砂糖菓子の弾丸は撃ち抜いた (杜甫kuresu)
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Kar98k
そんな夜のご関係


「指揮官さん、また報告書に不備が有りましたよ」

「え、ホントに?」

 

 嘘など言いませんわ、と物申したげな視線をよこす彼女に俺は頭が上がらない。

 豊かな銀髪眩しい令嬢のような姿の彼女はKar98k。真紅の瞳と雪より白い肌の特徴的な戦術人形の一人で、ついでに言うとコートのファーはもふもふしてる。もふもふ。

 

 ふとももまで飲み込んだ黒いキャバリエブーツが似合う辺りがその気品有る容貌の証で、実際に紺のチャールストンも黒いコートも高価さを匂わせる割に「服に着られた感じ」というのは全く無い。彼女は服を確かに着ている側だからだ。

 

「…………ちょっと、聞いていましたか?」

 

 ずいっと距離が縮まる。長い睫毛、よく見れば少し桃色の頬。息のかかる距離に俺はひっくり返って椅子ごと頭を打った。

 

「痛ぁ!?」

「もうっ、聞いていなかったのでしょう!」

 

 違う、違うのだ。弁明は意味が無さ気なので諦める。

 頭を擦りながら椅子を起こす間にも、健気な彼女は俺に説教をしている。絶対聞いてないと思うんだけどな。

 

「大体いつもポヤポヤとし過ぎなんです、そんな事だから45ちゃんにもからかわれるんですからねっ」

「はあはあ、心に深く染み渡る御高説ありがたき幸せ―!」

「…………はぁ」

 

 いやそこまで本気で溜息つかなくても。

 どうやら見捨てられたらしい俺は子犬のようなピュアアイで説得を試みつつも救援依頼をテレパシーで辺り構わず撒き散らしていたわけだが、それが聞こえたのか司令室に侵入者が現れる。

 

 45だ。入るなり媚びてる俺とそっぽを向いているKarを見た辺り、ニヤニヤとして俺にサササと忍び寄る。

 

「何時も通り尻に敷かれてるんだね。仲睦まじいのは良いんじゃない、指揮官?」

「あのな45、我が細君は恐ろしいことに椅子ごとひっくり返った俺の後頭部に何ら関心を持ってくれないんだ。こりゃDVってものだ」

 

 風が吹いてカーテンが舞う。Karの組んだ右手、薬指が眩く煌めきを放った。

 

――まあ要するに誓約を交わしている。普通なら性能のためと言ってしまうことも出来るが、俺とKarに関して其れは通用しない。

 というのも俺からプロポーズするような形だったから。笑うんじゃない、俺はそれでも好きな物は好きなんだ。どうしようもないだろ。例え彼女が生体パーツで誤魔化された人形であっても、量産された一つであっても、俺にとってはたった一人に思えたんだから。

 

「何がDVなのかしら、話も聞いてくれない指揮官さんには当然の罰だわ。天誅です」

「ふーん、まあ何となく私は指揮官のせいにしとくね」

「コレは酷いぜ、敵ばっかりかよ」

 

 寄ってたかって女性陣に良いようにされる俺は間違いなく情けない男だ。

 それで良いんだけどな、威張りたいわけでもないから。

 

 しかし追撃を試みるのは良くないぞKar98k。

 

「カリーナさんも「指揮官様はミスが多くて時々困ります」って凄く複雑な笑顔をしていたわ、余程のことだと思うのだけれど」

「まあ毎日ミスしてるからな」

「やっぱり要反省! 今日は私がずうっと横で見ていますからね!」

 

 え、面倒くさ。顔に出てしまったぞ。

 それが尚更駄目だったのかKarはまたお説教の構え。45はしれっと後ろで援護射撃の準備、お前は一番悪い子だぞオイコラ。

 

「大体これくらい、機械的に片付けられる仕事ですわ。指揮官さんが細かい作業に囚われすぎるのは考えものですが、だからといって此処までおざなりだと他の方にも迷惑が――――――――」

「そうだそうだー! 指揮官ったら悪いんだー!」

「煽り雑ぅ」

 

 途中から45の雑な煽りばっかり聞いてた、Karのお説教はぶっちゃけ覚えちゃいないのである。

 

 

 

 

 

 

 

「分かりましたか! 指揮官さんは下の方にも誇って仕事が出来るように、こういう小さなことからきちんとしなくてはいけませんよ!」

「トッテモヨクワカリマシター」

 

 分かった分かった。

 だがKarは純粋すぎるな、45もそう思ったのかそれに関して追撃はしてこない。

 

 だって文句を言うやつは俺がどれだけ細かい所をやろうと文句を言うもんな。特に下のやつ、働きアリの法則みたいなもんでどうしようもない自然現象だ。

 そんな極小数の奴らのために此処に注力しすぎる必要は、まああんまり無い。俺はちゃんと成果を上げてるし、それに下の人もある程度の納得をしてくれてる。誰だって欠点は有るもんな、ぐらいに。

 

「しっかしKarは真面目だよなー」

「指揮官さんは不真面目すぎます」

 

 腕を組んでプンプンとでも言わんばかりにご立腹。ほっぺ突きたい、めっちゃ怒られそう。

 

「いやいや、からかってるんじゃなくて本音。そういう所は良い、俺には無いものだ」

「…………そ、そんな事を言って私の機嫌取りをしようとしたってそうは行きませんからね!」

 

 またぷいっとそっぽを向かれる。我が妻は大変気難しいお方でな。

 すかさず45が俺の耳元で囁きかける。

 

「これは行けそうだね」

「だろ? もう一押し、ちょっと手伝ってくれよな」

 

 お察しの通り、コイツは面白い側につくだけのピエロだ。

 俺達は短いやり取りでお互いのターンを理解する。複数人でやれば簡単に行けるぜ、なあ相棒?

 

「真面目だからとお堅い訳でもないし、まあ実際人形から好かれてるだろ? な、45」

「まあね、私もKarちゃんは(面白いからおもちゃ的に)好きだよ」

「…………当然です」

 

 すげえ、9.5割を真実にして絶対ばれない嘘になるアレだ。こんな高等テクニックを気軽に披露しちゃって良いのかい45さん。

 ダブルでゴリ押しすればすぐ行けるのはマジ。Karはちょっとだけ耳を赤くすると、口をとがらせて明後日の方を見る。こりゃ照れてますよ、もう一押しだ相棒。

 

 すかさずもう一発。倒れない選手はマウンティングしてボコボコにするに限るぜ。

 

「そして何より可愛らしいんだよ! 知ってるか45、Karはプライベートだと俺にべったりでだな――――――」

「あーっ! あーっ!」

「指揮官、何を払ってもいいからそれ詳しく」

「絶対ダメですよ指揮官さん!? ダメったらダメです!」

 

 よし話はお流れになったな! 閉廷!

 顔を真赤にしてあたふたと俺の口を塞ぎにかかるKar。45は普通に興味津々なので勿論止めにかかってくれる、完璧な布陣だぜ身体能力はRFよりSMGが上だもんなー!

 

 45がおたおたと俺に向かっていくが45は此方を見たまま顔も見合わせずにそれを捌き切って俺の言葉を待つ。こりゃあ教えてあげないと、なあ?

 

「特に一昨日の晩なんて分かりやすいよなぁ。いっつも抱きついてくるのはもう慣れたが、急に手を回す力を強くするなり耳元で「好き、大好き」とか言われたら俺も耳溶けちゃうよ。辞めてよね、もっと好きになっちゃうんだからさぁ!」

「…………コフッ!」

「Karちゃんが倒れたよ、指揮官?」

 

 え、マジ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何処まで話したんですか」

「え、いやぁ? Karの事をずっと見てたよホントダヨー」

 

 数十分後。何か不味い声を上げて逆上せたまま倒れてしまったKarだったが、起き上がるなり早々に俺ににじり寄ってきた。

 実は全部話しました。ゴメンナサイ、45が逆に俺を社会的に抹殺しようとしてきたんだ。違う、別にそんな悪魔に情報を引き渡そうなんてつもりは本当に無かったんだけど俺も色々惜しむべきものは有るからさ。

 

 45の方にKarが向かう。顔は真っ赤で瞳はちょっとばかり濡れている、いやすまん。マジでスマン。

 

「本当に指揮官さんは何も話さなかったんですね? 45ちゃん!」

「な? そうだろ45?」

 

 アイツは一応「口外はしないでおくよ、気が向いてる内は」と言っていたので言わないはず、言わないはず。

――待って。何であの娘あんなに口が吊り上がってるの? 何で俺を見るの? ねえ待って何でお前待って止まれ!

 

「ぜーんぶ聞いたよ。Karちゃんって意外と可愛い声出すんだってね、知らなかったよ私」

「…………さて、こんな事もあろうかと銃は持ってきましたの。言い遺すことは有りますか?」

「辞めてください!? 俺は脅されたんだ本当だ!」

 

 説得にまた数十分かかって、結局報告に来たリー・エンフィールドに

 

『痴話喧嘩は結構ですが、勤務時間外にしてはどうでしょうか』

 

 と真顔で言われたのを契機に取り敢えず殺人未遂事件は幕を閉じたのである。彼女が俺達の酷すぎる会話を自動扉越しに聞いていたかは、いよいよ火種の元なので聞かないでおいたが多分聞こえてた。

 どちらにせよ俺はブラックボックスにしてかなり正解だったと思うばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷い目に遭った…………」

 

 自室で酒を煽る姿は、きっと他の人形が見たら「おじさんっぽい」と言われるオヤジ臭さなのだろうか。どうでも良い杞憂に思いを馳せつつグラスを更に煽る。

 アレからもKarはへそを曲げて話をしてくれなかった。仕方なく脇腹に手を回したが、いよいよ頬をぶたれたので「親父にだってぶたれたこと無いのに!」とお決まりのアレを叫びつつコミュニケーションを諦めたのは我が生涯の失敗の一つ哉。

 

――――なんて言ってると扉のノックの音。今日は…………8時半か。ちょいと早すぎやしないかね。

 俺はすぐに扉を開いてやる。

 

「…………その、こんばんは」

「はいどうも、寒いだろうし入れよ」

 

 訪問者は少しばかり上目遣いで俺を見つめてきたが、取り敢えずとやかく言わずに部屋に入れてやる。グリフィンの廊下は寒い、特に夜はな。

 Karはちょっとだけキョロキョロと部屋を見回したが今更何をおどおどする必要があるのやら。アイスブレイク代わりにドアを少し大振りに閉める。

 

「ひゃっ」

「いや、もう何回も来てるだろ…………」

「だ、だって」

 

 だってもヘチマもございませんね。

 尻込みするKarを無理やり椅子に座らせる。俺は何時もベッドで軽く寝転がりながら話をするのが恒例だった、別にベッドに来ればいいというのだが基本的に俺に触ってくれない。

 

 それに関しては実は普段からそうだ。俺も気づかなかったが、曰く「殿方に気安く触れるのは」だとか。もっとベタベタしてくれよ。

 

「別に昼間のことなら怒ってませんよ、俺の自業自得でさあ」

「で、でも! 思わずぶっちゃいましたし…………」

「そりゃぶつでしょ。逆にやられるがままが良かったんですか貴方」

 

 黙るなよ、俺が困る。

――ああー、うん。お察しの通りKarはプライベートだとこんな感じ。最初は俺がびっくりしたよ。

 

 いつもThe・お茶目お嬢様って感じだから付き合ってもあんまブレないんだろうなあと思ったら、まあ見ての通り割とチキンな子らしい。それはそれで好きだから良いだけど、偶に心配だよな此処まで来ると。

 

「触られるのは好きなんですけど、えっちなのはちょっと」

「超☆正常♡オブ・ザ・イヤーだ、俺は健全なKarの防衛ラインが見れて安心したよ」

 

 そ、そうですか。とちょっぴり嬉しそう。イヤなんで此処まで臆病なのやら…………。

――ええいまどろっこしい、いい加減聞いてしまおう。俺も気づけば臆病風に吹かれてたらしい、気になるなら直球で聞く!

 

 何時もそうやってきただろうがよ。

 

「なあ、何でそうビクビクするんだ? 別に俺はKarを取って食ったりしないんだが」

 

 よし言えた! 俺に5000兆円誰かくれ!

 あんまり直球だったのでKarが目をコロコロとさせると固まった。普段は見られないカラビーナ嬢の惚け顔である、ほわほわしてるようで意外としっかりしてるからな。

 

 呆気にとられていたのも束の間、表情を持ち直すと小さい声で

 

「…………ですから」

「え?」

「だから…………です」

「悪い大きな声で」

「だから、嫌われたくないんですっ!」

 

 ズキューン。嬢ちゃんは相変わらず俺を撃ち抜くのだけは天才だよ全く。

 思わず顔が緩んじまっただろうが、これ以上俺を惚れさせないでくれ全く。君は全くもって私の予想の上しか行かないな、大好き。

 

 言ってしまった的な顔で机と睨めっこを始めたので顔を見ようと格闘を開始する。

 

「いや、別に俺そんな事で嫌いになったりしない。というか無理、逆に難しい」

 

 有り余る魅力よな。

 

「でも、指揮官さん色んな娘と仲が良いじゃありませんか。私以外にも魅力的な娘は一杯居ますよ?」

「はあ。それで?」

「それでって――――――」

 

 よし、大事なことを言うので顔を突き合わせてもらおう。多少荒っぽくやってしまったが真に伝えるべき言葉は表情にも滲む、俺はそうして良い事を言う心づもりだ。

 

「良いか? 俺はその場の勢いで誓約指輪なんぞ寄越さない、君が好きで堪らんから渡したんだ。そんな「魅力ごとき」が俺の夢心地を覚ませるなんて、Karは少し俺のロマンチストの痛々しさを舐めてかかってる」

 

 他のやつは性能云々で渡せるかもしれないが俺は出来ない。

 何でってそれを大事なものだと受け取る人形は沢山いる、それが勘違いだとしても俺は彼女達を裏切りたくはないから出来ない。だからつまりこういう事だ。

 

「その右手の薬指が輝く限り、俺は浮気はしない。こればっかりは大マジだ、目を何度見たって構わないぞ。キスしても良い、抱きついても良い。どんな方法でもいいから信じて欲しい」

 

 言葉は伝わっただろうか、分からん。

 だって分からんだろう? 言葉は薄っぺらい。どれほど重ねても人に本当に響かせるのはとても難しいことだ、俺はそんなものでKarにちゃんと何かを伝えきれた自信は正直ない。

 

 だから彼女が納得する方法で確かめてもらうしか無い。

 

「…………本当ですか?」

「ああ、何してもいいぞ」

 

 真紅の瞳がキラキラと光を吸うと輝いた。それは俺にとってルビーよりも綺麗なものに見えてると言っても、まあ伝わるまい。それが言葉の限界というやつだ。

 

――凄い勢いで抱き寄せられた。思わず目が点になる。

 手を回す力は驚くほど強いが、だが本気ではないのも分かる。彼女にとって人間はあんまりにも脆いもので、どうしても一線を引いてしまうものなのだろう。それが正しいことは少し悲しい。

 

「…………で、信じていただけますか。お嬢様」

「信じれません。私が良いと言うまで離しませんから」

 

