この氷原に死すとも (玫瑰月季)
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1.出会いは突然に

氷雪系最強(笑)なんていわせねぇという作品を書いていましたが、誤って消してしまい、書き直すくらいなら新しく書いてしまえということで書きました。
続くかはわかりません。



夢を見る。夢を見る。

毎日のように同じ夢を見る。氷原の夢を。

見るようになったのは…そう、彼女が真央霊術院に通い始めて3()()がたった頃だったか。

夢の中で俺は氷原にいて目の前の氷の龍が決まってこう言うのだ。

 

「小僧!!貴様が我―――我が名は■■■!!」

 

だがその名を聞き取ることが出来ないまま朝を迎える。

だから今日も同じだと思っていた。なのに…なんだこれは。

今自分がいるのはいつもの氷原ではなく()()()()しかない()()()()()()()()()だ。天に浮かぶ儚げな月がどこか悲しいと思わせる不思議な空間だった。そして突然それは始まった。

 

「ありがとな…お陰で…心は此処に置いて行ける…」

 

雨の中、女の死神に刺されてどこか満足そうに、

だがどこか申し訳なさそうな顔をして死にゆく男の死神。

 

「あかんかった。結局、■■の取られたもん取り返されへんかった。やっぱり…謝っといて良かった…」

 

腕を切り落とされ、誰が見ても致命傷だと解る傷を負って倒れている男。

そしてそんな男の元に急いで駆け付けたのであろう女の死神が泣き叫ぶ姿。

 

行ったこともない場所。見たこともない人。聞いたこともない名前。

それらが突然目の前に映像として現れたのだ。なんだこれは。こんなもの俺は知らない。混乱する()()をよそに映像は次から次へと移り変わる。そこには覚悟と誇りを持って必死に生きる()()()の姿があった。なぜ自分の知りえる筈のない光景が映し出されているのか。混乱する頭で考えるも答えは浮かばぬまま、その困惑する瞳はついにその光景を映しだす。

 

まず目に入ってきたのは眼鏡を掛けた優男。そしてその優男にすがるように抱き着いているのは、血のつながりはなくとも実の家族のように大切に思っている少女。それを見て少年は自身の心に黒い感情が沸き上がるのを感じ取る。少年がその感情の正体に気付く前に映像は次の段階へと進む。

 

「ありがとう雛森くん…本当にありがとう…さようなら」

 

その一言と共に大切な家族の体を突き破り現れる血塗れの刃。少女は何をされたのか理解できないまま力なく倒れ伏す。目の前の光景を見て頭が真っ白になった少年が次に目にしたのは少し成長しているが少年自身の姿。映像の中の少年は血の海に沈む彼女の姿を見て優男と二言三言話すと激昂したまま自身が背負う刃を抜く。

 

「卍解 ■■■■■■!!」

 

少年は直感した。その氷を纏った姿は毎日のように見る夢に出てくる氷の龍の力だと。あの氷の龍の力を使っているのなら少女の仇を取れるはず。だがそんな少年の想いはすぐに打ち砕かれることになる。一太刀の元に切り捨てられた自身の姿をもって。

 

唐突に映像にノイズが走る。今まで通り、次の何かを映そうとしているのだろう。どちらにせよ今見たもの以上のものは映らないだろう。今の映像を見て動揺する自身にそう言い聞かせながら。だが同時に自分の中の何かが警報を鳴らしている。目の前の映像をこれ以上見るべきではないと。

見たら最後、後戻りは出来ないと。それでも少年は目を逸らさない。否、逸らせない。そして最後の映像。いや惨劇は幕を上げる。

 

「みんな一体、何をしてんだよッ!?」

 

オレンジ頭の死神の叫びによって。

 

「なんだよ…それ…」

 

思わず少年の口から漏れ出たその言葉こそ少年の気持ちを何よりも代弁していた。少年は理解できなかった。いや、したくてもできなかったのだ。

誰よりも大切な少女を()()()()()()()()()()()()など認められるはずがなかった。

 

『―――――!!!』

 

映像に映る少年と映像を見た少年の口から声にならない絶叫が響き渡る。

 

どれくらい時間が経ったのだろう。少年はうなだれていた。

最後の映像はまだ幼い少年の心を打ち砕くには十分すぎたのだ。

 

 

「どうだったかな?」

 

 

バッっと音が付きそうなほど勢いよく顔を上げた少年の前には一人の男が立っていた。身長170cmくらいの細身の男が微笑を浮かべている。

 

「ごめんよ。辛いものを見せて。でも君にはどうしても見せておきたかったんだ。日番谷冬獅郎(ひつがやとうしろう)君」

 

「お前は……?」

 

「僕は……なんて言えばいいんだろう?うーん。亡霊……かな?」

 

何なんだこの男は。人を馬鹿にしているのか。()()()()()を見せておいて亡霊だと?ふざけるな。

 

「さっき見せた映像はね、君の未来の姿でありこれから訪れるであろう出来事」

 

いうに事欠いて未来の姿、未来の出来事だと?

 

「ふざけてんのか?」

 

「ふざけてないよ。至って真剣だ。君がこれから歩む道を僕は見せた。その上で君に問いたい。未来を変える事が出来るとしたらどうする?」

 

未来を……変える…?百歩譲って仮に、そう仮に未来に起こる出来事だとして、未来を変える。そんなことが出来るのか…?

 

「できるよ。他でもない君ならば」

 

まるでこちらの心を読んでいたかのように返答してくる男。

得体の知れない目の前の男の言葉を信じることはできない。

これが自身が見せるただの悪夢という可能性を否定できないからだ。

だが心のどこかで嘘ではないといっている自分がいるのも事実だった。

 

「突然こんなことを言われても信じられないよね?ならばこうしよう。明日、いやもう今日か。君は彼女に連れていかれることになる」

 

彼女…?雛森の事か…?だが連れていかれるってどこに…?

 

「どこにって?真央霊術院さ。決まっているだろう?」

 

何を当たり前の事を、とでも言いたげに男はサラッと言い放つ。

 

「そこにいる筈だよ。彼がね。さっきの映像の中で君の大切な彼女を刺し貫いたあの男さ。男の名前は…いや、やめておこう。これは()()()()

 

彼…?いったい誰の事だ…?

 

「さて、そろそろ目を覚ます時間だよ。ほら、彼女が君を呼んでいる。女性を待たせるものではないよ。それが大切な相手ならなおの事」

 

待て!まだ話は終わってない!

 

「続きはまた明日」

 

おい!ふざけんな!見たくもないものを一方的に見せておいて言いたいこと言ったらまた明日だと!?そんな勝手が「―ちゃ――シ―ロ――」なんだ…?

 

「シロちゃん!」

 

目を開けるとそこには花の咲くような笑顔でこちらを見下ろしている一人の少女が。

 

「おっはよ!シロちゃん!」

 

「…(ちけ)えよ」

 

「ほら!早くごはん食べちゃって!」

 

彼女の名は雛森桃(ひなもりもも)。血のつながりはないが実の家族のように大切に思っている少女だ。そして…夢の中であの男に刺し貫かれていた、映像の中の自分が刺し貫いていた少女でもある。彼女は休みになる度にこうして帰ってきては何かと世話を焼く。

 

「そうだシロちゃん!今日真央霊術院に行く用事があるんだけどシロちゃんも一緒に行かない?」

「は?」

「だ~か~ら~真央霊術院!ね!見るだけでも!」

 

また始まった…。雛森は何かにつけては俺の事を連れて行こうとする。毎回断っているのにも関わらず全く諦める気配がないのだ。

 

「いや、だから俺はいかな…」

 

その時頭に浮かんだのは夢に出てきた男の言葉だった。そして夢に出てきた男の言葉が正しければ行けばそこには()()() がいる。ならば真実かどうか確かめる為にもここは…。

 

「わかった。けど付いていくだけだからな。」

 

行って確かめてみるしかないだろう。

 

「ほんと!?やった!今確かに聞いたからね?やっぱり嘘でしたとかなしだからね!」

 

「わかった!わかったから!近い!」

 

それから少し慌ただしい朝食を終えた俺たちは、()()()()()ばあちゃんに挨拶をして出発した。

 

「で?なんでそんなに俺を真央霊術院に連れていきたがってたんだよお前は」

 

「え?えっとそれはね?シロちゃんに少しでも興味を持って欲しかったんだ。死神ってシロちゃんが思ってるようなものじゃないんだよ?だからそれを知ってほしくて…」

 

こいつはいつもそうだ。俺の事を気に掛ける。まるで世話のかかる弟を気にかけるように。それが嫌だった。自分の事を()()()()()()()()()()()と言われているようで。だけど、どれだけ嫌そうな顔をしようとそんなのお構いなしに変わらない笑顔で接してくるのだ。

いつからだっただろうか。この笑顔が嫌ではなくなったのは…。

いつからだっただろうか。この笑顔を守りたいと思うようになったのは…。

いつからだっただろうか。隣に相応しい男になりたいと思うようになったのは…。

けど今の俺にはそんな力も覚悟も足りていないから…。

 

「お節介焼き」

 

だから憎まれ口を叩く。弱くて守られてばかりの自分が嫌で。

 

「なにを~!シロちゃんのためを思って言ってるのに!ちょっとシロちゃん聞いてるの!?」

 

そんな自分に変わらず接してくれる雛森(コイツ)は眩し過ぎるから。

 

「あぁ。聞いてる聞いてる」

 

だから今日も憎まれ口を叩く。

 

 

 

 

 

 

 

そんな馬鹿騒ぎを繰り返しているうちに目的地にたどり着いたようだ。雛森は忘れ物を取りに来ただけだったようで俺に待つように言うと一人でさっさと行ってしまった。どうやら少し適当に対応しすぎたらしい。すっかり臍を曲げてしまった。そうして待つこと数分。ようやく雛森が中から出てきた。()()()と共に。

 

「まさか藍染隊長にお会いできるなんて!忘れ物をしてよかったかな…?」

 

「はは…。雛森くんにそう言ってもらえるなんて光栄だな」

 

「そ、そんな。私なんて全然!」

 

「そう、自分を卑下するものではないよ雛森くん。君の鬼道の才能には目を見張るものがある。胸を張っていいと僕は思うけどね」

 

「は、はい。ありがとうございます!藍染隊長!」

 

そんな話をしている雛森とあの男……いや、()()はどうやら俺の存在に気付いたらしい。

 

「おや、君は…?」

 

「あ、シロちゃんごめんね!?待ったよね!?」

 

見られていた事に気付きわたわたと慌てている雛森は一旦無視して藍染へと向き直る。

 

「日番谷冬獅郎だ。」

 

「これはご丁寧にありがとう。僕は護廷十三隊五番隊隊長…藍染 惣右介(あいぜんそうすけ)だ。よろしく」

 

藍染惣右介……。それがこいつの名前か……。こいつと話したいことは山ほどあるがそのどれもが自身の夢で見た映像での事でしかない。あの男の言葉が正しいのならばあれはこれから起こる未来でのこと。今のこいつに言っても意味はない。むしろ警戒され、最悪の場合消されるだろう。コイツと俺の間にはそれだけ力の差がある。未来の俺でさえ勝てないのに今の俺が相手になるわけがない。だけどこれだけは言っておく。これだけは言わなくてはいけない。

 

「お前に雛森は絶対やらない。絶対にだ」

 

そう一言だけ言って背中を向けて帰りの道を歩き出す。

 

「シロちゃん!?何言ってるの!?あ、あああ藍染隊長!すみません!」

 

「ははは。嫌われちゃったかな?雛森くんも気にしてないからそんなに慌てなくていい。それより彼のこと追わなくていいのかい?どんどん行ってしまうよ?」

 

「あぁ!シロちゃん待って!藍染隊長すみません!失礼します!待ってよ~!シロちゃん!」

 

後に残った藍染は柔和な微笑みを浮かべて慌ただしく去っていく雛森と小さいながらも確かな霊圧を放った少年を見送った。その胸中をまったく悟らせないまま……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう!シロちゃん!聞いてるの!?」

 

「あぁ。聞いてる聞いてる。悪かったって」

 

帰ってきてからずっとこの調子である。正確には帰ってくる道中からずっと。

 

「これこれ。この子も悪気があった訳ではないだろうしその辺にしておやり」

 

「おばあちゃん!でも……」

 

そんな二人のやり取りを聞きながら俺は眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

「やぁ。どうだった?彼と会って話した感想は。それと僕が、君が作り出した夢の中の存在じゃないという事実を知った感想も」

 

そいつは昨日と変わらずそう笑いながら話しかけてきた。

 

「最悪だ」

 

「それはどっちがだい?」

 

「両方だ」

 

「そいつは重畳(ちょうじょう)。それじゃ僕が君の夢じゃない事が分かったところで昨日の質問に対する答えを聞こうか」

 

こいつは…こいつは俺がなんて返すか分かっている。分かっていて俺の口から言わせようとしている。俺の覚悟を試しているんだろう。未来を変える。口で言うのは簡単だ。けど現実は甘くない。何度も躓くだろう。何度も苦しむだろう。何度も死にかけるだろう。そして…救えない命もあるだろう。俺は…

 

「シロちゃん!」

 

思い浮かぶは自分の名を呼ぶ大切な少女。あぁそうだ。何を迷う必要がある。俺は願っていたじゃないか。大切な彼女を…雛森を守れる男になりたいと!!ならばなってやろうじゃないかそんな男に。だから救ってみせよう。誰も救えない男に雛森は守れない。誰も救えない男じゃ藍染(アイツ)の凶刃から雛森を救いだせない。

 

「俺は未来を……」

 

覚悟を決めろ日番谷冬獅郎。

 

「変える。変えてみせるし救ってみせる。全部なんてことはいわねぇ。そんな思いあがったことは言えないし言わない。けど、この手で救うことが!守ることができるなら!俺は変えてみせる!必ずだ!」

 

そんな俺の覚悟を聞いたそいつは

 

「うん。その覚悟確かに受け取った。変えてみせよう。悲しい結末なんてさ。僕らなら……いや、君ならできる」

 

そいつは本当に嬉しそうに、そして眩しそうに俺を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして1年後

 

 

 

「今日から諸君らは栄えある真央霊術院の生徒となった」

 

俺の姿は真央霊術院にあった。面倒くさいお偉いさん達からのありがたいお話も終わり、ようやく本日最後のメインイベント。そう、斬魄刀授与式の真っ最中だ。この一年、夢では()()()()から拷問じみた特訓を受け、目が覚めれば体力づくりに明け暮れた。

 

「諸君らはここで例外はあるが六年学びこの尸魂界(ソウル・ソサエティ)を守護せし護廷十三隊の死神となる。」

 

亡霊を名乗る男(アイツ)に見せられた映像の俺よりも背は伸びて、今の身長は153cm。雛森よりも2cmも上だ。久しぶりにあった雛森の驚いた顔は最高にかわいかっtんん!

亡霊を名乗るアイツのことは夢月(むげつ)と呼ぶようになった。夢に出てくることと、最初に見た月の印象が強かったからだ。夢月と呼ぶことを決めたときのアイツの顔は見物だったな。口をぽっかりとあけて固まっていたかと思えば「それはちょっと…被ってるし…いやでもせっかく付けてくれた名だし…」などと散々一人でぶつぶつ独り言をはじめ、最後には「うん。僕の名前は今日から夢月だ。うん。どこもおかしくないな」とどこか開き直った感じがしたものの受け入れ名乗るようになった。

 

「今から諸君らに渡すのはもう一人の自分と言っても過言ではないもの。斬魄刀『浅打(あさうち)』である。これから寝食を共にし、練磨を重ね魂の精髄を刀に写し取り"己の斬魄刀"を作り出してほしい」

 

そしてもう一人。いや、もう一龍が正しいか?俺を鍛えた存在がいる。あの氷原にいた氷の龍だ。どうやらこいつが俺の斬魄刀だったらしい。夢の中、精神世界では振るうことが出来たが、現実世界では肝心の斬魄刀がない。しかし今日ようやく斬魄刀として振るうことが出来るのだ。

 

「ではこれより配付する。受け取り次第各自不備がないか確認しろ。不備がないことが確認でき次第、順に名前を読み上げていく。呼ばれたものは前に出るように。己の今の実力をしっかりと確認する意味も込めて模擬戦を行う」

 

浅打を受け取り、精神世界へと沈む。いつもの氷原であいつらは待っていた。

 

「入学おめでとう。冬獅郎君。言いたいことはほかにもあるけど今は彼に譲ることにするよ」

 

そう言って夢月は姿を消した。アイツはいつもそうだ。この氷原は苦手なようですぐ姿を消す。

 

「小僧。やっと斬魄刀を…浅打を手に入れたか」

 

氷の龍がそう話しかけてくる。コイツには随分と待ってもらっちまった。

だからだろうか。心なしかソワソワしているような…?

 

「ああ。待たせちまったな」

 

「ふん。そんなことはどうでもいい。それより……小僧わかっているな?」

 

「ああ」

 

今までも散々念を押されてきたのだ。今更言われるまでもない。

 

「たかが炎熱系最強如きがいつまでも最強などと言われているのは腹が立つ。見せつけてやれ小僧。我が名をしかと歴史に刻みつけよ」

 

そんな激励を受け現実世界に戻ってくる。まったく、負けず嫌いの斬魄刀だ。誰に似たんだか。

 

「次!日番谷冬獅郎前へ!」

 

さて、俺の番だ。雛森も見ている事だし派手にいこう。己の霊圧を少しずつ開放していく。そして謳う。ずっと待たせてしまった相棒を解放するための祝詞を。

 

霜天(そうてん)()せ」

 

待たせて悪かったな。今、お前の名を呼ぶぜ。

 

「『氷輪丸(ひょうりんまる)』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はシロちゃんの入学式だ。一年前のあの日、藍染隊長に対してわ、わたしをあげないなんてことを言ったシロちゃんは次の日から変わった。一夜開けたシロちゃんはとても力強い目をするようになっていた。それだけでなく、死神になるとシロちゃんは言った。私は凄く驚いたのを覚えている。昨日まで死神には興味なさそうにしていたのに。シロちゃんの目をみたおばあちゃんが、覚悟を決めた男の目だと言っていた。覚悟。そう、覚悟だ。シロちゃんはいったいどんな覚悟を決めたのだろう。私はその覚悟がすごく、凄く気になった。気になってしょうがなかった私は直接シロちゃんに聞いてみた。

 

「おばあちゃんがシロちゃんは覚悟を決めた男の目をしてるって言ってたの。シロちゃんはどんな覚悟を決めたの?」

 

そしたらシロちゃんは少し驚いた顔をしてばあちゃんは凄いなと呟いてから

 

「まだ内緒だ。」

 

そういって少し笑った。そんなシロちゃんを見るのが気恥ずかしくて結局まともに見れないまま私は真央霊術院に戻った。

 

次にシロちゃんに会ったのはつい先日の事だ。どうしてそんなに時間が空いたかというと、休みに戻るつもりだったけどシロちゃんに会うのがやっぱり恥ずかしくて帰れなかったのだ。だからシロちゃんに再会したときは本当に驚いた。背が伸びていて私とほとんど変わらないくらいになっていたのだ。固まる私が我に返ったのはシロちゃんの笑い声が聞こえてきてから。なんで笑うのか聞いたら

 

「だってな、そんなに驚くとは思わなかったから」

 

そういってまたふわりと笑った。ドキリとした。自分の顔が真っ赤になっているのが分かってしまうほど顔が熱かった。自分でもどうしたらいいのかわからないまま今日を迎えてしまった。

 

今、目の前にはシロちゃんと相手の男の子がいる。名前を呼ばれたシロちゃんはゆっくりと前に出る。するとシロちゃんから凄まじい霊圧が放たれた。世界が震える。みんなが動揺しているのがわかる。私だってそうだ。でも心のどこかでは納得している自分がいた。シロちゃんは昔からそうだ。みんなにバレないように隠れて努力する。きっと今回もそうなのだろう。霊圧はどんどん上昇していく。審判の先生も動揺している。この中にはこれから何が起こる事が想像できている子もいるはず。信じられるかは別として。私もそう。予想は出来てる。きっと前代未聞だよね。でも私は信じてるよシロちゃん。

 

そしてついにシロちゃんはその名を口にする。

 

霜天(そうてん)()せ」

 

まるで待ち焦がれていた相手に会うかのように、その名を叫ぶ。

 

「『氷輪丸(ひょうりんまる)』!!」

 

演習場に氷の花が咲いた。みんな口をあんぐり開けている。そんな中シロちゃんは氷の花弁の中心で一人佇んでいる。その姿はすごく綺麗で、すごくかっこよくて…。

 

ずるいなぁシロちゃんは。本当にずるい。こんなの本当にずるいよシロちゃん。気付かないふりしてたのにこんなにも心臓の音がうるさかったらもう誤魔化しきれないよ。

 

その日、私、雛森 桃(ひなもりもも)は恋を自覚しました。お相手は血のつながりはないけれど実の家族のように暮らしてきた弟のような男の子。名前は日番谷 冬獅郎(ひつがやとうしろう)君。でももう、弟のようなんて言えないね。今はまだこの気持ちは伝えられないけれど、いつか君の隣に立てるようになったらその時は…。ちゃんと伝えるから。逃げずに答えを聞かせてね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が斬魄刀『氷輪丸』を解放したようだ。ここからようやく始まる。彼の物語はようやく幕を上げたんだ。

 

「貴様何を考えている」

 

おやおやいつの間にか一面氷漬けになっているね。

 

「僕かい?何も」

 

「我はこの場で貴様を殺しても構わんのだぞ」

 

これはまずい。僕は()()()()。弱った今の僕じゃ彼には勝てない。ならばしっかりと彼には伝えておくとしよう。

 

「こわいこわい。僕の目的か…ちゃんと話すよ。僕の目的は―――」

 

僕の目的を聞いた彼はどこか得体の知れないものを見るかのような顔をして、いや顔をしてとは言うが全く変わってないように見える。この場合はそういう雰囲気をだしてが正しいかな。

 

「正気か貴様」

 

こちらの正気を疑ってきた。なんて失礼な斬魄刀だ。

 

「酷いな。至って正気さ」

 

彼はこちらを見据える。嘘は許さぬと言うかのように。だから僕も彼の目を見返す。何時間ともとれる沈黙の中、いや本当はほんの数秒だったかもしれない。張り詰めた空気がそう錯覚させたのだろう。彼はようやく口を開く。

 

「その言葉、今は信じよう」

 

どうやら渋々ながらも一応は信じてくれたみたいだ。

 

「だが努々忘れるな。もし貴様が小僧に害することがあればその時は…」

 

はは。でもしっかり釘は刺してくるわけだ。しかし言うに事欠いてそんなことか。そんなこと…

 

「言われるまでもない。だって僕は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"声が聞こえる"

 

 

"遠く"  "近く"  "鳴り響いている"

 

 

  

"終わりを求めて"  "進むと決めた"

 

 

 

"たとえ"

 

 

 

"この氷原に死すとも"

 

 

 

 




原作だと日番谷が氷輪丸に出会うのは雛森の入学当初からのような描写がありますが、ルキアの話だと日番谷が入学したのは彼女が朽木家に養子に入った後とのことなので、最低でも五年もの間があいていることになります。

霊圧の操作法も知らない日番谷がおばあちゃんと一緒にいるというのは変ですし、離れて暮らして居たとしてもなんでそんなに時間が空いたのかという疑問がありましたのでこの話の中では氷輪丸が話しかけてきたのは雛森入学三年後という形にしています。

また、作中では省略しましたが入学までの一年の間に乱菊には会っている設定です。

続くかどうかもわからない作品ですが楽しんで頂けたならば幸いです。



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2.氷雪と雷霆

感想をくださった皆さんありがとうございます。
感想の返しにつきましては、ただでさえ遅い執筆速度を考えると難しいと思いますので感想返しについてはご容赦願います。
一週間に一本を目安に投稿していこうと考えておりますのでどうか生暖かい目でご覧下さい。


その日、尸魂界(ソウル・ソサエティ)に激震が走った。

真央霊術院に入学したその日の内に付与された斬魄刀を解放した生徒が現れたというのだ。

それも解放された斬魄刀の名は氷輪丸(ひょうりんまる)。氷雪系最強の斬魄刀である。

最初のうちは多くの死神が質の悪い冗談だと一笑に付していたが、時が経つにつれ、より詳しい情報が出回ると「ありえない」や「信じられない」と口をそろえて言う始末。

しかしそんな騒ぎも護廷十三隊(ごていじゅうさんたい)の歴史そのものと言っても過言ではない一番隊隊長にして総隊長 山本 元柳斎 重國(やまもと げんりゅうさい しげくに)がその目で確認してくるまでの事だった。

 

 

 

 

 

 

俺が自身の斬魄刀『氷輪丸(ひょうりんまる)』を解放した後、我に返った教員によって演習は終了となり、渦中の俺は教員室へと連行された。

別室で待つよう言われた俺は慌ただしく動き回る教員達を横目に精神世界へと意識を沈める。

 

「よくやった小僧」

 

精神世界へと沈んで来て最初の台詞がそれか…。どれだけ目立ちたがりなんだよ…。

 

「それは違うと思うよ。彼の…そして君の力を周りに見せつける必要があったんだ」

 

いつも通りこちらの()()()()()()()かのように話しかけてくる夢月。

しかし見せつける必要か…。こいつら普段はそこまで仲良くないくせに時々二人して突拍子もないことを仕出かすから質が悪い。今回もそうじゃないだろうな…?

 

「どういうことだよ。確かに目立ったとは思うけどよ」

 

それに雛森にもカッコいいとこ見せられたと思う。そっちが主とは言わないけど。…本当だぞ?

 

「今の君の実力を考えてごらん。正直なところ六年生だろうと今の君の相手になんかならないよ。真央霊術院を一年で卒業した市丸ギンという前例もある以上、君がいつまでも真央霊術院(ここ)に通う必要はない。そんなのはハッキリ言って時間の無駄だ」

 

俺の質問にはどうやら()()()()()夢月が答えるようだ。

どうやら氷輪丸は自身に関係する事しか説明する気がないらしくいつも夢月が説明している。

 

「ならばどうすればいいか。簡単な事だ。市丸ギンを超える逸材だと証明すればいい。入学当初に斬魄刀を解放するような生徒なんて今までも、そしてこれからも現れることはないだろうしね。君という例外を除けば…だけどね」

 

なるほど。だからこいつらは俺に斬魄刀を解放するよう言ったのか。

氷輪丸が目立ちたがりだからじゃなかったんだな。

 

「まぁ…彼が自身の存在を歴史に刻みたかったのは本当だろうけどね」

 

は?なんだと…?

