私の新しい仕事はハンターです (abc2148)
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第一章 新人ハンター(仮称)
初心者ハンター


妄想が止まらないので書きました


冬が近づき肌寒い森の中を少年が一人で走る。手には小さなナイフを持っているがそれだけ。菅笠と蓑を纏ったまま障害物があふれている森の中を走っている。木の根、倒木、岩それらを少年は器用に避け、飛び越え、駆けていた。

 

後からは何者かが追いかけるようで、少年が出す音よりも大きな音が森の中に響いている。加えて間抜けな鳴き声がギャー、ギャーと聞こえてくる。

 

少年、カムイは必死に走り続ける。捕まって奴の餌になるなんて御免だ。

 

 

 

 

カムイは幼いころから賢い子だった。滅多に我儘を言わず。親の言いつけを守った。後に生まれた妹の世話も忙しい両親に代わって行ってくれる等、二人にとって頼もしく自慢の息子だった。

 

そんなカムイは前世らしい記憶があった。らしいというだけで記憶の多くは虫食い状態、大人だった記憶が薄っすらとある程度だ。カムイも始めの頃は夢と考えていた。だが、気付けば記憶のせいで子供らしい考えを持てず、その振る舞いは子供らしかなる行動となってしまった。それは彼にとっては無意識の行動であったのだ。

 

年齢に見合わない振る舞いをしてしまった彼は、暫くして己の異常を自覚した。だがそんな彼を家族は受け入れた。貧しく厳しい生活において幼くとも頼りになる息子は欠かすことのできない存在であったのだ。

 

同様に村の人々も受け入れた。自らの子供にもカムイを見習いなさいという親も一部にはいた。そんな環境のお陰でカムイは記憶についてそれほど長く悩むことはなかった。そうして記憶については割り切り、有効に活用することにした。そうして周りには賢いが偶に変な事をする子供と受け入れられ、平和な日々を過ごしてきた。

 

父と母、自分と後から生まれた妹のカヤ。四人の仲睦まじい家族だった。それが唐突に終わりを告げたのが二年前の冬だった。

 

その年の冬は厳しかった。村の比較的近くにある安全な森の実りは悪く、村に蓄えられた食料は少なかった。村でもなんとか冬を越せるように駆けずり回り食料を集めた。だが結果は変わらず。少しだけ増えた食料を分配し越冬することになった。一日の食べる量は少なく飢え死にを免れる量だけだった。

 

だが食料は日毎に減っていき、おまけに冬が長引いたのだ。そうして四人の食料はあと数日で無くなるところまで追い詰められた。そこで両親は話し合った。

 

――この冬があと数日で収まるとは考えられない、どこかで食料を手に入れよう。

 

――だが村には余分な食料もない、他所の家にも同様だ。

 

ならばどうすればいいのか、二人は話し合った。そうしてある決断をした。

 

その日のことは今でも覚えている。 

 

――父さんは言った

 

「少し外に出かけてくるよ。安心してくれキノコや山菜を取ってくるだけさ」

 

――母さんは言った

 

「留守番を頼んだよ。すぐに戻ってくるわ」

 

――お前が居るから安心して行ける。

 

今思えばその言葉の意味は何だったのだろう。

 

そう言った両親はカムイに家を任せ村の外に出ていった。両親でも立ち入った事のない森の奥に、何か食料がないが探しに行ったのだ。

そして二人は帰ってこなかった。カムイが九歳の時だった。おそらくモンスターに襲われたのだろうと村長が家に来て話してくれた。その日はカヤと二人で一日中泣き続け家にいるのは自分と妹だけになってしまった。そして皮肉にも冬は両親の残した食料で乗り切る事が出来た。

 

だが、いつまでも泣いる暇はなかった。カムイは両親の仕事を受け継ぎ必死に働いた。

 

仕事はモンスターが出現する村の外の近くを廻って薬草や山菜を集めることだ。幼い自分には危険な仕事、最悪モンスターに襲われる可能性がある。だがやるしかなかった。村には自分たちに安全な仕事を回せるほど豊かではない。村の畑にも空きはなく、食い扶持は自分たちで手に入れなければならない。

 

そうして日々怯えながら働き続けた。そう過ごす内にモンスターについて分かったことが沢山あった。

 

外はモンスターの領域、ここには人を超えた巨躯を持つモンスターが数えきれない程いる。奴らの力は凄まじく村長が語ってくれた昔話には国を滅ぼした奴までいる。そして、そのモンスターを討伐しようと多くの人が立ち上がり挑んだ。

 

そして敗れ多くの国が滅んだ。

 

それを繰り返す内に人は悟ったのだ。

 

人は彼らには勝てない。彼らに見つかってはならない。

 

そうして人の牙は折れ、息を潜めて隠れ住むように生きてゆくようになった。彼らの心にモンスターに対する恐怖を抱えたまま。

 

村から出る仕事の為モンスターを目にする機会は多くあった。そして理解した。人を超えた力を持つモンスターとなるべく関わらない事が生き残る可能性が高くなる。生きていた両親からもモンスターに遭遇したら逃げなさいと教えられた。それだけの力の差があるのだ。

 

カムイの産まれた村には名前はない。山奥にある谷間にひっそりと作られた村だ。周りは崖に囲まれ出入口は一か所だけ。モンスターに見つかり難い立地のお陰で襲われる可能性はずっと低い。そして井戸に水も通っている。生きていくだけならば何事も無ければ可能だ。

 

そう、何事も無ければ。

 

天然の防壁で身を隠しコソコソ生きる村。そんな村には余裕はなく、予想外の事態が発生しただけで生活は成り立たなくなる。そんな薄氷の上に成り立っている状態だ。

 

だからあの冬は育ちざかりの子供の二人を満足に食わせることもままならなかった。だから両親は村の周辺から離れてしまったのだ。遠くに行けば食料があるかもしれない。そんな希望を持っていた。

 

そしてあの二年前と同じ最悪な冬が再び訪れた。今年の冬の訪れは早く、山の実りは少ない。村の周辺の食料は既に食い尽くしてしまい我が家には食べ物を得る手段は無くなってしまった。村からも温情で支給される食べ物があるがそれでは足りない。腹を空かせた妹の為に村長に頼んでもにべもなく断られる。

 

どこもギリギリなのだ。子供二人分の食料さえ出せないほど今年は切羽詰まっているのだ。

 

「大丈夫よ、兄さん。あたしは平気よ!」

 

カヤがお腹を空かせながらも気丈にふるまう姿を見れば心が痛んだ。そして何とか今ある食料で食い繋ごうとする内に気づいてしまった。

 

このままでは二人とも冬を越せない。自分の食料を全てカヤに譲っても足りないのだ。そして理解した。恐らく村長は自分達を切り捨てることにしたのだろう。村の大人達は今後も村には必要だ。その子供も彼らの支持の為に生かさねばならない。あの優しい村長の事だ、分けてくれた食料もなんとか身を削って出してくれた物だと想定出来た。

 

だからだろう。切り捨てられた事について恨む気にはなれなかった。

 

だから外に出て行った。生きるために、何より両親の死を無駄にしたくはない。そして家長として、兄としてカヤを守る為に。

 

まだカヤが寝ている内に装備を整えて俺は家を出た。

 

 

 

 

手付かずの自然。それ自体が人にとっての脅威である。おまけにモンスターもいるとなれば村の皆は訪れようとはしない。死にたくないからだ。村にいれば貧しいながらも死ぬことはない。

 

「すごい……」

 

だが、ここにあるものを見れば考えを変えるのでないか。ここには多くの食料があった、キノコに果実、めったに手に入らない薬草、それも手付かずの物が沢山ある。夢中になって採った、背負っていた籠の中に詰めれるだけ詰めようと手を動かし続けた。

 

――これだけあれば冬は越せる。

 

それは疑いようのない事実だった。それが心を満たしていた不安を消した。希望が心の中に溢れてきた。

 

だから油断していた、気がつかなかった。そんな無防備な背中に忍び寄っていた脅威に気がつけたのは相手が間抜けだったからだ。

 

「ギャー」

 

そんな鳴き声を聞いた。振り返った視線の先には一匹のジャギィがいた。その姿を目にして高ぶっていた気持ちは一気に冷えた。

 

たまに村にモンスターが襲ってくることがある。その多くは群れから逸れたジャギィで基本一匹、多くても二匹だった。だが村にしてみれば一匹でも最悪である。二匹なんて日には村の存亡をかけた戦いの始まりだ。奴らは素早く動き回り、こちらに噛みついてくる。噛みつかれたら最後、周りの肉ごと抉られてしまう。そこから多くの血が流れ、少なくない村人が死んでしまった。村にとっては恐るべき敵なのだ。

 

大きさは自分と同じくらいで成体と比べればまだ子供、巣から逸れた個体ではないか、近くに群れはあるのか、そんな冷静な思考は出来なかった。

 

『いいかカムイ、モンスターに遭遇した時は決して目をそらしていけない』

 

そう言い残してくれた両親の言葉は頭から飛んでしまった。

 

仕方がないだろう、振り返れば近くにいたのだから。

 

そしてカムイは最悪の選択をしてしまった。奴に、ジャギィに背を向け走って逃げてしまった。

 

急に動き出したカムイにジャギィは驚いた。だが直ぐに気付いた。

 

――こいつは自分より弱い。

 

そうしてモンスターとの命がけの鬼ごっこが始まった。

 

 

 

 

どれくらい走ったのだろう。口の中は血の味がして胸は燃えているように熱い。一呼吸するだけで、足を一歩踏み出すだけで体に痛みが走る。だが止まらない、止められない。

 

最悪の選択をした事に気付ける位には頭が冷静になってきた。そんな状態で耳を澄ませば聴こえてくるのは元気な鳴き声。奴は元気にこちらを追ってきている。狡猾なジャギィのことだ。獲物を疲れさせると同時に遊んでいるのだろう。

 

「チクショウ」

 

苦しいが愚痴の一つも言いたくなる。

 

そうして走り続けていると森を出て河原に出た。足元は土でなく石や岩が転がっている。ここで足に限界がきた。もう走れない。何処が休めるところがないか走りながら探した。そこで大岩を見つけた。後ろは振り返らず岩の凹凸に手足を置き、最後の一踏ん張りで急いで登る。そうして登りきってからようやく体を休める事が出来た。

 

「はぁ、はぁ、……これで漸く休める」

 

岩の上で大の字になって呼吸を整える。荒い息のまま視線を岩の下に向けるとジャギィが大岩の周りでギャー、ギャー言いながら回っている。獲物が届かない位置にいるのが悔しいのだろう。時折止まって岩の上に向かって叫んでいる。

 

そうだ、鬼ごっこで酷使した身体が漸く得られた休息に喜び震えているが何も終わってない。ここからどうするか考えなければならない。

 

だが考える時間すら奴は待ってはくれなかった。

 

「せっかちだな、オイ!」

 

食い意地が張っているのかジャギィが大岩に登ってこようとしている。カムイの登り方を見ていたのか前足を器用に凹凸に置いているのが下から見える。だが人とモンスター、体の構造が違うせいか登るのはそこまで早くはない。だが残された時間はもうない。

 

――諦めるしかない。

 

執念深いジャギィから逃げきることはできない。恐らく大岩から降りれば再度鬼ごっこをする羽目になる、そして今度こそ狩られるだろう。上手く逃げられても執念深いコイツの事、村まで付いて来てしまうのが簡単に予想できた。そうしたら例え村で退治できたとしても俺達兄妹の居場所は村から無くなる。そうなったら俺だけじゃない、カヤにまで肩身の狭い境遇に合わせてしまう。ならば、やる事は一つ。

 

――ここで仕留める。

 

奴は登ってこようと前足を凹凸に引っ掛けながら身体を持ち上げようとしている、そのせいで嘴の置き場が無く大岩の上に載せているのだ。無防備にも嘴をこちらに差し出しているのは反撃されると考えていないからだろう。奴にとって俺は弱い獲物でしかないのだ。

 

身に着けていた物の中で武器になりそうなものは小さなナイフのみ。これを活かすのはここしかない。

 

「なめるなよ爬虫類モドキが!」

 

無防備な嘴に手に持った小さなナイフを突き刺した。何度も何度も何度も。突き刺す度に暴れるジャギィのトサカを片手で握り締め、大岩の凹凸に足先を引っ掛け腹ばいになりながら刺し続けた。顔のすぐ近くでジャギィが暴れるが決して離さない。ここで可能な限り痛めつける必要がある。

 

だが所詮子供の身体、先にトサカを持つ腕に限界がきてしまった。その結果トサカを離してしまいジャギィは大岩の下に落ちた。だが存外に傷が深いらしい、大岩の上からジャギィがずり落ちた場所で蹲って弱々しく呻いているのが見えた。その姿を見て大岩から降りた。手に握ったナイフを見てみるが血か何かで汚れている。見るからに切れ味が落ちてもう使えない事が分かった。

 

代わりに足元に転がっていた大きな石を持ち上げ、蹲る奴に向かい振り下ろした。

 

一回目で頭に当たり何かが砕ける感触を感じた。ジャギィは小さな呻き声をあげる。

 

二回目も同じ頭に振りおろす。弱弱しかった呻き声がなくなりピクピクと体が震える。

 

三回目で岩が当たった頭は潰れた。そして体は動かなくなった。

 

「仕留めたのか?」

 

なんともあっけなく散々恐れていたモンスターが死んだ。半信半疑だったがピクリとも動かないジャギィを見て漸く目の前の現実が理解できた。それと同時に沸き上がったのは安堵と耐え難い空腹だった。何か食べるものは無いかと籠の中を探ろうと……そうして背負っていた籠はいつの間にかなくなっていた事に気付いた。当然中にあった食べ物もなくなっている。

 

「腹が減って死ぬ」

 

冗談でもなんでもなく、身体が食料を欲している。満足に食べることが出来ず栄養失調気味の身体で走り回り、さらにジャギィとの闘いの所為で身体に残っていたエネルギーはほぼ全て消費されてしまった。そのせいで途轍もない空腹が襲ってきたが食べられるものは辺りには無かった。あるのは辺りに転がっている岩に川に流れる水、死んだジャギィの死骸だけ。

 

「ジャギィ?」

 

そう目の前には死にたてホヤホヤのジャギィの死骸がある。

 

――食えるか?食えるだろう。肉だし。

 

残った思考は支離滅裂な結論を出した、ならば後は動くのみ。辺りにある枯れ木やら枝で川岸に即席の焚火を作り、そしてジャギィの足一本を切れ味の落ちたナイフで必死こいて切り落とす。焚火に固定して焼き、残った体も焼きあがるまでに捌いておく。そうこうしている内に肉は焼きあがり、すぐさま食いついた。

 

「……美味い」

 

初めて食べたジャギィの肉は美味しかった。野鳥の肉より弾力があり、なおかつ味も良い。そこから貪るようにように肉に食いつき捌いていた残りの肉も焼いた。そうして夢中で食べ続け、焚き火の周りにジャギィの骨が小さな山に積み重なった頃に漸く満腹になった。捌いた肉を確認したところまだ半分程度が残っていた。腐るのが怖いので口を付けていない残りは焼いてから持って帰る事にする。これだけあれば今日、明日の分は食料に困らない。

 

「それにしても美味かった」

 

空腹のせいで美味しく感じられただけかも知れない。だとしても正直モンスターがこれ程美味しいとは思わなかった。

 

「また食べたいなぁ」

 

そう思わず口遊んでしまったが仕方がなかった。だが、よくよく考えてみれば今回はジャギィが余りにも間抜けだったから仕留められたのだ。今の装備で再び挑めば今度はあっさりと此方が美味しく食われるだけだろう。

 

だからジャギィを狩る方法を考えなければならない。この瞬間、自分の中でジャギィは恐るべきモンスターではなく美味い獲物に変わった。




湧き上がる妄想を文書に書きました。頭を絞って書いた荒い文書ですが楽しんで下さい。



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甘すぎる考え

「兄さん、この肉美味しい! 何処で獲ってきたの?」

 

「村の周りで何かないか探していたら野鳥を見つけてな。かなりの大物でな、ほんと運が良かったよ」

 

食べながら答えるが反応がなかった。気になってお椀から目を離してみる、すると目の前にはジャギィで作った雑煮を一心不乱に食べるカヤの姿があった。その姿は鬼気迫ったもので空腹の度合いがよく分かる。おそらく自分から尋ねた事は覚えていないだろう。思えばカムイが雑煮を作り始めた時から側から離れず血走った目で調理中を黙って見つめられるのはとても恐ろしかった。

 

だが安心はできない。持って帰った肉の残りは少なく持って明日まで。いずれにせよ再び森の奥に行かなくてはならない。

 

しかし、悪いことばかりではない。ジャギィに見つかった所にはまだ多くの食料、山菜やキノコなどが沢山あったのだ。あれだけあれば冬は越せる。命を懸ける必要はない。

 

たしかに肉は美味かった。もう一度食べたい思いもある。だが、あれはジャギィが間抜けだったから狩れたのだ。おまけに群れからはぐれて一匹だった。次も同じような間抜けが来るとは限らない。いや、絶対ないだろう。奴らは基本群れで行動する。次会うとすれば群れで狩られるのは俺だ。そうなったら食われる未来しかない。そんなのはごめんだ。カヤを残して死ねるか。

 

「あ〜、美味しかった! 兄さん、ご馳走さまでした」

 

「そいつは良かった」

 

見れば鍋の中は空。カムイが食べた量を考えるとカヤが半分以上食べたことになる。恐るべき食欲だ。

 

「ねぇ、明日もこれ食べれる?」

 

「それは無理だ。聞いてなかったと思うが、本当に運が良かったから獲れたんだよ」

 

「そっか……。ごめんね、わがまま言って」

 

「気にするな」

 

そう言いつつカヤを見れば先に目につくのは身体の細さだろう。栄養が足りないため頰が痩け血色も悪い。この村でも酷い方だ。だからこそ今回の雑炊はご馳走なのだ。それをもっと食べたいと言っても怒る気にはならない。

 

「うん……それじゃもう寝るね。動くとお腹また減っちゃうから。お休み」

 

「あぁ、お休み」

 

そう言ってカヤは横になって眠りに入る。その姿を見て眠気がカムイに襲ってきた。ジャギィとの命がけのやり取りもあるだろう身体が休息を求めていた。

 

「俺も寝るか、片付けは朝でいいや」

 

そう言ってカヤと同じように横になる。毛布や布団なんて便利なものはなく藁を下に敷いた上に布一枚を被る粗末なもの。それでも寝床に変わりはなく、身体は眠りに落ちようとしていた。

 

ーー毛皮があれば寒い思いをさせないで済むのになぁ。

 

「ねぇ、兄さん」

 

そんな事を考えていると眠れないのかカヤが話しかけてきた。

 

「なんだ」

 

「朝、急にいなくなった。あれはもうやめて。怖かった」

 

朝、何も言わずに出て行った事か。ごめん。

 

「ごめん、心配かけた。もうやらないから安心してくれ」

 

「本当? 約束できる?」

 

「あぁ、約束するよ」

 

「分かった、お休み」

 

ーーすまなかった。そうだよな、たった二人の家族なんだよな。いきなり居なくなったらそれは怖いよな。

 

自分の軽率な行動がカヤに怖い思いをさせてしまった。その事に気付かなかった自分のなんと愚かな事か。

 

だがらこそ自分に言い聞かせる。危険な事はもうしない、死ぬような目にも合わない、決してカヤを一人にはしないと。

 

ーーだから安心してくれ。

 

そうして心に決め眠りについた。

 

 

 

 

朝は身体に伝わってくる冬の肌寒さで目を覚ました。残りの肉を使い簡単な朝食を作ってカヤと一緒に食べる。その後は、再度森に向かう為の準備を整える。昨日の使ったナイフは研いで万全の状態にし、さらに予備として同じ物を一本持っていく。菅笠と蓑を纏い、新しい籠を背負う。今度はカヤに見送られての出発だ。

 

森に向かう事に恐怖はあるが昨日程ではない。ジャギィに出会わなければ危険はそれ程ないのだ。だからカムイは呑気に構えていた。籠一杯に食料を入れて持ち帰れば終わりだと。

 

「ふざけるな……」

 

だがその考えは甘かった、甘すぎた。

 

「ふざけんな」

 

ーーそうだ、そうだよな。人間が食べれるんだ。モンスターが食べない訳がないよなぁ。

 

「ふざけんじゃねー!!」

カムイの目指していた場所、そこには目的の食料は無い。あったのはモンスターに食い散らされた残骸だけだ。

 

目の前に広がる光景。それを見て無意識に抱いていた自分の甘さに反吐が出る。

 

もしかしたら、と周りを探しても食料は見つからない。物の見事に食い尽くされていた。

 

「どいつだ!食いやがったのは何処のどいつだ!」

 

口からでるのは呪詛ばかり。だが茹だった頭でも分かる事はある。

 

ーーこれでは二人で冬を乗り越えることはできない、生き残れない。

 

残りの食料で何度も試算しても変わらない。残酷な事実に心が折れそうになる。

 

そんな時に音を拾った。森の木々のざわめきの音や虫の鳴き声とは別の音は森の奥から来ている。

 

道なき道を歩いて音の発生源に向かう。そうして暫く歩き続けていると窪地が見えてきた。音は窪地の底から聞こえる。念のために地面に伏せ窪地を覗き込めば奴らがいた。

 

いや、最初から分かってはいた。何故ならあの音、鳴き声は昨日散々聞いたのだから。

 

そこにいたのはジャギィの群れ、見える範囲で10匹はいる群だ。その群れの中には肉を食われ骨となったケルビがいた。そして今まさに仕留めたもう一匹のケルビをジャギィ共が食べていた。

 

そして理解した、視線は今も美味しそうにジャギィに貪られているケルビに向ける。あそこの食料を食い散らかしたのはコイツらだ。奴らは草食モンスターだ。ケルビの群れがあそこにあった食料を食い尽くし今度は逆に貪られているときた。

 

ーーやってられない。ケルビに食料を食われ、そのケルビはジャギィに食われている。人はケルビ以下か?

 

そう考えると笑えてくる。いや笑っているのだろう。身体が震えているのが分かる。短くない時間声を潜めて笑ってしまった。

 

笑い終われば次に胸に到来するのは諦めか。

 

「ふざけるな」

 

いや違う。そんなものではない。

 

「弱肉強食、上等だ」

 

胸を焦がすこの想い。これは怒りだ。

 

「食われるのは俺じゃない」

 

この理不尽な、不条理な世界に対してのやり場のない怒りだ。

 

「俺がお前らを喰うんだ」

 

そして己に向けた決意表明だ。

 

 

 

 

決意を固めたなら話は早い、現状分かっているのは周辺の木の実などの食料はケルビに食い尽くされた。これは恐らく外れてはいまい。そして別の場所に移動しようとしたケルビはジャギィに襲われた。

 

ならば付近にいるのは憎たらしいジャギィのみ。情報が殆ど無い今はそう仮定する。

 

此処ではない別の場所に行って食料を探す事は可能か?

 

出来ない。今の装備、身体の状態を鑑みて此処迄が今現在の活動限界。これ以上遠くに行く事は出来ない。

 

ならばやる事は簡単、ジャギィを狩って冬を越す。それしか無い。この付近で見かけたモンスターは食われているケルビを除けばジャギィだけ。

 

言うは易し行うは難し。だがそれしか無い。それしか思いつかない。

 

手段はどうする?正面からいくか?

 

論外。この痩せ細った腕を見よ、手に持つナイフを見よ。これで狩れるか、逆に狩られるわ。だまし討ちだろうと戦い自体が成り立たない。それ程の力の差がある。

 

ならば取れる手段は少ないがやるしか無い。やるぞ。

 

 

 

 

三匹のジャギィがいた。彼らは運が悪かった。別れていた仲間はケルビを狩りその腹を満たした。だが、彼らは獲物を狩れなかった。お零れに預かろうとしても残っているのは骨だけ。故に飢えていた。三匹のジャギィは森の中を連れ立って彷徨う。獲物を探し出し飢えを満たす為に。

 

そんな彼らの前に待ち望んでいた獲物が現れた。遠いが全力で走れば直ぐに捕まえる事が出来る距離にいる。そいつは爪も牙もない弱そうな獲物だ。いや、弱い獲物だ。此方を見た瞬間に走って逃げている。

 

逃がさない。

 

獲物は大きくもないが小さくもない。三匹の腹を満たす量には足りないだろう。

 

俺のだ!おれのだ!オレノダ!

 

三匹は協力し合いながらも我先にと駆ける。この世は弱肉強食、それは仲間にも当て嵌まる。横並びになりながら、少しでも出し抜こうと必死に駆ける。獲物は早い者勝ちなのだ。

 

だが彼らは運が悪かった。追いかけている動物はケルビの様にただ逃げるだけの動物ではない。

 

一匹目のジャギィが突然転けた。全力で駆けた勢いのまま頭を地面にぶつけ気絶している。足元には草を結んで作った輪っかがあり、それに脚を持っていかれたのだろう。

 

二匹目のジャギィは首に蔓が引っかかった。先頭を走る仲間は蔓を屈んで避けたが、仲間の身体が蔓を隠し彼は目の前に現れたそれを避けれなかった。蔓によって走った勢いが首の一点に集中し二匹目は首を折った。即死である。

 

三匹目のジャギィは逆さまに吊り上げられた。獲物に追い付き、いざ飛びかかろうとしたら足を引っ張られ気が付けば吊り上げられてしまった。森に生えた蔓が脚に絡まっている。森の蔓は太く千切れる事は無いだろう。ジャギィは必死に暴れるが外れることは無かった。

 

そんな三匹にさっきまで追いかけていた動物が近づいてきた。その手に丈夫そうな木の棒を持って。

 

三匹目は死ぬまで木の棒で殴られた。最期には頭が陥没して死んだ。

 

二匹目は既に死んでいる。だが小さなナイフで目を貫き、頭蓋骨を貫き、その先にある脳を貫いた。

 

一匹目は気絶しているところに近くに落ちていた石で死ぬまで殴られた。三匹目より酷く頭を潰され死んだ。

 

彼等は運が悪かった。追いかけていた動物は獲物ではなく彼等を喰らう捕食者だったのだ。

 

 

 

 

 

仕込みは終えた。後は獲物となるジャギィを罠に誘導しトドメを刺す。昨日の無我夢中で走る鬼ごっことは違う。近すぎず遠すぎず。罠に気付かれない様にしなくてはならない。

 

其れは自分の命を懸けたチキンレース。失敗すれば死ぬ。生きた心地はしなかった。最悪の場合、死ぬ様な場合に備えた保険も用意はしていた。事前に見つけ手を加えた避難用の小さな穴。そこに身を潜めてやり過ごす事。単純な方法だが無いよりはマシな筈だ。

 

結果として三匹のジャギィを狩れた。

 

だが素直に喜ぶ事は出来ない。浮かび上がってきた物は自分の考えの甘さ。昨日の間抜けを基準として作戦を立てた自分のお粗末さ。

 

全く違った。大きさも能力も三匹とも想像以上だった。

 

かなり離れた位置にいたのにも関わらず後一歩のとこまで追い詰められた脚力。なかなか死なないタフな生命力。どれもこれも想定外だ。一歩間違えれば狩られたのは俺だった。

 

これがモンスター。これがこの世界を支配する存在。なるほど、ジャギィでこれだ。国も滅ぼしたモンスターなど想像出来ないし想像したくもない。

 

だが考えるのを辞める事は出来ない。俺が、カヤが生きていくにはこのモンスターと関わっていくしかない。此奴らを狩るしか生きる術が無い。

 

ならばやる事は沢山ある。

 

身体を造ろう。こんな痩せた身体では満足に戦うことも出来ない。丈夫で強い身体が必要だ。

 

武器を造ろう。こんな小さなナイフじゃない。奴らを傷つけ殺す事が出来る物が必要だ。

 

防具を造ろう。モンスターの攻撃を受けても傷つかないように身を守る物が必要だ。

 

道具を造ろう。モンスターの目を潰す、耳を潰す、行動を阻害出来る物が必要だ。

 

技術を造ろう。どの様な場合でもモンスターを安全に確実に仕留める術が必要だ。

 

やるべき事は沢山ある。下を向いてる暇など無い。




自分でも何でこんな難易度ルナティックにしたのか分からない


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現実を見据えて

手が止まらないっ!


余裕があるようで無いチキンレースの果てに手に入れたジャギィの肉。それを使って作るのは昨日と同じ雑炊。そこに少ないがキノコや山菜を入れて一煮立ち。立ち昇る匂い嗅いで確信する。

 

ーーこれは美味いぞ。

 

その証拠にカヤの目は血走り、口からは涎が垂れる。そしてつまみ食いをしようと箸を伸ばし、それを鍋をかき混ぜる御玉で阻止すること五回目。

 

ーー兄さんもう食べれます。

 

ーー食中毒を舐めてはいけません。

 

料理が完成したことで摘まみ食いを阻止する長いような短いような闘いは終わった。今度は二人で雑炊を無言で食べ続け、あっという間に食い尽くした。そして満腹になって理性が戻ったカヤが腹をさすりながら聞いてきた。

 

「兄さん、答えて。これ、何の肉」

 

「何だと思う?」

 

血が胃袋に出払っているのか片言で聞いてきたカヤ。その姿を見ながら答えようとするが此処で素直に答えるのも面白くない。そう思い逆に聞き返してみた。

 

「えっと、鳥じゃなかったら何だろう……。分かんない。教えてよ、兄さん」

 

満腹で働きの悪い頭でウンウンと唸って考える。だが幾ら考えても分からないようで諦めたようだ。まぁ、これで当てられたら此方としても反応に困るから良かった。

 

「正解はジャギィの肉だ」

 

「……んんん?」

 

「ジャギィの肉だ」

 

人は驚くと目が点になるとは誰が言ったか。まさか本当に点の様になるとは。中々いいリアクションである。

 

「ジャギィって……モンスターでしょ!それを兄さんはどうやって!」

 

頭が漸く再起動したことで自分が食べていた肉の正体を理解できたようだ。だがカヤは食べていた肉の正体よりもどうやって手に入れたかの方が重要のようだ。

 

「狩った」

 

「……んんん!?」

 

「より正確に言えば、罠に嵌めて動けないところを滅多打ちにした」

 

再度目が点になるが説明不足は誤解を招くので詳しく話す。どうやってジャギィを仕留めたのかを簡潔に話す。だが改めて言葉で話すと自分でもどうかと思う内容だ。法螺話と言われても不思議じゃない。

 

「何で、そんな危ない事するの」

 

だがカヤは違った。法螺話では無く本当の事だと気付いたのだろう。だから悪ふざけは此処まで、これから話す事は真面目な、俺達の命に関わる事だ。

 

「やるしか無かったからだ。俺もこんな危険な事はしたく無い。今日も本当ならキノコとか山菜を取ってくるはずだったんだ」

 

まずは事実確認。何故ジャギィと、モンスターと関わる事になったのか。

 

「この冬を越せる位の食料が沢山あった場所を見つけたんだ。だけど昨日はそこでジャギィに襲われて採れず仕舞いに終わったけどな。それで今日こそと籠を背負って行ったけど全部食われていた」

 

昨日は運良く生き残ってジャギィの肉を手に入れた。それに浮かれてまた訪れたら何も無くて。

 

「食われてなければ何も言わなかった。適当に誤魔化して隠してた。だけどそんな余裕は無くなった」

 

だけど甘い考えは通じず、あったのは苦すぎる事実のみ。だから、それしか無かった。そして一人では何も出来ない。

 

「カヤ、協力してくれ」

 

「協力、一体何?」

 

俯いて黙って聞いていた顔を上げた。その目の前にある物を置いた。

 

「ジャギィの皮と骨、これで防具を作るのを手伝って欲しい」

 

狩った三匹分の皮と骨。モンスターの身体を形作る物だけあり立派な物だった。これで防具を作る事が出来れば今後の大きな助けになるだろう。どんな物を作るかはまだ考えてはいないが、それは追い追い考えればいい。

 

「手伝うのは良いよ……、だけど!その前にさ、村長達に相談しようよ、助けて貰おうよ!」

 

俺の顔を見て言ったカヤの顔は泣きそうだ。いや、これから言うことは必ず悲しませ、泣かせてしまうだろう。だけど言わなければならない。言わないと何も始まらない。

 

「カヤ、村長達は助けてくれない」

 

「そんなこと……」

 

カヤの顔は驚き、だが諦め切れずにすがる様な顔をして聞いてくる。だから続きを口にする前に話す。

 

「ある。何処も余裕なんて無い。この村は二人の子供も助けるほどの蓄えはもう無い。俺達に分けられた食料、子供とはいえ一冬を越せる量は馬鹿に出来ない。だが分けてくれた食料は一冬越せる量でなかった。例え俺の分、全てをカヤに譲ったとしても足りない。それだけ村に余裕は無いんだ」

 

誤魔化さず、辛い話しを長引かせない様に。都合の良い妄想は抱かせない様に。

 

「皆、村の大人達は俺達を切り捨てた。分けられた食料も憐れに思っての温情、もしくは割り切る為だろう。"辛いが、出来るだけの事をした。だから死んでしまって悲しいが、しょうがない"といったところだ」

 

「そんなこと!」

 

「無いかもしれない。全て間違っているかもしれない。全部俺の想像だからな。だけど」

 

怒りに塗れた言葉、それに怯む事も無く残酷な予測を、恐らく限りなく正しいであろう事実を告げる。

 

「俺達は冬を越せない。それは事実だ」

 

カヤは俯いて震えて泣いている。それもそうだ。こんな幼い妹にしてみればどうすれば良いか分からないだろう。泣き喚いて当たり散らしても可笑しくはない。

 

「だけどカヤ、お前を死なせはしない。俺も死ぬ気は毛頭ない」

 

だが俺は違う。泣き喚く事も当たり散らす事もしない。村が切り捨てた、だからどうした。ならば俺の持つ全てを使ってカヤと生き残ってみせる。

 

「だから手伝ってくれ。生き残るために」

 

そう俺は言った。

 

「分かった……、兄さんを手伝うよ、だけど約束してよ」

 

声も上げずに泣いていたカヤは涙を拭った顔で問いかける。

 

「いなくならないで、一人にしないで。嫌だから、お父さんやお母さんみたいにいなくならないで」

 

不確実で先の見通せない未来を考えれば約束はできない。だけど――

 

「分かった、約束する」

 

妹と指切りげんまんをする。

 

嘘をついたら針を千本飲まないといけないからな、そう言えば泣きながらも笑ってくれた。そして聞いてきた。

 

「兄さんはどうして泣かないの」

 

ーーそれは前世の記憶のせいで精神が無理矢理大人になったから、なんて事は言わない。

 

「俺はカヤの兄さんだからな」

 

これが俺が泣かない理由の全てだ。

 

 

 

 

問題、モンスターに対してナイフで挑むとどうなりますか?

 

解答、美味しく食べられる、殺される、自殺志願者と疑われます。

 

今まで罠に嵌めて殴り殺してきた、その自分の最良の武器が落ちている岩や木の棒。原始人と言われても否定できない有様である。常日頃から携帯しているナイフは最早解体道具としての用途しかない。だからモンスターに対抗するには武器が必要である。勿論、今まで通り罠を多用していくことには変わりない。だが現状の狩方は罠が破られたら終わりである。さらに相手が常に罠を張るのに適した環境にいる訳でもない。

 

ーー取れる手段が少なすぎる。

 

これが目下の課題であり、それを打開するには武器がいる。その為に村唯一の鍛治場である人を訪ねた。

 

「新しいナイフを作ってくれ?」

 

彼の名はヨタロウ、無精髭を生やし髪を乱雑に短く切った壮年の男性である。彼はこの村で使われている全て鉄器、鍋や包丁などに関わっており、今や解体用と化したナイフも彼が作った物である。モンスターを解体しても刃毀れしないナイフは彼の確かな腕を物語っている。

 

「はい、大きくて頑丈な奴をお願いします」

 

そう言いながら細かな注文をつける。イメージはマシェットに近い。違いを挙げるならばモンスター用に肉厚である事、子供の俺でも振り回せるサイズである事だ。そう伝えると興味深そうに聞いてはくれた。

 

「無理だ」

 

だが現実は非情である。

 

「理由を聞いても?」

 

「簡単な問題だ。鉄が無い。それだけだ」

 

鉄、そうきたか。

 

技術的に出来ないのでは無く、資源が無いから作れない。これは盲点だった。村は基本自給自足、外部から資源を取ってくる事も無い。自己完結しているのである。例え鍋や包丁が壊れたとしても新しく作るのではなく、壊れた破片を集めて直す。そこで少し目減りしようと使うのが村のやり方だ。そこに余分な鉄は無い。悪い言い方をすればその場凌ぎなのだ。

 

だが解決策が無いわけでは無い。

 

「なら鉄があれは作って頂けると?」

 

要は鉄を持ってくればいいのだ。

 

「あぁ、作ってやるよ。だがな、他所から盗んだ鉄を持ってきたら村長に突き出すからな」

 

当たり前だ、他所の家から鍋や包丁を盗めば俺達二人に村での居場所は無くなる。生き残っても先に続かない。それでは駄目だ。

 

「分かってます、そんな事はしませんよ。鉄は此方で何とかします。では失礼します」

 

「おい、待て!」

 

そう言って鍛冶場を後にしようとすると後ろから声をかけられた。その声音は不思議そうである。当たり前か、此方が諦めると思っていたら何とかすると言ったんだ。それも子供が。不思議に思っても仕方ない。

 

「お前、当てはあるのか」

 

だが、これはなんだ?ただ聞きたいだけじゃない。なにかがその言葉に込められていた。顔も真剣である。

 

「ありません。だから探しに行くんです。因みに確認ですが、鉄があれば作ってくれますよね?」

 

「……まずは鉄を持ってこい。話はそれからだ」

 

だが、そう答えると顔に浮かんでいた真剣味は消えた。まるで期待していた答えではなかった様で投げやりな顔で返事をして会話は終わった。ヨタロウの鍛冶場を出れば冬の寒さが身に染みてくる。

 

「なんとも世知辛い」

 

武器を作ろうにも鉄が無く、村にある鉄は使えない。そうなると村の外から持ってくるしかなくて、村の外はモンスターが跳梁跋扈するところときた。

 

「ヤバい泣きそう、てか泣きたい」

 

カヤの前で言い切った以上泣かないが愚痴は出る。だがやるしかない。やるしかないんだ。そうして家に帰り出掛ける為の装備を身に纏う。不安そうにするカヤに今回は狩ではなく採集だから心配するなと宥めてから家を出た。最悪の場合を想定して余った肉は予め家に運び込んでいる。冬を越すには無いよりはマシな量だが、いざという時には役に立つだろう。

 

そうして村の外に出て――初っ端から途方に暮れた。なにせ鉄と言っても何処にあるか分からず当てすら無いのだ。こうした時の前世の記憶は露出した鉱床を探せ、砂鉄を探せと頻りに訴えてくる。だが何処にあるか詳しく場所を特定する情報は記憶に無いときた。

 

ーー前世の記憶、マジ使えない。

 

記憶はまるで役立たず、それでも散々悩んだ挙句に今一番可能性の高そうな砂鉄を探しに川、あの間抜けなジャギィに追い詰められた場所に来た。昨日と変わらずに川には水が流れ目を凝らせば川魚らしき姿も見る事が出来る。周りを見回すがモンスターは影も形もない。ここまで来るのに隠密擬きの行動――とはいっても物音を当てずに静かに移動する程度だが効果があったと思いたい。

 

そして、いざ砂鉄を探そうとして――此処でも躓いた。探す以前に砂鉄かどうか判断する術が無い事に気付いたのだ。頭の中の記憶には砂鉄を判別する知識がなく、仕舞には磁石なり電磁石なりで判別しろと喚いて来る始末。

 

――磁石も銅線も電池もあるわけないだろがボケ!

 

八方塞がり、打つ手なしの状況に蹲ってしまう事しばし。最早これは罠を極め原始人スタイルを極めるしかないと考えがあらぬ方向に飛んでいき、結局どうする事も出来ず諦めて川下に向かう事にした。特に何か考えがあってのことでもない。ただ止まっている事に耐えられなったのだ。

 

「余りにも無計画過ぎる」

 

自分に対して愚痴が出てくる。しかし、分からないのだ。自分が知っているのは村の中とその周辺のみ。知識に至っては虫食い状態の役立たず。冗談でもなく霧の中を歩いているのだ。だから歩いて情報を集めるしか無いのだ。

 

ーー歩いて情報を集める?

 

「そうだ、先ずは情報を集めるしか無いんだ」

 

歩いていた足が止まった。

 

そうだ、何故そうしなかった?俺は自分が余りにも無知である事を見落としていたのだ。先ずは周辺の地理や植生、モンスターなどの情報を集め理解する事に努める。そうして集めた情報や考えを元に鉄があるかどうか判断すればいい。そんな当たり前の事も考えつかなかった。何故か?

 

「前世の記憶も考え物だな」

 

中途半端に答えが理解できる分、最短距離で答えに辿り着こうとする。それが最善だと疑わず、その先に落とし穴があったとしても気付かずに。だが思わぬ落とし穴だったが気付けたのだ。今までの苦悩は無駄では無かった。

 

やる事は決まった。まずは村の外を理解する事。鉄を探すのはそれからだ。

 

川下に向かっていた足を止め今後の方針は数日掛けて村の周りを探索する事にする。そうして探索をすればするほど新しい発見があった。何より嬉しい事はキノコや山菜などの食料の新しい自生箇所を見つけられた事、ジャギィ以外のモンスターを見つけたことだ。なによりこの活動で地理や植生、特にモンスターに対する理解は進んだ。

 

キノコや山菜は広く分布しており取り尽くす恐れは無いだろう。モンスターにしてもジャギィと比べれば大人しそうな奴、村長に伝え聞いていたアプノトスや憎きケルビ、ガーグァの姿を詳細に目に出来た事は良かった。特に大人しいケルビやガーグァは狙い目だ。試しに気付かれずに忍び寄りそこ辺に落ちている石で頭を殴れば気絶してくれた。殺す手間がいらず、小さな個体は気絶させてから適当な場所に運んで捌けば家に持ち帰ることが出来る。更に美味いとくれば狩るしかないだろ。

 

一方でどうしようもないモンスターにも出会った。ジャギィの親玉のドスジャギィなどだ。ジャギィとは比べるのも馬鹿らしい位の大きさ。正しく大人と子供。まさかジャギィを可愛いと思う日が来るとは思わなかった。遠目で確認出来た事は幸運だった。アレに気付かれた時が俺の最後だろう。初見で遭遇するなど考えたくもない。

 

それ以外にも多くのモンスターを見つけることが出来た。そうして分かったのは今の俺が逆立ちしても敵わない事、だがいつまでも関わらずにいられない。今はその時に備えて情報を集める時で闘う時ではない。そうして様々な事を発見しながらも調査は続いた。そして調査を始めて数日が経った時にそれを見つけた。



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焚きつける

やっとできた…


 まだまだ冬が過ぎ去るには程遠いある日。しばらくは村の周辺の探索に時間を費やしながら山菜を採ったり、ケルビやガーグァをお持ち帰りしていた。そんな事を一週間続け、その日の夜はガーグァの丸焼きを食べながら考えていた事があった。

 

それは探索範囲を広げていくことだ。当初は積極的に広げて行こうとは考えてなかった。村の周辺で山菜や無害なモンスターをお持ち帰りしていれば、比較的安全に冬を乗り越えられる予定だったのだ。だがその予定は崩れてしまった。理由はモンスターによる縄張り争いである。

 

どうやら此処とは別の所に生息していたアプトノスを筆頭とした草食モンスターの群が此方に移動、さらにその群を追って別の肉食モンスターも来たのだ。だが此処にはジャギィの群をはじめケルビやガーグァの群が既に居る。そうして始まったのがモンスターによる縄張り争い。元々いたジャギィの群に引っ越して来た新たな肉食モンスターの群が昼間からギャー、ギャー、ウガァーと叫びながら闘い、草食モンスターは草食モンスター同士で餌の奪い合い。アプトノスの突進でケルビは宙を舞いガーグァは情けない鳴き声を上げながら逃げ惑う。正に大乱闘、モンスターパニックである。

 

そうした理由で少し足を延ばして探索をする必要が出てきたのだ。何も競争相手ひしめく場所に居続ける必要はない。逆に離れる方が安全である。あんな大乱闘に人の子供が入るには命がいくつあっても足りない。逃げるが勝ち、命は一つ大事にしないといけないのです。これが理由である。

 

直に縄張り争いを目にしなければアレの恐ろしさは理解できないだろう。丸焼きを齧りながらしみじみ思う。 因みに丸焼きは成長期か今迄の貧乏生活のせいか一人一匹美味しく頂きました。味はジャギィと違いさっぱりとしたもので物足りない味だった。

 

ーー調味料が欲しい。甘辛いタレを、せめて胡椒でも。

 

そんな葛藤を抱えた俺を無視してカヤは食い続けた。食卓に肉が並ぶ様になり身体も痩せた状態から少しふっくらして来た。良い傾向である。だが帰ってくるなり兄の心配より晩御飯の獲物の心配は如何なものか?

 

 出迎えの一言が

 

「晩御飯、何?あっ、お帰りなさい」

 

と笑顔で聞いてくるのは。いや、心配されるよりもいいのだが、なんとも言えない気持ちである。いや、逞しくなったと考えよう。

 

 そうして昨日は過ぎ今日は未調査地域に進出したのである。足に履いているのはカヤ手製のブーツの様な靴。まだ荒い部分があるが凸凹した地面からしっかりと足を守ってくれている。これが昨日完成したことも調査に乗り出せた理由である。

 

 歩き慣れた道を耳を澄ませながら進めば、遠くからは今日も元気に争っているのが聞こえて来た。

 

 今回の探索は村から北の方向に向かう。北には山から降りれば広い平原が広がっている、よってモンスターの接近に気付き易く比較的安全だと考えたからだ。遠目に平原を見渡せば疎らに木が生えているのみ。モンスターもいないため心置きなく調査ができそうだ。

 

 

 

 

 

 調査を開始すれば最初に抱いた考えが全くの見当はずれだとは想像もできなかった。

 

 大きく開けた平地に生えていた木は近くで見れば木ではなかった。焼け焦げた柱にいくつもの蔓が巻き付いており、大きな葉を茂らせている。遠目で見れば木にしか見えないだろう。調査の為に近付いたから気付けたものだ。周りもよく見れば石と思っていたものが大小様々な瓦礫があったことが分かった。おそらく家屋のような物だった筈だ。原型を留めているものもあるが殆どは瓦礫と化している。そのどれにも植物が生い茂り、長い年月が経った事が分かった。

 

 平原をよく見れば植物の繁茂にも規則性が見て取れる。しっかりと区画整理されたものだと記憶のおかげで理解できた。加えてそれが平原の見渡せる範囲、全てでそうなっているのだ。自分の住む村とは規模が桁違いだ。それこそ、かつての栄えた国の首都と考えれば納得出来るものだ。

 

 そう、俺の目の前には昔話や伝承でしか知らない国が、国の残骸が俺の目の前に広がっていたのだ。

 

 村長が語ってくれた昔話や伝承の中には大きな国が時々出てきた。それらの国はモンスターに滅ぼされる結末が多かったと覚えている。だが当時から不思議でならなかった。確かにモンスターは強い。今ならそれも理解できる。だからといってモンスターで国が滅ぶ程の被害が与えられるものなのか。村長の話を聞きながら当時は考えていた。後でひっそりと聞きに行ったが、村長にも幼い頃から伝え聞いた話なので詳しい事は分からないとのことだった。

 

 それにしても村からこれ程の距離に廃墟があるとした時、村のご先祖様はもしかしたら此処で暮らしていたかもしれない。それがモンスターによってあの村まで追い詰められた。

 

 頭の中では様々な推測が生まれるが後回しだ。まずは廃墟の調査、考察は家ですればいい。原型を保っていた建物に入れば中は荒れ果て枯れた雑草がそこかしこに生えている。かつての生活の痕跡も自然によって埋もれようとしていた。

 

「何かあれば御の字だ」

 

そう言いながら目ぼしいもの探した。気分は墓漁り、もしくはスカベンジャーである。不謹慎にもワクワクしてしまった。だが探せども何も出てこない。

 

「当たり前か」

 

此処はいずれ自然に飲み込まれ跡形も無く消えていくだろう。そうでなくとも長い年月が経っているせいで風化が様々な所に及んでいるせいでロクなものが残ってないだろう。

 

期待外れの結果に終わり感傷に浸りながら家を出ようとすると何かに躓いてバランスを崩した。転げる事は阻止したものの硬いものにぶつかったせいでブーツの足先は潰れていた。

 

「踏んだり蹴ったりだなぁ」

 

完成一日目にしてブーツ破損である。これは下手人である硬いものを掘り出してぶん投げねば気が済まぬ。そう思って掘り出してみれば土が纏わり付いた謎の物体。

 

 ーーだが、容赦はせず。

 

そして掘り出した下手人を手近な岩に向かって投げつけた。下手人は岩にぶつかり澄んだ音を響かせながら何処かに跳ね返っていった。なかなか綺麗な音を出したので似たような物体を見つけたら岩に投げつけてやろう。そうして探索を再開しようとしたが気付いた。

 

ーー綺麗な澄んだ音?

 

岩や石などぶつかり合って出す鈍い音とは全く違う音。片方は岩だがもう片方は何だ?疑問の答えを得る為に下手人を探し出した。暫くして巧妙に隠れていた土濡れの謎物体を見つけた。謎物体の土を手ではたき落とし、携帯している包帯代わりにのボロ布で磨いてみた。そして出てきた物を観察して理解した。気付けば顔が笑っていた。

 

ーーお宝見つけたり。

 

 

 

 

 

 

「お前、これは何だ」

 

目の前に積み上げたのは錆びた包丁や鍋、その他色々な物。殆どの物が原型を損ねており形が分かるのは半分にも満たない。だが、それらに使われているのは紛れも無く鉄だ。

 

「鉄ですが?」

 

「見れば分かる。何処で手に入れた」

 

「村を出て行った結構先に大きな廃墟がありまして、そこにあったのを持ってきました。駄目でしたか?」

 

そう、この鉄は廃墟にあった物だ。埋もれていた謎物体が鉄製品で気付いてからは時間の許す限り廃墟で探し回った。

 

「いや、そんな事は無い。手放しで褒めたいくらいだ」

 

そうだろう。村にある道具は長いこと修理して使い続けている。だが道具は使う程に少しずつ摩耗していく。それを騙し騙し使っている物が村には少なくない。だが目の前にある鉄を使えれば修理だけでなく新造も可能だ。貴重な鉄を齎したことは村にとって大きな貢献の筈だ。

 

「だがな、お前さんの注文は受け付けねぇ」

 

「何故ですか?」

 

 ーー何故そのような険しい顔をするんですか?

 

「答えろ、お前は俺に何を作らせようとしている」

 

 ヨタロウはカムイを睨みつけた。その目からは一切の戯言は許さない強い意志が表れている。

 

 

 

 

 

 

 村でのカムイの評判は色々ある。大人びている、賢い、時たま変な事をする。総じて優秀な問題児が村での認識である。だがこれは違う。優秀だ、問題児だ。そんな言葉では言い表せない。コレは異端なのだ。

 

「お前が俺に作らせようとしているのはナイフじゃねぇ。剣だ、お前はそれで何をするつもりだ」

 

 村から遠く離れた廃墟に行き鉄を持って帰ってきた。言葉にすれば簡単だ。だがそれを出来る奴はこの村にいるのか?俺も含めて村に住む全員がモンスターに対する恐怖を持っている。それは幼い頃から語り継いできたものだ。一朝一夕でどうにか出来る軽いものじゃない。

 

 だがコイツ、カムイは違う。俺達と同じ様にモンスターの恐怖を聞いて育った筈だ。加えて仕事は村の外に出る危険なもの。村に籠る俺達よりもモンスターに詳しい。ならば恐怖も大きい筈だ。

 

「言わないと駄目ですか?」

 

 なのにこの言いようだ。自慢もせず、さも当たり前の様に話を進めようとする。どうにも自分の成した事の大きさをまるで理解していない。いや、理解した上で自慢する程ではないと考えているのか。

 

「当たり前だ。内容によっては俺はお前を突き出す」

 

 だからこそ恐ろしい。十をようやく過ぎた子供がこれ程の事を成した、その上で武器を作れと言う。感心するよりも不気味と思ってしまう。一体どんな理由で武器を必要とするのか、村に生きる者として見極めなくてはならない。

 

「欲しいのです。モンスターを殺せる力を持つ武器が」

 

 カムイの答えは大人でも考え付かないような突飛なものだった。

 

「お前、気でも狂ったか?子供がどうやってモンスターを殺す。そんな法螺話に付き合うつもりはない。鉄については感謝している。これで新しい鍋でも作ってやるから、それを持って帰んな」

 

 口から出た言葉は紛れもない本心である。散々に異端だと考えていたがどうやら勘違いだったようだ。鉄も運良く見つけてきたのだろう。そうして自分は特別だと勘違いしたからモンスターを殺すという戯言が出てきたのだ。だがカムイが目の前に置いたものでそんな考えは吹き飛んだ。

 

「お前、コレは」

 

「ジャギィの頭、実物見せた方が話は早いでしょう」

 

 間違え様も無いジャギィの頭だった。冬の寒さで腐敗しておらず、そしてそのどれもが頭が潰れている。過去に村で仕留めたものとは別のものだ。

 

「ヨタロウさん、貴方の腕は素晴らしい。この村にある鉄器全てに貴方は関わっている」

 

 三匹のジャギィを仕留めたであろう本人は固まっている俺を無視して話し続けた。幼い子供らしからぬ口調で朗々と。聞くな、それを聞くのは不味い。そう思えど耳を防ぐことができなかった。

 

「しかし悲しい事にやることは少なく、それも鍋の修理や包丁の修理など単純なことばかり。それもそのはず、それくらいしか仕事がないから」

 

 そうだ、確かにそうだ。村に一つしかない鍛冶場を任されているがやる事は多くない。あったとしても小物作りか修理くらいだ。

 

「この村にある鉄器は貴方の父や祖父が全て作ってしまい貴方にはやるべき事は殆ど無い」

 

 親父や爺ちゃんが村にある殆どの物を作ったせいで俺が新しく作る物は殆ど無い。

 

「なら新しい物を作ろうにも鉄は無い。例え作ったとしても誰も使わない」

 

 村に無い新しい物を作ろうとしても肝心の鉄は無い、作れたとしても実際に役に立つかは分からない。試行錯誤すら許されない。だから諦めようとした。俺の人生は道具の修理くらいしか出来ないと諦めようとした。

 

「だが貴方は其れを良しとしなかった」

 

 そうしてカムイが俺に見せたのは小さなナイフ。数少ない俺が作った物。

 

「このナイフは私の父さんから貰いました。渡された時に依頼した時の貴方の様子を話してくれましたよ」

 

 あぁ、あの日のことは、今でも覚えている。その時の感情が顔に現れたのだろう。奴は何かを確信したようで口は三日月の様に歪め目を細めて笑顔になった。

 

「貴方は喜んで仕事を引き受けました。依頼した父さんも驚く程の熱意を持って。そして出来たナイフは素晴らしい物でした。実際にジャギィに使えばよく切れました」

 

 それはそうだ。その時俺の持つ技術を全てつぎ込んだんだ。何日も徹夜して、夢中になって取り組んだ代物だ。ジャギィも切れるだろう。実際に切っているとは思わなかったが。

 

「ヨタロウさん、楽しかったですか?ナイフとはいえ自分の力で何かを創り出すのは夢のようでしたか?」

 

 俺はコイツ、カムイが恐ろしい。まだ子供だとかそんなものは関係ない。

 

「もういい、何も話すな」

 

 聞くな、耳を塞げ、アイツの口を閉じさせろ。だが身体は言う事を聞かない。

 

「いいえ、話しますヨタロウさん、貴方は何かを創り出したい。自分の力で最高の物を創りたいのでしょう?」

 

 奴は諦めていた思いを言葉にして言い切った。

 

「黙れと……」

 

「私がその願い叶えます」

 

「何?」

 

 こいつは何と言った。村にいる限り決して叶わない俺の願いを何と言った。

 

「この鉄、まだまだあります。貴方はソレを使って私に合う武器を作って下さい」

 

ダメだ、想像するな、考えるな、戻れなくなるぞ。

 

「それだけではありません。今はまだ身体は小さいですが、いずれ大きくなります。その時も今と同じ武器が合うとは限りません。その時は貴方に新しい武器を作っていただきたい」

 

奴は話すのを辞めない、そして黙って聞いている自分がいる。

 

「素材についても鉄だけじゃない。私が倒したモンスターの牙や骨、武器に使えそうな物も渡します。鉱物もそうです。鉄以外も見つけ次第持ってきましょう」

 

 カムイは矢継ぎ早に言い切った。そのどれもが俺には魅力に溢れていて、夢にまで見るようなものだった。

 

「これが私から貴方に提示できる全てです」

 

そうしてカムイの話は終わった。暫くしてから俺は口を開いた。

 

「お前、頭おかしいぞ」

 

 村の大人達でもここまでおかしくなることはないだろう。

 

「そうかもしれません」

 

そう言ったカムイは笑っている。

 

「何故モンスターに挑む」

 

 死ぬかもしれないのになぜ。

 

「そうしないと生き残れないからです」

 

 だがカムイは間髪入れずに答えた。

 

「妹がいるだろう」

 

「だからこそです」

 

 ここで察してしまった。カムイは気付いているのだろう。

 

「何故泣かない」

 

 子供なら駄々をこねても仕方ないのに。

 

「泣いても助からないからです」

 

 これも間髪入れずに答えた。

 

「俺達を恨むか?」

 

「何故?」

 

「何故も何も、俺を含めた村の大人はお前達を見捨てたからだ」

 

 今年の冬は二年前と同じ厳しいものになる。いや、それ以上かもしれない。そんなときに俺たちは生き残るためにカムイ達を見捨てた。大人と同様の働きは期待できず、それを待つ余裕もないからだ。正直言えば武器は村への復讐に使うものと考えてもいた。

 

「不思議と恨みが湧いてこないのです。それに恨む事に頭を使うなら生き残る事に頭を使います」

 

 やはりカムイは子供にあるまじき答えを返してきた。

 

「やっぱお前、頭おかしいぞ」

 

 そう言いつつも、俺は顔を俯かせてしまう。

 

「夢物語だ」

 

 無意識に口から言葉が漏れた。

 

「夢物語だ、だけど聞いちまった。想像しちまった。もう戻れない。戻れるわけがない」

 

 漏れた言葉は尽きず、さらに勢いよく漏れ出していく。

 

「あぁ、そうさ。俺は耐えられなかった!やる事と言えば鍋の修理や包丁の研ぎ直し。それでも、それでも我慢してきた。この仕事は大事だ、村に欠かせないものだ!だが、お前の父ちゃん、カズマが持ってきた仕事で気づいてしまった」

 

 そう言って己の両手を見た。

 

「楽しかった。最高だった。小さなナイフだが今の俺が持つ技を全て駆使した。その時は毎日ああだ、こうだ考えたよ。幸せだった」

 

 今でも思い出す。夢中になって槌を振るった感触を、体に響いた音を。

 

「だが終わってからは地獄だった」

 

「あの喜びを知ってから自分を誤魔化すのが辛くてな。何度も夢に見たさ。新しい物を自分で作る夢を」

 

 修理をする度にあの感触が甦ってきてどれほど苦痛だったか。だがカムイは俺に機会を与えてくれた。機会だけじゃない、材料も用意すると言ってのけた。

 

「いいだろう。作ってやるよ、お前の為に武器を」

 

 子供にここまで言われて作らないのは鍛冶師として失格だ。

 

「ありがとうございます」

 

「あぁ、だが約束しろ、絶対死ぬな。俺をここまで焚きつけたんだ、死にやがったら承知しないぞ」

 

「分かりました」

 

そうと決まれば後はやる事をやるだけだ。

 

「さて、村長には何と言えばいいか?」

 

「あっ、それはまだ言わないで下さい」

 

「何故だ?」

 

「下手をすれば私達が村から追い出されます。"村にモンスターが来たらどうするんだ!"と言われて」

 

「だが、言わなければ理由無く作る事になるぞ?」

 

「そこはこう言います。たまたま鉄を拾って、たまたまナイフが壊れたので、たまたま代わりの物を作ってもらっているだけ、と」

 

「たまたまて、お前」

 

 さっきまで大人顔負けのことを話していたのに急にショボくなりやがった。

 

「はい、こんな子供騙しがいつまでも続く訳がありません」

 

「ならどうする?」

 

「認めさせます。俺が村には欠かせない人である事を。その為の時間稼ぎです」

 

 時々コイツは凄いのか馬鹿なのか分からなくなる。

 

「どうやって?」

 

「それはこれから考えます」

 

 考え無しかよ。

 

「やっぱお前、頭おかしいぞ」

 

「褒めないでくださいよ」

 

「褒めてねーよ」

 

 なんとも末恐ろしい子供だ。




少しでも文章力を上げたいので誤字脱字などの指摘は歓迎します。


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知られる

できた〜


 振り下ろし、薙ぎ払い、切り上げる。想定するのは自身を超えた体躯を誇るモンスター。棒立ちのままに振るのでは無く移動しながら、手に持った剣を振るう。それは子供の大きさに合わせているが立派な物である。

 

 村で唯一の鍛冶場を任されたヨタロウが拵えた剣はカムイの要望通りの出来上がりだった。肉厚で、重心のバランスも良い。未だに少年の域を出ないカムイに余計な負担を掛けず、確かな力を与えた。これならばモンスターにも通用するだろう。

 

 だが使い熟せなければ棒切れにすら劣る。その考えの元に家の裏で黙々と武器を振るう。初日は武器に振り回されていた、しかし数日おいて動きを矯正し武器を振るう事が出来る様になった。それからは仮想敵に向かって武器を振るう事を繰り返す。仮想敵はジャギィだ、モンスターを狩る切っ掛けであり、今一番に敵対する可能性の高いモンスターである。

 

 今現在、村の近くで脅威となるモンスターはジャギィとそれを率いるドスジャギィである。以前より始まった縄張り争いにも勝ち残り、未だこの一帯は奴らの縄張りである。だが、無傷とはいかなかった。群の個体数は減り、後日確認した限り兵隊としてのジャギィは八匹前後と想定される。依然として危険な群だが、カムイとしてはどうか生き残って欲しいと考えている。

 

 ここで旧ジャギィが敗れ新ジャギィの群が来るなら幸いである。しかし問題はジャギィ以外のモンスターが居座る事である。群としてのジャギィは脅威だが各個撃破の戦法を採れば勝機はまだある。だが個でジャギィの群を退けたモンスターが居座る事になると話は変わる。勝機がどの位か想定出来ない。その前に情報も皆無なため有効な戦術が立てられない。

 

 要は都合が良いのだ。山菜を採る事や、小型の草食モンスターを狩る際にもジャギィだけならば幼い自分にもやりようはある。現状維持が続く方が安全に立ち回れる。

 

 だがモンスターは此方の考えなど知った事ではないだろう。見つかれば嬉々として襲ってくる。状況によっては持ち帰るつもりだったケルビやガーグァは泣く泣く手放さなければならない。だからジャギィを退けられるように鍛えるのだ。苦労した獲物を易々と渡してなるものか。食べ物の恨みとはとても恐ろしいものなのだ。

 

 

 

 

 

"……綺麗"

 

 カヤは兄の演武を見ていた。息は上がり、燃えるように熱いだろう。身体が限界を訴えている筈だ。それでも動きを止めず振り続ける。冬の冷たい空気の中、兄の周りだけが熱を放っている。その熱は周りを白く彩り日差しも相まって幻想的だ。

 

 当初のチグハグな動きは消え、実用に耐える程度に上達したと聞いた兄の動き。その上で少しでも限界の先に、少しでも上達しようと演武を辞めない。

 

 そう、カムイ以外から見ればそれは立派な演武だった。当人の記憶にある雑多な知識を元にモンスターとの戦闘で役立ちそうな技や動きを組み入れたそれは当初こそは滑稽な代物だった。だがそれは日を追うごとに洗練され今や立派な演武となった。無闇矢鱈に振り回すのではない、身体の仕組みを理解し、負担を掛けず、鋭く速く、術理にかなった動き。本人は何てことも無いと言うだろう。しかし、記憶にある雑多な知識は膨大な知識の蓄積によって産まれたのだ。その知識を組み入れ作り上げた演武は、事情を知らない者が見れば天才と謳うだろう。

 

 剣を手に入れてから始めた練習は当人の与り知らぬ所で観られていたりする。その内の一人がカヤだった。

 

「へっくしっ!」

 

「ん?」

 

 剣を振るうのを止め、音のした方、くしゃみをした自分に兄が振り向いた。身体が燃えるように熱い兄とは違い、冬の寒さが身に沁みたのだろう。気が付けば身体を縮こませ、震えていた。

 

「何だカヤか。風邪でも引いたか?」

 

「違うよ!ほら、もうすぐお昼だから呼びに来たの」

 

「そうか、ありがとう。だけどカヤ、風邪かもしれなかったら直ぐに言ってくれ。下手をすれば命に関わるからな」

 

「分かった、直ぐ言うからご飯食べよ」

 

 そう言ってカヤは足早に家の中に入った。心配性の兄の事だ、あのまま話し続けていたら身体が冷えた原因を聞かれるだろう。まさか演武に見惚れ、じっと見続けたせいだと白状できるわけがない。そんな事を言うのは恥ずかしかった。

 

 村には娯楽は少ない、そんな環境にあって日々上達し、動きを変えていくカムイの演武はカヤにとって娯楽といえるものだ。それをカムイは知らない。知られたら当分顔を合わせられない確信がカヤにはあった。

 

 

 

 

 

 此処暫くの間は狩には行っていない。狩によって得た蓄えもあるが、頻繁に村を離れる事を村人に問い詰められたくないからだ。自分のやっている事は下手をすれば村を危険に晒す可能性がある。いくら自分達が生き残る為だと行っても素直に理解してくれるかどうか怪しい。最悪村から追い出される可能性もありえるのだ。

 

 そのような理由で空いた時間に丁度いいと剣を振っていたのだ。そんな風に怪しまれぬよう気を遣いながらの生活にも慣れた。

 

「今日はこの後どうするの?」

 

「ヨタロウさんの所に行くよ。剣の握りの部分を少し変えてもらう」

 

「了解、それと行くなら修理に出した包丁も取ってきて」

 

「分かった」

 

 昼食を食べ終わった後は予定通り鍛冶場に訪れた。ヨタロウさんとは話し合い、剣を預けて修理に出した包丁を受け取る。そこで帰ってきた包丁が以前とは見違える様になっていた事に気が付いた。理由を聞けば

 

「今までみたいに遣り繰りする必要が無いからな。それで思い切り練習も試作も出来るようになった。お陰で腕は上がったぜ、ありがとうよ」

 

と笑顔で返してきた。顔つきも若返った様に見えるのは気のせいではないだろう。ストレスなく仕事に打ち込め、腕も上がったとなれば頑張った甲斐があったものだ。

 

 そうして気分良く家に帰ろうとした道中である人を見つけた。いや、俺がこの道を通るのを待っていたのだろう。道を通さない様に立つのは今一番出会いたくない人。

 

「久しぶりだなカムイよ、元気そうだな」

 

「お久しぶりです、村長」

 

 この村の村長で名をゲンジと言う。四十を超えた年齢でありながら村に住む老若男女を従える猛者である。普段は優しい顔であり幼い子供達からも好かれている。だが、ただ優しいだけではない、場合によっては顔を険しくして厳しい判断を下せる強い人である。そうであるから村長の立場にいるのだ。

 

「偶然にも会ったんだ。立話も何だ、少し家に寄って行きなさい。アヤメも会いたがっていた」

 

「分かりました」

 

 偶然ではないだろう。だが此処で断る理由は無い。逆に断れば先方の印象を悪くしてしまう。そんな事は望まないので村長の自宅に寄った。つられて自宅に入れば違いに向き合いながら座る。

 

「さてカムイよ、元気そうで何よりだ。妹のカヤも元気か?」

 

「はい、元気です。食い意地も変わらずに張っています」

 

「そうか、それは良かった」

 

 まずは挨拶代りの近況報告を。それから少しの間はお互いに軽い冗談を交えながら話し考える。ここで俺が成すべき事は、外へモンスターを狩りに行っている事を知られないこと。まだ村を納得させる程の手柄を考えつかず、その状態で村の外へ出る事を禁じられると俺達は冬は越せない。それは隠さなくてはならない。

 

「ところで最近村から出る事が多いな、どうしてだ」

 

 来た、これが本題だろう。ここで怪しまれてはいけない。平静を装いながら会話を続ける。

 

「食料が少し心許無かったので外で山菜を採ってました」

 

「ほう、村の近くは採り尽くしてしまったものとばかりと考えていたが残っていたのか?」

 

「近くではありません。少し離れた場所まで採りに行きました」

 

 嘘は言っていない。これに関しては疑われることは無いので自信を持って答える。

 

「カムイ、分かっていると思うが外は危険だ。それにモンスターを招いてしまうかもしれん。迂闊な行動は慎むように」

 

「安心して下さい。危険なモンスターを村に招く愚は犯してません」

 

 これも同様だ。村に帰る際は尾行されないよう回り道をしながら帰って来ている。尾行自体にも注意して周囲に気を張りながら行動もしている。今のところ問題は無い筈だ。

 

 村長は険しい顔で此方の顔を見てくる。それに対して平静を保って返す。そんな遣り取りをすること暫く、先に折れたのは村長だった。

 

「ならば良し。私の仕事は村を存続させることだ、村に住む者が危険な事をしようとするのであれは諌めなければならない」

 

 険しい顔を解き、普段の顔付きになりながら話してきた。

 

「カムイよ、素直に応じてくれて感謝する」

 

「いえ、両親が亡くなってから事あるごとに助けてくれた村長の頼みです。この程度であれば応じます」

 

 実際に両親が亡くなってから手助けしてくれたのは村長の家だ。その頼みとあらば詰問も受けよう。

 

「この程度か……」

 

 だが、村長の小さすぎる呟きは聞こえなかった。

 

「さて、アヤメを呼んでこよう。あやつも其方と話したいそうだ」

 

 重苦しい話も終わり、娘を呼んでこようと村長は立ち上がった。話し合いに出てこないよう他の部屋に控えさせていたのだろう。そんな村長の娘だが、扉の隙間から此方を覗いていた視線には気が付かなかった振りをするべきだろうか。するべきだろうな。

 

「アヤメ様、お久しぶりです」

 

「ちょっと、その言い方やめてよ!気持ち悪い!」

 

 からかえば元気に噛み付いてくる子だ。話したら元気に突っかかってくるだろう。今は少し面倒なので言わないでおこう。

 

「気持ち悪いとは失礼な。これでも家長だ、言葉も相手によって変える必要がある、理解してくれ」

 

「分かったから此処にいるのは私達二人だけよ。前みたいに話して」

 

 そんな遣り取りをしながらアヤメの姿を見た。身長は俺と同じか少しだけ大きいだろう。勝気なツリ目が似合い、髪は黒く、長さも肩で揃えている。可愛いよりも綺麗が似合う女の子だ。だが、食料事情が悪いせいだろう、痩せている姿は似合わない。

 

「分かった。さて久しぶりだな、元気にしてたか」

 

「元気なわけないでしょ、忌々しいこの冬のせいで皆追い詰められているわ。そのせいで父様に直訴にくる人が絶えないわ」

 

そうして口を開けば暗い話題しか出てこない。内容から村全体が危うい事が窺える。

 

「そうか、そこまでなのか」

 

「えぇ、皆どうにかしているけどね」

 

 どうにかとは、一食分を減らしエネルギーを無駄に消費しないため必要最低限の時を除き家に引きこもっているのだ。暗い顔をしながら答えてくれた。

 

「カヤは元気?最近見かけていないから心配なのよ」

 

「あぁ、元気だぞ。食い意地が張っているのは相変わらずだ」

 

 彼女もカヤは心配なのだろう。だから心配しない様に答えた。

 

「ねぇ、カムイは大丈夫?」

 

 どうやら自分も心配してくれたようだ。

 

「大丈夫だ、この通り風邪も引いていないぞ」

 

 身体を動かしながら答えた。だが、そうではなかったらしい。

 

「違う、そうじゃなくて……」

 

 歯切れ悪くなりながらも話してくれた

 

「村の外、最近よく出て行っているって聞いて。外にはモンスターがいるじゃない、それに襲われていないか心配で……」

 

「まぁ、モンスターに出くわす事も偶にあるが心配するな。こう見えて逃げ脚が速いんだ。直ぐに逃げてるよ」

 

 嘘は言って無い。出くわすようであれば可能な限り逃げるように考えている。

 

「そう、良かった」

 

 やっと安心してくれたようだ。そのまま話を続けようとするが言葉は出てこない。出てきたとしても暗い話だ。その事も当人は理解しているのだ。

 

「ダメね、この冬のせいで暗い話しか出てこない」

 

 そうアヤメは呟いた。だが暗い顔はここまで、残りは笑顔でいてもらおう。何より似合わないのだ。

 

「大丈夫だ。こちらに出来立てホヤホヤの面白い話があるぞ」

 

「何、聞かせて!」

 

「これは我が家の妹様が寝ぼけて俺に噛み付いた話でな……」

 

 やはり子供には笑顔が似合う。そんな事を考えながら面白おかしく、有る事無い事アヤメに話した。

 

 

 

 

 

 村長との話し合いから翌日。久しぶりに狩りに赴いた。結果は上々、肥え太ったケルビを仕留めることが出来た。だが問題が無かった訳では無い。懇ろ此方の方が問題である。

 

「アプトノスの群の食害が大き過ぎる」

 

 アプトノスは草食モンスターではあるが、その巨体を維持する為に多くの食料を必要とする。それが群となれば一日に必要とする食料は膨大だ。さらに厄介な事にアプトノスの食料に人が食べられる食料も入っているのだ。他所から来た理由は恐らく食料を食い尽くしたせいだろう。このままにしておけば村の周囲は食い尽くされるだろう。

 

「問題はどのような手段を採るかだな」

 

 思いつく案は二つ。

 

 一つはアプトノスを周囲から追い出す事、もう一つはアプトノスを狩る事。追い出す事は具体的な案が浮かばないため没、浮かんだとしても子供一人で出来ることでは無い。となると残る手段は狩る事となる。これは簡単な分、逆に難しい。理由はアプトノスの生態だ。親子で行動する為、子供を狙えば親が逆上して襲い掛かってくる。親を狙っても同じように襲い掛かってくる。成体の突進を受ければ吹き飛ばされ死んでしまうだろう。トラックにぶつかるようなものだ。

 

「八方塞がりだ……」

 

 問題を解決したと思ったらまた新たな問題が出てくる。勘弁してほしい。こんな日は美味い物を食べて気を晴らすしかない。丁度良くケルビを狩ったのだ、豪勢に行こう。

 

「ただいま、カヤ。今日は大きめの獲物だぞ」

 

 そんな気持ちで家に帰って来れば妹がいつものように出迎えてくれた。

 

「あっ、兄さん、その」

 

 だがいつもと様子が違う。泣き出しそうな顔をしているので理由を聞こうと口を開いた。

 

「ほう、ケルビか。食った事は無いが美味しいらしいな」

 

 だが新たな声が聞こえてきたせいで口から言葉は出てこなかった。その声はこの家にいない筈のものであり。昨日聞いたばかりのものだった。

 

「村長……」

「カヤを責めるな、お前がいない間に聞き出したのだ」

 

 昨日の問答では満足出来なかったらしい。まさか家に乗り込んで直接カヤに聞きに来るとは考えていなかった。想定外にも程がある!カヤも村長に問い詰められたら答えざるを得ない。

 

「さて、積もる話もあるが、飯を食いながらといこう。私も馳走になっても良いか、カムイよ」

 

 新たな問題、自分達の生死に関わる問題が突然湧いて出てきた事に胃が軋みをあげたのは気のせいではないだろう。




カムイ大丈夫かなぁ?


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お料理コーナー、胃痛を添えて

悪ノリです、だが後悔はしていない。


 皆さんこんにちはカムイの料理コーナーの時間です。本日の料理は獲れたてのケルビを使った、もつ鍋もどきと串焼きになります。ケルビについては御安心下さい、此方に持ってくる前に血抜きと洗浄は終えてます。このままお料理に使いたいと思います。

 

 まず最初にケルビの皮を剥ぎます。皮は後日使いますので丁寧に剥ぎ取ります。

 

 はい、終わりました。ご覧くださいケルビの皮が綺麗に剥がれました。見事な腕前です。皆さんの御協力のお陰です。ありがとうございます。

 

 おや、これは失礼しました。私としたことがゲストの方々の御紹介を忘れてしまうとは。申し訳ありません、順番を間違えましたがここで本日のゲストの方々を御紹介します。

 

 一人目はこの村の村長であるゲンジさんです。本日のアポ無し訪問で私の胃がキリキリと悲鳴をあげていますが、全く意に介さずにいる神経の図太いお方です。どうやら私に何か話があるようですが食事の後に話したいとのことです。私としては食ったら即刻に帰ってほしいのです。

 

 二人目は村長の御息女であるアヤメさんです。どうやら父様の後をこっそりと尾行していたところを見事に見つかりそのまま一緒に突撃かましてくれたようです。しかし、申し訳ないと思っているのでしょう。顔を俯かせています。一人目とは違い胃のキリキリ度は低いもののやはり痛みます。此方も即刻に帰ってほしいですね。

 

 三人目は村唯一の鍛治師ヨタロウさんです。どうやら二人が我が家に入って行くところを見て野次馬としてついてきたようです。そのまま村長に捕まり此処にいる事になりました。どうやら料理に期待しているらしく目を輝かせています。今すぐ顔面パンチを叩き込みたいですが我慢しましょう。我慢です。

 

 さて本日も助手である妹のカヤと力を合わせて料理を作っていきたいと思います。あっと、カヤは悪くありませんよ。アポ無し訪問して来た三人が悪いから泣かなくていいからね。

 

 さてまずはケルビの内臓を取り出します。事前に洗浄しているのでこのまま切ります。心臓、肺、肝臓、胃袋、小腸、大腸、食道、本日はこれらの内臓を使います。まず全ての内臓をぶつ切りにします。ぶつ切りにしたら小腸を除いて全て串に刺していきます。

 

 えっ、量が多すぎる?一人じゃ出来ない?ハハッ 、安心しなさいカヤ、そこに手隙の人が三人いるじゃないか!手伝ってもらえればいいんだよ。えっ、何、村長も?勿論さ!働かざる者食うべからずだよ。

 

 さて串刺し作業と並行してもつ鍋を作っていきましょう!先ずはぶつ切りにした小腸を沸騰した鍋に入れて湯通しをします。此処でしっかりと臭みを取りましょう。それが終わったら取り出して水で洗います。この作業も丁寧に行いましょう。それが終われば鍋に新しい水を入れて湯通しした小腸を入れます。更に山で採れた山菜を沢山入れます。勿論山菜も洗っていますよ。そして最後に岩塩を投入します。この岩塩はケルビを仕留めた近くにあった物です。鉱床も露出しているので今後は塩の心配をする必要がなくなりました。とても幸運な事です。

 

 おや、串刺し全て終わりましたか。ならば味付けにこれまた岩塩を振りかけて鍋と一緒に焼いていきましょう。えっ、残りの肉はどうするか?この冬の寒さで暫くは放って置いても大丈夫でしょう。最後には切り分けて保存するので心配しないでください。

 

 料理が出来るまでまだ暫くお待ち下さい。

 

 

 

 

 

 

 さて香ばしい匂いが漂って来ました。鍋も串焼きも出来たでしょう。あぁ、此処まで来るのにどれほど苦労したか。大の大人がつまみ食いをするのを阻止し、生焼けで済まそうとした事を叱り、泣き落としにも屈せず、ようやく此処まで来ました。

 

 何、遅いだって?酷いだって?食中毒なめんじゃねーよ。

 

 さて、それでは皆さんで頂きましょう。頂きま……おや、皆さんもう食べてますね?それも凄い勢いで、あれ?あれ程あった串焼きは、鍋は何処にいったんでしょうか?私まだ二口ぐらいしか食べてませんよ?そこっ!一体何本取り置きしているんだ!俺にも食わせろ!もつ鍋も食べる分だけ取りなさい!聞いて下さい……聞いて……聞けやゴラァッ!

 

 えっ!足りないもっと喰わせろ?肉を出せ?あっ、ちょっと!それは保存用の肉っ!岩塩も取らないで!

 

 あっ、あっ、あアあ〜〜!!??