 ええ~、何だそれは。

 最高だなおい。




 純愛は好きです。理由は女の子という不思議ないきものは、恋と愛に関わるときが一番愛らしいと信じているからです。
 指揮官がやっぱり乙女ゲーの正統派のようで「またかあ」と溜息をつくところではありますがお付き合いください、彼は彼で良い主人公ですよ。

 少しえっちな話題にすると、私は普段は主導権を握ってる女の子がプライベート(明言はしませんが)で相手にベッタリで弱いのがとても好みです。抱きついたり、言葉を求めたりと言うのはもう堪らない、抱きしめたくなりますが私が触るには少し高価すぎるので遠慮します。
 個人的には夜の事情というのも魅力になると思うので、今後も時折出てきます。苦手な方、まだ未成年でイマイチ耐性がない貴方は無理をしないでくださいね。
 Karの精神年齢は作品の対象年齢ということで、この作品はちょっと大人向けに仕上がったようです。

 右手の薬指に結婚指輪を嵌めるのはドイツだから。詳しくは調べてみてくださいね。


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コミュニケーションエラー

 父親に100均のトゲトゲゴムボールを顔面に軽い豪速球で投げられたのがトラウマ。大泣きしましたし、父親の方が何故か困惑してました。


「だから! 何で私に構ってくるのよ、放っといて頂戴!」

「そう言うなって」

 

 ぴょんぴょんと跳ねる濃紅色のサイドテール。どうやらソイツは俺に不機嫌と不愉快と不干渉を訴えかけたいようだった。

 ツンケンした表情の特徴的な彼女はWA2000、誰が呼んだかわーちゃん。ワルサーでも大概失礼な呼び方では有るが、もうわーちゃんで浸透してしまっている辺り俺達の適当さと馴れ馴れしさが窺える。

 

「すぐ変な所触るし、はっきり言って嫌なのよ!」

 

 見ての通り、言葉に違わぬツンケンっぷり。獰猛なハリネズミ、突撃系ヤマアラシ、全力投球のトゲトゲ100均ゴムボール。そういう感じで辺り構わずというか主に俺にトゲを振るう彼女だが、俺が構うのは決してあらぬ所を触りたいからじゃない。そんなのは息をするのと同じ、そもそも理由として成立していない。

 

「ほう? 変な所というのは――――」

 

 そっぽを向いていたわーちゃんの肩、一点を親指でぐっと押す。

――此処は何だか妙に凝る所らしい。この前Karやダネルがぼやいていたのをよく覚えている。

 

「ひゃっ!?」

「こういうのか、良い声で鳴くじゃないか」

 

 俺がやるともっぱら麻薬じみた快楽指数を与えるらしく、どんな奴にやってもこんな声を出す。大変気持ち良いそうなのだが、ヘリアンの前でやったら何かアレな行為をしたと勘違いされて怒られたの機に封印していた我が妙技の一つだ。

 

 今封印は解かれた。理由は俺がしたくなったから。

 へなっと一瞬だけ倒れ込みそうになったわーちゃんであったが、すぐに体制を立て直すとかなりの剣幕でこちらに勢いよく振り返る。グリムゾンレッドの瞳は潤んで明彩を帯び、髪色と対象的な白い頬は紅葉色に染まっている。

 

「何するのよ! っていうか今の何!?」

「美味しいものを食べた時の7倍ぐらいの快楽を与える秘孔を突いたのだよハハハハ」

「どうりで…………」

「いや嘘だけどね」

 

 思いっきり誘導されたのが余程気に食わなかったのだろう、歯を見せて此方を威嚇してくる。信じちゃう方も問題の有る酷い嘘のつもりだったのだが、わーちゃんにはちょっと早すぎたジョークらしい。

 ちなみに美味しいものを食べた時に比べて覚せい剤は7倍のドーパミンを出す。つまりそういう事だな。

 

 廊下で変な声を出した羞恥、適当な嘘でちゃっかり気持ちよかったのがバレちゃった羞恥。掛け算で導き出される答えは俺のノックアウトだ。すかさず飛んできた平手を避ける。

 

「チッ!」

「おいおいガチかよ、怖いなあ」

 

 サイドステップで躍起になったわーちゃんの動きを避ける。俺のステップのウザさはおよそ蚊のそれと変わらないとVectorからお褒めいただいている、妙技を特と味わえ。

 

 後ろに回り込んでおさわり。

 

「ひゃっ! ホントに殺されたいのアンタ!?」

「やっべ逃げろ」

 

 死にたくはないから俺は迅速に逃げることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「指揮官さん! やっと見つけましたわ!」

「げっ、ハリネズミの次は鬼だ」

「鬼じゃありません!」

 

 走り抜けようとしたらKarに思い切り頬を抓られる。痛い、この人に情け容赦ってものはないのかね。

 頬から引っ張られて顔を突き合わせられる。身長差が有るから俺が腰をへの字に曲げる形だ、不満げなKarの眼と至近距離で見つめ合う。

 

 言うだけ無駄な言い訳。

 

「待った、俺はちゃんと部下と適切なコミュニケーションをだな」

「それはお尻を触ったりからかったりすることなんですか?」

「何エスパーなのKarって」

「やっぱり…………」

 

 しまった、誘導尋問じゃないか。

 頬をぱっと離されたかと思うとKarの憂うような溜息。窘めるようなまるで怒気のない声が飛んでくる。

 

「他の娘にそういう事はしてはいけませんよ…………私は、まあ慣れましたから」

「いやただ単に触ってもらうの好きなだけだろ」

 

 仕事外だとすぐベタベタしてくるしな。まあそういう形で愛とかいうものを確認するしか無いのは一部事実だし、俺は触られたら嫌とかいうわけじゃないから拒否しようってんじゃないけど。

 

 図星だったのか、Karの頬に僅かながら朱がかかると目線が白々しく下に移る。

 

「ち、違います――――――違うんですからね! 本当ですから!」

「はいはい、そういう事にしておくよ。カラビーナ嬢は面倒くさい女の子だからなあ」

「め、面倒くさい…………そんな」

 

 思ったより打撃を与えてしまった、だから君は面倒くさいんだ。俺が悪いんだけどさ。

 目に見えて気を落とすKarの頭を帽子越しに撫でる。

 

「それも含めて好きなんだよ、あっさり引き下がられちゃそれはそれで塩が効きすぎだろ」

「そ、そうでしょう!? 当たり前のことです、私は出来る女ですから!」

 

 其処までは言ってねえ。

 取り敢えず舞い上がってしまっているKarは置いておいて誤魔化すことは出来たらしい、機嫌の良い内に弁明も済ませてしまおうか。

 

「いや、おさわりぐらいしとけば万が一ビンタ食らっても後で一人でブツブツ言ってないだろうなあって」

「わーちゃんの事ですか?」

 

 手が出ちゃうの早い割に後で気にして落ち込んでるの、よく見るからな。ビンタされて仕方ない内容なので気にしなくてもいいと思うのだが、気にするんだから仕方ない。

 問題なのは素直じゃないから謝るのも苦手ということだ。困った子だよ、好きだけどね。

 

 噂をすればなんとやら、俺の腰にタックルが直撃。イタイ、変な音がしたし絶対骨の噛み合わせがおかしくなった。

 

「見つけた!」

「痛ぁ!? 殺意高すぎるタックル辞めてくれ!?」

「そのまま死んじゃえばいいのよ!」

 

 まーた後で気にするくせにそういう事言っちゃう。

 懲りないところにちょっと呆れてしまうが、あんまり顔を真赤にプンプン怒り散らしてくるので言うに言えない。

 

 軋む腰に歳も憂慮しつつ擦って起き上がる。

 

「大体そういう事はKarちゃんにしなさいよ、このヘンタイ!」

 

 言ってくれるじゃねえか、ド正論だよ…………。

 公衆の面前では誰にもしてはいけません。危ねえ、納得しそうだったわ。非常識でも常識を忘れたくはないんだよ俺は。

 

――うーむ。これが前門の虎、後門の狼か。どうしたものか。

 と言う間に唐突にひらめいた。俺の勝ちだ。

 

「そういう事ってどんなの?」

「ど、どんなのって…………そういう事よ」

「言葉にしてくれないと俺には伝わらないなあ?」

 

 勝手に想像を膨らませるわーちゃん、熟れた林檎のように顔一面を真っ赤にして表情を強張らせた。

 後門の狼、即ちKarは蚊帳の外なのに一人で頬を隠して顔をブンブンしている。え、何で?

 

「お、お尻触ったり…………えっと」

「こういう事かな?」

 

 腰に手を回して吐息のかかる距離まで抱き寄せる。これも今をやり過ごすためのテクニックよ、衝撃には更に上の衝撃で塗り潰すが合理的。

――わーちゃんの顔はショート寸前で固まっている。やり過ぎたかな?

 

 壊れたロボットみたいにパクパクした口から、辛うじて言語の体をなした何かが漏れてくる。わずかに触れた足先まで火照っていて、かなり上がってしまっているのは明白だ。

 

「え、その、あの…………だ、駄目よ。Karちゃん居るんでしょ…………」

「俺はわーちゃん――――――いや、()()()()。お前が良いなら構わないんだぞ? お前はどうなんだ?」

 

 何と薄ら寒い台詞だと俺も思ったが、夜中に放送している女性向けアニメのような台詞を真顔で言い放つ。俺は将来演技でも食っていけるだろうと今確信した。

 

「それは、その――――――」

「俺ではご不満かな?」

 

 あー楽しい。

 最初は目を見開いて俺の真剣な眼差しに答えていたが、段々と視線が弱々しくなるとゆっくりと逸らされてしまう。

 

 暫く見つめていると、ぽつりぽつりと消え入りそうな湿った声。

 

「…………ホントに私で、良いの?」

「いや、冗談だから駄目だけど」

 

 そりゃあね。

 

「最ッ低! 本当に死ね!」

 

 顔と背中がこんにちわするギリギリな威力で思いっきりビンタをされた。威力有り余って倒れ込んだ俺を観察していたKarの怖気だつ美しさを忘れることはないだろう。アレはゴミを見る目だったのだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Kar~、膝枕してくれよ~」

「お断りします。私、今は仕事で忙しいので」

 

 塩が効きすぎだろ。ファミレスで白飯にかけすぎたレベル。

 ツンと見捨てられた俺は、特に用途の決まらないままのソファに寝転がってアップアップしていた。

 

 手すりからだらりと頭を下ろすと、反転した世界でKarは忙しなく俺の机を整理している。実は体にキテいるのは事実で、少し休憩しているのだ。

 

「無理に仕事しなくていいぞ、上司がやってないと何かやりたくねえだろ」

「やる気がなければ仕事は減ってくれますか?」

「スイマセン俺が悪かったです」

 

 にべもなく言い返されたが、俺に返す言葉はない。

 さっきのわーちゃん弄りだってそもそもが仕事からのランナウェイの片手間だったのも有る。Karの腹の中は煮えくり返るとまでは行かなくても、俺に対する態度の刺々しさは妥当だった。

 

――諦めてぼんやりと彼女が動き回るさまを眺める。歩くたびにふわりとコートが舞い上がるのがやはり印象的な所で、裏のやたらとモコモコとした生地が映る。しかし彼女は子供体温でかなり温かいのだが、何故に其処まで身体を温めるのかは聞いたことがない。

 

 横顔の怜悧さに機嫌の悪さがちらつく。冷えた静寂も手伝って居心地が悪すぎた。

 

「怒ってるよな」

「怒ってませんよ、貴方ってそういう人ですもの」

「物分かりのいい女は嫌いだなあ」

「嫌いで結構」

 

 目配せ一つ寄越さずサラリと返してくる。

 本気で怒らせてしまうと俺も打つ手はない、女神様のいたずらでふら~っと帰ってきてくれるのを願うばかりだ。

 

 此処に戻ってきた時に置かれた珈琲は冷めた。もう随分飲んでいない。

 

「悪かったよ、アレは本気じゃないから。これは事実だって」

「本気じゃないなら尚問題でしょう、彼女が可哀相ですわ」

 

 可哀想? イマイチピンとこなかった。

 会話に妙な擦れ違いを感じるが、そもそももつれを紐解く糸くずも見つからない始末。考えるのはよしておこう。

 

「もしかしてアレ、して欲しかったりする?」

「……………え?」

「ガチな反応されると俺が困る」

 

 明らかに今固まっただろ。

 さっきまでの近寄りがたい空気はまるでお飾りだったらしく、途端にKarの表情が色づき始める。動揺を隠そうとしたり気を張り直したりと色々しているようだが、全部顔に出てるので一人芝居の様相。

 

 哀れや哀れ、化けの皮を剥がれた彼女を真っ逆さまに見つめたまま会話は転がっていく。

 

「そ、そんな訳無いでしょう! あんな気障ったらしい台詞を言われて嬉しい筈が有りません! 指揮官さんは少し自分の顔を鏡で見てきたほうがよろしいのではなくて!?」

「超イケメンだろ?」

「当たり前です! 私の指揮官さんですからね!」

 

 そうなんだ、Karにとって俺は超イケメンなのか。嬉しいなあ。

 心根を隠すという概念が無いのでKarは基本的に表情豊かだ。一度崩れるところころと表情が一転二転するので、見ている側としては非常に楽しい。

 

――しかしあんなのがお好みとは、随分少女チックな趣味をしているものだ。

 口をとがらせたKarが拗ねたように呟く。

 

「…………それにしても随分と楽しそうでしたね」

「そりゃ楽しいだろ、何か駄目?」

 

 叩けば響くとはあの事だ、アレで遊ばないお堅いやつが存在するってマジ?

 何よりああいうタイプはこっちが楽しんでやって、それを表に出さないと勝手に自分が嫌われてるとか思い始めるし。まあ若いからな、わーちゃんは。

 

 あっさりとした返答がご不満だったらしく、目を逸らされる。

 

「そんなに楽しいならわーちゃんと一緒に居れば良いんです。別に私一人でも平気ですしっ」

 

――――――あ、はあはあ。ふーん、そういう事。

 何となーく全体像が掴めてきた。要するにヤキモチ焼いてたのか、わーちゃんとは敢えて馴れ馴れしくしてる所あるしな。

 

 あっちが勝手に距離を空けて行くから、俺が一段とばしをしてでもついていってやらんといかんのだ。アレは独りになったらなったで駄目になる。

 なんて事を言っても仕方がないか、事実は事実だし。

 

「目の前で他の子とキャッキャしたのは流石に悪かったよ。そうへそを曲げないでくれ」

「曲げてませんっ………………そんな事をしたら、指揮官さんが困ってしまいますもの」

 

 ぐはぁ! な、何だ唐突に!

