へと進んでいく。

やがて裏口に着くと、5人目の男が立っていた。

その男は他の4人と違っていた。

他の男達が着古された粗末な服を身につけているのに対し、整った執事服を着ているのだ。

初老のように見えるが、背はこの場にいる者の中で最も高い。

右手には燭台を持ち、暗闇の中で男の顔が怪しく揺らめいている。

屋敷の召使いの中でも身分の高い人間なのだろう。

他の2人は、執事服の男に鎖を渡すと、元来た道を帰って行った。

男達の姿が見えなくなると、執事服は初めて口を開いた。

 

「」

 

男はローレに何かを話しかけた。

先ほどの男達に比べると、柔らかい物腰に思える。

ローレがまだ子供と言っても差し支えない見た目だからそうしたのか、奴隷に対して寛大な性格なのかはわからない。

次に男は私の方を向き、口の端を上げた。

ゾッとするほど白く、長い犬歯がチラリと覗いた。

裏口から中へ招き入れられると、他にも使用人がいた。

メイド服を来た女性だ。

女性は一礼し、ローレの足枷を外して、長い廊下の先へと連れて行った。

ローレは振り返りざま、不安なのか怖いのか、よくわからない表情を見せたが、やがて廊下の暗闇に消えた。

 

「」

 

執事服の男は、何か言って私の足枷を外した。

私はローレが行った方向と反対の廊下へ腕を掴まれて連れていかれた。

特に抵抗する気はなかったが、男の掴む力が、その細い腕からは想像できないほどの怪力だったので怖くなった。

やがて、階段の下の物置へと案内された。

どうやらここで眠れということらしい。

物置の中は埃っぽかったが、大人1人が横になるには十分なスペースがあり、そこに薄汚れたシーツと潰れた枕が置いてあった。

男は無言で私を物置に押し込むと、扉を閉めてしまった。

ガチャリ、と音がしたのでノブを回してみると、やはり鍵がかけられていた。

物置には小さなろうそくが一本、火を灯して置かれていたので、真っ暗闇というわけではなかったが、暗く狭い空間に再び閉じ込められたことに不安を感じないわけがない。

しかも、今度はローレもおらず、ただ1人なのだ。

ローレも同じようなところに閉じ込められたのかと思うと胸が痛んだ。

物置をしばらく物色してみたが、チリトリや壊れた家具などがあるだけだった。

私は仕方なく、ろうそくの火を消して、シーツに横になった。

寝心地は決して快適ではないが、あまりに色々なことが起こった後だったためか、私はすぐに眠りに落ちた。

 

 

 



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第4話 奇妙な大扉

ドンドン、と扉を叩く音で目が覚めた。

扉が開き、また執事服の男が立っていた。

男は私の腕を掴んで無理矢理立たせると、また長い廊下を引っ張って行く。

廊下の窓から差し込む朝日が眩しい。

外では小鳥も鳴いていて、こんな世界でも朝の爽快さは一緒なんだな、と思った。

 

明るくなったことで、改めてここが現代の日本ではないことがわかった。

廊下は壁も床も頑丈な石造りで、窓から差す日光がその寒々しさをより際立たせている。

住みやすさよりも、堅牢さを優先させた、そんな印象を受ける。

居城というより要塞だ。

こんなところに王様が住んでいるのだろうか?

私は、昨夜入った裏口とは反対の正面玄関の前を通った。

この玄関もやはり、見た目こそ細工を施して綺麗に見せてあるが、隙間から一切明かりが漏れていないところを見ると分厚く重い木の扉であるようだ。

人間一人で開けるには苦労するかもしれない。

 

もしかしたら、この怪力の執事なら開けられるかもだが。

 

玄関からすぐ目の前は吹き抜けの広間になっていて、見上げると4階辺りまで階層があり、この広間を見下ろせるようになっている。

一番天辺は明かり取りの大きな窓があるが、不思議な紋様を象った窓枠であるため、広間の床にその紋様がそのまま投影されている。

何か羽の生えた生き物のように見える。

広間をさらに正面奥へ進むと、先ほどよりも広い廊下があった。

今まで通ってきた廊下は屋敷の外壁からすぐ内側をぐるりと周っていたので窓があったが、この廊下は左右にいくつか扉があり、しかも二階の床下が天井となっているため、明かりがほとんど差し込んでいない。

代わりに、扉と扉の間に松明が設置されていて、その明かりが薄暗く廊下を照らしていた。

執事はそこへ私を連れて行くのだ。

廊下は意外に奥へと続く。

部屋は左右全部で12部屋ある。

どんな用途で使われる部屋なのかわからないが、なんとなく牢獄を連想する。

突き当たりまで来ると、そこにはまた玄関ほどの大きな扉があった。

大きな閂でしっかりと施錠されている。

扉の右手にはもう一つ小さな扉もある。

私の空間認識が正しければ、この扉の向こうには裏口があるはずなのだが、裏口から見た時、果たしてこんな扉があっただろうか?

それに、正面玄関からまっすぐ行けば裏口に通じるというのも妙な気がする。

外国の建築など全く知識はない私でも、この屋敷、いや城の造りに違和感を覚えた。

執事は突然、私の着ていた服を無理矢理引き剥がしてきた。

すっかり忘れていたが、私は出勤前のシャツとズボンの格好のままだったのだ。

執事の怪力によって私の服はビリビリに破かれた。

 

「な、何をするんですか⁉︎」

「」

 

思わず反抗の声を上げた私を、執事は煩わしそうにピシャリと平手打ちした。

かなり手加減した平手打ちだろうが、執事の長く伸びた爪が私の頰を掠めて傷ができた。

傷から血が滲むのを感じて、私は嫌な気分になった。

暴力は嫌いだ。

しかし、声を上げることすら許されないということがよくわかったので、羞恥心をグッと堪えて私は半裸のまま姿勢を正した。

執事は私の従順さに満足したのか、頬の傷を見て舌なめずりをし、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。

そして、扉の脇にある小さな扉を開けた。

そこは、私が眠った場所と同じく物置きだった。

執事は物置きからモップとバケツを取り出して、私にドンと押しつけた。

そして、何かを話しながら、ジェスチャーで井戸の場所と、ここを掃除することを伝えてきた。

 

どうやら異世界に来ても、私の仕事は変わらないようだ。

 



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第5話 濁った水

正面玄関の横にある小さな扉から外へ出て、庭を外壁沿いに左へ向かって歩く。

ここもやはり草が生い茂っていて、獣道のような一本道が出来上がっている。

私は木製のバケツを持って庭を進む。

破かれた服は、執事が用意した別の服と取り替えられた。

麻袋に穴を開けたような、粗末な衣服だ。

私のシャツなどは、奴隷が着るには上等すぎるということなのだろう。

獣道が終わると、おそらく敷地の端だろう、塀が直角に折れている場所に着いた。

その塀の隅に、古びた井戸があった。

何とか水を入れることができたが、意外と重い上にバケツには取っ手が付いていなかったので、両手で抱き抱えるようにして持たなければならなかった。

慎重に一歩一歩進んでいると、コンコンと頭上からノックのような音が聞こえた。

見上げると、3階の窓をローレが叩いている。

私と目が合うと、嬉しそうに笑って手を振ってくれた。

もう片方の手には雑巾のようなものを持っている。

どうやら彼女もまた掃除をさせられているようだ。

明るいところで見ると、ローレは美しい娘だった。

歳は10歳に届くかどうかといったところか。

金色の髪の毛を後ろでおさげにして肩に垂らしている。

少しくすんだ金色だが、おそらく私と同じで風呂にも入っていないのだろう。

こんな小さな子供まで奴隷として働かされるとは、なんとも息苦しい国のようだ。

私は手を振り返そうとうっかりバケツから右手を離してしまった。

バランスを崩し、私は転んで頭からバケツの水をかぶってしまった。

ローレは驚いて口に手を当てたが、私が情けない格好で愛想笑いをして手を振るとまた笑った。

職場では、掃除中に備品を倒してしまったりして「鈍臭い」と怒られる私だが、ローレに笑われるのは何故か嫌な気分ではなかった。

 

私はもう一度バケツに水を汲み、やっと一階の廊下へと戻ってきた。

水にモップを浸け、石畳の床を擦っていく。

随分と汚れていたようで、擦るたびに本来の白い石が露わになる。

廊下全体の4分の1ほど掃除しただけで、バケツの水は底が見えないほど汚れた。

プンと生臭い匂いがしている。

庭の生え放題の草といい、この廊下といい、どう考えても一国の王様が暮らす場所ではない。

使用人もあの執事とメイド以外全く見かけない。

いや、そもそも他に人間が住んでいるのだろうか?

生活臭がなく、廃墟を掃除しているような気分になる。

私は汚れた水を持って汲み直しに外へ出た。

塀のすぐ下に側溝があったので、そこへ汚水を流し込んで、ギョッとした。

水は単に汚れていたのではなく、赤いインクでも溶かしたかのような強烈な色だった。

中には赤黒い塊となって流れていくものもある。

恐る恐るその塊を、その辺に落ちていた枝に引っ掛けてよく見ると、人間の毛髪が寄り集まってできた塊だった。

風呂場の排水溝などに詰まるあの髪の毛の塊だ。

しかし、赤黒いものが付着したそれは、単なる毛髪ではないことを嫌でも認識させられた。

 

(これは、血か…?)

 

その後、何度も水を汲み直して掃除をした。

床はある程度白さを取り戻したが、赤黒く濁った水を流すたび、側溝には血の川が出来上がった。

私はローレとの束の間の交流も頭から吹き飛ぶほどの寒気を覚えた。



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第6話 思索

この屋敷は明らかに普通じゃない。

王様の居城などであるものか。

ここはおそらく、何らかの実験場だ。

私が働いている工場の中にも商品を試験的に生産する部屋があって、そこは明らかに他の場所より汚れが溜まるのだ。

床の表面の色が変わるほど埃が積もったり、掃除してもキリがないほど液体が溢れていたりする。

この屋敷の大量の血痕と毛髪はその状況によく似ている。

つまり、連れてきた奴隷を使って生体実験のようなことをしているのだ。

そんな場所に王様が住むはずはない。

考えてみればわかることだ。

王国というのはもっと別の場所にあって、ここはおそらく郊外の人が近づかない別荘なのだ。

私はパニックになっているのも手伝って、一刻も早くここから脱出しなければ殺されてしまうと思い込んでいた。

 

昼になった。

廊下の掃除をあらかた済ませて、とりあえず一階の窓を拭いていた私をローレが呼びに来た。

案内されたのは厨房だった。

狭い厨房に質素なテーブルがあり、そこに2人分の昼食が用意されていた。

パンに焼いた魚が挟んである。

食べてみると、悪くはない味だった。

本当にパンに焼いた魚を挟んであるだけで、味付けは塩だけだったが、空きっ腹には十分な食べ物だった。

そういえば昨日の朝食以来何も食べていなかったのだ。

パンは少し古く堅かったが、魚は小さな川魚のようで、生のものをそのまま焼いた感じだった。

干物でなく、しかも傷んだような風味もない、つまり比較的新鮮な魚だ。

 

(近くに川でもあるのか)

 

もし川があるのなら、何とか脱出できるかもしれない。

昨夜は薄い布一枚で寝たが、寒さは感じなかった。

つまり、今は暖かい季節のはずだ。

ならば、穏やかな川であれば泳いで渡るか、そのまま下ることも不可能ではない。

行く当てのない森を彷徨うより安全な気がする。

だが、ローレはどうする?

いくら暖かくても子供の体力ではついて来られないかもしれない。

まずは私が下見に出て、安全なルートを確保し、次の日にローレを連れて行くのが最善ではないか?

そうしよう。

まずは夜中に施錠される課題をクリアしなければならない。

執事から鍵を奪うか?

いや、あの怪力には勝てない。

鍵を壊せばどうだろうか?

執事が施錠する際に気づかないような壊し方をすれば行けるかもしれない。

残念ながら私に鍵の知識はないが、今はやれそうなことからやるべきだ。

強く生きなければ。

私はモリモリとパンを食べて腹ごしらえをした。

ローレはちまちまとゆっくり食べていた。

 

 

 



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第7話 脱出

その夜、私は再び階段下の物置へ閉じ込められた。

執事が去っていったのを見計らって、私はドアノブを調べ始めた。

内側から無理矢理こじ開けられるようにはできていない。

が、閉じ込められる前にチラッと見た時、蝶番が釘状の棒を上から差し込んだだけの簡単に外せる作りであることは確認した。

あとは外開きのドアの内側から、どうやって蝶番を外すかだ。

もう一度物置にあるものを調べるため、私はろうそくに火をつけた。

物置にあったものは、シーツと枕、掃除道具の箒3本、ろうそく2本、マッチ箱にマッチ6本、脚の折れたタンス、ヒビの入った壺。

私はタンスに注目した。

タンスの角には金属の装飾が施されている。

かなり薄いので、これを延ばせばドアの隙間を通りそうだ。

私は壺をシーツに包んで、あまり大きな音が出ないように慎重に床へ落とした。

篭った音と共に、壺は割れた。

壺の丁度良い破片を拾い上げ、私はタンスの金属の隙間へゴリゴリと入れ始めた。

かなり古い家具らしく、徐々にタンスと金属の間に隙間が出来ていく。

 

(あと少し…!)

 

気持ちがはやり、私はつい力を入れすぎてしまった。

ポンと金属が外れたのは良かったが、右手に持っていた壺の破片が勢い余って、タンスを押さえていた左手の甲をザクッと掠めた。

 

「っ…!!」

 

鋭い痛みと共に、血が流れた。

結構深く抉ってしまったらしい。

ギザギザに裂けた傷口は、見なければ良かったと後悔するほどグロテスクだ。

一瞬、傷口の中が蠢いているように見えた。

何か虫のようなものがクネクネと私の皮膚の下に潜んでいるように見えて、ゾッとした。

しかし、もう一度見てみても虫はいなかった。

(きっとろうそくの火が揺れて錯覚したんだ)

 

私は嫌な考えを振りほどき、シーツを破いて手の甲に巻いた。

その後は難なく計画が進んだ。

タンスを倒して平たい面の下に、外した金具を敷き、上から体重をかけると、ある程度平らな金属ができた。

これをドアの隙間に差し込み、蝶番の釘に引っ掛ける。

多少錆びていて外しにくかったが、釘が抜けるのにさほど時間はかからなかった。

私は音を立てないようにゆっくりと、外れたドアを押して外に出た。

2ほんの釘をタンスの中にしまい、ドアをまた元の位置に戻す。

じっくりと見ないと、釘が抜けているのはわからない。

私は忍び足で裏口へ向かう。

まずやるべきことは、川の場所を探すこと。

手がかりはある。

塀沿いに作られていた側溝は、ある地点で塀の外へと続いていた。

塀は大人なら頑張れば越えられる高さだ。

私は井戸のあった角を思い出し、そちらへ向かう。

井戸のつるべによじ登ると、少しギシギシと軋む音がしたが、そのまま塀の上へ乗り移ることができた。

塀から外へ着地する時、少し足首をひねったが、自由の代償としては軽いものだ。

私は外へと続く側溝を見つけ、それが目の前の森から少し外れた広野へと向かっていることを確認し、辿り始めた。



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第8話 案山子

溝は途中で地面へと潜っていた。

周囲には直方体に切った石や木材が積み上げられている。

どのやら下水道の工事をしている途中のようだ。

危なかった、もし工事がもう少し進んでいて、屋敷の側溝まで埋め込まれていたら川を探すのは困難だったかもしれない。

幸い、工事が完了した後の地面はまだ新しく、辿って行くのは簡単そうだ。

月明かりを頼りに歩いていくと、丘に辿り着いた。

丘の頂上には何か奇妙なものが立っている。

近づいてみてギョッとした。

それはいわゆる案山子であった。

ただし、普通の案山子と違って、頭の部分は人間の頭蓋骨だった。

まだ血や肉片がわずかにこびりついたそれは作り物には見えない。

まるで十字架にかけられたようなもの姿勢で、骨が磔にされていた。

よく見ると、ボロボロになった衣服は、私が着ているものと同じだった。

 

(逃亡者の末路というわけだ)

 

私は怖気づく自分を奮い立たせ、案山子の傍を通り過ぎようとした。

と、何かが変化した。

案山子を通過した瞬間、何かがプツリと切れたような気がした。

まるで張り詰めていた糸が、私の通過によってゴールテープのように切られたような…

私は思わず振り返ってしまった。

そして、すぐに後悔した。

振り返ることに時間など費やすべきではなかった。

全速力で走り出すべきだった。

 

案山子がこちらを向いていた。

生前なら不可能だったであろう角度で首を回し、すでに何も見ることのできないはずの眼窩をまっすぐこちらに向けていた。

そして、

 

「カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ」

 

けたたましい音を立て始めた。

顎の骨を上下に動かして、歯と歯を鳴らしているのだ。

それは静まり返った広野に、驚くほど大きく反響した。

恐ろしい光景だった。

死者が私の足掻きを嘲笑っているかのようだった。

頭蓋骨は一向に鳴り止まない。

そう、これはまるで…

 

「警報だッ…‼︎」

 

気づいた時には遅かった。屋敷の方角から無数の声が聞こえ始めていた。

いや、ただの声ではない。

人間の発する言語ではない。

犬だ。

犬のがなり立てるような吠え声が私を追って来るのだ。

私はもう我を忘れて丘の向こうへ走り出していた。

人間ならまだ良い、森に身を隠すことさえ出来れば見つからない可能性はある。

だが、犬はダメだ。

私は昨日から着の身着のままで風呂に入っていないため、体臭が強くなっているだろう。

おまけに、さっき怪我をした左手の甲は、巻いた布に血が滲んで垂れ始めている。

これらの匂いの痕跡を逃す犬はいまい。

下手をすれば食い殺されてしまう。

 

(そうか、あの案山子もきっと食い残しなんだ…!)

 

なおも後方で歯を鳴らし続ける死者のことを考えて、私は血の気が引いた。

しかし、とにかく走らなければ、私も案山子と同じ運命だ。

諦めてなるものか。

段々と吠え声が近くなっているのを感じながら、私は下水道の工事跡に沿って丘を下り、森の中へと駆け込んだ。

 

 



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第9話 餓狼

森の中は下水道工事の跡に沿って切り拓かれていた。

木の多い場所に逃げ込むのが得策かもしれないが、不幸にも私はこの森の地理に詳しくないので、とにかく工事跡に沿って全力疾走した。

犬の吠え声は近づいてきているだけでなく、徐々にその数を増しているような気がした。

最初は背後から聞こえていたものが、やがて左右後方へと散らばって行く。

回り込んで退路を断つつもりだろう。

諦めたわけではないが、このままでは逃げ切ることは難しい。

私はどこか登りやすい気はないかと辺りを見回しながら走った。

しかし、どの木も犬に追いつかれずに登るのは難しそうだ。

よく見ると剪定された木もある。

考えてみれば、こんなに人気のない土地で奴隷が逃げ出すことを考慮しないわけがないのだ。

この下水道だっておかしな作りだ。

なぜ屋敷から出た側溝が丘の上へと続く?

なぜ畑もないのに、工事跡の傍に案山子など立っていた?

しかもあんな…おかしな仕掛けまで。

この森も含めた一帯が、あの屋敷の支配下にあるのだ。

奴隷が逃げ出しても、逃げるルートは無意識に人工物を辿ってしまうように誘導されていたとしたら?

私が今走っている石造りのトンネルの上は、ネズミの実験に使う配管と同じだ。

人生の中でこんなに走ったのは初めてだ。

私の足は限界に達していた。

わずかな石の段差につまずき、顔面をトンネルの表面に叩きつけられた。

顔がずり向けたのが痛みでわかる。

それでも立ち上がろうとしたが、ダメだった。

まず最初に追いついた1匹が私の背中に飛びつき、首の後ろへ噛みつきにかかった。

振り払おうと体を振り回したが、服の袖を別の2匹に引っ張られてよろめく。

すかさず他の数匹が我先に飛びかかり、私は完全に倒れた。

容赦なく手足に噛み付かれ、四方へ乱暴に引っ張られる。

私は観念して目を閉じていたが、顔面に噛み付かれて痛みのあまり叫び声を上げた。

もはや左手の甲の傷など数に入らないほど、瞬く間に私の体はボロ雑巾のように弄ばれた。

皮膚が引き裂かれ、牙が骨まで達してメキメキと音を立てているのが伝わってくる。

もうお終いだ。

私は朦朧とする意識の中で目を開いて、

 

(ああ、勝てるわけがない)

 

と思った。

こいつらは犬ではない、狼だ。

私の大人の男の腕よりはるかに強靭な脚、人間の頭すら易々と咥えられる大きな顎。

犬などよりはるかに狩りの上手い生き物だ。

右手首が食い千切られるのがわかった。

柄にもなく無茶をするからこんな目に合うのだ。

臆病者らしく、奴隷に甘んじていれば良かった。

私は死を覚悟した。

 

だが、最初に死んだのは私ではなく、私の左手に噛みついていた一頭だった。

 

「…え?」

 

狼は、私の左手に喰い殺されていた。

 



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第10話 覚醒

グロ注意です。


私の左手はとんでもないことになっていた。

あの手の甲の傷が、腕全体に広がったとでもいうべきか。

通常なら見ただけで失神しそうなほど、グロテスクな口がぱっくりと開いていた。

そう、口だ。

比喩ではなく、傷の縁にはびっしりと歯が生えていた。

狼どもよりもさらに鋭い乱杭歯である。

 

「何だこれはっ…!?」

 

我が腕ながら実に醜悪で気持ち悪い。

口からは無数の糸状のものが伸びて、左腕に食らいついていた狼の鼻先に巻きついている。

糸は赤く、神経とか血管がそのまま飛び出たかのようだ。

だが、かなりの強度を持っているらしく、私の意思と無関係に狼をギリギリと締め上げていく。

周囲の狼どもも異常に気づき、威嚇しながら私から離れた。

私は自分でもパニックになりかけながら、これが恐らく神様の力とやらなのだろうと思った。

締め上げられた狼は既に動かなくなっていたが、糸(というより触手と呼ぶべきか)はなおも引っ張るのを止めず、とうとうグシャリと嫌な音を立てて狼の頭が潰れた。

飛び出した目玉がダラリと垂れ下がり、血と脳漿の混ざった体液が滴り落ちた。

 

「うっ…!」

 

私は吐き気を催して目を逸らしたが、次に左腕が取った行動はさらにおぞましいものだった。

 

バキッ、ボキッ。

 

腕を伝わる骨の折れるような振動に、恐る恐る目を向けると、なんと私の左腕が、殺した狼を吞み込もうとしていた。

触手はカメレオンの舌のように傷口へと引き込まれて、狼の潰れた頭が乱杭歯によって噛み砕かれていた。

 

「な、何をやってるんだっ…⁉︎」

 

左腕はもはや私の制御を離れて、別の生き物のように勝手に捕食していた。

大蛇が獲物を呑み込むが如く、狼の胴体まで食らいつくそうとしている。

だが、周囲の狼も黙ってはいなかった。

痺れを切らしたように私の千切れかけた右腕へと群がる。

 

「うわ、ちょっと待て!!」

 

私は痛みしかない右腕を無理矢理上げて顔を庇った。

瞬間、右腕に襲いかかった3匹の動きが急に止まった。

私の千切れた手首や、突き出した骨の中から、またもや触手が出現し、3匹を捕らえたのだ。

そして、3匹の首を勢いつけて回した。

ベーゴマを見たことがあるだろうか。

紐を渦状に巻きつけて、その紐を引く勢いでコマを回転させる玩具だ。

狼どもの首も同じように、巻きついた触手の引っ張るエネルギーによって360度以上回転した。

3匹は鳴き声を上げる間もなく、首をぶら下げて絶命した。

他の狼どもは恐慌状態に陥っていた。

無抵抗に喰い殺されるはずの獲物が、突然訳のわからない怪力を使って4匹も同胞の命を奪ったのだから無理もない。

 

「もう少しカッコいい能力が欲しかったんですけどね、神様」

 

私の心には、能力を覚醒したことにより「生き残るための活力」が再び宿り始めていた。



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第11話 追走

私は暴力が嫌いだ。

振るわれるのは痛いし、振るうのは自分が酷く単純な生き物になったようで不愉快な気分になる。

人間ならば、言葉が通じるならば、言葉で解決できるはずだ。

だが、母は私にこうも言った。

 

「強く生きなさいアキヒコ。どんな目に合っても、生きることに全力を注ぎなさい。そうすれば活路は開けるわ」

 

他人に貶められても、地を這いずっても、「生きる」という強さを持つこと。

だから私は他者にへり下ることを躊躇しなかった。

暴力に屈しないことが道徳的に正義なのだとしても、立ち向かって勝てない戦いは無駄だ。

それが私の選んだ生き残るための道だ。

道だった。

 

「だがしかし、暴力に立ち向かう『力』があるのなら話は別だ」

 

私はゆっくりと立ち上がり、狼どもを睨んだ。

左腕は1匹を、右腕は3匹をあっという間に平らげた。

それと同時に、治癒不可能かと思われた右手首や皮膚が治り始めた。

とはいえ、全身の傷は完全には消えておらず、その全てが両腕と同じような変異を見せていた。

つまり、私は今、全身に口を持つ怪人と化しているのだ。

正直に言って、元の世界の日常でこんな目に合ったらもっとパニックになって、狂気に蝕まれていたかもしれない。

しかし、この未知の異世界で、今まさに理不尽な暴力に晒されている私にとって、この冒涜的な怪力は唯一の頼もしい味方に思えるのだ。

 

「あんまり良い見た目じゃないかもしれないが、命が助かるなら安いもの!」

 

私は、狼の群れに手を伸ばすイメージで勢いよく左手を突き出した。

予想通り、傷口から触手が伸びた。

先頭にいた1匹を捕らえてこちらへ引っ張る。

狼は怯えたような鳴き声を上げたが、散々いたぶられた私に容赦する気持ちは毛頭なかった。

とうとう恐怖に負けた他の群れは、自分達が来た方向へと逃げ出した。

 

「逃がすか!」

 

私は捕らえた1匹を縊り殺すと、足に力をいれた。

足の傷口から出現した触手は束になり、足を包むバネのような螺旋状の形態になった。

私が力任せに地面を蹴ると、信じられないほどの跳躍をして、群れの最後尾に追いついた。

だが、勢いが強すぎたらしく、そのまま群れに頭から突っ込んでしまった。

私が頭を打ってフラフラしている間、群れは散り散りになった。

衝突した勢いで1匹が死んだが、まだ群れは10数匹以上生き残っている。

とりあえず目に見えた群れへ腕を伸ばしたが、触手は狼には届かず、私と群れの間に生えていた木に絡みついた。

 

(そうか、コイツは伸ばす方向はコントロールできるけど、もっとも近くにある物に本能的に絡みつくんだ…!)

 

木から引き剥がそうもしても思い通りにならない。

逆に木の方がメキメキと折れ始めた。

このままでは群れが逃げ帰ってしまう。

あの狼どもは、骸骨の警報を聴いて屋敷の方から出現した。

それはつまり、あの屋敷で飼われている番犬ということなのだ。

奴隷を殺した形跡もなく、数匹足りない群れがパニック状態で屋敷に戻れば、私の生存がバレてしまう。

そうなればすぐに別の追っ手が出されるだろうし、屋敷にいるローレの身も危ない。

絶対に狼を生きて帰す訳にはいかない。

追われる身から追う側に逆転した私だが、不利な状況にいることは変わらなかった。

 



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第12話 咆哮

「言うことを聞けよ、このっ!」

 

私は力任せに触手を引っ張った。

だが、触手は木から離れず、逆に巻き付いていた木が地面から抜ける結果となった。

木を丸々一本持ち上げるなど、どこからこんなパワーが出ているのだろう。

先程捕食した4匹の狼も、骨も残さず傷口に呑み込まれたのに、私の腕が太ったりはしていない。

明らかに物理法則を無視した力だった。

触手はなかなか思い通りにコントロールするのは難しかった。

しかし、方向を決めれば自動的に伸び、最も近くにある物を捕獲すること、そして腕を引けば締め上げ、伸ばせば緩めることが判明した。

なので、今持ち上げている樹木を離し、かつ狼どもの逃亡を阻止する方法は、私の思いつく限り一つしかなかった。

 

「こうすれば良いんだろう!」

 

私は足に巻きついたバネで上へ跳躍した。

狼の群れの位置を俯瞰して確認するためである。

既に100メートルほど私から距離が開いているのが見えた。

まだ力加減を完全に把握したわけではなかったが、おおよその加減で木を持った左腕を、ボールを投げるように群れの方向へ降った。

予想通り、触手は伸びると同時に木を離し、木は触手の怪力で一気に100メートル以上飛んでいった。

狼の群れの先頭にいた不運な3匹は、幹の下敷きとなった。

残りの群れは突然降ってきた障害物に、勢い余って後から後から衝突した。

そうした一瞬の足止めの間に、バネで加速して群れに追いついた。

しかし、触手が群れに届く前に私目がけて何かが飛んできた。

私の感覚が、力の覚醒によって多少鋭くなっていたのだろうか、反射的にそれを避けた。

 

「」

 

狼と倒木の向こうに立っていたのは、なんと私を殴って捕まえた、あの馬車の男であった。

振り向くと、さっき投げられたのは所謂トマホークと呼ばれる斧の一種に似た武器で、それが背後の木の幹に刺さっていた。

 

(まずい、人に見つかった…)

 

この男は善人ではないが、人間である以上、命を奪うのは躊躇われた。

私はトマホークを右手の触手で引き抜き、男に見えるようにグッと腕を曲げてみせた。

トマホークは触手によって、柄も刃も粉々になった。

これでこちらの実力が伝わったはずだ。

しかし、男は少し驚いた表情を見せたものの、すぐにニヤリと笑った。

 

(なんだ?笑うところじゃないだろ)

 

私は嫌な予感がした。

狼たちは男の背後に隠れるようにして震えている。

人間より強いはずの狼の群れが、こんな風に人間に頼るものだろうか?

例え飼育されていたとしても、こんな化け物のような存在を前に主人の背後に隠れるような生き物だろうか?

 

「」

 

男は何事か呟くと、空を見上げた。

そして

 

「ウオオオオオオオオオォォォォォォォォォンンン………!」

 

突然、空気が震えた。

身の毛もよだつような咆哮を、男は上げた。

およそ人間の出せる声量ではない。

狼の遠吠えのそれだった。

間もなく、男の肉体に異変が起き始めた。

まるで植物の成長記録を何倍もの速度で再生するように、全身が巨大化していく。

着ていた服は、その成長に耐えきれずにはち切れた。

日焼けした肌は、ゴワゴワとした灰色の毛に覆われていく。

鼻と口は前に伸び、耳は尖った。

手足の先には鋭く大きな爪が伸びていく。

そして、茶色だった瞳は、まるで満月のように爛々と光る金色に変じた。

 

狼どもが隠れるわけである。

この男は紛れもなく、狼人間、あるいは人狼と呼ばれる化け物だった。

 

 

 

 



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第13話 死という名の鈍痛

人狼は唸り声を上げながら、私に一歩近づいた。

狼どもは、私が投げた倒木の向こう側から見守っている。

私は人狼との距離を測りかねていた。

さっきの狼とは体格が全く違うため、おいそれと攻撃に移ることができなかった。

狼の場合、どう向かってきても鼻先がこちらを向いているので、正面から絡め取ることができる。

しかし、この人狼は二足歩行で、体躯は私の2倍ほどあるのだ。

頭を狙おうとしても腕の長さを見る限り対処されてしまうだろう。

ここは距離を取りながら、怪力を使って何か投擲すべきか

「グォォッ!」

 

「⁉︎」

 

何が起きたかわからなかった。

私はいつの間にか人狼からかなりの距離を離れていた。

いや、自分の意思で離れたのではなく、ものすごい力で後ろへ吹っ飛ばされたのだ。

それに気がついた時には全身の感覚が麻痺していた。

わかるのは何か熱いものが全身を包んでいること。

確かめようにも身体が動かせない。

ただ遠くにいる人狼を見るしかなかった。

人狼は右腕を左上に伸ばしていた。

まるで腕を右下から左上へ大きく振り抜いた後のような姿勢だった。

掲げられた右手の先の爪から赤い液体が滴り落ちている。

何かを握っている。

 

(あれは………肉か…?)

 

何か肉の塊を掴んでいるのだ。

新鮮な肉から血がビチャビチャと溢れている。

いくら鈍い私の頭でも、この状況がどういうことなのか理解できた。

つまり、人狼は私が反応するよりも速く踏み込み、私を攻撃したのだ。

足に触手のバネをつけただけの、付け焼き刃な加速とは訳が違う。

狼の運動神経と、人間の合理的な加速方法の合わせ技だ。

首が動かせるようになったので恐る恐る身体を見下ろした。

ない。

私の腹がなかった。

鳩尾から下がゴッソリと失われ、イカの塩辛のようなヌルヌルした腹わたが見えた。

私が息を飲むと、その動きに合わせてビクリと脈打った。

苦しい。

息が苦しかった。

多分肺も機能を失っているのだろう。

呼吸をしようとするたびに、胸の下からヒューヒューと空気の抜ける音がした。

人間の身体もやはり物体なのだ。

風通しが良くなれば、そこに出来た空間の形によって空気の通る音がする。

人間楽器と化した私は、後から襲ってきた未知の痛みに感覚が追いついた。

腕がちぎれかけたとか、そういう痛みではない。

末梢神経が受けた刺激による痛みなら、もっと鋭い。

だが今感じているのは、命を喪失する恐怖だった。

生きるために必要なものが身体から無くなってしまったことによる命の危機。

鈍い痛みしか感じないことがその事実を一層引き立てている。

身体が警告を発することを諦めてしまった絶望感。

 

(このままでは、死ぬ。)

 

そう直感的に理解していた。

これを解決する方法が、思いつかない。

頭に行く血が激減したからだろうか。

全身を包む熱いものとは、すなわち私自身の血だったようだ。

意識が遠のいて行く。

 

「せっかく目ぇ覚ましたのに、もう死んだまうん?」



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第14話 新しい生命

気がつくと、私はまた神様の世界にいた。

相変わらず不快な景色だが、今の自分も似たようなものなので我慢するしかあるまい。

目の前にはヨミが立っている。

 

「私は死にましたか?」

「まだ生きとるよ、ギリギリな」

「意識を失うとここへ戻るんですかね?」

「せやなー、ここは肉体の世界やのうて霊体の異界やさかい、肉体が起きてへん時にだけ来ることができるんや」

「よくわかりませんが、今気を失ってるっていうのは相当危ない状況では?」

「そうとも限らへんよ」

 

ヨミは倒れている私の頭の近くへしゃがみ込んだ。

 

「アンタはこの2日間、よう頑張った。ご褒美にな、二つ目の力を教えてあげよ思てな」

「二つ目の力…!」

 

私は起き上がろうとしたが、額をそっとヨミの手に抑えられて動けなくなった。

 

「そのまま聞いた方が楽やで、ウチの力でも動けんくらい弱っとるんやからな。ええか?まずアンタの一つ目の力はな、神様の手足の一部を現実世界に顕したもんや。ここにおる神様は名前も顔もない。本来なら大地を統べるはずやったけど、生まれた時に遠くの異界へ流されて忘れ去られた神様や。せやけど大地の神としての力はまだ持っとる。その一部をアンタに授けた訳やな。神様の手足は大地を割き、全てを飲み込んで栄養にする。アンタの肉体でも同じことが起きた訳や、ここまでわかるか?」

「…なんとなく理解できました。なぜ傷口が狼を喰らったのか、あれは大地の裂け目ということだったんですね。しかし、私の肉体は本物の大地ではありません。飲み込んだものはどこへ行ったんでしょうか?」

「ええ質問や、大地が飲み込んだ生命は土に還り、また別の生命の糧になる。アンタの肉体に取り込まれた生命も、同じように新しい生命の栄養になるんや。今アンタは死にかけやけど、さっき5匹の狼を飲み込んだな?アンタの中には今5つの命がある訳やさかい、アンタはその生命力を使って蘇ることができるゆうことや」

 

得心がいった。

狼を喰らった時、私の身体の傷がわずかに治癒したのは、喰った分だけ生命力を得たからだったのだ。

しかし、いくら回復したところで、あの人狼に勝つことができるのだろうか?

 

「奴のスピードは躱せません。あの攻撃を何度も食らったら、そのうち生命力がなくなってしまいますよ」

「せや、そこで二つ目の力が使えるんや」

 

ヨミは突然、私の腹を人差し指で、つぅ、と撫でた。

 

「逞しい腹筋やなぁ、この中には何が詰まっとるんやろな?」

「そ、そりゃあ内臓でしょう、さっき抉り取られましたけど」

「ホンマにそうやろか?自分の腹かっ捌いて覗き込んだこともないのに、何で内臓が詰まってるなんてわかるん?」

「だって…私は人間だから…人間の腹には………」

 

何故だろう、急にまた意識が遠くなっていく。

いや、この場合目覚めようとしているのか?

 

「アンタが人間やなんて誰が言うたん?腕から足からあんなにニョロニョロ別の生命が出てきたのに。何で手足は怪物やのに、内臓は人間のものて思うんや?」

「私は………私は………」

 

ヨミはそっと私の瞼を手のひらで閉じた。

母に撫でられた時の温かさに似て、眠気をさらに誘う。

 

「心配せんでええ、アイツの速さに追いつく必要はない。アンタの中の生命が、もうアイツを捕らえとる」

 

私は再び、混濁した意識の底へと落ちて行った。

 

 



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第15話 異端の奴隷

※このエピソードは人狼視点で進行します。


どうなっていやがるんだ。

俺は確かに奴の腹わたを引き裂いた。

奴は俺のスピードに反応することも出来ず、吹っ飛んだ。

それで終わりのはずだった。

抉り取った奴の腹が、右手の中で突然活発になったかと思うと、腸や血管があっという間に巻きついてきやがった。

それはまるで頑丈な縄みたいに俺の右手をぐるぐる巻きにして締め付けてきた。

締め付ける力は段々と強くなって、人間よりはるかに頑丈な俺の腕は鬱血している。

俺はまず左手で引き剥がそうとした。

ところが左手を近づけると、巻きついていた内臓の一部がすかさず左手にも伸びようとする。

下手に触って両腕とも巻き取られちゃあマズい。

俺は次に爪を目一杯伸ばして引き裂こうとした。

分厚い鉄の鎧すら簡単に切断できる爪だ。

当然、内臓はボロボロと千切れて地面に落ちた。

しかし、落ちた肉片はまるで蛭みたいに這って、俺の足にくっついてきた。

細かくなった分、大量の肉片が次々と俺の足をよじ登ってくる。

 

「く、来るな!」

 

俺は焦って左手でそれらを払いのけようとした。

それがマズかった。

肉片の蛭は払いのけた左手に瞬時に吸い付き、血を吸い始めた。

そんなことをしているうちに、とうとう右手が耐えられなくなり、

 

ボキッ

「ぐあああああああああっっっ!!」

 

俺は痛みでみっともなく叫び声を上げた。

未だかつて、こんなダメージを受けたことはない。

人間は脆い。

俺たち人狼や、国王の前では無力に等しい種族だ。

だから支配し、搾取し、嬲り殺しにするのが楽しかった。

ちょっとばかり強い個体との殺し合いも余興に過ぎなかった。

しかし、今俺は見たことのない力を使う奴にダメージを受けている。

昨日の昼間、ルクラド城の近くで捕まえた奴隷だ。

人間の分際でヘラヘラと手を上げて近づいてきたから、頭に一発お見舞いしてやった。

そいつが南東の境界を越えたから、子分を向かわせて餌にしてやろうと思った。

しかし、妙な胸騒ぎがするから様子を見に来てみれば、この有様だ。

奴は異端の人間だ、そうに違いない。

連中にとっても忌み嫌うべき邪教の力を使っていやがるんだ。

調子に乗りやがって。

人間ごときが、俺たち霊獣族に楯突こうなど。

 

奴は起き上がっていた。

フラフラだが、抉り取ったはずの腹はほとんど元通りになり、死んだ魚のような目でこちらを見ていた。

気味が悪い。

人間は俺たちを見て怯えていればいいんだ。

そんなよくわからない目を向けるな。

そのふざけた目玉抉り取って、ついでに脳みそを引きずり出してやる。

こいつはここで殺しておかないとダメだ。

そう思うが早いか、俺は疾走した。

瞬きする間もなく、奴の目の前に立つ。

 

「くたばれ異端がぁーっ!!」

 

左腕を振り上げた。

しかし、俺の腕は振り下ろされなかった。

永遠に。

それどころか、俺の意識はそこで止まった。

永遠に。



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第16話 作戦変更

※ここから再びアキヒコ視点に戻ります。


人狼を喰った後、奴の記憶が私の中に流れ込んで来た。

どうやら、言語を持つ生命を喰らうと、その知識も私のものになるらしい。

最後に奴は、私の頭を左手で抉ろうとしたようだが、何が起きたかもわからないうちに事切れた。

ヨミの言った通り、奴のスピードは私の第二の力を使えば簡単に攻略できた。

人狼が抉り取った私の内臓は、独立した生物へと変化したのだ。

それは切り離せば切り離すほど、別々の個体になって獲物を求める。

奴の左腕に吸い付いた肉片は、蛭のように痛みを感じさせない物質を流し込み、身体の内部へと素早く入り込んだ。

奴がどんなに速かろうと、体内から食い破られれば確実にダメージを受けるわけだ。

奴が右手の痛みに気を取られている時、蛭は既に脳に辿り着く直前だったのだろう。

加速して私に攻撃を仕掛ける手前で、奴は脳を喰われて絶命した。

私は両腕の触手で網を作り、突っ込んで来た奴の身体をキャッチするだけで良かった。

 

「あんたの気持ちになって考えると、全くゾッとする力だよ」

 

私は既に私の両腕に飲み込まれた敵に少しだけ憐れみを感じた。

倒木の方を振り向くと、狼達が一目散に逃げていた。

 

「もっと速く逃げれば良かったのにな」

 

私は1匹も逃さず飲み込んだ。

 

さて、これだけの生命を飲み込んでも全く満腹になるわけではないようだ。

この力は食事ではなく、あくまで栄養補給と増殖が主目的なのだろう。

とはいえ、かなり使い道のある能力だということはわかった。

回復、増殖に加えて、知的生命体からの情報取得ができるのだ。

今、私の頭には人狼が死ぬ間際に思い出していた記憶と思考がインプットされている。

それも、はっきりと彼らの言語として。

人狼の脳を取り込んだことで、私は『言葉が通じない』という問題を一つ解消できた。

試しに発声してみる。

 

「あー、俺はトダ・アキヒコ。よろしく頼む」

 

少々粗野な口調なのは、あの人狼の語彙力だからだろう。

しかし、意味が理解でき、発音も普通に可能なのは大きな前進だった。

私は、当初の目的だった川の探索を中止して、屋敷へ戻ることにした。

人狼の記憶は細部や過去に遡って思い出すことはできない。

死ぬ直前の思考と記憶だけだ。

奴は重要なキーワードをいくつか思い出してくれた。

まず、あの屋敷の名前はルクラド城で、やはり奴隷を囲っておくための場所のようだ。

そして、人狼を含めた、おそらく屋敷の執事服やメイドなどは、人間ではなく霊獣族という異種族で、この世界の生態系の実質的なトップに立ち、人間を奴隷として支配している。

私が境界を越えたというのは、あの髑髏の案山子のことだろう。

私の生死に関係なく、ルクラド城には既に私の脱走が感知されていると考えるべきだ。

そうなると、ローレの身が危ない。

もはや暴力が嫌いとか言っている場合ではない。

こうなったら、この能力でローレを連れて脱走を強行するしかないだろう。

私は急いでルクラド城の方へと引き返した。

 



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第17話 井戸の底の波紋

ルクラド城には灯が点っていた。

屋敷の住人達が起き出したのだろう。

私は正面から向かわずに、屋敷の裏へ回った。

昼間は塀の中にいたので気づかなかったが、屋敷の裏手には墓地があった。

西洋の墓石とも違った、見たことのない形の墓だが、一見して墓であることはわかる。

人狼の知識のお陰で文字が読めた。

 

“イリザ・マス・ルクラド 1793-1809 肉体からの解放こそ真の始まりなり”

 

(随分早死にだったんだな)

 

他の墓石も見てみたが、どれも名字はルクラドとなっていた。

この屋敷を所有する一族なのだろう。

しかし、屋敷の主人らしき人物は見かけたことがない。

いるのは召使いばかりである。

私は触手で塀を容易に乗り越え、音を立てないよう慎重に草むらを進んだ。

屋敷の表から声がする。

よく聞き取れないが、裏手はまだ警戒されていないようだ。

私は脱走の時に使った井戸のところまで来て身を隠す。

何とか大勢に見つからないようにローレを連れ出せないものか。

ローレがどの階にいるのかもわかっていないのは失敗だった。

井戸からはギリギリで表の灯が見える。

耳を澄ますと、どうも馬の息遣いも聞こえる。

御者はもう死んだのだが、馬車を用意しているらしい。

 

「奴が戻って来る前に移動するぞ、奴は同じ奴隷として助けに来るはずだからな」

「何でわかる」

「さあな、リンセン様のご命令だ。とにかく別の場所へ移す。行き先はここだ」

「………よし、わかった」

 

わずかに聴こえてきた会話で、私は悟った。

馬車に乗せられているのはローレだ。

私が脱走したことで、人質のような扱いを受けているのだ。

一刻も早く助けなければならない。

あの馬車が屋敷を出たらこっそりと跡をつけよう。

私は井戸に手をかけて身を乗り出した。

その時である。

 

ピチャッ

 

「ん?」

 

井戸に水音が響いた。

何かが水に跳ねる音だ。

井戸を覗くと、確かに5メートルほど下の水面に波紋ができていた。

真っ暗でよく見えないが、わずかな光の反射が波紋でゆらゆらと揺れていた。

私が手をかけた時に小石でも落ちたのだろうか?

気を取り直して、塀を乗り越えるために井戸へ足を乗せた。

次の瞬間、

 

バシャァッ

 

「なに⁉︎」

 

井戸から、何かが飛び出した。

それは私の足をがっしりと掴むと、そのまま井戸へ引きずり込んだ。

突然の出来事に、受け身すら取らなかった私は、井戸の縁へ頭をぶつけた。

目の前が真っ白になるような感覚と、遅れて痛みが走る。

しかし、痛みを感じた時には既に、私の顔は水中にあった。

鼻に大量の水が入り、咳き込むが、吸う空気がないのでそのまま肺に水が流れ込む。

意識を失いかけながら、私は右手を上へ伸ばした。



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第18話 地下空間

右手を伸ばす、その動作に連動して右腕の傷口から触手が飛び出す。

飛び出した触手は、最も身近にある物体を捕らえようとする。

井戸の中において、それは石造りの壁面であった。

触手は最初、凹凸の少ない壁面に上手く掴まれなかったが、粘性の液体を分泌することでしっかりと張り付いた。

私は右手を思い切り引っ張る。

触手の怪力により、体が水から引きずり出された。

 

「ゴホッゲホッ!!」

 

水を吐いて咳き込みながら、私は必死に左手も伸ばした。

右手と同じ要領で触手による壁登りを繰り返す。

何度か落ちかけたが、とにかく井戸から出ることだけを考えて登り続けた。

すると、井戸の途中に妙な穴が空いているのを見つけた。

しゃがめば大人が一人楽に入れそうな穴だ。

昼間、井戸を使った時には気づかなかったが、相当奥まで続いている。

僅かだが風も通っている。

 

(このまま上に出て見つかる危険を冒すか、この穴に入って私を引きずり込んだ奴と戦う危険を冒すか…どちらにしろ危険には変わりない)

 

私はその穴へ入った。

穴の中もやはり石造りで、何故かボンヤリと明るく、進むのにそれほど苦労はない。

よく見ると、上下左右どこにでも、点々と光るものがくっ付いている。

触ってみるとぬるりと湿っていた。

苔の一種だろうか?

とにかく奥までどんどん進んだ。

時折、背後を振り返ったが、何かが追いかけてくる気配はない。

しかし、こんな風に人工的なトンネルということは、ここも敵陣の中であることには違いない。

前も後ろも注意しながら進んでいく。

方向からして、おそらくルクラド城の地下に向かっているはずだ。

普通は人が入らない井戸のような場所にあったのは、いざという時の避難通路か、あるいは何か隠さなければならないものに通じる道か。

やがて前方に四角い光が見えてきた。

しゃがんだ体勢ももう少しで終わりだ。

出口に辿り着くと、そこは予想以上に広大な空間だった。

巨大な円筒状の空間である。

私が顔を出した出口はそこで道が終わっており、円筒状の内部の壁面に作られていた。

この空間もやはり光る苔が壁面に生えており、ボンヤリとその様相を浮かび上がらせていた。

下を見ると、底までおそらく20メートルはあるだろうという、途中に足場も何もない絶壁であった。

上はというと、こちらもやはり頂上まで20メートルほどの壁である。

円筒状の空間の直径はよくわからないが、感覚としてはルクラド城の屋敷の面積にすっぽり入るくらいだと思われる。

空間の中央には、太い金属のパイプのようなものが上から下へと伸びており、底よりも少し高いところで口を開けていた。

パイプの口の下には、おそらくパイプから排出されたのだろう何かが山を作っている。

さながらゴミ処理場といった雰囲気だ。

 

(一体何を捨てていたんだ?)

 

私は触手を出口の縁に引っかけて、壁を降り始めた。



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第19話 道を示す者

ところで、この触手がどれくらい伸びるのか、私はこの地下空間に入り込んで漸く知ることになった。

勢いをつけた時は約7メートル、ぶら下がってそろそろと伸ばした時には最大約8メートルといったところだ。

これ以上はどんなに引っ張っても伸びないし、傷口まで引っ張られて痛かった。

これでは20メートル下の底へは届かないので、狼との戦いで無意識に使った足のバネ状の触手を使おうと思った。

しかしこれもまた、なかなか思うように動いてくれない。

 

「出ろ!」

 

と気合と共に足に力を入れてみたのだが、何の反応もない。

腕の触手でぶら下がりながら壁面に足をつけて踏ん張ってみると、今度はちゃんとバネが出てきた。

 

(地に足つけないと出ないんだな…)

 

摩擦で速度を落とすため、壁に触手を擦りながら飛び降りた。

足のバネのお陰で衝撃はさほど大きくなく、無事に底へ着地した。

改めて目の前にうず高く積もったものを見て、私は暗澹たる気分になった。

それは、どう見ても人の骨であった。

パイプの上にはおそらく屋敷があるのだろう。

そこから人骨が山のように捨てられているのだ。

 

(奴隷どころか、家畜以下の扱いじゃないか…)

 

中には子供らしき小さな頭蓋骨も転がっている。

もはや私が霊獣族とやらに服従する理由はない。

異界の神の『悪の王を打倒せよ』という指令は、おそらく霊獣族の王を倒せということなのだ。

それによって人間を解放し、この世界を救うというのが私の使命なのだろう。

私だって一端の社会人だ。

目の前で無辜の人々が暴力に苦しんでいるのを何も感じない訳ではないし、今の私には怪物と戦える能力もある。

今はひとまず、上に戻ってローレの乗った馬車に追いつくのが先決だろう。

邪魔する霊獣がいれば容赦はしない。

私は再びバネを使って出口へ戻ろうとした。

 

カチャッ

 

「またこのパターンか!」

 

私は右腕を構えながら振り向いた。

そこには、骸骨が立っていた。

1人?1体?なんと数えればいいのかわからないが、とにかく人間1人分の全身骨格が立っていた。

私を見ているのか、眼球も表情もない顔がじーっとこちらを向いている。

私はいつでも攻撃する準備があったが、骸骨は一向に襲ってくる気配がない。

 

カタカタカタ

 

不意に、骸骨はゆっくりと右腕を上げ、パイプの廃棄口を指差した。

そこに悪意や敵意は感じない。

ただ、何かを気づかせたくて指差した、そんな印象を受ける。

 

「俺の言葉がわかるか?俺は人間の味方だ。お前は人間の味方か?敵か?」

 

私は試しに、警戒を怠らないように右手を構えたまま話しかけてみた。

すると骸骨は、何か言いたげに口を開いたが、舌のない口からは何の音も発せられない。

最後に、右手で指差した廃棄口の方を向いて、もう一度こちらを向いた後、カラカラと崩れ落ちた。

 

(…上にあるものを見ろということか?)

 

私は、パイプの中を覗き込んだ。

真っ暗で何も見えないが、微かに風の流れを感じる。

 

(行ってみるか)

 

私は壁に沢山生えている苔を、壁の石ごと触手で剥ぎ取った。

これで多少の明かりの代わりになるだろう。

それを右手に持ち、両腕両足の触手を展開して、パイプの中へと入って行った。

 



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第20話 異臭を放つ廊下

パイプ内は思った以上に上りにくかった。

それはそうだ、角度は真上に90度で、中を上るようには作られていない。

触手の粘液なしでは到底無理だっただろう。

少しずつだが、上へ上へと進んで行く。

こんなところまで来ておいて今更だが、なぜ神様とやらは私をこの世界に飛ばしたのだろう。

どうせなら、もっとメンタルもスタミナも兼ね備えた人間を送るべきではないのか?

私は運動も勉強も苦手だし、何より普通の人より鈍くて怠惰だ。

子供の頃からずっと、周囲とのズレを感じて来た。

私がどれどけ急いで給食を食べても、気がついたら昼休みは終わっていて、周囲の嘲笑に耐えながら完食しなければならなかった。

通知簿にはいつも担任から「もっとキビキビと行動しましょう」と書かれていた。

キビキビとは何だ?

試しにテレビで見た兵隊を真似して動いてみたら、周囲から笑われた。

このように、普通の人間とは私にとっての特殊であり、私は普通の人間にとって愚鈍な存在だった。

それでも何とか働くところまで来られたのは偏に母の教育のおかげなのだが、母はいつも私を厳しく叱った後は泣いて謝っていた。

 

「あんたは特別な人間なんだよ。だから普通のひとなんかに合わせる必要はないんだ。でもね、この世界で生きるためには絶えることも武器になるんだ。ごめんね、でもあんたを世界に殺させたくないんだよ。強く生きなさい、アキヒコ」

 

本当にわからない、なぜ神様が私をえらんだのか。

ただ、正しいことと間違ったことの区別はつく。

人を殺すのは間違ったことだ。

だから、この異世界のルールを守る気はない。

必ず人殺しを止めてやる。

そうしてやっと、私は思い残すことなく元の世界へ帰ることができる。

思いを巡らせているうちに、パイプ上りも終わりが近づいてきたようだ。

なんだか少し生臭さが漂ってきた。

真っ直ぐだったパイプは、次第に傾斜をつけ始めた。

上りやすくなった分、足をつけて登って行く。

やがて、少し明るい出口に辿り着いた。

出口の周囲は、例えるなら漏斗やアリジゴクの巣のようにすり鉢状の斜面になっていた。

骨を放り捨てるのには便利な形というわけだ。

パイプの中よりは明るい空間だが、それでも広さに対して壁に取り付けられた松明の火が少なすぎるため、足元しか見えない。

しかし、暗がりにあってハッキリと見えるものがある。

骸骨だ。

普通ならもっと見えにくいはずなのに、骸骨の周りだけハッキリと視覚で認識できる。

骸骨は、パイプの出口から奥へと続く廊下の先を指差していた。

私がその方向へ歩き始めると、ボウッと霞んで骸骨は消えた。

 

(これだけ非常識な世界なんだ。今更幽霊が出てきても驚かないさ)

 

廊下の先には扉があった。

荷物の搬入口のような大きめの扉だ。

鉄格子の窓が付いている。

押してみると、廊下に軋む音を響かせながら開いた。

何があるのかわからないが、進むしかあるまい。

生臭さが強くなっているその扉の向こうへ、私は踏み入った。



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第21話 屍と偽装された壁

扉の先には、また少しだけ廊下があり、さらに進むと広間のような場所に出た。

ここも松明がいくつか備え付けられていて、広間をユラユラと照らしている。

どうも気になっていたのだが、こんの夜中に松明の火を付けたままにするだろうか?

松明に近づいてみると、目の前に確かに炎は見えるが温度は感じない。

試しに手を炎に突っ込んだが、全く熱くない。

何やら不思議な力で明かりを灯しているようだ。

霊獣に髑髏の案山子、幽霊に熱のない松明、

 

「そして、この屍の山か…」

 

広間には人間の残骸があった。

白骨ではなく、まだ肉や血が多少付着した死体だ。

それらに虫のような生物が群がっている。

大きさは大人の手のひらほどあるだろうか。

フナムシのような不気味な虫はそこら中で死体を貪っている。

虫が貪った後の骨は綺麗に白骨となっている。

そして、虫の糞が堆積し、発酵して、どうやら例の臭気を放っているのだった。

つまり、こうやって死体処理を済ませた後、さっきのパイプの中へ遺棄していたわけだ。

広間の向かって左側には大きな木製のリアカーがある。

あれで骨を運ぶのだろう。

人を人とも思わない仕打ちだ。

そもそもこの屍は、なんの為にこんな酷い姿になったのだろう?

広間の奥にはさらに通路が見える。

こちらの通路よりも2倍ほど幅の広い通路で、鉄格子の扉に錠前がつけられていた。

鉄格子なので、向こう側をみることができるのだが、真っ暗で何も見えない。

私は屍の山を迂回して鉄格子に接近した。

途端、背中を冷たいものがゾゾッと走った。

まずい。

この鉄格子の中には、人間よりも、霊獣よりも恐ろしい何かがいる。

能力の覚醒によって、私の感覚は普段よりも少し鋭くなっている。

直感というべきか、いわゆる『嫌な予感』をまるでレーダーのようにハッキリと感じるのだ。

今、ここに入れば命はないかもしれない。

私は仕方なく、広間のリアカーが置かれている方に見えた扉へ向かった。

そこは鍵がかかっておらず、容易に開いた。

中はまた一段と狭くなっており、松明以外に何もない部屋だった。

 

(待てよ)

 

よく目を凝らすと、石造りの壁の一箇所だけ、違和感を覚えた。

別に色が違うとか、凸凹があるとかではないのに、目について仕方ない。

何だかトリックアートを眺めているような感覚だ。

試しにその部分をノックしてみると、軽い音がした。

他の壁を何箇所が叩いたが、石造りらしい重い音がする。

 

(試してみるか…)

 

私は違和感のある壁を破壊してみることにした。

壁から少し離れ、左手を伸ばす。

腕の触手が壁に張り付いたのを確認し、自分に当たらないよう少し右へ身体をずらして、左手を思い切り引いた。

ガラガラと音を立てて、違和感のあった壁の部分だけ崩れた。

そこは、奥行き30㎝ほどの四角く切り取られた窪みになっていた。

そして、何やら綺麗な半透明の緑色をした、楕円形の物体があった。

 

(宝石…?)

