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それを"何と"名付けるかはきっと貴方達次第

 走る。走る走る走る走る。

 

 

 

 

 本来人が走るべき道ではなく、民家の屋根を足場にその男は走り続ける。

 顔を覆い隠すフードと、体型を予想させないロングコート、街中であれば目を引くその格好も、今は特筆すべき事柄ではない。

 異質なのはそのスピードと、常識外れな身軽さだろうか。秒速にして100メートル超、その一歩は150メートルにも届かんとするものだから、走っているというよりはもはや飛んでいると形容した方が正しい。

 

 無論。この男とて、好きでこんな高速移動などしたりしない。確かに、学生時代から『雄英のスピードスター』だの『結局タックルが一番強い男』だの、こと速さについては定評があったものの、プロヒーローになるころには取り敢えずタックルする癖も直し、民間人に被害を与えかねないような速度での移動は極力控えていた。

 

 であれば、男はなぜ走るのか。それは、誇り高き治安維持、ヒーロー活動の為…ではない。むしろその逆だ。

 

 「くそっ!くそっ!くそっ!!!」

 

 パンパンに膨れ上がったリュックサックの位置を調整しながら背後を振り返れば、未だ"憧れのヒーロー"は姿を消さない。個性の過剰使用による体調不良を悪態で誤魔化せば、自らの不甲斐なさに鼻の奥が痛くなった。

 

 

───困ってる人を助けたくてヒーローになった。

 

 一方的な理不尽によって不幸になる人々がいるのを知って、何もしないなんて出来なかったのだ。

 決して楽な道ではなかったけれど、自分の今の苦労が、いつか何倍もの苦しみを払うでのあれば、例えどんな鍛練であっても苦にならなかった。

 

 

───多くの敵を倒してきた。

 

 知能犯がいた。思想犯がいた。快楽を求めて非行に走った人がいて。どれも許してはならぬ悪だと、命を掛けて戦ってきた。

 

 今だって、それを間違っているとは思わない。胸を張って正しかったのだと叫んでやる。

 

 

───それでも。

 

 

 ギリリと、力の入りすぎた歯が嫌な音を立てる。

 

 

 それでも、例えこの行いが、男の過去の全てを否定するものだとしても。

 

 

 それでも、今、この瞬間だけは────。

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーロー名『シューティングスター』個性『オーバーグラビディ』。

 ヒーローランキング三位。

 最年少で栄光への道を駆け上がった青年は、この日、決して上がれぬ地に落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーロー『シューティングスター』。やや明るい茶髪が印象的で、童顔。威厳をつけようと伸ばしているアゴヒゲが壊滅的に似合わない男。

 家族構成は、両親と歳の離れた妹が1人。お金は無くとも、愛のある家庭だったという。

 高校進学時、建設業を営む実家を継いで欲しいとぼやく父に対し、「すぐに世界平和を成し遂げて帰ってくる」と約束して家を出た。父は、「それなら安心だ」と笑っていた。

 雄英高校ヒーロー科。入試倍率が300倍を誇る超名門校に合格した『シューティングスター』であったが、入学当初は、平凡な成績(あくまでも雄英高校としての)の生徒であった。

 だが、その男は半年と待たずに頭角を現し始める。

 体育祭を筆頭にした数多くの行事の悉くで首位に立ち続ける姿は、正に一つで伝説で、そこから紡がれ始めた英雄譚に、業界全体が湧いていた。

 

 ここで、それだけの成果をあげた、彼の個性について、詳細を語らせてほしい。

 

 個性『オーバーグラビディ』

 知覚した範囲内に圧力を加えることの出来る個性。ただし、圧力の方向には制限があり、自身の肉体に"引き寄せる"或いは、"弾き飛ばす"ことしか出来ない。

 出力は肉体に近いほど強くなる。最も出力の出る心臓付近では、理論上ブラックホールに匹敵するとされる。

 発動条件は、両手の指の腹を合わせること及び対象を視認していること。

 欠点は、個性を使いすぎると車酔いにも似た体調不良に襲われることだ。

 

 比較的容易な発動条件と、高い機動力や強大な出力。正義感の強い本人の性格と合わせて、ヒーローへの適正を疑う者はただの一人も存在しなかった。

 

 高校卒業後はそのままヒーロー事務所を開設。若すぎると批判も多かったが、それ以上に、輝かしいその経歴を誉め称える声の方が大きかった。

 

 順調な滑り出しだった。雄英高校で出会った恋人をサイドキックとして雇いつつ始めたヒーロー活動は、学生時代から高い人気があったことも手伝って、すぐ軌道に乗せることができた。

 

 

 

───全てが順調だった。

 

 その自信には確かな実力も伴って。

 

 

───全てが順調だった。

 

 幼き頃に夢見た世界平和は成せずとも、憧れたヒーローには確かになれていて。

 

 

───全てが順調だった。

 

 あの日。恋人がヴィランの手にかかるまでは。

 

 

 

 

 

 「二度と目を醒まさないってどういうことだよ!!」

 

 男の怒声が響く。

 勢いよく立ち上がったことにより、後方へと押されたキャスター付きの椅子が、診察室の扉に当たりカツンと音をたてた。

 今にも詰め寄らんばかりの『シューティングスター』を正面に見据え、それでも医者の男は冷静に口を開いた。

 

 「ヴィランの個性で発症した病への免疫活動として、個性が慢性的に暴走しているのです。つまり、夢見さんの個性『現夢』によって、夢見さん自身が夢の中に落ちているんです」

 

 「──っなら!その病から先に治して下されば!」

 

 「……それが出来ません。あのヴィランの個性よって発症する病は、正確には病気ではないんです。"健康であることを受け付けない"ものにするもので、病気と言うよりは、作り替えていることに等しい。言ってしまえば、今の夢見さんの状態は、医学的には何の異常もないんです。ですから特効薬もなく、かといって個性での治療も、医療組合に登録のあるものでは、夢見さんの"個性の暴走"を治療してしまうだけです。それでは根本的な解決にはならず、悪戯に彼女を苦しめるだけになってしまう」

 

 食い縛り過ぎた口内には、どこが出血したのか、生暖かい鉄の味が広がっていた。

 『シューティングスター』に医療の知識はない。医者の言っていることの全ては理解できないし、どうにもならないと告げる目の前の男に、理不尽な憤りを感じてすらいた。

 それでも、本当にどうしようもないんだろうということは、なんとなく理解できた。

 

 「……夢見は、これからどうなるんですか」

 

 ふと発された己の言葉は、驚くほど掠れていて。そこで漸く、自分が泣いてしまいそうなことを自覚した。

 

 「夢見さんの個性が暴走している限り、彼女が苦しむことはありません。ただ、あの個性による症状は進行が早く、このままでは、あと一月ももたないと思ってください」

 

 「……一月」

 

 それは、あまりにも短い時間だった。だが、衰弱し続ける彼女を見続けるには、あまりにも長い時間で。

 

 

 「……本当にどうにもならないんですか?」

 

 誰もが憧れるヒーローの掠れた声に、医者も目を伏せた。

 

 「……すいません」

 

 返す言葉が見つからない。一度、ゆっくりと息を吐き、暫しの間目を瞑った。

 『シューティングスター』は理不尽に奪われる者を救いたくてヒーローになった。目の前の医者だって、死に逝く者を救いたくて医者になったのだろう。きっと、誰かを救えない時の気持ちは両者も変わらない筈だ。

 それに、そもそも夢見を目の前で失った愚かな男が、医者の力不足を責められる筈もない。

 

 

 「──ありがとう…ございました…」

 

 医者から表情を窺われないように、腰を折りながら絞り出したのは精一杯の虚勢だ。

 これ以上無様な姿を晒すわけにはいかないと、力一杯口を引き結んだ。

 

 『シューティングスター』は、優秀なヒーローだ。

 学生時代から多くの逸話を残し、20歳という若さで、その名を知らぬ者なぞ存在しないまでに成長した。

 故にと言うべきか、『シューティングスター』が潜ってきた死線の数は、同年代のヒーローの比ではない。

 その中には、拾い上げることの出来なかった願いも多く存在した。

 人質の女性を救えなかった。背中を預けた仲間が殺された。中には、自分よりも明らかに幼い、"守るべき子供"に、身を呈して庇われた事もあった。

 

 『シューティングスター』は優秀なヒーローだ。

 いくつもの死線を潜り、いくつもの犠牲を払い、その度に男は強くなった。

 男は、大切な人の死を踏み越え、それでも走り続けられるだけの、異常で、非情で、それでいてヒーローには欠かせないだけの強さを既に身に付けていた。

 

 

───だから、今回もその悲劇の一回になる筈だった。

 

 

 決意を新たに、『シューティングスター』は、より強く、理想のヒーローとして、完成されていく筈だった。

 

 診療室からの去り際に、医者が呟いた一人言。

 

───私に、『オーバーホール』の様な力があれば…。

 

 その一言を聞くまでは。

 

 

 

 

 

 『オーバーホール』とはなにか。或いは、誰なのか。自宅への帰り道、否、日が明けても尚、男の頭にはそのことしか無かった。

 あの時、あらゆる感情を自制していた男は、医者が呟いた一人言の詳細を聞くことが出来なかった。

 なにか一つ感情を表に出してしまえば、何もかもを台無しにしてしまう気がして。

 

 故に、男が『オーバーホール』の詳細を突き止めるのには、相当の時間を要した。

 

 

 「『オーバーホール』?あぁ、知ってるよ。あの死穢八斎會の若頭だろ?」

 

 公衆電話の受話器ごし、明らかに変声器を通した異質な機械音で、"フリーライター"を名乗る人間が続ける。

 

 「あんたも知ってるだろ?死穢八斎會。」

 

 「…聞いたことはあるが、詳細は知らない。個性の詳細は?今はどこにいる?」

 

 『シューティングスター』は、上擦りそうになる声を努めて抑えつつ、それでもやや早口に質問を重ねる。

 

 「いや、此方としても教えてあげたいのは山々なんだが、なんてたって相手が悪い。ヤクザもんだ。なにされるかわからないだろ?」

 

 

 白々しい男の言葉に眉を潜める。

 本当に教える気がないのであれば、知らぬ存ぜぬで通すはずだ。にもかかわらず、男は"知っているが教えない"という。

 それはつまり、自分の気が変わるだけの条件を『シューティングスター』に提示しろと言っている意味に他ならない。

 

 だが、その駆け引きを行うだけの余裕が、今の『シューティングスター』には無かった。

 

 

 「御託はいい。いくら払えばいいんだ」

 

 電話の相手が、つまらなそうにため息をついたのがわかった。

 

 「……ビジネスってのがわかってないな。逆境を楽しむぐらいの器量は見せて欲しいもんだね」

 

 そう言って、一拍の間があった。

 

 「──200万だ。明日の21時、神野公園に持ってこい」

 

 ガチャン。と一方的に通話が絶たれた。

 

 

 

 

 

 

 『オーバーホール』。

 その個性は、『分解』と『修復』。

 極道"死穢八斎會"の若頭にして実質的なトップ。

 彼の持つ個性は、限定的ながら、死者の蘇生すら可能とする。苦労もなく、夢見を救うことができるはずだ。

 『オーバーホール』は明らかなヴィランで、『シューティングスター』の倒すべき相手の一人だった。

 

 

 夕陽を浴びて赤く燃える病室で、身動ぎ一つしない最愛の女性を見つめながら、『シューティングスター』は悩む。

 

 ヒーローである自分が、倒すべき相手に助力を願っても良いのか。

 反対に、一人の男として、愛する女性を救いたいとは思わないのか。

 

 相反する二つの感情に、彼は答えを出すことが出来ない。

 "自分がどうしたいのか"や"自分はどうするべきなのか"の様な、単純な話ではないのだ。

 『シューティングスター』は7歳の時に妹が出来た。思えば、あの時から13年間、ひたすら誰かを守るために生きてきたように思う。想いは形を変えて、守るべき者も多くなったが、元を辿れば、フワリと笑う幼い妹の姿に、幸せになって欲しいと願ったのが、男の原点であったから。

 

 『オーバーホール』と繋がりを持つのは、今までの自分の行いを否定する行為に他ならない。

 

 男は、ここで選択しなくてはならなかった。過去を取るのか、或いは、未来を取るのか。

 

 いずれにせよ、ヒーロー『シューティングスター』はここで死ぬような気がした。

 

 

 ガラリと、背後で扉が開く音がした。

 

 「あら、星也くん。来てくれてたのね」

 

 入ってきたのは、目の前で眠る少女の母。何度か食事を共にしただけの関係だが、まるで実の息子のように可愛がってくれる、頭の上がらない人だった。加えて、今は夢見を守れなかった負い目もある。もう、随分と呼ばれなくなった本名で声をかけられても、目を伏せることしか出来ない。

 

 「最近は病室でも見ないし、テレビにも出てなかったから、もしかしたら塞ぎ混んでるのかもーって思ってたから良かったよ」

 

 そう言いながら、少女の母は、ベッドを挟んだ向かいにパイプ椅子を置いた。その慈愛に満ちた瞳は、自らの娘に向けられている。

 俯く男は、消え入りそうな声で、すいませんと呟いた。

 

 「……夢見、こんなに痩せちゃって。前はあんなにダイエットで苦戦してたのにね」

 

 パイプ椅子に腰掛け、その痩せこけた少女の頬に触れる。

 俯く男は、消え入りそうな声で、再びすいませんと呟いた。 

 

 「頑張ってもあと10日かぁ。前は鬱陶しいぐらい元気だったのに、──ほんと、あっという間だったね」

 

 眠る少女の顔は、ボヤけてよく見えない。

 もう一度謝ろうとしても、喉は何かが詰まったように言葉を発してくれなかった。

 

 「あーんなに星也くんが好きだって言ってたのに、星也くんを泣かすなんて……、本当に悪い子なんだから」

 「……なんで」

 「ん?」

 

 前と変わらない『シューティングスター』への気遣いに、男は問わずにはいられなかった。

 

 「なんで……、俺のこと責めないんですか。なんで、今までみたいに話してくれるんですか!だって夢見は、俺のせいで!」

 

 もし、『シューティングスター』に、もっと力があれば。

 もし、『シューティングスター』が、あの日、あのヴィランと戦わなければ。

 もし、『シューティングスター』が、ヒーロー事務所を作らなければ。

 もし、『シューティングスター』が、あの日、佐々波夢見と出会わなければ。

 

 それはただのたらればで、何の意味もない想定だ。それをわかっていたとしても、男は思わずにはいられない。

 

 自分じゃなければ、もっと良い未来になったのではないかと。

 

 情けなく喚く男に、少女の母は優しい目を向けた。部屋の照明を浴びて、目元がキラリと光る。

 

 

 

 「私も旦那も、星也くんが悪いなんて、少しも思ってないの。ほんとよ?あなたのお陰で、この子はずっと幸せそうだったもの。それに、星也くんは、夢見をこうして連れて帰ってきてくれた。感謝してる」

 

 誰かの涙が、少女の頬に落ち、その輪郭に沿って頬を伝った。

 

 「だから──だから貴方は貴方のままでいて。夢見のヒーローは、完全無欠の絶対無敵なんだって、証明してみせてよ」

 

 

 『──星也は、皆の願いを叶えて光る、決して燃え尽きない"流れ星"だから』

 

 

 

 ヒーロー、『シューティングスター』は諦めない。

 

 

 

 

 

 

 「それで、その俺に何の用だ。『シューティングスター』」

 

 元々は何かの工場であった建物の成れの果て。周囲には雑草が生い茂る廃墟の中、鉄筋コンクリートの壁越しに男の声を聞く。

 

 "フリーライター"に依頼して実現した、『オーバーホール』との会合は、決して『シューティングスター』の視界に入らないことを条件に相成った。

 とはいえ、『シューティングスター』は名の知れたヒーローだ。壁の向こうには、『オーバーホール』だけでなく、奴の腹心が何人も居ることだろう。

 

 だが、『シューティングスター』は『オーバーホール』を捕らえに来たわけではない。こんな壁一枚、部下が数名で交渉のテーブルに上がってくれるのであれば、それに越したことはない。そもそも、『シューティングスター』の目的に、彼らを個性の射程に納める必要はないのだ。

 

 

 「…あんたに頼みがある」

 「頼み?お前が、俺に?」

 「そうだ。一人の女性を治療して欲しい」

 

 その言葉に、『オーバーホール』は暫しの沈黙で返す。

 

 「確かに俺はヒーローだ。あんたが警戒するのもわかる。だが──」

 「──いや、いい。知ってる。"佐々波夢見"。あんたの恋人だろ」

 

 『オーバーホール』の口から出された恋人の名前に、『シューティングスター』は一度肩を跳ねさせた。

 

 「なんで夢見を知ってる」

 「おいおい、そっちが警戒してどうすんだよ。丁度、佐々波夢見を"そう"した連中とは前から仲が悪くてな、常に情報は入るようになってるんだ。そうじゃなくても、ニュースで騒がれてるぜ、お前ら」

 

 『シューティングスター』を筆頭にした数名のヒーローでの、『志村組』の強襲作戦とその失敗。交戦の規模やヒーロー側の被害、リーダーである『アンノウン』を捕り逃したことも手伝い、ヒーローの準備不足を問う声も少なくなくった。

 それが、話題沸騰中の『シューティングスター』であれば尚のことだ。

 

 「世間じゃお前らの失態だなんて騒がれてるが、正直良くやったと思うよ。準備不足だって当然だ。そもそも、そんな余裕は無かったんだから。そうだろう?」

 「……あぁ、そうだ。だが、それなら話は早い。」 

 「まぁ待て。俺はお前に感謝してるし、佐々波夢見だって治療できるならしてやりたいくらいだ。だが、『アンノウン』の個性が未だ不明瞭な以上、治せるなんて口が裂けても言えないさ。なんてったって、奴の個性を浴びて生き延びたのは佐々波夢見だけだからな」

 

 予想以上に前向き返答に思わず目を向く。

 

 「いいのか?」

 「俺達だって、『志村組』と渡り合う奴とやり合うのは御免だからな。だが、期待するなよ。俺だって時間を戻せる訳じゃないんだ」

 「──あぁ!!よろしく頼む!」

 

 その言葉に呼応するように、お互いを遮っていた壁が左右に割れた。

 鳥のクチバシの様なマスクをした男『オーバーホール』は不敵に嗤う。

 

 「病院に案内しろ」

 「──ペスト医師とは、いい趣味してるよ。あんた」

 

 

 

 

 

 

 「こんなところだろう。最善は尽くした。これでダメなら俺には無理だ」

 

 そう言って、『オーバーホール』は夢見の額に置いていた手を離した。

 

 「──あぁ。ありがとう」

 「ヒーローに礼を言われる日が来るとは思わなかったな。ところで、このあといきなり捕縛されるなんてことはないんだよな?」

 「ないよ。そんなことは流石に出来ない」

 

 『シューティングスター』は一度首を横に振る。

 

 「ただ、次、仕事中に会ったのなら話は別だ。俺はヒーローだ。そこだけは譲れない」

 「そこまでは期待しちゃいない。だがどうだ?八斎會もそう悪い組織じゃないだろう」

 

 ポリポリと、額を掻きながら『オーバーホール』は言う。

 

 「…あぁ、サイドキックに欲しいよ」

 「ほざけ」

 「なぁ…。ホントに無償でいいのか?犯罪を見逃してやることは出来ないが、多少の金なら──」

 「何度も言わせるな。『志村組』の件はこっちにも利があった。後は、復帰したこの女と、今度こそ『アンノウン』を潰してくれればいい」

 

 それに、治った保証はない。と『オーバーホール』は続ける。

 

 「俺は帰るぞ。この女が目を覚ました時、俺が居たら面倒だ」

 「悪いな。……ホントに、助かったよ」

 「あぁ。またな」

 

 そう言って『オーバーホール』は病室から去る。部屋には『シューティングスター』と未だ目を覚まさない少女が1人。

 廊下から足音聞こえなくなると、男は大きく息をはいた。

 

 

──終わった/もう一度始められる。

 

 夢見のタイムリミットまで、残り一週間。『シューティングスター』は成し遂げた。最後に『オーバーホール』が予想以上に協力的だったのはやや拍子抜けだったが、それも言ってしまえば日頃行いだ。 

 あの日から纏い続けていた鉛の鎧が、漸く脱げた気がした。

 

 

 「───せ…いや?」

 

 夢にまで見た愛しい声に、『シューティングスター』は弾かれる様にベッドを見た。

 カーテンからこぼれる光を浴びた少女の、アメジストの如き瞳と目があった。

 

 じわりと、視界がボヤける。鼻の奥にツンとした痛みが走り、口許が情けなく歪んだ。

 

 そんな情けない男の姿に、横たわったままの少女はフワリと笑う。長らく眠っていたからか、言葉を発するのもやや辛そうだった。

 

 「すぐになくんだから」

 「──あぁ」

 

 本当は、どの口が言うんだと怒鳴り付けてやりたかった。

 

 「しんぱいしてくれたの?」

 「──あぁ」

 

 死ぬところだったんだぞと言ってやりたかった。

 

 「いろいろがんばってくれたんだ?」

 「────あぁ」

 

 『シューティングスター』を迎え入れる様に両手を広げた少女を抱き締める。

 その身体は以前より明らかに細くなっていて、今にも折れてしまいそうな儚さを孕んでいた。

 それでも、夢見はここにいた。確かな熱を持って、その腕の中にいたのだ。

 

 「やっぱり星也は、わたしのヒーローだね」

 「……」

 

 言葉はなく、少しだけ抱き締める力を強めた。

 

 「……でもやっぱり、ヒゲは剃りなよ」

 「──うるさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そんなところでウロウロされても困りますから、早く中に入ってくださいよ」

 

 翌日も、『シューティングスター』は病院を訪れていた。

 だが、昨日あまりにも情けない泣き顔を晒したせいで、どこか顔を出しづらく、佐々波夢見の病室の前とトイレを何度か行き来していたのだ。

 

 背後でニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる看護師を睨み付け、覚悟を決めるために一度深呼吸をする。

 

 よし、と短く息を吐く。緩く握った拳で胸を叩くことで気合いを注入。もうどうにでもなれと扉を開いた。

 

 

 「あ…ヤッホー、星也!来てくれたんだ」

 

 相変わらず陽射しの差し込むベッドの上で、上体を起こした夢見が、こちらに手を振った。

 艶のある黒髪と、アメジストの様な瞳。昨日と比べて、明らかにふっくらした頬とやけに鼻筋の通った鼻。

 傍らには、隠しきれないほど苦笑した彼女の母親の姿もある。

 その姿に、『シューティングスター』も思わず笑ってしまう。

 

 「そんなことに個性を使うなっつーの」

 「そんなことってなによ。ちょっと痩せすぎちゃってぜんぜん可愛くないんだもん」

 

 不意に、夢見の姿が歪む。そして、霧が晴れるように、幾分か骨の浮いた少女が姿を現した。

 

 「ちょっとぐらい気付かないふりとか出来ないわけ?」 

 「ごめんね?星也くん。朝鏡を見てからずっとこんな感じで」

 

 口を尖らせる夢見を無視しつつ、彼女の母親に、「だいたいいつもこんなんですから」と返す。

 夢見が目を覚まさなくなって3週間、『シューティングスター』の定位置になっていた場所にパイプ椅子を置いた。丁度、夢見を挟んで彼女の母親と向かい合う形になる。

 

 「星也だって可愛い方がいいでしょーが」

 

 不貞腐れた様に呟く少女に苦笑し、その手をそっと握る。

 

 「そんなことねーよ。可愛いのは散々夢で見たから、可愛くない方が現実味あって嬉しい」

 「なにそれ最悪」

 「なんでだ。つーか、個性なんか使って良いわけ?病み上がりだろ」

 「『医学的にはなんの問題もありません』だってさ。ちょっと筋肉が落ちちゃってるだけだから、一週間入院して様子を見て、その後は通院でリハビリするの」

 

 そしたら現場復帰です社長。と敬礼しながら夢見が笑う。

 

 「社長じゃねーよ。いつからうちの事務所は会社になったんだよ」

 「うわっ、そういう頭良い風なツッコミうざい」

 「俺はお前がうざい」

 

 お互いに悪態をつきながら、それでも二人は笑顔だ。

 そんな二人につられるように笑いながら、少女の母親は立ち上がった。

 

 「じゃあ、お母さんは帰るね。お父さんも明日は来れるみたいだから、楽しみにしてて」

 「あ、うん。またねお母さん」

 「お疲れ様です。また一緒に食事しましょう」

 

 夢見は『シューティングスター』にニヤニヤとした視線を向けた。

 

 「明日、お父さん来るってさ。会っていけば?」

 「……また今度な」

 「あー出た、意気地無し」

 「仕事だ仕事!顔合わせるのが怖いとかじゃないし!」 

 

 クスクスと笑いながら、少女の母親は病室から出ていく。ピシャリと音を立てて扉が閉まれば、室内には静寂が訪れた。

 

 「……お母さんもお医者さんも、私が起きたのにビックリしてたんだー」

 「スヤスヤと気持ち良さそうに寝てたからな、人の気も知らないで。何度ひっ叩きたくなったか」

 「なにそれ。悪戯してないでしょうね」

 「多少は許してくれ」

 「やだ。そうじゃなくて、皆が私は目を覚まさないって思ってたの。私もあのヴィランに触られたときはもうダメだーって思ったし」

 

 夢見はどこか遠くを見つめながら言葉を続ける。きっと、意識を失う直前の事を思い出しているのだろう。

 

 「『アンノウン』の個性は『変質』。"触れた対象の物質をそのままに、特性を変化させる力。ただし、変質させた時に生じた矛盾が一定を超えたとき、対象の物体は崩壊する"──普通は助からないよね」

 「あの時、俺がもう少しでも遅かったら間に合わなかったかもな」

 「うん。でもそれだけじゃなくて、変質させられた私を助けてくれたのも星也なんでしょ?」

 「……それは違う。俺は何も出来なかった。夢見が目を覚ましたのは──愛の力みたいなもんなんだよ」

 「あー、だから起きたとき気持ち悪かったのかぁ」

 「一生寝てれば良かったのにな」

 「すぐ茶化す。でも、ならやっぱり星也のおかげだね」

 

──お礼、言えてなかったから。

 

 そう言って少女は微笑んだ。

 

 「ありがとね。星也」

 

 きっと、星也が守りたかったのは、世界なんかではなく、その笑顔だったから。

 

 

 

 この日々を、今度こそ守りきるのだと心に誓った。

 

 だから、考えもしなかったのだ。

 そんな日常が、一週間しか続かないなんて。

 

 

 

 

 

 それは、夢見が目を覚ましてから丁度一週間経過した日のことだ。

 

 「昨日から夢見が目を覚まさない。どういうことだ『オーバーホール』」

 「そう言われてもな。……俺の力じゃ根本的な回復には至らなかったってことだろう?」

 

 カツカツと、『シューティングスター』の靴が鉄筋コンクリートの床を叩く音が響く。苛立たし気に両手を手首を弄りながら、正面に立つ特徴的なマスクをした男を睨んだ。

 対するは3人の男だ。1人は『オーバーホール』。八斎會の若頭にして、先日、夢見の命を救った男。他の二名について、『シューティングスター』は見覚えがない。『オーバーホール』同様に鳥のクチバシの様なマスクを付け、黒い道衣を着た男。細く吊り上がった目が、油断なく『シューティングスター』を見据えている。もう1人は頭全体を覆う、ペンギンの頭の様なマスクを付けた男。この男はとにかく巨大だ。身長は3メートル以上あるだろうか。標準的な身長の『シューティングスター』であっても男の腰ほどの高さだ。

 

 先日と同じ廃工場。

 だが、先日とは異なり、交戦すら意識しているのは間違いなかった。

 

 「……嘘をつくな。分解して修復したんだ。お前が力不足なんてことはあり得ない」

 「あちらの男は立場を理解していない様子。『オーバーホール』様、指示を」

 「黙れ天蓋。なぁ『シューティングスター』、俺は初めから治せるか分からないと言ってた筈だよな?」

 「それとこれとは別だろう。治せるものを治さないとは聞いてない」

 「ヒーローに身元が割れてるのに、安全策を用意しないわけないだろう。治して欲しいなら相応の物を用意して貰いたいな」

 「ふぅ……ふぅ……」

 

 

 またそれか。と『シューティングスター』は内心で毒づいた。金なら元々支払うつもりだったのだから、初めから言ってくれれば余計な手間をかけず済んだものを。

 会った時と比べ、明らかに巨大化している男を横目に見つつ、『シューティングスター』は口を開いた。

 

 「その話なら前回したと思うんだがな。──それで、何が目的なんだ」

 「──俺の手下になれ。そうしたら佐々波夢見を救ってやる」

 

 ぶちりと、『シューティングスター』の中の何かが弾けるのを感じた。

 

 

 「──論外だ」

 

 

 そう言って『シューティングスター』が動く。敵対者との距離は15メートル程度。後は両手の指の腹を合わせるだけで『オーバーグラビディ』は敵を押し潰すだろう。

 だが、それと同時に動いたのが『オーバーホール』だ。否、『シューティングスター』の言葉を予想していたのだろう。『シューティングスター』が動き出すより僅かに早く、その両手を地面に付けた。

 

 先に発動するのは『オーバーホール』の個性。『オーバーホール』の前方にある床を一瞬にして分解、茨の様に隆起し、人体を貫く矛として修復される。それは修復というよりも再構築に近く、そしてそう呼ぶには余りにも速い。

 だが、その刃が『シューティングスター』を貫くよりも、両の手が触れる方が先だ。

 そうして引き起こされるのは、爆炎を伴わない爆発だ。或いは、隕石が落下したことによる衝撃とでも形容しようか。『シューティングスター』を中心に発生した破壊の波は、鉄筋コンクリートで出来た牙を容易く食い破り、勢いを衰えぬまま『オーバーホール』に到達する。

 

 「──最大最硬防!!」

 「ふぅぅぅぅぅ!!!」

 

 『オーバーホール』を守る様に割り込む不可視の壁と巨大な男。

 破壊の波は不可視の壁を飲み込み、今や8メートルに届く巨人を数メートル押し下げたところで静止した。

 

 

───距離による威力の消耗が激しい。

 

 

 コンクリートや天蓋の個性を容易く破りながら、大男─活瓶が死んでいないことがその証拠だ。

 インターネットやニュースで見られる様な市街区での戦闘を大幅に上回る出力に圧倒されつつ、『オーバーホール』は次善の策を組む。

 

 「活瓶!!行───」

 

 あれだけ大出力をもつ『シューティングスター』に『オーバーホール』では近づくことはできない。であれば、更に距離を取る必要がある。だが、それは『オーバーホール』では不可能だ。故に、誰かがその時間を稼がなくてはならない。

 そして、その役割を担うとしたら最も相性の悪い活瓶しかいない。

 

 一瞬の判断だった。だが、『オーバーホール』の指示を遮る様に、飛来した流星が活瓶を後方へ弾き飛ばす。

 

 「───っ!!」

 

 流星の正体は『シューティングスター』に他ならない。あらゆる物体を"弾き飛ばし""引き寄せる"『シューティングスター』は、自分の身体に限り、力の方向性に制限がない。そして、その加速力は並ではない。例え20メートルに満たない加速でも、その速度は亜音速に届く。

 『シューティングスター』が、衝突の寸前に活瓶を弾き飛ばさず、かつ、吹き飛んだ身体を引き寄せることで減速させなければ、活瓶の命はなかっただろう。

 

 

 「──化物が」

 

 そう口にしたのは『オーバーホール』か或いは天蓋か。いずれにせよ二人の総意であることは間違いない。

 

 "次世代の象徴"とすら囁かれる男は伊達ではないのだ。

 

 『オーバーホール』は、再度床を隆起させ、燃え尽きぬ流星を縫い止めんとする。

 天蓋は、『オーバーホール』の近くに寄ることで不可視の壁の展開面積を下げ、その強度を上げた。

 

 

───それでも、もうここに、隕石を拒むものはない。

 

 

 

 使われなくなってから随分と経っていた廃工場は、二度目の爆発と共に崩壊した。

 地揺れすら伴いながら崩壊していく建物の中に、ポッカリと瓦礫が避ける空間がある。

 

 『シューティングスター』は、仰向けに寝転ぶ『オーバーホール』の下へと近づいた。

 両手の指は合わせたまま、周囲への警戒も怠らない。

 

 「起きろ『オーバーホール』。話の続きだ。夢見を治せ」

 

 先ほどとは明確に違う、明らかな命令だった。

 『オーバーホール』は空を仰いだまま動かない。その瞳はどこか凪いでいて、戦意は感じられない。

 

 「聞こえてるのか。夢見を──」

 「──断る」

 

 ピクリと、『シューティングスター』の眉が動いた。

 

 「……なんだと?」

 「殺したければ殺せ。捕縛するならそうしろ。なんと言われても佐々波夢見は治療しない」

 「あんた、状況がわかってないのか」

 「それはこっちの台詞だ『シューティングスター』。俺を殺そうが捕らえようが、どちらにせよ佐々波夢見は死ぬぞ。あの女を助けたいなら俺の言うことを聞くしかない」

 「……俺はヒーローだ。夢見のヒーローなんだよ。──だから、例え、夢見を殺すことになっても…!!」

 「──ならこうしよう」

 

 『オーバーホール』は勢い良く上体を起こす。よく見れば、その顔には幾つかの蕁麻疹が出来ている。

 

 「一回につき500万だ。治療のペースは週に一回。一週間で意識がなくなって、更に一週間で絶命する。先払いも後払いも無し。お前はヒーローでいられて、佐々波夢見も助けられる。俺はお前から金を貰い、お前に捕まる心配もない。どうだ?悪くないだろう」

 「……ふざけるな。そんな金──」

 「──大真面目だ。金がないなら用意しろ。俺たちに金を渡したくないなら女は諦めろ。何も捨てずに全てを拾えるほど、この世界は甘くない」

 

 『オーバーホール』の言葉に暫し目を瞑る。

 だが、選択肢はなど他にあるはずもなかった。

 

 「わかった。それで行こう」

 

 

 

 

 

 

 

───また佐々波さんが目を覚ましました!症状も安定していて、こんなこと考えられないですよ!