 突然のいじらしさに目が回る、困ったように帽子を引っ被って顔を隠すKarを凝視してしまう。

 

「指揮官さんはお仕事で人形の子達とは喋らなくてはなりませんし、それに関係が良好なのは良いことですし、それに――――――」

 

 ぶつぶつと理屈を並べ立てていたかと思うと、ぷつりと突然静かになってしまう。恐らく合理的なことを頭で並べ立てて、何とか納得を得たのだろう。不承不承となるのは当然だ、そういうものじゃないんだから。

 何処と無く淋しげで小さい横姿のまま仕事に戻ってしまう。

 

――ちょ、今のは駄目だろ。反則反則。

 静かに書類を持っていこうとするKarを呼び止める。

 

「ちょっとコッチ来てもらえるか? 用事があるんだ、大事な用事」

「……口頭では駄目でしょうか」

「口なんだけど、口頭じゃ無理」

 

 意味が分からない、と言わんばかりの弱々しい表情でKarが首を傾げる。

 俺の目が冗談を言うときのものじゃないのは理解してもらえたのか、心細気に俺の所に歩いてくる。

 

「何ですか」

「もうちょっと近く」

「本当に何なん――――」

 

 そりゃあ口でしか出来なくて、近くないと出来ないことだからキスに決まってる。

 顔を覗き込んできたKarを背中から抱き込んで、そっと。あんまり強くすると怖いだろうからな、それぐらいの気を遣う頭は有る。

 

 唇に触れる熱量で一歩遅れて気がついたのだろう、Karが目を見開くと少しだけ慌てふためく。問答無用、今度こそもっと強く腕を回した、紅玉の瞳が鮮やかに感情で揺れ動いて――――――やがて諦めたように静かになる。

 

 一秒だったか、一分だったか、一時間だったのか。ひょっとすれば一年なのではと思う刹那の後、名残惜しさを押し殺してゆっくりと体を離してやる。さっきまでの抵抗の無さは何だったのか、飛び跳ねるようにKarが俺から逃げていく。

 

「にゃ、にゃんですか急に!」

「…………いや、言葉じゃ駄目だろ? こういうのって」

「だ、だきゃらって!?」

 

 噛み噛みになるKarの顔で効果はあったと確信する。

 

「さっきみたいなことは流石に改まって出来ないから、今日はこれで勘弁してくれ」

「い、いえ――――――――その、もう十分幸せ、ですから…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の仕事は俺達のコミュニケーションエラーで全く上手く処理できなかった。

 俺はそれが悪くないものだったと、今でも思う。




 わーちゃんはとても好きですね。勿論眺めているだけでも可愛い生き物ですが、やっぱり私は指揮官に言えないやりすぎていることへのちょっとした後悔とか後ろめたい気持ちとか、ついでに愚痴をずっとうんうんと頷いて聞いていてあげたい。庇護欲を唆るというのは彼女のための言葉でしょう。
 あらすじには有りませんが、私の気が向いてしまったらウロボロスとかも出すかもしれません。多分本を読んでのほほんと過ごしてます、世界観についてはもう気にしない方針で。

 指揮官。君の”方向性”、決まったからね。後わーちゃんに謝りなさい、早く。
 イメージは加持リョウジです。というか私の書く指揮官はアズールレーンの小野也人時代から加持リョウジの髪型のイメージです。
 ドイツのキスは日本よりもすこーしだけ意味が重たいような気がする。後半は私があまりの甘さに頭をショートさせて脳内麻薬をドバドバ出していました。これは危険過ぎる。


【指揮官】
 172cm。プレイボーイの真似事を好む、一応Kar一筋を語っているしそうなのだが隣の芝生が真っ青に見えてしまうタイプ。
 言葉に意味を感じていないため、愛情表現は行動で。姉貴の中の人と同一人物、転生設定は死んでるのでタグは無し。
 顔は本当に滅茶苦茶良いし人形にも熱視線を飛ばされているが自覚がない。プレイボーイ的言動は冗談で済む程度の顔と思ってるタイプ。

【Kar98k】
 モコモコドイツライフル。ゲームでは身長110cm疑惑が有るが、銃が特殊モデルとして147cmです。悩みは指揮官に抱きついたら身長差で埋もれること。
 公私の切り替えに気を遣っているが、元がゆるゆるしすぎてるのであんまり出来てない。戦闘と仕事はよくできるが、指揮官とすぐイチャつくので滞りがち。可愛い。もこもこ。ちっちゃいけどつよい。


※追記:皆がお砂糖の話を沢山するから正式タイトルはかの「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」からオマージュしました。おっしゃれ~。


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撃ち抜けるのは【前編】

公式のKarちゃんのフィギュア、実はおっぱい大きかった。
それも好き。小さくても好き。君だから好き。好きっていうのは心地良いものですね。

だから続きです。姉貴は、その、まだ。
今回は途中から苦いです。甘さは苦さを添えてこそ引き立ちますから。


「Karに愛情を伝えたいんですがどうすれば良いですか」

 

 お便りを送ったのは目の前の愛の伝道師、通称UMP9だった。俺の大胆なアプローチに対してもニコニコとしているのは、薄汚れた大人には少し眩しさすら感じる。

 暗めのブロンドに琥珀の瞳、これだけではさっぱり伝わらないだろうが彼女はかの悪名高きUMP45の妹である。

 

 9が上機嫌にぴょんぴょんと俺の周りをうさぎ跳びをする、まるで犬のしっぽのようにツインテールがひょこひょこと跳ねた。

 プリーツスカートが大変短いので色々と危険なのだが、まあ言っても無駄だろう。上はシャツの上からパーカーを着込んでいて完璧なのだが。

 

 一体姉妹でどうすればこう差がつくのか。

 

「指揮官って時々周りが引くぐらい直球で来るよねー!」

「真面目な質問だぞ、お前は相手に好意を伝える能力だけは一流だ」

 

 端的にいうと、9は俺が大好きなのである。いや引かないでくれ、これは本人が行動で示しているのだ。

 勿論親愛の好きで、まず作戦から帰投するとベタベタと抱きついてくる。頬を擦り合わせてくるのは慣れるには慣れたのだが、あんまり肌が柔らかいので罪悪感は抜けない。

 

 そして日常的に挟んでくる「指揮官好き」発言。

 幾ら何でも俺だって分かる、何でもない相手には此処までしないだろう。

 

「いやいや、私はそういうのすっごくヘタだよ?」

「は? お前自己分析能力ゼロかよ」

 

 流石にこれで下手なら俺は下手どころか才能がないの部類になってしまうではないか。

 9が俺の前まで戻ってくると、困ったようにえへへと歯を見せて笑う。

 

「伝わってたら私にその質問は出来ないもん、怒ってはないけどさ」

「…………? 俺は怒られることしてるかな」

「怒られると言うか、他の子にしちゃ駄目だよってだけ。私は平気~」

 

 よく分からないことを言ったかと思うと、9はわざとらしく自分の両頬を叩くとまたいつもの笑顔に戻ってしまう。

 

 9は基本的に裏表がなく、また俺に素直な返事をしてくれる。だが時々こういう俺には計りかねる言動をするのが困りものだ、詳しく聞こうとしても困ったような顔をして答えてくれない。

――話が逸れたので戻す。

 

「まあ、ヘタでも良いから案をくれって話」

「じゃあまずは言葉だよね!」

「毎日君が一番だと言っている」

「えー、じゃあハグ!」

「した」

「キス!」

「した」

「もう夜のお誘いしかないよ! 言わせないで欲しいな!」

「した」

「でも伝わってないの?」

 

 伝わってない。

 

「足りてない」

「欲張りさんめ~、でも今ので指揮官がそう思う理由は分かったよ?」

 

 あっけらかんと9が言い放つ。思わず机から身を乗り出そうとして膝を打った。

 

「な、何だと…………いてて」

「大丈夫? いたいのいたいのとんでけーっていうのして欲しい?」

 

 いやそんな年じゃねえな俺。

 言外にそんな気持ちを込めた視線を送ってみると、9は机の上に散らばっている書類をひょいと持って隠れる真似事をする。

 

 ゆっくりと横から顔を出してきた。

 

「でも指揮官、Karちゃんには言ってもらってるよね」

「な、何故それを!? アレは外では」

「勿論適当に言っただけ♪ 指揮官チョロいね!」

「クソォ!?」

 

 前言撤回だコイツはあくまで45の妹らしい! なんて巧妙な罠なんだ畜生め!

 鬼の首を取ったように口元を押さえてにししと笑う9。やってることは至って外道なんだがちょっと可愛いから洒落にならない、小悪魔め。

 

「指揮官子供っぽい」

「お前が言うな」

「私は大人だよ、今だって大人のレディの対応だからね!」

 

 お前は何を言ってるんだ。

 9はそれきり暫く考え込むような仕草をして辺りをウロウロとしていたが、やがて意地の悪い質問でも思いついたような笑みを零しながら俺を無理やり立たせてくる。

 

「な、何だよ急に」

「じゃあさ、状況把握も兼ねて私にKarちゃんにすることしてみて!」

 

 急に何を言い出すんだこの子。

 思わず目を白黒させて言い返す。

 

「いやいや駄目だろ」

「良いじゃん、私は平気だし言いふらさないよ?」

「うーん、そうか…………そういう問題か?」

「そういう問題だよ?」

 

 そういう問題なのか。

 まあこういう事が公衆の面前で憚られるのは被害が精神的に及ぶからなんだし、誰も被害を被らないのならして良いのか。言われてみればそうかもしれない。

 琥珀色の瞳とじーっと見つめ合っていると、何だかその言葉には妙な信憑性が有るような気がしてきた。熱に浮かされているような感じもするが、ならばそれは良い蛮勇とでも前向きに捉えよう。

 

 9がニコニコと手を大きく広げて急かしてくる。

 

「ほらほら、遠慮せずに!」

「…………引くなよ、お前が言ったんだから」

 

 前置くだけ前置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 指揮官の目の色が変わった時に9は後悔した。

――あっ、これ耐えられるかな。

 

 思考が続く間もなく、彼の何時になく真剣で柔らかい眼差しが9の横を通り過ぎていく。あまり割れ物に触るようだったので、それが抱擁だと気づいたのは数秒後の状況証拠から。

 彼の手付きは非常にぎこちない。先程の口ぶりから、それは慣れていないのではなく「抑えている」というのが理解できてしまう。

 

 そればかりは反則だと思ってしまった。それを、恐らくKar98kは知らない。

 彼がどうして強く抱き締めないのかも、盲目になれる程彼女を想っていることも。全部、今は9だけが知っている秘密。

 

 その立ち位置で諦めたから、一歩引こうとしたからこそ見せられる悪夢。それが優しいものであれば有るほど、手探りに手が回されていくほど心が締め付けられる。

 だって彼女に向けられたものじゃないから。彼がKar98kという人形に向けているものは、9どころか他のどの人形とも違うものだと頭は勝手に演算してしまう。

 

 彼は目の前に居るのが誰なのかも忘れている。背丈も、髪の色も、表情も、服装も、髪の匂いだって違うのに居もしない人形に酔えている。それだけ大事だから、鮮明に思い出せるから、恋しくなるから。

 

 耳元で漏れる彼の吐息は荒い。突きつけられた彼の鼓動は速い。状況証拠だけで9は、ちょっと笑えなくなってくる。

 

「…………」

 

 彼が顔を見ないのを9は感謝している。怒ってはいない、自分がそうして欲しいと言ったことだから。

 ついつい手を彼の背中に回しそうになる手を必死で抑えた。それは違う、それはしてはいけない。彼はソレに応えてくれる確信があったが、あったからこそしてはならない。

 

 苦しむのは自分で。勝手に喜ぶのも自分だけ。身勝手な形は必要ない。彼は彼女のもので、彼女も彼のもの。自分が手を伸ばすのは唯の泥棒だ。

――何時まで経っても離してくれないんだね、困るなあ。

 

 暴れて仕方ない感情を嬲り殺しにすると、9はそっと彼の肩を押して顔を逸らした。熱量が消えていく。

 

「な、やっぱ引くだろ…………俺も流石にアレだとは思うんだが」

 

 普通に喋ってくる男の声に9は声が震えそうだったが、辛うじて体裁を取り繕って

 

「――――――忘れ物思い出したから、取りに行ってくるね!」

 

 そう言って顔も合わせずに逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とゆー訳で、Karちゃん連れてきたよ!」

「えっと、指揮官さん。これはどういう…………」

 

 背中を押されるままに困惑混じりに俺と向かい合うKar。紅い瞳がコロコロと揺れて疑問を投げかけてくるが、俺だって仔細はわからないのだ。

 

 一体何がしたいのだろうと俺達は同時に9の方に目線を寄せたが、9は小さい悪巧みをしているような含み笑いをしている。45のそれと比べれば数段可愛い部類だ。

 

「指揮官、今からKarちゃんには告白してもらおうと思うんだ!」

「What's?」

 

 何で。言葉に出来ないけど何で。

 唐突に地獄絵図の予想図を叩きつけられたKarはゆでダコのように顔を真赤にすると、小走りで9の所へ向かうと肩を持って揺らし倒す。

 

「こ、これはどういう事かしら! 9ちゃん!?」

「いや~、まあ、必要な、事、だから――――――Karちゃん、喋りにくいよ~」

 

 尋常ではない速度で前後に振られる9。笑顔こそ崩さなかったが、流石に喋りにくくて酷いぶつ切りになっていたようだ。

 

 Karも無自覚に力を入れていたらしく、驚いたように大仰に手を離すと乱れていたコートを着直す。9に咎めるような態度はなかったが、ちょっとだけ申し訳なさそうにKarが上目遣いになる。卑怯な女だ、全く。

 

「と、取り乱してしまいました。ごめんなさいね」

「良いよ、面白いしね~。それより理由とか聞いておきたい? 今の様子だと」

 

 今しれっと9が面白いって言ったぞ。これは45の妹だわ。

 笑ったまま普通に話題を進行させる9には余裕が見える、Karがあんまりあたふたとしてるからそう見えている可能性も低くはないが。

 

 Karがちらりちらりと俺の方を見ると目線を逸らしてしまう。俺がその視線に気づいてないとでも思ってるのかもしれない。

 

「当然です。射撃場からわざわざ引っ張り出してきて用事が告白、だなんて流石に不自然ではなくて?」

「いやね、指揮官が聞きたいって言うから」

「これっぽっちもそんな事言ってないけど」

 

 ウインクしたからって俺が口裏を合わせると思ったか。そのオフショットを脳内保存して終わりだよ、可愛いなお前。

 息をするように嘘をついた9は疑われないどころか、何故か俺がKarから咎めるような視線を頂戴している。何で、何で俺は信用してもらえないのおかしいよね。

 

 9は仕方ないな―、と漏れるように笑う。

 

「指揮官が愛情を伝えられてない云々ーって悩むのは「公衆の面前でイチャツイてない」、これだけだよ」

 

 Karがこちらに凄い勢いで振り向くと、呆れたような顔をしてくる。

 

「指揮官さん!? 相談相手を間違えているのではなくて!?」

「Karちゃん何気に失礼だなあ」

 

 口端が吊り上がったのも束の間、9がKarの帽子をひょいと奪ってしまう。

 

「あ! ちょっと、9ちゃん、返してくださるかしら!?」

「ヤダー」

 

 9が手を高く上げると、Karがぴょんぴょん飛び跳ねながら帽子を追いかける。9の方が圧倒的に背が高いのも有って取り返せる気配はなく、白銀の頭が視界の端で明滅する。

 

「それで、要するに今のはね?――――――」

 

 9の話が耳に入ってこない。Karが飛び跳ねているのが気になりすぎるのだ。

 Karは元々人形でもそこそこ小柄な部類では有るが、高身長気味の9と並ぶと尚更小さい。しかも飛び跳ねてる分子供っぽさがマシマシなのがタチが悪い。

 

 跳ぶたびに長い銀髪とともにコートがふわり、ふわりと浮き上がるのは海月のようで面白いのだが、もう少し下に目線を寄せると――――――うーん、これは言った方が良いか。

 帽子に夢中のご令嬢を呼び止める。

 

「Kar、おいKar。ちょっと忠告しておくぞ」

「何でしょうか? 今! 忙しい! のです! けど!?」

「跳ぶたびにチャールストンが浮き上がってパンツ見えてるぞ」

「――――――――っ!?」

 

 後ろを向くと口をアワアワとさせたKarが急いでチャールストンの端を摘まむが、それはそれで跳びはねている意味がないのでは? と思ってしまう。

 

 もう怒っているのか恥じらっているのかも分からない、そんな感情が沢山花咲いたような真っ赤っ赤の顔。やっぱり彼女は色鮮やかで、それが整った顔より、優しい言葉遣いより、育ちの良さなんかよりもよっぽど俺が好きな所だ。

 

「み、見ないでください!」

「いやガン見するだろ俺は男の子だぞ。っていうか黒か、珍しいな…………」

 

 いつもは白だった気がするんだが。俺が頼んだらってレベルだったな、黒穿いてたの。

 

「だって指揮官さんがソッチのほうが可愛いって言ってくれたから…………じゃ、じゃなくって!」

 

 かーっ! 全く、君はすーぐそういう事言う! 好き!!!!!!!