書くの楽しかった


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要請

 冬の夜は長い、それに加え辺りには身も凍らせる冷気が満ちている。そんな環境にあって村人達は余分な体力を消費しないために早々に寝ている。少ない食料を無駄にしないために編み出された苦肉の知恵である。そのせいで村には音も光もなく静寂が満ちていた。闇に支配された世界がそこにあった。

 

 だがある一軒の家だけが違っていた。家の隙間からは光が差し込み、家の中からは声が聞こえてくる。

 

「いや、モンスターがこれほどうまいとは思わなんだ。カムイよ、なぜ教えなかった?」

 

 重く威厳のある声でそう話すのは村の最高権力者で村長ゲンジ。

 

「久しぶりに満腹になったぜ、こんな美味いなら俺も外に狩りに出るか。たんまりと狩ってやる」

 

 調子のいい軽口を言うのは村唯一の鍛冶師ヨタロウ。

 

「あぁ、お腹一杯もう食べれない。ねぇ、カヤちゃんまたご馳走になっていい?こんなご馳走食べたから粗食に我慢できなくなちゃった」

 

 少女に視線を向けながらお願いを言っているのは村長の娘アヤメ。

 

 お願いを聞いた大人二人も視線を同じ先に向ける。村の重要人物三人の視線が一人に向けられる。普通の村人ならば緊張のあまり固まって何も話せないだろう。だが、そんな三人の視線を受けた受けた少女、カヤは

 

「あの、それは兄さんに聞いてください……」

 

そう濁した言葉を返した。そこに緊張はなく呆れと困惑しかない。無理もない、さっきまで普段の凛とした姿からはかけ離れた姿を見せつけられたのだ。

 

ーー村長は壁に寄りかかりながら瞼を閉じて脱力し

 

ーーヨタロウは横に寝転び右手で頬杖を突き、左手で膨れた腹をさすり

 

ーーアヤメは硬い床にも拘らず後ろに大の字に寝転んでいる

 

 視線を向けるにあたって座り直すが、その姿に威厳を感じることはない。そこにいるのは食い意地の張った人が三人いるだけだ。

 

ーーオマケに口元を油でベットリと汚しテカテカと輝いている。

 

 もはや威厳は零を下回りマイナスに突入している。

 

 そんな風に思われているとも知らず、もしくは満腹で頭に血が上ってこないため気が付かない三人は視線をカムイに向け口をそろえて言う。

 

「「「カムイ、また来てもいいか?」」」」

 

 冗談も悪ふざけも含まれていない、切実な願いが込められた言葉で尋ねられた当人は

 

「もう、勝手にしてください……」

 

そう死んだ魚の目をしながら答えるのだった。

 

 

 

 

 

「さて、カムイの料理で腹も満たせたところだ。ここからは真面目な話といこうか」

 

 身なりを整え、村長が言葉を切り出す。その瞬間にさっきまで家の中に満ちていた弛緩した空気は霧散し、皆が姿勢を正しながら村長の次の言葉を待つ。

 

「まずカムイがモンスターを狩っている事実を知るのはこの場にいる五人だけか?」

 

 それに答えたのはカムイだ。

 

「はい、事前に話していたのはカヤとヨタロウさんだけです。村長とアヤメには今日知られてしまいましたが。この五人以外には知られていません」

 

「それは本当か、村の出入りの際に見られた可能性は?」

 

 村から外に出るには一つしかない出入口を使うしかない。当然、モンスターの襲撃に備え木製の柵と門で塞いでいる。そして常時門番が二人詰め掛けている。一人が門番を担い、もう一人はその間休憩を取る。交代しながら警戒しているのだ。そしてこの仕事は村の成人男性が交代で任されている。

 

「それもありません。モンスターを狩った場合はいくつかの手順を踏んでから村に持ち込みます」

 

 実際に籠を三人の目の前に出し、実演しながら説明する。

 

「まず村の近くを流れる川で解体、大まかに分割します。加えて背負ってきた籠の内側に山菜や薬草を張り付け、その中心に分割した肉と革を入れます。これで外からはモンスターの肉や革を見つけることはできません」

 

 手間はかかるが村人に怪しまれずに済む。妙な所で記憶が役に立ったものだ。やっている事は密輸でしかないが。

 

「ずいぶん手の込んだことを考え付いたな。俺はてっきり門番の目を盗んで出入りしているかとおもっていたぜ」

 

「私もよ、目を盗んで隠れながらやっていると思っていたけど、でも中身を見せろと言われたらどうするの?」

 

「そこは穏便に済ます為に見せますよ。しっかりと偽装しているので籠をひっくり返さない限り分かりません」

 

「それ以前に毎回、門番を担当している二人には差入れで少しばかり食料を届けています。そのおかげで円滑に出入りが出来ます」

 

「それって……」

 

「買収ですが何か問題ありますか?」

 

 しかし密輸に買収と子供がする事じゃない、今更ではあるが。

 

「うむ、やっていることは問題だ。だが村に混乱をもたらさない為に十分配慮されている」

 

「ヨタロウよ、剣に関しては皆にどのように答えたのだ?」

 

 視線をカムイからヨタロウに向け直し問いかけた。

 

「あぁ、移動の際に邪魔な枝や蔓を切り払うためと答えたぞ。皆それで納得して怪しむ奴はいなかったな」

 

「ほう、それは自分で考えたのか?」

 

 ヨタロウは鍛治の腕はいいがそれ以外は苦手としている。加えて口も重いとは言えずそこから漏れる事を心配していたのだ。

 

「お生憎様、そっち方面では俺の頭は回らない。そんで全部カムイに考えてもらった、俺はそれを言っただけだ」

 

 実際はカムイの入れ知恵だったが。

 

「そうか、そうか……」

 

 そう呟きながら目を瞑り黙考する。その間は誰も何も言わず、聞こえてくるのは息遣いのみ。家の中は静まり返るが長くは続かなかった。

 

「カムイよ、まずお前に謝らなればいけないことがある」

 

目を開き姿勢を正した村長は

 

「すまなかった」

 

カムイに頭を下げた。そして話す

 

「私はお前たちに与える食料を減らし飢死させようとした」

 

残酷な仕打を、今の境遇に追い込んだ事を。

 

「村長……」

 

「父様!」

 

 アヤメが驚くが仕方ない。今まで知らされなかった筈だ。恐らく村長とヨタロウ達、上役だけが知り得る事だったのだ。だが予測していたとしても実際に他人の口から言われるとキツイ。それが親しく頼っていた人なら尚更だ。

 

「顔を上げて下さい。理由を伺っても?」

 

 顔を上げた村長と互いに目を合わせる。理由は予測しているが確認しておきたかった。

 

「それはお前たちを生贄にする事で村の不安を解消し、団結させることで冬を乗り越えようとした」

 

 だがそこにあったのは予測を上回る程追い詰められた村の現状だ。まず生贄は予測できた。村人の不安を不幸で解消するのは理解出来る。しかし団結させるとは穏やかでは無い。思いつく理由が分からない。

 

「分かっていると思うがこの村は貧しい。冬も何とか乗り切ってはいるが余裕は全くない。村人皆の我慢があってようやく可能なのだ」

 

 誰にも余裕が無く、我慢しながら生きる日々。そうしなければ生きていけない世界なのだ。それは村人全員が理解している。

 

「だが、二年前の冬、加えて今回の冬で村の皆に限界が来てしまった。いつも通りの冬であれば不安があっても問題にはならなかった。だが今の状況は最悪に近い。いつ終わる分からない厳冬、減っていく食料を見て良からぬ考えが浮かんだのだろう」

 

「まさか……」

 

 良からぬ考えとやらを理解した、理解してしまった。

 

「ほう、もう理解したか。そうだ、このままでは村で食料をめぐって争うことになる」

 

 最悪の未来が見えてしまった。

 

 この厳冬は村人全員が抱えていた不安を制御出来ない程に膨らませた。冬を乗り切れる確信はなく、不安を解消する術はなく、時間だけが過ぎていく。不安を育てるのに十分な要素が満ちている。時間が経てば経つ程に不安は成長を続け、追い詰められ余裕も無くなっていく村人達。その内に正常な判断さえ出来なくなるだろう。そうなったら碌な事を考えついても止められない、止めようとも思わない。例えそれが悪手でも気付けない。

 

 全員が生き延びようと必死なのだ。今回それが悪い方向に行き、食料をめぐっての争いとして現実になろうとしている。

 

「俺のところに誘いが来た。武器を作れば危害は加えない、食料も分けてやるってな」

 

 加えて残された時間も少ない。

 

「そこまで……」

 

 そこまで追い込まれていたとは……。

 

「もはや我慢を強いることは不可能だ。そう遠くないうちに少ない食料を懸けて争うことになるだろう」

 

 村長はそれを防ごうと尽力した。

ーー村人達に語りかけ不安を軽くしようとした。

ーー血気流行る者には話し合い、押し留めようとした。

ーー食料について諍いが起きれば仲裁した。

 出来る限りの事をやってきた。

 

 だがそれも限界だ。既に複数の派閥が生まれ密かに村は分断されている。争いが始まるのも時間の問題だ。

 

 そうした結果、生き延びる村人は何人か。

 

「だがそれで終わりではない。問題が解決した訳ではないのだ、むしろ悪化するだろう。大きく人数を減らした状態では満足に村を運営できず、食料確保にも大きく支障が出る」

 

 生き延び村には新たに人手不足という問題が発生する。例え女子供を動員しても足りないだろう。熟練者も何人残るか、村の仕事は多くもないが少なくもないからだ。

 

「加えて凄惨な争いの後だ。生き残った者は疑心暗鬼になり争いが生まれ易い。そのような状態で冬を迎えれば最悪の場合再び食料を巡って争うだろう。最後には村は滅びる、ここに残るのは村の残骸と人骨だけになろう」

 

 行き着く先は滅亡。ただの予測、戯言と斬って捨てる事は出来ない。現状もっとも訪れる可能性が高い未来だ。村に閉篭もる限り避けられない。

 

 村の外から何かを、食料を持ってこない限りは。

 

「だが俺は見たのだ。モンスターひしめく村の外に行き、あまつさえモンスターを狩ってのける剛の者を。しかも、それを成したのが幼い子供だ」

 

 そう言って卑屈に笑う。だがどうして責められようか。考えに考え抜いたのだろう。見れば顔は窶れ、白髪が増えている。それ程までに村長は追い詰められたのだ。

 

 一頻り笑った後、村長はカムイを、藁にもすがる思いで見る。

 

「カムイよ、お前に頼みがある……いや、これは村を預かる者として正式に要請する」

 

 再び頭を下げた。

 

「村の皆を、未来を、どうか救ってくれ」

 

 その言葉が全てを物語っていた。そして理解もしているのだろう。自分が言った事は無茶や無理と言われる程のものなのだ。

 

 だがカムイに悲嘆は無い、ただ言葉を重ねていく。

 

「まだ私は幼い子供です」

 

「構わん、文句を言う者は黙らせる」

 

「自分一人でやるのですか?」

 

「人手が必要なら望むだけだそう」

 

「道具が足りない可能性があります」

 

「私の力で必要なものを必要な数だけ揃えよう」

 

「もし、何かしらの理由で私が死んだときカヤはどうなりますか」

 

「それは……、それだけは確約できない」

 

 それはそうだ、村にはもう後はない。

 

「八方塞がりですね。しかもこれからすることは村人全員の飢えを解消できるだけの量が必要となるのか」

 

 一体どれ程の量か、ケルビやガーグァを何体狩ればいいのか。

 

「できるのか?」

 

「出来る出来ないじゃありません、やるしかないんです。選べるのはそれだけしか無い」

 

 そうだ、俺とカヤだけが生き延びたとしても村が近い将来滅びるのであれば全てが徒労に、無駄になってしまう。俺達だけで生きていける程世界は優しくない。むしろ容赦なく殺しに掛かる筈だ。だから村には存続してもらわなければならない。

 

 頭を働かせ解決策を模索する。

ーーケルビ、ガーグァを狩る。必要とされる量を狩るには百匹単位で狩る必要があり、またそれ程の規模の群は発見していない。よって却下。

ーー山菜などを採る。新たに此方に来た草食モンスターの所為でその数を大きく減らしている。村人を満たせる量はなく、遠くに行く必要がある。

これもまた却下。

──ジャギィを狩る。そもそも狩ったとしても量が足りない。加えてドスジャギィと戦うことになり殺される。却下。

 

 そうして頭の中で発案を繰り返すが最後には一つしか残らなかった。

 

「解決策はある。むしろこれしかない」

 

「それは何だ?」

 

「アプトノスを狩る。然も成体を数匹だ」

 

 大型モンスター、これを狩るしか生き延びる案はない。博打を打つしかない、ならば勝率は可能な限り引き揚げる。

 



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命を懸けて

家から出て空に視線を向ければ雲一つない青空が広がっている。空気も冷たく乾燥しており吐く息は真っ白に染まる。自然にしてみれば村の暗い未来なんぞ知ったことではないだろう。燦燦と太陽が照り付けてきた。吹雪や雨みたいな悪天候ではない、むしろ幸先が良いと考えよう。そうして暗くなる気持ちを切り替えてから家を離れた。

 

村長との待ち合わせ場所に来てみれば村長と三台の台車、加えて男女三組の計六人の大人がいた。村長の後ろには今回の依頼を手伝ってくれる大人達が控えていた。その彼等の周りには自分よりも幼い子供達が寄り添い、中には抱き合っている者もいた。

 

「村長、この人たちが」

 

「そうだ、今の私が動かせるだけの人数を連れて来た」

 

見れば三組とも夫婦なのだろう。互いに寄り添い、不安げな視線を此方に向けている。

 

その中から一人の男性が進み出てきた。見れば身長は自分よりも高く大きいが食料事情が悪い為に頬はこけ、顔色は悪い。だが子供の自分よりは力はあるだろう。あってなければ困る。

 

彼は村長の傍まで来ると直ぐに紹介された。

 

「この集団のまとめ役を任せているヨイチだ」

 

男性の名をヨイチと村長は紹介した。

 

「よろしく」

 

紹介された当人はそれしか言わなかった。いや、言ってくれただけでも十分だった。見れば彼の目には光がない。おそらく絶望や諦めしかないのだ。ならば他の五人も同様だろう。この依頼に参加して手伝ってくれるだけで彼等は精一杯なのだ。それ以上求めるのはあまりに酷すぎる。

 

「よろしくお願いします」

 

挨拶を済ませばヨイチは直ぐに戻っていった。そして村長に向き合う。

 

「村長、どうやってこれだけの人数を」

 

正直これほど用意できるとは……、せめて大人の人手が一人か二人来ればいいとしか考えていなかった。村の人口が大体百人位でありそこから貴重な労働力を六人も、男女とはいえ寄越すのは大盤振る舞いだ。下手をすれば、いや、これは……。

 

「もしや村長……」

 

「取引をした」

 

全てを言わずともよいということか。

 

「どのような取引をしたが聞かせてください」

 

「聞くのか」

 

確認するとは余程の事なのだろう。予想通りならば村長の物言いも理解出来る。だからこそ聞く必要がある。

 

彼らを、ヨイチ達を見れば彼らの子供と抱き合っているのが見える。それは誰が見ても今生の別れと言えるものだ。

 

「知らなければなりません、俺は彼らの命を預かるんです」

 

幼い子供が何を言っているんだと馬鹿にされるだろう、笑われるだろう、注意されるだろう。だが村長は理解している、それは事実でありカムイの采配次第で彼らは死ぬのだと。

 

そしてカムイに余計な事を考えないように配慮してくれたのだろう。だがあれ程強く言われれば話すしかなかった。

 

「カムイに協力することを条件に彼らの子供の保護を確約した、たとえ彼等が死んだとしても子供達は保護すると」

 

「それは」

 

「空手形と言われても否定はしない。それに彼らも薄々気付いている、これが口減らしだと」

 

そう言って一呼吸置きながら話し続ける。

 

「それでも彼らは申し出たのだ。自分の子供が少しでも生き残るように、この大博打に命を掛けたのだ」

 

親として自分の子供を生かしたい、その為に僅かでも可能性を上げるために志願した。それ以外はない、ただそれだけだった。

 

「軽蔑するか、彼らの願いに付け込んだ卑怯者と」

 

卑怯者、確かにそうだ。成功の可能性すら定かではない博打に彼等の子供を盾にして、子供を思う親心を利用して参加させたのだ。選択肢などあって無いようなもの。そう言われるのも仕方ないだろう。

 

ならば俺はどうなのか?

 

「そうですね、村長が卑怯者なら俺は外道といったところですかね」

 

俺には外道が相応しいだろう。村長が用意した彼等を利用し、危険な場所で扱うのだ。笛を吹き彼らを無理やりに進ませた先は一体どんな場所なのか。少なくとも命の危険がある場所であることは間違いないのだ。

 

「違いない」

 

そんな村長と子供の軽口は不思議と周りには違和感を感じるものではなかった。だがそれも長くは続かず、互いに真剣な顔になる。

 

「最善を……いや、命を懸けます。これが最初で最後の機会です」

 

「そうだ、二度目はない」

 

そう、これが最初で最後の機会なのだ。滅びに瀕した村がたった一度だけ行える大博打。勝てば生き残り、負ければ村で互いに殺し合い、そう遠くないうちに滅びる。

 

村長から視線を外し、側にいたカヤに向ける。

 

「カヤ、行ってきます」

 

そう言えば泣きそうになりながらも笑顔で言ってくれた。

 

「行ってらっしゃい」

 

すぐ隣には同じくアヤメが泣きそうになりながら此方を見ていた。

 

「カムイ……」

 

泣き出しそうな顔はやはり似合わない

 

「アヤメ、鍋の準備しとけよ」

 

そう言ってからかえばいつもの顔になった、なってくれた。

 

「うん……準備して待ってる」

 

無理やり顔を作っているせいか似合わない、だがさっきの泣き顔よりはましだった。

 

もう言うことは無く、視線を村の外に向ける。

 

後は前に進むのみ。

 

「出発!」

 

今の自分が何を言っても意味はなく、無駄に言葉を飾る必要はない。そう言って村の外に向かえば、後ろには大人達が台車と共に大人しく付いて来た。

 

 

 

 

 

 

「カムイ、一杯いるぞ」

 

ヨイチの言う通り茂みに隠れながら視線を向ければアプトノスの群れがいた。アプトノスは気性の荒くない草食モンスターである。とはいえ子供でも大きさは軽自動車くらいはあり、その体重は付いて来た大人達よりも遥かに重い筈だ。成体に至ってはもはやトラックで体重はトン単位だろう。あの巨体で体当たりされたら吹き飛ぶか衝撃でミンチなるかのどれかだろう。

 

「えぇ、最近こちらに来た集団です。群れが大きくなりすぎてこちらに移動してきたものです」

 

群れ全体では大体三十頭の大集団だが、今は五、六頭の小さな集団に別れながら食事をしている。見れば呑気に昼寝をしている個体も見つけられた。その余裕はこれ程の群を組織出来れば当然と言ったところか。近隣のモンスターが無策でこの群に挑めば返り討ちに合うだろう。別に鋭い牙や爪が無くともあの巨体で体当たりでもすればモンスターは倒れ、容易に踏み潰せるだろう。考えるだけでも酷い死に方だ。

 

「そこまで分かるのか、どうやら村長が法螺を言ってたわけじゃないようだな」

 

話す言葉が増え、もしやと思い見れば目には光が戻っていなかった。むしろ血の気も引いてゾンビの様になっている。彼を知らずに見れば叫んでいたかもしれない程に不気味だ。

 

「不安ですか?」

 

「当たり前だ、生まれてから村の中育ちで外に関しては全く知らないんだよ」

 

試しに尋ねてみれば恐怖が滲み出た返事を直ぐに返して来た。その言葉通りなのだろう。加えて全く知らない場所に来ただけでなく草食とは言えモンスターもいる。泣き叫ばないだけでも本人にしてみれば上等なのだ。

 

「村長に話を持ちかけられた時も信じちゃいなかったんだ。正直ここにいるのも我が子のためだ、お前を信じたわけじゃない」

 

「それでいいと思いますよ」

 

なんとも辛辣な言い様だが仕方ない。彼等にしてみれば自分の様な子供がモンスターを狩っているなど想像も出来ない。それでも従っているのは村長との取引があるからだ。それを責めるのはお門違いだろう。

 

「いいのか?俺はお前を……」

 

「いくら言葉を重ねたところで納得はできないでしょう。当然です、この場でヨイチさんに求めているのは仕留めたモンスターを運搬することだけです。それ以外は指示に従ってくれれば文句はありません」

 

信頼や信用出来るだけの根拠、実績を出せない今は素直に指示に従ってくれるだけでも充分だ。生き延びてから信頼や信用を積み上げればいい。そう割り切って考える。

 

「お前、本気か………、見ろよ俺たちよりも遥かにデカい奴らがあんだけいるんだぞ!正気かよ!」

 

そんな俺はどうやら狂人の類いと思われているようだ。それもそうか、彼等からみれば人などモンスターに比べればちっぽけな存在だ。吹けば飛ぶような軽い物にしか見えない。それは確かに正しいが今この場では余計な考えだ。

 

ヨイチの胸倉を掴み顔を近づける。

 

「泣き言はいい、諦めるのもいい、だが指示には従え」

 

そして有無を言わせず命令する。此処で錯乱されでもしたら困るのだ。加えて悠長に言葉を尽くす余裕もない。

 

「俺が呼ぶまでそこで待機してください、呼ぶときは声を掛けますから」

 

彼等を茂みに待機させ、モンスターから身を隠す様に指示を出す。これで遠目から見れば此処に人が居るとは思わないだろう。モンスターに余計な警戒をなるべく取らせたくなかった。

 

「なんで、なんで……」

 

隠れながらもヨイチはそう口ずさむ。今どんな感情を抱いているかは分からない。そもそも俺に向かっての問い掛けですらない可能性もあるのだ。

 

「生き残ったら話してあげますよ」

 

そう言って俺はアプトノスに近づいて行った。

 

 

 

 

 

「デカイ……」

 

そう口から不意に出してしまう程にアプトノスは大型だ。そして近づくことで分かった事がいくつもある。彼等は触れるくらいに近づいたとしても直ぐに暴れたりはしない。確認の為に顔を此方に向け視界に捉えるのだが、それも一瞥するだけで直ぐに食事に戻ってしまう。

 

これは脅威と見なされていないのだ。ケルビやガーグァと同じようなもので、食料を奪い合う関係でなければ気にかける必要は無いと。暴れる時は自身に危険が迫った時か、自分の子供や群が襲われた時だけだ。

 

都合がいい。ならば調べられるだけ調べてやる。

 

そうして動きに注目しながら実際に触れてみる。すると皮膚はそれほど硬くは無く、表面がザラザラとしていているだけだ。そしてこの巨体を支え動かす筋肉を皮膚の下に感じられた。むしろ皮膚よりも筋肉の方が問題だ。これだけの厚みのある肉を手持ちの剣で切り裂けるか分からない。

 

よって探さないといけない。筋肉が薄くかつ致命傷になりやすい部位はどこか。

 

そうしてどの位触り続けていたか。短くはないが長くもない、それでもアプトノスは嫌がる素振りすらしなかった。脅威以前にこれではやるせない気持ちになってくるが、おかげで必要な情報は集まった。後は実行するだけだ。

 

集団の中にいる成体でかつ小さいサイズを探せば直ぐに見つかった。大きさが軽トラック程の成体に近づいて行く。やはり警戒する素振りはなく、呑気に草を食べていた。

 

そんな彼の首に近づいて一息に剣を振るった。

 

首の薄い皮膚を、筋肉を裂きその下にあった太い血管を断ち切る。皮膚越しにすら感じる事が出来た太い血管だ、この巨体に似合った心臓が絶えず大量の血を送っているだろう。

 

その考えの通り、断ち切られた血管からは大量の血が蛇口を捻ったか如く吹き出してきた。なんとか上手く切れた様だ。子供でもこの剣が有れば首を切り裂く事は出来る。

 

首から血を噴き出させた個体は悲痛な叫び声を上げる。それを聞いたアプトノスの群は直ぐに警戒態勢に移行、互いに声をあげながら敵を探し出す。そして見つけた、それは自分達の子供よりも小さく、軽そうな生き物だ。だが容赦はしない、愚かにも戦いを挑んで来た敵を追い払おうとその巨体を動かすが。

 

「遅い!」

 

別の成体に近づいて首を切り裂けば同じ様に血を吹き出す。彼等に行動を取らせてはならない、先手を打ち続けなければならない。そうでなくなった時は俺が死ぬ時だ。未だに小さい身体を生かし彼等の視界から消え、例え見つかったとしても仲間を間に挟む事で再び消えて首を切る。

 

首を裂かれた個体は暫くは動き続けるもののそう長くは持たなかった。次第に動きは緩慢になり膝をつく、そうして最後には自分の血で作った血溜まりに沈んで行った。

 

今、この瞬間だけは俺が優位に立った。これを手放さない様に群の中を駆け巡る。巨体にぶつかる、踏み付けられる恐怖を理性で従える。そうして首を切り裂き続けた。しばらくすると一際大きな鳴き声が聞こえてきた。 群の長が判断したのか群は反撃を辞め逃走を始めた。逃げる彼等を警戒しつつ後ろを見れば仕留めたアプトノスが四頭もいた。

 

もう十分だ、これだけあれば食料は足りる。最悪の事態は回避出来た。

 

だがここは弱肉強食が支配する世界。どこまで残酷で厳しい場所だ。

 

アプトノスとは違う鳴き声がこの場に響いた。それは今まで何度も聞いたもので、それを聞いた群が引き返してきた。それだけではない、何かが視界の隅から向かってくるのが見えた。それは太く大きかった。

 

「がっ!!」

 

動けただけでも大したものだった。いや、それしかできなかった。何かが身体に当たり凄まじ衝撃を受けた。それを咄嗟に後ろに飛ぶ事で幾らかは緩和出来た筈だ。それでもかなりの距離を吹き飛ばされ、止まったのは仕留めたアプトノスにぶつかったからだ。もしいなかったらどれ程吹き飛ばされていたかわからない。

 

肉の緩衝材は吹き飛ばした衝撃をかなり吸収してくれたが、それでも身体に受けた損傷は酷いものだ。身体中が悲鳴をあげ視界が暗転する。暫く蹲ってようやく回復した。

 

「何が……」

 

ふらつく頭を支え、目を開いた時に気がついた。目の前が真っ赤に染まっていた。

 

「血が……」

 

下を見れば血がポタポタと落ちていた。果たしてこれは自分の血か、それともアプノトスの血か。分からないがかなりの量を被っている。

 

だがそんな事は後回しにする。

 

吹き飛びそうになる意識を、いや実際には飛んでいたらしい。どの位かは分からないが群を囲むようにジャギィがいた。さっきまでは居なかったはずだ。加えて周りは混沌と化していた。そして聞こえてくるのはあの鳴き声、しかもそれだけでない。

 

「ドスジャギィッ!」

 

彼等の群を率いる存在がいた、最悪な事に二頭も。そして理解出来た。

 

「利用された……」

 

いつから狙っていたのか、俺が命掛けで戦っていた瞬間か、それともアプトノスの群がここに来た時か。間違い無いのはドスジャギィは俺が起こした混乱を利用した事だ。

 

俺が群を掻き回した瞬間も観察を続け群の長を特定すると直ぐに狩ったのだろう。司令塔を失ったアプトノスの群は包囲され統率を失い右往左往している。

 

不意をついて俺も仕留めに掛かるとは恐ろしい程の狡猾さだ。俺を吹き飛ばしたのは恐らくドスジャギィの尻尾による薙ぎ払いだろう。仕留めに来ないのは何も出来ないと考えているのか、それとも邪魔だったから吹き飛ばしただけなのか。何でもいいが、このままでは利用された挙句に獲物は総取りされる。

 

そんな事は断じて認められない。

 

「まだ……」

 

立ち上がって身体の状態を確認する。身体中が痛むが動けない事はない。痛みを無視して身体を動かす。

 

「まだだ……」

 

手放さなかった剣を見る。かなりの衝撃で何かにぶつけたのだろう。所々で刃が欠けている。しかし切れない程ではない。

 

「まだやれる……」

 

まだ戦える、まだやれる事はある。

 

「独り勝ちにさせねーぞ!」

 

そう言って自分に喝を入れる。二度目の機会なんて無い。ここで失敗したら全てが終わるのだ。

 

走り出しながら考える、事態をどう転がせば望む結果を得られるか。その為にまず騒動の中心を見る。そこには激しく戦うアプトノスとジャギィ達がいた。噛み付き、引っ掻き、ぶつかり、薙ぎ払う。本能をさらけ出した嵐のような戦いがあった。見ればドスジャギィの一匹が複数のジャギィと共に一際目立つ大きさのアプトノスと戦っている。残ったドスジャギィはその後ろに待機し、残ったジャギィと群を包囲している最中だ。

 

恐らく戦っているアプトノスは群の次席のはずだ。奴らは群の指揮能力を完全に喪失させてから襲い掛かる算段を立てている。この場にいるのはジャギィが二十体程とドスジャギィが二体、アプトノスはまだ三十体に近い数がいる。戦力は拮抗している、それを崩す為に次席を狩るとはドスジャギィの中には人でも入っているのか?

 

だが拮抗しているならば入り込む隙間はある。

 

為すべき事はジャギィに損害を与えこの場を引き退らせる事。ジャギィ達にはこれ以上の狩を継続する意識を捨てさせ、アプトノスが離脱した後も此方を襲わない、襲えない程の損害を与える必要がある。

 

アプトノスの包囲しているジャギィを端から襲う。

 

「シャッア!」

 

首を断つ。アプトノスよりも小さく細い首は半分以上切り裂かれ即死だ。だが相手は狡猾な奴だ。直ぐに奇襲に気付き、包囲に支障が無い数を差し向けて来た。その数四体、まともに戦えば殺されるのは此方だ。だが馬鹿正直にやり合う必要は無い。戦闘能力さえ奪えればいいのだ。

 

向かって来た四体はバラバラに向かってくる。ここに勝機がある。

 

一体目、噛み付きを避けすり抜ける瞬間に片足を切りとばす。切られたせいで立つ事は出来なくなり地面に無様に転がる。

 

二体目、頭を振り上げた頭突きをしようとした瞬間に首を切る。とうとう刃毀れをして切れ味が悪くなったそれで力ずくで切る。削るような切り口で悲痛な鳴き声を上げながら倒れる。

 

三体、四体目、前にいる二体目が切られた事により立ち止まろうと身体を後ろに上げた瞬間に大きく剣を振り抜き腹を切り裂く。中に収まっていた臓物が漏れ出し苦悶の鳴き声をあげ倒れる。

 

ここまでで計五体の兵隊を始末した。群の四分の一の喪失だ。

 

だがまだ足りない、引かせるには更なる損害が必要だ。

 

だが身体も限界に近い。いや、いつ倒れても不思議じゃ無い。切る事が出来るのもあと一回だけ。ならば狙いは一つ。

 

次席のアプトノスと戦っているドスジャギィに近づく。側にいるジャギィが気付いて襲い掛かるが避けるだけで無視する。こいつらに関わる時間すら惜しい。

 

そうしてドスジャギィに近付けば、奴はアプトノスから視線を外す事が出来ない。外した瞬間に致命傷をもらう事を理解しているのだ。俺に視線を向ける余裕はない。

 

その無防備な首を刃毀れした刃で斬りつける。だが切る事は出来なかった。浅くもないが深くもない、そんな中途半端な傷だが無意味では無かった。刃毀れした刃はノコギリの役割を果たし首を斬るのではなく首を削った。皮膚を、筋肉を、その下にある血管をズタズタに削り取った。

 

ただ斬られるよりも遥かに痛いのだろう。悲鳴をあげ動きが鈍ったドスジャギィはアプトノスの体当たりで倒れ、踏み潰された。

 

そこから指揮能力を回復した群は一点集中で包囲を破った。立ち塞がる敵は吹き飛ばし、踏み潰した。

 

結果ドスジャギィの群は半壊。アプトノスは離脱し、残されたのは俺達だけとなった。まだ戦意を失っていないようで此方をドスジャギィが睨み、威嚇する。

 

「ガァアアアアア!」

 

貴様のせいだ、殺してやるというように。

 

「らぁあああああ!」

 

此方も負けじと吠える。自分でも驚くほどの声が出た。

 

そうして睨み合うこと暫く、先に引いたのはドスジャギィだった。自分達が仕留めた獲物を咥えると森の奥に帰る。最後にひと睨みしただけで戦いは起きなかった。残ったのは血の海に沈む死体の山だけだ。

 

 

 

 

 

「ヨイチさん来てください」

 

弱々しい声だったが聞こえたようだ。ゆっくりと此方に近づいて来た彼等を見れば上手く隠れられたおかげで一人も欠ける事はなかったようだ。

 

「おい、大丈夫……」

 

「ヨイチさん、血抜きと解体をお願いします、奴らは当分帰ってきません。肉はすぐさま処理しないと傷んで無駄になります」

 

話す時間すら惜しい。すぐさまに解体して持って帰る必要がある。

 

「あぁ……」

 

「終わり次第、詰め込めるだけ詰め込んでください。さあ早く!」

 

迫力に押されたのだろう、急いで作業にとりかかった。

 

作業を見ている傍らで包帯代りの布で応急処置を自分に施す。どうやら額の辺りから血が流れていたらしい。今は血が凝固して流れてはいないが布を当てて圧迫する。

 

「横になったほうがいいんじゃないか?」

 

視線を向ければヨイチさんが解体作業をしながら言ってきた。

 

「やめときます、多分横になったら倒れてしまいます。モンスターに襲われてもいいならそうしますが?」

 

冗談抜きでここで横になったら暫くは起きれない。それ程に身体は疲弊しているのだ。ジャギィ達に襲われても撃退すら出来ない。

 

「やめてくれ」

 

「そういうことです、村に帰るまでが俺の仕事です」

 

帰るまでが遠足と頭の何処からか言ってくる。そうだ、まだ村に帰る移動が残っている。倒れる訳にはいかない。

 

「すごいな、お前」

 

「ははっ」

 

軽口を言う気力すら尽きかけている。

 

「詰め終わったぞ」

 

気がつけば彼等の作業は終わっていた。台車には限界まで積み込んでいるようで、山の様に盛り上がっている。ちゃんと牽引出来るか心配だがそれは彼等の仕事だ。

 

「みんないますか?」

 

「全員いるぞ」

 

ヨイチさんに確認をすればいるらしい。視界がボヤけて顔の識別すら満足に出来ない。

 

「分かりました、これより村に帰ります」

 

その言葉を信じて村へ帰る。だがそこから先はうろ覚えだ。気がつけば村に着き、目の前には村長がいた。

 

「カムイ、よくぞ……」

 

口が動いているから何か言っている筈だ。だが何も頭に入って来ない。それに身体も限界だ。

 

「すみません村長、後のことお願いします」

 

そう言って意識は落ちた。



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私の新しい仕事はハンターです

ーー眩しい

 

晴れた冬の陽の光が家の隙間から差し込んで少年の顔を照らしている。最初は弱々しい光だったが今は瞼の裏の目に突き刺さる程に強くなり不愉快な刺激を少年、カムイに送り続けている。それも我慢の限界が来て忌々しい光を遮ろうと腕を動かした。

 

その瞬間に身体中を激痛が襲った。

 

ビキリ、ビキリと。それは腕から、足から、腹から、頭から、背中から。とりあえず身体中から激痛が襲ってきた。

 

「〜〜〜〜〜ッ!?」

 

声にならない呻き声と共にのたうち回ろうにも身体が岩のように固まって動けない。そして痛みに遅れて身体中が熱くなっているのに気付いた。

 

村の外に出ての戦い、ドスジャギィ達との戦いで傷だらけになった身体はそれだけ酷く特にドスジャギィの尻尾による薙ぎ払いは骨や内臓に少なくない損傷を負わせた。それを治そうと身体中が活性化、結果として身体中から発熱するようになってしまった。

 

痛くて熱くて動けない。そうなったら呻き声をあげるしかなく誰かが気付いてくれるのを待つしかなかったが。

 

「兄さん!目が覚めたんだ!」

 

天使がいた。痛みに呻くしかない兄を妹が見つけてくれたのだ。

 

声のした方向に顔を向ければカヤが桶と布を、桶の中には水がはいっているのか両手で抱えている。兄が目を覚ました事がとても嬉しいのだろう、両手に持っていた桶を放り出して兄に飛びついて行った。

 

いや、あの、ちょ……!制止しようと口を動かすが上手く喋れない。そうしている間にもどんどん近づいてくる。

 

ーーあぁ、あの笑顔は悪意は持っていない、純粋に喜んでいるんだ。

 

そう思うしかできず、まさかこんな無意識の行動で兄にトドメを刺すとは考えてもいないだろう。

 

天使が死神の鎌を持って近づいてくる。

 

桶に入っていた水を床に撒き散らしているが、カムイにはそんなことよりも目の前には両手を広げて飛び込んでくる妹の姿に目が離せない。もう止まらない、止められない。軌道は身体の中心、動けない今は避けることも出来ない。

 

死神が鎌をゆっくりと振り下ろす様を幻視してしまった。そうなっても仕方なかった。

 

「勘弁し……くぁwせdrftgyふじこlp!」

 

力一杯に抱きついてきたカヤ、それがトドメだった。再び、いやそれ以上の激痛に襲われたカムイは白眼を剥いて気絶した。

 

後に彼は語った、三途の川の向こうに両親がいて苦笑いしながらこちらを見ていたと。

 

 

 

 

 

気絶から目覚めて泣いて謝るカヤを宥めること暫く。落ち着いてから倒れた後の話を聞けばもう三日も経ったらしい。その事に驚いて詳しく聞こうとするも出来なかった。気が遠のいて倒れそうになったのだ。カヤが支えてくれなかったら後ろから強かに頭を打っただろう。

 

どうやら血がかなり流れたようで頭がクラクラする。加えて無理が祟ったようで身体もまだあちこちが痛む。正直起きているだけでキツイ状態だ。そんな状態でさらに倒れそうになった俺はカヤにかなりの心配をさせてしまった。狼狽えている姿をぼやっとした頭で見ていると腹も鳴ったときた。それもかなり大きな音で。

 

さっきまでの湿った空気は吹き飛んでしまい、笑いながらカヤが食事を急いで取ってきてくれた。取ってきた料理は作り置きしていた雑炊だがまだ暖かい。立ち昇っている食欲を唆る匂いを嗅いだせいで腹の虫が一際大きく鳴った。寝ている間に身体に蓄えていた栄養は尽きたようで、すぐ食べられるのはありがたかった。

 

雑炊を無我夢中で食べて漸く空腹を満たせた。そうして満腹になったら今度は強い眠気が襲ってきた。だがそれを捩じ伏せて気を失った後の話を聞くことにする。起きてから気になって仕方ないのだ。

 

「俺が倒れた後はあれからどうなった?」

 

「村長の言う通りにしたよ」

 

尋ねてみれば詳しく話してくれた。カヤとアヤメは気を失った俺を綺麗にして家に寝かせた後は村の集会所に移動。そこで村長は村人全員を集めて成果の肉を調理した。二人は助手として参加して調理した。

 

「ただ、なんというか……」

 

目が泳いでいる。これは何かあったのか?

 

「何か問題でも起きたのか」

 

「うん、村の皆はモンスターを食べるのが初めてだったんだよ。最初は食べるのを渋っていたけど。けどそれが問題じゃないの」

 

モンスターの肉を食べるのを渋るのは分かる。初めて食べるとなれば遠慮気味になることは想定出来るが、コレが問題でないなら何が問題なんだ?

 

「アプトノスの肉を焼き始めたら匂いが凄くて」

 

「えっ、まさか悪臭がしたのか」

 

そこで大切な事に気付いた。

 

ーーそういえばアプトノス食べたことないじゃん!

 

今思えばあの場の重苦しい雰囲気に流されてしまった。モンスターなら、アプトノスなら食べられると勝手に思っていたのだ。それがまさか食用に適さないとなれば苦労が水の泡だ!大博打に失敗し、村の危機は去っていない、そうとなれば今後の身の振り方を急いで考えなければいけない。

 

俺は顔を険しくして今後の身の振り方の画策する。それを見たカヤが慌てて話を続けてくれた。

 

「違うの!凄くいい匂いがしてそれを嗅いだ皆の目が凄い怖くなって」

 

んっ、いい匂いならば問題はないだろう。どうやら俺の早とちりらしいが、ならば何が問題なのだ?

 

「誰かが勝手に焼き終わったお肉を食べたの。勿論、兄さんが心配しないように中まで火を通していたよ。それで勝手に食べた人が言ったんだ」

 

皆が遠巻きに見守る中勝手に食べた村人は一言言った。

 

『美味い』

 

産まれて初めて食べたモンスターの肉が彼(彼女?)の何かの琴線に触れたようだ。口いっぱいに肉を頬張り取り決めた分を無視して食べ続けた。

 

「それに釣られて他の人も食べ出して、そこから先は焼き終わったお肉を巡って喧嘩に発展しそうだったの」

 

その時の事を思い出したのか遠い目をしながら思い出す。

 

カヤは話す。

ーー焼き終わった肉を巡って大の大人が口汚く罵り合いながら奪い合い

ーー焼き終わるのが待てなかった奴が生焼で食べようとするのを止め

ーー親が気を引いてる内に子供に肉を奪取させようとする親子を諌め

他にも荒ぶる村人達を鎮めるために村長とアヤメが集会所をあっちこっち飛び回る。

 

カヤは肉焼き係になりひたすら肉を焼く。つまみ食いを阻止し、しれっと食べようとする者は肉を取り上げ、そうしている内に心は無の心境に達する。肉焼き係から肉焼きマシーンと化したカヤは同時にいくつもの肉を目にも留まらぬ速さで焼いたようだ。

 

そんな混沌とした集会所は皆の腹が膨れる程に肉を食べて漸く収まった。満腹になった村人達は各々の家に帰り気持ちよく寝て過ごしたのだろう。

 

集会所には散らかった食器と調理器具、肉を食い尽くされたアプトノスやジャギィの骨が山の様に積み上がっていたそうだ。カヤと村長とアヤメ、あと何人か残った村の女衆の力を借りて片付けた。

 

そうして長かった夜が終わった。

 

カヤが遠い目をしながら話し終わるのを待てば眠気はいつのまにか吹き飛んでいた。

 

ーー平坦な声で淡々と話すのか怖くて眠気なんぞ吹き飛んだわっ!

 

そうして話し終わると同時に理解できた。どうやらアプトノスは村人の口に合ったらしい。いや、今迄の飢えも合わさってとんでもなく美味しかったようだ。調味料が村長達に奪われた岩塩だけ、いや岩塩だからこそ良かったのだろう。厚切り肉にシンプルに塩だけ、肉汁も混ざって美味しいだろうな。

 

そんなご馳走を知ってしまった村人達が大人しくしている訳がない。飢えた村人達は食べられる肉の量が少なければ下手をしたら殺し合いになりそうな雰囲気だったらしい。

 

村の内戦を止める為に命懸けで獲ってきた肉で内戦になるとか冗談ではない!そうならなかったのは皆が頑張ってくれたおかげか。

 

「凄い勢いでお肉が食べられて全部食べ尽くすんじゃないか村長達とヒヤヒヤしながら焼いたよ」

 

たが全体から見ればまだ沢山の肉が残っているらしい。食べ尽くされてなくてよかった。

 

「残ったお肉は保存しているよ。あとね"これで冬をこせる。ありがとう"て皆が言ってたよ」

 

「そうか……良かった」

 

本当に良かった。命懸けの狩は無駄ではなかったのだ。

 

「あとね、村長が目を覚ましたら来てくれって言ってた」

 

「分かった、だがあと1日は寝かせてくれ。まだ身体が少し痛む」

 

「うん、伝えてくるね」

 

そう言って村長に伝える為に家を出て行った。その姿を見送ると今度は強い眠気が襲ってきたが逆らわずに身を任せた。これで村の将来を不安に考える必要はなくなった。ぐっすりと眠れそうだ。

 

 

 

 

 

「カムイよ、此度の働きは見事であった」

 

村長宅に行けば顔色が良くなった村長が出迎えてくれた。隈も無く晴れやかな顔を見れば村の危機は去った事が確信できる。

 

「ありがとうございます」

 

「してカムイよ、早速だが…」

 

「暫くは無理です」

 

「まだ言っていないが?」

 

「予想はつきます。村人全員がまた肉を食べたいと言っているのではないですか?」

 

村長が俺に命令するとしたらモンスター関係しかない。それにここ数日の事を考えればある程度の予想はつく。

 

「その通りだ」

 

モンスターの肉は村人達の心をガッチリと掴んだようだ。

 

それも強過ぎるほどに。

 

「村長、もう村は以前のように戻る事は出来ないでしょう」

 

「続けよ」

 

続きを促す村長の顔は真剣だ。そこにさっきまでの綻んだ顔は一分たりとも無い。

 

ならば言おう。いや、言わなければならない。これには自分の未来も掛かっているのだ。

 

「彼等は知りました、肉の味を、空腹を凌ぐ手段を。このままではいけません」

 

今までは村に篭って耐え凌ぐしか彼等は知らず、例え人が、自分の親しい人が死のうともそうするしかなかった。

 

だが今回の事で知ったことだろう。外にはモンスターが跳梁跋扈している。だがその先には村を充たせるモノがあることに。

 

ここで問題が発生する。

 

「何がだ」

 

「村人達が無計画にモンスターを狩りに行く可能性があります。その過程で命を落とす者が確実に出ます。そうなれば村の運営にも支障をきたすでしょう。最悪の場合、生き残って逃げる事でモンスターを村まで連れてきてしまう可能性があります」

 

今回は外から獲ってくる役目を俺が担った。そしてそれを完遂した。それを見た村人達こう考えるかもしれない。

 

ーー子供が出来たのだ、自分も出来るはずだ。

 

根拠の無い自信を持って考え無く村の外に行く可能性がある。勿論村人達はそこまでの愚者ではない、だが賢者でもないのだ。そういった可能性はある。

 

「確かに尤もな考えだ」

 

村長が厳しい顔をして頷く。自分も昨日までは考えつかなかった事だ。ならば何故こんなのを考えをついたか。それは村長宅に向かう途中でこれから話すであろう内容に考えを巡らせている間に浮かび上がった。

 

ーー来年の冬は村はどう対応するのか

 

その疑念を膨らませ具体的な形に落とし込んだ考えだ。

 

「だがそれには大きな誤解があるぞ」

 

しかし村長はその考えを否定した。

 

「それは一体」

 

「まず村の皆は狩りに行こうとは思わん」

 

いきなり前提となる条件が否定された。だが何故狩りに行こうと思わないのか、子供が出来たのだから自分もと考えてもおかしくは無いはずだ。全員とは言わないが一部の男衆は考えつきそうな事だ。だからこそ分からない。

 

「カムイ、自分がどのような姿で帰ってきたか覚えているか?」

 

その疑念を払うように詳しく村長は話す。その時の事を思い出しながら。

 

「服は切り裂かれ、身体中に傷があった。頭には大きな傷もありそのうえ血だらけで死人と変わらなかったぞ」

 

帰ってきたカムイはそれは酷い姿をして帰ってきた。勿論怪我などは村の中で生きていても少なからず経験もすれば見る事もある。だがカムイのそれは違った、今まで経験したことも無ければ見たたことも無い。初見時は生きているか死んでいるかも分からなかったのだ。だが村長として取り乱す訳にもいかずなんとかカヤとアヤメに指示を出したのだ。傷が深ければ自分は対応できなかっただろう。

 

「それにな、ヨイチ達が話してくれた。お前とモンスターとの戦いを余す事なく話し、そして死に掛けた事を」

 

ヨイチ達の話は集会所にいた村人達全員が聞いた。それは驕り高ぶった一部の村人達だけならず全員の心胆を寒からしめた。彼等から話されるのは言い伝えにあるモンスターとは違う。実際に見て、聞いて、感じたものだ。躍動感を、生きている姿を生々しく伝えられた全員がその脳裏に思い描く事ができる程の。加えてあるのだ、実物が。アプトノスが、ジャギィが、そしてドスジャギィも。

 

「それを聞いた村では狩りに行こうと考える者はおらん。むしろヨイチ達が話したモンスターの話がとどめとなった」

 

カムイの姿、ヨイチ達の話、実物のモンスター。これだけあって外に狩に行こうと考える愚か者はいなかった。

 

「そんな訳だ、外に行く奴はおらん。だがそうなると問題がある」

 

愚か者がいない事は嬉しい。だがそれとは別に問題がある。誰が外から獲ってくるのか。

 

「カムイよ、お前が言った通り村は以前のように戻る事は出来ない。外には村を充たせる程の物がある事を知った。だが外にはモンスターがひしめいておる。そこで……」

 

「俺の出番ですか」

 

危険なモンスターが蔓延る世界には経験者を当てる。白羽の矢が立ったのがカムイだ。

 

「そうだ、お前にはモンスターを狩り外から物を持ってくる。それがお前の新しい仕事だ」

 

「分かりました。しかし条件があります」

 

これは拒否する事は出来ない、確定した事だ。ならばこれらは仕事をする上で必要になる事だ。これを確認しないで仕事を請ける事は出来ない。

 

「聞こう」

 

「支援をお願いします。武器、防具、道具など狩りに必要な物を揃えることを約束していただきたい」

 

武器はそうだが、防具や道具まで自力で用意するのは不可能だ。例え用意出来たとしても素人に毛が生えた程度の物。信用も信頼も出来ない、そもそも使えるかどうかも分からない。ならば村にいるヨタロウのような熟達した技術を持つ人に用意してもらう。これには村長の支援が必要だ。

 

「無論、他にはあるか?」

 

快諾してくれた事は良かった。たがまだ一つある。

 

「使い潰さないで下さい」

 

外には有益な物が沢山あるだろう。勿論獲ってくるのは命懸けだが必要ならばやる。だからといってあっちこっち走らされ使い潰されるのは許容は出来ない。もしそうなったら疲労は溜まり、何処かで思わぬ失敗をして死ぬのが関の山だ。

 

「お前の代わりはいない。そんなことはさせん」

 

懸念していた問題はあっさりと解決した。勿論ただの口約束だが村長は違えないだろう。村にとって不利益な事はこの人はしないと信用できる。ならばもう考え無い。考えるとしたらこの先任された仕事についてだ。

 

「これから忙しくなる」

 

やる事は沢山あり、今までの様にのんびり出来るかは分からないのだ。現状余裕の無い今は無駄に出来る時間は少ない。

 

「お前はそれでいいのか」

 

そういった事を考えていると村長から尋ねられた。その言葉には任される仕事に対して拒否、もしくは否定的な考えは持っていないのか知りたいようだった。

 

「この仕事からは逃げられません。逃げたら村にいられませんから」

 

それが全てだ。村は貧しいままで子供二人に任せられる仕事はない。変わらない現状があって、取りうる最良の手段がこの仕事なのだ。

 

「そうか」

 

村長もそれ以上問い詰める事はせず。

 

「後日村の会議で正式に通達する。その時は参加せよ」

 

「わかりました」

 

その遣り取りを最後にその日は解散した。

 

 

 

 

 

後日、村の集会所。そこには村の上層部たる大人達が軒並み揃っていた。コの字に並び、空いた場所にはカムイが、上座には村長が座っている。

 

「カムイよ、お前に新しい仕事を任せる」

 

村長が話し始めるが誰も何も話さない。

 

「それは村の外でモンスターを、村に有益なモノを持ち帰ること」

 

今この場で行われている事は確認だ。

 

「危険な仕事だ、下手をすれば命を落とすやもしれん」

 

誰もが持っていた疑問を解消し知らしめるための場。

 

「だがこの仕事を引き受けるか、カムイよ」

 

任される仕事は村に住む人ならば引き受けない危険で厳しいもの。誰もが拒む代物だ。

 

「謹んで引き受けさせていただきます」

 

だがそんな代物を引き受けて、顔は不満も怒りも何の感情も微塵も感じさせない無表情であった。

 

「今この時より私の仕事を"ハンター"と呼んで頂きたい」

 

少年の記憶に朧げにあるその言葉。それには危険な動物を狩り生計を立てる人を表す言葉だ。ならば今の自分に当てはまるそれを名乗る事に疑問は無かった。

 

「うむ、カムイよ、ハンターとして村に貢献する事を期待する」

 

「はっ!」

 

自信を持って少年は答えた。

 

ここに一人のハンターが産まれた、少年しか出来ないと危険で厳しい仕事をたくされた彼の未来はどうなるのか。それは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

ちなみ無表情だったのは柄にも無くガチガチに緊張してしまったからだ。




疲れた。けど頑張った!
頭で考えた事を文章に書き落とすのは疲れるけど楽しい!



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第二章 ハンター(殻付き)
新装備?


朝日が昇り暖かな日差しが村を照らしている。日差しを受けた雪はゆっくりと解け、その下からは新緑の芽があちこちから芽生え始めていた。

 

長く厳しい冬の寒さが終わり暖かな春が近づいてきたのだ。

 

そして村に住まう者は春に備えての準備を始めている。その顔には冬が過ぎ春を無事に迎えられたことに対する喜びがあった。加えて村人達の血色はよく体調を崩した者はいない。

 

しかしこれには理由があった。実際には例年通り村が越冬をしようとすれば多くの餓死者が出る可能性があったのだ。その原因は食料不足である。早く訪れた冬の寒さによって十分な食料を備蓄出来なかったのだ。そして蓄えた食糧では村人全員を満たすことは出来ず少なくない数の餓死者が出る、もしくは少ない食料を巡っての殺し合いに発展する可能性もあった。

 

だがそうはならなかった。村の外、大人でも踏み込まないモンスターが跳梁跋扈する危険地帯から大量の食料を持ち帰ることで食料問題を解決したのだ。そしてこれには少なくない村人達が関わり、その中で特に一人の少年の働きの賜物であった。

 

その少年の名はカムイ、村に一人しかいないハンターであり、この村を襲った食料不足を解決した立役者である。

 

そんなカムイは村の中にある鍜治場を任されている壮年の男性、ヨタロウと向かい合っていた。だが今日はいつもと違っている。具体的にはカムイの厳しい視線をヨタロウが目を合わせないようにし、その顔には冷や汗が浮かんでいる。そして二人を後から見つめるのは村に住む老若男女が集っていた。これは娯楽の少ない村ではこのような出来事は面白おかしい話の種として扱われ見聞きしようと集まったのだ。

 

要するに十人程いる彼らは野次馬なのだ。

 

だがカムイにはそんなことはどうでもよかった。後ろでガヤガヤと騒がれようと振り返らずに厳しい視線をヨタロウに向けている。

 

「ヨタロウさん」

 

声はわずかに震え、耐えていた。何故このようなことになったのか、さぞや立派な理由があるのだろう。聞かなくては収まらない。

 

「なんだ」

 

対してヨタロウは冷や汗をさらに流し、俯いていた。

 

「俺は確かにモンスターの素材も使ってくださいと言いました」

 

注文したものを作る際に必要があればモンスターの素材を使ってもいいと言ったのは覚えている。

 

「あぁ、そうだったな」

 

ヨタロウは肯くだけだ。

 

「それを聞いたあなたは喜色満面に作業に入りました」

 

自信満々に快諾してくれたことも間違いないようだ。

 

「あぁ」

 

今度は声が小さくなった。

 

「細かく注文を付けようとしたら"俺に任せて体を治すことに専念しとけ"と言って追い出しましたね」

 

まだ痛む体を慮ってくれたのだろう。早く帰って休めと追い出したことも間違いないようだ。

 

「ハイ……」

 

……もはや敬語である。

 

「信用したんですよ。ヨタロウさんならしっかりしたもの作ってくれるって」

 

「……」

 

「えぇ、確かにできました。見事な出来です。これならモンスターにも通用するでしょう」

 

そして一息入れ、腹に力を籠める。

 

「ですが、碌に弦を引く事が出来ない強弓を作るとはどういうことですかっ!」

 

「すまんっ!!」

 

大声で怒りを爆発させ問い詰めれば帰ってくるのは謝罪だった。大の大人が少年に叱られているのはおかしいが今回ばかりはカムイの言い分が正しい。後ろいる村人達もうんうんと肯いてる。

 

なんてことは無い、カムイがヨタロウに弓矢の作成を依頼し、そして出来上がった弓矢を引き取りに行けばカムイでは全く扱えない強弓を渡してきたのだ。

 

それも目元を濁らせながら自信満々に。

 

さもありなん。

 

 

 

 

 

「うわ、すごく大きいし……ナニコレ凄く硬い!こんなのカムイじゃなくても使えないわよ。ほら、カヤも使ってみなさい。これ凄いから。あと革手はちゃんとはめてね」

 

「はい、アヤメ……何ですかコレッ!お、重い……それに何ですかコレ。えっ、これが矢ですか、嘘でしょ……」

 

「俺にも触らせてくれっ!」

 

「僕も僕も~!」

 

後ろでは渡した試作品の弓を手に持ってガヤガヤと騒いでる。持つだけで小さな子供はよろめき、大の大人でも弓をもって矢をつがえるだけでも精一杯、弦を引ける人は誰一人としていなかった。

 

ヨタロウは苦し紛れにも弁解する。

曰く、今まで弓を制作した経験はなくどの程度のものがいいか分からなかった。

曰く、貴重な資源、モンスターの素材など気兼ねなく使えるので張り切った。

曰く、モンスターに対してどうすれば致命的な一撃になるか徹夜して考え抜いた。

曰く曰く……

 

「つまり徹夜明けの変なテンションで正常な判断が出来ず、そこに試作品を作る面白さといろいろなものが加わってしまった。結果タガが外れた状態で完成したのがアレと」

 

「すまなかった」

 

大の男が自分の非を認め頭を下げて謝る。これにさすがのカムイも怒りを保てず霧散した。その代わりに胸中を支配するのは呆れだ。

 

確かにモンスターの素材などヨタロウにとっては未知の素材だ。興奮して夢中になるのも仕方がなかったのだろう。それを深く考えずに渡してしまったカムイの責任とも言えなくもない。これは授業料と考えて納得するしかなかった。

 

完成した物が誰にも扱えない強弓という代物だが。

 

「しょうがないか」

 

「いいのか」

 

「いいも、悪いもヨタロウさんしかいないんです。これから長い付き合いになるんですから」

 

次にもこんなことがないとも限らないのだ。起きた事をくよくよせず割り切って開き直るしかない。

 

「分かった、今度からはしっかりと相談する」

 

「お願いしますね」

 

「ところで修理に出した剣はどうなりましたか」

 

弓の衝撃が大きかったがカムイがヨタロウのところに来た目的二つ。一つは完成した弓の引き取り、二つ目は修理に出した剣を受け取る事だ。

 

目が覚めてから酷使した剣の状態を改めて確認すればそれは酷い有様だった。刃は大きく欠け、剣の半ばで大きく歪んでいる。これでは狩には到底使えない。自らが可能な整備の範囲を超えたそれを弓の作成依頼と同時に修理にも出したのだ。

 

「あぁ、アレはもうだめだ」

 

「ダメですか?」

 

「そうだ、刃毀れがかなり酷い。おまけに欠けた部分に負荷が集中して刀身自体に亀裂が入ってる。一体どんな使い方したらああなるんだ?」

 

「ソレは……、刃毀れした部分を使ってモンスターを、肉を斬るのではなく削るように振ったせいです」

 

刃毀れした部分で皮膚や筋肉だけでなく骨も一緒に削ったせいだった。自身も剣にかなりの無理をさせたと思っていたが、まさか罅まで入っていたとは。よく最後まで折れなかったものだ。ナマクラを通り越して廃品になってもおかしくはない有様だ。

 

「削るって、お前……鋸と間違えてないか」

 

「ごめんなさい」

 

これはさすがにカムイが悪い。

 

「まぁ分かった。だがこれは修理じゃなくて新造になる。一回作ったものだ、数日で用意できる。何か注文はあるか」

 

「いえ、同じものをお願いします」

 

「分かった。……ところでアレはどうする?」

 

アレとは試作の弓の事だ。

 

「家に持って帰りますよ。肥やしにしかなりませんが」

 

「すまんが、そうしてくれ」

 

鍛冶場には弓を保管できる空きは無い。ならば家に持ち帰るしかない。そう決まれば玩具になっている弓を回収しようと振り向いた先には弦を引こうと村の男衆が何人も並んでいた。だが周りに聞けば誰も引けていないとの事。それを聞いて改めてどれだけの強弓かと理解すると同時にもったいないと思う。

 

ーーこれが引けるようになれば狩りもだいぶ楽になって、危険もぐっと下がるのに。いや、今からでも引けるように体を鍛えるか?

 

そんなことをつらつら考えながら弓を回収する。その瞬間に起こるのはブーイングの嵐。それをするのが子供ならはわかるが大人がやると非常に見苦しい。だが娯楽の無い村にしてみればモンスターの素材で作った弓は触っているだけでも楽しいらしい。未だに文句が絶えないが、それを聞き流して弓と矢を担いで家に帰る。その後ろにはカヤとアヤメが並んで付いてきていた。

 

 

 

 

 

 

「カムイ、どうして弓を使おうと思ったの?」

 

「そうだよ、兄さんには剣があるじゃん」

 

後ろで弓についてアレコレ話していたアヤメとカヤに話を振られた。それは何故、弓を使おうと思ったのか。

 

二人にしてみればカムイの剣の腕は村一番と考えている。ヨイチ達が集会所で話した通りなら剣で沢山のモンスターを討ち取ったのだ。こんな事は村の誰にも出来はしない、例えカムイと同じ剣の腕があっても実際にモンスターと勝負になれば負けてしまうだろう。戦う度胸が足りないのだ。それは村の男達も認める程だ。

 

だから勝手に二人はカムイが剣の腕を鍛えていつか一振りでモンスターを倒すことを目標にしていると考えていたのだ。

 

ただそれは勘違いでありカムイの理由は単純なものだ。

 

「態々モンスターに近付いて斬るより遠くから仕留められた方が危険が少なくて楽だ」

 

自分から危険に飛び込む必要性を無くしたかったのだ。

 

「ふーん。でもなんで弓なの、石とか投げればいいんじゃないの?」

 

投石も馬鹿に出来ないものだ。道具を使えば当たりどころが悪ければ子供でも大人を殺してしまう危険がある。身体に当たれば無事では済まないだろう。

 

「それも考えた。威力も射程も十分だけど一つだけ足りなかったんだ」

 

「何が足りなかったの、カムイ?」

 

「連射性能」

 

それがカムイが弓を使おうと考えた理由だ。

 

「確かに投石が当たればモンスターも倒せるかもしれない。だけど俺が相手をしているモンスターは一体とは限らない。もしかしたら徒党を組んで襲って来るかもしれない。そんな時に手間暇掛けて石を投げる余裕は無いと思う」

 

投石は威力はあるが放つまでにいくつかの過程がある。それは弓も変わらないが技術で短縮可能な時間は投石よりも弓の方が良いと考えたのだ。

 

「勿論、それ以外にもある。投石は弱点以外に当たればモンスターには強い衝撃が伝わるだけで致命傷にはなり難い。けど弓なら体に矢が刺されば動きは鈍くなる、鏃の形を工夫すれば出血させることもできるかもしれない。鏃に毒も仕込むことができるだろうし。弓の方が取れる戦術が多いと思ったんだ」

 

へー、と二人は感心している。しかしこれはまだ全部が机上の理論だ。いくつかの試行錯誤は必要になり、もしかしたら投石の方が優れているかもしれない。こればかりはカムイにも分からなかった。

 

「じゃあ、あれは!村長の家にあったえーと……なんだっけ?」

 

「カヤ、それはたぶん弩だ。あれもいいが動き回る外で壊れたらどうしようもない。だったら石のほうがいいかもしれない」

 

村長の家にあったのは埃を被った弩が一つだけあったが、作りは小さくモンスターに通用するかは怪しいところだ。通用するように作り直すとなればどれ程大型化すればいいのか見当がつかない。研究するにしても先の事だ。

 

「難しいね」

 

「そうだな。やることなすことが全部手探り状態だ。一個ずつ試していかないといけない」

 

「手伝えることある?」

 

カヤが尋ねれば丁度良くカムイの腹がなった。

 

「そうだな、うまい飯を作ってくれるか」

 

「あっ、あたしも手伝う!ご馳走になってもいいでしょ!」

 

「分かったよ」

 

そう言えば二人はカムイの背中を押しながら家に向かう。まだまだ考える事が沢山ある、だが今のカムイの頭の中にあるのは二人が作る食事で一杯になった。

 



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採取

「こんなものか」

 

そう言ったカムイの前には籠一杯に入った草があった。大きさも色もバラバラなそれらはもちろん只の草ではない。多年草の薬草をはじめとした効能が確認されている物から用途不明の怪しい草ーー勿論、用途不明の草は直接触っても大丈夫なものーーが籠に小分けにして積み込まれている。

 

雲一つない晴天の空が強い日差しを地上に注いでいる。そのおかげで鬱蒼とした森は明るく、見渡しの良くなった状態は依頼の進捗に大きく貢献してくれた。採集作業は順調に進み昼前には籠一杯の量を集める事が出来た。

 

そうして依頼に一区切りついて改めて籠を見ればその種類の多さに驚いた。

 

「それにしても色んなものが自生していたな。だが、薬草は分かるが他の草に一体どんな用途があるんだ?」

 

そう言ってカムイは用途不明の草、霜ふり草を掴んで観察する。霜ふりと言っても草にきめ細かな脂が入っているわけでもない。特徴と言えば他の草とは違い肉厚で弾力があることくらい。そもそも薬学に関しては専門外なので教えてもらわなければ判別すらできなかっただろう。それでも判別できたのは事前に特徴を教えてもらっていたからだ。しかし、その特徴をもとに探し出したがこれが霜ふり草とは限らない。良く似た別の草の可能性もあるのだ。このあたりの目利きはカムイには出来ず、細かく観察しても確信は持てない。

 

「……分からん。これは持ち帰って詳しく聞こう」

 

掴んでいたものを戻して籠を背負う。そうすると両肩にズシリとした重さを感じるがカムイは苦も無く背負い森の中を歩く。例え草でも水分が抜けていない状態は軽くない、そのうえ大量にあればその重さはちょっとしたものだ。だがカムイはバランスを崩す素振りもなくしっかりとした足取りで進んでいく。

 

これは食生活の改善のおかげだ。以前の栄養失調一歩手前の痩せ細った体はそこにはなく、服の隙間から見える体には筋肉がしっかりと付いている。懇ろ同年代の子供達よりも体を酷使することが多いため筋肉は発達しているだろう。そのおかげで森の中での移動速度も上がっている。

 

多少の段差も何のその、カムイは村への帰り道を進んでいく。そもそも何故カムイが採集をしているのか、それは昨日まで遡る必要がある。

 

 

 

 

 

「薬草採取ですか?」

 

「はい、カムイ君には薬の原料となる薬草の採取を依頼したいのです。可能ですか?」

 

そう話すのは村で医者兼薬師を任されているケンジだ。村で使われる薬は全て彼が調合し、外に出ることの多いカムイが特にお世話になっている人物の一人である。

 

弓騒動から暫く経ってカムイが新造された剣を受け取ったその日、村長からの依頼があるということで集会所を訪れたら村長とケンジがいたのだ。座って詳しく話を聞けば依頼はケンジからのものだった。

 

「可能です。しかし薬は足りているのでは?怪我人自体が少ないのでそこまで消費されたと思わないのですが」

 

小さな村はそういった話が出回るのは早い、しかしカムイは村で怪我人が出たという話は聞いていない。だとすれば何故なのか。

 

「はい、その通りです。今すぐ薬が必要になる程消費されたわけではありません」

 

「ならば何故?」

 

「これから薬の消費量が上がると考えているからです」

 

そう言ったケンジの顔は真剣そのもので嘘、偽りはないことが感じられた。

 

「まず知ってほしいことですが、村で薬は不足していません。それは何故だと思いますか?」

 

「それは……村人皆が怪我をしないように注意しているからです」

  

怪我で死ぬ、病気で死ぬ、怪我が元になって病気で死ぬようなこともあればその逆もある。この世界においては死は身近に溢れている、死から身を守るために村人達は怪我をしないように注意して生活している。薬もあるが量は少なく貴重品だ。

 

「半分は正解です」

 

だが答えにはまだ半分足りなかったようだ。

 

「もう半分は」

 

「そもそも怪我をするようなことが少なすぎるのです」

 

それ自体は良いことではないかとカムイは考えるがケンジの考えは違うようだ。

 

「この村は内に籠りそこから得られる糧で何とか生き延びてきました。しかしこの前のような厳冬があればそれすら成り立ちません」

 

「それは重々承知しています」

 

「村の中は何事もなければ怪我をしないように生きることが可能です。そんな環境では怪我をするような事は殆どありませんから薬は今までの様に細々と造っていれば事足ります」

 

そう辛そうに話すが気がかりなことがあった。今までの様に?それはつまりーー

 

「つまり……その環境が変わる、もしくは変えさせられるような事態が起こるということですか」

 

それが人為的なものか、自然のものかは分からないが起こる事は間違いないのだろう。確定した事として話を進めているのだから。

 

「さすが、ハンターと言ったところですか。頭の回転が速くて助かります。それは……」

 

「よい、そこからは私が話す」

 

今まで黙っていた村長が話しを引き継ぐ。いや、事前に決めていた段取りだったのだろう。そもそも依頼の仲介だけであれば村長まで話に付き合う必要はなかった。それでも残ったということはこの話には村長も一枚噛んでいる可能性がある。

 

「さてカムイよ、単刀直入に言うと私は村の拡張を考えている」

 

一枚どころか黒幕であった。

 

突然の問題発言に思考停止してしまうが暫くして再起動を果たしたカムイは立ち上がって村長に問い詰めた。

 

「それはいくら何でも急過ぎます!」

 

「ほう、そんな言葉が出てくるとは。村の拡張に関しては考えていたのか」

 

しかしカムイの鬼気迫った表情を物ともせず更には考えを見透かされる始末。だがその顔は涼しげでありながら目は油断のならない光を放っている。その目を見たことで冷静さを取り戻し座りなおすとカムイは白状した。

 

「将来……村が今後とも生き残る道を模索するのならば必要な事と考えてはいました」

 

「それはいい。だが安心してくれ、これはまだ計画ですらない夢想の類だ。実行に移すと決めたわけではない」

 

決めたわけではない。

 

何とも含みを持たせた発言だが、笑って話す村長の眼差しは真剣だ。その目はこれが冗談の類でないと訴えてきている。ならば何故話したのか、頭を高速回転させて考える。

 

今この場にいるのは村の拡張を考える村長に薬の増産を行うケンジ、そしてハンターであるカムイ。この場にケンジがいることから少なくとも村長の考えには賛同しているのは間違いない。そして村の拡張を秘かに考えていた自分を非難するでもなく笑って受け入れた村長。村でも自分は貴重な人員であることは理解している。そのうえで計画の障害になるものは何だ。村の拡張は大仕事だ、怪我やモンスターに村人たちの反対もあるかもしれない。そこまで考えてカムイは理解した。

 

「説得材料ですか」

 

そう言えば村長は笑みを深くしていく。どうやら正解のようだ。

 

「ケンジさんはどう考えているのですか?」

 

この場にいる以上は賛同しているのだろうが、どこまで協力するつもりなのか知りたかった。

 

「カムイ君、私は賛同しているよ。村の今後を考えれば必要なことだ、それに私は怪我や病気なら力になれるけど飢えには無力なんだ。それをどうにかできるのならそうしたい。勿論協力も惜しまないさ」

 

そう話すケンジさんの表情は覚悟を決めたものだ。確かに病気や怪我であれば彼の持つ技術が助けになれるが、目の前にあるのは飢えによる餓死だ。人を助ける術がありながらそれを生かす事が出来ず、あるのは自分ではどうしようもない現実。やるせない気持ちは人一倍強く、そうでなければ医者や薬師は務まらないのだろう。村長に賛同するのは何もおかしくはない。

 

「ケンジは説得済みだ。後はカムイが賛同してくれるのならば計画は現実のものになる」

 

この計画の鍵はケンジとカムイであり、この場は依頼の仲裁の形をとったカムイの取り込み工作の場だ。抜け目のない村長である。

 

「私も賛同はします。しかし他の方々はどうなのですか、根回しの方は?」

 

元々カムイには反対の余地はない。どちらかと言えば村長と同様の危機感は持っているのだ。だがそれは個人で解決できる程容易いものではなく、それが村長公認で話が進むのであれば乗らない手はない。しかしそれはカムイに限った話だ、他の村人達が同様の意見を持っているとは限らない。

 

「もっともな懸念だ。だが今回ばかりは必要ない。この計画は会議で私から提案するが皆が賛同してくれる」

 

そう村長は確信を持って言い切った。

 

「確かに村の会議で私から正式に提案するが渋る奴もいるだろう。だがらこれは説得する為の準備だ」

 

そうして計画の詳細を話した

 

「まずこの計画にはカムイとケンジの協力が欠かせん。村の拡張となれば仕事の際に怪我人が出ることもあろう。いや出る。それだけの大仕事だ、そこで怪我を負いそれが元で死なれたりでもしたら差し障る。私の強権で無理矢理に実行することは出来なくもないがやりたくはない。最悪、ようやく纏まった村がまた分裂してしまう恐れがある」

 

「そのための薬の増産ですか、村に十分な量の薬があれば怪我をしても大丈夫と安心させるために。そして私はモンスターに対する不安を払拭する為に」

 

そうして村人達自身が納得し、行動してくれるように場を整えるのだ。こうすれば例え人死が出たとしても納得したうえで計画を進め続けるだろう。

 

「理解が早くて助かる」

 

そう言った村長の顔には安堵があった。カムイが計画に反対を唱えず賛同してくれたことが大きかったのだろう。

 

「何、皆も考えてはいるのさ、だが最後の一歩が踏み出せないままなのだ」

 

そう、これには事前の根回しなど必要ないのだ。皆が皆、大なり小なりどうにかしようと考えていた。だがそこには障害が、病気に怪我、そしてモンスターがあった。村長は多くの村人達と日頃から関わっている。だからこそ知る事が出来た。そして考え付いたのだ。

 

「だが二人の賛同を得られたならば踏み出す」

 

これは村人たちの背中を押して最後の一歩を踏み出させるだけ。だがそれで十分なのだ。

 

「分かりました。採取の依頼引き受けます」

 

「ありがとう、依頼に関してはケンジと話してくれ」

 

「それではカムイ君、詳しい内容の事ですが……」

 

集会所には村長と依頼について話し合うカムイとケンジ三人がいるのみ。だがその胸の内にある思いは村の未来を見据えたもの、話し合いは長く続いた。

 

 

 

 

 

そうして採集に励み籠一杯の薬草は集まった。だが依頼は採集だけではない。

 

「薬草の群生地はここと……あと依頼されてたネムリ草と、何だろうこの草、すごいネチョネチョするんだけど?」

 

ケンジには薬草と今まで村で利用されていない草の採集と群生地を書き記した地図の作製も依頼されたのだ。カムイにとって初めての仕事であり特に地図の出来は余り褒められたものではなかった。だがこれは今後は定期的に行う依頼だ。初めから完璧は求めていない、少しずつ上達していけばいいとカムイは考えていた。

 

そうして移動を続けては見かけた草や種を拾っていると不思議な音を拾った。ハンターとして活動するようになってから僅かな物音を拾えるよう常に意識している耳に入ってきたのは何かの咀嚼音。ジャギィ達や草食モンスターの咀嚼音とも違うそれは今まで聞いたことがないものだ。

 

ーー未確認のモンスターか?

 

そうであれば今後のことも考えて情報を収集しなければならない、たとえ違ったとしても新しい情報が入手できるのであれば無駄ではないだろう。

 

そう、カムイは無知であることが一番の恐怖であることを理解した。モンスターに関する情報は少しでも集める、それがモンスターと相対した時に生き長らえる可能性を上げるのだ。それを知ったのがドスジャギィによる横槍で授業料は高くついたが。

 

身を低く茂みに隠れるように移動して音の発生源に向かう。そうすると音の発生源は今いる場所から先にある開けた場所から聞こえてきた。

 

茂みから隠れて覗けばそこには巨大な熊がいた。モンスターなのは間違いないが名前がわからない。新種かもしれないがここでは熊と呼ぶことにする。冬の間は見かけたことは無かったが熊だけに冬眠していたか、と下らない事が頭に湧いてくるが振り払って観察に集中する。

 

観察している熊の姿かたちが良く分かった。熊の様に毛深い体は大きくドスジャギィと同じくらいだろう。だがその体はドスジャギィと違い細く引き締まったものではなく、太くずんぐりとした体つきだ。体重に関しては圧勝しているだろう。だがそれだけでなく前脚、いやここでは手と呼ぼう。手には毛ではなく棘の付いた甲殻のようなものに覆われている。殺意しか感じられない手には鋭い爪もあり殴られたらどんなモンスターもひとたまりもないだろう。おまけに口には鋭い牙を持ち合わせているとなれば肉食かもしくは雑食のモンスターだろう。

 

ーーやばそう、そもそも関わりたくないんだけど。

 

まず戦いになったら勝てない。大きさはそれだけでも立派な武器だ。あの巨体が移動するだけで子供のカムイには恐ろしい脅威である。それにドスジャギィ達とは違い厚い毛皮は刃物による斬撃を防ぐだろう。例え通ったとしても持っている剣の刃渡りを考えればあの巨体には掠り傷が精々で致命傷には程遠い。

 

そうして沸き上がる逃げ出したい気持ちを抑えて渋々観察を続けていると気づいた。熊は大きな殺意の塊のような手を使って何かを一心不乱になめているのだ。そしてしばらくすると満足したのかその場を離れていった。その足取りは軽く機嫌が良いことが観察できた。

 

熊の気配を完全に感じなくなってから茂みを出る。そして奴が座り込んでいた場所に向かうとそこには大きく壊れた虫の巣があった。中には虫がまだ残っており壊れた巣を修復しようとちょこまかと働いていた。

 

ーー成程、虫を食べていたのか。

 

あの巨体では小さな虫は舌で絡め捕る方法でしか食べれないのだろう。そして虫は意外にも栄養価が高い、それとあといくつかの食料であの巨体を維持していると考えた。虫だけなら爪も牙も必要でないから退化しているはずだろうと考えて。

 

そうしていると巣から小さな虫が飛び出し彼方此方に飛んで行く様が目に入った。そこで熊に関する考察を中断して今度は虫に注目する。巣の中にいる虫は小指の先くらいのサイズだがおとなしく襲い掛かってくる気配はない。むしろ今は壊れた巣の修復に忙しくカムイに構っている暇は無いのだろう。相も変わらず忙しそうに働いていた。そして虫の巣で何かが日の光を反射しているのに気付いた。それは琥珀色で壊れた巣から少しずつ流れ出ていた。

 

気になって匂いを嗅げばいい匂いがした。そう、いい匂いとしか言えない、言語化できないのだ。頭の隅で何かが引っ掛かっているのだがそれがどうにも出てこない。試しに指で触るが異常は感じず、トロリとした粘性のある液体であることが分かった。

 

ーーさすがにモンスターといえど毒を食べないだろう。

 

沸き上がる興味に背中を押され指の先に着いたそれを舐めてみる。

 

「kdじゃいがにthがそjv!!」

 

その瞬間に頭に衝撃が走った。苦いとか不味いとか美味いとかしょっぱいとかでは無い!そう、これはーー

 

「甘い……」

 

今世において初めて味わった感覚、そして頭の中に引っ掛かっていたものが漸く出てきた

 

「蜂蜜だーっ!!」

 

理解できればもう止まらない、巣の中にある蜂蜜を取ろうと指を突っ込むが掻き出せたのはわずかな量だけ。その際に虫、蜂がブーブーと飛び回るが襲ってはこない。もしかしたら諦めの境地に入っているかもしれないがそんなことはどうでもよかった。そしてそのわずかな量の蜂蜜を中身を捨てた小瓶の中にしまう。ちなみに小瓶の中身はケンジが調合してくれた貴重な薬だ。

 

「あの熊……クマ野郎は虫じゃない、蜂蜜を舐めてたんだ」

 

なんて奴だ、モンスターのくせに甘味の味を知っているとはとんでもない野郎だ。そんな八つ当たり気味の考えがカムイの頭に湧きあがる。

 

そもそも、そのクマ野郎を発見できたから蜂蜜を知る事が出来たのだが冷静さを失った今のカムイには理解できない。

 

「蜂蜜さがしだ……!」

 

どうやら蜂蜜の甘さは頭を蕩けさす程に強烈だったようだ。血走った目でカムイは森に入る。

 

クマ野郎とは戦う運命だ、そんな事を考えるほどにカムイの頭は飛んでしまった。そうして日暮れまで粘った結果、小瓶を満たす程度の量をクマ野郎に見つからずに回収できた。

 

そうして持ち帰った蜂蜜はカヤと自分だけで味わうと決めたカムイ。

 

だがそんなカムイにも想像できなかっただろう。蜂蜜は次第に周りの人間を狂わせていくことに。

 




いきなり評価やUAが伸びて嬉しいやら怖いやら色んな気持ちが沸き上がりましたが、やっぱり評価してもらえると嬉しいです。

あと誤字脱字を報告してくれた皆様ありがとうございます。おいおい修正していきます。



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蜂蜜

ある〜日、森の中、クマさんに、出会った!

