【完結】ゼロを虐めてやった (だら子)
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前編: 「降谷とおっさんの出会い」

お久しぶりです。だら子です。
いつもありがとうございます。息抜きに短いシリーズを投稿しようと思います。もう一つのコナンシリーズの投稿が遅くて申し訳ない。

降谷視点は11/2金曜日に投稿予定。

※警察知識は結構ガバガバ。これでも頑張って調べましたが…。


俺には気に入らねぇ奴がいる。

降谷零という悪餓鬼だ。

 

そんなガキと出会ったのは奴の両親の葬式の時である。当時の俺としては葬式なんて辛気臭い所に参加なんぞしたくもなかった。だが、俺とガキは遠い親戚同士。周りの奴らが五月蝿いもんで、仕方がなく参加する羽目になった。

 

その葬式で遭遇した降谷零の第一印象は『可愛くねぇ餓鬼』である。

 

涙一つ見せずに無表情で正座してやがるんだぜ? 小学生ぐらいのガキが。しかも、周りの大人の『おい、誰が引き取るよ』『私はまだ自分の子供が小さいから、この子まで育てる余裕はちょっと…』『それなら俺もだよ…』っていう話し声を聞きながらさ。本当に可愛くないったらありゃしねぇ。泣きもしねーから親戚連中には気味悪がられてんの。ウケるよな。

 

まあ、予々俺もそいつらに同意だったけどな。仕方ねーよ。だって、ガキを育てるのめんどくせぇし、金かかるし。特に無表情のガキなんか誰も引き取りたくないに違いねぇ。俺だってこんなガキと一緒に暮らしたくない。ぜってえ辛気臭ぇ。今のガキの魅力なんざ、精々整った顔くらいだ。その辺に売り飛ばせばいい値段になるだろう――それくらいの価値しかない。

 

(親戚連中も、このガキも、いけすかねぇな)

 

その時、俺はあの零とかいうガキの拳が目に入った。痛い程握りしめられている拳が。しかし、そのことに周りの親戚連中は気がついていない。それどころか、更にヒートアップし始めていた。

 

だから、思ったんだ。

――――こいつの事、腹いせに虐めてやろうって。

 

「子供は俺が引き取ります」

「え?! 君が…? 独身だろう? それに君はまだ若いし…」

「こう言ってくれてるんだし、いいじゃない。任せましょうよ」

 

親戚連中がホッとした顔を見せる。俺はそいつらに見向きもせず、スタスタとガキの元へ近寄った。ガキの手を取り、引っ張る。可愛くねぇことにこいつはされるがままだった。親戚連中も、このガキも本当に腹が立つ。散々虐めてやって、ストレス発散してやろう。

 

その足で家に帰り、ガキと二人っきりになった俺はこう言った。目が死に、純粋さなんてかけらもねぇガキの顔を見据えながら。

 

「俺はガキが嫌いだ。大人しくしとけよ」

「はい…」

「ああ?! 俺が声をかけてやってんだから、大きな声で返事をしやがれ!」

「は、はい!」

 

俺が急に大声を出したことに驚いたのかガキはビクリと身体を震わせた。俺はそれを見て、フンと鼻を鳴らす。

 

(これから存分に嫌がらせをしてやるよ。期待しとけよ、ガキが!)

 

――――それから、俺と零というガキの生活は始まった。

 

手始めにしたことは手作り弁当をガキに渡すことだった。奴の小学校では給食はなく、弁当だったからである。当時はめちゃくちゃ面倒くさいと思ったものだ。しかし、それと同時に好機だとも感じた。

 

(クソ可愛い弁当でも作ってやろう。それを見られて、周りから笑われたらいい)

 

男というものは小学生くらいになると可愛らしい弁当は嫌がるものである。その名案にニヒヒと笑いながら、早起きして弁当を作り始めるようになった。初めて作ったやつはうさちゃん型おにぎりが沢山入った弁当である。クソガキよ、存分に笑われて恥をかいてこい。そう思ってガキに弁当を渡すと、奴は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。俺はそれを見て、笑ってみせる。

 

「可愛い可愛いお弁当にしてやったよ。精々笑われてきな!」

 

俺の声に驚いたのかガキは慌てて走り去る。小さくなる黒いランドセルを見ながら、俺は目を細めた。

 

(覚悟しろよな、クソガキが)

 

その日から俺は毎日のようにガキに弁当を作るようになった。ある時は人気アニメのキャラ弁。ある時はファンシーな森の動物達弁当。またある時はパステルカラーまみれの弁当。様々な角度から俺は精神的な嫌がらせをあのガキにしてやったのだ。

 

そのせいなのか、最初の間、ガキは全く俺の弁当を食わなかった。まあ、仕方ねぇか。誰だって嫌がらせ弁当は食いたくねぇだろう。

しかし、奴の昼飯は俺の弁当だけ。どんなに俺へ一矢報いたくても、腹は減る。ガキは本能に忠実だ。俺へ反抗していたくせに、やはりと言うべきか、ガキは俺の弁当を食うようになったのだ。

 

(夜に弁当箱をあのガキが返してくる時は傑作だったな!)

 

オズオズと気まずそうに空になった弁当箱を返してきたのだ。相当、根負けしたのが悔しかったのだろう。唇を噛み、身体を震わせながら返してきた。しかも、涙をまで流しているときた。それを見て、俺は内心で両手を叩いて喜んだものである。

 

「ハハ! ようやく俺様に屈したか! ガキが大人に敵うと思うなよクソが!」

 

もっといじめ抜いてやろうと、その日、ガキを絞め殺しの刑に処してやった。両手をガキに巻きつけ、ギュッと奴の身体ごと締めてやったのだ。絞め殺しの刑がキツかったのか、ガキは更に身体を震わせて泣き始める。うわああああと大声をあげるその様は無様そのもの。そうだそうだ、鳴き叫べ。ガキは大人に敵うわけがないんだよ。俺はその泣き声を聞いて、しめしめと笑ったものだ。

 

だが、ガキにも知恵がある。ある日突然、こう言ってきた。

 

「お、俺が…俺が弁当を作ります! なんだったら、朝御飯や晩御飯も…!」

「何を言ってんだガキが! 俺がお前に弁当作りしてやってんのは俺の為なんだよ! 飯作りは大人の特権だ。ガキは宿題か外へ行って鬼ごっこでもしてな!」

 

俺がそう言うとガキは目をまん丸く見開かせた。奴は再び何か発言しようと口を開く。だが、ガキはその言葉を飲み込み、グッ拳を握り始めた。それと同時に俺へと体当たりをしてくる。顔を伏せ、俺が前に行った絞め殺しの刑の真似事をしてきやがった。恐らくは圧政者たる俺への反抗。その反抗を受けて、俺は思わず笑った。

 

(ガキの力なんぞこの俺様には恐るるに足りぬ!)

 

流石俺と言うべきか、ガキを逆に絞め殺してやった! 苦しそうに呻くガキ。何時間かそうしてやるとガキは懲りたのか、部屋へ逃げ帰っていった。流石俺。強いぞ俺!

 

だが、それで終わらねぇのがあの可愛くねぇガキである。俺が仕事へ行っている間、あのガキときたら俺の家を汚してやがったのだ。

 

不味そうな晩御飯。

不恰好に畳まれた洗濯物。

「あっ、あの、ご飯焦げちゃって、その…!」と言いながら慌てるガキ。

 

思わず俺は声をあらげそうになったね。『なんて事をしやがってくれたんだ!』ってな。ガキは何もできないことに歯がゆく思いながら俺に虐められていればいいんだ。勉学や遊びしかガキには認められていないんだよ!

 

そこまで考えた時、とある一つのアイディアが頭に浮かんだ。

 

(俺がガキへ手本を見せて、自分の無力さに打ちひしがれさせればよいのでは?)

 

見たところ、ガキは家事が下手くそだ。笑ってしまうくらいに下手くそである。あのガキが作った晩御飯なんか若干焦げているくらいだ。そんな下手くそなガキに対して俺の完璧な飯の作り方を見せてやろう。さぞやガキは悔しがるだろうな。ふふ、いいアイディアだ。

 

そう考えながら、とりあえず俺はガキの不味そうな飯を食ってやった。どうにもあのガキはこの飯を俺には食べさせたくないみたいだったからな。残念だな。お前の失敗作、食ってやるよ!

 

慌ててまくるガキを尻目に飯をかっ喰らう。やはりと言うべきか、飯は不味かった。だからこそ、俺はこう言ってやったよ。「ウメェな」ってな。失敗作を上手いと言われるのはどんなに屈辱だろうか! ガキは羞恥心からか泣きそうな顔をしていた。ガキを虐めるのは楽しい。

 

――――その日から俺はガキと出来るだけ一緒に家事をするようになった。

 

ガキへ劣等感を抱かせるために俺の完璧な家事のやり方を見せつけてやったさ。奴は家事をやったことがないから失敗ばかりしていた。その度に俺は笑って、嫌がらせに髪をぐしゃぐしゃにしてやった。ガキは再び顔を真っ赤にして悔しそうな顔をしていたな。あれは気分がよかった。

 

「おじさん、俺、もっと頑張るよ」

「精々無駄な努力を積み重ねな。まあ、俺には敵うはずねぇけど」

 

――そんな生活をしているうちに、ガキは中学生になった。

 

この頃になるとタダでさえ可愛くねぇガキがもっと可愛くなくなった。それが顕著に出ていたのが奴が中一の時である。あのガキときたら、俺に迷惑極まりない嘘を沢山吐いてやがったのだ。

 

特にムカついた嘘は二つ。そのうちの一つが判明したのはガキの友人の親御さんとの井戸端会議である。「そういえば、もうすぐ授業参観ですよね。降谷さんは参加されますか?」ってな。驚いて親御さん達に色々尋ねてみると、授業参観は来週開催されるとのこと。

その刹那、俺は目の前がカッと赤くなったもんだ。そばで遊んでいたガキの襟を引っ掴んで家へ連れ帰った。帰宅したら直ぐに俺は目を吊り上げ、ドスを利かせた声で言葉を発する。

 

「オイ、何で言わなかった」

「おじさんは仕事で忙しいだろ。日本を守るために身を粉にして働いているのは知ってるし…」

「ああ?! 日本が大事なのは当たり前だ。俺は国民を守る警官だからな。だが、人間、休みは必ず必要だ。テメェの授業参観に行くのは有給を取るのにいい理由になる」

「え、じゃあ、来てくれるのか…?」

「言っておくが、テメェのためじゃねぇ。俺が休みたいが為だ。それを忘れるなよ」

「は、はい…!」

 

全く、どうして有給を取るのに良い言い訳になる授業参観のことを言わねぇーのか。理解に苦しむ。ガキを養子に取るメリットの一つが『子供を理由に休める』である。使えるものは使っとかなきゃあ損というもの。ウキウキとして有給を上司からもぎ取り、ついでに一眼レフのカメラも買った。あの間抜けなガキの面をこのカメラに収めてやろう。奴が成長した時に良い笑いのネタになる。

 

一週間後、俺はニヤニヤしながら参観日でガキの馬鹿面を撮りまくってやった。流石にそれに怒ったのか、ガキは顔を赤くさせ、頰をポリポリと掻いていたものだ。

 

(二つ目の許せねぇ嘘はあれだな。『テニスクラブにきちんと毎日通っている』と言っておきながら、行ってなかったことだな)

 

俺はあのガキを近所のテニスクラブに通わせていた。理由はただ一つ。俺が得意なテニスでガキを翻弄して見下す為である。俺の大事なラケットをガキが汚ねぇ手で何度も握っていたことから、そのアイディアが浮かんだ。『テニスでギッタンギタンにガキを倒して、高みから笑ってやりたい』と強く思ったのである。だが、多少は奴の腕が上手くねぇと倒しても面白くない。だからこそ、俺は奴をテニスクラブへぶっこんだ。

 

(な、の、に!)

 

その俺の思惑にあのガキは勘付いちまったらしい。俺には内緒でテニスクラブに通わず、家事をしていたとか。それに気がついた瞬間、俺はカチンときたね。テニスクラブへ行かないとは何という奴だ。俺が楽しめねぇだろうが!

