ようこそ天才作家のいる教室へ (枝豆%)
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1ー1
──鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う
卵は世界だ
生まれようと欲するものは…
「一つの世界を破壊しなければならない」
【ヘルマン・ヘッセ】
ーーーーー
黒髪の眼帯を付けた青年は、新しい制服に袖を通して華々しく飾られてある校門を抜けた。
片手には文庫本サイズの小説が握られている。
ブックカバーを付けているからか何の本を読んでいるのかは不明だが。
ふと文庫本から目線を外し、これからの学び舎である校舎を一望した。
「「今日からここに通うのか」」
自分の声と誰かの声が重なった。
声がした先を見ると、同じ制服をきた茶髪の男がたっている。
「……」
「……」
彼らはどちらも口が達者な方ではない。それ故の沈黙である。
しかし茶髪の男はその沈黙を先に破った。
「悪い、変な空気にしたな」
悪い、と言っておきながらそんな顔色は1つとして出ていない。
声音からして全く気にしていないか、それともポーカーフェイスなのか…恐らく今回は後者だろう。
「全然、僕もごめんね被せちゃって」
しかし黒髪の眼帯は苦笑いというような、愛想笑いのようなものをして頭に手をやった。
「オレは気にしてないぞ」
「じゃあ問題ないね」
「そうだな」
入学して初めての会話が、思ったよりも奇妙な繋がりとなり複雑に絡み合うとは、いくら『造られた天才』や『天才作家』であっても途方もない道筋は見えていなかっただろう。
「オレは綾小路 清隆、クラスはDだ」
「僕は高槻 琲世。僕もDクラスだよ」
他愛もない挨拶を済ませる。しかし、ここで別れるのは距離を置く様にもなるし、しかし一緒に行こうと言うことも高槻には出来ない。
何故なら今までボッチだったからだ。
「──ねぇ、ちょっと」
そんな微妙な雰囲気を凛とした声が通り過ぎた。
僕も、そして綾小路くんも声を出した彼女に目を向ける。
そこには腰まで伸ばした綺麗な黒髪。発する声同様に凛とした少女がそこにはいた。
「呼ばれてるぞ」
「いや、僕知らないんだけど」
綾小路くんからの援護射撃もあったけど、どうやらそれがお気に召さなかったのか先程とは違い少しだけ怒気を孕んだ声で少女は再度問う。
「あなたじゃないわ、茶髪のあなたよ」
「…オレか」
君しかいないでしょ。
「バスの中で私の方を見てたけど…なんなの?」
美人だったから綾小路くんは見入っちゃったのかな?
そんな可能性も十分にありえる。
「あー、悪い。アンタもオレと同じで席を譲る気無さそうだったから。ああいうことに関わりたくないよな。そう言えば高槻も譲る気なかったな」
まず同じバスに乗っていたことも初耳だし、本を読んでいたから他のことなんて考えてなかった。
そっか、そんなことになってたんだあのバスの中。
「ごめん、本読んでたから気付かなかったよ」
「アンタもそんな感じか?」
「──一緒にしないで」
それは酷いぞ。心が傷つく。
「私は信念を持って譲らなかったの」
いや、それ…僕より酷くね?
ポーカーフェイスだけど、綾小路くんも同じことを考えているに違いない。
「用がないならいいわ」
そう言って黒髪の女の子は足早に去ってった。
残されたのは野郎二人。
「教室に行くか」
「そうだね」
初めての環境でできた知り合いと少しだけ情が深まったところで、先程には叶わなかったであろう二人で教室に向かうという如何にも簡単なことをすることが出来た。
ーーーーー
「席、近いな」
綾小路くんのセリフに僕と約一名体が強ばった。
言わずもがな校門で遭遇した黒髪の子だ。
「嫌な偶然ね」
彼女は一度も目線を本から外すことなく、綾小路くんと次いでに僕へ皮肉を言った。
少しだけ綾小路くんは目を閉じたが、彼女と席が隣なら致し方ないだろう。
頑張れ、綾小路くん。
ちなみに僕は少しお怒り気味の彼女の前の席だ。
今は振り返っていない…べ、別に彼女が少し怖いとかそんなんじゃないぞ。
そんな水面下の戦いをしていたら、爽やかなイケメンが立ち上がって一つ案を出した。
「みんな、ちょっといいかな?」
視線がイケメンくんに集まった。
けれど彼は物怖じすることなく、普段の声音で言葉を続ける。
「今から皆で自己紹介をして、一日でも早く友達になれたらと思うんだ」
彼はこういった人前で話すことに慣れているのだろう。
更に人をまとめようとしている点、リーダー気質なのかも知れない。でも、臭いな。うん、青臭い。
けど、思ったよりも好印象だったようだ。
これがイケメンに限る、という言葉の由来なのかも知れない。彼に続くようにクラスの前の席にいる女子達は賛成した。
男性陣からの印象も上々。うん、彼がこのクラスを掌握するのもそう遠くないな。
「じゃあまずは僕から、平田洋介。気軽に洋介って読んで欲しい。趣味はスポーツ全般でこの学校にはサッカー部に入る予定だよ。皆、よろしく!」
インターネットからコピペしたのかと疑われるほど模範的な自己紹介だった。
一言で言うと詰まらない。
面白みに欠けている。僕が求めていた奇抜な自己紹介ではなかったにしろクラスからの評価は非常に高く、席順ということで自己紹介をまわしていくる
順番が回り、左後ろの席である綾小路くんに順番が回ってきた。
無表情に立ち上がり、何か面白いことをするのかと思ったが……なんだろうか。
こういうのを惨敗というのかな。
僕もこれから話す時は「あー」や「えー」などを頭につけないよ心掛けよう。
「哀れね」
「やめたげて」
綾小路くんにこれ以上追い討ちをかけないで、LIFEはもう赤ゲージだよ。
評価高ければ続けます。
