戸山香澄になっちゃった!? (カルチホ)
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注意事項

読まなくても大丈夫ですが、読むとこの作者はこんなもんなんだなというのが分かります。


・憑依系

 

ざっくり言うとバンドリのキャラ、戸山香澄に主人公が憑依してしまい、アレコレする話です。憑依系が苦手な方は読まない方がいいと思います。

 

 

・見切り発車

 

大まかな設定等は考えてますが、見切り発車感があります。その為詰めが甘い設定等あるかもしれませんが、ご了承下さい。

 

 

・楽器に関して

 

バンドリといえばギター等の楽器は切っても切れない関係がありますが、楽器に関しては素人知識しかありませんのでご了承下さい。ストーリー自体に楽器のこまかい部分が関わってくる事は無いとは言っておきます。

 

 

・修正

 

詰めが甘いのはこういうところもで、何か設定とか話の展開的におかしい所を投稿後に見つけてしまう可能性が無いとは言い切れません。この注意事項を書いてるのは3話の投稿より後なのですが、既に1話で1回やらかしています。こういったミスを修正する場合はその話の前書きや後書き、何らかの形でお知らせします。少量の誤字脱字程度の場合はサイレント修正します。ご了承下さい。

 

 

・投稿スピード

 

隔週更新を目指してます。が、目指してるだけなので不定期更新と言っておきます。仕事が忙しいとかモチベーションとかで変動すると思います。失踪したら別にそれはそれでいいやぐらいの気持ちで読むと楽です。

 

 

・登場キャラ

 

題材が題材なだけに、主にポピパのメンバーが多くなると思います。他のバンドリキャラもちょこちょこと出す気はあります。口調に癖があり書きにくそうなキャラもなんとか出したい気はあります。私のキャラ理解力が求められるところですが、暖かい目で見てくれるとありがたいです。

 

 

・完結までどのくらい?

 

上でも言いましたがぶっちゃけ見切り発車なので、なんとも言えません。大まかな展開は考えていますが、思いつきでエピソードぶっこんだり逆に元々考えてた事以外何も思いつかない可能性もあります。理想としては20話前後ぐらいで終わらせられないかなぁとは思ってますが、かなり不明瞭なので当てにはしなくていいです。そもそも完結まで自分のモチベーションが続くかどうかがまず分かりませんので、消えてたら「あ、アイツ消えたんだな〜」とか思う程度に考えておいて欲しいです。というかそもそも消えたかどうかも気にならないぐらいが一番理想かもしれませんね!

(万が一完結したらこの項目は消します)

 

 

・以上です

 

あとは読んでいただいて拒絶反応が出次第見るのをやめれば完璧です。

 

 

 

 

※今後随時に事項追加の可能性あり




注意事項という名の作者の言い訳を読んでいただきありがとうございました。


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1章 一つ星
prolog:戸山香澄になっちゃった!?


よくあるネタですが、意外とバンドリでは(探した限りでは)見かけなかったので書いてしまいました。
見切り発車感凄いですがどうぞ。


「んん…」

 

 

いつもと変わらない朝だった。

いつものように起床し、いつものように寝起きでスマホのゲーム、起きたばかりで食欲が無い状態での朝食。そして今日も仕事かぁ、いやだなぁ…なんて思いながら準備をして家を出発する。

そう…なんてこと無い朝の筈だったのだが…

 

 

「んん…?」

 

 

まず最初に気になったのは、普段ならまず感じないであろう謎のいい香り。男の部屋では基本的にしないであろう匂いを感じ取ったのだ。

 

 

「…?」

 

 

寝起きでそこまで細かく考えてた訳では無いが、後から考えればそんな印象だった。

そんな匂いに疑問を抱き、次に違和感を感じたのは目を開いた時に視界に入ってきた知らない天井。

 

 

「…あ?」

 

 

匂いという抽象的な物の時点ではそこまでだったが、見知らぬ天井というハッキリとした情報は俺の意識の強い覚醒を促した。

 

 

「…え?」

 

 

そんな意識の覚醒と共にまた1つ強烈な違和感。今自分が発した筈の声が明らかに高いのだ。慣れ親しんだ筈の低い声とはかけ離れていた。

 

 

「どうなって…」

 

 

喉の調子でも悪いのか、そう思って右手を喉元に当ててみる。するとあまりにも細い、そして柔い。

 

 

「……」

 

 

立て続けに起こる違和感に、堪らずガバッ!と俺はベッドから上半身を起こす。

 

 

「……」

 

 

その身を包むのは見た事の無い、というか見た事のある気がするパジャマ。ただし、画面の中で。

 

 

「……えっと……」

 

 

自分の物の筈の身体をペタペタと触ってみる。有り得ない、有り得ないと思うも、触る度にその有り得ない想像は確信へと変わっていった。

 

 

「……」

 

 

フラフラと立ち上がる。鏡を見れば分かるはず。部屋に置いてあった鏡を見る為に歩を進める。

 

 

「なんだこれ…」

 

 

そこには紛れも無い、アニメやゲームで何度も見た女の子、推しと言うくらいには大好きなキャラクター

 

 

「……」

 

 

戸山香澄が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおいおい…どうなっちゃってんのこれ…いやホントにどうなっちゃってんの…」

 

 

俺は日本東京都に住む「蒼川 蒼(あおかわ そう)」という男の筈だ…、間違ってもこんな美少女、というか戸山香澄な筈は無い…社畜として○○企業で働いてる筈で…

 

 

「おねーちゃああん?いつまで寝てんのー?遅刻するよー」

 

「!?」

 

 

今のは…

 

 

「お姉ちゃーん、ホントいつまで…」

 

 

ガチャ、と扉が開く。そこには見知ってるが知り合いではない筈の、というか…

 

 

「なんだ、起きてるじゃん」

 

 

戸山香澄の妹、戸山明日香がいらっしゃった。

 

 

「…?なにその顔、なんか顔に付いてる?」

 

「え、いや、別に…」

 

 

この姿になってからの初めての会話だった。いやこれ会話と言ってもいいんだろうか。

 

 

「というか珍しいね。有咲さんのとこ行くようになってからは寝坊なんて殆どしなかったのに」

 

 

そうか…香澄っていつも朝に有咲の家いってから、一緒に登校してるんだっけ…?

 

 

「あー…えっと、そういう時もあるよ、うん…」

 

 

凄く苦し紛れの回答をする俺に、怪訝な顔をする明日香だが

 

 

「ふーん……変なの。というかそろそろ準備しないと学校遅刻するよ?」

 

「あっ、えーっと、うん。今から準備するよ」

 

 

取りあえず納得はしてくれたようだ。こちらもなるべく当たり障り無く返す。っていうか学校?マジ?この状況で?

 

 

「私もう行くからね。じゃ」

 

 

バタン、と扉を閉めて出ていく明日香。展開に付いて行けずに唖然としていたが、どうやら学校に行かなくちゃいけないようだ。というか始業時間いつなの?俺の学校いつだったっけ…

 

 

「ん…?」

 

 

ふと、ベッドの上に放置されたスマホに目線が行く。LINEの通知らしきものが来てるようだが…

 

 

「うわっ、有咲から5件…?」

 

 

開いて見ると、どうやら有咲の家に朝行かなかった事への文句やら心配やらのようだ。有咲とは、内容的にもバンドリのキャラクターの一人、『市ヶ谷有咲』と考えていいだろう。香澄の友達で、一言で言うとツンデレ少女である。

 

 

「どうするか…取りあえず過去の履歴見てなるべく香澄っぽく返すか…」

 

 

寝坊しちゃったごめーんという内容をなるべく香澄っぽく返すと、速攻で既読が付く。どんだけ心配してたんだよ可愛いなオイ。

 

ーーーー

 

有咲:先行くからな

 

ーーーー

 

シンプルっ!!!というか今まで待ってたのか…多分ガックリしつつかなり安心したんだろうな…

というか今更だが、有咲ってLINEの名前そのまんまなのか…

香澄は…

 

☆かすみ☆

 

うん…まあ可愛いからいっか

 

 

「あっ、やべ」

 

 

学校があるんだった…色々考えたいが取りあえず今日をやり過ごそう…

そうと決まればまず制服に…

 

 

「……」

 

 

制服は壁に付いているハンガーに掛かっている…

これに着替えるという事はつまり…

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すまん、香澄。俺のせいじゃない。俺は悪くない。悪くない…筈なんだが…罪悪感が半端じゃない…いや、だって俺男の筈だしね?見ないでとか色んな意味で無理ですようん。

というかこれトイレとか風呂とか…やめよう考えるのは後にしよう。

髪型とかどうやるのか分かんなかったから普通に下ろしてあるだけだけど、まあイメチェンとか言えばなんとかなるよな…?なるか…?この子星に対しての執着というか拘りというかが凄いからな…まあなんとか押し通すしか無いか…

 

 

「スカートこれスースーするな…なんか変態行為をしてる気分だ…」

 

 

今の姿的におかしくは無い筈なんだが…ま、まあこれも俺は悪くないよね?しょうがないしょうがない。

 

 

「鞄はこれか…アニメとかで見たのと一緒か?あんまり細かくは覚えてないけど…」

 

 

香澄の物らしき鞄を手に取り、部屋から出る。階段を降りると

 

 

「香澄ー!?ご飯はー?」

 

 

香澄のお母さんか…えっと、

 

 

「今日はいらなーーい!!」

 

 

なるべく元気に返す。取りあえず元気に立ち回ればある程度は香澄っぽいだろう、多分。まったくもう…、なんてボヤく母親の声が聞こえる。すまん…

 

 

「行ってきまーす!!」

 

 

そう言い逃げるように家から飛び出したのだった。

はぁ…これ俺どうなんの…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued…




という訳でプロローグでした。
主人公の名前ですが、凡庸な感じにするのも考えたのですが、見てる人と被ったらアレかなと思い、まず現実では無いだろうという名前に設定しました。

前書きでも言いましたが、結構な見切り発車です。今後の展開もふわっと考えてある程度ですし、飽きたらやめたらいいかな程度の気持ちで書いたので完結まで行けるかは怪しいと言ってもいいです。
設定等もアニメやアプリから取ってますが、おそらく詰めが甘い部分があるかと思われます。
それでも読んで下さる方がいればありがとうございます。
趣味レベルの拙い作品ですがよろしくお願いします。


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1話:遅刻しちゃった!

プロローグしか無いとアレなんで、1話目だけささっと書き上げてしまいました。
そう、ささっとやるつもりだったんだけど…執筆活動は久々ですが、書いてみるとなかなか量多くて疲れましたね…
今後はこんな早い更新はあまり無いと思われます。基本のんびり、モチベがあれば一気にやるかもですが




「なんか変な感じ…」

 

 

朝起きたら何故か戸山香澄になっていた俺こと蒼川 蒼。早歩きで最寄りの駅に歩を進めていたが…

 

 

「はぁ〜…」

 

 

もう違和感が凄い。声が出る度にこの身体は自分のものでは無いのだと改めて認識してしまう。ゆらゆらと揺れるスカートも非常に慣れない。慣れないというかなんか目覚めてはいけないものに目覚めてしまいそうであまりよろしくない。『朝起きたら美少女になっていた』というのはオタクなら一度は想像した事のある人の方がきっと多いだろう。かく言う俺も想像ぐらいならした事はある。だが、本当にそうなってしまうと話は別だった。

 

 

「ん〜…」

 

 

生まれてこの方女の子とは残念ながら縁が無かったり、この身体が好きなキャラの身体と言う事もあり、興奮しないと言えば嘘になる。しかし、それ以上にこの超常現象に頭がついていかない。上手くやっていけるのか、元の生活に戻れるのか、そして何より、元々いたはずの戸山香澄はどうなってしまったのか…

 

 

 

「そうだ」

 

 

今はいったい何月何日なのか?気になったのでスマホを開いて見てみる。

 

 

「10月5日…微妙に寒いなとは思ったけど」

 

 

何だかなんとも言えない時期だ。秋は好きだが、こういうのって大体春から始まるものでは無いのだろうか?今はアニメとかゲームで言うとどの辺りなのだろうか?そもそも世界がそれっぽいだけで別物と考えるべき?

 

 

「はぁ〜」

 

 

乗り込んだ電車の中で、今日何回目か分からない溜め息をつく。そう、乗り込んだ電車の中で…

 

 

「…あれ?」

 

 

おかしい。何故自分は乗るべき電車が分かった?まるで知っているかのようにICカードを取り出して…いや、そもそもどうしてここまでの道が分かったのか?何故かは分からないが、この道が正しい事を確信している自分がいた。

 

 

「…なんか気持ち悪いな…」

 

 

知らない何かに自分が動かされているようで、そんな事を独り言ちる。戸山香澄本人が覚えている事はふわっと覚えているのか?記憶にあるとは言えないのだが、体が覚えていると言うべきか…

 

 

「そういえば…」

 

 

ふと思い立ち、スマホを取り出す。そう、この戸山香澄はPoppin'Partyというバンドで、ギターボーカルをやっているはずだ。自分の知っている状況になっているならだが。

 

 

「というか、ロックぐらい掛けないのあの子…」

 

 

まあ助かったが。或いは掛かっていても謎の体が覚えてる現象でなんとかなるのかもしれない。

スケジュールに何か入っていないだろうかと確認する。

 

 

「ああ、やっぱりちょこちょこあるな…」

 

 

『れんしゅう!!』と書かれた日に、ギターと星のスタンプが誂えられてる。今日は幸い無いみたいだが…

 

 

「好都合ではあるな…学校さえうまくやり過ごせば…あ、でもこの子の事だから友達と遊ぶ約束とかしてるかなぁ…何かあったら急用が出来たって断るか…」

 

 

と、ブツブツと呟いていたら周りからチラチラ見られている事に気付く。いかんいかん、考え事して口に出るのは悪い癖だ…

 

 

「おっ…」

 

 

ちょっと周りからの視線が痛いな〜なんて思った頃に丁度目的の駅まで着いたようだ。何故ここが目的と分かるのかという気持ち悪さは一旦置いておき、電車を降りるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ絶対遅刻だよね…」

 

 

時刻は8時40分。戸山香澄が通う『花咲川女子学園』の始業時間は分からないが、通学路なのに周りに全然生徒がいない辺りまあ遅刻なのだろう。色々考えたり着替えで手間取ったりして、間に合わない時間になってしまっていたようだ。

 

 

「嫌だな〜…」

 

 

遅刻は無駄に緊張するのだ。皆さんも経験があるのでは無いだろうか?遅刻して教室に入る時に、全員の視線がバッ!と集まってくる感覚。もう縁の無いものだと思っていたが、今からまたそれに晒されなくてはならない。しかも香澄の演技をしなくちゃいけないというオマケ付きだ。あの子遅刻した時どういう感じなの?俺の予想では、リア充の権化であるあの子に遅刻時の視線への恐怖は無いだろうし、また周りもいい感じに面白い感じに収めてくれるとは思う。アニメ見てて思ったけども、クラスメイトの子ら良い子だらけだったよね?アレと変わってなければ大丈夫なはず…。問題は俺が演技できるかどうかだ…

 

 

「これか…」

 

 

何故かどれだか分かる靴箱から自分の…香澄の上履きを取り出し履き換え、そして何故か分かる教室への道を進む。途中で先生とかに会ったらどうしようかと思ったけど、意外と会わなかった。

 

 

「っ…ふぅ〜………」

 

 

教室の前に辿り着く。やっばいめちゃめちゃ緊張するぅ〜。

 

 

「どれどれ…」

 

 

時間的にSHR(ショートホームルーム)か…?担任あんな感じだっけ?流石に記憶に無いな…

眼鏡を掛けてるロングヘアーの穏やかそうな人だ。グレーのスーツがいい感じに決まっている

 

 

「行くか…」

 

 

そうして俺は、意を決して後ろの扉を開けた

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー!…ございますぅ…」

 

 

香澄らしく元気良く行こうとしたが、遅刻した時特有の視線に晒され尻すぼみになってしまった…

 

 

「おはようございます、戸山さん。今日はどうしたのですか?珍しいですね?」

 

 

優しく微笑み掛けてくる先生。なんて優しいんだ先生。こういうのに寛容なタイプで助かった…

 

 

「あ、えーっと、寝坊しちゃいまして…アハハ…」

 

 

てへへ…みたいな顔して頭を掻いて誤魔化す。男の俺がやればなかなかキモい動作だが(美男子とかならともかく)、今の俺は戸山香澄という美少女!この世界的にどのぐらいの可愛さなのか分からんが、少なくとも可愛く無い事は無いはず!

 

 

「あー!だから髪セットしてないの?」

 

「猫耳ヘアーねー」

 

 

わいやわいやとモブ子達が騒ぎ出す。というかモブ子達の名前が分からんっ!香澄が覚えてる事はふわっと覚えているんじゃないのか…?何か法則でもあるのか…

 

 

「やー、これはちょっとイメチェン的なね?」

 

 

「イメチェン!?香澄が!?」

 

 

なんだその反応は失礼じゃないか。香澄だって女の子なんだからイメチェンぐらいするだろ…余程この猫耳ヘアー、もとい星型ヘアーに執着あると思われてたのか。でも実際それぐらい執着は凄そうかも。まあなんやかんや和やかな空気になったのはありがたい。

 

 

「取りあえず戸山さん?寝坊は今後気を付けて下さいね?」

 

「あっ、ハイ…」

 

 

それじゃ席に着いてねと言う先生に従い、自分の席に着く。席に関しては自分以外皆座ってたので覚えてるも何も関係無くすぐ分かった。アニメで見たど真ん中辺りとは違い、窓際の真ん中の席のようだ。席替えでもきっとしたのだろう。

 

 

「……」

 

 

自分の席に着くまでの途中、自身にあてられている視線に気が付いた。Poppin'Partyのメンバー、牛込りみ、花園たえ、山吹沙綾、この3人からだった。その視線の意味は分からなかったが…もなんだか怪訝そうにしているのは分かった。

 

 

(凄いな…)

 

 

先程の3人の他に、よく見知った顔がいた。といってもこれまた画面の外から一方的にだが。

一人は『北沢はぐみ』。バンドリのゲームアプリに出てくるキャラクターの一人で、バンド『ハロー、ハッピーワールド!』の一員だ。オレンジ色のショートカットに、元気いっぱいの笑顔が特徴的だ。

先程のやり取りの中では特に発言はしなかったが、モブ子達が騒いでいた際に一緒に笑っていたのは確認した。SHRが終わったら話すべきか?

そしてもう一人は『若宮イヴ』。こちらも同じくキャラクターの一人で、アイドルバンド『Pastel*Palettes』の一員である。銀髪の綺麗な髪を三つ編みにして下ろしている。やはり特に先程発言は無かったが、天使のような微笑みでこちらを見ていた。イヴちゃんマジ天使。

 

 

「それではこれでSHRを終わります」

 

 

そんなこんな考えているうちに、先生がSHRの終わりを告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「香澄、おはよう」

 

 

まずそう声を掛けてきたのは、先程怪訝そうにしていた山吹沙綾である。茶髪をポニーテールにした髪型で、柔らかな笑顔がめっちゃ天使。あれ?天使しか言ってない?どうでもいいけど沙綾の髪は茶色なのかピンクなのかって問題あるよね。問題って程では無いけど。まあ可愛いから良くね?的なね

 

 

「うん、おはよー」

 

「ホント珍しいよね〜、毎日欠かさず有咲と一緒に登校してたのに」

 

「アハハー…皆に言われてるよ〜、しっかりしなきゃね」

 

 

 

そう言うと、沙綾はきょとんとした表情になる。アレ、なんか変な事言った?殊勝過ぎた?

 

 

「香澄ちゃん、おはよう」

 

 

次に話しかけてきたのは、りみりんこと牛込りみだ。彼女も天使である()

ショートって程短くは無い黒髪を左右でちょんって感じに跳ねさせてる。…この髪型何ていうの?誰か教えて詳しい人。

 

 

「おはよーりみりん」

 

「香澄ちゃん、もしかしてちょっと元気無い?寝起きだからかな?」

 

「えっ、あーえーと、多分そう」

 

 

なるほど怪訝そうに見られていた理由が分かったかもしれん。結構テンション高めでいたつもりだが、香澄のテンションには届いてなかったらしい。元々ローテンションな人間なので、香澄レベルのテンションを演じるのはなかなか厳しいのか…

 

 

「………保健室行く?」

 

「えっ!?」

 

 

そう突然声を掛けてきたのはおたえこと花園たえ。何を考えているのかなかなか読めない不思議ちゃんだが、そんなところも魅力である。また思った事を結構ズバッと言う事も。

 

 

「だって、絶対変だよ」

 

 

そう言い切るたえ。いやまあ確かにその主張はごもっともというか何も間違って無いんだが…あまり変な事で保健室に連れて行かれるのもちょっと、というか保健室に行ったところでどうにかなる話でも無いし…保健室で時間を潰すにも、香澄の場合その行為自体が目立ちそうだ。ある程度目立たなくては香澄らしくないかもしれないが、でもなるべく目立ちたくは無い。

 

 

「だ、だいじょぶだよ〜!!元気元気!!ほら〜!!」

 

 

とか言いつつ腕をブンブン振り回す謎のジェスチャーをする俺。

 

 

「うーん…」

 

 

あまり納得してなさそうだが、このまま引き下がってくれないかな〜

 

 

「かーくん!おはよう!」

「香澄さん!おはようございます!」

 

 

おう、このタイミングで話し掛けてくれたのは正直助かった…

先程の北沢はぐみに若宮イヴだ。

 

 

「おはよう!はぐにイヴちゃん!」

 

 

呼び方これで合ってたよな?

 

 

「香澄さんどうしたんですか?腕を振り回して…」

 

「え?ほら、私は元気だぞーって教えてたの!」

 

「なるほど!元気だと伝えるのは大事な事ですね!」

 

 

純粋か!!やはり天使だ

 

 

「えーじゃあじゃあはぐみも回す〜!!」

 

 

えっ、回すの?

 

 

「あはは、二人とも元気なのはいいけど、そろそろ授業始まっちゃうよ?」

 

 

そう言って俺とはぐみを窘める沙綾。や、まあ俺はそろそろテンションに限界を感じてた頃だったのでありがたい。

 

 

「ホントだ!」

 

「1限目は数学だったよね?」

 

 

うーん、首を傾げるりみりんマジホントマジ

 

 

「それじゃ席戻ろっか。また後でね」

 

 

そう言って手を振る沙綾はやたら様になっていた。うーん、お姉ちゃんに欲しい

 

 

「香澄、具合悪かったらちゃんと言ってね?」

 

「うん、だいじょぶだよ。おたえありがとう!」

 

 

心配にして席に戻るたえに、なるべく満面の笑みを作って見せる。おたえは結構鋭いな…危ない危ない

 

 

「よし…」

 

 

数学なんて、というか授業を受けるなんて久々だが、なんとか頑張ろう

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

(お腹空いた…)

 

 

現在俺は空腹にて机に突っ伏していた。そう、実は今日弁当を持ってきていないのだ。朝逃げるように家を出たのが災いしたか…弁当貰うの忘れた…

その事実に3限目ぐらいで気付いてからはもう死にそうだった、うん。

 

 

「香澄〜、ご飯……香澄?」

 

 

沙綾が心配そうに声を掛けてくる。りみやおたえも集まってきた。

 

 

「ど、どうしたの!?香澄ちゃん!」

 

「やっぱり、保健室?」

 

 

いやどんだけ保健室行ってほしいんだよ…心配はしてくれてるんだろうけど

 

 

「お弁当忘れちゃって…」

 

「えっ」

 

「…そっか、もしかして朝急いでたから?」

 

「うん…そう…」

 

 

腹の虫鳴りすぎてヤバイ。華の女子高生が出していい音じゃないよこれ…

 

 

「しょーがないなぁ、私のお弁当分けてあげるからさ」

 

「私も、今日はパン買ってきたから何かあげるね」

 

「あはは、ウチで買っていったやつだね?」

 

 

ウチで…山吹ベーカリーか!

沙綾の実家は山吹ベーカリーというパン屋を経営しており、そのパンはとても美味しいらしい。もちろん食べた事なんて無い訳だが

 

 

「うん♪沙綾ちゃんちのパンとっても美味しいから」

 

「私もお弁当のレタスを分けてあげるね!」

 

 

レタス…?わ、すっごいドヤ顔してるよこの花園さん。なんかレタスを有咲のハンバーグと交換しようとするエピソードあった気がするな…

 

 

「3人ともありがとー…お言葉に甘えて分けてもらっちゃうね〜」

 

 

言い終わってからテンションが低すぎたかと危惧したが、3人ともクスクス笑ってるし、空腹だからこのテンションでも違和感無いようだ。

 

 

「さっ、行こ?有咲も待ってるよ」

 

 

こうして若干フラフラしながらも有咲のいるB組に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「有咲〜お待たせ〜」

 

 

 

B組に辿り着くと、既に有咲は弁当の包みを手に持っており…

 

 

「おせーよ!ちょっと忘れられたかと思っただろ〜!?」

 

「ごめんごめん、ちょっとね?」

 

 

この金髪のツインテールを揺らしプンスカと怒る少女こそ、朝LINEを送って来た張本人、市ヶ谷有咲である(かわいい)。少し話し込んでたせいで待たせてしまったようだ。まあ大方いつもは真っ先に香澄がB組に向かっていって呼び出していたのだろう。あはは、と沙綾が宥める。

 

 

「…?つーか香澄どうした?なんか…」

 

 

言いかけてやめる有咲。まあ元気無くね?的な話だよね。今日だいぶそのやり取りしたからなぁ。だが今の俺には明確に元気の無い理由があるのだ!

 

 

「お弁当忘れちゃってね〜…」

 

「はぁ!?あの香澄がお弁当忘れた!?」

 

「むっ、そんなに驚かなくても〜、私だってお弁当忘れる時くらいあるよ〜?」

 

 

そんなに香澄が弁当を忘れる事は意外なのだろうか。食い意地張ってるキャラって訳じゃ無いよね?

 

 

「しょーがねー奴だな〜…」

 

 

溜め息をついて呆れる有咲。ここはアハハ〜と笑って誤魔化しておこう。

 

 

「って、そーじゃなくてその髪型はどうしたんだよ?」

 

「えっ?」

 

 

そうか、そうだった。もうなんか大体終わった話になってたけど、髪下ろしてるんだった。

 

 

「イメチェンだよイメチェン」

 

「イメチェン…?ふーん…」

 

 

納得してるのかしてないのか微妙な表情だが、これ以上この話を続ける程では無いようだ。その方がこっちも助かる。

 

 

「取りあえず中庭行こーよ。有咲のハンバーグが私を待っている!!」

 

「なんでだよ!!というかそんないつもハンバーグ入ってねーから!!」

 

 

おたえは相変わらず有咲のハンバーグ狙いだな…というかちゃんとレタス分けてくれるんだよね?レタスとはいえ今はめちゃめちゃ欲しいよ?

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホントに入ってたよ…」

 

 

有咲が自分の弁当箱を開いて開口一言。そこにはしっかりとしたハンバーグが入っていた。

 

 

「ほらね!」

 

「なんでおたえが誇らしげなんだよ!」

 

 

わいやわいやと騒ぐ二人。ゲームやったりしてる時に思ったけど、この二人のやり取りいいよね、うん。

 

 

「アハハ…あ、香澄ちゃん、はいこれ!」

 

「え…メロンパン!?いいの!?」

 

「うんっ、実は今日ちょっと買い過ぎたかなぁって思ってたから遠慮しなくていいよ?」

 

 

天使だ…大天使りみりんだ…!何かくれるとは言ったがメロンパンをくれるとは…!大きさも大きいし何より美味しい!これを買い過ぎたなんて言ってくれるなんて…

 

 

「りみりんありがとー!!」

 

「えへへ、喜んでもらえたなら良かった♪」

 

 

良心の塊かよこの子…感激しすぎてうっかり香澄よろしく抱きつきたくなったが我慢した。や、絵面的には微笑ましくても中身がね…

 

 

「私はこれ!」

 

「ええっ!?これは…!」

 

 

そう言って差し出したのはなんとからあげとタコさんウインナー!メインディッシュじゃないですかヤダー!

 

 

「こ、これメインのやつじゃないの!?いいの…!?」

 

「いいのいいの♪別にまだあるしね。」

 

 

あぁっ…!この子も天使だ…!天使しかいない…!

 

 

「あ、香澄、はいこれ!」

 

「あっ、うんありがと」

 

 

おたえが差し出したのは予告通りのレタスだった。うっかりちょっと微妙な顔しちゃったよ…まあでもみんななんとも言えない顔してるし大丈夫かな?

 

 

「結構充実してんなー、じゃ、私これな」

 

 

そう言って有咲は俺もとい香澄の弁当箱にサラッとハンバーグを4分の一に箸で割った物を置いてきた

 

 

「ええっ!有咲もくれるの!?」

 

「や、この流れで私だけ何も出さないのはおかしいだろー…」

 

 

そう言って呆れる有咲

 

 

「でもくれるって言ってなかったのに…」

 

「い、いちいち言う程の事でも無いだろ?とっ、友達なんだしこのぐらいふつーだろ…」

 

 

恥ずかしいのか顔を赤くしながら尻すぼみにそう言う有咲。かっ…可愛いっ…!!これがツンデレの威力か…!香澄が有咲によく抱きつきたがるのが改めて分かるっていうか…

 

 

「ありがとう!!有咲!!」

 

「お、おう…」

 

 

そう言って俺は有咲に笑みを向けた。有咲が可愛過ぎて良い子過ぎて自然に出た笑みだが、身体が香澄なおかげで凄い良い笑顔…なような気がする

 

 

「……?」

 

 

が、しかし有咲はなんだか不思議そうな表情をしている。なんだ?

 

 

「有咲?」

 

「へ?」

 

「どうかした?」

 

「あー、いや、なんでもない。出揃ったし弁当食べようぜー」

 

 

そう言っていそいそと自分の弁当に手を付ける有咲。他の皆も疑問に思っていたようだが、特に追及する気はないようで、食事タイムが始まった。

 

 

 

この時気付かなかったのだが、後に気付く事になる。皆が疑問に思っていたのは有咲の様子では無く、俺…香澄が消極的過ぎた事への疑問だったのだと…

 

 

(メロンパンうま…)

 

 

そんな皆の気持ちはいざ知らず、メロンパンを呑気に貪るのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued…

 




という訳で第1話でした。

今更気付いたけどバンドリの2次創作を書くにあたって台詞を考えるのが難しいキャラ結構いますね…
個人的には沙綾がめちゃくちゃ書きやすかったです。

本当は1日終えるまでの話を書いて1話にしようかと思ったのですが、力尽きました←
キリが良いかは微妙ですが取りあえずここまででご容赦下さい。

それではまた次回


※追記(2018/10/27 23:00)
有咲が髪下ろし香澄見た時の反応を入れ忘れていたので場面追加しました。なるべく気を付けますが、こういうミス今後多いかもです(小声)


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2話:決意しちゃった!

お待たせいたしました。
ちょこっとシリアスします。


「なぁ…香澄のやつどうしたんだ…?」ヒソヒソ

 

 

時間は放課後。無事に授業を終えた俺はまたしても机に突っ伏していた。

 

 

「分かんない…ただ昼休み終わるぐらいからなんか妙に落ち込んでる?というか…」

 

 

何故落ち込んでいるのか?その答えを教えるには、少し時間を遡る事になる

 

 

 

 

 

 

 

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「はぁ〜食べた食べた!」

 

 

昼休み、沙綾の言った通りこのタイミングに事は起こった。

何が起こったのか?皆でお昼ご飯を食べ終わり教室に向かっている途中、それは突然に訪れた…

 

 

「……っ!?」

 

 

突如自身の身体に襲い掛かる感覚。この感覚はそう、家で考えるのを後回しにしていたやつだ。普通に考えて避けられる訳も無いのに今の今まで一切考えなかったやつだ。

 

 

「……」

 

 

有り体に言ってしまうと、トイレに行きたくなった。いつかは来るなんて分かってたはずなのに、もうめちゃめちゃ焦った。この身体でトイレに行けと!?いや、しかし行かなかった場合待ち受けてるのは…

 

 

「香澄ちゃん?」

 

「えっ!?」

 

 

見るとりみが心配そうにこちらへ顔を覗かせている。他の皆も同様だ。

 

 

「どうかしたの?」

 

「や、えっとトイレ!トイレ行ってくるね!」

 

 

誤魔化したようで特に何も誤魔化してない返答をしてトイレに向かう。皆がこれまたきょとんとした表情をしてた気がする。ちょっと怪しかっただろうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

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「来てしまった…」

 

 

女子トイレの前に立つ俺。今更だけどいいのだろうか。ここに入るという事は…

 

 

(…しょうがないよな、俺は悪くない、悪くないぞ…)

 

 

自己暗示を掛け、重い歩を進めた…

 

 

 

 

 

 

 

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「………」

 

 

……やってしまった……俺は罪悪感やら興奮やらでもうどういう状態かよく分からなくなっていた。女子のトイレの仕方に関してはアニメやら漫画やらのシーンでたまにあるのでまあ意外と困らなかった。がしかし…うん、やめよう。トイレについて考察し続けるなんてまるで変態じゃかいか!うんやめよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

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これが起こった出来事である。やめようとか思いつつ結局色々と考えてしまってそんな自分に嫌気が差したりしてたのである。男は男である限り皆変態であるみたいな事をどっかで聞いてとても共感したものだが、俺にはその精神が足りないようだ。や、これ足りない方がいいんじゃね?足りない方が人として良くね?

 

 

「香澄保健室?」

 

「や、保健室はもういーよ…」

 

 

どんだけ保健室推しなんですかねこの子…気に入ったの?保健室というフレーズ気に入っちゃったの?

 

 

「なんだか知らねーけど、今日はとっとと帰って休んだら?練習もないしな」

 

「そうだね、香澄ちゃん今日は調子悪いみたいだし…」

 

 

調子が悪い訳では無いのだが…まあそういう事にしとこーかな…

 

 

「うーん、そうみたい。今日は寄り道せず帰るよ〜」

 

「えらく素直だな…ちょっと駄々こねるかと思ったが」

 

 

あー、香澄だったら多少調子悪くても遊びたがるのかもなぁ…

 

 

「取りあえず帰ろっか。香澄にもしっかり休んでほしいし」

 

「は〜い」

 

 

そんなこんなで5人で帰路に就くのだった

 

 

 

 

 

 

 

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「ただいま〜…」

 

 

香澄だったら元気良く言い放つのがらしいのだが、ついついおどおどした感じになってしまった。朝すぐ出て行っちゃったから下手したら学校よりまだ慣れてないな…

 

 

「香澄!アンタお弁当持って行かなかったでしょ!今日の夕飯お弁当だからね!」

 

「ご、ごめ〜ん…」

 

 

ちょっとしゅんとしてしまった。母親に怒られるなんて久々だな。や、母親じゃないけども。というか何気に初対面なんだよな、朝顔見ずに出ちゃったし。ハッキリとは覚えてなかったが、そういえばアニメでこんな顔だったな。

 

 

「あれ?そういえば髪下ろしてるの珍しいわね。高校入ってから欠かさずセットしてたのに」

 

「あ〜、まあちょっとイメチェンをね〜」

 

「ふ〜ん…好きな人でも出来た?」

 

 

ニヤッと笑いそんな事を聞いてくるお母さん。残念ながらそういうんじゃないんだよなぁ〜…

 

 

「いや、違うから…取りあえず着替えて来るからね」

 

 

 

適当に受け流し自室、もとい香澄の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「っ、はぁ〜……………」

 

 

ドサッ、と制服のままベッドに仰向けになる。今日は疲れた。

 

 

(普通に学校行っただけだけど…こんな疲れるなんて…)

 

 

これを毎日こなしてる学生超凄いって思ったが、まあ戸山香澄に成りきるというオプションが付いている事は勿論疲れに繋がっているのだろう。周りの環境もアニメやゲームと合致するところこそあるが、それも所詮は絵での話であり、実際に自分がそこで立ち回るとなれば話は別だ。結局は殆ど知らない環境のようなものなのだ。むしろちょっと知ってる分やりづらい。

 

 

(こんな事なら設定まで詳しいオタクになるべきだったか…いや、それなってもこの状況じゃ大して変わらなくね?)

 

 

バンドリは大好きなつもりだが、そこまで細かい設定を覚えてる訳でも無いし、そもそも知らないものもきっとあるだろう。アニメで出てきた『Glitter*Green』というバンドもあるが。名前をしっかり覚えているのは二人だけだ。

 

 

(あのバンドもやっぱり普通にいるのかな…?)

 

 

花咲川女子学園、花女の3年生4人で固められたバンドだが、ゲームの方には楽曲と一部シナリオのみでしか出てない。その出たキャラも俺が覚えてる二人だけだ。まあ覚えてる理由としてはゲームに出たからとかではなく、一人がメインキャラの姉、もう一人があまりにもキャラが強烈だったからだが…

 

 

(今のところ皆を見た訳では無いけど…はぐみとイヴは同じクラスにいた。そうなるとやはり他のバンドのキャラも皆いると考えるべきか…)

 

 

『他のバンドのキャラ』、はぐみとイヴの所属しているもの以外にも、『Afterglow』『Roselia』という2つのバンドがある。Afterglowの方は全員違う学校、羽丘女子学園というところに在籍しているはずなので、学校に行ってるだけでは会うことは無いのだろう。まあ今俺が香澄になっているという事を考えなければだが…

 

 

(そして…)

 

 

Roseliaだが、メンバーが羽女の2年二人、中等部3年が一人、花女の2年に二人なので、普通ならやはり接点は持たない。まあ香澄だし10月って事考えるともう持った後な気はするが…

 

 

「…取りあえずアレだな。当面の目標を考えよう」

 

 

そう言いよしっ、と気合いを入れる。

 

 

「香澄ーー!ご飯だよ〜!」

 

 

と、気合いを入れたところでガクッ、と倒れる。どうやら目標決めは後回しのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あれ?お姉ちゃんその髪型は」

 

「イメチェンでーす」

 

「え、ちょ、なにその投げやりな感じ」

 

 

会う人会う人に聞かれる質問な為、ちょっと返しが雑になってしまったぜ。皆やっぱあの星型ヘアーのイメージ強いのな。

 

 

「だってもうその質問されるの明日香で何回目〜?って感じなんだも〜ん」

 

 

明日香への接し方はこんなものだろうか?戸山姉妹のシーンそんなに沢山あった訳じゃないからな…うろ覚えだ。

 

 

「…明日香?」

 

「え…?」

 

 

え?なにその反応は…あっ…

 

 

「あー!あー!じゃなくてあっちゃん!ねー!ちょっとたまには呼び捨てしたりなんかしちゃったりしてー?あはははは……!」

 

 

やべえかなりテンパった感じになってしまった…まずったな…明日香の事はあだ名呼びだったそういえば…

 

 

「えぇ…?いや、まあ別にいいんだけどさ…なんでそんなに慌ててるの…」

 

「な、なんでもないから!なんでもなさすぎて逆に焦っちゃった…あはは…」

 

 

なんだよ逆に焦っちゃったって意味分かんねーよ…とっさの言い訳下手か!

 

 

「…なんかお姉ちゃん朝から変じゃない?大丈夫?」

 

「大丈夫大丈夫…うん、大丈夫だから」

 

「ホントかなぁ…」

 

 

明日香に心配させるのは申し訳無いが、香澄が香澄では無い限りしょうがないのだろう。妹やポピパのメンバー等近しい者達にはやはり疑問を思わせるところだったりを出してしまっていると思う。母親もまだ接触回数が少ないだけで、時間の問題かもしれない。いつまで自分が香澄じゃない事を誤魔化せるか分からないが、悟られる訳にもいかない。実は朝起きたら香澄になっていた別人です、なんて言っても信じてもらえるとは思えない。本気で言ってる事は信じてもらえても、精神的な方の不調を疑われるだけだろう。これが無くなる為には戸山香澄本人がこの身体に戻るしかないのだ。その為に俺がやる事は…

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……」

 

 

現在俺はお風呂に入ってる。

 

 

「肌が若い…」

 

 

勿論戸山香澄の身体でである。恥ずかしいし罪悪感もあるし興奮も無いとは言わないが、だからと言って入らない訳にもいかない。華の女子高生だぞ?入らない訳にはいかんだろ…それにもうトイレに行ってしまった身だ。今更慌てる事は無い。無いと思ってたんだが…

 

 

「……」

 

 

うん、トイレで上半身は出さなかったからね。トイレをこなした俺は最早無敵かと思ってたが、まだ男のロマンが残ってたよ、うん。

 

 

「もう出るか…」

 

 

湯船から立ち上がった際、うっかり鏡で全身を見てしまい見惚れてしまう。くっ…いたいけな女子高生の身体に男の俺の魂?が入ってしまうとは…神様ありがと…じゃなくてなんて酷い事を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「さて…」

 

 

パジャマに着替えて自室にやって来た。こっからが俺のやりたかった事だ。今の状態を改めてしっかりと確認し、当面の目標を考える。

 

 

(と、言っても最終的な目標は決まってるよな…)

 

 

最終的な目標。それは、元の身体に戻り、自分の生活を取り戻すという事だ。俺は元の世界が嫌になったとかは特に無いし、今の経験は貴重ってレベルでは収まらない程レアだが、それでも俺は元に戻りたかった。あちらの世界には残してきたものが沢山ある。家族、オタク友達、録り溜めたアニメ、ゲーム…あれ?意外と少ないし後半行くに連れてしょぼくなってったな…あ、仕事はノーカンで。

 

 

「そういえば、元の俺の世界での俺はどうなってるんだ?」

 

 

眠っている?香澄が代わりに入っている?そもそも時間が進んでない?香澄が代わりに入ってるのはまずいなぁ…高校生がいきなり社会人として放り出されて上手くやれる気がしない…言っちゃなんだけど香澄だと特に…そもそも俺なんかの身体に香澄が入ってる状態は申し訳無さ過ぎて死にたくなるな、うん。

 

 

「あるいは…」

 

 

この身体の中で香澄の精神は眠り続けてる、とか?

