咲き誇る花々、掴み取る果実 (MUL)
しおりを挟む

運命の章
プロローグ (修)


世界中の熱気が、今ここに集まっているのではないか。

ステージで踊る少年少女たちを見ながら、犬吠埼風はそう思った。

 

今日は地域の祭りの日。

そのイベントの一つとして、地元の子供たちが結成したダンスチームが招待された。

今、特設ステージの上で踊っているのはそのダンスチームに所属する子供たちである。

技術的にはまだ粗削りの少年少女達ではあるのだろうが、決して大きくないステージの上で精いっぱい自分を表現する姿は、確かにそこに集まった大勢の観客たちを魅了していた。

その証拠に、先ほどからリズムに合わせて自分の体に触れる感触がある。

ちらりと横を見ると、風と一緒に観戦に来ている彼女の妹―――樹が、小さく体を揺らしているのが目に入った。先ほどから感じていた感触はまさにこれが原因だ。

樹は元々引っ込み思案で、進んでこういう場に赴くような性格ではない。

実際、始まる前は人の多さとにぎやかさにいちいちビクついており、小動物のようなその姿に風も随分と和ませてもらったものだ。

しかし、元々音楽自体は好きなこの可愛い妹は、音楽が始まりしばらくすると最初の姿はどこへやら、目を輝かせながらステージの上を食い入るように見つめていた。

 

ウソ、私の妹可愛すぎ…!?

 

目に入れてもいたくないどころかそのまま格納して常に持ち歩きたいほど溺愛する妹の可愛い姿につい目が吸い寄せられてしまうも、いかんいかんとステージに目を戻す。

妹の姿を脳内メモリに焼き付けるのもそれはそれは大事な仕事なのではあるが、今日の主役はこちらではない。

 

しばらくよそ見をしているうちに、ステージはクライマックスに近づいてきたようだ。

だんだんと激しくなる音楽とともに、二人の少年がステージの前に出た。

銀髪と黒髪。周りの子たちに比べ、頭一つとびぬけたキレを見せる二人は、このチームの二枚看板。

クライマックスでの二人の息の合ったコンビネーションは、このチーム最大の見せ場だった。

 

その中でも風が特に関心を示すのは、黒髪の少年のほうだ。

真剣に、しかしそれ以上に楽しそうにステージを舞い踊るその姿は、風が普段知る彼の姿とは全くの別人の様だった。

二人のピッタリと息の合った動きに、周りのメンバーが花を添える。

会場のボルテージはグングンと高まっていき、皆が立ち上がって歓声を送っていた。

ステージと客席が一体になる感覚。

あまりこういう場に参加したことはなかったが、なるほどこれは癖になってしまいそうだ。

 

音楽が一層激しくなるにつれて、二人の動きもより激しさを増していく。

このまますべてのエネルギーを出し尽くしてしまうのではないかというような動きに、会場の誰もが引き込まれていた。

 

この時間が、ずっと続けばいいのに。

集まった人々の多くにそう思わせるだけの何かが、彼らのダンスにはあった。

しかし、終わりというものは必ずやってくるものである。

音楽が、それに向かって変調する。

舞台の上の少年少女達の動きにも、スパートがかかってきたようだ。

それに合わせて会場の一体感がさらに高まる。

座って見ていたはずの風も、いつの間にか身を乗り出していた。

この瞬間、確かに会場は完全に一つになっていた。

 

―――そして、最後を締めくくる一際大きな音とともにステージ上の全員が堂々とフィニッシュポーズを決め、会場は大喝采に包まれた。

 

 

 

 

ステージ上で手をたたき合い、互いの健闘を称えあう少年たち。

特に最後に前面に出ていた二人への称賛は盛り上がりを見せており、周りのメンバーたちにもみくちゃにされ、楽し気な悲鳴をあがていた。

そんな中、銀髪の少年が少し離れたところで観戦していたこちらに気づき、隣の黒髪の少年の肩をたたいた。

指で示す先に見知った顔を認めた黒髪の少年が、興奮冷めやらぬ会場を突っ切り、こちらに近づいてくる。

さっきまでステージ上で主役となっていたヒーローに、隣に座っていた妹はいつの間にか立ち上がり手を大きく振っていた。

自己主張の少ないこの子のこういう姿はとても珍しい。これもこの会場の雰囲気の影響か。

激しい運動と興奮の余韻でわずかに上気した顔を、うれしいような照れ臭いような表情に変えてこちらにたどり着いた少年に、風の方から先に声をかけた。

 

「おっつかれー!いやぁ~よかったわよ~。さっすが讃州市ダンスチームのダブルエース!私も鼻が高いわー。」

 

「なんでそっちがそんなに偉そうなんだよ…。全く、来るなら最初から言ってくれればよかったのに。でも来てくれてありがとうな樹、それと――」

 

珍しく興奮し飛びついてきた少女をあやしつつ、少年がこちらに向き直る。

 

「姉ちゃん。」

 

少年の名は犬吠埼紘汰。讃州中学の1年生で、犬吠埼家の長男。

それは全ての運命が回り始めた日の1年前、何も知らない子供でいられたころの、ある春の日のことだった。




短編含めても2回目。連載は初投稿です。
とりあえず某動画配信サービスの見放題が切れる時までに第1章を終わらさなければ・・・


※2021年5月16日 修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話 (修)

続けて第1話。
変身はまだしません。


むかしむかし、あるところに勇者がいました。

勇者は村のひとびとにいやがらせを続ける魔王を説得するために、一人旅に出ていました。

長く苦しい旅の末、とうとう勇者は魔王のもとにたどり着いたのです!

 

やっとここまでたどり着いたぞ魔王!もう悪いことはやめるんだ!

 

うるさい!わたしをこわがって悪もの扱いしたのは、村人のほうではないか!

 

だからって、嫌がらせはよくない!話し合えばわかるよ!

 

話し合えば、また悪ものにされる!

 

きみを悪ものになんかしない!!

 

バン!!………あっ

 

舞台の向かって左側、勇者の人形を操り役になりきっていた赤毛の少女―――結城友奈が衝動的に払った右手が、何かにぶつかり大きな音を立てた。

友奈が平手を叩き込んだのは、この日のためにみんなで作り上げた人形劇の舞台。

 

一瞬の静寂。

そのあとに、木の板でできた舞台がゆっくりと傾き始めた。

突然のアクシデントに、舞台の裏側で人形を操っていた友奈ともう一人、勇者部部長で魔王役の犬吠埼風はまともに反応できない。

 

倒れる!

誰もがそう思ったとき、横合いから差し出された手によって寸でのところでそれは防がれた。

誰もが動けない中、ヘッドスライディングで咄嗟に手を差し込みこの窮地を救ったのは、勇者部唯一の男子部員である犬吠埼紘汰だ。

同年代の男子と比べても妙に高い身体能力を生かし何とかギリギリ手を滑りこませた紘汰は、傾いていた舞台を元に戻しながらホッと安堵の息を漏らす。

 

(あ、危なかった…。ナイスよ紘汰!さすが私の弟!)

 

(何やってんだ二人とも!いいから続き続き!友奈!)

 

(え!?つ、つづき!?)

 

小声で続きを促されたものの、今の友奈は自分で引き起こしたとはいえ突然のハプニングで完全にテンパってしまっている。

パニックで真っ白になった頭からは当然のように次の展開などすっぽりと抜け落ちてしまっていた。

 

混乱した頭のまま、友奈はちらりと横目で観客の方を見た。

さっきまで和やかに勇者部主催の人形劇を観覧していた子供たちが、ぽかんとした表情でこっちを見つめていた。更に後ろでは、保育士の先生達が心配そうな視線を送っているのが見える。

 

な、何とかしないと……っ!

友奈の想いとは裏腹に、次のセリフは全くと言っていいほど浮かんでこない。

だがしかし、迷っている時間はもはやない。

そして、友奈は―――

 

(うぅぅぅ~………うぇぇぇぇぇい!!」

 

困った末、自らの操る勇者人形をヤケクソ気味に風の操る魔王人形に頭から突っ込ませた。

 

「「え、えええええええ!!」」

 

友奈の暴挙に犬吠埼姉弟が仰天する。流石は姉弟。叫び声もピッタリだ。

 

「あ、あんた何やってんの!?今から魔王を説得する流れだったでしょーが!?」

 

「お、お前どうすんだよ!?こんなん台本にないぞ!?」

 

「ご、ごめんなさい二人とも!ど…どうしよう!?」

 

こうなってしまった以上、元の展開に戻すのは不可能。

人形劇を失敗に終わらせないためにはもはや全編アドリブで続けるしかない。

最初に覚悟を決めたのは、年長者の風であった。

勇者部の一員として、子供たちをがっかりさせるわけにはいかない。

 

「とにかくやるしかないわ!樹、ミュージック!」

 

「え゛!?え~と、え~と……じゃあコレで!」

 

姉の無茶ぶりのせいで次に慌てることになったのは、先ほどからハラハラと舞台を見守っていた音響担当の犬吠埼樹である。

混乱しながらも、姉の期待に応えるために目についた音楽ファイルをクリックした。

一拍の後、樹の操作するノートPCから、静かに音楽が流れ始める。

 

(な、なんてシリアスなBGM…しかも雨音の付きってどういう…まぁいいわ!友奈、なんとか繋げて!」

 

「は、はい!え~ゴホンっ!”お前の手下はすべて説得(物理)した!あとは君一人だ!魔王!”」

 

「(物理)って何!?え~い仕方ない…”こい勇者よ!俺とお前は戦うことでしか分かり合えない!”」

 

さっきまでのお話はどこへやら、舞台上では魔王と勇者(人形)による、激しいバトルファイトが展開された。

そのあんまりの展開に舞台袖に引っ込んでいた紘汰は思わず頭を抱えてしまう。

 

そんな中、混沌とした舞台を目にして妙な使命感のもと張り切り始めたのは、ラストバッタ―、ナレーション役の東郷美森だ。

親友である友奈を救うため、観客の園児たちの煽動を開始する。

 

「皆!このままだと勇者が危ないわ!みんなの応援で勇者を助けてあげて!」

 

東郷の言葉により、園児たちからたくさんの声援が送られた。

それを受けて苦しむ魔王に張り切る勇者。その様子はさながらヒーローショーの様だ。

結局、声援パワーにより強化された勇者が必殺の『勇者電光キック』により魔王の説得に成功し、大団円(?)で地元の幼稚園で行われた人形劇は幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

「起立。」

 

 

「礼。」

 

 

「神樹様に、拝。」

 

 

終業の合図とともに、教室内の空気が一気に弛緩する。

ここは讃州中学二年の教室、あの人形劇が行われた日の翌日の放課後である。

あるものは友達とのおしゃべりに興じ、あるものは部活の準備をする等と、誰もが思い思いの放課後を過ごしていた。

 

「友奈ーちょっといい?今度の校外試合、また助っ人お願いしたいんだけど……。」

 

そんな中、自分も部活に向かうために荷物をまとめていた友奈に、後ろから声がかけられた。

声のした方へ友奈が振り向くと、眼鏡をかけた女子生徒が一人、少し申し訳なさそうな顔でこちらを見つめていた。

彼女はソフトボール部の部員で、時々こうして友奈に試合の助っ人を頼みに来る。女子の中でも運動神経がいい友奈は、所属している部活の影響もあってよくこういったことをお願いされるのだ。

ほんの少し頭の中で予定を整理し、その日が空いていることを確認した友奈は快くそれを引き受けた。

 

「オッケー。いくよー。」

 

「ありがとう!悪いけどお願いね。それにしても忙しそうね、今日も部活?」

 

自分の荷物をまとめ終わった友奈は、親友である東郷のもとへ行くと、手慣れた手つきで彼女の車いすのハンドルを握った。

足が悪く、普段車いすで生活している彼女を助けるのは専ら友奈の仕事だった。

少し感触を確かめながら東郷と微笑みあい、少し誇らしそうに、

 

「うん、勇者部だよ。」

 

「そう、勇者部。」

 

と、二人で答えた。

 

「なんか何度聞いても変な名前ねー。勇者部。」

 

「えー?なんで?カッコいいじゃん勇者部。」

 

讃州中学勇者部。

人の役に立つことを勇んで行うことを活動目的として一年前に犬吠埼風が立ち上げた部活である。

その活動は多岐にわたり、町の清掃や部活の助っ人、はたまた野良猫の保護とその里親探しなど、兎に角誰かの役に立つことならば見境なく行っていた。

友奈と東郷とあと一人、二年生3人に加え、部長で三年生の風と一年生の樹の計五人、それが勇者部の全容だ。

 

出発の準備が整うと、友奈達は教室の真ん中、男子生徒が集まっている中心に声をかけた。

 

「おーい!紘汰くん!部活いこー!」

 

「紘汰君、早くしないとおいてっちゃうわよ?」

 

「わりぃわりぃ、ちょっと待っててくれ!みんな、すまねぇ。また今度な!」

 

二人の女子生徒の呼ぶ声に、男子たちの中心で助っ人の要請を捌いていた二年生最後の一人である紘汰は、返事もそこそこに慌てた様子で人の輪を飛び出してきた。

女子運動部に人気の友奈であるが、それ以上に男子運動部から人気があるのが紘汰である。

非常に高い身体能力を持ちながら、特定の運動部に所属しておらず、しかも人助けを旨とする勇者部に所属しているとあって、放課後になると各方面から熱烈なラブコールが来るのであった。

 

「じゃ、みんなまた明日!」

 

「じゃねー!」

 

「皆、さようなら。」

 

三者三様のあいさつを教室内の生徒たちに投げ、二年生組の三人は自分たちの部室を目指す。

道中の話題は、やはり昨日の校外活動のことだ。

 

「昨日の人形劇、大成功だったね!!」

 

「あれは成功っていうのか…?」

 

「終わり良ければ総て良しっ!だよ紘汰くん!」

 

「もう、友奈ちゃんったら…。」

 

アドリブ満載のドタバタ劇を成功と言い張るちょっと天然気味の友奈に突っ込みを入れる紘汰とあきれながらも微笑む東郷。この3人の会話はいつも概ねこんな感じだ。

まぁ、紘汰は紘汰で暴走気味なところがあるし、東郷なんかはさらに濃ゆーい一面を覗かせる場合もあるので、日によって役割は変わったりもするのだが。

 

しばらくそのまま廊下を歩き、やがてたどり着いたのは家庭科準備室。ここが彼らの所属する勇者部の部室である。

紘汰が先行し、扉を開けると部室内でタロットカードとにらめっこしていた樹がこちらに気づいた。

 

「あ、お兄ちゃん。お疲れ様。友奈さんも東郷さんもお疲れ様です。」

 

「よぉ樹。また占いか。姉ちゃんは?」

 

「奥で準備してるよ。揃ったら始めるって。」

 

樹の返答にそっか、と答えながら、紘汰はなんとなく妹の手元にあるカードを覗き込んだ。

妹の樹はタロット占いを得意としている。

普段はこうして時々自分や周囲を占っていることが多いのだが、その腕はなかなかに評判らしく、人に頼まれて占いをしていることもあるそうだ。

覗き込んだカードには、何やら絵と文字が書かれている。それが何を示しているのか、未だに紘汰にはさっぱりだった。

 

そうこうしている間に東郷の車いすが部室に入り、友奈が扉を閉めると奥から風がひょっこりと顔を出した。

可愛い部員たちが全員そろっているのを確認すると満足そうに頷いて、手についたチョークの粉を落とすのもかねて大きく二つ、手を叩いた。

 

「来たわね3人とも。じゃあ全員そろったことだし、ミーティング始めるわよー。」

 

部室の奥側には黒板が置いてあり、その周辺が専ら勇者部の会議スペースとなっている。

部長の鶴の一声でみんながそこに集まると、既に黒板には様々な子猫の写真が貼られていた。

可愛らしい写真に沸き立つメンバーたち。たが勿論、これらはただ鑑賞するためだけに張られているわけではない。

『子猫の飼い主探し』と写真の上にも書いてある通り、これは立派な勇者部に入ってきた依頼の資料なのである。

 

「はーい皆注目。この通り、まだ未解決の依頼がこんなにも残ってんのよねー。」

 

「い、いっぱいだね…。」

 

少し前に数件、似たような依頼を解決したばかりだったのだが、その時と比べても明らかに量が増えている。

困っている人や動物等を助けるのは勇者部の活動内容でもあるし、この中に集まった面々にそういったことを嫌がる人は勿論いないが、猫の里親探しというのはこれでなかなかハードである。

黒板に貼りだされている猫たちの数に、樹がたじろぐのも無理もない話だった。

 

「早いところ、飼い主を見つけてあげなければいけませんね。」

 

「そうなのよ東郷。だから、今月は強化月間!今月中に全部解決するつもりで行くわよ!」

 

風がそういうのだから、今月のメイン活動は飼い主探しということになるだろう。

割と大雑把な性格をしている風ではあるが、部長なだけあってこういう時のリーダーシップは流石と言ったところで、部員からの反対等も特にない。

 

「強化月間って、具体的にはどうするんだ?」

 

「いい質問ね紘汰。とりあえず先生たちにも相談して、学校を巻き込んだ大々的なキャンペーンにするわ。」

 

「おー。」

 

「学校を巻き込むという政治的な視点……流石です部長。」

 

素直に感心する友奈と、少しずれた感心の仕方をする東郷。どうやら少し彼女のこゆーい所のスイッチが入り始めたようだ。

後輩から送られる妙な方向の尊敬の念に、さすがの風も少し戸惑っていた。

 

「政治的って……ま、まぁいいわ。学校側への対応は私がやるとして、とりあえずはホームページを強化していきましょう。東郷、任せた!」

 

「任務了解です部長!…モバイル版も拡張して携帯からも見れるように―――」

 

やけにハキハキした返答の後、作業に取り掛かるため東郷はパソコンへ向かう。

一時を除いておしとやかな大和撫子然とした彼女であるが、意外にもこういう分野に強かった。ホームページ更新等といったIT系の作業は、他にそれを得意とするメンバーがいないということもあってもっぱら彼女の仕事だった。

 

「私たちはどうするんですか?」

 

「ん~。いつも頑張ってもらってるけど、今月はさらに頑張るって感じで!」

 

「ここにきて随分アバウトだよお姉ちゃん…。」

 

最後まで締まらないのはいかにも風らしい。

こうなったら残りは各自、自分のできることを探すしかないというわけだ。

 

「今日海岸の掃除、行くでしょ?その時周りにあたってみるのはどう?」

 

「そりゃいいな。よし、じゃあ俺たちは足で稼ぐってことで!」

 

「いいですけど…うぅ…二人についていける自信がないよぅ…。」

 

友奈の提案に紘汰が乗って、樹も少々控えめに追従した。

見た目の通りインドア派の樹は、部内きっての肉体派二人に振り回される未来に少し不安そうだ。

 

そうして今後の動きはだいたい固まった。

その間にも早速任務を完了させていた東郷にみんなでしっかり驚いた後、勇者部一同はそれぞれ活動を始めるのであった。

 

 

 

 

あっという間に時間が過ぎ、各々の活動に区切りをつけた勇者部のメンバーは市内の老舗うどん屋『かめや』に集まっていた。

最近代替わりし、見た目そうは見えないが腕のいい若い男性が店長を務めるこの店は地元の人々にも随分と評判であり、勇者部の面々も御多分に漏れずよく利用している。

 

「お、来た来た。」

 

「さ、3杯目…。」

 

運ばれてきた新しいどんぶりに嬉しそうな風とそれを見て顔を引きつらせている友奈。

その細い体のどこに入っていくのかいつも不思議で仕方ないが、風はかなりの健啖家である。

その食べっぷりは、弟であり食べ盛りの男子中学生である紘汰ですら閉口するほどだ。

 

「うどんは女子力を上げるのよ~。」

 

「お姉ちゃん。言ってること無茶苦茶だよ?」

 

「そうだぞ。それにそんなに食ってると上がるのは女子力っていうより……。」

 

「は?なんか言った?」

 

「あ、いや、え~っと…。」

 

その話は女性にとっては禁句である。

風以外のメンバーの視線も心なしか若干冷たく、援護は期待できそうにない。

こういったときに男性の立場が弱いのは、いつの時代でも変わらない。

まぁとは言っても今回は確かに紘汰の失言だ。誠心誠意平謝りをすると、しばらくして何とかお許しをいただけた。

 

「と、そんなことより友奈。外回りどうだった?」

 

「掃除のほうは特に問題なく。子猫のほうはごめんなさい、収穫ありませんでした。」

 

「ま、そんなに初日からうまくいくわけないか。こればっかりは根気強くやらないとねー。」

 

「子猫といえば今日、お兄ちゃんが―――」

 

それは掃除が終わり、この店に向かっている最中のこと。

どうやってのぼったのか、ビルの1階と2階の間あたりの少し突き出した部分から降りられなくなった猫を見つけた樹が、どうしようとおろおろしていた時であった。

妹の様子に気づいた紘汰が、おもむろに助走をつけたと思うと壁を駆け上がった。そして難なく突き出し部分に指をひっかけると、そのまま見事猫を救出したのである。

猫が助かったのはよかったが、これにはさすがの樹も唖然とした。

 

「我が弟ながら漫画みたいなヤツね…。」

 

「なるほど、紘汰君はシノビの者だったのね。諜報は国防の要………。」

 

「私が見てない間に紘汰くんそんなことしてたんだ。すっごいねぇ。」

 

「お、大げさだな樹は。そんな高いところじゃなかったって!」

 

本人は大げさなどというものの正直言ってそこらの中学生で…いや、例え大人にだってそんなことができるかは怪しい。犬吠埼紘汰改造人間説は、讃州中学でまことしやかに囁かれていたりする噂の一つだった。

さらに言えば姉は無限の胃袋、弟は超人的な肉体、じゃあ末の妹は?というのが現在かなりホットな話題だ。もちろん樹は知らないが。

 

「そういえば風先輩。何か話があるんじゃなかったんでしたっけ?」

 

「そうそう、文化祭の出し物の相談。今年は何やろうかって。」

 

部長の切り出した話に、まだ4月なのに?と、皆は首をかしげる。

文化祭といえば一般的には秋に開催されるものだ。今からだとまだ半年も時間がある。

 

「去年は間に合わなかったからねぇ。今年はちゃんとしたいじゃない?せっかくフィジカルモンスターと猫の手も入ったことだし。」

 

「文化祭かぁ…確かに、せっかくだから一生の思い出に残るものがやりたいですね!」

 

「なおかつ娯楽性が高く、大衆に受け入れられるものでなければいけませんね。」

 

モンスター…。猫の手…。

と、地味に精神的ダメージを受けている兄妹はさておき、去年から所属している創立メンバーの3人は乗り気だ。

ちなみに1年生の樹はもちろん去年いなかったし、紘汰も去年の後半に色々な事情があってダンスチームを抜け、正式に入部したのは今年からだった。

確かに、去年は部活立ち上げ後のバタバタと、今よりも人手が少なかったことも手伝って勇者部として文化祭で何かをやることができなかった。

仕方ないとは思っていても心残りだったのは事実だし、特に風は今年3年ということで、中学での文化祭は今年が最後である。

それを考えればこの熱の入り様にも納得がいくというものだ。

 

「とにかく、夏休み前にはある程度決めておきたいから皆考えといて。コレ、宿題ね。」

 

はーい。と、いう後輩たちの返事に満足そうに頷きながら風は4杯目のうどんを注文し、皆の度肝を抜くのであった。

 

 

 

 

「もういい時間ね。東郷、車呼ぶ?」

 

都合4杯のうどんを平気な顔で平らげた風は、時計を見ながらそう言った。

ここでいう車とは、東郷がよく利用するデイサービスの車のことだ。

 

「いえ、今日はたまには歩いて行こうって友奈ちゃんが言うので。」

 

「そーなんです。今日は別行動だったから、いろいろお話もしたいし。」

 

そう言って顔を見合わせながら笑っている二人を見て、風は苦笑を浮かべていた。出会ったころからそうだったのだが、この二人は本当に仲がいい。

それならばと、少し離れたところで樹と戯れていた紘汰に視線を向けると、同時に紘汰もその視線に気づいたようで、樹の頭に置いていた手を放してこちらに近づいてきた。

 

「紘汰!あんた二人についてってあげなさい。男の子なんだから。」

 

「わかってるよ姉ちゃん。じゃあ行こうぜ二人とも。」

 

「うん、じゃあ風先輩、樹ちゃん。また明日!」

 

 

 

 

夕焼けの空の下を、同級生3人組がゆっくりと歩いていく。

話題は主に、今日あったことやさっきの先輩からの宿題について。他愛ない話でも、仲間たちと一緒ならばそれだけで楽しかった。

 

なんでもない1日が、今日もまた過ぎていく。

明日も、明後日もその先も、ずっとこんな日が続いていくんだろうか。

防波堤から海を見渡せば、水面はオレンジ色の太陽を反射して、きらきらと輝いているのが見える。

紘汰は生まれ育ったこの町の、こんな風景が好きだった。

大好きなこの町で、大好きな仲間たちと過ごす日々を、ずっと続けていきたい。

そして自分はそれを―――

 

「なぁ。二人は何か将来なりたいものってあるか?」

 

話題も一通り落ち着き、無言でなんとなく歩いていた時、ふいに紘汰がそう切り出した。

唐突といえば唐突なその質問に、友奈たちも目を丸くした。

 

「え?将来なりたいもの…う~ん…あんまり考えたことないかな。」

 

「…そっか、そうだよな。急にこんなこと言って悪いな。東郷も…東郷?」

 

「えっ?あ、ちょっとぼーっとしてて…ごめんなさい。私も今はこれと言って考えてないわ。」

 

そういってはぐらかした東郷の頭の隅を、かすめるものがあった。

将来の夢、昔、どこかで、誰かとそんなことを―――。

どうしたの?と聞いてくる鋭い親友に、慌てて何でもないと言葉を返した。

なおもいぶかし気な親友に心の中で少し謝りながら、東郷はごまかすように質問を紘汰へと投げ返す。

 

「そういう紘汰くんは、どうなの?」

 

「いや、俺も将来の夢ってわけではないんだけどさ…。」

 

彼にしては珍しく、奥歯にものが詰まったような言い方だ。

心情的に言いにくいというか、言葉にするのが難しいというか。

 

「なんというかその…―――変身したいんだ。もっと強くて、何でもできる自分に。」

 

「変身?」

 

「なんだか、子供みたいね。といっても私たちはまだ子供だけど。」

 

そういって微笑む東郷の視線から逃れるように、紘汰は慌てて顔をそむけた。

子供っぽい発言だとは、紘汰自身も自覚していた。思わず言ってしまったが、なんだかとても顔が熱い。今が夕暮れで本当に良かった。

 

しかし、そんな風に照れながらも紘汰の口からは次々と言葉がこぼれ始めていた。

どうして突然そんなことを話そうという気になったかはわからない。わからないが、なぜかこの時の紘汰には、そんな気持ちを二人に聞いてほしいと思ったのだ。

 

「姉ちゃんさ、父さんと母さんが死んでから、家のことなんでもするようになって。俺と樹の親代わりになんなきゃって頑張ってくれてんだ。」

 

少しずつ、心を形にするように言葉を紡ぐ。

そんな紘汰のたどたどしいともいえる言葉に、友奈と東郷は真剣に耳を傾けていた。

 

「いつも明るく振舞ってるけど、時々何か思い詰めてるような時があるんだ。俺たちには見せないようにしているみたいだけど、俺も樹も何となく気づいてる。」

 

「風先輩が…。」

 

友奈にとっても、いつだって風は頼れる先輩だ。

その先輩が思い詰めているような姿はあまり想像できないが、家族にだけわかるようなことがあるのだろうか。

 

「俺は確かにまだ子供だし、できることもそんなにはないけど…やっぱり男だからさ。姉ちゃんも樹も、守ってやれるようになりたい。二人だけじゃない。俺は、勇者部が好きだ。この町が好きだ。自分の好きなものを助けられる、守れるような自分になりたいって最近そう思うんだ。」

 

なんか変なこと言ったな、忘れてくれ。

そうやって恥ずかしそうに笑う紘汰の姿は、なるほど確かに子供なのかもしれない。

ただ、そこから変わりたいと願う彼の表情みていると、友奈は少し、胸が温かくなるような感じがした。

そして、

 

「なれるよ。」

 

思わず、といったように友奈の口から言葉が漏れた。

まともに聞いてもらえると思っていなかったのか、紘汰は呆気に取られた様子でポカンと口を開けている。

そんな紘汰がおかしくて、ほんの少しだけ笑ってしまった友奈だったが、しかし照れながらも大事な想いを語ってくれた紘汰に応えるように、もう一度自分の素直な気持ちを言葉にする。

 

「紘汰くんならなれるよ、きっと。私はそう思う。」

 

「…おう。ありがとう。なんか、友奈がそう言ってくれると、本当になれそうな気がするな。」

 

友奈の言葉が自分の中へと沁み込んでくるのを紘汰は感じていた。

こういう時、友奈はまっすぐな言葉をくれる。

そうするとなんだか本当に何でもできる気がするのだ。

皆に勇気を与える者。それが勇者だというのなら、結城友奈は確かに勇者だった。

 

見合わせた二人の顔が、自然と笑顔になる。

そして―――

 

「そうよ!!」

 

なんとなくよくなってきた雰囲気は東郷の一声で見事にぶった切られた。

固まった笑顔のまま、ぎこちなく顔を東郷に向ける。

視線の先には案の定、大和魂に火が付いた(完全にスイッチの入った)東郷の姿があった。

 

「よく言ったわ紘汰君!日本男児たるもの、お家を!お国を守ることこそ本懐!それこそまさしく国防の心意気!!」

 

「あのー。東郷さん?」

 

こりゃダメだ。

今、紘汰と友奈は覚悟を決めた。

こうなってしまった以上、東郷は誰にも止められない。

 

「安心しなさい。私があなたを立派な日本男児にしてあげるわ!さあ、明日から特訓よ!」

 

「あ~はい…よろしくお願いします…。」

 

「ほ、ほどほどにね東郷さん…。」

 

大変なことになったな…。

とりあえず、明日から東郷をどうやって鎮めるかを考えながら、二人を送り届けた紘汰は帰路につくのであった。

 

 

 

 

こうやって、世界が平和だった、平和だと信じていた最後の日が終わりを迎える。

少女達を捉えた運命はゆっくりと回り始める。

これから少年が選択する道の先に、何が待っているのか。

その答えを知るものは、今はまだ誰もいない。




※2021年5月18日 修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 (修)

初変身まで行きたかったですが、とりあえず分割。


ここは、『大赦』に属するとある研究所の一室。

あまり広くないその部屋の中にあるのは、いくつかの機材と乱雑に置かれた研究資料たち。

研究室の中としてはありふれた光景ではあるが、そんな中でもひときわ目を引くものがある。

無数のコードにつながれた黒い機械と、何らかの液体に浸された奇妙な赤い果実。

おそらくこれこそがこの研究室の研究対象なのだろう。

 

電灯もつけられていない薄暗い部屋の中。唯一の光源となっているPCのモニタの前で、男が一人座っていた。

メッシュの入った長髪を後頭部あたりでまとめたその男は、画面に映し出されるデータを無感情な瞳でじっと眺めていた。

 

「―――神託は下った。もうじき、『彼ら』は再びやってくる。」

 

モニタを見つめながら、男がそう呟いた。

誰に言うわけでもない、ただ口からこぼれただけの独り言は部屋の中に反響してそのまま溶けていった。

男のほかには誰もいない部屋の中。返ってくる声など勿論ない。

ただ、果実を浸した液体が返事の代わりに小さくゴボリ、と音を立てた。

 

「約2年ぶり、といったところだが……やはり今回はまぁ、この子達ということで間違いはないだろうね。」

 

独り言を続けながら男はカーソルを操作し、一つのファイルを選択する。

やや古ぼけたPCがカリカリと音を立て、しばらくするとパソコンの画面には、少女達の顔写真と何らかのデータが羅列された資料が表示された。

 

市立讃州中学―――勇者部―――勇者。

 

「歴史は繰り返すのか、それとも今度こそ覆しえるのか。()()を預ける相手は、やっぱり君かな。」

 

そういって、男は今見ていたものと別のファイルを開いた。

先ほどとはフォーマットも大きく異なるそのファイルには、一人の黒髪の少年が映し出されていた。

 

「―――犬吠埼紘汰君。君は、英雄になる(運命を掴む)ことができるかな?」

 

男の乾いた笑みが、モニタの光に照らし出される。

その様子を、いつの間にそこにいたのか、不思議な色の鴉が無機質な瞳でじっと見つめていた。

 

 

 

 

朝。学校へと続くいつもの通学路を、犬吠埼家の3人が自転車を押しながら歩いていた。

3人が暮らすマンションは、学校からはやや遠いが歩いて登校できなくもないという、なんとも微妙な位置にある。

そのため登校用の自転車は用意してあるものの、時間がある時はこうして自転車を押しながら歩きいて登校するのが犬吠埼家の常だった。

 

「ふぁ、あ~眠い…。」

 

心地よい朝日に照らされながら、紘汰は今日何度目かわからない欠伸をかみ殺す。

やむにやまれぬ事情があって、本日は少し睡眠不足。

正直言ってこのまま帰って寝たいところだが、学生である以上そうは言っていられない。

 

「大丈夫?お兄ちゃん。」

 

「あぁ、このぐらいは平気平気。心配してくれてありがとうな樹。」

 

樹は本当にいい子だよなぁ…。

心優しい妹に癒されながら、これ以上は心配かけまいと自分で自分の両頬を叩いて意識をはっきりさせる。

紘汰を寝不足に追い込んだ事情というのはまぁ…あれだ。

昨日あの後、家に帰った後もスイッチの入った東郷の勢いは止まらず、怒涛のようなメッセージがようやく落ち着いた頃には既にそれなりの時間だった、という話だ。

東郷三森という少女は、普段は気配り上手で才色兼備の完璧美少女といった感じなのだが、時々こうして暴走することがあるということは勇者部以外には意外と知られていない。

 

「もー情けないわねー。シャキッとしなさいよシャキッと。あんた朝からそんなんで大丈夫なの?何か忘れものとかしてないでしょうね。」

 

「大丈夫だって姉ちゃん。来るときにちゃんと…あ。」

 

「あ、ってまさか…。」

 

紘汰の顔が、さっと青ざめる。

そういえば今日提出の宿題を、やり切ったまま机の上に置いてきた…ような…。

 

「悪い二人とも、先行っててくれ!ちょっと取りに行ってくる!」

 

「はぁ~あ全くもう…ほら、早く行きなさい。遅刻するんじゃないわよ。」

 

「気を付けてねお兄ちゃん。」

 

あきれる風と苦笑する樹の声にわかってるよと返しながら、慌てて自転車に飛び乗った紘汰は今来た道を急いで戻っていく。

運動神経に比べ、あまり成績のほうはよろしくない紘汰である。せめて宿題ぐらいはしっかり提出しておかないと、流石に色々とマズいのだ。

幸い、部活の関係で朝にしておきたいことがあると言う風に付き合っていつもより少し早めに出てきたため、このまま急げば遅刻することもないはずだ。

 

この時間でもちらほらいる同じ学校の生徒たちに怪訝な顔を向けられながら通学路を逆に爆走すると、ほどなく見慣れた建物が姿を現した。

ラストスパートで更に自転車に負荷をかけ、駐輪場前でタイヤ痕が残るほどの急制動。乗り捨てる勢いで自転車を置き、我が家へと向かう。

大急ぎで自室に駆け込むと、机の上には案の定、昨夜何とか(内容はともかくとして)攻略した宿題プリントの姿があった。

それを乱雑に鞄に詰め込み、そこでようやくほっと一息ついてからちらりと時計を確認する。

なんだかんだでいつもよりは少し遅いぐらいの時間だ。今からならば多少急げば十分に間に合うだろう。

 

戻ってきた時よりも幾分か落ち着いた様子でマンションから出てきた紘汰は、自転車を手で押しながら深いため息を吐き出した。

昨日友奈達の前であんなことを言っていた翌日にこれである。これは先が思いやられるな、と思うと自分自身が少し嫌になる。

だけど誰しもいきなり完全無欠のスーパーマンになどなれはしないのだ。だから結局、今の自分にできることをコツコツと積み上げていくしかない。

目標さえ忘れなければいつかは、きっと。

 

そんなことを考えながら自転車にまたがり、紘汰が改めて学校へ向かおうとした時だった。

 

「君、犬吠埼紘汰君だね?犬吠埼風さんの弟の。」

 

背後から突然かけられた声に、思わず紘汰は飛び上がった。

早鐘を打つ心臓を抑えながら慌てて顔だけで振り向くと、そこには奇妙な雰囲気を纏った男が一人、貼り付けたような薄い笑みを紘汰の方へと向けていた。

後ろで縛った長髪に、よれよれの白衣。こういっちゃなんだが、いかにもマッドサイエンティストといった風貌だ。

なぜかこちらの名前を知っているようだったが、紘汰は勿論見覚えがない。

 

「そう…だけど…。え~っと…あんたは?」

 

「いや済まない。突然で驚いただろう?この町の有名人の弟君を見かけてつい、ね。」

 

「はぁ…。」

 

警戒をあらわにしながら、曖昧な返事を返す。

平日朝のこの時間に、男子中学生に声をかける研究者風の青年。

正直言って不審者以外の何者でもない以上、紘汰が警戒するのも無理はない。しかも突然名前を呼ばれたのだからなおさらだ。

だが、学校外でも手広く活動している勇者部は地域住民に広く認知されており、その部長である風がちょっとした有名人なのも確かだった。

そういった意味で言えば、面識のないはずの目の前の男がこちらの名前を知っているのも一応おかしくはない。

だが勿論、それだけでこの怪しい男と世間話に興じようと思えるかといえばそれはまた別の話だ。

 

「あの、俺もう学校行かないと。」

 

「まぁそういわないでくれ。こうしてあったのも何かの縁だ。助けると思って少し私の話に付き合ってほしい。ほら、人の為になる事をするのが勇者部なんだろう?」

 

そういわれると紘汰も弱い。

胡散臭さの塊のような男が相手ではあるが、少し話をするぐらいならばまぁ大丈夫のはずだ。

樹ならばともかく、最悪自分ならばどうとでもなるだろうし。

そう判断した紘汰は、またがっていた自転車から降りて男の方に向き直った。

 

「まぁ、少しだけなら…。」

 

「ありがとう。流石は勇者部、といったところだね。」

 

「そういうのはいいから早くしてくれよ。俺だって遅刻は嫌なんだから。」

 

敬語等は元々得意ではないほうだったが、この男を相手にしていると初対面にもかかわらずどうにも口調が荒くなってしまう。

胡散臭さもさることながら、どうやら人間的な相性もあまりよくないようだ。

とはいえ一度引き受けた案件だ。それに加えて勇者部の名前を出されてしまった以上、無下にすることはできない。

そんな紘汰の葛藤を知ってか知らずか、男は相変わらず胡散臭い薄笑いを浮かべている。

そういった所もまた、やけに紘汰の神経を逆なでしていた。

 

「それじゃあ早速始めるが…まぁ簡単な心理テストだと思ってくれたまえ。そうだね…君は船に乗っている。定員は決められていて、しかも老朽化のためあちこちがボロボロだ。沈んでいく島の住人を乗せて、新天地を探してあてもなくさまよっている。」

 

「なんか、ありがちな設定だな。」

 

「そうだね。まぁとりあえず最後まで聞いてみてくれ。さて、しばらく航行していると、船に穴が開いてしまった。このままでは船は沈んで全員がお陀仏だ。でも、乗っている人の中で数人が荒れ狂う海の中を泳ぎ、修理に行きさえすればみんなは助かる。」

 

その先はなんとなくわかる。

あまり好きではない状況設定の話に、紘汰の顔もうんざりしてきた。

 

「君の知り合いが、その修理に行くことになってしまった。当然、帰って来られる保証はない。それどころかかなり絶望的だ。さて、君ならどうする?」

 

「そんなの決まってるだろ。俺が代わりに行く。」

 

自分の大事な人が傷つくぐらいなら、自分が何とかする。

紘汰はいつもそう思っていたし、実際にそのように行動してきたつもりだ。

そのぐらいは言うだろうと男もわかっていたのか、何とも感情の読めない笑顔で頷いて続きを口にする。

 

「なるほど、流石に即答だね。じゃあ条件を追加しよう。それには専門の技術が必要で、君にはそれがない。そんな人物が向かったところで無駄に命を危険にさらすだけだし、君がいかなくてもそれは仕方のないことだろう。誰も責めはしない。」

 

「それでも俺が行く。必要なことがあるのなら、頑張って身に着ける。」

 

「そんな時間がなかったとしたら?」

 

先ほどから次々と条件を追加してくるこの男は、自分に何を答えてほしいのだろうか。

突然現れて、何を話すかと思えば心理テストだと言う。はっきり言って意味がわからないが、ここまで付き合った以上紘汰も意地だった。

 

「それでも何とかする。どうしてもっていうなら別の方法だって考える。とにかく俺は、そういうのを仕方がないってあきらめたくないんだ。」

 

「その結果、自分がどうなったとしても?」

 

いつしか笑みが消えていた男の顔が、何かを確かめるようにじっとこちらを見つめていた。

何を考えているかわからない目の前の男の目に、自分の中身を弄られているようで紘汰はひどく気分が悪くなる。

しかし紘汰は、その気分の悪さをぐっとこらえて目の前の男を睨み返した。

なぜかはわからないが、ここ引いてはいけない。紘汰の中の何かがそう囁いていた。

 

「俺だって痛いのは嫌だし、怖いものは怖い。でも、そこで簡単に諦めるような自分を、きっと俺は許せない。どんなことがあったって、最後まで絶対にあがいてやる。」

 

正直、具体的な解決にはなっていないし、はっきり言ってしまえば何もわかっていない子供の回答なのだろう。

でも、それは確かに飾りのない、紘汰の本心から出た言葉だった。

しばらくじっとこちらを見つめていた男だったがやがて何か納得したようで、満足そうに頷くと元の胡散臭い笑みに戻った。

 

「なるほど、とりあえずは合格だといっておこう。まぁこの先、どうなるかはわからないけどね。」

 

「合格?いったい何の「そんな君にプレゼントを贈ろう!何、付き合ってくれた礼だと思ってくれたまえ。」…っておわっ!?」

 

突然男が投げてよこした物体を、慌てながら受け取る紘汰。

受け取ったものに目を落とすと、それは用途のわからない黒い機械と、さらによくわからない中身の見えない真っ黒なケースだった。

怪訝な顔をする紘汰にかまうことなく、男は愉快そうに踵を返す。

散々こちらをひっかき回しておいてもう紘汰に用はないらしい。

 

「おい、あんたコレなんなんだよ!」

 

「言ったろう?プレゼントだと。まぁいいから持っておくことだ。―――傍観者になりたくないのであればね。」

 

傍観者。

その言葉が一体何を意味しているのか。

男はそれ以上何も言わず、ふらふらと適当に手を振りながらどんどん紘汰から離れていく。

腑に落ちないことだらけだが、残念ながらこちらも問い詰めている余裕はない。

ちらりと腕時計を確認したが、怪しい男の相手をしている間に時間は既に紘汰が全力で飛ばしても間に合うかどうかというところまで差し迫っていた。

 

「あぁ~もう!とりあえず預かっとくからな!」

 

「あぁ、そうするといい。」

 

そのやり取りを最後に、紘汰は今度こそその場を後にした。

危なそうなものならば最悪交番にでも届ければいい。そう無理やり自分を納得させながら、紘汰はとにかく全力で自転車を走らせた。

 

 

 

 

狭い運転席に腰を下したその男は、慌てて去っていく少年の背中を窓からじっと眺めていた。

条件は整った。そして、状況は既に動き出している。

神託による予言は時間という意味合いでは精度に何があるため具体的にいつになるかはわからないが…近いうちに『彼ら』はきっと現れる。

明日か、明後日か。もしかしたら今日かもしれないが、果たしてその時彼は一体どうなるのか。

自嘲するように僅かに笑って、男はエンジンのスイッチをいれた。

 

「先に待つ結末を超えていくことができるのか。せいぜい見届けさせてもらうとしようか。」

 

 

 

 

あの後なんとかギリギリで始業ベルに間に合った紘汰は、授業を聞き流しながら机の下で今朝渡された二つのプレゼントとやらをこっそりと観察していた。

といっても黒いケースのほうは完全に密閉されており、中に何かが入っているということぐらいしかわからない。手に収まるにはやや大きいといったサイズのそのケースには驚くことに継ぎ目といったものが一切なく、開けてみようにも取っ掛かりすら文字通り掴めない。

また、もう片方はもう片方で真ん中に何かをはめ込むようなくぼみがあるのと、そのくぼみの横に可動式の日本刀のような装飾があるというだけで、これまた用途は全くもってわからなかった。

 

(これ、一体何なんだ…?)

 

どの角度から見てみても、さっぱりと手がかりがない。

これは揶揄われたのか?と、思うもやはりそれだけにしては手が込みすぎているような気がする。

 

(でも、この形…デカいベルトのバックルみたいな…。)

 

そう思って何気なく腰のあたりにあててみた瞬間、黒い機械を中心として光がにじみだすように蛍光色のベルトが出現し、紘汰の腰に巻き付いた。

 

「うぉ!?」

 

突然の事態に思わず紘汰の口から声が漏れた。

それと同時に浮き上がりかけた腰は何とか抑えたものの、今は授業中である。

静かだった教室内に紘汰の声はことのほか響き、当然のごとく注目を集めてしまった。

クラスメイト達の好奇の視線と、教師のじっとりとした視線がグサグサと紘汰に突き刺さる。

 

「…なんですか犬吠埼さん?」

 

「い、いや…何でもないです。すいません…。」

 

必死に愛想笑いを浮かべながら頭を下げる紘汰と、あきれ顔で短くため息をつく教師。

そのやり取りに少年少女たちが耐えられるわけもなく、当然の如く教室は笑い声に包まれた。

廊下側の席を見ると、友奈と東郷も紘汰を見て少し笑っている。

何とも恥ずかしい気持ちになりながらそれでも腰のあたりを見られるわけにはいかないと、紘汰が焦り始めたとき――――それは突然、始まった。

 

――――!!――――!!――――!!

 

教室中に鳴り響く、大音量のアラーム音。

災害警報の様な特徴的な音に、地震か?と、一瞬身構えた紘汰だったが、いつまでたってもそのような揺れは感じない。

だとすれば誤報だろうとは思うが、それにしても先ほどからずっと鳴りっぱなしだ。

少し離れたところで友奈が慌てているのが見えるので、発信源はどうやらそこらしい。

何にしてもこれで皆の注意がそれただろうと、友奈には悪いが少し安心しながら今のうちにこっそり外そうと再び腰の機械に視線を向ける。

 

しかし、事態はそれどころではなかった。

紘汰が本当の異変に気付いたのは、けたたましく響いていたアラーム音がようやく止んだと思ったその時だった。

 

(音が、しない?)

 

違和感を覚えるほどに、あたりは静寂に包まれていた。

いくら授業中だからといっても先ほどまであれほど大きな音が鳴っていたのだ。それ相応のざわつきは、むしろあって然るべきだ。

自分の腰の機械に向けていた視線をふと上げると、前方、教師を含め誰もがぴったりと動きを止めていた。

―――いや、止めているというよりは止まっているのだ。

まるで()()()()()()()()()()()()()()

 

「紘汰くん!」

 

背後から呼びかける声に、紘汰は我に返った。

振り向くと、不安そうな顔をする友奈と東郷の姿が見える。

どうやら二人は止まってはいないようだ。

 

「これ、なんか変だよ!」

 

「あぁ、なんだか皆、急に止まっちゃったっていうか。」

 

恐る恐る周りを見回しながら、出口付近にある東郷の席の周りに3人は集まった。

止まってしまった異様な世界で、自分たちだけがまともに動けている。

どこからどう見ても完全に異常事態だ。

 

「さっきのアラーム、きっかけはあれか?」

 

「私の端末からも出てたの。画面には『樹海化警報』って…。」

 

どういう意味だ?という質問に、東郷と友奈はわからないと首を振った。勿論紘汰だって樹海化なんて言葉は聞いたこともない。

友奈と東郷の視線が不安げに揺れている。二人の手は、お互いを励ますように本人たちも無意識のうちに固く結ばれていた。

それを視界に納めた紘汰は半ば無理やり自らを奮い立たせた。

こういう時にこそ、自分が何とかしなければ。―――どうすればいいのかなんて、わからないままだけとしても。

 

「とりあえず二人はここにいてくれ、俺は外の様子を見てくる。」

 

「で、でも…危ないよ紘汰くん。」

 

「大丈夫だ。姉ちゃんと樹も心配だし…二人を探して、すぐ戻ってくるから。」

 

そういって教室を出ていこうとした紘汰だったが、ふと思いなおして自分の席に戻り、引き出しにしまってあった例のケースを取り出して学生服のポケットにねじ込んだ。

もしかしたら、あの男はこの状況を見越していたのかもしれない。

何も状況がわからない今、何かの役に立つのかもと思っての行動だった。

 

教室を抜け、階段に向かって走る。

二人を探すとして、まずは樹が心配だ。

あの気の弱い妹が自分と同じ状況におかれていたとしたら、きっと今頃怯えていることだろう。

今にも泣き出しそうな樹の顔を思い浮かべながら、1年の教室がある階に続く階段を数段飛ばしで駆け上がる。

 

逸る気持ちを抑えながら階段を登り切って廊下に出たとき、求めていた姿を発見して紘汰はひとまずほっと胸をなでおろした。

教室前の廊下に、案の定怯えた表情を浮かべた樹がいる。そしてその隣には、同じく慌てて駆けこんできた様子の風の姿があった。流石は姉弟、考えることは一緒のようだ。

 

「姉ちゃん!樹!無事だったか!」

 

「紘汰!?なんであんたまで…。」

 

「お兄ちゃん!…お姉ちゃん、これ、何が起こってるの…?」

 

風が浮かべた表情に、紘汰はほんのわずかに違和感を覚えた。

風の顔に浮かんでいるのは、動揺。勿論それは、こんな状況下で浮かべる表情としては何らおかしなところはないはずだ。

しかし紘汰には、今の風のその表情がこの状況におかれたことに対してではなく、もっと別の―――

 

だが、そんな違和感が形になる前に風は僅かに目を伏せるとすぐに表情を引き締めてしまった。

そしてそのまま、怖がる樹を落ち着かせるように優しく肩に両手を置くと、風は静かにと口を開く。

 

「樹、よく聞いて。私たちが()()()だった。」

 

「当たり…?当たりって何?わかんないよお姉ちゃん…。」

 

「姉ちゃん何か知ってんのか!?皆、いきなり止まっちまって…。」

 

樹の言葉にも、紘汰の言葉にも風が応えることはない。

主に樹に向けてよくわからない言葉を告げたまま、風はギュッと固く口をつぐんでしまった。

何がなんだかわからない状況の中、わけのわからないことを言う姉に、紘汰と樹は混乱するばかりだった。

ただ、黙ってしまった風は、二人が時々見る思い詰めたような、何かを堪えてような、そんな表情を浮かべていた。

 

何なんだ一体…。

そう独り言ちながら、紘汰はゆるゆると頭を振った。

周りは依然として時間が止まってしまったようで、謎は募るばかり。

何かを知っているらしい風も今は何も言ってくれそうにない。

 

…何はともあれ、まずは皆で合流しないと。

もやもやとした感情を振り切るように、紘汰は強引に頭を切り替えることにした。

そして、教室に残してきた二人を呼びに行くために顔を上げて―――()()を見た。

 

「なん…なんだよ…あれは…!!」

 

窓の外、海の上に異様な光景が広がっている。

星空のような空間が空を侵食し、さらにそこから極彩色の光があふれ出している。

それは濁流のように広がって、みるみるうちに町の全てを覆いつくしていく。

 

「友奈、東郷…っ!ダメだ間に合わねぇ!姉ちゃん、樹!!」

 

「お兄ちゃん!お姉ちゃん!」

 

二人を置いてきたことを後悔する間もなく、光は紘汰たちの元へと迫りくる。

せめて自分の家族だけでもと、紘汰は盾になるような位置から風と樹をしっかりと抱きしめた。

 

 

 

そして次の瞬間―――世界は完全に、光の中へと飲み込まれた。

 




※2021年5月25日 修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 (修)

見ていただき、本当にありがとうございます。


「―――汰、紘汰!…もういいわ、ありがとう。」

 

どのくらいそうしていただろうか、暗闇の中で聞こえてきた優しい姉の声に紘汰はゆっくりと目を開いた。

開いた目に真っ先に映ったのは、光に呑まれる前と変わらず自分の腕の中にいる風と樹。

大事な家族がちゃんとそこにいることに、紘汰はひとまず安堵の息を吐き出した。

 

「二人とも無事か?」

 

「う、うん。でも、ここは…?」

 

紘汰に続いて目を開いた樹が、怯えた様子で辺りを見回しながらそう呟く。

それにつられてようやく周囲に視線を向けた紘汰は、そこに広がっていたありえない光景に思わず息を飲み込んだ。

 

「どう、なってんだ?さっきまで学校にいたはずじゃ…?」

 

さっきまでの日常の風景は見る影もなく、そこにあるのは視界を埋め尽くすほどの樹木たち。

しかし勿論、それは普通の樹木ではない。

自然界ではありえないような色彩の木々が複雑に絡み合い、ある種幻想的な風景を生み出していた。

これは、あえて言うならば―――

 

「ここは樹海。神樹様の結界の中よ。」

 

単語が紘汰の中で明確に形になる直前で、風が静かに解答を口にした。

樹海。そう、樹海だ。

確かにこの場所を言い合わらすのであれば、樹海としか言いようがない。

さっきまで学校の校舎にいたはずの自分たちがなぜこんな所にいるのかは、わからないが。

 

「お姉ちゃんは知ってるの…?結界って何…?」

 

「………。」

 

樹の質問に答えず、風は周りを見回していた。

風の緊迫した表情に、紘汰と樹の困惑は増すばかりだった。

これまでの事だってまだ飲み込めてはいないのに、これ以上の何かがあるというのだろうか。

 

「どうやら、まだみたいね。樹、紘汰。悪いけど質問は後。まずは友奈と東郷を探すわよ。」

 

「そうだ…あの二人!あいつらもここにいるのか!?」

 

「ええ、このアプリで…よし、近いわね。二人ともついてきて。」

 

そう言って風は、スマホの画面を見ながら歩き出した。

しかし、紘汰と樹はすぐにその後をついていくことができなかった。

自分たちが知らないことを知っているらしい姉のことが、なんだか別の人のように見えてしまったから。

不安そうにこちらを見上げる樹の手を、紘汰はそっと握ってやる。やはり怖いのだろう、すぐさま握り返してきた樹の手は少し震えていた。

聞きたいこと、話したいことがたくさんある。この場所の事、そして自分たちの知らない姉の事。

でも今は確かに残りの二人を見つけることの方が先決だ。

そう頭を切り替えた紘汰は樹を安心させるようにあえて明るく笑って見せると、その手を引いて歩き出した。

 

 

 

 

木々が少し開けたその場所で、東郷を守るような位置に立ちながら友奈は緊張した面持ちで周囲を見渡していた。

突然巻き込まれた異常事態。勿論、恐怖がないわけではない。

しかし、自分以上に怯える東郷の存在が、ギリギリの所で友奈の心を奮い立たせていた。

教室から出ていった紘汰の事。そしてその紘汰が探しに行った風や樹の事。気がかりなことはたくさんあるが、この状態の東郷を連れて何があるかわからない所を探索に行くわけにも行かない。

 

時間だけが刻一刻と過ぎていく状況に友奈が焦りを覚え始めたとき、近くで聞こえたガサリ、という音に友奈の体はびくりと飛び上がった。

ガサガサという物音が、徐々にこちらに近づいてくる。

喉はカラカラに乾き、冷たい汗が頬を伝った。

いつの間にか制服の袖を掴んでいた東郷の手に自分の手を重ねながら、大丈夫だよと無理やり作った笑顔を向ける。

 

ひときわ大きい音が響き、その向こうに黒い影が見えた。

友奈は覚悟を決めて、重ねた手を強く握った。大丈夫。何があっても絶対に一緒だから。

物音はもうすぐそこ。そして―――

 

「―――友奈!東郷!無事だったか!!」

 

あらわれた見慣れた顔に、一気に全身の力が抜けた。

 

木の影から姿を現したのは、今更言うまでもなく紘汰だった。そしてその後ろには、風と樹の姿も見える。

安心したやら拍子抜けしたやら、色んな感情が混ざりあって友奈の頭の中はぐちゃぐちゃだ。

そしてそんな友奈の元へ、紘汰が心配そうな表情を浮かべながら歩み寄ってくる。

 

「友奈…?大丈夫か?どっか怪我してたりとか…。」

 

こちらの気も知らず、そんなことを言ってくる紘汰。

でも、それも仕方のないことかも知れない。だって、友奈自身ですら気持ちの整理がついていないのだから。

 

で、そんな状態で不用意に近づいてくるものだから、正常な行動を取れなくなるというのも無理からぬこと。

具体的に言えば、緊張の糸が切れた友奈が紘汰に思いっきり抱きついたのだ。

 

「うわ~ん!紘汰くん!」

 

友奈の突然の行動は、紘汰をさっきまでとは全く別の理由で慌てさせるのには十分だった。

異常事態の中とはいえ紘汰も思春期の男の子だ。樹相手ならばいざ知らず、同級生の女の子に突然抱きつかれて動揺しないはずもない。

咄嗟に抱きしめ返すなんてことが当然できるわけもなく、両手を中空に彷徨わせたままたっぷり数秒フリーズして、ようやく絞りだすように声を上げた。

 

「お、おい友奈!落ち着けって!」

 

「え?あ、ご、ごめん!」

 

上ずった紘汰の声にようやく我に返った友奈は、自分の行動に気がつくとパッと体を離してあまりの恥ずかしさに縮こまった。

よりによって皆の前で。

そう思えば思うほど顔が熱くなっていく。

依然として変わらぬ状況ではあるが、お互いに気まずそうに顔をそむける二人の間にはほんのわずかにいつもの空気が戻ってきているようだった。

 

 

 

 

「これ、部に入るときに風先輩に言われてダウンロードしたアプリですよね。風先輩、何か知っているんですか?」

 

その後、ひときわ大きな樹木の陰へと場所を映した勇者部一行は、唯一この状況を把握しているらしい風の話に耳を傾けていた。

先ほどの発言は、合流できた方法を説明する際に風が見せたスマホの画面を見た東郷の口から出た疑問である。

 

風が見せた画面には、この場所を表しているらしい図と、その中にあるそれぞれの名前が書かれた色の違う点が表示されていた。

それはいわゆるマップ機能であるのだろうが、こんな場所で通常のマップが機能するなど正直言って考えにくい。

それに加えて不思議なのは、それを表示させるために風が起動させたアプリである。

それは東郷も言った通り、勇者部発足時に連絡用にと風の勧めで入れたアプリであり、ごくごく普通のメッセージアプリであったはずだった。

普段であればメッセージのやり取りかあるいは通話程度の機能しかないはずのそれに、明らかに別の項目が増えているのだ。

 

「…そうよ。この状況に陥った時に自動的に使えるようになる裏機能。」

 

神妙な様子の風が放った言葉に、皆の混乱は増す一方だった。

だって風の言ったことが本当ならば、このわけのわからない状況が()()()()()()()()()()()ことに他ならないのだから。

 

不安の色を隠せない皆の顔を、風はゆっくりと見回した。

突然こんな場所に連れてこられて、そして突然こんな話をされて、皆がどれほど怖がっていることだろうか。

部長として、年長者として。…そして何より指示とはいえ実際に引き込んだものの責任として、しっかりと話さなければならない。

罪悪感を押し殺すように僅かに目を伏せた後、風は意を決して口を開いた。

 

「皆、落ち着いて聞いて。私は、大赦から派遣された人間なの。」

 

大赦。

その名前を知らない者は、四国にはいない。

だがしかし、それが具体的に何をしている組織なのか明確に知っているものはそう多くはない。

それは勿論、この場にいる風以外の面々も同じだった。

 

「大赦って…。」

 

「神樹様を奉っているところでしたよね。風先輩は、そこから特別なお役目を頂いているということですか?」

 

東郷の疑問に、風が頷く。

そんな二人のやり取りに誰よりも驚いているのは当然、紘汰と樹。風の、たった二人だけの家族。

 

「でも、ずっと一緒にいたのに、そんなこと初めて聞いたよ…?」

 

「あぁ、俺もだ…。」

 

「当たらなければずっと黙っているつもりだったからね。でも、いくつもあるグループの中で、私たちの班が当たりだった。」

 

東郷の方へ顔を向けたまま、風は少し早口でそういった。

二人から顔をそむけているのは、ずっと秘密にしてきたことに対する罪悪感からだろうか。それは風本人にしかわからない。

 

今日これまで、紘汰も樹も本当にそんなこと聞いたことがなかった。

それほどまでに普段の姉の口からは、大赦のたの字すら出たことはい。

だが、これでようやく一つ得心がいった。

姉が時々見せる思い詰めたような表情はきっと、これが原因だったのだ。

そんな秘密を、これまでずっと誰にも―――家族にすら話せずに隠してきたのだ。

それはどれだけこの姉を苦しめていたのだろうか。

 

「紘汰達にはさっき少し話したけど、今見えているこの世界は神樹様の結界なの。神樹様に選ばれた私たちは神樹様の力でここに飛ばされてきた。本来このお役目は、この年代の女性が承るものだから、なんで紘汰まで巻き込まれたのかはわからないけど…。」

 

その風の言葉に、紘汰に注目が集まった。

そして紘汰も、内心でもう一つ納得していた。1年の教室の前で二人に合流したあの時に、風が浮かべていた表情の意味はそういうことだったのか。

 

「そういえば紘汰くん。その、腰のそれは何?教室からずっとつけてたみたいだけど…。」

 

そんな中、紘汰の腰に巻き付いた黒い機械を指さして友奈がそう言った。

皆の視線が集まる中、そういえばと紘汰は腰の前にあるそれへと手をかける。

これが腰に巻きついてから畳みかけるように色んな事がおこりすぎて、今友奈に言われるまですっかり忘れてしまっていた。

少し引っ張ってみたものの、相変わらず外れる様子はない。

それはもうひとまず諦めることとして、紘汰は今朝あったことをかいつまんで皆に説明した。

 

「見たことのない妙な男ね…もしかしたら大赦の関係者かも。紘汰がここにいるのも、それの影響なのかしら…。」

 

実のところ風自身、大赦という組織について知っていることは少ない。

何人か顔見知りはいるものの、紘汰の話した特徴に合致するような人物について心当たりはなかった。

その人物が大赦の人間だったとして、なぜ風ではなく無関係であるはずの紘汰に接触してきたのだろうか。

 

そこまで考え始めたところで、風は頭を振ってその思考を追い出した。

気になるのは勿論だが、それは後で確認するとしてまずはこの状況を何とかすることが重要だ。

 

「話がずれてしまったけれど、神樹様に選ばれた私たちはここで敵と戦わなければならないの。それが、このお役目の内容よ。」

 

そこまで言って小さく息を吐いた風を前に、部員たちは首をかしげるばかりだった。

”敵と戦う”だなんて急に言われても、そんなこととてもじゃないが現実の話とは思えない。

だがしかし、そんな言葉を放った風の表情は真剣そのもの。とても冗談を言っている雰囲気ではない。

例えそれが本当なのだとしたら、こんな特殊な状況の中で自分たちが戦う敵とはいったい何なんだろう。

誰もがそう思ったとき、自分のスマホを見た友奈が目を見開いて、少し震えながら画面を皆の前に差し出した。

 

「あの…私たち以外のこの点。この点ってなんです?紘汰くんってわけでもないと思うんですけど…。」

 

友奈が指し示す画面の中。紘汰以外の4人の現在地を示す小さな点が表示されていたそこに、新たな点があらわれている。

新しくあらわれたその大きな点は、結界の境界線の方向からゆっくりとこちらに近づいてきているようだった。

 

「『乙女型』…?」

 

それが何を表しているのか、友奈たちにはわからない。

しかし、それを見た風の反応は劇的だった。

はじかれるように顔を上げ、点が表示されている方向をにらみつける。

 

「…来たわね。」

 

「え?」

 

風がにらみつけるその先。樹木の隙間のその奥に、『何か』が姿を現していた。

ぼろきれのようなものを羽織った、曲線的なフォルムの巨大な『何か』。

白と桃、二色で構成されたそれを、なんと言い表せばいいのだろうか。それを表現する言葉を、誰もが持ち合わせてはいなかった。

だがそれでも、これだけはなんとなくわかる。あらわれたそれは、この異常な世界においてすら明らかな異物であった。

 

「あれは『バーテックス』。この世界を殺すために天の神から遣わされた、私たち人類の敵。」

 

「世界を…殺す…?」

 

スケールが大きすぎてよく呑み込めない。

『結界』だとか『敵』だとか『世界』だとか…そしてなぜ自分たちがそんな状況に巻き込まれているのか。

だって勇者部の部員とはいえ、今日まで確かに自分たちは普通の中学生だったのだから。

 

「奴らの目的は、この世界の核である神樹様にたどり着くこと。奴らが神樹様にたどり着いたとき、この世界は終わる。それを止められるのは、私たちしかいない。」

 

「私たちしかって…。なんだよ世界って!なんで姉ちゃんたちがそんなこと!」

 

「この日に備えて、大赦は極秘裏に適正検査を実施していた。その中で最も適性が高かったのが私たちなの。」

 

「だからって…。いきなり戦えって言われたって…。」

 

そういってうつむく東郷ははっきりと震えていた。

それを横目に、風は言葉を続ける。

 

「戦う方法はあるわ。そのために用意されたのが『勇者システム』。戦う意思を示せば、このアプリの機能で私たちは、神樹様の『勇者』となるの。」

 

皆が一斉に自分のスマホを見る。

紘汰を除く3人の画面には、いつの間にかそれらしきものが表示されていた。

もし、風の言う通りなら、確かに戦う方法はあるのだろう。

だが、だからと言って戦えるかどうかは別の話だ。

誰もが画面を見つめながら動き出せないでいた。

 

「あれ、何…?」

 

東郷の声に、皆が一斉に彼女の見つめる方向を見る。

視線の先には、先ほどよりも徐々にだが確実に近づいてきているバーテックスの姿。

そしてその本体下部、短いしっぽにも見えるその先端に光が集まっている。

あれは、まさか―――

 

「ヤバい!あいつ、こっちに気づいてる!」

 

風が皆を逃がそうと声を上げたその瞬間、光の塊は発射された。

放物線を描きながら飛んでくるその光は、紘汰達の居る場所にまっすぐ飛んでいき―――

 

 

着弾、爆発。

 

 

風が樹を、紘汰が友奈と東郷を咄嗟にかばう。

その直後、凄まじい砂塵と衝撃が5人の体を呑み込んだ。

間近で発生した衝撃に体全体が大きく揺さぶられ、視界はチカチカと明滅する。

誰かが上げた悲鳴さえ爆音の中に呑み込まれ、誰の元へも届かない。

 

そして爆発が起こって数秒。

砂塵が晴れた時、5人の視界に飛び込んできたのは自分たちのいる場所の数メートル先で絡み合っていた木々が消し飛んでいる光景だった。

 

目の前で現実に起こったこと、そしてそれがもたらした結果に全員が息を呑み込んだ。

着弾点は少し離れていたため、衝撃はあったが今の攻撃で怪我を負ったものは誰もいない。

しかし、体は無事でも心はそうとは限らない。

先ほどよりもより鮮明に感じられた『死』の予感に、東郷の心は完全に折れてしまっていた。

 

「無理よ、戦うだなんて…あんなの…殺されちゃう…。」

 

震えながらつぶやく東郷に、誰も何も言うことができなった。だって皆多かれ少なかれ、同じ気持ちだったから。

 

そんな後輩たちの姿を見て、風は最後の覚悟を決めた。

この子達は、何も知らずに巻き込まれた。…私が巻き込んでしまった。

だから私が―――皆を守るために、私が戦わなければいけない。

自分のスマホを強く握りしめ、風は紘汰の方を向く。

紘汰もまた、他の皆と同じく爆発の跡をじっと見つめていた。

平静を装おうとして強張った紘汰の顔。そこに僅かに浮かんだ恐怖の色を姉である風は見逃さなかった。

初めて見る弟の表情に、風の胸に罪悪感が募る。

誰に似たのか人一倍強がりで危なっかしい所もあるけれど、家族の前ではどんな時でも前向きに明るくふるまおうとする自慢の弟。それでもやっぱり、命の危険を前にして平気でいられるわけがない。

けれどこれから言うことは、紘汰にしか頼めないことだ。

 

「紘汰。皆を連れて逃げて。あいつは私が何とかするから。」

 

「な…っ!?」

 

風の声に我に返った紘汰は、信じられないといった面持ちで風の顔を見返した。

紘汰がこう言って素直に聞ける性格じゃないことは重々承知している。だから次にどんなことを言うのかも風にはなんとなくわかっていた。

 

「何言ってんだ!そんなの姉ちゃんだけに任せられるわけないだ「あんたにはっ!!」―っ!?」

 

だから風は、予想通りのその言葉を強い口調で遮った。

そしてそのまま、あえて突き放すように言葉を続ける。苦悶に歪んだ弟の顔を、なるべく見ないように目を背けながら。

 

「…あんたには、勇者システムは使えないのよ。あんたが私と一緒に来たところで、やれることは何もないの。」

 

「それ、は…でも…っ!!」

 

それだけ言っても尚、紘汰は食い下がろうとする。

それも当然だろう。紘汰は昔から人一倍家族や周りの皆を守りたいという気持ちの強い子だったのだから。

だがしかし、それは風だって同じだった。

だからそれがどれだけ紘汰を傷つけることになったとしても、譲ることなどできはしない。

 

「お願い紘汰。ここは私に任せて、あんた皆を守ってあげて。ほら、樹も…樹…?」

 

そこで風にも予想外のことが起きた。逃げろという姉の言葉に、樹が首を横に振ったのだ。

怖くないわけではないということは、何よりもその表情が物語っていた。

しかしたった一つ、いつもと違っていたのはその目。いつも自身なさげなその目には、強い意志の光が宿っていた。

恐怖を超えるその意思で、樹は真っ直ぐに風の目を見つめていた。

 

「嫌。私はついていくよ。勇者になれば、お姉ちゃんを助けられるんでしょ?」

 

「樹、お前まで!」

 

予想外の樹の行動に、紘汰が悲痛な声を上げた。

しかし樹はそんな兄に向かって、穏やかに微笑んで見せる。それは樹がいつも二人にやってもらっている、誰かを安心させるための微笑みだった。

 

「大丈夫。お姉ちゃんは私に任せて。お兄ちゃんは、二人をお願い。」

 

「樹…。」

 

樹の決意に、風はうれしいような、苦しいような表情を見せる。

樹が戦いに巻き込まれることも覚悟はしてきたつもりだった。それでも、自分で巻き込んでおいて何を今更という話だが、できることならば紘汰と一緒に逃げてほしいと思っていたのも偽りのない風の本音だった。

逡巡は一瞬。

樹の視線に頷きでもって応えた風は、樹とともに自分たちの敵へと向き直る。

 

「姉ちゃん、俺は…。」

 

覚悟を決めた二人に、紘汰は何も言うことができなかった。

何もできない自分への悔しさで、震えるほどに握りしめられた拳からは血が滲み始めていた。

そしてそんな弟を、風は優しく抱きしめる。

 

「大丈夫。あんたがすごい奴だってことは、私がちゃんとわかってる。だからあんたに任せるの。私の大事な後輩を…どうかお願いね、男の子。」

 

こんな時でもやっぱり風は偉大な姉だった。

その姉の期待に、応えなければならない。今の自分がするべきことは、こんなところで駄々をこねていることではない。

握りしめていた拳をゆっくりとほどき、紘汰は風を強く抱きしめ返した。

掌についた血が風のカーディガンを赤く濡らすが、そんなことを気にするものはここにはいない。

 

「…わかった。絶対に死んじゃだめだぞ姉ちゃん。樹も。」

 

「あったり前よ!あんたのお姉様を信じなさい。それに、可愛い妹がついてくれるんだから、今日の私は絶対無敵!この日のために鍛えた女子力、見せてやるわ!」

 

「お兄ちゃんも、気を付けてね。」

 

そういって、犬吠埼家の兄妹たちは分かれた。

姉と妹は敵へと向かい、弟は守るべき仲間のもとへ。

 

「行こう友奈。東郷は俺が運ぶ。東郷、少し荒っぽいけど我慢してくれ。」

 

「紘汰くん…。」

 

気遣うような表情を見せる友奈と、うつむきながらも小さくうなずく東郷。

東郷の車いすのハンドルを握った紘汰は、振り返ることなく駆けだした。

何も言わず走っていく紘汰に僅かに遅れ、その少し後ろを友奈がついていく。

激情を押し殺したようなその背中に何か言おうとして、結局何もいえなかった。

そして友奈は、前から零れてくる水滴に気づかないふりをした。

 

 

 

 

「…行ったわね。樹、そろそろ私たちも行くわよ。ちゃんと、ついてきてね?」

 

「わかってる。いつでもいいよ、お姉ちゃん。」

 

3人が去っていく足音を背後に聞きながら、風は気合を入れなおした。

スマホを取り出し、勇者システムを起動させるためのアプリを開く。

 

戦う意思。

必用なものがそれであるというならば、今の自分に不足などあるはずもない。なんせ弟の前であれだけの大口を叩いたのだから。

そんな風の意志に応えるように、画面にあらわれたつぼみはいつの間にか鮮やかな黄色い花を咲かせていた。

何かが変わる予感がする。高揚とも、不安ともとれるその感覚を振り切るように風はその花を勢いよくタップした。

 

その瞬間、花がはじけた。

はじけた花は光となって広がり、風の体を覆いつくす。

風を包んだその光は神樹様の力そのものだ。その光が普通の少女を神樹様を、そして世界を守る勇者へと『変身』させる。

 

やがて二つの光が大きくはじけ、中から二人の勇者が姿を表す。

光の中からあらわれた風と樹はそれぞれ黄色と緑色を基調とした勇者服に身を包んでいた。

変わってしまった衣服、そして湧き上がってくる力に戸惑う樹。それを横目に左の手のひらを数回握りしめて体の感触を確かめていた風は、一つ大きく頷くと変身と同時に現れた大剣を数度振るって肩へと担いだ。

身の丈を超えるほどの幅広な大剣を片手で振り回すなど、普段ならば絶対にできるはずもない。

なるほどこれが神樹様の―――勇者の力。

確かにこれならば、あんな化物が相手でも何とかできるような気がする。

 

このまましばらく慣らし運転…と行きたいところだが、状況はそれほど優しくはない。二人の変身が完了したちょうどそのタイミングでバーテックスが攻撃を再開したのだ。

再び発射された砲撃は、先ほどとは異なり今度こそ二人のいた場所へと直撃する。

常人ならば間違いなく無事ではすまないほどの衝撃。―――だがしかし、生憎今の二人は『常人』ではない。

着弾とともに巻き起こった爆炎の中から、二つの影が飛び出した。

影の正体は言うまでもなく犬吠埼姉妹。神樹様より与えられた超常の力が爆風を防ぎ切り、それと同時に通常ではありえない跳躍を実現させていた。

 

傷一つなく初撃を切り抜けた二人だったがしかし、実際の所そこまで余裕があるわけではなかった。

生身で空を『跳ぶ』という今まで勿論経験したことのない感覚に、事前に聞いていた風ですら少々戸惑い 、ぶっつけ本番の樹は既に目を回しかけていた。

 

「樹、しっかり!着地するわよ!」

 

「うぇっ、とぉ!」

 

態勢を整えきれなかった樹を、緑色の光の幕が受け止める。

想像していたのとは大きく異なる感触に戸惑いながらも何とか立ち上がった樹の顔の横に、いつの間にか黄緑色の毬藻から芽が生えたような不思議な生き物が現れていた。

重力を感じさせないような動きで顔の周りをふよふよと浮かぶそのかわいらしい姿に、戦闘中にも関わらず目を奪われてしまう樹。

 

「これが勇者の力、そしてこっちはこの世界を守ってきた『精霊』よ。神樹様の導きで、この子達が私たちに力を貸してくれる。」

 

そう説明する風の横にも、犬のような姿をした精霊が現れていた。

樹海、敵、勇者、そして精霊。次から次へと押し寄せてくる情報に、樹の許容量はとっくに限界を迎えている。しかしそれらの情報をじっくりと呑み込む暇などはやはりない。

警戒を続けていた風の視線の先、桃色のバーテックスは卵型の球体を大量に生み出していた。

これまでとは違う攻撃。それがどんなものなのかはわからないが碌なものではないのだけは疑いようがない。

向かってくる球体の群れに対し、風の判断は早かった。

 

二度目の跳躍。絡み合う木々の間をまさに風のようにすり抜ける。

ジェットコースターのように流れていく景色の中、風の目ははっきりとこちらに向かってくる球体の姿を捕らえていた。

彼我の距離がゼロへと近づく。

球体に変わった様子はなく、依然としてまっすぐこちらに向かってくるだけだ。恐らくは体当たりがこの球体達の攻撃方法なのだろう―――だが、そうはさせない。

大剣を振りかぶり、体を軸に一回転。

勇者の膂力と遠心力を十分に乗せたそのひと振りは、すれ違いざまに二体の球体を見事に二つに切り裂いた。

中心から上下に分割された球体たちは慣性のまま風の左右後方に流れ、一拍ののちに爆発を起こす。

後方で響いた爆音に風は怯むことはなく、むしろそれを追い風として更に先へと進んでいく。

切り捨てた相手を気にすることもなく、風の目はただまっすぐに本当に倒すべき敵を見据えていた。

 

そんな姉の背中を、樹は少し後方から見つめていた。

いつもより一層力強く、凛々しく見える姉の姿。しかしいつまでも見とれているわけには行かない。

何か、できることを。

そう考えた樹の元へ、前方から声が飛び込んだ。

 

「手をかざして、戦う意思を示すの!」

 

「え?え?こ、こう?」

 

風の声に従って、空中で勢いよく突き出された樹の手。

次の瞬間、勇者服の手首にある花の形をした飾りから緑色の光の線が飛び出した。

それはそのまま、樹の前方に再び現れた球体を切り裂いていく。

 

「なんか出たぁ~!」

 

「いいわよ樹、その調子!」

 

空中に、爆炎の花が咲く。

風の大剣が、樹のワイヤーが、次々に襲い来る球体をことごとく潰していった。

何度かの襲撃を潜り抜け、二人はとうとうバーテックスの前に立つ。

身構える樹の前に進み出た風が、桃色の怪物に真正面から刃を突き付けた。

 

「よくも皆を怖がらせてくれたわね。このお礼は、私たちがたっぷりしてやるわ!!」

 

勇者としての戦い。

その最初の火蓋は、こうして切って落とされた。




当然のごとく勇者立ちをキメるお姉ちゃんなのでした。
おかしい、予定ではもう変身するはずだったのに・・・。




※2021年7月11日 修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 (修)

やっとです。


いつだって俺は、口ばっかりだ。

車いすを走らせながら紘汰が感じるのは、自分に対する強い憤りだった。

大切なものを守れる強い自分になりたいなどと言いながら、こんな肝心な時に守るどころか守られてしまっているちっぽけな子供。それが今の、犬吠埼紘汰の現実だ。

 

風と樹。たった二人の大切な家族と別れた時からずっと、内側から紘汰を焼き尽くすように湧き上がる怒りと悔しさ。

今にも足を止めて叫びだしたくなるようなその感情に、それでも必死で耐えているのは最後の意地と、姉と交わした約束のためだ。

 

車いすを押す腕から、確かな重さを感じる。

紘汰が東郷の車いすを押すのはこれが初めてのことではない。だが、いつも感じるそれよりも今日は何倍にも重く感じられた。

単純な重量などではない、それは東郷の『命』の重みだった。

後ろからは友奈の息遣いが聞こえている。

逃げ始めてからそれほど時間はたっていない。普段の友奈ならば顔色一つ変えずに走れる距離にもかかわらず、彼女の息が乱れているのは不安と恐怖の現れだろうか。

 

怒りも悔しさも今だけはおいていこう。

ちっぽけな子供だったとしても、姉は自分を信じて二人の事を任せてくれたのだ。その信頼と約束を、裏切るわけには行かない。

いや、約束などなくたって二人は大切な仲間なのだから。

 

しばらくして聞こえ始めた断続的な爆発音に、東郷が小さく悲鳴を漏らす。どうやら、戦いが始まったらしい。

再び止まりそうになる足を無理やり動かして紘汰は走りつづけた。

どこに逃げればいいかなんてわからない。

とにかく、できるだけ離れなければ。

 

「もしもし!?風先輩!?大丈夫なんですか!?」

 

後ろから聞こえた友奈の声に、思わず足が止まった。

振り向いた先に見えたのは、スマホを耳に当て誰かと通話をする友奈。内容からして相手はどうやら風の様だ。

そう認識した瞬間、紘汰は思わず声を上げていた。

 

「姉ちゃん!?なあ友奈!姉ちゃんは無事なのか!」

 

「うん!まだ戦ってるみたいだけど、二人とも無事だって!」

 

「そうか!あぁ、姉ちゃん、樹…。」

 

さっき爆発音が聞こえてからずっと頭をかすめていた悪いイメージがようやく消えていくような気がして、紘汰は別の意味で折れそうになる足を何とか支えながら小さく息を吐き出した。

直接声が聞きたかったが、ここはぐっと我慢する。

残った二人のことが心配なのは、何も自分だけではないのだ。

前方では東郷も友奈の声にじっと耳を傾けていた。

 

「はい、はい。―――――――いえ、いいんです。風先輩が黙っていたのは、私たちのことを思ってなんですよね。家族にも、打ち明けることもできずに。」

 

友奈の言葉で、声は直接聞こえなくても風がどんなことを言っているのかはわかる。優しい姉は、こんな状況に後輩を巻き込んで平気な顔をしていられる人間ではないのだから。

そして優しさと強さは、友奈だって負けてはいない。

 

「それって、勇者部の活動そのものじゃないですか!でも、言いたいことはありますから、絶対、また後で会いましょう!」

 

力強くそう言ってくれた友奈に、紘汰は心の中でそっとお礼を言った。

本当に、友奈の言葉はいつだって自分に勇気を与えてくれる。

 

俺が、守るんだ。

そう決意を新たにしたとき、遠くから一際大きな爆発音が轟いた。

 

「先輩!?風先輩!!」

 

切迫した友奈の声に、背筋が凍り付いた。

先ほどよりも鮮明に襲ってきた嫌な想像に、紘汰は今にも足元から崩れ落ちてしまいそうだった。

今すぐ駆けだして無事を確かめたい。

しかし、状況はそれを許さない。あいつが、こちらを見ているのだ。

友奈、そして東郷へと順番に視線を向ける。

再び不安に染まった二人の顔を見て、紘汰は胸の前でぐっと拳を握りしめた。

 

「友奈、頼みがあるんだ。」

 

「紘汰…くん…?」

 

意を決した紘汰は、友奈に向き直った。

傍らには、心配そうにこちらを見上げる東郷もいる。

 

「俺が何とかあいつの注意を引いてみる。その隙に、東郷を連れて逃げてくれ。」

 

「っ!?そんな!ダメだよ紘汰くん!」

 

「このままじゃ皆が危ない。心配すんな、俺が運動得意なの知ってるだろ?あんなノロそうなやつから逃げるなんて楽勝だ。―――東郷を頼む。お前の親友は、お前が助けてやってくれ。」

 

そんな紘汰を見つめる友奈の目には、涙が浮かんでいた。

先ほどから連絡の途絶えた風と樹の安否はまだわからない、その上で紘汰までが自分たちのために行こうとしている。

そんなこと、簡単に受け入れられるわけがない。それに、助けるべき友達というのなら―――

 

「そんな、そんなの!紘汰くんだってそうだよ!」

 

「そうよ!それに、それなら私を置いて二人で逃げて!二人が危険な目に合うぐらいなら、私が…。」

 

震えながら言う東郷の肩に手を置きながら、紘汰はゆっくり首を振った。

あぁ、本当に…俺の親友たちは、いいヤツばっかりだ。

 

「そんなこと言っちゃだめだ、東郷。友奈も、ありがとうな。でも、そんなお前らだからこそ俺はこうしたいって思うんだ。大丈夫だ、俺は諦めたわけじゃない。だから絶対後で―――また会おう。」

 

それだけ言って紘汰は、返事も聞かずに駆けだした。

後ろから、二人の声が聞こえてくる。だが、紘汰はあえて聞こえないふりをした。

こんなことはただの自己満足で、二人を悲しませるだけの行為なのかもしれない。それでも引き返すつもりは毛頭なかった。

今の紘汰を突き動かすのは、何もできなかった悔しさだ。

肝心な時に役に立たない自分。でも、こうすることでようやく少しは胸を張っていけるような気がした。

 

 

 

 

悠然と空に浮かぶバーテックスの方へ向かいながら、そういえば、と紘汰はポケットに手を伸ばす。

手に触れた固い感触。そこには、教室から出てくるときにわざわざ持ってきた例のケースが入っていた。

それは今朝、紘汰の腰に巻き付いている謎の機械と一緒にあの怪しげな男が渡してきたものだ。

もしやと思って持ってきたが、あの男がこうなることを知っていたのはもはや確定と考えていいだろう。

だとすると、これもこの状況で何かの役に立つものなのではないだろうか。

そう思い、もう一度確認してみようとポケットから取り出したとき、これまでゆっくりと近づいてきていたバーテックスが、明らかな反応を示した。

 

「まさか、これが気になるのか?」

 

ケースをポケットから取り出した途端、バーテックスは明らかに3人ではなく紘汰の方へと目標を切り替えた。

どういうことかはわからないが、これはまぎれもなくチャンスだ。

 

「こっちだ!バケモン!」

 

そう大きく声を張り上げると、ケースを見せつけながら紘汰は二人からなるべく離れるように大きく移動を開始した。

これの中身も、なぜ反応したかもわからない。しかし今はそんなことどうでもいい。

二人が逃げる時間を少しでも稼ぐためならば、使えるものは何でも利用させてもらう。

 

必死で走る紘汰の後ろを、バーテックスが追いかけてくる。

前方に立ちふさがる樹木を、時にくぐり、飛び越えながらも紘汰のペースは落ちない。

ここで自分があいつを引き付ければ引き付けるほど皆が助かる可能性は大きくなるのだ。

そう思うと、無限に力が湧いてくる気がした。

 

これならいける。

そう思った紘汰を背後から襲ったのは、もう聞きなれてしまった爆音と、熱風だった。

ちょこまかと逃げ回る紘汰に業を煮やしたバーテックスは、どうやら戦法を切り替えたようだ。

舌打ちしながらも紘汰は、狙いをつけられないようにジグザグに走り続ける。

さっきよりも消耗は激しくなるが、とにかく足を止めたらそれこそ終わりだ。

 

爆風に翻弄されながらも懸命に走り続ける紘汰。しかしそんなこと、いつまでも続くわけがない。

いくら人並み外れた運動能力を持つとはいえども、勇者でもなんでもないただの人間には限界というものが存在するのだ。

そして、終わりは唐突に訪れる。

 

(やべぇ!!)

 

そう思ったときにはもう遅い。

疲労により上がらなくなっていた足が、ついに木の根に躓いた。

態勢を崩し浮き上がった紘汰の体を、真横に着弾した爆風が容赦なく吹き飛ばす。

紘汰の体は勢いよく弾き飛ばされ、一際大きな樹木へと叩きつけられた。

 

全身を襲う痛みに意識が朦朧とする。

走り続けて酷使した足が悲鳴を上げていた。

肺が貪欲に空気を欲するも、背中を打ち付けた衝撃でうまく呼吸ができない。

 

(体――動、かねぇ…。息、も………。)

 

足を止めた標的に向かって、バーテックスがゆっくりと近づいてくる。

脳裏を横切るのは、今まで出会った皆の顔。

ダンスチームの仲間、地元の人々、クラスメイト達。そして、勇者部の皆、別れ際の―――友奈の涙。

 

(う、ごけ…!!)

 

そうだ動け。

こんな所で死ぬわけにはいかない。あんな顔をさせたままここでお別れだなんて、そんなことが許されるわけがない。

 

(約、束…したんだ!また、会おうって…!だから俺は…絶対に諦めねぇ!!)

 

霞んだ視界の中、傍らに転がる黒いケースが見えた。

黒一色だったはずのそれの中から、赤い色が顔をのぞかせていた。

吹き飛ばされた衝撃でケースが破損し、見えなかった中身が姿を現していたのだ。

 

(赤い…果実…?)

 

何かに突き動かされるように、ゆっくりとその実に手を伸ばす。

痛みと疲労は相変わらず紘汰を苛み、体は未だうまく動いてはくれない。

それでも紘汰は残る気力を総動員し、まるでそれが最後の希望であるかのように必死に手を伸ばし続けた。

永遠にも感じる数秒間。

そしてついに、震える手が赤い果実を掴み取り―――紘汰の視界は、白い光に包まれた。

 

 

 

 

咄嗟に伸ばした手が、むなしく空を切った。

行ってほしくない、と無意識に動いたその手は、結局何も掴むことはできなかった。

私たちのことを守りたい。そう言った男の子は、こちらを振り向くこともなく怪物のほうへと行ってしまった。

思い出すのは、最愛の家族たちと離れたときに見せた悔しそうな表情と、零れ落ちた涙。

別れ際、決意を秘めた表情に、一体何を言えばよかったのか。何が正解だったのか。

今自分たちがいる場所から少し離れたあたり、ゆっくりとこちらに近づきつつあった怪物が、突然何かに誘われるように方向を変えた。

彼が、自分の言葉の通りあいつを引き付けてくれているのだ―――私たちを、守るために。

 

「友奈ちゃん…。」

 

傍らの東郷が、そっと手を握ってくれた。

手に触れた感触に一瞬僅かに体を震わせた友奈だったが、すぐにその手を握り返した。

つないだ手から伝わる温かい熱が、友奈の凍った体を融かしてくれていた。

言葉にならない感情が、自分の中で渦巻いている。

それを絞りだすように、友奈はぽつりと口を開いた。

 

「東郷さん。私ね…紘汰くんを止められなかった。」

 

言葉を紡ぐたび、自分の中で渦を巻く感情が、形になっていくような感じがした。

東郷は何も言わない。ただ、先ほどより少し強く手を握ってくれた。

 

「あんな顔した紘汰くんに、なんて言えばよかったんだろう。私、何も言葉が出なくなっちゃってたんだ。」

 

東郷に応えるように、友奈の握る手も強くなる。

俯いていた顔は、いつしか前を向いていた。

どうすればよかったのか。どうしたかったのか。そんなことはまだ全然わからない。

でも少なくとも、こんなところで立ち止まっていちゃいけないことだけはわかっている。

だから―――

 

「だから、行かなきゃ。まだ、うまく話せないかもしれないけれど…伝えなきゃいけないことが、いっぱいあると思うんだ。」

 

つないだ手と手の反対側で、友奈は力を握りしめる。

今の自分にできないのならば、できる自分になればいい。

その手段は既に、この手にあった。

 

そんな友奈を見つめる東郷は、小さく嘆息すると静かに微笑んだ。

 

「私も行くわ。友奈ちゃん。」

 

「東郷さん…でも…。」

 

「いいのよ友奈ちゃん。私たち、親友でしょう?それに、紘汰君に言いたいことがあるのは私だっておんなじなんだから。」

 

体の震えはもう止まっている。

勇気なら、皆が与えてくれた。

 

「…そうだね。行こう、東郷さん。一緒に!」

 

「行きましょう友奈ちゃん。一緒に。」

 

遠くからまた、爆音が聞こえ始めた。

ゆっくりしている時間はない。

スマホを持つ手を思いっきり前へと突き出した友奈は、東郷とつないだまま手をそのままに大きく息を吸い込んだ。

 

これからするのは宣誓だ。

新しい自分に変わるための、宣誓。

 

「讃州中学勇者部!結城友奈!!」

 

「同じく、東郷美森!!」

 

友奈の声に、東郷が合わせる。

二人の手の中で、勇気のつぼみが花を開いた。

 

「「私たちは!勇者になる!!」」

 

 

 

 

白い光が収まった時、紘汰の視界に広がったのは同じく白い空間だった。

先ほどまで視界を埋め尽くしていた不思議な樹木達、そして自分を追いかけまわしていた敵の姿はどこにもなく、あるのはただ、耳が痛くなるような静寂と、どこまで続いているのかわからない純白だけ。

 

「ここ…は…?」

 

方向という概念さえも失いそうなその空間で、紘汰はぎこちなく周りを見回す。

さっきまで確かに自分は、樹海と呼ばれる場所にいたはずだ。

あの二人を逃がすためにバーテックスを引き付けて、それで―――

 

「…まさか死んじまった…とか…?」

 

この状況で思いつく最も嫌な想像に焦る紘汰。

凄まじい衝撃と痛みの記憶は確かにある。しかし、今の自分の体からはその余韻すらも感じられない。

その事実が、より一層紘汰の想像を補完していた。

 

「そんな…まさか…―――いや、違う…!!」

 

そうだ。

この際、自分がどうなっているかなんてことはどうでもいい。

まだみんなが無事かどうかもわからないのに、こんなところでじっとしているわけには行かない。

例え本当に死んでしまっていたとして、ここが死後の世界なのだとしても何がなんでも帰らなければ。

でも一体、どうやって?

そうやって、紘汰が右往左往していたその時、

 

【―――お前は、運命を選ぼうとしている。】

 

誰もいないと思っていた空間に、突然声が響いた。

少なくない驚きと共に反射的に振り向いた紘汰の目に映ったのは、声を発したと思われる人の姿―――ではなく、不思議な雰囲気を纏った青い鴉だった。

 

まさか、こいつが?

ありえないとは思うが、ここには自分とこの鴉しかいない。

いよいよほんとにお迎えなのかと絶望しかけたとき、再びその声が紘汰の頭を揺さぶった。

 

【この先に踏み込めば、もう後には戻れない。最後まで、戦い続けることになる。】

 

どこか悲しそうなその声を聞いて、紘汰は不思議と落ち着きを取り戻していた。

自分を見つめる目の前の鴉に紘汰もまた視線を向ける。

鴉は黒曜石のような黒い瞳でじっと紘汰を見据えていた。

 

「えっと…やっぱり…お前が話してんのか…?」

 

鴉は何も言わず、ただ僅かに頷いた。

樹海、バーテックスに始まって、お次は謎の白い空間に喋る鴉ときた。次から次へと起こるわけのわからない現象に紘汰の頭はオーバーヒート寸前だ。

いや、しかしそんなことよりも気になることがある。今、目の前にいるこいつは確かさっき―――

 

「戦う…って…確かそう言ってたよな。もしかして俺にも戦う手段があるってことなのか!!??」

 

【…それを決めるのはお前自身だ。】

 

―――戦える。俺も、姉ちゃん達と一緒に。

その可能性に、紘汰は無意識にごくりとつばを呑み込んだ。

たった今自らの無力さを痛感したばかりの紘汰にとって、それはあまりにも魅力的な誘惑だった。

 

「そんなの決まって―――」

 

【その前にもう一度問おう。犬吠埼紘汰。】

 

一も二もなく飛びつこうとした紘汰の声を、鴉の静かな、しかしはっきりとした声が遮った。

心の底まで見透かすような鴉の視線に、紘汰は思わず言葉を詰まらせる。実際にはそうなっているかはわからないが、背中がじっとりと濡れていくような感覚を紘汰は感じていた。

押し黙った紘汰を正面から見つめながら、鴉は再び口を開く。

 

【その道を選べばお前はもう引き返せない。この戦いの運命から逃れることはできなくなる。それでも――――】

 

そこで一度、鴉は言葉を切った。

そこに秘められた感情を理解するものはいない。紘汰は勿論、鴉自身にさえも。

沈黙は一瞬。

そして鴉の口から運命の言葉が放たれた。

 

【―――それでもお前は、()()()()()()()()()。】

 

軽率な解答は許さない。鴉の瞳がはっきりとそう告げていた。

鴉が問いかける質問の意味を、紘汰は決して完全には理解していない。

しかし、その言葉の重みだけは、肌を通してしっかりと感じていた。

 

だから紘汰は、今度は自分の言葉ではっきりとそれに応えた。

反射的だったさっきとは違う、本当の自分の言葉で。

 

「あぁ。―――それで、皆が守れるのなら。」

 

”皆を守れる自分になりたい”―――そう、いつも思っていた。

それは具体性のない、まさしく子供の夢といった目標で、自分でもどうすればいいのかなんてことはわかってはいなかった。

しかし今日、突然本当にそれが必要になった時、紘汰は結局何もできなかった。

その時に感じた悔しさ、無力感はきっとこれから一生忘れることはないだろう。

 

だが今、その状況は変わろうとしている。

『戦いの運命』とやらが、自分自身に何をもたらすのかなんて、紘汰には想像もつかない。

その先にどんな苦しいことが待っているのだとしても、何もできない自分はもう、嫌だった。

 

「あんたが言う運命ってやつのこと、俺は多分全然わかっていないんだと思う。でも、そうだとしても俺はそれを選びたい。選んだ先で、皆を守れる力が手に入るなら、俺は今度こそなりたい自分に変わってみせる。」

 

【…………。】

 

紘汰の言葉に鴉はほんの少しだけ目を伏せ、その後大きく羽ばたいた。

そのまま紘汰に向かって飛び、掴んでいた光を放り投げる。

受け取った紘汰を一瞥すると、最後の言葉を投げかけながら、白い空間の果てに向かって飛び立った。

 

【いつだって、最後に何かを成し遂げるのは、そういう奴なのだろう。いいだろう犬吠埼紘汰、私たちはお前に力を貸す。選んだ運命のその先に、お前がたどり着けるのを願っている―――】

 

その声が聞こえなくなるころには、不思議な鴉の姿はもう見えなくなっていた。

それと同時に再び白い光が視界を覆い、体が浮遊感に包まれる。

 

この夢のような時間も、もうすぐ終わるのだろうか。

目覚める先に、不安はない。

新しいステージの始まりの予感に、不思議と紘汰の胸は躍っていた。

 

 

 

 

目を覚ました紘汰の前には、意識が途切れる前の光景がそのまま広がっていた。

随分長い時間あそこにいた気がするが、どうやら実際はほんの一瞬だったようだ。

痛みも疲労感も、そして視線の先にいる『敵』の姿も変わらない。だが少しだけ、違いがあった。

 

手の中に目覚める前にはなかったはずの硬質な感覚がある。

あの時咄嗟に赤い実を掴み、そして夢の中では鴉が放り投げた光を掴んだ右手には、また別のものが握られていた。

 

(錠…前…?)

 

金属、と思われる不思議な材質でできた二つの錠前。

正面には、デフォルメされた果実のような装飾が施されており、それぞれデザインが異なるがこれは多分、

 

(オレンジと…パインか…?)

 

先ほどのカラスの言葉を信じるならば、これが言っていた『戦う力』なのだろうか。

これが一体何なのかはわからない。だが、どうすればいいのかは不思議と理解できる。

 

錠前の裏面と、腰の機械の正面にある窪み。

その二つの形状はまるであつらえたように一致していた。

つまりは、そういう事なのだろう。

再び痛みを訴え始めた体を叱咤しながら、紘汰はゆっくり立ち上がった。

 

不安はない。

ならばあとは、やるだけだ。

 

二つの錠前のうち、オレンジが描かれた方をしっかりと握りなおす。

敵を睨みつけながら、紘汰は錠前の側面にあるスイッチを押し込んだ。

 

《オレンジ!》

 

錠前から、声が響いた。

その声と同時に、周囲から空に向かって光る蔓が飛び出した。

蔓は紘汰の頭上で輪を形成し、それをなぞるように空間に『ファスナー』が現れる。

円形に配置されたそれは『門』だった。紘汰のいるこの場所と、ここではない『場所』とをつなぐ門。

軽快な音とともに、ファスナーが開く。

空間を超え、紘汰の頭上に現れたのは―――鋼鉄のオレンジ。そうとしか形容できないものだった。

 

そんな頭上の異変は勿論、体を苛み続けていた痛みすらも今の紘汰にはもう気にならなかった。

声が響くと同時に掛け金が開いた錠前を、腰の機械へとセットする。

紘汰は拳を握り、そこでもう一度その掛け金を叩きつけるように閉めなおした。

 

《ロックオン!》

 

法螺貝の音と共に、不思議な音楽が流れ始めた。

その音を耳に感じながら、意識はしかし己自身の中へと集中する。

 

心臓の鼓動が、大きく聞こえる。

自分の中で、何かが変わる。

そんな予感と共に、頭に浮かんだのはあの言葉。

いつも望んでいた、強い自分に―――

 

「変身!!!」

 

その言葉と共に、刀の装飾を叩き下ろす。

瞬間、錠前が割れ、光がはじけた。

 

《ソイヤッ!オレンジアームズ!花道!オン、ステージ!!》

 

紘汰の頭上から落ちてきたオレンジが、藍色のアンダーアーマーを形成する。

鋼鉄のオレンジは形を変え、体を覆う強固な鎧となった。

体中にこれまで感じたことがないほどの力があふれてくる。

今の俺なら、何でもできる。

 

「行くぜバケモン。ここからは―――」

 

鎧の形成と共に、手に握られていたオレンジの断面によく似た刀を、肩に抱えなおした。

目の前には、相変わらず巨大な敵がそびえている。

しかし先ほどまで散々追いかけまわされたそれを目の前にしても、恐怖は全く感じなかった。

 

「―――俺のステージだ!!」

 

正面に向かって、大見得を切った。

さぁ、反撃の始まりだ!




1次面接と2次面接を乗り越え、主人公がついに変身です。
色々ちょっとくどいかもと思ったり。

それと同時になぜか東郷さんも初回で変身する始末。
あれ?どうしてこうなった・・・?
ちょっとこの後の展開見直してきます・・・。




※2022年1月10日 修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話

10評価をつけてくれた方がいらっしゃる・・・
ありがてぇ、ありがてぇ・・・
UAも1000を超えたみたいです。
見てくれている皆さんありがとうございます。

鎧武VSヴァルゴバーテックス。戦闘開始です。


藍色のスーツを覆う、オレンジの鎧。

金の前立てがついた戦国時代の鎧武者の兜のようなマスク。

そして、手には鎧と同時に現れた、オレンジの断面を模した刀、”大橙丸”。

 

錠前により変身を遂げた紘汰は、猛る心をそのままに、バーテックスに向かって駆けだした。

地面を蹴るたびに、とてつもない加速がかかるのがわかる。

この鎧は、外見だけではなく紘汰の身体能力も上げてくれている。

 

迫ってくる紘汰を近づかせまいと、バーテックスは下腹部から連続して砲弾を打ち出した。

正面からやってくる弾丸に、しかし紘汰の足が止まることはない。

肩に担いだ大橙丸を走る勢いを乗せたまま振り下ろす。

振り下ろした刀はバーテックスの砲弾を見事に両断し、二つに分かれたそれは、紘汰のはるか後方で爆発した。

振りぬいた姿のままの紘汰に、次の砲弾が迫る。

紘汰は慌てず、変身と同時にベルトの左側面に現れた刀”無双セイバー”の柄を逆手に掴んだ。

掴んだ無双セイバーを、そのまま引き抜くと同時に振り上げる。

2発目の砲弾も、先ほどと同様に紘汰にダメージを与えることはできなかった。

 

「行けるぞぉ!!」

 

空中で、無双セイバーを順手に持ち替えた紘汰は、両手の刀を構えながらさらに敵に迫る。

苦し紛れに更に撃ち込まれた弾丸が、紘汰の足元に迫る。

それを紘汰はジャンプで避け、そのままバーテックスに突っ込んだ。

手にした二刀が、バーテックスの下腹部を大きく切り裂く。

 

切り込んだ直後、バーテックスの巨体を足場にして蹴りつけた反動で距離を取った紘汰は、少し離れた位置で、苦んだ様子を見せて後退したバーテックスの姿を見ていた。

 

「効いてる!・・・って嘘だろ!?」

 

紘汰の見ている中で、先ほどつけた傷が見る見るうちに傷が塞がれていく。

しばらくすると、初めからなかったかのように、傷は完全に消えてしまっていた。

その姿に驚くが、悠長にはしていられない。

通常の砲弾では効果が薄いと判断したのか、修復を終えたバーテックスは、卵型のボールを大量に生み出した。

バーテックスから生み出されるそれは、追尾型の爆弾だ。

自律的に動き回り、接触すると大爆発を起こす。

それが今、それぞれが個別の意志を持つように縦横無尽に動き、紘汰のもとに迫ってくる。

 

それでもやられるつもりは毛頭ないが、先ほどよりも厄介そうな攻撃に、紘汰は鎧の内側で冷や汗をかいていた。

紘汰が二刀を構え、爆弾が迫る。

来い、また全部たたっ切ってやる!