俺は怒り狂い、ボールをガキへ投げつけた。丁度、奴は野菜を切っていたため、ガキの右手に持つ包丁に当たり、包丁が弾け飛ぶ。ガキはそれを見て、ギョッとした顔になった。

 

「危ないだろ、おじさん!」

「俺のコントロールが外れるわけねぇだろうがボケが! そんなことよりもだ」

「なんだよ。今、夕飯作っているんだ。今日はおじさんが好きなハンバーグだよ」

「そりゃあいいな……じゃねぇ! テニスクラブだ! 先生が『降谷くん、最近は全然クラブに通えていませんよね。貴方の家は父子家庭だとは存じておりますが、降谷くんのことも考えてあげてください』って言っていたぞ」

「どうやって聞き出して……ッ?! あー…クソ、それは、その、」

 

口ごもる馬鹿に対して俺は詰め寄る。何時間にも及ぶ激闘の末、ようやく訳を聞き出した。ガキ曰く『この家にいるための存在理由が欲しかった』とのこと。実子でもないのに俺の金を使って生活しているのが申し訳なかったらしい。だから、家事をする事で自分の存在意義を見いだそうとしたかったとのこと。

 

(何を言っているんだこいつ)

 

俺はガキを虐めている自覚がある。ガキの嫌がることしかしてねぇ。暴言を吐いたり、嫌がらせをしたりと、ガキにとって最悪なことばかりだ。それを奴が怒るならまだしも、こいつときたら遠慮してやがるのか? は?

 

「テメェがここにいるのは当たり前だろ。そんな事もわからんのか。嫌と言ってもオメェが成人するまではここに縛り付けてやるから覚悟しろよ!」

 

俺がそう怒鳴ると、ガキはギュッと唇を噛みしめる。それと同時に静かに顔を伏せた。俺は警戒心のかけらもなく、無力で無防備なガキの頭をグリグリとしてやる。奴が顔を上げるまで手をひたすらに動かした。

 

そうして、次の日からガキはテニスクラブへ毎日きちんと通うようになった。中三にもなると、奴はジュニア大会で優勝。ガキが大会で優勝した時は奴を大食いの刑に処してやったぜ。肉という肉をガキの口に突っ込み、腹が張り裂けそうな苦しみを味あわせてやったのだ。ガキは咳き込み、呻いていたものである。

 

――――そんな風に生活していると、気がつけばガキは高校生になっていた。

 

当時、ガキは高校受験で主席合格したらしく、入学式では新入生代表だった。それなのにあいつときたら不恰好なネクタイの結び方をしてんの。だから、俺はこう言った。

 

「テメェネクタイ一つ結べねぇのか! ハッかっこ悪りぃな。俺が結んでやる」

「ありがとう、おじさん」

「何、ニヤニヤしてやがる! 気持ちわりぃな。さっさと行くぞ」

「あ、待ってくれ! 今日は入学式に来てくれて嬉しい。ありがとう」

「はァ? 何でオメーに礼なんて言われなくちゃいけないんだ。俺は俺のために行動してんだ。お前が新入生代表として挨拶する時、舌を噛むのを楽しみにしてるだけだよ!」

 

ガキの頭をぐしゃぐしゃにしてやる。新入生代表として綺麗にセットしていた髪を崩されるのはさぞや悔しかろう。俺がフンと鼻を鳴らすと、奴は髪を抑えながら眉をハの字にしていた。だが、俺への復讐心を隠すためか、ガキはふにゃりと表情を崩す。そして、再び「ありがとうございます」と言ってきた。

 

(ようやく本心を隠せるようになったじゃねぇか。だが、まだまだ俺には敵わねぇな)

 

なんだって俺は秀才エリート。確かにこのガキは存外頭の出来がよく、高校入試では主席になるような奴だが、俺には及ばない。こいつは精々俺の一つ後ろ。二番手だ。

ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべるガキへ再び怒鳴る。そして、入学式のある体育館へと足を進めた。

 

(高校になれば少しは落ち着くと思ったが……余計面倒なことになるとはな)

 

それは進路を決める時に起こった。急にガキが「高校を卒業したら直ぐに警察官になる」と言い出したのだ。

 

俺は耳を疑ったさ。確かに奴なら国家公務員一般職高卒試験を軽々と受かって地方公務員として採用となり、警察官になれるだろう。奴は曲りなりとも学年主席なのだから。だが、こうも思うのだ。あのガキなら、倍率約100倍の国家公務員一種をとり、年間50人程度しか採用しない警察庁に国家公務員として選ばれるに違いない、と。

 

何故なら、奴は学校の先生に「降谷なら東都大学を狙えます」と言われるほどの頭脳の持ち主なのだから。そんな奴が大学へ行かないのは勿体無い。テメェ人類に喧嘩売ってんのか。頭の良い奴はそれ相応の場所へ行くべきだ。それが日本の為になる。

 

別に高校卒業後、警察になるのが悪いわけじゃねぇ。俺の知り合いにもノンキャリアの優秀な奴らが沢山いる。だが、ノンキャリア組とキャリア組では出世に限界があるのだ。携わることのできる仕事の範囲も天と地ほどの差が出てくる。それをあのガキも分かっているはずなのに…。

 

高学歴で、国家公務員一種を通過し、警察庁に採用されたキャリア組になればガンガン出世できるだろう。ガキにはめちゃくちゃ出世してもらわ無ければ困る。俺が楽をする為にな!

 

だからこそ、俺は奴にこう言ったのだ。

 

「おい、東都大学の入試試験に申し込んでおいた。受けろよ」

「分かっ………………ハァ?!?!?! 何を言ってんだあんたは?! 俺は大学へは行かないって言ってただろ?! というか、いつのまに?! そもそも、今から東都大を狙うなんて――――」

「できないのか?」

「は?」

「できないのかと言っている。東都大学『程度』、合格できないのなら、俺を超えるなんて土台無理な話だな」

「そんな挑発には乗らない。俺は…」

「テメェが遠慮してんのは分かりきってんだよ! お前を大学へ行かせることぐらいわけねぇーわ! 俺を舐めてんのか?! ガキにくせに生意気なんだよ!」

「おじさんに遠慮なんかしてない! 早く経験を積みたいだけだ!」

「ハッどうだかな! つべこべ言わず行ってこい!」

「行かない!」

「行け!」

 

お互いに怒鳴りあう。「行け!」「行かない!」の応酬を繰り返し、終いには殴り合いへと発展。この時、初めてガキとの暴力を伴った喧嘩した。中学の時とは違い、俺の身長を越え、力も強くなったガキのパンチは痛かったものだ。ガキのくせに生意気極まりない。殴り合いと口論はどんどん熾烈になり、日が暮れた頃にはお互いの顔の原型がなくなっていた。

 

ボコボコに腫れ上がった顔でガキは眉をひそめる。俺は息をあげつつ、口についた血を袖で拭う。ガキは俺の様子を見ながらか細い声を発した。

 

「なんなんだよ……なんなんだよ……俺はただおじさんに恩返しが早くしたくて……」

「いらねぇつってんだろ。そもそも恩をくれてやった記憶もねぇ。テメェを引き取ったのは俺のエゴだ」

「俺が嫌なんだよ! 恩返しさせろよ! このハゲ!!」

「誰だハゲだこのクソガキ! 俺の毛はフサフサだ死ね!」

「おじさんがな!」

「チッ…! 話が進まねぇ…。お前が意味のわからねぇ恩返しがしたいのは理解した。だがな、俺へ恩を返したいなら、お前の行動は無意味だ馬鹿野郎! お前も本当は分かってんだろ?! 出世のために大学へ行って、試験通過して、キャリア組になれ! 出世して出世して出世しまくって、俺に楽をさせろ! それがお前に出来る最高の恩返しだ!」

 

ビシッと指をガキに向ける。ガキは俺の顔を食い入るように見つめてきた。静寂が辺りを支配する。何時間もその静けさが続くかと思ったが、ガキの行動によってそれは終りを告げた。奴は「はああああーーー」と盛大な溜息を吐き、地面へと寝っ転がったのだ。それを見た俺も床へ倒れ込む。身体中に痛みが走っていた。それに舌打ちをこぼしながら、俺はガキを見る。ガキはうーーっと背伸びをしつつ、叫ぶように言葉を発した。

 

「あーーーもーーーーこれだからおじさんは嫌なんだ…。分かったよ…出世しまくってやるから覚悟してけよ!」

「良い度胸だ」

「あと、大学費は必ず返すからな!」

「いらねぇつってんだろうが」

 

俺がそう言うと、ガキは笑い始めた。可笑しくて仕方がないと言ったように大声で笑い始めたのだ。しかし、先ほどの殴り合いの傷が痛いのか、咳き込みまくりながらだが。「いでっ、ふはっ、あははははいった…ははっ」と腹を抱えるその無様な姿を見て、思わず俺も笑ってしまった。

 

こうしてガキは東都大学を受験、見事合格。大学卒業間近になると最難関である国家公務員一種も取り、警察庁へ採用。結果、警察学校へ通うことになった。警察学校でも奴は主席合格し、気がつけば――――…

 

公安になっていた。

ガキはいつのまにか俺の部下になっていたのだ。

 

どこへ配属されるかと思えば、まさか公安とは。いや、本音を言うとあいつならいつかここへ来ると思っていた。だが、こんなに早いとは。奴を引き取り、イジメ倒していたのが遠い昔のように思える。

 

俺の直属の部下ではないが、同じ公安所属になったクソガキ。俺が若い頃に着ていた灰色のスーツをガキが着て、共に仕事をする日が本当にくるとは。俺直々に奴へ指導したことはないが、後輩からガキのことは色々と報告が来ていた。別にいらねーのによ。だが、まあ、情報交換は大切だ。仕方がなく受け取っておいた。後輩はそんな俺を見て気持ちわりーことにニヤニヤしていたものである。ムカついたから、肩パンしておいたけどな。

 

そんな日々を過ごしながら、俺は日本のために尽力を尽くしていた。尽くしていた、『はずだった』のだ。

 

(こんな風にガキとの馴れ初めを俺が思い浮かべるなんてな…)

 

クソガキとの出会いから今までを思い出して、俺は小さく笑う。小刻みに唇が震えた。口からは荒い息が絶え間なく出続ける。身体中から熱がなくなっていく感覚に俺は舌打ちをこぼした。ちらりと視線を下ろすと目に入るのは飛び切りの『赤色』。公安警察になってからは嫌になる程見慣れた赤色だった。背中を壁に預けながら俺は眉をひそめる。

 

「ああ、くそ、しくじった…」

 

口から出る言葉が拙い。自分とは思えない弱々しすぎる声。それを自覚して、更に俺は眉をひそめた。

 

こうなった理由は仲間の一人が俺を売ったからである。俺は久々に現場の指揮を取っており、とある場所から反社会勢力の取引を盗み見ていた。その俺がいる場所の情報を敵へ流されてしまい、結果、俺は追い込まれたのだ。なんとか命からがらセーフティーゾーンの一歩手前までやって来たが、このザマである。

 

(まさかこの俺がこの歳になり、ポカをするとはな。クソ、あの野郎覚えてろよ。ぜってぇ法の下で裁いてやる)

 

何度も何度も心の中で悪態をつく。しかし、俺はついにズルズルと床へ座り込んだ。足がガクガクと震え、立っていられなかったのである。意識も朦朧としてきやがった。クソ、クソ、クソッ! 笑えねぇほどヤベェぞ! 簡単な処置はしたが、これでは足りない。早く、早く、仲間の元へ――――。そこまで考えて、俺は自嘲した。

 

(こうなっているのも『報い』かねぇ?)

 

なんせ俺は同期を殺したのだから。

そう、俺は奴を間違いなく殺した。

俺なんかよりもよほど優秀で、人格者で、天才なあいつを殺したのだ。



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後編: 「降谷をおっさんが引き取った理由」

俺には仲の良い同期がいた。

 

まあ、奴とは出会った当初、馬が合わなく、顔を合わせる度に喧嘩ばかりしていたけどな。それも仕方ねぇだろう。片や俺のような不良、片や超真面目堅物男。まさに火に油。性格が正反対すぎた。そのせいなのか少し話しただけで口論からの殴り合いになるのはザラにあったものである。しかし、警察学校で互いに競い合ううちに認め合うようになり、気がつけば唯一無二の親友になっていた。不思議なものだ。

 

(あの馬鹿と熾烈な成績争いを繰り広げたせいで、俺は主席で、あいつは次席で警察学校を卒業するに至ったっけ)

 

今思えばアホ過ぎる争いである。しかし、そのお陰で俺は公安になれた。勿論、俺の親友もだ。公安所属になった後も俺達は協力し合い、共に戦った。奴と一緒の仕事ならなんでも上手くいったものだ。その活躍の目覚ましさから、周りからは『凸凹コンビ』なんていう渾名を付けられていたほどである。

 

だからこそ、俺達は油断した。

愚かにも、俺達なら何でも出来ると過信しすぎたのだ。

その油断の代償を払ったのが親友自身だった。

 

あの事件はあまりにも辛すぎて少々語りたくはない。だが、一つ言えるのは、俺達はミスをしてしまった。初めは小さなミスだったが、後々それが大きなミスになったのだ。それにより俺達は拳銃を所持した何十もの敵から逃げる羽目になったのである。

 

お互いに悪態を吐きながら、必死に俺達は逃げた。だが、逃げても逃げても状況は悪化するばかり。

結果、俺達はどちらかが囮となり、一人だけでも生き残って情報を持ち帰ろうという作戦を実行する羽目になったのだ。どちらが囮役――――つまり、死ぬ役になるか口論になったが、最終的にその役になったのは俺だった。理由は親友の方が俺よりも足が速かったからである。それが決まった瞬間、俺は安堵の息を吐いたものだ。