 

 

「……」

 

 

眠り続けてるならまだいい。ただ、一つ考えたくない可能性があった。もし、もしそうなら俺は…

 

 

「……そもそも、香澄の精神は残っているのか…?」

 

 

もし、俺がこの身体に来た拍子に消えてしまったのなら。それは、最早俺が香澄を殺してしまったも同然では無いのだろうか…最も考えたくない可能性だし、そんな確証がある訳でも無い。だがしかし考えてしまうのだ、そんな最悪な可能性を。

 

 

「……」

 

 

そもそも、ここはゲームの世界なんかでは無いと考えるべきだろう。異世界、というのは非現実的だがこの状況においては認めざるをえない。しかし、今こうして俺がここにいて、皆が生きている。紛れもなく、皆がここで生きているのだ。世界の仕組み、なんて言ったら到底分かる問題では無いが、この限りなくバンドリに似た世界は、確かにどこかに存在しているのだ。そんな世界で俺は一人の少女の人生を、現在進行系で奪ってしまっている。自分の意思では無いかもしれない。だがこの事実は間違い無い。下手をしたら先程言ったように殺してしまった可能性すらある。

 

 

「あ…」

 

 

気が付いたら涙が出ていた。考えれば考える程悪い方向に考えてしまう。昔からの悪い癖だ。お気楽に生きているつもりでいてもどうしても色々と悪い方向に考えて、勝手に苦労して勝手に自己嫌悪して…悪い癖だと分かっていてもなかなか直せない。クラスの皆は遅刻した俺を暖かく迎え入れてくれた。皆おはようと言ってくれた。弁当を忘れた俺に、ポピパの皆はおかずを分けてくれた。嫌そうな顔なんて一つもせず、友達なんだからこのくらい当然だと。だがこれは、本当は戸山香澄が受けるはずだったのだ。今までここで生きてきていたはずの、戸山香澄の行いがあったからこそなはずなのだ。そんな皆の優しさを、俺は自分が戸山香澄ですと偽って皆から受け取ってしまった。改めて考えて、この事実が自分にのしかかる。

 

 

「まいったな…」

 

 

夢かもしれないとも思った。だがそんな浅はかな希望は今日一日で打ち砕かれた。この世界でたった一日、たった一日過ごすだけで、生きている人達を見るだけでどうしようもなくここは現実だと思い知らされたのだ。そもそも、夢の中では現実か夢か分からないが、現実は現実だとハッキリ分かる。結局は逃げていただけだ、この非現実的状況から。俺は間違いなくこの世界で戸山香澄になってしまったのだ。そうする事で、戸山香澄を…

 

 

prrrrr…

 

 

「え?」

 

 

思考の泥沼に嵌っていた頭を掬い上げたのはスマートホンへの着信だった。

 

 

「〈ありさ〉…」

 

 

平仮名で登録してるのがなんとなく香澄らしいと思いつつ、俺はスマホを手に取った。

 

 

「…もしもし?」

 

『あ、もしもし…?って、する方はもしもし言わなくていいのか…』

 

 

有咲から電話が来るとはあまり思ってなかったが、この様子だとなんだか意を決して電話したような…?

 

 

「どうしたの?」

 

『あー、なんかさ…その、アレだよ…ちょっと心…配…というか…』

 

 

心配…かなり恥ずかしがってるのは簡単に想像できるが、それでやたらと緊張したような声だったのか。

 

 

『お前さ〜、なんか今日やっぱ変だな…ってちょっと思って…大丈夫とは言ってたけど…』

 

「有咲…」

 

 

まただ、また香澄に向けられるはずの優しさを俺が…

 

 

『ほら…前にこんな流れでさ、私がやらかしちゃったし…』

 

「え…?」

 

『えっと…二重の虹(ダブルレインボウ)作った時にちょっと一悶着あったろ…?まあ、大体私のせいなんだけどさ…』

 

 

二重の虹か…ゲームと同じ話をしてるんだろうかとは思っていたが…。二重の虹とは、ゲームでのバンドストーリーといういわゆるメインの話(メインストーリーという名のものは別にあるが、こちらをメインと言ってもいいような内容ではあるだろう)でのポピパ編2章に当たる話だ。ざっくりと説明すると、有咲が少し無茶をしてしまい仲違いのような形になってしまうのだが、香澄がもう一度皆を繋ぎ直す為に奔走。最終的には皆仲直りし二重の虹(ダブルレインボウ)という曲でクライブ(蔵でのライブ)をするという内容だ。

 

 

『だから〜その~…気のせいだったら私の勝手な勘違いだからいいんだけどよ…、なんかあるなら…アレ、一人で思い詰めんなっていうか…』

 

「……有咲はさ、もしも自分が知らない場所に来ちゃったら、どうする?」

 

 

少し……有咲の優しさに申し訳無さを感じつつも、人の声を聞けて、頑張って素直になって心配している、そんな優しい声を聞いて気が緩んでしまった。

 

 

『…なんだそれ…?どうするって言われてもな…なんとか帰ろうとするんじゃないか?』

 

「そっか…そうだよね…なら…頑張っても帰れなさそうな時は?」

 

『…?まあそうだな…最悪そこで頑張るとか、そこに誰か人がいれば協力してもらうとか、か?』

 

 

協力してもらう、か…だけど、協力してもらう訳にはいかないし、ここで頑張ってもいずれボロが出る。何より香澄が…

 

 

「…そこで頑張る事も、協力してもらう事も出来なかったら?」

 

『……』

 

 

返答が、途絶えた。

 

 

『香澄』

 

「…?」

 

『それが…それが、今お前を悩ませてる何か、なのか?』

 

「……」

 

 

…答えられなかった。油断した、と思った。何故ここまで核心に近づけるような事を訊いてしまったのだろうか。

 

 

『香澄さ…正直香澄の置かれてる状況は、さっぱり想像がつかない。何があってそんな質問をしてきたのかも。だけど…相当参ってるんじゃないの?』

 

「ち、違う違う!ちょっと聞いてみただけだよー!びっくりしたー?」

 

 

咄嗟に自分を取り繕う。今更手遅れ感が強いが、そうせざるを得なかった。

 

 

『…無理には聞かない…でもさ、どうしても耐えられなくなったら…私達、いや私だけでもいい。私じゃなくても、りみ、沙綾、おたえ、誰でもいい。ポピパの誰かに相談しろよ。ポピパは香澄が繋いでくれた…い、いやなんでもねー!とにかく!近い内に私達の誰かに相談しろ!いい!?』

 

「……うん。ありがと、有咲。」

 

 

…香澄は愛されてるな…有咲に。いや、きっと皆から愛されてるのだろう。友達からも。妹からも。母親からも。有咲以外のポピパの面々の心配も表にこそあまり出さないようにしていたが、学校にいた時や帰り道で痛い程伝わってきた。だから俺は、

 

 

『…そういう事だからな!じゃあな!お休み!』

 

「うん、お休み有咲」

 

 

こんな皆に愛されている戸山香澄を取り戻すべきなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「やるべき事…目標…」

 

 

俺の生活を取り戻すだけじゃない。戸山香澄の生活も取り戻す。精神云々考えても時間の無駄だ。今はやれる事を地道にやっていこう。有咲のおかげで悪い方向へ向いていた思考を切り替える事が出来た。こんなに愛されている子だ。それを奪っていい道理は無い。その想いは変わらない。だからこそ、今奪ってしまっている俺が取り戻す為に頑張るべきなのだろう。戸山香澄という少女に、戸山香澄としての人生を取り戻させる。これが最大の目標だ。何がどうなったかなんてここで考えてもしょうがない。取りあえずは一旦周りに悟られないようにしつつ、色々と調べるべきだろう。きっとこうなった事には何か原因があるはずだ。こんなファンタジーな話の原因を調べるなんてどれだけ大変か想像もつかないが、それでもやるべきだ。

 

 

「…よしっ!!」

 

 

頬を両手で叩き気持ちを切り替える。明日もまた学校だ。今日はもう寝て英気を養おう。

 

 

(きっと取り戻してみせる…!)

 

 

その想いを胸に、眠りにつくのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued…




お疲れ様でした。
そんな訳で主人公の決意の回です。
この回でお分かりになったと思いますが、この話は主人公が戸山香澄として戸山香澄という存在を取り戻すのがメインテーマです。
ちょっとメンタル弱くし過ぎかな?とかネガティブ過ぎかな?とか思わなくも無いですが、知らない世界にいきなり来たなんて状況だしまあいいかなって感じですかね。まあそういうもんかってくらいの気持ちで見て頂ければと思います。私だったらもう諦めて楽しむ方向にシフトチェンジするかもしれません。
果たして主人公、蒼は戸山香澄を取り戻せるのか!?というよくある煽り文を付けてまた次回とさせて頂きます。

それでは、ありがとうございました。


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3話:商店街に行っちゃった!

お待たせしました。第3話となります。

予約投稿を使っているのですが、特に何時にとかは決めてないです。なんとなく切りのいい時間にしてます。
今のところ3日前後ぐらいで次話投稿できてますが、ずっとそうとは限らないので悪しからず。


戸山香澄を取り戻す。そう決意した翌日。俺は放課後に商店街へとやってきていた。

 

 

「おぉ…」

 

 

やはりアニメで見た事のある光景だ。こうして自分目線で見るのは初めてだが。まあ本当はこの身体は自分のでは無いという事は一旦置いておく。

 

 

(しかし悪い事しちゃったな…)

 

 

実は今日、バンドの練習があったのだ。これがあるのにギターが出来るのか確認しておかなかったのは完全に俺のミスなのだが、それが確認出来てない状態で練習に向かう訳にもいかない。ちなみに俺は元の通りならギターなんぞ弾けないはずだが、今の状態ならもしかしたら出来るのかもしれない。が、それに賭けていくのは流石にマズイ。本来やろうと思っていた事もあり、俺は申し訳無さを感じつつもまだ調子が悪い事にして、練習を休んだのだ。

 

 

「あ、山吹ベーカリーだ…」

 

 

俺は山吹ベーカリーの場所を確認し、近づかないようにする。体調不良を理由にしてるのでポピパのメンバーに見つからないようにしなければならない。ついでにはぐみとイヴも同じクラスなので、話が漏れる可能性を考えるとなるべく会いたくない。イヴは多分大丈夫だと思うのだが、はぐみは北沢精肉店…はぐみの家で経営しているお店があるのでこちらも避けるべきだろう。

 

 

(と、なると…行けるところ結構限られてくるな…)

 

 

そもそも俺が何故そんな見つかる可能性があるにも関わらず、商店街に来ているのか。これが先程言った、学校の授業中の間も考えていた『本来やろうと思っていた事』なのだが、それは『相違点を調べる』という事だった。相違点とは、複数の物の間での違うところの事を言う…的な事がwikiに書いてあった。なんかちょっと相違点って言い方格好良くない?というのは置いといて、この世界は限りなくバンドリの世界を模しているように見える。描写する程の事でも無い事は置いといても、キャラや色んな場所の風景。学校もうろ覚えではあるが大体合っていたと思う。俺がアニメやゲームで見たものばかりだ。この世界の人達がちゃんと生きていると思っているのは変わらないが、ここまでバンドリというものを模しているのには何か意味があるのではないか?そう考えた。そもそも、世界には既に…いや、ついこの間出来た相違点が一つ確実にあった。

 

 

(…俺、だよな…)

 

 

この世界の戸山香澄は、俺が知ってるバンドリの世界の戸山香澄とは違う。姿はそれでも、蒼山蒼という人物の精神が入っている。これは間違いなく相違点と言っていいだろう。つまり今の俺自身が相違点である訳だが、そんな俺と同じ存在を見つける事が出来れば何か分かる事があるのではないかと考えたのだ。別に人でなくともいい。小さな物でも、何か俺の知ってるバンドリとは確実に違う物が見付けられれば…

 

 

(と、言ってもな…)

 

 

長々と思考したが、この考えは掴み所の無い非常にふわふわした希望的観測であるのも確か。実際違う点が見つかったからと言って、だからなんなのか?戸山香澄を取り戻すヒントなんて何も見つからないかもしれない。しかし、今はこんな希望的観測に縋るしか無いのである。バンドリの世界観は基本的には現実に忠実だ。こんな憑依現象の手掛かりを掴む為に何をしたらいいのかというのはかなり悩んだ。悩んだ末に取りあえず出した結果に過ぎない。だが何もしないよりはマシと信じ、やってやるしかなかった。

 

 

(商店街を見てるだけじゃ相違点かどうかも分からんな…そんな細かい配置まで覚えてないし。)

 

 

キョロキョロと辺りを見回すも、商店街だな〜という感想しか浮かんでこない。仮に相違点があってそれに意味があったとしても、こういううろ覚えな部分であったら詰みなのでは…

 

 

「あら、香澄ちゃんじゃない!」

 

「へ?」

 

 

うっかりちょっと間抜けな声を出し振り返ってみるとそこには…いや誰!?誰このおばちゃん!

 

 

「あらあら髪下ろしたのね〜、前の髪型も良かったけど、それも大人っぽくて素敵ね〜」

 

 

どうも向こうはこちらを知っているようだ…、知り合いみたいだが、いわゆるモブ的なキャラなのかもしれない。ゲームとかで台詞はあるけど声も無いし姿も作られてないやつね。

 

 

「そ、そうですか?えへへ…」

 

 

取りあえず照れくさそうにしてみる。初めて学校に行った時も思ったが、モブの名前は分からないのか?香澄が覚えてる事はふわっと分かると思ってるのだが、どうもその他大勢的な人達の名前は分からない。ちょっと失礼か?

 

 

「あ〜そうそう、それでね〜…」

 

 

あ、まだなんか続くんですか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「それじゃあね〜」

 

「は、はーい」

 

 

なんとか頑張って作り笑いをしながらおばちゃんに手を降る。つ、疲れた…マシンガントークって程では無いが話す内容が途切れない途切れない。香澄にも大変な知り合いがいたもんだ。いや、戸山香澄本人ならさっきのおばちゃんともノリノリで楽しく会話するのかもな…

 

 

「は〜ぁ…」

 

 

ガクッとその場で項垂れる。もう帰っちゃおっかな…精神的疲労がね…ちょっとね…?

 

 

「あれ……もしかして、香澄…?」

 

「……へ?」

 

 

またしても声をかけられた。さっきと違う、どう考えても聞いたことのある声だ。疲れなんてまるで無かったかのように後ろを振り返る。

 

 

「ホントに香澄だ…髪、下ろしたの?」

 

「あ………蘭、ちゃん」

 

 

そこには、メインキャラクターの1人、ショートの黒髪に赤色のメッシュを垂れ下げた髪型をしているクールそうな女の子、Afterglowのギターボーカル、『美竹蘭』が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「へえ、イメチェンしたんだ。悪くないね。」

 

 

蘭と一緒に商店街を歩く俺。話を聞くと、蘭は江戸川楽器店という楽器屋に用があるみたいだった。今は、折角なので彼女に付いていっている。

 

 

「皆最初に髪の事言ってくるんだよ〜、実はちょっと疲れちゃった〜なんて。」

 

「そう?香澄の性格だと嬉々として周りに言って回りそうだと思ったけど。」

 

 

うっ、そうなんだろうか。言われてみるとそうかもしれない。

 

 

「それに、そりゃ皆気にするよ。だってずっとあの猫耳…じゃなくて星型だっけ?あの髪型にしてたんだし。一瞬誰かと思った。」

 

 

もうこれは会う人会う人に聞かれるのはしょうがないのか。くっ、こうなったら星型ヘアーの練習でもするか?

 

 

「ま、まあまあいいじゃん!ほら、私衣装の時とかは時々下ろしてるよ?」

 

「それは衣装じゃん…」

 

 

衣装だと何がいけないんだおい。

 

 

「あ、着いたね。」

 

 

江戸川楽器店へと到着。店内へと足を運ぶ。

 

 

(おお…楽器店とか初めて入った…)

 

 

アニメの影響で楽器始めました!とかは無かったので、この手のお店へは初入店である。なかなかどうして、見てるだけでも結構楽しいかもしれない。

 

 

「香澄どうかした?」

 

 

はっ、よく考えたら香澄だってこのお店はもう慣れ親しんだ店のはずだ。あまりキョロキョロしすぎるのはよくないか。

 

 

「な、なんでもないよ〜あはは…。ねえ、蘭ちゃんは何か買いに来たの?」

 

 

適当に誤魔化して蘭に話題を振る。楽器店に行くとは聞いたが、何をしにいくのは聞いていなかったので丁度よかった。

 

 

「ん、ちょっとピックをね。」

 

 

ピックを買いに来たのか?ぶっちゃけ俺はギターの事、というか楽器の事に関しては全然詳しくない。素人と言ってもいい。バンドリの中で出てくる楽器に関連する話は流しめに聞いていた記憶がある。楽器自体にはそこまで興味無かったからかもしれない。

 

 

「あ…」

 

 

暫く悩んでから、気になるものを見つけたようで手に取る蘭。色々回したりして見ているが、やがてそれを元の置いてあった場所に戻したのだった。

 

 

「いいの?」

 

「うん。いいかなと思ったんだけど、近くで見るとそこまでしっくり来なかったから。」

 

「へぇ…」

 

 

しっくりとか全然分からんが…まあギターをやってる人には分かる何かがあるのだろう。

 

 

「やっぱり買うのはやめるよ。私は帰るけど、香澄は?」

 

「え?あ!待って!蘭ちゃんこの後暇?」

 

 

まだ帰らないでくれ頼むから。わざわざ蘭についてきたのは目的があるのだ。

 

 

「へ…?いや、まあ暇だけど…」

 

「よ、良かったらちょっとどこかでお茶しよーよ!蘭ちゃんともうちょっとお話したいし!」

 

 

香澄の演技も少しは板についてきたかもしれない。今のところ蘭に香澄の振る舞いで疑問に思わせているところは殆ど無いだろう。

 

 

「もうそれなりの時間だと思うけど?」

 

「お願い!ちょっとだけちょっとだけ!」

 

 

もうこれでもかとぐらい頼み込む。まあ最悪駄目でもいいのだが、折角会えたのだから今目的を果たせるならそれに超したことは無い。

 

 

「…分かった。ならどこ行こっか?」

 

 

よ、良かった。こっちの態度に折れてくれたようだ。

 

 

「あっ…えーっと…蘭ちゃんに任せます!」

 

 

ここでドヤ顔!おお、予想通り過ぎるほど蘭が「ええ…」という反応を見せている…。まあぶっちゃけ話が出来れば良かったので場所とかは考えてなかった。

 

 

「香澄から言い出したのに…じゃあつぐみん家でいっか。」

 

 

つぐみん家…羽沢珈琲店か?いいかもしれない。つぐみももしいれば情報収集が更に捗るかも。つぐみとは、蘭の幼馴染の一人であり、Afterglowのキーボードを担当するメンバーである。

 

 

「了解であります!それじゃ行こ!」

 

「はいはい…」

 

 

そうと決まればレッツゴーだぜ!…そういえば、ここってグリグリ(Glitter*Green)のどなたかがいなかったっけ…たまたまいなかっただけか?一応今度調べといた方がいいか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は何か大事な事を忘れている気がする…何か…大事な…

 

 

(待てよ!?ここってイヴちゃんバイトしてなかったか!?)

 

「いらっしゃいませ…って蘭ちゃんに香澄ちゃん!」

 

 

もう蘭さん入ってるううう!ちょっと待って大丈夫なのか!?

 

 

「つぐみ、今日は手伝いの日なんだ?」

 

「うん、そうだよ。蘭ちゃんは香澄ちゃんと一緒に何かしてたの?」

 

「さっきたまたま会ってね」

 

 

こ、これが生つぐみか…ふわっとした茶髪のショートカットが可愛らしい。茶色だよね?それはともかく感心してる場合では無いのだが…

 

 

「ど、ども〜。」

 

 

ひらひらと手を振ってみると、満面の笑みで「こんにちは〜。」と手を振り返してくれた。この世界天使多すぎか?

 

 

「香澄ちゃん、髪型変えたの?」

 

「あ、うん。ちょっとイメチェン的なね。」

 

 

もはやお決まりとなった返しをする。今のところ香澄の知り合いや友達には皆聞かれているが、本気で星型ヘアーを練習するべきだろうか。いや、でも俺がそれをやろうとしてもエセ星型ヘアーどころかそれすら完成しないだろう…

 

 

「え〜っと…」

 

 

辺りを見回す。見たところイヴはいないようだが…

 

 

「どうかしたの?」

 

「あ、今日はイヴちゃんいないのかな〜って。」

 

「イヴちゃんは今日はシフト入ってないよ?何か用事でもあったの?」

 

「あ、いや〜なんとなく気になっただけ!うん!」

 

 

良かった…今日はいないらしい。これなら安心して目的を果たせる。

 

 

「あっ、席案内するね。二名様ご案内で〜すっ。」

 

 

そう言ってつぐみは俺達を二人席へと案内する。窓側じゃなかったのはたまたまだが、結構助かるな。ここで話してる途中に外から誰かに見つかるのはごめんだ。

 

 

「それで?なんか話したい事あったんだよね?」

 

「えっ?やーそんな何か決めてた訳じゃないけど〜単に蘭ちゃんとお話したかっただけだよー。」

 

 

嘘だ、俺には明確な目的がある。ただこれを大っぴらに言ってしまうと「なぜ?」と思われる事間違い無しなので、あくまでもなんとなく尋ねるかんじにしなくては…

 

 

「まったく、変なの。それなら香澄からなんか話してよ。私そういうのあんまり得意じゃないからさ。」

 

「あ、うん。え〜っとさ、今日学校でね〜…」

 

 

とにかくその流れにもっていく為、蘭との雑談を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばAfterglowって今曲どのくらいあるの?」

 

 

つ、疲れた…。やっと俺は望んでた流れに持ってこれたのだ。そう、俺の目的は、Afterglowの楽曲がどうなってるのか知る事だった。バンドリのゲームでは、バンドのイベント毎にオリジナル楽曲を配布しており、これを知ってイベントの話がどのぐらい済んでいるのか把握するのが狙いだった。ホントは香澄本人が所属するポピパからやるのがいいし、実際やろうと思っていたのだが、ポピパでそれを探るのは蔵練習の時とかがいいだろう。ここで蘭に偶然会えたのもあって、取りあえず先にAfterglowを調べる事にしたのだ。

 

 

「えっと、どのぐらいだったかな…10までは行ってないぐらいだったと思うけど…ちょっと待って。」

 

 

そう言って蘭はスマホを取り出す。もしかしてスマホに入ってるのか?

 

 

「データ入れてるの?」

 

「うん、一応ね。」

 

 

暫くスマホを操作し、蘭は口を開く。

 

 

「……8曲…だね。」

 

「見せて見せて!」

 

「ん。」

 

 

蘭からスマホを受け取り画面を見る。そこにはデータ保存してある楽曲一覧があった。

 

 

・That Is How I Roll!

・True color

・Scarlet Sky

・Hay-day狂騒曲(カプリチオ)

・Y.O.L.O!!!!!

・Jamboree!journey!

・COMIC PANIC!!!

・ツナグ、ソラモヨウ

 

 

…ふむ、多分知ってる曲は全部あるな。知らない曲は一個もない…つまり、大体俺が知ってるところ辺りまで進んでいるのか?

 

 

「ありがと!」

 

 

お礼を言い、スマホを蘭に返す。楽曲に相違点があるかもしれないとも思ったのだが、Afterglowはシロっぽいな…まああるとしたら1番ありそうなのは我らがポピパだとは思っているが…

 

 

「というか曲数ならポピパの方が多いんじゃないの?」

 

「あ〜、まあね〜、私達も結構もう経ったのかなぁ?」

 

 

いや、知らんけどね。そもそもサ○エさん時空なのかそうでもないのか分からんバンドリは、どのぐらい経ったとかの話はキャラにはあまりさせてなかった気がする。今いる世界がまさかサ○エさん時空になってるとは流石に思えんが…。あ、ちなみにサ○エさん時空というのは最早説明不要なような気がするが、一応説明しておくと歳はとらないのに時間は進んでいくような現象の事だ。厳密に説明するならもうちょっとあるのだが。某アニメから名前が取られた。

 

 

「…香澄、そろそろ私帰るよ。時間も時間だし。」

 

「え?あ!もうこんな時間?」

 

 

時刻は夕方、というかもう夜というべきか、18:00になっていた。曲数の話題に持っていくのに時間をかなり使ったようだ…。まあ時間掛かってもちゃんと持っていけたのでいいだろう。

 

 

「そうだね、そろそろ帰ろっか。」

 

 

席を二人で立ち上がり会計に向かう。

 

 

「あ、蘭ちゃんと香澄ちゃんもうお会計?」

 

「うん、お願い。」

 

 

会計に行くのを察してつぐみが対応してくれる。というかこの子どのぐらい働いてんだろうか…家のお手伝いなはずだが、この時間になってもまだあがりそうな気配は無いな。

 

 

「それじゃあね、つぐみ。」

 

「うん、また明日ね!香澄ちゃんもバイバイ!」

 

「バイバイ!また来るね!」

 

 

二人で店を出たあとぼちぼち蘭とも別れ、ポピパメンバーに見つからないよう気を使いながら帰宅するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ギターギターっと…」

 

 

場所は香澄の部屋、もうご飯は食べ終え風呂も入った後だった。俺は今日バンド練習を断る原因にもなったギターが弾けるかどうかの確認をしようとしていた。

 

 

「おお…これが…」

 

 

置いてあったギターケースを開くと、そこには戸山香澄のギターとしてお馴染みの真っ赤な星型ギター、『ランダムスター』が入っていた。そもそもギター自体なかなか生で見る機会は無いので、思わず感嘆の声が漏れる。

 

 

「さて…」

 

 

ギターを手に取り、慣れたような手つきで構える。…うん、慣れたように出来るという事はもしかして…

 

 

「よし…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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結論から言うと、弾けた。ときめきエクスペリエンスを頭の中で思って手を適当に動かしていたのだが、適当にと思っていた手は的確に曲を奏でてくれた。若干ミスしたりするところはあったが、身体が覚えてるのはあくまでふわっとだけなのでまあしょうがないだろう。俺自身ギターの経験なんか無いから、ミスを俺の意思でフォローする事も出来んし。

 

 

「まぁ、これなら練習もやり過ごす事ぐらいなら出来るか…?」

 

 

出ずに済むならそれが一番いいが、香澄じゃないという事を誤魔化すなら出ない訳にもいかない。それこそ怪しまれてしまう。それに楽曲の有無も調べたい。

 

 

「明日、か…」

 

 

スマホのスケジュール表を見る限り、明日はバンド練習がある。今日行かなかった分、ホントに体調不良にでもならない限り明日行かないという選択肢は無いだろう。なんとかやってやるしかない。

ギターをケースにしまい、ベッドに寝転がって今日の事を考える。

 

 

(学校は特に問題無く終わらせられた…商店街を見て回ってもそれ自体だと何も分からなかったけど、蘭とかつぐみに会えて、なおかつAfterglowの状況を調べられたのは良かったな。)

 

 

先程見たAfterglowの楽曲の中に、『ツナグ、ソラモヨウ』というものがあった。あれは、ゲームにおけるAfterglow2章でのテーマだ。詳しい内容は割愛するが、ポピパの2章みたいに色々あったと思ってもらえればいい。

 

 

(あそこまで進んでるなら、他のバンドもかなり話は進んでるのかもな。)

 

 

他バンドの事は追々調べるとして、明日はポピパの事を調べなくては。今のところ人物の方に相違点は見受けられない。あるとすれば分かりやすいのはやはり楽曲だと思うのだが…それとも誰かの家に何かあったり…?まあ相違点なんて物がそもそも存在するのかと言ってしまうと悲しくなるが、まあある物と考えていくしかない。あるのか無いのかなんて考えても香澄をこの身体に戻す事は出来ない。

 

 

(ま、朝起きた時に気が付いたら戻ってるとかがあればな、とは思うが…)

 

 

あまりその可能性は期待出来ない。いやまあなってくれればそれはそれでいいんだけどね。

 

 

「取りあえず寝るか…明日の準備ももう終わらせたし…」

 

 

明日の事は明日の自分に任せるとしよう。バンド練習、上手くできるといいが…。そんな事を思うあたり全然任せられてないのだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued…




そんな訳で蘭ちゃんとつぐみちゃん(あとなんか商店街のおばちゃん)登場会でした。まあつぐみちゃんはそこまで喋ってませんが、今回は蘭ちゃんとの会話がメインだったのでしょうがないですね。今後また登場予定はあるのでつぐみちゃん成分欲しい人はお待ち下さい。

それではまた次回。


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4話:約束しちゃった

展開早いかな?そうでもないかな?


商店街へと行った翌日、俺はポピパメンバーと一緒に有咲の家へと向かっていた。厳密には家の蔵だが。そう、今日はいよいよポピパメンバーとバンド練習の日だ。

 

 

「香澄、復帰するのはいいけどあんまり無理はしないでね?」

 

「大丈夫!元気元気〜!」

 

 

沙綾からのそんな心配の声を身振り手振りで元気ですよアピールして返す。ギターは朝有咲の家に行った際に置いてきたので、今は持ってない。

 

 

「ホントか〜?いつぞやの時みたいに無理してなきゃいいんだけど。」

 

 

いつぞやの時とはいつだろうか。アニメの時か?

 

 

「声が出ないのはびっくりしちゃったもんね〜…」

 

 

やはりアニメの時の話のようだ。簡単に説明すると、アニメでのある出来事によって香澄は声が出なくなってしまう。一旦治ったと思って練習を再開するのだが、いざ始めるとまたしても声が出なくなったのだ。その後ポピパメンバーの励まし等あり声が出せるようになったのだが、やはりポピパメンバーからしても当時の香澄はかなり無理していたのだろう。

 

 

「そ、その節はご迷惑お掛けしました〜…」

 

 

取りあえず申し訳なさそうに謝罪しておく。あれから、有咲と電話したあの夜から、俺はポピパメンバーには何も話してない。相談しろとは言われたが、そういう訳にもいかないからだ。その事を皆どう思っているのか。心配してないという事は無いのだろう。今の話題だって、何も言わない俺、もとい香澄に痺れを切らした沙綾が探りを入れるような感じだった。きっと全員に何かが変だとは思われている。特に、直接その事で電話した有咲には。だが本人…俺に聞く事はしてこない。もしそれで大切な友達に負担を掛けたらという気持ちがあるのかもしれない。有咲はかなり踏み込んできた方だが、それでも最後の決断は香澄本人に委ねた。そしてそれを俺は無下にしてしまっている形になってしまっている。その事に引け目は感じるのだが、何よりも香澄を取り戻さなくてはならないので、しょうがないと無理矢理自分に言い聞かせている。香澄さえ取り戻せれば、全ての状況が好転どころか解決すると信じて。

 

 

「着いた着いたっと…」

 

 

考え込んでたらいつの間にか有咲の家の蔵へと辿り着いていたようだ。いかんいかん考え込むとか香澄のキャラじゃ無いよな。こういう事するから余計怪しまれる、とは思っているのだが、どうも性分はなかなか変えられない。

 

 

(おお…)

 

 

蔵の中の光景に心の中で感嘆の声をあげる。蔵の中はよくアニメでも出てきていたし、ゲームのストーリー中の背景なんかにもあったりして結構覚えている。覚えている限りではそのまんまの光景だ。第三者視点で見ていたのが自分視点で見れるのは結構テンションが上がる。

 

 

「それじゃどうすっか。」

 

「何か適当に合わせる?」

 

 

練習をどうするかの話が進んでいく。こういう時香澄から何か言った方がいいのだろうか?ただ下手な事言って普段と違う事を言ってしまうのも…。しかし、今の所は俺が何も言わない事に特に触れずに話は進んでいるようだ。普段から意外とそこまで何がしたいとかは言わない?というのは香澄の性格的に考え難い。おそらく今のなんだか少し変な香澄だからこそ、思うところがあっても何も言わないのだろう。これが気遣いでそうしてくれている時はいいが、いずれは不信感に変わってくる可能性も0では無い。そうなる前に、この憑依問題にケリを付けたい。まあ、今の所手掛かりすら無いのだが…

 

 

「香澄。」

 

「へ?」

 

 

気付けばおたえが俺の、香澄の顔を覗き込んでいた。そうだった。皆は聞いてこないがおたえは性格的に気にせず聞いてくるかもしれないというのは考えておくべきだった。

 

 

「どうしたの?いつもだったらあれやりたいとかこれやりたいとか言ってるのに。」

 

「や〜、えっと〜…」

 

「おたえ〜、病み上がりみたいなものだしあんまり無理言っちゃ駄目だよ〜?」

 

 

おたえの疑問に答えあぐねていると、沙綾が助け舟を出してくれた。正直助かった。病み上がりという訳では全然無いが、そういう事にしておいてくれた方が色々と都合がいい。

 

 

「きょ、今日は皆でやりたい曲出し合ってよ。私合わせるからさ。」

 

 

アハハ、と笑って誤魔化す。おたえも取りあえずは納得してくれたようだ。まあまだ「うーん…」とか唸ってたりするけども。納得してくれたと信じよう、うん。

 

 

「取りあえず『キミにもらったもの』合わせるか。」

 

「あっ、いいね。バースデーソングの時以来だから結構久々だなぁ。」

 

「あの時は皆ありがとね?」

 

 

『キミにもらったもの』か。ポピパの曲の中でもかなりゆったり目な曲だ。香澄の体調に気を使ってあまり疲れない曲をチョイスしたのかもしれない。ちなみにバースデーソングの時とは、りみの姉、牛込ゆりの誕生日の際に送る為作った曲だと記憶している。ゲームでのイベントエピソードの1つだ。ちなみにこのエピソードから以前言った二重の虹までは、ハッキリと覚えてる訳では無いが現実時間で凡そ1年程だったような気がする。まあゲーム内ではどの程度時間が進んでるかは分からないし、そもそも進級とかをしてない時点でこの辺を考えるのは野暮なのだが。

 

 

「準備出来たよ!」

 

 

と、そんな事を考えつつ準備を済まし、皆にそう告げる。おそらく弾けるはず…、弾いてみるまで弾けるかどうか分からないのはかなり不安だが、悟られる訳にもいかない。如何にも『いつでも出来ますよ』風を装う。

 

 

「じゃ、やろっか!」

 

 

沙綾の声を合図に、俺達は演奏を開始した…

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ…」

 

 

俺は固まっていた。何故なのか、全然上手く弾く事が出来なかったのだ。一応ポピパの皆は演奏は続けてくれたが、まともに音を奏でない香澄のランダムスター、もとい香澄に怪訝そうにしているのは痛い程伝わってきた。辛うじて歌はなんとか歌い切ったが、香澄が担当をしているギターの部分が抜けていたり音が全然違ったりと、それはもう酷い演奏になっていたのである。

 

 

「…香澄…?」

 

 

沙綾が「どうしちゃったの?」と言わんばかりの顔を向けてくる。他の皆も同じだ。本当にどうしたんだろうか、だって香澄が覚えてれば出来ない事は無いはず…

 

 

「……あっ!?」

 

「うわっ!なんだよ…?」

 

 

思わず声が出てしまった。香澄が覚えてれば出来ない事は無いはず?それはそうだ、つまりそれが出来なかったという事は…

 

 

「皆!二重の虹(ダブルレインボウ)やろう!お願い!」

 

「か、香澄ちゃん!?本当にどうしちゃったの!?」

 

 

やばいちょっと強引過ぎか。だがもう押し通すしかない!

