絆は隔たりを越えて (神座(カムクラ))
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運命の巻
出逢いの物語


 
 
 本日、そしてこの投稿時間で私が最初の小説を投稿してからちょうど1年となります。
 初めは衝動に近い感じで作り投稿したモンハンR18小説「隔たり」。読み返してみると…初々しいですね(笑)。かといって今プロになった訳ではありませんが、なんとか1年続けられた今、改めて自分の処女作を読むと恥ずかしいような、特別な感じがするような、そんな気がしました。
 文章技術的にちょっと読みにくい作品でしたが色んな人に応援され、アドバイスされ、後に評価バーに橙色を付けて頂いた「新たな子」への、そして現在連載中のモンハン小説への踏み台となったこの作品をこのタイミングでリメイクしたいなぁと思い、実行させていただきました。
 リメイク後とリメイク前を読み比べても面白いかもしれませんね。えらい違います(笑)。でもストーリーの基盤は同じ。性描写は後半に予定しています。

 今まで私の作品を読んでくださった方も、初めましての方も(こちらの方が多いかな?)楽しんでいただければ幸いです。

 長くなりました。それではごゆっくりどうぞ。
 
 


 

 

 

 ギルド本拠地タンジアの酒場にて。

 

 「じゃあこのクエストお願いします。」

 

 受付で依頼を受けたのは青年ハンター。背中に背負う短めの太刀と、薄くしなやかで露出部位が多い防具を身に纏っている。それらは不思議な淡い白を帯びていた。それを見た周りのハンターは口々に噂した。

 

 「おい、あれって"朧月(おぼろづき)"じゃないか?」

 

 「3年間行方不明だったっていうハンターか?」

 

 「この間モガを襲ったラギアクルス亜種を一人で、しかも無傷で追っ払ったって噂だ。ユクモをジンオウガが襲った時もこいつが追っ払ったらしい。」

 

 「あれが?まだガキじゃない。それに撃退で

  しょ?」  

 

 「あまり討伐しないからギルドからの指名は少ないらしいぞ。」

 

 「変なやつだな。」

 

 その噂の大部分は真実だ。

 

 青年の名前はキルト。モガ村出身で11歳でハンターになり13歳でG級に昇格、"朧月"というギルドが彼のために作った称号を持つ異才のハンターである。故に名前は有名なのだがG級に昇格してすぐに表世界から姿を消していたため様々な憶測が飛び交っていた。

 

 彼はモガの教えである「共存」を色濃く受け継いでおり、無駄殺しはしない。時折見られる私利私欲の依頼のために竜を殺したり捕獲することもない。だがそれはハンターとして極めて稀であり、故にハンター仲間は少なく基本的に依頼にはオトモを除き独りで受けていた。別に問題はないのだが。

 

 「ニャ、今回は何のクエストニャ?」

 

 このメラルーはオトモのラルグ。昔ハンターに虐待されていたところをキルトに助けられ、オトモになることに決めたのだ。キルトと共に切磋琢磨したお陰か1匹で上位ドスジャギィを倒せるくらいの実力はある優秀なオトモである。

 

 「水没林の特産キノコ収集。」

 

 「キルトさんらしいニャ。」

 

 「どこぞの食通が欲しがってるんだと。じゃあ弁当買ってさっさといこう。」

 

 こうして一人と一匹は数日かけて水没林へ。

 

 「久しぶりだなぁ水没林は。相変わらずムシムシしてるね…乾季といえどいつもより降らないだけで湿ってるは湿ってるのね。」

 

 「キルトさんはその装備だからいいニャけど僕なんか…」

 

 「素材は同じだよ?」

 

 「そうニャけど…」

 

 「なら脱げばいいじゃん。虫が湧くだけなんだから。」

 

 「…」

 

 「あ、ほらあったあった。1本目。」

 

 「何本とるのニャ?」

 

 「25本…」

 

 「じゃあ手分けするニャ?大型モンスターの目撃情報もニャいし閃光玉はボクも持ってるしニャ。」

 

 「じゃあそうしようか。」

 

 こうして手分けして探すも中々見つからない。雨季の直前なのでキノコの数は少なく、しかし質は高まるのでわざわざこの時期に依頼が来るのだ。そしておおよそ正午過ぎ、待ち合わせしていた場所でラルグと合流し、昼食を摂っていた。

 

 「何本見つけた?」

 

 「9本ニャ。」

 

 「僕は8本…もう少しだね。」

 

 「ウニャ…ところでキルトさん、なんか草食獣がソワソワしてニャかったかニャ?」

 

 「確かに。何か来ちゃったかな…この後は一緒に行動しよう。」

 

 そんな会話をしているときだった。ふと、何かを感じたキルトは振り向く。

 

 「ナルガクルガ…?」

 

 「ニャ…!僕が音で気づかニャいニャんて!」

 

 そこにはこちらをジッと見つめる迅竜ナルガクルガ。しかし見慣れたものとは違い、その体は紺色と白色の体毛で覆われている。

 

 (新種?それとも突然変異か何か…?)

 

 ラルグが武器を取ろうとするがキルトは抑えた。もし来るならとっくに来ているはず、ましてや獰猛で狡猾と言われている迅竜だ。まだ襲ってきてないなら下手に刺激しない方が良いだろう。

 

 「ニャ…こっちに来るニャ…」

 

 「静かに。」

 

 ナルガクルガはゆっくりと歩いてきて、手を伸ばせば触れられる距離まで近づきスンスンと鼻を鳴らしたので冷汗が流れる。キルトの装備は月光、つまり稀少種である月迅竜の装備であり、同族の装備の匂いを嗅いで激昂する竜も珍しくない。しかしそのナルガクルガは特に何をすることもなく、少し離れた場所の木陰で寝そべった。

 

 「ふぅ…」

 

 「こ、怖かったニャ…」

 

 「まぁでも良かった。ナルガクルガは特に狩りたくないから。」

 

 「そうニャね。」

 

 そのまま休憩を続けてもナルガクルガは寝たままで、徐々にその不思議な状況に馴れてくる。

 

 不意にナルガクルガが起きて再び目の前まで歩いてきて、こちらが驚いて振り向くとサッと頭を下げた。敵意が無いという意味だ。普通のハンターや学者なら分からないだろうが、キルトは訳あってそれらより、いやギルドで一番ナルガクルガの生態に詳しいと言っても過言ではない。なのですぐにそれを理解するとキルトから近づいてナルガクルガの目の前でしゃがんだ。ここまでくればもう怖がる必要はない。そっと手を差しのべるとナルガクルガは少し頭を上げ、カクッと首をかしげるとその手に頬擦りをした。

 

 「良い子だね。」

 

 と優しく言いながら顎の下を掻いてやるとクルルと気持ち良さそうに目をつむって喉をならした。

 

 「さすが、慣れてるニャ。」

 

 「まぁね…さて、そろそろ再開しないと。またね。」

 

 頭をポフ、とやって立ち上がると「終わり?」とでもいうように首をかしげる。そして視界からキルト達がいなくなるまでその背中を見つめていた。

 

 「あ…キルトさんあそこにすごく立派な……角のケルビがいるニャ!」

 

 「…(^ω^♯)」

 

 「ウニャ…」

 

 結局特産キノコを25本集め終わったのは日没ギリギリだった。

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 「ほう…そんなこともあるんだな。うんむ、きっとそのナルガクルガもお前さんの心が分かるんだろう。」

 

 依頼を終えてモガ村へ戻り、村長に不思議なナルガクルガのことを話すと信じがたい話であるのに当たり前のようにそう納得した。

 

 「そのお前さんのことだ。ギルドの連中には黙ってるんだろ?」

 

 「はい。あんなナルガクルガは見たことがないし聞いたこともない。知らせればきっとすぐに捕獲命令が出て、数日観察されたあと解体されるでしょうね。敵意がないならほっといても平気でしょうし。」

 

 そう話していると別のハンターが話に入ってきた。

 

 「全く、野生のナルガクルガとも仲良くなるなんて流石"朧月"だな。」

 

 彼はもう一人のモガ村専属上位ハンターのローグ。キルトが表から姿を消している間の代わりとしてこの村へ来たハンターで、初めは何ら変わらないハンターであったが数年この村にいる間にここの教えを叩き込まれ、またキルトの影響もあって共存をモットーにしていた。キルトより5歳上だがキルトの方が優秀だということもありタメ口だ。

 

 「まぁね…あ、はいデスプライト鉱石。

Lサイズ5個だったよね?」

 

 「お、サンキュー。お返しに良いもんやるよ。」

 

 そう言われ連れてこられたのは村の解体所。そこにはこの村の近海に多く生息している竜が解体されかけていた。

 

 「ガノトトス!来てたの?」

 

 「あぁ。お陰で船は半壊。死者出なかったのは幸いだ。で、俺が狩ったってことだ。もちろん何人かに手伝ってもらったけどな。で、ほれ礼だ。」

 

 差し出された肉を見て1番目を輝かせたのはもちろんラルグ。魚竜とも呼ばれるガノトトスの刺身は高級品だ。

 

 「こんなに?割に合わないんじゃない?」

 

 「いいさ、コイツかなり大きいし、俺は独り身だしハンターだから肉もそうだが鱗とか爪とかの方が欲しいのさ。」

 

 「それなら遠慮なく。」

 

 「おうよ。それよりそのナルガの話、もっと聞かせろよ───」

 

 

 ───数週間後───

 

 

 「討伐依頼は久しぶりだねぇ。」

 

 キルトとラルグはフロギィ討伐のために再び水没林に来ていた。何でも突然フロギィが大量発生して付近の村や行商人が被害を受けているらしい。だが素材目当てのハンターはこんな依頼は受けないし、以前受注した下位ハンターは行方不明になったまま帰らないという。原因は大体想像できるのでこうしてキルトがやって来た。

 

 「やっぱりこれかぁ…」

 

 「さっさと帰ってマグロ食べたいニャア。」 

 

 フロギィ達をやり過ごしていると、見つけたのは2匹のドスフロギィ。双方とも体は大きく、鍛え上げられた感じの体格はG級に相応しい。下位ハンターが行方不明になる訳である。

 

 「結構強そうニャ。」

 

 「前のハンターもコイツらに食い殺されたんだろう。さて、やろうか。」

 

 2人は縄張り争いのまっただ中に割って入っていき、ラルグはフロギィを掃討すべく雄叫びを上げながらオトモ太刀"月光"を振り回す。その間にキルトは2匹のドスフロギィと睨み合った。

 

 彼らが着けている、古代竜人族が直々に作ったナルガクルガ希少種の武具"月光"は魂が宿るとも云われておりキルトはこれを装備している間いくつかの能力を身に付けた。

 

 「悪いね、それ効かないんだ。」

 

 一方のドスフロギィが吐いた紫毒の霧の中を平然と進む。月光装備の特殊能力(スキル)、守護法力だ。よってキルトはあらゆる毒──麻痺毒、睡眠毒等含めた毒は効かず、気を失うこともない。

 

 ドスフロギィも異変に気がついたのか首をかしげ、他方が見守る中距離を詰めるとキルトの首を狙って噛み付いた。キルトは難なくこれを最小限の動きで避けると後ろにまわって太刀を一振り。月の欠片とも称される月迅竜の刃翼で作られたそれはドスフロギィの尻尾をあっさり切り落とした。

 

 「ごめん、でももうここには来ないでね。立派な尻尾が生えてくることを祈ってるよ。」

 