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1ー2
「──お前達」
自己紹介が終わり気味の時に、スーツを着た女性が教室に入ってきた。
手には教材があり、恐らくここの先生。そして僕達の担任なんだろう。
「席につけ」
ハイヒールが床に当たる音が嫌に耳に入る。
そして教卓に手に持ってある教材をおき、僕達生徒の方を一望する。
「Dクラスの担任になった茶柱佐枝だ。この学校にクラス替えはない、卒業するまでの3年間、私がお前達の担任になる」
「まずは本校の資料を配ろう。前から後ろに回してくれ」
茶柱と名乗った担任は、教卓においた物を再び手に取り生徒に配っていった。
「本校には独自のルールが存在する。まず全寮制で在学中に敷地内から出ることと、外部との連絡を制限している。だが心配するな、学園にはあらゆる施設が揃っている。生活に必要なものは全て手に入るだろう。娯楽も含めてな」
そして茶柱はポケットから携帯端末を取り出した。
「買い物には学生証端末に保有されているポイントを使う。この学校では
ポイントは毎月一日に振り込まれる、1ポイントで1円の価値だ」
「お前達には既に、今月分の10万ポイントが支給されている」
その言葉に教室全体がざわめいた。
学生にとって10万円なんて手にしたことがない人もいるだろう。
親戚が多ければお年玉などで行く人は稀にいるらしいが。
無償に10万円貰えた。
その事実が学生達にとって判断を鈍らせることになる。
「支給額の多さに驚いたか?この学校は実力で生徒を図る。入学を果たしたお前達にはそれだけの価値があるという事だ」
ーーーーー
学校が終わり、これから必要な日用品を買いにデパートへ向かう。
コンビニでもよかったが、基本なんでも出来ることと引き換えに少し物価が高くなるのが汚点だ。
今日は急いでいる訳では無いので、少し遠いデパートへと足を運んだ。
(外部と接触できないのは学生だけか)
見渡すと学生以外にも一般の人がカフェなどを使用していた。
普通と比べれば学生の割合が異様なまでに多いが、全て学生という訳でもないらしい。なら学生だけが外部との接触を制限されているのか…。
何気なく色々と考えてみたが、しっくりくる理由は出てこなかった。
一つ考えついたのが、お金や食べ物の仕送りだろうか?
デパートやコンビニにもあったが、月にいくつかだけ無料で買える商品がある。
月10万も貰っていながら、底を尽きる使い方など考えつかないけどそういう人もいるんだろう。
「コーヒーミル、買おうかな」
10万円もあるので少しくらい使ってもいいかと、趣味であるコーヒー作りが手動でできるコーヒーミルを買ってデパートを出ていった。
端末には購入履歴があり、96808ptと表示されている。
コーヒーミルと今週分の食材を買ったので、これくらいが妥当だろう。
でもこのままだとptが山のように余ることは見えている。
もう少し何か買った方がいいのかな?
と、考えつつも無駄なものを買う必要はないので貯金することにした。
しばらくしてクラス内でグループが作られ始めた。
仲のいいもの同士がくっ付くことだ。性格が合うものや趣味が合うもの、様々な理由はあるが仲良しという言葉で括れるだろう。
休み時間は比較的に騒がしいと思う。
聞く気がなくてもクラスの会話が僕にまで届いてくるからだ。
ご飯を食べに行こうや、化粧品を放課後に一緒に見に行こう、今月のptで何を買ったかなどだ。
一人8万ptでパソコンを買ったという人もいたな。
何より騒がしい、というか耳に入りやすいのは後ろの2人の会話なんだけど…。
「哀れね」
「お前だってボッチだろ」
後ろの2人は皮肉の言い合いというか、貶しあいというか。
ともかく殺伐としている。
落ち着いて読書をしたいのに……。
「そうね、私は一人が好きだもの」
なんでだろう、負け惜しみにしか聞こえないのは。
後ろから椅子が引く音が聞こえた。
多分綾小路くんが席を立ったんだろう。
これからは僕も違う場所で本を読もうかな。
昼休みが終わり授業が始まる。
授業と言っても、睡眠をとっている人もいれば、机の下でケータイを触っている人など真面目に授業を受けている人は半分くらいだろう。
最近気が付いたのだが、ここは監視カメラが異様なまでに多い。学校は勿論のこと、学外でもその数は比較できないくらい多い。
そして授業をする先生は生徒が授業を真面目に受けていないと、決まったジェスチャーをする。
茶柱と真嶋で確認できたので、あのジェスチャーにも意味があるような気がする。
と、色々考えたがこれくらいしか出てこない。
他にもっと面白い発想があれば、面白さが膨れ上がるのに。
「本当に甘い学校ね。授業中に生徒が遊んだり、居眠りしていても注意さえしない本当にここは国が運営する進学校なの?」
「生徒の自主性に任せるってことなんじゃないか?」
授業が終わり放課後。
空が黄昏時となり少し夕日が雲にかかった時。綾小路くんと後ろの席の堀北さんが会話を始めた。
早めに退散しようかな。
「そうね…」
「帰るんだった、少し付き合って欲しいんだが……高槻も」
本当に退散しておけばよかった。
「ごめん、僕ちょっと用事があるから」
「…そうか」
すこし悪い事をしたかもしれないけど、二人の空間にこれ以上一緒にいるのは精神的にキツイ。面白いネタが転がっているわけでもなさそうだし……今回はいいだろう。
「何が狙い?」
「オレが誘うと狙いがあるように見えるのか?」
「具体的な要件があるなら聞くくらい構わないけど」
「ショッピングモールにカフェあるだろ?女の子がいっぱい居る。あそこに一緒に行かないか?」
「どうして私が」
「男子禁制って感じがするだろ?」
なんだナンパかな?
