インフィニット・ストラトス ~栄光のオリ主ロードを歩む~ (たかしくん)
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プロローグ 第1話 ホモと始まる世界

暇すぎて人生で初めて小説を書いてみました。
お見苦しい点も多々あるとは思いますが、やさしくアドバイスを頂けるとうれしいです。



「とりあえず転生してもらうから」

「はぁ……そうですか」

「しかも、オリ主としてな」

「マジですか!?」

 

壁も床も天井も白い部屋。

俺は今、その部屋にある白いソファーに座っている白いスーツを着たおっさんと向かい合って言葉を交わしている。

 

「転生ってことは、やっぱり死んだんですかね? 俺」

 

一日を終えてベットに潜り込み、明日は金曜か学校行きたくねぇな。とか考えながら眠りについたはずだ。決して数々のオリ主を生み出した暴走トラックに身を任せた覚えはない。ついでに轢かれそうな見ず知らずガキを命懸けで助けようと思う程お人好しでもない。

 

「いや、そういうわけじゃないんだよ」

「あれ? 違うんですか?」

「結構ややこしい話になるから詳細は省くけどまぁ納得してくれ」

「あい、わかりやした」

 

下っ端っぽく返事をしてみる、余計に反抗してもいいことは無いだろう。

テンプレ的に考えてこのおっさんは神様っぽいし、不興を買って第二の人生を得るチャンスをふいにしたくはない。

それにオリ主だ。前回の地味な人生が嫌だったというわけではないし、気の置けない友人たちに囲まれての生活に未練が無い訳ではない。あ、他にも未練あった。彼女とかほしかったわ。第1の人生は大学三年生の夏に素人童貞のまま終わってしまった。マジで彼女ほしかった。

 

とにかく、オリ主の地位を確立できれば本来の主人公や周りの人々達と一緒に壮大な冒険の旅に出ることができるかもしれない。以前の人生とは違うド派手な人生だ。目くるめくスペクタクルに身を任せセンセーショナルな人生を歩むのだ。そして何より彼女が欲しい!!!!!

いかん、興奮してきた。

 

「あら、素直じゃない」

 

目の前のおっさんがいきなりオネェ口調で喋りだす、こいつホモか。

 

「反抗的になるのが良いとは思えないですから。それにオリ主ですよね? 少しは期待しちゃいますよ」

 

荒れ狂う内面とホモの嫌悪感とは裏腹に爽やかな笑顔で返す俺。しかしオリ主か、俺はどんな世界に行くのだろう? 出来れば日常物とか恋愛物とかは勘弁していただきたい。

せっかく物語の世界に行くのだからバトルがしてみたいものだ。殺し殺されが好きなわけでは無いが、男の子に生まれたからにはそういうモノに大なり小なり憧れを抱いてしまうのは仕方の無いものではないだろうか。

ああ、ついでにTSも簡便な。さらにNTL NTRはダメ、ゼッタイ。

 

嗚呼、バトルがしたい。「波あああーーーー」とか撃ってみたい。宇宙戦艦に艦長として乗って「撃てえええーーーーー」とか言いたい。ファンタジーな世界でモンスターに魔法を撃ちまくりたい。人型機動兵器に乗って無双してみたい。生身でもいいから無双したい。「奴は化け物か!?」とか言われたい。ついでにファンネルとかハイパーオーラ斬りとかを「踏み込みが足りん!」とか言われながら切り払いされたい。そして何より彼女が欲しい!!!!!

ヤバイ、興奮しすぎて頭がおかしくなってる。

 

「ええ、期待していいわよ。バトルも彼女も思いのままの所へ連れてってあげるわ。まぁ、彼女は頑張り次第だけどね」

「えっ?」

 

このホモ俺の心を読んでやがるのか!?

 

「まぁ、神様みたいなもんだし心くらいは読めるわよ。そしてご想像の通り私はゲイよ」

「失礼なこと考えてすいませんでした!」

 

白いソファーの上で高速土下座をする。コメディー系主人公必須スキルであろう高速土下座は既に身に付いているらしい、転生先の未来を見たようで少しゲンナリした。

しかしながら、そのお陰でマグマのように熱く煮え滾る心も少しクールダウンしてきた。

これからはこのホモ神様に真摯に接しよう。天罰を食らって墓地に送られたらたまったもんではない。いや、死んでいる俺は既に墓地にいるのではないだろうか? ならば魂粉砕(ソウルクラッシュ)か!? ヤバイ! 除外エリア行きか!? 文字通りだ!

 

「許してあーげない♪」

 

ああ、終わった……俺はこのまま除外エリアに送られてしまうのか……

 

「……こともないわ」

「『こともない』とは?」

「私はゲイよ」

「はい。そして俺はノンケです」

 

嫌な予感がする。

 

「解るわね?」

「どういうことでしょうか?」

 

今更だが、この部屋の温度は適温だ。しかし俺の額やらそこかしこから脂汗が滲み出してくる。

 

「私はゲイよ」

「それはさっき聞きました」

「汗臭い男、嫌いじゃないわ」

「ひっ!?」

 

ホモ神様のねっとりとした視線が絡みつく! 汗を搔いてるはずなのに体が寒い!

 

「やらないか」

「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!!」

 

勢い良くソファーを飛び降り白い部屋の隅に走る!

怯えながらホモ神様を見ると白いスーツを脱いでおり、これまた白い褌一丁の姿で立ち上がっていた。どうやらナニも勃ち上がってるようだ!

 

「ひいいいいいいいい!!!」

 

ホモ神様はゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。

俺との距離約10メートル。その距離が0になった時、俺は魂粉砕(ソウルクラッシュ)を免れマインドクラッシュされてしまうのだろう。

 

「ゼッタイ気持ちよくしてあげるから、怖がらなくてもいいのよ?」

「ごめんなさい!ごめんなさい!! 許してください!!!」

「だから、許してあげるって♪」

「それも許してください!!!!!」

 

半ば無意識のうちに土下座を繰り返し、涙を流しながら許しを請う。

男にはプライドを捨ててでも守り抜かなくてはならないモノがあるのだ。

俺のプライドなんてスポーツ紙の一面に広告を出してるスーパーの特売品と同じくらい安い。特売品のプライドで満足して頂けるかは疑問の余地が残るが、今はこれしかないのだ。

ホモ神様との距離約3メートル、俺は渾身の力を込めて床に自分の額を叩きつけ押し黙った。凄く痛かったが、血は出ていないようだ。

 

一つ、足音がした。

 

「……」

 

もう一つ足音がした。

 

三つ目の足音を聞いた時、視界にホモ神様の足の親指が映った。ゴツゴツした足だが、やけに爪が綺麗だった。きっとお手入れを欠かしていないのだろう。

四つ目の足音と共に反対側の親指が映る。やはり爪が綺麗だ。

 

「立ちなさい」

 

もうオリ主とか転生とかどうでも良かった。魂粉砕(ソウルクラッシュ)を受け入れよう。そして異次元からの帰還に一抹の望みを託そう。

俺は、泣きながら立ち上がる。しかし、俯いたままでホモ神様の顔を見ることはできなかった。

 

「……」

「冗談よ♪」

 

俺の両肩にホモ神様の手が置かれる、顔を上げるとホモ神様は慈愛に満ちた表情で微笑んでいた。俺は救われたのだ、涙は未だ止まらない。

 

「ううっ……」

「だーいじょうぶだから…ねっ?」

 

ホモ神様の引き締まったボディに抱きしめられる。下腹部に何か硬いモノが当たっている気がするが、きっと気のせいだろう。そんな状況で俺はなんとかボロ雑巾のように成り果てた精神を立て直す。そう、きっとこれは試練なのだ。これから行くバトル有りの世界ではもっと精神的に追い詰められることもあるかも知れない。

そうだ! 俺はオリ主だ! 主人公だ! 主人公ならばどんな絶望的状況でも諦めてはいけない! 未だ見ぬ仲間達のことを思え! 未来の彼女が俺を待っているぞ! ホモ神様も俺を応援してくれている! この試練を乗り越え、転生先の世界で闘争と栄光と愛を手に入れるのだ! Be cool ! GET WILD! 生きることから逃げるな! Space on your hand! その手で宇宙をつかめ!! ガンバレ、俺☆

 

ボロ雑巾の心に火を付け、特売品のプライドを磨き上げる。そして自分で自分を鼓舞し、白い床を踏みしめる。瞳に炎を宿し、ホモ神様の抱擁を解いた。俺はホモ神様の顔をじっと見る。

 

「あら、急にいい顔になったわね。抱きしめられたのが嬉しかったのかしら?」

「そういうわけではありませんけど……俺はオリ主になる男です。主人公は不屈で無いといけないと思うんですよ」

「そうね、絶望的な状況から不屈の闘志で立ち上がる展開とかはいかにも主人公らしい展開と言えるわね」

 

まぁ、俺はホモに迫られて怯えてただけなんですけどね。

 

「数々のご無礼、誠に申し訳ありませんでした」

 

俺は、直角にお辞儀をした。額にナニか硬いモノが当たった気がしたけど気のせいだろう。そうに決まってる。

迫られる前に考えた通り、このホモ神様に真摯に接しよう。先ほど、やれオリ主だ主人公だとほざいてみたがそれはホモ神様の厚い胸先三寸で決まることだ。俺はまだオリ主ではない。

 

「ええ、少し傷付いちゃった」

「なら、掘るんですか?」

 

ホモ神様の熱い抱擁で、俺には大統領魂やバーニング・ソウルにも負けない熱いオリ主魂を獲得している。今ならマインドクラッシュにも耐えられるはずだ。

 

「いいえ」

「ん?」

「慰めてもらうのよ」

 

ズキュウウゥン!

 

ホモ神様は、俺の両頬に手を当て俺の唇を唐突に奪った。唇が強引に開かれホモ神様の舌が俺の口内を蹂躙する。ネチャネチャと音をさせながら舌が絡み合う。ホモ神様から発せられるちょっと良い匂いが俺の不快感を増長させ、俺の熱いオリ主魂は初恋のレモン味と共に儚くも砕け散った。

そして身も心も陵辱された俺は、とうとう意識を手放してしまった。

 

ホモ神様には勝てなかったよ……

 

きっと掘られてたら、即死してたな俺……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ついさっきまでの記憶がないんです」

「どこら辺からないのかしら?」

「『そしてご想像の通り私はゲイよ。』って言われたあたりから……」

「そこからなら、大した話はして無いから大丈夫よ。それにしてもびっくりしたわ。急に気絶するから」

「俺になにかあったんですか?」

「急にこんなところに放り込まれてストレスが溜まってるんでしょう。何か冷たいものでも飲む? って言ってもアイスティーしか無いんだけど」

「あっ、頂きます」

 

壁も床も天井も白い部屋。

俺は今、その部屋にある白いソファーに座っている白いスーツを着たホモ神様と向かい合って言葉を交わしている。

俺とホモ神様との間に白いテーブルが突如として現れ、その上は二つのアイスティーのグラスが置かれている。

 

「あっ、レモンもあるわね。入れる?」

 

ホモ神様は輪切りになったレモンを載せた皿を差し出す。

レモンを見ると俺は急に不快感を催し、さらには頭痛がしてくる。

 

「レモン……うっ 頭が……」

「大丈夫!?」

「レモンを見ると急に頭痛が……なんでなんだ?」

「よく解らないけど、レモンを入れるのはやめたほうがよさそうね」

 

と言うと、ホモ神様は皿に載っていたレモンを全て(約一個分)自分のグラスに投入する。

ホモ神様はレモンがお好きなようだ。

気を取り直してグラスに刺さったストローに口をつける。……うまい。前世で紅茶を飲む機会なんてペットボトルと紙パック以外ではほとんど無かったが、本物の紅茶を飲んだことが無いわけではない。数少ないそれらと比較してもこのアイスティーのレベルは違った。神様となると何気なく取り出したアイスティーでもこんなに違うものなのかと思い知らされる。

 

「じゃ、そろそろ本題に入りましょうか」

「本題?」

「あなたが転生する世界のことよ」

「ああ、俺オリ主になるんだった」

 

気絶したり、レモンのせいで頭痛がしたりして忘れていたが、そんな話だった。

 

「そうそう、転生オリ主っていったらチートが付き物ですけど俺は何か貰えたりするんですかね?」

「チートは無いわ」

「あら残念」

 

もちろん不満を言うつもりは無い。このホモ神様に逆らってはいけないと俺のゴーストが囁くからだ。

銀髪オッドアイでゲートオブバビロン! とかアンリミテッドブレイドワークス! とか出来るとか考えていたのは内緒だ。ああ、そういえば心読まれてるんだったな。ぜんぜん内緒じゃなかったわ。

しかし、これはだめだ。これじゃよくある踏み台だ。

 

「賢明ね」

「ありがとうございます」

 

やっぱり心読まれてた。

 

「だったら、転生先について教えてくださいよ。それとも俺が選んでいいやつなんですかね?」

「転生先については教えられないし、あなたが選ぶことも出来ないわ。ごめんなさいね」

「そりゃまた残念」

「まぁ、時期が来れば解るだろうしそんなに気にしなくても大丈夫よ」

 

『時期が来れば解る』その言葉に引っかかった。

それはつまり時期が来ないと解らないということだ。と言う事は少なくとも現代または近未来が舞台になるのだろうか?