 

「当然だ。我が炎熱系最強(ヤツ)如きの陰に埋もれるなどあっていい筈がない。故に小僧。よくやった」

 

「だってさ。よかったね冬獅郎君」

 

氷輪丸…お前って奴は…。

それから夢月。笑ってんのバレてるからな。

しかし我が斬魄刀ながらなんて負けず嫌いなんだ。

 

「僕は君と彼、どっちもどっちだと思うよ」

 

やかましい。

 

「さて、真面目な話をしよう。望む展開としては護廷十三隊の席官クラスが来てくれることだ。できる事なら一番隊、六番隊、八番隊、十三番隊あたりが来てくれるとベストな展開だ。特に一番隊が来てくれると最高かな。あそこは規律には厳しいがその分しっかりと物事を見る事の出来る隊士が多い。何よりあそこは総隊長の率いる隊だからね」

 

毎回思うんだが未来を見せた事といい、やたらこの世界に詳しい事といい謎が多い奴だ。

しかし俺の事を考えての発言だとわかっているから夢月(コイツ)への疑問は今は置いておこう。

いつか話してくれる時が来る…そんな気がするんだ。

 

「けどそんな簡単に席官が来るもんなのか?いかに斬魄刀を解放したとは言え、学生だぞ」

 

確かに初日に解放したことは前代未聞だろう。

だがそれでも席官クラスが来るほどの事とは思えない。

 

「冬獅郎君。君の斬魄刀は何だい?彼…氷輪丸は()()()()()の斬魄刀だ」

 

「然り。凡百の斬魄刀などと一緒にされては困る」

 

これだ。普段仲が微妙な癖にこういう時は息がピッタリになる。

そして二人が組んだ時に口で勝てた例は一度もない。

そんなこちらの心境を分かっているのかは分からないが夢月は話を続ける。

 

「永らく現れなかった氷雪系最強の斬魄刀『氷輪丸』が現れた。それも解放したのは貴族でもない少年だ。解放した君の為人(ひととなり)が分からない以上、反逆を企てる可能性も捨てきれない。天を支配し、全てを凍らせ氷の世界へと変える斬魄刀。その力が尸魂界に向けられたらどうなる?それだけで彼らが動く理由になる。彼らは魂の調整者(バランサー)なのだから…」

 

だから来るだろう。夢月はそう締めくくった。

今更ながらに気付かされる。自分の持つ斬魄刀の力を。容易く命を奪う事ができる強大な力を。

俺に振るう事が出来るのか…?もし力を制御できなくなったら…。

 

「自分の力が怖いかい?」

 

そうだよな。こいつなら必ず見透かしたような言葉を投げかけてくると思った。

 

「ならばどこかの隊長さんの言葉を借りるとしよう。"自分の剣に怯えぬ者に剣を握る資格は無い"なればこそ、自身の力を理解し怯えた君には剣を握る資格があるのだろう。それに今更だよ。君は覚悟をとっくの昔に決めた筈だろ?」

 

言外に忘れたのかい?と言ってくるコイツはやっぱり良い性格をしている。

だがその通りだ。とっくに覚悟は決めてある。俺は…

 

「雛森を守る」

 

あぁそうだ忘れてはいけない。自分の覚悟を。

今一度目の前の二人を見る。もう、迷わない。そんな意思を込めて。

 

「「それでいい」」

 

…やっぱり仲いいだろうお前たち…。

そんな事を思いながら俺は意識を精神世界から浮上させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼する」

 

その言葉と共に数人が教室へと入ってくる。

俺は閉じていた目を開け、入室してきた()()()()()()()()()()死神を見つめる。

とりあえずはどこの隊の者か確認しないとな。

 

「あんた達は?」

 

「これ!口を慎まんか!」

 

此方が口を開いたと同時に学長がそう諫めてくる。自分でも口が悪いとは思うが直す気は無い。さらに学長が何かを言おうとするが、学長が口を開くより先に死神が口を開いた。

 

「私は護廷十三隊一番隊副隊長 雀部 長次郎 忠息(ささきべ ちょうじろう ただおき)と申す者だ。そしてこちらは護廷十三隊一番隊総隊長 山本 元柳斎 重國( やまもと げんりゅうさい しげくに)殿だ。少年、君の名を聞きたい」

 

なんだと?これは…あいつらの言う最高以上が来ちまったな…。

だが今はそれよりも名乗ることが先だな。

 

「日番谷冬獅郎だ。西流魂街(るこんがい)一地区『潤林安(じゅんりんあん)』出身」

 

今、俺の前に居るこの死神が副隊長ってことはあの爺さんが総隊長。炎熱系最強の斬魄刀を持つ死神…か。

そんな事を考えていると

 

「おぬしが氷輪丸を解放した童に相違ないか」

 

「ああ。俺が氷輪丸の担い手だ」

 

俺が氷雪系最強の斬魄刀所有者だ。そんな気概を込めて総隊長の爺さんの目を見返す。

 

「うむ。ならばこの儂におぬしの力を見せてみよ。演習場はまだ使えるな?」

 

!?この爺さん俺と戦うつもりか?丁度いい。総隊長とやらの実力を知りたいところだったんだ。

 

「は、はい。…いえ!お待ちください!演習場は彼の作り出した氷の残骸がまだ…」

 

おどおどしながら学長が答える。あんた学長だろうが、もっとシャキッとしろよ。

そんな為体(ていたらく)じゃそのうち学生にも嘗められるぞ。

 

「構わぬ。氷なぞ儂の前ではすぐ溶け落ちる」

 

…言ってくれるじゃねぇか。俺の氷輪丸の氷がすぐ溶けるだ?絶対に一泡吹かすぞ爺。

 

「元柳斎殿。ここは私にお任せを。この雀部 長次郎 忠息が必ずやこの少年の力を引き出してみせましょう」

 

爺打倒の覚悟をしていた俺の耳に入ってきたのは副隊長のそんな言葉だった。しかもとんとん拍子でそのまま副隊長との模擬戦が決まってしまった。

これは総隊長と戦うのは無理そうだな。だが実践経験がなかった俺にはちょうどいい。今の自分がどこまでできるか確認もこめて戦ってやる。

 

「良いぜ。ただしお互いに斬魄刀を使用した実戦形式で…だ。」

 

もっとも、条件は付けさせてもらうがな。

副隊長は驚いたようだが結局こちらがその条件を呑まねば動かないと見たのか了承した。

まずは副隊長(あんた)でどこまでやれるか試させてもらうぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして移動してきたのは先ほど俺が氷輪丸を解放した演習場。被害が出ないように総隊長自ら演習場に結界を張る。片手間にこれほどの結界を張るか…さすがは総隊長といったところだ。

 

「両者共に全力を尽くせ。よいな」

 

総隊長はそう言いながら自身の副隊長へとなにか目配せしている。大方、こちらの実力を引き出せとかそんなところだろ。目を閉じ集中する。今の俺がやるべきことは意識を戦いへと向ける事だ。

 

「では…はじめ!」

 

その号令と共に目を開ける。相手は護廷十三隊一番隊副隊長。油断はしない!

瞬歩を使用し、相手の懐に潜り込むと同時に氷輪丸を下から切り上げる。

 

「ッ!」

 

どうやら瞬歩をできるとは思わなかったらしく少しの動揺が見れた。だが、弾かれる。刃と刃がぶつかった時の甲高い音が鳴る。此方の実力を正しく把握できていない今のうちにこのまま押す!

 

「縛道の六十一 『六杖光牢(りくじょうこうろう)』」

 

そのためにまずは動きを止める。副隊長がさっきとは比べ物にならない驚愕に満ちた表情を浮かべる。やっぱり、入学初日の学生が鬼道を使ってくるとは思わないよな。初見殺しもいいところだろう…だが、この最大のチャンスは逃さない!

 

霜天(そうてん)()せ…『氷輪丸(ひょうりんまる)』!!」

 

零距離からの氷輪丸の解放…。普通なら氷付けだが、油断はしない。相手は明らかな格上だ。

何より相手はあの一番隊副隊長だ。総隊長の右腕がこの程度のはずはない。

 

「まずは非礼を詫びよう少年。いや…日番谷冬獅郎殿」

 

そう言い俺の後方に現れたのは半身を氷漬けにされながらも闘志を全く失っていない、いや先ほどよりも大きな闘志をその瞳に宿した副隊長の姿だった。解放の瞬間に瞬歩で距離をとったのか。

 

「私は貴殿を心のどこかで侮っていた。たかが学生。なにができると…だが、その結果がこの姿だ。この…今の姿は私への戒めだろう。貴殿の力を見誤った私への罰だ」

 

警戒が一気に上がったな…。こちらを対等とはいかなくとも脅威であると認めたか。

出来れば今の刀剣解放で終わらせたかったんだがな…。そう上手くはいかねぇか。

ならこちらも全力で行くぜ()()()()()

 

「故にここからは油断はなしだ。私もお見せしよう…我が斬魄刀の真なる姿を!」

 

霊圧が上がっていく…来る!

 

穿(うが)て『厳霊丸(ごんりょうまる)』!!」

 

雀部副隊長の手にはレイピア状に変化した斬魄刀が握られている。あれが雀部副隊長の斬魄刀か。

 

「ゆくぞ!日番谷殿!」

 

さっきの攻防とは逆。今度は副隊長が瞬歩を使用して俺に迫ってくる。だが見えてるし反応もッ!?ちっ掠った…ッ!!電撃だと!?斬魄刀を振るった途端に…そうか!これがあの斬魄刀の能力!

 

「我が厳霊丸の一撃を避けるとは見事。しかし甘い!この距離ならば避けることはできまい!」

 

今度は後ろかッ!俺はあえて雀部副隊長の攻撃を受ける。いや、正確には受けたように見せる。

攻撃を受けたように見えた俺の全身に()()()()()()()()。氷で自身の分身を作り出すこの技の名は

 

「『斬氷人形(ざんひょうにんぎょう)』」

 

砕けた氷に目を見開く雀部副隊長は頭上にいる俺に気付いたようだがもう遅い。そこは既に氷漬け、足は潰させてもらった。これで瞬歩は使えない。

 

「『氷輪丸』!!」

 

触れたもの全てを凍らせる水と氷の竜を叩きこむ。着地した俺は雀部副隊長の姿を確認する。

当然のことだが雀部副隊長は氷漬けになっている。

 

「勝ったか…?」

 

そう漏らした瞬間…なんだこの霊圧は!?

雀部副隊長から凄まじい霊圧が放たれたかと思うと氷漬けにされている雀部副隊長目掛けて雨雲から雷が落ち、氷が弾け飛ぶ。

 

「まだだッ!!」

 

そして凄まじい気迫と共に()()()()()()()()()()雀部副隊長が姿を現す。

 

()らせ『厳霊丸(ごんりょうまる)』!」

 

その叫びと共に再び雨雲から雷が雀部副隊長目掛けて落ちる。まさか氷輪丸の天候を支配する能力『天相従臨(てんそうじゅうりん)』を逆手に取った自己強化か!?雀部副隊長は雷が迸る斬魄刀を振る…ってヤバい!

 

「縛道の八十一 『断空(だんくう)』!!」

 

俺と雀部副隊長の間に透明な壁が出来上がり、電撃を防ぐ。

 

「まだだッ!!我が『厳霊丸』の雷はこんなものではないッ!!」

 

ほぼ無傷の俺に比べ、雀部副隊長は傷つき血を流している。圧倒的に有利なのは俺のはずなのになんだこのプレッシャーはッ!!俺の心の叫びと比例するかのように『断空』に亀裂が走る。

 

「『綾陣氷壁(りょうじんひょうへき)』!!」

 

今の俺が持つ最高度の防御技を迷わず使う。迷えばその瞬間やられる。その考えは正しかったようですぐに『断空』は砕け散り『綾陣氷壁』に雷は直撃した。

 

「甘い!我が雷をその程度で防げると思うな!!」

 

「嘘だろ!?ぐっ!」

 

だがそれがどうしたと言わんばかりに『綾陣氷壁』すら砕き雷はこちらに向かってくる。

咄嗟に瞬歩を使用し回避するが、反応が遅れた事で雷が左腕を掠る。すぐに掠った左手を確認するも痺れて使いもにならない。

 

「掠っただけでこれかよ!」

 

思わず悪態を付くが状況は悪くなるばかりだ。もう左手は使えない。しかも長引けは長引く程、こっちが不利になるのは目に見えている。なら今の俺に出来ることは…

 

「俺の全力をこの一撃に込めるだけだッ!いくぞ雀部副隊長!!」

 

俺は逃げない。言外にそう言う俺に対して雀部副隊長の答えは

 

「良かろう!受けて立つ!全身全霊を賭して挑んでくるがいいッ!!」

 

その答えを聞いた俺は右手に持つ氷輪丸に全霊力を注ぎ込む。

 

「まだだ!まだ足りない。もっと!もっとだ!!」

 

そうだろう氷輪丸。俺たちの力はこんなものじゃない筈だ。

 

"いいだろう。小僧もっと霊力を込めろ!雷など氷漬けにして見せてやる!!"

 

あぁやってやるさ氷輪丸。既にこの天の全ては俺の支配下だ。つまり、あの雷の自己強化はもう使えないし使わせない。目の前にいる男を見る。体中から雷を迸らせるその姿はまるで雷神のようだ。そして何よりその瞳に一点の曇りもない。ならば互いに言葉は不要。この一撃をもって決着を付ける!!

 

「霜天に坐せッ!」

 

「穿てッ!」

 

奇しくも互いの口から漏れ出るは互いの半身たる斬魄刀の解号。決して負けない。勝つのは俺だ。そんな想いを刃に乗せて叫ぶ。

 

「『氷輪丸』!!」

 

「『厳霊丸』!!」

 

氷の竜は全てを凍てつかせんとその顎を開き、轟く雷霆は全てを穿たんとばかりに迸る。

両者がぶつかり合い、その力の奔流に耐え切れず結界は砕け散り、粉塵を巻き起こす。

粉塵が晴れてくるとそこには満身創痍の二人の姿。互いに斬魄刀の解放は解かれており、斬魄刀を地面に突き刺し杖代わりとすることでと立っている状況。故にこの戦いは

 

「それまで!この勝負、両者引き分けとする!」

 

引き分けとなる。総隊長による号令によって緊張が解かれた俺は立っていられず座り込む。

 

「素晴らしい戦いでした。日番谷殿」

 

そう言い近づいてくる雀部副隊長。こっちは立っていられないってのに。これが副隊長との差か…。まぁ当然…か。夢月が言うにはこの副隊長は卍解を使用できる筈だ。戦う前は使わせてやるって思ってたんだがな…。

 

「そっちも…な。やっぱり副隊長は強いな…」

 

「謙遜する必要はありませんぞ日番谷殿。貴殿の実力、既に学生の領域にはありませぬ」

 

そう言われてもな…。あの二人に半殺しにされてきた身としては判断基準がいまいちわからないんだよな。

 

「然り。主の実力は既に学生の領域にあらず。席官と相違ない実力じゃろうて」

 

総隊長…副隊長でこの実力ならこの人はどれだけの高みにいるのだろう。けれど、いつか必ず超えてみせる。氷輪丸(相棒)との約束なんだから。

 

「けど足りないんだ。俺はもっと強くなりたい。総隊長…あんたを超えるぐらいに。」

 

そう、足りないのだ何もかも。助けられる命があることを知った。守りたい人(雛森)が出来た。俺はもっと強くならなくちゃいけない…あんたを超えるくらいに。でないと雛森を藍染(アイツ)から守り抜くことが出来ない。今の俺には遠すぎる目標だってことは重々承知の上だ…けど決めたぜ。

 

「俺の目標は()()()()()()を超える死神になることだ。絶対にあんた達を超える死神になってやる」

 

だから、あえて俺は口にする。おい、雀部副隊長。何驚いてんだよ。あんたは俺が最初に越えるべき壁だ。

 

「ふん。小童が吠えおるわ。精々励むことじゃ、儂は逃げも隠れもせん」

 

ハッ、上等だ。首を洗って待っていやがれ。そう口に出したつもりだが、既に限界に来ていた俺の意識は暗闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日が経った。

あの戦いから一夜明けた次の日に教員から()()()へ飛び級することが決まった事を伝えられた。つまり、雛森より後に入学したのに雛森より上の学年になってしまったのだ。

それもこれも全部あの二人がかかわっているのは間違いない。さらに悪いことに雀部副隊長との一件は最後のぶつかり合いで結界がぶっ壊れた事によって生徒たち全員が知ることとなった。これにより俺は周りから恐れられる始末。唯一心配してくれたのは雛森だけだった。それでもまさか涙を流して抱き着いて来るとは思わなかったが…いや、それだけじゃない。

恥ずかしかったがやっと俺の覚悟を雛森に告げることができた。最初は驚いていたようだったが最後は何かを耐えるかのように大丈夫だと言って微笑んでくれた。きっとまだ頼りないと思っていたんだろう。それなのに俺の事を思って不安を押し殺してまで大丈夫だと言ってくれた…なんて情けないんだ俺は…守りたい相手に逆に心配されるなんて…けど、落ち込んでいる暇はない。雛森の期待に応えるためにも俺は強くなるんだ。そうだ雛森と言えば…

 

「なぁ夢月」

 

夢月を呼ぶ。

 

「なんだい?」

 

俺の考えをコイツには聞いて貰いたい。

きっと俺に未来を見せたコイツなら分かっているはずだから…。

 

「最近の雛森の頑張りをどう思う…?」

 

俺は恐る恐る夢月にそう問いかける。俺の勘違いでなければ多分…。

 

「雛森ちゃんかい?最近凄く頑張っているようだね」

 

そうなのだ。ここ最近の雛森は前にも増して頑張っている。

朝早くから鬼道の練習をして、授業が終われば道場で遅くまで斬術の練習をする。

 

「彼女も隣に立ちたい相手が出来たんじゃないかな?だからこそ彼女も今まで以上に頑張れるんだろうね」

 

そうか…そうなのか…やはり…俺がどんなに守りたいと言っても雛森にとっては…

 

「藍染か…。そうまでしてアイツの力になりたいのかよ…雛森…」

 

藍染(アイツ)の力になることが最優先なんだろう…。くそっ!俺にもっと力があれば…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藍染か…。そうまでしてアイツの力になりたいのかよ…雛森…」

 

冬獅郎君が凄まじい勘違いをしている件につきまして。

僕はどうすべきなんだろう…?これもしかしなくても僕が未来を見せちゃったからだよね…?雛森ちゃんの努力=藍染のためっていう方程式できてるよね。

今の雛森ちゃんはどっからどう見ても冬獅郎君を意識しているだろうに…。雛森ちゃんは雛森ちゃんで冬獅郎君の覚悟をなんか誤って捉えている気がするし…。

互いに勘違いしているような気がするんだよね…。

 

「藍染ッ!雛森の心を弄んでそんなに楽しいか…!俺は…俺はお前を絶対に許さねぇ…!!」

 

これは流石に藍染に同情してもいいのでは…?

彼まだ何もしてないと思うんだけど。それに何より今の雛森ちゃんにとって藍染って隊長としての尊敬はあっても原作程の好意はないよね。

 

「夢月!特訓に付き合ってくれ!俺にはもっと力がいるッ!藍染の野郎をぶっ倒す為にッ!そして必ず…必ず雛森の目を覚まさせてやる!」

 

今彼女の目を覚ましちゃうとそれこそ藍染の思うつぼだと思うんだけど…。

それにそれって君への恋心が冷めるってことなんだけど…?

 

「ねぇ冬獅郎君。雛森ちゃんは別に藍染のために頑張っている訳ではないと思うよ」

 

とりあえず伝えておこう。じゃないとこれ、どこまでも一人で突き抜けて行っちゃいそうだ。

 

「ありがとう夢月…。けど気を使ってくれなくても大丈夫だ。俺はお前に未来を見せてもらった。最悪の未来を…だから俺は覚悟を決めた。雛森を守ると…守り抜いて見せると。この覚悟は揺るがねぇ…絶対にだ。だから大丈夫だ夢月。俺は折れねぇ」

 

…あれ?

 

「いや、気を使ったとかじゃなくて彼女は本当に…」

 

「夢月。俺はそんなに信じられないか…?確かに俺はまだガキかもしれねぇ。でもお前の信用は決して裏切らない。俺は必ず藍染を倒す…必ずだ」

 

あ、これ何言ってもダメなヤツだ。…うん。これは仕方ないね。仕方ないから…

 

「…わかった。君を信じよう冬獅郎君」

 

とりあえず真面目な顔して合わせておくしかないよね…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シロちゃんが斬魄刀を解放したあの後、シロちゃんは教員に連れられて行った。おそらく教員室に行ったんだろうけど…そのあとのシロちゃんと雀部副隊長の霊圧のぶつかり合い。昨日はシロちゃんの事が心配でほとんど眠れず気付けば朝になっていた。友達から聞いたシロちゃんは雀部副隊長と戦ったという話を聞いて昨日の霊圧のぶつかり合いを思い出す。そして居てもたってもいられなくて…。

 

「あっ!ちょっと桃!?」

 

友達の静止も振り切ってシロちゃんを探して走りだしていた。

怪我をしているかもしれない。腕が折れてるかも。もしかしたらもっと酷い怪我をしているかもしれないし、最悪もう死…。そんな暗い考えが頭の中をぐるぐる回ってどんどん悪い考えが浮かんでくる。気付くと水滴が頬を伝っていた。一度気付いてしまうと止まらずどんどん涙は溢れてくる。

 

「シロちゃん…いやだよぉ…」

 

シロちゃんが居なくなるなんて考えるだけで胸が張り裂けそうだ。

苦しいよ、シロちゃん。どこにいるの?早く元気な姿を見せて安心させてよぉ…。

 

「何が嫌なんだ…?」

 

聞き間違えるはずがない。この声は!バッと勢いよく顔を上げる。シロちゃんが驚いているようだが気にしないでがっしりと離さないように抱き着く。

 

「うわぁぁぁぁあん!シロちゃんが無事でよかったよぉおお!!」

 

シロちゃんに抱き着いた後は安堵やいろいろな感情が一気に溢れて思い切り泣いてしまった。

 

「悪い。心配かけたみたいだな…」

 

そう言いながらシロちゃんは私の事をしっかりと抱きしめ返してくれた。それが嬉しくてまた涙が溢れてくる。ずっとこうしていたいとも思う…けどシロちゃんには聞かなくちゃいけないことがある。

 

「ねぇ…シロちゃん。シロちゃんはどうして戦うの?どうしてそんなに強くなろうとするの…?」

 

どうしてシロちゃんがそこまで強くなろうとするのか…おばあちゃんが言っていたシロちゃんの"覚悟"がきっと関係してる。だから私はそれがどうしても知りたい。

 

「守りたいものが出来たんだ。俺はまだまだ弱い…昨日、雀部副隊長と戦ってみて改めてそう思った。今のままじゃあの人達みたいに守る事なんてできやしないってわかったから…」

 

守りたいもの…?それに雀部副隊長…達?そういえば友達が昨日は総隊長も来てたみたいだって言ってたような…?総隊長達と同じものをシロちゃんも守りたいってこと…?もしかしてシロちゃんの守りたいものって…。

 

「シロちゃんは…守りたいの…?その…総隊長達みたいに…」

 

総隊長達が守っているもの…それはこの尸魂界と現世に生きる人たち…。それを守ることがどれぐらい大変かなんて私には想像もできない。

 

「あぁ、俺は守りたい。いや、俺が守りたいんだ。頼む…俺に守らせてくれ」

 

やっぱり…。でもシロちゃんにそんな無理してほしくない。してほしくないけどシロちゃんの覚悟も無駄にしたくなんてない。だから…

 

「うん。シロちゃんならきっと大丈夫」

 

だから私はシロちゃんを安心させられるように微笑む…自分の気持ちに蓋をして。今の私じゃシロちゃんの力にはなれないから…私も強くなろう。シロちゃんの守りたいものを私も守れるように。そんな覚悟を私が決めているとシロちゃんが

 

「その…雛森…?そろそろ離れてくれないか…?」

 

どうして?どうしてそんなこと言うの…?もしかして嫌…だった…?

そんな私の気持ちに気付いたのかシロちゃんは

 

「いや…あのな?嫌なわけじゃなくて…その…周りの目がな…」

 

周りの…目?周りの目!?急いで周りを見渡せば教員の方達や学生のみんながこっちを興味深そうに見ていた。ここが教員室の前だってことを忘れていた事に今更ながら気づいた私はもう限界だった。

 

「し、失礼しましたぁああああ!!」

 

そう言って走ってその場から離れた。後から聞いた話だと凄まじい早さでみんな驚いていたそうだ。恥ずかしい!とても恥ずかしい!けど頑張るって決めたんだ!シロちゃんの隣に立てるくらい強くなって見せるもん。だからその時まで待っててね?シロちゃん。

 

 




日番谷「あぁ、俺は(雛森を)守りたい。いや、俺が(雛森を)守りたいんだ。頼む…俺に(雛森を)守らせてくれ」

雛森「あぁ、俺は(皆を)守りたい。いや、俺が(皆を)守りたいんだ。頼む…俺に(皆を)守らせてくれ」

噛み合っているようで噛み合っていない。そんな二人です。

今回の注意事項3点

※雀部副隊長が使用した電撃を纏う攻撃は原作にはありません。
※勿論、雀部副隊長は光の奴隷にもなりません。
※夢月君は「さらば蝋翼、我が半身」とか言いません。


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3.雷霆は誓う

何時から一週間に一話と錯覚していた?
というのは冗談で元々この話と二つで一つという形で書いていましたが、あまりにも人物間の移動が激しくどっちが話しているのか分からなくなってしまったのでいっその事二つに分けてしまえということで分けたものです。

また、感想を下さった皆さまありがとうございます。
頂いた感想の中に斬魄刀はガチャ方式なのかとのご質問がありましたのでお応えさせていただきます。

私の中で斬魄刀(浅打)というものはあくまで出力装置と考えています。
原作で日番谷冬獅郎は浅打を持っていないにも関わらず己が内に氷輪丸を見出しています。さらには同じ氷輪丸を持つ草冠宗次郎の存在まで…。
斬魄刀は己の魂を写し取ったもの…であるならば斬魄刀の能力とされているあれらは全て持ち主の魂自体が持つ固有の能力ではないかと考えました。ただしその能力を振るうには出力装置が必要。
魂を図案とインク、浅打を白紙がセットされたプリンターとして見ると、浅打というプリンターを通すことでそれぞれの斬魄刀が印刷されるという感じでしょうか。この時、印刷される絵(形や能力)は皆バラバラです。ですがどのような模様が描かれようとも同じ紙(斬魄刀)であることは変わりません。

なので真名呼和尚は前もって名前を用意しておいているのではないでしょうか。出力された絵(形や能力)によって氷の龍ならば氷輪丸。猿の体に蛇の尻尾なら蛇尾丸…といった風に。
原作で真名呼和尚は全ての斬魄刀の真の名を知っているとは言っても能力を知っているとは言っていなかった筈(ちょっと記憶に自身がありませんが)。彼はあくまで出力される絵の名前を付けているだけでその絵の持つ価値(能力)は分かっていないのでは?という考えですね。(真名呼和尚に対して大変失礼)勿論それぞれの系統の最高品につける名前は用意しているでしょうから〇〇系最強の斬魄刀とかはわかると思いますが…。

だからこそ日番谷冬獅郎と草冠宗次郎の二名が同じ氷輪丸を持つに至った。二人の魂はどちらも氷を扱う能力を持っており、能力が形取った姿は同じく氷の龍。
浅打という出力機を通して印刷されたのも勿論、同じ氷を扱う氷の龍であった為に同じ氷輪丸という名前を与えられた。しかし能力や形が一緒でも塗られた色は別物だったため日番谷の氷輪丸は水色の氷の龍で草冠の氷輪丸は紫色の氷の龍。

自分自身の魂が持つ能力であるならば氷を纏っても凍傷にはならないし、太陽に匹敵する程の高熱を纏っても焼け死ぬことはない…という考えです。
自分の胃酸で胃を溶かしている方がいますか?勿論病気でもストレスでもなくです。いないですよね…?胃に穴が開くときは総じて何らかの要因によって胃酸が過剰分泌したとき、要するにキャパオーバーした時です。

長い上に大変分かりづらいとは思いますが私の語彙力ではこれが限界です。ご容赦下さい。



その日、通常通りの業務を終わらせ少しばかり早いティータイムの準備を行おうとしていた私は突如現れた巨大な霊圧を感じとった。

 

「この方向は…真央霊術院の方か…?」

 

だが知らぬ霊圧だ。隊長格と行かないまでも確実に副隊長クラスはある。

 

「伝令。ご報告致します」

 

訝しむ私の元に隠密機動第五分隊・裏廷隊(おんみつきどうだいごぶんたい・りていたい)が現れた。

彼らは隊士間での情報伝達を行う部隊。その彼らが動く程の事が起こったという事か。

はたして上がってきたのは耳を疑う報告だった。

なんと本日真央霊術院に入学したばかりの貴族でもない少年が斬魄刀を解放したというのだ。

それだけでも驚くべきことでありながら、さらに驚く報告が上がってきた。なんと件の少年が解放したのは氷雪系最強の斬魄刀『氷輪丸』というではないか。

私はすぐさま元柳斎殿へと報告を上げ事実確認をしてくる旨を伝える。

するとどうだろう、元柳斎殿は自身も真央霊術院へと向かうという。驚きはしたものの今は時間が惜しい。元柳斎殿と私はすぐさま件の少年のいる真央霊術院へと向かった。

 

 

 

 

「お、お待ちしておりました。ま、まさかお二人がお見えになられるとは…。こ、こんなことは初めてでして、どうしたものかと…」

 

そう言って出迎えた彼は真央霊術院の学長である。

前代未聞の出来事にどうやらどうしていいかわからないようで、言葉の節々から混乱が感じ取れる。この様子を見る限りではどうやら報告は正しいようだ。もっとも…演習場の()()を見た時点である程度の確信は持っていたのだが。

 

「件の彼は何方に?」

 

私がそう問いかけると学長は焦ったように

 

「こ、こちらです」

 

連れてこられたのは教員室の隣の部屋。つまりは学長室である。

 

「失礼する」

 

そう一声かけて扉を開ける。もちろん警戒は怠らない。何が起こっても対処できるよう気を張り詰める。そうして開けた扉の向こうにいたのは銀髪の少年だった。少年がゆっくりと目を開ける。

 

「あんた達は?」

 

開いた瞳は翡翠色。第一印象は氷。すべてを凍てつかせ氷つかせる冷気の如く研ぎ澄まされた雰囲気を持つ少年。それが私、雀部 長次郎 忠息(ささきべ ちょうじろう ただおき)の少年を見た感想だった。

 

「これ!口を慎まんか!」

 

学長がそう注意するが少年の雰囲気は変わらない。

ならばと学長が口を開くより先に此方から口を開く。

 

「私は護廷十三隊一番隊副隊長 雀部 長次郎 忠息(ささきべ ちょうじろう ただおき)と申す者だ。そしてこちらは護廷十三隊一番隊総隊長 山本 元柳斎 重國( やまもと げんりゅうさい しげくに)殿だ。少年、君の名を聞きたい」

 

そう問いかけると少年は少し目を見開き驚いたかと思うと、あいつらの言う最高以上が来ちまったなと独り言ちる。あいつらとは一体誰の事だ…?