 

私はつい油断して、その物体に右手で触った。

瞬間、不思議なことが起こった。

 

 

 



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第22話 長寿と再生の水神

緑色の宝石は、まばゆい輝きを放ったかと思うと、ひび割れて砕けた。

砕けた破片から漏れた光は次第に大きくなり、何かの形を成していく。

私は、また何かの罠かと重い、部屋のなるべく離れた場所へ退がって様子を見た。

光は、人の形に変化していた。

どんどんと実体を持ったシルエットに固まっていき、最終的に現れたのは小柄な少女だった。

緑色の綺麗な髪の毛を、ツインテールに結んでいる。

服もやはり緑色で、宝石がそのまま人間に化けたような印象だ。

少女は目を閉じたまま浮遊していたが、やがて目をゆっくりと開いて地面に足をつけた。

 

「お腹空いた」

 

第一声がそれだった。

私は気が抜けてしまって警戒を解いていた。

少なくともこの少女が邪悪な者でないことは直感でわかる。

私はとりあえず挨拶をした。

 

「俺はアキヒコ。あんたは?」

「む。無礼な人間だ。わたしに向かってそんな品のない言葉で話しかけるなど」

「すまん。多分育ちが悪いから丁寧な言葉も知らないんだ」

「多分?おかしなことを言う。己の育ちが良いか悪いかもわからないの?」

 

そりゃあ、粗野な人狼から受け継いだ語彙だから仕方ない。

 

「我が名はキーシャ。長寿と再生を司る水の女神。お前達人間の守護神としてここに顕現した。まずは馳走を捧げよ」

「馳走…」

「この肉体を保つには食べなければならない。うんと美味な馳走を用意せよ」

「あのー、女神様、そうは言っても、人間は今霊獣族の奴隷として支配されてるんだ。馳走を食べたきゃ、まず人間を解放してやってくれ」

「むむ」

 

キーシャと名乗ったその少女は、眉根を寄せて考え事をするように黙ってしまった。

目があちこちに動いて困惑しているようだ。

もし彼女が女神だとするなら、おそらくこの異世界の人間に崇められていた存在なのだろう。

その肉体を生み出した宝石が、この地下室に隠されていたということは、人間側も無抵抗でいるわけではないのかもしれない。

キーシャがどれほどの神様なのかわからないが、こうして出会ったのも何かの縁だ、頼もしい味方になってくれるかもしれない。

 

「俺は余所者だからこの国のことはよく知らない、だが、この国の人間を救いたいと思ってる。協力してくれないか?」

 

するとキーシャは突然近づいてきて、私の頰をつねってきた。

私よりも背の低い少女とは思えない強い力で思い切りつねられた。

 

「痛い!」

「不敬だぞ人間。人間に人間が救えるものか、人間を救うのはいつだってわたしの役目だ。わたしがお前に協力するのではなく、お前がわたしに忠を尽くすのだ。さすればそれが人間救済の助けとなろう」

「わ、わかった。あなたに従う…」

 

キーシャはパッと手を離してニコッと笑った。

 

「キーシャ様と呼べ。これよりこの国の無辜の民草を救いに行くぞ、従者アキヒコよ!」



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第23話 死者は無念を語る

「ところで、ここはどこなのだ?わたしは宝石を触媒に顕現したが、それ以前のことは全く感知しておらぬ」

「俺がたまたまここで宝石を見つけて、触ったらあんたが現れたんだよ」

 

私は、宝石が隠されていた窪みを指差した。

キーシャは窪みの周りに手で触れて、何かを調べ始めた。

 

「ふむ、これは人間の術だな、同じ人間にしか認識できないよう結界を張っていたようだ。もしこれがなかったら、わたしの宝石は今頃霊獣どもに破壊されていたであろう」

 

やはり隠していたのは人間側だったようだ。

ということは、やはりキーシャは人間側にとって切り札のような存在なのだろう。

 

「アキヒコ、案内せい。わたしが役目を果たすためには今の状況を知っておく必要がある。あと美味しい馳走も用意せい」

「わかった、隣の広間をまず見てもらおう。馳走は…まあなんとかする」

 

私は広間に続く扉を開けた。

そこには相変わらず臭気を放つ屍の山と虫と糞が積み重なっている。

キーシャは言葉もなく、目を見開いてそこへ近づいて行った。

屍の中から髑髏を一つ拾い上げると、口の中へ右手の人差し指と中指を入れた。

 

「何してるんだ」

「この骸はまだ無念を残しておる。しかし、その無念を吐き出すための舌も、喉も既に無い。だからわたしの力を少しだけ与えて、言葉のみ蘇らせる」

「そ、そんなことができるのか」

「無礼だな、わたしは女神だぞ」

 

髑髏はキーシャの手を離れて宙に浮いた。

キーシャは母親が子供に語りかけるように優しい声で話した。

 

「さあ、お主の無念を吐き出してみよ、女神キーシャの名において許す」

 

すると、髑髏はカタカタと震えながら、どこか遠くから聞こえるような幽かな声を絞り出した。

 

「ア…アア…キーシャ…サマ………ミンナ…クワレタ………コドモマデ………ヤツラ………アクマダ…」

「お主の無念はわたしが晴らしてやろう。お主はどこから来た?そこに彼奴らの根城はあるか?」

「ア…アイ…ナ…マル…」

「アイナーマルだな、あいわかった。苦しかろう、安らかに眠るがよい」

「ア………リガトウ…」

 

最後に髑髏はお礼を言い残して、地面に落下した。

カランカランと、骨の転がる音が空しく響いた。

 

「行き先は決まった。アイナーマルといえば大きな都、そして王城もそこにある。霊獣の王は既にアイナーマルを落としておるのだろう。急ぐぞアキヒコ」

「ちょっと待ってくれ!この城にはもう1人、女の子が囚われていたんだ。俺が脱走しようとしたせいで、どこかへ連れていかれた。助けなきゃ」

「ふむ、どちらにしろここを出ないことには何も変わらん。ここはどこだ?」

「ルクラド城だ、多分」

「なるほど、ルクラド城は王の避暑地だ。アイナーマルまでは馬車でも3日はかかる。道中でその娘とやらも助けられよう。出口はどっちだ?」

 

すると、我々の周囲に突然、煙のようなものが巻き起こった。

それは無数の骸骨で、私の前に現れた2体と同じように、宝石が隠されていた部屋への扉を指差した。

部屋の反対側にも扉が見える。

あそこが出口だと教えてくれているのだろうか。

 

(そうか、彼らはここで死んだ人間達の亡霊ってわけか、この悲劇を知ってほしくて俺を導いたんだな。そして、キーシャを見つけるために…)

 

私は胸が締め付けられるような気持ちになった。

 

「行くぞアキヒコ、彼らの無念を晴らし、生き残っている人間を救う」

「ああ…!」

 

私とキーシャが通り過ぎると、亡霊達は段々と揺らめいて消えていった。

 



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第24話 再び大扉へ

扉を抜けると、また石造りの通路で、その先に大きめの扉がある。

見たことのある扉だ。

屋敷の掃除をした時に、大量の血がこびり付いていたあの廊下の大扉にそっくりだ。

私達は少し長いその通路を話しながら進む。

 

「なあキーシャ、ここでは死人があんな風に化けて出るのは普通なのか?」

「そんな訳あるか、明らかに異常なことだ。あれだけ強い無念を残しながら、悪霊にならずにいられるのは、おそらく信仰だ。彼らはこのキーシャを崇拝する教徒達だったのかも知れぬ。むごい仕打ちを受けたものよ。ところでお主、呼び捨てにするでない、キーシャ様と呼べ」

「おうわかったよ、キーシャ様」

「むぅ、その口の悪さを何とかしたいものだ。というより、お主、妙な人間だな。物腰は穏やかで育ちの良さを感じさせるのに、その口だけが浮いておる。どれ、ちょっとでこを出せ」

「なんだって?」

「おでこだ、早う出せ」

 

私は言われるまま、しゃがんで額をキーシャに向けた。

キーシャは私の顔を両手で引き寄せ、目を閉じて顔を近づけてきた。

 

「お、おい!」

 

私はてっきり接吻されるのかと思って焦ったが、彼女は自身の額と私の額とをくっつけただけだった。

勘違いした自分が恥ずかしくなって、私も目を閉じた。

キーシャの額の温度が伝わってくる。

すると、頭の中に突然、彼女の声が響いた。

 

(どうだ、聞こえるか?)

(わっ、ビックリした…私の頭に直接話しかけているのですか?)

(そうだ。ふふふ、思った通り、その敬語が本来のお主の言葉だな?異国の言葉のようだが、ここに来て覚えた言葉が悪かったようだな)

 

キーシャの声は確かに日本語ではっきりと聞き取れた。

まるで清流のせせらぎの音が心地よいように、彼女の心の声は澄んでいた。

 

(お主の頭にわたしの霊力の糸を繋いだ。これで口に出さずとも、わたしに声を届けることができよう)

 

そう言って私の額から離れた。

目を開けると、キーシャがニヤニヤと笑っていた。

 

(ククク、赤くなりよって、うい奴よ)

(.か、からかわないでください!)

 

年端もいかない少女に笑われるのは本当に恥ずかしかった。

 

(ハハハ、許せ。わたしも久々に人間と言葉を交わすことができて楽しいのだ。安心せよ、お主の心の中を深く覗くようなことはせぬ)

(そんなことより、この大扉を抜ければおそらく屋敷の中に出ます。もしかすると敵が待ち構えてるかも…)

(肩慣らしにちょうど良い。わたしの力を見せてやろう)

 

頼もしい言葉だが、果たして大丈夫なのだろうか。

私は扉に左手の触手をくっ付けて、キーシャを振り向いた。

 

(面妖な力だのう、はっきり言って気色悪い)

(はっきり言い過ぎです…とにかく、開けますよ)

 

キーシャが頷いたので、私は扉を強く引っ張った。

おそらく閂がされているはずだから、案の定すんなりとは開かない。

私はさらに力を入れて引っ張り続けた。

やがて、ミシミシと音を立てて扉が壊れ始める。

 

(危ないので下がっていてください)

 

キーシャが私の後ろに下がったのを確認して、渾身の力で左腕を引いた。

バキバキと木の割れる音を立てて、扉が崩れた。

閂はかかったままだったが、壊れて穴の空いた部分から先に私が出た。

やはりあの廊下だった。

誰もいないことを確認し、キーシャの手を取る。

女神とはいえ、木の切れ端で怪我したら大事だ。

 

(さあ、どうぞ、キーシャ様)

(うむ、やはりお主はその言葉の方が似合っておるぞ)

 

キーシャは私の手を握って微笑んだ。



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第25話 執事服との対峙

大扉の向こうは、私が昼間に掃除をした状態のままだった。

あの時に覚えた違和感は、やはり間違っていなかった。

 

(この扉の向こうにあんな広間があるなんてあり得ません。屋敷の広さから考えて、この扉のすぐ向こうは裏口のはずです)

(あの広間とこの屋敷は全く異なる場所に作られたものだ。おそらくこの扉に別々の場所を繋ぐ魔法がかけられておる。敵はよほど優れた魔法使いか、強い魔法具を有していると見た)

 

魔法。

ここに来ていよいよ、私の常識が通用しない概念が登場したようだ。

まあ、神様に人狼に幽霊を見た今、驚くほどのことではないのだが、そろそろ逸脱のスケールの大きさに頭が追いつかなくなっている。

正面玄関に向かうと、吹き抜けの広間の床に、月明かりが天窓の紋様を映し出していた。

翼の生えた生き物のような紋様だ。

そして、その紋様の中心に、あの執事服の男が立っている。

私は少々この老人が不気味で苦手なのだが、おそらく彼も人間ではないのだろう。

ならば、倒してでもここを通るしかない。

執事は昼間と違って、外套を羽織り、帽子を被って、杖を手に持っていた。

まるでこれから外出をするかのような出で立ちだ。

しかし、玄関ではなく我々の方を向いて仁王立ちしている。

顔は上から照らす月明かりで影ができてよく見えない。

 

「悪い奴隷じゃ。主人に黙って逃げ出した上に、大事な馬役を殺し、地下の秘密まで覗き見るとは」

 

執事は重く響き渡る声で言った。

怒っているというよりは、私ごときの反抗など物の数ではないとでもいうような余裕があった。

すると、キーシャが私の前に進み出て言った。

 

「いつ、誰がお前達の奴隷になったのだ?この者はわたしの従者だ。それに、このルクラド城も人間の王の所有物だ。貴様らのような異なる存在の住まうべき場所ではないわ。とっとと墓の下に還ることだ、埋葬くらいはしてやろう」

 

すごい啖呵だった。

私は少しだけ胸がすっとした。

 

「奴隷よ、そのよく喋る小動物は拾ってきたのか?満足に言葉を話せないお前の代わりに喋る人形か?」

 

執事はニヤニヤと笑いながら挑発する。

小動物と言われたキーシャの肩がピクリと動いたかと思うと「殺す」と物騒な呟きが聞こえた。

 

「か、彼女は自分の言葉を喋ってるだけだ。そういうあんたこそ主人だったのか、てっきり召使いか何かだと思ってたよ」

 

老人の雰囲気も少し変わった。

明らかに怒気が混じっている。

 

「ふん、やはり言葉を覚えたか。森でのお前の力は我が下僕達に監視させておったからな、知っておるぞ。それで、今度はこの老体を喰らおうというわけか」

 

老人の、月明かりに浮かぶ影がゆらりと揺れた。

何かしてくる気がする。

 

(キーシャ様、気をつけて)

(任せておれ、お主は隙を見て外へ出よ。散らばった方が互いに戦い易かろう)

 

キーシャは、纏っていた緑色のスカーフのような衣服を、手で払った。

どうやら女神の戦いが始まるようだ。

 

 



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第26話 光と影

「我が名はリンセン・シヒ・ルクラド。この城の管理を任された者として、反抗的な奴隷は始末せねばならん。安心しろ、たっぷり苦しませてから殺してやる」

 

執事服の男、リンセンはそう言って、杖の先で床をカンッと鳴らした。

彼自身は微動だにしないのに、彼の影が揺らめいてこちらへ伸びてくる。

スピードは速くないが、何か危険な予感がする。

私は吹き抜けの二階の手摺りに左手の触手を伸ばし、触手のバネでジャンプした。

しかし、キーシャはその場から動かない。

 

(キーシャ様、何かやばそうです!避けて!!)

(まだだ、彼奴の能力を見極める!お主は外へ出ろ!)

 

リンセンの影がキーシャの足元に届く。

すると、影はそれまでのゆらゆらと遅い動きから、突然俊敏になった。

影は、まるで床から突き出た棘の如く、立体化した。

 

「危ないッ!!」

 

私はキーシャに触手を伸ばそうとしたが、これが触れた物を締め上げる習性を思い出し、動きを止めた。

その一瞬の迷いの間に、棘と化した影はキーシャの胸を串刺しにした。

 

「キーシャ!!」

 

串刺しになったキーシャの体は、そのまま影に持ち上げられ、ダラリと力なく垂れ下がった。

 

「フハハハハ!さあ次は貴様の番だ、奴隷!」

 

リンセンが私のいる二階を見上げた。

私はなんて馬鹿なことをしたのだ。

キーシャを片腕で抱き抱えて、連れて上るべきだったのに。

後悔と絶望が押し寄せてきた、その時である。

 

「なるほど、お主はカゲオニか」

 

私は耳を疑った。

串刺しにされたはずのキーシャの声が、吹き抜けの広間にハッキリと響き渡った。

リンセンも余裕の笑みを潜ませて、周囲を警戒して目玉をギョロリと動かした。

 

「死者の影に寄生し、その肉体を乗っ取り、人間に擬態する。そして他の人間の影に自分の影で触れると、逃げようのない攻撃を仕掛ける。かつて、ヒトがまだ幼かった神々の時代、光あるところに影あるならば、すなわちカゲオニ有りと謳われたほどありふれた霊獣よ」

 

いや、キーシャは串刺しになどされていなかった。

私も、リンセンも、すっかり信じ込んでいたのだ。

スカーフのような衣装を手で払った後、その場から動かなくなったキーシャを、本物だと疑わなかった。

しかし、串刺しにされた体は今、透明の液体となって形を失い、床にバシャリと飛び散った。

そして、さっき我々が通過した廊下の奥から、本物のキーシャが松明を手に現れた。

おそらく廊下の左右に設置された松明だろう。

 

「我が水の分身も見抜けぬ。カゲオニなぞ所詮はその程度。そして、影は光を阻むことは出来ない!」

 

キーシャが空中に指で何かの文字を描くような仕草をすると、そこに巨大なレンズのような半透明の物体が現れた。

大人1人が覆われそうなレンズだ。

松明を物体の前にかざす。

松明の火は、それ一つだけでは足元を照らすくらいの明るさだったが、キーシャの巨大なレンズを通すと、凸レンズが光を収束するのと同じ原理で明るく床を照らした。

棘の影はたちまち薄くなり、

 

「ぐぅ…ッ!」

 

リンセンが身を縮めて苦しんだ。

それと同時に、影はキーシャから慌てたように遠のき、リンセンの元へ戻った。

 

「女神の力で清めた水を編んだ水晶だ。松明の火も聖なる光となる。苦しかろう。わたしを軽んじた罰だ」



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第27話 女神の槍

※今回はキーシャ寄りの第三者視点のお話となります。


リンセンは、キーシャの思わぬ反撃で、杖に体を預ける程度にはダメージを受けたようだ。

苦虫を噛み潰したような顔でキーシャを睨む。

 

「…ふん、口だけの小娘ではないということだな。いいじゃろう、誤った認識は改めよう。だが…『影は光を阻むことはできない』じゃと?クク、果たしてそうかな?」

 

苦し紛れの虚勢とも取れる口ぶりだが、キーシャは反撃の隙を与えないよう次の攻撃に移る。

右手の親指と人差し指だけを立て、そのままリンセンに狙いを定める。

あとは念じるだけで、右手の周囲に現れた6つの小さな紋様から水の矢が発射される。

大した威力ではないが、連続で素早く発射できるので牽制には充分だ。

アキヒコがまだ二階で事態を見守っているのが気配でわかったので、キーシャはリンセンの全身を無軌道に狙い撃ちながら叱咤する。

 

(アキヒコ!早く外に出ろと言っておろうが!)

(1人じゃ危険です!私も一緒に戦います!)

(たわけ!お主の能力はどう見ても実体のある敵向けであろう、カゲオニに実体はない!)

 

先ほどキーシャの分身が受けたような『影に触れられたら死ぬ』ような攻撃を、アキヒコの力で防げるとは思えない。

アキヒコは仕方なくといった様子で、リンセンがキーシャに意識を向けている隙に、二階の窓の一つへ忍び寄って外へ出た。

 

(この屋敷の範囲内くらいなら会話はできる。外に待機しておれ)

(わかりました)

 

キーシャは頭の中の会話をしている間に、既に準備を整えていた。

左手には手のひらほどの大きさの紋様を展開し、右手の牽制の間に霊力を溜めていた。

リンセンは影を盾のように前面に広げて水の矢を完全に防いでいるが、その場を動いて回避する様子はない。

キーシャは、カゲオニならば寄生した肉体の盾に大部分の力を割くだろうと予想しており、それは見事に的中した。

盾となった影も、カゲオニの一部には変わらないのだ。

松明の火で影を一瞬でも怯ませられれば、そこに渾身の一撃を加えることで宿主の肉体に確実に痛手を与えられる。

キーシャは水の女神なので、実体のないカゲオニに対する直接の対抗術は持たない。

むしろ、水とは深くなればなるほど光を遮り、暗黒を内包するものだ。

しかし、だからこそ闇に打ち勝つ方法は幾千年の時の中で培ってきた。

水をどう操れば光を曲げ、闇を照らすのか。

キーシャ自身は『科学』という概念を知り得ないが、人間を守り戦う女神として、本能と経験則で光の反射の法則を理解していた。

 

「さあ、これでトドメだ!」

 

水の矢の牽制を止め、床に置いていた松明を拾ってリンセンに投げる。

炎の明るさで影の盾がグニャリと怯んだ。

素早く右手に、キーシャの背丈の倍ほどの長さの槍を生み出す。

貫くことだけに特化した水の槍だ。

空中に浮かぶその槍へ、左手の拳に溜めに溜めた渾身の霊力をぶつける。

霊力とは、魂や精神といったものを形作るエネルギーである。

生命は霊力によって心を持つし、霊獣は霊力によってその非現実的な存在を肉体に宿すことができる。

故に、霊獣を倒すには霊力をぶつけ、肉体から存在を切り離すしかない。

女神キーシャは、並みの魔法使いや霊獣とは桁外れの霊力を有している。

強力な霊力で発射され、しかもそのエネルギーをそのまま宿した水の槍は、何の抵抗もなく影を貫き、宿主の肉体に届くのだ。

届くはずだった。

 

「なっ…!?」

 

水の槍は、怯んだはずの影に触れたと思うと、そのまま搔き消すように見えなくなった。

 

「太陽の光ならともかく、こんな松明ごときで闇を照らすことができると本気で思ったのか?」

 

影の向こうのリンセンは、全く動じていない様子で言った。

そして、彼の影は床に落ちた松明をも飲み込んだ。

松明の炎が消えたことで、広間を照らすのは吹き抜けの天窓から差す月明かりのみとなった。

リンセンの立つ床には、彼自身の蠢く影と、翼を持つ動物を模した天窓の模様がくっきりと映されていた。



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第28話 真の闇

キーシャは全力を尽くして槍を放った。

なのに、影を貫くどころか、まるでそこに別の空間があって吸い込まれたかのように、何の手応えもなく消失したのだ。

カゲオニに別の空間と繋がるような力はないはずである。

確かに、この城の地下には別の場所と繋がる魔法がかけられている。

しかし、それはもっと強い霊獣か、強力な魔法を学んだ魔法使いにしかできないことだ。

霊獣は、生態系と同じく強い種族ほど希少で、強さが下がるほどありふれた存在となって行く。

カゲオニはその中でも下の方に位置する霊獣だ。

到底、魔法を修得するような知性も、霊力も有していない。

キーシャのような神代の知性存在が地上を去って幾千年、人も霊獣も多少の変化はすれど、下級の者が魔法を行使するほどの進化は有り得ない。

 

「こう考えておるな?『なぜ下っ端のカゲオニに攻撃が届かないのか?』と。そういう過去の概念に囚われた霊獣も、戦士も、皆死んで行ったわ。わしの『真の闇』へと至った力によってな」

「真の闇だと?」

 

キーシャはその言葉を知っていたが、意味がわからなかった。

 

「かつて常闇に包まれた国が存在して、悪しき魔獣達を支配していた存在が『真の闇』を操ったという伝説は知っておる。が、それをなぜお主のようなカゲオニが操ることができるのだ」

 

リンセンは不機嫌そうに、ふんと鼻を鳴らした。

 

「わかるまい、お前のように力に恵まれた小娘には。わしはただのカゲオニではない。どのカゲオニも自分の生まれの弱さを嘆きこそすれ、強くなろうと奮起することはなかった。だが、わしは違う、『あの方』に出会って力への渇望を知った。そして失われつつあった『真の闇』に至ることができたのじゃ。何千年も居眠りしておった神々など恐るるに足りん」

 

キーシャは少しムッとしたが、それよりもリンセンの話はなかなかに興味深かったので問いを続けた。

 

「『あの方』というのは、件のアイナーマルを支配しておる霊獣の親玉のことか?其奴がお主を『真の闇』へ導いたのか?」

「答える義理はない。女神キーシャ、神代の遺物よ、お前も、お前に唆された奴隷も、ここで串刺しにする」

 

リンセンの影が再び動き始めた。

キーシャは焦りこそ見せないよう努めていたが、考えていたカゲオニへの対抗策が全く効かないと判明したことで、次にどう動けば良いのかわからなくなっていた。

しかし、棒立ちでは一方的にやられるだけだ。

ひとまず外に出て、少しでも明るいところへ行かなくては。

キーシャは後ろへ下がりながらアキヒコに呼びかけた。

 

(アキヒコ、此奴を侮っておった。わたしの失策だ。悔しいが城の外へ逃げる。お主もどこかへ逃げよ、別々に逃げれば同時には追えないはずだ)

 

しかし、アキヒコの返答は、先ほどのような従順なものではなかった。

 

(キーシャ様、そのカゲオニというのは、他の影に触れたら攻撃できるんですよね)

(?…そうだが、それがどうした)

(それって、例えば影と影が繋がっていれば、カゲオニが素早く移動する道になるんじゃあないですか?)

(可能かもしれんが、何が言いたい)

(このルクラド城の庭は、背の高い雑草で囲まれているんです)

(何っ…⁉︎)

 

それはキーシャにとって想定外だった。

それはマズイ。

アキヒコは淡々と続ける。

 

(単に手入れを怠けているのかと思っていましたが、今わかりました。この背の高い雑草の影を伝えば、外へ逃げたとしても追いつくことができるし、さらに外は森だ、影にとっては自由に走り回れるから脱走も監視できます。今まさに草むらを何かが追ってきてるので逃げ回っている最中です。なるほどこういうことだったんですね)

(感心しておる場合か!どうするのだ、もう逃げ場はないということか!)

 

そこまで話して、キーシャは自分の足が動かなくなっていることに気づいた。

石造りの床の、石と石の隙間の影を高速で移動してきた影によって足を掴まれたのだ。

絶体絶命の危機、とはこういう状況を言うのかもしれない。

キーシャの首筋に、冷や汗が垂れた。

 

 



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第29話 カゲオニ

※再びアキヒコの視点に戻ります。


キーシャと別れて外へ出た私は、しかし無事とは言えない状況だった。

何かできることはないかと考えながら、城の雑草が生えた庭へ降りた瞬間、私の背丈ほどもある草をガサガサと揺らしながら、何者かが急接近してきた。

私は狼狽えて、慌てて触手で城壁を登った。

しかし、それが逆によくなかった。

壁に登った私の影は、月明かりでぼんやりと地面に映し出されたままだったのだ。

突然、目にも止まらない速さで地面から紐のような黒いものが伸びて、私の頭や首を捕らえた。

 

「何ィ…ッ⁉︎」

 

それらは、あのリンセンの影と同じもののように見えた。

だが、キーシャの分身のように心臓を一突きではなく、じわじわと首を締め上げてくるので逆に苦しい。

何とか触手で抵抗しようとしたが、触手は全く影に反応せず、見当違いの方向へ伸びてしまう。

キーシャの言った通り、この能力は動物や物体など形のあるものしか獲物と見做さないようだ。

影は確かに私を束縛しているが、それは恐らく霊力だか魔法だかの効果であって「あちらも触れるからこちらも触れる」という物理法則には則っていないのだろう。

カゲオニといえば、私の世界で影を踏む遊びがあった。

曇りの日などは、影がはっきりとしないので、踏んだ踏まないの言い争いに発展するのを見たことがある。

いや、今そんなことを思い出すのは全くおかしい話なのだが、私の直感が何かを知らせていたのだ。

私はおもむろに、胸からあるものを取り出した。

それを首に巻きつく影に当てると、影はビクッと痙攣して地面まで引っ込んだ。

 

「なるほど、捨てずに持っておいて良かった…」

 

私は壁をさらに高く登りながら、光る苔の付いた石を見た。

人狼と戦ったとき、私の体には無数の傷ができた。

そのうちの胸の傷は、まだ完全に閉じ切っていなかったので、縁に生えた歯の部分に石を噛ませておいたのだ。

飲み込んだらどうしようと思っていたが、幸いにも胸の傷口は大人しかった。

そして、私はもう一つ確認をするために、胸の傷口から肉を一摘み引きちぎった。

何も感じないのが怖いが、今はそんなことよりも確かめなくては。

肉片はすぐに動き出し、独立した生命になった。

 

「さあ、行って来い」

 

私は肉片を影のいた辺りに投げた。

地面に着くと、間髪入れずに影が肉片を串刺しにした。

肉片は苦しそうに悶えていたが、やがて影がゆっくりと沈むと、それに呑まれて消えた。

少し可哀想な気もしたが、元々は私の体だ、爪や皮膚が剥がれたと思えばいい。

 

「これではっきりした。あの影は相手の影が濃いほど殺傷力が上がり、逆に地面から離れたりして影が薄くなるほど攻撃が弱くなる」

 

私は城の屋根まで登り、屋根の煉瓦の一部を砕いて、庭の遠くの方へ投げた。

私を下で待ち構えていた影は、ガサガサと草むらを揺らして、煉瓦の落ちた方へ向かって行った。

その隙に私は裏口へ向かう、あるものを取りに行くために。



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第30話 拮抗状態

※キーシャの視点に戻ります


キーシャは影に足を掴まれた。

並みの人間ならそこで終わっていただろう。

しかし、キーシャには霊獣の攻撃への耐性がある。

掴まれた程度なら、霊力を身体の表面に纏って抵抗することができる。

生身の人間なら足首を引き千切られるような締め付けに、キーシャはすんでのところで耐えていた。

すんでのところ、というのは、本当にギリギリの拮抗状態を保っていたからである。

霊力にはそれぞれ属性がある。

基本的な自然界の構成要素である木、火、土、金、水に加え、光や闇、風や動物など、様々な霊力がせめぎ合っている。

霊力の属性同士には相性の良し悪しもある。

キーシャは水の女神なので、火の属性を持つ相手には強いし、他の属性であっても霊力の量で優っていれば負けることはない。

水と闇とでは、相性の明確な優劣はないため、霊力の量が勝敗を決するといえよう。

だが、女神としての膨大な霊力に、『真の闇』の力を有するというリンセンの霊力は勝るとも劣らない量を持っている。

たから拮抗状態なのだ。

そして、そのバランスは恐らく崩れつつある。

巻きついた影が、段々と足を登ってきている。

ナメクジよりもゆっくりな速さだが、着実に登ってきている。

それと同時に、キーシャの霊力が失われていく。

 

「お主…一体何をした…ッ!」

「わしの闇は全てを呑み込む。光さえも、霊力さえもな。そしてより強くなれるのじゃ。お主の霊力も飲み干してやろう」

「ふ、ざけるなッ!!」

 

キーシャは両手を構え、彼女が放てる最大級の技を繰り出そうとした。

が、彼女はいささか冷静さを欠いていた。

突き出した両腕を、待ってましたとばかりに影が拘束する。

 

「しまった…ッ!!」

「ほっほっほ、威勢の良い女神じゃ。殺すのは惜しいのぅ。霊力を吸い尽くしたら、あの方に献上しようかの。若くて気の強い小娘ならお気に召すじゃろう」

「はっ!お主の主人はこんな子供が趣味なのか?支配者が聞いて呆れる、ただ権力を使って自分好みの子供を集めておるだけではないのか?」

 

虚勢を張ってみたものの、今のキーシャの力では間違いなく霊力を奪われて敗北するだろう。

影はもう、キーシャの二の腕や太ももまで迫っていた。

全身の霊力が徐々に蝕まれていく感覚は非常に不快で、腹立たしかった。

そこへ、アキヒコから再び声が届く。

 

(キーシャ様、どんな状態です?)

(ふん、お主に見せてやれぬのが残念よ。かの女神キーシャが下級霊獣に弄ばれて手も足も出んわ。お主は早く逃げろ。その力なら城の外まで跳ぶのは容易いであろう)

(逃げませんよ、私は強く生きると決めているので)

(愚か者、逃げることも強さだ。お主では勝てぬ)

(ええ、たしかに逃げることも強さです。でも今じゃない。貴方と私が力を合わせれば勝てます。もう少しだけ耐えてください、すぐ行きます)

 

アキヒコが何をするつもりなのかさっぱりだが、いずれにしろ耐えるしかないので、諦め半分でキーシャは待つことにした。



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第31話 強さへの渇望

※今回はリンセンの視点です。


ソレは、気がついた時にはカゲオニだった。

いつ生まれたのかはわからないが、とある洞窟の中で意識を持ったのはおよそ100年前だ。

カゲオニには、人間の死体の影に潜んで、その死体を自分の肉体にする性質がある。

しかし、周囲のカゲオニは誰一人、肉体を持っていなかった。

洞窟にやってくる人間が少ないというのもあるし、カゲオニ達は皆、光を恐れて外へ出たがらなかったのだ。

ソレは違った。

外の世界を見たかったし、光に怯えて暮らすのは窮屈で退屈だった。

だから洞窟の外へ出かけた。

ある男の葬式があった。

その男の死体が埋められた後、ソレが取り憑いた。

男の名はリンセン。

今はソレが名乗っている名前だ。

リンセンは、その顔立ちから神経質で嗜虐的な性格だと思われている。

同胞達のそうした認識は、リンセンへの評価の箔になったので、彼自身もそのように振舞っている。

しかし、本質は少し違って、外へ向けられた好奇心と、小動物のように潜み暮らすことへの反発、それ故に力への渇望が強いのだった。

彼はひたすら強さを求めた。

『あのお方』に出会ったのも、光すら飲み込む『真の闇』の力を手にしたのも、決して偶然ではあるまい。

求め続けたからこそ、運命が拓けたのだ。

少なくとも、リンセンはそう信じていたし、今も強さへの渇望は消えていない。

今、彼が拘束しているのは、自称水の女神だ。

女神の真偽はともかく、この娘が見せた莫大な霊力を用いた術は間違いなく本物だ。

そして、その術をリンセンは飲み込むことができた。

ならば、勝ったも同然だ。

この娘の霊力を絞れるだけ絞り取って、彼はさらに力を増すことができる。

奴隷なぞどうでもいい。

分身の下僕が始末するだろう。

 

「どうした?さっきまでの威勢はどこへ行った?もっと抵抗すれば良かろう。出来ればの話じゃがな」

 

もはや赤子の手を捻るより造作もない単純作業の中、リンセンは四肢を縛られたキーシャを挑発する。

しかし、キーシャは、その深い緑色の瞳で、リンセンをジッと睨んだまま押し黙っている。

リンセンは弱者を嬲って快楽を得る気質ではないが、少し妙だと感じ始めていた。

キーシャの表情は、その無抵抗な態度とは裏腹に、諦めていないという確かな意志を持っている。

 

「よもや、あの奴隷が助けに来るのを期待しておるのか?やめておけ、彼奴は他の奴隷を残して脱走した臆病者じゃ、今頃逃げ損ねてわしの影に串刺しにされておるだろうよ」

 

すると、キーシャはようやく口を開いた。

 

「…お主は人間という生き物を知らんようだな。当然か、死体にしか取り憑けぬのだから。人間はな、大体バカだ。自分で賢い、偉いと思っているバカもいれば、自分がバカだとわかっているのに変わろうとしないバカもいる。だが、そのバカさ故に、奇跡を起こすこともある。そういうところが、わたしは気に入っている。お主ら本能のままに存在するだけの霊獣よりずっと強いわ」

 

強い、という言葉がリンセンの癪に触った。

感情的に手足の拘束を強める。

ギリギリと締め上げられて、キーシャは苦悶の表情を浮かべる。

 

「愚かな女神もいたもんじゃ、自分より弱い者は支配し、搾取するためにあるというのに。つまらん、さっさと霊力を吐き出せ」

「残念だがお遊びは終わりだ、変態ジジイ」

 

突然、頭上から声がした。

リンセンの足下へ映し出されたコウモリを象った天窓の影に、異物の影が混じる。

見上げると、吹き抜けの四階の手摺りに、アキヒコが乗り出していた。

 

 



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第32話 心臓と脳天

※引き続きリンセン視点です。


「愚かな。まさか本当に戻ってくるとはな」

「言っとくが、俺はあの御者だって倒したんだ、あんたみたいなヒョロいジジイに負けるもんかよ」

 

月明かりを背にしているので顔は見え辛いが、あの声と背格好はアキヒコに相違ない。

リンセンは、こういう口だけは一人前な奴隷や霊獣を何人も見てきたが、それらは全て彼の『真の闇』に串刺しにされ、霊力となって消えた。

何か準備をしてきたのだろうが、この短時間で『真の闇』に打ち勝つ方法など思いつきはしまい。

 

「わしの下僕からは上手く逃げてきたようじゃが、ここにいる時点で賢いとは言えんな。待っておれ、小娘が力尽きたらお前の番じゃ。心の臓を一撃で貫いて殺してやる」

「さっきと言ってることが違うな、一思いに殺さないんじゃあなかったのか?言ってることがコロコロ変わる爺さんだ、耄碌してるのか?」

 

アキヒコは、まるで恐るるに足らずと言った不動の姿勢で見下ろしてくる。

リンセンのこめかみがピクリと痙攣した。

 

「本当に心臓を一撃で串刺しにできるならよ、さっさとやれよ。躱してやるからよ。てめえの影のネタはもうわかってんだ。その分身とやらで試したからな。高いところまで登りゃあ動きが鈍る。さあ、早くやれよ、どうなるか楽しみだぜ。俺が躱した時がてめえの最期だ!」

 

そう言ってアキヒコは唾を飛ばしてきた。

リンセンはそれを影で避ける。

リンセンは心底ウンザリしていた。

この男の考えはわかっている。

アキヒコと御者の戦いは見張りの分身から報告を受けている。

こいつは腹わたを抉られても死ななかったし、御者や狼を食らうことで回復した。

ならば、例え心臓を抉ったとしても死ぬ保証はあるまい。

頭だ、頭も同時に貫くのだ。

それで死ななかったとしても、動きは一定時間止まるだろう。

その間に影に飲み込んでしまえばいい。

『真の闇』に飲まれたものは、どんなものであろうと霊力を吸い尽くされて消滅する。

 

「そんなに死に急ぐなら、望み通りにしてやる」

 

リンセンは、床に映ったアキヒコの影へ自分の影を伸ばした。

瞬間、矢よりも速く、黒い棘が上空へ疾った。

心臓と脳天へそれぞれ一本ずつだ。

回避が間に合うはずもなく、アキヒコは貫かれた。

 

「愚か者めが。影の射程は高さではないわ。これだけくっきりと影が映っておれば、距離は関係ない。『影に触れる』という行為が完了した時点で、我が影は標的を決定している。躱そうが防ごうが無駄なことよ。己を過信したお前の負けじゃ」



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第33話 亀裂

※ここからはアキヒコの視点に戻ります。


やはり私の考えは正しかった。

激痛に意識を失いかけながらも、作戦が上手く行ったことに内心で安堵した。

確かに、リンセンの影は私を貫いている。

ただし、頭と心臓ではなく、首筋と腹だ。

腹はさすがに思い切り串刺しにされてしまったが、首は皮一枚で掠めただけで済んだ。

 

「何じゃと⁉︎馬鹿な、確かに頭と心臓を狙ったはずじゃ!」

(そうさ…お前は、影の頭と心臓を狙ったんだ…だが…床に映った影は私のじゃあ、ない…)

 

4階から見下ろす私の背後には、蝙蝠を象った天窓がある。

その天窓に、私の体よりほんの少しだけ大きめの、人型の板が張り付いていて、リンセンの影はその板の頭と胸に当たる部位を貫いているのだ。

思った通り、奴の影の棘は、私の触手と同じで持ち主の思い通りに動く訳ではなく、ある条件で自動的に動いている。

その条件とは、触れた影の原因となる物体のみを狙うというものだ。

例えば、私の影がより大きな物体の影の中に完全に隠れてしまえば、その大きな物体をターゲットにするので、私は回避すれば攻撃を免れるわけだ。

ただ、それは私の影よりも物体の影の方が濃く投影されていなければならない。

数分前、私は閉じ込められていた例の階段下の物置に向かい、壊れた箪笥の板を私より少し大きいシルエットになるように加工した。

そして、リンセンに気づかれないように4階まで登った後、物置から持ってきた蝋燭の蝋を溶かして板に垂らし、手摺りへ身を乗り出すのと同じタイミングで、背後の天窓にくっつけたのだ。

リンセンはまんまと板の影を私の影だと思い込み、床に映った板の影をターゲットにした。

私は真っ直ぐに自分へ向かってきた(正確には板に向かってきた)影の棘を、少し体をずらして致命傷を避けるだけで良かった。

リンセンはまだ状況を正確に把握していないようで、慌てて影の棘を引っ込めようとした。

 

(そう、それも予想通りだ…そのまま棘を引っこめればいい)

 

棘は、私を貫通し、さらに板を貫通している。

板は蝋で天窓にピッタリと貼り付いているのだ。

つまり、天窓にも穴が空いている。

2本の鋭い棘によって、弾丸が通過した後のように穴が空き、ヒビが入っている。

私の身体はというと、腹に刺さった棘と一緒に下へ引っ張られている。

この引っ張られる力が必要だったのだ。

私は、既に両腕の触手を天窓に貼り付けていた。

棘を引き抜く力、そして私の触手が天窓を引っ張る力、両方が合わさった。

 

ビシッ

 

背後でガラスに亀裂の走る音が聞こえる。

 

「‼︎しまった…ッ‼︎」

 

リンセンが気づいた時にはもう遅い。

天窓はガシャンと盛大に割れ、棘に引っ張られる私の体と共に広間の床へと落下し始めた。



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第34話 光るガラス

(アキヒコ!お主、生きておるのか⁉︎)

 

そのまま気絶していれば床に叩きつけられていただろう。

だが、キーシャの声が頭の中に響いたことで、反射的に私は覚醒し、3階の手摺りに触手を巻きつけた。

腹に刺さった影の棘は抜け、リンセンの元へ戻っていく。

 

「ぐあああああああああーっ!!」

 

リンセンの身体や床には、割れた天窓のガラスが降り注ぎ、容赦なく破片が突き刺さる。

さぞ苦しいことだろう、あの天窓の破片は。

 

(大丈夫です、なんとか生きています)

(…はー、全く変わった男だな、一体何をしたのだ?なぜ彼奴はガラスの破片程度で苦しんでおる?)

(おかしいと思ったんです、私が外に出た時、月は出ていましたが、この広間の床のようにハッキリと影を映すほどの明るさじゃあなかった。そこで奴の影が相手の影の濃さで威力の変わることに気づきました。キーシャ様を縛っている影も、廊下が暗いから串刺しするほどの威力にならなかったんです。さらに、天窓を外から見てみたら、ガラスそのものが光っていました。リンセンの言っていた『真の闇』っていうのは、天窓を使った仕掛けなんじゃあないかと考えて、賭けに出てみたって訳です)

(ふむ、月明かりそのものではなく、天窓に何らかの細工をしておったのか。よく気づいたな、大したものだ。わたしも奴の力が弱まって自由になったぞ)

 

そう言うと、キーシャは廊下から広間へ出てきた。

そして、私を見上げて手を伸ばしてきた。

 

(さあ、そのケッタイな能力でわたしを引っ張り上げろ)

(え、いや、しかし…)

(お主がさっき、わたしの分身にそれを伸ばそうとして躊躇したのはわかっておる。それは触れるもの皆壊そうとする性質なのであろう?だが案ずるな、お主がわたしを気遣うその気持ちがあるなら大丈夫だ)

 

私は少しの間悩んだが、キーシャのどことなく人を安心させる表情を見て決心し、ぶら下がっている方と逆の腕の触手を彼女に伸ばした。

触手はキーシャの腕を締め上げそうになったが、私が何とか力を加減しようとゆっくり腕を引き上げたのと、キーシャ自身が身体の表面に霊力で何らかの防御を施したおかげで、無傷で彼女を引き上げることができた。

一方、リンセンは苦しみ悶えながらも、床を這いずって玄関の大扉へと向かって行く。

彼が今苦しんでいる理由は、おそらく彼の強力な力の源である天窓の、蝙蝠の模様が落としていた濃い影を失ったことに加え、弱体化した影や肉体に光るガラスの破片が突き刺さったからだろう。

物理的な破片のダメージと、光による霊的なダメージが同時にリンセンを襲っているのだ。

それを見てキーシャは言った。

 

「自分で用意した細工が仇になるとはな。いや、わたしも此奴のことを言えぬか。カゲオニと侮っていたが、なかなか知恵者だったことは認めねばなるまい」



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第35話 カゲオニの最期

※今回でリンセンの最期の視点になります。


リンセンはかなりの深傷を負っていた。

肉体の方は、大きなガラスの破片が4階分の高さから落下してきたので、右眼と左肩、背中、腕、足、あらゆる場所に突き刺さるか裂傷を負った。

そして、肝心の影の方に、彼がこれまで受けたことのないほどのダメージを与えられていた。

天窓は、リンセンが『真の闇』の力を発揮する上で無くてはならない道具だった。

この天窓のガラスには、ルクラド城周辺に点在する天然の地下空間に多く生えているゲッコウゴケという苔を埋め込んでいる。

この苔は暗闇の中でもぼんやりと発光するが、月の光を浴びることでさらに輝きを増し、それと同時に霊力を発散するようになる。

それをガラスの中に閉じ込めれば、地上にありながら月と同じ輝きを放つ窓が出来上がる。

そして、その窓にあのお方の象徴たる蝙蝠の意匠と霊力を一箇所に集める魔法陣を描くことで、カゲオニの「影が薄くなると弱体化する」という弱点を克服する、常に霊力を持った濃い影を投影する自陣が完成したのだった。

リンセンはその場から動かずに全力で戦うことが出来るこの術に惚れ込み、奴隷を使ってルクラド城の地下に人工的な洞窟を作った。

そこに多くのゲッコウゴケを繁殖させて、さらに多くの自陣を用意する計画を進めていた。

なのに、冴えない顔の奴隷ごときにあっさりと仕掛けを見破られ、しかも放っておけば死に至るようなダメージまで負わされてしまった。

天窓を失うことによる弱体化と、割れたゲッコウゴケ入りの光るガラスがリンセンの影の本体に刺さったのだ。

熱した針を身体中に突き刺されたような苦しみだけではなく、霊体の7割を削り取られ存在の危機に瀕しているという事実がリンセンを恐怖に陥れた。

逃げなくては。

とにかくこの場から逃げて霊力の回復を行わなければ。

100年使い続けたこの肉体も捨てねばなるまい。

あと少し、あと少しで大扉を開けられる。

弱った身体で、やっと外へ出た彼は、しかし一縷の希望すら絶たれていた。

燃えている。

ルクラド城の庭が、彼がわざと生え放題にしていた草むらが燃えている。

すぐに逃げ込める濃い影はどこにもない。

後ろから奴隷の声が聞こえた。

 

「あんたが物置に置いてくれてたマッチ箱だ、ありがとよ」

「そしてこれはわたしからの礼だ、安らかに眠るがいい、リンセン」

 

肉体を背中から貫かれる感覚。

見下ろすと、リンセンの胸から水の槍が突き出ていた。

 

「クソ…もっと強くなるはずだったのに…わしは…」

 

肉体への致命的攻撃による霊体の分離が起きる。

そして分離され、拠り所を失った霊体はわずかな時間も保たず霧散する。

リンセンの意識は永遠に途切れた。

 



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第36話 束の間の幸福

「………っはあぁ〜疲れた〜」

 

リンセンが完全に死んだことを確認し、私が庭に付けた火を消火した後、キーシャは灰だらけの地面にバタリと仰向けに倒れた。

 

(服が汚れますよ)

「どうでも良い。そんなことより本当にお腹が空いたぞ。霊力も大量に使ったし、何か食べないと本当に動けなくなる」

(…あ、ちょっと待っていてください)

 

私は急いで調理場に行った。

思った通り、昼間に食べたパンがまだバスケットの中にある。

他にも何かないか探してみると、ベーコンとかハムのような保存肉と、チーズと思われるものも見つけた。

それらと、調理場にあった薪やナイフなどをいくつか持って戻る。

パンを見た途端、キーシャの瞳が輝ぎ、すぐさまかぶりついた。

 

「うん…うん…美味しい!このパン美味しいぞ!」

(今お肉も焼きますから)

 

残っていたマッチで、燃えやすく組んだ薪の下に、その辺の小枝などを集めて火をつける。

リンセンの死体が気になったので、広間のところまで引っ張って行って大扉を閉めた。

いくらこの世界の在り方に慣れてきたとはいえ、死体を横目に飯を食べさせるのは気が引けた。

パチパチと焚き火が明るくなってきたところで、保存肉をナイフで削いで、それを串に刺し、ついでにチーズも乗せて炙った。

キーシャはパンを食べる手を止めて食い入るように肉を見つめている。

さっきまでの死闘が嘘のように、その姿は年相応の少女のものだった。

やがて香ばしい肉の匂いが漂い始める。

私はキーシャのパンを取ろうと手を伸ばしたが、キーシャは怪訝な顔でサッと躱した。

私がさらに手を伸ばすと、さらに躱した。

 

「な、なんだ、このパンはやらんぞ」

「誰も取らねーよ!肉を挟んでやるからよこせってんだ!あっ…」

 

つい口に出してしまった。

キーシャは少し赤面した。

 

(す、すみません。お肉挟んであげるからパンを渡してください…)

(う、うむ、すまぬ。わたしも、ちと食い意地が張っていた…面目ない…)

 

そう心の中で言って、素直にパンを渡してくれた。

パンも少し火で炙った後、ナイフで半分ほど切って、間に串を挟む。そのまま串だけ引き抜けば、ホカホカのベーコンチーズパンの出来上がりだ。

 

(どうぞ)

「うむ、いただくぞ!」

 

キーシャはパンを受け取ると、待ち切れないとばかりに半分ぐらい口に入れて頬張った。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

 

声にならない声を上げている。

どうやらお気に召したようだ。

彼女が夢中で食べている間に次のを焼き始める。

パンはあと2つ残っている。

本当はこんなに悠長な食事をしている場合ではないのだが、とにかく私達は疲弊していたのだ。

少しくらい食べて、束の間の幸福感を味わっても良いだろう。

焚き火を囲んで、私はベーコンチーズパンを一つ、キーシャは二つをモリモリと食べた。

 



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第37話 エストリノ王国

「さて、腹も満たされたし、一眠りするか」

(ちょっと!)

「冗談だ。お主の知り合いの娘を助けにいくのであろう、わかっておる」

 

私だってできることなら眠りたい。

脱走からここまでおそらく相当時間が経っている。

今は夜中の何時頃だろう。

私は普段、朝5時に起きるために10時には就寝しているのだ。

戦っている最中は無我夢中だが、今のようにちょっと落ち着くと途端に眠気が襲ってきている。

しかし、連れ去られたローレを救出しないことには、安心して眠ることなどできない。

幸いにも、このルクラド城から出る道は一本道らしいので、頑張れば馬車に追いつけるはずだ。

 

(キーシャ様、もしかして空を飛べたりします?)

(頑張れば飛べんこともないが、今は霊力が十全ではないからのう。走るより他あるまい)

(わかりました。では背中に掴まってください)

 

私はキーシャをおんぶする格好で背負う。

子供なので楽に運べそうだ。

脚にバネの触手を展開し、私は一本道を跳躍した。

 

「おおー、こりゃたまげた。いや、気持ち悪いとか言ってすまなんだ、なかなかどうして便利な能力ではないか!」

(喋ってると舌を噛みますよ。どれくらいで追いつけるかわかりませんが、これなら馬車より速いはずです。ところで、キーシャ様の知っているこの国の話をしていただけませんか?他所者なので、まずそこからわからないんです)

(ふむ、良かろう。道中暇だしな)

 

キーシャの語ってくれた歴史は以下の通りである。

この国はエストリノ王国と呼ばれ、この世界に唯一の大陸の半分を占める大国である。

古代には様々な神や霊獣、人間が混在していたらしいが、およそ1400年前に起きた大災害を発端に、神々のほとんどが消え、生き残った人間の時代が始まったという。

エストリノ王国は、その人間の中でも多く英雄を輩出したルクラド家が王族として統治していた。

しかし、現在どうして霊獣による支配が行われているのかはキーシャにもわからないらしい。

 

(ま、わたしも大災害を生き残った神の一柱だが、人間の文明が安定してきたのを見届けた後は眠りについたからのう。それが1000年ほど前のことだ)

(さっきのルクラド城の裏にはルクラド家の墓らしきものがありました。あのリンセンというカゲオニも、ルクラドを名乗っていましたね)

(そうだ、彼奴は人間の死体に宿っていたに過ぎないが、よりによってルクラドの家系の者に宿っておったのは不穏だ。王家の力が衰えておるということかも知れぬ。わたしがお主に起こされたのも、おそらく人間の危機を悟った教徒達が、後から来るふさわしき者に希望を託すために仕向けたからであろう)

(…私が、ふさわしき者なんでしょうか?)

(それはな…ん?)

 

キーシャが何か話しかけた時、道の前方に明かりが見えた。

 

 

 



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第38話 ローレの救出

道の先を行く明かりは馬車のものだった。

御者が道を照らす為にランプを灯しているようだ。

まだこちらに気づく様子はない。

私は着地の際に、可能な限り音を立てないよう慎重に距離を詰めていく。

見覚えのある馬車だ。

私とローレをルクラド城へ連れて行ったものと同じだ。

ローレを乗せた馬車と見て間違いないだろう。

キーシャが心の声で囁く。

 

(さあどうする?優しく止めるか、手荒に行くか)

(御者も多分霊獣でしょう。手加減してたらこっちがやられます)

(そうか、ならばわたしに良い考えがあるから聞け)

 

私はキーシャの作戦に従った。

まず、キーシャの術で馬車の進行方向に霧を発生させる。

彼女は水なら霧でも

 

「なんだぁ?急に霧が出てきやがった、クソ」

 

御者は不満気に馬の速度を落とした。

私は霧で見えないのを利用して高く跳躍し、馬車を追い越した。

そして、着地の勢いのまま、今度は馬車の上の御者を目掛けて跳ぶ。

 

「ギャッ⁉︎」

 

私の膝が御者の喉に直撃し、背後の馬車の壁に激突した。

キーシャはタイミング良く私の背中から馬車の屋根に着地し、すぐに術を解いて霧を払った。

そして、彼女は馬の手綱を握る。

 

「どう、どう、よーしよし、良い子だ」

 

馬は特に暴れることもなく、ゆっくりと減速する。

 

(馬の扱いも手馴れてますね)

(わたしを誰だと思っとる、女神だぞ。馬くらい乗ったことあるわ。そんなことより、早く中の娘を確かめい)

 

私は馬車の後方に向けて、屋根に腹這いになり、荷台の扉を触手で強引に開けた。

暗くてよく見えないが、中には確かに人が1人いる。

 

「ローレ?」

 

私が呼びかけると、人影はピクッと動いて声を発した。

 

「…誰?」

「俺だよ、アキヒコだ。助けに来たよ」

「まあ!アキヒコ?あなた、言葉がわかるのね!」

「そうだよ!君の名はローレだろう?」

「そうよ、ローレよ。嬉しいわ!あなたとお話しできて」

 

私も嬉しかった。

この世界に来て、初めて意思の疎通をして、しかも優しく接してくれたこの少女の言葉がはっきりとわかる。

たった2日しか経過していない出会いだが、感慨深かった。

 

「あなたが逃げ出したから処刑するって聞いて、私も別の場所へ連れて行くって言われて、不安でたまらなかったわ。良かった、アキヒコが生きていて」

 

キーシャは馬車を止めた。

私は屋根から降り、ランプを持って馬車の中は入った。

ローレは特に傷つけられた様子もなく、同じ服装で、同じ足枷をされていた。

しかし、その瞳にはランプの明かりが反射し、美しく輝いていた。

私はこの輝きを救う為にここまで追って来たのだ。

かくして私、ルクラド城からの脱出、及びローレの救出という二つの使命を果たされた。



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第39話 エストリノ四大守護神

その日の夜は、ひとまず野宿をした。

屋敷から持ってきたマッチや薪、そしてわずかな食料があったので、道の脇に馬車を移動させて、なるべく道から見えにくい森の中で火を焚いた。

御者の死体は、ローレに見えないように別の場所へ埋めた。

ついでに、ずっとボロボロの奴隷の服を着ていたので、御者から服だけ失敬した。

この世界の衣服、特に庶民の者はかなり簡素で、上着とズボンを腰布で縛っただけであったが、少なくとも奴隷服よりは着心地が良かった。

食料はベーコンとチーズしか残っていなかったが、ローレはそれをしきりに「美味しい」と言って食べた。

 

「しかし、今は夏であろう?なぜ夜がこんなに冷えるのだ?」

 

キーシャがローレに尋ねた。

確かに、我々が誰かに見つかる危険を冒して焚き火をしているのは、寒さも理由の一つだった。

昼間は私も川を見つけられれば泳いで逃げられるなどと思うほど温暖な気候だったのだが、夜が更けるにつれて震えるほど気温が低下してきたのである。

ローレは悲しげな顔で語った。

 

「四年前に霊獣が突然強くなったの。霊獣の王と呼ばれた者に率いられて群れになった霊獣が、エストリノの色んな場所を襲ったわ。その中の一つにサキバト様の聖地もあった…」

「なんと…⁉︎サキバト殿の…そうか、土地から火の神の加護が失われれば、確かにこの異常な気候も納得できる」

「ちょっと待ってくれ、そのサキバト様っていうのは?」

 

キーシャは事情のわからない私に説明してくれた。

 

「エストリノ王国の土地は全部で四柱の守護神によってバランスをとっているのだ。風の神ズダウリ、土の神カダラ、火の神サキバト、そしてわたし、すなわち水の神キーシャ」

「まあ、あなたキーシャ様と同じ名前なのね!素敵!」

 

ローレが目を輝かせてキーシャの手を取った。

キーシャは呆れたような、苦笑しているような微妙な顔をした。

 

「と、ともかく、その四つの力が均衡になることで、人間の暮らしを安定したものに保ってきたわけだ。神が眠りについても、人々が信仰する限り加護は永続する。だが…神も無敵ではない。もし不心得者が聖なる寝所を襲い、寝首をかいたとしたら。均衡が崩れて不安定な時代が来るだろう。もう来ておるかもな」

 

キーシャは、顔にどこか寂しげな色を浮かべている。

 

(キーシャ様、もしかして、そのサキバト様はお知り合いだったのですか…?)

(………古い付き合いだった。気は合わなかったが、決して悪い神ではなかったよ。奴の憎たらしい笑みがもう見られないと思うと、ちょっとな…)

(…じゃあ、サキバト様の仇を討つためにも、アイナーマルへ急ぎましょう)

(たわけ、人の分際で神の仇などと。わたしは人の世を守るために行くのだ)

 

側から見れば無言で見つめ合う私達を、ローレは不思議そうな顔で見ていた。

我々はしばらく火で温まった後、ローレとキーシャは馬車の中で、私は御者の席にうずくまって眠った。



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第40話 ヨミはかく語りき

眠りに落ちた後、案の定というか、やっぱり私は神様とヨミのところへ戻っていた。

たった数時間前に話したのだが、久しぶりにヨミの顔を見た気がする。

 

「随分かいらしい女の子に囲まれて楽しそうやなぁ、アキヒコくん」

「…楽しいとか、そんなどころじゃなかったですよ」

 

ヨミの笑顔にどこか違和感を覚える。

以前はからかっている様子だったが、今は作り笑いを無理矢理しているように思えた。

 

「何か怒ってます?」

「…べつにぃ〜?ウチはただのメッセンジャーやし?アキヒコくんが最終的に悪い王様を倒しさえすれば、途中で何やろうと関係あらへんし」

 

ああ、そうか。

彼女は能力の覚醒を教えてくれたにも関わらず、私が感謝の意を示していないことに怒っているのだ。

 

「ヨミさん、あなたのアドバイスのおかげで助かりました。ありがとうございます」

「はあ、おおきに」

 

ヨミは作り笑いを止め、浮かない顔で返事をした。

心がこもっていなかっただろうか?

しかし、元はと言えば、私は理由も聞かされず、半ば強制的にあの異世界へ飛ばされたのだ。

むしろ、反抗せず素直に指令に従っていることを感謝されてもいいくらいではないか?

やるべきことが出来たのは事実だ。

あの世界の虐げられる人々を救いたいという気持ちは本物である。

しかし、疑問はまだ多い。

 

「そろそろ教えてもらえませんか、なぜ私が選ばれたのか?あの世界を救うのなら、あの世界の住人に頼めば良かったのではないですか?魔法が一般的に存在する世界ですし、無知な私よりも理解が速いのでは?」

「…せやな、少しだけ話してもええって神様も言うとるし」

 

そう言うと、ヨミは近くの地面から盛り上がった巨大なミミズに腰かけた。

 

「えぇ…?」

「さ、君もここに座りや」

 

隣のミミズをポンポンと、いや、ピチピチと叩く。

私は我慢してそこへ座った。

気持ち悪い。

尻の下に巨大な虫がいるなんて鳥肌がたつ。

ヨミは気にせず話し始めた。

 

「まず、答えられることと答えられへんことがある。答えられへんのは、アキヒコ君が選ばれた理由や。これは神様の指令を遂行した後で話したる。答えられることは、神様がこんなことをしてる理由や。これは簡単で、世界を守るためや」

「世界を守る?何のために?確か見捨てられた神様でしょう、自分を見捨てた世界を守るんですか?」

「もうわかっとるやろうけど、世界ゆうんは一つやない。神様には神様の、アキヒコ君にはアキヒコ君の世界がある。そして、世界同士はトンネルみたいに出入り口が繋がっとる。でも、必ず出入り出来るとは限らんねん。行ける場所とそうやない場所がある。ほんで、君の住んどる世界と、神様の世界、つまりここやな?この二つは特に強い因果で繋がっとるんや。君の世界で何かあれば、ここにも影響が出て来るくらいにな」

「何かって…?」

 

ヨミはこちらを向いた。

血のように赤い瞳が私の目と合う。

 

「侵略や」

 



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第41話 因果

「侵略って…そんなの世界中で未だに起こっていることじゃあ…」

「それは人間同士の侵略や。神様は人間同士の問題に興味あらへん。

最も危惧しとるんは、世界の外からの侵略や」

「世界の外…今私がいる異世界みたいなところからですか?」

「せや。アキヒコ君の世界は特に蜘蛛の巣の中心みたいに無数の世界と繋がっとって、今いる異世界もその一つに過ぎん。逆に、この神様の世界は、アキヒコ君の世界としか縁がない。出入り口が一つしかないわけやな。もし、アキヒコ君の世界が異世界に侵略されてしもたら、神様の世界にも侵略が始まる危険も高まる。で、今いる異世界でまさに侵略者の芽が出とる。放っといたら100年後にはアキヒコ君の世界がピンチになるんや」

 

確かに、もし人狼やカゲオニ、それに屋敷の地下で感じた悍ましい存在が私の住む世界に来たらと思うと恐ろしい。

 

「つまり、『神様の世界』の玄関口である『私の世界』を守るために、私が選ばれたんですね?なぜ私なのかは置いといて、神様は『私の世界』からでないと人選できないんですね?」

「おお、理解が早いな〜、お利口お利口。神様は君の世界との縁を通じてしか異世界へ干渉できへんのや。直接の行動は誰かに代理を務めてもらわなあかん。というわけや、自分のためにもなると思うて、異世界を魔の手から救ってあげてや」

 

私は、神様が住むという空中の要塞を見上げる。

空は相変わらず曇天で、時折走る稲光が要塞の不気味な影を雲に映す。

私の価値観からすれば、あれはどう見ても邪神とか悪魔とかの根城に見えるのだが、ヨミはあの神様が世界を守っているのだと言う。

話を信じる信じないに関わらず、もしここで反抗したとして、元の世界に戻して貰えなくなったなら、母は間違いなく心臓発作で死んでしまうだろう。

私は、過去に2回、倒れた母を救急車を呼んで病院に連れて行った。

もし、私が気づかなかったら誰も母の発作に気づかず、また自力で助けを呼ぶことも困難だっただろう。

神様への反抗は、私が間接的に母を殺すことに繋がってしまう。

大げさかもしれないが、因果関係は明らかだ。

母を死なせないため、そして私の世界を守るために、異世界を救うことに躊躇いは不要だろう。

ふと隣を見ると、ヨミは目を閉じて耳をすませるポーズを取っていた。

 

「………さっそく神様からのお告げや。『ヘレク山へ向かえ』やて」

「ヘレク山…異世界にそういう地名があるんですね」

「多分な。ウチも行ったことないさかい、アキヒコ君が確かめるしかないな。やってくれるか?世界の救済」

 

私は立ち上がって両頬を手で叩いた。

そしてヨミに向き直る。

 

「やります!私に出来ることがあるなら」

「ええ顔になったで、男前やな。ほな、よろしく〜」

 

私の意識は急速に遠のいた。



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第42話 冷たい追跡者

「アキヒコ!呑気に寝とる場合か、起きろ!」

 

私はハッと目を覚ました。

馬車の上で毛布を被っている私の上に、キーシャが乗って体を揺すっている。

 

「な、なんだよ急に。今何時だ?」

(誰に口をきいとる!)

(あわわ、失礼しました!それで、どうしたんですか?)

 

寝ぼけた目で周囲を見回すと、まだようやく空が明るみ始めたばかりだった。

どうやら早朝に叩き起こされたらしい。

ということは、4時間くらいしか寝ていないということになる。

眠くてしょうがなかったが、それでも神様の力で鋭くなった直感がすぐに働いた。

私達のいる場所は、森に囲まれた一本道の傍だ。

左右を挟むその森から、殺気が迫っていた。

一つではなく、複数。

脱走した時に私を追ってきた狼達に似た群れに囲まれているようだ。

 

(霊獣でしょうか?)