 敵わぬと悟って逃げていくドスフロギィにそう言ってニ゙ャ゙ァ゙ァ゙と叫びながら戦っているラルグの方を見ると、ちょうどもう一匹のドスフロギィがラルグに迫っている所だった。

 

 「ラルグこっち!そいつは僕が──えっ?」

 

 指示通り主人の元へ行こうとすると何かに気づいて飛び退き、反射的にキルトも同じ方向に飛び退く。直後に後ろから二人の上を青白い刃がブゥンと飛んでいってドスフロギィを上下真っ二つにした。ハッと後ろを向けば「やってやったぞ」と言いたげな顔の、白と紺のナルガクルガがいた。

 

 「な…なんニャ今の…」

 

 キルトも思わずナルガクルガとドスフロギィだった物の残骸を2回見比べる。

 

 「え…えっと…ありがと。」

 

 ナルガクルガはフンン…と鼻息をしてからのっしのっし近づき(しかし音はほとんどたてない)、1度コクッと首をかしげると頭を下げたので前のようにポフポフしてやる。

 

 「覚えてくれたんだね、いいこいいこ。」

 

 「クルゥゥッ」

 

 「随分なついたニャね。」

 

 「そうだね…珍しいね。」

 

 そういえば、と思い出して先程剥ぎ取ったケルビの肉塊を取りだし、肉の端っこ持って身構えながら差し出す。ナルガクルガはスンスンしてから予想に反して穏やかに受け取った。

 

 咀嚼(そしゃく)するナルガクルガを見て「あ、これって餌付けしてる?」と思うが気にしないこととする。

 

 「不思議だね君は…」

 

 食べ終わって甘えてくるナルガクルガを撫でながらそう呟いた。人と竜が分かり合えない訳ではないが、関係が築かれるのがあまりに早すぎるのだ。何か大きなきっかけもなく、時間を重ねた訳でもなく、ただ出会って仲良くなっただけ。人間同士でもあまりない。

 

 またこんな体験をするなんてね、と思いながらキルトは慣れた手つきでナルガクルガの気持ちいいポイントである耳の裏側の付け根辺りをかいてやればうっとり目を細めた。子供達に「ナルにゃん」と呼ばれているだけあってそのしぐさはまさに猫のようである。獰猛で知られる迅竜がこのように甘えることを知っているハンターはまずいないだろう。

 

 「おおっと、よしよし。」

 

 唐突にズイッと首を伸ばしてきたので一瞬焦ったが、キルトの頬に頬擦りしただけだった。そして厳つい牙の生えそろう口を開けてキルトの顔を舐めてから額を押し付ける。親愛のサインであるそれに応えながら、どうしてこんなに懐いてくるのかを考えていた。

 

 喉を鳴らし尚も甘えてくるナルガクルガ。しばらくそのまま戯れて、ようやく満足したのかギャウンと一声鳴いてその場を去った。

 

 「僕らも帰ろうか。」

 

 「ニャ。」

 

 人間の標的にならないことを祈りながらキルトとラルグは水没林を後にした。

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 (ふーむ…特にないかぁ …)

 

 タンジア、ギルド資料館にて「亜種と変異種・下巻」と書かれた分厚い本を机に置いたキルト。様々な学者の本を読み尽くしたが、あのナルガクルガの種の情報はほとんど無い。唯一、ギルド公式採用の「シュレイド国内生息竜全鑑」にあるナルガクルガについてのページの端っこに

 

 ──白と紺の毛をもつ迅竜は極めて希少で危険なため、ギルドマスターの正式な許可がない限り狩猟、捕獲を試みることを禁ずる。見かけた場合は直ちに報告せよ。我々はその迅竜を白疾風と呼ぶ──

 

 と書かれていただけだった。

 

 「キルトさん、ニャんか見つかったニャ?」

 

 小声で話しかけてきたラルグに黙って首を横に振る。

 

 「ボクも見つけられニャかったニャ。」

 

 「…でもあれには危険と書いてあった。存在は知れてるんだ。とすると計画的な隠蔽(いんぺい)か…恐らく興味本意で受注されないように公な情報を最小限にしてるんだろうね。ギルドマスターに直接聞くしかないわけか。」

 

 「そんニャの教えてくれるのかニャ?」

 

 「さぁ?まぁ僕だから教えてくれるかもしれないけど、それであいつの存在が勘づかれるかもしれない。白疾風って二つ名があることが分かっただけで今は十分だよ。」

 

 書類をもとの場所に戻し、酒場に戻ろうとするとギルドマスターと鉢合わせした。

 

 「おぉ探したぞキルト。」

 

 「なにかありました?」

 

 「おヌシ、最近水没林に入り浸ってるだろ?お陰であの村がおヌシを気に入ったようで、ご指命だ。」

 

 「…何でしょう。」

 

 「ちぃと厄介だ。ドボルベルクが暴れまわっているらしくて、村のハンターが返り討ちにあったそうで調べたところG級に値する個体だ。やってくれるか?」

 

 あまり関わりたくない種であるものの指命ならば仕方ない。

 

 「…分かりました。すぐ向かいます。」

 

 こうしてまた水没林に来た訳だが、目にしたのは半ば予想していた光景だった。

 

 「依頼達成…だね。」

 

 木陰で例のナルガクルガの腕にムギュッと抱かれながらそう呟くキルト。ちなみにこれは迅竜の親が子供によくやる仕草だ。ドボルベルクは既に逃げた後のようで、砕けた角の破片や斬られた尻尾が残されていた。無論この白疾風ナルガクルガがやったのである。

 

 「うん…まぁ楽になったよ。」

 

 「なんて報告するニャ?」

 

 ラルグは白疾風の背中の上でくつろぎながら聞いた。

 

 「良いよ僕がやったことにすれば。」

 

 不正のような気もするがそれが最善だろう。出逢って半年、水没林に通ううちにこのナルガクルガを孤島に連れて帰りたい気持ちになる。竜をペットにすることができない訳ではないが問題なのはこのナルガクルガが白疾風であることで、またもし認定されたとしても餌に薬を混ぜることを義務づけられるのでキルトは申請するつもりはなかった。

 

 「しっかし、甘えん坊さんだね、君は。」

 

 「グル…」

 

 話しかけられていると理解しているのか返事をしてこちらを見る白疾風。ゆっくりまばたきをするその顔は微笑んでるようにも見えた。

 

 最初に合ってから半年近く経つが、いつ終わるのかと思っていた関係は終わるどころか深まっている。この白疾風に会うためにわざわざ水没林の依頼を受けているのが良い証拠だった。

 

 「グルル…」

 

 日が傾いてくると白疾風は立ち上がる。この時間になると飛行船が様子を見に来るのを覚えているようで、加えてこの時間になるとキルトはいつも「じゃあね」と言って頭をポンポンしてから去るのでもうお別れの時間だと分かっているようだ。

 

 「賢いニャァ。」

 

 「そうだね。それじゃあ…」

 

 やってやってと差し出す頭をいつも通り軽く2回叩いてから額を合わせ、やはりギャウンと鳴いてから白疾風は飛び去った。

 

 「…さ、僕らも帰ろうか。」

 

 「うニャ。」

 

 遅すぎる依頼完了の狼煙を上げ、一人と一匹は帰路につく。

 その様子を一人の男がじっと見ていた……。

 

 

 

 

       次回、「情愛の巻」

          上巻「とある狩人の物語」  

 




 
 
 多忙につき次回作をいつ投稿できるかわかりませんが、物語はできているので中止することは絶対ありません。どうか気長にお待ちください。それではまた。


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情愛の巻
上巻:とある狩人の物語


 
 大変お待たせいたしました。私個人の予定が固まってきたので再開します。これからもゆっくり進めていくのでよろしくお願いします。


 

 

 

 「よーし…これで最後か。」

 

 タンジアにて、依頼から戻った飛行船の積み荷を下ろす中年の男は最早機械的に荷物を一時待機所へと運ぶ。彼はギルド所属の、いわゆる物資係でハンターへの支給品の準備やその後始末、ギルドに運び込まれる様々な物資の搬入出を行い生計を生計を立てていた。

 

 ハンター顔負け筋骨粒々で所々に傷痕がある彼は重い荷物も軽々運べるので同僚からは重宝されている。それもそのはず、彼は数年前まで周囲で名の知れたハンターだった。

 

 「ようジェーク、夜、飲まないか?」

 

 その日の報酬を受け取った帰り、ハンター時代に戦友だった男に声をかけられ特に断る理由もなかったのでそのまま酒場へ向かい、まずは腹ごしらえをしてから晩酌を始めた。

 

 「久し振りだなぁ、何ヵ月か前に俺の火山の依頼で一緒に飛行船に乗って以来か。」

 

 「あぁ…そんなになるか。単調すぎて日付意識なんてとっくに無くなっちまったよ。」

 

 名物パニーズ酒を飲みながら、何でもない世間話を咲かせる。ハンター業とは関係の無い話だというのに友が纏う防具や武器に目がチラチラと行くのはまだその職業に未練があるからだろう。

 

 「武器、変えたな。」

 

 ラギアクルス亜種で造った。中々のじゃじゃ馬だよこのハンマー。」

 

 「そうか…」

 

 「なんだぁ?血が騒ぐってか?」

 

 「いや…ハンター業をやりたいとはもう思わねぇよ。」

 

 「へぇ意外。元々ハンターランク5でG級寸前だったお前が突然ハンターカード剥奪されたんだから未練の1つや2つあるかと思った。」

 

 ハンターカードの剥奪、すなわちハンターとしての資格を失ったため彼はもう依頼を受けることはできない。基本的に指定地区以外での無許可狩猟を行ったり狩猟武器で殺人を犯した場合などのペナルティとしてそうなるのだが、彼の剥奪理由は公にされていなかったので友人はその後しばらく彼に酒を飲ませてから訊いた。

 

 「そういやお前って何で資格剥奪されたの?」

 

 「大したこたぁねぇよ…」

 

 「大したことなかったら剥奪されねぇーだろ。で?」

 

 「…逃がしたんだよ。竜を。」

 

 「ほぉ?ただ逃がしただけじゃよくあることだと思うけどな。捕獲されて解体待ちだったやつを逃がしたのか?」

 

 「…」

 

 はぁ、と深くため息をついて、彼は語り出した。

 

 「あるとき俺は普通にナルガクルガ討伐の依頼を受けてた。一応上位区分だったがG級スレスレの強い個体だった。んで狩った。帰り、ブラブラしながら集合場所に行こうとしてたらなんか聞いたことがない鳴き声がして向かったんだ。そしたら1匹、2、3mくらいのナルガクルガの幼体が歩いてたんだよ。俺とは逆方向に、つまり回収待ちの、狩ったナルガクルガの方に向かってた。匂いとか辿ってたんだろうな。」

 

 特に火竜の討伐などではよくあることだ。仔竜とて竜なので捕獲は難しく、下手に麻酔を撃つと死んでしまう上に素材は使えないので大抵は無視する。

 

 「普通だったら素通りしただろうが、俺はその仔竜に釘付けになった。見たことのない体色をしていたんだ。紺の毛に、白い毛が混じってるような感じだ。後で雌だと分かった。」

 

 「連れ帰ったのか。」

 

 「苦労したよ……村の依頼だったからとりあえずそのまま村に持ってかえって、できる限り頑丈なオリに入れてギルドからの指示を待った。」

 

 「で?どうだった?」

 