 

「日番谷冬獅郎だ。西流魂街(るこんがい)一地区『潤林安(じゅんりんあん)』出身」

 

決して礼儀正しいとは言えないがその瞳は最近の死神には見ることが出来なくなった確固たる揺るがぬ"覚悟"が浮かんでいた。この年でこれほどの覚悟を持つにはいったいどれほどの事を経験すればいいのか私には想像もつかない。

 

「おぬしが氷輪丸を解放した童に相違ないか」

 

元柳斎殿がそう問いかける。しかしこの少年、元柳斎殿を前にしても全く動じることがない。学生であれば大小の差はあれど緊張してもいいものだが…。

 

「ああ。俺が氷輪丸の担い手だ」

 

そう元柳斎殿の目を真っ直ぐと見返しながら言ってのけた。

しかもこの少年。どこか元柳斎殿に対して挑発的というか…敵意とは違うがこれは…対抗意識か?

 

「うむ。ならばこの儂におぬしの力を見せてみよ。演習場はまだ使えるな?」

 

元柳斎殿が演習場の使用が可能かを問うている。

やはり元柳斎殿もこの少年の覚悟を確かめるおつもりなのか…。

 

「は、はい。…いえ!お待ちください!演習場は彼の作り出した氷の残骸がまだ…」

 

やはり()()は彼によって作り出されたものであったか。

 

「構わぬ。氷なぞ儂の前ではすぐ溶け落ちる」

 

まさか元柳斎殿自ら相手をなさるおつもりか!?

それは私の役目だ。元柳斎殿のお手を煩わせる訳にはいかぬ。

あの日からこの覚悟は変わらず。私が望むのはただ元柳斎殿の右腕であり続ける事!

 

「元柳斎殿。ここは私にお任せを。この雀部 長次郎 忠息が必ずやこの少年の力を引き出してみせましょう」

 

この少年とは個人的にも手合わせ願いたい。その揺るがぬ覚悟の程、見せてもらおう。

 

「良いぜ。ただしお互いに斬魄刀を使用した実戦形式で…だ。」

 

しかし件の少年は私の予想を上回る発言をしてきた。実戦形式だと…?学生の身で、それも今日入学したばかりの学生が…?木刀による模擬戦を提示しようとするが少年の目をみて諦める。この目は言っても聞かんな…。仕方ない…少年、少し身の程を知ると言い。

 

 

こうして、入学初日の生徒と護廷十三隊の副隊長との模擬戦という前代未聞の出来事は幕を上げたのだ。この時の私は知る由もなかった…この少年との出会いが私という死神が更なる力を得るための分岐点だったということに…。

 

 

 

 

 

そうして移動してきたのは氷の残骸が鎮座する演習場。そこに被害が出ないように元柳斎殿自ら演習場に結界を張る。片手間にこれほどの結界を…やはり元柳斎殿こそ私が生涯仕えるべきお方だと再認識する。

 

「両者共に全力を尽くせ。よいな」

 

元柳斎殿がそう言いこちらに目配せをしてくる。

殺さぬギリギリまで彼を追い詰め実力を把握するのが今回、私に与えられた任務といえよう。

少年は目を閉じ集中しているようだ。

 

「では…はじめ!」

 

元柳斎殿のその言葉と共に目を開けた少年は驚くべきことに()()()使()()()()私の懐に入り込んできた。少年の振るう刃が下から切り上がってくる。

 

「ッ!」

 

少し反応が遅れたがこちらも斬魄刀を使い弾く、刃と刃がぶつかった時の甲高い音が鳴る。

まさか既に瞬歩をものにしているとは…

 

「縛道の六十一 『六杖光牢(りくじょうこうろう)』」

 

!?ばかな…!?入学したばかりの学生が六十番台の鬼道を詠唱破棄だと!?

そこで動揺を表に出したのがいけなかった。目の前の少年はその隙を決して逃さない。

 

霜天(そうてん)()せ…『氷輪丸(ひょうりんまる)』!!」

 

これは…!?くっ間に合うか!?

 

 

―――演習場に巨大な氷の花が咲いた。

 

 

「まずは非礼を詫びよう少年。いや…日番谷冬獅郎殿」

 

今の私の姿は半身が彼の斬魄刀によって氷漬けにされた状態だ。咄嗟に瞬歩を使ったものの完全には避けられずこの有様だ…。

 

「私は貴殿を心のどこかで侮っていた。たかが学生。なにができると…だが、その結果がこの姿だ。この…今の姿は私への戒めだろう。貴殿の力を見誤った私への罰だ」

 

何が身の程を知ると言い…だ。身の程を知るべきは己自身ではないかッ!

この無様な姿、甘んじて受けよう…だが、この雀部 長次郎 忠息もう一切の油断はせぬ。この目の前の少年…否、日番谷殿相手に刀剣開放なしで挑むなど愚か者の極なれば!

 

「故にここからは油断はなしだ。私もお見せしよう…我が斬魄刀の真なる姿を!」

 

私は霊圧を上げていく。

 

穿(うが)て『厳霊丸(ごんりょうまる)』!!」

 

私の手にはレイピア状に変化した斬魄刀が握られている。これが私の斬魄刀『厳霊丸』。

 

「ゆくぞ!日番谷殿!」

 

私は瞬歩を使用して日番谷殿に迫る。だが、彼の目は私の動きが見えている。ならばと私は手にした厳霊丸を振るう。厳霊丸から電撃が走るが…ほう、やはり避けるか。だが日番谷殿が避けることなど織り込み済み。既に私は日番谷殿の後ろにいる。さあ!どう切り抜ける日番谷殿!

 

「我が厳霊丸の一撃を避けるとは見事。しかし甘い!この距離ならば避けることはできまい!」

 

しかし私の予想に反して日番谷殿に厳霊丸による斬撃は命中する。いや、これは!?

目の前の日番谷殿の全身に()()()()()()()()。これは氷を使った分身か!ならば日番谷殿は…上か!

 

「『斬氷人形(ざんひょうにんぎょう)』」

 

氷輪丸を構える日番谷殿を目にした私は足を動かそうとして動かせぬ事に気付く。足が凍り付いていた。最初からこれを狙っていたのか!

 

「『氷輪丸』!!」

 

そして…触れたもの全てを凍らせる水と氷の竜がその顎を開き私を食らう。

全てが氷に閉ざされた世界で私は自身の敗北を悟った。私は負けたのだ…。いや、本当にそうか…?私は負けたのか?答えは否!断じて否!私はまだ負けていない。そう()()()

私は自身の霊圧が上がっていくのを感じる。久しく感じていなかった強者との闘争。力が漲る。

 

「勝ったか…?」

 

私の耳に日番谷殿のそのような言葉が聞こえた。私は己自身に雷を落とす。まずは私を凍らせる氷ごと破壊する。日番谷殿…勝ったかだと…?否ッ…!

 

「まだだッ!!」

 

私は紫電を纏いそう叫ぶ。紫電を纏うなど今までの私ならば出来なかった。感謝するぞ日番谷殿。私は更なる高みに上ることが出来た。だがまだだ。まだ私は限界を超えてなどいない!故に

 

()らせ『厳霊丸(ごんりょうまる)』!」

 

更なる雷を我が身に迸らせ厳霊丸を振るう。

 

「縛道の八十一 『断空(だんくう)』!!」

 

その半ば叫びに近い詠唱と共に私と日番谷殿の間に透明な壁が出来上がり、電撃を防ぐ。八十番台の鬼道すら詠唱破棄できるとは恐れ入る。だが、

 

「まだだッ!!我が『厳霊丸』の雷はこんなものではないッ!!」

 

私の叫びに呼応するかのように『断空』に亀裂が走る。

 

「『綾陣氷壁(りょうじんひょうへき)』!!」

 

だが日番谷殿も流石というべきか、破られると見るやすぐさま自身の斬魄刀『氷輪丸』にて氷の壁を作り出す。その考えは正しく、我が紫電は『断空』を砕き『綾陣氷壁』に直撃した。この局面で使うだけはあり、凄まじい強度だ。だが、()()()()()()()

 

「甘い!我が雷をその程度で防げると思うな!!」

 

今のままでは破れぬというならばさらに雷の量を増やせばいいだけのことだ!!

 

「嘘だろ!?ぐっ!」

 

日番谷殿は咄嗟に瞬歩を使用し回避するが、反応が遅れた事で紫電が左腕を掠める。日番谷殿はすぐさま自身の左腕を確認するがあの様子では痺れて使い物になるまい。

 

「掠っただけでこれかよ!」

 

思わずといった風に悪態を吐く日番谷殿。しかしもう左手は使えない。しかも長引けは長引く程、日番谷殿が不利になるのは目に見えている。もっとも、それは私も同じだ…。既に体中が悲鳴を上げている。両者共にこれ以上長引くのは得策ではない。で、あるならば

 

「俺の全力をこの一撃に込めるだけだッ!いくぞ雀部副隊長!!」

 

俺は逃げない。言外にそう言う日番谷殿に対しての私の答えなど既に決まっている。

 

「良かろう!受けて立つ!全身全霊を賭して挑んでくるがいいッ!!」

 

その答えを聞いた日番谷殿は右手に持つ氷輪丸に全霊力を注ぎ込み始める。

 

「まだだ!まだ足りない。もっと!もっとだ!!」

 

霊圧がどんどん上昇していく日番谷殿。それだけではない。彼はこの天の全てを支配下に置いた。それが意味することはこれ以上、我が紫電による自己強化は使えないということ。だがそれでいい。もうすでにあれを使うことは出来ぬ状態だ。今の私にできることは己の霊力全てを紫電に変換すること!雷を落とすだけが強化ではない!私は目の前にいる日番谷殿を見る。その瞳に一点の曇りもなくあるのはただ私を倒すという気概のみ。ならば互いに言葉は不要。この一撃をもって決着を付ける!!

 

「穿てッ!」

 

「霜天に坐せッ!」

 

奇しくも互いの口から漏れ出るは互いの半身たる斬魄刀の解号。決して負けない。勝つのは私だ。そんな想いを刃に乗せて叫ぶ。

 

「『厳霊丸』!!」

 

「『氷輪丸』!!」

 

轟く雷霆は全てを穿たんとばかりに迸り、氷の竜は全てを凍てつかせんとその顎を開く。

両者がぶつかり合い、その力の奔流に耐え切れず結界は砕け散り、粉塵を巻き起こす。

粉塵が晴れてくるとそこには満身創痍の二人の姿。互いに斬魄刀の解放は解かれており、斬魄刀を地面に突き刺し杖代わりとすることでやっと立っている状況。故にこの戦いは

 

「それまで!この勝負、両者引き分けとする!」

 

引き分けとなる。元柳斎殿による号令によって緊張が解けたのか座り込む日番谷殿。だが私は決して座ることはない。これは意地だ。そして私は日番谷殿に近づいてく。

 

「素晴らしい戦いでした。日番谷殿」

 

この言葉を伝えるために。本当に感謝しかない。目の前の少年との闘いにより私は新たな力を手にすることが出来た。

 

「そっちも…な。やっぱり副隊長は強いな…」

 

そしてそれはどうやら目の前の少年も同じらしい。少しでも日番谷殿の力に成れたのならば私としても本望だ。だが、

 

「謙遜する必要はありませんぞ日番谷殿。貴殿の実力、既に学生の領域にはありませぬ」

 

そう、それは謙遜が過ぎるというものだ。傲りが過ぎれば油断となるが謙遜が過ぎてもまた同じく正しく己の力を振るうことは出来ない。

 

「然り。主の実力は既に学生の領域にあらず。席官と相違ない実力じゃろうて」

 

どうやら元柳斎殿も同じ考えのようだ。しかし日番谷殿の顔色は優れない。彼は今の実力に満足していないのだろう。だがすぐに身につくものでないことは理解している…だからこそもどかしい…と、そんなところだろうか。

 

「けど足りないんだ。俺はもっと強くなりたい。総隊長…あんたを超えるぐらいに。」

 

ふむ。やはり日番谷殿は力を欲しているようだ。まるでかつての私を見ているかのようだ。元柳斎殿に挑み続けていたあの頃の私を…。

 

「俺の目標は()()()()()()を超える死神になることだ。絶対にあんた達を超える死神になってやる」

 

なん…だと…?今二人と、そう日番谷殿は言ったのか…?私を超えるべき存在として認めたというのか?貴殿を下に見て油断した挙句、無様な姿を晒したこの私を…。

 

「ふん。小童が吠えおるわ。精々励むことじゃ、儂は逃げも隠れもせん」

 

固まっていた私をよそに元柳斎殿が答える。元柳斎殿は日番谷殿に期待している…それは間違いない。だからこそ挑発じみた答えを返したのだろう。

 

「ハッ、上等だ。首を洗って待っていやがれ―――」

 

限界が来ていたのだろう。最後にそう言うと日番谷殿は意識を失った。

 

「長次郎。随分と手酷くやられたようじゃの」

 

元柳斎殿…私は貴殿の信頼を裏切ってしまった。…あのような無様な姿を晒した。

 

「はい。無様な姿を見せてしまい申し訳ございませぬ元柳斎殿。全ては私めの不徳が故」

 

だというのになぜか私の心は晴れやかなのだ…。日番谷殿のような将来有望な死神の相手を出来た。そして新たな力を手に入れたからだろうか…?

 

「この小童は必ず歴史に名を残すような死神になるじゃろう。儂もお主もうかうかしておられんのう…」

 

元柳斎殿もどこか嬉しそうに日番谷殿を見つめてそう仰る。

 

「長次郎よ。次はこのような無様な姿は晒さぬな?」

 

!?元柳斎殿…!この私めに挽回の機会を下さるというのですか…!

 

「はっ!必ずやこの雀部 長次郎 忠息、元柳斎殿の右腕に相応しい男になってみせましょうぞ!」

 

その為にも今は手にしたこの新たな力を使いこなさねば!

 

「うむ。努々その在り方を損なうでないぞ…。時に長次郎、この小童の処遇をどうするべきじゃと考える…儂は飛び級させ最上級生とするべきじゃと思うが…どうじゃ?」

 

そう話しながら元柳斎殿は演習場の中心部、私と日番谷殿の最後の攻撃がぶつかり合った場所に目を向ける。そう、最後の攻撃のぶつかり合いの時に私達は見たのだ…私の()()()()()()()()()()を…。雷すら凍り付かせるなど聞いたこともない…氷雪系最強の名は伊達ではないという事か。

 

「私めも同じ考えです。"斬""拳""走""鬼"のうち少なくとも"拳"以外の三つはかなりの練度であることは確認できましたがその他にも学ぶべきことはありますからな…」

 

その後、我らの戦いを見て腰を抜かした学長を引っ張り起こして彼の今後の処遇を伝え、私達は統学院…いや、今は真央霊術院だったか…を後にした。

 

 

 

 

 

あれから数日が経った。

日番谷殿は無事六年生へと飛び級を果たし、どの分野でも優秀な結果を叩き出しているそうだ。今や彼は多くの隊長格からどうやって自分の隊へと引き入れるかを考えられるほどの存在となっている。一方、私と言えば午後のティータイムの他に追加した日課をこなしているところだ。

 

「はぁああああああああ!!!」

 

己の中の霊圧を解放していく。解放された霊圧は次第に紫電へと変化し、数舜としないうちにこの身に紫電が迸る。日番谷殿との闘いの最中目覚めたこの力を効率よく使用する術を見つける事を目標として毎日この瀞霊廷(せいれいてい)から離れた荒地で修業をしている。

全ては日番谷殿の超えるべき壁であるがために…そして元柳斎殿の右腕として恥じぬ実力を手にするために。

 

―――私は今日も紫電を走らせるのだ。

 

 

 

 

 




私は雀部副隊長の事は好きでも嫌いでもありません。
ですがその忠義を貫く姿勢は男としてとてもかっこいいと思います。

自分にそのように思わせる相手と出会えるというのは凄まじい幸運なのではないでしょうか。
皆さんは雀部副隊長ようにそう思わせてくれる方に出会えましたか…?
私は悲しいことに出会えていません。


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4.悲劇を喰らう

感想を下さった皆さん本当にありがとうございます。
一週間に何話も投稿できる作者さんたち本当に凄いと思う今日この頃…。


頂いた感想の中に氷雪系最強だと知られているのかという質問がありましたのでお応えさせて頂きます。
ぶっちゃけて言うなら筆者の中では嘗て氷輪丸を使っていた死神が居たのでは?と考えています。山爺が死神歴最長ですが彼、二千年以上死神してるんですよね…。総隊長歴は千年とか…。それだけの歴史があれば前任者が居てもおかしくはないと思いますし、前任者が居たのなら中央四十六室が『氷輪丸』が二本あるのを認めず日番谷と草冠を殺し合わせたのもわかりませんか…?〇〇系最強が二振りあるのを認めない…これが『鬼灯丸』とかだったら別に何とも言わなかったと思うんですよね…。

それから「斬魄刀の名前と能力が伝わってるなら、原作で愛染の鏡花水月の術中にまんまとはまってるのが馬鹿にしか見えない。」というのはそれ、原作の護廷十三隊の隊長格全員にブーメランですよね。
あれは単純に藍染が一枚も二枚も上手だっただけの話ですし、二千年以上死神してる山爺や古参の死神と言われる京楽や浮竹すら、まんまと鏡花水月の術中に嵌っているのに、たかだか五十余年あまりしか生きてない日番谷を馬鹿にしか見えないというのはおかしいのでは…?
さらに言うなら日番谷は原作当時、本当の卍解を使いこなせていない状況です…どんなに強い能力を持っていようとも使いこなせなければ唯の宝の持ち腐れ。そんな相手、藍染が警戒する必要ありませんよね。


と、いう訳で、頑張る日番谷冬獅郎に生暖かい応援をお願い致します。


真央霊術院を卒業して早くも三年が経った。今では俺も護廷十三隊の死神だ。

どの隊に配属されたかというと…古参の隊長でもある浮竹 十四郎(うきたけ じゅうしろう)が率いる十三番隊、その第十三席に名を連ねている…が、実はこの所属する隊を選ぶ際にも一悶着あったらしい。嬉しいことに俺を自分の隊に入れたいと名乗り出た隊長格が結構な数いたらしく、それならば俺自身が希望する隊へ入れてしまおうという話になった…と再会した雀部副隊長が苦笑いしながら教えてくれた。どの隊にするかは夢月と相談して決めた。そう遠くない内に現れる()()の存在とその結末を夢月から聞かされたからである。その結末を聞いた俺にはもう無視することは出来ない…。

必ず変えてみせる…そんな事を考えながら俺に急ぎの書類を押し付けた相手の所へ向かっていると

 

「あら、冬獅郎君。あなたもあの人の所へ行く途中?」

 

そう親しげに俺に話しかけてきたこの人こそ、その悲劇の登場人物であり、悲劇の始まり。

 

志波(しば)三席…」

 

彼女の名は志波 都(しば みやこ)。この十三番隊の第三席にして、同隊の副隊長 志波 海燕(しば かいえん)の妻だ。

 

「もう、冬獅郎君。夫と紛らわしいだろうから都でいいって言ってるのに」

 

そう言いながら困ったように笑う。この人の事は、正直に言うと…ちょっと…いや、かなり苦手だ…。なんと言うのだろう…母親?という人物がいればこんな感じなのだろうかと思わせる。そのこちらを安心させるような優し気な声と全てを包み込むような微笑みを向けられるとなんというか…そう、凄くむずがゆくなるのだ。しかもそれが嫌じゃないと感じているから尚のこと、対処に困る…。

 

「いや、そんな事したら海燕にしばかれるんで」

 

あの愛妻家の前で俺が名前呼びなどしてみろ、絶対煩くなる。

 

「あら、あの人のことは名前で呼んでいるのに私はダメなの…?」

 

俺だって最初から上官の名前を呼び捨てになんかしてない。海燕(アイツ)の度重なる仕事を覚えさせるという名目での押し付けにより、いつの間にか上官への敬意が失われた結果だ。

 

「紛らわしいっって事なら解決してますんで…」

 

「本当にダメ…?」

 

「……」

 

「そっか…ごめんなさいね無理言ってしまって…」

 

そう言いながらどこか落ち込んだ気配を漂わせる志波三席…。俺は何も間違ってはいない筈だ。間違っていない筈…なのに…くそ。

 

「…早く行きましょう…()()()

 

「!ええ!行きましょう。ふふっ」

 

名前で呼んだ途端にさっきまでの落ち込みが嘘のように嬉しそうに微笑む都さん。あぁ…やっぱり、この人は苦手だ…。

 

 

 

 

 

 

「あなた?いる?」

 

「おう、都か?入っていいぞ」

 

そう言って開けた先に居たのは気さくに笑う一人の男。

 

「お!冬獅郎も一緒だったのか!よく来たな!」

 

「ええ、来る途中で一緒になってここまでお話ししながら来たのよ。ね?冬獅郎君」

 

「まぁ…そうですね。というか海燕、あんたが急ぎの書類だって言ってたから急いで持って来たんだろうが」

 

「そういやそうだったな!わるいわるい」

 

そう言って特に悪びれることなく笑っているこのなんとも締まらない男こそが、十三番隊副隊長の座に就く志波 海燕(しば かいえん)その人である。

 

「おまえなぁ…まぁ、いいけどよ」

 

「ふふ。あなた、冬獅郎君を困らせちゃだめですよ」

 

「都…いや、うん…冬獅郎!すまんかった!」

 

この男はいつもこんな調子だが、どこか憎めないのだ。まるで陽だまりにいるかのような安心感を相手に与える男だ。だが、それはそれとして…本当に…

 

「都さんに弱すぎだろ…」

 

妻に優しく嗜められた途端に謝るって…これが尻に敷かれるって事なのか…?いや、こいつのはただ単に海燕の奴が都さんにベタ惚れなだけか?ん?これが尻に敷かれるって事か?とどんどん思考が変な方に行っていたために俺は気付くのが遅れた。

 

「ん?()()()…?」

 

"都さん"と海燕の前で呼んでしまった事に!油断していた…!これは面倒なパターンだ…。

 

「冬獅郎、お前やっと都のこと名前で呼ぶようになったのか!やったな都!」

 

「ふふっ。ええ…やっと冬獅郎君が名前で呼んでくれるようになったの。」

 

「冬獅郎は意外と強情だからなぁー。っておい冬獅郎、顔真っ赤だぞ?」

 

「あら、ほんとう。真っ赤ねぇ」

 

この…!人が黙って聞いていれば…!

 

「冬獅郎は照屋さんだなぁ!」

 

「やかましい!!」

 

少し騒がしくも笑顔がある日常。こんな当たり前の日常こそ掛け替えのない大切なものなんだろう。だから…必ずあんた達二人は守り抜く。十三番隊(ここ)にあんた達は必要だ。俺はその日からより一層、修行に力を入れるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから更に数年が経過し、業務にも手慣れて来た。さらに、第七席になってからは毎日の修行の他にもう一つ日課が増えた。丁度今その増えた日課をこなしているところだ。

 

「『初の舞・月白(そめのまい・つきしろ)』」

 

その言葉と共に俺の足元に描かれた円が輝きだし、円が描かれた場所をそこに立つ()()()凍り付かせる。

 

「甘ぇ…」

 

だが俺は腕の一振りで氷を砕く。それにより天まで届くかという程に聳え立つ氷柱は崩れ去る。それを見て相手は目を見開き驚愕を示すが、すぐさま思考を切り替えたようで次の行動に移る。刀で地面を四ヶ所突き、そのまま右半身を後ろに引いて刀の切っ先をこちらに向ける。

 

「『次の舞・白漣(つぎのまい・はくれん)』」

 

まるで雪崩のような強大な凍気がこちらを目掛けて放出される。海燕の奴、教える自信がないとか言っていた割にはちゃんとした技になってるじゃねぇか。

 

「…『綾陣氷壁(りょうじんひょうへき)』」

 

もっとも、やられてやるつもりは毛頭ないがな。嘗て破られた技を使い攻撃を防ぐ。さて、そろそろ此方も攻撃に転じるとしよう。

 

「縛道の六十一 『六杖光牢(りくじょうこうろう)』」

 

「しまった!?」

 

相手の慌てる声が聞こえてくるが無視して瞬歩で移動する。後は首元に刃を添えれば…。

 

「ま、参りました…」

 

とまぁ、こうなる。

 

「勝負ありだな。つか冬獅郎!もっと手加減してやれよ!朽木はまだこの技取得してから時間たってねぇんだぞ」

 

「そ、そんな海燕殿。日番谷七席にそんな恐れ多い…」

 

「あん?おい朽木。な・ん・で!七席の冬獅郎に対しては恐れ多いとか言うくせに俺に対しては一切そういうのがないんだ!」

 

そんなの決まってるだろ…?