(わからん。わたしは馬車を出す準備をするから、ローレを守ってやれ)

 

言うが早いか、キーシャはしゃがんでいた馬をなだめ、立ち上がらせた。

私は馬車の中で不安げにしているローレのそばにいながら、馬車の周囲に気を配る。

ガサガサと茂みを掻き分けて、確実に何かが接近している。

馬車の出入り口から見て左に2、右に3体と言ったところか。

キーシャは手際よく馬車を発車させた。

二頭の馬はパニックになることなく走り出す。

すると、近づいて来ていた5体の何かも、明らかに速度を上げた。

獣の唸り声も、息遣いすら聞こえないので不気味だった。

まるで機械か何かが追いかけて来ているような冷たい印象を受けた。

しかし、それは獣のような執念さで距離を少しずつ詰めて来ている。

 

(キーシャ様!馬車が襲われるのも時間の問題です!私が戦います!)

(待て!わたしが牽制するから、よしと言うまでジッとしておれ!)

 

外からキーシャが水の矢を放つ音が聞こえた。

しかし、追ってくる気配は全く怯む様子もない。

私はいつでも扉を開けて触手を伸ばせるようにした。

突然、右にいた3体の足音が途切れた。

すると次の瞬間

 

ドサッ

 

(屋根に付かれた!今だアキヒコ!)

 

私は扉を開けて触手を屋根の上にめちゃくちゃに伸ばした。

何かを捕らえた感触が腕に伝わる。

 

「ローレ、心配するな。すぐ戻るから!」

 

縮こまってこくこくと頷くローレを置いて、私は素早く屋根に登って扉を閉めた。

屋根の上では、キーシャが後ろを振り返りながら、既にソレと交戦していた。

 

「早くなんとかせい!わたしの水では埒があかん!」

「な、なんだ、このバカデカい…」

 

私はそこにいたモノの予想外の姿に唖然とした。

 

 



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第43話 人面蟲

ソレは、巨大なサソリのように見えた。

しかし、ただ巨大というのではなく、明らかに普通ではない歪な容貌をしていた。

体型そのものは、サソリというよりクモである。

発達した長い8本の脚が、頭胸部と思われる部位から生えていて、腹部は大きく盛り上がっている。

しかし、その腹部から3本の長い尾が伸びていて、それぞれの先端に鉤状の鋭い針を備えているのだ。

そして、これが最も悍ましいもので、頭胸部には、まるで仮面を被ったかのように、無表情の人間のような白い顔がくっついているのである。

その顔には複数の目玉が並び、絶えずギョロギョロと周囲を見回している。

中型犬ほどもあるその人面グモ(いや人面サソリか?)が、3匹も馬車の屋根に張り付いて、キーシャを攻撃しているのだ。

キーシャは水の魔法で盾のようなものを作って防御していたが、合計9本もの針があらゆる方向から伸びてくるのをいつまでも防ぐのは困難だろう。

私の触手は最も後方に張り付いた1匹を捕らえていたが、頑丈そうな殻に覆われているせいか私に気づく様子がない。

振り返ると、馬車の左後方からも同じ人面グモが迫っていた。

無表情のまま、脚だけをせかせかと動かして追いかけてくる姿は鳥肌が立つほど不気味だった。

 

「このっ!」

 

私は触手で捕らえていた1匹を後ろに向かって思い切り引っ張った。

幸い、それほどの重量ではなく、触手の怪力で容易に投げ飛ばすことができた。

投げ飛ばした1匹は、そのまま馬車の後方を追いかけてくる個体に激突した。

大したダメージではなさそうだが、わずかに足止めすることはできた。

 

「キーシャ!伏せろ‼︎」

 

私の叫び声にキーシャはタイミングよく座席へ身を屈めた。

私は足にバネの触手を展開し、屋根の上を跳んで人面グモの1匹に蹴りを食らわせた。

バネの反発で馬車の進行方向へ吹っ飛んだ個体は地面に落下し、起き上がる暇もないまま、2頭の馬の蹄でグシャグシャに踏み潰された。

屋根に残った1匹は、私の存在にようやく気づき、くるりとこちらを向いた。

 

「オオオオオオオオオッ!」

 

およそ人間の口から出るとは思えないような、地獄の底から響くような奇声を上げ、人面グモは咆哮した。

人面と思われた顎の部分が左右に開き、いわゆる鋏角のような形になっている。

口には人というより肉食獣のような牙がびっしりと並び、鼻から上の人面部分とのアンバランスさをより際立たせていた。

 

「なんて醜い顔だ、整形してやるからかかって来いこのクソ虫が!」

 

私は、普段の私なら絶対に口にしないであろう汚い言葉を、異国の言葉で人面グモに吐きかけた。

これは人狼譲りの粗野な言葉遣いなことも関係するが、そうやって自分を奮い立たせないと、目の前の怪物の恐ろしさに膝を屈してしまいそうだったのかもしれない。

クモが尾を振りかざしながら私に走り出すと同時に、私は両腕の触手を全力で解き放った。



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第44話 溶解液

私の触手は、敵を捕縛し、必要なら絞殺し、最終的に腕の傷口で捕食する能力である。

なので、どうしても敵に接近する必要があることが短所といえば短所だが、それも怪力と驚異的な治癒力で獣相手ならばどうにかなると思っていた。

人面グモとて例外ではない。

巻きついた触手は、一見強固に思えた殻を簡単にグシャリと砕いた。

だが、狼の時のように即死するほどのダメージを与えられず、それが大きな誤算を生んだ。

 

「オオオオオオオオオッ」

 

身体を潰されて苦しみ悶える人面グモは、3本の尾を無茶苦茶に振り回して攻撃してきた。

 

(気をつけろ!そいつの尾は毒針だ!)

(やっぱりですか…!)

 

嫌な予想が当たってしまった。

この化け物の尾はどう見てもサソリのそれであり、毒を持つのかどうかが気がかりだった。

私は何とか尾針を触手で拘束しようとした。

しかし、暴れ回る尾を上手く捕らえることが出来ず、迂闊にも毒針が触手の1本を掠めてしまった。

その触手は、掠めた傷口を中心に見る間に溶け始め、そこから先端までが千切れてしまった。

千切れた触手はしばらくのたうち回ったが、やがて全て溶けて液状になった。

毒どころではなく、強力な消化液のようだ。

幸いにも痛覚は感じなかったが、私は慌てて千切れた根元の方の触手の先端も手で引き千切って捨てた。

こんなものを一撃でも体に食らったら、いくら治癒力があったとしても危険だ。

キーシャの水の盾で防ぐことができた理由がわかった気がする。

消化液ならば、水で薄めて無効化することも可能だろう。

しかし、私には回避以外に防ぐ手立てはない。

 

(仕方ない、こういう敵には…)

 

私は何とか針の攻撃を躱しながら、胸の傷口から肉をいくつか剥がした。

 

「行け!」

 

私は人面グモのひしゃげた腹部に肉をばら撒いた。

無数の肉の欠片は独立した生命になり、割れた殻の隙間から人面グモの体内へ侵入した。

数十秒もしないうちに、暴れていた尾は動きが鈍くなり、やがて3本ともぱたりと動かなくなった。

 

(…ふう、何とか倒しました)

(ご苦労。こんな危険な霊獣が群れを成しておるとは、おちおち野宿もしておれん。近くの町まで急ぐか)

 

キーシャはさらに馬の脚を速めた。

馬車の後ろを振り返ると、まだ他の2匹がしつこく追ってくるのが見えたが、段々と引き離していく。

 

「戻れ」

 

私は人面グモの体内にいる小虫達に呼びかけてみたが、反応はない。

そういえば、人狼の時は丸ごと飲み込んだし、カゲオニの時は実験台として影に飲まれてしまったから、私は肉片の生命が私の支配下にあるかどうかもよくわかっていないのだ。

試しに触手を体内へ突っ込んでみると、小虫達は触手を辿って戻ってきたので、そのまま腕の傷口へ回収した。

 

(段々この力にも慣れてきたな…)

 

霊獣よりも人から遠のいた気がするが、まあ問題はないだろう。

私は人面グモの死体を馬車から落とそうと足を乗せた。

その時である

 

「…え?」

 

ふくらはぎに針で刺されたような痛みが走った。

足を見下ろすと、人面が伸びていた。

まるで亀のように、人面の裏側からグロテスクな生身の首を伸ばして、私の足に噛みついていた。

 

(しまった…!消化液のような役割の毒なら……)

 

私の足はたちまち、立っていられなくなるほどの痺れに襲われた。



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第45話 朦朧

「アキヒコ、しっかりせんか!ええい、しつこい奴らめ」

 

キーシャの呼びかける声が遠くに聞こえる。

まるで耳栓をしているかのように聞き取りづらい。

足の痺れは燃えるような熱さに変化していた。

見下ろそうとしてもできない。

私の身体は倒れているのか、見下すことができない。

どこに倒れているのだろう。

馬車の屋根か?

地面か?

自室のベッドの上か?

わからない、自分が今どこにいるのかわからない。

 

「アキヒコ、まだ寝てるの?」

 

母は寝坊癖のある私を、よく起こしてくれた。

目覚ましをいくつセットしても起きられず、学校の人はもちろん、教師と一対一で面談している時でさえ、気がついたら眠っていて、それを周囲の半数が笑い、残り半数が「だらしのない怠け者」と罵倒した。

母は何らかの病気ではないかと心配して医者へ連れて行こうとしたが、父が「ただこいつがたるんでるだけだ」と言って許さなかった。

私はとにかく夜は早く寝て、朝は遅刻しないギリギリの時間に起きて、コーヒーを何杯も飲むことで補ったが、今思えば、病院に行って適切な処方をしてもらうべきだったのだろう。

今日もまた、私はベッドから出られないでいる。

 

「あと少し…5分だけ眠らせてくれ…母さん」

「たわけ!早く解毒しないと本当に死ぬぞ!奴らを振り切ったら解毒してやるから何とか耐えろ!」

 

ああ、これは母ではなくキーシャの声だ。

そうだ、私はベッドにいるのではなく、馬車の屋根に倒れている。

目を開けると、目の前に人面グモの不気味な白い顔が転がっている。

どうやら、私に噛みついたのは今際の際の足掻きだったらしい。

 

「やるじゃないか…そういうとこ…尊敬するぜ…」

「アキヒコ!早く起きないと仕事に遅れるわよ!」

 

また意識が朦朧としてくる。

母さん、仕事はもうどうでもいいんだ。

私は神様の命令でしなくちゃならないことが出来たんだ。

工場の清掃も大事な仕事だけど、こっちは人の命がかかってるんだ。

ああ、でも、

 

「私の命一つなんて…ちっぽけなもので…救えない…軽い…」

 

何が言いたいのかもうわからない。

視界には炎に焼かれる私の肉体が見えた。

いや、私の視点ではなく、上から燃える私を、私が見下ろしている。

ここは、自室のベッドの上だ。

私の部屋が、ベッドが、身体が燃えている。

火葬される死体の如く、容赦なく焼き尽くされていく。

母は無事に逃げただろうか?

それだけが気がかりだ。

私の命より、母の命の方が世の中の役に立っている。

 

「役立たずは…これで…終われる…」

「役立たずなんていねーよ、アホタレ」

 

不意に、聞いたことのない声が聞こえた。

 



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第46話 謎の助っ人

私の意識は、一時の間、現実に浮上した。

私の身体を跨ぐように立つ謎の人物の顔を確かめようと思ったからかもしれない。

 

「な、なんだお主?どうやってそこに」

 

キーシャが驚いた声を出した。

当然だ、かなりのスピードで走る馬車の屋根に、さっきまで居なかった者が立っているのだ。

 

「遠くから追われてるのが見えたんでね、先回りして木から飛び移ったのさ」

 

その人物は、すり減って色褪せた茶色のローブを頭からすっぽりと被っており、フードに隠れて顔は見えない。

身長は私と同じくらいか、少し高いくらいだろうか。

声の高さからして女性か、若い男性と思われた。

謎の人物は屈んで私の顔を覗き込んだようだった。

 

「あーあ、このままじゃすぐ死んじまうなぁ。馬車の揺れで毒の周りが速くなってる。おいチビ、とりあえず馬車止めろよ」

「そうしたいのは山々だが、後ろを見てみろ!あとチビって言ったな!無礼だぞ!」

「わかってるよ、追われてるのが見えたって言ったろ?心配すんな、あたしが何とかしてやる」

 

そう言って、おそらく女性の人物は馬車を飛び降りた。

私は身体を起こそうとしたが、もう指一本動かせないまま、とうとう意識を失った。

 

 

 

それからどれほどの時間が経ったのだろう。

私は目を覚まし、幸いにも生きていることを実感することとなった。

まず目に入ったのは、木の板で出来た薄暗い天井である。

もう長い間修繕していないのだろう、あちこちに雨漏りの跡や穴がある。

薄暗いが、窓から差し込む光は、汚れて曇った窓ガラスに遮られているだけで、夜ではないことがわかる。

視線をさらに下へ向けると、私が寝ているベッドの傍に、鮮やかな緑色と、煤けた金色の髪の頭がそれぞれ寄り添っていた。

キーシャとローレだ。

どうやらベッドに頭を預けて寝ているらしい。

 

「そいつらに感謝するんだね。緑のチビは大した術で解毒してたし、金髪のチビは熱にうなされたアンタを付きっきりで看病してたよ」

 

私は額を覆う手拭いに手を当てた。

ベッドの近くにタライのような容器がおかれていて、そこに水が張ってある。

確かに看病をしてくれていたようだ。

守るべき少女に逆に助けられて、申し訳ない気持ちになる。

私は声のした方へ向き直る。

部屋の隅の椅子に誰かが足を組んで座っている。

どうやら、あの馬車にいたのと同一人物のようだが、今はフードもローブも脱いで、薄暗い空間に女性的なシルエットが見える。

 

「あ、あの、ありがとうございました。あなたが化け物を退治してくれたんですよね?」

 

私の問いかけに、女性が首をかしげた。

 

「おや、他所者かい?残念だけど異国の言葉はわかんねーよ」

 

そこで私は、うっかり日本語で話しかけたことに気づき、慌てて言い直した。

 

「ありがとう。アンタがバケモンを退治してくれたんだろ?」

「おお、喋れるじゃねーの。なに、気にしなさんな。あんなモンがウロついてたらこっちも迷惑なんでね」

 

女性は椅子から立ち上がった。

ガチャリ、と何か金属が床に当たるような音が響く。

女性は、ガチャリ、ガチャリと音を立てて近づいてきた。

その顔が窓の明かりで見える位置まで来た時、私は思わずあっと声を出しそうになったが、すんでのところで飲み込んだ。

 

「あたしはグレイベル・ソウ。この町の用心棒。ってことになってる」

 

その女性、グレイベルの右半身は、生身ではなかった。



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第47話 廃墟の用心棒

「たまげたか?人間がこんな状態でも生きていられることに。どっこい生きてるんだなぁ、これが」

 

そう言ってグレイベルは口の端を上げた。

その顔は、左側が健康そうな褐色肌であるのに対し、右側は火傷のような跡が額から目、頬骨、顎の下まで続いていた。

最近出来たものではなさそうだ。

皮膚はまるで古い樹木の表面のような古傷になっている。

ひょっとすると右目も見えていないのかもしれない。

左目が鳶色の瞳であるのに対し、右目は灰色に濁っている。

へその出た丈の短い衣服からは、顔と同じ古傷が首や腹にも見える。

太腿も露わになる短いズボンだが、右脚は付け根の途中から先が義足になっている。

義足はとても精巧な作りで、左脚の太腿やふくらはぎの太さとほぼ変わらない曲線を再現している。

それでいて、脚の所々から向こう側や中身の構造が見えているので、透明な脚に靴を履いているかのような芸術的なデザインだ。

右腕だけ、ポンチョのような衣装を纏っているので見えないが、もしかすると義手かもしれない。

 

「………いや、ジロジロと見て悪かった。良い脚だな」

「ハハハ、お褒めに預かりどうも。腕のいい職人に作らせた特注品だ。まだ完全に生身だった頃と変わらず走れるぜ」

 

そう言って彼女は、左手でズボンからタバコとマッチ箱を取り出し、器用に片手で火をつけて吸い始めた。

私はローレ達を起こさないよう、そっとベッドから降りた。

私の服は着替えさせられていた。

病院で着せられる患者服に似た、腰を帯で固定するシンプルな寝間着だ。

 

「アンタの身体、悪いけど見させてもらったぜ。他人のことは言えねえが、アンタも相当無茶やってるみてえだな。特に手脚と胸の傷はなんだいそりゃ?刀傷でもそうはならねえよ」

「俺は他所から来たんでな。訳も分からないうちに、生きるために戦ってた。気がつけばこんな体だ」

「なるほどね、そりゃあ大変だ。でも、訳も分からないのはこの国の人間も同じさ。4年前に何もかもおかしくなってから、気がつきゃ化け物どもの天下だ」

 

グレイベルはフーッと煙を吐く。

独特の香りが私の鼻にも届いた。

私は質問を続ける。

 

「用心棒って言ったな?霊獣から町を守ってるのか?」

「んー、そうとも言える。このギムエルって町はほとんど廃墟でね。大方の住民はとっくに別の町に逃げるか、化け物に殺された。残った住民は武装して町を守ってるが、それも日々人数が減ってる。この部屋だってもともとは宿屋だったんだぜ。持ち主はもういやしない。たまたま通りかかったあたしが、食い物と寝る場所を好きにしていい代わりに戦ってるのさ」

 

その時、どこからか大きな音が聞こえてきた。

 

ゴーン………ゴーン………

 

どうやら鐘の音のようだ。

時報だろうか?

 

「はっ⁉︎なんだ、何の知らせだ?」

 

鐘の音でキーシャとローレが目を覚ました。

 

「アキヒコ!元気になったのね!良かった、私とても心配で…」

 

ローレは立っている私に駆け寄った。

キーシャはまだ寝ぼけている顔でグレイベルに聞いた。

 

「この鐘は何だ?もう昼時か?」

「いいや、こりゃ合図だよ。決闘のな。よし、ちょっくら行ってくる」

 

グレイベルはタバコを窓枠にギュウと押し付けて火を消すと、ポケットから指ぬきグローブを取り出して、口を使って左手に嵌めた。

 

「決闘って、アンタが?一体誰と?」

「決まってる、化け物の代表とだよ。連中にも騎士道精神だか何だかはわかるらしい。それとも、単純にあたしが怖いのかもな?」

 

笑いながら、グレイベルは出口へ向かった。



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第48話 負け知らずは恥知らず

「アンタらは出てくるなよ、まだ顔は見られてねーからな」

 

グレイベルはそう言って階段を降りて行く。

私の寝ていた部屋は建物の2階で、1階はバーのようなカウンターや座席が置かれていた。

しかし、バーもやはり持ち主が居なくなって手入れされていないのだろう、床が抜けていたり、酒瓶が割れたまま放置されていたり、カウンターに埃が積もっていたりする有様だ。

ほとんど廃墟、というのは本当のようだ。

グレイベルはバーの扉から外へと出て行った。

私達は身を屈めながら、1階の曇った窓ガラスに近づいた。

私は不安をつい口にする。

 

「たった一人で大丈夫なのか…?」

 

すると、キーシャが冷静に答えた。

 

「そうか、お主は見ておらなんだな。彼奴は大した使い手だぞ」

「そうなの、あのクモみたいな霊獣をあっという間に倒しちゃったのよ」

 

キーシャとローレは、グレイベルの戦いを既に見ているらしい。

確かに、あの人面グモを倒せるならば腕は本物だろう。

少なくとも、触手以外はてんで素人の私より強いはずだ。

外を見ると、この世界に来て初めて見る町があった。

舗装されていない大きな通りを挟んで、向こう側に規則正しく並んだ家々が見える。

その通りの真ん中にグレイベルは立っている。

武器は何も所持していない。

そういえば、この世界で見たまともな武器といえば、人狼の持っていた棍棒ぐらいのものだ。

私はまだ、この世界の文明レベルすらよくわからないのだ。

この決闘とやらで、それも明らかになるのだろうか。

グレイベルの見ている方向を見ると、通りの反対側にも誰かが立っていた。

身の丈3メートルはあろうかという巨漢だった。

筋骨隆々の体に対し、小さく見えるほどの鎧を申し訳程度に纏っている。

顔には眉間から顎にかけて大きな傷があり、いかにも歴戦の戦士といった風態だ。

 

「今日はテメーが相手か、図体ばかりじゃあないことを祈るぜ」

 

グレイベルは、自分の2倍近くある巨躯の戦士に向かって、丸腰で挑発した。

巨漢は、そこでやっと口を開いた。

 

「オレは『怪猿のバルギス』…ガイオネル将軍配下…最強の霊獣ダ」

 

少しカタコトのようなぎこちない言葉で名乗るバルギスを、グレイベルは鼻で笑った。

 

「ハッ、昨日の奴もそう言ってたぜ。随分と最強の称号が安っぽいみてえだな。なんて言ったっけな、『恥知らずのワードック』だったか?」

「『負け知らずのワードック』ダ…二度と間違えるナ…」

 

同胞を馬鹿にされたからか、バルギスは怒りを露わにした。

 

「カッカすんなよ、もう奴は「負け知らず』じゃあねぇ、最後に負けを認めて首にサヨナラしたからな。今日からはあたしが名乗ってやるよ、『負け知らずのグレイ』ってな」

「ウオオオオオオオオオ‼︎」

 

怒りを抑えられなくなったバルギスは、グレイベルに向かって突進する。

始まりの合図もなく、一対一の決闘が始まった。



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第49話 ロデオガール

バルギスは真っ直ぐグレイベルへと突進する。

太い両腕を地面につけて4足で走る姿はゴリラのようだ。

あの巨体なら、体当たりするだけでたちまち人間は吹き飛ばされてしまうだろう。

しかし、グレイベルは微動だにせず、バルギスを待ち構えている。

 

(危ない…ッ!)

 

私は、以前よりも遥かに良くなった動体視力によって、バルギスの両腕がグレイベルの身体を捕らえる寸前を、まるでスローモーションのように見ていた。

グレイベルは、跳んだ。

両足を揃えて、新体操選手のごとく華麗に宙を舞い、敵の腕を回避した。

そして、突っ込んで来たバルギスの頭を左手で掴み、その大きな背中に飛び乗った。

 

「グオオオオオオッ!」

 

バルギスは、今度は怒りの雄叫びではなく、人間の喉から出るとは思えない動物的な咆哮を轟かせた。

背中に乗ったグレイベルを振り落とそうとめちゃくちゃに暴れる。

両腕を何度も地面に叩きつけるたびに、私達のいる建物にまで振動が伝わってくる。

しかし、グレイベルは暴れ牛を駆るカウボーイのような柔軟さでそれをいなし、全く振り落とされる様子がない。

 

「よーしよし、なかなかの乗り心地じゃあないの、だがあんまり暴れるとテメエが怪我する、ぜっ‼︎」

 

背中へと伸ばされたバルギスの腕から逃げるため、グレイベルは背中を踏み台に再び跳躍する。

 

「グェッ!」

 

彼女が跳んで離れると、バルギスは苦悶の声を上げた。

同時に、その背中からパッと血飛沫が上がる。

グレイベルが優雅に着地するのと、巨大な霊獣が背中を押さえて膝をつくのはほとんど同時だった。

 

「キ、サマ…何をしタ…ッ?」

「だから言ったじゃあねーか、暴れたら怪我するってよ。大人しくしてりゃあ一突きで楽にしてやったのに」

 

腰に手を当て、グレイベルはリラックスしたポーズを取った。

だが、そのポーズとは裏腹な彼女の豹変ぶりに私は驚く。

グレイベルはとても目立つ容貌だ。

それは身体の右側の古傷のせいでもあるし、頭の後ろで束ねた赤い髪や、左半身だけ見てもわかる美しい顔立ちとしなやかな身体付きのせいでもある。

様々な意味で人の目を引くその顔だが、先ほど見せていた余裕の笑みとは違う、狂喜とでもいうべき表情に、私は寒気を覚えた。

彼女は殺し合いを楽しんでいる。

強さを求めていたリンセンでさえ、こんな楽しそうな表情は見せなかった。

そして、バルギスの頑丈そうな肉体を一瞬で傷つけた攻撃方法にも目を疑わずにいられなかった。

その理由とは、左脚に体重を乗せることで、ファッションモデルのように少し膝を曲げた状態にある右脚の義足だ。

 

「なんだ…あの義足は…?」

 

思わず率直な疑問が口から漏れてしまうほどの異様だった。

何しろ、グレイベルの右脚は、膝から下が鋭い刃物に変わっていたのだから。

 

 

 

 



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第50話 怪猿

義足を脱いだ、という訳ではないらしい。

周囲に脱いだ義足は見当たらないし、私の視力でも、バルギスの背中から離れる直前まで普通の脚の形だったのが見えた。

私は脳内の声でキーシャに尋ねる。

 

(あの義足が剣に変化したんでしょうか?)

(そのようだな。アレで森の毒虫どもも切り刻んでおった。とても変わった技能だが、れっきとした剣士と言えよう)

 

確かに、優れた剣技を習得しているならば、剣を手に持っていようが足に装着していようが『剣士』なのだろう。

一体どのような過去を経てあの戦い方に行き着いたのかは、私などに想像できるものではない。

とにかく、グレイベルは私よりも数段上を行く戦いのプロだということは明白だった。

 

「人間ごときガ…五体の揃わぬ姿デ、オレに血を流させただト…?認めヌ、認めぬゾォォォッ‼︎」

 

バルギスは体勢を立て直すと、天に向かって吼えた。

空気をビリビリと震わせるその咆哮に、私は聞き覚えがあった。

私が最初に殺し合った、あの人狼が変身する時に上げた遠吠えに似ている。

こちらは狼ではなく猿のようだが、予想通り肉体を変化させ始めた。

ただでさえ巨大な体は、胸筋や腕の筋肉がさらに隆起し、巨大化していく。

下半身は、上半身ほどの大きな変化はないが、先程より明らかにガッシリとして安定感を獲得している。

人間サイズの鎧は、その怪物のような筋肉に圧迫され、ついに弾け飛んだ。

地肌からは黒い剛毛がザワザワと生えて全身を覆っていく。

私は、子供の頃に見た映画に登場する巨大なゴリラの怪物を思い出した。

しかし、これは映画でも劇でもない、窓を挟んだほんの数十メートル向こうの道に、6メートルを超える巨獣が怒り狂っているのだ。

そんなバルギスを目の前にして、しかしグレイベルは笑っていた。

私はそちらの方が恐ろしかった。

人間とは、自分より巨大なものと対峙したら、本能的に恐怖に駆られたり、好奇心から見惚れてしまったり、あるいは非日常的な光景に思考が追いつかず、呆然としてしまったりするものだ、と思っていた。

だが、彼女の場合、本能も、好奇心も、思考も全て壊れているように見えた。

巨獣と化したバルギスに対し、グレイベルは突如として疾走を始めた。

右脚の剣はいつの間にか脚の形に戻り、本人が言った通り、生身の人間と同じか、それ以上の速度で滑らかに走って行く。

バルギスは、大木のような腕を振りかぶり、周囲の建物も、地面も抉れてしまうような勢いでなぎ払った。

 

「やばい…ッ!」

 

私はとっさにキーシャとローレを両脇に抱えて、建物の奥へと退避した。

直感は当たり、私達がさっきまで外を覗き見ていた窓は、周りの壁ごと吹き飛び、建物はもはや中も外も境界が無くなった。

3人とも幸いにして無傷だったが、激しい土煙が巻き起こり、視界を奪われた。

 

「ケホッ、ケホッ!」

 

ローレが苦しそうにむせているのが腕に伝わってくる。

 

(アキヒコ!この場はローレにはキツい。もう少し遠くの建物へ連れて行ってやれ!階段を通り過ぎたらすぐ裏口がある!)

(キーシャ様はどうするんですか!)

(わたしはグレイベルが無事かどうか見極める)

(ダメです!あなただって危険ですよ!一緒に退避しましょう!もしここであなたに倒れられたら、私はアイナーマルに辿り着けませんよ!)

(むー…!わかった、ではローレを安全な場所に置いたら、お主、戻って来い!もしグレイベルがやられていたら、わたしは治療、お主は陽動で援護するのだ)

 

私は一瞬、キーシャを置いて行くことを迷ったが、彼女の強さを信頼することに決め、ローレだけを連れて裏口へ走った。

 



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第51話 子供扱いするべからず

裏口を出ると、建物の間が狭い路地になっていた。

私はローレを両腕で抱き抱え、表の決闘から少しでも遠い方向へと走った。

 

(あれを決闘と言っていいのかわからないが…)

 

建物の向こう側から、バルギスが暴れているのであろう地響きが路地裏にも伝わってくる。

途中にある建物の隙間へ曲がり、より遠くへと逃げる。

人の気配はない。

ただでさえ人が少ないだろうし、残っている住民は隠れているのだろう。

速く戻らなければ、キーシャの身も危うい。

 

「あ、アキヒコ!下ろしてちょうだい、1人で走れるわ!」

 

ローレは赤面していた。

幼子のように抱き抱えられているのが恥ずかしいのだろう。

だが、彼女1人で走らせるより、この方が速いはずだ。

 

「今は我慢してくれ、キミはもともと俺の戦いには関係ないんだ。少しでも安全な場所まで…」

「関係あるわ!私の国だもの!それに、もう安全な場所なんてどこにもないわよ!こういう道のことならあなたより私の方が詳しいのよ、下ろして!」

 

これまで優しいローレしか見たことなかったので、駄々をこね始めたことに少し驚きつつ、私は足を止めた。

ふと思ったが、彼女はどういう経緯で奴隷として捕まっていたのか?

外見はみすぼらしいが、その立ち居振る舞いには、どこか高貴な令嬢のような育ちの良さを感じる。

ローレは駄々をこねるのを止め、今度は私に言い聞かせるように優しく言葉を紡ぐ。

 

「キーシャさんとグレイベルさんを助けてあげて?私は1人でも逃げられるから、ね?」

「………わかった。あとで必ず迎えに行くから」

「ええ、待ってるわ、アキヒコ」

 

彼女の言葉には確信が宿っている。

だから従わなければならない。

なぜか、そんな感情が芽生え、私は素直に従った。

ローレが路地裏を遠くへ走って行くのを見届けて、私は踵を返した。

 

 

 

裏口からわざわざ入ることもないだろうと思い、私は土煙の舞う建物の屋根まで、触手のバネで跳躍した。

建物の屋根は比較的平らだったので、着地は簡単だった。

しかし、土煙がまだ激しく、巨大なものが動いて地響きを立てていることしかわからない。

 

(でも、暴れてるってことは、まだグレイベルが応戦してるってことなんじゃあないか?)

 

私は頭の中でキーシャに呼びかける。

 

(キーシャ様!戻りました!今どこに?)

(速いな。案ずるな、まだ決闘は続いておる。懐かしいのう、かつて見た勇者の魔物退治を思い出すぞ!)

(それ、いつの話ですか…それで、私はどうしましょう?)

(まあ見ておれアキヒコ。お主もいずれ戦うであろう怪物との戦い方を)

 

その時、土煙の中で何かがキラリと光った。

鏡が太陽光を反射したかのような、強い光だ。

それと同時に、またバルギスの呻きが響いた。

 



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第52話 決着

土煙が段々と晴れてくると、何が起きているのかがようやく理解できた。

光っていたのは、グレイベルの刃が日光を反射していたのだ。

しかし、私は光の正体がわかってもなお、驚愕せざるを得なかった。

グレイベルの戦い方があまりに常軌を逸していたからだ。

勿論、バルギスほどの巨獣を相手にするのに、対人を想定した戦い方など役に立たないのは素人の私でもわかる。

だから、周りの地形を利用するとか、罠にかけるとか、そういう戦法を想定していた。

だが、グレイベルは相手の視界に堂々と入って、正面から挑んでいた。

バルギスは突進してくる小さな的に、大雑把に広範囲の攻撃を仕掛ける。

腕を振るうだけで地面が抉れて、直径2メートルほどの穴が出来上がるので、並みの人間ならひとたまりもない。

だが、グレイベルは振り下ろされた腕をギリギリで躱し、その腕をまるで階段のように駆け上がった。

そして、自分の身長の半分を占めるほど巨大なバルギスの顔に向かって、義足の剣を叩き込んだ。

 

「グワァッ!」

 

頰をザックリと斬り裂かれたバルギスは、傷を手で庇おうとする。

接近してきた手を、やはりギリギリで躱したグレイベルは、今度はその手に蹴りを入れながら宙に跳ぶ。

パッと赤い飛沫を撒き散らしながら、指が2.3本切断され、ボトリと虚しく地面に落ちた。

グレイベルはというと、義足は落下の衝撃も和らげることができるのだろうか、6メートルの高さから飛び降りたにも関わらず無傷であった。

 

「おいおい、しっかりしてくれよ。昨日のワードックの方がまだ手応えあったぜ」

 

土煙の中でこんな戦いを何度も繰り返したのだろう、バルギスは全身傷だらけだった。

それに比べ、グレイベルは息一つあがっていない。

 

(勝敗はもう決したな。あの猿に余程の天啓が訪れない限り、身体を少しずつ削がれていくだけであろう)

(………キーシャ様、この国にはあんなに強い人が他にもいるんですか?)

(さあの。わたしも1000年間で人間がどう変化したのかは皆目見当がつかん。しかし、決して皆が皆、霊獣と渡り合える強さを秘めているわけではない。五体満足でも戦いに向いていない者はおるし、あの娘のように手足を失っても強い者もおる。だからこそ、ああいう傑物は英雄として人々に頼られるのだ)

 

バルギスはもはや、戦意を喪失しかかっているように見えた。

先程のような派手な動きもせず、肩で息をしながら、自分より遥かに小さい相手を睨んで動かない。

 

「どうした、降参か?なら命だけは助けてやる。あたしが勝ったら町を襲わないって約束だったな?とっとと帰って将軍に敗北を報告するんだね」

 

グレイベルはまだまだ余裕といった状態で、敢えてバルギスに温情をかけた。

だが、戦意を失ったかと思われたバルギスは、敗北という言葉に反応した。

 

「敗北…?ガイオネル将軍の軍に敗北などなイ…勝つか、敵に勝たせないカのどちらかダ…ッ!!」

 

バルギスは、指を切断された方の血だらけの手で、地面に何かを描き始めた。

それを見たグレイベルは、急に真顔になり、警告を発した。

 

「やめときな、それをやったら決闘の取り決めは全て無効だ。あたしはテメエを殺して、テメエの仲間も皆殺しにするぞ」

「やれるもんなラ、やってみロ!!ガイオネル将軍万歳ィ!!」

 

何かまずいことをしでかそうとしているらしい。

私は屋根からバルギスに触手を伸ばそうと身構えた。

 

(待て!アキヒコ、手を出すな)

 

キーシャの声が制止する。

地面には、バルギス自身の血によって、何か魔法陣のような紋様が描きかけられている。

しかし、もうそれが完成することはないだろう。

電光石火の如き速度で間合いを詰めたグレイベルは、既に大猿の手首を斬り落とし、脳天に刃を突き立てていた。



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第53話 不穏と緊迫

地響きを立ててバルギスの巨体は倒れた。

倒れる直前、グレイベルは彼の眉間から剣を引き抜き、宙返りをして着地した。

 

「馬鹿野郎が。こんなもんで勝ったところで何になるってんだ…!」

 

さっきまでの楽しそうな表情はなりを潜め、何か苛立っている様子だった。

彼女はバルギスの描きかけていた血の紋様を、足で砂を蹴って消した。

いつの間にか、周囲に数名の人が集まっている。

私も屋根から降りてグレイベルに近づいた。

 

「ソウさん!ご苦労だったな!アンタのおかげで今日もまた町は生き残れた。いやぁ、大したもんだ。こんな化け物を赤子の手を捻るように倒しちまうなんて。お見事だ!」

 

中でも特に恰幅の良い中年の男性がグレイベルに気さくに話しかけらる。

 

「さあどうぞこちらへ、今宵も勝利の祝杯と行きましょう!」

 

男性の陽気さとは反対に、グレイベルは楽しくなさそうだった。

無言でタバコに火をつけて一息つくと、ようやく口を開く。

 

「町長さんよ、あたしは良いから、こいつらに何か食わしてやんなよ。あたしの客人だ、丁重にもてなしてやってくれ。それと、宿が壊れちまったから別の寝所を頼む」

「そ、そうですか、承知致しました。おーい!誰か、使える宿を用意しろ!」

 

町長は町民に指示を出した後、こちらに向き直った。

 

「ようこそ我がギムエルへ!少々寂れてはいますが、精一杯の歓迎をさせていただきます!」

「い、いや、俺たちは…」

 

私は遠慮しようとしたが、考えてみればキーシャもローレもお腹を空かせているはずだし、多分ここに来るまでの汚れを落としたいだろう。

振り向くと、キーシャがニコニコと笑ってこちらを見ていた。

 

(ふっふっふ、やっと馳走にありつけるな!お主の持ってきたパンも美味だったが、やはり大勢にもてなされるのは気持ちが良い。お主も病み上がりなのだから無理せず休むことだ。人の好意はありがたく受け取っておくのが賢い大人というものだ)

(…そうですね。ここで一息入れましょう)

 

私は町長に話しかける。

 

「じゃあ、3人分の食事と寝床を用意してもらえるかな。あと、風呂も」

「かしこまりました!町一番の料理人に作らせましょう」

 

私は町長との話をキーシャに任せて、ローレを探しに戻った。

ローレは、決闘のあった通りから4区画ほど離れた公園の木の下にいた。

私に気づいていないようなので声をかけようとしたが、ローレが何か喋っているのが聞こえて、思わず近くの建物の陰に潜んでしまった。

 

「……何をしに来たの?私はもう帰らないわ。イリザ姉さんのようになるのは死んでも嫌よ」

 

そっと覗くと、木の根元に座ったローレの傍に、何か小さい生き物がいた。

いや、生き物というべきなのだろうか?

ユラユラと揺らめく、まるで黒い炎のような不思議な姿だ。

ローレは悲しそうな顔でそれに話しかけているのだ。

 

「そうよ、お城の中も全部見たわ。あんなものまで隠してたのね、お父様は…」

 

私はもっとよく聞こえるように顔を動かしたが、それでローレに気づかれてしまった。

 

「誰?」

 

パッと振り向いた彼女に、私は間一髪のところで顔を見られなかった。

心臓がバクバクと激しく脈打っている。

ローレが静かに近づいてくる足音が聞こえたので、私は音を立てないように触手のバネで跳躍し、屋根の上へ登った。

そして、公園の反対方向まで行ってからローレの前に姿を現した。

 

「ローレ!もう大丈夫だよ」

「まあ、アキヒコ!グレイベルさんは無事だったの?」

「ああ、圧勝だったよ」

「そう、良かったわ!」

 

ローレは嬉しそうに私の手を握ってついて来た。

私にはローレが無理をして笑っているようにも見えた。

しかし、今は何が何だかわからない状況だ。

しばらくは様子を見よう、と思った。

 



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第54話 宿屋へ

通りに戻ってみると、キーシャがすっかり町民に囲まれて歓迎されていた。

 

「可愛い子だねぇ、どこからきたんだい?」

「北の大地クヴラである」

「ハハハ、面白い!伝説の地から来たってわけか!じゃあその衣装は女神キーシャのお召し物を真似たのかな?」

「真似ではなく本物である」

「あーわかったわかった!では女神様にお菓子を献上しよう!」

 

女神として崇められるというより、単に子供として可愛がられているだけのようだ。

キーシャはムスッとした顔で、それでも我慢して町民の相手をしている。

 

(大丈夫ですか?)

(アキヒコ!此奴ら全くわたしを女神だと信じとらんぞ!無礼だ無礼だ!)

(そう言いながらお菓子食べてるじゃないですか)

(当然である!女神への供物は受け取ったやるのが慈悲というもの!)

 

キーシャはクッキーのような焼き菓子をバリバリと食べながら心の声で不満を漏らす。

しかし、確かに不思議な話だ。

彼らは現に霊獣という化け物に国を侵略され、町も実害を受けているというのに、神の存在は信じていないようなのだ。

キーシャをからかっていることに悪意はなさそうだが、彼女を本物の女神だと信じている者は見当たらなかった。

私は町の中心に聳える見張り台を見た。

見張り台に立っている男が、備えられた鐘を鳴らして時刻を知らせている。

人狼の記憶から得た知識によれば、今は午後3時くらいだ。

宴は夕方から始まるとのことで、我々はひとまず宿へと案内された。

グレイベルはいつの間にか姿を消していた。

 

「きっと好きな場所をご自分で探しに行ったのでしょう。家屋は半分以上空き家なので。さあ、お三方はこちらへ」

 

町長に案内されて来た宿屋は、グレイベルのいたバーよりは管理がされているようだった。

私達は二階にそれぞれ個室をあてがってもらい、さらに着替えまで用意してもらった。

しばらくベッドの上でボーッとしていると、ノックもなしにキーシャが入って来た。

彼女は、いつも着ている服とは別の、しかしやはり緑色の服とスカートを履いていた。

髪もツインテールを解いて下ろしている。

なぜだか居心地が悪そうだ。

 

(いや、わたしは衣装があるから良いと言ったのだが、宿屋の奥方がな、似合うから着てみろとだな)

 

私は何も言っていないのに、ブツブツと心の声で言い訳をしている。

 

(良いじゃないですか、似合っていますよ)

 

私は素直に感想を述べる。

実際、キーシャは美人だ。

普段は神秘的な衣装のせいで、堅苦しさと子供っぽさが喧嘩をしているような印象だが、今のごく普通の人間の服装は、彼女本来の可憐さを際立たせている気がした。

 

(そうか、まあ、お主が心からそう思っているのなら、良かろう)

 

キーシャは妙にぎこちない動きで、私の座っているベッドに近づいて来た。



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第55話 キーシャとの話し合い

(さて、用件は服を褒めろということではないぞ。今後の旅路についてだ)

 

キーシャはベッドの上、私の隣に座った。

フワッと花の香りのような良い匂いがする。

お風呂に入って来たのかもしれない。

 

(我らはアイナーマルに行く予定だ。確かに、敵の本丸はそこにあるだろう。だが、果たして今のまま乗り込んで勝ち目はあるだろうか?わたしも目覚めたばかりで本調子ではないし、お主も戦いに関しては素人であろう?本能のようなものでそこそこ戦えているようだが、生き延びる為に命を捨てているような矛盾と危うさを感じる。もし本当に霊獣の軍団と戦うなら、そんな綱渡りのような戦い方ではダメだ。こちらも戦力を増やさねばな)

(おっしゃる通りです。私は昨日今日で力を持った身です。とてもじゃあないが、さっきのグレイベルのように、自分の何倍も大きい怪物に勝つのは不可能でしょうね。味方を増やすのは必要不可欠だと思います)

 

よくよく考えれば、何も1人で王様を倒しに行く必要はないのだ。

神様の指令は「革命を起こせ」なのだから、王様に敵対する者は、すなわち私の味方と言えるだろう。

そして、王様側であろう霊獣から町を守っている用心棒は、間違いなく王様の敵対者だ。

 

(グレイベルを仲間に加えよう、ということですね?)

(うむ、先ほどの決闘も見事だったし、あれは我らが遅れを取った毒蟲を討ち取った。つまり、我らに欠けている部分を補うことが出来る者なのだ。単純に強いだけではなく、敵との間合いを正確に把握し、対応できる。そして、他者を助けるという思いやりも持ち合わせている。我が従者に加えるに不足はない。そこでだ)

 

キーシャは体を私にさらに近づけ、私の両肩をグイっと掴んだ。

必然、顔と顔を向かい合わせる形となり、彼女の宝石のように輝く緑色の瞳と見つめ合った。

いくら自分より幼い姿とはいえ、その美しさに思わず胸の鼓動が早くなる。

 

(彼奴の説得をお主に任せたい)

(わ、私がですか?)

(わたしがやるとどうしても高圧的な態度になってしまう。それに、彼奴もわたしを女神だと信じてはいまい、つまり彼奴から見れば『ただ偉そうな子供』になってしまうのだ!屈辱的だが、お主のような大人が説得する方が事を穏便に進めることが出来ると思うのだが!)

 

果たしてそうだろうか?

私は、グレイベルが相手を見た目で判断する性格だとは思えない。

しかし、おそらくキーシャは町民とのやり取りで女神としての自信が揺らいでいるのだろう。

少しでも負担を軽く出来るなら、私に出来ることをやろう。

 

(わかりました、説得してみますが、もし無理そうだったら助け舟をください)

(おお、やってくれるか!うむ、お主ならきっと出来る!他のことは任せておけ!)

(じゃあ、私からもお願いがあるんですが)

(良かろう、申してみよ)

 

私は、ヨミから聞いたヘレク山について尋ねようとしたが、その時ちょうど部屋の扉を誰かがノックした。

 

「アキヒコ?お夕食の準備が出来たそうだから迎えに来たわ」

 

ローレの声だった。

 

(この話はまた食事の後にしましょう。キーシャ様も私の治療でお疲れでしょう?)

(うーむ、お主がそう言うなら)

 

私達は話し合いを中断し、夕食にありつくことにした。

 



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第56話 宴

迎えに来たローレもまた、泥を落として髪を結い直し、新しい服に着替えていた。

 

「ほう…」

 

隣にいるキーシャが感嘆の声を漏らす。

それほどまでに、ローレは美しかった。

おそらく宿屋が貸してくれたのだろう、クリーム色の生地に紺色の模様が入った可愛らしいドレスを着ている。

髪には同じく紺色のリボンを付け、髪留めで頭の後ろ側を纏めている。

おとぎ話に登場する令嬢のようだった。

 

「エヘヘ、どうかしら、似合ってる?」

 

スカートの両端を手で摘んで、ローレはお辞儀した。

 

「見違えたな、よく似合っておるぞ」

 

キーシャが褒めると、ローレははにかみながら私の顔を見た。

私も期待に応えて率直な感想を述べる。

 

「ああ、今日の疲れも吹っ飛ぶくらい綺麗だよ、ローレ」

「あ、ありがとう…フフフ、さあ、下で食事の支度ができてるわ!」

 

褒められたのが嬉しいのだろう、ローレは今にもスキップしそうな軽い足取りで先導する。

後を付いて行く時、キーシャが私の腕を指でギュッと抓った。

 

(痛いじゃないですか⁉︎)

(なーにが疲れも吹っ飛ぶだ、わたしにはそんな言葉をかけなかったではないか!ふん!)

(わ、悪かったですよ、キーシャ様もとても可愛いです)

(遅いわ!)

 

キーシャは本気で怒っているわけではなく、私をからかって楽しんでいるようだった。

一階には、そこそこ広い応接間のような場所があり、そこに十数人の町民が集まっていた。

長テーブルに様々な料理や飲み物が並べられ、既に酒を飲んで赤くなっている男もいた。

グレイベルの姿は見えない。

 

「さあ、どうぞどうぞ、お客様はお座りください!」

 

町長が長テーブルに3つ並べられた椅子へと案内してくれる。

なんだか、こういう歓迎の席に慣れていないので緊張してしまった。

 

「では、久しぶりのお客様の来訪と、今日もソウさんのお陰で生き延びることが出来たことを祝して!」

 

かんぱーい、と次々に木製のコップのぶつかる音が小気味よく響いた。

私はあまり酒を飲めないので、果物を絞ったジュースを貰ったが、これがなかなか美味で、洋梨とブドウの中間のような不思議な甘味だった。

キーシャは料理に夢中で、美味い美味いと次々に平らげていくので、料理人が嬉しいのか驚いてるのか微妙な顔をしていた。

ローレは、やはりその愛らしさからか、町民の注目の的になっている。

 

「別嬪さんだなぁ、どっから来たんだい?」

「行くアテがねーならウチに養子に来なよ」

「ちょいとよしなよ!あんた自分の口すら養えてないじゃないか」

 

どっと笑いが起きる。

ローレは町民の和気藹々とした姿を、ニコニコと微笑みながら見ていた。

 



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第57話 孤独な酒

それから1時間半ほど経過しただろうか。

キーシャもローレもすっかり打ち解けて、何やらこの国の民謡のような歌を町民と歌い始めた。

私は、もともとこうした対人の場が苦手なのと、まだ完全に回復した訳ではないためか頭がクラクラとし始めたので、外の空気を吸うために退場した。

外へ出ると、もうすっかり日が暮れて、月明かりが町を静かに照らしていた。

異邦どころか、異世界であっても、こうして夜風に当たるというのは気持ちが落ち着く。

見張り台は明かりを点けていない。

通常なら迷い人の道標の役割も果たすそうだが、現在では霊獣を刺激しないために消灯しているらしい。

しかし、ルクラド城での悪夢のような体験の後では、このギムエルの町は霊獣の脅威に晒されながらも、明るさを失っていない気がする。

確かに町の建物はほぼ無人で、半壊しているものもあるが、人々に活気があるのは救いであるように思われる。

辺りを見回していると、宿屋の通りを挟んだ向かい側の、3軒ほど右にある建物の窓に、小さな明かりが明滅している。

近づいてよく見ると、それはグレイベルのタバコの火だった。

宿屋での宴に顔を出さず、こんな離れたところで独りでいるのだ。

私は迷惑かと思いつつ、その建物へ入って行った。

そこは、昼間に私が寝かされていた宿屋よりも小さな酒場のようだった。

やはり持ち主は不在らしく、あちこちに埃が積もっているが、破壊の跡はそれほどなさそうだ。

 

「邪魔するよ、グレイベル」

 

私が声をかけると、窓際に脚を上げて座っていたグレイベルが振り返った。

左手には酒瓶が握られている。

 

その顔は、月明かりの影になって伺うことができない。

しかし、決して楽しんでいる様子ではなさそうだ。

私は緊張しつつ、話を続けた。

 

「どうしてみんなのところで飲まないんだ?明かりも点けずにこんなところで?」

「ほっとけ。あたしはああいう健全を装った酒盛りが苦手なんだ。アンタだってそうだろ?」

 

見抜かれていた。

彼女もまた、人が多い場所を好かないようだ。

私は近づいて、隣に座っても良いかジェスチャーで尋ねた。

特に拒否もしないので、遠慮なく転がっていた椅子に座る。

グレイベルのいる窓際は、ちょうど宿屋が見える位置だった。

 

「元気な町だな、とても怪物に怯えているようには見えない」

 

私の言葉に、グレイベルはジロリとこちらを見た。

 

「………本当にそう見えるか?もしそうなら、アンタも既にイカレてる。この町でまともなのはあたしだけさ。クックック…」

 

自嘲気味に笑って、彼女は酒瓶を煽った。

口の端にタバコを咥えたまま、器用に酒を飲む横顔は、とても寂しげに見えた。

 



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第58話 隠しごと

「俺も既にイカレてるって…まるで町の人間もとうにイカレてるみたいな言い草だな?」

「そうさ、イカレてる。みんなイカレてるのさ、この町は」

「酔ってんのか?」

「酔いたいさ。でもあたしは酒に強い、運の悪いことにな」

 

確かに、グレイベルは酩酊していなかった。

眼はしっかりと宿屋を見ているし、受け答えも、その内容が飛躍していることを除けばしっかりしている。

 

「どういうことなのか話してくれ。こっちはそもそも霊獣と決闘の取り決めをしてるなんて話の時点で事情が飲み込めてねえんだ」

「知ってどうする?アンタにゃ関係ないことさ。あの嬢ちゃん達を連れて、さっさとこんな町出て行くことだな」

 

私は少しカチンと来た。

 

「おい、そりゃあおかしいぜ、グレイベルさん。この町に俺達を連れて来たのはアンタだろ?助けてもらったことには感謝してるが、連れて来て、あんな決闘を見せておいて、そしてそんな不貞腐れた物言いで何か匂わせといて『さっさと出て行け』はねえだろう。そこまで言ったんなら話してくれ」

「………」

 

グレイベルは少し気まずそうな顔をした。

しかし、私は思うのだ、何か思わせぶりな態度で隠す人間とは、その隠しごとを相手に知って欲しい、教えたいという願望が心の奥底にあるのではないかと。

もし私がここで引き下がったら、その隠しごとを聞くチャンスは二度と訪れないかもしれない。

ならば、例え彼女が嫌がっても今聞いておく方が良い。

 

「俺達も霊獣と戦ってる。首都アイナーマルへ行って、敵の本拠地を叩く。だが、その為の戦力も情報もまるでアテがない状態だ。アンタみたいに強い人の力と知恵を借りたいんだよ」

「アイナーマルだって!」

 

グレイベルは突然笑い出した。

 

「無駄だぜ、あんなところに行ったって何も変わりゃしない。本当に何も知らないんだな?アイナーマルに敵の本拠地があるんじゃあない、王城が敵に乗っ取られたわけでもない。あそこは始めから霊獣の城だったのさ」

「なんだって…?霊獣の王が侵略したんじゃあないのか?」

「だから、その霊獣の王ってのは始めからずっといたんだよ。人間のフリをしてな」

 

グレイベルは2本目のタバコに火を点け、深く長い一服の後、話し始めた。

 

「良いだろう、アンタはあたし以上に異邦人のようだ。そんなに知りたきゃ教えてやる。4年前に首都で何が起きたか、なぜあたしが決闘をするのか。全てを知れば、アイナーマルに行こうなんて無駄な正義感も消え失せるだろう」

 

 

 



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第59話 4年前に何が起きたか

私は姿勢を正して、グレイベルの話を聞いた。

 

「4年前、このエストリノ王国は突然、霊獣の支配下に置かれた。ここまでは知ってんだな?」

「ああ」

「じゃあアイナーマルが霊獣に支配されるのに、どれくらいの時間を要したかは?」

「いや、知らない」

「1日だ」

 

私は息を飲んだ。

王国の首都陥落にたった1日というのは、いくら物を知らない私でも早過ぎると感じた。

 

「ああ、そうさ、例え事前の下準備によって攻略されたとしても、1日ってのはあまりに異常な早さだ。外からの侵略なら、な」

「じゃあ、内側から?」

「それ以外に考えられるか?首都を囲む堅牢な城壁、鍛え抜かれた衛兵、優秀な諜報部隊、これらを1日で攻略するには、最初から首都の内側に敵が潜んでいなきゃ無理さ。実際、アイナーマルの王直属部隊の将軍、ガイオネルが霊獣どもを率いてたって証言がいくつもある」

「ガイオネルって、今日の…」

「そう、昼間あたしが決闘した猿の上官さ。王直属の軍隊はいつからか霊獣に入れ替わってた、あるいは最初から霊獣が人間に化けて潜り込んでいやがったんだ。抵抗した兵士や市民も少なからずいたらしいが、皆殺しにされた。そして4年間で首都周辺の町や村も次々に霊獣に襲撃され、降伏した人間は奴隷にされてるってわけだ」

「ちょっと待て、国王はどうなった?配下に裏切られて何も出来なかったのか?」

 

グレイベルは呆れた顔で私を見た。

 

「察しが悪いな、王は裏切られたんじゃあない、王が国民を、いや、人間そのものを裏切ったのさ。自らを霊獣の王であると宣言してな」

 

私はやっと、与えられた使命の全体図が少し見え始めた気がした。

『悪い王様を倒し、革命を起こせ』と神様は命令した。

その悪い王様とは、霊獣の王であり、かつて人間の王でもあったルクラド王のことなのだ。

 

「だが、ルクラド王は代々続く王家の末裔なんだろ?なんで突然霊獣になったんだ?肉体を乗っ取られたのか?」

 

もしカゲオニのように肉体を乗っ取られたのなら、同じルクラドの姓を名乗っていたリンセンのように、王様本人は既に死んでいるのかもしれない。

 

「そう考える奴もいる。だが、あたしの師匠の話では、ルクラド家にはもっとヤバいことが起きてるらしい。霊獣よりも、神代よりももっと古い存在との関わり、とかな」

「神よりも古い存在…」

「それが本当なら人間どころか、霊獣すら勝てねえだろうな。だからこそ、霊獣の王なんて名乗ってるのかも知らねえ」

「なるほど、4年前のことは大体わかった。で、アンタがこの町で決闘をする理由はなんなんだ?」

 

グレイベルは言いにくそうに、しばらくタバコをふかして黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「この町にかかった呪いを解くため、かな」

 



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第60話 7つの贄

呪い、とグレイベルは言った。

それは比喩表現のようにも聞こえるが、魔法が実在するこの世界では、本当に呪いを指しているのかもしれない。

いずれにしろ、この一見平和に見える町が呪いにかかっていて、彼女はそれを解く為に霊獣と決闘しているのだという。

 

「つまり、なんだ、霊獣との決闘に勝てば呪いを解いて貰う約束をした、とか?」

「それだと奴らに益がねーじゃあねえか。逆だ逆、あたしが奴らに呪いを解く取り引きを持ちかけたのさ。この町には、それはそれは厄介な呪いがかかってる。それもやっぱり、4年前が原因なんだがな」

 

グレイベルは再び酒瓶を煽り、一気に飲み干した。

そして、私に向かって瓶を突き出して振った。

 

「おい、続きを聞きたきゃ新しいの持って来い」

「はぁ…」

 

私は埃の被ったカウンターの中に入り、新しい酒を探す。

幸い、酒の貯蔵は充分あった。

適当に選んでグレイベルに渡す。

グレイベルは口で栓を器用に抜き、プッと飛ばした。

 

「さーて、なんの話だったっけかな」

「呪いだよ呪い」

「そうだ、この町に残った住民は、霊獣の脅威から逃れたいが為に、異端の教団に頼った。その結果、異端の神に生贄を捧げることにしたんだ」

「生贄⁉︎」

「アホらしいだろ?1日1人、7日間に渡って7人の生贄を町の中で殺す。町長なんか進んで自分の子供を差し出したくらいだ。だが、最初の年の儀式は失敗し、その反動で町に呪いがかかった。呪いは強力な霊力を貯め込んだ呪具で町全体に常時効果を発揮している。霊獣どもは、その呪具に貯まった霊力が欲しいのさ。ところが、肝心の呪具の在り処がわからねえと来た。そこで、あたしが別の解き方を持ちかけた」

「それが決闘なのか?」

「あたしの師匠はそういうのに詳しくてね、呪具は生贄から霊力を吸い取る代物だが、一気に大量の霊力を注ぎ込めばぶっ壊せるらしい。霊獣みたいな霊力の塊を7体、この町の中で殺せば呪具がどこにあろうが破壊できるって寸法さ。町の呪いは解けるし、霊獣どもは溢れ出た霊力を回収できる」

「だからって仲間を生贄にするのか、霊獣は」

「奴らだって所詮は利己主義だ。より大きい利益の為なら下っ端の命なんか安いもんだろうよ。今日で決闘は3日目だ。あと4日。それが終われば、あたしは町と霊獣、両方から金を貰っておさらばする」

 

その時、宿屋の方からゾロゾロと人が出て来始めた。

どうやら宴はお開きらしい。

酔っ払ってフラフラしている男の肩を、別の2人が担いでやっている。

私のいた世界でも見かける、ごくありふれた光景。

そんな彼らに、一体どんな呪いがかかっているのか。

私はグレイベルに聞いてみる。

 

「…なあ、もし呪いが解けて、アンタがいなくなったらこの町はどうなる?誰が彼らを霊獣から守るんだ?」

「あたしの知ったこっちゃないね。ムダ話はおしまいだ、あたしは寝る。アンタもさっさと傷を治して、あの娘たちを連れて町を出るんだね」

 

グレイベルはそう言うと、バーの2階に続く階段へと消えた。

私は、ガチャリ、ガチャリと義足の金属音が遠ざかって行くのをただ聞いていた。



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第61話 猶予

キーシャとローレは疲れて寝てしまったので、宿屋の奥さんが部屋まで運んで着替えさせてくれていた。

 

「あの子たちにも言ったけど、夜中は決して部屋から出てはいけないよ?物騒だからねぇ。戸締まりをして、ベッドに潜っておくんだよ」

 

親切そうな宿屋の奥さんはそう言って階下へ降りていった。

まあ、いつ霊獣が来てもおかしくないのだから、当然の用心だろう。

私は言われた通り、貸してもらった自室の扉も窓も、しっかりと鍵を閉めて眠りに就いた。

この世界に来て迎える3回目の夜だ。

あまりに色々なことが起き、色々な話を聞いたので、まだ3日しか経っていないのが驚きだった。

物置きや馬車の上で眠ったのに比べると、3度の眠りの中で一番良い寝床と言える。

そして、やはり夢の中で神様の世界へと戻るのも3回目だ。

 

「1つお聞きしたいんですけど、元の世界でも3日経っているんですか?」

 

私はヨミに尋ねた。

 

「3日経っとるかも知れへんし、まだ1秒も経ってへんかもなぁ。異世界同士は同じように時間が流れとる訳やない。まあその辺は心配せんでええ。全部終わったら神様の力で万事解決や」

 

本当だろうか?

少し心配だが、それよりも私は今後のアドバイスが欲しかったので、グレイベルから聞いた話をヨミにも伝えた。

ローレの不可解な行動については伏せておいた。

 

「ふむふむ、なるほどなぁ」

「ヨミさんはそういう呪いとかの類は詳しくないですか?場所さえわかれば不要な争いを避けて呪具を破壊できると思うんですけど」

「うーん知らんなぁ、ウチはホンマにただのメッセンジャーやさかい。それにしても、アキヒコ君は真面目やなぁ、その用心棒さんの話をまるまる信じとるん?」

「え…?」

 

予想外の指摘だった。

あれだけの殺し合いを町のためにしたり、助ける必要もない私達を「たまたま見かけた」という理由で助けてくれたりした人物だ。

グレイベルは、態度は横柄かもしれないが、正義の人だと私は思っていた。

 

「仮に本当やったとして、その女の人にそれほどメリットがあるかいな?礼金言うても、人がほとんどおらんなった貧乏な町を、1週間も怪物と殺し合って守ってどんだけの額になるんやろなぁ。しかも怪物に乗っ取られつつある世界や、通貨の価値も不安定やないやろか?」

「だ、だからそれは正義の人として…」

「アキヒコくぅん、しっかりしぃや?金もろたら後は知らんって言うとったやないの」

「…じゃあ、なぜ彼女は命がけの決闘を?」

「そこをちゃんと聞いたかなアカンかったなぁ」

 

私は意気消沈した。

大事な情報を掴んだ、と良い気になっていた。

思い返せば、グレイベルは決闘を楽しんでいる節もあった。

ならば、単に金や正義のために動いている訳ではないはずだ。

 

「まあ、元気出しや?今おる町の事情なんか気にせんでええ。キミの直近の目標はヘレク山に行くことやさかい、用心棒さんの言うた通り、さっさと町出たらええだけやで」

 

しかし、私にはまだ引っかかっていることが山ほどある。

それを放置したまま先に進んで良いのだろうか?