 「ギルドの研究員が大勢来て、ほとんど確認されていない種だって。で、そのナルガクルガだが村で育てろとギルドから指令が来た。俺はその見張り役だと。本拠地でやってくれと言ったんだが麻酔の分量が分からないから運べないし貴族の目について無理矢理買われたりされないように村でやってくれって、費用と報酬も払うって言われて引き受けた。」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 異変が起きたのは1ヶ月ほど経った頃だった。ナルガクルガが成長しても移し替える必要が無いようにつくった大きなオリを、餌に混ぜた少量の眠り草でボーッとしている間に掃除する。この日もいつも通り掃除していたのだが唐突に足をグイッと引っ張られて心臓が喉から飛び出るほど驚いた。

 

 「お、おいおい…」

 

 正体は分かっているので取り合えず自分の足が無くなっていないことに安堵する。

 

 「お前…いつの間に…」

 

 さすが迅竜、全く気づかなかった、という暢気な考えを慌てて振り払った。一歩間違えば大惨事だ。ナルガクルガはというと驚いたこちらに驚いたようで素早く後ろに後ずさる。そしてこちらの顔をうかがいながら首をカクッと傾げ、恐る恐る近づいて今引っ張ったズボンの匂いをスンスンと嗅いだ後、くちばしの横を付けながらこちらを見上げた。

 

 「な、なんだお前…寂しいのか?」

 

 冷や汗が止まらぬまま思わずそう言うとまた首をかしげられる。一応、親とみられるナルガクルガの毛皮を寝床に敷いてあり、普段はそこでずっと眠っているのだが今日は起きてきたらしい。眠り草が足りないのか、効かなくなってきたのか、そんなことを考えているとふくらはぎをくわえられてまた焦る。

 

 「た…足りないのか?」

 

 あむあむしてからぎゅう、と鳴くナルガクルガにまた思わずそう言って数秒間停止するとゆっくり離れてオリを出る。そして試しにケルビの肉片を入れるとぎゃ、と嬉しげに鳴いて食べ始めた。

 

 その日からナルガクルガは彼が脅威ではないと認識したらしくやたら引っ付くようになった。眠り草の概念を疑うほどに。暴れるようなことはなく、足を甘噛みしたり腕で抱き締めてきたりと甘えん坊全開で彼は始めはかなり戸惑っていた。だが半年も過ぎればそれは日常になり、彼は相変わらずまとわりつくナルガクルガを流れに任せて撫でるのだった。

 

 「へー、白疾風っていうのかお前。随分格好いいな。」

 

 ほぼ村に軟禁されているジェークがギルドから届けられた資料を見ながら呟くとぎゃう、と返事が返ってくる。資料といってもほんの半ページしかないものでジェークはやれやれとため息をついた。

 

 「おう。暇そうだな。なら木材取ってきてくれないか?」

 

 広くは知られていない小さな村。森もいたって穏やかでわざわざハンターが出動する必要もないだろうが、街に出ることを禁じられているジェークは何でも屋のようになっていてしょっちゅうこのようなことを頼まれる。

 

 「へいへい村の雑用係のジェークですよ…」

 

 「なんか言ったか?」

 

 「お安いご用です。」

 

 完全な皮肉でもなく、依頼を受けることもできない彼にとっては調度良い気分転換だった。

 

 「だぁー…考えてみりゃアプトノス連れてきて運んだ方が効率良いじゃん。」

 

 一休みしようとその場に腰を下ろす。が、

 

 「ん…」

 

 聞こえてきた咆哮が村からだと分かるや否や飛び出した。

 

 「畜生火竜なんて聞いてねぇ…!」

 

 全速力で、しかし余力は残しつつ村に向かう。途中、ハッキリとナルガクルガの咆哮も聞こえてジェークは舌打ちした。

 

 「ジェーク!あっちだ!」

 

 避難した村人の指差す方へ走るとボロボロになったナルガクルガとリオレウスが睨み合っていた。リオレウスが火球を吐くと、一体誰に教わったのかナルガクルガは回転して尻尾を振るいこれを掻き消す。小さな体でいっぱしの威嚇をしていたナルガクルガだったがジェークを見ると情けなく鳴いて彼の後ろに隠れるように移動する。元々そのつもりだったのでジェークは愛用の太剣を抜き、リオレウスを撃退して事なきを得た。

 

 「そういやお前、オリと鎖は?」

 

 傷の応急処置をしてやっている時に気がついた。首輪はついているが鎖は途中から切れ、当たり前のように外に出ているナルガクルガはいたって大人しく手当てされている。見ればオリは無惨に破壊されており、それもどうみても火竜の攻撃ではなさそうな跡だったのでジェークは呆れ気味に呟いた。

 

 「いつの間にそんな力が…その気になればいつでも出れたってことかよ…」

 

 このナルガクルガがどれだけ自分になついていたか今更実感した。ちなみにナルガクルガ自身はオリを寝床くらいにしか思っておらず、この村は里親ジェークの縄張りだと認識しており普段からその中にいる村人には特に敵意は持たずに侵入者である火竜をなんとか追い払おうとしたのだ。餌に混ぜた眠り草とは一体…

 

 そして村の信用も得てしまったナルガクルガはオリに閉じ込められることなくただし鎖に繋がれた状態で飼われ、よく子供たちに見物されていた。

 

 「なんだどうした。」

 

 ある日村の犬が酷く怯えて主の少年に顔を埋めていたのでジェークが声をかける。話を聞けば犬に木の枝を投げたらどこからともなくナルガクルガが現れ木っ端微塵にしたらしい。

 

 「…やれと?」

 

 たまたま近くに落ちていた別の枝とジェークを見たので彼がそれを拾うと目が紅く光る。全力で投げたのだが地面に落ちる前に跡形も無くなり、ゆっくり振り返ったナルガクルガの目線にジェークは思わず身震いした。

 

 

 

 ◯◯◯

 

 

 

 「んぁーただいま…ってもいるのお前位なんだよなぁ…」

 

 庭で寝そべっていたナルガクルガは大きく欠伸をして主人を迎える。ジェークはそれをよしよしと撫でて、ドスンと腰を下ろした。村の友人が結婚式を挙げ、その宴の帰りだった。で、その相手の女性は自分が気になっていた女性だったのでヤケになっているのである。

 

 「あれ、お前鎖は?」

 

 「クル…?」

 

 首をかしげるのがなんとも可愛らしい。首輪はついているが鎖は見当たらず、どうやらナルガクルガに触るなと言いつけてあるはずの子供たちが外してしまったようで、前にも何度かあったのでため息をつく。

 

 「……」

 

 「キュルル?」

 

 じっと見つめると綺麗な目で見つめ返してくる。ジェークは無造作に立ち上がって家の中に入り、ナルガクルガに向かって手を叩いた。ナルガクルガは少し躊躇するようなしぐさを見せてから合図の通り呼ばれるがまま家に入る。まだ子供とはいえ尻尾を含めると7mはあるナルガクルガに家は狭かったが特にインテリアがあるわけでもないので問題はなかった。

 

 円形の家に部屋は無く、ジェークはそのまま低いベットまでナルガクルガを連れてくる。そこにナルガクルガを乗せてまじまじとその体を見つめ、ナルガクルガは困惑したような声を上げた。

 

 「あーもーどーにでもなれ。」

 

 酒もいくらか入っているせいで吹っ切れたジェークはナルガクルガを背中から抱きしめた。なついているとはいえ些細な動きでも怪我をするかもしれないので普段そんなことはしない。

 

 「温かいな。」

 

 「………」

 

 完全に固まるナルガクルガをよそに熱いハグを続けていると胸周りや下腹部が疼いてくる。ジェークは黙ってナルガクルガを放すと尻尾を逸らして肛門の下辺りにあるであろう生殖孔に手を伸ばした。 

 

 ナルガクルガはピクリと反応したが特に抵抗はせず、ジェークはそれを確認して指をその中に入れて動かした。かなりの弾力がある竜の膣は指を引き込むようにきつく締め付け彼を余計に昂らせる。流石は野生か、すぐに愛液が染みでて独特な匂いが漂った。

 

 「くそ…」

 

 多少自己嫌悪しながらも迷わず下着を脱いで、憎たらしいほど興奮に張った己をあらわにすると未熟な、しかも竜の中へ突き入れた。

 

 「ギュ……」

 

 微かに鳴き声を上げたのでもしかして痛かったのかと思い、なだめてやろうと思ったのも束の間、ナルガクルガの膣が牙を剥いて肉棒を襲い、ジェークは思わずナルガクルガを抱き締める。

 

 「これ…やべぇ…」

 

 熱く弾力のある膣に、引き抜けないんじゃないかと思うくらい締められ、呼吸の度にそれが波打って強烈な刺激を塗り込んでくる。

 

 「生きてるとこんななのか…」

 

 実は竜を犯すのは初めてではない。職業柄なのかそういう趣味を持つ者は少なからずいて、彼が駆け出しの時に先輩に勧められて何度かしたことがある。もちろん大抵が死姦であり、小型の鳥竜などならまだしも大型となると生温かい生肉を二枚重ねにしたものに突っ込んでいるような感覚で、何となく不快感もあったのでジェークがそれに目覚めることはなかった。

 

 のだが、今回はもう後戻りできないんじゃないかと思うくらいの興奮と快感と、それに伴って欲が爆発し、それまであった負の感情は跡形もなく消え去った。

 

 「はぁ…もう人間じゃ無理かも…なんて、」

 

 自分の言ったことに自分で笑いながら腰を振る。最初は少し遠慮していたが相手は竜だし今更、と獣のように欲を打ち付ける。ぐちゅぐちゅと擦れる音に紛れてクルルと喉を鳴らす音が聞こえて一度動きを止めた。

 

 「はは、気持ちいいか?」

 

 「キュウ……?」

 

 「お前どこからそんな声出してんだよ。」

 

 文字通りの猫なで声と、うっとりとまばたきをするその仕草は自ら行為を願っているというサインだと知識で知らなくても理解する。気づけば尻尾も邪魔にならないように退けられていた。

 

 あくまで主導権は雌。雌様の許しを貰って行為に及んでいるんだと理解し、なら遠慮無く、と振り返れば恥ずかしくなるほど腰を振って、限界がきて思いきり果てた。

 

 「あー……」

 

 強く締め付けられているせいで精液が肉棒の中を通っていくのが自分でも分かる。抱いているモフモフの体も心地良く、こんなに出したことはないんじゃないかと思うくらい脈動は長く続いた。

 

 

 「なんか、思ってたのと違うな。」

 

 行為後、上機嫌のナルガクルガの腕に抱かれながら呟いた。このナルガクルガを育てると決まったときは、こんなに快適な暮らしになるとは思ってもいなかった。

 

 「おやすみ。」

 

 顎を掻いてやりながらそう話しかけるとキャウ、と返事をしてナルガクルガも目を閉じた。相変わらず賢いなと独り笑いするジェーク。彼が後もナルガクルガとの性行為を続けたのは余談である。

 

 

 

 

 ◯◯◯

 

 

 

 「ギャウッ!」

 

 「ぐっ…!」

 

 朝起きて一番に飛びかかられるのは日常。ナルガクルガの機嫌が良いときは数分間舐めると頬擦りを繰り返す。起きるのが遅いと咆哮で強引に起こされるのは最早嫁だとよく茶化され、それをされる度に不味そうな顔をして振り払っていた。

 

 そしてこの日も餌やりを終えてギルドからの手紙を開く。ナルガクルガの世話をしはじめて2年、以前の倍くらいの大きさになったナルガクルガの育成を終了し、観察、研究対象としてギルド本拠地に送られることになった。当然その後は解体処分である。

 

 「お前と居られるのもう終わりだ。」

 