 

 

 

 金がいる。

 

 

 

───ヒーローだ!『シューティングスター』が来たぞ!!

 

 

 

 金がいる。

 

 

 

───ごめんね。何度も心配かけちゃって。本当に駄目だよね、私。

 

 

 

 金がいる。

 

 

 

───なんでここに『シューティングスター』がいるんだよ!!神野区からどれだけ離れてると思ってんだ!

 

 

 

 金がいる。

 

 

 

───大丈夫。大丈夫だから。星也も頑張ってるもん、私が諦められる訳ないもんね。

 

 

 

 金がいる。

 

 

 

───後払いは無しだと言った筈だが?後三日ある。どうにかして金を集めてこい。

 

 

 

 この日々は、一体いつまで───。

 

 

 

 「先輩どうしたんですか?顔色ヤバいですよ?」

 「……なんでもないよ。『ホークス』」

 「あっもしかして緊張してます?先輩ヒーローチャートのトップ10入り初ですもんね。しかも初回から3位!」

 「うるせーな。後輩に負ける先輩で悪かったな」

 

 

 ヒーロービルボードチャートJP。事件解決数や社会貢献度、国民の支持率を基に発表されるヒーローの指標で、トップ10は大々的に報道される。

 ヒーロー事務所を開設して半年でトップ10入りした『ホークス』と異なり、『シューティングスター』は今回が初めてのトップ10入りになる。

 もっとも、それと『シューティングスター』の顔色の悪さは全くの無関係であったが。

 

 

 「いやいや、先輩は今まで順位に興味無さすぎだっただけじゃないですか。後輩には手柄どんどん譲るし。そりゃ入れないですよ」

 「ヒーローの順位とか俺には意味ねーだろ。そういう精神的な支柱は、もっと威厳のあるやつがやればいいの」

 「そう言いつつ、今期最後の追い上げ半端なかったじゃないですか。あれは、順位狙いにいったでしょ。入院してる佐々波先輩の為ですか?安心させるため的な」

 「──まぁ、あながち間違ってないな」

 

 『ホークス』は目を輝かせながら言葉を続ける。

 『シューティングスター』と『ホークス』は同じ雄英高校の先輩後輩だ。『シューティングスター』が校内で名を轟かせていたこともあり、『ホークス』が『シューティングスター』を師事したのが、二人の始まりだった。

 若いながら、圧倒的な実力を持つもの同士、通ずるものは少なくなかった。

 

 

 「カー!遂に先輩がやる気を出すとは!これは来期には1位が動きますかね!?」

 「馬鹿言え。さすがに『オールマイト』さんはまだ無理だ。……それに、俺はお前の方が先に行くと思うけどな」

 「いやいや、先輩には勝てる気がしませんよ。だってほら先週の神野区の犯罪発生件数、0ですよ0。先輩怖がって皆外でやってるじゃないですか。それでも先輩そっちまで行くんですけど」

 

 カラカラと楽しそうに笑いながら『ホークス』が言う。

 

 「それにほら、見てくださいよ。この髭。先輩リスペクトですよ」

 「……俺より似合ってんなお前」

 「俺は好きですけどね、先輩の顎髭」

 「……俺"は"」

 「俺"も"でした。ともかく、俺は2位までかなって。1位が先輩で、2位が俺」

 

───だから、一緒に頑張りましょう

 

 『シューティングスター』は眩しそうに目を細める。それは『ホークス』には、笑ってる様に見えたかも知れない。

 

 「馬鹿言うなよ。前から言ってるだろ、俺が頑張るのは順位の為じゃなくて、ヒーローの仕事を無くして、実家を手伝う為だって」

 「そうでした!」

 

 じゃあまた壇上で、と笑いながら『ホークス』は去っていく。相変わらずマイペースな奴だと『シューティングスター』は薄く笑みを作る。

 そして。

 

 

 「……俺には、そんな資格ないよ」

 

 誰にも聞こえないように、そう呟いた

 

 

 

 

 

 『No.3 "その力、その姿、その生き様、全てが正に流星。決して燃え尽きない流れ星"シューティングスター』

 

 

 

 

 それからも、『シューティングスター』の戦いは終わらない。

 金の為に、ヴィランを狩り続ける日々。何度も銀行から金を借りた。方々に頭を下げながら、なんとか歯車を回し続ける。

 

 破綻が来たのは、『オーバーホール』との契約から5ヶ月後の2月末。『オーバーホール』に支払った金額は1億を超えていた。

 

 

 

 

 「何度言わせれば気が済むんだ『シューティングスター』。後払いは無しだ。どうにかして金を工面しろ」

 「……頼む。銀行の借り入れも返せてない。夢見が意識を失ってから4日経ってる。もう時間がないんだよ!!」

 「知るか。──まぁ、今からでも俺の下に来るなら話は別だが」

 

 その『オーバーホール』の言葉に喉が詰まる。

 

 「──…それはできない。それだけは……できない」

 「だろうな。なら女は諦めろ」

 「待て!待ってくれ。来月は3000万以上は確実に入る!だから──」

 「しつこいぞ『シューティングスター』。後払いは無しだ」

 

 『シューティングスター』は荒い息を整えながら、目を覆う。次世代の象徴と囁かれようと、マスコミにどれだけ囃し立てられようと、『シューティングスター』はどこまでも弱者だった。

 

 それでも、『シューティングスター』の目は死んでいない。

 

 「……俺は、夢見が死んだらお前らを真っ先に捕らえるぞ」

 「……脅しのつもりか?──だが、まぁ確かにそれは困るな」

 

 『オーバーホール』が一度額を掻いた。

 

 「じゃあ、こうしよう。お前は俺の仲間にならなくていい。だが、ヴィランになれ」

 「───は?」

 「銀行強盗でいい。奪うのは5000万でいい。それを俺に寄越せ」

 「待て。ちょっと待て」

 「それで佐々波夢見を完全に治してやる。代償は"ヒーロー"『シューティングスター』の命だ」

 

 

 言葉を失う『シューティングスター』の肩に、『オーバーホール』が手を置いた。

 

 「選べよ。女か名誉か。後3日。悩んでる暇はないぞ?『シューティングスター』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこで間違ったのだろう。

 

 なぜ間違ったのだろう。

 

 

 『シューティングスター』はなぜヒーローになったのだろう。

 

 

 

 母の顔が見たかった。父の顔が見たかった。──妹の笑顔が見たかった。

 自分の生まれた意味を知りたかった。自分が生きる価値を知りたかった。どうする事もできない自分がここにいる訳を知りたかった。

 

 居なくなってしまいたい。消えてしまいたい。今までの自分の行いを全て無くして、また一からやり直したい。

 夢見に謝りたい。彼女の母親に謝りたい。彼女の父親にそれこそ死ぬまで殴って欲しい。

 

 頭の中をぐるぐると回るのは、未来の展望ではなく、過去の後悔ばかりだ。

 

 ガタガタと揺れる電車の中。三時間半に及ぶ道程を、男はただ自分の手を見ていた。

 

 

 

 三重県にある実家までは、電車と新幹線を乗り継いで三時間半。

 億劫がって、高校に入ってから一度も帰ったことはなかった。

 夕陽が差す懐かしい我が家は、幼き頃と何一つ変わっておらず、不意に、自らの膝が折れるのを感じた。

 勢い良く膝を打ったというのに、痛みはまるで感じなかった。

 

 

 「……あぁ…ぁぁぁ」

 

 

 純粋にヒーローを志すだけだった過去の自分を暖かく迎え入れてくれたはずの門は、今の自分をどこまでも拒絶しているように思えて。

 

 涙が溢れた。情けなく涎も垂れていたと思う。

 無様だった。限界だった。こんなこと、今までなかったぐらいに。

 

 我が家のインターホンは、どんなに手を伸ばしても押せなかった。手が届かなかった。

 

 本当はこんな姿を見られたくなかったのだと思う。

 

 どれだけそうしていただろうか。

 どれだけ蹲っていただろうか。

 

 次に『シューティングスター』が歩き出した時、周囲は暗闇に包まれていた。

 『シューティングスター』は我が家から背を向ける。

 もう帰ろうと思った。

 ここには、もう帰ってきてはならないと思った。

 

 

 コツリと、目の前の暗闇から人影が現れる。

 

 ヒュッと、男の喉が嫌な音を立てる。

 それは、『シューティングスター』が今、最も会いたくない/会いたい人だったから。

 

 

 「お兄ちゃん?何しとん?こんなとこで」

 「───お茶子」 

 

 

 麗日星也は、自分の原点と再会した。

 

 

 

 

 

 

 

 「急に帰ってくる奴がおるか!先に連絡ぐらいせーや!」

 

 喧しい男の怒声がする。だがその声色は弾んでいて、久し振りの息子との再会を喜んでいるのが聞いて取れた。

 

 「まぁまぁ。お兄ちゃんも忙しいみたいだし」

 

 麗日星也と同じ、茶色の髪の少女─麗日お茶子は、父親を宥める。

 本気で怒っていないのはわかっていたが、明らかに様子のおかしい今の星也では、捌くことが出来ないと判断した為だ。

 

 「お茶子。お兄ちゃんを甘やかしちゃダメよ。こっちにも準備があるんやから!」

 

 キッチンから声を張り上げるのは母親だ。星也が帰ってきたのを見てすぐにキッチンに込もって一向に出てこない。

 既に3人分の晩御飯は出来ていた筈だが、どれだけ作るつもりなのか、お茶子には判断がつかなかった。

 

 「いやぁ…そんなに無理して準備せんでもいいんと違う?お兄ちゃんあんまり食欲無さそうだし。っていうか吐きそうな顔しとるし」

 

 うーん…と、父親は反応に乏しい息子を見る。

 

 「一体どうしたんや、星也。夢見ちゃんのことか?俺らは家族やろがい。なんでも話してみーな」

 

 金のこと以外でな!!と父親は大きく口を開けて笑う。

 それを聞いて、星也が薄く笑ったのが見えた。

 

 「なんだよ親父。まだ金に困ってんのかよ」

 

 ようやく口を開いた星也の声は、明らかに掠れていた。

 その言葉に、父親はまたガハハと笑う。まるで星也の不安を吹き飛ばそうとしているかの様だった。

 

 「"まだ"な!!だが、星也の脛を齧るのはもうお仕舞いや!この前、大手の住宅メーカーにウチの仕事ぶりが目に止まってな!今月から仕事がバンバン入って来とる。なんなら、今度はこっちから仕送りしてやることだって出来るで!」

 「──要らねぇよ。ばーか、こっちは高額納税者だぞ」

 

 ガハハと笑い声がもう一度響いた。

 

 麗日星也が小さな声で呟いた何かは、笑い声に溶けて、お茶子には聞こえなかった。

 

 

 

 「お兄ちゃん。本当にどーしたん?ずっと様子が変やよ」

 

 その日の夜、両親が寝静まった後、お茶子は星也に問いかけた。

 

 「……なんでもないよ。お茶子が思ったよりでかくなっててちょっと驚いただけだ」

 「そうやって嘘つく」

 「……なぁお茶子」

 「……なに?」

 「久し振りに一緒に寝るか」

 「何言っとん……まぁええか」

 

 兄の声が濡れていたから、妹は仕方なく頷いた。

 

 「本当にでかくなったな」

 「最後に会ったときから5センチしか伸びとらん」

 「いや、あれだ。精神的に」

 「なんで今分かったん?それ」

 

 クスリと兄が笑った。

 

 「お茶子はさ、将来何になりたいんだ?」

 「いきなりどーしたん?」

 「いや、何となくさ。前から変わったのかなーって」

 「変わっとらんよ。今でもヒーローになりたい」

 「なら高校は雄英か」

 「受かればやけどね。一応希望はしとる」

 「なんでヒーローなんだ?ほら、他にも楽しそうな仕事たくさんあるだろ」

 「お兄ちゃんがそれ言うん?お兄ちゃんみたいになれたらいいなぁーって。お兄ちゃん楽しそうやし、それに二人も楽させてあげられるやん?」

 「そっか。頑張れよお茶子」

 「なんで他人事なん?お兄ちゃんの事務所入れてや」

 「やだやだ。絶対入れん」

 「うわっ、ドケチ」

 

 懐かしいなぁとお茶子は思う。一緒に住んでいたときは、いつもこんな会話をしていた。

 

 「父さんも母さんも──お茶子も、もう皆一人前だな」

 「親のことそんな風に言う?金銭面で見れば、確かにそうなんやけど」

 「いや、安心したんだ。背負ってたものが、少し軽くなった気がして」

 「せやね。皆、お兄ちゃんに頼りっきりやったから。これからは、お兄ちゃんは夢見さんのことだけ考えればええよ」

 

 「──そうかな?」

 

 何気なしに呟かれた星也の言葉には、万感の思いが込められてる気がした。

 

 「うん。そう。」

 

 

 

 星也の顔が押し付けられていた肩が、僅かに湿ったのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 それから2日後。何もしなければ、佐々波夢見は死ぬ。

 

 麗日星也は、ヒーロースーツの上から大きな黒いコートを着た。

 それは自衛ではない。

 個性の使用規模を考えれば、ヒーロースーツの着用は必須で、それでもこのスーツでの非行は嫌だった。

 

 そのコートには大きなフードもついていて、顔を隠すことも出来る。せめて夢見を助けるまでは捕まるわけにはいかないから、犯行時はこれも被ろうと思った。

 

 

 向かうは上野区で一番大きなメガバンク。いざ金庫を開けて、5000万なかったでは目も当てられない。流石に銀行にそれだけのお金がないとは思えないが、麗日星也は銀行についてまるで無知であったから、念には念をいれるのだ。

 

 「あっ!あの!!」

 

 ふと、後ろから声がかけられた。

 振り返れば、そこには妹と同じくらいの年代の男の子がいた。

 緑色の髪と、そばかすが印象的な男の子だ。

 

 「あっあの!『シューティングスター』さんですよね!?」

 「──あぁ、そうだよ」

 

 男の子は酷く興奮した様子で言葉を続ける。

 

 「あっあの!ヒーローランキング3位おめでとうございます!いやあの!ボクそういうの好きで、えっと」

 「落ち着け。別に逃げたりしない」

 

 どこか微笑ましい慌てぶりに、星也は優しく声をかけた。

 

 「えっと、厚かましいくて大変恐縮なんですが、えっと」

 「おお、おお、どうした」

 「──サイン。サイン貰っていいですか?」

 

 少年は使い古されたノートを出しながら、身体を90度に折り曲げた。

 

 「──あぁいや、ごめんな少年。今日はちょっと、そういうことはしないって決めたんだ」

 「──え」

 

 少年があまりにも悲しそうするものだから、星也は慌てて言葉を重ねる。

 

 「次、次に俺と会ったらさ。どんなときでもサインしてやるから、それで勘弁してくれ」

 「──あっはい!お願いします!」

 「んじゃ名前聞いとかなきゃな。名前なんてんだ?」

 「緑谷出久っていいます!」

 「"いずく"だな。絶対忘れないから、お前も忘れんなよ?」

 

 

───それは、麗日星也の精一杯の嘘だった。

 

 

 

 

 風の音がうるさい。

 頭に響く誰かの笑い声がうるさい。

 

 銀行の屋根の上で、麗日星也は佇んでいた。

 

 「……くそ」

 

 道路をいくつもの車が走っている。

 道端で子連れの女性二人が談笑している。

 どこかのサラリーマンがケータイ電話を片手に走っている。

 

 いつもの風景。『シューティングスター』が守り続けてきた風景だ。

 

 これから壊す、風景だ。

 

 

 個性が台頭してから、銀行などの主要な施設は、その建物に大幅な補強がなされた。当然だ。町行く人々の多くが、多少の壁を破壊するだけの個性を有しているのだから。

 

 特に、皇居や国会議事堂、銀行などは入念な補強がされている。それこそ、多少の強個性程度では、傷一つ付かないほどに。

 だからこそ、周囲への余波が、星也には懸念だった。

 

 麗日星也は片膝をついた。両の手を胸の前で合わせ、やや前屈みになる。

 心臓を出来るだけ近づけるためだった。だが、見る人が見れば、神に祈りを捧げる熱心な信者に見えただろうか。

 

 その時、麗日星也が何を思っていたのか、知っている者は一人もいない。

 本人も、知られたくない事だろう。

 

 

 ただ言えるとすれば、それは。

 

 

 

───この日、神野区に流れ星が落ちたのだ。

 

 

 

 

 

 

 けたたましいサイレンの音。子供の泣き声。大人の怒鳴り声。

 

 木は倒れ、窓ガラスが割れ、人が吹き飛んだ。

 

 "死者がいない"ことが信じられない程の被害規模。

 

 

 人々の混乱のなか、それでも、助けを求めるダレカガいるのなら、その希望/絶望は、必ずやってくる。

 

 

 

 「大丈夫だ!私がきた!!」

 

 

 

 

 

 走る。走る。走る走る走る走る。

 

 

 

 本来人が走るべき道ではなく、民家の屋根を足場にその男は走り続ける。

 顔を覆い隠すフードと、体型を予想させないロングコート、街中であれば目を引くその格好も、今は特筆すべき事柄ではない。

 異質なのはそのスピードと、常識外れな身軽さだろうか。秒速にして100メートル超、その一歩は150メートルにも届かんとするものだから、走っているというよりはもはや飛んでいると形容した方が正しい。

 

 無論。この男とて、好きでこんな高速移動などしたりしない。確かに、学生時代から『雄英のスピードスター』だの『結局タックルが一番強い男』だの、こと速さについては定評があったものの、プロヒーローになるころには取り敢えずタックルする癖も直し、民間人に被害を与えかねないような速度での移動は協力控えていた。

 

 であれば、男はなぜ走るのか。それは、誇り高き治安維持、ヒーロー活動の為…ではない。むしろその逆だ。

 

 「くそっ!くそっ!くそっ!!!」

 

 パンパンに膨れ上がったリュックサックの位置を調整しながら背後を振り返れば、未だ"憧れのヒーロー"は姿を消さない。個性の過剰使用による体調不良を悪態で誤魔化せば、自らの不甲斐なさに鼻の奥が痛くなった。

 

 

───困ってる人を助けたくてヒーローになった。

 

 一方的な理不尽によって不幸になる人々がいるのを知って、何もしないなんて出来なかったのだ。

 決して楽な道ではなかったけれど、自分の今の苦労が、いつか何倍もの苦しみを払うでのあれば、例えどんな鍛練であっても苦にならなかった。

 

 

───多くの敵を倒してきた。

 

 知能犯がいた。思想犯がいた。快楽を求めて非行に走った人がいて。どれも許してはならぬ悪だと、命を掛けて戦ってきた。

 

 今だって、それを間違っているとは思わない。胸を張って正しかったのだと叫んでやる。

 

 

───それでも。

 

 

 ギリリと、力の入りすぎた歯が嫌な音を立てる。

 

 

 それでも、例えこの行いが、男の過去の全てを否定するものだとしても。

 

 

 それでも、今、この瞬間だけは男は悪にならなくてならなかった。

 

 

 

 

 ジリジリと差が縮まる『オールマイト』と麗日星也。

 無論、星也は全速力ではない。ただ、これ以上のスピードを出すと、それだけで周囲へ被害を与えかねないのだ。

 周りに被害を出さず、あれだけのスピードを出す『オールマイト』が異常とも言えた。

 

 

 「──お仕置きだ!銀行強盗くん!」

 

 ゴウ!!と、星也の背後から尋常ではない風のうねる音がする。

 星也は、咄嗟に振り返りそれを個性で相殺する。

 

 「──む!?だが!」

 

 振り向いた。振り向いてしまった。

 背後全てに破壊の波を起こせば済んだものを、余波を警戒して振り向いてしまった。

 

 そのロスを、No.1は許さない。

 

 100メートルあった差は、ほんの数秒で詰められた。

 

 「くそがぁ!!」

 「デトロイト・スマッシュ!!」

 

 『オールマイト』の拳に、麗日星也は、自らの個性を合わせた。その圧倒的な圧力は、おおよそ半身がダンプカーに激突する数倍の衝撃に等しい。

 

 だが、平和の象徴はそんなものでは揺るがない。

 

 星也の個性を容易く貫通し、『オールマイト』の拳が星也の腹部に突き刺さる。

 

 まさか押し敗けるとは思っていなかった星也は、受身も取れず、高速で地面に射出された。

 

 

 

 星也が落ちたのは、奇しくも『オーバーホール』と戦った廃工場の跡地だった。

 もしも、瓦礫が撤去されていなかったら、死んでいたのかとボンヤリと考えた。

 

 個性でなんとか張り付けていたリュックサックは衝撃で破れ、辺りに金が散乱している。

 コートは衝撃で吹き飛び、ヒーロースーツが露出していた。フードももう見る影もない。

 

 

 ズシン、という地響き。数歩分離れた所に、『オールマイト』が着地した音だ。

 

 

 「………君は」

 

 

 星也の顔を見て、『オールマイト』は信じられないとばかりに呟いた。

 

 「……なんで君が。いや待ってくれ。私も今少し混乱していてね。───君が、麗日くんに見えて仕方ないんだ」

 

 『オールマイト』とは、何度か一緒に仕事をしたことがあった。目指すところは違ったが、思い描くヒーロー像はどこか似通っていて、だから、星也にとって『オールマイト』は憧れだった。

 それは、『オールマイト』から見ても同じことが言えた。そこにあるのは、憧れではなく、期待と未来への安堵ではあったが。

 

 

 「……お金に困っていたのかい?そんな筈はないよな。君はたくさん稼いでいたし、夢見さんの治療費だって、多少は保険がおりていた筈だろう?」

 

 No.1ヒーローは、強く拳を握った。

 

 「───教えてくれ。なんで君が、なんで、こんな"バカなこと"を」

 

 

 

───"バカなこと"?

 

 その時、正体不明の感情が、星也の心に芽生えた。

 

 

 そうなのだろうか?本当に?

 そう見えるのだろうか。本当に?

 

 恋人の命を救わんとする行為は本当にバカなことなのだろうか。

 

 多くの人を傷つけた。

 ならきっと麗日星也は悪だ。断罪されるべき対象だ。でもきっと、それは"バカなこと"なんかで済まされていいものの筈がない。

 

 「……麗日くん、君は───」

 「うるっせんだよ!!!『オールマイトォォォォォォォォォ』!!!!!」

 

 星也の口から出たのは、らしくもない怒声と、尋常ではない吐血だ。

 立ち上がったのは、意思の力以外の何物でもない。

 

 「俺は!!俺は!!!」

 

 その声は涙に濡れていた。

 何度も何度も泣いて、それでもまだ、未練が捨てきれなくて。

 枯れることのない思い出が、涙となって、雫となって頬を伝った。

 

 

──本当はこんなことしたくなかった。

 

──本当はこんな姿見られたくなかった。

 

 

 でも、未来と過去なら、未来を選ぶしかなくて。

 

 

──本当は。

 

 

────本当は。

 

 

 

 「俺は!!!ヒーローなんかじゃない!!!!!」

 

 

 

 その声は、『オールマイト』にはどう聞こえたのだろうか。

 男はただ呆然と、少年の言葉に耳傾けていた。

 

 

 「麗日くん。君───」

 

 

 

 「──なにあれ?『オールマイト』と『シューティングスター』じゃない?」

 

 その声に、二人はまた動けなくなる。

 

 怒声を聞き付けて、人が集まって来たのだ。

 

 

 「……え?あのリュックって今ニュースになってる銀行強盗の奴じゃない?」

 「え?うそ、じゃぁ『シューティングスター』が犯人ってこと?」

 「いやいや、アイツ、確かめちゃくちゃ稼いでた筈だろ?何をどうしたら銀行強盗になるんだよ」

 「ギャンブルとかじゃないの?本当に最悪。私応援してたのに。やれー!『オールマイト』!!」

 

 

 ガラガラと自分の中の何が崩れる音がする。

 

 「勝って!『オールマイト』!!」

 「そのバカの目を覚ましてやれ!!」

 

 

 ジリジリと目が血走っていくのがわかる。

 心臓が、熱いぐらい熱をもつ。

 

 「ぁぁぁ…!!」

 「麗日くん!落ち着いてくれ!」

 

 

 「やっちまえ!"ヒーロー"!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああああああああああ!!!!!!」

 「麗日くん!!」

 

 『オールマイト』が、一般市民を睨む星也の前に飛び出した。

 

──だが、『オールマイト』の身体に衝撃は訪れなかった。

 

 

 

 「………麗日くん?」

 

 

 

 先ほどまで星也がいたはずの地面にポッカリと空いた穴。

 そこに、星也は落ちたのだ。

 

 

 「麗日くん!!」

 

 『オールマイト』がその穴に駆け寄ってみるも、たどり着く僅か前に、その穴は閉じてしまう。

 

 「──っ!!」

 

 そこに拳を振り上げようして──止めた。

 神野区の銀行周辺ではまだ多くの要救助者がいる。

 最近、『シューティングスター』が一人で事件を解決するため、ヒーローは神野区周辺から離れていた。

 

 咄嗟に犯人の確保を優先したが、ヒーローの本分は人命救助だ。

 深追いすべきじゃない。

 

 

 「──くそったれ」

 

 『オールマイト』はその場から背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 「何の真似だ!!『オーバーホール』!!」

 「落ち着けよ。手伝ってやったんだろうが」

 

 地下深くの奈落の底。太陽の光が決して届かぬ闇の世界。

 麗日星也は、目の前に立つ『オーバーホール』を睨み付けた。

 

 「佐々波夢見を助けるんだろ?」

 

 その一言に星也はピクリと肩を跳ねさせる。

 

 「……金が散った。ここにあるのじゃ2000万にも届かねぇよ」

 

 星也の足下に散らばる札束を顎で指す。星也と共に地上から落ちてきた分だけがここにあった。

 

 「──そうだな。確かに"それ"じゃ、佐々波夢見は救えない」

 「なら──!!」

 「もう一つあるだろ?救う方法」

 

 今度こそ、星也はその動きを止めた。

 

 「俺たちと一緒に来い。そうしたら女も救ってやる。『シューティングスター』、お前はここで終わる人間じゃない」

 

 

 そういって『オーバーホール』は手を差し出した。

 男は、暫しの間目を瞑る。

 

 

 「……『流れ星(シューティングスター)』はヒーローの名前だ」

 「……つまり?」

 

 

 

 

 「───俺の名前は『隕石(メテオレイン)』だ。二度と間違えるな」

 

 

 ここに、1人ヴィランが産声をあげる。

 

 

 

 それは、燃え尽きぬ流れ星が落ちた日のこと──。

 

 

 

 

 

 

 

 



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それは閑話のような、これからの話

蛇足に感じる方は読むのをお控えください。
原作14巻から18巻のネタバレを含みます。


 

 

 

───神野区の住宅街に27歳男性の遺体。ヴィラン『メテオレイン』による犯行か。

 

 

 

 女性のニュースキャスターによって読み上げられたその言葉に、アイスクリームをかき混ぜていた手を止め、テレビの画面へと視線を向ける。

 見覚えのある街並み。それを空から撮影した映像にゆっくりと息を吐いた。

 

 胸を刺す痛みは、あの日から変わらない。

 

 

 『本日未明、神野区で特定危険指定敵団体"志村組"の構成員である男性"大田原行雄"の死体が発見された事件で、警察では、腹部を非常に強い力で押さえ付けられた形跡があることから、現在指名手配中のヴィラン"メテオレイン"の犯行である可能性が高いとし、特別捜査本部を大阪県警から警視庁へ移す意向であることが、関係者への取材でわかりました。また、"メテオレイン"の動向は、昨年2月26日に発生した"神野区銀行襲撃事件"以降掴めておらず、別のヴィラン組織によって証拠の隠蔽がなされているとの見方が強まっています。なお、警察では事件当日の目撃情報を募集しており───』

 

 

───プツン。ニュースキャスターの声はそこで途切れた。画面には、ソファーに座りリモコン持った女が微かに反射している。

 

 女──佐々波夢見はすぐにスマートフォンを取り出す。インターネットに接続したそれで、手早く新幹線の席を予約。連休にも被らない中途半端な時期であったことも手伝い、翌日の昼には空席があった。少し考えて、予約したのは二日後の夜だ。

 そのまま通話を繋げる。相手は、今夢見が協力しているヒーローだった。

 

 「はい。『ビークガール』ですけど」

 「……もしもし?私だけど」

 「あれ、『アップルガール』?どうしたん?」

 「『ジャックス』よ。聞いたことないんだけどそんな子」

 「あれ?」

 

 電話の先で、ガサガサとマイクが擦れる音がした。

 

 「……ごめんごめん。あんたのことアップルガールって登録しとったの忘れてたわ」

 「なにそれ。よく意味がわかんないんだけど」

 「私も酔っとったからよく覚えてないんよ。それより、どうしたん?」

 「うん。私、明日東京に帰ることになったからその連絡をと思って」

 「……は?いきなりそんなこと言われても困るで。今の事案どうするん」

 「それは明日の午前中に攻め込みましょう。所詮は小物だもの。これ以上は時間の無駄でしょ」

 「アホか。無理に決まっとるやろ。こっちにもそれなりの準備があんねん。素人じゃないんやからわかるやろ」

 

 『ビークガール』の苛立った声に、少しだけ申し訳ない気持ちになる。いくら『ビークガール』の所属する"ビークガールヒーロー事務所"と『ジャックス』の"麗日ヒーロー事務所"の二つの事務所による襲撃作戦といえど、本来は、急な予定変更など行うべきではない。

 入念に作戦を組み、1%でも成功率をあげる。それが、失敗の許されないヒーローのあるべき姿だからだ。

 

 そこまで理解してなお、佐々波夢見は引くことが出来なかった。

 

 「私なら出来るけど。……なら、最短でいつなら出来るわけ?」

 「予定通りの四日後。そこに向けて準備しとるんやから当然やろ」

 「……遅すぎる。ごめんなさい、それなら私は降ろさせて貰うわ。明日の午前中、そうでなくても明後日の午前中よ。そうでなくちゃ、私は降りるわ」

 「なんやそれ。いい加減にせぇよホンマ。どうせ、『シューティングスター』やら『メテオレイン』やらよーわからんヴィランを追って東京に行くんやろ?」

 「……」

 

 ビークガールの言葉に、沈黙で返す。

 

 「いい加減諦めーや。まずは一ヶ所に根を張って、ちゃんと借金を返す。その後はもう借金だけ残して消えた男なんてわす───」

 「──それで、どうするの?明日やるの?やらないの?」

 