 

「クマさんじゃねえよっ!アオアシラだよ、チクショウッ!」

 

頭の中にはどうにも空気を読む事が出来ない致命的な損傷を負った部分があるらしい。いや、前世の記憶かもしれないが。とにかく脳内に呑気な童謡を流してカムイをイラつかせる。怒りに任せて流れた童謡にツッコミを入れるが、そうでもしないと正気を保てそうになかった。

 

振り返れば目線の先には怒り狂ったアオアシラが追ってきていた。その巨体にも関わらず移動速度はカムイよりも圧倒的に速く、何もなければ追い付かれ殺意マシマシの腕の一振りで挽肉になっているはずだった。

 

だがカムイは挽肉にも肉団子にもなっていない。理由はカムイが障害物の多い森の中を走っているからだ。カムイは木の根、岩などを飛び越え、狭い隙間には体ごと突っ込んで無理矢理通る。まだ小さい子供の体はこの場面では最適の大きさだ。その反面、アオアシラの巨体は障害物があればあるほどその足は遅くなる。加えて直線ではなく右へ左へとジグザグに走っているのもカムイの助けになっている。カムイの体であれば曲がるのは大した事はないが、見上げる程の巨体であるアオアシラには曲がるのは一苦労である。速度を持った大質量の物体が曲がろうとすれば制動に使われる体力はどれほどのものか。

 

それでも相手はモンスターだ。障害物があれば自慢の棘付きの腕を振るって吹き飛ばす。自力で曲がれないなら自ら大木にぶつかり止まって追いかける。その度に道無き森の中にモンスター謹製の新たな道が出来る有様だ。特に吹き飛ばされた障害物の破片が散弾のようにカムイを襲うが射線上に立たない様にして回避している。

 

アオアシラに追いつかれないように森の中を必死の形相でカムイは走る。時に走り、時には跳び、狭い隙間があれば滑り込むようにして通る。そのせいで服は土で汚れ、流れ出た大量の汗も加わり泥だらけになった。非常に不愉快であるが、そんなことを気にしている余裕はカムイには無かった。

 

逃げるカムイに追うアオアシラ。世にも危険な鬼ごっこが始まってどれほどの時間が経ったことか。そもそも何故こんな鬼ごっこをしているのか。全ての始まりは持ち帰った蜂蜜が原因だった。

 

 

 

 

 

ーーアオアシラは四肢の鋭い爪が印象的なモンスター。発達した前脚を器用に使い、好物のハチミツを採取したり、河原で魚を捕ったりする習性が確認されている。時に食料を求めて、人里の近くに姿を見せることが多く報告されているため注意されたしーー

 

古い巻物にはそう記されていた。そもそも巻物自体を誰が書いたのか、書かれていることは信用できるか等の問題はあるが参考程度にと読み込む。

 

カムイがいるのは村長の家の書庫だ。ここには古い巻物や書物が保管されており、そこにはモンスターに関しての情報も含まれていた。そのためハンターとなったカムイは狩りに必要な情報を求めて度々訪れていた。今回も先日発見した熊に関する情報を求めて書庫に訪れていた。そして分かったのは熊の名前がアオアシラ、雑食で蜂蜜好きという情報くらいで大したものではなかった。

 

因みにそこには蜂蜜で頭が溶けたカムイはおらず、理性を持った瞳で巻物を見ていた。なんてことは無い、村に帰る途中で冷静さを取り戻しただけのことだった。

 

だが理性を取り戻したカムイは早速頭を悩ませることになった。集めてしまった蜂蜜の存在だ。自分でさえあれだけ錯乱したのだ、村人たちの反応を考えるだけで頭が痛い。かといって苦労して集めたものを捨てるのはもったいない。

 

どうするか小一時間掛けて悩み出した結論は隠すというものだった。または問題の先送りとも言う。目立たずに使う用途が全く浮かばなかったのだ。

 

その日は家に帰って蜂蜜を隠し、依頼の成果をケンジに渡すと家に帰って寝た。明日になればいい考えでも浮かんでくるだろうと無責任に考えながら。

 

しかし翌日になってもいい考えは浮かばず、悩みの種の蜂蜜を忘れるように村長の家の書庫で情報収取に努めた。

 

それがいけなかった、そうしてカムイはそうとも知らずに騒動の引き金を引いてしまった。

 

情報収集を終えて家に帰ればそこには正座した状態のカヤとアヤメがいた。その二人の目の前にはどこかで見たような形の小瓶が一つだけ置いてあった。

 

「おい!それは……」

 

哀れカムイ、ここで逃げればよいものを問いかけてしまうとは。

 

「カムイ、ここに座って」

 

「兄さん、座ってください」

 

二人の目は座っていた。光も無い濁った眼で見つめられたらカムイは逆らえない、怯えて従うしかない。

 

「アッ、ハイ……」

 

カムイは逃げられない!さぁ、どうする!

 

 

 

 

 

 

「それで、これは、ナニ?」

 

一言ずつ区切って話すアヤメ、話し方と目付きが相まってとても怖い。正直逃げたいとカムイが思うが体は金縛りにあった様で全く動かない。

 

「それは……蜂という虫が作った蜜で、蜂蜜と言います」

 

「ふーん。で、その蜂蜜が隠してあったんだけど、これはどうゆうことカナー?」

 

ーー語尾を延ばさないで下さい、笑って言わないでください、怖すぎて漏らしそうです!

 

そんなことは無いのだがそれほどの恐ろしさがアヤメから感じるのだ。

 

ーーあぁ、背中から角が生えた般若が見える

 

しまいには幻覚が見えるほどカムイが追い詰められる。しかし追い討ちをかけるようにもう一人、今度はカヤが話し始めた。

 

「いや、別に隠していた訳じゃなくて……」

 

「なら何ですか、兄さん。まさか一人で食べようとしていたんじゃ?」

 

今度はカヤだ。アヤメとは違い恐怖は感じない、だが彼女は泣いていた。ポタポタと光の無い目から涙を流す様は下手な恐怖よりも質が悪い。カムイの心が自責でキリキリと締め上げられる。

 

「確かに兄さんに仕事は危険で、下手をすれば死んでしまうかもしれない。だったら少しの贅沢も仕方ないよね、皆で食べるにしても蜂蜜は少ないから仕方ないよね」

 

ーーやめてくれっ!痛い、すっごい心が痛いから辞めて下さい、お願いします!

 

だが二人の話しは止まらない。耳さえ塞ぐ事が出来ないカムイは聞き届けるしかなかった。

 

「いいの、カヤ?」

 

「仕方ないよ、これは頑張った兄さんのご褒美だから」

 

そう言って辛そうに顔を見合わせる二人、それが止めだった。

 

「……いいよ、三人で食べよう」

 

「いいの?」

 

「大丈夫、無くなったらまた採ってくるから」

 

「けど、これは兄さんの……」

 

「一人で食べるより三人で食べた方が美味しいさ」

 

カムイは乾いた笑いを出すしかなかった。

 

笑い合って蜂蜜を食べる三人。その笑顔は外から見る分にはとてもまぶしかった。

 

しかしカムイは気が付かなかった、既に二人の頭は蜂蜜の甘さに蕩けてしまっている事に。そして知らなかった、女の甘いものに対する執念に。

 

だが賽は投げられてしまった。投げるように二人が仕向けたのだが。

 

翌日、狩りから帰ると家の前にはカヤとアヤメと村のチビッ子達がいた。

 

翌々日には村の若い女衆がいた。

 

翌々々日には……

 

「「「「「「蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜!!!!!」」」」」」

 

「イヤーッ!!」

 

カムイに蜂蜜を求める亡者(中毒者)供が群がった。どいつもこいつも蜂蜜の甘さに頭を蕩けさせている。もはや正常な判断が出来る状態ではなかった。涎をを流しながら詰め寄る姿にもしかして自分が持ち帰ったのは蜂蜜ではなく危険な麻薬紛いの物だったのではと不安に駆られるカムイ。しかし思いつくはずもない、これは単に初めて感じる”甘い”という味覚に夢中になっているだけなのだ。

 

……酷い度合いだが。

 

そうして最終的には村長の一喝と蜂蜜については村長預かりとなることで狂騒は一旦の終結を迎える事が出来た。

 

 

 

 

 

「カムイよ、やってしまったな」

 

「本当に申し訳ございません」

 

窮地を救われた者として見事な土下座をするカムイ。流れるようなそれは土下座でありながら美しく立派なものだった。

 

「何、謝るな。むしろ非があるのは私の娘だ。こやつが口を滑らせたのがそもそもの元凶だ」

 

村長の視線の先には縮こまって俯いているアヤメ。戦犯はお前かとカムイが睨むも俯いているので無駄だった。

 

「何か言う事があるのではないか」

 

珍しく村長が厳しい口調で言う。

 

「カムイ、ごめんなさい」

 

「すまんな、これで手打にしてくれ」

 

「構いません、騒動を鎮めてくれただけで十分です」

 

本当にあの狂騒を鎮めてくれただけでもカムイにはありがたかった。

 

「そうか……さて、問題はコレをどうするかだな」

 

村長の視線の先には小瓶に入った残り少ない蜂蜜。扱われ方が危険物そのものだが間違ってはいない。

 

「ちなみに村長は……」

 

「少しだけ舐めた。それだけでコレの危険性は理解できた」

 

やはり村長は只者ではない。理性を保っていられるなどカムイには想像できなかった。

 

「問題は量を確保できるかだが、可能か?」

 

「無理です。この蜂蜜はモンスターのアオアシラの好物でもあります。今までは運よく採集できましたがもう無理でしょう。近場の巣は全てアオアシラが食べました。私は手付かずの物を採っているだけです」

 

「そう「そんな、嘘でしょ!」」

 

悲痛な悲鳴を上げるアヤメ。もう重度の蜂蜜中毒者になってしまい手の打ちようはない。現に蜂蜜が採れないと知った時の顔は死刑宣告を受けた囚人の顔だ。

 

「これっ、アヤメ!カムイがどれほど苦労して採ってきたのか分からないのか!」

 

アヤメも流石に村長の一喝を受ければ渋々引き下がるしかない。

 

「ごめんなさい、お父様、カムイ。でも皆が夢中になってしまう程なの、それがもう手に入らないとなると……」

 

えっ、マジで……

 

「勘弁してくれ、蜂蜜で村が滅ぶなど御先祖様に顔向けできん」

 

呆れなのか、怒りなのか分からない表情で村長は頭を抱える。

 

どうすればよいのか。蜂蜜はアオアシラの好物で殆ど残っておらず、限られた量では村の中毒者達を満足させられない。単純に蜂蜜が足りないのだ。

 

三人がそろって頭を捻るが良い考えは浮かばなかった。

 

「あ~あ、あたし達で蜂蜜が作れたらいいのに」

 

だが、ポツリとアヤメが漏らした一言。その言葉を聞いた瞬間、役立たずの前世の記憶がひょっこりと顔をのぞかせた。

 

「……出来るかも」

 

「何、ほ「本当なのカムイ!」」

 

アヤメはすごい勢いで食いついてきた。胸倉を掴んで血走った目で睨んでくる。とても怖いので辞めて下さい。

 

「近い近い……つまり村で蜂を飼うんです。そうすれば危険を冒さずとも蜂蜜が手に入る……かも?」

 

提案するのは養蜂だ。村で蜂蜜を安定供給できればこの騒動は収まり、村人達の新しい楽しみが生まれることになる。やってみて損はないはずだ。

 

「確信は無いのだな」

 

「はい、おそらく試行錯誤が何度も必要になるかと」

 

前世の記憶に再検索を掛けても出てくるのは概念だけ。ホントに肝心なところで役に立たない記憶だ。

 

「あたしがするわ」

 

アヤメが天に向かって真っ直ぐに手を伸ばす。その目は燃えていた。

 

「もちろん、あたし一人じゃないわよ。村の女衆の力を合わせて必ず成功させるわ」

 

実に恐ろしきは女の甘味に対する執念か、アヤメの背後に燃える炎を幻視できる程だ。

 

「ところでカムイ、何が必要なの」

 

「……蜂が過ごしやすい環境と蜂たちを連れてくる必要があるかと」

 

「分かったわ、住処は任せて!カムイは蜂の方をお願いね!」

 

そう言うなり走り出して消えてしまったアヤメ、代わりに村長を見れば疲れた表情をしていた。

 

「カムイ、苦労を掛けるな……」

 

「いえ、蜂蜜を持ち帰ってしまった私の責任です。だから最後まで付き合いますよ」

 

出来ればこれで騒動が静まってくれることをカムイは願った。

 

 

 

 

 

ここでやっと冒頭の話に戻る

 

「やっと蜂を見つけたと思ったらアオアシラに見つかるとは運がないな、チクショウッ!」

 

この鬼ごっこを始めてから結構な時間が経っている。太陽の位置から考えればかなり時間が過ぎたはずだが。

 

「だがこのまま見逃してはくれないか!」

 

後ろにはアオアシラが追ってきている。最初の頃よりは幾分か速度は落ちたが油断はできない。だが策を考える余裕は得られた。

 

「どうする、考えろ」

 

アオアシラと戦うかーーNO、戦って勝てる可能性はない、そもそもアオアシラに通用する武器や道具がない。

このまま村まで逃げるかーーNO、執念深く追ってきている現状を考えれば村までついてくることは確実。

 

「ホントにどうする!何か考えつけ!」

 

戦う、逃げる以外の第三の選択肢を必死に模索する。何か役立つものはないかと辺り一帯の地形を頭の中で構築する。何か突破口はないか考えるが

 

「そんな都合よくあるわけねーだろ!子供一人でどうにかなるかっ!」

 

足りない、圧倒的に戦力が足りない。何もかもが足りてない。手札は全てクズ、こんな状態では勝負も何もあったものではない。

 

「こんなんで勝、負、できるか……」

 

ーーそうだ、態々アオアシラと勝負する必要はない、他の誰かに任せてしまえばいい。

 

カムイは考え付いた策を頭の中でシミュレーションする。いくつかの修正を繰り返したうえで可能かどうか判断する。

 

ーー結果、可能。

 

そうとなれば実行に移すのみ。事前準備の無いぶっつけ本番の策だがこれ以外に思いつくものはない。

 

カムイは振り返った先にいるアオアシラに向かって言う。

 

「どちらが先に息が上がるか、我慢比べと行こうかアオアシラ」

 

 

 

 

 

 

アオアシラは己以外に蜂蜜を食べる存在がいるとは知らなかった。その存在のせいで最近は好物の蜂蜜が採れない日が続き苛立っていた。

 

だが、とうとう見つけた。あの小さな生き物だ、奴が楽しみにしていた蜂蜜を奪った許しがたい敵だ、捕まえて引き裂かねばこの怒りは収まらない。だが追いつく事が出来ない、奴は小さい体で森の中を走り回る。そこは己にとっては走りにくい場所であり、奴との距離が縮まらない。

 

それ以前にアオアシラは長時間走り続けることは苦手だ。身体の作りが持久走に向いてない、加えて人の様に汗を流すことで体に発生した熱を放熱できない。

 

結果、厚い毛皮と甲殻に覆われた体には熱が溜まる一方、すぐさま冷却が必要だった。

 

奴を見逃すことには耐え難い怒りがある、だが限界だった。

 

アオアシラが追跡を諦め、奴に背を向けようとしたとき何かが当たった。ガツン、と。それは己にとっても無視できない程の痛みだった。

 

足元を見ればぶつかったであろう石が転がっている。投げられた方向を見れば小さな生き物が何かしていた。

 

すると今度は石が顔に当たった。ガツン、と。そして理解した。あの生き物がやったのだと。

 

「ガァァアアアアアアアアアアアッ!」

 

本能に従い奴に向かい走る。限界など知ったことではない!奴を引き裂き、潰し、嚙み砕かねばならない!

 

怒りに飲まれたアオアシラは突き進む、そして開けた場所で奴が止まった。

 

潰す!

 

あの小さな生き物を潰そう怒りに身を任せ突撃する。

 

だがあと一歩のところで奴が消えた。

 

「ガァ?」

 

奴はどこだ、見つける為に首を動かそうとして気付いた。

 

足元に何も感じない、地面がないのだ。

 

何も理解できぬままアオアシラは落ちていった。

 

 

 

 

 

「もうヤダ、絶対にチキンレースはしない!金輪際だ!」

 

そう叫ぶカムイは崖の中腹に宙ぶらりんの状態でいた。その足には縄を絡め、縄の先に結ばれた剣が崖に突き刺さっていた。

 

作戦は単純だ、アオアシラを崖から落とす。

 

その為にアオアシラに投石を行い、怒り狂わせたのだ。そうして最後は崖まで誘導してアオアシラが突撃の勢いのまま崖に自ら飛び込んでくれた。

 

その為に限界までアオアシラを引き付ける必要があった。勿論、失敗すれば死ぬ事は避けられない。だが戦う事も逃げる事も出来ないとなれば、この危険な策しか残らなかった。

 

だが策は成功、そのおかげで緊張が解ける。だが崖の下から呻き声が聞こえてきた。解いた緊張を張り直して下を見ればそこにはアオアシラがいた。

 

「うわ、あの状態でまだ生きているのか……」

 

アオアシラはボロボロだ。自慢の甲殻には両腕共に罅が入り、左後脚に至っては潰れている。内臓も損傷したのだろう、口からは大量の血を流している。

 

瀕死の状態だ、だが、アオアシラの強靭な生命力は瀕死の体を駆動させる。血を吐き激痛が身体を走ろうとも倒れない。恐るべきモンスターの生命力だ。その姿を見れば、もしかしたら瀕死の状態から完治するかもしれない。そう予感させるものがあった。そうなった場合は学習したアオアシラと戦う可能性が出てくる。それは正直に言えば避けたい。

 

だからこそここまで誘導したのだ

 

アオアシラが落ちた先の茂みが震えた。そこからアオアシラに匹敵する巨体が現れたが、その体は細く引き締まっている。

 

「久しぶり。その節は世話になったな」

 

その巨体に続いて小さいが同じような身体つきのモンスターがわらわらと出てくる。

 

「だが、お前の縄張りを荒らしたことは謝る、だからソイツを詫びとして受け取ってくれ」

 

巨体は黙ってカムイを見つめている。まるで話を聞くように。

 

「お前たちとは争いたくない。仲良くやろう、ドスジャギィ」

 

ドスジャギィが黙ってカムイを見つめる。カムイも同じようにドスジャギィを見つめる。人とモンスター、言葉を交わすことは出来ず、意思の疎通は出来るのか分からない。だがこの場においては意思疎通が出来たのかもしれない。カムイから視線を外したドスジャギィは瀕死のアオアシラを見る。アオアシラも状況が分かっているのだろう。瀕死の体に鞭を打ち威嚇をする。だが、所詮は死にぞこない、ドスジャギィ達に勝てる可能性は万に一つもなかった。

 

ドスジャギィが一鳴きする。それが合図だった。そこから先は狩りではなく食事だ。ジャギィが群がり、アオアシラを仰向けに転がす。さらけ出された腹を守る力は既に無くドスジャギィが牙を突き立て食い破った。碌な抵抗も出来ず死に絶えたアオアシラは群がってきたジャギィ達によって腹の中を食い尽くされた。

 

残ったのは骨と皮だけ、最後にドスジャギィはカムイを一睨みした後、群れを率いて森の奥に消えていった。

 

「うわっ、グロい」

 

最初から最後まで捕食を見続けたカムイは改めて確信する。強力な個体のモンスターは恐ろしい、だが集団のモンスターの方が恐ろしいと。

 

「骨と皮は持ち帰らせてもらいますよ」

 

目の前に残ったアオアシラの骨と皮を背負い、村への帰り道を進む。既に周りは夕日によって赤く染まっている。

 

長く続いた鬼ごっこがようやく終わったのだ。走り続けた身体も休息を求めて鈍い痛みを発している。

 

「養蜂、成功するかな。してくれないと困るんだけど」

 

だが残ったもう一つの問題が解決するかはまだ分からなかった。



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騒動終結

日間で上位に入っているのを見た時は驚きました。


「これはまた、トンデモナイものを持ってきやがったなカムイ」

 

ヨタロウにジャギィ達が残したアオアシラの骨と皮を渡せばなんとも言えない顔でカムイを見た。毛皮はしなやかで分厚く、甲殻は丈夫で厚い、これらは下手な刃物では全く通じないと感じられる程のものだ。爪や牙に至っては下手な刃物よりも優れた切れ味と丈夫さを持っているだろう。当然村の中しか知らないヨタロウにはそれらを兼ね備えたモンスターの事はよく分からない。知っているのはジャギィ位だ。アオアシラに関してはカムイから教えられるまで知らず、いきなりそのモンスターの骨と皮を渡されればこうなっても仕方がないだろう。

 

「ホントに命懸けでしたよ、もう二度としたくありません」

 

「だろうな。けどコイツの用途は決まっているのか?」

 

見れば骨と皮は血で汚れてはいるがモノ自体の品質は良いほうだ。おまけに巨体であるため利用できる部分は多い、既にヨタロウの頭の中では他の仕事仲間と共にアオアシラの素材を生かしてどういったものを作るか頭の中で考えを巡らせている。だが前回の弓の時の様に先走ることはせずカムイの要望を聞いてから取り掛かるつもりだ。

 

「いいえ、今のところはないので自由に使ってください」

 

だがそんな自制心もカムイの言った言葉で吹き飛んだ。

 

「……いいのか?本当にいいのか?後で文句を言っても知らないからな!」

 

しつこい位に確認するヨタロウ。勿論アオアシラの素材を好きに出来るのは願ったり叶ったりだ。だがモンスターの素材を調達出来るのはカムイしかいないのだ。ここで関係が抉れる様な事は避けたかった。

 

「いいですよ。それにいきなりアオアシラの素材を渡して防具なり武器なり作れと言われても困るでしょう。まだ誰も扱ったことのない素材です。いっそのこと練習として使いつぶして下さい。次にアオアシラを狩れた時にお願いします」

 

勿論カムイにも考えがあっての事だ。そもそもいきなり未知の素材を渡して武器や防具を作れというのは無理であるとカムイは考えている。完成できたとしても性能は未知数であり、信用できるかさえ分からない。ならばアオアシラの素材の特性を知るために練習として使いつぶしてもらうほうがいい。武器や防具は次回に持ち越す事にする。これがカムイの下した判断だ。

 

「そうか……分かった!存分に使いつぶさせてもらう。だが使えそうなものが出来たら渡す、それでいいか?」

 

「それでお願いします」

 

カムイの考えを理解したヨタロウは顔を真剣にさせるが口元だけは違った。余程自分の好きなように素材を使える事が嬉しいのだろう、自覚してはいないだろうが口だけが笑っていた。この様子ならばアオアシラの素材もしっかりと活用してくれるとカムイは確信した。

 

するとアオアシラの素材を丁寧にしまった後ヨタロウは小声で尋ねてきた。

 

「ところで蜂蜜に関してだが……正直なところどうなんだ?」

 

口に出すのは村で一番熱い話題だ。そして目の前にいるカムイはその話題に深くかかわっている。聞かない手はなかった。

 

「これはもうアヤメ達の頑張り次第ですよ。どうなるかさっぱりわかりません」

 

これは予想できるものではなかった。そもそもカムイの頭の中にあった不確かな情報をもとに始めた事で、どちらかと言えば失敗する可能性が高いとカムイは考えていた。だがアヤメ達、女衆の出す気迫を前にしてみれば、もしかしたら成功させてしまうのではと考えてしまう。正直どうなるかは蓋を開けてみるまで分からないのだ。

 

「そうか……、そうだよな~」

 

そう言って残念そうな顔をするヨタロウ。そうなっても仕方なかった。なぜなら彼も中毒者の一人なのだから。

 

既に今回得られた蜂は渡した。後はアヤメ達の仕事であった。正直なところカムイはアヤメ達が成功するとは考えていなかった。

 

 

 

 

 

 

結果から言えば養蜂は成功した。……いや、養蜂の目途が立ったといえばいいだろう。蜂蜜という甘味を知った村人達、いや、村の女衆の蜂蜜に対する執念は凄まじかった。

 

まずカムイが言った蜂が過ごしやすい環境を整える。これは蜂については現時点でよく知っているであろうカムイから聞くことから始まった。巣を作っていた場所はどこか、日影か日向か、巣の材料は、周りはどんな環境だったか、等々……。カムイが持つ情報を絞りだすように行われた尋も……、もとい、質問は長く続いた。そうして得られた情報をもとにして村の利用されていない土地にいくつかの蜂が住みやすいような環境を整えた。

 

次は蜂を村に連れてくること。これはカムイにしかできないことだった。一回村を出るたびに複数の蜂の巣を持って帰り、加えて蜂が逃げ出さないように、また蜂が死なないよう注意しながらの作業だった。ある時は巣を布に包んで持ち帰り、ある時は特製の木箱の中に蜂の巣を入れて背負うこともあった。それを平原で、川辺で、森の中で、崖で、カムイは泣き言を言わずにやり遂げた。一応カムイも責任を感じていたのだ。持ち帰った蜂蜜のせいで村は混乱し、村長が画策していた村の拡張計画はいったん中止になる有様。まだ会議に上がっていないことがせめてもの救いだった。

 

だがそれにも限度があった。六回、それがカムイが蜂を村に持ち帰った回数だった。汗水たらして連れてきた蜂はすぐさま村のアヤメを頭目とした蜂蜜計画(カムイ命名)者たちに引き渡され、飼育が試みられた。だが誰も経験したことがない蜂の飼育は当然失敗した。だが計画に携わった者、女衆は諦めなかった。失敗した原因を考え改善する、そしてまた飼育を試みる。当然カムイもそれに付き合ったが、失敗回数が四回になった時には計画については半分諦めていた。そして五回目では諦めた。だからと言って計画から抜けることは出来なかった。寧ろ抜け出した後の女衆が恐ろしくて満足するまで付き合う以外の道しかなかった。六回目では周辺の蜂の巣を取り尽くしてしまった。七回目以降は遠くまで行く必要があり考えただけでカムイは気が滅入りそうになった。そして案の定六回目も失敗した。

 

だがここで事件が起こった。カムイが重い足取りで家に帰り、翌日の準備を行った次の日、死んだような目で出発しようとしたところを突然関係者に呼び止められたのだ。そして巣がある場所まで連れてこられ、そこで目にしたものは巣を作ろうと集まっている蜂達の姿。それはカムイが連れてきた蜂ではなかった。そして理解した、何処からかやって来た蜂が勝手に住み着いたのだと。

 

この事件に蜂蜜計画の女衆は喜び、そしてカムイはその場に蹲り静かに泣いた。

 

だがここで誰かが言った

 

「蜂が住み着いたのはいいんだけど、どうやって蜂蜜を取るの?」

 

その瞬間、喜んでいた女衆は一気に静まった。そして互いに顔を見合わせ、最後にはアヤメに見て、アヤメはカムイを見ていた。

 

「カムイ、何かいい考えある?」

 

「今はそっとしてくれ……」

 

間髪入れずに答えたカムイは蹲ったままだ。余程ショックだったようでシクシクと泣いている。

 

「そうはいかないわよ、ここで何か考えないと蜂を飼っただけで終わってしまうもの」

 

だがアヤメもこればかりは譲れない。

 

「確かにあたし達はカムイに苦労を掛けたわ。何回も失敗してその度に蜂を持ち帰ってもらって、けどその失敗のおかげで此処まで来れたのよ!無駄じゃなかったの!」

 

何とかしてカムイを励まそうとする。実際のところカムイの協力が無ければここまで辿り着けなかったのは間違いないのだ。失敗も無駄ではなく、そこから得られた経験によって蜂が住み着いてくれるようになったのだ。だがカムイは変わらずに俯いたままだ。

 

「えーと、じゃあ……」

 

褒めてもダメならどうすればいいか。アヤメは考え抜き、そして取って置きの手札を切る。

 

「蜂蜜はカムイに多く支給する」

 

ピクリとカムイが動いた。

 

ーーもう一押し!

 

「蜂蜜が収穫出来たら必要な分だけ優先して支給するってのはどう」

 

これが今アヤメに提示できる限界だ。村人の多くが虜となった蜂蜜だ、カムイも例外では無い。勿論これは考えなしに出した条件ではない。突飛なことを考え付くのが得意なカムイの事だ、自分達だけだと食べるしかない蜂蜜の有効利用を考えてくれるとアヤメは踏んでいるのだ。

 

「……まぁ、それなら」

 

そんなアヤメの裏の考えを知らずに見事カムイは釣られた。

 

「そう、なら決まりね。ハイ、そこ文句言わないの!カムイがいなかったら蜂蜜なんて知らずにいたんだから!」

 

文句を言う女衆を宥めるのは流石村長の娘と言ったところか。

 

「それで何かある」

 

「う~ん……、巣を回す?」

 

カムイが頭を抱えて捻り出したのがそれだった。だが全く要領を得ないその言葉にアヤメを含めた女衆は困惑する。

 

「回すってどうゆうことよ?」

 

「それは……」

 

カムイは言葉で説明しようとするが話している途中で言葉の意味が伝わっていない事に気付く。簡単に言えば語彙が足りないのだ。カムイには中途半端で役立たずではあるがそこそこの量の知識を持っている。当然それは自分が理解できるものであり、その知識に使われる言葉の意味も理解できる。だがそれはカムイに限った話だ。アヤメ達にしてみればカムイが話している言葉は意味が分からない音の繋がりだ。

 

再び頭を捻ったカムイ。そうして出した答えが絵で伝えることだった。地面に指で絵を描けばアヤメ達が覗いた。

 

「こんな感じの装置を作って、巣から蜂蜜だけを取り出す。巣を壊さないから蜂にとってもいいと思うんだけど?」

 

カムイが描いたのは遠心分離器だ。上手に書かれていないそれを指さしながら説明を再開する。すると村の女衆も理解できたようで時々質問しながら話が進んでいった。

 

「……つまり、あたし達が洗濯で服から水を飛ばす為に振り回していたりするけど、それと同じ事をしているのよね」

 

だがアヤメは違った。カムイの描いた絵を見ながら黙って考える。

 

「これ使えるかも」

 

そう言ったアヤメは女衆を集めてヒソヒソと話し始めた。話している内にアヤメの考えが分かったのだろう。ヒソヒソ話は大きくなりカムイにも聞こえる位にはなった。

 

「ここをこうすれば……」「もっと大きくしてみて……」「とりあえず最初は手回しで……」

 

そんな会話から抜け出してきたアヤメは笑顔でカムイに言う。

 

「やっぱり、カムイに頼って正解だわ。これ蜂蜜以外にも使えそう」

 

「それは良かった」

 

そうカムイは答えるしかなかった。なぜならアヤメの目が蜂蜜の時とはまた違った風にギラギラと輝いていたからだ。もしかしたらヤバい知識をヤバい人に伝えてしまったのではないかと考えてしまう程だ。

 

兎にも角にも、こうして蜂蜜が採れる算段が付いたことで蜂蜜によって起こった狂騒はやっと終結した。

 

 

 

 

 

その後、落ち着きを取り戻した村では会議が行われた。村の集会所には村長を含めた村の上層部と医者兼薬師のケンジ、ハンターであるカムイが参加するという形になり、今後の村の方針を話し合う。そこで村長が村の拡張を提案すると参加者の半分以上が賛成することになる。残った者も反対ではなく賛成することに躊躇しているだけだった。そこで村長が計画に関して詳しく説明、ケンジとカムイによって行ってきた準備を知ることで賛成となった。

 

ここに村の拡張計画は会議で承認され正式な計画として動き出すことになった。



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虫虫虫蟲蟲蟲

村の拡張が会議で決定されてから静かな熱気が村を満たしていた。ある男は村に植える作物を考え、ある女は今後の事に備え解れた服を修繕し、ある子供は親の仕事を積極的に手伝う等をしている。

 

それも仕方がない事だった。村に生まれた者は一度は村を如何にか良くしようと考える。しかしその前には様々な問題、特にモンスターの存在が大きな障壁になっていた。その存在は大きく、そのうち諦め現状に甘んじるしかないと悟ってしまうのが今までの流れだった。

 

だが今回は今までとは違う。己をハンターと名乗るカムイがいるのだ。まだ十を過ぎたばかりの少年だがその実力を疑う者はいない。そしてそのカムイの協力の下で計画が進められるのだ。加えて村の医者兼薬師のケンジが大量の薬を揃えている。不慮の事故に遭ったとしても大丈夫なようにこれ程まで準備してくれているのだ。これ程の好機に参加を渋る村人達はいなかった。

 

そうして村の集会所では日夜会議が開かれている。村の拡張において何を作るのか、拡張する範囲はどこまでか、使う資材はどうするか等々……。村の将来を考えた計画の策定が進められていた。

 

そんな中、ハンターであるカムイと言えば

 

「おおっ、見たことが無いモンスターだ!背中に苔、キノコが生えた豚、確かモスだったか……食べれるか?」

 

森の中で狩りをしていた。

 

冬の食糧難が去ってから数か月、春の気配も過ぎそろそろ夏が訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

カムイは一人森の中で狩りをしていた。目的は村で消費される食料の補充だ。食料に関しては狩りに出る度にケルビやガーグァを獲ってきては村の食料庫に入れてきた。そのため食料の備蓄に関して言えば例年とは比較にならないほどの余裕がある。だがカムイは食料は多いに越したことは無いと考えこうして食料になりそうなモンスターを見つけては狩っていた。

 

「むむ、大きさも手ごろなのが二匹とは幸先が良いな」

 

そう言いながら仕留めたモンスターを解体しているカムイの装備は今までの物とは違っていた。ドスジャギィやアオアシラといったモンスターの素材が使われた防具を身に纏っているのだ。数か月の月日は村でモンスターの素材を防具に仕立てる事が出来るまでになったのだ。

 

「プギィイイー!」

 

身に着けている小手や鉢金、面頬、脛宛にはアオアシラの甲殻が使われ、ドスジャギィの素材で作った防具の上にアオアシラの毛皮を纏うようにしている。彼の姿を言い表すとすれば鎧を着た武士が近いだろう。だが幼く身長もまだ小さいため勇ましいよりも可愛らしい。

 

しかし、そんなカムイが身に纏っている防具はよく見ればまだ作りが粗い点があった。だがそれも仕方がない事だ。モンスターの素材を防具に仕立てる事が出来るようになったのは最近の事であり、加えて何もかもが手探りの状態なのだ。身に纏っている防具に関してもカムイとの相談に相談を重ねたうえで何とか仕立てたものだった。だが以前の様に服しか身に纏っていない時とは違い、命を守ってくれる防具の存在はカムイの心に余裕をもたらしてくれた。

 

「プギィイイー!」

 

余りの煩さに視線を向ければ解体されているモスとは別のモスがさっきから甲高い悲鳴を上げている。どうやら気絶から目が覚め、縛られていることに抗議しているのだろう。

 

「……先に二匹とも仕留めておけばよかったか?でも解体を止めるのも嫌だし煩いが我慢するか」

 

そう言ってカムイは解体作業を続行する。

 

「プギィイイー!」

 

今回捕まえたモスは森を探索している最中に発見した。それがどうして気絶し尚且つ縛られているのか、それはカムイが取った行動が原因だ。

 

呑気に鼻を引くつかせ餌を探し続けたモスはカムイが近付いても全く警戒心を抱かなかった。変わらず鼻を引くつかせる様子にカムイは呆れ、ならばと近くに落ちている岩を持ち上げ可能な限り近付いてモスの頭に落としたのだ。その結果気絶し四肢を縄で縛られ転がされてしまう。同様の方法を近くにいた二匹目にも行った。武器を、罠を使わず簡単に仕留められた事にカムイは上機嫌となった。

 

「最近、獲物にありつけない日が続いたからな。備蓄は多くても困らないし今日は狩れるだけ狩るか」

 

そう、実は五日ぶりの成果なのだ。村の周辺に生息していた筈のケルビやガーグァの姿を最近めっきり見なくなったのだ。カムイも最初は訝しんだがモンスターとはいえ自然に生きる生物の一種、餌場を変えたか、もしくはまだ知らない習性によって何処に移動したものと考えていた。

 

「プギィィッ……」

 

それで久しぶりに捉えた獲物に柄にもなく上機嫌になっているのだ。まだ子供にも関わらず解体の手際は実に慣れた物、血抜きを終えればサクサクとモスを解体していく。

 

「それにしても背中に生えたキノコはなんだ、寄生されているのか?第一アオキノコに似たこのキノコは食えるのか。姿形はソックリだけどどうなんだろ?」

 

カムイはモスから採ったキノコを観察する。その様子は真剣で静かな環境も相まって思索に深く沈みそうになり……、カムイは気付いた。

 

ーー静か過ぎる。

 

さっきまで響いていたモスの鳴き声が聞こえないのだ。警戒して振り返るとそこに縛られ転がされていた筈のモスがいなかった。縄を解いて逃げたのかと考える。だがそうであればモスが居た場所に縄の残骸なり何なりが落ちているはずだ。

 

たがそれは何処にも無かった。足跡も何かしらの痕跡も無い。それはまるで突然消えたかのようで余りにも不自然だ。

 

ここに来てカムイの警戒心が否応なく高まる。

 

剣を抜き構える。実は崖に突き刺してしまった二代目の剣は廃品になり今握っているのは三代目だ。その刃の鋭さは一、二代目と同じだが、刃渡りは延長され、肉厚も増し頑丈さと使い易さは優れている。そして三代目からはヨタロウの勧めで小さな盾を片手で装備する事にした。何かしら役に立つのでは無いかとヨタロウは言ってはいたが、今の所は役に立つ様子も無く余計な重りと化している

 

静かな森の中で辺りに視線を巡らせ耳を澄ませる。森の木々の擦れる音、風が吹き抜ける音、遠くに鳥の鳴き声が聞こえる。たがその中で聞こえた、ジジジジ、と嫌悪感を煽るような音が僅かに聞こえたのだ。

 

ーー後ろか!

 

音が聞こえた方向に振り返る。するとそこに居たのは虫だった。さっきから聞こえて来た音は虫が翅を震わせて飛んでいる事で発生した音だ。今もジジジジと翅を震わせているのか聞こえてくる。

 

カムイは虫は好きでは無いが嫌いでも無い。生まれた頃より今に至るまで大なり小なりの虫は見てきたし触ってもいた。こんな世界である、苦手意識を持つこともなく付き合ってきた。

 

だが今回ばかりは違う。そこに視線の先にいたのはカムイの身の丈より大きい虫だ。

 

カムイの腰の位置よりも高い位置に大きく中身が詰まっているだろう腹部がある。それは細かに波打ち震えている。虫特有の脚が六本、どれもカムイの腕よりも大きく、一番長い脚に至ってはカムイの身長と同じ位だ。虫の顔、頭には大きな顎門があり今もガチガチと鳴らしている。その巨体を浮かしている翅も大きくカムイが両腕を広げた以上の大きさだ。それなのに聞こえてくるのは僅かな音のみ。

 

そんな存在が振り返った先にいた。虫は無機質な複眼でカムイを見すえ、今もゆっくりと近付いてくる。

 

虫はカムイのもうすぐそこまで迫って来ていた。

 

カムイは逃げだした。

 

異様な存在を見て頭が真っ白になってしまう。しかし直ぐ様正気に戻ると脇目も振らずに走り出した。逃げるカムイの頭には仕留めたモスや虫を観察するといったものはない。ただひたすらあの虫から逃げ切る事に考えを集中させていた。

 

ーー知らない!知らない!あんな巨大な虫なんて何も知らない!

 

虫はカムイにとって初見であった。だが何よりも巨大な虫が魅せて来た異様さと虫の気持ち悪さが合わさったそれは冷静な思考を奪った。

 

森の中を逃げるカムイは手慣れた物、多少の障害物など気にかける事なく走り抜ける。

 

だが相手は空中を飛んでいるのだ。カムイが振り返れば視線の先には虫が追いかけて来ているのが目に入った。その速度はカムイの走りを僅かに超えたくらいだがカムイとは違い障害物に足を取られる事は無い。追いつかれるのは時間の問題だった。

 

そうして距離が縮まって来ると今度は虫が突進してきた。後ろを見ていたお陰で気付く事が出来たカムイは避けようするが突進の速度が速く間に合わない。だがここでヨタロウが作った盾が役に立った。盾を掲げ突進から身を守る。しかし相手は巨大な虫、吹き飛ばされたカムイは地面を転がるが直ぐ様体勢を立て直す。

 

突進を終えた虫は空中でホバリングを続けカムイに振り向こうとするが、そんな隙をカムイは見逃さない。直ぐ様近付き剣を振り抜こうとする。

 

狙うのは翅だ、優先すべきはこの場から逃げる事、倒すのは二の次。しかしーー

 

「クソッ、避けんな!」

 

虫は攻撃を察知したのか距離を取った。其処は剣が届かない上空だ。そして方向転換を終えた虫はその複眼をカムイに向ける。

 

「やり難い!」

 

厄介で恐ろしい虫だが隙が無いわけではない。さっきの突進を受け流すと同時に翅を切り落とせばいい。

 

カムイは虫に対する戦術を即座に構築、虫の突進を待ち構える事にした。

 

この場に逃げるという選択肢は無い。障害物が意味を成さない森の中、不利な状況で逃げ切れる自信は無い。追いつかれいつかは突進が当たると予想出来てしまった。ならば逃げ切るには戦うしかない。

 

そして虫が再度突進をして来た。カムイは盾を構え、予想する。突進の速度から剣を振るう瞬間を、角度を、そうして剣を振るった。

 

しかし当たるはずの剣は当たらなかった。

 

「チクショウ!」

 

虫は突進を途中で中断、カムイの一連の動作が空振り終わった瞬間に再び突進をして来た。

 

振り下ろした剣を振り上げる、盾を掲げ身を守るには僅かに時間が足らない。それを理解すると直ぐ様カムイは転がる様にして突進を避けるがーー

 

「痛っ!」

 

剣を持つ方の腕に傷を負ってしまった。だがそれは幸い浅い傷の為大事には至らない。地面を転がり立ち上がる迄に把握出来たカムイは再度剣を構える。

 

ーー間合いが足りない

 

それがカムイの考えたことだ。今持つ剣では間合いが短く、回避能力の高いこの虫に対して有効打を与えられる可能性が低い。しかし他の手段は無く、あるのは剣と盾のみ。

 

ーーならばさっきよりも素早く切返しを行う!

 

構えたカムイに再び突進を行う虫。フェイントを考慮した迎撃案は今度こそ虫の翅を切り落とすーー筈だった。

 

「ガァッ!」

 

だが再度剣は当たらなかった。いや、当たる以前に剣を持つ腕が動かなかった。

 

予想外の事態に頭が混乱、それによって突進を避ける事も出来ずカムイに直撃し吹き飛ばされた。吹き飛ばされた先にある木に背中からぶつかりうつ伏せにカムイは倒れた。

 

幸い防具のおかげで死ぬような怪我を負う事は無かった。そして衝撃で頭を回しながらもカムイは考え続けた。

 

どうして腕が痺れ動かないのか、目を動かして腕を確認すれば腕は千切れた訳でもなく体に繋がったままだ。だが動かず、そうして思考している間に腕の痺れが既に体全体に及ぼうとしていた。

 

その時、聞こえてきた音に視線を釣られ、そちらを見れば虫がカムイにゆっくりと近付いて来るところだった。

 

そして気付いた、虫の腹部の先に鋭く尖った物、鋭い針が木漏れ日の光を受けて光っていた事に。針が何かの液体で濡れていてそれが日の光を反射している事に。

 

ーー毒か。

 

ようやく理解出来たが遅かった。虫はカムイを抱え何処かに飛び去った。

 

 

 

 

 

虫がカムイを抱えてどれ程の距離を飛んだことか。

 

見慣れた景色は過ぎ去り、より薄暗い森の中まで運ばれた。そして同じような虫が合流し何処かに向かっている。そのどれもが何かを抱えていた。ある虫はケルビを、またある虫はガーグァを、または見たことがない小さな生き物を、または丸くて赤い団子のような物を。

 

そんな中カムイは死んだ様な目をしている。最初こそ虫に抱えられるという悍しい体験から暴れようとはした。だが毒のせいで身体は動かす、出来るのは視線をあちこちに向けること位。

 

故にカムイは諦め、死んだような目をして運ばれていた。しかし悍しい体験に関しては諦めたが、生き残る事については諦めていなかった。

 

実はカムイの身体を蝕んだ毒は既に消えている。その気になれば虫の拘束を解いて逃げる事も出来た。だがカムイは逃げる事も拘束を解こうと暴れる事もしない。いや下手に出来なかったのだ。

 

それはここまでの道中で合流した虫達、その中の一匹が抱えていたケルビが暴れ出した時に起こった事が原因だ。

 

そのケルビは毒が抜け、逃げ出そうと暴れ出した。暴れた末に虫の拘束を解く事が出来、そして逃げ出そうとした時に抱えていた虫とは別の虫にまた刺されたのだ。再び毒によって身体の自由を奪われたケルビは虫に再度抱えられるとカムイは考え黙って見ていた。

 

だがその考えは間違っていた。逃げ出したケルビを虫は抱えようとはしなかった。その代わりに大きな顎門を身体に突き立てた。

 

ブチリ、と聞こえた音は幻聴ではないだろう。

 

顔に、腹に、脚に、首に、ケルビの身体に顎門を突き立てた虫は身体を千切っていく。それだけに留まらず曝け出された臓物も骨も脳もありとあらゆるモノが千切られていく。そうして千切った肉は捏ねて丸め、出来上がったのは血の滴る肉団子だ。ケルビのいた場所に残ったのは骨と皮、それに僅かな肉片のみ。その所業が身体が痺れた状態で意識がありながらに行われるのだ。

 

抵抗も出来ずに体を千切られる。間違い無く最悪の死に方だ。

 

それからカムイは少しでも虫の習性を知ろうと観察を続けた。

 

それで分かった事は、虫は獲物に対して初犯は連行、再犯は肉団子という事。運んでいた丸くて赤い団子は血の滴る肉団子だった事だ。

 

分かりたくない事を分かったカムイは途方に暮れた。下手に逃げ出して捕まれば肉団子は確実、よって毒が完全に抜けきるまで大人しくする事にした。

 

だがそれも遅すぎた。遠くに見えるのは大きな洞窟の入り口が見え、そこから虫達が出入りしている。空気は洞窟に向かって流れているようで何の匂いも感じる事は無い。だが代わりに音は聞こえてきた。洞窟の中で反響し増幅された音は実にバリエーションに富んでいた。

 

ーー具体的には何かを千切る音と生き物の悲鳴だが。

 

処刑場は目の前に迫っていた。

 

最早時間は残されていないとカムイは覚悟を決める。故に囮となりそうな物を探す。

 

そう囮だ。カムイ一人ならば直ぐに捕まってしまう事は確実。ならば囮によって虫の狙いを分散させるしかなかった。この際囮となるものは何でもいい。視線を巡らせ虫達が抱えている獲物を見る。ケルビやガーグァ、見たことない小動物に加えてーー

 

「ジャギィ、貴様もか……」

 

そこには顔馴染みのジャギィもいた。毒のせいで動けない体を複数の虫達に抱えられた姿は滑稽だか自分も同じような姿なので笑えない。

 

そして確信する。村の周辺でケルビやガーグァが居なくなったのはコイツらのせいだ。ジャギィまで運ぶ程の食欲だ、付近の獲物になりそうな物は食い尽くしたのだろう。だがカムイは大人しくするつもりはもう無い。

 

ーー誰が食われてやるか!

 

毒の抜けた身体で剣を振るい抱えた虫の頭を斬り飛ばす。頭を失くした虫の身体は飛び続けることは出来ず地面に落ち、斬られた断面から汚らしい体液を撒き散らす。

 

すぐさま拘束から抜け出したカムイは近くを飛んでいる獲物を抱えた虫を斬った。

 

さっきもそうだったが虫はカムイの剣で一撃で容易く両断できた。その体は脆く何より獲物を抱えているため回避は出来ない。可能な限り数を減らそうとカムイが剣を振るう。一振りするたびに一匹、また一匹と虫が堕ちていく。だがーー

 

「脆いが数が多い!」

 

さっきから剣を振り続けているが虫の数が減ったとは感じらず、聞こえてくる虫の翅が出す不快な音は徐々に大きくなってきている。

 

だが当初の目的、虫の抱えていた獲物が次々と解放される。解放されたモンスターや小動物は、毒の抜けきらない個体はこの場から逃げ出そうと必死に体を動かし、毒の抜けた個体は一目散に逃走を始めた。

 

その喧騒に紛れカムイも逃走を開始する。

 

そしてカムイの狙いは当たり虫達は分散し逃げ出した獲物を次々追い出した。

 

「上手く引き付けてくれよ!」

 

逃げ出した獲物たちは各々虫を引き付けてくれた。特に群がる虫を体を振り回すことで寄せ付けないジャギィは多くの虫を引き付けてくれた。そのおかげでカムイを追ってくる虫の数は少なく、サイズも抱えられた虫よりもサイズが小さい奴だけ。

 

作戦は成功した。後はこのまま逃走を続け追ってきた虫を倒せばいい。そう考えていた。

 

その時音が鳴った。それは綺麗でありながらどこか悍ましいモノを含んだ音色だ。それを聞いた虫達が合わせるように鳴く。

 

カムイは良からぬモノを感じて振り返る。すると洞窟からカムイを抱えたものと同じ大きさの虫が次々飛び出してくるのが目に入った。そして虫達は信じられない速度でカムイ達、逃げ出した獲物達を追い抜いて行く。

 

それだけでなく虫たちがあろうことか組織立った動きを行った。つまり逃げ出した獲物たちを囲むように包囲網を形成したのだ。

 

「クソッ、どうする!」

 

脱出する前に包囲網に捕らえられた獲物達の中でカムイは考える。だが考える時間は余り残されてはいない、こうしている間にも虫達は包囲網を縮め、網に接触した生き物は容赦なく複数の虫達の咢が突き立てられ殺された。

 

包囲網の中を見渡せば取り残されたのはケルビ二匹にガーグァ三匹、ジャギィ一匹、それにカムイだけだ。此処にはそれ以外何もない。

 

この危機を脱する案が思い浮かばない。

 

「まさか死ぬのか、ここで?」

 

死ぬ事は分かっていた。ハンターなんて下手をすれば一瞬で死んでしまう仕事だ。モンスターで、事故で、考えられる死に方は幾つもあった。それを回避する為に常に考え打開策を何とか出してきた。だが今回ばかりはそうとはいかなかった。

 

身体は震え、血の気は引き、目の前が真っ暗になりかける。諦めと恐怖がカムイを満たそうとしていた。

 

だが満たされる寸前に自分とは違うもの、記憶が何かを考え付いた。

 

カムイは一縷の望みに掛けその何かを頭の中で展開する。そして出てきたものは荒唐無稽で実現出来るかも怪しいモノ、普段ならば歯牙にも掛けない考えだ。

 

だが、カムイにはこれ以外に考え付くものはない。これしかないのだ。選ばなければこのまま黙って虫に殺される以外の道はない。

 

「……やる、やってやる……、やってやんぞー!」

 

そうして自分に言い聞かせるように叫んだカムイは走り出す。包囲網ーーではなくジャギィへ。そして驚くジャギィを無視して飛び乗った。当然ジャギィはカムイを振り落とそうと暴れる。だがしがみ付きながらカムイは叫ぶ。

 

「コラ、少し大人しくしろ!」

 

だがモンスターに人の言葉が分かる筈もなくジャギィは暴れ続ける。だがそれはカムイには予想できたこと。故に包囲網から抜け出して近づいてきた虫を一刀の元切り伏せる。そうしてジャギィに示す。

 

「俺が虫を殺す、お前が走れ!」

 

ジャギィに言葉でなく成した事をもって示す。

 

俺は虫を殺せる、だが速く走ることはできない。

お前は虫を殺せない、だが速く走る事は出来る。

 

だから俺が虫を殺す、代わりにお前が走れと。

 

「死にたくなかったら従え!」

 

叫んだ内容をジャギィが理解できたのかは分からない。だがジャギィは暴れるのを辞め、その背にカムイが乗ることを許した。

 

ジャギィに跨ったカムイは剣で包囲網の一角を指す

 

「行け!」

 

それが合図だった。別に示し合わせたとかそんな事実はない。だがこの時ばかりは互いの考えが分かるような気がした。

 

「ギャッ!」

 

ジャギィが鳴き、走り出した。カムイは振り落とされないように跨り続ける。そして行く先に虫が現れた。

 

ジャギィが首を曲げてカムイを見る。

 

ーーやれるのか。

 

そう問いかけられた気がした。それに対しカムイはーー

 

「前だけ見ていろっ!」

 

そう叫び、近付いて来た虫を斬る。ジャギィに跨ったカムイの繰り出す攻撃は虫達の回避速度を超えた速度を出した。振るわれた剣を虫達は避けることは出来ず、腹部を、胴体を、翅を斬られ次々と堕ちていく。

 

加えて剣だけでなく盾も行く先に立ち塞がる虫達にぶつける。盾にぶつかった虫は身体を潰され、斬られた虫と同じ様に堕ちていく。

 

そうして虫を斬り、潰すことでカムイとジャギィ、それにいつの間にかついてきたケルビとガーグァが包囲網を脱した。

 

だがその先にも虫達が散発的に立ちふさがる。剣に付いた虫の体液を払いながらカムイは前を見据え叫ぶ。

 

「止まるな、走り続けろ!」

 

人とモンスター、互いに反目し合う存在は、今この時は互いを補う。

 

そうして虫が支配する領域をカムイ達は駆けていく。




書いてる途中で気付いた、これチョコボ騎兵じゃね


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どうすれば

不自然に生き物の気配を感じない森の中を一人と一匹が駆ける。元々森に住み着いていた生物は虫によって食い尽くされたか、もしくはこの場所を捨て何処かへ逃げたのか。

 

どちらも恐らく正しいのだろう。現に巣からかなり離れたにも関わらず巨大な虫が間を置かずに襲って来るのだから。

 

「しつこいっ!」

 

そう叫びながら近付いて来た虫の翅を砕く。そうして翅を砕かれた虫は無様に地面に堕ちる。しかし獲物を追跡するのを諦めてはいない、いや、機械じみた単純な命令を繰り返しているだけだろう。再び飛び立とうと翅を震わせるが砕かれた翅では二度とその身を飛ばすことは叶わないようだ。

 

ギギギ、と唸る姿を横目で確認……直ぐ様視界から外す。

 

見るだけ無駄なのだ。敵は一匹だけではなく先程から逃げる先に待ち構える虫にカムイは剣を振り続けていた。もはやどれ程剣を振ったかカムイは覚えていない。ちらりと握る剣を見れば虫の体液に汚れ刃が欠けている。切れ味は著しく落ち、最早鈍器としての使い道しかない。盾も同じ様な有様だ。

 

「ギャーッ!」

 

ジャギィが勇ましく鳴いた。前方から三匹が接近、密集している。通り抜ける隙間は……ない。

 

「右から抜ける!」

 

言葉と行動、体を右に傾けることにより進行方向を示す。意味を理解したジャギィは右に進行方向を変えながら走る。

 

単純な速さ比べなら虫よりもジャギィの方が速い。やり過ごした虫の姿はどんどん小さくなっていく。

 

だが油断は出来ない。この周辺はまだ虫達の領域、カムイとジャギィは注意深く、しかし風の様に森を駆ける。そんな彼らに近付いて来る虫には時に剣で潰し、盾で潰し、時には交戦を避ける様に走り抜ける。

 

そうしてどのくらいの距離を駆け抜けたのだろう。精魂尽き果てる寸前まで追い詰められていたが、ふと周りを見渡せば見慣れた景色、村の近くの景色にいつの間にか変わっていた。急襲される事に備えて注意深く周りに視線を向けるが虫達の姿は無い。

 

「ようやく撒いたか」

 

漸く安全と思われる所まで来た。すると今迄気にならなかった臭いに鼻をしかめた。

 

「臭い……」

 

虫の体液を被った処から何とも言えない臭いが鼻についた。そうしているとカムイが気を抜いたことを察したのだろう。安全だと分かったジャギィはその場で体を揺すりギャーと鳴いた。

 

ーー協力するのは此処までだ

 

言葉を話したわけではないが思う所は理解できた。

 

「分かった。此処まで走ってくれてありがとう」

 

ジャギィから降り感謝の言葉を伝える。強引に振り落とそうとはしなかったのはこの短い間の共闘を思っての事だろう。もしコイツがいなければ今頃虫達に食われていた筈だ。そう考えれば感謝の念しか出てこない。

 

ジャギィは最後にカムイを見て一鳴きした後に森の中へ帰って行った。その姿を見届けたカムイも足早に村へ帰る。急いでやるべき事、虫の対策を練らなければならない。

 

 

 

 

 

 

急いで村に帰ったカムイは剣の修理等の雑務を終えると村の書庫に籠った。探すものは虫に関する情報、モンスターに関する数少ない文献から情報を見つけ出そうと書物を開いた。

 

だが幾ら探しても求める情報は出てこない。もしかしたら見落としていると考えてもう一度読み返す。パラパラと紙が捲れる音が空しく書庫に響くが、それもすぐに終わる。すると今度はまた別の書物で同じ様に繰り返す。

 

そうして数少ない書物で何度も繰り返した。だがどれほど続けても、何回も読み返しても望むものは書かれていなかった。

 

「……碌なものが無い。そもそもモンスターに関する文献が少なすぎる」

 

カムイが愚痴を零すが仕方のない事だ。村の書庫には多くの本があるが全てがモンスターに関する本ではない。その中にある数少ない本に書かれていることも内容が古すぎて当てにならない可能性もあるのだ。

 

「……記憶から虫への対策を検索するか」

 

前世の記憶から虫に関する対応策を検索する。肝心なところでは全く役立たないものであるから期待はしていないがーー

 

潰す、熱湯、殺虫剤。

 

「本当に碌なものが無い」

 

まずは第一の案の潰す。これはあれか、最後の一匹に至るまで虫を殺し続けろと言う事か。体力、武器もそうだが何匹いるか分からない敵に対して出来る策ではない、却下。

次に第二の案の熱湯。どれほどの熱湯が必要なのか、例え熱湯を用意できたとしてもどうやって運ぶ、これも却下。

最後に殺虫剤。これは三つの中で最も現実的だが肝心の殺虫剤の作り方が分からない。浮かんだイメージも何かから白い煙がモヤモヤと出てくる位しか無い。

 

相も変わらず役立たずだ。どうやら虫に囲まれたときに出した案、騎乗して逃げる案は奇跡だったようだ。だが奇跡も売り切れ、出てくるのは現実的でないものばかりときた。

 

ーー出直そう。

 

今日はこれまでとカムイは諦めて書庫を出ようとした。時間を置けば何か良案が浮かぶと無責任に考えて。

 

だが書庫から出る寸前にまだ手を付けていない書棚が目に入った。そこにはおとぎ話に胡散臭い歴史、何を書いたのか分からない書物等が納められていて今回の調査からは外したものだ。

 

「……一応探すか」

 

カムイは念の為に調べる事にした。だが案の定出て来るのは必要無い物ばかり。空想の物語に分からない文字の羅列、占いについてのものもある。

 

やはり無駄だったかと諦めるも残りも少ない。仕方なく最後まで調べるつもりで次の書物を手に取る。

 

「これも古いな」

 

カムイが開いたのは一冊の古びた書物だ。内容を見るにどうやら日記形式で綴られたもののようだ。だが劣化が激しく所々読み解く事が難しいが読めない事は無い。そうしてパラパラと捲って流し読みしていくとあるページで視線が釘付けになった。

 

「この絵は……」

 

そこに描かれていたのは古い絵だ。長い年月が経ったせいで薄汚れてはいるが見間違えることは無い。カムイを襲った虫が描かれていた。その次のページには図解付きで虫に関して何かが書かれている。

 

求めていた情報、書かれている内容を解読しながらカムイは読み始めた。

 

 

 

 

 

 

あの生物、人喰い虫をラ■ゴスタと今後は呼称する事になった。

おそらくラン■■■タは蜂から分岐した生物だ。何らかの影響により突■■■■異を起こし巨大化した蜂の一種だ。

その大きさは個■■■■■よっては2mを越える巨体が確認される、もはや唯の虫とは到底考えられない。

以上の事から事態を重く見た■■■■■■■■■■はこの生物に対する討伐部隊を編成。それに先立ち■■■■■■■■■■■が調査を主導することとなった。

 

 

運よく捕獲できた個体を■■■■■■■■■■■■■で解剖する。送られてきた報告書によれば体の構造は蜂をそのまま巨大化したようなものだったらしい。

だが環境に対する適応力が非常に高い。

■■■■■■■■■■■■■■■■でも生存が確認された事から推察するに寒冷、そして灼熱の環境でも生存は可能だ■■■。

恐るべき生物だ急いで対策をしな■■■■■■

 

 

■■■■■■■■■■■■が送ってきたランゴスタの情報だ。

解剖の結果、腹部の先に針は非常に鋭利だ。■■■■■■■■■で採用される鎧すら貫くかもしれないと書かれている。

ランゴスタはこの針を獲物に突き刺して強力な麻痺毒を送り込む。

これによって痺れて動けなくなった■■■■の肉を強靭な顎で食い千切り、巣に持ち帰る。

また、小■■■■などの小さな獲物はそのまま抱え込んで巣へ拉致してしまうとの事だ。

 

 

これは吉報と言えるだろう。

どうやら個々の肉体は非常に脆く弱い。物理的な衝撃、それこそ■■■■■■でも対処は可能だ。

だが変則的な動きと毒針、そして圧倒的な個体数がそれを補う武器となっている。

これに関しては別な対策が必要だろう。

 

 

討伐部隊が■■■■■■■■■からランゴスタを駆逐することに成功。

だが少なくない犠牲者が出た。

主な原因は分かった。

まず奴が出す羽音だ。羽音のせいで■■■■■■■■■■■■■は常に集中力を削られ、加えて奴は飛び回り隙あらば攻撃してくる。

相対し■■■■■■■■■■■■■が報告していたがこれが非常に鬱陶しいそうだ。

そして奴の翅は■■■■■■りも薄く、大した強度はない。だが掠めるだけで皮膚を切り裂く程鋭利であり無視できないもの。

不用意に接触すれば手痛い攻撃を受けるだろう。

他にも複数あるが多くはこの二つだ。

 

 

討伐部隊で意見が分かれている。

討伐隊の■■■■■■■■■■■■■は駆逐したことで脅威は消えたと判断、撤収を進言した。

反■■■■■■■■■■■■■はラン■■■■の巣に侵入しこれを殲滅すべきと進言。

二つの意見、撤収か殲滅かで討伐隊は対立している。

だが殲滅を主導す■■■■■■■■■■■■■の本当の狙いはランゴスタから■■■れる素材の回収だろう。

あれは良質な武具になる可能性を秘めている。

加えて近々■■■■■■■■■■■■■との戦があるとの噂もある。

勘弁してもらいたい。

 

 

最近討伐■■■から行方不明者が相次いでいる。

■■■■■■■■■■は討伐隊の方針が殲滅に決定、それで死にた■■■■奴が逃げていると言っていた

だとしても鎧と武器を置いて逃げるものなのか?

 

 

違った、逃げ出したんじゃない。奴らに、ランゴスタに連れ去られたんだ!

巣に向かう途中で逃げ出したと思われていた■■■■■■■■■■■■■死体を見つけた。

いや、あれは死体じゃない。奴らの食い残しだ。

すぐさま討伐■■■■■■■■■■■■■は撤収を進言するが却下された。

クソッタレ。

 

 

死ん■■■■■■■■■■■■■た……

 

 

 

 

 

「何だこれは……」

 

日記はここで終わっていた。解読出来ない部分もあったがそこに書かれていたものは間違いなくカムイが求めていたものだ。

 

「ランゴスタ」

 

それがあの虫の名前。他にも情報がないか探すが日記はここで途切れていた。だが巻末に折りたたまれた紙が挟まっていた。それも劣化が激しくカムイは破らないように慎重に開いていく。

 

どうやら報告書のようなもので整った形式で何かが書き込まれていた。

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■を襲撃したランゴスタ、およびその巣に関する報告書

■■■■■■■■■■■■■を襲撃したランゴスタは■■■■■■■■■■■が率いる討伐隊によって撃退。

その後討伐隊はランゴスタの巣へ侵入、戦闘を行い討伐隊の過半数を犠牲に殲滅は成功。

なお新たに巣で確認出来た事を以下に示す

巣の内部ではランゴスタの■■■■■■■■■■■■■と思われるものを確認。その後の調査で■■■■■■■■■■■■■■■■と呼称される事になる。

ラン■■■■は■■■■■■■■■■■■■を中心とした群れを形成しその後■■の規模が大きくなりすぎると、■■■■■は巣を分割すると考えられる。

今回の■■■■■■■■■■■■■の襲撃も分割によるものと判断される。

分割された小規■■■■■■■■■■■■■■■■各地に点在しており、

よって巣が近い場所では数え切れない程のランゴスタが確認される。

また同じ群れの中でも大きさによる個体差があるが、

■■■■■■■■■■■■■■■■の護衛を任される個体は「親■■隊」と呼ばれており、通常の個体より一■■■■■■■■■■■■■■■■きい。

新しい巣を作る場合は親衛隊を引き連■■■■■■■■■■■■■頭に立つが、

近くで■■■■■■■の危険が迫っている場合は親衛隊が■■■■■■■■■■■■■■■■を運ぶ事■■■■■■■■■■■全を確保しようとする。

■■■■■■■■■■■■■が出す翅の音で■■■■■■■■■■■■■■■■特殊な連携を取ることもある。

ランゴスタに関する報告は以上

 

なお討■■■■を壊滅に追い込んだ責任を問われ■■■■■■■■■■■■■■■■は近々■■■■■■■■■■■■■■■■に召喚さ■■■■■定である。

 

 

 

 

紙に書かれていたものは日記よりも有益な情報。だが内容を理解するに従ってカムイの顔は青くなる。

 

カムイは気が付いていただろうか。いつの間にか書物を持つその手が震えていることに。

 

 

 

 

 

覚束ない足取りで村を歩くカムイ。その顔は血の気が引き青くなっている。他人が一度見れば心配する事は間違いない。だが村に差し込む夕陽のせいで青くなった顔色を見られる事は無かった。

 

そんなカムイの頭の中では書庫で知り得た単語が浮かんでは沈むを繰り返している。

 

巣の分割、人喰い虫、そして■■■■■■■■■■■■■。

 

巣の分割は簡単に理解出来た。生物の本能は数を増やし生息領域を拡大する事だ。そこに人もモンスターに違いはない。

人喰い虫、これも理解出来た。実際に連れ去られているのだ、人もランゴスタにとっては食料の一種なのだろう。

■■■■■■■■■■■■■、文脈から推測するにランゴスタを率いる存在の名前が書かれていた筈だ。無視する事は出来ない。

 

どうすればいい、先程からカムイはこの単語だけを繰り返していた。だが解決方法は浮かばない。その代わりに浮かぶのはランゴスタが村にもたらす被害だけだ。

 

幻視してしまう。ランゴスタがカヤを、アヤメを、村長を、村に住む人たちを食い殺す様が簡単に視えてしまった。

 

今までの生活を振り返る。呑気に狩りをして村の人たちと笑い合う。近くにランゴスタの巣があることも知らずに。村人たちを見れば皆笑顔で明日に向かって希望を抱いている。冬の時のようなガリガリに痩せた人はいない。

 

そうランゴスタから見ればよく肥え太った獲物が此処には沢山いる。加えて数で劣っているのは明白、襲わない理由はない。

 

村はモンスターに見つからないように入口は隠蔽されその効果は確かだ。だが地上を闊歩するジャギィのようなモンスターと奴らは違う。空を飛べるランゴスタには隠蔽は通じず空から村を見つける可能性がある。

 

ランゴスタはいつ村を襲ってくる?今日か、明日か、一か月後か、それとも一年後か。分からない、それがカムイの不安にさせる。

 

それ程恐ろしいモンスターでありながらランゴスタが地上を支配したという話は無い。村人達もその存在を子供に教えなかったことから今まで見たことも聞いたこともなかったのだろう。それから推測できることはランゴスタと言えども生態系のピラミッドでは下に存在するモンスターという事実。

 

村を守るため戦いは避けられない、だが勝てるのか。細かな事は分からないが昔は討伐隊を編成したと書いていた。だがそれでも壊滅と引き換えに討伐したのだ。

 

それともランゴスタの天敵になるモンスターが来るのを祈って待つのか。

 

もしくはカムイの住む村でランゴスタに対抗できるだけの戦力を揃えるのか?仮に出来たとしても圧倒的に不利の可能性も高いのだ。

 

村を捨てる案はどうか、だが捨てた後は何処へ行く、何処に逃げればいい。

 

そうして最初に戻りどうすればを繰り返すのだ。

 

「あっ、カムイいた!」

 

そんな暗い考えを吹き飛ばすような明るい声が後ろから響いた。振り返ればアヤメが小走りで駆け寄ってくるところだった。

 

「どうした、アヤメ」

 

カムイがアヤメの顔を見れば興奮したように顔を赤くしていた。

 

「どうしたも……うわっ、顔色悪いけど大丈夫?」

 

アヤメには夕陽の中でもカムイの顔色の悪さは分かったようだ。そっとしてほしい気持ちもあったが気付いてくれたことにカムイは嬉しいやらなんだかわからない気持ちになった。

 

「ああ、大丈夫だ。ところで何か用なのか?」

 

「ふふん、聞いて驚きなさいカムイ。なんと蜂蜜を採取できた!」

 

「本当か!」

 

「……かもしれない」

 

「オイ」

 

とんだ肩透かしだが出鱈目を言っている感じではない。とすれば採取の目処が立ったのだろう。

 

「そ、そんな顔しないでよ。でも実際に蜂蜜は採取できたのよ。後はこれを続けられるようになれば自給可能になるわ!」

 

自信満々に話すアヤメにどうやってと聞けば詳しく教えてくれた。

 

今日いつものように蜂を観察していたら巣から何かが滲みだしてきたこと。

慌てて病気か何か悪い事が起こったのではと皆で慌てたこと。

その中の一人が滲みだした液体を指で掬い匂いを嗅いでみればそれが蜂蜜だった事。

急いで巣の下に零れた蜂蜜を入れるための壺を置いたこと。

 

身振り手振りで興奮して話してくれた。

 

「カムイ顔色悪いけど、ホントに大丈夫?」

 

そうして話し終わったアヤメは相変わらず顔色の悪いカムイを心配した。カムイも蜂蜜が採集出る目途が建ったことは嬉しい。だが今は素直に喜べる気にはなれず、取り繕うだけの余裕もなかった。

 

「だ……、いや、やっぱ大丈夫じゃないかも」

 

「何で早く言わないの!直ぐにケンジさんのところへ行こ、私も付いて行くから」

 

カムイの背を押してケンジが住む家まで連れて行こうとする。それにカムイは逆らわずされるがままになっていた。そうして背中を押されながら歩いていると不意に口が開いた。

 

「なあアヤメ」

 

「何?」

 

言おうとした。村に危険が迫っている、逃げ出さないと死んでしまうかもしれないランゴスタの恐ろしさを伝えようとした。

 

だが言えなかった。カムイは初めて見たのだ。以前のーー食料に困窮した時に見せた張り付けた笑顔ではない。ようやく心の底から笑えるようになったのだアヤメの笑顔を。アヤメだけじゃない、他にも沢山の人がいるだろう。

 

「……いや、何でもない」

 

ついさっきの様に興奮して笑顔で話すアヤメはどんな顔をするのか。また以前のように暗い笑みを張り付けてしまうのが嫌でカムイは言えなかった。

 

「でも」

 

「大丈夫だから!今日はもう帰って寝るから心配ないよ」

 

そう言ってカムイはアヤメの手を振り払って家に帰る道を進む。一人になりたかった、誰かといると暗い気持ちにさせてしまうのが嫌だった。

 

「……分かった。でも困ったことがあったら相談してよ、力になるわよっ!」

 

小さくなっていくカムイの背中にアヤメの力強い声が届いた。

 

「ありがとう」

 

小さくカムイは呟いた。だが小さ過ぎるその言葉はアヤメにしっかりと届いた。

 

 

 

 

 

 

「どうす……」

 

そうしてカムイはまた振り出しに戻る様に同じ言葉を……繰り返さない。

 

ガツンと自分の頬を殴る。

 

「自惚れるな、今まで一人でどうにかなった事なんてあったか」

 

そしてアヤメの言葉もカムイの耳に、心にしっかりと届いていた。

 

思い出せ今までの事を。自分一人の力で成した事などあったかーー無い。全てが誰かの、それこそモンスターの力を借りた事もあったではないか。

 

「悲劇のヒロイン気取りか、虫唾が走る」

 

虫に攫われた事が原因で弱気になっていたなど言い訳にもならない。自分の振る舞いに怒りが湧いてきた。

 

「考え方を変えろ、守るのが無理なら攻められる前にこちらから攻めるんだ」

 

そう、今まではランゴスタからどうやって村を守るかを考え続けていた。だがどんなに考えても名案は出てこない。

 

守る事が出来ない、ならば攻める事を考えるべきなのだ。

 

「正攻法では戦力が足りない?だったら奇策でも何でも使えばいいだけの事」

 

馬鹿正直に数を揃える必要は無い。相手は虫、モンスターなのだ。付け入る隙は何処かにある。

 

「目標は奴らを皆殺しにすること」

 

それは自分一人だけでは不可能だ。それなのに自分以外を無意識に戦力外と判断した愚かさ。自分一人で何でも出来ると過信した傲慢さ。

 

身を以て知っている筈だ。人一人が出来ること、考えることには限度があることを。

 

「ありとあらゆる手段を使って」

 

ならば使える物は全て使う。

 

「必ずだ」

 

やるべき事は見つかった。




最初はカムイがランゴスタの情報に追い詰められ正気を失う予定でした。

作者「おぉ、カムイよ。正気を失うとは情け無い(愉悦」

こう言おうとしていたのに気付けばこんな感じに。

それを文書にするのが大変だった。

カムイが勝手に作中で動いてしまうので本当にこの先どうなることやら。


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こうするんだよ

森の中を大きな虫が我が物顔で、だが静かに飛ぶ。

 

此処はランゴスタが支配した森。もともと住んでいた生き物たちは奴らを恐れ離れたか、もしくは食われたのか。草を食む生き物が悉く姿を消した森は植物たちが繁茂していた。

 

それは草を食むの生き物にとっては魅力的な場所だ。だから危険があると分かってても、もしくは知らずに生き物たちは誘われる。

 

この場所に一匹だけで来たケルビもそうだ。大きく成長した体はそれ相応の栄養を求めているのだろう。ムシャムシャと草を無心に頬張っていた。だがそんな無防備な姿を見流す奴らではない。

 

音を立てずに接近するランゴスタ、その数五匹。ゆっくりと近付き、そして自慢の毒針を突き立てた。

 

突然の身体を襲った痛みにケルビは驚き、逃げ出そうとする。だが五匹ものランゴスタに刺された身体は動かない。五匹によって流し込まれた毒は見事ケルビの自由を奪った。その事を理解しているのかいないのか、ケルビがは必死に身体を動かそうとする。だが毒が気合でどうにかなるはずもない。

 

震えるしかない憐れな獲物に五匹が近づいていく。最早ケルビに生き残る術はない。ランゴスタが持ち帰れないほど成長した身体はこの場で散々に引き千切られ肉団子にされる。それは最早避けられないーー

 

「見つけた」

 

事もないようだ。

 

ケルビに近付くランゴスタ、そのランゴスタを草むらに隠れて見つめる影が一つ。それはランゴスタが獲物に喰らい付こうとーー翅を畳んでケルビに取り付いた瞬間に飛び出した。

 

獲物に取り付き、翅を畳んだランゴスタは影に気付きすぐさま飛び立とうとする。しかし影の行動の方が早い。

 

影ーーカムイはその手に持った武器を振るう。その軌跡に捉えられた二匹が翅を砕かれ地面に堕ちた。だが残りの三匹は二匹を犠牲にする事によって空中に飛びあがった。生き残った三匹のランゴスタはその複眼でカムイを見つめる。

 

その中の一匹がカムイに向けて攻撃を行う。上空から急降下による攻撃、武器は毒の滴る針だ。

 

攻撃の速度は速くカムイがいつもの武器、剣で戦おうとすれば不覚を取るだろう。だがカムイは両手に持った武器を振るう。その攻撃をランゴスタは回避ーー

 

「ハッ!」

 

出来なかった。プチュと気持ち悪い音を立ててランゴスタは潰れた。そうしてカムイは武器、自身の身長に匹敵する長さのハンマーに着いた残骸を振り払う。

 

カムイはランゴスタとの戦いに備え新しい武器を求めた。必要なのは長い間合い、ランゴスタの回避速度を超える攻撃を出せる事、長期戦になったとしても常に性能を保ち続けられるものだ。

 

カムイが考えに考えた結果がハンマーだった。

 

幼いカムイの身体には重い武器だが振り回していれば関係ない。むしろ上手に振り回して当てればいいのだ。慣れれば剣よりも扱いやすいそれをカムイは気に入っていた。練習と実戦を重ねれば一通りの扱い方は覚えた。

 

そうして再び武器を両手で構えるがランゴスタは続けて攻撃をしてくることは無い。むしろ残った二匹は分かれそれぞれがカムイの前方と後方に陣取った。

 

ーー厄介な戦術だ。

 

それはランゴスタの遺伝子に刻まれたものなのかカムイには分からない。だがこれほど効果的な戦術もないだろう。カムイ単独なら不覚を取っていたかもしれない。

 

ーー単独なら。

 

「ヨイチさん!」

 

「任された!」

 

そう言って別の草むらから気配を隠していた大人たちが出てきた。その数三人、片手に盾を構え、もう片手には剣ーーではなくそこら辺に落ちている石を握っていた。

 

「各自投げろ!」

 

そう言って三人はカムイの後方に陣取ったランゴスタに石を投げる。その攻撃をランゴスタは見事に避け、ヨイチ達の投げる石は早々当たらない。だがランゴスタにしてみれば投石が当たれば致命的な攻撃となる。そのため途切れず行われる投石のせいで回避に集中しなくてはならない。

 

そうなるとカムイとランゴスタの一騎打ちとなる。直ぐにカムイを攻撃するランゴスタ、それを迎え撃つ形となるカムイ。カムイは敵の攻撃の軌跡を予想し、それに自らが振るう武器の軌跡を重ね合わせる。

 

「ハッ!」

 

振るわれたハンマー、その先端部はランゴスタの回避能力を超えた速度を出した。そしてハンマーは甲殻を砕き、内臓を圧し潰し、その先端に込められた力を余すことなく伝えた。

 

プチュと気持ち悪い音を立てランゴスタの身体が弾けた。それも見届けたカムイは直ぐに振り返り走り出す。狙うは後方に陣取った敵。回避に集中し隙を晒したその翅に向かってハンマーを振りぬいた。

 

見事、粉々に翅を砕かれたランゴスタは地面に堕ち、しかし往生際悪く足掻き続ける。ジジジと鳴いているが恨み言を言っているのか?