少なくともファンタジー世界やSF世界なら時期とやらが来る前に世界のことについて知れるはず。そしてそこから大体の作品の予想ができるはず。

ついでに、なのはやギアスとか作品に対して重要な土地があるものは除外だ。海鳴市やブリタニアは作品本編に関わってくるであろう俺が転生する前から存在しなくてはならないはずだし、存在が解った時点で作品に巻き込まれるには早すぎるはずだ。少なくとも幼稚園児ぐらいの頃からバトルモノの世界に飛び込むなんて酷すぎるのでそれは無いと思いたい。

いや、この考えには盲点がある。俺の知らない作品に転生する場合だ。

日本全国の市町村全部の名前とか知ってるわけじゃないし、そもそも外国に転生した場合は解らない事だらけだ。

『時期が来たら解る』ということは題名とあらすじくらいは知っているはずだが、今時ネットで掲示板とかを見てる奴なら話題のアニメやラノベのあらすじなら自然に知ってしまうものだろう。

そして俺はそういう奴だ。娯楽と言えばもっぱらゲームでアニメとかはあまり見ない。

いや、全く見ないってわけじゃ無いんだけど、そんなに見ない。でもサザエさんだけは毎週見る、特別面白いわけじゃないけど何故か見ちゃう。

 

サザエさんの話はひとまず置いておこう。しかし、考えるたびに盲点が見つかる。

そもそもなぜ転生先を二次元に限定しているのだ?もしかしたら銃弾と爆発物が飛び交うアクション映画とかの世界かもしれないし、渋いオッサン達が鎬を削るハードボイルドな世界かもしれない。

思考は加速を続け、わけのわからない事になっている。そんな時ホモ神様が声を掛けてきた。

 

「何か物凄い勢いで考えているわね」

「ああ、すいません。ワクワクが止まらなくて」

 

ホモ神様のことを忘れて考えすぎてしまった。

 

「まぁいい線言ってたから特別に教えちゃうけど、現代または近未来って所は合ってるわよ。ついでに日本も正解ね」

「そうなんですか!? ありがとうございます」

 

ホモ神様はアイスティーに入っているレモンを咀嚼しながら話しかける。ってかそのレモン食っちゃうんですか。しかも皮ごとですか。

 

「そういえば転生する世界の話でしたけど、何を話すんですか?」

「もう話しちゃったじゃない。チート無し、転生先の世界は秘密ってことを言いたかったのよ。ちょっと内容喋っちゃったけど」

「そうだったんですか……」

 

ホモ神様がおもむろに立ち上がり、俺に声を掛ける。

 

「じゃあ、そろそろイク?」

「結構喋っちゃいましたね」

 

俺も立ち上がる。

 

「そうね、こんなに喋ったのは久しぶり。楽しかったわ」

「そうですか。それはよかった。」

 

何時間も喋ったつもりは無いが、ホモ神様としては長く感じたようだ。

神には人には解らない孤独があるのだろう。俺はこのホモ神様に感謝している。彼は俺に新しい人生と栄光を与えてくれる。そんな彼に少しでも報いるのことが出来たのなら幸いだ。

 

「私が与えるのは新しい人生だけよ。栄光を掴み取れるかはあなた次第」

「解りました。俺、頑張ります」

「応援してるわ」

 

ホモ神様は白い壁の一つを睨むと壁がひび割れ穴が開いていく。

穴の向こうには宇宙が広がっていた。

 

「わぁ」

「所謂次元の狭間って奴よ。そこに飛び出して流れに身を任せれば、あなたの新しい人生に辿り着くことが出来るわ」

「綺麗だ……」

「……」

 

ホモ神様も黙って次元の狭間を眺める。彼はいい奴だ。ホモだけど。

 

「じゃあ、そろそろ行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい」

「そうだ、最後に一つ質問が」

「答えられるものならいいわよ」

 

俺はホモ神様をまっすぐ見つめる。

 

「ホモ神様の名前ってなんなんですか? ってか名前あるんですか?」

「名前はちゃんとあるわよ。カズトっていうの」

「カズトさんですか……」

 

俺はカズトさんに微笑む。カズトさんも俺に微笑む。

さぁ、今度こそ行こう。

 

「ありがとうございましたカズトさん。行ってきます……さようなら」

「ええ、さようなら」

 

俺は次元の狭間へ飛び込んだ。次元の狭間に重力は無いようで、しばらくそのまま浮いていたが少しずつ狭間の奥に引っ張られる感覚が強くなっていく。俺はカズトさんに手を振る、白い部屋からこっちを見ているカズトさんも小さく手を振る。

狭間の奥のほうを向くと引っ張られる感覚が急に強くなる、慌てて白い部屋の方を振り向くとカズトさんはまだ手を振っている。

しかしそれもすぐに見えなくなり、俺は仕方なく狭間の奥に顔を向ける。

悲しいわけじゃないのに何故か涙が流れた。

 

しばらくして俺は光に包まれ意識を失った。




文字数稼ぎをしようと思ったらホモが勝手に暴れだした。後悔している。


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プロローグ 第2話 転生!アカチャン!

非常に短いです。
アカチャンではやることがほとんどありません。


カズトさんに予告された通り、そこは日本だった。第一の人生と同じような技術レベルだと思う。現代と言ってもいいだろう。

 

俺はベビーベッドに寝かされずっと天井を見続けていた。視力が足りないためかぼんやりとしか見えないが聴力は問題ないようだ。流石に生後数ヶ月では今の状況を正確に知ることが出来ない。

耳をすまして情報を収集する。遠くで流れるテレビの音や会話などから今日が1月2日だということが解った。そして我が家では新年の宴会が行われているらしい。たまに俺の部屋に誰かが入ってきて俺のことをノリ君だとかノリハルとか呼んでいるので、どうやら俺の名前はノリハルだそうだ。どう書くかは解らない。

前世とは全く違う名前にはまだ違和感を覚えるがこの名前と一生付き合っていくわけだ。ぶっ飛んだ名前でもないし、悪くは無い。常識的な両親の下に生まれることが出来たようで安堵する。

 

そんなことを考えていると、また部屋に誰か入ってきた。どうやら女性らしい。彼女はベビーベットに手を伸ばし俺を抱きかかえた。

 

「ノリくん、おなかすいちゃったかな? 今おっぱいあげますからねー」

 

ぼんやりとした視界に彼女の顔が映る。ああ、この人は母さんだ。

 

母さんは胸を露出させ、俺の口元にもってくる。もちろん俺はそれに吸い付く。

転生者ノリハル精神年齢21歳。母乳は現在唯一の食料だ。深く考えたら負けだ。俺は生きるために母の乳首を吸い上げる。

 

「フユコ、居るか?」

「あら、ケンジさん」

「ああ、ノリハルに授乳してたのか」

「ええ、この子ったら吸う力が強くって……」

「元気でいいじゃないか。父としては嬉しいよ」

「ちょっと痛いんですよね」

 

俺に疚しい気持ちは一切無い! 生きるためなのだ!

 

ちょっと待て、父がケンジで母がフユコだと!?

 

アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!? と叫びそうな心を21歳の自制心で抑える。よく考えろ。俺の名はノリハルだ。トチノキではない。さらにはオリ主だ。戦闘技能持たない子供のままマルノウチ・スゴイタカイビル中層のセルフテンプラ店で死ぬことも無いはずだ。

いや、ナラクニンジャのニンジャソウルが俺に憑依しないとも限らない。俺がオリ主な以上、俺がニンジャスレイヤー=サンになってしまう可能性はゼロではないのだ。

とにかく外の景色が見たい。ここがネオサイタマかどうか確認しないと。

 

俺は母の乳首から口を離し、あまり動かない首を必死に振り母さんを窓際まで誘導しようと試みる。

 

「うっ、うーっ」

「ノリくん?」

「外の景色が見たいのかな?」

 

ナイスだ親父!

その言葉を聴いた母は窓際に移動する。

 

「ほーら、お外の景色ですよー」

 

俺は待望の外の景色を見る。

 

「……」

 

生後数ヶ月の視力では何も見えなかった……

いや待て、外の景色が明るいことは解る。つまり重金属酸性雨が降ってはいないということだ。

耳からは雨音も聞こえない。ここがネオサイタマではないことが解りまた安堵する。オリ主として闘争と栄光と愛を望んだ俺だったが、それでもマッポーの世は御免被る。

 

冷静になると、カズトさんが現代日本に転生すると教えてくれたのを思い出した。あのマッポーの世は現代日本じゃねーよな。

 

しばらくすると俺はベビーベッドに戻される。

今はとにかく寝よう。寝て時が過ぎるのを待とう。ちゃんとした視力と自由に動ける体を獲得してから、この世界のことを調べよう。

しばらく目を閉じていると睡魔が襲ってくる。おやすみなさい。

 

 

そんなこんなで転生オリ主ノリハル0歳の冬は過ぎていった。




1442文字書くためにアカチャンの視界について調べたり、授乳描写のあるエロ同人を読んで参考にしました。(参考にしてもごらんの有様だよ。)
こんだけ書くのでもけっこう大変です。
しかし、書いていると時間がすぐ過ぎますね。なんだかんだで楽しいです。


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プロローグ 第3話 ルルとなのは(そしてその他大勢)にさようなら

二話が短いので三話も続けて投稿
でも、三話も短いです。


「天ぷらかー、嫌いなんだけどねー」

「わがまま言わずにちゃんと食べなさい」

「そうだぞ、好き嫌いしてたら大きくなれないぞ」

「はーい」

 

夕食の天ぷらに不満を言ってみる。別に天ぷらは嫌いでは無いのだが、嫌いな振りをしていた。

ここがネオサイタマではないということは確認済みだが念には念を入れておく。これでクリスマスにわざわざ息子の嫌いな天ぷらを食べに行こうなんて思わないはずだ。

 

こんなにネオサイタマを警戒するのには理由がある。俺の苗字がちょっとヤバイ。

 

我が家のファミリーネームは藤木である。フジキドではないがフジキだ。いつでに言えば俺の名前は藤木紀春だ。さらに父さんは健二、母さんは冬子と書く。

 

「どうだ、幼稚園は楽しいか?」

「うん!たのしいよ!」

 

父さんが俺に声を掛ける。俺はサツマイモの天ぷらを食べながらそれに答える。実際楽しい。子供の肉体になったことで精神も子供になっているようだ。でも母さんと風呂に入るときはそうもいかない。超ドキドキする。どうやらそれとこれは違うらしい。

俺の通う織朱大学付属幼稚園は所謂名門と言う奴で保育料も高い。しかし父さんはどうやらカチグミサラリマンらしいので、そこの心配はなさそうだ。前世に比べると生活レベルが一つか二つは違う。ちなみに今食べているサツマイモは幼稚園の芋掘りで貰ってきたものだ。

 

織朱→おりしゅ→オリ主

偶然の一致か、カズトさんの導きかは解らないが俺はこの幼稚園に行かなくてはならないと思った。

織朱大学には付属幼稚園から小学校、中学校、高校もある。これが本当にカズトさんの導きであるならエスカレーター式に学歴を重ねていくどこかでオリ主的イベントに遭遇するはずだ。

この伏線はいつになったら回収されるのか。そもそも回収されるのかが今の気掛かりだ。

そんなことを考えながら夕食を食べ終える。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

「ちゃんと全部食べたな。偉いぞ」

「自分の部屋に戻ってるよ」

「最近晩御飯を食べたらすぐ部屋に戻るが何かあったのか?」

「最近は地図帳に夢中みたいなのよ。ノリ君は」

「もう勉強を始めてるのか!?これは将来が楽しみだなあ」

 

両親の会話を背に自分の部屋に戻る。三歳ではあるが自分の部屋を貰っている。夜に母さんと一緒に寝るのは去年卒業した。母さんはいかにもな大和撫子というタイプだ。美しいお顔に高い教養、そして奥ゆかしい性格。お胸の方も少々奥ゆかしさがあるが、大体の男が思う理想的な女性と言った感じだ。そして、そんな母さんといつまでも一緒に寝てるのは少々辛いものがある。

しかしながら、こんな人と結婚できた父さんは幸せ者だと思う。カチグミサラリマンは伊達ではないのか。そしてそのカチグミサラリマンと大和撫子の息子の俺も幸せ者だと思う。

 

部屋に入り、本棚から真新しい地図帳を取り出す。一週間前母さんと本屋に行った時、わがままを言って買ってもらったものだ。母さんは俺のために童話とかアソパソマソの本をを買いたかったみたいだが、生憎俺に情操教育は必要ないのだ。母さんは少し不満な様だった。少々罪悪感があるが、今更桃太郎とかアソパソマソとか読んでられない。

気を取り直して地図帳を眺める。昨日は中国地方を見たから、今日九州、沖縄を見て終了だ。

俺は今、海鳴市をはじめとするアニメ、マンガ、ゲームの舞台になる場所を探している。俺の推測が正しければこの作業に意味は無いのだが、答え合わせはもう出来ないのだ。ついでに言うと 神聖ブリタニア帝国も無かった。

 

やはりそれらしい土地は無かった。見落としがあるのかも知れないが、カズトさん曰く時期が来れば自ずと解るのだから焦ることはない。これからは将来のために知識と体を鍛えよう。前世ではバリバリの文系だったから、俺のオリ主知識では理系科目がちょっとよろしくない。前世で子供の頃大人たちによく、「子供のうちにちゃんと勉強してないと、大人になって後悔するぞ」と言われたもんだ。子供の頃は大人たちが何故そんなことばかり言うのか疑問だったが、大人になってからそれが身に染みて解った。Fラン大学に行ってから後悔しても遅いのだ。

まぁ、転生オリ主というのはチートを付けてなくても概ね頭の良いものだ。わざわざその慣わしに逆らうの気も起きない。

 

「ノリくーん。早くお風呂に入っちゃいなさーい」

「わかったー」

 

扉越しに母さんの声が聞こえる。時刻は只今八時三十分。風呂に入ってなんやらかんやらしてるとすぐに九時になる。九時になれば子供は寝る時間だ。明日早く起きなければならない。さっさと風呂に入って寝よう。

 

 

そんなこんなで転生オリ主藤木紀春3歳の秋は過ぎて行った。




一向に出てこないIS要素。
次はなんとかなるはず。


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プロローグ 第4話 世紀末救世主アクエリオン(仮)こと白騎士の無双

姉さん、白騎士事件です


カズトさんが言っていた『時期』がついに来た。

 

「緊急速報です!! たった今防衛庁から入ってきた情報によりますと、日本近辺及び近海のミサイル基地から突如として多数のミサイルが発射され、その全てが東京に向かっているとのことです!!」

 

テレビの中のアナウンサーいつも見る様子と明らかに焦った様子で告げる。

隣でテレビを見ている母さんの顔が青ざめる。父さんは今家には居ない、父さんの会社は今まさにミサイルが飛んできている東京にあり、大混乱の渦中にいるのだろう。

 

「続報です! ミサイル発射を受け防衛庁は陸海空全ての自衛隊にスクランブルを発令、在日米軍も政府の要請によりスクランブルが発令される模様です。さらに警察、消防、海上保安庁にも緊急配備が敷かれる模様です」

「また続報です! 自衛隊の弾道計算によると、ミサイルは国会に向かっているとのことです」

 