それなら僕は本格的に要らないみたいだし。でも、
こういうのは実ってから食べるのが1番美味しい時期に収穫できるから。
「じゃあね綾小路くん、堀北さん」
僕は教室を出て文庫本を取り出す。
今日はカバーを付け忘れたので、タイトルが露わになってしまった。
恥ずかしい本を読んでいる訳では無いが、少しカバーがないと気恥しい。
夕陽が校舎を照らす中、反射するように出来てある文庫本のタイトルが輝る。
──『虹のモノクロ』
それが今、僕が読んでいる作品だ。
結構真面目に東京喰種の高槻作品読んでみたいのは作者だけでしょうか?
そろそろ担任コメント書きたいと思います。
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1ー3
何年も待ってましたよ!!!!復活おめでとうございます。そしてありがとうぅぅぅううう!!!!!
多くの生徒は深く考えることなく学園生活を満喫していった。
日々の生活で10万という金を湯水の如く浪費して。授業では教師は放任主義で、私語や居眠り遅刻に欠席は当たり前。
そんな怠惰な生活を続け、プライベートポイントの入る五月一日を迎えた。
クラスではあちこちから愚痴が聞こえる。
内容は簡単、プライベートポイントが振り込まれていないという事だ。
先生の話によると毎月一日に振り込まれるはずなのにも関わらず、1ポイントも振り込まれていない。
「席につけ、朝のホームルームを始める」
まだチラホラと聞こえるなか、茶柱の凛とした声が教室を巡った。
「先生、ポイントが振り込まれてないんすけど。毎月一日に支給されるんじゃなかったんですか?」
クラスの山内が声を上げた。
それは誰しもが思っていたこと、プライベートポイントのことだ。
リーダーシップとは少し違うが、彼は挙手して皆の心の言葉を代弁した。
「いや、今月分は既に振り込まれている」
茶柱がそう言った瞬間、僕の中でずっと引っかかってていた異物が取れた感覚があった。
(ああ、そういうことか……オモシロイナァ)
やっぱりこの学校を選んで良かったよ。
そう思える、だって僕はここにそういう普通の学校では味わえない物を求めているのだから。
「ポイントは既に振り込まれている。それは間違いない、このクラスだけ忘れられたという可能性もない」
「でも実際振り込まれてないし!」
池の言葉でまたもやザワつくクラス。
10万円が無償に貰える生活なんて、本当にあるわけないだろ。
「──本当に愚かだな、お前達は」
威圧され息を呑むDクラスの面々。
「遅刻欠席、合わせて98回。授業中の私語や携帯を触った回数391回。一月で随分とやらかしたものだ。この学校ではクラスの成績評価が毎月振り込まれるポイントに反映する。査定の結果、お前達は当初持っていた10万ポイントを全て失った。今月振り込まれるポイントは────0だ」
むしろ当たり前と言ってもいい。
学校が生徒に金を配る方がおかしいのだ。しかも10万円も。
だけどそれもまた一興。
クラスの絶望感。それはここでしか味わえないもの。だからこそ鮮明に、そしてより濃く彩り残る。
本当に素晴らしいな。
「ただの高校生に過ぎないお前達がなんの制約もなく、毎月10万も使わせて貰えると本気で思っていたのか?