 ギルド員到着予定日にポフポフと撫でながら話しかけるとナルガクルガは首を傾ける。はぁ、と深くため息をついてしばらくその体勢のままでいた。ジェークは唐突に立ち上がり一旦自宅に戻ると太剣を取りだし背負ってナルガクルガの元へ戻る。そしてナルガクルガの首輪を外して太剣を抜き目の前に叩きつけた。ナルガクルガはビクリと後退しジェークを見る。それでもジェークは大袈裟に叫びながら太剣を振り回し威嚇を続けるとナルガクルガはその場から、村から走り去っていった。

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 「そらご丁寧に外したらバレるわ。」

 

 「隠すつもりなんて無かったよ…」

 

 「でー?どうだった抱き心地は。」

 

 「えーえー人間より良かったよ。」

 

 「道理で彼女いないわけだ。」 

 

 「ほっとけ。」

 

 燻しモス肉を頬張り酒で流し込む。一息つくと友人は片手でわざとらしく顎を弄る。

 

 「ふーん…噂には聞いてたけど、まさか本当だったとはな。」

 

 「噂?」

 

 それには答えずごそごそとポーチをあさる。そして1枚の羊皮紙を取り出した。

 

 ───特殊依頼───

 

 「ギルドからのご指名、白疾風ナルガクルガの捕獲依頼だ。もしかしたら前に逃げた個体かも知れないって、それで噂程度だが情報が入ってた。お前、付き添いに来るか?」

 

 ジェークは言葉を失った。どこかのハンターに狩られてしまうかもしれないということは何となく覚悟していた。しかしまさか親友がその命を受けるとは思ってもいなかった。

 

 

 「やぁ、やっぱり来てたか。」

 

 「クルル…」

 

 「いつ会っても不思議にゃニャルガクルガだにゃー」

 

 

 そしてまさかまた人間と関係を持っているとは夢にも見なかった。

 

 

 

        上巻、終。

 

        下巻、「朧月(おぼろづき)の物語」へ続く。




 
 
 後半の官能描写は元々予定していませんでしたが、リメイク前の通り官能描写を最後の話だけにすると何ヵ月も待っていただくことになってしまうので付け加えました。あんまり練ってないけど意外と良いできだったかな…?(笑)

 それでは、また次回もよろしくお願いします。


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下巻:朧月の物語

 
 13歳、最年少G級ハンター、キルトの夢のような物語。


 

 

 

 「ラルグあっち!!」

 

 

 「ニャッ!!」

 

 

 孤島、狩猟許可エリア1にて、1人の少年と1匹のメラルーが大量の毒煙玉と毒弾を手に走り回っていた。彼らの住むモガ村は海の上に存在しており農作物はそこそこ貴重品。それらが採れる唯一の農場が甲虫、飛甲虫の大量発生による被害を受けたため、現在掃討中である。

 

 

 「よーし、そろそろ片付けようか。」

 

  

 毒煙玉、毒弾の残りも少なくなり、辺りは死骸の方が多くなってきたので切り上げることにした。

 

 

 「おうおう悪いな。最年少G級最初の依頼が虫退治じゃさぞ気乗りしなかっただろう?」

 

 

 死骸の詰まった袋を村長の息子に渡すとやや気まずそうに笑うが少年はそんなことない、と首を振る。

 

 

 「やることは変わりませんから。また湧いてたら言ってください。」

 

 

 たまたま聞こえたのか、それとも彼を迎えに来たのか白髪で初老の男が側に来てキルトの肩を叩く。

 

 

 「おまえさんもいい男になったじゃないかキルト。」

 

 

 「村長。」

 

  

 「うんむ、こりゃあ奪い合いになるぞ?さっさとおまえさんから決めとかないと面倒になりそうだ。女の争いは怖いからなぁ?」

 

 

 カッハハハ、と自分で言って豪快に笑う村長に少年キリトはたじろく。

 

 

 「…僕まだ13ですけど。」

 

 

 「十分十分、わしは14で成人の義をして、妻をめとった。成人の義などお前さんにかかりゃ朝飯前だ。」

 

 

 モガの村の成人の義は一人でマンボウか古代鮫を狩ることで、確かに朝飯前である。余談だが別に必須ではない。というのも生活上、全員が漁に参加するわけでもなく、人によっては森に狩りに行く者やキリトのようにギルドの命に従って大型の獲物を狙うハンターになる者もいるため儀式の必要性が薄いのだ。

 

 

 「………考えておきます。」

 

 

 苦笑いしながらその場をやり過ごし、オトモメラルーのラルグと共に家へ戻った。

 

 

 「ニャ!良いサシミウオとマグロニャ!」

 

 

 貰った麻袋の中身を見て嬉しげに尻尾と耳を立てるメラルーの姿にキリトは思わず笑みを溢す。痩せ細り、タンジアの酒場に取り残されていた彼を連れて早2年。確かにドジが多く困らされることも多かったが今では頼れる相棒であり、幼くして両親を海に奪われた彼にとっては唯一の家族だった。

 

 

 「ん、師匠から手紙がきてる。」

 

 

 13歳でG級ハンター。それだけで十分な異端児だが、彼の師がギルドナイトだということがそれを更に際立たせている。というのも彼の師は彼の並外れた才能を見込んでギルドナイトにしようとしていたのが、キルト自身がモガのハンターになることを望んだので今のような結果になった。

 

 

 「何てニャ?」

 

 

 「ん、単純にG級おめでとうって。」

 

 

 ざっと手紙を読んでからそれをしまい、夕食を済ませて今日使った武具の手入れを終わらせてからベッドに入る。G級ハンターになっても暮らしが変わることはない。無用な殺しを避け、自然と共に生きる。もっと言えばこの村の役に立てるだけで十分だった。

 

 そんな変わらぬ暮らしも、ある日を境に一変する。

 

 

 「撃退相手は……ナルガクルガ希少種?」

 

 

 タンジアに呼び出されるまま行ってみると、ギルドマスター直々に依頼書を渡される。

 

 

 「そう、月迅竜と謳われる幻の個体だ。ギルドとしてはぜひとも捕獲したいところだがあちらが許さんのでね。」

 

 

 「あちら?」

 

 

 「その月迅竜は塔、と呼ばれる地に住み着いた。その塔周辺に住む民からの依頼は初めてではないが…簡単に言うとこちらの常識が通用しない連中だ。まぁ用心することだ。」

 

 

 「あの…僕、ナルガクルガ苦手なんですけど……」

 

 

 ギルドマスターは首をコックリかしげる。

 

 

 「そうだったかの?」

 

 

 「すごく時間がかかります。」

 

 

 キルトはまだ13歳。力では他のハンターに到底及ばず、大型モンスター相手にまともに闘ってはかすり傷程度しか与えられない。彼の使用武器はライトボウガンと太刀。相手によって変えるが、気配を消して気づかれない内にギリギリまで目標に近づき睡眠弾や拡散弾などの特殊な弾で攻め、時には閃光玉で目眩ましをしている間に猛攻したりあらかじめ設置した罠にうまく誘導して拘束、一気に畳み掛ける等、真っ向からの至近戦を極力避ける戦法をとっている。

 

 そしてこの戦法は相手を翻弄しつつジリジリと削る、もしくは不意の一撃必殺を狙うナルガクルガの戦法と似ているため相性が悪い。お互いがお互いの動きの読み合いになるため戦闘が長期化するのだ。

 

 

 「それは初耳だった。だが失敗したことはないだろう?」

 

 

 「そうですけど……」

 

 

 「正直、撃退依頼は中々受けてもらえなくてな。それに相手は中々の強者らしい。自分達でどうにかしてくれというのが本音だが、報酬は良いぞ。こちらでは中々手に入らないものがチラホラあるぞい。それとおヌシがいない間モガにはこちらから別のハンターを派遣しておく。安心して行ってこい。」

  

 

 何となく、G級であるのにあまり港に姿を見せないための無言の圧力も感じたキルトはため息をつく。

 

 

 「分かりました。やってみます。」

 

 

 こうしてキルトは2週間の長旅の末、原始的な深い森に囲われた平たい切り株のような広大な土地、「塔」に着く。一人でナルガクルガ希少種に挑むのは無謀にも思えるが、ギルドは1ヶ月ほど前に偶然遭遇したラージャン相手に無傷で勝利しそれがきっかけでG級に昇格した彼を信頼しているのである。

  

 飛行船から降りて依頼主がいるであろう里へラルグと共に向かうと、出迎えた竜人族は困惑した。

 

 

 「狩人なら先程訪れたが…お前はその仲間か?」

 

 

 「え…?僕とこいつだけのはずですが……何人くらい来たのですか?」

 

 

 「9人だ。」

 

 

 「すぐに案内してください…!」

 

 

 困惑したままの竜人族を急かし、ナルガクルガ希少種がいるという場所に向かうため岩山の中の空洞を進む。

 

 ハンターズギルドは普通、4人を上限とした少人数で狩りを行う。例外はあるがそれを超えるのは違反であり、9人は多すぎる。そもそもギルドマスターから直接依頼されたキルトに他のメンバーについて何も知らされていない上に、ギルド公式の飛行船に乗っていないので明らかな"密猟者"である。

 

 薄暗い洞窟を抜けると、闘いの音が聞こえてくる。自分にとって対ナルガクルガはボウガンよりも太刀が向いていると判断したキルトは背負っていたラージャンから作られた太刀、大鬼薙刀【羅刹】を構えてその方向に向かった。

 

 

 「おい!!」

 

 

 結論から言えば、手遅れだった。他はやられたのか、3人のハンターらしき人物にナルガクルガ希少種は追い詰められていた。キルトが叫ぶと3人は一斉に振り向く。

 

 

 「お前達、正規の依頼受けてないだろ!」

 

 

 声の主がキルトだと分かると男達はナルガクルガに向き直った。

 

 

 「邪魔すんなガキ!」

 

 

 そしてもはや虫の息となっているナルガクルガにとどめを刺そうとハンマーらしき武器を振りかざすが、その男の背中に衝撃が走る。キルトが投げナイフを投げたのだ。ナイフは防具を貫くことはできなかったが気を引くには十分だった。

 

 

 「てめぇ…!」

 

 

 「ラルグは下がってて。」

 

 

 ハンターが人間に武器を向けるのはもちろん重罪。が、この場合は別である。キルトは大鬼薙刀でランス使いのように男へ突っ込むと穂先で手元を攻撃してハンマーを弾き、更に薙刀を回転させると柄で頭を殴る。

 

 

 「この野郎!」

 

 

 キルトの背後から別の男がブラキディオスの素材で作られたと思われる大剣を降り下ろすがキルトは難無く避けてちょうど後ろに向いていた穂先を頭部と胴部の防具の隙間に突きつけた。

 

 

 「動くな!こいつの首が飛ぶぞ。」

 

 

 腕の立つ狩人に違いなかったが、それは竜相手の話。ただでさえ対モンスター用の装備で、しかもギルドナイトから対人戦闘の訓練を受けていたキルトには敵わない。

 

 

 「どこでこの依頼を───」

 

 

 キルトが言いかけた時、後は死を待つのみとなっていたはずのナルガクルガ希少種が最後の力でキルトが抑えていた男を除く二人を葬った。キルトは素早く男から離れて閃光玉を取り出すと地面に叩きつけた。

 

 竜と人が目を眩ましている間にキルトは男の頭防具を外して薙刀の柄で後頭部を殴り気絶させる。そして警戒しながらナルガクルガ希少種に近づいた。

 

 

 「これは…もう手遅れだね……」

 

 