 

「そりゃ海燕だからな」

 

「んだと冬獅郎!言わせておけば!」

 

「事実だろ」

 

「こんの!七席になってから更に生意気になったんじゃねぇか!?」

 

「落ち着いてください海燕殿!それに日番谷七席もそれ以上、火に油を注がないで下さい!」

 

この俺と海燕の間に挟まれてわたわたしているのは朽木(くちき) ルキア。最近十三番隊に配属になった女死神だ。こいつはまた面倒な立場にあり、上級貴族"朽木家"の養女という身分と、その優遇措置ゆえに周りからの疎外感を抱いていたようだ。そんなこいつをあのお人好し(海燕)が黙って見過ごすはずもなく、斬魄刀の解放から技の修得まで修行に付き合ってやった挙句、同じ氷雪系だからと俺までその修行に巻き込んで来る始末。…まぁ、こんな毎日も悪くないと思っている自分がいるのも事実だ。

 

「…はぁ、まぁいい。ところで冬獅郎。綾陣氷壁だったか…?また強度上がったんじゃねぇか?」

 

「ああ、あれだけ()()()さんに砕かれれば嫌でも強度は上がるさ…」

 

「ぼっこぼこにされてたもんなぁーオメー」

 

「ぐっ…」

 

長次郎さんとの模擬戦は既に数回しており、その中で彼の呼び方も変わった。しかし、今のところ俺の二勝三敗一引き分けで負け越している状況だ。なにせあの紫電を纏った高速移動に更に磨きをかけたようで、あり得ない機動を駆使して此方の避けづらいタイミングを作り出し、こちら目掛けて紫電を()()()()()()()くるのだ。だが、言い訳をさせてほしい…俺はあの初戦から一度も雷を氷漬けにしていない。と、いうのも精神世界で氷輪丸の"()()()()()()()()()()()()()()()()()()()"という本質を理解して使用できるようになってからは夢月からその能力の使用を禁止されたからだ。勿論、これは来るべき時に向けて出来るだけ藍染に情報を渡さないようにするためだ。

あの長次郎さんとの模擬戦で見せた雷の凍結は目撃者が総隊長と長次郎さんの二人だけ、学長は途中から地面に蹲って頭覆い隠しながら死にたくない死にたくないとぶつぶつ独り言を言っていたから見ている余裕はなかっただろうしな…本当、なんであのおっさん学長なんてやってんだ…?

…まぁそれはさておき、藍染はずっと前から今の今まで準備を整えてきた。そしてそれはアイツがその本性を明らかにするまでこれからも変わることはないだろう…。だからこそ此方も手札を増やさなければいけない。アイツの野望を打ち砕き、雛森を守り抜く為にも…。

 

「ふふっ。三人して楽しそうね」

 

この声は…

 

「都さん…」

 

「志波三席!ご、ご苦労様です!」

 

「よっ!都。今から任務か?」

 

任務?それにこのタイミング…もしかしてアイツが現れたのか…?

 

「ええ、西流魂街(るこんがい)の離れの森で目撃情報があった虚の討伐に向かうところよ」

 

そう言う都さんの後ろには十三番隊の隊士達がこちらを見て驚いているようだった。なぜ驚いている?

 

「ちなみに都、何時から見てた?」

 

「ルキアちゃんがあなたとの修行で得た技を使った所から…かしら」

 

朽木が技を使った所から…ってそれは

 

「最初からじゃねぇか…」

 

海燕がこちらの気持ちを代弁する。

 

「それにしても、ルキアちゃんも凄いけど冬獅郎君も凄いのね。まさか氷漬けにされたのに素手で粉砕して出てくるなんて思わなかったわ」

 

あぁ、なるほど。だから隊士達が驚いてたのか…。しかし、今はどうでもいいことだ。今重要なのは森にでた虚…ほぼ間違いなくアイツだろう。

 

「い、いえ私など日番谷七席に比べればまだまだ修行中の身で…」

 

相変わらず、わたわたしている朽木は放っておく。

 

「都さん。その調査、俺も同行して構いませんか?」

 

「え?」

 

「冬獅郎…?」

 

志波夫妻が不思議そうな顔をしている。…それはそうだろう。今までこんな事を言い出したことがない俺が突然こんな事を言い出したのだ…不思議に思っても可笑しくない。けれどこれだけは譲れない。悲劇は起こさせない。この人達は十三番隊に必要なんだ…絶対に。

 

「心配しなくても大丈夫よ冬獅郎君。目撃情報から見ても、討伐対象の虚は一体だけ。これだけの人数でも十分すぎるくらいだわ」

 

「そうだぞ冬獅郎。どうしたんだ?お前らしくもない」

 

そりゃそうなるだろう。この時、森にいるのは普通の虚だと思われていた。それなのに席官が二人も行くのはハッキリ言って過剰ともいえる。けど、いるのは普通の虚なんかじゃなく、藍染(アイツ)が作り出した寄生型虚・メタスタシア。有する能力は霊体との融合。藍染(アイツ)にとっては失敗作だったらしいが、十三番隊の誰をも不幸にし、朽木の心に闇を持たせる結果となった悲劇の元凶。ここで引いたら俺は俺を許せないし、俺がいる意味がない。

 

「嫌な…予感がするんだ。だから…お願いだ。俺も同行させてくれ。」

 

だから頭を下げる。こんな頭を下げる事なんか苦でもない。この人達を失う事に比べたら…いや、比べる事なんかできない程に俺もこの人達のことを大切に思っているんだ。

 

「冬獅郎君…」

 

「冬獅郎…はぁ、しょうがねぇ。都、こいつも連れていけ。コイツの勘は馬鹿に出来ねぇ。もしものことがあるかもしれねぇし用心に越したことはないだろう」

 

「わかったわ、あなた。冬獅郎君、頭を上げて。一緒に行きましょう」

 

「海燕、都さん…ありがとう…」

 

「ったく!ガラでもねぇことするなよな。驚いたろうが。いいか、誰一人として欠けることなく無事に帰ってこい。これは副隊長命令だ」

 

海燕…ああ、必ず変えてみせる。

 

「「「了解!」」」

 

「よし!行ってこい!」

 

その海燕の言葉と共に俺達は出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても…冬獅郎君がこんなにも私たちのこと心配してくれるなんて思わなかったから、ちょっと驚いちゃったわ」

 

虚の出没した場所へ向けての移動中、都さんが俺に話しかけてくる。

 

「俺だって心配ぐらい…」

 

「でも冬獅郎君、あの人とは楽しくお話するのに私とはそんなにしてくれないじゃない?私てっきり…」

 

これは…苦手意識持ってる事がバレてたのか…?

 

「あの人のことが大好きだから妻の私に嫉妬してるのかと思ってたの」

 

はぁ!?

 

「なんでそうなるんだ!?」

 

なんで俺が海燕(アイツ)大好きみたいな話になってるんだ!?俺が訳も分からず動揺していると都さんが笑っていることに気付く。これは…やられた。

 

「騙したな…」

 

「ふふっ、ごめんなさいね。いつもあの人とばかり楽しそうにお話しているから、ちょっと意地悪してみたくなっちゃったの」

 

そう言って楽しそうに笑う都さん。

 

「勘弁してくれ…」

 

俺達とのやり取りを聞いていた他の隊士達の間にも笑いが起きる。これが都さんの狙いだろう。さっきまで俺の発言をみんな信じてくれたのか、緊張した面持ちだった。信じてくれるのはありがたいことだが、無駄に緊張しすぎるのもよくない。だからこそ都さんはこんなことをしたのだろう。…俺をだしに使うのは勘弁して欲しいところだが、元はと言えば俺のせいなのでここは大人しくする。

 

「ねぇ、冬獅郎君。もしあなたの勘が当たっていて相手がやっかいな能力を持った虚だった場合、どう対処するべきかしら?」

 

どうやら此方が本題の様だ。

 

「一つ試してみたい事があるんだ」

 

これだけの人数が居ればできる筈だ…。

 

「試してみたい事ね…教えてくれる?」

 

「それは―――」

 

「確かにそれなら…けど冬獅郎君が危なくないかしら」

 

「いえ、危ないのは都さんもですから。この場合は俺と都さん両者共にある程度の危険はある。けど、それは今更だ。俺たちは護廷十三隊の死神で、危険だからと尻込みしていられる立場じゃない」

 

「もう、頑固なところはあの人にそっくりね…。けどいいわ、その作戦で行きましょう。但し、無理は絶対にしないこと!あの人の命令を忘れちゃだめよ?」

 

「ああ、必ず誰一人欠けることなく帰る。…絶対に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が噂の虚か…?」

 

そう俺が問いかけるのは目の前にいる虚。本体部分は緑色で六つの足がある。いや、足というよりも手が六つ付いているといった方がしっくりくるか。そして背中の赤い触腕、仮面は目元がオレンジ色に縁どられている。間違いない…コイツが悲劇の元凶、メタスタシアだ。

 

「ひひっ、ひっ!なんじゃあ…小僧。儂に喰われにきおったのか?」

 

「いや…お前を倒しに来たんだよ」

 

「ひひっ、ひっひひひひひひ!笑わせるな小僧。お前のような小僧一人で何ができる。大人しく儂に喰われるがいい!」

 

「誰が一人だと言った…?」

 

「見え透いたハッタリとは芸のない小僧よ…さっさと喰ろうてくれるわ!!」

 

見え透いたハッタリ、ね…。数多の死神を喰ってきたからこその自尊心なのかもしれないが、実力に見合わない自尊心ほど無駄なものはないぜ…メタスタシア。

 

「縛道の七十五『五柱鉄貫(ごちゅうてっかん)』!!」

 

その声と共にメタスタシアの上に五つの五角柱が現れメタスタシアの動きを封じる。

 

「今よ!」

 

そして先ほどの声の主、都さんの号令で周りに控えていた隊士達が次なる縛道を唱える。

 

「「「「縛道の四『這縄(はいなわ)』!」」」」

 

唱えられた鬼道はさらにメタスタシアを四方向から縛る。本来の這縄の使い方とは違い、今回は隊士達が這縄を握っている。

 

「ぐっ!おのれ、死神風情が!この程度の拘束すぐにでも解いてくれる!!」

 

「次よ!」

 

だが、まだ終わっていない。都さんの号令によりさらに四人の隊士が縛道を唱える。

 

「「「「縛道の六十三『鎖条鎖縛(さじょうさばく)』!」」」」

 

「ぐぅう!!貴様らぁああああ!!」

 

太い鎖が蛇のように巻きつき奴の体の自由をさらに奪う。此方も勿論、隊士達が鎖条鎖縛を握っている。詠唱破棄で六十番台を使えるのは流石、優秀な隊士が多い十三番隊と言うべきか…だがこれで準備は整った。

 

「皆、一斉に!」

 

「「「「「「「「破道の十一『綴雷電(つづりらいでん)』!」」」」」」」」

 

「がぁああああああああああ!!!!」

 

それぞれが握る縛道に沿って、電撃が伝っていきメタスタシアに辿り着く。一つならばたいしたことのない十番台の破道だが、八つ同時にくらえばたまったものではないだろう…あとは最後の一撃を準備するだけだ。

 

「「散在(さんざい)する獣の骨!」」

 

都さんと同時に詠唱を始める。コイツを消し去る一撃を放つ為に!

 

「「尖塔・紅晶・鋼鉄(せんとう・こうしょう・こうてつ)の車輪 動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城(こじょう)に満ちる!」」

 

構える右手に霊圧を集中していく…集まった霊圧は雷を放ち解放されるのを今か今かと待ちわびているかのように輝きを増していく。終わりだ悲劇の元凶!

 

「「破道の六十三『雷吼炮(らいこうほう)』!!!」」

 

「ひいぃいいいいいいいいい!!!」

 

巨大な雷を帯びた光の奔流がメタスタシアを飲み込み消し去っていく…。雷吼炮によって巻き起こされた煙が晴れた先には何も残っていなかった。勝った…俺は悲劇を変えることが出来たんだ。

 

"!?冬獅郎君後ろだ!!"

 

そんな焦った夢月の声で急いで振り返る。そこに居たのは凄まじい速度で移動してくるもう一体の虚…何故!?メタスタシアは今倒したはずだ!

 

「ちっ!破道の六十さっ!?」

 

「かぁッ!!!」

 

此方の詠唱よりも先に奴が口から虚閃(セロ)を放ってきたことで中断される。二体目の虚はメタスタシアと同じ形をしているが色は逆、体は赤で触腕が緑色をしている。なんだコイツは!?二体目の目撃情報なんて…!そうか、目撃情報はここの付近に住んでいる連中だ…虚が現れたら逃げる事で精一杯、せいぜいが姿形を覚えている程度。証言の色合いが逆だろうと誰も同じ形の虚が二体いるなんて考えない!前提条件から間違っていたのか!

 

「その体貰うぞ死神ィイイイイ!!」

 

その声と共に奴の背中に生えている触腕が弾けこちらに向かってくる…狙っているのは…都さんか!!させねぇ…!!それだけは絶対にさせないッ!!

 

「くそっ!!」

 

間に合え!間に合え!!間に合えッ!!!

 

「都さん!!」

 

「え?きゃっ!」

 

俺は都さんを体当たりで射線上から逃がす。それが意味することは…

 

「ひひっ!馬鹿な小僧よ!その体貰い受けるぞ!」

 

「がぁあああああ!!!」

 

俺がコイツに寄生されるという事だ…俺が最後に見たのは此方を見て呆然とする都さんや隊士達の顔。

 

「だい…じょう…ぶ…だ…から…」

 

その一言を最後に俺の意識は闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四番隊・綜合救護詰所(よんばんたい・そうごうきゅうごつめしょ)/第一治療室

 

 

そこには沈鬱な面持ちをした十三番隊の面々が揃っていた。全員の視線の先にはベッドの上で眠りにつく一人の少年の姿…。

 

「私が…あの時、動いていればっ!冬獅郎君は…私のっせいで…」

 

「都、そう自分を追い詰めるじゃない。冬獅郎はそんなこと望んじゃいない」

 

自分があの時動いてさえいればと己を責める志波都とそんな妻の姿を案じ声を掛ける夫、副隊長でもある志波海燕。

 

「卯ノ花隊長…日番谷の状態はどうなんだ…?」

 

そんな二人を横目に緊張した面持ちの十三番隊隊長 浮竹十四郎が四番隊隊長 卯ノ花 烈(うのはな れつ)に問いかける。その瞳からはベッドで眠り続ける自分の部下を心配していることがひしひしと伝わってくる。

 

「体の表面上には異常が見られませんでした。外傷もなく、肉体的には健康そのものと言っていいでしょう」

 

「な、ならば何故日番谷七席は目を覚まさないのですか!」

 

その答えに半ば叫ぶように質問したのは朽木ルキア。最近では日番谷冬獅郎と共に氷雪系の斬魄刀繋がりで修業をしている。彼女も最初の内は日番谷の事を真央霊術院での一件もあり、恐れていた。だが係わっていく内に彼はぶっきらぼうではあるが相手の事を大切にしている人物であるということが分かり、最近では自分から質問するなど打ち解けてきていたのだ…。それなのに…自分が手も足も出なかった彼がこのように眠り続けるなど理解できなかった。

 

「先程も申し上げた通り、肉体は健康そのものです。ならば問題があるのは…」

 

「魂魄の方…という事だネ」

 

「涅!?なぜお前が此処に?」

 

現れたのは十二番隊隊長及び技術開発局局長を務める(くろつち) マユリ。普段は隊長として普通に振舞っているが研究や実験を好み、果ては人体実験までもするマッドサイエンティストである。そんな彼が姿を現した事で浮竹は警戒心を露にする。

 

「何、面白そうな研究対象が運び込まれたと聞いたものでネ。こうしてわざわざ足を運んだというわけだヨ」

 

「テメー!!冬獅郎の事をなんだと思ってやがる!」

 

研究対象…その言葉に我慢できず、海燕が掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ろうとする。

 

「涅…今、日番谷を実験対象と言ったか…?」

 

しかしすぐさま自分よりも確かな怒りを宿した声により静止させられた。普段温厚な浮竹十四郎の瞳が怒りを湛え涅を真っ直ぐ射貫く。自分の部下を、それも仲間を守った日番谷を研究対象と言わせることなど、何よりも"誇り"を大切にする彼には許せるはずもなかった。

 

「お二人ともここは病室であることをお忘れなく。騒ぎ立てるようでしたらご退室願います」

 

「すまない…卯ノ花隊長」

 

だが忘れてはいけない。ここには彼女(卯ノ花)がいる。綜合救護詰所(ここ)に居る限りはあらゆる患者の命は彼女の掌の上である。しかしそのことに異を唱える者がいる。

 

「ほう、可笑しな事を言うネ。それではまるで彼をまだここに置いておくと言っているように聞こえるヨ」

 

涅マユリである。彼は言外にこう言っているのだ。助ける術を持たぬならば自分によこせ…と。だが彼女が患者を渡せと言われて黙っている訳はなく

 

「そう言っているのです涅隊長。彼は患者であり、貴方の研究対象ではありません」

 

「それこそ可笑しな話だヨ。君に救う術がない以上、私の所で救う術を探すべきではないのかネ?」

 

言外に言っても引かぬというならばと彼は口に出す。もっともな事を言っているように聞こえるが彼が必ず救うとは限らないのだ。自分の探求心を満たすことを第一と考える彼が日番谷冬獅郎を救う可能性は低い。それが分かっているからこそ彼女は引くことをしない。このままでは話は平行線だと思われていたが、それを打ち破る存在が現れる。

 

「何事じゃ」

 

「「「総隊長(殿)!」」」

 

「元柳斎先生!」

 

護廷十三隊一番隊隊長にして総隊長…山本 元柳斎 重國(やまもと げんりゅうさい しげくに)その人である。背後にはやはり副隊長の雀部 長次郎 忠息(ささきべ ちょうじろう ただおき)が控えている。

 

「隊長格が揃いも揃って睨み合いなど只事ではあるまい」

 

「それは…」

 

「私は彼を救う術がないようならば、彼の身柄を此方に渡せと言っていただけだヨ。総隊長殿」

 

涅が口を開く。彼にとっては事実を言っているだけなのだから臆する必要はなく、寧ろ自分の所に研究対象が来る可能性が高いとさえ踏んでいた。その話を聞いた総隊長は視線だけで卯ノ花へ説明を求める。

 

「現在の彼…日番谷七席は虚と魂魄が融合している…いえ、正確には融合しようとしている状態だと思われます」

 

「完全に融合した時、彼奴は虚となる…という訳か」

 

「はい。ですがまだ彼の深層までは到達していないようです。おそらく彼が虚に抵抗しているのでしょう…今の段階ではまだ虚に乗っ取られるとは断言できません」

 

彼女は総隊長へと説明する。彼が虚と戦っているという事、そしてまだ希望が潰えた訳ではないことを…。

 

「まってくれ卯ノ花隊長!冬獅郎が助かる可能性はあるんだな!?」

 

その話を聞いて黙っていられなかったのか海燕が割り込む。弟のように思っていた少年が頑張っていると聞いて黙っていられるはずも無かった。

 

「虚に乗っ取られてからでは遅いのではないのかネ?それに何より…君たちは彼の姿をした虚を躊躇わず斬ることが出来るのかネ?」

 

だが、涅のその一言で海燕は俯く。胸中は自分に斬れるのか…?弟のように思ってきた冬獅郎を…妻の都を守ってこうなった彼を…自分は…そんな事が渦巻いている。そしてそれは妻の都やルキアも同様であった…。

 

「斬るさ。もし日番谷が虚に負け、体を乗っ取られた時は…俺がこの手で日番谷を斬る」

 

その言葉に俯いていた顔を上げる十三番隊の面々。見上げた先には力強く覚悟を決めた瞳をする自分たちの隊長(浮竹十四郎)の姿。

 

「だが俺は…日番谷なら必ず打ち勝つと信じている。」

 

「殊勝な事だネ。だが現実は君達が思う程甘くは無いヨ」

 

「そこまでじゃ、決定を下す。今より日番谷冬獅郎を結界で覆い二十四時間の監視を付ける。これが虚となり次第、討滅せよ。この決定は覆らぬ、涅よ自分の隊舎へ戻るがよいじゃろう」

 

「元柳斎先生!」

 

「ふん、精々その選択を後悔しないことだネ…」

 

そう言い涅は不機嫌そうに出ていく。

 

「浮竹…先の言葉、決して違えるでないぞ」

 

そしてまた総隊長もその言葉を最後に四番隊隊舎を後にする。だが何故か副隊長の雀部は出ていこうとせず、日番谷の顔を見ているではないか。そして十三番隊の面々を見据えると

 

「元柳斎殿は日番谷殿を信じておられるのです。己に対して必ず超えると豪語してみせた彼の覚悟と…そして強さを…」

 

その言葉にその場に集まっていた面々は驚きを隠せない。まさか総隊長相手に超えると豪語していようとは思わなかったのだ。

 

「そして彼は…日番谷殿は、自身を信じる者の事を決して裏切りませぬ。故に貴方がたが日番谷殿を信じ続ける限り、彼は決して虚などに負けることはないでしょう」

 

そう言って雀部副隊長も四番隊隊舎を後にする。彼が良く日番谷と模擬戦をしている事は護廷十三隊では周知の事実だ。最近ではあの戦闘専門部隊の異名を持つ十一番隊、その隊長である更木 剣八(ざらき けんぱち)が目を付け始めた…なんて噂もあるほど日番谷は注目されている。

 

「まさか…元柳斎先生を超えると豪語していたとはな…日番谷らしいというか…なんというか…」

 

どこか呆れたように浮竹が言うと

 

「ふふっ。冬獅郎君ならいつか本当に超えてしまうかも知れませんよ?」

 

少し元気が出たのか志波都がそう言い返す。

 

「で、ですが本当に日番谷殿は大丈夫なのでしょうか…私には日番谷殿を斬るなど…」

 

だが、朽木ルキアは違うようで不安そうに呟く。自分では日番谷を斬れないと。

 

「そんな事にはならねぇよ。絶対にな」

 

妙に自信に溢れた力強い発言をしたのは志波海燕。これには朽木ルキア以外の二人も驚く。

 

「なぜそう言い切ることが出来るのですか海燕殿」

 

どこからその自信は来るのかと、不安に駆られる少女は問いかける。問われた男はというといつも通り二カッと笑って

 

「そりゃオメーさっき雀部副隊長も言ってたろうが、冬獅郎(コイツ)は絶対に俺らの信頼を裏切らねぇって」

 

「ですが海燕殿、もしもということも…」

 

それでも少女は問う。不安は未だ拭えず…自身と親しい相手が死ぬ…それももしかしたら自分の手で斬らねばならなくなるかもしれない。それが彼女を不安にさせる。だから男はそれを見て言うのだ。とっておきの言葉を

 

「なぁ、朽木。冬獅郎を信じろ。コイツの強さは毎日ボコボコにされてるお前が一番よくわかってんだろ?それにな…他の隊の連中は兎も角、俺達は信じる事をやめちゃダメなんだ」

 

「それは…なぜですか…?」

 

他の隊は兎も角、自分たちは信じることをやめてはいけない?

 

「なぜってオメーそんなの決まってんだろ。俺たちは十三番隊、掲げる隊花は待雪草(まつゆきそう)、隊花の持つ意味は…」

 

そこまで言われれば分かる。そうだ自分は何を弱気になっていた…自分は十三番隊の死神だ。ならば海燕殿の言うとおり信じる事をやめてはいけない。何故ならば私達十三番隊の隊花の意味は…

 

「『希望だ』」

 

未来に望みをかけることに他ならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんや彼、けったいな事になってんのとちゃいます?」

 

そんな京言葉で話す死神の男に言葉を返すは眼鏡を掛けた優男風の死神。

 

「ああ、まさか彼に取りつくとはね…」

 

「メタスタシア…でしたっけ?あの子の名前」

 

「正確に言うならばメタスタシアとテンタクルスだ。彼に寄生したのはテンタクルスの方だね…彼らは元々一つの虚だったが私が実験で二つに分け、それぞれ別の改造を施した虚だ」

 

話の内容は死神である自分達があの虚を作り出した張本人であるという信じられないもの。

 

「別の改造…?」

 

「ああ、メタスタシアもテンタクルスも元は寄生型に分類される一人の虚だった。だが寄生型にしては寄生する能力が弱くてね…だから僕は彼を二つに分け別々の改造を施すことにしたんだ。メタスタシアは傷口からの浸食による寄生…そして融合、テンタクルスは傷口を介さずとも寄生し、融合できるようにね」

 

「それ、メタスタシアの方いらんのとちゃいます?劣化品に聞こえんですけど」

 

京言葉で話す死神が疑問を呈する。その疑問を聞いた優男に見える死神はどこかつまらなさそうに答える。

 

「一概にそうとも言えないんだ。メタスタシアは傷口から浸食する形でしか寄生も融合もできないが、その分、相手の体の支配権を奪うのは早い。一方、テンタクルスはどこからでも浸食し寄生、融合できるがその分、相手の支配権を奪うまで時間が掛かり、抵抗次第では逆に討伐される可能性がある」

 

「…それ、失敗作ちゃいます?」

 

「ああ、失敗作だよ。もともと()の能力を再現しようとしたのが始まりだからね。…まぁ、彼の力には似ても似つかない駄作だよ。両方共ね…だが、もし日番谷冬獅郎をテンタクルスが乗っ取ればそれはそれで構わない」

 

「けど斬られるんとちゃいます?今あそこは二十四時間監視中やったはず…」

 

「そうだね。もしテンタクルスが乗っ取る事に成功してもまず間違いなく斬られるだろう。だが、斬られたら肉体ごと虚圏(ウェコムンド)で再構築されるようにしてある。あとはまぁ…そうだね、アーロニーロにでもあげようか…氷雪系最強の斬魄刀を使う十刃(エスパーダ)…というのも悪くない」

 

「こら彼が可哀そうになるなぁ…」

 

優男に見える死神は天に浮かぶ月を見上げる…。

 

「そう言えば…彼もこうしてよく月を見上げていたね…」

 

二人の死神はその言葉を最後に廊下から姿を消し、後には静寂だけが残っていた…。

 




筆者は海燕殿大好きです。捩花も最高。水天逆巻けとかかっこよすぎる。
でも一番好きなキャラは藍染だったり…。

悪役に惹かれる傾向がある筆者に藍染のように目的を持って突き進むキャラはドンピシャでした…。あと、名言多すぎるよ…。

今回の虚、メタスタシアは原作に出てきた通りです。テンタクルスはアニメ版のメタスタシアの名前です。何故かアニメクレジットはテンタクルス表記でしたが後のアーロニーロの台詞ではメタスタシアになってました。解せぬ。

あと、各話の番号表記を廃止しました。
獅子~で始まる題名が冬獅郎メイン。他で始まるのはそれぞれのキャラクターを連想する単語~で書いていこうと思います。


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5.亡霊の追想

終わらない――虚化の話が終わらない…。



何時からだったか――

 

"白い白い枯れ木の様な腕"

 

自分がこの世界にとっての異物だと理解したのは――

 

"白い白い枯れ枝の様な指"

 

何時からだったか――

 

"胸にぽっかりと空いた孔は何を喰らおうとも決して埋まることはない"

 

この飢えにも似た渇きを感じたのは――

 

"それでもこの虚しさが嫌で嫌で仕方がないから"

 

何時からだったか――

 

"故に今日も僕は同胞たちを喰らう"

 

自分が虚だと認めたのは――  

 

  

            一体、何時からだったか…もう思い出せない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天には月が浮かぶ。ここは常夜の世界。救いはなく、安らぎもない。あるのは闘争…それだけ。

だからコレにも慣れてしまった。

 

「なんだコリャ!こりゃまた弱そう!モヤシっ子!イエー!」

 

白い仮面を被ったゴリラみたいな()()が僕を見て下手くそなラップ?でそう言っている。…誰がモヤシっ子だ。

 

「放っておいてくれないかな…?」

 

でも多分無理かな…彼、見た目も発言も頭悪そうだし…。

 

「放っておけ!それは無理!お前はオレ様、ゴリラッパー様の縄張りに土足でIN!。唯で通れる訳ナッシング!」

 

あ、やっぱりゴリラなのか。ってぞろぞろと出て来たな…。ひーふーみー…面倒だ…全員喰らうんだしどうでもいいか…。

 

「ビビッてるゥ!声も出ナイト!こいつ等オレ様の配下!イエー!全部で六三体!テメェの勝機ゼロ!オレ様勝利確実Who!」

 

全部で六三体か。態々教えてくれるなんてもしかして彼は親切なんじゃないかと思い始める。けどそのラップなのかも分からないのは非常に不快だ。

 

「イエー!!」

 

その掛け声とともに僕は彼に殴り飛ばされる。

 

「何だなんだ!今のでアウト!とんだ雑魚!けど安心しなYO!オレ様!何様!ゴリラッパー様!血肉となる栄誉をプレゼント!!」

 

そう言い持ち上げた僕に噛みつく彼。けどごめんね?僕を捕食した時点で()()は終わりだ…。噛みつく彼の肉体に自らの肉体を同化させていく…。

 

「自分から喰われる!心意気!大したもんだ心意気ッ!?」

 

今更気付いても遅いよ。もう君の体は僕のものだ。

 

「ぐおォああアア!!なんだこれハ!なんでオレが!オレノカラダガああああアアア!!」

 

彼の体の中から植物の蔓の様なものが次から次へと飛び出し巻き付いていく。飛び出した蔓は徐々に彼を覆いつくすだけでは飽き足らず、周りにいた配下達にも同じように巻き付き覆いつくし、ゆっくりと絞め殺していく。正確に言うと絞め殺しながら分解して吸収している…が正しいかな…?きっと怖いよね…意識があるまま自分の体が分解され喰われていくのは…けど、先に手を出してきたのは君達だからね…?そうして暫く続いていた叫び声が収まった頃には、彼らがいた部分が空っぽになった蔓と、ゴリラッパーが居た筈の場所に立つ僕の姿だけがあった。

 

「ふぅ、そこまで美味しくなかった。まったく、やるなら最後までへんてこラップ貫くべきだろうに…」

 

本来、虚というのは体の一部を喰われるだけでも進化が止まり、現状維持するか退化するかどちらかになる。だが、僕は少々特殊で喰われる瞬間に肉体が分解され相手に融合する…つまり僕を捕食することは出来ないってことだ。…あとは全身相手の中に入り込んでさっきみたいに蔓を出して中から喰い殺す。後に残るのは僕の心と同じようにぽっかりと空いた空間だけだ。まぁ態々捕食されなくても種子を飛ばしてしまえば同じことが出来るんだけどね…。

 

「うん。…今日も綺麗な月だ」

 

空を見上げればそこには変わらず月が浮かんでいる。僕はここが『BLEACH』という漫画の世界だと知っている。自分が何故虚なのかなんて分からないし、分かりたくもない。最初は混乱した…目を覚ませば目に映るのは白い枯れ木の様な腕と白い枯れ枝の様な指、そして胸にぽっかりと空いた孔だけ…。混乱が落ち着いてくると自分が知る漫画の世界に出てくる悪霊・虚に似ていることに気付いた。それと同時に自分の力の使い方が頭に浮かび上がってくる。そして飢えにも似た渇きも一緒に…。最初は自分が虚になったなんて認められなくて、漫画の世界に居るなんて認めたくなくて、これは悪い夢だと何度も自分に言い聞かせた。…けれど現実は変わらなくて、何時しか僕は諦めてしまった。虚であることを受け入れてしまったんだ…。それからは早かった…自分が虚であることを受け入れた僕はただ渇きを満たすためだけに周りの虚を喰らい尽くした。

 

「…でも、渇きは満たされない。どれだけ同胞達を喰らおうとも決して満たされない」

 

そんな僕でも分かっていることはある。この身は最上級大虚(ヴァストローデ)。原作でも虚圏全域で数体しかいないと見られている個体だ。この体になってから感謝した、たった一つの事がこの体の強さというのは皮肉なものだけどね…。

 

「…あぁ、退屈だ。」

 

此処には闘争しかない。そう、喰うか喰われるか…其れしかないんだ。

…そうだ、何も無いというのなら…原作の悲劇を変えてみる。と、いうのはどうだろう…?出来るかなんて分からない。けれど僕がこの世界に居るのには意味がある筈なんだ。だからこれから起こる悲しい"未来を変える"ことを僕の()()にする。だから…この仮面は邪魔だ。さっさとこの仮面を剥ぎ取って破面(アランカル)化する。もういい加減、化物の姿にはウンザリしていたんだ。そして、悲劇を変えるなら更なる力がいる。…自分の顔を覆っている仮面に手を掛ける。

 

「うぉぉおおおおおおおオオオオオ!!!!」

 

痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い!!