国会だと!? ますます父さんがヤバイ!! 父さんの仕事場である三津村商事本社ビルは東京駅の目の前に在り、国会議事堂とは目と鼻の先だ。カチグミサラリマンである父さんは本社勤務であり、ミサイルが国会に着弾すれば巻き添えで確実に本社ビルごと木っ端微塵にされてしまうだろう。

 

そんなことを考えていると、母さんが突然倒れ伏す。衝撃的な出来事の連続で気を失ってるようだ。幸いソファーに座っていたため、体勢を整えそのまま眠らせておく。呼吸もしているし、苦しそうな様子もない。多分大丈夫だ。

 

倒れてしまった母さんを見たためか、逆に俺は冷静になってしまう。『時期』が来た。今の状況で一番可能性がありそうな作品はあれだ。

 

「北斗の拳か」

 

このまま世界は大混乱に陥り、世界は核の炎に包まれるのか。そして俺は世紀末救世主の仲間の一人になり、荒廃した世界でモヒカンたちを虐殺する日々を送るのか。

正直、まだネオサイタマの方がよかった。あっちはいくらかの秩序と社会がある。

もう決まってしまったものは仕方が無い、残念だが父さんのことは諦めよう。

そして唯一の家族である母さんを守るため、南斗聖拳を覚えよう。戦いの途中で死んでしまうか元斗皇拳のファルコに殺されてしまいそうな気がするが、今はそれ所じゃない。多少の死亡フラグは持ち前のオリ主パワーで何とかしよう。オリ主パワーがどんな物なのかは全く解らないが。

しかし、南斗聖拳はどこで教えてもらえるんだろう? 月謝は足りるだろうか? 父さんの死亡がほぼ確定したことだし、今後は節約して暮らさないとならないな。

 

「只今、東京湾上空をヘリで飛んでおります!!」

 

テレビの画面が切り替わる。

おいおい、この人たちは報道に命を掛けすぎだろ。と心の中でツッコむ。

どうやら東京滅亡の瞬間を生中継でお茶の間に届けてくれるらしい。かのピーター・マクドナルドに勝るとも劣らないマスコミ魂だ。自分達の下にミサイル郡が殺到しているのにも関わらず、そこから逃げることなく自分の職務に殉じている。まぁ、どこにも逃げる場所なんて無いんだろうけど。

 

「ミッ、ミサイルです!! ミサイルが見えて来ました!!」

 

よほどいい望遠レンズを積んでるのだろうか、こちらに飛んでくるミサイルをカメラが映し出す。

ああ北斗の拳が始まるんだなと思いながらテレビを見る。次の瞬間、空に一筋の線が引かれ更に一瞬の後ミサイルが爆発四散した。

 

「「 な、なんだってー!」」

 

俺とヘリに乗っているレポーターの声は完全にシンクロしていた。

 

線はうねりながらミサイルの間を縫うように走る。その後を追うようにきたねえ花火が追随していく。

どうやらミサイルの第一波は終わったようで、線は止まった。

 

線の先をカメラが捉える。そこには白い人らしき物があった。人の形をしたものがメカメカしい鎧を着込んでいる。背中にはこれまたメカメカしい羽が浮かんでおり、天使を想像させる。そして何より目立つドデカイ剣、モンスターをハンティングするのにはちょうど良さそうだが普通に振り回すにはいささか大きすぎるんじゃ無いだろうか。そして顔はヘルメットのようなもので隠れている。

あっ、こいつおっぱいがある。女だ。なら人間が乗ってるのかな?

 

「機械天使……アクエリオンか!?」

 

違う。

大きさから見て明らかに違う。デザインも違う。

しかし、確かに機械の天使のような見た目である。アクエリオン(仮)と呼ぼう。

 

アクエリオン(仮)がまた動き出す。目にも止まらぬ速さできたねえ花火が量産される。

きたねえ花火が作られる度に俺は興奮し、「ワザマエ!」とか「タツジン!」とか叫ぶ。

 

どのくらい時が経っただろうか、興奮しっぱなしの俺には短く感じられた。その間にアクエリオン(仮)により沢山のミサイルがきたねえ花火に作り変えられた。そしてついにミサイルは打ち止めになったようだ。

 

かっこいい、ただただそう思う。そして俺は確信する。

これだ。このアクエリオン(仮)はこれからこの世界に大きく関わってくる。俺もアクエリオン(仮)に乗ってバトルできるかと思うと今からワクワクする。これからは益々勉強と鍛錬に励もう、そしていつかアクエリオン(仮)に乗って無双しよう。誰相手に無双するのかって? 知るかそんなこと。

 

テレビは未だアクエリオン(仮)を映している。そこにまたミサイルが飛んできた。

あれ?なんでだ?ミサイルは打ち止めじゃなかったのか?

 

今度は自衛隊や米軍の戦闘機からミサイルが発射される。飛んできたミサイルに対しアクエリオン(仮)は剣を一振りし、きたねえ花火に作り変える。

なんて奴らだ! アクエリオン(仮)はみんなを助けてくれた正義のヒーローなのに! いや、あいつ女だからヒロインか? まあそんなことはどうでもいい。

アクエリオン(仮)はミサイルを切り伏せ機銃の弾を回避し戦闘機に襲い掛かる。戦闘機は爆発炎上し墜落していく。

 

「インガオホー!」

 

俺は叫ぶ、そしてアクエリオン(仮)は戦闘機を無双していく。しかし自衛隊や米軍の偉い人は何考えているのだ。

アクエリオン(仮)が剣の一振りで撃墜していく戦闘機一機にどれだけの税金が使われているのか解らないのだろうか。そして、税金を払うのが誰だか解っているのだろうか、少なくとも俺ではない。

ああ、戦闘機を粗方撃墜し終わったからだろうか、今度は海上にある船を襲いだした。船も応戦するが機動力が違う。戦いの基本がスピードにある事ぐらいは知らないのか、某挟まっちまった戦闘機乗りもそう言ってたぞ。

しかし、ここまで徹底的に甚振っている様を見ているとアクエリオン(仮)が正義のヒーローに見えなくなってきた。

まるでニンジャスレイヤー=サンだ。敵になったら皆殺し、周囲のことはお構いなし、そんな感じにも見えてくる。

 

アクエリオン(仮)の剣が船を一刀両断にする。

あれ、明らかに長さが足りて無いのになんで一刀両断できるんだ? 

そんな俺の疑問を他所にアクエリオン(仮)は次々に船を切り裂いていく。ついに東京湾上空に飛んでいる物体は、アクエリオン(仮)と報道のヘリだけになった。

 

アクエリオン(仮)はヘリを一瞥すると沈む夕日に向かって飛び去った。

ここに機械天使によるヒーローショーは幕を閉じた。

 

 

そんなこんなで転生オリ主藤木紀春6歳の夏は過ぎていっていかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイニングに備え付けてある電話が鳴り出した。

カレーを作る手を止め、電話に駆け寄る。ナンバーディスプレイを見ると父さんからだ。俺は受話器を取る。

 

「もしもし、父さん?どうしたの?」

「紀春か? 母さん居るか?」

「母さん? 居るけど、今寝ちゃってるんだ」

「寝てる? 母さんに何かあったのか?」

「テレビ見てたらびっくりしすぎて気絶しちゃったみたい」

「ああ、あんな事があればそうなるのも無理ないか」

「それよりも父さんは無事だったんだね? 国会議事堂にミサイルが飛んでくるって聞いたから、父さんが死んじゃうんじゃないかって心配したよ」

「死んじゃうって、大袈裟だなあ」

「いやいや、大袈裟じゃないよ。ミサイルが落ちてたら、父さんはミサイルで爆死してたか瓦礫に潰されて圧死してたんじゃない?」

「やけに表現が生々しいな……」

「で、何? 無事の確認だけ?」

「最近お前冷たくない?」

「ソンナコトナイヨー」

「まぁ、それはいい。いまこっちは大混乱でな」

「そうだろうね」

「ああ、それで今日は帰れそうにないんだ」

「いわゆる帰宅困難者ってやつだね」

「ああ、その通りだ。と言うことで今日は帰れそうに無いから……紀春、母さんを頼むぞ」

「解ったよ、父さんも気をつけてね」

「解った。明日には必ず帰ってくる」

「はーい、じゃあまた明日ねー」

「ああ、また明日」

 

受話器を戻す。するとリビングから物音が聞こえる。母さんが起きたようだ。

慌ててリビングに向かう。

 

「母さん、大丈夫?」

「あれ?私、なんで寝て――ッ! ノリ君お父さんは!?」

「大丈夫、さっき電話があったよ。それにミサイルは落ちてこなかったよ。」

 

少々わざとらしく笑顔を作る、母さんは安堵してくれたようだ。

 

「父さん今日帰って来れないって。帰宅困難者って奴だってさ。」

「そう……良かった」

「父さんに電話しておきなよ。やっぱり不安なんでしょ?」

「ええ、そうするわ」

「電話が終わったら晩御飯を食べよう、いまカレーを作ってるから」

「えっ、作ってくれたの!?」

 

前世での俺の得意料理はカレーだ。ありきたりだと思われるかも知れないが、振舞ってきた人々のほとんどに絶賛を受けてきた。多少のお世辞がも含まれているとは思うが……

しかし自分で食べて凄く旨いと思う。こんなことがあった今日だからこそ旨いものを食べて明日を迎えよう。

 

キッチンに戻ってカレー作りを再開する。リビングからは母さんの涙声が聞こえる。

愛だね、愛。

 

その後電話を終えた母さんとカレーライスを食べる。母さんも絶賛してくれた。

こんな日でも俺は夜九時に寝る。そろそろ九時以降にも起きていたいが、両親は許してくれない。

ベットに潜り込むとすぐに眠くなる。子供の体って便利だ。

 

 

そんなこんなで転生オリ主藤木紀春6歳の夏はまだ過ぎていっていかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「インフィニット・ストラトスか……」

 

翌朝見たテレビのニュースで多くのことが解った。

あのアクエリオン(仮)はインフィニット・ストラトスというものであり白騎士という名前だそうだ。

 

「インフィニット・ストラトスねぇ……」

 

インフィニット・ストラトスは昨日のミサイル撃墜事件以前に発表されていたようだが、全く注目されていなかったが、昨日見事再デビューし世界中に大いに認知された。

 

「インフィニット・ストラトスだったのか……」

 

そう、俺が転生した世界はインフィニット・ストラトスの世界だったのだ。

 

「インフィニット・ストラトス……知らないなぁ」

 

いや、一つ知っていることがある。主人公の声がバナージであること、それは知っている。

逆に言うと主人公の名前も知らない。

 

「インフィニット・ストラトスかぁ……どんな話なんだろう。」

 

 

そんなこんなで転生オリ主藤木紀春6歳の夏は今度こそ過ぎていった。




少し長い文章が書けるようになりました。
これからもがんばります。


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プロローグ 第5話 実況!パワフルオリ主野球!あとついでに転校生

いわゆるオリ設定、オリ展開です。
ホモは嘘つき。


ホモは嘘つき。

カズトさんは俺にチートは無いって言っていた。しかし、この状況はチートで無いと説明できない。

俺は渾身の力を込めてボールを投げる。その球は激しい音を立ててキャッチャーのミットに吸い込まれる。

「ストラーイク!!ヒズアウト!!」

この瞬間、全国中学校軟式野球大会決勝戦が終了した。キャッチャーの田口太郎をはじめ、選手全員がマウンドに駆け寄る。我々、織朱大学付属中学校軟式野球部はついに日本一の中学軟式野球チームになったのだ。

 

表彰式も終わり、学校のバスで球場から帰る。その中で監督に話しかけられた。

 

「お疲れ!よくがんばったな!」

「はい!監督もお疲れ様でした!」

「かみやん!俺達ついに優勝したんだな!!」

「そうだな太郎!今までの努力が報われて嬉しいよ。」

「そうそう、最後の球145キロ出てたらしいぜ!」

「マジかよ…かなり手応えはあったけどそんなに出てたとは。」

 

太郎が声を掛けてきてそんなことを言う。中学生が軟球で145キロ。改めて己がチートを持っていることを実感する。改めて言おう。ホモは嘘つき。

ついでに、かみやんとは俺のあだ名だ。名前に少しも掠ってはいないが、このことはいずれ語ろう。

 

「よし!今日は私の奢りで焼肉だ!!」

「「「「「「イヤッッホォォォオオォオウ!」」」」」」

 

部員全員が喜びの声を上げる。

今日は焼肉だ!そしてこの大会を機に俺達三年生は引退する。もう練習もないから今日は腹いっぱい食おう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の起こりは小学四年生の春、俺は体を鍛える場所を探していた。将来のことを考え剣道や空手などの武道がやりたかったが、近所にそれらしき道場は見つからなかった。南斗聖拳の道場も無かった。

どうしようかと考えてる時、小学校のグラウンドで野球をする少年達を見つけた。

野球。前世では野球観戦はゲームと並ぶ俺の趣味だった。

興味を引かれグラウンドまで行き、練習風景を見学する。すると、野球のユニフォームを着たおじさんに声を掛けられる。

 

「野球に興味があるのかい?」

「はい、少し。」

「じゃあ、少しやってみないかい?」

「いいんですか?」

「体験入団ということでね。」

「じゃあ、お願いします。」

 

おじさんは、野球をやっている少年達に向かって大声で言う。

 

「おーい!この子に打席を代わってやってくれないか?」

 

ヘルメットと軍手とバットを借り、打席を代わって貰いバッターボックスに立つ。

マウンドに立つピッチャーは俺を馬鹿にしたような顔を向ける。俺の闘志に火が付く。

 

(絶対に打ってやる!)

 

ピッチャーが第一球を投げる。俺はバットをフルスイングする。

バットは空しく空を切り、フルスイングした俺は勢い余って一回転しバッターボックスに尻餅をつく。

周りからは失笑が起き、ピッチャーも馬鹿笑いしている。

 

(次こそは絶対に打つ!)