 致命傷となりうる傷がいくつもある。やはり素材を不正入手するためなのか急所を的確に狙われていた。

 

 

 「さてどうしようか…」

 

 

 キルトはため息をついて周りを見渡す。取り合えず、不本意だが密猟者達を保護する必要がある。麓の里に協力を求めるしかあるまい。

 

 とにかくこの後は苦しむだけのナルガクルガ希少種を早く死なせてやろうと麻痺投げナイフを手に取ったとき、ナルガクルガ希少種から黒っぽい塊がキルトに向かって飛んできて、キルトはその勢いに倒されつつ反射的に受け止めた。

 

 

 「ぎゃううう!!」

 

 

 鳴き声を聞いてすぐにそれを放して離れる。

 

 

 「子供がいたニャんて…」

 

 

 どうやら今の今まで親に張り付いていたようで、その状態でこの9人を相手にしていたと考えると本来はかなりの戦闘力を持っていたのだと理解する。

 

 

 「自然に放すわけにもいかないし…ギルドに渡したらそれはそれで…」

 

 

 取り合えず先程の竜人族に事情を話し、ナルガクルガの最期を看とり、麓の里に協力してもらって密猟者達を拘束、そしてナルガクルガ希少種の幼体を保護した。

 

 

 「お主、こやつを育ててみないか。」

 

 

 帰り際、唐突に竜人族にそう言われ、キルトは怪訝そうな顔をする。 

 

 

 「僕が?」

 

 

 確かに放って置けない気もするが、ここに住んでいるんだし、あなた達の方が適任じゃないか。というニュアンスを読み取ったのか、竜人族は言葉を続ける。

 

 

 「あの月迅竜が子供を連れていたとは知らなかった。そしてあの不届き者達を入れてしまったのも我々の過ち。その我々にあの子を育てる資格はない。だがお前は母親を看とり、あの者達を捕らえた。あの子もお前になら従うだろう。」

 

 

 正直どういう理屈なのかキルトには分からなかった。あれを過ちというならそれを犯した彼らが育てるべきではとも思ったが、どう言っても説得は無理と思わせる目で見られてキルトは考え込む。彼はこういう頼みに弱かった。加えて、幻のナルガクルガを育てるということに興味がないわけではない。

 

 

 「まぁ…ギルドが許可してくれれば……」

 

 

 どうせ無理だろうけど、というニュアンスを込めていったキルトだったが竜人族は満足げに頷いた。

 

 そしてその竜人族と捕縛した密猟者と共に2週間かけてタンジアに戻る。

 

 

 「報酬一杯だったニャ!」

 

 

 「まぁ4人も密猟者を差し出せばこんくらいだろうね。」

 

 

 残りの5人はナルガクルガ希少種との戦闘で死亡した。

 

 

 「そういえば、ナルガクルガ希少種は雷属性に強いらしいニャ。」

 

 

 「…あぁ。もし僕とまともにやりあってたら、僕が負けてたかもね。」

 

 

 その日の内にキルトは呼び出され、何故か疲れきった顔をしているギルドマスターに例のナルガクルガの世話を許可された。隣の竜人族が大いに満足したような顔をしていたのを少し気にしながらすぐに塔へと向かったのだった。

 

 

 「こ、これは?」

 

 

 塔に着き、例の里に入ると大きめの、しかしとても軽い包みを渡される。

 

 

 「まぁ開けたまえ。君の分もあるぞ。」

 

 

 ラルグも同じような包みを渡され、彼らは顔を見合わせてから言われた通り結び目をほどいて中身を露にする。

 

 

 「これは……」

 

 

 入っていたのは防具一式。淡い銀白色を帯びた、月光と呼ばれる一式だった。

 

 

 「あの母親から作った。サイズはいくらか変えられるようになっている。武器もあるぞ。刃翼の損傷が激しくて少し短くなってしまったがな。」

 

 

 同じく不思議な輝きを持つ太刀を渡された。

 

 

 「名付けて七星刀【天権】。」

 

 

 持ってみて、その軽さに驚いた。まるで紙で作られたオモチャの剣のようだった。鞘を払い、その鋭さに再び驚いた。

 

 

 「決して鈍らず、あらゆるものを断ち切るだろう。さぁ、それらを着けてくるのだ。」

 

 

 言われるがまま装備を変えてみる。

 

 

 「軽いな。」

 

 

 まるで防具が体の一部になってしまったかのような感覚。不思議な力も湧いてきた。

 

 

 「なんだかすごく強くなった気がするニャァ。」

 

 

 そして竜人族に案内され、仔竜と再開した。

 

 

 「や、やぁ。」

 

 

 幼いナルガクルガはキルトをジッと見つめ、しばらく防具の匂いを嗅ぐと頬擦りした。やはり母親が恋しいのだろうか。

 

 

 「食べられずに済みそうニャね。」

 

 

 「そうだね…」

 

 

 適当に頭を撫でてやると、耳の後ろを撫でてほしいのか自分からそこを擦り付けてきた。その愛らしさに思わずわらってしまったのだった。

 

 

 数週間後、それまでどこかよそよそしかった仔ナルガは、キルトやラルグが餌の肉を磨り潰していたり書物を読んでいる間にじゃれて邪魔をしてくるほどなつくようになっていた。

 

 

 「あーー…また……」

 

 

 ギルドへの報告書を書いている途中、仔ナルガがインク瓶を倒して大惨事。とはいえ報告書の全てが台無しになった時の経験を踏まえて書き終えた部分は予め少し離れた場所に避難させてある。

 

 

 「こらぁ…駄目だって。」

 

 

 一応怒られていることは理解しているらしく、キャッキャと嬉しそうに鳴きながら一目散に逃げていった。

 

 

 「はぁぁ…萎えた。」

 

 

 溢れたインクを片付けるとおもむろに元気ドリンコを取り出して飲み干す。そこへ竜人族と一緒に住んでいる、アイルーの祖先とも言われている獣人族テトルーから色々なことを教わっていたラルグが帰ってきた。

 

 

 「どうした──あー、またやられたニャね。」

 

 

 「気分転換に狩りでも行ってこようかな…ちょうどあいつ用の生肉が切れてたよね。」

 

 

 別に言えばもらえるが、キルトはライトボウガン大神ヶ島【神在月】を背負って森へ出た。太刀使わなかったのは警戒心の強い草食獣との追いかけっこをしないためである。

 

 30分ほど歩くとケルビを見つけたので、頭に一発撃ち込み仕留めた。

 

 その帰り道、ケルビを引きずって里に戻ろうとしていると異様な気配を感じて立ち止まる。通常弾を30発しか持ってきていないのでボウガンを降ろし一緒に背負っていた月迅竜の太刀を構える。聞いたことのある電流が流れる特徴的な音、周囲の雷光虫が一方向に飛んでいったことから近づいてくる敵をすぐに判別することができた。が、木々の間から姿を表した、アプトノスをくわえた雷狼竜ジンオウガの体色が蒼白だったのは予想外だった。

 

 

 「うわ……」

 

 

 既に超帯電状態。蒼雷を纏い金色のたてがみをなびかせる雷狼竜に思わず後ずさる。側にいるだけでヒリヒリするくらいの雷エネルギーが実力を物語っている。ジンオウガはアプトノスを置いて更に一歩踏み出した。

 

 

 「これ、死んだんじゃね?」

 

 

 思わずそう口に出してしまう程の威圧感。

 

 

 「グフゥ……」

  

 

 「え?」

 

 

 確かに、明らかに、そのジンオウガは笑った。そしてアプトノスをくわえ直し、見せびらかすように"跳んで"いった。

 

 

 「すっごい脚力…」

 

 

 10mはゆうに越える高さの木々を、無駄に余裕を持って見えないところまで跳んでいったジンオウガ。しばらくその方向に釘付けになり、大きくため息をついてまた歩き出した。

 

 

 「成る程、お主、極の一族に会ったのか。」

 

 

 「極の一族?」

 

 

 「ここはある偉大な御方が住まう地。それを守っているのが極の一族。会ったなら分かると思うが人間の常識を逸脱する竜だ。」

 

 

 「…言葉が分かるとか?」

 

 

 「左様。」

 

 

 「まじかい…」

 

 

 「ニャー!ボクも見てみたかったのニャ。」

 

 

 「雷狼竜は口の形状が我々と大きく違う。故に分かっても話せん。犬と同じよ。」

 

 

 なるほど大層ご立派な犬である。

 

 

 「しかしまぁ、やはりお前は数奇な運命を持っておるな。ここに留めて正解だったわ。」

 

 

 竜人族は独り満足げに笑って立ち去った。

 

 

 「今更だけどね。」

 

 

 残されたラルグとキルトは仔ナルガに餌をやるべくオリヘ向かった。

 

 それからまた数日後、肉調達のためラルグと森へ出ているとまたあのジンオウガが現れた。

 

 

 「これが極なのニャ……」

 

 

 「ひ、久しぶり…」

 

 

 ジンオウガは短く吠えて、飛びかかってきた。

 

 

 「くっ…!」

 

 

 雷が掠め、防具越しにピリッとした痛みが走る。雷耐性はあるはずの防具でこれだ。直撃したらひとたまりもない。ジンオウガは追撃せずにこちらをジッと見つめる。キルトは太刀を構えた───

 

 

 「つ…つかれた……」

 

 

 「ニヤァァ…」

  

 

 「みぎゅう?」

 

 

 ジンオウガに散々遊ばれ、ろくに攻撃を当てることができず疲弊したキルトとラルグ。借りている家のベッドに倒れ込むとオリにいた仔ナルガがどうしたのかと言いたげに鳴いた。

 

 

 「あぁ…ごめん今ご飯あげるね…」

 

 

 「ゴハン!」

 

 

 あまりに唐突だったのでキルトは飛び上がった。聞けばオウムと同じく人間と舌の形状が似ているため、不可能ではないという。今まで人間になついたナルガクルガなんていないだろうから知られてなかったんだろうとこれまた嬉しげに説明された。

 

 

 キルトの常識が崩れ始めた頃、ついにそれを打ち砕く出来事が起きる。それは喋る純白ナルガの登場だった。喋っていたのはキルトの知らない言葉で、恐らくこの地の言語だろう。竜人族達に通訳してもらったところによれば、暇潰しにこの仔ナルガの面倒を見てくれるらしい。育てて欲しいというのが本音だが、そこまで暇ではないと一蹴された。

 

 

 「はぁ…」

 

 

 「ニャァ………」

 

 

 ベッドに仰向けに寝ながら仔ナルガの甘え責めに応える。

 

 

 「ニャんでボクらまで……」

 

 

 親も強くなければ、というこじつけによりこてんぱにやられたキルトとラルグ。仔ナルガをオリ入れるのも忘れ、そのまま眠ってしまった。翌朝、仔ナルガの咆哮で危うく心臓発作を起こすところだった。

 

 郷に入れば郷に従え。非現実的過ぎる日々は日常へと変わる。気づけば軽々抱きあげられた仔ナルガはキルトの身長とと同じくらいの体高となった。やんちゃぶりは相変わらずだが力加減も覚え、かなり落ち着いて迅竜らしい風格も出始めた。

 

 

 「もうそろそろ、かもしれんな。」

 

 

 「そうですね。」

 

 

 「早いニャあ。」

 

 

 空を滑空する仔ナルガをしみじみと見上げる一行。成長したのはあのナルガクルガだけではない。

 