 

「お疲れさん」

 

「はい、援護ありがとうございます」

 

だがカムイには知った事ではない。近付いてきたヨイチ達に指示を出していく

 

「息がある奴についてはいつも通りでお願いします。私は周辺を警戒するので何かあったら呼んでください」

 

「了解」「分かった」「ほいさ」

 

各自が返事をして行動に移るのを見たカムイも周辺の警戒を行う。今ここで追加のランゴスタが来てもすぐに発見できるように身構えるが杞憂だったようだ。森は静かでランゴスタ特有の羽音も聞こえてこない。

 

「うわっ、ちょっと、助けてくれカムイ!」

 

だが後ろから助けを呼ぶ声は聞こえた。呼ばれて振り向けば視線の先に残った翅を必死に動かすランゴスタが見えた。

 

どうやら暴れるせいで手が付けられないようだ。

 

「大人しくしろ」

 

そう言ってカムイは暴れるランゴスタに近寄る。片足で身体を抑え、片手に持ったハンマーを翅に押し当て動かなくする。だがジジジとランゴスタは執念深く鳴き、足掻いた。

 

「うるさい」

 

そう言ってカムイは残った片手、小手を装備したその手で残っている片翅を掴み、ブチリ、と引きちぎった。そうすると暴れていたのが嘘のようにランゴスタは大人しくなった。

 

「これで大丈夫でしょう。後は任せてもいいですか?」

 

「お、おう。任せてくれ」

 

それを聞いたカムイは周辺の警戒に戻る。その姿をヨイチ達はなんとも言えない気持ちで見つめ、されど手を止めることなく動かしていく。生きているランゴスタを縄で縛り荷車に乗せ、暴れても問題ないように上にボロ布を被せ縄で縛っていく。

 

「カムイ終わったぞ」

 

「分かりました」

 

そうしてカムイに作業が終わったと伝え荷車は動き出した。カムイも荷車の後を追う。

 

その時ふと食われる寸前まで追い詰められたケルビを思い出した。倒れていた場所を見ればそこには姿はなく、血糊等もなかった。どうやら上手く逃げられたのだろう。

 

「次から気をつけろよ」

 

聞こえない事は分かってはいた、だがそうカムイは呟いた。

 

 

 

 

ランゴスタ対策は一人の手に負えるものではない。そう結論を出した

カムイは村長に相談し応援を頼んだ。

 

だが初めて村長がカムイの考えに難色を示した

 

「すまんが人手は出せん」

 

「何故ですか」

 

理由を聞けば村長は話してくれた。

 

「確かにカムイの懸念もわかる。だがそれは今すぐ対処すべき事でもないのだろう」

 

カムイの抱える懸念は理解できる。ハンターであるカムイがこれほどの危機を持っているのだ、ランゴスタと呼ばれるモンスターは恐ろしい存在なのだろう。

 

だが今すぐ対処する必要は考えられない。確かにランゴスタが村を襲う可能性はある。しかしそれは今日でも明日でもない。将来にもしかしたら、なのだ。

 

ならば村長は村の拡張に人手を割きたい。

 

「そうですが……」

 

「ランゴスタの巣は村から離れている、そしてその活動範囲が村まで来るのには少なくない時間がかかるのだろう」

 

カムイが話してくれた予想、村の誰よりもモンスターに詳しいカムイの考えなら信用できる。それも村長が拡張を優先する理由になっている。

 

「確証はありません」

 

「確かにそうかもしれん。だがカムイのモンスターに関する予想は信用できる。そうであるなら余裕があるうちは村の拡張の方に人手を割きたい」

 

ここで立場の違いによる優先順位の違いが現れた。村長は差し迫った危険でなければ村の拡張を優先したい、カムイは将来の危機となりうるランゴスタを一刻も早く排除したい。

 

立場の違いによる考え方の差異は如何ともし難い。

 

「むぅ……」 

 

村長の考えも一理あり、カムイの考えにも悲観的な要素が多分に含まれている事も事実。これはどちらが正しい間違っているではない。どちらの意見を押し通すかの問題だ。

 

ーー折れるべきか折らざるべきか

 

頭を捻って何か良い案はないかと考える。

 

「……ならば調査のための人手をお貸しください」

 

そうしてカムイが出したのは両者の意見を考慮しての折衷案だ。

 

「調査か」

 

「はい、確かに私達の考えにどれも確証はありません。ですから最低限の備えとしてランゴスタの調査です」

 

憶測ではなく確かな情報を集める。そうすれば何かがあった時も対処法を考案しやすいだろう。

 

「それに加えて事前に訓練も行います。これでもしランゴスタが村を襲った時に即座に対応出来ると考えます」

 

加えてカムイの指揮下でモンスターに対する訓練を行う。初見で対峙する必要が無くなる事は無視できない利点のはず。そうカムイは考える。

 

調査に訓練、それならば村長としても断る理由はない。

 

「それならば貸そう。ただし内密に進めたい、そう多くは割けないぞ」

 

ここまで盛り上がった空気を冷ましたくない。そのためには貸出す人手を少なくし情報が漏れる可能性を少しでも減らす。

 

たかが空気されど空気、再びここまで盛り上げようとすれば途方も無い時間が必要になる。

 

「ありがとうございます。それとケンジさんにも協力していただきたいのですがよろしいですか」

 

「期間は?」

 

「計画が稼働するまで」

 

「ならばよし。他には」

 

「はい、まず……」

 

こうして村長から人員を借りたカムイはランゴスタ対策に乗り出した。

 

 

 

 

荷車を引いてカムイ達は向かったのは村の入り口から離れた場所にある空き地。そこは以前から木が生えることもなく草の生い茂った地面がそこそこ広がっているだけの場所だった。

 

だが今や、その場所には大きな穴が幾つも掘られていた。数は10個、穴は大人が入っても余りある大きさと深さ。加えて穴には草で作った蓋が置かれていた。

 

そしてその穴の中の一つをケンジが覗いていた。カムイも覗けば蓋を開いた穴の底には翅をもがれたランゴスタがいた。だがよく見ればその個体はピクピクと僅かに痙攣するだけ、生きている様だがもう長くはないだろう。

 

他の穴も確認のため覗けば生きている個体もいれば死んだ個体もいた。その中で死んだ個体は穴から出して新しい個体、生きているランゴスタを補充していく。そうして一通りの作業が終わってからカムイはケンジに話しかけた。

 

「ケンジさん、首尾はどうですか」

 

「わっ!」

 

声をかけてこの驚き様、かなり集中していたようで近付かれた事にも気が付かなかった様だ。

 

「なんだカムイ君か、驚かさないでくれよ」

 

「すみません。それで結果はどうですか?」

 

再び尋ねれば顔を引き締めケンジは得られた結果をカムイに伝える。その目は真剣だ。

 

「そうだね4番がいいかもしれない」

 

「それ以外は」

 

「1、2、3番は弱すぎて駄目、でも虫除け位にはなるかな。5、6、7、9、10番はしっかり機能したけど材料を考えるとお勧めできないかな」

 

「8番は?」

 

「効果はすごいよ、一瞬であの世行きだよ」

 

ケンジは得られた今回の実験結果を嬉しそうに話す。

 

そう此処ではランゴスタを使っての殺虫剤ーー毒の実験が行われている。目的は対ランゴスタ用の毒の開発、これをカムイが計画を立て進めている。

 

勿論唯の毒ではなく、目指しているのは扱いやすく、効果に優れ、量産に優れ、万が一事故が起こっても対応できるもの。

 

そんな毒を完成させるために此処で日夜実験を繰り返していた。

 

「分かりました、まだ実験材料は必要ですか?」

 

「そうだね、4番を基本としたものをいくつか作ってみたから後10匹位かな」

 

そしてケンジはこの計画に欠かせない人物、その知識を生かして毒の調合から解毒薬まで担っている。

 

「4番と言えば毒テングダケですか」

 

「うん、あれを使ったものがカムイ君が求めるものに近いかな」

 

そうして数多くの実験を経て漸く実用的な毒が完成しようとしていた。

 

「そうですか、分かりました。解毒剤の方は?」

 

「並行して作っているよ。効果も実験済みだ」

 

「分かりました。では残りの材料を持ち込み次第実験は完了として切り上げます」

 

目的の物は出来た。期間内に終わることが出来そうだとカムイは安堵した。

 

「えっ、辞めちゃうの?」

 

だがケンジにとっては青天の霹靂だったようだ。声に驚いてケンジを見れば悲しそうに顔を歪めていた。

 

嫌な予感がカムイを襲う。

 

「……始めは結構嫌がっていましたよね?」

 

「あぁ、うん。確かに最初は気持ち悪いし、怖かったけどカムイ君がちゃんと処置したものを送ってくれるから」

 

それはカムイとしても当然の行動だ。万が一にケンジが死ぬような可能性は極力排除しなければならない。村に彼の代わりとなる人はいないのだから。

 

「それと、正直楽しくなってきちゃって。ほら、今までこんなこと経験した事なかったからさ!」

 

なやにら不穏な事を言うケンジ。どうやら開けてはいけない扉を開いたようでカムイは頭を抱えた。

 

だがもう遅かった。

 

「……分かりました。ですが十匹補充出来たら切り上げます。これは譲れません」

 

「分かったよ……でもまた同じ様な事をする時は呼んでよ」

 

「分かってますよ」

 

そうして名残惜しそうにケンジは村へ帰った。その姿を見ていると今度はヨイチが何やら難しい顔をして近付いてきたではないか。その姿にカムイは再び嫌な予感を感じる。

 

「カムイ君」

 

「何ですかヨイチさん」

 

「実はヨタロウがどうやってか嗅ぎつけてね、仲間に入れろと言ってるんだ」

 

嫌な予感は再び当たったようだ。新たな問題に頭を抱えるカムイ。

 

「ヨタロウさん……」

 

村の鍜治場を預かるヨタロウは好奇心旺盛だ。そんな人がこの計画を知ったら首を突っ込むのは分かっていた。だがヨタロウは口は軽く、この計画を他の村人達に話す可能性がある。だからこそ秘密にしていたのだが。

 

「そこに積みあがった死体を流して如何にか黙らせてください」

 

カムイの指先が指した先を見ればそこには実験で出たランゴスタの死体、その数は優に百匹は超えるそれが積み上がっていた。カムイの考えは死体が持つ素材をヨタロウに渡すこと。そうすれば当分の間はランゴスタの甲殻や毒針を引き剥がして夢中で遊ぶだろう。

 

「いいのかい?」

 

「口止め料です。内密にしないと村長との約束を果たせませんから」

 

「分かった、任せてくれ。あと一ついいか」

 

だがヨイチは死体の山を見続けながら話を続ける。

 

「俺達でこれだけのランゴスタを狩ったから巣は無視していいんじゃないか?」

 

これはヨイチだけじゃない。カムイの協力者達が共通して考えている事だ。確かにランゴスタの脅威はカムイに付き従うことで理解できた。だからこそ思うのだ。

 

ーーこれだけ間引いたから、もう大丈夫ではないか。

 

「ダメです」

 

だがカムイは即座に否定する。

 

「確かに多くのランゴスタを狩れました。ですが奴らの活動範囲が縮小した形跡は無い。おそらく巣にはまだ多くの数が控えていると思います」

 

カムイ達が行っているのはゲリラ戦、巣から離れたランゴスタを狩って戦力を少しづつ削っているだけだ。この戦法で巣に居る全てを狩り尽くせるとは到底考えられない。

 

「勿論、無駄ではなく全体で見れば被害を与えたでしょう。ですが削るよりも増える早さが勝っている可能性もあります」

 

加えて相手は虫だ。卵を産めば産むだけ簡単に数を増やせる可能性がある。

 

「何があったとしても巣の方には一回は当たってみないといけません」

 

だからこそ一回は巣を調査しなくてはならない。奴らの生態系を確認する必要がある。

 

「う~ん、俺もいかなきゃダメ?」

 

カムイの考えを理解はしているのだろう。だが露骨に嫌な顔して行きたくないと訴えるヨイチ。

 

「お願いします、ヨイチさん」

 

だからカムイは笑顔で返答した。

 

無論これも調査の一環、ここまで来てヨイチ達を逃がす訳が無い。

 



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駆除

狩は狩でも荒ぶる神々を狩るゲームをして遅れてしまいました。

フィムかわいいです。


ヨイチの生まれた村は村長を頂点とする権力構造を構築してきた。村長の一族が善政を敷いてきたことも大きな要因だが、そのおかげでこの貧しい村は秩序を保ち今まで生き永らえてきた。そのなかでヨイチは村長に積極的に協力することで側近の立場を勝ち取った。そのお陰で家族の生活には多少の余裕を得る事が出来た。

 

だがいくら歴代の村長達が善政を敷き秩序を保ってきたとしても気紛れな自然の力の前に人間は無力だ。この前の冬のようなことは過去に何回もあり、その度に村長達は策を巡らした。だが上手く事が運ぶのは稀、そんな時は村人達が何人か突然いなくなるのだ。そして消えたことで浮いた食料を分配し乗り越える。

 

無論村人達も愚かではない、口減らしが行われたことは皆が理解している。だがそれを表立って言うことは無い。何よりそのお陰で生き延びる事が出来たのだ。

 

だからあの冬の日、村長に呼び出されたヨイチはついに自分の番が来たと理解して一人集会所で赴いた。ここでも反乱が起きないよう親しい人物まで口減らしに出すのが村長の優れたところだろう。そこまで考え付いても胸に湧き出たのは恐怖でも覚悟でも憎しみでもなく諦めだった。

 

だからこそ口減らしとは違う用件で呼び出されたと知った時は驚いた。だが代わりに言い渡されたのはカムイの手伝いだ。

 

ヨイチもカムイの事は知っている。それ以前に狭い村の世界だ、村民達の繋がりは深い。だからこそ理解できず村長の考えが分からなかった。だが理解する必要はない、これも口減らしの方便の一つとヨイチは受け取った。それ以前にヨイチに拒否権などある筈も無く代わりに願うのは自分の子供の保護だけ。それさえ聞き届けてくれればよかった。

 

そうして村長に呼び出された者達がその日集まった。誰もが見知った顔で最後の別れを家族としていた。だが一人だけが違っていた。此処に居る誰もが顔に浮かべるのは悲壮な表情の筈なのにカムイだけが違った表情を浮かべていた。その表情をヨイチはその時には言い表す言葉が思い浮かばなかった。

 

だが今なら分かる、あれは覚悟を、己が成す事を定め戦うこと決めた男の顔だ。

 

それから先の出来事は衝撃の連続だった。結果としてカムイの獅子奮迅の働きで村は救われ、その後カムイは自らをハンターと名乗り大きく村に貢献していくことになった。

 

だからこそ再び村長に呼び出された時は何事かと身構えた。しかし言い渡されたことは酷く簡単な事だった。

 

「カムイの手伝いですか?」

 

「そうだ。無論一人では無い、他に何人か同じように手伝わせる」

 

その人選は任せると言いカムイが何をしようとしているのか村長は話す。その内容、ランゴスタというモンスターの調査に驚き戸惑ったのは仕方がなく、しかし村長の命令なら従うしかない。了承したヨイチは早速手伝わせる人員を頭の中で見繕い村長の家を出て行こうとした。だが動き出す前に村長が問いかけてきた。

 

「そういえばカムイは今幾つだ」

 

「……確か12かと」

 

「そうか……、子を作るのはまだか」

 

「色を知るには早過ぎるかと。お相手はアヤメ様ですか?」

 

寧ろ相応しい娘はアヤメ以外にいないだろう。カムイはこの村で突然生まれた巨大な影響力の塊だ。下手に誰かと恋仲になりその子の親族がその影響力を悪用する可能性も無いとは言い切れない。なにより最悪の場合は村長とハンターという村の中で二つの権力が並び立つ可能性がある。そのような事態は避けたい。ならば村長としてはカムイにアヤメを嫁がせ管理下に置きたい。父親としてもカムイならアヤメを嫁がせても惜しくはない、むしろ今後の事も考えれば何が何でも嫁がせる魂胆なのだろう。

 

「左様、歳も近い。だがアヤメがカムイに抱いているのは親愛だ。情愛にはまだ時間が掛かる」

 

「カムイも同じです。ですがアヤメ様のそれは親愛の限度を超えているのでは」

 

「確かにな、だがそれも仕方なかろう。それだけカムイが優れているのだ、甘えたくなったのだろう」

 

「甘えですか、それはアヤメ様に限らないようですが」

 

彼女一人に限ったことではないだろう。男も女も子供も大人も、アヤメもヨタロウもケンジも、そしてこの場にいる二人も、この村に住む誰もがカムイに頼っていると言えるだろう。

 

「……否定はせんよ」

 

そう言った村長はヨイチを見つめ、暫くした後に顔を伏せポツリ、ポツリと話し始めた。

 

「今日まで村を父から受け継ぎ存続させる為に打てる手は尽くしてきたつもりだ」

 

「だがやっている事は限られた選択肢からマシなものを選ぶだけだった」

 

「選択肢を増やそうとした。その為に少ない物資を遣り繰りして装備を、若く力の有る者を揃えて外に出したこともあった。だが村の外に出した誰もが血相を変えて村に逃げ込んだ」

 

そこにいたのは一人の疲れ果てた男、ヨイチが知らなかった村長の一面があった。顔を伏せ陰鬱な雰囲気を纏わせながら話す姿は恐ろしく、しかし哀れにも思えた。

 

「もはやこれは呪いだ」

 

そうして一頻り話し村長は最後に呪いと言った。その言葉に込めた想いはどれ程の物かヨイチは窺い知ることは出来なかった。いや、知ってしまうのを恐れた。

 

「私も父の様になるしかないと悟ったよ。だがな……」

 

「カムイ、そうカムイはやり遂げた。それだけではない、こちらの意図を理解し、自らその役目を担ってくれた」

 

「おまけに見事な成果を持ち帰ってくるのだ!一体何度歓声を上げようと思ったことか理解できるか!」

 

だが陰鬱な雰囲気はカムイが成した事を話すにつれて消えていき、代わりに笑みを顔に張り付けていた。だが話を聞いたヨイチは同じように笑う事は出来なかった。村長が浮かべるその笑みに対して言いようもない不安を覚えてしまったせいだ。

 

「ですが今回は……」

 

「分かっておる。だから人員を貸し与えたのだ。それにカムイの事だ、今回も上手くやってくれるだろう」

 

ここでカムイの積み上げてきた信用と信頼が仇となってしまったと誰が想像できるのか。だからと言ってヨイチには代案も何もなく。

 

「出来る限りのことをします」

 

そう返すしかなかった。だがそんな彼も頭の片隅で考えてしまっていた。カムイなら何とかするだろうと。

 

 

 

 

村人達は夢を見ている。

 

叶う筈の無かった夢は村に住む者達を酔わせ、青空に好き勝手に絵を描き始めた。

 

だから忘れていた、此処がどの様な世界であるかを。

 

 

 

 

「それにしても村長は抜け目ないですよね」

 

「何がだ?」

 

「その鎧とか剣とかですよ」

 

カムイの視線の先には剣と鎧を装備したヨイチ達三人がいた。ハンターであるカムイが使っている物よりも幾分劣るが立派な武具だ。

 

「ああ、カムイを手伝うことになった村長に渡されたんだ。正直これがなかったら手伝いも何もできないからな」

 

「具合はどうですか?」

 

「初めてだからな。身体にはあっているから多分いいだろう。剣に関しては皆がド素人だから、あまり期待しないでくれ」

 

「そうですか。ハンターに転職してくれれば直ぐ上達しますよ?」

 

「悪いが遠慮させてもらう」

 

「つれないですね」

 

「なんだヨイチ、ハンターになんのか?」

 

「本当か、これで村も安泰だな!」

 

「ならないと言ってんだろ」

 

四人は気楽に話しながら森を進んで行くがそこに油断は無い。此処は既にランゴスタの領域、視線を小まめに動かし警戒を怠ってはいない。だからといって気を張り続けるのは疲れるのでこうして話しながら進んでいるのだ。

 

「なぁ、カムイいいか?」

 

「何ですか」

 

「以前、アプトノスを狩りに行ったことがあったろ」

 

「ありましたね」

 

「その時の聞けず仕舞いの事だ、何でお前はハンターになった」

 

その言葉にはカムイを揶揄う意図は無く、ただ純粋な好奇心から出た言葉だった。カムイとヨイチに付いて来た二人も口を閉じ耳を澄ませていた。

 

「もう十分すぎる程村に貢献した、今回もこんな危険な事をしなくてもいい筈だ。今のお前の腕なら村に来たランゴスタを追い払えるだろ?」

 

「確かにそうです。いまならヨイチさん達もいます」

 

「でも行くんだな。何故だ」

 

「怖いのです」

 

ただ一言だけカムイは言った。確かに追い払う事は出来る、しかし村に来たのが百匹だったらカムイ一人で追い払えるのか。そもそも自分が村にいる時に襲うのか。その他にも幾つもの仮定を話していく。

 

「確かにモンスターはランゴスタ以外もいます。でも私が知っているのはこの村の周辺に生息しているものだけ。その知っている中でランゴスタが怖くて恐ろしくて仕方ないです。だから滅ぼします、殲滅します。これは私の一存です、ヨイチさんはどうしますか?」

 

「……カムイに死なれるのは困る。いざとなったら抱えて逃げるさ」

 

「ありがとうございます」

 

子供の考えとは思えないその内容。もしこれを話したのが村の子供なら考え過ぎだと笑っていただろう。だが話したのはハンターであるカムイだ。ヨイチ達は笑う事も揶揄う事も出来ず静かにしているしかなかった。

 

 

 

 

「おかしい……」

 

カムイはランゴスタの巣を目前にしてそう言った。何がおかしいか、それは巣までの移動で遭遇するランゴスタが異様に少ない事だ。勿論移動中に此方を見つけ次第襲ってくる個体もいる、だがその数が巣を目前に控えた状況でも少なすぎる。カムイを襲った時の巣の規模を維持しているのなら此処は奴らにとっても通り道の筈なのだ。なのに遭遇した回数は片手で数えられるほど、迎撃した個体数も少ない。

 

一言で言えば異様だった。そしてその異様さは巣を目前にして確固たるものと成った。

 

「どうする、カムイ」

 

ヨイチがカムイに尋ねる。

 

「心配し過ぎじゃないのか?」

 

「そうそう、もしかしたら結構な数を退治したから逃げたんじゃないのか」

 

そう言ったのは残りの二人だ。その意見は唯の希望的観測に過ぎず一考する価値もない……とは言い切れない。何故なら奴らの生態に関してはまだ分からないことが多い、もしかしたら巣の中で生息する個体数が一定の割合でまで減ったら巣を放棄する習性があるかもしれない。その場合は今日まで行ってきた間引きが成果を出した可能性もある。

 

だが全ては推測だ。ここまで来たカムイが知りたいのは確かな情報であり推測ではない。ならば此処まで来たのだ、やる事は決まっている。

 

「巣の中に入って調査します。万が一に備えて下さい」

 

そう言って手にしたハンマーの調子を確かめる。カムイの言葉を聞いたヨイチは粛々と、残り二人は嫌々ながら同じように支度を始める。その後は方針の確認だ。

 

「目的は巣の調査であって駆除ではありません。なので巣に毒煙玉を投げ込んで暫くしてから中に入って調査します。中に入った時の状況によって方針は変えていきます」

 

「状況は三つ想定しています。巣の中が空の場合、奴らがまだ沢山いた場合、中にいた数が少ない場合です。空の場合は可能な限り調査を行い、沢山残っていたら逃げます。残りが少なかったら方針を駆除に切り替えます」

 

ここまでで分からない事が無いかと三人に問いかけると質問が一つだけヨイチから出てきた。

 

「カムイ、万が一が起きた場合はどうする?」

 

その万が一をヨイチは考え付かなかったが確認の為に尋ねる。

 

「逃げます」

 

カムイは即答した。

 

「逃げた後でその時のことも考慮に入れて再度調査に行きます。他にはありますか?」

 

「いや無い、それで行こう」

 

そうして確認を終えた四人は行動を始める。出来る限り巣に近付き、しかし何かあれば直ぐに逃げ出せる場所に陣取ると各々がーーカムイは自信が無いのでヨイチに頼んで毒煙玉(ケンジ命名)を巣に投げ入れていく。巣の中に投げ込まれた毒煙玉は割れ中に仕込まれた毒が辺り一面に、巣の中に拡散していく筈である。投げ終わったカムイ達は拡散した毒を吸ったランゴスタ達の反応があるまで待機を続けることになった。

 

そうして待つこと暫く。

 

「……反応がないな」

 

「逃げ出した後じゃないか」

 

「いや、もしかしたら投げ込んだ量が足りなかったかもしれない。追加で投げ入れ……」

 

反応がない事に業を煮やしたカムイ達が追加で毒煙玉を投げ入れようとする。だが投げ入れる直前でそれがーー虫達の断末魔が聞こえてきた。

 

一体どれ程の虫がいたのか、洞窟で反響があったとしてもそれは大きく何よりも身の毛もよだつ音が幾つも混じっている。カサカサと何かか擦れる音、水気を含んだモノが潰れる音、ガリガリと何かを削る音、そうした虫の悍ましい断末魔の叫び。聞いた瞬間に耳を塞ぎたくなる様な悍ましい合唱は唐突に始まり、そして唐突に終わった。

 

「……効果あったようですね。中が広くて拡散に時間が掛かったかもしれない、もう暫くしてから中に入ります」

 

了解と返事をした三人の顔を見れば三人とも引き攣った表情に加え冷や汗をかいていた。自分の顔は見る事は出来ないが同じ表情をしているだろうとカムイは考えた。

 

 

 

 

「うわぁ……」

 

「気持ち悪い」

 

「……どうやら此処に居るのはコレで全部のようだな。このまま駆除に方針を切り替えるか?」

 

中は薄暗く松明の光が無ければ視界の確保に難儀したことだろう。だがそのお陰で死屍累々の有様をしっかりと目にする羽目になった。毒に侵され死んだもの、落ちて潰れたもの、仲間が暴れたせいか身体を千切られたものもあった。そんな屍体が洞窟の中に無数に広がり、重なっていた。カムイは注意深く中を観察し耳を澄ませるが増援が来る兆候はない。

 

「まだ分かりません。ですが調査は続けます」

 

そう言ってカムイは慎重に洞窟の奥に進みヨイチ達も付いて来る。自分の呼吸の音が聞こえてきそうな静寂の中を洞窟を四人は進んでいく。そうして分かったことは洞窟は広く元々あった穴を拡張して作られているらしいこと、巣の構造は通路と部屋が迷路のように組み合わさって作られていること、到底一日で調査を終える規模ではないことだ。

 

「此処までです。撤収します」

 

「いいのか?」

 

「調査をするにしても準備不足です。ここから先は次の機会にします」

 

薄暗く先を見渡せない洞窟の中は体力もそうだが精神的な消耗が激しく、このままで進むのは危険とカムイは判断した。何よりも慣れない環境でカムイもそうだがヨイチ達もかなり疲労している。その言葉を聞いた三人はすぐさま踵を返して撤収しようとする。

 

だがそこで今もっとも聞きたくない音がジジジとカムイ達がいる空間に響いてきた。直ぐに戦闘態勢に変わった四人は音源を見つけるために四方に目を光らせる。

 

「カムイ、上だ!」

 

最初に見つけたのはヨイチだった。声に従って見ればカムイ達の上空に一匹のランゴスタが浮いていた。カムイは襲ってきた瞬間に迎撃できるようハンマーを身構える、しかし何故か浮いているランゴスタは何時まで経っても襲ってこなかった。その代わりにランゴスタは鳴き続けた、ジジジと。 嫌な予感を感じつつもカムイ達はランゴスタから視線を外すことは無くジリジリと後退していきーー世にも綺麗な旋律が洞窟の中に響いた。

 

その音をカムイは知っている、聞いた事がある。

 

「逃げろ!」

 

その旋律を聞いた瞬間カムイは叫んだ。その様子に只ならぬものを感じ取った三人はカムイと一緒に走り出した。その瞬間に洞窟のあちらこちらから音が響いた旋律に混じって鳴き声が聞こえてくる。

 

洞窟に響く音を無視して四人は出口を目指して走り続ける。だがそう易々と事は運ぶ筈もなく、見ればカムイ達が走る通路の先にランゴスタが待ち構えていた。

 

「喰らえ!」

 

通路を塞いだランゴスタ達にヨイチ達が毒煙玉を投げつける。ぶつかった拍子に撒き散らされた毒を浴びたランゴスタは地面に堕ち、身体を震わせ次々に死んでいく。

 

「いいぞ、効いてる!」

 

「このまま投げ「投げるな!」」

 

だがそんなヨイチ達を止めるようにカムイは叫んだ。その視線の先には通路を塞ぐように積み重なったランゴスタの死体があった。加えて毒がまだ滞留しているのにも関わらずランゴスタが通路を埋めるように次から次へと入り込む。そして滞留した毒を浴び死んだランゴスタが新たに通路を塞ぐ障害物となって積み重なっていく。

 

いつしか壁になるまでに積み重なったそれにヨイチ達も遅れて気が付く。直ぐに投げるのを止めるが遅く、もはや通路はランゴスタの死体で閉ざされた。

 

「道が!」

 

「こんなもの乗り越えて!」

 

「やめろ!登っている最中に襲われたらひとたまりもないぞ!」

 

「じゃあどうすんだよ!」

 

「聞けっ!」

 

慌てふためき冷静さを失くした中にあってカムイの一喝はよく響いた。

 

「前に進む!これだけランゴスタがいるんだ出口は此処一つだけじゃない、付いて来い!」

 

そう言ってカムイは先頭に立ち別の道を進む。置いて行かれないよう三人も付いて行く。

 

カムイにも確信があったわけではない、だがその考えは当たっていた。しかしその出口にも既にランゴスタに待ち伏せされていた。それに気付いたカムイ達は他の出口を探そうと意識せずに巣の中を深く深く進んでいく事になってしまった。

 

そして知らずに巣の奥に追い立てられていくことに気が付いたのは一際大きな空間に出た時だった。そこは大きな縦穴で上から日の光が降り注ぎ辺りを照らしていた。壁に沿って生い茂った植物も相まって時が違えば神秘的にも見える場所だったのだろう。

 

その空間の中心にそれがいた。今まで確認できたどの個体も比較にならない大きさ、醜く胴体を超えるほどまでに肥大化した腹部、だが醜い容姿に反して翅は目を見張る程美しく、そこからは華麗な旋律が紡がれていた。その在り様は巣の絶対的な支配者に相応しく誰もが目にした瞬間に理解できる程のもの。そう、アレがこの巣の主であると。

 

「正しく女王……、差し詰めクイーンランゴスタと言ったところか」

 

「おい呑気に言ってる場合じゃ……」

 

「分かってます!」

 

何とかこの事態を打開しようとカムイは考える。だが敵の都合などは相手ーー女王には知った事ではない。悍ましい嘶きと美しい翅音を奏でながら女王がカムイ達に襲い掛かってきた

 

 

 

 

女王として産まれたその身に刻まれた本能ーー使命は唯一つ、己の国を繁栄させる事のみ。

 

女王は使命に忠実に従い領土を広げ、国民を増やし続けた。

 

そうしてどれ程の時間が経ったのか、その間に攻め込まれた事も一度や二度ではない。

 

だがその全てを国民は、国は、女王は退けて来た。

 

それは今回も同じ事。

 

女王の眼前には国を襲った侵略者がいる。ならばこれまで通り迎え撃ち、滅ぼすだけ。

 

自ら兵を率いて侵略者に対峙する女王。

 

この場では女王も一つの駒に過ぎない。

 

彼女が、彼等が戦いに臨む理由は一つ。

 

国を、己が種の繁栄の為に。

 

その為に女王自ら兵を率いて侵略者を駆除するのだ。




感想欄で村人たちのは印象が悪い→今までの経緯をかいて説明しよう→なんか悪化した、ど、どうしよう?

書いている最中に思ったことはクイーンランゴスタやばくね?


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死闘

最初に狙われたのは隊列の先頭にいたカムイだった。クイーンは翅を震わせ攻撃してくる。その動作はこれまで見たランゴスタの攻撃に酷似しており速度も速くはない。

 

だが遅いわけではない。それに加えて見上げる程の巨体が迫ってくる。悠長にしている暇は無かった。

 

「突進、避けろ!」

 

その言葉を聞いたヨイチ達とカムイは身体を投げ出すようにして突進を回避、四人がいた空間を巨体が過ぎ去り置き土産と言わんばかりに突風を起こした。

 

何とか生き残ったとカムイが気を緩めた瞬間、後ろから聞き慣れた音が迫って来た。振り向くと同時に手にしたハンマーを振るう、だが武器を持った手からは何も感じない。

 

ーー避けられた。

 

ハンマーを構えた先にいたのは飽きる程目にしたランゴスタ。だがその大きさは女王に及ばずともかなりの巨体。それだけでも恐ろしい個体、だが相手は一匹だけではない。

 

「嘘だろ……」

 

誰が言ったかは分からない、だかその気持ちは痛い程分かる。群れの中で一際大きく成長したランゴスタが何体も女王に付き従っているのだ。さながら女王を守る親衛隊、その数は十は下らない。

 

止めがカムイ達が来た通路から聞こえてくるランゴスタ達の羽音だ。その音は少しずつ大きく、この空間に来るのも時間の問題……いや、遅かった。通路から次々とランゴスタが湧いてくる。その数は沢山としか言いようがない有様。

 

「嫌だ、死にたくねぇ、死にたくねぇよ!」

 

「煩い!そんな事よりどうするか考えろ!」

 

「じゃあお前が何か考え……」

 

「解毒剤は持っているか!」

 

圧倒的な彼我の戦力差に絶望し自棄になりかけたヨイチ達を一喝して黙らせる。ここで呑気に話し合いする暇は無い。注目を集め、矢継ぎ早に命令を下す。

 

「あ、あぁ、持ってるぞ」

 

「毒煙玉を撒け!この部屋の中を毒で満たせ!」

 

「そんなことしたら俺たちまで!」

 

「何のための解毒剤か!一気に全部使うな、毒も薬も考えて使え!そして逃げ回れ、捕まるな、時間を稼げ!」

 

「カムイはどうすんだ!」

 

「俺は女王の相手をしながら逃げ回る!通路から出て来る奴がいなくなったら巣から出る、分かったか!」

 

馬鹿正直に戦っては数の暴力で蹂躙されるだけ、だから戦場を毒で満たして数を減らす。狂ったとしか言い様がない策、だが数を減らさなければヨイチ達では捌き切れない。湧き出る雑兵をこれでどうにかしなければ待っているのは死だけ。そしてこの場で女王を相手に時間稼ぎが出来る可能性があるのはカムイしかいなかった。

 

「来い、デカブツ!」

 

自分を奮い立たせる為にもカムイは吠えた。その言葉を言い終わるのと同時に辺り一面が紫、毒で覆われた。解毒剤を口に含んだカムイの耳が蟲達の断末魔を拾う。女王の出す旋律も合わさり世にも恐ろしい交響曲が完成した。

 

それを背に受けカムイは走り出す。だが女王には向かわず、その周囲を走り回るだけ。そもそも目的は時間稼ぎであって戦い勝つ事では無い。ヨイチ達も各々が逃げ回り戦闘を極力回避している。戦う場合も毒に当てられフラフラと飛びながら近付いて来た個体に限られている。

 

こうして時間を稼ぎ通路から湧き出る雑兵がいなくなるまで戦い続ける。成功する保証は何も無く、しかしそれ以外にここを乗り越える策を誰も思いつかない。だからその策にヨイチ達も、発案者であるカムイも乗るしかなかった。

 

そうしてカムイは女王と対峙する。自在に蟲達を操るこの存在を自由にさせない為に。

 

しかし女王にしてみればこれ程目障りな存在は無い。纏わり付いた邪魔者を駆除する為にその巨体をしならせ、毒針を突き出す。女王の巨体から繰り出された攻撃は間合いの長さと巨大な針も合わさって最早槍だ。そして槍の先にはランゴスタと同じ様に毒に濡れている。もし少しでも擦ればその瞬間に自由を奪われ死ぬ。避け損ねれば巨大な針に貫かれ死ぬ。

 

その恐るべき一撃をカムイは全身を使い転がるように回避した。そして武器を構え直した目の前には引き戻す前の無防備な腹部があった。それを見逃す事なく引き戻される前にハンマーを全力で振るう。だが武器を振るった手に伝わって来たのはランゴスタを潰した感触とは程遠いもの。

 

「クソッタレ!」

 

全く効かない。見ればハンマーで殴った部分の甲殻は割れず、逆に跳ね返って来た衝撃に手を痛める有様。それでもと女王の身体に伝わった筈の衝撃は巨体に吸収され、なんの痛痒も与えられなかった。

 

威力が足りない、根本的に威力の元になる武器が小さすぎるのだ。コレでは例え百回、千回振って当てたとしても無意味だ。

 

女王が何かされたのを感じたのだろう。頭部を動かし自らの腹部を覗き込んだ。その視線の先にいたカムイはその眼を見た、見てしまった。カムイを見つめる眼ーー複眼からは感情を窺い知る事は出来なかった。そもそも蟲には感情、怒り、恐怖、憎しみさえ無いのだ。そこにあるのは機械じみた本能だけだ。

 

カムイは直ぐに武器を引き戻し距離を取ろうと走り出す。今出来る事は逃げ回る事くらいしかない。だがそれを見過ごす程相手は愚かではなく、追撃として親衛隊が差し向けられた。

 

空間に満ちた毒に当てられランゴスタは次々と堕ちていくが、親衛隊は違う。確かに毒は効いている、動きが目に見えて遅くなっているのが証拠だ。だがそれだけ、堕ちる気配は無く、女王に至っては何の変化も起きなかった。

 

毒に身を蝕まれていながら迫り来る親衛隊と戦う。例え動きが緩慢になろうとも女王に次ぐ巨体から繰り出す攻撃は脅威だ。突き出された針を躱し、代わりにハンマーを身体に打ち込み潰していく。それを差し向けられた親衛隊全てに行う。

 

一手間違うだけで死ぬ攻防を連続で休む暇も無く続ける。精神と体力がガリガリと擦り減っていく。

 

ーーどうすればいいんだ!

 

声に出さず、胸の内で叫んだ。武器も毒も効かない。戦いにすらならない攻防をあとどれ程続ければいいのか。

 

通路から出で来たランゴスタは毒に蝕まれて次々死んで行く。足の踏み場も無い程の死骸が時を重ねるほどに増えていく。だが後どのくらいの数が残っているのか。あと一分、一時間、一日待てば尽きてくれるのか。

 

そして戦い続ける内に入り乱れた思考の隙を女王は見逃さなかった。だがそれは体当たりでも毒針を突き刺す動きでもなかった。毒針の先をカムイに向け何かを発射。思考の乱れたカムイはそれに気付くのが遅れた。回避は出来ない、直撃する。それを理解すると羽織っていた毛皮を広げ包まる事で防いだ。

 

ビチャリと毛皮に何か液体の様なものが付いた。その瞬間、鼻に突き刺さるような刺激臭を感じ取った。だが匂いはオマケ、本当の恐怖は

液体が付着した毛皮から起きた。

 

ぼとりと何かが落ちた。地面を見ればそれは毛皮だった。悪寒を感じて羽織っていたアオアシラの毛皮を確認する。見れば液体が付着した部分が溶けて、いや、腐れ落ちていた。

 

「うわぁあああ!?」

 

直ぐ様羽織っていた毛皮を脱ぎ捨てる。腐食液、物を溶かすのでは無く腐らせる液体を女王は打ち出した。その事実と近距離に加え、遠距離攻撃が出来るとは想像出来なかったカムイは慌てふためき大きな隙を晒してしまった。

 

それは致命的だった。敵対者の隙を見逃す事なく女王は攻撃、その巨体から繰り出された体当たりをカムイは避ける事が出来なかった。遠く積み重なったランゴスタの死骸まで吹き飛ばされた。

 

「カムイ!」

 

それを見ていたヨイチは叫んだ。遠く死骸に埋もれたカムイは身じろぎ一つせず動かない。この状況にあって柱であるカムイが死ぬ可能性にヨイチ達は恐怖する。何より今まで持ちこたえられたのはカムイが女王を押さえていたからだ。ヨイチ達では女王の相手は務まらない、それを何よりも本人達が理解していた。

 

「俺が助けに行く、それまで捕まるな!」

 

ヨイチが声を張り上げ折れそうになった仲間を叱咤する。そうしてカムイに向かって走り出した。カムイの代わりがヨイチに務まるとは本人さえ思っていない、だがあと少しなのだ。通路から出て来る数は目に見えて減った、後少しだけ耐え切れば生き残れる。その為にはカムイの力が必要だ。いざとなれば抱えて指示だけでも出してくれればいい。だがその行く手に親衛隊が立ち塞がった。

 

「邪魔だ、どけぇ!」

 

叫び構えた剣を振るう。だが毒に蝕まれ動きが鈍った筈なのに剣が親衛隊に届く事は無かった。何より追い払う筈が気が付けば親衛隊に囲まれてしまった。

 

絶望はそれだけに終わらない。ヨイチを新たな敵と定めた女王がゆっくりと近付いて来た。

 

「う…、あ…、あ、あああ!」

 

剣を持つ手は震え、口からは言葉にならない叫びが出る。腹の底からは胃液がよじ登り、全身から冷汗が止めどなく溢れてくる。

 

想像出来てしまった。生きたまま身体をその顎門で散々に引き千切られる様を明確に想像出来てしまった。それから逃げ出す為にヨイチは身体を必死になって動かそうとする。だが両足は、腕は、身体は岩のように固まって動かない。思考だけが虚しく空回りを続けていた。

 

ーー死ぬしかない。

 

避けられない絶望がヨイチを満たし

 

「アハハ!」

 

死地に相応しくない嗤い声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「これは何ですか」

 

「気付け薬ですよ」

 

カムイの手の中には黒い丸薬があった。それはケンジから渡されたもので初めて目にする代物だった。

 

「とはいってもその丸薬の効用はそんな単純な物ではありません。カムイ君は村にモンスターが襲ってきたときどうしているか知ってますか?」

 

「村の男衆が総出して迎討ちます」

 

「そうです。しかし村に住む者は皆が皆モンスターを恐れています。それなのに武器を持ったとしてそのまま戦えると思いますか?」

 

「何が言いたいのですか」

 

「この丸薬は恐怖を失くし、闘争心を掻き立て、痛覚を鈍くさせ、そして身体の枷も外してしまいます。例えモンスターに噛み付かれたとしても痛みに泣き叫ぶことはなく、逸る闘争心のままに体が壊れるまで戦い抜く事が出来ます」

 

「ケンジさんそれは……」

 

危険薬物ーー麻薬というべきものではないのか。

 

「これを作り、その時が来たら渡す。此処までが私の役割です。だからコレは使わないほうがいいのです。ですがカムイ君に必要な物かもしれません。だから渡しておきます」

 

使いどころを間違わないでください。そう言ったケンジさんの表情はどんなものだったか、思い出そうにも頭に靄がかかった様で思い出せない。身体もあちこちが痛んで動かすだけで激しい痛みが襲ってくる。しかしそれは些細な問題、なにより一番の問題は心だった。心が恐怖で潰れそうに、いや潰れてしまった。

 

立て、動け、戦え、諦めるな、理性が頭の中で何度も吠える。

 

立つな、動くな、逃げろ、諦めろ、理性が頭の中で何度も吠える。

 

そして恐怖で固まった体は命令を受け付けない。出来ることは精々腕を動かすくらい。

 

だから使った。動く片手で懐を探り、丸薬を取り出し、口に含んで嚙み砕いた。苦いような辛いような甘いような分からない味を舌に感じた。

 

この薬の効果は、副作用は教えて貰った。その全てを承知の上で使う。恐怖を消し、偽りの闘争心を創り出し、痛みを消し、そして身体の枷も外す。

 

そうして心と理性を従えた、これで奴と戦える、奴を倒すために動く事が出来る。

 

だけど本当は戦うため、倒すためじゃない。ただ生き残るために動く筈だった。なのにその考えはいつのまにか融けてしまっていた。

 

 

 

 

絶望を前にして立ち上がったカムイの姿を見たときヨイチは安堵した。これであと少しで耐えれば生き残れる、そう思っていた安堵した筈だった。

 

「アハハ!」

 

「カ、カムイ…………」

 

ヨイチは立ち上がったカムイを見た。血を流し、身体は蟲の体液に汚れ、武器を、身体を引き摺り、それでも顔を歪ませ声高に嗤っていた。

 

辺りの空間には毒が満ちている。そこにランゴスタの屍が積み上がり、砕かれ、まき散らされている。さながら地獄のように。ならばその中で立ち上がり、顔を歪ませ、声高に嗤う子供は一体何なのか。

 

恐ろしかった。モンスターと同じようにカムイを恐れてしまった。

 

「ハハハハハ!」

 

カムイはそんなヨイチの気持ちを知らず嗤って走り出した。向かう先は女王、誰から見ても無謀な行い。そしてそれを見て黙っている女王ではない。再び敵となった存在に攻撃を行う。巨体を用いての体当たり、毒針による突き刺し、腐蝕液による攻撃。それらに加えて親衛隊がカムイを襲う。

 

「アハハ!」

 

だがそれを理解していないのかカムイは嗤いながらそれらを回避していく。その動きは戦い始めの頃よりも速く、明らかに身体に無理をさせている。だがそのお陰で容易く女王の間近に迫る事が出来た。そして腹部に何かを突き刺した。それに終わらずハンマーを突き刺した箇所に打ち込んだ。

 

女王が鳴く。それは痛みに対しての悲鳴なのか、身体を傷付けたモノに対しての怒りなのかヨイチには分からない。

 

ハンマーを振り切ったカムイは距離を取り近くにあったランゴスタの死骸を漁る。そしてある物を引き抜いた。

 

「あれはランゴスタの毒針……」

 

ヨイチは理解した。カムイはランゴスタの針を女王の腹部に打ち込んでいたのだ。毒針を甲殻の隙間に突き立てハンマーで打ち込む。それだけをカムイは何度も何度も繰り返している。突進を避け、毒針を避け、腐食液を避け、その腹部にー甲殻の隙間に針を突き刺しハンマーで打ち込んだ。立ちふさがる親衛隊は避けるか潰していく。

 

ーー正気じゃない

 

だがクイーンランゴスタが動くたびに筒状になっている針からは体液が、組織が、何よりも命が流れていく。穴が連なった箇所は内圧によって繋がり大きな裂け目となる。そこからさらに多くのものが流れ出ていく。

 

狂気に支配されたその戦法は、しかしクイーンランゴスタには有効だった。流れ出た命に引き摺られるように動きは緩慢に、何より旋律が弱まった。

 

「今だ!生き残った虫ケラを殺せ!」

 

ヨイチは叫ぶ。カムイについて考える事を辞め、巡ってきた機会を逃さず掴み取る。それを聞き届けた残りの二人は逃げるのを辞め剣を取り戦い始めた。連携を失い、生き残っているのは毒で弱り切った個体だけ。此処で殺し尽くすとヨイチ達は決めた。

 

ヨイチ達が数多い雑兵を、カムイが女王と親衛隊をそれぞれ相手にして戦う。斬って、潰して、避けて、ぶつけて、踏み潰して。そして雑兵を、親衛隊を殺し尽くし女王の命は尽きようとしていた。

 

だが女王はそう易々と膝を屈する事は無かった。死の間際に行った体当たり、それは遠く離れたカムイならば簡単に避けられる筈だった。だがカムイの脚はこれまでの酷使で既に限界を超えていた。

 

避ける事は出来なかった。死に掛けの女王が吹き飛ばしたカムイに覆い被さり、その咢で頭蓋を砕こうと弱弱しい旋律を響かせ迫る。それをカムイは片手で持ち上げたハンマーを咢に突き立てることで阻止、女王の牙はカムイに届かない。

 

だがそう長く持ちそうにない。武器の柄からメキメキと金属の悲鳴が聞こえてくる。持って僅かな時間、その間にこの状況を何とかしなければならない。

 

その方法は唯一つ、一刻も早く女王の命を奪う事。そのためにカムイは動く片手でナイフを取り出し迫る頭部に突き立てた。だが頭部を守る甲殻は固く貫けない。ならばとカムイを噛み砕こうとする咢に、鋭い牙を動かす甲殻に守られていない剥き出しの筋肉に、間近に迫った複眼にナイフを突き立てた。

 

ナイフを突き立てるたびに肉片が、体液が、組織が飛び散りカムイの顔を汚す。それを何度も何度も繰り返す。だが出来たことは片方の牙の動きを奪う事と片目を潰しただけ。女王の命は奪えなかった。

 

そしてこの勝負に勝ったのは女王だった。突き立てていたハンマーの柄が曲がり、そして折れた。その瞬間ナイフとハンマーは吹き飛ばされ、遮る壁を破った咢がカムイの顔めがけて迫る。

 

それをカムイは咄嗟に左手を突き出すことで目前に迫った死を止めた。だがそれだけ、状況は何も変わっていない。突き出され口内に入り込んだ手を腕を潰そうと女王の咢が閉じられた。

 

小手はその瞬間に潰されることは無かった。だが武器と同じように腕を守る小手、アオアシラの甲殻からはメキメキと悲鳴が聞こえてきた。

 

ーーどうすればいいのか。

 

融け残った理性が打開策を考え付くよりも前に、女王の潰れた片眼に無意識に右手を突き刺した。それは明確な考えがあっての事ではない。だがそれ以外に出来る事、考え付くことが無いのも事実。

 

メキメキと咢に挟まれた小手が鳴る。

 

ズブズブと眼に突き刺した手が進む。

 

これが二回目、最後の勝負。女王がカムイの頭蓋を砕くのが先か、カムイが女王の命を奪うのが先か。

 

カムイが叫び、女王が鳴く。両者の声にならない叫びが空間に反響していく。

 

女王の咢が邪魔立てする腕を押し切り頭蓋を砕こうと迫る。そしてカムイの手は蟲の眼を、頭を、肉を、神経を掻き分けて先に進んでいく。

 

そして先に到達したのはカムイ、掻き分けた先にあった何かを指先に感じ、五指で掴んだ。

 

「ああああああああ!」

 

その掴んだ何かを力の限り引き抜こうとする。腕を動かす度に何かが千切れる音が体を通して聞こえてきた。それが自分の体から出たものなのか相手の体から出たものなのか分からない。

 

だが二回目の勝負はカムイが勝った。抜き出したものは何か分からない、だが目前に迫っていた咢は動きを止め、僅かに聞こえていた旋律も止んだ。

 

女王が死んだ。融けた頭でもそれくらいは分かった。

 

そして辺りに静寂が満ちた。この空間にいた蟲は息絶え、その中で聞こえるのは人間の息遣い、そして嗤い声だ。

 

「アハハ!」

 

カムイの嗤い声が一際大きく空間に木霊した。




書いていて思った、これモンハン?vsエイリアン(弱体化)みたいになってしまった。


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夢から覚めて

明けましておめでとう御座います


パラパラと雨が降っていた。朝から村を覆う雨雲は厚く日中にも拘らず辺りは暗い。加えて静まり返った村も合わさり異様な不気味さが満ちている。

 

そんな村の中で集会所だけは違った。中は雨音が耳がよく響くほど静まり返っていたが何より村長をはじめとした村人達全員が集まっている。但し中にいる誰かが話し出すの待っているせいでより暗く重い空気が集会所を支配していたが。誰もが話し出す機会を見出せず長い沈黙が続いた。だかそれを破り、最初の口火を切ったのは村長だった。

 

「ケンジ、カムイの様子はどうなのだ」

 

「酷いものです。全身を酷く痛め無事な所を探すほうが難しいです。それよりも酷いのが薬による症状です。今も家で安静にさせていますが落ち着くまで最低でも数日かかります」

 

「そうか」

 

「言っておきますが万全の状態に回復するには長い期間が必要です。最低でもひと月は掛かると考えて下さい」

 

静寂が満ち雨音しか聞こえなかった集会所には二人の声がよく響いた。詳しく知らされたカムイの容態、それを黙って聞くしかなかった村人達は自分達が置かれた状況を嫌でも知ることになった。二人が話し終わると再度集会所は静寂に支配される。だが今度の静寂は長く続かなかった。

 

「どうすればいいのだ!カムイがひと月も動けないとなると計画が進まない、これまでの準備が無駄になったではないか!」

 

余りにも重すぎる静寂に耐えきれなかった誰かが思いのまま叫んだ。それが引き金となって今まで口を閉ざしていた村人達が思い思いの事を言いだし始めた。

 

「ならばお前はあの化物に村が蹂躙されればよかったのか!」

 

「そうとは言っておらん。だが襲わぬ可能性も……」

 

「あれ程の死骸を見てもまだ言うか!奴らが腹を満たそうと思えばいずれ村が襲われるのは理解できるはずだ!」

 

「だがそれでカムイが倒れてはどうしようもなかろう!」

 

「ほかに方法があったのか!」

 

「カムイがいない間の村の防備はどうする、誰かカムイの代わりはいるのか?」

 

誰も彼もが言い争っていた。大人達は不安を、怒りを叫び、意見を違えたもの同士で激しく言い争う。そして確固たる考えを持たない幼い子供達はそれ故に大人達の行く末を見るしかない。だが行き交う言動に耳を傾ければ子供にも理解できた。すなわち大人達はカムイの行いを責めるか擁護するかで別れ言い争っているのだ。

 

責める者達はカムイの行いを軽率と考え、行動を止めなかったヨイチ達を責める。擁護する者達はカムイの行いは必要だったと言い、ヨイチ達を責めない。

 

だがそれだけだ。誰もその先、カムイがいない現状をどうするか何も言わない。いや、言えなかった。それを視界に納めながら村長は考える、どうすればよかったのかと。

 

 

 

 

事の始まりはヨイチが村に帰って来た時だ。村に着いたにも関わらず必死の形相で走り続けるヨイチ達。その姿を、ヨイチがカムイを背負いケンジの家に飛び込んだ一連の行動を見た村人達はその様子に只ならぬもの感じた。何よりヨイチが背負っていたカムイは酷い状態だった。身に付けていた防具は傷付き壊れ、全身は傷と血に塗れ、そして誰もが一目で見れば重傷と分かる程カムイの顔は青ざめていた。

 

狭い村の中、カムイが重傷を負った話は直ぐに広まりケンジの家の前には多くの人が詰め掛け人垣が出来た。老若男女に関わらず詰め掛けた誰もがカムイを心配していた。そんな時に家から出てきた者、ヨイチ達三人には多くの村人達が事の次第を聞き出そうと群がった。だがヨイチはそれには答えず、集まった村人達を見渡して言った。

 

「村の男衆、そして力の有る者は老若男女問わず武器になる物を持って付いて来てほしい」

 

聞いた誰もが何を言われたか最初は理解出来なかった。だが理由を聞き出そうにもヨイチ達が醸し出す剣呑とした雰囲気を前に誰もが言い出せない。そうする内に一人二人と武器を持ち出しヨイチ達の元に村人達は集まっていった。

 

当然それは村長も知る事になる。急ぎ駆け付けた村長はヨイチ達の行いを止め事情を聞き出そうとした。だがヨイチ達は村長の言葉に耳を貸さず集まった村人達を解散させなかった。

 

「これは言葉で伝えられるものではありません。村長もどうか自身の目で見て判断して下さい」

 

そうして村に最低限の人員を残し、村長をはじめ多くの村人を連れてヨイチ達は村を出る。連れ立った多くの者は初めて村の外、そして慣れない森の中を歩き続けることに苦労した。それに文句を言うもヨイチ達は何も言う事なく進み続けるのみ。いつしか口数は減り、誰もが口を閉ざして歩き続けた。そうして歩き続けた先に現れたのは洞窟、ランゴスタの巣だった。

 

その中に入ることになると村人達の誰もが拒んだ。だがここまで理由を言わず連れて来たヨイチ達は構わず進んで行く。中に消えて行く三人、そしてここまでの行いに反発を覚えた何人かは村に引き返そうし多くの者もそれに倣おうとした。だが引き返そうにも道中の護衛として三人は必要、その事に思い至った村人達は三人を連れて来る為に恐る恐る洞窟の中に入るしかなかった。

 

薄暗く湿った空気と鼻で感じる言いようもない匂い、洞窟の中に怯えながら踏み入れた村人達。そして洞窟の中を進む彼らが目にしたものは今まで知らなかったランゴスタという名前の生き物、その死骸だった。周りに目を凝らせば数え切れない数の死骸がある。その事実、その姿に誰もが驚愕し恐怖し、そして既に死んでいる事に安堵した。

 

だが中にいたヨイチ達は止まらず、彼らを置いてさらに奥へ奥へと進んでいく。そして村人達は不満を感じても付いて行くしかなかった。後を追うように、置いて行かれないように洞窟の奥へ怯えながら進んでいく。

 

村人達は歩き続けた。そしてその先に待っていたのは一際大きな空間と入り口の比ではない程のランゴスタの死骸、そして一際大きく存在感を放つ女王の遺骸があった。

 

ヨイチはその遺骸を前に言った。これがカムイが恐れ、戦う事になったモンスターだと。死に絶えても変わる事なく放たれる存在感に誰もが口を開くことが出来ずにいた。

 

そしてヨイチ達は女王の遺骸のさらに奥に進む。ヨイチ達に着いて行った数人の村人達はその先に女王に匹敵する恐怖を見た。彼らの視線の先にあったのは地面に数多く植え付けられた白い物体、ランゴスタの卵だった。

 

それから先は語る事は少ない。植え付けられた卵を潰し、利用出来そうなランゴスタとクイーンランゴスタの死骸を持ち帰っただけ。

 

だが自分達が生きる世界を改めて知るにはそれで充分だった。

 

 

 

 

ヨイチは村に住む者達に現実を知らせたかった。だか言葉で伝えるにも限界がある。何より村人達に伝える過程で事実が歪められる可能性があった。

 

辛く厳しい現実を、目を逸らしていたい現実を正確に伝えるためヨイチは暴挙に出た。

 

それは集会所に行き交う怒声を聞けば確かに伝わったのだろう。だがその内容は過ぎ去った過去についてのみ、これから先をどうするかといった内容は聞こえてこなかった。

 

「静まれ」

 

村長が発した言葉はたった一言。だがその良く通る声は村人達、言い争っていた者達の耳にも確かに届いた。言い争いが止まり集会所に静寂が戻ってくると村長が口を開いた。

 

「もう十分だ。今日ここに皆を集め話し合いの場を設けたのは過ぎた事について言い争うためではない。カムイのいない穴をどう埋めるかについてだ。誰か良い考えはないか」

 

期待はしていなかった。言った後に集会所を見渡すが誰も何も言わない。誰もが口を閉ざし頭を下に向けるばかりだ。暫く集会所を見渡していたがこれではいくら時間を掛けても無駄だと早々に悟った。

 

「ヨイチ、ハンターになる気は無いか?」

 

「村長、こればかりは……、こればかりはお断りします」

 

「……そうか」

 

ーーどうすればいいのか。

 

村長としてヨイチに命じることは出来る。だが今回の出来事を起こした当事者達は自分達の手に負えないと言っている。何よりヨイチ達は既に心が折れている。それで役割を果たせるのか?

 

「村長、カムイの妹、カヤに代わりをさせるのは」

 

「ならん、カムイとの約定だ。それ以前に担えるとは思えん」

 

何よりカムイとの関係が言い訳のしよう無く決裂する。一考にも値しない。

 

「ではどうしろと!」

 

「……村から有志を募るしかない。我こそと思う者はいないか」

 

そしてまた同じ事を繰り返す。集会所を見渡しても誰も何も言わない。誰もが口を閉ざし頭を下に向けるばーー。

 

「罪人にさせればいいのではないか」

 

誰かが呟いた。それは発言者にしてみれば咄嗟の思い付きで深く考えてのものではない。唯そこには無自覚の悪意があった。

 

それが切っ掛けとなってしまった。

 

「そうだ、お前確か反乱を起こすつもりでいただろ」

 

「その事については関わったもの皆が御咎め無しになった筈だ!」

 

「そうだ、それを蒸し返すとはどうゆう事だ!」

 

「黙れ!従わねば殺すと脅した者を信用できるか。それに丁度良いではないか、ハンターになれば身の潔白を証明できるぞ」

 

「巫山戯るな!我々に死ねと言うのか!」

 

「カムイが出来たのだ、貴様の子供もハンターになれるだろう!」

 

「今此処で殺してやる!お前とその家族、幾らか減れば外に出る必要もなくなる!」

 

「静まれ!静まらんか!」

 

ここにきて誰も想定していなかった方向に話が向かっている。それも最悪な方へ。集会所の中は殺気立ち最早村長には場を制御することも止める事は出来ない。

 

「私がやります」

 

だが聞こえてきた一言、誰もが言い出せなかった言葉が聞こえてきた瞬間、集会所にいる誰もが殺気を収め声の発生源に目を向けた。その視線の先にいたのはアヤメだ。

 

「アヤメ、それは……」

 

「このまま村に住む者同士で殺し合いますか?嫌がる者に無理矢理押し付けて上手くいくとは私は思いません。それは今目の前に起きている事を見ても明らかです」

 

冷めた目で集会所を見渡して話す。視線を向けられた大人達は顔を伏せるしかなかった。

 

「ならば私が代わりにハンターになります。それでこの話は終わり、これ以上話し合うことはありません」

 

村人達は互いに蟠りを抱えたまま、しかし安心した顔になり、それとは反対に村長は顔を歪めた。だが他に方法が無いことを理解している故に黙るしかない。最後に集会所を見渡し言った。

 

「何よりカムイの仕事は罪人にやらせる穢れたものではありません」

 

アヤメの声が集会所に響く。そのことに誰も何も言えなかった。

 

「新たなハンターはアヤメとする、以上だ」

 

そうして長かった話し合いは終わった。

 

 

 

 

「色々あって私ハンターになるから、よろしくカムイ」

 

「なにが起こったんだよ」

 

自分が意識を失っている丸二日の間に何か起こったのか、顔色悪く寝転ぶカムイは理由を聞かずにはいられない。

 

かくかくしかじか……。アヤメが集会所での経緯を事細かに話した。

 

「なんで俺が目を覚ますまで待ってくれ…ない…だ」

 

怒りで体を起こすも意識が飛びそうになり再び横になる。それでも頭に血が上った状態なので酷い頭痛が襲ってくる。

 

「カムイ大丈夫?」

 

「死ぬことは無いけど死にそう」

 

「これ何本、あと指先は何色に見える?」

 

そう言ってアヤメは指を二本立てる。勿論指先は肌色だ。

 

「四本に灰色」

 

「……ヤバイわね。ケンジさんは何か言ってた?」

 

「暫く絶対安静、後凄く苦い薬を毎日二回飲めって言われた」

 

「そうなの、それで今日の分はもう飲んだの?」

 

「……飲んだ」

 

「カヤちゃん、カムイ薬飲んだ?」

 

「飲んでませんよ。先程から飲まそうとしているのですが」

 

「裏切り者め」

 

そんなやり取りをしながらアヤメはカヤが持って来た湯呑みの中を見る。中には毒々しい緑色の液体が満ちていて、どう見ても不味そうにしか見えない。試しに指先に少し付けた液体を舐めてみれば強い苦みや渋みを舌に感じる。つまりとても不味い。指先に付いた量は少しの筈なのにそれでも舐めた事を後悔するくらいだ。

 

「あー、これは無理ね。……ちょっと待ってて」

 

そう言ったアヤメは家を出て行った。暫く待っていると何処からか持って来た小さな容器を手に戻ってきた。

 

「はい、これをこうして。これならどう?」

 

何やら容器から出した何かを薬の中に入れ混ぜる。そうして出来た物をカムイに渡してきた。受け取った湯呑みの中をカムイが覗くとそこには毒々しい液体が変わらずにあったまま。アヤメに向け弱々しい目を向け訴える。

 

ーー飲まなきゃダメ?

 

ーー飲みなさい。

 

視線で問い掛け戻って来たのは拒否を許さぬ強い思いだけ。カヤを見れば同じような目をしている。味方はいない、最早これまでとカムイは観念。目を閉じて薬を一気に流し込み襲ってくる不味さに身構える。だが舌に感じたのはとてつもない不味さではなく僅かな甘味。とてつもない不味さが消え飲み易くなった事に驚き、気がつけばコクコクと味わい飲み干していた。

 

「んっ、飲みやすい。何を入れたんだ?」

 

「蜂蜜よ」

 

「貴重品じゃないのか?」

 

蜂蜜と言えば村中を巻き込んだ騒動を引き起こした危険ぶ……、貴重な物だ。残量も少なく養蜂を開始したとはいえ安定して供給出来るようになるのはまだ先の筈だ。

 

「大丈夫よ、蜂蜜については今は少しだけど自給出来る様になったから心配しないで。後、蜂蜜関係は多分何とかなったから任せて来た」

 

「すごいなぁ」

 

まさか養蜂に関する技術がこうもあっさり確立されるとは。アヤメが凄いのかどうかは分からないが関心してしまった。

 

「そうでしょ。でも一番凄いのは貴方よ。ヨイチさんが詳しく話してくれた、だから今回も貴方のやり遂げた事の凄まじさが分かった。あと酷い無茶をした事も。それでもハンターを辞める気は無いの?」

 

「無い。もしこの村が豊かで仕事に溢れていたらハンターになんかならなかった。でも現実は違う、それに俺の意思に関係無くハンターを続けなくてはいけない。それ以外に仕事が無いから」

 

「村が豊かになったら辞めるの?」

 

「それは……分からない」

 

命を懸ける必要がない。それ程まで村が豊かになるまで生きていられるのか、想像しようとしたが出来なかった。

 

「そっか、そうよね。何馬鹿な事を聞いているんだろう私」

 

そしてそれはアヤメにも言えること。自らハンターになると宣言した以上途中で辞める事は出来ない。辞める時は大怪我を負うか死ぬ時、

考えれば考える程過酷に過ぎる。

 

「大丈夫か」

 

だから今カムイに出来る事は新たなハンターとなったアヤメを励ます事くらいしかない。だから向き合い話そうとするがーー。

 

「カムイは優しくて甘くてとても賢い。村の皆も、私の頼みもやり遂げてしまうから皆が頼ってしまった。だからせめて出来ないなら出来ないと言わないとダメ。分かった?」

 

逆に叱られてしまった。確かに今まで知恵を絞って何とかしてきた。まさかそれが駄目とは。いや、断る事もしないと仕事の難易度が次第に上がっていく。そう考えると間違いとは言えない。むしろカムイの改める部分だろう。

 

「分かった」

 

「これからは私も手伝う、無理をやりそうだったら止めるから。よろしくね、カムイ」

 

「ああ、よろしく」

 

こうして貧しい村に二人目のハンターが生まれた。

 

 

 

 

 

「ところで桶か何か持って来てくれない?」

 

「どうしたの?」

 

「吐きそう」

 

この後カムイはゲロゲロ吐いた。

 

 

 

 

夢はいつか覚めるもの。

 

しかし時は止まらず流れていく。

 

その場に立ち尽くすか進むかはあなた次第。




少しだけトロミを出したろ→ドロドロしすぎ、どうしてこうなった?



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第三章 新人研修並びに業務改善
訓練


走って、跳んで、そしてまた走る。

 

空には雲が浮かび太陽が輝く。森には光が差し込む、その中を小さく幼い子供が走る。

 

平坦な道を、デコボコした道を、倒木の隙間を、道無き道を自らの足で踏み越え、飛び越えていく。

 

ただその足取りは怪しいものだ。疲れているのか、慣れていないのか、もしくは両方か。時に転け、時に足を滑らせる。だが身に纏った防具が小さな身体を怪我から守ってくれている。

 

「も、もうダメ」

 

だが防具が防いでくれるのは怪我のみ。防具を通して伝わる衝撃や積み重なる疲労からは守ってはくれなかった。

 

限界を訴え地面に座り込んだ子供、アヤメは激しく肩で息をしている。その手足は震え、顔からは大粒の汗が流れては地面に落ちていく。慣れない運動、特に防具という重りを装備して走り続けたアヤメの身体は悲鳴を上げていた。

 

「あと一周したら終わりだ」

 

だが傍に立つ少年、カムイはアヤメの訴えを斬り伏せる。そして無慈悲にも走れと命じるのだ。

 

「カムイ、し、し、死んじゃう」

 

「止まるな、モンスターは待ってくれないぞ。それともバリバリと食べられたいのか?」

 

「か、か、カムイのバカー!」

 

「元気でよろしい。ほれ、あと一周」

 

ハンターであるカムイの言葉に反論出来ないアヤメ。一際大きな声で文句を言うと防具を装備した重い身体で再び走り出す。

 

アヤメがハンターになってから数日。

 

カムイとアヤメの二人は村の外……とはいっても村のすぐ近くで訓練をしていた。幼い子供二人が真面目に訓練に取り込んでいる……のだがそれは他所から見れば何とも微笑ましい光景だった。

 

 

 

 

新たなハンターが増えた事はカムイにとっても嬉しい事だった。出来れば一緒に戦ったことがあるヨイチ達が来てほしかったが、何はともあれ人員が補充されたのだ。さっそく任せられる仕事は何かと高揚した気分で考え始め、そして気付いた。

 

ーーアヤメに出来る事ないじゃん!

 

自ら志願して新しくハンターとなったアヤメ。だがハンターになったといって何かが変わったわけでもない。そして何かが出来るようになったわけでもない。警戒、採集、戦闘……、他にも沢山あるそれらをアヤメは何も知らない。唯の幼い子供でしかないのだ。

 

そしてこれにはヨイチ達も当てはまる。確かにモンスターとの戦闘に限れば通用する。だが狩りの場合はどうだ。例えハンターになったとしてもアヤメと同じように何も知らないのだ。

 

だがそれは仕方がない。知らないなら教えればいいだけの事。だがここでも気付いた。

 

ーー教えてそれを実践できるのか。

 

唯の村娘であったアヤメにハンターとしての知識がない事は当たり前だ。だがハンターは知識があれば出来る仕事でもない。知識と同じように高い身体能力を求めらる。カムイの場合は小さな頃から、そして両親が死んでからはハンターとして活動せざる得なかったので強制的に身体能力は鍛えられた。だがカムイと違いアヤメの身体能力はどうなのか。

 

嫌な予感がカムイを襲う。

 

取り合えずカムイはアヤメの身体能力を知るため試験を行うことにした。内容は防具を身に着けた状態でカムイが指定した道筋に従って森の中を走るという至極簡単なもの。

 

困ったのはいきなり走る事になったアヤメだ。だがカムイがハンターとしての能力を測る為に必要な事だと言えば文句を言わずに承諾してくれた。

 

「走るくらい簡単に出来るわよ」

 

そう言ったアヤメは防具を装備すると走りだした。そして言葉に違わず見事走り切った。その走りをカムイが観察した限りは足取りも悪くはない、身体能力は問題なさそうである。

 

「さぁ出来たわよ」

 

「よく出来た。もう一周行ってみようか」

 

「えっ?」

 

「もう一周行ってみようか」

 

身体能力は問題ない。あとは体力がどのくらいあるのか計る必要がある。観察していた限りでは少しだけ呼吸が荒くなっただけで体力にはまだ余裕があるとカムイは判断。期待を込めた笑顔で言った。

 

ーーもう何回か行けるでしょ。

 

その笑顔に顔を引きつらせながらアヤメは再び走り出した。二周目は問題なかった。三周目も少し遅くなっただけで問題はない。だが四週目は限界なのか途中から歩いてしまった。

 

「か、カムイ……、何回やるの、これ」

 

「走れなくなるまで」

 

結果アヤメは四週目の途中で限界を迎え地面に座り込んでしまった。その結果を、薄々分かっていた事とはいえ改めて知った事でカムイは天を仰いだ。そして自分でも気付かない内に期待していた事にカムイは気付いた。知識は足らずとも一緒に仕事が出来る仲間が出来ると無意識に考えていた。だがそれは夢物語だった。

 

十周、それがカムイが即興で考えたハンターとして必要な体力の目安だ。今回の結果を踏まえれば体力不足はアヤメに限らず大人達全員に当てはまる。何故なら村にいる大人たちは今まで身体を鍛えたことがない者が殆どだからだ。ヨイチ達も多少はマシな程度だろう。

 

そして漸くカムイは理解した。補充された人員が大人だろうが子供だろうがハンターとしては等しく戦力外だと言う事に。正直に言えば村の誰が来てもただの足手纏いでしかないことに。

 

ーーさてこれをどうするか。

 

むやみやたらに人員を補充してもハンターとしては役には立たない。寧ろこの状態で狩りに連れ出せばモンスターに自ら餌になりに行くようなものだ。

 

人員が来ても活かす事が出来ない八方塞がりの現状。何をすればいいのか分からないカムイは頭を捻らせるしかなかった。だが幾らうんうんと頭を捻ろうにも何も出てこなかった。

 

だが結果としてカムイは考えを出す事が出来た。そのきっかけとなったのは久しく顔を出さなかった前世の記憶。それが何か不思議な映像をカムイの頭の中に流してきたのだ。

 

何やら肌の白いおじさんが同じく肌の白い青年達に罵声を浴びせている。歌詞が分からない歌を歌いながら走らせたり、地面を這って移動したり、壁のような障害物を乗り越えている。その中で要領の悪そうな白い小太りの青年には特に厳しい罵声を浴びせていた。そして最後に逞しくなった青年達は燃え盛る炎の中で歌うのだ。

 

その映像を頭の中で見たカムイは閃いた。

 

ーーそうだアヤメを鍛えよう。

 

今の状態で何とか活かそうとするのではない、零からハンターとして鍛え上げるのだ。

 

それまでカムイは取り敢えず一緒に狩りをして色々と教えていく気でいた。だがコレでは例え百人が来てもモノになるのは片手で数えられる程度かもしれない。最悪の場合は事故か何かで死ぬ可能性が高い。何よりこの方法で育つのは余程の天才くらいだろう。教えるだけで鍛えていないからだ。

 

だが知識、技術をある程度まで事前に教え込み、身体能力を鍛えてから狩りに出せばハンターになれる確率は上がる。幸いにもカムイは体調が回復するまで狩りにも行けないのだ。時間の有効活用といえる。

 

こうして鬼教官カムイは生まれた。アヤメが幾ら弱音を吐こうとも手を緩めることは無い。厳しく、だが身体を壊さないよう、そして徐々に負荷を上げアヤメを鍛えていく。

 

決して今までの無茶ぶりのお返しではない……筈である。

 

 

 

 

何もかもが初めてだった。鎧を、防具を身に着けたことも、それを着て走り回った事も、そして身体の奥底から燃え上がるような息苦しさも。それは熱くて苦しくて痛くて、だけどハンターにならなかったら一生知ることは無かった感触。そう此処には初めてが沢山あった。

 

「か、カムイ……、終わったわよ」

 

「お疲れ様、今日はこれくらいにして休んでくれ」

 

「終わったー!」

 

終わりの言葉を聞いた瞬間に身体が重くなったと感じて座り込んでしまった。座ると身体が汚れてしまうがそんなことは気にならない。そうして座り込み後ろに手をついて空を見る。するとそこには村とは違う、崖に囲まれて狭まった空ではない目一杯に広がる青空が飛び込んできた。青く広がる空、これだけでもハンターになってよかったと思う。

 

暫く空を楽しんで見てから目線を降ろす。すると少し離れたところにカムイが杖を片手に立っているのが見える。身体の調子はいくらか戻った様で杖があれば歩き回れるようだ。だけどハンターとして活動するにはまだまだ時間が必要。そこで調子が回復するまで私を鍛えることにしたようで日々カムイの厳しい訓練を受けている。

 

森を走ったり、剣の素振りをしたり、冗談抜きでカムイの訓練は厳しく大人でも耐えきれるのはそう多くいないと思う。でも厳しいだけではない。ちゃんと身体を休ませたり、身体を壊すような事はやらないのだ。そのお陰で少しづつ、本当に少しづつだけど成長していると感じられる。こうして将来には私もハンターになれると実感させてくれるのは凄いと思う。

 

「そういえば村長達との話し合いは決着が一応着いたよ」

 

「どうなったの?」

 

「俺を村の防衛戦力として当てにする方が危ないって伝えた」

 

村長、お父様を含めた村人達との話し合い。カムイが倒れたことで後任のハンターは私がすることで解決したけど村の防衛については解決しなかった。それで目が覚めたカムイは早速話し合いに呼ばれて、そこでカムイは村長達に自分は防衛戦力として適切ではない事を話した。尋ねてみれば詳しく話してくれた。

 

・多数のモンスターに襲われた時はたった一人で出来ることはない。

・常に村にいる訳でないので防衛戦力として扱えない。

・一人で行っているハンターの仕事に加え村の防衛の掛け持ちは出来ない。

・代替出来ない戦力を中心に据える場合、その戦力が消失した時に戦力を立て直すことが困難である。

 

厳しく、だけど的を射た内容。集会所にいた誰もが反論できなかった事が簡単に想像できてしまった。

 

「『ですが村の総意として防衛を担わせるのであれば従いましょう。ただいつの日か私は死にます。それが明日なのか来年かは分かりませんがそれでも宜しいですか?』て言ったら皆が静まり返ったけど」

 

「そんなこと言われたら静まり返るわよ」

 

「まあ、そんなこんなで今のところ村の防衛については柵を強化すること、俺を含まない戦力を作る方向に話は落ちついた」

 

「そうなの。でも戦力の当てはあるの?」

 

「ヨイチさん達を中心にしていく予定。決まった事はそれくらい」

 

問題は山積みだが一気に解決出来るわけでもなく、一つずつ問題を解決していくしかない。それでもカムイが参加したおかげで話が纏まっただけでも良かった。後はこれ以上はカムイが一人では出来ないことを皆が理解して自覚して行動を起こしてくれたらいいんだけど。

 

そうしてカムイと話していると身体も落ち着いてきた。だけど今度は身体が熱すぎることに耐え切れなくなってきた。いつもなら身体は自然と冷えてくれるけど防具のせいで熱いまま。だから涼しくなろうと防具を脱ごうとするけどこれが難しい。紐が沢山あって結び方もきつくしないといけないから解くのに時間がかかる。何とか出来ないかと一人で身体をもじもじさせるけど上手く行かず苦戦することになった。

 

「用を足したかったらそこら辺の茂みでしてくれ」

 

「違う!この防具が脱ぎ難いの!」

 

「何故脱ぐ?」

 

「これ熱が籠って熱いのよ」

 

そうして身体をもぞもぞさせていると勘違いしたカムイが失礼なことを言ってきた。結局カムイに手伝ってもらって何とか防具を脱ぐ事が出来たけど。

 

「あー、涼しい!」

 

身体に溜まった熱が消えていく。見れば体中が汗まみれで髪も汗で張り付いている。おまけに着ているものは全部が汗を吸って身体に張り付いていた。汗を吸った着物は重いし何より気持ち悪い。だけどハンターになったから毎日汗まみれになるのは避けられない。そう考えてげんなりしてしまうのは仕方がないと思う。

 

「カムイは夏でもこれ使うの?」

 

カムイが貸していた防具を見ながら尋ねる。改めて見ればモンスターの皮や甲殻を利用した防具は見るからに頑丈で身体をしっかりと守ってくれるだろう。だけどガチガチに固めたせいで熱が篭り易い。今の季節は夏の初め、今は涼しいから問題ないけどこれからは暑くなる。そうと考えると心配になって聞いてみた。

 

「……ヤバイ、暑さで死ぬわこれ」

 

どうやらカムイも遅まきながら気づいたようだ。冗談でも何でもなく真剣に防具を見つめて考え込んでいる。多分頭の中では防具をどう改良するか一杯なんだろうな。

 

「そうでしょ。熱も籠り易いし脱ぎ辛いし不便じゃないの?」

 

「そうだな、この防具は怪我やモンスターの攻撃から身を守るために頑丈さを優先した試作品だからな。今思えば確かに不便だ」

 

「そうでしょ。それに、その……、用を足すときも不便じゃない?」

 

「……そうだな、確かに不便だ」

 

用を足すにしても男と女には違いがある。特に性器についてがそうだろう。男なら簡単だけど、この防具だとそのあたりも難しいと思う。

 

「熱問題に着脱か……、これは全面的な改良が必要だな。その際にアヤメ用の防具も拵えるか」

 

「えっ、いいの?」

 

さらっととんでもない事をカムイが言ってきた。てっきり防具は自分で用意するものとばかり考えていたから。

 

「いいも何も怪我やモンスターの攻撃から身を守るには防具が必要だ。それに子供用の防具なんて俺の持ってる一つきりだぞ」

 

「そう……、ありがとう」

 

「安心しろタダでやるつもりはない。その分働いてもらうからな」

 

「任せなさい!」

 

材料や手間を考えれば簡単に用意出来ないもの。それも自分専用の物を用意してくれるのはとても嬉しい。だからそれに見合う働きを、今は無理だけど少しずつ積み重ねていこう。

 

「分かった。それじゃ今日はもう解散しよう。汗はしっかり拭いておかないと風邪になるぞ」

 

「分かってるわよ。それにしても訓練はじめてから身体が汗臭くなっちゃった」

 

「水浴びして綺麗にしてるか?」

 

「してるわよ。それでも匂いが中々取れないの」

 

自分の匂いを嗅いでみる、するとうっすらと臭う。これでも小まめに水浴びしてるから匂いはきつくない筈だけど。

 

「臭いか?」

 

カムイは自分の匂いを嗅いでいるが臭いと感じないらしい。

 

「臭わないの?」

 

「正直に言って分からん」

 

もう一回自分の匂いを嗅いでみても分からないとは。もしかしたら鼻が馬鹿になっている可能性がある。

 

「カムイ、正直に答えてね。前回水浴びしたのは何時?」

 

「……多分六日前かな」

 

「それで外から帰って来た時はどうしてるの?」

 

「布で身体を拭くくらい」

 

「ちょっとこっち来て」

 

近付いてきたカムイの匂いを嗅いでみる。

 

「臭い」

 

自分でも驚く位の即答だった。自分の匂いは自覚し辛いけど、もう少し気にしたほうがいいと思う。余りの匂いに鼻を摘まんでしまった。

 

「カムイ臭いわよ。ハンターって汗も凄い掻くから匂いには気を付けないと。これじゃモンスターに嗅ぎ付けられるかもしれないわよ?あと汚いと病気になるわ」

 

「……ぐうの音も出ません」

 

「分かってくれたならいいけど」

 

今までカムイ一人きりだったから気付けなかった。けどこれからは私も一緒なのだ。今後はカムイが気付かなかった事を指摘していかないと、いつまでもおんぶに抱っこされてる訳にはいかない。こういった細かなところで役に立ってみせる。

 

「これは清潔にしないと」

 

「どうするの?」

 

「それは風呂に入って」

 

「……風呂って何?」

 

何やら聞き逃せない言葉が聞こえてきた。"風呂"というカムイしか分からない言葉。女の勘が囁く、問い詰めなさいと。気付けば詰め寄ってカムイが顔を引き攣らせているが構わなかった。

 

「……お、お湯で身体を洗うんだ。その、まぁ、最後に身体をお湯に沈める」

 

「薪は、水はどうするの?」

 

「訓練の一環で薪拾いをして集める。水は井戸から持ってくるから」

 

「身体を沈めるってことは大きな入れ物が必要だけどどうするの?」

 

「一から作るけど」

 

「……カムイ」

 

「……はい、なんでしょう」

 

「私もお風呂、いい?」

 

「分かったから。その代わりしっかり働いてもらうからな」

 

「分かった!」

 

これもハンターになった役得の一つだろう。カムイが考え付いた何かを誰よりも早く体験できるのだから。




(˘ω˘)スヤァ…

フラグは寝ている、まだ起きてはいない。



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お風呂

風呂に入る。ただそれだけ。


こねこねこねこねこね。

 

手を、腕を、肩を、身体全体を使って無心にこねていく。こねればこねる程に硬かった物は次第に柔らかくなる。

 

「カヤ、追加してくれ」

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

ある程度柔らかくなったら追加で足していきこねる。そうして一抱程の大きくなった物をさらにこねていく。

 

こねこねこねこね。

 

そうして夢中に捏ねていると足音が聞こえてきた。カムイが作業を止めて顔を上げる。するとアヤメが近付いて来るのが見えた。

 

「おはよう、アヤメ」

 

「おはようございます、アヤメさん」

 

「おはよう、カヤちゃん、カムイ。ところで朝からカムイは何をしてるの?」

 

挨拶が終わるとアヤメの視線はカムイに、その手元に向けられた。そこにあったのは一抱えはありそうな茶色の物体だ。

 

「粘土を捏ねてる」

 

カムイは茶色の物体、粘土をこねていた。

 

「そう、じゃなくて身体は大丈夫なの?」

 

「あぁ、そっちか。問題ない、それに固まった身体を解す為にもやってるんだ」

 

「ならいいけど。それにしても凄いわね。ここにあるの全部作ったの?」

 

話しながらアヤメはカムイの家の裏手を興味深く見渡す。カムイ達の家の裏手、そこには数多くの皿や壺、作りかけの物から大量の粘土、そして立派な窯があった。

 

「そうだ。両親が生きていた頃は毎日が忙しくなかったからな。ここで土遊びしながら過ごしたりしていた。今は狩りの無い日に身体を鍛えた後は偶に此処で何か作ってる。それに粘土はそこら辺を掘れば幾らでも手に入るからな」

 

材料に困ることは無いとカムイが言った。その話を聴きながらアヤメはカムイが作った作品を手に取ったり釜の中を覗いたりしていた。そうして見終わったのは暫く経ってからだ。

 

「いつから作り始めたの?」

 

「……覚えてないな。気付けば捏ねてたし」

 

「因みに家にある皿や壺は全部兄さんのお手製です」

 

そう言ってカヤが既に出来ている皿をアヤメに渡す。それはカムイが作ったもので、本人にしてみればなんて事は無い作品だ。

 

ただし渡されたアヤメは違う。普段彼女が使うものは村の中で標準的な物、つまりは茶色で表面がざらざらとした土器。もしくは数は少ないが木製の器を使っていた。

 

だが渡された皿はそのどれとも違う。皿の表面はつるりとした手触りでざらざらとしていない。おまけに光を反射する程の艶がある。驚いて辺りのある作品を見れば完成している全てが同じような出来だ。

 

「……カムイ、これかなり出来が良いわよ。何でこれを仕事にしないの?」

 

素人目のアヤメから見ても此処にある皿や壺の出来は非常にいい。それこそ村一番の作品と言っても差し支えないものだ。だからこそ不思議でならなかった、何故これを仕事にしないのか。

 

「そうなんだ。けど皿や壺なんて沢山作っても余らすだけだし。何よりこれで腹は膨らまないからな」

 

だが当の本人は誇る事もなく軽く受け流す。確かに村にある物と比べれば出来は良いがそれだけ。例え仕事にしたとしても小さな村では求められる量もたかが知れている。そして貧しい村の誰が小綺麗な皿や器を得る為に対価を差し出し求めるのか。

 

そして必要とされなければ対価を得る事は出来ない。

 

だからこそカムイにしてみればコレは単なる趣味でしかない、それ以上にはならない。

 

「ごめん」

 

「いいさ。それに自分の作品を褒められるのは嬉しいからな」

 

そう言ってカムイは立ち上がり身体を延ばす。ポキポキと体から音を出しながら固まった身体を解していく。

 

「さて、準備も出来たし湯船を作りますか!」

 

「どうやって作るの?」

 

「要は俺達が入れるだけの容れ物を作ればいいだけ、簡単さ」

 

そうして三人は作業に入る。予め準備していた山の様に積まれた粘土を使って湯舟を作る。大まかな形をカムイが決め、アヤメとカヤがそれに従って粘土を積み上げていく。切って、繋げて、均して、最後にカムイが整えれば湯舟は出来た。

 

「さて、こんなものか。後は乾かして、最後に焼けば終わりだ」

 

「あー疲れた。それで今日は終わり?」

 

「残念、まだ終わらんよ」

 

「何するんですか兄さん?」

 

「薪拾いだ」

 

 

 

 

カムイとアヤメ、二人は薪拾いに村の外に出た。二人の格好は似たようなものでカムイは修理と改良を施した防具を、アヤメはカムイのおさがりを装備している。

 

アヤメは専用防具がまだ出来ていない事、村からそれほど離れる予定ではない為当分の間はお下がりを装備する事になった。

 

そうしてカムイはアヤメに実際に持ってきた枯れ木を、水分が抜け切って薪に丁度いい物を見せながら指導を行い経験を積ませてゆく。とはいえ物覚えのいいアヤメは直ぐにコツを掴み難なく薪を集めていく。余裕がありそうなので薪拾いと並行して近くに生えてる植物や木の実、地形も教えていく。

 

何が食べられる、薬になるのはこの草、此処は危険など。一日では到底伝えきれない程の情報でアヤメの頭はクルクルと回ってしまう。それでも理解はできた。

 

「食べ物に、薬に。本当に……、外には物が沢山あるのね」

 

聞くだけでは理解できなかった。実際に見て、触れて、その存在を直に感じ理解したからこそ分かる。此処には薪に薬に食料、村では自給出来ないものが沢山あって、手を少しだけ伸ばせば手に入るのだ。

 

「でも此処にはモンスターがいて……、悔しいわね」

 

目の前にあるのに、手が届くのに、だからこそ悔しかった。

 

されど立ちふさがるモノは巨大で理不尽で、目を曇らせ油断すれば奪われるのは自分の命。ここはモンスターの領域だと声なき声で言い放つのだ。

 

「しょうがない。多分俺と同じ事は何人も試してきて、それこそ俺が生まれる前にも。でも上手くいかなかった。今の俺は悪運と執念で此処に立っているだけ」

 

「そうね」

 

だからこそ此処で途絶えさせる訳にはいかない。だから私はハンターになったのだと改めて自分に言い聞かせる。

 

「さて、警戒は俺がする。代わりに薪集め頑張ってくれ」

 

「この辺りは安全だし、カムイがいるから大丈夫じゃないの?」

 

「それでも警戒するに越したことは無い。あと俺が助けられない時は渡した武器を使ってくれ」

 

「これね」

 

そう言ってアヤメは片手に剣を、もう片手には盾を装備していた。それはヨイチ達が装備していたものに比べて一回り小さいが、ついこの前までカムイが使っていたものだ。使われた素材と性能はヨイチ達の物を上回り、何よりアヤメにも扱える代物だった。

 

「そうだ。でも剣よりも盾を使って身を守ることに専念してくれ。俺がどうにも出来ない時点で危険すぎるからな」

 

そう言ってカムイは腰に下げた三振りの剣、長剣とも呼べそうな武器を手で叩いた。

 

「その剣は?」

 

「あぁ、ランゴスタの翅を剣の形にしたものだ。と言っても試作品止まりだがな」

 

「モンスターの翅を武器にしてるの、なんで?」

 

「簡単に言えば俺の限界だからだ」

 

カムイは今までヨタロウが打った鉄の武器を使ってきた。小型のモンスターなら問題は無い。だが先のクイーンランゴスタを始めとしたモンスターには歯が立たなかった。その大きな原因は武器が小さい事だ。だがら解決するには武器を長く、大きくすればいい。だがそれは出来ない、単純にカムイが持てないのだ。

 

カムイの持てる武器では大型のモンスターに対抗できない。モンスターに対抗できる武器では巨大になりすぎてカムイには持てない。

 

そのどうしようもない矛盾の打開策がモンスターの素材を武器にすることだった。モンスターの強靭で軽い素材ならば長く大きな武器を作れるのではないか。そして現在カムイの村には大量の素材があった。

 

こうしてランゴスタの素材を利用した武器が作られたのだ。

 

「幸い材料は腐るほどあったからな、試行錯誤して何とか形にはなって、今装備しているのがそれだ」

 

「そう、それで使い心地はどうなの?」

 

「よく斬れるが脆い。練習で何本潰したか覚えていないくらいだ。でも、その甲斐あって問題なく触れるようにはなった」

 

カムイが鞘から抜いた剣を振って見せる。軽やかに、されど鋭い振りは見事な物。剣の半透明な色合いもあって華やかだ。

 

「なら頼りにさせてもらうわ」

 

「任せろ」

 

武器を鞘にしまい油断なく周りを警戒するカムイの姿はとても頼もしい。

 

「さて、薪集め頑張るぞー!」

 

その姿を横目に見て自分に気合を入れる。あと沢山集めて驚かせてやる悪戯心も一緒に入れて。

 

 

 

 

そうしてアヤメの訓練も兼ねた作業は数日続いた。途中で女の子二人の要望で浴室も作ったり、変なテンションになったカムイが冬に備えて自宅も改造するなど問題も発生したが。結果として酷使されたアヤメが文句を言ったり、カヤと喧嘩しながらも作業を続けていき。

 

「なんやかんやあって、遂に湯船とその他諸々が完成しました!」

 

何という事でしょう。当初の計画では屋外に剥き出しだった湯舟、それを浴室を作ることで屋内に収納。雨が降ろうが雪が降ろうが問題なく入浴出来ます。その浴室も熱を逃がさないよう壁を厚く作り冬の寒さに凍えることもありません。そして天井には換気を兼ねた開閉できる天窓を付けました。そして自宅の方も隙間風を防ぐとともに壁を厚く冬に凍えないように改良済み。後細かな改修を経て自宅は生まれ変わりました。

 

湯舟に満ちたお湯に立ち登る湯気、無駄に凝った浴室とその他諸々に掛った経費は自宅の近くで揃えた材料のみ。補修も改良も簡単と至れり尽くせりです。

 

「やっと……、やっと出来た」

 

「疲れました、もう動けません」

 

後は三人程の労力があれば大丈夫です!