 

(俺が囮役になれてよかった。こいつは俺なんかよりも余程日本に貢献できるだろう。こいつなら安心して後を任せられる)

 

俺はじっと親友を見た。奴はグッと眉間にしわを寄せ、苦虫を噛み潰したような顔をしている。俺なんかよりもずっとずっと苦しそうだった。それを俺は笑い飛ばす。

 

「辛気臭ぇ顔すんな! 死ぬと決まったわけじゃねぇ。また後で会おうぜ! ちゃんと情報持ち帰れよ。任せたからな」

「勿論だ。――――任せたぞ」

 

親友は少しの間、躊躇した。何度か意味のない足踏みをした後、クルッと俺に背を向け走り出す。いつもよりその走りは速い気がした。小さくなる背中を見て、俺は目を細める。そして、小さく笑った。

 

「頼んだぞ」

 

だが、この時、俺はおかしいと気がつくべきだった。何度後悔してもしきれない。どうして気がつかなかったのか。あの馬鹿が俺が囮役になることをあの程度の口論で納得したことに。あいつが去り際に「任せた」などと言った理由に何故、気がつけなかったのだろう。

 

親友は俺に『殿を任せた』訳ではなかった。奴は俺に――――…

 

 

――――日本の未来を任せたのだ。

 

 

俺はあの後、奇跡的な生還を果たす。そのことに喜びながら仲間の元へ戻るも、親友はそこにはいなかった。慌てて他の奴らに確認するが、誰も見ていないと言うのだ。嫌な予感がした。頼む、外れてくれ。そう考えながら、親友を待った。そして、数時間後、奴は帰って来る。

 

物言わぬ、亡骸として。

 

親友はシートを被せられ、仲間に運ばれてきた。奴は公安内でもガタイがよかったため、シートを被せられても直ぐにあいつだと分かったものだ。悲痛な顔をしている仲間達を視界に入れながら、俺は覆い被されたシートを捲る。やはりと言うべきか、親友がそこにいた。口から血が垂れたまま、眠るように穏やかすぎる表情で死んでいたのだ。

 

「おい、何で寝てんだよ」

 

声がみっともないくらいに震える。親友が死んだ事実を俺は受け入れることができなかった。目眩がして地べたに座り込む。ぐらんと世界が回った。吐き気がして、身をかがめる。

それと同時に俺の胸からマイクロフィルムが入ったネックレスがこぼれ落ちた。カシャンという金属音を聞いて、耳を疑ったものだ。あいつに渡したはずのネックレスの音がしたのだから。

 

「一体、いつ、どうやって…」

 

目ン玉をかっ開き、息をするのを忘れる程に俺はそのネックレスを見つめた。ガチガチと歯が鳴る。震えは全身に広がり、痙攣のようにガクガクと震え続けていた。

そして、ジワジワと胸の内に広がるとある感情。血の気が引くほどの絶望感と驚愕。そんな感情を味わったのは初めてだった。俺はポツリと呟く。

 

「囮は俺じゃなかった。あいつだったんだ…」

 

泣くことも、嘆くことも出来ずに俺はただ唖然としていた。ひたすら親友の亡骸を見つめ続けていたものだ。同僚に無理やり引っ張られるまで俺はずっと座り込んでいた。

 

(どうして、)

 

気持ちの整理ができなくて、四六時中ボーッとしている日々が続いたぐらいだ。仕事と寝る時以外はずっと俺は空虚を見つめていた。

死にたかった。何も出来ずに親友を死なせてしまった自分が憎かったのだ。確かにあの場面ではどちらかが犠牲にならねば全滅していただろう。だが、何故お前が死ぬんだよ。俺で良かっただろ。どうして嘘なんかついたんだ。どうして――――。

 

どれほど疑問を持とうとも、親友の死は変わらない。あいつが何を思って死んでいったかなど、どんなに考えようとも分かるはずもない。この思考は全てが無駄。それは分かっていた。

だが、理性と感情は違う。感情はロジックでは語れない。感情すら制することのできぬ己の未熟さに血反吐を吐きそうだった。

 

「俺にできることは、」

 

俺に出来ることは、あいつが守ろうとしたものを守るだけ。

生きて、日本を守ることだけなのだ。

それだけがあの馬鹿に助けられた俺に出来る唯一の贖罪。

 

そのことだけを考え、俺は怠惰に生き始めた。今思うと死ぬように生きていた日々だったと思う。死を恐れずに危険な事件へ飛び込んで行った。その危うさに流石の上司も同僚も心配になったのだろう。何度も何度も窘められ、俺が死なないように配慮してくれていた。本当に彼らには頭が上がらない。

 

 

そんな時に出会ったのがあのガキ――――零だったのだ。

 

 

零を見た瞬間、こう思った。「俺に似ている」と。あまりの衝撃に泣くこともできない馬鹿で不器用で救いようのない人間。そう思ったのだ。

しかも、俺も高校の時に親を亡くしており、『未成年の頃に両親が死んでいる』という部分まで零と同じだった。勿論、小学生の方が高校よりもショックがデカく、大変だと思う。だが、その時の俺はどうしようもなく零に親近感を抱いていたのだ。だからこそ、俺は思った。

 

(こいつを引き取ろう)

 

俺に似た子供には俺と違う道を歩んで欲しい。

俺が目指した未来へ辿り着いて欲しい。

そう考えのだ。

 

これは俺のエゴだ。愚かにも俺は自分が出来なかった可能性を見たいがためにガキを引き取ろうとしていた。零の未来を完全に無視し、自分の願望を押し付けようとしていたのだ。なんて浅ましく、なんて恥知らずなのだろう。

しかし、理性が自分を支配するよりも前に俺は零の手を既に取っていた。その行動に何度も自己嫌悪をしたものだ。

 

(だから、俺はずっと自分に嘘をついてきた…)

 

『零を引き取ったのは奴を虐めて自分の鬱憤を晴らすため』と、俺は己自身にそう言い聞かせた。最低クソ野郎を敢えて演じることで、俺の最も醜い部分を覆い隠そうとしたのだ。例えるなら、少し汚れている車の近くにもっと汚い車を置いて、初めの車を目立たせないようにするような感じである。「こっちよりは余程マシだ」と思えるように俺は自分自身に嘘を吐いた。汚いものを汚いもので隠したところで何ら変わらないのにな。

 

だが、何の罪もない零を虐めていくのは流石に辛いものがあった。

その償いが小学校の弁当作りだ。

 

可愛らしいお弁当ばかり作っていたのは、零の両親が残したレシピにそれしかなかったからである。どうにも奴の親御さんは子供が好みそうなファンシーな弁当ばかりを作っていたみたいだったのだ。独身歴が長い俺はそこそこ料理ができるため、罪滅ぼしにレシピ通りに弁当を作り始めた。

 

(矛盾しているのは分かっている)

 

『零を引き取ったのは奴を虐めて自分の鬱憤を晴らすため』という体をとっているのに、こんなことをするなど。俺は本当に何をしたかったのだろうか。今でもこれを考えるだけで恥ずかしくて死にそうになる。

 

零へ様々な弁当を作った。一つ一つ丁寧に作った。だが、零は俺の弁当を食わなかった。当たり前だ。俺みたいなやつの弁当を食いたいわけがない。

しかし、ある時、急に零が俺へと空になった弁当箱を持ってきたのだ。驚いたさ。一体、どんな心境の変化があったのかと。驚愕を隠せないまま零の目を見る。そして、目を見張った。

 

アイツの瞳はもう死んでなどいなかった。

両親の死を受け入れ、前に進もうとしている者の目をしていたのだ。

 

このことに気がついた刹那、俺は痺れた。雷に撃たれたような衝撃に襲われたのだ。

 

(このガキは、零は俺なんかよりもずっとずっとずっと強い)

 

俺と一回りも二回りも年齢が違う未成年の子供。そいつが既に立ち上がっている。その事実に言葉を失ったものだ。このガキは、零は、精神構造が俺とまるで違う。傷つき、絶望の淵に落とされようとも何度でも立ち上がる不屈の精神力を持っている。例え、一度足を止めることがあったとしても、こいつは何回だってまた歩み始めるのだろう。

 

こいつは俺となんか似ていない。

零は『零』という立派な人間なのだ。

 

そう考えた時、俺は初めて零に敬意を持って奴の目をしっかりと見据えた。そして、俺は気がつく。

 

「ああ、なんだ、お前はこんなとこにいたんだな…」

 

俺はその時、零の瞳の奥に親友の姿を確かに見た。もう何処にもいないと思っていた親友は、『不屈の精神』を持つ者と共に存在したのだ。気がつけば俺は零を抱きしめていた。

 

そう、きっとあの時、始まったのだろう。

 

零が大声を上げて泣いた瞬間、新しい俺が産声を上げたのだ。

 

それからというもの、俺はできるだけ零と共にいるようになった。奴の親代わりとして生き、零へ恩返しをしていこう――――そう思ったのだ。

だから、零がやりたそうにしていることは全てさせた。零が寂しくないように家へ頻繁に帰るようになり、それに加えて、積極的に有給も消化するようにもなった。上司達はそれを見て安心したように笑っていたものだ。

 

(まあ、でも、今までの傍若無人な零への態度は恥ずかしくて改められなかったけどな!)

 

しかも、救えないことにその態度を改める機会を見失い、ついにこの歳まできちまった…。何してんだよ俺…。ツンデレかよ…。そのせいで零の名前すらまともに呼んだことねぇんだけど…。後、俺が暴言を吐くたびに零が「わかってるよおじさん!」というようにニコニコしてくんのが辛い。やめてくれ。俺はツンデレじゃない。

 

まあ、そんな感じの零との生活は楽しくて楽しくて。もう零の為に生きていると言っても過言ではなかった。

 

――――だから、これはきっと報いなのだ。

己の浅ましさを忘れた俺への。

 

腹に手を当てる。手の間からゴポリと血が流れ出た。止血しようとも止まることを知らないその血に俺は舌打ちを零す。先程と同じようになんとか動こうとしたが、やはり力が入らない。もうダメか。そう思った瞬間だった。

 

「おじさん…!」

 

零の声がしたのだ。思わず耳を疑った。重過ぎる瞼をなんとかこじ開ける。

幻聴か? 頼む、そうであってくれ。アイツが俺のせいで死んだら、それこそ俺は俺が許せなくなる。

零の存在を否定したかった。だが、瞼を開けた先にはやはり零がいた。俺はその刹那、死にかけであることを忘れ、唸り声を上げる。

 

「テメェ…何で来た…?! ここは危険だ…! 殺されるだけで終わるならまだしも、捕まり、情報を取られたらどうする気だ…!」

「俺がそんなヘマをするわけないだろ」

「なんつー危ねぇことを…! 馬鹿かお前は!」

「馬鹿なのはおじさんだろ! 何、死にかけているんだ! ――――本当に、何で死にそうになってるんだよ…」

 

零がぐしゃりと顔を歪めた。そして、奴は動けない俺の腕を取り、自分の肩へ腕を回そうとする。しかし、既に力が入らない俺の身体はスルリと簡単に滑り落ちた。零はゆっくりと瞳を見開かせる。唖然とした様子で俺を見下ろしてきた。その姿を見た俺は静かに口を開く。零に言い聞かせるように窘めるように言葉を発した。

 

「帰れ」

「嫌だ。まだおじさんは生きている」

「お前も分かっているんだろう。俺はもう駄目だと。なあ、頼む、行け――――零」

「…ッ!」

「お前と暮らせてよかったよ。ありがとう」

 

この時、俺は初めてこいつを『零』と呼んだ。零を引き取ってから何年も経っているというのに呼べなかったその名前。初めて発したはずの奴の名は、何故だか自分の舌にとても馴染んだ。

 

零、れい、降谷零。

ゼロと称される公安警察として相応しい名前だ。

 

最後に俺が「ありがとう」と告げた刹那、零の目からボロッと涙が流れ落ちる。次々と奴の瞳から涙という涙がこぼれ落ちていった。零はわなわなと口を震わせる。そして次の瞬間、ギュッと唇を噛み締めた。震える手で俺を担ぎ始める。「死なせない。死なせないからな」と何度も何度も繰り返しながら零は歩き出した。奴の背中に全身を預けながら、必死にこじ開けていた瞼を俺は静かに下ろす。

 

(本当に本当にありがとう)

 

この言葉だけは絶対に言いたかった。エゴまみれのこの俺を慕ってくれたこいつにだけは。零のお陰で俺は変われたから。お前がいなければ、きっと俺は闇を彷徨い続けていただろう。

 

そこまで考えて俺は小さく笑った。零からずるずると鼻をすする音が聞こえたからである。

 