 はじめは極ジンオウガ、極ナルガクルガ相手に何も出来なかったキルトも、勝てずとも幾らか渡り合えるようになってきていた。無論相手もまだまだ本気は出していないが、それでも他とは一線も百線も違う彼らとの鍛練のお陰でキルトの体力、瞬発力、咄嗟の判断力などあらゆる面で同じG級ハンターを凌駕。モガ村からの緊急召集により一時戻って襲来していたガノトトスの群れとそれを追ってきたラギアクルス亜種をあっという間に蹴散らし、その後装備にちなんで"朧月"という専用の称号まで与えらることになった。

 

 そしてナルガクルガの世話をし始めて2年と半年。まだ成体ではないがそろそろ親離れの時期ということで、モガの村専属ハンターとして復帰することになる。

 

 

 「グルルル……」

 

 

 「元気でね……」

 

 

 「またニャ…」

 

 

 額を合わせ、最後に頬をわしゃわしゃと撫でてやれば顔を押し付けてくる。どうやら別れと理解しているようだった。ラルグの顔もベロンと舐めて、ナルガクルガの方から踵を返し、今のねぐらとしている場所へ戻っていった。

 

 

 「行こうか。」

 

 

 「ニャ…」

 

 

 うる目だったラルグは、飛行船に乗ってそれが宙に浮いたときに響いてきた立派な咆哮を聞いてボロ泣きしたそうな。

 

 

 普通なら死んでもしない体験。モガに戻るとようやく夢から覚めたような、そんな気がした一人と一匹。

 

 そう遠くない内に、まさかもう一度夢を見ることになるとは思ってもいなかった。

 

 

          「決別の物語」へつづく。    




 
 
 次回はようやく物語が進みます。何ヵ月かかるか分かりませんが、気長にお待ちいただければ幸いです。

 Twitter始めました。主に活動報告をツイートする予定です。ご意見、ご感想、ご質問などがございましたらそちらでも受け付けますのでお気軽にどうぞ。それでは。


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決意の巻
決別の物語


 

 

 大海原のど真ん中、世界唯一の交易ネコ、剣ニャン丸の船の上で青年ハンターキルトは羊皮紙を読み返す。

 

 

「知ってて村に伝えなかったって訳か…とするとやっぱりあの時尾行されてたな…」

 

 

「どうするのニャ?」

 

 

 オトモメラルーのラルグがヒゲを景気悪そうに垂らしながら訊ねればキルトはため息をついた。

 

 

「どうするもなにも見つかって捕獲依頼出されたんだ。仕方がない。」

 

 

「うニャ…」

 

 

「それに、わざわざ僕に隠すような真似をするんだ。アイシャさんが体張ってくれなかったら気づかなかった。」

 

 

 モガの村の看板娘、アイシャが依頼受け取りの際にーーどんな手を使ったのかは不明だがーーモガの村には、すなわちキルトには非公開とされていたナルガクルガ特殊個体捕獲の依頼書を入手していたのだ。彼女いわく、モガの村には非公開という局所的に規制がかかった依頼は前例がないのでむしろ気になって仕入れたとのこと。

 

 

「どうするのニャ?」

 

 

「さぁねぇ?まず依頼受けられるかどうかも問題だし。でもアイシャさんが言うにはもう失敗者が何人も出てるらしいから案外すぐ受けられるかもしれない。見張りがつくかもしれないけど、上手くいけば逃がせるかもしれない。」

 

 

 キルトはさらりと言ってのけたが依頼を受けた上でそれを無視するのは違反。場合によっては厳罰を受けることもあるし、目をつけられているだろうキルトがそれをやればただでは済まないだろう。勿論、相手が能動的にギルド管轄外へ逃げてしまったと認めさせれば別の話。

 

 

「依頼主は龍暦院研究部。ちょっとボロを出せばまずいけど、みすみす捕まえられてたまるか。生捕りにしてあいつらに差し出すくらいなら、殺しちゃったほうがマシだと思うね。まぁ、珍しい種だから多少は生き永らえると思うけど。」

 

 

 あくまで個人の価値観であるし、キルト一人ではどうにもならないことなので普段は見て見ぬふりをして自分はそうしないように避けてきた。けれど見知った相手がそうなると思うと我慢できなかった。

 

 

「うニャ…確かに良い気はしニャいけど…でもキルトさんならみんニャを説得できるんじゃ…」

 

 

「殺すなって?無理じゃないかな。龍暦院はあのことを知らないし、知らされることもないだろうし、研究対象としての飼育だと全身を固定されるんだ。生態行動は捕獲前の調査でデータを取るから動いてる必要はほとんどない。闘技場用の方が飼育環境は良いよ。もっとも、あれはあれでハンターの遊び道具にされちゃうんだけどね。」

 

 

 モガの村で「共存」を教えられて育ったキルトは研究者の好奇心で生き物を縛ったり娯楽として闘技場で戦わせることをとても嫌っていた。加えてキルトは1度やると決めたらやむを得ない事情でもない限り最後またやり通す性格だった。

 

 主人の身を案じるラルグは遠回しにやめさせようと試みたがタンジアの港に着く頃には諦めていた。ハンター資格を剥奪されたところでそもそもいつもはモガの村周辺でしか活動していないので問題ないと押し通されたのだった。

 

 

「ここで逃したところで他の誰かに狩られる可能性もある。でもそうならない可能性だってある。知っちゃった以上、ほっとけない。だから、」

 

 

 タンジアの酒場、依頼受付でアイシャが入手した依頼情報を記す羊皮紙をギルドマスター達に見せた。ちょうどギルドマスターと数人のギルドナイトがその依頼について協議していたところだった。

 

 

「どこでそれを手に入れた?」

 

 

 その場にいたギルドナイトがキルトに問う。

 

 

「ピンポイントで制限するなんて、やっぱり僕を監視してた訳ですか、師匠。」

 

 

 協議に加わっていたギルドナイトの1人はキルトの最初の師だった。

 

 

「お前のことだからきっと邪魔しにくるだろうと思って制限をかけたんだ。いったいどうやって…」

 

 

「で、終わったんですか?この依頼。」

 

 

 少しの沈黙が流れ、ギルドマスターが答えた。

 

 

「3組のG級ハンターチームを送ったが成功には至っておらん。死者も出とる。」

 

 

「なら話は早い。僕がやります。心配しなくてもちゃんと捕まえてくるよ。ただ、飼育責任者を僕にすることが条件。」

 

 

「馬鹿なことを言うな。なんの権限があってそんなことを言っている。」

 

 

「さぁ…朧月の権限、とでも言っておく?」

 

 

 横槍を入れた別のギルドナイトの言葉に、キルトはあの時竜人族から貰った赤石の首飾りを握りながらギルドマスターを見て答える。ギルドマスターは目を逸らした。

 

 

「勝算はあるのか。」

 

 

「ナルガクルガは苦手です。思い出補正があるからね。でも、ナルガクルガには負けない。まぁ今回は相手が相手だけど、それでも、あそこの"化け物"に比べちゃ可愛いもんだってことは分かる。そっちだって、正直僕に頼りたいんじゃないですか?僕に対してだけ隠蔽するってことは、あのナルガクルガが僕に懐いてることも知ってのことですよね。だからこそ僕に依頼を知って欲しくなかった。ここにいる全員、月迅竜と僕の件について知ってるんでしょう?」

 

 

 しばらくの間沈黙し、思考する。と言うのも、キルトが提示した条件は決して悪いものではなくむしろ頼みたいところだが、その例の出来事や日頃の言動が彼らの心を揺らしていた。かと言って計12人のG級ハンターが返り討ちにされている今、浮かぶ手立てもない。

 

 ギルドナイト2人が同行するという条件で渋々受注が許可されたキルトは水没林へと向かった。無論、捕獲する気は微塵も無かった。

 

 

 雨季真っ只中の水没林を3人と1匹が歩く。キルトが先導してそのすぐ後にラルグ、数十メートル後ろをキルトの師ともう1人のギルドナイトが尾行する。

 

 そしていつもの場所に行くとやはりいた。見慣れない傷跡ができているが、あのナルガクルガだ。

 

 

「ラルグは下がってて。」

 

 

「ニャ…」

 

 

 寝そべっていた白疾風ナルガクルガはキルトに気がつくと、待っていましたと言わんばかりに嬉しげな鳴き声をあげて駆け寄ろうとするが彼が太刀を抜いたのを見て立ち止まる。頭を下げても彼は静かな敵意を纏ってゆっくり歩み寄ってくる。

 

 

「逃げてね…」

 

 

 キルトはそう呟いて短く息を吐く。ナルガクルガの方も異変に気づいて警戒し始めた。それでもナルガクルガの方から仕掛けてくることはないだろう。キルトは立ち止まって数秒睨み合う。

 

 キルトは滑らかな動きでポーチから音爆弾を取り出して投げ、ナルガクルガが怯んだ隙に距離を一気に詰めると七星刀【天権】を振り上げナルガクルガの左腕を浅く切り裂いた。

 

 驚いたナルガクルガは横っ飛びに跳んで追撃から逃れる。そしてついにキルトを敵と認識してどこか悲しげな咆哮を上げると眼を紅く光らせた。その怒りはキルトに、キルトの防具【月光】に伝わり、それに呼応して防具が熱を持って主に力を与える。装備がナルガクルガの眼光のような光を帯びた。

 

 ナルガクルガが目にも止まらぬ速さで尻尾を振ると空気との摩擦で仄かに青みがかったの衝撃波がキルトに向かって飛んでいく。キルトはスライディングで避けるとぬかるんだ地面なのにもかかわらず流れるような動きで立ち上がり勢いを失うことなく懐に突っ込み、ナルガクルガは尻尾を激しく震わせ上方に棘を飛ばしながら後退、さらに真っ直ぐ棘を撃った。

 

 サイドステップで2回目に撃たれた棘の軌道から素早く抜けると降ってきた棘を見ることなく避けて再びスライディングして薙ぎ払われたナルガクルガの尻尾と衝撃波を交わす。

 

 横に跳びながら棘を飛ばしたナルガクルガはしっかり地面を掴んでキルトが棘をやり過ごした所へ切り返し鋭い刃翼を叩きつける。しかし感触はなく、同時にキルトがナルガクルガの視界から消えた。叩きつけてきた刃翼の裏側に周り死角に入ったのだ。今度は右腕に鋭い痛みを感じたナルガクルガは左に飛び退いて、流石の身のこなしで切り返し噛みつこうとすれば牙は宙を噛み突き出された太刀が耳をかする。飛び退きつつ棘を撃ってもキルトは横に転がって回避し、続けて放たれた真空刃も避け叩きつけられた刃翼をのけぞり太刀の腹をうまく使って受け流しながら斬り上げる。刃翼の裏に傷がついた。

 

 

「すごい…」

 

 

 見ていたギルドナイト達は彼らの動きになんとかついていこうと目を凝らす。少しずつ傷が増えていく白疾風もその速さは通常種のそれとは比べ物にならない。加えてキルトは人の身だ。いくら速くても白疾風はおろか普通のナルガクルガの足元にも及ばない。

 

 

 白疾風が棘を上に飛ばして回り込む。キルトはその場から動かない。白疾風は今からまでの戦い方からキルトが棘を避けて自分との距離を詰めると予想して棘が自分のすぐ近くに落ちるようにしていた。それを見切ったキルトは動かず様子をうかがった。棘はただ地面に刺さっただけだった。

 

 

 文字通り雷鳴の如き速さで熾烈な攻撃を繰り出す者、軌跡に鎌鼬を発生させるほどの速度で駆ける者。塔で何度も相見えたあの"化け物達"に比べれば、白疾風の攻撃はスローモーション同然だった。

 

 