 もう見ざるを得なかった。むしろパンツ以外見てないぞ俺は、見なくてはなるまい。俺は彼女の見目の全てを愛おしく思うという結論こそ揺らぎはしなかったが、現在のチャームポイントだけに視線を一心に浴びせてみせた。

 

 視線に勿論気づいているKarが目をギュッと瞑ると涙を零す。その一杯一杯の表情さえ何故か愛おしい、これはどうやら変なスイッチが入ったらしい。君が悪いんだ、君が。

 

「指揮官さんのえっち! へんたい!」

「かわいい…………誓約しよ――――――してたわ。至福…………」

 

 何やら耳まで赤くして俺に怒っていた気がするが、もう全く耳に入ってこなかった。跳びはねてるのも、泣きそうなのも、もう何か全部好き。今日は寝かせてやれなさそうだ。

 代わりに

 

「こう見せつけられるとこっちも折れざるを得ないからね~…………」

 

 と楽しいような、呆れたような、悲しいような、何だか複雑な表情で微笑んでいる9の声ばかりが俺の耳に残響していた。




 あとがきと返信を女性風かつ一般書籍っぽくしてみたいと思います、ロールプレイが好き。何処までが演技かは想像にお任せします、正直ちょっと恥ずかしいけどこれぐらいが楽しい。
 今までのものも口調はこっそり差し替えた。怒らないでね。


 という訳で挨拶代わりとなりますが「砂糖菓子の弾丸は撃ち抜いた」第三話、如何でしたか? 
 え、何。詐欺ですか? 言い訳して大丈夫ですか?

 理由は簡潔に。私は皆が好きなので、誰かを脇役にするような書き方は控えてみよう。急に思い立っただけです。
 Kar98kには彼女だけの幸せが。UMP9にはUMP9だけの地獄が。表立っている砂糖菓子ばかりではなく、偶には珈琲も飲んでほしいという我儘です。
 珈琲の後の甘いお菓子は一層甘い。そういうものではないですか?

 言い訳おしまい。今後はドイツの文化等、気軽に詳しくなっていってもらえるようにしてみます。
 遅くなりましたが読者の皆様、ありがとうございます。見ての通り無給の自営業みたいなものですから、編集者様やイラスト担当様より貴方を重宝しています。勿論、イラストの類は随時歓迎しています。推薦やランキング入りは達成してしまっていて、次の目標はファンアートですから。
 ちなみにもっと重宝するものは高評価です。もう私はこれに関する恥じらいはない、必要ですからください。違法な募金みたいなものです。

 ちなみにこの作品の投稿基準は「読み終わった後に『今夜は抱いてあげような』って指揮官に半ギレで迫りたくなる」程度の内容としています。だから時々えっちな訳ですね。

 では、次回も風向きが会えばお会いしましょう。後は感想とかね。
――このキャラ、割と喋りやすいのは内緒。


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偽物は愛をかたる

指輪を貰う前、Karがオトされるまでのお話。

今回はいつもより更にえっちです!
苦手な人ガンバ! 応援してるよ私!


「という訳で、貴方を襲いに来ましたの」

「そうか。俺逃げていいの?」

 

 眼の前のKarはニコリとして不思議そうな表情をする。コロコロと揺れる紅い瞳は確かに彼女のものだったが、本物だったら恐らく愛銃の銃床を俺を向けていたりはしない。

 

 夜に訪問者というだけで変な感じがしたが、開けてみれば騎兵銃を構えたKarがニッコリと一言目にコレだ。俺は世の中って広いから大抵のことは起きると思ってるつもりだが、これは中々エキセントリックな体験と確信がある。

 何となく予想はついていたが、一応聞くだけ聞いてみようか。もしかしたら、な。

 

「あの、君はもしかして…………」

「はい。Kar98k――――――の、ダミーです」

「彼女は俺を殺すつもりなのか?」

 

 はて、と何処と無く本物と似つかない柔和な笑みのまま首を傾げる。これはこれで可愛いな、アリだ。

――どちらにせよ俺を「そういう意味」で襲うならダミーじゃ意味なくないか? でもだからってKarが俺を襲おうだなんておかしいんじゃないか、何らかの比喩の可能性が――――

 

「それは存じ上げませんがとりあえず。ていっ!」

 

 ニコニコとしたKarの可愛い掛け声と共に銃床が俺の顔面目掛けて振ってくる。いや掛け声おかしいだろっていうかこれは流石に避けられな――――――い?

 

 頭に軽くストックのぶつかる感触。普通に小突かれるよりは圧倒的に痛いが、人形が振ったにしては痛くない。ギュッと瞑ってしまっていた眼をゆっくりと開く。

 Karが不思議そうな顔で自分の手を見ている。

 

「えっと…………殺らない、のか?」

「いえ、殺る気で振ったつもりなのですけど…………」

「マジだったらリアル箱入り娘だと思うんだが。むしろどうやって銃持ってんのってレベルのやつ」

 

 いや、こっちに「おかしいですね~?」とでも言わんばかりの無垢な視線を送られても俺は解決法なんぞ知らないから。

 というか会話があんまりにも物騒だ。殺るを連発する会話は俺達が幾ら立場を鑑みても少女とおじさんのするものではない。

 

――しかし何だ、改めて見てみるとKarと大差はない。相変わらずチャールストンは高そうだし、軍帽も少しブカブカとしている。

 コートやキャバリエブーツまでダミーだからとそっくりにすると高く付いている気がするが、表情がちょっぴり堅いのを除けば普段の彼女とあんまり違いがない。このポンコツさも、まあ本体もあまり変わらないと言うか。本人に言ったらポカポカされる、して欲しい。

 

「ではもう一度。ていっ!」

 

 ぽか。

 

「ていっ!」

 

 ぽかぽか。

 

「ていっ――――」

「もう諦めなよ。多分、何か分からんけど君は俺を殺れないみたいだから」

 

 仕方なくストックを手に持って言ってやると、途端にKarの顔がガーンとでも言わんばかりに落胆を帯びる。何だこの可愛い生き物は。

 アワアワとし始める。何でだよ。

 

「それではメインフレームの命令が達成できないではありませんか! 私にどうしろと仰る気かしら!?」

「俺にキレるのかよ!?」

「だって貴方が死んでくれないからこうなってるんじゃないですか!?」

 

 俺が悪いのか、そうか。いやそんな訳無いだろ。

 本体以上に空回り甚だしい言論を振りかざすダミーに血は水より濃いらしいぞ、とこの前のKarのボヤキに結論を付けてやりつつ取り敢えず部屋を見せてやる。

 

「よく分からないけど入れよ。女の子をこんな寒い廊下に置いておくのは駄目だろ」

「私は平気ですよ?」

「俺は平気じゃない」

「そうですか。では、お邪魔させていただきますね」

 

 変な所が従順なの、これがダミーの仕様なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、何であんなへっぽこみたいな振り方しか出来なかったのか。心当たりは?」

「分かりません、段々と力が抜けてしまって…………」

 

 何で俺は俺を殺せなかった原因を俺を殺そうとしたやつに向かって聞いて俺の殺し方についてアドバイスしてやろうなんて気になってるんだろう。お節介焼きも極まると狂人だな。

 

 ダミーと言うには彼女は非常に本体に似ているし、人間臭い。俺の部屋をキョロキョロとしながら萎縮してる。

 でも似なくて良い所まで似てるよな。

 

「気にするなよ。唯の上官だろ」

「そ、それはそうですね。はい、その通りですわ」

 

 何だか無理やり納得したように頷いてみせる。苦悶の表情を浮かべている辺り、言い聞かせている感じが半端じゃない。

 

――ああ、そうか。何だかんだKarも俺の冗談とか、話をちゃんと聞いてくれてるから違いを感じないのかもしれない。ダミーが彼女に似ていると言うより、ダミーぐらい俺への付き合いが良いという解釈もあり得る。

 そう思うと何だか急にダミーを見てると涙腺が緩くなってくる。色んな子にビンタされたり酷いこと言われてるから感覚麻痺ってるけど、ちゃんと俺を大事にしてくれる子もいるんだなあって…………。

 

「え、え!? どうかしましたか、私が何かしてしまったのでしょうか!?」

「違う、違うんだ…………というか殺す奴の機嫌伺いしてどうすんの…………おえっ」

 

 自業自得だが響くことも有る。

 何となくKarの頭を撫でてみる――――――しまった。

 

「ああ、悪い。嫌だったか?」

「いえ、嬉しいです。指揮官さんに触られるのは嫌いではありませんから」

 

 どういう意味だ、勘違いされるぞ。

 Karは頬を緩ませて心地よさそうにされるがままになっている。にへらと力なく笑っている姿は何処と無く懐いた犬のようで、何というか俺はアブナイことでもしてる気分がしてきた。

 

 仕方なく手を離すと、ちょっとだけ名残惜しそうな顔をする。駄目だぞ、くっ――――――俺だって辛いんだ。でも程度ってものが有るからな! 俺は弁えてる男なんだ!

 

「ところで、君はKarに「指揮官を襲え」って指示された。これで合ってるのかな?」

「はい!」

「元気よく返事しない。どういう捉え方しても碌な命令じゃないぞ」

「そうですか…………」

 

 ああもう、落ち込むなよ! Karの見た目でそんな顔されると何か凄く怒りにくいんだからさ!?

――とはいえ。普通女の子が男を「襲う」つったら、まあ。なあ?

 

 流石に勘違いも甚だしいかと言うのは躊躇ったが、可能性を提示してやるのはダミーが今後本体の指示の解釈に役立ててくれるかもしれない。そんな理由で言うだけ言ってみる。

 

「でさ、まあ勘違いだとアレだし言いにくいんだが。襲うってのは………………ひょっとして性的な意味じゃないのか?」

「――――――――はい?」

「いや何でも無いです」

「いえ、もう一回。早く」

 

 あれぇ? 何か食い気味に聞いてくるKar。

 そんな食いつくのは良いのだが可能性が高いことじゃない。まあ俺を殺しに行けってのも変な話だが…………眼を何時になく光らせながら俺の手に絡められたKarの細い指を振り払う。

 

「いやだから! 俺を「性的に襲え」って意味じゃなかったのかって聞いたんだ! 言わせるなよ、君はKarにそっくりなんだからさ!?」

 

 やけくそ気味に大声で叫ぶ。どうせ何度も聞かれるだろうし、せめて俺が自分で言った回数ぐらい少なく済ませたいものだ。数を重ねるほど自分で自分に悲しくなってしまうんだから。

 

「…………」

 

 ほら、ダミーなのに信じられないくらい惚けた顔してる。見てろ、次の瞬間には凄い軽蔑した目線が――――――

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、その可能性が高そうですね」

 

 

 

 

 

 

 

「――――はぁ?」

 

 言葉が終わる前にKarが俺を掴んでベッドに押し倒してくる。首元を掴んで舞うようにスルリと行われたその動作に俺は咄嗟に抵抗することも出来なかった。

 

 Karの鮮血色の瞳が妖しく輝く。先程の僅かな無機質ささえも残っていない、まるで魅了の魔法でも帯びたような惹き付ける眼に俺は顔を逸らせなくなってしまう。

 悪戯っぽいような、大人びたような不思議な微笑に鼓動が煩くなる。

 

「確かにそれは考えていなかったわ。それなら難なく遂行できそうではありませんか」

「――――――――ああ」

 

 思わず見惚れてしまっていたがすぐに正気に戻る。

 

「え、ま、ちょ、おい!?」

 

 さっきのヘッポコブローは何だったのか、Karの四肢を押さえつける力は強すぎて俺では抵抗が成立すらしない。

 片手だけ離されたかと思うと、コートの前まで伸びていた紐をほどいて軍帽と一緒に投げ捨ててしまう。動きが早ければ早いほど、それが冗談でも何でも無いことが理解できてしまう。

 

 冷や汗を流しながら策を打つ。それでも何か思いつけるのはお前の能力だ、誰かが俺をそう褒めたのをふと思い出した。

 

「ま、待て! 可能性が高いだけだ、確定じゃない!」

「でも、私はそれが正しいだろうと判断しました。彼女の命令を恐らく万物で最も多く受けてきた私が判断したのに、指揮官さんは其れ以上に信憑性が有る証拠を見せてくださるのかしら?」

「そ、それは………………」

 

 ダミーらしい、えげつなく理論的な外堀の埋め方をしてくる。しかしそれは何処かこじつけじみていて、態度にこそ出ていないが何か急ぎ足なものが有る。

 お腹のサッシュベルトに手をかけた辺りでもう一発。正直時間稼ぎだし、せめて優しくを願うばかりだがもう仕方ない。俺も逆らえないものに逆らって瀕死になるほど馬鹿でもない。

 

――それにまあ、別にKarならな。不本意だが、嫌ではない。

 

「待て待て! じゃあもう一つ! せめて聞かせてくれ」

「何でしょう?」

「それは良いとして、今君は俺を抑えつけられるだけの力が有るじゃないか。何でさっきはあんなに弱々しかったんだ!? それだけで良い、せめて考え事はすっぱり解決させてくれよ!」

 

 それは単純に気になっていたことだ。俺は考え事をしながら相手をしたくない、それは「一人の女性」に対しての対応として非常に失礼じゃないか。ポリシーに反する、許せない行為だ。

 

 Karがピタリと固まってしまう。時間稼ぎとしては有効なようだが、力が緩まっている感じはしない。空いた右手で何をしても人形相手では弾かれてしまうだろう。

 考えている様子は有ったが、何か思い当たったらしい。だが、ふいと顔を逸らされる。

 

「………………分かりません」

「じゃ、じゃあ具体的に力が抜けたタイミングとか!? 何でも良い、俺が納得できる理由をくれ!」

「困った人ですね…………」

 

 Karはこんな時だと言うのに、顎に手を当てたかと思うと大真面目な表情で考え込みだす。

――何だか、そういう真面目な所は本当にそっくりだ。

 