(何だお前、まだ泣き虫が治ってなかったのかよ。小学校で卒業したんじゃなかったのか)

 

最後に零の涙を見たのは小学校の卒業間近だ。あんまりにも泣き虫だったから、「泣き過ぎると俺みてぇな警官になれねぇぞ」と言ったのである。それを聞いた零は酷くショックを受けた様子で、「もう泣かないからな!」と宣言。その宣言通り、零は泣くことはなかった。もう何年も泣かなかった零が泣いている――――その事実が俺の胸へ刺さる。

 

意識が朦朧とする中、零の声が俺の頭の中で響き渡った。

 

「俺も貴方と暮らせて良かったよ。引き取ってくれてありがとう。だが、まだ貴方はここで死んではいけない。頼むから死なないでくれ…

 

 

 

――――父さん!」

 

 

 

やっぱり零、お前は気に入らねぇ。

こんな俺を父と呼ぶなんて。

馬鹿野郎。俺もお前のこと――――

 

その言葉が発せられる前に俺の意識はブラックアウトした。




闇の中へ落ちていく


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前編(降谷視点): 「おっさんと手を伸ばす降谷」

 

俺、降谷零は人生最大の危機的状況の中にいる。

 

――――自分の額に銃が突きつけられているのだ。

 

しかも、その拳銃を握っているのがジンである。それだけでも悪夢だというのに、右腕の骨は折れ、全身傷だらけという体たらく。逃げようにも逃げることが出来ない状況だった。唯一の救いといえばジンもまた傷だらけだということか。だが、俺が不利なのは変わりないだろう。

 

ジンはボロボロの俺を睨みつける。奴は地を這うような声色で言葉を発した。

 

「良くもまあここまでやってくれたな、バーボン、いや、国家の犬が!」

「おや、何の話でしょう?」

 

吠えるジンに対して意味もなくすっとぼけて見せる。そんな俺の態度にジンの睨みは更にキツくなった。それを見て、場違いにも俺は腹を抱えて笑いたくなったものだ。あのジンがこれ程までに苛立っている――なんて傑作なのだろう! だが、自分が今、置かれている状況も大概傑作だな!

 

どうしてこんなことになっているのか?

理由は簡単。

 

――――黒の組織との全面対決中だからだ。

 

つい最近、組織の全貌が明らかになった。それにより、不本意ではあるが、本当に不本意ではあるが、公安警察はFBIと協力することになったのだ。

俺達は組織を一網打尽にする計画を立て、実行。しかし、腹立たしいことに、ジン率いる幹部陣によって部隊の分断をされてしまった。一応、万が一に備えて何通りも策は考えていたのだが、甘かったらしい。

 

あまりの失態に舌打ちをしたくなる。やはり一筋縄ではいかないな。しかし、その苛立ちを抑え、俺は不敵に笑ってみせた。それが不愉快だというようにジンは声を荒げる。

 

「この気に及んでトボケる気か。いけすかねぇ…! だが、まあいい。お前はここで死ぬんだからな」

「……ッ」

「あの眼鏡のガキとアメリカの犬を庇ったのがテメーの最大のミスだ」

 

確かにその通りだ。

彼らさえ庇わなければ俺はこんな状況に陥らなかっただろう。

 

組織の手によって部隊がバラバラになった後、俺はコナン君、赤井秀一の二人と行動することになった。三人で必死に組織のボス追いかけていたところ、ジンや他の構成員達と遭遇。結果、俺は囮となり、二人を逃したのである。

 

(最後までコナン君は躊躇していたな…)

 

ボンヤリとコナン君を思い出す。俺が囮になると言った時、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていたっけ。何度も俺を引き止めようとしていた。しかし、俺の意志が変わらないことを悟ったのか、コナン君は覚悟のこもった目でこちらを見据えてきたのだ。

 

「安室さん! 必ず来てね!」

「死ぬなよ」

「僕が死ぬとでも? 必ず追いつく!」

 

そうして、俺はコナン君とFBIを見送った。普通ならば赤井秀一もいるとはいえ、守るべき子供に全てを預けるなんて正気の沙汰ではない。ましてや態々俺が囮となり、彼らを庇うなんて。

 

(だけど、どうしてだろうな)

 

何故だか分からないが、あの少年ならば必ずやってくれると思えるのだ。あらゆる理屈や理由もなしに俺は心底そう信じることができた。なんなら、命すら賭けていいと思っているのだ。何故なのだろう。何故、俺はここまであの子を――――。

 

そう考えていた時だった。ジンがゴリッと俺の額へ更に拳銃を押し付けてきたのだ。奴は口角を歪に上げる。

 

「アイツらもお前の後で始末してやるよ。地獄で会えるようにな」

 

ジンが引き金を引こうと人差し指を動かす。やけにそれがスローモーションに見えた。その刹那、走馬灯のように次々と脳裏に懐かしい顔ぶれが過ぎる。死んでいった仲間たち――――松田、萩原、伊達、景光が浮かんでは消えていった。

 

この時、初めて俺は彼らに申し訳ない気持ちになる。あいつらの代わりに日本の行く末を最後まで見るつもりだったというのに。もう皆の下へ行くことになるとは。

 

ごめん、萩原。

ごめん、松田。

ごめん、伊達。

ごめん、景光。

 

本当にごめん――――…

 

(――――おじさん)

 

仏頂面の男の幻影が目の前に現れた。

ネイビーブルーのスーツを着たその男にひどく懐かしさを覚える。

 

最後の最後で思い出したのは自分の育て親だった。

 

 

 

 

 

 

俺、降谷零には父親が二人いる。

 

一人は血の繋がった実父。

もう一人は成人まで俺を育ててくれたおじさん。

 

おじさんと出会ったのは両親の葬式の時だ。当時、小学生だった俺は葬式の最中、ただ静かに座っていた。涙も流さず、不満すらも漏らさずに。

それが親戚連中にとっては気味が悪かったのだろう。当たり前だ。俺だって親が死んだというのに、その子供が無表情であれば不気味だと思う。親戚達は一様に眉をひそめながら「私があんな子を引き取るなんて無理よ」「俺もだよ」とヒソヒソと話していた。

 

(彼らの言うことは正論だ。どうして両親が死んでいるのに泣けないんだろう。どうして、俺は、)

 

ああ、ヒーローがいたらいいのに。画面越しにいつもキラキラ輝くヒーローいれば。でも、ヒーローなんていなかった。本当にヒーローがいたなら、俺の両親は生きていたはずだ。

 

世の中のあんまりな現実に目の前が真っ暗になる。俺はギュッと拳を握りしめた。親戚達の言葉に頭がクラクラしてくる。吐きそうなくらいに気持ち悪くなった――――そんな時だった。

 

 

「子供は俺が引き取ります」

 

 

一人の男のぶっきらぼうな声が聞こえたのは。

 

まるで仕方がねぇなというような声だった。ため息混じりのその言葉に俺は特に何も思わなかったものである。他に感情があるとすれば、そうだな、『ああ、ようやく決まったのか』という少しの安堵だけだ。あの親戚達の言葉はもう聞きたくなかったから。

 

男は強引な手つきで俺を引っ張り、連れて帰った。男の家らしき場所に着いた後、彼は直ぐにこう言ってきたのだ。『俺はガキが嫌いだ』と。恥ずかしげもなく、俺を『厄介者』として扱う彼に、逆に清々しさを感じたものである。お前、仮にも子供にそんなことを言うのかと。

 

(最悪な人に引き取られたな…。それでも、感情をハッキリ見せてくれるだけましか)

 

――――そうして、俺とおじさんの生活は始まった。

 

彼は我が身の可愛さ故、俺に虐待等はしなかったが、非常に口煩かった。やれ風呂に入れだの、やれ、着替えろだの、大声で怒鳴りながらこちらの世話をしてきたのだ。何故か分からないが、彼は俺に常に付きまとってきた。それが迷惑だったものである。

 

(おじさん、いつも俺を不機嫌そうに見ているくせに何で放っておかないんだろ)

 

俺はおじさんに興味のカケラもなかったが、彼の謎の行動に首を傾げたものだ。嫌いなら嫌いで別に構わない。どうしてこんな不利益なことをするんだろう。うーん、仮にも義息子だから、みすぼらしい格好はさせたくないとかか? よく分からない。

 

(まあ、でも、害はないし…。おじさんの好きにさせておくか)

 

幼いながらも俺は理解していた。恐らく、他の親戚へ行っていたのなら、もっと悲惨な目に遭っていただろうことを。それを自覚していた俺は仕方がなくこの男の世話になっていた。

 

 

そんなある日だった。

俺が殺されかけたのは。

 

 

俺を殺そうとしたのは連続幼児殺人魔である。当時、盛大にテレビで報道されていたその男に俺は捕まってしまった。

理由は集団下校の途中で、俺は勝手に一人になってしまったからである。下校メンバーにいじめっ子がいた為、どうしてもそいつらと一緒にいたくなかったのだ。

 

集団から離れ、一人ぼっちになった俺を連続幼児殺人魔はあっさりと誘拐した。犯人はどうにも俺に薬品を嗅がせて気絶させたらしい。目が覚めたら倉庫の中にいて、ビックリしたものだ。しかも、日はとっくの昔に落ちたのか辺りは真っ暗。加えてロープで身動きが取れない。最悪な状況に愕然とした。

 

(どうする…?!)

 

持てる全ての力を使って逃げるため、子供なりに必死に考える。なんとかしてここから脱出しなくては。早く、早く、何か案を――――しかし、その思考は直ぐに中断させられてしまう。近くからしてきた物音によって。

 

コツコツと足音をたてながら、覆面の男がこちらへ歩いてきたのだ。それだけでも恐ろしいというのに、奴は右手に凶器を持っていた。覆面の男はニタニタと笑みを浮かべつつ、こちらに話しかけて来る。

 

「初めまして、坊や」

「ヒッ」

「今から殺してあげるね」

 

何の理由もなく、何の前触れなく、死が訪れた。突然襲いかかる『死』に俺はついていけない。それでもたった一つだけ俺の心にはある感情が浮かぶ。

 

それは、『疑問』だった。

 

(俺は普通に生活をしていたはずなのに。どうして死にそうになっている?)

 

どうして。どうして。俺は何もしていないのに。

 

そう、俺は理不尽な目に遭っている事実に対する疑問を強く抱いた。

 

引き攣った声が口からこぼれ落ちる。みっともなく身体が震えた。逃げろと全身が叫んでいるというのに何故か身体が動かない。その事実に唖然としながら俺はもがこうとした。死にたくなかったのだ。俺はただひたすら震える手を天へ向かって必死に伸ばした。

 

(だれか、助け――――ッ)

 

そこまで考えて、俺は唇を噛む。口にするはずだった言葉をグッと飲み込んだ。だって、悟ってしまったから。目をそらすことのできない現実を悟ってしまったのだ。

 

 

助けを呼んだところで、叫んだところで、

 

――――誰が俺を助けてくれると言うんだろう。

 

 

両親はこの世にいない。親戚連中からは疎まれ、学校でも『ハーフ』という理由で虐められている。一体、どこの誰が俺を心配してくれるというのだ。誰が助けるというんだ。この世界は俺に優しくない。この世界は理不尽だ。俺は何もしていないのに両親はいなくて、虐められていて、こんな目に遭っている。そうだ。この世には、

 

(ヒーローなんていないんだ)

 

そんなことあの葬式の時に知ったはずじゃないか。何で俺は希望なんて持っていたんだろう。

 

そう考えた刹那、全身からフッと力が抜ける。伸ばした手をゆっくりと下ろした。

ああ、そうだ。俺がもがく必要はない。誰にも望まれない俺が生きたところで意味はないだろう。きっとあの男も、俺が死ねば清々するはず。

 

殺人魔が俺へと振り下ろす刃を落ち着いて見つめる。スローモーションで落ちて来る刃物がキラリと光った瞬間だった。

 

 

――――誰かが俺の手を取ったのだ。

 

それと同時に鮮やかなネイビーブルーが目の前に現れる。

 

 

「テメェ何してやがる」

 

聞き慣れた男の声。ぶっきらぼうで、愛想なんかまるでなくて、口煩い男の声が聞こえてきた。

 

その時、えも言えない感覚が喉までせり上がってくる。無性に叫びたくなった。唇はわなわなと震え、握り締められた手が熱を持つ。先程とは違う感情が自分の胸の中で暴れまわった。荒れ狂うような激しい感情。幼い俺はその感情にどう名前をつけていいか分からなかった。

 

(ああ、)

 

俺は心の中で抑えきれない感情をため息と共に吐き出す。鮮やかなネイビーブルーのスーツを自分の目に焼き付けた。時が止まったかのような感覚に襲われる。気がつけば俺は自然とその男の名を呟いていた。

 

「おじ、さん、」

 

酷く掠れた声が発せられる。息をするのも忘れて、ひたすらネイビーブルーの男を見つめていた。おじさんに痛いほど握り締められた自分の手が震える。

 

――――不思議なことにもう恐怖はなくなっていた。

 

理由は分からなかった。おじさんが来たことに安心したのか。それとも、殺人犯から逃げることが出来たからなのか。或いは両方なのか。複雑で、ごちゃごちゃしていて、思考がめちゃくちゃだった。正直に言うと、救出後の記憶は曖昧である。しかし、これだけは確かに覚えていた。

 

おじさんの手の温もりを。

 

温かくて、握り締められた手が痛くて、でも、その手を離せなくて。そんなゴツゴツとした大きな彼の手の温もりだけは覚えていた。曖昧な記憶の中に熱烈に、強烈に、こびり付いた垢のように残っていたのだ。

 

――――そして、気がつけば事件は終わり、次の日にはいつもの日常に戻っていた。

 

おじさんは相変わらず口煩いが、事件については何も言わず、何も怒らない。かといって、「心配した。よかった!」とも言わなかったのである。だからこそ、改めて疑問に感じた。

 

(この人は一体何がしたいんだ…。何を考えているんだ…?!)