 

「もう少しだけ時間をください。あと4日以内に何か掴めなければ、すぐにヘレク山へ向かいます。このまま放っとく訳にはいかない、そんな気がするんです」

「ふ〜ん。まあ、キミの直感は神様譲りやから好きにしたらええ、時間はたっぷりあるからなぁ…」

 

ヨミの声は段々と遠ざかった。



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第62話 怪現象

目が覚めると、部屋はまだ暗かった。

というより、眠ってから1時間も経っていないような気がする。

ヨミとの会話が終わると、大体いつも何かが起きるはずなのだが、キーシャの心の声も聞こえないし、嫌な予感もしない。

上半身を起こしてボンヤリとしていると、カサカサという音が不意に聞こえた。

耳を澄ますと、音は部屋の扉の向こうから聞こえてくるようだ。

何か布や靴が床と擦れ合う音に似ているが、それにしては一歩一歩の間がない。

 

(ネズミかな?)

 

音は、廊下をこっちからあっちへ、あっちからこっちへと往復している。

やたらと素早い往復だ。

気になって目が覚めてしまったので、その正体を確かめようかと思った。

しかし、夜は決して扉を開けてはならない、という宿屋の奥さんの話を思い出す。

 

(でも、霊獣ならドアを破壊するとか、窓を割って入るとかしそうなもんだがな)

 

扉を開けなければ問題ないだろう。

そう考えた私は、扉に近づこうとベットの外へ足を下ろした。

と、その時である。

 

「ア………」

 

突然、廊下から声が聞こえ、移動する音が私の部屋の扉の前でぴたりと止まった。

私は心臓が飛び出るかと思うほど驚き、緊張状態に陥った。

全身から一気に冷や汗が吹き出る。

廊下から聞こえた声は、囁くような、あるいは無意識に喉から発せられたかのような細い声だったが、間違いなく人間の男の声だった。

そして、この宿屋に居る人間で男といえば主人と私の2人だけで、どちらもこんなに高い声ではない。

声は、若い男の少し掠れた声のようにも聞こえた。

少なくとも、この宿屋にいる人間で、こんな声を出す人間はいないはずだ。

そもそも、夜中に廊下を高速で往復する必要もない。

ネズミかと思うような連続した音なのだ。

もし、人間がこんな音を立てて高速で移動しようとしたら、四つん這いになるしかないだろう。

廊下の、扉を1枚隔てた向こうで、四つん這いの人間が、私の足音に耳を潜めている。

想像するだけで、鳥肌が立つほど不気味な光景だ。

音はまだ移動を再開しない。

つまり、まだ私の部屋の前にいるのだ。

 

「……………………………アァ」

(いる…っ!誰かが確かにそこにいるっ!)

 

私は恐怖を感じていた。

これは、この世界に来てから感じた、命の危険や、孤独感といったものとは違う。

もっと単純な、しかし逃れようのない『怪奇に対する恐怖』とでもいうべきか。

私は、神様の力のおかげで、周りに命の危険が迫ると直感で「ヤバい」と感じる鋭敏な感覚を持っている。

しかし、今私は命の危険を感知していない。

なのに、心臓はバクバクと激しく脈打ち、冷や汗で背中に悪寒が走っている。

扉の向こうにいるものは、人間でも霊獣でもないのではないか?

説明のつかない存在が、私に関心を向けているのではないか?

そういう『良くない考え』に取り憑かれてしまうと、もうだめだ。

1ミリも身体を動かすことが出来なくなった。

そして、そこへさらに追い討ちをかけるように、新たな怪現象が起きる。

 

「コッチへ来イ」

 

耳元で囁くかのような低い声が聞こえた。

明らかに私にかけられた声だった。



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第63話 扉を叩くもの

「コッチへ来イ」

 

声は確かに、私のすぐ後ろから、耳元で囁くようにはっきりと聞こえた。

シンと静まり返った夜の密室で、廊下の向こうにいるものがジッと私の挙動を伺っており、そしていないはずの声が私に命令している。

私は歯の根が合わなくなり、ガタガタと音を立てて震え始めた。

 

(クソッ!抑えろ!抑えろ!)

 

私は自分の身体を、ベッドの上で丸くして、右手で口を、左手で頭を抱えて小さくなった。

しかし、どんなに止めようとしても震えは止まらない。

毛布を被っているのに、全身を氷水に漬けられたような寒気に包まれている。

 

「……アァ……アァァ………」

 

廊下にいるものが、私の歯が鳴る音にますます反応し、とうとう扉にピタリと触れる音が聞こえた。

扉の触れて、押している。

入って来ようとしている。

 

「…アァァ…アァァァ……」

 

扉がミシ、ミシとわずかに軋む。

 

「アァァァァァァァァァ!アァァァァァァァァァ!」

 

扉の外にいるものは、もはや明らかにまともではない奇声を上げて、扉をドンドンと叩き始めた。

絶え間なく、激しく扉が叩かれる。

最初は一定であった音は、やがて不規則になった。

その意味を理解した時、私はゾッとした。

 

(増えてる…)

 

よく聞くと、扉を叩く強さ、叩く場所、叩く速さが違う2つのパターンに増加したから不規則に聞こえているのだ。

扉の外のものは、2人いる。

最初から2人だったのか、後から増えたのかはわからない。

そんなことは重要ではなく、謎の存在が複数で私の部屋への執拗な侵入を試みているという事実がますます私を恐怖に陥れた。

 

「コッチへ来イ」

 

耳元でまた囁きが聞こえた。

耳は両手で塞いでいるのに、全く防音出来ていない。

まるでヘッドホンをつけている時のように、無防備な鼓膜へ声が届いてしまう。

 

「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

扉の外の声は今や絶叫だった。

一体、どのような感情の発露なのか理解できない。

何かに怯えているようにも聞こえるし、苦しんでいるようにも聞こえる。

誰かが怯えたり苦しんだりする声というものは、その理由がわからない時は、聞いている人間にも得体の知れない恐怖を与えるようだ。

この部屋の扉は、内側から鍵をかける様式で、鍵はベッドの傍の引き出しにしまってある。

ちょっとやそっとじゃ破ることは出来ない頑丈な作りだから、賊に押し入られる心配はないと宿屋の主人は言っていた。

きっと、大丈夫なはずだ。

私は目を瞑り、耳を塞ぎ、寒気に震えながら、ひたすら耐えた。

 

「逃ガサナイ」

 



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第64話 死霊

気がつくと、窓の外は明るくなっていて、扉を叩く音も、声も止んでいた。

私は一晩むずっと緊張状態だったのか、どっと疲労が押し寄せてきてベッドから起きられなかった。

 

(なんだったんだ、アレは)

 

夢などでは決してなかった。

夢にしては生々し過ぎる感覚が、まだ余韻として耳の中に残っている。

突然、トントンと扉がノックされ、私は飛び上がりそうになった。

 

「アキヒコー、おるか?朝食の用意ができておるぞー」

 

キーシャの声を聞いて、私は安堵した。

気怠い身体を漸く起こして、私は扉の鍵を開けた。

 

「随分と寝坊だの、お主の分まで食ってしまうぞ…ん?お主!どうした⁉︎」

 

私の顔を見た途端、キーシャは仰天した。

どうしたのだろう、とボンヤリ疑問に感じていると、彼女は私の頭を両手でガシッと掴んだ。

 

「死人みたいに冷たいぞ!こっちへ来て見てみよ!」

 

キーシャは、私の部屋にある化粧台の鏡へと私を引っ張って行った。

鏡を覗き込んで、私自身も驚いた。

私の顔は、一晩しか経っていないとは思えない程やつれていたのだ。

頰は痩け、目の周りには隈が表れ、唇は乾燥し、肌は土気色になっている。

 

(自分でも気づいておらんかったようだな。昨夜、何か変わったことはなかったか?申してみよ)

(実は…)

 

私は、昨夜の恐怖体験をキーシャに全て話した。

 

(ふーむ、わたしの知っている限り、それは死霊だな)

(死霊?幽霊ってことですか?)

(始まりは同じだな。だが、幽霊は死者の霊体の痕跡に過ぎん。よほど強い未練を遺しているならば、生者に何らかの物理的干渉を以って想いを伝えようとしてくる。例えば、ルクラド城で見た幽霊がそうだな。あの手のは時々人間を傷つけてしまうが、悪意はないものだ)

 

私は、ルクラド城の地下空間へ至る前に、井戸へ何者かに引きずり込まれたことを思い出した。

あれ以上の追撃がなかったことを鑑みると、あれもまた、地下で死んだ人間の幽霊だったのかも知れない。

私に、あの場所を見つけて欲しくて強引に引きずり込んだだけで、悪意はなかったのだろう。

 

(だが、死霊は強い恨みや憎しみ、あるいは敵意が霊体の痕跡を変質化させてしまったものだ。強いエネルギーとなって実体に干渉する。そして、生者を羨ましがって己と同じ境遇に陥れようとする分、幽霊よりも邪悪な存在だ。標的にされた人間は執拗にな精神への負荷をかけられて狂い死ぬ危険もある。もし、お主が標的にされたのだとしたら…)

 

キーシャは出口へと歩いて行き、内開きの扉を開けて、その廊下側の表面を調べ始めた。

 

(………うーむ、困ったのう。お主、完全に目をつけられておるぞ。普通の人間には見えぬだろうが、お主には見えよう)

 

キーシャが、私にも見えるように扉を全開にする。

扉の表面には、びっしりと人間の手形が付いていた。



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第65話 恐怖と安心

(や、やっぱり本当に扉を叩いてたんですね…)

(まあそれもあるが、これは要するに目印だ。何らかの理由、例えば霊力が通常の人間より強いとか、死霊はそういう性質を感知して標的にするのだ。お主は変わった術を使うからの、目立ってしまった可能性はある。恐らく今夜も来るぞ)

 

私は泣きたい気分だった。

霊獣ならまだ戦える。

実体のある生物とそれほど違わないし、明確に殺意を向けて来るので直感で対処できる。

しかし、死霊というのは、私の根底にある未知への恐怖や死への恐怖をピンポイントで攻めてくる。

あんなものに毎晩来られては、本当に精神に異常をきたすだろう。

 

(どうしたらいいでしょうか?)

(手っ取り早いのは、この町を出て行くことだが…例え出て行ったとしても憑いてくる可能性もある。仕方ない、少々手間だが、除霊するか)

(除霊?)

(お主は幸運だな、女神たるわたしにとって除霊は朝飯前だ。いや、朝飯は食うが…とりあえず食って精をつけるべきだ、な?もうちょっと寝ておれ、飯を運んできてやろう)

(ま、待ってください!)

 

1人になるのは怖かった。

私は思わずキーシャの手を取っていた。

大の大人が少女に縋るように引き留めるというのは我ながら恥ずかしい姿だった。

キーシャは少し驚いた顔をしたが、いつになく優しい笑みを浮かべて言った。

 

「従者アキヒコよ、安心せい。お主はわたしをこの世に呼び戻した選ばれし者である。死霊ごときに負けるわけがない。それに、わたしはわたしを慕う者を決して見捨てたりはせん。必ず守ってやるから、まずは食べて元気になるのだ」

(………わかり、ました)

 

私はキーシャの手を離し、ベッドの上に戻る。

キーシャが出て行くのは不安だったが、この2日足らずの内に私は何度も彼女に救われ、彼女が本当に人を守るために戦う存在なのだと知っている。

ならば、私も信頼という形で彼女に報いなければ、この先に待ち受ける戦いを生き残ることは困難だろう。

やがてキーシャは食事を盆に乗せて戻ってきた。

その後ろには、何故かローレもついて来ている。

 

「病に臥せっておるからいかんと言ったのだが、聞かなくてな…」

「アキヒコ、どこが悪いの?まだ毒が抜けてない?」

 

ローレは心配そうに私の元まで駆け寄って来た。

私はふと、昨日見た彼女の不審な行動を思い出す。

しかし、仮に彼女が私達に何かを隠しているとしても、それが悪意や企みによるものとは思えない。

ローレは出会った時から私を案じてくれていた。

 

「ありがとう、大したことじゃないよ」

「でも安静にしていた方が良いわ。そうだ!朝ごはんは私が食べさせてあげる。キーシャさん後は任せて!」

「何を言うとる!わたしの従者だ、わたしが食わせる!」

 

騒がしい2人を見て、私はこんなに心配してくれる人が近くにいてくれることに感謝した。

こんなところで死ぬわけにはいかない、強く生きなければ、と改めて心に誓った。



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第66話 朝食

結局、私は自分で匙を持って朝食をいただいた。

ローレとキーシャは不満そうだったが、別に体が動かないわけではないのだから、そこまで世話になるわけにはいかない。

朝食は、焼きたてのパンに、野菜のスープ、そして目玉焼きだった。

質素だが、この上なく平和な食事だ。

3人で朝食を食べながら、私はグレイベルから聞いた4年前の侵略の噂や、町の呪いの話をキーシャに説明した。

勿論、ローレに聞かせるような話ではないので、心の声でだ。

 

(なんとまあ…いや、わたしに町の者を責める権利はないな。わたしがもっと早く目覚めていれば、そのような選択をせずに済んだのだから)

(いえ、キーシャ様の責任でもないですよ。元凶はやはり、国を乗っ取った霊獣です。それに、グレイベルの思惑がわからない以上、ただ7日間の生贄を続ければ解決とは思えません)

(そうだなぁ。お主は今日のグレイベルの決闘を見張るが良い。何か掴めるやもしれん。わたしは夜までに除霊の準備をしておこう。少し道具も必要だからの)

(わかりました)

 

今日の予定を決まったところで、ふとローレの方を見ると、私の顔を不思議そうに見ていた。

 

「どうした?顔に何かついてるか?」

「い、いいえ違うの。その…アキヒコとキーシャさんって仲がよろしいのね。食べてる間もずっと目配せしたり見つめ合ったりしてたから」

「⁉︎」

 

私は予想だにしない言葉に面食らった。

しかし、キーシャは笑って答える。

 

「はっはっは、そうだ、アキヒコはわたしのような幼い容姿の女子が好みでな」

「は?」

 

私は思わず真顔でキーシャを見る。

何を言っているのだこの女神は。

 

「そうなのアキヒコ⁉︎そ、それはあまり良くないことだと思うわ…」

「年の差や見た目の違いは関係ないぞローレよ。此奴はお主にも懸想しておるぞきっと」

「は?そんな訳ないだろ!」

 

断じて私に少女愛の嗜好などない。

そう否定したつもりだったが、年頃のローレにはキツい言い方だったようで、シュンとしてしまった。

 

「ああ、いや、ローレのことは勿論好きだよ。でも恋愛とかそういう感情ではなくて、俺を助けてくれたからさ」

「え?私が貴方を…?」

「そうだとも。俺はいきなり頭を殴られて捕まっちまったんだ。キミは馬車の中で俺に名前を教えてくれたろ?もしキミがいなかったら、俺は独りぼっちで絶望してたかもしれない。キミが居てくれたことが、俺には救いだったんだ」

 

ローレは照れくさそうに笑った。

今言ったことは本当だ。

ローレが居なければ、私は行動を起こすための動機を得られなかっただろうし、またキーシャを見つけなければ脱出は無理だった。

最初は絶対に無理だと感じていた異世界での旅も、まだ課題を抱えているとはいえ、こうして4日目の朝を迎えているのだから、諦めなければ道は拓けるだろう。

3人での賑やかな朝食を終えて、私は元気を取り戻した。



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第67話 烈日のウロク

今日もまた鐘が鳴る。

決闘の始まりを知らせる鐘だ。

この時刻になると、住民は家から出ない決まりになっているらしいので、私達もそれに従う。

ただ、キーシャは宿屋でいくつかの道具を注文していた。

縄や蝋燭を、どうやってお祓いに使うのかはわからないが、私は彼女を信じることにした。

今日は2階の貸してもらった寝室から決闘を見物する。

グレイベルの相手は、昨日の筋骨隆々な男とは打って変わって、ヒョロリと痩せた、一見平凡な兵士だった。

手には槍を持っており、霊獣なのに人間の武器を使うようだ。

 

「あっしは『烈日のウロク』…ガイオネル将軍配下のしがない一兵士でさぁ。お見知り置きを」

「最強じゃあねぇのかい。昨日までの3匹はみんな最強を名乗ってたぜ」

「へっへっへ、俺は霊獣の中でも取り柄のない方でさぁ。では、始めやしょう」

 

ウロクと名乗った兵士は、槍を構えた。

槍の穂先は、三又に分かれた刃の形になっており、遠目には巨大なフォークのような形状だ。

柄の長さは2メートルほど。

グレイベルとの距離は、およそ3メートル。

武器の長さという点では、槍の方が有利な距離かもしれない。

しかし、グレイベルの早技をもってすれば、槍のリーチはあまり意味がないようにも思える。

素人の私には全く予想ができない決闘だ。

グレイベルは、まだ義足を剣に変形させていない。

槍の先端を向けられても、落ち着いた様子で構えている。

 

「大丈夫かしら、グレイベルさん…いえ、きっと大丈夫よ」

 

私の隣で観戦しているローレは、1人で不安になったり納得したりを繰り返している。

私も、昨日の戦いぶりを見ているので、グレイベルが簡単に負けるような人間でないことは承知している。

が、あのウロクという男は、何か奥の手を隠しているような気がする。

私の直感は、男がしがない一兵士ではないと警告しているのだ。

 

(そんなに余裕ぶってて大丈夫なのか?)

 

ウロクは、腕を突き出せば槍をいつでも突き刺せるような構えで、ジリジリとグレイベルとの距離を縮めている。

もし避けられなければ、彼女は心臓を一突きされて絶命するだろう。

しかし、それでもグレイベルは剣を構えていない。

ギリギリまで引きつけるつもりなのか。

しかし、私にはそのギリギリの間合いがわからない。

既に死線を超えているような気さえする。

 

「突けよ、鳥頭。その時がてめえの最期だ」

 

グレイベルは何の防御姿勢も取ることなく挑発する。

が、ウロクはそれに乗らず、ニヤニヤと笑ったまま動かない。

 

「アンタのその足、見たことがありやすぜ。"幻疼石《げんとうせき》"だぁ、そうでしょう?」

「!」

 

ほんの一瞬。

ウロクの言葉に、グレイベルはほんの一瞬だけ、精神を揺るがした。

その針の穴のような一瞬に、狂いなく、精密に、ウロクの槍がするりと突き出される。

三又の槍が、グレイベルの胸に入り込んだ。



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第68話 半身

「っ…!」

 

ローレの息を飲む声が隣から聞こえる。

私もまた、言葉も出ないほどの衝撃が全身に走っていた。

グレイベルが何の防御もせず、あれほどあっさりと貫かれてしまうなど想定していなかったからだ。

 

「…いや、違う!」

 

グレイベルは死んでいない。

私の異常に良くなった目には、グレイベルが胸を串刺しにされながらも、不敵に笑っているのが見える。

彼女は何か策を講じて、わざと刺されたに違いない。

 

「へっへっへ、やりなさるねぇ」

 

ウロクもそれに気づいているようだ。

サッと槍を引き抜き、すぐに後方へ距離を取った。

グレイベルは何事もなかったかのように言葉を発する。

 

「何がしがない一兵士だ。職人みてえに正確に心臓狙いやがって。まあ、そのおかげで命拾いしたがな」

 

そして、左手の指で胸をトントンと叩くと、人間の肌や衣服を叩くのとは明らかに違う、篭った金属音が響いた。

どうやら、胴体に何らかの防御服を着用しているらしい。

ローレが安心したようにホッと息を吐いた。

 

「薄着のように見えて、この槍を防ぐたぁなかなかの代物をお召しになっているようで。それとも胸板が堅いのかね、へっへっへ」

「そうよ、あたしの胸は鋼より堅いのさ。もし急所以外を狙われたら危なかったが、てめえはあたしを殺し損ねた。覚悟は出来てんな?」

 

ついに、グレイベルが義足を剣へと変形させた。

義足は、脚のシルエットを形成していたガワが、まるで帯が解けるように滑らかにバラバラになる。

そして、帯状の素材は再び寄り集まって、一瞬のうちに鋭い刃を形成した。

 

「あ〜、やっぱり幻疼石でありやすか。なるほど、バルギスの馬鹿力じゃあ手も足も出ねぇわけだ。こりゃあ楽しくなりそうだぁ」

 

クルクルと槍を回し、ウロクは槍の構えを変えた。

先程、グレイベルを突き刺した時のような突き出す構えではなく、半歩右足を後ろへ引いて、槍も右手だけで地面に対して垂直に握っている。

相手の視界から自分の身体で槍を隠すような格好だ。

グレイベルはというと、やはり剣の右足を後ろへ引き、左半身を敵に向ける構えを取った。

場は再び静まり返る。

私の貧困な例えでは言い表しようがないが、強いて言えば居合抜き、あるいは西部劇に出てくる早撃ち勝負といった緊張が漂っている。

太陽はてっぺんより少しだけ西へ傾き、地面には眩しい日差しが反射している。

その眩さの中で、グレイベルとウロクの黒い影だけが際立っている。

先に動いたのは、グレイベルだった。

左足を軸にして、右足の剣を回し蹴りの要領で素早く振る。

それに合わせるように、ウロクは右手に握っていた槍を左手へと持ち替え、槍の切っ先と反対側の先端で剣を弾いた。

金属同士の衝突音が、乾いた通りにこだました。

 

 



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第69話 鍔迫り合い

槍という武器は、その間合いの長さを活かして、斬ったり突いたりするだけでなく相手を叩くものなのだと、ウロクの動きを見て私は理解した。

この男は棒を振り回すかのごとく槍を振り回しているが、闇雲ではなく、正確にグレイベルの剣先を受け流している。

そして、稀に訪れる隙を見逃さず、回転の力に乗った勢いのまま槍を叩きつけるのだ。

一方、グレイベルの方も隙を見せたからといって付け入られるほど未熟ではなかった。

むしろ、その隙を利用して相手を間合いに引き込もうとしているようにも見える。

押しては引き、引いては押す。

互いにそれを繰り返し、命のやり取りがひたすら続く。

 

「ローレ、こんな戦いを見たことがあるかい?」

「いいえ、お城の兵士さんが演武を披露してくださったのは見たことがあるけれど、こんなに苛烈なものではなかったわ」

「お城?」

「あっ」

 

ローレはしまったという風な顔をしたが、すぐに取り繕った。

 

「私、アイナーマルにも昔行ったことがあるの。そこで演武を見物したのよ」

「親御さんとかい?」

「…お父様とよ。お母様はもう亡くなられたわ。霊獣が現れた4年前よりもずっと前、私がもっと小さい頃に」

「そうか、ごめんよ」

 

今でも十分小さい子供なのだが。

推定で現在10歳として、4年前は6歳。

ローレは今まで一体どこでどうやって生き延びて来たのだろう?

昨日聞いてしまった話だと、父親はルクラド城と何か関係があるようだし、やはりこの少女は貴族のような生まれなのかもしれない。

あるいは…

 

「あっ、止まったわ…!」

 

ローレの声で、私は思考の海から現実へ引き戻された。

かなりの時間、グレイベルとウロクは打ち合っていたと思われるが、それが今はお互いに間合いを取って中断していた。

 

「よう、もう降参か?あたしはまだまだやれるぜ」

 

グレイベルは、わずかに息が上がっているが、それでも疲労が溜まっている様子はない。

ウロクも同様に、あるいは霊獣ゆえの人間離れしたスタミナがあるのか、息すら上がっていないように見える。

 

「へっへっへ、あっしは出来れば負けた方が得なんですがねぇ、姐さんのおかげでちっとばかし楽しくなってきやしたよ。姐さんこそ、なぜさっさとトドメを刺さないんですかい?幻疼石なら、あっしみたいな雑魚を即死させる必殺技があるでしょうに」

「ちっ、お喋りな野郎だ。有る事無い事ベラベラと」

 

グレイベルは、ウロクが『幻疼石』という単語を口にする度、明らかに動揺している。

あの義足は、知られているとまずい材質なのだろうか?

 

「いいでしょう。姐さんが本気になれるよう、あっしも大技をお見せしやしょう」

 

そう言うと、ウロクは突然、天空に向かって声をあげた。

霊獣特有の、人外の姿へと変身する鬨の声だ。

人狼やバルギスとは違う、細く、しかし鋭い鳶のような鳴き声だった。

やがて、彼の身体に変化が現れた。

 

「あれは…羽根?」



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第70話 上昇

ウロクの背中に、彼の身の丈の2倍はある巨大な翼が生えた。

黒と橙色の鮮やかな、しかし毒々しい色だ。

彼の鼻から口にかけては嘴に変わり、顔や手足も羽根と同じ色の羽毛で覆われる。

 

「グレイベルが鳥頭って言ってたのはこういうことか」

「あ、あれ、知ってる」

 

ローレが震える声で言った。

見ると、怯えた様子で自分の肩を抱きしめて震えている。

 

「ローレ、大丈夫か!?あの霊獣を知ってるって?」

「…私の住んでいた町で、人がいつの間にか串刺しになっている事件が多発したわ。そして、事件の後には必ず、大きな鳥が目撃されてたの。黒と橙色の羽根を持った鳥が低く飛ぶのが見えたら、誰かが死んだ後だって」

 

ローレは震えていたが、意を決したかのように、突然窓を開けた。

 

「あ、危ないぞローレ!」

「グレイベルさん!そいつを飛ばせちゃダメ!」

 

私の制止も聞かず、ローレは数十メートル先のグレイベルに叫んだ。

 

「何…?」

「手遅れですぜぇっ!!」

 

グレイベルがローレの声に反応するのと、ウロクが翼を羽ばたかせたのはほとんど同時だった。

突風が吹き、渇いた砂が通りに巻き上げられた。

グレイベルは左手で顔を守りながら臨戦態勢を取る。

しかし、ウロクは既に地上にはいなかった。

 

「っ…野郎どこに消えやがった」

 

グレイベルは頭上や周囲を警戒して見回すが、ウロクの姿はどこにもない。

私は数秒だけ、奴が上空へ飛んで行くのを目で追ったが、太陽の光が眩しくて見失ってしまった。

手で日光を避けながら空を見上げたが、見える範囲に飛行するものはない。

 

「逃げて!見えないところから刺されるわ!」

「お嬢ちゃん、少し黙ってろ!」

 

グレイベルは苛立ちの混じった声でローレに叫び返した。

ローレはビクッと肩を震わせて黙り込んだ。

 

「決闘の邪魔をしちゃあダメだ。それに、見えねえんなら逃げたところで結果は同じさ」

 

何を思ったのか、グレイベルは目を閉じたまま頭上を仰いだ。

いくら日光で見えないからといって、目を閉じたまま敵に喉を晒すなど無謀すぎる。

 

「………いるな、確かに。頭の上によぉ」

 

ニヤリと笑った彼女の顔から、焦りは微塵も感じられない。

遮光板のようなものがあれば、私も空を観測できるのだが、残念ながらそんなものはないし、私の目は神様の力で強化されたとはいえ、直射日光を浴びて視力を保てるほど人間離れしているわけではないのだ。

さっきまでの剣戟が嘘のように、通りは静まり返った。

聞こえるのは風の音と、町のどこかでギィギィと木材が軋む音だけだ。

グレイベルは少し身を屈め、身じろぎせずに待っている。

 

「さあ、何をする気だ。やれよ、何が起きるかお楽しみだぜ」



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第71話 背徳者

※今回は第三者視点でウロク側の話になります。


ウロクという男は、大多数の霊獣がそうであるように、始まりは人間であった。

生物が生まれながらに肉体と霊体の融合した存在であるのに対し、霊獣は霊体のみの不安定で茫漠とした存在である。

それが自己を確立するためには、霊体の消失した肉体、つまり死体に憑依するか、生命のない物体に憑依するしかない。

しかし、憑依を必然的に行うことができる霊獣はほとんど存在しない。

なぜなら、霊体のみでは確固たる意思を保つことは至難の極みだからだ。

いわば杯に入っていない液体のような状態といえよう。

杯を満たす液体は、その器の形に自らも変わる。

故に、霊獣は器となる死体の生前の性格や性質に影響を受ける。

ウロクもまた、偶然から肉体を手に入れた霊獣であった。

素体となったのは、とある教会で下働きをしている男だった。

男は敬虔な信徒の顔を見せる一方で、とても暴力的で加虐的な衝動も持ち併せていた。

小さい頃から生物を残酷に殺し、他者を過剰に虐め、異性に邪な情欲を抱いて、時にそれらの衝動のまま行動しては問題を起こしていた。

誰もが蔑む最低の男だった。

ある日、男の働いている教会で幼い少年が暴行され、死亡していたことが発覚した。

誰もが男を疑い、問答無用で裁かれた。

 

「この下衆野郎、とうとう人間に手をかけやがった」

「背徳者め、地獄に堕ちろ」

 

その時代、凶悪犯罪者への刑として主流であった串刺しの刑が実行される当日、観衆から様々な罵詈雑言を浴びせられながら、しかし男は笑っていた。

というのも、男は事件の真相を知っていたのだ。

犯人は教会の神父で、死亡した少年とは肉体関係にあった。

少年は表向き、品行方正な態度で評判も良かったが、裏では神父と共に、神を冒涜するかのような淫行に及んでいたのである。

しかし、少年は神父を愛してはいなかったため、自身との関係を利用して神父を脅迫し、金品を要求しようとした。

神父はというと、そんな少年の態度を最初から知っていたので、口封じのためにあっさりと少年を殺害した。

男は、その一部始終を教会の中で隠れて見ていたが、己に疑いの目が向けられ、処刑される段になっても、誰にも真実を語らなかった。

神父を庇ったわけではない。

男は神父の淫行も、殺人も、己の冤罪を黙認する図々しさも、全てを肯定していたのだ。

人間が善意だとか信心だとかで面の皮を装っても、この神父と少年こそが真の姿なのだと思っていた。

そして、それに全く気付かず、己を断罪する民衆の滑稽さを嘲笑していたのだ。

地獄に堕ちろ?

己が地獄に堕ちるならば、神父や少年、そして民衆も皆、地獄に堕ちるだろう。

 

「先に地獄で待ってるぜ」

 

これが男の最期の言葉だった。

荒野に晒された男の死体には、邪悪な思念の残滓が瘴気となって留まっていた。

その瘴気は周囲の草花を枯れさせ、死体を啄ばんだ烏や鳶もその場で死に至るほどであった。

それは、邪悪な霊獣が宿るには最適の肉体だったといえよう。

鳥や男の死体、瘴気までも取り込み、ウロクという怪物は誕生した。

アイナーマルが霊獣に侵略されるよりも、およそ20年ほど前のことであった。



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第72話 反古

※引き続き、第三者視点でウロクの話になります。


ウロクの三又の槍は、もともとある人間の所有物であった。

ウロクは肉体を得た時から、霊獣が弱肉強食を是とする性質であることを理解し、まずは強い人間を探して技を盗もうと考えた。

数年放浪した末に、山奥で修行を積む槍使いに出会った。

ウロクは人間のフリをして近づき、弟子にして欲しいと懇願した。

槍使いは、孤独よりも相手のいる修行の方が一層励みになるだろうと考え、ウロクに槍を教えた。

ウロクは、霊獣の超人的な体力もあって、見る間に腕を上げていった。

ある日、槍使いは言った。

 

「もうお前は俺など足元にも及ばないほど強くなった。お前のような友を持てて誇らしい」

 

ところが、ウロクの返した言葉は槍使いの全く意図していないものだった。

 

「そうかい、じゃあ試してみましょうかね」

 

ウロクは槍使いを友などと思ってはいなかった。

己の上達ぶりを確かめるため、彼は長いこと同じ釜の飯を食った槍使いを殺した。

その時に盗んだのが、槍使いの大事にしていた三又の槍である。

そして、槍使いを殺した技は、ウロクが10年以上経った現在でも洗練し続けている。

 

 

 

グレイベル・ソウという人間の女は、久しぶりに出会った強い人間であった。

ウロクは、4年前に霊獣の軍団へ入って以来、初めて自ら決闘を志願した。

この決闘は、そもそも図体や口だけで使えない霊獣をグレイベルに殺させることで、町の呪具に霊力を過剰に与えて破壊し、呪具から溢れ出したより多くの霊力を持ち帰ることが目的だった。

しかし、ウロクはその実力をガイオネル将軍に認められていたため、グレイベルと決闘することは出来ないのだった。

そこで、ウロクは将軍に進言した。

 

「どうせ人間との約束なんざ守る義理はねぇでしょう?なら、キリのいいところであっしが女を殺しちまえば、あとは町の人間を皆殺しにして、町を隅から隅まで探しゃあ呪具は見つかるはずですぜ」

 

将軍は最初渋ったが、破壊するより無傷で呪具を入手する方が効率は良いはずだと考え、密かにグレイベルとの取り決めを反古にすることを決めた。

こうしてウロクは、将軍の許可を貰い決闘に参加したのだった。

しかし、ウロクの本当の目的は決闘ではない。

久しぶりに見つけた強い人間に勝利し、敗者をいたぶって殺すことだ。

今、ウロクは地上からはるか高い空中を飛行している。

地上を見ると、グレイベルが周囲を見回して己の姿を探しているのが見える。

あのグレイベルという女は実にそそる。

手足の欠けた身体であそこまで強くなるには、相当な鍛錬と努力を積み重ねたのだろう。

その気高き自信を粉砕し、絶望する彼女の足をもぎ取って弄びたい。

ただその劣情だけで、ウロクは必殺必中の槍を投擲した。



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第73話 戦乙女

※引き続き第三者視点によるウロクの話です。今回で最後です。


ウロクの腕力は、霊獣の中でも際立って強いわけではない。

せいぜい、人間の男数十人分程度の力だ。

グレイベルほどの手練れなら、彼の投げた槍など易々と回避してしまうだろう。

だが、それは槍を投げる姿を見て、飛んでくる方向がわかっていたらの話だ。

ウロクの持つ三又の槍には、特殊な仕掛けがある。

それは、使い手の霊力を込めることで『霊力で出来た槍』を投擲することができるという代物だ。

神代にはこうした魔法武器が多く生み出され、人から人へと受け継がれてきた。

ウロクは、修行の相棒がどこでこの槍を手に入れたのか知らない。

そんなことはどうでもよく、これが強力な兵器であるという事実が重要だった。

相棒を殺して槍を奪った後、ウロクは槍の使い方を独自に学んだ。

そして最も威力を発揮する使い方が、高高度から地上に向けて振り下ろすというものだ。

ウロクの腕力と、霊獣特有の強い霊力に加え、落下の力でさらに加速した攻撃が地上の標的に命中する。

そして重要なのが、投擲する際に必ず太陽を背にすることだ。

これにより、標的は眼でウロクを捕捉することが不可能になる。

どんなに槍が飛んでくる方向を見定めようとしても、強烈な陽光によって視界は阻害される。

また、太陽を背にしていることがわかっても、投擲する瞬間を正確に把握することはできない。

 

「まあ、天気の悪い日に使えないのは困りもんだがねぇ」

 

本日は絶好の串刺し日和だ。

ウロクは槍を握った右手に霊力を集める。

三又の穂先から、霊力で構成された3本の刃が出現する。

どんな頑丈な鎧でも容易に貫く強力な槍を、グレイベル目掛けて投げつけた。

雷のような速度で、槍は真っ直ぐに地上へ落ちる。

太陽という不可視の方向からの一撃。

女剣士の命運も尽きたかに思われた。

しかし、

 

「ん?」

 

ウロクにも一瞬事態が飲み込めなかった。

が、槍が到達する直前、グレイベルは目を閉じたまま、確かにウロクの方を、直視できない太陽の方を向いていた。

数秒もしないうちに、ウロクは地上で起きていることを理解し、ニヤリと笑った。

 

「やれやれ、そう簡単にやられてはくれねぇか」

 

槍は、果たしてグレイベルに届いていた。

ただし、彼女の肉体を貫くことは出来ていない。

なぜなら、槍が届く瞬間に合わせて、グレイベルが右足を大きく振り上げたからだ。

太陽の方角を指した義足の切っ先は、飛んできた槍の穂先とかち合った。

刃と刃の先端が、寸分の狂いもなく衝突したのだ。

当然、義足に伝わるエネルギーは人間の肉体など吹き飛ばすほどの威力だ。

周囲には凄まじい衝撃波が起き、地面はまるで水面に波紋が広がるように放射状に振動を伝える。

しかし、その中心にいてなお、グレイベルは持ち堪えていた。

それはさながら、神代の遺跡に描かれた戦乙女の如き勇姿であった。

 



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第74話 白色の光刃

※ここからアキヒコ視点に戻ります。


目の前が眩い光に包まれ、私の目が一瞬眩んだ。

それとほぼ同時に、轟音と衝撃が我々のいる宿屋の2階まで届き、建物が地震でも起きたかのようにグラグラと揺れた。

立っていられなくなってしゃがみ込んだローレが尋ねる。

 

「何が起きたの?グレイベルさんは…」

 

しばらくして視力が回復した私は、窓の外の光景を見て答える。

 

「大丈夫だ、彼女はまだ生きてる。しかし…あれは凄まじいな…」

 

グレイベルは、上空からの攻撃を回避するのではなく、防御していた。

左足だけで接地し、天高く振り上げた右足の切っ先で、恐らくウロクの放った槍であろう武器をピタリと受け止めていたのだ。

先ほどの衝撃は、彼女を殺せなかったエネルギーの余波が周囲に散ったために起きたのだった。

しかも、その衝突エネルギーはまだ消えておらず、グレイベルは向かって来る槍を押さえ続けている状態だ。

これが、女神キーシャをして英雄に相応しいと認めさせた剣士の実力というわけか。

 

(しかし、ここからどう反撃する…?)

 

歯を食いしばって踏み止まってはいるが、あの状態でもし二撃目を食らわされたら危うい。

ウロクの槍には、恐らく霊力を用いた特殊な術がかけられている。

でなければ、衝突してもなお運動エネルギーが持続しているのはおかしい。

言うなれば霊力を燃料とするロケットのようなもので、例え阻止されたとしてもエネルギーが残っている限り前進をやめないのだと思う。

槍に込められた霊力が尽きるか、グレイベルの防御が崩れるかの根競べということだ。

そこで私はあることに気がつく。

グレイベルの剣が、段々と輝きを増していることに。

てっきり金属同士の衝突による火花が激しく散って明るいのかと思っていたが、銀色の刀身が内側から発光しているらしいのだ。

グレイベルの表情も、食いしばっていた口元に余裕の笑みが戻って来ている。

そして、それに反して槍の勢いは次第に弱まって行った。

まるで、剣が槍のエネルギーを吸収してしまったように見える。

やがて、槍は完全に勢いを失い、ゴトッと重い音を立てて地面に落下した。

グレイベルの剣からは蒸気のような白い煙状のものがユラユラと立っていて、刀身の輝きは明らかに内側からの発光だった。

熱した金属が見せるような赤色ではなく、太陽のように眩しい白色の光だ。

 

「さすが霊獣、濃度の高い霊力だぜ。おかげで充填完了だ」

 

ズシン、と右足を地面に降ろすグレイベル。

重さで剣先が土にめり込む。

そして、今度は右足に重心を預けて身を屈めた。

 

「居場所はわかってる。あたしの番だ、行くぜッ!」

 

次の瞬間、グレイベルは跳んだ。

いや、飛んだと表現すべきかもしれない。

まるでジェット噴射で加速したかのような勢いで、地面を叩きつける轟音を残し、我々の目の前から消えた。

 

 



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第75話 空中戦

※ここからは第三者視点になります。


グレイベルは真っ直ぐにウロクの留まっている空中へと飛んだ。

右足に蓄積したエネルギーを解放したことによる超人的な跳躍だ。

太陽に向かっていることになるが、もはやグレイベルにとって眩しさなど関係ない。

目を閉じれば、そこに敵が見える。

大気に満ちた薄く均一な霊力の波、その向こう側に一際目立つ強い霊力の塊がいる。

 

「見つけたぞ、そらぁ!!」

 

グレイベルは空中で体の角度を器用に変え、目標に向けて剣を振った。

すると、剣に宿っていた白色光は三日月のような形状の残光を作り出し、勢いよく射出された。

 

「うお、こりゃ危ねえ!」

 

さすがのウロクも慌てた様子で三日月状の光を回避する。

彼はその攻撃が、自分の身体を真っ二つにする刃であることを理解していた。

 

「素晴らしい!ぶつけられた霊力を内に吸収・蓄積して、同じだけの威力を再び外に放出する。幻疼石、噂通りのお宝だ!」

 

ウロクは目の色を変えて、両手の鉤爪でグレイベルに襲いかかる。

義足の跳躍は空中で軌道を変えられないので、回避は不可能だ。

グレイベルは鉤爪を剣で捌きながら、隙を見て光の刃を発射する。

 

「近距離でそんな大振りな技など無駄だぁ!」

 

グレイベルと違い、空中を自在に飛行できるウロクは難なく刃を躱す。

 

「欲しい!あんたのその足が欲しい!力ずくでもぎ取って、あんたの腹ぁ掻っ捌いて食ってやる!」

「おーおー、霊獣の本性が出てきたなぁ。それで良いんだよそれで、あたしも気持ち良く殺せるってもんだ!」

 

グレイベルは、今度は横に薙ぐのではなく、前へ刺突を繰り出した。

すると、光の刃は先端の尖った円錐形となって射出される。

斬るのではなく、貫く形状だ。

 

「おぉっと!」

 

ウロクは間一髪で回避したが、刺突の刃が脇腹を少し掠めた。

自らが槍に込めて放った強い霊力は、掠めただけでも出血を起こすほどの威力となって帰ってきた。

だが、その一撃を上にいるウロクに放ったことで、グレイベルの跳躍エネルギーは一気に減速し、落下を始めた。

ウロクはそれを見逃さず、急降下して彼女の両肩にガッシリと爪を食い込ませた。

 

「っ!」

「へっへっへ、捕まえたぜ!こうなっちまえば足は使えねぇでしょう?足貰ったぁ!」

 

今度は両足の鉤爪を、グレイベルの右足の付け根に食い込ませた。

このまま引き千切られれば、グレイベルは丸腰となってしまう。

しかし、ウロクの顔が目の前に来たのを見て、グレイベルは笑った。

 

「よう、幻疼石を知ってるんだろ?だったらこいつがどういう性質かも完全に把握してるか?」

「何?」

「その様子じゃ『溜めて出す』ことしか知らねえみてえだな。こんなことが出来るんだよ!」

 

瞬間、ウロクの両手はズタズタに引き裂かれた。

 

 



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第76話 墜落

「うぉぉぉっ!なんじゃこりゃー!?」

 

ウロクは、すぐさまグレイベルの肩から手を離す。

その両手は野犬にでも噛まれて振り回されたかのようにズタズタに切り裂かれ、血まみれになっている。

 

「今何をしやがった!?」

「さあな、これから殺す奴に答える義理はねぇ」

 

落下によって再び距離の空いたグレイベルだったが、すぐに次の行動に移る。

義足を剣の状態から、帯状へと変形させた。

ウロクの手は既に再生して治りつつある。

これも霊力の力だ。

 

「何だか知らねえが、アンタが空中で不利なのは変わらねえぜぇ!このまま地面に叩きつけられるのを待つのも面白そうだ!」

「あたしがそこまで考えてないバカに見えるか?」

 

グレイベルの右足は、無数の帯が軟体動物の脚のように分かれた状態だった。

そのバラバラの義足を、蹴りを入れるように上空のウロクに向かって振り抜く。

すると、帯状の義足は瞬時にピンと張り詰めて伸び、ウロクの脚にグルグルに巻きついた。

 

「な、何ィ!?」

「オラ気合い入れて飛べ!2人分くらい余裕だろうが!」

 

思わぬ体重の増加で、ウロクの羽ばたきは一瞬ばたついて落下しかけたが、すぐに空中に留まった。

しかし、グレイベルの追撃は終わっていない。

ウロクの脚に巻きつけた帯を巻き取るように高速で収縮させた。

10メートルほどの高低差はすぐに縮まり、今度はウロクが襲われる番となった。

 

「どこまで奇天烈なら気が済むんだその脚は…」

「てめえが死ぬまでだっ!!」

 

あと僅かで届くという距離で、グレイベルは巻きつけた帯をウロクの脚から離した。

巻き取りの勢いでウロクの滞空する高さと同じになるタイミングを見計らい、瞬時に帯を剣に戻した。

驚愕するウロクに、グレイベルは身体を縦に回転させ、剣を振り下ろした。

そのまま行けば左右真っ二つに割れるところを、ウロクは霊獣の高い反射神経で回避する。

しかし、完全に避けることは叶わず、左の翼を切り裂かれた。

 

「痛えっ!」

 

ウロクが翼を斬られたのは初めての経験だった。

痛みと、まともな飛行が不可能になったことで、木の葉のようにクルクルと回りながら墜落する。

一方、グレイベルも空中に留まる手段を完全に失ったので、身体が風圧で錐揉みされないように、手足を広げて落ちていく。

 

「くそぉ!やるじゃねぇか人間のくせに!だが、俺は地面に叩きつけられたくらいじゃあ死なねえぞ!アンタこそ無事では済まねえんじゃあねえか!」

「確かめてみろよ!どうせ落ちる瞬間はそう変わらねえ、どっちが生きてるか運試しと行こうぜ!」

 

ウロクが本気で焦っているのに対し、グレイベルは楽しげに、しかし加虐的な笑みを浮かべていた。



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第77話 着地、生還

※ここからアキヒコ視点に戻ります。


数分間、誰もいなくなった通りは静寂に包まれていた。

家の中にいた住人達も、さすがに不安になったのか、窓を開けて外を覗いている者もいる。

私にも、日光によって上空の様子を見ることは出来なかった。

何度か光るものが空を横切ったような気がしたが、何が起こっているのかは全くわからない。

しかし、そんな静寂も終わりが訪れる。

誰かが空を指差した。

 

「あれは、ソウさんだ!」

「やられたのか?」

「落ちてくる!」

 

1人が気付けば、皆空を見上げ口々に叫ぶ。

空からは、2つの影が落ちてきていた。

豆粒ほどに小さかった影はみるみる内に、その正体がわかるほど地表に接近してくる。

それは片翼を失ったウロクと、手足を広げてスカイダイビングをするグレイベルだった。

その姿だけを見れば、ウロクの方が劣勢ということになろう。

しかし、果たしてグレイベルは地面に激突して無事でいられるのだろうか。

私は不安になり、窓を開けて屋根によじ登った。

 

「どこに行くの?アキヒコ」

 

ローレが心配そうに尋ねる。

私は安心させようと笑って答えた。

 

「心配ないよ。グレイベルが着地を失敗しないように助けに行くだけだ」

 

屋根に登ると、グレイベルのおおよその落下地点に見当をつけながら屋根から屋根へ走った。

今までの私には到底不可能なことだが、今はバネの触手と、強化された体幹と運動神経によって難なく出来る。

しかし、落下は思いの外速い。

それはそうだ、遠くから見ているとゆっくりに見えるだけで、人間が落下すればあっという間に着地するに決まっている。

 

(間に合わないか…!)

 

私は屋根を壊すほどの勢いで疾走した。

しかし、グレイベルは私よりもよほど考えを巡らせていたらしい。

空中で右足を構えた瞬間、眩い光を地面に向けて放ったのだ。

まるで天から降り注ぐ光線のような美しい光は、グレイベルの落下速度を急激に緩めた。

私の世界でいうところのジェット噴射の要領だ。

 

「こりゃたまげた…」

 

私は悠々と着地するグレイベルを見て思わず呟いた。

一方、ウロクはグレイベルよりも速く地上に激突していた。

ウロクの墜落地点にあった民家は木っ端微塵に破壊されていた。

私はグレイベルの着地から少し遅れて現場にたどり着いた。

決闘をしていた通りから500メートルは離れた町の端っこだ。

 

「勝ったのか?」

 

私はグレイベルに尋ねる。

グレイベルはタバコに火をつけて落ち着こうとしていた。

よく見ると、少し震えている。

 

「さあなぁ、あたしもかなり必死だったからわからん。死ぬかと思った、マジで」

 

平静に見えるが、確かにすごい量の汗をかいている。

全く大した度胸だと私は思った。

ほとんど生身の人間が、パラシュートもなしに高層ビルほどの高さを落下したのだ。

それで無傷なのは奇跡といえよう。

 

「そんじゃま、鳥頭がミンチになったか確かめに行こうかね」

 



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第78話 逃走

私とグレイベルは、ウロクの墜落した民家の前に来た。

屋根が1階まで落ちて、見る影もなくなった残骸の山と化している。

 

「決闘はまだ続いてるから、てめえは何もせず見ときな」

 

言われずとも、私には何もできない。

グレイベルは私より遥かに戦い慣れている。

彼女の本当の目的を探るという課題はあるが、今はこのまま決闘の行方を見守った方が良い気がする。

グレイベルは潰れた民家に入っていく。

出入口は意味をなさなくなっているので、屋根に登るような状態だが、ここは無人だったのだろうか?

 

「グレイベル、ここに人はいたのか?」

「いや、多分いない。こんな町の端は物騒だからな、残ってる住民は町の中心部に集まって暮らしてるはずだ」

 

グレイベルは瓦礫をどけながら答える。

やがて、瓦礫の下からウロクの羽毛に覆われた手が見えた。

 

「ちっ、まだ生きてやがるな」

 

グレイベルは舌打ちをして、義足を帯状に変形させて、ウロクの腕を縛り、家の下から引きずり出した。

道に投げ出されたウロクは、手足があらぬ方向に曲がり、橙と黒の羽毛には新しく赤色が加わっている有様だった。

いかな霊獣といえど、高高度からの一切ブレーキのない落下は相当なダメージになったらしい。

とはいえ、普通の人間なら即死しているであろう重症でも呼吸をしているのは、人ならざる者の頑丈さだからだろう。

 

「言い遺すことはあるか?ウロク」

 

グレイベルは、義足を再び剣に戻し、仰向けになったウロクを跨ぐような形で立った。

彼の首は、グレイベルが右足を動かすだけで胴体から離れるだろう。

しかし、ウロクは荒い呼吸をしながら、突然不気味な笑い声を上げた。

 

「へっへっへっへっへっへ…ゲホッ…本当に、おめでたい女だなぁアンタ…ハァ…ハァ…あっしが、本気で決闘に夢中だったとでも?」

「あぁん?決闘の条件を飲まねえと困るのはそっちだろうが。あたしを裏切ったら、てめえらは正真正銘の間抜け集団になるぜ」

「マヌケは…アンタだよぉ…へっへっへ、霊獣に人間の理屈が、通じるかよ」

 

その時、私の直感が危険信号を発した。

首筋に感じる、刃物を当てられたかのような冷たさ。

 

「危ない、グレイベル!」

 

邪魔するなと言われたが、私は咄嗟に叫んでいた。

グレイベルはすぐに反応し、振り返る。

 

「!」

 

私も、グレイベルも、完全に事態を飲み込んだ訳ではなかったが、その場に突っ立っていれば命がないことを悟って回避行動を取った。

私と彼女の立っていた場所を、ウロクの所有物である三又の槍が高速で通過した。

ちょうど私達の心臓の高さだ。

そして、槍は折れたウロクの右手に無理矢理といった様子で収まったのだ。

それで終わりではなかった。

ウロクの倒れている地面に、突然、魔法陣のような紋様が浮かび上がった。

 

「先に…地獄で待ってるぜ…」

 

ウロクはそう言い遺すと、まるで地面に沈むようにして一瞬で消失した。

魔法陣も、ウロクを飲み込むと同時に掻き消すように消滅する。

 

「おいおい、取り決めを破るつもりかガイオネル」

 

グレイベルは少し焦燥の色を浮かべて呟いた。

 

 



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第79話 破られた約束

太陽はいつの間にか西へ傾き、夕方が近づいていた。

ウロクが決闘を放棄したという話は、瞬く間に住民達の間に広がり、混乱を引き起こしていた。

私もグレイベルも、別に誰にも話していないのだが、おそらく誰かが逃走の様子を見ていたのだろう。

私が予想していなかったのは、住人の一部がグレイベルを責める態度を見せたことだった。

 

「あんた、我々を守ってくれるって約束したじゃねーか!」

「約束を破られたってことは、今にも霊獣が攻めてくるんじゃないの!?」

「俺達はどうすればいいんだよ!」

 

随分と勝手な言い様だ。

しかし、約束事によって守られるはずだったのに、突然それが破られる不安というのは私にも理解できる。

 

“俺は父親を演じるのが嫌になった”

 

中学の時、家を出ていく際に父が私に言った言葉が蘇る。

 

“じゃあ、どうして父親になったの?”

 

私の言葉に帰ってきたのは父の拳だった。

しかし、これは子供にとって当然の疑問だ。

一生、父親になるという覚悟もなく、なぜ父親になったのか。

なぜ、守れない約束事をしたのか。

それに比べれば、グレイベルの場合は約束を破ったことにはならない。

 

「みんな、待ってくれ。敵は勝手に決闘の約束を破ったんだ。この人に落ち度はない」

 

私はつい、我慢できなくなって反論してしまった。

すると、今度は私に不安と怒りの矛先が向いたのだった。

 

「他所者は口を出さないでちょうだい!」

「こっちは生き死にがかかってんだ!守って貰いたいから町で好きにさせてやってたんだ!」

「大体、ひょっとしてあんたのせいで決闘が邪魔されたんじゃないのか?あんた何で決闘中のソウさんに近づいたりしたんだ!」

 

まずい、と思った。

今の彼らは手近の者で八つ当たりできる理由を探しているだけだ。

理屈など関係なく、自分の不安を紛らわせる為の身代わりを探しているのだ。

 

「みんなやめなさい。少し冷静になって考えてみたらいい。霊獣は所詮霊獣、人間の理など解さない獣だ。このような形で4日間も生き延びることができたのを、まず感謝するべきじゃないかね?」

 

助け舟を出してくれたのは、意外にも町長だった。

彼の一言で、住人は不本意そうだが口をつぐんだ。

それまで黙っていたグレイベルは、町長に言葉をかける。

 

「町長、あたしは今から奴らのとこへ行って話をつけてくる。危ないからみんなを家の中へ入れて出さないように。いざとなったら逃げられるよう、荷造りもさせておけ。あんまり重い物は持たせるな」

「今からでは暗くなる、危険です。今夜は休まれては?」

「そんな時間はねぇ。連中が朝になるまで待ってるとは限らないんだぜ。良いから、あたし1人で行く」

 

町長は心配そうだったが、頷いて住人に話をし始めた。

町長がみんなに話をしている間、グレイベルは私に近づいてきて囁いた。

 

「アンタ、戦いの心得は多少あるんだろ?あたしがいない間、住人達を守ってやってくれねぇか?」

「………いいだろう。あんたがいない間だけだぞ?だから、ちゃんと帰って来い」

 

グレイベルはニッと笑い、私の肩を叩いて馬小屋へ向かった。

 



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第80話 強者の振る舞い

ギムエルの町には馬小屋がいくつもあるが、今でも馬が繋がれているのは、町の東出口の付近にある馬小屋だけだ。

そこには8頭の馬が繋がれており、そのうち2頭は我々がルクラド城から乗ってきた馬車の馬だ。

決闘はいつも南北の1番大きな通りで行われていた。

東にある馬小屋に被害を出さないためだ。

 

「あたしが1頭借りていくから、いざとなったら残り7頭に荷馬車を引かせて町から逃げるように用意しとけ。子供や足の悪い年寄りは荷台に乗せてな」

 

グレイベルは、慣れた手つきで馬に鞍を付け、出発の準備を進めた。

しかし、あまりにも軽装だ。

 

「そんなに身軽で大丈夫なのか?」

「死ぬつもりなら最後の飯でも食うがな、あたしは死ぬ気ないんでね」

 

やはり彼女は強い。

これから敵の陣地に乗り込むというのに、まるで恐怖を感じていない。

いや、本心ではどうかわからないが、少なくとも臆面も表に出さない。

強い力を持った人間が感情を表に出すことが、周囲にも影響を与えてしまうことを知っているのだろう。

 

「なぁグレイベル。あんたはなぜ強くなった?見えない敵を目を閉じたまま仕留めたり、空を飛んだり。どうしてそこまで強くなれたんだ?」

 

よほどの信念を持って鍛錬を積んだのか。

あるいは、ただそう在ることを望んでいたのか。

生来、怠惰な私にとっては、はるか雲の上の存在に感じる。

グレイベルは笑って答える。

 

「ただ鍛えただけさ。いいか、見えない敵を見るとか、空を飛ぶとか、そんなことは重要じゃあない。魔法使いならいくらでも出来るし、人間だってそういう技術を磨けばいつか誰でも出来るようになるだろう。重要なのは、今の自分に何が必要か、何が足りないかを見極めることだ。それが出来りゃ見えてくるものもあるだろうさ」

「…上手く誤魔化してないか?」

「はっはっは、その通り。じゃあな!」

 

日も沈もうとしている宵闇の中、グレイベルは馬を駆って東の出口から町を出て行った。

 

 

 

町長はどうやら住人の説得に成功したようで、皆それぞれの家に戻り、荷物をまとめ始めた。

私も宿屋に戻り、部屋にいたローレと合流する。

 

「ローレ、よく聞いてくれ。グレイベルは霊獣のとこへ話をつけに行っちまった。町に残った俺が代わりの用心棒を頼まれた。君は、町の人間と一緒に逃げる準備をしていてくれ。君は土地勘があるようだし、いざとなったら1人ででも逃げろ、いいな?」

 

ローレは不安そうな顔をしたが、その不安を振り払うかのように、力強く頷く。

この娘も強い子だ。

過去に何があったかは知らないが、私よりもこの世界で生き残る術を知っている。

 

「その代わり、約束して、アキヒコ。貴方も1人で無茶しないって。キーシャさんと協力して、絶対に死なないでね」

「…わかった、約束だ。ところで、キーシャは?」

「ここにおるぞ、呼び捨てはやめよと言うとるに」

 

いつの間にか、部屋の入り口にキーシャが立っていた。

そして、私だけに聞こえる心の声で話しかけてくる。

 

(アキヒコよ、心して聞け。お主に取り憑いた死霊の正体がわかった。この町を覆っておる呪いとやらの見当もな)

 

 

 

 



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第81話 荷作り

キーシャはいつになく神妙な面持ちだった。

いや、出会ってまだ2日くらいしか経っていないが、それでも彼女のそのような表情を珍しく感じた。

 

(死霊と呪いの正体がわかったんですか!?)

(ああ、だがその前にまず荷作りせねばならんようだな)

 

私は頷いた。

まずキーシャに決闘の結果を伝え、グレイベルが敵の陣地へ単身乗り込んだことも話した。

ローレの前で心の声を使い続けるのは怪しまれるので、無礼を詫びて口頭で伝えた。

 

「なるほどの、取り決めを破られたか。あの娘の安否も気になるが、まあ自力で切り抜けられんこともなかろう。しばらくは、な。アキヒコ、お主はまず身支度を整えて、宿屋の荷作りを手伝え。それが済んだら、わたしの部屋へ来るがいい」

「わかった。ローレ、下へ行こう」

「う、うん」

 

私とローレは宿屋の夫婦を手伝い、食糧や衣類などをまとめ、それからナイフや斧などの申し訳程度の武器を倉庫から引っ張り出して並べた。

 

「こんなもんで霊獣とまともに戦えるかはわからんが、ないよりはな…」

 

主人は自虐的に笑って言った。

私はナイフを一本借りて、縄で木材にしっかりと括り付け、即席の槍を作った。

私に使えるかはわからないが、少しでもリーチのあるものが欲しかった。

 

「心配ない。俺はそれほど戦いを知ってるわけじゃないが、カゲオニと人狼を倒した経験ならある。必ずあんた達を無事に逃がしてみせるよ」

「まぁ!それは頼もしいわね」

「全くだ。あんた達のお陰で荷物も早く済んだ。感謝してるよ。俺達にもあんたくらいの息子がいたんだが、事故で死んじまってなぁ…」

 

夫婦はとても善良な人間だ。

だが、果たしてその息子とやらは事故で亡くなったのだろうか?

町ぐるみの生贄の儀式。

疑い始めたらキリがないが、この善良そうな人々が、4年前に取り返しのつかないことをしてしまったのは事実らしい。

荷作りを済ませ、とりあえず皆で交代の見張りを立てながら仮眠を取ることとなった。

私は寝室に行く振りをしてキーシャの部屋へ行く。

時間帯は、もうすぐ私が悪夢のような怪現象に悩まされた頃になる。

キーシャの部屋に行くと、何やら怪しげな魔法陣の周りに蝋燭が立てられていた。

 

(来たな、ここへ座れ)

(この、魔法陣の中へですか?)

(そうだ。この陣の中におれば、死霊もお主に手は出せまい。最も、死霊を退治する訳ではなく、落ち着かせて話を聞くのが目的だがな)

 

つまり、ルクラド城の地下の時のように、死者に喋らせようというのだろうか。

 

(しかし、死霊って凶暴なんじゃないんですか?話が通じるんでしょうか?)