 思わずこんな時だと言うのに、それを思うと頬が緩んでしまう。何でだろうな、俺自身よくわからない。

 暫く考え込んだかと思うと、少しだけ顔を赤くしてKarが事に取り掛かろうとする。あからさまに逃げているのでもう一撃、すっきりしない。

 

「なあ、何で?」

「…………言いたくないです」

「それでも。もうこれは受け入れるから、せめてそれだけで良い。本当にそれだけで良いから」

 

 別にそれは嘘じゃない。どうせ抵抗は無理だ、力が万力なんてもんじゃない。俺じゃ勝ち目が無いだろう、せめて出来る限り悦ばせてやるのを願うばかりの状態だ。

 Karはまた俺の目をじっと見るが、段々とチラチラと目を逸らすと顔を赤くしてしまう。どういうことだかさっぱり分からないが、言いよどんでいるのは間違いない。

 

――そのまま数分ぐらい俺達は硬直状態に陥ったが、漸くKarがボソボソと答える。

 

「……………………見た時」

「え?」

「貴方の顔を改めて見た時です! 貴方を傷つけようと考えると、どうしても力が入らなくなったんです…………っ! もう良いですか、何だか凄くヘンな空気になったではありませんか!」

 

――ああ、そう。

 何だか、頭に引っかかっていた何かがスッと抜けていった気がする。それは疑問が解けたからと言うよりは、別のものに答えが出た感じ。

 

「そうか。嫌われてはいないんだな?」

「え、ええ!」

「今此処で愛してると言っても、拒まないでくれるか?」

「な、何ですか急に!?」

 

 今の言葉を聞いて確信した。今の言葉を聞いた俺のこの感情で、決着が付いた。

 

 俺、Karが好きなんだな。ずっとさっぱり気づかなかったがその癖…………多分、好きで好きで仕方ない。馬鹿だよな、でも今気づいたんだからセーフだ。

 ちゃんと応えてやれる。自然と笑えてしまう、それが幸せなことだと俺が思えているからだろう。

 

「…………分かった。好きにしてくれ」

「――――――え?」

「良いよ、君になら。何されても良い、何でもしてやる、それが望みだと言うなら――――――俺は君に応える」

 

 もしかしたら誤解なんじゃないかと思っていたから尻込みしていたが、今の反応は俺にだってちゃんと分かる。

――少なくとも嫌われてはないのなら。

 

 それで良い。実の所俺が気にしていたのは、Karがどう思ってるかだけだったらしい。思えば俺は自分の何かについて、これまで全く考えていなかったことに気づく。

 戸惑うKarを片手で抱き寄せてやる。踏み出せないなら俺が手を貸そう。君の求めるもののために何だってする決意なら、今つけてきた。

 

「なあ、どうして欲しい? 俺が何をしたら、君は喜んでくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、Kar。君が送ってきた刺客を返しに来たぞ」

 

 朝方、Karの部屋をノックしたのは柔らかく微笑む指揮官。それと彼に手を回されて子犬のように大人しくなった俯くばかりのダミーだった。

――まさか。いや、まさかですね。

 

 ダミーの様子を見て嫌な予感というか、吉報らしき何かの予感はしたが顔を振って誤魔化す。

 

「指揮官さん、その…………ダミーとは昨夜――――――」

「本人に聞くと良い。俺は彼女の望む通りのことをさせてやっただけだからな」

 

 そう言って背中を押してダミーを返すと、話をする間もなく振り返らないままに指揮官が手を振って戻っていってしまう。

 力なくKarの方に倒れ込んでくるダミーを受け止めるが、顔を真赤にして何も話す様子がない。しきりに何か思い出す度に頬を隠そうとしたり顔を覆ったりバタバタしたりと、かなり挙動不審が極まっている。

 

 取り敢えずKarは自室の中で珈琲を出して事情を伺うことにした。

 

「えっと、それで? どうなったのでしょうか…………」

「――――――――」

 

 何も答えないかと思ったら、一気に珈琲を飲み干してしまう。

 

――これは、ひょっとしなくても。

 思わず想像して顔を赤くするKar。しかし自分まであたふたしては会話になるまい、必死で押し殺して頬を紅潮させたままダミーに詰め寄る。

 

「………………その、途中で主導権は奪われましたが。と、とても、優しかった、です………………

「――――――――――――――――ッ!?」

 

 その時のKarの悲鳴にならない悲鳴は、同じRFの括りで寮に居た殆ど叩き起こす鶏代わりとなった。

 ちなみにダミーが渡されていた紙には

 

『君がそうなのかはともかく、彼女は色んな意味でとても正直な娘だった。ただ、まああんなに耳元で「好き好き」と言われると俺も抑えが効かないので、他の男が本命だとしても気をつけるように。男は狼だからな、愛され体質でそういう事をすると君が痛い目を見るよ』

 

 とそれはとてもとても、大変なことが書いてあったそうな。




 物書きのお知り合い、仮称マッさんと会話してる間にできた話の正式版です。インスピレーションの寄付、有難うございました。貴方やっぱり凄いですよ、天然でネタをくれる人って珍しいと思います。

 ずっと遊んで触ってると時々本気で怒ってくれるKarが好き。もっと怒って、可愛い。怒られてる意味ないですねコレ。
 ダミーが何故主導権を奪われたかはご想像におまかせします。人形だから逆らえないでも、満更でもないでも美味しい。想像させることの勝利というものです。お好きな方を。多分両方ですが。だって「望む通りのことをさせてやった」そうですし。
 それにしてもダミーって便利な設定だなぁ。ノリで抱いちゃっても本体は無事って、つまり五度指揮官さんは初めてを楽しめるわけです。羨ましいなあ、その調子でイチャついて――――――すみません、真面目にします。アレな話ばかりでしたね。
 でもこの作品って「R18同人の長めの導入」って感じ、しません? 私はしてるんですけど。使ってもいいですよ、私は作品をフリー素材扱いしてますから。

 指揮官が私の中で「抱いて欲しい男ランキング」にランクインしました。いや、カッコいいという意味。
 ドイツの話なんてしてる暇ないですよ。今回は出来が良い、もっといっぱい語りたいから感想沢山下さいね!?
 何というか、今まで興奮を抑えてましたけどこういうのが私書きたかったんです! 何もえっちな事書いてないのに凄くえっち! そして可愛い、完璧! 毎回この調子で行こうね!(恐らく駄目)

 では次回も可愛さに埋もれながらお会いしましょう! ひゃっふーっ!
――あ、えっと。その、引かないでくれると嬉しいです。はは。


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撃ち抜くのは【後編】

「指揮官さん指揮官さん、「ハーメルンのランキング入り」とは何のことでしょうか? 今朝方、書類整理をしていたら挟んでありましたの」
「俺達がイチャイチャしてるのを公開処刑してる馬鹿が居てだな、それを見たド変態共が悶絶したりしてるってこと」
「えぇ!? 一体どこに監視カメラが…………」
「そういうものじゃないよ。にしても物好きだなぁ~………………俺のだからやらないぞ、ダミーもダメ」


「しっきか~ん、今日もお仕事サボってる~――――――?」

 

 45は扉を潜るなり広がる光景に、自分でもびっくりするほど速い演算を終える。「またやってる」と零れるような呆れ笑いと溜息がついて出た。

 

 指揮官は今日も今日とて正座をすると、悪びれているのかそうでもないのかよく分からない取って付けた苦笑い。

 Kar98kも彼女で、そんな彼にぴしゃりと華奢な指を何度も突きつけると赤い瞳を尚更紅く、熱っぽく潤ませながら口をワタワタとさせて怒っている。

 

 横で心根から笑えているのか怪しい張り付いた笑顔の愛すべき妹。9に45はすぐさま歩み寄って小さな声で尋ねた。声は自然と上ずり、口端はちょっとだけイタズラっぽく吊り上がる。

 

「ねえねえ9、今日も痴話喧嘩?」

「うん。30分、長いから私聞いてるだけでお腹いっぱいになってきちゃったよ~…………」

 

 それはまた罪作りな人だ、と45はちょっとだけ指揮官を見やると困ったように笑った。

 その表情の何処にホンモノが有るのだろうか。9は一応彼女の妹の筈だったのだが、その笑みを一つたりとも信用できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ですから指揮官さん! 日の出てる内からえっちなことばっかり言うのはお止めになってくださるかしら!?」

「えっちな君が悪い」

 

 俺は何の弁明もする必要なんてない、えっちな気分にするKarが悪いと俺は大声で此処から叫び、そして過半数から同意を得るのも吝かではないぞ。

 

 元々熱を疑う紅潮さ加減だった頬がやけどしそうな色になる。Karの動きがへにゃりへにゃりとなってくるから、ただでさえ怖くないのに更に怖くなくなってしまう。

 

「えっちじゃありませんから!」

「大体日の出る内って事は日が落ちたらオッケーなの? 良いの、マジで?」

「~~~~~~っ!? そういう話ではありません! いえ、まあ駄目かと言われるとそういう訳ではないですけど…………

 

 あー面白かわいい。今夜は寝かさないぞ。

 邪心だらけの俺の視界にいつの間にやら入ってきていた45が、口を抑えて笑い出す。

 

「また痴話喧嘩してるんだって?」

「ああ、俺の圧勝だな」

「勝ち負けじゃないですからね!?」

 

 もう両手をブンブン振るばっかりのKarにちらりと一瞥する45、顔はもうからかってやろうという悪戯心満載だ。さようならKar、また今夜会う日まで。

 

「どうせ夜はやられっぱなしなんだし、昼ぐらいは手加減してもらわないとね~?」

「ななっ!? ななななな何のことでしょうか全くこれっぽっちも分かりませんね45ちゃんは何か勘違いをしているのかしら?」

 

 全く隠せていませんね。コッチが恥ずかしいんだけどどうすれば良いんだろうか。

 目の泳がせ方があまりにも露骨すぎて嘘が下手というか、逆に「嘘ついてると思わせようとしてる」ぐらい深読みさせるダメダメさを感じる。

 

 実際45の黄金色の瞳が僅かに曇った。アイツぐらい本音と建前を使い分ける人種だと、このピュアピュアは眩しい且つ付いていけないものだ。

 

「ふーん、まあ良いや。それで指揮官、何したの?」

「パンツ見「私からもゲンコツいっぱーつ☆」

 

 イタイ!? マジでやりやがった!?

 そこそこ重みのあるグーパンに思わず振り返る。

 

「親父にしか打たれたことないのに!?」

「お父さんは品行方正な人なんだね。尊敬するな―」

 

 なんて言い草だ、柔和な笑顔からは想像のつかない頬の鈍い痛みに涙が出ちゃいますよ。

 大体まだ話終わってないんですけど、コイツ絶対確信犯で殴ってきただろなんて暴力女だ。

 

 顔にかかった栗毛色の髪を払う45。

 

「俺はパンツが見えてるぞって注意したんだよ、誤解だ」

「いや分かってるよ? 今のは9の分だから、次はKarちゃんの分ね」

「は? 9が俺を殴りたいっていうのかお前」

 

 一瞬でコイツ本気で言っているのか、という凍てついた視線が飛んでくる。45はこうやって急に素面に戻ったときが一番怖いのだ。

 今の話は完璧に支離滅裂だが、理屈を通り越した「モノ扱い」されるような怖さが有る。

 

 Karが45の形相に俺の身の危険でも感じてしまったのか、9と片手ずつ引っ張って45を止める。

 

「45ちゃん!? 私だってそこまでは怒っていませんのよ!?」

「45姉~、あんまり指揮官苛めちゃダメだよ~」

 

 45が振り向いて二人の顔をちらりと見ると、暫く俺をじーっと値踏みするように見つめて固まる。

 

――よく分からないが合格、と見れば良いのだろうか。何時も通りのニコニコとした顔に戻ると二人の手首をきゅっと握って優しく振りほどいた。

 

「冗談だよ冗談、流石にもうしないってば。ごめんね、指揮官?」

「いや、今のは何なら俺を殺しかねな「指揮官はちょ~っと静かにしておいてね」はい…………」

 

 9に言葉を遮られてしまう。こっちもこっちで目だけが笑っていない、取り敢えず黙れということなのだろう。此処は恩に報いる形で大人しくしておいた。

 

 

 

 

 

 

 

「へー、Karちゃんが告白? 良いんじゃない、面白そう!」

「面白いか面白くないかでKarに拷問をしないであげてくれませんか45様…………?」

 

 ああはい俺の意見は聞いてないんですね分かりましたよ。

 口元を押さえて随分と意地の悪そうな笑みでKarの方を見つめる。見られた当人も身の危険を感じたのだろう、ちょっとばかり後退りして怯えている。

 

「45ちゃんまで…………嫌ですよ、何でそんな羞恥プレイみたいなことを」

「でもKarって羞恥プレイ好きそうだよな」

「好きじゃありませんっ!」

 

 45が「タイミングを図ってやれ」という感じの視線を俺に送ってくる、イエスマム。

 大体俺の言動に本気で怒らない時点で、まあそういうのがお好みだというのは避けられない事実だ。普通は本気で止めにかかると思うよ俺は。

 

 何故かそんな事で意気投合してしまう。

 

「でも指揮官の為だよ?」

「あ、そうそう。何でKarが告白するの? 俺じゃなくて?」

 

 察し悪いなあ、と9と45が顔を見合わせて呆れ顔で笑う。こういう所はやはり姉妹だと言うべきか、笑い方がそっくりだ。

 

 どっちが言うべきか二人は考えあぐねていたが、観念したように9が前に出る。

 

「えーっとね。多分指揮官が伝えれてないって思うのは、Karちゃんに合わせすぎ」

「ええ? 俺が?」

「まあ、意外と言えばそうよね」

 

 45が横から入ってくる。

 

「指揮官は愛は怖気づかないものってタイプなんだよね。好きなら好きって言うし、お誘いだって人前で直球で言えるタイプでしょ?」

「ああ、まあ。実はそうですね。Karが憚るタイプだからしないだけ」

「指揮官さん!?」

 

 いや、だからしてないじゃねえかよ。そんな顔真っ赤にするほどのことか?

 Karが両手で俺の腕をブンブンするのを他所に45の話は続く。俺はもう慣れたから気にしていないが、45と9はちょいちょい視線が寄ってしまっているようだ。

 

 慣れて。

 

「でもKarちゃんって別に二人の関係性が確かめられれば十分というか、むしろ変に周りに知られたくないし知る必要がないみたいな感じだよね?」

「然り。それが何だ?」

「う~ん、人形が愛情表現を語るって私は変なことだと思うんだけど…………まあ指揮官が「愛情表現」って自分で思えるような方法を取れないから、伝わってないと勘違いしちゃってる感じ? ええ~、これ説明するの難しいよね~?」

 

 横の9が全くだよ、と腕を組んで何処か誇らしげに答える。どういうことですかね。

 二人共何と説明すれば良いのか分からなくなったのだろう、ウロウロしたりして考え込み始めてしまう。

 

 止めたのは意外にもKarだった。

 

「…………つまり、自分の立場になって考えてしまいがち。と?」

「そう、それだよKarちゃん! ついでに言えば、要するにマンネリ化? 新しい刺激が必要なんじゃない?」

「最後めっちゃ大雑把だな45」

 

 45の口元が吊り上がる。明らかに嗜虐心に満ちた瞳がKarの目を釘付けにしてしまう。

――あ、コイツ。あくまで俺がトリガーを引いた名目で何かやべーことする気だ。

 

 腕力でも口でも勝てない俺には、精々Karが俺に容赦を与えてくださる神へのお祈り以外は出来ない。もうこの流れは何度も見たが俺が止めれた覚えはない。

 

「え~、言わせるんだぁ~? 私もちょっと恥ずかしいな~?」

「最低だぞ45」

 

 聞いちゃいねえ。そんな愉しそうな顔で恥ずかしいとか言うな胡散臭い。

 

「まあ告白が嫌だって言うなら、例えば攻めを逆にしてみるとかかな」

「な、何の話ですの45ちゃん!?」

「何というか、まあねえ?」

 

 ほーら始まった、俺は悪くねえ!