 

恥ずかしいスイングをしてしまったが次は大丈夫なはずだ。

奴のボールはさっきので見切った。

 

ピッチャーが第二球を投げる。俺はボールをよく見て、自分が最高だと思うタイミングでフルスイングする。

甲高い音と共に手に衝撃を感じる。それに構わず俺はバットを振りぬいた。

 

「走れ!」

 

誰かがそう叫び、打球の行方を確認することも出来ないまま俺は走り出す。そのまま一塁、二塁を蹴り三塁を目指す。

三塁コーチャーが腕を振り回す。これはホームベースに到達してもいいと確信し、そのまま三塁を蹴りホームベースを目指す。

せっかくなのでホームベースに豪快なスライディングで突入してみる。周りから歓声が上がる。

 

俺はピッチャーに向かって勝ち誇った笑みを浮かべる。ピッチャーは地団駄を踏んで悔しそうにしている。

 

「さっ、さっきのは本気じゃねーし!もう一回やったら打たれねーし!」

 

いかにも小学生な言い訳をしてくる。だから俺はこう返す。

 

「まだやるかい。」

「いいぜ!やってやる!!」

 

その後、俺は五回ホームランを放ちピッチャーは泣きながらどこかへ行ってしまった。

 

「太郎君!!」

 

おじさんは先ほどのピッチャーを追いかけようとするが、ユニフォームを着た大人の人がそれを止める。

 

「追いかけないでやってください監督。あいつには挫折が必要だ。」

「次郎君…」

 

大人同士でのやり取りがされた後。次郎君と呼ばれた大人の人が俺に話しかける。

 

「すまないが、次は俺と勝負してもらっていいかな?」

「いや、流石に大人の人はちょっと…」

「残念だが俺は大人じゃない。小学六年生だ。」

「はぁ?」

 

嘘だ。ざっと見た限りでは175センチはある。自分の教え子がやられて悔しいのは解るが、見え透いた嘘をつかないでほしいものだ。

 

「ちょっと、幾らなんでもそれは無いんじゃないですか?嘘を吐くにしてももうちょっとマシな嘘を吐いてくださいよ。」

「いや、次郎君は歴とした小学六年生だよ。」

「えええええ。」

 

なんだ、このおじさん人の良さそうな顔をしてるくせに小学生の俺を騙そうってか。そっちがそう来るのなら仕方ない。この汚い大人たちに吠え面をかかせてやる。

 

「…わかりました。やりましょう。」

 

さっきホームランを打ちまくったお陰で妙な自信がついている。今ならやれる気がした。

次郎君…一応次郎さんにしておこう。彼がマウンドに登る。

 

「田口次郎だ。ついでに言うとさっき君が打ち崩したのが、弟の太郎だ。あんなのでもかわいい弟なんでね。敵はとらせてもらうぞ。」

 

兄が次郎で、弟が太郎とはこれいかに。

 

「よろしく、お願いします。」

 

次郎さんの体から出る威圧感が凄い。やっぱり小学六年生なんて嘘だ。

次郎さんが全身のバネを使って第一球を繰り出す。

 

バチイィィィィン!

 

「何これ?」

 

キャッチャーミットから以前とは全然違う音がする。それに彼のボールが俺の横をすり抜ける瞬間確かに風を感じた。おしっこが少し出た。

青ざめる俺をよそに、次郎さんが話しかける。

 

「どうした、振らなきゃ当たらないぞ。」

 

次郎さんが言う。その通りだ。弱気じゃこの人に勝てない。強気に振っていこう。

二球目が投げられる。

俺はそれにフルスイングする。

 

やられた。明らかなボール球だ。しかもスピードも遅い。

追い込まれた。そして完全に手玉に取られている。

更に第三球が投げられる。俺は当てることのみを考えバットを振る。

 

ボールにバットが微かに当たる。ボールは後ろに大きく逸れグラウンドを囲むネットに当たる。

 

「次郎君の球に当てるとは!?」

 

おじさんが驚く。次郎さんも意外だったのか表情を少し変える。

 

「驚いたよ。俺の球を当てることが出来る奴がいるなんて。」

 

当てるだけで驚かれるとは、この人どれだけ凄いんだ?

しかし、正直さっきのはまぐれ当たりだ。一球目ほどではないが球は見える。でもまだ捉えることは出来そうに無い。

 

四球目、五球目はなんとかファールを打つことができた。少しずつ捉えることが出来てきたようだ。しかしここに来て俺の精神的疲労がヤバイ。まだ五球なのになんでこんなに疲れるんだろう。いや、理由は解る。次郎さんから発せられる謎の威圧感だ。

次郎さんは正直生まれる世界を間違えていると思う。インフィニット・ストラトスが縦横無尽に飛び回る世界よりもっと似合いの世界があるはずだ。もし転生することが出来たのなら、分身魔球とかそんな奴が飛び交う世界に行ってもらいたいものだ。

 

とにかく、次の球だ。それで勝負が決まる。

 

次郎さんは一球目と同じようなフォームで六球目を投げた。

俺は全神経を集中させバットを振る。その瞬間世界から色が消え、向かってくるボールが遅く見える。

俺のバットのスイングスピードも遅く見える。これはいわゆるゾーンという奴か。いける!

俺は全ての雑念を打ち払い、バットを振る。ボールがバットに当たる。その打球は空しくもセカンドの目の前に落ちようとしている。セカンドゴロか。ボールを見送る次郎さんも心なしか笑っているように見える。

無駄な抵抗かも知れないが俺は一塁に走る。そしてボールが地面に落ちた瞬間、ボールがセカンドの頭上を超え跳ね上がった。

 

「イレギュラーバウンドだと!?」

 

次郎さんが声を上げる。俺はその隙に一塁にヘッドスライディングをする。この勝負勝った!

 

俺はヘルメットと軍手を一塁手に渡し、逃げるようにその場を立ち去った。

 

「さよーならー。」

「あっ、待ってくれ!!」

 

おじさんが声を上げるが無視してその場から立ち去る。汚い大人たちを余所目に俺は我が家まで全力疾走で駆け抜けた。その後、ヘッドスライディングのせいでボロボロになった服を着て家に帰った俺は母さんに怒られた。

 

数日後、登校中に田口兄弟に出会う。次郎さんはランドセルを背負っていた。

 

「これで解ってもらえたか。」

「すいませんでした。」

 

その後、俺は母さんと共におじさんの下へ行き織朱野球スポーツ少年団に入団することとなった。ポジションはピッチャーだ。

田口兄弟の弟、太郎は自分の能力の限界を感じキャッチャーに転向した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後俺達は栄光の少年野球道を邁進していった。勝った。勝った。勝ちまくった。そのほとんどが次郎さんお陰だ。入団初年には高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会 マクドナルド・トーナメントに出場し、当然のように優勝した。もちろん次郎さんのお陰だ。

次郎さんの卒業後には、俺と太郎がチームを盛り立てた。最初の出会いはあまりよろしいものではなかったが、俺達はすっかり親友と呼べる間柄になったと思う。次郎さんの去ったチームはかなり弱体化したが、それでも俺達だけで二度全国大会に出場することが出来た。

 

中学校に進んだ俺達を次郎さんは待っていた。やはり次郎さんは凄かった。次郎さんは中学生の二年間、当然のように全国優勝を果たしていた。そして俺達が中学校に入ったその年も全国優勝し、高校へ去っていった。次の年は全国に行くことすら出来ず悔しい思いをしたのだが、今年ついに俺達は次郎さん無しで全国優勝することができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれからもうすぐ五ヶ月か…」

「あれ、かみやん。なにたそがれてんのよ。」

「いや、優勝した時のことを思い出してた。」

「まだそんなこと思い出してたの?そんなことしてる暇があったら受験勉強でもしてなさいよ。」

「受験勉強が必要なのはお前だろ…」

 

隣の席の花沢さんに言う。

本来、俺達織朱大学付属中学校三年生に受験勉強は必要ない。エスカレーターに乗って高校に行けるからだ。よほど馬鹿だったり生活態度に問題がなければ俺達は高校生になれる。

俺に関しては問題ない。持ち前のオリ主知識と、三歳の頃からがんばった復習のお陰で成績は常にトップをキープしてきた。生活態度にいささかの問題があったが、野球で帳消しになっているはずだ。

 

花沢さんはこの中学校で唯一受験勉強をしている。彼女には行きたい学校があるのだ。

 

「絶対合格して見せるわ、IS学園。」

「無理だろ、お前あそこの倍率知ってんのか?」

「うっ…」

 

IS学園…その倍率は100倍を超える。

 

「でも受かる可能性はゼロじゃないし!」

「でも1パーセント以下だ。」

「ううっ…」

 

多分こいつは受からない。なぜなら…

 

「そもそも、お前今何してんだ?」

「えっ、モン○ンだけど…」

「勉強しろ!」

 

1月8日始業式後の教室、彼女は狩りに勤しんでいた。

そんな時、教室奥側のドアが開け放たれる。ちなみに俺の席は最後尾の廊下側なので真横のドアが開けられることになる。太郎が入ってきた。こいつとの出会いは最悪だったが今では一番の親友といえる間柄だ。

 

「かみやん!大変だ!」

「どうした太郎、そんなに慌てて。」

「転校生だよ!転校生!」

「転校生?三年か?」

「どうやらそうみたい。そしてめっちゃ可愛かった!」

「可愛かったって事は女の子か!?」

「その通り!」

「やったぜ」

 

しかし、三年の三学期に転校か。受験直前の今に転校するなんて相当なワケありなんだろう。変な奴じゃないといいけど…

 

そんな時、教室教卓側のドアが開けられ担任が入ってくる。

 

「お~し、席に着け~。」

 

我らが担任、山下秀典は怒ると非常に怖い。その声に教室の中の生徒達はそそくさと席に戻る。

 

「お~し、今日はお前らに転校生を紹介する~。」

 

山下先生の野太く間延びした声が教室に響く。俺と太郎、花沢さん以外は少しざわつく。

 

「お~い、入ってこ~い。」

 

転校生が教室に入ってきた。長い黒髪のポニーテールに黄緑色のリボンが印象的な子だった。あとおっぱいがデカイ。

 

東雲箒(シノノメホウキ)です。宜しくお願いします。」

 

そう言って彼女は頭を下げた。

 

 

かみやんこと転生オリ主藤木紀春15歳の冬はまだ過ぎていかなかった。

 




東雲さん。もちろん間違えてないよ。


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プロローグ 第6話 ガール・ミーツ・オリ主

東雲さん本格始動。


ホームルームの後、東雲さんはクラスメイトに取り囲まれる。

彼女の席は窓側の一番奥。俺の反対側に位置することになる。ちらりと彼女を見ると、花沢さんが声を掛けてきた。

 

「なに?惚れたの?」

「そういうわけじゃないけど…まぁ、顔とおっぱいはナイスだな。」

「そういうことは外で言っちゃだめよ。すぐに通報されるわよ。」

 

女性しか乗れないISのお陰で世界は急速に女尊男卑化していった。以前彼女が欲しかった俺は、繁華街でナンパを試みたことがあるが即通報されてしまった。自分で言うのも何だが、俺のオリ主フェイスはなかなか整っていると思う。『※ただしイケメンに限る。』はこの世界じゃ通用しないらしい。

 

ナンパをした時のことを思い出す…

 

「やぁ!お嬢さんいいおっぱいしてますね!僕とお茶でもしませんか?」

「いやああああああああ!おまわりさああああああん!」

 

とりあえず容姿を褒め、さりげなくお茶に誘う。俺に落ち度があったように思えない。

あれか、彼女好みの顔じゃなかったのだろうか。それともナンパの仕方が古かったか。素人童貞の前世のナンパスキルは皆無だったが、ナンパの仕方が古かったとは言えいきなり通報はやりすぎだ。きっと彼女は女尊男卑に染まりきったド畜生なのだろう。俺のオリ主アイをもってしても心の内まで見通すことは出来ない。

俺はオリ主脚力を駆使しおまわりさんから逃走した。

 

思い出すとイライラしてきた。今日の放課後は久しぶりに野球部に行こう。そして後輩をピッチングマシン代わりにして憂さを晴らそう。

 

おっと、授業が始まる。一時限は英語か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藤木君、この英文を読んでみてください。」

「ペ~ラペ~~ラ、ペラペラペ~ラペ~~~ラ~~。」

「ペラペラ言ってないでちゃんと読みなさい。」

「はい、すいません。」

 

千本ノックも追加だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、篠ノ之箒は今日から織朱大学付属中学校に通うこととなった。転校の挨拶をした後、いつも通りクラスメイトからの質問責めに遭う。私はいつも通り適当に返事をする。

しばらくしてチャイムが鳴り、授業が始まる。

 

「藤木君、この英文を読んでみてください。」

 

英語の先生が言う。藤木と呼ばれた男子が立つ。彼の席は廊下側の一番奥であり彼が英文を読むのだろう。

 

「ペ~ラペ~~ラ、ペラペラペ~ラペ~~~ラ~~。」

 

一瞬教室が静まりかえる。何だこの男は。彼は先生に注意された後、普通に英文を読んで座った。

彼はヘラヘラしながら隣の女子と会話しているようだ。改めて言おう、何だこの男は。

私はあの男が現代の軟弱な男を象徴するかのような奴に思えた。一夏はこんな男とは違って芯のある強い男だった。

…いやいかん、いつも男性を一夏と比べてしまうのは私の悪い癖だ。きっと彼にも彼なりの良いところがあるのだろう。

あるのだろう。

あるのだろうか?

あるかもね。

あったらいいな。

あるのかな?