 

 

「お願い!!」

 

「…よく分かんねーけど、分かった。」

 

「香澄…」

 

 

有咲は本当に理解が出来ていない表情をしていたが、必死に頼み込む俺、つまり香澄を見て納得してくれた。おたえもかなり心配そうにこちらを見ていたが、ギターを演奏する体勢になったのを見るにやってくれるのだろう。

 

 

「…うんっ!私もよく分からないけど…頑張るね!」

 

 

りみも演奏する体勢になる。沙綾もこちらを見てこくりと頷き、ドラムの前でスティックを構えた。

 

 

「皆…ありがとう。それじゃ…行くよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

「で、出来た…」

 

 

二重の虹(ダブルレインボウ)の演奏は成功した。それなりにミスするところもあった事はあったが、先程の演奏に比べたら差がありずきると言ってしまえる程だった。

 

 

「……」

 

「香澄、何か理由があったの?」

 

「それは…」

 

 

それは…理由ならある。ある事を確かめる為だ。何故『キミにもらったもの』が全然上手くいかなかったのか?というのを、おそらく香澄がもう演奏の仕方を久々過ぎて覚えてなかったのでは?と思ったのだ。といってもちゃんと覚えていなくても、本来ならどこをどうすればこういう音が出るというのを大体分かっているはずなのだが、俺にはそれが出来ない。ギターなんて元々は触りもしてなかったものだ。ぶっちゃけ何をどうしたらどう音が鳴るとか分からないので、体で覚えてない部分のフォローが全く出来ないのだ。体で覚えている事は出来ても、頭で覚えている事はどうしようもない。二重の虹(ダブルレインボウ)は最近の曲のはずなので演奏出来るのでは無いかと思ったのだが、ビンゴだったようだ。家でギターが弾けるか試した際に演奏した『ときめきエクスペリエンス』だが、こちらはアニメのOPテーマなので時系列的にはいつ演奏したのかは分からない。まあ程々に演奏出来たという事はこの世界ではどこかでやっているはずという事だが。

 

 

「その〜、なんと言いますか…」

 

 

予想は当たったがその後どうするか考えていなかった。これは後に気付くのだが、グリグリのメンバーの内二人の名前が分からないのも同じ事だ。香澄が覚えている事は分かるものだと思っていたが、人の名前は体で覚えている訳では無い。キャラの名前が分かるかどうかは、単に俺自身が覚えているかどうか次第という話だった。だからモブという概念が無いはずなのにキャラ以外の名前が分からなかったり、グリグリのメンバーを中途半端に覚えていたりしたのだ。

 

 

「…取りあえず休憩にしよーぜ、私疲れたし。」

 

 

有咲がそう言う。助かったが、結構マズイのでは?不信感に変わる前に、という事を先程考えたが、既にポピパのメンバーから向けられる視線に不信感とまでは言わずとも、困惑、疲れなどの気持ちが見て取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(聞けそうな雰囲気じゃなくなったな…)

 

 

蘭に聞いたのと同じようにポピパの楽曲の事を調べるつもりだったのだが、どうもそういう空気では無くなってしまった。ピリピリしている訳では無いのだが、和やかな空気とも思えない微妙な空気感だった。ただでさえ今俺はいくつかやらかしてしまっている状態なのに、ここで白々しく「今何曲あったっけ?」なんて話を切り出しても余計に状況を悪化させるとしか思えない。どうしたものか…

 

 

「香澄、ちょっと来て。」

 

「え?」

 

 

そう香澄を呼び出したのは、有咲だった。このタイミングで俺を呼び出すのは、まあそういう事なのだろうが…。沙綾達の注目も有咲に集まる。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

「いいから。」

 

 

淡々とそう告げる有咲。有無を言わさない空気に、已む無く俺は有咲に着いていくことにした。沙綾達も、なんとなく有咲の行動を察したのか特に止める事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「有咲…?」

 

 

連れて来られたのは蔵の外だった。辺りは夕焼けになっており、そろそろ日が落ちようとしている時間なのが分かる。

 

 

「あのさ…あれから誰かに相談とか…」

 

 

そこで一旦言葉を区切る有咲。何かを考えつつ言葉にしようとしているのはその様子から見て取れる。

 

 

「…ううん。」

 

「…そうか…」

 

 

またしても少し考え込む有咲。夕焼けの影になって見えづらいが、苦悶の表情を浮かべているように見えた。

 

 

「…なあ、私達じゃ、力になれないか…?」

 

「え…」

 

「香澄のさ、様子がおかしいのは、正直言って皆思ってる。香澄自身、周りに察せられないように動いてるつもりだろうし、それがあまり上手くいってないのも、自分で分かるだろ?」

 

 

…やはり、そう思われてたかという気持ちだった。確かに俺自身完全に香澄を演じられているとは到底思えないし、近しい人達、ポピパの面々なら違和感を感じるのも当然か。しかも、こうして面と向かって言ってくるぐらいだ。香澄以外の面々で話し合っていたのかもしれない。香澄の様子がおかしい事について。

 

 

「…香澄の方から言って欲しかったんだ。私達から言ったらさ、また変に拗れたりしたら嫌だった…。」

 

「……」

 

「本当はもうちょっと待つつもりだった…、でも、でもさ…」

 

 

…今日の出来事で、待つつもりだった有咲の引き金を引いてしまったという事だろうか。

 

 

「蔵に向かう途中はらしくも無く何か考え込んでたし、やりたい曲とかも言わねーし…でもそれぐらいならまだ今まで思ってた違和感と大差無いし何も言わなかった…」

 

「うん…」

 

「…でもっ!なんだよアレ!?全っ然ギター弾けてないじゃねーか!!『キミにもらったもの』なんかまるで弾けてなかったし、『二重の虹(ダブルレインボウ)』だって出来たとは言ってもたまに練習でやる時と比べたら全然だ!あんなに!あんなにギターがバカみたいに大好きだったお前が!!弾いてる時も全然楽しそうじゃねえ!どうして…なんで…」

 

 

声を張り上げて思っていた事をぶちまけてくる有咲。俯いて悔しそうに拳を握りしめている。

 

 

「あんなにさ…!バカみたいに何度も私の家に来て…あんなに欲しがってたギターだぞ…?なんでっ!今になって!!あんなに楽しく無さそうに弾くんだよ!?」

 

「…有咲…」

 

 

…アニメで見た話だ。ランダムスターは元々有咲の家の質屋、流星堂に置いてあった物だった。その時点で有咲の手により既にネットのオークションに出されており、高くて香澄の手が届く代物では無かったのだが、何度も何度もランダムスターを見る為に流星堂に訪れた香澄に根負けするような形で香澄にギターを譲ったのだ。(厳密にはオークションのキャンセル料だけ要求したのだが)

 

 

「……」

 

 

何も、言えなくなっていた。ギターを弾く時、俺には特別楽しいと言う気持ちは無かった。その場を凌ぐ事に必死だった。そんな気持ちが顕著に表れてしまったのだろう。そしてそれが、今まで戸山香澄の演奏を見てきて、そして一緒にやってきた有咲には我慢ならなかったのだろう。今まで我慢し続けてきた有咲を爆発させるきっかけには十分過ぎた。

 

 

「なぁ…頼りに、ならないか?私達じゃ…」

 

「…………ごめん……………」

 

「っ!ごめんってお前っ…!」

 

 

有咲が俺の、香澄の肩に掴み掛かる。その両手には力がかなり入っており、その痛さに思わず表情を歪めてしまった。

 

 

「あっ……ごめん…」

 

 

その表情に気付いたのか有咲はすぐにその手を離す。有咲は本当に友達想いだなと、改めてそう思った。他のポピパの皆が友達想いでないという話では無い。だけど高校まで友達と言える友達もいなくて、本人もとても不器用で…だからこそ、高校で出来た掛け替えのない友達を不器用なりにとても大切にしている。香澄の事が心配で心配でしょうがなくて、そんな香澄を助ける事が出来ない自分にイライラして、何があったのかを言わない香澄にもイライラして、悲しくて、どうにかしたくて…そんな複雑な心境なのは有咲の様子から察する事は出来る。そしてこんなにも友達想いの少女にこんな事をさせて…そんな自分にもイライラした。俺が香澄になったのは恐らく俺のせいでは無いが、もう少し上手くやれないものかと。感じる必要の無い責任なのかもしれないが、それ程に有咲の激昂は自分に思わせるものがあった。だから有咲に俺は…

 

 

「有咲…」

 

「…なんだよ。」

 

「…ごめん、今はどうしても言えないの…嫌な気持ちにさせて、本当にごめんなさい…でも約束する。いつか…いつか話せるようになったら、絶対に話すから!だから…私(香澄)の事、許してください…!!」

 

 

頭を下げる。なるべく真摯に、全て自分の非だと認め、いつか話す事を約束する。

 

 

「…許すも何も、別に怒ってる訳じゃねーよ…ただ、分かんなかっただけだ…ほら。」

 

 

そう言って有咲は自分の右手を小指だけ立てた状態で差し出す。これはいわゆる指切り的なものだろうか。

 

 

「…うん。」

 

「「ゆ〜びき〜りげんまん嘘付いたら針千本の〜ます、指切った!」」

 

「…約束、したからな。絶対だぞ!」

 

「…うん。」

 

 

こうして俺は有咲と約束した。いつか必ず、何があったのかを全て話すという、果たすつもりのない嘘の約束を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued…




香澄がおかしくなったらまあ有咲は焦ると思います。 そんな有咲も好きです←


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5話:CiRCLEに来ちゃった!

お待たせしました。
話的にはそこまで進みませんが、それなりにキャラは出てきます。


有咲との約束の日から数日。あの後蔵練習は一旦解散になり、各自帰路についた。あれ以降有咲はいつもと変わりなく香澄に接するようになり、他のメンバーも、そしておたえさえも何かを追及してくる事は無くなった。有咲は香澄との約束を信じてくれたのだろうし、他のメンバーは分からないが、三人揃って明らかに変化がある辺り、有咲とのやり取りを聞いていたのかもしれない。そうだとしたら、彼女達は優しいからこそその約束が果たされるまで待ってくれるのだろう。そうさせてる事に罪悪感はあるのだが、あの場ではああする事しか俺には思い付かなかった。状況は好転したようで、悪化している。なぜなら俺はこの約束を果たす気が無いから。果たしてしまえばどうなるのかは分からないが、良い方向に動くビジョンは見えない。最悪香澄という芯柱が無くなったと分かったポピパは崩壊に向かってしまうのではという懸念があった。なるべく危ない橋は渡りたくないからこそ、この選択をせざるを得なかった。何かもっと良い方法があれば良かったのだが…

 

 

「はぁ…」

 

 

思わず溜息をつく。バンド練習もあの状態でやる訳にも行かず、暫く俺もとい香澄は不参加という形になっている。ポピパの皆は特に追及せずに納得してくれた。これもあの約束を信じているからだろう。良心がかなり傷付くが、今はこの状況を利用するしかなかった。ちなみに、ギターの練習を個人的に始めた。が、やはり体で覚えている部分以外は本当に駄目だ。始めて数日でそう上達する物では無いとは思いつつもやはり状況が状況なだけに焦ってしまう。一刻も早く練習に復帰できるようにしなければ、香澄の居場所を守らねばという気持ちが焦りに繋がるのだった。

 

 

「…ここか…」

 

 

と、うだうだ長ったらしい思考をしてしまったが、今日はとある場所を訪れていた。建物に付いている看板には『CiRCLE』という文字が。そう、今日俺が訪れたのは、ゲームでの舞台になっているライブハウスCiRCLEである。ゲームではここに新人のスタッフとして配属され、スタッフの月島まりなというキャラクターと共に、バンドリのキャラクター達に色々と関わっていくというメインストーリーがある。と言ってもこういうゲームのお約束というか、割とよくある事なのだが、ストーリーの途中から新人スタッフがいるんだかいないんだか分からなくなってたりする。一応他に出番はあるのだが、これ以上話しても長くなるのでここは割愛させていただこう。

 

 

「え〜と…あった。」

 

 

今日のライブプロジェクトを確認する。そこにはRoseliaの文字が。今日の目的は、ここでRoseliaのライブを観賞し、あわよくばRoseliaと接触する事。理由はAfterglowの蘭に対して聞いたのと同じだ。まあRoseliaのライブを見たいとかもあるんだけどね、うん。

 

 

(大丈夫かな…)

 

 

建物の窓ガラスで自身の身なりを確認する。今着ているのは私服なのだが、実は私服で行動するのは初めてで、結構そわそわしている。制服にはもう結構慣れたし、スカートのスースーした感じにも(不覚にも)慣れたが、私服姿の香澄はなんかドキドキする。私服は自室にあった物をゲームで見た秋仕様の服になんとなーく合わせた物だが、それでも我ながらかなり可愛く出来たと言える。というかもう素材がいいですね、うん。20歳ちょっとの男性が女子高生着せ替えして楽しんでるって字面にするとなかなかにやばいが、状況が状況なので許してほしい。せっかくなら可愛くしたかったんです!!それと、タイツと言うものを初めて履いたが、あれって履くの結構面倒くさいね。でもなかなか暖かくていい感じではある。タイツを履いてる感覚自体には慣れないが、もうこの際こういう部分は楽しもうと吹っ切れたいのである。ネガティブな事ばかり考えると疲れるし、何より自分で言うのもなんだがこの姿になってから色々と頑張ってるし、多少の見返りを求めてもいいだろう。俺は聖人君子という訳では無いのだ。

 

 

(よし!)

 

 

意を決し、俺はCiRCLEの扉を開いた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おお…)

 

 

CiRCLEの中にもやはり、見覚えのある景色が広がっていた。見覚えというより、ゲームの中の物が再現されているのを見ている気分というのが近いだろうか。

 

 

「いらっしゃ〜い!って、香澄ちゃん?」

 

 

声を掛けてきたのは、先程話にも出した月島まりなというキャラクターである。大体皆まりなさんって呼んでるし、俺も話に出すときはまりなさんと呼んでいる。

 

 

「香澄ちゃん、その髪型どうしたの?」

 

「イメチェンです!」

 

 

最早予定調和なやり取りである。力強く堂々というと相手も大体すぐ納得してくれる事に気が付いてからは専らこんな感じである。現にまりなさんも「そっか〜」とかいいながらうんうんと頷いてるし。

 

 

「そういえば一人でいるのも珍しいね?」

 

 

うっ、そこを突いてくるか…だが確かに香澄という人を知っていれば、単独行動しているのは珍しいと思うのかもしれない。

 

 

「そ、そんなにいつも誰かと一緒に見えますかね?」

 

「アハハ、まあね。それで?今日はどうしたの?」

 

 

良かった、サラッと流してくれた…助かる…

 

 

「あの、今日のライブを見たいんですけど!」

 

「今日の?もしかしてRoseliaがいる回?」

 

「はい!お願いします!」

 

 

まりなさんに頼み、チケットを用意してもらう。あまり深く考えなかったが、もし当日券が空いてなかったら危なかったな…。まあ空いていたので結果オーライだ。始まる時間より結構前に来たのが幸いしたのかもしれない。

 

 

「それじゃ!時間までまだあるけど楽しんでね!」

 

 

100点満点の笑顔でそう言うまりなさん。いかんいかんうっかり惚れるところだったぜ、という冗談はさておき、お礼を告げて時間潰しにテラスにあるカフェテリアへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

 

席に座り、頼んだホットココアを口に入れる。それなりに冷えてくる時期なのでなかなか美味しい。そもそもココアが好きなので季節はそこまで関係無いのは秘密である。

 

 

「………」

 

 

少しボーッとしながら空を見上げてみる。この体になってからそれなりに時間が経つが、一体いつになったら戻れるのだろうか?明日?明後日?一週間後?一ヶ月後?まさか一年後?それとも…

 

 

(…なんて、考えても意味無いよな…)

 

 

両肘をつき、手に顔を乗せる。中からチラッと見てたまりなさんに後から言われた事なのだが、この時の俺、もとい香澄はいい意味で普段の香澄らしくなく美少女感が凄かったらしい。憂いを帯びた表情がとても良かったとかなんとか。言われてみれば、香澄になりきるだけではなく、女の子になりきる事にも慣れたのかもしれない。男で両肘ついて手に顔乗せるのはちょっとアレだが今は割と自然にやってしまったし、座る時に足を閉じるのも自然に出来ていると思う。香澄になったばかりの時は足をがっつり開いてる時が何回かあって、モブ子やらポピパのメンバーやらにその都度注意された記憶がある。最近はそういった注意は受けてないので上手く出来てるのだろう。といっても別に女の子になりたい訳ではない(ある意味既になっているが)ので複雑な気持ちではあるが。もし自分の体に戻れたとしてこの女の子的な動作をしてしまう癖は抜けてくれるのだろうか?うっかり気持ち悪い事しそうで怖い。ところでいい意味で香澄らしくないとの事だが、この子は一人でいてもはしゃいだりしているのだろうか?なにそれ怖い。

 

 

「Roselia…かぁ…」

 

 

ライブの内容が簡単にまとめられているパンフレットを見ながらそうぼやく。Roseliaに接触するのが目的ではあるのだが、ぶっちゃけめっちゃ緊張している。知っている人は分かると思うが、Roseliaのボーカル、『湊友希那』ギターの『氷川紗夜』。この二人は性格的にかなり取っ付きづらい。勿論バンドリが好きな以上この二人の事も好きだし、キャラとしてもとても魅力的なのは分かっている。だかしかし、実際に接するとなればなかなか難しい性格をしているのも確かだ。二人とも女の子らしい一面もあるとは言え、基本的にはストイックを地で行く性格だ。とても本来の俺が関わる、関わろうとするタイプの人間では無い。それ故上手く話せるかという心配が大きいのだ。ただ、その二人含めRoseliaと香澄は知り合いだし、特に禍根とかも無いはずなのでボロを出さないようにする事が重要だろう。しっかりと香澄を演じきれればある程度は和やかに対応してくれるはずだ。なんとか上手くやらねば。

 

 

「戸山さん…?」

 

「へ?」

 

 

そんな事を考えてたら声を掛けられた。顔を向けるとその先には…

 

 

「友希那…さん。」

 

 

ついさっきまで話題に出していた、Roseliaのボーカルその人、湊友希那がこちらを見て立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「正直一瞬誰かと思ったわ。雰囲気が違ったし。」

 

「そ、そうですかね〜?やっぱり髪型変えたからかな〜?」

 

 

なんとか平静を装いつつ返答する。湊友希那。羽丘女子学園に通う高校2年生であり、Roseliaのボーカルである。よく孤高の歌姫なんて言われてたかな確か。ストイックな性格で、歌への拘り、信念の強さはバンドリキャラの中でもトップかトップクラスだろう。ロングの銀髪がとても綺麗だ。まさかライブ前にエンカウントするとは…つーかバンドリキャラに会うときこのパターン多過ぎじゃないか?なかなかこっちから会えんぞ?ところで今友希那さんって呼んじゃった気がするけど、確か香澄は友希那先輩って呼んでたよな?まあこのくらいならセーフか。向こうもどうやら気にしてないみたいだし。

 

 

「髪型もあるのだけれど…貴女自身少し雰囲気が違うような気がするわね…」

 

 

…鋭いな…そりゃ中の人が違うんだから雰囲気も変わるわな…

 

 

「え〜そうかなぁ?どの辺が違いますか?」

 

「…そうね…分からないわ。」

 

 

ガクッ、と思わずずっこけてしまう。こういうところあるよねこの人。可愛い。

 

 

「まあいいわ。戸山さんはここで何を?」

 

 

まあいいで済ましちゃうのかよ…助かるけども。

 

 

「Roseliaのライブを見に来ました!!」

 

「そうなの?それならば最高のものを見せなくてはならないわね。」

 

 

そう言いフフッと笑う友希那。しばらく話してみた感じ、香澄との仲はわりかし良好なようだ。まあゲームでも仲が悪い雰囲気は無かったので予想通りと言えば予想通りだ。むしろそうでなくては困る。まあ香澄との仲が良好じゃないキャラなんて思いつかないのだが。

 

 

「友希那先輩はもう準備に入るんですか?」

 

「ええ。ライブの時は早めに来て自分のコンディションの確認をしたいから。他のメンバーも多分もうすぐ来ると思うわ。」

 

 

なるほど…やっぱライブの時は早めに入ってるのか…他のメンバーももうすぐ来るという事は、このままここにいると鉢合わせる事になるがどうするか…

 

 

「そういう事でしたら私に構わず中入っちゃって下さい!ライブ楽しみにしてますね!」

 

「そうね、そうさせてもらうわ。じゃあまた。」

 

 

そう言って友希那は銀髪をなびかせ、CiRCLEの中へと入っていった。なんというCOOL…

 

 

「思ったより話しやすかったなしかし…やはり香澄だと思われてるのが大きいか。」

 

 

あの人香澄にはなんか甘い気がするしな。香澄本来の人懐っこさと、Roseliaのメンバーでは無いから特に厳しく接する必要も無いというのもあるのかもしれない。なんにせよ助かった。これなら情報収集もなんとかなりそうだ。それはそれとして…

 

 

(どうするか…このままここにいると他のRoseliaメンバーと接触する事になりそうだが…)

 

 

ライブ後の接触の難易度を下げる為にも、始まる前に話しておけるなら話しておいたほうがいいかもしれないな。残るメンバーは先程話に出した氷川紗夜の他に、『今井リサ』『宇田川あこ』『白金燐子』がいる。紗夜は恐らく友希那と同じような感じでいけば何とかなると今なら思えるし、他三人は燐子が人見知りなだけで、基本的に友好的だ。なおかつ今の俺は香澄なので、まず友好的にならない理由が無い。燐子の人見知りも香澄相手なら既に知っているからそこまでだろう。よし、行けるはずだ。

 

 

「ん…?あれは…」

 

 

心の準備を固めたところに丁度目的の人物が来た。しかも二人だ。

 

 

「よし…おーい!!紗夜せんぱーい!リサせんぱーい!」

 

 

意を決して二人を呼ぶ。声に気付いた二人はこちらに近付いて来た。

 

 

「やっほー☆」

 

「こんにちは。」

 

 

リサ、紗夜から挨拶を受ける。なんというか性格がよく出ている挨拶だ。今井リサ。先程の友希那の同級生であり幼馴染。Roseliaのベース担当。一見するとギャルのようななかなか派手な髪型、格好をしているが、とても友達想いでバンドにもとても真剣に臨んでいる。あとコミュ力おばけである。そして氷川紗夜。こちらは先程少し触れたが、やはりストイックな性格の持ち主。花咲川女子学園の2年生であり風紀委員に所属している。Roseliaのギター担当だ。水色のような、エメラルドグリーンのような髪の色をしているがどっちが正しいのだろう?双子の妹がいるが、今はそれは置いておこう。

 

 

「香澄どうしたのー?っていうか髪型!下ろしてるの珍し〜!」

 

「確かにそうですね。あの髪型をとても気に入っていたように思っていましたが。」

 

「イメチェンです!」

 

 

まずはお決まりのやり取り。聞かれるのは慣れたが、聞かれる度に香澄の髪型のイメージの強さを実感する。

 

 

「イメチェンか〜そっか〜。」

 

「それはそうと戸山さん、今日はどうしたんですか?」

 

「Roseliaのライブを見に来ました!」

 

 

これも友希那さんとしたやり取りだ。今更だが、バンド名の後ろにさん付けとかしてなかったよな?友希那さんは何も言ってこなかったし多分大丈夫だろう。と言ってもこれに何か言ってくるのもどうかとは思うが。

 

 

「そうなんだ〜!それなら、最高のライブにしないとねっ☆」

 

 

ウィンクが眩しいよこの人!ここまで自然にウィンクが決まる人もそうはいないだろうなぁ。

 

 

「今井さん、戸山さんが見るかどうかに関わらず、ライブは常に最高のものにしなければなりません。」

 

「分かってるって、言葉の綾だから☆」

 

「はぁ…まあ大丈夫だとは思ってはいますが…」

 

 

なんというか紗夜さん、苦労してそうだなぁ…心なしか楽しそうにも見えなくはないけども。リサはわざわざ考えるまでもなく、紗夜さんとのやり取りを楽しんでそうだ。この様子だとRoseliaも2章ぐらいまでは終わってそうだな。この後調べたらハッキリする事ではあるが。

 

 

「それよりお二人共!ライブの準備しに来たんですよね?私に構わず行っちゃってください!Roseliaのライブ楽しみにしてます!」

 

 

なんというか同じ会話繰り返してる気分だがまあ変な事してボロを出すよりいいだろう。

 

 

「そうですね、早く来た意味が無くなってしまいますし。」

 

「だね。それじゃ香澄、また後でね〜。」

 

「はーい!」

 

 

…ん?また後でねって言ってたか?ライブの後また会ってくれるという意味だろうか?そういえば友希那さんもじゃあまたとか言っていた気がする。これは終わった後の接触は容易そうだな。さて、あと二人な訳だが…

 

 

「かーすみー!!!!」

 

「えっ?わっ!!」

 

 

後ろから思いっきり抱き着かれた!?この声は…!

 

 

「わっ!ちょっ!まっ!」

 

「ん〜?香澄?」

 

 

振り返るときょとんとした顔でこちらを見上げる人物…彼女こそが宇田川あこ、羽丘女子学園中等部の3年生で、Roseliaのドラム担当。紫色の髪をロールにしてツインテールにしている。人懐っこさは香澄に負けず劣らずで、小柄な身長も相まってとても愛らしい子だ。愛らしい子なのだが…

 

 

「ちょっ、あの、あこちゃん!?」

 

「香澄?顔がまっかっかだよ?」

 

 

自分が女の子になってるからって女の子に抱き着かれて照れないなんて事は無いよ!?不意打ちなのも相まってちょっと冷静でいられない。

 

 

「あこちゃん…!戸山さん、困ってるから…」

 

「えっ!そうなの!ごめんね香澄〜…」

 

 

後ろから現れたのは白金燐子。花咲川女子学園の2年生でRoseliaのキーボード担当。綺麗な黒髪ストレートの大人しい子だ。あとどことは言わないけどでかい。

 

 

(た、助かった…)

 

 

燐子の言葉を聞き申し訳無さそうに俺(香澄)から離れるあこ。助かったとは思ったが、名残惜しいとも思ったのは秘密だ。男心は複雑なんだゾ☆うん、キモいね。

 

 

「でも香澄どうかしたのー?普段は香澄もぎゅーってしてくれるのに〜?」

 

「確かに…凄い、慌てようだったね…何か…あったの…?」

 

 

しまった…香澄なら確かに普通に抱きしめ返しそうだな…いやでも突然あの状況で無理だろそれは…どうにか誤魔化さなくては…

 

 

「やー、あはは…びっくりしちゃって…」

 

「びっくりしちゃったならしょうがないね!」

 

 

えへへと笑うあこ。いや、それでいいのか君は…

 

 

「戸山さん…あの…髪型…いつもと違うね…?」

 

「イメチェンです!」

 

 

このくだりもう良くね?とか思わないで下さい大事なんです大事でもないけども。

 

 

「イメチェン…うん…いいと思う…」

 

 

フフッと笑う燐子。改めて思うけどバンドリのキャラクターどいつもこいつも顔面偏差値高すぎる…いや、当たり前か。

 

 

「イメチェンかぁ〜…あこも何かやってみようかな?こう…バーンっと格好いいやつ!」

 

 

ドヤ顔でそう言うあこ。相変わらず語彙力が無いな。しかしそんな所が可愛い。何を隠そう宇田川あこはいわゆる厨ニ病である。のだが、語彙力が無い為肝心なところが思い付かない事が多い。近くにいると燐子がフォローしてくれたりするが。

 

 

「今度、何かやってみようか…?」

 

「うん!りんりんと一緒にやってみたい!」

 

「え…!?わ、私も…!?」

 

 

燐子的には多分あこの髪型をアレンジしてあげるつもりだったようだが、一緒にやろうという意味に取られたらしい。ただ、びっくりはしているが満更でも無さそうではある。

 

 

「えーっと、それはそうと二人共ライブの準備に来たのでは?」

 

 

そう二人に告げてみる。どうでもいいけど年下と年上に同時に話しかける時って言い方に困るよね。

 

 

「あ!そうだった!」

 

「…あれ?戸山さん…どうして知ってるの…?」

 

「Roseliaのライブを見に来たからです!」

 

 

最早恒例の流れだが、これ以外に答えようが無いのでしょうがないだろう。見に来たのは本当だし。

 

 

「ホントー!?やったー!!見ててね!あこたちのライブ!」

 

「頑張ります…!」

 

 

二人とも嬉しそうで良かった。やはり自分達のライブを見に来てもらう事はとても嬉しいことなのだろうか。自分はまあ当たり前だがライブなんて客側でしか行った事が無いので厳密にはその感覚は分からない。きっと嬉しいだろうなとは思うが。

 

 

「じゃあ行ってくるね!また後でねー!!!」

 

「それでは…」

 

 

手をぶんぶんと振りにっこにこの笑顔なあこに、綺麗にお辞儀をしてから去っていく燐子。二人は仲良しだが、性格はかなり正反対だなとは思う。そんな二人だからこそ親友足りえるのかもしれないが。さて、これでRoseliaは全員ライブハウス入りした訳だ。時間もあと45分と1時間を切った。どんなライブが見れるのかを楽しみにしつつ、俺はその時を待つのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued…




まりなさんとRoselia初登場会でした。

ライブハウスのチケットの事だとか細かい事は実は分からないのでふわっとした表現になってます。あと、あこちゃんに厨ニ台詞を言わせたいのですが考えるのが難しく、一旦こんな感じにしました。今後はなんとか言わせたいですね。

以上です。それではまた次回。


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6話:反省会に出ちゃった!

ちょっと遅くなりました。完結させる気はあるんで!っていうのは言うだけタダですよね。そんな訳で6話どうぞ。


「今日は私達のライブに来てくれてありがとう。」

 

 

ステージの上で漆黒の(的な雰囲気で纏めた)衣装を身に纏い、そう言う湊友希那。いよいよRoseliaのライブの開始である。香澄になってしまった事自体は頭を抱えてしまうような困った出来事だが、このように自分の好きなキャラクター達のライブが見れるというのは楽しみにせざるを得ない。多分この時の俺(香澄)を傍から見ればそれこそ香澄がよく言うキラキラドキドキ状態になっているに違いない。え?キラキラドキドキとはって?そんなもんキラキラドキドキに決まってるだろ。香澄がキラキラドキドキって言ってるんだからキラキラドキドキでしかないだろ。うん、キラキラドキドキ言い過ぎだね、デジャヴするわ。まあ香澄語とでも言うべきか。俺もちゃんと意味が分かってる訳では無いが、言ってる時の香澄ちゃん可愛いからいっか的な?ふと思い立ち、折りたたみ式の手鏡をバッグから取り出す。ちなみに香澄の私物らしく、見つけた時に「香澄ちゃんキャラ的に気付きにくいけどちゃんと女子してる!」とか思ったのは秘密だ。

 

 

「キラキラ…!ドキドキ…!」

 

 

鏡を確認しつつ小声で呟いてみる。うーん、なんか違うな。もっとこう…

 

 

「キラキラ…!ドキドキ…!」

 

 

うーん、やっぱ違うな。髪型違うくらいで顔は完全に香澄なのだが、どうも違う気がする。アレですかね、やっぱり中の人の淀んだ下衆な思考が漏れちゃってるんですかね、純粋な笑顔って難しい!

 

 

(…戸山さん…何やってるのかしら…)

 

 

ステージ上にいる友希那からそんな風に思われてるという事は全然気付かなかったが、俺はキラキラドキドキを程々にし(なんだそれ)、ステージの方へ視線を向き直した。

 

 

「…それでは聞いてください。『BLACK SHOUT』。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やべーよ…」

 

 

Roseliaのライブは大歓声に包まれて無事終了。俺自身もめちゃめちゃ盛り上がった。今凄さをCiRCLEの外のテラスカフェで噛み締めている所だ。Roseliaのキャストがやってるライブには行った事があるが、まさかキャラクターその人がやるライブを見れる機会が来るとはな…こればっかりは香澄になってしまった事に感謝しなくては。まあどうせならキャラクターになる形より俺がそのまんまこの世界に来る形の方が気楽だったんだが…

 

 

「やべーな…」

 

 

しかし自分自身の語彙力の無さが相変わらずである。自身のキャパをオーバーする凄いものを見るとやべーとかしか言えなくなるのである。さっきも言ったが元の世界でキャストのライブを見た後なんかは大体こんな感じだ。ついでに下手すると記憶も無くなってたりする。記憶は無くなるけど幸福な気持ちが残ってるので別にいいのだ。いや、Blu-Rayは欲しいですけどね?

 

 

「戸山さん。」

 

 

俺、では無いのだが、暫定的に今の俺の名前もとい苗字になっているものを呼ばれ、その方向へと振り返る。まあ声の時点で想像がついていたが、そこには私服へ着替え終わったRoseliaの面々が立っていた。

 

 

「あ!お疲れ様です!ライブすっごく盛り上がりました!」

 

 

香澄風に喋るのを忘れないようにしつつ、素直な感想を伝える。実際こんなに盛り上がったのは久々だ。香澄になってからネガティブ思考が増えてたからね。元々そういうの結構考えちゃう人間だったけども。元の世界にいた時の話だが、バンドリのものに限らず声優ライブとかは大好きだった。それこそ普段の仕事だったり一部の人間関係だったりとかの嫌な事が全て吹き飛ぶぐらいには。

 

 

「楽しんでもらったようで何よりだわ。」

 

「香澄、すっごい盛り上がってたもんね〜。」

 

 

うんうん、と頷くリサ。香澄として違和感あるレベルに盛り上がってたらどうしようと、ライブが終わった後に少し思ったが杞憂だったようだ。そこまで心配していた訳でもないのだが…

 

 

「そういえば思ったんだけど、今日は香澄一人なの〜?」

 

 

ふと思い立ったようにあこがそう尋ねてくる。まりなさんにも言われたが、やはり香澄が一人で行動しているのは皆から見て珍しいらしい。

 

 

「今日は他の皆予定があってさ〜…」

 

「そうなんだ〜。」

 

 

たははー、と笑ってみせる。まあこう言えばわざわざ追及してくる事も無いだろう。あこはあまり深く考えないタイプなのでこの説明で納得してくれるし、他四人も人の事情にわざわざ深く突っ込もうとする性格ではない。

 

 

「そういえばこの後は皆さんどうするんですか?」

 

 

リーダーである友希那に向けてそう尋ねる。恐らくファミレスに行って反省会でもするのだろうと思うのだが、当然知っててもおかしいのでこういう形で聞くことになる。

 

 

「この後は反省会の予定よ。」

 

「ファミレスでね☆」

 

 

淡々と事実だけ答える友希那にウィンクしつつ補足するリサ。冷静に考えるとそれはウィンクするような情報なのかと思わなくもないが、コミュ力おばけのリサがやると実に様になっていた。

 

 

「ファミレス!いいな〜…!」

 

 

ここで俺は希望の展開に持っていけるように演技を開始する。ここに来る前にふわっと考えていた流れに持っていきたいのだが、これは友希那の考え方がどれだけ軟化しているかに掛かっている。ポピパやAfterglowと同じく2章まで終わっていればおそらく…

 

 

「香澄もお昼とかまだだったら一緒に行く?」

 

「えっ!?いいんですか!?」

 

 

来た!まずはリサから一緒に行こうかという提案だ。俺はそれにキラキラドキドキした感じ(多分)で答える。

 

 

「今井さん、Roseliaとしての反省会に部外者を呼ぶのは違うと思いますが。」

 

 

ぶ、部外者と来たか…まあ紗夜に悪意は一切無いのだろう。Roseliaとしてだったら部外者なのは間違い無いし、Roseliaの反省会にRoselia以外がいるのはおかしいというのも分かる。とはいえ、ここまでは思っていた流れ通りだ。ファミレスいいな〜と言う香澄に対してリサが一緒に行こうかと誘う。そしてそれに紗夜が異を唱える。問題はここからだが…

 

 

「え〜、いいじゃん?ここで会ったのも何かの縁だし、わざわざ私達のライブ見に来てくれたし。」

 

「それはそうかもしれませんが…湊さん。」

 

 

リサの意見に納得しきれない紗夜は、リーダーである友希那に意見を求める。リサや、話を聞いていた燐子やあこも友希那へ顔を向ける。

 

 

「…そうね…一緒に来てもらうのもいいかもしれないわ。」

 

「友希那〜!」

 

「湊さん!?」

 

 

リサが感慨の声を上げ、紗夜は驚嘆の声を上げる。ちなみに俺はというと、おおよそ流れ通りに話が進んだのでホッとしていた。最終的に決定権がリーダーの友希那に回ってくるとは思っていたので、友希那の返答次第だと考えていたのだ。昔の友希那だったらまずこの提案は受けなかっただろう。だがゲームでのストーリーを見た限り、最近の友希那は今までやらなかった事を積極的に取り入れたりするようになったし、根本的に性格自体が柔らかくなっていると思う。勿論音楽に対して甘くなったという事では無いが。そんな友希那だったらおそらくこの提案を呑んでくれるのではという予想を立てていた。

 

 

「別にそれくらいいいでしょう?それに、Roseliaの部外者だからこその意見も何か聞けるかもしれないわ。」

 

「私も…いいと、思います…」

 

「あこもー!久し振りに香澄と一緒にご飯食べたーい!」

 

 

今まで口を挟まなかった燐子やあこからも援護射撃が入り、紗夜はぐぬぬと言いそうな(言う訳では無い)表情をしている。彼女はある意味友希那と比べても真面目過ぎる程真面目なのでこうなるのもしょうがないだろう。何も香澄が嫌いという訳では無いはずだ。まあもしかしたらちょっと苦手と思ってる可能性はあるのかもしれんが…

 

 

「ふぅ…仕方ありませんね…湊さんの言う事にも一理ありますし…」

 

 

やがて諦めたのか、紗夜からも香澄同行の許可が出る。大体思った通りの流れになってくれて助かったな。

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

俺的満面の笑みでRoseliaにお礼を言う。と言っても満面の笑みをわざわざ作る事なんて今まであまり無かったし、上手く作れてるのかはよく分からん。まあ香澄の可愛さ補正でなんとかなっていると思いたい。

 

 

「それじゃ、行きましょうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「それで、あのパートなのだけれど…」

 

 

某ファミレス店にて始まるRoseliaの反省会。友希那が淡々と自分含め反省点を述べていき、それを指摘しどうしていくかの指示を出す。途中途中で各自気になる事があれば質問するなど、なかなかの緊張感の中行われているのが分かった。音楽の事だけあって友希那の指摘には一切遠慮や容赦は無く、傍から見れば冷たいのでは?とか辛辣過ぎでは無いか?等思われてもおかしくなさそうだ。しかし、俺はキャラとしてとは言え彼女の事をそれなりに知っているし、それはRoseliaのメンバーとて同じ事だ。というかキャラとして知ってるだけの俺とは比べ物にならないはずだ。現に、メンバーは誰一人として嫌な顔などしていない。そして、友希那もRoseliaの事を信用してるからここまで躊躇無く切り込んでいけるのだろう。厳しさの中にも彼女なりの信頼も見て取れる。

 

 

「…大体こんな所かしらね。戸山さん、貴女は何か気になった事はある?」

 

「えっ!?」

 

 

思わず声を出してしまったところで慌てて口を閉じる。部外者だからこその意見を聞けるとかそういえば言っていたが普通に忘れていた…。いや待ってくれ。数刻前の事を忘れるなよと思うかもしれないが、Roseliaとファミレスに一緒に来ているという実は非日常な事に気を取られていたのだ。反省会を大人しく聞いてはいたが、楽器の専門的な用語が出てくると途端に話分からなくなるし…。

 

 

「えっと〜…そうですね〜…」

 

 

悩んでいるフリをしてみる。というか本当に悩んでいる。ただし悩んでいるのはどこの事を言おうとかではなく、この状況をどうやって切り抜けるかなのだが。

 

 

「うーん……凄すぎてあんまり…その〜…覚えてない…みたいな…?」

 

 

結果、出てきた言葉はあまりにお粗末なものだった。俺にアドリブ力とか求めちゃいけない。あっ、ちょっと待って、紗夜さんそんな目で見ないで。

 

 

「…覚えてない…?戸山さんから見て特に悪いところは無かったと言う事かしら?」

 

「あっ、そ、そうですね〜アハハ…観客として見てる分にはとにかく楽しかったというか…!」

 

「…なるほど、技術的な面は別として、ライブのパフォーマンスとしては上出来だったという事かしら。」

 

「えっと!そうです!多分!」

 

 

なんかよく分からんが上手いこと解釈してくれたようだ。いやしかしそんなに都合のいい解釈でいいのだろうか?とにかく楽しかったのは確かに本当だが…

 

 

「湊さん…今のは大して考えずに言っただけに思えますが…」

 

 

言っちゃうのかよ。頼むからそこは黙っててほしかったよ、うん。

 

 

「そうね、戸山さんがそんな細かい指摘をしてくるとは元々思ってないわ。ただ、私は彼女の感性が信用できるものだと思ってる。Poppin'Partyのライブでのパフォーマンスも、私達と方針こそ違えど目を見張るものがあるわ。だからこそ、戸山さんが見て文句無しに楽しかったと思うならパフォーマンスはおおよそ大丈夫だったと思っていいでしょう。」

 

 

おおう…ゲームとかでも思ってはいたけど、友希那の香澄への評価高いな、まあ頭は良くないと思ってそうだけど…。と言っても友希那はゲーム内の他のバンドの事はわりかし普通に認めているように見えるので、香澄が特別という訳でも無いのかもしれない。他のバンドは他のバンドでそれぞれの魅力を見定めていてもおかしくはない。言葉不足だったりする事もあるが、音楽の事になるとキャラの中では本当に右に出る者はいないのかも?いや、皆違って皆いいとでも言うべきなのだろうか?まあこんな事考察してもしょうがないとか言ったら終わりなのだが。

 

 

「なるほど…」

 

「確かにポピパのライブって〜、こう、深淵より出でし…えっと…」

 

「宴…?」

 

「そう!深淵より出でし宴って感じで見てて楽しいよね!」

 

 

いやなんだそれこえーよ。燐子もヒント出しつつ困惑してるし。ポピパはどう考えてもそういう雰囲気じゃないよね?まああこは取りあえず楽しいという事を言いたかったんだろうとは思うが…

 

 

「戸山さんの意見も聞けた事だし、反省会はこれで終わりにしましょうか。頼んだ物を食べ終わったら出ましょう。」

 

 

テーブルの上には飲み物やまだそれなりに残ってるフライドポテトが乗っている。さっきからしれっと紗夜がポテトをもりもり食べてるんだよなぁ…。あまりにも動作が自然過ぎて下手したら気付かなかったレベル。

 

 

「そういえば少し気になってたんだけど、香澄は今日一人で来たんだね?」

 

「確かに戸山さんが一人で行動してるのは少し珍しいかもしれませんね。」

 

「あー…そんなに珍しいですかね?」

 

 

うんうん、と頷くRoselia全員。全員頷くってどんだけ珍しいんだよ。

 

 

「私だって一人でどこか行ったりする事もありますよ?」

 

「そうなの…?例えば、どこへ?」

 

「えっと…ショッピングモール…とか?」

 

 

というのは勿論超適当に言った。言ってから思ったが、この子が一人でショッピングモールとか全然想像つかなくね?ポピパのメンバーか、なんならそれ以外でも誰かと一緒にいる図が容易に思い浮かぶ。

 

 

「なんか…想像つかないね…?」

 

「はい…なんというか…意外、かも…」

 

「まあ、戸山さんも色々とあるのでしょう。」

 

 

なんだその投げやりな納得の仕方は。香澄だって一人で出掛ける事ぐらいあるだろ!あるよね…?