 みるみる内にまた顔を発火させたかと思うと、とうとう力なく俺の手をきゅっと握るばかりで俯いてしまう。俺は悪くねえ、悪くねえ、悪くねえ…………かわいい。ダメだ俺も頭がやられてやがる。

 

 キャパを超えて言われるがままのKarを再起させない俺を誰が責めようか。そう、これは不慮の事故。良いね?

 

「声も抑えがち、積極性に欠ける、他には指揮官に比べるとお誘い少なめでしょー?――――――」

「ど、どうしてそんな所まで…………」

「いや当てずっぽだよ? 誘導尋問は楽で助かるよね~」

「!?」

 

 完全にKarという人格の(ヘンな所だけ)理解している45は手に取るように事情がわかるようで。ちなみに当たり。

 止めと言わんばかりに45がKarの後ろに回り込んで両肩に手を乗せるなり、耳元に笑って囁く。

 

「あんまり指揮官を困らせるなら私が取っちゃおっかなー?」

「――――――!?」

 

 うわー。有難う、そして辞めてやれ、Karのライフはもうゼロだ。

 ガバリとKarが45に向かって振り向くがほっぺに人差し指を当てられる。常に一枚上手だな、もうペースに乗せられてらあ。

 

 怒ったような困ったようなもう滅茶苦茶な顔をしている。お宝ショットか?

 

「よ、45ちゃん!? ダメですよ、本当にダメですよ!? ダメったらダメなんですからね!?」

「まあねー、でも指揮官の方から言ってきたら人形だし~? 断れないかな~って?」

 

 コッチ見るな、フリが露骨過ぎる。やります是非やらせてください。

 

「そうだなあ、往々にして起きうることでは有るかもな~…………」

「だってさ~? まあKarちゃんも慌てるぐらいって事は、それはもう起きてもしょうがないことだよね~?」

 

 勝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてそんな事を仰るの…………?」

 

 少し湿っぽい声に指揮官の背中をゾワゾワと何かが這い回る。

 45と9も一瞬だけ耳を疑う。普段も泣き言じみたことを言っている覚えは有るが、こんな縋るような声を聞いたことはなかった。

――しまった、やりすぎた。

 

 大きな紅玉の瞳は何時ものように濡れているが、少しばかり切なそうに細められた姿に彼は頭が金槌で打たれた感覚。

 普段通りならまた声を大きく喧嘩の始まるところだったが、彼女の声は少しだけか細く、唇は緩く噛み締められている。其れは何かを零さないように必死な様にも見えた。

 

 冷や汗が彼の首筋を撫でる。

 

「え、いや。あの」

 

 明らかにいつもと違う反応に45がたじろぐと9の所まで逃げていった。

 彼女のブーツに際立つ陶磁の華奢な足。ゆっくりと辿々しい様子で、彼の前まで数歩と伸びた。

 

 瞳が不安と疑問に揺れる。言葉にせずともその表情が、佇まいが「何故、どうして」と何度も彼の頭に囁き続ける。彼は逃げようにも足が動かない。

 

「嫌いになってしまいましたか…………?」

「ちょ、ちょっとからかっただけだ。本気じゃないさ」

 

 引きつった笑顔が彼女の潤んだ瞳に映り込む。赤い赤い小さな世界の彼を、彼女はそっと目蓋を閉じて閉じ込める。まるで彼の姿のその一瞬を、一つずつ瞳に刻み込むように優しく。

 コマ送りに映る彼の姿は客観的に見ても動揺していた。

 

 少し視線を逸らして、何か意を決したように彼に問いかける。

 

「言葉が足りないからですか?」

「そ、それだけじゃないけども」

「指揮官さんが欲するならば幾らでも差し上げますわ」

「いや」

 

 彼女は玲瓏な声を響かせる。

 

「好きです」

 

 情緒的に。

 

「愛しています」

 

 蠱惑的に。

 

「貴方に夢中です」

 

 情熱的に。

 

「いつも頭から離れません」

 

 其れはまるで、彼に縋るように。

 あんまりにも切実に愛を語るものだから、UMP達は何だか見てはならないものを見ているような気分になってしまう。

 

「――――――こんな言葉、欲しいと言ってくだされば何度でも囁きましょう。何時だって色褪せないように、何度だって初めて告白するように。指揮官さんになら私、其れが出来ますもの」

 

 真っ直ぐな言葉に彼の善悪、其れ以前の心が揺さぶられる。

 彼は目を逸らせない。流れる白銀の長髪から、何かを押し込めるように胸の前で握られた右手から、愛おしそうに此方に手を伸ばす左手から、何もかもが届いていないかのように悲しく濡れた瞳から。

 

「何が足りませんか? 指揮官さんが欲しい分だけ変わってみせます、だって此処には魅力的な女の子は沢山いるから…………私だけが努力もせずに、その中から宝石だと思われ続けようなんて――――――それは酷い我儘です」

 

 指揮官は辛抱堪らず背中に手を回した。

 

――やっぱり、やりすぎた。

 彼も時折、彼女がある意味寛容すぎて忘れそうになる。まるで普通の女の子のように振る舞うから、人間らしいふりをするから。時々、本気で彼は忘れてしまう。

 

「俺が悪かった…………言い過ぎた」

「でも、このままでは指揮官さんが何処かに行ってしまうかもしれません…………」

「行かない、君の手の届く場所に何時も居る」

 

 人形には、目の前の人間以上のものは存在しない。

 其れは言葉通りの意味だ。常に戦火の黒煙に塗れた彼女達には、指揮官以外の人間というのはそもそも見ることが殆ど無い。

 

 人間に尽くすべきなのに。

 人間を愛するべきなのに。

 人間は守るべきなのに。

 

 だから。彼女達にとって、指揮官が唯一の存在理由になってしまうことがまま有る。Kar98kもそういう種類の人形だ、それはお互いに愛情を確かめあったからこそ尚更強い。人間でない彼女達が人間と支え合うことは出来ない、寄り掛かり合うことしか出来ない。

 片方が去れば、あっさりと倒れてしまう。

 

 決して彼は優しいわけではないけれど、無碍に出来ないからそう答えるしかない。

 Karの背中の震えを押し込めるように強く抱き締める。彼は言葉に重みを感じにくく、そうする事以外での解決方法がわからない。

 

「…………本当?」

「本当だ。間違いない、俺はこの基地に居る誰もが手の届く場所に何時も居る。当然、君にだって届く」

 

 其れは君だけの、とは答えられないけれど。

 だから彼は身体でしか表現ができない。言葉で十分だと言ってくれるのを知っていても、それが真実だと分かっていても駄目なのだ。

 

――さっぱり足りてない。

 ゆっくりと、彼の回した腕にKarの指が奔る。何年も大事にしてきた楽器でも触れるような繊細な指遣いは、見ていたUMP達の頬を少しだけ紅潮させる。

 それ程に美しく、愛おしさに溢れる動作だった。

 

「…………ごめんなさい、我儘を言ってしまいました」

「それで良い。他の子が頑張り過ぎなんだ、せめて一番大切な子にぐらい我儘で居て欲しい」

「でも優しいから、困ってしまいましたよね?」

「俺は君達に困らせられる為の職業だ」

 

――こういう愛情確認は、まあサイアクだな。

 ゆっくりと寄りかかってくるKarに心の底から懺悔しつつ、暫く彼はそのままゆっくりとした時間を過ごした。小さな嗚咽は、誰にも聞こえていなかったことになっている。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ~、悪かったな。やり過ぎたから泣かせちまった」

「いや、何か。私もゴメンね? こうなるとは…………」

 

 45が申し訳なさそうにソファで寝ているKarの方を見る。

 

「俺も共犯だ、気にするなよ」

 

 まあ予想がつかないわな、普段はそういう感じじゃないから。

――というのも、これは別に誰にでもなる状態じゃない。

 

 変に俺が心を許せる関係性になってしまったから、取り上げられるのが怖いらしい。女の子って小さい頃にぬいぐるみと会話したり、ベッドで抱いて寝たりする事が有るだろ? Karにとって俺は、アレに近いものが混じっている。

 普段はそんな事無いが偶に不安になるらしい。ポイントは俺にもよく分からない。

 

「ちょっとビックリしたよね~。指揮官、Karちゃんは大事にしてあげなよ?」

「気をつけるよ」

 

 9が真偽不明な笑顔で言うので俺も気の抜けた笑いが出る。

 

 それなりに事情を説明すると、あんまり寝ている相手の周りで騒ぐのもどうかと思ったのか二人はそそくさと帰ろうとする。何だかちょっとだけ暗いので、逃げるような二人の頭を軽く撫でた。

 

「お前らも本当に無理なら俺を殴ってもいいし、蹴っ飛ばしても構わない。それは良いから、頼むから潰れてくれるなよ?」

 

 とだけは忠告しておいた。

 別段俺はお前らに病んで欲しいわけでも、追い詰められて欲しい訳でも無いからな。それはKarだからじゃなくて基地に居る人形全員へのお願いだ、俺は首が飛ぶよりお前らがあんまり辛そうにしているのを見るほうが精神的にクル。

 

――45と9は少しだけ照れくさそうに手を払うと

 

「うん」

 

 と小さく答えて司令室を後にした。




 45のお姉ちゃんレベル高い…………たかい。たかいたかいしたい(銃声)
 複雑すぎるので挙動不審でも許してあげてください。別に誰も嫌いじゃないんですよあの子。
 正直今回は失敗しました。そろそろ調子が悪い時期に入りそうですね、更新が止まるかもしれません。

 では今日こそドイツの話をして、後書きだけでも清楚を気取って行きましょう。コミカルな話題にしますね。
 ドイツはソーセージとビールだけ、というイメージが有る方には朗報。ドイツには「ソーセージ博物館」なるものが有りますよ。嘘じゃないです、本当にあります。ソーセージを食べれたはずです、お腹いっぱいになれるとかそうでもないだとか。

 可愛らしいものとしては、信号機のマークにドイツは名前があります。「アンペルマン」といって、なんとグッズ展開されています。ドイツに行ったならフランクな贈り物としてアンペルマングッズは如何でしょうか? マンだけだったら不公平だとかで今は女性のアンペルマンも居るとか。

――意外と纏まりがないなあ。知りたいこと有りますか? 調べたり、元から知っていることを絡めながら紹介していきますよ。
 とはいえもう500文字。今回の後書きは此処までにしましょうか、それではまた次回。


【指揮官】
Karだいしゅき勢。浮気は本気じゃない、が信用できる男。
攻めるタイプに見えるかもしれないが、Karが本気を出すと敗北する。男女の上下関係などすぐに逆転するものである。根が優しいので誰にでも同情してしまいがち。
好きな人には声を出してもらったほうが安心するタイプ。

【Kar98k】
指揮官だいしゅき勢。おむねがおっきい。ちょっと精神的に不安定。
彼に感情豊かなのは甘えているだけで、仕事もできるし戦闘も強いしクールな時もある。最初は意図的に態度を緩めていたが、最近は勝手に緩んでしまうのが悩み。
好きな人に声を聞かれたくないタイプ。望まれたなら応える。

【UMP姉妹】
Karの泣き顔を見て何故か照れていた二人。
声どうのこうのなんて考えたことない隠れ初心姉妹。指揮官に迫られると本気になる可能性が高い(特に45)、指揮官も本能的に理解してるからそういう事をしない。


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UMP45
守るべきモノ


 45が欲しくなったので自家生産しました。
 指揮官は別人、イケメン好きだからいろいろ書こうね。


「第一部隊、只今帰投しました」

 

 扉が開くなり、薄笑いをした彼女が真っ先に歩いてくる。硝煙に汚れていても宝石は美しいものだが、その鼠色の髪の灰の輝きは衰えていない。

 しかし様子を見るには悪い結果ではなかったようだ、少しだけ安心する。

 

 暫く様子を眺めていると、黄金色の瞳が私を見つめて細められているのに気づいた。何時もの事だが何を考えているか私には計りかねる。

 取り敢えず業務報告を聞くことにしよう。

 

「ご苦労だった。戦果は――――――」

「指揮官、ただいまーっ!」

 

 聞く前に飛び込んできた9で言葉が途切れる。慣れてはいるが年頃の娘(AIだが、そういう問題でもない)が気軽に抱きついてくるのはいかがなものだろうか。

 

 注意しよう、しようと思いつつも結局流されて軽く抱きしめてやる。9のコロコロとしたアンバーの瞳を一心に向けられてしまうと、邪険にするのも可哀相になってしまう。私ならそれ程問題もないからだろうか。

 

「よく帰ったな、様子を見るには結果は上々のようだ」

「うん! ちょっと損害は出てるけど大したことないよ!」

「それは何よりだ」

 

 あんまり強くしてやる気も起きず、やんわりと9の身体を押しのける。今度は45の方へ行って騒ぎ出したので杞憂だったのかもしれない。

 

「試験的な自律作戦だったが、これなら今後も様子を見次第可能である――――――それで大丈夫だろうか」

「そうですね。問題はないかと」

 

 淡々と、同時に自信を込めた45の返事には頼もしさが有る。

 

 いつもより少し背伸びをした自律作戦を任せてみたのだが、聞いての通り問題は無かったようだ。勿論今回は一線級に任を与え、普段駆り出されている部隊には束の間の休息を満喫してもらっている。

 仕事は怠っていないつもりだが心配だ――――――この手の試みをする度にそういう感情に駆られるが、45曰く「自信を持って良いんじゃない?」、9曰く「もっと信用してよ―」だそうだ。

 

 全くその通りなので少し申し訳なくなってくる。

 

「では第二部隊にもタイミングを図りながら任せることにしよう。ご苦労だった、今日は仕事を他に充ているからじっくり休むと良い」

「やったー!」

「分かりました、それでは――――――行くよ9。失礼します」

 

 手際よく9の手を引いた45が静かに扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………45、これはどういう事だ?」

「休憩を取ってるんだよ?」

 

 私の膝に乗る必要はないと思うのだが。

 45は上機嫌に乾かしたばかりらしい、シャンプーの甘い匂いの漂う髪を梳く。机の上にはギリギリ仕事ができる程度に私物を置き散らかされてしまっていた。

 

――休んでいいと言っているのに。

 

「休憩の時まで上司の面倒を見ていては疲れるだろう」

「これが私の休憩のつもりなんだけどな~」

「…………そうか」

 