そう覚悟を決めた紘汰だったが、その覚悟は無駄に終わった。

 

射程距離まであと数秒といったところで、突如相手が爆発したのだ。

爆発の瞬間、紘汰の目が横合いから爆弾に突き刺さる青い光を捉えていた。

いったい誰が・・・。

そう思った紘汰の目に、またもや新しい飛来物が飛び込んだ。

それは、大きな光を纏う、桜色の砲弾。

 

「――勇者っ!!パ――――ンチっ!!!」

 

砲弾の正体は、見慣れない格好に身を包んだ、見慣れた少女。

結城友奈、その人だった。

 

気合の声と共に本体であるバーテックスに突っ込んだ友奈は、そのまま敵の巨体を殴り飛ばした。

衝撃で、敵の体の一部が砕ける。

少しよろめきながら着地した友奈は、安心して小さくホッと息を吐く。

 

「友奈!?」

「その声・・・もしかして紘汰くん!?」

 

紘汰の声に気づいた友奈がこちらに目を向ける。

友奈の目が捉えたのは、見たこともない鎧武者。

 

「「何その恰好!!??」」

 

お互いの姿を近くで認めた紘汰と友奈は、まったく同時に口を開いた。

 

「それが勇者の姿って訳か・・・。それにしてもすっげぇパンチだったな。」

「う、うん・・・紘汰くんが危ないと思って、必死だったから・・・。紘汰くんこそどうしたの!?それ、勇者なの・・・?」

 

友奈に殴り飛ばされたバーテックスは、未だに樹木の茂みに埋まっている。

感心する紘汰に、少し恥ずかしそうな友奈はごまかすように紘汰の姿について尋ねた。

 

「いや、これは、ちょっと違うと思うんだけど・・・。うん、なんか俺、変身できた。」

「へぇ~、そうなんだ・・・。実は私も・・・って、そうじゃなくて!紘汰くん!!」

 

紘汰の姿に、本来の目的を忘れていた友奈は、無事だった友達にひとまずは安心しつつも表情を引き締めなおして紘汰に向き直る。

紘汰に、言っておかなきゃいけないことがあるのだ。

 

「紘汰くん。私もね、嫌なんだ。」

 

怒っているような友奈の様子に、紘汰は黙って耳を傾ける。

 

「誰かが傷つくこと、つらい思いをすること。そして、友達が自分のために頑張ってくれてるのに、自分が何もできないこと。」

 

友奈の言っていることは、紘汰も常に思っていたことだ。

それが嫌だったから、自分の身を危険にさらしてでも、友奈達を守るために行動した。

 

「だからね、紘汰くん。もう、置いて行っちゃ嫌だよ。友達を守りたいのは、私も東郷さんも同じ。だから、一人で無茶しないで。私たちも、紘汰くんと一緒に頑張りたいんだ。」

 

紘汰の脳裏に、友奈の涙が思い出される。

そうだ。自分は自分のしたいことだけを考えて、友奈達の気持ちを考えていなかった。

何もできない苦しみは、自分がよくわかっていたはずなのに。

 

「・・・そうだな、ごめん友奈。俺が勝手だった。」

「わかってくれたならいいよ。ほら、約束!!」

 

そういって差し出された友奈の手を、紘汰の手が握る。

仲直りの、そして、約束のための握手。

 

「ところで友奈、東郷は?さっきのボール、倒してくれたのは東郷なんだよな?」

「え~っと、東郷さんは・・・少し遅れてついてきてるはずなんだけど・・・。」

 

そういって、あたりを見回す友奈の目が、紘汰の背後で固定される。

それに気づかず首をかしげている紘汰の肩を、背後から来た手が掴んだ。

そしてその手はそのまま、変身した紘汰の体中をはい回る。

 

「鎧武者・・・。流石、私が見込んだだけはあるわ紘汰君。ついに、大和魂に目覚めたのね。監督として私も鼻が高い・・・しかしこの姿、仮面をつけた鎧武者・・・国防仮面2号、いえ、それは何か違うような・・・そう、3号。あなたには国防仮面3号の称号を与えましょう。・・・それはそれとして!!!!!」

 

突如背後に現れ、体中を触りながら早口で何事かをつぶやく東郷に、完全に固まる紘汰。

ひとしきり触って満足した東郷は、動けない紘汰の顔を両手でつかみ、強引に自分のほうを向かせる。

足を動かせないはずの東郷だったが、青色の勇者服から伸びた装飾がそれを補っていた。

 

「だいたいは、友奈ちゃんが言ってくれたと思うからいいわ。私が言いたいことはただ一つ。紘汰君、あなた友奈ちゃんを泣かせたわね?」

「あ、あぁ、俺が悪かった。東郷も、ごめん。」

 

素直に謝る紘汰の姿に、フッと表情を柔らかくする東郷。

紘汰の頭を掴んでいた両手を離し、友奈の隣へと移動する。

 

「私のことはいいわ。でも、今度また友奈ちゃんを泣かせたら、承知しないからね?」

「あぁ。約束するよ東郷。」

 

そういって、今度は東郷と握手を交わした。

勇者部2年の仲良し3人組は、これで完全復活だ。

 

頷き合った3人は、改めて敵に向き直る。

バーテックスは、既に態勢を整えなおしていた。

友奈が与えたダメージも、すっかり回復してしまっている。

しかもそれだけではない。

回復と並行して、武器の大量生産も行っていたらしい。

バーテックスの周りには、今までにない量の球体が浮いている。

 

「歓迎の準備は万端・・・って感じだな。」

「ええ、そうね。でも・・・。」

「うん!一緒なら、大丈夫!」

 

大量のボールが、一斉にこちら向かって動き始める。

それぞれが武器を構えようとしたその時、またしてもボール達がひとりでに爆発した。

こちらはまだ誰も仕掛けてはいない。

と、いうことは―――

 

「皆!無事ね!?」

 

大剣を片手に、3人の元に飛び込んできたのは、やはり風だった。

纏った勇者服が所々煤けているが、目立った怪我などはなさそうだ。

小脇には、少し目を回しているようだが、元気そうな樹も抱えている。

 

「風先輩!」

「友奈、東郷・・・。そう、あなたたちも・・・。って、あんた誰!?」

 

勇者に変身した後輩二人の横に、見知らぬ鎧武者が立っていた。

ひょっとして二人の精霊?いや、そんなまさか・・・

 

「俺だ姉ちゃん。二人とも、やっぱり無事だったか!」

「俺だって・・・もしかしてお兄ちゃん?」

「ああ、そうだ。樹、お前もちゃんと勇者になれたんだな。その恰好、似合ってるぜ。」

「そ、そうかな・・・。えへへ・・・」

 

唖然とする姉の横で、以外にも順応が早かった樹が、兄の誉め言葉に照れている。戦闘中にも関わらず、そこだけ妙に空気が緩い。

しばらくして再起動を果たした風は、とりあえず脳内妹フォルダの『本日の一番』に今の姿を登録しつつ、気を取り直した。

 

「よくわかんないけど、とりあえず勇者部一同勢揃いね。お互い色々言いたいことはあると思うけど、後回しでお願い。まずは、あいつを何とかするわよ。」

「でも姉ちゃん。あいつ、切っても殴ってもすぐ回復しちまうぞ。どうするんだ?」

 

紘汰の疑問に、友奈も頷く。

まだまだこちらは元気だが、あの調子ではキリがない。

 

「バーテックスは、ダメージを受けても回復するの。封印の儀式っていう、特別な手順を踏まないと。」

「手順って、どうやるのお姉ちゃん。」

「説明は移動しながら!そのためにも、何とか隙を作るわよ!」

 

まずは、数を減らす。

勇者の中で遠距離武装を持つ東郷が、手にした短銃を連射する。

放たれた光弾は確実に標的に命中し、次々とそれを爆発させていった。

 

それを見ていた紘汰は、ふと自分の左手に持つ武器に目を向けた。

黒い柄の刀。しかし、改めてみると引き金がついている。

もしやと思い狙いをつけながら引いてみると、刀の鍔にあたる部分から発射された弾丸が前方の爆弾を爆散させた。

 

「おぉ!そういう事か!」

「それってただの刀じゃないんだ。いいもの持ってるわね紘汰。」

 

風の武器は大剣だ。

別に不満があるわけではないが、遠近両方に対応できる武器というのは中々魅力的だった。

 

「よっしゃ!行くぜ・・・ってアレ?もう終わりかよ!」

 

そのまま調子よく引き金を引き続けた紘汰だったが、5発撃ったところで早くも弾が出なくなった。

諦めきれずに何度も引き金を引いてみるが、やはりうんともすんとも言わない。

 

「紘汰君!援護はこっちに任せて!皆は本体を!」

「あぁ~もう仕方ねぇ!頼んだぞ東郷!」

 

東郷の援護射撃を受けながら、残る四人が本体の元へ向かう。

撃ち漏らしもいくつかあったが、中距離に優れる樹のワイヤーがそれの接近を許さない。

 

そのままある程度近づくと、今度は本体が体についた布のような触手を伸ばし、直接攻撃を狙ってきた。

初めて見せる攻撃に一瞬反応が遅れるも、何とか前方に割り込んだ風の大剣が、それを弾き飛ばす。

 

「封印の儀、行くわよ!紘汰、悪いけど時間稼ぎお願い!」

「わかった!任せろ!」

 

風の指示を受けた紘汰が、集団を抜け飛び出した。

彼女たちの準備が完了するまで、絶対に邪魔はさせない。

右手に持った大橙丸と、左手に持った無双セイバー。

無双セイバーの柄尻には、ちょうど何かがはまる四角い穴が開いていた。

 

「これと、これを・・・、こう!お、やっぱりくっついた!」

 

二つの刀が柄尻で連結し、一本の武器になる。

無双セイバー”ナギナタモード”の完成だ。

連結した二つの刃が、敵の攻撃を切り払い、勇者たちの元へは近づかせない。

紘汰の死角は東郷がしっかりと守ってくれている。

 

「そんで、こうだろ!」

 

『ロックオフ』

 

腰に装着していた錠前を外し、無双セイバーにもある同じ窪みにセットしなおす。

 

『ロックオン!』

『一、十、百、千、万!オレンジチャージ!』

 

紘汰の目論見通り、無双セイバーにエネルギーが集まっていく。

力の高まりを感じたのか、目の前の敵から排除しようとしたのか、バーテックスが紘汰のもとにすべての触手を向かわせた。

すさまじい勢いで殺到するそれを、紘汰は正面から迎え撃つ。

 

「おらおらおらおらおらおらおらぁ!!」

 

目の前で回転させた刃が、そのまま触手を切り刻む。

限界まで切り刻まれた触手の勢いが収まった。

今がチャンスだ!

 

「いっくぞぉ!!!!」

 

光を纏った刀身を、右と左に切り上げる。

振りぬいた刀身から光の斬撃が飛び、触手の残骸を切り裂きながらバーテックス本体に直撃した。

バーテックスが、オレンジの形をしたエネルギーに拘束される。

その隙に、武器を構えなおした紘汰が敵の元へと走り出す。

 

「おぉぉぉらぁああ!!」

 

拘束されたバーテックスの少し手前で跳躍した紘汰が、すれ違いざま直接刃を叩き込んだ。

胴体部分を切り抜け、着地する紘汰。

残心の構えをとる紘汰の背後で、大爆発が起こった。

体の下半分を失ったバーテックスが、ゆっくりと傾いていくのが見える。

 

時間稼ぎにしては、やりすぎたかな・・・。

錠前を腰に戻しながら、自分の攻撃の予想外の威力に内心、冷や汗を流す紘汰なのであった。

 




1話で終わらせるつもりだったのが、予想外に伸びたので分割。
次は今日中にできる、かも。

※処女作のアマゾンズの短編も投稿しました。
よろしければどうぞ見てやってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話

昨日中はダメでした・・・。
では、VSヴァルゴ後編です。


その光景に呆気にとられながらも、勇者たちはそれぞれの配置に散らばった。

とんでもない攻撃だったが、それでもこの怪物は倒せない。

今のうちに儀式を始めなければ。

 

風の説明はこうだ。

その1.まず敵を囲む

その2.敵を抑え込むための祝詞を唱える。

その3.現れた”御霊”を破壊する。

 

敵は囲んだ。次は祝詞だ。

幸い、先ほどの攻撃で体を大きく損傷したバーテックスは、しばらくまともに動けない。

警戒をそのまま東郷と紘汰に任せ、友奈と樹は端末を取り出し祝詞を確認する。

 

「これ全部読むんですか!?」

 

『手順ソノ二』と書かれたその画面には、見慣れない言葉の羅列。

友奈はあまり詳しくないが、神社のお祓い等で神職の人達が唱えるような言葉だった。

しかもそれなりに長い。

 

「え、えと・・・。かくりよのおおかみ、あわれみたまい、めぐみたまい・・・」

 

戸惑いながらもとりあえず唱え始める樹。

それを聞いた友奈も樹の後に続いた。

掲げた手の横に、精霊が姿を見せる。

どうやら間違ってはいないようだ。

自分の体に起こりつつある異変に気付いたバーテックスが修復もそこそこに激しく暴れ始めた。

早くしないと、皆が危ない。

 

「さきみたま、くしみたま、まもりたまい・・・「ええい!おとなしくっ!しろぉ!!」えぇ!?」

 

もう少しで終わるといったところで、抵抗を続けるバーテックスにしびれを切らした風が、気合と共に大剣を一閃する。

驚いて中断してしまった友奈達。

失敗かと思ったその時、バーテックスの足元に光の円陣が現れ、それと同時に顔のような部分から逆さになった四角錐の物体が吐き出された。

 

「オイ!なんか出てきたぞ!」

 

空中で3人の元に向かう攻撃を防いでいた紘汰が、それに反応して声をあげている。

 

「成功・・・?なんですか?」

「まぁとにかく、気合を入れた言葉なら何でもいいのよ。」

「先に言ってよお姉ちゃん・・・。」

 

困惑する友奈に、あっけらかんと答える風。

いつだって大雑把な姉に、樹ががっくりと肩を落としていた。

 

「アレが”御霊”。バーテックスの心臓よ。アレを破壊すれば、私たちの勝ち!」

「「じゃあ、俺(私)が!!」」

 

風の言葉を聞き、紘汰と友奈が同時に飛ぶ。

紘汰の刀が、友奈の拳が、バーテックスの御霊に叩き込まれた。

同時に響く、大きな金属音。

 

「「かったぁぁぁぁぁぁい!!」」

 

御霊の上で、右手を押さえながら悶える友奈と、着地した先で刀を取り落とし、のたうち回る紘汰。

御霊には傷一つついていない。

遠くから東郷が狙撃を試みるが、それもはじかれてしまった。

 

そんな中、封印を続ける樹がバーテックスの足元の陣を見て気づく。

 

「おねえちゃん。なんか数字が減っていってるんだけど、これ何?」

「あぁそれ?私たちのエネルギー残量。その数字がなくなると、封印し続けられなくなって、そいつを倒すことができなくなるの。」

「それって、まずいんじゃ・・・。」

 

皆の顔に、焦りが浮かぶ。

友奈と交代して破壊に向かった風が、大剣を勢いよく叩きつけた。

が、それもほんの少し傷をつけるだけで、あまり効いた様子はない。

 

「―ったいわね!ヤバいわいきなり大ピンチかも・・・紘汰!あんた色々持ってんでしょ?なんか他にはないの!?」

「んなこと言ったって、今持ってんのはこれだけだぞ!これじゃ刃が通んねぇし・・・。」

 

そこまで言って、紘汰ははっと気が付く。

あの時手に持っていた錠前は、一つではなかった。

慌てて右の腰に手をやり、そこにぶら下がっていたもう一つの錠前を手に取る。

 

「こうなりゃイチかバチかだ!頼むぜ、なんか出てくれ!!」

 

とにかくやってみるしかない。

紘汰は今ついているオレンジの錠前を外すと、新しい錠前のスイッチを押し込んだ。

 

『パイン!』

『ロックオン!』

 

纏っていたオレンジの鎧が、光となってはじけ飛ぶ。

頭上には再び別の空間が開き、そこから鋼のパインが姿を現した。

 

「パイン!?部長!空からパイナップルが!何ですかアレ!?」

「わ、私にだってわかんないわよー!紘汰、あんたそれ何なの!?」

 

紘汰の最初の変身の瞬間を見ていたものは誰もいない。

初見の皆にとって、突如空から現れた巨大な果実のインパクトは絶大だった。

そんな周りの声を一旦無視して、紘汰は改めて日本刀の装飾を押し込んだ。

 

『ソイヤッ!』

 

皆がハラハラと見守る中で、威勢のいい声と共にパインが紘汰の頭に落下した。

パインに頭が完全にめり込み、パイン星人と化す紘汰。

紘汰がパインのお化けに食われた!

客観的に見ていた皆の感想はそんな感じだった。

 

「お、お兄ちゃ―――ん!?」

『大丈夫だ樹!まぁ見てろ!』

 

ショッキングな目の前の映像に悲鳴を上げる樹と、安心させるためにその状態のままくぐもった声をかける紘汰。

説明を求められたところで紘汰にもわからないのだ。

見たままを受け入れてくれとしか言いようがない。

 

『パインアームズ!粉砕!デストロイ!!』

 

続いた音声と共にパインが展開し、紘汰を守る鎧となる。

鎧の表面は、実際のパインを模したような突起に覆われており、先ほどの姿よりも重厚な印象だ。

そして鎧と共にやはり現れた新たな武器。

パインそのものといった見た目の鋼鉄の塊に、鎖のついた鎖鉄球”パインアイアン”だ。

 

「お、お?なんかこれ、行けそうじゃねぇか!?」

「紘汰、あんたの変身そんな感じなのね・・・なんか心臓に悪いわ・・・。」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!よーし、とりあえず。おらぁ!!」

 

疲れた様子の姉の声をまたもや流しながら、頭上で鎖を振り回し、その勢いのまま先端を御霊に叩きつける紘汰。

皆が見守る中大きな音が響き、パインアイアンがたたきつけられたその場所には、初めて明確な損傷が与えられていた。

 

「よっしゃあ!やっぱりこれいけるぜ姉ちゃん!」

「ナイスよマイブラザー!・・・よし、私ももう一回行くから、合わせなさい紘汰!」

「お姉ちゃん!無茶しちゃだめだよ!」

 

意気揚々と攻撃準備を始める上の二人に心配そうな樹。

特に、姉は先ほど失敗したばかりなのだ。

 

「ここで引いたら女が廃るってもんよ。大丈夫よ樹。お姉ちゃんの本気の女子力を信じなさい。行くわよ紘汰!!」

「おう!」

 

風の声を合図に、御霊を挟んで対称の位置から犬吠埼姉弟が飛び上がった。

二人は同時のタイミングで御霊まで到達。しかし、そこでは止まらない。

御霊を足場に再び跳躍した先は、御霊を吐き出した後のバーテックスの抜け殻。

空中で反転した二人は、御霊より高い位置にあるそれを蹴りつけ、さらに加速。

縦回転を加えることで、遠心力を最大に。

位置エネルギーと脚力、遠心力を加えた渾身の一撃を、二人同時に御霊に叩きつけた。

 

あまりの衝撃に、空間が震える。

その成果は一目瞭然、二人の攻撃を受けた御霊は大きく損壊し、水平を保っていられないようだ。

 

「「どうだ!!」」

「お姉ちゃん、お兄ちゃん!カッコいい!」

 

ばっちり着地を決めた紘汰と、失敗して樹木に突っ込む風。

少し締まらないが、こればっかりは慣れの問題だ。

アクロバティックな動きの初心者である風にそこまで求めるのは酷というものだろう。

しかし、妹の称賛の声に二人とも満足そうだ。

 

大ダメージを受けたバーテックスは、それでもまだ倒れない。

あれだけの攻撃を受けても耐え切るその姿は、まさに怪物だ。

しかし、それもあと一息。

 

封印の数字は、減少し続けている。

敵の足元から結界の樹木が枯れ始め、どんどん大きく広がっていく。

 

「始まった、急がないと!」

「お姉ちゃん、どういう事!?」

「長い時間封印してると、樹海が枯れて現実世界に悪影響が出るの!」

 

立ち上がろうとする風だったが、先ほどの着地の影響がまだ残っているようで、うまくいかないようだ。

ならば、風以外がやるしかない。

 

着地の後、傍らにいた友奈に目を向ける。

いつの間にか、東郷もやってきていた。

 

「行けるか?友奈。」

 

かけられた言葉に、少しうつむく友奈。

その瞳は、不安に揺れている。

天の神の使い、バーテックス。

人類の敵とはいえ、神の使いをこれから自分が倒すのだ。

その先に何が待っているのか。そんなことが、ふと頭をよぎる。

そして、もし自分たちが失敗したとしたら・・・。

 

東郷が、気づかわし気に肩に手を乗せた。

その手を握り、覚悟を決める。

そうだ、私にはみんながついているんだ。

この先何があっても、皆と一緒ならきっと大丈夫だと、信じられる。

上げられた顔には、もう迷いはない。

 

「怖い・・・けど、大丈夫!」

 

友奈の心強い言葉に、そっか、と仮面の中で少し微笑んだ紘汰が瀕死の御霊をにらみつける。

紘汰の手が、再び刀の装飾を倒した。

 

『パインスカッシュ!!』

 

錠前からエネルギーがほとばしり、全身に力がみなぎる。

手に持ったパインアイアンを、上空に放り投げると、その後を追うように飛び、空中でそれを蹴り飛ばした。

紘汰に蹴られたパインアイアンが、エネルギーを受けて肥大化する。

大きくなったパインアイアンは、そのまま御霊を拘束した。

 

「これで最後だ!行くぜ友奈!」

「うん!」

 

空中の紘汰が体勢を変える。

それに合わせるように、友奈も拳を構えて飛び出した。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!勇者っ!!パァ――――――――ンチっ!!!!!」

「はあぁぁぁぁぁぁ!!セイ、ハァ―――――――――――――!!!!!」

 

友奈の拳と紘汰の蹴りが、ボロボロの御霊に突き刺さる。

今度ははじかれることはない。

拘束していたパインアイアンからエネルギーが逆流し、二人の体を包み込む。

黄色いエネルギーに包まれた二人が、さらに力を籠める。

あふれる力に、心が熱くなっていく。これなら、絶対にいける!

 

―――そしてついに、二人の体が御霊の中心を突き破った。

 

 

そのまま反対に抜け、並び立つように着地する友奈と紘汰。

その背後で、御霊はついに崩壊し、光が天へと帰っていく。

遺されたバーテックスの体が、砂となって崩れ去った。

 

終わった・・・?のか・・・?

顔を見合わせる二人。

しばらく待ってみても、復活の兆しはない。

ようやく訪れた実感に、二人の体が震えだす。

湧き上がる感情を抑えることなく、二人で一気に吐き出した。

 

「よっしゃぁあああああああ!!!」

「やったぁああああああああ!!!」

 

フィニッシュを決めた二人のもとに、仲間たちが集まっていく。

変身を解いた紘汰に、二人の家族が飛びつき、もつれ合って倒れた。

それを、友奈と東郷が笑いながら見ていた。

 

大きな揺れと共に、極彩色の木の葉が舞い上がる。

役目を終えた、神樹様の結界が解除されていく。

木の葉はみんなの視界を覆いつくし、そして、やがてそれも晴れていく―――

 

 

 

視界が晴れたとき、そこにあの樹海はなく、いつもの風景が広がっていた。

結界に入る直前には校舎内にいたはずだが、どうやらここは屋上の様だ。

 

「ここは・・・?学校・・・?私たちは・・・。」

「神樹様が、帰してくださったのね。」

 

東郷の疑問に風が答える。

どこからか聞こえる鳥の声、自動車の音、人のざわめき。

先ほどまでの体験がまるで嘘の様に感じてくる。

 

「世は全て事も無し・・・ってね。お疲れ様。そしてありがとう皆。初めてのお役目は、これで無事完了よ。」

「姉ちゃん・・・。」

 

皆の方に振り返り、労いの言葉をかける風。

そんな姉の言葉を聞きながら、紘汰はゆっくりと屋上の縁に近づいた。

目の前に広がるのは、変わり映えのない、平穏な街並み。

いつも見ているはずのものなのに、今日はなんだかそれがとても尊いものに感じた。

 

「俺たちが、守ったんだな。」

「そうよ。私たちがあいつを倒せなければ、この風景はなかった。改めてよく頑張ったわね。紘汰。」

 

隣に立った風が、紘汰の髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。

やめろよ!いいでしょ!

と言い合う姉弟の後ろから、泣き顔の樹が抱き着いてきた。

安心した途端、色々と決壊してしまったようだ。

慌てる紘汰と、そんな妹を優しくあやす風。

 

そんな平和な3人の家族の姿をみて、ほんとに戻ってこれたんだな、と実感する友奈。

車いすに戻った東郷も、こちらに微笑みかけている。

そんな東郷の車いすのハンドルを握ると、友奈も東郷を伴って3人のもとへ歩き出した。

見ていて飽きない光景だが、そろそろ混ぜて貰ってこよう。

今日の勝利は、皆で掴んだ勝利なのだから。

 

 

「あ、ちなみに結界が展開されている間は外の時間が止まってるから、今はがっつり授業中よ?」

「「「「えぇ!?」」」」

「まぁ、あとで大赦にフォロー入れてもらっとくわ。・・・あ、紘汰はどうしよう・・・完全に想定外だし・・・」

「おいそりゃないだろ姉ちゃん!!」

 

 

屋上に、少年少女の笑い声が響く。

始まりは突然だったが、皆と一緒に乗り切った。

一緒だから、乗り切れたのだ。

 

これからもずっと、こうやって皆で笑っていける。

この奇跡のような光景を、ずっと守っていける。

力を手に入れ、変身した俺ならそれができる。

その時の俺は、無邪気にそんなことを考えていた。

 

だが俺は知らなかった。

手にした力の意味も、この世界の真実も。

そして、今のこの世界には、代償のない奇跡など、存在しないということを。

これから続く戦いの中で、俺はそれを、痛いほどに知っていくことになる。

 




うん、特に変わってないですね。

まぁ初回なのでこんなもんという感じで・・・。
ただ、1章は色々と難しいというかなんというか。

キャラ全員出てくると動かすの難しいですね。
書いてみて初めて分かる苦労があるなぁ。

見てくださる方に楽しんでいただけるよう、色々と精進いたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話

説明回です。
オリ設定満載ですが、本作では一応こんな感じで。


「ふぁ・・・あぅぅ・・・。」

 

放課後の帰り道、こらえきれずに出てしまった欠伸に、樹が恥ずかしそうにして俯いた。

色々あった一日に、流石に疲れが出たのだろう。

そんな妹の様子を横目で見て、風はそっと苦笑した。

 

「ま、今日は大変だったからね~。樹も紘汰も、ホントにお疲れ様。今日はお姉ちゃん、奮発して豪勢な夕ご飯作ったげるから、しっかり食べてすぐ寝るのよ?」

「それじゃ牛になっちゃうよお姉ちゃん・・・。」

 

樹の突っ込みの言葉にも、やはり元気がない。

放課後までは何とかもったが、我が家の末っ子はもうおねむの様だった。

そんな妹を気遣う姉を横目で見ながら、紘汰は少し言い辛そうに切り出した。

 

「わりぃ姉ちゃん!俺、ちょっと寄るとこあるんだ!二人で先に帰っててくれ!!」

「え~?何もこんな日にそれはないんじゃない?せっかくこのお姉様が腕を振るおうって言ってるのに~。」

「ほんとごめん!どうしても今日じゃないとダメなんだ!なるべく早く帰ってくるからさ!」

 

遅れたらわかってんでしょうねー!などという、姉のありがたいお言葉を背に受けながら、急いで駆けだす紘汰。

なんか朝もこんな感じだったな・・・と、益体もないことを考えながらも足は猛スピードで自転車のペダルを漕いでいた。

 

――放課後、指定の場所に来るといい。プレゼントについて聞きたくはないかな?――

 

放課後、終了のあいさつが終わった直後に見知らぬアドレスから送信されてきたメールだ。

内容からして十中八九、あの男だろう。

別に一人で来いと指定されたわけではないが、なんとなくあの胡散臭い男に皆を合わせるのは気が引けた紘汰は、こうして一人きりで会うことを選択したのだった。

 

自転車を走らせてしばらくすると、指定された場所に到着した。

廃病院というかなんというか・・・。

こんなところに本当に人がいるのかと、疑ってしまうような外観だった。

だが同時に、あの男らしいとも思ってしまう。

異様な雰囲気のその場所に、ゴクリと生唾を呑み込みながらも、意を決して紘汰はその施設の中に入っていった。

 

指定された場所は、この施設の一番奥。

薄汚れた部屋の名前を表す札には、消えかけた文字で”第一研究室”と書かれていた。

とりあえずの礼儀として、ノックをしてみる紘汰。

だが、中から反応はない。

騙されたのか?と思いながらも一応ドアノブをひねってみると、なんと鍵はかかっておらず、古びた鉄の扉が軋む音をたてながらゆっくりと開いた。

 

「お邪魔しま~す・・・。」

 

慎重に様子をうかがいながら、中に入る紘汰。

遠慮気味に出した自分の声にも、返事といったものは全くなかった。

部屋の中に明かりはついておらず、全体的に薄暗い。

唯一部屋の奥の一区画だけが、人工的な青白い光に照らされていた。

遠目でよくわからないが、その中には何かの植物の蔦のようなものが見える。

 

とりあえずはそこを目指し、紘汰はゆっくりと部屋の中を歩き始めた。

乱雑に積まれた書類と、何らかの機材。

お世辞にも整っているとは言い難い。

雑多にものがあふれかえった部屋の中、目立つところにあるのは、何かが入っていたと思われるガラスのケースと、周辺にコードが散らばった台座だった。

それを横目に見ながらも、紘汰はさらに奥へと歩を進める。

ここはどうやら、二つの部屋がつながったような構造をしているらしい。

入り口の研究室と、奥で謎の植物を管理している部屋。

入って中ほどまで進むと、今は開いているが仕切りのようなものがあり、そこを超える前と後では、部屋の様子が大きく違っていた。

 

その境目を越えてさらに進むと、とうとう目的の場所へとたどり着いた。

照明に照らされたその場所にあったのは、巨大な水槽。

 

―――そして、その中で生育されているらしい、見たこともない植物。

 

植物に詳しいわけではないが、そんな自分でも『何か』が違うと感じる。

何か、本能のような部分に訴えかけられているような違和感。

まっさらな画用紙の一点の染み。この世界に混じった、許されない異物。

存在しない何かに気圧されるような感覚に、知らず知らずのうちに数歩下がっていた紘汰の体に、何かがぶつかった。

驚いて振り返ると、そこにあったのは先ほどの部屋で見たようなガラスケースと、見覚えのある、赤い果実。

 

「これは・・・。」

 

紘汰の脳裏に、あの樹海の出来事が蘇る。

あの男に渡されたケースの中に入っていたもの。

いつの間にか錠前に変わっていたあの時の果実と、まったく同じものがガラスケースの中、何かの液体の中に一つ浮かべられていた。

 

「間違いない。あの時のやつだ。ここで、作られてるってのか・・・?」

 

あの男から渡された果実。あの男が指定してきた場所。そして背後の水槽の中の、見たこともない植物。

確証がないのは確かだが、ここまで条件がそろえばそれ以外の答えを導き出す方が難しいだろう。

 

何だってんだ一体・・・。

そう思いながらも、視線は不思議と液体の中の果実へと吸い寄せられてしまっている。

自分の口内に、自然と唾液がたまっていくのを感じる。

そういえばあの時も、あんな状況だったにもかかわらず、やけに、美味そうに、見えたような・・・。

 

「――それはやめておいた方がいい。最も、人間をやめたいというならば別だけどね。」

「おわぁっ!!!!!」

 

無意識に伸ばされていた手を素早くひっこめた紘汰が、驚きのあまり飛び上がった。

慌てて声のした方に視線を向けると、本当にいつの間にいたのだろうか、あの時の男が紘汰とガラスケースのすぐそばに立っていた。

 

「あ、あんたいつの間に!?」

「ついさっきさ。思ったより早く来てしまっていたようだね。いや、お待たせして済まない。」

 

バクバクとうるさい心臓を宥めながらごまかすように尋ねる紘汰と、言葉とは裏腹にまったくもって悪びれる気のない様子の男。

そのまま紘汰の横を通り抜けると、壁に適当に立てかけられていたパイプ椅子を二つ持ってきてガラスケースの前に置く。

そのまま片方の椅子に腰を下ろし、朝と同じ胡散臭い笑みでこういった。

 

「まぁとりあえずかけるといい。あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前は戦極凌馬。改めてよろしく頼むよ犬吠埼紘汰君。」

 

 

 

 

「色々と聞きたいことはあると思うが、まずは初勝利おめでとうと言っておこうかな。どうだったかい?人類の敵と相対した気分は。」

「あんた、やっぱり知ってたんだな。」

 

その後、何とか表面上は平静を取り戻した紘汰が、目の前の男―戦極凌馬というらしい―に従い椅子に座ると、凌馬はそう言いながら身を乗り出した。

こちらの心情など、知ったこっちゃないといわんばかりのその態度に辟易しながら、半ばわかっていたことではあるが、一応尋ねる紘汰。

 

「ああ、知っていたとも。まぁ、君が間に合うかどうかは五分五分といったところだったけどね。」

「間に合うって・・・どういうことだよ。」

 

とりあえずは姿勢を戻して答える凌馬に、さらに質問を投げかける紘汰。

 

「あぁ、君にプレゼントした機械――そう、それは”戦極ドライバー”という名前なんだが、神樹様の結界が展開した中でも装着者が動けるようになる機能があるんだけどね。残念ながらイニシャライズがすんでいない場合、装着していないとその機能が起動しないようになっているんだ。」

「おい、ってことは・・・。」

「そう。樹海化が始まったタイミングで君がベルトを装着しているかどうか。こればっかりは僕にもわからなかったからね。だから間に合うかどうかという表現を使わせてもらった。」

 

全く運がいいね君は――。

等と言いながら笑う凌馬に、紘汰は絶句した。

今日、あのタイミングでたまたま授業そっちのけであれこれといじっていなかったら、紘汰はあの戦いがあったことも、仲間たちの危機も知ることはなく、今も何も変わらず呑気に過ごすことになっていたらしい。

 

「なんでそんな大事なこと言わなかったんだよ!」

「だって、急いでいたんだろう?遅刻は嫌だと言っていたのは君じゃないか。まぁ安心したまえ。一度装着したことでもうイニシャライズは済んでいる。ドライバーの表面に、絵が刻まれているだろう?それが完了の印さ。これで君は神樹様の防衛システムの一つとして組み込まれた。次回からは装着していなかったとしても自動的に結界の中に取り込まれるはずさ。」

 

屁理屈だ・・・などといってもこの男には通じないのだろう。

文句を言うことをあきらめた紘汰は、建設的な話をすることにした。

 

「はぁ、もういいや。それで、これは一体何なんだよ。」

「それを説明する前に、この部屋について簡単に説明しておこう。ここは大赦の旧第一研究室。我ら人類の敵、天の神について研究していた場所さ。尤も今はもう、研究室としてはほとんど使われていないわけだけどね。」

 

そういわれて紘汰は、この建物の外観を思い出す。

確かに、廃棄された研究室と言われればその通りだといえるような見た目をしていた。

 

「そこにある植物。君は他で見たことはないだろう?それはそうだ。コレは本来、少なくとも人間の世界には存在しないものなのだからね。古い文献によると天の神の力の一部だ、ということらしい。何分古い資料だから、本当かどうかなんてわからないのだけれど。」

 

尤も、それも改竄された後のような痕跡があったわけだけどね―――。

そう思いつつも口にはしない。

これは紘汰に言ったところで今のところ何にもならない情報だ。

 

「まぁそんなことはどうでもいい。とにかくこの植物は、そういう触れ込みの元で大赦によってずっと管理、研究されてきたものなんだ。といっても結局大したことはわからずこうして保存だけは一応しているといった状態になっていたわけだが。少なくとも、私がここに来るまでは。」

 

そういう凌馬の顔は、どこか少し自慢気なように見える。

話しているうちに段々と興が乗ってきたようで、言葉にも熱がこもってきていた。

 

「この植物は、不定期にその赤い実をつける。これには未知の力が秘められていてね。大赦所属の研究者となってから、私はずっとそれを研究してきた。」

「これにそんな力が・・・。そういやあんた、入ってきたときになんか言ってたよな。人間をやめたいなら何とかって・・・。」

「あぁ、その話か。何、昔実験の一環としてマウスにごく微量のこの果実を与えてみたことがあってね。結果は驚くべきものだった。これを与えられたマウスの細胞は激変し、激しい攻撃性を見せるようになった。それと同時にこれ以外の食事を拒否するようになってね。最終的には餓死したよ。それ以来大赦は、危険な存在を生み出すことを恐れて生物にこれを与えることを許可してくれなくなってしまったが。」

 

凌馬の口からもたらされた情報に、再び絶句する紘汰。

もし、間違ってこれを口にしてしまっていたら・・・

 

「あんたそんな危険なモン俺に渡したのかよ!!」

「だから簡単に開かないようにわざわざあんな梱包をしてあげていただろう?」

 

何か問題でもあるのかな?と、心底不思議そうにする凌馬に、もはや開いた口がふさがらない。

続けるよ、と言った凌馬に適当な返事を返す。

 

「と、いうわけで何とかその力を利用できないものかと思って研究を重ねたんだが、どうにもそれ単体では難しくてね。一時行き詰ってしまっていたんだが、そこはホラ、困ったときの神頼みというだろう?神樹様のお力の一部をほんの少し拝借してそれを媒介にすることで人間に有益なものに変化させる方法を思いついたんだ。」

 

それが・・・。と紘汰は手に持ったものに目を落とした。

意外と物わかりのいい反応に、凌馬も満足気に頷いた。

 

「そう。そうして完成したのが戦極ドライバー。それを装着した人間が樹海の中でその実を手にすると神樹様の力を取り込んでこの果実をその錠前、”ロックシード”へと変化させる。そんなわけのわからない実が私たちのよく知る果実をモチーフとしたアイテムに変化するのは、私たち人類の恵みである神樹様の影響を受けたからだというわけだ。さらにドライバーの役割はそれだけではない。人間に有用な形に変化したその力を引き出し、さらに武装へと転用する。それが私の開発した”アーマードライダーシステム”。勇者システムとは別アプローチの対バーテックス用特殊装備。君が変身したモノの正体というわけさ。」

 

アーマードライダー。それが、あの姿の名前。

バーテックスに対抗するために人の手により作られた力。

戦極ドライバーと、ロックシードを握る手に力がこもる。

 

一通り説明をし終えた凌馬は最後に、何か質問はあるかい?と紘汰に投げかけた。

 

「なんで、俺なんだ?」

「これもまだ研究途中でね。誰にでも扱えるわけじゃない。調査の結果、君にはその資質があった。」

 

「今日、これを渡したのは?」

「私も一応は大赦に所属する人間だが、なぜだかあまり好かれていなくてね。今日ようやく神樹様のお告げがあったと聞いて、慌てて今朝君に渡しに行ったというわけだ。」

 

「花道、オンステージってのは?」

「私の趣味だ。いいだろう?」

 

最後の質問だけは単純な興味本位だったが、返ってきた予想外の返答に凌馬に向かって胡乱な目を向ける紘汰。

そんな目線にも気づかず、凌馬はやけに得意げだった。

 

「まぁそんなわけだが一応聞いておこう。犬吠埼紘汰君。これからもアーマードライダーとして、戦う覚悟はあるかい?」

 

その言葉には、今日一番の真剣さがあった。

紘汰も表情を引き締め、応える。

 

「それで、皆を守れるのなら。」

 

それは、あの白い空間の中で不思議なカラスにも言った言葉だった。

何度聞かれようとも、変えるつもりはない。

 

「いいだろう。君を正式に装着員として認める。今日はもうお疲れだろう?簡単にそれの使い方を教えるから、それが済んだら帰るといい。君の家族も首を長くして待っているだろうしね。あぁ、それと。その実は持って行ってかまわない。心配なら保管用の入れ物も用意しよう。現状最後の一つだが、君が持っていた方がいいだろうしね。」

 

 

 

 

紘汰が帰った後も、戦極凌馬は未だ研究室に残っていた。

座る人の居なくなった、空っぽのパイプ椅子の横で一人、もう片方の椅子に座っている。

何をするでもなく水槽の中ををじっと見つめながら、凌馬は誰もいない部屋で呟く。

 

「犬吠埼紘汰は、無事スタートラインに立った。だが、本当の戦いはここからだ。」

 

戦い。それはもちろん、敵との戦闘のみを示す言葉ではない。

これから彼には、待ち受ける運命とも戦ってもらうことになる。

紘汰にはごまかしたが、なんの説明もなくドライバーを渡したのは、もちろん意味があってのことだ。

 

―――運命を覆す英雄になるならば、まずは運命に選ばれなければならない。

 

説明がなかったからと言ってそれに乗り遅れるようでは、お話にならないのだから。

 

「私が用意した英雄では、届かなかった。ならば次は、運命に任せてみるのも一興だろう。そんな不確定なものに頼るなんて、科学者としては落第かもしれないが。」

 

そういうと凌馬は、部屋の隅に目を向ける。

そこにあるのは、何かの残骸。

かつて目指した夢の残骸が、埃を被ったまま放置されている。

 

それを見つめる凌馬の表情にふと、寂しげな色が混じった。

しばらくそれを見続けた凌馬が、ようやく腰を上げた。

もう今日は、この場所に用はない。

 

部屋の扉が、自動で締まる。

その音を背中に聞きながら出口に向かう凌馬の顔は、もう元の無表情に戻っていた。

 




嘘も言ってないけど、本当のことも言ってない。
隠し事はもちろん一杯。

そんなプロフェッサーさんの説明になっていないような説明会でございました。

注:今後の展開わかってしまう人もいらっしゃるかも知れませんが、胸の内に秘めていただけるようお願いします

勇者部全然出てきてねぇ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話

少し短めですが、キリがいいので投稿します。
全然話が進まない・・・


犬吠埼家のマンションからほど近い公園の広場で、紘汰はベンチに背中を預けながらぼんやりと空を見上げていた。

今日は疲れただろうからということで部活が休みになったので、かなり早く帰ってきたはずだったが、流石に日も傾いてきた。

先ほどまで元気に遊んでいた子供たちも、少しずつ帰り始めている。

 

姉には早く帰って来いと言われていたが、先ほどのやり取りで少し精神的に疲れてしまっていた。

今すぐに帰っても、家族を心配させるだけだろうと、気分を切り替えるためにこの公園に来ていたのだ。

この公園は、かつてダンスチームに所属していた時に練習場所としてよく利用していた。

自主練はもちろん、メンバーを呼んで全体練習もしたことがある。

チームをやめてからはなんとなく足が遠のいていたが、一人でしばらく考え事をしたかったため、久しぶりに立ち寄ってみた。

 

ポケットに手を突っ込み、その中のものを取り出す。

掴んだのは、オレンジのロックシード。

それを頭上に掲げ、じっと見つめる紘汰。

 

(天の神の力・・・か。)

 

戦極凌馬は、このロックシードについてそう言っていた。

正直、あの男については全く信用できないし、あの話だってどこまで本当か疑わしい。

だが、これが敵と戦うための力になるのは事実だった。

なら今は、とりあえずそれでいい。

 

そろそろ帰るか・・・と、怒った姉の顔を想像しながら立ち上がろうとする紘汰に、不意に声がかけられた。

 

「―――紘汰?やっぱり紘汰か!久しぶりだな!」

「裕也?お前、なんだってこんなところに!?」

 

そこにいたのは、空色のパーカーに身を包んだ銀髪の少年。

紘汰が所属していたダンスチームのリーダーにして、紘汰の親友の角居裕也だった。

 

 

 

「たまたまこっちに来る用事があってな。その帰りに久々にここにも寄ってみようかと思ってきたんだ。もしかしたらお前とも会えるかも、とも期待はしてたんだが、まさかほんとに会えるとはな。」

「そうだったのか・・・。」

 

上げかけた腰を再びベンチに下ろし、久しぶりに会った親友との会話に花を咲かす。

裕也とは幼馴染で、小学校まではずっと同じだったが中学で学校が分かれてしまった。

それでも去年まではダンスチームに所属していたこともあって頻繁に会っていたが、紘汰がやめてからは少々疎遠になってしまっていた。

 

「お前らの話、こっちの学校でも聞いてるぜ。勇者部、大活躍みたいじゃないか。」

「お前の方こそ、随分調子いいみたいだな。今度の大会、エントリーしたんだろ?どんな感じなんだよ。」

「ラットもリカもチャッキーも、頑張ってくれてる。この調子なら、かなりいい線まで行けると思うぜ。ま、期待しといてくれよ。」

 

やめた負い目があるとはいえ、色々と気にはなっていた。

こちらでも情報は集めていたが、やはりリーダーの裕也から直接聞くのとでは違う。

そっか、と嬉しそうな紘汰を見つめる裕也の表情が、真剣なものとなる。

彼が何を言おうとしているのかは、だいたい予想がつく。

 

「―――なぁ紘汰。やっぱり戻ってくる気はないのか?」

 

そうして裕也の口から出た言葉は、やはり予想通りのものだった。

それを聞いて、少し俯く紘汰。

 

「裕也、俺は・・・。」

「あの時のこと、まだ気にしてんのかよ。うちのチームの誰も、お前が悪いだなんて思ってない。むしろ全員、今もお前が帰ってきてくれるのを待ってる。」

 

一年前のある日、紘汰は事故に遭った。

車に轢かれそうになった子供を助けるために、自らその前に飛び出したのだった。

骨折を含む大けがだったが命に別状はなく、今も後遺症等もなく無事に過ごせている。

 

だが、タイミングが悪かった。

丁度その時期、ダンスチームは大事な大会を控えていた。

より大きな舞台に立つための、大事な予選大会。

そんな時期にチームのエースの片割れが負傷したのだ。

当然、二人を軸に考えられていた演技は修正を余儀なくされ、残るメンバーの健闘もむなしく結果は散々だった。

そんなことがあって、その後怪我が治ると同時に紘汰はチームを去った。

 

「お前がやったことは、すごいことだ。皆そんなお前を誇りに思っている。アレはお前が悪いんじゃない。ただ、たまたま運が悪かっただけだ。」

 

そう言って紘汰の肩に手を置く裕也に、紘汰はありがたさと申し訳なさを同時に感じていた。

皆がそう言ってくれているというのは正直とてもうれしい。

ただ、これは自分の問題で、悩んだ末に決めたことだ。

だが、それをちゃんと口にして伝えなければこの親友は納得しないだろう。

紘汰は意を決して、自分の気持ちを裕也に伝えることにした。

 

「違うんだ裕也。確かに、あの事故がきっかけではあったけど、俺がチームを抜けたのはそれが理由じゃない。」

「じゃあ、なんだっていうんだ。お前の家族のことか?」

「それもある。でも、それだけじゃない。あの事故の後、病室で色々考えていてわかっちまったんだ。俺は、ダンスを一番にできない。もちろんダンスは好きだし、皆のことも大切に思っている。でも俺は、この先何度同じことがあっても同じことをしてしまうんだと思う。」

 

車に轢かれそうになっている小さな子供を見た瞬間、紘汰の頭からは何もかもが抜け落ちてしまっていた。

自分の体とか、大会のこととか、いろんなこと全て消えて勝手に体が動いていたのだ。

自分がそうしたことに、後悔はない。

だが、そんな自分がいることで、今後もチームの皆に迷惑をかけると思うと、自分はこのチームにいるべきではないとそう思ったのだ。

 

「俺はもともと、お前に誘われてダンスを始めた。たぶん、そうじゃなかったらやっていなかったんだ。チームの皆は、ちゃんと夢を持ってダンスに打ち込んでいる。そんな皆の夢を、俺は邪魔したくない。」

「紘汰・・・。」

「それに今の俺には、やらなきゃいけないことがあるんだ。そしてそれは、俺のやりたいことでもある。皆の気持ちはうれしいけど、だから俺はチームに戻れない。悪いけど皆には、そう言っておいてくれ。」

 

そこまで聞いた裕也は、しばらく目をつぶると大きくため息をついた。

こいつがここまで言うならば、決意は固いのだろう。

こいつの帰りを首を長くして待っているチームの皆を納得させるには、色々と骨が折れそうだ。

 

「・・・わかった。皆にはそう伝えておく。何をすんのかは知らないけど、頑張れよ紘汰。」

「あぁ。ありがとう裕也。」

「気にするなよ。お前のそういうところには昔から慣れてる。・・・そろそろ帰るか。これ以上いたら遅くなっちまう。お前も帰らなくてもいいのか?」

 

その裕也の言葉に、はっと時計を見た紘汰の顔が青ざめる。

想像の中の姉の顔が、般若もかくやといった形相に変わっていた。

 

「やべぇ!俺も帰らねぇと!裕也、悪いけどまた今度な!落ち着いたらまた会おうぜ!」

「あぁ!―そうだ紘汰、次の大会見に来てくれよ!皆もきっと喜ぶ!」

「おう!絶対、皆もつれて行かせてもらう!」

 

そう言って、紘汰と裕也は分かれた。

去っていく親友の背中に、相変わらずあわただしい奴だなと苦笑する裕也。

そんな裕也の様子を知ることもなく自転車を飛ばす紘汰の胸からは、さっきまでのモヤモヤはとっくになくなってしまっていた。

 

 

 

 

帰宅後、姉からのありがたーいお説教を頂いた紘汰は、その姉が宣言通り存分に腕を振るった豪勢な夕食を家族と共に食べ、その後自分の部屋のベッドの上にあおむけになったまま、再びロックシードを見つめていた。

思い出すのは、先ほどの裕也とのやり取り。

まともに相談もせずにこちらから一方的にやめてしまったため、チームの皆に対して負い目を感じていたが、そんなことは気にする方が野暮だったという事だろう。

恵まれてんな、俺は・・・と独り言ちる紘汰。

 

バーテックスが神樹様にたどり着いたとき、世界が終わる。

そうでなくても、樹海がダメージを受ければ、現実世界に悪いことが起こるという。

ならば自分が戦うことは、今の勇者部の仲間たちを守るだけではなく、裕也達ダンスチームの皆を守る事にもつながるというわけだ。

 

皆の顔を思い浮かべた紘汰の体が熱くなる。

元々覚悟は決めていたが、より一層やる気がわいてきた。

その衝動を抑えることができずにベッドから飛び起きた紘汰が、戦極ドライバーを手に取った。

やる気があっても、敵が来ないのならばどうしようもない。

ならば今は、やれることをやっていこう。

そう、まずは―――

 

 

 

 

犬吠埼家のリビング。

片付けが終わり、テーブルに肘をつけながらなんとなくテレビをぼーっと眺めていた風のもとに、風呂上りの樹が声をかけた。

 

「あの、お姉ちゃん・・・。」

「んー?」

 

何か言い難そうな樹の様子に、しかし姉は振り返ることはなく、相変わらずテレビ画面を見つめていた。

樹が気まずそうにちらちらと視線を送るのは、先ほどから何やらバタバタとした音が聞こえてくる紘汰の部屋のドアだった。

 

「なんだか、お兄ちゃんの部屋から色々聞こえてくるんだけど・・・変身、変身って・・・。」

 

その言葉に緩慢な動作で振り向いた風が、少しの間紘汰の部屋に視線を送り、そしてまたもとに戻す。

 

「ほっといてやんなさい。」

「えぇ?」

「ほっといてやんなさい。樹、あのぐらいの年頃の男の子にはね、誰だってああいう時期があるもんなのよ。知らない振りをしてやるのが、いい女ってもんよ。」

「そ、そうなのかな・・・?」

「そーいうもんなのよ。ほら、樹ももう寝なさい。今日はもう疲れたでしょ?明日も学校、普通にあるんだから。」

 

そうして、色々あった一日が更けていく。

少年が、いい加減うっとおしくなってきた姉に再び雷を落とされたのは、もはや言うまでもないだろう。

 




生きている裕也君との会話回であり、外せなかった変身ポーズ研究回でした。
裕也君にはこんな感じで時々紘汰の相談に乗ってもらおうかと思っています。
他のメンバーは名前だけですが・・・。
鎧武原作では坂東さんの役割ですね。

次は風部長による説明と、二戦目突入!の予定です。
勢いで東郷さん変身させちゃったから、ちょっと大変・・・


※自分で読み返して書き方が気に入らない所や誤字などは、サイレントで修正しています。
物語の展開に影響しない修正の場合はそんな感じで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話

活動報告にも書きましたが、ペース低下します。
見てくださいる方、改めて申し訳ありません。


翌日の放課後、勇者部の全員が部室にそろっていた。

昨日はみんなの体調を考えて、放課後すぐに解散の運びとなったので、今日この時間に”お役目”について詳しい話を風の口からきくことになったのだ。

 

友奈は、見慣れぬ小動物を頭にのせている。

デフォルメされた牛のようなその小動物の名前は『牛鬼』。友奈に力を貸してくれている精霊だ。

かなり自由な性格の様で、この部室に入った瞬間勝手に姿を現した。

興味本位で手を近づけた紘汰の手を齧り、見事に撃退した後は今のように友奈の頭の上に落ち着いていた。

ちなみに紘汰は自宅でも風の精霊である『犬神』に同じように手を噛まれ、樹の精霊である『木霊』には単純に避けられたりしていた。

何とも精霊受けの悪い自分に、内心で少し落ち込んでいたりするのだった。

紘汰の惨状を見て流石に手を出そうとはしないものの、樹も可愛らしい様子の牛鬼に目を輝かせている。

 

そんな中、部室の黒板に何やら絵を描いていた風が、これでよし、とチョークを置いて粉のついた手を払った。

 

「皆、よく集まってくれたわね。昨日は本当にありがとう。初めての戦闘から一日経ったけど、何か体におかしなところはない?」

 

部員たちを見回しながら訪ねる風に、皆が首を横に振る。

その様子に、風は心底安堵したように息を吐くと、表情を引き締めなおして話を再開した。

 

「じゃあ改めて、昨日のことについて説明するわね。戦闘のやり方に関してはアプリにまとめてあるから・・・私からはなぜ戦うのかってところを中心に話していくわ。―――まずはこれが、バーテックス。外の世界から壁を越えてこの世界に侵攻してくる人類の敵。昨日も言った通り、天の神が送り込んできているといわれている。目的は、この世界の恵みである神樹様を破壊して世界を滅ぼすこと。」

 

そういうと風は黒板右上に大きく描いてあるなんだかよくわからないものに大きく丸を付ける。人の顔のようにも見えなくないそれが、風の中では昨日のバーテックスだという事らしい。

 

「それ、昨日のやつだったんだ・・・」

「こ、個性的な作品だよね!味があるっていうか!」

「姉ちゃん、相変わらずだな・・・。」

 

勉強、運動、家事等々。

基本的にはなんでもそつなくこなす姉ではあるが、やはり人間何かしら弱点はあるというものだ。風の場合は、この絵心のなさがその一つだったりする。

 

「それに対抗するために大赦が開発したのが『勇者システム』。神樹様に選ばれた少女が、あのアプリを介して神樹様と霊的回路を開き、神樹様から力をお借りすることでバーテックスと戦える力を得るの。バーテックスは通常の兵器が効かないから、そうやって戦うしかない。このシステムが開発されるまでは、何とか追い返すのが精いっぱいだったみたい。」

「それ、私たちだったんだ・・・」

「ほ、ほらあれだよ!現代アートってやつ!」

 

そうやって、黒板に書かれた奇妙な絵に次々と印をつけながら説明を続ける風だったが。

それを見る皆の顔は、若干引きつっている。

なんとかフォローを入れようと涙ぐましい努力をする友奈の肩に手を置き、諭すような表情で紘汰が口を開いた。

 

「友奈。こういう時は素直にヘタだって言ってやっていいんだぞ。」

「うっさいわね!あんただって似たようなもんでしょーが!!」

 

姉ちゃんよりはマシだ!何ですってー!?

紘汰の言葉についにこらえきれなくなったのか、説明もそこそこに取っ組み合いを始める犬吠埼姉弟。

 

それを見て慌てる友奈と、呆れながらも少しだけ寂しそうな樹。

いつもは皆の頼れるお姉さん、といったような風ではあるが、紘汰に対してだけは若干沸点が低くなるようで、二人が一緒の時はこういう光景も時々見られる。

樹の前ではよくいなくなった母親の代わりとしてふるまってくれるが、こういったときは風も年相応の表情を見せる。

母のように優しい姉のことはもちろん大好きなのではあるが、ああやって普通の姉弟喧嘩ができるような姉と兄の関係が時々羨ましく思えることもあるのだ。

 

そうやってしばらく取っ組み合っていた二人だったが、やはり偉大な姉にはかなわなかった様で紘汰がついに白旗を上げた。

それを鼻を鳴らしながら満足そうに見ていた風は、姉弟喧嘩を制して落ち着いたことでようやく周りの視線に気づいたようで、少し気まずそうに咳払いをしている。

 

「ゴホンっ!ま、まぁ私からの説明はこんな感じよ。とにかく、この世界を守るためには神樹様に選ばれた私たちが戦わなければならないの。お告げによれば敵は全部で12体。昨日1体やっつけたから、残りは11体ね。」

「風先輩。勇者についてはわかりましたけど、紘汰くんのあれは何なんですか?先輩の話だと、勇者は男の子にはなれないんですよね?」

 

一区切りついた様子の風に、授業のように片手をあげた友奈が質問する。

風の説明の中に紘汰のことは一切含まれていなかった。

勇者が唯一の対抗手段だという話だが、昨日の紘汰も十分にバーテックスにダメージを与えられていた。

通常兵器が効かないということなので、何かしら神樹様に関係したものではあると思うのだが。

 

「う~ん・・・。それが私にもよくわからないのよねぇ。大赦に問い合わせてはいるんだけど、調査中だっていうし・・・。」

「ああ。それについては俺が説明する。実は昨日の帰りに直接聞いてきたんだ。」

 

首を傾げながらうんうんと唸る風を見て、床でダウンしていた紘汰が体を起こした。

聞いてないわよ、といった風のジト目にうろたえながらもドライバーとロックシードを取り出すと、昨日戦極凌馬から聞いた話を皆に話し始める。

見たことも無い不思議な道具たちに、皆も興味津々といった様子だ。

不満気な表情の風も、とりあえずは矛を収めて紘汰の話に耳を傾けた。

 

 

 

「天の神の力・・・?」

「戦極凌馬が言うには、そうらしい。尤も本人もほんとかどうかはわからないって言ってたけどな。」

 

オレンジのロックシードを手に取り、いろんな角度から見ていた友奈のつぶやきに、紘汰が答える。

他の皆も、それぞれが物珍しそうにドライバーやロックシードを見ていた。

 

「それって、大丈夫なのお兄ちゃん?」

「大丈夫じゃないものを大丈夫にするための道具なんだってさ。アレから一日経ったけど、体は別に何ともないぜ。」

 

心配そうな妹を安心させるように、大きく腕を回して見せる紘汰。

そのままその場でバク中を決め、な?と樹に笑いかける。

・・・そんな簡単にそんなことができるのも十分変だよ・・・と、思いながらも口にはしない樹であった。

 

「戦極、凌馬ねぇ・・・。私は聞いたことないけど、あんたほんとに大丈夫なの?聞いた限りじゃなんか典型的なマッドって感じじゃない?―――大赦に連絡しとくから、一応検査受けに行ってきなさいよ。」

「姉ちゃんも心配性だなぁ。大丈夫だって。」

 

ただでさえよくわからないのに、危険そうなワードがゴロゴロと出てくるのだ。

風が心配するのも無理はない。

大丈夫だとは言ったが、皆を安心させるためにも素直に検査を受けておくのが賢明だろう。

 

 

一通り説明が終わったと言うことで、風が場を再び仕切りなおした。

部の皆も、風の合図で黒板の前に改めて集まってきている。

 

「さて、紘汰の件はともかくとしてお役目については以上よ。皆、何か質問は?」

「―――風先輩は、全部知っていて私たちを集めたんですよね?」

 

集まった部員たちを見回しながら言った風の言葉に、今まで黙っていた東郷が静かに口を開いた。

真剣なその様子に、来たか、と風も表情を引きしめる。

昨日、樹海に取り込まれたときに一番怖がっていたのは東郷だ。

最終的に協力してくれたとは言え、納得いくまで話す必要があるだろうとは思っていた。

 

「そうよ。私は大赦から使命を受けて皆に声をかけたの。皆の適性が高いってことは、事前にわかってたらから・・・。黙っていて本当にごめんなさい、東郷。皆も。」

 

そう言って皆の前で頭を下げる風。

よく見ると、その体は少し震えていた。

いくら気丈に振舞っていても、まだ15歳の少女なのだ。

 

東郷は少し息を吐くと、自ら車いすの車輪を動かして風に近づいた。

そのまま両肩に手を乗せると、頭を上げるように優しく促す。

顔を上げた風と目が合うが、そこに風を責めるような様子は一切ない。

 

「いいんです。最終的に選んだのは、私たちですから。怖いのは確かですけど、皆とならやっていけると思います。皆で一緒に頑張りましょう、風先輩。」

「東郷・・・。」

「そうですよ風先輩!それに、適性がある人を集めたっていう事は、適性があったから私たちこうして出会えたってことですよね。そう思うと、適性があってよかったなって思うんです私。」

 

今の自分の気持ちを素直に伝える東郷と、それに続く友奈。

手を握る二人の後輩の言葉に、風の目じりに涙が浮かぶ。

 

「でも、危険なお役目だからとかじゃなくて相談してほしかったのは確かですよ先輩。先輩がこのことで悩んでいたのは紘汰くんから聞いて知ってます。勇者部五箇条一つ!悩んだら相談!ですよ?」

「友奈・・・。そうね、私が間違ってたわ。」

「皆で決めた約束なんですから、部長に率先してもらわなくては困ります。―――だから、今後同じことが無いように、部長には罰を受けてもらいます。」

「ええ、東郷。約束破ったんだから罰を・・・え?」

 

友奈ちゃん、紘汰君。

ガバッ!

 

東郷の合図で、二人が両側から風の腕を捕獲する。

少しすまなそうに笑う友奈と、楽しそうな紘汰。

突然の出来事に理解が追い付いていない風は、目を白黒させていた。

助けを求めるように樹を見るが、可愛い妹も曖昧に笑うだけで援護は期待できそうにない。

 

「部長には、改めて勇者部五箇条を忘れないようにしてもらうとしましょう。大丈夫です。学校にはもう許可は取ってあります。先日の猫の里親探し活動のPRということでゴリ押しました。」

「え?え?何よソレ聞いてない!!」

 

拘束された風の目の前に何かしらの書類を突き付ける東郷は、何やらやけに生き生きとしている。

書類をしまった東郷が道を開けると、両サイドの二人が歩き始める。

前方では樹が部室の扉を開けているのが見えた。

完全に連行の形である。

 

「ちょっとー!どこ連れてく気なのー!?なんか言いなさいよー!!」

「お覚悟を、部長。」

「なんなのよーーー!!」

 

 

 

 

数分後、風は一人学校の屋上にいた。

フェンスから下をのぞくと、放課後ということもありグラウンドでは運動部の生徒たちがそれぞれ練習に汗を流している。

そんな中、ちょうど他の邪魔にならないようなグラウンドの一角に、見慣れた姿が見えた。

言うまでもなく、風の愛すべき部員たちである。

皆、風の居る場所から一直線上に等間隔で並んでいた。

先頭にいた紘汰から、準備OKの合図が送られてくる。

 

うぅ・・・ホントにやるの・・・?

これから行う罰ゲームの内容に、流石の風も及び腰だ。

弱気になって一旦フェンスから離れたが、恐る恐る戻ると部員たち皆がこちらに手を振っている。

珍しいその姿に、徐々に生徒たちの視線も集まってきているようだった。

 

くそぅ、いつの間にこんな行動力を・・・。

何とも頼もしい後輩達に、涙が出てきそうである。

そうこうしている間にこちらに興味を示す人数も増えてきた。

こうなれば早いところ済ませるしかない。

屋上にポツンと佇む神樹様の祠に心の中でお祈りし、意を決してフェンスの前に立つ。

両足を肩幅に、両手を後ろで軽く組む。

そして大きく息を吸い込んで―――

 

 

「勇者部五箇条!!ひとおぉーーーつ!!!挨拶は!!きちんと!!!」

 

突然聞こえてきた大声に、学校に残っていた生徒たちがなんだなんだと屋上に視線を向け始める。

そこにいたのは犬吠埼風、校内でも有名な勇者部の部長であった。

まぁ、つまり。

罰ゲームというのは一昔前の運動部等でよくあるようなアレである。

 

「ひとおぉーーーつ!!!なるべく!!諦めない!!!」

 

グラウンドに並んでいた部員たちのうち、紘汰が大きく両手を挙げて頭の上で丸を作った。

まずは第一関門クリア。

 

「ひとおぉーーーつ!!!よく寝て!!よく食べる!!!」

 

2番目の位置にいた友奈も、同じように丸を作った。

素直な後輩でありがたい。

第二関門クリア。

 

「ひとおぉーーーつ!!!悩んだら!!相談!!!」

 

3番目は東郷。

一番厄介な相手だ。

ハラハラしながら見つめる先で、ゆっくりと彼女の腕が挙げられた。

その形は・・・バ!?丸!!

第3関門クリア!心臓に悪い!

 

微妙に意地の悪い後輩に大量の冷や汗をかかされながら、内心ほっとする風。

東郷さえクリアすれば後は樹だけだ。

これはもはや終わったも同然。

ここまででかなりギャラリーも増えてきてしまっている。

兎に角さっさと終わらせたい。

 

「ひとおぉーーーつ!!!なせば大抵!!何とかなる!!!」

 

そうして、五箇条最後の条文が読み上げられた。

あー、恥ずかしかった・・・。

失った女子力をどう取り戻そうかなどと益体もないことを考え始めた風の視線の先で、最後の判定が下される。

愛する妹が掲げた腕の形は―――

 

「バツぅ!?なんでよ樹いぃーーーーー!!!???」

 

樹、まさかの裏切りである。

この瞬間、風の2週目が確定した。

 

 

屋上で騒いでいる姉を見ながら、やっぱりちょっと可哀そうだったかななどと考える樹。

前方を見れば、ほかのメンバーもかなり意外そうな顔をしているのが見える。

今回の件は、風以外の皆で考えたことだ。

黙っていたことに関しては、先ほど東郷が言った通り既に皆は納得している。

樹自身もどんな形でも姉の助けになれるならそれはむしろ嬉しいことだった。

だが、皆が納得していたとしても、風自身はそうはいかない。

心優しい姉は、指示とはいえ皆を騙すことになったことに対して強い負い目を感じている。

昨日紘汰と樹が部屋に入った後一人リビングでため息をついているのを、樹は扉の隙間からこっそりとみていた。

風自身のためにも、今後の勇者部のためにもこういった形にすることも必要だろうと、皆で決めて実行した。

 

最後のは樹自身のちょっとした抗議だった。

姉が相談できなかったのは、いつまでも姉に守ってもらっているだけの弱い自分が悪いのだということはわかっていても、家族なんだから相談してほしかったとも不満を持ってしまうのも事実なのだ。

 

「ええーい!!やってやるわよ!!やればいいんでしょー!!勇者部五箇条―――」

 

ヤケクソ気味な風の大声が、グラウンドに再び木霊した。

 

 

 

 

「完全に燃え尽きたワ・・・うぅ・・・樹の裏切り者・・・。」

「ご、ごめんねお姉ちゃん。」

部室の机に突っ伏して項垂れる風と、やはり少しやりすぎたと思ったのか必死で慰めようとする樹。

そんな中、部室の扉が開き外で色々と後始末に回っていた2年生組の3人が帰ってきた。

3人は二人のそばに近づくと、東郷が改めて風に声をかけた。

 

「罰ゲーム、お疲れさまでした風先輩。」

「ええ・・・やってやったわ・・・これが勇者部部長の生きざまってもんよ・・・。これ、新入部員の恒例行事にしてやろうかしら・・・。」

 

机に突っ伏したまま、右手でサムズアップをする風に苦笑を浮かべる東郷。

先輩の様子を見かねた友奈が、自作の押し花を片手に樹隊長の慰め部隊へと合流した。

 

「ええ、ご立派でしたよ部長。さ、罰ゲームも終わったことですし、この件はもう決着です。これからまた、いつも通りによろしくお願いしますね風先輩。」

「―――ん、そうね。ありがとう皆。改めてこれからよろしくね。一緒に国防に励みましょう。」

 

吹っ切れた様子の風の表情に、皆の顔にも笑顔が浮かぶ。

色々あったが、讃州中学勇者部はこれでもう元通り。

いや、それ以上の絆で再び結ばれたのだった。

 

 




東郷さんが前回で変身してしまったため、話の流れが変形。

先に仲直り入れた方がいいかな?→そういえば勇者部五箇条一回も言ってない→姉ちゃんは犠牲になったのだ・・・

原作ではシリアスシーンで夏凜がやってるやつですが、部長に先にやってもらいました。

重要な場面の構想はあっても間を埋める日常会の構想が少ないという。
各メンバーとの交流を描く必要があるので、本編の日常会だけでは足りなさそうな気がしてきた今日この頃。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話

思ったより今週末は時間が取れましたので、少し短いですが投稿させていただきます。

評価バーにとうとう色が付きました!
しかも赤だなんて・・・
いつも読んでくださる皆さま、本当にありがとうございます!


今日の活動は諸々の説明のみの予定だったので、下校まで微妙に時間が空いてしまった。

勇者部の面々は、それぞれ思い思いに過ごしている。

 

そんな中、2年生組の3人が黒板の前で集まって話をしていた。

話題は再び戻り、紘汰の件についてである。

 

「何者なんだろうね。その戦極って人。」

「2回話したけど、正直俺もよくわかんねぇ。一応、大赦の研究者とは言ってたんだけど・・・。胡散臭さの塊みたいなやつでさ。」

 

その時のやり取りを思い出した紘汰が、あからさまにゲンナリした様子を見せる。

よっぽど合わなかったんだろうなぁ、と眉間にしわを寄せている紘汰を見て友奈が苦笑を浮かべた。

そんな後輩達の話題を聞きつけて、樹のタロットを横で眺めていた風がひょっこりと顔を出した。

 

「そういえば、大赦からの連絡がさっき来てたわ。その人、やっぱり大赦の関係者だって。開発中の対バーテックス用の試作システムだから、協力してお役目にあたるようにって。念のために紘汰の検査もしてくれるみたいよ。」

「一応、本当だったんだな・・・。」

 

裏が取れたことにひとまず安心する紘汰。

何を考えているかわからない相手ではあるが、これで身元だけははっきりしたというわけだ。

 

「紘汰くんがそこまで言う人って、なんだか逆に興味出てきたかも。」

「友奈、あんた結構物好きね・・・。」

「やめといたほうがいいと思うぞ・・・。東郷も何とか言ってやってくれよ。「気に入らないわね。」・・・東郷?」

 

突如発せられた不満げな声に、一同が東郷に注目する。

視線を向けられた東郷は、どこか憮然とした表情を浮かべていた。

直接会った紘汰としては納得だが、話に聞いただけの人物の何がそんなに気に入らなかったのだろうか。

妙に迫力のある東郷の様子に、皆は息をのんで彼女の次の言葉を待った。

しばらく間を置いたのち、とうとう東郷が口を開いた。

 

「気に入らないわ。なぜ、よりによって名前が『アーマードライダー』なのかしら。」

「「「あ、はい。」」」

 

東郷美森14歳。

熱き大和魂をその身に秘めたこの少女は、横文字があまり好きではなかった。

 

「百歩譲ってオレンジはいいでしょう。オレンジはオレンジという名前の方が一般的だし和名ではイメージも付きにくい。でも、せっかくの鎧武者姿によりによって横文字の名前を付けるだなんて全く理解できないわ。戦極なんて中々見込みのありそうな名前をしているのになんてもったいない・・・。」

「そ、そうだね・・・。」

 

熱くなり始めた東郷に友奈はとりあえず同意することしかできなかった。

こうなると長くなる。

そうなる前に何とかしなければ。

紘汰と風が頼んだぞ、と言うように友奈に視線を送る。

緊張した面持ちで友奈が頷くと、未だに不満を言い続けている東郷に恐る恐る声をかけた。

 

「じゃ、じゃあ東郷さん!私たちで何か別の名前を付けてみようよ!『あーまーどらいだー』って、なんだか長くて言いにくいし!それにまだ試作だってお話だし、他にいいのがあればもしかしたら採用されるかもしれないでしょ?」

「お、いいじゃんそれ!なぁ東郷、カッコいいの頼むぜ!」

「なるほど、確かにそのとおりね。私たちで紘汰君の為に日本男児に相応しい名前を付けてあげましょう!」

 

盛り上がる後輩一同に、風は少しあきれ顔だ。

水を差すのも悪いだろうと、おとなしく樹の元へと戻っていった。

その場では、東郷が張り切った様子で場を仕切り始めた。

 

「では、まずは特徴を書き出していきましょう。友奈ちゃん、お願いね。」

「うん!じゃあまずは・・・『オレンジ』、『パイン』、ヨロイ・・・。」

 

東郷の指示を受け、黒板に向かって元気よく文字を書き始めた友奈の手が早速止まる。

どうしたんだ?と、後ろの二人が首を傾げていると、ややぎこちなくこちらを振り向く友奈。

 

「あの~東郷さん?ヨロイってどうやって書くんだっけ・・・?」

「友奈ちゃん・・・後でお勉強ね・・・。」

 

 

 

 

あれから議論は意外と白熱し、3人そろってあーでもないこーでもないと意見を出し続けた。

そして、今ようやく決定を迎えることになったのだった。

さて、決まったその名前はというと・・・

 

鎧武(ガイム)?」

 

話し合いが終わった気配を察知して再び戻ってきた風が黒板に大きく丸を付けられた名前を見てそのまま声に出す。

 

「へぇ~。中々いいんじゃない?」

「そーですよね!色々出たけどやっぱりシンプルが一番じゃないかって!」

「私としては『長門』とか『大和』とかでもよかったんですけど・・・。」

「それはお前の好きな戦艦の名前だろ・・・。」

 

黒板には色々と、何やら独創性のある名前が並んでいたが、これらは暴走の結果だろう。

なんというか、一週回って帰ってきた感じだ。

 

「でもそうなるとアレよね。もういっそ元の方もつけて『アーマードライダー鎧武』とかでもいいんじゃないかと思うわね。」

「おぉ!なんかぐっとヒーローっぽくなったな!」

「それだと本末転倒な気もしますが・・・。まぁいいでしょう。じゃあ『鎧武』は紘汰君の固有名詞という事ね。」

 

けってーい!と、その場のメンバーの同意を得たところで、今回の命名会議はお開きだった。

意外と長いことしゃべっていたので、体が固まってしまっている感じがする。

紘汰は大きく伸びをすると、そういえばと思って樹の方に歩いていった。

 

こちらの議論に参加していなかった妹は、まだタロットカードとにらめっこしていた。

近づいてきた兄に気が付くと、一度手を止めて顔を上げる。

 

「お疲れ様お兄ちゃん。名前、決まったの?」

「ああ、『鎧武』だ。『アーマードライダー鎧武』。どうよ?」

 

会議には参加していなかったが、何をやっていたのかに関しては知っていたらしい。

ちょっと疲れた様子の紘汰を気遣いながら聞いてくる妹の頭に、感謝の念を込めながら優しく手を置くと、ちょっと自慢気にそういった。

 

「いいと思うよ。なんだかヒーローみたいでカッコいいね。」

「だろ~?お前もそう思うか、よしよし。・・・ところで樹は今何占ってんだ?」

 

樹の頭の上の手を少し乱暴にぐりぐりしながら、先ほどから樹が見つめていた机の上に目を移す。

そこにタロットカードが規則的に並べられており、めくられるのを待っているような状態だった。

 

「もう!痛いってばお兄ちゃん!・・・敵がね、次いつ来るのかって占ってみてたの。お姉ちゃんが言うには、ご神託もそこまで正確にはわからないっていうし。参考ぐらいにしかならないけど、気になるから・・・。」

 

そういう樹の表情は、少しだけ暗い。

覚悟は決めたといっても、やはり不安なのだろう。

そんな妹の様子に、樹の背後に回った紘汰が今度は優しく頭をなでる。

 

「大丈夫だ樹。なんたってお前には『アーマードライダー鎧武』がついてんだからな!お前のことも皆のことも、ちゃんと俺が守ってやる。」

「お兄ちゃん・・・。」

 

優しい兄の言葉に、樹の目にはちょっぴり涙が浮かんでいた。

いつも前向きな紘汰がそういうと、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。

紘汰はいつも、友奈のことを同じように褒めているが、樹からしてみれば紘汰だっておんなじだ。

むしろ、樹にとってはこの兄こそがずっとヒーローだったのだ。

 

しばらくそうしていると、兄妹のふれあいを目ざとく見つけた姉が、二人の元へすっ飛んできた。

 

「ちょっとー!何二人だけでイチャイチャしてんのよー!お姉ちゃんも混ぜてよー!」

「イチャイチャって、あのなぁ姉ちゃん・・・。」

「そ、そうだよ!そんなんじゃないよお姉ちゃん!」

 

二人まとめて抱き着いてきた姉に、呆れる弟と顔を真っ赤にして否定する妹。

実は離れたところでこっそり見ていた友奈の顔も若干赤い。

兄妹ということはわかっていても、色々と考えてしまうお年頃なのであった。

 

 

 

 

「ところで、占いはいいの?コレ、あとはめくるだけなんでしょ?」

「あ、そういえばそうだった。じゃあ、めくるね。お姉ちゃん、ちょっと離れて。」

 

大げさにショックを受けたようなリアクションを取る風を適当にあしらった樹は、机の上のカードに手を伸ばす。

樹の小さな手が、一枚ずつカードをめくっていく。

詳しい内容はあまりわからないが、皆もそれをじっと見つめていた。

そして―――

 

「―――なるほど、流石樹。()()()()()()()()が出たわね。」

 

皮肉気に言う風の表情は、硬い。

皆の間にも、緊張が走る。

 

樹が最後にめくったカードは『吊られた男』の正位置。

『試練』を現すそのカードは、めくられる途中の()()()()()()()()()

 

全員のポケットから、大音量のアラーム音が鳴り響く。

無機質なその音は、戦いの始まりを告げる開幕ベル。

 

「まさか・・・。二日連続だなんて・・・!」

 

世界が、樹海に包まれていく。

皆の動揺を乗せたまま、第二回戦の幕が開いた。

 

 




鎧武の名前は、そんな感じで東郷さんが張り切りました。

タロットは意味あってんのかなぁ・・・

次回、ようやく第二回戦と新アームズ登場です。
(書けば書くほど伸びていくのでもしかしたら新アームズは次々回かもしれませんが・・・)




なんだか銀の年子の鉄男INミッチ(※てつをじゃないよ!)という妄想が突然降りて来ました。
わすゆは原作通りで、あの話の後腹にイチモツ抱えた三ノ輪ミッチが大赦に所属して樹と同級生で勇者部にかかわるお話。
闇の気配しかしませんので形にすることはなさそうですが・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話

な、なんだか一瞬日間ランキングに入っていたよーな・・・?
あれは・・・夢・・・?

皆さま、本当にありがとうございます!


光が収まったその時、一同の目に映ったのは、昨日と同じ極彩色の樹海。

バーテックスと戦うための、神樹様の結界の中だった。

慌ててあたりを見回すが、どこにも敵の姿は見えない。

どうやら、出現はまだの様だった。

 

その事実にひとまず息を吐いた風が、皆の方に振り返る。

まだ二回目ということで緊張はしているものの、部員たちの目にはしっかりと闘志が宿っていた。

頼もしい後輩達の様子にわずかに微笑んだ風は、表情を引き締めなおすと共に、勇者部部長として部員たちに号令をかけた。

 

「ホント、モテる女は辛いわね・・・。皆!まだ敵は来てないみたいけど先ずは戦闘準備!変身行くわよ!」

「「「「はい!(おう!)」」」」

 

風が樹が友奈が東郷が、一斉に手にした端末の画面をタップした。

それぞれを象徴する色の光の花びらが舞い上がり、四人がそれに包まれる。

その神聖さを感じる光景に紘汰が目を奪われたのも束の間、数瞬後には光が弾け、その中から勇者服に身を包んだ勇者達が現れた。

気合十分、といった少女達だったが、紘汰の視線に気づくと少し気まずそうに顔をそむけた。敵と戦うためには必要なプロセスではあるのだが、改めて見られるとなんだか少し照れ臭いのだった。

 

初めて見る勇者の変身に見とれて思わず動きを止めてしまった紘汰だったが、我に返って出遅れたことに気づくと、慌ててオレンジのロックシードを取り出した。

 

「よ、よ~し!じゃあ俺も――変身!!」

『オレンジ!』

 

左右に大きく体を振ったのち、開錠したロックシードを持った手を上空に掲げる。

そのまま叩きつけるように戦極ドライバーにセットすると、左の拳で開いた掛け金を押し込んだ。

独特な音楽と法螺貝の音が鳴り響く中、紘汰の右手が日本刀型の装飾”カッティングブレード”を勢い良く倒しこむ。

 

『ロックオン!』

『ソイヤッ!オレンジアームズ!花道!オン、ステージ!!』

 

上空から落ちてきたオレンジが紘汰の体と一体になる。

右手には専用武器である大橙丸も現れた。

勇者達に少し出遅れたが、紘汰の準備もこれで完了だ。

 

「「おぉ~~~。」」

 

紘汰の変身に友奈が目を輝かせ、東郷がうんうんと満足げに頷いている。

反対に、昨夜のことを知る犬吠埼姉妹の目は若干生暖かい。

まぁ、ポーズに関しては彼女たちも変身中ついつい無意識に決めてしまっていたりもするのであまり人のことは言えないのだが。

 

「へへ、よっしゃ!アーマードライダー鎧武、見参!ってな。さぁ、来やがれバーテックス!俺が輪切りにしてやるぜ!」

 

ギャラリーの視線に少々テンションの上がった紘汰が、左手に持ち替えた大橙丸を肩に担ぎなおして一歩前に出た。

全身を覆うアーマーが形成されるのに合わせるように、全身に気力が満ち溢れていくのを感じる。

連日なのは確かに予想外だったが、皆を守るための戦いだとはっきりした今、紘汰は非常に張り切っていた。

今ならどんな敵にも、負ける気はしない。

有り余るやる気を発散するように大橙丸を振り回している紘汰の、頼もしくも危なっかしい姿に、仲間たちは顔を見合わせて苦笑を浮かべるのだった。

 

 

 

 

「お、お姉ちゃん・・・。」

 

紘汰のおかげで少し軽くなったその場の空気を破ったのは、紘汰の後ろで勇者アプリを使用して索敵を続けていた樹の、少し震えた声だった。

皆の視線が集まる中、不安げな表情を浮かべたまま風に駆け寄り、手に持った端末の画面を見せる。

それを確認した風の目が、驚愕に見開かれた。

瞬きを数度、見間違いではないことを確認した風がはじかれたように顔を上げ、視線を遠くに向ける。

風が睨みつける先は、神樹様がわざと結界を薄くしているという、敵の出現予想エリア。

そこに現れたのは―――

 

「・・・ちょっと。流石にモテすぎでしょ・・・。」

「三体同時って、そんなのありか・・・?」

 

遠くに見えるのは、三体の巨大な異形の姿。

五人の前には、襲来が予測された十二体のうち、その1/4が同時に攻めてくるという信じがたい光景が広がっていた。

一体でも散々苦労した敵が、一度に三体。

二戦目にしていきなり跳ね上がった難易度に、皆の顔にも再び緊張が走る。

そんな中、部員たちを安心させようと無理やり強張った笑みを浮かべた風が、皆より少し前方で敵の方を見て固まっていた紘汰に声をかけた。

 

「な、なぁに紘汰。あんたもしかして怖いの?」

「び、ビビってなんかねぇからな!・・・姉ちゃんこそ、声が震えてんじゃねぇのか?」

「そ、そんなわけないでしょ!私ほどの女子力があれば、あんな奴らどんだけ来ようがちぎってはポイってなもんよ!」

「そ、そんなこと言ってないで、怖いんだったら俺の後ろに隠れててもいいんだぜ?」

 

・・・。

強がりの応酬の末、顔を見合わせたまま固まる風と紘汰。

近くにいた樹が怪訝そうに首を傾げる。

しばらくして、二人が同時に首をゆっくりと敵の方に向けた。

負けず嫌い二人と一番付き合いの長い樹の妹としての勘が、先ほどから猛烈に警鐘を鳴らし始めていた。

そして・・・

 

「「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」」

 

予感的中。雄たけびを上げた二人が、敵に向かって唐突に駆けだした。

姉のプライドと男のプライドが刺激された結果、姉弟は同じ結論に至ったらしい。

その場に取り残された樹が思わず頭を抱える。少し向こうでは友奈と東郷が突然のことに驚いて、目を丸くしていた。

 

「もう!お姉ちゃんたちってばぁ!」

 

二人揃うとやはりどうにも子供っぽくなる姉と兄に振り回されるのは、いつだって樹の役割だ。

どんどん離れていく背中に向けられた妹の叫び声が、広い樹海の中で空しく木霊した。

 

 

 

 

経緯には問題があったものの、じっとしていても何も始まらないのは事実。

暴走した犬吠埼姉弟に少々慌てた他の三人だったが、覚悟を決めるとすぐに二人の後を追いかけるように走り出した。前衛タイプの友奈を先頭に、中距離の樹、遠距離タイプの東郷は全体を俯瞰できるように少し後ろ気味についていく。

風と紘汰が先行する先、敵の方もついに動き始めたようだ。

遠くでは、青と白の一体を残しその他の二体がこちらに近づいてくるのが見えた。

三体同時に動き始めない事に疑問を覚えるものの、まずは目の前の二体から、とそちらに集中しようとした友奈の目が、唯一移動していない一体の不審な行動を目撃した。

 

縦に並んで二つある口のような部分のうち、上の口の方がゆっくりと開かれていく。

しばらくして完全に開かれたその口の中に細長い杭のようなものが現れた。

それが何なのかは遠くてはっきりとはわからない。しかし、その先端は風の方を向いているように見える。

感じる嫌な予感に、友奈は前方にの風に聞こえるように声を張り上げた。

 

「風先輩!気を付けてください!!」

「え?」

 

友奈の声に気づいた風が、疑問の声を上げたその瞬間、ついにその杭は発射された。

友奈のおかげでギリギリ反応できた風が、咄嗟に手にした大剣を引き寄せる。

しかし、予想を超える凄まじい速度で射出されたその杭は、まっすぐ風の元へ飛び、彼女の体を―――

 

貫かなかった。

風に迫っていた光の杭は、着弾の直前、風の目の前で砕け散った。

慌てて振り向いた先に見えたのは、後方で狙撃銃を構える後輩の姿。

友奈と同じくその敵の行動に気づいた東郷が、発射された杭を撃ち抜いたのだ。

あまりの絶技に呆気にとられた皆の足が思わず止まった。

ちょっと信じられないものを見るような皆の視線を受けながらも、涼しい顔で先頭の風と紘汰に追いついた東郷が、勝手な行動をした二人を窘める。

 

「風先輩、軽率ですよ。紘汰君も、同じ武者でも猪ではお国を守る防人にはなれないわ。勇敢さと無謀さは、まったく別のものなのだから。」

「「ご、ごめんなさい・・・。」」

 

東郷の言葉に、思わず敬語になる二人。

勇者服を纏った東郷はなんというか妙に迫力がある。

性格も、若干変わっているような気がしなくもない。

戦闘中でなければもしかしたら正座でお説教コースだったんじゃないだろうか。

 

「東郷さん・・・カッコいい・・・。」

「東郷先輩、スゴイです・・・。」

 

頼りになる東郷の姿を、友奈と樹もキラキラした目で見つめていた。

後輩からの尤もな意見に反省しながらも、妹達の尊敬の念を集める東郷に、心の中でちょっぴり悔しい思いをしている風なのであった。

 

「とにかく、遠方の敵は私が警戒します。その間に風先輩たちは前方の二体をお願いしますね。何をしてくるかわからないから、警戒は怠らないように。」

「「「「了解!!」」」」

 

東郷の号令で、今度こそ全員で敵の元へ向かう勇者部の面々。

風が言う時よりもまとまりがいいような気がするのは、言わぬが花というものだろう。

 

 

 

 

敵の眼前に到着した一同は、改めてその威容に息を呑んだ。

白と赤の、どこか甲殻類を思わせるような姿をしているものと、黄色と灰色の、球体がつながった長い尾のようなパーツを持つもの。

甲殻類の方はわからないが、黄色の方は尾の先端に針のような部分があり、そこがあからさまに危険な雰囲気を醸し出している。

 

とにかく仕掛けてみよう。

そう前列の四人が結論付けて動こうとした時、突如東郷の鋭い声が響いた。

 

「皆、散開!!」

 

その声を聴くと同時にその場を大きく飛び退いた四人が見たのは、さっきまで自分たちがいた場所目がけて殺到する、大量の光の杭だった。

先ほど東郷が撃ち落としたものより一つ一つのサイズは小ぶりだが、その数がシャレになっていない。まさに雨のような勢いで降り注ぐ杭に、全員の背中に嫌な汗が流れた。あのタイミングで東郷が指示をくれなかったらどうなっていたことか・・・。

 

「あの敵、あんなこともできるんだ・・・」

「ここまで来て・・・仕方ない、皆一旦下がるわよ!」

 

せっかく手が届く距離まで来ていたが、無理は禁物だ。

東郷のおかげで皆無事だったが、咄嗟のことだったということもあり、避けるのに精一杯で全員が分断させられてしまっていた。

風の判断で一時撤退を決めた勇者たちが、東郷の方へと向かうために敵から背を向ける。

 

―――しかし、それが失敗だった。

それに一番最初に気づいたのは、皆が後退するために動き始めた中、一人いつまでも悔しそうに敵の方を睨みつけていた紘汰だった。

紘汰の見つめる先、甲殻類型の周りに浮いていたパーツが動き始める。

細長い棒に幅広い板のようなものがついたそれが、今なお降り続けている杭の雨にゆっくりと近づいていた。

なんだありゃあ?と紘汰が怪訝に思ったその時、とうとうその板が光の杭の着地地点に差し込まれた。

その瞬間、板に当たった光の杭が、突如その進行方向を大きく変えた。

進路を変えた光の杭は、撤退を始めた勇者達の方へと向かっていく。

その先にいるのは、桜色の勇者服。

 

青と白のバーテックスの射撃を甲殻類型が反射する。

現れた三体のうちのその二体は、なんと初めから連携を前提とした個体だったのだ。

 

「っ!友奈!あぶねぇ!!」

「え!?うわわわわわわわわわ!」

 

紘汰の声に振り向いた友奈が見たのは、自分の方に向かってくる先ほどの光の杭。

驚いた友奈が、必死に手足を動かして自分に向かってきたそれを叩き落としていく。

多すぎてすべては無理だが、零れた分は傍らに現れた牛鬼が防いでくれている。

何とか全てやり過ごし息を吐いた友奈だったが、安心したのも束の間。

横合いから飛び出してきた黄色いバーテックスの尾が、友奈の小柄な体を弾き飛ばした。

 

「きゃあああああああああああああ!!」

「友奈!!」

「友奈ちゃん!!」

 

敵の尾に弾き飛ばされ、地面に転がった友奈にさらなる追撃が行われる。真上からすさまじい勢いで振り下ろされた尾が、友奈に再び襲い掛かった。

轟音と共に土煙が舞い、最悪の想像に皆の顔が青ざめる。

 

皆が祈るような思いで見つめる中、土煙がはれるとそこに見えたのは、倒れたままの友奈に迫る敵の尾と、それを何とか防いでいる牛鬼の姿だった。

最悪の事態は避けられた様ではある。しかし、あの状態もいつまでもつのかわからない。

友達のピンチに、同級生二人組の頭がカッと熱くなる。

 

「この野郎!!」

「友奈ちゃんをいじめるな!!!」

 

紘汰が無双セイバーの光弾を、東郷が両手で構えた短銃の弾丸を、牛鬼の張った防御幕を押し切ろうとしている敵の尾に向かって放つ。二方向から撃ち込まれた弾丸は狙い通り標的に直撃し、友奈への攻撃を中断させることに成功した。

それを見てすかさず飛び出した風と樹が、何とか自力で立ち上がろうとする友奈を助け起こし、樹海の陰になっている場所へと運び込んだ。

 

「友奈先輩、大丈夫ですか?」

「あははは・・・。何とか・・・。ありがとう樹ちゃん、風先輩。」

「いいのよ。友奈が無事で本当によかったわ。」

 

心配そうに問いかける樹と、安堵の表情を浮かべながら応える風。

気丈にも笑顔を浮かべる友奈の体には、差し当たって大きな傷はなさそうだ。

しばらくすると、それぞれの遠距離武器で敵を牽制していた紘汰と東郷が、一時避難所となった樹海の陰に飛び込んできた。そのままの勢いで友奈の元へと駆け寄る二人。救出の時間を稼ぐために殿を引き受けたが、内心気が気ではなかったのだ。

 

「友奈!怪我はないか!?」

「あぁ!!よかった無事ね友奈ちゃん!!友奈ちゃんに何かあったら私・・・。」

「だ、大丈夫だよ。牛鬼が守ってくれたから・・・。東郷さんも紘汰くんも、ありがとう。」

 

傍らに浮かんでいる牛鬼の頭を撫でながらそういう友奈の表情はやはりいつもと比べると少し暗い。結果として怪我はなかったとはいえ、あれだけの攻撃にさらされたのだ。

その恐怖は、想像に難くない。

そんな友奈を落ち着かせる役を東郷に任せ、紘汰は外の監視を続けている風と樹の元へ向かった。

友奈の救出には成功したものの、状況は依然悪いままだ。

何とかして厄介なあの三体を倒さなければ、この世界は終わりを迎えてしまう。

 

「姉ちゃん。あいつら、どんな感じだ?」

「神樹様よりこっちを優先しようとしてるみたいね。全く、しつこい男は嫌いだっての。」

「モテる人っぽいこと言ってないで何とかしようよお姉ちゃん・・・。」

 

冗談めかして言う姉を、妹が控えめに窘める。

実際、状況はかなりまずい。

敵の手数が多すぎて、東郷の銃でも処理が間に合わない。

遠距離で直接狙おうにも1,2発では修復されて終わりだし、すぐに他二体が邪魔に入るだろう。紘汰の方は言わずもがなだ。

ダメージを与え、さらに封印をするにはある程度近づく必要があるが、そもそも近づかせてもらえない。無理に近づこうとすればまた、あの黄色いヤツが襲ってくる。

あの三体の連携は、実際のところかなり良くできていた。

 

「あの連携を、何とかしないとね。」

「でもどうやって・・・。」

 

姉妹が頭を悩ませる中、そういえば、と紘汰が小さい水筒のような容器を取り出した。

それは昨日あの研究所から帰る直前、戦極凌馬に渡されたものだった。

 

「ひょっとしたら・・・」

 

何それ?と近寄ってきた風と樹の目の前で、紘汰が容器の封を開ける。

家で試しても全く開かなかた容器だが、ここではあっさりと開いた。

原理はわからないが、樹海の中でのみ開くような仕組みになっているようだ。本当に、謎の技術力である。

紘汰が開いた容器の中には、怪しげな模様をした赤い果実が収められていた。

 

「これが・・・さっき言ってたやつなの?天の神の力の一部っていう・・・。」

「ああ、そんでこのロックシードの材料だ。樹海の中でドライバーを装着してこれを手に取ると、ロックシードに変化するらしい。」

「それじゃあ・・・。」

「そうだ、今ここで新しいロックシードに変化させる。どんなものになるかはわからないから、賭けみたいなもんだけど・・・。」

「それでも、今のままじゃどうせジリ貧よ。なんだろうとやってみる価値はあるんじゃない?」

 

風の言葉に頷いた紘汰が、容器の中からその赤い果実を取り出した。

すると、周囲から光る蔓のようなものが大量に発生し、紘汰の手の中にあるその実を完全に包み込んだ。

しかし、それも一瞬のこと。最後に一度強く光ったかと思うと光る蔓は跡形もなく消え去り、紘汰の手には新たなるロックシードが残されていた。

 

「イチゴだ。」

「イチゴね。」

「イチゴだね。」

 

現れたロックシードの表面には、デフォルメされたイチゴの姿。

狙い通り、新しいロックシードを手に入れることには成功したようだ。

とはいえ、これがどんな力を秘めているのかは使ってみなければわからない。

あの三体は、じりじりとこちらに近づいてきている。もうあまり時間はない。

とにかく、やってみるしかないだろう。

 

「じゃあ・・・行くぞ。」

『イチゴ!』

 

今までと同じように開錠のスイッチを押す。

風と樹が固唾を飲んで見守る中、紘汰の頭上に巨大なイチゴが姿を現した。

紘汰はオレンジロックシードをベルトから取り外すと、開いた部分にイチゴロックシードを装着し、カッティングブレードを再び倒しこんだ。

 

『ソイヤッ!イチゴアームズ!シュシュっと!スパーク!!』

 

オレンジの鎧がはじけ飛び、頭にイチゴが覆いかぶさる。

紘汰の頭を覆ったそれはすぐさま展開し、鎧武の新たな鎧となった。

小さめの胸鎧とアシンメトリーの肩鎧。イチゴと同様に赤色をベースにしたその姿は、他と比べてスマートな印象だ。

そして、鎧の形成と共に両手に現れたのは、側面にイチゴを模った装飾が施された二本の小刀。

 

 

 

アーマードライダー鎧武、イチゴアームズ。

手にした新たなその力は、状況を打開する切り札と成り得るか。

 

 




超難産。

中間の戦闘回がすっごい難しくって頭を悩ませまくってます。
東郷さんがフライングしちゃったから余計に・・・。

ひねり出してみましたが、もしかしたら色々と変えるかもしれません。

11話も書いてまだアニメ2話すら終わっていないということに戦慄。
なのに最近浮かぶのは3章のアイデアばかり・・・ああ、3章書きたい。
目の前のとこからコツコツ頑張ります・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話

師走め・・・!!!

お待たせしました。
12話投稿です。


「おお、何だこりゃ。ナイフ・・・?」

「どちらかというと、クナイみたいね。昔、忍者が使っていた道具で、状況に合わせていろんな使い方をされていたというわ。もちろん小刀のような武器としても。あとはそうね・・・投げたりとか。」

 

両手に現れた新しい武器をまじまじと観察していた紘汰に、いつの間にかこちらに来ていた東郷が解説する。

犬吠埼一家があれこれと頭を悩ませているうちに東郷はしっかり自分の使命を果たしたようで、東郷についてきていた友奈もすっかり元の様子を取り戻しているようだった。

 

「投げる武器か・・・よし!」

 

東郷の説明を聞いた紘汰が、隠れている物陰からひょっこりと頭を出して敵の様子を伺う。

三体のバーテックスはどうやら紘汰達の正確な位置までわかっていないらしく、あぶりだそうとでもしているのだろうか、いろんな方向に向かって杭をばらまき続けていた。

敵の攻撃の中で、自分たちがいる場所から最も近い位置に向かって浴びせられ続けている杭の雨に向かって、右手に持った”イチゴクナイ”を振りかぶる。

そしてそのまま、それを投げつけた。

紘汰の手を離れたイチゴクナイは、自律的に姿勢を変えると、そのまま目標に向かって加速を始めた。

投げられた初速以上のスピードで、空中を突き進むイチゴクナイ。

やがてそれは同じく空中を飛んできた敵の杭に接触し、小さな爆発を起こした。

それと同時に紘汰の手には、爆発したはずのイチゴクナイが現れる。

 

「うぉ!?おぉ!そんな感じか!」

 

現れた新しいイチゴクナイに驚いた紘汰だったが、それを握りなおすと後ろで静かに見守っていた皆の元へ戻ってきた。

足取りは非常に軽く、いかにも嬉しそうにウキウキとしている。

仮面越しでもわかるぐらいに上機嫌な紘汰を見れば結果はわかり切ったことではあるが、代表して友奈が声をかけた。

 

「紘汰くん、どうだったの?どんな武器か分かった?」

「おう!だいたい分かったぜ!これで何とかなりそうだ!」

 

頼もしい紘汰の言葉に、皆の顔にも笑みが戻る。

早く試したくて仕方ないといった様子で肩を回している紘汰を落ち着かせると、改めて風が集合をかけた。

ともかくこれで手札は揃った。

部長の風を中心として、劣勢の状況を覆すための作戦会議が始まった。

 

 

 

 

「ほ、本当に大丈夫なの・・・?」

「ああ、心配すんなって樹。なせば大抵何とかなる!いっただろ?お前も皆も、俺がちゃんと守ってやるって。」

 

作戦は、紘汰の提案をもとに決定された。

一番キツいポジションを買って出た兄に、樹は心配そうな表情を向けている。

そんな妹を安心させるように、紘汰は教室の時と同じように彼女の頭に優しく手を置いた。

乗せられた兄の手には、迷いや恐怖は感じられない。

手から伝わる力強さに、ようやく樹も表情を緩めた。

張り切っている紘汰の肩に、背後から別の手が乗せられた。

振り向いた紘汰の目に映ったのは、少しむくれたような顔の友奈だった。

 

「紘汰くん。『俺が』じゃなくって『俺たちが』だよ?前にも言ったけど、私たちは皆で助け合って戦う仲間なんだから。」

「わかってるって友奈。・・・姉ちゃんのこと、頼んだぜ。お前も、気を付けるんだぞ。」

「うん!任せて!」

 

そういうと二人は同時に片手をあげた。

そしてそのままハイタッチ。快音を響かせて、二人が笑う。

すると今度は、その様子を見ていた樹が少し不満そうな顔をしていた。

そんな妹に仮面の下で苦笑すると、今度は少々乱暴に彼女の頭に置いた手を大きく動かした。

 

「もちろんお前も頼りにしてるぞ樹。しっかり頼むぜ勇者様!」

「だから痛いってば!・・・うん、私も頑張るから。」

 

決意を新たにした樹の顔は、珍しいことに興奮で少し紅潮している。

自分にとってのヒーローが、自分を頼りにしていると言ってくれているのだ。

樹が張り切るには、十分すぎる理由だった。

 

「皆、準備はいいわね?今まで散々いいようにしてくれたあいつらに、一泡吹かせてやりましょうか!」

 

風の言葉に皆が頷き、その後静かに移動を開始する。

反攻作戦の第一歩、まずはこっそりできるだけ、敵に近づくことからスタートだ。

 

 

 

 

「どうやら、気づいていないようですね・・・。」

 

敵の位置からほど近い樹木の陰で息をひそめながら、様子を伺っていた東郷がつぶやいた。

作戦の最終確認を行っていた他のメンバーが、その声を聞いて頷き合う。

 

「それじゃあ後は、手筈通りにってことで。紘汰、頼んだわよ。絶対、無茶だけはしちゃだめだからね。」

「ああ、わかってるよ姉ちゃん。まぁ、任せとけって。」

 

そういって胸を叩いた紘汰が皆の前に進み出た。

ここまで慎重に移動してきたが、ここからは大暴れする必要がある。

準備運動を軽く行い、体の調子を確かめた。

それなりの時間変身したままだが、どこにも不調はなさそうだ。

両手のクナイをしっかりと握りなおし、頷いた紘汰が改めて皆に向き直る。

 

「よっしゃ!バッチリ!見てろよ皆、ここからは俺のステージだ!」

「頑張ってねお兄ちゃん。」

「ハァ・・・そういうとこが心配なのよ・・・。まぁいいわ。じゃあ今度こそ本当に行くわよ―――勇者部!突撃ぃ!!」

「「「「おぉーーー!!!」」」」

 

号令一番、勇者たちが一斉に駆けだした。

先陣を切るのは真新しい、イチゴの鎧を纏った紘汰。

その後ろを風、友奈、樹、東郷が続く。

正面に捉えるのは、甲殻類型のバーテックスだ。

 

突如予想外の方向から現れた紘汰達に気づいた甲殻類型が、反射板を全てそちらに向ける。

射線の向きが変わり、とてつもない量の光の杭が向かってくる。

しかし、紘汰に恐れはない。

手には力が、そして何より背後には、守るべき大切な人たちがいる。

これで燃えなきゃ男じゃない!

 

速度を緩めず走りながら、紘汰は両手を振りかぶる。

標的は前方の光の雨だ。

ここより後ろには、絶対に通さない。

 

「いっくぞぉぉぉぉおおおおおお!!!!」

 

投げる、投げる、投げる、投げる。

投げたそばから新たに現れるイチゴクナイを前方に向かってひたすら投げる。

高速で投げられるクナイは敵の杭とぶつかり合い、周りの杭をも巻き込みながら爆発を起こして消滅する。

単純な物量では、相手の方に軍配が上がるだろう。

だが、着弾時に爆発するイチゴクナイの特性が、その物量差をしっかりと補っていた。

膨大な量のクナイが爆ぜ、爆炎と煙がみるみるうちに前方を覆っていく。

しかし、そこから先に敵の攻撃が通り抜けてくることはない。

先ほどの宣言通り背後の皆を守るため、紘汰は全身全霊でイチゴクナイを投げ続けていた。

甲殻類型との距離が、徐々に近づいてくる。

目標地点までは、あと少し。

だが、敵はこの二体だけではない。

ここにきて遂に、甲殻類型の陰にいた黄色いサソリ型が紘汰達を自身の射程距離圏内に収めたのだ。

回り込み、側面から現れたサソリ型が狙うのは、ひたすら攻撃を防ぎ続けている先頭の紘汰だ。

鋭い針を備えた尾が、紘汰に向かって凄まじい勢いで突き出される。

今の紘汰に、そちらを気にする余裕はない。

薄くなった今の装甲で、アレをまともに受けたらおそらく無事では済まないだろう。

―――当然、素直にやらせる勇者達ではない。

 

「させないってぇの!」

 

紘汰とサソリ型の間に割り込んだのは、幅広の大剣を盾のように構えた風だ。

硬い物同士がぶつかり合う甲高い音が、樹海に大きく響きわたる。

衝撃で足場を少し削りながらも何とか堪え切った風が、自身が構えた大剣の後ろで不敵に笑う。

サソリ型は、先ほどの友奈の時と同じように、防御ごと貫こうと尚も込めてきていた。

大剣を盾にしたまま、風がわずかに姿勢を低くする。

地面を支点に垂直に構えられていた剣が、それに伴いわずかに傾いた。

拮抗していたバランスが崩れ、サソリ型の針が大剣の表面に沿って滑り始める。

更に姿勢を低く、大剣の腹を背中に乗せる。

そして、針が完全に風の真上に来たその時、全身のバネを総動員して大剣を思い切り跳ね上げた。

 

「でぇぇえええい!!!」

 

伸びきった尾が、上空に向かって跳ね上がる。

その勢いは凄まじく、跳ね上がったサソリ型の尾は千切れんばかりに軋みを上げていた。

サソリ型の唯一にして最大の攻撃手段は、風によって封じられた。

杭と甲殻類型は紘汰が抑えている。

今、サソリ型へ向かう一本道を邪魔するものは何もない!

 

「友奈!いけぇえええ!」

「うおぉぉぉ!さっきのぉ!お、か、え、し、だぁぁぁあああ!!!」

 

風が作ったその道を、友奈がまっすぐ駆け抜ける。

右の拳を弓のように引き絞り、力と気合とちょっとの怒りを存分に込める。

サソリ型本体の少し手前で跳躍すると、サソリ型の顔面に、勢いそのまま思い切りその拳を叩きつけた。

破砕音が、周囲に轟く。

友奈の拳で数メートルほど吹き飛ばされたサソリ型は、落下地点で完全に沈黙していた。

直撃した部分が、完全にひしゃげている。しばらくは起き上がってこられないだろう。

 

「ぃよし!!」

「い、いやぁ~。ホント、頼もしい限りねぇ・・・。さて、そっちは任せたわよ。紘汰、樹、東郷。」

 

 

 

 

クナイを投げ続けながら、聞こえてきた轟音にあちらがうまくいったことを確信した紘汰が仮面の下で笑みを浮かべた。

こちらの準備もそろそろ完了した頃合いだろう。

背後から東郷も援護してくれてはいるものの、紘汰自身も流石にそろそろキツくなってきた。

紘汰が内心そう思った時、同族の異変に気付いた甲殻類型が、一瞬意識をそちらに傾けた。

 

「今っ!!」

 

甲殻類型の足元から、緑光のワイヤーが反射板に絡みつく。

ワイヤーが伸びてきた先にいるのは、当然樹だ。

紘汰が起こす爆炎と煙に紛れ、こっそりとその位置まで接近していたのだ。

ようやくそれに気づいた甲殻類型が、慌てたように自身の鋏を振り上げるが、樹は萎えそうになる心を叱咤して尚もその場に踏みとどまる。

皆から託された、自分の大事な役割なのだ。

怖くたって、途中で放り出すなんて絶対に嫌だった。

 

そんな樹に向かって甲殻類型の両手の鋏が迫る。

しかし、勇者部の頼れる狙撃手が、そんな狼藉を許すわけがない。

銃声が続けて二回、樹に向けられていたハサミがはじかれ、甲殻類型が大きく態勢を崩した。

 

「今よ、樹ちゃん!」

「はいっ!―――ええぇぇぇぇい!!」

 

東郷の援護を受けた樹が、ワイヤーを力の限り引っ張った。

それに伴い、絡みついた先の反射板も急速に地面へと引き寄せられる。

射撃型のバーテックスは、反射を頼りにひたすらに甲殻類型に打ち込み続けていた。

今まではそれを反射板で受けることで紘汰の方へとその射線を向けていたのだ。

それが急になくなったのならば、どうなるのかは自明の理だ。

 

「―――!!!」

 

光の雨が、甲殻類型を襲う。

今まで散々紘汰達を苦しめてきた攻撃に今度は自分が本体を傷つけられ、甲殻類型のバーテックスは声にならない悲鳴を上げた。

しかも、それだけではない。

それが甲殻類型に当たっているということは、当然その分紘汰への負担が減るということだ。

今まではひたすら相殺に徹してきた紘汰のイチゴクナイが、薄くなった弾幕を越えて甲殻類型に殺到する。

前後両方からの攻撃によって、甲殻類型の巨体が揺らぐ。

背後を無数の杭に、前方を爆発の連鎖にさらされた末、とうとう甲殻類型は力尽きたようにゆっくり地面へと倒れていった。

 

 

 

 

「皆!遠方の敵は私が牽制するわ!今のうちに御霊を!」

「オッケー東郷さん!!」

 

サソリ型に友奈と風が、甲殻類型に樹が、それぞれ封印の儀を執り行う。

ほどなくしてそれぞれの体から、同時に御霊が排出された。

サソリ型の御霊に向かって、友奈が早速攻撃を始める。

友奈が繰り出す拳は、しかし御霊に当たらない。

以外にも身軽なその御霊は、繰り出される拳を柳のようにひょいひょいと躱していた。

 

「こ、コレ!なんだか絶妙に避けてくるよ!?」

 

予想外の状況に、焦った友奈が声を上げる。

そんな友奈の肩を叩き、頼れる部長が進み出た。

 

「友奈。あんた、そういえば今度ソフト部の応援頼まれてたわよね?」

「え?はい、そうですけど・・・。」

 

風からの突然の質問に、困惑しながら答える友奈。

今の状況とソフト部に、なんの関係があるのだろう?