 

霊圧が暴走する。霊圧が荒れ狂い、砂を巻き上げる。

 

「アァアアアアアア!!!」

 

仮面が剥がれるのと比例して自分の中の何かが抜け落ちていくのを感じる。なんのために破面化しようとしてたんだっけ…?何をしようとしてたんだっけ…?

 

「アアアアアああああぁ…」

 

だけどそんな感覚を無視して更に腕に力を込め…そして完全に仮面を剥ぎ取る。暴走していた霊圧はまるで時間が巻き戻るかのように一か所に集まっていく。全ての煙が晴れた場所には佇む一人の男。

 

「あぁ、痛かった。予想以上に痛かったな…けどこれで…」

 

自分の腕を見る。そこには枯れ木の様な腕はなく、人の腕がある。指を開いて、閉じてを繰り返し感触を確かめる。

 

「あぁ…なんて…」

 

感情が高ぶっていくのを感じる。やっとあの化物のような姿から解放されたッ!なんて!なんて!

 

「素晴らしい」

 

周りには僕以外居なかった筈なのに聞こえてきたその声は僕がよく知っている声で、僕が知るはずも無い声…。あぁ、本当にクソだ。よりによってお前が来るのか…。高ぶっていた感情はあっという間に醒めきっていた。…僕は声を掛けて来た相手にゆっくりと振り返る。…振り向いた先に居たのは想像通りの人物達。

 

「…護廷十三隊五番隊隊長、藍染 惣右介(あいぜん そうすけ)か」

 

まずは挨拶代わりに正体を言い当ててやろう。それで殺されたとしても僕は構わない。もう、どうでもよくなって来ていた…自分の命もこれから先に起こるであろう出来事(原作)も。お前が来たからだぞ藍染 惣右介。名前を当てられた事は流石に驚いたのか少しばかり目を見開く藍染。ちょっとスカッとする。

 

「驚いたな…まさか僕の名前を知っているとは」

 

ならもっと驚かせてあげるよ。

 

「その後ろにいる二人も当ててあげようか?市丸(いちまる) ギンと東仙 要(とうせん かなめ)だろう?君がその隊長羽織を着ているということは平子 真子(ひらこ しんじ)を始めとした隊長格は君の思惑通り、虚化実験に使われ、尸魂界(ソウル・ソサエティ)を追放されたのか」

 

藍染の警戒が一気に上がったな…流石にここまでベラベラ話せば警戒するよね。…さて、どうしようかな?彼の斬魄刀『鏡花水月(きょうかすいげつ)』の対抗策が目を瞑る以外にない。…まぁ、良いかどうでも。もう虚として生きていようが彼に殺されようがどうでもいい。

 

「…何故その事を知っているんだい?」

 

だから精一杯コイツ嫌がらせをするとしよう。精々、辿り着くことのない答えを探して頭を悩ませるがいいさ。

 

「正直に話すとでも思っているのかい?」

 

斬魄刀に手を掛けたな…ならあの言葉が来るか。

 

「「ならばせめてこの斬魄刀を見てくれないか?」って言う問いかけの答えはNOだよ」

 

ビンゴだ。まさか自分の台詞に被せてくるとは思わなかったのか驚いてる気配を感じる。気配を感じるっていうのは勿論、目は瞑っているからだよ。じゃないと見ちゃうしね。目なんかなくても周りの状況は手に取るように分かるから問題はない。

 

「君の斬魄刀『鏡花水月(きょうかすいげつ)』は一度でも解放の瞬間を見た相手の五感・霊感等を支配し、対象を誤認させることが出来る「完全催眠」という能力を持っているよね?なのに態々、馬鹿正直に見るとでも思っているのかい?」

 

「貴様っ!藍染様に対してなんと無礼なっ!」

 

おや?お目当て(藍染)じゃない方が食いついてきたね。しかし彼、原作でもそうだったけど藍染に盲信的だよね…。正義なんて取る側によってころころ変わるものを信じちゃうなんて…本当…

 

「馬鹿みたいだ」

 

「何だと貴様っ!」

 

あっ、いけない。…つい声に出てしまった。これじゃ僕が煽っているみたいじゃないか。

 

「いいんだ、要」

 

「しかし藍染様っ!」

 

「要、僕に二度同じことを言わせるつもりかい?」

 

「っ!申し訳ございません…」

 

おぉ、怖い怖い!生で見る藍染はやはり怖いね。さてさて何て言ってくるかな?ちょっとワクワクしてきたぞ。

 

「…君が何故、僕達の事…僕の斬魄刀の能力までもを知っているのかはこの際置いておこう。それよりも君に聞きたいことがある。君が望むなら私はさらなる力を君にあげよう。…その代わりに君はその力を僕達の為に役立てて欲しい。悪い話ではない筈だ。君はその渇きを満たすことが出来る、私は強大な力を持つ味方を手に入れることが出来る…どうかな?」

 

…まさかのスルーとは恐れ入ったよ。置いといていい事じゃないだろう…。けど僕に対しての対応なら正解だ。せっかくちょっとテンション上がってきたのに、一気に醒めた。…生きていても死んでもいいと思うならせめて楽しそうな事を選ぶとしよう。()()()()()僕には丁度いい。

 

「うん、いいよ。正直退屈してたんだ。喰らっても喰らっても満たされない飢えにも似たこの渇きも、力の差も分からず群がってくる雑魚共の相手もさ」

 

「ならば…」

 

「けど、この目を開ける事はないよ。切り捨てる気満々の君を誰が信じるものか。どうしても目を開けろというならば僕は君の後ろの二人を殺すよ。僕も君に殺されるだろうけど、その二人は確実に殺せる。」

 

これは誇張でも何でもない、確信してる。自分でもここまで強いとは思わなかったけど目の前の二人からは脅威を感じられない。藍染からはひしひしと痛いほど感じているんだけどね…。そしてそれは藍染もだろう。彼は理解しているはずだ。僕の言うことが誇張でも何でもなく事実であることを…。

 

「…いいだろう。君の提案を呑もう」

 

ほっ。何とかなったみたいだ。あっでもこれだけは聞いておかないとな。

 

「ところで…何時まで猫被ってるんだい?君の本来の一人称は「私」のはずだろ?」

 

「…本当に君は、どこまで知っているんだい?」

 

「さぁて、ね。まぁ、これからよろしく頼むよ()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今回皆に集まって貰ったのは他でもない。新しい同胞を紹介するためだ」

 

場所は変わりここは虚夜宮(ラス・ノーチェス)虚圏(ウェコムンド)内にある、藍染様達や、仮面を外し死神の力を手に入れた虚・破面(アランカル)達の城だ。

 

「入って来てくれ」

 

呼ばれたみたいだ。僕は先輩方がいる部屋に足を踏み入れる。踏み込んだ部屋には六人の破面が座っている。

 

「紹介しよう。彼が新しく我らの同胞となった…」

 

「アルヴァ・エンデ。よろしく、先輩方」

 

「彼には空白だった七席目…最後の(エスパーダ)となって貰う」

 

まさか仲間になると同時に(エスパーダ)入りとは恐れ入るなぁ。しかも初期メンバー。やったね。とりあえず楽しんでいくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから更に年月が経った。一体何年経ったかなんて分からない…ここにいると時間の感覚が麻痺しちゃうから困りものだ。けど最近は何かが引っ掛かっている。自力で仮面を剥がした時に感じたあの抜け落ちた感覚が原因だと思う。僕はハッピーエンドが好きだ。好きだった…と思う。僕は破面になって何をしようとしてたんだっけ?それが思い出せない。

 

「何や、こないなところで月見てたんか?」

 

この声は…

 

「市丸君じゃないか。君が来るなんて珍しいね」

 

「そやろか」

 

「そうだよ」

 

彼は確か松本乱菊の取られた魂魄を取り返す為に藍染の手下になったんだよね…。けど結局取り返すことが出来なくてそのまま彼は藍染の凶刃に倒れる事になる…ッ!なんだッ!頭がッ!

 

「ぐッ!!うぅう!」

 

「どうしたん?」

 

頭に浮かんでくるのは原作の一部。

 

"ありがとな…お陰で…心は此処に置いて行ける…"

 

僕が変えたいと願った悲劇の数々。

 

"あかんかった。結局、乱菊の取られたもん取り返されへんかった。やっぱり…謝っといて良かった…"

 

そうだ…そうだった。僕は!何でこんな大切なことを忘れていたんだ!僕が破面になったのは、こんな悲劇を起こさせないために力を求めたからだろッ!なのにどうして忘れてた!クソッ!自分が嫌になる!!何が初期メンバーやったね!だ。馬鹿じゃないのか!僕が馬鹿だったせいで悲劇を変えるにはもう時間が残されていない…なら、藍染を殺すしかない。けど今は耐えろ、機会を待つんだ。藍染(アイツ)は真っ向からぶつかって勝てる相手じゃない。

 

「…うん。大丈夫だよ市丸君。…ちょっと、忘れてた大事な事を思い出しただけだから」

 

そう、とっても大事な事を…思い出したんだよ。

 

「そならええけど…」

 

…その日から僕は藍染を殺す機会を窺い始めた。けど、それがいけなかったんだろう。藍染の恐ろしさは十分に理解しているつもりだった。違うか…理解したつもりになっていただけだった…。だから今、こうして僕は

 

「ぐっ…がッ…」

 

死にかけているのだから…。

 

「君が私を殺す機会を窺っている事には気づいていたよ。いや、君だけじゃない。ここにいる破面全員が私を殺す機会を探している。その中でも特に私を殺すことに執着していたのが君だった…」

 

「お前は…全て…分かっていて…一人になったのか…?」

 

「当然だろう?正直君の能力は脅威だ。どうやったのかは分からないが、私の行った事を知っている。それに…私たちの能力も事細かに知っているんじゃないか?まさか私の鏡花水月の能力だけ…ということもあるまい」

 

最初に会ったあの時のツケが回って来たって事かッ!恨むぞ…あの時の僕!

 

「それに、君の刀剣開放状態の能力は特に危険だ…寄生型虚の能力としては最上級のものだろう。種子を植え付けた者だけでなく、自身に触れた者すら取り込み内側から喰らい尽くす…最後に残るのは宿主の()()を喰い尽くした君だけだ。警戒しない方がおかしいだろう…?」

 

「お前はッ!自分が霊王になる為ならば周りの人間がどうなってもいいのかッ!どれだけの悲劇を作り出せば気が済むんだお前はッ!!!」

 

やはりこいつは許せない。自分の目的の為なら全てを犠牲にして突き進むコイツは!コイツだけはッ!!

 

「…やはり、私の目的までも知っていたか。君は危険な存在だ、アルヴァ・エンデ…何も言わずとも全てを見通すことのできる何らかの能力。そして他者の経験、霊力、その存在の全てを喰らい尽くす虚としての力。…私の元に集まった(エスパーダ)達の中で、唯一君だけが私の計画を破綻させる可能性を持っている」

 

破綻させる可能性…?そんなものどうでもいい!僕の質問に…

 

「質問に答えろッ!藍染!」

 

「…悲劇か、覚えておくといいアルヴァ・エンデ。悲劇というのは、現実に抗う術を持たなかった弱者達が、自分達の弱さから目を逸らすために作った都合のいい言葉に過ぎない。」

 

な…に…?

 

「な…何を…」

 

「真の強者は悲劇などと言った言葉を使わない。…そうだろう?今の君のように地に伏し、現実に抗うことが出来ず淘汰されていく現実を悲劇と…そう、君達は呼称する。…君が言う悲劇とは強者によってしか引き起こされず、悲劇と嘆くのは君の様な弱者だけだ」

 

コイツは何を言っているんだ…?何で平気な顔をしてそんな事を言えるんだ…?

 

「…分かるかい?強者が悲劇を嘆く事などありはしない」

 

そういう事か…コイツは…最初から強者だった。だから弱者の気持ちなど分からない。分かるはずもない。経験したことない事を理解できるはずがない。それでも…それでもッ!

 

「弱者だから切り捨てるのか!?弱い者を踏みにじってもお前はッ!お前は何も…何も感じないのかッ!!」

 

立ち上がれ、足に力を入れろ。ここで折れたらそれで終いだ。

 

「…可笑しな事を言う」

 

腹に力を入れろ!最後まで諦めてたまるものかッ!!!

 

「弱者を喰らい続けてそこまで登り積めた君が、弱者の気持ちを問うのか。」

 

ッ!

 

「そ…れは…」

 

「君は私の鏡花水月を警戒して瞳を閉じたと言った。だが本当にそれだけか…?」

 

やめろ…

 

「何が言いたい…」

 

やめろ…

 

「君は…自分が今まで同胞(弱者)を喰らって来たという現実を見たくなかった…」

 

やめろ…

 

「だからこそ君は、自分の見たくない現実から目を逸らしたくて…文字通りその瞳を閉じたんだ」

 

「やめろッ!!」

 

怒りに身を任せて飛び出す。

 

「君は十分働いてくれた…」

 

血が噴き出す。これは僕の血か…?何時斬られた…?

 

「だからそこで好きなだけ己が無力を嘆くがいい。…それが君に相応しい最期だ」

 

その言葉を最後に藍染は姿を消した…。自分の血溜まりに倒れ伏して死に逝く姿は、藍染の言う通り、喰らって来た同胞(弱者)から目を逸らし続けてきた僕に相応しい最期なんだろう…。だけど、まだ死ねない。まだ何も変えてない!何も成し遂げていないんだ!僕がこの世界に生まれて来た意味を…僕はまだ見つけていない!!…最後の力を振り絞り自分の下に黒腔(ガルガンタ)を開く。どこに落ちるかなんて分からない。助かるかどうかも勿論分からない。…けれど、諦める事だけはしたくない。…そう、思ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!お前!大丈夫なのか!?」

 

誰かの声が聞こえる…僕を呼んでいる…?いったい誰が…。

 

「おい!しっかりしろ!」

 

閉ざしていた目を開ける。僕の瞳に映っていたのは子供。()()の子供が僕を見ていた。

 

「こ…こは…」

 

辛うじて絞り出した声は絶え絶えで自分でも、もう永くはない事が分かるほどだ。

 

「ここは西流魂街(るこんがい)一地区『潤林安(じゅんりんあん)』だ。ってそんな事よりお前、血塗れじゃないか!!」

 

西流魂街…?それは確か…尸魂界(ソウル・ソサエティ)の…。ははっ。よりにもよって死神達が守っている場所とはね…。出血が酷い。これはどっちにしろ…

 

「もう、ダメかな…」

 

「ふざけんなっ!まだ何もしてないのに諦めてんじゃねぇ!!何かないのか!お前が助かる方法!」

 

!?そうだ…まだ何も…何もしてない…けど、助かる方法…?ある。一つだけ、ある…けどそれはッ!?

 

「ぐッ!がハッ…」

 

血を吐き出し咽こむ僕を見て少年が何かを気付いたようで話しかけてくる。

 

「あるんだな!?助かる方法が!言えよ!早く!お前死んじまうぞ!!」

 

…必死だな少年。こんな死に損ないになんでそんな必死になるのか分からないけど…。

 

「君に…君に寄生する事…が…できれば…もしかしたら…」

 

こんなこと言われて受け入れる奴がどこにいる…?だから少年、早くここから離れるんだ…あとは自分で何とかするから…。

 

「わかった!それでお前は助かるんだな!?嘘じゃないよな!?」

 

わかった…だと…?言ってるんだこの少年は…?

 

「話を…聞いて…いた…の…かい…?僕は…君の…体を…乗っ取る…かも…知れない…よ…?」

 

言葉を話すことすらもう限界に近い。

 

「お前こそ何人の話聞いてるんだ!死にかけてる奴に乗っ取られる程、俺は弱くねぇ!!さっさとしやがれ!」

 

あぁ、こんな堕ちる所まで堕ちた僕だけどまだ…

 

「生きてて…いい…の…かな…?」

 

「馬鹿野郎!!生きててダメな奴なんているわけないだろうがっ!お前だって生きてて良いに決まってんだろ!!」

 

あぁ…僕は…誰かにそう言って欲しかったのかもしれない。命を奪いに来る連中しかいなかったあの世界では誰もそんな事言ってくれなかったから…。

 

「あり…が…と…う…」

 

あぁ…虚になってから初めて言ったな…"ありがとう"って…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…その時から、僕は誓ったんだ。命の恩人である彼(冬獅郎君)を守ろうと…。彼が守りたいと願うなら力を貸そうって…そう、誓ったんだ…。

たとえ、あの日の出来事を冬獅郎君が覚えていなくても。だから…だからさ…

 

「お前は邪魔なんだよ」

 

僕の前に居るのは冬獅郎君に寄生した虚。名前は知らないし、知る必要もない。

 

「ひひっ!ひひひひひひ!まさか!まさかッ!同胞に会うとはのう!!」

 

「悪いけど君にはここで消えて貰うよ。冬獅郎君にこれ以上負担は掛けられない。」

 

コイツが寄生したせいで冬獅郎君の容量を超えてしまった。それによって冬獅郎君の中に虚の力が発現(発症)した。今頃…冬獅郎君は自身の中に生まれた虚の人格と戦っている頃だろう…。出来る事なら、冬獅郎君には虚の力なんてものに頼らず死神としての力のみで戦って欲しかった…。けど、もうそれは叶わない。目の前にいるコイツ()のせいでッ…!

 

「負担…じゃと…?ひひっ!ひひひひひひひひひひひひっ!」

 

そう言って何が可笑しいのか笑い続ける虚。

 

「…何が、そんなに可笑しいんだい…?」

 

「これが笑わずにいられるか!まさか虚の貴様が!この小僧に負担を掛けている主がッ!言うに事欠いて負担を掛けられないと!そう抜かすのかッ!!!」

 

「…」

 

「滑稽じゃ!これを滑稽と言わずして何と言う!」

 

あぁ…そんな事…分かっているよ。僕の存在が冬獅郎君の負担になっている事くらい。お前に言われなくても分かっているんだよッ…!

 

「それでも…お前はここで終わりだ」

 

「態々、主の精神世界に儂を引きずり込んだのもその為か?」

 

やはり気付いているか。当たり前だよね…ここはどこからどう見ても…

 

「こんな虚圏そのものの精神世界など我ら虚でなければ有り得んじゃろうて!」

 

その通りだ。この精神世界は僕のもの。僕が作り出した世界(虚圏)だ。

 

「もうおしゃべりは終わりだよ。名も知らない虚」

 

「ひひひひっ!主からは全く霊圧を感じぬ!大方この小僧を乗っ取る事に失敗して使い果たしたんじゃろう!虚勢だけは一人前じゃのう!ならばせめて自身を喰らう者の名ぐらい覚えて逝くがいい!儂の名はテンタクルス!藍染様が作り上げた虚よ!」

 

そう言って飛び掛かってくる虚・テンタクルス。しかし…藍染が作り上げた…ね。

 

「不愉快だ」

 

「ぐへっ!」

 

僕は飛び掛かって来たテンタクルスを蹴り上げる。

 

「何が!?一体何が起こった!?」

 

どうやら哀れなテンタクルス(コイツ)は実力差も分からない愚か者らしい。僕は打ち上がったテンタクルスの頭上に響転(ソニード)で移動する。

 

「どこへ消えた!」

 

コイツは僕の姿を捉える事が出来ていない。…それがさらに僕の怒りを掻き立てる。不愉快だ。そんな感情を載せて思い切り殴りつける。

 

「ぐッバっ!!!」

 

そのまま地面に激突し、激しく粉塵が舞い上がる。霊圧が集まっている…『虚閃(セロ)』か…。

 

「調子に乗りおってェええええ!!!!」

 

予想通り奴が口から汚らしい赤と緑の合わさったような色をした『虚閃(セロ)』を放ってくる。

 

「…」

 

けど、そんなもの素手で十分だ。僕は左手で奴の『虚閃(セロ)』を掴み、握りつぶす。奴は信じられないものを見たような顔をしている。

 

「ば…馬鹿な…儂の『虚閃(セロ)』が…素手でじゃと…」

 

「この程度の『虚閃(セロ)』でそれだけ自身満々に言えるのは君ぐらいだよ…」

 

さぁ、僕の予想が正しければそろそろ()()が来るはずだ。それを待っているんだ。塵一つ残さず消すにはお前がその力を使った瞬間が一番確実だ。

 

「なんじゃお前は…何じゃお前はぁああああああああああああ!!!!」

 

逆上し背中の触腕を解放したテンタクルスはこちらへ向かってくる。

 

「何者か…ね」

 

左手の人差し指に霊圧を集める。集まった霊圧は若葉色に染まっていく。

 

「僕は…夢月。唯の…夢月だ」

 

その言葉と共に放った僕の『虚閃(セロ)』はヤツを飲み込むだけでなく、ヤツの抜け殻すら飲み込んだ。ヤツは…テンタクルスは断末魔の一つも上げる事無く消滅した。これでこっちは終わった。後は…冬獅郎君が内なる虚に打ち勝つだけだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一面が氷で覆われた世界で同じ顔をした黒い死覇装を着た少年と白い死覇装を着た少年が剣を交えている。

 

「はぁ、はぁ…はぁ…クソッ!」

 

黒い死覇装を着た少年は激しく肩で息をしている。だが一方の白い死覇装の少年は…

 

「何だその(ツラ)は!さっさと立たねぇと俺はお前を殺してこの世界の王になっちまう…ぞッ!!」

 

その言葉と共に手にした斬魄刀を投げ、柄の部分についてる鎖を使って更に振り回す…だが、

 

「!?」

 

氷の竜が彼の投げた斬魄刀を辿るようにして上り白い死覇装を着た少年を飲み込む。

 

「あまり…嘗めんなよ…痛い目見るぜ、今みたいによ」

 

氷の竜に飲み込まれた白い死覇装の少年はそれでも獰猛に笑う。

 

「そう来なくちゃなッ!!」

 

 

二人の少年は再び激突する―――

 

 

 

 




これ、次で終わるんだろうか…。


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6.想いを胸に

何とか日曜日中の投稿に間に合った。危なかった。

今回は独自解釈、過去捏造が出てきます。



そこは一面氷漬けの世界。そんな世界で死闘を演じる同じ顔をした少年が二人。拮抗しているように見えた戦いは白い死覇装を纏う少年によって黒い死覇装を纏う少年が巨大な氷の塊に凄まじい勢いで激突する事で中断される。

 

「ぐッ!」

 

氷塊に激突した黒い死覇装を纏う少年は、苦しそうにうめき声を上げながら氷塊の中から出てくる。立つのもやっとなのが見てわかるほど少年の体はボロボロで今にも倒れそうな様相を呈している。

 

「諦めな。テメェじゃ俺には勝てねぇ…理性で戦ってるテメェじゃな」

 

白い死覇装の少年はそう話しかける。だが黒い死覇装を纏う少年は睨み返すばかりで言葉を返す様子はない。それを見た白い死覇装の少年は再び語り掛ける。

 

「俺が何なのかテメェはもうわかってる筈だぜ?」

 

「お前は虚なのか…?」

 

白い死覇装の少年、いや…虚の少年はその答えに満足したように嗤う。

 

「ああ、正解だ!俺はテメェの中に眠っていた虚の力だ!俺より弱いテメェに用はねぇ、さっさと死んで俺に身体をよこせ!テメェ以上にうまく使ってやるからよォ!!」

 

そう叫ぶと虚の少年は刃を構え眼下に佇む少年目掛けて急降下し氷の竜を叩き込む。

 

「く…そ…」

 

黒い死覇装の少年にもはや避ける程の力は残っておらず、そのまま氷の竜の咢に呑まれる。

 

「テメェはそのまま氷の中で眠ってな…あとはテメェを殺すだけだぜ――」

 

虚の少年はそう言って振り返る。そこには静かに佇む自分と同じ白い死覇装を纏う青年の姿。自分を押さえ付けているもう一人の邪魔者を敵意の籠った目で睨み付け、その名を呼ぶ。

 

「――夢月」

 

名前を呼ばれた青年、夢月は氷塊の方へ一瞬目を向けるもすぐに目の前の虚の少年へと目線を合わせる。

 

「内なる虚…君が冬獅郎君の虚の力か。悪いけど君に冬獅郎君の身体を渡すわけにはいかないんだ…だから…」

 

「俺を倒す…ってか?」

 