 

 

「もうそろそろ食べ終わるかしら?」

 

「あっ!そういえば!」

 

 

と、さも今思い出したかのような声を出す。いやホントに今思い出したんだけどね。俺がここに来た目的はRoseliaの楽曲に何があるのかを把握する為だ。ホントは自然な流れに持っていって聞きたかったが、今にもお開きになってしまいそうな雰囲気の為少し強引に話を切り出す。

 

 

「Roseliaの曲も増えてきたと思うんですけど、今ってどれぐらいあるんですかね?」

 

「私達の曲…?私達の曲はね〜…」

 

 

 

 

 

 

 

 

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「Roseliaもシロ、か…」

 

 

あの後Roseliaはファミレスを後にして一旦解散、俺は帰宅し自室のベッドに横たわっていた。

 

 

「イベント楽曲以外の曲もリストに入ってたな…」

 

 

あの時リサに見せてもらった楽曲リストには、俺が知る限りの全ての曲が入っていた。また、Roseliaはポピパと同じように声優陣がリアルライブをしている関係なのか、楽曲の数が多い。Afterglowの時に言ったが、基本的にオリジナルの楽曲はそのバンドのゲーム内イベント開催時に追加される。しかしポピパとRoseliaは例外で、イベントでも増えたりするがそれ以外でも関係無しにシングルを出したりしている。リストにはイベントで追加された楽曲以外の曲も入っていたので、どこかのタイミングで曲を作って歌ったのだろう。ゲームで描写されてないので想像するくらいしか出来ないが。 

 

 

(…考えたら疲れてきた…風呂入ろうかな…)

 

 

考えすぎて疲れた頭やら1日出掛けて疲れた体やらを癒やす為、取りあえずお風呂に入る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

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「生き返るぅ〜」

 

 

ざばーんと音を立てながら湯船に浸かる俺。体が香澄なので綺麗な白い肌が視界に入ると言えば入るのだが、流石に数日感着替えやらトイレやら風呂やらを繰り返したせいか、言ってしまえば慣れてしまった。自分の好きなキャラの全裸姿に慣れる訳ねーだろと思うかもしれないが、どこに行くにも何をするにもこの体なので慣れてくるものだ。というか慣れないとやってられないと頭が勝手に慣れようとするのかもしれない。あと、最初の内は健全な男子なだけあり、体を色々触ってみたい衝動にも駆られた。と言ってもそれはなんとか我慢したのだが。もう少し若い頃、俺が中学生や高校生の時にこの状況になってたらおそらく我慢なんぞ出来なかったのではと思う。と、話が脱線したが、要するにこれも最初は我慢してたのが、今は我慢という感覚はそこまで無い。いや全く無いとまでは言わないが。極力必要最低限以外は自分で自分を触らないようにしている。うっかり何かで一線を超えるような事にならなければ…っと、これを考えると危ない気がするのでこの辺でやめておこう。そんなうっかり普通は起こらないしね。

 

 

(今日の収穫は…Roseliaのライブを見れた事。そしておそらくRoseliaには相違点は無いという事か…)

 

 

ライブは個人的な欲求だが、Roseliaの相違点はこれと言って見当たらなかった。曲はさっき言ったとおりだが、個々の性格等にも違いは見受けられない。こうなるとあと可能性があるのは、ポピパや楽曲だけ見て全員と会ったわけでは無いAfterglowを除くと2つのバンドがある。どちらも知り合いだったり同級生だったりしなければ接触はちょっと難しい可能性があったが、幸い今の俺は戸山香澄だ。接触すること自体は容易だろう。問題は俺が香澄を上手く演じられるかどうかそれだけだ。

 

 

「…」

 

 

ふと、鏡を見る。そこに映ってるのは当然戸山香澄。なぜ、この憑依現象は起こったのか?以前に考えても無駄な事とは思ったのだが、やはりどうしても時々考えてしまう。人為的なもの?何かが偶然起こった?それとも説明しようの無い神のイタズラ?神のイタズラってなんか凄い厨ニくさいな、うん。だがこれが理由の無いものなんだとしたら神のイタズラというのはなかなかピッタリな表現ではなかろうか?一般的には神は全知全能(厳密には色々あるが)、その神がイタズラしてやったのだとすれば、もうしょうがないと諦めるしかない。諦めが効くものかどうかは話が別だが。

 

 

「神のイタズラです…なんてハッキリ言ってくれれば、諦めがつくかもしれないんだけどなぁ…」

 

 

流石に神に逆らおうとするような事はしない。いやまあそもそも神がいるとかいないとか気にした事無いのだが、こんな非現実的な状況に置かれているともう何でもありなように思えてくる。1日戸山香澄体験!みたいな1日限定の憑依だったら全力で楽しむ自信あるんだけどな。突然一生この身体って言われてもな…や、香澄が可愛いか可愛くないかとかは関係無くだけどね?バカヤロー!香澄は可愛いわアホ!

 

 

「いかんいかん脱線してるわ。」

 

 

まあ脱線するぐらいには前より気持ちに余裕を持っているという事か?

 

 

(逆上せると良くないし、そろそろ出ようかな。)

 

 

自室に戻ってギターの練習及び勉強でもしよう。そう思い俺は脱衣所にでる。この体がどうなるかは神のみぞ知るってな…うん、寒いね。空気も冷たくてちょっと寒い。なんだこのオチ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued…




慣れた云々は私の想像です。実際どうなのかは分かりません。そりゃそうですね、ハイ。


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7話:誘われちゃった!

お待たせしました。
関係無いですが、お気に入り登録が結構沢山されている事に気付きましたので、ここでお礼を述べさせていただきます。
ありがとうございますm(_ _)m

それでは7話をどうぞ。


どうも、蒼川蒼です。誰だよって?ほら、今現在戸山香澄になっちゃってるあの人です。香澄と名乗り香澄と呼ばれてうっかり自分の名前を忘れそうだぜ。いやまあ流石に忘れないけども。

 

 

「香澄、そろそろお腹空かないか?」

 

 

言ってる側から香澄と呼ばれてしまった。そりゃそうなんだが。そんな風に俺を呼ぶのはお馴染みツインテツンデレ少女の市ヶ谷有咲である。

 

 

「そだね〜、色々回ってたらもうお腹ぺこぺこかも〜…」

 

 

香澄的な感じでしょんぼりしつつそう答える。というか実際結構空いてるのでまあまあしょんぼりしているかもしれない。有咲と二人で何をしてるのかと言うと、ショッピングモールに遊びに来ているのだ。なぜそんな事に?と思うかもしれないが、こうなった経緯は昨晩まで遡る事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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♪〜

 

 

「ん?」

 

 

パジャマも着てもう寝る準備万端の時に、香澄のスマートホンから聞こえてくる聴きなれた通知音。言ってしまえばLINEアプリの通知音である。

 

 

「なんだろ…」

 

 

スマホの画面を見ると、送り主は有咲のようだ。「明日暇か?」と書かれている。

 

 

「明日、ねえ。」

 

 

明日は土曜日だが、特に予定は無い。ホントはハロハピの誰かと接触したいというのもあったのだが、なかなか上手い方法が思い付かなくて少し保留にしていたのだ。なんせハロハピである。え?おかしい?いやいや、だってハロハピだぞ?接触自体は恐らく容易い。なんならハロハピのメンバーの一人、はぐみが同じクラスだ。しかし、目的としているのは今現在なんの楽曲があるかという事を聞き出す事である。俺が香澄みたいにガンガンなんでも突っ込んでいける性格なら良かったのだが、生憎そうでもない。なんの脈絡も無く尋ねるにはどうなんだこの質問とか考えてしまう。それに体良く聞けたとしても、はぐみが分からなければ他のメンバーに聞く事になるだろう。恐らくだが美咲…奥沢美咲という子を頼る可能性が高い。この子はかなりの常識人な方だし別にいいのだが、そうすると弦巻こころという少女がセットで付いてくる事が大いに考えられる。弦巻こころとは、一言で言うと色々とぶっ飛んでいる女の子だ。はぐみのテンションに合わせるのも結構大変なのに、こころと上手く話せるだろうか?というのが心配だ。しかもこころは確か他の人の本質を見極めたりするのが得意、みたいな設定があったと思う。戸山香澄が、今本当は戸山香澄じゃない事がこころには分かる、というのも有り得ないとは言い切れないのが怖いところだ。

 

 

「『暇だよー♪どうかした?』、と…」

 

 

LINEの履歴を漁って香澄っぽい言葉使いを作り返信する。ちなみにパスパレだが、よく考えたらプロのアイドルだし楽曲の一覧ぐらい見れるんじゃね?という事に気付き、インターネットを使い調べた。結果、やはり知ってる曲は全てある事を確認。Afterglowが楽曲提供をした『Y.O.L.O!!!!!』も載っていた。楽曲提供の話については割愛するが、まあこれもイベントストーリーで色々あったのだ。

 

 

♪〜

 

「お、返信来た…なになに…?」

 

 

そこに書いてあったのは、「暇なら遊びにいかないか?無理なら別にいい」という文章だった。なんというか、色々考えた結果結局最低限の事だけ書いて送った姿が目に浮かぶ。だが、随分と珍しい。LINEの履歴を見た限りでは、有咲の方から純粋に遊びに誘うような事は今まで無かった。直接言っていれば分からないが、有咲のキャラ的にそれも考えにくい。しかもこの微妙な関係性になっている時にだ。何かを考えて誘ってきているのは明らかだろう。用事をでっち上げて断ってもいいが、ここはあえて乗ってみるとしよう。とにかく行動しなければ現状は変わらないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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と、まあこんな感じで有咲とのお出掛けが決まったのである。今のところはまあ普通にお店を回っているだけのように思える。雑貨、アクセサリー、服などだ。何かを買ってたりしている訳ではなく、所謂ウィンドウショッピングというやつだろう。ぶっちゃけ興味が無いので暇だったりするのだが、戸山香澄なら恐らくどれでも目をキラキラさせて見ると思うので、俺もなるべく楽しそうにする。それに、有咲もそれなりに楽しそうにはしているので、そんな有咲を見て癒やされるのは悪くない。悪くないというか、なんなら役得である。

 

 

「取りあえずフードコート行くか?」

 

「そだね、一旦そこで休憩しよっか!」

 

 

方針を決め、フードコートに向かって二人並んで歩き始める。ちなみに今日の有咲の服装は、ピンクのセーターに青いロングスカート的なやつだ。厳密に言うと何か名前があるのかもしれんが、服の事は詳しくないのであまり分からん。なんかゲームのカードの覚醒前とかで見た事ある気がするが…。髪型はいつものツインテールで、歩く度にゆらゆら揺れてるのは可愛いと思います。まあこれはいつもなんだけど。あ、ちなみに俺、というか香澄の格好は、この間CiRCLEに行った時と大体同じである。ゲームで見た事ある感じにすればまあ概ね間違いないよね!自分のセンスが無さすぎてオリジナリティな着合わせをする気にならないんですよねー。

 

 

「それにしても残念だね〜…他の皆は来れなくて…」

 

「ん?ああ…なんか皆用事があるみたいだな〜。」

 

 

他の皆とは、ポピパの残りのメンバー三人の事である。知っての通り、ポピパはとてもとても仲良しだ。わざわざ休日に遊びに行くとなれば、取りあえず誘わないという事は無いだろう。実は昨晩有咲に他のメンバーの事を聞いたのだが、「三人とも用事があって行けないみたいだ」との回答を貰った。なんというか、流石にそんな事あるんだろうか?と思ってしまった。だがまあ有り得ない訳でもない。可能性として考えられるのは、1:本当に言った通り誘ったけど三人とも用事があって断った。2:ポピパの他四人で相談して、何かの理由のもと有咲のみで香澄と出掛ける事にした。3:そもそも他三人は誘っておらず、なんらかの目的で香澄と二人で出掛ける為の有咲の独断行動。ざっと有り得るのはこの三つだろう。まあ理由だの目的だの言ったが、悪い意味ではなく、この状況を改善なりする為の何かではないだろうか。

 

 

「あ、着いたよフードコート。」

 

 

道中あまり会話も無く、目的地へと辿り着く。きっと香澄本人ならば、もっと有咲にベタベタくっついたりだとか、脈絡も無く話し掛けたりとかしそうなのだが、残念ながら俺にそんなコミュ力は無いのである。今の関係性だと尚更だ。というか歩いてるだけでポンポン話題出てくる人って最早何かの才能があると思うんだけど?お店で何か見ながらならそれについての事とかで話せたりはするんだけどな…

 

 

「香澄何食べるよ?」

 

「えっとね〜…うどん!」

 

「うどん!?なんかチョイスが渋いなおい…いや、まあ私も好きだけど…もっとこう、女子高生らしいものとかにしないのか…?いや、うどんも案外…?」

 

 

後半ぶつぶつと小声で言っていたせいで聞こえなかった…なんて事は無く、バッチリ聞こえてたぞオイ。うどんいいだろ!と、言いたいところだが、俺も言ってからうどんってどうなんだろうと思ったので何も言えない。しかし有咲もこういう時のセオリー?がしっかり分かってるかというと微妙なところなので、まあ大丈夫だろう。

 

 

「あ、あー、じゃあ私もうどんにしようかな…」

 

「えー!?嫌いなら無理しなくてもいいよー!?」

 

「いや嫌いじゃねーから!香澄のチョイスが個人的に意外だったっつーか…」

 

「私だってうどんくらい食べるよー。」

 

「あ、まあそうだよな…別にうどんくらい食べるよな…」

 

 

びっくりされたお返しにちょっとからかってみる。今のはいい感じに雰囲気を解せたかもしれん。というか言っといてなんだがうどん嫌いな人ってほとんど見た事無いな。いない訳では無いんだろうけど。

 

 

「結構並んでるな…」

 

 

そんな訳で二人揃って某うどん屋の前に来た訳だが、それなりの人が並んでいる。よくある注文してうどんを貰ってから、天ぷらなどを選び最後に会計する方式だ。年齢層を見ると、普通に若い女の子とかもいたりするのでちょっと安心。というかなんなら老若男女いますね、ハイ。さすが俺の好物だぜ、うどんっていいよね!!と、そんなアホな事を考えている間に順番が回ってきたので、普通のあったかい掛けうどんを頼んで幾つかの天ぷらを取っていく。

 

 

「香澄結構取ったな…そんなに食べられるのか?」

 

「え?」

 

 

会計を済ませ、席を探してる途中にそう言われる。確かに天ぷらが少し多いかもしれない。男の時のノリで取ってしまったが、この量は香澄の華奢な体に入りきるのだろうか?華奢って言っても男と比べたらだけども。女子的には多分標準に近い体型な気がする。とまあその辺色々考えるのは香澄に失礼なのでやめておこう。

 

 

「ん〜、多分大丈夫!食べ切れなかったら有咲にもあげるね!」

 

「いや、私は私で丁度いいぐらいの量取ったんだけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「もうお腹いっぱい…」

 

「だから言ったろ…」

 

 

うん、案の定入りきらなかったですね。うどんはなんとか食べ切ったが、天ぷらはまだ食べかけの物が二つ残っている。思えば弁当は香澄のお母さんが丁度いい量にしてくれてたから気にならなかったけど、自分で注文する時は気を付けないといけないな…

 

 

「有咲残り食べる?」

 

「いや、私ももういっぱいだから…」

 

「だよねー…」

 

 

このまま残してお皿の返品に行ってもいいのだが、勿体無い精神が俺を躊躇させる。といっても二人ともお腹いっぱいだ。都合良く誰か来たりしないだろうか?

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

いや誰も来ないのかよ!今フラグ立てたじゃん!ってまあそんなんで人が来れば苦労しないのだろうが。

 

 

「なあ、別に無理する事ねえって。食べ切れないなら残すしか無いって」

 

「でもなんか負けた気がするし…」

 

「いや別に勝ち負けとかねーから。」

 

 

ですよねー。

 

 

「ま、いっか!」

 

 

天ぷらが残っているお皿が乗ったトレイを持って立ち上がり、返却口へと向かう。有咲も呆れたように溜息をつきつつそれに続く。まあね、むしろただの天ぷらから戸山香澄による食べかけ天ぷらになったからね。価値上がったと言ってもいいよね。俺だったらむしろ普通の天ぷらより全然高値で買うね。うん、キモいね☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「やって来ました!カラオケ!!」

 

「ちょっと前に来たばっかだけどな。」

 

 

俺が香澄っぽく言った通り、カラオケにやってきた。女子高生が、というか高校生が出掛けてやる遊びとしてはかなり定番だろう。有咲の口ぶりからして前にも来た事がある場所のようだ。多分イベントのストーリーでの話だろうか?ポピパメンバーで休日遊びに行くという内容の話があったはずだ。もしかしたらこのショッピングモールはそのイベントの話に出たものと一緒なのかもしれん。というかここ以外にそんなに大きいショッピングモールが無いのか。

 

 

「取りあえず入ろうぜ〜、もう歩き疲れた…」

 

「えー?カラオケは休みに入る場所じゃ無いよ?」

 

「私にとっては休む場所だからいいんだよ。」

 

 

それ完全にイベントの為の遠征時の俺ですやん…。お金が無い時にカラオケで寝泊まりというのはよく使う手段だ。俺も出来ればホテルをとりたいが、大して給料が高くないとこに就いてしまったオタクは金になかなか余裕が出来ないものなのだ。でも遠征しちゃう悔しい。違うか。

 

 

「香澄〜、受付頼む〜。」

 

「はいはーい!」

 

 

有咲に言われ受付へと向かう俺。まさかカラオケの受付ぐらいで元の世界と違うところも無いだろ…。と、微妙に不安に思わない事も無いが、有咲はこういうの苦手そうだしな。

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

「二人で!」

 

「かしこまりました。それではこちらの用紙に必要事項をお書き下さい。」

 

 

うん、大して、というか全く変わらん。これなら問題無さそうだ。あ、そうだ。

 

 

「有咲〜!時間どうしよ!」

 

「ん〜?あ〜…一時間とかでいいんじゃね?」

 

「りょーかい!」

 

 

一時間ってどうなんだ?二人でカラオケ入った事無いから長いのか短いのか分からんな。少なくとも長いって事は無さそうだが。と、そんな事を考えつつも用紙を書き終え、受付のスタッフから部屋番号を教えてもらい、諸々必要な物を受け取る。

 

 

「有咲!行こ!」

 

「ん。」

 

 

オイちゃんと返事しろ。可愛くなかったら許さないぞ。でも可愛いんだよなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー…。」

 

 

部屋に着いてから早速デンモクを弄くる俺。世界が違うからって、カラオケのやり方が違うなんて事は無くて一安心だ。曲も元の世界と変わりないように見える。歌った履歴を見ると結構有名な知ってる曲があり、この辺を入れておけば間違いは無さそうだ。

 

 

「何真剣に見てるんだ?」

 

 

俺がえらい真剣な表情を(多分)しているのが気になったのか、向かいの席から移動してデンモクの画面を横から覗き込んでくる有咲。有咲さん、近いです。ツインテールがさわっさわ頬とか耳とかに当たっててなんだかドキドキするのでやめてくれませんかね…。こんな事でドキドキする20代男性(精神年齢)もどうなんでしょうね…、うん、有咲可愛いししょうがない。

 

 

「何歌おっかな〜って見てただけだよー。」

 

「ふーん、前は結構すぐ曲入れてたよな?」

 

 

そうなのか、と思ったが香澄ならまあそうなるか。

 

 

「有咲〜…私の事単細胞だとか思ってない?」

 

 

ちょっとムッとしながらそう言ってみる。そして言いながら香澄は単細胞という言葉の意味分かるのかとかも思ってしまう。

 

 

「な、なんでそうなるんだよ!?というかそれは言わずとも前から思ってたっつーか、むしろ単細胞という言葉を知ってる事にびっくりしたっつーか…」

 

 

有咲にも思われちゃってたよ。まあそうだよな、基本アホの子だもんな。

 

 

「私だって考えることぐらいあるもん!曲どうしよっかな〜って!」

 

「もっと他にも考える事あると思うけど…勉強とか…あと勉強。」

 

「ちょっとー!それは無しだよー!」

 

 

うがーっとしながら有咲に反論になってない反論を返してみる。我ながら香澄の演技は結構慣れたものになってきた気がする。この世界に来てしまった当初と比べて心に余裕がある程度出来たのもあり、好きなキャラを演じる事自体は楽しいところもあったりする。まあ余裕があると言ってもどうにかはしたいのだが。それに、演技を抜きにしても有咲とこうやって話すのは悪くない。一つ気になる事と言えば、本当の意味で『俺』と話す人間はいないという事か。気になる程度の問題では無いが、その程度の問題という事にしなくてはならないのだ。これを真剣に考えれば、きっとドツボに嵌ってしまう事だろう。だから、都合の良いように自分の気持ちを信じたり、心に嘘をついたりする。言ってしまえば自己防衛行為だ。

 

 

「無しってなんだよ…。それで、曲決まった?」

 

「うん、えっとね…」

 

 

言いながら、隣にいた有咲が向かい側の席に戻ろうと立ち上がる。と、その時

 

 

「うわっ!」

 

「えっ?」

 

 

歩を進めようとした有咲の足に機材のコードが引っ掛かりバランスを崩す。立て直しかけたかのように見えたが重心を倒れそうな方向と逆に掛け過ぎたのか、背を向けてたのがそのままくるっと回りつつ、こちらへ倒れてきた。これが一瞬の内に起こったせいで俺も反応出来ず…

 

 

「わっ!」

 

「ちょっ!」

 

 

そのまま有咲に押し倒されるような形でソファに倒れ込んだのであった。

 

 

「うぷぷ…」

 

 

なんだか豊満なものに顔が埋もれている。しかも胸を鷲掴みにされているような…ようなじゃないですね、完全に掴まれてますねこれ…

 

 

「ぢょっ…あり…」

 

 

駄目だちゃんと喋れん。何とは言わんが豊満なものの攻撃力が高過ぎる!鷲掴みにされてる方は実際は女の子じゃないので特に気にならないが、豊満なものは精神男の子にはキツ過ぎる色々と!

 

 

「いたた…って、あっ!ご、ごめん!」

 

 

状況に気付いた有咲が慌てて飛び退く。そして自身の手をチラチラ見ては、こちらの様子を申し訳無さそうに伺ってくる。どうやら有咲の方は鷲掴みにしてたのを気にしていそうである。事故な上に女の子同士とはいえ、流石にがっつり掴んでしまったのは申し訳無いと思ってるのかもしれない。しかし有咲がこんな某ハーレム物みたいな転び方するとは…女子だけど。そしてそれのヒロインみたいに押し倒されてるのは精神男っていう…もう訳分からんなうん。

 

 

「ううん、大丈夫!有咲は怪我してない?」

 

「あ、ああ、私は大丈夫だけど…」

 

 

取りあえず無事なようだ。転んだ拍子に机の角とかにどこか打ったらかなり痛いからな。実は小さい頃にやらかした事がある

 

 

「香澄は大丈夫か…?」

 

「あ、うん。私は平気だよ。」

 

 

なるべくにこにこしてそう返す。にこにこしたら逆に怖いとか無いよね?

 

 

「や、その…なんかごめん…」

 

「え?」

 

「その…む、胸…」

 

 

おっと言ってしまうのか有咲さん。お互い触れないのが一番平穏なのに!

 

 

「べ、別に気にしてないよ!大丈夫だってば!」

 

 

手をぶんぶんと振って気にしてない旨を伝える。若干キョドったのはワードのせいで豊満なものを思い出したからとかじゃない。絶対無い。

 

 

「そ、そうか…?なんか…顔赤かったから…」

 

 

え?マジ?それ多分君の豊満なもののせいだね、うん。自分の方のは全然気にしてないというかホントに。これが見知らぬ男だったら気にするけども。有咲なら香澄も別になんとも思わないだろう。

 

 

「とにかく!大丈夫だから!ね!?」

 

「う、うん…分かった。」

 

 

取りあえず納得してくれたようだ。しかしアレだな、どうせなら元の世界で高校生の時にこういうラブコメ的な事起こって欲しかったよ?役得な気もしたけど向こうはあくまで香澄だと思ってるしなぁ…。まあ俺が元の姿でこんな事起こったら通報されちゃう自信あるけどね。なにそれ有咲から転んできたのに理不尽すぎるぜ。

 

 

「とにかく歌お!あ、デュエットとかどうかな?」

 

「わ、分かった分かった。」

 

 

俺の香澄っぽい圧に押し負けたのか、引きながらもどことなく嬉しそうな表情で、そう答えてくれた。なんだか、久し振りに彼女がちゃんと笑っている表情を見た気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー!楽しかった!」

 

 

夕暮れの中、有咲と二人帰り道。結局あの後デュエットっで時間いっぱい一緒に歌い、とても有意義な時間が過ごせた。香澄の、というか女の子の声で歌うのはなかなか新鮮である。前にバンド練習の時などに歌ったが、その時は色々と余裕が無かったのでノーカンだ。今回のような遊びとして歌うのは、とても気持ちが良かった。

 

 

「私は疲れたけどな…」

 

 

そう言いながら、有咲もちゃんと楽しかったと顔に書いてある。とても分かりやすい。まあ疲れているのは本当のようだが。

 

 

「またまたー!そんな事言って、ホントは楽しかったでしょ?」

 

「…ん、まあ。」

 

 

頬を赤く染めながら顔をプイッとそっぽに向け、ぶっきらぼうにそう答える。ホントツンデレのお手本みたいなキャラしてるな。

 

 

「…あの、さ…」

 

「ん?」

 

「…ホントは、他の皆、誘ってないんだ。」

 

「…え?」

 

 

突然、有咲から告げられたそれに、俺は呆気に取られてしまう

 

 

「えっと…、どういう事?」

 

 

この可能性は有り得ると思ってはいたが、具体的な理由が想像つかなかった俺は、有咲の真意が気になった。嘘をついてまであえて香澄と二人で出かけた目的はなんなのだろうか?香澄っぽくする事は忘れないように意識しつつ、俺は有咲に答えを促す。

 

 

「最近さ、私ら微妙な感じだったろ…?だから、その…怖かったんだ。このままバラバラになるのが…」

 

「…」

 

「あの日から…私達と距離を取ろうとする香澄を見て…私分かんなくなっちゃったんだよ…前までの香澄となんだか雰囲気も変わってるような気がして…まるで…香澄が、香澄じゃなくなってるような気がして…!」

 

 

泣いて、いた。その少女は、涙を流しながら言葉を続けた。

 

 

「変、だよな…おかしいよな…こんな事、思うなんて…でも、さ…思っちゃったんだ…!私が…私達が!香澄の事信じてあげなくちゃいけないっていうのに…!こんな…こんな!疑うような事…!」

 

 

有咲が考えていた事、抱えていた物。その正体が分かってしまった。初めて出来た親友をどうしようもなく疑ってしまう、自分自身にずっと嫌気がさしていたのだろう。香澄が変わってしまった日からずっと違和感を覚え続け、そしてそれは積もりに積もって、香澄がまるで別の人に変わったような感覚になっていった。香澄を初めての親友として認識している有咲だからこそ、それに気付いてしまっていた。そして、それは実際に起こり得ているのだが、有咲からすればその答えは本来現実的に考えて有り得ない。だから、そんな有り得ない答えが頭の中で出てしまった事に、1番の親友だと思っている人物にそう思ってしまった事こそが、彼女の苦しみとなっていたのだろう。別に彼女の信じる心が弱い訳では無い。むしろ、とても強いからこそ別の人間が入った戸山香澄にとてつもない違和感を覚えたのだ。

 

 

「だから…だから私…!」

 

「…確かめたかったんだよね…」

 

「…え…?」

 

「私が、私なのかどうか…」

 

 

口を挟んでしまった。それ程、見ていられない姿だったのだ。香澄になってしまった事自体は自分のせいだとは思わない。だが、今こうして彼女がどうしようもない悲しみに駆られているのはきっと、俺のせいでもある。俺が香澄をしっかり演じ切れれば良かった。中身が男だからと言ってしょうもないプライドを優先せず、香澄の抱きつき癖までちゃんと再現しようとすれば良かった。ギターが弾けなかったことだって、事前に考えれば気付けたはずだ。そんな様々な後悔が頭を賭け巡った。実際にそれが現実的に出来るような事だったのかは関係無い。そう思ってしまったのだ。もっと頑張れたのでは?と。

 

 

「…どうして…」

 

 

どうして分かったのか、そんな事を言いたげな表情をしている。

 

 

「有咲…今日の私、どう思った…?」

 

「……一緒にいて、楽しかったよ…楽しかったけれど…なんか…なんか…!」

 

 

当然だろう。楽しかったと言ってくれたのは嬉しいが、俺が俺である限り一度感じ取ってしまった違和感は拭える事は無い。だって、俺は戸山香澄じゃないのだから。

 

 

「…有咲。」

 

 

涙を流し続ける少女の名を呼ぶ。俺が今からやろうとしている事は、もしかしたら悪手なのかもしれない。それでも、何度もこの少女を傷付ける事を容認する事は俺には出来なかった。いつか彼女と交わした約束…嘘のつもりだったが…

 

 

「…?」

 

 

これは俺のエゴだ。彼女を救えるかは分からない。ただ、このままでは彼女は少なくともこの憑依現象が終わるまでずっとこのままだ。しかも、終わる保証も無い。大切な親友をずっと疑い続け、自己嫌悪に陥り続けるだろう。

 

 

「私……いや、」

 

 

だから、ここでその自己嫌悪を終わらせる。親友を疑っていると思っているからいけないのだ。疑ってもしょうがなかったと思わせればいい。自分は悪くなかったと思ってくれればいい。これを言えば、彼女が信じなかったにしろ、彼女は自己嫌悪の渦からは救われるはずだ。信じなければ頭がおかしくなってしまったと思われるだろう。そういった類の病気か何かになってしまったと。だから、本当におかしかったのなら疑ってもしょうがないと。少しは、救われるだろう。そして、信じれば…きっと俺が恨まれるだけだ。自分を嫌悪する必要は無くなる。

 

 

 

 

だから、俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、戸山香澄じゃない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued…




かすあり好きなせいで有咲が香澄大好きさんになってますね…まあ元々大好きだとはおもうんですが。
あ、好きは好きでもこの作品ではゆりゆりはしないのであしからず()


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8話:言ってしまった

もうすぐ今年も終わりですね。終わってみれば早いものですって毎年この時期言ってる←
タイトルは敢えて今までの定石的なのをちょっと崩してます。


年内では最後の投稿となります。それではどうぞ。


 

「………………え?」

 

 

長い、長い間を空けて、有咲は口を開いた。「何を言っているんだ?」という感情が彼女の表情からひしひしと感じ取れる。

 

 

「……今……今、なんて…?」

 

 

意味が不明過ぎたのか、はっきりと聞こえたはずの言葉を再度促す有咲。ここで何か誤魔化せば、もしかしたら先程の言葉は無かった事に出来るのかもしれない。ある意味有咲が与えてくれた後戻りのチャンスであったが、俺はそのチャンスは使わなかった。

 

 

「俺は、戸山香澄じゃない。そう言ったんだ。」

 

 

香澄の体で、香澄の声で、香澄の目で有咲を見据えながら、俺の言葉を伝える。

 

 

「……」

 

 

有咲は何も言わずにいた。いや、何も言えずにというのが正しいか。今まで彼女は、香澄がまるで別の人になってしまったような感覚でいたはずだ。そしてそう思いつつ、そんな事は有り得ないとも思っていた。だから、そんな疑いをしてしまっている自分がたまらなく嫌になっていたはずだ。ならば、その有り得ないと思っていた事が現実に起きていたという事実を突き付けられた時、どうするのだろうか?

 

 

「…何、言ってんだよ…香澄…お前…」

 

「香澄じゃない。いや…この体は確かに戸山香澄の物だと思うが…でも、俺は香澄では無いんだ。」

 

「は…?は…?」

 

 

俺の言葉に有咲はただひたすらに困惑する。その困惑の中に見えた感情は、理解できない事への拒絶。

 

 

「っ…有咲…いや、市ヶ谷さんは、違和感がずっとあったんじゃないか?」

 

 

見えてしまった拒絶の感情に、動揺しそうになったがなんとか抑えつけ、あえて香澄じゃない事を実感させる為に名前呼びから苗字呼びに変える。そもそも、俺と有咲はある意味今初めて会ったとも言える。名前呼びする方がおかしいだろう。

 

 

「市ヶ谷さんだけじゃない。ポピパの皆もずっと違和感があったんだと思う。」

 

「………」

 

 

有咲は黙って俺の話を聞く。理解が出きなさすぎて、一旦話を聞く事に徹するようにしたのだろうか。

 

 

「10月5日、何があったか覚えてるか?」

 

「…そんな前の事、日付だけ言われても分かんねーよ…」

 

 

それもそうか。あれからもう一ヶ月経ってるのだ。日付だけ言って分からないのも無理はない。だが、何があった日か言えば彼女はその日の事をきっとよく覚えているだろう。

 

 

「香澄が学校に遅刻した日だ。弁当も忘れたりしたな。」

 

「…その日なら覚えてる。」

 

「…あの日の朝、俺は戸山香澄になっていた。」

 

「……」

 

 

有咲に驚いた様子は無かった。話の流れからしてある程度予想していたのだろうか。

 

 

「朝起きたら違う人の体になってました、ってやつだ。フィクションじゃよくある事だけどな。」

 

「…信じろってか?」

 

「信じるか信じないかは市ヶ谷さんに任せる。けれど、俺は今俺が分かる事実を話してるつもりだ。」

 

 

そう。正直言って信じてもらう為の材料は無い。例えばゲームなどで見た有咲しか知らないような事を話したとしても、香澄が別の人に変わってる証拠にはならない。香澄しか知らない事を言っても香澄だからという話で終わる。有咲が俺、蒼川蒼という人間の事を元から知っていればまだ何か言い様があったのかもしれないが、完全な初対面である。知った仲だったならお互いが知っていて香澄が知らない事を言えば証拠としては強いだろう。まあそのケースだとしても、極論絶対の証拠にはならないのだが。

 

 

「…なんなんだよ…訳分かんねーよ…」

 

「…混乱するのは分かる…でも、本当の話なんだ。俺は10月5日から…もう一ヶ月半ぐらいか…戸山香澄として生きている。市ヶ谷さんが接していたのは、戸山香澄の見た目をした別の人間だ…」

 

「おかしいだろ…違う人の体になってたとか…別の人間とか……意味分かんねえっ!」

 

「有咲!?」

 

 

有咲はそう吐き捨てると、逃げるように俺とは反対方向へ走り出した。突然の事に苗字呼びにしてたのをつい名前で呼んでしまう。

 

 

「来んな!!!」

 

「っ!」

 

 

追い掛けようと走り出そうとした俺に有咲が掛けたのは、明確な拒絶の言葉。強い口調に思わず足が止まってしまう。いや、ある意味この世界で初めて“俺”がハッキリと拒絶された瞬間だった。それで足を止めてしまったのかもしれない。

 

 

「……っ…!」

 

 

俺が足を止めたのを見て、有咲は再び走り出した。そんな有咲を俺は、ただ見ている事しか出来ずにいた。

 

 

「……ははっ…」

 

 

こうなる事を予測していなかった自分に思わず乾いた笑い声が出る。当然と言えば当然だったのだ。こんな話、まず受け入れてもらえるなんて思えない。有咲にこの話はあまりにも酷すぎた。何が自己嫌悪の渦から救うだ。結局は意味の分からない話を有咲に押し付けて、嫌な思いをさせただけだ。俺が何を言おうと、俺はどう見ても戸山香澄にしか見えないのだ。例え違和感を覚えても、その中に何か別の存在を感じても、現実的にそれは有り得ない。彼女を余計に混乱させただけだったのだ。

 

 

「……?」

 

 

頭に何か落ちてきた感覚がし、空を見上げる。気付けばそこには曇天が広がっており、ポツポツと雨が振り始めていた。

 

 

「…こんな時に雨とか…演出バッチリだな……」

 

 

アニメや漫画でよく見るような、重いシーンで雨が降ってくる演出を思い出す。まさにこの状況にピッタリだななんて馬鹿な事を思いつつ、雨を理由にそのまま帰る気分にもなれなかった。

 

 

「…有咲…市ヶ谷さんは帰ったんだろうか…」

 

 

もう有咲が聞いている訳でも無いのに、彼女の事を俺が名前で呼ぶのはなんとなく申し訳なくなり、苗字で言い直す。有咲を救うだなんて言って、本当は俺は誰か話せる相手が欲しかっただけなのかもしれない。もしも有咲が俺と戸山香澄の状況の事を納得してくれれば、そして協力してくれれば…そんな考えが心のどこかであったのかもしれない。

 

 

「俺は…いつまでこんな事やってればいいんだろう…」

 

 

空を見上げつつ、そう独り言ちる。顔に雨が当たるが、なんだか今は冷たくて気持ちいい気がする。雨もそれなりの量で、髪や服もかなり濡れてきたが全然気にならなかった。

 

 

「なぁ…香澄…」

 

 

香澄の体で、香澄の名前を呼ぶ。一体今彼女はどこで何をしているのだろうか?もし俺の体に入ってしまったのだとしたら、上手くやれてるのだろうか?俺は全然上手くやれていないが…。このままでは、もし香澄がこの体に戻ってこれても人間関係滅茶苦茶だ。だが、それは俺が悪いのか?俺はきっと頑張っている。下手をしたら元の世界にいる頃よりも、頑張っているだろう。戸山香澄の演技をし続け、自分の存在を隠し続け、元に戻るための情報を探し…だが、間違えてしまった。一度間違えてしまっただけで、有咲を余計に傷付けて、そして自分も傷付けた。だが、間違えない人間などいない。きっと、誰も悪くない。いつの間にか戸山香澄になっていて、元に戻るために頑張っていた俺も、親友の事を一心に思っていた有咲も…だったら、誰も悪くないのなら、何を変えればいいのだろうか?そんな事を考えるのも、もう疲れてしまった。このまま香澄ではない香澄として生きていこうか。香澄ではない俺ではきっと上手くいかないが、どうにもならないのならしょうがない。もう戻れないのなら…しょうがない。

 

 

「香澄ちゃん…?」

 

 

後方から、今や自分の名前のようになってしまった名を呼ぶ声がした。条件反射のように、しかしゆっくりと振り返る。

 

 

「…あ…」

 

 

そこには、こちらを不安そうな表情で見つめる水色の髪の女の子。バンドリのキャラクターの一人であり、『ハロー、ハッピーワールド!』のドラム担当、松原花音が立っていた。

 

 

「…っ!香澄ちゃん!」

 

 

目が合った瞬間驚いたような表情から一転、慌てた様子でこちらへ走ってくる花音。まずいところを見られたのかもしれないが、もう取り繕う気力は無かった。

 

 

「香澄ちゃん!どうしたの!?」

 

 

持っていたクラゲのような模様が入っている折りたたみ傘に、一緒に入れてくれる花音。折りたたみ傘は小さくて二人はちゃんとは入らないのだが、花音は香澄、俺が全身傘に入るように位置を調節してくれている。

 

 

「…花音先輩…そんなに慌ててどうしたんですか?」

 

 

我ながら白々しいとは後で思ったが、そんな事を気にしてる余裕などありはしなかった。

 

 

「どうしたって…!だって…香澄ちゃん…目…」

 

 

目?目がどうしたのだろう。

 

 

「えっと…えっと…とにかく一緒に来て!」

 

 

花音は俺の手を掴むと、そのまま引っ張るようにして走り出す。対して俺はされるがままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは…」

 

 

着いたのは、至って普通な二階建ての一軒家。表札には『松原』と書いてある。察するに花音の家なのだろう。と、ふと水溜りを見た時に自分の顔が映る。

 

 

「え…」

 

 

そこに見えたのは、目からすっかり輝きを失っている戸山香澄の姿だった。なるほど、これを見れば花音があそこまで慌てた理由が分かる。それと共に、自分がどれだけダメージを負っていたかも理解した。

 

 

「香澄ちゃん、ごめんね…急いで走らせちゃって…」

 

 

息を整えつつ、申し訳無さそうに花音はそう言う。雨の中人を一人引っ張って走るという行為はそれなりに体力を使うはずだが、バンドのドラム担当をしているだけあって案外体力があるのか、少し息を整えるだけでなんとかなるのは流石だ。

 

 

「さ、入って。」

 

 

花音に促されるまま俺は松原宅へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャワー、ありがとうございました。」

 

 

リビングの台所で何やら飲み物を入れている花音に向かってそう言う。取りあえずシャワーを浴びてとの事だったので、言われた通りにしてきた。雨で体が冷えていたので、温かいシャワーは正直かなり心地良かった。が、心地良いのは体だけで、陰った心はどうも晴れない。

 

 

「ううん、大丈夫だよ。服のサイズとか大丈夫かな?」

 

「あ、大丈夫です。」

 

 

服は今現在、花音から貸してもらったものを着ている。ピンクのセーターのような物に、大人しめの花柄スカートだろうか。普段香澄が着そうなものでは無いが、結構似合っている、なんて思えるような心境でも無かった。そこまで体格や身長などが違わないからか、すんなり着る事は出来た。実は下着まで貸してくれている。どういう下着かは言わないでおくが、いくら女子同士とは言え下着まで貸すものなのだろうかとは思った。

 

 

「良かったらそこ座って?」

 

「…はい。」

 

 

ダイニングテーブルの椅子への着席を促され、素直にそれに従う。

 

 

「はい、紅茶入れてみたんだ。」

 

 

そう言い花音は俺の前に紅茶を置く。湯気が立っており美味しそう、に見える。まあ見ただけで味は分からないのだが。

 

 

「どうぞ?」

 

 

俺の向かい側に座りながらそう促す花音。取りあえず頂くことにする。

 

 

「…頂きます。」

 

 

ゆっくりと紅茶をすする。

 

 

「……美味しい……」

 

 

ぼそりとそう呟いた。この手の物は詳しくないのだが、取りあえず美味しい事は分かった。

 

 

「良かったぁ。おかわりもあるからね?」

 

「あはは、ありがとうございます。」

 

 

とても嬉しそうにする花音に、思わずつられて笑みがこぼれる。元の世界でゲームなどで(というかほぼゲームでだが)、花音のとても柔らかい笑顔を見て癒されたものだが、今の状態の俺には余計に効く。ゲームでの時と違って、直接俺に向けられてるものだからというのもあるのだろう。まあ、もっと厳密に言ってしまえば俺にではなく香澄になのだが…

 

 

「…ね、香澄ちゃん…香澄ちゃんにはやっぱり笑顔が一番似合うよ。笑った顔、とっても素敵だな。」

 

「え…」

 

 

これはあれだろうか、落ち込んでる人物にわざと戯けて見せて、少しでも笑ったら「やっと笑った」とか言うやつだろうか。よくあるが割と嫌いではない…なんて思っていたが、まさか自分がやられる日が来るとは。と言っても花音からはそんな打算的なものは見受けられない。純粋に香澄を心配して、純粋に香澄の笑みを喜んだのだろう。そもそもキャラとして知ってるので、そういった事を打算的にやる人でも無い事は知っている。

 

 

「…どうして、こんなに良くしてくれるんですか?」

 

 

なんて聞いたが、本当は分かっている。彼女はどこまでも優しいのだろう。それは松原花音というキャラを知っていれば分かるし、先程の俺の状態を見れば、見て見ぬふりなど出来ない人だという事も分かっている。だが、気になったのだ。俺の記憶の限り、香澄と花音はそこまで関わりが強いキャラでは無かったと思う。別に仲が悪いなんて事は一切無いのだが、単純に関わる機会が少ない。同じバンドでも無ければ同じ学年でも無く、個人的な付き合いが元々あったという事も無い。そんな香澄にこう聞かれたら、花音はどう答えるのだろうか?