 

「それじゃあ当然、練習はちゃんとしとかなきゃダメよね?」

 

大剣を両手に握りなおし、肩に担いだ風が友奈に向かっていたずらっぽくウインクする。

意図がわからず、目を白黒させていた友奈だったが、風のその仕草をみて彼女が何をしようとしているのかを理解した。

 

「―――はいっ!お願いします!」

「よぉし!よく言った!友奈、構えておきなさい!伝説の女子力打法を見せてやるわ!」

 

友奈の横から跳躍した風が、御霊の背後に着地する。

振り向きざま、標的を捉えた風の目がギラリと光った。

 

「点がだめなら、面の攻撃でぇぇぇええええ!!」

 

そしてそのまま、肩に担いだ大剣を渾身の力でフルスイング。

慌てたような御霊が、必死に回避を試みる。

しかし、もう間に合わない。

スイングの途中でさらに肥大化された大剣の腹が、逃げようとする御霊を遂に真芯でとらえた。

快音を響かせ、御霊がはじき飛ばされる。

十分に乗った慣性は、御霊に飛ばされる以外の行動を許さない。

飛ばされた先にあるのは、どっしりと腰を落として拳を構えた友奈の姿。

 

「勇者!パァーーーンチ!!」

 

繰り出された右拳が、友奈に向かって真っすぐ飛んできた御霊へと突き刺さる。

回避型の御霊にその一撃が耐えきれるはずもない。

御霊は間もなく砕け散り、光となって天へと帰った。

 

「バッターアウト。ゲームセットです、風先輩。」

「フッ・・・流石友奈ね。もはや教えることは何もないわ・・・。」

 

真面目な顔でそんなやり取りをする二人。

しかし、すぐにどちらともなく表情が崩れる。

笑顔でサムズアップを向ける風に、友奈も笑顔で同じ動作を返した。

 

 

 

 

甲殻類型から現れた御霊の撃破を担当するのは紘汰と樹だ。

排出されてすぐに動きはじめたあちらと違い、こちらの御霊はその場でずっと佇んでいた。

とりあえず攻撃してみようと紘汰がイチゴクナイを構えた時、突如目の前の御霊が激しく震え始めた。

突然のことに驚いた紘汰の手が止まる。

向かい側では樹が警戒の色を濃くしていた。

そんな二人の目の前で、御霊の震えが徐々に収まっていく。

虚仮脅しかよ・・・と紘汰が肩を落としたその瞬間、震えが止まった御霊が、突然二つに分裂した。

 

「増えたぁ!?」

 

動揺する紘汰の目の前で、どんどん御霊は増殖していく。

このままの調子で増え続ければ、殲滅に時間がかかり、時間切れになってしまうだろう。

そうなる前に、対処しなければならない。

そんな中、先に動いたのは意外にも樹だった。

動揺からいち早く立ち直った彼女は、意を決すると腕の装飾からワイヤーを射出した。

 

「増えるなら!一つに、まとめる!!」

 

ワイヤーは、今も増殖を続けている御霊に向かって伸び、それらをまとめて縛りあげる。

その状態になって尚、分裂しようとする御霊だったが、樹のワイヤーにガチガチに縛られ、それ以上増えることがかなわない。

 

「ナイスだ樹!もうちょっとだけ、こらえてくれ!」

 

兄からの激励の言葉を受け、ワイヤーの内側からかかる圧力を必死で押さえていた樹が、顔を上げて微かに微笑んだ。

そんな妹の奮闘に気合を入れなおした紘汰が、両手のクナイを投げ捨てて、無双セイバーに持ち替える。

ドライバーからロックシードを取り外すと、そのまま無双セイバーに叩き込んだ。

 

「決めるぜ樹!!」

「うん!お願い!!」

 

『ロックオン!』

 

イチゴロックシードから溢れ出す、赤いエネルギーがスパークする。

腰だめに構えた無双セイバーに供給されたエネルギーは、樹の声援を受け、より一層輝きを増していくようだった。

 

『一、十、百!イチゴチャージ!!』

「セイ!ハァ!!!」

 

そして、ロックシードから供給されるエネルギーが限界に達したとき、紘汰は上空に向かって勢いよく無双セイバーを振り上げた。

無双セイバーの先端から、巨大なイチゴ状のエネルギーが飛び出していく。

それは空中を進み御霊の上空へと到達すると、樹が捕らえた御霊の頭上にクナイ状のエネルギー弾を放出した。

射撃型バーテックスの攻撃を凌ぐほどの量のエネルギー弾が御霊に向かって降り注ぐ。

そのエネルギー弾に貫かれ、拘束された御霊が一つ、また一つと数を減らしていく。

空いた隙間を利用して御霊が増殖を試みるが、殲滅スピードに増殖が追い付かない。

そしてとうとう最後の一つが樹のワイヤーによって切り裂かれ、甲殻類型バーテックスは完全にこの場から消滅した。

 

 

 

 

七色の光が天に昇っていく光景を、その場にへたりこんだ樹がどこか人ごとのように見つめていた。

初めて自分の手でバーテックスを倒したが、どうにも現実感がない。

でも確かにその手には、最後の御霊を切り裂いた感触が残っていた。

そんな感触を確かめるように、自分の手を握った樹の頭に、優しく大きな手が乗せられる。

 

「やったな、樹。」

「お兄・・・ちゃん・・・?」

 

樹が見上げた先には、無双セイバーを肩に抱えた兄の姿があった。

仮面越しでわからないはずだが、樹にはなんとなく、こちらを見つめる兄の優しい目が見えた気がした。

 

「やっぱお前はすげぇな。いざという時の行動力は俺も姉ちゃんもかなわねぇ。」

「そんなこと・・・。―――ねぇお兄ちゃん、私、ちゃんと力になれたのかな・・・?」

 

いつも通りに自信なさげに呟く妹に、紘汰は少し苦笑した。

さっき樹に言った言葉は、本当にいつも紘汰が思っていることだ。

昨日、皆が戸惑う中で真っ先に風と一緒に戦う決断をしたのも樹だった。

しかし、活発でいつも皆の中心になっているような姉と兄を見続けた影響か、引込み思案な妹は、自分を低く見る癖がついてしまっているようだった。

 

「あったりまえだろ!実際、今回はお前がいなきゃヤバかったぜ。ホラ、しゃんとしろって!」

「わ、わ、わ!」

 

そんな妹の両脇に手を入れ、そのまま持ち上げて立ちあがらせる。

自分の意志と関係なく体が浮上する感覚に、戸惑いの声を上げる樹だったが、最後にはしっかりと自分の足で立ちあがった。

まだ少し目を伏せている妹の前に、手を差し出す。

差し出された手の意味が分からず、きょとんとする妹に再び苦笑する。

 

「ホラ、ハイタッチだよハイタッチ。さっきは助かったよ樹。まだあとちょっと、よろしく頼むぜ。」

 

兄の言葉で、ようやく意味を理解した樹の顔が、興奮で輝いた。

さっきの友奈とのやり取りを見て、羨ましそうにしている所をしっかりと覚えてくれていたのだ。

催促したようで少し恥ずかしいが、そんな兄の優しさが樹にはとても嬉しかった。

 

「うん!任せてお兄ちゃん!」

 

交わされた兄妹のハイタッチは、樹が気を急きすぎたこともあって上手く鳴らなかった。

でも今は、まだこれで十分。

 

こんな自分でも、少しは自信を持ってもいいのだろうか。

嬉しさと共に何かが湧きあがってくる慣れない感覚に戸惑いながらも、嫌ではない、と樹は自分の手をギュッと握りしめた。

 




本当は決着まで行きたかったのですが、際限なく文書量が増えていくのでここいらで分割。
一話の文字数ってどんなもんがちょうどいいんでしょうね。

イチゴの活躍は、やはり物量勝負になりました。
とんでもねぇスピードでクナイ投げまくってる紘汰くんですが、実写映像の縛りが無ければできるんじゃないかと無理やりこじつけた感じです。
なんかイチゴ超強化しちゃってる感じがしなくもないですが・・・。


ジオウは先輩の破壊者さん出てきて一層盛り上がってきた感じですね。
ディケイドアーマーがまさかのガンバライダー・・・
顔はまぁ、慣れるまでかかりそうですがボディの感じはとてもカッコいいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話

スラーンプ!!
期間が空いたせいか何だかかなり難産でした。


「皆!後一体!このまま一気に行くわよ!」

 

風の号令を受け、東郷を除く勇者部の面々が残る一体に向けて駆けだした。

厄介な反射も、凶悪な横槍もなくなった。

正面からくるただの射撃ならば、もはや恐れることはない。

 

樹を狙った攻撃を、紘汰のクナイが迎え撃つ。

ならばと紘汰に射線を向ければ、すかさず樹のワイヤーが紘汰の体を引っ張り上げた。

二人への対処をあきらめ、今度は別方向から迫る風と友奈に標的を変えるバーテックス。

向かってくる豪雨のような光の杭。しかし並走する風と友奈に焦りはない。

顔を見合わせ一つ頷くと、風が大剣の腹を友奈に向ける。

空中で器用に態勢を整えた友奈は、それを思いきり蹴りつけた。

反動で二人の体が左右に弾け、その間を光の杭が空しく通り過ぎていく。

自由に動けないはずの空中を狙った射撃を躱され、一瞬思考が停止した瞬間、狙いすました東郷の一撃がバーテックスの体を撃ち抜いた。

勇者達に翻弄され、怒りを表すように身を震わせるバーテックス。

もはやなりふり構わず光の杭をばらまくが、底の見えた敵の最後の悪あがきにやられるような勇者達ではない。

躱し、弾き、撃ち落とし、とうとう4人がバーテックスの足元へとたどり着いた。

 

「「「封印!」」」

 

友奈、風、樹が右手を掲げると、それぞれの精霊が姿を現し、封印の儀が始まった。

3人の勇者達から発せられる清浄な光が、バーテックスを包み込む。

少しの間、抵抗するように身じろぎしていたバーテックスだったが、しばらくすると遂にその体から青い御霊を吐き出した。

散々苦労させられたが、それもようやくお終いだ。

 

「よっしゃあ!って速ぇ!?なんだこりゃ!!」

「ったくもう!揃いも揃って往生際が悪いったら!!」

 

早速止めをと、飛び出しかけた紘汰達が慌てて足を止めた。

現れた最後の御霊が、抜け殻となったバーテックスの体を中心として公転軌道を描くように超高速で回転を始めたのだ。

あれだけの質量を持つ物体が、あの速度で移動しているとなると、うかつに近づけない。

 

「ど、どうしたら・・・!」

 

とにかく仕掛けてみなくちゃ・・・でもあれに巻き込まれてしまったら・・・

急がなくてはいけないが、手を出す手段も思いつかない。

こうしている間にも、足元の数字は減り続けている。

灰色になり始めた世界に、樹の中に焦りだけが募っていく。

 

「大丈夫だよ。樹ちゃん。」

 

その時、動揺する樹の肩に背後から優しく手が乗せられた。

肩に置かれた手を辿り、友奈の顔を見た樹は思わず目を丸くする。

 

友奈は笑っていた。

こんな状況でも、何も心配することはないと言うように。

そこにあるのは自信ではなく信頼だ。

自分にはできなくても、一番の親友である彼女ならばきっと何とかしてくれる。

根拠はないが、友奈は心からそう信じていた。

だから―――

 

「お願いね、東郷さん―――」

 

この声も、きっと彼女に届いているだろう。

 

 

 

「―――ええ。任されたわ、友奈ちゃん。」

 

御霊より遠方数百メートル。

匍匐姿勢を取りながら狙撃銃を構える東郷が、一人そう呟いた。

友奈との距離は相当離れているが、そんなことは関係ない。

東郷の耳には、友奈の言葉が確かにはっきりと聞こえていた。

親友からの信頼に、東郷の心が熱くなる。

それでも思考は冷静に。

友奈ちゃんからのお願いを、無下にするわけにはいかないのだから。

 

東郷美森の集中力は今、極限まで高められていた。

高速回転する御霊が、なぜかゆっくり動いているように見える。

今なら絶対に外さない。

心の熱は、引き金を引く指ただ一点へと込める。

東郷は呼吸すら忘れ、じっと敵の姿だけを見つめていた。

 

永遠にも感じるようなその一瞬。

そして遂に東郷の感覚と敵の位置とが重なった。

 

今っ!!

 

思いを乗せた指先が、必中の弾丸を解き放つ。

青い流星が、樹海の空を切り裂いていく。

東郷は既に銃口を上げ、立ち上がっていた。

着弾確認などする必要はない。東郷にはもう、数瞬後の未来が見えている。

そして―――

 

―――!!!

 

流星が、青の御霊へと突き刺さる。

東郷の放った弾丸は、見事に御霊を貫いていた。

中心に風穴をあけられた御霊は、やがてゆっくりと動きを止める。

 

最後の御霊から光が立ち上り、風と紘汰が快哉を叫ぶ。

そんな中、末の妹はというと、そんな二人に今度は物理的に振り回されて目を回していた。

それを友奈が、微笑みながら見つめていた。

仕事をきっちりとこなした東郷が、こちらに近づいてきているのを感じる。

自分のお願いにしっかり答えてくれた親友に、最初になんて声をかけようか。

世界がもとに戻る感覚を感じながら、友奈はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

「平和だねぇ・・・。」

「平和だなぁ・・・。」

 

それからおよそ2週間後。

何とも気の抜けた表情で商店街を並んで歩いているのは、外での活動を終えて学校に戻る途中の紘汰と友奈だった。

今日の二人の活動内容は、町内の緑化活動のお手伝いだった。

猫の里親探し強化月間と言っても、他の活動を疎かにするわけにはいかない。

特に、今回の町内のイベントのような既にスケジュールが決まっているようなイベントは後回しにすることができないので、少なくとも誰かは参加する必要があった。

結果として2チームに分かれてそれぞれの活動を行うことになったのだが、趣味が押し花ということもあり、それなりに植物に詳しい友奈がこちらの担当になったというわけだ。もちろん紘汰は純粋な力仕事要員である。

 

二度目の戦いの後。連日の襲来を覚悟し、ヤケクソ気味な気合を入れて身構えていた勇者部の部員たちだったが、その覚悟は結局空振りに終わった。

初めての戦いから畳みかけるようにやってきたバーテックスの襲来は、あの日以来ピタリと止まってしまったのだ。

翌日、翌々日と気を張り続けていたものの、さらにその翌日も襲来が無いとなるに至り、遂には警戒態勢を緩めることと相成った。

いつかは次の戦いがやってくるだろうが、ずっと緊張していたのでは身が持たない。

お役目のことはひとまず置いておいて、日常の生活を謳歌するべきだろう。

そう宣言した風に、部員達全員が同意した。

世界を守るのはもちろん大事だが、自分たちは中学生だ。

敵と戦っていたって授業は受けなきゃいけないし、宿題の期限だって待ってはくれないのだから。

 

程よい疲労とやり切った満足感を感じながら、学校へと続く商店街のアーケードの中を歩いていく二人。

学校外でも顔の広い勇者部はやっぱりここでも人気者で、数メートル歩くごとに色んな人から声をかけられる。

挨拶のみならまだいいが、ある意味一番問題なのは商店街でお店を開いているおじさんやおばさん達だった。

ここの人達は気のいい人ばかりで、あちらこちらから日ごろから色々助けてもらっている可愛い子供たちにお土産を持たそうと攻勢を仕掛けてくるのだ。

一つ一つ好意に甘えるわけにもいかないので、四苦八苦しながらなんとか断り続けているのだが、中には二人きりで歩いている姿を見て、デートかい?なんて揶揄い混じりで言ってくるような人もいて、その度に二人は必至に否定することになるのだった。

まぁ尤も、そんな中学生らしい初々しい反応を返すものだから、また面白がって揶揄われてしまうのだが。

 

 

 

「はぁ~・・・。でもなんか、拍子抜けっていうか不完全燃焼っていうか・・・」

 

そんな攻勢も落ち着き、別の意味で蓄積した疲労感に若干肩を落としながら進む二人だったが、しばらくして紘汰がおもむろに口を開いた。

一瞬今日の部活のことかと思った友奈だったが、紘汰の様子にそうではないことを感じ取り苦笑を浮かべた。

 

「まぁまぁ。平和なのはいいことだよ紘汰くん。」

「そうなんだけどなぁ・・・。」

 

何も紘汰だって、戦うのが大好きだというわけではない。お役目ではない普通の勇者部の活動だってとても大切に思っている。

ただ、せっかく違う自分になって皆を守ると決意を固めた矢先にこんなにもいつも通り平和な日常が長く続いてしまったことで、その決意とやる気が若干行き場をなくしてしまっているのだ。

有り余るそのやる気を原動力に、今日も皆が驚くほど精力的に働いた紘汰だったが、それでもこの物足りなさは拭えない。

そして何より。このまま本当に長いこと何事もない状態が続いた後、急に敵がやってきたとき、果たしてちゃんと戦えるのかということが紘汰には少し不安だった。

いざという時に皆を守れるように、日ごろから何かこう・・・できることはないだろうか。

 

「そんな調子だと、また風先輩に怒られちゃうよ?『身が入ってない!』って「そうだ!!!」えぇ?」

 

腕を組み、俯きながら何事か悩んでいた紘汰が、突然はじかれたように顔を上げた。

そのまま困惑する友奈の手を握り、じっと彼女の顔を見つめる。

 

「ちょ、ちょっと紘汰くん・・・?」

 

自分に向けられる同年代の男の子の真剣な表情に、ほんの少しだけドキリとする友奈。

普段あまり意識することはないが、それでもちょっとは考えてしまうシチュエーションだ。

先ほど散々揶揄われたことも手伝い、なんだか少し思考がそちらよりになっているようだ。

そんな何とも言えない沈黙が漂う中、とうとう紘汰の口が開かれた。

 

「友奈。」

「は、はい・・・。」

「お前確か、武術とかやってたよな。」

「え?う、うん。そうだけど・・・。」

「それ、俺にも教えてくれないか?」

「えぇ!?」

 

突然の紘汰の申し入れに、友奈の目が丸くなった。

あんな雰囲気から一体何を言うのかと思えば、これである。

別に何かを期待していたわけでもないし、友奈だってそういう事には疎い方だがそれでもこれはないんじゃないか。

そんな友奈の心情に気づくことも無く、紘汰は尚もお願いを続ける。

 

「なぁ、頼むよ友奈!お前の都合のいい時でいいからさ!」

「で、でも私そんな人に教えれるようなものじゃ・・・。」

「いいんだよ。何も本格的に始めようって訳じゃないんだ。ただ、どんなヤツが来ても皆を守れるように、普段から色々やっておきたいんだよ。」

 

紘汰が真剣に備えようとしているのはわかる。

それでもやっぱり、いきなりそんなこと言われても戸惑ってしまうのはどうしようもない。

 

「でも、紘汰くんは武器を使って戦う人だし・・・」

「ああいうのって、基本の動きは一緒だっていうだろ?俺、運動は得意だけど戦いなんてやったことないからさ。これからの為にちょっとでも強くなりたいんだ。」

 

握られた手から、紘汰の熱意が伝わってくる。

こうなったら中々諦めないということは、短くない付き合いの中で十分にわかっていた。

それに、友奈自信、紘汰のこういうところは嫌いではない。

 

「う~ん。そこまで言うなら・・・でも、あんまり期待しちゃダメだよ?」

「サンキュー友奈!!よぉ~し!やるぞぉおおおお!!」

 

友奈から手を離した紘汰が、両方の拳を天に向かって思いっきり突き上げながら雄叫びを上げた。あまりの大声に、周りから視線が集まってきている。

流石に気まずくなった友奈が、早くこの場を離れようと紘汰の手を引っ張った。

 

「こ、紘汰くん!ちょっと声抑えて!みんな見てるから!」

「あ、あぁ。悪い友奈。じゃ、行くか!」

 

そういって紘汰は、意気揚々と歩き出した。

顔を見なくても、近くにいるだけで上機嫌なことが伝わってくる。

ここまで喜んでくれるなら、引き受けた甲斐もあるというものだ。

 

 

 

嬉しそうな紘汰を見て自分も嬉しい気持ちになりながら、さて、と友奈は頭を捻った。

友奈の予定帳に思わぬ予定が追加されたわけだが、やるからにはやはり真剣にやらなくてはいけない。

とはいえさっきも言ったように、友奈自身人に教えた経験があるわけではない。

とりあえずは自分がやってきた基礎訓練から教えればいいのだろうか。

 

そういえば。

引き受けたはいいものの、具体的な日時を決めていない。

朝は正直苦手だから、できればそれ以外がいいのだが。

いつがいいのか紘汰くんにも聞いてみなければ。

 

「ねぇ紘汰くん。―――アレ?紘汰くん?」

 

思考の海から帰ってきた友奈がふと顔を上げると、先ほどまで少し前方を歩いていた紘汰の姿が見当たらない。

そういえばさっきから、しばらくずっと聞こえてきていた彼の鼻歌も聞こえなくなっていた。

怪訝な表情であたりを見回す友奈だったが、幸いにしてお目当ての人物はすぐに見つかった。

友奈がいる場所から少し離れたところ、しゃがんで誰かに話しかけている。

向かいにいるのは・・・小学校低学年ぐらいの男の子だろうか?

 

何も言わずに勝手に行ってしまったことにほんの少しだけ不満を覚えないわけでもない友奈だったが、それはそれとして一体どうしたのかと二人の方へと歩き出した。

遠目に見たところ、どうにもその男の子は泣いてしまっているらしい。

状況から察するに、おそらく迷子といったところだろうか。

 

「そっかぁ。ママとはぐれちゃったかぁ。」

 

友奈が歩き始めた時、紘汰が男の子に優しく話しかける声が聞こえてきた。

普段、妹の樹と接する時とも違うその声に、思わずといったように友奈の足が止まる。

悪いとも思ったが、なぜだか少し、その様子を見ていたくなったのだ。

 

「うん・・・。誰でも泣きたいほどつらい時もある。でもな、そんな時こそ負けちゃいけない。そういう勝負、ゲームだと思ってみるんだ。泣いちゃったら負けで、泣かない方法を見つけたら勝ちっていうゲーム。」

 

そんな言葉と共に肩に手を置かれ、先ほどまで俯いて涙を流していた男の子がわずかに顔を上げた。

まだ涙は完全には止まっていないが、それでも先ほどまでとは違い、その表情には涙を止めようとする強い意志が感じられた。

 

「誰だって、どんな時だって戦うことはできる。今、君が勝つためにできることは何だと思う?」

「ママを・・・見つけること・・・?」

 

男の子のその言葉に、破顔する紘汰。

その子の頭に手を一撫ですると、そのまま勢いよく立ち上がった。

 

「そう!ママを見つけたら君の勝ちだ!・・・でもな、戦いっていうのは何も必ず一人でしなきゃいけないわけじゃない。時には誰かに手伝ってもらってもいいんだ。だから、俺が君と一緒に戦ってあげる。一緒にママを見つけて、君の大勝利だ!」

 

気づけば、その男の子の顔にも笑顔が浮かんでいた。

それを見ていた友奈の顔も同様だ。

いつだって紘汰は、困っている人を見つけるのが誰よりも得意だった。

自分がどんな状況でも、どういうわけかすぐに気づくのだ。

そして紘汰は、そういう人たちを絶対に放ってはおかない。

いつも解決できるわけではないが、それでもまるで自分のことのように一緒になって真剣に考え、悲しみ、喜んでくれる。

紘汰がそういう人だから、彼を慕う人たちが大勢いるのだ。

友奈も紘汰のそういうところを本当にすごいと思っている。

あまりにもまっすぐすぎて、それ以外が頭から抜けてしまうことがあるのが玉に瑕ではあるのだが。

男の子の手を取ってそのまま歩き出そうとする紘汰の頭から、おそらく友奈のことは抜け落ちているのだろう。

そんな彼に再び苦笑しながら、友奈はポケットから端末を取り出しメッセージアプリを起動する。どうやら帰るのはもう少し遅くなりそうだ。

グループに伝言を残しながら、前方を歩く二人を小走りで追いかけた。

こちらの声に気づいた紘汰が振り向き、申し訳なさそうな顔で謝ってくる。

それを笑って許しながら、男の子の反対の方の手を取った。

 

いつ来るかわからない世界の危機についてアレコレ考えるよりも、今は目の前の迷子を助けてあげることの方が大切だ。

讃州中学勇者部はいつだって、困っている人の味方なのだから。

 

 




初変身時BGM:OST Track2 始まりの章 or JUST LIVE MORE
イチゴアームズ戦闘シーンBGM:E-X-A (Exciting X Attitude) feat.讃州中学勇者部、という妄想

戦闘終了からの日常。
紘汰くんと友奈ちゃんの交流シーンとなりました。
次回は完成型勇者登場回もしくはチーム神樹館初戦闘の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話

UAがとうとう1万を突破しました。
読んでくださっている方、お気に入りに入れてくださっている方、評価してくださった方、感想をくださる方、いつも本当にありがとうございます。
これからも引き続き頑張ります!


「へぇ。アレがバーテックス。実物は初めてだけど案外大したことなさそうね。」

『諸行無常』

 

バーテックスを迎え撃つために神樹様が用意した結界である樹海の中。

髪を頭の両端で結んだ少女が、遠方からやってくる敵を仁王立ちで睨みつけながら呟いた。

その呟きに反応したのは少女の傍らに控える人型の精霊だ。名を『義輝』といい、精霊としては珍しくこのようにいくつかの言葉を話すことができる。

ただの独り言に対して律儀に言葉を返してくれた相棒の頭を軽く撫でてやったその少女は、今度はそのバーテックスの進路上へと目を向けた。そこにいるのは、中学校の制服に身を包んだ五人の少年少女達。

 

「それで、アレが例の素人勇者集団ね。・・・男?あぁ、そういえばあのマッドが何かやってるって言ってたわね・・・。ま、なんにせよ関係ないわ。私が来たからにはまとめて皆お役御免なんだから。」

 

そういうと少女は再びバーテックスへと視線を向ける。その左手には勇者アプリがインストールされた携帯端末が握られており、その画面には『情熱』の花言葉を持つサツキの花を模った文様が表示されていた。

戦う意思は十二分。何せ自分はこの日の為に準備を重ねてきたのだから。

湧き上がる戦意に促されるまま、端末の画面を勢いよくタップする。

赤い光が少女を覆い、神樹様の力が少女を勇者へと変身させた。

両手に現れた刀を軽く振るった少女の顔には、自信に満ちた笑みが浮かんでいる。

そのまま狙いを定めるように右手の刀をバーテックスの方へと突き付けた。

 

「完成型勇者三好夏凜!派手に初陣、飾ってやるわ!!」

 

自らを鼓舞するように高らかに宣言し、少女―三好夏凜は樹海の空へと躍り出た。

 

 

 

 

「いい?紘汰。ステイ、ス・テ・イよ。あんたがやる気なのは十っ分!わかったから、ひとまずは落ち着きなさい。がっつく男ってのはモテないのよ?まずはしっかり相手の出方を伺ってから・・・・ってコラ!!」

 

『オレンジアームズ!花道!オン、ステージ!!』

「先行くぜ姉ちゃん!」

 

一か月ぶりに現れた敵、山羊座のバーテックスに向かって一番最初に飛び出したのは、何を隠そう犬吠埼家の長男にして落ち着きのないことに定評のある紘汰であった。

随分長い間お預けを食らっていたせいかやけに張り切っており、それを諫めるためにわざわざ風が声をかけたのだがやっぱりというかあまり効果はないようだ。

 

「ちょっと!!・・・ったく!ホントしょうがないわねぇ!」

 

あっという間に遠ざかる背中に、呆れ混じりの声がでる。

前述の通り久しぶりの戦闘だ。こういう場合、普通の中学生ならば多少なりとも足が竦むものではないだろうか?

現に、紘汰以外のメンバーは樹海化が終わり敵の姿が見えた時に大なり小なり二の足を踏んでいる様子があった。

そしてその中には風自身も含まれている。勇者部部長として皆を鼓舞する必要があるのはわかっているのだが、風だって15歳の少女である。怖いと思うことだって当然あるのだ。

そう言った面でいえば、こういう時何も悩まずに真っ先に動いてくれるのは、正直言ってありがたい部分もあるのは確かだった。

 

だが、それにしたって無策で突っ込むのはいただけない。なんせまだ皆変身すら終わっていないのだから。

それにこれは前回の時と全く同じ状況だ。あの愚弟は、前回の戦いのときに東郷に何を言われたのかもう忘れたんだろうか。・・・忘れたんだろうなぁ。

 

「紘汰君・・・・・・・・・・・。」

「と、東郷さん。落ち着いて、ね?」

 

ほら、なんだか後ろから黒いオーラ的なものを感じる。どうしよう振り向きたくない。

あのどうしようもない弟がこの後東郷にどんな目に合わされるのか。自業自得ではあるのだがとりあえず冥福ぐらいは祈っておこう。

最近段々わかってきた後輩の恐ろしさに隣にいる妹と共に冷や汗を流しながら、心の中で弟に敬礼を捧げる風なのであった。

 

 

 

一方、祈られている当の本人はというと、そんな背後の様子に全く気付くことも無く敵の元へと走りながら久しぶりに手にした大橙丸の感触を確かめていた。

 

そもそも紘汰の中では自分が一番槍を担当するのは既に決定事項であった。

勇者へと変身した仲間たちは、精霊の加護によりめったなことでは傷つかないほどの強力な防御に守られているとは聞いている。先日の戦闘でも牛鬼が友奈を守ってくれている所は見ていたし、一応それはわかっているつもりだ。

しかし、少々派手ではあるが普通の布で作られているように見える服に、本当にそれだけの性能があるのかというところが紘汰は未だに信じきれないでいた。精霊の守りも本当に緊急時のみのもので、命に関わらないような程度の傷ならば簡単に負ってしまうのではないかと思えてしまう。

それならば、見た目にも明らかに頑丈な鎧を纏った自分が先頭に立つべきだろう。一緒に戦うとはいっても、やはり彼女達には余計な怪我等は極力してほしくないのだ。

 

そんなことを考えている間に、徐々にバーテックスとの距離が縮まってきた。

縦長の本体から四本の足が生えているといった形状をしており、なるほど言われてみればその足が山羊の角のように見えなくもない、しかし・・・

 

(山羊っていうよりどっちかっていうと足の少ないタコって感じだよなぁ・・・。)

 

五体目ということで流石に慣れてきたのか、そんな益体もないことを考える余裕が紘汰にはあった。

十二体のバーテックスはそれぞれ十二星座を模っているらしく、乙女座、蟹座、蠍座、射手座と来て今回は山羊座である。順番通りに現れているわけでもなく、その周期も不規則だ。前回はある程度名前通りの能力を持った相手だったが、今回は見た目からも正直何をしてくるのか予想がつかない。

とりあえずは、仕掛けてみるしかないわけだ。

 

「とにかく先手必勝だ!いっくぞぉおおおお!・・・ん?」

 

たとえどんな敵だろうが、何かする前に倒してやる。

そんな気持ちで大橙丸を振りかぶったその瞬間、紘汰の目が視界の端に何かを捉えた。

光を反射しながら飛来したそれは、今まさに紘汰がとびかからんとしていたバーテックスの頭に突き刺さり、そして―――

 

「な、なんだぁ!?」

 

爆発した。

至近距離でその衝撃を受けた紘汰の体は進行方向とは逆に吹き飛ばされ、まともな受け身も取れずに後頭部を強打する。

驚いたやら痛いやらで仮面の下で涙目になる紘汰。未だぐらぐらと揺れる頭を抱えなんとか立ち上がろうとした時、頭上から聞きなれない少女の声が轟いた。

 

「チョロい!!!!!」

「あいつは・・・?」

 

上空に見えるのは仲間たちと似た意匠の赤い勇者服。

両手に掴んだ刀を振りかぶり、まっすぐこちらへ飛んでくる。

普段の活動やそれ以外の諸々で比較的顔が広い方だと自認している紘汰でも見たことが無い少女だった。ここにいるということは、もしかして彼女も勇者という事だろうか。

 

しばらく茫然としていた紘汰を現実に戻したのは背後の敵が動き出す気配だった。

爆発の衝撃から立ち直ったらしいバーテックスが、やってくる少女を迎え撃たんと攻撃手段であろう四本の足を動かそうとしている。

 

「オイあんた!危ねぇぞ!!」

 

誰かはわからないが、あのような空中では避けられない。そう思った紘汰は咄嗟に大声で少女に注意を呼び掛けた。

しかし少女は聞こえているのかいないのか、その顔に浮かべた不敵な笑みを消そうともしない。

 

「甘い!!!!!」

 

気合の声と共に少女が投擲した刀が、バーテックスの足へと正確に突き刺さる。

突き刺さった刀は先ほどと同じように爆発を起こし、またしても機先を制されたバーテックスの体がぐらりと傾いた。

 

「すげぇ・・・。」

 

戦闘開始からわずかの時間でバーテックスを封殺してしまった。

その見事な手際に思わず紘汰の口から感嘆の声が漏れる。

そんな紘汰を尻目に、少女は新たな刀をバーテックスの足元へと投擲した。

地面に刺さった刀を起点に封印の光が広がっていく。どうやらこのまま一気に片を付けるつもりらしい。

 

「こうしてる場合じゃねぇ!俺も・・・おわっ!?」

 

とにかく手伝わなければと動き出そうとした瞬間、バーテックスから吐き出された御霊から毒々しい色の煙が噴出した。煙は瞬く間に樹海内に拡散し紘汰の視界を埋め尽くす。

 

「ゲホッ!ゲホッ!何だこれ!?あー、もう!!」

 

毎回いろんな抵抗を見せる御霊だが、今度は目くらましで逃げる戦法だろうか?

視界はゼロだが動けないわけではない。今ならまだ凡その位置は覚えているし時間が経てばたつほど場所がわからなくなるかもしれない。

そう思った紘汰は意を決して一度頷くと、先ほど御霊がいた位置に向かって走り出した。

後ろの皆も赤い少女も心配だが、今はまずやるべきことをやる時だ。

 

 

 

完璧だ。

初めての実践の手ごたえに、三好夏凜は満足気な様子で頷いた。

御霊が悪あがきで出した煙に視界は覆われているが全く問題はない。敵の気配ならば今も完全にとらえている。

先ほど妙な鎧武者がバーテックスの足元で何やら転がっていたようだが無視しておいていいだろう。どうせもうすぐ決着はつくのだ。

初戦にしても聊かあっさりしすぎだが、準備運動としてはちょうどいいぐらいだろう。

煙を吐いた御霊だが速度はそこまで無いようで、現れた位置から大して移動はしていない。夏凜は新たに出現させた両手の刀を握りなおし、止めを刺さんと跳躍した。

御霊の気配はどんどん近づいておりもうすぐ射程内へと入る。このバーテックスを倒したら今回の戦果を以って素人連中にはおとなしく言うことを聞かせよう。

 

そんなことを考えていた夏凜は気づかなかった。

御霊の気配とは別にもうひとつ、気配が近づいてきていることに。

 

「気配で見えて・・・ってちょっと!!??」

「え?おわぁ!?」

 

近づいてきた気配とはもちろん、アーマードライダー鎧武こと犬吠埼紘汰である。

夏凜は気配で、紘汰は勘で目指していた位置は見事に合致していた。

記憶と勘を頼りにフラフラと移動していた紘汰が、この時奇しくも夏凜の進行方向に割り込んだのだ。

結果はもちろんお察しである。

 

「ちょっと何よアンタ邪魔よ!どーきーなーさーいぃ!!」

「その声さっきの・・・ってちょっと待てって!痛ッ!痛ぇって!どけって言ったってあんたの方が上に乗ってんだろ!?」

 

大きな衝撃音と共に衝突し、もつれ合って倒れた二人。

紘汰の体の上に×の字になるように覆いかぶさった夏凜は、混乱と怒りとせっかく決めようとした所で無様に失敗してしまったという羞恥で暴れ、刀の柄で紘汰の鎧をガンガンと叩いている。

動けないのはこっちだと叩かれながら思う紘汰であるが、邪魔してしまった自覚もあるので強くは言えない。だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 

「オイ!オイってば!こんなことしてる場合じゃないだろ!早く御霊を倒さねぇと!」

「~~~~~ッ!!!アンタ!覚えてなさいよ!!!」

 

感情が暴走していたとしてもそこは流石に訓練された勇者である。言いたいことは五万とあるが思考を切り替えて立ち上がった。

幸いにして衝突の衝撃で少し煙が晴れている。別に晴れていなくても問題はないが、見えていた方が確実だ。

頭をさすりながら立ち上がろうとしている憎き鎧武者を一睨みして、取り落とした刀を拾いあげる。

 

「フン、まぁいいわ。せっかくだからあのマッドが作ったその妙な物の性能ってヤツも見てやろうじゃない。ちょっと!いつまでボーっとしてんのよ!」

「お、おう・・・ってマッドってあんた、戦極のこと知ってんのか?」

「今は関係ないでしょ!いいから合わせなさい!」

「わ、わかったよ・・・。じゃあ、行くぞ!!」

『オレンジスカッシュ!!』

 

少女の言葉に気を取り直した紘汰が、戸惑いながらもドライバーのカッティングブレードを倒し込む。ロックシードから溢れたエネルギーが大橙丸へと伝達し、大橙丸がオレンジ色の光を放ち始めた。

その様子を一瞥して再度鼻を鳴らした夏凜は、改めて御霊に向き直ると両手の刀を構えなおした。

そしてそのまま合図もなく御霊へ向かって跳躍する。その背中に、一拍遅れて紘汰が続いた。

 

「これでぇぇ!!トドメよッ!!」

「はぁぁぁぁ!!おりゃああ!!」

 

御霊を中心として夏凜が左に、紘汰が右に切り抜ける。

交差した二つの斬撃が、御霊を四つに切り裂いた。

 

 

 

「えーっと・・・誰?」

 

戦闘が終わり、完全に置いてきぼりを食らった勇者部の面々が集まってきていた。

気まずそうな紘汰を背後に不機嫌そのものといった顔で仁王立ちしている夏凜に対して誰もが思っている疑問を投げかけたのは友奈である。

遠慮がちにそう訊ねる友奈を一瞥し、肩をすくめた夏凜が口を開いた。

 

「揃いも揃ってボーっとした顔してんのね。こんな連中が神樹様に選ばれた勇者だなんて。」

 

初対面でいきなりのツンケンした態度に、困惑を隠せない友奈達。

中でも割と血の気の多い方である風と紘汰は少しムッとした表情を見せていた。

バーテックスを倒してくれたのはありがたいが、そんな言い方はないんじゃないだろうか。

思わずといったように、紘汰が夏凜へと苦言を投げた。

 

「なぁあんた、何もそんな言い方・・・。」

「なによお邪魔虫。」

 

お邪魔虫って・・・まぁ確かに邪魔はしてしまったのは確かだけど・・・。

取り付く島もない夏凜の様子に二の句を継げなくなった紘汰を無視して、夏凜は再び口を開いた。

 

「私の名前は三好夏凜。大赦から派遣された正真正銘の正式な勇者よ。」

「正式な・・・勇者?」

 

正式とはいったいどういう事なのか。

頭を捻る一同を尻目に尚も夏凜は言葉を続ける。

 

「そ。アンタたちと違って、ね。だからアンタ達の役目はこれで終わり。はい、お疲れさまでしたー。」

「「「「「ええええええ!!??」」」」」

 

夏凜の口から飛び出した突然の終了宣言に、部員達の驚きの声が樹海の中を響き渡った。

 




ファーストコンタクト失敗!
ツンデレ相手にこれはまずいですよ紘汰さん!
まぁ、往々にして何かが始まるきっかけはこんな感じですけどね(始まるとは言ってない)。

基本的に原作通りの展開が続いていますが、1章2章はちょっと改変が難しい事情があり・・・。
3章は本格的に変わってくる予定なのですが。



1万突破記念ということで以前ちょろっと言っていた黒ミッチ主人公モノを形にしてやろうかと僕の中のレデュエが囁きましたがあまりにも記念にする内容ではないので断念。
短編程度の構想はあるので別の機会にちょっとやるかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話

少し短めですが予定した後半が思ったより長くなったので分割。
続きは数日以内にできると思います。


静かな部屋の中に白いチョークが黒板の上を走る軽快な音が響いている。

ここは朝会中の二年三組の教室。クラス全員が見つめる先で担任教師の手により『三好夏凜』と名前の書かれた黒板の前で静々と佇むのは、昨日突如あの戦場に現れて衝撃の発言をしたあの少女だった。

 

「こちらは、本日から皆さんと一緒に勉強することになった三好夏凜さんです。三好さんは、ご両親のお仕事の都合でこちらに引っ越してきたのよね。」

「はい。」

 

皆の注目が集まる中、担任教師の言葉に淡々と答えるその姿はその名の通り凛としていて、只者ではなさそうな彼女の雰囲気はこういったイベント事には目のないはずの中学生達を静まり返らせていた。続く担任の言葉によれば、編入試験もほぼ満点でパスしているらしい。雰囲気だけではなく本当に只者ではないようだ。

 

「では三好さん。三好さんから皆さんに挨拶を。」

「三好夏凜です。よろしくお願いします。」

 

素っ気ないとも言えるシンプルな挨拶が終わり、ようやく教室内が騒がしくなり始めた。

クラス皆が好奇心に満ちた視線を向ける中、呆気に取られている表情が三つある。その持ち主はいうまでもなく勇者部所属の三人だ。

 

(オイオイ・・・。)

(ほぇー・・・。)

(なるほど・・・。)

 

紘汰は顔を引きつらせ、友奈は単純に驚いて、東郷はどこか得心がいったというように。

兎にも角にも彼らの日常は、また騒がしくなりそうだった。

 

 

 

 

「転校生の振りなんてメンドクサイ。でもまぁ、私が来たからにはもう安心ね!完全勝利間違い無しよ!」

 

放課後の部室。

先ほどまでの教室での姿からは打って変わって、昨日のような自信満々といった態度に戻った夏凜は事情説明を含めた改めての顔合わせの為に集まった勇者部の面々の前でそう宣言した。

そんな夏凜の発言に、面白そうに微笑む風とそれどころではない紘汰はさておいて他の面々は未だに困惑の色を隠しきれていない。それぞれ顔を見合わせる中、代表して東郷が口を開いた。

 

「なぜ今このタイミングで?最初はともかく昨日はもう三回目の戦闘だったんですけど・・・。」

「私だってもっと早く出撃したかったわよ。でも大赦はお役目の完遂を確実にするために二重三重の備えをしているの。戦力を即時投入するよりも更に質を高めることで最強の勇者を完成させたってワケ。まぁそれ以外にも勝手に色々やってるヤツもいるみたいだけど・・・ところでアレは何なの?」

 

そういって夏凜が水を向けたのは、女子部員達が横並びに座っているさらに後ろ。先ほどから時々苦悶のうめき声が聞こえてきているそこにいるのは、フローリングの床に直接正座させられて『反省中』『大和魂』『七生報国』等と書かれたプラカードを首から下げた紘汰だった。

その“勝手に色々やった結果”である人物の謎の状況に流石の夏凜も困惑を隠しきれない。いや、夏凜自身としてもこの男に言いたいことは山ほどあるわけだがこれは一体・・・

 

「気にしないでください。」

「いや、でも・・・。」

「気にしないで、続けて。」

 

まさに取り付く島もないといった東郷の言葉に押し黙らされてしまう夏凜。・・・ちょっと目がコワイだなんて思っていない。見れば他の部員達の表情も若干引きつっている。

 

「と、とにかく!アンタ達先遣隊の戦闘データをもとに完璧に調整された勇者。それが私。私の勇者システムは対バーテックス用に最新のアップデートが施されているわ。その上・・・」

 

そこまで言うと夏凜はおもむろに傍に置かれていたモップを手に取った。

そしてそれをそのまま演舞を行うように振り回す。

 

「アンタらトーシロとは違って、数年間にわたる正式な戦闘訓練を受けているのよ!」

 

夏凜の手によって制御されたモップは、流れるような動きで空中を舞い踊る。

そこには確かに素人とは一線を画す”技”が込められていた。思わずといった様子で部員たちの中から拍手が巻き起こる。

 

「なるほど・・・躾甲斐のある子が出てきたわね。」

「なんですって!?」

「け、喧嘩はだめだよぉ!」

 

そんな中、腕を組んで頷いていた風が片眼をあけながら挑発的な言葉を漏らした。それに反射的に突っかかる夏凜とそれを慌てて宥める樹。後輩達は基本的に素直な子ばかりで大変結構ではあるのだが、たまにはこういう子を相手にするのも張り合いがあっていい。

不敵な笑みを浮かべる風と受ける夏凜との間で視線が交錯し一瞬火花が散るが、樹の必死な声に先に矛を収めたのは夏凜だった。

 

「フン、まぁいいわ。とにかく大船に乗ったつもりでいなさい。ここからは私がアンタたちを勝利へ導いてあげる。」

 

話はこれでおしまい。

もうこれ以上話すことはないといった様に夏凜が沈黙した。

勇者部のメンバーたちも各々が今聞いた話を自分の中で噛み砕き、整理しているため部室の中は珍しく静寂な空気が流れている。

その静寂を破って最初に動き出したのは友奈だった。

友奈は椅子から立ち上がり、夏凜の元へと歩き出す。嬉しそうにニコニコと近づいてくる彼女に夏凜は訝し気な視線を向けた。

 

「・・・何よ。」

「これからよろしくね。夏凜ちゃん。勇者部へようこそ!」

「い、いきなり下の名前!?馴れ馴れしい奴ね・・・別にいいけど・・・。というか何よ勇者部って。部員になるなんて一っ言も言ってないわよ。」

 

距離感の近さに戸惑いながら、違うの?と首を傾げる友奈の言葉を否定する。

友奈を中心に部員達の中では半ば以上確定事項だったが、夏凜には毛頭そんなつもりはなかった。

 

「アンタねぇ。私はアンタ達を監視するために来ただけよ。」

「でも監視ってことはずっと一緒にいるってことでしょ?なら入部した方が話が早いんじゃない?」

「うっ・・・。まぁいいわよそれならそういう事で。その方が監視もしやすいのは確かだしね。」

 

この期に及んでもまだ頑なな態度を取る夏凜に勇者部女子部員たちは苦笑気味だ。彼女たちはこの短い時間でなんとなく夏凜がどういう性格をしているのか徐々につかみかけてきていた。しかし、あんまりと言えばあんまりな言い草に先ほどから黙っていた紘汰がとうとうしびれを切らしてしまった。・・・足のしびれは切れてはいないが。

 

「あのなぁ。監視監視ってそんな言い方しなくていいだろ。そんなのなくたって俺たちはこれまでみんなで一緒に頑張ってやってきたんだから。」

 

こうなってくると売り言葉に買い言葉だ。夏凜だって内心少し言いすぎている自覚はあるが、素直になれない性格が邪魔してついつい熱くなってしまう。結果として口をついて出てきたのは謝罪ではなくさらにキツイ言葉だった。

 

「フン、どーだか。だいたいあんたみたいな勇者ですらない部外者と偶然選ばれただけのトーシロが大きな顔するんじゃないわよ。」

 

そのままにらみ合う二人に、場の空気が少しずつ悪くなっていく。

人一倍そういう雰囲気に敏感な樹は既に少し涙目で、紘汰と夏凜との間で視線が行き来している。

見かねた風がそろそろ仲裁に入ろうかと思った時、険悪な空気をぶち壊す救いの手は意外なところから差し伸べられた。

 

「大赦のお役目ってのはねぇ。半端な覚悟じゃ―ってあああああああああああああああああああああああ!!!」

 

突如悲鳴を上げた夏凜。

その視線の先には―――牛の様な精霊に頭を齧られている大事な相棒の姿が!

 

「あああああああああアンタ一体何してんのよ!離しなさいよこの腐れチクショー!!!」

 

絶賛大ピンチの相棒のもとに大慌てで駆け寄った夏凜がその体を掴んで振り回す。

先ほどまでの姿は見る影もなく、もはや完全に取り乱してしまっている。

要救助者である義輝が目を回してしまうほど何度もシェイクした結果、とうとう耐え切れなくなった牛鬼の顎が外れ、遠心力に従ってポーンと飛ばされた。

放物線を描いて飛ぶ牛鬼の行方を皆の視線が追う。

そんな状況にも関わらず割と余裕な表情で勢いのまま流れに身を任せていた牛鬼だったが、着地地点にあるものを視界に収めた瞬間目をギラリと輝かせ口を大きく開いた。

そして―――

 

「イダダダダダダダダダダダダダ!!!やめろ牛鬼痛いって!!!あああああ立てねぇ足がああああ!!!友奈助けてくれえええええ!!!」

「あぁ!お兄ちゃんが!」

 

ガブリと噛みついたのは正座の刑を受けている紘汰の頭。

牛鬼の強靭な顎の力と猛烈な足のしびれが同時に紘汰に襲い掛かった!

現場はまさに阿鼻叫喚。慌てて友奈が救出作戦を実行する。

 

「ごめんね紘汰くん!・・・ほ~ら牛鬼~こっちには大好きなビーフジャーキーがあるよ~こっちの方がおいしいよ~おいでおいで~。」

「ちょっとアンタの精霊どうなってんのよ!」

『外道め!』

「外道じゃないよ牛鬼だよ。ちょっと食いしん坊さんなんだよね・・・よし、いい子いい子。」

 

大好物のビーフジャーキーにつられて最優先目標を変更した牛鬼がようやく紘汰を開放した。今は友奈に撫でられながら彼女から与えられる大好物に舌鼓を打っている。

一方、牛鬼から解放された紘汰はついでに東郷にもお許しを得た様で、正座を崩してぐったりと横たわっていた。そんな紘汰を甲斐甲斐しく世話しているのは犬吠埼家の最大の良心である末っ子の樹だ。なお、姉の方はそんな弟の姿を見て爆笑していたりする。

 

「牛鬼に齧られるから、私も皆も精霊を外に出せないの。」

「はぁ!?自分の精霊の手綱ぐらいちゃんと握ってなさいよ!」

「そうしたいのは山々なんだけど・・・この子しまっても勝手に出てきちゃうし・・・。」

「アンタのシステム壊れてんじゃないの!?」

 

一連の騒動で、先ほどまでの微妙な空気は完全に雲散霧消していた。色んなところに被害は出たが結果オーライということにしておこう。

深呼吸を数回、何とか精神を落ち着けた夏凜がみんなの前で改めて宣言する。

 

「ともかく!アンタ達はこれから私の監視の元、バーテックス討伐に励むのよ!いいわね!?」

「部長がいるのに?」

「私はね、部長よりも偉いのよ。」

「ややこしいなぁ・・・。」

「ややこしくないわよ!!」

 

あくまでマイペースな友奈の態度に先ほどから夏凜は翻弄されっぱなしだ。

このまま二人だけでやり取りしていたら永遠に決着がつかないなと判断した部長が、遂に重い腰を上げて助け舟をだした。

 

「事情は分かったけど、学校にいる限りは上級生の言うことを聞くものよ。事情を隠すのも任務のうち、でしょ?」

「フン。そうね。どうせ残りのバーテックスを倒したらお役御免なんだから、その間ぐらいは付き合ってあげるわよ。」

「全く、ホント強情な子ねぇ。・・・じゃあ早速だけどコレ。」

 

そういって風が差し出したのはこの部活の行動指針である勇者部五箇条が書かれたメモ。

いきなりそれを渡された夏凜はこの年長者の意図が読めず首を傾げた。

 

「勇者部五箇条って・・・ナニコレ。アンタ達らしい随分ふわっとした目標ね。で、これがどうしたワケ?」

「勇者部の新入部員にはね。これを屋上で大声で叫ぶという伝統があるのよ。」

「はぁ!?なんで私がそんなこと!!」

 

悪い顔をした部長の要求に、当然のように反発する夏凜。

もちろん大嘘である。そもそもたった一年前に風が設立した部活に伝統もクソもないのだから。当然そんな横暴は許すまいと部員達から総突っ込みが入った。

 

「部長。それは部長個人への罰ゲームだったはずですよ。」

「お姉ちゃん・・・アレ本気だったんだ・・・。」

「ははは・・・流石にそれは無茶ですよ風先輩。」

「大人げないぞ姉ちゃん。」

「私だけあんな思いをするのは嫌ぁー!!もっとたくさん巻き込んでやるんだからー!」

 

遂に駄々をこね始めた部長を総出で宥めにかかる部員達。

夏凜は未だに状況が呑み込めずに目を白黒させていた。

そんな夏凜の元へ他の部員達に風を任せた友奈が笑顔で近づいた。

 

「改めてよろしく夏凜ちゃん。一緒に頑張ろうね。」

 

友奈から感じるまっすぐな好意に夏凜は思わず言葉を詰まらせた。

慣れないその感覚はなんだかとてもくすぐったく、でも悪い気分ではない。

 

「頑張るのは当然でしょ!せいぜい、私の足を引っ張らない事ね!」

 

一瞬逡巡したのち、結局夏凜の口をついて出てきたのは照れてしまった自分をごまかすようないつものように棘のある言葉だった。

 




15話ちょとと書いてまだ原作3話の入り口とか・・・完結には一体何話書けば・・・(震え

次回は場所を移し同日のうどん屋スタート。
久々にヤツの登場です。
この人出てくるとめっちゃしゃべる・・・長くなったのもそれが原因です。

15話が分割したのは・・・はっ!全部私のせいだ!ははは!湊くん!私のせいだ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話

待たせたね、諸君(byドクター

というわけでお久しぶりの奴の登場です。


「うーん。どうやったら仲良くなれるのかなぁ。」

 

悩まし気な表情でそう呟いたのは、注文した天ぷらうどんを少しずつ口に運んでいた友奈だった。

部活の時間が終わり、夏凜を除く勇者部一行はいつものうどん屋へと足を運んでいた。

もちろん夏凜も誘ってみたのだがやはりというかなんというか素っ気なく断られてしまっていた。

 

「頑なな感じの人でしたからね・・・。」

「悪い人ではないのは確かだと思うんですけど・・・。」

 

友奈から漏れた呟きに東郷と樹が追従する。

この場にいる誰もが夏凜と仲良くしたい気持ちは一緒だ。

しかし、昨日初めて会った気難しい新入部員にどうしたものかと頭を悩ませていた。

 

「ああいうタイプは色々難しいからねぇ。紘汰も、張り合い甲斐がある相手だからってあんまり突っかかるんじゃないわよ?相手は女の子なんだから。」

「うっ・・・わかってるよ姉ちゃん。」

 

そう言って、いつものごとく既に三杯目に突入している風が隣に座っている紘汰を肘で小突いた。紘汰も自覚はあるようで、バツが悪そうに後頭部を掻いている。

 

「まぁまぁ風先輩。紘汰君も私たちの為に言ってくれてるんですから・・・。そうよね紘汰君?」

「いや、まぁ別にそれだけではないんだけどさ・・・。」

 

東郷の思わぬ援護射撃に紘汰は恥ずかしそうに言葉を濁した。

確かにその通りでもあるのだが、直接言われるとどうにも照れ臭い。

 

「でもせっかく勇者部の仲間になったんだから、やっぱり仲良くしたいよね。」

「そうだな・・・よし。やっぱ今日のこと謝んなきゃな。なんにせよまずはそこからだ。」

「よしよし。よく言ったわ紘汰。それでこそ私の弟よ。」

 

そうやって頭を撫でようとしてくる姉の手を慌てて紘汰が掻い潜る。

この姉はこうやって時々弟や妹の頭を撫でようとする癖があった。

樹はまんざらでもないようだが、紘汰は思春期真っ盛りの男子中学生である。いつまでも子ども扱いされているようで、流石に少し嫌だった。

僅かの攻防の末に何とか逃げ切った紘汰は、不満そうな風をあえて無視しつつ皆の前で意気込みを新たにする。

 

「とにかく行動あるのみだよな!それに少しだけ一緒に戦ったけど、アイツの強さは本物だ。ちゃんと連携できるようになればこれからの戦いだってきっと楽に―――」

 

 

「それは少し楽観的過ぎるんじゃないかなぁ。」

 

 

背後から突然割り込んできた声に思わず紘汰の体は飛び上がった。

聞きなれないその声に、他の皆も訝し気に紘汰の背後に目を向ける。

全員の視線が集まった先、そこにいたのは行儀悪く立ちながらうどんを啜る白衣の男。

自称大赦の研究員にして戦極ドライバーの開発者。

戦極凌馬、その人だった。

 

「せ、戦極・・・!?なんでこんなところに!?」

「私がうどん屋で早めの夕食を取っているのがそんなにおかしいかい?まぁ実際のところは君に会いに来たわけなんだが。君たちが部活の後にここをよく利用することは知っていたからね。」

「俺に・・・ってなんの用事だよ。」

「まぁまぁ、それは後でいいじゃないか。ホラ、せっかくのうどんが伸びてしまうよ。それはうどんに対する最大の冒涜だと私は思うけどね。」

 

非常識な割り込みをしてきたくせに常識的な指摘をしてくる戦極に唖然とするが、確かにその通りであるのだとひとまず納得して引き下がる紘汰。

誰もがその珍客の様子を伺い、チラチラと盗み見はするが声を発することはできないでいる。

何とも言えない空気が漂う中、うどんを啜る音だけが店内に響いていた。

 

 

 

 

「改めて、久しぶりだね犬吠埼紘汰君。それと、勇者の諸君は初めましてかな?彼から聞いているかもしれないが私の名前は戦極凌馬。大赦に所属するしがない研究者さ。」

「「「「ど、どうも・・・。」」」」

 

突如現れ一方的な自己紹介を始める目の前の男に、初めて会う紘汰以外のメンバーたちは困惑気味だ。

紘汰から話は聞いていたが実際に会うとなるほど確かに胡散臭い。

初対面で失礼だがマッドサイエンティストという言葉がしっくりくる風貌をしている。

戸惑うこちらを見て楽しんでいるようで、なんだかちょっと落ち着かない。

 

そんな推定マッドサイエンティストから他の面々を守るように紘汰が一歩前に出る。

紘汰の勘はなんとなくだが彼女たちをこの男にあまり関わらせないほうがいいと告げていた。

 

「それで、今日は一体どうしたんだ。」

「いやなに、前回の戦闘の報告書を読んでいたら気になる部分があってね。ちょっと戦極ドライバーの記録を調べさせてもらうと思って足を運んだわけさ。毎回君に来てもらうのも申し訳ないことだしね。と、いうわけで戦極ドライバーを貸してくれるかな?」

 

相変わらず何を考えているのかわからないが製作者に貸せと言われて否やはない。鞄からドライバーを取り出すと戦極が差し出している手の上に乗せた。

ドライバーを受け取った戦極は、傍らにあったカバンの中身を広げるとその場で何やら色んなコード類を次々に突き刺していく。

あの怪しげな研究室とは違いここは町の人達が集まる公共の場なわけなのだが、そんなことは欠片も気にならないようでコードの反対側を持参したタブレット端末に接続しよくわからないデータを閲覧し始めた。

 

何をしているのかはわからないが少なくともそれが終わるまでは帰るわけにもいかない。

とはいえこの男の横で談笑する気になるわけもなく、何とも手持ち無沙汰になってしまった。

それならば、昨日からずっと気になっていたことをこの男に聞いてみよう。

 

「なぁちょっといいか。あんたに少し聞きたいことがあるんだけどさ。」

「ん?何かな?」

 

戦極は画面に顔を向けたままで紘汰の方を一瞥もしない。しかし、反応が返ってきたということは少なくとも話をする気はあるようだ。

紘汰が思い出すのは昨日の戦闘の時のことだ。

昨日、樹海の中で紘汰の姿を見た夏凜は確かに『あのマッド』と口走っていた。

あの時はあれ以上聞けなかったが面識があるのは間違いないとみていいだろう。もしかしたら彼女について色々と知っているかもしれない。

本人以外から勝手にそのような話を聞くのはマナー違反かもしれないが、今はとにかくほんの少しでも取っ掛かりが欲しい状況だった。

 

「昨日から戦闘に参加した三好夏凜だけどさ。あんたあいつと知り合いだったりすんのか?」

「あぁなんだそんなことか。面識はもちろんあるさ。一応私も研究者の端くれとして勇者システム関係にも携わっているからね。彼女の調整も何度か手伝わせてもらったことがある。」

 

戦極の言葉に、紘汰をはじめ勇者部全員の注目が集まる。

思いもよらぬ遭遇だったが、もしかしたら夏凜との関係改善のための糸口が掴めるかもしれないのだ。

仲間たちからの目配せを受け頷いた紘汰は、少し緊張しながらも質問を重ねた。

 

「やっぱり・・・。なぁアイツってどんな奴なんだ?完成型勇者っていったい・・・。」

「凡そのことについては彼女から聞いたんだろう?私が改めて言うことはないよ。そして彼女個人の事情についてはよく知らないな。何せ興味がないからね。―――っと、これで終了だ。協力感謝する。中々興味深いデータが取れたよ。」

 

あんたに聞いた俺がバカだったよ・・・。

がっくりと項垂れた紘汰が、そのまま机に突っ伏した。

満足げな顔をした戦極が、返すよと言ってドライバーを目の前に置いたが今はそれに手を伸ばす気にもなれない。

そんな紘汰に変わって、今度は風が恐る恐るといった様子で戦極に質問を投げかける。

本人の性格はともかくとして、せっかく大赦の人間と直接話をする機会が得られたのだ。

風としてはこのチャンスに色々と情報を聞いておきたいという思いがあった。

 

「それで、気になる事って何だった・・・んですか?」

「別にそんなにかしこまらなくていい。そちらは世界を守る勇者様でこっちはただの脇役だ。立場としてはそっちの方が圧倒的に上だからね。何、昨日の戦闘で御霊が煙幕を張ったって報告していただろう?ドライバーのログからそれの成分を調べてたんだ。―――結論から言うとね、あれは煙幕なんて生易しいものではない。非常に強力な毒性を持った毒ガスだったのさ。」

「どっ・・・!」

 

何でもない事のように告げられた情報に思わず風が絶句する。見守っていた他の面々からも息を呑む音が聞こえてきた。

そんな彼女達の様子を知ってか知らずか、戦極は悪びれもせず尚も言葉を重ねる。

 

「ラッキーだったね紘汰君。あと少し戦闘が長引いてたら危なかったよ。一応このドライバーはあらゆる環境下での使用を前提としているが、神の毒とは流石の私も想定外だ。ホラ、ここの数値を見てみるといい。許容値のギリギリだろう?もしこれを越えてたら現状のアーマードライダーシステムでは毒を分解しきれずに最悪死んでたかもしれないね。」

「死んでたって・・・!アンタねぇ!人の弟を何だと思ってんのよ!」

 

流石に今の発言は見過ごせるわけがない。

カッとなった風が戦極に掴みかかろうとするが慌てて紘汰が止めに入った。紘汰の手前一時的に矛を収める風だったが、その目はずっと戦極を睨み続けている。

 

「あぁ、いや済まない。配慮に欠ける発言だった。昔から友人に何度も言われているんだがどうもいけないね。もちろん、今後はそんなことが無いようにしっかり対策させてもらうよ。というか応急の対策は今させてもらったから、そうそう大事になる事はないだろう。正式なのはまた後日、完成し次第連絡するよ。」

「ああ、頼む。」

 

明らかに心のこもっていない謝罪を無視して紘汰は必要な要求だけを告げた。

短い付き合いだがこの男には何を言っても無駄だということは既にわかっている。

しかし、今日初めて遭遇した他の面々はそうではない。

中でも特に樹が不安げな表情で紘汰の顔を見上げていた。

 

「頼むって・・・お兄ちゃん・・・。」

「大丈夫だって樹。危なかったって言っても俺はこの通り何ともなってないんだからさ。それに、今更やめろって言われて俺が引き下がるわけないだろ?」

 

心配そうな視線を向けてくる仲間たちの顔を見渡して紘汰はそう言い切った。

皆の気持ちはありがたいし不安にさせて申し訳なくも思うが、それでもこれだけは譲れないのだ。

 

「いやはやいい仲間を持ったね紘汰君。これは私も一層努力してサポートしないと後が怖いなぁ。―――しかし毒か。ある程度予想はしていたがやはり大変興味深いね。」

「なんの話よ。」

 

先ほどまでのやり取りで、風の警戒心と不信感は最大まで高まっている。

それでも話に付き合おうとするのは、前述のとおり少しでも情報を引き出そうとしているからだ。

個人的な感想に興味を持たれたことに気をよくしたのか、戦極は椅子に座りなおして話をする体制に入る。

 

「バーテックスが何故襲ってくるのか、君たちはその理由は聞いているかな?」

「それは・・・人間たちに怒った天の神様が世界を滅ぼすために送り込んできているって・・・。」

 

突然話を振られた友奈が戸惑いながらも答えを返す。

友奈自身も風からの受け売りだが、少なくともそれを信じて世界を守るために戦ってきたつもりだ。

 

「そう、天の怒り。この表現は西暦以前から人々の間で用いられてきた。古来、人々は人知の及ばない自然災害や天変地異を天の怒りとして畏れ、同時に敬ってきた。地震や雷、洪水や干ばつなどといった特定の条件によって発生する無差別な自然の暴威。”理由のない悪意”と言い換えてもいいかもしれないね。」

 

話しているうちに段々と興が乗ってきたようで、戦極は身振り手振りを交えながら楽しそうに語り続ける。

 

「さて、そう言った”理由のない悪意”を天の怒りと定義した上でバーテックスの襲撃について考えてみよう。そこには明らかな違いがあるとは思わないかい?」

「・・・バーテックスには、明確な目標がある・・・?」

 

戦極個人への敵意はひとまず脇に置き、彼の話について真剣に考え込んでいた東郷がポツリとそう呟いた。期待した反応が返ってきたことに、戦極は非常に満足気だ。

 

「その通り。一般的な所の天の怒りと違い、バーテックスには明確に特定の対象に向けた害意というものが存在する。それは今回の敵の毒ガスはもちろん、前回の連携攻撃を仕掛けてきた三体を見ても読み取れる。バーテックスは人類を、ひいては君たち勇者の様な存在を意識して対策を講じている。そこには神の怒りというよりも、ともすれば人間的な敵意や殺意が込められているように私には感じられるんだ。」

「それは・・・。」

 

バーテックスの正体。

そんなことは全く考えたことが無かった。

自然災害のようにやってくる存在でないのならば、一体自分たちは何と戦っているんだろうか?

考え込んでしまった勇者達を尻目に、一区切りしてふと時計を見た戦極がわずかに眉を顰める。どうやら自分は思ったよりも話に熱中してしまっていたらしい。

 

「少ししゃべりすぎてしまったね。色々言ったがもちろんこれも憶測にすぎない。実際のところ天の神について文献にそう記されているし、大赦に関係してバーテックスを知るほとんどの人間がこの天の神の怒りという話を信じている。しかし同時に誰も天の神の姿を実際に見たことはなく、その存在を直接確かめたものは居ないというのもまた真実だ。―――まぁ今確実に言えるのは、バーテックスがこれからも君たちを打倒するために進化していく可能性が高いということだ。それを努々、忘れないことをお勧めするよ・・・大事なものを、失いたくないのであればね。」

 

最後にそう言い残し、戦極凌馬は去っていった。

その場に残されたのは散々思考をかき回された上に最後に冷や水をぶっ掛けられた勇者部の部員達。

こうして、異端の科学者戦極凌馬と勇者達との初邂逅はそれぞれの胸に何とも言えないモヤモヤを残し幕を閉じたのだった。

 




※注:SHT出身のキャラです。

あーあ、出会っちまったか。
初期の構想では第一部で紘汰以外に直接遭遇させる気はなかったはずなんですが、気づけばそんな展開に。
早速不況を買うとは流石ですドクター・・・まぁ仕方ないですよね。
バーテックスに関して意味深に語るが果たして・・・

カプリコーンの煙幕は原作では大して言及無かったですが、明らかに色がアレな上に精霊オートガードが完全に反応しているのでどう見ても毒だと思っております。
アーマードライダーにも神樹の守り(弱)はついてますがあくまで(弱)なのでそこは科学で補っているという本作の設定。


これまでのたまに見直すんですがどうも読点多いなぁと感じる今日この頃。
ちょっとずつ修正していきたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話

気づけば3週間・・・。
お待たせして大変申し訳ありません・・・。
しかもその割には大して進んでいないという。


※あとがきにオマケを乗せてみましたのでよろしければどうぞ



「仕方ないから情報共有と交換よ。わかってる?アンタたちがあんまりにも情けないから今日も来てあげたんだから。」

 

ポリポリポリ。

 

そういって部室の黒板の前に立つのは、昨日入部した勇者部の新入部員、三好夏凜である。

なんだかんだで今日もこうしてしっかり来てくれるあたり、案外面倒見がいい性格なのかもしれない。ちゃんと仲良くなれるのかと昨日から散々頭を悩ませてきたが、これは思ったより望みがあるんじゃないだろうか。

 

ポリポリポリ。

 

まぁ、今はそんなことよりも。

 

「・・・にぼし?」

 

目の前の光景に対して、とうとう風が我慢しきれず疑問の声を漏らした。

先ほどから聞こえてくるこの音は、まさに今目の前にいるこの少女が手に持った袋から煮干しを取り出し口の中へ放り込み続けている音だった。

別に個人の趣味趣向にどうこう言うつもりはないが、煮干しを常備している女子中学生というのは流石に珍しいと思わざるを得ない。

 

風の怪訝な表情に、夏凜は思わずムッとする。

彼女の最も信頼する食物が、なんだか馬鹿にされているように感じたからだ。

別に自分のことはなんと思われようが興味はないが、煮干しに対する偏見だけは何としてでも取り除かなければならない。

 

「何よ。煮干しはね、ビタミン、ミネラル、カルシウム、タウリン、EPA、DHAが含まれた完全食なのよ!」

「そ、そうなの・・・。」

「あげないわよ!」

「いらないわよ・・・。」

 

突如熱く語り始めた新人に、風はあっさりと白旗を上げた。

意地っ張りで意外に面倒見がよく、その上こだわりの強い性格らしい。基本的には自分で集めておいてなんだが、やはりこの部活には個性的な人物が集まってくるようだ。

 

「じゃあ私のぼたもちと交換しましょ?」

 

そういって横合いからぼたもちの入った箱を差し出したのは、勇者部の中では唯一風に比肩するほどの料理技術を持つ東郷だった。

風と東郷。どちらも甲乙つけがたい腕を持つが、総合的な家庭料理では風、和食及びお菓子類では東郷にそれぞれわずかに軍配が上がる。

東郷のお菓子の大ファンである友奈は早速目を輝かせてお皿の準備に取り掛かっているが、肝心の夏凜はいきなり差し出されたそれに胡乱げな目線を向けていた。

 

「何よコレ。」

「さっき家庭科の授業で作ったのを取っておいたの。後で皆で食べようと思って。」

「東郷さんはお菓子作りの天才なんだよ!」

 

そう聞くと確かに、ほんの少しではあるがおいしそうに見えなくもない。

夏凜だって女子中学生だ。基本的に健康志向で煮干しこそ至高の食物だとは思っているが甘い物だって嫌いではない。

しかし、それで素直に欲しいとは言えないのもまた彼女なのである。

 

「べ、別に要らないわよ!」

「おいしいのに・・・。」

 

一瞬の間、興味とプライドを天秤にかけて葛藤していた夏凜だったが、結局プライドが勝ったようで最終的には突っぱねてしまった。

東郷は仕方ないとそのまま引き下がったが、友達の自慢の一品を味合わせることができなかった友奈は少し残念そうだ。

 

ところで、どんどん本来の目的からは外れていってしまっているわけなのだが、まぁそんなところも勇者部らしいといえばそうなのだろう。

 

 

 

 

「じゃあ、さっき言った通り情報交換を始めるわけだけど・・・ところでアイツはどうしたのよ。」

 

平素の勇者部独特のゆるーい雰囲気に流されかけたものの何とか立て直し、本題に入ろうとした夏凜だったが、部室を見渡して騒がしいのが一人いないことに気がついた。

思わず口をついて出た夏凜の疑問に答えたのは、親友の作ったぼたもちを幸せそうに口に運んでいた友奈である。

放課後、慌てた様子の紘汰に伝言を頼まれた同じクラスの友奈だったが、色々あってすっかり皆にも話すのを忘れてしまっていたのだった。

 

「んぐっ・・・あいつって、紘汰くんのこと?今日は何か別の用事があるから少し遅れるってさっき教室で言ってたよ。」

「ふーん・・・まぁ別にいいけど・・・。」

 

友奈からもたらされた情報で夏凛はあっさり引き下がった。

一瞬、心の中で何かモヤっとした感覚が生まれたような気がするが絶対に気のせいだ。

勇者ですらない相手だが、一応大赦からの指示もあるので仕方なーく気にかけてやっただけだ。いないならいないで全然構わない。・・・別に、昨日のやり取りを気にしているなんてことは全くない。

 

「・・・いない奴はほっといて、話を進めるわよ。バーテックスの襲来はこれまで周期的な物と考えられてきたわ。・・・でもアンタ達も知っての通り、その法則は既に相当乱れてる。今後敵がどう攻めてくるかは正直言って予測不能よ。」

「確かに一か月前は三体同時、しかも二日連続で出現しましたしね・・・。」

 

気を取り直して話を始めた夏凜の言葉に東郷が相槌を打つ。

夏凜が黒板に書いた情報によれば襲撃の間隔はおよそ二十日前後と想定されていたらしいが、最初の戦いから一か月と少しで既に五体も出現している。その情報はもはや全くと言っていいほどあてにならないとみていいだろう。

しかし、周期の予測があるなどということは、東郷達はもちろん直接大赦とやり取りをしている風ですら聞いたことはない情報だった。

今となっては問題ないが、少しだけ気になる。

大赦もこちらに余計な先入観を与えないためあえて何も言わなかったのだろうか。

 

「私は何が来たって対処できるけど、あんた達は違うわ。気を引き締めないと命を落とすわよ。・・・まぁ予測不能な敵に対して対抗手段がないわけでもない。勇者システムにはまだ上がある。勇者は戦って戦闘経験値をためるとレベルが上がり、より強くなることができるの。それが、『満開』よ。」

「『満開』かぁ・・・。」

 

夏凜の言葉を聞きながら皆が頭に思い浮かべるのは、先日会った戦極凌馬が言っていた言葉だった。

正直あまり良い印象は持てなかったし、どこまで本当のことを言っているのか怪しいが言っていることは一理ある。敵がどう出てくるわからない中、皆で無事にお役目をやり遂げるには、確かに備えるに越したことはないだろう。

そう言った意味で『満開』による勇者システムの強化はとても興味深い話だった。

 

「勇者は『満開』を繰り返すことでより強力になっていく。それが大赦の勇者システムよ。」

「ちなみに、三好さんは『満開』を経験したことがあるんですか?」

 

少し真剣になった部員達の表情を見て少々面食らったものの、ようやく真面目に聞く気になったかと満足そうに頷きながら話を続けていた夏凜だったが、東郷の何気ない質問に言葉を詰まらせた。

大赦で正式な訓練と教育を受けてきた身として色々と語りはしたものの、訓練はともかく実戦は先日が初めてである。まだ『満開』に至るほどの実戦経験値は積んでいない。

 

「そ、それは・・・まだ・・・だけど・・・。い、いいのよ私は!アンタ達とは地力が桁違いなんだから!とにかく、アンタたちじゃそのぐらいしておかないとこれからの戦いではやっていけないって言ってんの!」

「・・・心配してくれてるんですね三好さん。」

「なぁ・・・!?べ、別にそんなんじゃないわ!大赦からの指示だから仕方なく言ってやってんのよ!」

 

嬉しそうな樹の言葉を受けて居心地悪そうにしている夏凜に、メンバーからの生暖かい視線が集まる。実際にそういうと本人は絶対に否定するだろうが、やっぱり素直じゃないだけで根はいい人らしい。

 

「ま、とにかく装備は同じレベル1ってことなら、あとは私たちの頑張り次第ってことね。」

 

視線に耐え切れず顔を赤くして震えだした夏凜を見かねて助け舟を出したのは風だった。

彼女としてはこのままどうなるか見ていたい気持ちもあったが、変に爆発してまたヘソを曲げられても困る。

『満開』については正直まだわからないことが多いが、とにかく当面の方針としては”もっと頑張る”ということでいいだろう。

 

「そういえば、友奈ちゃんは紘汰君と一緒に特訓しているんだったわよね?」

「特訓・・・そうなんですか友奈さん?」

「うん!時間あるときにに少しずつだけどね!」

「あの子・・・そんな話全然聞いてないわよ・・・。」

 

以前紘汰にお願いされて以来、これまで友奈は何回か時間を作って武術を教えていた。

と、言っても勿論人に教えた経験など無いので、基本は友奈がこれまで教わってきた基礎的な動きの指導と筋力トレーニング、そしてちょっとした組手等が中心だった。

流石にこちらでは一日の長がある友奈が今のところずっと優勢ではあるのだが、元来の抜群な運動能力に加えどうやらセンスも相当あるらしく、始めたばかりだというのにもうヒヤリとさせられることが何度もあった。

ちなみにそんな特訓をしているということを家族にすらしていないのは、改めて言うのはなんだか照れ臭いのと、男子中学生らしく『秘密の特訓』というワードになんとなく憧れを抱いているからだったりする。

 

「じゃあそれについては後で本人から聞くとして、とりあえずお役目についてのお話はこれでおしまいね。次はもっと私たちらしい議題に行きましょう。樹、お願いね。」

「はい!」

 

部長である姉の指示に元気よく答えた樹は、集まっているメンバーに鞄に仕舞っていたA4用紙を配り始めた。内容は、今週末に控えた勇者部の活動内容についてのしおりである。

お役目ももちろん大事だが、勇者部の既存メンバーたちにとってはむしろこちらの方がより重要な話題だ。

 

それが丁度皆に行き渡るころ、慌ただしい足音が廊下の彼方から響いてきた。

その足音の主が誰かなんていうことは、流石に言うまでもないだろう。

遅刻して慌てているのはわかるが、廊下を走るのはいただけない。

呆れた風が右手で顔を覆いため息をついたのとほぼ同時のタイミングで扉が開き、足音の主――紘汰がようやく姿を現した。

 

「わりぃ皆!遅くなった!・・・と、あんたも来てたのか。」

「フン。別に。一応部員になったからには形式上来るわよ。」

「そ、そっか。そうだよな・・・。」

 

部室に飛び込んで最初に目に入ったのは、昨日初めて出会った強気な少女の後ろ頭だった。

つい口から出てしまった戸惑い気味の言葉に後悔したころにはもう遅い。素っ気ない言葉と共に早速そっぽを向いてしまった夏凜に紘汰はもはやタジタジだ。

昨日みんなの前で謝ると宣言したものの、いざ本人を目の前にすると中々言葉が出てこない。

結局それ以上は何も言えないまま樹から用紙を受け取ると友奈の隣へと収まった。

そのまま用紙に顔を向け熱心に内容を確認しているようなふりをしているが、先ほどからチラチラと視線がある方向へと向かっていることは外から見ている他のメンバーたちからはバレバレだった。ちなみに奇跡的に視線は交差していないが視線を向けられている方も全く同じことをしており、そちらもバッチリ気づかれている。

素直になれないそんな二人の様子に他の皆はそれぞれ苦笑を浮かべていた。

 

しばらくして今日はこれ以上進展はなさそうだと判断した風が、隣にいる樹に肘で軽く合図を送り進行を促した。それを受け、樹は少し慌てた様子で一つ咳ばらいをすると週末の予定について話を始める。

 

「え、えと・・・それでは、今週末の予定ですが、今週は子供会のレクリエーションのお手伝いをします。」

「具体的には?」

「折り紙の折り方を教えたり、一緒に絵を描いてあげたり、やることはいっぱいです。」

 

予定を発表した樹に東郷が質問し、より具体的な内容が全員に共有される。

話が始まった以上、流石に皆そちらに集中し予定や時間などを真面目に確認していた。

そんな中、唯一人ごとのように黙って用紙を見つめていた夏凜を目ざとく見つけた部長が、いたずらっぽい表情を浮かべながら彼女に向かって声をかけた。

 

「夏凜~。もちろんあんたにも色々働いてもらうから、そのつもりでいなさいよ~。」

「私!?」

「あんた今日からウチの部員でしょ?さっき自分でも言ってたじゃない。部員になった以上は部の方針に従ってもらいますからね。」

「け、形式上って言ってるでしょ!それに私のスケジュールをアンタ達が勝手に決めないでよね!」

 

まさか自分も対象だと思っていなかったが故に大いに慌て始めた夏凜に、ニコニコと笑顔を浮かべた友奈が近づいていく。

子供会のお手伝いとは、これはまたとても楽しそうなイベントだ。

夏凜も一緒に来てくれればもっと楽しくなるに違いない。本人はあまり乗り気じゃなさそうだが、友奈としてはぜひとも来てもらいたかった。

 

「夏凜ちゃん、日曜日用事あるの?」

「ない、けど・・・。」

「じゃあ親睦会もかねてやろうよ!きっと楽しいよ!」

 

無邪気な顔でグイグイくる友奈に夏凜はちょっと押され気味だ。

急に親睦会がなんだといわれたって正直どうしていいかわからないが、100パーセントの善意でこう来られると嫌だとも言いにくい。

しかし、その内容が内容である。

訓練一筋でこれまでやってきた夏凜にとって、年下の子供たちの相手だなんて完全に未知の領域であるし、そもそも向いているとも思えない。

 

「で、でもなんで私が子供の相手なんか・・・。」

「・・・嫌?」

「うっ・・・。」

 

一瞬にして不安げに曇った友奈の表情を見て、強気な夏凜も流石に怯んだ。

口ではなんだかんだ言いつつもやはり、何度怒らせるようなことを言っても自分に好意的に接してくれる相手のそんな表情を見てバッサリ断れるような性格はしていない。

助けを求めるように数度視線をさまよわせるが、どこを見ても目に入ってくるのは、夏凜がYesと言ってくれることに期待するような表情ばかりだった。

言葉にならない言葉を口から零しながら、しばらくそうしていた夏凜だったが、やがて観念したかのように目を瞑って大きくため息をこぼした。

 

「ハァ・・・わかったわよ・・・。今週の日曜日なら丁度、たまたま空いてるわ・・・。」

「やったぁ!!」

 

夏凜から出たOKの言葉に、部室の中が色めき立つ。

そのまま楽しそうに今週末のイベントについて話し始めた今の部員達の頭の中に、もうお役目のことなど残ってはいないのだろう。

あまりの能天気ぶりになんだか頭が痛くなってきた。

 

「・・・緊張感のないヤツら・・・。」

 

そして何より。

そんな雰囲気になんとなく流され始めてきている自分自身に、こんなはずではなかったと頭を抱えながら呟く夏凜だった。

 




書いては消しを繰り返し、息抜きにオマケなどを書いてみたり・・・。

以前言ってたものの導入部的なヤツです。



『散った花の数をかぞえて』

―――両親が死んだ。

それを最初に聞かされた時の感情を、僕はもう覚えていない。
ある日突然見知らぬ大人の人が家にやってきて、父さんと母さんの帰りを待つ僕の目の前でそう告げた。
それがどういうことなのかも理解できぬまま、車で連れていかれた先は大きな病院。
沈痛な面持ちのお医者様の案内で入った部屋の中、二つ並んだベッドの上には確かに僕の父さんと母さんが静かに横たわっていた。
その顔があまりに安らかだったから、本当にただ寝ているだけなんじゃないかと思って僕は母さんの腕に手を伸ばした。
母さんは普段しっかりしているが案外朝に弱いところがあって、時々僕が起こさなきゃいけないことがある。
そういう時はいつも、こうやって腕のあたりを掴み、優しく揺らしながら母さん、母さん、と声をかけるのだ。
そうすると母さんは眠たげな眼をこすりながらも僕に微笑みかけ、ありがとうと言って頭を撫でてくれる。
それが大好きだったから、僕は母さんを起こすのが嫌いじゃなかった。

薄暗い部屋の中で僕はいつものように母さんに呼びかける。
一回、二回、三回と繰り返しても母さんは目を開けてはくれない。
おかしいな。疲れているのかな。そんなことを思いながらも何度も何度も繰り返す。
それが十回を超えたあたりだったろうか。僕をここに連れてきた人が、僕の腕をつかんだのは。
その人は泣きそうな顔で僕を抱きしめ、お母さんはもう目を覚まさないんだよ、と言い聞かせるように僕に囁いた。
その言葉を聞いて僕は、不思議なぐらいあっさりと納得してしまった。
あぁ、父さんと母さんはもう本当に目を覚まさないんだな、と。
そう思えてしまうぐらいに、母さんの体はとっても冷たかったから。

それから数日は、あっという間に過ぎていった。
僕の家に普段から付き合いのある親戚と呼べる人達はおらず、父さんと母さんのお葬式はあの人が全てやってくれた。
その人は三ノ輪さんと言って、今はもう僕一人となってしまった呉島家の本家に当たる人なんだそうだ。

全てが終わった会場の外、石段の真ん中あたりで腰掛けながら僕はぼぅっと目の前の風景をただ眺めていた。
父さんも母さんももういない。頭ではわかっていても、実感としてうまく呑み込み切れていなかった。
ただなんとなく、明日からどうなるのかなんてことを考えていたような気がする。

そんな僕の頭上に、ふと影が差した。
ゆっくりと視線を上げた先にいたのは、僕より少し年上に見える長めの髪を頭の後ろで縛った女の子。
その子は、へたをすれば僕よりずっと泣きそうな顔で、僕の手を握りしめながらこう言った。

――私は銀。三ノ輪銀。今日からお前のおねーちゃんになるモンだ。大丈夫だミツザネ。これからは、おねーちゃんがお前のことを守ってやるからな――

それが僕と三ノ輪銀―――姉さんとの初めての出会いだった。




と、言うわけでミッチ主役の導入部でした。
設定はある程度共有しつつパラレルです。
闇を抱えていくミッチに勇者達は明かりを灯すことができるのか・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話

今までで一番長くなったかも。
夏凜登場編、最後です。


讃州市での任務に就くにあたってあてがわれたマンションの一室。

夏凜は居間にあるソファの上にその身を投げ出していた。

視線の先にある室内照明の光が煩わしく、それから逃れられるように体を横向きに変えると、照明よりももっと嫌なものが視界に入り結局はまた体勢を元に戻して照明との睨めっこを続ける。そんなことをさっきからずっと繰り返していた。

本来、自分にも他人にも厳しいことに定評のある夏凜が、人前でなくてもこのようなだらけた姿をさらすのは非常に珍しいことなのだが、慣れないことをやった精神的な疲れが彼女の体をソファの上へと誘っていた。

光を避けるために顔に置いた腕の隙間から、今もなおテーブルの上に鎮座しているその“忌々しいモノ”にちらりと横目で視線を向けて何度目かわからないため息をつく。

親の仇を見つめるような視線で夏凛が睨みつけた先にあるのは、『やさしいおりがみのおりかた』と書かれた教本と、折り紙でできた不格好なペンギン達だった。

 

(何、やってんだか・・・。)

 

それは別に、風達に押し付けられたとかそういうものではない。

部活が解散になった後、帰り道で見かけた本屋で夏凛が自ら購入したものだった。

引き受けたからには完璧にやり遂げる必要があるからなどと、心の中で誰に聞かせるでもない言い訳をしながら手に取り、必要以上に周りの目を気にしながら家に持ち帰ってきたのだ。

折り紙など最後にやったのはいつだったかは覚えていないが、まぁそんなに大したものではないだろうと高をくくって、適当に目についたページを参考にして作業を開始してから数分後。完成した作品の出来栄えは、彼女の慢心を打ち砕くのには十分なレベルだった。

そんな馬鹿なと一瞬茫然とした夏凜だったが、先ほどは流し見程度に読んでいた教本に慌ててかじりつき、何が悪かったのか振り返りながら2体目の制作に取り掛かった。

そうして3体目、4体目と繰り返し5体目でようやく様になってきた自分の作品に満足気な表情を浮かべたところでふと我に返り、なんだか急に馬鹿らしくなってしまったのがおよそ十分前の出来事だった。

任務に全く関係ない“ムダ”と言っていいようなことになんでこんなに夢中になってしまったのか。

それに、帰宅中からこれまでの行動を客観的に思い返してみると、まるで私が日曜日のことを―――

そこまで浮かんだ考えを頭を振って無理やり追い出した夏凜は、恥ずかしさに少し頬を染めながら頭を冷やすために別室に置いてあるルームランナーの元へと向かうのだった。

 

 

 

 

日が傾き始めた街の中を、駆け抜ける影があった。

すれ違う人々がぎょっとするようなスピードで走り続けているのは、帰宅後、制服から運動着に着替えて日課の走り込みをこなす紘汰だった。

友奈との秘密(だと本人は思っている)の特訓を始めたぐらいから、この走り込みは紘汰の日課になっていた。

もっと強くなって皆を守る。そんな思いと共に続けてきた日課だが、今日はいつもと比べても随分とペースが速かった。

何かを振り切るようにグングンとスピードを上げていくその理由は―――

 

(はぁ~~。何やってんだ俺はぁ!)

 

もちろん、夏凜とのことであった。

皆の前で仲直り宣言をしたのにもかかわらず、部活ではあの体たらくだ。そんな自分が情けないやら何やらで、そんなモヤモヤした気持ちをこのような形で発散しているのだった。

周りの皆は焦る必要はないなどと言ってくれてはいるものの、だからと言って自分自身で納得できるかは別問題だ。

これまでの紘汰の人生の中で、あそこまで最初からつっけんどんな態度を取る相手というのは出会ったことが無かった。どちらかといえばその性格も相まって、基本的に誰とでもすぐに仲良くなってきた紘汰にとって夏凜は未知なる強敵となっていた。

今まで深く考えずにとにかく突っ走るというのが自分だったはずなのに、どうしたことか今回はその最初の一歩が中々踏み出せないでいる。それは、本人は自覚していていないまま張ってしまっている思春期の男の子としての意地だった。

紘汰だって、本当に仲良くなりたいとは思っている。友奈達とのやり取り一つ見ていても、いいヤツだということは十分にわかっているのだ。

しかし、もうこの期に及んでは何か外部要因によるきっかけが必要だった。

 

(やっぱり日曜日・・・か。)

 

子供会のお手伝い。夏凜が部員になり、新生勇者部となって初めての本格的な活動だ。本人にはもちろん伝えていないが、それ以外にもちょっとしたイベントも準備してある。

勿論仲直りがメインではないが、きっかけとしては申し分ないことであるのは確かだ。逆に、これを逃せばもうずっと謝るなんてことはできないんじゃないかとも思う。

兎にも角にも紘汰にとって、今週の日曜日が勝負どころだ。

 

「よぉぉぉっしゃあああああ!!!」

 

両頬に自ら張り手を一発、気合を入れなおした紘汰が雄叫びを上げながらいつものコースを突っ走る。

町の人々は、突如聞こえてきた大声に何事かと驚くが、発生源を見てすぐに興味を失った。紘汰のこんな姿は、人々にとって割と珍しくない光景であった。

後日人伝でそんな近所迷惑な行動を耳にした姉に彼が雷を落とされるのは、また別の話である。

 

 

 

 

(・・・遅い!)

 

来る日曜日。

夏凜は勇者部の部室である家庭科準備室で一人、少し古びたパイプ椅子にイライラしながら座っていた。

そのイライラ具合を現すように、組んだ腕の上では先ほどから人差し指が早めのリズムを刻んでいる。

あれから数日、なんだかんだ言いながらも続けてきた練習により一定のレベルまで折り紙の熟練度を上げた夏凜は、本番である今日、遅刻しないようにと念のため少々早く家を出た。

休日では使う事のないはずのいつもの通学路を自転車にまたがり、到着したのが集合時刻の30分前。

随分早く着いてしまったがこれはあくまで念のため。いくら乗り気ではないといえども一般的な常識として、引き受けたからには遅刻など許されないからそうしたのであって、他に意味などあるわけがない。

休日であるためガランとした自転車置き場に自転車を止め、学校という場所では普段はありえない静謐さを湛えた校舎の中を、ちょっとだけ新鮮な気持ちで歩いた夏凜は、予想していたことだが誰もいない部室を見て小さく嘆息し、適当な椅子に座って他の面々の到着を待つことにした。

30分前は流石に早かったかと軽く目を瞑って待ち始めた夏凜だったが、10分、15分と時間が立ち、20分に差し掛かったところで段々と怒りが込み上げてきたのだった。

 

夏凜のほかに人がいない部屋の中では、壁に掛けられた時計の秒針の音だけが響きわたり、普段なら全く気にならないはずのその音がまた夏凜の心を逆撫でる。

睨みつけた先にある時計が示す時刻は先ほどからさらに時間が立ち、現在午前9時57分。

集合時刻は10時だというのに、自分以外誰も来ないのはどういうことか。

もしかしたら自分は揶揄われただけなんだろうか。そんなマイナスな考えまでもが頭をよぎる。

そんな小賢しいことを考えられるような連中ではないとは思うが、今まで自分が取ってきた態度が態度だったために、完全には否定しきれない。

10時になって誰も来なかったら帰ってやろう。

熱くなった部分とは別のところが急激に冷えてきたのを感じながら夏凜がそう考えた時、ガラリと部室の扉が開き、ようやく何者かが部室へと姿を現した。

 

「―――アレ?何やってんだあんたこんなところで。」

 

そこにいたのは、白いシャツの上に青いパーカーという私服に身を包んだ紘汰だった。

夏凜がここにいることがよほど意外だったのか、肩に提げた少し大きめのリュックがずり落ちるのも気づかずにポカンとした表情を浮かべている。

 

「・・・っ!!アンタねぇ!!」

 

紘汰の登場に、ほんの少しだけホッとした夏凜だったが、それも一瞬のこと。ホッとした分さらに燃え上がった怒りのまま立ち上がり、一息で紘汰に詰め寄った。

これまでにないほどの夏凜の様子に、思いっきり腰が引けながらも両手を前に出し、何とかなだめようとする紘汰。

何が何やらわからないが、今までで一番怒っていることだけはよくわかる。

とにかく事情を聴いてみなければ何も始まらない。

 

「何やってんだとは何よ!アンタ達が呼んだからわざわざ休日に来てやったんでしょ!!それなのにこんな時間まで誰も来ないなんて一体どういう了見よ」

「ど、どういうって・・・。あんたこそなんでここにいるんだよ。今日、10時に現地集合って書いてあったはずだろ?」

「え!?そ、そんなはずは・・・。」

 

噛みつかんばかりの勢いで紘汰に詰め寄っていた夏凜だったが、紘汰から出た言葉にサッと青くなり、慌てて鞄を弄ると持ってきていた案内用紙を確認する。

見直すのは当日の予定の欄。そこにははっきりと“現地集合”の文字が記されていた。

 

「・・・ホントだ・・・。」

「俺は向こうに着いた時にここに忘れ物してたのを思い出してそれを取りに来たんだけど・・・。ははは・・・ま、まぁそんなこともあるよな!な!大丈夫だって!とりあえず皆には俺から連絡しとくからさ!」

「~~~~~っ!!」

 

赤くなったと思えば青くなり、そしてまた赤くなったりと、随分忙しい様子の夏凜に今はこれ以上何も言うべきではないだろう。

とにかく夏凜を刺激しないように、こっそりとグループに連絡を入れた紘汰は、そのまましばらく彼女が落ち着くのを待った。

とりあえずは本来の目的を果たそうと、今日使うはずだったいくつかの道具をリュックに詰め込んだ後、振り向いた先で夏凛と視線がかち合った。

先ほどよりも少しは落ち着いたようだが、若干涙目でこちらを見上げるように睨みつけてきている。

何事においても完璧主義に見えるこの少女に、こんな意外とうっかりしている所があるとは正直驚きだ。

まぁでも、完全に一部の隙も無いような人間よりも、ちょっとぐらいこういうところがあった方が親しみも湧くというものだ。・・・もちろん本人には絶対に言えないが。

 

「じゃ、じゃあとりあえず行こうぜ。ついてきてくれよ。まだ道、あんまりわからないだろ?」

「・・・。」

 

先ほどから無言の夏凜だが、とりあえず異論はないようで先を行く紘汰の後を素直についてきていた。

二人して自転車に乗り込み、児童館へ向かう道すがらも微妙な雰囲気が流れ続けている。

思いがけず二人きりということで、その状況だけ見れば改めて話をするチャンスのはずだが、流石にそんな空気ではないことは紘汰にだってわかる。

上手くいかないもんだな・・・。と夏凜に気づかれないように小さくため息を吐きながら、先ほど入れた連絡への返信として風から送られてきたメッセージの内容について考えていた。

姉から来た連絡は、本日の予定の一部変更についてだった。色々と予定外が重なったが、それはそれで仕方ないとして逆にそれを生かそうというのが向こうのメンバーの判断だった。その変更については既に、子供たちにも了承はもらっているらしい。

それは紘汰としてもいい考えだと思うが、問題はそれまでに夏凜の状態がもとに戻るかということだ。

後ろから未だに感じるピリピリとした雰囲気に冷や汗を流しながら、最近少しだけ身近になった神様たちに内心お祈りを捧げる紘汰だった。

 

 

 

 

紘汰の先導に従い自転車を走らせて数分後、夏凜は児童館の前に立っていた。

本日の会場はこの建物の中、集会室で行われるらしい。

当然ながら中の間取りなど夏凜が知るわけもなく、引き続き紘汰の案内が必要なため、今は彼の荷解きを待っているような状態だ。

あの後、移動の間に何とか心を落ち着けた夏凜は、少なくとも表面上は取り繕えるぐらいには平静を取り戻していた。

しかし、それはそれとしていざこうして今日の本題が目の前に近づいてくると、別の感情が夏凜の心に重くのしかかる。

なぜそんなに気を重くしているのかといえばそれはもちろん、本当に自分に子供の相手など務まるのかということだ。

相手にされないぐらいならばまぁ別にいいだろう。しかし、自分で言うのもなんだが愛想がないことには自信がある夏凜である。もし、泣かせるようなことになってしまったら・・・。

 

そうやって悶々としているうちに紘汰の準備は終わったらしい。

じゃあ行くぞ、という彼の声に従って引き続き黙ってついていく。

そうしてしばらく歩いていると、大きめの扉の前で紘汰が足を止めた。

どうやらここが目的地の様だ。その扉から何やら大きなプレッシャーのようなものが漏れ出てきているように感じ、夏凜は無意識にゴクリとのどを鳴らしていた。

こうなったら出たとこ勝負。子供たちがいる割にはやけに静かなのは気になるが、ここまで来たら肚を括るしかない。

そうやって意を決して扉に指をかけた夏凜だったが、それを横合いから紘汰が制止した。

 

「まぁまぁ。ほら、いきなり開けてもなんだからさ、ちょっとここで待っててくれよ。」

「・・・そういうもんなの?まぁいいけど・・・。」

 

出鼻をくじかれて少しムッとしたが、自分よりこういう状況に慣れているであろうこの男が言うならばそういうものなのかもしれない。こちらの葛藤を見透かすように紘汰が浮かべた苦笑が少し気に食わないが、黙って扉の前で待つ。

そんな夏凜を横目で見ながら紘汰が扉に近づき、金属でできたその扉を大きくノックする。

中から友奈達の声が聞こえて、周囲がにわかに騒がしくなっていくのを感じる。

 

それを確認し、一呼吸。

夏凜に一瞬意味ありげな視線を送った紘汰が、扉を一気に開け放った。

 

 

「「「「せーの!」」」」

『三好夏凜さん!お誕生日、おめでとう!!』

 

 

「―――は?」

 

え?なんなのこれは?どういうこと?

想定していたどんなことにも当てはまらない事態に、夏凜の頭は完全にフリーズし、大合唱と共に聞こえた小さな破裂音に対して条件反射的に身構えてしまった姿勢のまま固まってしまった。

そんな夏凜に対して、満面の笑みを浮かべた友奈を先頭に子供たちが駆け寄ってくる。

あっという間に取り囲まれ、周囲からのおめでとうという言葉の豪雨にさらされて、あ・・・だのう・・・だのと言葉にならない声を漏らしているうちに、友奈の手によって浮かれた三角帽子などが頭の上に乗せられてしまった。

 

「わぁ~。やっぱり赤が似合うよね夏凜ちゃん!ね、皆!」

『似合う~!』

 

友奈の言葉で一層盛り上がる子供たち。

そんな子供たちに現在も囲まれている夏凜はもうパニック寸前だ。

何かにすがるように慌てて後ろを振り返ると、集団から少し離れた後方で満足そうに頷いている紘汰の姿。あの野郎、やっぱりわかっていやがったのか。

 

向けられているだけで穴が開いてしまいそうな強烈な視線を紘汰に送り始めた夏凜のもとに、子供たちに少し遅れて風達が近づいてきた。

東郷はニコニコと、樹は少しだけ申し訳なさそうに、最後にどうせ主犯格であろう勇者部部長はその顔にドッキリ大成功といったようなニマニマとした笑みを浮かべていた。

 

「な、なんなのよコレは!」

「何って・・・。聞こえなかったの?誕生日のお祝いに決まってるじゃない。」

 

そんなことを聞きたいわけじゃないとわかっていながら、シレっと惚けた回答をする風に夏凜の顔が悔しそうにぐぬぬとゆがむ。彼女のそんな表情に、風は一層満足気だ。

 

「なんで私の誕生日をアンタが知ってんのよ!」

「なんでって、こないだ出した入部届に書いてあるじゃない。全く、こういう事はちゃんと言いなさいよね。危うく見逃すとこだったじゃない。」

「な、ぁ・・・!」

「樹ちゃんが見つけて、それなら歓迎会もかねてこの場でやろうって。子供たちも皆、喜んで賛成してくれたのよ。本当は途中で挟むつもりだったけど、ちょうどよかったから最初に持ってきてもらったの。」

 

ねー。と嬉しそうに顔を合わせる東郷と樹に、開いた口が塞がらない。

そうこうしているうちに、友奈が夏凜の手を取って、子供たちと共に集会室の中央に並んだテーブルの元へと連れていく。子供会のパーティということでテーブルの上にはちょっとしたお菓子なんかが並んでいた。

あれよあれよという間に主賓席へと座らされた夏凜が、一言いってやろうと隣に座った友奈に顔を向けるが、嬉しそうに笑う彼女を見て、もうなるようになれと諦めモードに入った。

 

「今日は楽しもうね夏凜ちゃん!」

「ハァ・・・。もう、わかったわよ・・・。」

 

そうして、全員によるハッピーバースデーの大合唱の後、ささやかなパーティが始まった。

 

 

 

 

パーティからの流れで折り紙教室になだれ込み、めいめいが講師となって子供たちと共に折り紙作品の制作に取り組んだ。

夏凜は練習の甲斐あって、それなりに難易度の高いものもこなせるようになっており、無事子供たちの尊敬の念を集めることに成功していた。

やっぱり接し方はいまいちわからず、少々ぶっきらぼうな対応になってしまったが、そこは友奈がうまくフォローしてくれていた。それも最初の方だけで、途中からは夏凜は夏凜なりにうまく子供たちとやっていけるようになっていったのだった。

 

折り紙教室が終わればその次は自由時間。

暴れ足りないアウトドア派の子供たちと、大人しめのインドア派の子供たちに分かれ、それぞれいつも通りアウトドア派を紘汰と友奈、インドア派を東郷と樹が相手をしている。風は遊撃要員として、双方のフォローを行っていた。

夏凜も紘汰と友奈と共に運動好きな子供たちと一緒に走り回った。

元々体を動かすことの方が得意である夏凜は、紘汰にも迫るような活躍を見せ、一気に子供たちの新しいヒーローになっていた。

 

 

 

 

自由時間も残り少し。

子供たちも徐々に疲れ始め、少し手の空き始めた紘汰のもとに東郷が声をかけた。

 

「紘汰君。」

「お、東郷か。どうした?」

「どうしたじゃないわ。ほら、あっち。」

 

そう言って東郷が指さした先には、少し離れたところで壁に背を預けて休息をとる夏凜の姿。

普段から鍛えているため体力は十分にあるはずなのだが、子供の相手と普段のトレーニングとでは勝手が違うようで少し前からあんな感じになっていた。

 

「ほら、今がチャンスじゃない?」

「でも、こいつらを放っておくわけにも・・・。」

「それはさっき代わりを部長に頼んできたわ。だからこっちには構わず行って。紘汰君なら大丈夫よ。いつも通り、素直にぶつかっていけばきっと上手くいくわ。」

「東郷・・・サンキュー。じゃあ、行ってくるよ。」

 

頑張ってね、と微笑む東郷が突き出した握りこぶしとグータッチ。

元気をもらった紘汰が若干緊張した面持ちで夏凛の方へと向かっていく。

東郷に背中を押してもらうといつもどこからか不思議と自信が湧き上がってくる。

根拠はないが、今なら何でもうまくいく気がする。

貰った自信と勇気を胸に、紘汰は夏凜の隣に立つ。

夏凜は当然気づいているものの、自分からは何も言う気配はない。

一瞬逡巡した後、意を決した紘汰が遂に動いた。

 

「あの・・・さ。」

「・・・なによ。」

「その・・・。ごめん!この前は悪かったよ。あんな風に突っかかったりしてさ。」

「・・・別に、そんなことどーだっていいわよ。・・・それにその・・・私だってその・・・悪かったし・・・。」

 

最後が尻すぼみになり、はっきりと聞き取れないぐらい小さい声になったが、何を言いたいのかはちゃんと紘汰に届いていた。

恥ずかしくなったのか、夏凜はそれ以降体育座りした自分の足に顔を埋め、一言も発さなくなってしまった。

そんな夏凜の姿に苦笑し、しばし彼女の横で子供たちが遊ぶ様子を眺める。

悪ガキ筆頭の二人組が、紘汰の代わりに鬼ごっこの輪に入った風にいたずらを仕掛け、風が見事にそれに引っかかっていた。主犯の二人を追いかける姉の表情が若干マジなのだが、きっと気のせいだろう。

別の場所では樹と東郷が、子供たちと一緒にあやとりやお絵かきをしている。また別の場所では友奈が椅子取りゲームをとり仕切っていた。

そんな平和な光景を、紘汰は頬を緩ませながら目に焼き付けるようにじっと眺めていた。

 

「なぁ。」

「・・・。」

 

今も隣にいる夏凜に再び声をかける。

未だにうずくまっている夏凜からの返事はないが、こちらに耳を傾けている気配は感じられる。

 

「勇者部はさ。お役目が始まる前からずっと、こういう事をやってきたんだ。姉ちゃんが立ち上げて、友奈と東郷を巻き込んで、樹と俺が参加して、ずっとさ。」

 

夏凜からの反応は相変わらず返ってこない。

でも、元々独り言みたいなものだから、聞いてくれるならそれで十分だった。

 

「皆の為になる事が嬉しくて、皆の笑顔が大好きで、夢中になって色々やってきた。もちろん今もそうなんだけど、でも最近はそれだけじゃない。こうやって町の皆と過ごす時間が、俺たちに力をくれる気がする。皆がいるから頑張れる。皆がいるから絶対に諦めない。」

 

気づけば夏凜の顔は上がっていた。

いつも勝気な彼女の視線は、今紘汰と同じものを捉えている。

 

「守りたい、守らなきゃいけないものがある限り、俺たちは俺たちにできることを投げ出すつもりはない。お役目の為にずっと頑張ってきたお前にとっては気に入らないかもしれないけど、それだけはわかってほしいんだ。」

 

子供たちを見つめる夏凜の表情からは、今自分が言ったことに対して彼女がどう考えているかはうかがい知ることはできない。

言いたいことは素直に全部吐き出した。もしそれでもわかってくれないならば、わかってくれるまで何度もぶつかっていくだけだ。

しばらくしてゆるゆると立ち上がった夏凜が、紘汰の方に向き直り、ゆっくりと口を開いた。

 

「フン。戦いに意味を求めるなんて、やっぱりトーシロね。」

「お前なぁ・・・。」

 

夏凜の口から出た言葉は、いつもの通りやっぱりとげとげしかったが、しかし口調は前よりずっと優しかった。彼女の表情にも、心なしか皮肉ではない笑みが浮かんでいるように見える。

彼女がどう思ってくれたかは、それでなんとなくわかった。言葉に棘があるのはもう性分なのだろう。それがわかったから、紘汰も呆れながらも笑っていた。

 

「アンタらのことなんて、もうとっくに私の中で諦めがついてんのよ。大赦からの指示もあるし、しょーがないからこき使ってやるわ。・・・それとね、アンタいつまで私のこと『お前』だとかで呼ぶつもりよ。私のことはちゃんと『夏凜』って呼びなさい。私もアンタのこと、『コータ』って呼ぶことにするから。」

「・・・!あぁ、よろしくな!夏凜!」

「ま、せいぜい精進することね。何度も言うけど足を引っ張ったらただじゃ置かないわよ。」

 

紘汰が差し出した手を、不敵な笑みを浮かべた夏凜が握る。

そんな二人の様子を離れたところからずっと見守っていた四人の顔にも笑顔が浮かんでいた。

紆余曲折あったものの、こうして新生勇者部はようやく本当のスタートを切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

―――守りたいものがあるから頑張れる。

ならば、守りたいものと守りたいものが天秤にかけられたとき、一体何を選ぶのか。

その選択の時は、確実に彼らのもとに近づいていた。

 




勇者達から紘汰さんへの呼び方は少なくとも表記上はかぶらないようにという縛りを自分に課していたり。

夏凜ちゃんは原作では参加できなかった行事に参加することができました。
これがクロスオーバーの力・・・!ちっちぇえな・・・。

尚、文字数増えすぎたのでカットしましたが、この後原作通り皆で夏凛の家で二次会(無断)をした模様。

部長「ここからはオ・ト・ナの時間よ?」
夏凜「はぁ!?」

ってやり取りを入れたかったんです。
あとはまぁ、なんとなく捨てられなかった努力の跡(折り紙)を見られたりとかそんな感じで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話

日常回が続きます。

更新ペース上げたいのですが中々・・・。


「・・・これは非常に重要なミッションよ。チャンスはたった一度きり。失敗はもちろん許されない。各員の尽力に期待するわ。」

「「「了解!!」」」

 

かつてないほどの思いが込められた部長の号令に、緊張した面持ちで紘汰、友奈、東郷の3人が答える。

号令と共に風が叩いた黒板は、その衝撃でぐらぐらと揺れ、チョークがカタカタと音を立てているが、そんな雑音など今のこの4人の耳には入らない。

 

頼もしい返事をくれた後輩たちの顔を、一人一人ゆっくりと見つめる。

少し硬いが皆、使命感に燃えたいい顔をしている。どうやら次世代の芽は、風も気づかぬうちにしっかりと芽吹いていたようだ。

これならば自分が引退した後も、なんの憂いもなく任せて置ける。

若人の成長に、風は目頭が熱くなる思いだった。

いやいや、そんなことを考えるのはまだ早い。

私だってまだ現役だし、認めるのはまずこの重要な任務を無事完遂してからだ。

 

まだまだヒヨッコどもには負けていられない。

さぁ、まずは一体感を高めるためにも夕暮れの河原で走り込みでも―――

 

「―――いつまでアホなことやってるつもりなのよ?」

「お姉ちゃん、大げさだよぅ・・・。」

 

放課後の部室、突如始まった妙な芝居に終止符を打ったのは、呆れたような半眼を向ける夏凜だった。その傍らには、恥ずかしそうに顔を伏せた樹も従えている。

夏凜のまともすぎる一言に、部室に漂っていた真面目な空気(のようなもの)は一気に霧散した。

 

「ったくノリわるいわねー。別にいいじゃない。重要なのは事実なんだから。」

「だからってあんな小芝居する必要ないでしょーが!コータはともかく友奈、東郷!アンタ達まで付き合ってんじゃないわよ!」

「いやぁ~雰囲気に流されてつい・・・。ね、東郷さん。」

「私は結構、楽しかったのだけど・・・。」

「俺はともかくってなんだよ。・・・それにしても東郷、お前本当にちょっと残念そうだな。」

 

さっきまでの静けさはどこへやら。あっという間に勇者部部室はいつもの騒がしさを取り戻していた。

黒板には大きく力強い筆跡で『樹を歌のテストで合格させる!』と書いてあり、どうやらそれが風の言っていた重要なミッションであるようだ。

 

そもそもの事の始まりは数分前、タロットカードと睨めっこをしながらため息を吐いていた樹に、どうしたのかと風が声をかけたことだった。

大事な妹の悩みを聞き届けた姉は、それぞれ思い思いの活動に精を出していたメンバーたちを黒板の前に集め、本日の活動内容としてコレを皆に発表した。・・・その過程でちょっとした悪ノリが始まってしまったのはまぁ、ご愛敬ということで。

 

「でも、悪いよそんな・・・私一人の為に・・・。」

「別にいーのよ遠慮しなくて。困ってる人を助けるのが勇者部の仕事なんだから。同じ部員を助けちゃいけないなんて、そんなことはないわ。ね、そうでしょ?」

 

申し訳なさそうに縮こまる樹に苦笑しながら、風が一応他の皆へと確認する。

当然、風が聞くまでもなく部員たちは既にやる気満々の様子だった。

 

「もちろんです!いつも頑張ってくれてる樹ちゃんの為だったら、どんなことでも協力するよ!」

「ええ、そうね。・・・歌・・・歌なら、α波を出せるかどうかが鍵を握るわね。逆に言えばα波さえ出せるようになれば勝ったも同然よ。」

「α波って何よ・・・。ま、別に何でもいいわ。でもやるからには絶対に成功させるわよ。だから大船に乗ったつもりでいなさい。ええと、喉にいいものといえば・・・。」

 

早速といった様に、2年組が集まってあれやこれやと意見を出し始めた。

その様子を呆気に取られながら見ていた樹の肩に手をかけた風が、言ったでしょ?とウィンクする。遠慮なんかしなくたって、ここにいる皆、樹のことが大好きなのだ。

 

「でも樹。お前歌上手だったよな?」

 

議論が白熱する中、先ほどから不思議そうな顔をして黙っていた紘汰が疑問を漏らした。

樹は極稀にだが、機嫌のいい時に鼻歌を口ずさんでいることがある。紘汰も家で何度か聞いたことがあるが、その歌声は兄の贔屓目を抜きにしてみてもかなりのモノだった。

流石にプロ並みとは言いすぎかもしれないが、ちゃんとトレーニングすればそうなれる素質は十分あるのではないかと密かに紘汰は思っていた。

 

「そうなんですか?」

「ま、樹は如何せん人前だと緊張しちゃうからね。どっちかっていうと人前に慣れるってことをメインにした方がいいかもね。」

 

紘汰の言葉で一時作戦会議を中断した友奈が風に疑問を投げかける。紘汰同様樹の隠れた才能を知っていた上、その才能が発揮できない理由もなんとなく察していた風は、苦笑しながらも補足を入れた。

いつも一緒にいる風と紘汰がそういうのならそうなのだろう。そういう事なら話は早い。とりあえず、今日の活動は―――

 

 

 

 

と、言うわけで所変わってここは市内のとあるカラオケボックス。

学校から近いということもあり付近の学生に人気のこの場所は、勇者部のメンバーたちも時々通っている場所だった。

人前で歌うことが苦手なら、それに慣れることが一番だ。そのための第一歩としてまずはよく知るメンバーたちの前で緊張せず歌えるようにしようというのが今回の作戦である。

とはいえ来ていきなり樹にさあ歌えと言っても無理だということはもちろん理解している。普通に遊びに来た時と同じように、リラックスできる雰囲気を作ってから・・・というのがベストだろう。

 

「じゃ、まずは場をあっためないとねー。さ、行きなさい紘汰!」

「俺かよ!?え~と、Rise・・・Rise・・・お、あった。」

 

姉の強権でトップバッターを押し付けられた紘汰を皮切りに、次々と部員達がその持ち歌を披露していく。

部活の一環と言ってもそこはやはり華の十代である。カラオケ自体久々な上に新メンバーも加わったとあっては盛り上がらないはずもない。

本来あまりこういうのには積極的ではなさそうな夏凜ですら、風の挑発に乗ってではあるものの、友奈とのデュエットで一曲歌い切り、皆の称賛の声に得意げな表情を浮かべていた。

 

しかし、本来の目的も勿論忘れてはいない。東郷による軍歌で古参部員達が見せた謎の一体感に新参の夏凜が内心ちょっぴり引いた後、とうとう樹の番がやってきた。

曲はテストの課題曲。緊張した面持ちで東郷からマイクを受け取った樹が前へと進み出る。

皆の声援に弱々しい笑みを返す中、とうとうイントロが始まった。

マイクを握る手が緊張で少し震えている。そんな自分を叱咤しながら、樹は大きく息を吸い込んだ。

 

「う~ん。やっぱりいきなりは難しいよね。」

「ご、ごめんなさい・・・。」

「いいのよ樹ちゃん。まだ時間はあるのだから、焦らず行きましょう。」

 

満を持して歌い始めた樹だったが、やはりというか思わしくない結果に終わってしまった。

樹自身、クラスの皆の前で歌ったときよりは全然負担は少なく感じていたのだが、出てきた歌声はやっぱり震えていたし、お腹からも力が出ていなかった。皆の期待に応えようと気負いすぎたのもあったかもしれない。

こういう時にいつもうまくできない自分が樹は本当に嫌だった。兄や姉ならば、自分と違ってこんな時はバッチリ決めるはずだ。いや、そもそもこんなことで悩むことだってないだろう。

活発で、行動力があって、何でもできて、いつも皆の中心にいる。そんな上二人に比べて自分は?人に何かを誇れるようなことがあっただろうか?