 『ビークガール』の言葉を遮るように投げた問いに、電話の先で舌打ちをするのが聞こえた。

 

 「ホンマ可愛くない。──明後日や。それまでに準備する」

 「そう。ごめんね」

 「ホンマ痛い目みろボケ」

 

 そう言って、一方的に通話が切られた。

 佐々波夢見は、目の前にある足の短い机に、スマートフォンを置く。

 コツリという小さな音も、無音の室内にはよく響いた。

 

 膝を抱えて背を丸める。顔を埋めた膝が、じんわりと暖まるのを感じた。

 

 

 麗日星也が姿を消してから一年と半年。

 佐々波夢見は、今でも行方を追っていた。

 

 言いたいことは山ほどある。

 どうしても居なくなったのか。どうしてヴィランになんてなったのか。定期的に入金される見覚えのない金はなんなのか。──どうして、佐々波夢見を連れていってくれなかったのか。

 

 怒ってやるのだ。殴って、蹴って、気がすんだら警察に付き出して。

 "タルタロス"の中で老けていく男を、毎日嗤いに行ってやる。

 

 

 佐々波夢見は、その為にヒーローであり続ける。在りし日の日常は、決して間違ったものでなかったと証明するために。なら───。

 

 「……あんたはなにやってんのよ。星也」

 

 

 そう言って佐々波夢見は眼を瞑る。

 

 

──あの日から、ベッドで眠ることが出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 コツリと、靴底が廊下を叩く硬質な音が響く。

 死穢八斎會の保有する地下空間。そこを、一人の男が歩いていた。

 ヴィラン『メテオレイン』こと、麗日星也である。

 纏うはボロボロのヒーロースーツ。『シューティングスター』時代に使用していたその服は、昨年の『オールマイト』との戦いでその機構の大部分が破損した。また、経年劣化による消耗も、決して無視できるレベルではない。

 とはいえ、そもそも彼のヒーロースーツは高速移動時の肉体の保護と、所謂酔い止めの機能が主だ。

 肩当てが光る機能とか、ヴィラン活動には基本不要なのだ。

 

 『オーバーホール』には"自分に対する皮肉とは理解し難い"と鼻で嗤われたが、『メテオレイン』にとってはある種の戒めでもある。

 自分はヒーローの成れの果てであること。

 自分が捨てたものと、捨てられなかったもの。

 

 忘れることは出来ないと、そう思う。

 

 

 これから向かう先を考えて、『メテオレイン』は口許を覆うマスクを外した。

 それは鳥のクチバシのような、余り好きになれないデザインのマスクだ。

 紐を腰のベルトに括り付ければ、ちょっとしたポーチに見えるかもと試すが、どう考えても無理であった。仕方なく手のひらで弄びながら『メテオレイン』は歩を進める。

 

 しばらくそう歩いていれば、"その部屋"が見えてくる。正直に言えば、幼い少女を閉じ込めるのに、随分な部屋だと思う。

 

 

──そもそもあの部屋は、少女が独りで暮らすにはあまりに広すぎる。

 

 

 コンコンと、その分厚い扉をノックする。

 

 中にいる少女は、急に扉を開けると驚いてしまうから、『メテオレイン』なりの配慮だった。

 もしかしたら、その小さな音ですら、少女は肩を跳ねさせているのかも知れないが。

 

 「壊理、入るぞ」

 

 音を立てないように注意しながら扉を少し開け、ギリギリ聞こえる様に声をかけた。

 そうしてようやく部屋の中に入れば、ベッド上に座り込む、幼い少女の姿がある。

 

 「レインさん」

 「久し振りだな、壊理。電気なんて消して、もう寝てたのか?」

 

 その言葉に少女─壊理が首を横に振る。

 

 「ううん。起きてた」

 「……そうか。なら少し話そう、大阪で体験した面白い話があるんだ」

 「レインさんの面白いって言うお話、いつもあんまり面白くない」

 「言うようになったなクソガキ」

 

 そう言いつつも、壊理はベッドの端まで移動して腰をかける。その移動に引っ張られたシーツが、グシャグシャに歪む。

 寝る前に直してやろうと思いつつ、『メテオレイン』はその隣に座った。

 

 

 「大阪ってどこ?」

 「なんだ、知らないのか?」

 「前に、音本さんが話してるのを聞いたことあるよ」

 「よくそれで覚えてたな。やっぱり壊理は頭がいい」

 

 壊理は、抱えている枕に口許を埋めた。

 

 「そうだな。ここからずっと西に行った所なんだが、ここから新幹線使って三時間ぐらいかかるんだ」

 「それってどれくらい遠いの?」

 「ん?……んー、"むっちゃ"遠い」

 「"むっちゃ"?」

 「そう"むっちゃ"」

 

 想像が出来ないだろう。壊理は少しだけ首を傾げた。

 

 壊理は、『オーバーホール』の洗脳下にある。

 "ここから逃げることはできない"

 "誰かに助けを求めてはならない"

 その洗脳の一環として、この部屋にテレビやラジオといった、外界と繋がる機器は置かれていなかった。

 

 壊理が年齢に反して常識を知らないのはその為だ。

 

 それは、"壊理が自由になった後"苦労するだろうなと『メテオレイン』は思う。

 

 「──それでな、くいだおれ太郎の持ってたバチで強盗が殴られて」

 「くいだおれ太郎?」

 「あぁえっと、くいだおれ太郎ってのは、大阪にある謎の人形でな、紅白の服に、丸メガネのちょっとおかしな格好をしてる」

 「それが面白かったの?」

 「……そう。そうそう。やっぱり何度見ても面白いわアイツ」

 

 きょとんとする壊理を憎たらしく思いつつ、それでも良かったねと笑いかけられれば、『メテオレイン』も笑うしかない。

 

 なんだかんだ言って、いつも元気を貰っているのは『メテオレイン』の方なのだ。

 

 

 「……レインさんは、またすぐにどっか行っちゃうの?」

 

 壊理は、久し振りに『メテオレイン』が来ると、必ずその質問をする。

 きっと、彼女なりの"行かないで"なのだろう。

 

 「……んー、こっちにいるのは間違いないんだが、少しやることがあってな」

 

 そっか。と少し気落ちした様子の少女に苦笑する。

 本当であれば、頭の一つでも撫でてあげたいところだが、『オーバーホール』の個性が脳裏に焼き付いている壊理は、誰かに手を伸ばされる行為を極端に恐れる。

 

 それを治すのは、少女がこの地獄を脱してからでいい。

 

 

───壊理は、どこか行きたいところとかないのか。

 

 不意に浮かんだ意味のない問いは、口に出すことなく呑み込んだ。聞いても、壊理は"ない"と答えるはずだ。

 それに、その役割は自分のものではない。

 

 「……もうこんな時間だ。俺は部屋に戻るよ」

 「……うん」

 「壊理も早く眠れ。今日も疲れたろ」

 「……うん」

 

 立ち上がった『メテオレイン』を引き留めるように、壊理の手が伸ばしかけ、慌てて引き戻したのを男は見た。

 それでも、互いに気づかぬふりをする。

 

 「じゃあ、また明日な」

 「──うん」

 

 そうして、『メテオレイン』は小さな鳥かごから外へ出た。

 

 

 一年前のあの事件経て、麗日星也は学んだ事がある。

 

 それは、この世に待っていれば助けてくれるようなヒーローはいないということであり、力とは、相手に理不尽を押し付ける為の手段なのだということだ。

 

 最後まで星也や、夢見を助けるヒーローは現れなかったし、『オーバーホール』の力がどうしても必要だったから、星也は言うことを聞き続けるしかなかった。

 

 

 だから、壊理を救たいなら自分で動くしかないし、その理不尽を押し付けるだけの力は、既にこの手の中にある。

 

 

───それでも、まだ壊理を救うことはできない。

 

 その原因は、壊理の個性にある。

 

 あの『オーバーホール』をして、"この世の理を破壊するほどの力"と言わしめるそれは、間違いなく強力だ。

 例え、死穢八斎會を潰し、壊理を連れ出したところで、別の組織に狙われるのは目に見えていた。

 

 断言できる。

 

 『巻き戻し』の個性を持つ少女に、当たり前の幸せは訪れない。

 

 

 ふざけた話だと星也は思う。

 偶々生まれもった個性のせいで不幸になるなんて、そんなのは認められない。

 これだけの地獄を見続ける少女が、最後まで不幸であり続けるなんて、そんなのは有り得ない。

 

 この感情が義憤ではないことを星也は自覚していた。

 同情なのか、共感なのか、その判断まではつかなかったが。

 

 

 そして、星也が助けたいのは壊理であって、『巻き戻し』の個性を持つ少女ではない。

 

 

───故に、壊理の個性を破壊する。

 

 

 『オーバーホール』が壊理の肉体から生成する"個性破壊弾"を完成し次第強奪し、ついでに死穢八斎會も潰す。

 後は"個性破壊弾"を壊理に撃ち込めばいい。

 

 勿論、『オーバーホール』にその考えは読まれているはずだ。むしろ、そう考えさせる為に『メテオレイン』を壊理の近くに置いた可能性もある。

 そうすれば、銃弾の完成までお互いがお互いの楔になるのだから。

 "個性破壊弾"が完成すれば、『メテオレイン』など不要だ。始末する算段を、『オーバーホール』は立てていることだろう。

 

 

 上等だと、星也は笑う。

 

 侮りはない。自分の手が届かないものがあるということは、既に嫌というほど自覚した。

 

 

 正義も世界も、星也にとってはもうどうでもいい。

 

 過去の栄光ももう忘れた。

 

 目的のためなら、どんな悪にもなって見せよう。

 

 それでも、あの少女は──。

 

 

 

───次に泣くのはお前だ。『オーバーホール』。

 

 

 麗日星也は、灯りのない地下を往く。

 

 

 

 



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それと”どう”向き合うかはきっと双方の自由(上)

長すぎたの分割。
後編は今週中に投稿予定。
人によっては退屈に感じるかも知れません。


 

 

 

───それは、今から半年前のこと。

 

 

 

 

 「──うん。そう、おめでとう」

 

 電話の先で、少女がしゃくり声をあげた。

 抑揚が覚束ない不安定な声は、これからの未来を嘆くようでも、喜びが胸から溢れてしまいそうなのを、必死に堪えているようでもある。

 久し振りに来た妹分からの電話は、佐々波夢見にとってひどく嬉しい朗報だった。

 

 「わかった。わかったから、一回深呼吸して最初から話して」

 

 きっと、不安で不安で、たくさん悩んだのだと思う。なまじ強い子であったから、最後まで独りで悩み抜いたのかもしれない。

 

 

 彼女の兄はその選択でたくさんの人を不幸にした。

 

 

 世間の風当たりもあった筈だ。その選択への忌避感もあったのだと思う。

 猛反発する家族だって、それは娘のことを思ってなのだということも、彼女は気づいていた筈だ。

 

 それにきっと、彼女はヒーローになど、なりたいとは思っていないのだ。

 

 「……うん。………うん」

 

 川沿いの小道を歩きながら、夢見はゆっくりと目を瞑った。

 暖かく照らす夕陽は、瞼の裏側を赤く染める。

 

 「……そうね。おじさんの事は私も一緒に説得するから」

 

 佐々波夢見は、麗日お茶子を尊敬する。

 

 自分が彼女の立場であったら、同じ選択は取れなかったと思うから。

 それはきっと強さだ。麗日お茶子は、他でもない自分自身に誇れる選択をした。

 だから、彼女はこれからその選択を正しいものにしなくてはならない。

 

 「これからが本番だから。入学初日で除名とか、本当にやめてよね」

 

 強い言葉で叱咤をかければ、ピィと、良くわからない奇声を発した。

 思わず少し笑って、夕焼けの空を仰ぐ。

 まだ少し明るい空に、星は見当たらない。

 それでも、どこかで、それは見てると思うから。

 

 

───あんたの妹、高校生になったってよ。

 

 

 祈るようにそう呟いた。

 

 

 「……ん?────いやいや、卒業してもうちの事務所には入れないから。………いや冗談じゃないし」

 

 

 それは、桜の花が咲く少し前のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーロー『シューティングスター』が犯した犯罪。大勢の人間の希望であった者が与えた絶望。

 "神野区銀行襲撃事件"と銘打たれるそれが与えた社会的影響は、彼が強奪した5000万円や、周囲の施設や道路に対する被害が霞むほど大きなものだ。

 一番の問題は、ヒーローへ芽生えた不信感なのだろう。

 

 「勝手な話だと思わないか。ただ餌を待つ雛鳥が、巣に落ちた手負いの成鳥を責め立てるようなものだ。我が子でもない雛鳥の面倒など、なんの役にも立たないのにな」

 「不愉快な口を閉じろ『オーバーホール』。世間がどう騒ごうと俺が関知することじゃない」

 

 どこまでも殺風景な応接間。黒い革張りのソファーが二つと、その間に置かれたテーブルだけで完結したその部屋は、会話をする以上の機能を持たない。

 その小さな部屋には四人の男がいる。その一人てある『オーバーホール』は、顔に付けたクチバシのようなマスクに触れながら、正面に座る『メテオレイン』に話しかける。

 

 

 「お前のことだけを言ってるんじゃない。お前の周囲にいた人間も同じだけ──いや、お前以上に痛感した筈だ。にも関わらず、この期に及んでまだヒーローであり続けるなんて、とても正気の沙汰じゃない」

 

 まさに病気だな。と『オーバーホール』は続ける。

 その言葉に、『メテオレイン』は僅かに眉を潜める。

 

 「知るか。俺だって聞きたいぐらいだ。夢見にも家族にも、生活に困らないくらいの金は送ってる。それでもヒーローであり続けるなら、或いはヒーローを志すなら、それはまた別の理由があるんだろうよ」

 「なんだ、他人事だな『シューティングスター』。もう過去の話か?」

 「いい加減にしろよ治崎。俺の個性が"暴走"したらどうする」

 

 おっと、と『オーバーホール』は両手を上げて降参の意思を見せる。

 『メテオレイン』は、一度大きく息を吐いた。

 

 『オーバーホール』の背後に立つ二人の男は、ピクリとも反応しない。

 詰まる所、二人の一触即発の空気などいつもの事なのだ。

 

 「それで、俺を本部まで召集してなんの用件だよ」

 

 両膝の上に肘を乗せ、両手の指の腹を合わせたまま、『メテオレイン』は尋ねる。

 『オーバーホール』は、普段着けている薄い手袋を外した両の手を、顔の前でヒラヒラと振って見せる。

 

 「計画は既に佳境に入った。『オールマイト』も『オールフォーワン』も消えた今、お前の存在を頑なに隠す必要もない。例え、ヒーローが攻め込んでくる危険を背負っても、こちらに引き戻しておくべきと判断したんだ」

 「解せないな。なんで今だ」

 「少し判断が遅れただけで目くじらを立てるなよ。それに、『ヴィラン連合』の連中ともこの前接触してな。今、"協力"を検討してもらっているが、いまいち信用出来ない連中だ。返答の如何に関わらずお前には居てもらった方がいい」

 「……あの組織がそこまで有用だとは思えないがな」

 

 『ヴィラン連合』の名前に、『メテオレイン』は嫌そうに表情を歪める。

 『ヴィラン連合』は、今、最も世間を騒がしている敵組織だった。

 

 "ヒーロー殺し"の『ステイン』に始まり、先日の"神野の悪夢"の『オールフォーワン』。

 確かに、どれも強烈な印象を与える事件であったし、『オールマイト』を再起不能にまで追いやった"神野の悪夢"は、後世に大きな影響を与えるだろう。

 

 だが、そのやり方は消耗戦だ。今やヒーローは飽和状態にあるのだから、そのやり方ではヴィラン側に勝ち目などあるはずもない。

 つまりは泥舟。長い目で見るのなら関わるべきで無いように感じた。

 

 「いや、欲しいのはネームバリューだ。それに、あの連中が失敗しているのは、何も無能だからじゃない。明確な計画性の欠如、これが問題だ」

 「尚更だ。そんな無鉄砲な奴らごめんだぞ。ストレス発散なら徒党を組まないでいただきたいね」

 「そこはこちらが操作してやればいい。奴らも所詮はヒーローと同じ病人の集まりだ」

 

 淡々と話す『オーバーホール』は微塵もブレない。

そもそも自分に意見など求めていないのかと、『メテオレイン』は思い直す。これはただの業務報告のようなものだ。

 

 「……勝手にしろ。どうせ俺にそこまでの決定権はない」

 

 そうさせて貰う。と『オーバーホール』は頷いた。

 

 「とりあえず、話は分かったよ。それで?俺は何をしていればいい」

 「壊理の相手でもしててくれ。用があれば声をかける」

 「それは楽でいいな。外出はしていいのか?」

 「いや、基本的には中にいろ。外出するならまず俺に話を通せ。必要であれば許可を出す」

 「分かった」

 

 当然だなと、『メテオレイン』は内心で頷いた。それは、ただリスクを犯すだけの行為だ。

 その上で、『メテオレイン』は言葉を紡ぐ。

 

 「……ところで、明日壊理と買い物に行きたいんだが」

 

 机に触れる『オーバーホール』の手に、僅かな力が入った。

 

 「……お前は話を聞いてなかったのか?それともふざけてるのか」

 

 ペストマスクでは隠しきれない怒気が、『オーバーホール』の顔にありありと浮かんだ。

 『メテオレイン』は鼻で嗤う。ここで自分が外出することにリスクがあるのは百も承知であったし、壊理を連れ出すことの意味も理解している。

 だがそれは、すべて"死穢八斎會"の都合だ。『メテオレイン』には関係ない。

 

 

 「大真面目だよ。多少の息抜きぐらいいいだろ」

 「息抜きならお前一人で行け。壊理の重要性は理解してる筈だろ」

 

 『オーバーホール』は一度大きく息を吐いた。マスクの中に収まりきらなかった分が、彼の髪を僅かに揺らす。

 

 「いやいやいや、良く考えれば思ったよりリスクはないんだ。俺が付いてるんだ、壊理を見失うなんてことは考えられない」

 「……」

 

 『オーバーホール』は、無言のまま眉を潜めた。

 

 

 『オーバーホール』が『メテオレイン』の提案を一蹴出来ないのには理由がある。

 

 

 そもそも、『メテオレイン』の目的は、壊理を救い出すことにある。だがそれは、ただ壊理を"死穢八斎會"から逃がすだけでは達成しない。彼女が保有する『巻き戻し』の個性は、当たり前の幸せを手に入れるには余りに強力過ぎたからだ。

 

 ここから逃げたところで、第二の"八斎會"が現れるだけだ。

 

 故に、壊理を救い出すには前提として"個性破壊弾"が必要で、それには"死穢八斎會"が必要不可欠だ。

 

 ある種の矛盾ではあるが、それはあくまでも"個性破壊弾"が完成するまでの話だ。

 それが完成してしまえば、『メテオレイン』はこんなところに用はない。瞬く間に壊滅させ、塵一つ残さないと心に決めていた。

 とはいえ、それは『オーバーホール』も警戒しているはずだ。三年前のふざけたマッチポンプで『メテオレイン』が忠誠を誓うと考えるほど愚かではないだろう。それでも『メテオレイン』の力を欲したからこそ、壊理という鎖まで持ち出したのだから。

 であれば、『オーバーホール』からもたらされる"個性破壊弾"の進捗など、信用できる筈もない。

 だが、"死穢八斎會"は"個性破壊弾"が完成したところで『メテオレイン』がいれば、大手を振ってそれをさばくことも出来ない。

 故に、"個性破壊弾"の完成後には必ず『メテオレイン』の始末が必要となる。

 

 『メテオレイン』が狙っているのはその瞬間だ。それが『メテオレイン』のわかる"個性破壊弾"完成の合図であったから。

 

 

 一方で、『オーバーホール』はその一度の瞬間を見誤る訳にはいかない。それこそ、『メテオレイン』は単騎で"死穢八斎會"を上回ると理解しているからこそ、彼は慎重にならざるをえなかった。

 

 その一度は必殺でなければならない。

 

 それは完全なる奇襲でなくては成功しない。

 

 『メテオレイン』が自分達に無防備な背中を見せる必要がある。それは、"利用するもの"と"利用されるもの"の関係ではなし得ないことだ。あくまでも対等。その関係が良好とは言えずとも、ある種、お互いがお互いを信用するような、そんな関係でなくてはならなかった。

 

 

 他でもない『オーバーホール』が"お前は信用できないから駄目だ"と突っぱねる訳にはいかなかった。

 

 

 例え、お互いがお互いの思惑を察していたとしても、その茶番劇をやめる訳にはいかない。

 

 

 「……好きにすればいい。ただし、ヒーローに見つかった場合は必ず始末しろ。これが条件だ」

 「さすが『オーバーホール』。助かるよ」

 

 じゃあまた明日だな。と『メテオレイン』は席を立った。

 

 

 

 

 

 

 『オーバーホール』との会談を終えた『メテオレイン』は、その足で壊理のもとへと向かう。少女と会うのは、凡そ2ヶ月振りだった。

 というのも、『オーバーホール』が"死穢八斎會"と『メテオレイン』を結び付けられるのを酷く嫌ったからだ。

 それもそのはず、『メテオレイン』は紛れもないヴィランであるのに対し、"死穢八斎會"は黒に近いグレーだ。この繋がりが公になれば、すぐにヒーローが攻め込んで来てしまう。

 無用な危険を避けるため、『メテオレイン』の主な仕事は遠方での作戦活動だった。

 完全には信用できない戦力を、手元に置いておきたく無かったということも、要因の一つではあったことだろう。

 

 

 少し歩いて、『メテオレイン』は一つの扉の前で足を止める。地下の一室。窓一つないその暗い部屋が、壊理に与えられた個室だった。

 コンコンコンと、その扉をノックする。小さく開いた隙間から声をかければ、中から布が擦れる音がした。

 少しだけ待って、『メテオレイン』はその部屋に入った。

 

 「入るぞ、壊理。……なんだ、また電気消してるのか。エコな奴だな」

 

 電気の消えた部屋のベッドの上に座る白髪の少女は、『メテオレイン』の姿を見て、安堵の表情を浮かべた。

 久し振りに入ったその部屋には、前よりも幾つかの小物が増えていた。『メテオレイン』は名前を知らないが、今テレビやっている女児向けのアニメのキャラクターの物だった。

 

 テレビの無い部屋に軟禁されている壊理が欲したものかは、『メテオレイン』には分からない。

 

 

 「遅くにごめんな。もう寝るのか?」

 「まだ寝ない」

 

 その言葉に、そうかと『メテオレイン』は頷く。

 ベッドの中央に座り込んでいた壊理が、もぞもぞと端へと移動していく。

 二人で話すときの、いつもの定位置だった。

 

 「今度はどこにいってたの?」

 「宮城県だよ。これでもかと牛タンを食べてきた」

 「ぎゅうたん?」

 「んー……。超美味しいお肉」

 「それじゃわかんない」

 

 むすりと、少女は唇を尖らせる。

 『メテオレイン』は、アハハと笑って誤魔化した。

 

 「それより、今日は壊理にお土産買ってきたんだ。ほら、リンゴ。帰りに青森に寄って買ったんだよ」

 「ありがとう。でも、青森県って一番北なんだよね?」

 

 

 どうやって帰ってきたんだろうと首を傾げた壊理に『メテオレイン』は内心冷や汗をかく。

 『メテオレイン』との雑談から少しずつ知識を吸収していった壊理に、自分のサボり癖が解明されつつあった。

 

 「……それより、食べないのか?それ」

 

 受け取ったリンゴを、枕元の棚にそっと置いた壊理に『メテオレイン』は尋ねる。

 

 「うん。食べたら無くなっちゃうから」

 「そりゃそうだ」

 「だから勿体なくて」

 「……そうか」

 

 多くの人にとってはなんでもない物も、この少女には余りにも希少で特別な物だったりする。

 失敗だったか、と『メテオレイン』は頭を掻いた。

 

 「──でもそれ、ほっとくと虫に食われるぞ」

 「……え」

 「部屋も臭くなるし」

 「え」

 「虫って、寝てる間に口に入ってきたりするらしいよ」

 「………」

 

 黙り込んだ壊理に、『メテオレイン』はもう一度尋ねる。

 

 「食べないのか?それ」

 「…………食べる」

 「よし」

 

 大きな瞳にうっすらと涙を溜めながら、壊理は再びリンゴを手に取った。

 

 「まぁあれだ。また買ってきてやるから、それは旨いうちに食え」

 「……ほんとう?」

 「応とも」

 

 壊理がそれを食べずに置こうとしたのは、未来に希望が持てなかったから。

 また誰かが、自分の好物を、或いは幸せを、運んできてくれるとは思えなかったから。

 せめて手元にある幸せを、無くさずに取っておこうと思ったのだ。

 

 それはきっと悲しいことだ。

 

 それはきっと寂しいことだ。

 

 麗日星也には未来なんて見えなくて、過去を変える力もない。

 それでも、せめて目の前の幼い子供には、何も考えずに笑っていて欲しいと思うのだ。

 

 

 「なぁ壊理、明日俺とデートをしよう」

 「……え?」

 

 思わず声を上げた壊理のその表情に、麗日星也は優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────それは、彼の原点の話。

 

 

  

 『センセー!"ヴィラン野郎"がまたオモチャ壊したーー!!!』

 

 道路脇にある保育施設。ヒビの入った壁面と、錆びた滑り台が一つ。民家と言われても信じてしまいそうなほど小さなそこで、麗日星也は幼少期を過ごした。

 

 家族は仕事で忙しかった。

 

 個性の台頭により、どの業界も大幅なコストカットに成功し、価格競争、品質競争はこれまでとは比べ物にならないほど激化した。

 土木業を個人経営で行っていたものの、そこまで有利な個性を保有していなかった麗日星也の両親は、その差を埋めるために休みなく働いていたのだ。

 

 小学校に上がるまでの6年間、麗日星也はその大半を保育施設で過ごしていた。

 

 

 "ヴィラン野郎"。それは、そこでの彼の渾名だった。

 

 別に苛められていた訳ではない。ただその身に宿った力が制御出来なくて、抱き上げようとしたネコを殺してしまったときから、周囲の子どもから敬遠されていたのだ。

 

 

──あの子に近づくと殺される。

 

 今思えば、保護者の中でそんな噂が広がっていたのかも知れない。

 

 

 誰とも関わらず、何も触れず。

 それが、麗日星也にとっての精一杯の対処で、精一杯の自衛だった。

 

 

 この世界はあまりにも脆い。

 きっと神様は、世界の作り方を間違えたのだと、幼いながらに確信していた。

 

 

 そんなある日、"ヴィラン野郎"に妹が出来たのだいう話を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やはり、お前がいると壊理が素直でいい」

 「嫌味なら黙ってくれないか。あんたと一緒にいるだけで最悪な気分なんだ」

 

 カツカツと二人分の硬質な足音が響く。

 その後を追うのは、幼い少女の軽い足音だ。

 翌日、『オーバーホール』と『メテオレイン』は壊理を連れて共に歩いていた。

 

 『メテオレイン』も壊理も、"死穢八斎會"の通常の出入口を使用するわけにはいかない。

 新しく作られた抜け道の一つを『オーバーホール』が案内している形になる。

 

 「これだけの逃走経路、ちゃんと管理できてるんだろうな?ヒーローの侵入経路になったら元も子もないぞ」 

 「当たり前だ。それに、地下への入り口がそもそも隠し口になってる。そう簡単には見つからないさ」

 「あぁそう」

 

 自分から聞いた癖に気の無い返事をする『メテオレイン』に、『オーバーホール』は鼻を鳴らした。

 薄暗く、陰鬱な地下道は、『オーバーホール』が潔癖症であることもあり、その雰囲気に反して酷く綺麗に手入れがされている。

 

 『メテオレイン』が、チラリと背後に視線を向けた。

 前を歩く二人に置いてかれんと、短い脚を必死に回転させる少女がそこにはいて。浅く息を乱しながらも、まだ疲れてないと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 

 『メテオレイン』は薄く微笑んで、正面に向き直る。

 

 ふと、視界の先に、地上へと出る階段が見えてきたことに気がついた。

 『メテオレイン』は、着ているパーカーに付いたフードを深く被る。口元に付けたペストマスクだけが大きく突き出し、その表情は窺い知れなくなった。

 

 

 "死穢八斎會"の保有する地下道を歩くこと十数分。ようやくたどり着いた扉に手をかける。

 

 

 いやに狭い扉を潜れば、そこは小さな小屋の中だ。

 天井からぶら下げられた電球が、すきま風に吹かれて揺れる。

 

 「どう考えても最近できたってって感じじゃないぞ。今時白熱電球っておい」

 「前からあった建物を譲り受けてな。地下施設に繋げたんだが…。失敗だったな、不衛生で病気になりそうだ」

 「いや、先に改築とかしないのかよ。つーかせめてLEDを──」

 「黙れ。せっかく名義まで他所から持ってきたんだ、うちの土地だってバレたくない。今更、うちの者を出入りさせられる訳ないだろう」

 「なら地下通路はどうやったんだよ。どっちにしろ業者はいれたんだろう?」

 

 言い募る『メテオレイン』に、『オーバーホール』は鋭い視線を向ける。

 微かな怒気が、その瞳には燻っていた。

 

 「いい加減にしろ『メテオレイン』。お前は知る必要のないことだ」

 

 

 あっそと、『メテオレイン』は適当に相づちを打つ。

 正直に言えば『メテオレイン』もそこまで興味があったわけではない。『オーバーホール』が話すことを嫌がるなら、無理に聞き出そうとは思わなかった。

 それに、今は所謂"超人社会"。普通が意味をなさなくなった世界だ。やろうと思えば、それこそ無限の方法がある。

 

 「俺はここまでで戻らせてもらう。何度も言うが──」

 「わかってるよ。ちゃんと帰ってくるさ。そろそろ信用して欲しいもんだよ、ホントに」

 

 『オーバーホール』の言葉に『メテオレイン』は答える。やれやれと横に振った頭に合わせて、その茶髪が揺れた。

 『オーバーホール』が額の傷痕を掻く。

 

 「してるさ。信頼してない男に、壊理を預けたりしない。もっとも、気に入らない男なのは否定できないがな」

 「そりゃそうだ。悪かったな」

 

 『オーバーホール』の言葉にカラカラと笑ってみせる。

 

 「じゃあ、行こうか壊理」

 

 立て付けの悪い木製の扉を潜れば、そこは泥臭い裏路地だ。

 それでも、確かに日は射し込んでいて、『メテオレイン』はその眩しさに思わず目を細める。

 隣に立つ少女は、大きな瞳を一際輝かせ、澄んだ青空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 道路を走る車の音。街を歩く女性の笑い声。

 一度大きな通りに出れば、そこには人の営みが溢れていた。

 

 「わぁ……」

 

 それは、ずっと地下に監禁され続けた少女の眼にはどのように映ったのだろう。

 小さな身体をソワソワとさせながら、首は落ち着きなく右へ左へと行ったり来たりする。

 

 辺りを一通り見渡した少女は、隣に立つ麗日星也を仰ぎ見た。その瞳はキラキラと輝いていて、身体を駆け巡るエネルギーを持て余しているようでもあった。

 

 その姿に苦笑しつつ、つけていたマスクを腰に括り付けた『メテオレイン』は、フード越しでも表情が解るように顔を近づけつつ、歯を見せて大袈裟に笑って見せた。

 

 「どこに行く?」

 

 その言葉に、少女は跳び跳ねながら答える。

 

 「すごいところ!」

 「どこだそれ」

 

 壊理の無邪気な返事に困ったのは麗日星也だ。だがそもそも、壊理は外界を知らない。希望を聞かれたとしても、抽象的になってしまうのは仕方がないことだろう。

 どうしたものかと、麗日星也は頭を掻いた。

 

 ふと、この時期に咲く桜の木が近くにあることを思い出した。

 

 冬桜と呼ばれているその木は、丁度、秋ごろから花を付ける。場所によっては、紅葉と桜の花を同時に見ることも出来るひどく幻想的な植物である。

 この近くにあるそれは、寺や自然公園などが管理する有名な観光地という訳ではない。冬桜もその一本があるのみで、おそらくはどこかの変わり者が気紛れで植えた花なのだろと、麗日星也は勝手に考えていた。

 