 

 

「どうしてって…」

 

 

暫く考えるような動きをとった後、言葉を紡ぐ。

 

 

「…私ね、香澄ちゃんの事、凄いなって思ってるんだ。」

 

「え…?」

 

「…私と香澄ちゃんは学年も違うし、そんなに関わる事が多い訳じゃないけど、それでもガールズバンドパーティの時とか、それ以外でも香澄ちゃんを見かける度に、香澄ちゃんは色んな人と一緒にいるの。それで、いつも皆の中心にいて…皆にとっても愛されてて…それって、誰にでも出来ることじゃない。」

 

 

花音は香澄のことをそう思っていたのか…。ゲームなどで花音の香澄に対しての認識はここまで細かくは聞けなかった。

 

 

「だからね…そんな香澄ちゃんが、どうしちゃったんだろうって、私…」

 

「そう…ですか…」

 

 

普段の凄いと思っている姿から掛け離れた姿になっていたから、あんなに慌てていたのだろう。香澄も別に落ち込まない訳では無いが、花音は香澄のそういった面を見た事が無いのだろう。まあ、こう説明はしてくれたが、花音は誰があの状況になってても助けようとした気はするが。少なくとも顔を知ってる人物ならまず助ける為に動こうとする人物だと思う。この話は、俺からの問いに花音なりにしっかりと考えて答えてくれたものなのだろう。

 

 

「……少し、お話聞いてもらってもいいですか?」

 

「…!うん…」

 

 

詳しい事は話せないが、俺は花音に自分の気持ちを少し話す事にした。特に話した場合の損得などを考えた訳ではない。ただ、話して少しでも自分が楽になりたかったのかもしれない。

 

 

「…どうしようもない事が、起きたんです。」

 

「…どうしようもない事?」

 

「…10月くらいからです。私は、そのどうしようもない事をどうにかする為に、色々とやってきました。」

 

 

戸山香澄になってしまった事。そして、なんの脈絡も無く突然起こったこの現象に、何か理由があるはずだと原因を探ろうとした事。探りつつも、自分をひた隠しにして戸山香澄を演じ続けた事。と、言える訳では無いが、抽象的にそれを花音へと話した。相談する身でありながら話す気があるのかという内容だが、この人なら聞いてくれるのではないかと思ったのかもしれない。実際、花音はこの掴みどころの無い話を真剣に聞いてくれているように見える。

 

 

「…でも、難しいですね…成す事やる事上手くいってる気がしません…」

 

 

相違点なんてあるのかどうか分からない物を調べ、結局それらしき物は見つからず、戸山香澄も完璧には演じきれず、近しい人達に強い違和感を抱かせてしまっている。そして、有咲の為だと思って言った言葉は有咲を傷付け、自分自身も疲弊していくばかりだ。

 

 

「もう、いいのかなって…私が頑張ったところで何も変わらないのかなって…」

 

 

口調こそかろうじて女性的なものをなんとか保っていたが、言葉は俺の本心だった。今思えば、こんな超常現象を一個人の手でどうにかする方が無理な話だったのではないか?朝起きたら体が別の人間と入れ替わっていたなんて話、どうすればいいと言うのだろう?吹っ切れて可愛い子になった事を堪能でもすれば良かったのか?そう出来たら気が楽そうだななんて思いつつも、性格上それは無理そうだ。

 

 

「…香澄ちゃん。」

 

「…?」

 

「香澄ちゃんが今何を抱えてるのか、何と戦ってきたのか…私には想像もつかないし、きっと言いたくないんだよね?」

 

 

そう花音は優しい口調で切り出す。

 

 

「でも、一個だけ分かる事があるよ。」

 

 

そう言って花音は席から立ち上がり、俺の隣の席へと移動する。

 

 

「……"あなた"は、頑張った…!」

 

「…」

 

 

花音は、俺の手を優しく両手で掴み、こちらを見据える。偶然なのだろうが、香澄という名前を使わなかったせいか、その言葉は俺自身に対して言ってるように聞こえた。

 

 

「あんなに…あんなにボロボロになるまで頑張ったんだよ…結果が伴わなくたって、それでも頑張ったの…私、そうやって頑張れる人、とっても凄いと思うな…」

 

「結果が伴わなくちゃ…意味無いじゃないですか…」

 

「意味が無いなんて事、きっと無いよ。頑張った人が意味が無いなんて、私は嫌だよ。」

 

 

ひどく理想論だ。頑張ったからと言って誰も彼もが報われる訳では無い。無いが…松原花音のそのどこまでいっても優しい想いには、心が動くところがあった。

 

 

「また頑張ろう、なんて言う気は無いよ。きっと香澄ちゃんが抱えたものに私が首を突っ込むのはいい事じゃないから…でも、疲れちゃったなら一緒に休憩してあげる事は出来ると思うんだ。頑張った人には休息が必要だもん…」

 

 

そう言って花音はまた立ち上がり、後ろから俺の頭を包み込むようにして撫でた。くすぐったいような、心地良いような感覚が走る。

 

 

「香澄ちゃん…お疲れ様…今は…ゆっくりしてね…」

 

「……」

 

 

子供の頃、親に頭を撫でてもらった感覚を思い出す。

 

 

(ああ…だめだな…疲れてる時にこれは…)

 

 

そのまま俺は、ゆっくりと眠りについたのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん……ん?」

 

 

目を覚ますと、そこには水色の髪の女の子、というか花音の顔がすぐそこにあった。枕が凄く柔らかいがなんだろうか、という白々しいのは置いといて、どう考えても膝枕をされているようだった。

 

 

「おはよう、香澄ちゃん。よく眠れた?」

 

「……っ!」

 

 

ほんわかした優しい笑顔と膝枕されている事を自覚した気恥ずかしさから、飛び跳ねるように起き上がる。

 

 

「か、花音さん…」

 

「そんなに慌てなくても大丈夫だよ?」

 

 

慌てすぎてうっかり花音先輩ではなく花音さんと呼んでしまったが、特に気にはしてないようだ。というか中身男なので、女の子の膝枕で慌てるなというのが無理な事である。

 

 

「…花音先輩…私、どのくらい…?」

 

「あはは、一時間くらい、かな?」

 

「そんなに…」

 

 

人の膝枕で寝過ぎである。時計を見ると、時刻は19時を過ぎていた。花音は足が痺れたりしなかったのだろうか?というか、ダイニングテーブルの椅子に座って寝ていたと思うのだが、いつの間にかソファにいる辺り、運ばれたのだろうか。実は結構力持ち?

 

 

「…あー…花音先輩、なんだかお恥ずかしいところをお見せしました…」

 

 

照れ臭そうに、というか普通に素で恥ずかしいので自然とそうなるのだが、頬を掻くような仕草をとる。

 

 

「ううん、恥ずかしいなんて事無いよ。香澄ちゃん、もう大丈夫そうだね?」

 

「…はは…そうかも…ですね…」

 

 

悩みが無くなった訳でも問題が解決した訳でもないのたが、なんとなく気は楽になったかもしれない。結局人とは単純なのかもしれない。それとも花音の癒やし効果が凄すぎるのだろうか。

 

 

「花音先輩、休ませてくれて、ありがとうございます。私、もう少し頑張ってみます。」

 

「うんっ。でも、無理はしないでね?また疲れちゃったら誰かを頼ってね?私でもいいし、もっと頼りたい人がいるならその人でもいいから。ね?」

 

「…はい。」

 

 

素直にありがたかった。疲れたらこんなご褒美があるなら、疲れるのも悪くない。なんて冗談が浮かぶぐらいには回復したようだ。

 

 

「もうこんな時間だし、良かったら泊まっていく?明日はまだ学校もお休みだし…」

 

「いや、そのお話はありがたいですが、今日は大丈夫です。花音先輩のおかげでとっても元気出たんで!」

 

 

花音が迷惑と思うかどうかは置いといて、あまりこれ以上迷惑は掛けたくない。19時ぐらいならとても遅いと言う程でも無いし大丈夫だろう。

 

 

「そっか…あ、そうだ、香澄ちゃん。ちょっとそこ座ってて?」

 

「…?」

 

 

そう言ってどこか、方向的には洗面所の方に向かって行く花音。疑問を抱きつつしばらく言われた通りに座っていると、クシやらなんやらの恐らく髪のセット用具のようなもの一式を持って花音がやってくる。

 

 

「ほら、髪のセット崩れちゃったから…良かったら私にやらせてくれないかな?」

 

「髪のセット…?」

 

「いつもの髪型、雨で崩れちゃったでしょう?」

 

 

ああ、香澄の星型…というかほぼ猫耳ヘアーの事を言っていたのか。元々セットしていた訳では無いが、花音は最近香澄が下ろしているという事を知らないのだろう。雨で崩れたものだと思っているようだ。

 

 

「いや、別に大丈夫ですよ、このままで。」

 

「ふふ、遠慮しないで?私こういうの得意だし、好きだから。」

 

 

そう言って微笑む花音。もう完全にやる体制に入ってますね、これ…。というか花音ってこんなに押し強かったっけ…。と少し思ったが、ゲームのストーリーなどで年下に対して結構お姉さんしてたりするところもあるし、実は世話焼きな面があるのかもしれない。

 

 

「♪〜」

 

 

鼻歌を歌いながらテキパキと髪をセットしていく花音。髪を弄られてる時のワシャワシャされてる感じ、結構嫌いじゃないかもしれない…なんて思考をうっかりしていたが、あっという間に作業は完了した。

 

 

「出来ました〜♪」

 

「おお…」

 

 

テーブルに置いてあった鏡を見ると、そこにはよく見慣れた姿の戸山香澄がいた。見事な猫耳ヘアーである。というかこれってなんも知らんけど結構難しいのでは?意外と簡単なの?それとも花音が凄いの?

 

 

「これで、いつもの香澄ちゃんだね。」

 

「…はい。」

 

 

"いつもの"では無いのだが、そこはぐっと堪えて笑みを作りつつ返事をした。ここまでしてくれた彼女にこれ以上心配を掛ける訳にはいかない。

 

 

「…髪のセット、ありがとうございます。私、そろそろ家に帰りますね?」

 

「うん。良かったら途中まで送ろっか?」

 

「あはは…そこまでは流石に…」

 

 

と、そこまで言いかけた時に、ポケットから電子音が鳴る。

 

 

(…電話?)

 

 

自身のポケットからスマホを取り出すと、「有咲のおばあちゃん」と表示されていた。

 

 

「……」

 

 

このタイミングでこの人物から。そもそも登録してたんだという疑問は置いておいて、嫌な予感が頭を過ぎる。

 

 

「…もしもし?」

 

 

意を決して通話を開始する。

 

 

『もしもし!香澄ちゃんかい!?』

 

「は、はい。」

 

『香澄ちゃん、うちの有咲を知らないかい?まだ帰ってこなくて…』

 

「え…?」

 

 

有咲がまだ帰っていない。時刻はもう19時半程だ。てっきり家に帰っているものだと思っていたが、こんなに慌てているという事は連絡も何も来ていないのだろう。

 

 

『有咲にも電話をしたんだけど繋がらなくてねぇ…』

 

「…」

 

 

思わず黙ってしまった。きっと有咲が帰っていないのは今回の話で受けた傷が、衝撃が大きかったからではないか。窓から外を見る。大降りという訳では無いが、小雨でも無い雨がまだ降っているようだ。

 

 

「…おばあちゃん、もしかしたら、私のせいかもしれません…」

 

『え…?』

 

「…私、有咲を探してきます!」

 

『香澄ちゃん…!?』

 

 

それだけ言って通話を切る。後から考えるとちゃんと説明すれば良かったと思うのだが、自分のせいかもしれないという事が焦りを生んだ。自分で探すなど、心当たりも無いのに言ってしまうのが焦っている証拠だ。

 

 

「花音先輩!ありがとうございました!」

 

「待って!…有咲ちゃんだよね?私も探すよ!」

 

「…!…お願いします!」

 

 

電話を聞いて話をなんとなく察したらしい花音の申し出。一瞬迷ったが、今回は頼る事にした。少しでも早く有咲を見付けたかった。

 

 

「傘とレインコートどっちがいい?」

 

「傘で!」

 

 

レインコートの方が動きやすそうではあったが、有咲が傘を持っていない可能性を考えて傘にした。

 

 

「行こう!」

 

「はい!」

 

 

そうして二人家を飛び出した。どこか建物の中で雨宿りしているとかならいいのだが、今の有咲の心情的に外にいる可能性もありそうだ。どの道、帰れなくなっている有咲に俺は言わなきゃいけない事がある。このままで終わらせる訳にはいかない。だから少しでも早く見つける為に走った。ただ、ひたすらにーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued…




という訳でかのちゃん先輩登場会でした。この題材で二次創作作っときながら、実は推しは香澄ではなく花音と薫さんだったりします。香澄は準推しだったり。
花音ちゃんが全然ふえぇしませんでしたが、ふえぇしない先輩モード花音ちゃんがとても好きなので許してください!もちろんふえぇ花音ちゃんも好きです。
「推しだからって出番贔屓してね?」と思ったそこの貴方、なんも言い返せません。


それではまた次回。皆様よいお年を。


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9話:独りじゃない

ついこの間(2019/1/8)に章分けをしましたが、今回は1章の最終話となります。


 

 

(どこだ…どこに…)

 

 

俺はひたすらに雨の中を走っていた。傘を差してはいるが、走っているせいか雨は傘の内側へと入り込む。おかげで貸してもらった服が結局それなりに濡れてしまっている。水溜りがある際に気が付かずに思いっきり踏む為、跳ねた水も掛かって履いているタイツも少し不快感がする程度には濡れていた。だが、今はそんな事を気にしている場合では無い。

 

 

「あの!」

 

「はい?」

 

「人を探してるんです!私と同い年の金髪ツインテールの女の子!」

 

 

見掛けた女性にそう尋ねてみるも、反応は芳しくない。

 

 

「うーん…ごめんなさい。見てないわね。」

 

「分かりました!ありがとうございます!」

 

 

手早くお礼だけ述べ、俺は再び走り出した。結局、場所の心当たりが全然無いので道行く人に聞くぐらいしか方法が無い。別れたところの周辺を中心にして捜してはいるが、今のところ数人に聞いて有用な情報は手に入っていなかった。

 

 

(花音さん…大丈夫かな…)

 

 

一緒に探すと言ってくれた花音とは別行動を取っている。見つけたら連絡してくれるようだが、今のところ連絡は無い。もう恐らく20分程は探しているような気がする。

 

 

「あの!」

 

 

もうこれで何人目だったか、会社からの帰宅途中とかだろうか。スーツを着た男性に声を掛ける。

 

 

「人を探してるんです!金髪のツインテールの女の子!」

 

「ん〜…見掛けてないなぁ…」

 

「分かりました!ありがとうございます!」

 

 

聞けども聞けども有咲の事を見た人はいない。思ったより遠くまで行ってしまったのだろうか?そもそも、彼女の精神状態は大丈夫なのか?恐らく大丈夫では無いのだろう。問題無いのなら家に帰っているだろうし、帰らないにしても家に連絡を入れるなどするはずだ。

 

 

「くそ…早く見つけないといけないのに…」

 

 

警察などを頼るか?とも思ったのだが、事情を説明する手間や、実際に捜索に動くまでの時間などを考えるとこの状況ではあまり得策とも思えなかった。何より、今有咲は性格的に、自分自身を責めている可能性もある。そんな状況で警察まで動かしてしまったと知ったらと思うと、頼る事は出来なかった。

 

 

「有咲…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…………はぁ…………」

 

 

時間はさらに経っていくが、有咲は見つからない。有咲を見掛けた人間すら見つからない。有咲がどこにいるにしろ、どうしてここまで誰も見てないんだ?そんな疑問が思い浮かぶ。金髪ツインテールの少女なんてそうはいないはずだし、こんな時に言うのもなんだが有咲はかなりの美少女である。見掛ければ少なくとも数時間か一日程度は記憶に残りそうなものなのだが…

 

 

「うわっ!」

 

 

疲れのせいか足があまり上がってなかったせいで、道路のちょっとした起伏に足を引っ掛けて転んでしまう。手が咄嗟に前に出たおかげで顔面からは行かなかったが、丁度その起伏のせいで出来ていた水溜りに飛び込む形になってしまった。

 

 

「うぐっ…いった……」

 

 

右足の膝を地面に擦ってしまったようだ。タイツも膝の部分が少し破れ、血が出てしまっている。

 

 

「…くっそ……」

 

 

踏んだり蹴ったり過ぎて流石に泣きたくなったが、なんとか堪えて再び立ち上がる。

 

 

「あーあ…折角貸してくれたのに…」

 

 

気付けばもう全身びしょ濡れになっていた。傘は最早意味を成さないので一旦閉じる。捨てればと思うかもしれないが、ビニール傘とはいえ借り物だという事と、有咲を入れてあげる為という事もある。傘はなんとか持っておきたい。

 

 

「あの…」

 

「え?」

 

 

声を掛けられた事に気付き振り返ると、同年代ぐらいの少女が心配そうな顔をして立っていた。見た事は無いのでバンドリのキャラでは無さそうだ。

 

 

「だ、大丈夫ですか…?」

 

「あ…」

 

 

どうやらこの少女は俺の様子を見て心配して声を掛けてくれたようだ。確かに赤の他人でも心配になるような見てくれになっているかもしれない。

 

 

「あはは…大丈夫大丈夫。それより、金髪のツインテールの女の子!見なかった?」

 

「え…?」

 

 

実際は擦りむいた膝は結構痛いし、咄嗟に出た手も血が出る程では無いにしろ、道路のコンクリートに思いっきりついてしまったのでなかなか痛かったのだが、俺は取りあえず痩せ我慢で大丈夫という事にし、この少女にも例の質問をしてみる。少女は少し考えた後こう答えた。

 

 

「えっと…ツインテールでは無かったんだけど…金髪の子なら見た…」

 

「それホント!?」

 

「あっ、あの、でもツインテールでは無かったよ…?」

 

 

自信無さげな少女。有咲はツインテールだったはずだがどういう事だろうか?まさか別人?金髪自体はこの世界では割と見たので有り得るかもしれない。

 

 

「でもなんていうか…ただならぬ雰囲気だったっていうか…私ちょっとその、トイレが危なくてスルーしちゃったんだけど…」

 

「ただならぬ雰囲気…?」

 

「元気があまりにも無かったというか…前見えてるのかなって感じで…」

 

「それって…!」

 

 

前言撤回。そんな状況にたまたま陥っている金髪の別人がそうそういるはずが無い。念の為確信をつける為に俺は一つ質問をする。

 

 

「服装!覚えてる!?」

 

「確か……ピンクのセーターに青いロングスカートだったかな?」

 

 

間違い無い、有咲だ。ツインテールじゃないのは分からないが、何らかの理由で髪が解けたのだろうか。もしかしたら今まで見掛けた人が全然いなかったのは、俺がツインテールという情報を言っているのに対して実際はツインテールじゃ無かったからか?それにしたってツインテールでは無かったけどこんな子を見掛けたとか言ってくれてもいいと思うのだが…今となってはどうでもいい。

 

 

「どこ!どこにいたの!?」

 

「私が見掛けたのは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……はっ……」

 

 

走る。教えてもらった場所へとひたすらに走る。先程の少女が言うには、有咲らしき少女はここからそれなりに離れた公園近く、今いる場所から見て今日行ったショッピングモールの逆方向側にいたらしい。おそらく別れた際、そのまま結構な距離を走っていったのだろう。それに相当に時間も経っていた。これだけ離れた距離にいてもおかしくはない。

 

 

(膝が痛い…体も冷たい…)

 

 

雨こそ小雨になってきたが、散々今まで降られていたので体はすっかり冷え、先程擦りむいた膝も痛いとはっきり思う程度には痛みがあった。

 

 

(もう走るのやめちゃおうかな…?)

 

 

なんて思いつつも、足は止まらなかった。どうにも自分が思っている以上に、有咲に対しての気持ちが強くなっていたようだ。元々俺は、こんなに頑張れるような人間では無いつもりだった。困ってる人がいても、見知らぬ他人だったら見て見ぬフリもよくやってきた。友達や家族とかだったとしても、自分がそこまで苦労しない程度に程々に助けない事もない程度だ。そして自分には基本的に甘い。だから、少し傷付く事があれば普段甘やかされている自分の心は簡単に折れてしまう。そんな俺がどうしてこんなに頑張っているのか。思えば、切っ掛けは有咲だったのだ。突然戸山香澄になってしまった日の夜に、掛かってきた有咲からの電話。普通だったら有り得ないような未知の現象に参ってしまっていた俺は、その時救われたのだ。別に有咲は"俺"を救おうとした訳では無い。俺が勝手に救われただけだ。俺は………

 

 

 

 

 

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「有咲っ!!!」

 

 

 

 

 

 

やっと、見つけた。雨が降っているにも関わらず、彼女は小さな公園内のブランコに座っていた。確かに先程の少女が言っていたように、ツインテールは解けたのか解いたのか分からないが、髪は下ろしてあった。

 

 

「え……香澄……?」

 

 

彼女は俺を見て、驚いたような表情をした。その視線は頭に向いているように見える。もしかして、この髪型にびっくりしているのだろうか?

 

 

「…なに、してるの…こんな所で…」

 

「……」

 

 

答えない。有咲は一度は上げた顔をまた俯かせた。俺は、ブランコの空いている方の鎖に傘を引っ掛け、そのまま椅子に腰を掛ける。雨で濡れていたが、自分自身が既にすっかりびしょ濡れだったので、今更気にはならなかった。

 

 

「……有咲…いや、市ヶ谷さん…」

 

「……なんだよ……なんで、その髪型なんだ…」

 

「…まあ、色々あってね…」

 

「なんなんだよ…香澄じゃないんじゃ、無かったのかよ…それなのに…髪型戻して…香澄が……香澄が、戻ってきたんじゃないかって、思っちゃったじゃないかよ…!」

 

 

意図した訳では無かったが、このタイミングで髪型が戻ったのはあまり良くなかったかもしれない。結局また有咲を悲しませてしまっている。

 

 

「…ごめん…」

 

「…なんで…なんであんな酷い事言ったのに…来たんだよ…」

 

「…市ヶ谷さんに、まだ伝えられてない事があるから。」

 

 

そう言って俺はブランコから立ち上がり、有咲の前に立つ。

 

 

「…もういいよ…あんな話されたって…私は…私は…どうしたらいいか分かんねーよ…」

 

「違う、さっきは起こった事の事実を伝えたけど…今聞いてほしいのは、俺の気持ちだ…」

 

 

言い終わり、有咲を真っ直ぐと見据える。暫く俯いたままだったが、話し始めない俺を不思議に思ったのか、顔を見上げて目を合わせてくれた。

 

 

「…俺さ…怖かったんだよ…いきなり自分じゃない人間になってて…夢なんじゃないかって何度も思った…でも、ここにいる人達は皆ちゃんと生きていて、皆が皆それぞれ意思を持っている。それが分かって、なおさら怖くなった。これは夢なんかじゃ無い。どうしようもなく現実なんだって…」

 

「……」

 

「でも、市ヶ谷さん…君が俺を、後押ししてくれた。」

 

「え…」

 

 

きょとんとする有咲。それもそうだろう。彼女には俺を後押しした覚えなど無いのだから。だが、俺は後押しされたのだ。勝手に頑張る理由を貰ったのだ。

 

 

「…俺が香澄になってから、市ヶ谷さんの香澄への想いを何度も見た。その事で、自分が壊れそうになるくらい考え込む姿も見た。そんな風に友達の事を必死に考える事が出来る市ヶ谷さんを見て、きっと俺は…頑張ろうと思えたんだ。」

 

「な…!」

 

「正直、凄い落ち込んでたんだ。香澄になってしまった最初の日…これからどうなるんだろうって。でも、市ヶ谷さん、君から来た電話を聞いて、君がどれだけ友達の事を想ってるか聞いて…俺は…戸山香澄を絶対に取り戻さなきゃって思った。」

 

「取り…戻す…?」

 

「ああ…俺が今やらなきゃいけない事…それは、戸山香澄を取り戻す事だ。そして、香澄に香澄として当たり前に生きてもらいたい。それはきっと、俺なんか…他の誰かが奪ってしまっていいものではないから。」

 

 

この世界に来てしまった日の夜、有咲との電話をした時から、ずっと目標として掲げてきたもの。元々の世界で、推しキャラとしていた香澄の為に俺は頑張っていたと思っていた。勿論それもそうなのだろうが、きっとなにより、ツンデレで素直じゃ無いけど、でも心から香澄の事を友達として想っている心優しい少女、有咲の為だったのかもしれない。俺はいつの間にか、バンドリの一キャラクターの有咲ではなく、この世界に生きる一人の少女、市ヶ谷有咲に勝手に惚れ込んでいたのかもしれない。

 

 

「…私は、別にアンタを励ますためにやった訳じゃない…」

 

「…そうだろうな。ただ、実際俺は市ヶ谷さんにとって大事な人への強い想いを聞いて、俺がその大事な人の事を奪う訳にはいかないと思った。」

 

「だ、大事な人って訳じゃ…」

 

「違うのか?」

 

「……………それは置いといて、そんな事で恩を感じるのは違うだろ…だって私は…ただ…」

 

 

ただ…その先に続く言葉は恥ずかしいのか言ってくれなかったが、凡そ想像は付く。彼女は彼女なりに考えて香澄の為に言っただけ。だがそれは、簡単なようで難しい事だ。それに、別に俺は恩を感じている訳では無い。

 

 

「それは違う。俺はただ、凄いと思ったんだ。もし俺の…そうだな、友達がいて、そいつがおかしな状態になったとしても、市ヶ谷さん程その人の為に悩んだり、怒ったり、出来る気がしない。」

 

 

きっと、俺の性格なら面倒になって関係も自然消滅なりしてしまうと思った。先程も言ったが、俺はそんなに頑張れるような人間では無い。今俺が頑張っているのは、有咲の影響なのだと思う。

 

 

「っ…私は!!私は…結局何も出来ちゃいないだろ…!悩んだって何も良い方法も出なくて!!怒ったのもどうしようもなくなって香澄に!…アンタに八つ当たりしたようなもんだ…!挙げ句の果てにバカみたいに泣いて…こんなとこまで逃げて…また迷惑掛けて……私なんか…私なんか…」

 

 

声を荒らげて泣きじゃくる有咲。その自分自身を責める姿はとても悲痛で、俺は黙って見ていられなかった。

 

 

「私なんか!!ずっと引き篭もってれば良かったのに!!!」

 

「…本気でそう思うのか?」

 

「……」

 

「なあ有咲、俺はそうは思わない。有咲は香澄と…いや、最初の切っ掛けこそ香澄だったかもしれないが、それがあって色んな人と出会えた。ポピパは勿論、他にも友達と言える存在が出来たんじゃないか?仲良くなった先輩もいるだろう。それを全部、無かった事にするのは勿体無くないか?」

 

 

有咲は元々優しい子なのだろうが、それを表に出す機会が無かった。高校に入って、香澄に引っ張り出されるまで彼女は元来の人見知りの性格もあり、まともな友達などいなかった。1人でいる事は悪い事じゃ無い。だが、1人じゃなくなった今、その状況を彼女は悪くないと、心地良いと思っているはずなのだ。

 

 

「…アンタに…何が分かるの…」

 

「分かる、分かるよ…ごめん、今は詳しくは説明してる暇は無いけど…とにかく分かるんだ。」

 

「………ははっ……なにそれ……」

 

 

有咲は乾いた笑いを漏らす。雨に濡れた前髪に隠れた表情は、ここからは伺い知れない。

 

 

「説教臭い感じでごめん。でも、そう思ったんだ。今の市ヶ谷有咲を否定するのは、今まで市ヶ谷さんに関わってきた人たちを否定するようなものなんじゃないかな…」

 

「…それは……」

 

「俺みたいな他人が言ってもあまり響かないかもしれないけど、少なくとも俺は今の有咲って人はとても素敵な人だと思ってる。」

 

「なっ……!?」

 

 

カアァっと赤面する有咲。我ながらかなりクサイ台詞だとは思ったのだが、状況や、実際そう思っている事実などが後押しし、この時はすんなり言う事が出来た。後で恥ずか死ぬのはまた別の話だ。

 

 

「…よくもそんな台詞、恥ずかし気も無く言えるな…」

 

 

赤面しつつ恨めしそうな目をしてそう言う有咲。だが、さっきまでの陰鬱な雰囲気は無くなった気がする。

 

 

「俺はさ、あんまり誰かの為にとか、他人の為に頑張れないんだ。すぐ面倒くさがって、見て見ぬフリをして…そんな俺が頑張っているのは、きっと市ヶ谷さんに影響を受けたからだ。色んな人から影響を受けた市ヶ谷さんに俺は影響されたんだと思う。だから…そんな市ヶ谷さん自身を、否定しないで欲しい…」

 

「………なんだよ…もう………色々、めんどくせーな……」

 

 

そう言って、有咲は空を見上げた。前髪が捌けた事により見えた表情は、悲しみとも怒りとも取れない、敢えて言うならば諦めのように見えた。

 

 

「……本当は、分かってたんだ…香澄が…いや、アンタが本当の事を教えてくれた時、どうするのが良かったのか…」

 

「え…」

 

「アンタが香澄じゃない誰かなのか、なんらかの要因で香澄じゃない誰かと思い込んでしまっている香澄なのかとか…そんな事はどうでも良かったんだよな…」

 

 

こちらの目を見据え、有咲はこう言った。

 

 

「何にしたって、今香澄がまずい事になってるのは変わらないんだ…だったら、友達、なら…困ってたら、助けるよな…」

 

 

有咲は友達想いだ、と思うのはこれで何回目だろうか。友達想いと一言で言えば簡単だが、こんな状況でも助けるという答えが出てくる人はそうはいないのではないだろうか。少なくとも、俺には自信が無い。

 

 

「それなのに、私アンタに酷い事言っちゃってさ……逃げ出して……バカ、だよな……ホント、バカなんだ……いつもそうだよ…自分の事ですぐ手一杯になって…怒ったり…飛び出したり…なんなんだろうな…?」

 

 

少し、泣いているように見えた。雨に濡れているからか涙の雫は見えなかったが、目が少し赤くなっている気がした。

 

 

「本当にバカだ…一番つらいのは…アンタだったはずなのに…」

 

「え…」

 

 

予想外の言葉に思わず面食らってしまった。香澄の体を奪ってしまった事を責められこそすれど、こう切り替えされるとは思っていなかった。

 

 

「いきなり他の人の体に入れられて…その人として生きていくのを強いられて…皆にバレないように気を使って…手掛かりも無いような状態で、元に戻る方法を探して…ずっと、そうしてきたんだろ…?たった、一人で…」

 

「…っ」

 

 

よく、「同情なんていらない」というような言葉がフィクションの作品の中などにあるが、あれは強いから言える言葉だ。俺は弱い。有咲の俺に対しての同情が、心の底まで染みた。当然だが、今までは皆香澄に対してしか喋っていなかったのだ。今の有咲は、"俺"に対して喋ってくれていた。だから、こんなにも嬉しい気持ちになってしまったのは、きっと間違っては無いだろう。

 

 

「さっきは、ごめんなさい……それで、ずっと香澄の事を取り戻そうとしてくれて……………私の事、そんなになってまで探してくれて…………………ありがとう……」

 

 

ブランコから立ち上がり、有咲は頭を下げてくれた。そしてとても恥ずかしそうに、照れくさそうに、でも、確かな笑顔で、そう言ってくれた。その瞬間、俺は全てが救われたような気がした。心が一気に晴れたような気がした。たった一言、「ありがとう」と。それは確かに、"俺"という一人の人間に向かって言われた言葉だった。そう自覚した時、俺の目からは雨とは違う雫が溢れていた。

 

 

「有…咲……」

 

「もう…何泣いてるんだよ…こっちが恥ずかしくなるだろ…?さっきまで散々あんなくっさい台詞言っちゃってさ…?」

 

 

そう言いながら、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭いてくれる有咲。元々濡れていたのでそこまで意味は無いのだが、その行為自体にまた嬉しさが溢れてしまう。

 

 

「…ありがとう…」

 

「いや、だからありがとうは私だって…ああもう…しょうがないなぁ…」

 

 

すぅっと息を整える有咲。何かを言うのだろうか?

 

 

「…こんな形になっちゃったけど……でももう、一人で戦わなくていいから…」

 

「え…」

 

「その…私も、協力する。香澄を取り戻すってやつ…だから…もう、独りじゃない、から…」

 

 

言いながらもじもじとする有咲はとても可愛らしかった。なんて思う余裕も無く、その言葉は香澄になってから独りだった俺を、確かに開放してくれたのだった。

 

 

「と、とにかく!これからもよろしくって事!」

 

 

そう言いこちらへ右手を差し出す有咲。俺は少し迷った。

 

 

「…いいのか?」

 

「ああもう!男ならうだうだするな!…男だよな?勝手に思ってたけど。」

 

「男だよ……今は女だけどな。」

 

「それは体だけだろ。」

 

「そこが一番大事だと思うんですが…」

 

 

変に気の抜けた会話をしてしまい、思わず目を見合わせてプッと笑う。気付けば、雨は止んでいた。

 

 

「フフッ…なんだこれ…」

 

「なんだろうな…ククッ…」

 

 

もう一度、有咲の顔を見据える。

 

 

「…よろしく、市ヶ谷さん。」

 

「有咲でいいよ。さっきからちょこちょこそっちで呼んでたし、その方が呼びやすいんだろ?えっと…」

 

 

そうか、そう言えば結局まだ教えて無かったのか。

 

 

「…蒼。"蒼川 蒼"だ。」

 

「ん。よろしくな、蒼。」

 

「よろしく、有咲…!」

 

 

握った手をお互いにキュッと結ぶ。俺を救ってくれたこの小さな手の為にも改めて誓おう。必ず、戸山香澄を取り戻すと…きっと大丈夫。何故なら、俺はもう独りではないのだから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1st chapter fin.

 

Continued to the 2nd chapter…

 

 

 




色々解決してない事もありますが、取りあえず一章完!です。ここまでお読みいただきありがとうございました。

二章以降も(できれば)変わらぬペースで投稿する予定ですのでよろしくお願いします。
また、最近活動報告なるものを知った(今更)ので、今後投稿時はそれを使ってお知らせします。投稿の正確な時間が知りたい方はそちらをご参照下さい。


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2章 二つ星
10話:少しだけ変わった日常


第二章始動です。


 

 

「…嫌…」

 

 

夢を見た。

 

 

「やだよ…こんなの…」

 

 

絶望に満ちた少女の表情は、とても見ていられなくて、でも目を逸らす事は許されなくて。

 

 

「嫌……うあああああああっ…!!!」

 

 

その悲痛な叫びは、強く俺の頭に残ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…はっ…!」

 

 

…気が付くとそこは、既にすっかり見慣れてしまった部屋。暫定的に自室という扱いになっている、戸山香澄の部屋である。

 

 

「…もう朝…」

 

 

少し早めに目が覚めたようだ。今日は学校があるので準備しなくてはならない。

 

 

「…なんか…夢を見たような…」

 

 

見たような気がするのだが、内容が思い出せない。しかし、一つだけ頭に残っているものがあった。

 

 

「…誰かが叫んでいたような…」

 

 

誰なのか分からないが、ふわっと覚えてる声質的には女性だった気がする。と言っても叫び声というのは普段なかなか聞かないので、その声質で判断というのも難しいのだが。

 

 

「…取りあえず準備するか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

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あれから、と言っても日曜日を挟んで二日しか経っていないのだが、俺の生活は少しだけ変わった。

 

 

「おはようございます!」

 

「あら、おはよう香澄ちゃん。」

 

 

俺の挨拶に和やかに返してくれるのは、市ヶ谷…なんだっけ、おばあちゃんにも名前が設定されていた筈だが如何せん覚えていない。まあお察しだと思うが、有咲のおばあちゃんだ。

 

 

「一昨日はありがとねぇ。そしてごめんなさい、ウチの有咲が迷惑を掛けて…」

 

「そ、そんな事無いです!」

 

 

一昨日、有咲と握手を交した後、有咲のおばあちゃんや花音の事を思い出して急いで連絡したのは記憶に新しい。と言ってもおばあちゃんに連絡したのは有咲で、俺が連絡したのは花音だが。有咲が見つかった事を知らせると、とても嬉しそうに安堵の声を出した花音。そのまま帰っていいよと言われたのだが、どうしても直接会ってお礼を言いたかった俺は、時間的にどうかとも思ったのだが松原家へ向かう事にした。そのとき有咲も謝りたいと、着いてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「花音先輩!」

 

 

ちょうど自宅の扉を開こうとしていた花音を見つけた俺と有咲。

 

 

「えっ…?香澄ちゃん…に、有咲ちゃん?」

 

 

振り向いた彼女は、俺や有咲に負けず劣らず全身びしょ濡れだった。きっと必死に探してくれたのだろう。というか見つけた時点で先に連絡してあげればと後悔したのだが、今更そんな事を言ってもしょうがないので改めてお礼を言う事にする。

 

 

「あの…本当に色々とありがとうございました!」

 

「わ、私も…ありがとうございました!」

 

 

二人で頭を下げる俺達に、花音はふわりとした笑顔を向けてこう言った。

 

 

「もう…帰ってもいいよって言ったのに…でも良かった…えへへ、なんだか上手くいったみたいで嬉しいな…」

 

 

かのちゃん先輩マジ大天使、とか空気読まない事をうっかり思ってしまう程の天使っぷりを見せ付けられたが、二人で改めて感謝の意を示した。「良かったら今日泊まっていく?」という提案をされたが、流石にそれは遠慮した。多分同じくびしょ濡れな俺達を見てそう言ったのだろう。後日花音には改めてお礼をしようと、有咲と話したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「香澄ちゃんは良い子だねぇ…良かったら今後とも有咲と仲良くしてやってね?」

 

「はいっ!」

 

 

香澄よろしく元気よく答える。と、そこへこちらにやって来る足音が。

 

 

「お、来たな。」

 

 

そう微笑みながら声を掛けてくるのは、市ヶ谷有咲。あれから変わった事と言えば、有咲は香澄にではなく俺に対して喋り掛けてくるようになった。到底信じられないような話を一昨日彼女にはしてしまったが、彼女なりに折り合いをつけて一先ず信じてくれた。

 

 

「ふふっ、それじゃあ行ってらっしゃい。」

 

「はい!行ってきます!」

 

「行ってきま〜す。」

 

 

おばあちゃんに見送られ、俺は有咲と共に市ヶ谷家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…アレだな。知らなかったから違和感持って見てたけど、知ってる上で見たらそれなりに演技は様になってるな。」

 

「ああ…まあ一応ね。それでも有咲の目は誤魔化せなかったし、他のポピパのメンバーも多分そうなんだろう。それに、家族も今の生活スタイルだと関わる時間が短いからまだいいけど…怪しまれるのも時間の問題じゃないかな。というか既に怪しまれてる可能性もありそう。」

 

 

当たり前と言えば当たり前だが、有咲以外の前では未だに香澄としての演技は続けているし、有咲も一緒にいる時は話を合わせてくれている。今周りに人通りが無いのをいい事に素で話しているが、これがなかなか安らぐのだ。既に事実を知っている有咲とは"俺"として会話する事が出来る。この世界に来てずっと戸山香澄を演じていた俺には、こうして話す事が出来るのが凄い新鮮だし、気も楽だったのだ。

 

 

「…他の皆には言わないの?」

 

「…信じて貰えると思うか?」

 

「…さあな…」

 

 

ポピパを信じている有咲ですら曖昧な返答になってしまうのは、この話があまりにも現実離れしているからだろう。俺も自分自身がそうなっているから現実として受け止めているが、有咲達の立場だったとして信じられるかは怪しい。いや、信じなかっただろう。

 

 

「…取りあえず、今日蔵来いよ。」

 

「え?」

 

「憑依現象の事。もうちょっとちゃんと聞きたいし。私も協力するんだし、知っとかないとだろ?」

 

 

なるほど…確かにまだ全部の事を話した訳では無いし、改めてそういう機会を設けるのはいいのかもしれない。しかし、一つ悩んでいるのが、この世界がバンドリという作品に非常に類似した世界、つまり違う世界という事を言うべきかどうかだ。まあここまで信じてくれたのだ。恐らく言えば、完全に信じてくれるかは分からないがなんとか呑み込んではくれるだろう。しかしショッキングな話には変わりない。これ以上有咲に考える事を強いるのもなんだか気が引ける。そう思うと、全ての情報を開示してもいいものかという気持ちになってしまった。

 

 

「…分かった。と言っても、他のメンバーはどうするんだ?」

 

「どうするって?」

 

「ほら、今蔵練が俺だけ不参加の状態になってるだろ?」

 

 

戸山香澄になってから初めて蔵練に出た際、一部の曲を碌に演奏出来なかった時。あの時以降、俺のみ不参加という形になっており、それは今も続いている。ポピパのメンバーの事だ。俺と有咲の間に確かに存在していた壁が取り払われた事を、恐らく過敏に察知するだろう。そうなれば自ずと暫く参加していなかった蔵練どうするの?という話になる可能性があるのではなかろうか。

 

 

「ああ…なるほど…」

 

 

と、口に出してまだ説明した訳ではないのだが有咲はなんとなく納得したようだ。まあニュアンスで面倒事になるのではというのは伝わったのだろう。

 

 

「まあ別に今までも特別避けたりとかしてた訳じゃないし…ただ一緒に行くと面倒かもな…」

 

「蔵でってのももしかしたらまずいんじゃないか?あそこある意味ポピパの溜まり場みたいになってるし、ふらっと誰か来る事もあったりしないのか?」

 

「あ〜…おたえとかは結構…」

 

 

あ、やっぱ来るんだ…俺もそういう事しそうなのは、おたえかなとは思ったけども。

 

 

「…じゃあ、そっちの家にするか?」

 

「その方がいいかもな。」

 

 

香澄の家なら流石に何も無いのに急には来ないだろう。香澄が病欠したとかならお見舞いに来るとかはあるかもしれないが。

 

 

「じゃあ学校終わったら蒼は普通に家帰ってくれ。私はどっかで適当に時間潰してから向かうから。」

 

「了解。」

 

 

そんなこんな話してる途中に駅まで辿り着く。話は決まったし、後は放課後まで取りあえずいつも通り過ごせばオーケーだな。いつも通りだね。…うん、ごめんなさい言ってみたかっただけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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時は進んでお昼休み。授業やらはいつも通り華麗(適当)にこなした。恒例のポピパお弁当タイムである。

 

 

「あ、ごめん、私トイレ行くから先行ってて?」

 

 

うん、お弁当タイムの前にトイレタイムが先だったね。ちょっと催してきちゃったぜ。

 

 

「あー分かった。じゃあ先に…トイレ!?」

 

 

いつもと同じように返事をしようとした有咲が、突然大声を出すもんだから、俺含め皆がびっくりしてビクッと体を震わせた。あ、よく見たらおたえはそうでも無かった。

 

 

「どうしたの?」

 

 

おたえは不思議そうに有咲を見る。ぶっちゃけ俺にはなんとなく理由が想像つくのだが、想像通りなら有咲はここで理由は言えないだろう。

 

 

「え、やー…はは…なんでも…なんでも、ない…はは…」

 

 

ハハハと笑っているがすっごく引き攣っている。相変わらず分かりやすいなこの子。

 

 

「ほ、ほんとにどうしたの?」

 

「い、今変な事言ってた…?」

 

 

沙綾とりみも思わず有咲にそう尋ねる。が、有咲はいやー…とかあはは…とか言ってばかりだ。

 

 

「わ、私も!私もトイレ行くわ!皆先行っててくれ!」

 

 

え?有咲も行くの?それ絶対トイレ行きたい訳じゃないよね?もれなく俺に用あるよね?