いつだって、お兄ちゃんとお姉ちゃん、そして周りの皆に助けてもらってばっかりだ。周りの皆は優しく、焦る必要はないと言ってくれる。

しかし、それに甘える状況を樹自身が許せない。もっと、二人のように何でもできて、大切な家族を助けてあげられるような自分に“変身”したいのだ。いつまでも守られているだけの子供ではいたくない。

でも、そんなに簡単に変わる事なんてできないのはわかっている。だから今は兎に角目の前のことを精一杯頑張っていこう。そんな思いを胸に秘めながら、樹は自分の為に一生懸命考えてくれる友奈達のアドバイスを、一字一句心に刻み込むように聞いていた。

 

 

 

 

失敗して落ち込む樹を、友奈達が励ましている。

そんな光景を、風は皆とは少し離れた場所で眩しいものを見るように眺めていた。

誰かの為に皆で悩んで、実行して、最後には一緒に笑う。今までずっとそうしてきたし、きっとこれからもこれは続いていくのだろう。

風が勇者部を創設した切掛けは決して純粋なものではなく、本来であればこのような活動は勇者部の主目的ではない。

でも、勇者部がスタートして一年と少し。今ではもう、こっちの方が勇者部本来の姿なのだと断言できる。それは、バーテックスが襲来し、実際に自分たちが勇者として選ばれた後も変わらない。いや、むしろ危険な戦いに身を投じるようになったからこそ強くそう思うようになっていた。

あの日、両親のことを伝えに家に来た大赦の人間に自分の願いを訴えた時の気持ちを、風は未だに捨てられない。しかし、この子達だけは何としてでもこんな穏やかな日常の中に無事に返さなければいけない。それが、何も言わずに巻き込んでしまった自分の責任で、唯一できる贖罪なのだから。

 

―――~。―――~。―――~。

「っ!?・・・何なのよもう一体・・・。」

 

思考の海に埋没していた風の意識を浮上させたのは、ポケットに入れた端末の振動だった。

可愛い後輩たちはこの場に全員いるわけだから、クラスの友達の誰かからだろうか。

そう思ってメッセージを開いた瞬間、そこに書かれた内容に風の呼吸は一瞬停止した。

 

心臓の鼓動が早くなっているのを感じる。動揺は顔に出ていなかっただろうか?こっそりと周りを伺うが、幸い皆樹の方に夢中の様だ。

何とか表情は取り繕ったが、今の精神状態ではいつボロが出るかわからない。そんな心を落ち着けるために、一言断りを入れると風は静かに席を立った。

 

 

 

 

「ハハ・・・。我ながら酷い顔ね・・・。」

 

蛇口から水が流れる断続的な音が響く中、風は自嘲気味にそう呟いた。

女子トイレの洗面台。少し汚れた鏡に映るのは、蒼白になった自分の顔。

覚悟はしているなどと口では言っていたくせに、ちょっとつつかれただけでこんなにも揺らいでしまっている。

それでも自分は部長で、お姉ちゃんなのだ。皆の前でこんな情けない姿を見せるわけにはいかない。さっさとこの顔を何とかして、戻らないと―――

 

「―――大赦からの連絡?」

「っ!?」

 

背後から突然投げかけられた声に、風は慌てて振り向いた。

振り向いた先にいたのは、夏凜だった。こちらの様子に気づいて、あとを追いかけてきたらしい。

風がいる洗面台の背後、入り口付近の壁にもたれかかりながら、真剣な表情でこちらを見つめていた。

いつの間に入ってきていたのか、まったく気づけなかった。どうやらそれほどまでに余裕がなくなっていたということらしい。

 

「夏凜・・・ええ、そうよ。」

「私には何も言ってこないのにね・・・。ま、内容は大体想像つくわ。前も言った通り、今回のバーテックスの襲撃には、以前までの法則は当てはまらない。これからの戦いは、何が起こっても不思議じゃない。」

「・・・最悪の事態を、想定しておきなさいってさ。」

「怖いの?」

「・・・。」

 

一瞬、夏凜の言葉に風の体がびくりと震えた。

怖い。確かにその通りだ。勝手に巻き込んだくせに、虫のいい話だ。風は夏凜に言われて改めて気づかされた、自分の弱さが許せなかった。洗面台の縁を掴む手は力の入れすぎで白くなり、小さく震えていた。

 

「・・・アンタは統率役に向いてないわ。私ならもっとうまくやれる。だから「これは私の責任で、私の理由なのよ。後輩は黙って、先輩の背中を見てなさい。」・・・そう。」

 

夏凜の言葉に被せるように捲し立てた風はそれきり何も言わず、夏凜の横を通り抜けて部屋へと戻っていった。夏凜は黙ったまま、その背中をじっと眺めていた。

 

「・・・不器用なヤツ。・・・フン。私が言えた事じゃないか。」

 

風が通路の角に消えた頃、夏凜は一人、そう呟いた。

夏凜は何も言わなかったのではない。何も言えなかったのだ。悲壮感すら漂うあの背中にかける言葉が、夏凜には何も思い浮かばなかった。

・・・ここにきて少しだが、もう随分毒されてきたらしい。今までどうでもいいと思ってきたことが、今は酷く気にかかる。

こんな時、友奈なら、コータなら、もっとうまくやれたのだろうか?

そんなことを考えて、夏凜は小さく頭を振った。

どちらにしても私には無理だ。すぐにそう結論付けてしまった自分が、何故だかとてももどかしかった。

 

 

 

 

「あ~楽しかった!」

「歩いて帰るの、久しぶりね。」

 

夕暮れの中を、勇者部の6人は川沿いを歩いていた。

カラオケはその後も盛り上がり、結局予定時間を少しだけ延長してしまった。久しぶりに皆で存分に歌った友奈は、上機嫌で東郷の車いすを押している。

 

「でも、カラオケはあんまり樹ちゃんの練習にはならなかったかな?」

「ははは・・・でも楽しかったですよ。皆の歌が聞けて・・・。私も、もっと頑張ります!」

「ああ!その意気だぞ樹!」

 

あの後も数回チャレンジしてみた樹だったが、結局大きな改善を得ることはできなかった。

しかし、そんな中でも親身に付き合ってくれた皆の姿を見て、樹は小さく闘志を燃やしていた。歌自体には変化はなかったものの、本人の意識を少しでも上向きにできたということは確かな成果と言えるだろう。

 

そんな喧噪を聞きながら、風は集団の少し後方を黙って歩いていた。

頭に浮かぶのは大赦からのメッセージ。あの後、あの場では表面上は何とかいつも通り過ごせたものの、『最悪の事態』という言葉は依然風の心に重くのしかかっていた。

絶対に、そんな事態にはさせない。いざとなったら、私が―――

 

「―――イ!オイってば!姉ちゃん!」

「・・・え?何?ごめんちょっとボーっとしてたわ。」

 

紘汰の呼びかけで我に返った風の目に入ったのは、足を止めてこちらを心配そうに見つめる部員たちの姿。考え事をしている最中ずっと無反応だったらしく、どうやら心配をかけてしまっていたようだ。

 

「何って、樹の話だろ?」

「そ、そうね。・・・樹はまぁ、もう少し練習と対策が必要かな。」

「そうですね・・・。α波、出せるように!」

「α波から離れなさいよ・・・。」

 

そうやって再び談笑に戻った部員達に、風はホッと胸をなでおろした。

それと同時にイカンイカンと気を引き締めなおす。

カラオケが終わってどうやら少し気が抜けていたようだ。私は部長なんだから、皆を不安がらせないようにしなくては。自分の両頬を軽く叩き、よし、と小さく呟いた。

 

 

―――そんな風の様子を、彼女の弟と妹だけがしっかりと見つめていた。

 




それぞれ『まるで歌手ご本人が歌っているようだ』と評判の持ち歌を持つ勇者部部員達。紘汰君の持ち歌はもちろんアレ。

自信の持てない妹と、抱え込みすぎる姉。
そろそろ戦闘にも入りたいですが、このあたりちゃんと描写しておかないといけないところなので・・・。代わりに短編とか書いて衝動を抑えるという。
次の次ぐらいには戦闘入れると思いたい・・・。

本当は取捨選択できるといいんでしょうけどそれができるほど経験ないのでとりあえずは現状のスタイルで続けていこうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話

プロローグとか含めればとっくに過ぎていましたが、ナンバリングの話数でとうとう20話になりました。
1章でここまで長くなるとは正直思わなかった・・・やっぱり考えてるだけと実際にやってみるのでは全然違いますね。

ここまで続けてこられたのも皆様のおかげです。
閲覧、登録、感想、評価、全てが私の励みになります。

最初と比べて随分と更新スピードも随分落ちてしまいましたが、これからもコツコツやっていきますので良ければどうぞお付き合いください。


ドン!

・・・とかそう言った擬音が聞こえてくるほどの存在感を机の上で放っているのは、明けて翌日、夏凜が持参した彼女おススメの珠玉の品々であった。

サプリ、サプリ、サプリ、サプリ、サプリ、酢、オイル・・・ドラッグストアか何かでもなければお目にかかれないようなその物量に、樹をはじめ他の面々も流石に目を丸くしている。

そんな皆の様子を感激していると勘違いでもしたのか、やけに得意げな夏凜が、満を持して口を開いた。

 

「フフン。感謝しなさい。これ皆、喉にいいといわれる食べ物とサプリよ。マグネシウムやリンゴ酢は肺にいいから声が出やすくなる。ビタミンは血行を良くして喉の荒れを防ぐ。コエンザイムは―――」

 

そのまま始まるマシンガンの様な解説トーク。煮干しの時もそうだったが、この完成型勇者様は、健康食品に対して並々ならぬ情熱を持っているようだ。普段とはまた違った迫力に、先ほどから皆押されっぱなしである。

 

「詳しい・・・。」

「お、おう・・・。」

「流石です・・・。」

「夏凜ちゃんは健康食品の女王だね!」

「夏凜はアレよね。健康のためなら死んでもいいって言いそうなタイプよね。」

 

依然続く解説トークをBGMに、部員達が五者五様の感想を漏らす。

意外というからしいというかは少し微妙なところだが、兎にも角にもこの気難しい新入部員への理解が深まったということは確かだった。

そんな部員達の反応を他所に、一通り語り終えて一応満足した夏凜は、さてとと樹に向き直った。

昨日、家であれもこれもと選んでいるうちに荷物が膨れ上がってしまい、仕方なく厳選に厳選を重ねて絞り込んだ精鋭たちだ。まだまだ語るべきことは山ほどあるが今日の目的はそれではない。樹を歌のテストで合格させるために持ってきたのだから、本人に使ってもらわねば。

 

「さ、樹。これを全種類飲んでみて。ホラ、グイっと。」

「ぜ、全種類ですか!?」

 

当然でしょ?と首を傾げながら怪訝そうな顔をする夏凜に戸惑いながら、樹は机の上へと視線を移す。

改めて見るその迫力に、樹は冷や汗を流しながらゴクリとつばを飲み込んだ。

こ、これを全部・・・?いくら体にいいモノでも、流石にちょっとまずいんじゃ・・・でも、せっかく夏凜さんが持ってきてくれたんだし、これでホントに声が出るようになるのなら・・・。

 

夏凜セレクションを前に心の中で葛藤を始めた樹に対して、助け船を出したのは紘汰だった。机の上に伸ばしかけたところで中途半端に静止していた樹の手を優しく下ろした紘汰は、二人の間に割って入り樹の代わりに夏凜と相対した。

 

「あのなぁ夏凜。樹の為に用意してくれたのはありがたいけどあんまり無茶言うなよ。こんな量を一気にだなんてお前だって無理だろ?」

「う・・・。フ、フン!何が無理よ上等じゃないやってやるわよ!こんなの楽勝に決まってんでしょ!ま、ア・ン・タには無理なんでしょうけど、ね?」

「ム。樹やお前には無理だって言っただけで、誰もできないなんて言ってないだろ。それよりいいのかそんなこと言って。勢いだけで言ったなら、後悔することになるぜ?」

 

この流れはマズい。

主役である樹をほったらかして火花を散らし始めた負けず嫌い二人に、残る部員達の間に緊張が走った。

この後の展開は容易に予想がつく。もちろん、その結末も含めて。

 

「お、お兄ちゃん、夏凜さん。もうそのぐらいで・・・「「勝負!!」」ああ・・・。」

 

樹の仲裁も空しく、遂に戦いの火蓋は切って落とされた。

猛烈な勢いで錠剤その他をかっ込んでいく二人に、樹をはじめ皆、手で顔を覆う事しかできなかった。

 

数分後、両者共にKOで部室の床に沈むことになったのは、もちろん言うまでもないだろう。

 

 

 

 

「樹。樹、朝よ起きなさい。朝ごはん、準備しておくから着替えて顔洗ってきなさいよー。」

 

聞きなれた優しい姉の声が、樹の意識を夢の世界から浮上させた。

薄く開いた目に映るのは、忙しそうに部屋を出ていく風の後ろ姿。

早く起きなきゃという理性の声に抵抗するようにもぞりと寝返りを打った先、カーテンの隙間から零れる朝の光が樹の頭にさらなる覚醒を促した。

遂に頭の中で過半数を占めた理性の声に背中を押されてベッドから起き上がった樹は、風が用意してくれた制服に袖を通す。

寝ぼけ眼のまま思い出すのは、先ほどまで見ていた昔の夢についてだった。

 

 

私がまだ小学生だったころ、知らない大人たちが家にやってきたことがあった。お兄ちゃんは外出中で、家には私とお姉ちゃんの二人きり。

見知らぬ大人に怯えた私はずっとお姉ちゃんの背中に隠れていたから、なんの話をしていたのかはよくわからなかったけど、あとでお姉ちゃんがお父さんとお母さんが死んじゃったことを教えてくれた。

その日から兄弟3人だけの生活が始まって、お姉ちゃんは変わった。

勿論優しいお姉ちゃんなのは変わらないけれど、私たちに弱いところを見せなくなった。両親を失った私やお兄ちゃんの為に、お母さんになろうとしてくれていたのだ。自分だって大変なはずなのに。

お兄ちゃんの前では時々、少しだけ前のお姉ちゃんに戻ることもあるけれど、私の前ではそうじゃなかった。

この生活が始まった最初の頃、お母さんがいなくなった寂しさでお姉ちゃんに八つ当たりしてしまったことがあった。酷いことを言ってしまった私に、お姉ちゃんは怒ることも無く、ただ優しく微笑んで抱きしめてくれた。

そんなお姉ちゃんがいてくれたから、私たちは今、こうやって笑って暮らせているんだと思う。

 

でも、私は知っている。

お姉ちゃんはあくまでそう振舞ってくれてるだけだってことを。

最初のお役目の後、皆に何も言わず巻き込んでしまったことに対する罪悪感と、そのせいで皆に嫌われてしまうんじゃないかっていう怖さで一人悩んでいたことも。この前のカラオケの時、ふとした瞬間に表情が暗くなっていたことも。そして、お父さんとお母さんが死んじゃった後、時々夜中に声を押し殺して泣いていたことも。

 

お姉ちゃんがそういうところを見せてくれないのは、私たちのことを守らなきゃって思ってくれているからだ。

お姉ちゃんにとって私は、まだまだお姉ちゃんたちの背中に隠れているだけの子供なんだと思う。

それじゃいけないと思っていても、大好きなお姉ちゃんの背中は暖かくて、一緒だったらどんなことでもできる気がして、私はいつも甘えてしまう。

 

もしも、私が背中に隠れている私じゃなくて隣を一緒に歩いていける私だったのなら、お姉ちゃんはもっと悩みを打ち明けてくれるんだろうか。お姉ちゃんが抱えているものを少しでも分け合うことができるんだろうか。

お姉ちゃんと違って引込み思案だし、家事だってうまくできないし、朝だって一人じゃ起きられない。お兄ちゃんみたいに運動が得意なわけでも、皆から頼られているわけでもない。

でも、いつまでも守られているだけの子供のままではいられない。大好きなお姉ちゃんとお兄ちゃんを助けてあげられる私に変身したい。

キッチンに降りてきた私に優しく微笑みかけてくれるお姉ちゃんを見て、私は強くそう願った。

 

 

 

 

冷たいシャワーが、運動で火照った体を冷やしていく。

朝のトレーニングが終わった後、学校行く前にこうしてシャワーで軽く汗を流すのが、このところの紘汰の日課になっていた。

バーテックスとの戦いが始まって、少しでも強くなるためにと始めた自主練は、もう生活のサイクルとしてしっかりと根付いている。

訓練と言っても友奈に付き合ってもらっている武術の稽古以外では大したことができるわけでもなく、毎日行っているのは一通りの筋力トレーニングとランニングぐらいだ。

 

浴室の鏡に映る自分の姿を見る。

もともと同年代としては引き締まった体をしていたとは思うが、訓練の成果でさらに逞しくなってきた・・・様な、気がする。というかそう思いたい。

毎日続けているおかげか、筋トレではこなせる回数が増えてきたし、走る距離も徐々に伸びてきている。しかし、それで強くなったのかといわれると正直よくわからない。

強くなるって、いったいどういう事なんだろう。

そんな風に考えながら思うのは、先日の姉の表情と、いつかの父との約束だった。

 

 

昔、父さんは時々他の家族に内緒で俺だけを遊びに連れて行ってくれることがあった。

母さんも姉ちゃんも樹も、勿論嫌いだったわけじゃない。でも父さんと二人きり、男同士のこの時間は俺にとって特別だった。

昔から運動が得意だったから、同級生はもちろん上級生にだって運動では負けなかったけど、やっぱり父さんは別だった。

追いかけっこもキャッチボールも魚釣りでもなんでも、父さんはいつだって俺よりすごくて、いろんなことで負けるたびに俺は少し悔しかったけど、俺が勝てない父さんは俺にとって憧れのヒーローだった。

ある日公園でいつものようにコテンパンにやられた後、俺は父さんになんでそんなに強いのかって聞いてみたことがある。

父さんはそんな俺の頭に手を置きながら、

 

“当たり前だ。父さんはな、お前や風や樹に母さん。大事な家族を守らなきゃいけないんだから。知ってるか紘汰?男はな。守るものがある時、いくらでも強くなれるんだ。”

 

そう言って笑っていた。

そんな父さんがすごくかっこよくて、俺もいつか父さんみたいになりたいって思ったんだ。

 

父さんと母さんが死んでしまう、少し前のことだった。

久しぶりに遊びに連れて行ってもらった上に、高学年になってとうとう父さんに一矢報いれるようになった俺は、その日とても上機嫌だった。

ベンチで父さんの隣に座って興奮気味に捲し立てる俺の話を、父さんは苦笑しながら聞いてくれていた。

しばらくして俺が落ち着いてきたとき、急に真面目な顔をした父さんは静かな声で俺に話しかけた。

 

“紘汰はすごいな。この調子なら父さんもうすぐ追い抜かされちゃいそうだ。”

“何言ってんだよ。そりゃあ俺だっていつまでも負けっぱなしのつもりはないけど、まだまだ全然父さんの方がすごいじゃないか。父さんは俺の目標なんだから、簡単に負けてもらっちゃ困る。”

“ハハ、そうだな。俺はまだまだお前たちを守ってやらなきゃいけないんだもんな・・・なぁ紘汰。お前、お姉ちゃんと樹のこと、好きか?守りたいって思うか?”

“当たり前だろ。姉ちゃんはしっかりしてるけど案外抜けてるとこあるし、樹は気が弱くっていつも危なっかしいんだから。二人とも俺がついててやんなくちゃ。”

“そっか、そうだよなぁ・・・あのな紘汰。お前たちが大きくなるまで、父さんと母さんがお前たちのことを守ってやる。お前たちが困った時は、いつだって駆けつけて助けてやる。でもな紘汰。お前は男でお兄ちゃんだ。だから強くなれ。そして、父さんたちがどうしてもお前たちを助けてあげられないとき、そんなときはお前が二人のことを守ってやってくれ。”

“急に変なこと言うなぁ。わかってるよ。約束する。父さんがいないとき、父さんの代わりに俺が二人を守ってやる!”

“あぁ、男と男の約束だ。”

 

父さんが笑って、俺も笑った。

そしてその数日後、父さんはもう二度と俺たちを守れなくなった。

 

家族がたった三人になってしまったあの日から、父さんとの約束どおり二人を守ろうと俺なりにやってきたつもりだ。

でも思っていたよりもはるかに早くやってきたその時に、まったく準備ができていなかった俺はどうすれば強くなれるのか、父さんとの約束を守れるような自分になれるのかわからなかったんだ。

いつも突っ走って空回りしてもらう俺は、姉ちゃんがいなくちゃ何もできなかったし、樹だって暴走する俺を肝心なところでいつも引き留めてくれる。

 

あの日、確かに俺は変身して戦う力を手に入れた。

訓練も重ね、昔よりもできることが増えてきたとも思う。

でもそれは、本当に強くなったって言えるんだろうか。

そしてどれだけ強くなれば、姉ちゃんにあんな顔をさせないようにすることができるんだろうか。

あの日憧れた父さんの背中はあまりにも遠い。

でも、それでも―――

 

 

体についた水分をふき取り、用意していた制服に着替えて台所へと向かう。

先ほどから話し声が聞こえているから、我が家の寝坊助はもう起きているのだろう。

台所から漂ってくる朝食の匂いに早朝からエネルギーを消費した紘汰の胃袋が刺激され、低い音を鳴らした。

そんな自分の腹をさすりつつ、優し気な姉の声といつもよりさらに小さい妹の声を聴きながら、紘汰は台所へつながるドアを開いた。

 

「ぉあよう、お兄ちゃん・・・。」

「おはよう紘汰。あんたもさっさと朝ごはん、食べちゃいなさい。あんまりのんびりしてると遅刻するわよ。」

 

ドアを開いた先で目に飛び込んできたのは、眠たげな顔で挨拶をしてくれる樹と、そんな樹の寝癖を甲斐甲斐しく直しながら同じように声をかけてくれる風の姿だった。

仲の良い姉妹の姿でありながらどこか母と子の様なそれは、犬吠埼姉妹のいつもの光景で、紘汰の大好きな光景だ。

それがいつもよりなんだか眩しく見えるのは、窓から差し込む朝日のせいだろうか。

眩しさに目を細めながら、紘汰はさっきまで心の隅にあったモヤモヤが消えていくのを感じていた。

 

「あぁ。おはよう姉ちゃん、樹。」

 

そうだ。

どれだけ強くなったのかなんて関係ない。

どれだけ強くなればいいのかなんて問題でもない。

この光景を守るためなら、どれだけだって強くなってやる。

大切な家族も、大事な仲間も、そしてこの世界も全部守れるように、そんな自分になるために何度だって変わってやる。

だから見ててくれ父さん。

父さんが望んだ俺に。

そして俺自身が望む俺に、いつか俺は必ず変身して見せるから。

 

 

 

 

樹の柔らかい髪に優しく櫛を通しながら、風は紘汰が慌ただしく朝食をかきこんでいくのを眺めていた。

 

(そんなに慌てなくたって、誰も取ったりしないっての・・・。)

 

いつも通り朝から慌ただしい弟の姿に、風の顔には苦笑が浮かんでいる。

育ち盛りなだけあって、紘汰はそれなりによく食べる。

こちらが作るどんなものにもおいしそうに食べてくれるから、作る側としては非常にやりがいがあるというものだ。

寝ぼけ可愛い樹をパーフェクト可愛い樹へと仕上げた後は、ようやく自分の時間だ。

櫛を片付け、樹の向かいの自分の席へと腰を落ち着ける。

今日のメニューは焼いたベーコンに目玉焼き、トーストにサラダ、そしてスープだ。

シンプルなメニューだが、まぁ朝なんてどこもこんなものだろう。

心の中でそんな言い訳をしながら、適度に冷めたスープに口をつけた風は、気づかれないようにそっとため息を吐いた。

 

お母さんとお父さんが死んでしまってから2年。

もういないお母さんの代わりに、紘汰と樹のお母さんにならなくてはといろんな努力を続けてきた。

時々手伝うぐらいだった料理も覚えて、その腕も今ではちょっとした自慢だけど、それでも昔食べたお母さんの味にはとてもじゃないが勝てる気がしない。

いつまでたっても追いつけないというその事実が、“お前には代わりなんて無理なんだ”と言われているようで、私の心を重くする。

・・・最近どうにもいけない。ちょっとしたことでつい思考が暗くなってしまう。

こんなんじゃダメだ。私はあの日誓ったんだから。

例えお母さんになれなくたって私は―――

 

「あ~。やっぱ姉ちゃんの料理は最高だな!な、樹!」

「うん。そうだね。」

 

息が止まった。

思わぬ不意打ちに、不覚にも目の奥が熱くなる。

そんな自分をごまかすように、少し早口で反論した。

 

「き、急にどうしたのよ紘汰。おだてたって何にも出ないわよ。それに料理って言ったってこの中じゃせいぜいスープぐらいだし、こんなのどこで食べても一緒でしょ。」

「それが違うんだよなぁ。かめやで食べるうどんとかも美味いんだけどやっぱり姉ちゃんのが一番落ち着くっていうかさ・・・こういうの、おふくろの味っていうの?」

「―――っ!」

 

おふくろの味。

お母さんになり切れない、中途半端な私の作る料理を、この子はそう言ってくれるのか。

たったそれだけの言葉で、私はこんなにも救われた気持ちになれるのか。

 

「あ、あんたねぇ。花の女子中学生つかまえておふくろって何なのよ。もっと言い方っていうもんがあるでしょ。」

「わりぃわりぃ。でも本当にそう思ったんだから、仕方ないだろ。」

「ま、いいわ。お姉様を立てようとするその姿勢は評価してあげる。あんたの態度に免じて今日の晩ごはんはあんたの好きなものを作ってしんぜよう。で、何がいいの?」

「マジかよ!え~と、じゃあアレ!俺コロッケがいい!」

「コロッケねぇ。樹もそれでいい?」

「うん。私もお姉ちゃんのコロッケ、大好きだよ。」

「樹にまでそういうんだったら、お姉ちゃん張り切っちゃうわよ。あんたたち、覚悟しときなさい!!」

 

笑い声が、家の中に響く。

三人だけど、こんなにも騒がしい。

三人だから、こんなにもあったかい。

これが、この日常が、今の私の幸せだ。

この子達のためなら、私はきっと何でもできる。

 

あぁ、だからどうか神様。神樹様。

私は全てを捧げます。

あなたの敵を、世界の敵を、私が全て倒します。

だからどうか、お願いします。

私はどうなってもいいんです。

どうかこの子達は。私の大事な家族と後輩達だけは、守ってあげてください。

それだけが、復讐なんて感情だけであんなにもいい子たちを巻き込んでしまった私の、たった一つの願いです。

 

全てが終わった後、いつものように皆が笑っていられるように。

―――たとえそこにもし、私がいなかったとしても。

 

 




最初とそれ以降の空気感が違いすぎる・・・!

実験的に一人称みたいなものも取り入れつつ、犬吠埼家の面々の過去だったり決意だったりのお話です。
明らかに危ない子がいますがこれはもうきっと1章の最終戦までは仕方ない・・・。

犬吠埼家両親は大赦の関係者だっていうのは公式ですね。
現世への影響による事故に巻き込まれて亡くなったということで、それに巻き込まれちゃうほど現場に近い部門の担当だったと推測(公式に別の設定あったらすいません・・・)。
であるならば色々と追い詰められていっている状況の中で色々と覚悟はしていたんじゃないかなぁと思って書いたのが紘汰くんとお父さんとのやり取りでした。
持って生まれた善性だけではない、本作品での紘汰くんの思いの骨子となる部分です。

次こそ戦闘直前ぐらいまでには進めたいと思います。
またしばし、お待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話

今回からちょっと思うところがあり「・・・」を「…」に変更しています。
よさそうなら今までの奴も変更する所存です。


その日の放課後。

勇者部の部員達は二手に分かれ、里親が決まった猫たちの引き取りに向かっていた。

班の内訳としては風、紘汰、樹のチーム犬吠埼。そして友奈、東郷、夏凜のチーム二年生(紘汰除く)といった塩梅だ。

 

さて、こちらはチーム二年生。

引き取り様の箱を抱えた東郷の車いすを友奈が押して歩き、夏凜はスマホを片手に道案内を担当していた。

しかし、先ほどからチームを先導する夏凜の様子がどうにもおかしい。

険しい顔で画面と周囲を見比べていたかと思えば、背後の友奈達の方をちらりと見ては慌てて視線を戻してうぐぐ…と唸り声をあげている。

しばらくしてようやく自分の中で色々と折り合いをつけたらしい夏凜が、勢いよく振り向くと友奈と東郷、二人の元へとずんずん歩み寄ってきた。

 

「ここ、どこなのよ!?」

「えぇと、この住所だと……あっちね。」

 

夏凜が差し出した画面の住所を確認した東郷が、向かうべき方向を指さした。

先ほどから彼女の様子を後ろから眺めていてなんとなくわかっていたが、やっぱり道がわからなくなっていたらしい。

引き受けた以上わかりませんでは何とも極まりが悪く、それでさっきからずっと内心葛藤していたようだ。

 

「わ、わかってたわよ!?ただちょっと、まだこのあたりに慣れてないっていうか……。」

 

顔を赤らめて強がる夏凜に、友奈と東郷は顔を見合わせて微笑んだ。

こちらを見透かしたような二人の様子に何か言ってやろうと口を開きかけた夏凜だったが、結局はそのまま押し黙った。ここで何か言ったところで余計に格好悪いだけだ。

兎に角行くわよ!とごまかすように言い放ち、先ほど東郷が教えてくれた方向へと肩を少し怒らせながら歩き出した。

そんな夏凜の後ろを苦笑しながらついていっていた友奈だったが、そういえばと思い出し、前方の彼女を呼び止める。

 

「あ、そうだ!ちょっと二人に協力してほしいことがあるんだ。」

「いいけれど……。何をするの友奈ちゃん?」

「えへへ。樹ちゃんの為に、ちょっとしたおまじないだよ。」

「おまじないって……何よソレ。」

「えーっとね…。」

 

怪訝そうに首を傾げる二人の前で、ゴソゴソと自分の鞄の中身を探り始める友奈。

しばらくして友奈が鞄の中から取り出したのは、桜の模様があしらわれた便せんとペンだった。

 

「あのね、これに皆で―――」

 

 

 

 

「あの家のお母さん。子猫のこと考え直してくれてよかったね!」

 

学校へと続く帰り道、先頭を歩く樹はとても上機嫌だった。

ニコニコと笑みを浮かべる樹の後ろには、引き取り用の箱を抱えた紘汰と俯き加減で最後尾を行く風が続いている。

子猫を引き取りに行った帰りだという割には、紘汰が持つ箱の中身は空っぽだ。

なぜかといえば話は簡単。チーム犬吠埼が担当した家では、子猫を受け取ることができなかったのだ。

 

数時間前、チーム友奈と違って迷うことなく目的地に辿り着いた三人を迎えたのは、必死で子猫の引き渡しに反対する小さな女の子の声と、それを何とか宥めようとするその子の母親の声だった。

予想外の展開に混乱した紘汰と樹を他所に、いち早く状況を理解した風がすぐさま受取先へと連絡。了承を得た上で母親の説得を行った結果、何とかその考えを変えることに成功したのだ。

 

「お姉ちゃん、ありがとうね。あの猫がお母さんやあの子と一緒に暮らせるようになったのはお姉ちゃんのおかげだよ。」

「ああいうの、流石だよなぁ。姉ちゃんがいなかったらどうなってたことか……。」

「…………。」

 

上機嫌な下の子二人と比べ、風の表情は暗い。

思い出すのはさっきの女の子。あの子を見てからずっと、一つの思いが頭の中から離れない。

和気藹々としゃべりながら歩く二人の後ろを黙ってついてきていた風だったが、しばらくしてとうとうその足が止まった。

そして気づけば、その複雑な心の内が一つの言葉となって口から漏れ出していた。

 

「…ごめんね、樹。紘汰も。」

「え?」

 

思いがけない言葉に、樹と紘汰の足が止まる。

二人が振り向くと、風はスカートの裾を握りしめながら顔を俯けていた。

困惑する二人に、しまったと思いながらも風の口は止まらない。

一度漏れてしまったが最後、堰を切ったように次から次へと言葉があふれ出してくる。

 

「あの子を見ていて思ったの。大赦に樹を勇者部に入れるように言われたとき、私ももっと本気で抵抗すればよかったって。紘汰にしたって、もっと深く考えるべきだった。勇者になれなかったとしても、私たちの近くにいれば巻き込まれるかもしれないなんて、ちょっと考えればわかるはずだったのに……。」

 

さっき見たあの子は、子猫を生かせないために全力で抵抗していた。

それに比べて私は?

本当にこの子たちを守りたいと思うのならば、もっとすべきことがあったんじゃないか。もっと本気で抵抗すべきだったんじゃないか。それこそ泣いてでも…。

 

「あのなぁ姉ちゃ「違うよお姉ちゃん!!」…樹。」

 

紘汰の言葉を遮って響いた樹の大声に、俯いていた風がはじかれたように顔を上げた。

見上げた先、目に映ったのはいつもの控えめな様子からは想像もできないほど強い光を湛えた樹の瞳。

後悔に歪む風の顔を真正面から捉えながら、樹は自分の思いを言葉として紡ぎだす。

 

「私ね、思ったんだ。初めて勇者として戦ったとき、確かに最初はちょっと怖かったけど、これでようやくお姉ちゃんたちを助けてあげられるんだって。」

「樹……。」

「お姉ちゃんが勇者部に誘ってくれたおかげで、私は皆と一緒に戦える。皆を守ってあげられる。いつも守られてばかりだった私にとって、それがどれだけ嬉しかったか。だからねお姉ちゃん。お姉ちゃんは、間違ってなんかないよ。」

 

そう言って樹は、風に向かって優しく微笑んだ。

どこまでもまっすぐな樹の言葉が、風の心を大きく揺さぶる。

優しい妹の言葉に、このまま身を任せてしまってもいいのだろうか?

でも、それでも思ってしまうのだ。

大赦が言う最悪の事態が、もしこの子の身に降りかかってしまったら…。

 

内心の葛藤から黙り込んでしまった風を、尚も樹は見つめ続ける。

自分たちのことで罪悪感を抱いてしまっている姉に、自分の気持ちが伝わるようにと。

そんな樹の頭に手を置いて、今度は紘汰が前に出た。

樹がこんなに頑張ったんだから、今度は俺の番だ。

勝手に自己嫌悪に陥っている姉の勘違いを、正してやらなくては。

 

「樹の言う通りだぞ姉ちゃん。それになぁ、俺だけ蚊帳の外にしようとしたって無駄だぜ?たとえ勇者部に入ってなかったとしても、姉ちゃんや樹がピンチなら、どんなことがあっても俺は絶対駆けつけて助けてやるって決めてんだ。」

 

それは『もしも』の話であり、本当にそうすることができたのかなんて根拠どこにもない。

それでも紘汰は、自信満々にそう言い切った。

だから、ちょっとは頼ってくれよ。そんな思いを言外に込めて。

そして紘汰のその思いは、風にしっかり届いていた。

 

「…フ。フフフ。もう、何よそれ。」

 

罪悪感から暗く曇っていた風の心にはもう、晴れ間が差し込んでいる。

表情の変わった風を見て、紘汰も樹もまた、笑みを深くした。

 

「そう…そうよね。樹、紘汰…ありがと。」

「「どういたしまして!!」」

「むぅ…なんだか偉そうね…。二人とも、生意気だぞ。」

「そりゃあ誰かさんの弟と妹だからな!」

 

言ったわねこのー!うわ、やめろって姉ちゃん!

いつもの調子に戻った風が、いつものように紘汰を追いかけまわす。

やっぱり、お姉ちゃんはこうでなきゃ。

そんな二人のじゃれ合いを、樹はいつものように微笑みながら眺めていた。

 

 

 

 

それから数日、遂にこの日がやってきた。

音楽の授業の歌唱テスト。今日はその本番だ。

この日の為に皆に色々協力してもらったし、昨日もぎりぎりまで練習してきた。

大丈夫、きっと大丈夫。

音楽の教科書を握りしめながら、樹は硬い表情のまま心の中で何度もそう呟いていた。

 

「次、犬吠埼さん。」

「は、はい!」

 

遂に呼ばれた自分の名前に慌てて返事をする樹だったが、その声は焦りから少し上ずってしまった。

恥ずかしさに顔を赤らめながら足早に教室を突っ切り、黒板の前に立つ。

否が応にも高まる緊張に、樹の頬を一筋の汗が伝う。

しっかりやらなきゃと思えば思うほど体は硬直し、教室中から集まる視線に足が震え始めていた。

 

大丈夫、ちゃんとできる。

―――でも、みんなが私を見てる。

 

いっぱい練習してきたんだから。

―――それでも、失敗しちゃったら?

 

皆が応援してくれている。

―――だめだったら、皆になんていえばいいの?

 

弱音が、次から次へとあふれ出してくる。

心の深いところからやってくるそれは自らを鼓舞する声すらもかき消してしまう勢いだった。

呼吸が浅い。口が開かない。

このままじゃ…。

 

(やっぱり…ダメ―――!)

 

その時だった。

樹が握りしめている教科書から、何かが零れ落ちたのは。

 

「す、すいません!」

 

それに気づいた樹が、慌てて落ちた『何か』を拾い上げる。

手に取ったそれは丁寧に4つ折りにされた一枚の紙で、もちろん樹には見覚えがない。

いつの間に挟まっていたんだろう?

伴奏を中断させている最中ではあるのだが、それでも今は好奇心が勝っていた。

申し訳ないと思いつつも、手に持ったその紙を開く。

そこに書かれていたのは―――

 

“テストが終わったら打ち上げでケーキ食べに行こう! 友奈”

“周りの人はみんなカボチャ。 東郷”

“気合よ。”

“ここからはお前のステージだ!自信持っていけ!! 紘汰”

“周りの目なんて気にしない!お姉ちゃんは樹の歌が上手だって知ってるから。 風”

 

一瞬。

樹の頭から、すべてのものが吹き飛んだ。

弱々しい虚勢も、心を苛む弱音も、すべてが何もなくなって、樹の頭の中はまっさらになっていた。

そしてまっさらになったそこに、皆の言葉が、思いが、文字を媒介にしてゆっくりとしみこんでいく。

 

(お姉ちゃん…皆…。)

 

皆の応援が書かれたその紙を掴む指を通して、暖かいものが樹の中へと流れ込んでくる。

いつも肝心なところで弱気になってしまうこんな自分でも、信じて応援してくれている人たちがいる。

自分で自分を信じられなくたって、その人たちのことは信じられる。

自分には、そんな信じられる人たちがいつもついていてくれている。

 

一つ一つがまるで自分を貫く矢のように感じていたクラスメイト達の視線も、今ではもう、全く気にならなくなっていた。

顔つきが変わった樹を見て優しく微笑んだ先生が、ゆっくりと伴奏を再開した。

先ほどまでは葬送曲にすら感じられていたその曲も、今はこんなにも耳に心地いい。

今ならきっと、本当に大丈夫。

そんな確信を胸に、今度こそ樹は大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

 

うろうろうろ。カチカチカチ。トントントン

 

声の代わりにそんな擬音が響くのはもちろん勇者部の部室である。

放課後、終わりの挨拶が済むと同時にダッシュで部室に駆け付けたメンバーたちは、今や遅しと樹の到着を待っていた。

無限にも感じるその時間を、それぞれが落ち着かない様子で過ごしている。

紘汰は意味もなく部室の中を歩き回り、東郷はHPの更新作業をしているように見えて先ほどから更新ボタンを定期的に押す作業を繰り返していた。

友奈なんて、何を思ったのか樹が部室に置いているタロットカードに手を出して見様見真似で占いを始めている始末である。

しかしやっぱり手順は覚えていなかったようで、すべてのカードを適当に裏向きに並べ、2枚ずつめくってみては首を傾げていた。

 

「もう!アンタ達、ちょっとは落ち着きなさいよ!!」

 

そんな落ち着かない皆の様子に遂にしびれを切らしたのは夏凜である。

彼女から発せられた大喝に、全員が動きを止めてそちらに視線を向ける。

 

「だってよ~。やっぱ心配だろ~?あ~!樹早く来ないかなぁ!!」

「アンタがそんなこと言ってたってどうしようもないでしょ!!…それに、私が力を貸したんだから大丈夫に決まってるじゃない。」

「そんなこと言ったってさぁ~。」

 

にべもない夏凜の言葉に撃沈した紘汰は、友奈が先ほどから終わらない神経衰弱を繰り返している机の方へとフラフラと移動し、そのままその上へと突っ伏した。

ちなみに紘汰達を窘めた当の夏凜だって大人しく部室の隅でじっとしているように振舞ってはいたが、組んだ腕の指先とつま先はせわしなくリズムを刻んだりしていたので全く人のことは言えないのだが。

 

「あれ?ねぇ紘汰君。ちょっと来てくれる?」

「ん?どうした?」

 

そんな中、先ほどからずっとHPの画面を見つめ続けていた東郷が、何かに気づいて紘汰に声をかけた。

そのまま傍によってきた紘汰に、今見ていた画面を見せる。

 

「これ、猫の里親になりたいってメール。たった今一件送られてきたんだけど……。」

「えーと何々。角居……ってコレ、裕也んちじゃねーか!」

「やっぱりそう?聞き覚えのある名前だったから、もしかしたらと思ったのだけど。」

「なんだよ…ここに連絡入れなくたって、俺に直接言えばよかったのにさ。」

「まぁまぁ。きっと、紘汰君を驚かせようと思ったのよ。それで、なんだけど……。」

「あぁ、わかってるよ。説明と確認は俺に任せてくれ。…裕也んちだったら、一回帰ってからの方が近いな…。」

 

裕也の家なら問題はないだろうが、これも一応決まりだ。

生き物の命を預かる以上、知っておかなくてはならないことや準備しなければならないことは色々ある。

そんな色々を説明した上で改めて意思を確認するのもまた、勇者部の仕事だった。

 

「しっ!皆ちょっと、静かに!」

 

紘汰が帰った後の予定を考え始めた矢先、先ほどまで黙って部員達の様子を見守っていた風が鋭い声を上げた。

静まり返る部室の外、足音が一つ近づいてきていた。

タイミングからして樹で間違いないだろう。

 

皆が固唾を飲んで見守る中、足音が部室の前で止まった。

そしてそのまま、ガラリと扉が開かれる。

 

「「「「「樹(ちゃん)!!」」」」」

 

現れたのはやっぱり、樹だった。

本日の主役である樹は、扉を開けた途端目に飛び込んできた皆の剣幕に少したじろいでいる様子だ。

しかし申し訳ないが、そんなことを気遣っている余裕はない。

何せそれを聞くためにさっきからずっと、首を長くして待っていたのだから。

 

「「「「「どうだった!!??」」」」」

「え!?え~とぉ……。」

 

緊張の一瞬。

部員達の視線は一点、樹にのみ注がれていた。

固唾を飲んで見守る中、樹がゆっくりと―――

 

―――親指を天に向けた、握りこぶしを突き出した。

その瞬間、大歓声と共に樹は皆にもみくちゃにされていた。

 




次!次こそ樹海に入りますから!(たぶん…)

次回は紘汰&樹の下の子トークと久々の裕也君登場です。
ホントはそこまでやって22話すぐに戦闘だったはずなんですけどね!!
予定というのは簡単に崩れるものですね…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話

何とか言ってたところまでは進められました。


「じゃあ、行ってくるねお姉ちゃん。」

「あ、ちょっと待ってくれよ樹!俺も行く!」

「あんま遅くなっちゃダメよ樹。紘汰はちょっと落ち着きなさいってば。久しぶりだからって本来の目的忘れないでよね。」

 

あの後、今日は色々疲れただろうからということで打ち上げはまた後日にして、部活はそのまま解散の運びとなった。

犬吠埼家の面々は、紘汰が角居家へと用があるのもあって皆で素直に帰宅。残るメンバーはというと、テンションの高まりすぎた友奈にまとめて引きずられていったので、今頃どこかで寄り道を楽しんでいることだろう。嫌そうな表情を見せながらも律儀についていくあたり、夏凜もまんざらではないようだった。

帰宅後、樹はちょっと用があるからと言って外出。もともと用のあった紘汰も慌ててそれに続いた。夕食の準備などで色々と忙しい風は一人、家でお留守番だ。

 

7月になって随分と日も長くなり、この時間でもまだまだ外は十分に明るい。

この時期特有のじめっとした空気と、アスファルトから発せられる熱に少し顔をしかめながら、紘汰と樹は二人並んで歩いていた。

これからやろうとしていることを秘密にしておきたい樹としては、正直ちょっと紘汰にはついてきてほしくない気持ちもあったが、目的地は道の途中で完全に紘汰と逆方向になっていることがわかっていたため、結局は何も言わなかった。

久しぶりに親友に会えるのに加え樹がテストで合格した喜びもあり、隣を歩く紘汰は随分と上機嫌だ。

高まったテンションのまま捲し立てるように褒めちぎってくるものだから、樹としては嬉しいけれどやっぱりどうにもむず痒かった。

 

「じゃあお兄ちゃん。私こっちだから、また後でね。」

「おう!……なぁ樹、さっきお前が言ってたことなんだけどさ。」

「な、何お兄ちゃん…さっき言ってたことって…?」

「やりたいことが見つかったって話さ。アレ、歌だろ?」

「え!?」

 

別れ際、紘汰から発せられた思いもよらない言葉に、樹の表情が固まった。

紘汰の言うさっきとは、学校から帰ってくる時の話だ。樹はその時二人の前で確かに、『やってみたいことが見つかった』と話していた。

しかし、その具体的な内容については一言も言っていない。

それなのに……。

 

「な、なんで!?」

「お、やっぱりそうだったか。いやぁ、実はほとんど勘だったんだけどさ。意外と当たるもんだな。」

「勘なの!?」

「お、おう。ま、俺の勘も中々捨てたもんじゃないってこった。もしかしてこれから行くところもソレと関係あるのか?」

「う、うん。そうなんだけど…このこと、もしかしてお姉ちゃんにも……?」

「ただの俺の勘だって。わかんないけどたぶん、姉ちゃんは気づいてないと思うぜ。」

「はぁ~。…ねぇお兄ちゃん。このこと、お姉ちゃんには……。」

「秘密だろ?ちゃんとわかってるよ。でも、何でなんだ?姉ちゃん、言えばきっと応援してくれるぞ。」

「まだ、夢だってはっきり言えるようなものでもないし……。実はちょっとね、応募してみようと思ってるオーディションがあるんだ。もし、それに選ばれるようなことがあったら、その時は自分の口からお姉ちゃんに伝えようと思うの。」

「そっか。ま、お前がそう思ってんならそれでいいと思うぜ。」

 

樹の言葉は、それだけで見れば少し弱気なようにも感じられる。

しかし、その表情は今までとはっきり違っていた。

こんな表情を紘汰は以前何度も見たことがある。

今の樹の表情は、かつてのダンスチームの仲間たちがしていたのと同じ、夢を持ったものの表情だった。

本人はまだうまく自覚できていないようだったが、樹の中に芽生えたその思いは、今はまだ小さくても確かに夢と言えるものだった。

妹のそんな小さくも大きな変化に、紘汰は顔を綻ばせる。

 

「でもそうかぁ…歌かぁ……。」

「…ダメ…かな…?」

「いやいやそんなことねぇって!!前から言ってんだろ。お前は歌上手いんだから、本気でやれば絶対成功するって!!」

「…ホントにそう思う?」

「ホントホント!俺が保証する!…あ、そうだ樹。お前が歌手になるってんなら、そん時は裕也達に頼んでバックダンサーやってもらおうぜ!」

「えぇ!?」

 

気が早すぎることに一人で盛り上がり始めた紘汰を、樹が必死になって宥めにかかる。

放っておけばこの男、今すぐにでもセッティングを始めそうな勢いだった。というかその右手に持ってる電話はなんだ。一体どこにかけるつもりだ。

必死の説得の末、とうとう涙目になった樹を見て流石に暴走しすぎたことに気づいた紘汰は、今まさにかけようとした電話を下ろし、少しバツが悪そうに頭をかいていた。

 

「わ、悪い樹。ちょっと気が早かったな…。」

「もう…内緒だって言ってるのに……。」

「は、ははは…。ま、まぁせっかく樹がやりたいこと見つけたんだから、俺ももっと頑張るよ。敵はまだあと7体残ってるけど、未来の歌姫を傷物にするわけにはいかないからな。」

「お兄ちゃん……。」

「だからお前は安心してやりたいようにやってみろ。大丈夫。前にも言ったけど、お前にはアーマードライダー鎧武がついてんだからな!」

 

そう言って胸を張る紘汰に、ようやく樹も微笑んだ。

兄がここまで言ってくれるのなら、本当にできるような気がする。少なくとも、これから先へ進む勇気をこの時樹は確かに紘汰から貰っていた。

いつだって頑張るための力は、一番に家族から貰っている。

皆一緒なら、どんな壁だって乗り越えられるし、どんな夢だってきっと叶えていける。

だから―――

 

「あのねお兄ちゃん。一つだけ、お願いがあるんだけど……。」

「ん?なんだ?」

「もし、もしもね?本当に私が、そうなる事ができたら…その時はお兄ちゃんも、一回でもいいから一緒に踊ってほしいなって。」

「え?で、でも俺は……。」

「私ね。言ってなかったけど、お兄ちゃんのダンス、好きだったんだ。ステージで踊るお兄ちゃんを見て、カッコいいなっていつも思ってたの。だから……。」

 

―――お兄ちゃんも絶対に、無事でいてね。

そんな思いを、言外に混ぜる。

家族の為に、皆の為に、いつも無茶をしてしまう兄への、自分の願望も含めたちょっとしたおまじないだ。

私が傷ついたらお兄ちゃんは悲しむだろうけど、私だってお兄ちゃんが傷ついたら悲しい。

心配だから無茶しないでなんて、きっと言ってもちゃんと聞いてくれないだろうけど、こういう小さな約束が最後の最後でブレーキになってくれたらと、そう思う。

 

「……そっか。お前にそこまで言われちゃあ、張り切らないわけにはいかないな。」

「!…じゃあ。」

「あぁ、約束だ。だから樹も、簡単に諦めるんじゃねぇぞ。」

「うん!約束だよ!」

 

紘汰が差し出した手の小指に、樹は自分の小指を絡ませた。

静かな午後の住宅街に仲良し兄妹二人の、ゆーびきーりげんまん、という声が響いていた。

 

 

 

 

ピンポーン。

 

『はい。』

「あの~。讃州中学勇者部の者ですけど……。」

『お、紘汰か!よく来たな。玄関の鍵は開いてるから、入って来いよ。』

 

インターホンから聞こえてきた親友の言葉に従い、おじゃましま~すと声を出しながら紘汰は少し遠慮がちに扉を開けた。

玄関に入ると、奥の方から速足で近づいてくる足音が聞こえてきた。

しばらくして廊下の奥から現れたのはもちろん、空色のパーカーにアッシュグレイの髪をした、紘汰の親友の角居裕也である。

 

「おっす裕也!」

「おう紘汰。久しぶりだな。そんなとこに立ってないで、早く上がれよ。」

 

裕也の言に従って、いそいそと靴を脱いで玄関に上がる紘汰。

家の中に裕也以外の人がいる気配はないし、靴も裕也と自分の分しかない。おそらく両親はまだ出かけているのだろう。

裕也の後について二階へと上がる。

二階建ての一軒家、その二階の一室が小さいころから慣れ親しんだ、裕也の部屋である。

勝手知ったる人の家。紘汰は部屋に入ると早々、定位置である小さなテーブルの脇へと腰を下ろした。

 

「それにしてもお前が里親に名乗り出てくれるとはなぁ。」

「あぁ、おふくろが前々から飼いたいってずっと言ってたからな。お前の様子がわかるかと思って何気なく勇者部のHPを覗いてみたら里親募集って書いてあったから、ちょうどいいと思ってな。」

「あ、そうだ裕也!お前わざわざHPの方にメールよこしたろ?そんなことしなくても俺に直接連絡くれれば早かったのに。」

「悪い悪い。その方がお前も驚くと思ってな。その様子じゃ、効果あったみたいだな。」

「お前なぁ……。」

 

いたずらっぽく笑う裕也に、胡乱な表情を向ける紘汰。

そのまましばらく無言の抗議をしていた紘汰の口からプッと笑い声が漏れると、それを皮切りに二人分の笑い声が部屋の中に広がった。

 

「はぁ~あ。あ、そうだそうだ。本題を忘れるとこだった。ちょっと待ってくれよ今準備するから。」

「あぁ、今日は親が二人とも遅くなるから、俺が代わりに聞くよ。…しかしホントに大丈夫か?猫を引き取るときの注意事項ってなんか色々あるんだろ?お前ホントにちゃんと覚えてきてるのか?」

「う、うるせぇな!…確かに俺は覚えきれてないけど、そういう時の為にちゃあんと準備はしてあるんだよ。ホラこれ。」

 

そう言って紘汰が取り出したのは、A4用紙で作成された小冊子。

タイトルは『あなたもなれる里親の心得 改訂版』だ。

この冊子。説明用資料として東郷が作成したものだが、依頼を受けて彼女が持ってきた原本はなんと電話帳ぐらいの厚みがあった。

持ってきた本人はやり切ったいい笑顔をしていたものの、流石にこれはいかんと部員総出で内容を取捨選択し、何とかこのサイズにまとめたのがこの『改訂版』である。

 

「ほぉ~。結構しっかりしてるじゃないか。」

「ま、うちの部員にはこういうの得意なヤツがいるからな。じゃ、始めるぞ…。ゴホンッ…え~ではまず最初ですが……。」

「紘汰、似合ってないぞ。」

「こ、こういうのは形が大事なんだよ!いいから大人しく聞けって!え~と、では改めて―――」

 

 

 

 

「へぇ~。あの樹ちゃんがねぇ。あの子、いつもお前かお前の姉さんの後ろに引っ付いてるって印象だったけど…。人は変われば変わるもんだな。」

「だろ?いやぁ~妹ってのはいつの間にか成長してるもんなんだなぁって俺も…。あ、お前コレ誰にも言うなよ。お前だから話したんだからな。」

「オイなんかオヤジ臭いぞお前…。ちゃんとわかってるよ。今の話はとりあえず俺の中だけにとどめておく。」

 

一通り説明が終わり、話はそのまま雑談へと移行していた。

あの公園で再開して数か月、お互い忙しくて中々会う機会がなかったこともあり、お互いの近況報告に花が咲いていた。

今の話題は樹の将来の夢の話。…この男、早速ばらしているのである。

 

「なんにせよ、中々面白そうな話じゃないか。もちろん俺はオッケーだし、チームの皆も喜んでやると思うぞ。それに、そうなったらお前とまた一緒にやれるんだろ?」

「う…まぁまだまだ先の話だし、勝手に抜けたやつが今更こんなこと言うのもなんだから皆がいいって言ってくれるならだけど……。」

「何言ってんだ。前も言っただろ?たとえ一時的だけだったとしても、俺たち皆お前と一緒にまた踊りたいんだからさ。」

「裕也…ありがとうな。」

 

ホッと息を吐く親友の姿を裕也は苦笑しながら眺めていた。

どうにもこいつは、自分が周りからどれだけ慕われているのかあまりわかっていないらしい。

慕われているといえば、そういえば―――

 

「そうだ紘汰。今思い出したけど俺、お前宛に預かっているものがあるんだ。」

「俺宛に?」

「ちょっと待ってろ。え~と…お、あった。これだよこれ。ほら。」

 

そう言って裕也が取り出したのは、上品な刺繍の入った藤色の小さな巾着袋だった。

手渡されたそれの口ひもに指をかけ、空中にぶら下げながら外観を観察する。

しかしやはりというかそこには、名前などは特に書かれていない。

しかしこの重み、どことなく覚えがあるような……。

 

「これ、どうしたんだよ。」

「ちょっと前のイベントの時にな。休憩時間に突然渡されたんだよ。お前に渡してくれってな。」

「なんだそりゃ。どんな奴だったんだ?」

「いや、俺も初めて見る女の子でな。年はたぶん俺たちとおんなじぐらいだ。松葉杖をついてたからどっか怪我してるんだと思うんだが…色々聞く前にさっさとどっかに行っちまったんだよ。俺たちもすぐに本番だったから、追いかけられなかったんだけど……。大方、お前に危ないところを助けられたファンとかなんじゃないのか?」

「いや、そんな…心当たりはねぇけど……。」

 

記憶を掘り返してみても、思い当たることはない。

そもそも、今の紘汰の生活圏と裕也達の活動範囲では結構離れているし、そんな中わざわざ紘汰へ宛てた荷物を裕也に渡す意味も分からない。

怪訝に思いながらも、裕也からの開けてみろよとの催促に従い、口ひもを緩め中を覗き込む。

そこに入っていたのは―――

 

「おい紘汰。どうしたんだ急に固まって。中に何が入ってたんだ?」

「なぁ裕也。そいつ、他に何か言ってなかったか?」

「他にって…。そうだな…あぁ、そういえばなんか言ってたな確か…『満開はしちゃダメだ』とかなんとか…お前、何のことかわかるか?…オイ紘汰?どうしたんだホントに。」

「悪い裕也。俺、ちょっと用事思い出した。今日はこれで帰るよ。」

「え?あ、あぁそうか?また随分急だな。」

「ホントにすまねぇ!また今度な!」

「あ、あぁ。またな紘汰。」

 

突然のことで困惑する裕也をそのままに、紘汰は彼の家を飛び出した。

そのまま家に向かって、全速力でひた走る。

何かはわからない、しかし、どうにも胸騒ぎがする。

先ほど裕也から受け取った袋。その中に手を突っ込み、中のものを取り出した。

 

紘汰が取り出したモノ。手に握られたソレは、まぎれもなく―――

 

(ロックシード…!!)

 

中央に果実をあしらった、重厚な錠前。

しかし、紘汰が持っているものとは決定的に何かが違う。

はっきりとは言えないがしかし、手に持ったそれは見ているだけでわかるほどの力と存在感を放っていた。

基本的な形状は、確かに紘汰の持つものと大差はない。

しかし、その材質が大きく違う。

素材についてなんて紘汰が詳しく知るはずもないがしかし、それでも紘汰が持つロックシードは何らかの金属で作られているのだけはわかる。

しかし、これはどうだ。

見た目から全く何でできているか想像がつかない。まるで、エネルギーだとかそう言った形のないものを無理やり個体にしたような……。

 

(誰かわからねぇけどとにかく、そいつがこっち側だってことは間違いない。今はとりあえず帰って姉ちゃんに……姉ちゃんなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。―――ッ!!!)

 

ペースを上げようと、得体のしれないロックシードから視線を切った先、紘汰の目に飛び込んだのは―――空中ですべての動きを制止した鴉の姿。

それが何の印であるか、紘汰の脳が理解するその寸前、紘汰のポケットから大音量のアラーム音が鳴り響いた。

 

「来やがったか!!!」

 

樹海が世界を覆っていく。

運命の戦いが今、幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

少女達を捉えた運命のレールは、定められた道筋を外れることを容易には許さない。

それを変える資格を持つ者。

それを人は―――

 




物語の分岐点となるバトル。その直前に紘汰さんの元へと転がり込んできたものとは果たして!?(バレバレ)

そしてお知らせ。
【悲報】スイカアームズ出番見送り【悲報】

スイカアームズファンの皆様。まことに申し訳ありません。
ただ、どうしてもスイカアームズを出すのにちょうどいいタイミングがないというかなんというか…。
無理やり出そうとするとどうにもただの噛ませフォームになってしまうという。
ただ、完全にクビというわけではもちろんなく、3部にならば登場させられる算段はつけれるのでそこまでお待ちいただければ…。

では、次回総力戦。
またしばらくお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話

「…残り七体での総攻撃…考えうる限り最悪の襲撃パターンね。全く、やりがいありすぎてサプリもマシマシだわ。樹もどう?サプリ、キメとく?」

「そ、その表現はちょっと……。」

 

差し出されたサプリを、引きつった表情の樹がやんわりと断った。

そんな樹の反応を気にした素振りもなく、そう?残念ね、とあっさり引き下がった夏凜は、実のところ内心の動揺を表に出すまいと必死だった。

先ほどの軽口は、正直に言って強がりだ。

これまで大赦に蓄積されてきたデータにはない今回のバーテックスの出現パターンから、夏凜はこれまであらゆる事態を想定してきた。その中には、今回の様な状況ももちろんなかったわけではない。

しかし、先ほど言った様にそれはあくまでも最悪のパターン。できれば当たってほしくなかったというのが本音だ。こういう事に限って期待を裏切らないのだから、全くもって嫌になる。

 

「あれ、何ですぐに攻めてこないんだろう。」

 

神樹様による結界の境界線あたりでじっとしているバーテックス達を見て、友奈がそう呟いた。

友奈達が結界空間に取り込まれてから少しの時間が経過していたが、早々に現れたにも関わらずバーテックス達はずっと、不気味な沈黙を保ち続けていた。

 

「さあね。どのみち、神樹様の加護が届かない結界の外へは行ってはいけないっていうルールがある以上、私たちからは攻め込めない。今は、相手の出方を見るしかないでしょ。」

 

そこで一旦会話は途切れ、あたりは重々しい沈黙に包まれた。

それぞれが複雑な表情を浮かべながら遠くの敵を見つめていた時、一足先に変身して偵察に出ていた風が木々の上を跳ねながらこちらへと戻ってきた。

 

「敵さん、壁ギリギリの位置からから仕掛けてくるつもりみたい。……決戦ね。皆もそろそろ準備を…どうしたの紘汰?」

「あ、いや…何でもない。…はは、柄にもなくちょっと緊張してたみたいだ。」

「大丈夫だよ紘汰くん!皆いるんだから。」

「…そうだな。よし、皆行こうぜ!!」

 

迷いを振り切るように、紘汰はオレンジロックシードを胸の前で握りしめた。

 

結界へと移動してからも、さっき裕也から聞いた話がずっと紘汰の中で引っかかっていた。

皆に相談してみようとも思ったが、そんな考えも現れた敵を見てしぼんでしまった。

敵は七体。残った戦力を全てつぎ込んだ総力戦だ。

苦しい戦いになる事は間違いない。そんな時に、不確定な情報と漠然とした不安感だけでわざわざ皆を動揺させるべきじゃないだろう。

 

「よし、勇者部一同!変身!!」

「「「はい!(おう!)」」」

『オレンジ!』

 

風の号令に従い四人は勇者システムを、紘汰はロックシードを起動させた。

鮮やかな光が少女達を包み込み、その身に力を与えていく。

藍色のアンダーアーマーを身に纏った少年の頭上には、異空間から鋼鉄のオレンジが現れた。

 

『オレンジアームズ!花道!オン、ステージ!!』

 

そして光が弾け飛び、五人の戦士が現れた。

 

 

 

 

「敵ながら圧巻ですね……。」

「逆に言うとこいつらさえ殲滅すれば、戦いはもう終わったようなもんってことでしょ。」

「ここが天王山…ってことだな。」

 

こちらの準備が整うのを待っていたかのように、遂に七体のバーテックスが動き出した。

強い光を湛えた瞳でそれを見つめるのは、六人の勇者達。

不安はある。しかし、自分たちには信じられる仲間がいる。

その事実が、皆に不安を超える勇気を与えていた。

 

「そうね…。じゃあここは、アレいっときましょ。」

「アレって…。どれよ?」

 

困惑する夏凜を他所に、残る五人は風を中心にして集まって、横に並んで肩を組み―――ってこれは。

 

「円陣!?それ必要なの!?」

「実戦には気合が必要なんでしょ?…っていうかあんたちょっとこれゴツすぎるわよ紘汰。何とかならないの?」

「んなこと言ったってしょうがないだろ!」

「落ち着いて紘汰君。日本男子たるものこのぐらいがちょうどいいと私は思うわ。」

「ほら、夏凜ちゃんもこっち!」

「…。ったく!しょうがないわね!」

 

欠けた円の一角に渋々といった体の夏凜が収まり、円陣が完成した。

繋がる腕を通じて、皆の力が流れ込んでくるようだ。今ならきっと、どんな敵とでも戦える。

 

「あんた達。買ったら好きな物なんでもおごってあげるから、絶対に死ぬんじゃないわよ!」

 

頼れる皆の部長、風がいつもの調子で皆を鼓舞する。

 

「よーし!おいしいモノい~っぱいたべよっと!肉ぶっかけうどんとか!」

 

楽しい未来を信じる友奈には、気負いは無い。

 

「いわれなくても殲滅してやるわ。ぐずぐずしてたらアンタ達の出番なんてなくなると思いなさい。」

 

不敵な笑みを浮かべた夏凜が、強気な言葉を言い放つ。

 

「私も…。やりたいこと、やっと見つけられたから。こんなところで止まりたくない。」

 

そう言い切った樹の目は、夢への道を見据えていた。

 

「頑張って皆を、国を、守りましょう!」

 

護国の誓いと友への思いが、東郷の中で静かに燃えている。

 

「皆で勝って、ハッピーエンドだ!やろうぜ皆、ここからは俺たちのステージだ!!」

 

絶対に守る。誓いを新たに、紘汰は仮面の下で気炎を上げた。

 

「よぉーーーし!勇者部ファイトォーーー!!」

「「「「「おぉぉーーー!!!」」」」」

 

 

 

 

『出陣!』

「よし、殲滅!」

「私たちも行くわよ!」

 

夏凜の精霊、義輝が吹く法螺貝を合図に飛び出した夏凜に、東郷を除く皆が続く。

遠距離支援を担当する東郷は、その場でそのまま射撃体勢に入った。

 

「侵攻速度にばらつきがある…?」

 

取り出した端末で敵の位置を確認した東郷が、そう呟いた。

『獅子型』と書かれた一際大きなマーカーを殿として、残るマーカーがそれぞれのスピードでこちらに近づいてきていた。

一番近いのは『牡羊型』と書かれたマーカー。この分ならばもうすぐ接敵だ。

大勢で攻めてきた割にはその利を生かそうとしていないように見えるその行動に、東郷は内心で首を傾げる。

二度目の戦いのとき、あれほどまでに厄介な連携攻撃を仕掛けてきたバーテックスが今更そんな稚拙な戦闘を行うだろうか?

しかし、今考えていても答えは出ない。相手の意図が読めない以上、まずは適宜対応していくしかないだろう。

僅かな逡巡の末に意識を切り替えた東郷は、端末を消すとスコープを覗き込んだ。

 

「獅子型のあいつは…。なるほど明らかに別格ね。でも、まずは…。」

 

 

 

 

空を駆ける。

先頭を行く夏凜の姿は、まさにそう表現するのに相応しい。

勇者部随一の身軽さを以って敵の元へとひた走る夏凜の顔には今、笑みが浮かんでいた。

風を切る音が、耳に心地いい。

目の前から迫りくる敵の威圧感は相当なもののはずだったが、不思議と今は気にならなくなっていた。

不安よりもむしろ高揚感を感じるその理由に、夏凜は薄々気づいていた。

認めるのは癪だが、どうやら少し―――

 

(頼もしい、と思ってるのかしらね。)

 

お気楽な、素人集団だと思っていたはずだった。

数多のライバルがひしめく中、努力を続けて勇者の座を勝ち取った自分と違って、たまたま運よく選ばれただけのニセモノの勇者達。

だからずっと、自分一人だけで戦っていくんだと思っていた。

足手まといを抱えるぐらいなら、一人でやった方が効率がいい―と。

でも今は、そうじゃない自分がいる。

正式に勇者として配属され、慣れない学校生活の中で彼女達と触れ合ってきた。

大事なお役目よりもくだらない日常に重きを置くその姿に、最初はイラついたりもしたけれど、それも少しずつ気にならなくなっていた。

こんな自分を見て、あのライバルたちは“絆された”なんて思うのだろうか。

そうなのかもしれない。けど、きっとそうじゃない。

お気楽で、ノーテンキだけれど、彼女たちはちゃんと戦う理由を持っていた。

皆の為に、誰かの為に戦うというその姿勢は、ともすれば勇者として戦うために戦ってきた自分よりも強いのかもしれない。

そんな彼女たちだから背中を預けてもいい、とそう思ったのだ。

 

「でも、だからと言って最強勇者の称号を譲る気はないわ!一番槍、もらったぁあああああ!!!」

 

まず一体。

突出してきた細長い体を持つ牡羊型のバーテックスの顔面に、走る勢いはそのままに、全身の捻りを加えた右の一刀を叩き込む。

渾身の一撃は、バーテックスの顔面を大きく切り裂きその頭部を大きく損傷させた。そこにすかさず、青色の弾丸が突き刺さる。

刀を振った勢いのまま上下反転した姿勢でそれを確認した夏凜は、その狙撃手がいるであろう位置を一瞥し口角を釣り上げた。

前回の戦闘では紘汰以外はあまりわからなかったが、やっぱり中々いい腕をしているようだ。

斬撃に加えて銃弾を真正面から受けたバーテックスは急激に失速し、その巨体は地面へと沈んでいった。

夏凜は空中で器用に身を捻り、倒れたバーテックスの側へと着地する。

 

「まず一体、封印するわよ!!」

 

夏凜が地面に刀を突きさし、封印が開始される。

 

「すごいよ夏凜ちゃん!」

「他の敵が来る前に、まず一体確実に倒すわよ。東郷!周囲の警戒お願いね!」

 

封印の光に包まれたバーテックスが、苦し気に身悶えする。

抵抗するように震えたバーテックスだったがそれも一瞬のこと、すぐにその下半身ともいうべき部分から、存在の核たる御霊を出現させた。

しかし、もちろんそれだけでは終わらない。

出現した御霊は、最後の抵抗というように超高速で自転運動を始めたのだった。

 

「なに…回ってんのよ!!」

 

すかさず夏凜が、残っていた左の刀を御霊に向かって投擲する。

夏凜の技量と勇者の膂力によって投擲された刀は重心を軸に回転しながら直進し、御霊へと直撃する―――が、しかしそのままはじかれてしまった。

 

「ちっ!」

 

自分の武器が粉々になるその光景に、思わず夏凜から舌打ちが漏れる。

どうやら夏凜の武器では絶対的に質量が足りないらしい。

 

「そーいう事なら!」「俺たちに任せろ!」

『パインアームズ!粉砕!デストロイ!!』

 

相性の悪い夏凜の代わりに、彼女の少し後方をついてきていた友奈と紘汰がすかさずフォローに入る。

紘汰は素早くロックシードをオレンジからパインに変えると、現れたパインアイアンを頭上で大きく振り回す。十分に遠心力を乗せるとそのまま御霊の上空へと跳躍した。

 

「行くぜ友奈!!おぉぉぉぉらぁ!!」

「うん!うおぉぉぉぉ!!」

 

紘汰がパインアイアンを真上から御霊に叩きつけ、友奈の拳が真下から御霊に突き刺さる。

上と下。両方からの打撃で大きく損傷した御霊の動きが完全に止まった。

 

「今だ!」

 

動きの止まった御霊に止めを刺すため、紘汰は左腰に装着された無双セイバーを逆手のまま引き抜いた。

そしてそのまま、柄尻とパインアイアンの柄を接続する。

 

『一、十、百、千、万!パインチャージ!』

「いっけぇぇぇぇぇぇ!」

 

黄色いエネルギーが、ロックシードから無双セイバー、そして鎖を伝って御霊に突き刺さったままのパインアイアンの先端へと伝達される。

そこから送り込まれた膨大なエネルギーが御霊の内部を稲妻の様に駆け巡った。

そしてやがて、御霊はそのエネルギー量に耐え切れず―――大爆発を起こした。

 

「よっしゃあ!!」

「やったね紘汰君!」

「フン。なかなかやるじゃない。」

 

 

 

 

七色の光が天に還っていく横で、ひとまずの勝利を分かち合うようにハイタッチを交わす友奈達をスコープ越しに見ながら、東郷は静かに微笑んだ。

しかし、すぐに表情を引き締めなおす。幸先はいいがまだ一体。他に六体も控えているのだから油断はできない。

それにしても―――

 

「今の敵の動き…。まるで叩いてくれと言わんばかりの突出…。」

 

今の一体。いくら何でもあっさり行き過ぎた。

集団戦において突出するというのは各個撃破のチャンスをみすみす敵に与えるようなものだ。

相手が突出してくるのであれば、まずはそこに戦力を集中させて迅速に撃破。その後の展開を非常に有利にすることができる。

戦力の集中―――集中?

 

「っ!まさか!?」

 

―――――――――――!!!

 

敵の意図に気づいた東郷がはじかれるように顔を上げた瞬間。

忍び寄ってきていた牡牛型バーテックスの大音量の怪音波が、一か所に集まっていた勇者達へと叩きつけられた。

 




パインアームズ何とか活躍させられました。
パインチャージはオリジナルです。

勇者部絶体絶命…!
次回(たぶん)新フォーム登場!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話

割と早く書けました。
新フォーム登場回(ちょっと長め)です。
では、どうぞご覧ください。


油断があったわけではない。

戦いにも少しずつ慣れ、頼もしい仲間も加わったとはいえ、この状況で楽観が持てるほど自分たちの力を過信してはいなかった。

相手が何をしてくるか読み切れなかった。

局地的な勝利によってわずかに生まれた気の緩みを狙われた。

理由は色々あるだろうがしかし、結論はただ一つだ。

バーテックスの戦術は、こちらのそれを上回ったのだ。

 

「ぐ、あぁ…!何だよ…これ……!」

「この音…気持ち…悪い……!」

「う…これくらい、勇者なら……!」

 

牡牛型の発する音の波が、勇者達へと降り注ぐ。

音自体の大きさもさることながらそれ以上に、強烈に感じる不快感が巻き込まれた五人をその場へと縛り付けていた。

不快な音の振動が、鼓膜を通して内部に伝わり体中をシェイクする。

天地がわからなくなるほど平衡感覚を狂わされ、頭痛と共に吐き気が込み上げてくる。

一向にやむ気配の無いその音に、誰もが膝をつき、耳を塞いでじっと耐えることしかできない。

後続のバーテックスが迫る中、五人は最前線で致命的な隙を晒す事態に陥っていた。

 

 

 

 

仲間たちが一斉に崩れ落ちるその光景を、東郷は少し離れた後方から見せつけられていた。

巨体を持つ牡牛型バーテックスが現れたと思った瞬間、五人が一斉に苦しみ始めたのを見て一瞬何が起きたかわからなかった東郷だったが、わずかなタイムラグの後届いてきた不快な音により否応なしに状況を理解させられた。

この距離でも顔を顰めさせられるほどのものを、あれだけ至近距離から浴びせられているのだ。その苦しみは想像を絶するはずだ。

 

大事な人たちが苦しむ姿に焦りながらも冷静に、東郷は遠方から敵の姿を観察する。

今、動けるのは自分一人だ。

今最も大事なことは、仲間たちの身を案じ祈ることではなく、一刻も早く状況を打開するための援護を行うことだ。

 

「あの、鐘か!!」

 

東郷の瞳が、牡牛型の頭上でゆったりと前後に揺れるベル状の部位を捉えた。

状況から見て、アレが発生源であることは間違いない。

狙うべきターゲットを見定めた東郷が、静かな怒りを込めながら狙撃銃の引き金を引き絞る。

 

「待ってて!今、私が―――っ!!??」

 

東郷の狙撃は一発必中。

放たれた弾丸は寸分の狂いもなく、目標である牡牛型バーテックスの鐘へと直撃するはずだった。

 

―――遮蔽物さえ、現れなければ。

 

狙撃銃の先端より弾丸が放たれたその瞬間、東郷と牡牛型バーテックスを結ぶ丁度中間のあたりで突如、巨大な頭部が地面から染み出すように姿を現した。

仲間たちを救うはずだった東郷の弾丸は、結果として新しく現れたその巨体へと吸い込まれ、わずかな傷を付けるに留まって消滅した。

その敵は魚型バーテックス。地面に潜航し、その中を泳ぐ能力を備えた新手の敵は、今の今までその存在を地中に隠し続けていたのだ。

 

その名の通り水面を跳ねる魚のごとく地面から飛び出した魚型バーテックスは、飛び出した勢いのまま東郷の頭上を越え、大きく地面を揺らしながら再びその中へと潜航する。

 

「くっ…これじゃ狙撃が…皆…!」

 

銃弾を無力化する姿の見えない敵が潜むこの状況では、東郷は狙撃を行えない。

東郷が援護に入るということも、バーテックス側は当然のごとく織り込み済みだった。

バーテックスは綿密に、勇者達の手札を潰していく。

第三陣である水瓶型と天秤型も直に攻撃圏内へと到達する。

無防備になった勇者達の喉元に、殺意の刃が迫っていた。

 

 

 

 

新たな二体のバーテックスが遂に前線へと現れた。

三体のバーテックスが居並ぶ光景に、皆の心に絶望の二文字がよぎる。

 

そんな最悪な状況の中、樹は不快感に涙を浮かべながらも、自分の心の中に苦しみとは別の感情が膨れ上がっていくのを感じていた。

誰もが苦しみ蹲る中、ゆっくりと樹が立ち上がる。

膝はガクガクと震え、額には脂汗が滲んでいる。

苦しくないわけじゃない。でも、それ以上に許せなかった。

今の樹を突き動かしているのは偏にその感情だった。

 

膨れ上がった感情の名前は『怒り』だ。

理不尽な苦しみに対する怒りも、大切な人たちを傷つけられていることに対する怒りも当然ある。

しかし、今一番樹が許せないのは―――

 

「…違う…!」

 

――お!なんだよ見に来てくれてたのか。よーし、じゃあいつも以上に気合入れてやるから、しっかり見てろよ樹!――

――へぇ~紘汰の妹さんか。よろしくな。今日は楽しんでってくれ――

 

ステージの上で輝くお兄ちゃんたちの姿に、心が躍った。

音楽は私に、憧れと楽しさを教えてくれた。

 

「こんなの…!」

 

――ねぇねぇ夏凜ちゃん。じゃあさ、この歌はどう?知ってる?――

――ええ知ってるから早く入れなさい。アイツの鼻っ柱叩き折ってやるんだから。ホラ、樹もどんどん入れなさいよ。練習なんでしょ?――

 

いつもと違う場所で、皆と過ごす時間が楽しかった。

音楽は私に、たくさんの思い出を与えてくれた。

 

「こんな…ものは…っ!」

 

――すっごいよ犬吠埼さん!歌、こんなに上手だったんだね!――

――ホントホント!歌手、目指してみたら?私、ファンになるよ!――

 

テストの日、私の歌を褒めてくれるクラスの皆の笑顔が嬉しかった。

音楽は私に、私でも誰かを笑顔にできるんだってことを教えてくれた。

 

「音は…音、楽は……っ!!」

 

――お姉ちゃんは樹の歌が上手だって知ってるから――

――お前は歌上手いんだから、本気でやれば絶対成功するって!――

 

お姉ちゃんが信じてくれた。お兄ちゃんが背中を押してくれた。

音楽は私に、大切な夢を与えてくれた。

 

「音楽は!人を幸せにするものなんだから!!!!」

 

体を縛り付けるような不快感も、それ以外の何もかもをも振り払うように、樹は右腕を突き出した。

樹の怒りに呼応するように、突き出した右手の手首、そこに現れた鳴子百合型の装飾から若草色の光のワイヤーが一斉に飛び出した。

飛び出したワイヤーは、わずかに螺旋を描きながらも牡牛型へと直進する。

水瓶型のバーテックスがその進行を阻害するためにバスケットボール大の水球を大量に生み出した。

生み出された水球は水瓶型からの命令に従うように牡牛型と樹を結ぶ直線状へと布陣する。

しかし、そんなものでは今の樹は止められない。

進路上に現れた水球をまるで初めから何もなかったかのように切り裂きながらワイヤーは尚も突き進む。

そしてついにその先端が、牡牛型のベルへと到達した。

 

「これ、でぇ!!」

 

震える手を、強く握りしめる。

樹の動作に反応したワイヤーがベルへと絡みつき、真っ二つに切り裂いた。

音を悪用するものは、例え何であろうと許さない。

無理をした反動にふらつきながらも音波が止まったことを確認した樹は、弱々しくも安心したように微笑んだ。

 

 

 

 

樹の奮闘により、一先ずの危機は脱した。

行動不能に陥っていた勇者達も直に立ち直るだろう。

だがしかし、それを大人しく待ってくれるほどバーテックスは優しくない。

作戦を覆された怒りなのか、それともただ単純に一番弱っているものを狙っただけなのか、バーテックス達の敵意の矛先は今、樹へと向けられていた。

 

消耗した樹へと、大量の水球が迫る。

それに気づいた樹が迎撃を試みるがしかし、うまく腕が上がらない。

あっという間に水球は樹の周りを取り囲み、一斉に飛び掛かる時を待っている様はまるで、鎖につながれた猟犬の様だ。

そしてついに、その時はやってきた。

樹を取り囲んでいた水球が、一斉に動き出す。

避けようのない状況に、樹の体は一気に硬直した。

やられる――!

 

『イチゴアームズ!シュシュっと!スパーク!!』

 

その瞬間、銀線が閃いた。

樹を取り囲んでいた水球は、樹へ到達する前に全て弾けて消滅する。

それと同時に樹は、倒れそうになった自分の体を背後から優しく支える誰かの手の感触を感じ、瞑っていた瞼を恐る恐る開いた。

 

「サンキュー樹。ホント、よく頑張ってくれたな。もう大丈夫だ。」

「お兄…ちゃん…。」

 

その誰かは、イチゴアームズの赤い鎧を身に纏った紘汰だった。

右腕で優しく樹の体を支えながらも左腕は無双セイバーを構え、油断なく周囲を見回している。

音がやんだその瞬間、樹の危機に気づいた紘汰は、すぐさま体制を立て直すと機動力に優れたイチゴアームズにチェンジ、救出の為に駆けつけたのだ。

少し離れた場所では、同じく立ち直った友奈と夏凜が尚も迫りくる水球を潰している。

そして風は―――

 

「人の妹にぃ……何してくれてんの、よ!!!!」

 

巨大化した大剣を、横一文字に思いっきり振りぬいた。

怒りを込めたその一閃は、水瓶型と天秤型、並んでいた二体のバーテックスを中央から纏めて両断した。

御霊はまだ無事なものの、体を上下に分断されたバーテックス達の行動が停止する。

その隙に風は愛する妹の元へと駆けだし、その勢いのまま抱き着いた。

 

「樹ーーー!!大丈夫!?怪我はない!?よく頑張ったわね樹…。あぁ、本当に良かった…。」

「お、お姉ちゃん苦しいよ…。それより、早く封印しないと…。」

「そ、そうね…。よし、皆今のうちに―――って何…?」

「バーテックスが…引いていく……?」

 

牡牛型、水瓶型、天秤型の三体のバーテックスが、回復もそこそこに後退していく。

三体が向かう先にいるのは、これまで何をするでもなく悠然と佇んでいた獅子型バーテックス。

その獅子の鬣の様な、日輪の様な巨体の中心から炎が生まれ、一気にその全身を包み込んだ。

後退した三体のバーテックスが、まるで自らを薪として捧げるかのようにその炎の中へと身を投じていく。

バーテックス達を取り込んだ炎が、より一層燃え盛る。

やがて徐々に炎は収まり、その中から遂にそいつが姿を現した。

 

「合体…したってのか?」

「そんなの、聞いたことないわよ!?」

 

獅子型をベースに、中央に天秤型の中心部、本体下部には水瓶型の水球が取り付き、両サイドにそそり立つのは牡牛型の角だろうか。そして何よりも、元の獅子型よりも明らかに巨大化している。

威容を備えるその怪物の名は、『レオ・スタークラスター』。

勇者達を確実に殲滅せんがための、バーテックス側の決戦存在。

それが今、動揺する勇者達を悠然と見降ろしていた。

 

 

 

 

現れた怪物から放たれる圧倒的な威圧感に、全員が言葉を失う。

乗り越えても乗り越えても、さらなる次の一手を用意してくる敵の執念に、誰もが恐怖すら感じ始めていた。

 

「…で、でもこれで四体まとめて倒せるよ!」

「友奈の言う通り、まとめて封印するわよ!」

 

絞り出したような友奈の言葉に風が同調する。

それが空元気であることは誰の目にも明らかだったが、そんなことを言っても仕方がない。

世界を守るためには、ここで引くなんていう選択肢はありえないのだから。

 

「そうだな、よし!じゃあ皆は準備を始めてくれ。あいつは一旦俺が―――皆!逃げろ!!!!」

 

紘汰が戦闘態勢を取った瞬間、レオ・スタークラスターの前方に円を描くように、膨大な数の火球が現れた。

次の瞬間、一つ一つが小型の太陽の様なその火球が、足元の勇者達目がけて一気に襲い掛かった。

 

「コイツ!追尾すんの!?」

 

構えた防御のその上から、風が炎に呑み込まれた。

必死で逃げる樹が捕まり、地面へと叩き落とされる。

追尾を逆手に取ろうとした友奈に、全方位からの火球が殺到した。

反撃を試みた夏凜の刃は無残に砕け、横合いからの衝撃が彼女の体を吹き飛ばした。

魚型の隙をついて放たれた東郷の弾丸は意味をなさず、お返しとばかりに放たれた火球に強かな逆撃を喰らった。

 

「皆!?くそぉっ!」

 

仲間たちが次々と炎の中へと消えていく光景が、紘汰の頭を熱くする。

四人はそれぞれの位置で倒れ、その安否は確認できない。

それよりもまずは紘汰自身を追いかけてくる火球を何とかしない事には、助けに行くことすらままならない。

防御はダメだ。意味がない。かといってこのままではいずれ追いつかれる。

それならばと紘汰は、背後から猛追してくる火球へ向けてイチゴクナイを投擲した。

クナイは狙いたがわず火球の元へと直進する―――しかし。

 

「な!?呑み込まれ―――ぐあぁぁぁあ!!」

 

クナイの直撃をものともせず突っ込んできた火球が、紘汰の体を弾き飛ばす。

空中で何度もお手玉のように弄ばれた紘汰の体は、最後の一発で地面へと叩きつけられた。

今、紘汰が身に纏っているのはイチゴアームズ。

機動性を重視したその鎧は、紘汰の手持ちの中で最も装甲が薄い。

脳が揺さぶられ、視界が明滅する。

抵抗するように伸ばされた手は何もつかむことはなく、すぐに力を失った。

 

 

 

 

「―――ッ!…俺…今気絶してたのか…?ぐっ…いってぇ…。」

 

全身から感じる痛みが、紘汰の意識を無理やり浮上させた。

一体どのぐらい寝ていたのだろうか。

あれだけの激戦をしていたのにも関わらず、やけにあたりは静かだった。

 

「…そうだ!皆は!?」

 

ぼんやりしていた頭が徐々に覚醒し、それと同時に直前の光景が紘汰の頭に蘇る。

痛みを無視して無理やりに跳ね起きると、仲間たちの安否を確認するためあたりを見回した。

東郷、友奈、夏凜は最後に記憶していたのと同じ場所にいる。

僅かに動いているのが見えたから、最悪の事態には至っていないようだ。

一先ず安堵の息を漏らし、次は樹の方へと視線を向ける。

樹もまた、その場所を動いては居なかった。

しかし、遠目に見る樹の様子がおかしい。

倒れた状態からわずかに身を起こし、どこかに向かって叫んでいる。

湧き上がった猛烈な嫌な予感に突き動かされるように、樹の視線の先へと自身の視線を向ける。

そこに、あったのは――――

 

「姉ちゃん!!!!」

 

―――巨大な水球にとらわれた、風の姿。

先ほどのものとは比べ物にならないほど大きな水球の中で、風はピクリとも動いていない。

この位置からでは表情をうかがい知ることはできないが、しかし大剣を握る手は力なく垂れさがっている。まさか―――。

 

「いや、違う、まさか、そんな、ダメだ、姉ちゃん!!!」

 

最悪の想像が、頭の中をよぎる。

それを振り払うように動き出そうとして、膝から崩れ落ちた。

紘汰の思いとは裏腹に、ダメージを受けた体はうまく動いてはくれない。

 

「くそ!畜生!動けよ!…なんで!なんでだ!ここで動けなきゃ俺は…っ!!!」

 

思い通りに動かない膝を、自分で殴りつける。

一瞬だけ震えが止まり、痛みも疲労も何もかもを無視して一歩でも足を前に進める。

 

「誓ったんだ…守るって!約束したんだ…皆で生き残るって!!だから、俺は誰の命だって…絶対に諦めねぇ!!」

 

皆を守ると、守れる自分に変わると、そう誓った。

今、自分の命よりも大切な家族の命が危険に晒されている。

力を得たのは誰かを守るためだ。今日まで頑張ってきたのはこの時のためだ。

 

「今、ここで行けなきゃ…ここで変わらなきゃ…!いつ変わるっていうんだよ!!!!」

 

―ドクン―

 

不意に感じた何かの脈動に、紘汰はハッと動きを止めた。

不思議な感覚に促されるように、右の腰へと手をやった。

普段は予備のロックシードが装着されているそこに、なじみのない三つ目がぶら下がっていた。

震える手でそれを掴み、眼前へと持ってくる。

 

「これ…は……。」

 

それは、裕也に手渡されたあの謎のロックシード。

紘汰の手の中で今なお脈動を続けるそれは、まるで何かを訴えかけているようだった。

 

「まさか…使えって…ことなのか…?」

 

その時、まるで紘汰の呟いた言葉に応えるようにそのロックシードが一際大きく脈動した。

その脈動とともに、自分の鼓動が大きくなっていくのを感じる。

ロックシードを握る手と逆の手にはいつの間にか、黒いユニットが握られていた。

これは、あの時受け取った袋の中に入っていたもう一つのもの。

あの時はロックシードの印象が強すぎて疎かにしていた、用途不明の物体だ。

不思議なことに今はそれが、何に使うものなのかをなんとなく理解できていた。

それらを握ったまま、何かに導かれるようにバックルの左側、普段は鎧武の顔が浮かび上がったプレートが装着されている部分に手をやった。

そこに触れる手にいつもの感触はない。そのプレートは先ほどの衝撃でどこかに行ってしまったようだ。

黒いユニットを、その部分へと装着する。それは初めからそこにあったかのようにぴったりとなじんでいた。

どうすればいいのかが、なぜか理解できる。まるで誰かが耳元で直接教えてくれているようだった。

空いた片手に、オレンジロックシードを握りしめる。

両手に持った二つのロックシード。その開錠ボタンを押した瞬間、声が聞こえた気がした。

 

――守ってみせろ――       

 

『オレンジ!』『メロンエナジー!』『ミックス!』

 

『オレンジアームズ!花道!オン、ステージ!!』

『ジンバーメロン!!ハハァ―ッ!!!』

 

「――ああ。言われるまでもねぇ!」

 




と、言うわけで新フォームはジンバーメロンでした。
わすゆ編に兄さんを登場させると決めた時からずっとやりたかったことをとうとう消化。
というか設定的に他のジンバーというかエナジーロックシードが出しにくかったのでこうせざるを得なかったという事なんですけどね。

ジンバーのシステムボイスは厳密にいえばちょっと違いますが、そこは雰囲気重視で少し削っています。
最後のとこ文字の配置も演出重視で調整していますが、携帯から見た場合おかしくなるかもしれませんので後で修正するかもです。

※やっぱり携帯で見ると変だったので最後変更しました。その他、ちょこっと微修正。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話

総力戦第三話。

遂に登場したジンバーメロンの活躍です。
そして…


「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」

 

頭上に浮かぶ水球。

そこにとらわれた風に向かって、必死に声を張り上げていた。

上体を起こし、手を伸ばす。

火球の連撃を受けた体はまだ、うまく動いてくれはしない。

伸ばした手も、糸も、声さえも今は届かない。

ぐったりと動かない姉に、何もしてあげることができない。

 

全員が火球の直撃を受けた後、なんとか身を起こそうとした樹に追撃の火球が向けられた。

まだ満足に動けない中迫りくる火球の姿を見て恐怖に身をすくませた樹を救ったのは、同じくダメージの残る体を無理やり動かして駆けつけた風だった。

先ほどやられたばかりの火球に対して有効策を思いついたわけではない。だから風はただ、妹を守るという一心だけで火球の前に自らの身を割り込ませた。

結果として風の体は爆発により木の葉のように吹き飛ばされ、その先で水球に捕まった。

先ほどまでのバスケットボール大などという生易しいサイズではない。

人ひとりを完全に覆ってなお余りあるような体積を持つその水球に、火球の衝撃で息を吐き出させられた状態のまま風は捕まったのだ。

とらわれた直後、脱出しようともがいていた風の体は今、完全に停止している。

 

「お姉ちゃん!嫌だよぉ…お姉、ちゃん…。」

 

風の笑った顔、怒った顔、泣きそうな顔。

今までかけてくれた色んな言葉が樹の頭の中を駆け巡る。

何でそんなものが今、浮かんでくるのか。

これではまるで―――

 

「ダメ…ダメだよ!嫌…助け、て…助けて―――お兄ちゃん!!」

 

――――!!

 

風が、通り抜けた。

泣いている樹を撫でていくような、激しくも優しく、そして暖かい風が。

感じた風に、樹の頬に先ほどとは違う涙が伝う。

声は聞こえない。姿も見えなかった。でも、確信がある。

今、横を通り抜けていったあの風の正体なんて、そんなものは確かめるまでもない。

 

 

 

 

意識が、沈んでいく。

水球の中でなすすべなく揺蕩いながら、風は自分の意識が消えかかっていくのを感じていた。

こんなところで終われない。

皆を残していくことなんてできない。

いくらそう思ったところで、酸素を失った体はピクリとも動かせない。

 

視界が、端から白く塗りつぶされていく。

樹の声が、どんどん遠くなっていく。

 

――皆…ごめ――

 

その瞬間。

消えかけていた風の視界を翠の光が覆いつくした。

体中に纏わりついていた水が一瞬にしてはじけ飛ぶ。

それと同時に感じるのは、浮遊感と自らの体を抱える誰かの腕の感触。

はじけ飛んだ水球のしぶきが光を反射してキラキラと輝いている。

ぼやけた視界に映るそれは、なんだかとても綺麗だった。

 

「カハッ!ゲホッ!ゲホッ!」

 

呑み込んだ大量の水を吐き出すとともに、大きく息を吸い込んだ。

酸素を失った体が、貪欲にそれを求めている。

未だ焦点の定まらぬ目で、体を抱える腕の先を追った。

そこにいたのは、黒と翠の鎧武者。

 

「紘…汰…?」

「あぁ。助けに来たぜ姉ちゃん。」

 

藍色のアンダーアーマーはそのままに、黒の兜に銀色の前立て。

しかし何より目を引くのは、腰のあたりまでを覆いつくした黒鉄の陣羽織。

それが鈍い光を発する中、前衿だけがメロンの模様で鮮やかな翠に染まっていた。

その名はアーマードライダー鎧武、ジンバーメロンアームズ。

それが、紘汰の纏った新しい力。

 

 

 

 

救出には成功したものの、腕の中にいる風はとてもじゃないが動けそうにはない。

一先ずは休ませる必要があると判断した紘汰は、風を抱えたまま樹の居る所へと向かった。

喜びの涙を浮かべる樹の傍に、優しくその体を横たえた。

 

「…よし。後は任せて、ゆっくり休んでてくれ。樹、姉ちゃんのこと頼んだぞ。」

「うん。任せて。お兄ちゃんはどうするの?」

「あぁ、俺は―――」

 

立ち上がり、敵の方へと振り返る。

それと同時に右手に現れたのは真紅の創世弓『ソニックアロー』。

それを強く握りしめながら、依然として空に佇む傲岸な敵を睨みつけた。

 

「―――アイツにしっかり、お礼をしないとな。」

 

地面を強く蹴りつけ、その身を空へと躍らせる。

体の痛みはもはやほとんどなく、むしろ今までより軽い。

今までのどのアームズよりも、強い力が感じられる。

 

迫る紘汰を迎撃せんと、レオ・スタークラスターが再度火球を向かわせた。

先ほどまで散々苦しめられた火球だが、今の紘汰にとってはもはや脅威ではない。

 

「そんなもんいつまでも…通用すると思うなよ!!」

 

左手に持ち替えたソニックアローの弦を、右手で力強く引き絞る。

放たれた光の矢は、先ほどイチゴクナイを飲み込んだ火球をいとも容易く貫き爆散させた。

一つ、二つ、三つ。

次々と迫りくる火球を、紘汰の矢が撃ち落としていく。

紘汰を脅威と判断したスタークラスターが、さらに火球の数を増やす。

多数の同時攻撃でこちらをしとめる算段らしい。

舐めるなよ、と紘汰はソニックアローを頭上に向けて弦を引き絞った。

通常より長い時間をかけチャージした矢をそのまま上空へと解き放つ。

強い輝きを放つその矢は上空でメロン状のエネルギーの塊へと形を変え、そこからさらに無数の矢を吐き出した。

鮮やかな爆炎が樹海の空を彩る。

煙が晴れたそこには、もはや火球は一つたりとも存在していなかった。

 

「うおおおりゃああああ!」

 

苦し紛れに放たれた水球を、紘汰の一振りが迎え撃つ。

ソニックアローに備えられた『アークリム』の刃は非常に鋭く、迫る巨大な水球は熱したナイフでバターを切るように両断された。

そして、それだけでは終わらない。

先ほど切り裂いた水球は、スタークラスターと紘汰を隔てる最後の障害だ。

今、彼我の距離は限りなくゼロに近い。

ここからならば、刃が届く!

 

『ソイヤッ!』

『オレンジオーレ!』

『ジンバーメロンオーレ!』

 

カッティングブレードを素早く二回、倒し込む。

あふれ出たエネルギーがアークリムを翠に染めあげた。

 

「これでも、くらえええええ!!」

 

振りぬいたソニックアローから翠光の斬撃が放たれた。

斬撃はスタークラスターの右の角へと直進し、何事も無いようにすり抜ける。

そして次の瞬間。

スタークラスターの巨大な角が、轟音を立てながら斜めにずり落ちた。

 

 

 

 

「すごい…紘汰くん…。」

 

身を起こした友奈が、その光景を見ていた。

全員でかかっても全く歯が立たなかった相手を、紘汰が今たった一人で抑え込んでいる。

結果として敵の攻撃は紘汰に集中し、友奈達に態勢を立て直す隙が生まれていた。

 

「何よアレ。アイツ、あんなに強かったの?」

 

友奈の背後からそう声をかけたのは、いつの間にか近づいてきていた夏凜だ。

とはいえ右腕を抑えている上に足も少し引きずっており、明らかにまだ万全ではなさそうだ。

 

「ううん。あの姿もあの武器も初めて見たよ。新しいロックシードかな?いつの間に手に入れたんだろう。」

「ふーん…。ま、どうでもいいけど。それより動けるならさっさと行くわよ友奈。いくら強くたってアイツ、封印はできないんでしょ?」

「は!?そうだった!待っててね紘汰くん今―――」

 

その時だった。

警告音と共に、二人の目の前の空間にディスプレイが投影された。

怪訝に思いながらもその画面をのぞき込んだ二人の背筋が、一瞬で凍り付く。

画面に映し出されていたのは勇者アプリに備えられたマップだ。

二人の目に飛び込んだのは、神樹様の位置を示すマーカー。そのすぐ近くに迫る『双子型』の赤いマーカー。

 

「神樹様の近く!?」

「しかもコイツ、小さくて早い!!マズい、神樹様が!!」

 

 

 

 

「!!お兄――――。」

 

ちゃん。

喉元まで出かかったその言葉を、樹はぐっと呑み込んだ。

マップによる警告は、樹の元にも同時に現れていた。

それを見た樹は咄嗟に紘汰へ知らせようとして、寸でのところで思いとどまったのだ。

確かに、今の兄ならばきっとあの双子型の敵も何とかできるかもしれない。

でも、その後は?

今の位置からあの双子型に攻撃を加えるには、あの巨大な敵に完全に背を向けることになる。

その隙を、あの執拗な敵が果たして見逃してくれるだろうか?