 本来はもう少し経ってから咲く種類の樹木だった筈だが、今年はどういう事か既に花をつけているのを先日見かけていた。

 少しパンチは弱いかもしれないが、『すごいところ』なんていう壊理の注文にもある程度合致しているし、壊理も喜んでくれることだろう。なにより、壊理にはそんな日常に紛れた美しさを知って欲しいと思う。

 

 それは、子育ての経験がない彼なりの無難な選択だった。

 

 そうと決まれば話は早い。

 

 「よし、壊理。ついてこい。凄いところ連れてってやる」

 「うん!」

 

 そういって、歩き出した麗日星也の横に少女が並ぶ。近寄った拍子に、少女の指先が麗日星也の指に触れ、しかし、握られることなく引っ込められた。

 

 それに気付かない麗日星也は、隣で自分の指を弄りながら歩く少女を見下ろし、その微笑ましさについ頭を撫でてあげたくなる。

 思わず腕が伸びる寸前で、壊理が手を伸ばされることを嫌うことを思い出した。危ない危ないと手を握り締め、少しだけ冷たい北風に身震いした。

 

 「どこにいくの?」

 

 いつもの白いワンピースの上に灰色のコートを着た壊理が尋ねる。

 

 「花を見に行こう」

 「お花?」

 「あぁ。少しだけ、特別な花だ」

 

 んー、と壊理は首を傾げる。

 

 「それ、すごくないよ?」

 「言いやがったなクソガキ」

 

 見てろよコイツ。

 ジロリと横目で壊理を見ながら、麗日星也は口を尖らせる。

 その様子に、壊理は少しだけ歩調を弾ませた。

 

 「───あ」

 

 ふと、壊理が声を上げた。

 その視線の先は、道路を挟んだ反対側の歩道を歩く家族だ。

 丁度、壊理と同じくらいの年齢の少年が、手を父親に引かれながら道路脇の縁石の上を歩いていた。

 

 「あれがやりたいのか?」

 「……ううん」

 

 壊理が伸ばした右手の人差し指は、フラフラと少しだけ揺れた後、視線の先にいた家族の先ではためく"氷"が書かれた幟を指した。

 

 「あれ食べたい」

 「──あぁそう、すくすく育てよ成長期」

 

 かき氷に身体を成長させるだけの栄養素があるとは到底思えなかったが、自分の自意識過剰さがどこか気恥ずかしくて、思わず悪態が口を衝いて出た。

 なんだかなぁと麗日星也は空を仰ぐ。

 そんな彼の袖を、壊理が僅かに引く。人差し指と親指こ先だけで引かれたそれは、どちらかというと摘ままれたと表現した方が良いのかも知れない。

 

 「わかったよ。買ってやるから」

 

 壊理の無言の催促に、一度短く息を吐いてから、麗日星也は一歩踏み出す。

 

 麗日星也はひょこひょこと歩く少女を横目に入れつつ、横断歩道を渡り反対側の歩道へと移動する。

 目当ての店の前までたどり着けば、深くかぶったフードの位置を調整しつつ、傍らの少女に声をかけた。

 

 「どれがいいんだ?」

 「これ」

 「いや味の話な」

 

 "かき氷150円"というメニュー表を指差した壊理に短く告げ、色とりどりのシロップが並べられた棚を指し示して見せた。

 しばらく悩む様子を見せていた少女だったが、ついに決めきれないとばかりに横の青年に向き直った。

 

 

 「どれがおいしい?」

 

 その言葉に麗日星也は思わず苦笑した。

 

 「どれも美味しいけど、最初ならイチゴかブルーハワイ辺りがいいんじゃないか?スタンダードなやつだ」

 

 んー…と、壊理は眉を寄せた。

 

 「レインさんはどれがすき?」

 「断然レモンだな。甘過ぎなくて爽やかなんだ」

 「………メロンにする」

 「今の会話の時間返せやクソガキ」 

 

 

 ホントに可愛くないと、一度大きなため息をついた。

 もっとも、肝心の壊理は麗日星也に悪態をつかれる度に上機嫌になっていく。頼る相手が極端に少ない少女にとって、失礼なことを言っても笑って済ましてくれる人の存在は、麗日星也が思うよりもずっと大きなものだ。

 

 寄り道しながら歩くことしばらく。男の想定よりも随分と長い時間をかけて、周囲の町並みはどこか閑散としたものに変わっていく。

 

 「……さむい」

 「当たり前だバカタレ」

 

 小さな声で呟きながら自分の手のひらに息を吹きかける少女に、星也は短く告げる。

 自分のかき氷だけでは飽き足らず、男の分にまで手を出したのだ。当然、身体は芯から冷えていることだろう。

 

 交差点の隅に設置された自動販売機で買った温かいお茶を手渡しつつ、もう一方の手では、自分用に買った缶コーヒーを弄ぶ。

 ジリジリと肌を焼く熱は、冷えきった身体に丁度よく、徐々に染み入る暖かさに、男は目を細めた。

 

 

 「ここだ」

 

 ややあって、麗日星也は声をあげる。

 そこは、公園とも、広場とも違う小さな空き地。

 忘れ去られた祠が隅に鎮座する、人の気配がしない一区域。

 

 樹木と呼ぶには余りにも若い冬桜の木。

 細い枝の先で、疎らに咲いた薄桃色が、風に煽られて揺れる。

 満開には程遠い。そもそも、冬桜は晩秋と春の両方でその花を咲かす。春の満開の桜をイメージしていれば、間違いなく見劣りすることだろう。

 

 ひっそりと佇む忘れられた桜の木。色素の薄いそれは、言い様によっては弱々しく、消えてなくなりそうな儚さがあった。

 

 チラリと麗日星也は傍らで、無言のまま木を見上げる少女を見た。その大きな瞳には、この光景がどんな風に映っているのか、彼には想像も出来ない。

 

 

──きっと、たいしたことないと感じているのだと思う。

 

 

 壊理には、そもそも桜が春に咲くものだと言う認識が薄い。もちろん知識では知っているのだろうが、実物を見た記憶は無いだろう。それが秋に咲いてるから凄いと言われても、あまりピンと来ないのではないだろうか。

 

 それでも、いつかこの日を思い出したとき、この思い出が、少しだけ特別なものであってほしいと思う。

 

 「───なんで、このお花はいま咲いたの?」

 

 不意に発されたその問いに、麗日星也は意識を引き戻される。

 

 

 「なんだって?」

 「このお花は春まで我慢できなかったの?これから寒くなるのに、いま咲いちゃったら苦しいよ」

 

 少女にとって、咲いてる花はどこか無防備なものに見えるのかも知れない。一向に春の来ない冬を耐え忍ぶ少女には、冬の直前に咲く花が理解できなかった。

 

 麗日星也は、少しだけその返答に窮した。

 なぜ今咲いたのかと問われれば、そういう花だからと答える他にない。

 

 ただ、きっと違うのだ、少女が求めているものは、おそらくそういうことじゃない。

 

 少しだけ悩んで、男は口を開く。

 

 「──これから冬が来るからだよ」

 「え?」

 「花は往々にして笑顔の表現方法として使われる。本で読んだことあるだろう?"ひまわりの様な笑顔"とか」

 「……うん」

 「そういうもんなんだよ。苦しいこととか悲しいことを越えて、何者も花を咲かせる」

 

 男の言葉に、少女は再度問いを重ねる。

 

 「でも、苦しいのも悲しいのもこれからだよ?」

 「それを越える誰かのために咲くんだよ。"大丈夫だ。私がいる"って主張するの。それは本物の花ではないから、春に咲く花よりどこか色が薄くて、少し物足りなく感じるかもしれない。きっと、咲いた花も冬を越える前に散っちゃうんだと思う」

 

 麗日星也は、桜の木ではなく、自分を見上げる少女に語りかける。

 僅かに揺れるその瞳を真っ直ぐと見つめ、聞き取り易いように意識的にゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 「本当の価値があるのは、間違いなく春の花なんだ。だってそれは、冬の花が全てをかけてでも咲かせたかった花だから」

 

 目の前で寒さに震える白い蕾は、いつの日にか咲くのだろうか。

 春一番が吹くより先に、枯れてしまうことはないだろうか。

 

 絶対に咲かせてみせると麗日星也は己に誓った。

 成就の日は未だ見えずとも、この胸の内には譲れないだけの理由がある。

 

 「──だからこれは、未来のための開花なんだよ」

 

 麗日星也は、白い少女に微笑んでみせる。

 安心しろと、言外に語ってみせた。

 ほんの少しでも伝わってくれていればと、そう思った。

 

 

 「───レインさんは」

 

 絞り出した様な、壊理の声が鼓膜を打つ。

 

 どうした?と少女に問い返した。

 

 

 「わたしが咲くの、ちゃんと見ててね」

 

 

───この少女には敵わないと、心底思う。

 

 

 

 

 

 

 

 「……それを言われると、急に無理な気がしてきたな」

 「え」

 

 

 それがどこか気恥ずかしくて、麗日星也は今日も茶化した。

 

 

 

 

 

 

 事件が起きたのは、その帰り道の事だ。

 

 

 ついに降り出した雨がしんしんとアスファルトを叩き、パタパタと走る二人の裾を汚す。

 僅かに息を切らし走る少女に、麗日星也は問いかける。

 

 「大丈夫か?やっぱり傘を買うぞ」

 「だ…だいじょうぶ」

 

 

 壊理がなにを考えて傘の購入を拒否するのか、麗日星也には想像もできなかったが、水溜まりを跳ねさせて走る姿は何処か楽しそうでもあったため、本人がそう言うならいいかと自分を納得させた。

 

 「帰ったらまず風呂だぞ」

 「うん」

 

 一歩後ろを走る壊理に意識を向けつつ、麗日星也は地面を蹴る。

 きっと、そんなことをしていたからだろう。

 

 

 ドンと、わき道から出てきた緑色のヒーロースーツを着た少年とぶつかったのは。

 

 

 

 「────おっと」

 

 麗日星也は、咄嗟にぶつかった少年の手を取る。バランスを崩した相手の腕を引くことで体勢を立て直させ、すぐに謝罪の言葉を口にした

 

 「すいません。大丈夫ですか?」

 「いえ!こちらこ────え?」

 

 少年は、まるでオバケでも見るかのようにこちら見た。

 フードに隠れた顔を覗き込むかのような不躾な視線に、麗日星也は思わず一歩距離を取り、フードの位置を調整する。

 

 「……なにか?」

 「い、いえ!すいません」

 

 僅かな非難を声に乗せれば、少年──緑谷出久は反射的に謝罪をする。

 これなら大丈夫かと、麗日星也はフードの下で眉を寄せる。

 

 ”ヒーローに見つかった場合は始末しろ”

 

 『オーバーホール』の言葉が脳裏に浮かんでいた。

 早々に話を切り上げようと考えた麗日星也であったが、緑谷出久の後ろから現れた青年────通形ミリオに声を掛けられる。

 

 「後輩がすいませんね!ほらっ、スーパールーキー!」

 「いえ、私が前を見ていなかったんですから。それに、見たところヒーローのようで、こんな恰好の男は当然疑います」

 

 ガハーと、通形ミリオは大袈裟に笑う。

 

 「そう言って貰えると助かります。助かるついでに、格好の訳を教えていただいても?」

 「ええ。個性の関係でね。少々醜いものですから、こうして隠して出歩いてるんです。その方がお互いに良いと思いません?」

 「それは返答に困る質問だっ!!初対面の私から言うことではないですね。因みに、娘さんの包帯も個性の関係で?」

 「勿論。私の実子ではなく友人の子ですが、まだ個性の制御が得意で無いようでして、よく暴走して怪我をしてしまうんです」

 

 なるほどと呟く通形ミリオの視線が、麗日星也の腰に括り付けられたペストマスクにいく。

 先手を打つように麗日星也は口を開いた。

 

 「もういいですか?その件はまたいつか。子供の前ですることじゃないでしょう」

 「……そうですね」

 

 よしと、麗日星也は内心安堵の息を吐く。

 ”死穢八斎會”が指定敵団体と言えど、法的にはあくまでグレーだ。それだけ何か問題になるわけではない。

 それこそ、『メテオレイン』であることが発覚した場合、大事になるのは間違いないが、そうでなければ特別注視すべき出会いでも何でもないのだ。

 

 麗日星也の顔はフードに隠れて確認できない。

 体型だって、一目でそれとわかる様な特別な体型はしていない。

 故に、麗日星也と『メテオレイン』を繋げるのは不可能だ。それこそ───。

 

 「あ、あの!」

 

 過去に、麗日星也の声を直接聞いたことがあるような、根っからの”ヒーローオタク”がいなければ。

 

 

 

 

 

 「───『メテオレイン』、ですよね?」

 

 

 

 

 瞬間、街の一角が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

───例え、何を引き換えにしても、少女を救うと誓ったから。

 

 

 

 人の怒号と、幼子の泣き声。ドタドタと人が走る音と、車のクラクションの音。

 道路は抉れ、木は倒れ、窓ガラスは砕け散った。

 

 人々の助けを求める声が、ありとあらゆるところから聞こえる。

 

 その中心に立つ『メテオレイン』は、正面を油断なく見据えながら、背後に立つ壊理に声をかける。

 

 「あと三歩下がって伏せてろ。あぁあと、目と耳も塞いどけよ」

 「……レインさん──」

 「──早くしろ」

 「……うん」

 

 高く舞い上がった粉塵が、雨によって通常よりもずっと早く落とされていく。

 

 正面にいた二人は大きく後ろへ吹き飛んだものの、最低限の受け身はとったのだろう、細かな裂傷こそあったが、その動きは未だ精彩を欠かない。

 

 僅かに動揺した様子で自分の手を見ていた通形ミリオは、何かを振り払う様に声をあげた。

 

 「『デク』くん!君は避難誘導を!!」

 「───はい!」

 

 『メテオレイン』は視界を遮っていたフードを払う。

 視界が大きく広がったのと引き換えに、冷たい雨がその頬を濡らした。

 目を僅かに細め、一人残った通形ミリオの出方を窺う。

 

 『メテオレイン』は目の前の男の個性を知らない。

 

 反対に、『メテオレイン』は有名なヴィランだ。ヒーローである目の前の男が、その個性を知らないとは考えづらかった。

 敵の個性を知っているものと、知らないもの。

 その差は、近代の戦闘において致命的だ。 

 『メテオレイン』にすれば、個性不明という圧倒的なディスアドバンテージこそ、真っ先に解決すべき問題だった。

 

 だが、この情報戦において、本当に劣勢に立たされているのは、『メテオレイン』ではなく通形ミリオの方だ。

 

 

 先ほどの『メテオレイン』の一撃は、確かに不意打ちだったものの、通形ミリオは確かに反応し、その個性を発動させたはずだった。

 

───『透過』していたにも関わらず、『メテオレイン』の個性を受けたという事実が、彼の心を粟立たせる。

 

 

 

 「一対一とは嘗められたな」

 「まさか!!最善策ですよ先輩!!」

 

 通形ミリオは、『メテオレイン』の個性を危険と判断。理由こそわからないものの、自分の『透過』を貫通する可能性があるとして、一層警戒心を強めた。

 ただそれは、臆病になることとは違う。胸の内で大きくなりかけた弱さを、声を張り上げることで霧散させた。

 

 その内心を知ってか知らずか、『メテオレイン』は広角をあげる。

 

 

 「なら、答え合わせだ」

 

 

──細く、鋭く。

 

 破壊の波とは異なる、線の一撃。まるで巨人が斧を振り下ろしたかのような不可視の一閃は、大きなうなり声をあげて、直線上の全てを両断していく。

 絶対的な防御不可。通常の攻撃範囲を捨てたそれは、『メテオレイン』の周囲に限り、『オールマイト』の一撃すら凌駕する。

 

 たが、その防ぎようのない一撃を前にして、通形ミリオは身体を前傾に倒した。

 その次の瞬間だ。何事かと眉をひそめる『メテオレイン』をして、目を疑う事態が起こった。

 

 通形ミリオの身体が音を立てずに地面に沈んだ。否、地面に落ちてみせたのだ。

 

 地を抉り、巻き上げる必殺の一撃も、地中に潜られてしまえば当たるはずもない。道路に大きな爪痕を残しながら進み、交差点の信号をへし折ったところで消滅する。

 

 

 「───チッ」

 

 目の前の現象に、『メテオレイン』は思わず舌打ちした。

 

 

 地中に潜った通形ミリオに、『メテオレイン』が連想したのは"死穢八斎會"の『ミミック』と呼ばれる男の個性だ。モノに入り自由自在に操るその個性と同様、道路に入り込み、それを意のままに操れるとしたら。それは──少しだけ面倒くさかった。

 

 いずれにせよ一度距離を取るべきだ。

 その判断の下一歩後退った『メテオレイン』が、不意に人の気配を感じたのは背後だ。

 

 その間は、通形ミリオが地中に沈んでから1秒と少し。例えそういう個性であったとしても、それは余りにも速い。

 

 咄嗟に『メテオレイン』が選択したのは回し蹴りだ。振り向き様に繰り出されるその足は、『メテオレイン』の個性により、人の肉体を容易く破壊する凶器となる。

 

 果たして、『メテオレイン』の一撃は空振りに終わった。

 通形ミリオの肉体はおろか、頭部につけられたバイザーさえも、全てをすり抜け無効化したからだ。

 

 歯を見せて笑う通形ミリオと、目を見開いた『メテオレイン』の視線が交錯した。

 

 

 伸ばされた手が、『メテオレイン』の腕へ向かう。

 

 

 「まずはその腕だよね!」

 

 

 通形ミリオが狙うのはまず個性の無力化だ。

 『メテオレイン』が一番最初に個性を発動したとき、両手の指を合わせた事から、発動に必要なものと予測したのだろう。

 その予測は間違いじゃない。正確には、"両手の指が合わさっていないと制御が出来ない"が正しいが、いずれにせよ腕を引き離されれば、『メテオレイン』に勝ちはない。

 

 だが、既に反撃を選択した『メテオレイン』は通形ミリオの腕を避けることが出来ない。

 無理に個性で距離を取れば、それこそ反動で関節がイカれてしまう危険性があった。

 

 

 そしてなにより、『メテオレイン』はその腕を避ける必要がない。

 

 

 通形ミリオの腕が『メテオレイン』に届く寸前。まるで硬質な物にぶつかったかのように、伸ばした腕が遮られた。

 それは、硬質な空気の壁。『メテオレイン』の周囲に張られた力場による鎧だ。

 圧倒的な存在からすれば意味のないそれは、資格のないものを決して通さない絶対の壁になる。

 

 

 「──つぅぅ!」

 「潰れろ」

 

 

 ドンと、通形ミリオの立つ場所に巨大な質量が落ちる。

 地面は大きくひしゃげ、クモの巣状に亀裂が走った。

 

 直前に大きく飛び去った通形ミリオも、その片腕を巻き込まれたのだろう。その左腕は外側に大きく曲がり、腕全体が内出血を起こしている。

 

 

 脂汗を額滲ませる通形ミリオの目は、それでも死んでいない。

 

 

 「読めないな。蹴りが通り抜けたのは高速移動の応用か?俺の直接の個性は避けられないようだが……、まぁもう関係のない話か。………弱いな。ヒーロー」

 「…だ…まれ。まだ終わってない」

 

 交戦が始まって僅か20秒ほどにして、無傷の『メテオレイン』と、既に致命傷を負った通形ミリオ。

 

 本来、二人の実力にここまで隔絶たるものではない。

 

 

 問題はその個性の相性にあった。

 

 

 通形ミリオの個性は『透過』。ありとあらゆるものを透過しすり抜けるそれは、発動の間、視覚と聴覚を失う他、呼吸を行えなくなるという多くの制限を払い、ある種、絶対的な防御力を誇る。

 また、彼の個性はそれだけではない。他の質量と重なれないという性質を持つ彼の個性は、別の何かと重なっている時に『透過』を解除すると、彼の身体は質量の外に弾き出されるのだ。先の高速移動も、透過中の彼が地中に"落ち"、地中にから弾き出されることで、瞬間移動と見紛うほどの移動速度を可能としていた。

 

 

 そうだ。彼はありとあらゆるものをすり抜ける反面で、重力だけは通常通りの影響を受ける。

 

 『オーバーグラビディ』。つまりは、重力を司る彼の個性だけは、通形ミリオは『透過』することが叶わない。

 

 それは実力の差、経験の差以前の問題だ。通形ミリオでは、『メテオレイン』には勝てないという純然たる事実がそこにはある。

 

 

 荒い息を吐く通形ミリオは、それでも後退の意思を見せない。

 そのヒーローは、意識が朦朧とするほどの激痛の中、真っ直ぐと『メテオレイン』の目を見据えた。

 

 

 「お前のことは、俺も知ってる」

 「……うん?」

 

 時間稼ぎかと考えつつも、『メテオレイン』は聞き返した。

  

 「『シューティングスター』。誰もが憧れたヒーローだ。伸ばされた手は決して振り払わず、無謀とも言える作戦の多くを完遂させた男」

 

 淡々と話すその姿は、誰かの経歴を語るというよりも、自らの罪を懺悔しているかの様に見える。

 一度喉を詰まらせた通形ミリオは、いっそ泣き出してしまいそうなほど表情を歪め、血を吐くよう言葉を発する。

 

 

 「────かつて俺は、その姿に憧れた」

 

 

 その姿には、親の背中を見失った子供のような痛ましさがあった。

 クスリと、『メテオレイン』は少しだけ笑う。

 

 「知らないなそんなやつ」

 「───っ」

 

 

 

 付き合う気はないと告げる『メテオレイン』に、通形ミリオが何かを言うよりも早く、巨大なものが砕ける轟音が響く。

 一瞬の間をおいて、通形ミリオの背後に建っていた建物の残骸が飛来した。

 木材、金属の材質を問わず放たれた散弾銃は、通常のそれとは違い、距離を追うごとに加速する。

 

 ミリオの肉体に到達したとき、それは肉眼で追えるスピードではなかった。

 

 

 それは、通形ミリオにとって脅威足り得ない。だが、僅かに意識が後方に割かれた。

 彼等の戦いにおいて、その一瞬は致命的だ。

 

 

 「余所見をするな」

 

 

 個性による爆発的な加速で飛来した『メテオレイン』の飛び蹴り、正確には、その周囲に張られた力場の鎧が、通形ミリオの腹部に突き刺さった。

 

 『メテオレイン』が持っていたエネルギーを一身に受けた通形ミリオは、その場に踏ん張ることも出来ず、それこそ、まるで連玉振り子のように吹き飛ばされる。

 その身体はアスファルトで削られながら減速し、十数メートル離れたところで停止した。

 

 「───あ……が……」

 

 なすすべもなく吹き飛ばされた通形ミリオは、その身体を己の血で真っ赤に染め、息をすることも苦しそうに蹲っている。

 『メテオレイン』は、彼がまだ生きていることに舌を巻いた。

 

 「凄いな。あの状況で受け身でも取ったのか?……まぁ、それでどうにかなるわけでもなし、悪戯に苦しむだけか」

 

 

 呆気なかったな。と『メテオレイン』は呟いた。

 

 

 通形ミリオに止めを刺すべく『メテオレイン』はその歩を進める。

 その瞬間。

 

 

 緑色の閃光が、『メテオレイン』の下に走った。

 

 

 「先輩から離れろよ!!!」

 

 避難誘導を中断した緑谷出久が、『メテオレイン』の下へ飛び込んできた。

 きっと今までの戦いも遠目で見ていたのだろう。

 

 鞭のようにしならせた足が、無防備な『メテオレイン』の顔面に突き刺さる。

 

───否、『メテオレイン』の周囲に薄く張られた不可視の鎧にその足は防がれた。

 

 

 一切防御の姿勢を見せなかったにも関わらず、ピクリとも動かなかった『メテオレイン』は、視線だけを緑谷出久へと向ける。

 

 

 「───っ!!!」

 「ちょっとだけ衝撃がきたよ。次も頑張れ」

 

 次の瞬間、緑谷出久の身体はドンと音を立てて水平に射出される。何一つ行動を取れぬまま数メートル先の廃墟となった店舗の壁面に激突し、顔面から地面に落ちる。

 それで終わり。

 頭部を強く打った緑谷出久に、立ち上がることは不可能だ。

 

 

 呆気ない終わりに、『メテオレイン』は一度息を吐く。

 

 緑谷出久の行方へ視線を向けていた『メテオレイン』だったが、通形ミリオへ向き直るよりも早く、不意に誰かが立ち塞がる気配を感じた。

 

 流石はヒーローが飽和した社会だと、『メテオレイン』は少しだけ呆れる。騒ぎが起きてから3分足らずだというのに、もう新しいヒーローが来たのか思ったからだ。

 

 だが、そこにいたのは『メテオレイン』が想像していなかった人物だ。

 

 大きな瞳を真っ赤に充血させ、その小さな両手を広げて精一杯に自分の身体を盾にする少女。

 

 壊理が通形ミリオを庇って立っていた。

 その姿に『メテオレイン』は問わずにいられない。

 

 「何のつもりだよ。壊理」

 「やめてよ……、レインさん」

 

 堪えきれないとばかりに、少女の喉がしゃくり上がった。

 雨で濡れたその頬に、また新たな水滴が流れる。

 

 「やだ。こんなのやだよ」 

 

 壊理だって、麗日星也をただの気の良いお兄さんだと思っていたわけではない。

 『メテオレイン』が誰を殺した、『メテオレイン』が何を潰した、そういった諸々は、意識しなくても少なからず耳に入って来ていたから。

 

 

───それでも、少女はこんな光景を見たくなかった。

 

 大切な誰かが、罪の無い人を傷つけている。

 自分にとっての絶対的な正義が、圧倒的な悪を成す。

 

 信じていたものに裏切られた気分だった。

 自分の中にあった唯一の支柱が音を立てて崩れた気がした。

 

 

 麗日星也には、彼女の思うヒーローであって欲しかった。

 

 

 「………」

 

 『メテオレイン』は、無言のまま壊理を目を真っ直ぐに見る。

 黒を黒で塗り潰したようなその眼は、普段とは違い、壊理に漠然とした不安を抱かせる。

 

 どれくらいそうしていたか。

 壊理の膝が遂に折れてしまいそうになったその時、麗日星也は頭を掻きながら大きなため息をついた。

 

 「『オーバーホール』に怒られるなこりゃ」

 

 その言葉に、壊理の肩の力が抜ける。 

 

 

 「いいの?」

 「ダメ。ダメだけど、今回は仕方ないな」

 

 麗日星也にすれば、壊理が誰かを庇ったことは、それだけ衝撃だった。

 

 壊理が優しい子なのは知っていた。それでも彼女の強さは耐え忍ぶことにあったから。

 自分の為に立ち上がる強さを未だ持てない少女が、誰かの為に立ち上がる強さを先に持ってしまった。

 

 それは美しいことではあったが、そんな強さを獲得させてしまった自分自身が、麗日星也は不甲斐なくて仕方がない。

 

 「走るぞ。これで違うのに見つかったら本末転倒だ」

 「──うん」

 

 壊理は、一度だけ背後で倒れる通形ミリオを見た。

 既に意識はないのか、その身体はピクリとも動かず、ただ僅かに胸を上下させる生命の主張が、彼女の肩の荷を少しだけ降ろした。

 

 もう二人は振り返らない。

 太陽の差し込まなくなった裏路地の道を、横並びで走っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 『せいや?あなたも今日からお兄ちゃんになるんやよ』

 

 その言葉を聞いたのはいつだったか。

 お茶子が産まれた時期だろうから、小学一年生の頃だったと思う。

 

 両親の仕事が少しだけ落ち着いて、一緒にいる時間が以前よりも長くなって少しした頃だった。

 

 父親が行っていた事業の、自宅兼事務所の一軒家で、一階はいつも資材やらなんやらの材料置き場になっていた。

 

 玄関が、いつも埃臭かったのを覚えている。

 

 

 お茶子は保育施設ではなく、自宅で面倒を見ることになった。 

 母親は自宅にいることが多くなり、仕事が忙しい時は祖父母に協力を求めていた。

 

 

 麗日星也は、自分の個性によって殺してしまわないように幼い妹から出来るだけ距離を取るように努めていた。

 

 

 寂しいと思ったことはなかった。

 麗日星也にとって、世界は砂糖細工のように感じていたから。

 

 言い方によっては、麗日星也にとってこの世界は、物心ついたときから庇護の対象だったのだ。

 

 

 そんなある日の事だった。

 

 母親がお茶子を寝かし付けた後、二人を残して買い物に出掛けた。

 

 その後に、予期せぬ珍客が現れたのだ。

 きっと、"麗日建設"という看板に引かれて来たのだと思う。

 

 

 『おいガキ、金庫がどこにあるか教えろ』

 

 

 最早何処にでもある、ヴィランによる強盗だった。

 

 

 

 

 

 

 「それで?つまり壊理に嫌がられたから見逃して来たって言うのか?正気か?」

 

 翌日、いつもの応接間で、『オーバーホール』は苛立たしげに『メテオレイン』を睨む。

 

 「壊理の心情を優先したんだ。有象無象のヒーローの生死より、替えの利かない壊理の心が"死穢八斎會"から離れないように努めた」

 「言葉は正しく使えよ。八斎會じゃなくてお前からの間違いだろう?」

 「ひいては八斎會だ。…なぁ『オーバーホール』。俺は今、悪くないバランスにいると思うんだ。あんたの実験には痛みを伴う。そりゃ壊理には嫌われるさ。だからこそ、そこは俺が補う。感情は俺が、実利はアンタが。こういうのは分担すべきだろ?」

 「減らず口を」

 

 カツンと、『オーバーホール』の靴底が一際大きな音を立てた。

 

 「まぁいい。今回は俺達の敗けを認めよう。俺の判断ミスで、お前の不手際だ」

 「あぁ、悪かった」

 

 『メテオレイン』は確かにあの戦いに勝利した。だが、『メテオレイン』が"死穢八斎會"にいることが知られた可能性が高く、壊理のことも見られた。

 戦術的には大敗と言っていい。

 

 「近日中に拠点を移そう。それと、それまでの逃走経路の見直しも必要だな」

 「迎え撃たないのか?」

 「お前の存在が割れてないならそれでも良かったんだがな。かの『メテオレイン』様が相手となれば、襲撃の規模が想像出来ない」

 「あんたが俺を褒めるなんて珍しいな」

 「ほざけ」

 

 それはそうとと、『オーバーホール』は一度仕切り直す。

 

 

 「今日、"ヴィラン連合"の奴らが返事にくる」

 「なるほど、泥船はこっちだったって訳か」

 

 誰のせいだとばかりに、『オーバーホール』は『メテオレイン』を睨み付ける。

 

 「船腹に穴を開けたのはお前だぞ。それに、こちらとしてはまだどうとでもなる」

 「悪かったよ。それで?」

 「まぁ断られる心配はしていない。計画の全容を話せばおそらく乗ってくる筈だ。だから───」

 

 

 

 

 

 それからの"死穢八斎會"の日々に、語るべきものは多くなかった。

 "ヴィラン連合"との協力関係が決まり、『トガ』と『トゥワイス』の2名が"死穢八斎會"へ派遣されたりもしたが、根底で"ヴィラン連合"を嫌う『メテオレイン』は、表面上こそ友好的にしつつも、積極的に関わろうとはしなかった。

 

 拠点を移す準備を進めながらの日々はあっという間に移ろって行く。

 

 

 

 運命の日は近い。緩やかな日常はここで終わる。

 

 となれば、ヴィランの話はここまで。

 

 ここからは、ヒーローの話。

 

 

 

 

 故にこそ、話は3日ほど遡る。

 

 

 

 

 

 

 



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それと"どう"向き合うかはきっと双方の自由(下)

すいません遅くなりました。



 場所は雄英高校の食堂。

 一年A組に所属する仲良しトリオ。麗日お茶子、飯田天哉、緑谷出久は肩を寄せ合い昼食を取る。

 食事中の話題は、先日に説明会が開かれた"インターン"についてだ。

 

 

 「インターンかぁ。やっぱり、先輩の言葉は重みがあるよね」

 「あぁ、ただ、俺の場合は職場体験での失態がある。今回は見送って、地力をつけてから挑もうと考えているよ。君たちはどうするつもりだ?」

 

 ぼんやりと発された麗日お茶子の言葉に、飯田天哉が反応した。

 

 うーん……。と麗日お茶子は低い声で唸る。

 隣に座る緑谷出久が、目の前の食器を見つめたまま口を開く。

 