(うむ、わたしも初めは除霊しようと考えておった。しかし、今日いろいろと調べるうちに、どうも死霊の現れる元凶こそ、この町にかけられた呪いではないかと推測したのだ。ならば、凶暴化した霊を一度大人しくさせて、事情を聞いた方が良いと思ってな。案ずるな、きっと万事上手くいく)

 

少し不安だが、私はキーシャに任せることにして、魔法陣の中心に座った。

 



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第82話 逢魔時

キーシャの魔法陣には、円の中に多数の六角形と、蛇のような生き物が描かれていた。

直径およそ2メートルほどで、大人1人が座るには十分な広さだ。

この円の内側にいれば、死霊は私に手が出せないという。

蛇の頭部にちょうど蝋燭が固定されており、暗い室内をぼんやりと照らしている。

そもそも、この世界には電化製品がないので、夜は基本的に真っ暗なのだ。

だが、それが不便かというとそうでもない。

逆に、夜中に灯を持ってうろつくような真似をすれば、霊獣の餌食になってしまう。

だからこの世界の人間は、夜になると家の鍵をしっかりと締め、灯を消し、枕元に魔除けの道具を置いてベッドに潜り込む。

その暗黙の了解、生き残る術を無視してでもこんな儀式を始められるのは、本物の女神がここにいるからなのだろう。

 

(これを飲んでおけ。わたしの力で浄化した水だ。わたしの術に馴染みやすくなる)

 

キーシャはコップに入れた水を私にくれた。

一息に飲み干す。

別にこれといった変化もなく、美味しい水だった。

 

(もうすぐ昨晩と同じ者共がやってくるが、決して声をあげてはならんぞ。恐怖に負けて声を発すれば、その結界の効力は失われる。何があっても声だけは出すでない)

(そ、そんなに念を押されると却って緊張が…)

(当たり前だ!緊張させようと思って言っておる。楽にしておれとは言うとらん、死霊の前で隙を見せては元も子もないからのう)

 

難しいものだ。

不安になる必要はないが、緊張感は保たなければならないらしい。

結界の魔法陣は、部屋の扉から数メートル離れた正面にあるため、私は扉の方を向いて座る形となった。

扉は全開に開け放たれている。

そして、キーシャは私に背中を向ける形で扉の前に立ち、死霊が現れるのを待っている。

家の中は静かだ。

ローレには宿屋の夫婦と共に一階で眠るように頼んでいる。

 

(死霊が一階の3人を襲う危険は無いんでしょうか?)

(それも問題ない、一階の全ての部屋の扉を閉めて魔除けの術をかけておる)

 

昼間はずっと姿が見えなかったが、彼女はそれらの準備を念入りに行ってくれていたのだろう。

キーシャは宿屋の服から元の女神の衣装に着替えており、薄闇の中で鮮やかな緑色の布と、真っ白な頸や二の腕、脹脛が特に際立っている。私がその頼もしい後ろ姿を眺めていると、

 

カタッ

 

廊下から物音が聞こえた。

 

(来たぞ、絶対に声を出すな!)

(は、はいっ!)

 

カタッ、カタッ、カタッ

 

動物の爪が床を引っ掻くような音が、この部屋に向かって近づいてくる。

ゆっくりと、獲物を見定めるように、獲物の恐怖を煽るように。

やがて物音は、部屋の前までたどり着く。

私は声を出さないよう、口を手で押さえ、息を殺して音の正体に注目する。

 

「アァ」

 

人でも、動物でも、霊獣でもないソレは、私を真っ直ぐに見ていた。



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第83話 地獄より這い出た亡者

ソレは間違いなく死霊と呼ぶに相応しい姿だった。

私の元いた世界の感覚としては、亡者と呼んでもしっくり来るかもしれない。

『手におがらの杖をつき、糸より細い声をあげ〜』といった古典的な亡者ではなく、死体そのもののようだという点で、ソレは亡者だった。

身体は全体的に小さい。

両手を地面につけて這っているせいか、痩せた子供くらいの大きさに見える。

手足は異様に細長く、アメンボのような虫を思わせる。

顔は人間にとても近いが、決定的に違うのはその生気の無さだ。

顔色が悪い、というレベルではなく、明らかに血が通っていない死体の色である。

服は着ておらず、肌は骨が浮き出て見え、白い表面は蝋燭の灯りで照らされヌルヌルと光っている。

触ればズルリと崩れ落ちそうな、例えるなら温めた牛脂のような見た目の皮膚だった。

死体のような濁った目は、私を見ている。

生きた人間の視線でさえ気まずさを感じるというのに、既にこの世の者ではない死霊に見つめられるというのは耐え難い恐怖だった。

しかし、私はキーシャとの約束通り、声を押さえ、歯が鳴らないように食いしばった。

 

カタッ、カタッ

 

死霊はゆっくりと部屋に入って来た。

ほとんど骨のような長い指先が床に当たる度に音がする。

 

カタッ、カタッ

 

地獄から這い出たか餓鬼を思わせるその不気味さに、しかしキーシャは堂々と話しかけた。

 

「わたしは再生と長寿を司る水の女神キーシャ。言葉が理解できるのならば答えよ、汝は何者であるか」

 

すると、死霊は僅かな間、キーシャの存在に反応したが、すぐに私は向き直り、

 

「アァァァァァァ!!」

 

口を大きく開き、悲鳴のようね叫び声を上げた。

心臓が凍りつくような恐ろしい悲鳴だ。

口は顎が外れたかのようにダラリと垂れ下がり、腐ったような色の唾液を撒き散らす。

そして、キーシャを無視して私の元へ這い寄って来た。

その動きときたら、まるで獲物を見つけたアシダカグモのような素早さで、キーシャの傍をあっという間にすり抜け、私に飛びかかった。

私は思わず目をつぶった。

 

「アァッ!」

 

しかし、私は無事だった。

目を開けると、目の前に死霊の顔があった。

しかし、キーシャの魔法陣によって見えない結界が確かに張られているらしく、死霊は魔法陣よりこちらへは入らずに硬直している。

 

「その者は汝の敵にあらず、また汝とは全く無縁の者である。汝が真に怨んでおるのは何者であるか」

 

キーシャは振り返り、硬直している死霊に向かって言葉をかける。

だが、死霊は話の通じない相手だった。

くるりとキーシャに向き直ると、今度は獲物を彼女に定めたのか、一気に飛びかかった。

 

(危ない…!)

 

魔法陣から出られない私は、襲われるキーシャを見ていることしか出来なかった。



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第84話 女神の聖水

死霊はキーシャの腕に噛み付いたかのように見えた。

飛びかかられた勢いのまま倒れるキーシャを見て、私はしかし、声を出さなかった。

彼女との付き合いは短いが、やる時はやってくれる実力の持ち主だ。

きっと何か手を打っているはずだ。

案の定、キーシャは襲われても冷静だった。

 

「よしよし、思った通り噛み付いて来よったな」

 

よく見ると、キーシャの腕は透明なもので覆われて保護されていた。

恐らく、彼女の得意とする水の魔法を使った防御だろう。

犬に噛まれない対策として、腕を分厚い布類でぐるぐる巻きにするのは聞いたことがあるが、彼女はそれを死霊相手にやっているのだ。

しかも、単に防御するためではない。

キーシャにとって、水は盾であると同時に矛でもあるのだ。

 

「我が聖水、ありがたく飲み干すが良い」

 

キーシャは噛まれた左腕で死霊を押さえたまま、右手で水の防御に印を描いた。

たちまち、水は死霊の顔全体を包むように覆った。

死霊は引き剥がそうともがいたが、水は触れても悉くするりと指の間をすり抜けて離れない。

やがて、水は目に見えてその体積を減らし始めた。

死霊の顔を覆った水が減る度に、死霊の喉が動いているのがわかる。

つまり、女神の聖水を体内へ無理矢理流し込んでいるのだ。

死霊は段々と暴れるのをやめ、水が一滴残らず口の中へ消えると、すっかり大人しくなってしまった。

私は心の声でキーシャに尋ねる。

 

(今の聖水にはどんな効果があるんですか?)

(うむ、悪意を緩和し、冷静にさせるものだ。性根から邪悪でない限り、死霊にも効き目はあるはずだ)

 

確かに効果は絶大だった。

死霊は先程までの凶暴さを失い、ヨタヨタと這って扉へと引き返して行く。

 

「よし、もう動いて良いぞアキヒコ。今からこの死霊の正体を突き止める」

(ど、どうやってです?言葉を話せないみたいでしたが)

「死霊は霊体の残滓だが、その核となる肉体、あるいは依り代がないと存在を保てぬのだ。だから、怨念の弱くなった死霊は核となるものがある場所へと戻って行く。それを今から追うのだ」

 

私は結界の外に出た。

死霊は、もう私に関心を向けず、死にかけた虫のように弱々しく部屋から出て行く。

キーシャと私はその後ろを数メートル空けてついて行く。

 

(そういえば、グレイベルから代わりに用心棒をするよう頼まれてたんですが…)

(ふむ、案ずるな、カカシを立てる)

(カカシ?)

 

宿屋の玄関まで辿り着くと、キーシャは空中に印を結ぶ。

宙に出現した魔法陣から、2つの透明な人形が現れた。

ちょうど私とキーシャくらいのサイズだ。

 

(これはお主とわたし以外には『アキヒコとキーシャ』に見える分身だ。これを部屋に待機させておく。もし何かあれば、わたしに感知できる)

(さすがですね…すごい術だ)

(はっはっは、もっと褒めるが良い!)

 

キーシャは満足げに、2つの人形を歩かせて部屋へ向かわせた。

これで安心して死霊を追跡できるだろう。



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第85話 死霊の呪い

死霊は律儀に玄関の扉から出て行った。

 

(アレは元々人間だからのう、生前の常識は簡単に失わないものだ。家は玄関から出入りするし、鍵のかかった部屋をすり抜けるようなことも出来ない。アレは、最期に残留した強烈な思念に従って動いておるだけ。邪悪だが、哀れな存在なのだ)

 

キーシャは死霊を追って行きながら心の声でつぶやく。

彼女が施した術はもう一つある。

部屋に私達の身代わり人形を置いてきたのに加え、私達を周囲から隠す術だ。

こんな非常事態に外を出歩いていたら怪しまれるので、術で水の膜を我々の周りに張っているらしい。

その水の膜は我々の周りだけ光を曲げるため、外からは誰もいないように見えるそうだ。

私は、周囲を覆ったシャボン玉のような大きい膜を見回して、キーシャが味方になってくれたのは私にとって最高の幸運だったのだな、と改めて思った。

死霊は、追ってくる我々のことなど気にかける風もなく、月夜の通りをカサカサと這っていく。

大きな蜘蛛のような姿は不気味だが、昨夜の恐怖感は既に薄れている。

姿がはっきりと見えてしまえば、慣れによって恐怖は薄らぐようだ。

とはいえ、死霊の向かう先が何処なのか、何があるのかは私にも見当がつかない。

確かキーシャは、色々調べた結果、死霊と町の呪いが関係していると言っていた。

 

(キーシャ様、死霊の正体がわかったとおっしゃってましたが…)

(そう、まあ、あの女剣士の話と併せれば察しはつくというものだが、おそらく、生贄にされた町の人間であろう)

(え!?)

(こらこら、お主まさか全く考えもせんかったのか?死霊は強い恨みや怒りが、死後消滅するはずの霊体を変質化させた存在だ。そして、この町で強い遺恨を生むような出来事といえば、例の生贄の儀式が最も怪しいではないか。アキヒコ、お主はなぜ、昨夜は辛うじて無事だった?)

(それは…部屋の扉に鍵をかけていたからです)

(なぜ鍵をかけた?)

(宿屋の奥さんに『夜中は部屋から出てはいけない』と言われたからです…あっ)

 

そうか、奥方は夜中に何か起きることを知っていたのかもしれない。

 

(理解したようだな、死霊が生贄を差し出した町の人間を恨んでいるとするなら、夜な夜な町を徘徊して誰かをとり殺そうとしていても不思議ではあるまい?だが彼奴等は人間の見分けなどついとらんから手当たり次第に取り憑く。だから夜中に起きたお主にたまたま標的を絞ったのだろう)

 

合点がいった。

我々が今追跡している死霊は1体だが、昨夜は複数の気配を感じたのだ。

つまり、7日間に及ぶ儀式の生贄にされた7人が町を恨んで死んでいったとしたら、死霊の数もそれだけ多いことになる。

グレイベルは、儀式が失敗して呪いにかかったと言っていたが、つまりこういうことだろうか?

 

(死霊が出現するこの状況そのものが、既に呪いであると?)

(うむ、呪いはそれだけではないかもしれんが、こんな状況が4年も続けば住人も減るだろうな)

(グレイベルは住民のほとんどが別の町に逃げたと言っていました)

(それも本当か怪しいものだ。死霊に取り殺されたのかもしれんぞ)

 

我々の考察の答えはもうじき出るだろう。

死霊は町の中心にある見張り台へと向かって行った。



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第86話 異変、拡張

見張り台には、今もなお見張りの住人が登って監視を続けている。

我々の姿は、やはりキーシャの術のおかげで見えていないようで、塔の下まで来ても全く反応がない。

町で最も目の良い人間を交代制で配置していると聞いた。

霊獣が来れば鐘を鳴らして知らせ、必要なら弓矢などを用いて迎撃するという。

キーシャは心の声で言った。

 

(昼間、見張り役を交代で担っている男に聞いたのだが、ここでも年に何度か人が居なくなったり、何かに塔の下から引っ張られて怪我をしたりする者が後を絶たんそうだ)

(何ですって?じゃあ今見張りをしている人が危険じゃないですか!?)

(いや、今のあの死霊に人を襲う気はあるまい。それより、彼奴がどこに向かうかをよく見ておれ)

 

キーシャの言った通り、死霊は塔には上らず、その根本の地面に向かっている。

見張り台は木を組んで作られた高さ15メートルほどの塔である。

その根本は、木を地面に固定する大きな金具が打ち付けられており、かなり広い面積を占めている。

私は目を凝らしていたのだが、死霊は私が瞬きするほどの時間で地面へと消えた。

まるで、見張り台の土台と地面の間の境に吸い込まれるのように一瞬でいなくなったのだ。

 

(この見張り台の下に、何かあるんでしょうか?)

(恐らくな。この見張り台自体は新しい。この何年かで建てたものであろう。その下に何かを隠してな)

(一体何が…)

 

私はしゃがんで、無意識に地面に触れた。

瞬間、電流が走ったかと思うような衝撃を体に受けた。

 

(な…⁉︎)

 

感覚が、広がっていく。

下へ、横へ、四方八方へ。

まるで、地中に手を潜り込ませるように、地下の感触が伝わってくる。

ハッとなって、思わず手を引っ込めた。

夢から覚めるように、私は現実に引き戻される。

 

(どうかしたか?急に震えて)

(い、いえ…)

 

不審そうに私を見るキーシャの様子だと、見た目に異変はわからなかったようだ。

しかし、今のは明らかに何らかの異変が私に起こった。

地面の下に向かって手を、いや、目も、鼻も、あらゆる感覚を拡張するようなイメージだった。

まさか、この感覚は?

 

(ふーむ、この下に何かあるのは確かだが、掘って覗くわけにもいかんしのう。どうしたものか)

 

キーシャもしゃがんで地面を触っているが、私は別の問題で頭を働かせていた。

予感を確信に変える為にも、私はもう一度試してみたかった。

そこで私はキーシャに心配をかけまいと、嘘をついた。

 

(キーシャ様、実は私にもとっておきの術があるんですが、使ってもよろしいですか?)

(なに?)

 

唐突な言葉に聞こえただろう。

キーシャはあからさまに変なものを見る顔をした。



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第87話 第三の能力

(まあ、試したければ試せば良いが、お主大丈夫か?先程から変だぞ)

(ええ、大丈夫です。私もお役に立てればと思いまして)

 

キーシャは訝しみながらも、私のしたいようにしたら良いと傍観してくれた。

私は、もう一度地面に手を触れて、今度は自分から地面の下へと意識を集中した。

再び、地下へと拡張されていく感覚に陥る。

今度はある程度私の思うように感覚を受容できた。

間違いない、これは神様に与えられた能力の一つだ。

第一の能力は、腕や足から触手を伸ばし捕食する力。

第二の能力は、自分の肉体を分離して独立した生命に変える力。

そして、この第三の能力は、地中の様子を覗き見る力とでもいうべきだろうか。

ヨミは、神様が大地の力を持った存在だと言っていた。

私の身体の傷は大地の裂け目、全てを飲み込み養分に変える。

そして、その養分で傷を癒したり、新しい生命を育んだりする。

では、私の身体は人間の形をしているが、既に大地そのものと同じだから、地面に肌を触れると大地の感覚と一体になれるのかもしれない。

私の手からは何らかの感覚器官が根を張るように伸びていく。

それは物理的な器官ではなく、おそらく霊力に近いエネルギー体だ。

伸びた根は、私の目、鼻、耳、指、あらゆる感覚を『増やす』ようなイメージで脳に情報が伝わってくる。

例えば、地下数メートルには様々な岩石や土、地中の生物が存在しているのがわかる。

私とキーシャが立っている地面が透明になって、その下に大きな立体の地図があり、それを俯瞰しているような感覚だ。

勿論、見張り台の下も見えている。

木の柱が地中に埋まっており、これによって安定している構造なのがわかる。

そして、そこから10メートルほど地下に潜ると、突然土の層が無くなり、ぽっかりと空間が空いている。

 

(ありました。見張り台の下に空間があります)

(ほう、そんなことがわかるのか。大したものだな。もしやお主、土の神カダラの力を授かっておるのか?)

(うーん、わかりません。そうかも知れないですし、そうでないかも…そのカダラ様はミミズですか?)

 

私の質問にキーシャは笑った。

 

(まさか、確かにミミズみたいなニョロニョロした性格だったが、カダラは虎の使いを連れておったわ)

(じゃあ、きっと違いますね。ええ、私の術はミミズの神様から授かったので)

(はっはっは、異な事を言う)

 

いや、私はいたって真面目に答えたつもりだ。

何しろ名前も顔もない神様だ。

似たような存在が異世界にいるのかもしれない。

というより、神様がちゃんとした大地の神になっていたら、そのカダラとやらのような守護神になっていたのではないだろうか?

いや、今はそんなことはどうでもいい。

私はさらに根を伸ばして、地下空間の測量を行っていく。

どこかに入り口があるはずだ。



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第88話 ラムエルの町

地下空間はかなり広い。

3階建ての民家ほどの高低差があり、横にも相当な容積を占めている。

何らかの儀式を行うには十分な広さだろう。

しかし、これだけの空間なのに、地上に通じる道が見当たらない。

私の能力は、確かに立体的な地図が足下に広がっているような感覚なのだが、それが全く精密かというとそうでもない。

地下空間がどれだけの広さなのかを大まかに測量することは出来る。

しかし、そこに何が存在するのかを具体的に調査するのは難しそうだ。

ぼんやりと、何か階段状のピラミッドのようなものがあるのはわかるが、その正確な形や色などは、画質の悪い写真のようにボヤけている。

もっと集中すれば、どこかに通路の類が見つかるかもしれない。

その時である。

 

「おーい、交代の時間だぞ」

 

背後から突然声が聞こえ、私の意識は地上に戻った。

どうやら見張りの交代のようだ。

坊主頭の男が、弓と剣を装備してこちらに向かってくる。

そういえば、我々は見張り台のちょうど梯子の真ん前にいたのだ。

キーシャの術は姿を見えなくしているだけで、歩けば音もするし、当然触れることが出来る。

 

(アキヒコ、集中したいだろうが、少し場所を変えるぞ)

(ええ、わかってます)

 

我々はそっと見張り台の反対側へ移動した。

交代する2人の見張りの声が聞こえる。

 

「お疲れです。しかし、今夜はなかなか不気味ですねぇ」

「俺はいつも不気味だと思ってるぞ」

「いやいや、いつもは町の外に鬼火みてえな青白い光がいくつか、必ず見えてるじゃないですか。今夜はそれが一つも見当たらないんですよ」

「そりゃホントか?もしかして、用心棒が敵の町へ行っちまったのと関係あるのか」

「心配ですよねぇ」

 

私は、若い男と坊主頭の男の会話に違和感を覚えた。

 

(敵の町…?キーシャ様、敵は陣地を作ってるんじゃないんですか?近くにもう一つ町があるんでしょうか?)

(うむ、お主にはまだ言ってなかったか。昼間、この町の周辺の地図を町長に見せてもらったのだが、このギムエルの町の、西の小さな山を挟んだ向こう側に、同じくらいの規模の町があるのだ。ラムエルという町だが、西の山は切り立った崖のように急になっておるから、ラムエルに行くには東から迂回する必要がある。霊獣どもはおそらくそこに陣取っておるのだろう)

(なるほど…)

 

グレイベルが東出口から出て行ったのはそういうわけだったのだ。

ということは、隣町のラムエルとやらは既に敵に占領されていることになるが、なぜこのギムエルの町だけ生贄の儀式の場となったのだろう?

いや、今は余計なことを考えるよりも、目の前の問題を解決せねばなるまい。

私はもう一度、地面に手をあて集中した。

すると、少し探索位置がズレたおかげで、さっきまでとは違う地下の景色を受容した。

かなり細いが、地下道のような細長い空間を発見できたのだ。

 

(ありました、道です!)

(でかした!)

(あとは入り口がどこにあるか、ですね…少し移動しましょう)

(うむ)

 

我々は地下道の入り口を探して移動を開始した。



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第89話 心の毒

最も広いピラミッド状の物体がある空間は町の中心部のみだが、そこに続く地下通路らしき細い空間は、中心からさらに広がって作られているようだった。

まるで渦を巻くように、中心から外へ向けて螺旋状に広がっているので、我々は姿を隠したままグルグルと町を回ることになった。

 

(相当面倒な道を作っておるようだな。これでは入り口を見つけたところですぐには辿り着けんぞ)

(そうですね…しかし他に近道はなさそうです。地下空間におそらく儀式の場があります。そこに行けば、決定的な何かを見つけられるはずです)

 

うむ、とキーシャも納得してくれた。

螺旋状の地下道はもう200メートルを超えようかというほどの長さに達している。

私の第三の能力は、一度止まって地面に手をあてなければ発動しないため、道の続きを見つけては止まることを繰り返している。

もうかれこれ30分は経過している気がする。

急がなければ、こうしている間にも霊獣が町に襲撃をかけるかもしれないのだ。

無言の時間に耐えかねたか、不意にキーシャが話しかけてきた。

 

(アキヒコよ、つかぬ事を尋ねるが)

(何でしょうか?)

(お主はこの町の呪いを解くつもりなのか?)

(ええ、そうですが…)

(何のために?)

(え、それは…)

 

予想していなかった問いだった。

 

(勿論、住民を呪いから解放して、ついでに霊獣からも守るためです)

(呪いの原因が住民自身にあるのにか?わたしは女神であるゆえ、迷える人間がいれば導き、諭す義務がある。しかし、お主はわたしの及びもつかぬ遠い地から来たのであろう?この町の、いやこの国の為に命を懸ける必要はあるのか?)

 

命を懸ける必要は、ある。

そうしなければ、私は神様に元の世界へ戻してもらえないのだ。

私がこの異世界で懸けられるものといえば自分の命くらいしかない。

 

(必要だから、命を懸けてるんですよ。それに、私はこの国の虐げられている人間を見て、『そうですか、大変ですね』なんて他人事みたいに言って何もしないで見ていることは出来ません。いや、基本的に怠け者なので、やろうと思えば無視を決め込むこともできます。でも、それで得られる平穏より、罪悪感の方が優ってしまいそうなんです。あるいは、他人にどう思われるかなんてことも気にしすぎる性格なので…自分のそういうストレス…あ、心の毒みたいなものを除去する為にも、私は人を助けたい)

 

我ながら綺麗事にも程があると思う。

一番は、結局自分が助かりたいのだ。

キーシャを見ると、なぜか微笑んでいた。

それはまさしく女神の微笑と呼ぶにふさわしい顔だった。

 

(それを聞いて、お主がわたしを呼び覚ました理由がわかった。いや、変なことを聞いたな、すまぬ。お主がそういう善のお主に従っておる限り、わたしはお主の味方だぞ、アキヒコ)

(あ、ありがとうございます…あ、いよいよ地上に近くなって来ましたよ!)

 

地下通路は、とある建物の下へと続いていた。

 

(ここは…町長の家?)



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第90話 解錠

あの人の良さそうな町長の家の下に、地下空間への入口が存在することに、我々はあまり驚いていなかった。

グレイベルは「町長は真っ先に自分の子供を差し出した」と言っていた。

ならば、町長の家に入口があってもおかしくはない。

問題は、町で一番強固な扉をどうやって開くかだ。

 

(うーむ、1000年前から随分と進歩した鍵だな。どうやって開くのかさっぱりわからん。アキヒコ、何とかせい)

(そんな無茶な…)

 

私は町長宅の扉に触れてみる。

扉は分厚い木製だが、私の触手なら容易に破壊できる。

だが、町長の家を破壊して入口を見つけるメリットよりも、泊めてもらっている他所者が不法侵入したとバレるデメリットの方が大きいだろう。

 

(いや、待てよ。もしかして…)

 

私は金属で出来た立派な鍵穴に触れる。

わずかだが、地面を触った時と同じ感覚の拡張を覚えた。

しかし、とても堅い。

イメージとしては、地面に対して能力を使った時は「包丁で刺身を切る」ようにするりと根を伸ばせたのに対し、この金属の鍵穴は「冷凍マグロを包丁で切ろうとしている」ようになかなか根が入り込んでいかないのだ。

元はこの金属もどこかの土の中にあった鉱物だとしたら、鉱物の密度、あるいは純度が高いほど能力の効果が発揮しにくくなるのかもしれない。

 

(ダメです、開けるにしてもかなり時間がかかりそうです。窓から入れないか調べてみましょう)

 

我々は家の側面、隣家との隙間に入って窓を探した。

町長の家は、やはり町の有力者だからなのか、他の民家よりも丈夫な造りになっていた。

窓もガラス張りの外側に金属製の雨戸が取り付けられていて、内側から鍵をかけている。

しかし、窓の方は玄関扉ほどしっかりとした錠ではないようだ。

私は、能力が弱まることを承知で雨戸に手を当てた。

 

(すみませんキーシャ様。少し集中させてください)

(よかろう、黙っていよう)

 

私は目を閉じ、息を止め、口を閉じた。

五感に伝わる情報を極力シャットアウトし、手のひらの先に拡張される感覚に集中する。

少しずつだが、金属の中を、素手で瓦礫に手を突っ込むような窮屈さを感じながら根を伸ばしていく。

辛い、耐えがたい息苦しさだが、成果は確実に出ている。

頭が痛くなり、鼻から熱いものが滴り落ちるのを感じた。

私は血管が切れそうなほどに力み、最後の気力を振り絞った。

 

(あ、あった…鍵穴だ…)

 

鍵穴の構造を分析する。

歯のついた鍵を差し込んで中の部品を動かし解除する、シンプルな錠前だ。

私は雨戸を右手で触れていたので、左手で一番細い触手を伸ばす。内側の錠前に触手を慎重に挿入していき、透視した形の通りに内側の部品に触れた。

カチャリ、と鍵の解除される音が鳴った。

 

(やったか、アキヒコ!でかしたぞ!…、………)

 

キーシャの声が遠くなり、私は気絶した。

 



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第91話 巫女の軌跡

私は、また神様の世界へと戻って来ていた。

 

「3つ目の力に目覚めたみたいやね、アキヒコ君」

 

いつものように、倒れた私の傍にヨミが立っていた。

 

「今回のはかなりありがたい力ですね。まさかピンポイントで今欲しいタイプとは」

「ウフフ、君も色々経験して成長しとるさかい、レベルアップに応じてどんどん能力も開発されとるんや」

「まさか、他にもまだ能力があるんですか?」

「せやで。まあ目覚めるまではどんな能力かウチにもわからへんけどね」

 

ヨミは笑みを浮かべ、私に手を差し出した。

私はその手を掴んで立ち上がる。

少女とは思えない強い腕力で私は引っ張られた。

 

「…もしかして、ヨミさんも元は人間だったのですか?神様に選ばれてここに来たとか?」

 

冷静になって考えてみると、ヨミという存在だけこの世界では浮いて見える。

もし神様の使いとしてこの世界に生まれたのなら、神は自分の似姿にするのではないだろうか?

いや、それは宗教に対する私の偏見ではあるが、それにしてもこのミミズの塊のような世界に、ヨミのような一見普通の人間がただ1人いるのは違和感を覚える。

ヨミは少しだけ無表情になったが、すぐに微笑を浮かべて答えた。

 

「せやで。ウチは神様に仕える者として、君とおんなじ世界からスカウトされた人間や」

 

ヨミは私に背を向けてゆっくりと、散歩を楽しむかのような足取りで歩き出した。

私もその後ろをついて行く。

 

「ウチはな、子供の頃から他の人には聴こえん声が聴こえる体質やったんや。神託、預言、神様のギフト、大人は好きに呼んどったけど、ウチにとってはそないに有り難いもんやなかった。だって怖いやろ?誰もおらんのに突然声が聞こえてどっかの地名を教えてきたり、次の日その場所で人が大勢死んだいうてニュースになっとったら。ウチは誰かに助けて欲しかった、そしたら悪い大人に利用されてもうてな。万事休す、ってなった時、全く予想外の奇跡と、ほんのちょびっとの善意で救われたんや。その奇跡が、ここの神様の起こしたもんやった。ウチは、その恩返しに神様の言葉を人に伝える巫女、メッセンジャーになったゆーわけ」

 

私には、ヨミの話している時の顔は見えなかったが、声色は今までになく優しかった。

神様が私の世界を守ろうとしていることも、きっと、本当のことなのだろう。

そこに利己的な理由があったとしても、神様によって救われた人間がここに1人いるのだから。

 

「それで、あなたはずっとここに1人でいらっしゃるんですか?」

「1人やないよ?神様は常に私の周りにおるし、それに今はアキヒコ君もおるしな」

「私は…ここにずっとはいられないかも」

「うんうん、せやったな。あかんあかん、久しぶりに人と話したもんやさかい、いらん話してもうたね。ほな、そろそろ行ってきーや」

 

ヨミはくるりと振り返って、私に微笑みかける。

長く綺麗な黒髪が揺れる。

私の意識は、現実に戻るため再び遠のいて行った。

最後に、ヨミに伝えたいことを言い残した。

 

「ヨミさん、私は…あなたを信じます」

 

朧げになっていく視界に、ヨミの悲しげな顔が見えた気がした。

 

「信じんでもええよ。信じるんも、信じられるんも、辛い役回りやからなぁ」

 

 

 



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第92話 水の布団

目が覚めると、私はキーシャにおんぶされていた。

 

(わわっ、ごめんなさい)

(おお、起きたか。しこたま鼻血を出して倒れたから心配したぞ。大事ないか?立てるか?水飲むか?)

 

キーシャは、水の布団のようなもので補助して私を背負っていた。

お湯ではないのに温もりのある、安心する肌触りだ。

 

(ありがとうございます。もう、大丈夫です。ところで、ここは、どこですか?私は、どれくらい気絶していましたか?)

 

私はもぞもぞと水の布団から抜け出そうとしたが、キーシャにその気がないのか全く抜け出せない。

キーシャは私を降ろすと、なんだか貼りついたような笑顔でこちらを見た。

そして突然、私の頭を平手で上から引っ叩いた。

痛くはないが、彼女の怒りが伝わってきてドキッと心臓が跳ねる。

 

(わたしは『綱渡りのような戦い方はやめろ』と言ったはずだが?なんださっきの術は。お主の出血を治したが、鼻どころか脳からの出血であったぞ?一歩間違えれば、否、続ければ確実に死に直結する危険な術だ。確かにお主のおかげで鍵は開いた。それは感謝する。だが、その術はしばらく使うでない。良いな?)

 

反論の余地もなく、キーシャは淡々と説教をした。

いや、確かに彼女の言う通りだ。

私は力を得てからというもの、自分の命を顧みないことをいくつもした。

それは、勿論無謀ではなく、ちゃんと私なりに考えてのことだ。

まず、私の中には喰らった狼どもの命が溜め込まれている。

これは私が死にかけた時の保険で、消費することで私の命を蘇らせる。

この力がなければ、私は既に死んでいる。

だが、この戦い方は独りの時に身に付いたものだ。

味方がいる今、その目の前で命を捨てるようなことをしても、メリットは少ない。

1人で突っ走るよりも、味方と協力した戦い方を考えるべきだ。

それに、目の前で人が死ぬのを見るのは、客観的に気持ちの良い光景ではないだろう。

私はキーシャに不快な思いをさせたことを反省した。

 

(申し訳ありませんでした。実は鍵開けの術はさっき初めて使ったんです。あんな危ないことはもうやりません)

 

私は水の布団に包まったまま立ち、会社で散々繰り返した90度の礼で謝罪した。

キーシャは奇妙な顔をしたが、すぐにいつもの勝気な笑顔に戻って言った。

 

(うむ、素直に謝れるのは良いことだ。卑屈が過ぎるのは良くないが、今のは心からの反省と受け取った。許してつかわす。これからはわたしのことももっと頼るが良いぞ)

(は、はい!)

 

そこでやっとキーシャは水の布団を解除してくれた。

 

(ところで、ここはどこですか?随分と暗いですが)

(ここか、ここはな、既に地下道の途中だ)

 

なんと、私は町長宅の玄関から、この地下道に至るまでずっとキーシャにおんぶされて来たのだった。

 

(ほ、本当に申し訳ない…)

 



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第93話 罠

薄暗い地下道の内部は、鍾乳洞のような自然に形成されたものではなく、明らかに意図的にくり抜かれた人工物だった。

地上から測量した時にはよくわからなかったが、床はなだらかな階段になっていて、進むにつれて下って行くようになっていた。

壁には松明を設置していた跡がいくつもあり、天井は丸く滑らかに整備されている。

我々は松明を持っていなかったが、幸いにもキーシャは火の付いた蝋燭を一本持っているので、明かりには困らなかった。

 

(その蝋燭は…)

(宿屋で拝借したものの余りだ。恐らく使うだろうと思うてな)

(準備万端ですね)

(いやそうでもない、正直に言ってこの先にどんな罠が仕掛けてあるやもしれん。そこに関しては住民に話すわけにはいかんからな。頼りになるのはわたしとお主の術のみだ)

(わかりました、私もそれなりの覚悟をして来ましたので、全力でお供いたします)

(頼むぞ)

 

もう100メートルは進んだだろうか。

何しろ中心に向かって降りる巨大な螺旋階段な上に、緩やかな階段は非常に降りにくい。

段々と平衡感覚も狂って来て、体が右へ右へと傾いていく。

やっと少しだけ真っ直ぐなポイントに到着したが、身体はやはり右へ向かおうとする。

 

(気をつけろアキヒコ。こうして感覚を狂わせておいてから罠を用意しているやり口やもしれん)

 

そう注意を促してくれながらも、キーシャもフラフラと右へ傾く。

女神であっても、人間と同じく感覚が狂うことがあるらしい。

ふと足元に目をやると、階段ではなく真っ直ぐな廊下になっていた。

廊下は立方体の石を規則正しく並べたもので、元々あった地層を掘削して作ったであろう階段とは色も質感も全く違う。

粗く、不揃いな凹凸が出ているため、ますます歩きにくい。

 

スカッ

 

(ん?)

(え?)

 

今、キーシャが踏んだ床から、空気の抜けるような音がした。

よく見ると、踏んだ箇所が数ミリだけ沈んでいる。

石の下に空間があって、キーシャの体重によって押し込まれたらしい。

まるで、そう、スイッチを押すように。

 

ゴト、ゴト、ゴト

 

突然、廊下の壁から重いものが移動するような音がしたかと思うと、両方の壁の一部がめり込んで四角形の穴が現れた。

 

(キーシャ様…?)

 

等間隔で廊下の向こう側まで次々と新たな穴が開いていく。

2つ、4つ、8つ、まだまだ増えていく。

 

(あー…すまぬ、アキヒコ。罠を動かしてしまったのはわたしのようだな、うむ)

 

穴の中から、カサカサと何かが蠢く音がする。

私とキーシャは顔を見合わせた。

多分同じことを考えている。

 

(走るかの?)

(走りましょう)

 

心の中での会話もそこそこに、我々は廊下を全力で走り始めた。



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第94話 一塊の水

真っ直ぐな廊下を、私とキーシャは振り向かずに疾走する。

お互いの息づかいが聞こえることだけを確認しながら、周りの壁に空いた穴には目もくれずに走った。

しかし、それでも罠のエリアを突破するのは間に合わなかった。

キーシャの持っていた蝋燭はとっくに火が消えていたが、罠の発動と同時に、松明の設置跡に赤々と炎が宿り、廊下を照らしていたので全く視界がないというわけではなかった。

それは本来ならありがたいことなのだが、これはおそらく防犯ライトが人の気配を感知して点灯するようなもので、我々の存在が何らかの防衛システムに探知されてしまったことを意味している。

廊下から再び螺旋階段になる突き当たりまであと数十メートルだったが、左右の壁の穴から何かが出現する方が速かった。

カサカサと不快な音を立てて、それは廊下に顔を出した。

 

(キーシャ様!まずいですよッ!『あいつ』ですよッ!!)

(落ち着け!言わんでもわかっておる!絶対に足を止めるな!)

 

それは、私を昏倒させ、死亡寸前まで追い込んだ猛毒と消化液を持つ、あの人面蜘蛛だった。

こいつらは馬車に易々と追いつくほどの足の速さを有している。

そんな怪物が、逃げ場のない一本道の地下道で、壁から次々に現れているのは非常にまずい。

我々はついに突き当たりの螺旋階段へ到着したが、背後にはもう既に人面蜘蛛が数匹迫って来ていた。

 

(此奴ら、この地下空間の衛兵だったのだな。町の外にいたのは、町に人間を寄せつけない為か、あるいは防衛機能が劣化して外に逃げ出したか…アキヒコ!お主、足を強化する術を持っておろう!それを使うぞ!)

(し、しかし、こんな狭い階段で役に立ちますか?)

(良いから、わたしの話を聞け!)

 

私はキーシャから言われた通り、足にバネの触手を展開し、キーシャを両手で抱えた。

そしてキーシャは、我々の周囲に水の膜を張った。

先程の姿を隠すタイプの膜ではなく、もっと分厚く弾力のある膜だ。

彼女が私を背負っている時に使った水の布団に近いだろうか。

ともかく、我々は個々に走るのではなく、一塊の水のように運命共同体となった。

 

(まだだアキヒコ、まだ走るでないぞ。ぎりぎりまで彼奴らを引きつけるのだ)

 

キーシャの合図で走り出す算段だが、私は前を向いている為に、人面蜘蛛がどれくらいの距離まで迫っているのかは音でしか判断できない。

もうすぐ後ろに足音が聞こえる。

しかし、私は焦らず、キーシャの合図を待った。

キーシャは私の力を信頼して、体を預けているのだ。

私も自分の力より、仲間である彼女の力を信じる時だろう。

 

(……今だっ!走れアキヒコっ!!)

 

その声を聞くや否や、私は狭い螺旋階段に向かって跳んだ。



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第95話 蜘蛛の糸

地下通路は中心の空間に向かって右周りの巨大な螺旋を描いている。

罠のあった通路のように平坦で真っ直ぐな廊下は、侵入者向けの罠として機能しているが、それ以外はほぼ螺旋階段と見て良いはずだ。

カーブした道を全力で走ろうとすればどうなるだろう?

競馬や競輪、あるいは陸上競技を想像すればわかりやすいが、走者の身体は遠心力によってカーブの内側に傾く。

私とキーシャが実行した作戦は、私の強力な触手のバネによって全力で螺旋階段を走り下りるというシンプルなものだ。

加速すればするほど、身体は螺旋の外縁に向かって引っ張られそうになる。

その遠心力を逆に利用して、私のバネ脚で通路の壁を走ろうというのだ。

無論、堅い壁に対してそんなことをすれば肉体へのダメージは免れない。

そこで、キーシャの緩衝効果のある水の膜が効果を発揮する。

体を摩擦する壁も、この膜のお陰で全く負担にならないので、全力で加速できるというわけだ。

普通なら不可能な作戦を、神様から授かった私の能力と、女神であるキーシャの術を組み合わせて可能にした。

馬車に追いつくほどの速力を持つ人面蜘蛛に引けを取らない速度で、キーシャを抱えた私は壁を疾走する。

 

(上手くいきましたね!)

(ああ、だが油断するな!連中とてこういう場所での狩りが得意だから、生ける罠として飼われていたのだから!)

 

確かに、追いつかれてはいないが、引き離せてもいない。

未だに私の背後を、壁や天井を移動する奴らの足音が追って来ている。

今、速度を少しでも落とせばあっという間に距離を縮められてしまうだろう。

 

(体への負担は問題ありません。あとはどうやって奴らを倒すかですが…)

 

しかし、その時である。

私は足に違和感を覚えた。

てっきり疲労が少しずつ溜まって来ているのかと思ったが、明らかに急激な抵抗の増加を感じた。

 

(まさかこれは…ッ⁉︎キーシャ様!私の足に異常はありませんか⁉︎)

(異常?何を…あっ)

(『あっ』?)

 

そんな「重大なミスにたった今気づいた」というような声は、例え床屋と外科医と操縦士でなくとも発してはならない。

 

(まずい!糸が絡まっておる!此奴ら、いつの間にか糸を飛ばして来ておったのだ!)

 

道理で足が重く、しかも敵が引き離せないわけだ。

私が加速すれぼするほど、糸は複雑に足に絡まり、人面蜘蛛はその糸でまるで水上スキーのように私に牽引させていたのだ。

連中の毒ばかりに気を取られて、蜘蛛という形態の特徴を忘れていた。

キーシャが、私の肩ごしに水の矢を放つ。

糸が数本切れたのか、わずかに足の抵抗が軽くなった。

しかし、全く消えたわけではない。

 

(数が多い!しばし耐えてくれ、全て切ってやる!)



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第96話 たった1つの道

キーシャの水の矢は、本人曰く大した威力はないが、連続で発射できる上、一発一発の消費する霊力が少ないため使い勝手がいいらしい。

弾幕を張って牽制したりするのに便利な術なのだろう。

私が走ることに集中している間、人面蜘蛛の絡めてくる糸を切るために、キーシャは水の矢を放ち続けているが、確かに効果はある。

このまま糸が絡まるのを放置すれば、私の足は無数の人面蜘蛛の体重でたちまち動けなくなってしまうだろう。

目視はできないが、キーシャが糸を切ってくれる度に、足が後ろへ引っ張られているような抵抗感は少しずつ減って行く。

だが、これは根本的解決になっていない。

糸を切られた個体にダメージはないのだ。

糸が減っても、人面蜘蛛の数そのものは減らずに執念深く追いかけてきている。

安全に地下空間を目指すためには、追跡してくる人面蜘蛛をまとめて倒すしか方法はないのだ。

その肝心なまとめて倒す方法が思い浮かばない。

それはキーシャも同じらしく、矢を撃ちながら私に心の中で話しかけてくる。

 

(恥ずかしい話だが、わたしもこのような戦いは初めてなのだ。かつては数千、数万の兵士と共に開けた平原で戦をするのが常だった。こういう狭い場所だと……水攻め…)

(水攻め⁉︎やめてくださいよ、それだけは!)

(ええい、わかっておる、言ってみただけだ!)

 

確かに水攻めすれば敵をまとめて洗い流すことはできるだろうが、水攻めなどはそこに敵しかいない場合に使うべき兵法のはずだ。

今のこの状況は、言わば狭いトンネルにいるようなもの。

脇道すらない、天井もそれほど高くないこんな一本道で行えば、まず私が溺死してしまうだろう。

 

(待てよ…天井…そうかッ!天井だ…!!)

(何か思いついたか!?)

(一本道なら、天井を落として道を塞いでしまえばいいんですよ!それなら奴らをまとめて潰せるし、後続も追って来られません!)

(お主正気か?我々の帰り道が無くなるぞ!)

 

そう、確かにこの方法は帰り道が無くなる。

しかし、『敵を無力化』し、かつ『追っ手の心配をせず地下を探索する』ため、今すぐに実行できる効果的な手段はこれしかない。

こうして悩んでいる間にも、人面蜘蛛は次々に糸を伸ばして来る。

 

(時間をかけて考えればもっと良い方法が浮かぶでしょう。しかし、今の我々に時間はありません。まずはやってみてから、帰り道を考えても良いのではないでしょうか?)

(う…むぅ…どうなっても知らんぞ?)

(大丈夫です!我々ならきっと何とかなります!)

(……そう、だな?いや、何とかなるかはわからんが、ええい仕方ない…!)

 

キーシャは何とか納得してくれた。

 

(これより天井を落とすために水の槍を作る。もう少しだけ時を稼いでくれ)

 

そう言ってキーシャは、リンセンを倒したあの水の槍の魔法陣を作成し始めた。

 



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第97話 粘るアキヒコ

キーシャが霊力をチャージしている間、私の足は無防備になる。

当然、人面蜘蛛は次々と糸を絡めてくるが、私とてただ走るだけが能ではない。

両手でキーシャを抱え、走り続けながら出来ることを実行した。

私の触手は、基本的には対象に巻きつくことがメインの能力であるが、シンプルかつ便利な特性を持っている。

それは、強い粘性の液体を分泌できることである。

これのおかげで、私は平らな壁をも登ることができるし、標的を確実に拘束することも可能なのだ。

粘液を出した状態で触手を壁に付着させると、大人1人分の体重を易々とぶら下げられるほどの強度であることは、既に何度か経験済みだ。

つまり、粘液をその辺の床に飛散させれば、それは瞬間接着剤のような、あるいは蝿捕り紙のようなトラップの役割を果たせるはずだ。

そして、この粘液は足の触手からも分泌できる。

接地しない脹脛の部分に巻きつけた触手から、後方に向けて粘液を撒き散らす。

 

「キィィィッ!!」

 

先頭にいた個体の顔や脚に付着した途端、粘液は効果を発揮した。

蜘蛛の脚は頭胸部から4対の関節肢が生えている構造だが、これらは脊椎動物の手脚と比べてとても脆く取れやすい。

時速40キロほどの速度で移動していた脚に、突然意図せぬブレーキがかかれば、当然耐え切れるものではない。

先頭の蜘蛛の脚は堪らずブチブチと千切れた。

加えて、もんどり打って顔から地面に倒れたために、顔まで地面に付着した。

不幸にも先頭にいた個体を、後ろから同じくらいの速度で押し寄せる群れが気にかけることはなく、ただの進行方向の障害物として次々に踏み潰して通過した。

私は確認のため首を少し捻ってそれを見ていたが、とても気持ちのいい光景ではなかったのですぐに目を逸らした。

とはいえ、地面に張り付いた個体が多少の足止めになったことで、足に付いていた糸も数本切れるのを感じた。

さらに粘液を散らして数体を足止めする。

中にはお互いの体がくっついて離れなくなった蜘蛛もいた。

しかし、中には狡猾な個体もいるようで、床と壁から離れて天井を伝って追ってくる奴が現れた。

そうなると他の個体も学習し、次々に天井へ這い上がる。

天井は大渋滞だ。

 

(御苦労、アキヒコ。わたしの準備は整った。では、天井を落とすぞ?)

(お願いします!)

 

キーシャは我々の進行方向の少し先の天井に向かって、ノーモーションで魔法陣から槍を投擲した。

しかも今回は1発ではなく、連続で20発ほどだ。

ミシンが布に針を通すように、水の槍は天井に均等に突き刺さり、その刺さった穴から生じた亀裂が繋がっていく。

我々が通り過ぎると同時に、タイミング良く天井は落盤を起こした。

 



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第98話 親指

天井への衝撃は予想以上に強く、我々が走り去った後も次々と瓦礫が連鎖的に落ちて来た。

蜘蛛の追跡はなくなったが、今度は落盤から逃れるために走り続ける。

しかし、受難はそう長くは続かなかった。

螺旋階段の先に四角く区切られた空間が見えたのだ。

その先には階段はなく、平らな床が広がっている。

 

(あれが地下空間の最深部だな)

(そのようです、あと少し…ッ)

 

だが、出口まであと10メートルもないところに来て、天井の崩壊が私の足に追いついた。

大きな瓦礫が、落下の際に階段を跳ねて私の右足に直撃する。

 

「ぐっ…!」

 

私は堪えて走り続けようとしたが、右足が思うように動かずよろめいた。

 

「アキヒコ!!」

 

キーシャが叫ぶ。

水の膜は瓦礫をも防ぐが、私の足だけは走るために膜の外へ出ていて、それが仇になった。

よろめいた瞬間、目の前に天井の一部が落ちて来るのがスローモーションのように見えた。

崩落は、もう私を追い抜いているのだ。

このままでは水の膜に守られているとはいえ、生き埋めになってしまう。

だが、私はこんなところで死ぬわけにはいかない。

 

「くそッ届けぇぇぇッ!!」

 

私は無我夢中で、右手を前方の出口に向けて伸ばした。

触手が素早く伸び、出口の縁に張り付く。

左腕にキーシャを抱きしめ、右腕を勢いよく引いた。

間一髪で瓦礫の隙間をすり抜け、出口の向こうへ飛び出す。

受け身を取る余裕はなかったため、私は頭から床に着地する形となったが、水の膜のおかげでさほどのダメージはなかった。

私は走り続けた疲労と、最後に味わった緊張で息切れを起こしていた。

床にばったりと倒れ、放心状態に陥る。

左側で起き上がったキーシャは、水の膜を解除した。

 

「………よくやった、でかしたぞアキヒコ。さすがにわたしも万事休すかと思った…」

 

私は声を出すのも辛く、無言で親指を立てた。

キーシャは不思議そうに尋ねる。

 

「なんだその指は?」

(…えーと、私の故郷でとても良い意味の合図ですよ。何か成功したり、相手を讃える時に使ったりします)

 

本当はもっと様々な意味を持つのだろうけれど、今の私はそういう意図で使用したのだ。

 

(そうかそうか、わたしを讃えての行為であったか。よしよし)

 

キーシャは満足げに笑って、私に対して親指を立てた。

しかし、何とか最深部に到達したとはいえ、出口は完全に埋まってしまったいる。

辺りを見回すと、ここにもやはり松明がいくつか燃えていた。

我々はそれぞれ1つずつ松明を手にし、辺りの闇を照らした。

目の前に、とても複雑な形をした建築が聳えている。

地下空間の大部分を、その建築が占めていた。

どうやら、これが地上から透視したピラミッド状の物体の正体らしかった。

 

 



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第99話 鳥籠と壁画

床から天井まで、およそ50メートルはあろうかというほど広い空間を埋め尽くすほどの巨大建築が、目の前にある。

 

(キーシャ様、確かこの真上は見張り台でしたよね?)

(ああ、この建物を登れば、天井を掘って地上に出ることもできるやも知れぬ)

 

しかし、まずこの建築が何なのかを調べなければならない。

あの死霊は確かにここへと戻ってきたはずだ。

仮にこの建築を祭壇と呼称しよう。

地下空間は、祭壇を中心にして囲むように壁と床があり、全体は円筒形である。

そして、床と祭壇の間には、幅およそ30センチほどの浅い溝があり、溝からさらに壁側へ向かってさらに小さな溝が伸びている。

壁を松明で照らしてみると、そこにあるものに嫌な予感を覚えた。

それは一見、巨大な鳥籠、あるいは動物園の檻のように見えた。

鉄格子が約10センチ感覚ではめ込まれており、その入り口は半分ほど開いている。

檻の床は、どうやら入り口に向けてわずかに傾斜しているようで、その傾斜の先に祭壇へと繋がる小さな溝がある。

まるで、何か液体を檻から祭壇に向けて流れるようにしてあるのだ。

 

(これは…生贄の血を流すための檻…でしょうか?)

(そう見て間違いなかろう。悍ましい物を作ったものよ)

 

キーシャは心底侮蔑を込めた目で檻を見て言った。

彼女でなくとも、このような場所を見れば、異常だと感じるだろう。

檻は1つではなく、壁に沿って祭壇を囲むように、全部で7つもあった。

 

(なるほど『7日間に及ぶ7人の生贄』か…)

(しかし、こんな大掛かりな儀式の場を4年前にすぐ作れるものでしょうか?)

(いいや、この場自体は4年前にできたものではない。檻や床は新しいが、祭壇や壁はもっと古いものであろう。運の悪いことに、古の儀式場の上にギムエルの町は作られたのだ。異端の教団とやらは、最初からそれを知っていて町民を誑かしたのかもしれん)

 

確かに、床や檻は多少古びているとはいえ、今の時代の技術で作られたように見えるが、壁と祭壇の表面は図鑑で見たことのある遺跡のように茶色く変色し、あちこちヒビ割れている。

よく見ると、何か模様のようなものも描かれている。

 

(これは…壁画か?)

 

どうやら、檻のある7箇所に、それぞれ7つの何らかの絵が描かれているようだ。

いや、壁画が先にあったのなら、その7つの壁画に合わせて檻を用意したと考えるべきか。

 

(アキヒコ、そちらの絵のはしに立って照らしてみよ。私は反対から照らす)

 

言われた通り、檻を挟んでキーシャの反対側から壁を照らした。

縦横10メートルほどの範囲に、大きな人のような絵が見える。

その人は、身体の周りに何か草のような物を纏い、膝をつき、両手を挙げて天を仰いでいる。

 

(どういう意味でしょう?)

(………………………)

(…キーシャ様?)

 

私はキーシャを見て驚いた。

彼女は、静かな怒りに震えていた。

憐憫や侮蔑の目を敵に向けるのは見てきたが、ここまで明確に怒りを顔に出しているのは初めて見た。

鬼気迫るとはこのことか、私はその形相に恐怖すら覚えた。

彼女は目を閉じて一旦落ち着くと、私に言った。

 

(わからぬか?これは、火炙りの絵だ)



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第100話 狂気

壁画の人物が纏っていたのは草ではなく、炎だった。

塗料が年月とともに色褪せたせいですぐにわからなかったが、キーシャの言葉を聞いた後に見てみると、火に包まれて苦しんでいる人間だと認識できた。

 

(そんな、それじゃあまさか、他の壁にも…?)

(見てみるが良い、お主の考えは当たっておろう)

 

我々は他の檻の背後も確認したが、やはり6つとも壁画が描かれていた。

1つは、両手足を四方から縄で引っ張られ、引き裂かれていた。

1つは、腹を裂かれて内臓を取り出されていた。

1つは、全身の皮を剥がれて血まみれになっていた。

1つは、手首を吊るされ、熱湯(または油か)の釜へ沈められていた。

1つは、足を固定されたまま、上から平らな岩で潰されていた。

そして最後の1つは…

 

(…こんな、こんなの、人間が考えることじゃあない…いや、人間がやっていいことじゃあない…!)

 

最後の1つは、走っていた。

涙を流して、剣山のような棘の上を、足から血を流しながら走っていた。

手も血まみれになっていたが、恐らく本人の者ではない。

この人間は、他の生贄を殺すことを課せられているのだ。

これらの地獄のような絵に共通していることが、その根拠だ。

7人目の人物は、他の6人の生贄の傍にも描かれていた。

最初は生贄を行う執行人かと思っていたが、最後の絵を見る限りそうではなく、同じ生贄の1人なのだろう。

自分以外の生贄に火をつけ、手足を引き、腹を裂き、皮を剥ぎ、釜に沈め、岩で潰した。

そして、まるでその残虐行為を自分の罪であるかのように罰を与えられている。

 

(これは古代に描かれた『生贄の方法』ということで間違いないですね…しかし、これをこの町の住民に課したのだとすると…あまりに残酷すぎる)

(…感謝する、アキヒコ。異邦人のお主がそう言ってくれるだけでも慰めになる。この町の人間は…この愚かさに気づかなかったのだからな)

 

キーシャの肩は震えていた。

怒りで拳を強く握っているらしい。

私は何と声をかけたら良いかわからなかった。

他人の気持ちがわからないと言われ続けてきた私だが、今の彼女が考えていることはわかる気がする。

彼女は自身が眠っていた1000年の間、人が理性を忘れて愚行に走ったことを悔やんでいるのだ。

キーシャは責任感が強い女神なのだろう。

守護神として人を救えなかったことを恥じ、人を貶めた元凶を憎んでいる。

 

(キーシャ様、グレイベルの言ったことがどこまで真実かわかりませんが、4年前の儀式は失敗したと言っていました。それはもしかすると、何らかの意思が狂気に歯止めをかけたのかもしれません。今回の儀式もまだ途中です。今ならこの呪いも儀式も破壊できますよ、きっと)

 

私は考えながら言葉を紡いだが、正直根拠のない楽観的な話だと自覚していた。

しかし、キーシャは顔を上げて、私の方を見て言った。

 

(…うむ、そうだな。お主の言う通り、ここで止まっていても呪いは解けぬ。この建物を調べて、一刻も早く終わらせねばな)

 

私は頷いた。

壁画はとりあえず置いておいて、我々は祭壇の調査を再開した。

 

 

 

 



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第101話 奇妙な階段

祭壇はいわゆるピラミッドの頂上部分だけを取り除いたような台地状であり、正面以外は全て急斜面になっている。

溝に囲まれた三斜面の底辺部分には穴が空いており、それぞれ左右に2つずつ、背面に3つで、ちょうど生贄の数と合致する。

溝に注がれた生贄の血は、この7つの穴から祭壇内部へと流れ込む仕組みになっているのだろう。

問題は、この内部にどのような呪具が納められているかだ。

祭壇の正面には、急勾配の階段が作られている。

ところが、階段は祭壇の頂上に辿り着く前に途切れており、そこから先には登れない。

私は触手を使って頂上に登ったが、予想に反してそこには何も見当たらなかった。

 

(妙ですね…てっぺんに何もないってことは、この建物の中に何かあるのでしょうけど、それにしてもあるのは階段だけで、入り口の類は見当たりません)

(普通には入れない構造なのかも知れぬ。隠し扉か、あるいは存在を隠匿する魔法か。何でもいい、何か違和感はないか?)

(…少し手で触れて探ってみます。無茶はしませんので)

 

キーシャが頷いたので、私は頂上にしゃがんで両手を当てた。

丈夫な石造りの祭壇だが、精製済みの金属よりはずっと柔らかく私の第3の能力を受け入れた。

拡張された感覚に内部の情報が伝わってくる。

 

(この真下に…何かありますね。大きな、少し歪な丸い物体です。正面に向かって…通路が)

(やはり隠し通路か、入り口はどうだ?)

(…見当たりません。階段のすぐ裏にまで通路が伸びていますが…まるで最初からなかったかのように、ぴったりくっついていて、どこにも入り口は…)

(少し壊してみるか、下がっておれ)

 

私は階段を降り、正面から左側の壁際まで下がった。

キーシャは水の槍の魔法陣を描き、投擲する。

 

「はっ!!」

 

瞬間、階段に刺さると思われた槍は、キーシャの元へ跳ね返った。

 

(キーシャ様!)

 

槍は崩壊した出口まで跳ね返り、辺りの瓦礫を粉々にした。

モウモウと土煙が上がる中から、無傷のキーシャが現れるのを見て、私はホッと息を吐いた。

 

(強力な拒絶の魔法だ。直接的な攻撃では何ともならんようだな。うーむ、やはり何らかの解除方法を考えるしかないか。アキヒコ、わたしは裏側を調べるゆえ、階段をもう少しだけ探ってくれ。くれぐれも攻撃はするでない、今のように衝撃をそのまま返されるぞ)

(わ、わかりました)

 

私は階段に一歩登った。

 

コッ

 

「!!?」

 

私はあわてて後ろに下がる。

階段の1段目に右足を乗せた途端、妙な音がした。

 

(また罠か⁉︎)

 

私は周囲を警戒したが、何も起こらない。

私が静かなのに気づいたキーシャが、背面から声をかける。

 

(どうした?大事ないか?)

(は、はい、何か変な音がしただけで)

(用心せよ。ま、罠を踏み抜いたわたしが言うのもなんだが、フハハ)

 

私は、もう一度階段に足を乗せた。

 

コッ

 

やはり、何か妙な音がする。

1段目の他の面を踏んでも石を踏む音がするだけだが、真ん中から足の裏2つ分右にずれた箇所だけ、奇妙な音がする。

 

(探ってみるか…)

 

私は階段に向けて手を触れた。



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第102話 解錠のステップ

奇妙な音がした部分は、他の部分と密度の違う石が使われている。

肉眼で見ただけだと一つに見えるが、実は種類の違う石を繋ぎ合わせているのだ。

階段の2段目も調べてみるが、ここは全て一つの石を切り出して作っている。

 

(単に1段目が継ぎ接ぎしてあるだけなのか、それとも…)

 

3段目を調べてみると、また1箇所だけ違う石が嵌め込まれていた。

しかも今度は、1段目とは異なり真ん中から左へ足6つ分の位置である。

試しにその部分を踏んでみる。

 

コッ

 

(やっぱりだ。この石特有の音なんだ。でも、だから何だって言うんだ?)

 

私は第3の能力で、階段を一段ずつ念入りに調べた。

石の種類が異なっていた箇所は、1段目は中央から右に2歩、2段目は無し、3段目は左に6歩、4段目は無し…という風に、箇所こそ違っているが、奇数段のみ左右順番に違う石が使用されていた。

 

(これはもしかして…キーシャ様!)

(何か見つけたか?)

(ええ、試してみないと確証は持てませんけれど。一つお願いがあるんです。私が階段を調べながら数字を言いますから、私の言う通りに階段を上ってみてくれませんか?)

(ほう、女神であるわたしに命じようというわけか)

(す、すいません…ダメでしょうか)

 

キーシャはふっと笑って言った。

 

(いいや、面白い。ここはそれぞれの役割を果たそうではないか。良かろう、わたしを導け)

 

私は階段の異なる石を確認しながらキーシャに指示を出した。

キーシャは指示通りにピョンピョンと階段を上っていく。

 

「右に2、一つ飛ばして左に6、また飛ばして右に4、と。確かに異な音が鳴るな」

 

コッ、コッ、コッ、と異なる石を踏む音が空間に反響する。

 

「左に4、右に3、左に5」

 

もし、この階段が何らかの仕掛けであるならば、この手順で上っていけば何らかのギミックを起動するはずだ。

確信はない、だがこの妙な石の配置は、まるで鍵穴内部のバラバラの長さのピンを、鍵でピタリと押し上げて解錠する仕組みに似ている。

あるいは、スマートフォンのパスコードや、指でなぞって解くパズルゲームなどにも近い。

 

「右に1、左に2、右に6、左に1、わかってきたぞアキヒコ!あとは多分、右5と左3であろう!」

 

階段は全部で24段、キーシャは残り4段、つまり異なる石の段が残り2段まで上ったところで、なんだか楽しそうに声をあげた。

 

(そうなんです。音の鳴る石は、同じ歩幅の箇所には2度以上配置されていないんです。右に5、左に3です)

「ほっ、ほっ!」

 

キーシャが最後の石を踏み、24段目へ到達した。

途端、地響きを立てて、階段の先にあった斜面が左右に割れた。

どう見ても物理的に収納不可能な斜面の石が、次々と祭壇の内側へ消えていく。

 

(お疲れ様ですキーシャ様、ありがとうございました)

(うむ、楽しかったぞ!さて、何が出てくる?)