 増えていく傷、攻撃は擦りもしない。ナルガクルガの怒りが焦りに変わり始める。しっかり動きを予測して狙い澄ましても霧のように消えて死角に入られ傷をつけられる。その戦い方はまさに月迅竜そのもの。

 

 

 ナルガクルガの息が乱れてくる。対してキルトはほとんど乱れていない。傷をつけられる度に走る鋭い痛み、すべての攻撃を避けられ反撃される無力感が精神にも疲労を与える。そして小さな傷が積み重なって、ナルガクルガは至るところから血を流し満身創痍となっていた。

 

 表情を一切変えぬままキルトが一歩踏み出す。ナルガクルガは唸りながら一歩下がって、すると尻尾の先で空気の流れの変化を感じ取った。

 

 ーーー後ろは崖。その下は雨季で増水した河。ナルガクルガは自分が誘導されていたことにようやく気がついた。

 

 生き延びるには逃げるしかない、という環境をようやく作り出したキルトはさらに一歩近づいた。この賢い竜はもう力の差をわかっているはずだ。待っていた者に裏切られた以上、ここにどうしても留まらなければならない理由も未練もない。生き延びることが優先される野生の考えからすれば、これ以上の消耗は無駄。

 

 成功を確信したキルトのわずかな余裕を、ナルガクルガは隙と判断した。

 

 ーーー竜だって心はある…

 

 渾身の力を込めて宙を一回転。間髪入れずにもう一回。尻尾が千切れるのではと思うくらいの勢いで地面に二度叩きつけ、大きな真空刃発生した。

 

 ナルガクルガはすぐに相手を確認した。不意だった分多少体勢を崩したキルトだがやはり完全に回避していた。しかし、そのことに絶望する前にナルガクルガは別の異変を感じ取った。飛ぶ間もなく、地面が崩れて落下した。

 

 

「やば………!!」

 

 

 キルトも地面が不自然に揺れて状況を理解したものの間に合わず、白疾風ナルガクルガと一緒に河へ落ちていった。

 

 雨季で緩んだ地盤が衝撃に耐えきれず、崩落したのだ。モガ育ちのキルトは上手く着水して難なく水面から顔を出すことができたが濁流に揉まれてなす術なく流されていき、主人を呼ぶオトモの声が虚しく響いた。

 

 

 

                  つづく。



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終話 : 始まりの物語

 
 ようやく完結です。思ったよりずっと時間がかかってしまった…
 
 あぁ…本当にこれで大丈夫かな…(投稿ボタンポチッ
 
 
 


 

 雨のそぼ降る水没林の崩れた崖の上で、オトモメラルーがその下の河を茫然と見つめていた。

 

 

「おいネコ、危ないからもう少し下がれ。」

 

 

 ギルドナイトの言葉で我に帰ると捜索を訴えた。しかしギルドナイト達の表情は険しかった。

 

 

「今の装備じゃ適していない。捜索するには一度戻る必要がある。捜索を始めるまで5日はかかるだろう。」

 

 

「キルトさんはモガ育ちニャ。サバイバルニャらアイルー顔負けだニャ!」

 

 

 どちらにせよこのまま何もなかったことにするわけにはいかないため、各々思惑は違えど無事を祈りながら捜索のため水没林を後にした。

 

 

 一方、そのころキルトは気絶して浮いているナルガクルガに掴まって為す術なく流されていた。うまく着水できたものの周囲は崖なので泳いで陸に上がることもできずこれではどうしようもない。加えてもし今の状態でナルガクルガが目を覚ましたら暴れて惨事になる。そんな状況のまま十数分、流れが少し遅くなってきた頃、川の外側にいたキルトと気絶したナルガクルガは崖が途切れた低い陸地にようやく打ち上げられた。

 

 

「なんとか助かったな…」

 

 

 陸地がそのまま川の中に入っていくような川岸を見るに、もともと河川敷のような場所だったところが雨季の増水で川に沈んでいるらしい。そして後ろを振り返って、自分の置かれた状況を理解した。

 

 キルト達が打ち上げられた場所は崖をスプーンでえぐったような地形で、キルトの足でも5分で一周できる狭さで周囲と隔離されている。崖は滑らかで登るのは困難、向こう岸は遠すぎる、おまけにナルガクルガ。まさに八方塞がりである。

 

 最も深刻なのはやはり食糧だろう。この流れでは釣りもできないだろうしこんなところに草食獣はいない。ポーチには携帯食料がほんの少し。…ナルガクルガなら十分な食糧になるだろうがこの天気と湿気では火が起こせないのでリスクもある。

 

 キルトは大きくため息をついた…

 

 

「討伐依頼に釣り道具なんて持ってくるわけないじゃん…」

 

 

 なるべく身軽にしたことが仇となった。ブツブツと文句を言いながら、何か食べられるものはないかと狭いエリアを探索。生食できるアオキノコをいくらか見つけたが雀の涙。食べられる虫はいないかと葉の裏を見たり石をひっくり返したりしていると、ナルガクルガの呻き声が聞こえてハッとそちらを振り返った。

 

 ナルガクルガは何度も咳をして水を吐き、焦点が合っていない目で周りを見渡してから起き上がる。そしてキルトを見つけた。

 

 どうやらナルガクルガの方から襲ってくる気はないようだ。しかしやはり警戒して唸り続けていた。

 

 まぁ仕方ないと探索を続けようとして、またナルガクルガの方を振り返った。

 

 …なんで飛ばないの?

 

 疲れているだけなら良いんだけどそんなに警戒するならそこの崖の上に行けばいいじゃない、と試しに距離を縮めてみると右前脚を引きずって後ずさった。

 

 飛べないのだ。落下の衝撃か、それとも崩れた崖によるものなのか、腕を痛めているせいで飛べない。つまり……

 

 

「今更なぁ…」

 

 

 ナルガクルガに食われるか餓死するかの二択。あの世へまっしぐら。流石にここは生き延びるためにナルガクルガを殺すべきか。殺したところで生肉を食べて腹を下せば終わり、食べなくても終わり。

 

 救助隊もあまり期待できない。キルトは考えることをやめた。とりあえずふやけた携帯食糧の干し肉の欠片を食べて、大きめの葉を集めて寝床をこしらえ虫を避けるために敢えて雨が当たる場所でふて寝した。これでナルガクルガに食われてももう知らない。

 

 色々と疲弊していたキルトは予想よりも早く眠りに落ちて、夜になって目を覚まして後悔した。真っ暗だ。雷光虫もいない。ナルガクルガがどこにいるのかもわからない。昼間にもっと探索しておくべきだった。

 

 

「寒いな…さすがに雨に当たりすぎたか…」

 

 

 気温は高いが体温よりは低い。アオキノコをかじって、ナルガクルガの唸り声を無視しながら少し運動をして体を温める。これは諸刃の剣だ。余計にエネルギーを消費するのは好ましくない。先行きが見えない中、不安な夜を過ごした。

 

 翌朝、キルトは干し肉の最後のひとかけらと苦虫を食べる。珍しく雨は降っていなかったが相変わらずの湿気で火を起こすことはできなかった。

 

 空腹とイラつきを紛らわすように、そして体力を温存するためにその日もほとんど横になって過ごす。本当に大変なのはここからだ。食糧をどうやって調達しよう、もう一度探索して野草や虫をさがそう。 

 

 そして2日目を終えた。

 

 

「んー……ん?」

 

 

 今日も生きて起きれたか、と思って体を起こそうとすると阻まれる。

 

 

「どうりであったかいわけだ。」

 

 

 ナルガクルガも濡れ続けて体温が下がっていたのかもしれない。キルトは寝ている間にナルガクルガの腕にすっぽり包まれていた。

 

 ナルガクルガの腕から抜け出すと、すでに起きていたナルガクルガはキルトを上目で見ながら後ずさった。

 

 

「ありがと、あったかかったよ。」

 

 

 しばらくナルガクルガと見つめ合った。ナルガクルガの感情は読み取れなかったが疲れた顔をしていた。

 

 

「ごめんね、逃げて欲しかっただけなんだ。」

 

 

 ナルガクルガは無表情のままじっとしていた。目の前にいる人間を警戒すべきなのか心を許しても良いのか決めかねているようだった。

 

 

「君は本当に不思議だね。野生とは思えないくらい人馴れしてる。さっきも、君が力加減間違えてたら窒息してたよ。」

 

 

 そっと手を差し伸べても反応しなかったのでそのまま頭に触れた。

 

 

「どうしたものか…このままじゃ僕ら飢え死にだ。」

 

 

 耳の裏を掻いてみると、耳を伏せた。キルトは微笑んで一旦ナルガクルガから手を離し、また探索を始めた。

 

 収穫は特にない。最後のアオキノコを食べ、無いよりマシだろうと無事だった回復薬グレードを飲む。日が暮れ始めるとナルガクルガの方から近づいてきて、座っていたキルトを腕で包んだ。

 

 

「はぁ…」

 

 

 片手でナルガクルガを撫で、もう片方の手で赤い石の首飾りを弄る。今ほど翼が欲しいと思ったことはない。

 

 

「よっこいしょ…」

 

 

 ナルガクルガの腕から抜け出して、その頭を抱いて撫でながらそっとナイフを取り出した。

 

 

「ちょっとごめんよ。」

 

 

 月迅竜の刃翼からできたナイフはナルガクルガの鱗を軽々裂き、血がにじむ。ナルガクルガは少し呻いたものの特に抵抗はしない。キルトはポーチから回復薬が入っていたビンを取り出したその血をとった。

 

 

「うーん…どんぐらいだろ…」

 

 

 血はすぐに止まってしまったが、確かにビンの中に入っている。キルトは続けて古の秘薬をいれて、首飾りを外して赤い石を取った。

 

 

「彼らいわく祖龍の血石…おとぎばなしの龍だけど…まぁ、実際にあそこで暮らした後なら本当にいそうな気がしなくもないし居ても驚かないけど。」

 

 

 別れ際にもらった首飾りの赤い石をビンに入れると仄かに熱と光を発しながら溶けてしまった。

 

 

「うわぁ…ダメもとのつもりだったけど行けそうな気がしてきた…」

 

 

 あのとき読んだ、おとぎばなしにあった手順でできた少量の液体を雨水で少し薄めて一気に飲み干した。

 

 

「うぇ…」

 

 

 味はまぁ、そのまんま血である。それが通った食道や胃がしばらく熱くなり、十分ほどで治ると今度は身体全体が熱くなって息苦しくなってくる。

 

 

「これ…やっば…」

 

 

 立っていられなくなり、四つん這いになって過呼吸に近いじょうたいになる。異変に気付いたナルガクルガがどうしたのかと舐めたり鳴いたりしたがキルトはそれすら知覚出来なくなり、やがて意識を失った。

 

 

 一方のナルガクルガはパニックになっていた。人間がまた撫でてくれたと思ったら何やらゴソゴソとして、悶えながらのたうちまわる始末。ゴキ、グシャ、バチンという音に飛び上がって驚き、その場を行ったり来たりしながら理解不能な状況を見守ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 ○○○

 

 

 

 

 

「グッ……」

 

 

 どれくらい気絶していたのだろう。雨の音で気がついて目を開けると、それだけで自分が変わったことが分かった。視界が全く違う。広く、色鮮やかで遠くまでよく見える。起き上がってみると身体の感覚の違いに気がついた。人間で考えれば無理な体勢で違和感もあるが、妙にそれが身体に馴染んでいる。腰から先に、尻尾の感覚もある。

 

 

「ギィ……」

 

 