ありえないだろう、常識で考えて。何故疑問を疑問のままで放置しておく?入学式の日にも言っただろう?この学校は実力で生徒を図る、と。お前達は評価0の──屑という訳だ」
ーーーーー
あれからDクラスは少しだけ変化が起きた。
授業を真面目に受ける生徒が増えたし、不真面目な生徒には注意もするようになった。
それは『Sシステム』における減点を防止するためだ。
不真面目だったDクラスとは思えないほどの目標が決まった。
次の中間テストを乗り越えるという事だ。成績が良ければクラスポイントが加算される。
毎月0円生活になるのは嫌なのか、皆は真面目に勉強を始めた……三人を除いて。
Dクラス全体がテストに向かって頑張っている。
小チームをいくつか作りテスト勉強をしているみたいだ。頭のいい人達、つまり平田、堀北、幸村をはじめとした成績上位者がクラスのあまり成績が良くない人、少し不安がある人を先導している。
僕は文系は得意だけど、理系が平均の少し下なので平田くん直々に勉強会にお誘いされたんだけど……。
丁重にお断りした。
「ここが図書室か、ちゃんとしてるんだな」
流石国から莫大な資金を貰っている学校。金の使い方に惜しみない。
図書室には古い本の匂いが漂い、図書室らしい雰囲気が滲み出ている。
とりあえず読みたい本を決めていなかったので、一周まわって考えることにした。
日本の小説から外国のものまで。本当にあらゆる種類の本がある。
確かに茶柱があらゆるものが手に入る娯楽も含めてと言っていた。いい事だ。それは本当にいい事だ。
マイナーな作品から有名なものまで…料理本やライトノベル。それこそ多種多様だ。
「時計じかけのオレンジもあるのか…いいセンスしてるな」
「知ってるんですか?」
後ろから声をかけられた。
図書室には人がいないと思っていたが、どうやら先客が一人いたみたいだ。
よく見ると奥の方の机に荷物が置かれてある。
「ええ、面白かったですよ」
「そうですよね、私も読んだことがあります」
何故話しかけてきたの?とは思ったがそれを聞くのは無粋というものだろう。
「本お好きなんですか?」
「はい。よく読んでますよ」
「それはいいことですね。最近読書をする若者が減っているそうですから…私の周りにも読書が好きな人はいませんし」
「確かに『時計じかけのオレンジ』を読んでいる人はあまり聞かないが、本を読んでいる人くらい探せばいるよ」
時計じかけのオレンジのようなあまり名前を聞かない作品の話をする人はあまり目にしないが、そうだなアガサ・メアリ・クラリッサ・クリスティのような有名作家の代表作である『オリエント急行殺人事件』や『ABC殺人事件』『そして誰もいなくなった』なら多くの人が一度は読んでいるだろう。いや、仮に読んでいなくても興味はある筈だ。
「そうでも無いんです」
「……そっか」
「はい。そうなんです。私が今読んでいる本は極最近発売されたものなんですが、タイトルしか知らない人が多いみたいです」
「へー、何読んでるの?」
「気になりますか!?」
すごく目がキラキラと輝いた。
この子はあれだな、本の話がすきなんだろう。
それも今まで本についての話が出来なかったからか、ネタを持ち過ぎている。
「うん、気になる」
今時の女子高生が好む作者をしれたら、もう少し若いそうの読者もついてくるかもしれない。
そういう意味では気になる。
その言葉を聞くやいなや早足で自分の机に戻った。
文庫本サイズではなく、1冊1000円2000円もする単行本サイズの本を持ってきた。
そこ本にはブックカバーがされておらず、題名が露わになっている。
それを横目で見た時、少しだけ僕の鼓動は早くなった。
まさか君が読んでいる本がそれだなんて……ほんの少しも考えてなかったよ。
「私が今読んでいる本は──」
「──高槻泉 先生の『虹のモノクロ』です」
彼女は凄く嬉しそうな顔をしてその書籍をこちらに見してきた。
僕はその本を知っている。
それは所持しているなんていう、そんな生易しい理由じゃない。
そうだな、一言で言うなら……。
──それは僕の作品だ。
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2ー1
落ちないように頑張ります。
悪とは何か?──
──弱さから生じるすべてのものである。
【ニーチェ】
ーーーーー
少しだけ自己紹介をしよう。
僕は『高槻 琲世』高校1年生だ。そして裏の顔とでも言うのだろうか、僕にはもう一つ紹介しておかなければならないことがある。『高槻 泉』というペンネームで小説家として活動していることだ。
中学生の時にお金に困っている時に応募してみればなんと偉い人の目に止まったとか。
それからトントン拍子でデビュー。そんなサクセスストーリーをつい数カ月までしていた高校生だ。だけどファンが増えればそれと逆な人達も出てくる。光あるところには影があり、影なくして光在らず。
その言葉通りに色々と面倒なことがあった。
詳細は省くが、一度だけ襲われそうになった時に返り討ちししてしまった。それもかなりの重症を負わせて。
正当防衛が認められたが、学校にまで広まっており僕に居場所は元々なかったが、苦でなかった居場所は居たくない場所に変わった。
そんなこんなで僕はこの学校に来た。
学力や体力や協調性。恐らくこの学校ではテストの結果以外にも採点している節がある。
そして、これは僕の確証のない予想なんだけど。
この学校への入学条件は社会に潰されてしまう可能性がある金の卵。それが恐らく入学条件だ……いや、忘れてくれ。本当に確証も根拠も何も無いんだ……でもそう思わずにはいられない。
僕に友達ができた。
僕に友達が出来た。
大事なことだ、もう二三度くらい言いたいところだが堪えよう。
名前は『椎名ひより』Cクラスの生徒だ。
Dクラスにはいない感じの雰囲気を持った子。不思議な雰囲気が出ており趣味は読書。
きっかけはつい昨日のこと。図書室で本を探している時に声をかけられた事が始まりだ。
文だけで見ると逆ナンのように聞こえるかもしれないが、違うとだけ言っておこう。
あの子はとてもいい子だ。
気遣いができるし、何より本の話ができる。僕も書く方を仕事にしているけど読む方も書くと同じくらい好きだ。
僕が書いている作品は全て読んでくれていたみたいだし、その時僕が読んでいた『ツァラトゥストラはかく語りき』も読んだことがあるだとか。
この作品は僕のお気に入りの作品だ。
詳しくは伏せるが、僕はこの作品が無限ループものの祖と思っている。いや、掘り下げればもっとあるのかもしれないが僕にとってはこれがいい。
話がそれたな、何より僕と彼女は気があった。一言で言えばそうだ。
同じ趣味を持ち、違うジャンルまたは同じジャンルの本が好きで趣味の話が好き。
多分だけど僕も、そして彼女も趣味を話す相手が今までいなかったのではないだろうか?