無さそうだ。

 

授業に集中しよう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業も全て終わり放課後になる。帰り支度をしていると声を掛けられる。

 

「東雲さん!」

 

東雲さんとは私が今ここで名乗っている苗字だ。篠ノ之だと余計に危険だからと重要人物保護プログラムの役人に付けられた。平仮名に直すと一文字しか変わってないが、もう少しマシな名前は無かったのだろうか。

そんなことを考えながら振り返ると同じクラスの女子がいた。あの藤木の隣の席の女子だ。

 

「ええと…」

 

私は彼女の名前を知らない。

 

「私の名前は花沢。山下先生が学校の中を案内してあげなさいって言ってたから…時間は大丈夫かな?」

「時間なら大丈夫だ。案内を頼む。」

 

私は花沢さんに連れられて校内を巡った。

 

校内巡りも佳境に入りグラウンドに案内される。そんな時誰かの叫び声が聞こえた。

 

「いよっしゃあああああああ!死ぬ気で取って来いやああああ!」

 

甲高い音がした一瞬後、鈍い音と共にグラウンドに土煙が上がる。

土煙が晴れた場所に野球のユニフォームを着た少年が倒れていた。

 

「何やっとんじゃあああああ菊地いいいいいいい!!その位の球ぐらい取らんかい!!レギュラーになりたくないんかああああ!!!」

 

その声を聞いて菊地と呼ばれた少年が立ち上がる。

 

「なりたいです!!もう一球お願いします!!」

「ええ返事じゃあ!ならこれで死ねよやぁー!」

 

菊地君に打球が襲い掛かる。さっきよりも一回り大きな土煙が上がった。

土煙が晴れたとき、菊地君はしっかりと立っていた。

 

「ようやった菊地いいいい!!」

「はい!!ありがとうございます!!」

 

藤木が胡散臭い広島弁を喋りながらノックを打っていた。

何だこれは、私は夢でも見ているのだろうか。私が驚いていると花沢さんが話しかける。

 

「ああ、あれね。織中野球部名物地獄千本ノック。」

「地獄千本ノック?」

「クラスメイトに田口君って男子がいるんだど知ってる?そのお兄さんが考え出した練習法よ。よく解らないけど凄く効果的らしいんだって。」

「はぁ…」

「でもあの球を打てるのが今じゃかみやんしか居ないから来年からは無くなっちゃうみたい。」

「ん?かみやん?」

「今ノック打ってるあいつのあだ名。一緒のクラスで藤木紀春って言うんだけど知ってる?あの英語の授業でペラペラ喋ってた。」

「ああ、それなら知ってる。しかし、かみやんとはあだ名が本名に全く掠っていないな。」

「馬鹿と天才は紙一重。それの紙一重から取ってかみやん。紙一重っていうか、馬鹿と天才の間を行ったり来たりしてる変人よ。」

「行ったり来たりの変人とはどういうことだ?」

「テストの成績は毎回学年トップを取り、部活の野球ではエースで四番。そして全国大会優勝の立役者。そんな反面、精神修行だーって言って一週間断食してたら食欲が抑えきれなくなって変なキノコを食べて救急車で運ばれたり、真冬にこの学校の裏山にある滝で滝行してたり。あと一昨年の夏休みは部活と大会サボって山篭りしてたらしいわ。ちなみに夏休みの宿題を全くやってなくて先生に凄く怒られてたわね。あ、そうそう。知り合う男子全員に「撃てませぇん」って言わせていたわね。何だったのかしらあれ。」

「それは…なんというか。」

 

「危ない!」

 

花沢さんと話しているとそんな声が聞こえた。グラウンドの方向を見ると私達に向かって打球が飛んできていた。

私は携帯している竹刀袋から竹刀を取り出し、その打球を打ち落とした。

 

「ワザマエ!」「タツジン!」

 

遠くからそんな声がした。

グラウンドの方角を見ると藤木がこちらに駆け寄ってきていた。

 

「いやあ~ごめんごめん、怪我は無い?」

「いや、私は大丈夫だが。」

「って、東雲さんか。いや、本当に申し訳ない。」

 

藤木は頭を下げる。花沢さんによる藤木の評価と今の態度で私は藤木に対する評価を改める。全国大会で優勝するなんて並々ならぬ努力をしてきたのだろう。私も同じだから解る。いや、私とは違うか…

 

「私には謝ってくれないの~?」

「なんだ、お前居たのか。帰っていいよ。」

「ダイナマイトキック!!」

 

花沢さんに対し横柄な態度を取った藤木は、花沢さんの放った蹴りを顔面に受け吹っ飛んでいった。花沢さんの評価も改める。花沢さんはつよい(確信)彼女に逆らってはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私と花沢さんは気絶している藤木を見守っていた。

保健室に連れて行こうと花沢さんに言ったところ、花沢さんは五分もしたら勝手に復活するから心配ないと言った。少なくとも私よりも藤木に詳しい花沢さんがそう言うのならそうなんだろう。私は花沢さんに従った。

 

しばらくすると藤木が起き上がる。花沢さんの言ってたことは正しかったようだ。

 

「あれ?花沢さん、俺なんでこんなところで寝てるんだ?」

「さぁ、私もかみやんが倒れてるって教えられて今来たばかりだから解らないわ。」

 

藤木が地面に座り花沢さんに話しかける。それに対して花沢さんは嘘を吐く。私はそれを見てみぬ振りをする。

 

「で、今度は何処からの記憶が無いの?」

「始業式が終わった直後までは覚えている。」

 

なんだ、このやり取りは。まるで何度も藤木が記憶喪失になってるみたいじゃないか。

 

「じゃあ、今日の重要な出来事は一つだけだったし気にしなくていいわよ。はい、こちら東雲箒さん。転校生よ。」

「東雲箒です。」

 

私は花沢さんに合わせて自己紹介をする。

 

「これはおご丁寧に、藤木紀春です。」

 

藤木が立ち上がりお辞儀をする。私は藤木の所作に違和感を覚える。

藤木に背を向け花沢さんに問いかける。

 

「藤木の性格が変わってないか?」

「かみやんの性格は常にブレブレだから気にしたら負けよ。」

「そうなのか…解った。」

 

しばらく二人と会話した後、校門に黒い車と黒服を着た男が居るのに気づく。

どうやら重要人物保護プログラムから迎えが来たようだ。

 

「すまない、迎えが来ているようだ。そろそろ帰らせてもらう。」

「そうか、じゃあまた明日。」

「また明日~。」

「――ッ!」

「あれ?東雲さんどうかした?」

 

重要人物保護プログラムに入って以来、また明日なんて言ってくれた人物はどれだけ居ただろうか。

何気なく言われた言葉に衝撃を受ける。

 

「また明日、っておかしかった?」

「いや、そうでもないが…」

「明日も会うんだから、また明日って言うのが当然でしょ?」

「そうだな。一度会ったら友達で、毎日会ったら兄弟だって言うしな。」

「何それ?かみやんと兄弟なんて死んでも嫌なんですけど。でも、そうね私達友達じゃない。」

「そうだよ(便乗)」

 

友達、そんなことを言われたのはいつ以来だろうか。

 

「そうだな、私達は友達だ。」

 

藤木と花沢さんに別れを告げ車に乗る。

転校初日に二人の友人が出来た。友達と呼べる人が出来たのは、一夏以来いつ振りだろう?

…………………………………

あれ、私の友達少なすぎ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達は東雲さんの背中を見送っていた。やがて東雲さんは黒い車に乗り込み、車は発進した。

 

「ねぇかみやん。私気づいたことがあるの。」

「ああ、俺もだ。」

 

花沢さんも気づいたか。まぁ、あれはあからさまだった。

こんな時期に転校してくること。友達の件でのあの挙動不審な態度。そして極めつけはあの黒い車と黒服の男達だ。

 

「東雲さん、ぼっちだったのね。」

「ヤクザの娘なんだ、簡単に友達なんて出来るわけ無いだろう。」

「そうね…普通の人なら怖がっちゃうもんね。」

「だからこそ俺達が彼女に友達の良さってものを教えていかないとな。」

「そうね、彼女にはやさしくしてあげないとね。私にはIS学園があるから長くは付き合うことが出来ないけど。」

「だからお前にIS学園は無理だって。」

「そんなことないわ、私はやれば出来る子よ。」

「だったら3DSは預かっておいてあげよう。」

「それだけは無理。」

 

 

紙一重のかみやんこと転生オリ主藤木紀春15歳の冬はもうちょっとだけ続くんじゃ。




ぼっちのヤクザ娘東雲さん視点で書きました。雰囲気出てるのか心配です。

花沢さんは私的にかなり便利なキャラです。この後の話を数話既に書いているのですが、本当に便利です。


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プロローグ 第7話 主人公と恋する乙女とオリ主とモブ

ぼくのssに主人公が来た


「ぬああああああん疲れたもおおおおおおおん。」

「そろそろ休憩の時間だ。あと十分だから頑張れ。」

「いや、そんな事より東雲さん。そもそもなんで俺がここに居るんだよ。俺一番関係ないじゃん。」

「それは花沢さんに聞け。」

 

今俺達は花沢さんの家に居る。そして、花沢さんのIS学園の受験勉強を手伝っている。

いや、東雲さんがここに居るのはいい。一応受験資格があるんだから。でも男の俺がなんで受験勉強の手伝いをやらなくちゃいけないんだ。

その疑問に花沢さんが答える。

 

「かみやんって頭いいでしょ。だから勉強のコツとか教えてもらおうかと思ったんだけど。」

「勉強のコツか…まぁ、無いことも無いな。」

「えっ、本当にあるんだ。教えてよ。」

 

花沢さんが身を乗り出して俺の話を聞く。俺は彼女に勉強の極意を伝授する。

 

「頑張る。」

「え?」

「だから、頑張るんだ。」

「いや、頑張ってるわよ。」

「だから勉強のコツだよ。頑張って、頑張って、頑張る。それだけだ。」

「なんだ、そんなことか。期待して損した。」

 

落胆している花沢さんに、俺は話を続ける。

 

「結局努力を積み重ねるしかないんだよ。優雅に水面を泳ぐ白鳥も水の中で必死に水を掻いてるんだ。そして今お前は何をしてる?」

「えっ、モン○ンだけど…」

「死ねぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、今から二十分の休憩ね。何か飲み物もって来るわ。」

「てめぇ、結局五分しか勉強してねーじゃねーか。」

「あんまり細かいこと言ってるとハゲるわよ。」

「うるせー。それより早く何か持って来い。」

「はいはい。」

 

花沢さんが部屋から出る。この部屋に居るのは俺と東雲さんだけだ。

 

「どう?学校には慣れた?」

「もう一ヶ月経ったからな。流石に慣れたよ。」

「そうそう、花沢さんから聞いたけど剣道の全国大会で優勝したんだって?すげえじゃん。」

「そういうお前だって野球の全国大会で優勝だろ。それも二回も。いや、小学校を含めると三回か?」

「いやー、今年度の大会以外は俺の力じゃ無いからねぇ。」

「ん?一年からレギュラーだったと聞いていたが。」

「田口次郎。俺が知ってる限り世界一野球が上手い男だよ。その人一人の力で優勝できたんだ。」

「野球が世界一上手い男?プロ含めてか?それは大袈裟じゃないか?」

「プロ含めてだよ。嘘だと思うなら今年の甲子園を見てみるといい。あれは正直ビビる。」

 

何だこの会話、気持ち悪い褒め合いから始まって最後には人の自慢話。女の子と二人きりで密室にいる状況がこんなにもキツいものだとは思わなかった。俺は会話に困り、テレビのリモコンを押す。

 

「速報です!世界初の男性IS操縦者が発見されました!」

 

テレビを点けた瞬間、キャスターが興奮気味に速報を伝えた。

 

「「な、なんだってー!」」

 

俺と東雲さんは驚く。俺達はかぶりつくようにテレビを見る。

キャスターは続けて喋りだす。

 

「世界初のIS男性操縦者の名前は織斑一夏、なんとあのブリュンヒルデ織斑千冬の弟で篠ノ之束氏とも交流のある人物であるそうです!」

 

俺は瞬時に理解する。こいつだ。こいつが主人公だ。そしてバナージだ。

テレビに織斑一夏の写真が映し出されている。イケメンだ。主人公フェイスはこのオリ主フェイスより一歩先を行っていた。

 

「……」

「……い…ちか…」

 

東雲さんの顔を窺う、恋する乙女の顔をしていた。そして俺は彼女にフラグが立たないことを知る。

しかし『いちか』か、態度がやけに馴れ馴れしいな。知り合いなのだろうか?

 

「いちか?知り合いなのか?」

「…ああ、もう何年も会って無いが初めてできた友達なんだ…」

「何・・・だと・・・?」

 

なんと!あのぼっち東雲さんに友達が居たとな!?これは花沢さんに報告せねば!

 

「政府関係者の情報によりますと、公式発表はでは無いが織斑一夏君はIS学園にするのでは。とのことです。」

 

キャスターの隣に居るコメンテーターが、「いやー織斑君はイケメンですねー。」と「今年のIS学園の入試希望者が増えちゃいますねー。」とか喋っている。今日は二月十四日だ。まだ願書締め切ってないのかIS学園は。

ちなみに花沢さんと東雲さんからチョコレートを貰えた。チ○ルチョコ一個。しかも二人で一個。嬉しくて涙が出そうだった。(大嘘)

 

テレビの中のキャスターとコメンテーターがコメントをしている時、キャスターに追加の原稿が届く。

 

「先ほどのニュースに関連してもう一つニュースです。全国の小学校、中学校、高校の男子全員を対象としたIS適性調査が行われる模様です。」

 

これだ。オリ主イベントだ。このイベントをクリアして俺はオリ主として世界に名を轟かすことになるのか。そしてIS学園だ。主人公織斑一夏君と共に女の園に飛び込み、そこでバトルしたり女の子とキャッキャウフフしよう。

そんなことを考えていると、部屋の扉が開き花沢さんがお盆を持って入ってきた。

 

「おまたせ!アイスティーしかなかったんだけどいいかな?」

 

この真冬にアイスティーしか無いのか。

すると東雲さんが喋る。

 

「よし、勉強を続けるぞ。」

「いや、東雲さん。今から休憩がてらモ○ハンしたいんだけど。」

 

まだするかこの女は。

 

「モ○ハンはさっきもしただろう!そんなのではIS学園に行けないぞ!さぁ、勉強するぞ!」

「うっ…」

 

東雲さんが捲くし立てる。普段東雲さんは、数少ない友達を不機嫌にさせるのが怖いのか花沢さんに対して強気に出ることは無い。でも今の東雲さんは違った。そうだ、これは恋の力だ。織斑一夏への恋心が彼女を後押しする。

花沢さんもそんな東雲さんに対して気圧される。俺も気圧される。

まぁ、俺も勉強することに対して反対ではない。俺も適性調査をクリアし織斑一夏のようにIS学園に通うことになるはずだ。IS学園で恥ずかしい思いをしないために勉強しよう。

 

こうして俺達は夜まで勉強をすることとなった。東雲さんは誰よりも真剣に勉強していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勉強が終わり俺達は花沢さんの家から出る。花沢さんも玄関先まで見送りに来てくれた。

花沢さんの家の玄関先には黒い車が停車しており、そこには黒服を着たヤクザが二人立っていた。ヤクザコワイ!