 

 

「う、うん…分かった。」

 

 

微妙に心配そうな顔をしている沙綾だったが、取りあえず納得してくれたようだ。

 

 

「それじゃ、後でね?」

 

 

そう言って中庭の方に歩く沙綾に、りみやおたえも続いていった。りみも終始困ったような表情だったが、特に問い詰めては来なかった。というかりみはこういう時問い詰めるような性格でもないか。おたえは相変わらずおたえ検定を受けてすらいない俺には心中察する事は困難だった。なんだおたえ検定って。あるなら是非とも受けたいです。うん、何言ってんだろうね。

 

 

「ほら!香澄行くぞ!」

 

「えっ、わっ!ちょ、引っ張らなくても行くから!」

 

 

こうして、半ば引っ張られる形で女子トイレ(というか女子校なので教員用以外は基本それしか無いのだが)に連行されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「手が痛い…」

 

「ご、ごめん…」

 

 

よっぽど焦ったのかなかなかに強い力で掴まれた手は、まあまあ赤くなっていた。有咲もちょっと罪悪感を感じたのか謝まってくる。

 

 

「って!そうじゃなくてだな!」

 

「うわっ、な、なに…?」

 

 

まあ、「なに?」とは聞いたが彼女が言いたい事はなんとなーく察しがついている。俺的には凄く今更だが。

 

 

「お、お前…その…その体で、トイレ行ってたの、か…?」

 

「いや、行くでしょそりゃ…」

 

 

手が痛いのとやっぱりという気持ちと今更感とで、つい凄くげんなりとした感じで答えてしまった。

 

 

「で、で、でも!香澄の体だぞ…?」

 

「その下りもう一ヶ月前ぐらいにやったからね?」

 

「うっ…、いや…まあ…そうだよな…」

 

 

彼女も馬鹿ではないので分かってはいるらしい。分かってはいるが色々と考えてしまったのだろう。

 

 

「なんか…凄いあっさりしてたし、ついな…」

 

「ああ、そう…」

 

「そ、その…別に蒼を責める訳じゃないんだけど…なんも思わなかった、訳じゃないよな…?」

 

「そりゃそうでしょ…それはもう計り知れない程の葛藤があったよ?お風呂とかもね。」

 

「風呂っ!?」

 

 

なんかいちいちびっくりしてて可愛いなとか思ったのは秘密である。

 

 

「そ、そうか…そりゃそうか…」

 

 

なんか一人でブツブツ言ってる有咲が可愛い…ってついさっきやったわこれ。 

 

 

「…取りあえず、やる事やっていいですかね…?ちょっと危なくなってきたんだけど…」

 

「えっ?あ、ああ…いいよ、うん…」

 

 

有咲からのお許しを頂いたので、俺は手近な個室に入るのだった。入ってからも有咲の独り言は止まなかったが、あまり気にしない事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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またまた時間は進んで放課後。え?お昼はどうしたのかって?特に普段と変わらなかったのでカットで。というか有咲と秘密を共有した以外は特に変わった事は無いので、トイレにびっくりされた以外は至っていつもと変わらずである。

 

 

「今日は私用事あるから先帰るね〜。」

 

「そっか、また明日ね。」

 

「バイバイ、香澄ちゃん。」

 

「またね。」

 

 

沙綾達に別れを告げ、教室を出る俺。もしかしたら彼女達も色々と聞きたい気持ちはあるのかもしれないが、今のところ何も言わないでくれているのは感謝すると同時に、申し訳無い気持ちもある。有咲が結果的に信じてくれたのだから、沙綾、りみ、おたえだって…なんて事も考えるが、それは希望的観測だ。有咲の時は最終的になんとかなったが、他三人がそれで済むとは限らない。いや、まあ信じたい気持ちはあるのだが、それを押し付ける訳にもいかない。

 

 

「はぁ…」

 

 

色々と思考してしまい、なんとなく気分が落ち込む。なんやかんやと言ったが、結局は拒絶される事が怖いのだろう。俺はそういう人間だ。というか誰だって拒絶なんて出来ればされたくはないはずだ。多分…

 

 

(…すっかり夕焼けだなぁ。)

 

 

季節はもう冬に近い。日が落ちるのも早く、放課後の時間になれば既に外には綺麗な夕焼けが広がっていた。夕焼けを見ると、とあるバンドを思い出す。

 

 

(…Afterglow、まだ二人としか会ってないんだよな。)

 

 

以前商店街でバッタリと会った美竹蘭、そしてその後向かった羽沢珈琲店で出会った羽沢つぐみ。今のところこれだけだ。Afterglowにはあと三人のメンバーがいるのだが…

 

 

(学校も違うし、前みたいにバッタリ会うか、会おうとして会わないと会えないよなぁ。)

 

 

既に彼女等の曲目は蘭から聞いたのだが、念の為残り三人にも会っておきたいというのはあった。何がこの事態の解決に繋がるか分からないからだ。個人的に見てみたいという気持ちもあるのは秘密だ。そういう意味では、パスパレにも会ってはおきたい。どこかで機会を伺ってもいいかもしれないなと思った。

 

 

(ま、何はともあれハロハピだよな…)

 

 

自身のバンドであるポピパを除けば唯一曲目を知れてないバンドだ。ポピパに関しては、有咲が既に事情を知っているのでいつでも聞ける。

 

 

(ただなぁ…)

 

 

キャラとしては大好きだが、自分が話すとなると対応に困りそうなのが三人程いるのが少し憂鬱なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ふはー……」

 

 

無事何事も無く家に着いた俺は、自室に入るとベッドにダイブする形でうつ伏せに倒れ込んだ。元の体の時もよくやってたやつである。

 

 

「……」

 

 

チラッと目を横にやる。そこには出しっぱなしにされているランダムスター。ちまちま練習を続けて少しは上達したとは思うが、未だ一曲通しで弾ける程ではない。厳密に言うなら、香澄の体が覚えてるものなら多少誤魔化しを入れればなんとかなるが、その補正が無くなればまだまだだ。

 

 

「はぁ〜……」

 

 

どうにか楽して上手くなんねーかなぁ、という叶いもしない事を考えつつ、また顔をベッドに埋もれさせた。

 

 

「うーん……」

 

 

この後有咲が来るはずだが、ウトウトと睡魔が俺を襲う。いかんいかん、起き上がらなきゃと思いつつも体は全然動かず、そのまま寝る勢いだ。というか、そのままうっかり寝てしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「………ーい!」

 

(………)

 

「………う!」

 

(………ん……?)

 

「………きろって!」

 

「……ん?」

 

「蒼!」

 

 

名前を呼ばれた事に気付き、顔をガバッと上げるとそこには金髪の女の子の姿が…というか有咲がいた。

 

 

「……あ。」

 

「全く…やっと起きたよ……家行くって言っただろ〜…?」

 

 

やれやれと言わんばかりの呆れ具合である。そうか、結局寝てしまったのか俺は。多分有咲は母親に通して貰ったのだろう。

 

 

「ごめんごめん…」

 

「まあいいけどさ…あと自室とはいえ人来るのにその寝相はどーなんだ…」

 

「むっ、この寝方に文句を付けるとは…究極に疲れ取れるんだぞ。」

 

「いや…あー、まあいいや…」

 

 

おい、ツッコミを放棄するな。お前がツッコミやめたら誰がツッコミをするんだ。

 

 

「それにしても…」

 

「ん?」

 

「…香澄の部屋って何気に殆ど来た事無いんだよな…基本蔵集まるし。」

 

「あぁ…」

 

 

確かに、今ポピパが蔵、つまりまあ市ヶ谷家以外に訪れる事はあまり無いだろう。あ、山吹家もそれなりか。あと確かアニメでは花園家は行ってたな。

 

 

「あ…この写真…」

 

 

気付くと有咲の視線は机に置いてある写真に向けられていた。

 

 

「ああ、それか。仲良さそうだなーとは思ったんだけど、ポピパで遊んだ時のか?」

 

 

そこに置いてあるのは、海をバックに撮った水着姿のポピパ五人の写真に、山っぽい所で撮ったこれまたポピパ五人の写真。水着はOVAでそんな話があった気がするのでそれの写真かと思っていたのだが、山の方はよく分からなかった。というか山なのかも分からん。雰囲気で言ったけど。

 

 

「どっちも夏休みの時のだな。海は確か沙綾が希望したんだっけ。」

 

 

俺の記憶だとOVAもそういう感じだった気がするので、やっぱりその時の物なのだろう。

 

 

「こっちは夏休みの終わり前に山にキャンプに行ったんだよ。」

 

「へえ、キャンプか。なんかいいな、そういうの。」

 

 

俺もそういう青春送りたかったとか思ってないんだからねっ!うん、キモいね。

 

 

「まあ…そうだな、どっちも結構楽しかった、かな。」

 

 

少し顔を赤くしながらそう言う有咲。これでも以前と比べればかなり素直になったのかもしれないな。ここに当人達がいないのもあるかもしれない。いや、ある意味当人いるんだけども。

 

 

「わ、私の事はいいんだよ!それより蒼の事だって!」

 

「お、おう…」

 

「何ちょっと引いてるんだよ。」

 

「必死だなぁとか思ってないから心配するな。」

 

「うるせーよ!!」

 

 

頂きました渾身の「うるせーよ」。細かく言うと必死に話題変えようとする姿が可愛いなぁとか思ったんだが、そこまで言うと有咲に照れ死(なんだそれ)させてしまうような気がしたので黙っておいた。

 

 

「はぁ…ていうかホントにいいんだって。今日は蒼の話を聞きに来たんだし。」

 

「…そうだな…」

 

 

俺は未だ決めかねていた。有咲に全てを事細かに伝えるかどうか。余計な重荷を背負わせてしまうかもしれない。ただでさえ憑依現象が非現実的なのに、そこに更に実は違う世界の人ですなんて付けたら厄介この上無い。

 

 

「…あのさ。」

 

「なんだ?」

 

「…今更、遠慮するなよな。」

 

「…え。」

 

 

まるで今の心の中の葛藤を見透かされたような言葉に、思わず唖然としてしまう。

 

 

「なんというか、まだ蒼は私に敢えて何かを隠してる気がするんだ。私の勘…というか、蒼を見てる限りでそう思ったっつーか…」

 

「……」

 

「その反応的に、やっぱり何かあるんだな…」

 

 

有咲は俺を見て少し考えた後、こう言った。

 

 

「もうさ、私は信じるって決めたから。ちゃんと全部知って、それでちゃんと考えたい。これからどうするべきなのか…」

 

「…有咲は、強いんだな。」

 

「強くなんかねーよ…ただ…腹括ったっていうか…その…独りじゃないって、言ったしな…」

 

 

そう言いながら恥ずかしくなったのか、顔を俯かせる有咲。だが、この言葉は悩んでる俺に答えを出させるには十分だった。

 

 

「はぁ…そこまで言われたら、言うしかないよな…」

 

 

彼女は腹を括ったのだ。なら、俺も括るしか無いだろう。教えよう、全部。きっと受け止めてくれる。今度は希望的観測なんかじゃない。目の前の彼女を見た上で、これは確信だと言える。だから、信じよう。

 

 

「俺は、俺はさ…」

 

「うん…」

 

「……多分、この世界の人間じゃない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued…




おばあちゃんの名前が気になる人は調べてみよう!というのは置いといて、二章スタートまでなんとか漕ぎ着ける事が出来ました。よろしければ今後もよろしくお願いします。

※お気に入り300突破したみたいで嬉しいです。ありがとうございますm(_ _)m


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11話:二人で

すみません。隔週更新ってタグに入れてるのにすっかり忘れておりました。
少し遅くなりましたが11話です。


 

「……へ?」

 

 

裏返った声を上げたのは、目の前にいた有咲だった。すごくビックリしてますと言わんばかりのリアクションをしている。

 

 

「……ごめん、もう一回言ってもらってもいいか?」

 

「…俺は、この世界の人間じゃない。多分…」

 

 

俺の言葉に有咲は目をぱちくりとさせている。まあ、想像はついていた反応ではあった。やはり言わない方が良かったのかと俺が思ったところで有咲は口を開く。

 

 

「えー…やー…そう来るか……なるほど……」

 

「あ、有咲?ごめん、やっぱそんな事言われても信じられないよな…」

 

「や!いや!ちょっと待て!びっくりしただけ!びっくりしただけだから!信じないなんて言ってない!」

 

 

慌ててそう否定してくる有咲に今度は俺が驚かされる。言っといてアレだが、こんな話を信じてくれると言うのだろうか?

 

 

「ふー…いや、流石に違う世界とかはびっくりしたけど…憑依現象を信じた時点で何言われようと今更だろ?」

 

「そ、そうか…」

 

 

思ったよりかなり肯定的に受け取られ、こちらが呆気に取られてしまう。

 

 

「まあ、確かに俄には信じ難いけど…取りあえず話を最後まで聞かせてくれ。どうしてそれが分かったんだ?明らかな違いでもあったのか?」

 

「ああ…そうだよな…」

 

 

この先伝える事を考えると少し言葉が詰まるが、これだけ言ってくれる有咲に真実を伝えないのは失礼だと思う。何より、そもそも彼女を信じて何もかも話そうと思ったのだ。話さない理由は無い。

 

 

「驚かないで聞いてくれ…って訳にもいかないとは思うんだが…」

 

 

ごくりと唾を飲む音が聞こえてくる。緊張の面持ちで俺の次の言葉を待っているのが分かる。

 

 

「…この世界が、俺の知ってるとある作品の世界にそっくりなんだ。」

 

 

沈黙。俺の言葉に有咲はきょとんとした表情で暫く固まっていた。その状態が10秒程と、短いようで長く続いた後、有咲は口を開いた。

 

 

「…えっと……どういう事…?」

 

 

予想通りと言えば予想通りだが、一回ではやはり伝わらなかったようだ。

 

 

「えっと、だな…つまり、アニメの世界っぽいっていうか…厳密にはアニメだけじゃないけど…」

 

 

俺も俺で居た堪れない空気につい曖昧な言い回しをしてしまう。後半の方は結構な小声になってしまっている。とはいえこの空間がかなり静かなのと、有咲が真剣に聞き取ろうとしてくれているのとで、俺の言葉はしっかり届いたようだ。

 

 

「…………」

 

 

届いたようだが、なんだか難しい表情をしている。俺を疑っている訳では無いとは思うのだが、どうしたものかという気持ちが見て取れる。

 

 

「えーっと…その作品?なんて言うんだ?」

 

「あー、バンドリ…BanG Dream!っていう作品、だな…」

 

「ばんぐどりーむ?」

 

 

文字の綴りが分からないであろう有咲に、スマホに文字を打って見せる。

 

 

「"BanG Dream!"…ねぇ…」

 

 

またしても再び考える有咲。こちらから何か言った方が良さそうだろうかと、何を言うか考え始めたタイミングで再び有咲は口を開く。

 

 

「アニメって言ってたよな…って事は…アレか?キャラとかいたって事か…?」

 

「うん…まあ…既にここに二人…」

 

「………えっ。」

 

 

反応を見るに、まさか自分がそうだったとは思わなかったようだ。無理もないとは思うが。普通に過ごしているだけなのに、実は自分がアニメや漫画のキャラでしたなど言われても実感が無いだろう。

 

 

「ま、まじ?」

 

「えーっと、マジ。」

 

 

またしても沈黙。

 

 

「……マジか……」

 

「…やっぱ信じられない?」

 

「…色々と言った手前信じられないとは言いたくないけど…かなり信じられないような事を言われてるのは、確かだな…」

 

 

落ち込んでる、という風には一応見えない。ただただひたすらに、話にキャパが追いついてないように見えた。有咲は頭がいいが、逆にそのせいでこのとんでも話について行けなくなっているのかもしれない。

 

 

「ま、まあアニメの世界っぽいって言ってもアレだ…酷似しているだけで、実際にはアニメの世界って訳じゃないとは思うんだけど…」

 

「…?」

 

「だってほら、アニメって言ってしまえば絵だろ?それに入っていける訳無いし…というかほら、俺がそう思い込んでるだけな可能性だってあるし…」

 

 

フォローになっているかはともかく、有咲が喋れなくなっているのでなんとかこちらで言葉を紡いでいく。言ってて何言ってるのか自分でも分からなくなってきているのは秘密だ。

 

 

「あー、つまりアレだ、有咲はちゃんと生きてるっていうか…俺からすればアニメの登場人物に限りなく近いけど、間違いなく市ヶ谷有咲は市ヶ谷有咲として生きてるっていうか…」

 

 

言いたい事はあるのだが、なかなか上手く伝える言葉が思いつかない。こんな時自分の語彙力の無さが恨めしくなるが、有咲はどうやら何か分かったような顔でこう言った。

 

 

「…なんとなくは言いたい事分かったよ。私をなんとか励まそうとしてるのも。」

 

 

そう言いながら彼女は苦笑する。伝わった…のか?

 

 

「私はキャラじゃなくてちゃんと一人の人だって言いたいのか?」

 

「それだ!」

 

 

全力で表現に乗っかる俺に、有咲はなんとも言えない表情をしつつも話を続ける。

 

 

「あはは…そのぐらい分かってるよ。その話が実際本当だったとしても、私は私だし…今まであった事がみんな台本通りだとか、到底思えない。」

 

「…有咲は強いな。」

 

 

ぽろっとそんな言葉が口からこぼれる。

 

 

「そんな事ねーよ…」

 

 

ぷいっと顔を背ける有咲。表情は伺えないが、頬は少し赤くなっており、照れているのが分かる。有咲可愛い〜!と香澄よろしく抱き着いてしまいたい衝動が生まれるが、冷静に考えて色々まずいので我慢した。

 

 

「というか私と香澄が登場人物にいるって事は、他のポピパメンバーも…?」

 

「ああ、出てるよ。それに、後々の追加組になるけどガールズバンドパーティの他4バンドも出てる。」

 

「…追加組?」

 

「最初はポピパしかいなかったんだ。でもそれが後に他4バンドの20人が追加キャラとして出てるって感じ。」

 

 

ふむ…といったかんじで考え込む有咲。考え込むのはいいんだけど制服で足組むのはやめてくれませんかね…。ちょっとこう精神に悪いっていうか有り体に言うとドキドキするっていうか…。見た目が女の子なだけで実は男性と一緒にいる事分かってますかね…?

 

 

「…少し、疑問に思ってた事があったんだ。」

 

「疑問?」

 

 

考え込むのをやめ、顔を上げる有咲。

 

 

「香澄の演技だよ。別の人間になってるなんて知らなかったから違和感ありまくりだったけど、いざ分かってて演技を見てると結構特徴は捉えてるように見えるんだ。それも思い返してみると、蒼が憑依してしまったっていうその日から…」

 

 

有咲の言いたい事がこの時点でなんとなく察せてしまった。確かに冷静に考えればそこは疑問に思うところだよな。

 

 

「しかも、相手によって応対もしっかり変えてる。香澄がよく他の人に付けてる愛称とかまで分かってるみたいだったし。」

 

 

それはそうだ。何故なら…

 

 

「…知ってたから、なんだな?」

 

「ああ。」

 

「はぁ〜…そっかぁ…」

 

 

そう言うと有咲は机にぐでーっと突っ伏す。

 

 

「やー…疑問が解けてスッキリしたわ〜…」

 

 

なんだか幸せそうな表情をしていらっしゃる。思ったよりこの事について考えていたのだろうか?

 

 

「…なんか…すまん?」

 

「え、いや別に謝られるような事は。」

 

 

なんか微妙な空気になってしまったので、咳払いして強引に空気を変える。

 

 

「えっと、それで次の話なんだが…」

 

「あ、うん。」

 

「結局俺がこの現象の原因をどう探ってたのかって話だ。」

 

「そういえばそれは気になるな。どうやって調べてるんだ?」

 

 

有咲のその疑問に、俺はドヤ顔でこう答えてやった。

 

 

「結論から言うと、全然分からん!」

 

「………」

 

 

なんだろう、もう顔だけでめっちゃ蔑まされている気がする。我々の業界では…いやごめん普通に傷付いちゃうわ。自業自得だけどね☆

 

 

「☆をつけるな。」

 

「人のモノローグを読むな。」

 

 

エスパーかな?

 

 

「えーっと冗談はまあこの辺にしてだな…」

 

「良かった冗談で…」

 

 

心底ホッとしたようなリアクションを取るなよ。本気だと思ったの?こいつなら本気でもおかしくないとか思ったの?

 

 

「俺は"相違点"ってやつを探してるんだ。」

 

「相違点?」

 

「ああ。簡単に言えば、俺が知ってるBanG Dream…今後略してバンドリと言うが、そのバンドリの世界にこの世界は限りなく酷似している。そんな場所で、逆に異なる点を見つけられれば何か手掛かりになるかもしれないと思ってな。俺自身の存在が既に相違点みたいなのもあるし、そういう意味でも俺と同じか近い存在があればっていうのもある。」

 

 

相違点の事をなるべく簡潔に説明する。簡潔になってないとかそういう文句はは聞こえませーん。

 

 

「ただ、これは俺が手掛かりが何も無い状態で苦し紛れに定義した物だ。実際見つかったところで手掛かりになるかなんて分からんし、そもそもそんな物存在しない可能性だってある。だからある意味最初に言った"全然分からん"ってのも、あながち間違いでも無いんだよな…」

 

 

結局ヒントも何も無しでこの世界に放り込まれた状態だ。非常に優しくない。昔のなんの説明もなくいきなり始まるゲーム並みに優しくない。以前バーチャルコンソール(昔の一部のゲームをダウンロードして遊べる機能)の初代ゼ○ダの伝説をやろうとして何一つ分からずに投げ出したのは悲しい思い出の一つだ。俺には難し過ぎたのさ…

 

 

「おーい、なんか話が脱線してないか?」

 

「だからモノローグを読むな。あと顔を急に近づけるな恥ずかしいから!」

 

「あっ、ごめん…反応無かったから…」

 

 

ちょっとシュンとする有咲が可愛い。うん、そういう話じゃなかったね知ってる知ってる。

 

 

「まあとにかくだ、相違点が俺が勝手に定義したものだと言っても、今はそれを調べるしか無くてな…」

 

「なるほどなー…ちなみに今のところどんな事を調べたんだ?」

 

「まあバンドリでメインキャラだった人達の様子とか…あと各バンドの楽曲一覧とかな。」

 

 

今のところ人物として接触していないのはAfterglowの青葉モカ、上原ひまり、宇田川巴、Pastel✽Palettesの丸山彩、白鷺千聖、氷川日菜、大和麻弥、ハロー、ハッピーワールド!の弦巻こころ、奥沢美咲、瀬田薫。楽曲を調べられていないのはハロー、ハッピーワールド!、そして我らがPoppin'Partyである。というのをリストにして書き上げ有咲に渡す。

 

 

「まだ結構あるな…というかウチらのもか。逆にここに書いてないやつはもう調べて相違点じゃなかったって事か?」

 

「そうなるな。有咲ポピパの楽曲リスト持ってないか?」

 

「それなりにデータは入れてるけど、全部キッチリ入ってるのは多分りみが持ってるかな。作曲担当だし。」

 

 

ポピパの楽曲は他でもない、ポピパのベース担当牛込りみが制作してあるのである。ちなみに作詞は香澄。香澄があの歌詞書くんだからなんか胸熱だよね。

 

 

「それならなんかの機会の時にそれとなく聞いてみないとな…」

 

 

りみなら多少他メンバーよりも最悪ゴリ押しが効くかもしれない。あんまりこういう事言うのもアレだが。

 

 

「そんであとハロハピ…マジか……」

 

「マジだ…」

 

 

二人してがっくしと項垂れる。有咲もやはり難易度が高いところだと思っているようだ。いや、好きだよ?好きだけど自分が接するとなると何に巻き込まれるか…

 

 

「奥沢さん辺りが知らねーかな…」

 

「いや待て有咲。みさ…奥沢さんにはいつもこ…弦巻さんがくっついている。結局同じ事だ。」

 

「あー…確かに…というかなんで名字に言い直したんだ?」

 

「いやー、まあ…ね?」

 

 

心の中で思う分にはまだしも、キャラと同じ姿をしているだけで知り合いでもなんでも無いのだ。なんとなく呼び捨ては憚られる。

 

 

「…?まあいいや。じゃあどうするよ?」

 

「どうもこうも、覚悟決めて行くしかないよな…どの道楽曲だけじゃなくてその人自体も見たい訳だし。」

 

「そっかー…しゃーねぇ、付き合うよ。」

 

 

少し困り顔をしつつもそう言ってくれる有咲に感謝を覚えるも、申し訳無い気持ちも込み上げて来る。

 

 

「いいのか?」

 

「今更遠慮するなって言ったろ?それに、蒼は北沢さんと花音先輩以外初対面だし、まだ私の方が慣れてるよ。疲れるけどな…」

 

 

既にげんなりしている有咲。まあ別に嫌っているという訳では無いのだろう。「だけどそんなのも悪くない」とか思ってそう。ツンデレだし。ツンデレだし。

 

 

「おい誰がツンデレだよ。」

 

「だからモノローグを」

 

「いや今のは声に出てたから。」

 

 

食い気味に否定しないでくれませんかね…。というか声に出てたの?やべーな今までのモノローグも実は声に出てたとかだったら凄く恥ずかしい。穴があったら入りたい。

 

 

「ま、取りあえずそういう事で、どうにかハロハピと自然に接触する方法考えてみるか〜…」

 

「ハロハピもそうだけど他に会えてないのも微妙にいるから会ってみたいっちゃ会ってみたい。」

 

「あー…じゃあそっちの方も考えるか…」

 

 

ノートを取り出し、俺と有咲の作戦会議が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「有咲、今日はありがとう。」

 

 

時刻は18時。季節も冬に移り変わるところなだけあって、この時間でも日は完全に落ちてしまっている。玄関先で有咲を見送るところだった。

 

 

「やー、もうすっかり夜だな。」

 

 

少し話し込み過ぎたというか、休みの日にしておけば良かったと思ったが、もう今更だ。こんな中を高校一年生の女子に一人帰らせるのはあまりよろしくないとは思うのだが、残念ながら俺も今同じく高校一年生の女子になってしまっている為、着いていってもあまり意味が無い。

 

 

「ごめん、こんな時間に一人で帰らせる事に…」

 

「いや子供じゃねーんだし…」

 

 

一応送っていく提案はしたのだが、有咲に断られたのだ。理由はさっき述べた通りである。

 

 

「まあ家も遠い訳じゃないし、平気だろ。変質者なんてそうそういないだろうし。」

 

「いやー、でも有咲の見た目だと変質者じゃなくても変質者になるかも。」

 

「……遠回しにからかうのはやめてくれ……」

 

 

そっぽを向き顔を赤くする有咲。しれっと言ってしまったが、確かにこれは可愛いとか言ってるようなものなのでは?

 

 

「わ、悪い…」

 

「いや、まあいいけど…」

 

 

可愛いのは事実だが、俺はそういう事を面と向かって言う事は出来ない。何故ならヘタレだからである。嘘つけヘタレなら遠回しにも可愛いなんて言えねえよと思うかもしれないが、このレベルで気が許せる女の子が初めてなのでついからかうつもりで言ったらそういう感じになっていただけである。ホントだよ?……ホントだよ?

 

 

「とにかく!明日作戦実行な!成功は蒼に掛かってるからな!」

 

「アレは作戦って言うにはあまりにもお粗末だろ…」

 

「しょうがないだろ…そんな都合のいい作戦そうそう思い付かないって。」

 

「完全にゴリ押しだよなぁ…はぁ…」

 

 

有咲と考えた作戦の事を考えると憂鬱、という訳では無いが、それなりに考えてこれかよという気分になる。いつも通りなようで、いつも通りじゃない俺にはやや難しい気がする。

 

 

「ま、なるようにしかならんか。」

 

「そうそう。私も出来るだけサポートするから、なんとか頑張ってくれ。」

 

「はぁ…」

 

 

溜め息すると幸せが逃げるなんて言うけど、でもしちゃうよね。だってにんげんだもの。みつを

 

 

「みつをさんに謝れ。」

 

「だからモノローグを読まないでね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued…




有咲ちゃん可愛いよねという事を伝えたい話でした。


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12話:笑顔少女と気怠け少女

12話です。
サブタイで想像つくと思いますが、ようやくこのキャラ達を出す事が出来ます。
そんな訳で、12話をどうぞ。


 

 

 

「でっか………」

 

 

俺の視線の先に聳えるは巨大な建物。白を基調とした洋風なデザインは、まるで中世のお城を思わせるようだ。

 

 

「あら?香澄は以前ここに来なかったかしら?」

 

 

隣には口に人差し指を差し、可愛らしく首を傾げる金髪の少女。

 

 

「や!ほら!改めてそう思って!」

 

 

金髪の少女に俺は慌ててそう弁解する。画面でなら見た事はある。事実としてとんでもない大きさなのも知っている。だがしかし、実際に目の当たりにすると思わず声が出てしまうような代物だったのだ。この、"弦巻家"は。

 

 

「そうなの?まあいいわ!皆行きましょう!」

 

 

そう言って金髪の少女、"弦巻こころ"は俺達にとびっきりの笑顔を見せたのだった。

 

なんでこうなってるのかと言うと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、有咲…本当にやるのか…?」

 

「あーもう覚悟決めろって!大丈夫!多分!」

 

「多分ってお前…」

 

 

現在の時刻は昼休み。いつもならポピパでお昼なところなのだが、今日は理由を聞かれる間も無く颯爽と抜け出して有咲と合流した。「ごっめーん!今日ちょっと用事あるの!」といったところか。いやこれじゃ戻った後問い詰められるよね?という冗談は置いといて、実際は花音先輩に呼ばれた、という理由にしておいた。二年生のクラスは別の階だし、今日の目的を考えると最悪後で口裏を合わせてもらってもよい。

 

 

「早く行けって!下手したら見つかるから!」

 

「わ、分かったって…」

 

 

有咲にそう言われ、俺は覚悟を決める。深呼吸してから、目の前の扉を開くのだった。

 

 

「こ、こーころーん!!」

 

「あら?かーすみー!」

 

 

そう、俺が突撃したのは1-C組。ハロハピのボーカル、弦巻こころがいるクラスだ。

 

 

「わー!こころーん!」

 

「かすみー!」

 

 

考えるのはやめた。自分でも何をやっているのか分からないが、香澄…つまり俺に向かって嬉しそうに走ってくるこころに、なるべくバカっぽい感じで答える。

 

 

「……え?なにこれ…?」

 

 

視界の端に黒髪セミロングヘアーの少女が写る。この意味不明な急展開に付いて行けてない様子で、俺とこころの事を交互にチラチラと見ている。

 

 

「……ええ!?なにこれ!?」

 

 

完全に同じ事しか言えなくなっている彼女こそ、忘れてはいけない1-C組にもう一人いるハロハピのメンバー。DJ担当、奥沢美咲である。まあ厳密にはちょっと違うのだが、それは今は置いておこう。

 

 

「あー…どうも。」

 

「い、市ヶ谷さん…あの、あれは…?」

 

 

美咲を落ち着かせるため、タイミングを見計らって有咲が教室に入ってくる。

 

 

「いや、まあ…いつもの暴走っていうか…」

 

「そ、そうなの…?なんというか戸山さんってこころよりかはギリギリ会話が成り立つと思ってたけど…」

 

 

その先は言わなかったが、香澄はやばいという事を再認識したといったところだろうか。

 

 

「イエーイ!」

 

「わっ!………い、イエーイ…!」

 

 

こころは勢いそのままに、俺に向かって抱き着いてきた。役得と言いたいところだが、(状況が状況なので昔よりは慣れたとはいえ)女性免疫があまり無い俺に美少女が抱き着いてくるというのは色んな意味で大変よろしくない。しかし、演技をしなくてはならないので、ふんわりとした感触だとか美少女特有の良い匂いだとか何とは言わないけど小さな身体の割に意外とむにっとしてるものとか色々なものに耐え……た、耐え、俺もノリに乗ってる演技をする。

 

 

(笑顔がすげー引き攣ってるな蒼の奴…)

 

 

有咲からけいべ…なんとも言えない視線を感じつつ、抱きしめ合うのは程々にして自然に、どう考えても自然にこころから体を離す。

 

 

「あら?どうして離れちゃうのかしら?」

 

 

あら?じゃねーんだよ!自然にいけたんだから追求してくるなよ!え?自然じゃ無かった?自然じゃ無かったかな?

 

 

「んー!もう一回よ!」

 

 

えいっ!と言わんばかりにもう一回抱き着きタックルをかましてくるこころ。ちょっとやめて!俺のライフはもう0よ!

 

 

「えーい!」

 

「ちょっ!」

 

 

今度は胸元に顔を埋めてスリスリと擦りつけてくる。えー…何この生き物可愛い…。理性がぶっとびそうだが既の所で耐え、考える。こころってこういうキャラだっけか?香澄と仲良いのは分かってるが、ここまで…まるで甘えん坊かのようにスキンシップを図ってくるような性格だったっけ…?どちらかと言うと、ハチャメチャな言動をしつつもなんやかんやで皆を引っ張っているような印象を持っていたが…

 

 

「ぷはーっ!香澄!久し振りね!」

 

「え?」

 

 

満足したのかスリスリをやめ、こころはこちらを見上げてくる。上目遣い可愛いとか思ったのは置いておく。

 

 

「はいはい、こころ、戸山さん困ってるから。」

 

 

そう言って俺とこころの間に割って入ってくる美咲。嫉妬してる…訳では無さそうだが、俺の様子もとい香澄の様子にやや困惑しているように見える。多分香澄ならもっとノリノリで抱き着き返すと思っているのだろう。抱き着き魔だしな…。

 

 

「なあ、奥沢さん…弦巻さん、なんかいつもより…」

 

「あー…実はね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美咲!」

 

「はい!?」

 

 

それは昨日の事。時刻は放課後、机で作業をしていたところに突然現れるこころ。少しびっくりして美咲はやや上擦った声になってしまう。

 

 

「最近香澄と会っていないわ!」

 

「えっ…?あー…そだね。」

 

 

あまりにも唐突だったが、一応言ってる事は合っていたので取りあえずの相槌をうつ美咲。確かに同じ学校同じ学年、そしてこころと香澄は結構仲が良かった筈だが、二人が一緒にいるところは最近見ないと美咲は思った。

 

 

「えーと、まあ、会えばいいんじゃない?」

 

「ええ!行きましょう美咲!」

 

「あ、私も行くんですね…」

 

 

最早こころに引っ張り回される事に諦めを覚えている美咲は、大人しくこころに着いていく事にした。まあ本人もそんな状態が悪くないと思っていたりするのは周知の事実である

 

 

 

 

 

 

 

「ええ!?いないの!?」

 

 

凄まじいスピードで走っていったこころに追い付くと、聞こえてきたのはこころの残念そうな声だった。

 

 

「もう…こころ速すぎ…。」

 

「美咲!大変よ!香澄がいないわ!」

 

 

こころの困り顔はなんだか珍しいなんて事を思いつつも、美咲は至極冷静に言葉を返す。

 

 

「いや、いない時だってあるでしょ…」

 

「残念ね…。」

 

 

分かりやすく落ち込んでいるこころ。遊びたいと思った友達が不在でここまでがっくりと露骨に落ち込むこころを見て、なんというか純粋だなと思う美咲。

 

 

「まあ、明日また行けばいいでしょ。昼休みだったらいないって事も無いだろうし。」

 

 

電話すれば?と思ったが今いないという事は遊びか何かはともかく用事があるのだろう。邪魔するのは申し訳無いと思い美咲は提案しなかった。

 

 

「仕方ないわね…明日絶対に遊ぶわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いう事がありまして…。」

 

 

ざっくりと纏める美咲。今の話を聞くに…

 

 

「香澄!寂しかったわ!」

 

 

なるほど…多分香澄とこころは定期的に遊ぶくらいに仲が良かったが、俺が避けていたせいで一ヶ月もの間お預けになった結果この激かわ甘えん坊こころんが爆誕した訳か…

 

 

「……」

 

 

またしても有咲に軽蔑…なんとも言えない視線を向けられて…うんもう言っちゃったね。多分心読まれて心底キモがられてますねこれは…。

 

 

「えへへー、ごめんね?最近忙しくてー…。」

 

「あら、そうだったの?それはそうと香澄!遊びましょう!今日!」

 

 

なんか軽く流された気がしたが、タイミング的には都合がいい。作戦としては、先程のノリでこころに近づいて率直に遊ぼうと伝える作戦だった。なにそれ全然作戦ってレベルじゃ無いんだけど、悪い意味で。と思うかもしれないが、こころに変化球で行こうとしても余計な怪我をするのではという有咲からの提案によりこういった形となったのだ。

 

 

「うん!ね!それじゃハロハピの皆も誘おうよ!ポピパも誘うからさ!」

 

 

嘘である。事実を知らない沙綾達に来られても色々と都合が悪い。ここでハロハピの皆を誘ってもらい、ポピパは誘うフリして皆都合が悪いという事にする、という作戦だ。うん、さっきよりは作戦っぽいよね。

 

 

「いいわね!誘ってみましょう!」

 

 

そう言うやいなや、こころは自分のスマホを取り出して何かメッセージを打つ。LINEか何かだろうか?こちらもポピパを誘うフリしつつ待っていると、美咲から「これじゃ伝わんないでしょ…」みたいな呟きが聞こえてくる。

 

 

「…取りあえず、上手く行きそうか…?」

 

 

有咲にひそひそとそう言われる。ちょっと近いって。ドキドキするでしょーが。俺のドキドキとか誰得なんだよ…。嫌な人は香澄のドキドキに置き換えて考えてね!