少なくとも僕は初めてだった。あそこまで楽しく長く話したのは初めてだった。
それは今まで溜めていたものを吐き出すくらいの行為だったに違いないだろう。
だが僕達は、いや僕はまだ話し足りない。
それこそずっと一緒に話したいくらいに…。
「高槻」
教室で放課後を迎え、僕が図書室へと早足で向かおうとした時。斜め後ろの席の茶髪の青年、綾小路くんに呼び止められた。
「どうしたのかな?」
「堀北主催の勉強会なんだが教える側として参加してくれないか?」
………あー、そうか。なるほど。彼女はその道を選んだんだね。
でもそれなら綾小路くん、それは彼女が許さないよ。
「必要ないわ。私一人で充分よ、元々櫛田さんも呼んでないわ。綾小路くん、私の邪魔をしないでくれるかしら」
「そう言われてもだな、このままだとおま──」
「じゃあ、帰っていいかな?」
「待ってくれ高つ「ええ、さようなら」…堀北……」
二人でイチャイチャ…は違うか。堀北さんと綾小路くんは非常に仲良くこの後も勉強会をするんだろう。
うん、そうに違いないな。
スクールバッグに教材を詰め込み、教室をあとにした。
向かう先は言わずもがな図書室だ。
手動のドアを開けて図書室を見渡す。
まだCクラスはホームルームが終わっていないのか、椎名はまだ来ていない。
「高槻くん、こんにちは」
と思ったの束の間、僕に背後から声を掛けてきたのは先程までの僕の待ち人『椎名ひより』だった。
どうやら彼女は図書室のみステルス機能を搭載しているらしい。
文学少女を隠すなら本の中。とでも言うのだろうか。
「こんにちは椎名さん、早いね」
「もしかしたら高槻くんが来てるのかと思うと、いつもより早く来てしまいました」
言葉だけ聞くと告白されてしまうのかとも思える。
だがこれは違う、それは作家である僕でなくても『そういうこと』では無いことくらい分かるだろう。
「僕も急いで来ちゃったよ」
「似たもの同士ですね」
その言葉に僕は激しく共感した。
僕も、そして彼女も友が。いや読書仲間が他にはいない。だから今まで溜まっていたものを吐き出し、そしてその時間を共有したい。
その一心が僕達をここへと運んだ。
テストがすぐそこまで迫っているにも関わらず、僕達2人は読書を始める。
僕は頭が良くはないが、椎名さんはかなりいいらしい。それこそ成績上位者に食い込んで行くほど。
少し本に関しての雑談を混じえ、僕達は読書をする。
昨日からしか通っていないから、図書室のことは詳しくないが少なくとも昨日よりは生徒が増えている。
それは読書をする為ではなく、テスト勉強をする為だ。
だからというのだろうか、昨日ほど楽しく話せない。
いや、語弊があるな。大声を出せないが正しいな。勿論叫んだり、周りに迷惑をかけている訳では無い。
だがテスト前の学生達にとっては雑音だろう。
「高槻くん」
彼女も同じことを考えていたようだ。
つまるところ居心地が悪い。僕の至福の時間にピリピリした雰囲気を持ち込まないで欲しい。
「そうだね」
軽くアイコンタクトをして図書室を二人で出た。
今はカフェもファミレスも図書室同様に多くの学生が屯しているだろう。
「テスト期間が終わるまでは、お預けだね」
たかが一週間、されど一週間。
今までの人生で最も長いテスト期間になるのは間違いないだろう。
「もしよければなんですが…」
椎名さんが言葉を投げる。
それは返答を求めたものではなく、ただ空白を起きたかっただけの言葉。
「一緒にテスト勉強しませんか?」
どうやら僕はボッチからリア充へとジョブチェンジするかもしれない。
作者は思うんですよ。リア充は付き合っている人だけでなく、異性と勉強会とかしている人のことも指すと。
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2ー2
コーヒーミルを使って豆を挽く。
ゴリゴリと音を立てて黒色のコーヒー豆は小さな粉へと変わる。
そんなことを初めて約20分。
手軽にコーヒーを作るマシンもあるみたいだけれど、本当に自分が飲みたいコーヒーを飲むためにはこれから始めなければ行けない。
豆を厳選し、自分の手で挽く。
ペーパーフィルターを用意して挽いた豆、いやもう粉か…。粉をペーパーフィルターへと移し替える。なるべく均等な量で。
次はお湯だ。
綺麗に配置できた粉にお湯を流し込む。一気にドバッ!と入れるのでなく、どちらかと言うとゆっくり。そっとお湯を流す。
粉がふっくらと水分を含んで膨張したら一旦お湯を入れるのを辞める。
そしたら次にお湯を入れる時は円を描くように流し込む。
円を大体十回くらい描く。いつもは一人用の5~6だったけど今回は違う。
「椎名さん、お待たせ」
部屋のちゃぶ台で教材を広げている椎名さんへ作りたてのホットコーヒーを渡す。
「ありがとうございます…それでは頂きます」
「どうぞ」
とりあえず言わせてくれ……なんでこうなった。
事の始まりは図書室でのあの一言だ。
「一緒にテスト勉強しませんか?」
「……………いや、ごめん騒がしくなってきたから帰ろうかと思ってたんだけど」
長い沈黙だった。
色々と考えていた訳ではなく、突然の誘いに思考が停止しただけだ。でも、そろそろ帰ろうとしているということを伝えその場を立ち去る準備をする。
「はい、私も出ようと思っていたところです。本来図書室は静かな場所にもかかわらず騒がしくなってきましたからね」
「いや、なら」
「だから私の部屋に行って勉強しませんか?」
おかしい。
とりあえず可笑しい。
昨日会ったばかりの他クラスの異性を自分の部屋に普通呼ぶものなのか?