 

「水も井戸から運んで沸かした。後は入るだけだ!」

 

「そうね……、後は入るだけよね」

 

もはや最初の目的を見失い自宅の大規模改築と化した事に文句を言う力は残っていない。それよりも汗を流して労働に従事する時は去ったのだ。後は三人が待ちに待ったその時、入浴をして身体を癒すだけ。三人とも自然と貌が綻んでしまうのも仕方がなかった。

 

「それで誰から入りますか?」

 

だが何気ないカヤの一言、それが暖かな場を極寒の殺伐とした空間に変えた。

 

「……不具合があるかもしれないから製作者たる俺が一番に」

 

「待って、扱き使われた私が一番でしょ」

 

「二人の手の届かないところは殆ど私一人でやりました」

 

親の仇を見るような目で互いに牽制し合う三人。誰もが譲らず一番風呂を狙っている。

 

「ほう、兄、先輩に譲ってあげる優しさはないのかね?」

 

カムイは面の皮厚く譲らず。

 

「先輩なら後輩を労ってよ」

 

アヤメは後輩の立場を主張し。

 

「二人とも一番年下の私に譲ってくれないのですか?」

 

カヤは最年少であることを生かし揺さぶる。

 

最早言葉による平和的な解決は叶いそうになかった。

 

「……しょうがない。ここは正々堂々ジャンケンで決めようか」

 

「いいわよ。言っとくけど私強いわよ」

 

「負けません」

 

ならばじゃんけんにて決めよう。恨み無しの一発勝負。勝者は入浴、敗者は湯沸かし担当。

 

「「「最初はグー、じゃんけんぽん!!!」」」

 

負けられぬ戦いの火蓋が切られた。そして!

 

「あ〜、あ〜、あ〜〜〜」

 

「さっきからあーしか言ってないぞ」

 

「ごめんカムイ。今何も話す力無いわ」

 

「兄さん、これ…、すご……、zzz」

 

「そうですかい、後寝るな」

 

カムイは時折燃料を追加しながら二人と話す。結果はカムイの一番負け、勝者はアヤメとなった。こうなったからカムイも諦めるしかなかった。その代わりアヤメとカヤ、二人を一緒に風呂に入れ早く済ませようとしたが。

 

「身体もしっかり洗えよ」

 

「は〜……、眠い」

 

「寝るな」

 

「分かってるわよ。カヤちゃんも洗いましょ」

 

「身体洗う際にはこれ使ってくれ」

 

そう言って浴室に投げ込んだのはブラシ。受け取ったアヤメ達はそれで身体を洗い始めた。

 

「アヤメさんコレ凄いです、擦る度にボロボロ落ちます」

 

「私も驚いたわ」

 

「ブラシはどうだ?」

 

「丁度いいです、兄さん」

 

渡したブラシはカムイが秘かに作ったものでアオアシラの毛皮で利用できなかった部分で作った物だ。硬過ぎず柔らか過ぎない毛は身体を洗うのに丁度良さそうと考えたが、どうやら当たったようだ。二人で身体を互いに洗いながらキャッキャウフフとした声が中から聞こえてきた。

 

「カムイ」

 

「なんだ?」

 

「これさハンターの募集に使えるんじゃない。ハンターになったら風呂に入れますとか」

 

「うーん、ありなのかな?」

 

「そうね多分来るわよ……女の子が」

 

その声には確信が含まれていた。同じ女としてこの特典は命を懸けるに足るものだと。

 

「アヤメが言うと確かにありえそうだな。でも暫く募集はしない、初めての事だらけでアヤメ一人で限界だ」

 

「ふーん、そうなの」

 

「そうなんだよ」

 

話している最中に洗い終わったのだろう。湯船に浸かる音と暫くしてから眠気に勝てなかったカヤの寝息が聞こえてくる。

 

そうして居心地の良い静寂が辺りを包んでいった。

 

「ねぇ、カムイ」

 

「なんだ」

 

そんな中アヤメがカムイに話しかけてきた。眠気のせいか蕩けた声音は染み渡る様に聞こえた。

 

「頑張って働いて、ご飯をお腹いっぱい食べて寝る。こんな日がいつまでも続けばいいのにね」

 

それは夢のような生活だ。

 

だが今の生活がこれからも続く事は誰にも分からない。もしかしたら明日にも何かがおきて崩れてしまうかもしれない。

 

「そうだな……、そうなればいいな」

 

でも、それを言う必要は無い。今は湯船に浸かって身体を、心を癒やす時なのだから。

 

そうして穏やかな時間が、途中で幾つかのハプニングはあれど過ぎていった。

 

 




暫くどうぶつの森的なほのぼのとした日常が続きます。




えっ、フラグ?寝る子は育つと言うでしょ。


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御伽噺

ハンターとはモンスターと戦い、それで糧を得るものと思っていた。現にカムイは何度も傷だらけになったり、時には大怪我をすることもあった。だからこそ厳しい訓練も、周辺の地理や薬草とか今まで知らない事を教えられても全てはモンスターに負けない為だと考えてやり遂げた。

 

そんな日々を過ごしたある日、体力と知識がある程度身に付いたと判断したカムイからのハンター認定だ。とはいってもカムイにとっても初めての事でハンター(仮)だけど。

 

そして贈られた武器に防具。そう、私専用の、私の為だけに作られた武器と防具。誰かのお下がりでも間に合わせの物でもない、この世に一つしかない私だけの物。それに加えて待っていましたと言わんばかりに村からの依頼だ。

 

正直に言えばこれから始まるハンターとしての生活に胸を高鳴らせていたし舞い上がっていた。それも仕方がないと思う。

 

それなのに。

 

「ここら辺転びやすいから足元気をつけろよ」

 

「分かってる!」

 

「……休憩する?」

 

「大丈夫、平気よ!」

 

私とカムイは村から出て並んで森の中を歩いている。歩いてはいるけれど私は息を荒げて、カムイは慣れているのか時折後ろを振り返りながら進んで行く。置いて行かれないように必死で歩き続ける私の姿は村の誰から見てもカムイのお荷物だった。

 

訓練で森の中を走り回ったから昔の私と比べて体力もかなりついたと思う。現に途中までは付いていけた、それでも現実はこのありさま。訓練で慣れた道とは違って道なき道を進み続けることは私の体力をあっという間に奪った。

 

カムイも私の限界が近いのを分かっている、それで遅く歩いたり立ち止まったりして気遣ってくれる。だけどその優しさが、私を思っての事だとしても悔しかった。

 

それに加えて村からの依頼だ。色々言いたい言葉はあるがこれだけは言いたい。

 

「カムイ、これってハンターの仕事じゃないわよ」

 

「伐採する木の下調べ、周辺の安全確認、輸送路の選定。どれの事?」

 

「全部よ!」

 

内容は理解できる、その重要性も理解できる、でも地味過ぎる。余りにも地味過ぎて嫌になってくる。そんな私とは違ってカムイはいつも通りだ。

 

「そう怒るな。モンスターが関わってくるなら俺達の出番で、これも立派な仕事だ。それとも命懸けどころか、命を捨てる戦いが良かったか?」

 

「いや、そういうわけじゃないけど」

 

「……色々言いたい事もあるんだろう。仕事が終わってから聞かせてくれ」

 

カムイが気遣ってそっとしてくれることがありがたかった。依頼の内容もあるけど、それでも一番嫌になっているのは自分の事だ。勝手に舞い上がって勝手に不機嫌になる。それを頭では理解しているのに抑えきれない。心底自分が嫌になってくる。

 

 

 

 

村長達との話し合いは難航を極めた……訳ではなかった。現状の村の防備が貧弱であることを指摘し何よりも優先するのは防備の充実と説けばあっさりと理解を得られた。説得には長い時間が掛かると思っていたがそんなことは無く、もしかしたら村長達もモンスターに対する村の防備の貧弱さを自覚していたかもしれない。その後の合意では拡張以前にまずは村の防備が最優先。それで手始めに資材収集、木材の確保をすることになった。

 

これにも理由がある、まず村にモンスターが来た場合は柵で迎撃を行う。その時の攻撃手段は投石が主で倒すよりは追い払う事を重視している。それでも頭のいい奴はいるもので投石を避け柵を乗り越えてくる。そうなれば後は武器を持っての接近戦だ、石で、棒で、包丁で、使える物は全て使って大勢で取り囲んで仕留める。これは危険であり、最悪の場合は人死が出る。

 

ならば乗り越えられないように柵を強化すればいい。だが子供でも考え付く事を大人達が考え付かない訳が無い。そして村の現状を、碌な資材もなく村にある柵と門を維持するので精一杯だと詳しく知らされた時は頭を抱えた。

 

強化したいが資材がない、これが問題だ。村の安全な近場の木は殆ど刈り尽くしあるのは若木のみ、それ以前に木材の需要は高く用途は薪や建材など多くある。だが木材は使えば擦り減り、年月が経てば腐る。安定的に供給できない現状では古くなった物から使える物を選別して再利用をする。昔なら死んだ両親が命懸けで集めた枯れ木を薪として村に持ってきた。これで村の需要をギリギリに賄ってきたのだ。そこに余剰の資材は無い。

 

物がないのは選択肢を狭める、これに尽きた。そんな訳で村から依頼を受けたのだが。

 

「それにしてもコレは難しいぞ」

 

村から出れば木材となる木は直ぐに見つかる。それこそ森に行けば取り放題だ。だが見つかったとしても問題があった。

 

「そうよね。これだけ大きいと村に持ち帰れるのかしら?」

 

「それ以前に切り倒すだけで何日かかるんだ」

 

目の前にあるのは巨木、左を、右を、後を見ても巨木。そこにお手軽な大きさの木は無く、厳しい自然に打ち勝ってきた巨木が辺り一面に生えていた。普段は唯大きいとしか感じていなかったが、伐採するとなるとその大きさに圧倒され頭を抱えるしかなかった。

 

「モンスターがいるとしてもここまで大きくなる必要はあるのか?小さ過ぎず、大き過ぎない木をこの森から探し出すのは骨が折れるぞ」

 

「大丈夫でしょ。これだけ木があるのならすぐに見つかるし、いざとなったら小さく切り分ければいいでしょ」

 

「それもそうだな」

 

どうにも俺は物事を悲観的に考えやすいが、そんな時はアヤメの機転に助けられる。もし一人だったら目も当てられない事になっていたかもしれない自信がある。

 

ともあれ喚いていても仕方がない、森の中を歩きアヤメとよさそうな木を一本一本見繕っていく。その努力の甲斐もあってなんとか昼には終わらせる事が出来た。

 

終わった後は休憩だ。今いる場所から近くにある大岩に登りそこで休憩をとる。岩の上は見渡しもよく不意打ちされ難い。それに食事も出来るとあって便利だ。

 

俺は干し肉と水でお腹を満たし、アヤメは疲れたのか寝そべっている。今思えば訓練で走り回ることはあっても長時間、しかも緩急の激しい山道の散策は未経験だった。その勝手の違いに体力を奪われたアヤメの息は荒い。そしてこれは明らかに俺の失敗だ。身体を鍛えるばかりで森の歩き方、体力を温存する方法を教えていないからこうなった。今日がモンスターと遭遇しない日で良かったが今後の事も考えて訓練内容を見直す必要がある。

 

だがアヤメは弱音を吐かずに喰らい付いてきた。そのことは褒めるべきなんだろう、だが今日のアヤメの様子は少し変だ。何故かピリピリとしていて言うなれば焦っているのだ。

 

「防具の着心地はどうだ?」

 

アヤメに贈った防具は改良を加えたものでランゴスタの甲殻を用いているから軽量で頑丈だ。構成としては胴体や頭、足など重要な部分を防御、そこに排熱の為の隙間を設けたりもしている。小手やスカートの形にした防具など工夫した点は沢山あるのだが。

 

「とてもいいわよ。軽くて」

 

取り付く島がないとはこの事か。

 

「それは良かった」

 

話の種として防具について会話をしようとするが続かない。そこで諦めてしまう俺が情けないが、会話以前にアヤメの全身から話したく無いオーラが幻視出来るほど感じられるのだ。

 

触らぬ神に祟りなし、とは言うが組んでいる以上どうあっても触らなければならない。さて如何したもんだと頭は考える。だが考え出したモノは現実から逃避する為に手元ある地図に書き込みをすることだ。

 

「何してるの?」

 

どうやら考えは間違ってはいなかったようだ。

 

「大雑把な地図を書いてる」

 

返事をしながら話しかけて来たアヤメに手作りの地図を見せる。其処には大まかな地形や植物、モンスターの分布などが書き込まれている。だが一番目立つのは地図上に書かれた数字だろう。アヤメも数字を見て頭を傾げている。

 

「村を基準として出た先を1、あとは右周りに番号を振っただけの分かり易さ第一の地図だ。後は番号を振った辺りに分かりやすい目印を書き込めば一応完成だ」

 

「目印って大きな岩とか木?」

 

「それもいいけど同じようなものが沢山あるだろ。だから一目で分かる様なものがいい。例えば洞窟とか、滝とか、それか俺達で旗を立てるのもアリだな」

 

そう話しながら作った地図を見る。元々は自分さえ分かればいいと適当に作った物だがハンターになったアヤメにも分かるように一から作り直した。その甲斐もあったようでアヤメも熱心に地図を読み込み分からないところは質問してくる。その数が少ない事からちゃんと読みやすく出来たと安心できた。

 

「よし、休憩はこれくらいで今日はもう帰るか」

 

「ちょっと待って、まだ日が暮れるには時間があるから地図作りしない?それに此処」

 

アヤメが地図で指さしたのは村からかなり離れた場所にある廃墟だ。此処は鉄集めでお世話になているから地図には詳しく書き込まれている。そのせいもあって地図は一部に突出した歪な形だ。

 

「此処だけ突き出ているから反対側も合わせて地図を作らない?」

 

「廃墟の反対側は向こうだな」

 

他の方角、東は廃墟、北は山、南は川で徒歩で今行ける範囲は西しかない。確かに西側は詳しく調査は行っていないから地図上では空白だ。時間があれば調査に行くべきだろう。それに今日は時間もある。

 

「そうだな、本格的な調査は出来ないが下見として行くか」

 

「それじゃ行きましょ!」

 

そう言ったがアヤメは立ち上がり岩から降りた。その姿はやる気に満ちているが傍目には焦っているようにも見える。

 

「はしゃぐのは良いが転ぶなよ」

 

だけど俺は何を言えば、どんな言葉を掛ければいいのか分からなかった。だから口から出たのは当たり障りのない言葉だった。

 

 

 

 

「まさか森が途切れてこうも開けた場所があったのか」

 

アヤメの提案に従って西に歩き続ける事暫く、まさか森を抜けた先に平原があるとは思わなかった。とはいっても標高は高いままで平野というよりは高地と呼ぶべきだろう。

 

此処には草木が生い茂り樹木は点々とあるくらいで見晴らしは非常にいい。何より此処も自然が豊かなのだろう、大地に実った食べ物を求めて草食モンスターの群れが幾つも集っていた。見える限りではアプトノスにケルビと見慣れないモンスターもいるがどれも大人しく草を食んでいた。

 

「すごい……、モンスターが沢山いる」

 

見ればアヤメは初めて見る生きたモンスターに圧倒されている。それも無理のない事、村でも訓練でもモンスターに遭遇する事は無かった。それで隠れていた草陰から立ち上がりよく見ようとするのも理解出来た。

 

「あれがアプ……」

 

だが立ち上がったアヤメの手を引いて押し倒し、そしてアヤメの身体に覆い被さった。

 

「カムイ、いきなりっ!」

 

「静かに、小声で話せ」

 

いきなりの事にアヤメが狼狽え顔を赤く染めている。だがそんな事よりも耳に届いた音の方が気になる。

 

「何の音だ?」

 

耳を澄ませて音の発信源を探る。高地にいるモンスターの耳にも届いているようで向こうも騒がしくなってる。アヤメも突然モンスター達の鳴き声が活発に聞こえてきた事で何かが起きていることは理解したようだ。暴れることなく静かにして耳を澄ませている。

 

だが発信源を特定する前にソレが現れた、空から。

 

その瞬間辺りに突風が吹いた。余りの風の強さに反射で目を瞑りアヤメと自分の身を守るために伏せた。そんな中で聞こえてきたのは何かが降り立ったような音とアプトノスの悲鳴。突風が収まって目を開けると遠く離れた場所には押し倒され暴れるアプトノスがいた。

 

だが一番に目を引いたのは赤だった。

 

おそらく上、空から急降下をして現れたソレを俺は多分知っている。

 

「カムイ、あれって火竜だよね?」

 

「多分そうだろ、俺も初めて見たけど、確か名前は……」

 

「「リオレウス」」

 

リオレウスと呼ばれる竜は暴れる獲物に止めを刺す。その大きな咢で首に噛み付き引き千切ったのだ。首から溢れた暖かな鮮血は雨のようにリオレウスに降りかかり、アプトノスは少しの間身体を震わせると動かなくなった。そうしてリオレウスは皮膚も筋肉も骨さえ意に介すことは無くその身体を噛み千切り咀嚼し始めていった。

 

「御伽噺かと思ってた」

 

「俺もそうだよ、未だにあんな生物がいるなんて信じられないよ」

 

御伽噺で語られていた存在、それが俺達の視線の先にいるリオレウス。その身体は赤く何よりも巨大だ。その身体に見合った長く太い尾、太く鋭い爪を備えた足、強靭な咢、そして巨大な翼を備えている。

 

格が違う。

 

その姿、仕留めたアプトノスを優に超える大きさを一目見ただけでそう感じてしまう。

 

「これからアイツを観察する。一瞬たりとも目を離すな」

 

だからこそ見なくてはいけない。リオレウスの行動、攻撃、習性、仕草、どんな些細な物でも見落とさない。可能な限りの情報を得なければいけない。

 

「カムイ、何か口から火が見えるんだけど」

 

「多分それはゲップだ。見間違いに違いない」

 

得なければ……。

 

「カムイ、攻撃を受けたモンスターが泡を吹いてるけど。あれって毒じゃ……」

 

「きっと打ちどころが良かったんだろう、そうに違いない!」

 

得な……。

 

「カムイ、口から火の塊吐いて爆発したわよ!」

 

「ゲロだ!ゲロが飛び散っただけだ、そうに違いない!!」

 

……。

 

「カムイ身体を崖に擦り付けているけど、もしかして身体が痒いのかな?」

 

「ハハッ、そんなわけ……、いや、ありえるかも?」

 

そんなこんなで後悔しながらも観察を続けるが、そう長くは続かなかった。どうやらリオレウスは満腹になった様で最後にギャオーと一鳴きしてから大空に飛んでいったからだ。なんとも自由気ままなものだ。

 

「……なんか凄いね、それしか言えないけど」

 

「そうだな。多分ここら辺のモンスターでは太刀打ちできないだろうな」

 

「……もしかして将来戦う事になるのかな私達?」

 

「やめて、本当にやめて下さい。空飛ぶ相手にどうやって戦うの、それ以前にデカすぎだよ、潰されちゃうよ、食べられちゃうよ」

 

「カムイ落ち着いて!?私が悪かったから元に戻って!」

 

え、戦うの?死にたいの?頭の中で不吉な言葉が反響し冗談抜きに倒れそうになった。アヤメが支えてくれなければ倒れて頭を打っていたかもしれない。

 

「ごめん、心配かけた。とりあえず戦い方は考えておこう」

 

「やっぱり考えるんだ」

 

「そうだよ、考えておいて損は無いからな」

 

とはいえ空飛ぶ相手にどう戦えばいいのか。それ以前に村の防備に関しても未定、つまり今後どうするかも決めていない棚上げ状態。そこにリオレウスの対策も考えるとなると。

 

「あれっ、何かお腹がキリキリしてきたかも」

 

「だ、大丈夫?」

 

「大丈夫、大丈夫。とりあえずリオレウスがさっき迄いた所に行ってみよう」

 

「何するの?」

 

「分かんない。けど何かあるかもしれない」

 

そう言ってリオレウスが散々暴れた現場を二人で調査することになったのだが。

 

「うわぁ……」

 

黒焦げの焼死体に、身体の大部分を食われた遺骸、抉られた地面、まさしく惨憺たる有様である。これだけでもリオレウスの脅威が分かるもの、正直戦うよりも逃げたいです。

 

「カムイカムイ!コレ!」

 

そんな暗い俺とは反対に興奮しているのはアヤメだ。違う場所を調査していて何か見つけたのだろう。その手には赤い板が。

 

「って、それ鱗っ!」

 

息を切らせてアヤメが持ってきた板、いやリオレウスの鱗は二枚あった。手に持った赤い鱗はそれなりの大きさにも関わらず軽い。試しに叩いてみると硬質な音が手に伝わり頑丈さを伝えてきた。この軽くて頑丈な鱗をリオレウスは身体に身に纏っているのだ。知りたかったが知りたくもない情報だ。

 

だがもう一つ問題があった。

 

「「これ、どうしよう?」」

 

折角手に入った鱗、しかしその利用方法が思いつかない。たった二枚では材料として扱えない、捨てるにしても勿体無い。

 

「……とりあえず軽くて頑丈だから防具の内側に縫い付けとこう」

 

「そうね、鱗といっても2枚しかないし」

 

そうして俺とアヤメで二枚を分け合った。そして空を見れば日も傾いている。日が暮れるまでの時間を考えるとここが潮時、何はともあれ。

 

「帰ろっか」

 

「帰りましょ」

 

アヤメも反対することなかった。

 

 

 

 

帰りの道を二人で歩く。先頭はカムイで私はそれに付いて行く形だ。空から夕陽が差し込み周りの風景も村が近い事を教えてくれる。残された時間は少ない、話すのならもうここしかなかった。

 

「カムイ、ごめんなさい」

 

「どうした?」

 

カムイは歩みを止めず、その視線は前を向いているけど構わなかった。

 

「私、その、初めての依頼で、それに武器や防具も贈ってもらって、張り切っていたの。でも今日一日で私がカムイのお荷物だと分かって、役に立ちたかった!」

 

言いたいことは沢山ある。でもそれを上手く繋げる事が出来なくて自分でも何を言っているのか分からない。

 

「でも、上手く行かなくて、イライラして。ごめんなさい」

 

でも最後にちゃんとごめんなさいは言えた。言えたけど。

 

「そうか」

 

黙って進み続けるカムイが今は怖い、でも仕方がなかった。それだけの態度を一日中続けたから。

 

「でも今日俺はアヤメに結構助けられたぞ」

 

でもカムイは怒る事もなく笑って話してくれた。今日自分が何で助けられたとか、自分では気付かなかった事を教えてくれたとか。私が何気なくした行動を褒めてくれた。そして自分一人だったら上手く出来なかった事も出来たと言ってくれた。

 

「それに始まったばかりなんだ。だから、なんだ。お互い様だ」

 

「お互い様……」

 

「そっ、だから次も頼む」

 

「分かった、任せなさい!」

 

そう、まだ何もかも始まったばかり。明日も明後日も続いて、それにカムイが頼ってくれたのだ、落ち込んでいる暇はない。

 

気付けば心は晴れ、帰り道には今日の出来事を熱く話している私とカムイがいた。




アヤメ
頑張るけど空回りして落ち込む。でもカムイ的には結構助けられていたりする。頼られたことで元気になる。

カムイ
アヤメがハンターなった事で苦労も増えたが助けられることもある。これから成長してくれればいいと考えているので問題は無い。

といった話でした。


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剣と弓

「アヤメ!」

 

「分かった!」

 

掛け声とともに森の中で幼くも気合の入った声が響き渡る。その声が聞こえた森の中には三つの姿がある。三つの内の二つは人のもの、残りの一つはモンスターのもの。二人は少年と少女、名前はカムイとアヤメ。そして二人の間に挟まれた一体、それは草食モンスターのケルビだ。

 

大きさも近しい二人と一体、だがその間にある空気は張りつめ、辺りの空間は互いの鼓動が聞こえてきそうな程の静寂が包んでいた。

 

アヤメとケルビは向き合い互いの一挙手一投足に注目し敵意を向け合い、そのケルビの後ろではカムイが陣取っている。カムイはその場から動かずアヤメとケルビの睨み合いの成り行きを見守っていた。

 

誰も動かず音を立てない、そんな膠着状態が生まれていた。

 

「ハァッ!」

 

膠着状態を破り、最初に戦端を開いたのはアヤメだ。左手に盾を構え、右手に持った剣をケルビに向かって大きく振るう。上段からの振り下ろし、その足運び、動きも悪くはない、少し前までは唯の村娘だったことを考えれば上出来だろう。だが相手は小さくともモンスター、アヤメの大ぶりの一撃を受ける気は毛頭なかった。その場から軽く飛び跳ねることで難なく剣を避ける。アヤメの一振りは掠りもしない。

 

「逃げるな!」

 

だがアヤメも諦めない。一撃で駄目なら二撃、避けられたなら当たるまで剣を振るうだけ。振り下ろした位置からの切り上げに繋げ剣はケルビを追う。だがそれすらも横にずれることで避けられてしまった。それから上下左右、幾ら剣を振ってもケルビは小刻みに、時に大きく動いて避け続けた。

 

暫く同じような攻防が続き、だがアヤメは諦めない。その目はケルビから離れること無く頭は身体に命令を与え続ける。だがその前に身体が限界を迎えた。胸が焼けるような熱を帯び、腕が震え、剣の振りも遅くなってきた。そのうち振り続けられなくなる事は明白。それを理解したアヤメは一旦ケルビから離れ激しくなった呼吸を整える。

 

だがそんな隙を相手が見逃す筈がなかった。ケルビは一度頭を振ると頭上に生えた立派な角を空に掲げ、そしてアヤメに向けた。前足で地面を軽く掻く、そして四肢を力強く駆動させ体当たりを敢行してきた。角はそれ程鋭いわけでもなく、仮に当たったとしても防具を貫くことは無い。だが当たればかなり痛い、それをしっかりと理解できたアヤメは素早く盾を構えた。

 

盾とケルビの角がぶつかり辺りに乾いた音が響いた。

 

「痛っ、くはないから!」

 

構えた盾はケルビの体当たりをしっかりと防いだ。だが体当たりの衝撃でアヤメは後退り、吸収出来なかったものが身体を貫き直ぐに動き出せない。そしてアヤメが硬直している事を理解しているのか盾に弾かれたケルビは直ぐに態勢を整えた。そして四肢を駆動させ再び走り出した。向かう先は漸く態勢を立て直したアヤメ……の横だった。

 

正確にはアヤメを通り越した先に広がる森だが。

 

「あっ、ちょっと本当に逃げないでよ!」

 

スコラさっさとアヤメを素通りして森に逃げていったケルビ、振り返った時には姿形は森の中に消えようとしていた。それでも今から走って追いかければ……。

 

「駄目だ、もう追いつけない」

 

だが追いかけようと考えていたアヤメの思考を読んだカムイが止める。

 

「でも!」

 

「短時間に相手がケルビとはいえ三連戦、これ以上無茶をする必要はない。それに動かない身体でもう一度戦えば次は大怪我をする可能性がある。だからこれ以上は許可出来ない」

 

カムイはアヤメの姿を、泥と汗に汚れ、腕や足が震えている姿を見て此処が限界と判断。これ以上の無茶は許さなかった。

 

「ごめん」

 

「焦る必要は無い。訓練を怪我無く終われたから上々だよ」

 

カムイはそう言って訓練を終えたアヤメを励まし、その成長ぶりを褒めた。三連戦でアヤメの体力は限界を迎えたが始めの頃と比べたら雲泥の差、例え勝てなくても問題は無かった。

 

森でのモンスターを相手にした戦闘訓練、カムイがアヤメの実力から相手に選んだのはケルビだった。カムイはケルビが逃げないように動き、アヤメが戦えるように仕向ける。

 

その結果は三敗で最後には逃げられた。だが目に見えるアヤメの成長はカムイにとっては喜ばしい事だった。

 

 

 

 

「アヤメには剣は向いていないな」

 

「うっ!でも、言い返せない……」

 

此処は活動範囲に幾つか作った休憩所の一つ、狩りにおける補給所や休息場を兼ねて作ってみたもの。その一つで俺達は話し合っていた。

 

休息所とは言ってもまだまだお粗末な物、此処にあるのは小さな掘っ立て小屋と日持ちする食料を入れた箱だけ。だが立地に隠蔽にとモンスターに見つからないように色々と工夫して作った。そのお陰でモンスターには見つかり難く、襲撃に怯えることなくしっかりと休息が採れる。

 

「でも剣以外に武器があるの?」

 

掘っ立て小屋の中で俺とアヤメは向かい合って頭を捻る。アヤメでも使える武器となると。

 

「う~ん、……ハンマーとかは?」

 

「無理」

 

即答だった。

 

「そうだとは思った。けどアヤメの身体能力は何とかなるにしても武器の向き不向きはどうしようもない」

 

実の所アヤメの身体能力も物覚えも悪くは無い。今はまだモンスター忍び寄る事は出来ないが経験を積めば可能だろう。これに剣の適正があればスパンと首を跳ねる事も出来ただろうに。

 

だがアヤメには剣の適正はない事は今回の訓練の結果、ケルビにぴょんぴょんと逃げられた事で理解出来た。

 

「剣とハンマー以外は、例えば槍とか?」

 

「いい考えではある」

 

確かに間合いの長い槍なら戦えるだろう。基本となる技も突きのみで会得難度も低いだろう。

 

「でもそれ以前に苦手だろ、モンスターに接近して戦う事が」

 

「……うん、頑張ってみたけど、どうしても怖い」

 

技術は時間を掛ければ習得は出来る。それに掛かる時間も練習内容と才能によっては短縮出来るだろう。だがそれを生かす事が出来るか否かは練習も才能も関係はない。こればかりはどうしようも無かった。

 

「それはしょうがない。でも苦手なのに頑張るのは駄目だからな。それで怪我をしちゃ元も子もない」

 

「分かった」

 

だが近接戦が駄目となると残るのは遠距離戦。その手段は石投げ、投石紐、あと……。

 

「弓か」

 

「弓?弓って以前作って全く使えなかった奴?」

 

「違う、アレじゃない。アヤメでも引ける奴を作ってみようと思う」

 

あの失敗作を渡してもどうしようもない。確かに使えれば戦力はかなりのものだろう、だが使えないのだ。だったらアヤメにも扱える物を新しく作るしかないだろう。

 

「弓か……、確かにモンスターに近付かないからいけるかな?」

 

「例え駄目でも剣よりは望みはある。それこそ練習をすればいい」

 

それにもしアヤメが弓を使えるようになれば俺が前に出張る。後からアヤメの弓で援護をする悪くない陣形が執れるだろう。

 

「そうね、やってみる」

 

「分かった。それじゃ腹ごしらえして、もう暫く休憩したら帰るか」

 

そう言って休憩所の箱から取り出したのは保存してあった食料。干し肉を二人分取り出しアヤメと一緒に食べる。

 

ぶちぶちと硬い干し肉を顎の力で噛み千切りながら咀嚼する。それにしても干し肉は長期保存できるが硬くて食べるのに一苦労する。もし水が無ければその苦労は倍、だがそれ以前に俺にはこの食事に対して不満がある。

 

「味気ないし美味しくない。いっその事調理道具を持ち込んで此処で飯を作るか?」

 

美味しくない。ただそれだけのことだが何よりも美味しくない事が不満だ。

 

「確かに美味しくないけど。それでも狩で食べるご飯にそこまで求めるのは贅沢過ぎない?」

 

「じゃあアヤメは美味しいご飯が出来ても食べないということで」

 

「待って、食べるわ」

 

「なら協力してくれ。まず鍋と塩は必ずいるだろ、それに幾つかの……」

 

「あっ、冗談じゃなくて本気なんだ」

 

休憩所で休む時はこうして狩について話すことが自然となった。話す内容は今日の獲物だったり、訓練だったり、今日であれば食事に対する不満だ。

 

そうして食事の改善についてあーだこーだ話しているとアヤメが何かを思い出したのか聞いてきた。

 

「そう言えば最近ケンジさんのところに行ってるけど何してるの?」

 

「持ち運びできる薬を作れないか相談してる。後は新しい薬の開発」

 

「開発、何作ってるの?」

 

「開発とは言っても今ある薬の改良が精々だけどな」

 

ケンジさんの所には薬草の納品以外でも狩りで何か役立ちそうなものが作れないか時々相談している。だが上手く行ってるとは言えず、その進捗はゆっくりとしたものだ。まぁ凄い薬がポンポンと出来ると期待はしてはいないが。

 

「……偶に気分悪そうにしてるけど、もしかして」

もしかして」

 

「実際に使ってみないと成功したか分からないだろ。実験する時はケンジさんがいるから安心してくれ」

 

アヤメも実験にはケンジさんも協力している事を教えると安心してくれた。そうして他にも色々と話しているとあっという間に時間は過ぎ去り、いつのまにか干し肉は食べ尽くしていた。

 

「さて、帰ったらヨタロウさんに弓の作成を依頼するか。アヤメからも何か希望はあるか?」

 

「私でも扱える弓を作ってもらう」

 

「そりゃそうだ」

 

冗談を言い合いながら、その日は何事も無く狩を終えた。村に帰った後はヨタロウにアヤメが使う弓の作成を依頼して一日が終わった。

 

 

 

 

「とりあえず今日は弓の練習をしましょう」

 

ヨタロウに弓の作成を依頼した翌日、俺はアヤメに弓の練習を提案した。

 

 

「まだ弓は出来ていないけど?」

 

確かにアヤメの言う通り弓はまだ完成していない。今回ヨタロウが作成するのは前回の弓と構造はほぼ同じで、アヤメにも扱える様に調整した物。試作で作った材料も流用して作ると言ったから完成までそれ程時間は掛からないだろう。

 

だからと言って弓が出来ないと練習できない訳ではない。

 

「大丈夫、これを使って扱い方を学ぶだけから」

 

そう言ってアヤメに見せたものは小ぶりの古い弓だ。弓には使い込まれた跡や小さな傷が沢山ついているが、弓も弦も壊れてはいない。流石にモンスター相手には力不足だが練習には最適だろう。

 

「これは俺がハンターになる前から使っていたもので、野鳥を仕留めるのに使っていた。これならアヤメにも扱えて練習にも最適だろう。とりあえず的と矢はあるから回数をこなして使い方を知ってくれ」

 

「分かったわ」

 

弓を受け取ったアヤメは早速練習することになった。だが生まれて初めて触れた弓を直ぐに使いこなすことは当然できなかった。

 

初日は手本を見せながら弓の構え方から始まり、日が暮れる頃には何とか矢を飛ばせるところまで出来た。この調子なら的に当てられるようになるにはまだまだ時間が掛かかりそうだ。

 

だが弓の練習ばかりしている訳にもいかない。暫くの間は狩りを控え山菜や薬草、薪の採取を行う。そして村に帰ってきてから家の裏手で弓の練習を行っていく。

 

矢を番え、弓を引き絞り、狙い、放つ。簡単なようで難しい一連の流れをアヤメは何度も繰り返していく。用意している的に向けて矢を打ち込む事もあるが殆どは的の横を通り過ぎたり手前に落ちていく。それを悔しそうに見つめるアヤメを励ましながら練習を続ける。

 

時には手本として俺もやってみるが弓は苦手だ。腕もアヤメよりも多少はマシな程度で手本になるかどうかは分からなかった。だがアヤメは予想に反してやる気が満ちているようだった。まさかアヤメを、身体を酷使して時間が許す限り練習するのを止める事に苦労するとは思わなかったが。

 

そんな穏やかな日々が暫く続くと思っていたが、その流れが七日目にして変わってきた。何故かその日からアヤメの矢が段々と的に当たるようになってきたのだ。最初は十回やって二、三回当たれば良かった、それが四、五回になり六、七回になった。

 

コツを掴んだのか、それとも適性があったのか。確かにモンスターに近付く必要が無くなるとあってアヤメは真剣に練習をしていた。結果としてそれらが実を結んだのだろう。だけどアヤメよりも長く弓を扱ってきた筈なのにこの差は一体何だろう。

 

そして練習を始めて十日目、俺の目の前には十本の矢がある程度纏まって突き刺さった的があった。

 

「凄いでしょ」

 

アヤメがドヤ顔を向けてくる。普段ならば文句を言うか、軽く頭を叩きたいところだが俺は何もできずに呆然としていた。そんな俺の顔を見たアヤメがドヤ顔を深めるが、さすがに腹が立ったので軽く頭を叩いておいたが。

 

もはや決定的だった。アヤメの弓の適性は群を抜いている、それこそ俺が比較にならない位に。それにしても頭を叩いたことにブーブーと文句を言うアヤメを見て思う。

 

えっ、マジで弓の適性高すぎない?

 

 

 

 

つまらない。

 

ソレは仕留めた獲物を一口だけ食べると残った部分は投げ捨てた。そして不満なのか低い唸り声を出している。だが暫くするとソレは不満を抱えながらも森の中を移動し始めた。

 

ズシンとソレが一歩踏み出すだけで地面は震え、大きな足跡が地面に刻まれる。そして森に生きる生物はソレに見つかるのを恐れ息を潜めている。

刻まれる。そして森に生きる生物はソレに見つかるのを恐れ息を潜めている。

 

ただ一つ、投げ捨てられた死骸、ケルビの虚ろな目だけがソレを見ていた。ケルビを見れば内臓が収まっていた腹部だけがゴッソリと食べられている。それだけではない、まるで何か大きな力によって折られたかのように後ろ足の片方は不自然な方向に折れている。

 

つまらない。

 

ソレは己の内に潜む願望を満たそうとしていた。ケルビの片足を態と潰し逃した。そうしてケルビは悲鳴をあげながらもソレから必死に逃げようとした。よろけながらも倒れそうになりながらも移動を続けた証として地面には血が点々と残っている。

 

そうして必死に生きようとした獲物をソレは甚振っていた。逃げる獲物の速度に合わせゆっくりと追いかける。ソレに気付いたケルビは助けを求める鳴き声を出した。だがその声は仲間には届かない。だがその声は己の欲望を、嗜虐心を程よく満たしてくれた。

 

だがそれにも直ぐに飽きた。そうなると必死の鳴き声も唯の耳障りな音に成り下がり鬱陶しくなってくる。

 

だから壊した。たった一撃加えただけで首は折れ雑音は止んだ。そして小腹が空いたから食べた。

 

ソレは無邪気だ。無邪気に唯々楽しんでいただけなのだ。だからこそ無邪気であるが故に残虐で恐ろしい生き物だ。

 

そしてソレは己の欲望を満たす、ただそれだけの為に谷を越え、丘を越え、山を越えて歩き続ける。

 

空から差し込む月明かり、その光が真っ赤に染まった巨体を照らしていた。




(`・ω・´)フラグ「待たせたな、もうすぐ会えるぞ」

皆様の感想は全て目を通して何度も読んでいます。本当にありがとうございます。モチベーションが上がります。

それでは次回を楽しみに


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紅い悪意

前話の後書きで皆様を混乱させてすみませんでした。

だからケジメとして早めに投稿だ!


ヒュン、と空間を切り裂く鋭い音、それは森の中を飛翔する矢から発せられた。矢が向かう先は大木、その枝に止まった野鳥だ。そして狙い違わず矢は野鳥の首を貫いて……いや、矢に付いている小ぶりのナイフの如き鏃がその細い首を斬り飛ばした。

 

首を斬り飛ばした矢が甲高い音を一瞬鳴らし木の幹に突き刺さる。それに遅れて仕留められた首の無い野鳥の身体が木から落ちてきた。

 

その様子を離れた所から見る小さな影が二つ、カムイとアヤメだ。

 

カムイは剣を抜き周辺を警戒しながら、その横をアヤメが弓に新しい矢を番えた状態で待機している。カムイは周辺の安全確認を素早く完了させると二人は警戒を維持したまま素早く野鳥を回収して移動を開始した。

 

休息所までの短くはない道のり。安全が確保されるまで二人の目は鋭く周りを観察、まだ見ぬ脅威に対して最大限の警戒を行っていた。

 

 

 

小さな休息所の中で火と枝に突き刺した二つの鶏肉が焼ける音がパチパチと響いている。鳥の方は十分に火が通ったようなので塩を振り暫く冷ます。火傷しない程度に冷ました一つをアヤメに渡すと一緒に食べ始めた。

 

「「いただきます」」

 

 

うん、美味い。やはりシンプルに塩がいい。そう思って食べているとアヤメが話しかけて来た。

 

「カムイ、美味しいね」

 

「あぁ、美味い」

 

美味しそうに鶏肉を食べるアヤメの横には野鳥を仕留めた弓が置いてある。今回使った弓はアヤメの身長よりも小さいが対モンスター用に調整した物、矢もモンスター用の特別製だ。練習で使っていた物とは全くの別物なのだが、それをアヤメは短時間で使いこなした。

 

「凄かったな。あれだけ離れていた奴を仕留めるのは俺は無理だ」

 

「凄いでしょ……と言いたいところだけど」

 

さっきまで幸せそうに鶏肉を食べていたアヤメの顔が険しいものに変わる。そして俺も同じ理由で険しい顔になっているだろう。

 

「そうだな、これは手放しには褒められない。昨日も今日もモンスターに遭遇しなかった」

 

「ええ、この二日間は全くモンスターを見ていない。これは何かがおかしい」

 

モンスターと遭遇しない、これが何も知らなかった頃なら素直に喜んでいただろう。だが今では災厄の前触れにしか考えられない。正直言って不吉だ。

 

「まさかランゴスタがまた現れたんじゃないの?」

 

「それは無い。この二日間でランゴスタは一匹も見なかったし、それらしい音も痕跡も何も無かった」

 

普段であれば森を歩けば小型モンスターに簡単に遭遇する筈が既に二日も遭遇していない。この異常事態に対してアヤメはランゴスタではないかと予想したようだが、それはあり得なかった。

 

「もしランゴスタであれば血痕や音、食い散らかされた死骸が無いのはあり得ない。それに手広く活動するから二日間で何回か遭遇するはずなんだ。だが遭遇もせず、かといって森の食物は豊富で問題は無いように見える。あくまで予想だが強力なモンスター、それも単体が現れたことでケルビとかの小型モンスターが逃げ出していると考えられる。もしくは何らかの自然現象が原因でいなくなった。この二つの内どれかだと思う」

 

今と同じような異常事態に遭遇したのはランゴスタの件だけだ。だがそれが参考にならない以上は少ない情報の中から大雑把に予想するしかない。

 

「心当たりはあるの?」

 

「無い。だから偵察だけに留めて何が原因か探るだけに専念する」

 

何処で、何か起きて、何が原因なのか。情報がない以上どうすることもできない。だがら今出来る事は情報収集しかない。

 

「もし原因がモンスターだったら?」

 

「始めは情報収集に努めて戦わない。戦いになりそうなら逃げることが第一優先。集めた情報で戦うかどうかを決めるつもりだ」

 

「もし原因がモンスター以外だったら?」

 

「原因が分かって解決出来れば解決する。出来なければ自然に任せるしかない」

 

「分かった」

 

そうして食事と今後の方針の確認を終える。暫く休んでから休息所から離れ、再度森の中を偵察する事にする。だが幾ら目を凝らして探せど森には事態の解明に繋がるようなモノは一つも見つからない。

 

「ホントに何なんだ。原因が分からない」

 

「もしかして原因は此処じゃない、もっと離れた所じゃないの?」

 

一向に打開しない現状に頭を捻る中、それは想定外の閃きだった。

 

「その考えは」

 

「此処じゃ無い何処かで何かが起きて、そこから逃げたモンスターに此処のモンスターも付いて行ったんじゃない?」

 

その考えは思いつかなかった。俺は無意識に原因が森にあると思い込み、それが思考を狭めていたようだ。

 

「あり得るな。あと俺もそれを聞いて思いついたことが一つある」

 

「何?」

 

「原因が移動している」

 

「それは……」

 

「あくまで予想だ、それに言った事全部が外れてる可能性もある。だから調べるしかない」

 

考えたく無い事だが原因と遭遇する可能性は零ではない。そしていざそうなった時に取り乱さない様にする。予め想定して心備えをしておく事は悪くないだろう。そうアヤメに伝えながら懐から地図を取り出し一緒に覗く。

 

「森以外だと何処が怪しい?」

 

「……高地」

 

「よし、次はそこに行ってみよう」

 

森の調査は十分に行った。それで何も発見できなかったならこれ以上の行動は無駄だろう。そう判断すると調査先を高地に変更して向かう事にした。

 

そしてその考えは正しかった。

 

「カムイ、何か臭う」

 

「当たりだな」

 

森から高地に近付くに連れて感じるようになった異臭。何の匂いか分からなかったが高地に入ることでハッキリと理解できた。

 

「あぁ、コレは血の匂いだ」

 

鼻が嗅ぎ慣れた血の匂いを捕らえた。だが周辺には血の一滴も見つからず、それなのに今いる場所からでも臭ってくる。それもハッキリと分かるほどに。

 

より一層警戒しながら匂いを辿っていき、そして見つけた。

 

「なんだ、コレは」

 

「ヒドイ……」

 

匂いの先にあったのは高地に数ある開けた空き地、その周りには木が数本と岩がゴロゴロとあるような場所だ。

 

普段なら。

 

今はむせ返る程の血の匂い、そして辺り一面に広がっている血の海があった。そして赤い海には島がーー足が、頭が、尻尾が、内臓が、元は一つであったモノが全てがバラバラに、無秩序に打ち捨てられていた。

 

気付けば血の海に踏み込み調べていた。一歩く度に血と何かが混ざった物が飛び跳ね腐臭が鼻を刺激する。だがそんな事はどうでもよかった。ここで最優先するのは調査、そして何らかの情報を得ることだ。だが調査をして分かったのは僅かな事。

 

ーー血の海に浮かぶ残骸はアプトノス、それも成体と子供一体ずつだという事。それがバラバラにされて辺りに散らばっていた事。そしてソレを成したナニかがいる事。

 

「これは食べるためにやった事じゃない。じゃあ何のために?」

 

これは……遊びなのか?仮にそうだとしたら悪意しか感じられない。

 

恐ろしいナニかがいる。その予感を裏付ける証拠となるべきものは終始して損傷の激しい残骸からは見つけ出せる事が出来なかった。だかアヤメはそうではなかった。

 

「カムイ、これ見て」

 

声が聞えた方向に振り向く、すると空き地にある木の一本をアヤメは指さしていた。その木の幹には大きな傷、爪痕が刻まれていた。

 

「爪痕、いやそうだとしても」

 

「これ大き過ぎない?」

 

大き過ぎる。爪痕の深さと大きさ、それはナイフが簡単に収まる大きさで、それが等間隔に幾つもある。爪だけでこの大きさ、なら身体の大きさは、それ以前にこの爪痕の意味は?そこまで考えて……最悪の考えが頭に浮かんできた。

 

「アヤメ、逃げるぞ!」

 

「えっ、でも調査は」

 

アヤメの手を握り有無を言わさず走り出す。

 

「この爪跡は縄張りを示している可能性がある!そうだとしたら迷っている時間は無い、そうでなくてもこれは俺達の手に負えない、暫く村で息を潜める!」

 

「分か「ガァアアアアアアアアアア!!」っ!?!?」

 

だが時すでに遅く、鼓膜が痛みを感じる程の音が襲ってきた。

 

ーーこれは叫び声?いや違う、これは威嚇だ。

 

「走れ!」

 

走る、走る、走る、アヤメと共に、この場から少しでも遠ざかる為に必死に脚を動かす。

 

「回り込まれているよ!」

 

だが相手はこちらの動きを先読みした。進行方向の茂みからこれ見よがしに音を出したのだ。

 

「こっちだ!」

 

森に逃げ込むための最短距離を修正、ナニかに遭遇しないように再び走り出す。

 

「またか!」

 

だがこれも先回りされ、それが何度修正しても繰り返されるのだ。そして分かってしまった。

 

「カムイ、これ誘導されてない!?」

 

「その通りだよ、畜生!」

 

同じことを繰り返されれば嫌でも分かる。ナニかは付かず離れずの距離を保って追跡、それでいて簡単に俺達を追い越し先回りが出来る程の能力を持っている。そして頭がいい。

 

それに対して俺達はどうする事も出来ない、逃げ惑うしか無い。

 

そうして誘導されて辿り着いた場所は川岸だった。

 

「此処は川の上流みたいだな」

 

大小様々な石が辺りに転がり山から流れてきた流木もある。川は上流だけあって激しく流れている。目立つ障害物は無く非常に見晴らしがいい。

 

「これだけ見晴らしがいいと向こうに不利なんじゃ……」

 

「違うんだろう。あったとしてもねじ伏せられるだけの自信が奴にはある」

 

ーーもしくは逃げても直ぐに分かるから此処に追い込んだのか。

 

一つ考えれば二つ、三つと悪い考えは後から後から湧いてくる。だから思考を戦闘用に無理矢理切り替え、余計な物を削ぎ落とす。

 

「矢の残りは?」

 

「八本」

 

「そろそろ来る、構えろ」

 

そして川岸にナニかが姿を現した。

 

「なんだ、アレは、アオアシラ?いや違う、何だあれは!」

 

姿形はアオアシラそのものだ。だが目を見張るのはその大きさだろう。今まで見てきたモンスターの中で群を抜いた大きさ、それこそドスジャギィが子供に見る位に。その巨体に合わせ爪も牙も何より腕の甲殻も大きく以前見た個体とは比較にならない。何よりも全体的に禍々しい。

 

そしてアオアシラとは全く違う点が一つ。

 

「来るよ!」

 

それは紅い毛を身に纏っているのだ。

 

 

 

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

頭が割れる。ただの音、だが大音量で発せられたそれは恐るべき武器だ。そして衝撃から立ち直る暇もなく間合いを詰められた。見上げる程の巨体の剛腕が、血のこびり付いた甲殻が目の前に迫ってくる。

 

「あああああああ!」

 

生存本能に従い迫る脅威を前に踏み出すことで避ける。身体のすぐ後ろを通り過ぎた剛腕は地面を強かに打ち付けた。

 

そして頭で考え付くよりも前に握った剣を振り被る。狙うは目の前に曝け出された無防備な腹だ。振るわれるのは剣の性能と今までの培われた技術が合わさった一撃、並のモンスターなら問答無用で斬り裂ける筈だった。

 

「ッ!?ふざけんな!」

 

だが斬れない。腕の甲殻を狙ったわけでもないのに剣の刃は唯の毛皮で止められた。そして分かった事はコイツの毛皮の防刃性は尋常ではない事だ。

 

剣が無力化されたことで追撃は無駄と判断。急いで離れるが不思議な事に赤いアオアシラは追撃をしてこなかった。いや、顔を伏せ態勢を整える素振りすら見せない。

 

ーーまさか攻撃されたことに驚いているのか?それとも戦術を練っているのか?

 

頭の中で必死に思考を巡らせる。すると突然アオアシラが顔を上げ、そしてその顔を見た瞬間背筋が凍り付いた。

 

嗤っていた、口を三日月の様に歪め牙をむき出しにして。そのモンスターの笑みが唯々恐ろしい。

 

「ガァアアア!!」

 

叫びと共に再び剛腕を振り被り突進してきた。

 

「カムイ!」

 

アヤメが牽制で矢を放つ。あの巨体で外す事はなく、矢は狙い違わずアオアシラの身体に突き刺さる筈だったのだろう。

 

「どうして、矢が通らない!」

 

だがあの毛皮を知った後では無駄だと分かってしまった。アヤメが続けざまに二本、三本と射かけようと毛皮が矢を通さず、痛みすら感じていないアオアシラは全く意に介さない。攻撃を堪らわせる事も気を引く事さえ出来なかった。

 

アオアシラの剛腕を今度は大きく後方に飛ぶことで回避。目の前の空間を圧し潰す一撃が通り過ぎてーーそれで終わりではなかった。認識外、見上げる巨体に隠れて反対の腕を既に振りかぶっていた事を知るのは二撃目が視界に入ってからだった。

 

ーー回避出来ない。

 

致命的に遅れた、回避行動をする暇がない、だから剣を盾とした。迫る二撃目を前にしての咄嗟の行動ではあったが少しでも間に何かを挟んでいたかった。例え防ぐのに頼りない剣であったとしても。

 

当然剣は剛腕の威力に耐えきれなかった。剣の中程で砕け、俺は大きく吹き飛ばされて川に突っ込む羽目になった。

 

「がっ!?」

 

大きな水柱が立ち上がり、降り注ぐ水滴が顔を濡らす。アオアシラから致命傷を防ぐことは出来たが代償として身体が動かない。そして意識がある中で動かない身体はゆっくりと水に沈んでいく。

 

ーー溺れる。

 

動かない身体を動かそうともがく。直ぐにぎこちなくも手足も動くようになったが危機は去ってはいない。何よりこのまま身体が動くようになったとしても泳げそうにもなかった。

 

服を着たまま泳ぐ自信はあった。だが防具を着込んだ状態、それも練習無しに泳げるほど俺は優れていなかった。

 

身体が、頭が沈んでいくのに時間は掛からなかった。川底は予想してたよりも深く足は着かない。途切れる呼吸、水面に出ようとするが浮上しない身体、水中でひたすら手足を動かすが何も掴めない。それが貴重な酸素を消費する事だと、無駄な事だと冷静さを失った頭では気付けない。そして次第に意識が遠のき……。

 

『そうでしょ。それに、その……、用を足すときも不便じゃない?』

 

『……そうだな、確かに不便だ』

 

思い出した会話が助けとなった。遠のく意識をつなぎ留める。残り少ない酸素を使い右手に握る折れた剣を、身に纏っていた防具を捨て一気に軽くなった身体で水面を目指す。

 

「プハッ!?」

 

急浮上して水面に出た身体が肺に空気を送り込む。だが息が落ち着くのを待つ暇は無かった。

 

「アヤメ!」

 

見ればアヤメはアオアシラを前に倒れていた。俺がいなくなった事で奴の狙いは残るアヤメに向けられ、そして僅かな時間でアオアシラに倒された。

 

遠目に見てもアヤメは満身創痍だ。防具は砕け血を流しているのが見える。だが身体はまだ僅かに動いている事から死んではいない。

 

そして倒れるアヤメに向かいアオアシラは剛腕を振り下ろそうとしている。

 

その顔は嗤っていた。

 

「やめろぉおおおお!!!」

 

叫ぶ、だがそれで手を止める相手ではない。だから剣を、腰に差した残り二振りの内の一つを鞘から抜き、持てる全力で投げた。当たるかは分からない、だが少しでも時間稼ぎになってほしかった。

 

回転しながら飛ぶ剣。その間にも泳ぎ、そして走ってアヤメの下に向かう。

 

願いは届き剣は奴の鼻先に当たる。余程不快だったのか当たって地面に落ちた剣を剛腕で、アヤメに振り下ろそうとした右腕で踏み潰し、砕いた。八つ当たり気味に下された剛腕、それで剣は砕けるが見事に役割を果たしてくれた。

 

そして四足歩行状態に体勢を変えたアオアシラが迫るこちらに視線を向けーー残った一振り、それを奴の片目に突き立てた。

 

「ギャアアアアア!?」

 

恐ろしい絶叫が辺りに響き渡る。大音量の音が頭の中を掻き回す。だがそんな事はどうでもよかった。

 

「アヤメ!アヤメ!」

 

「んっ……」

 

生きている、アヤメは戦闘を、奴の遊びを耐えた。だが楽観できる状態では無い。息はあるが少なくない血を流している。直ぐにも手当てをしなければならない。

 

ーー直ぐに此処から逃げなければ。

 

奴は痛みで苦しんでいる。逃げられるとしたら今しかない。だがどうやってアヤメを村まで連れて行くのか。例え背負ったとしても村に着くまで時間は掛かる。何よりアオアシラがそれまで苦しんでいてくれる保証はどこにもない。最悪の場合、途中で追いつかれ殺される。

 

何かないか辺りを見回す。だがあったのは石ころと流木と川しか…、そこまで見て一つの考えが浮かぶ。だが悠長に考えている暇はない。すぐさま実行に移す。

 

アヤメから壊れた防具を外して背負い、流木を引き摺って川に入り込む。やる事は簡単だ、流木を浮輪として使い二人で川を下る。陸路が危険である以上こうするしか考え付かなかった。

 

川の流れは速く一歩でも間違えれば……。そうならない為にアヤメを背負い、流木にしがみ付く。痛みで伏せる奴の姿が見えなくなるのにそれほど時間は掛からなかった。

 

 

 

 

「大きな怪我はありません。数日休めば大丈夫です」

 

「ケンジさん、ありがとうございます」

 

怪我の処置を終えたケンジさんによれば骨折は無く、顔色も悪くないから大丈夫との事。それを聞いて漸く安心できた。

 

「カムイ、何があった」

 

だがこの場に来たのはケンジさんだけでない。アヤメの父親、村長もいる。処置が終わるまで何も話さずにいたが無事が分かると何があったのか尋ねてきた。

 

「怪物がいます。ジャギィとは比較にならない奴です。暫くは静かにしているように村の皆にも伝えて下さい」

 

「……分かっている」

 

危険なモンスターが近くにいる、そしてハンターであるカムイが敵わないのであれば過ぎ去るまで息を潜めるしかない。それを即座に理解した村長は村人達に知らせる為に立ち上がる。そしてケンジを連れ立って家を出ようとーー。

 

「それとカムイ、アヤメにはハンターを辞めてもらう」

 

言われたことを理解するのに時間が掛かった。だが理解して最初に湧き上がったのは怒り、悲しみではなく諦めだった。

 

「……そうですか」

 

村長が家から出る直前で言った事は衝撃的だ。だがその考えは父親としては尤もなもの。それを理解出来た自分は何も言い出せなかった。

 

「反対せんのか」

 

「それを決めるのは俺じゃありません」

 

「そうか」

 

互いに視線を交わさず、村長はそれだけ言うと振り返りもせず家から出て行った。

 

そして静まり返った家の中、何もする気が起きない俺は唯虚空を見ていた。

 

「ん……、カムイ?」

 

「此処だ、俺は此処に居るぞ」

 

どれ程の時間が経ったのか分からない。気付けば手を握り目を覚ましたアヤメに話しかけていた。

 

「此処は、カムイの……、そう、帰ってこられたんだ。カヤちゃんはどこ?」

 

「水を汲みに行っているだけだ。だから安心してくれ」

 

そうして目を覚ましたアヤメに気を失っていた間に起きた事を、村長の言った言葉も隠さずに伝えた。

 

「ごめ……」

 

「謝るな。悪くない、アヤメは悪くないんだ」

 

隠す事も、誤魔化す事も出来た。だがこれはアヤメが自分で判断することだ。

 

「カムイ、アレは何なのかな」

 

「姿形はアオアシラだ。今わかるのはそれくーー」

 

その瞬間、聞こえてはならない叫びが轟いた。村を覆う崖に反響して幾重にも重なった叫びだか聞き間違える事は無い。

 

「カムイ!」

 

「兄さん!」

 

水汲みから急いで戻ってきたカヤは顔を青ざめている。そしてこの光景が村の至る所で起きていることは容易に想像できた

 

「大丈夫だ、アヤメとカヤは此処にいろ。カヤ、支度を。直ぐに迎えが来る」

 

「分かりました」

 

「何処行くの!」

 

素直に支度を始めたカヤと違いアヤメは険しい顔で見つめてきた。

 

「唯の見回りだよ」

 

そう言いながら予備の防具と片手剣を装備して準備をする。時間は掛けず素早く終え、そして家を出た。

 

「待って!」

 

後ろからアヤメの声が聞こえる。それを俺は無視した。

 

 

 

 

殺す、ころす、殺す、ころす、殺す、ころす、コロス、殺す、ころす、コロス、コロス、コロス、殺す、殺す、ころす、コロス、ころす、コロス、殺す、殺す、ころす、殺す、ころす、コロス、コロス、ころす。

 

紅いアオアシラは吠える。己の目を潰した生き物を、怨敵を殺す。ただそれだけの為に縄張りを捨て、僅かな匂いを頼りに森に来た。

 

そして見つけた。匂いはこの岩の裂け目に続いている。その先にいる、己が殺すべき生き物が。

 

邪魔するモノは壊す。尽きぬ怒りに従いあらゆる生き物を屠ってきた豪腕で岩を殴りつけた。その単純極まる思考に支配故に止まらない。

 

そして唯の一撃でもって長い間、村を隠し通してきた天然の守りは打ち砕かれた。

 

岩の先に広がっていたのはあの生き物と同じモノが沢山いる空間だ。

 

そして捉えた、怨敵の匂いを。

 

ーーガァアアアアアアアアアア!!

 

紅いアオアシラは残虐で、凶暴で、何より執念深かった。



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ハンターとは何か

遅くなりました。


切り立った崖に一筋に大きな亀裂がある。横幅は大人二人が並んで如何にか通れるくらいの狭さ、荷車は何とか通せる幅しかない。

 

それが村と外を繋ぐ唯一の玄関口だ。

 

人が通るにも苦労する道だ。そんな道をモンスターが態々通ることは無い。そうして入口は村を長年に渡り隠し通し、それと同じく長年に渡り村の発展を妨げてきた。

 

だがそれで良かった。モンスターの恐怖に怯えることが無いのだ。戦わずして生き残る事が出来るのだ。だからこそ村は貧しくとも生き延びてきたのだ。

 

モンスターの襲来。

 

それは村が滅ぶ瀬戸際に追い込まれる事である。過去、村を守るために多くの親が、友が、子が犠牲になってきた。

 

それを知る、伝えられてきた事で彼らは知る、モンスターの強さを。そして犠牲を払いながら辛くも退けてきた事を。

 

だからこそ彼らは命を懸けて戦える。たとえ自分が駄目でも次が、またその次がモンスターを倒してくれると信じて彼らは武器を持つ。石を、包丁を、木の棒を、槍を。そしてちっぽけな勇気を振り絞り戦うのだ。

 

そして流された血と斃れた躯で村は守られる。涙を流し、悲しむ。そして死んでいった者を弔い、称え、彼らは守られた小さな世界で生きる。

 

彼らは知らなかった。

 

外界との唯一の接点、村の発展を妨げ、しかし村を隠し通してきた玄関口は砕かれた。通り抜けたのではない、砕き自らが通れるように拡げたのだ。

 

そこから現れたモノを言い表す術を彼らは持っていなかった。集った彼らがソレを見て理解出来た事は少ない。唯々大きく、鋭く、硬く、強大だと言う事。

 

いや、一つだけ誰もが理解出来た事ある。

 

格が違う。生物として、生きるものとしての格が違う。

 

そしてモンスターが吠えた。ちっぽけな勇気すら吹き飛ばす咆哮が村に響いた。

 

 

 

 

危険を冒してまで川を下った過程で匂いも残さず流された筈だ、いくらモンスターと言えども匂いを元に追跡するのは不可能な筈だ。だが紅いアオアシラ、モンスターに限ればそうでもなかったようだ。

 

僅かに残った匂いを辿って来たのか、それとも運悪く風が匂いを運んでしまったのかは分からない。だがモンスターは隠された村を暴き、それにとどまらず村の入り口をその剛腕で砕き侵入してきた。

 

準備を整え家から出た時、村はかつてない狂騒に陥っていた。

 

誰もが恐慌状態に陥り組織立った行動がとれず、叫びや悲鳴があちこちで起きている。その渦中で理性を保てた人、ヨイチ達は何とか村人達を纏め迎撃組と避難組に分けようとしていた。だが遅遅として進まない事に焦りを覚え急ぎ手伝いに向かおうとし───

 

その途中でモンスターと目が合った。

 

かなりの距離があるのにも関わらず、他にも多くの人が集まっているのにも関わらず、モンスターの視線は正確に此方を捕らえた。そして視線を交わした瞬間咆哮が轟いた。

 

「ガァアアアアアアアアアア!」

 

ーーミツケタ。

 

咆哮に込められた言葉、いや執念とも呼べるソレが嫌でも分かってしまう。

 

視線を交わしたモンスターの片目は潰れている。突き立てた剣は既に無く、そこには眼球を失った虚ろな眼窩があるだけ。残った片眼からは燃え盛る炎のような怒り……、そして執念を否応なく感じさせられる。

 

そう執念だ。己の片目を奪った存在をその手で殺すためにモンスターはここまで来たのだ。存在そのものが想定外なら行動も想定外。高地を越え、森を横断し、崖を崩す、誰がコイツの行動を予想できるのか。その振る舞い一つ取っても目前の存在が規格外だと理解せざる得ない。

 

だが今は悠長に考察をしている暇はない。村人達を掻き分け自らモンスターの眼前に躍り出る。

 

「カムイ!」

 

「ヨイチは皆を避難させろ!時間を稼ぐ!」

 

モンスターの目的は俺なのだ。此処でヨタロウ達を手伝っては巻き添えを喰らうことは確実。ならばやることは一つ、奴の足止めだ。

 

剣を、盾を構えて疾走する。避難する村人達を、腰が引けていながらも立ち向かおうとする男衆を追い越して走る。対するモンスターは二本足で立ち上がるも一歩も動かず、そして再び吠えた。

 

「ガァアアアアアアアアアア!」

 

「う、ああああ!」

 

「ヒッ!」

 

まだ距離が離れているのにも関わらず咆哮で頭が殴られる。経験を積んだ自分でさえこれなのだ、村人達に至っては腰を抜かした者や泣き叫ぶ者が何人もいる。だが気に掛けている余裕はない。モンスターが先手を打ってきたからだ。

 

間合いに入った敵に向けて剛腕を振り下ろす単純な動作。だが見上げる程の巨躯、それに見合った巨大な腕で繰り出される一撃をまともに喰らえば盾があろうと致命傷は免れない。

 

迫りくる死、それを盾で防ぐ愚を犯さず前に出て避ける。空間を圧し潰す一撃を後ろに感じながら、恐怖で足が止まりそうになりながら、それでも足を止めずひたすらに前へ進む。そして剛腕を振るえない懐まで入り込んだ。

 

「ああああ!」

 

声を張り上げ片手剣を振るう。踏み込みも技術も気迫も全てが揃った一撃、だが無駄だった。

 

「クソッ、硬い!」

 

もう一度斬り付ける事で漸く理解した。毛皮が丈夫な事は勿論だがその下にある筋肉、脂肪にまでは考えが及ばなかった。大きく重く丈夫な筋肉と大量に蓄えられた脂肪が、毛皮が防げなかった剣の勢い、衝撃すら吸収してしまうのだ。毛皮に筋肉、そして脂肪が合わさった事で生まれる硬さ。これでは一片の衝撃すら通らない。

 

それでもモンスターから離れたりはしない。例え剣の攻撃が通じなくとも懐で、それも潰れた片目の死角で動き回れば敵を捕捉も出来ないモンスターは攻撃を封じられる。時間稼ぎには最適の行動。例えそれが動きを読み損なえば大怪我を負う可能性があったとしても、それが現状で可能な比較的安全な立ち回りだ。

 

うっとうしい羽虫の様にモンスターの懐を動き回る。その行動の最中に考えるのは対応策。

 

手持ちの武器では全く歯が立たない、そればかりか村にある全ての武器が通じない事も理解した。その上で取れる手段を模索し、考え付いた対応策は三つ。

 

一つ、モンスターが吸収しきれない程の衝撃を与え倒す。

二つ、モンスターの毛皮、筋肉、そのすべてを斬り裂く。

三つ、一、二以外の間接的な攻撃によって倒す、崖から落とす等。

 

笑いそうになった、余りにも荒唐無稽な策に。一と二に関して言えば具体的な方法すら思い浮かばず、三に関しては崖から落とす策がモンスターに通用するのか。アオアシラでさえ半死半生になりながらも耐えたのだ。だがこれしかない、これしか考え付かないのだ。

 

その中で可能性が高いのは三つ目、それを実行するには候補地の有る村の外に誘導するしかない。恐らく引き連れる事は簡単だ。此処まで自分に強い執着を示している以上逃げれば追ってくるだろう。誘導にもそのものは問題がない……その先の移動は命懸けだが。

 

それでも命を懸ける価値はある。村では倒せる可能性がゼロでも外でならーー。

 

「グゥウウウ」

 

その時モンスターが唸った。余程死角を動き回られるのは不快なのだろう。なにせ簡単に手が届く筈なのに、簡単に殺せる筈なのに殺せないのだ。運よく攻撃出来たとしても紙一重に避けられる。不愉快極まりないだろう。

 

それが分かったのかモンスターは拳を振るうのを辞め一声唸る。すると今まで後脚で立ち上がり攻撃していた二足歩行の状態から四足歩行の状態に戻り四肢に力を籠め始めた。

 

見たことが無い前兆だが予想は出来る。恐らく今の状態から離脱する為に突進かそれに類する行動を取る、そこまで予想して此方も身構える。そしてモンスターは四肢を震わせーー消えた。

 

「はっ?」

 

目の前にいた筈のモンスターが消えた。前後左右見回しても巨体は何処にもいない。

 

ーー消えた?何処に消えた?さっきまで巨体は目の前にいたんだぞ、見失う事なんてありえない!瞬間移動、あり得ない!

 

突然の事態に慌てふためきながらもモンスターがいた場所を見る。そこには何もなかった、地面が大きく凹んでいるだけ。

 

そして影が差した。さっきまで無かった影が頭上に出来ている。

 

嫌な予感がして素早く顔を上げる。すると視線の先にモンスターはいた。

 

「嘘だろ……」

 

信じられなかった、いや、信じたくなかった。誰が予想できる?モンスターの背丈を軽く超える跳躍を誰が予想できる!

 

「ガァアアアアアアアアアア!」

 

自らの全体重と重力が加えられた拳が天より迫ってくる。圧倒的な力が、受ければ肉体が即座に潰れる暴力が自分に向かって振るわれる。

 

ソレを避ける。叫びを上げる時間すら惜しい、持てる力を振り絞り死から逃れる。転がるようにして避けた結果モンスターの攻撃は避けられた、拳による攻撃だけは。

 

「あああああああ!」

 

地面が爆ぜた。

 

叩きつけられた拳、その力で生まれた衝撃が、地面が爆ぜた結果生まれた礫が散弾となって襲ってきた。回避不可能の暴力が身体を打ち付け、肺の空気が悲鳴として強制的に出される。そして被害は自分だけに留まらなかった。

 

「ぎゃあああああ!」

 

「痛い痛い痛い痛い!」

 

「大丈夫かっ、しっかりしろ!」

 

「怪我人を下がらせろ!早く!」

 

衝撃と礫は村人達も襲う。その中でモンスターと戦おうと集結していた男衆は防具を持っていない者が多くいる。身体を守る物がない状態で受けた衝撃と礫、それを回避も出来ずまともに受けた事で被害は拡大していく。何人もの大人達が血を流し、呻き、叫び、倒れ伏していた。

 

たった一撃、その余波だけでこの被害。勝つとか負けるの話ではない、モンスターが暴れれば村が問答無用で滅びる。幸いにもモンスターの眼中には自分しかいない。ならば迷っている暇は無い。

 

「こっちだ、ついてこい!」

 

防具で致命傷は防ぎ、それでも鈍く痛む身体を動かす。

 

急いで囮としてモンスターを引き連れ村から離れる。戦術なり対抗策は離れてから考えればいい。そう考えていた。

 

だが甘かった。見通しを、怒りと執念に突き動かされて来たモンスターの持つ悪意を甘く見ていた。

 

「来るな!こっちに来るな!」

 

「嫌だ、嫌だいやだいやだー!」

 

モンスターは付いては来なかった。そればかりか被害から立ち直ってない村人達に近付いて行く。ゆっくりと、まるで恐怖を育て上げるかのように。そして振り返り残った片目が告げる。

 

ーー逃げればこいつらを殺す。

 

今は殺さない。だがモンスターの気まぐれでその命は容易く潰される。高地で見たバラバラにされた残骸が脳裏に浮かび上がる。モンスターは分かっている、知っているのだ。獲物を逃げられないようにするには殺すのではなく悲鳴を上げさせればいい事を。

 

「クソッタレ!!!」

 

ーーそうだよ、良く分かってんじゃないか!こうすれば逃げ出せない事を!

 

走る、村人達を助ける為に。思えばバラバラにされたアプトノスも同じだったのだろう、我が子を助けるために。そして愚かにも無策で立ち向かった代償は高くついた。

 

「ガァアアアアアアアアアア!」

 

村に、空に、モンスターの咆哮が轟く。そして咆哮の矛先は助ける為に近づいた自分。

 

「ああああアアああア!」

 

頭が割れる。頭蓋の中を、脳を掻き回される。切り刻まれるような痛みに襲われる。至近距離で咆哮をまともに浴びればどうなるか、その結果を身をもって知る羽目になった。身体は無意識に音から逃れようと耳を塞ぐ、戦闘中であることも忘れて。

 

そして何かが砕けた感触を感じた。

 

身体が浮く。盾が剛腕を受け止めてしまった。受け止めきれなかった力が盾を、腕を壊し始めていく。聞こえない音が、バキバキと身の毛もよだつ音が振動として腕に伝わる。だがそれだけでは終わらない。止まらずに振りぬかれた剛腕によって宙に投げられた。

 

不思議と激痛を感じることは無かった。そのせいか実感を持てず、まるで他人事のように感じながら宙を舞い、そして意識が途切れた。

 

途切れる直前にアヤメの叫び声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

遊びだった。

 

川岸で対峙したモンスターは逃げるしか出来ない小さく弱い生き物で遊んでいた。川岸にあった石をその腕で掬い投げる。石の礫、大きい物も小さい物も等しく同じ速さで襲ってきた。だが防具のお陰で致命傷にはならなかった。だけどそれを何度も何度も行う、嗤いながら。甚振るように、苦痛の声を上げさせるために。

 

それに対して私は逃げる事しか出来なかった。弓は通じない、どうすればいいか分からなかった。

 

カムイに助けられて安心した、助かったと思った。だけどあの恐ろしい叫びを聞いて恐怖が甦ってきた。自分でも身体が震え、血の気が引いて行くのが分かった。それなのにカムイは安心させようとして下手な笑顔を作っていた。そして剣と防具を装備すると風の様に家から出ていった。

 

それから入れ替わりに父様が来た。急いできたのか息が荒い。

 

「アヤメ隠れなさい、村の女子供は隠れる決まりだ」

 

息を整え、開口一番に話したのは昔からの決まりだ。モンスターが村に現れた時は女子供は集会所に避難させ男達は戦う。それが何も知らない昔の私のままだったなら素直に従った。だけど今は違う。

 

横になった状態から立ち上がり身体の状態を確認する。体中が鈍い痛みを出しているけど動ける。それが分かるとすぐさま予備の武器と防具を取り出して装備する。

 

「何をしている!今すぐ隠れなさい!」

 

「出来ません。それにアレは隠れた女子供を見逃してくれるほど優しいものではありません」

 

ーーアレをやり過ごせる気が起きない。

 

それが対峙して私が感じた事。父様は私の行動が予想外だったのか慌てている。それに構わず私は準備を整えていく。暫く何かを言っていたけど内容は分からなかった。だけど準備を終え外に出ようとしたところで両手で肩を強く掴まれ止められた。

 

「何故隠れない、何故戦う!お前はアレが恐ろしくないのか!」

 

「恐ろしいよ!怖いよ!今でも身体が震えているよ!」

 

大声で問いかける父様に負けない大声で答える。

 

「でも戦うしかないの!アレと戦ったから分かるの!正直に言えば怖いよ、でも村で弓を一番うまく扱えるのは私しかいない。唯の女子供じゃない、貴重な戦力だってことを自覚しているから行くの」

 

そこまで言うと肩を掴んだ父様を振り払う。そして家を出る直前で立ち止まり振り返る。すると同じように振り返った父様と目が合う。

 

「それに私はハンターだから」

 

それだけを言って私は走り出す。言うべきことは言った。勿論恐怖は消えていない、それでもカムイと一緒なら、きっと。そんな根拠のない考えを持ちながら村の中を走り続ける。そして一際大きな音が、それに合わせて沢山の人の悲鳴と叫びが聞こえてきた。

 

「ウソ……」

 

村人達を、人垣を押し退け辿り着いた場所、そこにいたのは沢山の倒れ伏す村人達。そして吹き飛ばされ宙を舞うカムイの姿。

 

その時私は叫んでいた、直ぐにでもカムイが飛ばされたところに行って手当をしたかった。

 

だけどそれは出来なかった。村で唯一モンスターに対抗できていたカムイが吹き飛ばされたことで生まれた静寂、その渦中でアレは腕を振りぬいた姿勢から元に戻り視線をカムイから私達に変えた。

 

そして嗤った。

 

ーー怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いコワイコワイコワイコワイコワイコワイこわいこわいこわい!!!