 

 

「ほい、これで良しっと…」

 

 

そう言って、美咲はスマホを打つ手を止める。こころの文章じゃ伝わらないと考え、多分翻訳解説的な事をしたのだろう。

 

 

「あ!皆から返事が来たわ!」

 

「大丈夫、みたいだね。」

 

 

返信早いなと思ったが、よく考えたら昼休みだしそんなにおかしくはないだろう。メンバーの一人はこの学校ではなく羽丘の方だが、学校が違うからと言って昼休みの時間がそこまで違うとも思えない。

 

 

「そっちはどう?」

 

「えっとー…それがー…」

 

 

すごーく申し訳無さそうに、こころと美咲に皆の予定がつかない事を伝えた。

 

 

「あらー…残念ね…」

 

「三人も予定が合わないって結構珍しいね?」

 

 

こころは純粋に落ち込み、美咲は少しびっくりしていた。まあ五人中三人が予定が合わないというのが珍しいというのは分かる。まあ、嘘なんだけども。

 

 

「というか市ヶ谷さんはいいの?」

 

「えっ?あー、私は大丈夫だぞ?」

 

「そ、そっか。」

 

 

なんだかまた少し驚いているように見える。よく考えたらこういう展開の時の有咲って「また何言ってんだ香澄ー!」みたいな感じになるのか。俺(香澄)からも提案せず、有咲も既に参加する事になっていて本人も特に疑問を抱いていないという事に違和感を持たせたかもしれない。少し失敗したなとは思ったが、そこまで問題ではないと判断し、話を先に進めた。

 

 

「ねーねー!それじゃあこころん家行ってもいいかな?」

 

「ええ!勿論いいわよ!」

 

「あー、じゃあ他三人にはこころの家行くよう伝えとくね〜。」

 

 

そう言って再びスマホにメッセージを打つ美咲。どうでもいいけどもうこころには美咲がずっと付いていてあげた方がいいのでは?みさここは正義ゲフンゲフン。

 

 

「よーし!それじゃあ今日の放課後はいっぱい遊ぶわよー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

という訳で今に至る。ここまで来る際、ポピパ他三人と鉢合わせないように集合地点は少し気を使って貰った。細かく言うと少し準備がある事にして学校外集合にしてもらった。他三人は部活動があるとの事で、終わり次第弦巻家に向かうとの連絡が入っている。

 

 

(廊下もあり得ない程広いな…)

 

 

現在俺達は、弦巻家の中の廊下を歩いている。どの辺なのかはさっぱりだが、取りあえず歩いているだけでも非日常感を感じられるぐらいには凄い光景だ。元の世界でいわゆる豪邸の中に入った事が無いので比較対象は無いのだが、設定通りなら弦巻家の規模は世界レベルだったはず。

 

 

「こちらでございます。」

 

「ありがとう!黒服さん!」

 

 

俺達を案内していたのは例の黒服だ。弦巻家はその規模ゆえか、通称"黒服"というサングラスに全身黒尽くめのスーツを纏ったSPのような集団がいる。ちなみに全員女性。今案内をしてくれている分には普通だが、こころにピンチ(そんなものは殆ど無いが)があればどこからでも一瞬で駆け付けて助けるし、こころの要望(頼む訳では無く、こころがポロッと口から零したりするのを拾っている)があれば即座に叶えたり…とにかくその働きは現実離れしており、こころ自身もそうだが黒服達も超人と言ってもいいレベルだろう。戦いとか挑んだらまず勝てる気がしない。いや挑まないけども。

 

 

「ここはいつ来ても綺麗ね!」

 

 

案内されたのは中庭のような場所。白を基調としたテーブルやイスが並んでおり、その上には既に完璧に用意された色とりどりなお菓子やケーキ、そして恐らく淹れたてな紅茶が揃っている。黒服こえぇ…。有咲なんか隣で目をぱちくりとさせている。

 

 

「あー、ここね…。」

 

 

美咲は来た覚えがあったのか、特に驚いてはないようだ。というかいつもこころと一緒にいるのだから、ちょっとやそっとじゃびっくりする事も無いのだろう。と言っても恐らくそんな状況でもなお驚くような体験もしているとは思うのだが。

 

 

「あ、相変わらずすげーな…」

 

 

ようやく口を開いた有咲から出てきた言葉は語彙力も無い単純な感想だったが、しょうがないだろう。いやだって俺もすげーくらいしか思えないし…

 

 

「ここで一緒にお話しましょう!」

 

 

満面の笑顔で振り向きそう言うこころ。笑顔じゃない時の方が少ないのではないだろうか?という疑問はさておき、こころにしてはお淑やかな遊び方だと思った俺は多分悪くないはずだ。だが、冷静に考えるとストーリーやアニメなどでこんな一幕もあったような気もする。常識では計り知れない破天荒な女の子だが、女の子らしくおしゃべりが好きな一面も持ち合わせてはいるのかも。まあ彼女とおしゃべりの尺度を合わせられる人間は決して多くは無さそうではある。ある意味性格次第では強い孤独に苛まれるスペックの持ち主だったのかも?と思ったが、そんなifの話には意味無いかと思い、考えるのはやめた。

 

 

「しっかし色々あるねー…」

 

 

なんだか分からないがどれも高そうである。食べ終わってからお金を請求されたらうっかり卒倒するレベル。そんな事しないだろうけどね。

 

 

「好きな物を食べていいのよ!ねえ香澄!最近の貴女の話を聞かせてちょうだい?」

 

 

相変わらず話をポンポン進める彼女に少し苦笑しつつも、微妙に答えづらい質問だと思った。さて、どうしたものか…

 

 

「あー、香澄はいつも通りだよ。いつも通り授業中に寝て。いつも通りギターに没頭してて。…いつもより度が過ぎて授業の方取り戻すのに時間掛かったんだよな?取り戻せたかは置いといて。」

 

 

そう言いながら俺の方を見て、アイコンタクトを取ってくる有咲。…取ったよね?多分取ったんだと思うんだけど…。

 

 

「ちょ、ちょっとー!その話はやめてよー!取り戻せたから!取り戻せたよ!?」

 

 

と言いつつ、そもそも補習があっただとかは無いし、ギターに没頭という事実も無い。練習はしてたからやってはいたが、没頭というレベルでは無いだろう。要するに、香澄がいつもと同じように過ごしていた上で、こころとなかなか遊ぶ暇が無かった理由を有咲は作ってくれたのだ。まあまあ残念な理由なのは我が推しキャラながら悲しくなったが…

 

 

「どーだか?色々と危ないんじゃねーか?成績とかあと成績とか。」

 

「もー!成績成績言わないで!」

 

 

あ、あのー?有咲さん?成績弄りはもうその辺で…。俺自身学生時代、微妙に成績がアレだった身なのでなんだか居た堪れない気持ちになってくる。

 

 

「やー、なんか、戸山さんの成績はやっぱそういう…」

 

「ち、違う!違うよ!?大丈夫だよ!?うん!多分!」

 

「成績ってそんなに大事なのかしら?」

 

 

えぇ…そういう事言っちゃう?でも俺も全力でそんなものはどうでもいい事だとか言いたい。どうでもよくは無いけど…

 

 

「大事っちゃ大事だろ…」

 

「市ヶ谷さんは確か学年トップとかだったよね。」

 

「いや…ま、まあ…」

 

 

分かりやすく照れておらっしゃる。

 

 

「あら!有咲はとっても凄いのね!素晴らしいわ!」

 

「つ、弦巻さんは分かって言ってるのか…?なんか適当に言ってない?」

 

 

取りあえず"トップ"って言葉があったから褒めた感も無くもないが、心の底から褒めている気はする。こころだけに。

 

 

「寒い。」

 

「心を読まないで。」

 

 

なんかデジャヴを感じるこのやり取り。

 

 

「そういえば、弦巻さんってその辺どーなんだ?」

 

「私?私は…どうだったかしら?」

 

 

きょとんとするな可愛い。こころは自身の成績に興味とかは無いだろうなぁとは思ってたが。

 

 

「こころは…なんやかんや多分結構上行ってるんじゃない…?」

 

「そうかしら?」

 

「うん、まあ、多分だけどね。」

 

 

なんだその謎の信頼はと言いたいところだが、美咲の言わんとしてる事は分かる。弦巻こころは天才なのだ。まあバンドリで天才扱いされるキャラは他にいるのだが、それはそれとして彼女も天才キャラだとされている。"こころだから"で色々と許されるようなキャラだ。かくいう俺もその天才性を上手く説明は出来ないのだが、彼女をそれなりに知っている人ならば、そう思うはずだ。勿論それだけでは無いと思っている。彼女がバンドをするに至った理由は、「世界を笑顔にしたい」という願いだ。規模こそとてつもなく大きいが、その想いはとても純粋で綺麗なものだろう。汚れなど知らず、あるとも思っておらず、本気で世界全てを笑顔にしようとしている。それは彼女が天才だとか、名家のお嬢様だとか関係無しに、とても眩しいものだと…

 

 

「香澄?」

 

「うわっ!」

 

 

気が付くと、数センチと行った距離にこころの顔があった。

 

 

「なんか考え込んでたみたいだけど、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫大丈夫!あはは…」

 

 

美咲に言われ、取り繕うように笑う。が、こころの瞳は俺を捉えて離さなかった。

 

 

「香澄…なんだかあなた…」

 

「…!?」

 

 

その瞳はまるで吸い込まれるようで、全てを見通すようで…このままではマズイ、何かがマズイと、そう思った時だった。

 

 

「おや、面白そうな事をしているね?」

 

 

妙に静かになっていた空間に突然響いたその声は、否が応にも注目を集めた。画面の向こうでだが、とても聞いた事のある声。

 

 

「あっ…」

 

「薫…さん…」

 

 

最初に彼女の名前を呼んだのは、美咲だった。

 

 

「フッ…ご機嫌よう、子猫ちゃん達…」

 

 

紫がかった前髪を手で払い、そう言い放つ。まるで容姿端麗な男性かと一瞬見間違うような、しかしよく見れば女性らしい綺麗さも持ち合わせたその人物。やってきたのは、ハロハピのメンバーの一人、ギター担当の瀬田薫であった。

 

 

(は………儚い………)

 

 

あまりのビジュアルの良さにそう思ってしまった俺は悪くない…はずである…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued…




ハロハピのターンはもうちょっとだけ続くんじゃ()


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13話:嘘つき達

リアタイで見てる人はお久しぶりです。
詳細を書く事は避けますが、モチベの低下によりなかなか執筆が進まないでいました。
それでもなんやかんやと時間を掛けて完成まで何とか漕ぎ着けたので、投稿したいと思います。
今後モチベがどうなるか分かりませんが、続いたら宜しくお願いします。

それでは13話をどうぞ。


 

 

 

 

 

「フッ…ご機嫌よう、子猫ちゃん達…」

 

 

こころに何かを言われかけた時に姿を表した薫。突如…と言う訳でも無く、単純に部活が終わったので呼ばれた通りに来ただけだろう。だがしかし、あまりのビジュアルの良さに正直クラっと来てしまった。いや本当に顔がいい。

 

 

「おや、どうしたのかな?私の顔を見て固まってしまって。」

 

「えっ?あー、えっと…」

 

 

上手い理由が思い付かず、言葉に詰まってしまう。そんな俺の様子を見た薫さんはハッとしたような表情をした。

 

 

「…!そうか…またしても一人、私の美しさにの虜にしてしまったようだね…ああ…美しいとはやはり罪だね…」

 

「い、いや!そうじゃないです!いやちょっとそういうとこもあったけど…」

 

 

虜と言う程かはともかく、割と目を奪われたのは事実なので少し吃ってしまう

 

 

「いいんだよ香澄ちゃん。シェイクスピアもこう言っている。"誠の恋をするものは、みな一目で恋をする"とね。」

 

「え、えー…そうなんですか…アハハ…」

 

 

シェイクスピアとは、イングランドの劇作家、詩人である。みたいな事をウィキペディアで見たような気がする。気になる人は調べてみてね。興味が無ければまあそういう名言を数多く残した偉人的な感じに思っていればいい。ぶっちゃけ俺もその程度の認識である。薫さんはこのシェイクスピアという人物をとても尊敬しており、自宅にもそれに関する著書などが沢山置いてあるようだ。こうして会話の際に、度々シェイクスピアの名言を引用して使ってくる事がある。ゲームでの話によれば意味は分かっていないそうだが、その割に結構的確な事をいつも言っているのは気のせいだろうか?

 

 

「なんか、アレだね。戸山さんも薫さん相手だとタジタジになるんだね。私ちょっと戸山さんの事誤解してたかも。」

 

「えっ?ま、まあそうだな…」

 

 

視界の端の方で、美咲が有咲へヒソヒソと話している。何を言っていたのかは聞こえなかったが、美咲から生暖かい視線を感じるのは何故なんですかね…

 

 

「薫!よく来たわね!」

 

「お招き頂き光栄だよ、こころ。」

 

 

サッ、と髪を掻き上げると仕草だけでもかなり様になっている。バンドリ内の一キャラクターとして見ると、格好いいとか綺麗とかは思っても、それで終わってしまう事の方が多い。が、こうして実際にそこに生きている一人の人として見ると、とんでもなく容姿が整っているのが分かる。女の子になった男が女の子に対して格好良くてドキドキするってもうよく分からないですねこれ…

 

 

「あら!わざわざ招くまでもなくいつでも来てくれていいのよ?薫はもう家族みたいなものだもの!」

 

「ああ…こころ…!君の海のような心の広さには最早言葉も出ないよ…!」

 

 

ただこの通り薫さんはやや残念なイケメン感があり、ゲームとかでも出てくるだけで面白くて笑ってしまったりする。いや好きだよ?愛故にってやつですよ?それにストーリーによっては格好良いところもあり、そんなところも好きなキャラだ。

 

 

「そう言えば香澄ちゃん。会うのは久々になるが、いつもの髪型はしていないのかい?」

 

「あ、それ私も少し気になってた。」

 

「あら?そういえばそうね?」

 

 

なんだか既に懐かしい下りである。確かにこの三人には憑依現象が起こってからは初対面だ。というかこころは言われて気付いたのか…。というのも無理は無い。ゲームのストーリーなどを見ていると、こころは他人の心情やら精神的な変化にはかなり鋭いが、見た目的な変化には結構疎いように思える。疎いというか、基本気にしていないのである。恐らくだが、特に意識せずその人の本質を見ているのでは無いかというのが俺が思うところだ。

 

 

「イメチェン!」

 

「ドヤ顔する事か…?」

 

 

いいんですドヤ顔した方が。その方が可愛いからね!まあ、その可愛さは自分からは見えないけど!あと中身男だけど!

 

 

「なるほど。前の髪型も可愛らしくて良かったけれど、今のもこう…儚さがあっていいと思うよ。」

 

 

普段結んだりしてる子が髪解いた時って確かになんか雰囲気変わってドキッとするみたいなのあるよね。しかし髪が儚いってそれ髪が無くなりそう的な意味に聞こえるけど大丈夫なの?褒めてるの?

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

褒めてるのとは思ったが、薫さんが底抜けに良い人だというのは知っているので褒めているのだろう。取りあえずお礼を言う。

 

 

「ああ、そういえばこころ。花音とはぐみだが…」

 

 

薫さんがそう言いかけたタイミングで、中庭への扉が開く。

 

 

「こんにちわ〜。」

 

「遅れてごめーん!」

 

 

そう言って入って来たのは、薫さんと同じく部活が終わったら来ると言っていた二人。まさに今薫さんが言いかけた花音とはぐみだった。

 

 

「いらっしゃい!待ってたわ!」

 

 

パアッと手を大きく広げ、目をキラキラとさせるこころ。というかキラキラが尋常じゃない。常人の五倍(体感)は多分光っている。

 

 

「丁度よかった。今二人の事を説明しようかと思っていたんだよ。」

 

「そうだったの?」

 

「ちょっとお手洗いに行ってて…ごめんねこころちゃん。」

 

 

お手洗いというのはつまり彼女のアレがアレでそういう事でしょうか、という変態的思考は流石にしないが、つまり三人で一緒に来たが、お手洗いに用がある組と無い組に分かれて来てた訳か。

 

 

「しかしここのトイレって広すぎて行くのに迷いそうだな…」

 

 

隣にいる有咲がそうぼやく。確かにこれだけ広いと案内があったとしても迷いそうだなとは思う。

 

 

「前にここでお花見した時は行かなかったの?」

 

「花見のこと知ってるのか…いや、あの時は特に行きたくならなかったからな…」

 

 

他の人には聞こえないくらいの声量で、有咲にそう訊ねる。お花見とは、ゲームであったイベントストーリーの出来事である。花女一年でお花見しよう!→場所どうしよう?→弦巻家めっちゃ広いし桜の木あるからそこにしよう!みたいな流れの話だったと思う。ゲームが配信開始してから最初のイベントで、まだ有咲が周りに猫被りまくってた時だったが、メンバーのやり取りなどにツッコミどころがありすぎて最終的に有咲のツッコミが爆発してしまうという事があった。話は面白くて大いに笑わさせて貰ったのだが、ゲームとしてのイベント自体はなかなかに酷いものだった記憶がある。詳しくは調べたら多分分かるよ、うん。って俺は誰に喋ってるんですかね…

 

 

「あ、香澄ちゃんに有咲ちゃんもこんにちは。」

 

「えへへ〜、なんか学校以外でこうやって会えるの久し振りかも!」

 

 

笑顔でこちらにも挨拶をして来る花音に、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるはぐみ。抱きしめたい…じゃなかった可愛い。

 

 

「こんにちは!えへへ〜私も嬉しいよ〜。」

 

 

いつも通りに香澄っぽく言葉を返す。嬉しいとは実は言われてないが、態度を見るにどう考えても嬉しそうなので多分間違ってないだろう。

 

 

「しかしこんなにも儚いお茶会が開かれる事になるなんてね。」

 

 

儚いと思う意味はよく分からないが、こう言ってくれる辺りかなり歓迎はしてくれているのだろう。というか薫さんは誰来ても全力で歓迎しそうなんですけどね。ちょっと変な人なだけで底抜けに良い人だし。どうでもいいが、有咲も先輩にツッコミ入れるのは思う所があるのか「ハハハ…」と隣で苦笑いしている。いやその反応が一番失礼だから。でも俺もよくやる。仕事の上司とかにめっちゃやる。

 

 

「そう言えばなんの話をしていたの?」

 

「ああ、確かこころと香澄ちゃんで演技をしていたと思うよ。悩める少女に詰め寄る少女。悩める少女は心を掻き乱されそうになり…」

 

「いやちげーよ!!…と、思います…ハハハ…」

 

 

花音の疑問に謎の返答をした薫さん。そして結局ツッコんでしまう有咲であった。ばつが悪いのか最後に取り繕っているが。

 

 

「あはは…そんなんじゃないですよ。最近どう?って話をしてただけです。」

 

「ふむ…つまり、最近の香澄ちゃんは演技がしたいのかい?」

 

「違います。」

 

 

いかんいかん、話が通じなさすぎてうっかりバッサリ言ってしまった…

 

 

「おお…戸山さんもああいう反応するんだ…」

 

 

隅っこで謎の感動をしている黒髪セミロングの子がいるが、まあ聞かなかった事にしよう。

 

 

「最近かぁ…最近と言ったらはぐみね!ソフトボールが…」

 

 

そこからはお互いの近況報告や、そこから派生した雑談などに女子高生らしく花を咲かせた。一人女子高生じゃないのいるけどね。今日この時間を設けた本来の目的はハロハピの曲に何があるのかを確かめる為だったが、いきなり聞いても違和感しか無いしタイミングを伺う時間がしばらく続いていた。それに、ボロを出さないようにしなくてはならないとは言え、なんやかんやこうして自分の好きなキャラ達を喋るのが楽しかったのもある。こうして時間は過ぎていき…

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい…いつになったら聞くんだ…?」

 

 

雑談の途中、これまた隣にいる有咲が他には聞こえないようにしてそう訊ねてくる。分かってるよ!分かってるけどタイミングが無いんだよ!なんて切り出したもんかなぁ…

 

 

「はは…タイミングがちょっとね…」

 

 

そんな時、転機が訪れたのだ。

 

 

「そうだわ!すっかり忘れていたのだけれど、これを持って行ってたんだったわ!」

 

「え?」

 

 

突然、いやまあ話をあまりしっかりと聞いていなかったのでもしかしたら突然でも無いかもしれないが、こころはそう言って自分のスクールバッグをごそごそと漁り出した。

 

 

「これよ!」

 

 

こころが取り出したのは、一冊のスケッチブック。そして開いて見せているページには、言葉ではなんとも形容し難い絵が描かれている。

 

 

「あー…はいはい。」

 

 

美咲の表情は怪訝なものから納得と言わんばかりのものとなり、こころからそのスケッチブックを受け取った。

 

 

「あれは…」

 

 

もしかして、と思ったのだ。ゲームの方でもストーリーにとある理由でこころが絵を描く事はある。美咲が理解を示しているあたり、そういう事だろう。

 

 

「これどうするかな…」

 

 

うーん…と悩んでいる美咲に、俺は声を掛ける事にする。

 

 

「もしかして、作曲の為のもの?」

 

「ん、そうそう。なんとかこれを落とし込まなきゃならないんだけど…」

 

 

落とし込む、と言うが、これは簡単な事では無いだろう。先程も言ったが、こころが描いたそれは非常に何がなんだか分からない。これを元に曲を作っているというのだから、その(精神的な)労力は計り知れないだろう。他にもライブの準備なども彼女が色々やっているという。だがゲームでの描写を見る限り、美咲はこれをイヤと思っている訳ではない。表面上はちょっと嫌そうに見えても、実際はなんやかんや楽しんでいるのだろう。そもそも本当に嫌だったら逃げられない事も無いのだ。こころは奇天烈で話がなかなか普通には通じないと思われがちだが、本当に美咲が嫌がれば、それで彼女が笑顔になるのなら、離れていくだろう。弦巻家の黒服達も美咲に協力をお願いしたが、飽くまでお願いであり、美咲がお願いを断る事だって出来るし、黒服達もそれを責めはしないし、無理矢理協力を取り付けるなんて以ての外だろう。それでもハロハピのメンバーであり続ける事を彼女は選んでいるのだ。それに、そうでなくては困る。だってみさここだもの!!

 

 

「…香澄?」

 

「はっ!」

 

 

いかんいかんまた長考してしまった。これはアレだ、オタク特有のキャラの魅力を長々と考察してしまうやつだな、うん。それが悪いとは思わないが、やるなら一人の時にしなくてはな。

 

 

「大丈夫かよ全く…それはそうと、いい事思いついたかもしれないんだけど。」

 

「いい事?」

 

「ちょっと耳貸せって。」

 

 

言われた通りに耳を貸す。幸い他五人は話に夢中でこちらには気付いていない。或いは気付いていても特に気に留めては無いか。ところでこれ耳くすぐったいんですけど?あとちょっと恥ずかしい。頬が少し赤くなってたのは俺含め多分誰も気付いていない。

 

 

「…どうだ?」

 

「なるほど…確かにこれなら…」

 

 

耳元から離れた有咲に、別に耳元でボソボソされても全然平気だよアピールをしつつ、考える。今有咲から貰った案なら行けるかもしれない。というか偶然にも今ハロハピメンバーは作詞作曲の話で盛り上がり始めている。乗るならここしか無いだろう。

 

 

「でもみーくんいつも良い曲作って来てくれるよね!」

 

「はは…それはどうも。まあ歌詞は花音さんにも協力して貰ってるけど。」

 

「そっか〜、ハロハピは二人で歌詞考えてるんだね。」

 

 

なるべく自然に会話に加わっていく。香澄はこの事を既に知っていたかどうかの記憶がおぼろげなのだが、このくらいなら知ってても知らなくてもそこまで違和感無い言葉選びなはず。

 

 

「あ〜、まあ考えるっていうか、なんとか具現化してるというか…」

 

「あはは…ポピパは確か香澄ちゃんが歌詞を書いてるんだよね?」

 

 

食い付いた!と思わず言ってしまいそうになったのを我慢する。いや別に餌を撒いたとかでは無いのだが…。本来はこの後有咲にそれとなくポピパでの作詞の話に持っていってもらう手筈だったのだが、花音のおかげでその必要は無くなったようだ。このまま話を続けていいだろう。有咲とも軽くアイコンタクトを取り、先に考えておいた内容の言葉を告げる。

 

 

「あ〜…そうなんですけど〜…最近ちょっと息詰まっちゃって…」

 

 

手を後ろにやり、少し気恥ずかしそうにもじもじしつつそう答えた。ゲームでの香澄のLive2D(Live2Dが分からない人は調べてみてね!ざっくり言うとゲーム中のあの動く立ち絵の事だよ!)でたまに見る動作だ。めちゃめちゃ可愛いと思ってます。これ大事。香澄っぽい動きも以前に比べれば慣れたものだが、それでも分かる人から見れば違和感があるのだろうと思う。

 

 

「おや、スランプというやつかい?」

 

「スランプって何かしら?」

 

「一時的に物事が上手く行かなくなるというか…まあ大体そんな意味だよ。」

 

「あら、そうなのね…。」

 

 

スランプという言葉に疑問を持ったこころに即座に答える美咲はもはや流石である。

 

 

「そうなのかも…」

 

「はぐみもたまにそういう事あるな〜…ソフトボールで。」

 

「そうなんだ?」

 

 

ソフトボールのスランプ…ゲームにそういった描写はあったかな?と思ったが、全てが描写されてる訳でも無いだろうし、流石にソフトボールのスランプが憑依現象に関連しているとは考え難いので、一旦記憶の片隅に置く事にした。

 

 

「そうだ!」

 

 

ここで俺もとい香澄が演技っぽくならないように声を挙げる。ここからが本番である。

 

 

「良かったらハロハピの曲を参考にさせてくれないかな?」

 

「へ?」

 

 

素っ頓狂な声を出したのは美咲。予想外の言葉だったのだろう。

 

 

「あら!それでスランプから抜け出せるのね!」

 

 

いや抜け出せると決まった訳じゃ無いんだけど…というか別にスランプとかになってないのだが、それを言っては話が進まないので黙っておく。

 

 

「いや抜け出せると決まった訳じゃ無いから…」

 

 

俺が思った事と全く同じ事を美咲が呟く。まあそう言うよね。

 

 

「香澄!是非ともハロハピの曲を使って頂戴!きっと助けになると思うわ!」

 

 

なんの根拠があるんだろうと思う程の力強い言葉だが、きっとこころがハロハピを掛け値無しに信じているということなのだろうと思う。

 

 

「ありがとーこころん!」

 

 

断られるとは思っていなかったが、無事ハロハピの王から許しが出た。これでいい。

 

 

「あー、参考にしてもらうのはいいんだけど、どうしたらいいの?曲のデータ纏めたやつコピーして渡せばいいかな?」

 

「うん!それでお願いします!」

 

 

これこそが狙いである。作詞がスランプにより難航している事をまず伝え、ハロハピの曲を参考にさせて欲しいという名目でデータを貰うのだ。そうすれば後はゆっくり曲目を確認出来るという算段である。

 

 

「これでなんとかなるといいんだけどな。」

 

「きっとなんとかなるよ!」

 

 

有咲に言葉を返す。別に二人とも実際の事情は分かっているが、こういうやり取りをしておいた方が自然だろう。

 

 

「スランプ、抜け出せるといいね。」

 

「頑張ってね!かーくん!」

 

「シェイクスピアもこう言っている。"何もしなかったら、何も起こらない"とね…。応援しているよ、香澄ちゃん。」

 

「頑張ります!」

 

 

シェイクスピアの下りは微妙に謎だが、まあ頑張れば何とかなる的な事だろう多分恐らくきっと。

 

 

「香澄!次の曲、楽しみにしてるわね!」

 

「市ヶ谷さんも色々頑張ってね。」

 

 

そんな激励の言葉を受け、お茶会は間もなくお開きとなったのだった。

 

 

 

 

 

そう言えばと思う。もし、薫さんの登場に遮られなかったら、こころは何を言おうとしたのだろうか…

 

 

「…まさかね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あのさ。」

 

 

空が夕焼けに染まる中、俺は有咲と二人帰路についていた。そんな中、有咲は俺へ声を掛けてくる。

 

 

「…皆、純粋にすげー応援してくれてたな…本当はスランプとか、そんなんじゃないのに…」

 

 

罪悪感…なのだろう。きっと今彼女は、それを感じている。必要だったとは言え、ハロハピに嘘をつき応援してもらうというのは、心優しい彼女には少々つらかったかもしれない。かく言う俺も、少しも良心が傷んでないかと言えば、嘘になる。ここに来てから嘘をついてばかりで、本当の俺として話せるのは現状有咲だけ。むしろ有咲がいたからこのぐらいで済んでいるが、もし以前の出来事が無く未だ一人で動いていたら、俺はとっくにおかしくなっていたかもしれない。有咲に真実を告げたのは、決して小さくない違和感に苛まれていた有咲が見ていられなかったからだが、あれももしかすれば、自分の為だったのだろうか。あのまま一人でいれば自分がおかしくなってしまう。だから、一人でも理解者が、真実を知っている人が欲しかったのだろうか。結果論としては有咲はこうして協力してくれているのだが、もしかしたらあの行動は軽率だったのかも、と今更ながら少し後悔してしまう。

 

 

「…しょうがないよ、今の状況が特殊過ぎるし、別に傷付くような嘘をついた訳じゃない。変にいらない心配を掛けないようにしたんだから。」

 

 

そう言葉を紡ぐが、スランプというのはそれはそれで心配を掛けてはいる。ただ、なんだか分からない心配よりは、どうなっているのかハッキリと分かっている心配の方がいいだろう。

 

 

「そう…かもしれないけど…」

 

 

今回の作戦を思い付いたのは有咲だ。だからこそ、尚更スッキリとしない気持ちがあるのかもしれない。

 

 

「蒼はさ…ずっとこんな気持ちだったのか…?いや、こんなんよりもっと…」

 

「有咲。」

 

 

立ち止まり、有咲の方に振り向く。それに合わせて彼女もこちらを見てくれた。

 

 

「…そうだ。俺はきっと多分、そういう罪悪感を感じてたと思う。」

 

「…そっか…」

 

「有咲が今回の事で罪悪感を感じるのも仕方ない。でも、一つ分かって欲しいんだ。」

 

「…?」

 

 

今から何を言われるのだろう。その言葉が、語らずとも有咲の表情には出ていた。俺が伝えておきたいのはただ一つ。また恥ずか死ぬかもしれないが、それでも言っておかねばならない。このままの状態で彼女を家に帰すのは嫌だった。

 

 

「…俺は、有咲に凄く助けられてるんだ。」

 

「…え?」

 

「言われた通り、何もかもに嘘をつき続けるのはつらいよ。多分、下手したらとっくに俺は頭がおかしくなっていたかもしれない。」

 

 

でも、と言葉を続けた。

 

 

「今は、有咲がいる。有咲は、俺が誰なのか知っている。有咲とは、本当の意味で話が出来る。これだけで俺は、救われてるんだ。」

 

「……救われ、てる…?」

 

「あの時真実を言って、紆余曲折あれど有咲は俺の事を認めてくれた。俺が蒼川蒼という人間だと信じてくれた。全てに嘘をつかなきゃいけない世界で、ただ一人本当の事を知ってくれている人の存在はさ…掛け替えないよ…」

 

 

我ながら相当臭いことを言っている。かなりこの場の雰囲気に当てられている。そんな事は分かっているが、また紛れも無い本心でもあった。世界なんて言葉を使うと大袈裟に聞こえるかもしれないが、こうして戸山香澄としている事それ自体が、世界への嘘なのだと思う。

 

 

「…俺を救ってるって程度で罪悪感は消えないかもしれないけど…これだけは言っておきたくて。」

 

「……な、なんだよ…もう…よく、恥ずかし気も無く…」

 

 

そういってそっぽを向いてしまう有咲だが、夕焼けの影響か分からない、その赤く染まった頬の横顔はとても可愛らしかった。ちなみに恥ずかし気も無くと言うが、そんな事はない。多分家に帰ってから思い出してとても悲しい事になるのである。

 

 

「…あーもう!くよくよするのはやめた!私のキャラじゃねーしな。こうなったらとことん協力してやるから!」

 

「はは、急に元気になったな。」

 

「そ、そんな事ねーよ…」

 

 

頬を指でぽりぽりと掻く有咲。うっかりテンション上げ過ぎてちょっと恥ずかしくなったのかもしれない。

 

 

「有咲、改めて宜しく。」

 

 

そう言って俺は有咲に拳を突き出した。

 

 

「はは、これ、あんま女子っぽくないだろ。まあ中身男子かもしれないけど。」

 

 

言いつつ、有咲はその小さな拳を突き合わせてくれた。

 

 

「宜しくね。」

 

 

その言葉と一緒に見せた微笑みは、思わず見惚れてしまうものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、ついやってしまったが拳を突き合わせるなんて行為、いい年してどこの少年漫画やねんと後で恥ずかしくなったのはここだけの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued…




主人公に臭い台詞を言わせるのは実は私もちょっと恥ずかしいのですが、そうしないと話が進まないのでしょうがないんです。

前書きにも書きましたが、もしも続けば次話も宜しくお願いします。


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14話:仮初めの告白

お久しぶりです。
リアルが忙しいとかリアルが忙しいとかでなかなか進みませんでしたが、なんとかちまちまと進めて投稿です。
今後もう少し不定期のめちゃ遅更新が続く可能性がありますが、長い目で見ていただけると幸いです。


 

 

 

「うぅっ…さむ…」

 

 

思わず独りそう語散る。季節は暦的にはまだ秋だが、11月後半ともなれば冬に向けて段々と空気が冷たくなってくる。特に今日は風が強く、体感温度はまさしく冬のそれと言ってもいいものだった。

 

 

「はぁ〜…」

 

 

息が白くならないかと吐いてみたが、流石にまだそこまででは無いらしい。しかし寒い。何故こんなに寒いのかと言うと、原因は自身の服装にあった。

 

 

(二次元の世界の学生服ってスカート短いよな…花女のはワンピースみたいな一体型のタイプだしスカートの長さも調整しようが無いんだよな…。これ考えたやつ絶対変態だよ、良くやった。)

 

 

そう、俺は今絶賛登校中である。正確には有咲の家に向かっている。合流してから学校に向かうのだ。そして制服な為にスカートな訳だが、これがまた寒い。脚がマジ寒い。タイツを履けば少しマシになると思うのだが、香澄は制服着用時にはタイツを履いておらず、普通のハイソックスだ。なので一応その形に習って同じものを履いている訳だが…

 

 

(脚ホント寒い…)

 

 

いやホント寒いもんは寒い。もう気にせずタイツとか履けば良かったわと心底思う。よく考えたら私服の時にはタイツ履いてたりするので別に制服の時だっていいのではないだろうかと思ってしまう。現実…というか、元の世界でもそうなのだが、冬でも脚を出して平気そうにしているJK達はなんなのだろうか。目の保養あざっすなんて事を思っていた事は口が裂けても言えないが、自分がその立場になろうとは考えてもみなかった。

 

 

(…着いたか。)

 

 

そうこう言っている間に市ヶ谷宅へ到着。いつものように有咲を呼びに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…なんでそんなに震えてるんだ?」

 

 

有咲と合流し、二人学校への道。そんな半ばで有咲は俺にそう尋ねた。そんなに震えていたのだろうか?

 

 

「あー…ちょっと寒くってね…」

 

「そうか?まあ冷えてきたとは思うけど…そんな冬みたいに震える程か?」

 

「いや、あの…脚がね…」

 

「脚?」

 

 

そう言って有咲はこちらの脚を見てくる。そんなに見つめてもこのすべすべの脚は触らせてあげないぞっ。

 

 

「…まーたなんかキモい事考えてるだろ…」

 

「ぇえ?い、いやぁ…別に?」

 

 

なんで心の声が分かるんですかね…いや確かにキモかったとは思ったけどもついね?悪ノリ的なね?いやそれじゃ悪いじゃん。

 

 

「はぁ…まあいいけど…。寒いならタイツとか履けば良かったのに。」

 

「いやほらあの娘制服だと履かないじゃん?」

 

「なんか語弊を招きそうな言い方だけど…確かに言われてみれば制服の時はいつも普通のソックスだったな…」

 

 

そこまで言ってから、有咲は少し考え込むような表情をする。

 

 

「どうした?」

 

「いや…なんか不思議だよなって。改めて思っちゃったんだけど、見た目完全に香澄な人と、まるでここにいない人の話をするように香澄の話をするとかさ。」

 

「あー…」

 

 

有咲に悪気は無いのだろうが、そう言われると少し罪悪感が生まれる。

 

 

「あっ、いや、ごめん。そんな事言われたってしょうがないよな…。ふと思っちゃっただけだから、気にしないで。」

 

「…まあ、なんにせよどうにかしなくちゃな、これ。」

 

「…そうだな。…そうなんだけどなぁ…」

 

「…あとはポピパだけか…」

 

 

昨日こころ達から貰った曲のデータには、俺が知らない楽曲は無かったし、もちろん知ってる物で入っていないのも無かった。つまり、今回も外れという訳だ。あと調べられていないのはポピパのものだけ。色々とあって後回しになってしまったが、よく考えれば香澄に起こった話なのだし、それの手掛かりがあるとすればやはりポピパ内での何かだろう。まあ裏付けという意味では他バンドのものも調べた事には意味はあったとは思うが。

 

 

「ポピパの楽曲データはりみが持ってるんだったよな?」

 

「ちゃんとしたのはな。なんとか調べたいところだけど…」

 

 

以前にも言ったが、りみ一人ならごり押しが効くかもしれない。しかし、そうするには俺と有咲とりみの三人という状況を作らなくてはいけない訳で、意図的にそれを作るのは少々難しい。しかも聞いた時にりみがデータを持っているという確信も無い。出来なくは無いだろうが、これも以前のハロハピに対してと同じように作戦会議が必要だろう。

 

 

「ん〜…それとも先にまだ会ってない人に会ってみるとか?」

 

 

そう有咲が提案する。確かに、AfterglowやPastel*Palettesの二組は曲目こそ知っていれど、まだ会っていないメンバーが存在する。ここまで来るとその辺りもシロなのではないかとも思うが、決め付けは出来ないし事が事なので会っておいた方がいいかもしれない。

 

 

「でもこっちはこっちで何か口実考えないとだよなぁ。」

 

「CIRCLEはどうだ?偶然タイミング合う必要はあるけど、自然だとは思う。」

 

「いや、CIRCLEだとポピパ揃ってないと不自然じゃないか?今の状態で上手く行くかな…?」

 

 

今、沙綾達とはなんとも言えない距離感だ。ギスギスしている訳では無いのだが…

 

 

「ん〜…やっぱりポピパの方をなんとかした方がいいのかね…」

 

「なんとかって言ったってなぁ…」

 

 

結局答えが出る訳でも無く、俺達は学校への歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あれから、この話はまた後でという事で有咲と別れた。いつも通り教室に入り、いつも通り元気に挨拶し、香澄を演じる。もう慣れたものではあるのだが、元来俺はこういうテンションの人では無いので疲れると言えば疲れる。

 

 

「みんなおっはよー!」

 

 

挨拶と言えば、もちろんポピパの三人にする事も忘れない。

 

 

「おはよう香澄。」

 

「おはよう香澄。今日も元気だね。」

 

「香澄ちゃんおはよう。」

 

 

三人はいつも通りに挨拶を返してくれる。沙綾なんかは俺の元気っぷりに苦笑いしているのだが…しかしやはりこう、微妙に思う所がありそうに見える。たえやりみもそうだ。表面上は普通に見えるが、やはり香澄の様子が変ではないかと思っているのだろう。もしかしたら有咲と何かあったという事も、実は気付いているのかもしれない。それでも何も聞いてこないのは、いつか言ってくれるのを信じているからだろうか?それとも、何か考えがあるのだろうか?諦めたという事が無いのは断言できる。有咲に負けず劣らず、香澄と皆の信頼関係はとても強いはずだ。香澄を信じているはずなのだ。

 

 

「…」

 

 

…だからこそ、信じているはずのその人が、実は本当はいないと知ったらどうなるのだろうか。ここに、戸山香澄はいない。いるのは蒼川蒼という人物だ。俺は彼女らを知っているが、彼女らは俺の事を知らない。自分達の仲間で、友達で、そんな香澄に全く知らない人物が成り代わっていると知った時、彼女らは…

 

 

「香澄?」

 

「へっ?」

 

「…なんか考え込んでた?」

 

「えっ…あっ、いやー!なんかボーッとしちゃった!昨日あんまり眠れなかったからかな〜…」

 

「…あのさ、」

 

 

沙綾が何かを言い掛けた時、朝のHRを知らせるチャイムが鳴った。俺はそれをいい事に一言二言話してから席に着いた。今、沙綾は何を言おうとしたのだろうか?そんな事を考えようとして、やっぱりやめた。あまり考えたく無かった。なんだか哀しそうな目をしている気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「お腹空いた〜…」

 

 

どこからともなくそんな声が聞こえてくる。4限目が終わり、時刻はお昼休みだ。俺も正直かなりお腹は空いたので、そそくさと弁当の準備をする。有咲以外の三人とは微妙な距離感とは言ったが、一緒にお昼ご飯を食べる事は欠かしていない。ぶっちゃけ何を言われるかとひやひやするのだが、戸山香澄である為には必要な事だ。そんな訳で今日も…

 

 

「香澄〜、お客さんだよ〜。」

 

「え?」

 

 

今日も弁当タイムと洒落込もうとしたら、まさかの待ったが入った。中川さんである。いや誰だよとか思うかもしれないが、所謂モブ子さんだ。アニメを見たり、ゲームをやったりする上では名も無き女の子達だが、当然名前はあるのだ。なんやかんや香澄になってから暫く経つので、クラスメイトの名前くらいは覚えた。中川さんはその一人だ。

 

 

「お客さんって…」

 

 

いつの間にか近くにいた沙綾達と、教室の入口を見る。すると、そこにはとても見慣れた、しかしこの目では見慣れていない人物が立っていた。

 

 

「…え!?まるっ…!彩先輩!?」

 

 

ふんわりとしたピンク色の髪を揺らしながら、可愛らしい微笑みを向けてこちらに手を振っている人物。それはまさしくPastel*Palettes…パスパレのボーカル担当、"丸山彩"だったのだ。

 

 

「まる?」

 

 

うっかり言いかけたその言葉をたえはしっかり聞いていたようで、意味を催促するかのようにそう呟く。まる、というのは元の世界にいた時に彼女の事を苗字呼び、つまり丸山と呼んでいたから咄嗟に出てしまった言葉だ。丸山って苗字可愛いよね…というか丸山彩が可愛さを体現したかのような女の子でやばいよね。

 

 

「あー、い、いや何でもないよ、何でも。」

 

 

あははー…と笑ってそう誤魔化す。誤魔化せているかは微妙だが、こうすれば人は五割方突っ込んではこない。半分じゃねーか!