考えなくてもわかる。否だ。

私が声をかければお兄ちゃんはきっとすぐに答えてくれる。

そして、双子型に攻撃をした後の無防備な背中に、あの敵は―――

樹の脳裏に背後からの爆炎に呑み込まれる紘汰の姿が浮かぶ。

その想像を振り払うように頭を振り、拳を強く握りしめた。

 

ふらつく足を叱咤して、何とか立ち上がる。

兄の稼いでくれた時間のおかげで、何とかそこまで回復することができたようだ。

一歩、二歩と足を進め、今も目を覚まさない姉の横に腰を下ろす。

苦しそうな表情を浮かべる風を、優しい笑顔で見降ろした樹は、いつも姉がそうしてくれるように、しかし姉よりも幾分かぎこちない手つきで彼女の頭を優しくなでる。

それだけで、苦しそうだった風の表情は嘘のように安らかになった。

 

「いつもありがとうお姉ちゃん。それにお兄ちゃん。今度は、私の番だからね。」

 

そう呟いた樹が、再びゆっくりと立ち上がる。

双子型のマーカーは、今もなお神樹様に向かって進み続けていた。

もう数分もしないうちに神樹様の元へと到達してしまうだろう。

そうなればどうなるのか。

バーテックスが神樹様にたどり着いた時、世界が終わる。

それが、一番最初に風が教えてくれたことだ。

世界の終わりなんて、樹には上手く想像ができない。

でも、それが大好きなお姉ちゃんとお兄ちゃん、そして大切な皆と一緒にいられなくなることだという事だけはわかる。

そんなことは絶対に許せない。

これからもずっと、皆で笑っていたい。

皆がいる世界で、夢を追いかけていきたい。

だから――――

 

「だからお願いします神樹様。私に―――私の大切なものを守るための、力を!!」

 

樹の想いに応えるように、背中の鳴子百合を模った刻印が光り輝く。

樹の背中に刻まれているのは勇者刻印。

勇者達それぞれを現すシンボルであり、勇者達の経験の蓄積状況を図るゲージでもある。

周囲から植物の根のような光が伸び、それと共にたくさんの光が樹の体へと集まっていく。

一際大きな光が輝いて、小さな勇気の花は遂に『満開』の時を迎える。

光が収まった時、森の妖精とでもいうような姿だった樹の勇者服は大きく姿を変えていた。

羽衣を纏うその姿はまさに神の御子、あるいは天女というべきか。

 

「私たちの日常を。皆の世界を。絶対に壊させない。私が…私が守って見せる!!」

 

神々しい光を放ちながら、樹はゆっくり目を見開き、倒すべき敵の姿を見定めた。

 

「あれが…満開!?」

「すごい…すごいよ樹ちゃん!!」

 

その神々しい姿に、夏凜と友奈が感嘆の声を上げた。

双子型のバーテックスは今もなお、神樹様の元へと走り続けている。

しかし、これならばなんとかなる。そう思わせるだけの何かが今の樹からはあふれ出していた。

そしてそれは、すぐに現実のものとなる。

 

「そっちに、いくなああああああああああ!!!!」

 

樹の叫びに呼応して、背後に背負った円環から光の線があふれ出した。

それは、樹が普段武器とするワイヤーに違いない。

しかし、その量も質も段違いであった。

 

空間全てをからめとるように広がる光の線が、双子型へと殺到する。

背後から迫りくるそれに気づいた双子型バーテックスが、驚くほどの軽快な動きで回避を試みた。

その動きはすさまじく、銃弾などの点の攻撃ではとらえるのは至難だっただろう。

しかし、相手が悪かった。

放射状に広がり全方位を取り囲んだ光の線は回避等許すはずもなく、糸に捕らえられたバーテックスは、刑の執行を待つ罪人のように執行人である樹の元へと引き寄せられた。

 

「おしおき!!」

 

樹の号令の下、光の線が、双子型の御霊を切り裂いた。

 




と、言うわけで樹ちゃん満開の25話でした。

拙作では大体ジンバーアームズ≒満開勇者というなんとなくなイメージ。
常時満開みたいな状態といえば結構チート臭いですが、それ以上ではないというところがポイント。

ちなみに
万全状態の斬月・真>紘汰くんのジンバーメロン
でもあります。
少なくともスペック上では同等だった鎧武原作とは違い、明確にスペックでも差異があります。
そのあたりの事情は後々に説明が入る予定です。
参照では勇者側にもオリジナル強化を入れる予定もあったり…。

※短編という形で新作投下しました。
今流行りで私もドはまりしている鬼滅と別のライダーとのクロスです。
興味ある方はぜひ、見てやってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話

若干遅くなりましたが総力戦、ラストスパート(ラストではない)

前回投稿ぐらいのタイミングでしたが、UAが二万を越えました。
大きな数字を超える時はなんかこう…感慨深いものがありますね。
いつも読んでくれる皆さん、本当にありがとうございます。
これからもコツコツ続けていきますのでよろしくお願いいたします。


忌々しい地鳴りが離れていく。

地に体を横たえたまま、東郷は自分を今まで抑え込んでいた魚型バーテックスが別の場所へ向かおうとしているのを感じていた。

 

先ほど遠くに見えた大きな光はきっと仲間たちのものだ。

数分前に現れ、そのままになっているマップを見る。

警告と共に現れた双子型のマーカーが、樹の付近で消滅した。

あの巨大な獅子型は、紘汰によってじりじりと後退させられつつある。

魚型を示すマーカーは、その獅子型の元へと一直線に向かおうとしていた。

仲間意識なんていうものがバーテックスに備わっているのかどうかはわからない。

しかし事実として、魚型はこちらの抑えから獅子型の救援へと行動指針を変えようとしているのは確かだった。

そしてその行動が示すのはつまり、今の東郷はバーテックスに脅威として認識されていないということだった。

 

「ふざ…ける、な…!」

 

燃え上がる激情に突き動かされるように、東郷は投げ出されていた右手を強く握りしめた。

爪が樹海の樹木を削り、表面に僅かな傷を付ける。

震える腕で上体を起こし、巨体を揺らしながら離れていく魚型を睨みつけた。

 

自分の武器と与えられた役割に、東郷はいつもほんの少しだけ後ろめたさを感じていた。

東郷の主武装は狙撃銃。

勇者部の中で唯一、完全な遠距離武装だ。

冷静な東郷の頭は、役割分担なのだと、戦術的にそれが一番いいのだということは理解している。

しかし、皆が危険な最前線に身を晒している中、自分だけが安全な後方で銃を構えているという状況に何も感じていないわけではなかった。

だからこそ自分のやるべきことを、与えられた役割を全うする。

もどかしさは心の内に仕舞い込み、自分なりの信念をもって引き金を引いてきた。

 

それが今はどうだ。

後方からの援護を任された身でありながら、牡牛型に捕まった皆を助けてあげることができなかった。

獅子型が暴威を振るった時には、自分の専門であるはずの遠距離で強烈な反撃にあい、こうして無様を晒している。

そして今、対自分用に用意されていたであろう敵にすら侮られ、最大の敵への合流を許そうとしている。

 

一番大事なところで役に立てていない。

そんな自分の不甲斐なさが東郷には許せなかった。

皆の危機をこれ以上、指をくわえてみているなんて、そんなのは絶対に嫌だ!

 

東郷の勇者服。

その胸元にある朝顔の刻印が強い光を放ち始めた。

戦いの中で蓄積されてきた力が解放の時を待っている。

東郷の頭の中には今、巨大な引き金がイメージとして浮かんでいた。

その引き金を引く指は、東郷自身の強い想い。

どうすればいいのかなんて、考えるまでもない。

 

「皆のところへ―――行かせる、ものか!!!」

 

 

 

 

押されつつある獅子型の元へと、魚型バーテックスは猛スピードで向かっていた。

視界の先には、獅子型を相手取る小さな存在が見えている。

どこか馴染みのある気配を感じるその存在は、自分たちにとって今一番の脅威だ。

 

距離が近づく。

背後からの奇襲に向けて、魚型は地下へと体を潜航させた。

そして対象を射程圏内に捉えたと同時に、その身を空へと躍らせた。

 

―――その瞬間。その体を、青い砲弾がぶち抜いた。

 

「!!??」

 

体勢を維持できず魚型の巨体がそのまま地面へと叩きつけられる。

突如大穴の空いた自分の体に、理解が追い付かない。

体を捩り、背後へと向ける。

ついさっきまで相手をしていた敵がいた場所。そこには巨大な青い光が浮かんでいた。

 

不退転の心を胸に、聖なる衣を身に纏う。

そして背中に背負うのは、大きく開いた護国の決意(大鑑巨砲)

その光は名を、東郷美森と言った。

 

「我―――」

 

満開の衣装に身を包み、東郷がゆっくりと顔を上げた。

それと同時に起き上がるのは左右四対、八門の砲塔。

額に当てた日の丸が、熱く赤く燃えている。

 

「敵軍ニ―――総攻撃ヲ実施ス!!!」

 

東郷が、右手をすっと天へとあげた。

その動きに従って、八門の砲塔が一斉に魚型へと向けられる。

砲塔の先端に青い光が集まっていく。

危機を感じた魚型が紘汰へと向けられていた矛先を東郷へと戻した。

土煙を上げながら飛び上がり、巨体による体当たりを敢行する。

 

こちらへと向かってくる巨大な質量に、しかし東郷の目は揺らがない。

両目はしっかりと倒すべき敵を見据え、最大火力を叩きつけるタイミングを計る。

そして遂にその時はやってきた。

 

「斉射!!!」

 

東郷が手を振り下ろした瞬間、一斉に砲弾が放たれる。

先ほどまで完全に受け止められていたはずの東郷の攻撃は、いとも簡単に魚型を爆炎の中へと包み込んだ。

外殻を完膚なきまでに破壊され、残されたのは無防備な御霊のみ。

 

「どうやら封印は必要なかったみたいね。これで―――終わりよ。」

 

再び、東郷が右手を構える。

八門の砲台から生まれた光が一点へと収束し、放たれた砲弾が御霊の中心を貫いた。

 

 

 

 

大地を大きく揺らしながら、レオ・スタークラスターが倒れていく。

その光景を見届けながら、紘汰はひとまず息を吐いた。

一息ついたとはいえ、もちろんまだ撃破したわけではない。文字通り倒しただけだ。

ただ、あの巨体であるならば起き上がるにも多少の時間はかかるはずだ。

既に回復し始めているとはいえその体もあちこちに傷が刻まれている。

 

「お兄ちゃん!」

 

背後から聞こえてきた妹の声に振り向くと、そこには見慣れぬ恰好をした樹と、そんな樹に肩を貸してもらいながら弱々しい笑みを浮かべる風の姿があった。

 

「ごめん紘汰。色々迷惑かけたわね。」

「いいんだよ。それより大丈夫なのか姉ちゃん。まだ、じっとしてた方が…。」

「平気…とは言わないけど、もう大丈夫よ。こんな状況でいつまでも寝てらんないでしょ?」

 

樹の肩から離れて一人で立った風が、いたずらっぽく片目を閉じてそういった。

強がりなのは明らかだったが、紘汰はあえて何も言わなかった。

逆の立場だったらと思えば、風の気持ちもわかるというものだ。

その代わりといっては何だが、そんな風の様子を心配そうに見つめていた樹の方へと歩みより、その頭をポンポンと撫でてやる。

 

「見てたぞ樹。やっぱすげぇよお前は。流石、俺の妹だな!」

「み、見てたの!?…えへへ…そう、かな…?」

「ちょっと!『俺の』って何よ!樹は私の妹でもあるんだからね!独り占めは許さないわよ!」

「そんなのどうだっていいだろ!」

 

そのままギャーギャーとじゃれ合いを始めた二人に、樹の顔も自然と綻んだ。

未だ予断を許さない状況であるのは確かだが、これまであれだけ緊張の連続だったのだ。

いつものやり取りが見れたというだけで、樹の心は嘘のように軽くなっていた。

このままずっと見ていたいとも少し思った樹だったが、流石にそれはよくないと考えなおし、そろそろ止めようかなと思ったところで別の声が割り込んだ。

 

「おーい!紘汰くーん!風せんぱーい!樹ちゃーん!」

「ちょっとアンタ達何やって…いや、ホント何やってんの?」

 

声のした方から姿を現したのは、友奈と夏凜だった。

嬉しそうに駆け寄ってきた友奈とは対照的に、夏凜は呆れたような表情を浮かべていた。

こんな状況でコントを始めている犬吠埼姉弟を見れば、付き合いの短い夏凜としてはそうなるのも無理はないのかもしれない。

 

「ええい離せ姉ちゃん!!友奈!夏凜!お前らも無事みたいだな。」

「うん!紘汰くんたちが頑張ってくれたおかげだよ!」

「トーゼンでしょ。アンタらとは鍛え方が違うのよ。…ま、アンタも思ったよりはやるようだし?おかげでちょっとは楽させてもらったわ。」

「またそんなこと言って。さっきはすぐに紘汰くんのこと助けに行こうとしてたのに、素直じゃないなぁ夏凜ちゃんは。」

「な!?友奈アンタ何言ってんの!?」

「そうなんですか夏凜さん?」

「わ、私は別に…その…コータ!だいたいアンタが危なっかしいのがいけないのよ!」

「俺のせいかよ!?」

 

二人が合流したことで話の流れが変わるかと思いきや、より一層騒がしくなってきた。

勇者部らしくて大変結構だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。

風は大きく二度三度手を打ち鳴らすと、さっきまでの自分の行動は棚に上げて仕切り直しを開始した。

 

「ハイハイ、そこまで。夏凜が素直じゃないのはわかった「だから違うって言ってんでしょーが!!」…から、それよりも東郷は?」

「私ならここですよ風部長。」

 

その声と共に、勇者部の面々の上に影が差す。

皆が見上げた先には、巨大な空中戦艦が浮かんでいた。

東郷の声は、その上から聞こえてくる。

実際に近くで見たその大きさに圧倒されて誰もがポカンと口を開ける中、親友の凱旋に大喜びの友奈は、その喜びを全身で表すように大きく両手を振りながら頭上の東郷へと声をかける。

 

「おぉ~やっぱりでっかい!さっきの見てたよ!カッコよかったね東郷さん!」

「ありがとう友奈ちゃん。友奈ちゃんも皆も、無事でよかったわ。」

 

ようやく見えた友奈の元気そうな表情に安堵の表情を浮かべた東郷は、移動式の砲台を操り皆の元へと高度を下げた。

 

 

 

 

東郷が合流し、とうとう全員が集まった。

最初に比べて皆それぞれボロボロだが、結果として誰一人かけることなくここまでこれた。

残る敵は後一体。

誰もが真剣な顔で頷き合い、最後の敵へと目を向ける。

紘汰によって地面へと押し倒され、その後なぜか起き上がる気配を見せなかったレオ・スタークラスター。

それを視界に収めた瞬間、誰もが一様に凍り付いた。

 

「何よ…あの、ヤバそうな元気っぽい球……!!」

 

言葉を漏らす風の顔に、冷や汗が浮かぶ。

倒れたままのレオの体の中心から、絶え間なくあの火球が生み出され続けている。

それは今までのように単体で並ぶのではなく、すべての火球が空中のある一点を目指して移動していた。

その収束点に浮かぶのは、煌々と燃える巨大な炎球。

今までの火球がただの火の粉に見えるほどの莫大な熱量が、樹海の空に顕現していた。

 

そして、火球の供給が遂に途切れる。

充填は既に十分以上。内圧により今にも大爆発を起こしそうなそれが、勇者達の元へと放たれた。

 

「いけない!」

 

焦りを帯びた東郷の声に、すぐに動き出せるものは居なかった。

あまりにわかりやすすぎる圧倒的な暴力に、今まで必死に見ないようにしてきた二文字が頭をよぎる。

 

その時だった。

誰もが身を竦ませる中、地面を強く蹴りつけて、真正面から脅威へと向かっていった影がある。

どんな時でも誰より先に、一歩踏み出すその人は―――

 

「お兄ちゃん!?」

 

無双セイバーとソニックアローを体の前で交差させ、紘汰が巨大な炎球へと向かう。

どうにかできるなんて確信があったわけじゃない。

でも、どうにかしなきゃいけないと思った時にはもう、体が勝手に動き始めていた。

 

「こいつは俺が何とかする!皆は今のうちに封印を!!」

「無茶よ紘汰!一回戻って皆で―――」

「信じろ!!!!」

 

短いその言葉には、紘汰の決意が込められていた。

大切な人たちを、絶対に守って見せる。

その想いがある限り、何があろうと倒れはしない。

そしてその決意に応えるように、戦極ドライバーに装着されたメロンエナジーロックシードが一際大きな光を放った。

それはロックシードを中心に広がり、光の幕となって紘汰の全身を包み込む。

使用者の意志に反応して展開される電磁シールド。

それは“守りたい”という想いが生んだ、ソニックアローとは異なるジンバーメロンアームズのもう一つの特性だった。

 

 

 

 

強い想いが込められた紘汰の言葉に、風は何も言えなくなった。

続けようとした言葉は霧散して、その口からは意味を結ばない音がわずかに漏れるだけ。

そんな風の肩に、友奈が後ろからそっと手を置いた。

一瞬だけビクリと震えて振り向いた風の目には、いろんな感情がごちゃ混ぜになった複雑な色が浮かんでいる。

風の不安が少しでも安らぐようにと微笑みながら、友奈は静かに口を開いた。

 

「信じましょう。風先輩。」

「友奈……。」

「ああいう時の紘汰くんは…誰かを助けようとする紘汰くんは、きっと誰よりも強い人だから。だから、今度もきっと大丈夫です。だから信じて、私たちのやらなきゃいけないことをやりましょう。紘汰くんのためにも。」

「……そう。そうよね。そうだったわね。あいつはそういう奴だった。お姉ちゃんの私が、あいつを信じてあげなくちゃね。」

 

友奈の言葉に、風もようやく覚悟を決めた。

いつも危なっかしい弟は、危なっかしくても頼りになる弟だった。

お役目が始まってからこっち、ちょっと過保護になりすぎているみたいだ。

両手で頬を強く叩いて弱気な自分を叩きだすと、皆の方へと向き直る。

弟と同じぐらい頼りになる後輩たちは、強い瞳でこちらを見つめ、風の号令を待っていた。

頼もしいその表情に、風の顔にも自然と笑みが浮かぶ。

 

「よしっ!皆、ここが踏ん張りどころよ!―――勇者部一同!封印開始!!!」

「「「「了解!!」」」」

 

先に行った紘汰に負けないようにと、勇者達は強く一歩を踏み出した。

 




ジンバーメロンの特性は公式には明言されていないのですが、小説版で若干それっぽい描写があったことから一部では言われているバリア発生を採用。
単純に防御力強化でもよかったのですがせっかくですので…。

今回の話、書いてて一番苦労したのは東郷さんの満開描写。
真面目なシーンのはずなのに文字に起こすとなんかギャグっぽくなるという罠。
色々試行錯誤して今の感じに落ち着いたのですがここでかなり指が止まりました…。

ホントは今回の話で御霊出現まで行くはずだったのですが、中途半端になったのでここまでで調整しました。
次回とうとう決着…予定!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話

大変お待たせしました。
では、レオ戦決着―――しません!!
はい、もうどこまで進むとかいうのやめます…。ほとんど当たった試しがない…。

ちょっと文言整理してます。
電磁フィールド→電磁シールド
微妙なことなんですけどね。

では、どうぞ。


「ぐ、ううぅおおおお!!」

 

電磁シールドと巨大な炎球が正面からぶつかり合う。

紘汰を中心として球状に広がる光の幕は、それよりも更に巨大な炎球に呑み込まれることなく、炎球をその場に押しとどめ続けていた。

外から見れば拮抗して見える状況だが、実際は大きく異なる。

純粋なエネルギーの塊である炎球と違い、それを一人で押しとどめる紘汰は通常の肉体を持った人間なのだから。

 

視界一杯に広がる炎の海から発せられる熱波が、紘汰の全身を容赦なく炙る。

何度であるかなど考えるのも馬鹿らしくなるような熱量は、電磁シールドを突き抜けてジンバーメロンの厚い装甲を赤熱化させ始めていた。

戦極凌馬の開発したこのアーマーの性能は凄まじく、そんな状況にもかかわらず紘汰の体を保護し続けているが、しかしそれも完全ではない。

その凄まじい防御ですら熱を完全には遮断しきれず、上昇するアーマー内部の温度が紘汰の体力を奪い続けていた。

紘汰が足場にしている高く張り出した巨木の根が割れはじめ、足が沈み込んでいく。

この状況ですら燃えていないのは助かるが、それもいつまでもつだろうか。

 

(結構…ヤバいかもな…。なるべく早めに頼むぜ皆…!)

 

炎球を必死で押さえつけながら、紘汰は下方を一瞥した。

風の指示に従って散開した勇者達に取り囲まれた巨大なバーテックスの足元から、すっかり見慣れた封印の光があふれ出している。

しかしやはり一筋縄ではいかないらしく、勇者達はそれぞれ厳しい表情を浮かべていた。

それでも、諦めているものは一人もいない。紘汰の頑張りが、互いを想う心が、勇者達にいつも以上の力を与えていた。

そしてそれは、逆も又然りである。

 

「へへ。皆頑張ってんだから、俺だけ弱気になってちゃいけねぇよな。―――まだまだ!こんなもんじゃねぇぞバーテックス!!」

 

再度奮い立った紘汰の心を表すように、電磁シールドが更に輝きを強くした。

息ができなくなるほどの高温も、今はもう気にならない。一緒に戦っている皆がいるというだけで、無限に力が湧いてくるようだった。

 

このまま押し返してやる!紘汰が一層の力を込めた時、突如として目の前の炎球の様子が変わった。内圧の膨張と共に炎球内部の温度が更に急上昇し、オレンジ色の炎がさらなる高温を表す白へと変化する。

これはまぎれもなく―――大爆発の前兆だ。

 

「紘汰!!!」

 

異変に気付いた風が封印を続けながらも声を上げた。

あの規模の炎球が大爆発を起こしたとき、超至近距離でそれをまともに受ける紘汰を案じた言葉だったが、紘汰の頭にあるのはいつだって別のことだ。

即ちそれは、皆が危ないというただそれだけの事。

 

「やらせねぇ!!」

 

紘汰の意思に従って、電磁シールドの形状が変化する。

紘汰の全周を覆っていた球状の光の幕が防御面を前面に集中させた半球状に変わり、広がっていく。

そしてその変化と時を同じくして、炎球が一気に膨れ上がった。

 

―――――――――――――――!!!!!!!!!

 

空間全体を震わせるような轟音が樹海の中に轟いた。

封印を続けていた勇者達は思わず目を瞑り、身を竦ませるが予想した光も熱も一向にやってくる気配はない。

恐る恐る目を開けて上空を見上げると、そこには翠色の光の傘が広がっていた。

爆発の影響で周囲に煙が上がる中、勇者達の周囲のみ全くと言っていいほど変化していない。宣言通り、紘汰が守ってくれたのだ。

 

「たす…かったの?――紘汰君は!?」

 

しかし、守ってくれた当の本人の姿が見当たらない。封印の儀を維持したまま、勇者達は必死に視線を巡らせた。

するとそんな勇者達の後方で煙が揺らめき、中から人影が姿を現した。

現れた人影はもちろん紘汰である。鎧が所々煤け、煙まで上げているがしっかりした足取りでこちらに向かってくる。

紘汰の無事な姿に、勇者達は安堵と歓喜の声を上げた。

 

「紘汰くん!」

「こっちは大丈夫だ友奈!それより封印は!?」

「うん!手ごたえはあったん…だけ……ど………。」

 

敵の体が横たわるその上空。さっきまで紘汰のシールドが広がっていた空を見上げた友奈の声が尻すぼみになっていく。

友奈のただならぬ様子に、怪訝に思った紘汰は彼女の視線の先を追った。

そしてそこに広がる光景を見て―――一瞬で言葉を失った。

 

封印は成功した。

御霊は確かにそこに現れていた。

四体が合体した最強最悪のバーテックス。そんな化物の御霊が、普通であるはずがない。

 

「何だよ…あれ…。」

 

上空に現れたのは、もはや見慣れてしまった逆様の四角錘。

しかし、問題はそのサイズだった。

まるで空全体を覆いつくすかのような黒い巨大な四角錘が、茫然と見上げる勇者達をあざ笑うかのように佇んでいた。

 

 

 

 

「何から何まで…規格外すぎるわ。」

 

東郷の呟きに応えるものは居ない。

“大きい”というのは、ただそれだけで脅威となる。

あまりにも規格外なその巨体から感じる威圧感は、確実に勇者達の戦意を削り取っていた。

あれだけの巨体に対してどうすればいいのかイメージが全く湧いてこない。

その上、

 

「あの御霊…出てる場所が…宇宙!?」

 

夏凜の言う通り、この巨大な御霊は見上げる空のさらに上、宇宙空間に現れていた。

これまでとはあまりにもスケールが違いすぎる。

 

「大き…すぎるよ…。あんなの…どうしたら……。」

「最後の最後でこんな…畜生!!!」

 

樹の声に絶望が、夏凜の声に悔しさが滲む。

何度も何度も襲い来るピンチを、何度も何度も乗り越えてここまで来た。

その末にようやくたどり着いた先に待ち受けていたものに今、勇者達の心は打ち砕かれようとしていた。

 

しかしそれでも、折れない心はまだ確かに残っている。

 

「「大丈夫!!!」」

 

静かになった樹海の中に二つの声はよく響いた。

力強いその声に、皆の視線が集まっていく。

視線の先にいるのは紘汰と友奈。並んで立つ二人はまだしっかり前を向いていた。

 

「御霊なんだから、今までと同じようにすればいいんだよ。どんなに敵が大きくったって、諦めちゃダメだ。諦めるもんか。それが、勇者でしょ?」

「俺たちはまだここにいて、こうやって立っている。できることがあるのなら、最後までやらなきゃな。大丈夫だ。俺たちが諦めない限り、何も終わらないし絶対に終わらせない。」

 

二人の言葉には根拠なんて何もないはずだ。

でも、そんな根拠のない希望を心から信じて疑わない二人から発せられる言葉には不思議な力が込められていた。二人の言葉が折れかけた皆の心に沁み込んで、同じ希望の灯をともす。

瞳には力が戻り、俯いていた顔が上がっていく。

まだ何も、終わりじゃない。

 

「友奈ちゃん行きましょう。今の私なら、友奈ちゃんを運べると思う。」

「東郷。悪いけど俺もつれてってくれないか。相手が何をしてくるかわからないんだから、盾役は居た方がいいだろ?」

「紘汰君…でも…。」

 

東郷が最初紘汰の名前を省いたのは、彼の身を案じてのことだった。

これまで紘汰はたった一人であのバーテックスを相手取り、ついさっきはあの巨大な炎球を防いだばかりだ。新しい装備に身を包んでから何でもないように動けているとはいえ、その前にはあのバーテックスの攻撃の直撃を受けている。平気なように振舞っているが、その実かなり限界に近いはずだった。

躊躇う東郷を見かねた風が、優しい声で諫めるための言葉をかける。

姉の目から見ても、今の紘汰が無理しているのは明らかだった。そんな状態の弟をこのままいかせるわけにはいかない。

 

「紘汰。あんたはちょっと張り切りすぎよ。ここは二人に任せてそろそろ休みなさい。」

「ごめん姉ちゃん。皆が心配してくれてるのはわかってる。でも、どうしても俺は最後までやり通したいんだ。だから、頼む!」

 

紘汰としても二人のことを信用していないわけではもちろんない。

なぜそこまでと言われれば、明確に言葉にできる理由はない。それはもはや意地だとしか言いようが無かった。

深く頭を下げた紘汰に、風は内心で頭を抱えた。長い付き合いから、こうなった弟が折れないのはわかっているからだ。

 

そんな微妙な膠着状態に助け舟を出したのは友奈だった。頭を下げて微動だにしない紘汰の肩に手を置いて紘汰を立たせると、横に並んで風の方へと向き直った。

 

「行かせてあげてください。たぶんきっとそれは、紘汰くんにとって大切なことなんだと思います。危ない時は、私が支えますから。」

「私もそう思います。今の紘汰君は、言っても聞かないでしょうから。それに、この様子だともし置いていったら何かまた一人で無茶しそうですしね。」

「友奈…東郷まで…あ~もうわかったわよ!無茶は…もうしてるんだから、私から言うのは一つだけよ。絶対!必ず!三人ともちゃんと帰ってくること!いいわね!?」

「「「了解!!」」」

 

風と樹と夏凜に封印を任せ、紘汰と友奈は東郷の移動砲台へと乗り込んだ。

移動砲台の中央に友奈と東郷が並んで立ち、その前方、舳先の方へと紘汰が陣取る。何かが来た時にすぐに電磁シールドを張れる、そんな位置だ。

慣れない浮遊感の中、足元の感触を確かめた三人は顔を見合わせ頷き合った。

 

「じゃあ行くわよ二人とも。準備はいい?」

「ああ、ばっちりだ。防御は任せてくれ。俺が絶対何も通させねぇ。」

「オッケーだよ東郷さん。さぁ、行こう!!」

 

友奈の号令の下、移動砲台が空へと飛翔する。

目指すは宇宙。最後の御霊が鎮座する、無限の星の海の中だ。

 

 

 

 

三人を乗せた純白の船が空を突き抜け、星の海を進んでいく。

本来ならば感動を覚えるはずのその光景も、今は目の前で存在感を放つ無粋な物体のせいで台無しになっている。近づけば近づいただけより一層威圧感が増すその御霊に、三人は知らず、ごくりと唾を飲み込んだ。

ここまでの行程は至って順調。しかしそれもそろそろ終わりだろう。この御霊がただ巨大なだけが特徴ならばそれに越したことはないが楽観視はできない。今までの傾向からしてそろそろ何か動きがあるはずだ。

 

「あれは……。」

 

その時、狙撃手として一番優れた目を持った東郷が、視界の中に何かを捉えた。真正面に聳える御霊の正面中心、そこに何かが見えた気がしたのだ。

目を凝らしながら尚も距離を詰めていくと、その“何か”が次第にはっきりと見えてきた。

“何か”の正体は御霊と同じ色をした、立方体のブロック。大量のそれが三人の方へとまっすぐ向かってきていたのだ。一つ一つが自分たちの体より大きく、そんなものがぶつかってこれば勿論、無事で済むはずがない。

 

「御霊が攻撃!?」

「来やがったな!行くぞ東郷!」

「ええ、わかってる。一つたりとも地上には落とさせない!」

 

そして、最後の戦いの火蓋が切って落とされた。

紘汰がソニックアローを、東郷が八門の砲塔を構え、翠と青の流星が空間を駆け抜けた。流星は正面からやってくる無骨なデブリたちと衝突し、真っ暗な空間に爆炎の花を咲かせていく。

 

「っ…。」

 

第一波を退けた東郷が苦悶の声が漏らした。思っている以上にこの姿は消耗が激しいらしい。今は何とか持ちこたえているがいつまで持つかはわからない。一刻も早く御霊の元へとたどり着かなければなければ…

 

「東郷さん…?」

 

そんな東郷の異変を、友奈は決して見逃さない。心配そうに見上げてくる顔に淡く微笑むと、東郷は友奈の手を強く握りしめて改めて敵を見る。

繋いだ手を通して、友奈の力が体に流れ込んでくるようだ。大切な親友が隣で見てくれているのだ。無様な姿は見せられない。

それに…

爆炎の中からやってくる第二波を見据えながら、ちらりと前方の紘汰の姿を盗み見る。紘汰は自分以上に体を酷使し続けてきたはずなのに、まるでそれを感じさせないような動きで今も弓を引き続けていた。遠距離担当として、そして友奈の一番の親友として、負けてなんていられない。

 

「大丈夫よ友奈ちゃん…見てて。」

「うん!!」

 

紘汰が放った光の矢が拡散し、やってくるブロックを大量に巻き込んで爆発を起こす。

東郷は同じように前方へと砲撃を加えながら、自在に動く砲塔で取りこぼしを丁寧に処理していく。

御霊に近づくにつれて、ブロックの密度が増してきた。

ブロックがあふれる空間を切り裂くように三人は進んでいく。

不意に目の前に現れたブロックを、東郷の砲弾が撃ち抜いた。光に目を細める友奈だったが、爆発の熱と衝撃を感じることはなかった。いつの間にか張られていた翠色のシールドがそれらは完全に遮断してくれていたのだ。

 

何度目かもわからないほどの攻撃の嵐を掻い潜り、爆炎を突き抜けた先で遂に待ちに待った光景が現れた。

目の前にあるのは巨大な御霊たった一つ。もはや攻撃は打ち止めだ。

そしてここからなら、拳を届かせることができる。

 

「すごいよ東郷さん!紘汰くん!ここまでこれたよ!」

「ええ、そう…ね……。」

「東郷さん!!」

 

ここまで連れてきてくれた立役者である東郷の体がぐらりと傾き、慌てた友奈がそれを支えた。

いくら勇者システム、そして満開で身体能力が大幅に上がっているとはいえ、普段は車いすで生活する普通の少女である東郷はそこまで体力のある方ではない。ここまで随分無理してきたが、それももう限界だった。

 

「東郷!大丈夫か!」

「ちょっとだけ…疲れちゃったみたい……あとは任せるわ。紘汰くん、友奈ちゃんをお願いね。」

「…あぁ、任せろ。」

「東郷さん。見ててね、やっつけてくるから。」

 




気づけば二週間以上という前回よりも更に遅れています。
超不定期で申し訳ない…いや、ちょっと新大陸の生態調査が忙しくて…あの、ホントすいませんです…。

クッソカッコいいオウマジオウでジオウが終わり、ゼロワン始まりましたがドチャクソ面白いですねゼロワン。令和一発目ってことで相当気合はいってんのがわかる作りで毎週ホントに楽しみにしてます。ストーリーもエグゼイドの人だってことでそりゃあ間違いないだろうって感じだし(飛彩先生周りの話大好き)デザインもベルト音声もスタイリッシュでドストライク…。このまま一年ぜひ頑張ってほしい。

次回は世界設定が若干見えてくるようなところが入ってたりします。8割がた書き終わってるので、今回よりは早く投稿できると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話

連日投稿という無茶。
とうとう戦闘回完結です。


最後にもう一度ギュッと親友の手を握り、友奈は紘汰の居る舳先へと向かった。

もういいのか?と紘汰が無言で見つめると、友奈は微笑みながら頷いて目の前の敵へと向き直った。親友の想いを背負った友奈は紘汰の目に普段よりも大きく映った。頼もしい相棒の姿に、仮面の下の紘汰の顔にも自然と笑みが浮かんでいた。

 

「友奈。先ずは俺が先に突っ込むから、お前は俺の背中に捕まってついてきてくれ。」

「え?でも…。」

「たぶん、俺もそろそろ限界だ。最後まで力を振り絞るつもりだけど、それであいつを倒せるかどうかは正直わからない。結局最後はお前に頼ることになると思う。だから、お前はぎりぎりまで力を温存しといてくれ。」

「紘汰くん…。うん、わかった。」

 

了承してくれた友奈の一歩前へと進み出た。

未だ敵は沈黙したままだが、いつまでもそうだとは限らない。紘汰はカッティングブレードを一度、強く倒し込んだ。

 

『ソイヤッ!』

『オレンジスカッシュ!』

『ジンバーメロンスカッシュ!』

 

勇ましい音声と共に、二つのロックシードからオレンジと翠の光があふれ出した。あふれた光は混ざり合いながら、紘汰の周囲へ立ち上り、やがて手に持つソニックアローへと集っていく。そして紘汰は弦を引き、その光を解き放った。

光は矢となって御霊に向かって飛んでいく。しかしそれ自体は攻撃ではない。光の矢が通過した道筋に、オレンジとメロンの断面を模したエネルギーが幾重にも重なって現れた。紘汰の元から一直線に伸びるそれは、敵へとつながる一本道。

 

「さあ!行こうか友奈!」

「うん!行こう紘汰くん!」

 

肩を掴んだ友奈と共に、紘汰は空へと飛び出した。

空中で態勢を変え、右足を先端に形成された一本道へと飛び込んでいく。

 

「セイ、ハアァーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

エネルギーの膜を一枚通過するたびに、力と速度が生まれ続ける。

御霊が、時間をおいてようやく生成したブロックを紘汰へ向かって射出した。しかし、今更その程度の攻撃に今の紘汰が止められるわけもなく、最初から何もなかったかのように触れた傍から消滅していく。

紘汰の体は際限など無いように加速を続け、それ自体が一本の矢となって御霊の元へと突き進んでく。そして最後の膜を突き抜けた時、遂に紘汰の右足が御霊本体に突き刺さった。

紘汰のキックが激しい衝突音と共に御霊の表面を砕き、そのまま突き進む―――かに思われた。

 

(お、せねぇ…!!)

 

勢いは、御霊の表面を大きく砕いたところで止まってしまった。

体中を包み込んでいた光が、急速にその輝きを失っていく。どんなに力を籠めようとしても、その意思に反して体からは力が失われていく一方だった。

これまで本人の並外れたスタミナで何とか持たせてきたものが、遂に限界を迎えようとしているのだ。

 

(まだだ、もう少し…もう少しなんだ!最後まで…俺が!!)

 

友奈に伝えた最後を任せるという作戦は確かに本当の事でもあったが、それは紘汰の本心ではない。紘汰は最初から、最後まで自分で片を付けるつもりだったのだ。

意地というのも勿論ある。が、それだけではない。樹のあの姿を見てから紘汰の心の中で生まれたとても小さな何かが徐々に大きくなり、それが今紘汰に訴えかけているのだ。

紘汰がやらなきゃいけない、と。

何故そうしなきゃいけないのかなんてわからない。そんなうまく言葉にできない感覚に従い、紘汰は尚も力を籠めようとする。しかしそれでも徐々に失われていく光が、紘汰の心を焦らせていた。

 

その時だ。

自分の肩を叩く感触を感じ、紘汰は顔だけで振り返った。

振り向いた先にあったのは、優しい目でこちらを見つめる友奈の姿。

 

「紘汰くん。もう、大丈夫だよ。」

「な、何言ってんだよ友奈。俺はまだまだ……!」

「ありがとう紘汰くん。いつも守ってくれて。でも、私は大丈夫だから。だから、信じて。」

「友…奈…。」

 

友奈の言葉に、紘汰の体が停止した。その言葉は、さっき自分が姉に対して使った言葉だ。ここでそれを言われてしまっては、何も言えなくなってしまう。

力を失った体が、御霊から離れようとしていた。そんな紘汰の姿をいつの間にか背中から離れていた友奈が、苦笑しながら見守っている。

 

「ごめん、友奈…。後は…頼…んだ…。」

「うん、任せて。紘汰くんは、ゆっくり休んでてね。」

 

頼もしい友奈の言葉は、いつも人を安心させる。

今まで自分の体を突き動かしていた強迫観念が薄れていくのを感じ、紘汰は今度こそ自分の意志で体から力を抜いた。

胸の前でグッと拳を握りしめた友奈に弱々しいサムズアップで応えた紘汰の体は、今度こそゆっくりと御霊から離れていった。

 

 

 

 

離れていく紘汰を見送って、改めて気合を入れなおした。

あそこであの言葉を選んだのは、流石にちょっとズルかったかもしれない。でも、いつも無茶して突っ走ってしまう男の子を止めるには、ちょっとズルいぐらいがちょうどいいのだと、そう思う。

背中に捕まって見ていた紘汰くんの背中はとても大きくて、そして思ったよりも小さかった。皆の想いを全部背負って進んでいける、進んでいってしまう物語のヒーローみたいな人だけど、やっぱり私と同じ、中学生の子供の背中だった。

男の子である彼にとって、私や勇者部の皆は守らなきゃいけない存在なのかもしれないけど、守られるだけの関係を私は望んではいない。それよりも、彼の荷物を一緒に背負って並んで歩いていける関係になりたいんだ。

だからまずは、紘汰くんが任せてくれたことをしっかりやり遂げなきゃ。なんせ私は、ヒーローと共に並び立つ、勇者にならなきゃいけないんだから。

 

決意新たに、友奈は御霊へと向き直る。紘汰が砕いた部分はほんの少しずつだったが端から修復され始めていた。

時間はない。このままでは、紘汰の頑張りが無駄になってしまう。

―――そんなことは絶対にさせない。

 

「皆の想いを…無駄になんかさせない。だから―――満、開!!!!」

 

友奈の決意に応えるように、桜色の光が友奈の体を包み込む。

勇者服は大きく姿を変え、体の両側に新たな武器が現れた。

現れたそれは、皆の幸せを脅かす困難を真正面から打ち破るための、一対の巨大な拳。

 

「そおぉぉぉこだああぁぁぁあ!!」

 

紘汰が砕いたそこに、巨大な拳を叩きつける。

一撃ごとに損傷は拡大し、友奈は奥へ奥へと進み始めた。

しかし最後の御霊はやはりただでは終わらない。差し迫った危機に対して、先ほどまで緩やかだった修復能力を一気に活性化させたのだ。

空間全体が友奈を押しつぶそうとする。全身に加わるとてつもない圧力に、友奈は苦悶の表情を浮かべた。

友奈の頭には勇者部皆の顔が浮かんでいた。今、この背中には皆が預けてくれた想いが乗っている。こんなところで諦めるわけにはいかない!

 

「勇者部、五箇条!ひとぉぉーーーつ!なるべく!!諦めない!!!」

 

全身の力を総動員し、押しつぶそうとする圧力を跳ねのける。その影響から修復力が一時的に硬直した隙に、一気呵成に更に奥へと突き進む。

さっき始まったばかりのはずなのに、もう随分長いことこうしている気がする。今自分がどれだけ進んできたのかなんて、気にしている余裕はとっくになくなっていた。

入り口は完全にふさがれたらしく、わずかに差し込んでいた光が途切れて周囲は真っ暗闇だった。忍び寄ってくる不安を押しのけるように、友奈はお腹の底から大きく声を張り上げた。

 

「更に、五箇条!もうひとぉぉーーーつ!なせば大抵!!なんとかなる!!!」

 

暗闇の中をひたすら進む。方向感覚はもうとっくになくなって、自分が今どこに向かっているのかわからない。でも友奈はたった一つ、信じ続けて拳を振るう。諦めなければ、この拳はきっと届いてくれる。

 

「まだまだあぁぁぁぁぁああああ!!!―――ってアレ?」

 

ボコン、と。

何かが抜ける音と共に、打ち付けた拳の感触が急に変化した。これまでひたすら硬く、重かった感触が嘘のように軽くなったのだ。

最後に殴りつけた場所のその奥。そこには広大な空間が広がっていた。

 

「うわわわわわっ!!あいたっ!!」

 

突如軽くなった感触のせいで、勢いを殺せずつんのめった友奈の体はその空間の中に放り出された。急なことで受け身が取れず、その空間の床面に顔から落ちてしまった友奈は、打ち付けた額をさすりながら立ち上がった。

 

「ここ…は…?」

 

友奈が落ちたそこは、直方体に切り取られたような真っ白な空間だった。照明などもちろんなく、自然光も差し込まない場所であるにもかかわらずなぜか中がはっきりと見渡せる。

状況から言って御霊の中心部であるとは思うが、中がこんな風になっていたなんて今まで全く知らなかった。

そして何よりも、友奈の目を大きく引くものがその中心に鎮座していた。

 

「アレが…御霊の中心…?」

 

そこにあったのは、中心部から光を放つ植物の蔦の塊だった。

空間内のあらゆるところから伸びている蔦につながって、空間の丁度中心に浮いている。

すぐ近くの蔦、そこに生えている葉は、今まで全く見たことのない形をしていた。そしてなぜかとても嫌な感じがする。

 

ほんの少しの間茫然とそれを見ていた友奈だったが、突如始まった揺れが友奈の意識を現実へと無理やり引き戻した。

戦いはまだ終わっていない。地上では今も皆が封印を続けてくれていて、悠長にしている時間はない。

兎に角あの中心の塊を砕けば終わらせることができる。

そう思って一歩踏み出した友奈の体を、何かが弾き飛ばした。

突如襲ってきた衝撃に、思わず友奈はその衝撃を受けた腹部を抑える。痛みはない。精霊の加護が働いたようだ。

心を落ち着かせながら、友奈はさっきまで自分がいたところへと視線を向けた。植物以外何もなかったはずのそこには、白い石柱が突き出していた。

友奈が自分を襲ったものの正体を認識した瞬間、空間内の揺れが一層激しくなった。それと共に、床、壁、天井のいたるところが盛り上がり始める。

恐らくこれが最終防衛ライン。一筋の冷や汗が顔を伝う中、友奈は再度拳を握りしめた。

 

友奈が駆けだすのと、石柱が一斉に襲い掛かってくるのはほぼ同じタイミングだった。

あらゆる場所、あらゆる方向から襲い来る石柱が、友奈の接近を拒み続ける。

しかし、避けきれず弾き飛ばされても、押しつぶされそうになっても、友奈の心は折れることは決してない。皆と交わした約束が、友奈の心を支え続けているからだ。

 

石柱により、空間自体が埋まってきた。このままだといずれあの中心核への道も閉ざされてしまうだろう。これが最後のチャンスだと定めた友奈は大きく息を吸い込むと、再度中心に向かって駆けだした。

左右から伸びてきたものを両の拳で砕き、頭上から来たものは体を捻って躱す。そして足元から突き出したものを踏み越えて、中心へとひた走る。

何度もやられてだいたいコツはつかめてきた。今度こそきっといける。

そして進行方向を塞ぐようにせり出した今までで一番巨大な石柱を打ち砕いた時、とうとう中心核への道が開かれた。

最後の攻撃の為に踏み切った友奈に向かって石柱が伸び、いくつかが体をかすめていった。しかし、そんなものは今の友奈には全く気にならない。友奈の視界からは余分なものが一切消え、標的だけが映っている。そして―――

 

「満っ開!勇者ぁ!!パアァーーーーーーーーーーーーーーーンチ!!!」

 

皆の想いを乗せた友奈の拳が、中心核を打ち砕いた。

 

 

 

 

「やったんだな…流石、友奈だ。」

 

巨大な御霊が崩壊していくのを、紘汰は宇宙空間に揺蕩いながら眺めていた。

できればすぐにでも友奈の無事を確かめに行きたかったが、無茶を重ねすぎた体はしばらくまともに動かせそうにない。

でもきっと、たぶん大丈夫だ。

だって結城友奈は、勇者なのだから。

 

上手く働かない頭で、さて、どうやって皆のところに行こうかなんてことを考えていた紘汰の体を何かが掬い上げた。

予想外の感覚に驚き目線を下に向けるとそこには、フロントカウルの部分にタンポポの装飾があしらわれた、タイヤの無いスクーターとでも表せばいいのか、とにかく見たことも無い乗り物がいつの間にか浮かんでいた。

呆気にとられた紘汰を乗せたまま、その乗り物が地上に向かって移動を開始する。なんだかよくわからないけど、帰りの心配はしなくてもよさそうだな、なんて呑気なことを考えながら紘汰は意識を手放した。

 

 

 

 

御霊が塵と消えた後、大気圏外から落ちてきた大きな朝顔の蕾を、残る力を振り絞った樹が受け止めた。

ワイヤーを何十にも重ねて勢いを少しずつ弱めていき、軟着陸させることに成功した樹はそこで限界を迎え、糸が切れるように倒れてしまった。

最後まで頑張った自慢の妹を風が優しく受け止め、夏凜が落ちてきたそれを迎えに行く。開いた蕾の中で眠る友奈と東郷の姿に安堵の表情を浮かべた夏凜の顔が、すぐさま焦りへと変わる。

だがしかし、そんな焦りもすぐさま杞憂に終わった。

大きな噴射音を響かせながら現れた謎の乗り物が、その背中に変身の解けた紘汰を乗せてきていたからだ。

突然現れたその不審な乗り物は車体を大きく傾けて紘汰を乱暴に振り下ろすと、各部から煙を上げながらフラフラとどこかへ飛んで行ってしまった。

落下の衝撃で紘汰が目覚め、騒がしい音で他の皆が目を覚ますとそれと同時に樹海が消え、元の景色の中へと六人は帰ってきた。

誰もがもう限界で、夏凜以外まともに立てるものなどいなかったが、一人も欠けることなくこの場所へと帰ってくることができた。寄り添い合って倒れる皆の顔も、色濃い疲労は見て取れるがそれ以上に満足気だった。

 

そんな仲間たちの表情を目に涙を浮かべながら万感の思いで眺めていた夏凜のポケットが小さく震える。戦闘を感知した大赦が連絡をかけてきたのだ。

夏凜は通話ボタンを押し、端末を耳に当てると今までで一番誇らしい気持ちで大きく息を吸い込んだ。

 

「対バーテックス戦闘終了。負傷者多数。大至急医療班の派遣をお願いします。それと―――今回の戦闘で全十二体のバーテックスを全て殲滅しました!私たち…讃州中学勇者部一同が!!」

 

高らかに告げた夏凜の顔には、晴れ渡るような笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

―――パソコンのモニタから出る光だけが、淡く周囲を照らし出す部屋の中。

戦極凌馬は何の感情も読み取れない表情のまま、じっと画面に映し出される映像を眺めていた。

いつも通り整理整頓とは無縁な机の上には強引にわずかなスペースが確保されており、その上にはコードにつながれた物体が置かれている。

机の上に置かれたソレは、タンポポの装飾があしらわれた錠前。所々が破損して内部の構造が露出し、もはやそのままでは使い物にならないような状態だったが、幸いにして中に保存されていたデータはしっかりと生き残っていた。

 

戦極が見続けているのは、その中に保存されていた映像データ。今日の夕刻、発生したバーテックスとの戦闘映像だった。

倍速で流れる映像を無感情で見続けていた戦極の眉が、わずかに動く。画面の中に映し出されていたのは、メロンエナジーロックシードで新たな姿に変身した紘汰の姿だった。

映像を通常速度に戻し、しばらくジンバーメロンの戦闘を見ていた戦極だったが、やがて興味を失ったのか映像を倍速に戻し、元の無表情に戻る。

一通り映像を見終えた後、今度は逆再生を開始した戦極は、その映像をとある場所で停止させた。停止させた場所は獅子型バーテックスが合体する僅かばかり前の、勇者達が牡牛型に苦しめられていた丁度その時だ。

映像は誰もが目の前の牡牛型で手一杯だったその時の獅子型の様子を映し出していた。

遠目の映像を、拡大する。拡大して荒くなった画像を、コンピュータが自動処理をかけて鮮明な映像へと修正した。

拡大、修正。

拡大、修正。

何度かの同じ工程を繰り返した後、映し出された画像に戦極の反応が劇的に変化する。

獅子型の中心部。そこには縦に割けたかの様な小さな空孔が開いている。そして真っ暗な穴のその中心には、獅子型に取り込まれる寸前の、()()()()()()()()()()()姿()

 

齧り付くように身を乗り出した戦極が、少しずつ映像を戻していく。遠目に撮影した映像は、しっかりとその果実がやってきた軌跡を捉えていた。

興奮でわずかに震える手で、マウスのボタンを何度もクリックする。そして遂に戦極は、望む場面へとたどり着く。

 

勢いよく立ち上がった衝撃で今まで座っていたパイプ椅子が倒れ、戦極以外誰もいない部屋の中に大きな音を響かせた。しかし、戦極はそんなことは一切意に介さず、大きく体を震わせると、凄絶な笑みを浮かべながらモニタも消さずに足早にどこかへと去って行った。

 

 

 

 

足音が遠ざかる中、残されたモニタに映し出されていたのは―――空間を開くファスナーと、そこから突き出した緑の異形の腕だった。

 




よ、ようやく終わった…。
皆の力を結集し、何とか十二体すべてを撃破。
喜びに包まれる中、最後に不穏な影が…。

と、そんな影を残したまま、ここからしばらく日常回になります。
1章最後の展開に向け、結束を深めた勇者部部員たちの交流をしっかりとやっていく所存です。
ではまたしばらく、お待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話

戦いが終わり、日常回…日常回?
まぁとにかく非戦闘回ということで。



しょりしょりしょり。

 

清潔感漂う部屋の中、そんな音だけが響いていた。

部屋の面積の多くを占めるベッドの横に腰を掛け、その音を立てながらリンゴの皮を向いているのは風だった。

手慣れた手つきで作業を行う彼女の表情はわざとらしいほどの無表情であり、なんだか話しかけ難い雰囲気を纏っている。

ここは市内にある羽波病院の一室。

勇者部一同は検査のためここにきて、それぞれが一通りの検査を終えた後、この病室に集まっていた。

物々しいともいえる部長の様子に、向かい側に座る友奈はどうしたものかと曖昧な笑みを浮かべていた。

個別で受けていた検査が終了した友奈がここに来た頃には既にこんな空気は形成されており、友奈の後で東郷や樹がきて全員がそろった後もなんとなく口を開きづらく、病室内はずっと沈黙に支配されている。

 

「い、いやぁ――――」

 

そんな空気の中、ベッドの上の人物が絞り出すように口を開いた。

その声に風の眉がピクリと動き、余分な力が加わったせいか今まで上手く一本でつながっていたリンゴの皮が途切れ、皿の上にポトリと落ちる。

そんな風の様子にビビりながらも、ちょっとでも場を和ませようとできる限り明るい声を意識して言葉を続けるのは…

 

「―――まさか、折れてるとは……ははは…はは…は…。」

 

アーマードライダー鎧武こと、犬吠埼紘汰。

至る所に包帯が巻かれた状態でベッドに横たわっているその姿は、誰がどう見ても見事なまでに重症だった。

 

 

 

 

「ホンットにもう!あんたってやつは…!!無鉄砲!考え無し!!このっ…紘汰!!」

「最後のは悪口なの…?」

 

呑気な言葉をのたまう紘汰に堪えていたものが決壊した風が怒涛のように言い募る。

冷静さを欠いて一見罵倒になっていないような言葉に、夏凜が律儀に突っ込みを入れていた。

 

「わ、悪かったって。いや、でもホントに気づいてなかったんだよ!あの時はとにかく夢中で…「口答えしないの!」モゴッ!?」

 

その剣幕にたじろぎながらも言い訳をしようとする紘汰の口は、無理やり捻じ込まれたリンゴによって塞がれた。

紘汰が誰の為にそうしたのかなんてことは、勿論風にだってわかっている。無茶していると知りながらも、最後に信じることを決めたのも風自身だ。

そして風が信じた紘汰達は、信じた通りちゃんと三人で帰ってきた。

しかし、戦いが終わり病院に運び込まれた紘汰の状態はとてもじゃないが無事とはかけ離れていた。

至る所に負った軽度の火傷に擦り傷、打ち身etc…そして極めつけは肋骨の骨折である。

骨折は恐らくタイミング的にあの新しいロックシードを使う前。つまり紘汰は骨の折れた状態でずっと、あれだけの大立ち回りを演じていたということだ。

幸い命に別状はなく、本人もこうやってベッドの上でピンピンしているが、それでも一番の重症だということに変わりない。

 

「……いくら信じるって言ったって、心配しないわけじゃないんだからね。家族なんだから当然でしょ?あんたがどんだけ大丈夫だって言っても、あんたが怪我したら私はいつだって死ぬほど不安になるんだから。あんたの性格は十分わかってるけど、せめてそれだけはちゃんと覚えておくこと。いいわね紘汰。」

「姉ちゃん……ごめんな。そんで、ありがとう。」

 

紘汰からの返答に、風は困ったように笑ったがそれ以上何も言うことはなかった。

こんな時、“もうしない”と言えないこの弟の性格は、さっき言った通り十分にわかっている。最初に言ったごめんの中にそれについても含まれていたことにも、風は勿論気づいていた。

これから先も紘汰が無茶をやめることはないだろう。つまり風の心配は、これから先もずっと続いていくということだ。

それを考えると頭が痛くなってくるがそれはもう仕方ない。きっとそれは姉としての大事な仕事の一つなのだから。

 

なんとなく見透かされているのを感じ、居心地が悪くなった紘汰は逃げるように風から目をそらした。

こっちの考えていることなんて、偉大な姉にはしっかりとお見通しなんだろう。やっぱりいつまでたってもかないそうにない。

風から視線をそらした先で、風の隣でこちらを心配そうに見つめる樹と目が合った。

どうやら姉だけではなく、この妹にも随分と心配をかけていたようだ。

全方位に心配をかける自分の情けなさに苦笑しながら手招きし、トコトコと素直に寄ってきた妹の頭に手を乗せる。

 

「お前にも心配かけたな樹。お前も今日検査だったんだろ?大丈夫だったのか?」

「………。」

 

頭の上に置かれた手にくすぐったそうにしていた樹は、紘汰の質問に微笑みながら頷いた。

しかし、一言も発さない樹の様子に紘汰と風は首を傾げる。

 

「…?どうしたんだ樹、お前…。」

「樹ちゃん声が出ないみたいなの。勇者システムの長時間使用による疲労が原因で。お医者さんはすぐに治るだろうって。」

「そう…なのか。」

 

東郷の説明に困惑しながら、紘汰は風と顔を見合わせた。

見れば風も自分と同じような表情で首を左右に振っている。風自身にも心当たりはないようだ。

 

「ま、樹はもともと体力ある方じゃないし、昨日は何せ一気に七体も相手にしたんだから、そりゃあ疲れもたまるってもんよ。それに樹は満開まで使ったんだし…」

「…『満、開』?」

 

風が零したワードに、今まですっかり忘れていた記憶が叩き起こされた。

満開。

それは、昨日の戦いが始まる前に裕也の口から聞いた言葉だ。

あまりにも戦いが激しすぎて今の今まですっぽりと頭から抜け落ちていた。

 

「満開って…なんだよ姉ちゃん。そんなの樹がいつ使ったんだ?」

「あれ?そういえば紘汰には言ってなかったっけ?満開ってのはね、勇者システムの機能の一部でまぁざっくりいうとパワーアップ機能よ。あんたも昨日、樹の姿がもう一回変わったの見たでしょ?」

「それって…大丈夫なのか?なんか危ないことがあったりとか……。」

「?別にそんなことはないはずだけど。でもやっぱり、あれだけ強い力だから普通よりも疲れるのは確かなんでしょうね。」

 

―――満開は使うな―――

裕也にあのロックシードを渡した人物は、去り際にそう告げたらしい。

それが一体、何を意味するのだろうか。

 

「えっと…。でもすぐ治るなら大丈夫だよね!お医者さんもそう言ってるんだし!」

「そっか…そう、だよな。」

 

友奈の明るい言葉に幾分か気持ちが軽くなった紘汰は、一先ず口を噤んだ。

まだどこか腑に落ちていない気持ちの悪さは残っていたが、友奈の言った通り、自分よりもよっぽど人の体についてよく知っている人達が大丈夫だといっているのだ。ただなんとなくだけで心配していたって仕方ないことだろう。

 

「それよりも、私たちバーテックスを全部やっつけたんだから、お祝いしようよ!…と、言うわけで…じゃーん!!」

「ほほぅ。中々準備がいいわね友奈。コレ、どうしたの?」

「さっき病院の売店で買ってきたんです!紘汰くんまだこんなだし、あんまり大きくやれないけど、とりあえず第一弾ってことで!」

 

そういって嬉しそうにビニール袋を取り出した友奈が、病室に備え付けられていた机にその中身を広げていく。

中身はいろんな種類のお菓子やジュース。あんまり大きく…とはいいつつも、結構な量だ。

 

「第一弾ってアンタねぇ。一体何回やるつもりなのよ。」

「いいじゃない三好さん。こういうのは、何回やっても楽しいものよ?」

「そうだぜ夏凜。堅苦しいことは言いっこなしだ。」

「そ、そりゃあ…そうかもしれないけど…。」

 

呆れた様子の夏凜だったが、東郷と紘汰の波状攻撃を前にあっさりと白旗を上げた。

やっぱりどうにも慣れていないせいでそういう言葉が出てしまっただけであって、夏凜自身もうこういう事が楽しいと思えるようになっているのだ。

 

「そーそー。じゃ、夏凜ちゃんも納得したところで風先輩。よろしくお願いします!」

「えぇ!?えぇーっと。じゃあ…皆、よくやった!本当に、お疲れ様。勇者部大勝利を祝って、乾杯!!」

「「「「かんぱーい!!」」」」

 

部長の合図を皮切りに、ささやかな祝勝会が始まった。

困難を乗り越えた後のご褒美は格別で、誰もが笑顔を浮かべながらとりとめのない話に花を咲かせている。

 

その喧噪の中で唯一、友奈だけは内心の動揺を悟られないようにと必死で笑顔を作っていた。

大好きなジュースも、それにお菓子も。

何をどれだけを口に入れても―――味が全く感じられなかった。

 

 

 

 

「……暇だぁ~~~!!!」

 

あれから数日後、紘汰は病室のベッドで一人、そんな声をあげていた。

今は平日の真昼間。

普通ならば学校がある時間帯である。

風や樹をはじめとした勇者部部員達や他の学校の友人に裕也達等々、一日と置かずに様子を見に来てくれるものの流石にこの時間に来られる人は一人もいない。

紘汰のほかには唯一東郷だけが検査入院ということでまだ同じ病院内にいるものの、足の不自由な東郷はそんなに頻繁に出歩けるわけでもなく、紘汰自身も安静を厳命されているため基本的にこの病室からは動けない。

本人的にはもうすでにあまり痛みもなく、大げさじゃないかなんてことを思っているが、もし勝手に出歩いてそれがまかり間違って風の耳にでも入ろうものなら一体どんな目に合うかわかったものじゃない。

実際何度か検討はしてみたものの、そのたびに浮かんでくる般若のような姉の形相にそんな気持ちもすぐにしぼんでしまうのだった。

と、そんなわけで紘汰は今非常に暇を持て余していた。

 

トントントン。

 

そんな紘汰の病室に、ノックの音が転がり込んだ。

まさか誰かが来るとは思ってもいなかった紘汰は、驚いて危うくベッドから転げ落ちそうになりつつも一体誰だと首を傾げる。

担当の医者や看護師の誰かが様子を見に来たのかとも思ったが、明らかにいつもとは違う時間帯だし、それ以前に定期の検診は少し前に終わっている。

まぁなんにしても丁度暇で死にそうだったところだし、それが少しでも紛らわせられるならば何にしたって歓迎だ。

そう思った紘汰が身を起こし、ノックされた扉に向かって声をかけた。

紘汰からの返事を受け、開かれた扉から入ってきたのは…

 

「やぁ犬吠埼紘汰君。随分手ひどくやられたそうじゃないか。でもまぁ、その割には随分元気そうみたいだね。」

「げっ。」

 

ヨレヨレの白衣に胡散臭い笑みを浮かべた、戦極凌馬だった。

病室に入ってきた戦極は、顔を見るなり露骨に顔を顰めた紘汰を気にも留めず、やけに上機嫌な様子でベッドの横へと腰掛けた。

 

「あ、あんたどうして…?」

「どうしてって、お見舞いに決まってるじゃないか。ほら、これはつまらないものだが。」

「お、おう…。ありが…とう?」

「なんだいその顔は。そりゃあ私だって一般的な常識ぐらいは持ち合わせているさ。勿論おかしなものは入っていないから、友人と一緒に食べるといい。」

 

意外過ぎる来客に困惑しっぱなしの紘汰は手渡された果物の詰め合わせをとりあえずわき机に置いた。

念のためちらっと中を除いたが、当たり前といえば当たり前だがあの赤い果実の姿はない。

一応、いたって普通の見舞いの品の様だった。

 

「ま、はっきり言って目的は別だけどね。犬吠埼紘汰君、バーテックス十二体殲滅おめでとう。大赦に所属する大人として、まずはありがとうと言わせてもらうよ。」

「あ、あぁ。」

 

そういって素直に頭を下げる戦極の姿に、紘汰は先ほどから戸惑いっぱなしだ。

いつもの感じとギャップがありすぎて、どうにも調子がくるってしまう。

 

「あ、そういえば俺からも礼を言わなきゃいけなかったんだ。最後のあれ、あんたが助けてくれたんだろ?」

「あぁ、あれのことか。まぁ確かに、あれは私が仕込んでおいたものだ。あんな不完全な物でも何かの役には立つかと思ってこっそりと君の装備の一部という扱いで動かせるようにはしておいたんだが…やはり備えはしておくものだね。まさか宇宙空間まで飛び出すとは。本当に、バーテックスというものにはいつも驚かされる。」

「やっぱりそうだったのか。全く、あんなのがあるなら最初から言っといてくれよな。ところであれ、一体何なんだ?」

「あれはアーマードライダー用の装備として開発していた『ロックビークル』の一つ。エアバイク型ロックビークル『ダンデライナー』だ。いずれは正式な装備として配備できるように開発を続けているんだが残念ながらまだ耐久性に問題があってね。そんな状態のものを最初からあてにされてもいけないから黙っていたんだ。」

 

案の定あの後すぐに壊れてしまったよ、と言って笑う戦極を、紘汰は静かに見つめていた。

戦極凌馬。

思えばあの時彼に会ったのがすべての始まりだった。

戦極からドライバーをもらい、その力で戦って、そしてついにすべての敵を倒して皆を守り切ることができた。

やっぱりどうにも胡散臭くて信用しきれない相手なのは確かだが、彼のおかげで戦うことができたのは事実なのだ。この機会にしっかりお礼を言っておくべきだろう。

 

「なぁ戦極。いや、戦極凌馬さん。」

「ん?何だい急に改まって。」

「あんたのおかげで、俺は皆を守るために戦うことができた。あんたがいなかったら俺は、皆が戦っていることすら知ることができなかった。だから、改めてお礼を言わせてくれ。本当に、ありがとう。」

「…そうかい?しかしまぁそれはお互い様だ。君のおかげで私は随分と有意義なデータを取らせてもらうことができた。こちらこそ、個人的にもお礼を言わせてもらうよ。」

 

そんな戦極の言葉に、紘汰の顔にも自然と笑みが浮かんでいた。こうしてしっかり話してみると、やっぱり案外良い奴なのかもしれない。

 

「さて、じゃあ私はそろそろお暇する…と、そうだ本題を忘れるところだった。また少し先日の戦いについてドライバーの記録を取らせてもらいたいんだが……。」

「なんだそんなことか。なら折角だし、もうこれごと持って行ってくれよ。」

「いいのかい?別にこのまま持っていてくれてかまわないが。どちらにせよこれは君にしか使えないんだしね。」

「いいんだよ。どうせこれから使い道なんてないんだし。俺が持って腐らせるよりもあんたが持っていって何かに役立ててくれ。」

「…君がそういうならそうしよう。じゃあ今度こそ失礼するよ。邪魔して悪かったね。ゆっくりと療養するといい。」

「あぁ…あ、そういえば悪いけど最後にもう一つだけ聞きたいことがあるんだ。」

 

そのまま出ていこうとした戦極の背中を紘汰が呼び止めた。

扉に手をかけて顔だけでこちらを向く戦極に、紘汰は一つ質問を投げかける。

 

「あんた、確か勇者システムの方にも関係してるんだよな。『満開』って…知ってるか?」

「勇者システムにおける勇者達の強化機能の事だろう?それがどうかしたかい?」

「それなんだけど…なんか知らないか。危険性だとか副作用だとか……。」

「…いや、そんな話は聞いたことが無いな。おっと、そろそろ本当もう行かなければ。悪いがこの後もちょっと用があるんだ。」

「そっか。悪かったな。」

 

そのまま戦極は病室を去っていった。

それを見届けた紘汰はそのままベッドへどっかりと背中を預ける。

研究者である戦極ですら聞いたことが無いといっているのだ。やっぱりただの思い過ごしだろう。

きっとすぐに良くなるさ。

柔らかいベッドに体を預けながら、紘汰は自分に言い聞かせるように心の中でそう呟いた。

 

 

 

 

病院の駐車場。

自分の車の運転席でエンジンをかけた戦極は、ふと助手席に置いてある鞄へと目を落とした。

僅かに開いた隙間からは、先ほど紘汰から渡された戦極ドライバーが覗いている。

感情の読み取れない瞳でしばらくそれを見続けていた戦極だったが、やがて視線を前に戻し、研究室へ向けて車を発進させた。

 

「ありがとう………ね。ま、今だけは素直に受け取っておくとするよ。またいずれ会おう。犬吠埼紘汰君。」

 




東郷→夏凜の呼び方は『夏凜ちゃん』でよかったでしょうか…。
一番最初は三好さんだったように思うのですが、それ以降どうだったか結構曖昧。
ていうかあんまりこの二人は直接話している印象が無いような。

割と誰だお前って感じのやり取りをしている戦極博士。
いけしゃあしゃあと嘘だったり本当の事じゃないことを話しております。
信じちゃいけない大人なので気を付けるように。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話

気づけば投稿開始してほぼ一年。
まさか第一章が終わっていないとは一年前には全く想像できていなかった…。
改めて、完結目指して頑張っていきます。


内容は今度こそホントの日常回。
夏合宿前編です。


退屈という難敵と戦いながらも紘汰は驚異的なスピードで回復し、東郷に遅れること数日、二週間そこそこという期間で退院にこぎつけた紘汰だったが、流石に終業式には間に合わず、戻ったころには既に学校は夏休みへと突入していた。

紘汰の居ない間にも勇者部では色々とあったらしく、中でも特に夏凜が正式に卒業まで讃州中学に在籍できることが決まったのは一番のニュースだった。

とはいえ本人である夏凜以外はそんなこと確認するまでもなく当然卒業まで一緒だと思っていたものだから、正直言ってそれ自体寝耳に水といった感じだったが、それでもめでたいことには変わりない。

その情報を病院のベッドで伝え聞いた紘汰は早速夏凜へとお祝いのメッセージを送り、その後しばらくして帰ってきた短い“ありがと。”という言葉に、教えてくれた友奈共々顔を綻ばせたのだった。

 

そして時は夏真っ盛りの八月某日。

勇者部総勢六名は今―――海へとやってきていた。

 

「おせぇ……。」

 

どこからか流れてくる夏らしい音楽と賑やかな潮騒を耳に感じながら、紘汰は突き刺すような日差しから逃れるようにパラソルの影でボーっと体育座りをしていた。

朝早くから大赦が用意してくれた車に揺られ、目的地に到着してまずはこれまた大赦が用意してくれたちょっと高級な旅館にチェックインを済ませた後、部長である風からの、着替えてすぐに浜辺に集合!という指示でその場は一時解散となった。

皆と別れ、荷ほどきもそこそこにさっさとオレンジを基調としたポップなデザインの海パンに着替えた紘汰は、浜辺に到着するなり任されていた通り適当な場所にビニールシートを敷き、パラソルを立て、そこで他の皆の到着を待っていたのだった。

とはいえ簡単に終わる男と違って女の子はやっぱり色々と時間がかかるもので、先ほどからずっと待ってはいるものの、待てど暮らせど他の面々がやってくる気配はない。

それを待つのも男の役目……とは言え中学生の紘汰にそれを理解しろというのも難しく、さらには長い病院暮らしでフラストレーションをため込んでいたのも相まって、お預けをくらった形の紘汰は今にも飛び出していきたい気持ちを必死に抑え込んでいた。

そしていい加減、紘汰の体が無意識に前傾姿勢を取り始めた頃…

 

「おっまたせ~。場所取りご苦労様。悪かったわね紘汰。」

「おっせぇよ姉ちゃん!どんだけ待ったと…思っ…て……。」

 

背後から聞こえた声に、文句の一つでも言ってやろうと振り向いた紘汰の体が硬直した。

 

海岸に、花が咲いている。

 

得意げな顔をした風を先頭に、そこには色とりどりの水着に身を包む勇者部のメンバーたちが並んでいた。

もはや見慣れた顔ぶれであるはずなのに、装い一つでこんなにも印象が変わるものなのか。

その威力は周りからはよく鈍い鈍いといわれている紘汰をして、気恥ずかしさから目をそらし、黙らざるを得なくさせるほどだった。

 

「ゴメンゴメン。で~もぉ、待った甲斐あったでしょ~?」

「な、何言ってんだ。お、俺は別に!その…。」

 

急にぎこちなくなった弟の様子に、風はニンマリと人の悪そうな笑みを浮かべた。

体ごと視線をそらした紘汰の前に何度も回り込みながら、普段中々見られない弟の表情を堪能する。

 

「ホラホラ。なんか皆に言う事あるでしょ?」

「う…。いや…えーっと………皆、すっげぇ似合ってると…思う。

 

ようやく絞り出した言葉は、紘汰にしては珍しく蚊の鳴くような小ささだったが、注目していた皆の耳にははっきりしっかり届いていた。

期待通りの言葉を引き出して更に笑みを深くした風だったが、尚も攻撃の手を緩める気はない。

今がチャンスとばかりに、さらなる追撃を敢行する。

 

「んー?聞こえませんなぁ~。はい、もっと大きな声で!」

「…あぁもういいだろ!俺は先に行くからな!!」

 

姉からの攻勢に耐え切れなくなった紘汰が選択したのは逃亡だった。

皆に完全に背を向けて脱兎の如く駆けだした紘汰は、すれ違う人たちをぎょっとさせながら、そのままの勢いで海へと突入していった。

後ろから見てもわかるほどに耳が赤くなっていたので、相当恥ずかしかったのだろう。

 

「あっちゃー。やりすぎちゃったかー。ま、今日はこんなところで許してやるとしましょうか。さ、私たちも…って、あんた達どうしたの?」

 

額に手を当てながら、海の中へと消えていく紘汰を眺めていた風が振り向くと、そこにあったのはこれまた様子のおかしい部員達の姿。

少し顔を赤らめながら、落ち着かない様子で視線をさまよわせている。

樹なんかは声が出なくなって以来、コミュニケーションの為に常備しているスケッチブックの後ろに完全に顔を隠してしまっている。

 

「あはは…。流石にああいう反応をされると……。」

「こちらもちょっと照れるというか……。」

“恥ずかしい…”

「…と、とにかく私たちも行くわよ!」

 

ごまかすように駆けだした夏凜の後に続いてそれぞれ思い思いの方向へと散っていく。

夏凜は海へ、樹は荷物を置きにパラソルの下へ。

友奈と東郷はとりあえず浜辺を散歩するようだ。

 

「結果は相打ちってとこね…。」

 

そそくさと去っていった後輩達に苦笑しながらそう呟いた風は、ほんのりと朱の差した自分の顔に気づかれないように、一先ず屋台へと向かうのだった。

 

 

 

 

「風~!いつまでそんなところで座ってるつもり?こっちの体は出来上がってるわ!競泳で勝負よ!」

「おーおー元気な後輩ね。しゃーない。瀬戸の人魚と呼ばれた私が格の違いを見せてあげるわ。」

「お、なんだよ二人とも。勝負か?俺も混ぜてくれよ。」

「来たわねコータ。面白いじゃない。二人まとめてコテンパンにしてやるんだから。」

 

パラソルの下。樹と二人でかき氷を食べていた風に夏凜が挑戦状を叩きつけ、紘汰がそれに乗っかった。

意気揚々と波打ち際へと向かう三人についていこうとした樹だったが、焼けるような砂浜の熱さがそれを阻む。

ビニールシートから一歩踏み出した途端、その熱さに驚いてすぐに足を引っ込めてしまった。

 

「どうしたの樹?熱いの?」

「心頭滅却!!熱いと思うから熱いのよ。」

 

夏凜の体育会系過ぎる助言に、文化系の樹はムリですと言うように首を激しく左右に振った。

その様子を見かねた紘汰が進行方向を変え、苦しむ妹の元へと駆けつける。

 

「オイあんま無茶言うなって。仕方ねぇな…ほら。」

「!!??」

 

そのまま地面に膝をつき、紘汰は背中を差し出した。

僅かに前傾し、両手を左右にゆるく広げたその恰好は、どこからどう見てもおんぶ待ちのそれだった。

こんな場所で?こんな格好で?

気持ちはありがたいけれど、兄妹とは言え流石にそれは恥ずかしい。

そんな樹の気持ちに気づくことも無く、中々来ない妹に紘汰は怪訝な顔を向ける。

 

「?どうした樹。遠慮すんな。」

 

そういう問題じゃない!

視線にそんな気持ちを込めて兄を見返した樹だが、それを察することができるような紘汰ではない。

助けを求めるように他の二人に視線を向けたが、風はニヤニヤとこちらを見つめるだけで何も言ってはくれないし、夏凜は夏凜で少し顔を赤らめながら成り行きを見守る構えだった。

―――援軍は期待できない。

それを確信した樹は再度兄の背中へと向き直った。

紘汰は未だに同じ姿勢で樹の搭乗を待ち続けている。

明らかに何もわかっていないその顔はいっそ憎たらしいほどだった。

別に樹だって嫌だというわけではない。

気遣ってくれる紘汰の気持ちは嬉しかったし、むしろ本当に正直な話をすれば久しぶりに兄におんぶしてもらえるというのはかなり魅力的な提案だった。

それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。

砂浜の熱さと自分の欲求、それと羞恥心を天秤にかけた樹は…

 

「おっし!じゃあいくぞ樹!しっかり捕まってろよ。」

「……。」

 

結局、欲求に従うことにした。

周囲の…特に姉からの視線が痛い。

自分は今、かつてないほどに顔が真っ赤になっているだろう。

本当に火が出るんじゃないかというほどに顔が熱い。

さらに言えば樹は背負われながらも極力密着しないように体を離し、かつ顔を見られないように兄の体の影に隠れるという中々無理な姿勢を要求されていた。

今更ながら、正直走った方が早かったと思わなくもない。

 

「こうやってお前をおんぶすんのも久しぶりだよなぁ…いつの間にかこんなにも重くなってたんだな。」

「~っ!!」

「うぉっイテェ!暴れんなって!ごめんごめん悪かったよ樹!」

 

失礼なことをのたまった紘汰の背中をペチペチと叩きながらも波打ち際まで運んでもらった樹は、背中を降りてすぐに熱くなった顔を冷やすため、頭から海へと飛び込んだ。

怒ったように去っていった樹に困惑している兄に向かって、水中から舌を出した樹はそのまま友奈と東郷がいる方へと向かっていく。

 

…死ぬほど恥ずかしかったがまぁ、総じてみれば悪くない時間だったという事だけは確かだった。

 

 

 

ちなみにそんな一部始終は、風と夏凜に勿論バッチリみられていた。

 

「いやいやいやいや。ちょっと待って。うちの妹、可愛すぎない?これほんとにタダで見てていいの?後でお金払わなきゃいけないとかそういうことない?いや、払うけど。」

「…風、アンタ。」

「私は今猛烈に後悔してるわ夏凜。なんで今、私の手にはビデオカメラが無いのかしら。大赦に言ったらもらえたりしない?こう…市販されてない超高性能なやつとか。」

「知らないわよ…。」

 

要請を真剣に検討し始めた風にため息を吐きながら、とりあえず風の腕を掴んで紘汰達の元へと引っ張っていく夏凜だった。

 

 

 

 

鋭い一撃が風を切り裂きながら紘汰の頭上へと迫る。

咄嗟に二刀を交差させその一撃を受け止めた紘汰は、自分の失策に気づき内心でしまったと声を上げた。

案の定、先ほどの一撃を繰り出した相手――夏凜がニヤリと笑い、がら空きになった紘汰の胴へ向け逆側の手に持った得物を突き出した。

誰もが決まったと思ったその攻撃に、しかし紘汰は反応した。

体を投げ出すように地面へと倒れた紘汰は、そのまま恥も外聞もなく転がって距離を取ると、夏凜から数メートル離れた位置で立ち上がり、再び構えを取った。

海水と汗でぬれた体は完全に砂まみれになっていたが、そんなことを気にしていられる相手ではない。

額から流れた冷や汗を紘汰は手の甲で拭い、一つ息を吐いた。

 

「チッ。しぶといわね。」

「それが俺の取り柄だからな。」

 

距離を維持しながら睨み合い、軽口を応酬する。

二人が両手に持っているのはスポーツチャンバラ用のエアーソフト剣。

海の家でレジャー用に貸し出しをしていた代物だ。

事の発端は先ほどの水泳勝負。

姑息な手段でフライングスタートを切った瀬戸の人魚(自称)を割とあっさりと抜き去った紘汰と夏凜だったが、二人の着順は全くと言っていいほど同じだった。

当然負けず嫌い二人はお互い負けを認めようとはせず、ならば戻ってもう一勝負ということになったのだ。

そこで選ばれたのがこのチャンバラ勝負。

正直正式な訓練を受けている夏凜が相手ということで、公平じゃないのでは?という意見も上がったが、紘汰が一も二も無く快諾した。

意地というのもあるにはあるが、紘汰としては同じ二本の刀を使う者として、自分の力が夏凜にどのぐらい通用するのかこの機会に試してみたかったというのがこの勝負を受けた最大の理由だった。

 

「紘汰くーん!夏凜ちゃーん!どっちも頑張れー!!」

「紘汰ー!簡単にやられるんじゃないわよー!見事にお姉様の仇を取って見せなさい!」

「二人とも、骨は拾ってあげるわ。存分に腕を振るいなさい。」

“そ、それはちょっと…”

 

外から友奈達の声が聞こえる中、正直言って紘汰は攻めあぐねていた。

専用の訓練を受けた完成型勇者の名前は伊達じゃない。

こと技術において、三好夏凜は何枚も格上だった。

そこで競っても、紘汰には一切勝ち目がない。

それならば、勝てるところで戦うしかない。

 

「行くぜ夏凜!」

「来なさいコータ!」

 

砂を蹴り、紘汰が突っ込む。

夏凜は動かず、その場で迎え撃つ構えだ。

流石様々な運動部からラブコールを受けるフィジカルお化けだけあって、その速度と威圧感は夏凜でも舌を巻くほどだ。

しかし、それでもそんな単純な突進にやられるほど夏凜も甘くはない。

一瞬で速度を計算し、タイミングを計る夏凜。

そして、紘汰が夏凜の間合いに飛び込むその瞬間に、最高のタイミングで横凪の一撃を放った。

 

(手ごたえ―――無し!?)

 

会心の横凪が空を切り、夏凜の顔が驚愕に染まる。

夏凜に向かって真っすぐ突撃してきていたはずの紘汰は、間合いのギリギリ外で完全に停止していた。

紘汰の足元の砂が、深くえぐられている。

一瞬遅れて夏凜は自分の足に飛ばされた砂がかかるのを感じた。

あろうことか紘汰は、あの突撃の勢いを一瞬で止めて見せたのだ。

視線が交錯し、今度は紘汰がニヤリと笑う。

 

「なめ、るなぁ!!」

 

確かに驚いたが、一度回避されたからと言ってなんだというのか。

動揺を一瞬で乗り越えた夏凜が更に一歩踏み出し、逆の腕を振りかぶった。

踏み込み分長くなった間合いでの攻撃ならば、あの位置でも届く。

しかし唐竹の一閃を見舞おうとした夏凜の視界には、既に紘汰は居なかった。

 

(―――っ左!?)

 

夏凜の正面右側に向かって、もう一度砂がはじけ飛んでいた。

あれだけ無茶な制動をかけてすぐにこれだなんて、なんて無茶だ。

しかしそんなことを考えている暇は今の夏凜には無い。

背筋を走った悪寒に従い、攻撃に使うはずだった腕を咄嗟に防御へ振り分ける。

直感通り、夏凜の剣は紘汰が振り下ろした剣に接触し―――そしてすぐにはじかれた。

 

(ま、ずい!!)

 

受けきれないと感じた瞬間、夏凜の判断は早かった。

剣をはじかれた勢いで崩れかけた体制を立て直そうとするのではなく、そのまま利用し前方へと回転。

追撃の一撃をギリギリ回避して牽制のために腕を振るう。

正直苦し紛れだったのだが、紘汰も流石に限界だったようでそれ以上の追撃を避け再び距離を取ってくれた。

 

「くっそぉ~行けると思ったんだけどなぁ!」

「ハァ、ハァ…ア、アンタねぇ!何よ今の!滅茶苦茶じゃない!!」

 

ギリギリでピンチを切り抜けた夏凜が、息を整えながら夏凜は紘汰に抗議の声を上げた。

意表を突いたといえば聞こえはいいが、流石にあまりにも力技すぎる。

 

「技術が上の奴にはさ、このぐらいしなきゃ意表はつけないだろ?」

「だからって限度ってもんがあるでしょーが!人間の動きじゃないわよ!」

 

そうかぁ?と言いながら首を傾げる紘汰に、夏凜は深くため息をついた。

やってることは本当に滅茶苦茶だが、なんだかんだ言ってもさっきは確かに危なかった。

せめてその分だけは認めてやってもいいだろう。

 

「ハァ…もういいわ。技術的には素人に毛が生えた程度だけど、アンタの戦闘カンだけは認めてやるわ。全く、どこであんなこと覚えたんだか…。」

「やってるやつが何されるのが嫌かって、最近なんとなくわかるようになってきたんだよ。―――なんせ、そこにくるまで散々友奈にいじめられたからな!」

「え゙!?」

 

バッと。

夏凜は勢いよく友奈へと視線を向けた。

紘汰の発言を受け、観戦していた他のメンバーたちの視線もそこに集まっている。

 

「いじめてたんだ……。」

“いじめてたんですね……。”

「…友奈ちゃん。」

「い、いじめてないよ!!もう!変なこと言わないでよ紘汰くん!!」

 

皆の視線が刺さる中で友奈が発した必死な訴えも、残念ながら紘汰にはいまいちピンと来ていないようだった。

 

ちなみに空気が緩んだこの対決は、夏凜が動きを止めたのを隙とみて不用意に仕掛けた紘汰に不意のカウンターがヒットするという何とも締まらない結末で幕を下ろしたのだった。

 




中学生ということで思春期らしいところも出しつつ…といった感じで。
らしさを損なわないようにとも思うのですがバランスは中々難しい…。

後半は主に対人戦描写でしたが、知識が無いので拙さは否めない。
こういうのもちゃんと書けるようになればいいんですが。

いじめ~のあたりの発言は鎧武原作のVSマリカinヘルヘイムあたりのセリフを意識しています。状況は全然違いますけどね!
原作のセリフとかはそんな感じでちょくちょく放り込んでいきたいと思ってます。

※前回投稿ぐらいのタイミングで活動報告にキャラ紹介を追加しました。
すでにご覧になってくれた方もいるとは思いますが、一応ここでも報告しておきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話

大変長らくお待たせいたしました…!

スランプに突然の長期出張が重なり気づけば早一ヵ月…。
アイデアを文章にするのってやっぱり難しいですね。

では、合宿編後半です。


気が付くと友奈は一人、真っ暗な空間の中に立っていた。

 

周囲には何もなく、360度見渡す限り闇が広がるばかり。

前後左右すらあやふやなこの空間で唯一確かなのは、しっかりした平らな面の上に自分の両足で立っているという事だけだ。

そんな場所にも関わらず、不思議なことに不安や恐怖などといった感情は全くと言っていいほど湧いてこない。

ただ、何かに促されているような不思議な感覚に従って、友奈は何もない空間へと一歩踏み出した。

 

どこに向かっているのかもわからないまま、ひたすらに足を動かし続ける。

幸い、歩き出したら落とし穴なんて言うありきたりな展開はなく、足の裏からは絶えず固い面を踏みしめる感覚が返ってきていた。

周囲の風景は相変わらずの黒一色だったが、飽きずに歩き続けられているその理由は簡単だ。

歩き始めてしばらくして空間の中にほんの少しだけ変化があったのだ。

全くの無音だったこの空間のどこかから、ほんのわずかだが音が聞こえてくる。

しかも、耳をよく澄まさなければ聞こえないようなその音は、友奈が一歩進む度に少しずつ大きくなっていた。

 

歩き続ける。

雑音のような音が大きくなる。

間断なく聞こえてくるこの音は―――雨の音?

 

まだ歩き続ける。

雨音の中に、わずかに別の音が混じり始める。

何かがぶつかり合うような、甲高い音。

 

まだまだ歩き続ける。

甲高い音に混じり、更に別の音が混じる。

これはきっと―――人の声だ。

 

友奈がそう認識したまさにその時、黒一色の景色に突然変化が訪れた。

さっきまで何もなかったはずの空間に、砂粒のような金色の光が現れたのだ。

ようやく見つけた目印に、自然と友奈の歩調が速くなる。

残念ながら音はもう聞こえなくなってしまっていたが、友奈の関心はもう既に光の方へと移っていた。

足を進めるに従い光がどんどん大きくなる。どうやらちゃんと近づくことはできているようだ。

 

長かったようなあっという間だったような時間、そうして歩き続けた末に友奈はとうとう光の元へとたどり着いた。

両手の中にすっぽりと納まるぐらいの大きさの光が、目の前に浮かんでいる。

ここまで近づいてもそれが何であるかは全くわからない。暖かさを感じる優しい光にも見えるし、見る者の目を焼く鮮烈な光にも見える。

ただ言えることは、光はただ光としてそこにあるという事だけだった。

 

先ほど友奈の背中を押した感覚が、今度はこれに触れろと訴えかけてきている。

友奈は不思議と何の疑問を感じることも無く、その感覚に従った。

光に向かって、友奈の両手がゆっくりと伸ばされる。

指先が少しずつ光に近づいていき、そして―――

 

 

 

――――――――――。

 

 

 

そこで、目が覚めた。

 

「………ゆめ?」

 

天井に向かって伸ばされた自分の両手を視界に入れながら、友奈はパチパチと数度瞬きをした。伸ばした腕はそのままに手をにぎにぎとしてみるが、当然ながらそこには何かを掴んだ感触はない。

そこまで確かめてから、未だぼんやりした頭を抱えつつものっそりと布団から身を起こす。

えーっと、と緩慢な動作で周囲を見回して、見慣れない部屋の光景とまだ夢の中にいる見慣れた仲間たちの姿を視界に収め、そこでようやくそういえば合宿に来てるんだっけと自分の今の状況を把握した。

どうやら相当早い時間の様で、まだまだ部屋の中は薄暗く、周囲からは他の部員達の静かな寝息が聞こえてくる。

 

周囲の寝息に誘われ、そのまま二度寝してしまおうとした友奈だったが、わずかに感じた喉の渇きがその考えを中断させた。

無視して寝れないことも無いと思うが、やっぱりどうにも気になる。こういう時に限って、ちょうど飲み物の類は切らしてしまっていた。

仕方ないかと思い立ち、皆を起こさないようにそっと布団から立ち上がる。

寝ている間に乱れた身だしなみを軽く整えると、財布を掴んで部屋を出た。

 

誰もいない廊下を歩く友奈は、この時になると眠気もどこかへ消え去り、むしろ少しわくわくとした気分になっていた。

そもそも朝が弱い友奈はこんな時間に目が覚めるということはめったにない。その上、いつもと違う旅館という環境である。その新鮮な雰囲気は、否応なしに友奈の気分を高揚させていた。

飲み物を買ったら部屋に戻って二度寝をしようと思っていたが、折角だしこのまま散歩に出てみるのもいいかもしれない。

そんなことを考えていた友奈の耳が、自分とは別の足音を捉えた。

進行方向上にある廊下の突き当り、その奥から誰かが歩いてくる。

何となく仲間を見つけた気になって、どんな人が来るのかとじっと観察していた友奈の視線を横切ったのは―――

 

「…紘汰くん?」

 

 

 

 

「…はぁ~あ。」

 

ようやく空が白み始めた早朝。

紘汰は一人、海岸沿いの柵に体を預けながらぼーっと海を眺めていた。

昨日の昼間、あれだけ騒がしかった浜辺には人の姿はほとんどない。

いるのはこの時間を狙って釣りに来ている釣り人と、そのおこぼれをもらおうと集まってきている鳥たち―――それと今まさに柵に置いた肘に顎を乗せながら大きなため息をついている紘汰ぐらいだ。

 

いつもの習慣で目を覚ましてしまったものの、流石にこんな時までトレーニング等する気にはなれず、かといって完全に目が覚めてしまった以上二度寝もできない。

他に誰もいない部屋ですることもなく時間を持て余した結果、紘汰はこうして早朝の浜辺まで足を運んだのだった。

 

「はぁ…。」

 

風や夏凜に見られたら小言を貰いそうなほど腑抜けた表情で、紘汰はもう一度小さなため息を吐き出した。

穏やかな波打ち際をぼんやり眺めながら思うのは、これまでの激動の数か月の事だった。

 

戦いが終わった。

世界の命運をかけた戦いは、およそひと月前、最後の七体を同時に撃破したことによって幕を下ろした。

問題なく…なんて言える内容では全く無いようなギリギリの戦いだったが、それでも何とか無事に皆で日常に帰ってこれたのは本当に心からよかったと思う。

最後の戦いの直後はただひたすら、やり遂げた充足感と安心感でいっぱいだった。

だが、入院やら何やらで慌ただしかった状況が落ち着いた後、こんな風に一人でいる時にふと紘汰の胸にはそれ以外の言葉に表せないモヤモヤとした感情が去来するようになっていた。

 

皆も無事で、世界も守られた。

それでいいじゃないかと思いながらもそれだけで素直に呑み込みきれない。

そのもどかしさもさることながら、皆が純粋に喜んでいる中自分だけがこんな風に考えてしまっているということ自体が紘汰の中にいるモヤモヤを拡大させていた。

そんな折り合いのつけられない複雑な心を抱えたまま、今もまた紘汰は何度目かわからないため息をつくのだった。

 

 

 

 

そんな感じで哀愁を漂わせる紘汰の背中に迫る影がある。

影は紘汰に気づかれないようにと抜き足差し足で背後からゆっくりと近づきそして…

 

「えい。」

 

ピトリ、と奇襲攻撃を実行した。

 

「うぉ!冷てぇ!何だ一体!?」

「あははは!びっくりした?油断大敵だよ紘汰くん。」

 

突然首筋に押し付けられた冷たさに飛び上がった紘汰が慌てて振り向くと、そこには珍しく風のようないたずらっぽい笑みを浮かべる友奈の姿があった。

こちらに伸ばした右手に、スポーツドリンクのペットボトルが握られている。さっきの感触の正体はどうやらこれの様だ。

紘汰は今にも飛び出しそうな心臓を片手で抑えつけながら大きく息を吸って呼吸を整えると、自分をそんな状態にした犯人に向かって胡乱気な目を向ける。

 

「な、何だ友奈か…あーびっくりした。やめろよなぁ…心臓止まるかと思っただろ…。」

「ごめんごめん。お詫びにこれ、飲んでくれていいから。紘汰くん、朝早いねぇ。どうしたのこんなところで。」

 

申し訳なさそうに差し出されたドリンクを受け取った紘汰は、まぁいいかとあっさり矛を収めた。

そんなことより気になるのは、友奈がいつからそこにいたのかということだ。さっきの姿を見られていたとしたら流石にちょっと格好悪い。

紘汰はそんな内心をごまかすように頬を掻きながら、質問を投げ返すことで話題の変更を試みる。

 

「あー…なんていうか…習慣だよ習慣。お前こそどうしたんだ?朝、弱いって言ってなかったっけ?」

「あははは…ホントはそうなんだけど…。なんだか変な夢見ちゃって、それで目が覚めちゃったんだ。」

 

紘汰からの疑問に、今度は友奈が頬を掻く番だった。

朝が弱いという情報が、いつの間にかしっかり浸透してしまっている。

事実だから仕方ないといえばそうなのだが、だらしないと思われているようでどうにも微妙な気分だった。

 

「何だよそれ。怖い夢でも見たのか?」

「う~ん…そういうわけじゃないんだけど…。うん、とにかく不思議な夢。内容は忘れちゃったんだけどね…。」

「そっか…。」

 

その言葉を最後に会話が途絶えた。

何をするでもなく、二人並んで海を眺め続ける。

早朝のややひんやりとした風が心地よく、穏やかな潮騒は優しく耳をくすぐる。

会話はなくなっても、二人の間に気まずさは感じられない。

今更そんなことを気にする間柄でもないし、紘汰にとって友奈というのはただそこにいるだけでなんとなくほっとするような…そんな女の子だった。

 

どのくらいの時間そうしていただろうか。

水平線の先からわずかに太陽が顔を出し、薄暗かった海岸を明るく照らし始めた。

その眩しさに目を細めながら、紘汰はようやく静かに口を開いた。

 

「終わった…んだよな。」

「そうだね…。長かったような一瞬だったような…なんかヘンな感じだよね。」

 

紘汰の独り言のような言葉にも、友奈は律儀に言葉を返してくれる。

そんな友奈がいてくれる今なら、今自分の中にあるこのモヤモヤを言葉にできるかもしれない。

そう思った時にはもう紘汰の口は勝手に動き、言葉を紡ぎ始めていた。

 

「俺さ、あの戦いが始まった時、不謹慎かもしれないけど正直言ってチャンスだとも思ったんだ。ほら、いつか話したことあっただろ?皆を守れるような強い自分に変身したいって。」

「…うん。」

「あの戦いを通じて、自分がなりたい自分になれるんじゃないかって。そのきっかけになるんじゃないかって。そのためにお前にも訓練頼んだり、自分でも色々やってきたんだけど、いざ終わってみたら…どうだったんだろう、俺は変われたのかなって。」

 

あの日戦極からドライバーを受け取って、そこからずっとみんなと一緒に戦い続けてきた。

戦っている間はあまりにも必死で、そんなことを考えている余裕はなかった。

だが、こうして戦いが終わり平和な日々を過ごす中でふと己を振り返ると思うのだ。

果たして自分は何か変わることができたのだろうか、と。

 

その疑問が、今現在紘汰が抱えているモヤモヤの主成分だった。

思っていたよりもずっと早く戦い自体が終わってしまい、そのことに心がついていけていないというのもあるかもしれない。

そんな紘汰の独白に友奈は少し顎に手を当てて、少し考えてから

 

「う~~~ん………うん!わかんないや!!」

 

バッサリと言い切った。

 

「わかんないって…お前なぁ…。」

 

はっきりと言われたことに、ほんの少し期待していた紘汰はがっくりと項垂れる。

そんな紘汰に苦笑しながら、でもね、と友奈は言葉を続ける。

 

「皆を守りたいって思って、そのためにい~っぱい頑張って…それで今、全部終わった後にこうやって皆で笑えてる。紘汰くんが紘汰くんのなりたい自分に変われたのかは私にはわからないけど、少なくともそれだけは紘汰くんが頑張ってきたことの結果だと思うんだ。だから、紘汰くんはそんな自分をほめてあげてもいいんだよ。」

「友奈…。」

「それにね。さっきは終わりって言ったけど、そうじゃないよ。確かに、“世界を守りましょう”っていう活動は終わったかもしれないけど、それはあくまで活動の一つが終わっただけで、勇者部はまだまだ続いていくんだ。もし紘汰くんがまだ納得できていないなら、その中で変わっていけばいいんだよ。」

 

優しく微笑みながら告げられた友奈の言葉が、驚くほどすんなりと紘汰の心の中へとしみこんでいく。しみこんだ言葉は、紘汰の中で蟠っていたモヤモヤをいとも簡単にはらしていった。

どうやら自分は随分と焦ってしまっていたらしい。

あの怪物たちと大立ち回りを演じられるといっても、自分はまだまだ中学生なんだ。

理想の自分になれたかどうかなんて、そんなことが言えるほど長く生きてるわけでもない。

それに、たぶんこれはきっとこれから先も簡単に答えなんて出ない問題なんだろう。

それならば、いつかそう言える日が来るまで我武者羅にやっていくしかない。

どのみち自分にはそれしかできないのだから。

 

「…そうだな。サンキュー友奈。お前に話してよかったよ。なんかすっげぇすっきりした。

…よぉ~っし!じゃあアーマードライダー鎧武改めただの犬吠埼紘汰!助けを待ってる皆のために、張り切っていくとするか!」

「その意気だよ紘汰くん!あ、でも張り切るのはいいけど一人であんまり無茶しちゃダメだよ?この前の怪我だって、皆心配したんだから。」

「わかってるって。流石にもうそうそうあんなことはしねぇよ。それに、もしもの時は友奈が助けてくれるだろ?」

「もう、調子いいなぁ…。でもいいよ。紘汰くんがピンチの時はいつでも駆けつけるからね!」

 

二人で顔を見合わせながら、ひとしきり笑い合う。

いつの間にか昇りきっていた太陽は、何故だかいつもよりとても綺麗に見えた。

 

 

 

 

朝日を眺めながら、長く話して乾いた喉を、友奈が持ってきてくれたスポーツドリンクで潤す。

ふと隣を見ると、友奈も同じように持参した飲み物に口を付けていた。

友奈が持っていたのは、ただの水だ。

基本的にジュース類を好む友奈が自分からミネラルウォーターを選択するのは、正直言ってかなり珍しい。それが示すのはやはり…

 

紘汰の視線に気づいた友奈は水のボトルをさりげなく体で隠しながら、ちょっと困ったような顔で微笑んだ。

…正直、友奈のそういう笑顔はあまり好きではない。

 

「あの…さ。やっぱまだ、味、わかんないのか?」

「…うん。まだちょっと…ね。でも大丈夫だよ。ちゃんと治るってお医者さんも言ってたんだし!」

 

友奈はこんな時ですら、他の人のことを気遣うことのできるとても優しい人間だ。現に今も、紘汰を暗い気持ちにさせまいとこうして明るく振舞っている。

昨日の夕食の時だってそうだった。味がわからないなりに全力でごちそうを楽しむ友奈の姿は、遠慮や気遣いで神妙になりかけたその場の空気を一変させてくれた。

友奈は何かを楽しむことにかけては天才で、あの時も実際に楽しんでいたのは確かだった。

それでもやっぱり、辛くないなんてことはきっとないはずだ。

 

その明るさでいつも皆に元気と勇気をくれるこの少女に、何かをしてあげたい。

普段より少しぎこちない笑顔を浮かべる友奈を目の前にして、紘汰は強くそう思った。

 

「それじゃあさ!治ったら一緒にお前の好きなモン食べに行こうぜ!俺がおごってやるからさ!」

 

突然の紘汰の提案に、友奈が目を丸くした。

そんな友奈の反応を見た紘汰は、流石に唐突すぎたかと内心焦り始める。

だがしかし、どうにもそういうわけでもないらしい。

驚いて一時停止していた友奈だったが、ほんの少し視線を彷徨わせた後、やや上目遣いで―――

 

「それは―――二人で…ってこと?」

 

そんな言葉を口にした。

自分の口から出てきたその言葉に、友奈は自分で驚いていた。

そんなことを聞いて一体どうしようと思ったのか自分自身でもよくわからないが、しかし今更何をどうしようとも、一度発した言葉は元には戻らない。

自身の顔の熱さに気づかないまま、ほんの少しの緊張と共に紘汰の言葉を待つ。

 

そんな友奈を目の前にして、紘汰はごまかすように目を明後日の方向に向けながら、

 

「えーっと…そう、なんだけど…。あ、皆には内緒にしてくれよ?皆も一緒にって言えればいいんだけど、流石に俺の小遣いじゃちょっと厳しいっていうかさ…。」

 

紘汰から返ってきた言葉に、友奈の目が今度は点になった。

そのまま一瞬フリーズして、しばらくしてからこらえきれなくなって噴き出した。

突然笑い出した友奈に何を勘違いしたのか、紘汰は慌てて見当違いな言い訳を口にする。

 

「わ、笑うなって!仕方ないだろ姉ちゃん中々小遣い上げてくれないんだからさ!中学生じゃバイトとかもできないし…」

「ふふふ。んーん。そういうんじゃなくて…やっぱり、紘汰くんは紘汰くんだなって。」

 

尚も笑い続ける友奈に、何故笑われているかわからない紘汰はひたすら首を傾げるばかりだ。そんな紘汰の姿を見て、友奈が更に笑う。

そこにはさっきまでの神妙な空気はもはや欠片も残ってはいなかった。

 

「なんだよソレ。ふん、どうせ俺はな~んも変われてねぇよ。」

「あぁ、ごめんごめん。そういう意味じゃないよ。…うん。紘汰くんが変われるように応援はしてるけど、そういう紘汰くんらしいところはあんまり変わってほしくないなぁ。」

 

とうとう拗ねてしまった紘汰に謝りながら、自分の思っていることを素直に告げる。

告げられた当の本人はやはりピンと来ていないようで、またもや首を傾げてしまった。

 

「よく、わかんねぇ…。」

「紘汰くんは今のままでもいっぱいいいとこあるよってこと!だから、紘汰くんは紘汰くんのままで変わっていけばいいんじゃないかな。」

 

そう言って嬉しそうに微笑む友奈に、紘汰の困惑は増す一方だ。

どういうことかもっと聞いてみようと思っても、友奈は言いたいことは言い切ったとばかりにニコニコしているだけだ。

そんな友奈の様子にこれ以上は考えても仕方ないと割り切った紘汰は、とりあえず話題を元に戻す。

 

「…まぁとにかく、どこがいいか考えといてくれよ。…でも流石に今回みたいなところはちょっと…それは俺が自分で稼げるようになってからってことで……。」

「そ、そんなこと言わないよ。んー。あ!じゃああそこがいい!あの面白い店長さんがやってるケーキ屋さん!」

「げっ。あそこか…俺、正直ちょっとあのオッサン苦手なんだよなぁ…。」

「なんで?とってもいい人だよ?」

「いやそりゃそうかもしれないけどさ…。えぇい!まぁいいや、じゃあ約束な!」

「うん!約束!あー楽しみだなぁ!!」

 

じゃあそろそろ戻ろっか!

そういって背中を向けた友奈の後ろに従い、二人で旅館へと歩いていく。

前を行く友奈の背中は後ろから見ていてもとても楽しそうで、それを見ているだけでさっきまでの悩みなんてどうでもよくなっていくようだった。

 

 

 

 

誰かの為に頑張った人への報酬は、いつだって幸せなその後だ。

困難を乗り越えた自分たちのこれからには、たくさんの楽しいことが待っている。

そう信じて、その未来をもっといいものにするために交わされた約束は、小さくてもとても綺麗に輝いていて―――

 

 

 

―――そしてとても、残酷だった。

 




割と設定の根幹に関わる部分が出始めている31話。
ルートもかなり進行しました。

ホントは夜のガールズトークとかもっとイベント入れたかったんですが長くなったのでバッサリカット。
原作での早朝会話の相手は変更になってしまいました。すまない東郷さん…。

例のケーキ屋さんはまぁ…どんな方かはご想像にお任せします(バレバレ
ケーキ屋さんだけではなく原作意識した裏設定を設けているサブの人が実はいます。
尺の問題等で描写はなかったですが例えば彼らがよく利用するうどん屋の店主はもともと別の場所でフルーツパーラーを営んでいたもののうどん屋を営んでいた親が体調を崩したのを機に店をたたんで後を継いだという設定が。
名残でメニューに追加したフルーツパフェが若い女性を中心に人気があるとかなんとか。
今後セリフ付きで絡んでくるかどうかはちょっと悩み中です。
あるとしたら3章だとは思いますが。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話

合宿を終え我が家への帰還を果たした犬吠埼家の三人は、ダイニングのテーブルで早めの夕食を取っていた。

メニューはシンプルなかけうどん。贅沢で肥えた舌を通常モードに戻さないとね、とは用意してくれた風の言葉だが、紘汰と樹はむしろ待ってましたといわんばかりに夢中になって慣れ親しんだその味に舌鼓を打っていた。

 

「あ~、やっぱ姉ちゃんのうどんはいいなぁ。旅館の飯もうまかったけど、毎日食うならやっぱ俺はこっちだな。」

“うん、私もそう思う。”

「ま、またそんなこと言って……ま、でもこうやってうどん食べてると、ようやく帰ってきた~って感じがするわよね。」

 

照れて若干頬が赤い風が零したそんな言葉に、下の二人はうんうんと頷いた。

豪華な旅館の食事も大変すばらしかったが、やはりこの地域に生まれ育ったものとしてうどんは何物にも代えられないソウルフードなのである。

 

「あ、そうそう。それより明日から早速、文化祭に向けて動き出すから二人ともそのつもりでね。…合宿って言いながら劇をやるってことしか決まらなかったから、流石にそろそろ切り替えないと…紘汰、いつも以上に色々お願いね。人形じゃない劇ってなると道具とかも大掛かりになると思うし。」

「おう。力仕事なら俺に任せとけ。」

 

そういって自信満々に胸を叩く紘汰に、すぐ調子に乗るんだから…と風はあきれ顔だ。

そんな二人の様子を苦笑しながら見ていた樹は、ふと思い立つとスケッチブックにすらすら文字をかきこんだ。

 

“お兄ちゃんは、出演しないの?”

「あー。俺はそういうのはいいや。ステージは慣れてないわけじゃないんだけど、演技ってなるとちょっとな…。」

「なんで?別に出てもいいのよ?あんたの特技を生かしてミュージカルとかアクションにするってのも面白いかもしれないしね。」

「い、いいってそういうのは。そっちはいつも通り姉ちゃんたちに任せるよ。その代わり力仕事は頑張るから、そっちは何でも言ってくれ。」

「ふーん。ま、確かに初出演でいきなり華やかなベテラン主演女優である私と同じ舞台に立つワケだし、あんたが気後れしちゃうのもしょうがないかもね~。」

“主演はいつも友奈さんじゃ…?”