僕は知っている、そんな都合のいいことは三流創作物の中だけだと。
もしくは何かの罠か。
「いや、それは椎名さんの迷惑になるとおもうし」
「迷惑ではありませんよ?」
答えた椎名さんの表情は、何を当たり前の事言っているの?とでもいいたげなものだった。
これは僕には読めないな…。
でも流される訳にも行かないよな。
「さすがに会って間もない異性を呼ぶのはどうかと思うよ、女の子として…ね?」
ない後の「ね」に深みを持たせた。
最後の一言に深みを持たせるのは創作物には多々ある。それが伝わると見越し椎名さんに伝えた。
椎名さんはそれを理解し、少し考えることポーズをとる。
それは探偵として代表的であるホームズのように様になった考え方ではなく、どちらかと言うと見ていて可愛らしい考え方だった。
そして「は!」と解が出たかのようにスッキリした顔をしている。
それ自体は喜ばしいことなんだろうが、今の僕にとっては素直に喜べない。
そして椎名さんは僕の方に体を向け直し、一つの提案を投げかけた。
「それなら高槻くんの部屋ではどうでしょうか?」
「いや、僕は異性と同じ部屋に二人きりが不味いと言ってる訳で」
「それは問題ないですよ」
「──だって私達は友達ですから」
そして今に至る。
いや、友達発言が嬉しくてその気になったとか。全然そんなんじゃない。
いやホント。
椎名さんがコーヒーを一口飲む。
ゆっくりとコーヒーを喉に通し、マグカップをテーブルに置き僕の方を見る。
「高槻くんはバリスタか何かですか?」
「一応コーヒーマイスターの資格は持ってるよ」
「??」
「簡単に言えばコーヒーを入れる上手い人の証、みたいなものかな?」
「そうですか、とても美味しいですね」
「本当はいつも使ってる道具が良かったんだけど、ほらこの学校って持ち込み物に関して厳しいでしょ」
「そうでしたね」
「だから安物でしか作れないから……でも豆には妥協してないから安心してね」
「いえ、十分美味しいですよ」
「ありがとね」
自分の入れたコーヒーを人に褒めて貰えるのはとても嬉しい。
中学生の時に親戚の喫茶店である『あんていく』でバイト経験があり、珈琲をつぐのは慣れているし得意でもある。
店長には流石に負けるけど…。
確かにあの人はコーヒーマイスターのひとつ上のアドバンスド・コーヒーマイスターの資格を持っていたし。
でも中坊がコーヒーマイスターを取るのも自分で言うのもなんだが凄いと思うんだけどな。
でもここで作れるコーヒーは……店長と比べると60がいい所だな。設備の揃っている時の僕を75くらい。
味は1段は落ちるものなんだな。
椎名さんにはいつか満足のいく一杯を飲んでもらいたいな。
「それではテスト勉強を始めましょう」
椎名さんはマグカップを少し離して学校指定の鞄からプリントを出した。
「まずはこの前の小テストの復習からでよろしいですか?」
「問題ないと思うよ」
「それでは問一、数学から出題です。次の───────────────」
それからは椎名さんと交代で回答者と出題者を入れ替えて問題を出し合った。
そして一つ分かったことがある。
椎名さん、マジで頭いい。
今回の小テストは比較的に簡単な問題と難しい問題の2つしかなかった。
にも関わらずだ、椎名さんは満点を取っている。
何この子、なんでCクラスなの?
「高槻くんは…あまり頭がよろしくないのですね」
「ストレート過ぎて辛い」
小テストを解くということは、毎度採点された答案を見せあわなければいけないという事だ。
つまり点数がバレる。
勉強をしている間は何も言わなかったが、休憩中に椎名さんはズバッと斬りかかってきた。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんですが…ごめんなさい」
2回も謝れた、いっそ哀れだ。
くっ殺。
「でも読書をしているからか文系は比較的に成績がいいですね。漢字問題なんて全問正解ですよ」
「か、数少ない取り柄だからね」
難しい漢字は高槻作品の専売特許だからね。
むしろ生命線とも言える。
そして回答者がそれからは変わることなく、一方的に僕が椎名さんに教えて貰う言わば家庭教師のようになっていた。
椎名さんは教えるのはそこまで上手く無かったが、度々交える小説のネタによってすんなりと頭に入ってくる。
多分僕達以外では入りにくいな。
そして時計の短針が6を指したところで、僕達の勉強会は終わった。
椎名さんはホッと一息つくと、空になったコッブを持ち上げ此方に物欲しそうな顔で口を開く。
「あ、あの、コーヒーのお代わり頂けますか?」
「もちろん」
容器の残りのコーヒーを椎名さんのマグカップに入れる。
合計三杯目になる恐らく最後のコーヒーは、頭を使ったからか前より多めの砂糖を入れていた。
「ごめんね、途中から一方的に教えて貰う感じになって」
「いえ、私が好きでやっていることですので……それに」
「?」
「美味しいコーヒーのお礼ですかね」
「そっか」
そのあと滅茶苦茶本の話をした。
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2ー3
すっかり遅くなってしまい、かなり夜が更けた頃に勉強会は終わった。勉強会が終わったと言っても、椎名の口ぶりからすると明日もやるのは間違いなく開催されるだろう。
正直椎名が、いや多分僕もだな。二人の本命は本に関しての雑談だろう。勉強会はそれの前座、つまりはおまけだ。
だからこそ次回も開催されるだろう。