 

その歪んだ顔を見た瞬間弓を持つ手が震え、口の中が乾き、冷や汗が流れる。それでも武器を手放さなかったのは知っているからだ。

 

「まだ、まだ終わってない!」

 

「アヤメ様!」

 

奴の矛先が変わった、私達だ。奴は満足していない、殺し足りないのだ。

 

「戦え!」

 

ただ一言、声張り上げて叫んだ。

 

「アレは今までのモンスターとは違う!村に生きる全てを殺し尽くすまで止まらない、何もしなければ殺されるぞ!」

 

思い浮かべるのはいつも先頭に立っていた彼。恐怖で震える身体を隠してカムイの真似を始める。彼ならどうするか、絶望と恐怖が満ちるこの場をどうするのか考える。

 

「私も、ハンターなんだ!」

 

最期は自分に向けての叫び。生き残るために、戦えるように自分に言い聞かせる。

 

「武器を持て!石でも棒でも何でもいい、武器をもって戦うぞ!此処が俺達男衆が身体を張るところだ!それとも俺達は女子供に頼るしか出来ないのか、違うだろ!俺達には此処しか無いんだ!」

 

最初に立ち直ったのはヨイチ。自らも武器を持ち最後の一押しとばかりにこの場に集った全員に聞こえる声で喝を飛ばず。

 

「やってやる……、やってやるぞっ!」

 

「村から武器になるもの持って来い!包丁でも何でもいい、使える物は全部持って来い!」

 

「女子供も力を貸してくれ!」

 

「わ、私も!」

 

「僕も手伝う!」

 

村の男が、女が、子供が、村総出でモンスターに立ち向かう。そして戦いが始まる。

 

「ヨイチさん達はモンスターの注意だけ引いて下さい!決して戦おうとはしないでください!」

 

「了解しました!聞いたか野郎ども、俺達はモンスターの注意だけを引くんだ。そうすればアヤメ様の弓が奴を倒す、分かったか!」

 

「応!」

 

ヨイチ達が男衆を引き連れモンスターに向かう。彼らも自分の実力は分かっているのか積極的な攻撃はせず軽く切り付けたり、物を投げて当てる程度に留めている。そしてモンスターの死角を、カムイの行動を真似して動きを阻害するだけに努めている。女子供達も武器の補充や傷ついた男達の手当をしている。その中で私は弓を引く。狙うのは目、そこしかない。

 

アヤメが攻め、男達がモンスターの注意を引き、女子供がそれを支える。皆が必死に生き残ろうと戦っている。

 

ーーそれなのに、それなのに!防御すらしないなんて!

 

戦い始めてから放った矢は四本、その全てが顔を背けただけで防がれた。舐められているとも違う、脅威とすら思っていない。

 

私達の持つ武器では自分に傷がつかない事を理解しているから防ぐ事すらしない。

 

無駄な行動だから。

 

そしてモンスターは私達の狙いが目だと理解した。それを顔を僅かに動かすだけで防ぐ。

 

モンスターにとってその程度で十分だから。

 

唯一通用するはずの弓すら封じられ、歯牙にもかけられない。だけど私達にはそれしかない、無駄でもやり続けるしかなかった。

 

だけどモンスターにしてみれば態々私達の抵抗に付き合う必要はない。まるで纏わり付いた虫を払うように地面を掘り起こしながら腕を振るった。

 

その結果、同じ光景がもう一度再現される事になった。

 

「ぎゃあああああ!」

 

「痛い痛い痛い痛い!」

 

「血が、血がああああああ!」

 

土が、石が、掘り起こした地面に含まれていたもの全てが礫となってヨイチ達を、女子供を、私を襲ってきた。

 

いつの間にか倒れた自分、痛みに耐えて身体を起こし辺りを見れば散々たる有様になっている。誰もが痛みに呻き、叫び、血を流している。何より今回は男衆たちがモンスターに接近していたから被害は前とは比較にならないものになった。

 

誰も死んではいない事すら喜べない。唯運が良かっただけだ。それもモンスターにしてみれば気に掛ける必要すらなく、戯れに潰す程度の価値もない、数だけが取り柄の目障りな存在が私達だったから。それで今回は偶々死ななかっただけでしかない。

 

歯が立たない。それ以前にカムイと違ってモンスターは私達には本気を出していない。纏わり付く虫と同じでしかなかった。

 

「ふざけるな……」

 

悔しい、手を尽くしても、死力を尽くした私達の抵抗をなんとも思っていない。

 

「ふ、ふざけ……」

 

怒りに任せて振り返った視線の先、そこに紅いモンスターがいた。

 

「あ、あ、あ……」

 

身体を覆ってしまう程の巨大な影、目の前にいるモンスターは既に拳を振り上げている。その狙いは私、目障りな虫の中で特に目障りな存在を先に潰そうとしているだけ。

 

それが分かった瞬間に全身の力が抜けた。

 

遠くで誰かが叫んでいる、けど私にはどうでもよかった。

 

逃げようとも思わない。

 

逃げられる気がしないから。

 

戦う意思が消える。

 

戦いにならないから。

 

全てを諦めてしまう。

 

希望も何もかもが壊されたから。

 

残ったのは絶望、諦め、そして後悔だけだ。

 

ーーもしあの時、爪痕を見つけた時直ぐ逃げれば村は襲われなかったのかな?それとも調査なんて行かずに村に籠っていたら良かったのかな?それとも……。

 

顔を伏せ、避けられない死を目前にして考えるのはそんな事ばかり。ありえたかもしれない未来を夢想するだけ。でもそれも終わる、モンスターの拳で潰されて。

 

そして腕が振り下ろされてーー

 

「ガァアアアアアアアアアア!?」

 

悲鳴と共に覆い被さっていた影が消えた。

 

「えっ?」

 

訳が分からなかった。さっきまで自分を覆っていた影が消えた、それ以前にさっきの悲鳴は人の物じゃない、モンスターの悲鳴だった。

 

顔を上げたその先、目の前にあるのは死ではなかった。

 

その姿を見て今まで動いていなかった身体が、心が激しく動いく。後から後から流れる涙は止まるところを知らず、目の前の風景は歪み涙声になってしまう。それでもクシャクシャの顔で名前を叫んだ。

 

「カムイッ!」

 

「三度目の正直だ、覚悟しろよ」

 

モンスターとは比べ物にならない小さな影がそこにあった。

 

 

 

 

「あああアあアあアあアああああ!」

 

意識を取り戻した切っ掛けは優しい呼びかけではなく頭の中を駆け回る激痛だった。それが断絶した意識を無理矢理覚醒させる。

 

呑気に意識を失うことも許されず涙と鼻水を流しながら痛みに呻く地獄のような時間。その中で動く身体を駆使して激痛の発生元の左手を見る。

 

そこにあったのは盾を、小手を砕いた一撃を受け折れ曲がった腕だ。砕けた小手の隙間からは血が滲み出し酷い有様、正直見た事を後悔した。

 

だが痛み呻きながらも身体に染みついた習慣で周りを、現状を確認する為に辺りを見渡す。すると吹き飛ばされた先はヨタロウの工房だったらしく包丁や鍛冶道具などが辺りに散乱している。よく無事でいたと自分の悪運に驚き、そして身体が戦う術を求めて動いている事に気付いて更に驚いた。

 

冷静ではなかった、正常な判断能力すら無かった。

 

その只中で理性が言う、諦めろと。

 

その通りだ、打てる手は尽くし、その結果がこれなのだ。

 

それなのに何故まだ戦う、戦おうとするのか自分でも分からない。

 

長い年月をかけて経験を積み重ね形作っていく筈の精神は歪に完成してしまった、頭の中に有る誰の物とも知れない記憶のせいで。だから自分には泣き叫ぶ事が、幼い子供のごとく振る舞う事が出来ない。

 

だからだろう、片手で痛みに呻きながら崩れた工房の残骸の中から武器を探す。どうすればモンスターを殺せるのか、どうすれば己の牙を届かせられるのか、頭の中では既にモンスターの殺害方法を練る事で一杯だった。

 

そして探している最中に見つけた、崩れた工房から差し込む光を受けて輝くものを。光に集う虫の様に瓦礫を押し退け、その下にあった物を掘り出す。そこにあったのは一振りの武器、それに使われてる素材には心当たりがあった。何よりその素材の特性を調べ、研究もした。

 

「出来ていたなら教えてくれよ……」

 

無事な右手で柄を握り、何かが肩を揺さぶった。振り返るとそこにいたのはケンジだ。顔を青くさせ何かを言っている。だが上手く聞き取れない、何より音が遠くに聞こえる。それでも僅かに聞えた音を注意深く聞き、頭の中で何を話しているか想像して補う。

 

「カムイ君、腕を出してください!急いで手当をします!」

 

それで分かった内容は自分の腕の惨状を知って手当をしてくれることだった。ケンジさんに感謝し、だが何故近くにケンジがいることに気付けなかったのか。その理由が分からなかった。普段の自分ならこれ程近くにいれば直ぐに分かる筈なのに。

 

だが原因は直ぐに分かった。なにせ左耳から音が全く聞こえない、無事な右手で触れば暖かい液体、血が流れていた。半分音が聞こえないせいでケンジの接近や呼びかけを認識するのが遅れたのだ。

 

音が聞こえない耳と手に持つ武器。

 

その時俺は笑っていたと思う。

 

 

 

 

自慢の毛皮が斬り裂かれた、とはいっても傷そのものは浅く致命傷とは程遠い。だが軽傷にも関わらず大きく距離を取った事から余程の事だと窺える。

 

「漸くその身体を斬り裂ける刃を見つけて来たぞ」

 

カムイが手に握るのは新たな剣。いや違う、刃渡りは剣とは比較にならない長く、同様に柄も長い作り。そして片刃のソレは命懸けで仕留めた女王蜂の翅から出来ている。

 

百を優に超える実験と研究を行い、技術確立の為に数えるのも馬鹿らしい程のランゴスタの翅を潰した。その過程を経て漸く形に出来た代物。女王の名に相応しい翅、その鋭利さを損なわずに武器の形に仕立て直した。

 

ーー試作武器、太刀。銘 女王翅刀。

 

片手で太刀を背負ったカムイは奇しくもモンスターが大きく距離を取った事でコロシアムの如く対峙する事となる。一人と一体、互いに睨み合いながらも動かない。その張りつめた空気に集っていた村人達も当てられ誰も音を立てない。

 

そして戦いは唐突に始まった。

 

「アアアアアアア!」

 

「ガァアアアアア!」

 

アオアシラが剛腕を振るい、それをカムイが避ける。それは最初の戦いと変わらない様に村人達には見えた。いや実際にはカムイが不利である筈だ。

 

一方は手傷を負うも万全に近いモンスター。もう一方は片腕は砕かれ、それでも残った右腕で太刀を肩に担ぐカムイはボロボロ。だがカムイの動きは戦い始めと同じ動きを繰り出している。

 

――気付け薬を改良し鎮痛作用だけを抽出した丸薬、痛みに耐え忍び怯むことがないソレは戦闘に於いて忍耐を与えてくれる。その丸薬を服用したことで応急処置を済まし固定しているだけの左腕から襲ってくる痛みを無視出来るほどにした。

 

――女王の翅から作られた太刀は今までの武器とは比較にならないほど鋭く、そして翅で作られた故に異様に軽い。その極端な性能が現状においては最適だった。

 

この二点をもってカムイはモンスターと互角に戦えるところまで来ていた。

 

そして自身に有利な戦局を変えるためモンスターは再び咆哮を至近距離で放つ。咆哮を至近距離で聞かされた生物は悉く硬直し動けなくなった。その隙を突くことで数え切れない程の致命傷を与えてきた。それは目の前にいる小さな生き物も同じ。

 

今までなら。

 

「残念。もう聞こえないんだ、何もかも」

 

だがカムイには効かない。

 

そして咆哮に費やされた時間、それはカムイが待ち続けていた瞬間だった。

 

太刀が斬り裂く、無防備な腹を。毛皮を、筋肉を、脂肪を横一文字に斬り裂いて致命の傷を与えた。傷口からは夥しい血が湧き出てカムイに雨の様に降り注ぐ。

 

「ガァアアアアア!?」

 

叫ぶモンスターは信じられなかった。

 

ーー何故効かない、何故動けるのか!

 

咆哮がカムイに聞かなかった理由は自ら鼓膜を破いたから。血を流す両耳、音は頭には伝わらず咆哮は身体を震わすだけ。

 

丸薬で痛みを失くし

身体を斬り裂くのは女王の翅で作った太刀

咆哮を防ぐ為に自らの耳を潰す。

 

これで全てが揃った、これでカムイは勝機を見出した。

 

「ああああああ!」

 

太刀を振るう。血の雨が降る中、陽の光を受けた刀身が輝く。翅で作られた太刀だから可能な片腕のみの剣舞、煌めく度に巨体には傷が一つ二つと刻まれていく。そしてモンスターも理解せざるを得ない。此処に居るのは死にかけの生き物ではない。己を殺せる生物だと。

 

血が舞う正に血風というべき光景、その中で一人と一体は必殺の意思を込めて牙を交わし合う。モンスターはその巨体を生かしカムイを潰そうと、そしてカムイは自らの小さい体躯を生かしてモンスターに迫る。

 

互いに無傷とはいかない、牙を交えるごとに傷は増えていく。その度にカムイは太刀の扱いを上達させる、させなければ死ぬしかない。

 

そして互いに理解している、一瞬でも目を離せばその時が最期だと。この戦いは我慢比べ、先に大振りの一撃を出した方が負ける事を。

 

一瞬が永遠に感じられる闘争の中、先に限界が来たのはモンスターだった。

 

カムイに与えられた致命傷、激しい動きで大量に流れる血がモンスターの生命力を奪っていく。そしてこの瞬間に至り残された時間が僅かとなる。

 

ここで決めるしかない、そうしなければ後がないモンスターは遂に大技を振るう。

 

薙ぎ払い、カムイを、村人達を追い詰めたソレは当たれば確実に相手を殺せる。モンスターは残された力を動員して技を繰り出そうとする。

 

その隙をカムイは突く。腕を振り上げてから繰り出すまでの僅かな時間、太刀が斬り裂いたのは立ち上がる身体を支える脚。余りの苦痛に叫び倒れそうになるモンスター、繰り出そうとした攻撃を中断し倒れる体を両腕で支える。

 

そして気付いた、相手が、カムイが武器を振りかぶっている事に。

 

一閃

 

身体は動かず、悪足掻きをする時間すら与えない。輝く刀身は眼前に差し出されたその首を斬り裂き、血が噴水の如く噴き出る。そしてモンスターは……。

 

「ガァアアアアアアアアアア!」

 

倒れない。

 

残された最後の力を振り絞り胴体を持ち上げカムイを両腕で掴む。最早自らの生存など考えてはいない。唯敵対する存在を殺し潰すために僅かに残った力も両腕に注ぎ込む。カムイ自身も残された体力は少なく、それ以前に力で勝るモンスターの拘束を抜け出す事は万全であっても出来ない。

 

モンスターの怒りと執念を防具が受け止める。ミシミシと軋む音が聞こえるのをカムイは何も出来ずに聞き入るしかない。

 

そしてモンスターの、カムイを睨む残された片眼に矢が突き刺さる。

 

「ギャアアアアア!?」

 

余りの苦痛に耐えきれなかったモンスターは拘束していたカムイを上に投げ出す。そして真上に投げ出されたカムイは上空で姿勢を整え、太刀を振り被り、堕ちる。

 

それは重力が合わさった一撃であり、この戦いに終止符を打つ一閃。

 

振り下ろされた刃はアオアシラの顔を、鼻を、舌を、首を、腹を斬り裂く。縦一文字に斬り裂かれたモンスターの身体から血が吹き出す。

 

それでもモンスターは立ち続ける、ゆらゆらと身体を動かしーーそして崩れるようにして倒れた。

 

静まり返る広場。集った人々は目の前で起こった事を直ぐには理解出来なかった。だが一人二人と理解できた者達から叫ぶ。

 

それは強大なモンスターが斃れた喜び、村中が歓声に包まれるのに時間は掛からなかった。

 

かつてない歓声が村に響き渡る中、カムイはモンスターの流した血の海に浸かり、それをアヤメが起こそうとしていた。




一乙――川で逃げた
二乙――吹き飛ばされた
三乙――勝利

三乙する前にカムイは勝利出来ました。ちなみに三乙したら村の滅亡エンド。

そして書いてる最中にカムイがFF10のアーロン、もしくはダークソウルのアルトリウスの様になったのは予想外でした。


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後片付け

遅くなりました。


最初に目が覚めた時、カムイは自分の置かれた状況が分からなかった。それでも情報を求めて横になっていた身体を起こす。だが頭に入力された情報は、寝ぼけた現状では上手く処理出来なかった。

 

意識を覚醒させる為に暫くの間は頭を揺らし続ける。そうして覚醒した事で漸く此処が自分の家の中だと理解できた。

 

そして意識が覚醒すると同時に体中を鈍い痛みが襲った。

 

痛みに耐えかね呻きながら再び横になると痛みも幾分か和らいだ。そして和らいだ痛みに代わって出て来たのは紅いアオアシラとの戦い。

 

吹き飛ばされ、それでも太刀を背負って再び戦いに赴き、そして紅いアオアシラが目の前で斃れたところを明確に思い出した。

 

「…………良く生きていたな」

 

カムイは己の雑草のような生命力と悪運に感心してしまうほかなかった。身体を傷つけられ、モンスターに腕を砕かれ、その時点で自分の身体はボロボロだった。それでも無茶を通した、片手で太刀を持ち、薬で苦痛を失くし、自ら鼓膜を破って戦った。

 

そして体中を走る痛みが生き残った事を教えてくれている。

 

「我ながら狂っているな、次は悪運尽きて死ぬんじゃないか?」

 

「おいおい、縁起でもない事は言わないでくれ」

 

「うおっ!?……て、ヨイチか」

 

どうやら独り言は聞かれていたようで声の聞えた方向を見る。するとそこには苦笑いをしたヨイチがいた。

 

「おはよう、それにしても今回も長い眠りだったな。ちなみに眠っていた日数だが」

 

「今回は四日ほど寝込んでましたか?」

 

「残念、外れだ。あれから三日しか経っていない」

 

「……外れていますが二日の最長記録更新ですね」

 

「嫌な記録だな」

 

雑談を交わすケンジの姿はいたって元気そうだった。頭に撒かれた包帯はあるがそれ以外は特に変わりがない。そうしていると家の中にさらにケンジとカヤが入ってきた。

 

「おはようございます、カムイ君」

 

「おはよう、兄さん。目を覚ましたって聞いたから食事を用意しているけど、食べる?」

 

そう言ったカヤは食事を予め持って来てくれた。両手に持っているお椀の中には大盛りの雑炊が盛られ、そこから食欲を刺激する香りが立ち昇っている。その香りを嗅いだ瞬間にカムイは耐え難い空腹に襲われた。

 

「食べる!」

 

食事を受け取ったカムイは無我夢中で雑炊を食べ始める。香りを堪能する余裕は無く、飢えた身体を満たす為に口と手を動かす。そうしてお椀に盛られた雑炊を一皿完食するのに時間は掛からなかった。だが足りない、栄養を求める身体が満足するにはまるで足りなかった。二杯目、三杯目と何回もカヤにお代わりを頼み、用意してくれた雑炊が尽きるまで食べ続けた。

 

「落ち着きましたか?」

 

食事が終わるとそれまで静かに待っていてくれたケンジが口を開いた。

 

「すいません、食事に夢中になってしまって……」

 

「気にしないで下さい。私としても食事が出来るまでに回復した事が分かったので問題はありません。それに……」

 

「それに、これから話すことは長くなるからな」

 

そう言ってヨイチは今回の騒動、モンスターによる村の被害の詳細を話し始めた。

 

まずモンスターによる被害は多岐に渡った。人に建物、特に今回は村で経験したことがないような大勢の怪我人が出た。

 

重軽症者が多数、だが村の拡張計画の為に備蓄していた薬のお陰で幸いにも死者が出ることは無かった。軽傷の者は手当が施されると村の復旧作業に従事し、重傷者も後遺症も無く復帰出来るだろう。

 

建物に関して言えば倒壊は三軒と数は少ない。そして幾つかの建物は規模の違いはあるが損傷はしたが修理は可能。荒らされた村と倒壊した建物は無事な村人達と復帰した者達が頑張りほぼ元に戻った。混乱も今は終息して村は日常生活を送れるところまで回復した。

 

「だが人も建物も破壊された村の出入り口に比べれば些細な問題だ。正直に言えばモンスターが起こした被害の中ではコレが一番の問題だ。今はもう突貫で作った門が塞いでいるが……」

 

「それで今後の対応はどうするんですか」

 

「二人以外に村専属のハンターを増やす、もしくはハンターに匹敵する何かが必要だ」

 

「それは……」

 

「一朝一夕では如何にもならない事は分かっている。だからハンターなんて高望みはしない。まだ構想の段階……、いや、常設の防衛戦力を設けるしか手は無いだろう。その時にはカムイも協力を頼みたい」

 

「分かりました。ですが人手の方は?」

 

「そちらに関しては俺の方で何とかするから心配しないでくれ。それに希望がないわけじゃないからな」

 

そう言ったヨイチは意地悪な笑みを浮かべた。それを見たカムイは嫌な予感を感じて身構え、そしてソレは当たっていた。

 

「実はな、チビッ子どもの間でハンターごっこが流行っている、これを生かしていくつもりだ」

 

「うわぁ……」

 

「アレは凄かったですもんね」

 

「あぁ……、アレは凄かったからな。ランゴスタの時は結果だけだが、今回は戦いも含めて村の全員が見届けたからな。女王蜂の時を知っている俺でも圧倒されたんだ、そのお前に憧れる奴は少なくない。特にお前より下の世代には希望が持てる。そうでなくても大人達の中からも触発されて何人か出てくるさ」

 

「そうですか……いや、でも、なんか恥ずかしいぃぃ……」

 

「村に迫りくるは強大なモンスター、だが一人の少年がモンスターと死闘を演じこれを見事倒した。誰も出来なかったことをやり遂げたんだ、何を恥ずかしがってんだよ!」

 

そう笑いながら話すヨイチは実に楽しそうだ。確かに娯楽の少ない村においてこれ程面白く心躍る物語は無い、それを実際に目にすれば夢中にならない道理はないだろう。

 

カムイもその手の話は嫌いではなく好きだーー自分が題材になっていなければ。だが悶えている当人にしてみれば唯の羞恥プレイ、穴があったら入りたいと心の底から思っていたりする。

 

「そうだ!あのモンスター、紅いアオアシラをどうするかは決まったんですか?」

 

だからカムイは急いで話題の転換を計る。これ以上この話題について話さない為に。

 

「あの紅毛か?アレの解体は既に済ましている。毛皮とかの素材はカムイの防具用で取って、ヨタロウ達が壊れて使えなくなった予備の分も含めて新しい防具を作る予定だ。あれほどのモンスターの素材だ、気合が入っているだろう。取り敢えず俺が伝えることはこれで全部だ」

 

「ようやく私の番ですね」

 

そう言ったのはヨイチの横に座っていたケンジだ。

 

「私からもカムイ君に幾つか伝えることがあります。まず戦いが終わった後カムイ君は倒れました。原因は極度の疲労ですが、それ以外にも体中に傷があったので此処には運び込んで治療を施しました。ですが問題が一つだけありました」

 

「問題?」

 

「左腕の治療です。幸いにも防具のお陰で腕自体は原型は留めていましたが、私に出来たのは腕の固定と傷口を塞いだ事だけです。完治する確証は無く、最悪腕が腐る可能性がありました。ですが『秘薬』のお陰で左腕が腐ることは無いでしょう。そして時間を掛ければ左腕は元の様に動かせる筈です」

 

そう言われて添え木で固定された左腕を見る。包帯から覗く左手の血色は良く一見したところ問題はなさそうだ。だが砕かれて間もない腕を試しに動かす気はカムイには起きなかった。何よりもケンジが治療の過程で話した言葉の方が気になって仕方なかった。

 

「『秘薬』を作れたのですか?」

 

ケンジには以前から狩に役立つ技術や物、応急処置の方法や医薬品について度々相談してきた。その時に彼の家系で伝えられてきた『秘薬』の存在を教えられた。

 

ーー優れた薬効を持ちどのような傷も治す

 

という謳い文句だったが正直に言えばカムイは半信半疑だった。何より教えたケンジでさえ知識としてしか知らず実物を知らない。それに加えて長い年月の経過で知識は虫食い状態で消えかかっていた。

 

だが唯の出鱈目ではなく本当の可能性もある。だからこそ埃を被った蔵書から僅かにある情報を元に虫食いだらけだった製法を補完し、試作品を作った。だが出来たものは『秘薬』とは到底呼べないものだった。

 

補完した製法では所々判明しなかった箇所もあり不完全だ。何よりマンドラゴラを始めとした材料に精製した幾つかの薬品を元に作られるのが『秘薬』だ。調合には多くの材料を必要とし、調合の手順も複雑、失敗しても何が原因なのか分からない。特定するには試行錯誤が必要だった。

 

そうして手探りの状態でカムイとケンジは失敗を積み重ねた。そのお陰で副産物として活力剤や増強剤の製法が判明、丸薬の改良や医薬品の充実も出来たので無駄にはなっていない。

 

「厳密に言えば『秘薬』のようなものです。材料も手間も非常に掛かりましたが、それに見合った代物です。自分でも信じられませんよ」

 

「確かにな。だがアレだけの傷も耳も治った。これさえあれば今後も怪我を心配する必要はないな」

 

「確かに耳も問題なく聞こえます。これが秘薬の力なら凄いですよ。量産できれば……」

 

「残念ながら良い事ばかりではありません。この薬は身体の自然治癒能力を劇的に高めて急速に傷を治癒しますが、その過程で身体に掛る負担も無視は出来ません。身体中が異様に活発になるので普段よりも多くの食事が必要になるでしょう。今回もカムイ君が眠り続けていたら傷は治っても餓死していた恐れもありました。ですから使いどころは考える必要があります」

 

「確かに……。ですがこの薬はこの先必要です。何より治療環境を整えればコレを問題なく使用できますし、現状でもこれ程心強い物はありませんよ」

 

「そうですか。ではコレの量産を?」

 

「お願いし、ふぐぅ!?」

 

だがカムイの言葉は続かなかった。理由は何かがカムイの鳩尾に弾丸の如く飛び込んで来たからだ。身体をくの字に折りながらカムイは飛び込んで来た何か、アヤメに視線を向ける

 

改めて確認すればアヤメの頭がカムイの鳩尾に見事に決まっていて地味を通り越して普通に痛い。その事についてカムイは一言告げたかったが。

 

「よかった……、ほんとうによかった」

 

アヤメがカムイの胸に顔を埋めたまま静かに泣いているのを見てそんな気は霧散した。何より気になったのはアヤメが身に着けている防具に薄汚れた小さな傷が沢山刻まれている事だ。

 

「カムイ君が眠っている間、アヤメ様は頑張っていました」

 

「アヤメが?」

 

詳しく聞けば村の警備に大量に消費した薬の材料を集め、そのほかでも精力的に働いてカムイのいない穴を埋めようとしていた。そしてそれは防具に刻まれた汚れと傷が物語っていた。

 

だから胸に埋めたアヤメの頭に手を載せる。

 

「眠っている間の事ありがとう。アヤメがいてくれて助かった」

 

そして告げるのは謝罪の言葉ではなく感謝の言葉。そう言って顔を埋めるアヤメの頭を優しく撫でる。すると抱きしめる力はさらに強くなった。

 

「いたい、いたい」

 

「アヤメ様、カムイ君も病み上がりなので」

 

「……そうね、カムイはもう暫くは休んで怪我を治してね。その間は私が頑張るから」

 

名残惜しそうにアヤメはカムイから離れる。流れていた涙を拭い顔を引き締めると部屋を出ていった。その姿は今まで知っていたアヤメとは少しだけ何かが違っていた。だがそれを言い表す言葉がカムイには思い付かなかった。

 

「なんというか……、アヤメ変わった?」

 

「変わったとは少しだけ違います。あれは成長したんですよ」

 

「そうだな」

 

そう言ったケンジとヨイチは二人してなんとも感慨深そうな表情をしている。カムイもそれを聞いて納得した。

 

「男子三日会わざれば刮目して見よ……と言ったところか、アヤメは女の子だけど。それでケンジさん、あと何日程安静にしていればいいんですか?」

 

「そうですね、普通であればもう数日は安静と言いたいところですが……」

 

だがケンジの話は再び中断された。ケンジ達が家の入口から聞こえてきた足音に視線を向ける。

 

「村長……」

 

「カムイに話がある、二人きりにしてくれないか」

 

カムイ達の視線の先にいる村長が険しい顔をして家に入ってきた。

 

「カムイ君の容態なら明日には動いても大丈夫ですよ。ただし左腕は動かさない様に!完治するまで大体一ヵ月は掛かかりますから!」

 

それではと足早に話したケンジは荷物を纏めると家から出ていった。さり気なくヨイチとカヤも退出した。

 

──逃げやがったな。

 

ケンジ達は厄介事を機敏に察知して退席した。そのお陰で部屋の中にはカムイと村長二人だけになり静寂が家の中をを支配した。

 

──逃げたい。

 

傷付いた身体ではカムイがそう思ってしまうのも仕方なかった。先程からカムイの治った耳が拾う音は自分と村長、二人分の呼吸音だけでそれ以外の音も無い。加えて村長は何故か険しい顔をしている。

 

カムイは治ったはずの耳が痛み出したように感じた。

 

だが、沈黙はそう長くは続かなかった。村長が頭を下げ、話し始めたからだ。

 

「今までの仕打ちを思えばふざけるなと言われても仕方がない。それでも村を救ってくれた事に感謝している」

 

「顔をあげて下さい」

 

だか村長は頭を下げたまま話し続ける。

 

「アヤメは……、アヤメはハンターを続けることになった」

 

いや、これから始まるのは話ではなく独白だ。

 

「あの子は死んだ妻の忘れ形見だ。手のかかる子だが私には掛け替えのない宝だ」

 

その独白に込められた想いをカムイは推し量る事は出来ない。

 

「その娘がハンターになると言い出した時は止めたかった、だが出来なかった。何よりあの時はアレ以外の解決方法は無かった、村長としての私はそれを是とした。だが気が気でなかった。だから何らかの事故が、問題が起これば娘にはハンターを辞めさせるつもりでいた。そして娘が一時的とはいえハンターになれた事実で誰か他の者に代わりにさせるつもりだった。」

 

村長としての立場と父親としての想い。相反する狭間で一人の男が苦しんでいた。

 

「だが娘が自分はハンターだと言い切った。その決意も行動も見せられた、私にはもうどうする事も出来なかった。モンスターと戦う娘の姿を見た時は信じられなかった。だが戦った姿は幻でもなく現実で、そこには私の知っていた娘ではなかった」

 

彼の娘、アヤメは成長した。信じられない程に。

 

「それでも無茶を承知で頼みがある」

 

顔を上げた村長の目は赤く充血し、頬には涙の跡があった。

 

「カムイよ、娘を頼む」

 

それは村長としてではない。自分の娘を想う父親がそこにいた。

 

「分かりました」

 

その顔を真っ直ぐに見つめてカムイは答えた。

 

 

 

 

カムイとは小さな頃からの顔なじみだった。

 

母様は私を産んだ時に死んでしまい、それでも私の周りには優しい人が沢山いたから落ち込むことは無かった。そのお陰で幼い頃の私は元気に……、元気過ぎる程に育って相当なお転婆娘になってしまったと聞いている。そんな私の遊び相手となった人は散々に振り回され父様も大人達も対応に苦労していたそうだ。父様は村長の仕事で何時も傍に居る訳にもいかず、大人達もそれぞれの仕事がある。かと言って目を離したら安心が出来ない。

 

どうするかと頭を悩ませた父様は元気に暴れ回る私にお目付け役を付けた、それがカムイだった。その頃から彼は変わっていて私と歳が近い筈なのに彼は我儘は言わず、物分かりが良かった。それに大人しい性格も相まってカヤのお世話を含めた村の幼い子供たちの面倒も時々見ていた。それで村の大人達からは頼りにされ、父様からも頼りにされた。私の我儘や遊びにも文句を言わずに付き合ってくれて、お目付け役が解かれた後も交流は続いた。

 

彼とは友達で、親友で、年上の兄のような存在で、上手く言葉で言い表すことが出来ない関係だ。

 

そんな彼だが。冬の食料不足は深刻で、カムイ達は見捨てられることになった。私がそれを知ったのは後になってからで普通の子供であれば何も出来ず冬の寒さと空腹で死んでしまう筈だった。

 

だけどカムイは生き残った。それでも村の外に出てモンスターを狩っていると聞いたときは驚いたけど。

 

そうして彼は村のハンターとして生きていく事になった。そして大怪我をして村に帰って来た。怪我を負った原因はハンターの仕事が原因でそれで村からハンターがいなくなり誰もが担い手の居ないハンターの仕事を押し付け合う。

 

「私がやります」

 

そんな中で私は名乗りを上げた。勿論危険な仕事だとは知っていた、だから村の誰もが担い手になることを拒んだ事も理解できた。それでも罪人をハンターにする考えが聞こえて来た時は頭の中は怒りで一杯だった。

 

カムイが身体を傷だらけにして帰ってくることは少なくない。時にはそのまま寝込んでしまう事すらあった。それでも自分からハンターに名乗り出たのは彼の仕事が忌みがられるものではないと知っているからだ。それに父様の、村の役に立ちたい気持ちがあったから。

 

それにカムイに出来たら私にも出来ない筈は無い、そんな考えも少しはあった。

 

だけどそれは違った。

 

最初の頃、身も蓋も無い言い方をすれば私にとってハンターとは便利屋だった。薬草、食料、肉類、蜂蜜……、閉じられた村の中で必要になった物をモンスターの蔓延る外の世界へ採りに行く。それがハンターの仕事だとカムイ自身も思っている。

 

だけどハンターになった事で知った外の世界、そこには見た事のないものが溢れている。御伽噺でしか知らなかった火竜も、そして恐ろしいモンスターもいた。

 

でもそれだけじゃない。実際にハンターになった事で、見た事も無かったモノを見て知って、命を懸けた戦いを経験して分かった

 

ハンターとは便利屋か?

 

違う。

 

それだけでは言葉が足りない。かと言って何かと問われれば上手く言葉に出来なくて、けれどハンターは村の便利屋で収まるモノではない。この考えは正しいと思う。

 

そして村を襲ったモンスター。人を超えた力を持ち、それを悪意を持って振り回す存在。誰もが死を幻視した中でカムイは立ち向かい戦った。

 

その後ろ姿を見た私はハンターとは何かを理解した気がした。

 

その時芽生えたこの想いを今はまだ伝えない。

 

いつか、あなたの隣に立ったその時に。




今後の更新は不定期になります。ですが物語は続きます。



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第四章 未知との遭遇
不思議な事


遅くなりました。


彼等は小さな森に住んでいた。

 

規模こそ小さいが穏やかな森で食べ物も豊富で川には食べられる魚が泳いでいる。そこにはモンスターも生息していたが小さく気性も穏やかな個体が殆どだ。

 

毎日森と川から食料を採り慎ましく生きる。非力な彼等にとってモンスターに怯えないで生きられるこの森は楽園のような場所だ。

 

そこで住む彼等は幸せだった、真紅のモンスターが現れるまでは。

 

それはある日ふらりと現れた。彼等とは比べ物にならない程に巨大なモンスターは住んでいた森で突然暴れ出した。それだけでは飽き足らず森を壊し、住み着いていた多くの生き物達を殺した。

 

その結果として森に根付いた生態系は完膚無きまでに破壊尽くされた。

 

モンスターが存在するこの世においてそれはありふれた光景だった。強大な力を持ったモンスターが時に生態系を完膚無きまで破壊する。そして更地には新たな生態系が築かれる。

 

繰り返される営み、それがこの世界の掟だ。そして生き残るのはそれに適応した生き物だけ。

 

彼等も例外ではない。だから彼等は森を棄てるしかなかった。

 

仮に森が再生した時、そこが以前の住み慣れた森と同じ保証はない。それ以前に住処を追われた彼等には残された時間がは少なかった。

 

そして彼等も歩み出した。食糧を、住処を求めて。傷付き、涙を流し、挫けそうになりながらも新たな故郷を求めて。

 

──それが受難の旅の始まりだと知らずに。

 

 

 

晴れた空、森には生き物の気配が満ち、空からは鳥達の鳴き声が聞こえてくる。村の近くの森は以前の状態に戻っていた。モンスター──突如森に現れた紅いアオアシラを恐れて逃げた出していた動物達も森に戻っていた。まるでそんな出来事が無かったかのように。

 

その晴れた空の下に轟音が轟いた。

 

ズドン、と腹の底に響くような音の発生源はカムイ達の住む村の中、正確に言えば村を囲む崖の一角から聞こえて来た。そこにあったのは崖に突き刺さった矢だ。いや、矢の長さと太さからして杭と呼ぶべきだろう。それが村を囲む堅い崖に突き刺ささっている。そして杭より離れた場所、発射元には三人の男がいた。二人は成人しており、残る一人はまだ幼さを残した少年だ。

 

「どうだ?」

 

「威力は充分だ。……充分だが、もう少し早く撃てないか?威力があってもこれじゃあ……」

 

成人している二人の男、ヨタロウの問い掛けにヨイチが渋い顔をしながら答えている。その二人の視線の先にあるのは弩だ。だがそれは個人で携行する大きさではない。発射装置は大きく地面に固定するための台座を含めればとても持ち運べるようなものではない。弦も大人が両手を広げた位の大きさであり、もはや弩とは別の何かだった。

 

「そうだが……早く撃てるようにすれば威力が落ちるぞ」

 

「それは分かっているが……」

 

「運用方法を工夫するしかないでしょう」

 

ヨイチとヨタロウが頭を悩ませている処に少年が口を出す。大人達の真面目な会話に子供が割って入れば普通であれば怒られるか、笑って締め出されるかいずれかだろう。だが二人は少年、『ハンター』であるカムイの意見に耳を傾けている。

 

「工夫ってどんなことするんだ?」

 

「弩の数を増やす、もしくは低威力と高威力の二種類を使い分ける。数を増やすのは単純に多く用意して絶え間なくモンスターに撃ち続ける。もう一つは低威力だが早く撃てる奴でモンスターを足止め、高威力で止めを刺すといったところです」

 

カムイが語るのは今の武器をどう改良するのではなく、どう使うのかの意見だ。物は改良しようと思えば際限なく出来るものだが、そうしては時間が幾らあっても足りない。だからこそある程度の性能迄満たす事が出来たのであれば後は運用次第とカムイは考えている。

 

「ですが二種類を運用するのは止めておきましょう。用意するのも大変ですし細かく高度な連携が必要になってきます、それに……」

 

「モンスターが襲ってきて冷静に対処できる奴は少ない。だったら数を揃えて撃ちまくるしかないな」

 

実際に運用するであろうな自警団、その長であるヨイチがカムイの言葉を引き継いだ。確かにカムイの言った通り二種類を運用する方法もある、だがモンスターが村を襲っている時に自分が冷静に行動できるかと問われれば自信がない。それは自分に限らず自警団全員に言えることだ。ならば数を揃えて撃ち続ける運用が自警団に最も適しているだろう。

 

「そうと決まればヨタロウはコレを作ってくれ、完成した物から順次門に備え付けたい」

 

「了解した。カムイには何かしらあるか?」

 

「……台座かな。今回の試験でも改善されてたけどもう少し動き易くして。あと実際のモンスターは動き回るから狙い易いように照準を補助する物を付けるのはどう?」

 

「なるほど……これなら調整程度で済む。明日には出来るだろう」

 

そう言ってヨタロウは足早に自分の工房に帰って行き、その後ろ姿を二人は見送った。

 

カムイ達の住む村は過去に類を見ない危機に見舞われた。だがそれは村に住む者達全員の献身、そして一人の少年の命を懸けた戦いによって辛くも退ける事が出来た。そうして時間を掛け再び村に平和が戻った──とは終わらなかった。村人達、特に村長と自警団、そしてカムイを中心として村の防衛戦力の増強が叫ばれたのだ。

 

彼等の胸の内には共通の思い、危機感があった。現在の向上した生活環境を維持しようとした場合は村の外に出て行く必要がある。そうなれば今回の様なモンスターの襲撃には常時備えなければならない。其れを怠ればどうなるかを身を以て学び、そして理解した。

 

奇跡頼みではなく自力で対処する。そのための大まかな方針は二つ提案された。

 

一つはハンターを増やす事。

 

有事の際には村の防衛にハンターを宛がい戦力を増強する。そのためには今よりも多くのハンターを揃えようと考え……即座にそれが不可能だと誰もが理解できた。

 

現状でも村にいるハンターは二人だけ。その二人とも自警団に常時いる事は出来ず、尚且つ村から依頼される仕事も無下には出来ない。ならばとハンターを育成しようにも時間が掛かり過ぎる。カムイがアヤメをハンターとして育てるのに有した期間は二か月、それも付きっ切りで身体を鍛える処から始めたのだ。それでも速成である事に変わりなく、これでなんとか数を揃えようとした場合は一度に教える人数を増やすか期間を短縮するしかない。そしてその先に出来上がるのは粗製のハンター。戦力として当てにならないだろう。

 

残り一つは自警団の戦力を増強する事。最終的に全員がこの考えに落ち着いた。そして具体案として巨大な弩を村の門に備え付け自警団を強化することをカムイは提案した。

 

元来弩は扱うのに高度な技術を必要とせず、遠くから敵を攻撃するための武器だ。だがモンスター相手では鱗を貫けず何より生命力が強い為嫌がらせ程度にしかならない。そのため弩は無用の物と化し村長の家で埃を被っていた。

 

だがカムイは考えた──この弩をモンスターに通用する程に巨大化させればいいのではないか、と。そうであれば構造自体は弩と変わらない為、短い期間で自警団を強化する事が出来る。それだけでなく数多くの利点もある。

 

そうして対モンスター用の兵器開発が始まった。

 

「……にしても凄いものが出来たな」

 

そして二人の目の前には努力の結晶が実りの時を迎えていた。

 

「後は数を揃えるだけですが、訓練を忘れないで下さいね」

 

「そうだな、モノがあるのに満足に使えませんでしたじゃ本末転倒だ。だが、これで村に来たモンスターを命懸けで追い払う必要もなくなる」

 

そう言ったヨイチの声には多くの思い込められていた。モンスターとの戦いで後悔、恐怖、諦め、あらゆる負の感情を刻み込まれた。それでも団員として、今は彼等を率いる者として村を守ってきた彼だからこそコレの有用性が分かる。コレが村を、団員達を守ってくれる事を理解できる。

 

「──とは言っても、流石に『紅毛』が来たらどうしようも無いが……」

 

「アレは異常ですから早々に起こりませんよ。そうでなければ村はとっくに滅んでます」

 

「そう考える事にしよう。それとカムイ、名前は決まったか?」

 

「えっ?」

 

そう言ってヨイチは名も無き兵器を片手で軽く叩いていた。

 

「自警団としても名前があったほうが都合がいいし、何よりいつまでもアレやコレだと味気ないからな」

 

そう言ったヨイチはカラカラと笑い、その反対にカムイは硬直していた。

 

ド忘れであった。

 

兵器の試験と改良、それに復帰したハンターの仕事でカムイは忙しく活動していた。その為に今言われて思い出したカムイは内心で凄く慌て──たが別に慌てる必要はないと直ぐに気付いた。

 

例えこの場で答えられなくても明日顔合わせる時までに考え付けばいいのだ。そう考えたカムイは名付けを明日にすると伝える──事もなく、ぽっと頭の片隅に相応しそうな名前が浮かんできた。

 

「『バリスタ』……」

 

不意に口から出てきた言葉、それは今まで村で読み込んできたどの書物にも載っておらず誰からも聞いたこともない言葉だった。

 

「この兵器の名前は『バリスタ』です」

 

ならばこの言葉は記憶に刻み込まれたものなのだろう。だが不思議とその名前に違和感を感じることは無かった。

 

 

 

 

「それで『ばりすた』は完成したの?」

 

「ほぼ完成している。後は実際に運用して起きた問題を解決するくらいだ。あと『ばりすた』じゃなくて『バリスタ』だから」

 

「同じでしょ?」

 

「同じだけど発音が……」

 

アヤメとカムイは話しながらも視線は注意深く森の様子を観察している。何か異常は無いか、爪痕は、足跡は、匂いは、音は……。記憶にある穏やかな森の姿と比較検討しながら素早く移動する。

 

「異常無し」

 

「こっちも異常なしよ!」

 

「よし、次の場所行くぞ」

 

そして異常無しと判断した二人は次の地点に向かって走る。カムイは現状万全ではないがハンターとして活動は出来る。だが腕に余計な負担を掛けないように本格的な狩は当分の間自粛、代わりに採取や森の巡回を行なっている。アヤメはそんなカムイの補助を受け持っていた。

 

その後三ヶ所を見回り異常が無かった二人は偽装と隠蔽を施した休息所で身体を休めていた。

 

「左腕は大丈夫?」

 

「問題はない。だけど太刀を振るうには腕の動きが覚束無い、戦いは避けたいな」

 

「分かったわ、それにして森も漸く元に戻ったわね」

 

「そうだな、紅アオアシラの所為で逃げていた動物やモンスターも戻ってきた。狩も腕が良くなれば直ぐにでも再開出来るだろ!」

 

そう言ってカムイが投げたナイフは休憩所の端にある的、その中心から離れた場所に突き刺さった。

 

「外れ、惜しいね」

 

「さすがに手投げだとこの距離は無理かな?」

 

「まだ始めて四日でしょ。そんな直ぐには上達しないし、今は数をこなしていくしかないでしょ」

 

「それもそうか」

 

そう言ってカムイは的に刺さったナイフを抜き、新しく胸に取り付けた専用の鞘に納めていく。

 

「それってモンスター相手に役に立つの?」

 

「微妙だな。小さい奴なら通用するかもしれないけど、大きい奴には全く通用しないだろう。出来て嫌がらせ程度、それでも使える手は幾らあっても困らないからな」

 

「毒でも塗っておく?」

 

「いいな、嫌がらせには持って来いだ」

 

「いいでしょ。さて、もう日も昇りきったからお昼にしない?何かお腹に入れないと残りの場所も見廻る為まで持たないわよ」

 

そう言ってアヤメは保管箱を開き食糧を取り出そうとしている。その姿を一瞥した後カムイは装備品の点検を始める。この後は昼食を食べ、残った場所の見廻りをして後は村に帰るだけ。

 

その日も二人は何事もなく終わるかの様に思っていた。

 

「あれ?」

 

カムイの後ろでアヤメの疑問の声が挙がった。

 

「どうした?」

 

「食糧が減ってるの」

 

「何、見間違いじゃないのか?」

 

そう言ってアヤメの隣から保管箱を覗けば確かに休憩所の非常食が消えていた。元々休憩所の保管箱の中には二人合わせて一週間は持つ程度の食糧は入れていた。ハンターである二人が村にモンスターを誘導しない様にだ。執念深いモンスターに目を付けられた時はこの食糧で森の中を逃げ回り、完全に追跡が途切れてから村に帰る。そうした一連の想定をしているから保管箱にはそこそこの量の食糧があるのだ。

 

それが残り半分しかない。

 

これはどう考えてもおかしい。最近は大量に消費する事態に遭遇していない。それに今日の様に昼食で消費する事はあっても翌日には補充している。つまり食べて消費したわけではないのだ。

 

「確かに減っているな。……つまみ食いした?」

 

「してないわよ」

 

「知ってるよ。それじゃあ一体、……まさか幽霊だったりして」

 

「まさか幽霊なんていないでしょ」

 

「そうか。因みにこんな話を知っているか」

 

そう行ってカムイはむか〜し、むかしと即興で考えた怖い話をするが……。

 

「だから夜な夜な飢えた追放者が食べ物も探して徘徊しているらしい「嘘ね。私知ってるんだから。カムイの怖い話は昔から騒がしかった私をそうやって泣かして黙らせてきたの。忘れてないから」

 

「チッ」

 

耐性が付いてたアヤメには効果が無かったようだ。

 

「でも本当にどうしたんだろう?」

 

「そうだな、調べてみたが大した量でもないしほっといて大丈夫だろ。案外開けっ放しにしたところを鳥が取ったかもしれないし」

 

「……そうかもね。それじゃ次は鳥が取れないようしっかりと閉めておこっか」

 

「それで大丈夫だろ」

 

そう言って二人は残った食糧で食事を始めた。実際に食糧は直ぐに補充可能で大した問題でも無い。一応カムイもアヤメも犯人がモンスターかもしれないと考えた。だか二人とも直ぐに有り得ないと結論を出した。

 

仮にモンスターならば休憩所の中は荒らされ、餌のある保管箱ば壊れているからだ。そうした場合は爪痕か何かが残るがそれが無かった。だから二人は犯人が鳥の類ではないかと考えたのだ。

 

「それにしても不思議な事もあるんだな」

 

世の中にはまだまだ知らない事が多い。カムイはこの時までそう思っていた。

 

 

 

 

彼等の旅は苦難の連続だった。

 

外の世界、そこは住み慣れた森とは勝手が違った。食べ物がある場所には既にモンスターがいて、それを狙ったモンスターもいる始末。小さなモンスターもいたが大半は自分達よりも大きなモンスターで食べられそうになった回数は数えきれない。

 

だが幸いにも彼等は逃げる事に関しては優れていた。だから問題は有りつつも彼等はその小柄な体躯を生かしモンスターから逃げ続けた。

 

だがそれにも限界がある。時には逃げる為には戦利品を──苦労して集めた食料の大部分を捨てるしかない時もあった。その結果として得られる食料は僅かな物になってしまう。

 

群では慢性的に食料が不足し、限界は遠くない内に訪れる事は誰の目にも明らかだった。

 

それでも彼等は落ち込まず互いに励まし合いながら歩み続ける。いつか住処を見つけられると。

 

それでも残された時間は刻々と過ぎていき──だからこそソレを見つけられたのは幸運だった。

 

ある日、群の一匹が奇妙なモノを見つけた。それは一見では分からないが、よく見ると周りに風景に溶け込むようにあった。それの入り口らしき穴は小さく大型のモンスターは住めそうにない。

 

そして一匹は中に入っていった。もしかしたらモンスターの巣かも知れないと怯えながら。目的は食糧、モンスターの卵だ。危険だか飢えた群れの事を考えれば命を張るに値するものだ。

 

だが予想は外れ、中にはモンスターはいなかった。その代わりにあったのは沢山の道具、そして目を離す事が出来なかった箱。

 

優れた鼻が箱の中にあるものを嗅ぎ当てた。匂いに釣られ箱を開ければ、中には大量の食料が入っていた。

 

これで飢えた家族を救える事に彼は喜んだ。




次の更新はいつになるか分かりません。


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謎の存在を捕まえろ!

「これは鳥じゃないな」

 

「そうね、簡単な錠前だけど鍵の掛かった箱を鳥は開けられないもの」

 

そう言った二人、カムイとアヤメの目の前には休憩所に設置している保管箱ある。たがその中にあった保存食は一つも無く、空っぽの保管箱だけがそこにあった。

 

──ついこの前、二人は休憩所の保存食が半分程無くなるという事件に遭遇した。この食糧の盗難に遭遇した二人は犯人は一体誰かと考えた。そして閉め忘れて開けっ放しの箱を見つけた鳥類が盗み食いをしたのではないかと判断した。そこで今後は保管箱を閉め忘れと盗難防止の為に原始的な錠前、箱の蓋と本体に穴の空いた取手をつけ、その穴に棒を通す原始的な錠前を急遽施した。

 

これで食糧盗難を防げるだろうと二人は考え──それは数日後には何者かによって思惑は見事に外された。

 

「だけど鳥じゃなかったら何なんだ?モンスターに鍵開けの芸当が出来るとは信じられない」

 

モンスターが鍵を開ける、その可能性をカムイには信じられない。何故ならカムイが知るモンスターは己の爪や牙、その巨体で過酷な自然の中を生き抜き糧を得る。例え小柄なモンスターであろうと其れは変わらない。だが不思議な事に保管箱には傷や破壊された後は一つも無い。

 

「となると考えられるのは村人達の誰かが此処に来たとか?」

 

だからこそカムイは信じられない、錠前が解除された事よりも食糧が失われた事よりもその様な知性を持つ存在がいる事を。よって犯人は自分達の住む村人達の誰かだろうと疑ってしまう。

 

「こんな危険な森の中を、其れこそあり得ないわよ!仮にそうだとしたら理由は何なの?」

 

「そうだよな、明らかに危険を冒してまで此処に来る理由がない」

 

だか生まれた疑念は相棒であるアヤメによって即座に否定される。何故なら村と森を繋ぐ道は一つだけ、そして何らかの理由で危険な森の中に村人達が居るのであれば門番をしているヨイチ達からカムイとアヤメに知らされる手筈になっている。何よりもアヤメが言う様に危険を冒してまで此処に村人達が来る理由が全く考えつかない。

 

だからこそ残された可能性は一つに限られていく。

 

「それじゃ本当にモンスターが開けたの……」

 

「……多分な」

 

その可能性に、アヤメの震える声で尋ねられたカムイは否定出来ず、肯定するしかなかった。

 

「アヤメ、此奴は恐ろしいぞ」

 

アプノトスやケルビのように草を食むモンスターでも、ジャギィのように群で狩をするモンスターでは無い。『赤毛』、紅いアオアシラの様に格上のモンスターでも無い。

 

だが錠前を解除する知能を持つモンスター、その姿形を、何体この近くに生息しているのかを、そして戦闘能力を二人は知らない。未知のモンスターの存在に二人の警戒度は否応無く高まっていく。

 

「問題はいつからこの森にいたのか」

 

そして二人は現状持ち得る情報で今後の方針を定めていく。

 

「食糧の盗難はこの前のが初めて、だからつい最近迄居なかったんじゃない?」

 

「もしくは俺達が知らないだけだった。そして向こうは此方を知っていて隠れ続けていた可能性もある」

 

「それは……」

 

「分かっている、もしそうなら怖いでは済まないが相手はモンスターだ。俺達の予想を上回る事も十分にありえる。だがそうでも無い可能性もある、其れこそアヤメの言う様に最近になってこの森に現れたとかな。だが全ては推測止まりだ」

 

互いの考えを示し、参考にし、推測を深く煮詰めていく。二人の少年少女は今可能な最善策を手繰り寄せていく。

 

「カムイ、どうするの?」

 

「まずはモンスターの姿を確認する。姿を確認しないと有効な対策は立てられない。情報収集はその後だ」

 

「ならどうやって確認するかよね。取り敢えず今分かるのは簡単な錠前なら開けられる程賢くて、この休憩所に入れる程小さい事──」

 

「そしてかなり腹が減っている事だな」

 

カムイが屈んで指差した先は休憩所の中心。アヤメも同じ様に屈んで見る。

 

「これって…足跡?」

 

休憩所の地面、その踏み固まった土の上に浅くだが地面に小さな足跡が刻まれていた。その形は二人の知るモンスターのどれにも当てはまらないもので、それをカムイは指差しながら自分の考えを話す。

 

「奴等は休憩所にある保管箱に向けて迷う素振りも無く進んでいる。そして此処から出る時の足跡の方が深く残っている。多分保存食を持ち出した事が原因か、保存食を食い尽くして重くなっただけかもしれないが。どちらにしても食い意地が張っている奴だ」

 

「確かに、だとしたら保管箱にある保存食を知った方法は……匂い?目で見るだけじゃ中に食べ物がある事は分からないし。そうなるとこのモンスターは小さくて賢くて優れた鼻を持っているわね」

 

「そうだな、足跡の大きさから俺達よりも大きくないな」

 

そう言ったカムイは立ち上がり腕を組んで考える。

 

「アヤメ、俺達が設置した休憩所は全部で4箇所。そして全ての保管箱には簡単な錠前が付いているよな」

 

「そうよ、それで被害に遭っているのは今のところ此処だけ。他は盗られていないわよ」

 

「そうか……」

 

暫くの間カムイは腕を組みながら考え続け──考えが纏まるとアヤメに顔を向けて告げる。

 

「此処に罠を仕掛けるぞ」

 

 

 

 

走る、走る。今日も群から離れた一匹が森の中を駆けていく。その脚には迷いは無い、目指すべき目的地を知っているからだ。

 

そして一匹はある場所に辿り着いた。そこには周りの風景に溶け込むように小さな穴がある。そこに一匹は迷う事なく踏み入れ、そして目的の物を再び見つけた。

 

駆け足で目指した先には大きな箱、鍵は掛かっているが一匹に掛かれば簡単に解除出来るものだ。そして開けた箱の中には沢山の食糧が前と同じように入っていた。其れを確認した一匹、カムイ達が休憩所と呼ぶ場所を見つけた個体は急いで食糧を持ち出していく。

 

普通に考えれば余りにも自分に都合が良すぎる。落ち着いて考える事が出来れば今自分がしている事は盗みだと理解出来る。だが食糧不足の群の為に必死になっている一匹にはそんな事を考える余裕はない。

 

そして今回も中にある食糧を全て運び出す作業を終えて外に出ようする。一匹の頭の中には達成感で満ちていた。

 

だからこそ見落とした、気付かなかった。自分が今いる場所が危険だと

 

──そして次の瞬間にガシャンと何かが落ちて来て入口を塞いでしまった。

 

その瞬間に休憩所の外、モンスターの嗅覚を警戒して風下に潜んでいた二人のハンターが立ち上がった。

 

 

 

 

「掛かった!」

 

警戒心の強いモンスターだと想定していたが、まさかこんな簡単にいくとはカムイも思わなかった。だが作戦に変わりは無い、モンスターが休憩所の奥まで進むと自分の直ぐ側にある縄を切る。そして休憩所の上に仕掛けた柵が落ち入口を塞いだ。

 

この瞬間に休憩所はモンスターを閉じ籠める牢獄と化した。

 

そしてカムイとアヤメは間髪いれずに入口を塞ぐ柵の隙間から袋を中に投擲する。投げ込まれた袋は休憩所の地面に落ち中身が衝撃で拡散される。それは黄色い粉、その正体はランゴスタの痺れ毒を粉状に加工したものだ。

 

カムイの立てた作戦は休憩所にモンスターを閉じ籠め、痺れ毒でモンスターを捕獲するという実に単純なものだ。

 

致死性はなくモンスターの身体の自由を奪う毒が充満した休憩所、其処に口を布で覆ったカムイとアヤメが素早く近づいて行く。そしてアヤメは周辺を警戒、カムイが素早く痺れて動けないモンスターを縄で捕縛しようと中を覗く。

 

「居ないだと!」

 

だが休憩所の中にはモンスターはいなかった。辺り一面黄色に染まった中には身体の自由を奪われたモンスターの姿は無く、あるのは保管箱に各種道具に──穴だけだ。

 

「穴?」

 

カムイは休憩所の奥、保管箱の手前に穴が空いているのが柵越しに確見つけた。だが穴の深さなどは分からない、それ以前に穴なんて休憩所の中には無かった。ならばあれはなんだ?

 

「どうしたの、カムイ!」

 

「いや、確かに罠に掛かった筈なのに……」

 

アヤメが周辺を警戒しながら問いかける。それにカムイが答えようとした瞬間、聞き慣れない音を聞いた。

 

じゃりじゃりじゃり。

 

と何かを掻き分ける様な音、そして振動が足から伝わって来る。自身の前から、足元、そして背後へと。

 

まさかと思って背後を振り返った視線の先には穴があった。そしてその地面に空いた穴から丁度何かが出て来るところだった。それを見たカムイは直ぐに気付いた、それがモンスターの頭部だということに。

 

「逃すか!」

 

そう吠えるカムイは駆け出す。そして穴から這い出ようとしたモンスターを飛び越え前方に立ち塞がる。そして太刀を構えたカムイと同じくして穴から這い出たモンスターは互いに向き合った。

 

間近で確認した未知のモンスター、それはカムイ達より小さく二足歩行をしている。ぱっと見る限り鋭い爪や牙は見えず脅威度はジャギィよりも低いと予想す──だがそんなカムイの冷静な分析はモンスターの姿形を細かく確認した瞬間に一時停止を起こした。

 

薄茶色の毛が全身を覆いつつも所々が紋様の様に毛色が変わっている。頭部にはピンと張った三角形の耳があり、そして鼻から真っ直ぐに髭が伸びている。その姿はまるで──。

 

「猫っ!?」

 

この世界とは別の世界、カムイの頭の中に断片的に刻まれている世界に生きている動物『猫』、その姿形に通じるものを目の前モンスターは持っていた。

 

だがそんな驚愕も束の間の事、今は闘いの最中であると直ぐに再起動したカムイは雑念を払い戦闘に専念。両手で構えた太刀をモンスターに振るう。

 

捕獲が失敗した現状では次の目的、未知のモンスターの戦闘能力を測るのを目的としてカムイは戦闘を開始する。だからこそ太刀で攻撃する際も殺意は込めていない。剣速も意図的に下げ段階的に引き上げる事でより詳細に能力を測ろうと考えていた。

 

「クソっ、小さい上に速い!」

 

だがカムイの攻撃は当たらない。僅かに触れるだけでもいとも簡単に相手を切り裂く『女王翅刀』。剣速も八割程度に加減しているそれをモンスターは伏せて、跳んで、転がりながらもカムイの繰り出す剣戟を避け続ける。

 

その動きにぎこちなさは見受けられず毒に身体を蝕まれていないのは確実。それでも殺意が無いとはいえ振るわれる太刀を悉く避けられるのはモンスターの高い身体能力の為せる業か、それともカムイが自分よりも小さな相手と戦う事に慣れていないのか、それとも両方か。

 

「アヤメ、もう十分だ!」

 

だがカムイはモンスターの身体能力は測り終えた。それで理解出来たのは目の前のモンスターの脅威度はそれ程高くは無い事。よってカムイは次の目的をモンスターの捕獲に切り替える。

 

「分かった!カムイは一瞬でもいいから止めて!」

 

「了解!」

 

細かな打ち合わせは既に終えている。カムイの意図を理解したアヤメは弓に矢をつがえて時を待つ。

 

「ハッ──」

 

そしてカムイは先程と変わらずに太刀で剣戟を繰り出す。斬り上げ、突き、薙ぎ払い、振り下ろす。だが其れはモンスターを傷つける為ではなく行動を制限するように、モンスターが踏み出すであろう一手先、未来の移動するであろう場所に剣を突き立てていく。大雑把で幾度か読み間違え逃げられそうになるもモンスターの動きは次第に小さくなり──

 

「これでどうだ!」

 

最後の詰めとして地面を蹴り上げる。カムイによって掘り起こされた土はモンスターの頭部に向かい、避ける事が出来ないソレを浴びせられたモンスターは目を瞑るしかない。

 

そして一瞬だが完全に動きを止めた。

 

「アヤメ!」

 

カムイがアヤメを呼ぶよりも先に矢は放たれた。飛翔する矢は今回の為に作った特別製、矢の先にはモンスターを仕留める為の剣の様な鏃は付いていない。代わりに小さな木の円柱に布を幾重にも重ね『殺傷力』の代わりに『打撃力』を高めた鏃が取り付けられている。その形状の為に速度は遅くなるがそれでも小型のモンスターには十分な威力を持っている。

 

最早モンスターにアヤメの矢を避ける事は不可能──その筈だった。

 

「なっ!?」

 

カムイは見た。確かにモンスターの逃げ場は塞いだ、だが其れは地上に限った話。危険を感じ取ったモンスターは一目散に逃げ出した、地面に向かって。両手を地面に付けるとモンスターはカムイの信じられない速度で穴を掘り始め、そしてアヤメの矢を紙一重で避けた。

 

「地面に潜っただと!」

 

目の前に起きた事に驚愕しながらもカムイの頭の中では今迄の疑問が全て氷解した。休憩所に空いた穴、聞き慣れない音、毒に身体を蝕まれていない訳も全てモンスターが穴を掘ったからだ。

 

だからこそ耳から聞こえる音、足に感じられる振動の向かう先がアヤメだと分かると同時にカムイは駆け出した。

 

「下だ!」

 

「えっ?」

 

だがカムイが辿り着くよりも先に穴からモンスターは出て来た。そしてその手に見慣れ無い物を握り、ソレをモンスターはアヤメに向かって投げた。投げる速度は遅く、ソレ自体はモンスターの手に収まる小さな物だ。アヤメの身に着けている防具ならば当たったとしても痛みを感じる事は無い筈だ。

 

「ッ!アヤメ!」

 

だが鼻と耳から入ってくる情報を受け取った頭は警鐘をガンガン鳴らしている。焦げ臭い匂いとジジジと音を出すソレが危険であると。

 

「えっ、何!?」

 

カムイはアヤメを庇う様に抱きしめ──そして間を置かずして地面に落ちたソレから発せらた強烈な音と衝撃が二人を襲った。

 

「キャッ!」

 

「ぐっ──」

 

身を屈めていた二人が衝撃から立ち上がり辺りを見回した時には小さなモンスターは既に消えていた。

 

「逃げられたか……」

 

「そんな事よりカムイは大丈夫なの!」

 

そう言ってアヤメはカムイに異常がないか調べる。すると外套に小さな破片が幾つも突き刺ささっていた。

 

「これ大丈夫なの……」

 

「外套のしたの防具で完全に止まっているから安心してくれ」

 

衝撃はカムイの防具と通常のアオアシラの皮で作られた外套が完全に塞いだ。飛んで来た礫も外套に突き刺ささるだけで済んでいる。

 

「だけどアヤメの防具だと危険過ぎる」

 

だがこれをアヤメの防具、可動性を重視して防具で保護されていない生身の箇所で受けた時は礫が身体に食い込んでいた可能性がある。それを理解したアヤメは視線を先程までモンスターがいた場所に向けカムイに問い掛けた。

 

「逃げられたけど追いかける?」

 

「いや、辞めておこう」

 

カムイの視線は逃げたモンスターよりも投げられた物体が弾けた場所に釘付けだった。屈んで目を凝らして見れば其処には小さな破片と少しだけ焼け焦げた地面、そして鼻からは嗅いだ焦げ臭い匂いを感じとった。

 

そしてカムイの持ち得る記憶と知識が揺さぶられ、朧げながらもその正体を掴んだ。

 

「この匂い、それに爆発した……、火薬、いや爆薬?まさか奴ら火薬の類いを扱えるのか!」

 

それはこの世界には存在しないとカムイが思っていたモノ。そしてカムイに刻まれた知識は訴える、アレは世界を変える代物だと。

 

「アヤメ、作戦変更だ。奴を狩らず生け捕りにする」

 

「……危険だけどやるのね」

 

「そうだ、奴の持つ技術を何としても手に入れる」




・新しい技術、火薬技術を発見しました

・技術ツリーを解除しますか
→はい
いいえ

・条件を満たしていない為解除出来ません
・条件を満たしていない為解除出来ません
・条件を満たしていない為解除出来ません


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ネコ改めアイルーホイホイ

ガヤガヤ、ニャーニャー、と小さな洞窟の中で群れの仲間達は騒いでいた。その騒動の中心には一匹の同胞、最近になって何処からか食糧を持ってくる様になった幼い子供がいた。

 

その子供は身体中を泥だらけにしていた。全身の体毛に乾いた土がへばり付き綺麗な部分は身体の何処にも無い。だが普段であれば土に汚れた姿を見ても群れの仲間達が騒ぐ事はない。何故なら彼等には穴を掘って逃げる特技を持ち誰もがその度に汚れた姿になる、故に群れの誰もが見慣れているからだ。

 

だが今回は違う。騒動の原因はその子供の身体に付いた焦げ臭い匂い、それは彼等の奥の手である爆弾を使用したということだ。つまり使わざる得ない程追い込まれたのだ。

 

爆弾は非力な彼等がこの世界で生存していく為の切り札だ。非力で小さな彼等が手に武器を持ったとしても大した戦力にはなりはしない。モンスターの鱗を、体表を貫く事も切り裂く事も出来ない。

 

だが爆弾はそんな彼等にも力を与えてくれる。モンスターの硬い鱗を砕き、体表を穿ち死に至る傷を与える。

 

そうして彼等はこの世界で何とか生存してきた。だがそれは不測の事態が起これば簡単に砕ける薄氷の上に成り立っているものだ。

 

故に彼等は奥の手を使わざる得ない相手に対し警戒を怠らない。だから仲間達は問い詰める、何処で何に襲われたのか。

 

そして子供は群れの仲間に話した。今迄話していた嘘ではなく本当の事を、どうして襲われたのかを。

 

 

「問題はどうやってもう一度捕まえるかだ……」

 

火薬、使い方によっては大きな力となり、反面扱い方を間違えればその力は自分自身に降り掛かる。世界を変え、世界を狂わせる代物だ。

 

──だがそれはカムイの記憶の中の知識にしか過ぎない。なによりモンスター蔓延る世界において火薬とそれに関する技術は正に宝だ。仮に自分自身で開発しようとした際に掛かる時間はどれ程のものか。

 

材料集めから始まり加工法を確立し、配合率を見定め、安定化を施し、実用化出来る程の試行錯誤を繰り返す。

 

知識も無いに等しく何もかもが手探り状態。故に全てを確立する際に掛かる時間は計り知れない。

 

だからこそカムイにとって彼等の持っているであろう確立された火薬技術は是が非でも手に入れたい代物だ。

 

「生け捕りなら罠でしかないでしょ?」

 

「そうなんだよな。結局それしか方法は無いんだが……」

 

生け捕り、それが二人の悩みの種だ。相手を追い払ってはならない、相手を殺してはならない。生きた状態で捕まえ情報を吐かせる必要がある。

 

「アレを捕まえるのか……」

 

「捕まえるしかないけど……」

 

カムイとアヤメは揃って頭を抱えるしか無かった。二人はついさっき生け捕りに失敗、その後に短時間だか戦闘も行なった。その結果分かったのは爆弾を使用する事と優れた逃走能力──穴を掘って地中を掘り進む能力──を持っている事だ。

 

「穴を掘るなんて卑怯よ!」

 

「そう言うな。確かに厄介だけど今度はその事も踏まえて罠を考えればいい。幸いにも厄介なのは穴掘りと爆弾を投げつける、この二つくらいだ」

 

「小さいのと避け上手、忘れてるわよ」

 

そう話し合いながら二人は村に帰る道を進む。その道中で罠に関してあーだこーだと話し合うが良案は浮かばない。下手な罠は穴を掘って逃げられるか、その身のこなしで悉く避けるだろう。だからといって同じ策──休息所を檻として活用する──は使えない。何故なら初回で捕まえられず逃げたられたからだ。恐らく次は対策して来るだろう。爆弾を作り運用する相手が愚かである事は期待出来ない。

 

名案は浮かばず、だからといってカムイは考えを中断する事はない。頭の中で役に立ちそうな情報を、記憶だけでなく村の書庫で収集した情報を含めて検索を行い──

 

「あれ?」

 

ふとカムイの足が止まった。

 

頭の中でバラバラだった情報。それらを組み替え繋いでいると一つの仮説が浮かんできた。だが元となる情報がうろ覚えで仮説が正しかどうか判断は下せない。だから急いで確認しなければならない。

 

「カムイ、どうした──」

 

よってカムイは走り出す。その足は村へ、正確には村の書庫に向かって走り出した。

 

「ちょと!何処に行くの!」

 

「書庫で調べ物!」

 

カムイの突然の行動にも関わらずアヤメは落ち着いて、それでもカムイに文句を言いながら付いて行く。そうして村の門番への返事もそこそこにして村に帰ってきたらカムイは直ぐに書庫に入り書棚の中から目当ての本を何冊か取り出す。そして自分の仮説を検証する為に読み込み始めた。

 

そうしてカムイが言葉を発したのは書庫に入ってから暫くしてからだった。

 

「見つかったかも……」

 

「何よ、自信無さげにして。いいから話してみなさい」

 

同じく書庫に入りカムイを眺めていたアヤメにカムイは二冊の書物を差し出した。一つは題名が掠れて読めない書物、もう一つは植物大全と書かれた物だ。その中の題名が読めない本のあるページをカムイは指差した。そこにあるのは題名と同じく経年劣化によって半分以上は読めない文章。それをアヤメは文章を指でなぞりながら何とか読み取れる部分を声に出して読む。

 

「え〜と、『種族共──弱──してマ─タ─に目が無く、アイルー達に───は宝物であ─』て書いてあるけど。それでも半分くらい読めないわよ?」

 

「それでも半分は読み取れる部分は残っている。それでこの本に記されているこの部分にある『アイルー』という言葉。文脈から推測してそれが奴等を表す言葉らしい」

 

そう言いながらカムイはページの端に描かれてある絵を指す。その絵は二足で立つ生き物、二人が戦ったモンスターに似てなくもない絵が書かれていた。

 

「間違いの可能性もある、記されているのも僅か一ページだ。それでも仮に正しかった場合、彼等について記されている貴重な情報だ。何より此処に書かれた『マ─タ─』、これは恐らく『マタタビ』だ」

 

「マタタビ?」

 

アヤメの困った声に合わせてカムイはもう一冊の本、植物大全を開くとあるページを開いた。そこには植物の名前と簡単な絵、特徴が記されている。所々読めない箇所があるがもう一冊に比べると大したことない。それよりもアヤメの目を引いた部分が──

 

「特徴の欄に『アイルー』って言葉が書かれている!」

 

「そうだ、そして植物の名前は『マタタビ』。この二つの書物から不足した情報を補完して推測すると恐らくアイルーの好物なんだろう」

 

此処まで辿り着けたのは偶然だった。書庫にある書物は経年劣化が激しい物も多く情報源としては頼りならない場面も多々ある。だがいくつかの書物から情報を抜き出し補完してやれば正確な情報に辿り着ける。今回の様に『アイルー』の特徴を切っ掛けにして望む情報を得る事が出来た。

 

「奴等、アイルーにとって『マタタビ』は宝物らしい。これを餌として捕まえる」

 

そう言ったカムイの頭の中には既に一つの罠が浮かんでいた。構造も単純で材料集めに困る事は無い。しかし今迄は彼等、『アイルー』をその罠まで誘導する為の最後一手が見つからずお蔵入りにせざる得なかった。

 

だが必要な最後の一手は揃った。例え失敗したとしても情報の真偽が分かるなら無駄では無い。

 

そこまで考えを巡らせたカムイの顔には笑顔が浮かんでいた。何故なら火薬技術を手に入れられる可能性に目が眩んでいるからだ──例え皮算用の可能性があったとしても今の興奮したカムイには思い至らないだろう。

 

そしてアヤメはそのカムイの笑顔を見て思った。

 

悪い笑顔だなー、と。

 

 

カムイ達は先ず罠の材料集めに奔走した──とはいっても材料そのものは簡単に手に入り、一番苦労するであろうマタタビも日暮れ前には見つける事が出来た。そうして二人は集めた材料で罠を作り、マタタビの加工をその日に終えた。

 

「ニャー!!」

 

そして翌日、カムイ達は早速作った罠を休息所の中に仕掛けた。アイルーが食糧を優先している以上最適な設置場所は此処以外に考えられ無かったからだ。

 

「フシャー!!」

 

だが相手も馬鹿ではない。その考えの元、保管箱には詰められるだけの食糧を詰め、罠にも加工出来たマタタビ全てを投入して万全を期した。

 

「二ャ、ニャー!!」

 

唯一の不安要素はマタタビの加工精度だった。書物に書いてある通りにマタタビの実を乾燥させ粉末状に加工する。通常であれば乾燥の工程には日数が必要だが今回は時間を優先させ竃の火を用いて急速に乾燥させた物を粉末状に加工した。故に効能に今ひとつ自信が持てなかった。

 

「ニャー!!」

 

そして罠を仕掛けている最中にカムイは思った。

 

──こんな単純な罠に引っかかる相手じゃないだろ。

 

動き続けている内にカムイの興奮は覚めていった。そして火薬技術という宝に目が昏んで出した判断を冷静に分析出来るまで落ち着いた。そして爆弾を作れる知性を持ったアイルーがこんな単純な罠に引っかかる筈がないと考えた。寧ろこんな罠を考えた自分の方が馬鹿ではないかと考える始末だ。

 

だが既に準備は終わっていた。加えて費やした労力を考えると今更中断する訳にもいかなかった。

 

そしてアイルー生け捕り作戦二号は発動した。

 

だがカムイはこの作戦が無駄に終わると思っていた。

 

「フギャー!!」

 

……思っていた。

 

「いつまで呆けているの、カムイ」

 

「はうっ!」

 

茫然としてたカムイの頭にアヤメのチョップが入った。そのおかげで再起動したカムイとアヤメは目の前の現実を見る。

 

そこには休息所の手前の開けた空間、その地面一面に敷かれたネンチャク草に全身を絡め囚われた一匹の間抜けなアイルーがいた。

 

「……マタタビでこうも簡単に釣れるとは」

 

罠自体は簡単、地面一面に敷いたネンチャク草にアイルーを絡ませて動きを封じるといったもの。無論ネンチャク草だけなら避けるか飛び越えれは簡単に避けれる。だからこそアイルーを罠に誘導する為のマタタビが必要不可欠だった。

 

名付けて『アイルーホイホイ』。

 

そして大の字に囚われた間抜けなアイルーはそれでも片腕をマタタビに向かい必死に伸ばしていた。

 

その姿を何とも言えない表情でカムイは見ていた。それとは反対にアヤメは囚われたアイルーを細かく観察、そしてある事に気付いた。

 

「この子、昨日と毛の模様が少し違う。もしかして別の個体じゃない?」

 

アヤメの目によれば昨日と今日のアイルーは別の個体らしい。そう言われてカムイもアイルーを細かく観察する。すると確かに昨日の個体とは模様が少し違う、加えて少しばかり身体が大きい。

 

結論として囚われているアイルーは間違いなく昨日とは別の個体だった。

 

「言われてみれば確かに違うな……。まぁ、それでもやることに変わりは無いが」

 

そう言ってカムイは腰に挿した剣を抜き囚われたアイルーに向ける。鞘走りの音に引かれて顔をカムイに向けていたアイルーが剣を、その鋭さを見て感じ取ったのか身動きの一切を止めた。

 

その変化をカムイは敏感に察した。

 

「お前に聞きたい事がある。素直に話してくれれば何もしない」

 

故に有無を言わせずにアイルーに要求を通達する。囚われた自分が圧倒的に不利であり生殺与奪の権利をカムイが握っている。その事を理解できる知性があるなら交渉が円滑に進める事が出来る。そうカムイは考えてアイルーに話し掛けるが──。

 

「シャー!」

 

「……そうだよな、言葉が通じる訳がないか」

 

──アイルーとは言葉を交わす事が出来るのか?

 

それは想定出来ていた問題の一つだ。だが言葉の問題以前に生物としての分類そのものが異なる。そんな相手に対して言葉で対話を試みるのは無駄では無いか。仮に知性があるなら自分達とは異なる文化、言葉を持つ可能性が高い。そしてカムイにはそれを解決する術を持っていない。

 

故に解決出来ない問題をカムイは意図的に見過ごした。そして互いに言葉は通じる筈だと思い込んでしまいたかった。

 

だが現実は無情であり、それでもカムイはアイルーに話しかけ続けた。爆弾を作れる知性が有るのなら意思疎通は可能ではないかと。

しかし、どれ程続けてもカムイに返ってくるのは唸り声と威嚇だけ。そして無為な応酬を続けるカムイの姿を見かねたアヤメは提案した。

 

「これじゃ技術を聞き出すのは無理ね。代わりにこの子が身に付けていた物だけでも回収しておく?」

 

提案は爆弾其の物の回収、それは言葉で意思疎通出来ない現状においての最良の選択。

 

「……そうだな、そうしてくれ」

 

そしてカムイもアイルーとの意思疎通を断念しアヤメの提案を受け入れた。確かに彼等の持つ道具を解析し、それを元に試行錯誤を重ねれば火薬技術の確立は短縮出来るだろう。それでも最善は彼等との意思疎通を通し確立された技術を手に入れることだったが仕方がない。

 

「何が起きるか分からないから防具を変えて触るように。分かっていると思うが気をつけてくれ」

 

「分かったわ」

 

そう言ってアヤメは別の防具を取りに休息所に向かって行った。

 

「さて、後はお前をどうするかだが……」

 

目の前にいるアイルーは身体を捩り、腕に、脚に力を込め罠から抜け出そうと必死になって藻搔いている。だが力が足りずに全てが徒労に終わる。その姿を見つつもカムイは考える。

 

「前回とは違う個体だかこのまま放すと再度盗まれる可能性がある。仮に昨日の個体と同じ群に所属しているのならコイツは模倣犯、そうした時に必要なのは何か……」

 

意思疎通を諦めて暫くの間カムイは熟考──そして結論を出す。

 

「……見せしめにするしかない」

 

見せしめを行いアイルー達に理解させる。そして言葉が通じないならば手段は有効な見せしめは唯一つ

 

──殺すしかない。

 

そうして初めてアイルー達も理解するだろう。此処には恐ろしい生き物がいると。

 

「悪いが俺は聖人君子ではないからな、祟らないでくれよ……」

 

ネコを殺した人は呪われるといった迷信がカムイの頭の中にある。だが目の前のアイルーは言葉は通じず意思の疎通も出来ない。しかし放っておけば自分達の食糧は絶えず盗まれ続けるだろう。故に見逃す訳にはいかない。

 

カムイは剣を両手で握り構える。

 

──せめて苦痛なく一太刀で終わらせる。

 

その想い共に剣を振り下ろす。降り下ろされた刃は寸分の狂いなく細い首を断つ軌跡を描き──その最中、休息所の周りに張り巡らせた鳴子がガラガラと鳴り出した。

 

「アヤメ!」

 

カムイは振り下ろしを中断、剣を投げ捨て急ぎ背負っていた太刀を抜刀、即座に構える。アヤメも直ぐ後ろで戦闘態勢に変わる。

 

二人の周りにあるのは丈の長い茂みと倒木だ。元々モンスターから実を隠す為に作った休息所、意図的に手を加えていないため視界悪い。だが鳴子がなった所の茂み、そこだけは風が吹いていないのに不自然に揺れている。

 

──明らかに何かが潜んでいる。

 

二人は不意打ちを警戒、相手の出方を伺う。だが幾ら待てど二人の周りの気配は動き出さない。そうして短くない緊張感が辺りに満ち──

 

「フッ──!」

 

呼吸を整え、一足にカムイは踏み出す。

 

森の中に隠れられる場所があったとしてもそれは小さいものが殆ど。丈の長い茂みだとしても二人が視認出来ないとなれば相手は隠れられる程に小さいモンスターに限られる。そして現状から推測するに相手はアイルーだ。

 

脚が一歩地面を蹴る度にカムイは姿勢を低く、そして両手で構えた太刀をより深く後ろに背負う。視覚は頼れない、故に聴覚、嗅覚を頼りに隠れた相手に向けて疾走する。

 

一歩進めば耳は相手の呼吸を、更に一歩踏み出せば鼻は相手の匂いを感じ取る。そして目に見えずともボンヤリと隠れた相手を感じ取る。

 

「ハッ!」

 

──初太刀で仕留める。

 

最早生け捕りと悠長な事をやっている場合では無い。周りにいるアイルー達が連携を取りながら戦いを行えば不利なのはカムイ達だ。例え弱くとも数と爆弾があれば連携を取り二人を仕留める事は容易い。

 

だから先手を取る。先ずは一匹を仕留め、相手を動揺させて連携の隙を与えない。

 

そしてカムイの太刀はアイルーが隠れていると思われる場所に、生い茂った蔓が複雑に絡み合った倒木に向けて降り下ろされ──

 

「お待ち下サれ!」

 

だが再度刃は止められた。カムイは後ろに跳び、倒木を切り裂く直前で止まった刃を直ぐに手元に戻す。されど警戒は緩めず声がした方向に視線を向ける。その視線の先に有るのも背の高い茂みだけ、だがその奥から草を揺らし何かが近づいて来る。

 

「どうカ、私タチの話ヲ聞イテ下サい」

 

そうして生い茂った雑草を掻き分けてカムイ達の前に一匹の年老いたアイルーが言葉を話し現れた。




アイルーといえど慈悲なし!