虚の少年の問いに対して己の斬魄刀を抜き放ち青年は静かに答える。

 

「ああ、そのつもりだよ」

 

その返答に虚の少年は獰猛に嗤う。お前に出来るのかとでも言うかのように。

 

「だったら…やってみろ!!」

 

そして両者は激突する。片や身体の主導権を握るため、片や恩人である少年を守るため。互いに譲れないものの為に刃を握りぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四番隊・(よんばんたい)綜合救護詰所(そうごうきゅうごつめしょ)/第一治療室

 

 

ベッドの上で眠り続ける少年を見つめる一人の少女。彼女は五番隊に所属する死神、雛森 桃(ひなもり もも)。ベッドの上で眠り続ける少年、日番谷 冬獅郎(ひつがや とうしろう)とは血の繋がりは無くとも実の家族のような関係であり、同時に彼に恋をしている少女だ。

 

「失礼する。む、雛森殿…今日もいらしてたのですか?」

 

そんな彼女に話しかけるのは十三番隊に所属する死神、朽木(くちき) ルキア。日番谷冬獅郎と同じ隊に所属し、同じ氷雪系の斬魄刀を持つことから稽古に付き合ってもらっていた。

 

「朽木さん…うん。シロちゃ、日番谷君が起きてるかもって思って…でも、やっぱり眠ったまま」

 

「雛森殿…」

 

雛森は彼が倒れたと聞いたその日には駆け付けており、今日もこうして見舞いに来たのだろう。彼女はずっと眠っている彼の事を見ている。その顔は何かを必死に耐えているようで、縋りつくものを探しているようで、そんな彼女を見ていられなかったからルキアは話しかける。

 

「雛森殿!大丈夫です!日番谷七席もきっともうすぐ目を覚ます筈です!」

 

誰が見てもカラ元気だとわかるがそれでも雛森にとってはありがたかった。そして同時に気を使わせてしまった事に申し訳なく思った。だから彼女も空気を換えるため明るく振る舞う。

 

「そうだよね!起きたら心配かけた分お説教しなくちゃ!」

 

「その意気です!雛森殿!」

 

それから二人は他愛もない話をした。あそこの甘味処が美味しい、あの隊は誰が綺麗で憧れるなど。奇しくも二人は同じく鬼道が得意という事もあり話が弾んだ。そんな中ふとルキアの目に入ったのは眠る彼の隣に立てかけられている彼の斬魄刀『氷輪丸』。氷雪系最強と名高いその斬魄刀の持つ力はルキアも実際に身をもって体験していることから疑いようはない。だが、『氷輪丸』を氷雪系最強と何故死神達は知っているのだろう…?そう考えてしまったからかつい口に出してしまった。

 

「氷雪系最強の斬魄刀…」

 

「え?ああ、『氷輪丸』がどうかしたの?」

 

「あ、い、いえ…何故みながみな氷雪系最強と知っているのかと疑問に思いまして…」

 

「確かに…なんでだろう…?」

 

言われてみればそうだと雛森も首をかしげる。二人して疑問に思っているとその疑問に答えるかのように声がかかる。

 

「それは氷輪丸には前任者がいたからだ」

 

その声に驚いた二人はビクッと跳ね上がると急いで振り返り声の主を確認する。

 

「「浮竹隊長!?」」

 

そこに居たのは十三番隊隊長、浮竹 十四郎(うきたけ じゅうしろう)

 

「驚かせてしまったようですまないな。話が聞こえて来たからつい答えてしまった」

 

二人は予想外の人物の登場に驚いたもののすぐに意識を切り替える。

 

「い、いえ…「それよりも浮竹隊長!シロちゃ、日番谷君の『氷輪丸』に前任者が居たって本当ですか!?」雛森殿?」

 

食い気味にそう問いかける雛森の姿を見て一瞬驚くも、自身も聞きたい事であることには変わらない。そう考えたルキアも浮竹が答えるのを待つことにした。

 

「お前達も卍解を会得したものは一人の例外もなく名前を尸魂界の歴史に刻まれることは知っているだろう?あれは正式に言えば卍解まで至った斬魄刀の所有者の名前とその能力を記録するという事なんだ」

 

「名前は分りますが何故能力まで記録する必要があるのですか…?」

 

ルキアは疑問に思った事をそのまま口に出す。

 

「ははっ。確かに朽木が疑問に思うのも無理はない。だがこれは必要な事なんだ。同じ斬魄刀が現れる事は非常に稀とは言え()()。ならば、なにかあった時…具体的に言えば尸魂界に反旗を翻した時に備えて記録してあるんだ」

 

確かに情報は大切だろう。知っているのと知らないのとでは大きな違いがあるし、知っていれば被害の拡大も防げる可能性も上がってくる。記録される理由は理解できた。ならば次に疑問に思うのは…

 

「あの…浮竹隊長。『氷輪丸』の前任者ってどういう人だったんですか…?」

 

そう、前任者の事だ。思い返せば皆やたらと『氷輪丸』の事を警戒しているようだった。そしてそれは古参の死神になればなるほど顕著になってくる。

 

「『氷輪丸』の前任者の名は氷月 蒼士朗(ひづき そうしろう)。護廷十三隊の初代十番隊隊長を務めた男であり、元柳斎先生の親友だった男。…そして元柳斎先生が死闘の果てに斬った男でもある」

 

「え!?」

 

「親友を斬ったんですか!?何故総隊長殿はそのような事を!?」

 

聞かされたのは驚きの内容だった。総隊長の親友であり、総隊長自らが斬り捨てたなどこれだけでは意味がわからない。混乱している二人を見た浮竹は自分もそこまで詳しくは知らないのだが、と前置きをしてから話し始めた。

 

「氷月蒼士朗は元柳斎先生と共に最強の死神と言われていたらしい。炎熱系と氷雪系、性格も真逆だったが、なぜか二人は馬が合ったんだそうだ。互いの実力を認め合い高め合った二人は何時しか最強の死神と呼ばれるようになり、同時に二人の振るう斬魄刀も最強と呼ばれるようになった。事実、最強であることは間違いないだろう?」

 

確かにそうだ…。総隊長の斬魄刀が解放されたところは見たことがないが日番谷が振るう『氷輪丸』の凄まじさは何度も稽古をしているルキアはもちろんの事、雛森も()()()以降も何度か見たことがあるから納得できた。

 

「だが、二人は護廷十三隊の在り方を巡って対立した。元柳斎先生は今の護廷十三隊の在り方を押し、氷月蒼士朗はそれまで通りの人の命を顧みない殺伐とした殺戮集団で在るべきだと、死神は魂のバランスを調整する事だけを考えているべきだと、そう言っていたらしい」

 

「そんな事を…」

 

「だから、総隊長は斬ったんですか?自分の親友を…?」

 

雛森のその問いかけに浮竹は苦笑いすると困ったように続きを話し始める。

 

「いや、元柳斎先生も最初は話し会いで解決しようとしたらしいんだが、どこまで行っても平行線で決着が付かなかったんだそうだ。最後まで話し合いの解決を望んだ元柳斎先生と違い、氷月蒼士朗は元柳斎先生に護廷十三隊の在り方を掛けた死闘を申し込み、元柳斎先生はそれを受けた。いや、受けざるを得なかった。」

 

「ですが隊長。総隊長殿は受けないこともできたのではないですか?」

 

ルキアは疑問を呈する。それに答えたのは浮竹ではなく同じく話を聞いていた雛森だった。

 

「…受けなければ総隊長が、氷月蒼士朗の考えに屈したと認めたものとする。なんて書かれていたら受けようがない…ですよね?」

 

「ああ。実際、それに似たことが書いてあったらしい。…そして二人は激突した。互いに卍解を使った文字通りの死闘だったそうだ。…そうだ。この尸魂界の外れに草木が一本も生えていない岩しかない場所があるのを二人は知っているか?」

 

「いえ…私はそのような場所は記憶にありませぬ」

 

「私も分かりません」

 

浮竹の問いかけは不思議なものだった。岩しかない場所があるから何だというのだろう?それが二人の疑問だった。

 

「そこはもう千年以上草木が生えない。いや、命というものが失われた土地しかない。その場所こそが元柳斎先生と氷月蒼士朗が死闘を行った場所だ。未だに大地に爪痕を残している。それだけで二人の戦いの凄まじさが分かるだろう…。だからこそ、この話を知る死神達は『氷輪丸』を警戒するし、元柳斎先生もまた、冬獅郎の事を気にかけるんだろう」

 

想像以上だった。自分達では知らなかった事実、歴史。もしかしたら今自分が所属する護廷十三隊が人の命を顧みない殺伐とした殺戮集団になっていたかも知れないと聞いたら、総隊長が勝者となったのは喜ばしい事だ。喜ばしい事だが…

 

「…どんな」

 

「雛森殿…?」

 

「どんな気持ちだったんでしょうか…?自分の親友を…憎んでいた訳じゃないのに願った形が違うからと殺しあって…斬るしかなかった総隊長の気持ちは…」

 

雛森という少女はとても優しい。相手の事を思いやる事ができ、自分の事のように喜び、悲しみ、怒ることができる優しい少女だ。だがそれは悪く言えばそれは相手の気持ちに感情移入しすぎてしまうという事でもある。

 

「…どうだろうな。俺に例えるなら、京楽と本気で殺しあってその果てにアイツを斬るっていう事だからな…考えただけでもゾッとする」

 

苦々しい表情でそう漏らす浮竹に対し二人の少女は掛ける言葉が見つからなかった。

 

「僕を斬るなんて随分と物騒な話をしてるんじゃない?浮竹」

 

「京楽…!」

 

「「京楽隊長!?」」

 

音もなく現れたのは八番隊隊長、京楽 春水(きょうらく しゅんすい)。浮竹と同じく真央霊術院を出た初めての隊長だ。格好は隊長の羽織の上に女物の着物を羽織り、女物の長い帯を袴の帯として使うなど派手な格好である。性格も見た目通り飄々としているが、実は真実を見通す力に優れており、いざというときになると冷静で的確な判断を下すことが出来る隊長格に相応しい能力を持った死神だ。

 

「一体何の話をしていたんだい?」

 

「…『氷輪丸』の前任者、氷月蒼士朗について話していたんだ」

 

浮竹の答えを聞いてすこし目を見開いた京楽は直ぐ何かを悟ったように小さく"そうかい"と呟くと話を聞いて気持ちが沈んでいる二人の少女に目をやり、空気を換えるように明るい声で話し出す。

 

「けど浮竹、僕を斬るって例えは酷いんじゃない?僕が何かしたのかと驚いちゃったじゃないの」

 

「いや、それは…まぁ、そうだな。うん、すまん京楽」

 

「冗談だよ、冗談。…君達も何時までも沈んでちゃダメだよ?山じいが彼を斬った時何を思っていたかなんて僕らには分かりようがない事なんだからさ。沈んでいるよりも山じいが選んだ今の護廷十三隊の在り方は間違いじゃなかったと、僕たちが証明してあげた方がずっといい」

 

「京楽隊長…」

 

京楽が沈んでいる自分達を気にしてくれているのが分かるからこそ二人も前を向く。何時までも沈んではいられない。総隊長が選んだ今は正しかったのだと自分達が証明しなければいけないのだから。

 

「私、頑張ります!総隊長が選んだ今は間違いじゃなかったって思うから!」

 

「わ、私もそう思います!」

 

二人の少女の覚悟を聞いた古参の死神二人は笑みを浮かべる。自分たちの師が選んだ事は間違いなんかじゃなかったとそう思えたから…。

 

「「「「ッ!!」」」」

 

だがそんな優しい暖かな空気を壊す冷たく重たい霊圧が彼らに圧し掛かる。その発生源はベッドの上で寝ていたはずの少年。

 

「ぐあぁあああああ!!!」

 

「シロちゃん!!」

 

「ダメだ!!近寄るんじゃない!」

 

苦しそうに叫び声を上げる少年に駆け寄ろうとする雛森を止めた浮竹は自らの斬魄刀に手を伸ばす。

 

「これは…只事じゃなさそうだねぇ…彼、負けたのかい?」

 

京楽の呟きは虚に言葉通り、虚に負けたのかという確認、そして斬る覚悟はあるのかと自らの親友へと投げかける問いかけでもある。そんな中、事態は動く。眠っていたはずの少年は立ち上がり、少年を覆っていた結界は霊圧に耐えられず破壊され、眠っていたベッドも粉々に吹き飛ぶ。そしてその中心に佇む少年は俯いていた顔をゆっくりと上げる。

 

「アアアアアアアアア!!!!」

 

その顔には白い仮面。それは少年が虚の力に負けた証に他ならない。

 

「嘘…嘘だよね…?シロちゃん…」

 

その姿を見て呆然自失となるのは彼に恋心を抱く雛森である。自分の想い人の少年が虚になるなど彼女の理解を、いや心が理解することを拒否していた。

 

「京楽、二人を頼む」

 

そんな雛森を他所に浮竹は自らの斬魄刀を抜き放つ。

 

「…いいのかい?」

 

「ああ、覚悟は出来ている。冬獅郎は…俺が斬る」

 

「そうかい…」

 

そう言って京楽は二人の少女を自分の背に隠す。二人に見せるべきではない。そう判断しての行動だった。

 

「シロちゃん…嘘だよ…こんなの絶対嘘…シロちゃんは、虚になんかに負けたりしない。…だから、私が助けるんだ」

 

「雛森殿…?」

 

ルキアは隣で呟き始める雛森を見やる。その目には先ほどまでの怯えはなく、覚悟を決めた力強い目をした彼女の姿があった。同時に嫌な予感がひしひしとしている。

 

「シロちゃん!!」

 

「なに!!」

 

「雛森殿!!」

 

「ダメだ!君まで行かせる訳にはいかないよ」

 

ルキアは彼女を止めようとするが一歩遅かった。驚く浮竹の声と自分を制止する京楽の声が聞こえる。雛森は飛び出すと彼に抱き着く。そして信じられない行動に出た。

 

「縛道の六十一『六杖光牢(りくじょうこうろう)』!」

 

あろうことか雛森は自分ごと『六杖光牢』で動きを封じたのだ。これには隊長格二人も驚きを隠せない。

 

「何をしているんだ!」

 

「これは…まいったね…彼女、もしかして彼と心中でもするつもりかい…?」

 

そんな隊長格二人の驚愕を他所に雛森は叫ぶ。愛しい少年の名を。

 

「シロちゃん!!シロちゃんは虚になんて負けない!シロちゃん言ったじゃない!守りたいものがあるんだって!なら…なら虚なんか倒して…帰って来てよぉ!」

 

その叫びが届いたのか苦しみだす少年。

 

「グゥガァァアアアアアアアアア!!!」

 

その叫びと共に一つまた一つと突き刺さる光は消えていく。それでも彼女は離れない。少年が帰ってくることを最後まで諦めない。

 

「シロちゃん!虚なんかに負けないで!私はここに居るよ!シロちゃんを絶対に一人にしないから!」

 

全ての光は消えた。そしてそれは少年を押さえつけるものが無くなったことを意味する。少年は右手を振り上げる。

 

「いけない!早く離れるんだ!!」

 

「雛森殿!!!」

 

京楽も自身の斬魄刀に手を掛ける。

 

「シロちゃん!!!!」

 

少年は勢いよくその手を振り下ろす。

 

「なッ!」

 

「バカな…」

 

「これは…予想外の展開だねぇ…」

 

驚くのも無理はない。少年が振り下ろした手は自身に抱き着く少女ではなく、自分の仮面へと向けられており、仮面には罅が入りその罅に手を突き刺しているのだ。まるで剥ぎ取るかのように。

 

「ぐうううううう!!!」

 

少年は苦しそうな声を上げる。それでもその手は仮面を剥ぎ取ろうとしている。それが分かるからこそ少女は少年の名を呼ぶ。頑張って、虚なんかに負けないで。私は此処にいるよとそんな気持ちを込めて少年を呼ぶ。

 

「シロちゃん!!!!」

 

少女の声が後押しとなったのか少年は叫び声を上げ勢いよく仮面を剥ぎ取る。

 

「うおぉおおおおおおおおおお!!!!」

 

砕け散った仮面が辺りに散らばる。少年に抱き着く少女はゆっくりと少年に問いかける。

 

「シロちゃん…?」

 

それでも目の前の少年は返事をしない。

 

「し…シロちゃん…」

 

雛森の目に涙が溜まっていく。間に合わなかったのではないか、そんな不安が押し寄せる。

 

「声が…聞こえたんだ…。雛森の…声が聞こえた。…ありがとな」

 

そんな不安に押しつぶされそうになっている少女の耳に一番聞きたい声が聞こえてきた。そこに居たのは冷たく重い霊圧を持つ虚の仮面を被った彼ではなく、少女の恋したぶっきらぼうだが優しい少年が笑みを浮かべる彼だった。

 

「シロちゃん!!よかったよぉおおおおおおおお!!ばかぁあああああああ!!!」

 

その笑みをみて一気に張り詰めた気持ちが解放された少女は思い切り少年に縋りつき泣き叫ぶ。よかったと、無事で本当に良かったと。そして心配をかけたことが分かるからこそ少年も甘んじて受け入れる。

 

「冬獅郎…なのか…?」

 

「ああ、間違いなく俺は日番谷冬獅郎だぜ」

 

「そうか…そうか…」

 

「いやぁ、驚いたなぁ。これも愛の成せる奇跡って奴なのかねぇ…」

 

心底ホッとした様子を見せる浮竹と驚いたと口では言っているがどこか感心した様子の京楽。

 

「朽木もすまなかったな…」

 

「いえ!私は!私は…何も…出来ませんでした…」

 

自分は何もできなかったと自分を責めるルキアを見た彼は驚いたようだったが、真面目な表情で彼女に自分の気持ちを話す。

 

「いや、ここに居るってことは心配してくれてたんだろ?それだけで十分ありがたいさ。だからそんなに自分を責めるな」

 

「日番谷七席…はい!」

 

ルキアに笑顔が戻った事で隊長格二人も微笑みを浮かべる。特に浮竹は顕著で、あと少しで自分の部下を手に掛ける所だったこともあって殊更安心したようだった。

 

「雛森も…ありがとな。お前の声が聞こえたから、俺はアイツに勝てた」

 

「うん…シロちゃんがシロちゃんじゃなくなるかもしれないって怖かった。凄く凄く怖かったの…」

 

「雛森…」

 

縋りつくかのように強く日番谷に抱き着いている雛森。そんな彼女を見て京楽がニヤリとしながら楽しそうに、そしてどこか揶揄うように口を開く。

 

「いやぁ~日番谷七席も隅に置けないねぇ。こんなに可愛い彼女さんがいるなんて。そりゃ応援されたら虚にだって勝てちゃうわけだ」

 

「いや、雛森とは別にそんな関係じゃ…」

 

「いやいや君の今の状況を見てごらんよ。彼女、離してなるものかと言わんばかりにがっしりと君に抱き着いているじゃない。別に照れなくてもいいでしょうに」

 

だがそれは自分の現在の状況を理解していなかった雛森に今自分が何をしているのかを理解させるには十分すぎて、だからこそこの結末は避けられなかったのかもしれない。

 

「…い……」

 

「雛森…?」

 

日番谷冬獅郎という少年がいかに優秀と言えども悲しいかな、女心は分からない。自分が懸想する少女が今まさに自身の許容量を超え、爆発寸前な事など少年には分かる筈もなかった。

 

「いやぁあああああああああああああ!!!!!」

 

ドゴッと凄まじい音と腹にめり込む少女の拳。凄まじく綺麗な、それこそ見ている隊長格二人が感心するほどのそれは内なる虚との闘いで消耗していた少年の意識を刈り取るには十分な威力を持っていた。

 

「…な…なんで…?」

 

こうしてまた少年はベッドの上に逆戻りした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

氷原に木霊するは金属のぶつかり合う甲高い音と、舞い散る血飛沫。だが、その血飛沫は一人のもの。だからこの結果は当然の帰結だったのだろう。

 

「ガッ!?」

 

勢いよく氷塊に激突したのは白い死覇装を纏った少年。

 

「て…テメェ…」

 

氷塊の中から現れた少年は全身傷を負っていない場所を探すのが難しいほどに血塗れの姿で息も絶え絶え、立っている事さえやっとな状況だ。

 

「そろそろ、諦めてくれないかな」

 

それに対して自分を見下ろす青年は全くの無傷。掠り傷一つその身に負っていない。それが少年の神経を逆撫でる。まるで自分がさっき氷塊に閉じ込めた黒い死覇装の少年と同じような状況に苛立ちは募る一方。だからこそ彼は叫ぶ。目の前の自分の同類である青年に対し、恨みを乗せて。

 

「ふざけんじゃねぇ!!!!俺の身体に居ついている寄生虫の分際で何を偉そうにほざいてやがる!あの野郎は覚えてないようだが俺は違う!!テメェの事が!正体が!バレてねぇとでも思ってんのかッ!!!破面!!!!」

 

その叫びを聞いた青年は全く動じる事なく答えを返す。目の前の虚の叫びに呼応して少年の身体に影響が出たことを感じ取りながら…。

 

「…やっぱり同類の君にはバレるか。確かにこの身は君の身体に寄生しなければ保っていられない程の損傷を負っている。それは否定しようのない事実だ。だが、それと君を倒す事は別問題だ。違うかい?その体は死神である冬獅郎君のものだ。虚である君のものじゃない。勿論、僕のものでもない。」

 

それを聞いた少年は尚も叫ぶ。

 

「この身体は俺のモノだ!!アイツは俺に負けた!あの氷の中で眠りについてる事だろうよ!!!」

 

さらに少年の身体に影響が出たのを青年は感じ取る。この調子なら仮面は出たかと予想を立てながら。

 

「――あの氷とはどの氷だい…?」

 

だがそれでも青年は動じない。この程度であの優しい少年が負ける筈がない事を知っているから。何故ならあの優しい少年には、あの泣き虫で優しい頑張りやな少女が付いている。

 

「だからあの氷の…ッ!!!」

 

だからほら、これは当然のことだと青年は微笑む。大気を震わす霊圧。それは虚の少年にとっては確かに倒した筈の者の霊圧。どんどん上昇していく霊圧はとどまることを知らない。霊圧に耐え切れなかった氷塊は粉々に弾け飛ぶ。

 

「…なん…だと…!?」

 

虚の少年は自身が氷に閉じ込めた筈の場所に人影を見つける。そこには黒い死覇装を纏い血塗れながらも立ち上がる少年の姿。ボロボロの筈なのにその瞳は自分が倒した時とは比べ物にならない程に力強く、虚の少年は気圧される。

 

「――おかえり、冬獅郎君。手助けは必要かい…?」

 

青年の声に少年、日番谷冬獅郎は答える。力強く、弱さなど微塵も感じさせない声で。

 

「必要ない。お前はそこで黙って見てろ夢月。…それと、ありがとよ。時間…稼いでくれてたんだろ?」

 

その答えに少し笑いながら青年、夢月は応える。心底嬉しそうに、眩しいものを見るように。

 

「さて、何のことかな?思った以上に虚の君が強くてね…時間が掛かってしまったんだよ。流石は虚といえども冬獅郎君だね」

 

「白々しい。…けどまぁ、いいさ。」

 

互いに互いを信じているからこその軽口の応酬。それに少しの気恥ずかしさを感じながらも意識を目の前にいるもう一人の自分()に向ける。

 

「―――いくぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――冷たい。氷輪丸で作り出した氷を冷たいなんて思ったのは何時ぶりだろうか。俺は負けたのか…虚の自分に…。でも仕方ないよな…俺が弱かったから負けたんだ…。あぁ、ダメだ。頭が働かない。凄く…凄く眠たい…このまま眠ってしまおうか…。

 

"…ちゃ…ん!!"

 

今…誰かの声が…

 

"シ…ちゃ…ん!!"

 

また聞こえた。誰だ…?誰を呼んでるんだ…?

 

"シロちゃん!!シロちゃんは虚になんて負けない!シロちゃん言ったじゃない!守りたいものがあるんだって!なら…なら虚なんか倒して…帰って来てよぉ!"

 

ひな…もり…?ひなもり…雛森!?そうだ…なにが眠ってしまおうかだ。俺には帰りを待ってくれてる人が居る。まだ雛森に自分の気持ちすらちゃんと告げられてない。まだ、藍染を倒してもいない!まだ、守りたい人たちがいるんだろうがッ!!立てよ日番谷冬獅郎。男なら立ってみせろ!!!俺の気持ちに呼応するかのように上がり始める霊圧。だが足りない。もっと、もっとだ。

 

―――そして耐え切れなくなった氷塊は砕け散る。

 

「…なん…だと…!?」

 

氷塊を粉砕して最初に聞こえて来たのはアイツ()の困惑する声と信じられないものを見たとばかりに目を見開くアイツ()の姿。そして…

 

「――おかえり、冬獅郎君。手助けは必要かい…?」

 

なんて軽口を叩いて来る夢月の姿。なんてことないように振る舞ってるつもりだろうがホッとしているのがバレバレだ。

 

「必要ない。お前はそこで黙って見てろ夢月。…それと、ありがとよ。時間…稼いでくれてたんだろ?」

 

お前が時間を稼いでくれたなんてことはボロボロのアイツ()を見りゃ一目瞭然だ。夢月と自分の実力差は普段からボコボコにされてる俺自身が良く分かっている。その気になれば瞬殺出来たろうに俺が目を覚ますのを待っててくれたんだろう。アイツ()は夢月の実力を知っていたにも関わらず、俺を倒した高揚感から夢月を倒せると思い上がった。バカな奴だよ、本当に…。

 

「さて、何のことかな?思った以上に虚の君が強くてね…時間が掛かってしまったんだよ。流石は虚といえども冬獅郎君だね」

 

「白々しい。…けどまぁ、いいさ。」

 

本当に白々しい奴だよお前は。…けど、感謝するぜ夢月。目を閉じ勝たねばならない理由を確かめる。必ず勝つと覚悟を決めて目を開ける。その目に映るは虚の力、その具現たるもう一人の自分。

 

「―――いくぜ」

 

その声と共に一気にアイツ()に迫る。その速度は今までとは比べ物にならないほどのもの。

 

「なんだその速度は!?ぐっ!」

 

アイツ()の困惑する声が聞こえるがそんなもの知った事ではない。一気に刃を振り下ろす。そのまま鍔迫り合いにすらならずに吹き飛ばす。

 

「『氷竜旋尾(ひょうりゅうせんび)』!」

 

更に追撃とばかりに氷で形成された斬撃を放つ。今までとは比べ物にならない程の範囲と威力を持ったそれを奴は上に飛ぶことで避ける。…ああ、今の状況じゃその逃げ方しかないよな。けど忘れているぜ。

 

「甘ぇ!『氷竜旋尾・絶空(ひょうりゅうせんび・ぜっくう)』!!」

 

氷の斬撃を上空にいるアイツ()に向けて放つ。だが、氷漬けにされるもすぐに内側から氷を破壊して出てくる。

 

「クソがッ!!なんだ!なんだ!なんなんだよ!!テメェは!!!!」

 

奴は自分の持つ『氷輪丸』の先端を此方に向け、その刃先に霊圧を集め始める。

 

"シロちゃん!虚なんかに負けないで!私はここに居るよ!シロちゃんを絶対に一人にしないから!"

 

ああ、本当に…俺はいつも雛森に励まされてばっかりだ。アイツ()の霊圧は今までで最高、最強のものだ。今までの俺だったら無理だったかも知れない。けれど、何故だろうな…。自分でも驚くくらいに…負ける気がしねぇ!!!

 

「死にぞこないがァアアア!!!さっさと消えろォオオ!!!!!」

 

奴が放つのは虚が放つ、破壊の閃光『虚閃(セロ)』。氷の如く冷たい薄青色のそれが明確な殺意を持って放たれる。

 

"シロちゃん!!!!"