 変わっているとは思うが、別に仕事は出来るのでとやかく言う気もない。私は寛いだり休むことは苦手だ、勝手も分からない。

 

 何時も通りに書類仕事を片付ける。このご時世にまで紙で書いている自分のアナログさ加減は呆れてしまうが、銃火器以外の精密機器はあまり触れないし触りたくない。

 

「相変わらず速いし見やすい字だよね、前はデスクワークのお仕事してたの?」

「いや、銃を持つ仕事だったとだけ」

 

 面白みもなければ存在するべき仕事でも無かった。私があまり喋りたくないことを悟ってくれたのか、45はそれきり聞いてくることはなかった。

 

 暫く静かにごそごそとしていた45だが、ふと私の右腕を見ると目を見開いてゆっくりと擦る。

 

「…………今なら人間っぽいガワとか、有るんじゃない?」

 

 45が何処か申し訳無さそうな顔つきになる。本心をいつも隠しているからこそ、彼女の本音は分かりやすい。

 

――私の右腕は義手だ、左足も同じく。

 生身で戦場に出たことが有って、その時に無くした。45は事情が事情だからとそれに負い目を持っているらしい、9から聞いたことだ。

 

「そういうものは高い。ガワなど無くとも機能に問題はないし、メンテナンスも楽だ」

「……そうだね、そう思う方が合理的だよね」

 

 そう言うと45は書いている書類の方に視線を逸らした。量はだいぶ減ってきていたが、それは元の量に比べればでしか無い。

 

 静かに時計の針が刻まれていく。彼女の小さな背中をみやりながら書いていると、この薄っぺらい文字に有る真実が誰に押し付けられているのか――――なんて事を少し考えてしまう。

 

「君が見たくないと言うなら、生体パーツに変えても構わない」

「えっ?」

「私の手を見る時に君は悲しそうな顔をする、嫌だというなら――――」

「いや、そういう事じゃない」

 

 慌てたような様子で持ち上げた右腕を机に抑えつけてくる。

 

「…………自分のしたいようにすれば良いのに」

「私は君の気分を害したくはない。それがしたいことだ」

 

 困ったようなたじろぐような弱々しい目をすると顔を逸らされた。

 分からない、あまり自分に感情の起伏がないから彼女がどういう気持ちなのかもはっきり分からない。

 

――だから、それを分かっている彼女もしっかりと言葉にしてくれる。

 

「嫌な気分じゃないよ。フクザツだけど、誰かが初めて私に一生懸命になってくれた証だもん」

「私はこれで君達には一生懸命だ、あの時に始まったことじゃない」

「分かってるけど、ちゃんと形になったのはあの日が初めて」

 

 明確になったのはあの日が初めてか。

 

「でも、それで指揮官の腕と足が無くなっちゃったのも事実」

「人体の代替パーツには困らない時代だ、気にすることか」

「そんな時代だからこそ、生身の身体はとても大事だよ。だから、ちょっと申し訳ないと言うか」

 

 それは普通の人間に言われてもそうか、と言えたが彼女が言うと説得力が有った。全てが人間を模した人形だからこそ、その言葉には意味がある。

 

 一頻り考えてはみたが、だが結論は大して変わらなかった。

 

「だが私は君がとりわけ大事だ。君が傷つくなら排除したい」

「指揮官、そういうのを女の子に言うと誤解されちゃうよ?」

「そうなのか」

「そうだよ?」

 

 45は時々、こういう事を言うと焦ったような困ったような狼狽した様子で取り繕う。

 誤解も何も事実をそのまま言っているのだから誤解できない筈なのだが、人形の情緒は人より複雑なものなのかもしれない。

 

 右手の薬指の指輪を眺めながら、少し頬を赤くする。45は肌が白いから、特に顕著だ。

 

「こんなものまで渡しちゃってさ、本気になったらどうするつもりなの?」

「誓約は性能向上に直結する。君は優秀だ、どうせならばもっと肌に傷をつけずに帰ってきて欲しい」

「卑怯だなあ、指揮官って」

 

 卑怯、卑怯と呟いてしまう。45の表情は何時も通り小さく笑っているだけで、真意ははっきりと掴めない。

 答え合わせ、とでも言わんばかりにじっくりと間を置くと続ける。

 

「だって「もっと活躍して欲しい」じゃなくて「傷つかないで欲しい」でしょ? それってプロポーズみたいなものだよ?」

「成る程、ならばプロポーズなのかもしれないな」

「――――――――っ!?」

 

 突然耳まで逆上せたように真っ赤になった45が、口を無理やり引き結ぶと目を逸らす。

 端的に事実だけ見ればそうなのだろうという結論だったが、そんな馬鹿馬鹿しいことでも言っただろうか。

 

 焦ったように45がぼそぼそと何か呟く。

 

「そ、そういう事ばっかり言うのは本当にズルいよ…………本気になったらソッチが困るのに」

「私が困る?」

「こ、困ると思うよ!」

 

 ではしないようにしてみようか。何をどうすれば良いのかさっぱりだが。

 顔も合わせずに忙しなく動いているので仕方なく書類作業に戻ろうとすると、私の手に気づいた45が何処となく怒ったように書いていた紙をひったくってしまう。

 

「返してくれないか」

「ヤダ、タダじゃ返さないから」

「となると、君は何と交換条件にするつもりだ」

 

 出来れば私で払える対価だと助かるのだが。これでグリフィンに申請なんてする羽目になってはアチラに迷惑だろうし、私の運営能力も問われてしまう。

 

 暫くいつもより拗ねたような目つきで私を睨んでいたが、それでは全く分からないというのは再三言ってきた通り。

 少し捨て鉢じみた、らしくない大声。

 

「じゃあ週末にショッピング行ってくれたら良いよ!」

「――――――? そんな事でいいのか、構わないが」

「――――――――!? まあ、どうせ放っておいたら寝るか銃を触ってるか勝手に仕事してるかだしね! 指揮官の健康管理まで気を遣って私ってエライと思うな!」

「そうだな。有難う」

「その返事は欲しくない!」

 

 何で彼女は私に怒っているんだ? こうなると途端にコミュニケーションが取れなくなっていつも力不足を感じてしまう。

 

 それからずっと妨害してきた45に押し負けて、私が少し休憩することになった話については、また後日話すとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人形達に撤退命令を出してくれ』

 

 ヘリアンの重々しい口調に指揮官の顔が僅かに陰る。

 ある合同作戦での話だった。彼は適性試験でも「ある二人」に比べれば見劣りするが高成績を叩き出し、結果として十分な人形を貸与された矢先のことだ。

 

 作戦が始まるに連れ攻略は難航していった。報告にない幾つかの新型鉄血兵のせいである。

 

「………………それは、彼女達を見限れと」

 

 珍しく熱の込もった重い声に、横で聞いていた協力先の指揮官も驚いた顔をする。彼はそれまでに如何なる状況であっても大きく感情を見せていなかったのだ。

 

 彼女達、とは45と9の事。この二体は特殊な事情で今は明るみに出せる人形とは言えず、横の指揮官には「人形が居る」レベルの情報しか与えられていなかった。

 偶々試験運用に選ばれた彼だけが二人を知っている。

 

『そうだ』

「ちょっと待ったヘリっち、多分俺にやったら隠してる人形のことだろうが今見捨てる必要はないだろ? 別にそれぐらい――――――」

 

 庇うような形で入ってきた指揮官を彼が止める。

 

「いや、それで他の人形達までロストすれば元も子もないのは事実だ。あの人は正しい」

「でもアンタ明らかに――――――」

 

 彼の顔を見て指揮官が止まる。凄まじく荒れた剣呑だった、「もう黙って欲しい」と僅かに残った冷静さが無理やりせき止めるような切実な表情。

 

――尚更ダメだと思うが、まあ良いか。本人が嫌がってるし。

 支離滅裂な彼の態度に呆れつつ、しかし一々口出しするべきでもないからと指揮官が引っ込む。

 

「了解、()()()()退()()()()()

『…………すまない。貴官には辛い決断をさせてしまった』

 

 先ほどと打って変わった何処か吹っ切れた返事が返ってくる。

 

「いえ、私は指揮官です。大多数の利益のために部隊を動かすのは当然の義務でしょう」

『そう答えると分かるからこそ謝罪する。本当にすまない、宜しく頼んだ』

 

 ヘリアンからの通信が一旦切れると、指揮官が彼に複雑な表情を向ける。

 

「アンタ、もっと上司に逆らってみた方が良いと思うんだが」

 

 それは心からの言葉だった、面倒事に真っ向から立ち向かう趣味のない指揮官の珍しい衝突も厭わない言葉。

 彼の表情はそれほど酷いもの――――――だった。

 

 今は違った、突然護身用に持参していたWA2000を持った彼に指揮官が目を剥く。

 

「…………ストップ。何する気だよ?」

「――――――不躾なお願いなのは分かっているが、貴方しか頼れる人が居ない。部下を、宜しくお願いします」

 

 淡々と武装を整えていく彼に指揮官が騒ぎ立てて服を引っ張って連れ戻す。

 

「待て待て待て! は? まさかアンタ生身で行くの!? 鉄血相手に、単騎!?」

「そうだが。『部隊を』動かすのは大多数の利益に向けてであり、撤退させるのは『部隊』と答えた。嘘はついていない」

 

――そういやそうだったわ! いやでも、バカだろ!?

 

「どうしてもって言うならもう止めないが、命かけるほど大事なものって有るか!? アンタが死んだらそれこそ他の人形のメンタルがイカれる、気持ちはお察しするが今は歯止め効かせてくれない!?」

「…………それは違う。いや、正しいが『私にとって』正しくない」

 

 あっという間に装備を整えきってしまった彼が、漆黒の瞳で指揮官を真っ直ぐと貫く。

 

「指揮官は何かを守る仕事だ――――――――守りたいものも守れない人間に、指揮官がやっていけるとは思えない」

 

 そう言うと銃を構えながら、少しだけ申し訳なさそうに頭だけ下げて視線を落とす。

 

「後は頼んだ…………仕事量を増やしてすまない、いつか借りは返す。金でも休暇でも無理やり都合してみせる事を約束しよう」

 

 そのまま彼は恐ろしい前傾姿勢で敵陣地方向へとテントから走っていってしまう。

 臨時作戦室に静寂だけが残る。取り残された指揮官の顔は暫く呆けていたが、ふと入った無線に頬を叩く。

 

――ああもう、トンデモナイやつだな!

 

 

 

 

 

「――――――――聞こえるか、A-10部隊! 今からお隣の指揮官が臨時で指揮を執る。生きて帰ってきたらクルーガーに俺の給料アップと、ブラック労働の改善を申し出ること! これ絶対な、という訳で状況報告。命がけで走って逃げろ、死んだら寝覚めが悪いからな!」

 

 そう言って半ばやけっぱち気味に指揮を執りだした。




 二人きりになるとデレデレの45欲しくない…………私欲しい。ほしかった、つくった。
 好きなのに意外と書けなかったから苦労しましたね。

 時々別の指揮官とお喋りして欲しいなあみたいな願望。書くかもしれないし全く書かないかもしれないですね、正直気分。
 それよりCPを別にしてみたくはなるかもしれない。

【指揮官】
本当は寡黙系イケメン。不器用極まりない。
見捨てられた45と9を助けに行って右腕と左足を喪失。今は義肢、45は妹扱いする事が多い。誓約はお守りのつもり、お馬鹿です。
仏頂面だが無感動ではない。生身のくせにかなり強い、仕事以外がとても適当。
愛銃はWA2000、サブで2040年台モデルのアパッチ・リボルバー。浮気と45によくからかわれる。
性格のモデルは葛木宗一郎。

【指揮官その2】
畳返しとかはしない、元々畳返しが十八番な予定だったけど相談を躊躇って敢え無く頓挫。元々は「え、指揮官行っちゃったら誰が指揮取るの?」って素で思ったから生えた。
合同作戦の後は指揮官に無事休暇をもぎ取ってもらっている。曰く「ゴリラはクルーガーだけじゃダメですか」とのこと。

【UMP45】
デレデレしてる。笑顔で殴ってこない。
べた惚れ。立ち止まってニヤニヤしてたら「指揮官のこと考えてる…………」とか囁かれるレベル。
人前でベタベタしたくない。でも指揮官をホールドする為にたまーにベタベタする。特に効果はない。
むしろ指揮官がど直球で凄いことを言うので基本たじたじになる。


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空白の予定

お久しぶりです、ちょっと余所で遊んでいましたよ。
心が不安定な時に書くべき小説だと気づく。
この指揮官、一定の読者に高い破壊力を持っているようですね。


「指揮官、今日は休みだよ」

「…………ああ、今日は休日か」

 

 すれ違った45に言われて初めて気づく。整えたネクタイが少しだけ馬鹿馬鹿しいが、市民を守る人間としての意識と言うならば合格点だろう。

 取り敢えず昨日に整理した書類を確認するべきだな。

 

 歩こうとすると45が服の裾を引っ張る。思わずつんのめりそうになるのをどうにか抑えて振り向くと、怒ったように目を細めた彼女に少し怖気づきそうになる。

 

「待った。何で指揮官は仕事をしようとしてるのかな?」

「仕事ではない、昨日の書類整理を確認しようと思っただけだ」

「それは仕事っていうの」

 

 勢いのまま引っ張り戻されると、45が今度はしっかりと私の手を奪い取ってしまう。

 何時に始まったことではないのだが、彼女の手は細すぎて握るのは躊躇ってしまう。何せハンドグリップと殺人者の手首ばかり乱暴に握ってきた手だ、繊細な物の扱いに心得がない。

 

 理由も告げずに引っ張ってくる45に真意を問う。

 

「どうして私は引っ張られているのだろうか」

「今日は仕事しちゃ駄目、日曜日くらいゆっくりしないと頭までフロッピーディスクになっちゃうよ」

「仮にも人の命に携わる身だ、それぐらいで――――――」

 

 返答する前に引き摺られてしまう。彼女はいつも乱暴だ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………いつも言っているが、厨房で私が手伝えることなど無い」

 

 45が私を引っ張って連れてきたのは厨房だった。普段は食堂として数多くの人形の食事を捌いている場所なのだが、時折人形達に貸し出されていることが有る。今日がその日だというのは私も把握済みだ。

 

 人形と一口に言っても様々な性格を持つ。それこそ菓子作りに没頭するもの、自炊して自らの腕に唸るような自信家だって居る。

 時々見には来ている。彼女達が笑顔だったり、いつもより弾んだ調子で生活しているのを見るのは心安らぐ一時だ。恐らくそういうモノを見るために私はこの仕事を選んだのだろう。

 

「手伝わなくてもいいよ、9と私で仕事しないように見張ってるだけだから」

「何故」

「45姉~、溶けたよ」

 

 ボウルを持って歩いてきた9に頷きつつ、45が――――――アレは何だ。小麦粉? だったか、とよく分からない粉(ベーキング…………そう、ベーキングパウダー)を入れてそのボウルの中身を掻き混ぜ始める。

――ええと、生地づくり。だったか、仕事以外は頭に入らない…………この前も9に教えられた気がするのだが。

 

 言った側から9がこちらに弾む足取りでやってくると、困ったように笑う。

 