ヤクザは無言でドアを開け東雲さんを待っている。

しかしこいつら無礼だな。お嬢やその御学友に対して挨拶の一言もないのか。これはケジメ案件だ。

別れの挨拶をし、東雲さんは車に乗り込む。車はゆっくりと走り出す。

俺と花沢さんはそれを見送り、花沢さんが俺に話しかける。

 

「ねぇ、かみやん。やっぱりヤクザは怖いわね。」

「そうだな。」

「そういえば、東雲さんに何かあったの?私が帰ってきたら急に真剣に勉強しだしたけど…」

「ああ、お前あのニュース知らなかったのか。」

「ニュース?なにがあったの?」

 

俺はスマホを取り出しブラウザを起動させる。次に検索窓に織斑一夏と打ち込み画像検索をかける。

ニュースのキャプチャー画像を発見し、それを花沢さんに見せる。

 

「あらやだ、カッコイイ。で、誰このイケメンは?」

「織斑一夏。世界初の男性IS操縦者だ。」

「男性IS操縦者!?」

「彼はかのブリュンヒルデ織斑千冬の弟で、篠ノ之束とも交流があるそうだ。」

「まさにサラブレッドって感じね。」

「さらに衝撃的事実をお伝えしよう。彼は東雲さんの初めての友達だ。」

「何・・・だと・・・?」

「さらにさらに衝撃的事実をお伝えしよう。俺の見た限り東雲さんは彼に惚れている。と言うわけで最初の疑問にお答えしよう。恋の力だ。それが彼女をああさせた。」

「ファッ!?」

 

衝撃的事実の連続に彼女は目を白黒させる。

ここで俺は彼女に残酷な事実を告げる。

 

「彼はにIS学園行くらしい。IS学園…百倍どころの騒ぎじゃなくなるだろうな。まだ願書締め切ってないらしいし。」

「うっ…」

「少なくとも一人増えた。」

「ううっ…」

「恋する乙女は強いぞ。」

「うわああ…」

「モ○ハン、今だけでもやめたら?」

「それだけは無理。」

「やっぱりお前にIS学園は無理だ。」

 

頑なな花沢さんを背に俺は家路を辿る。

花沢さんはともかく東雲さんのIS学園行きは応援したい。しかし東雲さんはIS学園行きを家族に認めさせることが出来るのだろうか?ヤクザの娘なら俺達の知らないしがらみも多そうだ。IS学園に行く理由が惚れた男に会いに行くためなのだから、猛反対されそうな気がする。

 

そんなことを考えながら道を歩く。ああ寒い、早く家に帰って熱い風呂に入りたい。そして母さんの作った夕食を食べ、あったかいフートンにくるまり寝たい。今日は勉強しすぎて疲れたから早く寝よう。

 

 

転生オリ主藤木紀春15歳の冬はまだ終わらない。




ついに主人公がIS学園行くことを認識します。
ここまで長かった。そしてこれからも長い…

東雲さんとオリ主が二人きりでテレビを見る状況を作りたくて悩んでいましたが、ここでも花沢さんが活躍してくれました。

台湾戦があるのでそろそろあとがきを終わります。見て頂きありがとうございます。


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プロローグ 第8話 オリ主、始まる

オリ主イベント開始!


「チキショー!!!」

 

三月一日の昼休み、教室に花沢さんの声が響き渡る。当然の如く彼女は受験に失敗した。ちなみに今彼女はモ○ハンをやっている。さっきの声は討伐に失敗したから発せられたものだ。

俺は彼女を無視し、東雲さんの席まで行く。

 

「東雲さん、花沢さんはああだったけど東雲さんはどうだったの?」

「あ…いや…私は受けてないんだが…」

 

気まずそうに東雲さんが答える。やはり家族を説得できなかったようだ。

 

「あっ…(察し)」

「…」

「席に戻るわ。」

 

俺はいたたまれない気持ちになって自分の席に着く。その時山下先生が教室に入ってきた。

 

「うぉ~ぃ、男子共~。IS適性調査の時間だぞ~ぉ。」

 

ついに来た!念願のオリ主イベントの始まりだ。

教室がざわつくのを山下先生が抑える。

 

「静かにしろ~ぃ。男子は今から会議室に集合だ~ぁ。早く行けえ~ぃ。」

 

教室の男子達が教室から出て行く。俺も男子の集団に入って移動する。

廊下を歩いてると、太郎が声を掛ける。

 

「かみやん!チャンスだね!」

「何のチャンスだ?」

「俺達がIS操縦者になれるチャンスだよ!」

「なれるわけ無いだろ。織斑一夏以来男性IS操縦者が出てきたって聞いたこと無いぞ。」

「えー、もうちょっと夢を持とうよ。」

「男性IS操縦者になる夢ならやめとけ。俺達ならプロ野球選手になれる確率のほうがもっと高いから

そっちにしとけ。」

「夢は見るだけなら無料(タダ)だよ?もっと夢を見ようよ。」

「夢を見すぎると目が悪くなるぞ。」

「なにそれ?そんなの聞いたこと無いよ。」

「まぁ、今俺達にあるチャンスは生でISを拝めるチャンスだけだ。それで満足しておけよ。」

 

太郎に対して心にも無いことを言う。このIS適性検査に世界で一番期待しているのは俺に違いない。会話をしているとやがて会議室のプレートが見えてきた。会議室の前では政府の役人らしき人物が待っていた

る。

 

役人の説明を受け、一人ずつ会議室に入っていく。一人入っては出て行き、また一人入っては出て行くを繰り返す。今度は太郎の番だ。

 

「次、田口太郎。」

「はい!」

 

太郎が会議室に入る。しばらくすると出てきた。

 

「かみやん、俺駄目だったよ。」

「だろうな。ISはどうだった?かっこよかったか?」

「うん、かっこよかった。詳しくはわからないけど、あれは多分打鉄だね。」

 

打鉄。それが俺が動かすISか。

 

そしてついに俺の名前が呼ばれる。

 

「次、藤木紀春。」

「はい。」

 

俺は会議室のドアを開ける。

これが俺のオリ主としての第一歩だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議室の中には女性が二人、男性が三人。計五人の人間が居る。一人目の女性はは机に座っておりノートパソコンのキーボードをせわしなく打ち続けている。もう一人の女性はコートを着ておりコートの裾から出る足は黒いタイツのようなものを履いてる。さらに足元にはスリッパを履いている。

多分ISスーツってやつなのだろう。そしてきっとこの人がこの打鉄の操縦者だ。流石に操縦者無しにISを輸送するなんて盗んでくださいって言ってるようなもんだしね。ちなみにこのお姉さん結構美人だ。

そして残る三人の男性は全員黒服を着て窓際に立っている。なんでこんな所にヤクザが居るんだ。

そしてお姉さんが名簿を持って俺に話しかける。

 

「ええと、藤木紀春君ね。早速だけどあれに触れて頂戴。すぐに終わるから。」

「はい、わかりました。」

 

残念だけどすぐには終わらせませんよお姉さん。貴方にはこの転生オリ主藤木紀春第二の誕生の瞬間を目撃してもらう。そして伝説の誕生に立ち会えた事を光栄に思うがいいさ!

 

打鉄に触れる。頭の中にキンッと金属質の音が響く

 

「!?」

 

来た、来た、来た来た来た!!!!!

頭の中におびただしい情報が流れ込む。ISの操縦方法や性能などさまざまなことを一瞬で理解する。

情報を強制的に流し込まれる俺の脳はパンクしそうだ!しかしそれは俺の歓喜の感情と混ざり合い、快楽さえ感じる。

ンギモチイイッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

ISが、動いた。

 

周りの人々は驚愕に顔を染める。俺は微笑み操縦者のお姉さんに言う。

 

「お姉さん。」

「ん?私?何かしら?」

「どうやらすぐ終わらなさそうですね。」

「…そうね。」

 

その後、俺は会議室から校長室に連行され役人から様々な説明を受けた。

やはりIS学園に行くことになるだろう。と言われた。そんな説明は放課後まで続いた。

その後、俺は教室に戻ることにする。きっと教室は大騒ぎだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤッホー!みんなのヒーロー藤木紀春君の登場だぞ愚民共!サインはいつでも書いてあげるから安心したまえ!でも彼女はいらないよ!IS学園で作るから!!」

 

教室の扉を開け放ち、満面の笑顔で言い放つ。しかし、教室には太郎と花沢さんと東雲さんしか残っていなかった。

 

「IS学園って…マジなの!?」

「かみやん…本当かよ!?」

「何・・・だと・・・?」

 

上から花沢さん、太郎、東雲さんの言葉だ。

おかしい。俺の予定では教室に入った時点でみんなに揉みくちゃにされて最終的には胴上げで締めるはずだった。この様子ではまるで誰も俺が第二の男性IS操縦者であることを知らないみたいじゃないか。

 

「どういうことだ?俺の予想じゃこの教室で空前絶後のかみやんフィーバーが吹き荒れてるはずだったんだが。」

「僕らは、会議室でかみやんがIS壊しちゃったから適性検査は一時打ち切りでかみやんは校長室で怒られてる聞いたよ。」

「常識的に考えろよ…普通の人間がどうやってIS壊せるんだよ。兵器だぞあれ。」

「みんな、かみやんならやりかねないって納得してたよ。それにかみやんは明らかに普通の人間じゃないし。」

「お前の兄さんよりは普通なつもりだよ。」

「そうだね…」

 

太郎と話すしていると今度は花沢さんが詰め寄ってきた。

 

「IS学園ってどういう事よ!?まさかアンタ本当にIS動かしちゃったの」

「そうだよ。ほい、これ証拠。汚すなよ。」

 

花沢さんに役人から貰った大きな封筒を渡す。自分と家族しか見てはいけないと言われていたがまぁいいや。

三人は封筒から書類を取り出し各々書類を眺める。しばらく書類を眺めた後、俺に返した。

どうやら納得してくれたみたいだ。

 

「か、かみやん…」

「すまんな太郎。俺はIS学園に行かなくちゃならなくなった。甲子園は次郎さんと目指してくれ。」

 

太郎が俺に縋り付く、俺は優しく太郎に語り掛けた。

続いて花沢さんが俺に話しかける。俺のオリ主頭脳に黒い考えが浮かぶ。

 

「かみやん…本当だったのね。」

「おおっと!これはIS学園に筆記で落ちた花沢さんじゃないですか!ねぇねぇ、自分はIS学園に行けなくて男の俺がIS学園に行っちゃうけど今どんな気持ち?今どんな気持ち?ねぇ、どんな気持ち?」

 

俺は花沢さんの周りを小躍りしながら煽る。花沢さんに対して精神的優位に立てたのは久しぶりなので思わずはしゃいでしまう。

俺一人が踊る輪の中で花沢さんがプルプル震えている。何これ、すげえ面白い。

 

「ブーメランテリオス!!」

 

FIRE!

 

花沢さんのコークスクリュー・ブローを受け俺は壁に叩きつけられる。

もちろん俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!俺はいつの間に寝てたんだ!?」

「大丈夫か?」

 

教室には俺と東雲さんしか居なかった。

 

「また記憶が飛んでる…」

「――ッ!何処まで覚えてるんだ!?」

「だっ、大丈夫!教室に入る前までは覚えてるから今回は大丈夫!」

「今回はって…記憶喪失になる時点で大丈夫じゃないと思うのだが気のせいか?」

 

その後東雲さんは俺が二人目であることを告白したことと、花沢さんを煽って俺が殴られて気を失ったことを教えてくれた。そして花沢さんと太郎はもう帰ってしまったようだった。

 

「藤木、ちょっと話したいことがある。」

「ん?何だ?」

「……ここじゃ他の人に聞かれるかもしれない。屋上まで付き合ってくれないか?」

「ワケありな感じだね。いいよ。屋上に行こう。」

 

教室を出て屋上を目指す東雲さんの背中を追う。廊下に射す夕焼けが眩しい。

俺はある計算問題について考えていた。

 

放課後+屋上+夕焼け=?

 

えっ?もしかして告白?もしかして告っちゃうの東雲さん?いやいや待て待て君には織斑一夏が居るだろう!たしかにIS学園は女の園で織斑一夏の競争率は果てしないことになるだろうが諦めちゃだめだ!メールアドレスと電話番号くらいなら俺がGETしてきてやるからさ!それに俺も妥協で告白されても嬉しく無いぞ!いや待て俺冷静になれ東雲さんはそんな浅ましい女じゃないだろう二ヶ月ほどの付き合いしかないがそのくらいは解るしかし俺に告白するわけが無いだとしたら何だ?そうかケジメか!?私は家の都合でIS学園に行けないのにお前は男の癖になんでIS学園に行くんだケジメしろってか!?嫌だ!ケジメは嫌だ!セプクはもっと嫌だ!ヤクザから俺を助けて!ニンジャスレイヤー=サン!!えっ?ヤクザに興味はないから助けてくれないって?うわああああああああああ!!死にたくないよおおおおおお!!

 

俺は屋上への階段をまるで死刑囚にでもなった気分で上る。東雲さんは屋上のドアを開け屋上の真ん中まで進み、俺に振り返る。

俺は屋上に入りドアを閉めた。

 

風が吹いた。東雲さんのポニーテールが揺れる。

 

東雲さんが意を決したように口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言おう。東雲さんは俺に告白した。




何も書くことが思いつかない。


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プロローグ 第9話 東雲さんの告白

東雲さんに告白されましたという話です。


「……」

「……」

 

夕焼けの屋上で俺と東雲さんは対峙する。俺達は決闘をする西部劇のガンマンであるかのような緊張感に包まれる。俺と東雲さんの腰にはリボルバーを収納するガンベルトは無いが、そんな感じである。

 

告白か、ケジメか、それが問題だ。

 

心の中でハムレットっぽく考える。見たことも読んだこと無いけど。しかし全ては東雲さん次第だ。俺は東雲さんが口を開くのを待つ。

 

「藤木。」

「…はい、なんでしょう?」

「私はお前に言わなければならないことがある。」

「はい。」

「ええとだな…」

 

本題を切り出そうとしない東雲さんが俺の緊張感を煽る。ヤるなら早くしてくれ、それでもヤクザの娘か。

 

「お前がIS学園に行けば、すぐに解ることだ。でもお前には先に知っていて欲しいと思った。お前は私の友達だから。」

「…続けて。」

「実は、私もIS学園に行くことが決まっている。」

「いや、東雲さん受験してないでしょ?どうやって行くのよ?」

 

よかった!愛の告白でもケジメ宣告でもなさそうだ!