 

おじさんが理解出来なかった。どうして彼は俺を助けたんだ。どうして彼は俺を引き取ったんだ。どうして――――そう考えた時、不意に目に入ったのがお弁当箱だった。

 

「ああ、そういえばあの人、毎日お弁当を渡してくるよな…」

 

最近の俺は食欲が本当になかったのと、おじさんへの意地返しに、いつもお弁当をそのまま彼へ返していた。最初は何を言われるか身構えたものだが、不思議なことにおじさんは何の反応もしなかったのだ。「ああ、そうかよ」だけで終わったのである。それ以来、ずっと俺は渡された弁当を突き返していた。

 

その日、何故か分からないが、俺はお弁当を手に取り、蓋を開けていた。そして、驚いた。

 

「これ、俺の家の弁当だ…」

 

なんで、どうして。

 

蓋を開けた先にあったのは、所謂、キャラ弁と言われるお弁当。可愛らしくて、ファンシーで、最近は学校へ持っていくことが恥ずかしかった、俺のお弁当だったのだ。

 

それを見た瞬間、俺は自然とお箸を手に取っていた。もうとっくに昼食の時間は終わり、学校から帰宅しているというのに。俺は『そう』することが正しいかのように箸を動かした。小刻みに箸が震える。眉をひそめながらコロッケを箸で摘んだ。そのままひょいと口にコロッケを入れ込み、咀嚼する。モグモグと口を動かしていたが、段々と咀嚼の速度は遅くなっていく。それもそうだろう。

 

 

――――だって、俺は泣いていたから。

 

 

「うぇ、」

 

歯でコロッケを潰すごとに目からボロボロと涙がこぼれ落ちる。一つ、また一つと涙の数は増え、気がつけば数えることが出来ないくらいになっていた。鼻水は出て、えずきながら食べる俺は不恰好極まりなかっただろう。だが、口を動かすことはやめなかった。だって、だって、同じだったから。

 

両親が作ってくれたお弁当と、同じ味だったんだ。

 

「おとうさん、おかあさん…」

 

もうこの世にはいない俺の両親。会うことは二度とできない俺の父と母。本当に、本当に、もう俺は彼らと話すことは出来ない。抱きしめてもらうことも、頭を撫でてもらうことも。色鮮やかに残っていた懐かしい映像が脳裏で何度も再生された。何度も、何度も。

 

次々と流れ行く記憶にギュゥと胸の辺りの服を握りしめる。胸が痛くて、涙は止まらなくて、頭がどうにかなりそうだった。

 

そして、俺はぼんやりとする頭で唐突に葬式での出来事を思い出す。

 

(ああ、そうか。あの時、あの葬式で俺が泣かなかったのは――――)

 

認めたくなかったからだ。

認めてしまえば、泣いてしまえば、本当に両親と会えないと思ってしまったからなんだ。

 

今考えると本当に馬鹿な理由だろう。だが、俺はどうしようもなく、そう思ってしまっていた。泣いても泣かなくても、両親の死を認めても認めなくても、父と母が死んだ事実は変わらないというのに。

 

「ごめん、おとうさん、おかあさん。ごめん、ごめん、泣かなくて、ごめん。認めなくて、ごめん。俺はまだ二人と一緒にいたかったよ…」

 

この時、ようやく俺は両親の死を受け入れた。どうしようもなく、愚かで、馬鹿で、恥知らずな俺は、ようやく、ようやく、彼らの死を認めたんだ。

 

本当に俺は馬鹿だ。受け入れなきゃ、前へ進めないだろう。俺は生きている。なら、二人がいなくても生きるしかない。生きるしか、頑張るしかないんだ。例え、死の淵に立たされようとも、不幸のどん底に落とされようとも、どんな理不尽な目に遭ったとしても、俺は足掻かなければならない。躓いて、泥だらけになって、ボロボロになっても、自分という世界と戦わなければならない。

 

生きる、ために。

 

泣いて、泣いて、泣きまくる。この感情が悲しみなのか、不甲斐ない自分への怒りかまでは分からなかった。だが、一つだけ分かることがある。俺は生きなきゃいけないってことだ。

俺は必死にお弁当を口へ詰め込む。食べ物が喉を通り、胃へ落ちていくごとに『生』への実感が湧いた。

 

(馬鹿、馬鹿、馬鹿。俺の馬鹿。おじさんの馬鹿)

 

この馬鹿げたお弁当を作った張本人へ意味もなく暴言を吐く。そうでもないとやっていられなかった。泣きすぎてぼんやりとする頭にネイビーブルーのスーツの男が過ぎる。

 

(おじさんの馬鹿野郎。普通、おとうさんとおかあさんの味がを出せるわけないだろ。何で出せてんだよ)

 

おじさんは俺の父と母には会ったことがないはずだ。そんな彼がこんなお弁当を作れるわけがない。本来ならばあり得ない。あり得るはずがない。けど、あり得ないのに、あり得てしまっている。

 

これが意味する事実に俺は気がついてしまった。気がつかざるを得なかった。どうしようもないく、ありきたりで、凡庸な真実にたどり着いてしまったのだ。

 

(ああ、そうだった…。おじさんは…)

 

おじさんは決して俺を見放さなかった。どれほど文句を言おうとも、どれほど無愛想だろうと。決して、決して、俺の手を離さなかったのだ。確かに彼の言葉こそ自分勝手ではある。

 

だが、おじさんの行動は俺を守るものであった。

それは目の逸らしようのない『真実』。

 

おじさんは不思議な人で、正直なところ意味が分からない部分が多い。『どうして俺を引き取ったのか』すらもイマイチ不明だ。でも、でも、それでも俺はいいと思った。

 

あの時、あの場所で俺の手を取ったのは――――

紛れもなくおじさんだったから。

 

本当のことを言えば、俺を助けてくれるなら、おじさん以外でも良かったのかもしれない。しかし、俺を守ったのはおじさんだった。他の誰でもなく、おじさんただ一人だったのだ。

 

(ちゃんと謝りにいこう…)

 

空になったお弁当箱を見つめる。そこには米粒一つすら残っていなかった。ゆっくりと蓋を閉めたあと、俺は立ち上がる。泣きっ面で、情けない顔を隠そうともせずに、おじさんの下へ向かった。部屋から出て、リビングへと足を進める。

 

「おじさん」

「あ? なんだよ」

「これ、返す」

「は?」

 

リビングのソファーで寝そべっていたおじさん。彼は面倒臭そうに起き上がり、俺の方へと顔を向けてくる。そんなおじさんへ俺はぶっきらぼうに弁当箱を突き出した。

 

――――その瞬間、おじさんはポカンとした表情を曝け出したのだ。

 

彼は食い入るように俺の顔、いや、瞳を見つめ始めた。目をまん丸く見開き、ありえないものを見るようにこちらを射抜く。そして、郷愁にかられたような表情をした。まるで俺を通して『何か』を見ているようだったのだ。一瞬、それに俺は面食らう。まさかそんな『目』をされるとは思わなかったからである。

 

(一体、何を、)

 

見ているんだ。そう思う前に、おじさんは何かを小さく呟いた後、びっくりするような大声を上げて笑ってみせた。本当におかしくておかしくて仕方がないといった風に笑い出したのだ。それにより、先ほどの疑問も簡単に吹き飛んだ。

 

「ハハ! ようやく俺様に屈したか! ガキが大人に敵うと思うなよクソが!」

 

その時、俺は初めておじさんに抱きしめられた。

 

身体が痛くなるほどの抱擁。通常通りであれば、「痛い! やめて!」と言っただろう。だが、何故だかその痛みがずっと続けばいいのにと思っていた。温かくて、苦しくて、涙が再び溢れるくらいには心地良かったのだ。俺もまた力一杯に彼を抱きしめ返す。そして、腹に力を入れて、声を上げた。声を上げて泣いてみせたのだ。

 

この日、ようやく声にならなかった叫びが音となって零れ落ちた。

 

多分、この日だ。この日、降谷零は生まれ変わったのだ。



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中編(降谷視点): 「おっさんと降谷は成長する」

 

その号泣事件が終わってからも俺はおじさんとの生活を続けた。

 

彼は相変わらず、無愛想でぶっきらぼうだ。なんなら暴言だって吐く。でも、必ずと言っていいほど俺がしたいことはさせてくれた。それにより、少しづつ俺は元気を取り戻していったのである。

 

そんな中、出会ったのがエレーナ先生と幼馴染のヒロだ。

 

エレーナ先生と初めて会ったのは、俺が他の子供達に虐められ、怪我をしていた時である。彼女に手当てしてもらってから俺はエレーナ先生と仲良くなったのだ。いや、仲良くなるというか、あれはきっと心配されていたのだろうけど。それでも俺は良かった。エレーナ先生のおかげで俺は自分とはどうあるべきかを知ることができたのだから。先生との出会いは俺の人生のターニングポイントの一つだった。

 

次に、ヒロに出会ったのはエレーナ先生からの助言を受けて、俺はいじめっ子に反抗しようとしていた時である。俺は頑張って抗おうとしていたが、尻込みしてしまっていた。そのところをヒロに助けてもらったのである。ヒロは俺の前に立ち、堂々といじめっ子達に喧嘩を売った。

 

「お前ら何してんだよ! こいつは何もしてねーじゃねーか! こいつはお前らと同じ日本人だよ!」

「はあ?! 降谷は俺達と違うじゃん!」

「違うくない!」

「お前は降谷の髪と目が見えねーのかよ。馬鹿かよ!」

「は? あんな綺麗な髪と目が見えてねーわけねーだろ!!」

 

ヒロはその場にいた俺が思わず困惑するような言葉を恥ずかしげもなく叫ぶ。当事者たる俺を差し置いてヒロはいじめっ子達と戦っていた。最初は意味が分からなかったものである。だって、ヒロと俺は同じクラスとはいえ、話したことはなかったからだ。だが、困惑していても、訳がわからなくても、たったこれだけは思った。

 

(俺を庇ってくれているこいつを守らなきゃ)

 

俺は自分を助けてくれる人間の尊さは人一倍理解していた。ヒロが助けてくれる理由は分からない。だが、彼は自身が不利になるかもしれないのに、俺のために戦ってくれている。その行動だけで十分だった。

その瞬間、俺の心から力強い気持ちがムクムクと湧き上がる。今までいじめっ子達に尻込みしていた心が動き出す。そう、それは『勇気』というのだろう。恐怖に勝ち、敵と戦う意志。

俺は目を吊り上げ、口をかっ開き、大声を発した。

 

「俺の悪口はいい。でも、こいつのことを悪く言うな!」

 

俺が言い返したのが余程驚いたのだろう。いじめっ子達はギョッとした顔になった。だが、直ぐに表情を戻して声を張り上げてくる。それに負けじと俺とヒロは言葉を返す。その応酬を続けていたら、最終的には殴り合いに発展。気がつけば両者ボロボロになり、いじめっ子達は逃げ帰っていった。彼らの走り去る背中を見ながら、俺は一息つく。そして、ヒロと顔を見合わせて、プッと吹き出した。ヒロはこちらを指差して笑ってくる。

 

「お前、何だよその顔〜〜! 大口叩いた割にはボロボロじゃねーか!」

「お前だって! 突然割り込んできた癖に、俺と同じじゃないか」

「あ、お前なんて名前だ?」

「知らないのかよ! …零だ」

「じゃあ、ゼロな! 俺は景光!」

「ゼロってなんだよ。まあ、いいよ。じゃあ、お前はヒロな!」

 

自己紹介の後も何が面白いのか分からなかったが、ヒーヒー笑いあっていた。おかしくておかしくて。日が暮れるまで笑い、語り合っていた。それがヒロと俺の出会いだ。

 

それからというもの、俺はヒロと行動するようになった。彼といるのは楽しかったものだ。何だって相談できた。その頃からだ。俺が警察官になりたいと思ったのは。もしかしたら俺は、自分がハーフだから警官になれば日本人だと認めてもらえると考えもあったのかもしれない。だが、一番の理由はヒロに「知ってるか? 警察官ってスゲーんだぜ! 日本を守るヒーローなんだ! 俺はぜってー警官になる!」と言われたからである。

 

ヒーロー。

日本を守る正義の味方。

 

それをヒロに言われた瞬間、胸が熱くなった。どうしても警官になりたいと、なって日本を守りたいと、何故か強く思ったのだ。あのヒロの発言が俺の行く末を決めたのだろう。ヒロと「じゃあ、一緒に警官になろう!」と誓いを立てた時に。

 

エレーナ先生が俺に存在理由を教えてくれたというのならば、ヒロには誰かと戦う勇気と進むべき道を教えてもらった。

言葉にできないほどに尊いものを二人から俺はもらったのだ。

 

ヒロと一緒に警官になると決めてからは行動が早かった。直ぐに俺はおじさんにどうしたら警官になれるか聞いたのだ。聞かれたおじさんはギョッとした顔になり、逆に俺へ聞き返してきた。

 

「あーー…何で警官になりたいんだよ」

「何でもいいだろ。教えてくれよ!」

「いや、まあ、よく知っているけどさ…」

 

おじさんの行動は不可解だった。妙に言いづらそうにしていて、ポリポリと頰をかいていたのだ。彼は無愛想だが、聞かれた質問に対しては真摯に返してくれていた。だからこそ、その時のおじさんは気味が悪かったものだ。

 

(中学くらいになってようやくその理由を知るんだけどな!)