 振り返ると随分小さく感じるあのナルガクルガがこちらに気付いて首を傾げ、自分をまじまじと見つめた。音も全然感じ方が違う。

 

 もう一度自分の体を見回してみる。確かにナルガクルガだ。紺色と白色の毛が混ざり合う白疾風ナルガクルガそのものの躰。

 

 お腹空いたな。

 

 人間の時も空腹で、加えておとぎばなしを試した結果ナルガクルガになってしまったのだから当然空腹だった。

 

 ちょっと待っててね。

 

 そんな意味を込めて鳴いた。言葉とは違う、もっと繊細で多彩なものを、新しい躰は最初から覚えていた。

 

 崖の上を見上げる。聴覚も恐ろしいほど鋭くなっていて、崖の上にいる草食獣の足跡がはっきりと聞こえた。これがずっと聞こえているのに飛べないなんて、さぞかしもどかしかっただろう。

 

 キルトは刃翼のついた腕を片方ずつ動かしてみる。軽い。そして尻尾をくねらせてみる。予想以上に細かく動かせる。そしてもう1度崖の上を見た。

 

 飛び方なら、月迅竜の子の練習を飽きるほど見ていたからわかる。あとはその通りに身体を動かすだけ。このまま狩りをしたらいよいよ人でなくなる気がしたが今更であるし、もとより獲物を獲らなければ自分たちは共倒れしてしまう。

 

 崖の上で草を()んでいたアプトノス達は、突然崖の下から現れたナルガクルガの姿にパニックになり、内の大きく成長した一頭が疾風の如き速さで崖の下に連れ去られた。

 

 大きなアプトノスは2匹の腹を満たすには十分だった。やはり味覚も変わっていて、キルトは人間の言葉では表せない味に驚いた。

 

 そういえば装備を着たままだったけれどどうなったのだろう、と思い辺りを見回すと放置されたポーチや武具の金具などを見つけたが、本体や太刀は見当たらない。よくみると月迅竜の部分だけがなくなっており、竜化するときに自分に吸収されてしまったようだった。

 

 肉を食い終わり、川の水を少し飲んで満足気にため息をつく。同じく満足するまで食べたナルガクルガは喉を鳴らしてキルトに頬擦りした。礼を言っているようだった。

 

 キルトはチラリと空を見た。流されてから3日、捜索が始まるにはまだ時間はあるが、できれば見つかる前に管轄から遠く離れた場所に行きたい。ずっと一緒だったオトモのラルグに会いたかったがこれからはギルドに追われることになりかねないので諦めるしかない。

 

 そんなことを考えていたキルトはもう一方のナルガクルガに肩を甘噛みされて我に返る。ナルガクルガは可愛らしく鳴いて催促し、キルトはそれに応えて甘噛みした。

 

 こつん、と2匹は額を合わせる。少し前の裏切りなど忘れてしまったとでもいうように、ナルガクルガはキルトが同族になったことを喜んでいた。

 

 ギギギ、とナルガクルガはキルトが聞いたことのない鳴き声を出しながら後ずさり、途中で欠伸をしてキルトの方に後ろ脚を投げ出して寝そべる。途端キルトはナルガクルガが雌であることを意識した。

 

 彼女は尻尾を逸らすと甘い声で鳴いて、キルトを呼んだ。先程までは食べることが優先だった。けれど腹が満たされた今、目の前にいる数少ない同種の雄と子を成したいという欲求が生まれたのだ。

 

 ナルガクルガは発情すると、雌にその気がなくても無理矢理押さえつけて交尾をし、雌もうつ伏せに押さえつけられ首を噛まれると抵抗できなくなる。逆に雌にその気があって雄を誘うと、雄は断れない。今の彼女は認めた雄を受け入れる体勢だった。

 

 引き寄せられるようにキルトは彼女に近づいた。竜の本能が支配しつつある。ほんの少し膨れていただけの股間から十代前半の人間の身長くらいの肉棒が生え、それを見た彼女は期待を込めてもう一度鳴いた。

 

 自然な流れで彼女に覆い被さった。ふさふさの毛が肉棒を刺激して興奮を煽り、少しまさぐると尖った先端が柔らかいものに刺さる。すかさず腰を突き出すと4分の1程が熱い膣に包まれ快感が走る。彼女に抱きつくようにしてすでに濡れているそこへ一気に全てを押し込むと本能のまま激しく腰を振った。

 

 うつ伏せだと尻尾が邪魔で根本まで入らないが、彼女がキルトを認めて横たわっているので生殖口とキルトの下腹部が何度もぶつかり、もっとも敏感な奥をガンガンと激しく突かれた彼女はギッギと鳴き声を漏らす。

 

 雄と化したキルトは彼女の首を噛みながらピストンを続けた。彼女の中はとても弾力があってそこを押し広げると荒いヒダのある肉壁に締め付けられる。挿入方向とは逆向きに揃っているヒダは雄が入る時はその凹凸で擦って快感を与え、引き抜かれる時は絡みつく。それは竜の巨根を確実に、昂らせていくと同時に主の躰にも快楽を塗りつけていく。

 

 肉棒の根本に熱が集まってくる。快楽が膨れて彼女の首を噛む余裕が無くなったので彼女の頬に額をつけながら口を開けて荒く呼吸する。

 

 もっと、もっと。

 

 欲を一身に受ける彼女に体重をかけて体を擦らせながら一心不乱に腰を振り続け、尻尾の付け根、肛門の奥がヒクヒクと収縮して熱いものが迫り上がってきたタイミングで腰を押し付けた。

 

 濁流が巨根を通り先端から噴き出して彼女の胎を染める。間隔の長い脈動のたびに全身が痺れるほどの快感が突き抜け、追い討ちをかけるように彼女の膣が責め立てる。彼女も上目で恍惚としながら快楽に身を任せていた。

 

 

「ギッ…ギィ…」

 

 

 脈動は長く続き、彼女は胎が膨れていく感覚に満足気な声を出しながら体を震わせる。膣は根本まで入っている肉棒をしっかりと咥え込んでいて粘液は漏れない。容量の限界を迎えたらしい彼女は身体を何度もビクつかせて喘ぐも凶悪な肉杭は構わず射精を続け、膣はむしろそれを促すように波打った。

 

 

「キュウ……キ…キュウ……」

 

 

 彼女が高い可愛らしい声を出す。服従の声。屈服し、これからも可愛がってもらうための声。人間の時も構ってもらい、自分より強く自分と同じ珍しい種の彼は、その声をかけるに値した。

 

 ふぅー、とキルトが息をつく。長い射精が終わり何リットルもの精液を出し終えると肉棒は急速に萎えていって、彼女の秘部からは濃い白濁液が流れ落ちて溜まりを作る。息の荒い彼女に覆い被さったまま余韻に浸り、頭舐めたり頬擦りをして愛を確かめ合う。やがて彼女が欠伸をして目を瞑ったので、キルトもそのまま目をつむり、互いの温もりを感じながら眠った。

 

 

 

 

 ○○○

 

 

 

 

 キルトが行方不明になって5日、捜索隊は現場の川を流れに沿って下り痕跡を探す。

 

 

「川幅が広くなってきた…これでは向こう側が探しにくい。」

 

 

「この高さじゃ登れないだろ。崖が切れたら重点的に探そう。」

 

 

 さらに丸1日かけて下り続けると対岸がへこんでいる場所を発見。双眼鏡を覗いた捜索隊は予想外の光景に息を呑んだ。

 

 そこにいたのは2匹の白疾風ナルガクルガ。片方が何やらバタバタと前脚を動かしていた。

 

 

「番…?確認されてるのは一頭じゃないのか?」 

 

 

「キルトは…食われたのか…?」

 

 

「流れ着いた先に番がいるニャんてあり得ニャいニャ。それにキルトさんは……」

 

 

 付いてきたラルグも混乱しながら双眼鏡に顔を押し付ける。と、なるガクルガ達が捜索隊に気づいた。

 

 

「…来るか?」

 

 

「いや、この距離ならこちらが近づかなければ平気だろう。腹が減っていれば別の話だが…」

 

 

 片方のナルガクルガが短く咆哮を上げた。断続的に、リズムを変えながら吠えていた。

 

 

「ニャ……そんニャ…」

 

 

「……なんだ?」

 

 

 ラルグはしばらく黙った。ナルガクルガの咆哮はモガの村で使われている音の信号になっていた。

 

 

「ニ゛ャ゛ー!今月のお給料まだ貰ってニャいのニャ!!こんだけ長く付き合っといて酷い仕打ちだニャー!!ボックスの豪アキンドングリ全部もらっても埋め合わせにニャらニャいニャ!!つーかメラルーのボクに資産全部使っていいよ、とか、鬼だニャ!!馬鹿にしてるニャ!んなことしニャくてもボクはあの村で暮らしていけるのニャ!!」

 

 

「おいおい…どうした急に。」

 

 

「うニャ!!帰るニャ!!」

 

 

「いや、何を言って、」

 

 

「キルトしゃんはもうお嫁さんもいて、ボクらニャんか用済みニャのニャ!!助けニャくても飛べるし、ボク達も早く帰ってベッドでゆっくり寝るのニャ!!」

 

 

 ズカズカと来た道を戻るラルグ。捜索に来たギルドナイトは顔を見合わせた。

 

 

「どういうことだ?」

 

 

「ううん……」

 

 

「まぁ考えるに…」

 

 

「それしかないか…これは上層に報告するべきだと思うか?」

 

 

「しても良いがどうせ隠蔽される。俺たちも口止めされるだろう。それに元は龍暦院研究所からの依頼。このことが龍暦院に知られたらきっと管轄外まで探しに行くだろうよ。」

 

 

「どうせ信じてくれねぇよ。捜索対象が竜になっちまった、なんて。」

 

 

「ギルド上層部は分からないぞ。あそこは俺たちも知らないことをまだ多く隠してる。キルトもあのネコもそこに片足を突っ込むところまでは行った。もっと深くまで行ったのかもしれない。未知の何かを知っていたんだ。」

 

 

「この命令はそれが目的か。でももう竜になった。対象はいない。」

 

 

 過去のこともあり、キルトを危険視したギルドは今後彼を監視下に置くことを秘密裏に決定していた。

 

 

「帰ろう。元々乗り気じゃなかった。行方不明ってことにした方が俺たちにとっても良いだろうよ。」

 

 

 

 

 

 ○○○

 

 

 

 

 人間達がいなくなったことを確認して、ちょうど前脚が治った彼女にキルトは移動を提案し、彼女も承諾した。彼なら、人間に追われない場所を知っている。万一襲われても対処法を知っている。ようやく伴侶が出来たことを嬉しく思いながら、彼に続き飛び去った。自身の胎に新しい命を感じながら…

 

 

 

 

 ○○○

 

 

 

 

 海に囲まれた村、モガの村。そこに住むニャンターのラルグは農場の手伝いをしたり村人の依頼をこなしたり時々村専属ハンター、ローグの狩りの手伝いをしたりと充実した日々を過ごす。ある日、1人森から帰ってきたローグが興奮気味にラルグと村長に言った。

 

 

「リオレウスが管轄に入ってきたんだ。そしたら紺と白のナルガクルガが追い払って、そのままナルガクルガもどっか行ったんだ。」

 

 

 それからというもののモガの村周辺に大型の竜が現れる度に白疾風ナルガクルガも現れて撃退し、時には村専属のハンターやニャンターと共闘することもあったという。

 

 

                   おしまい。




 
 
 少なくともリメイク前よりは良くなってる…はず!笑
 これからもよろしくお願いします。


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