 

その声が聞こえると同時に『氷輪丸』を構え、俺は真正面から『虚閃(セロ)』に飛び込む。

 

「うおぉぉぉおおおおおおおお!!!!」

 

俺の叫びに呼応して徐々に凍り付いていく奴の放った『虚閃(セロ)』。けどあと一手足りない。あと少し、あと少しなんだ。

 

"シロちゃん!!!!"

 

ッ!!ああ!聞こえる!雛森の声が!俺を信じて帰りを待ってくれてるアイツ(雛森)の声がッ!!!力が湧いてくるッ!今なら誰にも負ける気がしねぇ!!!!!

 

「うおぉおおおおおお!!!!『竜霰架(りゅうせんか)』!!!!」

 

「…クソッ…」

 

奴の放った『虚閃(セロ)』を尽く氷漬けにして放った本人ごと刃で貫く。空に浮かぶ巨大な十字架型の氷塊は砕け、現れたのは俺と俺の刃に貫かれたアイツ()

 

「ハッ…認めてやるよ…()()()テメェの勝ちだ。けど忘れるなよ?テメェが不甲斐ないようだと俺がお前を乗っ取るぜ」

 

「そんな事にはならねぇ…絶対にな…」

 

「―――その威勢がいつまで続くか楽しみだ」

 

その一言を最後にアイツ()は消滅した。けど完全に消えたわけじゃないんだろう。奴の言う通り、俺が不甲斐ない姿を晒せば間違いなくアイツ()は必ずまた現れる。

 

「ひとまずおめでとう、と言っておくよ。いや、お疲れ様…かな…?」

 

夢月。コイツにも今回は苦労を掛けた。

 

「夢月…もう一度言わせてくれ、ありがとう。助かった」

 

だからこそ礼を言ったんだが、なぜか夢月は申し訳無さそうな顔をしている。何故だ?

 

「お礼を言われるのは筋違いだよ冬獅郎君。今回の虚の一件は僕も原因の一つなんだ…」

 

「どういうことだよ」

 

夢月が原因の一つ…?いまいち意味が分からねぇ。

 

「本来ならあのテンタクルスとかいう虚に寄生されても虚の君が現れる事はなかったんだ。…けれど、僕という存在が君の中に居る事で君の虚に対する容量を超えてしまった。だから彼が現れたんだよ…」

 

なんだ、身構えてた割にはしょうもない内容だったな。そんなもん

 

「下らねぇ。お前のせいで俺の容量を超えたってのは分った。けどな、お前がいなかったら都さんも海燕も救えなかったし俺も此処まで強くなることは出来なかった。そして、あのお前が見せた映像と同じ道をたどっていた筈だ。お前に感謝することはあっても恨むことなんてねぇよ」

 

俺の話を聞いた夢月がこれまでにないほど驚いている。目を見開いて口も半開き、かなりアホな顔だ。

 

「いや、でも…」

 

「でもじゃねぇ!俺が良いって言ってんだからいいんだよ。それでも納得できねぇなら、これからも俺に力を貸してくれ。それでチャラにしてやるよ」

 

全く、こういう時は頑固なんだよなコイツ…。

 

「―――わかった。これからも君の力になることを誓うよ」

 

「おう!ってやべぇそろそろ戻らねぇと」

 

あれからどれだけ時間が経った…?早くしないと虚として斬られる…なんて事になるんじゃ…。

 

「大丈夫だよ。君が内なる虚を倒してからあちらではほとんど時間が経ってない。早く戻って雛森ちゃんを安心させてあげるといい」

 

「夢月…ああ、そうさせてもらう」

 

 

 

 

 

――こうして虚化を巡る内在闘争は一旦終息を迎えた。内なる虚との闘いでまた一つ少年は強くなった。…だが、そんな少年でもこれから自身の身に降りかかる愛しい少女からの鉄拳制裁だけは避けられなかったのだった…。

 




来週の投稿は厳しいかもしれません。
可能な限り頑張ってみますが、あまり期待せずに(そもそも期待してくださる方達がいるのかもわかりませんが…)お待ちください。



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7.掲げる花は

休日出勤しなくて済むよう金曜日に残業したので何とか書き終える事が出来ました。休日出勤は悪い文明。

今回はもう、オリジナル設定、独自解釈が前回の比じゃないです。ご注意ください。

それと題名の縛りを廃止致します。


メタスタシア討伐任務から始まった一連の騒動が終わりを迎えてから数年が経った。あの日、雛森の強力な一撃によって意識を失った俺が目を覚ましたのは翌日の日も高くなった頃。どこで聞いたのか目を覚ましてそうしない内に多くの連中が見舞いに来た。浮竹隊長、海燕、都さん、朽木に雛森、京楽隊長…は副隊長に連行されて行ったが…。予想外だったのは長次郎さんや総隊長(じいさん)まで来たことだ。この一件で自分が想像するよりも多くの人間に心配を掛けていたことを知り、それまで以上に修行に力を入れるようになった。総隊長(じいさん)に弟子入りしたのもその一つ。

 

「遅かったっすね。書類、終わりました」

 

そんな俺は現在、十番隊第三席の地位に居る。

 

「うおおおおおおおお!!!やるじゃねえか冬獅郎!!さすが次期隊長!!」

 

この煩いのが十番隊隊長、志波 一心(しば いっしん)。苗字から分かる通り海燕の身内だ。

 

「ちょっとちょっと!!次期隊長はあたしでしょー階級的に!!」

 

そしてこっちの煩いのが十番隊副隊長、松本 乱菊(まつもと らんぎく)。夢月が見せた映像の中で涙を流していた死神だ。十番隊はこの騒がしい隊長、副隊長が率いている。非常に騒がしい事この上ないが、俺はこの二人も、この隊も気に入っている。

 

「何言ってんだ。オマエみたいなのが隊長になったら隊が崩壊するわ」

 

「そうっスね。卍解も習得しましたし俺で問題ないと思います。むしろ今すぐにでも副隊長交換してもいいと思います」

 

「コラ冬獅郎!!あんたまで何言い出してんのよ!!」

 

総隊長(じいさん)の鬼の修行により、卍解はとりあえずの形では出来るようになった。だが、完成形には程遠くさらなる修練が必要となるだろう。当分の目標は卍解の完成だな。

 

「ん~!やっぱり饅頭は最高だな!!」

 

心底美味そうに饅頭を頬張る隊長には報告しなければならないことがある。

 

「隊長。二か月前の報告、覚えてます?鳴木市(なるきし)という中規模の都市なんですが、二か月前に担当死神が一人事故死しました。」

 

「あーあったな。原因調査中のやつだ」

 

「それです。それの先月分の報告書がさっき上がってきたんですが…原因は不明のまま先月は二名死亡しています」

 

報告を聞いた途端にさっきまでのふざけた態度は一変し、身をひるがえして隊所を出ていく隊長。

 

「あっ!ちょっとどこいくんですか隊長!!」

 

「調査!あと任せたぞー!」

 

「え!?今から!?一人で!?」

 

「オウ!明後日くらいには戻るから明日の仕事ヨロシクな!」

 

困惑している松本をよそに軽い返事を返している。けれど一人で行こうとするという事は、この一件は相当危険だと判断したという事に他ならない。だから確認する。知っている奴に。

 

"夢月。隊長はこの後どうなる?知っているんだろう…?"

 

「何言ってんですか!総隊長に報告とか…」

 

"知っているよ。でも彼をここで引き留めてはいけない。絶対にだ"

 

引き留めてはいけない…か。なら…。

 

「…隊長。俺も同行してもいいですか?」

 

「ちょっと冬獅郎まで何言い出すのよ!」

 

松本は一旦無視する。隊長から目を離さず答えを待つ。

 

「ダメだ。お前達は此処に待機だ。」

 

"夢月。隊長は…死ぬのか…?"

 

「それは足手まといになるからですか…?」

 

"いや、死なないよ。そしてちゃんと帰ってくる"

 

「違ぇよ。さっきも言ったろうが、次期隊長はお前だ冬獅郎。俺の身に何かあった時に後を託せる奴が必要なんだよ。そしてそれがお前だったって事だ」

 

隊長と呼ばれる人間はどうしてこう…そんな事を言われたら断れる筈なんか無いじゃないか…。

 

「わかりました。けど、帰りがあまりにも遅いと戻って来た時に隊長の席は無くなっているかもしれませんよ?」

 

言い返さないのは負けた気になるので軽口で返す。

 

「言うようになったじゃないか冬獅郎!だがまだお前に隊長の席は譲れないからな!帰ってくるさ!」

 

その言葉通り、隊長はひょっこり戻って来た。謎の黒い虚との戦闘があったらしいがこれを討伐し帰還したとの事だ。けどそれから数日もしないうちに隊長はまた現世に行くと言い出した。

 

「何考えてんですか隊長。現世、気に入ったんですか?」

 

松本が呆れたように聞く。

 

「い、いや~あれだよあれ、ちょっと礼を言わなきゃいけないやつがいてな」

 

「礼…?」

 

"冬獅郎君。これが()()()()()()()と会う最後になる"

 

礼を言わなきゃいけない相手、そして夢月から聞かされるもう帰ってこないという話。

 

「おう、礼だ。実はちょっとミスってな。危ないところを助けられたんだよ。」

 

"夢月、どういう事だ。また敵が現れるのか?"

 

"いや、敵は現れない。けど彼は自分を助けた少女を救う事を選ぶ。だからこれが最後なんだ"

 

また敵が出没するのかと問えば帰ってくるのは否定の言葉と自分を助けた少女を今度は隊長が助けるから最後という意味が分からない発言。

 

「え~!隊長そんな事、報告書に書いてありませんでしたよね!?」

 

「いやーあれだよあれ、ちょっとな?」

 

松本の指摘にタジタジになっている隊長を見ながら夢月に問う。

 

"それは死ぬという意味じゃないよな?"

 

"うん。しばらく会えなくなるだけ。そして彼をここで止めてはいけないよ"

 

しばらく会えなくなるだけで止めてはいけない…か。

 

「…はぁ、分かりました。黙っておきますから早く帰って来てください」

 

「ちょっと!冬獅郎!あんたまた勝手に!!」

 

夢月の言う通りならば隊長としてのこの人と会うのはこれが最後。確かに夢月に見せられた映像の中で藍染に斬られた俺は()()()()()()()()()()()()()。ならこれは予定調和で変えてはいけない事なんだろう。

 

「さっすが冬獅郎!話が分かるな!すぐ戻って来るからよ!お土産楽しみにしとけ!!」

 

そう言って走り去っていく隊長。

 

「もう!隊長!」

 

その隊長を見て怒り心頭な松本。

 

「冬獅郎!!あんたもあんたよ!隊長を行かせるなんて!」

 

「あのまま問答を続けてもあの人なら勝手に行くでしょ」

 

「うっ、そう言われると確かにそうかも…。もう!お礼を言うだけならすぐ帰って来るでしょう。冬獅郎!腹いせに隊長の隠してたお饅頭でも食べるわよ!」

 

すぐ帰って来る。結局その言葉が叶う事は無かった。十番隊隊長、志波 一心は現世にて消息不明となり、程なくして俺の元に十番隊隊長を任じる書状が届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背中に十と書かれた隊首羽織を着た俺は、一番隊隊舎に向かい足を進めている。今日は俺の隊長任命式だ。隊長…志波前隊長が消息不明になって直ぐに俺の元に任命状が届いた。それを見た松本が喧しかったが、まぁなんだかんだ言いながら認めてはくれているようだ。

 

「お、冬獅郎じゃないか…ってスマンな。もう隊長になったんだから日番谷隊長か」

 

「天貝?どうしてここに?」

 

呼び止めてきたのは一番隊第三席、天貝 繍助(あまがい しゅうすけ)。虚討伐の遠征部隊を率いていた人物でちょっとした事から知り合い、いつの間にか俺より先に総隊長(じいさん)の弟子になっていた兄弟子にあたる男だ。ちなみに、酒を一杯飲むだけで酔い潰れてしまうほどの下戸だ。

 

「偶然お前さんを見かけたもんでな。こうして話しかけてる訳だ」

 

「……」

 

…嘘だな。こんな隊首会が開かれる場所まで一直線のこの廊下に偶然居合わせるなどいくらなんでも無理がある。そんな俺の視線に気付いたのか、はたまた無理やりすぎる理由付けに恥ずかしくなったのかは分からないが咳払いを一つすると話し始める。

 

「冗談だ、冗談。だからそんな目で見るな」

 

「で、用件はなんだ?」

 

「なに、お前さんが緊張してるんじゃないかと思ってな。兄弟子として弟弟子の門出を祝うついでに緊張をほぐしてやろうという粋な計らいさ」

 

この男らしい理由だった。天貝は飾らない人柄と部下思いの性格をしており、遠征から戻ってきてまだ浅いのにも関わらず堅物揃いの一番隊で早くも慕われているというのだからどれほどのものか分かるだろう。ただ、まぁ…初めて天貝に会ったときは酷かった。タイミングも悪かったんだろうが、総隊長(じいさん)への恨みを呪詛のように口にしていたからな…。まぁ、それも誤解だったことが分かり今は何かの調査をしているらしい。

 

「はぁ…。そいつはありがとよ」

 

「おう、緊張が解れたなら行ってこい新隊長」

 

その言葉で緩んでいた気を引き締める。今日から俺が十番隊の連中を背負う立場になる。その重責に膝を折りそうになるが腹に力を入れ耐える。ようやくここまで来た。いや、やっとスタートラインに立ったんだ。

 

「ああ、行ってくる」

 

扉に向かい足を進める。考えるのはこれからのこと。奴との決戦の時まであと僅かしかないが、その時まで俺は自分に出来る事をするだけだ。そんな事を考えていると目の前に重厚な扉が見える。

 

「開けてくれ」

 

俺は扉のそばに控える看守にそう告げる。そして開いていく扉。開いた扉の向こうには対面に総隊長(じいさん)がいてその脇に隊長達が並んでこちらを見ている。勿論、藍染も…。

 

「今日から十番隊隊長になった日番谷冬獅郎だ。よろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隊長になってから数日が経ったこの日、俺は頭を悩ませていた。隊長としての業務についてじゃない。隊長としての業務は滞りなく出来ている。あの人が隊長だった時から書類は俺が片付けていたからな…。俺が頭を悩ませている原因は手元にある本日開催の"説明会のお知らせ"だ。

 

「何見てるんです?隊長」

 

「松本…これだ。藍染の奴から来た斬魄刀説明会の知らせだ」

 

「あれ?隊長まだ行ったことなかったんですか?あたしてっきりもう行っているものかと」

 

そう、今までにも何度か来ていたが全てタイミングが合わず参加出来ていなかったのだ。だが流石に今回は参加せざるを得ない。隊長が進んで和を乱していては示しがつかない。…席官でも同じだろうというのは置いておく。一応対策も出来てはいる…出来てはいるが参加したいかと聞かれれば参加したくない。

 

「はぁ…仕方ない。腹くくるか…」

 

「そんな大げさすぎますよー隊長」

 

そんなやり取りがあったが結局俺は藍染の斬魄刀説明会に参加していた。場所は五番隊隊舎の訓練所。今年死神になった連中や、虚討伐の遠征部隊で居なかった天貝、そして最近三番隊の三席になった貴船 理(きぶね まこと)の姿も見える。どうやらあちらも気付いたようで天貝が近付いてきた。

 

「よっ日番谷隊長!お前さんも参加してたのか!…でもお前さん参加したことなかったのか?藍染隊長は今までもこの説明会を開いていたんだろう?」

 

やはり疑問に思うよな…さて、どう説明したものか…。

 

「日番谷隊長は忙しかったようだからね。なかなか日程が合わなかったみたいなんだ」

 

そう言って現れたのはこの説明会を開催した主催者。

 

「藍染…」

 

「やあ、日番谷隊長。こうして参加してもらえて嬉しいよ。天貝三席も呼びかけに応じてくれてありがとう」

 

「いえ、自分の方こそ声を掛けて頂きありがとうございます」

 

「そう固くならないでくれ。呼んだのは僕の方だからね。どうしても僕の斬魄刀の能力上、同士討ちの危険性がある。だから、同士討ちしないようにする為にも知ってもらう必要があったんだ」

 

「なるほど…」

 

コイツはよくもまあ平然と嘘を吐けるな。テメエのそういうところは素直に凄いと思うぜ藍染。見習いたいかどうかは別として。

 

「…藍染、始めないのか?俺も暇じゃない。松本に任せると仕事がたまる一方なんだ。だから俺としては出来るだけ早く済ませて欲しいんだが…」

 

「ああ…苦労しているんだね。日番谷隊長も…うん、それじゃ始めさせてもらうよ」

 

そう言って前に出ていく藍染。同時に俺も準備を始める。藍染の持つ斬魄刀『鏡花水月(きょうかすいげつ)』は解放の瞬間を一度でも見る事で初めて効力を発揮する能力だ。だから俺は常日頃から『氷輪丸』の能力を使い、目の中に氷の薄い膜を張っている。現世で言うところのコンタクトレンズとかいうものと同じだ。『氷輪丸』で凍り付いたあらゆるものは機能を停止する。つまり、氷自体が停止させる力を持っているという事だ。で、あるならばその氷を通して見れば停止の力を持つ氷に阻まれて俺まで届かないだろうと考えた。一応『氷輪丸』にも確認したが可能との返答をもらったからな…問題はない筈だ。

 

「凄まじいな…これなら同士討ちを警戒してこんな説明会を開かなければいけないわけだ」

 

そんな声が隣から聞こえてくる。どうやら成功したらしい。俺には藍染がただ斬魄刀を掲げているようにしか見えないが隣の天貝を始めとした死神達は違うものが見えているようだ。…結果として今回の説明会も多くの死神達を奴の術中に落として終わりを告げた。俺の胸中に言いようのない無力感だけを残して…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから更に数年。現在、俺は現世に行く準備をしていた。というのもやっとまとまった連休を取ることが出来たのだ。現世に行く目的は現世にいる仮面の軍勢(ヴァイザード)との接触。取得できた休日は二週間。この二週間で仮面の軍勢(ヴァイザード)と接触し虚化の制御方法を聞き出し、虚化を自分のものにしなければならない。正直かなりの強行軍だがやるしかない。卍解を会得してから徐々にではあるが、一度倒した内なる虚が力を取り戻してきている。夢月が抑え付けてくれているから今は何とかなっているが、いつまでも夢月に任せておく訳にもいかない。

 

「松本、後は任せる」

 

「ええ、任せて隊長!そのかわり、お土産期待してますから!」

 

「期待しないで待ってろ」

 

本当に松本に任せて大丈夫だろうか。二週間後に二週間分の仕事が溜まってるとかないよな…?

 

「隊長…」

 

と、そんな事を考えていると、さっきまでのテンションが嘘のように真面目な声色と真剣な表情でこちらを呼ぶ松本の姿。

 

「…なんだ」

 

「もしあのセクハラオヤジにあったら一発ぶん殴っといて下さい」

 

俺が現世に行く理由のもう一つの理由。それが前隊長の志波一心を行方を捜す事だ。居る場所は分っている。空座町(からくらちょう)のクロサキ医院。夢月が言うにはそこに居るらしい。だから探し出すというよりは会いに行くが正しいか。

 

「わかった」

 

「…隊長は帰ってきますよね?」

 

不安そうな松本の声を聴くのはかなり珍しい。だから驚いたが、考えてみれば当たり前だった。前隊長も現世に行くと言って居なくなったのだ。少なからず連想してしまうのはしょうがない事だろう。

 

「当たり前だ。お前こそ俺が居ない間の仕事をサボるなよ」

 

必ず戻ってくると言外に伝えれば先ほどまでの不安そうな顔はどこへやら。

 

「了解です!」

 

いつも通りの元気のいい返事が返ってきた。

 

「それじゃ行ってくる」

 

そう言ってから俺は穿界門(せんかいもん)を開き、現世へ向かった。だが、着いた現世は生憎の雨。空は暗雲に覆われ、冷たい雨が降り注ぐ。

 

「…最悪だ」

 

思わず悪態を吐いてしまったが仕方がない事だろう。尸魂界(ソウル・ソサエティ)は晴天だったのだ。それが穿界門(せんかいもん)から出た途端に真逆の天気とはついてない。

 

「ん…?あれは…」

 

眼下には黄色い合羽を着た子供が母親と一緒に歩いている姿。だが俺が気になったのはその親子ではなく、その先の土手下にいる合羽を着た子供の姿をしたナニカだ。明らかにおかしいそれはただ立っているだけだ。この雨の中、一人で。

 

「こちら十番隊隊長、日番谷冬獅郎だ。聞こえるか?」

 

俺は伝令神機(でんれいしんき)を使い技術開発局に連絡する。

 

「こちら技術開発局です。どうしました日番谷隊長。休暇中の筈では…?」

 

「すまないが俺の居る地点付近に虚の反応がないか調べてくれ」

 

「了解しました。少々お待ちください」

 

背中の斬魄刀に手を掛ける。俺の予想が正しければあれは少女などではなく…。

 

「解析結果でました!日番谷隊長!そこに居るのは虚・グランドフィッシャーと思われます!五十年以上も死神達を退け続けてきた虚です!十分に警戒を!!」

 

やはりそうか!ってあの子供、近付いていってやがる。まさかアレが見えているのか?…おいおい、子供だけじゃなく母親にも見えているのか!?

 

「これより戦闘行動に移る!」

 

一刻の猶予も無いと判断した俺は、答えを聞く前に全速力で飛び出す。

 

「了解しました!限定解除許可は申請済みです!許可が下りるまでもうしばらくお待ちください!」

 

「了解だ!!」

 

子供の姿が裂け何かが飛び出してくる。狙っているのは黄色い合羽を着た子供!後から追いついてきた母親が子供を抱きしめる。

 

「やらせねぇ!!」

 

親子と虚・グランドフィッシャーの間に入り、伸びて来た触手の様なものを斬り捨てる。斬ったものを見る。これは毛か…?

 

「…死神か」

 

やけに落ち着いた虚だ。伊達に五十年以上も俺達から逃げおおせてないって事か。だが今は目の前の虚より先に後ろの親子だ。

 

「おい、後ろの親子。俺の声が聞こえるか?」

 

「貴方は…死神さん…?」

 

母親の方が答える。どうやら見えるだけでなく話まで出来るようだ。しかも死神を知っている。それだけ霊的濃度の高ければ狙われるのも無理はない。分かるかは微妙だが、名乗っておく。

 

「あぁ、十番隊隊長、日番谷冬獅郎だ。コイツは俺が引き受ける。子供を連れて早く逃げろ」

 

「っ…ありがとう」

 

そう言って走り去っていく足音。どうやら逃がすことには成功したようだが、気になるのは目の前のコイツだ。何故黙って逃がした?

 

「テメエ何故黙って見逃がした…?」

 

「彼奴等も霊的濃度は高かったが、おまえは死神。それも隊長なのだろう…?ならばおまえを喰らってからゆっくりと先の親子を喰らうまでよ」

 

成程…一番効率の良い捕食の順番を考え、行動に移すか。

 

"冬獅郎君。コイツは相手の記憶からその敵が斬ることのできない相手を読み取り、その姿を疑似餌にとらせることが出来る。つまり君の場合、彼女の姿を取る確率が高い。気を付けてくれ"

 

夢月からの情報でコイツが死神を喰えた理由と、今まで逃げられた理由が一気に解決した。コイツは速攻で片付けるべき虚って事が分かった今、限定解除許可が下りるのを待っているべきじゃない。

 

「霜天に坐せ『氷輪丸』!!」

 

迷わず『氷輪丸』を解放する。せっかくだ総隊長(じいさん)との地獄の修行の成果、お前で試させてもらうぜ。

 

「ほう!隊長と言うだけあって霊圧はなかなかのもの!とても…うまそうだ…!!」

 

限定霊印(げんていれいいん)を施された今の俺の霊圧がなかなかのもの…?その言葉に疑問を抱くが今は目の前の事に集中する。

 

「『群鳥氷柱(ぐんちょうつらら)』!!」

 

大量の氷柱をグランドフィッシャー目掛けて放つも奴は飛び上がる事でそれを回避する。

 

「ふふ…血の気の多い奴よの…!?」

 

奴は下を見ているがそこに俺は居ない。俺はお前の上だグランドフィッシャー。そしてこれが総隊長(じいさん)直伝の技。握りしめた左手の拳を真上から振り下ろす。

 

「『一骨(いっこつ)』」

 

強烈な打撃がグランドフィッシャーの胴体に炸裂し、奴は地面に勢いよく激突する。

 

「ぐおっ!」

 

落ちた先でさっき『群鳥氷柱(ぐんちょうつらら)』を放った時に仕掛けたものが発動する。

 

「『六衣氷結陣(ろくいひょうけつじん)』」

 

「なんだこれは!?」

 

地面の六ヶ所に仕掛けた氷の結晶が踏み込んだ相手を氷柱で包み込む。それがこの設置型の技『六衣氷結陣(ろくいひょうけつじん)』だ。元々は自分の足で踏みしめなければダメだった技だが、『群鳥氷柱(ぐんちょうつらら)』から派生出来るように改良した。けれどまだだ。ただ凍らせただけじゃ意味がない。そのことを総隊長(じいさん)との修行で嫌と言う程に学んだ。凍り付かせて脆くしたなら砕いて追撃をいれるべし。

 

「『結晶散華(けっしょうさんげ)』」

 

だから砕く。『結晶散華(けっしょうさんげ)』は凍り付かせたものを砕く追撃の技。『氷輪丸』のどの技からも派生する締めの技だ。

 

「酷いよ…シロちゃん…どうしてこんな酷い事をするの…?」

 

「ッ!」

 

砕いた氷柱から出てきたのは血塗れの雛森。いや、俺の記憶を読み取ったグランドフィッシャーが己の疑似餌にとらせた姿。疑似餌の中に逃げ込んだ上で雛森に変化したか…。けどなグランドフィッシャー、それは俺の逆鱗に触れる行為だ。

 

「シロちゃん…痛いよ…」

 

俺は地面に『氷輪丸』を突き刺す。その様子から俺には攻撃できないと見たのかグランドフィッシャーは雛森の姿で更に話しかけてくる。

 

「何かの間違いだよね…?シロちゃんは…」

 

「黙れグランドフィッシャー」

 

「ふふ…この小娘は斬れまい。おまえの最愛の小娘の姿だからな…おまえ達死神はみなそうだ!愛する者の姿を取ると動揺し斬れぬと言う!そして最後はわしの腹におさまりおる!!死神とはまっこと愚かな存在よのォ!!」

 

誰だって、大切な人がいる。家族、友人、恋人。その大切な人達との繋がりをコイツは嗤って利用した挙句に踏みにじる。虚にこんな事を言うのは筋違いだろう。けれどやっぱりテメエは許さねえ…!

 

「『樹氷細槍(じゅひょうさいそう)』!!」

 

地面の中から奴を貫く枝の様な幾つもの氷の槍。発動条件は『氷輪丸』を地面に突き刺す事。さっき『氷輪丸』を地面に刺したのはこのためだ。

 

「おまえは斬るのか…!?なんの躊躇いもなく、愛しい小娘を貫くのか!?」

 

疑似餌ごと貫かれたグランドフィッシャーが信じられないとでも言うように叫ぶ。

 

「勘違いしているようだから言っておく。外見をどんなに取り繕ってもテメェは偽物だ。本物の雛森はそんな悪意に満ちた顔はしないんだよ!!」

 

あいつは、雛森は優しい奴だ。俺の惚れた女はこんな醜い存在では断じて無い!!!

 

「待て!!いや、待って!シロちゃん!!」

 

コイツはッ!この期に及んでまだ…雛森を騙るのか…!!