「ぐっ…なかなか痛いとこつくわね樹…っと。」

 

そんな感じで三人が談笑を続けていた時、突然風の携帯端末から着信を知らせる音が鳴り響いた。

ちょっとごめんねと端末を取り出し、画面を確認した風はそこに表示されている文章を確認する。

 

「あらら。ちょっと行ってこなくちゃ。二人とも、そのまま食べててね。」

「…姉ちゃん。俺も行く。」

「紘汰、あんたは…ううん、いいわ。それじゃ樹。悪いけど食べ終わったら片付けお願いね。」

“うん。行ってらっしゃい。”

 

見送る樹に手を振りながら、風は玄関へと向かっていった。

そんな風の後に続いて紘汰が歩き出そうとした時、背後から腕を掴まれた。驚いて顔を向けた紘汰の目に映ったのは、じっとこちらを見つめる樹の姿。

何かを訴えかけるような樹にフッと微笑むと、紘汰は優しく樹の頭に手を置いて、きっと同じ心配をしているだろう妹を安心させるようにこう言った。

 

「あぁ、わかってるよ樹。こっちは任せとけ。お前は留守番頼んだぞ。」

 

紘汰からのその言葉を聞いた樹は少し微笑んで掴んでいた腕から手を放す。

紘汰も樹も、画面を見た瞬間風の表情が強張ったのを、見逃してはいなかったのだ。

妹からのお願いを聞き届け、もう一度任せておけとばかりにドンと胸を叩いた紘汰は、今度こそ風を追いかけてマンションの玄関から出ていった。

 

 

 

 

目的地までの道のりを、紘汰と風は二人で歩いていく。

いくら日の長い夏とはいえ、この時間になればいい加減日も沈みかけ、町は徐々に薄暗くなり始めていた。

樹から離れ、一緒にいるのが紘汰だけだということでもう取り繕う必要もなくなったと判断したのか、僅かばかり前を歩く風の表情は硬い。

そんな風の様子に確信を深めた紘汰だったが、あえて何も言うことはせず黙ってその後ろをついていく。

そして遂に目的地である学校にたどり着き、勇者部部室へ続く廊下を歩いているとき、紘汰はようやく口を開いた。

 

「なぁ姉ちゃん。さっきの…大赦からだったんだろ?」

「…はぁ。やっぱり気づかれてるわよね。全く、いつからそんなに勘がよくなったのかしら…。そうよ、その通り。内容は…もうすぐわかるわ。」

 

紘汰の言葉に一瞬びくりと肩が動いた風だったが、その後すぐにため息と共に肩を落とし、諦めたような口調でそう告げた。

残念がっているような、それでいて肩の荷が下りたようなその仕草からは、大赦からの連絡がいかに風に…そして自分たち全員にとって重い内容なのかという事が見て取れる。

それきり何も言わなくなった姉に従い紘汰もそれ以上は何も聞かず、再び二人黙って部室へと歩き始めた。

しばらく歩くと、見慣れた看板と共に部室の扉が見えてきた。

普段は皆との思い出を共有する自分たちにとってとても大事な場所のはずなのに、逢魔が時特有の色に染め上げられたその扉は、誰の声もしない校舎の雰囲気と相まって何か異界の入り口のようにも思えた。

扉の前に立った風が息を呑む音が聞こえてくる。

そしてその一拍後、意を決したように風がその扉をあけ放った。

 

「あれは…?」

 

扉を開けたまま動かない風の脇をすり抜けて、紘汰が部室の中へと入っていく。

部室の中心、その床の上には大赦の紋が刻印されたアタッシュケースが二つ、綺麗にそろえて並べてあった。

強烈な嫌な予感に苛まれながらフラフラとケースに近づいた紘汰が、片方のケースに手をかける。

開いたそこには、あの日、検査が終わった後の病室で皆が返却したはずの勇者アプリがインストールされた携帯端末が五つ、丁寧に収められていた。

そして紘汰は震える指でもう一つのケースに手をかける。

開いたそこにあったのは―――

 

「―――戦極、ドライバー。」

 

戦いはまだ、終わってはいなかった。

 

 

 

 

「バーテックスに生き残りがいて、戦いは延長戦に突入した。だからみんなに、それが返ってきた。簡単にまとめるとそんなとこよ。」

 

事の重大性から、あの後すぐに残りのメンバーがこの部室へと召集された。

風からの説明を聞く皆の表情は一様に硬い。終わったはずの戦いを、もう一度しなくてはならなくなったのだ。その反応も当然だろう。

 

「…ホントいつもいつも、急でごめん。」

「先輩もさっき知ったんですから、仕方ないですよ。」

「東郷さんの言う通りです先輩!また一緒に頑張りましょう!」

 

暗い表情で頭を下げる風に、東郷と友奈がフォローを入れる。

驚いたしショックを受けているのも事実だったが、それは風だってきっと同じだろう。

そのことで風を責める気など全くもってありはしない。

 

「ま、そいつを倒せば今度こそ終わりでしょ?私たちはバーテックス七体の一斉攻撃だって乗り越えたんだから、今更生き残りの一体や二体、どーってことないわよ。」

“勇者部五箇条 なせば大抵何とかなる!”

 

自身にあふれた夏凜の言葉に、樹も大きく頷きながら力強い文字で五箇条の一つが書かれたスケッチブックを広げていた。

そんな二人の瞳にはやる気と闘志があふれている。

見渡せば、他の皆も同じような目を風に向けていた。

 

「そうだぜ姉ちゃん。俺たちだってあの戦いで強くなってんだ。さっさと終わらせて、早いとこ文化祭の準備をしないとな!」

「紘汰…皆…ありがとう。」

 

頼もしい皆の言葉を受け、ようやく風が顔をあげる。

一つ大きくうなずくと、部室を出て目の前の窓を開けた。

強い風が、風と、そしてその後ろに控える勇者部皆の間を吹き抜ける。

それにひるむことなく同じ方向を見つめて立つ皆のその姿は、まさしく勇者と呼ぶに相応しかった。

 

「よーっしバーテックス!くるならいつでも来なさい!勇者部六人がお相手だぁーーー!!!」

 

 

 

 

「と、張り切っては見たものの…。」

「来ませんねバーテックス。」

 

すっかり気が抜けてしまったといった風情で友奈が零した独り言のような言葉を、東郷が引き継いだ。

いつもの喧噪を取り戻した学校、勇者部に与えられた家庭科準備室ではいつも通り部員達が顔をそろえているが、そんな友奈の態度をとがめるようなものは誰もいない。

むしろここにいる誰もが皆、似たような心持だった。

あれからあっという間に時が立ち、二学期も始まったというのに件のバーテックスの残党とやらが現れる気配は一向にない。

いくらこちらがやる気を出していようとも、あちらから来なければどうすることもできない。諦めて他のことに没頭できればいいのだが、何をするにもどうにも頭の隅でそのことが引っかかり、それも難しいような状況だ。

友奈をはじめ勇者部のメンバーたちは、あの日からずっとそんな悶々とした日々を過ごしていた。

 

「ま、こればっかりはねぇ。」

「こっちから仕掛けられればいいんだけどね。………ところでアンタ達。」

 

机に突っ伏したまま溶け出しそうな友奈の姿に苦笑しながら言った風の言葉。それに追従した夏凜の声が途中から低くなる。

その変調に気づいた他の面々がどうしたんだろうと夏凜に視線を向けた。

夏凜は目を瞑りながら何かに耐えるようにこめかみあたりをヒクつかせ、そして………

 

「精霊の管理ぐらい、しっかりしろって言ってんでしょーーーが!!!」

 

廊下にも響くのではないかという大音量で咆哮した。

いや、実際に響いていたようで、偶然部室の前を通りかかった生徒たちが一瞬何事かとビクついたが、部室の表示をみた途端に“なんだ勇者部か”と、何事もなかったようにそのまま通り過ぎていった。

この部活。活動内容は素晴らしいものだし、実際色んな人がいろんな場面でお世話になっているため学校中からも一目置かれているのだが、それと同時にちょっと変わった人たちが集まるちょっと変わった部活だとも認知されているのである。

 

さて一方、怒鳴られた当事者である他の部員達はといえば、突然の大声にしばらく耳を塞いでいたものの、その声が収まると同時にごまかすように曖昧に笑って夏凜から目をそらした。

そんな彼女達の周囲には、バリエーション豊かな小さな生き物たちが思い思いに浮かんでおり、いつも賑やかな室内をいつもより一層賑やかなものへと変えていた。

これまでも度々部室で精霊が顔を出すことはあったが今回はなぜか総出である。しかも大赦から勇者システムが返却され、その際に友奈、東郷、樹の三人に精霊が一体ずつ追加されたため、室内はちょっとした百鬼夜行の様相を呈していた。

 

「ご、ごめんね夏凜ちゃん。牛鬼も『火車』も、二人ともいたずらっ子だから、すぐに勝手に出てきちゃうんだ。その点、東郷さんとこはすごいよね!なんだかビシッ!っとしてるっていうか…。」

 

好奇心に従って自由に動き回る牛鬼と、同じく他の精霊たちへちょっかいをかけようとしている新たな精霊『火車』を何とかしようと手をわたわたと動かしながら、友奈は東郷へと目を向ける。

東郷の頭の上には、彼女に元からついていた青坊主、刑部狸、不知火、それと新顔の『川蛍』が横並びに整列していた。

 

「友奈ちゃんが優しいから、腕白なのよ…『川蛍』。少し乱れてるわよ。総員、改めて気を付け!」

 

東郷の号令に慌てて列を作りなおした四体の前をふよふよと通り過ぎていったのは、樹の木霊と『雲外鏡』だ。

 

“私の精霊たちも勝手に出てきちゃいました…。”

「大赦が新たな精霊を使えるよう、端末をアップデートしてくれたのはいいけど…これじゃ紘汰は大変ね。」

「で、そのコータは…アレ、一体何なワケ…?」

 

夏凜が胡乱気な視線を向けた先、そこには大きな青いポリバケツが鎮座していた。

決して広くはない部室の中。時々小さく揺れるそれは、正直言って違和感が凄まじい。

いや、何が入っているのかはもちろんわかってはいるのだが…

 

「紘汰君専用の緊急避難所…ってことみたい。本人が言うにはだけど。」

「紘汰くん、あんまり精霊たちと打ち解けられてないから…精霊が増えたって聞いて、念のために用意したんだって。」

“お兄ちゃん、動物型の精霊には一通り噛まれてるので…。”

「冗談みたいだけど、早速役に立ってるのが悲しいわよねぇ…。」

「いや、まぁそれなら仕方無い…の?ていうかコータ。その中結構苦しいんじゃない?大丈夫なの?」

 

流石に不憫に思い、夏凜が憐みの視線を向けながら中の紘汰に気遣いの言葉をかける。

なるべく気づかれないように息を殺していたポリバケツだったが、その声に反応してガタガタと動き始めた。

中からくぐもった紘汰の声が聞こえてきているが、蓋を揺らしながら声を発するその姿はさながらポリバケツのモンスターだった。

 

『確かにちょっときついけど結構大丈夫だ!俺はこのままじっとしてるから、ほとぼり冷めたら呼んでくれ!』

「あの、コータちょっと言いにくいんだけど…。」

『なんだ!?』

「いや…囲まれてるわよアンタ。」

『え?』

 

牛鬼が火車が犬神が…部室内に姿を現していた全ての精霊が不審なポリバケツを取り囲んでいる。

静かにしているうちは思惑通りごまかせていたが、先ほどの声とガタガタ音のせいでどうやら興味を持たれてしまったようだ。

こうなってしまうとむしろ、逃げ場がない分状況は最悪だ。

見えない外側から感じる謎の威圧感に、中の紘汰の額には冷や汗が流れ始めていた。

そして…

 

『お?うぉおおおおおお!!??』

 

精霊たちが、四方八方からポリバケツを揺らし始めた。

倒れるか倒れないかぎりぎりのところでぐわんぐわんと揺らされて、中の紘汰もシェイクされる。

 

「ああ!ダメだよ牛鬼!火車も!」

「コラ!犬神戻りなさい!」

「総員帰還!帰還命令よ従いなさい!」

「~~~~~!!」

「アレ?義輝アンタいつの間に!?」

 

 

 

 

「はぁ…ようやっと端末に戻ったわね…。」

「ご、ごめんね紘汰くん。あの子たちにはよぉ~く行っておくから…。」

「私からもごめんなさい。帰ったら再訓練ね…。」

「まさか義輝まであんなこと…コータ、アンタ精霊が嫌がる成分とかが体から出てんじゃないの…?」

“お兄ちゃん、大丈夫?”

「あ、あぁなんとか……。」

 

あれから数分後、それぞれがそれぞれの精霊を何とか端末に押し込み、ようやく部室は落ち着きを取り戻していた。

外側から揺らされてすっかり目を回してしまった紘汰は、樹に支えながら椅子に座り込んでいる。

 

「…とにかく、流石にこれからはちょっと気を付けるということで…お願いね皆。」

「「「“はい…”」」」

 

皆で大いに反省し、部長が締めて一区切り。

椅子に座って項垂れる紘汰を取り囲み、皆で色々と世話を焼き始めた。

 

そんな様子を視界に収めながら、東郷は少し離れたところで一人思考に耽っていた。

左耳にそっと触れる。

あの戦いの後から今までずっと、音が聞こえる様子はない。

 

(私の耳、友奈ちゃんの味覚、樹ちゃんの声…。精霊が増えたのも三人。そしてあの時満開を使ったのもこの三人…。)

 

視界の先では元気を取り戻した紘汰が急に動き出し、そしてやっぱりふらついて樹と夏凜に慌てて支えられていた。

そんな姿に苦笑して、そしてまたすぐに真剣な表情に戻る。

 

(すべてのきっかけはあの戦いから…これは偶然?いや、それは―――)

「東郷さん?」

「え?」

 

思考の中に埋没していた東郷の意識を引き上げたのは友奈の声だった。

全く気付いていなかったがいつの間にか近くに来ていたらしく、友奈はポカンとしている東郷の顔を見上げるような形で不思議そうに見つめていた。

 

「ごめんね友奈ちゃん。ちょっとぼーっとしてたみたい。それで、なんの話だったかしら?」

「あのね、バーテックスが次いつ来るのかなって。夏凜ちゃんの勘だと来週ぐらいじゃないかって事みたいなんだけど。」

「なんにしても来るならさっさと来てほしいよな。こっちも色々あるんだしさ。」

「実は敵の襲来は気のせい!!…ってのが一番いいんだけどねぇ。ほら、あの諸葛孔明だって負け戦はあるのよ。弘法も筆の誤りって言葉もあるでしょ?神樹様だって予知のミスぐらい―――」

 

その時だった。

五人の携帯端末から、もはや聞きなれてしまった警告音が鳴り響いた。

風がすぐさま手に持っていた端末の画面を確認すると、そこにはやはり『樹海化警報』の文字が表示されていた。

 

「噂をすれば…ってやつかな…。」

「風が変なこと言うから…。」

「えぇ!?私のせい!?あんただって勘外してんじゃない!」

 

友奈が困ったような顔で呟いて、夏凜がジト目で風を見る。

ちょっと自分でもそう思ってしまった風は、慌てた様子で言い繕った。

 

「なんにせよ、これで最後だ!皆、きっちり片付けて今度こそ終わりにしようぜ!」

「上等!サクッと殲滅してやるわ!!」

 

最後の戦いを前にして、紘汰と夏凜が気炎を上げる。

そんな二人の様子に落ち着きを取り戻した他の部員達も、顔を見合わせながら大きく頷いた。

 

そして樹海は瞬く間に世界を覆いつくし―――およそ二か月ぶりとなる戦いが遂に始まった。

 




新フォーム、ポリバケツアームズ(生身)

次回は戦闘回、そして…

今年中にもう一話ぐらいあげれたらいいなぁ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話

ハヤソウル!!
リュウ!ソウ!そう!そう!この感じ!!


なせば大抵何とかなりました。


「敵は一体。識別名称は双子型。あと数分で森を抜けます。」

 

樹海化してすぐ東郷が勇者アプリを起動させ、マップの表示を確認した。

そこには自分たちの現在地を示す小さな丸が六つと、防衛対象である神樹様へと凄まじいスピードで向かう敵を示すマーカーが表示されている。

双子型と表示されたそれ以外に敵性のマーカーは存在しない。

相手はまさしく残党であるようだ。

 

「今回の戦いで延長戦も終わり。しっかりしとめてゲームセットにしましょ。それじゃ、行くわよ!」

「「「「了解!」」」」

 

風の号令の下、勇者達がそれぞれの端末の画面をタップする。

少女たちが光に包まれていくのを横目に見ながら、紘汰もまた久しぶりに自分の元へと帰ってきた戦極ドライバーを腰に当てる。

戦極ドライバーから蛍光イエローのベルトが現れ、紘汰の腰へとしっかり巻き付いた。

なじんだ重みに一つ頷くと、オレンジとメロン。二つのロックシードを体の前面に構えた。

 

『オレンジ!』『メロンエナジー!』

『ロックオン!』

 

「変身!!」

 

『ソイヤッ!』

『ミックス!オレンジアームズ!花道!オン、ステージ!!ジンバーメロン!!ハハァーッ!!!』

 

上空に開いたファスナーからオレンジとメロン二つの鎧が出現し、混ざり合って一つの鎧へ変化する。

それが藍色のアンダーアーマーを纏う紘汰の体へと落下、展開してジンバーメロンアームズへの変身が完了した。

変身と同時に右手に現れたソニックアローの感触を確かめていると、五色の光が弾け中から勇者の姿へと変身を終えた友奈達が現れた。

 

「お待たせ紘汰君。…この間はじっくり見る余裕はなかったけれど、新しい鎧も中々いいわね…それ、陣羽織でしょう?」

「だろ?しかもこれ、見た目だけじゃないんだぜ?今までのと比べて、性能も段違いだ!」

「だからって調子にのってまた無茶するんじゃないわよ?」

 

ガチャガチャと鎧がこすれ合う音を鳴らしながら胸を張って見せる紘汰に、早速風はあきれ顔だ。

 

「わかってるって。ちぇ。なんだか皆同じこと言うよなぁ…全く信用ねぇんだから。」

「そーいう事は普段の行動を少しは省みてから言いなさいっての。…よーっし。じゃ、景気づけにアレ、やっときましょうか!」

 

仮面で顔は見えなくても明らかに不貞腐れている紘汰をさらりと流しながら、皆の方へと向き直った風がそう提案した。

アレ、が何を指すのかなどということはわざわざ聞かなくても皆察しているようで、それぞれ自然な流れで動き出す。それは夏凜ですら同様で、どうやら彼女ももうすっかりここの空気になじんでいるようだった。

武骨なアーマー姿のまま、地面にしゃがみこんでいじける紘汰を友奈が何とか引っ張り上げて、あっという間に円陣は完成した。

 

「敵さんをきっちり昇天させてあげましょ!勇者部、ファイトォーーー!!」

「「「「おぉーーー!!」」」」

 

 

 

 

敵から少し離れたところに勇者部六人が布陣する。

眼下には、神樹様に向かって猛スピードで突っ走る双子型バーテックスの姿。

頭と両手を拘束されたギロチン刑を待つ囚人のようなその造形は、今回の相手が前回現れたうちの一体と同型だということを如実に表していた。

 

「あれ、なんか見た顔だよな。前の時樹が倒した奴じゃなかったか?」

「もともと二体いるのが特徴のバーテックスなのかもしれないわね。」

「二体でワンセット…。あぁ、だから双子型なんだね!」

 

東郷の推測に、友奈は納得したとばかりにポンと手を打った。

敵を目の前にして相変わらずそんな能天気なやり取りをしている彼女達の姿に一つ小さな溜め息をつきながらも、夏凜はすぐさま気持ちを切り替えて敵をキッと睨みつける。

 

「いずれにせよやることは同じでしょ!さっさと止めるわよ!!」

「そーいう事。それじゃ皆、早速……皆?」

 

戦闘開始の合図を出そうと振り返った風が見たものは、戸惑いを隠せない表情で足を止める友奈、東郷、樹の三人だった。

先ほどまでとは打って変わったその様子に、風はすぐさまその原因に思い至る。

 

(そうよね…。皆、不安なんだわ…前回の戦闘からの不調が、まだ治ってない。もしかしたらまた体のどこかに異常が出るかもしれない…。だったら、ここは部長の私が―――!)

「問題ない!!それなら私が「俺が行く!夏凜と姉ちゃんは皆を頼む!」ってコータちょっとアンタ!」

 

一人で仕掛けようとした風を遮ろうとした夏凜を更に遮って、紘汰が一人飛び出した。

バーテックスに向かって大きく跳躍した紘汰に一瞬茫然とした夏凜だったが、歯を食いしばりすぐさまその背中を追いかけていく。

 

一方風は、動けなかった。

動揺したままの部員達を置いておけないからというのももちろんある。しかし、風は自分自身でそれが言い訳であることを自覚していた。

紘汰が飛び出したその時、心のどこかで少しほっとしてしまった自分がいることに風は気づいてしまっていたのだ。

風が一歩を躊躇う間に、紘汰と夏凜はぐんぐんと離れていく。

そんな自分が情けなくて…風は誰にも気づかれないよう、一人奥歯を噛み締めた。

 

 

 

 

「おい夏凜!俺が行くって言っただろ!」

「っさいわね!アンタが何を心配してるか知らないけど、私が行くって決めたのよ!アンタばっかりにいいとこどりはさせないわよ!」

「あ~もう、仕方ねぇ!じゃあ一緒にやるぞ!」

 

やると決めたのならば、そこからの切り替えは早かった。

紘汰と夏凜は空中から敵の行動を観察する。

双子型バーテックスは依然、脇目も振らず一直線に神樹様の元へとひた走っていた。

その速度はすさまじく、あまり悠長にしていられる時間はない。

 

まず一手。

無防備に見えるその背中に向け、紘汰はソニックアローを引き絞る。

弦から手を離すと、翠光のエネルギーでできた矢が、バーテックスに向かって放たれた。

無造作に放った矢であっても、その威力は決して無視できるものではない。

足止めできると確信し、矢の行方を見守っていた紘汰だったが…

 

「避けやがった!?」

 

バーテックスは、軽やかなステップでその矢を回避して見せた。

後ろに目でもついているのではないかと思えるほど完璧なタイミングでの回避行動に、紘汰と夏凜は思わず息を呑む。

そんな二人の動揺を歯牙にもかけず、全く衰えないスピードでバーテックスは尚も走り続けていた。

本来、バーテックスの目的は勇者を倒すことではなく、神樹様にたどり着き世界を終わらせることである。

それを妨害する勇者を倒すことは目的を達することとほぼ同義ではあるが、必須条件ではない。

この双子型バーテックスはどうやらそれに特化した個体の様だった。

 

「くそっ!このままじゃ…!」

「…コータ、作戦があるわ。ちょっと耳貸しなさい。」

 

滞空時間が限界を迎え一度地面に降りた紘汰に、後ろからやってきた夏凜がそっと耳打ちをする。

後ろから闇雲に狙うだけでは駄目だと感じていた紘汰は、逸る気持ちを抑えながら夏凜の作戦に黙って耳を傾けた。

小さな作戦会議が終わり、二人は再びバーテックスを睨みつける。そして視線だけで合図を交わすと、二人同時に地面を強く蹴りつけた。

 

「コータ!しくじるんじゃないわよ!」

「任せとけ!いっくぞぉぉぉぉおおおおおお!!!」

 

逃げるバーテックスに向かって、紘汰は再び矢を放つ。

連続して放たれる紘汰の矢は、バーテックスの体からは外れその左右に次々と着弾した。

狙いを外したわけではない。勿論目的があってのことだ。

尚も怒涛の勢いで放たれる矢は、徐々にではあるがバーテックス本体へと近づいていき、やがて逃げ道を塞ぐ障壁と化す。

 

―――!?

 

遂に体へと迫った矢に対し、当然の如くバーテックスは回避行動をとろうとする。

しかし左右の逃げ道を潰されたバーテックスが取れる道は、一つしかない。

そしてバーテックスは二人の作戦通り、上へとその身を躍らせた。

 

「要求通り!やるじゃないコータ!」

「任せろって言ったろ?次はお前の番だ!しっかり頼むぜ!」

「誰にもの言ってんのよ!!」

 

紘汰が胸の前で、ソニックアローを側面が前を向くようにしっかりと抱えなおした。

それを確認した夏凜が空中で身を捻り、足をソニックアローへと乗せる。

この状況において、夏凜は砲弾、そして紘汰は即席のカタパルトだ。

そして―――

 

「いっけぇええええええええええ!!!」

 

砲弾が空気を切り裂き射出された。

紘汰を足場にして飛んだ夏凜という名の砲弾は、未だ足場のない空中にとらわれているバーテックスの元へと一直線に向かっていく。

相対位置を確認しタイミングを計りながら、夏凜は右の拳を思いっきり振りかぶった。

 

「空中じゃさっきまでみたいに避けらんないでしょ!これでもぉ…くらぇええええ!!!」

 

夏凜の拳が、バーテックスの体を思い切り地面へと叩きつけた。

友奈には劣るものの、勇者システムで強化された夏凜の拳は重く、強い。

拳の着弾点から体の破片をまき散らしながら大きくバウンドし、遂にその足が止まった。

 

しかし、それでもまだバーテックスは諦めない。

足を大きくばたつかせながら立ち上がると、先ほどよりもややふらつき加減の足取りで、再び疾走を試みる。

夏凜と紘汰の攻撃は、このバーテックスを完全に沈黙させるには至らない―――だが、それで十分だった。

 

「往生際が―――」

「―――悪い!!」

 

薙ぎ払いの大剣が、バーテックスの細身の体を両断する。

下半身と分断され僅かに浮き上がった上半身、その丸い頭部を青い弾丸が貫いた。

体に甚大なダメージを負って、とうとうバーテックスは沈黙した。

 

「二人ともありがとう!おかげでバッチリ決まったわ!」

「風!」

 

立ち直った友奈と樹を連れた風が、大剣を振り切った体勢のまま功労者の二人へと感謝を告げる。

弾丸が飛んできた方向を見ると、遠方で東郷がいつものように銃を構えている姿が見えた。

 

「すごいよ二人とも!よぉ~っしこのまま封印、行きましょう!!」

「オッケー皆!封印、開始!!」

 

友奈、風、樹、夏凜がもはや残骸といっていいほどの損傷を負ったバーテックスを取り囲み、封印を開始した。

桜、黄、赤、白の色とりどりの光の花びらが舞い、バーテックスの足元に封印の文様が浮かび上がる。

いつ見ても幻想的なその光景を前にして、この時ばかりはやることのない紘汰は戦闘中だというのに思わず目を奪われてしまっていた。

 

しかし、いつまでもそうしては居られない。

光に包まれたバーテックスの体がわずかに震え、その中から御霊が文字通り溢れ出した。

 

「出た!」

「って、何この数!?」

 

それはまさに、四角錘の洪水だった。

あの小さな体にどれだけ詰まっていたのかというほどの膨大な数の御霊が、絶えることなく湧き出続けてくる。

一つ一つは小さく、脅威ではないが問題はその数だ。

早めに潰さなければ、大変なことになる。

 

―――それが、わかっているのに。

満開を、満開ゲージを貯めるような戦い方は危険なのではないか?

そんな不安が勇者達の初動を遅らせる。

 

しかしそんな不安気な表情を見せる仲間たちを前に、この男が動かないわけもない。

 

「皆!合図したら上に飛べ!!」

 

『ソイヤッ!』

『オレンジオーレ!』

『ジンバーメロンオーレ!』

 

二つのロックシードから溢れ出る二色の光がアークリムを染め上げる。

エネルギーが充填され、解放を待つのみのその刃を腰だめに構えながら、紘汰は仲間たちに向かってそう言い放った。

 

「紘汰!でも!」

「いいから!…今だ!」

 

紘汰の合図に、それ以上の言葉を無理やり飲み込んで風達は飛び上がった。

それを見届けた紘汰は、抑えつけていた刃を一気に解き放つ。

 

「セイ、ハァーーーーーーー!!!」

 

体を軸に一回転。

ソニックアローの軌跡をなぞる様に翠色の波涛が周囲へと広がった。

アークリムから放たれたエネルギーの奔流は御霊の海を押し流し、それが消えるころにはもう、残っているのは七色の光が天へと還っていく光景のみだった。

 

 

 

 

「ふぅ…。」

 

息を大きく吐きながら残心の構えを解いた紘汰は、駆け寄ってくる皆を見ながら変身を解除した。

複雑な表情を浮かべながら先頭で駆けつけた風に苦笑しながら、自分でもうまく感情を整理できていないらしい風の言葉を待つ。

 

「紘汰!あんたねぇ!………ううん。ありがとう紘汰。ごめんね。私お姉ちゃんなのに…最近ずっとあんたに頼ってばっかりで…。」

「何言ってんだ姉ちゃん。家族を助けるなんて当たり前の事だろ?俺の方こそいつも姉ちゃんに頼ってばっかりなんだから、こういう時ぐらい俺が頼れるヤツだってとこ、見せてかないとな。」

 

そう言って笑う紘汰に、思わず風の顔も綻んだ。

そしてそれを見ていた他の皆にも笑顔の輪が広がっていく。

気づけば戦闘の緊張感はすっかりと薄れ、普段の勇者部らしい和やかな空気が生まれ始めていた。

 

「でもこれでホントに終わりだな。思ったより大したことなくてよかった。」

「樹海化ももうすぐ解除されるみたい。紘汰くん、ありがとう!帰ったらまた、いっぱいお祝いしようね!」

「またお祝い…際限なく増えてくわね…。まぁいいけど。」

「劇の方の準備、これでしっかり始められますね。」

「プロデューサーとしての腕がなるわね…ま、でもそれも明日からよ。今日はしっかり休まないとね。」

 

大きな揺れと共に極彩色の吹雪が舞い、世界がもとに戻っていく。

勇者達は明日の日々に思いを馳せながら、その感覚に身を任せるのだった。

 

 

 

 

「ふぃ~。終わったわねぇ。」

“お疲れ様です!”

「結局最後のいいとこ全部持ってかれちゃったわ…でもこれで勝ったと思わない事ねコータ!…あれ?いない…?っていうか友奈と東郷も…。」

 

 

 

 

「戻った…けど…。」

「ここ、屋上じゃない…よね…?」

 

樹海化が解け、世界がもとの姿を取り戻したとき、紘汰、友奈、東郷の三人はいつもとは違うお社の前に佇んでいた。

この場所に誰も見覚えはなく、周囲には風や樹、夏凜もいない。

いつもと異なる状況に、皆困惑を隠せない。

 

「オイ、見ろよあれ!」

 

紘汰が指さす方向、そこにはまるで天に向かって伸びるような歪な形に破壊された橋があった。

それは、二年前の災害で大破したといわれている大橋市のシンボル、その名もずばり大橋だ。

 

「大橋…ってことは結構離れてるところに来ちゃったね…。」

「神樹様も久しぶりでミスっちまったのかなぁ。」

「困ったわね…とにかく部長たちに連絡を取らないと…あれ?電波が…。」

 

とりあえずお互いの無事を確認し合おうと東郷が取り出した携帯端末、その右上には『圏外』の文字が表示されていた。

慌てて友奈と紘汰も自分の端末を確認する。しかしやはりというかどちらの画面でも確認できたのは同じ文字が浮かんでいることだけだった。

 

それを確認した三人が途方に暮れる。

兎に角、何とか連絡を取らない事には始まらない。

そう考えた紘汰がひとまず友奈と東郷をここに置いて、連絡を取れそうなところを探すために動き出そうとした時―――

 

「―――ずっと呼んでいたよ~。わっしー。会いたかった~。」

 

声が、聞こえてきた。

 

驚いた三人が顔を見合わせ、声がした方向へと向かう。

声がしたのはお社の奥、海を臨むその場所にはおよそこんな場所には似つかわしくない大きな病院のベッドの上に体を横たえながら僅かに身を起こす一人の少女と、更にその脇の椅子に腰を掛けたもう一人の少女の姿。

 

 

 

忘れ去られた宿命の地、大橋のその根元。

見知らぬ二人の少女が、こちら―――東郷の方を、嬉しそうな、寂しそうな目で見つめていた。

 




…兄さんは、しっかりとノルマを達成していました。

さて、次回は彼女達からの大事な大事なお話。


年内にもう一話…いけるか!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話

夕日が辺りを染め上げる中。ベッドの上の少女は、傍らの少女に手を握られながら儚げな微笑みを浮かべていた。

右目を含む顔の大部分は真っ白な包帯に覆われており、その隙間から零れる金糸のような髪が、時折海風に吹かれて揺れている。

 

目の前のこの少女と、面識はないはずだ。

そのはずなのに―――東郷の胸には不思議な寂寥感が押し寄せていた。

東郷をじっと見ていた少女の視線が、隣―――紘汰の腰あたり、そこに未だつけられたままの戦極ドライバーの元へとスライドした。

それを見た少女の目に、また別の感情が浮かぶ。

ほんの少し、何かに耐えるように一度目を瞑った少女が、目を開くと同時にこちらに語りかけてきた。

 

「ようやく呼び出しに成功したよ…。わっしー。」

 

「え?わっ…しー…?」

 

少女が口に出した名前に、友奈は困惑して聞き返した。

宝物を扱うように紡がれたその単語は、おそらく誰かの愛称であることであることは察することはできるが、紘汰達三人の中にそれに相当する名前を持つ者はいない。

ならば傍らのもう一人の少女の名前なのかと思えば、そんな雰囲気でもなかった。

むしろ言葉を発した少女の視線は今、ずっと東郷の元へと注がれている。

 

「あなたが戦っているのを感じて…ずぅっと、呼んでいたんだよ。」

 

そういって嬉しそうに微笑む少女に、同じく話が呑み込めない紘汰もその視点の先にいる東郷に目を向けた。

 

「東郷…お前の、知り合いなのか?」

 

「…いいえ。初対面だわ。」

 

首を振り、そう答えた東郷の姿を見て、少女は一瞬目を伏せた。

そんな少女を気遣ったのか、傍らの少女が握っていた手を更に強く握りなおす。

 

「…園子…。」

 

「ありがとうミノさん。…うん、私は大丈夫だから。…わっしーっていうのはね。私たちの大切なお友達の名前。いつもその子のことを考えてて、二人でよく話してたから、つい口に出ちゃったんだ。」

 

そういってごまかすように笑った少女からは、悲しみの感情が伝わってくる。

悲しくて、それでもそれを押し殺して笑うその痛々しさに、友奈の胸はぎゅっと締め付けられていた。

しかし、何とかしてあげたいと思うのに、何故そんなに悲しそうなのか、その理由が全く分からない。

だから、悲しんでいる目の前の少女のことを少しでいいからわかりたいと思って、友奈は少女に問いかける。

 

「あの…私たちを呼んだって…。」

 

「うん。その祠でね。バーテックスとの戦いが終わった後でなら、縁を伝って呼べると思って。」

 

そういって少女が指さす方向には、先ほど樹海から戻ってきたときに目の前にあった祠がある。場所こそ違えど、それは確かに学校の屋上に建てられている祠と同じものに見えた。

しかし、そんなことよりも気になるのは―――

 

「バーテックスの事、ご存じなんですか?」

 

「一応、あなたの先輩…ってことになるのかな。私、乃木園子っていうんだよ。それで、こっちは―――」

 

「―――銀。三ノ輪銀。園子の、友達だよ。」

 

 

「わ、私!讃州中学二年、結城友奈です!」

 

「…犬吠埼、紘汰。」

 

「東郷―――美森です。」

 

友奈ちゃん、紘汰くん、―――美森ちゃん、か。

こちらの名前を噛み締めるように口の中で小さく反芻した少女―――乃木園子は、よろしくね、と微笑んだ。

もう一人の少女―――三ノ輪銀は何も言わない。

自分には何も言う資格はないとでも言うように口元を固く引き結び、無理に作ったような無表情でただ、園子のことを見守っていた。

 

「先輩…ってことは、つまりその…あなたも…?」

 

「うん。私も勇者として戦ってたんだ。ミノさんともう一人。友達と三人で、えいえいおーってね。今は、こんな感じになっちゃったけど…。」

 

そう言って園子は、包帯に覆われた右目のあたりと足を撫でて困ったように笑う。

その様子を隣で見つめる銀の顔にはほんの一瞬、隠しきれない後悔が浮かんでいた。

 

「…バーテックスが、先輩をこんな目に合わせたんですか…?」

 

「あぁ、えーっとね。これは敵じゃないんだ。…うん。あのね。友奈ちゃんは、『満開』…したんだよね?」

 

「え?え、えぇ。はい、しました。私も、東郷さんも。」

 

「そっか…。」

 

園子はわかっていて、それでもあえて確認の為に聞いたのだろう。

友奈の返答を聞いた彼女は少し目を伏せ、そして小さく息を吸い込んで―――その真実を口にした。

 

「咲き誇った花は、その後どうなると思う?…満開にはね、その後に『散華』という隠された機能があるんだ。満開の後―――体のどこかが不自由にはならなかった?」

 

「―――え?」

 

「それが『散華』。神の力を振るった、その代償。花一つ咲けば一つ散る。花二つ咲けば二つ散る。でもその代わりにね…勇者は決して、死ぬことはないんだよ。」

 

代償―――?死なない―――?

言葉は耳に入ってきた。その単語の意味も、頭では理解できている。

でも、心が受け付けない。

 

「私の体もね。満開して、戦い続けてこうなっちゃったんだ。全部動かなくなる前に敵を撃退できたのは―――良かったかな。私のは敵にやられたわけじゃないから痛くはないけど、全く動けないのはやっぱりきついから。」

 

「満、開して…戦い、続けて…それじゃあ、その体…は…代償で…?」

 

耳鳴りが―――酷い耳鳴りが聞こえてくる。

わかり切っていることなのに、聞かずにはいられない。

でも、どうか。

それでもどうか。

 

「―――うん、そうだよ。」

 

でもそんな期待は、あっさりと打ち砕かれた。

 

風が、強く吹いている。

海から吹くその風は、体だけではなく心にまでしみこんで、その心を乾かしていく。

まだ九月だというのに、なんだかとても寒い。

でもそうか。

寒いのは体じゃない。

心が―――心が、酷く寒かった。

 

「…ざ、けんな…。ふざけんな!!!なんでこいつらがそんな!!!!」

 

今までじっと黙って聞いていた紘汰が、とうとう堪えきれなくなってそう叫んだ。

目の前の少女に言ったところで、仕方ないことだというのはわかっている。

でも、それでも言わずにはいられなかった。

今にも園子に飛び掛からんばかりのその剣幕に、銀が園子を庇うように体の向きを変える。

そんな銀を手で制し首を左右に振った園子は、紘汰に怯むことも無く向き合って、それから静かに口を開いた。

 

「…いつだって、神様に見初められて供物となったのは、無垢な少女だから。穢れ無き身だからこそ、大きな力を宿せる。その力の代償として、体の一部を神樹様に供物として捧げる。―――それが、勇者システム。」

 

「供物…供物ってなんだよ!そんなこと、誰も…!!」

 

「大人たちは神樹様の力を宿すことができないから、私たちがやるしかないとはいえ、酷い話だよね。」

 

ぐちゃぐちゃになった頭のまま俯いた先、紘汰の視界に入ったのは自らの腰に装着されたままのドライバー。

それを引きちぎる様に力任せに掴み取り、園子に向かって突き付ける。

 

「じゃあなんだよこれは!こいつらしか…勇者システムでしか戦えないっていうなら、なんの為にこんなもんがあるんだよ!」

 

「…大赦にもね、その状況を何とかしようとした人は居たんだよ。その人達が創ったのがあなたが今使っている、戦極ドライバーとアーマードライダーシステム。勇者システム以外で唯一、バーテックスと戦える力…それでもやっぱり、勇者システムの代わりにはなれなかった。」

 

「そんな…!こいつは合体したバーテックスにだって負けなかったんだ!なのに…!」

 

「敵の力を無理やり利用したそのシステムはね。裏技に裏技を重ねた結果、勇者システム以上に人を選ぶようになっちゃったんだ。それでも…そこまでしても、勇者システム以上にはなれなかった。可能性はあったけど、結局それは失われてしまった。だから大赦は、研究室ごとその計画を封印したの。そしてやっぱり最後には、勇者システムだけが残された。」

 

少女達の犠牲にさえ目を瞑れば、安定した…それも恒久的な戦力が得られる勇者システムと、適合者すら容易には見つからず、しかも不明な部分の多い敵由来の力を利用したアーマードライダーシステム。

リスクと安定性を考えた場合、どちらが優先されるかなど大人の世界では自明の理だった。

ましてや計画を進めてきた責任者がいなくなったとあれば猶更だ。

 

「それじゃあ…私たちはこれからも…体の機能を失い続けて…?」

 

掠れた声を絞り出した東郷の体は、小刻みに震えている。そんな東郷の肩を、友奈がしっかり抱きしめた。

そして東郷を安心させるように、目を見つめながら―無理やりにでも―笑顔を作る。

 

「でも、十二体のバーテックスは倒したんだから、大丈夫だよ東郷さん!」

 

「倒したのはすごいよね。私たちの時は、追い返すだけだったから…。」

 

「そうなんですよ!だからもう、戦わなくてもいいんです!」

 

まるで自分に言い聞かせるように友奈はそう、言葉を重ねた。

神樹様が予言した、十二体のバーテックスは全てちゃんといなくなった。

だから、きっと少なくともこれ以上は―――。

 

親友を勇気づけるように振舞う友奈。

そんな友奈を見ながら園子はぽつり、そうだといいね、と呟いた。

風に消え入ってしまいそうなその声に、友奈達は気づけない。

 

「そ、それで!失った部分は…ずっと、このままなんですか!?皆はもう…治らないんですか!?」

 

「治りたい…よね。私も治りたいよ。行きたい場所も、やりたいこともいっぱいあるんだ。―――友達と、一緒に…。」

 

園子の言葉と、何よりもその状態がそこに希望が無いということを物語る。

残酷な現実を前に、再び友奈は言葉を失った。

 

「…悲しませてごめんね。大赦の人達も、このシステムのことを隠すのは一種の思いやりではあると思うんだよ。でも―――私は、そういうの…ちゃんと言ってほしかったから…。そうしたらもっと…こうなる前にもっといっぱいお友達と遊んで…それで、ちゃんとわかってて、もっとうまく戦えてたら…もっとちゃんと話せてたら…もしかしたら、今も……ちゃん、は…。」

 

園子の手が、何かを求めるように自分の頭へと伸ばされる。

しかし、そこにあったはずの温もりは、もう二度と感じられることはない。

 

唯一見える左目からぽろぽろと涙を流す園子の姿。

その姿を見た東郷は居てもたってもいられず、車いすをベッドに寄せ、あふれ出る涙を手で拭った。

触れた手の感触に園子は少し驚いて、そして懐かしそうに微笑んだ。

でも東郷には、何故彼女がそんな顔をするのかわからない。

 

「ありがとう、美森…ちゃん。…そのリボン、似合ってるね。」

 

「この…リボンは…。とても…大事なものなの…。それだけは覚えてる…のに。ごめんなさい。私…何も思い出せない…っ。」

 

頭の横で結ばれたリボンに手をやり、東郷は涙を流す。

事故に遭って、気がついた時このリボンは自分の腕に巻かれていたという。

それが大事なものだという事だけはすぐに理解できたのに、何故そうなのかがどうしても思い出せなかった。

でも、今はこれだけはわかる。

きっとこれは、目の前の少女にとってもとても大事な物なのだ。

 

「方法は!このシステムを変える方法はないんですか!」

 

友奈の悲痛な叫びが、海辺に響き渡る。

それにこたえるのは、今までずっと黙ってやり取りを見守っていた銀だった。

銀が自分の服の裾をわずかにめくり上げる。

彼女の腹部、その白い肌の上には、痛々しい大きな傷跡が刻まれていた。

 

「…アタシたちが戦い始めた時。勇者システムはまだ、こんな形じゃなかった。そのシステムで戦って、その戦いの途中でアタシは大怪我をして…目が覚めた時にはもう全部終わってた。」

 

「バーテックスとの戦いはね。それほど危険なものだったんだ。ミノさんは本当にもう少しで死んじゃうぐらいの怪我をして、最近までずっと寝たきりだった。バーテックスと戦うためには、勇者システムを強くしなきゃいけない。神樹様の力をもっと使わなきゃいけない。そして、それができるのは…私たちしかいないんだよ。」

 

バーテックスの侵攻を許せば、世界が終わる。

それをさせないためには、戦うしかない。

でも戦えば、命を落とすかもしれない。

命を落とさず、世界を守るためには―――。

 

何かを守るためには、何かを犠牲にするしかない。

神様の奇跡は、犠牲という対価無しには訪れない。

それが今のこの世界の―――残酷で、そしてまぎれもない真実だった。

 

「そろそろ、帰る時間だよ。迎えの大赦の人達ももう来ているしね。」

 

振り返ると、いつの間にか自分たち以外の人影が複数その場所に立っていた。

狩衣に烏帽子、そして大赦の紋が刻まれた白い面を付けたその人物たちは、静かな動作で園子に向かって平伏する。

そんな姿に一つため息をついて、園子は東郷に別れの言葉を告げた。

 

「私はもう神様に片足以上突っ込んじゃってるから、こうして崇められてるんだよ。こんなこと、してほしいわけじゃないんだけどね。…それじゃあね、美森ちゃん。いつでも待ってるからね。」

 

 

 

 

話は終わった。

未だにすべてを受け止めることができていない友奈と東郷は、何も言葉を発さないまま先導する大赦職員の背中について用意されていた車の元へと歩き出した。

そんな二人を見送って、紘汰は一人その場に残った。

最後に一つ、どうしても聞いておきたいことがあったのだ。

 

二人が十分その場から離れたのを確認し、改めて園子へと向き直ると、その目を見つめながら静かに口を開いた。

 

「なぁ。戦いは―――本当に終わったのか?」

 

友奈がもう戦わなくてもいいといったとき、この少女が浮かべた表情とこぼした言葉。

二人が気づかなかったそれらに、紘汰だけは気づいていた。

強張った表情で自分を見つめる紘汰を静かに見つめ返していた園子は小さく息を吐くと、一つの質問を紘汰へと投げ返す。

 

「紘汰くん。あなたたちはバーテックスを全部倒してきたって言ったよね。それは、どんなふうに?」

 

「どんな…って…。バーテックスを足止めしたら、アイツらが封印して…出てきた御霊を壊したら、沢山の光が…。」

 

「あぁ…やっぱり。うん、そうだよね。紘汰くん、私ね。見たんだその光。私の最後の戦いで。」

 

「それ…じゃあ…。」

 

「私たちが戦ってから、二年間バーテックスは現れなかった。だけど、二年後には新しい戦いが始まった。今回も同じかどうかはわからないけど、でも………。」

 

敵がまた、現れるかもしれない。

それは、残酷な真実に打ちのめされた彼女達を更なる絶望へと追いやる可能性だ。

震えるほどに手を強く握りしめる紘汰の脳裏には、大切な仲間たちの顔が浮かんでいた。

彼女達を、これ以上悲しませないために―――選択肢は、一つしかない。

 

「なら…なら俺が戦う!あいつらがこれ以上、戦わなくていいように…失わなくてもいいように!このドライバーなら、代償なんてないんだろ!?」

 

「そうだね。神樹様との結びつきが弱いそのシステムには、散華はないよ。」

 

「だったら―――!!」

 

「―――でもね、だからこそあなたは………死んじゃうかも、しれないんだよ?」

 

「っ!!」

 

死。

シンプルなその単語に、紘汰は言葉を詰まらせた。

精霊の力によって守られた勇者達が死ぬことはない。

しかし、それならばそうではないアーマードライダーは…

 

「アーマードライダーシステムには、精霊の守りはない。硬い鎧と丈夫なスーツはあるけど、でもそれだけなんだよ。紘汰くん。あなたは戦いの中で、今まで大きなけがはしなかった?」

 

「そ…れは…でも…!」

 

「友奈ちゃんたちの先輩に、私たちがいるように。あなたにもね、先輩は居たんだよ。」

 

「その…人は…?」

 

「―――死んじゃったよ。」

 

「あ…。」

 

淡々と告げた園子の顔には、どんな感情も浮かんではいない。

しかし、無理に作ったようなその無表情からは深い悲しみが否応なしに伝わってくる。

目の前の少女に、そんな表情をさせてしまったことに紘汰は激しい後悔と自分に対する怒りを覚えて口を噤んだ。

きっと、この少女は見てきたのだ。

限界を超えて戦った…アーマードライダーの行きつく先を。

 

「その人が使っていたのが、あなたが今持っているメロンエナジーロックシード。封印されたはずのアーマードライダーが―――あなたが戦っているって聞いて、ミノさんにお願いして届けてもらったんだ。ミノさん、リハビリもまだ終わってないのに頑張ってくれて…。」

 

「色んな目があるから、直接渡しには行けなかった。色々調べて準備して…一番ちゃんと渡せる可能性があったのがあの方法だったんだ。満開についても、あのぐらいしか…。ごめんな。アタシが、もっとうまくやれてたら…。」

 

「ミノさんのせいじゃないよ。私の方こそ、無理言ってごめんね。………私たちと一緒に戦ってくれたその人は…私の、お兄ちゃんは…とっても強くて、とってもカッコよくて、いつも私たちの事守ってくれて…それで最後は一人で戦って死んじゃった。自分の命と引き換えで、お兄ちゃんは私の大切な友達の命と、私の夢を守ってくれた。…でも、ね…。わ、私は…それでも一緒に…ずっと一緒にいてほしかったから…だから…っ!」

 

とうとう感情があふれ出してしまった園子の体を、銀が優しく抱きしめる。

嗚咽を漏らす園子の背中を撫でながら、銀は顔だけを紘汰に向けて園子が言おうとした言葉を引き継いだ。

 

「もういいよ園子、もう…。ごめん、これ以上はもう勘弁してあげて。園子はさ…中もあちこち捧げちゃって、あんまり長いこと無理できないんだ。病院のベッドから離れられないのもそれが理由。…自分を犠牲にしてでも友達を守りたいって気持ち、アタシにもわかるよ。でも、アーマードライダーの力は強いけど、無敵でも不死身でもないってことは覚えておいて。そしてそうやって無茶を重ねた結果、悲しむ人がいるってことも。」

 

 

 

 

大赦が用意した車が、讃州市に向けて走っていく。

助手席に座り、車に揺られる紘汰の頭では先ほどの話の内容が駆け巡っていた。

どれだけ考えても堂々巡りで、どうすればいいかなんて何一つ浮かんでこない。

こんな時に何もできない自分への苛立ちで、紘汰は割れそうなほどに奥歯を噛み締めた。

 

ちらりと視線を向けたバックミラーには、友奈と東郷が抱き合いながら眠っている姿が映っていた。

きっと、泣き疲れてしまったのだろう。

二人の目尻には、はっきりと涙の跡が残っていた。

二人を…皆を守るために、自分にできることなんて結局一つしかない。

バックミラーから視線を外した紘汰は、自分の両の掌をじっと見つめる。

戦いと訓練の影響で、ここ数か月で随分と皮膚が硬くなった…そして、すべてを救い上げるにはあまりにも小さすぎるその掌。

 

―――死んじゃうかも、しれないんだよ?―――

 

頭をよぎった園子の言葉に、紘汰は大きく顔を歪めた。

その言葉と同時に浮かんでくるのは、あの戦いの後、入院が決まった時の風と樹。たった二人の大事な家族の心配そうな表情。

 

(でも…たとえそうだとしても…俺は…っ!!)

 

自分の膝の上に置いた両手を強く握りしめながら、紘汰はフロントガラスから見える夜の闇をひたすら睨み続けた。

 




園子さんは原作と違い、両手は動かせるので今も無理ない範囲で小説を書いています。
それが、貴虎兄さんが銀さんの命以外で園子に残したもの。
そして銀さんは1年以上昏睡した後ようやく目が覚めて最近になってやっとある程度歩き回れるまでに回復してきたという感じです。
だからこそ松葉杖つきながらでも何とかロックシードを渡しに行けた。

元々反対も多かったアーマードライダー計画は責任者である兄さんがいなくなったことで頓挫。
しかし裏でこっそり戦極が継続。
それができたのは本人の手腕もありますが、大赦の体制側にも関係の深いとある協力者がいて…
そのあたりもまた、これからのお話でできればと思います。


さて、今年の投稿はこれで最後になります。
ひっじょーにモヤモヤした感じで新年迎えるという暴挙…。
でもこれ以降一章は最後までどこで切ってもそんな感じなので…。

未だ色々と拙い文章ではありますが今年もお付き合いいただきありがとうございました。
来年はとりあえず一章完結、そして三章のプロローグのみ公開してから二章突入という形になる…と、思います。たぶん…。

これからもコツコツと続けていきますのでこれからもよろしくお願いいたします。

では、皆さまよいお年を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話

「勇者は…決して死ねない?体を、供物として捧げる…?」

 

「満開を使った後、私たちの体はおかしくなりました。身体機能の一部が欠損しているような状態です。…ずっと、一時的なものだと思っていましたが、乃木園子によればそれが体を供物として捧げるということだと。」

 

乃木園子に出会った日の翌日、紘汰達三人は風を屋上へと呼び出した。昨日聞いた話を、とにかく風にだけは話しておかなければと思ったからだ。

そして東郷が代表して語った話。そのあまりの内容に風は思わず言葉を失った。

そんな風を前に東郷は何も言わず、黙って彼女が落ち着くのを待つ。

一日経った自分たちですらいまだに呑み込めていないのだ。風のこの反応は痛いほど理解できる。

 

「…この話、樹や夏凜にはもう話したの?」

 

「いえ…。まずは風先輩に相談しようと思って…。」

 

「そう…。」

 

しばらくして、何とか表面上は取り繕った風が口に出したのは確認だった。

今の話を聞いたのはここにいる四人だけ。それを友奈から確認した風が僅かに瞑目する。いい判断をしてくれた、と思う。もたらされた情報はあまりにも唐突かつ重大すぎて、正直なところ処理が追い付いていない。この状態で共有を図るよりも今は…

 

「じゃあ、まだ二人には話さないで。確かなことがわかるまで、変に心配させたくないのよ。引き続き私は大赦に問い合わせてみるから、何かわかったらすぐに連絡するわ。」

 

それで、この場は解散となった。

確かなことがわかるまで…という名目ではあるが、これはその実ただ問題を先送りにしているだけとも言える現状維持だ。

それでもその方針に異を唱える者は誰一人としていなかった。

“間違いであってほしい”という気持ちは、この場にいる誰もが願っていることなのだから。

 

そうして薄氷の上に仮初の日常は続いていく。

押し寄せる不安は、確実に勇者達の心を蝕み始めていた。

 

 

 

 

捧げた体の機能は二度と戻ることはない。

友奈達がもたらしたその情報、そして何よりも依然として治る気配の無い妹の姿が風を少しずつ追い詰めていく。

それでも風は気丈さを装い今日も前を向く。

だって、自分は皆の部長で二人のお姉ちゃんなのだ。

大黒柱が真っ先に折れてしまったら、皆は一体何を支えにすればいいというのか。

それに、きっと大丈夫。

あの子たちは皆の為にあんなにも必死に頑張った。

神様はどんな小さな頑張りでも見ていてくれる。

だからあの子たちに用意された結末は、もっとたくさんの笑顔と幸せにあふれたものであるはずだ。

誰かの為に頑張った人への報酬が、悲劇であっていいはずがないのだから。

 

頭の中で祈る様に、自分に言い聞かせるように繰り返しながら、風は放課後の廊下を歩いていた。

そして、樹を呼びに行くために一年生の教室のある廊下に差し掛かった時、横合いから突然かけられた声に足を止められた。

 

「犬吠埼さんのお姉さん?…あの、この後少しお時間は取れますか?」

 

声をかけてきたのは一人の女性教師。

樹の担任でもあるこの女性は、この学校では比較的若い部類に入るが、常に温和な表情を崩さず、生徒一人一人の相談事にも真摯に向き合ってくれるので生徒たちの評判も非常に高い。

風自身は直接お世話になったことはなかったが、樹の担任で且つ彼女を慕っている樹が家で時々話題に出すということもあってよく知っているといっていい人物だった。

そんな彼女が、硬い表情でこちらを見つめている。

 

「大丈夫…ですけど。」

「では、こちらへ。要件はついてからお話します。」

 

淡々としたその口調が、風の中の不安を煽る。

歩き出したその背中に何か言おうとして、でも風は結局、何も言わずに黙ってその後ろについていく。

そのまましばらく歩いて、案内されたのは入り口の表示板に『少人数教室』書かれた教室だった。

教師に促されながら中に入ると、誰もいない教室の中には向かい合うように机が二組用意されていた。風が躊躇いながらその片側に座ると、扉を閉めたその教師も風の向かい側へと腰を掛けた。

 

そこから数分間、対面に座るその教師の口から出てきたのは当たり障りのない世間話と言っていいような話題ばかりだった。

今の会話が、本命ではないことは流石に理解できる。そうでなければわざわざこんなところまで呼び出す必要は全くないし、なにより温和なはずのその教師が今も浮かべているぎこちない表情がそれを物語っている。

それがわかっていながらも、風は何も言わず彼女の話に相槌を打ち続ける。それはその先で突き付けられるであろう()()から、少しでも逃れようとする一種の逃避行動だったのかもしれない。

 

やがて世間話も話題が付き、教室の中に静寂が訪れた。

教室に備えられた時計が時を刻む音が、やけにはっきりと聞こえてくる。

本命の言葉は未だ彼女の口から出てこない。

このまま終わってほしい、と風は強く願っていた。

大事な話というのは気のせいで、本当にこんな世間話をするために呼んだといわれた方がどれだけいいだろうか。

 

でも、そんな願いに意味はなく。

風の顔ににじみ出た不安を感じ取った教師が、やがて意を決したようにわずかに息を吸い込むと、遂にその言葉を口にした。

 

「…樹さんの今の状態についてなのですが―――」

 

耳を通り抜ける声に混じって、何かがひび割れていくような―――そんな音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

曇天の下を、紘汰は一人走り続けていた。

何かを追いかけるように、そして何かから逃げようとするように、大きく乱れた呼吸も気にせず全力疾走に近い状態をもう一時間近く続けている。

 

こんなことして何になる。

紘汰の頭の隅では、そんな言葉がずっとちらついていた。

でもそんなことは、心の声に言われるまでもなくとっくにわかっている。

それでも紘汰は自分の内側から湧き出る不安だとか、憤りだとかといった感情をごまかす手段をこれ以外に思いつかなかった。

何かをしていないとおかしくなってしまいそうで、そのはけ口としてひたすら自分の体をいじめ続けていた。

 

足の向くままに、町の中を駆け抜ける。

ルートは特に決めていなかったが、足は自然と普段通らない道へと向いていた。

見知った道を通るたび、皆と過ごした楽しい情景が頭をかすめていく。

無心になって何かを考えるには、この町は思い出に溢れすぎている。

今の紘汰には、それは苦痛でしかないものだった。

 

我武者羅に走り続け、やがて川沿いの堤防に差し掛かった時だ。それまで長い時間ひたすら同じリズムで動き続けてきた紘汰の足が、突如ガクリと崩れた。

それと同時に前傾していく体。転倒は避けられそうにない。

そう判断した紘汰はせめてもの抵抗として何とか体を捻ることでアスファルトを避け、草の生い茂る坂の部分へとその身を投げ出した。

咄嗟の判断にも健気に反応してくれた紘汰の体は、飛び込むように草の上へと倒れ込み、そのまま勢いを殺しきれず坂を少し転がり落ちたところでようやく止まった。

それなりに痛みはあったが、アスファルトに倒れるよりははるかにマシ、といった具合だ。

 

内心で安堵して、すぐに立ち上がろうとした紘汰だったがその気持ちと裏腹に体には全くと言っていいほど力が入らなかった。どうやら自分が思っている以上に無理をしすぎていたようだ。

今頃になってようやく気付いた足の痛みと、乱れに乱れた呼吸が知らず知らずのうちに自分がどれだけ無茶をしたのかを物語っていた。この分ではしばらくまともに動けそうにない。

 

残り滓のような力を総動員して、うつ伏せの体を何とかひっくり返す。

肺が貪欲に酸素を求めて動くのを紘汰はどこか他人事のように感じながら、黙って薄い雲に覆われた空をぼぅっと眺めていた。

目的もなく走り続けていたが、このあたりの景色には見覚えがある。気づかぬうちに訪れたこの場所は、いつかのカラオケの帰りに皆で歩いた場所だった。

樹の悩みを皆で解決し、そして樹が夢を持つきっかけとなったあの出来事。

今でもはっきりと思い出せる皆の笑い声が、紘汰の顔を再び歪ませた。

周りには誰もいないのにも関わらず、その顔を見られまいとして紘汰は両腕で自分の顔を覆い隠す。

 

その腕に、ポツ、ポツと何かが当たる感触。

空全体に薄く広がった雲から、とうとう雨が降り始めたようだ。

雨はすぐに勢いを増し紘汰の全身を打ち付けるが、しかし今の紘汰にはそんなことを気にする気力すら消失していた。

酷使して火照った体を、雨が急速に冷やしていく。

強い雨に打たれながら紘汰は、ここ数日の出来事を思い出していた。

 

 

 

数日前の放課後、誰もいないはずの教室から出てくる風と偶然出くわした。

青白い顔、覚束ない足取りで歩き出そうとしてよろめいた風の体を慌てて支えた時、いつも強気な姉の体は小さく震えていた。

尋常ではない風の様子、入り口の窓から見えた樹の担任教師の姿、そしてたった今風が出てきた場所から何があったのかすぐに察した紘汰はしかし、自分を支えたのが誰なのかすらわからないほど余裕を失った風に―――紘汰の学生服の胸元を震える手で握りしめながら、大丈夫、きっと治る、と譫言のように繰り返す風に、何も言ってやることができなかった。

 

別の日。風呂が空いたからと、呼びに向かった樹の部屋。

もしかしたら寝ているかもしれないと静かに開いた扉の向こうに、学習机に向かって熱心に何事かをやっている樹の姿が見えた。

一先ず起きていることに安心して、でも邪魔しないようにと後ろから近づいた紘汰の目に映ったのは、机の上に並んだ見覚えのある小瓶や小さな袋の山。それはかつて、夏凜が樹の為に用意したサプリメントや健康食品の数々だった。

紘汰が入ってきたことに気づいた樹が、紘汰の方に振り向いて少し恥ずかしそうに微笑んだ。少しでも早く治る様にと、夏凜に頼んで持ってきてもらったらしい。よく見るとサプリの小山の横にちょこんと置かれた紙に、夏凜の文字でびっしりと用途や用量の説明が書いてあった。

 

“早く治すから、約束、忘れないでね。”

 

樹が見せるスケッチブックに書かれた文字。一瞬強張りかけた顔を無理やり取り繕い、少し乱暴に樹の頭を撫でた紘汰は、ごまかすように樹の背中を押して風呂場へと向かわせた。

慌てた様子で部屋を出ていく樹の背中。こんな時でも腐らず、自分のできることを頑張っている妹の背中に―――結局紘汰は何も言ってやることができなかった。

 

皆を心配させまいと、普段通りに振舞いながらもふとした瞬間に不安を覗かせる仲間たち。

日がたつごとにその頻度が少しずつ増えてきて、笑顔の中にもどこか作り物めいた硬質さが混ざる様になった仲間たち。

 

そんな皆に、紘汰は何も言ってやることができなかった。

苦しむ皆を前にして、紘汰は何もしてやることができなかった。

残酷な世界の中で、結局のところ紘汰は―――ただの無力な子供でしかなかったのだ。

 

 

 

「くそっ!!!」

 

力任せに、右腕を地面へと叩きつける。

雨で柔らかくなった地面が抉れ、泥と草、そして小石が飛び散った。

叩きつけた腕は泥で汚れ、埋まっていた小石が皮膚を裂いて血を滲ませる。

苛立ちまぎれのその行動がさらなる苛立ちを生み、行き場のない感情が紘汰の中で渦を巻く。

 

いっそ、敵が来てくれればいい。

実はまだ姿を現していない十四体目のバーテックスがいて、皆の体の機能が戻らないのがそいつの仕業だったのなら。

そしてそいつを倒すことで、皆の体がもとに戻るのなら。

皆の笑顔を、取り戻せるのなら。

きっと自分はどんな強い相手だろうと戦って、何を犠牲にしてでも必ず倒してみせるのに。

ここ最近の紘汰はずっと、そう思い続けていた。

しかし何度自分のスマートフォンの画面を確認しようとも、樹海化の文字もあのアラーム音も一向に現れることはない。

 

満開を使っておよそ二ヶ月。

皆の体は一向に、治る気配を見せていない。

何もできない苛立ちと、焦りだけが募っていく。

 

「――――――――――ッッ!!!!」

 

腹の底から込み上げた言葉にならない叫び声は、どこにも届くことはなく。

ただ、雨音の中へとまぎれて消えていった。

 

 

 

 

屋根を打つ雨音を聞きながら、東郷は凪いだ心で目の前に視線を注いでいた。

東郷の視線の先には、三方が一つ。

そしてその上にあるのは、白い和紙に包まれた一振りの柄の外れた短刀。

自室に差し込む頼りない光を反射して鈍く光るその刃を、白装束に身を包んだ東郷はただただ、じっと見続けていた。

 

どれくらいそうしていたかなんて、もう覚えていない。

時間を忘れるほどの集中力で白刃を見つめる東郷の頭に響くのは、あの日の乃木園子の言葉だった。

初めて会ったはずなのに、なぜか懐かしい雰囲気を纏った彼女は言った。

満開で捧げた体の機能はもう二度と戻ってくることはない、と。

彼女が嘘をついているとは思えない。だが、自分たちにとってそれは簡単に受け止められるような内容ではなかった。定期的に検査に通う病院の医者も、いずれ治るという意見を崩してはいない。

東郷を含め仲間たちは、体が本当に治らないのかということを確かめる術を持っていなかった。

―――だがしかし、もう一つの方はそうではない。

 

覚悟を決めた東郷は、小さく息を吐くと口元を固く引き結び、車輪の半回転分ほど前に出た。

白い装束の袖を右から左と脱ぎ、さらしを巻いただけの体を外気にさらす。

残暑の時期とはいえほんの少し肌寒い。いや、そう感じるのはおそらくこれから自分がやろうとしていることに原因があるのだろう。

 

三方の上の短刀を丁寧につかみ上げ、厳かに一礼する。

そして東郷はその短刀の切っ先を、自分の腹の方へと向けた。

鋭いその刃を見つめる東郷の額には、いつの間にか汗が滲んでいた。

凪いだ心に反して目前に迫る危機を感じた体の反応は正直で、背筋が泡立つ感覚と共に額からは汗がとめどなく流れ、呼吸は乱れ始めていた。

しかし東郷はそれらを無理やり抑え込み、両手でしっかりと短刀の柄を握りしめる。

乱れた呼吸を短く浅く、規則的に整えて、最後に大きく息を吸い込んだ。

 

そして息を止め、その切っ先を―――

 

 

 

 

ゆっくりと、目を開く。

痛みは無い。それも当然だ。

視線の先、東郷の腹を貫くはずだった短刀の切っ先は、いつの間にか現れていた青坊主によって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

卵の殻の割れ目から除く無機質な双眸が、じっと東郷を見上げている。

それが、今の東郷にはなんだかとても悍ましいモノに見えて―――

 

「やっぱり…そういう、ことなのね。」

 

力を失った東郷の手の中から、するりと短刀が零れ落ちた。

落下した短刀が床へと衝突し、鈍い金属音を響かせる。

それが収まった後、部屋から聞こえるのは一人の少女のくぐもった嗚咽の声だけだった。

 

 




あけましておめでとうございます(二月)。
きゅ、旧正月だから!旧正月だからセーフ!

はい、すいません…
正月ボケを引きずってたり、CSMアマゾンズドライバーが届いたり、それで再燃してアマゾンズ見直してたりしてたらあれよあれよという間に一ヵ月。
まぁそしてお待たせした割には話も全然進んでないんですよね…。

こっからは重たい展開が続いて自然とキーボードを打つ指の方も重たくなったりはしますが、そろそろ炎神入れなおして頑張りますので今年も改めてよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話

薄く張った氷は、たやすく砕ける。

張り詰めた風船は、いずれ儚く割れ消える。

 

だからこの日が来たことも、ただの必然だったのだ。

だって彼らは今まで、それから目を逸らし続けていただけなのだから。

 

 

 

 

「どうしたの東郷。私たちに話って。」

 

十月を間近に控えたある日の週末。

東郷に呼び出された紘汰と風、それに友奈は東郷の部屋に集まっていた。

呼び出した当の本人から、要件は告げられていない。

しかし、集められたメンバーがメンバーなだけに、その内容はなんとなく察することだけはできる。

 

部屋について早々、話を切り出したのは風だった。

内心はどうあれ、努めて明るいいつもの調子できっかけを作った風の言葉に、東郷はわずかに瞑目すると

 

「三人に、見てもらいたいものがあって。」

 

と、車いすを動かして自身の学習机のもとへと向かった。

その背中を前に困惑を隠せない紘汰は、何か聞いてないかと友奈の方に視線を向ける。

しかし、友奈ですら内容については聞かされていないようで、紘汰の問いかけるような視線に、友奈はただ首を横に振るだけだった。

 

カタン、と軽い音を鳴らしながら引き出しから何かを持ち出した東郷は、未だ戸惑ったままの三人の方へと向き直る。

東郷が取り出したのは、短い長さの棒…のように見える。

長さ30センチ程度のその棒には、黒い下地に金の装飾。そして小さく青い花が彫られていた。

自身の目の前にその棒を突き出した東郷に、三人は一層首を傾げた。それが、東郷の見せたいものだという事なのだろうか。

 

そんな三人を前にして、東郷は何も言わず空いた右手を棒の端に添える。

チャキリ。と一つ音がして、その中から鈍色に光る刀身が現れた。

 

「!オイ、東郷!!!」

 

嫌な予感を感じた紘汰が、東郷に向かって駆けだした。

しかし、いくら紘汰の身体能力をもってしてもその位置からでは届かない。

露わになった刀身を、東郷は自分の首筋に向け、思い切り押し付けて―――

 

次の瞬間。青い光と共に現れた青坊主が、刃の間へと割り込んでいた。

 

「馬鹿野郎!!お前、何やってんだ!!!」

 

目の前で起きようとしていた最悪の未来が回避されたことに安堵したのも束の間、すぐさま我に返った紘汰が東郷の手から短刀をもぎ取った。

特に抵抗するでもなく紘汰の手に短刀を渡した東郷の目は不自然なほど静かで、しかしその奥に僅かに見えた暗い空虚が紘汰の背筋に冷たいものを感じさせる。

 

「あ、あんた今!精霊が止めなかったら「止めますよ。精霊は確実に。」…え?」

 

紘汰の次に忘我から抜け出した風が詰め寄る言葉に被せるように東郷が言い放った言葉。断定するようなはっきりとしたその言葉に風は勢いを止められていた。

 

「私はこの数日間、十回以上自害を試みてきました。」

「なっ…!!」

 

そしてその次に東郷の口から出てきた言葉に、今度こそ三人は言葉を失った。そんな三人の様子を気にも留めず、僅かに俯いた東郷は尚も話を続ける。

 

「切腹。首吊り。飛び降り。一酸化炭素中毒。服毒。焼身…そのどれもすべて、精霊に止められました。」

 

まるで他人事のように淡々と東郷は語る。

その表情からは、どんな感情も読み取れない。

ただただ事実を並べるように、とても信じられないようなことを東郷は口にしていた。

 

「何が…言いたいの…?」

 

風がかろうじて絞り出した言葉は、とても弱々しかった。

カラカラになった喉がひりついて、僅かに痛みを訴えている。

風は瞬きも忘れて東郷の次の言葉を待った。

でもそんなこと、聞かなくても本当はわかっている。

でも、それでも―――

 

「今私は、勇者システムを起動させてはいませんでしたよね。」

 

「あっ…そういえば、そうだね。」

 

「それにもかかわらず精霊は勝手に動き、私を守った。精霊が、勝手に。」

 

「だから…何が言いたいのよ東郷!!」

 

語気を荒げる風に対し、あくまで東郷は冷静だ。

冷静に、誰にとっても――自分にすらも、残酷な事実と推測を告げる。

 

「精霊は、私たちの意志とは関係なく動いている。という事です。…精霊は、あくまで私たち勇者の戦う意思に呼応して私たちを助けてくれる存在だと、そう思っていました。でも違った。精霊の行動に私たちの意志など関係ない。それに気づいたら、この…精霊というシステムは―――」

 

勇者を、縛り付ける存在だと思えたんです。

東郷がそう告げる中、紘汰、友奈、風の三人はいつの間にか現れていた東郷の精霊たちを見た。

精霊たちは当然のように何も言わず、ただそこに浮いているだけだ。

いつもそばにいて、守ってくれて、でも時々手を焼かせて。

それが、一体何のためだったのか。

 

「で、でも!守ってくれるなら、悪いことじゃないんじゃないかな!」

 

「…そうね。それだけなら悪いことじゃないのかもしれない。でも、精霊が勇者の死を阻止するものだとしたら…乃木さんの、言っていたことは…。」

 

「勇者は…決して死ねない…。そして、その代償は………。」

 

「戻らないって…そういう事なのかよ…っ!!」

 

勇者の不死性。そして満開の代償。

あの日、乃木園子が語ったこと。誰もが信じたくないと目を逸らした勇者の真実。

今、東郷が行った『検証』によって、少なくとも半分は正しいということが証明されてしまった。不確かな情報が、確かな事実へと変わってしまった。

 

「ちょっと待てよ。だったら…それじゃあっ!!」

 

「そう。乃木園子という前例がある以上、大赦がそれを知らないはずはない。大赦は勇者システムの代償について、知っていて私たちに隠していた。私たちは何も知らされず、ずっと…騙されて…。」

 

後ろから聞こえた大きな音に、ずっと東郷の方へと視線を向けていた紘汰はすぐさま振り返った。音が聞こえた場所、自分の背後にいたのは―――

紘汰が向けた視線の先、そこに見えたのは膝から崩れ落ちた姉の姿だった。

何かを考えるよりも先に駆け寄り、倒れそうなその体を抱き留めた紘汰に風はなんの反応も示さない。

普段の姿は見る影もなく、ただ、その大きな瞳から大粒の涙をとめどなく溢れさせていた。

 

「姉ちゃん!おい姉ちゃん!!」

 

「じゃあ………樹の…樹の声は…もう、二度と…。私…なんで…。そんなこと、知らなかった…知らなかったのよ…!体を捧げて戦う…それが勇者…。私が樹を…あなた達を勇者部に入れたせいで…!!…なんでそんなこと、知らなかったの…?」

 

血を吐くような慟哭と懺悔が、部屋の中に響いていた。

涙を流し続ける姉の体を、紘汰はただ抱きしめてやることしかできなかった。

 

 

 

 

「紘汰くん…その…風先輩は…。」

 

「友奈、俺は姉ちゃんを家まで連れていく。だから東郷のこと、見てやってくれ。…ごめんな。今回のことはお前だって…。」

 

「…わ、私は大丈夫だよ!だから、紘汰くんは風先輩のこと、しっかり休ませてあげてね。」

 

「ありがとう友奈。それじゃあ、落ち着いたらまた連絡するよ。」

 

そう言って友奈と別れ、風を連れて家へと向かう。

風は心ここにあらずといった様子で、時折何かを呟きながら危うい足取りで歩いている。

時々躓きそうになるので、紘汰は風の肩を抱きながらゆっくりと並んで歩いた。

 

今、家に樹は居ない。

朝から定期健診があり、その後はクラスメイトと遊びに出かけるといっていた。

あの歌のテストの後ぐらいから急速に仲良くなった子たちだ。樹がああなってからも、変わらず樹に接してくれる、とてもいい子たちだった。

ともかく、樹がいないことは今に限っては幸いだ。風の今の姿を見せるのは、樹にも風本人にもあまり良いとは思えない。

 

限界だ。

もう、誰もが限界だった。

横を歩く風も、さっき別れた友奈と東郷も、そしてここにいない二人も。―――勿論、紘汰自身すらも。

今、横にいる風と、東郷は特に危険だった。

風の様子は今更言うまでもない。

そして東郷は、一見冷静なように見えてはいる。

冷静に、事実を確認し状況を整理して結論を出しているように見える。

だがしかし、例え精霊が止めるという確信があったにせよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()もう、どこかが壊れかけてしまっているのだ。

 

紘汰が愛し、守りたいと強く願った日常が壊れかけている。

同じものを守りたいと、恐怖に耐えて一生懸命戦った彼女たちは今、敵ではなく自分たちの力であるはずのものに壊されようとしていた。

報われて然るべき彼女たちの献身は、清廉な心は、無残にも踏みにじられた。

誰かの為に頑張れる、勇気ある心を利用された。

 

治ると信じて頑張る樹と、それを本気で応援してくれている夏凜の姿が、浮かんできた。

空虚さを感じさせる東郷の目と、隠しきれない不安を抱えながら無理に笑う友奈の顔が、浮かんできた。

そして紘汰の腕の中では、いつも紘汰達兄妹の姉として、そして親代わりとして家族を支え続けてくれた風が泣いている。

 

怒りと悔しさで、明滅する視界。

今にも叫びだしたくなるほどの感情の奔流を、紘汰は今にも砕け散りそうなほどの力で歯を食いしばることで堪えていた。

心のなかで生まれた激情は行き場を求め、そして一つの場所へとたどり着く。

紘汰の大事な人たちを、ここまで追い詰めたのは―――

 

(姉ちゃんを騙して、皆を利用して傷つけた。どんな理由があったかなんて関係ない。―――大赦。俺は、お前たちを…絶対に、許さねぇ…!!)

 

 

 

 

普段の倍以上の時間をかけマンションへとたどり着いたころには、風の涙は止まっていた。いや、今の風の様子を思えば、枯れてしまったという表現の方が正しいだろう。

未だ茫然自失といった状態の風の手を引き、リビングに座らせる。

とてもじゃないが手慣れたとは言い難い手つきで湯を沸かし、風用のマグカップにティーパックの紅茶を注いだ。

すこしでも落ち着いてくれたら…と思っての行動だったが、風は相変わらず何の反応も示さず、ただぼぅっと正面を眺めているだけだった。

 

とにかく今は、休息が必要だ。

紘汰は風の手を取り立たせると、そのままもう一度手を引いて風を彼女の部屋まで連れていく。

風は紘汰に促されるまま体をベッドへと横たえると、やがて意識を失うように目を閉じた。

静かに寝息を立て始めた風の体に布団をかけてやった紘汰は、風の目尻に残った涙の跡を優しく拭ってから玄関へと向かった。

そしてそのまま外に出た紘汰の表情は、さっきまでの家族を気遣う弟の表情などではなく、ただ強い怒りに染め上げられていた。

 

 

 

 

蹴りつけるような勢いでペダルを回す。

普段から碌に整備もされていない紘汰の自転車は、無茶な負荷に抗議するかのようにギシギシと軋み音を立てていた。

しかし紘汰はそれを無視するように、いやむしろ壊れても一向にかまわないというように更に足に力を込めた。

競技用でもない自転車が、すさまじい勢いで街中を駆け抜ける。

 

―――直接、問い詰める。

あの状態の風を置いて一人こうして外に出てきたのは、偏にそのためだった。

紘汰は大赦に連絡する術を持っていない。また、大赦がどこに拠点を構えているのかもわからない。

だがしかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけは知っていた。

だから紘汰は、それだけを頼りに一度行ったことがあるだけのその場所へと自転車を走らせる。

 

そうして走ること数十分。紘汰は遂に目的の場所へとたどり着いた。

相変わらずボロボロなその建物の前で、乗り捨てるように自転車から飛び降りた紘汰は、そのままの勢いで中へと突き進む。

目指す場所は一番奥。そこに続く一本道を、散らばるごみを蹴散らしながら走り抜けた。

 

やがて目的の場所へとたどり着き、そこにあったのは見覚えのある錆の浮いた鉄の扉。

紘汰はそれを、一切の躊躇なく蹴破るような勢いで開け放った。

 

「戦極、凌馬―――!!!」

 

開口一番、そこにいるはずの人物の名前を叫ぶ。

今日ここに、この時間にいるなんて保証はどこにも無かった。

しかしそれでも紘汰は、その男がここにいることを半ば確信していた。

そしてその確信は違わず、飛び込んだ部屋の奥には―――

 

「おや、騒がしいと思ったら君か犬吠埼紘汰くん。全く、ノックもせず入ってくるだなんて、随分とマナーがなっていないじゃないか。」

 

戦極凌馬が、いつものように薄い笑みを貼り付けて座っていた。

 




大赦絶対許さねぇ!!
ようやく言わせることができた第36話です。

日常は遂に破綻を迎え、お話はいよいよクライマックスへ。
次回はその第一歩。プロフェッサー劇場の開幕です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話

「おや、騒がしいと思ったら君か犬吠埼紘汰君。全く、ノックもせず入ってくるだなんて、随分とマナーがなっていないじゃないか。」

 

こちらの様子など気にも留めず悠然と微笑むその姿に、紘汰の頭に再び血が上る。

行く手を阻む機材をなぎ倒しながら奥のデスクに座る戦極の元へと向かい、彼のデスクに思い切り右の掌を叩きつけた紘汰は、至近距離から戦極凌馬を睨みつけた。

しかし、その距離で紘汰の剣幕を目にしてもなお、戦極は余裕の表情を崩さない。

 

「乱暴だなぁ。今君が倒した機材、一体いくらすると思ってるんだい?」

 

「そんなことはどうでもいい!あんたには聞きたいことが――――」

 

「あぁ、そういえば君たちは散華について乃木園子から聞いてしまったんだったか。全く、ほとほと困ったお嬢さんだ。いくら乃木家のご令嬢とはいえ、我儘にも限度というものがあるだろうに。」

 

「なっ…!!」

 

わざとらしく肩をすくめ、呆れたように戦極が言い放った言葉に、紘汰は一瞬言葉を失った。

目の前のこの男は、今日紘汰が問い詰めようとした核心を―――あれほどまでに隠されていた情報を、何でもない事のようにあっさりと口にしたのだ。

 

「知ってたのか…?あんたは…あんた達は!知っててこれまで黙ってたのか!!」

 

「勿論知っていたとも。勇者システムの代償に関しては開発時点で予め予測ができていたし、乃木園子と鷲尾須美…おっと今は東郷美森だったね。ともかく二人分の確かな実証データもある。そして何より―――現行の勇者システムを開発したのは、この私だ。」

 

「…は?」

 

「本来の研究の片手間だったが、なかなかの出来だと自負しているよ。何せこれまでバーテックスに対してやや劣勢だった勇者システムの戦力を大幅に引き上げることができたのだから。その上、戦いにおいてはどうしても発生する貴重な戦力の消耗という問題すら解決できた。まぁ、それでもやはり多少の対価は必要なわけだが…でもそんなことは、それらのメリットに比べればせいぜい必要経費、といった程度さ。」

 

押し黙った紘汰を前に、戦極はまるで自分の持っている玩具を自慢する子供のように朗々と言葉を垂れ流す。

上限を超えた怒りに紘汰は表情を失い、体は小刻みに震えだしていた。

 

「じゃあ、あんたが…!あんたのせいであいつらは!あいつらを一体…なんだと思ってんだ!!」

 

「何だ…って、それは勿論『我々無辜の人々を救ってくれる勇者様』だろう?自らの身も顧みず、皆の為に戦う乙女たち。まったくもって美しい話じゃないか。」

 

「この…野郎…っ!!!」

 

気づけば紘汰は、目の前の男に向かって拳を振り上げていた。

しかし激情に任せて振り下ろしたその拳は、いともたやすく男の右の掌へと吸い込まれた。

加減も考えていなかったそれを受け止められたという事実に、紘汰の頭に驚愕が浮かぶ。

研究者然とした不健康そうなその細腕のどこにこんな力があるのか。掴まれた紘汰の拳はピクリとも動かせない。

 

「やれやれ。これだから子供というのは始末が悪い。自分が納得できないことに対してすぐに癇癪を起し、そして暴力に訴える。」

 

「黙れ!あいつらを犠牲にして…それであんたらはのうのうと!!」

 

「君は乃木園子の話をちゃんと聞いていたのかな?どうやらこの期に及んでまだこの世界の状況を理解できていないようだ…ね!!」

 

拳を支えていた力が突然消え、紘汰の体は前へとつんのめる。

何とか踏みとどまろうとした足はすぐさま差し込まれた別の足によって阻まれ、紘汰は碌な抵抗もできず硬い床へと倒れ込んだ。

呻き声をあげる紘汰を冷めた目で一瞥した戦極は、掴んだままの腕を背中側に捻り上げた上でそのまま自身の体重をかけ、紘汰の体を抑え込んだ。

 

「ぐ、ぁあ…!」

 

「わからないのならもう一度教えてあげよう犬吠埼紘汰君。我々が存在するこの世界は常に滅亡の危機にさらされている。そしてそれをかろうじて防ぐことができる神樹様の力を使えるのは、彼女達のようなごく少数の少女達しかいない。『手段を選ぶ』なんていう贅沢な選択肢は…そもそもその選ぶ選択肢すら、我々人類には残されていないんだよ。」

 

「だったら…!あんたはなんでアーマードライダーなんてシステムを作ったんだ!!これをもっと多くの人が使えれば―――」

 

「私は私の興味に従ったまでさ。私はあの果実の力に興味があった。そして『彼』はそれを使ってこの状況を変えようとしていた。確かなバックアップを受けた上で好きなだけ自分の研究ができる。その環境に魅力を感じたから手を組んだ。まぁそれも、彼が死んだ以上はそれまでの様には続けられなくなったわけだが。いやぁ、中々苦労したよ。君という素材が勇者候補の最有力たる彼女達の近くにいたことは、望外の幸運だった。」

 

悔しさに噛み締めた唇が切れ、血がこぼれ始めた。

この期に及んで紘汰は、心のどこかで“もしかしたら”何てことを思っていたのだ。

乃木園子があの日言った、“何とかしようとした人たちがいた”という言葉。

もしかしたら戦極ドライバーを開発したこの男ならば、彼女たちを案じる心が残っているのではないかと。

しかし、そんな勝手な期待はいともたやすく裏切られた。結局は、期待したこちらが馬鹿だったのだ。

この男にとって自分は、ただの実験動物程度でしかなかったのに。それなのに…あまつさえ守るための力を与えてくれたと、呑気に礼まで言って。

 

「あぁそうかよ…!あんたがそういうつもりなら俺のことは別に構わない!皆を守るためなら、俺自身はどうなったっていい!でも…何も知らないあいつらを犠牲にするなんて、許されるわけないだろ!!」

 

「許す許さないの問題じゃないとどれだけいえばわかるんだい?それにね紘汰君。君にそれを言う資格があるのかな。君に与えた…君が頼りにしているその力だって、その犠牲の上に成り立つものだというのに。」

 

「…どういう…ことだよ…。」

 

「では一つ質問をしよう紘汰君。小学生にも答えられる簡単な質問だ。―――勇者というのは、様々な部分で花を象徴としている。神樹という大木に咲き、神樹を守る色とりどりの花。それが勇者。今君たちが最も気になっている『満開』、そして『散華』。そのどちらもが花に纏わるワードだし、彼女達の衣装に刻まれている刻印も花を模っている。」

 

「それがなんだってんだ…!」

 

「まぁ落ち着き給えよここからが本題だ。花は咲いて、そして散る。じゃあ散った後は?地面に落ち、消えていくだけだと思うかい?」

 

「…まさか。」

 

「中々物わかりがいいじゃないか。―――そう。花が咲き、散ったそこには『実』が残る。私は初めに言ったね紘汰君。“神樹様のお力の一部をほんの少し拝借してそれを媒介にすることで人間に有益なものに変化させた”ものがロックシードだと。つまるところその神樹様の力の一部というのが、散っていった勇者達が残した力の残滓だということだよ。」

 

「っ!!」

 

「神樹が彼女達に与える無色に近いその力は、彼女達というフィルターを通すことによって、より人に近しい色を帯びる。その状態になった神樹の力とあの果実―――私は便宜上『ヘルヘイムの果実』と呼んでいるが―――それらが結合して生まれるのがロックシードだ。…まぁ人の意志に近いモノが混ざった結果、これを扱うためには彼女達に認められるに足る感性が必要になってしまったわけだが。それに加えて体質的な要素も加わるわけだから、仕方ないとはいえ我ながら何とも気難しいシステムを作ってしまったものだ。」

 

紘汰が初めて変身したあの日、不思議な夢の中で出会ったあの鴉は“私たちはお前に力を貸す”といった。

今の話が真実だとしたら、あの鴉の言葉の意味は―――

 

「と、まぁそういうわけだ。あまりにも弱々しいこの世界は、これまでの犠牲の上になんとか成り立っている。そして人類はその存続のため、これからも多くの犠牲を求めるだろう。今回はたまたま、君の仲間たちにその順番が回ってきたというだけの話さ。」

 

「そうやってあんた達は!そんな諦めを言い訳にして、これからもいろんなものを犠牲にし続けるってのか!!」

 

「勿論そうだとも。これから先人類が滅びるにせよ、滅びを回避する別の方法を見つけるにせよ、どちらにしても我々には時間が必要だ。我々はまだ、そのどちらの準備もできていないのだからね。勿論、君の仲間たちにはこれからもしっかりご協力いただくつもりだよ。」

 

「まだ、あいつらから奪うつもりなのか…!そんなこと、俺は絶対に許さねぇ…!敵が来るっていうなら、俺が全部倒せば文句はないだろ!!」

 

「ハハッ!なかなか面白い冗談だ。君が全部倒す?借り物とはいえ『彼の力』を使ってすら、()()()()()()()()()()()()君が一人で?我々の脅威であるバーテックスはどんどん進化していっている。今の君の力が通用しなくなる日も近いだろう。ならば聞こう犬吠埼紘汰君。それに対抗できるという根拠は何だ?君はどこで!どうやって!いつまでに強くなる!?敵が君の成長を待ってくれる保証はどこにも無いよ?―――子供の君にはわからないだろうが、大人と交渉がしたいのならばせめてそのぐらいの材料は用意してからくることだ。」

 

何も言えず悔しげに黙り込んだ紘汰を、戦極はその背中の上から楽しそうに見つめている。

黙り込みながらも我武者羅に抵抗を続けようとする紘汰の腕を涼しい顔で抑えつけながら、戦極はまるで駄々っ子に言い聞かせるように言葉を重ねる。

 

「少し大人になって、割り切り給え。何、何度も言うように君たちは貴重な戦力だ。これからも今までのように戦ってくれるのならば、こちらとしても悪いようにはしない。今後も万全のバックアップと十分な補償を約束しよう。君たちにとって何が一番いいのかをよぉく考えて―――おや?」

 

大きな警告音が鳴り響き、部屋の隅に置いてあった大型のディスプレイの電源が入った。

紘汰の目も、戦極の目も、この時ばかりはそちらへと吸い寄せられた。

ONを示す青いランプが点灯し、数瞬後、そこに映し出された映像には―――

 

「姉ちゃん!!東郷!!!」

 

勇者服に身を包んだ、二人の姿が映し出されていた。

その両の瞳から涙を流し、見たことの無いような怒りの形相で大剣を手に空を駆ける風と、覚悟を決めた表情で手に持つ銃の銃口を神樹へと向ける東郷。

二つのウィンドウにそれぞれ映し出された二人の様子は、明らかに尋常ではない。

 

「これは参った。どうやら緊急事態のようだ。東郷美森は言わずもがな。そして犬吠埼風の向かっている方向は―――あぁ、そういえば彼女は大赦の場所を知っているんだったね。となれば彼女の目的は…。」

 

紘汰の背中の上、空いた片手で端末を操作する戦極。

その後すぐに画面へと映し出されたのは、小さな別のウィンドウと、そこに映った他の仲間たちの姿だった。

 

「他の三名は…どうやら犬吠埼風の元へ向かったようだ。となれば問題は東郷美森の方だな…ちなみにアーマードライダーにはこういったときに勇者を鎮圧する役目もあるわけだが、君は「誰が!」…だろうね。だとすれば乃木園子…も、動くわけがないか。やれやれまったく本当にこれだから子供というのは…。ならば仕方ないな。貴重な戦力を失うのは痛いが―――」

 

「おい…一体何を、言ってるんだ…?」

 

「先ほども言った様に、勇者システムというのは人知を超えた外敵に対する唯一の対抗手段だ。その力は凄まじく、そして死ぬことも無い。そしてその力を扱うのは、十代の少女達―――そんな危険な存在に、我々大人が保険をかけていないとでも思うかい?」

 

酷薄な笑みを浮かべながら、戦後は懐から別のものを取り出した。

取り出したそれを、わざとらしく紘汰の視界、ぎりぎりまで近づける。

紘汰の目に僅かに映ったのは、何かしらのボタンがついた、掌に収まる程度の小さな端末。

保険…?…まさか…まさか―――っ!!!!

 

「て、めぇ!!!」

 

「おっと危ない。こらこら、少し大人しくしていなさい。こんな物でも誤作動防止の為にそれなりに複雑な手順が必要なんだ。そう暴れられては手元が狂ってしまう。」

 

「黙れ!!やめろ戦極!!今すぐそれから手を放しやがれ!!!」

 

「はぁ…。何度も言うがこれは仕方のないことなんだよ。今この世界に住むすべての人々の命とたった一人の命。どちらがより優先されるかなんて考えるまでもないだろう?あぁ、そうか。お友達を見殺しにするのが心苦しいというのなら、私が言い訳を用意してあげよう。そうだね、例えば…まず、彼女達が苦しんでいるのは現行システムを開発した私のせいだ。そして今君が動けないのも、君を押さえている私のせいだ。更にこれから彼女が死ぬのだって―――全部、全部私のせいだ。君は何一つとして悪くない。ほら、納得できたかい?できたなら…少しの間静かにしていてくれないか!」

 

「がっ…!!」

 

更に強くひねり上げられた腕に激痛が走る。

背中に膝を押し込まれ、呼吸すらできなくなった。

今すぐ戦極を止めなければ、東郷が死ぬ。

それがわかっているのに押さえつけられた体はピクリとも動かない。

 

―――くそっ!!…ちく、しょう…っ!!

 

また、何もできないのか。

皆を守った気になって、守れる自分になれたと勘違いして

 

―――うん!約束だよ!―――

 

―――うん!約束!あー楽しみだなぁ!!―――

 

守れもしない約束をして、いい気になって…!

そしてまた、結局このまま何もできずあれほど大事だと言っていた仲間を見殺しにするのか…!!

 

「…がう。」

 

「ん?何か言ったかい?」

 

皆を騙した大赦が許せなかった。

今、身勝手な理由で東郷の命を奪おうとする戦極が許せなかった。

でも違う。

何よりも、誰よりも許せないのは、何もできなかった無力な自分だ。

でも―――

 

「俺は…納得なんかしない…!できなかったことを言い訳にして、今から目を逸らしたりなんてしない…!!俺は確かにこれまで何も守れていなかった…守れた気になって喜んでただけのただのガキだ…!それでも…っ!!!」

 

捻られた腕に、力を込める。

そこからミシリと音がして、感じる痛みは腕が千切れたかと錯覚するほどだった。

 

「できなかった自分に絶望して、諦めて立ち止まるような俺を、俺は絶対に許せない…!後悔したって、皆の苦しみは軽くなったりしない!ここで止まってしまったら、今あるものも、これから先の未来もなくしちまう!!だからっ!俺はっ!!ぐ、ぅおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

「それ以上はやめておいた方がいい。どれだけ頑張ったところで私は手を緩めるつもりはない。頑張ったところで所詮、君が腕を痛めるだけ―――おっと。」

 

紘汰を押さえつけていた腕から、突然ガクンと力が抜けた。

そしてそう認識したときにはもう、戦極は地面に打ち付けられていた。

一瞬遅れてやってくる、右頬への鋭い痛み。

先ほどまでいた場所に目を向けるとそこには、右腕をダランとぶら下げながら、左の拳を振りぬいた紘汰の姿。

茫然とする戦極を尻目に、紘汰は足元に転がる端末をすぐさま踏み砕いた。

そして外れた肩を無理やり押し込み、苦悶の声も気力で押し殺しながら目の前にへたり込む戦極―――この世界を動かす大人たちに向かって宣誓の声を上げた。

 

「諦めて見捨てることが大人だっていうのなら、俺は子供のままでいい。仕方がないって言葉でごまかして、諦めることなんて俺にはできない…!たとえあいつら自身が自分のことを見捨てたとしても、俺だけは絶対最後まであがき続けてやる!そうだ…俺が本当に欲しかったのは―――そのための力だ!!!」

 

そのまま紘汰は、振り返ることなく外へと向かった。

夕暮れの空を見上げる紘汰の手には、タンポポの意匠が刻まれた錠前が握られている。部屋を出る前に、ついでとばかりに掴み取ってきたものだ。

その錠前の掛け金を引いて目の前へと投げる。

するとすぐに錠前は変形と共に巨大化し、あの日見たエアバイクへと姿を変えた。

 

姉の方には、友奈達が向かっている。

大事な家族だ。なるべくなら勿論自分が向かいたい。

でも、それでも友奈にだったら任せられる。そんな無形の信頼が紘汰の中には存在していた。

ならば、今すべきことは―――

 

「俺は東郷を止めに行く。―――姉ちゃんの事、頼んだぞ友奈。」

 

『オレンジアームズ!花道!オン、ステージ!!』

 

橙色の鎧をその身に纏い、紘汰は黄昏の空へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいたたた…。本当に子供という生き物は手加減というものを知らないね…。なぁ、君もそう思わないか?」

 

見事に腫れあがり熱を持った右頬を擦りながら、戦極は先ほど紘汰が出ていった部屋の入り口に向かって声を掛けた。

誰もいないはずの部屋の中に戦極の声が響いて一拍後。扉の影から音もなく現れたのは、白い仮面を身に着けた一人の大赦の神官だった。

 

「あなたが悪いんでしょう。わざわざあんな言い方をして…それにしても随分手ひどくやられたものですね。」

 

「そう思うのなら、助け起こしてくれてもいいと思うが…あぁ、そうかい。ま、別にいいけどね。…やれやれ、どこに行っても嫌われ者だな私は。」

 

そんな言葉を吐きつつも顔だけはどこか楽しげな戦極は、立ち上がり白衣についた埃を払うように手で数度叩くと、砕けて地面に散らばっている()()()()()()()()()()を拾い上げ、そのまま近くのごみ箱へと放り込んだ。

 

「それで、これからどうするのですか?あなたは―――いえ、私たちはあまりにもあの子達を追い詰めすぎた。今のあの子たちの状態を思えば、最悪の事態だって起こりうる。」

 

「そうなったらその時さ。それで滅ぶようならば、人類など所詮その程度のモノだったんだろう。そうじゃなくても限界は見えているんだ。それが遅いか早いかの違いでしかない。」

 

「…。」

 

達観したような戦極の言葉に、仮面の――声からすれば女性――の神官は何も言わなかった。

それに大した反応もせず、戦極は乱れた着衣を軽く直しながら再びディスプレイ用の端末を手に取った。

手慣れた手つきでそれを操作すると、ディスプレイには当然のようにダンデライナーを駆る紘汰の姿が映し出される。

そのまま自分用の椅子に行儀悪く腰掛けた戦極は、まるでお気に入りの映画でも鑑賞するかのように画面をじっと眺め始めた。

 

()()()()()()()()()()()この世界において、人類の滅びはもはや定められた事象でしかない。神の怒りに触れた人類は、やがては根絶されるだろう。―――だがもしも…その運命を変えることができるとするならば、それを為す存在はたった一つしかない。神の運命(さだめ)を覆すのは、いつだって『英雄』の役割なのだから。」

 

「彼ならば…そうなれると…?」

 

「さぁ?それはわからない。どちらにしてもここからは彼ら次第だ。所詮我々にできるのは、精々この程度のお膳立てぐらいさ。だからまぁ、部外者は大人しくここで見ていようじゃないか。この世界の行く末、それが決まる瞬間という奴を。」

 

戦極はそれ以上何も言わず、再びディスプレイへと視線を集中させた。

神官はそれを一瞥し、自分もまた同じ画面へと目を向ける。

画面に映る子供たちの姿を見つめるその表情は、仮面に隠されてわからない。

ただ、胸の前に置かれた彼女の手は、無意識のうちにギュッと強く握られていた。

 




オリ設定満載な第37話。宣言通りプロフェッサー劇場でした。

本作におけるロックシードの設定はこんな感じです。
結びついている力というのは原作勇者の章最後の方に出てきた影たちのこと。
認められた本人にしか本来の力は使えないっていう設定ですのでジンバーメロンもメロンエナジーより弱体化するといったところです。

新キャラ登場と共にキーワードもチラホラと。
今後オープンになる設定に関して気づいた方もいらっしゃると思いますが、正式にオープンにするまで言及は避けていきたいと思いますので感想等でもそのあたりはお控え頂ければ幸いです…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話

UA3万突破!皆様いつもありがとうございます!
これからも引き続き頑張ります!