しかし、試験も受けずにIS学園に行く…そんなことが可能なのだろうか?役人の話では俺は形式上とはいえIS学園入学試験を受けることになる。それは織斑一夏も同様だと聞いた。

代表候補生クラスになると国から圧力をかけて入学試験に色をつけたり、編入試験を受けさせることが出来るらしいとも聞いている。東雲さんが代表候補生なんて話は聞いたことが無い。そもそも代表候補生ならこんな所で呑気に学校に学校に通っているはずは無い。政府か企業の訓練施設で訓練漬けの日々を送っているはずだ。

 

「それには私の家族が関係してくる。」

 

東雲さんの家族。つまりヤクザ。東雲さんの家はそこまでの権力を持っているヤクザだったのか。ヤクザスゴイ!そんなヤクザに惚れた男に会いたいからって権力を振るわせる東雲さんもスゴイ!

そうか、彼女は家族を説得することができたのか。

 

「家族?」

 

先ほどの考えを胸の奥にしまいこむ。これまで東雲さんは俺達に家族の話をしてこなかった。それは話したくなかったからなのだろう。自分がヤクザの娘だと知られたら数少ない友達がいなくなってしまう。そうすれば今までのぼっち生活に逆戻り。彼女はそれを恐れているのだろう。

しかし、しかしだ東雲さん!少なくとも俺や花沢さんは君がヤクザの娘でも関係ない!俺達は友達だ!

君は安心して自分がヤクザの娘であることを告白してくれ!不肖このオリ主藤木紀春が君の告白をばっちり受け止めて差し上げますぞ!!バッチコイ!

 

「私の名前は東雲箒ではないんだ。つまりここでは偽名を使っていた。」

「ほうほう。」

 

ん?偽名?そんなのはオプションみたいなものだろう。そんなことより早く本題に入ってくれないかなぁ。

 

「私の本当の名前は篠ノ之箒という。」

「へぇ。」

 

しののめとしののの。平仮名に直すと一文字しか違わない。もうちょっと考えたほうが良かったんじゃないのか?しかし『篠ノ之』か、『の』の数を間違えそうで呼びづらい名前だ。あれ?しののの?どこかで聞いたことがあるような…

 

「そして私は、篠ノ之束の妹でもある。」

「ほげえええええ!!」

 

篠ノ之束。ISの開発者として名高いあのお方だ。アクエリオン(仮)こと白騎士を開発し世界にISコアをばら撒いて失踪した天才。いや天災。一部では世界一有名な住所不定無職と言われてるあの人か!そして東雲さんはその妹か、たまげたなあ。

 

「え?え?え?東雲さんが篠ノ之さんで篠ノ之束の妹?」

 

喋る言葉の中に『の』が多すぎて舌を噛みそうだ。

 

「そういうことになる。」

「ヤクザの娘じゃなかったのかよ!!」

「ヤクザ!?いままで私をどういう目で見ていたんだ!」

「ぼっちなヤクザ娘を見るような目だよ!」

「ぼっ、ぼっちだと!?私はぼっちなんかじゃない!」

「嘘だッ!!!」

「嘘じゃない!!」

「だったら、俺と花沢さんと織斑一夏以外の友達の数を数えろ!」

「たっ、田口!!」

「お前と太郎が会話してるとこ見たことが無いぞ!!仮に俺の知らないところでお前と太郎が友人関係を築いていたとしてもここに来る前はやっぱりぼっちじゃねーか!!!」

「……あっ、わたしやっぱりぼっちだ…」

 

東雲さん、いや篠ノ之さんがうなだれる。この勝負勝った!

あれ?何の話だったっけ?

 

「…ごめん、言い過ぎた。」

「…いやいいんだ。私がぼっちなのが悪いんだから。」

 

勝利の後には空しさしか残らなかった。気まずい空気が流れているので話題を変えたいところだ。

しかし、篠ノ之さんは篠ノ之束の妹で主人公織斑一夏の友達で恋心まで抱いている。そしてIS学園に行くと…

この子ヒロインだ!ラブコメだ!そしてここで話題変更だ!

 

「しかし、篠ノ之ねぇ、呼びづらい名前だ、『の』の数が多くて。」

「そうか?自分ではそう思わないが。」

「自分の名前だからだよ。それに俺の中では今日東雲さんから篠ノ之さんにジョブチェンジしたばっかりなんだよ。慣れるのが大変だなこりゃ。」

「そういうものか…よし、私の名前を呼んでみろ。練習だ。」

「しののさん」

「『の』の数が少ない。もう一回。」

「しののののさん」

「まじめにやれ。もう一回。」

「しのぬねの」

「怒るぞ?」

「ごめんなさい東雲さん。」

「もう東雲でいいや。」

「ごめんごめん。努力してみるよ。」

「ここでは東雲でいいからな?」

「わかったよ。篠ノ之さん。」

「本当に解っているのか?」

 

気まずい空気も晴れいつもの空気だ。俺のオリ主トークスキルも前世より上がってるようで嬉しい。

 

「まぁ、これからもよろしくね篠ノ之さん。」

「ああ、よろしく頼む。」

「と言うわけで握手!」

 

ズバッと右手を差し出す。篠ノ之さんが何事かと言う目で俺を見る。

 

「え?」

「ユウジョウ!」

「ああ、そうか。ユウジョウ!」

 

篠ノ之さんが力強く俺の手を握り返す。夕日に照らされる彼女の顔はまさに正統派ヒロインの顔だった。

そして、俺の十二年越しの伏線も終に回収されたのだった。サンキューカッズ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう、聞きたいことがあったんだ。」

「何だ?言ってみろ。」

「篠ノ之さんの周りに居たヤクザって結局何者なのさ。」

「あの人たちはヤクザじゃなくて重要人物保護プログラムの人たちだ。」

「重要人物保護プログラム?」

「そうだ!私も言わなければならない事があるのを思い出した。」

「?」

「これはかなり重要な話だ。真剣に聞いてくれ。」

「おふざけは無しね。了解。」

「お前の家族、離れ離れになるかもしれない。」

「…どういうこと?」

 

俺はその言葉を聞いて真剣な顔つきになる。篠ノ之さんの顔も真剣な感じだ。

 

「お前、今の自分の立場を正確に理解しているか?」

「世界で二番目の男性IS操縦者だろ?」

「正確に言うと世界に二人しか居ない男性IS操縦者の一人だ。」

「それと一家離散に何の関係が?」

「お前の家族は重要人物保護プログラムに入る可能性が高い。」

「つまり、俺は超レア物だから家族を使って俺を脅してくる奴がいるかも知れないって事でしょ?それから俺の家族を守るためにあのヤクザが護衛に付くって感じか?」

「そういうことだ。そして、篠ノ之束の妹である私は重要人物保護プログラムによって一家離散となった。」

「何だと!?」

「私の言いたいこと、解るな?」

「――ッ!すまない篠ノ之さん!俺は家に帰らせてもらう!」

「ああ…」

 

篠ノ之さんの返答を聞く前に階段を駆け下り俺は家まで全力で走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母さんっ!」

 

俺は玄関のドアを乱暴に開ける。ドタドタと家の中に入るとリビングに母さんだけではなく父さんも居た。

それだけではない。ソファーに老人と女性が座っており、ソファーの後ろには黒服を着たヤクザが一人立っていた。

家の前に高級車が停まっていたのを思い出す。こいつらの車か。

 

「紀春、ここに座りなさい。」

 

父さんが俺を老人達の向かいにあるソファーに座らせる。父さんも俺の隣に座る。母さんはソファーの隣で立っていた。

老人が出された緑茶を啜る。

 

「いやぁ、いい味だ。茶葉はいいものを使っているようだし、入れ方も完璧なようだ。うちの秘書でもここまで出来る人は居ないんじゃないかなぁ。奥さん、美味しいよ。」

「ありがとうございます。」

 

母さんは結婚する以前はとある大会社で秘書をやっていたと以前聞いたことがある。そこに営業に来た父さんに一目惚れされ、今に至るというわけだ。茶の入れ方と所作はそこで培われたものらしい。

 

俺は老人達を睨む。すると老人の隣に居た女性が俺に声を掛ける。

 

「申し遅れました。私は三津村商事株式会社で秘書をやっております楢崎怜子です。こちらは社長の大泉幸三郎です。」

 

三津村商事…父さんが勤めている会社だ。そしてこの状況、もう俺が第二のIS操縦者であることを嗅ぎつけたのか。

父さんが何か喋ろうとするのを大泉さんが制す。

 

「いいんだ、藤木君。私に説明させてくれ。」

「説明?」

「初めまして、藤木紀春君。さっきの紹介の通り私が三津村商事の社長の大泉だ。」

「と、言うことは三津村全てのトップってことでいいんですかね?」

「そう思ってくれても構わない。」

 

俺は警戒を続ける。

三津村。明治時代から日本を支える旧財閥系の企業であり、多数グループ企業を抱えている。「三津村は国家なり」という言葉もあるくらいで、ISから子供のお菓子まで、この国に住んでいるのなら関わらずにいるのが不可能なほどの企業グループだ。そしてその頂点に立っている企業こそ三津村商事だ。

 

「それで、その社長さんが俺に何の御用でしょうか?」

「解っているのにそれを聞くかね?ご両親にはもう説明しておいたよ。」

「……」

 

俺がIS適性調査を受けておよそ六時間が経っている。その六時間でもう俺の家に来ているとは…

 

「私は長話は嫌いなんだ。率直に言おう。私たち三津村に君は何をして欲しい?」

 

俺が三津村入りするのはもう決定か。長話が嫌いにしても話が早すぎるぞこのジジイ。

しかし、俺には織斑一夏のような後ろ盾は無い。それに反対することは出来ない。

俺はオリ主頭脳をフル回転させる。

 

……答えは決まった。

 

「とりあえず三つお願いしたいことがあります。細々したものはその都度お願いします。」

「ほう、言ってみたまえ。」

 

ジジイが笑う。

 

「ひとつは契約金一億、年俸一千万。税金やその他諸経費は差し引いた状態でお願いします。」

「ずいぶん安いな。」

「ガキの小遣いなら十分すぎるほどの額ですよ。人間関係を作るのにも文無しじゃきついですからね。」

「わかった。それは叶えよう。」

 

まぁ、これは叶うだろうと思っていた。あのジジイからすれば端金だろう。

次のお願いも叶えてくれるはずだ。

 

「次は、俺の専用機の確保をお願いします。それに伴いIS学園入学までISの操縦訓練をさせてください。」

「当然だな。」

「俺は世界に二人しか居ない男性IS操縦者です。良くも悪くも目立つ人間です、IS学園の中なら特に。無様な真似を晒すわけにはいかないんですよ。」

「今から君の専用機を作るのに時間は掛かるが、それでも構わんか?」

「量産機でもいいです。とりあえず自分専用として使わせてください。練習する時間を少しでも多く取りたいんです。」

「わかった。我々の会社には今空いているコアが一つしか無い。それを君の専用機として使うので政府を通してIS学園に打診してみよう。」

「お願いします。」

 

さて、最後だ。これが一番大切なお願いだ。

 

「最後のお願いです。三津村の力で父さんと母さんを守ってください。」

「どういうことだね?」

「重要人物保護プログラムという言葉を聞きました。」

「そういうことか。」

 

やはりこのジジイ話が早い。

父さんと母さんの顔色が変わる。

 

「いいだろう。君の願い全てを叶えよう、特に三つ目はね。私よりも厳重な警備を付けようじゃないか。」

「ありがとうございます。」

「ただし、引越しをしてもらうことになる。なに心配するな。東京にある超VIP専用マンションだ。君がいつでも会えるように配慮しよう。それに家賃はわが社が持とう。」

「父さん母さん、それでいいかな?」

「私は構わんよ。」

「健二さんがいいって言うなら…」

 

二人とも納得してくれたようだ。いやそれは表面的なものだろう。住み慣れた土地を離れて、大勢の護衛に囲まれての生活が始まる。そのストレスはいかほどのものだろうか。

俺がオリ主ではなかったら、家族三人で普通の生活を送れていたのではないのだろうか。

俺は両親に罪悪感を抱く。俺が転生して十五年この二人と家族として生きてきた。

十五年、決して短い時間ではない。

 

「これで、俺のお願いは以上です。」

「では、次は私からのお願いだ。」

 

本当に話が早いよ、ジジイ。

 

「これから君に三津村商事本社に来てもらう。」

 

もうお願いじゃねーな。命令だよこれ。

 

「そこで何かさせられるんですか?」

「記者会見だ。楢崎君、報道の人間を何時までに集められる?」

「二十一時までには。」

 

ちなみに今の時間は十八時だ。

 

「遅い。二十時までには集めたまえ。」

「わかりました。」

 

このジジイ早スギィ!