寮のエレベーターの所まで椎名を送り、自室へ帰る。しかし、テスト前だからか分からないが意外にも帰路で綾小路くんと遭遇した。
「高槻か」
「うん。綾小路くんは勉強会?」
「まぁそんな所だ」
彼は本当に声にバラツキがない。怒ったり悲しんだり、常に普通だ。それが悪いとは言わない。
でも、それは余りにも無色だ。
「高槻も勉強会に参加してみないか?」
今日の昼のことを綾小路くんは気にしているんだろう。でも、正直に言うと僕は何とも思っていない。堀北さんにどれだけ罵られようが、それに関して綾小路くんがどれだけ弁護しようが。僕が最初に出した意思は1ミリとて曲がらないだろう。
「ごめんね、他の人と勉強会してて断る訳にはいかないんだ」
「…そうか」
ダメ元で聞いたからか、それとも特有のポーカーフェイスかは分からないが、綾小路くんの声音は普段と変わらない。
そしてもう僕は彼がそういう人間なのだと理解した。
「唐突に悪いが高槻、この世界は平等だと思うか?」
本当に唐突で突拍子のない質問だった。だけど僕は真剣に考えた。なんでかは分かってる。初めて彼の声音の変わったところが見れたからだ。怒っていた訳では無い。かと言って悲しがってもいない。なら何処が変わったのかと聞かれても答えられないだろう。だけど、何かが違った。その質問をした綾小路清隆という人間は初めて人間性を出した。
「本当に唐突だね」
「悪いな、タイミングが無くて」
「そうだね、僕個人としての意見では…全くの不平等であり、だからこそ平等だよ」
「どういう意味だ?」
「さぁね。でも、この世の不利益は全て当人の能力不足だよ」
「………そうか、邪魔したな」
「綾小路くんも勉強頑張ってね」
「ああ」
何とも自虐めいた言葉を使ってしまった。
──この世の不利益は全て当人の能力不足。
その言葉を発した僕は、とても重たいものを持ったように足取りが重くなった。思い出したくもない過去を自分で掘り起こしてしまったからだろう。
でももう大丈夫。あれを僕はもう乗り越えた。
◇◇◇
「高槻くん、ここは昨日教えた筈ですが」
「すみません…」
やはりと言うべきか、椎名さんと僕は翌日もこうして僕の部屋で集まり勉強会をしていた。
しかし椎名さんが僕の理系のダメさを思い知り頭を抱えているのだ。昨日20分近く使って教えて貰った問題の解き方を、翌日になり忘れていればそれは来るものがあるだろう。
でも仕方ないじゃないか、覚えられないんだから。
「ほら、XとかYとかでたら難しそうでしょ」
「それは見かけだけです。と、それは昨日も言いましたね」
「…はい」
「昨日は一度とはいえ理解出来たんです、だから出来なくはないですよ高槻くん」
気を使ってくれる椎名さん。本当にいい子だ。
話もできるし面倒も見てくれる。こんな子も現実に存在するんだな。
「お手数おかけします」
「はい。任せてください」
頼もしい。そして愛くるしい。
任せてください、と張り切る彼女はとても頼りがいのあるものだった。
そうやって時間は過ぎていく。今まででこの時間は異様なくらい早くすぎてしまう。勉強に集中すればこれ程までに時間は早く過ぎるのかと思ってしまう。だがそれが違うことは既に分かっている。
でも、その解を僕は解かないことにした。
それを解いて開いてしまえば、何か零れ落ちてしまうような気さえしたから。
そして勉強会は終わり、僕達の本命である本の雑談が始まった。
「実は最近、高槻くんが前に褒めていた『時計じかけのオレンジ』を読み直したんです」
「あー、あれか。主人公、仕方ないかもしれないけど何処が悲しいよね」
「私はそういう道もアリだと思いましたけど、やはりそこは別れるんですね」
簡単に説明すれば、『時計じかけのオレンジ』は極悪人が身体を弄られて聖人に無理やり変えられるという話だ。
極悪人からすればたまったもんじゃないが、その周りに居る人は危険なやつがまともになったと考えるだろう。
だからこれで意見が別れるのは、自分を極悪人と捉えるかその他Aと捉えるかだと僕は思っている。
それから少し話して椎名さんの目線が動き、止まった。
「どうしたの?」
「いえ、高槻作品があったので。そういえば同じ苗字ですね」
「…そうだね、同じ苗字だと少し親近感があったから。多分それで読み始めたんだ」
すると椎名さんは立ち上がり、僕の部屋の本棚へと足を運んだ。
それにつられるように僕も本棚へと向かう。
「『拝啓カフカ』に『黒山羊の卵』『小夜時雨』『虹のモノクロ』それに今月発売された『なつにっき』もあるじゃないですか」
綾小路くんとは違い声音が上がる。
彼女もどちらかと言えばポーカーフェイスの部類に入るのかもしれはい。でも本の話をするときの表情はとても表に出ている。
「貸そうか?何回も読んだし」
「いいんですか!?」
上品に見せようとしているのか分からないが、餌を待つ犬に見えなくもない。
「うん。本の貸し借りってやってみたかったし」
「そうですねなら私も今度好きな本を持ってきます」
「本当に?なら早速明日にでも」
「──高槻くん。今はテスト期間ですよ」
室内温度が2度くらい下がった気がする。
それもそうか、教えたものが右から左へと流れているのに娯楽に時間を費やそうとしていれば温厚な人も怒るというものだろう。
「……はい」
僕は椎名さんに威圧され、弱々しく首を縦に振る以外の選択肢はなかった。
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2ー4
「さ、ハーメルンで日刊ランキング上位で初めて見るやつ読も」
って感じで開いたらまさかの5位。
( 'ω')ファッ!?