 

おじさんのクローゼットの中に警察手帳があり、あの時の彼が言い淀んだ理由を俺は悟ったのである。ああ、なるほどと。おじさんがいつもより歯切れが悪かったのもこのせいなのだと。それと同時に、あの人はぶっきらぼうで無愛想なくせに照れ屋な事を初めて知った。

 

「そっか、おじさんは警官だったのか」

 

自然と笑みが浮かぶのが分かる。『警察官になる』という夢が更に形を持って俺の前に現れた。うん、ヒロとの約束のためにも、俺のためにも、俺は絶対に警官になる。その想いはストンと自分の胸に落ちた。ごく自然に、そうあることが当然のように、そう思ったのだ。

 

(警官になって、日本を守る)

 

その想いだけを胸に俺は努力を続けた。その中で、俺が高校三年生の時におじさんと対立するというトラブルもあったけどな。だって、あの馬鹿おじさんとくれば大学に行けなんていいやがるんだ。俺は高校卒業後、すぐに警官になるつもりだったのに…。流石に腹が立って、殴り合いの喧嘩に発展した。

 

(まあ、最終的には大学にいくことになったが)

 

おじさんが悪いんだ。おじさんが俺に出世しろなんて言うから。東都大学へ行って、警察庁の試験や面接に受かり、エリートになれとか言うから。俺は高卒であっても出世する気マンマンだったというのに。おじさんのせいで大学へ行くんだからな。後、絶対、大学費用は返すからな。タダより怖いものはないんだって言ったのはアンタだぞ。

 

嬉しくなんてない。

本当に、本当に、嬉しくなんて、ない。

 

溢れそうになる涙は根性で押さえつけた。歯を食いしばり、俺は大学受験のために勉強を始める。まあ、いつも復習、予習は当たり前のようにして、どこの大学だろうが受かるように勉強はしていたんだけどな。高卒で警官になるつもりだったとはいえ、勉学は怠りたくなかったからだ。

だが、今は本格的に日本最高峰の大学、東都大学を狙わなければならない。どれほど準備しても足りないぐらいだろう。それに、俺はおじさんに嫌々ながらも「東都大学に行ってやる!」と宣言してしまったのだ。落ちれば俺の沽券にかかわる。

 

「絶対受かって、エリートコースを進んでやるからな…見てろよおじさん…!」

 

燃えに燃えて、ヒロに呆れられるくらいに勉強しまくった。結果、東都大学を首席で入学することができたのだ。ちなみに、前代未聞の高得点を叩き出したらしい。それを聞いた時、ヒロとおじさんの前で思わずガッツポーズしてしまったほどには嬉しかった。

 

その後、俺は大学を卒業。試験などを受け、警察学校に入学。そこで俺は伊達、松田、萩原というヒロ以外の親しい友人を得ることとなる。学校は大変だったが、あいつらと一緒に馬鹿をやるだけで、辛さが吹き飛ぶくらいには仲が良くなった。毎日を必死に過ごして、警察学校を卒業して、気がつけば俺は――――

 

公安警察になっていた。

 

まさか自分があのゼロに所属することにはなるとは思わなかった。しかも、おじさんもゼロだったなんて。彼が俺に自分の職業を言わなかった理由がようやく分かった。ゼロ所属ならば言えるはずがないだろう。

 

(でも、おかしいな)

 

おじさんはキャリア組で、ゼロ所属のくせに地位がそこまで高くない。彼ならエリートコースを進んでいそうなものを。そう不思議に思ったが、俺はまだまだ新人。普通、新人がゼロ所属になるなんて滅多にないため、周りからの扱きの強さに死にそうになっていた。なんとか必死にこなしている内にその疑問は右から左へと流れていってしまったのだ。

 

俺はこの疑問をおじさんにぶつけなかったことを後悔することとなる。

 

後悔した日は――――あの日だ。おじさんの協力者が裏切り、彼が追い込まれた、あの日。突然、仲間が慌てた様子でおじさんの危機を伝えてきたのである。もしかしたらもう死んでいる可能性すらあるとも言われたのだ。

 

(おじさんが……死ぬ?)

 

それを考えた瞬間、俺は走り出す。仲間が俺を引き止めようとするが、それすらも振り払い、足を動かす。俺は未だ嘗てないほどに急いで現場に向かった。数十分後、おじさんいる場所へ到着。そして、俺はその場で見たものに絶句した。

 

――――おじさんが本当に死にかけていたのだ。

 

腹から血を出して、死人のように真っ白なおじさん。彼と子供の時に見た両親の死体が被る。どうしてか分からないが、震えが止まらない。正常な思考ができない。信じられない程に動揺していた。

 

(落ち着け、俺。まだ、おじさんは生きている。焦るな俺。この程度で公安が動揺するな)

 

自分に何度も何度もそう言い聞かせる。冷静になるんだ。焦りは最大の敵だぞ。俺はおじさんを助けなきゃいけないんだろ。だから、落ち着け! と思いながら、俺はおじさんを彼の腕を持つ。だが、するりと滑り落ちてしまった。本当におじさんは死にかけなんだ。それを改めて自覚して愕然としてしまう。

 

そんな中、おじさんはいつもとは考えられないくらいの怒りの表情を浮かべていた。おじさんは言う。「帰れ」と。それと同時にこうも言うのだ。「お前と暮らせて良かったよ」と。初めて俺の名前を口にして、やりきった顔をするおじさん。その瞬間、目からボロリと涙が零れおちた。小学校の時に泣かないと決めたはずなのに、自然と涙が流れてしまう。

 

(――――ふざ、けるな)

 

ぽつりと涙とともにその言葉が頭の中に浮かぶ。次の瞬間、感情が爆発した。

 

ふざけるな…ふざけるな…! こんなところで、死んでいいと思っているのか! あんたは俺の育て親だぞ。仮にも親なんだぞ! 俺を勝手に引き取って、親になっておきながらなんだよそれ。「俺はもう死ぬ」? 「ここは危険」? いつも思っていたが、勝手すぎるんだよあんたは!! 危険を承知で来ているんだよこっちは! 降谷零をなめるんじゃない!

 

(つーか、何、生きるのを諦めてんだよ! 何でそんなやり遂げた顔をしてんだよ!)

 

何もあんたはやりとげちゃあいない! 生きるんだよ、生きて、生きて、ヨボヨボのジジイになるまで生きるんだよ!! 嫌だって言っても老後の介護だってしてやる。散々俺のことをこき使ってきたんだからな。嫌がらせ介護をしてやるよ。あんたには老衰以外認められていない。穏やかに死ぬのがあんたが俺にできる唯一の贖罪だ!

 

(あんたは俺の親なんだから、勝手に死ぬな、馬鹿野郎!)

 

おじさんは決して良い人間ではない。無愛想で、そっけなくて、なんなら暴言だって吐く。食べ物や人間の好き嫌いも激しいし、性格だってあんまりよくないし、欠点だっていっぱいある。どうあがいても、手本になれるような大人じゃない。

 

でも、おじさんは俺の親だった。

血の繋がりがなくたって、俺の父さんだったんだ。

 

俺は涙だけでなく、みっともなく鼻水まで垂らしていた。どうしようもなく腹立たしくて、苛ついて、もっと泣き叫びたくなる。俺は嫌がるおじさんを担いで、歩き出した。背中に背負うおじさんがやけに小さく感じる。昔はあんなに大きかったのに、今、俺は彼を担いでいた。昔は俺が担がれていたというのに。

 

(おじさんってこんなに小さかったけ)

 

――――おじさんが俺を引き取ってから随分と時間が経過していた。

実父と過ごした時間よりもおじさんと過ごした時間の方が多い。

 

そのことを俺は自覚したのだ。



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後編(降谷視点): 「二人の降谷」

 

――――おじさんは運良く生きていた。

 

あの後、俺はおじさんを急いで警察管轄内の病院へ連れて帰った。病院へ着いた瞬間、当然のように直ぐに緊急手術行きだ。手術室へ連れて行かれるおじさんを見送り、俺は一人座り込む。数十分そうしていると、仲間や上司達も駆けつけてくれた。「勝手なことをしやがって」と怒られたが、最終的には頭を撫でられた。俺は良い上司に恵まれている。

上司たちがやってきても、手術が終わるまで俺は生きた心地がしなかったものである。何時間にも及ぶ大手術が終了して、やっと安堵の溜息を吐いた。

 

だけど、現実は残酷だ。

 

「父はいつ目覚めるのか分からない、ですか」

「ここまでの大怪我だからね。寧ろ、生きていること自体が奇跡だよ」

「やっぱりそんなに酷かったんですね」

「まあね。後、息子さん、貴方は覚悟した方がいい。目が覚めても後遺症が残っていて、話もできないような場合だってあるからね」

 

思わず無言になった。勿論、生きていて良かったと思っている。今でも飛び上がりそうなくらい嬉しい。でも、欲深い俺はこうも思うのだ。何事もなかったように目が覚めて、前みたいに過ごしたいと。

そんな風に沈む俺に対して、上司は心配したように声をかけて来た。

 

「あんまり気を落とすな、降谷」

「ええ、分かっています」

「…、…」

「どうかしましたか」

「今のお前を見ていると、昔の降谷、いや、お前の義父さんのことを思い出して、どうしても心配になっちまうんだ」

「昔の、おじさん?」

「お前、知らないのか。あいつは昔、自分の相棒と婚約者を早くに亡くしているんだ」

「知りません」

「そうか、あいつのことだから言わなかったんだろう。婚約者の方は警察学校時代だったらしいから、俺は知らないんだが、相棒の方は知ってんだよ。任務中に二人とも失敗しちまってな。相棒の方が降谷を逃がして、死んじまったんだよ」

「そうなんですか…」

「あいつらは喧嘩ばかりだったが、良いコンビだったんだ。だから、降谷は荒れちまってさあ…」

 

そのまま上司は自分に言い聞かせるかのように、「あの頃のあいつは見ていられなかったなあ」と零した。それを聞いて、俺は少々驚く。そんな話は聞いたこともなかったからだ。

 

(もしかして、おじさんが出世しないのもこのせいなのか)

 

おじさんは時々、ふとした瞬間に暗い目をすることがあった。子供の時はよく分からなかったが、今なら理解できる。あれは『後悔』だ。おじさんはずっとずっと後悔していたんだろう。自分のせいで死なせてしまった相棒のことを。あのおじさんのことだ。彼はこう思ったのだろう。『俺なんかが出世なんてしてはいけない』と。同時に、こうも思ったに違いない。

 

『俺なんかが生きていてはいけない』と。

 

それを考えた刹那、俺はギリッと歯を噛み締めた。思い出すのは死にかけのおじさんが見せた表情。生きることを諦めた、あの表情だった。

 

「俺を生かしておきながら、自分は死にたいと思っていたのかよ」

 

あのクソハゲ頭野郎、そんなことを考えて生きていたのか。だから、あの時、安堵した表情を浮かべていたのは、死によって、罪悪感から解放されると思ったからか。きっとあの馬鹿のことだから、『相棒を死なせた俺なんて生きる価値なんてない』とか厨二じみたこと考えていたんだろ。ふざけんなよ。馬鹿かあいつは。馬鹿かあの男は。だから頭がハゲてくるんだよ。

 

これは怒りだ。

とてつもない憤怒だ。

 

俺はおじさんにキレていて、それと同時に自分に腹が立っていた。そうだ、俺は疑問に思っていたはずだ。『何故おじさんは出世していないのか』と。もっと早くにその理由を聞いていれば、殴って説得していれば、おじさんは諦めなかったかもしれない。………これがただの妄想だとは分かっている。だが、そう思わずにはいられなかった。

 

(とりあえず、おじさんが起きたらまず一発殴る)

 

そう決意して、おじさんの過去を語ってくれた上司に礼を言った。

 

 

 

 

「あの時はあの時で大変だったけど、まだ今よりマシだったかな…」

 

おじさんの眠る病室にて、俺は苦笑いを零す。相変わらずおじさんはふてぶてしい顔で惰眠を貪っている。それを見ながら、俺は項垂れた。カーテンからふわりと流れ込む風が自分の髪を揺らす。

 

「なあ、まだ目が覚めないのかよ、おじさん」

 

「なあ、おじさん。みんな、死んじゃったんだよ」

 

「萩原も、松田も、伊達も、ヒロもみんな、みんな、死んじゃったんだ」

 

『死』を口にする度に胸をかきむしりたい気持ちになる。何度もやめようとは思ったが、言葉にせずにはいられなかった。

おじさんが植物状態になった時はまだ良かった。いや、よくはないが、まだマシだったのだ、ヒロも、松田も、萩原も、伊達もいたから。寧ろ、俺はおじさんにガチギレしていたので、凹む暇もなかった。そんな俺の姿を見たヒロには「お前とおじさんらしいな」と笑われたが。

 

俺の道を示してくれるヒロと、友人達。彼らに囲まれていた俺は、ひたすら走り続けることができた。おじさんがいなくたって、何だってできたのだ。

 

(でも、いつからだろう。いつから俺はこうしておじさんに語りかけるようになった?)