 「……僕は、『オールマイト』に紹介して貰えるように頼んでみようと思う。ほら、前にサイドキックをやってた『ナイトアイ』を」

 「あぁ…あのストイックで有名な。条件は満たしているのかい?今年は実績がないと許可が下りないという話だったが」

 「大丈夫……だと思う。有名なヒーローだし、去年の資料の中に、『ナイトアイ』の名前があったから」

 「そうか。……うーん。まぁあの方なら良いようにしてくれるだろう。麗日さんはどうするつもりだい?『ガンヘッド』は駄目だったんだろう?」

 「うん。さっき梅雨ちゃんと話したんだけど、波動先輩に相談してみようと思って」

 

 その言葉に、緑谷出久が口を挟む。

 

 「『ジャックス』にはまた断られちゃったの?」

 「そうなの!夢見さんてば酷いんやよ!」

 

 そう言って、麗日お茶子は手で自分の目を吊り上げる。ややつり目な『ジャックス』の物真似なのだろう。

 

 「『別にお茶子が来てもお願いする仕事ないしなぁ。え?誰かに紹介?ヤダヤダ、誰かに紹介出来るほどお茶子優秀じゃないし』だって!!」

 

 先ほどまでとは人が変わったように声を張り上げる麗日お茶子に、緑谷出久は、嫌なスイッチを入れてしまったかと後悔する。

 正面から突き刺さる飯田天哉の責めるような視線が痛かった。

 

 「実績ないから雇えんだけの癖に!ヒーロー同士の交友をサボっとるから紹介する相手がおらんだけの癖に!」

 「ア、アハハ」

 

 こうなってしまったら、出久はもう笑うしかない。

 

 「夢見さんは、今はどちらに?この辺りで活動してるのかい?」

 

 天哉が、話を反らすように言う。

 

 「昨日は青森だーって言ってた」

 「──青森?」

 

 その地名に、緑谷出久は首を傾げた。

 

 「あれ?"志村組"の掃討作戦は終わったんだよね?」

 「うん。でも気になることがあって残ってるんだって」

 

 

 宮城県において、ヴィラン同士での抗争を利用する形で行われた『志村組強襲戦』と、残存戦力の掃討の為に青森県で行われた『志村組掃討戦』。

 三年前の一件以来初となる『麗日ヒーロー事務所』をメインに据えた大規模な事案でもあるそれは、"神野区の悪夢"直後にも関わらず実施された。

 

 何かと悪い評判のついている『麗日ヒーロー事務所』が、それを強行した理由については語られていないが、『オールマイト』の不在により人々の心を蝕んでいた不安を払う一助になったのは紛れもない事実だ。

 

 

 だが、その『志村組掃討戦』は、既に5日も前の出来事。"あの"佐々波夢見がまだそこに滞在を続けているなら、その理由はおそらく一つしかない。 

 

 「それは、麗日くんのお兄さんの関係で?」

 

 麗日星也。

 麗日お茶子の兄。かつては『シューティングスター』と呼ばれ、今は『メテオレイン』と名乗るヴィラン。

 

 これを放置するのはヒーローの沽券に関わると、必死の捜査が行われること3年。だが、未だに確保には至っていない。

 

 彼の初犯である『神野区銀行襲撃事件』は、その被害規模こそ少なかったが、前期のヒーローランキング3位が犯した犯罪という話題性から、それはもう大々的に報道された。

 

 ニュース番組での実名報道はもちろん、ネットでは住所すら特定され、その近親者すら犯罪者のように扱われた。

 

 それがどれほどかと言うと、気遣いという言葉を知っているのかすら怪しまれるほど他人に遠慮のない爆豪勝己が、彼女の兄に関する話題を一切出さなかった程なのだから相当なものだ。

 

 

 もっとも、以前、飯田天哉が自らの兄の話をした際に、自分からペラペラと麗日星也の話題を話し始めたことで、今や誰もその話題について遠慮などしてはいない。

 

 

──依然として、彼女の前で『メテオレイン』と呼ぶ者は少ないが。

 

 

 「そうみたい。前から関与は疑われてたみたいなんやけどね」

 

 麗日お茶子は、目の前のハンバーグを箸で切り分けながら、垂れた前髪を耳にかける。

 

 「え?お兄さんと"志村組"が繋がってたってこと?」

 「ううん、逆。敵対してたんじゃないかって」

 「確かに、彼のニュースには、"志村組"の構成員が何人かいたような……」

 

 むむむと唸る飯田天哉に、麗日お茶子は僅かに苦笑する。

 そんなことより、とお茶子は声をあげた。

 

 「今はインターンの話やろ。とうしようかね、ほんま」

 

 既にずいぶんと細かくなったハンバーグを、麗日お茶子はもう一度切り分けた。

 

 

 

 

 

 その僅か二日後のことだ。

 

 緑谷出久のインターン初日でのヴィラン『メテオレイン』との遭遇と、交戦による敗北。

 

 重体であった通形ミリオは、一時は生死の境をさまよったものの、幸いにして一命を取り留めた。

 だが、内臓へのダメージが激しく、しばらくは食事も行えないとのことだ。

 

 軽症であった緑谷出久も、肉体的な被害こそ無いが、その精神的ダメージは到底計り知れるものではない。

 

 

 何も出来なかった。

 まるで通用しなかった。

 

 その事実は毒のように、緑谷出久の精神を蝕んでいた。

 

 

 

 

 

 「話は聞いたよ、緑谷少年。麗日くんと戦ったんだってね」

 「…………はい。『オールマイト』」

 

 緑谷出久が絞り出すように口を開く。

 

 昼休憩。『オールマイト』に声をかけられた緑谷出久は、彼と昼食を共にしていた。

 

 「それは──怖かったろう。よく頑張ったね」

 「…………いえ」

 

 俯き、一切手のつけていない弁当の端を見つめたまま、緑谷出久はぼそりと呟く。

 

 「僕のせいなんです。僕が『メテオレイン』とぶつかって、声をかけられて……」

 

 その声が少しずつ掠れていく。

 自分を切っ掛けとして始まった戦闘で、自らの先輩に重傷を負わせてしまった事に対する自責の念が、堪えきれず溢れていた。

 

 「その声に聞き覚えがあって、だから僕が聞いたんです……。『メテオレインですよね』って、そしたら──僕のせいで……!」

 

 

 誰も彼を責めはしなかった。あの『サー・ナイトアイ』だって、短く『そうか』と告げるだけで。

 それすら今の彼には耐え難い苦痛だった。

 

 「……君の判断は間違っていない」

 

 ポタポタと机に雫を落とす少年の頭に、『オールマイト』が手のひらをのせる。

 癖の強い緑色に、手のひらが少しだけ沈む。

 

 「前に言ったね。ヒーローはいつだって命懸けだ。だからこそ、例えそれが危険な選択肢だとしても、選ばなくちゃいけない瞬間は存在する。今回がそうさ。探し続けた『メテオレイン』の所在が分かったんだ。それは、君が何もしなければ持ち帰れなかった情報さ」

 

 グシグシとその頭を強引に撫でた。

 

 「通形少年のことも聞いているよ。彼も立派に戦った。彼の尽力があったからこそ、被害は最小限に抑えられた」

 

 『オールマイト』が握りこぶしを作って見せる。

 骨の浮いたその身体に力強さは感じられない。

 

 それでも、『オールマイト』は笑ってみせた。

 

 「後は、君たちが命懸けで繋いだタスキを無駄にしないこと。そうすれば、あの戦いは君たちの勝利だ!」

 

 

 その言葉に、緑谷出久は顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから更に数日後。

 『ナイトアイ事務所』による"死穢八斎會"襲撃に向けたミーティングが開かれた。

 

 可能な限り多くのヒーロー事務所に協力を依頼している今回の事案には、地方のマイナーなヒーローから、ヒーローランキングに名を載せる超有名ヒーローまで存在していた。

 その中には、緑谷出久、麗日お茶子を始めとした雄英高校のインターン生の姿もある。

 

 ここにいるべき通形ミリオは、未だ入院中だ。

 

 

 「あっ、夢見さんもおる」

 

 おーいと手を振るお茶子に、彼等の担任教師である『イレイザーヘッド』と会話をしていた佐々波夢見が顔を向ける。

 

 お茶子の顔を見て、うへぇと舌を出した。

 

 「なんでお茶子が来てんの?」

 「私、『リューキュウ事務所』でインターンやらせて貰ってるから。そっちこそなんで?」

 「……私は『サー・ナイトアイ』から急遽協力を依頼されたの。『ホークス』にも声をかけたみたいなんだけど、アイツは来れないって」

 「……『ホークス』も?……ねぇ、それってもしかして───」

 

 

 「──皆さま、本日はお集まりありがとうございます」

 

 ざわついたロビーに、『サー・ナイトアイ』の声が響く。

 

 「これから、"死穢八斎會"についての協議を行わせて頂きます」

 

 

 

 それは場所を変え、二階にある大会議室にて行われた。

 定刻通り、『サー・ナイトアイ』は口火を切る。

 

 「先日からご依頼しておりました、"死穢八斎會"について、現状の情報について今一度整理し、今後の方向性を模索させていただきます」

 

 『サー・ナイトアイ』が横にいる彼のサイドキック『バブルガール』に視線を向けた。

 その視線を受け、『バブルガール』はやや緊張した面持ちで説明を始める。

 

 「我々ナイトアイ事務所は、約二週間前から"死穢八斎會"という指定敵団体について独自調査を進めていました」

 

 その結果判明した事実は、決して無視出来ない事実の数々だ。

 

 過去一年の間において、組外の人間との接触が相次いでおり、具体的な内容こそ判明していないものの、組織の拡大、資金調達を目的に動いていることが明確であること。

 調査開始と同時期に、"ヴィラン連合"との接触があったこと。

 

 その二点だけでも問題であるが、"死穢八斎會"の脅威はそれだけではない。

 

 「先日、我々の事務所のインターン生である通形ミリオと緑谷出久が指名手配中のヴィラン『メテオレイン』と接触しました」

 

 『メテオレイン』。その言葉に、麗日お茶子は肩を跳ねさせる。

 

 「二人は交戦し、これに敗北。通形ミリオは現在入院中です。その際に、『メテオレイン』の腰には、"死穢八斎會"のマスクが括りつけられていたことから、我々は『メテオレイン』が"死穢八斎會"に所属していると断定。ヒーロー『ジャックス』に協力を依頼しました」

 

 

 緑谷出久は、隣の空席に一度だけ視線を向けた。

 『オールマイト』には、ああ言われたが、あの時の自分の行動は決して最善ではなかったのだと思う。それこそ、あの場にいたのが自分ではなく、"平和の象徴"であったなら、この話はそこで終わっていたのだ。

 机の下できつく握り締められた拳が、ギリリと嫌な音を立てた。

 

 褐色の肌に縮れた髪の毛を持つ、日本人離れした風貌のヒーロー『ロックロック』が、挑発的に問いを投げる。

 

 「マスクを持ってただけで確信を持つには弱いんじゃないか?その辺はどうなんだよ。"専門家"さん」

 

 その視線の先にいるのは無論、佐々波夢見だ。

 対して彼女は、『ロックロック』を見ることもしない。

 

 「それだけならね。"死穢八斎會"は"志村組"とも敵対関係にあったし、元々疑ってた組織の一つだもの。それに、若頭である治崎の個性は『分解』と『修復』。今にして思えば納得できることも多い」

 「あ?どういうことだよ」

 「……3年前に、『変質』した私を治せるとしたら、そういう個性だけってことよ」

 

 佐々波夢見は、横で俯く麗日お茶子に視線を向け、そこでようやく『ロックロック』に向き直った。

 

 「は?お前それどういう意味かわかってんのかよ?お前が言ってることはつまり──」

 

 「──『メテオレイン』は私を助けるために"死穢八斎會"の仲間になったと言うことよ」

 

 

 当然だ。とでも言いたげな夢見の姿に、『ロックロック』は言葉を失う。

 彼も愛する妻を持ち、可愛い我が子を持つ一人の親だ。大切な誰かの為に、自らを犠牲にして行動を起こす思いは、なんとなく理解することが出来た。

 

 

 「──おい。おいおいおい。当たり前みたいに言うけどよ、……お前、なんとも思わねぇのかよ」

 「なにそれ。星也が私を助けた事と、『メテオレイン』が犯した犯罪が許されるかは、切り離して考えられるべき事柄でしょ。私がどう思うかは、ここでは全く関係ない」

 「そんな訳ねぇだろ!」

 

 少しずつ語気が荒くなり始めた二人を制止する声が響く。

 

 「そこまでだ。二人とも、それ以上は止めていただきたい」

 

 『サー・ナイトアイ』は、眼鏡の位置を調整しつつ、その細い眼で二人をジロリと睨む。

 

 

 「………チッ」

 「それだけじゃないんでしょ?星也の近くにいた女の子も、証拠の一つって聞いたけど」

 

 『ロックロック』が押し黙ったのを見て、佐々波夢見は、会議の中心を『バブルガール』へと返す。

 

 「は、はい!えと、その為にはまず──」

 「──ワイの出番やな!」

 

 ガタリと、音を立てて立ち上がったのは、縦にも横にも大柄な男。雄英生である切島鋭児郎と天喰環をインターン生として雇い入れ、多くの者から人気のあるヒーロー『ファットガム』だ。

 

 彼は過去に、薬物を扱うヴィランを多く相手にしてきた事もあり、今回は、その道に詳しいヒーローとして、協力を要請されていた。

 

 「先日の『列怒頼雄斗』デビュー戦!今までに見たことない種類のモンが環に打ち込まれた!それは──"個性を壊すクスリ"」

 

 

 その言葉に、部屋全体がざわつく。

 超常が日常と化した現代において、その単語はあまりに不吉だ。

 

 「幸い、一晩寝れば元通りや。ただ、そのクスリの中身を調べた結果、人の血や細胞が入っとった」

 

 そして、『メテオレイン』が連れていた少女は、手におびただしい程の包帯が巻かれていたらしい。

 少女の最も近くに居ながら、救うことが出来なかった緑谷出久は、その事実に歯を食い縛る。

 

 「ここまで分かれば充分でしょう。つまり、"死穢八斎會"及び『メテオレイン』は、少女の身体を銃弾にして、それを捌いていると見て間違いない」

 

 

 ここにいるのは皆がヒーローだ。

 敵がどれほど強力であろうと関係ない。

 

 そこに泣いている少女がいるのなら、やることは決して変わらない。

 

 

 

 「───ご協力よろしくお願いします」

 

 

 

 答えなど、とっくの昔に決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少しして、学生である雄英高校のインターン組は、プロのヒーローよりも一足先にロビーで雑談をしていた。

 とはいっても、その雰囲気は和やかなものではない。

 緑谷出久が『メテオレイン』と交戦した時の状況を、クラスメイトや諸先輩方に語って聞かせていたのだ。

 

 「……そっか。お兄ちゃんと」

 「うん。黙っててごめん」

 

 その言葉に、麗日お茶子は首を横に振る。

 

 「んーん。それは言えんもん。『デク』君を責めたりしない。ニュースで見て、なんとなくわかってたしね」

 「……麗日さん」

 

 普段通りの朗らかな笑顔で言うお茶子に、緑谷出久は、どこか寂し気な声をあげた。

 だって、なんとも思っていない筈がないのだ。それでも、そんな諸々を飲み込んで目の前の少女は笑って見せる。

 その強さが、緑谷出久には少しだけ寂しかった。

 

 「でもよ麗日。お前、このまま行くと兄貴と戦うことになるかもしんねーんだぞ。大丈夫なのかよ」

 

 麗日お茶子の表情を窺うように、切島鋭児郎が心配の声をあげた。

 

 「……うん。大丈夫」

 「ほんとか?別に無理する必要もないぞ。なんなら先生に言って───」

 「──駄目だ」

 

 尚もいい募る切島の言葉を遮って、エレベーターから出てきた『イレイザーヘッド』は口を挟む。

 その後ろには、佐々波夢見の姿もある。

 

 「先生!それに『ジャックス』も」

 「うん。お疲れさまー」

 「『デク』、外では『イレイザーヘッド』で通せ」

 

 緑谷出久は、『イレイザーヘッド』の背後から手を振る佐々波夢見に一度頭を下げてから、再度『イレイザーヘッド』へ向き直った。

 

 「それより、なんで駄目なんですか?通常、ヒーローは肉親が起こした犯罪への対処は行わないんじゃ…」

 「そうだ。普通ならな」

 

 『イレイザーヘッド』が来てから、顔を伏せ目を合わせようとしない麗日お茶子の横に男は立った。

 鋭いその声色には、甘さを許さない厳しさがある。それでも、それは決して突き放すようなものではない。指導者特有の、厳しくありながらも相手を気遣うような、複雑な感情が籠った言葉だ。

 

 「お前の場合は普通じゃないだろ。アイツがどんなコンプレックスなのかは知らないが、普段から意識し過ぎだ」

 「……わかってます」

 「いや、分かってない。"誰かの代わりになる"なんていう中途半端な想いのままじゃ、お前はいつまでたっても三流だ。お前の理由で動けないなら、ヒーローなんて辞めろ。邪魔だ」

 

 あんまりと言えばあんまりなその言葉に、その後ろから佐々波夢見が反応する。

 

 「ちょっと。言い方ってものがあるでしょ。……お茶子、まだよくわかんないかも知れないけど、ここで貴女が星也と戦うのは、貴女にとって大きな一歩になるはずなの」

 「それは、お前が飛ばして進んできた初めの一歩だ。夢半ばにいるお前は、その実、スタートラインから踏み出していない」

 

 あくまでも厳しい言葉で話す『イレイザーヘッド』を佐々波夢見は少しだけ睨みつけた。

 不意に、俯いたままのお茶子がポツリと言葉をこぼした。

 

 「……よく、わからないです」

 「そんな筈ないだろ。気付いていないフリにどんな意味がある」

 

 

 その言葉に、麗日お茶子はようやく顔をあげる。

 自らの恩師を鋭く睨み、普段よりも低いうなり声をあげた。

 

 「先生は何が言いたいんですか」

 「今回の一件で、過去を全て清算しろと言っている」

 

 ピシャリと、『イレイザーヘッド』は言い捨てる。

 だがそれは、まだ高校生の少女に望むには余りに酷な話だ。

 

 少女の脳裏には、まだヒーローであった兄の姿が焼き付いていて、努力なんて必要なく、彼の後ろ姿を思い出すことが出来た。

 麗日お茶子が麗日星也という人間を思い出したとき、その周りの人間は必ず笑顔で、きっとそれこそが望まれるヒーローのあるべき姿なのだと、彼女は今でも確信していた。

 

 それと同時に、彼女の中の麗日星也は、数年ぶりに実家に帰ってきた時の、余りにも弱々しい表情のままだ。

 だって、今ならわかるのだ。自らの兄はあの時、確かに助けを求めていたのだと。

 

 気付かなかったのは自分だ。

 

 "兄を恨んでいるか"。よく聞かれた問いだ。だが、どうして自分が兄を恨めようか。どうして兄を憎めようか。

 ただのうのうと呆けていただけの自分が、どうして兄を嫌いになれよう。

 

 

 麗日お茶子は、"みんな"を助けるヒーローになりたいと思ったことは一度とない。

 それでも、麗日お茶子は、あの日、あの時の、麗日星也に手を伸ばせなかった自分が許せなくてヒーローになった。

 

 なら、自分が一番救いたいと思っている相手は──。

 

 

 

 もう、有耶無耶のまま進めるのは止めろと、目の前の男は言っている。

 

 出来るだろうか。本当に。

 

 「それは……」

 「出来なくてもやれ。良くも悪くも、チャンスは一度きりなんだ。想像よりもずっと早かったが、これを乗り越えなきゃ、お前は本当の意味でのヒーローにはなれない」

 「………乗り越えられなきゃ、"見込みなし"ですか?」

 「馬鹿言うな。お前はずっと"見込みなし"だ。ただ、ここを越えれば、必ず化けるぞ」

 

 その言葉に、麗日お茶子は目を瞑った。その言葉の意味をゆっくりと咀嚼して、一度大きく深呼吸をする。

 

 「───任せてください。『イレイザーヘッド』」

 

 根拠はない。こんなのはただの虚勢だ。

 その言葉に『イレイザーヘッド』は頬を緩めた。

 

 「頼んだぞ『ウラビティ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから更に幾日か過ぎ、『死穢八斎會襲撃作戦』当日の朝、"死穢八斎會"の本拠地から程近い広場で、ヒーロー・警察を交えた最後のミーティングを行っていた。

 

 「突入前に、全員の認識を統一したいの」

 

 前に立ち、話すのは佐々波夢見だ。

 本来であれば『ナイトアイ事務所』の人間が行うべき役割であったが、相手はあの『メテオレイン』だ。大まかな作戦は『ナイトアイ事務所』で担当しているが、必ず起こると想定される『メテオレイン』との交戦は、最も詳しい佐々波夢見に一任されていた。

 

 「そもそも、この中で『メテオレイン』の個性による鎧を貫通し得るのは、私のサイドキックと『ファットガム』の必殺技、体育祭で見た『デク』君の自傷パンチだけです」

 「自傷パンチ」

 

 そのあんまりなネーミングに、緑谷出久は思わずオウムのように繰り返した。

 気にせず、佐々波夢見は続ける。

 

 「つまり、基本的には無理ってこと。だからこそ、その鎧を剥ぐ必要があります」

 

 その言葉に、周囲の視線が『イレイザーヘッド』に集中する。

 個性の鎧。それを剥げる可能性があるとしたら、それこそ彼しかいない。

 

 当の本人は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

 「そう、私達が勝つためには『イレイザーヘッド』と『メテオレイン』の対面を作ることが絶対条件になります。もし、それ以外の状況で『メテオレイン』と遭遇した場合、一も二もなく逃走を選んでください」

 「そんなこと出来んのかよ!これから敵地に乗り込むんだぞ、想定外が起こらない訳がない!それに、それは向こうだって分かってんだろ?流石に分が悪すぎるぜ」

 

 『ロックロック』の噛み付く声を受けて、佐々波夢見は一度頷く。

 

 「そうね。ここまでは、向こうと此方の共通認識よ」

 

 そこで一度話を区切り、一歩前へ踏み出した。

 佐々波夢見のアメジストの如き瞳が、爛々と輝きを増す。そこに憂いの感情は一切なく、漸く待ち望んだこの一戦を乗り越えること以外考えていない。

 その体格以上に大きく見せる意志の力に、誰もが息を飲んだ。

 

 

 この日、長かった三年間に終止符を打つ。

 

 「ここからが、『メテオレイン』を打ち倒す唯一の策」

 

 

 胸を刺す痛みが、あの日から消えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前8時30分。死穢八斎會事務所前。人の動きが活発になってきた時間帯に、道路を塞ぐほどの大人数がそこにいた。

 

 ヒーロー『サー・ナイトアイ』

 ヒーロー『イレイザーヘッド』

 ヒーロー『リューキュウ』

 ヒーロー『ファットガム』

 ヒーロー『ロックロック』

 ヒーロー『ケサギリマン』

 ヒーロー『ジャックス』

 

 これらのヒーローに加え、そのサイドキック、雄英高校のインターン生、警察、この他にも、"死穢八斎會"が、保有する他の住所にも人材が割かれており、特にこの周囲に関しては、突入と同時に検問が引かれ、周辺地域には避難勧告すら出される手筈だ。

 総動員は三桁を優に超え、どこへ行っても警官やヒーローに出会うその状況は、どこか異質ですらあった。

 

 その中で、ヒーロー『ジャックス』こと佐々波夢見と行動を共にすることになった麗日お茶子は、夢見の隣に見覚えのない人間の姿を見た。

 身長は170センチ程度だろうか。肩の辺りが異常に隆起しており、頭までスッポリ被ったポンチョの上からでも、その異形が見てとれる。

 

 あぁあれが、先ほど言っていた"佐々波夢見のサイドキック"かと納得する。

 

 目を瞑り、瞑想する佐々波夢見に、お茶子は声をかけた。

 

 「夢見さん。その方がさっき言ってたサイドキック?」

 「───へ?あぁそうそう。私のサイドキック」

 

 一瞬呆けた表情をした夢見だったが、一転して取り繕うように笑う。

 

 「こう見えて結構強いから安心して」

 「いや、見るからに強そうなんやけど。肩ごっついし」 

 「まぁね」

 

 カラカラとした笑い声が響く。

 

 「おい、もう始まるぞ」

 

 横にいた『イレイザーヘッド』が、責めるように口を挟む。

 

 「分かってる」

 

 そう言って、佐々波夢見は表情を引き締めた。

 麗日お茶子も、自分の指先が徐々に冷たくなっていくのを感じ、ゆっくりと長い息を吐く。

 

 「頑張ろうね。お茶子」

 「うん。夢見さん」

 

 

 インターホンの音がやけにゆっくりと響く。

 聞きなれたその音は、開戦の合図となった。

 

 

 

 「───何なんですかぁ!」

 

 突如、住宅地に響き渡る轟音。"死穢八斎會"事務所の敷地の内側からその門が破壊され、3メートル程の巨人──活瓶が拳を振るった。

 ライオットシールドを構える警官と言えど、その掬い上げる一撃は耐えようがない。

 ものの見事に宙を舞い、『イレイザーヘッド』、緑谷出久といった機動力の高いヒーローに命を救われる。

 

 だが、問題は未だ門の前で拳を振り上げる活瓶だ。

 相手の活力を奪い、己のエネルギーにする個性を持つ彼は、今の一撃でその腕を肥大させ、その体躯も先ほどより一回り大きくなっていた。

 

 大勢が密集する今の状況は、彼にとって絶好の狩り場とも言える。

 

 「手筈通りに!ここは任せます、『リューキュウ』!」

 「ええ!」

 

 『サー・ナイトアイ』の言葉を受け、『リューキュウ』は活瓶の前に躍り出る。

 そしてメキメキとその姿を変え、遂には活瓶と比べても尚巨大なドラゴンへと変貌する。

 

 その巨体と圧倒的な膂力は疑いようもなく強力だが、そのサイズの都合上、地下での戦闘には向かない。

 地上に残って戦うとしたら、彼女以外は考えられなかった。

 

 

 斯くして、ヒーロー達は"死穢八斎會"の敷地内に侵入することに成功した。

 

 

 「どいつもこいつも示し合わせたように抵抗しやがって!なんだってんだよ!」

 「そういう組織だと思うしかないわね。早く先へ進みましょう」

 

 地下への隠し扉を『サー・ナイトアイ』が解読し、ついに開いた通路を駆け抜ける。

 

 ただ、その先は行き止まりだ。

 

 「行き止まりだ!!」

 「違う!この先に道はあるはずだ!」

 

 誰かの喚く声に、語気荒く『サー・ナイトアイ』が返す。

 その言葉に最も早く反応したのは緑谷出久だ。

 

 

 「なら僕が!!」

 

 そう言って、全員を引き離すように一歩加速する。

 その身に宿るは象徴の力だ。例え、今の彼に使用可能な容量が全体の15パーセント程度だったしても、コンクリートで出来た壁程度、障害にはなり得ない。

 

 振り抜かれたその足が、道を塞いでいた壁を粉砕する。

 開けた景色のその先には、『サー・ナイトアイ』の言葉通りに道が続いていた。

 

 情報通りの光景に、緑谷出久が笑みを浮かべたその瞬間。

 

──文字通り、地下道が歪んだ。

 

 

 "死穢八斎會"の『ミミック』の個性だ。モノに入り自由自在に操るその個性によって、彼はこの地下道へと潜り、この地下道は生きる迷宮と化していた。

 

 グネグネと形を変える迷宮は、瞬く間に姿を変える。

 事前に手に入れていた情報が、無意味になるのは時間の問題だった。

 だが、『メテオレイン』を捕捉しないまま地下迷宮に囚われれば、ヒーロー側に勝ち目はない。

 

 

 「───行って!!!」

 

 

 道が捻れ、遂には塞がりそうになる寸前で、佐々波夢見の怒号が響く。

 その声に呼応し、傍らを走っていた彼女のサイドキックが疾駆する。

 

 それはまさに一陣の風だ。うねる地下道の隙間を縫い一瞬にしてその姿が見えなくなる。『ミミック』の個性は、彼のスピードに到底追い付いていなかった。

 

 「速すぎやろ。なんやアイツ!」

 

 『ファットガム』のその言葉に尻目に、佐々波夢見は祈るように呟く。

 この作戦の結末は、彼に掛かってると言っても過言ではなかったから。

 

 「……お願いね。後輩くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おいおい。全然簡単に破られてんじゃん。なぁ『オーバーホール』、やっぱり天蓋と乱波も貸してくれよ」

 「駄目だ。元はお前の失態なんだ。お前が何とかしろ」

 「いや、そうは言うけどさ」

 

 ガシガシと頭を掻いた『メテオレイン』は、そのまま両の手を合わせる。

 正面に立つのは、大きく肩の辺りが隆起した男。

 その男は無言のまま、じっと『メテオレイン』を見据えている。

 

 「俺は行くぞ。『メテオレイン』」

 「分かってるよ。早く壊理を連れていってくれなきゃ気になって戦闘も出来ない」

 

 ふんと、『オーバーホール』は鼻を鳴らして背を向ける。ぞろぞろと配下を連れ、少しすれば闇に溶けて見えなくなる。

 

 それを黙って見送った目の前の男に、『メテオレイン』はクスリと笑ってみせた。

 

 

 「ヒーロースーツを変えたのか?似合ってるぞ」

 「いや、先輩。こんな服装に似合ってるとかありませんから」

 

 瞬間、膨らんでいたポンチョを突き破って、巨大な翼がその姿を現す。

 フードを後方に払えば、明るい茶髪が目を引いた。

 

 「久し振りですね。先輩」

 「あぁ、出来れば会いたくなかったよ『ホークス』」

 

 久し振りの再会に、『メテオレイン』は苦笑する。

 

 

 俺も会いたくなかったですと『ホークス』は腰に手を当ててため息をついた。

 

 「っていうか俺、今別件で超忙しいのにこんなことさせられてんですけど。お陰でこんな格好で戦うことになるし、そちらの恋人の方、本当どうにかしてくれません?」

 「いや知らんし。必要なら帰り道を作ってやるけど?」

 「ここで逃げたら後が超怖いじゃないですか。っていうか先輩に勝てるの俺しかいないし」

 

 まるで自分なら勝てると言わんばかりのその発言に、『メテオレイン』は口角を上げた。

 

 「生意気な口利くようになったな」

 「そりゃぁもう。あんたがせっせと人を殺してる内に、ちゃんと力をつけましたから」

 

 

───校内最強だかなんだか知らないけど、こんな小さな枠の中で強者気取って、情けなくないですか?先輩。

 

 

 

 『ホークス』が『メテオレイン』に挑発的なのは、初対面の時以来だろうか。まるでいつかの再現だと、『メテオレイン』は笑った。本当はもっと、言いたいことも聞きたいこともあるだろうに。

 

 

 

 「───口のきき方を教えてやるよ、糞ガキ」

 

 それは、ずっと昔に、かつて『シューティングスター』だった男が、『ホークス』に向けて放った一言だ。

 

 それを受けて、堪えきれないとばかりに『ホークス』は笑った。

 

 

 「じゃ、一手指南願いますわ。『メテオレイン』」

 

 

 『ホークス』が、その翼を大きく広げる。たったそれだけの動作で暴風が吹き荒れ、『メテオレイン』の髪を巻き上げた。

 

 そして、その翼から射出されるのは羽根の弾丸だ。それも、一枚二枚の話ではない。打ち出された弾丸の数は数十枚以上におよび、まるで横殴りの雨のように降り注いだ。

 それは視認できる速度を優に超え、一瞬にして『メテオレイン』の下に届く。

 

 それでもそれは、『メテオレイン』の肉体には届かない。

 

 『メテオレイン』の肉体に届く寸前で止まるその様は、ダーツ盤に突き刺さった大量の矢を連想させた。

 

 

 「結末まで再現するつもりか?『ホークス』」

 

 その言葉と共に、止まっていた羽根が音を立てて消し飛ぶ。

 一気に開けた視界で『ホークス』を捉え、『メテオレイン』は目を細めた。

 

 瞬間、引き起こされるのは扇状に広がる破壊の波。機動力が高い彼を呑み込まんと発生したそれは、整地されたアスファルトの大部屋を砕き、地下道全体にその震動を轟かせた。

 