 

私は階段を駆け上がり、キーシャと共に祭壇の中を覗き込んだ。



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第103話 赤い髑髏

祭壇の中にあったものを見て、私は予想外の見た目にギョッとした。

それは赤い頭蓋骨のように見えた。

人間の頭骨に似ているが、その大きさは私が両腕を回しても届かないくらいに巨大で、もしこの世界の霊獣のような存在のことを知らなければ作り物と思っただろう。

気味の悪い赤色は、よく見ると表面にビッシリと生えたカビのようなものの色である。

 

(なんだか…不気味な髑髏ですね)

(ああ、わたしもこの目で見るまで確信を持てなかったが、今ははっきりと言える。アキヒコ、こいつを破壊するぞ)

(やはりこの髑髏が全ての元凶ですか?)

 

キーシャは髑髏が納められた祭壇内部を松明で照らして見せてくれた。

天井も、壁も、床までも、見たことない文字が螺旋状に刻まれている。

 

(これは古代の悪魔崇拝の教団が用いていた文字だ。わたしも多少は読めるが、全て悪魔を讃える言葉ばかりだな。『偉大なるマハゾート、螺旋の迷宮の中心に座す。7度の贄を屠りし時、混沌と狂気を以って現世を救う』とある)

(そのままですね。グレイベルの言っていたことは正しかった)

(しかも、今この髑髏には霊力が宿っておる。恐らくあの娘が殺した霊獣3体分であろう。まいったのう)

(え、どうしたんですか?)

 

キーシャは忌々しそうに髑髏に目をやる。

 

(マハゾートとは強大な悪魔だ。この赤い髑髏は古に此奴が存在した名残であろう。霊獣の霊力7つごときで破壊できるほどヤワな代物ではない。あの娘はそれを知っていたのか、それともそこまで知らずに決闘をしていたのか…放っておいたらえらいことになっておったろうな)

(えらいこと…ちょっと待ってください、決闘を中断したのは霊獣の方ですよね?グレイベルは決闘を続ける気だった。しかし、あのウロクという男は自ら決闘を放棄して逃げた。敵はまさか、この髑髏の存在を知っていたのでは?)

(…もしそうだとすれば、あの娘が敵の懐に飛び込むよう仕組まれた罠だったということになる。いや、それなら決闘なぞ面倒なことをせずとも、物量で町を攻めて髑髏を奪えば良いか…うん?わからなくなってきたぞ!)

 

キーシャは頭を抱えた。

私にもいまいち事態が飲み込めない。

グレイベルの言葉を思い出す。

 

“1日1人、7日間に渡って7人の生贄を町の中で殺す。町長なんか進んで自分の子供を差し出したくらいだ。だが、最初の年の儀式は失敗し、その反動で町に呪いがかかった。呪いは強力な霊力を貯め込んだ呪具で町全体に常時効果を発揮している。霊獣どもは、その呪具に貯まった霊力が欲しいのさ”

 

何かがおかしい。

この違和感は何だろう?

 

(…キーシャ様、町の人間から生贄や呪いのことを聴きましたか?)

(ん?いいや、その話は全てお主から聞いたぞ、お主はあの娘から聞いたのであろう?)

(じゃあ、グレイベルは一体誰から聞いたんでしょう?4年も前の出来事、しかも町の汚点とも言えるようなことを、町長や住民、あるいは逃げ延びた住民が他所者に話すものでしょうか?そもそも、なぜこの情勢が不安定な時期に、命がけの決闘でこんな小さな町の呪いを解いて、報酬を得ようというのでしょう?)

 

“町長なんか進んで自分の子供を差し出したくらいだ”

 

『進んで』とは何だ?

他の住民からも家族を差し出した人間がいたはずだ。

なぜ町長が『進んで』差し出したと言い切れる?

 

“たまげたか?人間がこんな状態でも生きていられることに”

 

彼女の右半身は、手足を失い、火傷で覆われている。

 

(ひょっとして…グレイベルは4年前の儀式から生き残ったのではないでしょうか)

 

 



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第104話 憶測

グレイベルは4年前の儀式の生き残り。

確かな証拠はないが、そう考えれば辻褄は合う。

彼女は呪いを解きに来たのではなく、儀式を完成させ、悪魔を解き放ちに来た。

自分を生贄に差し出した住民に復讐するために、失敗した儀式を霊獣を生贄にすることで完成させる。

あとは自分だけ町から逃げれば、町民は悪魔に殺され、周辺の霊獣もただでは済まない。

我々に「早く町を出ろ」と言ったのも、関係のない者を巻き込まないようにするためではないだろうか?

私の推論を聞いたキーシャは渋い顔をした。

 

(…いやいや、待てアキヒコ。結論を急ぐな。あの娘が生贄の生き残り、というのは確かにあり得ぬことではない。だが、そんな回りくどい復讐で、彼奴がどれだけ報われるというのだ?憶測が過ぎるのではないか?)

(そ、そうですよね…自分が生贄にされそうになった悪魔を蘇らせるというのもおかしいし…)

 

私はつい、憶測の域を出ない推理をまくし立ててしまったことを後悔した。

 

(そも、マハゾートは一度復活すれば、この辺り一帯で被害が済むような悪魔ではない。あれを復活させるということは、世界の滅亡を望むということ、つまり狂人のやることだ。あの娘がそこまで狂っておるとは思えぬ)

 

考えてみればその通りだ。

グレイベルは私に『用心棒を代わりにやってくれ』と頼んだのだ。

復讐をするつもりなら、住民を守る必要などないだろう。

一つの結論にすぐ意識が向かってしまうのは、私の悪い癖だ。

 

(ですよね、やっぱり…すみません。確かに憶測でした)

(謝るほどのことではない。しかし、今我々のやるべきことは『呪具を破壊すること』だ。お主もさっき言っていたではないか?『まずはやってみてから考える』と。事の顛末は、呪具の破壊が終わってから考えれば良い。それに、憶測をしたのはお互い様だ。わたしは先程『この町の住民は愚かさに気づかなかった』と言ったな?あれも所詮は憶測だ。お主が気絶している間、わたしは町長の家の地下室を探し、そこで迷宮への入口を見つけたのだ)

 

そういえば、私は気がつくとキーシャにおぶられていたので、町長宅の地下室とやらは見ていないのだった。

 

(その入口にはな、厳重に封印がされてあった。鎖と板でな。数年は開けられた形跡がなかった。つまり、町長は決して今も悪魔信仰を続けているというわけではないはずなのだ。憶測はしてしまうもの、仕方ない。だが、そこで事実を見極めることを放棄してはならない。良いな?)

(は、はい!肝に銘じておきます)

 

私は、とりあえず真相を推理することは頭の隅に押しやって、目の前のことに意識を向けた。

 

 



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第105話 ボーリング

我々は手筈を決めて、すぐに行動を開始した。

キーシャは祭壇の中で霊力を練っている。

私はというと、祭壇の頂上で天井に両手を当てて『第3の能力』を発動していた。

キーシャが提案した手筈は次の通りだ。

 

(呪具の破壊はわたし1人で行う。この『赤い髑髏』は、存在自体が人間にとって呪いだ。触れればあっという間に命を奪われる。お主がそのような危険を冒す必要はない。お主には脱出の準備をしていて欲しいのだ)

(わかりました。私の術で、天井から地面までの最も脆い箇所を探して掘ってみます)

(うむ、任せたぞ。わたしも全身全霊をもって髑髏を破壊するが、悪魔の頭蓋骨だ、激しい抵抗が予想される。復活したとはいえ、わたしはまだ本調子ではない。万が一のことがあれば、傍にいるお主もただでは済まない。だから、出口を作って待機しておれ)

 

私は、鍵の時のような無茶をしないことを念頭に置きながら、広い天井全体に意識を張り巡らせていく。

先程、地上から見た時は『入口』を探していたため気づかなかったが、今は階段で学習した『土の質を見分ける』という手段で出口に適した層を見つけ出すのは容易だった。

キーシャがいてくれると本当に心強い。

私1人ではどうしようもない場面が、この短期間で幾度もあった。

だが、キーシャと出会ったことで、不安だった異世界での戦いにも一気に運が開けた、まさに幸運の女神だ。

 

(…あった!)

 

最も柔らかい層を見つけた。

見張り台から南へ10メートルほど離れた場所に、恐らく広場の花壇のような場所があり、そこだけ土が耕されて柔らかい。

私は、両手の触手を出せる限り出して、天井の柔らかい箇所へ円形に穴を開け始めた。

下手に崩せば天井全体が落盤しかねないので、慎重に土を削っていく。

始めの頃はかなり暴れ馬だった触手も、かなり使い方がわかってきた。

さながら紙を綺麗に破くための切り取り線のように、細い触手で穴を少しずつ作っていくのだ。

触手の先端が地上に到達すれば、後は地表を鷲掴みにして引き摺り下ろす。

ドサドサと空間の床に大量の土砂が積み重なった。

穴を見上げると、それほど遠くない場所に丸い夜空が見えた。

ボーリング調査という、地層をそのまま筒の中に保存して取り出す写真を見たことがあるが、あれよりはずっと太く、大雑把な作業である。

上手くいったとはいえ、30分ほどかかってしまっただろうか。

 

(キーシャ様、地上への穴が空きました!)

(う、む、ご苦労…ではこちらも、準備に入る…)

 

なんとなく返答に違和感を覚えた私は、キーシャの様子を見ようと頂上から降りた。

 

(気のせいか、さっきより寒いな…)

 

その答えは、祭壇の中を覗いて、驚きと共に判明した。

なんと、キーシャは髑髏をカチコチに凍らせていたのだ。

 

「これが…我が水の霊術の真骨頂…うう〜寒い…」

 

キーシャは白い息を吐きながら言った。

 

 

 

 



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第106話 脱出

(す、すごいですね…水を氷に変えることも可能なんて…寒っ)

(霊力も体力も著しく消耗するのが難点だがな…寒いっ)

 

あまりの寒さに、我々は2人ともガタガタと震え始めていた。

しかし、髑髏に蓄積された霊力が悪魔復活のためのエネルギー源なら、それを凍結させてしまうというのは理に適っている気がする。

赤い髑髏は、既に何色であったか判別できないほどに霜で覆われ、軋みながら亀裂を生じ始めている。

 

「我が氷は全てを凍てつかせる。霊体すら氷漬けにできる。砕け散れ、マハゾートの遺物よ!!」

 

仕上げにキーシャは魔法陣を描き、自身の右手拳をそれに重ねた。

それは、水の矢や槍などの高度な霊術ではなく、シンプルなエネルギーの塊を拳に乗せているらしかった。

右腕を大きく引き、素早く突き出す。

その単純な、しかし強力な一撃は、古い悪魔の頭骨を粉砕するには十分過ぎる威力だった。

粉々に砕けた髑髏の中から、霧のような白い気体がゆっくりと噴出する。

キーシャは深呼吸をするように、大きく息を吐き、その気体を深く深く吸い込んだ。

 

(大丈夫ですか?)

(うむ、これは髑髏の中に溜まっておった霊力だからな。わたしの術で霧状に変化しておるだけだ。これで消耗した分の霊力は補えた。さあ、長居は無用、ここを出るぞ!)

 

霊力は回復したようだったが、目に見えてキーシャの体力は消耗されていた。

私は再びキーシャを抱えたが、本当に体が冷え切っている。

 

(早く上で温かい飲み物でもいただきましょう!)

(飲ませてもらえたらな)

 

そうだ、この地下を出たとして、住民がどのような反応を見せるも心配である。

私は井戸やパイプの中を登ったのと同じ要領で、触手を使って縦穴を登っていく。

今回はキーシャを背負っているので少し難儀だが、彼女だって私を背負って迷宮を見つけてくれたのだ、この程度やってのけなければ。

 

(アキヒコ、地上に着いたら町の人間に避難を呼びかけよ。わたしはこの穴を塞いで少しでも時間を稼ぐ。髑髏を破壊した報復が既に迫っておる)

 

恐る恐る下を見ると、さっきまで松明の橙色の光に照らされていた地下空間が、真っ暗になっていた。

光源が消えたという話ではなく、何か邪悪な気配が地下を覆いつつあることが直感に伝わってくる。

私はとにかく急いで穴を登った。

 

「逃ガサナイ…」

 

耳元で何やら囁きが聞こえた。

キーシャの声ではない。

昨夜聞いた、あの死霊の声だ。

あとちょっとで穴を抜けるというところで、何かが右足に絡みついた。

私はもう振り返らず、無理やり触手に力を込めて穴から飛び出した。

右足に嫌な痛みが走ったが、キーシャを抱えて何とか着地する

 

「よく頑張ったアキヒコ!あとは私に任せて、町民の避難を!」

 

 

 



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第107話 町長

「はっ!?お、おい何だお前ら!そこを動くな!」

 

見張り台にいた男が声をあげ、慌ててこちらに向かって降りてきた。

驚くのも当然だ、誰もいないはずの広場の花壇から、突然少女を抱えた男が飛び出したのだから。

キーシャはすぐさま穴に向かって印を結び、術をかけた。

穴の底から迫っていた邪悪な気配や、耳元で聞こえた声はピタリと止んだ。

 

(結界を張った。気休めだが、これで少しは保つはずだ。アキヒコ、大丈夫か?)

(右足をやられました…でも、すぐ治るので大丈夫です…)

(わたしも治癒の術をかけてやる、右足を出せ)

 

右足首を見ると、一目で骨折がわかるほど青紫色に変色していた。

 

「あ、あんた達はソウさんの客の?どうして花壇なんかにいたんだ!?」

「説明は町長にする、お主、皆にすぐこの町を出るよう呼び掛けよ!急がねば死ぬぞ!」

 

見張りの男は混乱していたが、雑念を振り払うように言った。

 

「なんだかわからんが、ソウさんの知り合いが言うんならきっと大事なんだろ?町長を呼んでくる!おーい!」

 

男は見張りの交代の男にも呼びかけ、町長の家に向かって走って行った。

 

(物わかりの良い男で助かったの)

(町長もそうであることを祈りますよ)

 

やがて、町長がこちらの方に走ってきた。

地下室の異常には気づいたのだろうか?

 

「どうしたんですか、アキヒコさんにキーシャさん!外に出ていては危険ですよ!」

「そのことだが、今はむしろ外に出なければ危険な状況になっておる。まあ、わたしのせいなのだがな。町長、そなたの家の地下室にあった扉を開け、中に入っていたものを破壊させてもらった」

 

キーシャの言葉に、町長は最初よくわからない顔をしていたが、やがてサーッと顔から血の気が引くのがわかった。

 

「ま、まさか!?アレを見てしまったのですか!?なんということを…大丈夫なのですか!?身体に異常は!?」

(…あれ?思っていた反応と、何か違う…)

 

私は町長の慌てぶりが、自分の後ろめたい部分を見られた怒りや焦燥感ではなく、ただ我々の身を心配しているだけのように思えた。

しかし、地下室に祭壇への入口があったのは事実なのだ。

この状況で秘密を暴いた我々を心配する必要があるだろうか?

 

「…なるほど、わかりかけてきたぞ。町長よ、まずこのアキヒコは怪我をしておる。応急処置はしたが、どこか休める場所で手当てをしてやってほしい」

「そ、それから、彼女に温かい飲み物を…!」

 

町長は我々の注文に応じて、もともと医者の家だった場所に案内してくれた。

町民は皆、荷物を持って続々と東の馬車置き場へ集まっていた。

町長は、キーシャに温めたミルクを出して、ベッドに足を上げた私の傍の椅子に座った。

 

「そうですか。あなた方はソウさんの御友人、何か特別な方々なのだろうと思ってはいましたが、アレを破壊してくださったのですね…まずはお礼を申し上げます。アレのせいで我々は…」

 

町長の顔には、苦悩の表情が滲み出ていた。

私はキーシャがミルクを飲んでいる間に町長に質問した。

 

「町長、あんたはその、決闘が4年前のことに関係しているってことは知ってるのか?」

「4年前?確かに、霊獣が侵略を始めたのは4年前ですね。あなたは異国の方のようだ。我々の国の首都は」

「いや、それは知ってる。俺が聞きたいのは、その、この町でだな…」

 

生贄を差し出した、という言葉をどうも言いづらい。

町長は一見善人だ。

それを問い質すことを私に躊躇わせるほどに。

だが、キーシャは容赦なくその言葉を口にした。

 

「お主が自分の子供や、その他の町民ら7人を生贄に差し出したというのは本当か?その儀式が失敗し、この町が呪われておるというのは事実であるか?」

 

キーシャの言葉に、町長はキョトンとした。

やはり、思っていた反応とは違う。

だが、次の町長の言葉はさらに私を混乱させた。

 

「私には家族はおりません。妻は2年前に病で旅立ちました。子供もおりませんでしたので、私は今独り身ですよ。それに、4年前の生贄と仰いましたね?何か誤解があるようだ。それはきっと、隣町のラムエルで起きた悲惨な事件のことですよ」

「「何ッ!?」」

 

私もキーシャも同時に驚きの声をあげた。

 



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第108話 魔法使いの予言

「ま、待ってくれ。ラムエルの町にも儀式の祭壇があるのか!?」

 

私の質問に、町長は少しの間何かを躊躇っていたが、やがて口を開いた。

 

「5年前のことです。このギムエルの町に、旅人が現れました。ここは首都方面へ向かうのに通る町です、旅人の訪問は珍しいことではありません。しかし、その旅人は魔法使いで、もてなしの礼として、我々の未来を予言してくださったのです。彼の予言はこうでした、『古の悪魔を呼び起そうとする者共が集いつつある。彼らの用いる呪具は、町1つを飲み込むほど巨大だ。気づいた時には君達の足下に忍び寄っている。くれぐれも足下に気をつけよ。渦巻き模様の扉を決して開けるな』始めは意味がわかりませんでした。しかし、魔法使いの言葉には意味がある、と昔から聞かされておりましたので、心に留めておいたのです。そして、霊獣によって国は荒れ、我々の町の近辺でも霊獣の目撃例が増え始めた頃、隣町のラムエルに悲劇が起こったのです。ギムエルとラムエルは、隣町と言っても切り立った山を挟んでいますので、それほど情報共有が速いわけではない。数日前に、妙な格好をした集団が町に入ったことは耳にしておりましたが、旅人は珍しくない、特に気にしておりませんでした。一週間後の夜に、山の向こうから火の手が上がっているのを見るまでは」

 

町長は、恐らく今までどんな部外者にもこの話をしてこなかったのだろう。

手がプルプルと震え、汗もかいている。

見かねたキーシャが、もう一つ器を持ってきてホットミルクを町長に差し出した。

町長はそれをグイッと飲み干すと、再び口を開いた。

 

「ありがとう。私は町の男達を連れてラムエルの様子を見に行きました。酷い有様でした。巨大な炎の渦が、町を飲み込んでいました。木や藁に混じって、肉の焼ける匂いもしました。火の手は衰える様子がなく、我々にはどうしようもなかった…火は、その後数週間にわたって燻り続けました。数日後、ラムエルに何度か訪れていた商人から、あの町が異教徒に誑かされて恐ろしい生贄の儀式を行ったらしい、という噂を聞きました。そして、この町にも変化が起きたのです。それが、あの地下室の扉です。扉には渦巻き模様が描かれていたでしょう?」

「うむ、大きな渦巻きが描かれておったな。地下迷宮も同じく渦巻き状であった」

 

扉を見ていない私に代わり、キーシャが答えた。

そういえば、祭壇の中に刻まれた文字も、渦を巻くように配置されていた。

 

「私は、その時ようやく、魔法使いの予言の意味を理解したのです。あの地下の扉は、それまで存在しておりませんでした。ラムエルの町が焼けた後、私の家に突然現れたのです」



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第109話 町長の決断

「なるほど、あの扉と地下空間が突然現れたのなら、確かに『気づいた時には足元に忍び寄っている』『渦巻き模様の扉』って予言とは一致するな。じゃあ、アンタはあの扉を開けたことはないんだな?」

 

私の質問に町長は頷く。

 

「恐ろしくて開ける勇気もありません。この4年間、何度も悪夢を見た。開けたくないのに体が勝手に動いて、扉の中へ入って行ってしまう夢です。廊下の遥か向こうの見えるはずのない景色が迫ってきて、赤い髑髏が私を嗤う。髑髏の周囲には焼け焦げた死体や、バラバラになった人の手足が山のように積み重なっていて…」

「…もう良い、思い出すのは辛かろう。お主に非がないのはよくわかった」

 

頭を抱え込む町長に、キーシャは優しく話しかける。

 

「それで、なぜこの町を離れなかったのだ?町を出て行くという選択肢もあったであろう?」

「いいえ、アレは町長である私の家に出現したのです。もし、私が町を出た後、誤って扉を開けてしまう人間がいたら?もし、私の逃げた先にも扉が現れたら?扉が何も知らない別の町に移動したら?色々な可能性を考えた結果、私は扉を封鎖して、町に留まることを決めたのです。一応、住民にも相談しました。過半数の人は出て行くことを決めましたが、ああして今まで残ってくれた有志もいるのです。霊獣が町を襲った時も、我々は逃げられなかった。我々の足元には、霊獣に匹敵するか、あるいはそれ以上に恐ろしい災厄が眠っている、それを少しでも長く抑え込むことが、予言を授かった私の使命だと考えていました」

 

私は、町長を今まで疑っていたことを反省した。

彼は生贄どころか、悪魔を自分の足元に留めておくためにギムエルに住み続けていたのだ。

しかし、そうなるとグレイベルの言葉も嘘と真実が織り混ざっていたように思えてくる。

確かにこの町は呪われていた、マハゾートという悪魔を復活させないために、他の地へ逃げられないという呪いが。

だが、町長が生贄を差し出したというのは嘘だった、少なくともギムエルの町長に関しては。

 

「ということは、生贄を差し出した町長というのはラムエルの町長のことなのだろうな。あの娘はそれを知っていて、敢えてアキヒコにギムエルの町の出来事のように言った。我々に早く町を去らせるために。町長、あのグレイベル・ソウという剣士はな、霊獣を倒して生贄にすることで呪いを破壊しようとしたのだ。用心棒というのも嘘ではなかろうが、本当の目的は呪いの方だったのだろう。だが、彼奴のやり方では不十分と判断し、わたし達が直接、呪具を破壊した。もうこの町に留まる必要はない。すぐに住民を連れて逃げるのだ」

 

キーシャの話を聞いて、町長は涙を流して言った。

 

「ありがとうございます…!何とお礼をして良いやら、これで町を守って死んだ人々も報われることでしょう。しかし、それなら一刻も早くソウさんに知らせなければ。もう決闘をする必要はないのですから」

「ああ、そのことなら俺達がラムエルに伝えに行く。敵と戦うことになるかもしれないからな。後は俺達に任せてくれ」

 

町長にこれ以上の負担をさせるわけにはいくまい。

いずれにしろ髑髏を破壊した我々は呪いの攻撃対象だ、住民達と別方向に逃げる必要がある。

 

(しかし、キーシャ様、追ってくる呪いはどうしましょう?)

(そうだな、そろそろわたしの結界も破られよう。わたしの推測が正しければ、呪いも霊獣も一気に片付けられる機会だ)

 

すると、突然部屋がグラグラと揺れ始めた。

地震の前の余震のような、これから何か大変なことが起きる前兆のような揺れだ。

キーシャも私も、そして町長も立ち上がった。

 

「町長、急ぎこの町を出るのだ!東出口からな!我々は西に向かう!」

 



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第110話 ローレとの別れ

ギムエルに住む全ての人が、既に東出口に集合しており、その最後尾の馬車にローレも乗っていた。

 

「アキヒコ、キーシャさん!どこに行ったのか心配してたわ」

「ローレ。よく聞いてくれ。俺とキーシャはこれから、グレイベルを助けに行って来る。君は町のみんなと一緒に逃げるんだ、いいね?」

 

私の言葉に、ローレは不服そうな顔をした。

また置いていくことに心苦しさはある。

しかし、そもそも私の目的とローレは関係がないので、巻き込むわけにはいかない。

彼女にも何らかの秘密があるのだろう、しかし、彼女の優しさが真実だからこそ、これ以上危険な目に合わせたくない。

 

「…わかったわ。もうワガママは言わない。でも、せめて私の代わりにこれを持って行って」

 

ローレは、馬車の中をゴソゴソと探って、武器を一つ渡してくれた。

私が作った、ナイフを切っ先にした簡単な槍だ。

果たして私に必要かどうかはわからないが、彼女の気持ちが嬉しかったので受け取った。

 

「ありがとう。また会えたらどこかで会おう」

「うん!それに、こっちに霊獣が来たって平気よ?私、こう見えても短剣を投げるのが得意なの」

「そうなのかい?そりゃ頼もしい。でも何かあったら町のみんなと協力して、戦うことより逃げて生き延びることを頑張るんだよ?」

「ええ、アキヒコもどうか無事で。貴方に四大神の加護があらんことを」

 

そう言って、ローレは私の額に接吻をした。

なんだか照れくさいので、私はそそくさと西の方角で待つキーシャのところへ戻った。

 

(な〜にをいちゃついとるのだ、全く)

(ち、違います!これが最後かもしれないから挨拶をしてたんです)

(四大神の加護なら、わたしが全て受け持ってやる、さあ走るぞ!)

 

地震はなおも続いている。

ローレの乗った最後尾の馬車が東出口を出たのを確認し、私は西に向かった。

町は確実に変貌しつつある。

あちこちで地割れが走り、倒壊する家屋も出始めた。

それに加えて、先程我々が脱出した穴から、例の死霊らしき影がゾロゾロと這い出ている。

 

(結界が破られたか、急がねば、町から出る前にやられかねん)

(キーシャ様、掴まってください!)

 

私はキーシャを抱えて、触手のバネを足に展開し、割れ始めた地面を蹴った。

2、3歩の跳躍で、町の西端に到着する。

西出口はあるにはあったが、東と違ってあまり使われていないらしかった。

その理由を、出口の向こうに見える鬱蒼と茂った林と、さらにその向こうに聳える切り立った山の斜面が無言で示していた。

 

(ここを抜けるしかないですね。逆に考えれば、あの山を越えさえしたらラムエルへ着くんでしたね)

(そうだ、出来るかアキヒコ?無理なら、わたしの術で空を飛んでいくことも出来なくはない)

(いいえ、キーシャ様は霊力を温存しておいてください)

 

私は、西出口を出ると、その場に生えていた樹木を数本、両手の触手で強引に引き抜き、今度は振り返って西出口を塞ぐように地面に突き刺した。

追いかけてきている死霊も、これで少しは足止めできるだろう。

キーシャを抱えたまま、一気に林を走り抜ける。

斜面が見えたところで、あらん限りの力を脚に込めてジャンプした。

そして、予めあたりをつけていた斜面のなだらかな箇所に着地する。

 

(これを繰り返せば、すぐ山越えできますよ)

(うむ、無理はするなよ?)

 

私は後ろを振り向く。

登ってきた斜面は、普通の人間ならまず諦めるほどの傾斜だ。

走り過ぎた林の向こうに、バリケードを登ろうとしている死霊が見える。

そして、町を見渡すと信じられない光景を見てしまった。

 

「なんだあれ…いや、あいつ…?」



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第111話 廃墟の町

※ここからの話はグレイベル寄りの第3者視点で進行します。


キーシャ達が地下空間の中心にたどり着いた頃、グレイベルはようやくラムエルの町の入口に到着していた。

と言っても、ラムエルはもはや町と呼べるような場所ではなく、焼け焦げた家屋の残骸などから、かつて町があったことを辛うじて思い起こさせるような廃墟だった。

 

(覚えてる。この景色も、この匂いも。あたしの体と魂が、半分焼かれたあの日のままだ)

 

触れればまだ熱を持っているかもしれない、と錯覚するほど、焼け跡の残骸は真新しく見える。

普通の炎ではなく、魔法や霊術の類で焼かれたものは、こうして風化することなく形を留めるらしい。

廃墟に足を踏み入れてすぐ目の前にある通りだけは、何度も踏みならされて新たな道となっていた。

そこには、あのウロクと名乗る鳥の霊獣と、武装した霊獣が何匹か、月明かりの中でグレイベルを待ち構えていた。

周囲には松明を設置してあるが、霊獣の使う火は赤色ではなく、不気味な青白い炎だ。

 

「待ってやしたぜグレイベル・ソウ。今度こそアンタの手足引っこ抜いて戦利品として飾ってやる」

「負けてトンズラこいた割に随分デカい口を叩くなぁ、鳥頭。死ぬのがそんなに怖いんなら、他の雑魚どもを寄越して決闘させろよ。今なら取り決めを破ったことは咎めないでいてやるぜ」

 

グレイベルの応答に、霊獣達の間で馬鹿にしたような笑いが起きた。

 

「取り決めだぁ?人間との取り決めなんざ、守る義理はねえんですよ。霊獣の依代としてしか価値のない人間が、こちらと対等に付き合おうなんざ身の程知らずってもんさ。それに、あっしの目的は始めっからアンタ1人さ」

 

そう言うと、ウロクは周りの霊獣に合図した。

体の大きい者、痩せ細った虫のような者、何らかの動物の姿をした者、霊獣は多種多様だが、それらがジリジリとグレイベルの方へ近寄ってくる。

 

「1人で勝てなきゃ大勢で嬲り殺しってか。本当に霊獣ってのは下品で好かねえぜ」

 

そう言うと、グレイベルは突然、敵に向かって走り出した。

 

「えっ⁉︎」

 

一番手前にいた、鎌のような両腕をした霊獣は、多分グレイベルが怖気づいて後退するとでも思っていたのだろう。

しかし、自分に向かって走ってくるという予想外の行動で間合いを詰められた彼は、一瞬思考が停止した。

その一瞬の停止のせいで、彼の頭は、自慢の鎌を持つ身体から永久に離れることとなった。

虫のような胴体から緑色の血が噴き出す。

その返り血を浴びて、グレイベルは笑っている。

鬼のような恐ろしい笑みに、霊獣達はたじろいだ。

 

「もっと血を流せ。あたしの焼け爛れた喉は、てめえら全員の血を飲んでも満たされねえがな」

 

緑の血に濡れた義足の切っ先が、月光を反射して煌めいた。



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第112話 好奇心は剣士をも殺す

「おい!何をビビってやがる、行け!それとも後ろから串刺しにされてぇのか!」

 

ウロクは、後ずさりしようとした後列の霊獣の尻を蹴った。

その叱咤の声を聞いて、前列の霊獣達は我に返り、グレイベルに襲いかかる。

グレイベルは、最初に殺した霊獣の鎌のように鋭い腕を切断して左手に持ち、棍棒を持って迫ってきた猪のような霊獣に投げつけた。

鎌は脳天に深々と突き刺さり、猪はその場に崩れ落ちる。

敵の刃を素早く躱しながら、猪の死体に飛び乗り、その贅肉の弾力で勢いをつけてグレイベルは跳躍する。

運悪く着地点にいた半分魚のような霊獣は、口を開けてグレイベルの跳躍を見上げていたために、口から首の後ろに義足の剣が貫通し、頭を地面に叩きつけられた。

間髪入れず義足を引き抜き、グレイベルは魚の首を刎ねて球を蹴るように蹴飛ばす。

蹴られた生首は大口を開けて襲いかかってきた霊獣の口をすっぽりと塞ぐ。

口を塞がれた霊獣は、両目を剣で突かれ、仰け反った拍子に魚の首を呑んでしまい、喉につっかえて悶え苦しんだ。

その間に、グレイベルは既に5匹の首を刎ねており、それらの首を次々に大口の中へ叩き込む。

やがて、その霊獣は窒息して静かになった。

それを見ていたウロクは嬉しそうに手を叩く。

 

「おうおう、凄まじい残虐さだぁ。惚れ惚れするぜ。たくましくなったなぁ」

「何を調子こいてやがる、次はてめぇの首が飛ぶ番だ!」

 

グレイベルは残りの怖気付いた霊獣を蹴散らし、ウロクの方へと向かってくる。

だが、なぜかウロクは余裕の表情を崩さない。

 

「あっしを殺したきゃあ、グレイベルさんよ、『後ろ』を振り返らねえこった。絶対に振り向くなよ、じゃなきゃ楽しみが減る」

 

見え透いた挑発だ。

しかし「振り向くな」と言われると振り向きたくなるのが人間である。

目の前の相手が、わざわざ自分に対して「振り向くな」というのは、背後に何かがある可能性を示唆しているからだ。

物を考える生物である以上、それが挑発とわかっていても、背後に何らかの存在を感じずにいられない。

加えて、グレイベルという人間は、敵に言われたことに「はい、そうですか」と素直に従うような性格ではなかった。

 

「ウロクの言う通りだよ、こっちを見ない方が身の為だ」

 

なので、突然聞こえた子供の声に、さっきまでいなかったはずの存在に、グレイベルは反射的に振り返ってしまった。

 

「ぐっ…!!?」

 

それを見てしまった。

真っ赤に輝く大きな瞳。

暗がりに浮かぶ満月のような、しかし血のように禍々しい輝き。

それを見た瞬間、グレイベルの身体は激しい痛みを伴って麻痺した。

 



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第113話 魔女と従者

(体が…動かない…?)

 

グレイベルは自力で立つことができなくなり、その場に崩れ落ちた。

倒れた地面には、彼女の殺した霊獣の血だまりが出来ている。

バシャリと左半身が血の海に沈む。

左眼は血で見えず、右眼は本来の視力を既に失っている。

が、師匠に教わった霊力の流れを感知する技能のお陰で、グレイベルは暗闇の中でも霊獣を認識することができるのだ。

最早指一本動かせない状態だが、右眼から霊力を感知し、自分を麻痺させた者の正体を見ようとした。

 

(何だありゃ…人間?霊獣?)

 

それは確かに人の子供の姿をしているようだった。

しかし、人間特有の安定した霊体と、霊獣特有の人体から溢れ出すような激しい霊力が同居しているように見える。

霊体とは、肉体を持って生まれた生物が持つ自我の根源である。

この霊体と肉体が完全に融合しているからこそ、人間は自己を保っている。

霊獣は肉体を持たず、霊体のみで自然発生した存在で、霊力は強いが不安定なために、他の生物の死体に憑依して自己を保っている。

普通、一つの肉体に複数の霊体が同時に存在することなど不可能である。

そんな状態は長く続かず、霊体同士が混濁して自我を失うか、肉体が霊力の濃度に耐えられず崩壊するかのいずれかの筈なのだ。

しかしグレイベルの右眼には、その子供が別個の霊体と霊体が同居しているようにしか認識できない。

 

「あれ?僕の眼を見て即死しないんだね。ああ、そうか、片方の眼しか見えないのか。僕の眼は両目で見ないと十分な効果を発揮しない。どうやら毒の効果が半分ほどに低下したみたいだ」

「へっへっへ、とは言っても毒は毒、効果は抜群みてえだ。さすがは魔女キュカテだ」

 

キュカテと呼ばれたその子供は、頭に目隠しのような覆いをする。

 

「もう帰って良いかな?僕は僕でアイナーマルでの仕事が忙しいのだけれど」

 

グレイベルの体は血の海から浮き上がった。

ウロクが自分の肩に担ぎ上げたのだ。

 

「まあまあ、せっかく来たんだから、もうちょっと見物していきなせえ。面白い見世物になるぜ」

 

その言葉に対し、今度はウロクの背後から新たな声が響く。

 

「弁えよウロク。キュカテ様はご多忙の身、それに貴様のような下衆な趣味を持つお方ではない」

「おや、いつの間に後ろにいなさったのかい、ディアナさん」

「キュカテ様をこのような場所にお一人で行かせる訳がなかろう」

 

ディアナと呼ばれた女性の声は、不快感を露わにしていた。

状況はどうやらグレイベルの不利な方に傾いているらしいが、それをどう切り抜けるかという思考すら、今の彼女は麻痺していた。

グレイベルを担いだウロクは廃墟の中心に向かって歩いていき、その後ろをキュカテとディアナがついていった。

 



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第114話 教会跡

ラムエルの中心には、一際目立つ建造物がある。

かつては教会として使われていたが、今は灰と煤で真っ黒になった煉瓦の壁と、朽ちて倒れた尖塔の残骸が辺りに散らばり、骨組みを残した廃屋と化している。

霊獣達は、その教会の廃墟に陣地を設営していた。

そこには、略奪や殺人をお預けにされて燻っている獰猛な連中がたむろしている。

ウロクはその只中にグレイベルを担いで戻ってきた。

 

「ウロク、なんだその小娘は」

「今日の飯か?」

「いい加減誰か殺させてくれよ、退屈で仕方ねぇや」

 

霊獣は口々に喚く。

その様子を、ウロクの後ろに同行してきたキュカテは無表情で、ディアナは眉間に皺を寄せて見ている。

ウロクは霊獣達を手で制しながら言った。

 

「まぁ慌てなさんなグーリンの旦那。こいつぁたった今、あっしの子分を一人で皆殺しにした女だ。身体の半分は鉄で出来てらぁ、食ったって美味くもねぇよ。それより、アンタらの望みがようやく叶うぜ。ギムエルの町はもう必要ねぇ、今からでも襲って来て良いぜ。山の下を掘り進めてた穴から奇襲をかけりゃあ良い」

「そりゃホントか⁉︎やったぜ、ギムエルへ行くぞ!皆殺しだ野郎ども!」

 

ゴロツキの霊獣共をまとめているグーリンという男は、ヤマアラシのように棘で覆われた背中を揺らして歓喜した。

霊獣達は雄叫びを上げて、ギムエルとラムエルを隔てる切り立った山へと向かって行く。

山には掘削を得意とする霊獣達によって、ギムエルの地下へと穴が掘り進められている。

 

「さて、邪魔者はいなくなったぜ。グレイベル、この教会を覚えてるだろう?」

 

グレイベルを廃墟の台座のような場所に寝かせて、ウロクは崩れかけた天井を見上げる。

 

「お前が生まれ育った町の教会だ。1つ秘密を教えてやるよ。この教会はな、表向きは四大神を祀ってるが、お前さんがちょうど生まれたばかりの頃にいた神父が、密かに異端の教えを持ち込んでたんだぜ。俺ぁこの教会で働いてたんだ、よく知ってる」

 

グレイベルは、わずかに見える左目と、耳だけでウロクの話を聞いているようだった。

ウロクがラムエルの町の出身だったというのは彼女も知らなかったらしく、左目に驚きの色が見える。

 

「お前さんが知らねえのも無理はない。俺はその神父の罪を被せられて死刑になったからな。いや、まあどうでもいいことさね。だが、俺は霊獣になってからも、神父の持ち込んだ異端の巻物が気になって仕方なかった。だから再び、別人の振りをして町に戻って来て、巻物の中身を見た。そこに何が書かれてあったと思う?」

 

ウロクはニヤリと笑ってグレイベルの顔を覗き込む。

キュカテとディアナは、ウロクの話を聞いているのかいないのかわからないが、黙って台座の傍に立っている。

 

「悪魔の召喚儀式さ。生贄を嬲り殺して、異界の化け物をこの世界に呼ぶんだ。この世は狂乱に見舞われる。楽しそうだろう?」

 



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第115話 抑えがたい感情

生贄、という言葉を聞いて、麻痺していたグレイベルの思考が一時的に戻った。

この町に、4年前よりもずっと以前から生贄の儀式の方法は伝わっており、ウロクはそのことを知っていて戻って来た。

これが何を意味しているのか。

グレイベルの胸の辺りに、ドロリとした感情が鎌首をもたげた。

ウロクは不気味な笑みを浮かべたまま、全てを明かした。

 

「そうさ、4年前、異端の教団をこの町に招いたのは俺だ。奴らにとって儀式の書かれた巻物は宝物だからな。エストリノ人は異端を毛嫌いするが、連中の持ってる術はなかなかどうして便利なもんだ。例えば、地下を移動する生きた儀式部屋を、気づかれずに町の下へ引っ張って来ることなんか朝飯前だ。それから、人間の頭を弄って認識を歪める魔術も有してる。誰だったっけな?自ら進んで大事な大事な一人娘を生贄に差し出したのは?」

 

早鐘のようにグレイベルの心臓の鼓動が激しくなる。

胸に凝った不定形の感情が段々と形を成していく。

 

「お前の親父さん、いや養父か?とにかくこの町の最後の町長は、実は一番抵抗していたんだぜ?『力になると言ったから歓迎したのに馬鹿馬鹿しい!今すぐこの町から出て行け!』とな。そこで反対した町民も大勢いた。そりゃあそうだ、常識的に考えて、霊獣を倒すのに悪魔の力を借りようなど、増してそのために生贄を殺そうなどと考える人間はいねえ。でもな、俺は人間じゃあない、自分の快楽しか頭にねえ霊獣なもんでね。教徒の長に進言したのさ、『逆らった人間の家族を差し出させましょう』。長はすぐに魔法を使って『家族を生贄に差し出すことは最も尊い、誇るべき行為だ』という認識を町民に植えつけた。ああ…ありゃあ本当に最高の狂気だったぜ…!嫌がり、泣き叫ぶ子供を、誇らしげな笑みを浮かべて地下に引っ張って行く親の姿!今思い出しても気持ち良い…!!」

 

勝手に快感を思い出し、上を向いて深呼吸を始めたウロクをよそに、グレイベルの胸に生まれた感情が、とうとう正体を現した。

 

ミシッ

 

「あん?」

 

ウロクは、目の前の台座から軋む音が聞こえたような気がして、横たわるグレイベルに目をやる。

 

「…おいおい、なんだぁその顔は?絶望のあまり気が触れたか?」

 

グレイベルは、笑っていた。

キュカテの毒で痺れているにも関わらず、抑え切れない感情が顔面の神経を無理やり動かしているかのような、誰が見てもまともではないと感じるような破滅的な笑みを浮かべていた。

そして、動かない舌と喉を強引に動かし、何かをウロクに伝えようとしていた。

 

「何だと?何か言いてえのか?俺に対する怨嗟の声か?」

 

ウロクは、万一噛みつかれでもしないように、両手で彼女の頭を押さえて口元に耳を近づけた。

グレイベルは、蚊の鳴くような細い声でこう言った。

 

「ありがとうよ」

 

瞬間、ウロクの身体は台座から吹き飛んだ。

 

 



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第116話 ラムエルの娘 前編

人間が人間であるためには『理性』が『感情』を支配することが最も重要である、とグレイベルは考えている。

彼女がグレイベル・ソウという名前を名乗るようになったのは4年前からだが、性格はそれ以前のラムエルの町に住む1人の娘であった頃とさほど変わっていない。

24年前、ラムエルの町のある家の玄関に、1人の赤ん坊が置き去りにされた。

そのとき、町の中で子供を産んだ女性はいなかったので、町の外からわざわざ誰かがやって来て、生まれたばかりの子供を捨てたのだ。

家の夫婦は子供がいなかったので、その赤ん坊を養子にした。

赤ん坊は女の子で、夫婦が大事に育てた甲斐あってすくすくと成長したが、自我を確立するにつれ、困った性格が目立ち始めた。

他人に対して、悪ふざけでは済まないような過度の暴力を振るい、しかもそれを楽しいと感じる性格だったのだ。

このままでは他人に迷惑をかけるのみならず、この子の可能性まで潰してしまう。

悩んだ末に、教育者でもあった養父は、娘が6歳になった時、ある問答をした。

 

「○○○、なぜ人をぶったりするんだい?」

「楽しい!」

「お前1人が楽しくても、他の人は楽しくないんだよ?父さんも楽しくない。何故だと思う?」

「うーん、わかんない。なんでたのしくないの?たのしいのに」

「それは人によって楽しいと感じるものが違うからだよ。そして、お前の楽しいは、他人にとって痛いから嫌なことなんだ。痛いのは楽しいかい?」

「たのしくない。いたいのはイヤ」

「じゃあ、もしお前が何もできない時に痛いことをされたらどんな気持ちになる?」

「えーと、やりかえす!」

「ハハハ、なるほど。どうやってやり返すんだい?何もできないんだよ?」

「えー?どうやって…何もできないの?かみつくのも?」

「そう、噛みつくのもできないんだ。できるのは、感じること、思うことだけだ。どういう気持ちになる?」

 

娘はしばらく悩んで答える。

 

「…くやしい?負けたくない…イヤって思う」

「じゃあ、もしお前が何もできない時に、父さんや母さんが痛いことをされたらどう思う?」

 

すると娘は顔色を変えた。

 

「えっ!イヤだ!」

「どうして?」

「母さんも父さんも好き。好きな人のいたいもイヤ」

「お前の友達が痛いことをされたら?」

「それも…イヤ」

「そう、自分が痛いのも嫌だし、大切な人の痛いも嫌だろう?でも『感情』に任せて人をぶったりすると、そういう嫌なことを、同じ『感情』でやり返されるんだよ」

 

養父は聡い娘の頭を撫でて、さらに続けた。

 



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第117話 ラムエルの娘 後編

「『感情』って何かわかるかい?お前の感じる『楽しい』や『好き』、『楽しくない』や『嫌だ』のことだよ」

 

娘は自分の頭の中で、必死に整理した。

ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「…わたしの『たのしい』を、ほかの人の『イヤだ』にぶつけちゃいけない…?わたしの、『すき』に『イヤな』ことされるから…」

「そうだ。人間も、動物も、時々現れる霊獣も、みんな『感情』を持ってる。この『感情』だけで生きていると、仕返しされても文句を言えない。仕返しに仕返しを繰り返されて、気がつけば『好き』まで失ってしまうんだよ。だから『理性』を大事にするんだ」

「りせい?」

「『好き』を守るための約束だよ。母さんの作ったおやつを勝手に食べちゃダメって約束しただろう?食べたいなら母さんに言いなさいって。この『食べたい』が『感情』で、母さんとの『約束』が『理性』だ。じゃあ、お前が好きで人をぶつのは?」

「………かんじょう?」

「そうだ、では『理性』は何だろうね?」

「………勝手にぶたない?言ってからぶつ?」

「ハハハハハ!お前は賢いな!もっとわかりやすく言えば『こちらから沢山ぶってはいけない』だ。相手が悪口を言ってきたら、言葉で返しなさい。相手が一回ぶってきたなら、同じ力で一回ぶちなさい。相手が何もしてこないなら、何もせずにいなさい。もし、どうしても誰かをぶちたくなったら、森に倒れてる木をぶちなさい。木くらいなら神様も許してくださるだろう」

「………うん、わかった。『かんじょう』より『りせい』、『感情』より『理性』…」

 

もちろん、娘がこの一度の問答で全てを理解したわけではない。

娘が養父の言った意味をしっかりと理解できるようになるには、10年以上の歳月を要した。

両親の教育と、社会的な人間関係を構築する中で、失敗も繰り返し、少しずつだが成熟していき、彼女の暴力に対する『楽しい』という『感情』は『理性』という手綱で制御できるようになった。

だが、同時に彼女の中で、養父すら気づかないある歪みが生まれていた。

人間が人間であるためには『理性』が『感情』を支配することが最も重要である。

 

「じゃあ、理不尽な『感情』を向けられたら、あたしも『感情』で報復すれば良いんじゃあないのか?それは『理性』を伴った正当な『感情』ってことにならないか?」

 

彼女は、この考え方が養父に反対されることを知っていた。

それが人間の『理性』を否定する詭弁だと理解していたからだ。

『理性』のおかげで他人にも好かれるようになり、町という狭い社会で上手く立ち回れるようになった娘にとって、それは無くてはならない約束だった。

だから誰にも言わず、自分の心の中だけに、その過剰な暴力衝動と共に留めておいた。

 

 

 

今、グレイベルは歓喜している。

ラムエルの町を、両親を、友人を、右半身を失ったあの時、確かに彼女は悲しみに暮れたし、絶望もした。

しかし、同時にその喪失が意味するのは、彼女を長年律していた『理性』を支えるもの全ての事物が無くなってしまった、という事実だった。

過剰な暴力衝動と、それに快楽を見出す悪鬼の如き『感情』を制御する手綱を、彼女は失った。

幸いにも彼女を鍛えてくれた師匠は、そのことに気づいて再教育をし、新たな『理性』を支える者となってくれたが、それでも一度束縛を逃れた『感情』は、以前にも増して『理性』をすり抜ける論理を信仰するようになった。

故に、彼女は今、ウロクという諸悪の根源を前にして、怒りでも、憎しみでもない、歓喜を覚えている。

なぜなら、それは復讐という正当な『感情』の解放の理由を与えてくれたのだから。

 

「ありがとうよ。あたしに『暴力を楽しむ』機会をくれて」

 

最早『理性』の手綱は意味をなさない。

彼女は師匠に立てた『右足だけで戦う』という誓いすら破る理由を得た。

それは彼女の中にしかない理由だが、何しろ今は乱世だ。

皆が自分の理由で生きている中、グレイベルだけが『理性』を保つ意味はない。

 

「あたしは昔から、誰かを殴る『楽しみ』をずーっと我慢してきた。だが、もういいよなぁ?復讐のためなら、殴っていいよなぁ!」

 

グレイベルは右肩を隠すために覆っていた布を取り去った。

眩い輝きが、廃墟を照らした。

 



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第118話 銀腕

グレイベルは再び、自分の足で立ち上がっていた。

キュカテと名乗る魔女の毒を食らって、指一本動かせないはずの身体を動かしていた。

ただし、その姿は今までの彼女とは少し違う。

いつもポンチョのような布で覆っている右腕が露わになり、白銀のような輝きを放っていた。

その右腕に吹き飛ばされたウロクは、教会の壁に叩きつけられてめり込んでいる。

事態を静観していたキュカテは、身構える従者ディアナを制しながらグレイベルに話しかける。

 

「なるほど、それが『幻疼石(げんとうせき)』というやつだね。霊力を吸収して溜め込み、外に向けて放出することができる鉱石。身体の欠損部位に使用すれば、霊体を動力源とする義体として身体機能を補うこともできるとは聞いていたけれど、まさか右足だけじゃなく右腕までとはね。興味深い。肉体への負担はないのかい?」

 

グレイベルは、キュカテの眼を見てしまわないようにしっかりと目を閉じ、霊力の流れだけを感知する。

やはり、あのキュカテという少女は普通の霊獣や人間ではない、独特の霊体と霊力を持っている。

実のところ、グレイベルの身体は彼女の魔法でボロボロになっていた。

とにかくウロクを叩きのめしてやりたいという気力が彼女を奮い立たせている。

右腕に溜まった霊力を、肘から噴射し、壁にめり込んだウロクに目がけて距離を詰める。

 

「うおっと、危ねえ!」

 

ようやく壁から這い出たウロクは、すんでの所でグレイベルの拳を回避する。

銀色の右腕は教会の壁を完全に破壊し、外に通じる大きな穴を空けた。

 

「避けるんじゃねぇよ…」

 

振り返ったグレイベルは、目を閉じたままウロクの霊力の動きを追跡する。

霊獣は驚異的な再生能力を持っており、昼間の決闘で斬り落とした翼も既に生え始めている。

先程の不意打ちも大した傷は負わせられていないだろう。

しかし、まだ飛行して逃げることは困難なはずだ。

 

「へっへっへ、味な真似しやがるじゃあねえかグレイベル。だが悪くねぇ。簡単に折れてもらっちゃあいたぶり甲斐がないからなぁ」

 

ウロクはペロリと舌なめずりをして、背負っていた三又の槍を構えた。

 

「キュカテ様、ここは危険です。少し距離を置きましょう」

「そうだね」

 

キュカテとディアナは影に溶けるように教会から姿を消した。

昼間の決闘の続きのように、再びグレイベルとウロクの一騎打ちとなった。

夜の廃墟に、剣と槍のぶつかり合う音がこだまする。

しかし、グレイベルの動きは明らかに先程までの冴えを失っていた。

彼女自身、自分の命が風前の灯であることを感じ取っている。

 

「ゴホ…ッ!」

 

尋常ではない量の血を吐き、頭痛も酷い。

そんな彼女を、ウロクはニヤニヤ笑いながら槍で突いてくる。

グレイベルは義手を帯のように解き、瞬時に胴体を覆う鎧に変形させて防御した。

 

「なるほど、それが昼間俺の腕を引き裂いた種明かしか!こっそり身体に巻きつけておいた鎧を、高速で振り解けば無数の刃になるって訳だ」

「ハァ…ハァ…なんならお前の体にも巻きつけてやるよ…」

 

これほど体力的に不利な戦いでも、グレイベルは笑っていた。

最早、自分の命がどうなろうと構わなかった。

 

(コイツを殺せりゃ、あとはどうでもいい…最期くらい暴力を楽しんだって許されるさ…!)



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第119話 魔法

※今回はキュカテ寄りの第三者視点となります。


キュカテとディアナは、教会から少し離れた場所に建つ、まだ原型を留めている屋敷の屋根の上に立ち、穴だらけになった教会で行われている戦いを傍観していた。

彼女達はより効率良く霊獣を増やすために、首都アイナーマルで霊獣の依り代となる肉体を研究することが本来与えられた仕事である。

しかし、とある地方の町に莫大な霊力の源となる呪具が手付かずで眠っている、というウロクの話を聞き、その霊力を譲り受ける代わりに彼の企みに協力するという条件で、この廃墟のラムエルに出向いたのだった。

霊力は依り代の研究の上でいくらあっても困らないので、あまり乗り気でなかったディアナもキュカテの護衛のために同行した。

しかし、今のキュカテは霊力よりも、グレイベルの持つ幻疼石の方に少しだけ興味が傾いていた。

かなりの血を流しているにも関わらず、グレイベルはその強い意思だけで義肢を使って戦っている。

 

「あの剣士は幻疼石の性質をよく理解した上で無茶を押し通している。ディアナ、今彼女の肉体はどうなっていると思う?」

「…私めには理解しかねますが、どうやら貴女様の毒を克服しているようですね」

「そう、彼女は既に毒を無効化している。僕の魔眼は『血液を毒に変化させる』魔法だ。視線から流し込む魔力で、全身の血液を瞬時に毒に変える。並の人間なら即死するんだけど、彼女は目が片方しか見えないから威力が半減した。その上、どうやら体内に侵入した魔力を、あの幻疼石の手足に霊力に戻して蓄積してるんだ。変化の魔力を幻疼石で濾し取ることで、毒を血に戻したんだね」

 

魔法とは、外界に存在する霊力を魔力に変換し、様々な変化を引き起こす技術のことだ。

使用者の持つ霊力を直接消費して奇跡を起こす霊術には一歩及ばないが、外部の霊力を消費するため、生まれつき霊力の弱い者でも効率良く術を発動できる。

キュカテの魔眼は、大気に漂う霊力を魔力に変換し、相手の眼球に流し込む。

裏を返せば『血を毒に変える』という点を克服されれば、相手に魔力を与えてしまう魔法ということになる。

 

「でも、彼女は毒を中和したり輸血をしたりした訳じゃなくて、一度毒に変化した血をまた元に戻している。これはいけないね。体内で劇的な変化が二度も起きたんだ、生身の人間の細胞が無事で済むはずない。筋肉が融け、内臓は機能不全を起こしてぐちゃぐちゃになっているだろう」

「なるほど、あの異常な量の吐血は、肉体が変化に耐えられず崩壊し始めているのですね」

「うん、多分あのまま放っておいてもじきに死ぬだろうね。それまでにウロクが彼女を殺すか、はたまた彼女がウロクを殺してから死ぬか。おや?」

 

突然、町の東にある山の方で地響きが起こった。

霊獣達が隣町のギムエルを襲うために行軍していった方向だ。

 

「何だかあっちも盛り上がってるみたいだね」



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第120話 穴

※霊獣側に場面転換します。


霊獣達は数日前から山の斜面に穴を掘っていた。

グーリンは「ギムエルで人間と決闘する」いう話をウロクから聞かされた時、馬鹿馬鹿しいと思った。

なぜ人間に優る霊獣が、わざわざ取り決めに則って戦わなければならないのだ。

グーリンは肉体を得てから10年ほどしか経過していない若輩者だが、霊獣の世界は実力至上主義だったので、その腕っ節だけで小隊長を任されるようになった。

命令とあらば好きなだけ町を焼き、人間を虐殺する、それがまともな霊獣の在り方だ。

しかしウロクはギムエルにお宝が眠っていると言っていた。

霊獣をより強くする霊力の塊を手に入れるため、決闘という名目で適当に相手をして、町の人間が逃げないようにする。

その隙に別動隊が地下を掘り進んで、最終的に町の下から奇襲をかける、というのが作戦だった。

グーリンはより強くなって小隊長以上の階級に昇りたかったので、ウロクの話に乗った。

実際にどんな決闘が行われたかなどグーリンには興味がない。

今はただ、町の人間から略奪し、拷問し、虐殺するのが楽しみで仕方なかった。

部下達もそれは同じで、数日分の鬱憤を早く晴らしたくて勇み足になっている。

穴はもうすぐギムエルの町の下に到達する。

大柄な土竜の霊獣はサクサクと掘り進めていく。

と、その時、突然穴全体が大きく振動し、霊獣達はよろめいた。

穴の天井からパラパラと砂埃や小石が落ちる。

 

「地鳴りか?構うこたぁねぇ!さっさと開通させたまえ!」

 

すると、グーリンの部下の中でも特に臆病な雀の霊獣が怯えながら言った。

 

「し、しかし親分、もし地鳴りで山が崩れたりしたら、俺達生き埋めですぜ?」

 

グーリンはこの部下の臆病風には慣れていた。

正直に言って目障りだが、こいつは斥候としてはかなり優秀なので殺すには惜しかった。

 

「しょうがねえな、じゃあてめえは外に出て山の上から町を見張れ。穴が繋がったら町のどこに空いたか知らせろ」

「へ、ヘイ!」

 

雀はバタバタと慌ただしく穴の出口に向かって行く。

途中、部下の1人に足を引っ掛けられて転び、周りから笑いが起きた。

ああいう弱い奴は虫唾が走る、とグーリンは思った。

しばらくして、土竜の霊獣の爪が何か硬いものに突き当たった。

 

「こりゃ堅ぇ。親分、ちょっと時間がかかりそうだぜ」

「ちっ、町に地下室でもあんのか?ひょっとしたらそいつがお宝のある部屋かも知れねぇ、急げ!」

 

全員が土竜の掘削を退屈そうに見守っていたその時、穴の出口の方から叫び声が聞こえた。

 

「おおおおおおおおおい!!!助け…!」

 

叫び声はプツリと途切れた。

今の声は雀の部下の声に違いない。

グーリンは、急いで部下数名を連れて引き返した。

霊獣達が穴から出ると、さっきまではなかった異様に濃い霧が、辺り一帯に立ち込めていた。



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第121話 救出か迎撃か

※アキヒコ視点に戻ります。


数分前。

我々は山を下っている途中で横穴を発見し、穴から出てきた霊獣と鉢合わせしてしまったのだ。

幸いにもあまり強くなく、すぐに暴力に走るタイプではなかったので、とりあえず取り押さえてグレイベルのことを知らないか聞いた。

 

「ヒィ!あ、あの人間の女のことか?ウロクが教会に担いで入って来たのを見たよぉ」

「担いで?まさか負けたのか⁉︎おい、生きてるんだろうな!」

「し、知らねぇよ〜、ナントカって魔女も一緒だったから魔法にでもかかったんじゃねーかな。俺は何も知らねーんだよぉ、勘弁してくれよぉ」

 

キーシャはその霊獣に言った。

 

「安心せい、殺しはせん。その代わり、知っていることを洗いざらい教えてもらおう」

 

臆病な霊獣は全て話した。

ウロクが霊獣達に穴を掘らせ、グーリンという首魁を始めとした霊獣の群れがギムエルを地下から襲撃する計画。

 

(まずいな、ギムエルはもはや無人とはいえ、連中をここから逃すわけにいかん。とりあえず穴の中の敵を行動不能にするか)

(しかしキーシャ様、もしグレイベルが呪いか何かにかかっていたら命が危険です。教会へ急ぐべきでは?)

 

どちらにせよ、霊獣とウロク、いずれかを放置することになる。

しかし、私にはグレイベルが気がかりでならない。

私とキーシャの意見がまとまらない中、ふと気がつくと捕まえた霊獣がこっそり逃げ出していた。

 

「あ、こら!」

 

私は慌てて触手を伸ばす。

ヌルヌルとした触手に捕まった霊獣が、ガタガタと震えながら次に取った行動は…

 

「おおおおおおおおおい!!」

(しまった…!)

 

霊獣は穴に向かって大声で叫んだ。

 

「たすけ…!」

 

それ以上叫ばせまいと、仕方なく私は霊獣の顔を思い切り殴った。

死にはしなかったが、鼻血を流して気絶させた。

 

(ええい、口を塞いでおくべきだったか!連中はすぐに穴から出てくるぞ、こうなったら迎撃しかあるまい!)

 

穴の向こうから青白い光が段々と近づいてくる。

見つかるのは必至だ、しかしここで2人で足止めを食らえばグレイベルの身が危なく、連中を引き連れて教会に行けばウロクとの挟み撃ちにされてしまう可能性もある。

 

(キーシャ様、貴女はグレイベルのところへ行ってください。ここは私が何とかします)

(愚か者!お主は群れになった霊獣の恐ろしさを知らぬ!殺されてしまうぞ!)

(グレイベルだって殺されそうなんです!行ってください!)