感想ありがとうございます。返信出来ていませんが全てに目を通しています。これからも少しずつ投稿していくのでお待ち下さい。


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ネコ……もといアイルーと和解せよ

ようやく出来た!


今まで自分たちの命脈を繋いでいた食料、その出所を幼い同族は口にしなかった。時に同族が詰め寄ったとしても口を噤むか、逃げ出し決して答えようとはしない。だが今ならその訳が分かる、分かってしまう。言える筈がないのだ、今まで自分たちの口の中に消えていった食料が盗んできた物だと。

 

しかし今更後悔したとて時は戻らず、時間は流れ続けている。そして群れの長はこの問題を早急に解決する事を迫られた。

 

だが長は今まで自分達が食べていた食料が盗まれていたものだと薄々気付いていた。そもそも幼い同族が纏まった食料を継続して手に入れられるなど有り得ない事。もしそれが出来るのであれば幼子の才能が優れているか、もしくは他所から奪ってくるしかない。事実食料は盗んできた物であった。それでも長は群れの存続を第一に優先、事実から目を背けていた。

 

確かに他所から勝手に食料を盗み出すのは無礼にも程があり、同族だとしても叱責は免れられない所業であり──だがそれだけだ。例え礼儀を失した行いだとしても誠心誠意謝り、しっかりと罰を受ける。そうすればその後は次第に仲が良くなり長い時間を必要とせずに互いに肩を抱き合いながら笑い合う。それが『アイルー』という種族だ。

 

──だが事態は全く異なる。長が想定していた相手は同族の『アイルーの村』、だが盗んできた先にいる種族は自分達とは全く違う。『アイルー』の道理、習慣が通じる相手か分からない、盗んでしまった食料は彼らにとってどれ程の価値があったのか、全てが分からない。

 

いや、一つだけ分かる。現状は決定的に選択を間違えたと。

 

もしかしたら友好関係を結べたかもしれない、もしかしたら、もしかしら、もしかしたら……、だが全ては想像でしかなく、事ここに至っては実現に至る可能性は無くなった。そして今の自分達の置かれた状況、ここからどうすればいいのか、どうすればこの問題を解決出来るのか、どうすれば群を存続できるのか。長は苦悩しながらも最善を、最良を求めて思考を巡らせる。

 

だが群れの誰もが長の苦悩を理解出来る訳ではない。そして群れの中の若い同胞たち、その中で幼子の兄貴分であったアイルーが住処から出て行こうとした。

 

長は言う──何処に行くのか。

 

問われたアイルーは答える──食料を得るため。

 

その問答で長は理解できてしまった。このアイルーは止まらないと。

 

アイルーは言う──奴らから奪う以外に生き残る道はない、それ以外に道がないから今の我等があるのではないかっ!

 

群れの誰もが止める間もなく同族は出て行く。そしてそれを止められなかった長も老いた身体に鞭を入れ後を追いかける。

 

長は言われた言葉を理解できない程愚かではない、だからこそ勇み足で飛び出した若者を長は何としても連れ戻さなくてはならない。なぜなら彼は向かう先にいる生き物を全く知らない。だが長はその生き物を知っている。それは『ヒト』と呼ばれた生き物であると。

 

群れの長に語り継がれる伝承にはこう伝えられている。

 

──彼らは森を切り開き、山を崩し、都を作り、空を飛び、文明を、栄華を極め、その過程で自然の恵みの悉くを簒奪した種族。そして侵してはならない領域を侵し、古き竜に滅ぼされた種族也。

 

 

 

 

カムイの目の前に老いたネコ、いやアイルーが単身で出て来た。武器らしいものを持たず、護衛のような存在も身の周りに付けずに。それだけなら振り下ろしている最中の刃を止めることはなかった。だが相手が言葉を、意思疎通が可能な言語を片言とはいえ自分達には話し掛けてきたならば話は別だ。

 

「モンスターが喋った……!」

 

生物として全く異なる知恵を持つ者との意思疎通、驚愕と共にあり得ないと諦めていた可能性が目の前に現れた。だがいつまでも驚いているばかりでは事態は進まない。すぐさまカムイは現状からどの様な言葉を掛けるべきが考え──間を置かずに老アイルーが続けて言葉を繰り出した。

 

「ソレ、群レ、ナカ間」

 

ここまで急いできたのか呼吸は荒く、地面に伏した同族を指す手は震え、紡ぎ出した言葉はお世辞にも上手いとは言えない。音の高低、強調、話す言葉全てが正しくなく、単語を並べただけの拙い言葉。

 

「コドモ、オ腹、ヘッテいル」

 

身体が震えているのは疲労だけではない筈だ。片や丸腰、片や長大な武器を構えている。体格も大きく違いカムイがその気になれば老アイルーなど容易く一刀両断されるだろう。殺される恐怖を抱え、それでも懸命にカムイに向かって己の考えを言葉にして伝えようとしている。

 

「ユルシテ」

 

その言葉に込められた想いは如何程か。その言葉を言い終わると同時に辺りに静寂が満ちた。カムイも、アヤメも、アイルー達の誰もが言葉を発さず、動かない。

 

「子供、盗む、食べ物」

 

そうして最初に口火を切ったのはカムイだ。警戒をそのままにして構えを解き、そして彼等と同じように、彼等に伝わるように単語で話し始めた。

 

「俺、仲間、食べ物、作った、大切、それ、盗られた」

 

聞き間違いは許さない。単語を強調し、強弱を付け、眼光は鋭く、睨み付ける様にしてカムイは老アイルーに言う。

 

──お前達が盗んだモノが自分達にとってどれ程大切なモノであったか分かっているのか?

 

「ゴメン…ナさい」

 

「許さない」

 

老アイルーが紡いだ言葉、それをカムイは一言で切り捨てる。謝っただけで許される問題ではない。自分達の時間と労力が費やされたモノが盗まれ、それらが戻ってくることはないのだ。例え彼らの群れの全員が謝ったとしても許す事はない。

 

「──だけど」

 

──さあ、ここからだ。ここからが本題、ここからが交渉の始まりだ、逃がすな、この千載一遇の機会を必ずモノにしろ。

 

そうカムイは己に言い聞かせる。そして群の長であろう老アイルーに向かって片手を突き出し、その手の中に握ったモノを見せつける。

 

「コレ、お前達、持つ、道具、作り方、教える」

 

その手に握られているのは爆弾、罠にかかったアイルーから奪ったモノだ。長はカムイの手に握られたモノが何であるか直ぐに分かり、そして言われた言葉を理解してかその表情を強張らせた。

 

「俺達、ソレ、知りたい、お前達、食べ物、欲しい」

 

お前達が欲しいモノを俺たちは持っている、俺達が欲しいモノをお前達は持っている。──なら話は簡単だ。

 

「交換、どうする?」

 

この場に必要なものは謝罪の言葉ではない。そんなものは何の価値もない。お前達が持つ技術を渡せば、対価として食料を売る。そんな原始的な取引がこの場に必要とされるものだ。

 

カムイが話し終わると辺りを静寂が支配する。誰もが口を噤み、聞こえるのは鳥の鳴き声と樹木の葉が擦れ合う音だけ。その中で老アイルーは一人険しい顔をして思考を巡らせる。

 

それを仕方が無い事だとカムイは思った。この弱いモンスター、アイルーが生き残ってこれたのは彼等の持つ火薬技術が大いに助けになっていたのだろう。それを外部に、異種族である自分達に伝授する、それはどれ程危険な事なのか。だが長として群の事を考えれば食料の確保は如何なる理由があれ優先される。その狭間で目の前の老アイルーがどの様な判断を下すのか。

 

だからといって手心を加える事はない。されど必ず技術をモノにするとカムイは既に決めている。

 

「…………分かっタ」

 

一体どれ程の時間が経ったのか、長かったようにも短かったようにも感じられた静寂は終わりを迎えた。そして老アイルーはカムイに向けて答える。

 

「ワタし達、道具、作り方、教える、アナた、食べ物、渡す」

 

此処に取引は成立した。

 

「群れ、『アイルー』、約ソクする」

 

「カムイ、約束する」

 

此処から始まるは和解となる。

 

 

 

 

こうしてカムイはアイルーとの関係を持った。アイルー達から火薬技術、それ以外にも彼等が持つ独自の知識、技術の対価としてカムイは食糧を提供するという取引。

 

まずは前金としてカムイからはアイルー達に幾らかの食料を渡す。群が飢えない量の食料、されど数日すれば尽きてしまう量だ。その間にアイルー達は火薬技術等をカムイ達に伝える。この取引は速やかに履行された。

 

──大半の村人達は知らぬまま秘密裏に。

 

何故知らせないのか、理由は単純に村人達が彼等アイルーをモンスターと誤認する可能性があるからだ。既にカムイは彼等とは意思疎通が出来る事は分かっているが、その姿形は人とは大きく異なる。そんな彼等を閉じ切った小さな世界で生きてきた村人達は受け入れられるのか?

 

この点に関し異種族との交流は時期尚早であるとカムイと村長の意見は一致した。よってカムイとアイルーとの取引を知るのは村長と限られた数人のみ。食料に関しては今までのカムイの働きに十分な対価を払えなかった事を踏まえ村長からの口利きもあり問題はない。

 

本格的な交流はまだまだ先、当分は密貿易のような細々とした取引が続いていく予定──の筈であった。

 

取引が交わされた数日の内に一匹の幼いアイルーが村の入口に現れた。

 

その姿を最初の見つけたのは入口の警備をしていた村人達だ。彼等は初めて見るモンスター、アイルーの姿に警戒しながらも各々が素早く武装、モンスター接近の伝令を村に走らせた。そうして門での迎撃態勢を整え──だがその中で一人の青年が村に近づくアイルーを観察して疑問を口にした。 

 

──アイツ、血だらけだぞ。

 

それは小さな声であったが襲撃に備えていた村人達の耳には不思議とよく届いた。村人達も直ぐに目を凝らしてモンスターを見れば、成る程、確かにモンスターの体は血だらけだ。元々白かったであろう体毛は殆どが血に染まり乾いて黒ずんでいる。片足を引き摺りながら入口に向かう足取りはモンスターとはいえ憐れみを覚えるほど。その姿を見てしまった村人達は死にかけのモンスターに止めを刺す事が出来なかった。

 

そして弱弱しく、されど歩みを止めなかったアイルーは立ち塞がる門に辿り着いた。そして動く片手を使い門を叩く、ぺしぺし、ぺしぺしと門を叩き弱弱しく鳴き声を上げる姿は余りにも必死だ。

 

「何があった!」

 

その最中に武装したカムイとヨイチ達が急ぎ応援として門に駆け付けて来た。その姿を見た村人達は安心と共に自分達ではどうにも出来ない現状の解決をカムイに求めた。

 

「カムイ、丁度いいところに来てくれた。初めて見るモンスターが現れてな、その…、死にかけだが如何する?」

 

「死にかけのモンスター?」

 

村人達の煮え切らない言葉を聞いたカムイはモンスターを確認する為に物見櫓に登る。そして物見の上から門を覗けば、そこにいたのはモンスターではなくアイルーがいた。

 

「お前っ!」

 

急ぎ物見櫓からカムイは飛び降りアイルーに駆け寄る。飛び降りる音とカムイの声を聴いたアイルーは振り返り、その姿を見て緊張が解けたのか崩れ落ちる様に身体が傾いた。だが地面に倒れる前にアイルーの身体はカムイに抱き留められた。

 

「一体どうしたんだ!何があった!」

 

その姿を忘れられない。自分達が初めて接触したアイルーであり、爆弾を使い彼等が持つ技術を知らしめた幼いアイルーだ。だがその身体は大量の血を浴びて赤黒く染まり、短く浅い呼吸が絶え間なく続いている。片足に至っては折れているのか腫れ上がり、誰もが一目見た瞬間に理解する、このアイルーの命は風前の灯火だと。

 

「タス…ケ…テ」

 

アイルーが口にしたのは助けを乞う言葉、そしてまだ動く片手で指さしたのは村の外、状況から推測すればアイルー達の群がある場所なのだろう。

 

「オ、オソ、わ、レタ」

 

絶えず今でも少しずつ流れる血、その出血元には心当たりのある歯形が刻まれている。それは深く、小さな体躯には耐えがた痛みが走っているのだろう。それでも痛みに耐えアイルーはカムイに必死に伝えようとし、だがそれも長くは続かない。

 

「──タス─ケ……てッ!」

 

最後の言葉は舌足らずな、それでも懸命に助けを願う言葉だった。そして最後の言葉を出し終えるとアイルーは脱力し目を閉じた。だが死んだ訳ではなく、気を失っているだけだ。

 

そして現状を理解出来ない村人達がカムイの周りに集まる。その中で口火を切ったのはアイルーを最初に見つけた青年だった。

 

「カムイ……、そのモンスターだが、どうする「この仔はまだ生きている。ケンジさんの所に行ってくれ、あの人は事情を知っている!」

 

「わ、分かった!」

 

有無を言わせずカムイは傷だらけのアイルーを青年に託し、託された青年は初めて触れるモンスターに怯え──それでもしっかりと抱き留めケンジの所へ急ぎ駆けて行く。そしてこの場を去っていく姿を見送り、それを早々に切り上げたカムイは入口に集った村人達に聞こえる大きな声を出す。

 

「ヨイチはいるか!」

 

「おう、いるぞ!」

 

「最悪此処にモンスターの群が襲撃する可能性が出てきた。至急防備を固めてくれ!」

 

「分かった。全員聞こえたな!なら今すぐ迎撃準備、訓練の成果を見せる時だぞ!」

 

「オウッ!」

 

ヨイチの号令の下、門に集った村人達は迎撃準備を整えていく。武器を運び込み、兵器を点検し、増えた人員を駆使してより強固な陣を築き上げる。

 

「──ところでカムイはどうするんだ?」

 

その最中、取引を知る限られた村人としてヨイチは小声でカムイに問いかける。

 

村の守りを任されているヨイチはアイルーがこの村に辿り着いた時点で戦いは避けられないと腹を括っている。おそらくアイルーの群から村まで繋ぐ血の匂い、五感に優れたモンスターが見逃すとは到底思えなかった。最悪アイルー達を見捨てる事をヨイチは考えているが彼個人としては彼らの持つ武器、道具は魅力的であり見捨てるのは忍びない。正直に言って決めあぐねていた。

 

だからこそカムイからアイルー達の対応を聞きたかった。取引を主導し、この件を村長から一任されている責任者として。

 

「取引はまだ終わっていない。何より彼等の持つ技術は有用に過ぎる、ここで失うのは余りにも惜しい」

 

「だな」

 

そしてカムイは見捨てない事を決めた。その判断、理由をヨイチは理解し──それが建前であることも察した。

 

「……それに助けを求められた」

 

それがカムイの本心、アイルーが指差した森の先には彼の家族がいるのだろうか。妹が、姉が、弟が、兄が、友が、祖母が、祖父が、そして父親と母親が。

 

「ヨイチ、行ってくる」

 

「此処は任せろ」

 

それ以上の問答は必要ない。ヨイチは迎撃準備を指揮を執りに、カムイは険しくした視線を森へ、その先に居るであろう相手に向けた。

 

「……白黒つける時が来たようだな」

 

互いに煮え湯を飲まされ、それでも互いに利用し合ってきた。その関係も今日で終わるのだろう。

 

晴れ渡っていた空は陰り、風が次第に強くなってきた。それは森に嵐が吹き荒れる予兆に他ならなかった。




自分で書いていて思った。

モンハンってこんな暗いゲームだったけ?


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ナワバリ争い(前)

どうしてこんな事になったのか。

 

張り詰めていた緊張が途切れたからか、この先に待つのが絶望だけじゃ無いと安心出来たからか、それとも──。

 

いや、油断していた。それだけの分かりきった事だ。

 

何時もなら群の仲間は直ぐに住処には帰らない。モンスターの追跡を恐れて回り道や迂回をして住処が何処にあるのか知られない様に行動する。その臆病さが無ければ生き残れない、それが何時終わるとも知れない旅の中で学んだ事だ。

 

──その筈だった。

 

住処である洞窟の中には長がヒトと取引をして得た食糧が沢山運び込まれた。群の仲間を腹を満たし、されど数日で尽きてしまう量。それでも仲間達は喜び久しく満たせなかった腹を満たし、束の間の幸せにいた。

 

そして満たされた仲間達は奮い立った。諦め、絶望……頭の中に深い根を張っていた感情を一時的に忘れ、群の為、友の為、家族の為と奮い立った。

 

食糧を探そう、住処を探そう、水を探そう……。聞こえてくる声には希望が満ちている。何よりヒトがこの地に住み着き生活している事実が彼等に希望を与えた。彼等、ヒトがこの地に生きているのなら自分達にも出来るはずだと。

 

俺達の今の住処は崖を掘って作った洞窟だ。そして出口は一つしかない、いや、一つしか掘れなかった。地層は固くアイルーの力を以てしても容易く掘り進めない程頑丈で、だからこそモンスターから身を守るのに最適だと考えてしまった。

 

そうして彼等は住処を出て行き帰ってきた──血だらけで、大量のモンスター、ジャギィを引き連れて。

 

──何故モンスターがいるのか分からない。

 

──仲間達は意図的に見逃され付けられていたのか。

 

──何故こんな数の、視界を埋め尽くす程モンスターがいるのか。

 

「フーッ!」

 

そして俺は戦っている。崖に掘られた洞窟の手前でジャギィに囲まれながら。爆弾は使えない、最悪洞窟が崩れて仲間達は生き埋めになる。使ったとしても倒せて一匹か二匹、見渡すほど限りのジャギィの群には無駄でしかない。

 

「シャーッ!」

 

だから迫るジャギィに飛び掛かり生来持ち得る牙を、爪をその身体に突き立てる。しかしアイルーの小さな牙や爪はジャギィに食い込んだとしても浅く致命傷には程遠い。せいぜい痛いくらいだろう。

 

だからジャギィが一声鳴いて身体を振り回すだけで俺は簡単に吹き飛ばされてしまう。だけどそこで終わらないのがジャギィ、地面に転がる小さな生き物を奴等は蹴飛ばす。何匹も、何匹も代わる代わるに。

 

暫くして出来上がったのはボロボロになった一匹のアイルーだ。

 

「に、にゃ……」

 

これは戦いじゃ無い、戦いなんて立派なものじゃ無く、唯の遊び。

 

最悪だ、希望を持って出て行った結果がコレだ。唯一の入口はジャギィに囲まれ洞窟の奥では幼い子供、怪我をした仲間、戦う術を持たない者しかいない。そしてその先の未来、俺が倒れた先は容易く想像出来る。

 

──洞窟はジャギィによって掘り返され。

 

──中にいる仲間達は等しくジャギィ達の腹の中。

 

──子供も大人も雄も雌も関係ない。

 

──肉を裂かれ、骨を砕かれ、腑を、肉を食い荒らされる。

 

倒れた自分の手を見る。そこにあるのはモンスターに比べれば遥かに小さな手と爪しかない。

 

──役立たずの手しかない。

 

「に……、に…」

 

なんでアイルーはこんなに弱いのか、なんでアイルーはこんなに小さいのか、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで──なんで俺は生まれて来たのか。

 

疑問があった、なんで生きているんだろう。こんなに辛くて、苦しくて、痛くて、なのになんで死なないんだろう。

 

生まれた場所は昔から住んでいた森の中だったらしい。とはいっても一人前に考えられる様になった時には群は旅をしていて、その最中で俺は成長した。気が付けば家族はおらず、それでも生きる為に群に付いて行った。

 

群は必死だった、生きる為に。そんな中では明るい話題等無いに等しく常に群には暗い影が付いて回り、誰もが死んだ様な顔をしている。

 

だが明るい話題が皆無という訳では無い。新しい住処に適した場所を見つけた時は根が単純なアイルーの誰もが喜び──それは即座に絶望に転じた。

 

アイルーが住みやすい土地だ、其処に先住のモンスターがいない訳は無い。つまりは住処を手に入れるには住み着いた大量のモンスターを追い出すしかなく、俺達は諦めるしかなかった。

 

そんな環境に居続けた俺は群の誰よりも荒んでしまった。家族と呼べる者はおらず群の中で誰とも仲良くならず一人でいた。もはや惰性で生きているだけ。

 

そんな時に聞いた、群の仲間がヒトに出会ったと。その仲間の話を全て聞き終えた後、俺は洞窟を飛び出していた。その時、仲間達は俺が仕返しに行ったと考えたらしい。

 

でもそれは違う、仕返しなんて考えていなかった、ただ単に悔しかっただけだ。仲間が盗み、持ち帰ってきた食糧の質と量、それを目にした時に言われた気がした。

 

──何も出来ない、弱くて小さなアイルーには無理なモノだろう。

 

悔しかった、妬ましかった、唯それだけの感情に突き動かされヒトに挑んだ。その結果はまんまと罠に嵌り最後には長に助けられる無様なモノ。

 

そして長は圧倒的に不利な立場に陥り、その最中でも必死に交渉を行った。そしてヒトとの取引を結んだ。罠に捕まった状態ではその様子を直に見る事が出来なかった。だが見えなくともアイルーの耳は確かに聞いた。

 

今まで見てきた諦め老いた姿からは想像も出来ない声。出会いは最悪で立場は物を盗んだ群の長、それでも鬼気迫った剣幕で交渉を続ける長に対し俺は初めて凄いと思った。

 

──それでも俺をベタベタにしてオマケに殺そうとしたヒト。アイツにはいつか仕返しをする、そう密かに心に決めた。

 

だけどそれも出来そうに無い。

 

「ガァーッ!」

 

うつ伏せに倒れた俺に向かってジャギィの口が迫る。視線だけはジャギィに向けていたせいで鋭い歯ははっきりと見えてしまった。

 

あぁ、食べられるのか、噛み付かれ、食い千切られ、咀嚼される。最早それ以外の未来は見えず抗おうとする気持ちは湧いてこない。頭の中を満たすのは諦めと絶望と恐怖──悔しさしかない。

 

ああ、そうだ。柄にもなく独りでボロボロになってまで戦っていたのは証明したかったんだ。アイルーはヒトにも負けていないとヒトに証明したかった。

 

──長にも出来たんだ、群の仲間も出来たんだ、俺にも出来る事があると自分に証明したかった。

 

「久しぶりだな」

 

──だからコレは幻だ。

 

視線の先、迫っていたジャギィの首から上が無くなっていた。だけど勢い付いた身体は構わずに俺に向かって──蹴り飛ばさたジャギィの身体が俺の脇を通り過ぎて倒れた。

 

──これは幻なんだ。恐怖でおかしくなった俺が作り出した幻なんだ。

 

ジャギィに代わり俺の前に立つのは紅だった。俺よりも大きく肩には光る武器を携えて背を向けている、まるで庇うかの様に。そして俺でも分かる、身に纏った紅はモンスターの毛皮、光る武器はモンスターの身体から生み出したモノ。どれもがそこら辺のモンスターとは格が違う匂いを纏っている。

 

──幻なら消えろ、早く覚めろ、覚めろ消えろ覚めろ消えろ覚めろ消えろ!

 

頭の中で都合の良すぎる幻を消そうした。残酷過ぎる幻は見たくない、裏切られたく無かった。

 

──だけど、だけど、幻じゃないなら消えないでくれ。

 

 

小さなアイルーが村に辿り着くまでに流した血を辿り、途中からはジャギィの鳴き声を頼りに森を駆け抜けた。そして森を抜け視界が開けた先にあったのは小さな洞窟と打ちのめされたアイルー。

 

その光景を視界に収めた時には既に太刀を振り抜き、アイルーに迫っていたジャギィを仕留めていた。頭部が宙を舞い、止まらずアイルーに向かう身体を蹴り飛ばす。

 

「久しぶりだな」

 

蹴り飛ばした衝撃を使いアイルーを庇うようにしてジャギィの前に姿を現わす。そして改めて正面を見れば成る程、これは藁にも縋りたくなる光景だ。軽く見た限りでは目の前にいるジャギィは二十程。ドスは居ないがアイルーにしてみれば悪夢だろう。

 

「悪いが彼等は大切な取引相手だ。此処で死なれると困る」

 

そう言いながら太刀を目の前のジャギィに向ける。凄まじい斬れ味を持つ太刀の刃に血脂は無く、降り注ぐ陽の光を受けキラキラと輝いている。

 

「それでも襲うなら……、俺達が相手になろう」

 

間を置かずに三匹のジャギィが襲い掛かる。言葉が分からない奴らからすれば仲間を一匹仕留めただけ、恐れを抱くには程遠いのだろう。

 

太刀を両手で握り右手から迫る先頭のジャギィに太刀を一閃、横に振り抜いた刃はジャギィの首を断つ。振り抜いた勢いを殺さず一歩踏み出し身体を独楽のように回しながら踏み出しもう一閃、同じく左手から迫っていたジャギィの胴体を断つ。

 

瞬きの間に二匹を仕留め、されど三匹目が臆さずに向かって来る。二匹同時に襲い掛かり足止め、時間差で三匹目が襲い掛かり仕留める戦術、嫌らしく一人であったなら手傷の一つは負っただろう。

 

だが此処にいるのは一人じゃない。

 

迫るジャギィの首に矢が突き立つ。それは対モンスター用の矢、鏃は小さな剣と変わらず、それはジャギィの皮、肉を裂いた。首の半分が断ち切られ、断面からは血が吹き出す。大量の血を流し痛みに呻くジャギィの身体は太刀の間合いの手前で自らが流した血の池に倒れた。

 

「御見事」

 

一撃で仕留めたアヤメの腕は大したモノ、相棒として誇らしい。

 

「さて、どうする」

 

言葉が伝わらないのは百も承知。それでもジャギィ達に向かって語り掛けるがジャギィ達は動かない。そして互いに睨み合い、隙を窺う時間が続き…….先に折れたのは奴らだった。集団の後方にいた一匹が背を向け森へ駆け出す。それに釣られ一匹、また一匹とジャギィ達は撤退して行き、目の前にいた群は消えた。

 

それでも警戒は怠らず手信号でアヤメに引き続き警戒する様に伝える。そして片手に太刀を握り倒れた一匹のアイルーに近寄る。

 

「酷い怪我だが……生きているか」

 

うつ伏せに倒れ死んだ様に見える。だが呼吸音が聞こえる事から気を失っただけで生きているだろう。一見しただけでは怪我の度合いは分からない、後で診断してもらう必要がある。

 

「あなタは……」

 

自分の背後から声が聞こえ振り返る。すると洞窟の入口からアイルー達の長が出て来た。だが目の前の状況を理解しきれていないのか、その目には困惑がありありと浮かんでいる。

 

「長、貴方達との取引は終わっていない。このまま死んでしまえば此方が困る、だから今すぐ村に来てもらう」

 

しかし悠長に話している時間は無い。ジャギィ達は撤退したが再度襲撃の可能性がある以上、手早く此処から離れ無ければならない。なにより防御設備のある村の方が此処より安全だ。

 

「それハ……、分かリました。すぐに選びマス、お待ちクダさい」

 

だが長の口から出たのは予想していなかった言葉。もしかして誤解している?いや、これは自分の言葉が足りなかったからだ。

 

「違うぞ、全員来てもらう。子供も、大人も、怪我人も全員だ。直ぐに此処を立つ、出来るか」

 

此処に来た目的は彼等の保護、取引は建前に過ぎない。それでも本心は語らないのは対等な立場では無いからだ。アイルーという種族を完全に理解出来てない状況で安易に情に絆されるのは危険。考えたくは無いがそこに漬け込む悪どい種族の可能性がある以上油断は出来ない。

 

「分カりましタ!」

 

そんな自分の考えを知らずに長は洞窟に急いで戻りにゃー、にゃーと鳴き始めた。すると俄かに洞窟の中が騒がしくなる。この分ならば時間もそれ程掛からないだろう。

 

「凄かったぞ……」

 

洞窟の喧騒を背後に感じながら片脚をつき倒れた一匹のアイルーに声を掛けた。気を失い此方の声は聞こえていない、それでも一言言わずにはいられない。この子が居なかったらアイルー達は到着する頃には全滅していた筈だからだ。

 

ならばその献身に、勇気に自分は応えなければならない。

 

「アヤメ、鏑矢を打て!」

 

聞き届けたアヤメが素早く弓に鏑矢を番えて空に放つ。空気を引き裂きながら空に甲高い音が広がっていく。それは遠く離れた村にも聞こえているだろう。

 

「……気を引き締めていこう」

 

これからする事はアイルーの群を村まで護送する事。狩りでも調査でも無い、全く経験の無い事だ。加えて襲撃するであろう相手はジャギィだ。

 

油断すれば、気を抜けば足下を掬われる。その先に待つのは望んだ結末とは程遠いモノになるだろう。

 

 

「何故追撃してこない?」

 

村に辿り着いた矢先に自分の口から出た言葉がそれだった。幸いにもアイルー達は自分が考えていたよりも素早く移動してくれた。怪我人や子供を無事な者が背負い、又は抱えていながらも立ち止まる事無く移動出来たのは良かった。

 

だからこそ移動中に一度も襲って来なかったジャギィが気掛かりだ。先頭には無事なアイルー、後方に自分とアヤメ、その間に子供や怪我人を配置して移動。ジャギィ達の追撃は後方からと予想したからだ。

 

だが蓋を開けてみればジャギィ達が追撃をしてこない。だが居ない訳ではない、移動する自分達の後方で何匹かが付いて来るのは見えた。だがそれだけだ、襲い掛からず沈黙を保ちながら追跡する姿はなんとも薄気味悪いものだ。

 

「いや狡猾な奴等の事だ、何か考えているのか?」

 

既にアイルー達は村に収容され、村の迎撃体制も整っている。最早村はモンスターから隠れ生活する事が不可能。故にモンスターの襲撃に備えて強化した門は堅牢だ。仮に群からはぐれたモンスターが来ても簡単に迎撃できる、自分も含め村の誰もがそう考えていた。

 

──そして時が来た。

 

始まりは遠く視線の先にいる一匹のジャギィ、森に隠れているそれが鳴いた。その一匹は今まで黙って追跡してきた個体で村に着いてからは森の中から此方を伺い続けていた。そいつから聞き慣れた鳴き声が森に響き──その最中に森から新たな鳴き声が響く。

 

鳴き声は重なる。一つだった声が二つに、三つに、四つに……連鎖的に重なっていく鳴き声は森を震わせる。もはや門にいる者達の耳には鳴き声しか聞こえないだろう。

 

そうして唐突に始まったモンスターの大合唱は唐突に終わりを迎えた。

 

「来たか……」

 

そして森からジャギィが現れる。過去、村の男達を何人も殺してきた因縁のあるモンスター。それが一匹、草木を掻き分け出て来た。それに引き続き二匹、三匹とジャギィが増え続け──

 

「まさか、嘘だろ……」

 

門に詰め掛けた男達の誰かが口走る。だがそれを咎める者は此処に居ない。何故ならそれはこの場に集った誰もが思っている事だからだ。

 

「ははっ、……完全に滅ぼしに来たな」

 

森から現れたジャギィ数は五十は下らない。そして理解した、ジャギィが追撃をしなかった理由を。万全を機したのだろう、この縄張り争い、いや──戦争に必ず勝つ為に。持ち得る手札を全てを投入したのだ。

 

「手下の全てを呼び集めたのか」

 

最早群とは呼べない、正しく軍団と呼ぶべきだろう。門から見渡せる風景はジャギィ達によって埋められている。奴らの鳴き声、足音、爪を擦り合わせる音、音の全てが重なり連なり門に押し寄せる。

 

そして満を持して軍団を率いるドスジャギィが現れる。ジャギィとは比べ物にならない程の巨体。その姿、率いて来た陣容に誰もが口を開ける事が出来ない、誰もが目を逸らす事が出来ない。

 

「だが簡単に攻め滅ぼせると考えていないよな?」

 

──しかし男達は絶望していない、誰も諦めていない。

 

カムイが片手を挙げる、すると門に詰め掛けた男達が動き出す。矢を番える者、狙いを定める者、キリキリと何かを引き絞る音が響く、一糸乱れぬ動作で彼等は己の為すべき事を為す。

 

そして準備は整い──それと同時にドスジャギィは吠える。その鳴き声を号砲としてジャギィの群れが門に迫る。

 

モンスターの津波が押し寄せる。

 

「よーーい」

 

だがカムイ達は動かない、ただひたすら待つ。

 

時間の感覚がない、まだなのか、まだなのかと先走ろうとする心を抑えつけ、それでも待ち続け──そしてキルゾーンにジャギィが踏み入れた。

 

「撃て!」

 

空気を引き裂き槍が解き放たれた。それは狙いを違わずジャギィに突き刺さり、止まらず身体を貫く。それでも余りある力を宿した槍は勢いそのままにジャギィを地面に縫い付けた。

 

貫かれたジャギィは分からないだろう、何故自分は倒れたのか、何故死んだのか。

 

圧倒的な力、それを防ぐにはジャギィ達の身体は柔らかく、また考える時間を与えてくれる程カムイ達は優しくない。

 

「撃って、撃って、撃ちまくれ、決して近寄せるな!」

 

門に備え付けられた六門のバリスタ、それらから槍と見間違う大きさの矢が絶えず吐き出される。矢はジャギィを地面に縫い付け、時に複数のジャギィを貫通する。時に脚を、腹を、首を、頭を容赦なく削り取っていく。

 

「効いてる、効いてるぞ!」

 

気が付けば誰かが笑い、それに釣られて隣の男も笑っていた。そしていつしか門には男達の笑い声が響いていた。だがそれも仕方ない事、今までとは違う一方的な蹂躙。それは男達が今まで感じた事の無い感情、命を掛けて戦っていた時とは違う圧倒的な力を行使する快楽に酔ってしまった。

 

「もっとだ、もっと弾を持って来い!」

 

──撃てば当たる、適当に撃っても当たる、楽しくない訳がない、面白くない訳がない!

 

もっと、もっとこの快楽を味わいたい!極限状態の中でその思いは男達の中にあった恐怖を跡形も無く消し飛ばし、突き動かされた男達の一連の動作はより速くなっている。

 

だが相手はモンスター、物言わぬ案山子では無い。思考する脳を持つ恐るべき相手だと彼等は直ぐに思い出した。

 

「何!?」

 

「コイツら門をよじ登って!」

 

いつの間にか近づいていたジャギィが門に取り付きよじ登る。狙うは登り切った先にある仲間の命を奪うバリスタ。

 

「うぁああああっ!」

 

ジャギィがバリスタに噛み付き構造を歪める。使用出来ない程の損傷を与えられ一門が使用不可能にされ、だがジャギィは止まらない。一匹、さらに一匹とバリスタに噛み付きバリスタを外に向かって引っ張る。木材が軋み歪み──その果て異音を響かせ割れた。門に固定された筈のバリスタが力尽くで門から引き摺り下ろされた。

 

「離せ!離せ離せ離せ離せ!?」

 

それに留まらず別のジャギィは射手にも噛み付き同じ様に門から引きずり下ろそうとする。だが噛み付かれた男は死に物狂いで抵抗する。落ちた先にはジャギィがひしめいている、待っているのは残酷極まる死である事が分かるからだ。

 

「チッ、賢しいな!」

 

ヨイチが手に持った剣でジャギィの頭をかち割る。噛み付かれた仲間を助けると同時に骸と化したジャギィを即座に門から蹴り落とす。

 

その姿を横目に見ながら同じ様に門を登って来たジャギィの頭を剣で割る。その最中に理解してしまった、このままでは負けると。

 

門の左右、ジャギィはバリスタの射程範囲外から攻めて来た。崖に空いた穴を防ぐ様に門を作り、バリスタは門の上。それも門の内側に設置した為に左右は射程に捉えられない。そこをジャギィ……ドスジャギィは突いてきた。

 

モンスターを甘く見ていた、防御設備の設計ミス……、幾ら後悔しても今更遅い。

 

「ヨイチ!門の正面に出る、お前達は変わらず撃ち続けろ!」

 

だから自ら前に出る。再びバリスタの優位性を取り戻し戦況を変えるために。

 

腰に剣を収めると同時に門から飛び出す。落下の勢いを殺さずに抜いた太刀に伝え眼下にいたジャギィを縦に両断する。

 

「ああああああああっ!」

 

ジャギィの骸で落下の衝撃を緩和、間を置かずに独楽の様に身体と太刀を振り回す。刃に触れたジャギィの身体は容易く斬られ、太刀の間合いはモンスターの流した血で満たされた。

 

一瞬で空白地帯と化した門の正面、血の海の中で太刀を構えてジャギィ達を見据える。そしてジャギィ達が右から、左から、正面から再度同時に襲いかかり──それを即座に斬り伏せる。

 

太刀を振り回せば容易く斬られ骸と化す、それを理解したのかジャギィ達は門に近づかない。だがそれで良い。

 

「撃て!」

 

自分に代わりヨイチが号令を出す。再び吐き出された槍がジャギィ達身体を貫き、命を奪っていく。

 

「回避に専念してきたか……」

 

だがジャギィ達は攻め方を変えた。数に任せるのではなく、少ない数で左右ジグザグに動く事でバリスタの攻撃を回避していく。その所為で殲滅の速度は目に見えて落ちた。だが少数では自分を倒すことは出来な──

 

「カムイ!矢が切れそうだ!」

 

「何!?」

 

備蓄していた矢は二百、六門ならば一門辺り約三十発は打てる計算、最初の殲滅速度であれば足りた筈だ。

 

だが足りなくなった、その理由は単純に無駄弾を撃ち過ぎたからだろう。ジャギィが回避に専念するようになって矢が当たらず、当たったとしても十本に一本位。また男達が素早く動く標的に慣れていない、思い出した恐怖で照準が乱れたのも理由だろう。

 

そしてヨイチの言葉通りにバリスタから吐き出される矢が尽き、攻撃が再開される事はない。

 

そしてジャギィが舞い込んできた好機を見逃す程の間抜けでは無かった。

 

「クソ!?」

 

「カムイ、門に登れるか!」

 

「無理だ!」

 

自分が門に戻るよりもモンスターの群の方が早い。振り返る暇もなく襲い掛かってきたたジャギィを太刀で斬り払おうとする。

 

「ちっ、やり難い!」

 

だが刃はジャギィに届かなかった。奴等は太刀の斬れ味を理解したのか間合いに入り込まず、入ったとしても即座に間合いから離脱してしまいう。ならばと背を向けて門に向おうとすれば背後にいる奴等がこれ見よがしに足音を立てる。

 

攻撃を封じられ、逃げる事も封じられる。現状は周りをジャギィに囲まれながら何ら有効な手を打てず足止めされている。

 

──そう、足止めだ。モンスターの半分は自分をこの場に足止めしている。なら残り半分は何処へ?

 

「お前ら、剣を構えろ!顔出した所に振り下ろすだけだ!」

 

ヨイチの声が背後から聞こえる。だがその声を搔き消すようにジャギィの鳴き声が門から聞こえる。ジャギィにとって一番厄介な俺を門を分断し遠ざける。半分が足止めに徹し、残り半分が門を攻め落とす。狡猾な作戦であり、これ程自分達に有効な策は無いだろう。

 

「死ね!」

 

「こっちに誰か来てくれ!」

 

「鈍になった!新しい奴を!」

 

「渡している暇はねぇ!そのまま殴れ!」

 

男達の叫びが背後から聞こえる。今はまだ持ち堪えられそうだが何時まで持つか分からない。

 

「アヤメ!」

 

此処が瀬戸際、危険を承知で振り返り門に向かって走る。当然ジャギィが隙を晒した獲物を見逃す事は無い。何匹ものジャギィが背後から襲い掛かろうとする、だが門から飛び出すアヤメの矢が追撃を許さない。

 

「其処を退け!」

 

遠ざけられていた所為で時間が掛かったかが、急ぎ門に駆け付け取り付いていたジャギィを背後から斬り裂く。だが斬っても斬っても数が減らない、それだけでなくアヤメが抑えきれなかったジャギィが背後から襲ってくる。

 

「次から次へと!?」

 

此処は処刑場、辺りの地面は赤に染まっている。それはジャギィから流れ出た血で作られた赤い海。その中で太刀を振るい、首を、身体を斬り裂けば新たな赤が海に足されていく。血臭が充満し、一歩脚を踏み出せば赤い雫が撒き散らされ、水面に波紋が広がる。

 

それでも止まらない、それでもモンスターは引かない。

 

息を吸う暇が、呼吸をする暇がない。身体は熱く、視界が狭まり、口から血の味がする。それでも太刀は止まらない、止められない。だが唐突に振るっていた太刀が止まった──いや、止められた。

 

「えっ?」

 

自分の口から間抜けな声が聞こえた。訳が分からなかった。太刀が何かに引っ掛かったのか、ならばそれは何だ、この場にジャギィしかいない、奴等の身体は太刀の動きを遮る程硬くない、崖に引っ掛けた感触でもない。

 

だから太刀を見た、顔を動かし太刀が動かなくなった理由を見つけようとして──太刀に噛み付いたドスジャギィがいた。そしてソレは太刀を咥えた口に、顎に力を込める。

 

ピシリ、と太刀を握った両手から音が伝わる。

 

「なっ!?」

 

女王翅刀、凄まじ斬れ味を持つそれはモンスターの翅を加工して武器にしたもの。

 

──そう、翅だ。金属でもなくモンスターの骨でも無い、虫の翅だ。そして虫の翅は脆い。

 

故に噛み付かれた太刀から音が伝わる。ピキリピキリと。

 

そして太刀が砕けた、キラキラと破片を撒き散らして。

 

「がっ!?」

 

それに止まらず太刀を砕いたドスジャギィはそのまま身体を回転させる。そして武器を破壊されて呆然としてしまった隙に遠心力の載った自らの長大な尻尾をぶつけてきた。

 

「「カムイ!?」」

 

回避出来ず再び門から離れた場所に吹き飛ばされ仰向けに倒れる。誰かが名前を呼んだ気がするが視線を向ける余裕は覆い被さるジャギィの所為で無い。

 

狙うは首、そこに牙を突き立て食い千切る。ジャギィの口が開き噛み付こうとするが、すんでのところで右腕で首を庇う。その結果ジャギィは右腕に噛み付き、それでも爪を、牙を突き立てようとし──それが出来ないと直ぐに知る事になる。

 

「残念だな、お前らには無理だ」

 

身に纏う紅い防具、それは『紅毛』、紅いアオアシラの素材で拵えた物。今までの青いアオアシラの防具よりも硬く丈夫な毛皮と甲殻はジャギィの爪や牙では貫く事は出来ない。今自分が持ち得る最も優れた防具だ。

 

だから落ち着いていられた、即座に太刀を破壊された動揺を収め打開策を見出そうとし──それが油断だと身を以て知る事になる。

 

右腕に噛み付いていたジャギィが噛み付く力を弱めた。だがそれは殺す事を諦めたからではない。

 

「なっ!?」

 

腕が曲がる、本来であれば曲がらない方向へ、外からの力で無理矢理に。

 

──コイツの身体に牙は刺さらない、コイツの身体には爪は通らない、ならば捻り壊すだけだ。

 

「あああああああああああああああっ!」

 

悲鳴を上げる、身体の内側から激痛が襲う、関節の稼動限界を超えると身体が痛みを以て報せる。

 

その悲鳴を聞いた他のジャギィも理解したのか身体に噛み付く、左腕と両脚に。そして捻り壊そうとし──

 

「舐めるなぁあああ!」

 

──何もせず黙って壊されてなるものか!

 

──左腕に噛み付いたジャギィの口に自分から手を突っ込む、指先迄覆われた小手、その鋭い指をジャギィの舌に突き立て力の限り握り潰す。

 

──腰を捻り一時的に右脚に噛み付かれたジャギィを振り解き甲殻で補強された脚で顔面を蹴り飛ばし、左脚も同様に蹴り飛ばす。

 

それでも出来た悪あがきは其処まで、先に噛み付かれた右腕は振り払う事は出来ない。最後に出来る事は腕に力を込め続け抗う事だけ。それで壊されるまでの時間を僅かに引き延ばすだけだ。

 

「い、あ、あああああああああっ!」

 

身体から嫌な音が聞こえる、めりめり、がりがりと。そして最後の仕上げとジャギィが力を込めようとして──。

 

「シャーッ!」

 

突如現れた小さな生き物に阻まれた。右腕に噛み付いていたジャギィ、その顔面に一匹のアイルーが飛び掛かる。

 

「お前は!」

 

アイルーの小さな爪が食い込んで行く、剥き出しの眼球に。

 

「ガァアアアッ!?」

 

激痛に耐えきれなかったジャギィが口を開き鳴く。右腕が解放されると同時に腰の剣を抜き放つ。痛みに呻き目の前に晒された一息に首を薙ぎ、斬り裂かれた首から溢れる血を浴びながら立ち上がる。

 

「ありがとう、助かった」

 

窮地を救ってくれた感謝は足元にいる洞窟で独りで戦っていた小さなアイルーへ。

 

「コレを使え」

 

そして渡すのはモンスターの解体に使うナイフ。

 

「爪だけじゃ限界が来る、小さいが斬れ味は確かだ」

 

「ふー!」

 

言葉が通じたのかアイルーはナイフを握ると二、三度振り回す。それである程度感触を掴んだのか背中合わせになってジャギィに相対する

 

「さて、仕切り直しと行こうか」

 

さて、状況は最悪。門とは分断され援護は期待出来ない、そして頼りにしていた太刀は折れた。

 

──だが、それがどうした。己は優れた武器がなければ何も出来ない程の愚物か?否、断じて否。

 

痛み止めの丸薬を飲み身体の調子を確かめる。

 

まだ手は動く、足は動く、まだ生きている。腰に挿した剣を新たに抜き両手で一振りずつ剣を握る。

 

正面を、敵を見据える。今この場に必要なのは必殺の一撃では無い。それは絶える事ない殺意を載せた手数だ。慣れないなど言い訳は通用しない、活路は此処にしか無い、出来なければ死ぬだけ。

 

両手に剣を構えた二刀流で再びジャギィに挑む。

 

だが一人ではない。

 

「頼りにさせて貰うぞ」

 

「にゃー!」

 

傍らに居るのは自分よりも小さいアイルー、されど自分と同じ戦う者、戦士がいる。

 

戦いはまだ終わってない。




後二話でアイルー編を終わる予定

追記
皆様の誤字脱字の報告ありがとうございます。


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ナワバリ争い(後)

お待たせしました!


同じ時に生まれた同族が次々と姿を消していく、その中でソレは生き残ってきた。

 

消える理由は様々だ。狩の最中に、不慮の事故で、病に掛かり、──時に強者の餌として。慈悲の欠片さえ無い過酷な世界、そこで生き残り続けるには生存の道を違えない事が大切だ。少しでも道を違えれば待つのは死、そんな環境で長い時を生き抜いてきたのだからソレが優秀な個体である事に間違いはない。

 

臆病だったから、身体が強かったから、運が良かったから。弱肉強食の世界の中で生き残れた理由はいくつもある。その結果として長く生き残ったソレが同族の長となり、群を率いるのは当然の成り行きだった。

 

長い時の中でソレが得た経験、それによって培われた強さに偽りはない。知恵を付け、戦術を駆使する頭脳を持ち、自らの力の使い方も心得ている。成体と幼体という違いではない。敵を熟知し、己を熟知する事によって練り上げられた力は大きく粘り強い。

 

古来より長い時を生きた個体は総じて強いとされる所以だ。

 

──だからこそ殺さねばならない。

 

出会いは狩の最中だった。

 

その日は別の群を支配下に組み入れ、増えた数を活かして狩をしようと画策していた。狙うはアプトノスの幼体、成体と比べれば身体は小さくとも得られる血肉に不足は無く、何より成体より狩り易く危険も少ない。大きくなった群を満たす為に何体か仕留めれば充分の筈だった。

 

だが手下を率いて狩に向かえばアプトノスの群は既に恐慌状態に陥っていた。だがその理由が分からず、されど自分達が発見されないよう森にソレは手下と共に姿を隠した。

 

ソレは森に息を潜めて観察をする。アプトノスが何を恐れているのか、その原因を探す。そして見つけた、群の中を動き回る小さな姿を。

 

──その時が奴との初めて出会いだ。

 

小さく骨張った身体、牙も爪も無く鱗さえ持たない脆弱な生き物。手下でも容易く仕留められそうな程弱い姿を奴はしていた。だがどういった訳か奴はアプトノスを翻弄し、あまつさえ何体も仕留めている。

 

だが奴を観察した上で脅威にならないと判断した。もし手下が梃子摺る様であれば己が仕留めればいい、何よりこの場では奴を利用した方が狩も楽になる。

 

そして息を潜める。奴を暫くの間泳がせ、張り詰めていた気を緩めた瞬間を襲った。遠心力の載った尾を受けた奴は吹き飛び倒れた。起き上がる気配は無く奇襲は成功、後は奴が仕留めた獲物を奪うだけの筈だった。

 

──だが噛み付かれた。

 

そして被った被害は甚大だった。少なくない手下を、強い駒を失った。その場で喰い殺すべきかどうか迷った。だが手負いの生き物厄介さは身を持って知っている、故にこれ以上関わるのは悪手と判断しその場で奪えるだけの獲物を奪い退がった。

 

そこから奴との奇妙な因縁が始まった。だが連携を取る事は無い、協力し合う事も無い、互いに使えるから利用するだけ。その程度の関わりだった。

 

その関係が変わったのは蟲が群を襲ってからだ。

 

住処に襲撃を掛けてきた蟲は幼体と孕み満足に動けない雌を目的として襲撃を掛けてきた。そして何度撃退しようと蟲の襲撃に終わりはなかった。時を選ばす、場所を選ばす、相手は数に任せた力押しで絶えず攻め立ててくる。群から一匹、また一匹と蟲の毒牙に掛かり消えていく。

 

底の知れない物量に押し潰されるのも時間の問題だった。故に住処を移すことを決断した。

 

──そして日を置かない内に蟲の群は滅んだ。

 

それは唐突だった。蟲の巣から離れた崖の上、そこで監視をしていると奴が同族を引き連れ巣の中に入っていく。聴こえてくるのは耳障りな蟲の断末魔、そして時間が経ち奴が巣から出てきた。

 

蟲は執念深い、獲物は逃がさず何処までも追い続け仕留める。その巣から出て来て蟲の追跡がない、ならば考えられる理由は一つしか無い。その始まりから終わりまでソレは巣から崖の上から見つめるしか出来なかった。

 

そしてこの瞬間、奴は明確な脅威となった。そして最後の決め手は森を襲った紅。圧倒的な力を持った侵入者を奴は仕留めた。

 

──これ以上は看過出来ない。

 

そして今、目の前に立ち塞がる己よりも遥かに小さい身体。鋭い牙は無く、身体を覆う強固な鎧を持たなかった筈の生き物。

 

だがそれは過去の事、奴は己より鋭い牙を持ち、身に纏う紅は強固。

 

──その身に宿す力は以前とは比べ物にならないと本能が告げる。

 

──時を経るごとに奴は強くなると理性が告げている。

 

蟲を滅ぼし、紅を滅ぼした、そんな奴は次に滅ぼすのは何なのか。だからこそ住処を蟲の巣に移し、群を強く大きくする為に他の群を飲み込み数を揃えた。全てはこの瞬間の為に用意した。

 

いつの日か群を襲う脅威を排除するために

 

種の繁栄の為に

 

長として群を存続させるために

 

本能と理性が共に告げる

 

──この場で必ず殺せ。

 

 

 

 

戦いの始まり合図は何だったのか。そよ風か、舞い落ちた葉か、はたまた曇天から差し込んだ陽光だったのか、それはこの場にいる生ける者達の誰にも分からない。

 

「はぁッ!」

 

カムイは吠え駆ける。殺気を滾らせ二刀を携えたその姿はジャギィの視線を一身に集める。加えてアイルーはカムイを隠れ蓑して静かにジャギィ達に近づく。

 

即席の連携で一人と一匹はジャギィ達に挑む。

 

「ギャーッ!」

 

対するドスジャギィは吼え、ジャギィを統率し一番の脅威であるカムイを最優先で殺そうとする。

 

「邪魔だっ!」

 

立ち塞がるジャギィをカムイは二刀で斬り払う。だが太刀と違い間合いは短く、また相手もカムイとの戦い方を心得ているのか剣の間合いには易々と踏み込まない。

 

ジャギィは前後左右からカムイに迫る。だが剣の間合いには決して踏み込まない。此方が一歩前に出れば一歩前に退がる、反対に此方が一歩背後に退がれば一歩前に出る。その繰り返し、付かず離れずの間合いを保ちながらの戦い。

 

「……消耗を狙っているのか」

 

体力と集中力が少しずつ削られる。急ぐ必要はない、時間はジャギィの味方であり時間を掛けてでも確実に仕留められればいいのだ。反対に自分にとって時間は敵だ、体力、集中力も長引く程削られる。それに門がいつまで持ってくれるのか分からない。今振り返る事は出来ないが怒声が門から聴こえる以上まだ破られていない筈だ。

 

正直に言えば一人であれば負けていた。追い詰められ喰い殺されていただろう──一人であれば。

 

四方を取り囲むジャギィ達、その背後に忍び寄る小さな影がある。そしてそれは手に持った新たな牙で襲い掛かかった。

 

「ギャッ!?」

 

目の前にいたジャギィが突如自身を襲った痛みに叫んだ。即座に視線を動かして見ればそこにはアイルーがいた。それは手に持った解体ナイフで脚を斬りつけていた。

 

付けられた傷は致命傷には程遠い、だがジャギィは驚き、一瞬だが動きを止める。

 

──それだけで充分だ。

 

一瞬の隙を突く、此方に気付いて動き出される前に間合いを詰める。そしてジャギィも即座に動き出そうとし──その前に剣が肉を裂く方が早い。

 

左手に握った剣が身体に食い込んで行く。刃が皮を、肉を、血管を、神経を斬り裂いていく。だが刃が身体に食い込んで行く程腕に伝わる抵抗は大きくなっていく。そして剣が骨に触れた処が限界だった。手にした剣の斬れ味は女王翅刀に遠く及ばず、此れでは骨まで断ち切る事は出来ない。

 

──それでも戦い方はある。

 

剣に込めた力を抜き、骨に沿う様にして剣を動かして肉を斬り払う。身体は止まらずに前に進み続け、足捌きで身体を回転させる。右手に握った剣を振り抜き、更に一閃を脚に刻み込む。

 

例え完全に断ち切れずとも今の剣の斬れ味なら脚の半分は斬れる。そして片脚が使えなければ如何な生物とて移動は困難、殺さずに行動不能にすればそれだけで戦力を削れる。

 

一匹目を倒した、間をおかずに二匹目が襲い掛かるが再度アイルーが動きを止めた。今度は脚の関節を狙ったのかジャギィが片脚を地面につけた。そして差し出される首、ならば斬るしかない。一閃すれば首から血を吹き出して二匹目が倒れた。

 

アイルーとの即席の連携で一匹、また一匹と血の海に沈めていく。骸の数は増え、血の海は広がる。それでも多勢に無勢だ。

 

「ッ!?」

 

人にも限界があるように武器にも限界がある。そして先に限界が来たのは武器の方だ。五匹を超えてから数えるのは辞めた、それでも剣を振り続けた、そして血油で斬れ味が落ちた剣が肉に埋まった。

 

それを見逃すジャギィでは無い。直後真後ろにいたジャギィが飛び掛か掛かる。剣が肉に埋まった隙を今度は自分が突かれた、剣を引き抜く時間が無い。相手が狙うはこの細い首。柔肌に牙を突き立て、肉を裂き、骨を噛み砕き首を捻り切ろうと死が迫って来る。

 

「シャー!」

 

そこにアイルーが立ち塞がる。その小さな体躯を生かしジャギィ達の脚の間を駆け抜け、置き土産として両脚に深い傷を刻んでいく。ジャギィが痛みに呻き前のめりに倒れる。アイルーの援護によって得られた時間、その時間で屍と化したジャギィの身体を蹴り剣を引き抜く。

 

何とか危機は脱却し──そして何度目か分からない振り出しに戻る。

 

一進一退の攻防の様に見えて自分達は依然として不利である。最大の脅威であるドスジャギィは無傷、此方はジャギィによって体力と集中力を消耗する一方、ジャギィを幾ら倒しても次から次へと新手が前に出てくる。幾ら質が優れていようと量を前にしてはいつか磨り潰される。相手の量も有限の筈だが終わりは見えず、この均衡が容易く崩れるのは目に見えた。

 

その先にあるのは村とアイルー達の滅亡、故に活路は一つしかない。

 

「手下は無視だ!長を倒す、付いて来い!」

 

「ギャッ!?」

 

噛み付こうと襲い掛かるジャギィを躱しその頭を踏み付ける。ジャギィが無様な声を上げるが知った事ではない。そのままジャギィの身体の上を駆け抜けで跳ぶ、さらに背後に控えていたジャギィの頭を踏み台にして再度跳ぶ。時間、体力、集中力、武器、全てが限界に迫っている。故に手下は無視する、狙うは群の長。

 

ジャギィ達の頭上を跳び跳ねてドスジャギィに迫る。その姿をドスジャギィは見えている筈なのに依然として動かない。誘っているのか、それとも……、だとしても、思惑ごと斬り伏せればいい。

 

「はぁああああっ!」

 

ジャギィの壁を飛び越えた先、そこにいる敵へ頭上に掲げた二刀を振り下ろす。敵が何であれ刃に込められた力は致命の一撃に足る力がある。

 

だがそんな大振りの一撃をドスジャギィは容易く躱した。剣が地面を強かに打ち、そして眼前を埋め尽くす尾が迫って来る。身体を回転させ遠心力を載せた一撃、頭に当たれば容易く首をへし折れる死が迫る。

 

「ッ!?」

 

地面と身体を密着させる様にして躱す、続けて四肢を爆ぜる様に動かして背後に退がる。するとさっきまでいた場所には閉じられた顎門がある。

 

この時を待っていたのかドスジャギィが攻撃を始める。その巨躯を生かした攻撃は一撃一撃が必殺。噛み付かれれば今度こそ身体が捩じ切られる、爪に触れれば防具に守られていない箇所は容易く引き裂かれる、長大な尾を受ければ身体の内側から壊される。

 

だがそれだけ、蟲の様に特殊なものは無い、紅の様に理不尽極まる暴虐でも無い。噛み付き、引き裂き、吹き飛ばす、ジャギィ達と変わらない技を繰り出して来る。

 

だからこそ恐ろしい。流れる水の様に淀みなく繰り出しながら、その技には一切の無駄が無い。モンスターであっても練り上げ、研鑽した力には疑う余地はない。

 

そして紅とは違い極端な体格差がない。紅ならばその巨体故に攻撃はある程度制限されていた。だがドスジャギィは大きいが紅程ではなく、自分の大きさに合わせた攻撃を仕掛ける。驕る事なく、慢心する事なく、ドスジャギィは冷徹に冷静に攻め立ててくる。

 

その姿は紛れも無い強者だ。

 

攻撃する隙など与えてくれない、躱し続ける事しか出来ない。そして身体の限界が近づく。自分が息をしているのかさえ分からない、ただひたすらに身体が熱い。それでも身体を動かす、一度でも止まれば再び動けない事だけは理解できる。

 

それでも避け続けるだけでは勝てない、勝つ為には戦わねばならない。故に隙とも言えない瞬間に剣を繰り出す。だがそれは容易く躱され──それでも剣をふる。

 

「────ッ!!」

 

この戦いは主導権の取り合いだ。守りに入ったモノが最終的には磨り潰される、加えて自分の身体、武器には限界が迫り時間も無い。

 

太刀では勝てなかっただろう。武器の性能で一撃、一撃が致命と化す。だが戦いを通して分かった、それを扱う自分の腕は未熟だと。振りは大きく、目の前の強者は隙を突いて自分を仕留めていたかもしれない。

 

だが二刀の立ち回りであればどうか。一撃が致命傷になり難く、間合いも太刀と比べれば短く心許ない。だが武器が小さく、振り回し易い。致命的な隙は生じづらい。だからこそドスジャギィと渡り合えた。

 

だがそれだけ、偶々相性が良かっただけ、その程度の差を目の前の強者は容易く踏み越えていくだろう。

 

故に余計なモノを削ぎ落とす、少しでも速く、少しでも遠くへ、振り回すだけならば猿にも出来る、無駄な力を削れ、無駄な動きを削れ、風の如く、炎の如く、素早く苛烈に攻め立てろ、相手が一歩下がるなら二歩前に出ろ、一撃で不足なら二撃、思考は最低限、脳の余剰処理能力を全て戦いに充てがえ。

 

倒すべき敵は目の前にいる。それを超えなければ死だ。

 

斬れ、切れ、キレ、前へ、マエへ、止まるな、斬れ、切れ、キレ、前へ、マエへ、止まるな、斬れ、切れ、キレ、前へ、マエへ、止まるな、前へ、前へ、前へ、止まるな、止まるな、切れ、斬れ、キレ、斬れ。

 

離れて近づいて技が交差して入って避けられて。主導権が奪われれば奪い返す。

 

世界がモノクロに見える──それでもいい。

 

時間の感覚が無い──それでもいい。

 

身体が少しずつ壊れていく──それでもいい。

 

研ぎ澄まされた感覚が時間を延長し一秒が永遠に感じられる。互いに傷つけ合い、それでも動きは止まらない。

 

目の前の敵しか見えない。

 

此処に居るのはお前と俺だけ。

 

死力を尽くして戦う。

 

だがそんな時間も永遠では無い。ましてや死力を尽くした程度で埋まる差ではない。思考に身体が付いて行けず、尾が左手に当たる。尾の先端、瞬きの合間の接触でも強かに打ち据えられた左手から剣が弾き飛ばされる。

 

その瞬間、世界に色が戻り、時間が正常に流れ出す。そして眼前に顎門が迫る。それは最後の一撃、自分へのトドメだ。

 

悲鳴を挙げる身体を無理矢理動かし、背後に飛び跳ねる。それでも死を避けられない。

 

アイルーが脚を斬りつけた。だが傷は浅く、死は止まらない。

 

もう一度背後に飛ぶ、それと同時にナイフを投げる。死は避ける素振りさえしない。この一撃が最後だと理解しているのだろう。

 

それでも投げ続ける、無様と言われようと、無駄と思われようと。

 

三度目の跳躍、だが身体には力が一欠片も残っていない。背後にも僅かにしか下がれなかった。

 

そしてナイフが尽き、悪足掻きも此処まで……。

 

「ニー!」

 

投げた筈のナイフをアイルーが拾っていた。それはドスジャギィに突き刺さらず弾かれた物、それを両手に持ちドスジャギィの身体に突き立てた。だがそんな事で止まる相手では──。

 

「ガァ、ア、ァ!?」

 

「えっ?」

 

ドスジャギィが目の前で蹌踉めき倒れた。何故?理由は?アイルーの刺した場所か弱点だった?それでも刃渡りからしたらかすり傷の筈だ、なのに何故ナイ……。

 

「ッ!?ああああああァ!」

 

急いでドスジャギィに向かう、眼前で倒れたから一足で事足りる。力が残っていない等関係ない、身体の痛みを無視して動かす。

 

忘れていた、あれは唯のナイフでは無い。毒を塗ってある、ランゴスタから抽出した麻痺毒を塗ってある!時間が無い、最後のチャンス、奴が麻痺から脱するまでにかかる時間は!?倒れたドスジャギィに跨る、身体の構造は知っている、何体も解体した、場所を間違える事はない!

 

そして右手に残った剣を胸に、その先にある心臓に向けて突き立てる。

 

「あああああああああっ!」

 

声を張り上げ剣が皮と肉を裂き、肋骨の隙間を刃が進む。だが強靭な肉を貫くには力が、重さが足りない。自分の小さく軽い身体が恨めしい。

 

そして長の危機に取り巻き達が何もしない訳は無い。だが直ぐには来なかった。アイルーがジャギィを足止めしてくれているのか背後で爆発音がする。だが最後の一つだったのか爆発はそれきり、そして土煙を掻い潜りジャギィ達が身体に噛み付く、肩に、腕に。

 

ここで終わり、逆転の可能性は皆無、誰もがそう思うだろう。事実もう少しで自分の身体は引き裂かれるのは間違いない。

 

──そう、もう少しだけ時間が残っている。アイルーが稼いでくれた時間、それが無ければ間に合わなかった。

 

「いっ、あ、あああああああっ!」

 

痛みに耐えて肉の先に剣を押し込む。自分の体重を掛けて、噛み付いてきたジャギィの体重も加えて。そして刃は更に進み──剣から、両手で握った柄から鼓動を感じた。刃が肉の先にあるドスジャギィの心臓を捉えた。

 

早鐘の様に脈動する心臓、それに刃が突き刺ささる。それは僅かな、とても小さな傷の筈だ。だが巨体の隅々にまで血液を送り出す大きな心臓だ、加えて奴の鼓動は鳴り止むことのなく、その心臓に係る圧はどれ程か。

 

結果は直ぐに現れた、突き刺した刃と肉を押し退けて血が吹き出る。僅かに付いた傷を起点に心臓が裂ける、圧を高めたが故に血はより圧が低い所へ流れようとする。それは身体の外、刃に、手に、顔に鮮血が吹きつけられる。

 

それだけでなく長から噴き出た血を浴びたジャギィが怯え離れていく。悲鳴の様な鳴き声が辺りに響き、それを聞いた他のジャギィ達の動きが一斉に止まる。

 

だがまだ終わらない。

 

噴き出る血を押し返し、拡がった傷口から剣を差し込む。そうして心臓に突き立てた刃を捻る。鈍と化した刃で心筋を傷つけ、引き裂き、ズタズタに破壊する。心臓を、血と肉を掻き混ぜる。

 

ドスジャギィの身体は震える、死を拒絶するかの様に僅かに動く手脚を懸命に動かし──その動きは止まった。瞳孔からは光が消え、手脚が重力に引かれ地面に着く。

 

一つの命が潰えた。長い時を生き残った、その身一つで軍団を作り上げた、鍛え磨かれた力は間違いなく強者であった。そのドスジャギィが二度立ち塞がる事は無い。

 

巨大な骸から剣を引き抜く。剣は血塗れで、それを握る手も同じ、身体全体が血塗れある事は間違いないだろう。骸から視線を外せば周りをジャギィに囲まれていた。だが彼等は動かない、いや動けない。

 

すると小さな影が近付いて来た。その影に視線を向けると影も視線を向けて来た。互いに見つめ合い、そしてジャギィ達に揃って身体を向け、息を限界まで吸い込み、吐き出す。

 

「らぁああああああああっ!」

 

「にゃああああああああっ!」

 

一人と一匹が吠える。それは勝鬨、この戦いの勝者はどちらかを知らしめる鬨の声。それを聞いた門からは歓声が上がる、一人ではない、五人、十人、いやそれ以上かもしれない。

 

そして歓声の意味を理解した生き残ったジャギィは逃げて行く。一匹、また一匹と森の中へ消えていった。

 

そして戦いの場に残ったのは血の海と夥しい数の骸、それらを弔うかの様に突き立つバリスタの矢だ。

 

「終わったな……」

 

「にー」

 

最早動くだけの力も残っておらずその場に座り込む。すると自分と同じなのかアイルーも近くで座り込んだ。その後方の門からは歓声が今だに聞こえ、その中にアイルーの鳴き声もあった。もしかしたら途中から防衛に参加したのかもしれない。だが疲労のせいでそれ以上頭は回らなかった。

 

「……助けてくれてありがとう、お陰で生き残れた」

 

「にー」

 

言葉の意味が伝わっているのか怪しいが感謝の言葉を伝える。だが意味が分からないのかアイルーは上の空で空返事をするだけだ。

 

「ところでお前、名前はあるのか?」

 

「にー?」

 

その後も二、三質問するかやはり空返事でにー、にー、言うばかり。それも先程まで死闘を演じていたのだから仕方のない事だった。

 

諦めてアイルーと同じように頭を空にしようとしたがそれも出来ない。

 

生き残ったからには明日がある、未来がある。それに向けてやる事は沢山あって尽きる事は無いだろう。

 

それでも今はこの勝利の美酒に酔おう。




あと一話でアイルー編は終わりです


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アイルーの恩返し、それと……

アイルーが終わりました。


木々が疎に生えた場所をソレは歩いている。あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。その足取りは怪しいの一言、一見すれば目的も無く彷徨っている様にしか見えないだろう。

 

だが、それは違う。ソレは確固たる目的、探し求めているモノを見つける為に脚を進めている。それに当てがない訳ではない。ソレが生来備える優れた嗅覚が道標となってソレを導いている。動き、立ち止まり、鼻をピクピクと動かし大気に僅かに混じっている匂いの元を辿る。

 

こっちではない、向こうだ。

 

行き過ぎた、少し戻れ。

 

惜しい、もう半歩此方だ。

 

優れた嗅覚が身体を導いていく、ソレが求めるモノへ向けて。次第に匂いは強くなり目的のモノが近付いているとソレに伝える。フラフラしていた脚は今や真っ直ぐに進み、その足取りに迷いはない。

 

一歩、二歩、三歩……、此処だ。

 

立ち止まったソレの視線の先にあるのは土と草だけだ。だが匂いの終着点は此処であり、己の嗅覚は土を──正確には土の下に求めるモノあると告げている。最終確認の為に嗅覚を働かせ、そして鼻は変わらずに土から滲み出た匂いを捉える。他に引っ掛かる様な匂いは何一つ無い。

 

ならばやる事は一つ。

 

ソレは両手を地面にゆっくりと添える。そして心を落ち着かせる様に目を閉じる。息を大きく吸って吐き、身体から余計な力を抜く、脱力して自然体になる様に。そうして心と身体を万全の状態に整え──地面を勢いよく掘り始めた。

 

砂、土、小石が勢い良く宙を舞い、土煙が生まれる。ソレの身体も土に汚れて茶色に染まっていく──だからどうした。

 

土の下には草の根が蔓延り、互いに絡まり合っている。その結合は強固にもので掘り進めるのは困難な筈──それがどうした。

 

身体が汚れようと、草の根があろうと関係ない。ソレは本能に従い地面を掘り続ける。

 

掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って……

 

カツンと小さくとも丈夫な爪の先が何か硬いモノに触れた。そして鼻が捉えた匂いの元、それが目の前に出て来た。ソレは素早く周りの土を払い除け、目的のモノを土の下から掘り出す。

 

そうして暗く湿った土の中から掘り出したモノ、それが発する匂いは求めていたモノに違いなかった。そしてソレは掘り出したモノを両手で持ち上げる。自慢するように、成果を誇る様に、そして声高らかに叫んだ。

 

「採ったニャーッ!」

 

その手に掲げているのは錆び付いた鉄の塊だった。

 

 

ここは村から離れた場所にある廃墟、その規模からして、かつて繁栄していた街か都ではないかとカムイは推測していた。だが今となっては廃墟と化し自然に殆どが飲み込まれている。後百年も過ぎれば緑の底に完全に沈むのは間違い無いだろう。

 

しかし此処は唯の廃墟では無い。過ぎ去りし繁栄の残滓として村では貴重な資源、鉄が手に入る。だが大半は土の下に埋もれ、今までカムイ達が採れるものは埋没を免れたものだけだった。

 

それでも、貴重な鉄が手に入るだけありがたかったのだが……。

 

「……何これすごい」

 

村から持ってきた台車には掘り出された物がこんもりと載っている。それは赤錆が浮いた鉄だったり、赤い何かや青い何かだったりする。割合は鉄が八割、知らない金属の様な何かが二割といったところ。正直にいえば金属らしき何かに関してはどうしたものかとカムイは悩んでいる。だがカムイが頭を悩ませている最中でもアイルーがえっちらこっちらと掘り出した金属質の何かを運んではポイポイと台車に投げ入れていく。

 

その採集の速度を見れば村の誰もが見れば呆気に取られるだろう、現にカムイも最初はそうなった。

 

「鉄が、こんなに……。これだけあれば包丁も鍋も新調してもまだ尽きない!拡張するなら色々物入りだけど……」

 

もっとも、その様子を見て将来の展望を描くアヤメは流石村長の娘と言ったところか。

 

アイルーがにゃー、にゃー言いながら台車にモノを投げ入れ、アヤメがその光景をうっとりした眼差しで見ている。その様な光景を前にしたら呆けるよりも微笑ましいと思ってしまう。

 

そうしてアイルー達を再度見れば誰もが土で身体は汚れ、それでも楽しそうに地面を掘っては何かを掘り出している。一見すれば遊んでいる様に見える、だが実際は村から依頼された立派な仕事である。

 

当初の予定ではアイルーとの交流は限定されたものになる筈だった。しかし現状は村の中にアイルーの群が丸々一つ組み込まれている。危機に陥ったアイルー達を助ける為とは言え、突然村に入った来た新参者に対して少ない村人達が反発した。何より自分達とは全く違う生き物だ、小さくとも彼等に対して怯える者も少なくない。

 

だが反発や怯えばかりでは無い。ジャギィとの戦いでは途中からアイルーも参戦して男達と共に戦った。そんな事があって戦いに参加した男衆の多くが仲間としてアイルーを受け入れている。他にも幼い女子供達は抵抗なくアイルーを受け入れている。同じ様に幼い子供同士で遊んでいる光景を見ることもある。

 

それに加えアイルー達自身も村でタダ飯を食べているばかりでは無い。身体に異常が無いアイルー達は村の中でそれぞれが働き、村からの採集の依頼等も請負ったりしている。

 

今回の依頼は村が必要としている鉄の採集だった。採掘場所は今まで訪れていた廃墟であり、アイルー達の安全を考えてカムイ達が護衛に付く形となっている。報酬は出来高制にしている為、この調子なら報酬は結構なモノ、食糧はもう十分にある筈だから住居を幾つか建てないといけないだろう。

 

こうして双方が歩み寄りをしていけば人とアイルーの融和は少しずつ進んでいく。互いを理解をするのに時間は掛かるのは当たり前。それでも村にアイルー達が馴染んでいくのもそう遠く無い未来だろう。

 

だからこそ村とアイルー達の為にも警戒を怠る訳にはいかない。カムイは今一度自らの視線をアイルー達から廃墟の外にある森へ向ける。異変があれば直ぐに行動に移せるように。

 

そしてそんなカムイの側には一匹のアイルーがいる。

 

「トビ丸は混ざらなくていいのか?」

 

「……別に」

 

向こうに混ざらないのかと問い、トビ丸と呼ばれるアイルーの答えは一言だった。

 

トビ丸はカムイと共にジャギィ軍団、ドスジャギィと戦ったアイルーだ。だが彼は他のアイルー達の様に集まって騒ぐ事は苦手であり、流浪の旅の最中は独りでいる事が多かったらしい。そんなアイルーも今はカムイと一緒に行動する様になった。その折にカムイに名前を考えてもらい、その中からトビ丸を選び自ら名乗る様になった。

 

そんなトビ丸と呼ばれたカムイの側に居るアイルーは他のアイルー達とは装いが違った。着の身着のままのアイルー達とは異なり身体に合わせた兜や防具を身に纏い、腰には大振りの小太刀が左右に一振りずつ、背中には様々な道具が詰め込まれた背嚢を背負っている。物々しい姿のそれは差し詰めアイルー侍といったところ。

 

「そうか、ところで身体は大丈夫か?」

 

「……大丈夫」

 

「戦闘になっても問題はないか?」

 

「……大丈夫」

 

「そうか、それにしてもアイルーは凄いな、人じゃああもいかない」

 

「……ヒトの方がスゴイと思うけど」

 

トビ丸にとって背後の光景は当たり前の事。しかしカムイ達、人にとってはアイルー達の持つ能力は優秀だ。

 

優れた感覚器官は人よりも遠く、小さな情報を逃さずに捉え生けるセンサーと言っても過言では無い。まだ構想の段階だがハンター見習いをアイルーと組み合わせるのはどうかとカムイは考えていたりする。

 

それ以外にも穴掘りの能力は固い地面を物ともせず、人よりも圧倒的に早い。村では崖を掘り進めての資源採掘の大きな助けになっており、固い岩盤に当たったとしても彼等の爆弾が有れば掘り進める。それに今回のような依頼であればアイルー達は欠かす事は出来ない。

 

──その結果、廃墟のあちこちが穴だらけという酷い有様になってしまったが。

 

「……後でお供物をしないとな」

 

「どうして?」

 

「そうだな……」

 

トビ丸には不思議なようだか、確かに見る人によればカムイの行いは奇異に見えるだろう。これがカムイの生来の気質かと問われたら否であり、間違いなく記憶の影響が大きい。

 

「多分、此処に住んでいた人達はずっと昔に全員死んでいる。俺達が集めているのは、その人達の遺品だからな。せめてお供物をしないと罰当たりになっちゃうだろ」

 

お供物なら何がいいのだろうか、食べ物か、何か……いや、酒か。貴重な物だが散々お世話になっているのだから文句は無いだろう。そんな事を考えながらトビ丸の疑問にカムイは答える。

 

「そうなの?」

 

「そうなのにゃ」

 

語尾に「にゃ」を付けてみたカムイが気に入らないのか、トビ丸は無言で尻尾をカムイの足に何度も叩き付ける。ペシペシとトビ丸の尻尾攻撃は痛みはなく、お返しとして兜の上から頭を撫でる。そんな事をしていると森の方から冷たい風が吹き付けられた。身体で冷気を感じながらカムイは目の前に広がる森を見る。

 

「……もう冬も間近だな」

 

目前に広がる森の木々からは緑が抜け落ち、風通しの良くなった森を冷たい風が吹き抜ける。それは冬の訪れを意味していた。

 

ジャギィの軍団との戦いから月日も経ち、間近に迫った冬に備えて村では念入りに越冬の準備をしている。何せ今年は村にアイルー達が加入したため必要とされる物資も増えたからだ。

 

とはいえ戦闘で大量に手に入ったジャギィの肉、それのお陰で食糧に関しては心配する事は無い。肉は既に加工され、アイルー達の分を考えても余裕がある。

 

それに冬は獣やモンスターも活動しなくなり、村人達も手隙になるので、この間に村の拡張を行う予定だ。

 

そう考えると今年に起きた様々な出来事がカムイの頭には浮かんで来た。

 

口減らしに始まりジャギィと戦い、アオアシラに追われ、蟲に喰われそうになって反撃して巣を潰して、紅い変異したアオアシラと死闘を演じ、締めはジャギィの軍団。

 

「……よく死ななかったな」

 

死にかけた回数は数え切れず、その全てが一年の間に起こった事だ。改めて考えると頭がおかしいとしか言わざる得ない

 

それでも乗り越えて来た、その経験は自信となりカムイを成長させたのは間違い無い。振り返ると色々あった一年、それでも来年も頑張っていこう!と楽しそうに地面を掘るアイルーの鳴き声を後ろで聞きながらカムイは考えていた。

 

 

こうしてカムイはアイルーという小さくも頼もしい種族と肩を並べて生きていく。出会いは最悪、それでも、戦いを通じて力を合わせた、これから起こる問題を力を合わせれば乗り越えていける。村も少しずつ大きくなっていって余裕のある生活も夢物語ではなくなっていくだろう。

 

これにて、小さな村の小さなハンターの物語は此処でお終い。

 

めでたし

 

めでたし

 

 

めでたし

 

 

めでたし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

めでたsI

 

 

 

 

 

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めでたしめでたsIめめでたしめでたsIめでtAsIめdEtASimED!eTA、sI⁇Me、D…E、taS?i。⁇⁇めでたしめでためでたしめでたsIめでtAsIめdEtASimED!eTA、sI⁇Me、D…E、taS?i。⁇⁇sIめAsIdEtASimED!eTA、sI⁇Me、D…E、taS?i。⁇⁇でtAsIdEtASimED!eTA、sI⁇Me、D…E、taS?i。⁇⁇めでたしめでたsIめでたしめでたsIめでEtASimED!eTA、sI⁇Me、D…E、taS?i。⁇⁇でtAsIめdEtASimED!eTA、sI⁇Me、D…E、taSi

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廃墟と森の境目、無造作に伸びた茂みが揺れた。その異変を素早く捉えたカムイ達は直ぐに戦闘態勢を整える。カムイは予備の女王翅刀を構え、アヤメは弓に矢を番え、トビ丸は小太刀を構える。採集をしていたアイルー達も身の危険を感じ取ったのか急いで掘った穴の中に隠れる。

 

そうして茂みの先にいる何かをカムイ達は戦闘態勢の状態で待ち構える。暫くすると茂みを掻き分けて何かが現れた。だがカムイ達の目の前に現れたのはモンスターではなかった。

 

それは二本足で歩行している、強靭な毛皮も鱗も無い、鋭い爪も持たず、その大きさはカムイより小さい。

 

それは人の子供だ。

 

だが目の前に現れた子供の姿は酷いもの、身に纏った衣服は擦り切れ破れ、何とか衣服としての機能を維持しているだけ。その襤褸を纏った子供は片脚を引き摺り、頰は痩け、身体は棒の様に細い事が遠目からでも分かった。

 

今にも倒れ、命尽きようとする子供。だがカムイの目を引いたのはそれらではない。

 

カムイの記憶力は悪くなく、小さな村とはいえ其処に住う老若男女の顔と名前は覚えている。特にその大人びた性格から一時期は村の子供達の面倒を見たこともあった。故に村の子供に限れば顔と名前は確りと頭に刻み込まれている。

 

──だからこそ分からない、目の前の子供をカムイは知らない。




いベンとが発セイしまシた。どうシマすか?