 

 ただ、破壊の波では、"速すぎる男"を捉えることは到底できない。

 

 一瞬だ。『メテオレイン』の個性が彼に届くまでの、隙とも言えないその一瞬で、彼は『メテオレイン』の背後に回ってみせた。

 

 

 「そんな訳ないでしょ。『メテオレイン』」

 「───チッ!」

 

 振り下ろされるは、彼の『剛翼』。打ち出すのではなく、武器として手に持つでもなく、その翼をギロチンのように振り下ろす。

 

 少量の血飛沫が舞う。

 それは『メテオレイン』の鎧を確かに貫き、咄嗟に横へ跳んだ男の肩を僅かに切り裂いてみせたのだ。

 

 そこでようやく、二人は同じ土俵に立った。

 

 

 『メテオレイン』はその逃げの一歩で、10メートル以上の距離を取る。

 空中で体勢を立て直し、重心を前に寄せたまま地面に着地し───、瞬間、その足下が爆ぜた。

 

 爆発的な加速。その初速は知覚の限界を超え、『メテオレイン』の一撃が『ホークス』に届く。

 

 「───っつぁ!」

 

 寸前で挟み込まれた『剛翼』がミシミシと嫌な音を立てる。

 その余波で、周囲の地面にクモの巣状の亀裂が走った。

 

 「死んでくれ『ホークス』」

 

 ゼロ距離で放たれる破壊の波。決して逃れることが出来ないそれは、『剛翼』を持つ『ホークス』ですら木っ端のように吹き飛ばした。

 砲弾のように吹き飛んだ『ホークス』は、離れた部屋の壁面に大きな音を立ててぶつかり、姿を覆い隠すほどの粉塵が舞い上がる。

 

 

 それでも、『ホークス』は止まらない。壁沿いを打ち上げる花火のように、舞い上がった粉塵を置き去りにして飛び上がる。

 それは天井すれすれで滞空し、今一度、羽根の弾丸を射出する。

 先程と違うのはその量だ。視界を覆うほどの羽根の嵐は、一つの竜巻となって『メテオレイン』を襲う。

 

 視界の全てを覆う羽根。それは必殺の一撃であると同時に、『ホークス』の姿を隠す盾だ。

 この盾の先で、『ホークス』は『メテオレイン』の隙を窺っていることだろう。

 

 それに対して『メテオレイン』は、ただ己の個性に"潰せ"と命じた。

 

 

 拮抗したのは一瞬だった。

 

 轟音が響く。羽根が消し飛び、地面が抉れ、地下施設の全てに衝撃が轟いた。破壊し尽くされたこの部屋には、もはや元の面影は存在しない。

 

 一つの隕石が落ちた後のような大きなクレーターが、その一撃の重さを理解させる。

 『メテオレイン』は、口へ込み上げた吐瀉物を横に吐き出す。 

 

 ぼとりと、『メテオレイン』の個性によって天井に押し付けられていた『ホークス』が床に落ちた。

 その近くまで歩みより、『メテオレイン』はかつての後輩に声をかける。

 

 

 「時間稼ぎなんだろう?『ホークス』」

 

 

 返事はない。だが、『ホークス』は、起き上がろうと必死にもがいている。

 足の爪先で、その身体をひっくり返した。

 

 

 「『イレイザーヘッド』と他のヒーローが、ここまでたどり着く時間を稼ぐのがお前の役割なんだよな?」

 「……そうだったら、どう…するんですか?」

 

 荒い呼吸を吐きながら、『ホークス』はなんとか上体を起こす。目に流れ込む血を拭うこともせず、『メテオレイン』の目を睨み付けた。

 

 「どうもしない。どちらにせよ、あんたをここで殺して、俺は次に向かうだけだ」

 

 ははっと、『ホークス』は笑う。

 

 「──やっぱり……、わかんないっすわ」

 

 脈絡のないことをいう『ホークス』に、なんの事だと、『メテオレイン』は眉を潜めた。

 

 

 「"死穢八斎會"がそんなに大事ですか?彼等が掲げる大義って、そんなに魅力的なものだったんですか?」

 

 

 『ホークス』からすれば、今の『メテオレイン』は、元恋人や妹、自らの後輩を殺してでも、"死穢八斎會"を守ろうとしているようにしか見えなかった。

 

 だからこそわからない。

 

 『ホークス』にとって、かつての日々は、野に咲く花のような、かけがえの無い思い出だと感じていたから。

 

 『ホークス』の言葉に、『メテオレイン』は暫し沈黙で返した。

 

 「……"死穢八斎會"のことは、本当はどうでもいいんだ。アイツ等がここで捕まろうとも、死のうとも、全部自業自得だ。そこに思う所はない」

 「なら───」

 「───助けたい奴がいる」

 

 何か言いたげな『ホークス』の言葉を遮って、男は言葉を続けた。

 

 「なんでこんなに、助けたいと思うのかはわからない。俺のやり方が正しいのかどうかもわからない。でも、俺だけなんだ。俺だけが、あの子を救い出せる」

 

 血を吐くように、『メテオレイン』は吐き捨てる。

 

 「……だから、俺は絶対に壊理を救う。何をしても、絶対に。それを悪と名付けるなら、お前は俺の敵だよ、『ホークス』」

 

 

 それが今の『メテオレイン』の全部。

 何もかも失った男の、三年間の拠り所だ。

 

 訳わかんねーと、『ホークス』は笑った。

 

 

 「悪いが、死んでもらうぞ」

 「最後にあと一つだけ良いですか?命乞いなんですけど」

 「清々しいなお前。やだよ、決心鈍りそうじゃん」

 

 くはっと、『ホークス』が吹き出す。その拍子に脇腹に激痛が走り、スリスリとその場所を擦った。

 

 「いや、なんてこと無いんですけどね?」

 「聞けよ。それか聞くなよ。……なに?どっちにしろ見逃したりしねーぞ」

 「分かってますって。……ねぇ、先輩」

 「……だからなに?」

 

 

 「───俺のサイドキックになりません?」

 

 

 『メテオレイン』は、一瞬その言葉の意味がわからなかった。

 中途半端に開いたままの口が、「は?」と情けない声を漏らす。

 

 「サイドキックなら、多分隠し通せると思うんですよね。顔はほら、なんかマスク被って。先輩って何かと味方も多いし、きっとやれますよ。どうです?」

 「いや、どうですってお前。無理だろ」

 「無理ですかね?ピンチの時は夢見さんの個性でなんとか出来るし、俺と先輩なら絶対負けなしですよ。だから、やってみる価値はあると思うんです。だってほら、また皆で過ごせるんだから」

 

 これも、彼なりの時間稼ぎなのだろうか。確かに『メテオレイン』はその足を止めて、彼の話を聞いてしまっている。

 例え、ただの時間稼ぎなのだとしても、聞かずにはいられなかった。

 

 「俺が何人殺してきたと思ってる。今更ヒーローなんて」

 「先輩が何人救ってきたと思ってんすか。これから何人救うと思ってんすか」

 「そういう問題じゃないだろ」

 「そういう問題ですよ。それは、自分の折り合いの話ですから」

 

 それは、思わず頷いてしまいそうなほど、あまりにも魅力的な提案だった。

 この三年間、考えなかった日がない、"もし、あの日に戻れたら"という妄想の続きを、未来で再現出来るなら。

 

 

 都合のいい話だ。論外だ。麗日星也は、そんな救い求めていない。

 そうやって自分に言い聞かせる。

 

 「いい加減にしろ。大体なんでお前が──」

 「──だって先輩が、助けて欲しそうにしてたから」

 

 

 その言葉は、この三年間のどこで聞いた罵倒よりも、麗日星也の柔らかい所を貫いた。

 

 顔を見せそうになる弱さを、唇を噛みちぎって黙らせる。

 

 

 ゆっくりと目を瞑る。

 

 彼の脳裏に浮かぶのは、白髪の幼い少女だ。

 大きな瞳と、小さな指先。響くことの少ない鈴の音。

 

───『わたしが咲くの、ちゃんと見ててね』

 

 一度だけ、小さく息を吐く。

 

 自問する。麗日星也は『メテオレイン』に問いを投げる。

 

 お前が何だ。

 お前は誰だ。

 お前が一番大切なものは何だ。

 

 

 それは、いつかにも立たされた分岐点のようで、本質の全く異なるものだ。

 

 自分の未来か、少女の未来か。

 

 

 そんな選択肢、あって無いようなものだった。

 

 

 「………悪い。俺さ、やっぱりヴィランだから。ヒーローなんて無理だわ」

 「………そっすか」

 

 短く告げて、『ホークス』は目を瞑った。

 『メテオレイン』は一度だけ頭を掻いた。

 

 「やっぱり、お前の命乞い聞くんじゃなかったわ」

 「……見逃してくれるんすか?」

 「まさか。ただ──」

 

 カツカツカツと何人かの走る音が聞こえる。それを追うように、地を揺らすほどの轟音が響いた。

 その破壊音は、程近くまで迫っていた。

 

 「──結末はどうあれ、もうすぐ終わりだ。本当に、あっという間だったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下通路の細い道を、幾人もの纏まった足音が響く。

 荒く吐き出した息に混じった少量の血が、ヒーロースーツの襟を汚した。

 口元に残ったそれを、佐々波夢見は袖で強引に拭う。

 

 

 「『ファット』!『イレイザーヘッド』は!?」

 「駄目や!目ぇ覚まさへん!」

 

 佐々波夢見の言葉に、『イレイザーヘッド』を担いだ『ファットガム』が怒鳴るように返事をする。

 その言葉に佐々波夢見は歯噛みした。

 

 「来ねぇぞ!撒いたか!?」

 「バカを言うな!『ジャックス』の視界を避けてるだけだ!!」

 

 切島鋭児郎の楽観的な発言に、『サー・ナイトアイ』は怒鳴りつける。

 

 

───状況は最悪だった。

 

 「夢見さん!!」

 「待って!今考えてる!!」

 

 麗日お茶子の叫び声に、佐々波夢見は叫び返した。

 余裕がある者など、どこにもいない。

 

 

 「───次来るぞ!!」

 

 『サー・ナイトアイ』の怒号が響く。

 それは、『メテオレイン』の襲撃の合図だ。

 

 

 「っ!!───僕が!!!」

 「駄目だ緑谷!俺がやる!」

 

 

 足を止めかけた緑谷出久を叱咤して、切島鋭児郎は靴の裏で地面を削りながら背後を向く。

 血塗れの両腕の軌跡が、赤い線を描く。

 

 「来いやぁぁぁ!!!!!」

 

 『硬化』という個性を持つ彼が、この日、既に何度も何度も発動し、そしてその度に破られてきた最高硬度。

 何度も破られた弊害から、その姿はどこか歪み、硬度も最初ほどのものは出ていない。

 

 それでも、彼の闘志はここにある。

 

 

 視界の端が煌めいた時、既にその両腕は潰れていた。

 斜め上から叩き潰すように繰り出された蹴りにより、切島鋭児郎の身体を支える足は地面に深く突き刺さり、余波だけで、身体を揺らす暴風が吹き荒れた。

 

 それでも、『メテオレイン』は足を止め、切島鋭児郎は耐えきった。

 

 「おおおおぉぉぉ───!!!」

 

 切島鋭児郎は、『メテオレイン』の喉元に噛み付くように飛びかかる。

 『硬化』は既にボロボロ、両腕が完全に潰れても尚、その男は止まらない。例え、己の牙が届かないと知っていても、今この瞬間は、たった一秒が勝敗を左右するのだと感じ取っていたから。

 

 だか、意思の力だけで、その圧倒的な戦力差を覆せるかどうかは、全く別の問題だ。

 

 

 「───邪魔だ」

 

 

 そこに落ちた大質量が、その膝を完全に砕いた。

 

 崩れ落ちる切島鋭児郎を一瞥もせず、『メテオレイン』はその横を駆け抜ける。

 

 

 

 「切島くん!!」

 「立ち止まるな!!!」

 

 崩れ落ちる切島の姿に、つい足を止めそうになる緑谷出久に『サー・ナイトアイ』が鋭く叫ぶ。

 切島鋭児郎が全てをかけて稼いだこの一瞬を無駄にするわけにはいかない。

 

 その中でただ一人、佐々波夢見は背後に顔を向けた。

 

 「───捉えた。『ファット』!!」

 「わかっとる!」

 

 『メテオレイン』の姿を視界に収めた佐々波夢見の目が、爛々と光を発する。

 

 その瞬間、『メテオレイン』は足を止めた。じっと、周囲を警戒するように、辺りを窺っている。

 

 「何を見せてる!?」

 「喋らないで!!ラベンダー畑よ!私達の姿を見失ってるから鎧の補強に力を注いでるんだと思う!」

 「んなオシャレな!!」

 

 『ファットガム』に担がれた佐々波夢見が、後方で佇む『メテオレイン』を睨み付けながら、『サー・ナイトアイ』の問いに答える。

 

 佐々波夢見の個性は『現夢』。

 知覚した相手、或いは知覚された相手を、"共感状態"にする。そして、"共感状態"にした相手の、知覚した(知覚された)感覚気管に、佐々波夢見がイメージした通りの信号を送ることができる。

 つまりは、佐々波夢見を見る、或いは見られた人間は、彼女の思い描く通りの映像を見せられ、彼女の声を聞く、或いは聞かれた人間は、彼女の思い描く通りの音声を聞かされる。

 

 佐々波夢見の『現夢』に侵された『メテオレイン』は、彼女の視界から逃れない限り、己の視覚が信用できない。

 

 

 だが、"見る"必要のない攻撃も確かに存在する。

 

 

 「───波が来る!!」

 

 突如放たれた破壊の波。それは、川辺を抉る土石流の様に、通路を破壊しながら彼等に迫る。

 

 佐々波夢見の悲鳴に、『サー・ナイトアイ』が反応した。

 

 「横に部屋がある!逃げ込むぞ、個性を切れ『ジャックス』!!」 

 「──っ!!」

 

 

 緑谷出久が蹴り壊した扉から、六人は部屋の中に滑り込んだ。

 間一髪。佐々波夢と『イレイザーヘッド』を両脇に抱えたままの『ファットガム』が飛び込んだところで、破壊の波は背後の廊下を蹂躙していく。

 

 

 『ファットガム』の腕の中からもぞもぞと抜け出した佐々波夢見は、再度『ファットガム』を向き直った。

 

 「『イレイザーヘッド』を貸して。起こすから」

 

 佐々波夢見はそう言って、『ファットガム』から意識を失ったままの『イレイザーヘッド』を受け取る。

 "二体目"の『メテオレイン』と相討つ形で重症をおった『イレイザーヘッド』は頭部からおびただしい量の出血をし、その顔色は白を通り越して青に近い。

 

 満身創痍を優に超え、最早、生存すら危うい彼を起こすと言う佐々波夢見に、麗日お茶子は待ったをかける。

 

 「待って!先生はこれ以上無理やよ。私が──!」

 「駄目。偽者相手にこれ以上手札を切るわけにはいかない。最終的に勝たなきゃ全滅なんだから、無理だってしてもらわなきゃ」

 「それはいいが、問題は『トゥワイス』だ。あの『メテオレイン』に死力を尽くしたところで、また増やされたらどうしようもない。手を打てないのなら、『イレイザーヘッド』を起こしても意味はないぞ」

 

 肩の裂傷を押さえながら、『サー・ナイトアイ』は口を挟んだ。

 

 先程から交戦していた『メテオレイン』は、"ヴィラン連合"の『トゥワイス』の個性により造り出されたものだ。

 事実として、彼等は既に二度『メテオレイン』の偽者を打倒しているにも関わらず、再度現れた『メテオレイン』に強襲を受けていた。

 

 このまま続けても、彼等には勝ちはなかった。

 

 

 「……"死穢八斎會"と"ヴィラン連合"はあくまでも協力関係よ。共倒れするまで一緒にいるとは思えない」

 「……つまり、彼等の自信の根元を叩くと」

 「本物の星也を落とす。これしかないと思う」

 

 チラリと廊下を気にしながら、佐々波夢見は告げる。

 

 「だからといって、あの星也も無視できない。星也二人を同時に相手にするなんて、そんなの悪夢だもの」

 「戦力を分散する言うとんのか?」

 「そう。最低限の戦力、私とお茶子、『デク』くんで本物を倒すわ」

 「……前に言ってた作戦だな。勝てる確証はないんだろう?」

 「試した事がないだけよ。星也から聞いてる昔のエピソードとか、この前の通形くんとの戦いとかを考慮すれば、完封できる可能性は高いの」

 

 それは、実を言うとほとんど根拠のない話だ。全てが想像と予測の基で立てられた作戦で、命をかけるには余りにも弱い。

 それでも、自信満々に彼女は告げる。彼女だけは自分の勝利を疑っていない。

 

 「信じて。きっと勝てるから」

 

 その言葉に誰もが押し黙った。

 『サー・ナイトアイ』は、静かに眼鏡の位置を直す。

 

 「……先程から君のサイドキックの戦闘音がしない。急ごう」

 「───えぇ。ありがとう」

 「『イレイザーヘッド』を起こしてくれ。『デク』。貴様もそれでいいな」

 「……勿論です」

 

 確認するような『サー・ナイトアイ』の言葉に、愚直なまでに真っ直ぐ目で、緑谷出久は続ける。

 

 「見ててください。絶対に勝ちますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一番最初に、廊下に転がり出たのは『イレイザーヘッド』と、佐々波夢見だ。

 一人で立つこと出来ない『イレイザーヘッド』を背負い、既に近くまで迫っていた『メテオレイン』を視界に収めた。

 

 

 「『イレイザー』!!」

 「……わかっ…てる!」

 

 『イレイザーヘッド』の『抹消』に加え、佐々波夢見の『現夢』。

 超常を失い、視界を支配された『メテオレイン』は、懐から素早く拳銃を抜いた。

 

 「そうはさせへんぞ!!」

 

 続けて飛び出すのが『ファットガム』。その巨体で『イレイザーヘッド』と佐々波夢見を射線から隠す。

 それと同時、佐々波夢見の『現夢』は解除された。

 

 ただそれは、あくまでもヒーロー目線の話、『メテオレイン』からすれば、目の前の『ファットガム』が本物なのか、はたまた『現夢』によって形作られた幻影なのか、その区別をするのは不可能だ。

 

 『メテオレイン』はがむしゃらに引き金を引く。無論、強力な個性を保有している『メテオレイン』に、拳銃の取り扱いなど行える筈もない。

 幸い至近距離であり、的である『ファットガム』も広く高い。前に撃ち出しただけの『メテオレイン』の銃撃は、彼の肉の鎧に沈んだ。

 

 だがそれだけ。計三発の被弾に伴う衝撃で『ファットガム』は足を止めたものの、大きなダメージを受けた様子はない。顔の前で交差させていた腕の隙間から静かに『メテオレイン』を睨んだ。

 

 「はよ行け!『ジャックス』!!」

 「わかってる!お茶子!『デク』くん!」

 

 佐々波夢見は、『イレイザーヘッド』を廊下に壁面に寄り掛からせ、『ファットガム』に背を向ける。

 

 『ファットガム』は、三人が走り去って行く様子を棒立ちのまま見送る『メテオレイン』を鼻で笑った。

 

 「棒立ちかいな。お前は偽者といえど、恋人と家族やろ。何か思うことはないんか」

 「……"元"だ。それに、『ナイトアイ』の姿がない。深追いすれば、手痛い反撃を受けそうだ」

 

 その言葉に、『ファットガム』は短く舌打ちをする。

 

 「なんや。御自慢の個性が使えなくなった途端、急に慎重になりよって。別に深追いせんでも結果は変わらんで」

 

 そう言って、『ファットガム』は両の拳を強く握り、脇を締めたまま両腕をやや引き絞る。

 一見無防備にも見えるそれは、その肉体こそが鎧となり、拘束具となる『ファットガム』に最適化された彼だけの姿勢だ。

 

 その臨戦態勢を前に、『メテオレイン』はつまらなそうに言う。

 

 「下らない挑発はするな。『イレイザーヘッド』の個性が切れる危険があるのに、無駄口を叩き始めた時点であんたらの考えは割れてるんだよ」

 

 ゆらりと、右手に持った銃口を『ファットガム』に向ける。

 

 

 「お前達が一番嫌がるのは────これだろ?」

 

 

 素早くその銃口を反転。自らの側頭部に押し当てた。

 

 

 「あかん────!!」

 

 

 思わず、『ファットガム』は言葉を失う。

 簡単な話だ。『トゥワイス』の所在がわからず、本物の『メテオレイン』の打倒が叶っていない現状において、"この"『メテオレイン』が死ねば、間を置かず"次の"『メテオレイン』の襲撃が始まる可能性は非常に高い。

 故に、『ファットガム』達は捕縛を必要とし、その攻め切れなさに苦戦していたのだから。

 

 『ファットガム』の表情に、『メテオレイン』は僅かに笑みを浮かべ、その引き金を引く───その寸前で、『メテオレイン』の後方から投擲された印鑑が、握られた拳銃を弾き飛ばした。

 

 

 「──っ!!」

 

 

 それは完全に意識外からの奇襲だ。印鑑が投げられた方向は『メテオレイン』が警戒しながら歩いてきた方向で、隠れることができるような場所は存在しなかった。

 ヒーロー達が避難した部屋の扉だって、『ファットガム』の少し後ろに一つのあるのみで、少なくとも、『メテオレイン』の後ろに現れることは不可能だ。

 

 

 夢見の『現夢』に囚われたあの一瞬。あの時に背後に回り、完全な隙を待っていたのか。

 

 

 『メテオレイン』と、『サー・ナイトアイ』の視線がが交錯する。

 

 瞬間、『メテオレイン』は『サー・ナイトアイ』に向け疾駆する。

 弾かれた拳銃には目もくれず、その手に持つのは小さなナイフだ。

 

 無論、通常時において、個性が封じられた『メテオレイン』が『サー・ナイトアイ』に肉弾戦で勝てる筈もない。だが、今この瞬間の"『メテオレイン』に攻撃出来ない"というハンディキャップを持つ『サー・ナイトアイ』であれば、障害にはなりはしない。

 

 

 飛び退る『サー・ナイトアイ』。それでも、迫る『メテオレイン』の方が何倍も速い。その後ろでドタドタと走る『ファットガム』を置き去りにし、遂には懐まで入り込んだ。

 

 ヒュンという、風を切る音を立てて、刃先は真っ直ぐ『サー・ナイトアイ』の首に迫り───。

 

 

 ガキンと、金属に弾かれるような硬質な音をたてた。

 

 

 「オオオオオ!!!」

 

 

 『サー・ナイトアイ』と入れ替わる様に滑り込んだのは赤の軌跡。その頭髪だけではない。全身を血で真っ赤に染め、膝も腕も全てを砕かれて尚、決して砕けぬその漢は、獣の如き咆哮を上げ、『メテオレイン』の前に立ち塞がった。

 

 「───『烈怒』!!!そのまま捕まえとけ!!」

 

 その両腕を切島鋭児郎に拘束され、否、拘束という言葉は正しくない。意識の有無すら判別のつかないその男は、ただ『メテオレイン』の両腕を掴み、自分の身体を押し付けているだけだ。

 

 それでも、『メテオレイン』はそれを振りほどけない。

 

 振りほどく事など出来る筈がない。

 

 

 「…………最悪だよ。本当に」

 

 

 次の瞬間、『メテオレイン』は『ファットガム』の脂肪に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前が来るとは思ってなかったよ。一週間振りだな、ヒーロー」

 

 

 地下にある大部屋の一つ。『メテオレイン』と『ホークス』の戦闘により、只でさえ広かったその大部屋はもう一回り押し広げられた。

 その代償として、地面は粉々に砕け、天井もいつ抜けてもおかしくない。

 

 真っ直ぐと睨み付ける緑谷出久に、『メテオレイン』は呆れたように言う。

 

 「短期決戦を仕掛けて来ないってことは、『イレイザーヘッド』はいないんだろ?それにしたって一人はないよな?夢見でも隠れてるのか?」

 

 

 『メテオレイン』の言葉に、緑谷出久は答えない。

 

 

 「どっちにしてもお前じゃ相手にならないだろ。それにあの時は気づかなかったけど、雄英の一年だろお前。体育祭で観たよ。お茶子が世話になってるかも知れないし、ここは大人しく──」

 「うるさい」 

 「………ん?」

 「───黙れよ!!『メテオレイン』!!」

 

 

 緑谷出久の足下が爆発する。否、それだけの推進力を得て、少年は一つの閃光となる。

 

 だがそれは、『メテオレイン』からすればあまりに遅い。短く息を吐きながら、迫り来る少年を見据えた。

 

 そうして引き起こされるは、破壊の波。何度目かもわからぬそれは、衰えぬ破壊力を伴い立ち塞がる全てを呑み込んでいく。

 

 それで終わり。

 そうだ。緑谷出久にそれを防ぐ手立てはない。先日と同じように吹き飛ばされ、地を這い、慈悲を乞うことしか出来ない筈だった。

 

 故にこそ、『メテオレイン』は反応出来なかったのだ。

 

 

──破壊の波を走破し、振り抜かれた少年の拳が、当然のように鎧を貫通し『メテオレイン』の腹に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 明点する視界。続けざまに揺らされる脳が、現状を理解するのを拒絶している。

 脚を打たれ、胴を蹴られ、顔面を殴られた。

 

 そして今再び、緑谷出久の拳が腹部に沈んだ。

 

 

 「がぁぁぁ!!」

 

 尚も追撃する緑谷を払うように、『メテオレイン』は脚をしならせる。それは、ただの一撃で人の首を容易く刎ねる死神の鎌だ。

 

 その鎌は、寸分違わず緑谷出久の首に吸い込まれ、そして霧の様にすり抜けた。

 佐々波夢見の『現夢』による妨害だった。

 

 幻よりもワンテンポ遅れて駆けていた緑谷出久は、一度もブレーキをかけぬまま、『メテオレイン』を蹴り飛ばす。

 

 何者も通さぬ鎧は、もはや意味がなかった。

 

 

───なぜ。どうして。

 

 そんな思考ばかりが、『メテオレイン』の脳を空回りさせた。

 

 

 「くそがぁ……!!」

 

 身体を瓦礫でボロボロにし、口からは少なくない血を吐き出した。

 必死に立とうとしても、膝が笑って思うように力が入らなかった。

 

 そこに、緑谷出久が飛び掛かる。

 

 

 「貴方が!こんなところで!何してんだよ!!!」

 

 

 咄嗟に個性を発動。だが、両の指を合わせることが出来なかったが故に出力の制御が利かず、その身体は砲弾のように吹き飛んだ。勢いを衰えさせることも出来ず、部屋の壁面へと打ち付ける。

 

 血と吐瀉物が、足下を汚した。

 

 気道がどこかイカれたのか、息を吐く度に間抜けな音を鳴らす。

 

 

 「"死穢八斎會"が何してるのか、わかってるんだろ!!小さな女の子を食い物にして!ふざけるなよ!」

 

 激情のままに緑谷出久は怒鳴る。

 その脳裏に浮かぶのは、一週間前の後悔の記憶だ。

 何も出来ない自分の無力さを痛感した日の記憶。

 

 だが、正直な話、緑谷出久は少しだけ嬉しかったのだ。

 だって、彼の隣にいた少女が、麗日星也を見る目が"昔、自分が『オールマイト』を見ていた目"によく似ていたから。

 

 

 きっと『シューティングスター』は死んでいない、そう思った。

 

 

 故にこそ、会議の時に"個性破壊弾"の中身を聞いたとき、本当にショックだった。

 

 もしも、"死穢八斎會"が少女に行っていることを、『メテオレイン』が知っていて、そして容認しているのなら。

 

 それは、少女に対する裏切りだろう。

 

 

 

 「うっせんだよぉぉぉぉ──っ!!!!」

 

 

 血を吐くように、否、血を吐きながら、『メテオレイン』は叫ぶ。

 

 「ヒーロー、ヒーロー、ヒーロー!!!いつからそんなに偉くなったんだよ!なぁ!!ここから壊理を連れ出して!個性の制御の仕方を教えて!自分の個性を狙って来るであろう連中を撃退できるように鍛えて!誰が敵で誰が味方かもわからない疑心暗鬼のまま、たった独りで生きていけと!?それが幸せだと!?それが救いだと!?お前はそう言うのか!?ヒーロー!!」

 

 

 それは、幸せの在り方の話。

 不幸せでないことが幸せなのか。幸せになれないことが不幸せなのか。

 

 「壊理の幸せに個性は不要だ!!人の在り方を定めてしまうモノなんて、壊理には必要ない!」

 

 

 喉が悲鳴を上げていた。膝が限界を訴えていた。

 それでも、今ここで『メテオレイン』が折れることは出来ない。

 

 「過去も、現在も、未来を諦める理由にはならない」 

 

 

 

 『メテオレイン』は一つの流星と化す。

 かつての彼の代名詞。シューティングスターと呼ばれる必殺技。

 音速を超える必殺の一撃だ。

 

 身動ぎ一つ起こす前に敵の肉体を粉砕するその一撃も、『現夢』に囚われた『メテオレイン』では当てることが出来ない。

 

 ズブリと全く感じ取れない手応えに、『メテオレイン』は短く舌打ちをした。

 

 だがそれは、佐々波夢見はこの近くにいるという証明でもある。

 

 

 「ああぁぁぁぁ!!!」

 

 

 『メテオレイン』の咆哮と共に、引き起こされるは破壊の渦。

 全方位に広がった破壊の波が、ただそこに滞留し、歪な破壊の渦として根源する。

 

 そのレンジは大部屋全域に渡り、耐久性の限界に超えた天井が、マグマを噴き出す火山口のように崩壊する。

 

 

 その中でも、『メテオレイン』に迫る影があった。

 

 

 「『メテオレイン』!!!」

 「─────っ!!!」

 

 

 自身の最高出力をものともしない緑谷出久の姿に『メテオレイン』が感じたのは少しの恐怖だ。

 

 だが、先日の交戦では、『オーバーグラビディー』が緑谷出久に対して、有効に機能していることを鑑みれば、何かしらの種があるのは疑いようのない事実だ。

 

 

────空なら……!!