 

また一人、また一人と死んでいく。それだけでもキツかったというのに、愚かにも俺は幼馴染のヒロを死なせてしまった。理由は簡単だ。自分の力が足りなかったんだ。どうしようもなく惨めで、どうしようもなく心が軋む。泣き叫びたいのに泣けなくて。自分が無力で、最低で、情けなかった。死にたいとすら思ったこともある。でも、死ぬわけにはいかなかった。

 

だって、死んだらヒロの仇は誰が取る?

死んだら、おじさんのことを誰が殴る?

 

その事実が俺を踏みとどまらせた。笑ってしまうほどに絶望で震える身体を根性で押さえつける。ゆっくりと息を吐き、俺は自分に言い聞かせた。

 

(そうだ、降谷零、お前の仕事はまだ終わっていない。決して躓くな、決して諦めるな、生きるんだ。俺はゼロの降谷零。黒の組織をいつの日にか壊滅させる男だ)

 

その言葉を何度も何度も心の中でリピートする。再びゆっくりと吐き、吸う動作をした。それを繰り返して、俺はようやく落ち着く。ふうと最後の息を吐き出した時、俺は苦笑いする。ほんと、俺は全然成長していない。強くなったと思っていたのに。皆がいないだけで、こうも弱くなるとは。己の未熟さに自嘲しながら、今着ているグレーのスーツに目線を落とす。

 

「こんなにも馬鹿な俺は、まだネイビーブルーのスーツは着れそうにないな」

 

昔、おじさんからネイビーブルーのスーツを俺が警察官になった祝いに貰っていた。おじさんは俺がネイビーブルーのスーツに憧れを抱いていたのを知っていたのだろう。警察学校卒業後、直ぐにテイラーに連れていかれ、仕立てて貰ったのだ。

でも、俺はもったいなくてずっと着れないでいた。適当に自分で購入したグレーのスーツばかり着ていたのだ。おじさんに文句を言われたが、それでも着れなかった。見るだけで満足してしまっていたのだ。どんどんと時が経っていき、ついにはこう考えるようになった。

 

皆に胸を張れるような警官になったら。

その時はこのネイビーブルーを着ようと。

 

だから、俺のクローゼットには未だに新品のネイビーブルーのスーツがある。そこだけ時が止まったかのようにいつまでも変わらずにそのスーツが置かれていた。

まだ俺は未熟で、皆に胸を張れるような警官ではない。どれほど頑張っても年を追うごとに遠ざかっていく。どうしてなんだろう。何故なんだろう。昔にヒロと語り合っていた『理想のヒーロー』に、今の自分は程遠かった。白側のはずなのに、黒へと俺は染まっていく。そんな俺にはグレーが丁度いいだろう。そこまで考えて、苦笑いを零した。

 

(…こんなことを考えるなんて、歳かな。でも、まあ、そろそろ黒の組織との最終決戦だ。センチメンタルになるのも無理はない、か)

 

今回おじさんの病室へやってきた理由はただ一つ。数日後、黒の組織との全面対決があるからだ。死ぬつもりなんてさらさらないが、万が一がある。その前におじさんの顔を見ようと、俺はこうしてここへやってきた。久しぶりに来た病室は前となんら変わりない。その事実にホッとしながら、でも、残念な気持ちになった。

 

「ああ、もうこんな時間だ。いってくるよ、おじさん」

 

俺の勝利を願っていてくれ。

 

俺はおじさんにそう祈った後、病室から立ち去った。

 

 

 

 

俺の人生が頭の中で走馬灯として流れ、やがて現在へと至る。意識が戻ると、目の前にはジンがいた。そうだ、今は組織との全面対決中だ。その中で俺はコナン君たちを先に逃して、ジンと戦っていた。だが、ジンに追い詰められ、こうして拳銃を俺の頭へ突きつけられている。その瞬間、ハッとなる。

 

(どうして、俺は、)

 

生きることを諦めている?

 

俺は日本人だ。俺は警官だ。日本を守る警官だ。どうして俺は諦めようとしている? 確かに今の状況は最悪だ。だが、それがどうした。俺の運が悪いのは昔からじゃないか。拳銃をつきつけられたくらいでなんだ。骨が折れたぐらいでどうした。生きることを諦めるな、最後まであがけ。俺はエレーナ先生に教えてもらったはずだ。自分がどうあるべきかを。俺はヒロと約束したはずだ。日本の為に奮闘することを。

 

俺は公安警察。

人々の平和を守る者。

 

――――それが、俺、降谷零だ!

 

目に光が戻る。戦うための活力がムクムクと湧いてくる。尻込みしていた心が動き出す。そう、これは『勇気』というのだろう。恐怖に勝ち、敵と戦う意志。ヒロに教えてもらった勝利の感情。

 

俺は唸った。獣のような雄叫びを上げる。ガタが来ている身体を無理に動かして立ち上がった。そのまま足を曲げると、ギチギチと足の筋肉が悲鳴をあげる。それを無視して、グンッと前へ飛び出した。目ん玉をカッ開き、歯を尖らせ、ジンの拳銃に向かって一直線に動く。ジンは面食らった顔をしていた。その彼へナイフを振り上げる。

 

「もらったァアアアアアァアアアアア!」

「バァアアァアアアアアアアボンッッ!」

 

パアンッ

 

発砲音。ジンが拳銃を撃った音だ。本来なら俺はこの時、死んでいたのだろう。だが、俺は幸運にもナイフで弾丸を弾き飛ばすことに成功していた。ジンが俺をありえないものを見る目を向けてくる。それに対して俺はニィと笑いながら、再びナイフを振りかざそうとして――

 

撃たれた。

 

パアンッパアンッと二発の発砲。自分の腹に衝撃が走ったと思えば、身体が後方へと倒れて行く。そのまま背中からズシャアッと地面へ叩きつけられた。何が起こったのか分からなかったが、これだけは分かる。

 

身体が、もう、動かない。

 

(や、ば…い、な、これは、)

 

ジンは瞳孔を開きながら、尋常じゃないほどに息を荒げていた。彼の左手には、もう一丁拳銃が握られている。なるほど、ジンは二つ拳銃を持っていたのか。俺が襲いかかった瞬間、彼は咄嗟に二丁目を出したに違いない。いつもジンは拳銃を一丁しか所持していないというのに…! クソ、やってしまったな。思い込みというのが一番厄介だということを忘れていた。内心で舌打ちを零すと、ジンはゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 

「この期に及んで、まだ目が死なねぇ。戦うことをやめねぇ。どういう精神構造しているんだ…?!」

「はは、ざまあみろ」

「チッ、まあいい。これでもう本当に動けねぇだろ」

 

ジンはコツコツと靴を鳴らしつつ、歩いてくる。その音を聞きながら、俺は必死に身体を動かそうとしていた。まだだ。まだ俺には意識がある。身体は既に痛みさえ感じなくなってはいるが、生きることを諦めたくない。動け、動け、動くんだ。

 

――――その時だった。

 

突然、目の前にいたジンが崩れ落ちたのだ。

 

俺の目の前を鮮やかなネイビーブルーが彩る。

 

「お前、何してやがる」

 

ぶっきらぼうで、愛想なんかまるでなくて、

 

「そいつは俺の――――」

 

口を開けば暴言ばかり。

可愛げなんて一つもなくて、決して良い大人とは言えない。

 

でも、俺の、

 

 

「息子だ」

 

 

――――最高にカッコイイ父さん(ヒーロー)だ。

 

その父が、この場にやって来た。

 

 

その瞬間、俺の目尻から涙が零れ落ちる。えも言えない感覚が喉までせり上がってきた。無性に叫びたくなる。唇はわなわなと震え、激しい感情が自分の胸の中で暴れまった。俺は心の中で抑えきれない感情をため息と共に吐き出す。鮮やかなネイビーブルーのスーツを自分の目に焼き付けた。時が止まったかのような感覚に襲われる。

 

(本当に……この感情にどう名前をつけたらいいのだろう)

 

せり上がってくる感情に眉をしかめる。だって、同じだったんだ。小学生の俺が連続殺人鬼に捕まったあの時と同じ感情だったんだよ。おじさんに助けられた時の情景が脳内に鮮明に映し出される。唇を噛み締め、荒れ狂う感情を必死に押さえつけようと、俺の前にいるネイビーブルーのスーツの男を眺めた。

 

その時、何故だか分からないが、不意にあのメガネの少年とおじさんがダブる。

そして、ようやく俺は気がついた。

 

(ああ、そうか、俺がコナン君を信じた理由は――――)

 

俺のヒーローにどうしようもなく似ていて、でも、全然似ていなかったからなんだ。コナン君はいつだって正義のために戦っていた。どこまでも真っ直ぐで、カッコよくて、眩しかった。そう、彼はまるで正義の味方。人々を守る勇者。真実だけを追い求め、戦う彼の姿は、俺がかつて夢見た姿と同じだったのである。

 

(全く、俺もバカだなあ…)

 

思わず自嘲してしまう。いい大人が少年に憧れるなど恥ずかしすぎる。でも、自分の感情が分からなくても、俺が馬鹿でも、一つだけは理解できた。俺はジンに勝ったのだ。おじさんがこの場に来てくれたおかげで。そこまで考えて、俺は口を開く。

 

「おじさん」

「零、オメェのその格好なんだよ!馬鹿か!」

「おじさん」

「おら、早く病院へ行くぞ」

「おじさん」

「あ? 何だよ」

 

「何、病院を抜け出してんだよ、このクソ親父!!」

「はあ?!」

 

俺の身体はもうボロボロ。だが、その時は何故か人生で一番の大声がでた。おじさんはギョッとした顔でこちらを見る。そして、次の瞬間、目を吊り上げ、言い返してきた。

 

「お前のためにこっちは頑張ってきたんだぜ?! 確かに医者に止められたし、『今まで寝てたくせに何でアンタそんなに動けるんだ』って言われたけどよ!」

「それが原因だよ馬鹿!! 仮にもおじさんは病み上がりだぞ?! アンタの身に何かあったらどうするつもりだったんだ!! 何で来たんだよ馬鹿!!」

「馬鹿って言った方が馬鹿なんですぅ〜〜ボロボロのレイ君に言われても説得力ないな〜〜??」

「その口調やめてくれ! 鳥肌が立つ! そんなんだからハゲるんだぞ!」

「誰がハゲだクソガキ!!」

「ああ?! 上等だクソ親父!! 」

 

ギッとお互いに睨み合う。数分ほどそうしていたが、直ぐに喧嘩の決着はついた。俺が全力で咳き込んでしまったからだ。そういえば俺は死にかけだった。これ以上怒鳴り合えば、死んでしまう。こんな馬鹿げたことで死にたくないので、大人しく俺は口を噤んだ。それを見たおじさんはため息を吐く。

 

「おら、帰るぞ」

「…うん」

 

そう言って、おじさんは俺を背負った。それと同時におじさんは「クソ重い」と呟く。ちょっとだけイラッとした。殴りたいなと思ったが、自重して、おじさんの背中へ身体を預ける。彼の背中から伝わるじんわりとした熱を感じながら、唇を噛み締めた。