 

「何度も…言わせるなッ!!砕け散れ!!『結晶散華(けっしょうさんげ)』!!!!」

 

俺の叫びに呼応して凍り付いた奴の身体は崩壊する。

 

「バカ…な…この…わし…が…」

 

その言葉を最後に虚・グランドフィッシャーは消滅した。さっきはあんな風に言ったがやはり少し堪える…。

 

「日番谷隊長!!限定解除許可が下りました!!!」

 

ああ、忘れてた…。

 

「悪いな…もう終わっちまった。グランドフィッシャーは倒した」

 

「ええ!?りょ了解です。こちらでも確かに霊圧の消失を確認しました。ご苦労様です日番谷隊長!」

 

休日初日からこれとは先が思いやられる。

 

「ああ。報告書は帰ってから提出する」

 

「了解しました。日番谷隊長、良い休日を…って言うにはちょっとアレですね…」

 

「まったくだ…」

 

そのやり取りを最後に通信は切れた。さて、これからどうするかと考えていると

 

「いや~知らない霊圧のぶつかりを感じ取って見に来てみればまさか隊長さんが居るとは思いませんでした」

 

後ろから聞こえて来た軽薄そうな男の声。ゆっくりと振り返るとそこに居たのは下駄と帽子、甚平という格好をした胡散臭い男が番傘を差して立っていた。

 

「あんたは…?」

 

夢月に見せられた映像の中では知っているが会うのはこれが初めてのため問いかける。

 

「アタシはしがない駄菓子屋の店長ですよ」

 

「自分で言ってて無理があるとは思わないか…?」

 

あまりにもふざけた返しが返ってきた為に、思わずツッコミを入れてしまった。この男、言動や格好はふざけたものだが隙が全く見つからない。底が知れないと言うのだろうか…やはり、あの藍染を封じただけはある。油断できるような相手ではないのは確かだ。

 

「いや~そんなに警戒されるとアタシも困っちゃいますよ」

 

どうやらこちらの警戒を見透かされたようでそんな軽口が返ってくる。それでも一切隙を見せないというのは流石としか言いようがない。

 

「まぁ、聞きたいことも沢山あるでしょうがどうです?アタシの店でお茶しながら詳しい話でも…?」

 

なんの手掛かりも無い状態でやっと手に入れた貴重な情報源…。少なくとも相手に戦闘の意思はなく、あくまでこちらとの話し合いを希望している…とりあえず話に乗ってみるか。

 

「…わかった。俺は十番隊隊長、日番谷冬獅郎だ。あんたの名を聞きたい」

 

すると目の前の男はさっきまでの胡散臭さからは想像できない程真面目な表情と声色でこう名乗った。

 

「アタシの名は浦原 喜助(うらはら きすけ)。以後、お見知りおきを」

 

これが現実での最初の出会い。そして夢月に見せられた映像から想像するよりももっと厄介な男との腐れ縁の始まりとはこの時の俺には知る由もなかった。

 

 




千年血戦篇アニメ化してくれないだろうか…。動く破道の九十九 五竜転滅とか超見たいのですが…。


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8.黒崎家にて

今回もギリギリ日曜日投稿に間に合った…。

それと誤字報告してくださった皆さんありがとうございます。


今回の話を読み終わった皆さんはきっとこう言う事でしょう。

「あ、やっぱりね」と…。


本来であれば光も射さぬ薄暗い部屋。だが今は幾つもの画面が光源となり、薄暗かった部屋を照らしている。光源は画面だけの部屋の中、画面の前に座る人影が二つ。

 

「なんやえらい楽しそうに見てはりますなあ」

 

画面を見ていた様に見えた二人に声を掛ける男。その身に死覇装を纏い、隊首羽織を着ている事から死神の、それも隊長であることが伺える。

 

「…わかるかい?ギン」

 

その問いかけに答えるのは、画面を見詰めていたこちらも隊首羽織を黒い死覇装の上に着ている眼鏡を掛けた男。

 

「そらまあ…それで、何があったんです?藍染隊長」

 

問われた死神、藍染惣右介はどこか楽しそうな雰囲気そのままに答える。

 

「実はね、僕の『鏡花水月』を破った死神が現れたんだ」

 

「っ!?」

 

その言葉に驚きを隠せないのは当然だろう。彼、市丸ギンは『鏡花水月』の恐ろしさを誰よりも知っているのだから。だからこそ興味が湧いた。その『鏡花水月』を破った死神に。

 

「…誰なんです?その『鏡花水月』を破った死神って」

 

「十番隊隊長…日番谷冬獅郎。あの『氷輪丸』の担い手だよ」

 

日番谷冬獅郎…史上最年少で隊長となった銀髪翡翠眼の天才児。交友関係が意外に広く、自身の隊である十番隊は勿論、かつて所属していた十三番隊や隊長の繋がりで八番隊、さらにはあの厳格な隊士が多い一番隊とすら交友関係があるというのだから驚きだ。何より、あの総隊長に弟子入りして過去を知る多くの死神達を驚かせたのは記憶に新しい。けれどそんな事よりも市丸には気になっていることがあった。

 

「あの…藍染隊長。けど、どないして気付きはったんです?」

 

日番谷冬獅郎が『鏡花水月』を破ったのだとしたら、目の前にいる藍染はいったいどうやってその事実に気付いたのか。

 

「なに、簡単な事だよギン。彼は僕の説明会でただ一人、僕から()()()()()()()()()()()んだよ」

 

「なるほど…それで…」

 

周りの人間が『鏡花水月』によって偽りの景色を見せられている中、一人だけ藍染から顔も目線も外さなかったらそれはもう『鏡花水月』を破った以外に考えられないだろう。だが、そうなると一つ疑問が出てくる。

 

「…殺さんのですか?」

 

何故殺さない。自身の『鏡花水月』を破り、計画の障害に成りかねない存在を何故この男は今まで放っておいているのか。

 

「確かに彼は私の『鏡花水月』を破った。方法はおそらく『氷輪丸』で作り出した薄い氷を通して見ていたんだろう。…この方法がとれるという事は『氷輪丸』の前任者、氷月蒼士朗が卍解時でしか使用できなかった"凍結したものの能力の停止"を始解で使用することが出来るということ。確かに前任者以上の才能だろう。…だが、それだけだ」

 

「……」

 

「彼一人が私の『鏡花水月』から逃れて何になる?彼が何を言おうとも、誰も信じはしない。人と言うものは結局、自分が見たものをこそ信じる生き物だからだ。それにだ、ギン。予定調和も悪くはないが、私は多少のリスクがあった方がいいと考えているんだよ」

 

これは誰に向けた言葉だろうか。市丸の背筋に冷たいものが走る。この話題を続けるのは得策ではないと判断した彼は話題を変える事を選択する。

 

「…やっぱり、藍染隊長は恐ろしい人や。それで、楽しそうな理由は分かりましたけど何を見てはったんです?」

 

その言葉を受けて藍染は自身が見ていた画面へと視線を移す。その視線の先に映るのは先ほど話題に上がった日番谷冬獅郎が虚と戦う姿が映し出されていた。それを見た市丸は思わず舌打ちをしそうになったがなんとか堪える。話題を逸らしたつもりが、逸らした先にも話題の人物が映っているなど予想外にも程がある。

 

「ああ、彼が黒崎真咲とその息子、黒崎一護を救い出したみたいだね。…しかし、限定霊印されていようともあの程度の虚相手に始解をするとは…どうやら期待外れのようだ」

 

その言葉に驚き思わず目を見開いてしまった市丸を責める事など出来ないだろう。目の前のこの男が誰かに期待するなど聞いたこともなければ、考えた事すらなかったのだから。

 

「随分と…驚いているようだね。そんなに私が彼に期待していた事が不思議かい?」

 

「そらまぁ…藍染隊長が誰かに期待してるなんて思いませんでしたから」

 

「そうかな?僕は君にも期待しているよ、ギン。それに彼は…日番谷冬獅郎という少年は実に興味深い存在でね。初対面の僕に対して敵意でも恐れでも尊敬でもなく、純粋な覚悟を宿した瞳で見たんだ。だからこそ、彼ならもしかしたら…と、そう思ったんだよ。まぁ、期待外れだったようだけどね…」

 

彼ならもしかしたら…それはいったい何を期待していたのだろう。この藍染惣右介という男は生まれながらの強者だ。隣に並び立つものがおらず、およそ好敵手と呼べるような相手などいなかっただろう。だからだろうか…?彼が望んでいるのはそういった相手ではないかと考えてしまったのは。だがすぐに市丸は自身の考えを否定する。そんなことはあり得ない、と。

 

「…成程、ここで君が出てくるか浦原喜助。」

 

その声につられて画面を見るとそこには尸魂界(ソウル・ソサエティ)を追放された死神、浦原喜助が日番谷冬獅郎に話しかける姿が映し出されていた。

 

「全ての舞台が整うまであと数年…。君に何が出来るのかお手並み拝見といこう」

 

その藍染の言葉の後、市丸が再度画面に目を向けるもそこには先程居た筈の二人の姿は無かった。…全ての舞台が整うまであと数年。あと数年しか彼らに残された時間は無いのだ。市丸は誰も映さなくなった画面を見詰め続けた。その目に確かな覚悟を宿したまま…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浦原商店。それが浦原喜助に連れてこられた場所だった。表向きは古びた駄菓子屋にしか見えないが聞いた話によると、霊的商品などを売る・虚ごとにランク分けされた換金システムで虚を浄化するごとに賞金を渡すなどの死神への援助を行う闇商人としての一面を持っているようだ。

 

「さて、何からお話ししましょうか」

 

そう言って話を切り出す浦原。しかしどこから話したものかと頭の中では考えを巡らせている事だろう。この目の前の男は軽薄そうに見えるがその実、とんでもない切れ者だ。だからこっちから話題を振ることにする。この目の前の男が驚くような、そんな話題を。

 

「俺は藍染の斬魄刀『鏡花水月』に掛かってないし、あんたらが藍染に濡れ衣を着せられて尸魂界(ソウル・ソサエティ)を追放された事も知ってる」

 

反応は顕著だった。突然警戒心が上がったのだ。何故だ…?

 

"冬獅郎君。その説明は誤解を招くよ。それじゃ藍染側とも取れてしまう"

 

夢月からの補足で自分の発言を振り返ってみる。…確かにどっち側か分からないな。

 

「俺は藍染の仲間じゃない。寧ろ敵だ。俺の言葉が足りなかったのは謝る」

 

それでも警戒は解く気配はない。出だしから完全に失敗したようだ。

 

「アナタが藍染の敵であるのなら、何のために彼と戦うんです?アタシにはアナタが戦わなければいけない理由が思いつきませんが…」

 

俺が藍染と戦う理由は…いや、あれを言うのか…?ここで?コイツ相手にか…?でも言わなければ納得しないだろうし誤魔化しは信用を損なう。…腹を括るか。

 

「…じ…ひな…だ…」

 

口に出すとやはり恥ずかしく、自分でも思った以上に声が小さくなってしまった。

 

「はい…?スミマセンがもう一度言ってもらえます?できればもっと大きな声で」

 

そうだよな、そうなるよな。こうなりゃ自棄だ。よく聞けよ浦原喜助!!

 

「幼馴染のッ!雛森を…守りたいからだッ!!!!文句あるかッ!!」

 

きっと俺の顔は真っ赤だろう。そして俺はこんな大声で何を言っているんだろう。

 

「ぶッ。いや…ふふ、失礼。ふふっ、アタシも長年死神してますがそんな青臭い理由で戦う人初めて見ましたよ。」

 

「うるせぇ…笑いたきゃ笑えばいいだろ…」

 

「いや~スイマセンね。けど、アナタが藍染の敵って事は信じる事にしました」

 

今のやり取りのどこに信じる要素があったのか聞きたいんだが…?

 

「アナタが彼の側についているならこんな理由は選ばないでしょうから」

 

「それを見越してかも知れないだろ…」

 

俺の発言の何が可笑しいのかニヤニヤしたムカつく顔で目の前の男はこう言い切った。

 

「顔真っ赤にして幼馴染の子…多分女の子っスよね?を守りたいなんて言われたら信じたくなっちゃいますよ。ねぇ夜一さん」

 

「そうじゃな」

 

自分の顔が赤くなっている事は一先ず置いておく。まずは聞こえて来た第三者の声だ。辺りを見渡すが姿は見えず、いるのは黒猫だけ。…黒猫?さっきまで居なかったよな…?

 

「実に青臭い叫びじゃったが、嫌いではないぞ。寧ろワシ好みの回答じゃ」

 

「猫が…喋った…だと…?」

 

"顔が真っ赤な冬獅郎君。彼女は四楓院 夜一(しほういん よるいち)。四大貴族「天賜兵装番」四楓院家の22代目にして、初めての女当主。さらには隠密機動総司令官及び同第一分隊「刑軍」総括軍団長、護廷十三隊二番隊隊長だった死神だよ"

 

夢月から驚きの事実が告げられる。だが、夢月お前後で覚えてろよ。いや、それよりも…。

 

"おい、夢月どういうことだ。猫になるなんてお前に見せられた映像には無かったぞ"

 

そう、夢月に見せられた映像に出て来た四楓院 夜一は女の姿だった。猫になるなんて情報はどこにもなかった。それはつまり俺に見せた映像の他にも夢月が隠している事があるということ。

 

"見せてないからね。他にも見せていないものはあるよ。君に全てを見せると抱え込まなくていい事まで抱え込んでしまいそうだからね。勿論、僕の個人的な思惑で見せてないものもあるけど"

 

個人的な思惑、か…。そりゃそうだろう。俺にだって隠し事はある。なのに夢月にだけ全てを話すように言うのは我儘が過ぎるというものだろう。…それでも少しショックを受けている自分を自覚する。

 

"…わかった。俺はお前を信じると決めた。だから深くは追及しないでおく"

 

"ありがとう、冬獅郎君"

 

だが、何故だろう。コイツが隠したことには俺が絶対に知らなければいけない事もある気がする。そんな気がしてならない。

 

「なんじゃ、猫が話してはいかんのか」

 

そんな事を考えている場合じゃなかった。今は目の前の猫?に集中することにする。

 

「いや、そんな事はないけどよ。出来れば人の姿で話してくれないか?」

 

"待つんだ冬獅郎君!今の彼女にその発言はマズい!"

 

「ほう…見抜いておったのか。てっきり猫と勘違いしておるのかと思ったのじゃがのう。…よかろう。ワシの真の姿、とくと見るがよい」

 

やけに焦った夢月の声が聞こえてくるのと、目の前の猫が人の姿に戻るのは殆ど同時だった。

 

「は…?」

 

"遅かったか…"

 

「どうじゃ、体には自信があるのじゃが…」

 

目の前に現れたのは褐色の肌をした全裸の女性。その均整の取れた裸体を惜しげもなく晒している。

 

「まずは服を着ろ!服を!!おい、浦原!!テメエどういう躾してんだ!」

 

「え?アタシに来るんですか!?アタシ関係ないっスよね!?」

 

そんな騒ぎもあったが、服を着た夜一と元鬼道衆総帥・大鬼道長の握菱 鉄裁(つかびし テッサイ)を交えた四人での話し合いが行われていた。

 

「成程、つまり日番谷隊長は自身の中に眠る内なる虚の力を使いこなす術を探して現世に…」

 

「ああ、出来ればアンタ等が助けた前隊長格達…今は仮面の軍勢(ヴァイザード)と名乗ってるんだったか?に会って直接聞きたかったんだが…」

 

「現世に来た途端に虚に遭遇し、襲われていた親子を助けた…という事っスね」

 

俺が現世に来た目的と現世にきてから巻き込まれた騒動を話す。コイツならばあの連中との連絡手段くらい持っていると踏んでのことだ。

 

「…ちなみに日番谷隊長。助けた親子のことはご存知っスか?」

 

「知る訳ないだろ」

 

可笑しな事を聞く奴だ。現世の人間と関わりを持つなど余程のことでもない限り、普通に考えて有り得ないだろうに…。

 

「まぁ、そうっスよね。…分かりました。仮面の軍勢(ヴァイザード)の皆さんにはアタシが何とか連絡を付けましょう。二三日時間は頂きますがその間はどうします?部屋なら余ってますし泊まっていきますか?」

 

「…そうだな。すまないがよろしく頼む。だが、その前に行きたいところがあるんだ。クロサキ医院という場所なんだが…」

 

現世にきた目的の一つ。志波隊長に会うこと。その為にはクロサキ医院と言う場所に行かなければならないらしい。

 

「はい。わかりました。…まぁ、宿は必要なくなるかもしれませんがね」

 

「何か言ったか?」

 

「いえいえ何でもありません。日番谷隊長の聞き間違いでしょう!」

 

何か怪しいんだよな…コイツといい夢月といい、何かを隠しているような気がする。俺は疑惑の念を抱きながらも浦原商店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして探すこと数分。俺はクロサキ医院の前に立っていた。義骸に入り、歩いて探さなければならなかったので意外と時間が掛かったが、それでも何とか探し出すことが出来た。

 

「とりあえず入ってみるか…」

 

俺はこの時、もっと考えるべきだったんだ。お礼を言いにいって行方を眩ませた隊長。何かを隠している夢月、そして浦原。死神の姿を見る事ができる母親とその息子。答えに辿り着くピースは沢山あったのに俺は考える事を止めてしまっていたんだ。だからこれから待ち受ける地獄は避けられない事だったのかもしれない…。

 

「あら…あなたはさっき助けてくれた死神さん…?」

 

声は今自分が開けようとしたクロサキ医院の正面玄関ではなく、その隣から聞こえて来た。

 

「あんたはさっきの母親か…?」

 

横を見れば傘を差してこちらを不思議そうに見る先ほど虚に襲われていた母親の姿。だが、どうして此処にいる…?

 

「やっぱり!!死神さんね!よかった~無事だったのね!!心配していたのよ?」

 

さっきまでの落ち着いた雰囲気は何処へやら、そのハイテンションな話し方に言葉を失う。印象が変わりすぎたのだ。例えるならばさっきまでは月のように静かに佇んでいたのに気付いたらこちらを問答無用で照らす太陽に変わっていた。我ながら良い例えだと思う。

 

「そうだ!助けてくれたお礼に晩御飯でもどう?もしかしてもう食べちゃった?」

 

「い、いやまだだが…」

 

「なら丁度良かったわ!晩御飯を食べて行ってちょうだいな!ね?いいでしょう?」

 

なんだこの母親。押しが強すぎるッ!さっきまでのお淑やかな姿はどこへ行ったんだ!?というか手に持っているのは買い物袋か!?アンタさっき虚に襲われてたのに買い物行ったのか!?どんなメンタルしてるんだよ!?ってまてまて!

 

「手を掴むな!引っ張るな!おい!人の話聞いているのか!?」

 

「今日の晩御飯はね~なんと!カレーよ!!」

 

「いや聞いてねぇよ!!人の話を聞けよ!」

 

「子供たちも大好きなのよ~」

 

ダメだ。話が通じない。なんだこの母親。だが、ここまでくるとこの女の旦那の顔が見てみたいと思う。きっと振り回されて苦労している事だろう…。

 

「ただいま~!」

 

「…邪魔する」

 

「「「おかえりなさーい!!!」」」

 

「真っ咲~!!おっかえり~!!!」

 

子供達の元気な声が聞こえてくる。そしてどこかで聞いたことのある声も…。

 

「あっ!さっきの兄ちゃん!」

 

「ああ、さっきの…」

 

虚に襲われていた黄色い合羽を着てた子供。…虚の疑似餌と知らなかったとはいえ、助けようとすることが出来たのはコイツが優しい奴だからだろう。

 

「僕は一護!!」

 

「私は夏梨!」

 

「私は遊子…」

 

「……」

 

元気な連中だな…一人冷や汗をダラダラ流し、必死に目を合わせまいと抵抗している見覚えがあるヒゲがいるが…。

 

"夢月…テメェこうなることが分かっててあえて黙っていやがったな…?"

 

"くくっ、まあね。感動的な再会にはならなかったみたいだけどそこは流石は志波一心とでも言っておこうかな。くふっ"

 

コイツ…!個人的な思惑ってのはこういう事か…!クソっ後で覚えてろ!まずは目の前のこいつ等に挨拶するのは先だ。

 

「一護に夏梨に遊子か覚えたぜ。俺は日番谷冬獅郎。そこに居る挙動不審なおっさんの知り合いだ」

 

「お父さんの?」

 

「なななな何のことかなあーお父さん知らないなあ!!」

 

「ふふふ。一護、夏梨、遊子。晩御飯作るの手伝ってくれる?今日は皆が好きなカレーよ。あなたは積もる話もあるでしょうし、えっと、冬獅郎君とお話しでもしていてくださいな」

 

「まっ真咲!?」

 

「「「やったー!カレーだぁ!」」」

 

思わぬ妻の裏切りにヒゲが絶望した表情を浮かべているが知った事ではない。

 

「そうさせて貰います。さて、積もる話でも…ゆっくりとしましょうか、隊長?」

 

そうして絶望するヒゲと共に別室に移動した俺達は向かい合わせに座っていた。

 

「まずは、お久しぶりです。隊長」

 

「よせ…俺はもうお前等の隊長じゃない。今は、お前が隊長なんだろ?冬獅郎」

 

その言葉に少し驚く。この人の前で俺は死神になってもいなければ霊圧も解放していない筈…。と、すれば残るはあの母親、確か真咲だったか?

 

「真咲から聞いた。虚に襲われた所を十番隊隊長を名乗るお前さんに助けられたってな…」

 

どうやら当たっていたらしい。だが気になるのは何故、それを聞いておきながら彼女を一人で買い物に行かせたのかだが…。

 

「真咲がな、お前さんを探しに行くと聞かなくてな…。今の俺はちょっと訳ありで死神になれねぇんだ。お前さんの事だから負ける事はねぇとは思ったがそれでも今日はやめておけと言っても聞かなくてな。…お前さん探しに飛び出していっちまったんだよ」

 

まったく、心配するこっちの身にもなれってんだよ…とため息交じりに呟く姿を見て、どうやら俺の妻に振り回される旦那という予想は当たっていたようだ。

 

「何があったのか聞いても…?」

 

「…ああ、全部話す。何があったのか…」

 

そうして聞かされたのは驚く事実だった。彼女が滅却師の生き残りであったこと、虚に侵された彼女を救うために迷わず死神であることを捨てたことも、彼女に心惹かれ結ばれ子供達が生まれた事も。…そしてこれらを裏で操っているであろうあの男の事も。

 

「…これが全部だ。俺はお前等に殴られてもしょうがない事をしたと思っている。けれどこの選択が間違いだったとは思わない。たとえ何度同じ目に遭おうとも俺は同じ選択をするだろう」

 

「なら一発だけ殴ります」

 

「え?」

 

そして俺は思いっきり握りしめた右手の拳を振りぬく。ゴッという鈍い音と共に吹っ飛ぶ隊長。そして立ち上がるや否や

 

「冬獅郎!!今の殴る流れじゃなかったよね!?俺にはアンタを殴れませんとか言う流れだったでしょ!?」

 

「はぁ、まったく。今のは松本の分っスよ。ぶん殴っとけって言われてたんで」

 

やれやれと言いたげな雰囲気を出して答える。

 

「隊長…いや、アンタは自分の役目を果たせばいい。父親としての役目を。…藍染は俺が止める。だからアンタは安心して妻の尻に敷かれてろ」

 

「冬獅郎…」

 

これは俺の本心だ。この人が家族を大切にしているのはこの短い時間で十分すぎる程に伝わって来た。だから、この人には…この人達家族には笑っていてほしいんだ。

 

「お父さん!ごはんできたよ!!」

 

そんな言葉共に扉を開けて入って来たのは隊長の息子。名前は一護だったか。

 

「おう!父さんもうお腹ペコペコだぞお!!よし行くぞ冬獅郎!真咲の飯は世界一だ!!」

 

「ああ、わかった」

 

正直に言うと飯は凄く美味かった。確かに野菜の形は歪で大きさもバラバラだったがそれでも笑顔があふれる食事ってのは…ちょっとだけ羨ましかった。

 

「そういや冬獅郎。こっちにいる間、オメーどこに泊まるんだ?」

 

「ああ、浦原の所に泊まるつもりだ。まあ、言っても二三日経ったら別の所に行く予定だけどな…」

 

仮面の軍勢(ヴァイザード)の連中と話を付けて虚化の制御を何としても覚えなくてはならない。藍染と戦うには虚化は必要な力だ。

 

「なら、その間家に泊まっていけばいいわ!ね?」

 

「は?いや…」

 

「よし冬獅郎!真咲もこう言ってる事だし泊っていけ!」

 

何を言い出すんだこのヒゲは…。

 

「お兄ちゃん家に泊まるの!?」

 

「「本当!?」」

 

「「「やったー!!!」」」

 

「え?いや、まだ泊まるとは…」

 

何故か黒崎家の子供たちに懐かれてしまい、このままでは泊まることになってしまうと焦っていると伝令神機に着信。内容は浦原からで"黒崎さんの家に泊まる事になったと聞きましたんで楽しんで来てください。彼らに連絡がついたらまたアタシからご連絡します"おい浦原。どういうことだ。

 

「どうやら決まりのようだな」

 

「…よろしく頼む」

 

こうして黒崎家の滞在が決まった。だが、俺はこの時引き返すべきだったのだ。これが最後のチャンスだったというのに俺はこの最後のチャンスをふいにした。これから恐ろしい地獄が俺を待ち受けるとも知らずに…。

 

「いけ~とうしろー!すすめ―!」

 

「すすめー!!」

 

「負けるなヒゲヒゲ号!スピードアップだ!」

 

今俺は、地獄に居る。いや、地獄すら生温いだろう。今俺は、夏梨と遊子の馬になっている。もう一度言おう、馬になっている。そして隊長も一護の馬になっている。俺達が子供達の馬になってから、かれこれ一時間が経つ。だが子供達は変わらず元気だ…。そして、そんな馬になった俺達の事を真咲さんがニコニコと楽しそうに見ている。…どんな拷問だこれは…!?やってられるか!と、やめようとすると

 

「もうおしまい?」

 

「でも、我儘は言っちゃダメだから遊子我慢する」

 

これだ。寂しそうな顔でこんなこと言われたら…止められる訳がなかった。それからもこの地獄の時間は続いた。解放されたのは子供たちが騒ぎ疲れて寝静まった時計の針が天辺を差した頃だった。

 

「すまねえな冬獅郎。付き合ってもらっちまってよ」

 

「泊めて貰ってる身なのでこれくらいは…ハハ…」

 

「そうか…しっかし冬獅郎!お前俺に尻に敷かれてろとか言っておきながら、遊子と夏梨の尻に敷かれてるじゃないか!ぷぷー!!」

 

真面目な顔から一変し、人を馬鹿にする隊長。

 

「物理的な事を言った訳じゃないだろ!!」

 

「娘たちはやらんぞ!」

 

「いらんわ!!」

 

「俺の娘じゃ不足だと言いたいのかッ!!!」

 

「ああもう!そんなこと言ってないだろ!面倒くさいなこのヒゲ!!」

 

そんなバカ騒ぎをしていたから気付かなかった。この黒崎家で誰が一番強いのか。一番怒らせてはいけないのは誰なのかを…。

 

「二人共…?子供たちが起きちゃうから静かに…ね?」

 

「「はい」」

 

怒った女性の怖さは都さんに怒られる海燕や、雛森で知っていたつもりだったが真咲さんも例に洩れずに恐ろしかった。顔は笑っているのに目は笑っていないのだ。結局、隊長と一緒に怒られた俺はこの後も二人して怒られることになる。そして俺はまだ知る由もなかった。残り二日間であの二人と羞恥に悶える事になるおままごとに巻き込まれることや、羞恥に悶える俺を写真に撮った隊長との喧嘩で、般若のようになった真咲さんが降臨することも…この時の俺はまだ…知る由も無かったんだ…。

 




頭の動きや目線の動き云々は名探偵コナンのイギリスでの話を見て「ああ、鏡花水月を防げてもこうなるな…」と思い何時かは書こうと思ってました。

藍染様って本当は好敵手とか求めてそう。という筆者の考えがこの藍染様には反映されております。やや人間味がましている藍染様を書けていけたらいいなと考えておりますので何卒よろしくお願いします。


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