ってなったけど上位10位で赤バーになってないのがこれだけ。
(/-\*) ハズカシイ
学校が終わり放課後となった時、櫛田さんが皆に過去問を配った。
櫛田さん曰く去年も中間テストで前年度と同じ過去問だったとか。
でもおかしくないか?
櫛田さんは皆と友達になりたいとは言っていたが、この数ヶ月でできた友好関係と言えばDクラスと多く見積ってもその他の一年のクラス位だろう。
まだ二年なら関わりが万が一位なら有り得るかもしれない。でも彼女は
櫛田さんじゃないな。
彼女にそんな伏線はなかった。策を打っていたわけでもなかった。彼女は人心掌握には長けているが頭が回る方じゃない。
なら、誰が?
堀北さんか?
──いや、彼女は勉強をさせて学力を上げるという王道以外の方法を取ろうとしなかった。除外。
となれば平田くん?
──彼もまた王道に拘っていた、でも確か部活に入っていたな。となれば有り得なくはない。でも櫛田さんに渡す理由が全く見つからない。保留。
他はないな。今出てくるのはこれくらいか?他のクラスも考えられるけど、ポイント変動のSシステムの話を聞いて直ぐに仲間内で争う人も少ないだろう。まずは自分のクラスが大事だと思うし。
「分からないなぁ」
「何がだ高槻?」
独り言が漏れてたか。いや思考が漏れたというのかな。
というか席が近いとはいえDクラスの男子は綾小路くん以外話したことないな。
「考え事だよ。誰が過去問持ってきてくれたのかなって」
「?櫛田だろ」
「そうだね、櫛田さんだね」
可能性は低いかもしれないけど、何気にDクラスのある意味トップ達に関わりがある綾小路くんも保留にしておこう。
もしかしたら……いや、薄いかな。
でも僕は知っている。薄い黒色ほど気味の悪く、目立ち、使いやすい登場人物はいないということを。
──すいません。今日はクラスの方で用事があるので勉強会は出席出来ません。
椎名さんからメールが届いた。
テスト前日だったので詰め込んでおきたかったみたいだが、クラスの方で用事があり勉強会は中止となった。
過去問を見せあって進めようと思ったが、一人でしくしくとすることが決定した。
カバンから櫛田さんから貰った過去問を見ながら、椎名さんが勉強会で使っていたプリントやらを見て自力で何とか解いて、それを暗記した。
やれることは一二時間で終わったので、最近ご無沙汰だった仕事の方を始めようか。
僕は机に座りパソコンを開けた。
この学校は外部との接触はできる限り絶たれる。それは逆に言えば完全には絶たれないとも言える。
それはある程度しかメディアに晒されない。だから僕はこの学校への進学を選んだ。
ちょうど昨日までは二つのシャーペンが紙を撫でる音が響いていたが、今日はキーボードを叩く音しか聞こえない。
この当たり前だった行為を少し寂しいと感じた僕は、僕なりにこの学校で得るものがあったのだろう。
◇◇◇
テストは櫛田さんが持ってきたテストと一言一句違わず出題された。欠点組だった人は勿論、テスト範囲が変更されて
特に目立って喜んでいたのは、Dクラスの問題児である須藤くんを初めとする赤点組だったとか。
でもその嬉しみは糠喜びに過ぎない。
本当の結果が出るのはテスト返しまで、大方今の喜びは櫛田さんが持ってきた過去問が的中したことにだろう。
英語のテストが始まる前に綾小路くんから声をかけられたけど、堀北さんに割り込まれて話は途中で遮られた。
僕の
だから僕は英語のテストを手を抜くことなく終わらせた。
大体そんな感じでテストは終わり、静かになった図書室へと向かった。
「高槻くん、お久しぶりです」
「久しぶり、っていっても数日だけどね」
久しぶりだと言ったものの、最後に会ったのは一昨日。久しぶりと言うには些か短すぎる気がする。
でも一瞬でも、僕もその意見が出たということは僕の中で彼女は欠かせない生活の一部となっているのかもしれない。
「椎名さんのおかげで何とかなったよ」
「それは良かったです。…これ、前に言ってた私のオススメの本です」
渡された本は、やはりと言うべきか椎名さんから度々口にしていたアガサ・クリスティの作品だった。
本のタイトルは『春にして君を離れ』。
「クリスティか….」
「その本はクリスティでは珍しくミステリーでは無いんです」
「へー、クリスティはミステリーっていう固定概念があったよ」
「私もそうでした…でも」
「──この話は私には向きませんでした」
オススメの本と言ったにも関わらず、自分に合わなかった本を渡されたのか…。
「でも高槻くんなら好きだと思います」
「僕が?」
「はい。高槻くんと話した時からこの本が頭に過りました」
登場人物に似てる人がいるのか?
「だから是非読んでください」
「…そっか、ありがとう」
椎名さんから渡された本を受け取る。
何故これを渡されたのかは分からない。でも彼女に悪意はないことは分かってる。
理解は出来ないけど納得はした。
胸にストンと落ちる。
渡されたものを。
────この本を僕は知っている。
『───ただいま、寂しかったでしょ』
誰かにそう言われた気がした。
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