 

 

「そっか。」

 

 

しかし今回はその五割勝負に勝ったらしい。たえはそれ以降特に何も聞いてこなかった。沙綾やりみも、最初に聞いた本人が興味を無くしたからか同じく聞いては来なかった。

 

 

「よく分からないけど、行ってきたら?彩先輩がわざわざ訪ねてくるなんて何かあったのかも。」

 

「うーん…分かった。ちょっと行ってくるね!」

 

 

弁当を一旦机に置き、彩の元へと駆け出す。

 

 

「彩先輩!どうかしましたか?」

 

 

すぐ目の前までやってきた俺は、取りあえず用件を聞いてみた。というか可愛いなオイ!間近で見るとさらにやばいっすね…。

 

 

「ごめんね急に呼んじゃって…。香澄ちゃん!私と一緒にお弁当食べない?」

 

「………えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「うーん!お日様があったかいね〜!」

 

 

ぐい〜っと伸びをしながら言う彩。朝は結構寒かったが、風も止んできて日が出ているおかげでなかなかに心地良い陽気だ。

 

 

「あはは…」

 

 

ところで制服の仕様的にぐいっと伸びをするとスカートも上に上がってくので自重してくれませんかね…。健康的なお御足が通常時よりも露わになって目のやりどころに困るんだけど…。べ、別にいいぞもっとやれなんて思ってないんだからねっ!

 

 

「香澄ちゃん?」

 

「あ、何でもないです。」

 

 

あぶねーあぶねー罪悪感のあまり土下座するところだった…。

 

 

「それにしても普段はそんなに来ないけど…屋上ってとっても気持ちいいね!」

 

「そうですね!」

 

 

そう、ここは屋上である。一緒にお弁当を食べたいという彩先輩たっての希望により、この場所に一緒に来たのだ。机の上に一旦置いた弁当もちゃんと持ってきた。ちなみに、憑依現象が起こってからは彩とは初対面となる為、髪型の事とかも言われたが大体いつも通りの流れなので割愛。

 

 

「それにしても…珍しいですね?彩先輩が急にご飯に誘ってくれるなんて。」

 

「えへへ…実はとある話を聞いてね…」

 

 

言ってから、もし描写されてないだけでお昼はよく一緒に食べてるとかだったらどうしようとか思ったがそれは杞憂なようだ。それよりも、とある話とは何なのだろうか?

 

 

「香澄ちゃん、なんでも最近色んなバンドに楽曲の事聞いてるんだってね?」

 

「…え?」

 

 

何故それを知っているのだろうか?という事が咄嗟に言葉に出てこないぐらいには驚いた。パスパレの楽曲に関しては公式に公開されていたので、そちらを使って調べた。直接話は聞いていないので知らないはずなのだが…

 

 

「スランプ…になってるんだよね…?」

 

 

少し悲し気な表情になる彩。スランプというのはハロハピの曲目を教えてもらう為に昨日使った手だが…

 

 

「ど、どうしてそれを…?」

 

「噂になってたの。香澄ちゃんが最近作詞に苦労してて、皆に色々聞いて回ってるって…。噂だったから、違ったらそれはそれで良かったんだけど…その反応的に、本当だったんだね…。」

 

 

噂…?もしかしてハロハピの誰かが…?まあ確かに内密にとは言っていないのだが、これはあまり良くないかもしれない。ポピパの他のメンバーにこの話が伝わっていたら、更に心配をかけることに…なんなら既に伝わっている可能性もある。一応朝見た感じではその辺りの違和感は無かったようには思うが…。

 

 

「だ、誰から聞いたんですか?」

 

「え?うーん…誰からっていうか、結構みんな話してたからそれを聞いたって感じかな〜…?」

 

 

と言うことは、噂を広めた発端は分からないという事か。おかしい。誰からと言わずとも耳に入ってくるぐらいには噂話になっていたという事だが、いくらなんでも昨日の今日で規模が大きくなりすぎだろう。どうして?

 

 

「だからほら!私達の曲も参考にしてもらえたらなって。ポピパの曲っていろんなジャンルがあるけど、可愛い系な曲もけっこう多いし!パスパレの曲も割と参考に出来るんじゃないかな?」

 

 

なるほど、それで俺は呼び出されたのか。噂話の件は気になるが、少なくとも彩は善意100%でこの提案をしているのは分かった。ならば言い方は悪いがこれは使えるかもしれない。

 

 

「実は曲は公式のサイトに載っていたので知ってるんですが…。」

 

「あっ…そ、そうだったね、そう言えば…。」

 

 

そういえばそうだったと、ばつが悪そうな顔をする彩。

 

 

「あっ!でも一つお願いがあるんです!」

 

「お願い?」

 

「予定が合えばでいいんですが…パスパレの皆さんと一緒に遊びたいな〜って…」

 

 

言いつつちょっと脈絡が無さすぎるのではないかと思い、頬を掻く。だがそれは杞憂だったようで、

 

 

「えっ?そんな事でいいの?」

 

「是非お願いします!」

 

 

こうしてパスパレメンバーとのお出掛けが決定したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

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…とは言っても、予定が合えばの話である。メンバーは五人もいるし、ましてや彼女達はアイドルだ。正直同時に都合がつくかは怪しい。彩とはあの後、「また連絡するね!」と言われて別れてきたが、果たして上手く行くのだろうか?

 

 

「んん〜〜っ…!」

 

 

ベッドに仰向けで横たわりながら、ぐいっと伸びをする。現在俺は晩御飯もお風呂も済ませて部屋で絶賛ダラダラタイム中だ。

 

 

「あ゛〜…」

 

 

疲れ過ぎて女の子にあるまじき声が出る。俺は女の子じゃないのでセーフでお願いします。いやでももはやこの状況だと女の子なのか?体は間違い無く女の子だけども。

彩…なんか呼び捨てにするとアイドルに彼氏面してるみたいでアレなので、心の中でも彩先輩と呼ぼう。彩先輩と話した内容は、有咲以外のポピパ三人にもざっくりとだが話した。スランプ気味だと言う事はただの言い訳だったので、本来なら伝える筈は無かったのだが状況が変わった。なかなかの規模で既に噂話になっているようだし、遅かれ早かれ三人にも話が伝わるだろう。第三者から先にその話を聞いてしまえば、トラブルになる可能性があると考えた結果の判断だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『スランプ?』

 

 

三人の声が重なる。クラスのHRが終わり、有咲待ちの状態の時に、俺は昼休みあった事を話した。

 

 

「うん…ごめんね、黙ってて…。、」

 

「そうだったんだ…。ううん、私達こそ香澄ちゃんが辛い思いしてるの、気付かなかったから…。」

 

 

そう言って落ち込むりみは、あまり見ていられるものでは無かった。様子がおかしかったのはこれのせいだったんだと思っているようだ。実際は違う話なのだが、りみや隣で一緒に落ち込んでいる沙綾やたえを見て申し訳ない気持ちになる。

 

 

「そ、それは違うよ…!私、言わなかったんだもん…言わなくちゃ、言われなきゃ分からないと思う…。」

 

 

実際そうだ。分かり合ってるからって、何も言わなければ分からない。何となく察する事は出来ても、精々当たりをつけてそれが合っている事もあるかもしれない程度だ。まあ、今回の話はそういう話でも無いのだが…。

 

 

「…あのさ、もしかして、有咲はこの話知ってるの…かな?」

 

「えっと…」

 

 

おずおずと、沙綾がそう訊ねてくる。この質問をしてくる辺り、有咲の様子の変化もやはりちゃんと気付いていたのだろう。

 

 

「知ってたよ。」

 

 

沙綾の疑問に答えたのは、俺では無かった。

 

 

「…有咲…。」

 

 

HRが終わったのだろう。どこから話を聞いていたのか分からないが、いつの間にか教室に彼女は入ってきていた。

 

 

「あー、その…相談、受けたんだよ…ちょっと前にな。」

 

「相談?スランプの事?」

 

「ああ。」

 

 

たえに目を合わせて相槌を打ったあと、全員を見回してから話を続ける。

 

 

「香澄は黙ってるつもりみたいだったけど、どうしてもおかしいと思って、二人の時に問い詰めたら白状したよ。それでも、迷惑掛けたく無いから他の皆には黙っててくれって。だから、私も言わなかった。香澄の気持ちも分からないでも無いからな…」

 

 

そんな事実は、無い。つまり、今これだけのそれらしい話を彼女はでっち上げたのだ。つくづく彼女には助けられる。

 

 

「でも、こうして噂にまでなっちゃった以上な…。」

 

「有咲ちゃんのクラスでは話が出てたの?」

 

「まあ、ちょっとな…」

 

 

二年生だけでは無い。もう一年生の方にも話が来ているらしい。もしかしたら三年生の方にも広まっているのだろうか?しかし、こうやって聞くと、香澄達ポピパが学校では結構有名人なのを改めて認識する。文化祭でライブをやったのはやはり大きいのだろうか。そもそも、香澄のキャラ的に知り合いが多いのか。

 

 

「とにかく、そういう事だから香澄は色んなところに話聞いたりしてるって事。私も話聞いてからは一緒に行ったりもしてる。」

 

「だから、今度彩先輩達にも話を聞こうと思って、そのお話もしてきたんだ。」

 

「そうだったんだ…」

 

「ごめんね沙綾…りみりんにおたえも。心配かけちゃうけど、もう少し待ってもらえないかな?私、もうちょっと頑張ってみたい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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そんな訳で、なんとか三人には納得してもらえたのだった。後で「貸し一つな。」と言ってきた有咲の表情が少し暗い気がしたのは、きっと気のせいでは無い。有咲だって嘘をつくのは苦しい筈だ。それは今までの事から知っている。しかも、今回の相手はポピパのメンバー。仲間で、親友で。そんな相手に嘘をついた彼女はどんな気持ちだったのだろうか?それは、想像に難くない。

 

 

「あー…もう駄目だ、寝よ…」

 

 

何故こんなにも噂が広まっているのかなど、まだ気になる事はあるのだが、今考えたところで答えは出ない。何より、精神的疲労が強い俺にこれ以上考える余裕は無かったのだった。

 

 

「…おやすみ…」

 

 

誰に言うでもなく、ぼそりとそう言いながら俺は目を閉じた。パスパレのメンバーとの邂逅。いつになるかは分からないが、何かのヒントがあればいいと思いながら。そして、結局原因があるのはポピパ内の何かでは無いのかという疑念から、なんとなく目を逸らして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued…




丸山ちゃん初登場です。また、中川さんという謎の存在がいましたが、オリキャラとかそういう訳ではないのであまり気にしなくてもいいです。単にモブもちゃんと生きてますよアピールです。


長らく更新出来ていなかったにも関わらず、お気に入り登録等増えていてとても温かい気持ちになりました。ありがとうございますm(_ _)m
次回もよろしければよろしくお願いします。


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15話:束の間のパステルカラー

大変お待たせ致しました。
なんとかやっとこさ書き上げました。
段々書くペース遅くなってしまうかなとは思っていましたが、我ながらここまでとは…

取りあえず15話となります。どうぞ。


 

 

「い、いやー…ホントに大丈夫なので…」

 

 

困っている。俺はひじょーに困っている。

 

 

「え〜、いいじゃん?ちょっとそこでお茶するだけだって。」

 

「そーそー。」

 

 

もうこの時点でお分かりだろう。所謂ナンパというものを俺は受けている。あらやだナンパなんてされたの初めてっ!なんて喜べるはずも無い。何故なら俺は男である。訳あって女の子の、なんなら美少女の姿になっているが男なのである。一応、男であるはずだ。

 

 

「や、あの、友達と待ち合わせしているので〜…」

 

「おっ!女の子?いいね、じゃあその子も一緒に行こっか。」

 

 

なんでそうなるんだよと内心、というか若干顔に出ながら思う。どう考えても断ってるだろ!彼氏とでも言っとけば良かったのか?というか今時こんな典型的なナンパ存在するの?ちょっと陰キャだった僕には関わり無いものだったのでどうなのか分からないですね…

 

 

「あら、面白そうな事をしているわね?」

 

『え?』

 

 

突如乱入してきた者の声に、思わずナンパ君達と声が揃ってしまった。

 

 

「ふふ、私達の後輩に変なちょっかいを出さないでくれるとありがたいのだけど?」

 

 

そう言って乱入者…黒髪ロングの少女は、「110」と入力されているスマホをナンパ君達に見せる。

 

 

「なっ…」

 

「ちょ、ちょっと待てよ…ちょ〜っとお茶しようって誘っただけだって…」

 

「ふぅ…もう通報済みだから。いいから早く何処かへ行ってくれないかしら?まあ、捕まりたいのなら話は別だけれど…」

 

 

澄ました顔で言い放たれたその言葉に、男達は狼狽えた。更にそこへ、第2波が襲い掛かる。

 

 

「あー、スミマセン…ホントに通報しちゃったみたいなので…逃げちゃった方がいいかと。捕まっちゃうと、多分色々と厄介ですよ?」

 

 

黒髪ロング少女の後ろから出てきたのは、眼鏡をしており、なんとも野暮ったい服装の少女だ。と言っても、よく見れば魅力的なところがちゃんと分かる。

 

 

「だー!くそ!こんなんで通報するとかマジかよ!?」

 

「やってらんねぇ!もう行こうぜ!」

 

 

黒髪ロング少女に言われた時点ではまだ「流石に嘘だろ…?」感があったようだが、眼鏡少女に追撃された事により彼らの中で信憑性が増したようだ。残念な捨て台詞を吐き捨てながら一目散に逃げていったのだった。

 

 

「………」

 

 

一連の流れを見ていた俺はさぞ目を丸くしていただろう。こんなに上手く行くものとは。年齢こそ香澄より一つ上なだけだが、潜ってきた修羅場の数が違うのだろうか?

 

 

「えっと……ありがとうございます!千聖先輩!麻弥さん!」

 

「ふふっ、いいのよ。」

 

「まさかナンパされてるとは驚きでしたけどね…。でも戸山さんは可愛いですし、納得です。」

 

 

そう、何を隠そう、この二人はパスパレのメンバー、白鷺千聖に大和麻弥である。黒髪ロング少女が千聖で、眼鏡少女が麻弥だ。ちなみに、黒髪ロングのヘアーはウィッグだそうだ。有名人ともなると変装しなければならない場面も多いとか。本来は薄めの金髪であるが、このウィッグもかなり似合っていると思う。もう一人の大和麻弥も同グループのアイドルだが、衣装を纏うとガラリと雰囲気が変わるタイプなのか、普段はそこまで変装はいらないらしい。千聖に関しては、パスパレの活動をする前から有名だったのもあり尚更変装がいるのだとは思うが。

 

 

 

「あはは…可愛いなんてそんな…」

 

 

いやめっちゃ可愛いけどね!香澄めっちゃ可愛いけどね!でもここで肯定しても不自然なので、断腸の思いで謙遜の意思を見せる。

 

 

「あの…110番ってもしかして…?」

 

「ああ、あれは嘘よ。まあ呼んでしまっても良かったのだけれど…、それで折角の今日の予定が台無しになってもね?」

 

「あ、嘘だったんですね…。でも、もしあの人達が通報を信じなかったら危なかったんじゃ…?」

 

「その為のジブンですよ。シンプルですが、一人だけが言うのと二人以上が言うのでは信憑性が俄然変わってきますからね。それに…」

 

「ええ。これでも信じずにやめなかった場合の事も考えてあったわ。」

 

 

まだ何か策があったのかと考えてた矢先の事だった。

 

 

「えいっ!」

 

「うわっ!?」

 

 

背後から突然目を恐らく手で覆い隠された。いきなりの事に流石にびっくりしてしまう。

 

 

「だーれだ!です!」

 

「この声…イヴちゃん?」

 

「正解です!」

 

 

答えを言うと手を退かしてくれたので、後ろを振り返るとそこには可愛らしい笑みを浮かべた銀髪の女の子、というかイヴが立っていた。帽子を被っているようだが、これも変装なのだろうか。子役時代から有名な千里に比べると流石にそこまでだが、それでもこの綺麗な銀髪は目立つのだろう。

 

 

「香澄さん!昨日ぶりですね!」

 

「あはは…うん、そうだね。」

 

 

目の周り辺りにほんのりと残る彼女の手の温もりにテンパりそうな気持ちをなんとか抑えつけ、そう答える。言ってから思ったが、香澄なら多分もっと元気に挨拶し返しただろう。

 

 

「イヴちゃんに控えておいてもらって、いざとなったら本当に通報してもらうつもりだったわ。」

 

「そうだったんですか…」

 

 

確かに忠告を無視された場合、男達の対処のせいで通報どころでは無いだろう。その点、一人隠れて様子を伺っていれば通報は容易い。しかし…

 

 

「でも…通報してもすぐ来る訳じゃないのに…やっぱり危なかったんじゃ…。」

 

 

思わずそう呟いてしまう。男達が言葉を信じず、来るまでの間に乱暴を働く可能性もあったかもしれない。

 

 

「…そう、ね…。」

 

「あ!いや!すみません!助けてくれた事はすっごく感謝してます!でも何かあったらって思って…。」

 

 

伏し目がちになる千聖を見て、慌ててフォローを入れる。

 

 

「いえ、いいのよ。貴女の言う事ももっともだわ。ただ、私にとっては貴女が絡まれていた時点で何かあったのよ。」

 

「そうですね。確かに少し危険な事をしたとは思いますが…それで戸山さんに何かあっては嫌ですし…。」

 

「ホントは私も出ていきたかったのですが…。」

 

 

三人の言葉に少し嬉しくなるが、よく考えなくともこれも香澄の人望故だろう。

 

 

「とにかく、無事に済んだのだし、そろそろ行きましょう?」

 

「はい!いざ進軍の時です!」

 

「イヴさん…それはちょっと違うような…」

 

 

相変わらずのイヴに心の中でツッコミを入れつつ、今日の目的を思い出す。うっかりナンパなぞされてしまったが、今日の目的はパスパレメンバーとの交流。近所のショッピングモールに遊びに行くのだ。そう、以前彩と約束したアレである。当の本人はどうしたのか、という話だが…

 

 

「それにしても彩さんは残念でしたね〜…」

 

「はい…」

 

「仕方ないわ。どうしても外せないお仕事があったのだもの。本人も待ち望んでいたものらしいし。」

 

 

そう、まさかの仕事である。なぜ仕事が空いている日にしなかったのかと思うかもしれないが、五人全員が綺麗に予定が空いている日だと二ヶ月程は先になるらしく、しかも待っている間にまた別の仕事が入る可能性もあるらしい。やはりアイドルなだけあって忙しいようだ。

 

 

「日菜さんは午後には来れるんでしたよね?」

 

「ええ。仕事が終わったら連絡してくれるようにしてあるわ。」

 

 

今現在ここにいるのは、白鷺千聖・大和麻弥・若宮イヴの三人だが、メンバーは彩を含めてあと二人いる。その内のもう一人が氷川日菜という女の子なのだが、彼女は今日の午前中だけ仕事があるらしい。午後には合流出来るとの事で、計四人になる。勿論理想としては五人と交流したいのだが、四人空いている日も今後いつ来るか分からないぐらいだと言うので、今日にさせてもらった。彩からは電話で何度も謝られたが、可愛かった…じゃなくて、待ちに待っていたお仕事がついに来たとの事で、気にしないよう伝えておいた。次の登校日にお昼を一緒にしつつ、今日の事を話す事になっている。

 

 

「…それにしても…。」

 

「香澄さん?」

 

「あっ、いや、何でもないよ。」

 

 

何でもなくは無いのだが…。『氷川日菜』彼女に会うのは少し不安だ…。キャラとしてはやはり好きだが、実際に会話するとなると上手くいくビジョンが見えない…。その理由は実際に彼女を見てもらえば分かるとは思うのだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「やっぱり休みの日だし、人が多いわね。」

 

 

という訳でショッピングモールに到着。ちなみにいつも通り髪型の件を聞かれたが、例によって割愛。

 

 

「これだけいると、はぐれないように気を付けないとですね〜。」

 

「ふふ、流石に大丈夫でしょう?彩ちゃんじゃあるまいし。」

 

 

本人がいたら聞き捨てならないであろう会話をしているようだが、はぐれて「ふえーん!」となってしまう姿が用意に想像出来てしまうのが悲しい所である。

 

 

「いやあ、いくら彩さんでも……うん…うーん…。」

 

「…一応冗談のつもりで言ったのだけれど、少し想像出来てしまうわね…」

 

 

もうちょっとフォローしたげて!大和麻弥さん!貴女がフォロー出来なかったらもう皆無理だよ!

 

 

「でも、そんな彩さんも可愛らしいです!」

 

 

イヴからフォローになっているようで全然なっていないフォローが入ったが、純真無垢な笑みなので他意は無いのだろう。天使がこう言うならしょうがない。

 

 

「ところで、香澄ちゃんは何か欲しいものとかあるのかしら?」

 

「あー…そうですね…」

 

 

今回、香澄のスランプ解消の為にこのお出かけが計画された訳だが、彩からはスランプ云々の話は出していないらしい。あまり知られたくないのでその配慮は助かるのだが、花女でそれなりに噂になっているのを考えると千里とイヴは知っているかもしれない。麻弥は違う学校なので知らないと思いたいが、噂の広まり方が少し不自然だった事もあるのでなんとも言えない。まさか近くの学校まで広がってるとは考えにくくはあるが…。

 

 

「実は楽しみ過ぎてあんまり考えてなかったというか…」

 

「あら、意外ね?香澄ちゃんはこういう時あれもこれもとやる事を考えてそうな気がしてたけど…。」

 

「戸山さんでもそういう事はあるんですね〜。」

 

 

そう言われてみるとそうだ。まあ取り返しのつかないミスとかでは無いので、今のは適当に愛想笑いして流そう。

 

 

「すみません、一ついいですか?」

 

「イヴさんどうかしましたか?」

 

「よろしければ、私アクセサリーを見に行きたいです!買うお金は無いのですが…でも、ああいう綺麗なものを見るのはとってもわくわくします!」

 

 

なるほど。時代劇が好きだったりとかしても、やはりそういった女の子が好きそうな物は普通に好きなようだ。というかこれもう行き先決まったね。イヴちゃんがそこに行きたいというのならしょうがないね。

 

 

「ふふ、良いわよ。私も見て行きたいし、行きましょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「お、おお…」

 

 

麻弥が商品を興味ありげに、しかし一歩引いたようななんとも言えない表情で見ている。

 

 

「麻弥さん?それ気になるんですか?」

 

「えっ!?あっ!いやー…、あはは…。ジブンはこういうのあまり似合わないと思いますし…。」

 

 

そうは言うがやはり興味ありげだ。というか似合わない訳が無いと思うのだが、本人の性格的にどうもこういう物には気後れしてしまうらしい。

 

 

「うーん、麻弥さんなら全然似合うと思いますけど。」

 

「えー!?そ、そんな事無いですよー!」

 

「そうね、麻弥ちゃんもアイドルなんだし、こういうのも付けていいと思うわ。いえ、そもそもアイドルかどうかは関係無しに、似合うと思うわよ?」

 

「ち、千聖さんまで…。ふへへ…。」

 

 

途中から千聖も乱入してきてたじたじになる麻弥だが、その顔は紅く染まりつつも満更でも無さそうだ。褒められている事は素直に嬉しいのだろうか。ていうかその表情は可愛すぎるのでやめてくれませんかね?世の男の子達皆落ちちゃうよ?あ、今私女の子でした。

 

 

「香澄さん!なんだか表情がほわほわしていますよ?」

 

「えっ!い、いや何でもない何でもない!」

 

 

訂正、女の子でも落ちます。いやまあ精神は男なんですけどね?可愛すぎてついうっかりにやけていたようだ。千聖あたりに見られなかったのは良かった。男性が憑依してるのでは?なんて事はまさか思われる訳も無いだろうが、なんだか変だ、くらいには感じられてしまうかもしれない。

 

 

「ほ、ほら!私のばっかりじゃなくて皆さんに似合いそうなのも探しましょうよ〜!」

 

「フフ、分かったわ。あんまり麻弥ちゃんをからかい過ぎるのも良くないし。」

 

「ち、千聖さ〜ん!」

 

 

な、なんだあのゆりゆりした空間は…。俺を殺す気なのか…。からかったと言っているが、先程似合うと言ったのは本心だろう。それぐらいは流石に見てれば分かるし、言われた麻弥も本気で言われてるのが分かったからこその反応だった。うん、とても堪能させて頂きました。

 

 

「香澄さん?」

 

「…あっ!いや!ど、ど、どうしたのイヴちゃん!」

 

「…?」

 

 

またしてもついうっかり呆けてしまった。だが、慌てふためく俺の様子に可愛く小首を傾げるイヴを見れたのは大きな大きな収穫だと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「この辺りでいいはずだけれど…」

 

 

そう言いながら辺りを見回す千聖。同時にLINEが開かれたスマホを麻弥が確認する。

 

 

「『今から行っくよーーー!!!るるるるるんっ!』ですか…。日菜さんらしいですね。」

 

 

るるるるるんっ!とはなんなのだろうか。恐らく「る」の数が増える程強いと思うのだが…。個人的には「テンション上がってきた」的な意味で捉えているのだが、実際にはもっと深い意味があるのかもしれない。いや、無いか?

 

 

「日菜ちゃんの事だから走ってきそうね…」

 

「ですねー。普通に登場してくるとは考えにくいですし…。」

 

「猪突猛進!ですね!」

 

 

また微妙に間違って…無い?意外と合っている気がする。毎回毎回誤用はしないか。

 

 

「イヴさんそれは…あれ?結構合ってますね?」

 

「えへへ…修行の成果が出ましたね!」

 

「急に仰々しくなったわね…」

 

 

修行の成果というのも言葉を学んで練習してるという意味では合っているのかもしれないが、まるで誰かと戦いでもするのかのようである。でもイヴちゃんの「えへへ」が可愛すぎるのでそんな事はどうでもいいや!

 

 

「あら…来たみたいね。」

 

 

そう言う千聖の目線を追い掛けると、向こうからるんるんとスキップしてきている少女の姿が見える。まるでエメラルドグリーンのような色の髪を揺らしているその姿は、遠目に見てもかなり目立っていた。

 

 

「日菜ちゃんとうちゃ〜っく!」

 

 

そう言いながら近くにいる麻弥、イヴ、千聖の順番にハイタッチをかましていく少女。麻弥と千聖は彼女のノリに少し呆れつつも、微笑ましい表情をしつつ付き合ってあげているようだ。イヴは勿論ノリノリである。さて、今彼女自身自分で名前を言ったが、彼女こそがパスパレの最後の一人、氷川日菜である。変装なんぞクソ食らえと言わんばかりだが、彼女自身も可愛らしいし、服装も自分に似合う物がなんなのかよく分かっているようなコーディネートだ。まあそんな偉そうに言える知識など無いのだが…。前に触れたような気がするが、ロゼリアのギター担当である氷川紗夜の双子の妹でもある。日菜は姉の紗夜の事が大好きで…と、その話は今はいいだろう。

 

 

「ほらほら香澄ちゃんも!」

 

「イ、イエーイ!」

 

 

当然ハイタッチはこちらにもやってくる。香澄のキャラを考えてなるべくノリノリな対応をするが、少しノリきれなかった気がする。

 

 

「……ん〜……?」

 

 

と、そんな事を思ったのも束の間、日菜は何かを疑問に思ったかのような様子でこちらの顔を覗き込んできた。というか遠慮無さ過ぎる!分かってたけど!彼女は以前会った弦巻こころと感性が似ている、要するに所謂奇人枠である。バンドリ2大奇人と言えば、基本的に皆こころと日菜を挙げるだろう。いやまたそこがいいんだけどね?実際に相対すると一筋縄では行かないのだ。

 

 

「あ、あの〜、どうかしました?」

 

 

あなたに対して疑問を抱いています、という感情を一切隠さないその行動にやや後退りつつも、俺はその疑問がなんなのかと彼女に問い掛けてみる。

 

 

「…君…本当に香澄ちゃん?」

 

「……………え。」

 

 

その言葉はあまりにも直球で、核心を突く。千聖達を含めたこの場の空気を凍り付かせるには十分な一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued…




という訳で日菜ちゃんからズバリ言われて終了です。次回以降はなるべく早く書く、と約束したいのですが、なかなかそれは難しいかもしれません。しかし失踪はしたくないという気持ちは強いので、時間が掛かろうとなんとか終わらせる気はあります。
一応趣味としての物書きなので、気長に適当に待っていただけると幸いです。

それではまた次回。


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16話:約束を君と

4年半のようです…この前の話が投稿されてから…
内容見るとなんつーところで止めてるねんって話ですね
なんだか急に少しやる気が出たのでまた投稿します
このやる気が持つかは自分にも分からない…


 

 

「…君…本当に香澄ちゃん?」

 

「……………え。」

 

 

突如として放たれたその言葉。ポピパの面々に怪しいような、心配なような目で見られた事はあるが、ここまで直球に聞かれた事は無かった。そもそも、常識的に考えて有り得ない質問だ。普通の思考回路をしていればこんな質問は浮かばない。しかし、これが氷川日菜という人なのだ。バンドリにおける同じ奇人枠のこころを相手になんとかやり切れたせいか、油断していたのかもしれない。

 

 

(いや…そもそも、薫さんの登場が無ければあの時も危なかった…)

 

 

こんな事を考えている場合では無いのだが、思考は何故か冷静になっていた。

 

 

「ひ、日菜ちゃん…?何を言っているの…?」

 

「ねーねーどうなのー?」

 

 

狼狽える千聖に目もくれず、返事を催促する日菜。

 

 

「日菜さん…!少し落ち着いて…!一体何を言ってるんですか…?」

 

「私は落ち着いてるけどねー?だってなーんか香澄ちゃん、香澄ちゃんって感じじゃないんだよねー。」

 

「香澄さんじゃ、無い?」

 

 

日菜は本来なら有り得ない事を言っている。しかし、彼女が冗談のトーンで無い事も分かる。勿論、俺がそれを分かって他の面々が分からないという事はないはずだ。だからこそ、ここまで戸惑っているのだ。

 

 

「…仮に彼女が香澄ちゃんで無ければ、一体誰なのかしら?」

 

「そこなんだよね〜!外見はどう考えても香澄ちゃんなのに、内面に全然香澄ちゃんを感じないっていうか〜…」

 

 

会ったばかりでここまで分かるのかと、もはや彼女を賞賛したい気持ちすらあった。しかしここで認める訳にはいかない。認めたところで話は良い方向には進まない。むしろ、悪い方向へと一直線だろう。ここで実は中身はどこの誰とも知らない者と入れ替わっていますと言っても、そんな現実離れした内容を信じてもらえるとは思えない。常識では計り知れない思考回路をしている日菜だけは、もしかしたら信じる可能性があるかもしれないが…少なくともこの他の皆もいる状況で言うのは悪手だ。しかし、誤魔化したところで日菜の追及から逃れられる気もしない。要するに、日菜にこの話を持ち出された時点で詰んでいる。

 

 

「え〜っと…何、言ってるんですか?」

 

 

目線を逸らしながら、苦し紛れに出てきたのはこの程度の言葉。この場をどうにかしようにも最善の選択肢と思われるものは頭に浮かばない。

 

 

「うーん、な〜んか違うんだよね〜。」

 

 

今の返答にも納得いっていない様子。ここで香澄だったらなんと返すのが正解なのだろうか?そもそも香澄がその状況下にいる事が有り得ないので、想像もつかない。

 

 

「ちょっと触ってみていい?」

 

「何言ってるんですか!?」

 

 

触ったら何か分かるのだろうか。というか本当にどうにかしないとまずい。しかし何も思いつかない。どうすれば、どうすれば…

 

 

prrrrr…

 

 

「あら…?」

 

「…え?」

 

 

突然聞こえてきた着信音は、自分の服のポケットから聞こえてきた。こんな時に誰から…と一瞬思ったが、よく考えたらこんな時だからこそありがたいかもしれない。ポケットからスマホを取り出し、相手を確認する。

 

 

「…有咲だ…ちょっと出ますね。」

 

 

そう言って俺はスマホを通話状態へと変える。この時、俺はある事を思いついたのだ。

 

 

「もしもし?」

 

『もしもし?蒼?』

 

「どーしたの?有咲から電話掛けてくるなんて〜。」

 

『…蒼?』

 

 

事情を分かっている有咲に対し、敢えて香澄を演じながら言葉を選ぶ。周りに日菜達がいるのでこうするしかないのだが、これは同時に有咲にも今【蒼川蒼】ではいられないという事を伝えられる。

 

 

「ふ〜ん……えっ、そうなの?」

 

『へ?』

 

「そっか〜…でも今は…あ〜うん、分かった。それなら今からそっち行くね?」

 

『………分かった。』

 

「また後でね!バイバ〜イ!」

 

 

そこで俺は電話を切る。一人で勝手に話している俺に戸惑っているように思えたが、最終的には察してくれたように思えた。要するに俺は、急用が出来た事を装いたかったのだ。

 

 

「あの…ごめんなさい!なんだかポピパの事で至急集まって話したい事があるとかで…。」

 

 

思い出したという体ならやや苦しいが、電話が来て今言われたという事ならそこそこ信憑性があるはずだ。といってもタイミングが良すぎる事には違いないのだが…。

 

 

「……分かったわ。そういう事ならしょうがないわね。」

 

「え…?」

 

 

意外にも、この状況からの離脱を許したのは千聖だった。彼女なら怪しいと思った俺を問い詰めてくる可能性も考えていたのだが…。

 

 

「どうしたの?有咲ちゃんから呼ばれたのでしょう?」

 

「は、はい!すみません、失礼します!」

 

「じゃあね〜♪」

 

 

予想外の助け舟だったが、これに乗らない手は無い。呆気に取られている様子の麻弥とイヴ、さっきまでとは打って変わって笑顔で別れを告げてくる日菜を横目に、俺はそそくさとその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…良かったんですか?千聖さん…なんというか…様子が変だった…ような…。」

 

「…バンドの事で急がなきゃいけない事があるのならしょうがないでしょう?」

 

「それは…そうなんですが…。」

 

 

彼女には分かっていた。明らかに戸山香澄は何か隠していると。しかし、どうにも追及する気にはなれなかったのだ。それをしてしまえば、何かが壊れてしまう気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで…一体どうしたんだ?」

 

 

逃げるようにして市ヶ谷宅の蔵にやって来た。訊けば、パスパレメンバーとお出掛けになった俺が心配でつい電話したとの事。心配し過ぎかもしれないのだが、実際助かった。あの着信が無ければ脱出する事は出来なかっただろう。

 

 

「あー…ちょっとまずい事になったかもしれん…」

 

「…もしかしてだけど…」

 

「率直に言ってしまえば、日菜さんにバレそうになった。」

 

「…まじかー…」

 

 

有咲はある程度予想していたようで、やっぱりかと言わんばかりに頭を抱えた。あんな電話の内容聞けばそれはそうか。

 

 

「すまん…と言いたいところだけど、あの人いくら何でも察しが良すぎないか…?ボロは出さなかったと思うんだが…」

 

「ん〜…確かに蒼はかなり香澄の特徴を掴んでるとは思うけど、相手はあの日菜さんだしな…」

 

 

常識が通用する相手では無い、という事だろうか。いや確かに天才として描かれていたキャラだけど、あんな突然見抜かれるとは…

 

 

「でもよく考えたら私も知らない時は中身蒼の香澄に違和感あったしな…」

 

「それは有咲が香澄大好きだからだよな?」

 

「バッ…うるせーな!!ちが……くも、無い…けど…」

 

 

怒られちまったぜ。でも否定もしたくないのか後半頬を赤くしながらもにょもにょしている。可愛い。

 

 

「可愛い。」

 

「はぁ!?」

 

「あっやべ。」

 

「ちょ…そういうのやめ…!ほんと…!」

 

 

つい思った事をそのまま言ってしまった。でも多分喜んでくれてるっぽい?うっかり香澄の身体のまま有咲ルートに入ってしまうがな。

 

 

「うぅ〜…そんな事言ってる場合じゃないだろ…?その…話戻すけど、結局バレずには済んだんだよな?」

 

 

もうちょっとこの有咲を堪能したさがあったけど、そろそろ可哀想なので本題に戻るか…ちょっと俺キモくね?

 

 

「バレずに済んだ、と言い切っていいのか分からんが…日菜さん以外の面々には、何か大きめの隠し事をしてるくらいには思われたかもしれんな…」

 

「それ大丈夫か…?一番心配する状態だぞ…?」

 

「実際有咲はすげー心配してたもんな。」

 

「ま、まぁ…」

 

 

またしても顔を赤くしながら頬をポリポリと指で掻いている。この光景自体は微笑ましいものだが、あそこまで憔悴させてしまった事を考えると笑えないな…

 

 

「いや…あの時はすまなかった。俺が中途半端に隠したから…」

 

「謝ることじゃないって。蒼だって好きでこんな状況になってる訳じゃないし…結局ちゃんと伝えてくれたしな…」

 

 

そう言って彼女は少し微笑んだ。きっとあの時言わなければ、いよいよ彼女は壊れてもおかしくは無かったのかもしれない。そう考えると、勇気を出して良かったと思える。

 

 

「…なんだよ、あんまじっと見るな!」

 

 

そんな事を考えながら彼女の顔を見ていたらふいっとそっぽを向かれてしまった。照れ隠しだと思うとまたしても微笑ましくなってしまう。

 

 

「まあ、なんだ。俺も正直この秘密を一人で抱えてたら気持ち的にヤバかったかもしれん。有咲が知ってくれてるだけでもかなり楽になったんだ。俺も我ながら勇気を出したとは思うが…有咲も受け入れてくれてありがとう。本当に感謝してるよ。」

 

「む、むず痒い…よくそういう事さらっと言うなお前…まあ、悪い気は、しないけど…」

 

「それならよかったよ。」

 

 

今でこそ馴染んできたが、こんなとんでも話を彼女が受け入れてくれて協力してくれてるのは本当に奇跡だと思う。これからも、そんな彼女に感謝をしつつ、香澄を取り戻す方法を探していこう。

 

 

「有咲、絶対に香澄を取り戻そうな。約束だ。」

 

「…うん、そうだな。」

 

 

その時少し、指切りを交わした彼女の表情に陰りが見えたのに、俺は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「香澄は取り戻す…でも、それが出来た時…蒼は…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued…




めちゃめちゃぶった切った終わりのとこで失踪していたのは申し訳無い…
やる気が続けば続きます()


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