 

私は跪いてキーシャに目線を合わせた。

美しい緑色の瞳が揺れており、私を本気で心配してくれているのがわかる。

しかし、これが最も有効な策だと私は確信している。

 

(…私の力について、まだ何も話していませんでしたね。貴女と会う直前、私は人狼に一度殺されかけたんです。しかし、人狼の命を奪うことで、新しい命を得て助かりました。女神の従者としてはあまり相応しくない、はっきり言って邪悪な力です。でも、こういう状況だからこそ、私はこの邪悪な力を使ってでもグレイベルを助けたい。貴女にしか彼女は救えないし、私だからこそ足止めできます。お願いします、ここは私に任せてください)

 

キーシャは難しい顔をしたが、頷いた。

 

(わかった、少しくらい従者のワガママを聞いてやる。せめて、身を隠しやすいように霧を出してやろう、わたしと縁のあるお主には障害にならぬはずだ)

 

キーシャの霊術で、辺りに霧が立ち込めた。

 

(死ぬなよアキヒコ、わたしはもう死人は見たくない)

(ええ、わかってます。必ず生きて合流するので、グレイベルをお願いします)

 

キーシャは頷いて町の中心部へ走って行った。

と、彼女から最後のメッセージが届く。

 

(アキヒコ、さっきの『従者に相応しくない』などという言は二度と言葉にするでない。お主はわたしに相応しい従者だ。お主なら、お主だからこそ相応しいのだからな)

 

その言葉で、私は目の前に迫っている霊獣の気配すら何とも思わないほど勇気づけられた。

 



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第122話 人でなし

グレイベルは初めて、戦いにおいて自ら膝を折るという経験をしていた。

グレイベルはもともと毒物への免疫が強い体質である。

子供の頃、ハチに刺されて熱を出しても次の日にはケロッとしていたし、強い酒を飲んでもほとんど酔わない。

キュカテは「片目だから効果が薄れた」と言っていたが、グレイベル自身の生まれつきの毒に対する耐性も即死しなかった理由の1つだろう。

義手と義足を最大限に稼働させて、魔眼から受けた魔力を充填してみたら、どうやら体内の毒の効果は消えた。

しかし、思うように手足が動かず、どころか内臓まで吐き出しそうな勢いで吐血を繰り返している。

 

(毒は消えても、一度やられた体内は元に戻らねえか…)

 

それでも尚、グレイベルは立ち上がろうとする。

ガクガクと痙攣する膝を、同じく震える手で抑え、ほとんど見えなくなっている視力には頼らず、ウロクの霊力の流れを見据える。

そんな彼女を、ウロクは冷ややかな目で見下しながら言う。

 

「つまらねえぜ、グレイベル。無駄な足掻きをしやがって」

「こんなつまらねえ状態にしといてよく言うぜ…ゴホッ!」

「あーそうじゃねえ、そうじゃあねぇんだよグレイベル。俺はお前と技を競って戦いたい訳じゃない。もっと単純な話さ。俺はただ…」

 

ウロクは立ち上がりかけたグレイベルの腹を思い切り蹴り上げた。

 

「げ…ぇっ」

「ただお前の心が折れるのを見たいだけなんだよぉ!なんでっ!折れねえんだっ!」

 

ウロクは容赦なく蹴りを何度も入れる。

息が出来ないほどの苦痛。

ごりっという嫌な音が体内に響く。

血と一緒に胃の内容物も吐瀉する。

グレイベルはとうとう耐えられなくなり、地に顔を伏せて倒れた。

 

「お前が逞しくなって戻ってきたのは良い、その分心を折った時の反応も楽しみになるからなぁ。だが、ここまで痛めつけてなぜ命乞いをしない?」

「ハァ…ハァ…命乞いすりゃあ…見逃すのかよ?」

「へっへっへ、いや?お前の情けねえ姿が見られりゃ満足だ、一思いに殺してやるよ。どうせそんな状態で生きてたって苦しいだけだろぉ?」

 

グレイベルはゆっくりと顔を上げる。

それが今できる行動の限界だった。

 

「暴力は…楽しいか?」

「ああ?人間の本性は暴力と略奪の繰り返しだろうが、勿論楽しいぜ?どんなに綺麗事を並べようと、人間は他者をいたぶるのが好きなのさ。お前だってそうだろう?あんなに楽しそうに決闘してたじゃあねえか。相手の苦しむ顔を見るのが好きだろう?」

 

するとグレイベルは笑った。

弱々しいが、確かに嘲笑の声を上げたことで、ウロクの癇に触った。

 

「違うだろぉ?お前の役目は笑うことじゃねー!俺に!媚びて!楽しませろ!」

 

苛立ちながら再びグレイベルの身体を蹴るが、その足はピタリと止まった。

次の瞬間、太い木の枝が折れるようなボキリという鈍い音がした。

 

「痛ぇっ!?」

 

叫びはウロクのものだった。

もう動けないと思われたグレイベルの右腕が、通常の人体ならあり得ない形に曲がり、ウロクの足首を掴んでへし折ったのだ。

 

「テメェ!何しやがんだ!痛えクソォ!!」

 

片足立ちで思わず距離を取ろうとするウロクを、グレイベルは血反吐を吐きながら、ガッチリと足首を掴んだまま見上げる。

 

「ゴボッ…痛いのか?悪いなぁ、あたしは人の気持ちなんかわかんねえからよ。殴る相手の顔なんざ…ゲホ…見たことねーんだわ。人でなしだよなぁ。あたしに比べりゃ、お前は平凡だよ、人の苦しみをわかってるんだからな…」

「な、何を言ってやがるこのアマ!」

「お前は所詮、その場の『感情』にしがみついてる小物ってことさ…ゲホッ、オェ…『理性』がねぇから我慢を知らねえ、だから油断する、とんだ間抜けだぜ」

 

ウロクのこめかみに青筋が浮き出た。

グレイベルの言っていることが理解できないのだろう。

 

「わかる必要はねぇよ、さあ、あたしを殺してみな。生き絶える前に最期の霊力をお前の体ん中にぶち込んでやる」

 

形成は圧倒的にウロクに有利だった。

にも関わらず、グレイベルの心は折れず、死なば諸共とウロクの隙をつき、膠着状態に持ち込んだ。

グレイベルにその気はなかったが、結果的にこの膠着状態が時を稼ぐことに成功した。

 

「そこまでだ!」

 

教会の入り口に、キーシャが到着した。

 



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第123話 力量の差

「誰だお前は?ギムエルのガキか?グレイベルを助けに来たって訳か」

「その通り、と言いたいところだが、ガキではないわ小僧。お主の50倍は生きておる」

 

キーシャは腕組みをしてウロクを静かに見据える。

確かに見た目は子供だが、その冷徹な目つきはとても子供とは思えない品位と気迫を宿している。

ウロクはキーシャの方を見つつも、同じくキーシャに気を取られたグレイベルの隙を見逃さず、足首を掴んだ義手を振り払った。

 

「くっ…」

 

グレイベルにそれを追う体力はもうない。

ウロクはまだ生え切っていない半端な翼で僅かに宙を飛び、教会の奥へと着地する。

 

「なんだか知らんが、そんなに死にたきゃこうしてやる!」

 

ウロクが翼を広げ大きく羽ばたくと、羽毛が数十本、まるで矢のような直線を描いてキーシャに放たれた。

キーシャはそれを水の盾で容易に防ぐ。

 

「なるほど、ただのガキじゃねぇのは本当のようだ。だが、これはどうだ!」

 

ウロクは刃の羽毛を飛ばしつつ、槍に霊力を充填する。

三又の槍がより鋭く、殺傷力の高い形状になる。

 

「…っ!逃げろ…!」

 

グレイベルは声を絞り出してキーシャに警告したが、キーシャは微動だにしない。

 

「貴様も槍を使うか、しかも相当古い時代の逸品と見た。確かにこの盾では防げぬな。だが、防げぬならば隠れてやり過ごすまで」

 

そう言うと、キーシャの背後から突然、濃い霧が教会の中へと侵入してきた。

霧はキーシャを覆い隠し、教会の内部全体を不可視の領域に作り変える。

しかし、ウロクは腐っても霊獣であり、槍の達人である。

視界を塞がれたくらいで敵を見失うほど未熟ではなかった。

 

「へっ、50倍生きたと言う割に甘いなぁお嬢ちゃん。どんなに隠れようと、俺の槍は逃さねえぜ!」

 

ウロクは三又の槍を投擲する。

さっきまでキーシャが立っていた場所とは全く違う、教会の側面に向けて。

 

「霧に隠れて外から近づこうと思ったんだろうが、仇になったなぁ!」

 

槍は教会の壁をぶち抜き、外側にいた影を貫いた。

水気のある鈍い音を響かせ、影が倒れる。

やがて霧が晴れて、ウロクの刺し殺した者の末路が露わにあるが…

 

「何ッ!?」

 

貫かれたのは、透明な人形だった。

キーシャと同じ背格好の人形を、ウロクはまんまと本物と思い込まされたのだ。

それだけではなく、グレイベルもまた、教会からいなくなっていた。

血だまりは水で綺麗に洗い流され、追跡しようがない。

 

「良い槍の腕だ小僧、だがあまりに世間を知らなさすぎる。わたしとの力量の差を予測できなかったのだからな。ついでに槍に込められたお主の霊力も貰っておいたぞ。グレイベルの治療に使わせてもらう。人助け、大義であったな!」

 

その声だけを残し、キーシャは完全に教会から消えた。

槍に刺された人形もバシャリと形を崩し、水になって地面に吸い込まれる。

 

「クソッ、舐めやがってあのガキ!」

 

ウロクは折れた脚を引きずりながら走り、槍を引き抜いて教会の外へ出た。

 

「まだ遠くへは行ってねぇはずだ!」



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第124話 因果は巡る

キーシャはグレイベルを担いで、教会からそう遠くない廃屋の中に身を潜めていた。

不可視の水の膜で周囲を覆っているので姿を見られる心配はなかったが、音や気配をなるべく出さないようにグレイベルの治療をせねばならない。

女神の治癒の水で、言葉を発せられる程度にグレイベルは回復していた。

 

「助けてくれたことは感謝する…だが、なぜ来た?ギムエルはどうなってる?」

「ギムエルはもはや安全ではなくなったのでな、町の人間は避難させた。なるべく遠くへな。わたしとアキヒコで地下にあった祭壇の髑髏を破壊したのだ」

「何だって?」

 

グレイベルは信じられないという顔をした。

 

「お主、アキヒコに用心棒の代わりを任せたそうではないか。だから我々にできる最善を尽くした結果、あの土地の呪いを破壊して町から離れるしかなかった。マハゾートの呪いは刃向かう者を追いかけてくるからな、もうすぐ我々を追ってこのラムエルにやって来る。運が良ければ霊獣ども諸共に喰らってくれるだろうな」

「運が良ければってアンタなぁ…いや、あたしも人のことは言えねぇか…」

 

グレイベルはポツリポツリと話し始めた。

 

「本当はあたしが髑髏をぶっ壊すつもりだったんだ。この奪われた右腕と右足でな」

「幻疼石か。わたしも本物は初めて見たが、噂通りなら確かに可能であろうな」

「ああ、こいつは霊力や魔力による攻撃を全て吸収して打ち返すことができる。問題はその霊力の量が髑髏を砕くのに足りるかどうかだ。だから決闘をして地下にわざと霊力を貯めさせて、可能な限りデカい力を準備しようと思ってたんだが、あのウロクとかいうアホが台無しにしやがった。こっちにマハゾートが向かって来てるなら好都合、呪いを全て吸収して相殺させることはできる。その為にはウロクとキュカテが邪魔だが」

「キュカテ?」

「あたしに毒を盛った魔女さ。あいつの眼は絶対に見るなよ。手強そうな部下も従えてる。いかん、アキヒコに知らせてやらなきゃならねぇ、キュカテはまだこの辺にいるはずだ」

「まあ焦るでない、わたしに良い考えがある」

 

そう言うと、キーシャは2体の水人形を作り出し、その内1体がグレイベルの治療を始めた。

 

「治療用と見張り用の2体を置いていく。わたしはアキヒコに合流して戦ってくる。体が完全に回復するまで動くでないぞ」

「アンタ何でもありだな…わかった、あたしはこう見えて義理は固い。完治したらアンタらを援護するよ。本当に助かった」

「なに、お互い様だ。お主は見ず知らずの我々を助けた。その因果は巡って来ただけの話よ」

 

キーシャはそう言うと、姿を消したまま廃墟から出て行った。

 

「因果ねぇ、やれやれ…まさかあの妙な2人に助けられるとはな…」

 

グレイベルは自嘲して、大人しく治療を受けた。

 

 



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第125話 狂宴

※アキヒコ視点に戻ります。残酷な描写が苦手な方はご注意ください。


私が1人で残ったのは、勿論キーシャがグレイベルを助ける時間稼ぎをするためなのだが、実はもう1つ理由があった。

 

「おい!何でこんなところに人間がいやがるんだ!」

「やめろ!離せ!」

 

私の抵抗を物ともせず、グーリンとその配下の霊獣達は私を組み伏せた。

周りにキーシャの霧がかかっているにも関わらず、私はあっさりと捕まった。

最初は隠れてゲリラ戦法を取ろうとも思ったのだが、よく考えなくても私はゲリラ戦法など知らないのだった。

知らない戦い方を当てずっぽうで行うと火傷する。

それはルクラド城の脱出を試みた時に骨身に沁みて得た教訓だ。

ならば、私は私の知っている戦法で勝負するしかあるまい。

というわけで、わざと捕まったのだった。

 

「離せよこの野郎!」

「なんだぁ?生意気な口ききやがって」

 

グーリンはそういうと、私の脇腹を思い切り蹴った。

霊獣の怪力による蹴りである、当然、一撃で私の肋骨が砕け、内臓が破裂するのを感じた。

 

「かはっ…!」

「人間ごときが…おい、ひょっとするとウロクが連れてきたあの女の仲間かもしれねえ。ちょうどいい、憂さ晴らしにてめえらで好きにしな」

「ヒャッハー!新鮮な人間だぜ!どこから斬り落とす?」

「待て待て、すぐ死なれちゃ面白くねえ!殺さない程度にぶちのめそうぜ!」

 

恐ろしい会話が繰り広げられる中、私は地面に大の字に押さえつけられた。

全く抵抗の余地もなく、自分に敵意を持った相手に腹を晒すことが、これほど絶望的な気持ちになるとは思わなかった。

敵の1人が大きな鉈のような刃物を取り出し、まず私の右腕に打ち込んだ。

 

「ギィ…ッ!」

 

鉈は何度も何度も叩きつけられ、その度に我慢しようのない声と涙が漏れる。

霊獣どもは私の様子を面白そうに笑って見ている。

気を失いそうになりながらも、私は全て予定通りに運んでいることを確信し、その自信によって辛うじて正気を保っていた。

 

ブツリッ

 

私の右腕はついに完全に切断され、まるで魚の切れ端をつまみ食いするかのような気軽さでつまみ上げられた。

 

「ハハハ、ほら誰が最初にありつくんだ?」

「俺だ俺だ!」

 

ワニのような霊獣が大きく口を開けたところへ、私の右腕は投げ込まれた。

そうして、私は次に右足を切断され、次に左腕に斧を振り下ろされる。

慣れなど来ない、慣れる訳がない。

恐らく彼らは、このような残虐な行為を人間に対して幾度となく繰り返してきたに違いない。

どれほどの苦しみ、痛み、絶望を味わいながら死んでいったことか。

絶対に許せない。

このような所業は、私で終わらせてやる。

 

「おいおい、もうあんまり反応しなくなったぜ。つまんねえ」

「そろそろギムエルへの穴も空いたんじゃねえか?新しい人間を漁りに行こうぜ」

「よし、じゃあ最後に一撃、景気良く叩き割ってやるぜ!」

 

仰向けで痙攣する私の視界に、大きな斧を持った霊獣が見えた。

そいつは斧を高々と振り上げ、私の頭へ振り下ろした。

 

ドスッ

 

私の頭は、脳天から顎の下にかけてパックリと割れた。

痛みはもうない、意識も途切れない。

 

「な、なんだ?斧で割る前に割れたような気がするぞ?」

 

霊獣は困惑している。

無理もない、その認識は正しいのだから。

他の霊獣は、気にせず私の腹をナイフで裂こうとした。

 

ガパッ

 

ナイフの刃で裂かれるよりも先に、私の腹に大きな口が開いた。

ナイフを持っていた霊獣は、勢い余って腹の中へ両手を突っ込む形となる。

 

「ヒッ」

 

慌てて腕を引き抜こうとするが、もう遅い。

腹の傷口は再び閉じ、縁にビッシリと生えた乱杭歯によって霊獣の腕を噛み千切った。

 

「ぎゃあああ!」

 

彼らの狂宴は終わり、一斉に私を警戒して後ずさった。

ここからは私の狂宴の始まりだ。



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第126話 怪物の食事 前編

※第三者視点になります。


その男は、人間の数倍強靭な肉体を持つ霊獣の腕をあっさりと喰い千切った。

しかも、口ではなく、突如腹に空いた大きな口で。

頭を割るために斧を振り下ろした者は、その不気味な体から離れようと斧を引いたが、ビクともしない。

斧は、2つに割れた頭に挟まれている。

その割れた断面には、腹にあるのと同じような乱杭歯が並び、それによって斧に噛みついているのだ。

 

「ヒッ」

 

その霊獣は斧から手を離したが、もう遅かった。

腹から伸びた無数の紐状の触手に手を絡め取られ、物凄い怪力で引っ張られる。

悲鳴をあげる間も無く、霊獣は腹の中に引きずり込まれ、呑み込まれた。

人間1人の体内に到底入りきらないはずの霊獣が、手品のように喰われたのだ。

 

「こいつ、霊獣か?」

 

グーリンは誰にでもなく疑問を口にしたが、誰も答えられるはずもない。

グーリン自身、意味のない言葉だと薄々は感じている。

アレは、人間でもなければ、霊獣でもない。

こんな霊獣は見たことがない。

霊獣とは、人間の死体に自然界の霊体や動物の魂が混ざり合って生まれるものだ。

性格は元となった人間のもの、能力や体格は混ざり合った動物のものが色濃く反映される。

だが、腹に口のある動物など聞いたことがない。

中にはそういう虫の類もいるかもしれないが、虫が霊獣の元になることはほとんどあり得ない。

生まれたとしても、せいぜいカマキリの鎌を持っているとか、トンボの羽を持っているとかその程度だ。

今、男の体は虫ですらない何かになりつつある。

切断された右腕や右足には、無数のミミズのような蠢く物体が生えて、手足の代わりに地面に立とうとしている。

そして、頭は左右真っ二つに割れた後、さらに前後でも2つに割れ、まるで花弁が開いたかのようにパックリと内部を露出している。

その露出した喉の奥から、やはりミミズのような触手が伸び、獲物を探すようにうねっている。

腕を喰われた霊獣は痛みで痙攣して倒れている。

怪物と化した男は、無言で跪いてその霊獣を全身の触手で捕らえる。

次の瞬間、捕らえられた霊獣は四肢をバラバラに引き裂かれた。

 

「あああああああああっ!!」

 

バラバラにされた霊獣は泣き叫んだが、その絶叫はすぐに怪物の腹の中へと消えた。

バラバラにされた手足は、怪物の割れた頭、裂けた腹、斬られた手足、全ての傷口から呑み込まれていく。

誰も助けようとはしなかったし、思わなかった。

近づけば自分が同じ目に遭うと既に理解していたのだ。

他の者よりは落ち着いていたグーリンすら、怪物の食事を呆気に取られて見ていたが、すぐに目の前の敵の排除を決めた。

 

「ビビってんじゃねえ!槍でも矢でも使ってぶっ殺せ!」

 

親分の声にハッと我に返った数名が、怪物に向けて矢を引き絞った。

怪物はそれらの敵意に瞬時に反応し、食べかけていた霊獣の内臓を周囲に撒き散らした。

 

「うげっ!」

 

腹わたを浴びせられた前列の者達は怯み、その隙に怪物は霧の中へと姿を消した。



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第127話 怪物の食事 後編

霊獣達は霧の中に取り残された。

自分達の周囲には、怪物が吐き出した、さっきまで自分達の仲間だった霊獣の腕や内臓や血が散乱している。

どれほど強い人間と戦ったとしても、このような惨状になったことはなかった。

しかし、彼らが今相手にしているのは人間ではなく、霊獣すらも喰らう化け物なのだ。

霊獣達は無意識に塊となって周囲を警戒する。

霧は濃く、ほんの目の前すら視認できないほどだ。

もし目の前まで近づかれたら最後だろう。

グーリン以外の誰もが恐慌状態の一歩手前だった。

矢を構える手は震え、剣はカタカタと鳴り続けている。

突然、草むらを何かが走り去るような音がした。

音のした方向に最も近い位置にいた霊獣は、焦って矢を見当違いの方向に飛ばしてしまった。

皆の意識がその音のした方向へ、一瞬だけ向いたその時である。

 

「うわぁっ!?」

 

グーリンのすぐ傍にいた霊獣が、霧の中から伸びてきた触手に捕まり、あっという間に霧の中へ引きずりこまれた。

 

「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇゔェッッ…」

 

えずくような断末魔と共に、その霊獣の声は二度と聞こえなくなった。

 

「クソォーーー!!」

 

ついに恐怖に負けた部下が、矢をそこかしこへ無茶苦茶に放ち始めた。

 

「バカ!矢を無駄にするんじゃねぇ!」

「だ、だって親分!あ…」

 

グーリンの制止の声に手を止めたその部下の首に、触手が巻きついた。

 

「ぎゃあーーー!?」

 

2人目が霧の中に消えた。

 

「おい!もっと固まれ!」

 

グーリンは残り4人になってしまった部下を集めて陣形を作った。

グーリンを中心に四方を向いてしゃがませ、槍を持たせた。

中心に立ったグーリンは矢をつがえ、どこから敵が来ても射ることができるように構えた。

だが、怪物が襲いかかっていないうちに異変が起きた。

怪物になる前の男の右腕を食べたワニ顔の部下の様子がおかしいのだ。

 

「ぜぇ、ぜぇ、腹が苦しい…何かが腹の中で動いてるみてぇだ…」

 

グーリンは訝しんだ。

あの男の肉を口にしたからか?

 

「も、もうダメだ!苦しい!痛い!腹が、腹がーーーッ!」

 

突然、ワニの腹から血が噴き出した。

 

「今度は何だよ一体!」

「おい、そいつから離れろ!」

 

もはや陣形は保てなかった。

ワニは目や口、あらゆる穴から血を流して倒れた。

そして、その腹から血まみれの物体が這い出たかと思うと、他の霊獣に飛びかかった。

悲鳴をあげる暇も与えず、その物体は霊獣の口を塞ぎ、細長い触手で首を締め上げた。

 

「これは…あの男の右腕か…?」

 

悍ましく変貌した右腕が部下を絞め殺すのを呆然と見ているグーリンをよそに、残りの部下2人は姿を消していた。

 

「………ッ!!」

 

残ったのはグーリン1人だけだった。

いや、穴の中にはまだ部下がいるが、霧のせいで方角もわからなくなってしまったため、応援を呼びようがなかった。

 

「…覚悟を決めるしかねぇみてぇだな…」

 

グーリンは体内の霊力を解放した。

怪物を倒すか、怪物の食事となるか。

黙って食われるくらいなら刺し違えてでも怪物を殺してやろう、とグーリンは決意した。



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第128話 破砕球

※アキヒコ視点に戻ります。


私が1人で残ったのは、勿論キーシャがグレイベルを助ける時間稼ぎをするためなのだが、実はもう1つ理由があった。

このような戦い方、このような姿を彼女に見られたくなかったのだ。

キーシャの前で触手は何度も使ったが、傷口から捕食するのは一度も見せなかった。

人前でこの怪物のような能力を使うことは憚られる。

しかし、今はこの力を全力で使わなければ勝てないことも理解していた。

なので、初めて力を使った時の状況を再現しようと考えたのだ。

私は狼の群れや人狼に殺されかけた時に、『触手による捕食』という第1の力と『体の一部を独立した生命に変える』という第2の力に目覚めた。

その時と同じく追い詰められ、生命の危機に瀕した状況で、再び覚醒できた。

今、私は視覚で物を見ていない。

頭が4つに割れ、全く別の生き物のようになった時、視覚に代わる触覚や聴覚、それに嗅覚といった感覚がより鋭敏になり、敵の発する音や振動が、まるでレーダーで探知した立体映像のような情報として脳に伝わってくる。

加えて、キーシャの加護により霧が探知の障害になることはなく、敵だけが私の姿を見失ったため、一時的に私の独壇場とすることができた。

一時的、というのは、霊獣を数匹取り込んだことで新たな情報を得たからだ。

私は、第1の力で捕食した知的生命体が最期に想起した記憶や、言語などの長期記憶を自分のものとして取得することができる。

その取得した情報によれば、彼らのリーダーであるグーリンという霊獣が厄介な存在らしいのだった。

彼らは死ぬ直前「グーリンの実力ならこの怪物を倒せるはず」と考えていた。

また、敵の1人である魔女はキュカテと呼ばれ、その眼を見た者は死んでしまうこと、ディアナという従者を連れていることなどの情報も得た。

しかし、彼らは組織の中でも末端に位置する者らしく、敵の規模や計画に関する詳しいことはわからない。

当面の問題はリーダーのグーリンだ。

今、生き残っているのは彼だけで、しかもグーリンの力はこのような単独の状況で本領を発揮する。

 

(そろそろ来るか…)

 

私は体のダメージがほぼ治ったことを確かめ、グーリンを迎撃する準備に入る。

 

ガチンッ

 

グーリンの姿は映像となって脳に伝わっているが、その姿が人型から突然、球体へと変化した。

 

(来る…!)

 

まるで巨大な岩が転がるように、グーリンは転がり始めた。

私のわずかに発した足音を捕捉し、大雑把ではあるが私目掛けて転がってきた。

それは例えるなら、ナイフの刃で覆われた巨大な球だ。

彼は背中に背負った棘の甲羅を、体を丸めることで完全な球体にし、防御と攻撃を兼ね備えた形態へと変わるのだ。

私は近くの木に触手を伸ばしてそれを回避する。

が、次の瞬間。

 

「そこかよ!」

 

棘の球は急速に進行方向を変え、私の登った木に突進してきた。

 

(思ったより俊敏だ…!)

 

私が跳躍した後、木は粉微塵になった。

そのパワーは恐らく大型の破砕機に匹敵する。

いかに回復が早いとしても、バラバラにされてしまえば反撃の余裕がなくなる。

 

(考えろ、どうすればあの戦車を倒せる?考えろ…!)

 

私は、着地と同時に再び旋回してこちらへ突っ込んでくるグーリンを見据えながら自分に言い聞かせた。

 



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第129話 策を弄する

グーリンに勝つ方法は、難しいがシンプルだ。

あの回転を止めて動けなくしてしまえば、生死に関わらず無力化できる。

しかし、肝心の回転を止める方法が上手くいくかが重要だ。

幸い、それほど変則的な攻撃ではなく、転がってくる時は直線に向かってくる。

私はギリギリで回避を繰り返しながら、この凶器の大玉を制止する策を練った。

まず、胸の傷口から肉片を取り、向かってきたグーリンに向かって投げる。

だが、あまりの回転速度で弾き飛ばされ、肉片はどこかへ行ってしまった。

次に試みたのは、触れれば瞬時に接着して離れなくなる粘液だ。

グーリンの攻撃を回避しつつ、すれ違いざまに粘液を飛ばす。

今度は球体の表面に粘液が張り付き、転がるたびに土や木の枝をくっ付けていった。

しかし、その程度では足止めにならない。

 

(もっと大量に浴びせることができれば…)

 

私は直感的に、4つに割れた頭に分泌腺があることを理解し、そこへ粘液を溜めた。

感覚が人間のそれとは変わっているので、呼吸をするのと同じくらい自然に粘液を溜めることができた。

何度目かの突進で接近してきたグーリンに、頭から噴射する形で粘液を浴びせた。

 

「何だぁ!?」

 

グーリンの棘に触れた物全てが接着し、土と木屑の塊に変わっていく。

当然、接着したものの重みによって回転速度が落ち、動きが鈍くなった。

 

(よし!このままどこかに固定できれば…)

 

しかし、私の策はグーリンという敵を楽観的に捉えすぎていた。

 

「ふんッ!」

(何…っ!?)

 

グーリンは縦ではなく、横に回転した。

樹木を一瞬で粉砕するほどの回転が横に向けてかけられたのだ。

いくら粘液の接着力が強かろうと、接着している物体の強度が引き離される力に耐えられなければ意味がない。

遠心力によって、グーリンを覆っていた土や木屑は四散した。

しかも、表面にわずかに付着した破片によって、粘液は回転を止める役割を失った。

グーリンは丸めた身体を元に戻して私の方を向いた。

霧で向こうには見えていないはずだが、大まかな位置はバレているのだ。

 

「てめえ、芸は達者だが種がバレちまえば大したことはなさそうだな。部下の仇はここで打たせてもらうぜぇ!」

 

グーリンは再び球体に変身し、突進してくる。

単調な戦法だが、防御と攻撃を完璧に実現している以上、変化を持たせる必要すらないのだ。

 

「くっ…!」

 

私はそれを回避したつもりだったが、焦りからか右腕と右足を失って触手で急拵えの手足を作っていたことを忘れていた。

本来の手足よりも微妙に長いそれらは、身体が回避を完了してもまだ球体の通過線上にわずかに残っていたのだ。

そのわずかな触手の先端が、球体の棘に巻き込まれた。

 

「しまったっ!?」

 

私の身体はグーリンの回転に引っ張られ、急加速した。

 

 



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第130話 勝算

「ハハハハハ!マヌケめ、このまま気色悪い触手ごと巻き上げて挽き肉にしてやるぜ!」

 

グーリンは高らかに笑う。

彼の言う通り、私の身体は巻き込まれた触手が球体に絡まっていくほどに、その破砕機のごとき回転刃へと引き寄せられる。

 

「うおおおあああっ!!」

 

私は全身全霊でその場に踏み止まろうとする。

近くの木へ触手を伸ばし、生身の左足で地面に踏ん張る。

回転は遅くなったが、それでも完全に止められるほど、私のパワーは優っていなかった。

大物を捕らえた釣竿のリールをゆっくりと巻き上げるように、触手ごと死の回転へとジリジリ近づいていく。

触手で掴んだ木は折れて、もう掴めるものがない。

 

「フハハ、死ねよ!!」

 

勝ち誇ったグーリンの声が聞こえる。

 

(このままじゃ本当にミンチにされてしまう…こうなったら触手を切り離すしかない!)

 

右手足の代わりだが、やむを得ない。

私は左手で触手を一本一本千切った。

 

「ん?切り離して逃げようってか?そうは行くかよ!」

 

触手を千切る音に気づいたグーリンは、回転を逆にして後退してきた。

私は間一髪で触手を全て切り離して、左足のバネで横っ跳びに逃げた。

右手足の触手は間もなく再生するだろうが、それでも敵は逃げる隙など与えてくれるわけがない。

再び単調だが確実にこちらを消耗させる攻撃が始まる。

しかし、私はこれまでの戦いで勝算を見出した。

 

(触手は私の命令だけを聞く。私が千切れろと思ったから簡単に千切れたんだ…しかしそうでない外からのパワーに対してはかなり強い。今のグーリンの回転に巻き込まれても千切れたりミンチになったりはしなかった!)

 

つまり、グーリンにパワーで勝ることさえできれば、触手で奴を捕らえて動きを封じることができるはずだ。

問題は、その方法が思いつかないということで、状況としてはあまり良くなっていない。

私はこちらに転がってくる球体に、息を止め、静かに身構える。

そして、左手の触手で数メートル離れたところに転がっていた丸太を静かに持ち上げ、可能な限り遠くへ投げた。

丸太がドサリと落下する音がするやいなや、グーリンは私にぶつかる直前で向きを変えて、丸太の方へ転がって行った。

 

(どうする?奴を止める手立てはある。そのエネルギーをどこから持ってくるかだ。こんな時、グレイベルがいたらどうするだろう?)

 

いない者をアテにしてもどうにもならないが、グレイベルならきっと奇策を思いつくだろう。

私が鈍い頭を精一杯働かせて策を考えていた、その時。

 

「やあ、なんだか面白そうな力を持っているね、キミ」

 

いつの間にか、背後に誰かが立っていた。

 



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第131話 炎の魔女

「初めまして、僕は魔女キュカテ。こっちは召使いのディアナ」

 

振り向くと、そこに小柄な少女と、背の高い女性が立っていた。

少女は顔に目隠しのような布を巻いており、短く切り揃えた髪は燃えるような赤色だ。

服装も赤色だが、どこかキーシャの着ている服にも似た古めかしさを感じる。

女性の方は、執事のような黒いスーツを身につけ、一方引いて少女の後ろから、冷たい目でこちらを見ている。

 

(キュカテだと…!?まずい、こんな時に…っ!)

 

霊獣達の間でも一目置かれる存在だ。

首都アイナーマルで何らかの役職を任されており、その魔眼を見た者の命はないという。

今この場に現れたのは、決して私に友好的な態度を示すためではないだろう。

 

「君には目がないみたいだから、僕の魔眼は効かなさそうだね。じゃあ、焼いてしまおうか」

 

私の直感は、この少女からすぐにでも離れるよう警報を鳴らしていた。

今ジャンプすればグーリンに勘付かれるだろうけど、この魔女と対峙するよりはマシだと思えた。

 

「僕も暇ではないんだけど、君は実に珍しい生命だ。持ち帰って解剖してみるとしよう。でも、まずは死なない程度に体力を奪わないとね」

 

キュカテはそう言うと、空中に魔法陣を描き、火炎を発生させた。

私はその動作を見た時点で跳躍していたが、バネの触手は左足だけのため、いつものように大きく距離を取ることができない。

キュカテの魔法陣から火炎が噴出し、生き物のように真っ直ぐ私を追いかけてくる。

 

(まずい…!なぜかわからないが『火』を食らうのはまずいっ!!)

 

私の直感は火を恐れていた。

今までは自分で火を起こしてもこのような感覚はなかったが、この殺意を持った炎の攻撃には恐怖と焦燥を感じている。

もしかすると、神様のくれた力は火が弱点なのかもしれない。

私は、まだグーリンの回転で倒されていない木を探してそこに隠れる。

炎はまるで燃える鳥のように私を追尾してきたが、間に挟まれた木を回避することはなく、そのまま衝突した。

火がぶつかった木は瞬く間に燃え上がる。

 

「逃げても無駄だよ。僕の火は君の体温をひたすら追いかける。どこに隠れようと、その隠れ蓑ごと君を焼き尽くしてみせるよ」

 

追い討ちをかけるように、後ろからゴロゴロとグーリンの転がる音が近づいてきた。

そして、正面と左右からは火の塊が3つ迫ってくる。

周りに隠れられる場所はもうない。

ジャンプをしても炎は追いかけてくるだろう。

左右に走ればグーリンも足音を追ってくる。

 

(クソっ!こんなところで死ぬわけには…!)

 

その時である。

 

「待たせたな!」

 

私の身体は大きな水の膜に包まれ、空中へと引き上げられた。

グーリンは目標を見失って通り過ぎ、3つの炎は水の膜にぶつかって消滅した。

私の胸に、再び希望が蘇る。

 

(キーシャ様!)

(うむ、よく生き延びた!反撃開始だ!)



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第132話 最後のピース

(しかし、お主何だその姿は?頭に花が咲いておるようではないか)

 

キーシャは私を水の膜で包んで浮遊させ、さらに自身も空中へ浮かんでいた。

私はこの姿を一番見られたくなかった人に見られて恥ずかしかったが、ひとまず窮地を脱することができたことにまず感謝した。

 

(助けて頂いてありがとうございます。すみません、私から合流するはずだったのに、手こずってしまって…こんな醜い姿は見せたくありませんでした)

(気にするでない、どうも敵に例の魔女がいるようだからな、あの娘を安全な場所にて回復させて戻ってきたのだ。見た目がなんだ、正気は保っておるのだろう?ならば良し!)

 

キーシャは本当に勇気と自信をくれる。

1人では勝ち目がなかったが、キーシャと2人なら絶対に勝てる、そんな気がしてくるのだ。

 

(して、どう戦う?火を使う魔女と従者、霊獣1匹。いかにして倒す?)

(ええ、実はさっきいい考えが浮かんだんです。あのグーリンという男なら私1人でも何とかできそうです。キュカテが現れたことでその策は使えないかと思ったんですが…)

(ふむ、良かろう。お主は存分にやってみるがいい。キュカテとやらはわたしが相手をしてやろう。危なくなったらお互いに報せるのだ、良いな?無茶はするな。我々の倒すべきは此奴らだけではない。ウロクに加えて、マハゾートの呪いがじきに山を越えて追ってくるのだから)

(わかりました…!)

 

我々は、キュカテらのいた場所から100メートルほど離れた林へ降りた。

林の木々はそれなりに高く、私の作戦に利用できそうだ。

 

(回復すればあの娘もこちらに合流する予定だ。気張って行くぞ!)

(はい!)

 

キーシャは空を飛んでキュカテの方へ戻って行った。

私はグーリンがこちらの位置に気づく前に下準備を開始する。

と、近くの茂みからガサゴソと音がした。

 

「誰だ!?」

 

振り返った私に、小動物ほどの大きさの何かが飛びかかってきた。

殺意は感じなかったので触手で受け止めると、それは切断された私の右腕だった。

 

(そうか…腕も1つの独立した生命を持ったんだ。霊獣の胃袋の中で再生して、腹を食い破って出てきたんだな。持ち主の元へ帰ってくるとは思わなかったが)

 

腕はまるで子犬がじゃれるように触手で私の顔を撫でてくる。

肉片などは虫のような習性を持っているが、腕くらいの大きさになると知性と従順さが若干増すようだ。

 

(待てよ、ということは右足もどこかにあるはず)

 

私は出来るだけ静かに、左手で地面に触れた。

第3の『大地へ感覚を拡張する』という力によって、周囲の地面の様子を探ってみる。

どこか狭い一ヶ所に集中しようとするとかなりの体力を消耗するが、広く四方八方へ感覚を伸ばす場合はだいぶ楽だ。

100メートル北に、キュカテとディアナと思われる存在を感知する。

そして、その周囲50メートルほどの距離でグーリンが転がり、私を探している。

その他にも小動物の存在をいくつか感知したが、その中に奇妙な動き方をする個体がある。

まるで人間が片足立ちで飛び跳ねているようだが、足の大きさに対して地面にかかる体重が明らかに軽い。

 

(これだ!私の右足も動いてる!しかも段々こっちに近づいてるぞ)

 

私の作戦に欠けていた最後のピースが揃った。

グーリンを倒すためには、これしかない。

私は帰ってきた右腕を元の位置にくっつけた。

切断面の触手同士が絡み合い、やがて元の右腕の感覚が戻ってきた。



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第133話 グーリンの意地

※今回はグーリン寄りの第三者視点で話が進みます。


あの怪物だけじゃなく、魔女キュカテや謎の魔法使いまで集まってきた。

しかし、グーリンには関係のない話だ。

部下を殺したのはあの怪物だ。

グーリンに仲間想いなどという情はなかったが、訳の分からない敵をここで殺しておかなければならないという、一介の霊獣としての意地があった。

もしこの怪物をこのまま放っておけば、確実に霊獣の天下を脅かす存在となるだろう。

そうした危険の芽を摘めば、国王からの評価も上がり、より良い地位と強い軍隊を任せられるに違いない。

グーリンの能力は至って単純だが、それ故に敗北したことがない。

堅牢な甲羅はどんな盾よりも頑丈で、鋭い棘はいかなる矛よりも強い。

加えて、最も効率の良い移動方法である『車輪』と同じ原理で回転すれば、攻守と速さ、戦いに必要な全てを1つにまとめた完璧な戦車となる。

この完璧な能力を以ってグーリンは、武術も、魔法も、兵士の数も関係なく、人間を蹴散らしてきた。

怪物は確かに並みの霊獣よりは強い。

妙な触手や、千切れても動く生命力、何より霊獣を喰らう全身の口を見れば、誰でも初めは不意を突かれる。

が、そこで恐怖に飲まれるような者は、所詮自分の能力に自信のない軟弱者だ。

グーリンは、未だ敗れたことのない自分の能力に絶対の信頼を置いているからこそ、未知の怪物に対して冷静に挑んだ。

そしてグーリンの攻撃は確実に怪物を消耗させている。

甲羅の棘は攻撃だけでなく、地面から伝わるあらゆる振動を探知できる。

怪物が彼の100メートル以内にまだいることは確かだ。

そして、位置がバレないよう息を殺していることも。

キュカテの周囲に近づいて炎に巻き込まれないよう気を配りながら、グーリンは索敵を続ける。

遂に南の方角で動く振動を感じた。

グーリンは急速に方向転換し、南へ向かった。

怪物もグーリンの接近に気づき、どうやら周囲の木を倒して進行方向に重ねているようだ。

 

「バカめ!そんな障壁で俺の回転を止められると思ってんのか?」

 

グーリンはさらに接近する、50メートル、20メートル、10メートル。

重なった木の障壁を、文字通り木っ端微塵に砕いて、遂に怪物を追い詰めた。

 

「八つ裂きにしてやる!!」

 

次の瞬間には、怪物を回転に巻き込んでグーリンの勝利は確実になる。

なるはずだった。

 

「バカはお前だ、肉団子」

 

一瞬、何が起こったかわからなかった。

グーリンの棘から感じ取る全ての振動は消えた。

何も感じない。

いや、ただ1つ、あまりに微弱な振動が全身を包んでいる。

それは、触れることのできないはずの風を切る振動だ。

 

「な、何だァーーーーーーーーー!?」

 

グーリンは空を飛んでいた。



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第134話 強さと弱さ

※アキヒコの主観視点に戻ります。


私が木を倒したのはバリケードを作るためではない。

出来るだけ大きな振動を起こしてグーリンの進行方向を確実に私の方へ向けることと、他の仕掛けに意識を向けられないよう引きつけるためである。

その作戦はどうにか成功した。

グーリンは私に衝突する直前で、予め地面に仕込んでおいた私の右足と接触した。

右足には、強力な弾性を持ったバネ状の触手が展開されており、グーリンはそのバネによって空中へと跳ね上げられたのだ。

手足のある霊獣ならそう簡単に引っ掛けることは難しかったろうが、球体になって回転するグーリンの場合、必ず地面と接触している。

その無敵の攻撃を無力化するためには、まず地面から離れさせる必要があった。

高く跳ね上げられたグーリンは、自身の回転運動の勢いで空中を舞う。

勿論、このエネルギーも利用させてもらう。

重力に従って落下する地点は大まかに予想していた。

その大体の地点さえわかれば、そこに網を張っておけばいい。

そう、文字通りの網だ。

 

「うぉ!?なんだ、身動きが取れねえ!!」

 

グーリンは地面に落下することなく、私が周囲の木々に張り巡らせておいた触手の網に引っかかった。

木はそれなりに高く、ハンモックのようにグーリンを受け止めた。

しかし、これらの触手を木に結びつけた際、強く引っ張ると解けるようにしておいたので、グーリンの重みで網は木から落ちた。

 

(よし、今だ!)

 

私はすかさず、背中に背負っていた槍を抜いた。

別れ際にローレがくれた、お手製の簡単な槍だ。

グーリンを包んだ網は、落下の際に端と端同士が最も接近した状態になる。

その網の隙間に、私の粘液を丹念に塗布した槍を差し入れ、両手で思い切り回した。

槍の柄の回転で網の端と端は絞られ、粘液で完全に接着した。

網は、グーリンを逃がす隙間を全て塞がれた。

私は絞った網の口にさらに触手を巻きつけ、周囲の木に巻きつけてぶら下げた。

グーリンは回転を試みるが、網の目に棘が引っかかってエネルギーを逃してしまう。

この触手がグーリンの力でも千切れないことはすでに実証されている。

 

「ぐぅ…!なぜだ、なぜてめぇは霊獣を敵に回す!?そんな力を持ちながら、なぜ王に逆らう!」

 

グーリンは私にそう疑問を投げかけながら、球体を解除して人型に戻ろうとしている。

私は慌てて球体の継ぎ目にも粘液をかけて固定した。

もがくグーリンに向けて、私は特に洒落た返しも思いつかないので、思いついたことを言った。

 

「力を持ってりゃあ霊獣につくのか?人間の味方をしたっていいだろ?」

「馬鹿な!人間は弱い、霊獣の依り代として体を利用するくらいしか価値はねぇ!」

 

私はため息をついた。

霊獣の傲慢さの理由がわかった気がする。

彼らは物理的な能力で人間に優っていることばかり取り柄にして、人間がいなくては存在できないという弱さから目を逸らしているのだ。

 

「だったらその人間と協力すりゃあ、もっと楽に栄えられたんじゃあないのか?強さだけじゃなく、弱さにも敬意を払えよ。言っても無駄かもしれんが」

 

とにもかくにも、グーリンは無力化できた。

私はブラブラと無駄に足掻くグーリンを残し、キーシャの元へ向かった。

 

 

 

 



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第135話 女神の予感

※今回はキーシャ寄りの第三者視点となります。


キーシャには嫌な予感があった。

人々を不安から救うべき女神が、そのような感情を抱くのは皮肉であったが、キーシャとて心を持った存在であり、さらに現在は魔宝石を依り代に肉体を得ている。

肉体と霊体が融合することで生命は存在している。

どちらかが欠ければその存在は消え、またどちらかに変調を来たせば片方にも影響を及ぼす。

肉体が傷つけば霊力の流れは乱れるし、霊体の根幹、すなわち心が不安定になれば肉体も不調を覚える。

故に、キーシャに嫌な予感があれば、攻撃の手も正確ではなくなるのは仕方のないことだった。

 

(あの魔女…わたしの予感が正しければ…いや、しかしそんなはずはない)

 

キーシャは、魔女キュカテと名乗る少女を知っている気がした。

神代にも魔法使いや魔女は沢山いたが、炎を自在に操るとなると、それは火の神サキバトを崇拝する者の中でも少数しかいない。

火とは生命と相反する力だ。

それは太陽と同じく光り輝き、闇を追い払う力でもある。

しかし、ほんの僅かな炎であっても災いを巻き起こし、生命に死を与える。

サキバトは人々に火の使い方を教え、火は人間にとって闇を照らす術となって後世まで伝えられた。

魔法使い達は、さらに火を扱う技術を研鑽し、今や小さな木の枝を擦るだけで子供でも火を使える時代だ。

しかし、技術が普及するということは、それが特別な力では無くなることを意味する。

古の炎の術は、キーシャが眠りにつく前の1000年前ですら使える者が少なくなっていた。

しかし今、キーシャに対して炎の刃を射る少女は、明らかに神代の魔法で火を発生させている。

 

「キミも初めて見る顔だね。それほどの水の魔法を使う者を知らないとは。僕の無知さが恥ずかしいよ」

「魔法ではなく、霊術だ。お主こそ、魔法と呼ぶにはあまりに古い術を使っておるな?現代までそのような技術が伝えられておったとは大したものだ」

「フフ、ありがとう。僕も本物の霊術使いと会えるなんて光栄だよ。どうかな?人間の味方なんかやめて、僕の仲間にならないかい?」

 

態度は温厚だが、その間にもキュカテは次々に炎を放ってくる。

キーシャも水の盾で防御はしているが、反撃の矢を飛ばすことはしない。

 

(やはり、似ている…)

 

先程から感じている嫌な予感が、キュカテと言葉を交わすたびに強くなっている。

そのせいで攻撃に転ずる気が起きない。

キーシャとて、この魔女が敵であることはわかっている。

だが、この嫌な予感を拭い去らなければ全力が出せない。

霊術は魔法と違い、使用者の霊力を直接消費する。

心が平静でなければ最大限の効果を発揮できないのだ。

現在、キーシャとキュカテは空中で技を競っている。

従者であるディアナは、地上で様子を伺っているだけで、武器を構えている様子もない。

キーシャは意を決して、キュカテの正体を確かめることにした。

 

「お主の真の力を見せてみよ。その魔眼とやらで。さすればお主の話も考えてやろう」

「僕の眼のことも知ってるんだね。良いよ、ただし、もし死んでも恨まないでおくれよ?」

「ほざけ、わたしは死なぬ」

 

キュカテは微笑んで、目隠しを取った。

 

「!」

 

キーシャはその眼を見た。

2人の視線が完全に重なった瞬間、既に魔法は発動していた。

血液を毒に変える魔力の奔流が、視線を逸らす暇も与えずキーシャに向かう。

しかしらキーシャはそれに驚いた訳ではなかった。

キュカテの、目隠しを取った素顔を見て、嫌な予感が的中してしまったことに、様々な感情が湧き上がり、それが驚きの表情となって表れたのだった。

 

「ああ…まさかそんな…なぜだ、サキバト殿」

 

 



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第136話 魔女の正体

キュカテの魔眼は、その全貌を知らない者ならば十中八九、絶対に目を合わせてしまうだろう。

どんなに「その眼を見ると死ぬ」と知っていても、実際にその眼を少しでも視界に入れてしまえば注目せずにはいられない。

なぜなら、キュカテの眼は1つしかないからだ。

恐らく先天的なもので、一対の瞳があるはずの眼窩は皮膚で覆われ、眉間に当たる顔の中心に大きな瞳が1つだけ開いている。

単眼の霊獣というのはそれほど珍しくないが、人の顔に大きな1つ目があれば、並の人間なら意表を突かれて注視してしまうだろう。

目隠しをしているのも相手の驚きを誘うためか。

だが、キーシャに魔眼は通用しなかった。

女神の規格外の霊力によって作られた水の壁は、魔女の魔法で貫くことはできない。

 

「なるほど、物理的な攻撃だけじゃなく、あらゆる呪いも防ぐ水の霊術ってわけだね」

「………」

 

キュカテの赤い瞳を見て、キーシャは言葉を失っていた。

なぜなら、この魔女の素顔こそ、かつて共に人々を守り導いた火の守護神・サキバトそのものだったからだ。

サキバトもまた、燃えるような赤髪に1つの大きな瞳を持つ女神だった。

キーシャが北の大地クブラに住み、長寿と再生を司る水の神であったのに対し、サキバトは南の海の彼方にある島ルエドに居を構え、気候と繁栄を司る火の神であった。

4柱の守護神の中でも、キーシャとサキバトは特に親交があり、無二の朋友だった。

ローレからサキバトの神殿が破壊されたとは聞いていたが…

 

「お主、本当にその力は先祖より受け継いだのか?その古の炎の術、火の神サキバトから奪ったものでは?」

「サキバト?誰だいそれは……?え?」

 

『サキバト』という言葉を聞いた途端、キュカテから余裕の表情が消えた。

キーシャ自身も心を乱されていたが、何かを情報を引き出さなければと思い、言葉を投げかけ続けた。

 

「この国に住んでいながらサキバトを知らぬのか?四大守護神の1柱、火の神であり、お主と同じく赤い髪と1つの瞳を持つ女神だ!なにもかもお主の特徴と一致しておる、これが偶然か!?本当は何者なのだ、正体を現せぃ!!」

「し、知らない…!そんな名前は知らない!!」

 

キュカテはあからさまに取り乱し始めた。

発汗し、苦しげに頭を押さえる。

 

「あ、頭が…!何だ、キミは何なんだ?なぜ僕のことを知っている…!」

 

八つ当たりのように魔法陣から炎を発射してきたが、狙いが逸れて森の中へと落ちた。

 

「わたしが女神キーシャだからだ!サキバト殿と共に世界を守ってきたからだ!お主が何者か、この手で暴いてやる!!」

 

キーシャが浄化の術を行使しようとした、その時である。

ラムエルとギムエルの間に聳える切り立った山が地響きを立てて崩れ始めた。



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第137話 敗走

「っ…!遂に越えて来おったか…」

 

キーシャは山の方を見る。

この切り立った山は火山ではない。

しかし、まるで活火山のように内側から赤い光を発して膨張している。

 

(キーシャ様!霊獣は何とかしました、もう動けないでしょう。穴の中の霊獣は…どうなるんでしょう…)

 

アキヒコからの心の声が報告をした。

キーシャは問題が1つ片付いてひとまずホッとする。

山の斜面に霊獣達が掘った穴を見ると、やはり内側から炎のように赤く発光している。

あれがマハゾートによる呪いの光なら、霊獣とて無事では済まないだろう。

 

(アキヒコ、お主はウロクを警戒しつつ、あの娘のところへ行くが良い。町の中心にある教会跡より7件手前の廃墟の中だ)

(キーシャ様は?魔女はどうしますか?)

 

キーシャはキュカテを見た。

いつの間に接近したのか、ディアナが魔法陣の階段を使ってキュカテに寄り添っていた。

キュカテは再び目隠しをして、苦しそうに喘いでいる。

 

「ディアナ…僕は…」

「キュカテ様。ここは撤退しましょう。我々の本来の目的は『呪具の回収』です。しかし、あの山の様子を鑑みれば、呪具は既に破壊されたか、暴走状態にあるでしょう。ああなっては、回収した霊力よりも暴走を鎮める魔力消費の方が高くついてしまいます」

「ん…そう、だね…そうだ、撤退しよう…」

 

キーシャはため息をついてアキヒコに応じる。

 

(どうやらこちらも一旦お開きのようだ。あとはウロクと呪いを何とかすれば、我々の勝利となろう。もう一踏ん張りだぞアキヒコ)

(了解しました、グレイベルに合流します)

 

アキヒコは怪物から人間の姿に戻っており、ラムエルの廃墟へと走って行った。

最初に出会った時は、こんな武器も鍬も持ったことのなさそうな優しげな青年で大丈夫かと心配したが、今はあの男の心根が優しさも強かさも兼ね備えているとキーシャは評価している。

グレイベルのような孤高の戦士よりも、アキヒコのように互いに気遣うくらいの従者が自分には相性が良いのこも知れぬ、とキーシャは思った。

 

「キュカテよ!ここは一旦引くが良い、見逃してやる。今はあの呪いを止めるのに手一杯でな。サキバト殿との関係については後々じっくりと問い質すから覚悟しておけ!」

「くっ!好き勝手に言ってくれるね…まあ良い、今は甘んじて敗走しよう」

 

そう言い残して、キュカテとディアナは一際大きな魔法陣を展開し、その中へと溶けるように消えた。

 

(天縮の魔法まで使うか…やはり並みの魔法ではないな。まあ、今はどうでも良い。わたしもしっかりせねば)

 

キーシャは山の中から徐々に姿を現しつつある呪いを睨んだ。



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第138話 一度きりの作戦

キーシャは大規模な魔法陣を準備し始めた。

作戦はこうだ。

まずキーシャが一度に放出できる最大の霊力を魔法陣に変換して維持する。

次に、グレイベルがその霊力を全て幻疼石製の義肢に蓄積させる。

そして、マハゾートの呪いに向けて霊力を一気に叩き込み、消滅させる。

キーシャもかなりの霊力を消耗しているので、これは一度だけの必殺策だ。

他に邪魔者が現れないよう、キーシャは空中のかなり高い位置に立って準備を始めたのだが…

 

「そうか、お主の羽根も元通りに治った頃合いだったか」

 

キーシャは、背後で翼を羽ばたかせているウロクに言った。

もう先程までの下品な笑みは浮かべていない。

 

「グレイベルはどこだ」

「答える義理はないのう。そも、なぜあの娘にそこまでこだわる?」

「あいつには4年前からずーっと目をつけてたんだ。俺と同じ人間の本性を暴力的だと知っていながら、その衝動を善意だとか信心だとかで抑え込んで生きてた。だからそんなもん捨てちまえるよう、あいつを縛ってた町や人間を消してやったのさ。あとはあいつの心が折れる瞬間が見られりゃ言うことなしだ。お前こそ、なぜあいつを助けに来た?お前はラムエルの人間じゃあねぇな、もっと別の場所から来た。こんなちっぽけな町のことなんか放っておけよ、ここより酷い町はいくらでもあるぜ」

 

キーシャはウロクと問答をする気はない。

この会話はあくまで時間稼ぎだが、それでもこの勘違いを拗らせた霊獣の言葉を指摘せずにいられなかった。

 

「お主は3つの勘違いをしておる。まず1つ、わたしは人間ではなく女神だ、この町だけでなく、この国全てがわたしの第二の故郷とも言える。2つ、人間の本性が暴力的だというが、そんな一側面だけで言い表せるほど人間は単純な生命ではない。3つ、グレイベルの心が折れることはない、なぜなら既に二度もお主との戦いで生き残った。何度戦おうと彼奴は死なぬし、お主が勝つこともない。ん?3つどころではなかったか」

「チッ、口の減らねえガキめ。確かにお前は大した術師だ、だがマハゾートを止められる訳がねぇ。あぁーなるほど、グレイベルの幻疼石で純粋な破壊の力に変えようって魂胆か。マハゾートは俺の楽しみの1つだ、消させやしねぇよ」

 

ウロクは槍を構えてからほぼ予備動作なしにキーシャへと突っ込んで来た。

キーシャは巨大な魔法陣の作成に多くの力を割いているため、防御に徹するのが精一杯だ。

 

「まずはお前を殺して霊力の源を断ってやる!その後ゆっくりと、マハゾートの呪いが広がる世界でグレイベルの相手をしてやるさ!」



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第139話 正義の為に

※アキヒコ視点に戻ります。


キーシャの言った通り、グレイベルは確かに教会跡から東へ7件目の廃墟にいた。

横たわってキーシャの分身から治療を受けている。

 

「よっ」

 

彼女は私に対して気さくに挨拶をしてきた。

 

「元気そうだな」

「だろ?筋肉か溶けて内臓も混ざりかけてたらしいが、アンタの連れのおかげで命拾いしたよ」

「そうか。それで、これからどうする?」

「そうだな…あたしはアンタらを毒蜘蛛から助けた。アンタらはあたしを魔眼から助けてくれた。これで貸し借り無しだな。あたしがこれ以上アンタらを助ける義理はねぇ」

 

私は一瞬ヒヤッとした。

まさか、グレイベルは助っ人として戦ってくれないのではないかと。

しかし、彼女はそこまで冷徹な人間ではなかった。

 

「だから、今からあたしがアンタらを助けるのは完全に善意だ。いいか?仲間になったとか、恩返しじゃあないからな?あたしはさっき、ウロクを『感情』で殺そうとした。復讐って名目でな。今度はちゃんと正義の下に『理性』で奴を倒す。その為にアンタらに協力するだけだ」

「それじゃあ、やっぱりあんたが町長の娘…」

「気づいてたか。まあ、あたしも咄嗟に変な嘘をついて混乱させちまったみたいで悪かったな」

「『町の人間がイカレてる』ってのは、ギムエルじゃあなくてラムエルの方なのか?」

 

私の問いに、グレイベルはフッと笑って答えた。

 

「ギムエルも十分イカレてるさ。あたしは4年ぶりに帰って来て呆れたよ。さっさと町を捨てて逃げちまえば、あんな危険地帯に4年も残らずに済んだのにさ。ラムエルの遺したツケをバカ正直に抱え込まなくても良かったんだ。あの町長も、残った住民もイカレてる。イカレてるかと思うほど…善人だ。おかげでよぉ………こっちだって見捨てるわけにゃいかなくなっちまったんだよ」

「だから用心棒を…」

「まあ、半分は状況を利用させてもらおうって魂胆だったけどな。残り半分は…きっとあたしの中にほんの少しだけ残ってた、ラムエルの人間としての後ろめたさってところかね…」

 

もしギムエルの善意がイカレているのだとしたら、グレイベルもイカレていることになる。

私はグレイベルの強さの秘密を理解できた気がした。

彼女の戦う理由は、きっと自分の敵から逃げたくないからだ。

敵とはウロクだけではない。

彼女の中にある、何らかの後ろめたい感情や、その原因もまた、彼女にとっての敵だ。

私は誰かを敵だと思ったことがあまりないが、善意の人々に徒なす悪には立ち向かいたいと思っている。

私はグレイベルの傍にしゃがんで右手を差し出した。

 

「わかった。アンタの正義に、俺も便乗させてもらうよ。俺に出来る限りの最善を尽くそう。よろしく頼む」

「ハハッ、堅苦しいな。まあ、そういうのも悪くねぇ。正義の為に、な」

 

グレイベルは横たわったまま、義手の右手で私の手を取った。

 

 



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第140話 禍牛

外に出ると、東の山から広がった赤い光は町にも到達しつつあった。

そして山の向こうからは、巨大な影が姿を現している。

 

「あれがマハゾートの呪い…」

 

私には、山よりも巨大なカタツムリに見える。

赤黒く発光するカタツムリだ。

グレイベルは、まだ全快しておらず、私が肩を貸して外に連れ出していた。

 

「そう、師匠から聞いた話では、古代に棲息していた巨獣、竜種の1匹らしい。名は『ウシオニ』。普段は地下をゆっくりと移動するから、誰も気づかないうちに町をすっぽり覆っちまう。そして迷路みたいに渦を巻いてる体内へ人を閉じ込め、迷わせながら消化する化け物だ。4年前、異端の教団はウシオニを改造して迷路の中心に祭壇を作り、伝説の悪魔の神殿を再現しようとした。が、あたしが抵抗したことで儀式は失敗、教徒達も呪いの炎に焼かれて死んだ。ウシオニはギムエルの地下へ移動して眠りについたって訳さ」

 

それを私とキーシャが叩き起こしてしまったということか。

ウシオニは非常にゆっくりと移動しているが、体表から漏れ出た呪いが、溶岩のように周囲を溶かして広がっていることの方が深刻だった。

山は見る間に火事になり、このラムエルの廃墟にも呪いが流れ込んでいる。

 

「あれに触れると焼かれるんだな」

「人間や生き物はな。霊獣だとどうなんのかわかんなかったが、あれが答えだぜ」

 

グレイベルが顎で示した町の入り口に、異様な団体が迫っていた。

全身が火傷痕のように爛れているが、倒れることなくノロノロと歩いている。

ところどころ、皮膚が崩れ落ちて肉や骨が露わになっているが、痛みを全く気にしている様子がない。

しかもそれらは姿形が様々で、どうやらグレイベルの言う通り霊獣のようだ。

もしかすると、山に穴を掘っていた連中かもしれない。

呪いの溶岩から逃げられず呑まれて焼かれたのだろう。

 

「マハゾートの呪いは死の炎だが、どうも霊獣は死に切れずに生ける屍になるみてぇだな。新鮮な肉を求めて彷徨ってやがる」

「あー、つまり…」

「そう、あたしらさ。ぼやぼやしてたら捕まって喰われちまう。多分死体に触られるだけで呪いを移されるだろうな」

 

とは言っても、キーシャと合流するには町の入り口を目指すしかなく、霊獣を迂回しようとしても既に辺り一帯が呪いで覆われている。

私は考えを提示した。

 

「こうなったら騎馬戦だ」

「騎馬戦?あたしの馬はどっか行っちまったよ」

「いやそうじゃなく…俺があんたを背負って馬役になるから、あんたは攻撃に専念してくれないか?」

 

グレイベルは「ははぁ」と納得した。

 

「なるほど、そいつは良い考えだ。よし、あたしの馬になりな!」

 

 

 

 



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第141話 突撃

私はグレイベルを背負った。

そういえば数時間前に自分より小柄なキーシャにおんぶをされたが、今度は自分より背の高いグレイベルをおんぶしているというのは因果な話だ。

グレイベルは高身長であることを考慮しても少し重く感じる。

多分、右半身の義肢の重みも加わっているのだ。

彼女もそれを気にしているのかわからないが、チラッと盗み見た表情は、何かを誤魔化そうとしているような仏頂面だった。

 

「しっかり掴まれよグレイベル。多分だが俺はかなり暴れ馬だ」

「へっ、よく言うぜ。せいぜい跳ね回る仔馬だろ」

 

どうやら口の方はすっかり回復したようだ。

私は周囲の状況を確認する。

我々が向かうべき町の入り口には、20数体の霊獣、もとい生ける屍が待ち構えている。

そして、町の外にはウシオニが迫っており、その体表から漏れる呪いの溶岩で一帯は火の海となっている。

私は両足の触手のバネを出した。

果たして、この足で跳躍したとして溶岩を上手く躱せるかどうか。

 

「おっと、忘れるところだった」

 

とつぜん、グレイベルは私の腹に両足を回し、がっしりとホールドした。

硬いような柔らかいような密着感に私は焦った。

 

「お、おい!そこまでがっしり掴まらなくても…!」

「しーっ、落ち着け。体の力を抜け」

 

グレイベルは耳元で囁くと、大きく深呼吸をした。

私の胴体をホールドしていた義足が解け始める。

今回は帯状ではなく、もっと細かい糸のようにバラバラになっていく。

 

「アンタの生身の足じゃあ呪いを踏んだら終わりだ。だから即席の鎧を作ってやるよ」

 

糸は私の膝下から爪先、さらに触手のバネの表面まで丁寧に覆っていき、継ぎ目も一切見えないほど綺麗に織られた。

まるで銀色のブーツを履いたかのような見た目だが、動いてみても全く抵抗はなく、羽でも纏っているかのように軽い。

 

「驚いたな、てっきり重い金属かと思ってた」

「重いさ、霊力が通ってない時はな。幻疼石は霊力を貯めるだけじゃなく、霊力を帯びることで形も重さも全て変形するのさ」

 

これなら問題なく走れそうだ。

 

「じゃあ、思いっきり走るぞ」

「おう、道を作るのは任せときな」

 

グレイベルは右手の義手を変形させる。

いわゆるランスと呼ぶべきだろうか、円錐形の鋭い槍が展開し、さらに円錐の表面にも鋭いトゲが生えた。

私は予告通り、入り口に向かって思いっきり跳躍した。

生ける屍がすぐ目の前に迫る。

グレイベルは槍を薙ぎ払い、道を塞いでいた霊獣達を吹き飛ばす。

私が溶岩の海に着地し、呪いのダメージが全くないことを認識した時には、半数の霊獣が目の前からいなくなっていた。

我々はこの突撃を繰り返し、町の入り口を突破した。



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第142話 噴火

※キーシャ寄りの第三者視点になります。


キーシャは防戦一方であった。

それは魔法陣の維持を最優先にしているのもあるが、ウロクの槍の腕が確かなものであり、キーシャと言えども片手間に相手を出来るほど余裕がないからだった。

魔法陣、とはいうものの、実際のところキーシャが貯めているのは魔力ではなく霊力だ。

魔力は自分の外に存在する霊力、例えば動植物に宿る霊力や大気に満ちた天然の霊力などに、呪文や魔術によって限定的な性質を与えるもので、これを魔法という。

魔法は習得さえすればどんなに弱い人間でも一定の術を使えるようになる。

対して、キーシャが使う霊術は、自分の内にある霊力を使う。

霊術は元々の霊体の性質に影響を受けるため、誰でも使えるものではない。

キーシャの霊体は水の女神として生まれつき『水』の性質を持っている。

なので、正確には魔法陣ではなくキーシャ自身の霊力を貯め込んだ霊術陣なのだが、言いにくいのでキーシャは魔法陣と呼んでいる。

本当の魔法陣なら外界の霊力を魔力として蓄積できるため維持に手間はかからないが、術者自身の霊力を使っている場合、その維持にも霊力を消費する。

 

「へっへっへ、どうしたクソガキ!自慢の術でまた俺を出し抜いてみろよ!」

 

ウロクもキーシャが手一杯なのを察しているのだろう、勝ち誇った顔で反撃の隙を与えない技を繰り出してくる。

キーシャは体力も霊力もかなり無理をしていた。

何しろ地下迷宮からずっと霊術を使い続けている。

1000年の眠りから目覚めてまだ3日ほどしか経っていないので、身体も霊力も本調子ではない。

マハゾートの呪いを消滅させるだけの大技も自分では発動できないのだ。

 

(だからこの霊力をあの娘に託す。絶対に、これだけは守らねば…!)