 

 

 何もない空ならば、緑谷出久には小細工など出来ない筈だ。加えて、『メテオレイン』はその個性の特性上、空中でも地上と同じパフォーマンスが行える。

 

 その判断の下、『メテオレイン』はロケットのように打ち上がった。

 

 

 地下から打ち上がった男は、地表を越え、遥か上空に立つ。

 

 

 見下ろした街並みには、人気は感じられない。おそらく避難勧告が出ているのだろう。

 

 いつか見た"氷"の幟が、いやに目につく。

 

 

────来いよ。ヒーロー。

 

 

 果たして、緑谷出久も打ち上がった。その姿は一つではない。

 合計5人の緑谷出久が、『メテオレイン』に迫っていた。

 

 慌てる事ではない。ただの佐々波夢見の個性だ。

 『メテオレイン』は、ただ落ちろと命じればいい。

 

 

 「小細工は終わりだ!落ちろ!ヒーロー!!」

 

 

 巨大な質量の落下。それは正しく隕石の一撃だった。

 一帯の建造物は全て潰れ、地下道の尽くが陥没していく。

 誰にも防ぐことは出来ない。三年前のあの時、『メテオレイン』がこれを使えば、『オールマイト』から逃げることも出来た筈だ。

 

 だというのに。

 

 

 「────小細工なんかじゃない!!!」

 

 指の平を合わせていた腕を引き離すように、腕を強引に掴まれた。

 

 

 「────っ!!」

 

 

 目の前の霧が晴れるように、緑色の少年が姿を現す。

 それと同時、眼下にいた5人の緑谷出久が姿を消す。

 

 

 

 そうだ。小細工などではない。これは、誰かの努力の結晶だ。

 

 

 『メテオレイン』の個性は『オーバーグラビディ』。重力を司る、星の力。その出力は理論上、ブラックホールに匹敵するが、肉体の限界が先に来るため不可能。

 それでも出力は圧倒的で、単純な破壊力で言うならば、『オールマイト』、『オールフォーワン』がいない今、この国の頂点に君臨するかも知れない。

 

 だが、なににでも例外がある。

 

 例えば、通形ミリオの『透過』が、『メテオレイン』の『オーバーグラビディ』に通用しなかったように。

 

 

 ただ一人、星の力を逃れる個性を持つ少女がいる。

 

 

 その少女の名前は、麗日お茶子という。

 

 

 

 「───なんで、俺は」

 

 呆然と呟かれた誰かの言葉が、風に吹かれて溶けた。

 

 

───まるでいつかと同じように、象徴の力が麗日星也を地に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『なんで!なんで!!』

 

 

 

 幼い少年の泣き声が、閑散とした町に響く。

 

 普段の数倍も埃臭い空気が、喉の奥にへばりついた。

 

 完全に倒壊した住宅の、ポッカリと空いたスペースにいた少年は、涙ながらに瓦礫をどかしている。

 

 

───少し離れた道路の真ん中に、全身を真っ赤に染めた三人の強盗が転がっていた。

 

 

 『お茶子!返事してよお茶子!!』

 

 ちがう。自分じゃない。自分はこんなこと望んでいない。

 麗日星也は、掴まれた腕を振り払おうとしただけなのだ。

 

 

 自分は悪くない。強盗が自分の腕を掴んだから。

 自分は悪くない。この世界がこんなに脆いから。

 

 

───いいや違う。きっと、悪いのは全部自分なのだ。

 

 

 『あ……あぁ……ぁぁ』

 

 遂に、少年は瓦礫を退かす手を止めた。

 個性の暴走に伴って折れた左腕が、今になって痛みを訴える。

 

 

 ぺたりと尻餅をついて、すすり泣くように少年は声をあげる。

 

 もう、限界だった。自分はきっと生まれてきてはいけなかったのだ。

 

 

───自分はきっとこのまま……。

 

 

 「…………ぇ?」

 

 ふと鼓膜を揺らした幼子の泣き声に、麗日星也は情けない声を漏らす。

 声のする方へ顔を向ければ、そこあるのは瓦礫の山だ。

 だがその奥に、壊れたベビーベッドの足が見えた。

 

 

 『お…お茶子!!!』

 

 少年は飛び付くようにその瓦礫を退かす。幼い子供には到底持ち上げることが出来ない物も多かったが、不思議とこの時の星也は、何の苦もなく持ち上げていた。

 

 それが、忌々しい自らの個性のおかげなのだと、なんとなく理解していた。

 

 

 『……お茶子!お茶子ぉ!』

 

 ようやく見つけた妹は、丁度瓦礫の隙間に入り込んでいて、どこにも怪我は見当たらない。

 

 思わず抱き締めそうになって、寸前でなんとかとどまる。

 個性を制御出来ない麗日星也では、妹を殺してしまう可能性も低くなかったからだ。

 

 

 不意に、その中途半端に伸ばされた指を、お茶子はふわりと握った。

 呆然とする星也に、お茶子は泣き笑いのような変な表情を見せた。

 

 『……なんだよ…お茶子』

 

 抑揚の覚束ない掠れた声で、お茶子に語りかける。

 大切なものを慈しむように、よく注意しながらお茶子を抱き上げた。

 

 

 『……なぁ…お茶子』

 

 『オェェェェェェ』

 

 

 脈絡もなく吐き出された麗日お茶子の吐瀉物が、麗日星也の胸を汚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔を差す日の光の眩しさに、麗日星也は目を覚ました。

 どうやら、少しだけ気を失っていたらしい。

 

 

 目を開ければ、燦々と照らす恒星がその明かりを網膜に焼き付ける。

 

 

───古い夢を見ていた気がする。

 

 それは随分と昔の話。麗日星也が、遅れて一人の人間になった日の記憶。

 

 

 麗日星也の原点の記憶。

 

 

 あぁ、そうだ。ずっと自分の個性に振り回されながら生きてきた。

 あの少女が見ていられなかったのは、きっとそういうことなのだ。

 

 

 麗日星也は、ヒーローになりたかったんじゃない。

 麗日星也は、ヒーローに助けて欲しかった。

 

 

 自分と似た少女を助けることで、いつかの自分を救ってあげたかった。

 

 この世界は、捨てたものではないだと、証明したかったのだ。

 

 

 「───あぁ、そっか」

 

 

 だから、諦められなかったか。

 

 

 

 少し離れたところに、ドンと、誰かが落ちる音がした。

 なんとかそちらに首を向ければ、緑谷出久がそこにいた。

 

 ただその両足は砕け、ミノムシのように這うことしか出来ないでいる。

 

 

 「………『デク』くん。お兄ちゃんも」

 

 不意に、妹の声がした。

 そちらに顔を向ければ、瓦礫が身体にいくつも刺さった佐々波夢見に肩を貸す、真っ青な顔をしたお茶子がいる。

 

 懐かしいとは思わなかった。

 その姿は、遠くから何度も見ていたから。

 

 

 「……お茶子か。でかくなったな」

 「……変わってないよ。お兄ちゃん」

 

 

 クスリと、麗日星也は笑う。

 それだけで、身体がバラバラになりそうなほどの激痛が走った。

 

 

 「いや…、精神的な話だよ」

 「うぅん。それも変わってない」

 

 ゆっくりと、星也は視線の先を空へと移す。

 大きくて、静かで、眩しくて、昔から少しも変わらない青空。

 

 「じゃあ───俺が小さくなったのかな」

 

 心のどこかが折れてしまった気がする。

 ただこれだけの会話で、涙が溢れそうだった。

 

 

 「───なに腑抜けたこと言ってるのよ」

 

 佐々波夢見が、吐き捨てるように言う。

 

 「まだ終わってない。女の子を助けるんでしょ」

 

 責めるようなその言葉が、麗日星也の脆い部分を打った。

 無理だろ、と。星也は思わず笑った。

 

 「だからさ、今壊理を連れ出しても、それは救いじゃないんだよ。先延ばしでしかなくて、それじゃ、壊理は幸せになれない」

 「なにそれ。そんなの全部星也の勝手じゃない。人の幸せとか、貴方が決めるものじゃない」

 「じゃあ、連れ出してどうすんだよ。それが何の救いになるんだ?その後は?きっと他の組織が壊理を狙う。それはどうする?本当に壊理のことを思うなら──」

 

 

 「──そんなの全部!貴方が守ってよ!!!」

 

 

 星也の理屈を、夢見の感情は塗り潰す。

 それは、誰のことを言っているのか。

 

 「当たり前の幸せをなんていらない!押し付けられた平穏なんていらない!貴方と…!貴方が一緒にいてあげれば!貴方が幸せにしてあげれば!その子だって、きっと!!」

 

 

 佐々波夢見が、星也の胸ぐらを掴み上げる。彼女の血が、星也の頬を濡らした。

 

 

 

 「星也は────その子のヒーローなんだよ?なんで……貴方が諦めちゃうの……」

 

 

 ヒーローであれと、佐々波夢見は言う。

 理想で在り続けろと、佐々波夢見は言う。

 

 「俺は……ヒーローなんかじゃない」

 

 渇いた喉に少しだけ痛みが走った。

 

 「ヒーローじゃなくても、麗日星也でしょ。『シューティングスター』じゃなくて、『メテオレイン』じゃなくて、麗日星也が、あの子のヒーローなんだよ?」

 

 

 それは、どこかすがり付くようだった。

 

 

 「お願い、星也。今しかないの。時間を置けば『オーバーホール』を捕捉出来ない。でも、どう考えても戦力が足りない。誰もまともに戦える状況じゃない!星也が苦しいのもわかるけど!でも──!!」

 

 

 「お願い。私を助けて」

 

 

 佐々波夢見の叫びが、辺りに響き渡る。

 気がつけば、周囲のヒーローや警察も集まって来ていた。

 にも関わらず、静寂が辺りを包む。誰もがその二人の言葉に耳を傾けていた。

 

 

 「……お前は、いつも勝手だな」

 

 ポツリと、星也が呟く。

 

 「……そうかも」

 「冗談だよ」

 

 

 だって、星也の方がよっぽど勝手だ。

 

 

 星也は、静かに眼を瞑る。

 一拍の間があって、再び口を開いた。

 

 「なぁ夢見、一つだけ聞いていいか?」

 

 俯いたままの夢見の返事を待たず、男は続ける。

 

 

 「俺はもう一度、ヒーローになれるかな?」

 

 

 誰もが憧れて、誰もが夢に見て、助けを求める人がいれば必ず現れる。取りこぼすものなんてないのだと、自信満々に言い張るような、そんなヒーローに。

 

 

 麗日星也は、もう一度なれるのだろうか。

 

 

 でもそれは、わかりきった問いだった。

 

 

 「………それは」

 

 

────無理だ。

 

 

 星也はもうヒーローにはなれない。

 

 その権利は三年前に自ら捨てた。目の前の女性の命と引き換えに捨てたのだ。

 

 だから星也は────。

 

 

 「────なれるよ、星也」

 

 静かに断言する言葉に、星也は瞑っていた眼を開く。

 僅かに微笑んだ夢見と、視線がぶつかった。

 

 「なれる」

 「は?」

 「星也は……ヒーローになれる」

 「いやお前な……」

 

 星也はそこまで言いかけて、もしやと思い夢見の顔に手を伸ばす。

 その目元に触れれば、指先がじんわりと濡れた。

 

 「泣いてるのか」

 「……だって、星也はヒーローだもん」

 

 涼しい顔をしている筈の夢見は、星也の言葉には返さず、己の主張を繰り返した。

 

 

 夢見の目元を触れていた手を動かして、夢見の顔を胸元に抱き寄せる。

 

 

 

 「そんなことに個性を使うなっつーの」

 「星也は、私のヒーローだもん」

 「……そうだな」

 

 麗日星也は『ヒーロー』にはなれない。

 でも、重要なのはそこではないのだとしたら。

 

 

 『ヒーロー』が人を救うのではなくて。

 人を救うのがヒーローであるならば。

 

 

 

 麗日星也は、きっとヒーローであれる。

 

 

 

 「───『オーバーホール』はここから七キロほど離れた廃工場の跡地まで地下道で向かう筈だ」

 

 その言葉に佐々波夢見が顔を上げる。

 

 

 「三年前、俺を回収するために作った道だ。すぐに埋め立てたが、どういう訳かこの前もう一度出来上がっていた」

 「………星也」

 

 麗日星也は身体に力を入れる。

 歪む景色。口の中は血の味が広がり、抗いがたい吐き気と怠さに膝を付きそうになる。指先が酷く冷たい。足の感覚がしない。

 

 それでも、この身体はまだ動く。

 

 

 「俺に付いてこい。案内する」

 

 

 

 どう転んでも、これが麗日星也の最後の戦いだ。

 

 

 



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それが"何で"あるかは結局のところ自分次第

 

────ずっと、失敗だらけの人生だったから。

 

 

 

 

 

 

 『ヒーローの心得はなんですか?』

 

 それは、星也が高校生になる前の話。

 それは、星也が中学生でなくなった後の話。

 

 ニコニコと笑うお茶子が、テレビのリモコンをマイクに見立て、星也にそんな事を聞いた。

 バタバタと荷物をスーツケースに詰め込みながら、呆れたように彼は言う。

 

 『いや、まだ雄英に受かっただけだから。入学式すらしてないから』

 

 心得とか言われてもわからん、と。その時星也は苦笑した。

 それは期待していた反応と違ったのだろう。お茶子は唇を尖らせ、えー!!と非難の声をあげた。

 

 

 『もうヒーローになったようなもんなんやろ!?』

 

 ドタドタと足を鳴らす姿は、昔からずっと変わらない。成長しないなぁと、星也はしみじみ思う。

 いつまで経っても、お茶子は子どものままだ。

 

 『いや違うだろ。まだスタートラインにも立ってねーわ。……まぁ、お子様なお茶子にはわからないか』

 『もうそんなに子どもじゃないもん!!』

 

 むきー!と少女は歯を剥いて兄を威嚇する。

 歳の離れた兄妹だったから、星也はいつもこうしてお茶子をからかっていた。

 

 

 『じゃあ!じゃあ!本当のヒーローになったら答え合わせしようよ!』

 

 先程の怒りはどこへやら。一転して表情を輝かせるお茶子が、名案だとばかりに跳ねた。

 

 

 『それちょっと恥ずかしいな。これから言う言葉が、いつか雑誌に載ったりするんだろ?"No.1ヒーローの原点"とか言って』

 『なに言っとん?』

 『おい真顔やめろ、真顔』

 

 星也の渾身のジョークは、きょとんとしたお茶子には通用しない。いつだって、彼は面白いことを言おうとするとダメなのだ。

 

 

 『いいからやるの!!やーるーのーー!!!』

 『うっさ!!わかったよ!やるやる!やりたいです!!』

 

 癇癪のように声を張り上げたお茶子に星也が負けずと叫べば、床下をドンと叩く音がした。

 明日の早朝から始まる仕事に備え、早々に『寝る』と言って寝室に籠った父親が、眼を覚ましてしまったのかも知れない。

 

 二人は一気にクールダウン。バランスを取るように両手を広げ、目を合わせてはニシシと笑った。

 

 お茶子がリモコンを握った手を星也の口元に伸ばす。何がそんなに楽しいのか、お茶子はニコニコと笑っていた。

 その口から発せられたのは、先程と同じ問いだ。

 

 

 『───お兄ちゃんにとって、ヒーローの心得はなんですか?』

 

 

 

 

 

 

 

 走る。走って、走った。

 

 

 そこは届出すらされていない地下通路。整地されていない土の地面は、到底走るのに適しているとは言えない。

 ドタドタと鳴らす足音は、合計で三十程度。その主は正規のヒーローだけでない、ヒーローの他にも雄英高校のインターン生や警察官が同様に肩を並べている。

 狭い通路故に、大人数にも感じるその一団は、その実、当初の人数の3割程度でしかない。

 重傷であった『イレイザーヘッド』や天喰環、緑谷出久、切島鋭児郎などは病院に搬送中。『リューキュウ』と波動ねじれは、上空から先回りをしている。その他にも、捕縛したヴィランの搬送にも人手を必要とするのだから、これだけの人数が集まれただけでも幸運なのかも知れない。

 

 当然、彼等とて無傷ではない。戦闘において常に矢面立たされるプロヒーローは当然としても、それ以外の警察官等も、突発的な戦闘やプロヒーローの戦いの余波で少なからず手傷を負っている。

 

 その中でもとびきりなのは、やはり先頭を走るその男だろう。

 

 血と吐瀉に汚れた服と、フラフラと左右に揺れる身体。荒い息と共に何度も血を吐き出し、眼は半分も開いていない。

 

 他でもない、麗日星也だ。

 

 

 ヒーロー『シューティングスター』の成れの果て。ヴィラン『メテオレイン』の搾りカス。

 

 

 満身創痍だった。限界だった。許容量の限界まで個性を行使し、幾度となく象徴の一撃を受けたその身体は、到底動かし得るものではない。

 

 それでも、まだやり残した事があったから。

 

 

 いつだってそうだ。彼の人生は、意地と虚勢で出来ていた。

 

 

───もうやめろと、立ち止まれと、自分の背後で誰かが言う。でも違う。違うのだ。自分はもっとやれる筈で、この世界は、こんな悲劇を許容したりしない筈だ。

 

 誰も手を伸ばせないなら、それはきっと自分の仕事だ。その為に、麗日星也はここにいる。

 

 

 今にも倒れてしまいそうなその男は、前に進むことを決して止めない。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、星也が高校生になった後の話。

 それは、星也が佐々波夢見の彼氏になる前の話。

 

 

 『わー!!綺麗!!……ねね、見て見て!私の瞳と一緒の色!!』

 

 そこは一面のラベンダー畑。

 その瞳を宝石のようにキラキラと輝かせながら、佐々波夢見は、嬉しそうに声をあげた。

 

 

 この時はそう、少し前に開かれた体育祭で、夢見との賭けに負けた星也が、彼女を連れて出掛けていたのだ。

 

 共に地方から出てきた一人暮らし。学校での座席が近いこともあって、二人の仲は良好だった。

 

 

 『バカ言うなよ佐々波。そもそも自分の眼を"瞳"って言う所から恐れ多いわ。是非反省しろ』

 『え?なに?今犬の鳴き声がしたんだけどもしかして麗日?賭けに負けた麗日が犬みたいな鳴き声を出したの?ちょっと勘弁してよね。私、犬の散歩に来たわけじゃないんだから』

 『……アンタの性根はどうなってんだよ』

 

 貴方が萎えること言うからでしょ、と。夢見は肩にかかった黒髪を後ろに払った。

 それでも、その薄い唇は僅かに弧を描いている。

 

 『そもそも、予選で私に負けただけで根に持ち過ぎだから。総合一位が負け惜しみとか、なんかおかしいでしょ』

 『あれだけ完膚なきまでにやられて、気にするなとか無理だろ』

 『そんなもん?』

 『そんなもん』

 『そっか』

 

 半歩分だけ前を歩いていた夢見が、踊るように星也に向き直った。非常に稀有な紫の瞳と、凡庸な黒い目が交錯する。

 

 背後には鮮やかな花畑を背負い、その髪を風に拐われぬように撫で付けるその女性を。

 

 綺麗だ、と。素直にそう思った。 

 

 

 『次は星を見に行こっか』

 

 

 次、"次"か。星也は思わず苦笑した。

 社交辞令だろうか。本気なのだろうか。星也には、佐々波夢見という人間は未だに良くわからない。

 

 それでも、"次"があったら良いなと、そう思う。

 

 

 『───栃木県に、良い所があるんだ』

 

 

 

 

 

────うるさい。黙ってくれ。

 

 

 昔の事ばかりを思い出す自分の脳に、精一杯の叱咤をする。

 

 そんな場合ではないのだ。過去に浸っていられる状況ではない。

 一歩でも前へ。この足を少しでも先に。

 限界を超えて、死力を尽くして、麗日星也はその一歩を刻んでいく。

 

 きっとこの道は、麗日星也の人生だ。

 決して平坦ではなくて、決して楽な道ではなくて。その道を走り抜けるだけで精一杯。

 それでもいつだって、足を止めることが出来ない理由がある。

 

 

 

 

 「間に合うのか?」

 

 誰かがそんな事を問うた。

 

 

 ヒーローが"死穢八斎會"の襲撃から星也を撃破するまでに要したのが約30分程度。『オーバーホール』が地上に上がると予測されるポイントは、"死穢八斎會"の本拠地から約七キロ離れた廃工場跡地だ。幼い少女を連れて歩けば、多少無理したとしても一時間はかかるだろう。

 

 タイムリミットは半刻。

 

 

 無理のある距離じゃない。可能な筈だ。

 

 

────可能な、筈だ。

 

 

 カツッ、と。上がり切らなかった星也の足が、凹凸とも呼べない地面の隆起に引っ掛かった。

 

 受け身をとることは出来なかった。いや、自分が転んだことすら認識出来ていないのではないだろうか。

 

 フラりと流れる身体。地に伸ばされた手には僅かにも力が入っていない。

 

 強く打った頭が、地面から一度だけ跳ねた。

 

 

 

 

 

 

 それは、星也が佐々波夢見の彼氏になった後の話。

 それは、星也が『シューティングスター』になる前の話。

 

 

 

 

 雄英高校ヒーロー科である1年B組。星也や夢見の所属するクラスで行われた"ヒーロー名"の考案。

 廊下側の端の列に縦並びで座る二人は、仮にも授業中であるにも関わらず相談をしていた。

 もっとも、通常の授業とは大きく異なる今回においては、クラス全体がガヤガヤとした喧騒に包まれている。

 

 

 『は?シューティングスター?』

 『そそ、良い名前じゃない?』

 

 

 後ろから身体を乗り出すようにして星也の手元を覗き込んだ夢見がそんなことを言った。

 "メテオレイン"と書かれた手元のフリップを見ながら、星也は眉をひそめた。

 

 

 『これじゃダメなのか?』

 『ダメじゃないけど、ヒーローっぽくないよ。なんで隕石なの?』

 

 うーん、と唸りながら夢見が問う。

 

 『なんか強そうだろ?星すら終わらせる一撃だ。例えどんな障害があろうともこの身が貫いてみせるっていう誓いを込めて。俺にとって隕石は力の象徴だから』

 『なにそれ、臭すぎて鼻が曲がりそうなんだけど。そもそも隕石って災害でしょ?流星は皆に喜ばれるものだし、そっちの方が良いじゃない』

 『それはキラキラしててキャラじゃないなぁ。それに流れ星ってすぐ燃え尽きちゃうだろ』 

 『星也にはおあつらえ向きじゃん』

 『喧嘩売ってんのか』

 

 そう言って、星也は短く嘆息した。

 フリップを机の上に放り出し、教室の壁に体重を預ける。

 教室全体を仰ぐようにしつつも、目線は夢見にのみ向けられていた。

 

 『それにしてもそのセンスはどうなんだ?長音が2つも入ると呼び辛いだろ』

 『なに?このセンスの良さが分からないわけ?これだから田舎者は』

 『おい、和歌山出身おい』

 

 『生まれは埼玉だから』と良い募る少女を手で払う。幼稚園に上がる時に引っ越したのだから、彼女の地元はなんと言おうと和歌山だ。

 いや、和歌山県が悪いわけではない。夢見がお土産にくれた柚子のマーマレードは、それはもう絶品だった。

 だがそれとは別に夢見も立派な田舎者だろう。良くわからないセンスまで出身地のせいにされては我慢ならない。

 

 星也は一度頭を掻き、手元のフリップをひっくり返した。そして新しいフリップを取り出す。

 その姿に夢見は眉を上げた。

 

 『良いの?』

 『まぁ良いよ。別にこだわりがある訳じゃない。夢見が名付けてくれるんなら、それも良いだろ』

 『そう?嫌なら他にもコメットマンとか候補があるけど』

 『いや、シューティングスターで良いよ。それがいい』

 

 やや太い黒ペンのキャップを外せば、ポン、とマヌケな音が響いた。

 迷うことなく、星也はその筆を走らせる。

 

 

 『今日から、俺はシューティングスターだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しだけ、気を失っていたらしい。

 

 夢見の個性によって強制的に覚醒させられるそれは、目が覚めたというよりも、限界ギリギリまで息を止め続けた後に水面から顔を出した時のような、言い様のない不快感がある。

 

 星也の額に当てられた誰かのひんやりとした手が、彼の覚醒と同時に離される。

 名残惜しむような情けない声が、意図せず自分の口からこぼれた。

 

 「星也、聴こえる?視界は?」

 

 目の前の女性──佐々波夢見は、こんな状況にも関わらず星也を気遣うようにその眼を覗き込んだ。

 

 霞み、歪んだ視界はどこか赤い。それが星也の肉体に問題があるのか、夢見の身体が血に染まっているからかは、星也には判断がつかないことだ。加えて、夢見の声も汚れたフィルターを通したように聞き取り辛かった。

 感覚のない手足も、酷く痺れている。

 

 それでも、まだ指先は動いた。

 

 

 「───大丈夫だ。ありがとう、夢見」

 「……感謝はしないで。感謝されるようなこと、私はしてない」

 

 

 知っている。

 夢見の個性では、誰かを治療することは出来ない。個性の応用で、"肉体に異常がないかのように勘違いさせる事が出来る"だけだ。それがどれだけ危険なことか、わからない星也ではない。

 そしてそれは、星也よりも夢見の方がわかっている筈だ。

 

 

 元々は大規模災害時のターミナルケアに携わることを希望していた女性だ。きっと、内心は穏やかではない。

 

 無事であるならもう用はないとばかりに顔を反らす夢見に、星也は少しだけ呆れた。

 

 

 自分の本心を覆い隠す癖は、前から変わらない。

 

 その強さに、或いはその弱さに、麗日星也は憧れたのだ。

 星也にとって理想のヒーローとは、きっと佐々波夢見のことなのだと思う。

 

 

 人は弱くて、きっと誰もがヒーロー足り得ない。

 それでも理想に近づくには、そこにはどうしても嘘が混ざる。

 

 きっとヒーローは、誰よりも嘘をつく。

 

 

 少なからず誰もがそうで、それは星也も変わらない。

 

 

 

 「……どれぐらい経った?後どれぐらいだ」

 「1分も経ってない。後3キロぐらいで、あと15分無い」

 

 掠れた声。主語のない会話。言葉少なく、二人は必要な情報のみを交換する。

 

 「もう無駄にできる余裕はない。早く立ちなさい、星也」

 「……わかってるよ。急がなきゃな」

 

 

 ゴツゴツとした壁で身体を削りながら、星也はなんとか立ち上がる。

 痛みはない。ただどうしようもない程の不快感が喉の奥を押し上げた。

 

 

 「待て。待ってくれ!アンタ達おかしいよ」

 

 

 星也の耳に、聞き覚えのない声が届く。

 声のする方へ顔を向ければ、そこには名も知らぬ一人の警察官がいる。

 拳銃で貫かれたのだろうか、肩にはキツく締めるように包帯が巻かれ、その肩口は赤く染まっていた。

 

 星也が何も言わずに男が続けるのを待てば、男は困惑したように夢見と星也を交互に見た。

 ややあって、男は口を開く。

 

 

 「その男はもう無理だ。これ以上は死ぬぞ」

 

 その言葉に反応するのは夢見だ。どこか苛立ったように夢見は告げる。

 

 「無理なのは星也だけじゃない。貴方だって、肩のそれはかすり傷じゃないでしょ」

 「そういう問題じゃない!そいつが治崎の所まで生きてたどり着いたとして、その立つことがやっとの男が何の役に立つ!戦うことなんて出来やしないだろ」

 

 激情に身を任せるように被っていた帽子を脱ぎ去り、手の中でグシャグシャに丸める。

 制止するように肩に手を置いた同僚を振り払い、男は一歩前に出た。

 

 星也は歪む視界で、のっぺりとしたその顔を見る。顔を識別するには、ここは少し暗い。

 

 ともあれ、星也はその言い分に頷くことは出来ない。

 押し黙った夢見の代わりに、星也は口を開いた。

 

 

 「……それでも、やらなくちゃいけないことだ。俺の選択がこの状況を作ってるなら、俺はその責任を取らなくちゃいけない」

 「そもそも責任の取り方が違うだろ!!お前は狭い鉄格子の中で、自分の無力さを呪うべきだ!」

 

 

 あぁ、そうだ。

 道理を考えるのであれば、目の前の男の言葉は全くもって正しい。

 

 

 星也は疑いようもなく犯罪者なのだから。

 

 この三年間、ヴィラン同士の抗争に参加することが多かったとはいえ、罪の無い人間を一度も殺さなかった訳ではない。

 彼とて必要と感じれば、躊躇なくその命を奪ってきたのだ。

 結果として、全国で指名手配がなされ、一度どこかで存在が確認されれば、すぐに討伐隊が組まれるまでになっている。

 警察としても、ヒーロー組織としても、『メテオレイン』の確保は、1つの宿願とも言えた。

 

 全体を見れば、組織で見れば、或いは正義が見れば、佐々波夢見や緑谷出久、麗日お茶子が麗日星也を撃破したあの瞬間に、彼を速やかに捕縛し、然るべき措置を行う事こそが最善であった。

 

 それが出来なかったのは、決して同情ではない。

 

 

 それは一重に、想定を超えたヒーロー側の損害が原因だ。

 当初の予定では、『メテオレイン』の対処は『イレイザーヘッド』の存在をブラフとした上で、『麗日ヒーロー事務所』及び麗日お茶子、緑谷出久の計四名であたる筈であった。

 

 だが結果はどうだ。"ヴィラン連合"の予期せぬ参入により、ヒーロー側は"死穢八斎會"の中枢を取り逃したまま総力戦に持ち込まれた。

 『メテオレイン』という主戦力の無力化には成功したものの、その時には戦闘の継続が可能なヒーローは当初の半分程度であり、その全員が無傷とは程遠い。また、それはその他の協力者も同様で、その場にいる人間で無傷の者など、ただの一人も存在しなかった。

 

 

 故にこそ、佐々波夢見は麗日星也の力を欲し、周囲はそれを黙認した。

 その選択が、例え法令上問題のある行為であるとわかっていても、小さな一人の少女を救うためならば、その程度の汚名は被ってみせると。

 

 

 

 だがもしも、星也が戦力として機能しないなら話は別だ。

 

 

 「お前はヴィランだ!信用だってある訳じゃない!今更誰かを救いたいなんて、勝手にも程がある!」

 「……わかってる。わかってるよ。でも───」

 「人を救うのは俺達の仕事だ!!お前の言う子どものことは、俺達が救ってみせるから──!」

 

 

 だからこそ星也は、目の前の警察が自分をここで捕縛してしまいたいのだろう、とそう思った。

 

 それは、星也にしてみれば誰に言われようと受け入れられないことだ。

 だってこれが最後だ。この戦いが終われば、星也はその後の人生を牢屋の中で過ごすことになるだろう。

 もはや星也が捕まらず、壊理や夢見と共に暮らしていく未来など存在しない。

 

 ここが最後。星也が壊理に何かを与えられるとしたら、ここが最後なのだ。

 

 

 諦める訳にはいかない、と。星也はその拳を強く握った。血と汗でベタつくそれは、振り上げる為のものではない。折れそうになる両足を奮い立たせるためのものだ。

 

 

 悪い癖だった。いつも星也はそうやって、相手の在り方を決め付けてしまう。

 

 

 冷静に考えれば、彼等警察官に今ここで星也を引き返らせるメリットなど何もない。

 法令上の問題、倫理上の問題は、彼等がここまで黙認している以上議題には上がらない。

 ここでのタイムロスも、そもそも足場の悪い道を7キロ連続で走破し、"死穢八斎會"と戦闘を行うことなど出来る筈もなく、必ずどこかで休憩を入れる必要はあったのだから理由にならない。

 

 ならば、それは付き添いの為の人員を削るだけの行為だ。

 

 であれば、戦力外であっても星也をナビゲーターとして同行させ、全てが終わった後にまとめて回収した方が効率的だ。

 

 

 

 だから、目の前の男が言いたいのは、そんな事ではなくて───。

 

 

 「……だからお前は、今までの行いを悔いながら───もう、休んでいてくれよ」

 

 

 その言葉に。

 男の懇願する様な言葉に、拳に入った力が少しだけ緩んだ。

 

 

 「───は?」

 

 思わず、間抜けな声が漏れた。

 隣に立つ夢見が、瞑目したまま口を開く。

 

 「………星也、この人は六年前にあった、空港にヴィランが立て籠った事件で貴方が助けた子供の親……だと思う。覚えてない?」

 

 

 正直に言えば、星也は覚えていない。

 

 空回りする思考は何かを思い出すには厄介であったし、助けた人間を特別に思わないぐらいの人数の人を救ってきたから。

 

 

 「違う。関係ない。確かに俺の息子はお前達に救われた。でも、そういうことじゃないんだ。俺の個人的な貸し借りの話じゃない。人としての在り方の話をしてる。……お前は、もう充分だろう。お前は決して燃え尽きない流星なんだろう?なら、どんなに惨めでも……生きててくれよ」

 

 

 

 自分の命と同じ様に大切な子を救ってくれた恩人が、目前で死に逝くのを黙って見ていることは出来なかったのだろう。

 血を吐く様に告げる男に、星也は少しだけ目を細めた。

 

 

 ありがたい話だと思う。ここに来て尚、自分に生きろと言ってくれるなんて。その言葉だけで、恥と失敗で彩られた自分の人生に価値があると思える。

 

 

 

───少しだけ、身体が軽くなった気がした。

 

 

 

 「アンタの息子。元気にしてるのか」

 「───元気だよ。今年、中学生になった。誰に助けられたか覚えてないんだ、あの恩知らず。いつかヒーローになってお前を捕まえるんだって、そう言ってる」

 「なら、まだ死ねないな」

 「……あぁ。そうだろ?」

 

 

 男が少しだけ笑う。星也も、僅かに頬が緩んだ。

 大きく息を吸って、正面を見据える。

 

 男と目が合った気がした。

 

 

 「それでも、俺は行くよ。壊理を救うとちか──あぁいや、そうじゃないな」

 

 

 きっともうこの理由は違うのだ、と。星也は首を横に振った。

 

 これは『メテオレイン』の理由だ。

 大切なものを失わない為に、全てを投げ出した男の理由。

 冬の寒さに凍える少女に過去の自分を重ね、少女を助けることで自分を救おうとした、浅ましく愚かな男の誓い。

 

 

 最強であることができなかった今の星也は、もう『メテオレイン』ではいられない。

 