→助ケる
→助ケる
→助ケる
→助ケる

→助ケる


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第五章 少年は知る、世界と己を
それが全ての始まりだった


※前話にあった「error」表記は消しました。お騒がせしまして申し訳ありません。本作は実はゲーム世界という事はありません。

※この話から私が書きたかったモンハンが始まります。今までの物語はプロローグです。見る人によっては受け入れられないと思いますのでご了承下さい。



 



それでもカムイの物語を読みたい人はお読み下さい。


──森へは入ってはいけないよ。

 

それが母さんの答えだった。

 

まだ幼かった僕が抱いた小さな疑問。それに対する答えを求めた時も母さんの表情は変わらなかったと思う。いや、何時もの優しい表情ではなかったかもしれない。そこら辺の記憶はボンヤリしていて分からない。

 

──母さん、どうして?

 

──恐ろしい場所だからね。あそこに入った人は誰も戻って来なかったんだよ。

 

──でも食べ物が沢山あるんじゃないの?

 

森には沢山の食べ物がある。山菜も木の実、食べ物じゃなくても暖を取るための木が沢山ある。それを取って来れれば母さんも、村の皆も喜ぶに違いない。だから分からなかった、何故取らないのか、何故森を怖がるのか、その理由が。

 

──そうだね。

 

だけど母さんの表情は優れなかった。それどころか目を見開いて自分を見つめた後、悲しげな表情で話してくれた。

 

──……昔、ずーっと昔にね、今のお前と同じ事を考えた男がいたんだ。森に入って食べ物を探してこようとしてね。

 

──その人はどうなったの?

 

──……いなくなってしまったよ。

 

あぁ、その人は母さんにとって大切な人だったんだ。今なら分かる、森に入った理由は分からない、でも母さんの大切な人は森に入って帰って来なかったんだ。そんな悲しい記憶を僕は思い出させてしまった。

 

──だから、お前は森へは立ち入ってはいけないよ。母さんとの約束だ、出来るかな?

 

──分かったよ、母さん。

 

言葉に込められた思いを小さな僕は分からなかった。それでも母さんが悲しくなくなるなら、そう思って約束したんだ。

 

だけど約束を破ってしまった。

 

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 

昨日から煩かった腹の虫は鳴らない、喉の渇きも気付けば消えている。そんな有様で森の中を当てもなく歩く、いや、歩いているのかな?

 

聞こえているけど聞こえていなくて

 

見えているのに見えていなくて

 

ふわふわした感じだけがあって

 

それで、どうして歩いているのかも分からない

 

何故此処にいるのかと考える。すると浮かび上がる記憶があった。

 

怖い人達に襲われて村の皆が逃げていた。隣に住んでいたおじさんも、おばさんも、友達も、村に住んでいた皆が逃げていた。だけど囲まれていて逃げられなくて、その中で塞がれていない所が一つだけあった。

 

それは森へ続く道、村の誰もが、怖い人達も多分知っている。その先に進んだ者は必ずいなくなると。

 

それでも僕は森へ進んだ。誰よりも怖がりで、誰よりも臆病で、怖かったから、怖い人達から直ぐにでも逃げたかったから。走っている時に背後から嗤い声が聞こえた。何を言っているかは分からない、そんな事を気にしていられなかった。

 

走って、走って、走って、走って

 

気が付けば周りにあるのは大きな木だけだった。静かで時々虫の声が聞こえてくる、直ぐに此処が森の中だと嫌でも分かった。

 

だけど眼に映るものを見てそんな事がどうでも良くなった。そこには森の恵みが沢山あったんだ。木の実に山菜、探せば探すだけ見つかる、それこそ両手に抱え切れない位に。

 

──そして恵みを食べる何かがいた。

 

アレがなんなのが知らない。見た事は無かった、けど聞いた事もなかった。だけど自分よりも遥かに大きいソレを見た時は唯怖いとしか感じなかった。

 

身体を小さく丸めた、息を潜めた、正しいのか分からないけど見つからないようにした。

 

でも耳にはアレの息遣いが聞こえてくる、地面がどしどしと揺れる。人がいなくなる理由が分かってしまった。きっとアレに食べられてしまったんだ、そうに違いない。

 

──なら自分はどうなるの?

 

そこまで考えて身体が冷たくなった。

 

直ぐにでも此処から離れないといけない、アレは草を食べている、今しかなくて地面に腹這いになって進む。でも逃げた先にもアレと同じ生き物が沢山いて、また腹這いになって逃げる。そんな事を何回もした。

 

だけど限界だった。毎日満足に食べる事が出来なくて、最後に水を飲んだのは何時だったけ?

 

もうどうでも良かった。

 

隠れる事もせず、森を唯々歩く。

 

目的はなくて

 

どうすれば分からなくて

 

どうにも出来ない事だけが分かって

 

茂みを抜けた時に何かを見た気がして目の前が真っ暗になった。

 

もう何も感じなかった。

 

だけど嬉しかった。だって、これで怖い思いも、辛い思いもしなくていいんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目が覚めたか」

 

だから目を覚ました時、目の前に人がいる事が信じられなかった。

 

 

森から連れ帰った子供が目を覚ました、ならば早急に尋も……もとい事情聴取をする必要があった。だが、それ以前に休息が子供には必要だった。

 

倒れた瞬間に急いで子供に駆け寄れば酷い容態だった。呼吸も浅く血の気も無く真っ青な有様、状態を確認するば身体は酷く衰弱していて危険な状態だった。

 

事は急を要すると村に連れ帰り自宅に寝かせた。そして一通りの処置が終わったところで呼んでいたケンジが来たので改めて診断を受けた。それで分かったのは二つ、纏っていた襤褸の下にあったのは骨と皮だけの身体だった事、あそこで助けなければ子供は餓死していた事だ。

 

今は背格好が近いカヤに世話をさせているが容態が安定するには時間が掛かる。それに子供本人がいなくとも、やらなくてはならない事はある。

 

「さて、どうしたものかのぅ……」

 

村の集会所、その上座には村長が座り悩ましげな顔をしている。その左右に自分とアヤメが座り子供の処遇について話し合っている。

 

「勝手な行動をしてしまい申し訳ありません」

 

「お前の事だから見捨てられなかったのだろう。その優しさには儂等も救われておるから何も言わぬ」

 

故にカムイが気にする事は無い、と村長は笑いながら言ってくれた。だかその笑顔を仕舞い込んで再び悩ましげな表情をしてしまう。

 

「それより助けた子供をどうするか、その方が問題だ」

 

「今でも分かるのは此処から離れてはいるけど別の村がある事、その村の子供が何故か森にいた、の二つよね」

 

村長の言葉に次いでアヤメが補足説明を加える。それは集会所に集った三人が共有している情報。

 

連れ帰った子供が自分達の村の所属ではなかった、ならば考えられるのは他所から来た以外に他ならない。ならば子供は何処から来たのか、何故森の中にいたのか。それが此処に集まった三人の頭を悩ませている。

 

「そうだ、その理由によって対処も変わる。だが理由が今は分からないときた」

 

だから情報が欲しいと村長は言外に告げていた。

 

「子供は酷く衰弱しています。二、三日は休ませるべきと」

 

「それに関しては任せる。今此処で伝えたいのは子供の選択肢だ」

 

分からない事だらけの現状でも方針は大雑把にだが立てられる。それ以前に取れる選択肢は限らたものだが。それでも村長が示した選択肢は三つある。

 

・村の一員として迎え入れる。

・子供を住んでいた村まで連れて行く。

・見捨てる。

 

「見捨てるなんてありえないわ」

 

「そうだな、出来れば家族の元に戻してやりたいとは儂も思うが……」

 

そう言いつつも歯切れが悪い。それは冷徹に何が最も村の利益になるかを考えたからだろう。正直な所、子供一人で得られる利益は無い。せいぜい人手が増えた程度だ。

 

だからこそ利益よりも不利益に関して考えなければならない。この場合であれば見捨てるのは自分やアヤメ、依頼で一緒にいたアイルー達の心情が悪くなってしまうため出来れば取りたくない。子供を住んでいた村に連れて行く選択肢を選べば人手が必要。そして、それが出来る人員は村の中でも自分達だけだ。しかし代えの効かない人員が村から離れるのは避けたい所。

 

ならば村に迎え入れた方が手間が掛からない。そちらの方が村としても不利益を最小限に抑えられる。

 

「自分は村に迎え入れた方が良いと考えます」

 

だから村長の考えに自分は賛同した。しかし村長は意外だったようで少しだけ驚いていた。

 

「ほぉ、子供を思い遣って村まで連れて行くと思っていたが。して、その心は。カムイの事だ、何かしらの考えがあるのだろう」

 

「はい、村の外から来た子供の身なりは酷いものです。あの子だけが特別酷いか、もしくは村全体が同じ様になっているのか。前者ならばその様な村とは縁を作りたいとは思いません。後者であれば村の存在を知らせるのは危険かと」

 

前者であれば、子供を住んでいた村に返した時に難癖をつけられる可能性がある。無論、可能性の一つに過ぎないが村に何かしらの要求を突き付ける可能性も否めない。

 

後者であれば子供が住んでいた村から人が難民のようになって此方に流れて来る可能性がある。その時の人数はどれくらいになるのか分からない。一人二人なら大丈夫だろう、だが十人、二十人といった数なら。村の許容人数を確実に超えるだろう。

 

まぁ、どれも悲観的な予想を基にした考えだ。間違っている可能性もあるだろう。それでも自分が子供を村に返すのに賛同しないのは──

 

「……嫌な予感がします」

 

理路整然とした思考で出された結果では無く、本能とも呼べる感が訴えてくるのだ。厄介払いとも言える扱いだが深く関わるのは避けたいと思うのが偽りの無い本心だ。

 

「確かにな、だが……」

 

「何かが起こっているなら調査しないと。外での出来事が村に来た時に何も知らなかったのは危な過ぎると思う。それにあの子が家族に一生会えないのは辛いよ」

 

アヤメの意見にも賛同出来る部分はある。今回の様な出来事が一回とは限らず、何時かまた同じ様な事が起きるかもしれない。その時が今回より酷い可能性もあるのだ。その為にも何があるのか、何が起こったのか調査する必要がある。

 

「確かに一理ある、だがカムイの言う事も分かる」

 

どちらの意見も多分正して間違ってはいない。ならばその中から何を選ぶのか決断を下すのは村長の役割だ。

 

村長が目を瞑り考え込むが時間はそれ程掛からなかった。

 

「暫くは様子見に徹する。その子供が知り得る事を知ってからでも遅くはなかろう」

 

そう言って村長は結論を出した。確かに先走った議論であるのは自分もアヤメも承知している。結果としては先送りという形に収まり話し合いは終わった。

 

それから二日後に子供の容体は安定した。早速、話せるようになった子供から事情を聞く事が出来るようになったのだが……。

 

「……もう一度聞くが、君は帰りたいのか?」

 

「村に帰りたい」

 

子供の名前は教えてもらえなかった。そして口を開いて出た言葉は助けてくれた事への感謝の言葉、それと村に帰りたいと言う言葉だった。

 

背丈の小ささから歳はカヤと同じか、もしくは下か。そんな子供が独りだけ、身の回りにいるのは知らない人、現状を理解していない発言も名前を教えないのも置かれた状況と幼さを考慮すれば仕方がないだろう。

 

「そもそも、君は何故森にいた?」

 

「……逃げてきた」

 

「何から?」

 

「……怖い人達から」

 

虐待か、それに近い環境なのか。それでも帰りたいとしか言わないのは。

 

「母さんが心配している」

 

この子供の家族が不遇な環境にいるのは間違いないだろう。もし今の子供の状態で村の一員にしても母親を思って上手くいかない。思い残しがあった状態では村に溶け込むの支障が出る。そしていつか母親に会う為に村から勝手に抜け出してしまうに違いない。何故なら村に居る限り母親には会えないのだから。

 

「兄さん、家族に会えない気持ちは、よく分かる」

 

カヤは悲しげな顔をしている。自分にはカヤがいた、カヤには自分がいた、だが子供の側には誰もいない。仮に子供が村の一員になる事を了承しても村の中でこの子は独りきりだ。

 

「……送り届けたら直ぐに帰る」

 

それは耐えられるものではないだろう。それに見捨てられないなら、連れて帰ってきたならば取れる選択肢は一つだけだ。

 

「いいか、村に連れて行くだけだ。だから君が知っている事を全て話してくれ。分かったか?」

 

「分かった!」

 

「よし、いい返事だ」

 

そうして漸く欲しい情報が手に入る……と思ったのだがそうはいかなかった?まず子供が話す内容が要領を得ない、何かを伝えようとしてくれるのは分かる。だが語彙が少なく正確に理解出来ないのだ。それでも村全体が貧しい事、村の人達は作物を生育して生計を立てている、それを自分達が食べる分以外は何処かに持って行く事しか分からなかった。

 

子供の話を聞いても嫌な予感は変わらない。寧ろ向こうは治安が悪い可能性が出て来た。その中に入り込むなら準備をしておくに越した事はない。

 

其処にはイヤな予感を覆い隠すように頭の中では幾つもの事を考えている自分がいた。

 

 

村を出て森を抜け、廃墟に辿り着く。そして廃墟から先は未知の領域、周辺を警戒しながら小さなハンター達は隊列を組んで森の中を進んでいく。

 

「でも拍子抜けよね、出てくるのはアプノトスやガーグァみたいな大人しいモンスターだけだし」

 

行進の最中であったがアヤメの言葉はカムイ達の気持ちを代弁したものだった。何せ森の中は至って平和、ジャギィはおらず草食のアプノトス等が多くいるのだ。

 

「かと言ってアオアシラやジャギィが出て来ても困るけどな」

 

「……アオアシラはともかくジャギィは出て来ないと思う」

 

「どうしてトビ丸はそう思うの?」

 

「以前の争いで奴等も数を減らした、元に戻るには時間がかかる。それに奴等は此処が俺達の縄張りだと思っている」

 

「縄張りね……」

 

縄張り争いに負け逃げたジャギィが村の周辺に現れない。それは彼等が村の周辺はカムイ達の縄張りだと考えているからか。確かに理屈は通る、ならば此処までジャギィ達がいないのも、反面アプノトス等の草食モンスターが多いのも余波として考えれば肯ける。

 

「だとしたらジャギィが近寄って来ないのも分かるかな。でもそれって」

 

「縄張り争いはまた起きる、でもまだ先の事だと思う」

 

「よかった〜」

 

アヤメとトビ丸は会話を楽しみつつも警戒は怠っていない、だが問題は子供の方だった。アヤメとトビ丸の会話は聞こえていたと思うが、それでも子供は気を張り詰めて辺りを何度も見回している。そのせいで脚の動きは鈍くなり進行速度が落ちている。

 

「……心配するな、この辺のモンスターなら問題無く対処出来る。気を抜けとは言わないが張り詰め過ぎるのも良くないぞ」

 

「はい、すみません……」

 

「いや、責めてる訳では……」

 

「心配しなくても私達は強いのよ」

 

背後からアヤメが子供に優しい言葉を掛ける。その言葉のお陰で子供も多少は安心出来たのか歩みは早くなった。この分なら大丈夫だろう、アヤメのお陰だ。

 

「そんなに気を張ってどうしたのカムイ?確かに『紅毛』みたいのが出て来たら危ないけど、それでも村の周辺には異常は無かったでしょ」

 

アヤメの言う通り村の周辺の警戒にはアイルー達にも協力してもらっている。彼等のお陰で村の周辺に何か異常があれば直ぐに知る事ができるように態勢は整えてある。そんな彼等が異常を見つけていないなら心配する事はないのだろう。

 

「……ごめん」

 

それでも嫌な感じを拭い去る事は出来なかった。村を出てからずっと付き纏うソレのせいで傍目にも分かるくらい気を張っていたらしい。

 

「アヤメはこの事どう思ってるんだ」

 

子供を村まで連れて行く、替の効かない自分を村から出した村長は何を考えているのか。親心だけのはずが無い、娘であるアヤメなら何か知らされているかもしれない。

 

「出来れば交流したいとは思っているんじゃない。出来ればだけど」

 

あっさりとアヤメは村長の考えを教えくれた。

 

「もし近くにいるのなら、どんな人達か知らないと危険だと考えたんじゃないかな。例えばの話だけど、偶然会って何かが原因で争うかもしれない、だから未然に防ぐ為に交流……は出来なくても最低限どんな村なのか知りたいと思うってところかな。ちなみに私は名代も兼ねているのよ」

 

もし色良い返事が貰えても交流はずーっと先の話だしね、とアヤメは気安く語ってくれた。

 

「そうか、そうだな自分が過剰に警戒していただけだな」

 

勘違いも甚だしい、村長も村の為に、皆の為に色々考えている。何もかも自分一人で気負う必要はないのだ。

 

「そうよ、気楽にとは言わないけど、肩の力はある程度抜いておかないとね。それに私にトビ丸がいるんだよ。少しは頼って欲しいな」

 

「……姫様の言う通りだ。足手纏いになるつもりは無い」

 

「だから姫様は辞めてよ!」

 

背後ではアヤメとトビ丸が激しく言い争っている。だがその言葉のお陰で大分気楽になった。まぁ、実際はアヤメの口撃をトビ丸がヒラリヒラリと避けておちょくっているのだが。トビ丸はトビ丸でアヤメの事を姫様と言うが間違ってはいない、多少の悪意は籠もっているようだか。

 

……もしかして以前、尻尾を踏まれた事を根に持っていたりする?

 

「なんか、その、凄いですね」

 

「確かにな」

 

多少賑やかになりつつも警戒しながら森を進んでいく。そして森の境目に辿り着き、森を抜けた。

 

そうして森を抜けた先にあったのは草原だった。

 

踏み出した先にあった草原は大きな障害物も無く視界の開けた見晴らしの良い土地だ。確かに此処ならば居を構え易く、村も拡張し易いだろう。見晴らしも良いからモンスターが接近しても直ぐに分かる、畑も作り易いにちがいない。

 

「此処です、此処から暫く行くと村に着きます」

 

子供の顔は笑顔だ。もうすぐで村に帰れる、そうすれば母親に会えるのだから嬉しいのだろう。足取りも更に早くなっている。

 

だが自分は喜ばしい気分にはなれなかった。

 

「……何だ?」

 

「嫌なニオイがする」

 

自分だけでなくトビ丸も同じ臭い感じ取ったようだ。アヤメと子供はまだ気が付いていないようだ。だが村に近づくに連れて嗅ぎ取れるようになったのだろう、表情を険しいものにして草原を進んでいく。

 

何時の間にか自分もアヤメもトビ丸も子供も走り出していた。何も話さず無言で走り続け、そして村の輪郭が見える所まで辿り着いた。

 

「…あ、あ、ああああっ!」

 

村の輪郭を捉えた子供が走る、ナニカを叫びながら。その姿は正気とは言えない、いや、正気を保っていられなかっただけだ。子供の話の通りなら森を抜けた先に平地が広がり、その先に子供の村がある筈……だった。

 

「……何よ、これ」

 

自分とアヤメが脚を止めたその先、其処に村は無かった。

 

そこにあったのは黒、焼け焦げ廃墟と化した村しかなかった。

 

 

此処が終わりの始まり、そして全ての始まりとなる

 

カムイが村の中の小さな世界で閉じ籠っていれば巡り合う事もなかった

 

そこで満たされていれば、そうすれば知らず、目にしないで済んだ

 

だけど、そうはならなかった

 

そしてカムイに絡み付き、縛り、引き摺り墜とそうとするだろう

 

 

 

 

──地獄が。




こんな話を書く自分の頭の中はどうなっているんだ。

でも書きたかったんだ!


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悪意が満ちる

視覚が捉える色は灰色と黒、嗅覚が捉えるのはナニかが焼ける臭い、そして聴覚は流れる風の音しか捉えなかった。

 

カムイ達が目指していた先に村は無かった。そこにあったのは燃え尽きて生じた灰と家を支えていたであろう黒ずんだ炭の塊。それが此処が何も無い平野では無く村があった確かな証だった。

 

「アヤメとトビ丸は此処に残って警戒を、少しでも異常があれば知らせてくれ」

 

「でも……、カムイ!」

 

「従ってくれ、直ぐに子供を連れて来る。……そしたら村に帰ろう」

 

アヤメとトビ丸を残し、カムイは進んで行く。その背後でアヤメがカムイの後を付いて行こうとした。だがトビ丸の小さな手がアヤメの歩みを止める。防具の裾を掴まれたアヤメば振り返るが頭を横に振るだけでトビ丸が手を緩める事は無い。

 

そんなやり取りを知る事も無くカムイはかつて村であった廃墟に足を踏み入れる。村で何が起きたのか知る為に。

 

そして村の惨状は異常だ。季節は冬に近付き空気も乾燥しているにしても建造物が軒並み燃え尽きているなど明らかにおかしい。 

 

勿論火災の原因として村人の火の不始末も考えられる。それでも此処までの被害が齎されるものなのか?火の不始末で火災が起きたとしても大火になるには時間が必要だ。その間に水でも砂でも掛ければ消火出来る。村が壊滅する規模ならば複数の場所で火の手が上がり消火が間に合わない状況が起こらなければ辻褄が合わない。

 

だが火災が起きる可能性は火の不始末だけでは無い。それこそカムイが常日頃関わるモンスターの可能性もある。そしてカムイが知る限り火災を起こせそうなモンスターは一体しか心当たりしかない。

 

──火竜が村を襲ったのか?

 

あの赤い竜の吐き出す炎ならば村を焼き尽くす事も可能だろう。だが火竜が犯人ならば村を焼いた理由は何だ?繁殖の為?報復攻撃?それとも悪戯に村を焼いただけなのか?火竜の行動理由が分からない。

 

そして考えながら村の中を進んでいるとカムイの脚が何かを踏んだ。それは容易く舞い上がる砂の様な灰でも無い、脆く簡単に砕ける炭では無い、確かな固さの下に柔らかい何かがあった。一言で言えば気持ち悪い、そんな感触だ。

 

視線を足元に向ける、そこに何があるのか、何を踏んでしまったのか理解する為に。

 

そして視線の先にあったのは人の腕だ。炎に焼かれ炭化した皮膚を脚が砕き、その下から覗く肉は熱で白く濁っていた。五指に至っては完全な炭と化し指先が砕けている。そして視線を更に移動させれば腕の持ち主であろう人がいた。炭化した皮膚に覆われ黒ずんだ姿からは性別も年齢も何もかも読み取れない。

 

だがカムイは焼死体を詳細に観察する事は無い。積もった灰に残された足跡を辿り子供の元へ駆ける。

 

道中にある焼死体は一つだけでは無かった。村の奥に進む度に二つ三つと人であった炭が目に入り、嗅覚は変わらずに焼き焦げた臭いを捕らえ続けている。その中に人が燃えた際に出た臭いも残っているのか、もし夏場であれば焼死体も腐り異様な臭いを放っていただろう。

 

あぁ、アヤメ達を連れてこなくて良かった。彼女達に、この光景を見せるべきでは無い。受け入れられず取り乱してしまうに違いない。

 

そしてカムイの胸の奥底で不可解な騒めきが次第に大きくなって来る。嫌な予感しかないそれを感じながらカムイは子供を探し──直ぐに見つかった。

 

子供は焼け跡の前に座り込んでいた。其処には何があったのかカムイは知らない、だが焼け跡が子供の帰る場所、家があったのだろうか。

 

座り込んだ子供の背後に立つと子供も気が付いたのか振り返りカムイを見た。子供は何も言わない、何を言えばいいのか、何をすればいいのか分からない。汚れた顔にある泣き跡が燃え滓で黒く染まり、目の光は消え伽藍堂だ。

 

この状況で何を言えばいいのかカムイには分からない。励ませばいいのか、慰めればいいのか、それとも黙っているべきなのか。それでも何かを口に出して伝えなければならない。

 

「悪いが此処から一旦離れ……」

 

此処から離れて状況を整理しよう。そうして落ち着いてからもう一度調べに戻って来よう。考えた末にどうにか捻り出した言葉を子供に伝えようとし──それは突如中断させられた。

 

──何かが子供に迫っていた。小さくて速いソレ、悠長に話していれば子供にぶつかってしまうのは簡単に分かった。

 

咄嗟に子供の肩を掴み引き倒す。その直後、子供の頭があった場所を何かが通り過ぎた。何かは速度を落とす事なく進み続けその先にあった焼け跡の残骸にぶつかり止まった。

 

振り返り残骸にぶつかった物を見れば、その正体は矢だ。細長い棒の先端には矢尻、反対側にはボロボロになった矢羽がついている。

 

矢を見た瞬間に胸の奥の騒めきが強くなり、それと同時に理性が頻りに危機を訴える。直ぐに身体を動かせ、此処から早く離れろと。

 

「外してんじゃねぇよ、下手糞がッ!」

 

「煩いな、オレのせいじゃねえよ」

 

「賭けは俺の勝ちだな。ほら、さっさと寄越せ」

 

「チッ!?」

 

たが、カムイが行動を起こす前に三人の男達が目の前に現れた。一人目は弓を持ち、二人目は片手に剣を握り、最後の男は自分の身長と同じ長さの槍を握っている。男達は三人とも薄汚れ、身に付けた防具は傷だらけ、手に握る剣も槍も刃毀れが酷い有様だ。

 

だが目を引くのは其処ではない。男達が付けている防具、武器には共通して赤黒いナニカに彩られている。

 

「あん?このガキ……」

 

現れた三人の男達、その中で剣を持った男が突如、子供を頭から足先まで無遠慮に観察し始めた。そうして一通り見た後には頭を掻きながら考え始め、思い出したのか子供を指差した。

 

「思い出した、森に逃げたガキだ。まさか生きてるとはな……」

 

本当かよ、と残りの男二人も子供を見ると思い出したようで驚いた表情をする。その後に三人とも歪んだ笑みを顔に浮かべながら子供を見た。その表情には子供を思い遣る気持ちは一欠片もなく、其処には悪意しかない。

 

そして男達三人の視線を受けた子供の変化は劇的だった。後ろに引き倒された時、子供は何が起きたか分かっていない顔をしていた。だが身なりの悪い男達を視界に捉え、視線を向けられからは身体が震えだしてしまっている。その目には涙が浮かび、震えながら後退りをしている。

 

「で、何しに戻ってきたんだ?」

 

三人の男達、その中で剣を持った大柄な男が子供に向けて大仰に一歩踏み出す。近付いてくる男とは反対に子供の身体は動かない。小さな身体は震え、堪え切れずに泣き出してしまう。

 

「どうして泣いてんだ?何か怖いものでもみたのか?」

 

そう言いながら男は笑い、後ろにいた二人の男も笑う、ゲラゲラと。小さな子供に向けて男達は貶し、嘲笑し、見下し、嘲笑い続ける。

 

そして子供は何も言い返さない、何の行動も出来ない。耳を塞ぎ、眼を瞑り、頭を抱える事しか出来ない。その姿が男達を笑いを誘う事になろうとも。

 

──故に子供を庇う様にカムイが前に出る。

 

「なんだ」

 

「貴方達は何者ですか?」

 

カムイは状況を理解仕切れていない。だから男達の言っている事の意味が分からない。いや、だとしても状況を鑑みれば彼等が子供の言う怖い人なのだろう。恐怖に呑まれ泣いている子供が男達に向ける目は親類や家族に向けるものではない。

 

だからこそ知る必要があった、その為の問い掛けだった。

 

「育ちの良さそうなガキだな。それに身に付けているモノもいい」

 

だが男は質問には答えなかった。それどころか子供以上に目を凝らしてカムイを見る。いや、男達はカムイを見ていない、人ではなく物としてカムイを観察している。そして子供の時以上に歪んだ笑みを浮かべながら口を開く。

 

「ガキ、持ってるモノ全部出せ。そうすれば命だけは取らないでやる」

 

出て来た言葉は脅迫。そして男達はカムイを威圧するかのように各々の武器を見せびらかした。

 

「カムイッ!?」

 

異常を察知したアヤメとトビ丸がカムイの後ろから来た。だが二人は目の前の何が起きているのか現状を理解出来ない。その顔には困惑がありありと浮かんでいた。

 

そしてアヤメとトビ丸の声に釣られた男達が二人へ視線を向ける。

 

「ほぉ、いいガキだ。まだ小さいがソレが好みな奴等には喜ばれるな」

 

「あの小さいのはどうする?」

 

「アレも良い、珍品としていけるな」

 

「へっ、貧乏くじを引いたと思っちゃいたが今日は運がいいな」

 

おぞましく気持ち悪い、そんな舐めるような視線がアヤメとトビ丸に向けられる。視線を受けたアヤメの身体は震え、トビ丸は全身の毛を逆立て男達を威嚇する。そして身の危険を嫌でも感じた二人は武器を構えようとし──。

 

「アヤメ、トビ丸、その子を連れて逃げろ!」

 

その前にカムイは大声で叫んだ。有無を言わせない気迫に満ちた言葉、それの意味を理解したアヤメとトビ丸は座り込んだ子供を立たせると急いでカムイから離れていく。

 

「あっ?逃げられると……」

 

男達はアヤメ達を追いかけようとし足を踏み出し──その歩みを遮る様にカムイは立ち塞がる。

 

「何の真似だ、小僧」

 

「道を譲るとでも思ったか?」

 

「……殺す」

 

意思疎通は出来ないと思っていた。しかし、どうやら言葉は通じた様子で男達の表情が笑いから怒りに変わる。

 

「アイツらは上玉だ。逃すのは惜しいぞ」

 

「さっさと殺せよ」

 

男達が思い思いの言葉を吐く。そしてカムイの前に剣を持った男が出て来た。カムイが余程気に入らないのか、物として見ていた視線も既に変わっている。但しそれは思い通りにならなかったカムイをどう痛め付けるか嗜虐の色を帯びているが。

 

「邪魔だ」

 

そして男が剣を振るう。両手で握り上段からの振り下ろし、剣の間合いと男の手足の長さが合わさった速く強い一撃。

 

──だがそれだけだ。

 

半歩身体をずらすだけでカムイは避けた。気負うこともない、恐れることもない。唯速いだけの一撃、そんな一撃に当たるカムイでは無い。

 

獲物を切り裂けなかった刃は止まることなく進み続け地面に当たり食い込んだ。間髪入れずカムイは地面に食い込んだ刃を踏みつけ、一撃を男に見舞う。それは男と同じ上段からの振り下ろし、ただし太刀の刃を抜かず鞘をつけたまま振るう。

 

脚から腰へ、腰から腕へ、腕から太刀へ、流れる様にして力は伝わる。そして振るわれた一撃は男の肩を強打した。命を取らない一撃、されど女王翅刀の刃を包む鞘は頑丈だ。その痛みに男は剣を手放し後ろへたたらを踏んだ。

 

「オマエッ!」

 

怒りに顔を歪ませ男はカムイを見る。されど怒りに呑まれず腰にある、もう一つの剣を抜くと太刀の間合いより外に出る。男も理解したのだ、目の前の子供が強いと、一人では勝てないと。

 

「囲めッ!」

 

故に数の暴力によって殺す。叫びに呼応して残っていた二人が動き出し三人の男達がカムイを囲む。正面と左右、分かりやすい三方向からの攻撃で殺す腹積りだ。

 

「死ねッ!」

 

カムイの右後ろにいた男が手に持った槍を突き出す。穂先についた刃は刃毀れし錆びているが先端はまだ鋭さを保っている。突き刺されば刃毀れした刃が肉を削り取り、それは斬られるよりも耐え難い痛みを齎すに違いない。

 

そして男と合わせる様に正面と左にいた男が剣を繰り出す。正面からは振り下ろし、左からは剣による突きが放たれる。

 

男達は確信する、これで殺せると。唯のガキなら狼狽えるだけ、経験を積んだ男なら運良く避けられるだろう。

 

──だが目の前にいる子供の正体を男達は知らない。

 

まずカムイは槍と剣の突きを前に出る事で避ける。穿つ獲物を見失った槍と剣はそのまま進み続け、次に正面から振り下ろしの刃に太刀を添え受け流す。ガラ空きの胴体に強かに太刀を打ち付ければ傷んだ防具を通じ衝撃が男の体内を駆け巡る。

 

振り抜いた太刀の勢いを保持しながらカムイは半回転、槍を持った男に身体の向きを変え、右手を離し、左腕を伸ばす。間合いが伸びた太刀が狙うは槍持ちの側頭部。そして太刀は狙い違わず槍持ちの側頭部を横から強打、与えらた衝撃は男の許容量を容易く超え一撃で倒れる。

 

しかし深追いはせず、カムイは一旦距離を離し態勢を整える。即座に二人を行動不能にし残った男に目を向ける。すると男は唯呆然とカムイを見ていた。だがそれも直ぐに終わり怒りに顔を歪ませる。

 

「何なんだ、お前ッ!?」

 

ガキだと思っていた、多少腕に自信があるそうだが三人で掛かれば直ぐに殺せると思っていた。だか結果は違った、残ったのは自分だけ、二人は倒れ地面に蹲り呻いているだけだ。そしてガキは表情を変えない、恐怖に顔を歪ませることも、泣き叫ぶこともなく無表情で自分を見つめるだけ。

 

不気味だ、唯々不気味で底が知れない。そして恐怖に呑まれたのは男だ。

 

「ああああああああぁッ!?」

 

奇声を上げ男が剣を振り回す。縦に、横に、斜めに、だか幾ら武器を振り回そうがカムイは傷一つ負わない。それが男の心に巣食った恐怖を大きくする。

 

型も術理もない唯の振り回し。元々カムイには男達を殺すつもりは無い。ある程度時間を稼げたなら直ぐにでも村から離れるつもりでカムイは男達の相手をしている。故に当たれば手酷い傷を負う力任せの行動に最後まで付き合う必要は無い。

 

「あッ?」

 

太刀で剣を絡め取り上へ弾き飛ばす。突然の出来事に理解が及ばない男、その頭に太刀の振り下ろしを見舞おうとして──

 

「ッ!」

 

左手から飛んで来た矢を太刀で迎撃して奇声を上げる男から離れる。飛んで来た矢は一つ、その出所に視線を向けると其処には四人の男達を引き連れる様にして青年が立っていた。

 

「へ〜、やるじゃん……」

 

見るからに若い青年は歩みを止めずカムイ達に近付いていく。そして青年を視界に捉えた男達はその場に畏るようにして頭を下げた。

 

「何をしているんだい?」

 

「はい、紫様。ここいらでは見慣れない上物をこの子供が纏っていたもので……、身包みを剥がして献上しようかと」

 

「ふ〜ん、そうなんだ」

 

そうして紫様と呼ばれた青年はカムイを観察する。その目も男達と変わらない人ではなく物を見る目つきだった。

 

「……そうか、此方は良いものが手に入ってね、高値で売れるのは間違いないんだ」

 

そう言って青年は後ろの男に目配せする。すると一人の男が両肩に何かを担いで前に出て来た。

 

「だから手早く済ませてくれよ、俺は早く帰りた──」

 

青年の言葉は続かなかった。その代わり腰に挿していた剣を抜き、前に出て来た男の前に立つ。そして剣を振るえば一振り毎に青年の握る剣が男に向かうナニかを弾く。金属同士が衝突し甲高い音を三度奏でる。弾かれたナニかは宙を舞い、そして地面に突き刺さる。

 

「……何の真似だ、小僧」

 

「心当たりが無いとでも言うつもりか」

 

地面に突き刺さった物の正体はナイフ。カムイはナイフを三振り、青年ではなく男に向けて投擲していた。だが男に突き刺さる筈のナイフは全て青年が握った剣で防がれた。

 

「なんだ、こいつらの知り合い?」

 

そう言って青年は片手で握った剣を男が担いでいるものに向ける。その刃先の先にはアヤメとトビ丸がいた。気を失っているのか身動ぎもせず身体を縄で縛られ担がれている。

 

「……アヤメとトビ丸をどうするつもりだ」

 

「売るのさ」

 

気安く青年は答えた。寧ろ何を当たり前の事を尋ねるのかと顔には困惑した表情を浮かべている。

 

「お前……」

 

「いいね、いい目だ」

 

カムイが無意識に放つ殺意に対し青年は気押されることない。それどころか濃密な殺意を感じた事でカムイに対する興味が湧く。

 

「お前達、それは使えるから殺さず捕らえろ。躾は俺がやる」

 

あと、お前達も手伝えと言って三人の男達を残し、紫様と呼ばれた青年はアヤメとトビ丸を連れ離れていく。

 

「待てッ!」

 

カムイが青年に向けて踏み出す。だがそれも残された男達がカムイの前に立ち塞がる事で数歩と行かずに止まる。そしてカムイに倒され蹲っていた男達も其処に加わる。

 

「紫様はあぁ言ってるけど、どうするよ?」

 

「別に殺せばいい、使えませんでしたとでも言えばいいさ」

 

「お前達、紫様の言われ……」

 

「ガキにコケにされたままでいられるかッ!奴はこの場で殺す、もう決めた事だッ!」

 

立ち塞がる六人の男達は各々の思いを口にし言い争う。そして争いの中心はカムイ一人だ。

 

カムイに傷一つ付けられず倒された男達は顔を憤怒で歪める。既に頭には血が昇り、命令で残った男達の言葉に対し聞く耳を持たない。

 

「……死ねば弱かっただけ、手間が掛ける事もないか。分かった、好きにしろ」

 

「お前も手伝え、このガキは生意気にも腕が立つからな」

 

カムイに対する処遇は決まった。そして剣を持って一人の男がカムイに近づく。

 

「小僧、お前の持っているモノは俺達が高値で売りざばいてやる」

 

その男は最初にカムイを脅迫した男。その表情は憤怒に染まり過度な力で剣を握っているのか、両手は赤く充血している。

 

「だから、とっとと死ね」

 

そう言って男は剣を振り上段から下ろし──それよりも速くカムイが背負い直した鞘から抜刀、敵よりも速く振り下ろした。

 

綺麗な凛とした音が響く。

 

「あっ?」

 

カムイが倒れていない、その訳が男には分からない。

 

何故血を流していないのか。

何故目の前の子供は無事なのか。

何故振り下ろした剣が届いてないのか。

何故腕が軽いと感じるのか男には分からない。

 

そして自らの腕を見た。

 

其処にある筈のモノが無かった、剣を握っていた両手は肘から先が無くなっていた。

 

「あ、あ、ああああああああっ!?」

 

現状を理解した瞬間に激痛が男を襲い、叫び声を挙げる。太刀の刃は肉を、骨を、人体を容易く断ち斬った。斬られた腕の断面からは赤い血が止めどなく流れ続け、足元の地面には血溜まりが広がっていく。

 

男は無意識の内に血を止めようとし──気付いた、流れ出る血を止める手がない事に、剣を握ったままの両手が血溜まりに沈んでいる事に。

 

そしてカムイは無表情で男を眺めている。耳には確かに男の叫び声が届いているがカムイの心は何も感じない。それよりもカムイの頭の中では青年、紫の言った言葉が繰り返し響いている。

 

──売るのさ、その言葉は人を物として扱うのに疑問を持っていない。ならば人身売買の市場があり、そこでアヤメとトビ丸は売られてしまうのか、売られたその先はどうなる?

 

いや、分かっている、気付かない振りを、見たくないものを見ない様にしていただけ。

 

あぁ、そうだ。村を焼き尽くした原因は不運とモンスターの二つだけでは無い。その二つでも無ければ残った可能性が一つだけあった。そして無意識にその可能性を頭から消していた。だが目の前の男達を見て分かってしまった、理解してしまった。

 

不運でも、モンスターでもない、ならばそれは同じ人から齎されたものだ。そして目の前に立つ男達──こいつらは敵だ。

 

ならば言葉は最早必要ない。

 

敵は──殺せ。

 

血に濡れた女王翅刀が陽の光を反射して妖しい輝きを放つ。そしてカムイは男達を見据える。

 

かちり、頭の中で音が鳴った気がした。



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片鱗

「しかし、よろしかったのですか?」

 

「何が?」

 

「いえ、態々子供一人を攫うのに人手が六人も必要なのかと……」

 

「いいの、いいの。まぁ本当は早く帰りたかったから足の遅い奴は置いて行って、その纏め役を三郎に押し付けたんだけどね」

 

何でもない事のように紫は私情の混じった理由を付き人に告げた。実際に集団での移動となれば進行速度は足の遅いものに合わせる必要があり、それは早く帰りたい紫としては出来れば避けたいことだった。そして運よく足の遅い者を置いていける理由があったから利用しただけ。

 

そうして付き人の疑問を解消しつつも紫の脚が止まることは無い。廃墟と化した村を後にして平野を進んで行き、その速度が落ちることは無い。このまま何事も無ければ夕方には本拠地に戻れるだろう。

 

「では、子供はついでと?」

 

「そうだよ、手癖は悪いけど上手く躾ければ使える程度にしか考えていないから。それよりも手に入った女ともう一つの……、なんだっけ?」

 

「いえ、私に聞かれましても……」

 

「え~と……、まぁ、なんでもいいや。そっちの方が重要だから、扱いには特に気を付けてくれよ」

 

そう言われた付き人は怪訝な顔をしつつも肩に背負った生き物を見る。生意気にも鎧を着けている毛むくじゃらの生き物は小さく、人の子供の背丈くらいしかない。一体コレの何処に気に掛けるほどの価値があるのか、付き人には分からない。

 

「金を持った老いぼれ共の間でな、こいつの生き胆を喰らえば不老不死になるらしい」

 

そうした付き人の考えを見抜いた紫は何でもないように価値を告げた。毛むくじゃらの名前は思い出せないままだが重要なのはそこではない。そして自分が分かっていれば良い事はコレが不老不死の妙薬として価値があることだけでいい。

 

紫の言葉を聞いた付き人の顔が一目で分かるほど強張ったものに変わる。そして肩に背負ったソレをまじまじと見つめる。

 

「真に受けるなよ、迷信の類で似たようなものは幾つもある」

 

そんな付き人に釘を刺すように紫は言う。実際死におびえた老いぼれ共の好きな話題だけあって似たようなものは各地にもある。それぞれが伝承や言い伝えなど実態の分からないものが大半を占めるが、中には具体的な記述の残ったモノも存在する。その中の一つが今日捕らえたモノだ。

 

「それに、こんな世の中だ。自分だけでも生きたい、死にたくないって奴は結構いるからな」

 

紫と後ろに付き従う男が歩いている平野。此処はかつて村が作った畑が点在していた所だった。しかし度重なる不幸に見舞われた村には畑の維持運営をするだけの労力は既に残っていなかったのか今や荒れ果て、天に向かって多くの雑草が伸びている有様。

 

多くの作物を実らせていた此処も人手が入らなくなった以上は自然に回帰するのも時間の問題。そんな土地が幾つもあり今も増え続けている中で自分達は生きている。

 

この世では誰もが救いを求め死んでいく。戦で、病で、災害で、そして死んでいった者が唯一残せるものは世を呪い恨む呪詛だけだ。そんな世の中では金を持ち、土地を持つ家に生まれようと安心できるものではない。寧ろそう言った者達だからこそ何時来るか分からない死の恐怖から逃れるために求めるのだ。

 

──例えそれが迷信であろうと当人が心から信じるのであれば真実に違いないのだから。

 

「そんな奴らにしてみればコレは大金払っても欲しいモノだ。上手く裁けば当分の間は兵糧の心配はしなくてもいい。それに女も多少は高値で売れるだろう」

 

一緒に捕らえた女の方にも価値がある。身に着けた防具や武具は紫の目からしても上等な物、大きさに問題はあるが安値が付くことは無い。それに身に着けている本人も幼いながら綺麗なものだ。今まで見てきた子供とは違い程よい肉付きの身体、艶のある黒髪に顔も整っている。数年もすれば麗人になるのは間違いなく欲しがる者は多くいるだろう。後は上手く値を吊り上げればいい。

 

「今日は本当に運がいいな!」

 

そう言って紫は上機嫌で歩きながら既に頭の中では様々な段取りを組み立てている。先ずは拠点に戻り、そこで商品を一旦保管する。その後に有力者や金持共に連絡を付け……

 

だが付き人は何かあったようで不意に立ちどまってしまった。

 

「どうしたの?早く帰ろうよ~」

 

「紫様、私達は勝てるのでしょうか?」

 

胸に芽生えた疑念、それを口にした付き人はその瞬間に紫に胸倉を掴まれ引き寄せられる。自分よりも細い腕の何処にそんな力があったのか信じられないような力。

 

それらを差し引いても今までの雰囲気を霧散させ暗い陰気を纏う紫は唯々恐ろしい。

 

「勝てるか?違うだろ、勝つんだよ、どんな手を使っても。俺達を裏切ったあの糞の一族共々を殺し尽くして、持っている物を全て、金も人も土地も奪いつくすんだよ」

 

抑揚もなく告げられる言葉、だがそこには溢れんばかりの呪詛が込められている。そして口だけでなく付き人を見つめる瞳も紫の心情を表すかのように濁り切っていた。

 

「わ、わかりました」

 

「分かればいいんだよ」

 

そう言って紫は胸倉を掴んでいた手を離した。

 

「重行様は褒めてくれるかな~」

 

そう言って再び前を向き歩き出した紫には先ほど纏っていた暗い陰気は無くなっている。それを視界に収めながら付き人も歩き出す、それしか道がないから。

 

そうだ、この世は誰もが救いを求め死んでいく。紫様も自分も変わらない、そして救われた紫様が重行様に心酔し、依存し、狂ってしまうのも無理はない。だからといって自分がどうこう出来る訳でもない。それに自分も目の前を歩く青年に依存しているようなもの、その後ろをついて行くしか生きる場所が見出せないのだから。

 

それを思えば自分と青年の違いなど大して無い。どうせこの世に生まれたその時に誰も彼もが狂う定めにあるのだから。

 

 

 

 

最初に殺されたのは無様な悲鳴を挙げ続ける男だった。

 

まるで雑草でも刈るかの様に男の首に刃が食い込み、斬り裂く。大人であり荒事を通じて鍛え上げられた男の身体はそれなりのもの、頭を支える首も同様で太い。

 

だがモンスターの身体を斬り裂くために作られた女王翅刀の刃、それに掛かれば人の首など容易く斬り裂かれるしかない。

 

胴体との繋がりを絶たれた頭が身体から転がり落ちる、ごとりと。

 

地面に膝を突き、肘から先を無くし、首の無い躯が出来上がる。両腕と首の斬られた断面から吹き出る血が地面に広がり、恐怖と苦痛に表情を歪ませたままの頭が自らの血で作られた血溜まりに呑まれる。

 

そして首を斬り落としだ際に噴き出した血がカムイの身体を少しだけ赤に染める。

 

あと五人

 

男達にとって、それは瞬きの間に起こった出来事。

 

それは今まで生きてきた男達の人生において遭遇した事が無い出来事。

 

故に目の前の現実を理解するのに僅かばかりの時間が必要で、それは致命的な隙でしかなかった。

 

素早く刀身についた血糊を振るい落とし、カムイが次に狙うは近くにいる槍持ち。

 

太刀を下段に、刀身を背中に隠す。一足では届かない、だから二足分踏み込む、出来るだけ早く、出来るだけ無駄を無くして、出来るだけ音を立てないように。

 

そして太刀の間合いに男を捉えて刃を見舞う。身体を回し、可能な限りの遠心力を乗せた刃が横薙ぎに迫る。その軌跡は男の胴体を捉え、このまま進めば男の身体は上半身と下半身に断たれるだろう。

 

しかし男は動かない、反撃も避ける素振りすら見受けられない。それは余りのも露骨すぎる隙で、誘いなのか、それとも別の思惑があるのかカムイは思考を巡らせ──それが勘違いであったと理解した。

 

男の顔は呆けたままだった。単純に目の前に迫る死を認識できない程度の力量しか男は持っていなかっただけだ。

 

ならばこのまま一息に仕留めてやろう、止まる事もなく刃は進み──

 

「あべっ!?」

 

男の胴体を両断する事は無かった。カムイの振るった刃は男の胴体があった筈の空間を斬り裂くに留まり、直後に目の前から矢が飛来する。狙いが甘いそれを頭を傾げるだけで避け──その隙を突くように目の前に一人の男が割り込んでくる。

 

男は槍持ちと入れ替わる様に現れると眼前にいるカムイの胴体に向けて全力の前蹴りを繰り出す。躊躇いも何もない蹴りは速く、避けれる間も無かった前蹴りを受けたカムイは大きく吹き飛ばされた──不自然なほどに。

 

「軽い……、咄嗟に自ら跳んだか」

 

いくら子供とはいえ全力でその身体を蹴飛ばした筈、それなのに男の足に残る感触は異様に軽いものだった。考えられるのは子供が異様に軽いのか、若しくは自ら後ろに跳んで衝撃を最小限に抑えたか。そして視線の先で何事もなく起き上がった姿を見るに後者だろう。

 

「三郎、何すん……」

 

「此奴はお前らでは手に負えん」

 

槍持ちの男は咄嗟に襟を掴まれ後ろに引き倒された。そのおかげで斬り裂かれる事なく生きてはいるが突然の仕打ちには一言文句を言いたかった。だが男──三郎が槍持ち振り返ることは無い。その目は、耳は、五感の全てがカムイのみに注がれている。その姿、一挙手一投足まで見逃さず、聞き漏らさず、神経の全てを張り詰めさせ注視している。

 

「……紫様でも手懐けらん、此奴はそう言った類の者だ」

 

口から出た言葉は紛れもない本心、そして己の直感が根拠もなく囁くのだ。アレを痛めつけ、泥を舐めさせ、首輪を付けたとしても決して従えることは出来ないと。

 

自身でも気付かぬ内に剣を握る手には普段以上の力が込められる。そして三郎の気迫を感じ取った男達も各々武器を構える。

 

弓持ちが二人、剣持ちが二人、槍持ちが一人、計五人の男達の殺意が束ねられる。そして束ねた殺意が向かう先に居るのは大人でもなく子供。

 

「全員で掛かれ、そして確実に殺せ」

 

その言葉はこの場にいる味方に言い聞かせる為のもの。何せ目の前にいるのは只の子供ではない、人一人を容易く殺して見せたアレは自分達を殺せるだけの力を持つ敵だ。

 

三郎の指示の下、男達がカムイを取り囲む。だが直ぐに斬りかかる様な事はしない。カムイの注意を分散させ、僅かでも隙が出来次第斬り込もうとし──その前にカムイが動いた。

 

カムイの正面に陣取った三郎と呼ばれた男。その男だけは集団の中において上等と思われる装備に身を包んでいる。手足や胴体、身体の重要な部分を守る様に金属製の防具を身に着け兜の様なものまで身に着けている。

 

その姿についてカムイの記憶から思い至るものがあった。それは記憶の彼方にある世界、幾つかある文明圏のうちの一つ東洋、幾らか簡略はされているがその中で武士と呼ばれた者が身に着けていたものに近い。それであるなら腰に差した剣も刀のように見えなくもない。

 

──だがそれだけ、そしてどうでもいい事だ。

 

上等な鎧を身に着けているのはそれだけ優れた能力を持つ証なのだろう。現に男達は三郎の指揮下で自分に敵意を向けている。ならばこの男を殺せば戦いの決着は容易に着く筈だ。

 

下から掬い上げる様にして太刀を振るう。だがカムイが振るう太刀の軌跡を紙一重で三郎は躱し、続けて繰り出される振り下ろしの刃も大きく背後へ跳ぶ事で躱す。

 

「無理に踏み込むな、あの太刀の前では鎧等あってないようなものだッ!」

 

三郎は決して太刀の刃に触れようとはしない。あの輝く刃を前にしては身に着けた鎧など容易く斬り裂かれてしまうと本能が理解しているからだろう。

 

そして三郎以外の男達も愚鈍ではない、剣を持った一人がカムイの後ろから斬りかかる。上段から振り下ろされた刃をカムイは避け、その隙を突こうと三郎が斬り掛かる。

 

太刀で受け流し、カムイが再度斬り掛かろうとすれば男達は一斉に距離を取った。

 

剣を持った二人がカムイを挟み込むようにして立ち回る。互いに邪魔にならないように剣を振るいその小さな身体を斬り裂こうとする。

 

「動きを止めろッ!」

 

槍持ちは剣戟の最中において隙を見つけては穂先を突き出す。剣よりも長い間合いから一方的に攻め立て肉を抉り貫こうとする。

 

「其処に縛り付けとけッ!」

 

弓持ちは更に長い間合いから虎視眈々と射掛ける機会を待つ。そして機会が訪れた時には矢は放たれ肉に突き刺される。

 

剣が、槍が、弓が、たった一人の子供に振るわれるにしては過剰な戦力と誰もが思うだろう。それでも目の前に立つ敵の命を刈り取ろうと男達は凶器を振るい続ける。

 

──だが侮るなかれ

 

「なんなんだよ……、なんなんだよコイツはッ!」

 

男達の一人が叫ぶ。それは嘘偽りもない本心で、この場にいる男達の内心を代弁した言葉だ。

 

油断も慢心も無く、持てる力を尽くして男達は戦っている。それでも男達の表情に余裕はなく、時を経るごとに恐怖に呑まれていく。なにせ五人掛で傷一つ付けられず、それどころか手玉に取られている現状なのだから。

 

剣は幾ら振ろうと届かず、槍は隙を見いだせず、弓は射掛ける事すら許されない。

 

太刀を生かした立ち回りは踏み込むことを許さず、留まる事無く動き続けられ隙は見い出せず、射線は間に仲間が立つ様に立ち回られる。

 

男達の本能が告げている、理性が告げている、そして嫌でも理解させられてしまう──目の前に立つのは子供の皮を被ったナニかだと。

 

──そして戦局は傾く。

 

「邪魔だな」

 

たった一言、だがその言葉を聞いた瞬間に三郎は理解した、自分達の力が足りない事に。

 

カムイが右足を軸に全身を使って大きく太刀を振るう。大振りな一撃の間合いは広く、其処から逃れようと男達は一斉に距離を取る。その結果刃は誰にも触れることなく空を斬るだけに留まり──カムイは手に握る太刀を手放した。

 

「避けろッ!」

 

三郎は叫ぶ。くるくると回転しながら飛んで行く太刀、その先にいるのは弓持ちの一人だと気付いたからだ。

 

「へ?」

 

だがそれでも結末は変わらなかった。キラキラと日の光を反射して輝く太刀が自分に向かって飛んで来る。そんな場違いな光景を誰が予想出来るのか、そして身に迫る光が自分を殺すものだと男は最後まで気付くことは無かった。

 

三郎の叫びの甲斐も無く太刀が弓持ちの身体を斬り裂く。右肩から始まり胸を通り腹までを回転する刃で男は斬られた。最期までその顔は何が起こったのか分からないまま殺された。

 

四人

 

「アイツ、やりやがったッ!」

 

「武器が無い今だッ!」

 

感傷に浸る暇などない、鬼気迫る表情で男達が無手のカムイを襲う。この場で、この時に仕留めなければ次に殺されるのは自分。その恐怖が男達を動かし、剣を持った二人が左右から同時に斬り掛かる。

 

──だがそれも叶わなかった

 

「「おおおおおッ!?」」

 

三郎の剣は半身になることで避けられた。だが勢いよく振り下ろした刃は止まる事無く地面に当たり、その上にカムイの脚が振り下ろされた。剣は地面に食い込み、もう一人の剣は受け流す。

 

そして男達は見た、カムイの両手に二振りの剣が握られているのを。

 

──試作武器、双剣。銘 双剣鉈。

 

太刀と異なる用途で作られた武器。二刀流の過度な使用に耐え得るように作られた片刃の刀身は肉厚、例え切れ味が落ちようと叩き切る事が出来る様に重心は切先に寄せてある。

 

そして両手に剣を握ったカムイが踏み出す。その先にいるのは三郎以外に剣を持っていた男。

 

剣を受け流された男は急いで距離を取ろうとする。後ろに飛び跳ねる様に動き──カムイは男の動きに追随し間合いを詰める。そして男の眼前に刃を突き出し、それを男は剣を盾にする事で防ぐ。

 

鉄と鉄が衝突し甲高い音を奏でる。カムイの刃を無事防げたことに男は安堵し──そして息つく暇もなくもう一振りが右から迫る。

 

「おおおおッ?!」

 

再び迫る刃を男は剣で防ぎ、そして三度目の刃が迫る。

 

二度で届かないなら三度、三度で届かないなら四度、カムイの刃が止まることは無い。太刀とは全く違う立ち回り、敵のその身に刃が届くまで苛烈に振るわれる剣。

 

太刀よりも間合いが短くなった双剣は必然的に敵に接近しなければ届かない。その間合いは男達の持つ剣よりも短く、不用意に間合いを詰めれば斬られる。しかし初手を凌げれば、双剣の間合いに持ち込めれば、そうなれば繰り出せる手数の多さでカムイが優位になる。

 

そしてカムイによる一方的な剣舞が始まる。凶器が幾度となく衝突して奏でられる音は歌の様であり──その歌も長くは続かなかった。

 

男の持つ剣が先に限界を迎え折れた。女王翅刀が斬り裂くことに特化した繊細な物に対し、双剣鉈は継戦能力に特化した丈夫な物。故にカムイは男の剣に幾度となく双剣で斬り掛かり壊したのだ。

 

そして身を守るものが粗末な鎧だけになった男を容赦なくカムイは斬る。右手に握る剣が男の粗末な鎧を斬り裂き、肉を斬り、腸を斬り裂いた。

 

三人

 

「おおおっ!」

 

地面に食い込んだ剣を捨てた。腰から新たに抜いた剣でその小さな頭を叩き割ろうと三郎が背後から迫る。

 

カムイも振り返るのと同時に剣を振るう。だがそれは斬る為では無い。先ほど斬った男の腹から噴き出す血を刀身に載せ、三郎の顔に向け血を勢いよく投げつける。そして血は寸分違う事無く三郎の顔、眼球に当たる。

 

粘つく血が眼球を覆う膜を伝って浸み込む、その不快な感触と視界を奪われた事から三郎は背後に急ぎ跳ぶことで距離をとる。

 

しかし明確な隙を晒している三郎にカムイが斬り掛かる事は無い。そして代わりにカムイが狙いを定めたのは三郎ではなく槍持ちだった。

 

カムイが近付くのを見た槍持ちは理解した、次に殺されるのは自分だと。

 

そして恐怖に心を呑まれた。

 

冷静さを失った男は我武者羅に槍を振り回す、恐ろしい敵が近付いてこないように。そして我武者羅に繰り出された突き、それをカムイは躱し槍の柄を斬る。

 

穂先が地面に落ちる、それを茫然と見るしかない男は最期に首を斬られた。

 

二人

 

「いやだ、いやだッ!?」

 

残った弓持ちは逃げ出した。弓を投げ捨て、矢筒を捨て、少しでも身軽になってカムイから逃げ出す。最早戦う気概など消え失せ身体を動かすのは生存本能のみ。

 

「いつッ!?」

 

だが脚に突如激痛が走り、男は前のめりに倒れた。勢いよく顔を地面にぶつけたせいで男には鈍い痛みが絶えず襲ってくる。それでも痛みに耐え男は激痛の原因を取り除こうと振り返る。その視線の先には脚に突き刺さっているナイフがあり──それで終わりではなかった。

 

「いッ、あ、が、あぁ……!?」

 

ナイフを引き抜こうとするも手が、それだけでなく腕も脚も体中が動かない事に男は気付いてしまった。

 

一人

 

そして三郎が目を見開いた時、仲間の姿は消え立っているのはカムイだけとなっていた。

 

「まさか、これ程とは……」

 

目の前の敵に戦いを挑むべきではなかった、事此処に至り三郎は漸く理解させられた。

 

「こ奴は紫様を……、重行様を喰らう。私がやらねばならん」

 

圧倒的な差があるのは分かっている。それでも戦わねばならない、そうしなければ取り立ててくださった紫様に、鎧を下賜して下さった重行様に合わせる顔が無い。

 

剣を正眼に構える。息を整え、身体から余分な力を抜く。五感の全てを目の前の敵に向ける。

 

カムイも双剣を構え、対峙する。

 

「化け物めッ!」

 

それが戦いの始まり、静寂を破り、凶器が衝突して甲高い音を奏でる。

 

「おおおおッ!」

 

三郎は声を張り上げる。これまでに人生で身に着けた武技と搦め手をいかんなく発揮して攻め立てる。

 

カムイに間合いを詰めさせず、自らの間合いを保ちながら上下左右から斬撃を見舞い、足先で掬い上げた砂利を巻き上げ視界を奪い──それでも届かない。

 

そして一呼吸入れる為に攻め手を少しだけ緩め──その瞬間に間合いに入り込まれ片手が斬り落とされる。

 

「お前には聞きたいことがあるから殺さなかった、あとはわかるな」

 

片腕を抑えて蹲る三郎、それを前にしてカムイは抑揚のない声で尋ねる。

 

「断る」

 

だが三郎は違った。そこら辺の無法者なら躊躇わずに何もかも話し尽くす気迫を前にしても口を割らない。俯いた顔を上げ、苦痛に苛まれながらもカムイに向けて笑みを浮かべる。

 

「小僧、貴様は確かに強い。だがな私にも……俺にも譲れないものがあるんだよッ!」

 

そう叫んだ三郎は出血を抑えていた手を腰に回して短剣を引き抜き──それを自らの喉に突き刺す。

 

「くくッ、ははハ」

 

口から血を吐き出しながら男が笑う。その表情に後悔は無く、そして笑い声は長くは続かなかった。声は段々と小さく、完全に聞こえなくなると同時に男は死んだ。

 

自害を許してしまったカムイは負けた。最後の最期で男はカムイに勝った。

 

男達の躯が転がる凄惨な場でカムイは一人立ち尽くす。

 

──だがあと一人残っている。

 

カムイは歩き出す。急ぐ必要は無くゆっくりと、それが恐怖を焚きつけるものだとは思わずに。迫る足音を聞かされる弓持ちの男は気が気ではなかった。

 

そして地面に這いつくばりながらも逃げようとする男の正面にカムイは立つ。

 

「大丈夫、身体が動かないだけで死ぬような毒ではない。それで聞きたいことがあるんだけど……」

 

丁度日の光を遮る立ち位置に立つカムイの表情は男には分からない、だが不思議と影になって見えない筈の表情が男には読み取れる。無表情、違う、目の前の化け物は間違いなく──

 

「何笑ってんだよ、楽しいのかよ……」

 

「笑ってませんよ」

 

「嘘つくなよ。その自慢の武器で斬るのが楽しいんだろ、怖がる顔を見てせせら笑ってたんだろ、斬って殺すのが楽しくて仕方なかったんだろッ!」

 

時間稼ぎのつもりか男はやけに饒舌だった、だが出てくるのは罵声のみでカムイが望む情報、紫の行き先を答えてはくれない。

 

「いいから聞かれたことだけを……」

 

「へっ、自分じゃ分からないと、だったら自分の顔をみて見ろよ」

 

そう言って脚から引き抜いたナイフをカムイの正面に掲げる。日頃から手入れをしていたナイフは鏡としても使える位に磨き上げられている。そしてナイフに映る自分の顔を見た。

 

「へ?何で」

 

嗤っていた。僅かな、それでも口はしっかりと三日月を描いている。そして誰もが見れば言うだろう、嗤っていると。

 

「死ねッ!」

 

男は待っていた、無様に罵声を上げ、喚き散らし、そして漸く訪れた隙。ナイフを掲げるのとは別の腕で腰から短剣を引く。それには毒を塗ってある、斬り付けた相手が悶え苦しむ強い毒を。

 

それが男に残った最後の武器、それを躊躇う事無くカムイに向かい全力で斬り付けようとし──片手で押さえつけられた。

 

元々が這いつくばった姿勢で無理に振るったのだ。その姿勢で力を込めようとしても限度がある、それこそ子供の力でも押さえつけられる程度だ。    

 

そして反射的にカムイの剣が一閃振るわれ、それは男の首を裂いた。そして糸を失った人形の様に男は倒れた。

 

それで全てが終わった。

 

男達は全員が死に、残ったのは血で赤く染まったカムイだけとなった。




ハンターVS普通の人(兵士)を書いてみたかった。


そしてめっちゃ疲れた


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泥に沈む

再開、とは言っても不定期ですので余り期待しないで下さい。


首が転がっている、腕が転がっている、腸が撒き散らされている。男達の躯から流れる出す血が残骸を、地面を、赤く、紅く染めている。

 

凄惨で、残酷で、無惨で、醜悪で、もし地獄と呼ばれるものがあるとすればこんな光景なのだろうか。

 

そしてこの地獄を生み出したのは誰でもない──自分だ。身を守るために、振り掛かる火の粉を払う為に、自分は人殺しを行った。

 

人殺し──殺人とも呼ばれる行い、人を殺すこと、人の生命を絶つ事。

 

もし此処が生まれた村であったら、それでなくとも共同体を営み、文化を持ち知性を持つ者達の施政領域下であったのなら重罪は免れない。最悪の場合死刑に処される可能性がある。

 

──だが此処には目撃者も誰も居ない、唯一の生存者は自分だけ。なにより身を護る結果として殺してしまっただけなのだ。

 

そうだ、己の理性はこの行いを咎めることは無い。正当防衛、緊急防衛、自己保全、脳裏には様々な言葉が浮かんでは自信を擁護する。お前の間違っていない、お前は正しいと。

 

──だが違う、違うんだ。戦いの感触──人殺しの感触は未だ手に残っている。モンスターとは違う柔らかい肉、鋭い爪も牙も、身を護る鱗も毛も無い脆弱な生き物。それを蹂躙し命を奪う、容赦もなく、慈悲もなく、それは悪いモノではなかった、むしろ──

 

違う、その先は考えるな、知ろうとするな、知ってはならない、何より今は感傷に浸る時ではない、急ぎ紫を追いかけアヤメとトビ丸を助け出さなくてはならない。だがどうやって紫を追いかける?今から走って追いかけるか?間に合うのか?そもそも奴らはどこから来たんだ?分からない、奴らの正体も目的も何もかもが分からない。この状態で当てもなく二人を探すことが出来るのか?

 

──無理だ。だがどうする?情報を持っていた男達は全員殺してしまった。躯からは何も聞きだすことは出来ない。

 

──ならば奴らの一味を探し出すしかない。

 

自らの不手際を後悔し立ち止まる、そんな暇は無い。急ぎカムイは廃墟の中を歩く。幸いにも紫の口振りからは殺した男たち以外にも何人か廃墟を訪れている筈。そいつ等を捕まえ、今度は殺さずに無力化して情報を聞き出す。紫が何処から来て、何処を根城にしているのか、二人を攫った目的は、二人を如何するのか。

 

今度こそ情報を聞き出さねばならない、騒ぐのなら骨の何本か折ってでも──どの様な手段をもってしても必ず聞き出す。

 

だがカムイの目論見は外れた。

 

総人口が百人に届くかも疑わしい村、敷地は広くもなく、今は廃墟と化し視界を遮るものは殆どない。それなのに幾ら探せども残っているだろう男達は何処にもいない。手掛かりになりそうなものは足跡だけ、それ以外は何もなかった。

 

考えられる可能性は既に引き上げているのか、此処に来たのが殺した男達だけなのか。どちらにしても時間だけが無情にも過ぎていった。

 

「クソッ!」

 

向ける矛先が見出せない怒りが渦巻き、苛立ち交じりに足元に転がっていた小石を蹴る。蹴られた石は放物線を描きながら飛んで行き数ある残骸の一つに衝突して落ちる。

 

手詰まりだった、村に男達は居ない、残っているのは残骸と足跡だけ、そして足跡は村の外へと続いている。

 

この足跡は何処かに続いている、だがその先に紫達がいる確証はない。それに足跡が途中で分岐していたら如何する、勘で決めるのか、時間も体力も限られている、見当違いの所に向かっていたら如何する。八方塞がりの思考の中、身体は一歩も踏み出すことが出来ない。

 

ああ、夢、全てが悪い夢だと思いたい。既にアヤメもトビ丸も村に帰っているんだと、抱えられていたのは別人だと思いたかった。だが見間違う事など有り得ない、男に抱えられていたのは……攫われたのは間違いなくアヤメとトビ丸だ。その姿は目に焼き付いている、見知らぬ赤の他人ではない。

 

だからこそ決めるしかない。

 

頭の中で堂々巡りの議論だけが交わされても解決策は何も出てこない、何も出来ない。そして何も見出せないまま村を歩き続けるのか、それしか出来る事が無いと。何か見落としは無いか、何か手掛かりになる様なモノは無いかと、同じ事を繰り返すのか、何回も、何回も、何回も、何回も……

 

カムイは空を見た。気付けば空は蒼から紅に変わり始めている。だが日はまだ落ちていない。

 

「行くぞ……」

 

それは誰かに向けた言葉ではない。己自身に言い聞かせる為の言葉。

 

虫が鳴く、鳥が鳴く。土が、草が、山が、村が少しづつ紅く染まっていく。その中をカムイは走り出す。今ならまだ追いつけると己に言い聞かせて。

 

 

 

暗闇がある。光なんてものは存在せず、自分の身体の輪郭さえ見る事が出来ない程の闇。唯の子供、いや、例え大人であっても不安と恐怖で取り乱してもおかしくはない状況。それが目を覚ましたアヤメの眼前に広がっている。

 

「ここは……何処?」

 

だがアヤメは只の子供ではない。未だカムイに遠く及ばぬとはいえハンターを名乗り、少なく無い戦いを経験してきた。そして何よりもカムイならばこの程度で取り乱したりしない、という確信がアヤメにはあった。それらが合わさって不安と恐怖に飲み込まれそうなアヤメの理性を守り通した。

 

先ず最初に行う事は現状の確認、その為に身体の状態と所持品を確認する為に腕を動かし──そこで自分の腕が後ろ手に縛られている事に気付いた。

 

「何これ、縄?」

 

縄は腕だけでなく両脚にも硬く結ばれおり解けそうにもない。それでもアヤメは結び目を如何にかして解こうと身体を捩り──その最中に強い痛みが腹部に走った。

 

「いっ、たい……!?」

 

腹部だけでない。腕から、頭から、最初の痛みを切っ掛けにして身体中から思い出したかの様に痛みが走り始める。そして痛みと共に意識を失う前に何があったのかを思い出した。

 

──カムイから逃げるように言われ連れてきた子供と一緒に村から出ようとしたこと。

 

──その最中に現れた男達と彼等を率いている青年。

 

──実力はどれ程のものか分からないが逃げるための時間を稼ごうとし、そこまで考えを巡らせたことで耳が暗闇から聞こえる何かを捉えた。最初は小さかった音は時間が経つに連れて少しずつ大きくなっていく。

 

「誰かが近付いている?」

 

そして音が会話である事に気付くまで長い時間は掛からなかった。だが何を話しているのかは未だ分からない。それでも現状を知る為にも音の発生源にアヤメは近付いて行き──その途中で自分の近くから何かが動く音を耳が捉えた。

 

「っ!?」

 

咄嗟に身構えたアヤメは音がした方向に身体を向ける。しかし其処には暗闇が広がっているだけ、いくら目を凝らしても何も見えてこない。だが視覚の代わりに嗅覚が嗅ぎ慣れた匂いを嗅ぎ取った。

 

「トビ丸、そこにいるの!」

 

「ア…ヤメ…さ、ま?」

 

鼻が感じ取ったのはトビ丸の匂いだった。そしてアヤメの目に僅かな光が差し込み、トビ丸の姿が露わになった。

 

「トビ丸、大丈夫なの!」

 

防具を、武器を奪われたトビ丸は両手両足は縛られている。そして地面に横になったまま浅い呼吸を繰り返していた。開いた口からは苦痛に苛まれているのか呻き声が途切れることはない。アヤメはすぐにでも飛び出して傷の手当てをしたかったがそれは出来なかった。両手両足が縛られているだけでなく、目の前には格子があった。

 

「重行様にも珍しいことがあるのですね」

 

「単なる好奇心だ、不老不死かもしれないモノが見つかったんだ。一度は見てみたくてな」

 

先程から聞こえてきた音は今では会話であると分かる。そして松明の光が暗闇を照らした。そしてアヤメは自分達が今いる場所を明確に知る。洞窟のような一本の通路を挟んで幾つもの部屋がある中でトビ丸は自分のすぐ横に部屋にいた。だが部屋と部屋の間には木製の格子で区切られている。

 

此処まで見れば嫌でも理解させられてしまう。自分達が今いる場所が牢屋であると、自分達は囚われいるのだと。

 

「重行様、此処にいます」

 

そしてアヤメ達の牢の前に松明を持った青年と男が現れた。

 

「貴方は!」

 

「おや、起きてたんですか」

 

目の前に現れた青年を見た瞬間にアヤメは思い出した。子供を連れて逃げようとした自分達の前に現れた青年、手も足も出ない程の力を持った彼の手によって捻じ伏せられた事を。

 

「生きがいいな、お前が不老不死と一緒にいたガキか」

 

その隣には大柄な男がいる、だがアヤメに興味はないのか一瞬だけ視線を向けただけだ。

 

「それで紫、コレか。弱っているようだが大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ですよ。ここに入れる前に起きて喚き散らしたので黙らせただけです。無論死なないように加減はしました」

 

紫の言葉を聞いた男は興味深くトビ丸を眺めていた。そしてトビ丸も男達が自分の話をしている事だけは理解出来た。

 

「俺を……如何するつもりだ」

 

痛む体に鞭を打ち、トビ丸は男に尋ねた。

 

「喋った、喋ったぞ、紫!」

 

だが男の反応は予想外なものだった。言葉を話すトビ丸が余程面白いのか男はトビ丸を指さして笑うばかりだった。

 

「笑う……な!教えろ!」

 

トビ丸が目の前で嗤い続ける男に向かって出せる限りの大声で叫んだ。そして叫びを聞いた男は嗤う事を辞めた。だが返答はない、代わりに大柄な男から繰り出された脚が二人を捉える格子を蹴った。鋭く重い脚撃、その衝撃で出た音が小さな牢の中で反射し増幅する。それは聴覚に訴えかける暴力であり、垣間見せた男の力量は二人を上回るものと嫌でも認識させられた。

 

「口の利き方には気を付けな」

 

表情を消し能面のような表情の男が短く淡々とした言葉を紡ぎ出す。

 

「それでお前はこの先どうなるかだな」

 

間を置いて男は答えを口にした。

 

「喰われるのさ」

 

「へ?」

 

「分からないのか。喰われるんだよ、お前は」

 

トビ丸は男の言葉が理解出来なかった。それを感じ取った男が再び同じことを口にする。それでもトビ丸は言葉の意味を理解できなかった。

 

だがアヤメは違った、理解出来てしまった、その悍ましい内容を。

 

「なんでよっ、そんなのおかしいわよ!」

 

短い間とはいえ背中を預け合った仲間が喰われる。そんな事は決して認められないとアヤメが男に何故かと問い詰める。

 

「なんでってな、そう伝わっているんだよ」

 

だが男はぞんざいに答えるばかりだった

 

「そんで不老不死らしいコレを俺が売る。死にたくない金持ちの老いぼれ共の知り合いが沢山いてな、口を開けば死にたくない、死にたくないと煩いんだ。その老いぼれ共にコレを売るんだ、高値でな」

 

「なによ……、それ、おかしいわよ、何でそんな事をするのよ!」

 

理解できない、理解したくない、そんな事で喰われてしまうなんて認められない、アヤメの態度が男の癇に障ったのか険しくしながらアヤメを見る

 

「チッ……戦に勝つためだ。知ってるか戦をするのにどれ程の金が要るか」

 

「戦なんて……知らないわよ!」

 

戦という言葉自体は知っている。だがそれだけだ、実態なんてものは知らない。

 

だが男はアヤメの言葉を訝しんだ。そして格子の隙間から手を入れアヤメの顔を摑むと力尽くで引き寄せる。苦痛に歪む顔、その目を男はただじっと見つめた。

 

「……嘘じゃないみたいだな」

 

そして男はアヤメが本当に戦を知らないと理解した。

 

「なら教えてやるよ、戦とは殺し合いだ。何十、いや何百もの人が互いを殺し合うんだよ」

 

そして嗤いながら告げる。戦とは何かを、何も知らない無垢な心を痛ぶる様に。

 

「何で……何が理由で、そんなことを」

 

「理由?理由は……」

 

だが男は答えず顔を地面に向け、だがそれも僅かな時間でしかなかった。再び顔を挙げた時は嗤い顔では無くなっていた。

 

「話す気にもなれんな。だが今度は俺からだ」

 

男はアヤメの顔を掴む指に力を込める。

 

「お前達は何処から来た」

 

「…………」

 

「だんまりか、それでもいいんだかな……」

 

そう言って男がもう片方ノ手を牢の中に入れ、アヤメの着ていた着物をはだけさせた。

 

「ひっ!」

 

顕になった右肩から晒を巻いた胸に男の舐めつける様な視線が浴びせられる。それは今まで経験した事のない恐怖、モンスターとの生死に関わる恐怖とは違う物。それがアヤメを襲い、無意識に目が潤む、それが男の欲情を誘うとは思いもせずに。

 

「へぇ、そそる表情をしてくれるじゃないか。小さいが見た目もいい、最近は碌に発散も出来なかったから丁度いいな」

 

「な、何を……」

 

「分からないか?これは、これは……、何も知らぬ生娘というのもいいな」

 

それだけで理解した。これから男が行うことを、自分に降り掛かるモノが何であるかを。

 

「いや、嫌!」

 

縛られていながらもアヤメは必死になって抵抗する。身体を捩り男の拘束からは逃れようとするが込められた力が弱まる事は無い。

 

「重行様、価値が下がるので止めて下さい。今は少しでも資金を集めないといけないので」

 

「そうか……残念だな」

 

そう言って男は手を離した。支えを失い地面に倒れたアヤメは這いずりながら移動する。少しでも、ほんの僅かでも男から離れる為に。だがそこは小さな牢屋でしかない。逃げ込める先は部屋の隅しかなかった。

 

「助けて、カムイ……」

 

無意識に口に出した言葉。限界を超えた恐怖に晒された心が無意識に助けを求める。だが手を差し伸べ助けてくれる仲間は、相棒はいない。

 

「カムイ、そいつは誰だ」

 

「あの場にはもう一人いました、それの名前がカムイかと」

 

そして此処にいるのは男と紫だ。

 

「帰ってこなかった奴らは」

 

「……返り討ちにあったのでしょう」

 

未だに此処に帰ってきていないならば死んだのだろう。道中で運悪くモンスターに遭遇して殺されたのか、若しくはカムイに返り討ちにあったのか。

 

「そうか、カムイってのは強いのか?」

 

「それは何とも「強いわよ、貴方達が束になっても敵わない」」

 

男の疑問に答えたのはアヤメだった。牢の奥で震えながら口にした言葉、紫にしてみれば唯の強がりにしか感じない。

 

「それは楽しみだな」

 

だが男はそうとは感じなかった様だ。

 

「まさか、此処にカムイが来ると?」

 

「疑いもなく来るとこいつは信じている、こんな状況にも関わらずな。それだけ信頼されている奴が見捨てるとは考えられないな。それになカムイという奴を見てみたいんだよ」

 

「見てみたいとは?」

 

「こいつ等を見ろ、こんな世の中だってのに擦り切れてない。普通なら有り得ない事だ。そのあり得ない事の近いところにカムイはいるんだろう。もしくは……、俄然楽しみになってきた、紫、暫くこいつ等を牢に入れておけ」

 

「二日です、それ以降は……」

 

「その時は売って構わん、俺はもう寝る」

 

そう言って男は牢を後にした。

 

「重行様にも困ったものだ」

 

後に残された紫は腕を組んでこれからの予定を再度調整する。そうして視線を彷徨わせていると牢の奥に引き篭り震えているアヤメが目に入った。

 

「どうして自分がこんな目にあっているのか、どうしてこうなってしまったんだろう……て顔してるね」

 

アヤメの姿に何か感じた訳では無い。紫にしてみれば思考を整理するだけの雑談、独り言でしかない。そして牢の前で紫は口を開く。

 

「弱いから」

 

たった一言、だが其れが真実だった。

 

「弱い奴は強い物に喰われる、それだけの事さ」

 

そう吐き捨てて紫は遠ざかって行く。

 

「じゃあね、カムイって奴が助けに来てくれるのを其処で待ってな」

 

そして松明を持った紫が消えた事で再びアヤメ達は暗闇に包まれた。その中でアヤメは部屋の隅でより身体を小さく丸める。あの男から少しでも離れるために、見つからないようにする為に。

 

「怖いよ……助けて、カムイ……」

 

呟いた言葉は助けを求めるモノ、だがそれを聞き届け叶える者はいない。

 

そこにいるのはハンターではなく幼い少女でしかなかった。



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