 

ウロクはキーシャの必死の抵抗を嘲笑った。

 

「良いねぇその表情!余裕が無くなってきて苦しいんだろう?だが、俺だけを相手にしてりゃ良いって思ってんじゃあねーだろうな?マハゾートの髑髏に何かしたんだろう?あのウシオニは誰を追って来てるんだろうなぁ?」

「!」

 

そうだ、空中にいるので失念していたが、ウシオニはキーシャを追って来ているはずなのだ。

キーシャが下を見ると、ウシオニの角のように突き出した眼と合った。

 

「しまった!」

 

ウシオニは、上を向いて口を大きく開けた。

口内は地獄の入口という表現がぴったり当てはまるような、ドロドロの赤く光る溶岩で満たされている。

ウシオニの体表からも漏れ出ている呪いの溶岩だ。

ウシオニは口内の溶岩を上空に向けて勢いよく吐き出した。

溶岩は火山の噴火のように飛び出し、空中にいるキーシャに襲いかかった。

 

「へっへっへ、その水の盾でどこまで耐えられるか見物だぜ!」

 

ウロクは笑いながらキーシャから離れ、さらに上空へと逃げた。

キーシャは足下に水の盾を展開したが、溶岩の勢いに負けて蒸発していく。

 

(防御が追いつかん…っ!)

 

霊力の消耗がさらに加速する。

熱を帯びた水蒸気と溶岩の熱でキーシャの体温も上がり、首筋を汗が流れ落ちる。

 

(こんなところで死ぬわけには…!!)

 

水の生成速度を溶岩が上回り、盾が失われた、その時である。

 

「おーらぁッ!!」

 

キーシャと溶岩の間に、銀色の塊が割って入った。



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第143話 集結

町の外に出た私とグレイベルは、空中で攻防を繰り広げているキーシャとウロクを見つけた。

 

「おいおい、持ち堪えてるがあのままじゃあヤバいぞ、あの嬢ちゃん」

「すぐ助けないと…!グレイベル、あそこまで飛ぶぞ!」

 

我々は呪いの影響をまだ受けていないが、溶岩に足を突っ込んでいるようなものなので体温の上昇が激しい。

本来なら焼け死んでいるはずだが、神様に貰った身体能力とグレイベルの義足のおかげだろう。

しかし、私もグレイベルも相当汗をかいている。

なるべく呪いの浸食が緩やかな場所を探して、そこを踏み台にしながらキーシャの元へ急ぐ。

幸い、ウシオニは我々の方を積極的に襲って来ないため、進むのはそれほど難しいことではない。

しかし、今まさにウシオニの頭が上空のキーシャをゆっくりと見上げつつある。

グレイベルはその光景を見て言った。

 

「髑髏を直接壊したのは嬢ちゃんなのか、道理で町への浸食が遅いと思った。おいアキヒコ!アンタの足だけじゃあの高さまで十分に届かねえ!あたしを投げろ!」

「投げる!?」

 

確かに、私のバネの触手でキーシャのいる高さまで飛べるかは微妙だ。

腕の触手の怪力なら、人間1人を放り投げることは容易い。

私が目一杯高く跳躍してグレイベルを投げれば確実に届くだろう。

 

「だが、グレイベル、あんたまだ満足に立てねーだろ!着地はどうするんだ!」

「アンタか嬢ちゃんが受け止めてくれりゃ良いさ。万が一落ちたとしてもちゃんと考えてあるよ、良いから投げろ!間に合わねーぞ!」

 

ウシオニがキーシャに向けて口を大きく開けたのを見て、迷っている暇はないと私も覚悟を決めた。

渾身の力で跳躍し、キーシャとの距離が40メートルほどにまで迫ったが、やはりそれが限界だった。

私は両腕から触手を伸ばし、グレイベルの身体を掴んだ。

グレイベルは触れる物を締め上げる触手の特性を知らないはずだが、義肢を変形させた鎧で胴体を覆っていたので遠慮なく掴むことができた。

 

「行くぞグレイベル!」

 

無言で頷くグレイベルを、私は思い切り投げた。

銀色の塊になったグレイベルがキーシャの下へ飛んで行く。

ウシオニは、口から呪いの溶岩を吐き出していた。

 

「おーらぁッ!!」

 

グレイベルはキーシャと溶岩の間に割って入り、右腕の義手を傘のように開いた。

溶岩は傘の表面に当たって塞がれただけでなく、義手の中へ吸い込まれていく。

溶岩を吸い込むに連れて、義手は眩い輝きを帯びていく。

 

(そうか!エネルギーとして溜め込んでるんだ!)

 

私は納得して、すぐにキーシャに心で話しかける。

 

(キーシャ様!グレイベルを受け止めてやってください!)

(アキヒコか!よし!お主も上がって来い!)

 

自由落下の途中だった私の目の前に小さな魔法陣が現れた。

キーシャの足場と同じものだ。

私は触手で魔法陣に掴まり、よじ登った。

上を見ると、溶岩を止めたグレイベルも同じく魔法陣で受け止められているのが見えた。

我々を乗せた魔法陣は、エレベーターのようにキーシャの元へと上昇して静止した。

 

「へっ、これで役者が揃ったって訳か!」

 

上空から、ウロクの嫌味な声が聞こえてきた。



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第144話 ウロクの弱点

「たった3人でマハゾートの呪いを止めようってのか?そもそも1人は誰だその野郎は?普通の人間じゃあねぇようだが、戦力になるとも思えねえ」

 

ウロクは私を遥か上空から見下して言った。

そういえば奴と真っ向から対面するのは私も初めてだ。

どうやら丸腰の私を見て油断している。

この油断は、利用できる。

私はグレイベルに小声で囁いた。

 

「何か言い返してくれ、策を練る」

「…おう。よう鳥頭!戦力外はテメェの方だろ!あたし1人も満足に殺さねえ奴が、3人にどうやって勝とうってんだ?」

 

グレイベルの挑発にウロクも乗る。

 

「馬鹿野郎めグレイベル、俺が勝つのは決まってらぁ。霊獣はマハゾートの呪いを受けても死なねえ!生ける屍、不死身の身体を手に入れるのさ!自分の意思が消えちまう点は、加減すりゃ解決できる。現に俺は4年前、羽根に呪いを浴びてさらに速く飛べるようになった。お前ら人間と霊獣の決定的な差だ」

 

私とキーシャは、ウロクの話は耳でしか聞いていなかった。

ウロクを見ているフリをしながら、心の声で手筈を整えていく。

グレイベルに伝えられないのは少し不安だったが、彼女の役目は既に決まっている。

後は私がどれだけサポートできるかだ。

グレイベルはなおも挑発を続ける。

 

「ははぁ、なるほど。テメェの羽根がやたらと早く治ったのはそういう訳か。だが、今のでハッキリしたぜ。ウロク、お前あたしの幻疼石が怖いんだろ?不死すら殺せるこの手足が唯一の弱点ってことだろ?だから手元に置いて安心してぇってことなんだな?ったく何が混沌と狂気だ、テメェが一番感情に素直なビビりじゃねーか、はっはっはっは!」

 

ウロクのこめかみに青筋が立つ。

少々挑発が過ぎるのではないだろうか?

 

「お、おい、グレイベル。わかってるんだろうな?」

 

私は不安になって小声で確認する。

 

「はっ、わかってるよ、あたしの役目くらい。奴はアンタがどうにかするんだろ?あたしじゃどうも感情的になっちまうからな。だから隙が出来やすいように怒らせてんだよ」

 

グレイベルも小声で返答した。

わかっているのなら良いが、あのプッツン寸前のウロクを相手にしなければならないかと思うと少し緊張する。

私がウロクの相手をしている間に、キーシャの支援の下でグレイベルがウシオニとマハゾートの呪いを消滅させる、というのが作戦だ。

私の足止めが失敗すれば、呪いの消滅が失敗するどころか、皆殺しにされかねない。

キーシャの霊力も限界が近いのは見ていてわかる。

全てがギリギリの作戦だが、やらなければ生き残れない。

 

「どうした?たった3人をさっさと殺してみろよ鳥頭!その前にあたしの剣でテメェをぶち殺して道連れにしてやるよ!」

 

ウロクはグレイベルの挑発が罠だと気付いている。

目の動きからそれがわかる。

 

「へっ、そんなに死に急ぐんなら」

 

ウロクが槍を構える。

 

「望み通りにしてやる!ただし、まずは目障りなそのガキからだ!!」

 

投げられた槍は、グレイベルではなくキーシャを狙った。

ウロクの霊力に操られ、不規則な軌道でグレイベルを避けてキーシャに向かう。

 

「良かった、計画通りにやってくれて」

 

私は一連のウロクの行動を見越して、キーシャと槍の間に飛び出していた。



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第145話 捨て身の策

「ウロクは狡猾な野郎だ。感情に流されているように見せかけて、その実最も有効な手を打ってきやがる」

 

数分前、グレイベルは私にそう助言した。

 

「あたしらの策の要は嬢ちゃんだ。賢く、霊力が3人の中で最も高く、治癒もできる。ウロクは十中八九、あの嬢ちゃんを狙うという前提で考えろ」

 

そして現在、確かにウロクはキーシャを標的にしている。

私はウロクが槍を投げる寸前からキーシャを守るべく飛び出していた。

身体能力が引き上げられた私の目でも、ウロクの槍は何とか視認できるほど速い。

だから確実にキーシャを守るためには体を張るしかない。

私が普通の人間ならこんな手段は選ばなかっただろう。

しかし、さっき霊獣を喰らったおかげで、恐らく数回は致命傷にも耐えられるはずだ。

何より、あの槍を止める手段としては、これ以上に最良の方法は思いつかない。

 

「うぐ…っっ!!」

 

私の胸を三又の槍が貫く。

 

「へっへっへ、涙ぐましい犠牲だなぁ人間!だが、そんなゴミみたいな犠牲は無意味だ!てめぇごとガキも串刺しにしてやるよぉ!!」

「させるかよ!」

 

グレイベルの右腕から、ウロクに向けて光の刃が放たれる。

ウシオニの呪いを充填したエネルギーだ。

しかし、上空にいるウロクにとってそんな大技を回避するのは容易なことだった。

 

「俺を挑発して狙いを狂わせるつもりだったんだろうが、無駄だったなぁグレイベル!またお前の目の前で死人が出るぞぉ!お前は誰一人救えやしねぇ!暴力で孤独に生きるしかねーんだよ!」

 

槍は私の身体ごとキーシャへと突き進んだ。

が、彼女の顔にあと数センチで触れるというところで、私の身体はピタリと止まる。

 

「なに!?」

 

ウロクは少し驚いたようだ。

やはり、私の能力については一切知らないらしい。

 

「人を救う女神たるわたしが、何の考えもなしに人を盾になどするわけがなかろう」

 

キーシャがウロクを睨みながら言った。

 

「策があるからこそ、そしてこの従者を信頼したからこそ、わたしは敢えてこのような手段を許した!そして、今その策は成された!」

 

そうだ、私がキーシャを信頼したように、キーシャも私を信頼してくれた。

無茶な戦いをするなと叱ってくれたキーシャが、この捨て身作戦に賛同してくれた理由は、私の能力を打ち明けたからだ。

 

「ど、どういうことだてめぇ!なぜ槍が貫通してやがらねえんだ!?」

 

ウロクが驚くのも無理はない。

槍は私の胸を貫いた、ように見せかけたのだ。

私の胸に残る大きな傷口、他の傷口のように積極的に獲物を求めない大人しい性質だが、噛み付く力は強く、また飲み込んだ物を取り出すことも簡単だ。

いわば胸に異次元へ通じるポケットができたようなものだ。

そのポケットに、槍の先端を敢えて受け入れ、傷口で固定したのだ。

そして、私の腕の触手はキーシャの魔法陣に触れることができることもさっきわかった。

今、私の両腕から伸びた触手が、キーシャが数メートル先に展開してくれた小さな魔法陣をガッシリと掴み、まるで戦闘機が空母に着艦する際の制動装置のように槍の進行を止めたのだ。

誰もダメージを負わない、唯一思いついた策だ。

 

「どうだ?てめぇがあたしら3人すら殺さない雑魚だってことがわかっただろ?」

 

グレイベルは笑いながら言った。

 

 

 



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第146話 アキヒコ対ウロク

自慢の槍を、私のような平凡に見える人間に阻止されたのが、ウロクはよほど屈辱だったらしい。

今までにない怒りの形相になっていた。

 

「グレイベルゥ…まさか今の攻撃も俺の注意を逸らすために!」

「それもある、が、テメェを相手にするつもりなんざハナっからねーよ。あたしの狙いは!」

 

グレイベルの放った光の刃は、ブーメランのように弧を描いて下降していく。

ウロクを狙ったように見せかけて、本当の標的へと向かっているのだ。

 

「あたしの狙いは、あのクソ気色悪い目ん玉だ!!」

 

刃の向かう先にいるのは、次の溶岩を噴射するために口を開けているウシオニだった。

光の刃は、ウシオニの突き出た触角の先端に付いている目玉を切り裂いた。

ウシオニは大地が震えるような咆哮をあげ、触角を縮ませた。

 

「これでしばらくは獲物を探せねーはずだ。後はやることをやるだけだ!」

 

グレイベルの身体が、キーシャの水の分身によって支えられる。

キーシャは私に心で話しかけた。

 

(アキヒコ、ここまでは予定通りだ。あとはわたしとあの娘でウシオニの体内にある呪いの核を消滅させる。その間、ウロクを何とか足止めしてくれ)

(了解です、どうかご無事で)

 

私はウロクの槍を留めたまま、1人だけ残った。

キーシャとグレイベルは、ウシオニのいる下へと魔法陣を使って降りて行った。

 

「クソ、クソ!舐めやがって人間風情が!ぶち殺してやる!」

 

ウロクの怒りは、いよいよ私に向けられた。

ギムエルの町では存在さえ気付かず、今になってやっと認識したような影の薄い人間にしてやられたのだから、流石に見逃すはずがない。

私もなるべく自分に注意を引くよう、ウロクに話しかけた。

 

「人間風情とは随分と尊大な態度だな。グーリンとかいう奴もそうやって俺を舐めてかかってきたぜ。今頃はもう呪いに飲まれてるかもしれねーが」

「何?グーリンをテメェが…あの役立たずめ!いいさ!俺の楽しみが増えただけだ、ムカつく野郎を1人殺す楽しみがなぁ!!」

 

ウロクが右手を私に向けてかざす。

すると、今まで後ろへと押され続けていた身体が、今度は前方へと急速に引っ張られる。

ギムエルから逃走する時にも見せた、槍を手元へ引き寄せる力だ。

 

(奴は槍を手にする…だが同時に、こっちから奴へ近づくチャンスでもある!)

 

私の胸の傷口は今も槍にしっかり噛みついている。

私はルクラド城でリンセンを倒した時と同じ要領で、相手が引き戻す力を利用して距離を詰めようとした。

 

「どうせ槍にくっついて俺に近づこうとか思ってんだろ?」

 

だが、ウロクには見透かされていた。

 

「テメェの能力は未知数だ。厄介な敵はな、自分の手でわざわざ殺さなくても良いんだよ!そら!」

「!?」

 

槍はウロクの元には戻らず、地上を流れる溶岩へと私を引っ張った。

 

「し、しまった!!?」

 

私は予想外の方向に引っ張られたことでバランスを崩し、魔法陣から転落した。

 



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第147話 強く生きるということ

地上までの距離はおよそ500メートル。

私はあと数秒で、地上を流れる溶岩の中へ落下してしまう。

 

(まずい…!何かに掴まらなきゃ、いくら生き返ると言っても、あの火の海に落ちてどうなるかはわからない!)

 

キュカテの炎に追われた時、私の本能が恐怖を感じていた。

直感的に火が弱点の能力なのだと悟った。

なので、あの溶岩に落ちたとして、仮に即死することはないとしても、再起することが可能なのかはわからない。

わからないからこそ恐ろしい。

もし再起不能に陥ったならば、ウロクを足止めする役がいなくなり、キーシャとグレイベルが呪いを消滅させる作戦は失敗してしまうだろう。

それだけは絶対に避けなければならない。

 

(まだだ、まだ望みはある…!)

 

私は胸の傷口で固定していたウロクの槍を外した。

槍はすぐにウロクの元へと飛び去る。

追撃されたらどうしようかと心配だったが、これで一先ず地面に向けて押されることはなくなった。

そして、私の見出した活路は、今も大地を焼き続けるウシオニだ。

ウシオニはカタツムリの姿に酷似しているが、その背中に背負っているのは殻ではなく、ギムエルの町なのだった。

町と呼ぶにはもう何がなんだか判別できないほどぐちゃぐちゃに混ざり合って、渦巻き状に積み重なっている。

この殻に当たる町の残骸も溶岩で焼かれつつあったが、地上ほど完全に火の海という訳ではない。

 

(あの瓦礫の山に上手く掴まることができれば…!)

 

私は腕の触手を目一杯伸ばした。

始めのうちは8メートルほどしか伸びなかった触手だが、今では使い方のコツもだんだんと身体で理解できて15メートルほど伸ばすことが可能だった。

運良く、瓦礫の中でも大きな屋根のようなものに触手を貼り付けることができた。

 

(よし、このまま触手を引いて…)

 

だが、私は焦りからか見誤っていた。

瓦礫の山ということはつまり、安定性など全く保証されていないということを失念していたのだ。

私の掴んだ屋根は、強く引いたことで瓦礫から滑り落ちた。

 

(ダ、ダメだ!掴まっても諸共に落下してしまう!!)

 

地上まであと50メートルもない。

肌は既に地表から上昇してくる熱気を感じている。

だが、こんなところで諦めるわけにはいかない。

私には生きて帰らなければならない理由がある。

 

「強く生きなさいアキヒコ。どんな目に合っても、生きることに全力を注ぎなさい。そうすれば活路は開けるわ」

 

幼い頃から、母に何度も言われた言葉を思い出す。

そうだ、強く生きるとは、諦めずに活路を見出すことだ。

 

「うおおおおおおおおおおっ!!」

 

私は共に落下していく屋根の残骸を思い切り手元へ引き寄せた。

 



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第148話 瓦礫の砲丸

間一髪、私は溶岩の上に屋根の残骸を叩きつけ、そこへ着地した。

無論、屋根はあっという間に燃えてバラバラに朽ちてしまう。

しかし、屋根が完全に溶岩に消える頃には、私は既に足のバネで跳躍していた。

 

(窮地は脱した。でもここからどうするか…ウロクのいるところまではジャンプしても届かない)

 

私はとりあえずウシオニの背負っている町の残骸に飛び乗り、上へと駆け上がった。

途中で手頃な煉瓦や柱、ガラスの破片などを拾い、粘液で接合していく。

ウロクを捕まえることご無理なら、せめて殺傷力のある物体を投擲して足止めをしなければ。

残骸をくっつけて作った即席の砲丸のようなものが完成した。

これを5、6個作り、腕の触手を巻きつける。

ウシオニの殻の天辺に来ると、キーシャとグレイベルがいた。

 

(すみません、地面に落とされかけましたが、まだ足止めはできます)

(うむ、無理そうならわたしに話しかけよ。そうだ、これを持て)

 

キーシャは首飾りから装飾品を一つ取り、私に投げた。

受け取ると、勾玉のような形をした蛇が象られた石だった。

 

(それにわたしを思い浮かべながら祈れ。さすれば水の分身が一度だけお主を助けるだろう。悪いがわたしもそれが精一杯の助太刀だ)

(ありがとうございます)

 

キーシャは、しゃがんだグレイベルの背中に手を当て、霊力を送っていた。

天空より降りてきた魔法陣からグレイベルへオーロラのような光が降り注いでいる。

上空を見ると、魔法陣の周りをウロクが飛び回り、槍でキーシャに狙いをつけようとしているのが見えた。

 

「させるか!」

 

私は瓦礫の砲丸をつけた触手をグルグルと振り回して勢いを付け、ウロク目掛けて投擲する。

狙いは正確ではないが、身体能力の向上した今の私の投擲は、ウロクのいる高度まで弾を飛ばすことができた。

ウロクは難なく弾を交わす。

私は隙を与えないよう、砲丸を投げ続ける。

 

(しかし、こんな足止めじゃあ持って数分…やはりあいつを直接捕まえるしか)

 

私は何か思いつかないかと周囲の瓦礫を漁る。

すると、ちょうど肉屋か何かの跡だったのだろうか、一際大きな包丁が見つかった。

私は良からぬことを思いついた。

本当はこんな手を使いたくないし、キーシャにもきっと叱られる。

 

(しかし…単純かつ意表を突ける作戦だ)

 

私は数秒間、逡巡したが、腹をくくって包丁を手に取った。

 

(これで上手く行かなきゃただの阿呆だな…)

 

ウロクのいる位置を確認し、私は残骸でできた殻の天辺よりも少しだけ下へ降りた。

そして、助走をつけて空へ、渾身の力を込めて跳躍した。

 



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第149話 運試し

私の足には、バネのような触手で跳躍力を強化する能力が備わっている。

この力のおかげで何度も助かったし、人間よりも身体能力の高い霊獣を相手に何とか戦えている。

しかし、この能力を持ってしても最大で跳躍可能な高さは50メートルといったところだ。

ウシオニの背中の殻が地上からおよそ100メートル、ここから勢いをつけて跳んでもせいぜい180メートルだ。

ウロクのいる上空およそ600メートルには程遠い。

だが、キーシャに貰った勾玉と、拾った包丁で『ウロクを捕まえる』という課題は何とかクリアできそうだった。

180メートルまで跳躍し、再び落下を始める直前に勾玉に祈った。

 

「15メートル上空に魔法陣、お願いします!」

 

勾玉は緑色に光り、キーシャの分身が現れた。

そして一瞬で上空へと飛び去り、私の願い通り、およそ15メートル上空に足場となる魔法陣が現れる。

私はそこに向けて腕の触手を伸ばした。

ギリギリまで伸びた触手は魔法陣を掴み、私を上へと引き上げる。

 

(よし!195メートル稼いだ!)

 

私は魔法陣に乗ると、上空のウロクに向かって叫んだ。

 

「ウロク!俺はまだ生きてるぞ!降りてこい腰抜け!てめぇのヘボな槍なんざ何度でも防いでやらぁ!」

 

見え透いた挑発だが、私はあらかじめ持って来た瓦礫の砲丸を投げながら叫んだので、ウロクは反応せざるを得ない筈だ。

ウロクは意地悪な笑みを浮かべて私を見下ろしている。

 

「溶岩に落ちなかったことは褒めてやるよ。だがそんな包丁で何ができる?まさか俺をそんなもんで殺そうってか?」

「ああそうだよ!殺すんだよてめぇの頭をこいつでかち割って!!鳥みてーな脳みそを取り出してやんだよ!!」

 

私はヤケクソになっているフリをして狂ったように叫んだ。

どうもこのウロクという霊獣は、人間が狂ったり絶望する様を見るのが好きらしいので、少しでも私に意識を集中させるために敢えてパニックを演じたのだ。

しかしウロクは動じず、冷静に私を分析する。

 

「おかしな野郎だ。後先ねーような態度を取りながら、その高さまで登ってくるとは随分計画的だな。俺の気をあいつらから逸らそうと必死なんだな?」

(バレた…!だが、ここまできたらどのみち、私にもチャンスはある!)

 

私は魔法陣から思い切り跳躍した。

届くはずもない距離を、包丁を構えて。

 

「くたばれウロクぅっ!!」

「へへ、おもしれぇ!その挑発、乗ってやるよ!!」

 

ウロクも槍を構えて急降下する。

お互いの距離が15メートル以内になったところで、私は包丁を構えるのをやめ、触手を伸ばした。

 

「なーんて言うと思ったかよ」

 

そう言うと、ウロクは突然、空中で急停止し再び上空へと昇った。

私の触手の射程範囲外へと、あっさりと逃げた。

 

「言ったろ、厄介な敵は自分の手で殺す必要はねーってよ。へっへっへ、また落ちて運良く助かるか運試しの時間だぜぇ?」

 

私の体は既に落下を始めている。

が、私は課題達成を確信した。

 

「ああ、知ってるよ。てめーが挑発に乗ったフリをすることくらいわかってたさ。フゥッ!!」

 

私は左手に持った包丁を、触手を15メートルまで伸ばした状態の右腕に振り下ろした。

 

「つっぅーーー!!!」

「な、何考えてんだてめぇ!?」

 

ウロクが私の予想外の行動に驚愕する。

物凄く痛い、しかし、これが最後にして最大のチャンスだ。

包丁を捨て、私は左手の触手で右腕を完全に捥ぎ取ると、ウロクに向かって投げた。

 

「何ぃ!?」

 

ウロクの体に右手の触手が絡みつき、さらに切断した右腕に左手の触手が絡みつく。

 

「合わせて30メートル!お前が逃げる事を見越した距離だ!さあ、お前こそまた地面に落下して生きていられるかどうか、運試しの時間だ!」

 

私は触手を縮めてウロクにしがみ付き、羽根の羽ばたきも封じた。

運命共同体となった私とウロクは、ウシオニより少し離れた山火事の中へと落下して行った。

 

 



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第150話 グレイベル・ソウ 前編

※グレイベル寄りの第三者視点になります。


復讐とは何のために行うものなのだろう。

この4年間、グレイベルの頭を常に悩ませてきた疑問だ。

グレイベルは物心ついた時から、他者に対して暴力を振るうことを楽しいと感じていた。

相手が女だろうと男だろうと、老人だろうと子供だろうと、喧嘩となれば胸が踊り、容赦なく殴りかかった。

しかし、気がつけば自分の周りから人がいなくなっていることに気づき、首をかしげた。

養父はグレイベルのそんな暴力性を危惧して、『感情』を『理性』で支配することを教えた。

人を一方的に殴ってはいけない、なぜならグレイベルが感じるほど暴力は楽しくないから。

自分だけが楽しければそれで良いのなら、当然、周囲が同じ態度を取って自分から離れることになっても仕方がない。

しかし、幸いにもグレイベルは養父母が好きだった。

他人を好きになるという感覚だけは人並みに持ち合わせていた。

自分の身勝手な感情に任せた行動のせいで、好きな人々にまで迷惑をかけてしまうことは楽しくない。

だからグレイベルは暴力を好む自らの『感情』を、人々の中で暮らしていくのに必要な『理性』で支配することを学んだ。

喧嘩をふっかけられても、相手が口だけならば同じく口だけで応え、相手が暴力に訴えた時だけ、同じ力で応え、相手以上に拳を打ち込むことは自ら禁じた。

すると、次第に人々はグレイベルの周りに近づくようになり、友人や、家族同然の年長者や子供達と良好な関係を築いた。

これで良いのだ。

自分のような性質の者が平穏に生きていくためには、『感情』を制限して善良な部分だけを見せるしかない。

そう、思っていた。

四年前、異端の教団と、彼らが持ち込んだ悪魔の儀式に、ラムエルの町が毒された。

悪魔の教えは、それこそグレイベルのような人間に相応しい破壊と狂気と混沌をもたらすものだった。

だが、グレイベルは抵抗した。

かつて自分を律し、導いてくれた養父母や、自分を好いてくれた町の人々を失ってまでそのような教えに心を惹かれなかった。

そんな教えは、彼らが自ら望んだものではない。

彼らにとっての『理性』でも『感情』でもない。

グレイベルの抵抗で儀式は失敗し、町は呪いの炎に焼かれた。

ただ1人生き残ったグレイベルも、右手と右足、右目を失った。

結果として自分の行いで、愛する全てを失ってしまったことで、グレイベルは生きる意味を失おうとしていた。

そこへ、1人の女性が現れた。

後にグレイベルの剣術の師匠となり、第二の養母とも言える存在になる、山奥に隠れ棲む魔法使いだった。

グレイベルに新たな手足を与え、再び動けるようになるための訓練を施した。

しかし、グレイベルの心には、家族を失ったことへの喪失感と、彼らの復讐をしたいという『感情』が芽生えていた。

だが、グレイベルの中にまだ残っていた『理性』はこう問いかけてくるのだ。

復讐とは何のために行うものなのだろう、と。



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第151話 グレイベル・ソウ 中編

復讐には大きく2つの動機が考えられる。

他人のためか、自分のためか。

すなわち、死者の無念を晴らす、汚名を濯ぐなど他人のための復讐と、自身の気持ちに折り合いをつける、自身の汚名を濯ぐなどの自分のための復讐とが大きな分類となるだろう。

しかし、どちらもグレイベルの『理性』の論理からすれば、復讐を正当化するものではない。

自分のためは論外だ、復讐したところで得られるのは感情的な満足だけだろう。

他人のためというのも、復讐を果たしたとして死んだ人々が戻ってくるわけでもない。

ならば、グレイベルにできることはただ新しい人生を送ることだけなのだろうか?

幸い、新たな家族には恵まれた。

彼女を拾い、手足を与え、共に住む場所を与えてくれた師匠だ。

師匠と共に山奥の隠れ里で暮らす人生も悪くない。

しかし、グレイベルの心の中ではずっと、「何かをしなければ」と逸る感情と、「何のために?」と問う理性とが葛藤しており、それは彼女の普段の立ち居振る舞いや態度にも影響を与え、かつての溌剌とした性格は鳴りを潜め、ただ生きているだけの虚ろな者になりつつあった。

そんな彼女を見かねた師匠は、共に暮らし始めて1年ほど経ったある日、こう切り出した。

 

「○○○、生きているのが辛いですか?」

 

突然の問いに、まだ本名だった頃の彼女は面食らった。

 

「い、いえ…師匠には感謝しています。お陰でこうして生きていられる訳ですし…」

「それは良かった、でもあなたは生きる意味を見失っていますね?家族を失ったことで、誰のために生きているのかわからなくなっているのでしょう?これから先、何をして生きていけば良いのかも」

「…はい、実はーー」

 

彼女は養父と約束した『感情』と『理性』について師匠に話した。

 

「なるほど、聡明なお父様ですね。私が訪れたことのある外の世界にも似た考えがありました。『目には目を、歯には歯を』というものです」

「外の世界、ですか?」

「ええ、我々が生きている、このエストリノを中心とした世界は広く感じますが、外の世界に比べると山の中に生えた一本の木ほどのありふれた些細な場所なのです。外には様々な世界が広がっています。生きる目標がないというのなら、旅をしてみてはどうですか?」

「旅…」

「体が良くなったら、旅に出なさい。当てもなく、見たことのない景色を見て回るのも良いものですよ?そうして経験を積み、視野を広がれば、あなたの中にある不明瞭な感情をどうすれば理性的に処理できるのか、答えを見つけることができるかもしれません」

 

師匠の言葉は、完全ではないが、彼女にとってわずかな救いにはなったようだ。

2年後、彼女はグレイベル・ソウと名乗り、師匠のいる隠れ里を離れて旅に出た。

当てのない旅をして、見聞を広げた。

時には師匠の元へ帰り、近況報告をした。

そうして精神的にも少し大人になったグレイベルだが、自分の中の感情の正体はまだ掴めない。

だから、意を決して故郷ラムエルへと戻る選択をした。

それが現在より半年ほど前のことである。

 



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第152話 グレイベル・ソウ 後編

故郷ラムエルを訪れようとしたグレイベルだったが、予想外の噂を耳にする。

4年間で周辺に霊獣が跋扈している危険な状況になっているというのに、隣町のギムエルにまだ人が残っているのだ。

グレイベルは半信半疑だったが、ラムエルの呪いが隣町に移動した可能性にすぐ思い当たった。

もし住民がラムエルの二の舞いに洗脳されていたら、再び悲劇が起こるのではないか?

だが、事態はグレイベルの予想を超えていた。

ギムエルの町長は誤魔化したが、彼らが呪いの拡散を防ぐために町に残り続けていることは明らかだった。

なぜ、自分達に非のない責任を負って苦しんでいるのか、グレイベルは理解できず混乱した。

理性的に動くならば、地面の下に悪魔の棲む町など捨てて移動することが適切な判断だろう。

だが、彼らは身に降りかかった不幸を背負いこんだ。

そこから逃げることが、他の誰かに不幸を押しつけることになると思っているのだ。

4年前、グレイベルは果たしてそんなことまで考えただろうか?

悪魔に抵抗こそしたが、その後呪いがどうなるかなど気にも留めていなかった。

ギムエルの町の人々の見返りなき善意を目の当たりにして、グレイベルは今一度自分の胸に問いかけた。

復讐とは何のために行うものなのか?

自己満足のためだけならば、そこに理性はないだろう。

しかし、もし誰かの命を救うため、これ以上悲劇を生み出さないために悪魔を討つならば、それは理性的、かつ正当な復讐になるのではないか?

自分の中の暴力的な感情を正しいことのために利用できるのではないか?

目には目を、歯には歯を、悪魔には悪魔を。

人間が人間であるためには『理性』が『感情』を支配することが最も重要である。

であるならば、『理性』の判断で『感情』を利用することもまた、人間として正しい行動になるはずだ。

勿論、それを口に出してはならない、心の中だけに留めて、あくまで正義の人として戦うのだ。

ギムエルを救うために、悪魔を倒す。

それこそ、グレイベルが辿り着いた答えだった。

 

 

 

「さあ、全ての霊力をお主の中へ流し込んだ。あとは頼むぞ」

 

今、全ての準備が整った。

キーシャと名乗る少女は、霊力を消耗し過ぎて体調に変化を来している。

まるで鉱物がヒビ割れるかのように、美しい顔に緑色の亀裂が走っている。

グレイベルもこの少女を人間ではないと勘付いてはいたが、世界には未知なるものが存在するのだと改めて感じていた。

 

「ありがとうよ嬢ちゃん。あんたやあいつがいなかったら、ここまで来られなかった。今度こそ、全てを終わらせてやる」

 

グレイベルは右手を空にかざし、剣を思い浮かべる。

魂の形、すなわち霊体に反応し、幻疼石の腕は形状を変化させる。

寸分の狂いもない、真っ直ぐに整った刃が、真昼のような輝きを放つ。

感覚でわかる、ウシオニと呪いを消し飛ばすのに十分な霊力が身体に満ちている。

 

「喰らいたくば喰らえ、飲み干せるものなら飲み干してみせろ。これが、あたしのーー」

 

天に向かって、一筋の光が伸びる。

 

「ーー『理性』の剣だ」

 

高々と掲げた正義の剣を、グレイベル・ソウは振り下ろした。

 

 

 

 



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第153話 幻疼石

※第3者視点になります。


原初、大気には高濃度の霊力が満ちていた。

霊力は物質と対をなす精神的な力の源で、世界に形を与える要素の1つである。

霊力によって物質は認識され、物質によって霊力は存在を固定される。

物質を箱とするなら、霊力は箱を満たす中身だ。

霊力と物質が均衡を保った状態で融合すれば、即ち魂を持った生命が生まれる。

この均衡が霊力に偏れば、霊獣と呼ばれる異形の怪物となる。

そして、均衡が物質に偏った場合というのもあり得るが、大抵はありふれた土や鉱物として世界に堆積していく。

しかし、時折奇跡的な確率で生まれる特殊な鉱物がある、それが幻疼石だ。

自然界に当たり前に存在する鉱物ではなく、太古に宇宙のどこかで生まれたそれが飛び散り、隕石となって星々に降り注いだと言い伝えられている。

故に、多くの者はただの伝説と思っているか、その名前すら知らない。

伝説によれば、隕石より切り出された鉱物を鍛えた剣は敵の魂を刈り取り、盾はどんな攻撃も防ぐという。

その正体は、霊力を固定する箱として最も理想的な構造の稀少金属であり、加工すれば無限にも等しい霊力を蓄積・解放できる万能物質だった。

かつて、この金属を失った手の代わりにした人間が、あるはずのない生身の手の疼痛を覚え、やがて元の手のように自由に動かせるようになったことから『幻疼石』と呼ばれるようになった。

物質としての四肢を失っても、精神的な霊体の手足は残るため、幻疼石で出来た義肢を装着すれば動かせるというわけだ。

グレイベルの義肢は、師匠の伝手で名職人に作らせた特注品で、単に手足として動かせるだけでなく、グレイベルが思い描く形状を霊体から金属へと伝えて変形させることが可能である。

今、彼女がマハゾートの呪いと、それに汚染されたウシオニを消滅させるために思い描いた剣には、女神が授けた規格外の霊力が蓄積されている。

剣は武器の中でも特別な意味を与えられている。

権力の象徴であったり、英雄譚や怪物退治の伝説にも必ずと言って良いほど特別な剣が登場する。

そうした力の象徴としての剣という概念を、霊体から幻疼石へ伝えることで、グレイベルの右腕は一時的に『あらゆる悪を退ける最強の刃』となる。

そこから放たれた霊力の奔流は、周囲を真昼のような眩い輝きで照らす。

闇、影、邪気、霊獣、悪魔。

あらゆる悪は、この輝きの前に退治される。

地表を覆っていた呪いの溶岩はただの岩石へと戻り、生ける屍は霊体ごと浄化されて昇天する。

幾千年もの間、数少ない竜種の生き残りとして、呪いの浸食により変質化しながらも存在を保ってきたウシオニすら、ゆっくりと消滅していく。

世界を滅ぼす悪魔の呪いは、やがてその痕跡だけを残して消滅した。

 



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第154話 人質

ラムエル一帯は静寂に包まれ、月明かりだけが焼け跡となった山と町を照らしていた。

キーシャは自身とグレイベルを乗せた魔法陣をゆっくりと地上に降ろす。

地上まであと3メートルほどのところで、魔法陣は明滅して消えた。

 

「おいおい!」

 

グレイベルはキーシャを抱え、義足を蛸の足のようにバラバラに展開し、落下の衝撃を和らげた。

落下による怪我はなかったが、グレイベル自身まだ自力で完全に立てず、崩れるように地面に倒れる。

キーシャを見ると、どうやら気を失っているようだった。

美しく整った顔に、髪と同じ鮮やかな緑色のヒビが幾筋も入っている。

まるで陶器か硝子で出来た人形のようだ。

 

「ったく、別嬪が台無しだな」

 

グレイベルは苦笑しながらキーシャの髪を撫でた。

すると、人形のごとく動かなかった瞼がパチッと開き、宝石のような緑色の瞳がグレイベルを見た。

 

「女神の髪に気安く触るでない」

「ははは、良いじゃねーか。硝子細工みたいな触り心地で面白いぜ」

「むぅ、霊力を消耗し過ぎて髪の毛まで枯れておるのだ…本来ならばもっとサラサラの自慢の髪だというのに」

 

キーシャの声に力はなかったが、瀕死の重傷という訳ではなさそうなので、一先ずグレイベルは安心する。

兎に角、マハゾートの呪いを消滅させるという最優先の作戦は成功した。

 

(問題はあれか…)

 

グレイベルはギリギリ動かせる上半身を起こして、焼け焦げた木々の向こうからやってくる影を見据えた。

 

「ハァ…ハァ…畜生、ついにやっちまったなグレイベル…!」

 

現れたのはウロクだった。

それも、アキヒコの首に刃物を突きつけ、人質として捕らえている。

 

「貴重な悪魔降臨の機会を潰しちまいやがって…!マジでつまらねえ連中だぜてめーら!」

「テメーこそ人質なんてつまらねー真似してんじゃあねぇ。諦めろ、テメーはもう詰みだ」

 

そう言ってみたものの、実のところ今の状況はウロクに有利である。

グレイベルはもう満足に戦えないし、キーシャも同様だ。

アキヒコは何を思っているのか知らないが押し黙っている。

にも関わらず、ウロクはグレイベルに近づこうとしない。

恐らく、グレイベルがまた捨て身の反撃をすることを警戒しているのだ。

 

「ああ、認めてやるよ、今回はお前らの勝ちってことにしてやる!だがなぁ、英雄気取りもそこまでだ、次はガイオネル直属の軍隊を連れてきてやる!今は見逃してやるよグレイベル…」

 

ウロクはそこでニヤリと笑った。

 

「だがコイツはダメだ、腹いせにコイツだけはぶち殺してやる、お前の目の前でなぁ!」

「な、おいよせ!やめろ!」

 

グレイベルは右腕を槍のように変形させて伸ばしたが、ウロクはそれを避け、アキヒコの首に刃物を深々と突き刺した。

 

「ゔぅ…っ!!」

 

アキヒコは低い呻き声を上げた。

ウロクが掴んでいた手を離すと、アキヒコはウロクを振り返り、敵の服を掴んだ。

だが、返り血を浴びながら、ウロクは満足げな顔をしてアキヒコを蹴り飛ばす。

 

「ウロク!てめぇ…っ!!」

「へっへっへ、また守れなかったなぁグレイベル!せいぜい楽しみにしてろ!次はギムエルの奴らも探し出して皆殺しにしてやる!」

 

捨て台詞を吐いて、ウロクは闇の中へと走って行った。

グレイベルは倒れたアキヒコの元へ地面を這って近づいていく。

 

「おいっ!アキヒコ!」

 

アキヒコは首を抑えた状態で動かなくなっていた。

 



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第155話 半不死

※アキヒコ視点に戻ります。


数分前。

私はウロクを拘束したまま、山火事の中へと落下した。

多少のダメージはあったが、ウロクを逃がすことなくその場に抑え込むことに成功していた。

 

「…考えたじゃあねーか人間。自分の腕を切り落として投げるとはな。弱い奴ほど気をてらった策を思いつくもんだ。だが、まだ理解してねーみてーだな…」

 

不意に、ウロクを抑えていた腕の手応えが変化した。

私はウロクをうつ伏せに地面へ押さえつけていたのだが、その背中の感触がグニャリと柔らかくなり、腕が沈み込んだのだ。

ミシミシと硬いものが砕け、その度にウロクの体は柔らかくなっていく。

 

「まさか…わざと骨を砕いてるのか!?」

「へっへっへ、マハゾートの呪いは上手く使えばこういうことも出来んだよ。霊獣の回復力に加えて、俺は半分不死の身体になった!」

 

ウロクが柔らかくなった分拘束が緩くなり、ズルズルと抜け出し始める。

私は慌てて触手の粘液で離さないようにした。

 

「無駄だってのがまだわかんねーかよ!」

 

しかし、奴はくっついた皮膚ごと強引に剥がし、するりと私の拘束を抜けた。

 

「しまった…!?」

 

私が身構えるよりも速く、ウロクは目にも留まらぬ速さで地面を這って移動した。

私の強化された動体視力で追うのがやっとで、体の反応がついて行かなかった。

 

「所詮はその妙な力頼みだなぁ!」

 

瞬間、右の脇腹から腹の内側にかけて、鋭い痛みが走る。

ウロクの拳が右の腹にめり込んだのだ。

脇腹は骨や筋肉で覆われていないので、打撃を与えると内臓に直接ダメージが伝わるという話を思い出した。

 

「かはっ…!!?」

 

私は息が出来なくなるほどの激痛でその場に倒れた。

ウロクは私の髪を掴んで引きずり起こすと、ナイフのような刃物を取り出し、喉に突きつけた。

 

「トドメを刺すのは簡単そうだが、散々うざってぇ邪魔をしてくれたんだ、どうせなら面白く死んでくれや」

 

 

 

 

こうして、私はまんまとウロクの人質となり、ただグレイベルへの嫌がらせのためだけに目の前で首を掻き切られた。

しかし、別に私は諦めたわけではない。

最大の武器であった触手と粘液が効かないのならどうすれば良いのか、ずっと考えていた。

そして、まだ確かめていない能力の特性を試すことにした。

 

「アキヒコ!しっかりしろ!傷を塞いでやるから死ぬなよ!」

 

グレイベルの叫び声が聞こえる。

こんなに焦った声色は初めて聞いた。

彼女にとって、少なくとも死なれたらショックを受ける存在と認識されていることは少し嬉しかった。

しかし、私は死なないから安心しろ、と言いたくても喉を切られて声が出ないので、グレイベルの後ろでこちらをじっと見ているキーシャに向かって、親指を立てて見せた。

 

「…グレイベルよ、安心せい。今のは此奴の作戦のようだ。全く、ハラハラさせるような真似をしおってからに」

「何?」

 

グレイベルは私の喉の傷が塞がりつつあることを確認し、ため息をついて隣に倒れ込んだ。

 

「なんだよ、また手品かよ。ビビらせんなよったく。だが、ウロクは逃げちまったぞ」

 

それも問題ない。

あと数分で、全ての決着がつくだろう。



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第156話 外なる世界の怪物

※途中までウロク視点、最後はアキヒコ視点に移行します。


今回は見事に出し抜かれた、それは認めざるを得ない。

グレイベルが生きて帰って来た時には心の底から嬉しかったもんだ、失くした玩具をある日突然見つけたガキみてーに小躍りしたい気分だった。

だが、あの女は俺の予想以上に執念深く、折れなかった。

それどころか幻疼石なんて物騒なものまで持って帰って来やがった。

いくら半不死の体でも、あれを食らったら命の保証はない。

しかし、アイツの戦闘能力を把握できたことは収穫だ、今度は念入りに準備ができる。

まずはアイナーマルに戻って回復しなきゃ始まらない。

 

「クソッ、キュカテはどこ行きやがった?アイツの天縮魔法の札はもう使っちまったしよ、帰れねえじゃねーか」

 

俺はむず痒くなって来た顔を擦る。

さっき、あの人間に妙な触手を張り付けられて、仕方なく引っぺがした箇所だ。

皮膚が再生してるからか妙に痒い。

アイナーマルで治療を終えたら、ガイオネルに頼んで精鋭部隊を借りるか。

そして、逃げたギムエルの奴らを追跡して何人か人質に生かしておこう。

ここから最も近く、人間の抵抗軍の勢力圏内にある都市といえばエラドアか。

 

「クソッ、痒いなチクショウ…?」

 

俺は初めて、顔の痒みが傷の再生によるものではないことに気づいた。

皮膚は治るどころか、ヌルヌルと体液を流し始めている。

 

「何だってんだ一体!?」

 

俺は走って近くのちっぽけな川岸に辿り着き、水面を覗き込んだ。

 

「な、なんだこりゃーーーーーッ!??」

 

俺の顔の表面は血まみれだった。

単なる血ではない、まるで蛭などの生き物のように顔の表面で蠢き、少しずつ肌の下へと潜り込んでいる。

 

「こ、こんなもん!!」

 

俺は顔面の皮膚を丸々剥がしたが、既に蠢く血は顔の筋肉の中まで入り込んでいる。

手を見ると、引き剥がした皮膚に付着していた血が腕のわずかな傷口から体内へ侵入し、皮膚の下を上へ上へと登ってくる。

 

「ヒッ」

 

俺はようやく、その蠢く血が、先程殺した人間の返り血だという考えに至る。

そして、水で洗おうと皮膚を剥がそうと、もう分離しようのないほど身体の中へと侵入されてしまったことに気づき、寒気がした。

急に、耳が聞こえなくなったと思うと、耳元でどこか違う場所からの声が聞こえた。

 

狂気ト…混沌ヲ…望ムカ…

「な、なんだ!?誰が喋ってやがる!!」

 

自分の声は聞こえない。

まるで聴覚だけ別の場所の音を拾っているかのようだ。

身体の感覚も次第に無くなっていく。

別の人間の体に意識だけ入れられたような気持ちの悪さだ。

とうとう、目の前が真っ暗になった。

しばらくして見えてきたものは、これまでに体験したことのない恐怖と絶望。

自分の居る世界がどれほど小さな存在かを見せられた。

マハゾートですら蟻のような存在に思えるほどの、あまりに広すぎる外なる世界の魔物と、目が合った。

時間も、空間も超越した向こう側にある黒い月。

黒い部分は全て蠢く眷属。

そして月の空に浮かぶソレ。

神でも、悪魔でもない異界の怪物。

ソレが俺を見て、嗤った。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!俺をソレへ近づけるな!!頼む、そこに連れて行かないでくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

 

以上がウロクの最期の記憶だ。

私の元へ戻ってきた生命を腕の傷から飲み込むと、その断末魔が脳に流れ込んできた。

ウロクに飛び散った私の血が奴を殺すところまでは予想していたが、まさか食われた後の記憶まで伝わってくるとは思っていなかったので、少し気分が悪かった。

何か見てはいけないものを見てしまったような気持ちの悪さだ。

 

「今のもアンタの能力か」

 

グレイベルは興味深そうな目で私の腕を見ている。

 

「世の中には知らねーことがまだまだあるんだな、おもしれぇ」

 

こうして、ラムエルでの戦いはようやく終わった。

東の空が明るくなってきている。

夜明け前に、全ての悪意は去った。



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第157話 そして旅は始まる

朝になって、改めて周辺の惨状がはっきりと目に飛び込んできた。

 

「こりゃあ、しばらくは草も生えねーだろうなぁ」

 

グレイベルも流石にやるせない表情を見せている。

ギムエルとラムエルの町にかかった呪いも、諸悪の根源も倒した。

しかし、どちらの町も既に瓦礫と灰と炭の山と化している。

私は地面に手を当てて、第3の能力で地下を探った。

 

「………悲観ばかりでもないぜ。幸い、地下には水脈もあるし、無事な木の根や植物の種、微生物なんかも埋まってる。1年もあれば花くらいは咲くだろうさ。少なくとも、もう悪魔なんぞに悩まされることは無くなった。アンタが呪いを止めたんだ」

 

気休めではなく、私は確信を持ってグレイベルに言った。

グレイベルは嬉しいのか照れているのかよくわからない苦笑を浮かべてタバコを吸っている。

もう身体は大丈夫なようで、1人でしっかりと立っている。

キーシャはというと、地面に敷いた布の上でスヤスヤと眠っている。

無理もない、彼女が最もエネルギーの消耗が激しかったのだから。

 

「なぁ、これからどうするんだグレイベル?アイナーマルに向かったって無駄だとこの前は言ってたが、アンタが仲間になってくれれば百人力どころじゃなく頼もしい。あんなにデカいウシオニだって倒せたんだ。それでもまだ気は変わらねーか?」

「………」

 

グレイベルは迷っているようだった。

タバコを吸っているのは思考をクリアにする為なのかもしれない。

 

「…実のところ、アンタらのことは気に入った。同じ道を進むのもそんなに嫌って訳じゃあない。しかし、自分でもわかんねーんだ。気まぐれに旅をするつもりが、結局回り道をしただけここに戻ってきちまったし、思わぬ形だが復讐も叶っちまった。だが、この勢いに任せたような形で霊獣との本格的な戦いに加わって、あたしはあたしでいられるのか、ってね。『感情』が暴走して、アンタらに迷惑をかけるんじゃあないかね?」

 

深刻そうな顔でグレイベルは言ったが、私はその生真面目さに呆気にとられてしまった。

 

「なんだ、そんなことで悩んでんのか。グレイベル、アンタ自分を疑い過ぎだ。どんな感情を抱いていようと、アンタの行動は間違いなく英雄さ。感情が暴走するくらい何だ、むしろ頼もしいぜ。どうしても首都に行きたくねーんなら仕方ないが、迷うくらいだったら俺達の仲間に加わってくれよ。気まぐれに旅をするんなら、俺達と気まぐれに手を組んでみるのも良いんじゃあないか?」

 

グレイベルは意外そうな顔で私を見たが、私にとっては意外でも何でもない。

人間は確かに『感情』を暴走させてしまうこともある、しかし、だからといってそれが人間の全てではない。

誰だって『理性』で我に帰り、反省し、次に活かすことができるし、そのチャンスは等しく与えられるべきなのだ。

 

「昨日から明日まで、全てをきっちり正しく生きてる人間なんてそうそう居やしない。だから俺達は正しくあろうと手探りで生きていくしかないんじゃあないか。今のアンタに行くアテがなく、俺達のことも嫌いじゃないんなら、一緒に来るって選択には何の問題もない。俺だってアンタのことを気に入ってるし、仲間になって欲しいと思ってるからな」

「っ!…ああもう!わかったよ、わかったからそんなにズバズバ歯の浮くような綺麗事を吐くんじゃねーアホタレっ!」

 

グレイベルは手で払うような仕草で、私のそれ以上の発言を阻んだ。

 

「はぁー…そうか、これも何かの因果ってやつか。結局は、あたしも暴力に身を投じる運命なのかもな」

 

そう呟くと、彼女はタバコを地面に捨て、義足の踵で火を消した。

 

「良いさ、あたしも一緒にアイナーマルへ行ってやるよ。ただ、1つだけ条件がある。アキヒコ、例えどんな状況になっても、あたしはあたしの『理性』に従うからな。アンタの判断があたしの『理性』にそぐわなきゃ、その時はすっぱり袂を別つ。それだけは覚えておいてくれ」

「…ああ、わかった。約束する。じゃあ、俺からも1つ…」

 

私はしゃがんで、彼女の捨てた吸い殻を拾った。

 

「ポイ捨てはダメだ。環境に悪い」

「…プッ、ハハハハハッ!!こ、この焼け野原で!?」

「そうだ、フフ、ハハハ!」

 

我々は少々不謹慎なくだらない冗談で笑い合った。

前途は多難だ、しかし、少なくとも異世界に来てからの5日間で、強力な仲間が2人も加わった。

人を守る女神キーシャに、剣士グレイベル。

まずはこの3人で旅を始めるのだ。

霊獣の王を倒し、人間の自由を取り戻すための戦いの旅が、今ようやく始まったのだった。

 

〈第1部 完〉



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エピローグ

どうやら気づかないうちに眠ってしまったようだ。

私は再び、神様とヨミのいる世界へと戻っていた。

 

「どや、アキヒコくん?納得いくまで戦ったか?」

 

仰向けに寝ている私の頭を、ヨミが見下ろして尋ねた。

 

「ええ、納得はできました。すみません、ひょっとすると今後もこういう寄り道をしながらの道程になってしまうかもしれません。でも、この世界に来てわかったんです。私は自分で思っていた以上に、弱い者を踏みつける行為に対して憤る性格なのだと。あの世界の惨状を知ってしまった以上、王様だけを目指して進むということは出来ないかもしれません」

 

ヨミはニコリと笑った。

 

「欲張りやなぁアキヒコくん。神様は確かにキミに強い力を与えたけど、それかて全部の不幸を背負いこめるようなもんやないんやで。早う元の世界に戻りたいんやなかったんか?」

「それは神様の力で何とかしてもらえるんでしょう?別に全部の不幸を背負うなんて傲慢なことは望んでいません。私のキャパシティにも限界がありますし。でも、せめて目の前の人々を見捨てるようなことはしたくない。ヨミさんだって言っていたじゃあないですか。神様の世界と私の世界、そしてあの世界は縁で繋がっているって。それは人間同士も同じことだと実感しました。ローレに出会えなければ最初に挫けていたかもしれない、幽霊に井戸へ引き込まれなければキーシャを見つけられなかったかもしれない、そしてローレを助け出さなければグレイベルを味方にすることもできなかったかもしれない。人狼は私を最初に森で捕まえなければ死なずに済んだだろうし、リンセンは自分の能力を悪意に用いたからしっぺ返しを食らった。ウロクがラムエルの町を狙ったのも恐らく出身地だったからです。そして町に悪意をもたらした為に、巡り巡ってグレイベルの帰還によって敗れた。全て繋がりを感じます、これが『縁』ということではないでしょうか?善意を向ければ必ず善意が返ってくる、かどうかはわかりませんが、悪意には悪意が返ってくることは明白です。何もしなければ、恐らく何も繋がらない。だったら私は、せめて善人でありたい。困っている人を、自分に出来る方法で助けたい。元の世界ではままならなかったことですが、神様のお陰で燻っていた心は正しい道を進む決意を得たと思えるんです」

 

私は、まだ神様やヨミを完全に信用したわけでない。

もしかするとただ利用されているだけかもしれない。

だが、この旅を続けると改めて決意したのは間違いなく私の意思なのだ。

ならば、私のやり方でゴールを目指したい。

例え遠回りになろうと、正しいと思える道を選べば後悔することはないだろう。

ヨミは黙って聞いていたが、やがてふっと微笑んで言った。

 

「ま、そう言うやろなぁとは思っとったわ。アキヒコくんは変わらずアキヒコくんやなぁ」

「え?変わらず?」

「ええで。好きにやったれ!背負うもんが増えるんは旅の運命や。色んな人と縁を繋いで行ったらええわ。神様も気にしてへんからな」

「あ、ありがとうございます」

 

私の意識は再び遠ざかっていく。

目覚めが近いのだろう。

薄れ行く意識の中、私はヨミに別れの言葉を送る。

 

「ヨミさん…私は…あなたとも縁を………」

「ん。おおきに。その気持ちは受け取っとくで。今はとにかくおやすみや。次の戦いに備えて、ゆっくりとな」




まだまだ物語は続ける予定ですが、今回で一応の区切りとさせていただきます。
拙い文章をここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
次回はより面白いものにできるよう努力したいと思っております。
また、拙作は推敲した上で小説家になろう等でも公開する予定ですので、どうか今後もよろしくお願いします。


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