“姉ちゃんを頼む”

 

勇者服に身を包み、海岸沿いを全力で駆ける友奈の元へ届いた一通のメッセージ。

その短い一文に込められた紘汰の想いを、友奈はしっかりと受け取っていた。

 

誰よりも仲間と家族を大事にする男の子が、その大事な家族のことを他の誰かに任せると言っている。

きっと、それと同じぐらい大事な『何か』の為に、今彼は頑張っているのだ。

それがどんなことなのかは、今別の場所にいる友奈にはわからない。

でも、離れたところで頑張る友達の存在が、そして自分に向けてくれた信頼が、ともすれば萎えてしまいそうな友奈の心を奮い立たせてくれていた。

向こうのことも気になるのは確かだが、そちらには友奈が同じぐらい信頼を寄せる紘汰が向かってくれている。

ならば友奈が今するべきことは、彼の向けてくれた信頼に応えることだ。

それに、そうじゃなかったとしてもいかなくちゃいけない理由が友奈にはあった。

 

遠くから、激しい剣戟の音が聞こえてくる。

強くぶつかり合う金属同士が発するその音はまるで、それを発生させている当人の悲痛な叫びのようだった。

その発生源を目指して走り続けていた友奈の視界に、夕日を背景に向き合う二つの影が映る。

手に持っていたスマホを格納した友奈は拳を強く握りなおすと、二つの影の元へと向かうため、地面を強く蹴りつけた。

悲しいぶつかり合いを、止めるために。

 

 

 

 

「大赦は全部知っていた!満開の代償も!私たちがどうなるのかも!知ってて全部秘密にして…私たちを生贄にした!!」

 

剣を振るう。

涙と怒りと絶望を全てぶつけるように、ただ剣を振るい続けた。

今の風の心にはそれ以外に何もなく、体はこれから行う復讐を邪魔しようとする目の前の相手を排除するためにだけ動いていた。

例えその剣を向けている相手が大切な仲間の一人だとしても、溢れ出した感情は、そしてその感情に突き動かされた体はもう、風自身にも止めることはできなかった。

 

切掛けは『イオナミュージックの藤原』と名乗る女性からの、一本の電話だった。

内容は樹へ宛てた、ボーカリストオーディション一次審査の合格通知。

本来ならば、驚いた後皆で喜んで、そしてささやかなお祝いをしながら一人だけ秘密にされていたことに拗ねる風を紘汰と樹で必死に宥めて、それで最後は笑い合って―――そんな幸福な未来をもたらしてくれるはずだったその電話は、今このタイミングにおいては最悪の凶報に変わっていた。

電話を取り落とし、整理しきれない頭のまま樹の部屋へと入った風は、そこに放置されていた樹のパソコン、そしてその中にある『オーディション』と書かれた音楽ファイルを開く。

 

そこで風は初めて知ったのだ。

樹の夢。樹の想い。

―――そしてそれが、二度と叶う事は無いということを。

 

それを知ってしまった時、風の心をぎりぎりの所で押しとどめていた最後の堰は粉々に砕け散り、その瞬間、彼女の感情は怒涛の如く溢れ出した。

 

大上段から振り下ろされた大剣を、二刀を頭上で交差させることで受け止める。

そのあまりの重さに、受け止めた夏凜は思わず表情を歪ませた。

いや、夏凜の表情を歪ませる理由は決してそれだけではない。

目の前で涙を流す風、そしてぶつかり合う剣からは彼女の苦しみが痛いほどに伝わってくる。

しかし夏凜には、そんな風に対してどうすればいいのかわからなかった。

『大赦の勇者』としてならば、やるべきことは決まっている。

そもそも夏凜が今ここにいるのは大赦の指示があったからだ。大赦のこと、そして自分の役割を考えるのならば速やかに風を制圧するのが正解だと、夏凜の中の冷静な部分が告げている。

長い期間正式な訓練を受けてきた夏凜と違い、多少の実戦経験は積んでいたとしても風はやはり素人だ。その上風は冷静さを欠いており、怒りに任せた攻撃は一撃の威力は大きくてもはっきり言って隙だらけだった。

風を制圧する。それ自体は勿論可能だ。

しかし、ただの『三好夏凜』の感情はそれを望んではいなかった。

 

「やめなさい風!大赦を潰すなんて…そんなこと…!!」

 

「黙れ!あいつらは私たちを利用したんだ!戦い続けてボロボロになった勇者が前にもいたのに…!全部…知っていたのにぃいいいいいいいいいいい!!!」

 

「く、ぁあ!」

 

掬い上げるような横薙ぎの一撃を受け、夏凜の体が一瞬浮き上がる。防御の上から貫いてきた衝撃に夏凜は苦悶の声をあげた。

勇者としての判断を下せない夏凜の動きもまた、精彩さを欠いていた。

風の斬撃を受け止め続けてきた両腕は徐々にしびれ始めている。

無慈悲に押さえつけることもできずにただひたすらに受け止め続け、でも夏凜にはそれ以上どうすることもできない。

勇者としてではない三好夏凜はこんな時に語る言葉を持ってはいなかった。

 

「なんでこんな目に合わなきゃいけない!なんで樹が声を失わなきゃいけない!なんで夢を諦めなきゃいけない!」

 

「!?しまっ―――」

 

慟哭と共に何度も振り下ろされる斬撃に、とうとう限界を迎えた夏凜の手から刀が弾き飛ばされた。

そして無防備になったその頭上に、再び剣が振り上げられる。

 

「世界を救った代償が、これかぁあああああああああああああああああ!!!!」

 

やられる。

そう思って目を閉じた夏凜の前に―――桜色が飛び込んだ。

 

「ダメです先輩!!」

 

「っ友奈!」

 

桜色の光が、風の大剣を受け止めている。

夏凜の前に割り込んだ友奈は、ありがとうと言うように背後の夏凜を一瞥するとまたすぐに風へと視線を向けた。

友奈のまっすぐな瞳に見つめられ、風の顔に一瞬動揺が浮かぶ。

しかしそれもすぐに怒りに覆いつくされ、風は握った剣に更に力を込めた。

 

「どきなさい!」

 

「嫌です!先輩が人を傷つけるところなんて、見たくありません!」

 

「っ!こんなこと、許せるかぁああああああああ!!!」

 

剣を振るう。友奈が受ける。桜色の光が舞い散った。

精霊の防御が発動し、友奈の刻印に一つ、光がともる。

 

「わかってます!それでもっ!」

 

風の攻撃は止まらない。自分ではもう、止められなかった。

繰り返される攻撃を再び受け止めた友奈の手の甲に、宿る光がまた一つ。

 

「もし後遺症のことを知らされていたとしても、結局私たちは戦ってたはずです!世界を守るためにはそれしかなかった!そこまでしても守りたい大切なものがこの世界にはあるんです!だから誰も悪くない。大赦の人も…風先輩だって!!」

 

「っ!!」

 

今の風を突き動かす激しい感情は怒りだ。

風の大切なものを傷つけた存在に対しての強すぎる怒り。

それを壊すまで風は止まれない。

始めに大赦。そしてその次はきっと―――

 

「それでも!知らされてたら私は皆を巻き込んだりしなかった!そしたら少なくとも皆は…樹は!!どうしたらいいのよ!私が皆を巻き込んで…皆があんなことになったのに私は…私は!!!だから私がっ!!!!」

 

剣と拳とがぶつかり合う。四枚目の花弁が色づいた。

それに気づいた背後の夏凜は思わず息を詰まらせた。

勇者刻印にともるその光は、“力”の蓄積具合を示す指標だ。すべてを知ってしまった今、その光が意味するものは彼女達にとってあまりにも重い。

 

「ダメよ友―――!!」

 

「風先輩!そんなの違う…ダメです!!」

 

「何が―――違うのよ!!」

 

跳躍と共に叩きつける大上段の斬撃。それに友奈は拳を合わせた。

刀身に正面からぶつけられた右のアッパーが、大剣ごと風の体を押し戻す。

初めての反撃を受け、たたらを踏んだ風はその時ようやく気が付いた。

友奈が振りぬいた右の拳。そこに輝く、五枚の花弁に。

 

「友奈…!?そんな…わ、私は…また、私は…!!」

 

「いいんです、風先輩。」

 

「いいわけない!私のせいで、また、あんたは…っ!!」

 

大剣が、風の手から零れ落ちる。木製の床に落ちた剣が、ガラガラと大きな音を立てた。

空いた両手で頭を抱え、いやいやと言うように力なく頭を振る風へと友奈は優しい視線を向ける。

 

「いいんです。だって私は勇者で―――風先輩の仲間だから。私たちのために、そんなにも怒ってくれる風先輩だから、私はこうしたいんです。例え何を失ったとしても、風先輩や皆がいる世界を守るためだったら、私はいつだって自分の意志で戦います。」

 

「友…奈…。」

 

動きを止めた風の体を、小さな腕が後ろから抱きしめた。

振り向かなくてもわかる、慣れ親しんだその感触は風の大切な妹のもの。

言葉を発せない樹は、せめて心は伝わるようにとその両腕に思いを込める。

いつも一人で抱え込んでしまう大好きな姉の苦しみを、少しでも癒してあげられるように。

そしてその想いは。姉を一心に想う妹の気持ちは、妹を想う姉の心に届かないはずはなかった。

 

「い…つき…。う…うぅ…うぁ、あああ…。ごめんね樹…。ごめんね皆…っ。私が…勇者部なんて作らなければ…っ。」

 

後悔と自責の念に押しつぶされ、泣き崩れる風の目の前に、一枚の紙が差し出された。

それは、いつか皆で書いた樹への寄せ書き。

勇者部の五人が樹の為に書いてくれた、樹の大事な宝物。

誰かを想う皆の心が詰まったその宝物の、欠けた最後のピースを埋めるように、樹が自分の素直な気持ちを書き記す。

 

“勇者部の皆に出会わなかったら、きっと歌いたいって夢も持てなかった。勇者部に入って本当に良かったよ。 樹”

 

引っ込み思案で、いつも風と紘汰の背中に隠れているだけだった樹は、勇者部に入ったことで変わった。自分の家族以外に大切な人たちができて…そんな大切な人たちが背中を押してくれたから、樹は今までとは違う自分に変身できた。

そして生まれた“大切”の輪は、今も大きく広がり続け、狭かった樹の世界を広げ続けてくれている。

風が作った風の勇者部は、もう風だけのものではない。

樹がいて、紘汰がいて、友奈がいて、東郷がいて、そして夏凜もいて。

風の勇者部はもう既に、皆の勇者部に―――皆の大切な居場所に変わっているのだ。

 

樹の想いを感じ、さっきまでとは別の涙を流す風の肩に手が置かれた。

向けた視線の先には、微笑みを浮かべる友奈と照れ臭そうにそっぽを向いた夏凜の姿がある。

 

「風先輩、私も同じ気持ちです。だから、勇者部を作らなければなんて、そんな悲しいこと言わないでください。」

 

「わ、私もっ!…その…あぁもう!…そうよ。これでも結構気に入ってんのよこの場所が。」

 

「友奈…夏凜…皆…あぁ…ああああ…うあああああああああ」

 

暖かい皆の想いが、傷ついた風の心に沁み込んでくる。

風は両親がいなくなって以来初めて、幼い子供のように泣きじゃくった。

そんな姉の頭を、樹は大事に抱え込むように抱きしめる。今よりもっと幼いころ、姉が自分にそうしてくれたように。

樹に抱きしめられながら続く風の泣き声は、波の音と混ざり合いながらいつまでも響き続けていた。

 

 

 

 

しばらくして風が落ち着いてきたころ、友奈のスマホに一通の連絡が届いた。

差出人は友奈の予想通り、別の場所にいる紘汰からだった。どうやら向こうも何とか落ち着いたらしい。

詳しい状況はわからないが、紘汰は友奈の親友のことを助けにいってくれていたようだ。

感謝の言葉と共に、これからみんなでそっちへ向かうと返信した友奈は、風の方へと向き直った。

 

「紘汰くんから連絡が来ました。今、東郷さんと一緒にいるみたいです。あっちも色々あったみたいですけど…。」

 

「紘汰が…そう…。」

 

「行きましょう風先輩。私たち、もっと皆で話さなきゃいけないことがたくさんありますから。勇者部五箇条、悩んだら相談。そして、なせば大抵なんとかなる、です。皆一緒ならきっとなんとかなるって、そう思うんです私。」

 

そうだよね、紘汰くん。

視線の先に見えるのは、どこか彼を思い出させるオレンジ色の空。紘汰達がいる方向に向かって、友奈は心の中でそう呟いた。

 

 

 

 

そして時間は友奈達四人が動き出す少し前へと遡る。

 

大きな炸裂音と共に樹木の破片が飛び散り、煙が立ち上った。

自身の武器である狙撃銃のスコープを覗いていた東郷はそこから目を外すと、たった今放った銃弾がもたらした結果を視認してわずかに眉を顰めた。

 

「やはり、そう簡単にはいかないわね。」

 

東郷が今立っているのは四国結界の最外縁。神樹様の結界と外界との境界線。

そこに広がる外壁―――四国を守るその外壁に向けて、東郷は銃を向けていた。

東郷が見つめるその外壁は、東郷の銃弾を受けて大きく抉れている。

しかしそれは、東郷の求める結果にはまだ足りてない。

 

「でも、確かに効いている。それなら、数を―――」

 

「東郷!!!」

 

東郷しかいなかったその場所に、別の声が轟いた。

噴射音を響かせながら現れたのは、いつか見た奇妙な乗り物にまたがったオレンジ色の鎧―――アーマードライダーへと変身した紘汰だった。

 

「紘汰…君…。なんで…。」

 

茫然とする東郷を尻目に、ダンデライナーを乗り捨てた紘汰は彼女の目の前へと着地した。

仮面越しに、二人の視線が交錯する。

正面から見た東郷の顔。そこに浮かんだ絶望と、悲壮な覚悟に仮面の中の紘汰の表情は悲しみに歪む。

しかし、それも一瞬の事。

決意と共に表情を引き締めた紘汰は、強い視線で東郷を見つめると、視線をわずかに逸らした東郷に向けてはっきりと言い放った。

 

「―――そんなの決まってる。東郷。お前を、助けに来た。」

 




何がつらいってこの部分。
書くこと自体に加えて確認の為に見直すのがそれはもうつらくてつらくて…。
書くための気持ち作るのが非常に大変でした。

…だからPSストアでセールしてたPS4版スパイダーマンに逃げてプラチナトロフィー取るまで熱中してしまったことも仕方のないこと。うん、きっとそう。…ゴメンナサイ

さて、次回は紘汰君のターン。
原作で説得に成功しているイメージがあまりない紘汰君は東郷さん相手に一体どうするのか。…どうしよう。
と、言うことでまたしばしお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話

「はじまった…かな。」

 

遠くの方で起きた力の高まり。

それを病院のベッドの上で感じ取った園子はぽつりとそう呟いた。

 

十回以上の満開と散華を経験した園子の体は今、この世界の人間で最も神樹様に近いといっても過言ではない。病室としても異様なこの個室で、《祀られる様に日々を過ごさなければいけない》のもそれが理由だ。

そしてその特殊な体は、僅かではあるが勇者システムを介さずとも神樹様の力を使えるという能力を園子に授けていた。

とは言えたいしたことができるわけではないし制約も色々多いが、それでも“戦闘終了後の転移システムに介入して転移先と転移する人物を指定する”なんてことができるようになった園子にとって、どれだけ距離が離れていようとも“勇者システムが使われているかどうか”という事ぐらいは特に意識せずにでも感知することはできる。

最初は誰かが使っているのがわかる程度であったが、縁を繋ぎなおした今となっては誰がその力を使っているかまでわかる様になっていた。

 

自然光の差さない病室の中で園子はわずかに目を伏せる。

それは、道を選んだ大切な友だちに思いを馳せる仕草でもあったし、あまり見たくない風景から目を背けるために体に染みついた動作でもあった。

園子が体を預けるベッドの正面。そこには小さな鳥居が置かれている。

鳥居というのは言ってみれば境界だ。内と外、俗世と神域を分けるその境界線は、外の世界と園子の居る場所とを線引きするために存在していた。

先ほど()()()()()()といったがこれは正確ではない。今の園子は正しく現人神として()()()()()()のだ。

 

勿論、本人が望んだことではない。だが、大人たちが何故そうするのかということも聡い園子には理解できてしまうから、園子は不満を口にすることはあっても我慢していた。

辛くないわけじゃないけれど、それでも今は随分とよくなった。

だって、もう一人の大事な友だちがいつもそばにいてくれるのだから。

 

「…本当によかったの?園子。」

 

その大事な友だち―――銀が、黙ってしまった園子を見ながらそう尋ねた。

心配そうに自分を見つめる銀の方へと顔を向けた園子は、彼女を安心させるように静かに微笑みながら言葉を返す。

 

「うん―――これから先、何を選ぶのかはきっと、今戦っているあの子たちが決めることだと思うから。だから私はこれでいいんだよ。全部を知ったわっしーが、例え何を選んだとしても私は『わっしーの友だち』として最後まで味方でいてあげたいんだ。」

 

数日前、今は『東郷美森』として生きているかつての友だちは、全てを知るためにこの病室へやってきた。

そんな彼女に園子は、自分が知っている限りのことを余すことなく全て伝えた。例え全てを伝えることが彼女達を傷つけることになったとしても、何も知らないままでいることはもっと悲しいことだと思うから。

案の定全てを知り、深く傷ついてしまった彼女を見て園子は決めたのだ。いや、そんなことはもっと前から決めていた。

例え世界の誰もが彼女の選択を責めたとしても、最後まで味方でいることを。

 

「勝手に決めちゃってごめんねミノさん。でも、私は…」

 

「いいんだ。アタシも園子と同じ気持ちだよ。…それにアタシは、皆が一番大変な時に何もしてあげられなかったから…。でも園子は…貴虎さんのことだって…。」

 

悔恨を滲ませながら俯いた銀の手を、園子は優しく包み込むように握りしめた。

長い昏睡から目覚めた銀は、自分が眠っている間に起こったことを知って以来ずっと強い自責の念を抱えていた。銀が悪いだなんて誰も思ってないし、何度も口に出してそう伝えていてはいるけれど、銀の中に蟠ったその想いが消えてなくなることはなかった。

それが銀本人の優しさや責任感から生まれる感情である限り、誰が何を言ったところで仕方ないことなのかもしれない。それでも、園子はそれを伝えることをやめたりはしなかった。

 

「そんなこと言っちゃダメだよ。私たちが今ここにいられるのはミノさんのおかげなんだから。私はね、ミノさんが一緒にいてくれるだけでとっても幸せなんだ。それにね…」

 

「園子?」

 

「お兄ちゃんが戦ったのはきっと、私たちが自分で選べる未来を残してくれるためだったと思うんだ。使命だとかお役目だとか…そうやって誰かから決められたとかそういうのじゃなくて…私たちが本当にやりたいこと、やらなきゃいけないことを私たちが決めれるように。なんて、私が思ってるだけだけど…でも大丈夫だよ。ミノさんも知ってるでしょ?お兄ちゃん、妹にはとっても甘いんだから。…お小言は…う~ん、言われちゃうかもしれないけど、でも最後にはいつだって“仕方ないな”って許してくれるんだよ。」

 

最後は冗談めかして言う園子に、ようやく銀の表情も和らいだ。

無愛想で不器用だけどそれでも隠し切れない優しさがにじみ出るあの背中は、いなくなった今だって鮮明に思い出せる。

 

「そうだね…『虎兄ぃ』は確かにそういう人だったよね。」

 

「そうだよ。…それとね、私たちがわっしーを大切に思っているのと同じぐらい、『美森ちゃんの友だち』だってそうなんだよ。だからそんなあの人たちが今のわっしーのこと、放っておくわけないって―――そう、思うんだ。」

 

 

 

 

「そこをどいて紘汰君。」

 

何も言わず射線の間に佇むだけのオレンジ色の鎧姿。

これから全てを終わらせようとしている自分の前にやってきた男の子がどんな表情をしているのか。それは仮面の下に隠れてわからない。

しかし相対する東郷が感じていたのは恐怖だった。やってきたときに紘汰が言った言葉ももはや覚えてはいない。黙っているだけの紘汰が自分を責めているような気がして…東郷はその顔を正面から見据えることができないでいた。

 

そんな東郷を前にして、紘汰は黙ったまま一歩踏み出した。

地面を踏みしめる音がやけに大きく響いて、東郷はびくりと肩を震わせる。

 

「っ!止まりなさい!!」

 

東郷が咄嗟に放った銃弾が紘汰の横顔をかすめながら斜め後ろの地面へと着弾し、衝撃音と共にやってきた爆風と破片が紘汰の背中を撫でる。

しかし紘汰の歩みは止まらず、一歩一歩と歩を進め、東郷にその手が届く位置でようやくその足を止めた。

 

「なぁ東郷。もう、やめようぜ。」

 

紘汰の口から出てきたのは、驚くほど穏やかな声。

紘汰は東郷のことを怒ってもいないし責める気もない。最初に言った通りただ、止めに来ただけなのだ。

それなのにそう感じていたのはきっと、東郷自身が―――

 

ぐっと、歯を食いしばる。

それでも東郷は止まらない。溢れそうになった本当の心を無理やり心の奥に押し込んで、吐き出すように発するのは否定の言葉。

 

「…められない。やめられるわけない!私が…私が皆を救わなきゃ!世界を終わらせて戦いから解放しなきゃ!そうじゃないと皆は…友奈ちゃんは!!」

 

あの日病室で乃木園子からすべてを聞き、そして今日この目ではっきりと見た。

結界を出た先に広がる地獄のような光景は、自分たちの戦いが終わらないということをまざまざと東郷に知らしめていた。

 

「世界はもう滅んでいる。結界の外では星が丸ごと炎に包まれていた。炎の中には数えきれないぐらいの化物がいて―――そしてバーテックスが生み出され続けていた。“十二体倒せば終わり”だなんて都合のいい話は無かったのよ…。そんなことで神の怒りは収まらない。戦いを終わらせるにはもう、世界を終わらせるしかないじゃない…。だから私は覚悟を決めたのよ。それが…間違ってるっていうの!?」

 

全てを知って、いろんなことを試して確かめた結果、それしかもう考えられなかった。だから東郷は覚悟を決めたのだ。

しかし、語気を荒げる東郷を前にしても紘汰はあくまで静かにそしてはっきりと告げる。

 

「…あぁ、間違ってるよ。」

 

「っ!…どうしてよ…。バーテックスが生まれ続けるなら、私たちは戦い続けるしかないのよ…?戦って、また失って、そしてずっと苦しみ続ける…。そしてあなたはそんな私たちを放っておけない。私たちの為に戦い続けて、いっぱい体を傷つけて…それでも戦って、最後はきっと………死んでしまう。前任者の…乃木さんのお兄さんみたいに。」

 

勇者と世界の真実に加えて、東郷はアーマードライダーについてもすべてを聞いていた。前の勇者達…自分たちと一緒に戦ったアーマードライダー『斬月』の戦いとその顛末を。勇者達を守るために戦い、そして散っていった彼の結末は、恐ろしいほどに今の紘汰と重なっていて、まるで紘汰の未来を暗示しているように思えたのだ。

自分だけならまだ耐えられた。自分が頑張れば皆が笑っていられるなら、それでもいいと思えたはずだ。でも、現実はそうじゃなかった。

このまま戦いが続けば、東郷の守りたかった一番大事な人たちが苦しむことになる。そしてそれは東郷にはとても耐えられるものではない。

 

東郷が想像を絶する苦悩の末に行動を起こしたことは、勿論紘汰にだってわかっていた。でも、それでも紘汰には東郷が間違っているとはっきり言える根拠があった。だから、言う。

 

「ありがとな東郷。頭のいいお前だから、俺たちの為にきっといっぱい悩んで考えてくれたんだよな。でもさ、やっぱり間違ってるよ………だってお前、泣いてるじゃねぇか。」

 

「…え?」

 

「俺は皆が大好きだ。皆と一緒に過ごしたこの世界も…だから、これから先もずっとそんな世界で皆と一緒にいたい。お前だって本当はそう思ってんだろ?だから、そんな風に泣いてるんだろ?」

 

「ち、違う!私は覚悟を決めたの!だから泣いて…なんて………どう、して…。」

 

「皆と一緒にお前が最後に笑えるならそれでもいい。でもお前は、本当はやりたくないとことをやらなきゃいけないことだって思い込んで自分を追い詰めてる。それじゃ誰も救われない。だから俺はお前を止める。お前自身に苦しめられてるお前を助けてやりたい。だから今、俺はここにいるんだ。」

 

覚悟と共に捨てたはずの涙が、いつの間にかあふれ出していた。涙と共に決意すら流れ出てしまいそうな気がして東郷は必死にそれを止めようとするが、一度流れ出した涙はもう自分の意志では止められなかった。

 

「で、でも私はもう…!」

 

「馬鹿だな東郷。お前、あんなに頭いいのにさ。俺たち今までどれだけ失敗してそのたびにお前に助けてもらってきたと思ってんだ。だから、今回は俺たちにお前を助けさせてくれよ。あんまり頼りにならないって思われてるかもしれないけど、間違った方に進もうとする仲間を引き留めることぐらいはできるつもりだぜ。」

 

「私はもう神樹様に銃を向けたのよ!この世界を裏切ったの!!今更許されるわけ―――」

 

「そうかよ。それじゃあ―――!」

 

そう言うと紘汰は無造作に左腰に装着されている無双セイバーを引き抜いた。

そして茫然としている東郷の目の前で振り返ると、先ほど東郷が作った外壁の窪みに向けて光弾を叩き込んだ。

爆発音とともに破片が飛び散り、外壁の窪みが一回り大きくなる。

通常ならば五発分でも東郷の狙撃銃一発分にも満たない威力であるはずだったが、やはり神樹由来の勇者の力よりも相性が良かったのか、想像以上に壁は大きく削れていた。

 

「ほら、これで同罪だ。」

 

「な、何をやってるのよあなた!」

 

紘汰の突然の凶行に、東郷は今まで自分がやろうとしていたことも忘れて紘汰に詰め寄った。

そんな東郷を尻目に紘汰は再び後部のバレットスライドを引いてエネルギーをチャージすると、再び同じ場所へと狙いをつける。

 

「間違った道を選んじまったっていうのなら…どうしてもそこを進まなくちゃいけなくなったっていうのなら、俺も一緒に行ってやる。でもそれは、一緒になって落ちてやるって意味なんかじゃない。一人じゃ引き返せないなら、俺がついていって無理やり引っ張り上げてやる。一緒に行かなきゃ届かない手を、声を届けに行くためについていくんだ。一緒になって不幸になるためじゃない。どんなに暗い道に進んでも…最後に一緒に笑えるように!!」

 

東郷が止める暇もなく再び光弾が放たれた。

連続して放たれた五発のエネルギー弾は正確に同じ場所へと着弾し、窪みを更に押し広げていた。

外壁の厚さがどのぐらいなのかは、正確なところ分からない。だがしかし、その窪みの深さは相当なところまで進んでいるように見える。

 

「お前が結界に穴をあけて世界を終わらせるっていうのなら!俺は出てきたヤツ全部を叩き潰して平和な世界に戻してやる!他の誰かが何を言ってきても、“いつも通りだった”って言って笑ってやる!」

 

「でも、そんなことしたらあなたは―――」

 

「死なねぇ!!お前が友奈や皆と笑っていられるようになるまで、俺は絶対に死なないし死んだって絶対に諦めねぇ!!だからお前も、諦めないでくれ!!!」

 

「っ!!」

 

東郷の雰囲気が変わった。

それを感じた紘汰が、ゆっくりと無双セイバーの銃口を下ろした。

隣を見ると東郷は、地面にへたり込んで泣いていた。

 

「う、うぅ…私も…皆とずっと一緒にいたい…友奈ちゃんと離れたくない…ごめんなさい紘汰君…私…私…っ!」

 

「いいんだ東郷。ありがとうな。………俺、もっと強くなるよ。皆が何も心配しなくてもよくなるぐらい。皆の体を治す方法だって探して見せる。ごめん、今の俺にはどうやってなんていえないけど…でも、諦めることだけは絶対にしないから。だからもう少しだけ時間をくれないか。」

 

紘汰はロックシードを閉じて変身を解除すると、東郷の隣に座り込み彼女の背中に手を置いた。そしてそのまま、あやすようにポンポンと背中を叩く。

樹によくやっていた紘汰のそれは意外に心地よく、東郷の心を少しずつだが落ち着かせていった。

 

これならきっと、東郷は大丈夫だろう。

そう思って紘汰は空いた方の手で友奈に連絡を入れる。

向こうの様子はわからないが、おそらく友奈なら大丈夫だろう。場所を伝えておけば直に合流できるはずだ。

なんとか危機は去ったけれど、本当に頑張らなきゃいけないのはこれからだ。皆で話さなきゃいけない事もたくさんある。

でも、きっと皆とならば乗り越えられるはずだ。根拠はないが今はそう信じていた。

 

そうだよな、友奈。

水平線に落ちる夕日を眺めながら紘汰はなんとなく、友奈の顔が見たいなんてことを考えていた。

 

 

 

 

友奈、風、樹、夏凜の四人の勇者部メンバーたちは勇者服のまま紘汰と東郷の元へと急いでいた。

先頭を友奈が勤め、その後ろをまだ本調子ではない風を樹と夏凜が両側から支える形で追従している。

親友を案じ、逸る気持ちを抑えながら後ろにいる三人に合わせて走っていた友奈だったが、それも視界に二人を収めるまでだった。

遠くの方で手を振る紘汰とその隣で所在なさげに佇む東郷が見えた瞬間、友奈の体は一気に加速した。

 

「紘汰くん!東郷さぁーーーん!!」

 

「友奈ーーー!!こっちだこっち…ってうぉ!!」

 

「東郷さん!!!」

 

急加速した友奈は二人の元に到着するや否やほとんどそのままの勢いで東郷へと抱き着いた。

横を通り抜けた突風に驚きの声をあげる紘汰。そして東郷は体ごとぶつかる様に抱き着いてきた友奈にくるくると振り回され、目を白黒させていた。

 

一気にいつもの空気が戻ってきたのを感じ、隣にいる紘汰も未だ少し離れた場所にいる夏凜たちも苦笑しながらそんな親友二人の様子を見守っている。

 

「ごめん東郷さん…。私、いつも一緒にいるのに東郷さんの気持ち、全然気づいてあげられなかった…。」

 

「友奈ちゃん…ううん、私の方こそごめんなさい。皆に黙って、勝手にこんなこと…。」

 

抱き合ったままお互いに謝りあう二人。

体を通して伝わる大切な親友の体温に、東郷はまた涙が込み上げてくるのを感じた。

 

もう少しで、この大切な温度を永遠に失うところだった。

直接こうして触れ合うことで、本当に失いたくないものを東郷は今度こそ自覚した。

そうなる前に止めてくれた紘汰には、感謝しかない。

 

そしてそう思っていたのは友奈も同じだった。

実際に何があったのかは、別の場所にいた友奈にはわからない。

ただ今腕の中にいる大切な親友を、紘汰が助けてくれたのだということはわかっていた。

 

散々回ったあと涙目のまま二人で微笑み合い、一緒にお礼を言うために紘汰の方へと振り向こうとした友奈と東郷は―――――そのまま横に突き飛ばされた。

 

 

 

 

――――轟音。衝撃。

 

 

 

 

何が起きたのかもわからぬまま、抱き合ったままだった二人は碌に受け身も取れずにもつれ合って倒れ込んだ。

その直後襲ってきた衝撃に、友奈は混乱する頭のまま下にいる東郷を庇うように身を伏せる。

 

そしてそれが収まったと共に、ゆっくりと身を起こす。

先ほど大きな音が聞こえてきた場所―――結界の外壁には、巨大な穴がぽっかりと開いていた。

状況が呑み込めない友奈の手に、生暖かい何かが触れた。

馴染みのない感覚に妙な胸騒ぎを覚えた友奈が、()()が触れた手を、目の前へと持ってくる。そして、彼女の視界に映し出されたものは―――

 

―――赤黒い液体でべっとりと汚れた、自分の掌。

 

「え?」

 

視線が足元を向く。

見慣れない赤い水たまりが広がっている。

 

視線が更に移動する。

水たまりの水源に、何かが横たわっている。

その傍らで、真っ二つに割れた黒い機械と橙の錠前が転がっている。

 

視線を少し上にあげる。

横たわる何かの、顔が見えた。

何だ、あれは紘汰くんだ。

 

視線を元に戻す。

仰向けに横たわった紘汰の体。

その、腹のあたりから―――

 

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「い、――――」

 

 

何かが崩れる音がする。

セカイが壊れる音がする。

 

 

「いやぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

終わりの始まりを告げる鐘の様に―――誰かの叫び声が響き渡った。

 




次回、最終戦開幕。







…友奈ちゃん、誕生日(二日遅れ)なのにすまない…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話

端末から、今までとは比べ物にならないほどの激しい警告音が鳴り響いた。

誰も彼もを置き去りにしたまま、未曾有の危機に反応した神樹によって日常の世界は一瞬の間に樹海(非日常)へと塗り替えられる。

 

世界ごと入れ替わったかのように姿を変えるいつもの光景の中、しかし前後で変わらないものがある。

それは言うまでもなく、紘汰と東郷、二人によって作られた窪みを上から塗りつぶすようにあけられた大穴と―――モノ言わず横たわる紘汰の体。

 

大きく空いた穴の覗く深淵の闇の中に、数えきれないほどの白い点が見える。

真っ黒な空間に現れたソレは、ともすればまるで夜空に浮かぶ『星屑』のようで、しかしそんなものとは根本から異なるものだ。

 

この星屑は、人の願いを砕くもの。

神樹が守る箱庭の外、そこに無数に存在する天の遣い。

人類の天敵、バーテックスをかたち作る無尽の細胞組織たち。

星屑たちは加速度的に数を増やしながら、今まさに樹海の内部へとなだれ込もうとしていた。

 

「紘汰、君………。―――お前…たちが……っ!!よくも!!よくもっっっ!!!!!」

 

穴の中から現れた醜悪なバケモノ達の姿に、東郷の頭の中は一瞬にして赤熱化した。

すごい男の子だった。

いつも困っている人に寄り添って、共に悩み、最後には気づけば一緒に笑っている男の子。

多くの人を励まし、勇気を与え、もう駄目だと暗がりでうずくまる人にも光を与えてくれる男の子。

頑固で、一人で暴走してしまったどうしようもない私を救ってくれた人。

そして私の大切な、大切な友だち。

それを―――あいつらは!!!!!

 

「あああああああああああああああああああ!!!!――――っ!?」

 

跳ね起きようとした体に抵抗を感じ、東郷は動きを止めた。

激情にかられて完全に失念していた。今、東郷の体の上にはあの衝撃から東郷を庇ってくれた友奈がいるのだ。

 

見上げる先の友奈は、先ほどから何も言葉を発していない。

迫りくる星屑たちも目に入らず、その目はただ一点、仰向けに横たわる紘汰の姿だけを映していた。

彼の血で赤く染まった友奈の手は、彼の元へと伸ばされようとして失敗したような半端な位置で揺れている。

何かを言おうとして、しかしそれは言葉になる事はなく、青白く染まった唇からは時折小さな呻き声だけが漏れていた。

 

そしてもう一つ、一目でわかる明らかな変化があった。

友奈が身に纏っているのは桜色の衣服。しかしそれは先ほどまでの()()()()()()()

友奈の姿は今、昼間見た私服へと戻ってしまっていた。

勇者システムを起動させるのに必要なものは『戦う意思』。

システムが起動していないということはつまり、今の友奈からそれが無くなってしまっているということだ。

 

急速に冷えた東郷の頭の中であらゆる情報が駆け巡った。

大穴、友奈、紘汰へと東郷の視線が目まぐるしく動く。

敵が押し寄せてくるまで、もう時間は無い。

今の友奈は戦えない。おそらく、身を護る事すらできないだろう。

そして、紘汰はきっと―――

 

何かを求めるようにもう一度、紘汰の方に目を向けた。

東郷を救ってくれた彼からは当然のように、視線も声も返ってくることはない。

噛み締めた唇の端から、つぅっと赤い雫がこぼれ落ちた。

身の内からあふれ出す悔恨は尽きることはなく、内側から東郷を焼き焦がす。

しかし、今の東郷に立ち止まっている時間などは存在しない。

後悔よりも懺悔よりも、今この瞬間にやらなくてはいけないことがある。

一瞬の逡巡、そして東郷は

 

「友奈ちゃん!!」

 

友奈を抱きかかえ、後退を選択した。

 

「東郷さん…!?こ、紘汰くんがまだ…!」

 

「ごめんなさい友奈ちゃん!でも今は!!」

 

その直後、大穴から星屑たちが溢れ出した。

醜悪な白い洪水は、あっという間に先ほどまでいた場所を覆いつくしていく。

後一瞬、東郷の判断が遅ければ二人とも確実にあの流れの中に呑み込まれていたはずだ。

二人はひとまず助かった。しかし、置き去りのままの紘汰の姿はもう見えなくなっていた。

 

「紘汰くん!紘汰くん!!」

 

肩越しから友奈の悲痛な声が聞こえてくる。

それをあえて無視しながら、東郷は樹海の中を駆けた。

そして少し離れた樹木の影に身を隠し、そこでようやく抱えていた友奈を下ろす。

地面に下ろされた友奈は立ち上がることもできずに力なく座り込み、ただただ涙を流し続けていた。

 

「東郷…さん…!紘汰くんが……紘汰くんが……!」

 

「―――友奈ちゃんは、ここにいて。」

 

「え…?」

 

「大丈夫。私に任せて。」

 

「そんな!それじゃあ東郷さんが―――!!」

 

「大丈夫。」

 

友奈が伸ばした手をするりと躱し、東郷は立ち上がった。

そのまま『敵』の方へと少し、歩き出して足を止める。

体は前に向けたまま、顔だけで振り返った東郷は涙を流す親友に向かって優しい微笑みを向けていた。

その顔があまりにも綺麗で、友奈は一瞬、言葉をなくしてしまう。

 

「大丈夫。紘汰君が、諦めるなって言ってくれたから…だから私はもう諦めない。友奈ちゃんは………紘汰君が守りたかったものは全部、私が守って見せるから。だから友奈ちゃんは安心して、ここで待っててね。」

 

「東郷さ―――」

 

友奈の言葉を待たず、東郷は飛び去った。

眼下に広がる数多の敵はまさに雲霞の如く。蚕の繭に口だけを持つ顔がついたようなその姿は、見るものに否応なく嫌悪感をもたらす。

個人が相手にするにはあまりにも無謀といえるその物量差に向かっていく東郷の顔にはしかし、絶望の色は浮かんでいない。

 

東郷の腕の中に狙撃銃が現れる。それと同時に顔の横には青坊主が姿を現した。

相も変わらず無機質なその瞳からは、この精霊が何を考えているかなど少しも伝わってはこない。だが。少し前までは恐怖さえ感じていたその姿を見ても、今の東郷の心は揺らがなかった。

 

何のためにいるのか。何を考えているのかなんてもう関係ない。

あなた達が勇者に力を授けるモノだというのなら、今はただ、力を尽くしなさい。

そうすれば私が、全ての敵を悉く打ち倒して見せましょう。

 

ごめん、ごめんなさい。こんなこと、いくら言っても足りないけれど。

私はもう、大丈夫だから。

前を向く勇気を私はあなたにもらったから。諦めない理由をあなたが気づかせてくれたから。

だから―――

 

照準器から覗く視界が少しぼやけた。

強く目を瞑ってから、ゆっくりと開く。

熱い雫が一筋頬を伝い、ぼやけた視界がクリアになる。

その瞬間息を止め、東郷は落下地点へ向けて先制の弾丸を打ち込んだ。

着弾点で爆発が巻き起こり、星屑が複数纏めて塵になる。

白の濁流の中、こじ開けたその空間に東郷は迷わず飛び込んだ。

 

長銃が二丁の短銃へと切り替わり、刑部狸が姿を見せる。

それと同時に東郷の左右に二門、浮遊するユニットが現れた。

花の蕾のようにも見えるそれは、川蛍の力が宿る遠隔移動砲台だ。

 

初撃の煙が晴れた時、東郷の目に映ったのはこちらに向けられた無数の口、口、口。

怖気の走るようなその光景を真正面から受け止めながら、東郷は怯むことなく自らの敵を強く睨みつけた。

 

「敵軍、確認。―――これより殲滅を開始する!!」

 

四つの銃口が火を噴いて、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

「離しなさい…離して!!」

 

「ダメよ風!!落ち着きなさい!!」

 

爆発が起こった直後、目に映った光景を受け止めきれずに茫然としていた風は、紘汰の姿が押し寄せる星屑の群れの中に消えていった瞬間に半狂乱となって暴れ出した。

なりふり構わず紘汰の所へと向かおうとする風を、正面から夏凜が、背後からは樹が必死に押しとどめていた。

 

涙を流しながら言葉にならない叫び声をあげる風の姿に、抑えつける夏凜の胸に痛みが走る。

夏凜とて、先ほどの光景は未だに受け止めきれてはいない。ぐちゃぐちゃになった心のまま、しかし、今の風をあの敵の濁流の中へ飛び込ませるわけにはいかないと風を拘束する腕に力を込める。

 

「だって、痛そうじゃない…可哀そうじゃない…。あんなのが刺さって…あんなに……血が………紘汰…紘汰ぁ!ああ、あああ、ああああああああああああ!!!!!」

 

「ダメ!!そんな状態で行ったらアンタまで!!」

 

「うるさい!私の事なんてどうだって―――!!どう、だって………。」

 

風の体から突然力が抜け、そのまま膝から崩れ落ちた。

倒れそうになった体を咄嗟に樹が支えたが、風はもう自力で立てるような状態ではなかった。持ち直しかけていた風の心はもう完全に砕けてしまっていた。

 

「私が…私ならよかったのに………なんで…なんでよぉ…。なんで紘汰なのよ……なんで樹なのよ……二人とも………何も悪いことなんてしてないじゃない………。そんなに、そんなに犠牲が欲しいなら…!目でも声でも命でも、全部私から持っていきなさいよ!!!!」

 

「――――っ!!」

 

「ごめんね紘汰…ごめんね樹…ごめん、ごめんなさい……お父さん、お母、さん……。私は…私は………。」

 

風の目は、焦点を結んでいなかった。今の風の目には姉の体を懸命に支えながら声の出ない体で必死に何かを訴えようとしている樹の姿さえ入っていない。

地面に両手を付けたまま消え入りそうな声で懺悔の言葉を零し続けている。

何か言わなきゃと思っているのに、肝心な言葉が何も出てこない。こんな時ですら何もしてあげられない自分に対する悔しさともどかしさで夏凛は奥歯を噛み締めた。

 

そんな夏凜の背後から断続的な爆発音が聞こえてきた。振り返った先、押し寄せる星屑たちを塞き止めるように乱舞する青い光が目に入る。遂に戦端が開かれたのだ。

 

(東郷が一人で戦っている…友奈は…?ともかく私も行かなきゃ…でも―――)

 

逡巡し、夏凜が視線を戻したとき、その視線が樹の視線とぶつかった。

こちらを見つめる樹は顔面蒼白で、体は小さく震えている。目尻には涙だって浮かんでいるのにそれでも、その目にだけは強い光が宿っていた。

そんな樹が何を訴えているのか、夏凜にははっきりと理解することができた。

気弱な小動物のような子だと思っていたのに―――本当に、強い子だ。

 

「そう、アンタは信じてるのね。アイツの事。」

 

「―――――。」

 

夏凜の言葉に樹が頷いた。

樹は希望を信じている。ならば自分も信じよう。そしてそのためにできることがまだ私にもある。

 

「私は東郷の援護に行く。絶対に、このまま終わりになんてさせるもんですか。だからここはアンタに任せるわ…風の事、お願いね樹。」

 

もう一度大きく頷いた樹に頷き返し、夏凜は強く地面を蹴りつけた。

 

 

 

 

樹海を駆ける夏凜の視界の先、一人奮戦する東郷の姿が見えた。

派手に暴れることで星屑たちの注意を一点に集め、凄まじい正確さで敵を撃ち抜いていくその姿は、最強を自負する夏凜でさえ舌を巻くほどだ。

 

その後ろ姿を見て負けていられないと両手の得物を握りなおした夏凜だったが、その時視界の端に捉えたものの存在に急がせていた足を緩めた。

同じように東郷を見つめるあの姿は―――

 

「友奈!!」

 

夏凜が進路を曲げ、友奈の元へとたどり着いた時、友奈は悲壮感を浮かべながら自分のスマホの画面を何度も何度も押し続けていた。

勇者服が解除された友奈の姿、そして彼女の様子から夏凜はおおよその事情を把握した。変身すらできなくなるほどに友奈の心が追い詰められているのだということを。

 

「夏凜ちゃん!私…どうしよう私!東郷さんを助けに行かなきゃいけないのに…変身できないの!なんで…なんで…!?」

 

友奈がもつスマホの画面には警告メッセージが浮かび、敵襲来のものとは別の警報が鳴り続けていた。

今の友奈ではいくらやったところで勇者システムは起動させられない。そう判断した夏凜は友奈の両手首を掴み、その行為を物理的にやめさせた。

 

「落ち着きなさい友奈!!」

 

「あ…夏凜…ちゃん………。」

 

夏凜の両目に真正面から見つめられた友奈は、その目から逃げるように視線をわずかに彷徨わせた後、両手から力を抜いた。

 

「…私、約束してたのに…。紘汰くんがピンチになったら絶対に助けるって………約束…して、たのに………。」

 

友奈がこれまで戦ってこれたのは…頑張ってこれたのは全部、守りたいものがあったからだ。

世界を背負って戦う覚悟なんて持っていなかった。ただ、大好きな皆と過ごす日常を守りたかっただけ。

普通の女の子だった友奈は、怖いのも痛いのも人並みに嫌いなのに、それでもそれを乗り越える勇気でもって戦ってきた。

どんな不安があったとしても皆と一緒ならばきっと最後には乗り越えられると、そう信じていたから。

だからそれが失われてしまったその瞬間、友奈の勇気は、その心は、いとも容易く折れてしまった。

 

まただ。

友奈の独白を聞きながら、夏凜はもう何度目かもわからない胸の痛みを感じながらそう思った。

泣いている誰かに何もしてあげられないことが、こんなにも苦しいなんて。

他の誰かが苦しんでいる姿を見たくないだなんて、そんな風に感じる日が来るとは思わなかった。

でも今の夏凜にはその痛みさえも大切だった。

 

変わらないと思っていた。

変わりそうな自分が怖かった。

そして今はこんなにも―――変わりたいと願っている。

 

何をしてあげればいいかわからないだなんて、いつまでも言ってはいられない。

本当に、心から誰かを助けてあげたいと思うのならば、今ここで変わらなければ。

泣いている友奈を座らせて、その両肩に手を置いた。

夏凜の目をぼんやりと見返している友奈に向かって、夏凜は静かに語り掛ける。

 

「知ってる?樹はね、まだ諦めてなんかないのよ。」

 

「え…?」

 

「コータが帰ってくることを、樹はまだ信じてる。だから私も信じてみることにしたの。まだ、何も終わってない。最後の最後の最後まで、本当にすべてが終わってしまうその時まで、私も絶対諦めない。いつも諦めなかったアイツの姿、短い間だけどずっと見てきたから。それとね―――」

 

肩から手を放し、今度は友奈の手を両手で包み込んだ。冷たかった友奈の手に、夏凜の手の暖かさが広がっていく。

 

「私はね、友奈のことも信じてる。友奈の強さと、勇気を信じてる。友奈が自分のことを信じられなくなったとしても、私が友奈のことを信じていてあげるから……だから友奈も、もう一度信じてあげて。」

 

「で、でも私は…っ!」

 

友奈の頭の中には、先ほどの光景と暖かい血の感触がまだ鮮烈に残っていた。

自分たちを庇ってあんなことになった紘汰の姿を思い出すだけで体が震えるのを止められない。

友奈にはまだ時間が必要だ。それは夏凜にもわかっている。

そんな友奈に今の自分がしてあげられることは―――

 

「しっかり泣いて、そしたらもう一度前を向くの。大丈夫よ友奈。アンタが泣ける時間ぐらい、私がちゃんと稼いであげるから。大赦の勇者なんかじゃなく、勇者部の部員として―――アンタの、友だちとして。」

 

 

 

 

友奈を残し、一息に戦闘エリアに飛び込める高台へと移動した夏凜は眼前に広がる光景を静かに見つめていた。

無数の星屑たちが押し寄せる穴の奥、とうとう()()が姿を表そうとしている。

星屑たちを相手に獅子奮迅の活躍を見せる東郷も、流石にやつらが参戦すれば厳しいだろう。

つまりそれは、ここが夏凜にとっての一番の魅せ場だということだ。

 

胸から込み上げてくる今までに感じたことの無いような熱を感じながら、夏凜は一つ深呼吸をした。

背負うものの重さと暖かさが、夏凜の背中を押してくれている。

かつての自分では到底味わうことのできなかったであろうその感覚に、夏凜の顔には笑みが浮かんでいた。

前には敵。そして背後には守るべき仲間たち。目標はシンプルで、実にわかりやすい。

 

スマホを取り出し、アルバムに保存されている一枚の写真を表示した。

画面の中には大勢の子供たちと、そして勇者部の仲間たちに囲まれた自分の姿が映っている。あまりにもぎこちない自分の表情に、夏凜は小さく苦笑を漏らした。

次に一番近い誕生日の人は誰だろうか。色々驚かされた分、今度は仕返しをしてやらなくては。

 

だから絶対に、こんなところでは終わらせない。

遂に現れたかつて倒したはずのバーテックス達を睨みつけ、夏凜は大きく息を吸い込んだ。

 

「さぁさぁさぁ!!遠からんものは音に聞け!!近くば寄って、目にも見よ!!これが讃州中学二年勇者部所属、三好夏凜の実力だ!!!」

 




何も手につかぬ日が続き、また長いこと空いてしまいました。
感想の方も返信遅くなってしまい…本当にすみませでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話

誤字報告ありがとうございます。
見直しているつもりですが、やっぱり自分では気づかないところってのはあるものですね…。
もし見つけたら今後も教えてくださると助かります。


勇ましい名乗りと共に空へと飛び出した夏凜に、星屑たちが襲い掛かった。

本命への道を邪魔するように迫りくる星屑たちはしかし、夏凜にとって障害とは成り得ない。

 

正面からの突撃を空中で器用に身を捻り躱した夏凜は、すれ違いざまにその無防備な胴体へと刃を滑らせた。

何でもないように振るわれたその刃が、星屑の胴体をいともたやすく寸断する。

確かに数は驚異的だが、個々の能力ではバーテックスに大きく劣る星屑ではその一撃に耐え切ることなど到底不可能。胴体を寸断された星屑はすぐさま光へと還っていった。

 

それを視界に収めた夏凜は小さく鼻を鳴らすと次へと意識を切り替えた。

この程度はまさに露払い。夏凜の狙いはあくまで十二体のバーテックスだ。こんな雑魚にかまっている暇はない。

しかし眼中にないからといって、勿論敵が易々と道を開けてくれるわけもない。正面からは既に二体目の星屑が迫っていた。

煩わしい。けど好都合だ。

口を大きく開いて突っ込んできた星屑の鼻先、そこに夏凜は片方の刀を突きたてた。

正面からまさに串刺しにされた星屑が身悶えし、空中で動きを止める。

深刻なダメージを負い、消滅するまでのわずかな時間。消え去ろうとする星屑の体を足場として、夏凜は更に自身の身を加速させた。

 

躱して、斬って、飛ぶ。躱して、斬って、飛ぶ。

文字にすれば単純にも見えるそれを繰り返しながら、夏凜はただ一心に目的地を目指す。

妨害すらも利用して駆け続けた彼女の目には、ぐんぐんと近づいてくる敵の姿が見えていた。

 

あと、もう少し。

夏凜の頭にそんな言葉がよぎったその時、これまで散発的に襲ってきていた星屑たちが、突如として連携行動を見せ始めた。

一体ずつでは足止めすら叶わない夏凜に対し、星屑たちが出した結論はいたって単純だ。寄り集まり、数で止める。

夏凜とバーテックス達を塞ぐ様に、大量の星屑たちが分厚い壁を形成していた。

 

既に跳躍を始めていた夏凜に、それを迂回する選択肢はない。

いくら一体一体が大したことは無かろうとも、あそこに突っ込めば足を殺されるのは確実だ。

そして何より本命を前に少しでも消耗を押さえておきたかった夏凜にとって、目の前の光景はあまり歓迎できるものではなかった。

 

辟易しながら二刀を構え、そこへと突入する覚悟を決めた夏凜だったが、次の瞬間にその覚悟は無用のものとなった。

横合いから連続して放たれた散弾が、星屑の壁をズタズタに引き裂いたのだ。

 

誰がやったのかなど、考えるまでもない。

頼れる射手の的確な援護射撃に夏凜は口の端を釣り上げた。

 

(ありがと、東郷!!)

 

心の中で感謝を送りつつも、視線を向けることはしない。東郷とて感謝されるためにやったわけではないし、今優先すべきことが何なのかはお互いちゃんとわかっていた。

 

大きく隙間が空いてもはや壁とは言えなくなったそこへと夏凜は突入を敢行する。

行き掛けの駄賃とばかりに数体を切り捨ててそこを抜け出し、遂には目的地へとたどり着いた。

 

眼前には、見覚えの有るものも無いものも全て合わせて十二体の人類の天敵(バーテックス)

悠然とこちらを見下ろすその威容に流石の夏凜の額にも一筋の冷や汗が流れた。

 

―――流石に、犠牲無しって訳にもいかないか。

僅かに震える手を誤魔化すように夏凜は両手の剣を固く握りしめた。

恐怖はある。

これから始まる死闘にも、喪失の予感にも。

かつての自分であればそれを弱さだと笑っただろう。しかし今の自分はそれでいいのだということを知っている。

恐怖を超え、立ち向かうことができる力こそが勇気なのだと。そして誰かの為に、勇気をもって戦う者を勇者と呼ぶのだということを、初めてできた仲間たちが教えてくれた。

 

私は戦う。使命でも、対抗心でもなく、ただ大切な人たちの為に自分の意志で。

讃州中学勇者部の一員として―――友達として。

そう思うだけで震えは止まる。恐怖を凌駕する無限の勇気が湧いてくる。

 

そういえば―――

こんな時ではあるが一度も自分の口から“勇者部に入部する”、と言ったことが無かったことを思い出した。

来たばかりの頃はそんなことに興味はなく、ただなし崩し的に入部させられただけで、結局そのままなんとなくで正式な部員になってしまった。

皆は気にしていないだろうが、気づいてしまった以上なんとなく座りが悪い。何事もけじめというものが必要だ。

 

これが終わったら、ちゃんと言おう。でも今は。

 

―――勇者部の新入部員にはね。これを屋上で―――

 

いつか風が言っていたことを今更ながら思い出す。

指定されているシチュエーションも全く違うがまぁ、そこは多めに見てもらおう。とりあえずはコレがその代わりということで。

それじゃあ、そろそろ―――征くとしよう。

 

強大な敵の元へと夏凜は飛ぶ。

不敵な笑みを浮かべながら、刀を構え、そして大きく息を吸い込んだ。

 

「勇者部五箇条!!ひとおぉーーーつ―――!!」

 

 

 

 

「く、うぅう…っ!」

 

激しい横荷重に、東郷は苦悶の声を漏らした。

夏凜に道を作るため、援護に意識を裂いた一瞬の隙。その隙をついた一体の星屑が東郷をその場から連れ去った。

下半身を飲み込まれたような形で空を運ばれる東郷の体。星屑は今も口に咥えた得物を噛み千切らんとその歯を何度も東郷に突き立てようと試みて、そのたびに接触部から青い光が飛び散っていた。

しかし、自分の体が食われかけているなどという光景を見せられてすら、東郷の目はあくまで冷静だった。

だってこの程度の攻撃は、いくらやられたところで無駄なのだ。

東郷にははっきりとそんな確信がある。

何せこの世界で東郷ほど精霊による護りの強固さを知っている人間はいないのだから。

 

しかし、勿論それでも完全にダメージが無いわけではない。

強烈な横Gにより体内が圧迫され、東郷を激しい嘔吐感が襲う。だが彼女はそれさえも無理やり飲み下し、微かに笑みを浮かべながら先ほど取り落とした銃を再び手の中へ出現させた。

 

「残念ね…私たち、そんな簡単には死んであげられないのよ………。」

 

ポツリと一言呟きながら、東郷は持ち替えた短銃の銃床で自らを咥えている星屑の顔面へ強烈な一撃を叩きこんだ。

衝撃で拘束が緩んだ隙を逃さず脱出した東郷は、危なげなく着地すると運賃代わりの銃弾をお見舞いしてその星屑を塵へと変える。

 

「…でもありがとう。おかげでようやく整ったわ。」

 

落とした視線の先は自分の胸元。勇者刻印には光が充足し、解放の時を待っている。

後は己の意志一つ。覚悟などとうに決まっていた。

 

「「満開!!」」

 

東郷と夏凜。離れた場所にいる二人の声が重なった。

青と赤。二つの大きな輝きが、樹海の空を彩った。

 

 

 

 

緑色の光の線が、白い体を切り裂いた。

星屑の消滅を確認する暇もなく樹は次へとワイヤーを伸ばす。

最前線ではバーテックスとの戦いが開始され、それに従い樹達の居る後方へと流れてくる星屑の数は徐々にその数を増やしていた。

無秩序に暴れまわる星屑たちを、姉の元には近づけさせない。

樹はその一心でワイヤーを振るう。

 

「なんで………。」

 

そしてそんな妹の姿を、風はひび割れた心のままぼんやりと見つめていた。

体勢を崩し転んでも、そのたびに歯を食いしばりながら立ち上がる妹の姿に罪悪感だけが積もっていく。

 

「あんたは……そんなことしなくていいの……私なんて置いて、逃げていいの………。」

 

わかっている。

何で樹があんなにも頑張っているのか。

怖いのも苦しいのも我慢して、ああやって戦っているのか。

でも―――

 

「私には…そんなことしてもらう資格なんてないの…だって…私のせいなんだから…戦いに巻き込んだのも…声を失ったのも…夢を追えなくなっちゃったのも………全部…全部………。」

 

その独白は、戦っている樹にも聞こえていた。

聞こえているのに、それを否定する言葉をかけてあげることができない。

樹は声が出せなくなって今まで、これほど声が出ないことをもどかしく思ったことは無かった。

そしてそんな中でも風の独白は続き、遂に樹にとって決定的な一言を口にする。

 

「そうよ…私がお姉ちゃんじゃなかったら……私なんかがいたから………っ!私なんか―――生まれてこなければよかったのよ!!!」

 

「―――っっ!!!!」

 

頬を打った衝撃に、風は目を見開いた。

離れた場所で戦っていた樹が、いつの間にか風の目の前にいる。

振りぬいた掌をそのままに、涙を流しながら怒っていた。

 

樹はこれまでの人生で、姉は勿論人に対してここまで怒りを示したことは無かった。

意地悪をされたとしても、嫌なことを言われたとしても、その原因を自分に向けて落ち込んでしまうほど内向的な性格だった。

でも、それは怒ることができないという事ではない。

樹が怒るのは誰か別の人のためだ。

樹の大事な家族を、大好きなお姉ちゃんを否定することを、樹は決して許さない。

たとえそれが風自身であったとしても。

 

「い、つき………。」

 

「――――――。」

 

茫然とする姉の体を、樹は強く強く抱きしめた。

何度言ってもわからないなら、何度伝えても伝わらないなら伝わるまでやるだけだ。

言葉が紡げなかったとしても、心がちゃんと伝わるまで何度も何度も。

どれだけお姉ちゃんのことを大好きなのか。どれだけいつも感謝しているのか。自分を否定してしまうことにどれだけ心を痛めているのかを。

いつもは照れくさくて中々伝えられないことも、全部を乗せて抱きしめた。

 

強張っていた風の体から力が抜けたのを感じ、樹は少し体を離した。

相変わらず風は泣いている。でも、今風が流している涙の理由に絶望だけじゃないということを樹は感じ取っていた。

幼子のように泣きじゃくる風に優しく微笑み、最後にもう一度抱きしめると樹は今度こそ体を離し立ち上がり、振り向きざまにワイヤーを振るった。

背後から迫っていた一体の星屑が、そのワイヤーに切断される。

 

僅かな間に、また随分と集まってきている。

もう少し…いや、伝えたいことはまだまだあったがそれは後に取っておこう。

今はまず、護るために戦う。

お姉ちゃんが立ち直るまで。お兄ちゃんが帰ってこられるまで。

護って、護られて。助けて、助けられて―――そうやって一緒に生きていく。

それが家族なのだから。

 

 

 

 

「ずっと、後ろをついてくる子だって…私が護ってあげなきゃって……思ってたんだけどなぁ…。」

 

沢山の敵を前に怯まず戦い続ける妹の姿を、風は眩しそうに目を細めながらさっきまでとは違った気持ちで見つめていた。

自分や紘汰の後ろをいつもおっかなびっくりついてくるだけだった子は、いつの間にかあんなにも強く大きく成長していた。

 

「樹は前に…ずっと前に進んでたんだね………それに比べて私は…あの日からずっと、止まったままで………。」

 

樹は未来を見ていた。未来を見て、ずっと成長し続けていた。

風が見ていたのは過去だ。父さんと母さんを奪われた時から、復讐を誓ったときからずっと過去にとらわれ続けていた。

でも、もうやめにしよう。

これからは、今の自分にとって本当に一番大切なものの為に。

この子達の、未来の為に―――!!

 

「いつまでも、カッコ悪いとこ見せてるわけにはいかないわよね………だって私は―――あの子たちの、お姉ちゃんなんだから!!!」

 

 

 

 

疲労でわずかに狂ったワイヤーの隙間を、一体の星屑がすり抜けた。

距離が近い。ワイヤーを戻す暇はない。

 

(やられる―――!!)

 

そう思って身構えた樹の目の前を、大剣の一閃が横切った。

 

巨大な剣の一振りが、周囲をまとめて薙ぎ払う。

直接巻き込まれたものは一瞬で消え去り、そうではない周りにいたものも剣が巻き起こした風圧に吹き飛ばされていく。

自分が助かったことよりも何よりも、ずっと見たかった背中が目の前にいることに樹の目には自然と涙があふれていた。

振り向いた風は申し訳なさと恥ずかしさをごまかすように少し笑って、涙を流す妹の体を優しく抱きしめた。

 

「ごめんね。ありがとう。もう、大丈夫だから。」

 

「―――!!!」

 

「うん…うん…。ホント、情けないお姉ちゃんだったよね。ありがとう樹、本当にありがとうね。」

 

張り詰めていたものが決壊し、大泣きをしながら風の胸に顔をこすりつける樹をあやしながら、風は何度もごめんねとありがとうの言葉を繰り返す。

しばらくそうした後、離れた樹の目にはまだ少し涙が残っていたが、その顔には大好きな姉が戻ってきてくれたことへの喜びが浮かんでいた。

そんな妹を見て改めて心配させてしまったことを反省しながら、風は周囲へと視線を向ける。

先ほど吹き飛ばした星屑たちは新たにやってきた星屑たちと合流し、またしても二人を取り囲んでいる。

ここだけではなく、遠方からは別の戦闘音が聞こえている。ずっとあんなだったからイマイチ状況を把握しきれていないが、きっと誰かが戦ってくれているのだろう。

これまでサボった分、ここから挽回しなくては。

 

「こいつら全部やっつけて、あの寝坊助を叩き起こしに行きましょうか。…樹、手伝ってくれる?」

 

大きく頷いた樹と共に、風は敵の元へと駆けだした。

 

 

 

 

夏凜の満開用装備である四本の巨腕から繰り出された剣戟が、レオ・バーテックスの体を切り裂いた。

何をする暇もなく、その破片が青い砲撃に呑み込まれていく。

砲撃の中から七色の光が立ち上ったのを確認した夏凜は、着地もそこそこに地面に体を投げ出した。

 

「ハァ、ハァ、ハァ………。なんとか終わったわね。東郷、あんた無事よね?」

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ………。私は…大丈夫よ。それより夏凜ちゃんは?」

 

「あったりまえでしょ!私が誰か、忘れたわけじゃないでしょうね。この程度、ヨユーよヨユー。」

 

…って言いたいところだけどね。

という言葉を、夏凜はぐっと呑み込んだ。

星屑と共に現れた十二体のバーテックス。さっきのはその最後の一体だった。

強がりを言ったが、東郷と二人で倒しきれたのは正直言って奇跡のようなものだった。

―――そしてその奇跡の代償は、決して安くはない。

この無茶をかなえるために随分と満開の力を使ってしまった。

ボロボロ具合は両者似たようなものだったが、直接戦闘型の夏凜はそれがより顕著だったのだ。

 

視界に映る光景、耳から聞こえる音に違和感がある。

自分の目と耳でちゃんと見聞きしているはずなのに、どこか録画した映像を見せられているようなそんな感じがしていた。

また、手足にも東郷の足がそうだったように補助のための領巾が現れている。

今は勇者に変身しているためそこまで支障はないが、これを解除したら………。

 

覚悟はしていたはずだったが、実際にそうなってみるとやはり中々堪えるものがある。

夏凜と東郷はそれをごまかすようにお互いあえて明るく笑っていた。

兎に角、何とか最大の脅威は取り除いたのだ。

これから色々あるだろうが、悲嘆するだけの自分でいるつもりはない。

ともかく今は、さっさと残りの星屑を片付けて、それから紘汰を――――

 

 

 

 

―――そう、思った時だった。

 

「うそ…でしょ………。」

 

巨大な影が、二人の姿を覆いつくした。

夏凜が東郷が、同時に言葉を失った。

二人が見つめる影の正体、それはかつて倒した最強の怪物(レオ・スタークラスター)

そしてその隣に浮かぶ、()()()()()()()()()

 

アレが最後だと、思っていた。

でも違った。敵はまだ、第二陣を残していた。

それが、よりにもよって…こんなタイミングで。

 

「上、等…じゃない…!」

 

「夏凜…ちゃん!!」

 

全てを出し尽くし、もう動けないはずの体で夏凛は再び立ち上がる。

刀を持つ両腕は下がり切っている。もはや夏凜にはそれをしっかり支える力さえも残されていなかった。

それでも立つ。立って、戦う。

絶体絶命の状況にありながらも、夏凜の目は全く死んでいない。

 

「諦めない…こんなところで、諦めたりなんかしない……!!そうでしょ、東郷!!」

 

「えぇ、そうね……!!」

 

夏凜の声を受け、東郷もまた起き上がった。

構えた銃の銃口が震えている。これではまともに狙いをつけることすらままならないだろう。

でも、それでも負けるつもりはない。

 

「さぁ、来な「下がって二人とも!!」―――風!!」

 

覚悟を決めた夏凜の前に、満開状態の風が割り込んだ。

遠方から新たな敵の出現を視認した瞬間、樹にその場を任せて単独で駆けつけたのだ。

駆けつけた勢いのまま体当たりをぶちかまし、その一撃でレオ・スタークラスターを後退させる。

待ち望んだ部長の復活に、二人の顔に喜色が浮かび―――そしてすぐさま緊張に強張った。

 

風の周囲に、何かが浮かんでいる。

それは先端のとがった楕円に近い形をした硬質な装甲板のようなもの。

それがレオに攻撃を加えたばかりの風の全周囲を囲みながら先端を彼女に向けていた。

 

「な!?これは―――くっ、ぁぁああああ!!」

 

次の瞬間、先端から光の杭が放たれた。

全方位から放たれたそれは互いの身で反射を繰り返しながら、ありとあらゆる方向から風の身へと襲い掛かる。

その装甲板は、同時に現れたもう一体―――スコーピオンを中心にキャンサー、サジタリウス、バルゴが融合したスコーピオン・スタークラスターが放った遠隔追尾攻撃だった。

 

咄嗟に大剣を防御に回す風だが、幅広の大剣であってもすべての攻撃から身を守ることはできない。

風の体は、あっという間に爆発の光の中に呑み込まれた。

 

「部長!!」

 

「っ!!私のことはいいから!!早く逃げなさい!!早く!!」

 

爆発の煙の中から微かに風の声がする。どうやら風はまだ無事の様だ。

しかしその隙に、()()()()()()()()()()()

 

「夏凜ちゃん!逃げて!!」

 

「っ!!」

 

レオが生み出した、巨大な炎球が向かってくる。

人ひとり呑み込むには余りある大きさのそれははっきりと夏凜に狙いを定めていた。

東郷は動けない。

夏凜の足も動かなかった。

 

東郷が必死に手を伸ばす中―――夏凜の体は、炎に呑み込まれた。

 




樹『さん』がどんどん強くなっていってる気がする今日この頃。
三人が踏ん張っている間にまずは風先輩復活です。

バーテックスボスラッシュ。消耗した状態でコレです。
この状況、ひっくり返すには…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話

その光景を目にした瞬間、今まで動かそうとしても動かなかった友奈の足は本人も気づかないままに動き出していた。爆発に巻き込まれ、紙切れのように飛ばされる夏凜の体を友奈は必死に追いかける。

 

でも、どれだけ走っても、どれだけ手を伸ばそうとも、求める場所には届かない。

ただの少女のその足は、誰かを救うにはあまりにも頼りなさすぎて。

夏凜との間にあるその距離が、友奈の目には無限にも感じられていた。

そしてついに、走る友奈の目の前で夏凜の体が地面に叩きつけられた。それと同時に変身が解け、私服に戻った夏凜の体がその場に静かに横たわる。

 

一向に起き上がろうとする気配の無いその姿に、ついさっき見たばかりの光景が重なった。

最悪の予感に息が詰まる。それと同時に再び止まりそうになった足を無理やり動かして、友奈はようやく夏凜の元へとたどり着いた。

 

「夏凜ちゃん!!!」

 

うつ伏せに倒れる夏凜の体を抱き起し、友奈は夏凜の名前を呼んだ。

息はある。ひどく汚れてはいるものの、目立った怪我は無いようだった。友奈の到着と共に消えた義輝がしっかり守ってくれたらしい。

数分前に見送った時からは想像もできないほどボロボロになったその姿に、友奈の目から涙があふれてくる。

あふれた涙は頬を伝い、腕の中にいる夏凜の頬へと流れ落ちた。

 

そして頬に落ちるその微かな刺激が、眠る夏凜の意識を浮上させる。

僅かに瞼が震えた後、夏凜の両目がゆっくりと開かれた。

 

「夏凜ちゃ―――」

 

「友…奈…なの………?」

 

開かれた夏凜の瞳を覗き込んだ瞬間、友奈は言葉を失った。

夏凜の両目にいつも宿っていたはずの勝気な光が消えている。

それだけで、確かめなくてもわかってしまう。夏凜の瞳はもう、光を移さなくなっているのだ。

そして今、何もない虚空に伸ばされて彷徨う夏凜の右腕が、その推測を確信に変える。

何かを―――友奈を求めて彷徨うその手を、友奈は悲痛な表情を隠せないまましっかりと握りしめた。

 

何も見えない中で求めていた感触を感じ取った夏凜が、友奈の手を緩く握り返しながら微かな微笑みを浮かべる。

安心したような、嬉しそうなその表情が猶更友奈の胸を締め付けた。

小さく開いた夏凜の口から、消え入りそうな言葉が漏れる。

一言一句聞き逃さないように、友奈は耳を夏凜の口元へと近づけた。

 

「はは…酷い…ザマよね…アンタの出番なんて、来ないようにしてやろうって思ってたのに…カッコ悪いったらないわ…。」

 

「っ!そんな!そんなことない!!夏凜ちゃんはいつだって…私なんかよりずっと強くて、カッコよくて――――」

 

「それよりどう…?ちゃんと、泣けた……?」

 

先ほどから、会話の内容とタイミングが合わない。

それが意味するところに思い当たり、友奈は叫び出しそうになるのをこらえるのに必死にならざるを得なかった。

視力も聴力さえもなくしたというのにそれでもなお微笑む夏凜を前に、例えわからなかったとしてもどうしてそんなところを見せられるというのか。

 

「うん、うん!ちゃんと泣けたよ!!もう、もう大丈夫だから!!」

 

だから、友奈は笑った。

泣き顔で笑って、伝わらない言葉を伝えるために言葉を紡ぐ。

嘘の言葉を。夏凜が少しでも安心できるようにと。

 

「ごめんね夏凜ちゃん…ごめん…私がちゃんとしてたら…私がちゃんと戦えてたら……私の、私のせいで―――」

 

「『私のせい』なんて、思ってんじゃないでしょうね。」

 

見透かしたように言葉をはさむ夏凜に、友奈はハッと口を噤む。

びくりと震える友奈の手。例え何も見えなかったとしても、友奈の動揺は夏凜に筒抜けだった。

 

「アンタ…何様のつもりよ…そうやって、なんでもかんでも自分のせいにして…アンタが戦ってたら、私はこうはならなかったって…?アンタが戦えないから、このまま世界が滅びるって…?あんまり…ふざけるんじゃないわよ…!!」

 

怒りの表情すら浮かべて捲し立てる夏凜に、友奈は何も言えなかった。

叱られた子供のように委縮して思わず離しそうになった友奈の手は、しかし夏凜の手に無理やり掴まれる。

 

「私が…アンタが戦えない代わりに戦ったって思ってるの?アンタが戦えないから仕方なく戦ったって…本気でそう思ってるの?私のこの気持ちを、アンタはそんな言葉で台無しにするつもりなの?」

 

「う、あ―――」

 

「私は私の意志で戦ってんのよ。誰かの代わりなんかじゃない、私の意志で。世界がどうだとか、大赦がどうだとか関係ない。私が戦ったのはね―――ただ、私がそうしてあげたかったからよ。」

 

先ほどまで強く握りしめられていた友奈の手から、夏凜の手の感触が消えた。

そしてそう思った瞬間、今度は頬に暖かい感触が触れた。

頬に触れた夏凜の手は、厳しい訓練の影響で女の子としては随分と硬い。でも、ぎこちなく頬を伝う涙を拭うその手は、それ以上に驚くほど優しかった。

落とした視線のその先で、夏凜は再び微笑みを浮かべている。

友奈を責め続けているのは他の誰でもなく、友奈自身が生み出した罪悪感だけなのだということを、夏凜のその表情がはっきりと物語っていた。

 

「友奈。私ね…自分の事、好きだと思ったことなんていままで一度もなかったのよ。」

 

とうとう限界を迎え、重力に従った夏凜の手を再び握りなおしながら友奈はその独白を聞いていた。

さっきまでぐちゃぐちゃだった友奈の心は今、驚くほど澄んでいて、友奈はただ静かに夏凜の次の言葉を待つ。

 

「私が気づいたときにはもう、私の周りには私よりすごい人がいて、私は何をやってもその人には勝てなかった。何か一つでも勝たなきゃって…自分のすごいところを証明しなくちゃ、私の居場所はどこにも無くなっちゃうなんて…ずっと、そう思ってたの。」

 

「―――。」

 

今、夏凜は恐らく初めて自分のことを話してくれようとしている。こんな状況でも…いやこんな状況だからこそちゃんと聞かなきゃいけないと友奈は思った。

 

「だから、勇者になる事でそれを証明しようって…それで死に物狂いで努力して、そして勇者に選ばれて…それでも安心できなかった。一つ越えるたびに不安は次から次へとやってきて…私はただ、それから逃れるためにずっと走り続けるしかなかった。私はね…結局ずっと、自分の事しか頭になかったのよ。アンタ達にあれだけ偉そうに言ってたくせに、情けないわよね。」

 

遠くではずっと、激しい戦闘が繰り広げられている。

戦線に復帰した風は、相性が悪い中、驚異的な粘り強さで二体のスタークラスターを相手にしていた。

別の場所では樹が、大量の星屑たちともう一体を必死に抑えている。

しかし、その音すら今の友奈の耳には入らない。

今はただ、腕の中にいる一番新しくできた友だちの話に意識を傾けていた。

 

「ここにきて…アンタ達に出会って…アンタ達はこんな私を仲間にしてくれた…。いっぱい酷いことも言ったのに、それでも見捨てないでいてくれた…私に居場所を与えてくれた…。自分以外に大事なものができて、私でも大切な人の為に戦うことができるんだって気づいた時、私は初めて自分のことが好きだって思えたのよ。」

 

「夏凜…ちゃん…。」

 

「だからね友奈。私はもっと、自分のことを好きになりたい。皆と…友だちと一緒にいれば、そうなれるって思えるの。…でも、私はまだこれ以上どうすればいいかわからないから…だから教えてよ。これからもずっと、皆と一緒に―――あの場所(勇者部)で。」

 

 

 

 

その言葉を最後に、夏凜は再び意識を失った。

目を閉じ、力の抜けた夏凜の体を友奈はギュッと抱きしめた。

ありのままをさらけ出した夏凜の想いが、友奈の心に再び火を灯そうとしていた。

 

絶対にまた、皆で。

夏凜の想いを胸に、友奈が再び立ち上がろうとしたその瞬間―――

 

「友奈ちゃん!!逃げて!!」

 

倒れ伏す東郷があげた悲鳴のような声に友奈は反射的に振り返り、そして視界に映ったその光景に目を見開いた。

瞳を焼くほどの、絶大な熱量。

風の必死の防御をすり抜けた炎球が、友奈と夏凜を今度こそ燃やし尽くさんと迫りくる。

 

それを見た瞬間、友奈の体は反射的に動いていた。

自分が今、生身だという事すら頭から完全に吹き飛び、ただ夏凜(友だち)を守るためだけに、その身を盾に差し出した。

 

追い詰められたときの咄嗟の行動こそが、その人の本質を現すという。

勝算なんてなくたって、ただ守りたい。

結局のところ、それだけの話だったのだ。

それだけが、結城友奈の一番の想いだったのだ。

勇者だからだとか、自分たちしかできないからだとかそんなことは関係なくて。自分が大事だと思う者の力になりたい。助けてあげたい。それが友奈を突き動かす、たった一つの真実だった。

 

熱風が、友奈の髪を焦がす。

迫りくる炎球を前に怯まず、目すらも閉じることなく両手を広げた。

今の友奈の後ろには、動けない大切な友だちがいる。

たったそれだけで、友奈はこうして立っていられる。

 

「友奈ちゃん!!駄目よ!!ダメぇえええええ!!!」

 

東郷の声が遠くに聞こえる。

 

ごめんなさい東郷さん。

また、心配かけちゃったね。

いっつもいっつもありがとう。でも、私は大丈夫だから。

こんなの、何でもないんだから。

だから戦いはすぐに終わらせて、また、皆で。

なんだかぼたもちが食べたいな。

この前、夏凜ちゃんは食べなかったから今度こそ食べさせてあげなきゃ。

文化祭の準備もそろそろほんとに始めなきゃね。

紘汰くんだって張り切ってたんだから、皆で頑張ればきっとすっごいことができると思うんだ。

 

あぁ、楽しみだなぁ。

やっぱり。

こんなところじゃ―――絶対に―――

 

誰の声も手も、もう届かない。

炎はもう、すぐそこまで来ている。

不思議と穏やかな気持ちでそれを見つめる友奈の視界が、真っ白に、染まって―――

 

 

 

 

 

 

「あ、ああ………!」

 

東郷も風も樹も、誰も何も言葉を紡ぐことができなかった。

不思議なことにバーテックス達ですら動きを止め、その一点をただ、見つめていた。

 

その場所に存在するのは、炎に飲まれて無残に転がる友奈と夏凜の姿―――

 

 

 

―――――()()()()()()()

 

 

 

 

 

「ああ。そうだよな。」

 

 

『カチドキアームズ!!』

 

 

時が止まったような空間の中、静かな声がやけに響いた。

 

 

「こんなところじゃ、終われないよな。」

 

 

『いざ、出陣!!』

 

 

二人を飲み込むはずだった炎は完全に消滅し、そこにあるのはただ、二人を庇うように前に立ち、右の拳を突き出した一人の姿。

 

 

「待たせてごめん。でも、ここからが本当の―――」

 

 

『エイ、エイ、オォーーッ!!!!』

 

 

「―――俺たちの!!ステージだ!!!!」

 

 

 

夜の闇を打ち払う、暖かい朝日の色。皆を照らす、彼の色。

何よりも見たかった、その背中。

熱で乾いたはずの友奈の瞳には今、再び涙があふれていた。

 

威風堂々。身に纏う新たな力は、アーマードライダー鎧武―――『カチドキアームズ』。

運命を己の手で掴み取り、犬吠埼紘汰は確かにそこに立っていた。

 




出陣、勝鬨上げ、もう迷うことなかれ。

主人公復活。
さぁ、反撃開始。

の、前に少し紘汰くん視点に戻ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話

大変長らくお待たせいたしました…!!


時間はわずかに遡る。

 

犬吠埼紘汰が倒れ、少女たちの戦いが始まったころ。戦極凌馬は相変わらず、ディスプレイに映し出されたリアルタイムの映像を冷めた目でじっと眺めていた。

 

薄暗い室内は、先ほどの紘汰とのやりとりのおかげでいつもよりも一層散らかって入るものの、概ね異常はない。

しかし、今この時に限っては異常がないことこそが異常だった。

樹海化が起こった時、四国全域は樹海と同化して元の形を失い、勇者達以外の生物は全てその時を止めるはずだ。だというのに、この空間に限っては全くと言っていいほどその影響を受けてはいない。

何故かと言えばそれは勿論、この部屋の主である戦極凌馬の仕業ではあるのだが、この技術を戦極は大赦には報告していない。

知っているのは戦極含め、ごく少数の人間に限られている。

 

そのわずかな少数の中の一人、戦極と関係の深い仮面の神官が、先ほどから一言も話さずにまるで自らに刻み込むように映し出されている映像を見つめ続けていた。

相変わらず素顔は仮面に覆われ、その表情をうかがい知ることはできない。しかし、画面の中で少女達が傷つく度、満開を行う度に僅かにその肩が揺れていることにやや後方にいる戦極だけは気づいていた。

 

でも、そんなことは戦極にとってはどうでもいい事柄だ。

もう随分と長い付き合いとなったその神官のことを、気遣うでも窘めるでもなく、冷たい目でただ、成り行きを見守っている。

 

三好夏凜と東郷美森。二人の満開により、次々とバーテックスが打ち取られていく。

鬼気迫る二人の活躍はまさに獅子奮迅。なるほど、確かに今回も防衛は成功するかもしれない。

しかし、それだけでは駄目なのだ。

今の勇者システムでは、守れはしても勝つことができない。

それでは現状に対する打開とは成り得ない。

だからこそ―――

 

引き出しを開き、中の資料を手に取った。

戦極が取り出したのは随分と古ぼけたコピー用紙の束。何度も読み込み、内容は既に暗記しているそれをパラパラとめくってから机の上へと放り投げた。

 

机の上に無造作に置かれたその紙束の最初の1ページ。

そこにはこの資料のタイトルと、とある組織の名称が書かれている。

 

西暦の時代。

世界の異変、その前兆に誰よりも早く気づいた者たちがいた。

彼らはそれを徹底的に調べ、準備し―――そして結果間に合わず、時の激流の中に消えていった。

しかし、その巨大な躯は彼らが斃れた後も残り、新たな時代、僅かになってしまった人類を導く別の組織へと引き継がれることになる。

 

新たな秩序の構築にあたりその組織の痕跡は排除されていったが、その中で密かに残されたものがある。

今戦極が所有しているこれも、その一つ。

 

資料に書かれたタイトルは“ヘルヘイムの森第四次調査隊 調査報告書”。

そしてこれを残したその組織は名を―――

 

 

 

―――ユグドラシルコーポレーション、といった。

 

 

 

 

混濁していた意識が、徐々に形を取り戻し始める。

それと同時に鈍い痛みを訴え始めた頭を抱えながら、犬吠埼紘汰はゆっくりと身を起こした。

視界に映るのは目に痛いほどの白、白、白。

目を覚ました紘汰の前には白色以外に何もない空間がただ、広がっていた。

 

覚醒したばかりの頭は、今の状況をうまく呑み込めてはいない。

今の紘汰には目を覚ます前に何をしていたのかという事すら曖昧だった。

自分がどうなっているのかはよくわからない。でも、自分が今いるこの場所には見覚えがある。

 

「ここ…は…。」

 

【―――気がついたか。】

 

頭に直接響いてくるような聞き覚えのある声に、紘汰は慌てて周囲を見回した。

紘汰の背後、何もなかったはずの真っ白な空間にいつかの青い鴉が佇んでいた。

白の中で一際目立つその青い鴉は、未だ半覚醒状態から抜け出せていない紘汰を静かな眼でじっと見つめていた。

 

「お前…は…あれ…?俺、一体…どうして………―――っ!!」

 

その瞬間、鴉の瞳をぼうっと見つめ返していた紘汰の脳裏に、直前の光景がフラッシュバックする。

鮮明に思い出してしまった異物が腹を貫いていく生々しい感触に吐き気を覚えた紘汰は、咄嗟に自分の腹部に手を当てる。だがしかし、そこに本来あるはずの感触は全くもって感じられなかった。

違和感を覚えながらも紘汰が恐る恐る自分の両手を覗き見る。あれだけの大怪我を負った後だというのに、そこには血が一滴もついてはいなかった。

 

「えっ!?な、何で!?俺、確かにあの時…。」

 

【………。】

 

「まさか本当に死…?いや、でも前の時だって…。」

 

【そうだ。お前は今、確かに死に瀕している。】

 

「!!」

 

鴉の横の空間に、突如として映像が映し出された。

そこに映っているのは樹海の中、自ら流した血の海に沈んでいる自分の姿。

改めて客観的に突き付けられた絶望的な状況に、紘汰は真っ青な顔で息を飲み込んだ。

足元から何もかもが崩れていきそうな空虚な実感が紘汰の意識を明滅させる。

 

しかし、それでも紘汰は今にも折れてしまいそうな膝を何とか支えて立っていた。

立っていられる理由は、立たなきゃいけない理由はたった一つ。

自分が死ぬかもしれないという状況になってすら、紘汰の頭の中を占めるのは自分以外の事だった。

 

「―――敵は……?みんなは…どうなったんだ…?」

 

【………。】

 

悲痛ささえ滲んだ紘汰の声に、鴉は僅かに目を伏せる。

一瞬の沈黙ののち、鴉は現実の紘汰の姿が映し出された空間を一瞥した。その動作を契機にまるでテレビのチャンネルを変えるように映像の内容が切り替わる。

 

「東郷!!夏凛!!」

 

満開を発動させた二人が、現れた十二体のバーテックスと戦っている。

それを見た瞬間、冷え切っていたはずの紘汰の体に、一瞬で熱が駆け巡った。

 

「くそっ…!!こんなことしてる場合じゃねぇ!!何とか――――」

 

【もう、いいのではないか。】

 

「―――え?」

 

鴉から発せられたその言葉は、決して大きな声ではなかった。

しかし、何もない空間にやけに響いたその言葉が、紘汰の体を制止させた。

視線が鴉に吸い寄せられる。

鴉は動揺した紘汰の目を静かに見つめ返しながら、再びゆっくりと嘴を開いた。

 

【お前は十分に戦った。直接加護を受けられない身でありながら、これまで勇者たちをよく守ってくれた。”私たち”はお前に感謝している。お前は期待以上に、今代の勇者たちを支えてくれた。――――だからもう、これ以上お前が傷つく必要はないだろう。】

 

「な…に、を。」

 

【神樹の力では、天の神に勝てない。】

 

「は………?」

 

畳みかけるようなその一言に、紘汰は言葉を失った。

紘汰には鴉の表情など読めるべくもない。が、しかし冗談で言ったわけではないことぐらいはわかる。

そして、鴉のその平坦な口調からは、どこか乾ききった大地を思わせるような寒々しいものが感じられた。

 

衝撃で動きを止めた紘汰を、鴉はただじっと見つめていた。

自分ではない誰かのために、自分の身を顧みず行動できる、とてもまっすぐな目をした少年だった。

そして、そんな目をした少女たちを鴉はおよそ三百年の間、ずっと見守り続けてきたのだ。

その願い、希望、悲しみ、絶望のすべてを。

 

何としてでもやり遂げなければいけない使命があった。

己にはそれをしなければならない責任があった。

だがしかし、いつからだろうか。繰り返される戦いと犠牲の中でふと、疑問が芽生えるようになったのは。

微かに生じた違和感は、時を重ねるごとに大きさを増していく。

それでも、必ずやり遂げなければならない。

 

―――でも、それはいったい、何のために―――?

 

積み重なった犠牲の重さが、かつての誓いを揺るがしていた。

この戦いの果てに、後に続いた少女たちの、無数の犠牲に見合う何かが残るのだろうか。

鴉にはもう、それがわからなくなっていたのだ。

だから―――

 

【確かに満開システムは強力だ。彼女たちの多くを犠牲にすれば、今回の襲撃は防げるかもしれない。だが、その次は?本来当然持っているはずだったものを失って、そしてこれからも失い続けることを知りながら彼女たちはいつまで戦っていられる?それに、神樹の力も日に日に衰えていっている。そう遠くない未来、満開すら使えなくなる日が来るだろう。そしてもちろん、天の神が手を緩めることは決してない。それならばいっそ―――】

 

終わりにしても、いいのではないか。

鴉の言葉には諦観が宿っていた。

無駄かもしれない戦いに少女たちが向かっていくことに、鴉はもう耐えられなくなっていた。

そして、それをどうすることもできない自分自身にも。

うつむいて震えている目の前の少年を、責めることなどできはしない。

だって、あれほど頑張ってきたのだ。彼女たちのために身を挺して、あんなにも体を傷つけて。

だからもう、この少年もこれ以上苦しむ必要は―――

 

「―――それ、でも………!!」

 

少年の声は、静かだった。

それでも確かに、力が宿っていた。

抑えきれない想いがただ、食いしばった歯をこじ開けて喉の奥から込み上げていた。

 

「それでも、俺は諦めない………!!!」

 

顔を上げて、しっかりと前を向く。

心のすべてをぶつけるように、鴉の乾いた黒い瞳を見返した。

 

紘汰の目に宿った力と熱に、鴉が大きく動揺する。

そしてそれをごまかすかのように、もう一度映像を切り替えた。

 

【これを見ろ。】

 

炎。

紘汰の目に飛び込んできたのは、激しく猛る業火だった。

単なる映像であるはずなのに見ているだけで目を焼かれそうなほどの地獄の業火。

そしてその上を舞う、無数の白い神の使いたち。

 

【そうだ。これが、今のこの世界の姿だ。東郷三森が言っただろう。《この世界はもう滅んでいる》、と。これが、彼女がその目で見てきたもの。これが、この世界の真実だ。この世界は全て焼き尽くされている―――神樹によって辛うじて守られた、この四国を除いて。】

 

「――――っ!!」

 

【勝てるかどうかの話ではない。人類はすでに敗北しているのだ。この戦いはもはや延命処置にしか過ぎない。そんなことのためにお前が苦しみ続ける必要など無い。】

 

卑怯なことをしている自覚はあった。

でも、それで諦めてくれるならばそれでいいと思っていた。

―――なのになぜ、その目から宿る熱は勢いを増しているのか。

 

絶望的な光景に萎えそうになる足を叱咤して、紘汰はなおも前を向いた。

こんな、一人の人間には到底受け止めきれないような光景を目にした少女に向かって、『諦めるな』といったのだ。

それならば、そんな自分が真っ先に諦めていいはずはない。

 

「諦めるなって、言ったんだ。諦めないって、誓ったんだ。だから、俺は何があっても絶対に諦めねぇ………!!!」

 

【諦めなければどうにかなる問題ではないのだ!それに、お前の体はもう限界だ。戦う力も失って―――!?】

 

紘汰の手には、いつの間にか二つに割れたドライバーとオレンジロックシードが握られていた。

誰が見てももう使えないような状態のそれを、紘汰は強く握りしめる。

 

「………考えてたことがあったんだ。どうすれば強くなれるのかって思ってから、ずっと。………あんた言ったよな。”神樹の力では、天の神に勝てない”って。だったら―――」

 

【何を、言っているんだ…?】

 

弱まっていく神樹の力。より強くなっていく天の神の力。

それに対抗するためにはどうすればいいのか。

それは、とても単純な思い付きだった。

 

「だったら、『天の神の力』だったら―――!!!」

 

その瞬間。真っ白な空間が、裂けた。

紘汰の上空、現れたファスナーが空間を切り裂いていく。

それは、アーマードライダーシステムが鎧を召喚するときのように、しかし違うのはその大きさだ。

普段現れるものとは比べ物にならないほどの巨大な円が、紘汰の上に現れていた。

 

そしてゆっくり、その口が開く。

ファスナーの向こうは、別の空間へとつながっている。普段はあまり気にしなていなかったが、今回ははっきりとその向こうが見えた。

空間の先に見えたのは、いつか見たあの植物が生い茂る『森』だった。

そしてそれが見えた次の瞬間、『森』が紘汰へと殺到した。

 

「う、おおおおおおおおおお!!」

 

溢れ出した緑が、紘汰―――より正確に言えば紘汰の手にある破損したオレンジロックシードへと吸い込まれていく。

ロックシードは光を放ち、徐々に光そのものへと変わっていく。

一秒ごとに、手の中で力が膨れ上がっていくのを紘汰は感じていた。

 

アーマードライダーシステム。その根幹となる『果実』の力をさらに引き出す。

方法なんて考えていたわけもない、しかし実現できる確信が、なぜかこの時の紘汰にはあった。

そしてそんな荒唐無稽な思い付きは今、確かに形になろうとしていた。

 

【こ、れは………お前は………まさか!?】

 

鴉の声に、焦りが混じる

長い年月の果て、すり切れていった記憶の中、これと同じような光景を、かつて己は見たことがある。

そして、その結末は―――

 

【やめろ!!それ以上は私たちの力では抑えきることができない!!そんなものを使えばお前は!!!】

 

「…それでもいい。たとえ何になり果てたとしても、俺の信じるものは変わらない。」

 

【なぜだ!なぜお前はそこまで…一体、何のために!!】

 

鮮烈な光が、紘汰自身さえも覆いつくしていく。

全てを救うにはあまりにもちっぽけな今の自分。

だからこそ力が要る。

自分の大切なものを犠牲から救うための力が。

いや、犠牲を要求する世界のルールそのものを打ち砕けるような絶大な力が。

 

「何のためだとか…誰のためなんてことは、どうだっていい。ここには、笑っててほしい人たちがいる。その人たちが生きる世界が残ってる。そうだ…俺たちはまだ、何もなくしてなんかない!!―――だから俺は戦う!俺が望む結末のために!!」

 

 

 

極大の輝きを、鴉は眩しそうに見つめていた。

天の神の力。

その力は、確かに絶大だ。

閉塞した状況を打開するための、大きな楔になってくれるのは間違いないだろう。

だが、同時にそれがそんな生易しいものでないことを鴉は痛いほどに知っていた。

彼が掴み取った力は、間違いなく彼自身を苦しめることになるだろう。

 

でも、それでも。

この輝きを信じてみたいと思うのだ。

犬吠埼紘汰が放つこの輝きを見て、諦観に沈んでいた心に希望が戻ってくるのを鴉は確かに感じていた。

もう一度、信じてみてもいいのだろうか。

これまでの犠牲が無駄ではなかったと、そう言える日が来ることをもう一度。

 

その時ふと、懐かしい気配を感じて鴉は視線をそちらに向けた。

視線の先は今まさに変容を終えようとしているロックシードを持つ方とは逆の手に握られたもう一つの装置。

ロックシードは何とかなりそうだが、こちらは依然として壊れたままだ。ロックシードが治ったとして、この状態でどうするつもりだったのか。

そんな詰めの甘さがこの少年らしいと感じて、こんな時だが鴉は少し可笑しくなった。

ともあれ、気配はその装置の中から発せられている。

 

(これは…そうか。あの男、こんなものを仕込んでいたとは………。)

 

何のためにそうしたのかは鴉にはわからない。

だが、おかげで自分にも力になれることができたわけだ。

光が収まってくるのを見計らって、鴉はその両羽を広げた。

力強く羽ばたき、これから戦場に向かうであろう少年のもとへと飛んでいく。

空中で鴉は光へと姿を変え、その光は破損したドライバーへとすぅっと吸い込まれていった。

桔梗色の光の蔓がドライバーを包み込み、それが晴れるとすっかりドライバーは元の姿を取り戻していた。

 

「あんた…。」

 

【私も、もう一度信じてみることにするよ。だから、今度は私自身の力も貸そう。犬吠埼紘汰、どうかこの世界を―――】

 

「あぁ、任せてくれ。あんたたちの想いは、必ず俺が未来へつなげて見せる。」

 

紘汰の視界が、真っ白に染まっていく。

覚えのある浮遊感が、もうじき目が覚めることを教えてくれていた。

薄まっていく感覚の中、紘汰は今一度手の中にあるドライバーと姿を変えたロックシードをぎゅっと握りしめた。

 

本当の戦いはこれからだ。

みんなの未来を取り戻すために―――いざ、出陣!!!




改めて、お待たせして申し訳ございませんでした。
しかも長く空けた割にはかなり短いうえに話が進んでいないという…。

6月ごろに仕事がごたついて、それ以来あらゆる気力が喪失した状態で全然こっちに手が付けられませんでしたが公式の怒涛の鎧武推しに何とか気力を取り戻し、一話投稿にこぎつけられました。

気づけば投稿開始から2年も過ぎ、2年以内には1章終わらせようと思っていたのも達成できず本当に何やってんだっていう感じですが、また改めてよろしくお願いいたします。

※思うところあって鴉さんのセリフのカッコを変えました。以前のほうも早いうちに修正する予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話

「ったく………遅いっての………。」

 

静寂に支配された世界の中、夏凛がぽつりとそう呟いて今度こそ意識を手放した。

夏凛の言葉に反応できないまま、友奈は一言も発することはできずにただ、目の前の光景を見つめている。

 

たった今、目の前で友奈たちの危機を救った紘汰が身に纏うその鎧は、またしても大きく姿を変えていた。

色は、彼自身が一番合っていると言っていたオレンジアームズの色のまま。

しかし鎧はより分厚く、城塞の如く堅牢に。

三日月のような前立ての後ろには新たに二本の湾曲したブレードが増え、口元に施された髭のような装飾が威厳と風格を与えている。

拳を振りぬいたままの姿勢で佇むその背中では、天に向かって堂々と掲げられた二本の旗が熱風にたなびいていた。

 

余韻のような熱波が作り出した陽炎の中でゆらゆらと揺れるその姿に、未だ頭が追いついていない友奈はひょっとしたら都合のいい幻を見ているだけじゃないのかとさえ思った。

だが違う。

離れていても感じられる優しく力強いエネルギーが、紘汰が確かにそこにいるということを教えてくれている。

 

戸惑いと喜びの中で混乱する友奈だが、状況は待ってくれなかった。

突然の乱入者に制止していた星屑たちが、一斉に紘汰へと襲い掛かったのだ。

凄まじい数の星屑たちが、紘汰のもとへ殺到する。

なりふり構わずといったようなその突撃は、敵意からというよりはむしろ怯えからくる防衛行動のようですらあった。

 

一瞬で白い濁流に飲み込まれてしまった紘汰の姿に、友奈の頭の中で先ほどの光景がフラッシュバック―――するよりも尚早く、星屑たちが吹き飛んだ。

 

暴風の中の木の葉のように吹き飛ばされた星屑たちは、炎に焼かれながらぱらぱらと地に落ち、光へと還っていく。

さっきまで星屑たちが群がっていたはずの場所では、円を描くように炎が渦を巻いていた。

その円の中心、背中に背負っていた二本の旗―――カチドキ旗を両手に掴んだ紘汰が立っていた。

旗に残った残り火を、旗を一振りすることで払った紘汰は、そのままそれを背中に戻して友奈のほうへと向き直った。

 

全てが制止したような空間の中で、紘汰と友奈は見つめ合う。

お互いに話したい事、話すべきことはたくさんあるはずなのに、その最初の一言が出せないでいた。

しかしそれもほんの僅かの事。

ばつの悪そうに鎧の上から頬を掻くしぐさをしながら、躊躇いがちに紘汰が口を開いた。

 

「えーっと…その………大丈夫だったか?友奈。」

 

ようやくひねり出したその一言に、内心紘汰は自分自身を罵倒していた。

少し前、鴉に見せられた映像で大体の状況は理解している。誰がどう見たって、大丈夫なんて言える状況ではないのは明らかだった。

目の前にいる友奈にしたって、体に目立った傷こそないもののその目にははっきりと涙が浮かんでいた。

 

「う…うん…。わ、たしは…大丈夫…なんだけど…紘汰…くんは?…紘汰くん…なんだよね?」

 

一方の友奈も、いまだ状況をはっきりと飲み込めないでいた。

ほっとして、うれしくて、でも信じられなくて。次から次へと浮かんでは消えていく気持ちを整理しきれず、ようやく口から出たのはそんな言葉だ。

 

「あ、あはは…私、何言ってんだろ…。紘汰くん、ちゃんとここにいるのにね…それで私たちの事、助けてくれたのに……私……わたしは……。」

 

ごまかすように無理やり笑った友奈が、急に言葉を切りうつむいた。

紘汰の位置からでは、顔を伏せてしまった友奈の表情をうかがい知ることはできない。

ひょっとして痛むところでもあったのだろうかと心配になった紘汰が駆け寄ろうとする。

 

「ごめんね…私、嘘つきだ…。紘汰くんとの約束、守れなくて…肝心なところでいつも守ってもらってばっかりで………。」

 

絞りだしたような声とともに顔を上げた友奈の表情は、悲痛に歪んでいた。

友奈のその表情に、駆け出した足が鈍る。

彼女にそんな顔をさせてしまった自身の弱さと不甲斐なさに、紘汰は奥歯を強く噛み締めた。

今にも泣きだしてしまいそうな友奈にゆっくりと近づき、震える肩に手をのせる。

すると友奈は、まるで紘汰の存在を確かめるようにそっとその手をつかみ返した。これまで多くの怪物たちを打倒してきた女の子の手は、紘汰が驚くほどに小さく感じられた。

 

「俺こそごめん。偉そうなことばかり言って、みんなに心配かけて…もう少しで、お前のことも嘘つきにしちまうとこだった。」

 

再びうつむいていた友奈の首が、ふるふると左右に動いていた。

ろくに顔を上げることもできなくて、ただ違うよだとか、ごめんねだとかいう言葉を重ね続けた。

そんな友奈に紘汰もどうしていいかわからず、樹によくやるように友奈の頭にぎこちなく手を置きながら、ごめんの言葉を繰り返す。

 

そしてひとしきりそんなやり取りを繰り返した後、なんだかおかしくなって二人一緒に吹き出した。

ようやく顔を上げた友奈は、目じりにまだ涙がたまっているものの、自然な笑みを浮かべている。

その表情を見た紘汰も、ようやく安心したように仮面の下でほっと息を吐きだした。

 

「皆にもちゃんと、言わないとな。ごめんもありがとうも―――それから、これからの事も…たくさん、皆で話さないと。」

 

「…うん、そうだね。」

 

友奈の肩から手を放し、二体のスタークラスターへと向き直る。

それぞれへ向かう延長線上では、力をほとんど使い果たして横たわる風と東郷の姿が見えた。

もう、皆限界だ。背後で今も踏ん張ってくれている樹だって、いつまでもつかはわからない。すぐにでもケリをつけなければいけない。

ボロボロになったみんなの姿を視界に収め、改めて紘汰の満身に闘気が宿る。

 

「だからまずはこんなこと、さっさと終わらせてやる。友奈、お前はここで夏凛と待っていてくれ。」

 

「紘汰くん!私は―――」

 

「っ!下がれ友奈!!」

 

友奈の声を遮って、紘汰は無双セイバーを引き抜いた。

金属同士が激しくぶつかる衝撃音が轟いて、友奈は思わず耳を耳を塞いだ。

不意を突いた蹴撃が、無双セイバーに止められていた。

長すぎる足の脛に、鋭い刃を備えた歪なヒトガタは、『ジェミニ・スタークラスター』。

他の二体よりも明らかに小さいが、その分脅威的なスピードと直接攻撃能力を備えたもう一体のスタークラスターだ。

 

しかし、空間ごと揺るがすような強烈な蹴撃を受け止めすら、今の紘汰はこゆるぎもしない。

無双セイバーを片手だけで支えながら、不意打ちを敢行した不届者を仮面越しににらみつける。

そのまま敵を叩き潰さんと背中の旗に手を伸ばしたその時、ヴン、という不快な音が鳴り、無双セイバーが弾き飛ばされた。

 

少なくない驚きとともに、すぐさまジェミニに視線を向ける紘汰。

今まで無双セイバーとかち合っていた敵の脚甲が、微かにブレている。その光景と手に残る痺れ、そして今も続いている頭を刺すような不快な音が、その正体を紘汰に伝える。

すなわちそれは、()()だ。

 

それに気づき、バックステップで僅かにジェミニから距離をとる紘汰。

その足元、紘汰の影が揺らぎ、滲みだしたように現れるもう一つの影。

 

そう。

敵の名は『()()()()・スタークラスター』。

二体で一体という特性をそのままに、しかしその戦闘力を大きく引き上げられた襲撃者。

 

前と後ろ、二体のジェミニがその足を振り上げた。

二つの振動音が共鳴し、頭痛すらも引き起こすほどの不快音が響き渡る。

挟撃に備え、背中に冷たい汗を感じながらも紘汰は二本のカチドキ旗を構える。

そんな紘汰へと、二体のジェミニが同時に襲い掛かり―――次の瞬間姿を消した。

 

呆気にとられた紘汰の左右、顔の横には巨大な握り拳が二つ浮かんでいた。それに僅かに遅れるように聞こえたのは、大きな二つの打撃音。

何が起きたか考えるまでもない。二体のジェミニはこの拳によって、横合いから殴り飛ばされたのだ。

そして、それができる人間など、この場には一人しかいない。

 

「友奈…お前………。」

 

紘汰の視線の先にいる友奈は、満開の衣装に身を包んでいた。

いっそわかりやすいほどの”戦う”という意思表示。

紘汰の事をじっと見つめ返すその目には先ほどの弱々しさなどは微塵もなく、めらめらと燃えるような闘志が宿っていた。

 

「ありがとう紘汰くん。でもね、私、もう決めたんだ。」

 

「でも…それを使ったらお前は………。」

 

戸惑う紘汰の声は、少し震えていた。

友奈にはその仮面の下の彼の顔が手に取るようにわかる。紘汰の覚悟も、思いもちゃんと伝わっている。

でもそこには、友奈の気持ちは入っていない。だから、ちゃんと伝えないと。

 

「私が迷って、立ち止まっている間に、私の大事なものが傷ついていく。そんなのはもう、嫌なんだ。だから―――。」

 

友奈は足を進める。

紘汰の前から―――その、隣へと。

 

「私はもう迷わない。もう誰も、私の前で傷ついてほしくない。私の大切なものは、私の手で守りたい。だから、そのための力なら私は躊躇わずに手を伸ばす。」

 

友奈は紘汰の隣に並び立つ。

後ろで守って貰うより、隣で並んで共に歩むことを、いつだって望んでいたのだから。

 

「きっといっぱい、つらい思いもすると思うけど―――でも私は信じてるから。皆と一緒なら、何だって絶対に乗り越えていけるって。」

 

友奈はそう言い放ち、隣にいる紘汰の顔を見上げて微笑んだ。

見る人に勇気を与える………何があっても何とかなる、と不思議と思わせてくれる結城友奈の微笑みだった。

そしてそんな顔を見ると、紘汰はいつだってそれ以上何も言えなくなるのだ。

 

小さくため息を吐いた紘汰は、改めて残りの敵へと向き直ると、軽く握った拳を隣へと向けた。

友奈は一瞬キョトンとして、その意味を理解すると花が咲くように笑い自分も同じように拳を上げた。

 

拳と拳がぶつかり合って、コツンと軽い音が鳴る。

その小さな音が体中に沁み渡って、二人の勇気を何倍にも高めてくれるようだった。

二人並んで、彼方の敵をにらみつける。

空に浮かぶ巨体はそれだけで見る者に畏怖を抱かせるが、それでももう、恐怖は感じない。

 

「友奈は東郷を助けに行ってやってくれ。姉ちゃんのところへは俺が行く。あの新顔は、俺に任せろ。」

 

「うん。じゃああっちの前に見たことある方は私が何とかしてくるね。早く行って、風先輩に元気な顔見せてあげて。」

 

「わかってる。………じゃあ、行くぞ!!」

 

「うん!!」

 

友奈が地を蹴りつけ、紘汰がダンデライナーを取り出して、その背に飛び乗った。

二筋の流星が今、樹海の空を駆け抜ける。

 

 

 

 

牽制のように放たれた巨大な水弾を、空中の友奈が迎え撃つ。

触れたものを捕らえるその水の牢獄は本来の役目を果たすことはなく、友奈の拳に触れた瞬間に蒸発していく。友奈の戦意にこたえるように、その拳は熱を帯びていた。

 

大量の水蒸気を切り裂いて、友奈は更にその身を加速させる。

レオ・スタークラスターは動揺したかのように僅かに身を震わせ、それならばと今度は炎球を放った。

次々押し寄せる炎球を、躱し、逸らし、打ち砕きながらも友奈は敵を見ていない。

今の友奈の目に映るのは、ボロボロになった親友の姿だけだ。

 

今行くからね、東郷さん。

だから、それを邪魔するヤツは―――!

 

友奈の目の前に、巨大な炎球が現れた。

嘗ての闘いでは飲み込まれたこともあるソレを、友奈は真正面から受け止めた。

膨大な熱量に、満開の拳が煙を上げている。

それでも決して負けてはいない。

額に汗を流しながら、それでも友奈は勇ましい笑みを浮かべていた。

そして―――

 

「必殺!勇者ボール!!」

 

そのまま、投げ返した。

剛速球の返球が、レオの体の中心に突き刺さる。

自らの炎に焼かれ、レオの体が大きく揺れた。

しかし、小さくはないダメージを受けながらもレオはすぐさま体制を立て直す。

そして反撃に移ろうとして気が付いた。

真正面から向かって来ていたはずの、勇者の姿がないことに。

 

「か、ら、のぉ――――」

 

足元から声がする―――しかし気づいた時にはもう遅い。

友奈はもう、準備を終えていた。

右の拳をめいいっぱい引き絞り、己の体を一発の砲弾へと変える。

 

「―――満っ開!勇者ぁ!!パァーーーーーーーーーンチ!!!」

 

会心の一撃が炸裂し、周囲に快音が響き渡った。

 

 

 

 

「助けに来たよ。東郷さん。」

 

そう言って笑った友奈の顔を、東郷は唯一見える右目で眩しそうに見つめていた。

歩いてくる友奈の背後、満開の巨大なユニットが光の花弁となって散っていく。それと同時に友奈の左目付近に領巾が現れ、彼女の左目は光を失った。

違和感にほんの少し目を細めた友奈は、一緒だね、と言って少し困ったように笑っていた。

 

「友奈…ちゃん………。」

 

「東郷さん…よい、しょっと。」

 

地面に横たわったままの東郷の体を、友奈は事も無げに抱き上げた。

そのまま横抱きに抱えられ、幾分も近くなった位置で二人の視線が重なり合う。

 

「ありがとう東郷さん。…遅くなってごめんね。」

 

「ううん…そんなのいいの…よかった…友奈ちゃん…本当に良かった…。」

 

抱えられた腕から、東郷の大好きだった友奈の温度は伝わってこなかった。東郷の体は既に、温度を感じる機能を失っているのだ。

思えばそれも罰の一つなのかもしれない。

心地よい浮遊感に包まれながら、東郷はそんなことをぼんやりと考えていた。

でも、それも気にはならなかった。

温かさを感じることができるのは、なにも体だけではないのだから。

 

 

 

 

ダンデライナーで空を駆ける紘汰に、星屑たちが追いすがる。

紘汰にとって都合がいいことに、友奈よりも紘汰の方を脅威と判断したのか、周囲にいる星屑たちは全て紘汰の方に集まってきていた。

十分に敵を引き付けたのを見計らって、紘汰は中空へと手をかざした。

 

かざした手の中、光とともに現れたのは専用アームズウェポン『火縄大橙DJ銃』。

周囲に群がる星屑たちを見据えながら、側面のDJピッチを絞りDJテーブルをスクラッチする。

軽快な音楽ともにテンポの速いほら貝の音が鳴り響き、DJ銃が起動する。

 

「おおぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

紘汰とともに、DJ銃が咆哮を上げる。

オレンジ色のエネルギー弾が機関銃のように吐き出され、周囲の星屑たちに降り注いだ。

回避も防御も許されず、豪雨のようなエネルギー弾が星屑たちの体を引き裂いていく。

そして数秒もしないうちに、大量にいた星屑たちは残らず光へと還っていった。

 

露払いを終えた紘汰の目の前に、スコーピオン・スタークラスターの巨体が迫る。

その巨体に照準を合わせ、DJ銃を構える紘汰。

しかしその周囲を、いつの間にか楕円形の浮遊物体が取り囲んでいた。

 

紘汰が反応するよりも早く、その先端から一斉に光の杭が放たれる。

それは少し前の風の時と同様に、お互いの身で反射を繰り返しながら、全方位から紘汰へと襲い掛かった。

 

―――――――!!!!!