 

(ほんと、何で来たんだよ、馬鹿)

 

おじさんが来なくたって、別の誰かが俺を助けてくれたはずだ。今、気がついたのだが、おじさんの他にも仲間達がこちらに来てくれているみたいだ。つまり、おじさんではなくても良かったのである。それなのにもかかわらず、おじさんは愚かにも先に飛び出してしまったらしい。馬鹿だ。おじさんは馬鹿だ。それで公安が務まると思ってんのか。

 

あの時だって、そうだ。俺を引き取る大人はおじさんでなくても良かった。小学生の俺が殺人魔に捕まった時だって、俺を助ける人間はおじさんじゃなくても良かった。酷いようだが、きっと俺はきっと誰でも良かったのだろう。ああ、そうだ、俺は助けてもらえるなら誰でも良かったんだ。この手を取ってくれるのなら、連れ出してもらえるなら。

 

(でも、あの時、あの場所で俺を助けたのは、他でもない、おじさんだった)

 

それだけは覆すことのできない『真実』。誰にも壊すことのできない、絶対的な真実だ。俺は助けてもらえるなら『誰』でも良かったが、その『誰か』がおじさんだったのだ。

 

(ほんと、散々な目に遭う俺は運が悪いな)

 

だけど、人一倍幸運だ。だって、俺はおじさんやヒロ、皆に出会うことができたのだから。その上、本当に大切なことを色々な人から教わることができた。

 

エレーナ先生には自分がどうあるべきかを。

ヒロには勇気と、進むべき道を。

そして、おじさんには生きることを教わった。

 

どれが欠けても、きっと俺は駄目だった。皆がいたから、今の俺があるのだろう。死んでいった仲間達が次々と脳裏に浮かぶ。今までは俺を責めていた幻想達が、今日だけは何故か笑顔だった。

 

なあ、ヒロ、みんな、俺、戦ったよ。ジンに勝ったんだ。ちょっと死にそうになっているけど、なんとか生きている。だからごめん、まだまだそっちには行けないみたいだ。俺にはやることが沢山あるから。

 

俺はおじさんの背中で小さく笑った。

 

 

 

 

end



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登場人物&あとがき

▽登場人物▽

 

▼おじさん

本名、降谷 匡透(ふるや まさゆき)。

公安警察。キャリア組。降谷零の育て親。

 

風貌はガラの悪いヤンキー。若干頭がハゲかけており、めちゃくちゃ本人は気にしている。降谷零から誕生日プレゼントに育毛剤をもらったことがある。喜ぶべきなのか、怒るべきなのか、それとも泣くべきなのか迷う程には動揺した。ハゲは禁句。いいな?

 

降谷零を引き取った理由はエゴから。しかし、過ごしていくうちに心境の変化が起こる。本人は降谷零にそっけなくしているつもりだが、全然隠せていない。部下にはそれを何度もネタにされている。ちなみに、降谷零が警官になるといった時は飛び上がるくらいに嬉しかった。絶対に誰にも言わないけれど。後、最近言われて嬉しかったのは「息子さん、あなたにそっくりねー」。内心、ドヤ顔をした。でも、それと同時にこんなくそ野郎な男に似て欲しくないとも思っているので凹んだ。複雑なお年頃。

 

本編でも書かれていたように、かつて婚約者と相棒がいた。婚約者は幼馴染の女性。死因は他殺。おじさんが警察学校に在学中、通り魔に刺されて死亡した。荒れに荒ていた時、相棒にぶん殴られて目を覚ます。婚約者とのツーショット写真と、相棒と撮った警察学校卒業式の写真は、今でも手帳に挟まれている。

 

 

▼降谷零

言わずと知れたトリプルフェイス。

公安警察。

 

おじさんのことは『老後までしっかり見てやる』と思うくらいには大切。年々、介護用品が増えてきている。でも、これをおじさんに見せたら没収されることは分かっているので、全力で隠れながらやっている。これでも俺は公安警察だ(ドヤ顔)

 

年々、仲間が死んでいくのでかなり精神的にきている。植物人間状態のおじさんに話しかけまくるくらいにはヤバイ状態だった。実は毎日のように仲間から責められる夢を見ており、中々寝ることができなかった。だが、もう悪夢はみることはない。

 

 

 

▽あとがき▽

 

この作品を読んでいただき、ありがとうございました! コナンは本当に大好きなので、沢山の思いを詰め込んで書いただけに読んでもらえて本当に嬉しいです。

 

この作品を書いた理由は三〜四ほどありますが、長くなってしまうので、その中の一つだけ言いたいと思います。理由は、降谷零が本編で死にそうだったからです。降谷零って作中で大切な人たちを沢山無くしていますよね。最終決戦で、誰かと戦い、力尽きて「みんな、今からそっちにいく…」とか言って死にそうだったので、それを阻止したいが為に書きました。

 

ちなみに、おじさんは決して良い人間ではなく、降谷零の人生にとっては所詮は小さなカケラでしかありません。だからこそ、彼は漫画の主人公や他のオリ主みたいに降谷零の大切な友人を救うことなどはできませんでした。おじさんはただの人間です。小さなカケラです。でも、その小さなカケラが少しだけ降谷零の人生を良い方向に導けたら、嬉しいなと思いながら書きました。

 

後、おじさんをこの小説の主人公にしたのは、コナン二次でカッコイイおじさん小説があってもいいんじゃないかと思ったからです。頑張るおじさんはめちゃくちゃカッコいいと思います。そんなおじさんと降谷零の親子愛が見てみたかったんだ…。

 

それと、おじさんのコンセプトは『仲間を失った降谷零を荒れさせまくったら』になります。だから、経歴を降谷と少し似せてみせました。

 

最後にもう一度、ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

 

(ハーメルン 2018/10/29〜11/2)

(Pixiv 2018/5/12〜8/23)



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後日談(サンプル): 「降谷」

お久しぶりです。
8/25 インテックス大阪開催の「SUPER COMIC CITY 関西25」にこのシリーズのリメイク総編集 + 番外編後日談本を頒布します。
通販もする予定なので、宜しくお願いします。詳細は活動報告です。




  1

 

 俺には嫌いな言葉がある。『緊急事態』という言葉だ。

 

 理由は簡単。自分の所属する公安での緊急事態とは大半が自分の死に直結してしまうものばかりだからだ。その上、仲間や国民の命まで巻き込むような事態だという時さえある。自分だけ死ぬならまだしも周りを巻き込むなんて屈辱の極み。だからこそ俺は『緊急事態』という言葉が大大大嫌いだった。

 

(その緊急事態が現在進行形で来ているなんてなァ…)

 

 俺はクソデカい溜息を吐く。今日はなんて災難なのだろう。そう考えながら公安で培った身体能力を駆使して全力で手足を動かす。どんどんと周りの景色が自分の後ろへと流れていく中、小脇に抱えている少年―江戸川コナンが顔をこちらに向けて叫んできた。

 

「安室のおじさん、もっと早く走って!」

「ンなもん分かってらァ! ちょっとは黙っとけ!」

 

 江戸川コナンに対して大声で怒鳴り散らす。自分でも大人げないとは思うが、叫ばずにはやっていられなかった。しかし、江戸川コナンは俺の怒鳴り声に堪えた様子は一切なく、いつのまにか地図に視線を向けているではないか。それを見てピキリと自分の額に怒りマークがつく。

 

(こ、このガキィ…! 無視しやがった…!)

 

 江戸川コナン、いや、工藤新一だったか? 通称、『黒の組織』の手によって小学生姿になったこのガキは大人への接し方がなってねえ。組織壊滅の功労者の一人らしいが、本来ならこんなガキを危険な事件に巻き込むのは間違いである。子供は大人しく守られとけってんだ。全く、最近のガキとくれば躾がなっていない。

 

(ガキを警察に預けて俺だけで任務を遂行してえ…)

 

 だが、そうも言っていられなかった。腹立たしい事に任務遂行の鍵を握るのは他でもない、この少年だったからだ。

 

2

 

 約二週間ほど前、俺は退院を果たした。本当なら一週間ほど早く退院できていたはずなのだが、勝手に病院から脱走したことにより入院期間が延ばされてしまったのである。この二週間、俺と医者との仁義なき戦いが繰り広げられ、ようやくこうして退院に至ったのだ。

 

(家に帰って休むと何度も言ったのに…)

 

 あのヤブ医者とくれば「降谷さんは信用なりません。貴方、絶対に無茶をします」と笑みを浮かべて俺の意見をガン無視。それだけで腹が立つというのに、息子の零まで医者側に回ったのである。奴は組織壊滅の代償として大怪我を負っているのにも関わらず、公安で培った経験を全力で活かして退院を妨害してきたのだ。流石の俺も零による無駄のない無駄な妨害に思わずブチ切れ、手負いのバカ息子に殴りかかりそうになったものである。同僚に組み付かれていたせいで何もできなかったけどな。ちなみにそれを見た零は笑顔でこう言ってきやがった。

 

「ざまあ」

「…。…ッ! ~~ッ! 零お前~ッ!!」

「ちょ、ちょ、降谷! 息子に向かってまた殴りかかろうとするな! 後、降谷の息子の方!! お前もイイ笑顔でサムズアップしてんじゃねえ止めろ!!」

 

 更に暴れる俺を同僚が抱きつく形で必死に止める。俺と同僚の攻防は数十分ほど続き、同僚の顔が死にかけたあたりで上司が登場。「お前ら何してやがる…。特に降谷二名…お前達は怪我人だったはずなんだがな…?」というドスの利いた声が病室に響き渡り、俺達は一瞬にして黙った。そして次の瞬間、零は無言で布団を頭まで被り、同僚は何事もなかったようにリンゴの皮をむき始め、俺はベッドの中へ潜り込んだ。この間たった十秒。公安での教育の賜物である。

 

 このような攻防を息子の零と繰り返した結果、俺は退院に至ることができた。たかだか退院するだけでかなりの労力を使ったと思う。

 

(あのクソガキ零は絶対に許さない)

 

 そう心に誓いながら久方ぶりに己の『巣』に戻り、職場への復帰を果たした。その際、多くの同僚、後輩、上司や先輩達に「おかえり」と言われて少し泣きそうになったのは自分だけの秘密だ。いや、優秀なあいつらにはバレているかもしれないが。

 

(それにしても、復帰後直ぐに『黒の組織』の残党狩りへ駆り出されるとは思いもしなかったな…)

 

 巨大な国際犯罪シンジケートの壊滅により、公安は深刻なまでの人手不足に陥っていた。そのせいで病み上がりのはずの俺を容赦なく事後処理に駆り出しやがったのである。長い間、仕事に拘束され、「もう無理…流石に辛くなってきた…」と死んだ目になった時――それは起こった。

 

3

 

「はァー〜?? 東都タワー周辺に爆弾を仕掛けたァ?? ふざけんなテメェ!!」

「爆弾にも気がつかねぇ無能警察が悪いんだろ」

「殺すぞ貴様」

「ちょっ、安室のおじさん何言ってんの?!」

 

 自分の眼前にいる男の胸ぐらをガラの悪いヤンキーのように掴む。この三十半ばの男は組織の残党であり、今回の事件の真犯人だ。俺が男に対して暴言を吐くと、隣から江戸川コナンが焦ったような声を上げる。それを受け、我が息子・零がスッと後ろから登場し、ガシリと俺の肩を掴んだ。

 

「父さん、落ち着いてくれ」

「零…」

「殺すならもっと具体的に発言しないと。それでは脅しにならない。後、殺すと言っても殺人はダメだぞ」

「そういう事じゃないよ安室さん‼」

 

 零が真剣な表情で物騒な発言をする傍ら、江戸川コナンが『ダメだこいつら早く何とかしないと』という顔で叫んだ。待てガキ。何でお前こちらも含めた。どう考えてもアウトなのは零だけだぞ。俺は「死ね」と言っただけだ。奴の発言に自分の責任は―あるのか? やはり義理でも俺は零の父親。ゆえにこちらにも責務が……って言っても息子は既に三十路手前だぞ? 俺は悪くないと思うんだが?

 

(…ちょっと待て。話が逸れている。今はそんなことを考えている暇はねえ)

 

 俺が今、胸倉を鷲掴みしている男は先程も言ったように元黒の組織構成員だ。現在の状況だけを見れば『息子との合同任務で組織の残党狩りをしている』と思うだろう。それに間違いはない。だが、厳密に言うと少し違う部分がある。元々零と俺は合同で仕事をする予定はなく、尚且つ、自分は休暇中であったという点だ。

 

(ハァ、休暇中に知り合いと東都タワーイベントに参加したら事件に巻き込まれるなんてツイてねーなァ)

 

 

 

 

 

 

こんな感じの本書のみ収録の後日談番外編

pixivで公開済み上篇・下篇リメイク総編集も収録

 



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