 

 

 では、星也が戦う理由はどこにあるのだろうか。

 

 

 何度も自分で言っていた事だ。ここで壊理を連れ出したところで、それは救いではないのだと。

 なら、もう壊理を救うことが出来ない星也は何故戦うのか。

 

 

 『シューティングスター』だった頃なら、迷うことはしなかっただろう。

 

 "自分がヒーローだから"。

 

 そんな不確かな理由だけで、星也はどこまでも行けたのだ。

 

 

 あぁでも、それも全て過去の話。

 

 

 正しくあることが出来なかった星也は、もう『シューティングスター』足り得ない。

 

 

 ヒーローにもヴィランにも成れない中途半端な犯罪者が、今更何故戦おうと思うのか。

 

 その問いに、答えを出すことは出来ないけれど。

 

 

───ならきっと、そういうことなのだと思う。

 

 

 きっとそれが、麗日星也という男なのだ。

  

 

 「壊理を救いたいんだ。どんなに傲慢でも、この俺が」

 

 

 バラバラだった心と身体は、今はもう一つだ。

 

 

 星也は男に一歩だけ歩み寄る。

 トンと、相手の胸を中心に拳をぶつけた。

 

 「今日の昼飯は、取って置きのカツ丼だな」

 

 

 その言葉に男は諦めたように笑う。

 

 

 「……お前の取り調べは後日だ。ばかたれが」

 

 

 

 

 

 

 

 それは、星也が『シューティングスター』になった後の話。

 それは、星也が高校生でなくなる前の話。

 

 

 

 

 

 

 それは、星也が高校生でなくなった後の話。

 それは、星也が『メテオレイン』になる前の話。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、星也が『メテオレイン』になった後の話。

 それは、星也が─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは最初からずっと、麗日星也の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「動くな。『オーバーホール』」

 

 「……思ったよりも早かったな。『シューティングスター』」

 

 

 

 どれくらい走っただろうか。

 七キロである筈の道のりが長かったのか、短かったのか。それは永遠の様でもあったし、一瞬の出来事の様でもあった。

 だがそれは全て過去の事。そこにはもう、間に合ったという事実以上の意味はない。

 

 開かれた空間。所々におかれたライトのみが光源となるその場所は、まるで星也達を待ち受けていたかのように広い。

 

 星也の背後に立つ警察官に銃口を向けられて尚、微塵も取り乱さず『オーバーホール』は応じた。

 その自信の根拠は傍らに立つ天蓋壁慈か、玄野針が抱える壊理の存在か。

 

 

 「……病人には何をしても駄目ということか。今更、お前がヒーローごっこに興じるとは。やはり、個性というのは度しがたい」

 「……その割には落ち着いてるんだな。俺がここにいるのも全くの想定外って訳ではないんだろ」

 

 

 壊理が、星也と『オーバーホール』を困惑したように見比べた。彼女にすれば、二人の仲は悪くとも紛れもなく同じ組織の一員だったが故に、今の状況は理解が及ばなかったのだ。

 混乱する壊理を置いて、二人は言葉を交わす。

 

 

 「理想はお前とヒーローの共倒れだったが、やはりそう上手くはいかないな」

 「……投降の意思はないんだな」

 「愚問だな。死にかけのヒーロー気取り相手に恐れるなんて有り得ない。諦めるべきはお前達だ。……まぁ奇襲でもしていれば、話は違ったんだろうが」

 

 そう言って、『オーバーホール』は見せるつける様に薄手の手袋を外した。

 双方の距離は20メートル程度。

 今の星也が一息で詰めるには、余りにも遠い。

 

 

 「いずれにせよ、お前の三年間は無駄だった訳だ。もうお前に壊理を救うことは出来ない。短絡的だったな」

 「それでもここにいるよりはマシだ。お前の野望はここで潰える」

 「……今のお前に出来ると?」

 

 

 その言葉に、麗日星也の姿をした人間が薄く笑う。

 薄暗い闇の先で、紫色の瞳が鈍く光った。

 

 それは特徴的な、佐々波夢見の瞳。

 

 

 「─────っ!!」

 「……いいえ───」

 

 

 

 

 「────俺がやる」

 「────天蓋!!!」

 

 

 現夢は剥がれ落ち、濃霧を払う様に姿を現したのは麗日星也と麗日お茶子。

 既にその距離を3メートルに詰め、両の手は合わされている。

 

 

 軸はぶれ、力強さは感じずとも、その目は真っ直ぐと『オーバーホール』を貫いた。

 

 

 二人の間に天蓋が割り込む。

 壊理を玄野が抱えている以上、星也は全方位への個性の行使は出来ない。なら、星也が狙うとしたら『オーバーホール』の他にないだろう。

 

 

 展開される不可視の壁。守りを得意とする天蓋が、薬物により己の個性を一時的に強化させた絶対の盾。

 

 穿つは研ぎ澄まされた重力の斧だ。周囲の全てを破壊するほどのエネルギーを一線にまで圧縮した、全てを両断する絶対の矛。

 

 

 それは大きな唸り声をあげてぶつかる。一瞬の拮抗。一拍遅れて、地面の土が舞い上がった。

 

 

 果たして、星也は打ち勝った。天蓋の障壁は完全に破壊された。

 だがそれだけ。その先にいる天蓋本人や『オーバーホール』には僅かなダメージもない。

 

 

 3年前とは異なる結末。薬物による個性の増強を考慮しても、常時の星也であればその先の二人の事も両断できた筈だ。

 

 

───麗日星也の限界は近い。

 

 

 その事実に、『オーバーホール』はマスクの下で僅かに嗤った。

 

 

 それでも、どれだけ星也の肉体が限界であろうと、今この状況が変わるわけではない。

 

 星也達と『オーバーホール』達を隔てていた障壁は既になく、先んじて走り出したお茶子は既に懐まで入り込んでいる。

 その先にいるのは玄野針。いや、彼が抱える白髪の少女だ。

 

 お茶子が壊理に向け手を伸ばす。その左右には重力の刃が走り、迎え撃とうとする『オーバーホール』や乱波を牽制する。

 

 

 完全な一対一。加えて、玄野は壊理を抱える為に片腕が塞がっている。

 行ける、と。その時お茶子は確信した。

 

 その瞬間、玄野の空いた片腕が、懐から拳銃を引き抜いた。

 

 二人の距離はあと二歩分。お茶子が何かをするよりも、玄野が引き金を引く方が早い。

 

 

 

 「───手を掴め!!壊理!!」

 

 

 星也の怒号。

 きっとその言葉に壊理が反応出来たのは、彼と彼女が家族のように過ごした3年間あったからだろう。

 

 乾いた発砲音と同時、壊理は玄野の手を突き飛ばす。お茶子を捉えていた銃口は大きく外れ、その顔を僅かに掠めるに留まった。

 

 

 

 「壊理ちゃん!!」

 

 

 伸ばされたお茶子の手に、壊理も身体を乗り出す。

 体勢を崩した玄野に強引に身体を引き寄せられる痛みに歯を食い縛りながら、その腕を少しでも前へと。

 

 

───正直に言えば、その少女は状況を呑み込めていない。

 

 ただ星也が言うのなら、それはきっと正しいのだというどこか思考停止にも似た絶対的な信頼だけが、今の彼女を突き動かす。

 

 きっとそれは間違ってる。そんな無垢な信頼がまかり通るほど、この世界は綺麗ではない。

 

 

 あぁ、でもそのお陰で。二人の手は繋がった。

 

 

 

 「お兄ちゃん!!」

 「────あぁ!!」

 

 

 お茶子の声と共に行使されるは星也の個性、『オーバーグラビディ』。

 爆炎の伴わない爆発。全方位に放たれる力の波動。ただ一人、彼の妹とその加護を受けた者以外を認めない破壊の波。

 

 

 今の星也に、一撃で全てを鎮圧するほどの出力は望めない。それでも、周囲の敵を吹き飛ばし、強制的に距離を取らせることが出来ればこの瞬間は問題がなかった。

 

 

 

 爆心地の中心から程近く。壊理を抱え込む様に蹲ったお茶子が、腕の中の少女に声をかける。

 

 

 「……大丈夫?」

 「うん。……でも、どうして?」

 

 

 どうしてこんなことをするのか、と。壊理はお茶子に問う。

 だって、目の前の女性も、背後に立つ星也も、その顔色は酷く悪い。服も血で汚れ、とても無事には見えなかった。

 

 それなのに、苦しそうに何度も唾を飲む目の前の女性は、歯を見せて笑って見せた。

 

 

 「───助けに来たよ。壊理ちゃん」

 「───え?」

 

 その言葉の意味がよくわからなくて、壊理は星也に顔を向ける。

 星也はチラリと壊理を見て、すぐに視線を前へ戻した。

 

 

 「……引っ越しだよ。持っていくものはないな?」

 「───うん。ない。……なにもないよ、レインさん」

 

 

 壊理の口元がヘニャリと歪む。大きな瞳がじわりじわりと滲んいく。

 

 その姿に、星也は僅かに眉を寄せる。

 それは壊理の涙に対してではなく、彼女の右のこめかみにある小さなコブに対してだ。

 

 

 それは彼女が個性を使用する上で必要となるエネルギーを溜める器官だ。『巻き戻し』という特異な個性を保有する壊理は、こめかみのコブに溜めたエネルギーを使用することでその個性を行使できる。

 星也が最後に壊理を見たときは、まるで角のように大きく隆起をしていた。

 だが今はどうだ。もはや角は見る影もない。

 

 では壊理が個性を使用し、エネルギーを使い切ったのか?考えるまでもない。その答えはNOだ。

 壊理は自分の個性の制御を行えない。彼女では使用することもままならない筈だ。なら……。

 

 

 

 「壊理を一度殺したのか。『オーバーホール』」 

 

 

 少し離れた場所で、頬の汚れを拭う『オーバーホール』に星也が告げる。

 その言葉に『オーバーホール』は不愉快そうに表情を歪めた。

 

 「壊理を返せ」

 「答えろ」

 「壊理を返せ!『シューティングスター』!!」

 

 

 叫ぶようにそう言って、『オーバーホール』はその手で地面を触れる。

 

 

 それだけで、周囲一体の地面が砂塵に分解された。

 

 それは『オーバーホール』の攻撃の合図だ。

 砂塵と化したそれは、形を変えて修復。それはまるで巨大な茨の棘となり人体を貫く牙となる。その範囲は周辺全域。高速での退避ができる星也はともかくとしても、お茶子や壊理にそれを避ける手立てはない。

 何をすることも出来ず、隆起した地に貫かれる他にないだろう。

 

 

 「───チッ」

 

 だがその全てを、星也の個性は押し潰した。

 隆起した牙を粉砕し、粉砕した砂塵を吹き飛ばす。

 暴風が吹き荒れた。だがそれは、『オーバーホール』に届く頃にはそよ風に変わる。

 

 

 「──もう一度だ」

 

 

 『オーバーホール』の声。

 間髪入れずに地面が砕け、再び茨の棘が形を成す。

 

 だがそれも、『オーバーグラビディ』が押し潰した。 

 

 

 「──もう一度だ」

 

 

 『オーバーホール』の声。

 

 

 「──もう一度だ」

 

 

 『オーバーホール』の声。

 

 

 

 

 

 「──っうぐ……ぐ」

 

 星也の傍らで蹲るお茶子が、口元と喉元を手で覆った。

 涙と共に、指の隙間から黄色がかった粘性の液体が垂れる。

 

 

 無理のないことだ。お茶子とて、限界などとっくの昔に超えているのだ。そしてここに来て星也の個性を至近距離で二人分だ、未だに個性を解除させない彼女を褒めることすれ、責めることなど誰にも出来ない。

 

 それに、限界なのは彼女だけではない。

 

 

 「壊理!!他の連中は何してる!?」

 

 

 血走った目で、血を吐くように麗日星也は問いを投げる。

 彼にももう、周囲を見渡すほどの余力はない。

 少しでも頭を振れば、少しでも視線を揺らせば、それだけで立てなくなる自覚がある。

 

 それはきっと、肉体の限界や個性の過剰使用によるものだけではない。

 

 

───どこかで酒木泥泥に近寄られたか。

 

 星也とて、"周囲の人間を泥酔させる"という個性を持つ酒木にだけは近寄られまいとしていたが、『オーバーホール』によってこの場に縫い付けられている現状では避けることは出来はしない。

 

 彼の意識が眩むほどの前後不覚は、そうとでも仮定しなくては説明がつかなかった。

 

 

 「他の人は!みんなが!!」

 

 

 代名詞しかない壊理の言葉では、どっちがどっちかわからない。

 

 それでも、他の皆もきっと戦っているのだと思う。

 

 夢見が星也やお茶子を見捨てるとは思えなかったし、他の連中だって、皆が正しくヒーローであったから。

 

 

 皆が最善を尽くしてる。

 

 

 きっとこの状況は、一重に星也の力不足なのだろう。

 疲労や限界など、言い訳にもなりはしない。

 

 

───なら、それをどうにかするのはお前の仕事だ。麗日星也。

 

 

 「つっぐ…!!」

 

 

 遂に砕き切れなかった土の茨が、星也の脇腹を浅く抉る。

 本来は、自分の肉体を中心に球状に展開される星也の個性。にも関わらず一部を砕き漏らすということは、出力以前に個性の制御が行えなくなっていることに他ならない。

 

 

 

───きっともう、星也は『オーバーホール』に勝てない。

 

 

 それでも、ヒーローは勝たなくちゃいけないのだ。

 

 

 

 

 「……きこ…えるか?お茶子」

 

 

 傍らで必死に耐え続ける己の妹に、星也は声をかけた。

 

 視界の端で、妹の指先がピクリと動いた。

 聞こえていることを確信して、星也は言葉を紡ぐ。

 

 

 「合図をしたら、個性を解け。俺が…皆の方に吹き飛ばす」

 

 ぐぐぐと、お茶子は死力を尽くして顔をあげる。それでも完全には上がりきらず、横目で星也を睨み付けた。

 

 

 「それで……どうするの?」

 

 

 お茶子の代わりに壊理が問う。

 

 

 「……祈れ。きっと誰かが受け止めてくれる」

 「ちがくて、レインさんは?」

 「天井に穴を開けて……、『リューキュウ』が来てくれるのを祈る。いいな、お茶子」

 

 

 今の星也に、いくつもの作業を並行して行う能力はない。お茶子達を吹き飛ばすなら、或いは天井を穿つなら、土の茨から身を守ることは諦めなければならなかった。

 それを理解しているからこそ、お茶子は首を横に振った。

 

 「……理解してくれ。このままじゃ皆巻き添えだ」

 「……いやや」

 「お茶子」

 「いやや!!」

 

 うぐっ、と。お茶子が一際大きくえずいた。

 

 俯いていた壊理が、それを聞いて顔をあげる。

 星也の横顔を真っ直ぐ見つめ、漸く口を開いた。

 

 

 「──もういいよ。レインさん」

 「は?」

 「私がむこうにいくから、いい」

 「なんも良くねぇよ!ふざけんな!!」

 

 苛立ちを隠さず、星也が怒鳴り付ける。

 再び撃ち漏らした茨が、星也の左足を貫いた。

 その膝から力が抜け、地面に強く打ち付ける。

 

 「っつ……」

 「レインさんにも、皆にも、もう充分助けてもらったから」

 「助けてない!まだ!誰も救えてない!!」

 「レインさん。私ね、皆のおかげで───」

 

 

 壊理が一歩前へ踏み出す。そして星也の顔を覗き込むように反転した。

 

 

 「───レインさんのおかげで、ちゃんと咲いたよ」

 

 

 それは、笑顔と呼ぶにはあまりにも歪な表情だった。

 

 

 

 

 

 「お茶子ぉぉぉ!!!!!!!」

 

 「ぅぅぅぅぁぁぁああ!!!!」

 

 

 星也の咆哮とお茶子の叫びが響いた。

 

 星也は壊理を引き倒し、誰よりも前に立つ。

 指先を地面に付けたまま、じっとこちらを窺う『オーバーホール』と目が合った。

 

 もはや、お茶子の意思を確認することはしない。

 

 

───壊理の言葉を聞いて動かないなら、それはもう嘘だろう。

 

 

 地面が砂塵へと分解される。

 

 それは、『オーバーホール』の攻撃の合図。

 

 

 

 

 その兄妹が両手を合わせたのは、奇しくも同じタイミングだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───麗日星也の物語はここで終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ねぇ、ちょっと聞いてるの?』

 

 

 小さなアパートの一室。

 安物のソファー寝そべっていた星也は、頭上から降ってきた佐々波夢見の声で意識を覚醒させた。

 

 

 『ん?あーごめん、ぼーっとしてたわ』

 『なにそれ、大丈夫?疲れてる?』

 『いや、大丈夫だよ』

 

 

 そう言って辺りを見渡す。

 二人の趣味を競うようにごちゃごちゃと小物が置かれたその部屋に、星也は見覚えがない。

 それでも、不思議とここにいることに違和感はなかった。

 

 

 なにか、大切なことを忘れている気がする。

 

 

 

 『壊理はどうした?』

 『ん?壊理なら学校に行ってるよ。今日は平日でしょ』

 『……学校?』

 『そ。だから私達はお金を稼がなきゃ。早く起きて』

 

 不法者は足下見られるんだから、と。ブツブツ言いながら夢見はベランダに向かう。

 

 

 言い様のない違和感に星也は首を傾げる。そもそも、自分はどうしてここにいるんだったか。

 

 あぁ、そうだ。変質した夢見を救った星也は、"彼女と一緒にいたい"なんていう下らない理由で、夢見を連れて"死穢八斎會"へと下ったのだった。

 そこで壊理の境遇を知った夢見が勝手に暴走。なんやかんや"死穢八斎會"を潰すことになった。星也の極道人生はものの数ヵ月で終わった事になる。その後は壊理と三人、自警団擬きのような事をしながら日銭を稼いで暮らしている。

 

 我が事ながら頭の痛い話だ、と独り星也は思う。

 

 

 ともあれ、やってしまった事は仕方がないし、ここでボンヤリとしていもどうにもならない。

 

 戸籍がない壊理を学校に通わせるのには、相当のお金を要する。

 犯罪者である星也達が堂々と公共機関に行くわけにもいかず、怪しげな男を介しているのだから当然だ。

 

 星也達の目下の目標は、安定した収入源を見つける事だ。

 

 

 後輩の事務所でアルバイトは、流石にもう辞めたい。

 

 

 

───…………!……て!

 

 

 

 『……うん?』

 

 ふと、誰かに呼ばれた気がして星也は振り返る。

 その先には、洗濯物を干し終えた夢見がいた。

 

 

 『どうかした?』

 『いや、なんか呼ばれた気がして』

 『本当に大丈夫?病院行く?』

 『いや、あの人には迷惑かけたくないしなぁ』

 

 あの人とは、夢見が意識を失っていたときに主治医になっていた医師の事だ。

 星也達の件で責任を感じていたらしいあの男は、"死穢八斎會"を潰した星也達に接触を図ってきた。

 いつでも頼っていいとの事であったが、星也達は立派なヴィラン。不用意に接触すればあの医師にも迷惑をかけかねない。

 

 

 『……そう。続くようだったら行きましょ』

 『だな。そうするよ』

 

 

 

 

 

 『今日もよろしくでーす。先輩!』

 『よろしくね、ホークス』

 

 

 今日も今日とて後輩の脛齧り。

 サイドキックと言えば聞こえはいいが、その実はホークス独りでどうにかなることを一緒に行っているに過ぎない。

 

 非常に不甲斐ない先輩で申し訳ないが、星也達はこれが生命線だ。

 

 

 『悪いな、ホークス』

 『いやいや、先輩がニュースに出てきた時はビビりましたけど、これぐらいなんて事もないです。先輩がいれば、大きな作戦とか余裕ですしね』

 『期待に添えられるように頑張るよ』

 

 

───……どって!もどってよ!!

 

 

 悲痛な声が聞こえる。

 耳鳴りが酷い。

 

 

 『どうかしました?』

 『なんか朝から体調が良くないみたいなの』

 『……大丈夫だよ。今日もパトロールだろ?それぐらい余裕だ』

 『キツくなったら言ってくださいね。パトロールなんで先輩がいなくても余裕ですから』

 『あぁ、ありがとう』

 

 

 そう言って、肩を並べて事務所の外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ。赤色の日差しが一面を燃やす。

 星也は夢見と二人、古びた小さなアパートにカンカンと音を立てて登っていく。

 

 

───耳鳴りは、結局止まなかった。

 

 

 『どうする?明日病院にいく?』

 

 

 一歩前を歩く夢見がそんなことを言った。

 その言葉に、星也は静かに首を横に振る。

 

 

 『……いや、大丈夫だ』

 『大丈夫って貴方ね。星也が体調悪くなって困るのは星也だけじゃないんだから』

 『わかってるよ。でも、大丈夫なんだ』

 

 

 本当は、少し前から気付いていた事だ。

 

 

 だってこれは夢だ。

 

 星也が取り零した可能性(しあわせ)の夢。

 

 

 

 ふと、立ち止まって、沈んでいく夕陽を見た。

 

 1日の終わり。幸せの終わり。

 徐々に闇に包まれていく街並みには、人の営みは感じられない。

 

 『どうかした?』

 

 夢見が心配そうに星也の顔を覗き込んだ。

 

 『……一日が終わるなぁって思って』

 『なにそれ、変なの』

 『楽しかったな』

 『……そうね。まぁ好きな人と一緒にいれば、何してても楽しいから』

 『良くもまぁ恥ずかし気もなく』

 『当然でしょ。好きなもの好きだし、欲しいものは欲しい。そうやって生きてきたから、私達は一緒にいれる』

 

 

 そうなのだろう。この可能性が、夢見を失いたくないが為に彼女を救い、夢見と共に居たいからこそ彼女を連れてヴィランに堕ちたという"もしも"ならば、随分好き勝手に生きてきたものだと思う。

 浅ましくも傲慢で、愚かでいて偉大だ。

 こんな風に生きられたなら、どんなに幸せだっただろうか。

 

 

 きっと星也は欲しいものを欲しいと言えずに生きてきた。

 

 自分のレッテルだとか、相手の立場とか、そんなことばかりを気にして、本質には目を向けて来なかったのだろう。

 

 

 

───だから、自分は駄目だった。

 

 

 簡単な事だ。それはとても簡単なことで、誰も教えてはくれないことで。星也は、それに気づくのが少し遅すぎた。

 

 

 『今日の夜ご飯どうしよっか?なんか食べたいのある?』

 『夢見の手料理なら、なんだって俺は幸せだよ』

 『……お惣菜を買いに行きましょ。あとレンジで温めるご飯』

 『この手の問答難しすぎだわ。カレーが食べたい』

 『最初っからそう言えばいいのに』

 

 口元に手を当てて、夢見は穏やかに笑った。

 

 『あっでも、ほうれん草がないからカレーは明日ね』

 『却下されるんかい。カレーにほうれん草は無くても良いだろ』

 『だーめ。こだわりだから』

 

 

  

 不意に、カンカンと誰かが階段を登ってくる音がした。

 

 

 『きっと壊理だよ』

 『あぁ、そうだな』

 

 

───きっと迎えだ。

 

 

 

 『なぁ、夢見』

 

 

 一つだけ、聞きたいことがあった。

 

 

 『ん?』

 

 星也を向き直った夢見と目が合う。

 宝石の様な輝きを持つその瞳が、きょとんと丸味を帯びた。

 

 『お前は今、幸せか?』

 

 

 麗日星也は正しかったのか。自分は正しかったのか。

 その答えの一端を、今ここで知ってしまいたかった。

 

 

 カン!と一際大きな足音がなった。

 最後の一段を両足で跳んだのだろう。

 

 角を曲がれば、もう顔が見える。

 

 

 変わらない、愛しい女性の顔を見た。

 

 

 『───当たり前でしょ』

 

 

 その言葉は、当然のように紡がれて。

 

 アパートの角から、白い頭が飛び出した。

 

 

 

 

 「…………えり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さな少女の悲痛な声が木霊する。

 

 

 「────もどって!もどって!もどってよ!!」

 

 

 それは1人の亡骸の前。右肩と心臓を貫かれた1人の青年の遺体の前。

 

 『巻き戻し』の個性を持つ筈の少女は、すがり付き、涙を流す事しか出来ない。

 

 

 

────戦いは、まだ終わっていない。

 

 

 「もどってよ!なんで!!なんで!!」

 

 

 頭痛がした。頭が割れるように痛かった。

 

 どうでも良い時には発動するくせに。望んでいないものまで無かった事にするくせに。

 

 この個性はちっとも少女を幸せにしない。

 

 

 「りんご貰ってない!!撫でてもらってない!!───まだ……咲いてないよ、レインさん」

 

 

 何を言おうとも、もう彼には届かない。

 彼の心臓は既にない。存命はあり得ない。

 

───その筈なのに、彼の指先が少しだけ跳ねた。

 

 

 「みんな、死んじゃう。助けて……、助けてよ」

 

 

 あぁ、だって彼は流星。

 人の願いを束ねて翔ぶ、最強無敵の流れ星。

 

 

 涙を流し叫ぶ少女の願いが、彼に届かない筈がない。

 

 

 「───助けて、レインさん」

 

 

 

 「…………え……り?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霞む視界では、泣いた少女の顔を見ることも出来ない。

 呆然と星也の顔を見つめる壊理の頭を右手でワシャワシャと乱した。

 

 身体が鉛のように重い。それでも、頭だけは冴えていた。

 

 

 「大丈夫……なの?」

 「……あぁ、壊理のおかげだ」

 

 

 嘘だ。

 むしろ、なぜ意識があるのかも良く分からない。

 胸元を穿った穴も、肩を抉る傷も何一つ治っていないのだから。

 

 それでも、こんなことが出来るとしたら壊理しかいない。巻き戻すエネルギーは無い筈だが、それでも必死に絞り出してくれたのだろう。

 

 それは人の限界を超えた意思の力。

 人をそれは奇跡と呼ぶのだろう。

 

 

 「ありがとな」

 

 そう言って、星也は壊理を抱き締める。

 それは星也が、壊理は嫌がると思ってずっと避けてきた接触だ。

 それは壊理が、星也には迷惑だと思ってずっと避けてきた接触だ。

 

 

 「……よし。じゃあ、敵を倒してくる」

 「……かえって来てくれる?」

 

 壊理の問いに星也は困ったように笑う。

 

 「それはたぶん無理だ。今度こそ、俺は死ぬ」

 「……やだ」

 「そりゃそうだ。俺だって死にたくない。でも、ここで何もしなくても、やっぱり俺は死んじゃうんだと思う」

 「やだよ」

 「あぁ、やだ。でもどっちにしても死ぬなら、俺は誰かを守って死にたいと思う。未来の為に死ねるなら、きっと俺の人生は無駄じゃなかった。わかるな?」

 「……レインさん」

 「俺のために幸せになってくれ。ずっと遠くで、お前が咲くのを見てるから」

 

 

 最後に一度だけ、星也は壊理の頭を撫でた。少女の頬伝わる滴を、そっと拭う。

 

 

 「俺は壊理のヒーローだ。応援してくれるか?」

 「………うん。私を助けて、レインさん」

 

 

 よしっと、星也は立ち上がる。

 胸の穴からは信じられないほどの血が流れ落ち、全身を赤く染めていく。

 

 

 

───急がないといけない。

 

 

 だが、視界が悪くて状況が良く分からない。

 

 ふと、誰かが駆け寄ってくるのを感じた。

 

 

 「星也!!」

 

 息を切らして走ってきたのは佐々波夢見。星也が覚醒したのを見て、戦いから抜けて来たのだろう。

 星也の全身をゆっくりと見て、覚悟を決めたように星也の顔を見る。

 

 

 「酷い怪我ね」

 「致命傷だ。状況は?」

 「あの後、『リューキュウ』達と通形くんが合流した。そしたら、治崎が仲間と合体して巨大化。もうどうしようもなくて、警察にも個性を使ってもらいながら戦ってる」

 「ちょっと何言ってるか分かんないんだけど。必要な情報だけ拾って貰えるか」

 「あそこにいるデカイのを倒せば勝ちよ」

 「そりゃあいい」

 

 二人してクスクスと笑う。

 

 星也はすぐに表情を引き締め、天井の破れ目から見える大きな影を睨んだ。

 

 

 「……やるの?」

 「やる。ヒーローを遠ざけてくれ、巻き添えになったら困る」

 「本体の近くまで近寄れる人なんていないから大丈夫。遠距離からの牽制しか出来てないもの」

 「好都合だ。なら夢見、離れててくれ」

 

 

 

 星也はゆっくりと息を吐き出した。

 視界の中心に大きな影を合わせ、全身に力を入れていく。

 

 

───その視界が急に鮮明に色付いた。

 

 

 「離れてろよ。夢見」

 「ばか言わないで、近くにヒーローがいるかも見えてない人が、当てられる筈無いでしょう」

 

 

 夢見が星也を背後から抱き締めるように、その首に腕を回した。

 

 手足の先まで神経が通る。身体の痛みは消え、遥か遠くまで鮮明に見える。

 

 

 「死ぬぞ」

 「なら、これからはずっと一緒ね」

 「重いなぁ」

 「普通、女の子にそういうこと言う?」

 「そういう事じゃねーよ」

 「どっちにしてもだから。三年前置いてったんだから、今度はついて行かせて貰います」

 「つーか、俺は地獄行きだろうから、お前とは別じゃねぇかなぁ」

 「価値観の相違かな。……貴方がいれば、そこが天国だから」

 

 

 やっぱり重いわ、と。星也は笑った。

 

 

 ピシリと、周囲が歪む。

 星也の肉体の中で膨れ上がったエネルギーが、ただそこにあるだけで周囲の変形させる。

 立っている足場が、クモの巣状にひび割れた。

 

 

 「痛くないか?」

 「とっても痛い。でも平気」

 「本当に?」

 「えぇ、だって。ずっと痛かった傷は、もう痛くないから」

 「なんだそれ」

 「ねぇ星也」

 「ん?」

 「愛してる」

 「……そうか」

 「うん」

 「なぁ夢見」

 「ん?」

 「ずっと一緒にいたかった」

 

 

 

 「───そうね」

 

 

 

 

 それを最後に、二人はその名の通り閃光と化す。

 

 それは音速を超え、光速に届き、障害全てを貫いて。

 

 

 それは『シューティングスター』の代名詞。

 彼が生涯で一度だけ、本物の流星になれる技。

 

 

 この時、二人が何を思っていたのか。知っている者はこの二人だけだ。

 

 二人で分かち合えるのなら、それで充分なのだとそう思う。

 

 

 ただ一つ言えることがあるとすれば、それは。

 

 

 

 

─────この日、流れ星が駆けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「壊理ちゃん!早くしないと遅れちゃうよ」

 

 

 小さな事務所の一室に、女性の声が響く。

 壊理と呼ばれた少女は、その言葉に肩を大きく跳ねさせ、閉じてた瞳を開いた。

 

 

 少しだけ、眠ってしまっていたらしい。

 

 

 今日が楽しみで、昨日の夜は中々寝付けなかったのだ。

 白髪の髪を手櫛で整える。座ったまま眠っていたから、特に乱れてはいないのだが。

 

 

 「ほらっ、なにしとん!」

 「あっ、今行く!」

 「今日は入学式やろ。早く準備して」

 「待って、あいさつしてから」

 「今まで何やってたん!?」

 

 オーバーに驚く目の前の女性に、壊理はふんわりと笑う。目の前の女性は、壊理が緊張していると勘違いしているだろう。勘違いであっても、緊張をほぐそうとしてくれるのは嬉しかった。

 

 「ちょっと居眠り」

 「……先にご飯食べてるね」

 

 その女性はガックリと肩を落として、呆れたように言う。

 そしてクルリと背を向け、去り際に一言だけ口にした。

 

 

 「ここからが本番やから。入学初日で除籍とかホンマに止めてよね」

 

 そんなことあるのか、と。壊理の心臓が少しだけ跳ねる。

 後ろを振り向いても、その女性の姿はもう無かった。

 

 

 「……意地悪だ」

 

 そう呟いて、正面を向き直る。

 

 

 両手を合わせて、少しだけ祈った。

 

 

 

 

 

────桜が、咲く時期になりました。

 

 

 

 

 




これにて完結になります。
お付き合いいただきありがとうございました。


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