 

回避を許さぬ全方位からの飽和攻撃。

凄まじい爆発が巻き起こり、紘汰の体が爆炎の中に飲み込まれる。

やがて残響が止み、周囲に一瞬の静寂が訪れた。

もうもうと立ち込める黒煙の周囲で、浮遊板が油断なく警戒を続けている。

 

と、その時黒煙が一瞬不自然に揺らいだ。

瞬時に反応する浮遊版。その一つを黒煙から飛び出してきた腕が掴み、そのまま握りつぶした。

 

「あぁくそっ!!びっくりしたじゃねぇか!!!」

 

黒煙の中から飛び出してきたのは、もちろん紘汰だった。

あれだけの爆炎に包まれたにも関わらず、その鎧には傷一つとしてついてはいない。

カチドキアームズの強固な装甲はスコーピオンの攻撃の一切を通さなかったのだ。

 

右手にDJ銃を握り、空いていた左手にカチドキ旗を掴んだ紘汰は、そのまま動揺したように一瞬僅かに動きをぎこちなくした浮遊板へと反撃を開始した。

カチドキ旗で打ち落とし、DJ銃で撃ち落とす。

浮遊板からの射撃も突進による攻撃も一切防御することもなくひたすら攻撃を続ける紘汰に、浮遊板は次々にその数を減らしていった。

紘汰が駆るダンデライナーは紘汰本人と違って先ほどの攻撃により幾分かダメージを受けていたが、機能には問題ないようで主人の意を汲み縦横無尽に空を駆けている。

 

しばらくして、最後の一枚を直接拳で打ち砕いた紘汰は、ようやくといった様子でスコーピオン本体へと機首を向ける。

浮遊板の再生産は間に合わない。それはつまり、本体を守るものは何もないということだ。

怪しい煙を吐き始めたダンデライナーの上で、紘汰は再びピッチを操作し、テーブルをスクラッチした。

先ほどとは異なる低く長いテンポの音が鳴り、エネルギーが充填されたDJ銃の銃口を、スコーピオンへと向けた。

そして、

 

「これで、終わりだ!!」

 

銃口から放たれたのは、巨大なエネルギー弾。

連射力よりも一発の威力を重視したその砲弾は、最後の抵抗といった様子で吐き出された浮遊板を巻き込んで―――本体へと直撃した。

 

 

 

 

いよいよ浮いてすらいられなくなってきた様子のダンデライナーを何とか操作して、紘汰は風の元へと降り立った。

紘汰が飛び降りると同時にダンデライナーは限界を迎え、元の錠前サイズになって紘汰の手元へと戻ってくる。

それをホルダーにしまいながら、紘汰はいよいよ風へと向き直る。

風の体のあちこちに、以前は見受けられなかった領巾のような装飾が追加されていた。

それを見た紘汰は、風に気づかれないように仮面の下で奥歯をギリ、と噛み締めた。

満開が解除され、煤だらけの体で大きく張り出した大木の根に背中を預けるように倒れていた風は、いまだ信じられないような面持ちでただ、ずっと紘汰を見つめていた

 

「紘汰………なの………?」

 

「…あぁ、そうだよ姉ちゃん。」

 

「紘汰………あんたっ!!」

 

うまく動かない体で無理やり立ち上がった風を前に、紘汰はぎゅっと目を瞑った。

さすがの紘汰にも、今回ばかりは本当に、とてつもない心配をかけさせてしまった自覚がある。風の前に立った時、最低でも拳骨…ぐらいの覚悟はしていたつもりだった。

しかし、目を瞑る紘汰が感じたのは頭部への衝撃などではなく―――強く、ただ強く抱きしめられる感触だった。

 

「あんた…っ!!あんたねぇ!!生きてたんならもっと早く…早く言いなさいよぉ!!」

 

「姉ちゃん………。」

 

風は本当に最後の力で起き上がったようで、全体重を預けるように紘汰を抱きしめていた。

本来なら簡単に支えられるはずのそれを、なぜか支え切ることができず、気づけば紘汰は風に抱きしめられながら尻もちをついていた。

 

「紘汰…紘汰…っ!よかった…生きてた…生゛ぎでたよぉ……!うぁ……うぇぇぇぇん!!」

 

両親が死んでから一度も見たことのないほどに、子供のように泣きじゃくる姉の背中にぎこちなく手を回しながら、紘汰は自分の考えを恥じていた。

風だって他の皆だって、自分が思っている何百倍も強く紘汰の身を案じてくれている。自分が無茶するたびに、傷つくたびにどれだけ皆の心を痛ませていたのか。

 

「ごめんな姉ちゃん……本当に、ごめん。」

 

「うぁ…そう、思うんならっ…ひっ…ちょっとは普段っ…から…!!」

 

「あぁ、わかって「わかってない!!」…うん…うん………。」

 

せめてもう少し落ち着くまではと風の背中を撫でながら、紘汰は罪悪感とともにそれでもこんな自分を変えられないだろうと思っていた。

 

だったら、強くなるしかない。

何よりも、誰よりも。

誰にも心配かけないように、すべてを守り抜くための強さを。

 

守りたい人たちの顔を思い浮かべながら、紘汰は強くそう思った。

 




次回、決着(予定)。

毎度お待たせして申し訳ありません…
今回よりも早めに出せるように頑張ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話

星屑たちが引いていくのを感じ、樹は広範囲にわたり網のように広げていたワイヤーを解除した。

光のワイヤーが消えていくのと同時に満開状態も解除され、樹は少したたらを踏みながらも地上へと降り立った。

疲労によりふらつく足元、そして身体機能の喪失に伴う違和感さえも無視して、樹は走り出す。

時折足をもつれさせながらも、目的の場所へ向かってわき目も振らずに駆けていく。

 

本当は、もっと早くにこうしたかった。

でも樹は、その思いを必死に押さえつけながら一人で無数の星屑達から神樹様を守り続けていた。

皆が帰ってくる場所を守れるのは、自分だけだと知っていたから。

 

だから今は、走る。

今だけは敵の事も、世界の事だって樹の頭からは消えていた。

抑えきれないほどに逸る気持ちに反して、疲労しきった体は思うように動いてくれない。今の樹にはそれがとてももどかしかった。

 

友奈、東郷、夏凛の姿が見えた。

夏凛の隣に東郷を寝かせながら、友奈がこちらに手を振ってくれている。

元気そうなその姿にほっとして、しかし申し訳なく思いながらも今はそれに手を振り返す暇さえも惜しんで樹の目は別のものを探していた。

 

走る樹の胸の内には今、大きな期待と、それと同じぐらいの不安が押し寄せている。

大丈夫だと信じているのに”もしかしたら”という不安がぬぐえない。

それはきっと、直接目で見て、手で触れることでしか解消できない不安なのだと、何より樹自身がよくわかっていた。

 

友奈たちの横を、足を止めることなくすり抜けた。

樹の心情を察してくれた友奈から、走る樹の背中に向けて声援が飛ぶ。

それに内心で感謝を送りながら、目の前の大きく張り出した巨木の根を超えるため、樹は一層強く地面を蹴りつけた。

 

浮遊感。すり抜ける風。開けた視界。

その、先に―――

 

 

 

 

―――何よりも大切な二人の家族がいた。

 

 

 

 

「―――――!!!―――――!!!」

 

ふり絞るように、二人の名前を呼ぶ。

声を発する機能を失った喉からは、当然のように息の漏れる音しか聞こえてこない。

それでも、二人にはそれで十分だった。

 

「「樹!!」」

 

風と紘汰。二人の声が樹の耳に響く。

それだけで心を占めていた不安が嘘のように吹き飛んで、空いた隙間には大きな喜びと温かさが流れ込んで来る。

でもそれではまだ足りない。だから樹は、飛び込んだ。

 

二人めがけて飛び込んだ樹の体は、期待通りに優しく受け止められた。

樹は受け止めてくれた紘汰と、そんな紘汰の肩に身を預けていた風を、二人まとめて思いっきり抱きしめた。すると二人も、間を置かず樹の事を抱きしめ返してくれた。

腕の中に感じる感触、そして二人の腕から感じる温かさが、二人が確かにここにいることを伝えてくれる。

せいぜい半日ぐらいのはずなのに、何十年も離れていたような気がする。

もう二度と離れないというように、樹は二人を抱きしめる腕にさらに強く力を込めた。

 

風と二人、堰を切ったように泣き始めた妹の黄色い髪をあやすようになでながら、風に促されて紘汰は静かに口を開いた。

言うべき言葉は、自然と頭に浮かんでいる。

自分の帰りを信じ、待ってくれていた家族に言わなければいけない言葉なんて、昔から決まっているのだから。

 

「ごめんな、ありがとう。それと―――ただいま、樹。」

 

 

 

 

合流するなり意識を失った風、そして夏凛と東郷の三人を樹に預け、紘汰と友奈は結界の外縁部を見つめていた。

神樹様の結界は、未だ解除されていない。

それはすなわち、まだ戦いは終わっていないということに他ならない。

 

樹が守っていた神樹様の周囲から星屑たちが引いたのは、撤退を選んだからではない。

では、なぜなのか―――その答えは、二人の見つめる先にある。

 

大穴の付近に、大量の星屑たちが集まっている。東郷たちが相当数を削ったにもかかわらず、未だその総数は数えるのも億劫になるほどだ。

そして、その無数の星屑たちの中心に、巨大な炎が浮かんでいた。

 

それは、数分前までレオ・スタークラスターだったもの。

それが残骸のようなスコーピオン、ジェミニの二体のスタークラスターを飲み込み、それらを超える何かに変貌しようとしていた。

 

集まった星屑たちは、次々とその炎の中に自ら身をささげていく。

星屑という薪をくべられた炎は、より一層勢いを増しながらその巨体をさらに大きく、禍々しいものへと―――

 

やがてすべての星屑たちを飲み込み、『それ』は完成した。

いや、それは完成と言っていいものなのだろうか。

出来上がったそれには、形というものが存在していなかった。

 

より正確に言うのであれば、形を作ることができないといったところだろうか。どろどろの溶岩のようなその塊は、時折何かの形を結ぼうとしては内部のエネルギーに溶かされて再び形を失うという変化を繰り返していた。

全てのバーテックスを内包したその個体は、あまりにも膨大なエネルギーに耐えきれず、自己の形すらも保てていないのだ。

 

個体としてあまりにも無理があるその存在は、恐らくあと数分もしないうちに自壊を迎えるだろう。

だが、それで十分。

この個体は、その数分ですら残存人類を滅ぼすのに余りある人類の天敵であり『星の災厄(スターディザスター)』。

樹海の中に顕現した、まさしく小型の太陽だった。

 

そして、辛うじて球体という形を保っているそれがついに動き出す。

紘汰と友奈、二人の元―――その背後にある、神樹様の元へと。人類を、今度こそ滅ぼすために。

 

その威容に、さすがの二人も息をのんだ。

あまりに膨大な熱量は、かなり離れているはずのこの場ですら熱さを感じさせるほどだ。

だが、それよりも問題なのは―――

 

「紘汰…くん…あれって……。」

 

「あぁ。樹海が………()()()()。」

 

スターディザスターの通り道、その直下から樹海が燃え始めていた。

その延焼速度、被害範囲はこれまでの比ではない。

時間をかければかけるほど、現実への影響は加速度的に広がっていくだろう。もはや、一刻の猶予もない。

 

倒せるだろうか?あれを。

倒すしかないのだ。みんなで生き残るためには。

 

「友奈。少し、離れていてくれ。」

 

「え?」

 

そういうと紘汰は、再びDJ銃を取り出した。

四の五の考えている余裕はもはやない。

いずれにせよ今できる最大限をぶつけるしか手はないのだ。

 

『ロックオフ』

 

戦国ドライバーからカチドキロックシードを取り外し、それをそのままDJ銃のコネクタースロット『ドライブベイ』へと叩き込む。

 

『ロックオン!』

 

『カチドキチャージ!!』

 

カチドキロックシードから溢れ出した莫大なエネルギーが、DJ銃の銃口下部、パワーセルへと収束していく。

カチドキロックシードから生まれるエネルギーは、これまでのロックシード達とは比べ物にならない。

銃身からはオレンジ色の余剰エネルギーが溢れ出し、バチバチと激しい音を立てていた。

 

絶対に、勝って見せる。

強い意思とともに、紘汰はDJ銃を構え直した。

火縄橙DJ銃の必殺の一撃は、今の紘汰が出せる最大火力。それは、ひいては現存戦力における最大火力でもあった。

もしもこれさえも通じないのであれば、もはや後はない。

しかし、問題はもう一つあった。

 

(くそ…狙いが…つけられねぇ…!!)

 

霞む視界。震える手足。自由の利かない体に苛立ちが募る。

奇跡のような復活を遂げたといっても、ほんの少し前までまさしく瀕死の重傷を負っていたのだ。

ここにきていよいよ、紘汰の肉体にも限界が出始めていた。

 

ギリギリと歯を食いしばり、何とか銃身を持ち上げる。

先ほどまで自由に振り回していたこの銃が、今の紘汰にはあまりにも重く感じられていた。

ほんの少しでも気を緩めればすぐにでも落ちてしまうであろう自身の腕。

だがその時突然、その腕が軽くなった。

 

突然の変化に戸惑いながら、紘汰はわずかに視線を下げる。

銃身を支える紘汰の手。その上に、桜色の手甲に包まれたもう一つの手が重ねられていた。

 

「友…奈…。」

 

「約束したでしょ?紘汰くんが困ったときは、いつだって助けるって。どんな時でも、私は絶対にそばにいるから。だから最後まで、一緒にやろうよ紘汰くん。」

 

そう言って友奈は、紘汰の顔を見上げながら力強く微笑んだ。

そしてその笑みが、紘汰の体から余分な力を抜いていく。

支えられている腕だけではなく、心まで軽くなっていくのを紘汰は感じていた。

一人で気負いすぎる悪癖は、どうにも治りそうにない。

そういうところはいつまでたっても変われそうにない自分に紘汰は少し苦笑した。

 

「…あぁ、そうだったな。頼む、手伝ってくれ友奈。絶対に勝つぞ―――一緒に!!!」

 

「うん!!」

 

敵は相変わらずゆっくりと、しかし徐々に速度を増してこちらへと接近し続けている。

だが、徐々に強くなる熱と威圧感を前にしてもそれを正面から受け止める二人の瞳に揺るぎはなかった。

 

きっと、何とかなる。

隣には友奈が、後ろには仲間たちがいる。

だから恐れることなんて何もない。

 

あふれ出るエネルギーは未だ衰えることはなく、むしろ一秒ごとに輝きを増しながら解放の時を今か今かと待っている。

二つの腕が銃身を支え、銃口が一点でピタリと止まった。

そして―――

 

「「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ!!!!!」」

 

銃口から、オレンジ色の奔流が放たれた。

DJ銃から放たれた膨大なエネルギーは大きく広がりながら勢いを増し、敵の元へと一直線に突き進む。

 

そして一瞬の間も置かず、二人の放った砲撃は星を滅ぼす災厄に真正面から衝突した。

オレンジ色の光の波濤が、醜悪な太陽を表面から削り取っていく。地鳴りのようなうめき声が、樹海の中に響き渡った。

 

スターディザスターの前進速度が徐々に徐々に鈍っていく。

それと同時に凄まじいほどの反発力が紘汰と友奈にも襲い掛かっていた。

歯を食いしばり、大地を踏みしめ、銃を握る手に力を籠める。

 

永遠にも思える時間の中、二人は銃を支え続けた。

その間もスターディザスターは減速を続け、そしてついに完全に停止した。

―――だが、しかし

 

「ぐ…うぅ…!!!」

 

どちらともなく、苦悶の声が漏れはじめた。

停止はした。だが、それ以上押し込むことができない。

それどころか二人の体にかかる力は増していく一方だった。

エネルギーの直撃によって半ばまで抉られていたスターディザスターの体は、破壊を上回る再生速度によって少しずつではあるが修復されつつあった。

 

オレンジ色の光が、ほんのわずかに翳り始める。

それと同時に止まっていたスターディザスターの体が、再び前進を始めていた。

二人の体が少しずつ押され始め、踏みしめた足場がガリガリと音を立てた。

ずっと銃身を支え続けていた二人の体にもとうとう限界の足音が忍び寄り始めている。

 

それでも―――

 

「ま―――」

 

「け―――」

 

「る―――」

 

「「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!!!!!」」

 

限界など無いと、二人が叫ぶ。

守りたい人たちのために。その人たちと生きる世界のために。

限界なんていくらでも超えて見せる。

 

紘汰と友奈。

二人の目はもはや敵を見てはいない。

二人の瞳が映すのは、未来。

皆と一緒に過ごす、楽しくて輝かしい未来だけだ。

 

だから、こんなところで負けてなんていられない。

今この瞬間、二人の心は完全に一つだった。

そしてそれが、さらなる奇跡を引き寄せる。

 

銃身を支える二人の手。

重なった手と手の間から―――金色の光が溢れ出した。

 

二人の体が、金色の輝きに包まれる。

それと同時に、オレンジ色の砲撃が再び勢いを取り戻し始めた。

いや、それだけではない。

一瞬、一秒ごとにその光はより強く、激しく勢いを増している。

手の中から発し、二人を包み込んだ金色の輝きは、銃身を伝って砲撃そのものへと伝播する。

オレンジの奔流は、黄金の極光へとその姿を変えていた。

 

「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」

 

極光が、スターディザスターを押し返す。

抵抗は一瞬。あっという間にスターディザスターを飲み込んだ極大の砲撃は尚も止まらずに突き進む。結界に空いた大穴を抜け、さらにその先へと―――

 

広大な宇宙を、黄金の光が切り裂いていく。

光にのまれながら、スターディザスターは再生を繰り返す。しかし、バーテックスの究極とも言えるスターディザスターの再生力は、それをたやすく上回るほどの破壊力を前にもはや意味をなしていなかった。

黄金の砲撃は、スターディザスターの表皮を消し飛ばし、内殻を抉ってやがてその存在の中核(みたま)へと到達する。

そして―――

 

 

 

―――深淵の闇の中に、大輪の花が咲き誇った。

 

 

 

 

夜よりも深い闇の中で燃え盛る、一つの惑星。

かつては青く、美しかったその惑星は今や見る影もなく、化物たちの楽園―――人類にとっての地獄へと姿を変えている。

ここで存在を許されるのは、まさに今現在も炎の中で踊り狂うように宙を舞う星屑たちだけだった。

 

いや、違う。

わが物顔で飛び回る星屑たちの中、それを従えるように佇む影が二つ。

今やこの惑星の頂点であるはずの星屑を乗騎として、燃え盛る惑星を睥睨する深紅と深緑。

星屑たちとは明らかに異なるその姿は、見た目だけで言うならば人に近い。

しかし、その姿はまさに異形。決して人類ではありえない超越種。

 

その超越種たちのすぐ脇を黄金の光がかすめていったのは、ほんの数秒前の事だった。

宇宙の闇を切り裂きそして咲き誇ったその光は、勇者たちの前に立ち込める暗雲を切り開く希望の光であり、それをもたらそうとする者たちへの反抗の印。

 

その不遜な輝きに、最初に()()()()()()()()を打って以降、成り行きを静かに見守っていた二つの影のうちの一つ―――紅い影が肩を震わせた。

傲岸な劣等種に鉄槌を下さんといきり立った紅い影は、手にした()()()の腹を乗騎の頭部に叩きつけ、すぐさまその場へと向かおうとして―――緑の影に止められた。

 

怒りを隠そうともせず詰め寄る紅い影を前に、緑の影は余裕の態度を崩そうともせず何事かを紅い影へとささやいた。

すると、今にも相手を殺さんとするほどだった紅い影の勢いは一気に終息し、いかにも面白くないといった様子で鼻を鳴らすと、怒りをぶつけるように乗騎である星屑を蹴りつけて先ほどまで向かおうとした方向とは逆の方へと飛び去って行った。

 

去っていくその背中を嘲るかのような目で見つめていた緑の影は、ほんの少し死の惑星の方へと振り返った後、手に持った身の丈ほどもある戦斧の柄で乗騎を小突き、自らも紅い影の後を追うようにその場を後にする。

 

人類とは明らかに異なる造形をしたその表情から、何かを読み取ることはできない。

しかし、去り際に僅かに振り返ったその異形の目。

そこには確かに―――隠しようのない愉悦が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

結界に空いた大穴が急速に塞がれていくのと同時に、戦いの終わりを告げるように極彩色の花弁があたりを覆い始める。

気を失っていた東郷が目を覚ましたのは、まさにそのタイミングだった。

 

未だうまく動かない体で、必死に視線だけを彷徨わせる。

幸いにも、求めている人物はすぐそばにあった。

 

「あ、目が覚めたんだね東郷さん。よかったぁ。」

 

「友、奈…ちゃん……。」

 

すぐ隣で同じようにあお向けに寝ころびながら微笑む親友の姿に、東郷はホッと胸をなでおろした。

 

「敵…は…?私たち一体…どうなって………。」

 

「安心して東郷さん。敵はみんなちゃんとやっつけたから………紘汰くんと一緒に!」

 

そう言ってややぎこちないVサインを送る友奈の奥には、確かに紘汰の姿があった。

あの時大量の星屑たちの波に消えていった彼がちゃんとそこにいる。

その事実に、東郷は静かに涙を流していた。

 

「紘汰君…良かった…本当に良かった………。」

 

気づけば紘汰だけではなく、夏凛も風も樹も皆一緒だった。

皆、精も魂も尽き果てたというように地面に体を投げ出しながら一様に寝息を立てている。

そうなってしまうのも仕方がない。それだけの激戦だったのだから。

 

今起きているのは東郷と友奈だけ。

しかし二人は特に言葉を交わすこともなく、ただぼうっと宙を舞う光の花弁を眺めていた。

正直に言って今は喋るのすら億劫だったし、それにいろいろと考えたいこともあった。

敵の事や体の事、そういった諸々を含めてこれからの事を。

 

これからどうなるんだろうという思いはもちろんある。しかしそれは、以前ほど張り詰めた感情ではないことを、確かに東郷は感じていた。

今回の闘いでも、たくさんのものを失った。それでもきっと―――

 

そんなことをぼんやりと考えていた東郷の腕にふと、温かい何かが触れた。

何だろうと思うのと同時に疑問が湧く。自分の体は今、そういった感覚を失っているはずだったからだ。

その疑問をひとまず脇に追いやった東郷は、ともかくといった風に視線を腕へと向けた。

視線を向けた先。温かさが残る腕の上に、青い光の粒が乗っていた。

それも一つだけではない。見ているそばから次々と、腕だけではなく東郷の体全体に降り注ぐように光の粒は数を増していた。

 

一体どこから。

疑問に思った東郷が、視線をわずかに上に向ける。

するとそこには―――

 

「え…?」

 

精霊たちが、東郷の周りを取り囲んでいた。

青坊主、刑部狸、不知火、川蛍、そして今はまだしっかりとした形を成していない新たな精霊たち。

その精霊たちが、東郷を見下ろしながら()()()()()()()

そう。東郷の体に降り注いでいた光の粒とは、精霊たちが流した涙だったのだ。

 

「東郷さん…これって…。」

 

隣から友奈の困惑した声が聞こえてくる。

友奈も、そしてほかの皆も同じ状況だった。

精霊たちは一様に、戦いぬいた彼女たちを見つめながらぽろぽろと光の粒をこぼしていた。

精霊たちがこぼす色とりどりの光の粒は、勇者たちの体にぶつかって、それぞれの体に吸い込まれるように消えていく。

体に感じた温かさは、まさにこれが原因だった。

 

「あなたたち…。」

 

その光景を目にしながら、東郷はいつか自分が口にしたことを思い出す。

精霊とは、自分たちの意思など関係なく、冷徹に勇者をお役目に縛り付けるシステムの一部だと思っていた。

でも、だとしたらこれは―――

 

その時、東郷を取り囲んでいる精霊の一体、青坊主が東郷の顔のそばにふよふよと近づいてきた。

依然として青い涙を流しながら東郷の顔を覗き込んでくるその姿に、思わずといった風に東郷は手を伸ばした。

突然触れられた青坊主は一瞬びくりと体を震わせたが、しばらくするとその体を東郷の手へとこすりつけてきた。

その様子に、東郷は確かに自分の事を心配している青坊主の意思を感じたのだ。

 

「いいの…いいのよ…。ありがとう、いつも助けてくれて…。」

 

 

 

 

精霊たちに囲まれて再び涙を流している親友の姿を見てそっと微笑んだ友奈は、自らも近づいてきた牛鬼と火車の頭を撫でながら樹海の空を見上げていた。

光の花弁は徐々に数を増している。もうじき結界も解除されるだろう。

結界が解除されればようやく、日常が戻ってくる。

散華で失ったものはとても多く、最後の闘いできっと現実世界にも少なくない影響が出ているだろう。

何もかも前と同じ、とはならないのは間違いないと思う。

 

でも、きっと何とかなる。

仰向けのまま、友奈はぐるりとあたりを見回した。

東郷がいる。

夏凛がいる。

風と樹が…そして紘汰がいる。

 

今回は特に大変だったけど、ちゃんとみんなで戻ってこれた。

皆がいるなら、きっと何でも乗り越えていけると信じているから。

 

「そうだよね紘汰くん。」

 

希望を胸に、友奈は隣にいる紘汰へと声をかけた。

やっぱり疲れているのか、先ほどからずっと眠っている紘汰からは何の返事も帰ってこない。

仕方ないよねと苦笑して、それなら寝顔でも見せてもらおうかと友奈は顔をそちらに向けて―――

 

 

 

 

 

 

「―――紘汰くん?」




次回、一章最終話(予定)

相変わらず遅いペースですがもうしばらく、お付き合いをお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話

最終話…にはなりませんでした…最終話一歩手前です。




「おじゃましま~す…。」

 

夕日の差し込む病室内に、控えめな声が響いた。

静かに扉を開けて中に入ってきたのは、制服姿の友奈だ。

学校帰りにこの場所へ立ち寄るのは最近の友奈の日課…とは流石に言いすぎだが、実際、家族である二人を除けば一番多くここに訪れているといえるほど、時間を見つけては通い詰めていた。

 

勝手知ったる病室内を横切り、カーテンをよけながら窓へと手をかける。

カラカラという音とともに窓を開くと、秋口の心地よい風が病室内へと流れ込んできた。

 

「んー、いい風。今日もいい天気だよ紘汰くん。」

 

友奈の明るい言葉に返事が返ってくることはない。室内で聞こえるのは、窓から流れ込む風の音と、病室に入ってからずっと聞こえている一定のリズムを刻む電子音だけだった。

もはや慣れてしまった静寂に一瞬寂しげに目を伏せた友奈だったが、すぐに表情を切り替えるとこの部屋唯一のベッドのそばへと移動する。

手荷物を置き、ベッド脇の小棚の上に置いてある花瓶を手に取ると、備え付けの洗面台へと移動して中の水を入れ替える。何度も来ている友奈にとって、もはや手慣れたルーチンワークだ。

花瓶を小棚に戻した友奈は、そこでようやく備え付けの面会者用の椅子の上に腰をおろした。

そしてそのままベッドの上を、じっと見つめる。

 

白いベッドの上では、紘汰が穏やかな顔で眠っていた。

あの戦いからすでに数週間。その間ずっと、紘汰はこうして眠り続けている。

あれだけの血を流していたはずの紘汰の体には一切外傷は残っておらず、何度検査をしてもどこにも異常は見受けられない。

それなのになぜ目を覚まさないのか。担当医を含め、誰もが首を捻っていた。

 

「………。」

 

紘汰から視線を外し、友奈は病室を見回した。

入院当初殺風景だったこの病室は、時を経るごとにどんどんモノが増えていっている。

友奈を中心に勇者部全員で作った押し花の御守りや、クラスメイト達からの寄せ書き、園児たちが協力して作った千羽鶴に、裕也たちダンスチームのみんなが置いていったコンテストの優勝トロフィーと集合写真など。

こんなにも多くの人たちが紘汰の事を思ってくれているということが、友奈は自分の事のようにうれしくてほんの少し微笑んだ。

 

皆、待ってるんだよ。と、心の中で呟いて、友奈はいつものように眠っている紘汰へと最近の出来事を話し始めた。

 

「樹ちゃんの声、完全に治ったんだよ。文化祭が落ち着いたらカラオケに行こうってクラスの子が誘ってくれたって、嬉しそうに話してた。私たちもまた行きたいよね。前の時もすっごい楽しかったし。」

 

「風先輩もすっごい喜んでて、文化祭の準備にも力が入っちゃってね。讃州中学の歴史に名を刻むんだーって、張り切ってるんだよ。もうすぐ劇の台本もできるみたいだから、その時は持ってくるからね。」

 

「東郷さんも、ようやく松葉杖なしで歩けるようになったんだ。それで、最近は一緒に歩いて登校してるんだよ。まだちょっと危なっかしいところもあるけど、頑張ってる。私と一緒に歩けるのが嬉しいからって…うん、私も嬉しいな。」

 

「夏凛ちゃん、すっごいんだよ。体が治ってからすぐにまたトレーニング始めてね。動けない間になまった体を鍛えなおすって。私も一回一緒にやってみたけど、すぐにへとへとになっちゃって…。」

 

「あ!私もね、味、ちゃんとわかるようになったんだよ。それでね、東郷さんがお祝いにってぼたもち作ってくれたんだ。おいしかったなぁ…久しぶりの東郷さんのぼたもち。」

 

勇者部のみんなの近況から、クラスの事、勉強の事、部活動の事。

日常の他愛ない話を友奈はひたすら紘汰に語り掛け続けた。

でもそんな日常こそが自分たちが戦って勝ち取った、大切でかけがえのない宝物だった。

だからそれを―――みんなの頑張りの結晶を、紘汰に語り続けるのだ。たとえ、何の返事もかえってこないとしても、ちゃんと伝わっていると信じているから。

 

やがて話題も尽き、病室の中には再び静寂が訪れた。

窓の外を見れば、いよいよ日も沈み始めていた。さすがにそろそろ帰らないといけない。

その、前に。

 

ベッドの上、点滴の管が付けられた紘汰の腕へと友奈はゆっくり手を伸ばした。

これは、面会に来た友奈が帰る前にいつもやっていること。しかし何度やっても慣れないし、かといってやめることもできないこと。

紘汰の腕に触れる寸前で、友奈の手がピタリと止まる。中途半端に伸ばされた手は、本人も気づかないうちにと小さく震えていた。

目をぎゅっと瞑って意を決し、そこからさらに手を伸ばす。

友奈の手が紘汰のそれに触れて、ようやく友奈はほっと息を吐きだした。

触れた紘汰の手からはちゃんと、温かい命の熱が感じられた。

それは何より一番の、紘汰がちゃんとここにいることの証明だった。

 

こうして確かめなければ不安になってしまう自分に苦笑しながら、友奈は椅子から腰を上げた。

荷物を取り、窓を閉め、病室を出る前にもう一度振り返る。

 

「それじゃあ紘汰くん。また来るからね。」

 

 

 

 

時間は止まることなく流れていく。

残暑も終わり、風に肌寒さを感じるようになってきた。

紘汰はまだ、目を覚まさない。

 

 

 

 

「あら?」

 

所用があるという友奈と夏凛を教室に残し、一足早く部室へとやってきた東郷が見つけたのは、部室の中で一人、パソコンの画面を熱心に見つめる樹の姿だった。

よほど集中しているのか東郷が入ってきたことにも気づかないようで、その姿に僅かにいたずら心を刺激された東郷は、あえて声をかけることもなく若干足音を抑えながら静かに樹の背後に回るとポン、と肩をたたいた。

 

「何してるの樹ちゃん?」

 

「ひゃわっ!?」

 

期待通り可愛らしい悲鳴を上げながら飛び上がり、目を白黒させている樹。そんな樹をクスクスと控えめに笑いながら眺めていた東郷は、こんなにいい反応をしてくれるのならばなるほど確かに部長がからかいたがるのも頷ける、なんてことを考えていた。

 

「と、東郷せんぱい!?ご、ごめんなさいすぐどきますから…!」

 

「ふふふ。こっちこそ、びっくりさせちゃってごめんなさいね。別にいいのよどかなくったって。私のってわけじゃないんだから。ところで、何してたの?」

 

東郷が再び尋ねると、樹はごまかすように僅かに視線を彷徨わせた後、観念して少しだけ身を引いた。

覗き込んだPCのモニタに映っていたのは、

 

「合唱団?」

 

市が運営する合唱団のHPだった。

画面にはその募集要項が映し出されており、樹はその内容を熱心に読みこんでいたようだ。

 

「えと…はい…。その…歌い方とか、声の出し方とか…こういう所だったら、そういう勉強ができるんじゃないかと思って…。」

 

恥ずかしそうにそう呟く樹を、東郷は眩しそうに見つめていた。

樹のオーディションの事は、もうみんな知っている。一次審査に受かったことも、二次審査には結局間に合わなかったことも。

落ち込んでいるんじゃないかと心配もしていたが、どうやら全くの杞憂だったようだ。

 

とはいえもちろん樹だって、悲しかったし悔しかった。でも、最初からだめで元々のつもりで応募したものだったのだ。

一次審査だけでも合格できたことは、樹にとって大きな自信になったし、先に進む勇気だってもらうことができた。

悲しさや悔しさすらもバネとして、樹はちゃんと前を向いていた。

 

そんな樹を東郷は本当に尊敬していたし、それと同時に少し羨ましくも感じていた。

東郷が大切にしているのは皆と過ごす今であり、これから先、自分が何をしたいのか…そんな明確なビジョンを持っているわけではなかった。

それは決して悪いことではないのだろうが、いち早くそれを見つけたこの年下の女の子の事が、自分よりいくつも大人に感じられたのだ。

失っていた大切な記憶の中、いつだったか、園子と銀と三人でそんな話をした気がする。

あの時、自分はなんといっていたのだろうか。

今度会うときもう一度、話してみるのもいいかもしれない。

 

「――ぱい?東郷先輩?どうしたんですか?」

 

「―――え?あぁ、何でもないのよごめんね樹ちゃん。ちょっとぼーっとしちゃって。…樹ちゃんは、すごいわね。」

 

「え!?わ、私なんて…その…みんなの方がもっと…えと………。」

 

恐縮して縮こまってしまった樹の姿に、やっぱりまだまだちょっと気弱な女の子ねと東郷は苦笑を浮かべた。

 

「とにかく、手伝えることがあったら何でも言ってね。私たちみんな、樹ちゃんの事応援してるんだから。紘汰君が帰って来た時、たくさんびっくりさせてあげましょう?」

 

「はいっ!よろしくお願いします!!」

 

 

 

 

時間は止まることなく流れていく。

季節は本格的に秋へと切り替わり、木々は鮮やかに色を変え始めた。

紘汰はまだ、目を覚まさない。

 

 

 

 

「さぁって、と…。どっから手をつけたもんかしらねー。」

 

放課後の部室で、積み上げられた段ボールたちを目の前に、風はそう呟いた。

部室の片隅に…とは言えないほど中のスペースを圧迫している段ボールの中身は、何を隠そう間近に迫った文化祭で披露する劇で活躍する予定の衣装や小道具、そして舞台を彩るセット達だ。

にわか仕込みの舞台とはいえ今日まで準備してきたこれらの品々は、なかなかのクオリティと物量を誇っている。

しかしその量は、勇者部五人で準備するには流石にちょっと無理があるといえるほど。

しかもその五人それぞれが、戦いの後体が治りきるまでにそれなりの期間がかかっているのだからなおさらだ。

 

ではなぜこれほどまでに準備が整っているのか。

その答えは簡単だ。勇者部の窮状を聞きつけた学校のみんなが有志で協力を申し出てくれたのだ。

勇者部の普段の活動は、学校内外を問わず非常に広範囲にわたる。

発足からこれまで歴史の浅い部ではあるが、その期間の中で多くの人たちが、何らかの形で勇者部の助けを借りていた。

今こそ、恩返しの時。

そう言って一致団結した有志達の熱意は凄まじく、自分たちのクラスや部活の準備もある中で素晴らしいクオリティの物を提供してくれたのだった。

勇者部の部員たちの頑張りもあったとはいえ、それがなければこれだけの物を用意するのは到底不可能だっただろう。

 

風達勇者部の部員たちは、決して見返りを求めてこれまでやってきたわけではない。

しかし、これまでの行いが、守るための戦いが、こうして繋がって返ってきたのだということにちょっぴり泣いてしまったのは風だけの秘密だった。

 

「ちょっと。なにぼーっとしてんのよ。とにかくやらなきゃ進まないでしょ。」

 

「とと、ごめんごめん。…それじゃ、始めましょっか!」

 

その時のことを思い出し、再び目頭をじんわりさせていた風を現実に引き戻したのは夏凛の軽い肘うちだった。

ジト目を送る夏凛から目を逸らしながら改めて荷物の山に向き直ると、一番手近な段ボール箱へと手をかける。

 

「よっこら…しょ――って重ッ!!」

 

気合一発、持ち上げようとした段ボール箱はしかし、全然と言っていいほど持ち上がらなかった。

顔を真っ赤にして踏ん張る風の姿に、横から送られてくる視線が痛い。

いかん、このままでは部長の威厳が。

背中に流れる嫌な汗を感じながら、風は更に力を込めた。

 

「ふぐぐぐ…何入ってんのよこれ……!ちょっと紘―――あ…。」

 

しまった、と思った時にはもう遅かった。

風の口から思わず出たのは、今ここにいない彼女の弟の名前。

あんなことにならなければ確実にここにいたであろう紘汰の名前を言ってしまった気まずさと、だらしねぇな姉ちゃん―――というあきれたような声が返ってこない寂しさに、風の体が一瞬硬直する。

 

「………。」

 

段ボール箱から手を放し、頭の後ろを掻きながらごまかすようにぎこちなく笑う風に、夏凛は何も言わない。

僅かに目を瞑って小さく息を吐くとつかつかと歩き出し、今しがた風が手放した段ボール箱へと手をかけた。

そして、

 

「フンッ!!」

 

段ボール箱を、あっさりと持ち上げた。

 

「お、おぉ…。あんた、やっぱすごいわね…。」

 

「鍛え方が違うのよ鍛え方が。ほら、さっさと行くわよ。この後もやることいっぱい残ってんだから。…最っ高の舞台を準備して、アイツが帰ってきたとき悔しがらせてやるんでしょ?」

 

最後はちょっと早口で言い切って、夏凛はさっと顔をそむけた。

風の位置からその表情は見えないが、それでも真っ赤になった耳からどんな顔をしているかは容易に想像できる。

そんな夏凛の不器用な気遣いに、風は思わず吹き出してしまった。

 

「ふ、ふふふ…そうね…しっかりやんないとね…。ありがと、夏凛。」

 

「わ、私は別に…!…その…勇者部部員として…トーゼンの………。」

 

「へぇ~。『勇者部部員』として、ねぇ。」

 

「な、何よ!文句あるの!?」

 

「そんなこと言ってないでしょ。ただ、夏凛がそういう風に思ってくれてお姉さん嬉しいな~って思っただけ。」

 

「~~~っ!!あぁもう!さっさと行くって言ってんでしょ!!早くしないとおいてくわよ!!」

 

「あ、ちょっと待ちなさいよ夏凛!あんまり急ぐと危ないわよ!」

 

手ごろな荷物を引っ掴み、肩を怒らせながらずんずんと歩いていく夏凛を追いかけながら、風はこれまでの数か月に想いを馳せる。

 

本当に、色々あった数か月だった。

でも過ぎてみれば悪いことばかりではなかったと、確かにそう言い切れる。

でも、そう締めるにはまだ足りないものがある。

だから―――

 

(だから早く、戻ってきなさい。皆、待ってるんだから―――)

 

 

 

 

時間は止まることなく流れていく。

文化祭当日へ向けて、着々と準備は進んでいく。

本番が近づき、学校中では祭りの前特有のどこか浮ついた空気が流れ始めていた。

紘汰はまだ、目を覚まさない。

 

紘汰は――――

 

 

 

 

 

 

 

―――…。―――…。

 

優しい潮騒が耳を撫でる。

穏やかな潮風が、海の香りを運んでくる。

 

「えー…っと………。」

 

目に痛くない程度の陽光が降り注ぎ、海面をきらきらと輝かせている。

真っ白な砂が波に運ばれ、次々と形を変えていく。

 

「ここ、どこだ?」

 

紘汰は、真っ白な海岸で一人、立ち尽くしていた。

 

 

 

 

「俺…何してたんだっけ…。」

 

霞がかかったような頭を抱えながら、紘汰はそう呟いた。

今までどこにいて、何をやっていたのか。それが全く思い出せない。

どうしてこんな見知らぬ海岸に一人でいるのか、何もわからなかった。

 

「…そうだ、俺は…。」

 

何もわからないまま、何かに突き動かされるように紘汰はぽつぽつと歩き出した。

どうしてかすらわからないが、どこか、行かなきゃいけないところがあったような…。

 

延々と伸びる波打ち際を、ゆっくりと歩いていく。

どれだけ歩こうとも景色はほとんど変わらず、人はおろか海鳥たちの姿さえ影も形もありはしなかった。

しかし、そんな場所を歩き続ける紘汰の心は今、驚くほど落ち着いていた。

嫌な雰囲気がするわけでもなく、むしろその逆。こんなに気持ちのいい場所なんだから、焦って歩くのももったいない。

 

いつかはどっかにたどり着くだろ。

そんな気楽な気持ちでゆっくりと足を進める。

何せ、その行かなきゃいけないところの事だって何もわからないままだ。

それだって、こうして歩いていればそのうち思い出せるかもしれないし。

 

そうしてしばらく歩き続けるうちにほんの少し疲れを感じた紘汰は、ちょうどよく目の前にあった大きな流木の上へと腰を下した。

一息ついて、海を眺める。

目の前では、相も変わらず穏やかな波が寄せては返すを繰り返していた。

こんなにゆったりした時間は、随分と久しぶりのような気がする。

だってここ最近はずっと―――

 

「あれ?」

 

ずっと―――何だっけ。

一瞬、頭をよぎった何かに紘汰は僅かに首を傾げた。

しばらくうんうんと頭を捻っていた紘汰だったが、結局は何も思い出せず、まぁいいかと思考を投げ出した。

思い出せないことに思い悩んだって仕方ない。そんなことよりも今は、この時間を楽しんでいたかった。

 

足を適当に投げ出して、両手をぐっと空へ突き上げ伸びをする。

そうだ。だってこんなにいい気分なんだから―――

 

 

 

 

「いつまでそうしているつもりだ。」

 

「おわぁっ!!」

 

その時突然聞こえてきた声に、紘汰は文字通りひっくり返った。

伸びをした姿勢のまま後頭部を地面に打ち付け―――やわらかい地面で助かったが―――あお向けに倒れたまま少し涙目であたりをきょろきょろと見回して、しかしそれはすぐに見つかった。

 

反転した視界の中に場違いな黒い革靴が飛び込んで来た。

そしてそこから伸びるのは、やはりこの場にそぐわない黒い高級そうなスラックス。

 

さっきまで誰もいなかったはずのその場所で―――紘汰と同じ黒い髪の青年が、静かな目で紘汰を見下ろしていた。




祝!ちゅるっと放送開始!!
犬と猫とおんなじショート枠…とはいえおめでたい!!
噂はちらほら聞いていましたがまさか本当にやってくれるとは…
これは、続編も本当に来るのか…?

というわけでこれをモチベとして引き続き頑張ります!
(相変わらず遅いですが…)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話

「いつまでそうしているつもりだ。」

 

まるで最初からそこにいたようにあまりにも自然にその場にあらわれた青年から、紘汰は目を放すことができなかった。

白い砂の上にあお向けに倒れたまま、しかし何も言葉を発することができず、ただ逆さまの景色の中にいる青年を見つめる。

会ったことは…ない、はずだ。でも、この声は、どこかで―――

 

そんな紘汰に、目の前の青年は僅かに嘆息して、

 

「いつまでそうしているつもりだ、と聞いている。」

 

再び同じ言葉を投げかけた。

 

「あ、あぁ…。悪い、今起きるよ。」

 

戸惑いを隠せないまま、紘汰は上半身のバネだけで状態を持ち上げる。

勢いのまま立ち上がると、体からはパラパラと白い砂が零れ落ちた。

顔を顰めながら体についた砂を払う紘汰に対し、青年はやれやれと瞑目して先ほどよりも大きなため息を吐き出した。

 

「そんな話をしているのではない。もう一度言う―――お前はいつまでこの場所にいるつもりだ?」

 

「え?」

 

目の前にいる青年がどうしてそんなことを聞いてくるのか、紘汰は本当にわからなかった。

いつまでも何も、別に自分の意思でここにいるわけでもないし、そもそも今の紘汰には―――

 

「え…と…。そんなこと言われても…大体俺、ここがどこかも、なんでここにいるのかもわかんねぇし…。そもそも今まで一体何を…やってたん…だっけ…?」

 

ついさっき放り出した疑問を目の前に突き付けられ、頭を抱えてうんうんと唸り始めた紘汰を、青年は静かな瞳で見つめていた。

ややあって、未だ頭を悩ませている様子の紘汰に対し、青年は再び声を投げかける。

 

「―――嘘だな。」

 

「は?」

 

「思い出せ。いや、思い出す必要すらない。お前は全部、覚えているはずだ。」

 

こちらを見つめる青年から、目が放せない。

青年の視線に、自分の中の何かを捕まえられているような、そんな気がして紘汰は僅かに眩暈を覚えた。

 

「そんな…こと…。」

 

言葉にならない気持ち悪さが、胸の内から込み上げてくる。

今初めて会ったこの青年が、一体自分の何を知っているというのか。

 

「俺は…俺、は…。」

 

そうだ何も覚えていない。

 

 ―――いや、本当は覚えている。

 

気づいたらここにいて、どうしたいのかも、どうすればいいのかもわからない。

 

 ―――本当は、気づいているはずだ。

 

そんなことない。だって俺は、本当に―――

 

 

 

【―――汰、くん。】

 

 

 

「あ…。」

 

その瞬間、全てが流れ込んできた。

皆の涙。始まった戦い。身を削る仲間たち。過去最大最強のバーテックス。

そして―――

 

「―――あぁ。そう、だったな。」

 

最後にあらわれたバーテックスを、友奈と二人で倒したこと。

結界が解除されるその途中で意識を失い、気が付いたらここにいたこと。

全て思い出した。

いや、思い出したというよりもただ、蓋が開いただけと言うべきだ。

本人ですら気づいていない『何か』でできた蓋がただ、開いただけ。

 

「俺は…友奈と一緒にあのバーテックスを倒して、それで…でも、皆は………。」

 

今までで一番厳しい戦いを乗り越えた。

それはもちろん喜ぶべきことだけれど、その代償はあまりにも大きい。

結界が解除され、世界は元の様相を取り戻した。だがしかし、それでも彼女たちの体は―――

 

「勇者たちの体の事ならば心配しなくてもいい。今頃全て、元に戻っているはずだ。」

 

「…え?」

 

表情暗く俯いた紘汰に投げかけられたのは、そんな予想外の言葉だった。

思わず目を丸くして、そんな言葉を発した青年へと慌てて詰め寄る。

 

「な、なんで!?」

 

「…落ち着け。」

 

掴みかからんといった勢いの…いや、実際に掴みかかってきた紘汰の手を抑えながら、青年は話を続ける。

 

「勇者たちを通じ、精霊を通して神樹は『人間』を学んだ。彼女たちが何に喜び、笑い、怒り、涙するのか。そして一番近い位置で人間を見続けた精霊達がそれ望み、神樹がその願いを叶えた。―――形はどうあれ、彼女たちの体はもう、元の機能を取り戻している。」

 

それを聞いた瞬間、紘汰の体から一斉に全ての力が抜け落ちた。

青年の襟を掴んでいた手がストンと落ち、そのままの勢いで紘汰は地面の上へと座り込んだ。

 

「そうか…!!良かった…本当に良かった…!!………本、当に…。」

 

しわと砂のついた襟元に気を配っていた青年は、尻すぼみになった紘汰の声に僅かに眉をひそめた。

見下ろした先、座り込んだまま地面を見つめる紘汰の表情は、朗報を聞いたにしてはあまりにも固い。

 

「…どうした?嬉しくはないのか?」

 

「っ!嬉しいさ!!嬉しいに決まってんだろ!!嬉しい…けど…。」

 

青年の言葉に、反発するように立ち上がった紘汰はしかし、すぐにまた顔を俯けてしまった。

体の横で固く握られた手が、小さく震えていた。

 

「…わかってるんだ。戦いはまだ、終わっていないって。今回は何とかなったけど、そんなに遠くないうちにまた敵はやってくるんだろ…?そしたらまた、あいつらは…!」

 

「………。」

 

「なぁ、何なんだよ天の神って!なんで俺たちにこんなこと!!一体俺たちが何したっていうんだよ!!………本当に、人間が滅びるまで終わらないっていうなら、俺たちの…あいつらの戦いは―――」

 

何の意味も、ないんじゃないか。

その言葉だけは、何とかギリギリで飲み込んだ。

それを口に出してしまったら、本当に自分の中で何かが折れてしまう。

そんなこと、わかっていたはずだ。わかっていて、自分はそれでも東郷に諦めるなと言ったのだ。

今でもその想いは変わってはいない。それだけははっきりとそう言える。

 

だから、これはただの弱音だ。

仲間たちの前でも―――いや、仲間たちの前だからこそ言うことができなかった、本人も気づかないうちに心の底に押し込めた弱音、不安。

そしてそれが、先ほどまで紘汰の記憶にかぶさっていた『蓋』の正体でもあった。

 

やり場のない感情をぶつけるように、紘汰は握りこぶしを足元の砂へと叩きつけた。

白い砂が飛び散り、紘汰を、そして目の前にいる青年の足元を汚していく。

青年はそれを気にすることなく、そんな紘汰の姿をじっと見つめていた。

 

「天の神が何なのか。どうすればこの戦いが終わるのか。そして―――そんな戦いに意味なんてあるのか。それは誰にも、わからない。」

 

「…っ!!」

 

自分を見下ろす青年の声はあくまで冷静だった。

だが、その冷静さが今の紘汰にとっては無性に腹立たしく、紘汰は感情を抑えるために強く奥歯を噛み締めた。

そんな紘汰の様子をあえて無視するように、青年は言葉を重ねる。

 

「生きていくうえで、自分にとって大切な何かを守るために人は力を求める。お前のように、仲間のためというものもいれば、自らの権力、財産、矜持のためというものもいる。守るべきものの形は人によって千差万別だが、それが人を強くする原動力になるのは誰だって変わらない。」

 

「………。」

 

「しかしある時、人は現実というものを知っていく。己の限界と超えようのない困難。それらと守るべきものを秤にかけ、やがて理想と現実の境目に自ら線を引き、人はその歩みを止める。―――それが『妥協』と呼ばれるものだ。」

 

気づけば紘汰は、青年の言葉に聞き入っていた。

絶え間なく聞こえる波の音の中にあって、なおもはっきりと聞こえる青年の声に、怒りを忘れてただ耳を傾ける。

 

「今のこの世界は、そうした妥協で形作られている。『僅かに残った人類の存続』という題目のため、人々は長きにわたり、様々な不都合に目を瞑ってきた。勇者という名の生贄も、その一部だ。しかし、それを悪だと一方的に決めつけることはできない。そうしなければ生きていけなかった。人は本来、そういう弱い生き物だからだ。だが―――」

 

散々聞いた、大人の理屈。

しかし青年の語る冷静な言葉の端々に、隠しきれない熱を紘汰は感じていた。

そうか。きっと、この青年も―――

 

「それでは、この世界の未来を切り開くことはできない。大きな困難、自分の限界。それにぶつかったとき、”それでも”と、手を伸ばし続けることができるものだけが、歩みを止めなかったものだけが、その先へとたどり着く権利を得る。その先が、本当に光に続いているのかはわからない。だが、現状を打ち破り、天の神から未来を奪い返すための道はその先にしか存在しえない。」

 

「でも、それは―――」

 

「ああ。生半可な覚悟でできることではない。普通に考えれば、その前に何もかも失う公算の方が高いだろう。だが、少なくともお前は一度、実際にそれをやってのけた。」

 

「………。」

 

紘汰の手が、上着のポケットへと伸ばされる。

手を突っ込むとすぐに固い感触とぶつかった。それを握り、取り出す。

あらわれたのは、あの時紘汰自身の力でつかみ取ったカチドキロックシードだった。

 

「お前の決意が、製作者(俺たち)にも想定しえなかった未知の力を引き寄せた。その力は、俺とも異なるお前だけの力。未来へつながる新たな可能性だ。」

 

「これが…。」

 

「その力が本当に世界を変えうるのかは、今はわからない。その力のせいで、より多くの困難がお前の前に立ち塞がることもあるだろう。だが、それを掴んだ時お前が願った想いを持ち続けることができるのならば、いつかその未来に届くかもしれない。―――犬吠埼紘汰。お前に、その覚悟はあるか。」

 

ロックシードは紘汰の手の中で、鈍い光を放っている。

その光を見つめながら、紘汰はこれを掴んだ時のことを思い返していた。

誰のために。何のために。俺が本当に、望むものは。

目を閉じればすぐに、大切な人たちの顔が浮かんでくる。

そうだ。

答えなんてとっくに決まっていた。

紘汰は、手の中のロックシードをもう一度強く握りしめ、まっすぐ青年の目を見つめた。

 

「あぁ、そんなの―――当たり前だ。」

 

 

 

 

 

紘汰の返答を聞いた時、ほんの僅かに目の前の青年が笑みを浮かべたのを、紘汰は見逃さなかった。

だが、それも一瞬。すぐに元の無表情に戻った青年は、もう話すことはないと言うように踵を返す。

 

去っていこうとする見覚えのないこの青年の正体を、紘汰はもう、なんとなく察していた。

ずっと握っていたカチドキロックシードをポケットにしまい、代わりに別の物を取り出した。

取り出したのはメロンエナジーロックシード。かつて乃木園子に託された、彼女の兄の形見だった。

 

「おい、ちょっと待ってくれ!これ、あんたのだろ!?」

 

青年が足を止め、顔だけを背後に向ける。

紘汰が握るロックシードを視界に納めた青年は、ほんのわずかに瞑目したもののそれ以外反応を示すことはなく、再び歩き出そうとする。

 

「ちょ、ちょっと待てって!」

 

「それはお前が持っているといい。…俺にはもう、必要のないものだからな。それで、今代の勇者たち…お前の仲間たちを守って―――!?」

 

その時、突然背後から感じた気配に、青年はとっさに手を伸ばした。

固いものがぶつかる感触―――青年の手の中には、メロンエナジーロックシードが収まっていた。

流石に無視することもできず振り返った青年の視線の先では、明らかに何かを投げたフォームのままの姿のまま、紘汰がまっすぐにこちらを見据えていた。

 

「お前…。」

 

「お断りだ!自分の守りたいものぐらい、自分で守れ!!」

 

「しかし、俺は…。」

 

「しかしじゃない!まだ、守りたいって思ってるなら、あんたももう一度変わって見せろ!!俺だって変われたんだから、あんたにだってできるはずだ!!―――だってあんたはまだ、ここにいるじゃないか!!!」

 

「犬吠埼…紘汰…。」

 

紘汰の視線の先、手の中のロックシードに視線を落とした青年が見える。

その目に宿る感情は複雑すぎて、今の紘汰に読み取ることなどできはしない。

しばらくそうしたあと、結局青年は何も言わず、今度こそ本当に去って行ってしまった。―――その手に自らのロックシードを握りしめたまま。

あの青年が、これからどうするのかは紘汰にはわからない。

だが、紘汰の言葉は、想いはきっと伝わったはずだ。

 

「よしっ!!」

 

青年の見送りを終え、紘汰は海の方へと向き直った。

これから先の未来への恐怖も不安も、消えたわけではない。

でも、それでも諦めないと決めた。この決意と想いは、絶対に変わらない。

この先に何が待ち受けていようとも、きっと乗り越えて最高の未来へとたどり着いて見せる―――仲間たちと、一緒に。

だから

 

「まってろ皆!!今、帰るから!!!」

 

果てしなく広がる海と空に向かって、大きく一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心地よい秋晴れの中、実行委員の開会宣言の元、とうとう讃州中学文化祭は開催された。

 

あちらこちらでお客を呼ぶ生徒たちの声。そして食欲をそそる色々な食べ物の香り。

いつもの学校を包む楽し気な非日常感は、ここにいる人たちの心をどうしたって湧きたてる。

それはもちろん、讃州中学勇者部の面々も例外ではない。

 

勇者部の出し物は劇ということで、準備を終えた今となっては常にやることがあるわけではない。

出番が来るまでの時間を、クラスの出し物の手伝いや、皆で一緒にそれらを見て回るなどの時間にあて、それぞれがめいいっぱい文化祭を満喫していた―――心の隅に、隠しきれない寂しさを抱えたまま。

 

そうこうしている間に、時間はあっという間に過ぎていく。

出番をあと数分後に控え、勇者部の5人は今、ステージとなる体育館の舞台袖へと集まっていた。

今日の演目の内容は、いつか皆で子供たちに披露した勇者と魔王の人形劇。それを、舞台用に書き直したものだった。

勇者役は友奈、魔王役が風。他のメンバーは持ち回りで小役や音響、舞台の入れ替えなどを担当する。

 

「―――奈、友奈!ちょっとアンタ聞いてんの!?」

 

「…え?あぁ、ごめん夏凛ちゃん。どうかしたの?」

 

我に返った友奈の目に飛び込んできたのは、眉間にしわを寄せている夏凛の姿だった。

何度呼んでも反応のない友奈を直接呼びに来た夏凛は、本番の衣装に身を包みながらぼんやりと舞台の上を眺めていた主演女優の姿に小さくため息を吐く。

 

「どうかしたのはこっちのセリフよ。本番前だってのに、ぼーっとしちゃって。」

 

「あ、あはは…。ちょっと緊張しちゃってたみたい。でもほらっ!もう大丈夫だから!!」

 

大丈夫じゃない…わけではないのだろうが、明らかに様子のおかしい友奈に、夏凛は再びこっそりと息を吐いた。

友奈のこんな様子は、今に始まった話ではない。というか友奈に限らず、ここ最近の勇者部の中では割とよく見る光景だった…もちろん、夏凛も含めて。

その原因も、それが現状どうすることもできないこともよくわかっていたから、少し心配ではあるが、あえて夏凛は何も言わなかった。

友達同士といっても、放っておいてほしい場面もある。讃州中学にきて早数か月、そういった距離感の掴み方にも随分慣れてきた夏凛だった。

 

「……まぁ、いいけど。いつものやるって風が呼んでるから、さっさと行くわよ。」

 

「あ、まってよ夏凛ちゃん!」

 

何も言わずにずんずんと進んでいく夏凛の背中を、友奈は慌てて追いかけていく。

友奈自身、ごまかしきれていないことは自覚していたが、それでも黙っていてくれる夏凛の気遣いが、今は正直嬉しかった。

 

夏凛が向かった先には、これまた本番用の衣装に身を包んだ風が腕を組んで堂々と立っていた。魔王の恰好で仁王立ち、ということでさぞ威厳があるかと思いきや、園児達が来るということでどちらかといえばわかりやすさを重視したそのデザインは、怖さよりもむしろコミカルさが先立っていて、友奈は少し笑ってしまった。

緊張気味の樹を励ましていた東郷に軽く挨拶をしたら、誰からということもなく自然と円陣が形成された。

 

「もうすぐ本番なわけだけど―――皆、準備はいいわね?」

 

風が発した言葉に、皆が大きく頷いた。

5人で作る円陣は、なんだか見た目よりもとても小さく感じられた。

最後に6人で円陣を組んだのは樹海の中だっけ。あの時は紘汰くんが隣で…紘汰くん、背が高いから隣だとちょっぴり大変で―――

トントン、と背中を叩く感触で友奈ははっと我に返った。

前方で、軽い演説をしていた風が少し怪訝な表情でこっちを見ている。

ごまかすように少し笑って、ちらりと隣に目を滑らせた。

こっそり助けてくれた夏凛は、何でもないような表情で正面に顔を向けていた。

そんな夏凛に、心の中でありがとうと呟いて、今度こそと気を取り直して風の号令を待った。

 

「それじゃ皆!これまでの練習の成果、皆に見せてあげましょう!勇者部ファイトォーーーー!!」

 

「「「「おぉぉーーー!!! 」」」」

 

 

 

 

 

そうして、勇者部の演目『明日の勇者へ』は開演した。

最初の方は緊張もあって、細かいミスなどもあったが、それぞれがそれぞれをフォローしあうことで概ねつつがなく劇は進行していく。

クラスメイト達をはじめ、いつも交流のある幼稚園の子供たちや商店街の人々などで、会場はほぼ満員。反応も上々だ。

勇者部は人数も少ないため、あまり色々と話を広げられないが、少ないなりに工夫して準備と練習はしっかりとやってきたつもりだ。期待以上の手ごたえに皆内心でガッツポーズを作っていた。

 

そして舞台は遂にクライマックス。勇者と魔王が対峙するシーンが始まった。

 

「が~はっはっはっはっはぁ!結局、世界は嫌なことだらけだろう!つらいことだらけだろう!お前も、見て見ぬふりをして堕落してしまうがいい!!」

 

月夜に浮かぶ魔王城を背景に、魔王が大きく手を振り上げて、剣を構える勇者へ堕落を迫る。

舞台袖では東郷が合図を送り、夏凛のレバー操作で紙吹雪が舞い始めた。

 

「嫌だ!」

 

紙吹雪の中、スポットライトに照らされて、勇者は魔王に対して臆することなくきっぱりと拒絶の言葉を口にする。

 

「あがくな!現実の冷たさに凍えろ!!」

 

「そんなの気持ちの持ち様だ!」

 

なおも勇者の心を折ろうとする魔王。しかし、そんな言葉で勇者は決して折れたりしない。

 

「何!?」

 

「大切だと思えば友達になれる。互いを思えば、何倍にも強くなれる。無限に根性が湧いてくる。世界にはつらいことも、悲しいことも、自分ではどうにもならないこともたくさんある。」

 

気づけば誰もが、友奈の言葉に引き込まれていた。

特別なことはない。わかりやすさを重視したありふれたともいえる勇者の言葉。演技だって、はっきり言って素人に毛が生えた程度だ。

それでも―――

 

「―――だけど、大好きな人がいれば、くじけるわけがない。諦めるわけがない。大好きな人がいるのだから、何度でも立ち上がる。諦めない限り、希望が終わることはないのだから。」

 

それでも、友奈の言葉には確かな実感が込められていた。

だって、これまでずっと、そうしてきたのだから。

そう信じて、全部を乗り越えて来たのだから。

 

引き込まれているのは観客だけではない。舞台上にいる仲間たちでさえ同じだった。

友奈の言葉が、会場全てを飲み込んでいく。

 

そして異変が起きたのは、まさにそんなタイミングだった。

 

「例えどんなにつらくても。何を………なに、を………。」

 

クライマックスを飾る勇者の長台詞。言い切るまであと少しというところで、友奈が声を詰まらせた。

 

「な、何を、う…う…うし……う、ぁ……。」

 

何を、失ったとしても。

その言葉が、どうしても出てこない。

 

うまく動かない喉を抱えて、友奈は舞台上で一人、自分に言い聞かせた。

失ってない。

失ってなんか、ない。

絶対に、絶対に紘汰くんは………

 

会場がにわかにざわめき始めていた。

舞台上の勇者―――友奈の目には、涙が浮かんでいた。

いや、友奈だけではない。

それは、反対側にいる風の目にも。

そして、舞台袖にいる東郷や夏凛、そして樹の目にも。

 

今までずっと抑えてきた不安が、今、このタイミングで一気に吹き出していた。

失ってしまうかもしれないという恐怖が、友奈の喉を凍らせていた。

 

大丈夫。

大丈夫だから。

紘汰くんは、絶対に帰ってくるから。

だから、早く言わないと。

ほら、お客さんだってびっくりしちゃってる。

だから、早く―――

 

 

 

 

 

 

「勇者部!ファイトォォォーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

「―――え?」

 

思わず、観客席を見渡した。

満員の客席の中、端から端まで、慌てて視線を走らせる。

向かいでは、風も同じように観客席の方を見ていた。

聞き間違い―――じゃ、ない?

 

聞こえた声は、確かめる前にすぐさま別の声援に掻き消されてしまった。

満員の会場の中に、それらしい姿は見当たらない。

でも、確かに聞こえた。

あの、声は―――

 

(―――うん。そうだよね。)

 

心の中が、温かいもので満たされていく。

 

(私たちは、絶対に―――)

 

その温かさの正体を、友奈はよく知っていた。

右手の甲でぐいっと目元を拭ったら、涙はもう止まっていた。

 

「失わない。失いたくない。絶対に、失ったりなんかしない!!」

 

「…え?ちょっとゆう―――」

 

周りの声援に答えるように、友奈は再び声を張り上げる。

続いた言葉は、台本とは違っていた。友奈の声に我に返った風が、思わず戸惑いの声を上げる。

 

「諦めない勇気を、私たちは持っているのだから。信じぬく勇気を、私たちは知っているのだから。―――だってそれが、勇者だから!!」

 

本来のセリフから少し浮いたその言葉。

台本にないその言葉は物語の勇者の言葉などではなく、結城友奈自身の言葉で―――しかし確かに『勇者』の言葉だった。

 

自信の言葉を堂々と言い放った友奈の姿を、風は正面から眩しそうに見つめていた。

しかし、惚けていたのはほんの一瞬。

友奈につられるように口の端を持ち上げて、『魔王』としての役割を果たすために風もまた口を開いた。

 

「そうか、ならその勇気とやらを見せてもらおうか!―――こい!勇者よ!!」

 

「いくぞ魔王!!うおおおーーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

勇者部の公演は、たくさんの拍手に包まれながら、大好評で幕を下ろした。

舞台から降りた勇者部の部員たちは、片付けもそこそこに一斉に駆け出した。

申し合わせたわけではない。だが、皆目指す場所は自然と一緒だった。

 

体育館を出て、校舎へと繋がる渡り廊下を駆け抜ける。

すれ違う人々の隙間を、時にぶつかりそうになりながら走り抜けた。

渡り廊下を通り抜け、校舎の中へとなだれ込む。

校舎の中では、更に多くの人たちがひしめいていた。

ごめんなさいと声を上げながら、人々を押しのけて突き進む。

今の友奈たちには、驚いた様子の通行人の人たちに気を配っている余裕もない。

遠くの方から、先生たちの怒った声が聞こえてきた。

しかしそれでも、友奈たちは足を緩めることはない。

ごめんなさい。後でちゃんと、謝りますから。だから、今だけは。

 

階段を数段飛ばしで駆けのぼり、三階の廊下へと。

目指す場所はあと少し。

普通の教室が並ぶ場所とは少し離れたこの辺りは、他よりも人が少なかった。

ここからは一気にラストスパートだ。

 

そしてたどり着いたのは、見慣れた扉の前。

その部屋は家庭科準備室―――勇者部の部室。皆の、大切な場所。

 

部屋の中に人の気配を感じ、先頭にいる友奈は少し息を呑みこんだ。

さっきからうるさいほどに聞こえている心臓の高鳴りは、決して激しい運動のせいだけではない。

扉の取っ手にかけた手が、ほんの少し震えていた。

 

ちょっとだけ、怖い。だけど―――

 

一瞬、ぎゅっと目をつぶり、それを開くと同じタイミングで、一気に扉をあけ放った。

視界に飛び込む、いつもの部室。

 

その、陽だまりの中―――

 

 

 

 

―――求めていた人がそこにいた。

 

 

 

 

「「あ…。」」

 

どちらからともなくこぼれた声が、重なった。

お祭りの喧騒が、やけに遠くに聞こえている。

まるで、今この場所だけ、世界から切り離されているようだった。

誰も声を発することができない中、一番前にいる友奈はその人とじっと見つめあっていた。

数か月前と少しも変わらない様子でバツの悪そうな表情を浮かべるその姿に、今日これまでの時間がまるで嘘のように感じられて、友奈はほんの少し腹立たしかった。

 

彼の病室へ何度も通う中で、起きたら何を言おうかなんてことを考えていたのを、友奈は思い出していた。

良かった、だとか。心配したんだよ、だとか。ありがとう、だとか。

そしてその時自分は怒っているだろうか。それとも泣いているだろうか。

ようやく、その答え合わせの時が来た。

 

見なくてもわかる。

自分が今、浮かべている表情。

そして、あれこれ考えていたことは全て吹き飛んで、真っ先に浮かんできたのはやっぱりあの言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい――――紘汰くん。」

 

微笑む私から出てきた言葉に僅かに戸惑ったその人は―――紘汰くんは。

すぐに太陽のような笑みを浮かべながらこう言った。

 

「ああ。ただいま――――友奈。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『結城友奈は勇者である』

       ×

  『仮面ライダー鎧武』

 

 

【咲き誇る花々、掴み取る果実】

 

   第一章:運命の章

 

     ~完~




第一章、これにて終了。

2018年から投稿を開始して2年半以上。まさか一章だけでここまでかかるとは。
本当に、相性いいかもと妄想し、アウトラインだけで走り始めたこの作品。
少し投稿して反応悪ければやめようとも思っていましたが、私が思っていた以上に色んな多くの人たちに応援していただき、何とかここまで書ききることができました。
お気に入り、評価、そして感想をくださった皆様には、改めてお礼を言わせていただきます。
本当に、ありがとうございました。


とはいえまだ一章が完結しただけで、二章三章と控えております。
一章にこんだけかけておいて、最後まで行くのに一体どれだけかかるやら…。
投稿開始当初よりも投稿ペースも落ちてしまって、なんだか衰えを感じています。
形はどうあれ、キリのいいところまで書ききったところですが、技量的なものは上がったのかそうでもないのか。

今後に関してですが、とりあえず一章の全体修正をした後、三章の序章+予告編を制作して二章に突入する予定です。でもずっと放置している例の短編の方にも、ひょっとしたら手を出すかも…
勢いのままに書き続けて、いろいろと荒いところの多い拙作ですが、今後も細々と続けていく所存ですのでよろしければ引き続きお付き合いください。

ではまた、次の章で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第--話

森。

森があった。

命を育む場所ではなく、命が命を淘汰する、強者のみが生き残ることのできる魔の森が。

 

無造作に生えた木々は限られた光を奪い合うように伸び、複雑に絡み合った枝葉はその足元に光をほとんど通すことはない。そして形成されたその闇の中にはいくつもの気配が蠢いていた。

枯れ、落ちた枝葉は光にさらされることなく、同様に打ち捨てられた生物(弱者)の骸とともに腐っていく。

木々を含め、そこにはおよそ地球上にいる生物は一切存在しない。

いや、むしろできないと言った方が正しい。

もし仮に何かの間違いで迷い込んでしまったとして、ほんの僅かな時間さえ生き抜くことはできないだろう。

 

ここは、四国以外が燃え盛る地球とは異なる場所にある森。

かつて、『ヘルヘイム』と呼ばれたその場所だった。

 

 

 

 

ぐちゃり、ぐちゃり。

一歩歩みを進めるごとに、湿った音が森に響く。

普段は多少なりとも騒がしいはずのその場所は嘘のように静まり返り、そこを進む唯一の存在の足音を際立たせていた。

足音の主―――深緑の異形は、怯え、息をひそめる森の生物達の気配を感じながら、しかしそれを気にかけることもなく歩みを進める。

力が支配するこの森において、この深緑の異形の力はその最上位に位置する。

いくら理性のない獣のような生物しかいないとはいえ、いや、そうだからこそ備わっている本能からくる危機感知能力は、ただひたすら何事もなくこの上位種が過ぎ去るのを願い、隠れることを選択させていた。

 

湿地の森をしばらく歩くと、やがて少し開けた場所にたどり着いた。

この場所は他の場所よりもやや木々が少なく、よって日の光がある程度差し込むため足場の状態も随分と良好だ。そしてこの場所こそが、彼(と言っていいのかはわからないが)が目指していた場所でもある。

 

目的地には既に先客がいた。

今到着したばかりの彼とほぼ同等の力を持つその紅い異形は、地面に突き刺さった体色と同じ色の剣の柄に両手をおいて、じっとその場に佇んでいた。

 

「やぁ『デェムシュ』。こんな所にいるとは珍しいじゃないか。」

 

黙ってたっているだけの状態でさえ、他者を寄せ付けない雰囲気を持った紅い異形―――デェムシュに、緑の異形は何のためらいもなく声をかける。

しかし、声をかけられた当人はというとほんのわずかに一瞥をくれた程度で何も言わず、再び自己の世界へと埋没していった。

 

「随分と連れないじゃないか。それが数日ぶりにあった同胞に対する態度なのか?」

 

そんなデェムシュの反応をかけらも気にすることなく、むしろ酷薄な笑みさえ浮かべながら遠慮なく近づいていった彼は、”近づくな”といった雰囲気を一層強くしたデェムシュの肩に手をおいて、もう一度そう呼びかけた。

そうなれば流石に無視し続けるわけにもいかず、デェムシュは射殺さんばかりの視線を向け、口を開く。

 

「失せろ『レデュエ』。お前と話すことなど何もない。」

 

にべもない言葉とともに肩に置いていた手を払われ、深緑の異形―――レデュエは僅かに肩をすくめた。

こうなってしまえばもう、これ以上のコミュニケーションは不可能に近い。

下手にちょっかいをかけ続ければ次は恐らく殺し合いに発展するだろう。

レデュエとしては別にそれはそれで一興かとも思うが、今回は別にそんなことが目的でこの場に足を運んだわけではない。

そう考えてあっさりと干渉を諦め、少し離れた場所へ移動した。

 

元々相性の悪いデェムシュのこんな態度は今に始まったことではないが、今日に関しては輪をかけて悪化していた。

原因となることに関しては心当たりがあるが、別にだからと言ってわざわざ解きほぐそうということもない。

そもそもこうして声をかけたのだってただの気まぐれ、暇つぶしと言っても良い。そのためにわざわざこれ以上何かをしようという気にもならない。

 

レデュエにとって自分以外のほぼ全ては見下す対象であり、自分を楽しませるための『おもちゃ』でしかない。

そもそもデェムシュが機嫌を悪くする原因となったこと―――あの哀れで滑稽な生物達を直接潰しに行こうとしたところを止めたことにしても、レデュエからしてみれば『遊び』というものを理解していないデェムシュの方が悪い。

 

そう、彼にとってあれは『遊び』―――『ゲーム』なのだ。

レデュエが用意した難題を、あの生物達が乗り越えられるかということを楽しむゲーム。

最終的には勿論全て根絶やしにするつもりだし、そもそも自分達は()()()()()()()()()

だが、現状そのやり方、時期までは指定されていない以上できうる限り長くその過程を楽しみたい。

ゲームマスターたる自分が用意した条件を、プレイヤーたる彼らは形はどうあれクリアした。

ならばルールに従って、報酬はちゃんと与えるべきだ。『勝ち取った平和』という報酬を。

 

そしてこの報酬にしても、今後楽しむためのただのスパイス。

こういう希望があればこそ、それを奪われた時に生まれる絶望は極上の味わいとなるのだから。

 

目覚めてからこれまで、彼らには随分と楽しませてもらった。

別にすぐに殺しても良かったが、こういうやり方に切り替えて結果としては正解だった。

おかげで必死にもがく姿以外にも、少し()()()()()が見れたのだから。

 

(まぁ、いずれにしても―――)

 

そこまで考えて、レデュエはふと意識を自分の外へと向けた。

彼の視線の先、そこにはこの森の中にあってなお暗い、深淵の底のような洞窟がある。

その中への立ち入りを、自分たちは許されてはいない。が、今日ここに来たのはこれが目的だ。

より正確にいうならば、この洞窟の中にいる―――

 

 

 

 

「!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

その瞬間、レデュエとデェムシュ、二人の超越者が全く同時に跪いた。

手が震え、冷汗が滝のように流れる。顔を上げることなど、できようはずもない。

その反応に一拍遅れて、森全体が鳴動した。

森に住む生物たちの悲鳴のような唸り声が森中に響き渡り、この地点を中心として逃げ惑うようにそれらの気配が離れていく。逃げ場など、どこにもないというのに。

 

これだ。

この気配を感じて、今日自分はここに来た。恐らくそれは、デェムシュも同じ。

恐らく未だ不完全、ほんのわずかにまどろみから浮上しただけの事。

しかしたったそれだけの気配で自分たちはこの有様だ。

 

この洞窟の中にいるのは―――いや、おられるのは、レデュエのたった一つの『例外』。見下すなどとできようはずもない、自分たち超越者を凌駕する絶対者。

 

(あぁ、そうだ―――)

 

時折発せられるこの気配。その間隔が徐々に短くなっている。

300年の眠りから、絶対者は間もなく目を覚ます。

そしてそれはそのまま、あの惑星の終わりを意味していた。

 

レデュエが管理するこのゲーム。それには明確な『タイムリミット』が存在している。

この中におわす存在は、ただ滅ぼすだろう。一切の妥協も慈悲もなく。

それは誰にも止められない。勿論止める気もない。

だって仕方がないのだ。そう決まっているのだから。

300年前に、そう決まってしまったのだから。

これまで生きながらえてこられたのはただ、それだけの話なのだから。

 

(あと少しで―――我らの(おう)の、お目覚めだ。)

 

 

 

 

 

―――暗い、暗い洞窟の中。

朽ちかけた石の玉座。

その、上で―――

 

蒼い双眸が、鮮烈な光を放っていた。

 




あけましておめでとうございます。
そして、お久しぶりです。

短いですがリハビリを兼ねて…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

はじまりの章
プロローグ


気が乗ってしまいましたので、プロローグのみ先行で作成しました。
流石にわかりやすかったですよね。


香川県大橋市。

瀬戸内海にかかる瀬戸大橋を望むその町は、多くの名家が屋敷を構えており、近隣でも高級住宅街として有名な場所だった。

太陽が西に傾き、町を茜色に染める中、一台の高級車がゆっくりとしたスピードでそんな住宅街を走っている。

制限速度をやや下回るように走るのは、中で疲れて眠ってしまっている大事な乗客に負担をかけまいとする、熟年の運転手の配慮だった。

そのようにしてしばらく走っていると車は目的地に着いたようで、大きな屋敷が居並ぶその中でも特に目を引く、立派な構えをした門の前で停車した。

門の横には、これもまた見事な毛筆で書かれた、『乃木』の文字。

ここは、この世界の恵みである神樹様を奉る『大赦』の中でも最高の権力を誇る、『乃木家』本家のお屋敷だった。

 

運転手が運転席から降り、門の前にいた使用人と二言三言言葉を交わす。

その後、運転手が車に戻るとしばらくして木製の門がゆっくりと開いた。

それを確認した運転手が、車をそのまま中へ走らせる。

門をくぐった先に見えるのは、いくつもの日本家屋と上品な日本庭園だった。

門だけではなく、やはり中も相当に立派なつくりをしている。

 

通路に沿ってしばらく進み、中でも一際大きなお屋敷の前で再び車を停車させる。

ここが目的地である乃木家の本宅だ。

車を降りた運転手が、今度は後部座席へと足を運ぶ。そのまま窓を数回ノックし、反応がないことを確認すると、ドアを開けて中で気持ちよさそうに眠っていた少女に直接声をかけた。

自分の体を揺さぶる手の感触と慣れ親しんだ運転手の声に、少女はゆっくりと瞼を開く。

ぼやけた目で目的地に着いたらしいことを確認すると、一つ大きな伸びをした。

まだ眠い目をこすりながら、運転手に案内されるままにふらふらと頼りない足取りで玄関へ向かう少女。

運転手が明けてくれた扉から中へ入ると、おかえりなさいませお嬢様と、中に控えていた使用人の女性たちが一斉に声をかけた。

 

「ただいま~。今日も訓練大変だった~。もうへろへろのくたくただよ~。」

「お疲れ様です、お嬢様。」

 

自分で言った通り、疲れ切った様子の少女に労いの言葉をかけながら、一人は運転手から荷物を受け取り、一人は少女の脱ぎ散らかした靴を預かる。

靴を脱ぐとそのまま玄関に突っ伏した少女に、また別の使用人が駆け寄るが、もうちょっとこのままで~、という少女の言葉に足を止めた。

板の間に片頬を預け、腰を天井に向かって突き出した形で倒れこむ少女の姿に、皆が苦笑する。

そのまま溶けていってしまいそうなその姿は、とても名家のお嬢様とは思えない。

本来は注意するべきなのだろうが、事情が事情であるし本人の希望でもある。

しばらくはそうさせてあげようと、それぞれ別の仕事に取り掛かり始めた。

 

(床、きもちぃ~・・・。)

 

運動の後で火照った体に、ひんやりとした板が心地よい。

このままここで寝てしまおうか。そんなことをぼんやりと考え始めた少女の頬が、新しい振動を感知した。

 

その瞬間、細められていた少女の目がパッと開く。

目と同時に、上半身の方もガバっと起き上がっていた。

屋敷には先ほどの使用人を含め、たくさんの人々が働いているが、その人の足音を聞き間違えるはずはない。

本人の性格を表すかのようなしっかりとした足音が、玄関からすぐそばの角の奥の廊下から聞こえてきた。

少女がゆっくりと腰をあげる。

両手をやや前方の床に、足は左右少しずらしてつま先立ち。

所謂クラウチングスタートの態勢だ。

そして、角からその人物の影が見えた瞬間、スタートを切った。

 

突然の少女の襲撃に、しかしその人物は慌てることはなく、それなりに勢いのついた少女の体を優しく受け止めた。

小柄な子供だとはいえ、人ひとりの突撃を受け止めても、まるで揺らぐような様子はない。

飛びついてきた少女に少し嘆息しながら、その人物―背の高い黒髪の青年―は、少女に向かって声をかける。

 

「戻っていたのか園子。お勤め、ご苦労だったな。」

「ただいま~。訓練、いっぱい頑張ったんだよ~。いっぱい褒めて~。」

 

そういいながら、青年のお腹のあたりに顔を擦り付ける少女の名前は乃木園子。

乃木家の長女である。

彼女はこの度特別なお役目を賜り、それの準備として日々訓練を行っていた。

 

「ああ、よく頑張ったな。どこか怪我をしているところはないか?もしあるなら、藤花に言うといい。」

「そっちは大丈夫~。でも流石に疲れちゃったかな・・・。」

 

そういう園子の声は、確かに少し元気がない。

お役目をこなすには、相応の力が必要だ。

それを身に着けるためには、やはり厳しい訓練が必要だった。

 

「園子。まだ小学生の身で訓練は大変だと思うが、これも大事なお役目のためだ。俺たち乃木家の人間には、始まりの家として絶大な財力と権力が与えられている。だが、それは同時にそれに見合うだけの責任があるということだ。我々はこの国を、そして人々を守り、導いていかなければならない。それが―――」

「高貴なるものの義務。ノブレス・()()()()()でしょ~?わかってるよ~。」

 

青年の言葉を遮った園子が、顔を上げて青年に自信ありげなドヤ顔を見せる。

そんな園子に再び嘆息しながら、青年は彼女の頭をポン、ポン、と叩きながら訂正する。

 

「ノブレス・()()()()()()、だ。何度も言っているだろう、園子。」

「えへへ~。また間違えちゃった~。」

 

この青年は、こんなザ・日本家屋といった家に住んでいるというのに、かなり西洋趣味に傾倒しているところがある。

先ほどの言葉は青年が特に気に入っていて、園子ももっと幼いころから何度も聞かされてきた。

しかし、小さい頃の園子はそれをなかなかうまく言えなかったため、その度にこうして青年が優しく訂正してくれていた。

園子は、このやり取りが昔から大好きだった。

本当はもうちゃんと覚えているのに、今もこうしてわざと間違えては同じやり取りを楽しんでいる。

青年も、わざとだということはわかってはいるが、それと同時に何故彼女がそうするかについてもなんとなく気づいているため、あえて強く言う気はないようだ。

そんな不器用な優しさもまた、園子の心を暖かくさせてくれる。

 

自分の頭に感じる大きな手の感触を楽しんでいた園子だったが、それもそろそろ終わりらしい。

青年は手を園子の両肩に回すと、そろそろ離れるように、と優しく促す。

名残惜しいが、あまりわがままも言っていられない。

 

「俺はこれから少し外に出てくる。先ずは着替えて、それからしっかり休むといい。夕食までには戻るつもりだが、もし遅くなるようなら先に済ませてかまわん。」

「ううん。待ってるからいいよ~。でもこんな時間から用事?」

「あぁ。人に会う約束があってな。軽い確認だけだから、あまり時間はかからんとは思うが。」

 

そういうと青年は改めて玄関に向かう。

先ほど園子を送ってくれた運転手が、青年に向かってお辞儀をしている。

それに青年が軽く答えると、運転手が車の準備をするために外へ出ていった。

忙しい中、自分の為に時間を割いてくれたのだろう。

少しあわただしそうに見えるその背中を、ニコニコと笑いながら見つめ、出ていこうとする青年に、後ろから声をかけた。

 

「行ってらっしゃ~い。気を付けてね、―――貴虎お兄ちゃん。」

「あぁ。では行ってくる。お前もしっかり休むんだぞ、園子。」

 

 

 

 

それは、過ぎ去った過去のお話。

多くの人が気づかないままに通り過ぎて行ったおとぎ話。

使命を受けて戦った選ばれた少女達と、人の力で未来を切り開こうとした最初の挑戦者たちの物語。

 

―――多くの大切なものを手に入れて、やがて失う物語。

 




まさかニーサンが存在していたなんて・・・(バレバレ

男子高校生な本編ミッチと違い、小学生の妹ということで接し方もかなり気を使っているニーサンです。

ちなみに名前だけ出ちゃったあの人は、ほんとに名前だけの出演ですのであしからず。

本格的に進めるのはもう少し後の予定ですが、合間合間で更新していくかもしれません。

目下最大の障害は、手軽に確認できる1期の資料が明日で見放題終わってしまう事・・・
密林さん!ちょっと頑張ってお願い!

※祝!ジオウにご本人登場!!
出てくれるんでねぇかとは思っていましたが、まさか二人とも出てくるとは・・・
来週、大いに楽しみですね!
ここからは鎧武のステージだ!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話

いつも読んでくださっている方々、大変長らくお待たせいたしました。
状況が落ち着いてきましたので少しずつ再開します。

運命の章の方が中途半端ですが、舞台版仮面ライダー斬月の公開を記念してこちらの第1話を投稿させていただきます。


「すまないな、園子。」

 

意識を失い、崩れ落ちる妹の体を支えながら、貴虎は樹海の中で一人そうつぶやいた。

手に持った端末を無造作に放り投げ、力の抜けた少女の体を横抱きに抱える。

両腕にかかる予想外の重さに、貴虎の表情が少し綻んだ。

いつまでも自分の後ろについてくる小さな子供だとばかり思っていたが、いつの間にかこんなにも大きくなっていたのか。

そういえば、とこれまで潜り抜けてきた激しい戦いの日々を思い出す。

その中でも、この子の発想と芯の強さには何度も助けられてきた。

成長したのは、体だけではない。

園子はきっと、大丈夫だろう。―――たとえ、俺がいなくなったとしても。

 

大事な妹の体を、ゆっくりと地面に横たえる。

傍らには、同じく気を失って倒れている少女がもう一人。

園子の同級生で親友、そして同じく神樹様に選ばれた勇者である鷲尾須美だ。

少し苦しそうな表情で眠る二人の頭をそっと撫で、立ち上がった貴虎はほとんど崩壊している大橋の方へと向き直る。

名残惜しいがそろそろ時間だ。あまり先方を待たせすぎるのもよくないだろう。

そうして歩き出そうとした時、踏み出す足に僅かだが抵抗を感じた。

ダメージの影響かとも考えたがそうではない。そちらの足に視線を落とすと、貴虎のズボンの裾を掴む小さな手が見えた。

 

仕方ないなと静かに微笑み、行かないでというように弱々しくつかまれた手を、優しく剥がした。

そうして反対の手を、寂しくないようにと傍らで眠る須美の手と重ねてやる。

須美の手に巻かれているのは、昔自分がプレゼントしてやった園子のお気に入りのリボンだった。

少し古くなって、何度新しいのを買ってやろうと言っても頑なに手放そうとしなかったリボンだ。

それを渡してもいいと思えるような友を、園子が見つけることができたということが、兄としてとても喜ばしかった。

 

「大丈夫だ園子。お前にはもう、大事な仲間がいる。たとえ形がなくなったとしても、繋いだ絆はなくならない。それはきっと、お前をこれからもずっと守ってくれる。」

 

重なった二人の手を優しく包み、聞こえてはいないだろう二人へと語りかける。

この子達は、泣くだろう。

それをわかっていながら行くのだから、我ながら酷い兄だ。

しかしそうだとしても、これ以上彼女達が身を捧げるのを見たくはなかった。

 

「お前を置いていくのは、俺の最初で最後の我儘だ。今まで散々聞いてやったんだから、最後に一つぐらいは許してくれ。安心しろ。たとえこの身が朽ちようとも、俺はずっとお前の傍にいる。そこでずっと、お前の夢を、見守っているから―――。」

 

 

 

愛する者たちを残し、敵の元へと貴虎は向かう。

敵は多く、そして強大だ。

だが、それは決して負ける理由に直結しない。

 

『メロンエナジー』

『ソーダ』

『メロンエナジーアームズ!!』

 

形成される純白のアンダーアーマーと、それを覆う黄昏色の鎧。

そしてその手に握るのは、真紅の創世弓“ソニックアロー”。

友が作り、彼が掴み取った、守るための力。

 

「来るがいい、バーテックス。貴様らがたとえ何であろうとも、やすやすと滅ぼされるほど俺たち人類は甘くはないぞ。」

 

―――お兄ちゃん!―――

―――貴虎さん!―――

―――虎兄ぃ!―――

 

声が、聞こえる。

いつも傍らにあって、今はそうではない声。

仮面の中で、しばらく目を瞑り、すべてを振り切り覚悟を決めた。

 

「人類の・・・いや、俺の妹達の未来は―――俺が必ず、切り開く!!!!」

 

 

 

その日、戦いがあった。

世界の存亡をかけた、しかし誰にも見られることのない戦いは、世界の存続という形で決着した。

敵にとっても総力戦であったこの戦いに勝利したことにより、以降約二年にわたり敵の襲来は鳴りを潜めることになる。

人類が失ったものは、大橋ともう一つ。

勇者達と共に、世界を守るために戦い続けた青年が一人、この日世界からいなくなった。

 

多くを失った戦いの始まりはおよそ半年前。

5月連休を目前に控えた春の日へと遡る。

 

 

 

 

終了を告げるブザーがけたたましい音を鳴らしている。

観測用のモニタや様々な機材が並ぶ中、忙しく動き回る研究者たちをしりめに、何らかの数値を映し出したモニタの前でじっと経過を見守っていた戦極凌馬は満足げな笑みを浮かべた。

表示された結果は前回を大きく上回り、こちらの期待を超える数値を叩きだしている。

これならば、今すぐに実戦が始まったとしても対応は可能だろう。

ここは、大赦が保有する研究室の一室。戦極凌馬が研究用に与えられている場所だった。

地下室であるため天然の光は差し込まないが、LED照明によって室内は十分な明るさが保たれている。

部屋は中心で研究用と実験用の二つに分かれており、凌馬がいるのは片側の研究用のエリアの方だった。

しばらくすると二つの部屋を仕切る壁に設置された厳重な扉が、空気が抜ける音と共に開き、中から黒髪の青年が姿を現した。

扉の横に控えていた研究者の一人から労いの言葉と共にタオルを受け取った青年―――乃木貴虎が、体に浮き出た汗を拭いつつ凌馬の元へと歩いてくる。

 

「やぁ貴虎。どうだい?戦極ドライバーの調子は。」

「あぁ。前回指摘した問題点は完璧に改善されている。流石だな、凌馬。」

 

いるかい?と差し出されたドリンクの容器を受け取りながら、心底感心したというように貴虎が答える。

戦極凌馬という青年は、その才能を見出した貴虎が、乃木家の強大な発言力によって多少強引に大赦の研究者として迎え入れた希代の天才だ。

常人とは一線を画す頭脳を持ったこの男がいなければ、この戦極ドライバーは完成するどころか形さえもできていなかっただろう。

自分以外では貴虎にしか心を開いておらず、かなり偏屈な性格をしているが、そのような欠点を補って余りあるほどの価値がこの男にはあった。

一般的にはあまり受け入れられない性格をした人物であるが、そこを含めて貴虎はこの青年のことを気に入っていた。

乃木家の長男ともなれば、それを知っている周囲の人間はどこかよそよそしくなるものだ。

そんなことは関係ないとばかりに気軽に接してくれる凌馬は、貴虎にとって貴重な友人だった。

 

「いやいやそれはこっちのセリフだよ。確かに君の言った通り、戦極ドライバーは完璧に仕上げた自信はあるが、この数値は私の予測を大幅に超えている。そこいらの奴ではこうはいかない。流石は乃木家の御曹司・・・私の見込んだ英雄だ。」

「そういういい方は止せ。俺は俺のやるべきことをやっているだけだ。乃木家の者として、俺には―――」

「ノブレス・オブリージュ、だろ。わかっているよ。全く、相変わらず冗談の通じない奴だな君は。」

 

言葉を遮られ、少しムッとする貴虎だったが、結局そのまま口を噤んだ。

こういう話になるとついつい熱くなってしまう。

この話をするのも何度目だろうか。凌馬がうんざりするのも無理はない

園子と接する時のことが癖になって、家の外でもどうにも説教臭くなってしまうのは、貴虎の悪い癖だった。

いかんな、と心の中で自省して、貴虎は頭を切り替える。

今はそんなことをよりも大事なことがある。

 

「それで、どうだ今回の結果は。」

「言っただろう?完璧だ。戦極ドライバーは、現時点で最高の状態に仕上がった。ここから先は君次第というわけだ。」

 

期待を込めた質問に、得意げな顔をした凌馬が、貴虎の胸元に指を差しながらそう答える。

信頼する友人のその言葉に、貴虎は万感の思いを込めて深く息を吐き出した。

 

「―――そうか。何とか間に合った、ということだな。よくやってくれた、凌馬。―――皆も、協力感謝する!新システムはこれで完成だ!」

 

貴虎の言葉に、部屋のあちこちでそれぞれの作業をしていた研究者たちが振り向き、歓声を上げる。

ここにいるメンバーは、来るべき神託の日に間に合わせるため、昼夜を問わず本当によく働いてくれた。

凌馬が核だったのは確かだが、この中の誰がかけていてもなしえなかったに違いない。

 

「皆の尽力のおかげで、ついに戦極ドライバーは完成した。これは、我々人類にとって非常に大きな一歩だ。だが、忘れないでほしい。本当の戦いはこれからだ。皆には苦労をかけるが、人類の未来のためこれからも力を貸してほしい。」

 

一際大きな歓声が響く中、貴虎は手にした戦極ドライバーにそっと目を落とす。

アーマードライダーシステム。

人類の敵に対抗するための、新たなる力。

これで、ようやく―――

 

一瞬。

風に流れる見慣れた金色が、貴虎の頭をよぎる。

そのイメージが明確な形になる前に、頭を振って追い出した。

これは、人類の新たな希望となるものだ。余計な私情を挟み込むべきではない。

誰もが喜びを分かち合う喧噪の中、自分を戒めるように、空いた掌を強く握りしめた。

 

 

 

鷲尾須美は張り切っていた。

しばらく前、大変光栄なことに神樹様の勇者として選ばれ、しきたりに従うために鷲尾家へと養子に入った。

元の両親の元を離れるのはもちろん寂しかったが、今の鷲尾の新しい両親もとてもいい人たちで、最初から本当の娘として接してくれた。今ではすっかり打ち解け、ちゃんとした家族として生活している。

やってくる敵から神樹様をお守りするのが勇者のお役目だという。

勇者システムを使用した訓練と日常との両立は、12歳の身には少し大変だったが、大事なお役目のため、ひいては国防のためだと思えば苦にはならなかった。

端的に言って、彼女の日常は非常に充実していた。

 

朝目覚め、日課の水垢離をし、着替えを済ませた後に近くの神社で参拝をする。

そのあとは、家の使用人達と共に朝食を作る時間だ。

自他共に認める和食派である須美は、洋食派であった新しい両親を和食派へと改宗させるため、ここのところ毎朝腕を振るっていた。

最初の頃は主人の家の娘さんに家事を手伝わせることに抵抗のあった使用人達であったが、須美の熱意と新しい両親の為に何かしたいといういじらしさに根負けし、今ではすっかりと須美と料理をするこの時間を楽しみにしている。

 

今日のお味噌汁は会心の出来だ。

喜んでくれるであろう両親の顔を思い浮かべながら朝食を運び、食堂で既に待っていた両親の元へと配膳すると、自分も席に着く。

 

忙しい両親だったが、朝食は家族揃ってというのがこの家のルールだった。

いただきます、と皆で挨拶をし、須美は箸を持ったままじっと両親の様子を伺う。

 

緊張の一瞬。

使用人の一人に勧められ、味噌汁の椀に口をつけた両親の顔が綻んだ。

それを見てほっと一安心するとともに、心の中で小さくガッツポーズ。

須美の小さな野望は、着々と実を結びつつあるようだ。

 

 

 

乃木園子は上機嫌だった。

理由は簡単。少し前まで色々と忙しそうにしていた彼女の兄が、最近はよく家にいるようになったのだ。

大事な用事が一区切りついたらしく、数日はゆっくりできるらしい。

 

朝、使用人の女性が起こしに来たのを、悪いとは思いつつも無視して布団の中でじっと待つ。

何度か繰り返し声をかけてきたその使用人は、起き上がる気配の無い園子の様子に小さく嘆息すると、そのまま部屋の外へと引き返した。

彼女が園子付きの使用人になって、そろそろ一年が経とうとしている。

お嬢様が何を求めているかぐらい、とっくにわかる間柄だった。

 

しばらくすると、先ほどとは別の足音が聞こえてきた。

期待通りのその音に、布団の中でうずくまる園子の顔が綻ぶ。

希望をかなえてくれた彼女には、あとでちゃんとお礼を言っておかなければ。

 

自分から飛び出していきたい気持ちをぐっと我慢して、布団をさらにしっかりと体に巻き付けた。

扉が開く音がして、足音がさらに近づいてくる。

部屋に入ってきた人物は、園子のベッドを通り過ぎると窓の前まで移動して、カーテンに手をかけた。

小気味いい音と共にカーテンが開かれ、優しい朝の光が部屋を満たす。

 

「起きろ園子。朝だぞ。」

 

その声に今度こそ、園子はぱっちり瞼を開いた。

朝日が少し目に眩しいが、そんなことは気にならない。

目を開けた園子の前には、既にしっかり身支度を済ませた大好きな兄の姿があった。

 

「おはよう~。お兄ちゃん。」

「ああ、おはよう。」

 

園子の狸寝入りはもちろんこの兄にもばれていたようで、こちらを見つめる兄の顔には若干呆れが混じっている。

でも、このぐらいは許してほしい。

若いながらも大赦に所属している兄が多忙なのはわかっているが、それでもやはり寂しかったのだ。

たまにしかないチャンスなのだから、甘えなければ損だというものだ。

 

「まったくお前は・・・。藤花をあまり困らせてやるなよ。」

「えへへ。ごめんなさーい。」

 

控えめな苦言に、上半身を起こしながらニコニコと答える園子。

本人に自覚はないようだが、なんだかんだ言って妹に甘い兄である。

あまり構ってやれなかったのは事実であるし、嬉しそうな妹の顔を見ていると強く言う気も失せてしまうのだった。

 

笑顔のまま、無言で突き出された両手を引っ張り、立たせてやるところまでがワンセット。

これが使用人の間で密かに評判の、乃木家で時々見られる兄妹の朝の一幕である。

 

 

 

三ノ輪銀は奮闘していた。

朝の忙しい時間帯。

慌ただしく朝の準備を始める両親の代わりに、登校前に弟達の相手をするのは専ら銀の役割だった。

名家とはいえそこまで裕福ではない三ノ輪家には、使用人はいない。

忙しく働く両親の為にと、元々は銀自ら言い出したことだ。

銀自身、元々面倒見がいいタイプということもあり、可愛い弟達の世話は全く苦にはならず、むしろ今では趣味と実益を兼ねたライフワークとなっていると言っても過言ではない。

 

「ねーちゃん!靴下はー?」

「ちょっとまってろー!ほーら金太郎。もうちょっとで終わるからなー。おとなしくしてろよー。・・・よしっ!えらいぞ流石はこの銀様の弟だ!」

 

生まれたばかりの弟のオムツを変えた後、5歳の上の弟の着替えを手伝ってやる。

皆の身支度が整ったら、揃って朝食だ。

その後も彼女の仕事は続く。仕事に出かける父を見送り、後片付けを終えて母の手が空くまで弟達の面倒を見るのが、三ノ輪銀の朝のサイクルだ。

ぐずる末の弟をあやしながら、単純にかまってほしがる上の弟の相手もこなす。

今日は放課後に訓練で遅くなるから、今のうちにできるだけ姉パワーを注ぎ込んでやらなくては。

自分も学校があるが、だからと言って手は抜けない。

なんといっても、大事な家族と、世界の平和のためなのだから。

 

 

 

 

「「「行ってきます!」」」

 

三者三様、それぞれの日常をこなし、今日も一日が始まる。

彼女たちは、神樹館に通う小学6年の少女達。

神樹様に選ばれ、勇者となった子供たち。

脅威から人々を守る、防人にして■■■。

 

その最初の戦いは、すぐそこまで迫っていた。

 




と、言うわけで第一話でした。
少し時間が空きましたので色々荒い部分があるかもしれませんが・・・。

前書きでも書きましたが祝!舞台版斬月公開!
一体どんな内容になるのか・・・
放送当時賛否両論あった作品でしたが、今もこうしてコンテンツが新しく出てくるぐらい愛されているようで、ファンの一人としてとてもうれしいです。
幸い、チケット取れたので3月に東京で見に行ってきます。超楽しみ!

※運命の章の方の決着編もしかしたら前話の最後にくっつける形式にするかもしれません。
その場合は次話投稿と共に前書きで改めて連絡させていただきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

創世の章
序章 ※先行公開


いつもの、夢だ。

 

視界に広がる真っ黒な空間を見て、友奈はすぐにそう認識した。

初めて満開を使った日から少しずつ、そして最近では頻度が徐々に増えてきた不思議な夢。

 

知らない/知ってる

 

 誰かが、何かを

 

  訴えている/思い出させようとしている

 

そんな、夢。

 

いつも起きたら忘れてしまうこの夢が、友奈はとても気になっていた。

だけど少し、今日はなんだかいつもと違う。

だっていつまでたっても地面につかない。

気づいてからずっと、暗い空間の中を落ち続けている。

 

深く、深く、夢の中へ

 遠い、遠い、誰かの記憶へ

 

落ちていく。落ちていく。ずっと、ずっと―――

 

 

 

 

 

雨の中、誰もいない大通りを一人の少年が歩いていた。

赤色のアクセントが入った、黒いスーツのような衣服は所々が擦り切れてボロボロだ。

降りしきる雨をまるで気にした素振りもなく、堂々と歩く姿はどこか王様を連想させた。

ただし、『人間』のではない。

彼の周りにいるのは、たくさんの異形の姿。

人型をしているが、人ではない怪物。

怪物を引き連れた王様。人はそれを、『魔王』とでもいうのだろうか。

 

無人の道を行くその目に迷いはない。

鋭く前だけを見据えるその目に映るのは、体の内から静かに燃える暗く激しい炎だけだった。

異形達の王は、目的地に向かってただ進む。

長い戦いの末、ようやく今日、待ち望んだ瞬間が訪れるのだ。

 

その時ふと、少年が足を止めた。

誰もいなかったはずの大通り、少年の進路を遮るようにいつの間にか人影が一つ立っていた。

興奮して向かっていこうとする異形達を片手をあげるだけで制し、少年は口を開いた。

 

「貴様か。」

 

少年の行く手を遮ったのは、彼と同じぐらいの年頃の少女だった。

鶯色の長い髪を頭の後ろで結び、腰には白い鞘の日本刀を帯びている。

少女は何も言わず、ただ目の前の少年をにらみつけていた。

 

「フン、ちょうどいい。せっかくだから貴様に聞くとしよう。『あいつ』は今どこにいる?」

 

「…それをお前に、言うと思うか。―――人類を裏切ったお前にっっ!!!」

 

少年の言葉に、今まで何とか抑えてきたものを爆発させた少女が、鞘から刀を抜き放ち、少年の目の前に突き付けた。

背筋が寒くなるように美しく、鋭い切っ先を向けられてもなお、少年に怯む様子は全く見られない。

激高した少女を冷ややかな目で見降ろした少年はもう一つ鼻を鳴らすと、周りの異形に手を出すなと指示を出し、自ら少女に近づいていく。

 

「貴様がそういうつもりならいいだろう。どうせあたりはついている。貴様を殺した後にゆっくりと探させてもらう。」

 

異様な雰囲気を放つその少年を前にして、少女は雨とは別の液体が頬を流れ落ちていくのを感じていた。

少年の強さを、少女はよく知っていた。何せ長い間、ずっと一緒に戦ってきたのだから。

だが、今のその少年から感じる威圧感は、彼女が知るそれよりも何倍も大きく、まるで別人のようだ。

その威圧感に押されるように、いや、それをはねのけようとするかのように少女は吠える。

 

「なぜだ!なぜ人類を裏切った!」

 

裏切り。

そうだ、この少年は人類を裏切った。

ずっと一緒に人を脅かす怪物達から人々を守ってきたはずなのに、最後の最後で少年の牙はその人類へと向けられた。

真っ直ぐすぎるほどに真っ直ぐなこの少女にとってそれは、到底許されることではない。

 

自分へと怒りを向ける少女に対し、少年は冷たい視線を向ける。

少女の怒気など意にも介さず、歩みを止めぬままに静かに口を開いた。

 

「貴様こそ、なぜそんなになってまで人類を守ろうとする。そうまでして守る価値が、奴らにあると思っているのか?」

 

そう冷たく言い放ちながら、少年はついに突き付けられた刃の目の前まで歩を進めた。

少女が少し腕に力を籠めれば、たちまちこの切っ先は少年の胸へと吸い込まれていくだろう。

それがわかっていながら、少女にはそれができない。

それは少女自身が持つ高潔さであり、まだ心のどこかで目の前の少年のことを完全には敵として見られない甘さでもあった。

 

「今のこの世界に、守る価値などない。俺はそう判断した。だから、俺がすべてを破壊し作り直す。」

 

「お前に、そんな権利があると思っているのか!?」

 

「ああ、ないだろうな。だから、獲りに行く。すべてを踏みにじり、思い通りにできる権利を。そのための絶対的な力を!!!」

 

その瞬間、少年の体からすさまじい圧力が発せられた。

今までの比ではないその圧力に抗しきれず、少女の足が一歩、二歩と後退する。

そんな少女の目の前で、少年の体から大量の植物の蔓のようなものが溢れ出した。

蔓はすぐさま少年の体を覆いつくし、そして少年を別の姿へと変えていく。

見慣れた人間の姿から、赤と黒の異形の姿へと。

 

「そん、な…お前…まさか………っ!!」

 

「そうだ。これが俺の手にした力。弱者を踏みにじる強者も。立場に甘え、優しい者たちを追い詰めるしかできない弱者も!そしてそれを生み出し続けるこの世界も!俺は全てを憎む!その全てを破壊する!!」

 

異形の手に、剣が握られる。

少女が手にした清廉な白い刀と対極を為すような、禍々しい黒い両手剣。

その剣から、そして体から溢れ出す雷光を通して感じられるのは、少年が世界に向けたあまりにも激しい怒り。

 

「ッ!!お前が見てきたのは、本当にそれしかなかったのか!?この世界には、強くて優しいものも、弱くても立ち向かおうとするものもたくさんいたはずだ!!」

 

「そういう奴から先に死んでいった!それは貴様も散々見てきたはずだろう!?」

 

「…っ!!」

 

異形の言葉に、少女の顔がゆがむ。

頭をよぎったのは、もういなくなってしまった仲間たちの顔。

その最期が、彼女の芯を揺さぶった。

そして同時に理解してしまう。彼のこの、激しい怒りの根源を。

 

彼が裏切ったことに対しての怒りがあった。

恩には報い、理不尽には報復を。それを信条としてきたはずなのに、それでも少女はこの期に及んで彼を憎み切れてはいなかった。

彼の怒りの根元にある、彼が感じた悲しみが―――強い、痛みが。少女の胸に突き刺さっていたから。

だけど、それでも―――

 

「―――それでも!!そんな人たちが守ってきたこの世界を、私は諦めない!!残された思いを、未来につなぐのが私の務めだ!!」

 

守りたいものがあった。託された想いがあった。

例えかつて友と信じていた相手だったとしても、譲ることなどできはしない。

 

覚悟を決めた少女の気迫を前に、異形と化した少年は心の中で僅かに笑みを浮かべ―――そしてすぐさま全ての感傷を捨て去った。

 

「いいだろう。もはや言葉は必要ない。俺の邪魔ができるのは、あとは貴様だけだ…貴様さえ倒せば、俺の望んだ力に手が届く!!」

 

言葉ではもう、止められない。ならば残る道は一つだけだ。

精霊『大天狗』が少女に力を与え、少女は翼を身に纏う。

異星の植物より齎された力によって、少年は赤黒い雷を身に纏う。

異なる力を身に纏い、異なる理想を徹すため、少年と少女はぶつかり合う。

 

 

「戒斗ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!!」

 

「乃木ぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいい!!!!!」

 

 

雨音を切り裂くように、二人の咆哮が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【―――おねがい、どうか、あのひとを――――――】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ゆめ…。」

 

天井へ伸ばされた自分の両手を視界に入れながら、友奈はパチパチと数度瞬きした。

なんだか前にも、こんなことがあった気がする。寝起きでぼぅっとした友奈の頭によぎったのは、そんな益体もない考えだった。

目覚ましに頼らず目が覚めたのは、随分と久しぶりだ。

見慣れた部屋の中はまだ薄暗かったが、どうやら二度寝ができるような時間でもないようで、友奈は

名残惜しい気持ちを抑えながらもぞもぞと上体を持ち上げる。

 

眠気でまだ開ききらない目をこすりながら寝起きの頭で考えるのは、さっきまで見ていたはずの夢のことだ。

夢の内容は………相変わらず思い出せない。近頃よく見るいつもの夢だということはわかるのに、その内容がわからないというのは一体全体どういうことなんだろう。

 

「あれ?」

 

その時ふと、違和感を感じた友奈は、その違和感の元である指を目の前へと持ってきた。

薄暗い部屋の中でじっと目をこらす。目じりにあてていた指は、ほんのりと濡れていた。

これは―――

 

(泣いてる…なんで?)

 

何度か同じ夢は見た覚えはあるが、それで涙を流したのは初めての経験だった。

悲しい夢…だったのだろうか。それともまさか怖い夢?

なんとなく落ち着かない気分になった友奈は、何とか思い出せないかとベッドの上でうんうんと唸り始めた。

唸り始めて数分。

何度か惜しいところまでいったような気もするが、何度やってもあと少しのところで霞のように消えてしまう。

そんなもどかしさと格闘していた友奈を現実に引き戻したのは、耳になじんだ目覚まし時計のアラーム音だった。

 

そろそろ起きなきゃ。

なんともすっきりしない気持ちだったが、流石にこれ以上時間はかけられない。

自分だけならまだしも、いつも一緒に登校する東郷さんまで遅刻させる訳には行かないのだ。

 

無理やり気持ちを切り替えてベッドから出た友奈は、朝のひんやりとした空気に身を震わせながらカーテンへと手をかけた。

シャッ、と軽い音がして、優しい朝の光が友奈を包む。

秋も終わりに近づくころ。この時間の朝日はまだ少し弱々しいが、それでも十分温かい。

眩しさに少し目を細めながら、友奈はぐっと大きく伸びをした。

 

今日もまた、一日が始まる。皆とすごす、一日が。

それだけでもう、友奈にとって楽しい一日が約束されているようなものだ。

今日は何をしよう。何が待っているんだろう。

そうやって、これから始まる一日に思いを馳せていた友奈のお腹が小さくくぅっと音を鳴らした。

 

とりあえず、楽しい一日の始まりは朝ごはんから。

恥ずかしさをごまかすように後ろ頭をかきながら、階下から漂ってきた朝のにおいに誘われるまま友奈は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

―――陽光に照らされた特徴的な友奈の赤毛。

その中に僅かに混ざった()()()に、気づかないまま。




運命の闘いは終わり、かくして天の神は誕生する

炎に包まれた世界を望んだのは、一体誰だったのか。





最終章、創世の章。
序章のみ先行公開です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。