「指揮官、また休日に仕事しようとしたんだね」

「駄目なのか」

「うーん、指揮官の場合は駄目だよ。45姉もアレで心配性だから」

「どういうことだ?」

 

 至極真剣に聞いたつもりだったが、9は私にお手上げだとでも言わんばかりに肩を竦めると45の所に戻っていってしまう。

 

 私が休日に制服を着ていると言うだけで、いつもこうやって引っ張り出されると45と9の菓子作りを眺める任を命じられる。最初は呆然と見ていただけで意義が感じられなかったが、9が「なら覚えて45のお手伝いしてあげたら?」と言ったのがきっかけで何とか意気消沈するのは避けられている。

 

 彼女達は見事な作業分担でいつもあっという間に菓子を作ると、何故か私まで含めて三人で食べるのが恒例となっていた。

――だが、正直菓子はとても苦手だ。栄養補給には偏りが過ぎるし、甘いものは好きではない。

 糖分を取るのは問題がないのだが、そもそも食事を楽しめない。楽しむものだと知ったの自体、此処5,6年の話だ。

 

 しかし世辞で美味しかったと答えたら二人は大変喜んでくれたので、仕方なく菓子が好きだという誤認を放置している。この程度で喜んでくれるならそれは構わない。胃が拒絶を示さなければ喉に通せるよう訓練は受けているし、顔にも出ない。

 

「こんな感じでいいかな。私は型を取ってくるから、何時も通り混ぜといてね」

「ラジャー、いってらっしゃーい」

 

 気づけば手順は進んでいたようだ、45が歩いて冷蔵庫へと向かう。

 9が溶かしたバターらしきものをボウルに加えながら、私に手招きをしてくる。このまま座っているのも手持ち無沙汰なので、取り敢えず彼女の側まで顔を寄せる。

 

 9が少し後ずさると顔を逸らす。

 

「指揮官、ち、近い…………」

「ああ、すまない。女性はこういうのが苦手だったな」

 

 45がそう言っていた。

 

「苦手っていうか…………」

「違うのだろうか」

「ううん、それでいいと思う。ところで指揮官、何作ってるか分かる?」

 

 顔を何度か振った9が尋ねてくる。

――私は基本的に機械的な作業を得意とする。だから二人の会話の雰囲気だとか、匂いで何を作っているかをすぐに判別はできない。

 

 ただ今聞いた手順と、混ぜていたものの様子を見るには恐らく。

 

「マドレーヌ」

「正解、ちゃんと覚えててくれたんだ~」

「やる事が無いと私は不安になる性格なんだ」

 

 私の顔を見ていた9の表情が少し硬くなる。

――ああ、そう言えば45が言っていたな。こういう事を言うと心配する人形は多いから気を遣った方が良い、だったか。とは言われても何処を以て心配するのかがさっぱり分からない、何を気をつければ良いのかも分からないのだ。

 

 彼女のアンバーの瞳が言葉にならない光を揺らすと、誤魔化すように目を細めて笑う。

 

「そっか」

「心配は不要だ、私は単にこういう性格に過ぎない」

「それ、45姉に言えって教えられたでしょ?」

 

 おかしい、何故分かったのだろうか。

 9が肩を叩くとさっきと打って変わったにこやかな表情。

 

「やっぱりー、指揮官って誤魔化すの下手だね~」

「そうか。自分では分からないが」

「まあ、そういう所私は好きだな!」

 

 好かれる点なのかは分からないが、好かれているなら何よりだ。

 

「有難う、私も9は好きだ」

「…………わーお、ドストレートで私も困っちゃうな」

「駄目、か?」

 

 首を横に振られる。

 

「全然、良い所だと思うよ」

「それなら良かった」

 

 そう言うと9は軽く抱き込んでいたボウルに視線を落とした後、はいと言って私にボウルを押し付けてくる。

――まさかとは思うが、これを私にやれという意味なのだろうか。

 9は私の疑問を察しているように頻りに頷く、どうやらそれで正解のようだった。

 

「9が頼まれた仕事ではなかったか?」

 

 あからさまに目を逸らされる。幾ら私でも分かるぞ。

 

「あー、えっとねー! 私急用が出来たんだ~…………」

「嘘だろう、私だからと安易に騙せるとは「まあとにかくさ、45姉って指揮官が居ると凄く張り切ってるから付き合ってあげて欲しいなあ!」

 

 9の奇妙な言動に顔をつい顰めてしまう。

――45が張り切るというのがまず想像できない。彼女はいつもコンスタント、且つ高いパフォーマンスで任務をこなしているイメージが有る。何らかの感情、ましてや私情で行動に弾みやムラが見えるような性格だろうか。

 

 何度も考えてみたが、中々そんな様子の45が思いつかない。素直に妹に尋ねてみたほうが、こんな無骨な男よりはマシな考察が聞けることだろう。

 

「45は張り切る様子が想像できない」

「うーん、まあ慣れないと分からないよね。それじゃあね、初めて指揮官を呼んだ日の話だけどさ…………45姉、最初からお菓子テキパキと作ってなかった?」

 

 考えるまでもなく、彼女の手捌きがもたついていた記憶が出てこなかった。彼女と私は出会ってそう日が浅くない関係柄だが、私が初めて体ごと引き摺られた日から45は菓子作りに何ら支障をきたしていなかった。

 

 だが、それがどうしたというのか。彼女は優秀だ、機械的な作業ならすぐに出来るはずだ。

――9が露骨に「分かってないんだね」とでも言わんばかりに不満げに頬を膨らませる。

 

「45姉、指揮官を呼ぶまでは結構失敗してたよ?」

「そんなまさか。彼女が?」

「うん」

 

 想像できない。

 しかし9の続く説明には唸らざるを得なかった。言われてみれば、あの日までの彼女は確かに指によく絆創膏を巻いていたのだ。銃を扱うような仕事だから、色々な擦り傷程度の要因は転がっている――――程度に捉えていた。

 

 自分がしないようなことは予想も出来ない。分かりきったことだ。

 

「指揮官の前では出来る人形で居たいんだよ、だから見せてないだけ」

「そんな性格だろうか…………」

「指揮官にはそういう性格だよ! もー、鈍感どころじゃないよねコレ!」

 

 仕方ない人だなあ、と9が急に怒り始める。何故。

 

「45姉がどっか行っちゃうよ!」

「それは…………………困る」

「だよね、だから私の言う通りにするべきじゃないかな~……?」

「そうなのか」

「そうなんだよ~?」

「ではそうしよう」

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね9、何か奥に置いてあって取り出すのに苦労したから――――――――え、指揮官?」

「代打、だそうだ。9は――――――急用が入ったと走って消えていってしまった」

 

 嘘でしょ、と肩を落とすような深い溜息をつく45。私の方を見ると、誰でも分かるくらいに「仕方なし」と言った様子で此方に歩いていくる。流石に今のは傷ついた。

 

 泡立て器を持ったのは実は今が初めてなのだが、案の定45が手付きが硬いと私の手を叩く。

 

「指揮官、手に力入りすぎ。そんなグルングルン回さなくても大丈夫だよ」

「そういうものか」

「混ざれば大丈夫、ダマとか出来たら駄目だけど」

 

 私が半ば無心でボウルをかき混ぜている間、45が型の表面に軽く粉を振りながら此方を見ている。彼女の中で一体どれだけ不器用な人種だと思われているのだろう。

 幾ら言っても流れ作業そのものは得意であると彼女も知っているはずだろう。

 

 見計らったように肩を叩かれる。

 

「じゃあ流し込んでね、零さないように」

「了解した」

「…………分かった、とかの方が楽だな」

 

 そうか。

 

「分かった」

「ありがとう」

「どちらかと言うなら、いつも申し訳ない」

 

 私は言葉や態度を飾らなすぎる。当然する筈のものが欠けたこの殺風景は、時折人を――――人形とて不安にさせてしまうのだろう。

 考えてはいるのだが、どうすれば良いのか今いち掴めない。私はそれに何も思えないからだ。

 

 単純明快な指標を最初に示してくれた彼女には、何時まで経っても感謝は消えない。

 あのまま仕事を続けていれば、私は何だか実際以上に――――いや実際もある程度そうかもしれないが、空っぽな旧世代人形のような男と思われたままだった。

 

「良いよ。素直だから楽だしね」

「そんなものか」

 

 暫く無言で作業が進んでいった。

 私がおおよそ空気に慣れたとでも見たのだろうか、45は離れてオーブンの設定に奔走する。私はいつになくゆっくりとした手付きで生地を流し込むだけ。

 

 時折聞こえる金属音、私の右腕から鳴り響いているのに気づいたのはもう作業が終わる頃。

 仕事終わりに彼女の少し冷たい声がした。

 

「…………指揮官」

「どうかしたか?」

 

 45の声が曇る。生地を眺めていた視線を彼女に投げると、黄金の瞳が少しだけ揺れている。

 

「あんまり楽しくなさそう」

「そうだな」

「だよね」

 

 それは責める、怒るというよりもっと仄暗い調子のようだった。はっきりとは分からない。

 45が私の顔を覗き込んでくる。病的に白い肌が視界を眩ませながらも、尚目を釘付けにするのは彼女が人形故に美しいからだろうか。

 

 それとも、私がそう見ようとしているからだろうか。分からなかった。

 

「もちろん、付き合わせてるんだから楽しそうじゃないのは普通だよ? でも、指揮官は笑わないから…………何ていうのかな、いつもつまらなそう」

「そう言われても、私は作り笑いが大の苦手だと君も知っているだろう…………」

 

 同僚には「笑わない方がマシ、顔は良いから」とまで言われたくらいなのだ。本当に笑顔というものに関して、一種異常なくらいの欠落が私には有るのだろう。

 

 今までと打って変わって不安そうに上目遣いを見せる45が、溜め込んできたものをゆっくりと吐き出すようにつらつらと喋る。

 

「色んな事をしてみたけど、指揮官はいつもあんまり楽しくなさそう」

「買い物も」

「お洒落も」

「料理も違うみたい」

 

 確かにそれは事実だろう。

 私は別段、買い物にも、お洒落にも、料理にも興味は持たない。というよりはっきり言葉にしてしまうべきではないだろうが、45の思いつく一般的な娯楽を私が共有して楽しむことは無い可能性が高い。

 

 左手を両手で強く握られる。

 

「っていうことは、私と一緒じゃつまらない? 私じゃ指揮官の嬉しいこととか、そういうのはあげられないのかな…………?」

「…………そうなるのか。そう考えるものか」

 

 つい漏れ出た本音に45の視線が怪訝にあちらこちらに飛んでいく。私の言葉の真意を早く教えろと、一際瞳が輝きを放つ。何か希望を得る一言だったのかもしれない。

 

――あまりに予想外だった。

 私は基本的にわかりやすい人間なのだろう、と念頭に置いて生きている。それは他ならぬ45が私の言動を手に取るように理解しているからだ。

 だから予想していなかった。

 

「……確かに君が提供するものを楽しんでいたかと言えば、恐らくそんな事はないだろう」

「やっぱり」

「代わりに、君に提供される気持ちは嬉しく思える」

 

 45の顔が意表を突かれたように呆ける。

 

 この感情が真っ先に来ているのを45が全く気づいていない、というのは予想外だった。

 では言葉にする必要がある。彼女はかつてこうも言った、「誰だって言葉でしか伝えられないことばかりだし、指揮官は殊更そういう人なんだよ」と。

 

 それで君が助かるなら、そうしてみよう。甘え過ぎは良くない事だ。

 

「私は――――――ああ。自分一人で物事を楽しむことは殆ど無いだろう」

「ましてや誰かとする事を楽しむこともない」

「但し、君達が喜んでいたり、楽しそうなのは好ましく――――――いや、堅いな。嬉しく、思う」

 

 残念ながら私は一人ではどうしようもなく無感動だろうが、他人が喜んだり、笑っているのを観るのは嫌いではない。というより、恐らく好きな部類だ。

 

「それに誰かが私に懸命になってくれるというのは――――――今までされなかったことだ。それは特に嬉しい、筈だ…………」

「だから45はこれからも笑って、手を引いていって欲しい…………それ自体が私の「嬉しいこと」に当たるもの、だろう………………かもしれない」

 

 はっきりとは分からないが、今頭に湧き上がった言葉はこれだった。なら、これは今の私が口にするべきことなのだろう。

 最初は頬を赤くして此方に目線を向けにくそうにしていた45だが、少し経つと堪えきれないとばかりに笑い出す。

 

「…………ふふっ。かもしれない、なんだ?」

「多分、ああ、その筈」

 

 保証のないことは断言しない。それの何が面白かったのかは分からない。

 私の回答は彼女にとって満足行くものだったのだろうか、そのまま型を持っていくとオーブンに入れてスイッチを押してしまう。

 

 振り向くと、何時も通りの薄い笑顔。

 

「変なの。でも――――――何ていうか、心配掛けてゴメンね。もう大丈夫だよ」

「心配していたのだろうか」

「多分そうだよ? 分からない?」

「分からないが、大丈夫なら良かった」

 

 45が驚いたように目を丸くすると、さっきとは違った穏やかな笑顔を見せる。

 何処と無く胸がざわつく感触。それが何なのかは、私にもよく分からない。

 

「指揮官、笑えてるよ」

 

 ボソリと言うと、彼女はそのまま後ろで手を組んでオーブンを見たまま返事をしなくなってしまった。

 出来上がったマドレーヌは何時も通り甘く、とても好んでいるものというわけではなかったが――――――なんとなく、彼女と食べている時間は心地よかったような覚えがした。




 お菓子作りも仕事もで一通り出来る45姉って良いよね…………指揮官はたまーに「これなら知っている」とか言って後ろから手伝おうね、9の教育の賜物だね…………。
 母親が昔は菓子作りをしていたので想像が楽でした。私も何故か手伝わされましたね、別にお菓子好きではなかったんですけど。
 マドレーヌにはレモンエッセンスを入れるのが我が家流です。美味しい。

 テーマ曲は「トリセツ」ですね、そういうレベル。彼は説明書がないと女性を扱いきれないし、女性に扱いきってもらえない人。
 指揮官は軍人だとかそんな綺麗な職業ではありません。どちらかと言えば少年兵、殺し屋、そういった類で孤児から育てられたと想像すると楽かと思います。

 こんな設定でも指折り止まりで頂点には立てなかった「実戦テスト」の件ですが、此処で「前線異常あり」とつながる――――――とかどうでしょうか?


【指揮官】
大型犬系お兄さん。性格はむしろ良いのだが、無口で顔に出さないのでよく誤解される。仕事の付き合いでも問題が出るのを少し気にしている。
やることなすことに意味を求められる幼少期を過ごしたせいで常に「やるべき事」が無いと苦痛を伴う。何かを達成できない自分に価値を感じられていないらしい。
見た目は黒目黒髪のギルベルト・ブーゲンビリア。20代前半だが背は高い、45とは数十cmの身長差が有る。
性格の骨組みとしては「愚直に真っ直ぐな人」です。後、少し可愛らしく書いています。

【UMP45】
イケメンにされたい放題のただの女の子。普通に可愛いし年相応、というか指揮官のせいでそういう行動しか出来なくなる。たじたじになってばかりなので反撃の機会を伺っているとか。


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