 

「さあ、急ごう。主役が遅刻しては恥かしいからね。」

 

俺はジジイに車に乗せられ、一路三津村商事本社ビルを目指す。

二時間後、俺は世界に名を轟かす。




早いジジイと秘書登場。

私はオリキャラを多数出してくる二次創作はあまり好ましくはないと思っていたのですが、いざ自分が書くと凄い量のオリキャラが…
書き溜め分からもう一人出ることは確定してますし、もう一人出てくるのが予定されています。

どうしてこうなった


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プロローグ 第10話 オリ主緊急記者会見

オリ主全国生放送


バシャバシャバシャバシャッ

 

俺がここに入ってきたとき最初に聞いた音はそんな音だった。

ここは三津村商事本社ビルにある会見場。目の前にあるのは目が眩みそうになる光の嵐。この光を放つ人々は今日俺のために集まった人々だ。

俺はジジイに指示され、会見場にあるステージの真ん中にある椅子に座る。光の嵐は止まらない。

 

「本日は急な発表にも関わらずお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。社長の大泉幸三郎でございます。早速ですが発表させていただきます。」

 

ジジイは会見でも話が早い。

 

「本日、私立織朱大学付属中学校で男子に対するIS適性調査が行われ、織斑一夏君に続く第二の男性IS操縦者が発見されました。紹介しましょう、藤木紀春君です。」

 

ジジイが俺に手を向け俺を紹介する。フラッシュが強すぎて何も見えない。俺は軽く会釈をした。

 

ジジイが話を始める。俺が発言するのはこの後にある質疑応答の時だけである。

ジジイが話す内容を要約するとこうなる。

 

藤木紀春は三津村のモノだから手を出すなよ、手を出したらどうなるか解ってんだろうな?国も例外じゃないぞ。

 

多少乱暴な表現になってしまったが大体あってる。

おっ、ジジイの話が終わった。まだ会見開始から五分しか経ってないぞ。さすがジジイ、早い。

 

「では質疑応答に入ります。質問のある方は挙手の後所属とお名前を言った後で質問をお願いします。」

 

司会が会見を進行させる。会見場の記者達が一斉に手を上げる。

司会が質問する記者を決める。

 

「京東新聞の朽木です。今のお気持ちをお聞かせください。」

 

最初の質問はかなり普通だった。

 

「凄く混乱しています。八時間前まで普通の中学生だったもので。」

 

俺を知る人たちはテレビの前で普通じゃ無いだろと突っ込んでいるに違いない、俺も自分が普通の人間じゃないことは生まれる前から解ってる。でもこう言うしか無いじゃないか。

俺は矢継ぎ早に繰り出される質問を捌く。

 

「今後の抱負を一言。」

「大泉社長から、君は世界中の男の期待を受けることになると言われました。それに答えられるように頑張っていきたいです。」

 

「IS学園入学まではどうお過ごされるつもりですか?」

「すいません、今後のことは話してはいけないと言われていまして…」

 

「野球で全国優勝を経験されたそうですが、未練は無いんですか?」

「野球に関しては未練はあります。しかし小さい頃白騎士を見たとき、あれに乗ってみたいと強く思いました。思い返せばあれが僕の最初の夢だったんです。女性しか乗れないと解って落胆しましたが…しかし奇跡的に僕はISに動かせることが出来ます。あの日の夢の続きを見ようと思います。野球の夢は仲間達に託します。」

 

「IS学園でやってみたいことは何ですか?」

「そうですね、まずは同じ男性である織斑君と友達になりたいですね。学園に二人しか男いませんし。」

 

「男同士ってどう思いますか?」

「興味ないです。」

 

なんださっきの質問は。

おっ、次で最後の質問だ。

 

「では、あのカメラに向かって同じ男性操縦者の織斑一夏君にメッセージをお願いします。」

 

見てるか?主人公。俺がオリ主だ。

俺はテレビカメラを見つめる。

 

「…織斑君、初めまして。藤木紀春です。もしよければ僕と友達になってください。他の事は会って話しましょう。ではIS学園で君と会うのを楽しみに待ってます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の名前は織斑一夏。世界初の男性IS操縦者ということになるらしい。俺がISを動かしてからというもの、家にはマスコミが大挙して押し寄せ大変な目に遭った。家の前に護衛の人が着くようになってそれも収まってきたが、それでも気を抜けない。俺は自宅で軟禁状態に遭っていた。

でも悪いことばかりでもない。こうなってから千冬姉が毎日家に帰って来るようになった。どこで働いてるかは知らないが一ヶ月に一回か二回ぐらいしか千冬姉はここに帰ってこない。いまのこの状態に不満もあるが正直嬉しい。食事の作り甲斐もあるってもんだ。

玄関から音がする。千冬姉が帰ってきたようだ。

 

「一夏、帰ったぞ。」

「お帰り千冬姉。今日は鯖味噌だよ。」

「おお、そうか。そうだ一夏。お前にビッグニュースだ。」

「えっ?何?」

 

俺は鯖味噌をテーブルに運びながら答える。

 

「二人目の男性IS操縦者が発見されたそうだ。」

「何・・・だと・・・?」

 

俺は驚きのあまり、鯖味噌を落としそうになるがなんとか持ちこたえた。

 

「一応機密扱いになるから、誰にも言うなよ。」

「やったああああああああ!!」

 

ああ、正直不安だったんだよなIS学園。俺以外全員女ってきついなーって思ってたんだよ。二人目の男性操縦者がどんな人か知らないけど、仲良くやっていければいいな。ああ、どんな人なんだろう。今から楽しみだな。

そのとき千冬姉の手刀が俺の脳天に落ちた。それでも鯖味噌は守った。

 

「煩い。」

「あい、ずびばぜん。」

 

その後夕食を食べながら千冬姉と二人目の男性IS操縦者について話したが、千冬姉もよく知らなかったようだ。

 

ふとテレビのニュース見る。アナウンサーが速報を伝えている。

 

「本日、三津村商事が緊急記者会見を行うそうです。現場の半田記者に繋ぎます。半田さーん。今の状況はどうでしょうか?」

 

緊急記者会見か。何か不祥事でもあったのだろうか。

 

「はい、現場の半田です。会見の内容は明かされていませんが。三津村商事が緊急記者会見を開くという事で多くの報道陣が詰め掛けています。あっ大泉社長が入ってきました。」

 

壇上のテーブルに数人の人が座る。その中に明らか異質な人物が居る。少年だ。年は俺と同じ位じゃないだろうか。

 

壇上に上がっている人の一人が喋り出す。

 

「本日は急な発表にも関わらずお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。社長の大泉幸三郎でございます。早速ですが発表させていただきます。…本日、私立織朱大学付属中学校で男子に対するIS適性調査が行われ、織斑一夏君に続く第二の男性IS操縦者が発見されました。紹介しましょう、藤木紀春君です。」

 

彼が…二人目!?

 

千冬姉が「何だと!?私は何も聞いて無いぞ!?」と言い、怒っている。

しかし、俺はその言葉の意味を理解できない位にテレビの内容に集中していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

発表が終わり質疑応答に移る。第二の男性IS操縦者藤木紀春君は記者たちの質問に次々と答えていった。

 

「IS学園でやってみたいことは何ですか?」

「そうですね、まずは同じ男性である織斑君と友達になりたいですね。学園に二人しか男いませんし。」

 

藤木紀春君は俺と友達になりたいと言ってくれている。俺からも是非お願いしたい。

ついに、最後の質問になったようだ。

 

「では、あのカメラに向かって同じ男性操縦者の織斑一夏君にメッセージをお願いします。」

 

藤木紀春君はカメラに目を向ける。テレビ越しに俺は彼に見つめられている気がした。

 

「…織斑君、初めまして。藤木紀春です。もしよければ僕と友達になってください。他の事は会って話しましょう。ではIS学園で君と会うのを楽しみに待ってます。」

 

嬉しくて涙が出そうになった。

 

「…ああ、藤木君。俺と友達になろう。」

 

俺は藤木君へテレビ越しに言葉を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あああああ、やっちゃったやっちゃったやっちゃったよーーーーーー。何やってんだよーーーーーー。

 

俺は今三津村商事本社ビルに近い高級ホテルの中のスイートルームのベッドの上で、枕に顔を埋め足をバタバタさせている。

何が「IS学園で君と会うのを楽しみに待ってます。(キリッ」だ、きっと織斑一夏もテレビの前で爆笑し、今頃俺のことをブリュンヒルデと一緒に馬鹿にしているに違いない。

 

携帯電話を見るとおびただしい量ののメールが来ていた。無理も無い、俺は今一躍時の人となっている。メールには『あの会見は本当なのか。』とか『すげええええええ』とか。そんなんばかりだ。あ、花沢さんからもメールが届いてる。見てみよう。

 

件名:笑った。

 

本文:織斑君、初めまして。藤木紀春です(キリッ

   もしよければ僕と友達になってください(キリッ

   他の事は会って話しましょう(キラリッ

   IS学園で君と会うのを楽しみに待ってます。(キリリッ

   wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

…死のうかな!




オリ主の命の危機です


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プロローグ 第11話 オリ主、群馬に立つ

いわゆる繋ぎ回です。


結局俺は死ねなかった。

風呂の中で溺れ死んでやろうと思って、水の中で息を止めていたが苦しくなって風呂から出てしまった。

それなら薬の過剰摂取で死んでやろうと思って、たまたま持っていた錠剤を一気飲みしてみたがそれはフ○スクだった。胃がスースーする。

諦めて寝ようとしたが、胃が冷たくていつまで経っても寝れない。お腹が痛い……トイレ行こう。

 

ケツまでスースーしてきた。

 

いろんなところをスースーさせながらベットでもだえているとベッドルームの扉が開かれ誰か入ってきた。

 

「失礼します、藤木さん起きていらっしゃいますか?」

 

ジジイの秘書の楢崎さんの声だ。時計を見るともう朝の七時になっていた。七時から出勤とは仕事熱心な秘書さんだ。俺はベッドから出て返事をする。

 

「ふぁあい、起きてますよ~。息子も」

 

俺は小粋なジョークで楢崎さんに答える。楢崎さんは何事も無かったかのように手帳を取り出し俺に今日からの予定を伝える。

 

「藤木さんには本日11時より群馬県にある三津村重工業IS兵器試験場にてISの操縦訓練を始めていただきます」

「IS動かした次の日からもう訓練か。早いな、さすがジジイ」

「ジジイ?」

「いや、なんでもないです」

 

心の中が言葉になって出てしまったようだ。気をつけないと。

 

「十一時からIS操縦についての説明、十二時に昼食、十三時から本格的な訓練を始めます。訓練終了予定時刻は十八時を予定しています。藤木さんの訓練は三津村重工業所属のISテストパイロットが監督します、訓練中は彼女の指示に従ってください」

「了解」

「八時にお迎えに上がりますのでそれまでに朝食と着替えを済ませておいてください。これ着替えです」

 

楢崎さんが紙袋を渡す。中にはジャージとTシャツとトランクスが入っていた。

 

「もうすぐルームサービスが来ます。部屋の前に護衛が居ますので、彼に付いていってください」

「わかりました」

 

楢崎さんは一礼すると部屋を出て行った。楢崎さんと入れ違いにボーイが部屋に入り朝食をテーブルに並べる。俺はそれを食べた後、シャワーを浴び着替えた。

まだ八時まで時間がある。少しテレビでも見ていよう。

 

テレビをつけると俺が「IS学園で君と会うのを楽しみに待ってます。(キリッ」と言っていた。俺はテレビを消した。どうやらこの世界は全力で俺の精神を殺しに掛かってきているらしい。

 

俺はベッドでしばしごろごろした後、部屋を出た。ヤクザが居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

関越自動車道を北へ進む。車窓の風景に飽きてきたころ、隣に座っている楢崎さんが声を掛けてきた。

 

「暇ですか?」

「まぁ」

「では、明日以降の予定を説明させていただきます」

「楢崎さん」

「何か?」

「俺と大泉社長の連絡役って誰になるの?何かある度に社長に直接連絡するわけじゃ無いでしょ?」

「藤木さんがIS学園に居る間の三年間は私ですね」

「やっぱりそうか。じゃあ、楢崎さんに言いたいことがあるんだ」

「私にですか?」

「固い、固いよ楢崎さん。俺達は三年間一緒にやっていくわけだ。ずっとそんなんじゃ息が詰まりそうだ。もっとフランクにいこうよ」

「解ったわ、藤木君」

 

切り替え早っ。楢崎さんも早い。ジジイだけじゃなかったんだ。

 

「いきなりですね。びっくりしましたよ」

「元に戻しましょうか?」

 

本当に早い。三津村はせっかち。

 

「いや、このままでいい」

「ええ、じゃあこのままで」

「そうだ。明日以降の予定だったっけ。説明お願い」

「じゃ、説明するわ。明日は朝七時に起床。朝食着替えの後八時から訓練開始よ。十二時から一時間の休憩、それからは今日と同じね。十九時からはホテルに帰って自由時間よ。温泉があるらしいからちゃんと疲れを取って頂戴ね」

「一日十時間か。きつそうだな」

「訓練は三月二日から四日まで続くわ」

「結局三日だけ?」

「五日の訓練は午前中までね。それから藤木君にはいったん自宅に戻ってもらうわ」

「何で?」

「六日の卒業式に出てもらうわ。ジジイの温情よ」

「ジジイの件はジジイに報告しないでもらえると助かるな、ジジイの俺に対する心象的に考えて」

 

ここぞとばかりにジジイと連呼する。楢崎さんが笑った。

 

「解ったわ。ジジイには秘密にしておいてあげる」

 

楢崎さんはクールビューティーな外見とは裏腹にお茶目な人のようだ。

 

「あっ、運転手さんは……」

 

運転をしているのは今日俺の部屋の前に居たヤクザだ。

 

「このクラスの運転手になると秘密は絶対漏らさないわ。瀬戸君、大丈夫よね?」

 

瀬戸と呼ばれたヤクザは静かにうなずいた。彼はレッサーヤクザではないらしい。

 

「卒業式が終わったら、三津村商事本社に行ってメディカルチェックね。その後は今日のホテルで一泊」

「試験場にとんぼ返りじゃないんですね」

「七日にはIS学園入学試験があるわ。場所は三津村重工業本社地下の特殊実験場よ」

「入学試験ってどんな内容をやるの?」

「試験内容は実技のみね。内容は明かされて無いけど多分模擬戦になるんじゃないかしら。試験はIS学園の教師がするそうよ。誰がするのかはわからないけど……解ったら教えるわ」

「確かブリュンヒルデって今はIS学園の教師やってましたよね?あの人だったら嫌だなぁ」

 

最近のデリバリーはお嬢さんだけではなくIS学園の教師も運べるらしい。時代は変わったな。

デリバリーブリュンヒルデ。さぞかし素晴らしいテクをお持ちになっていることだろう。

 

「それが終わればまたホテルに一泊してここに帰ってくることになるわね」

 

フロントガラスの向こうにうっすらと榛名山が見える。試験場はこの山の向こう側だ。

 

「そういえば、専用機の件はどうなりました?」

「専用機はまだ図面も引いて無いわね。これから行う貴方のの訓練結果や適性を見てから機体コンセプトが決まるみたいね」

「じゃあ、それまで乗る繋ぎの機体については?」

「ああ、それね。それについては中々いいものが手に入ったわ。今のIS学園三年生が卒業制作に作ったカスタム機よ。本来ならコアの状態にまで戻される予定だったらしいんだけど、そこにストップをかけて少々強引に借りる事にしたわ。お陰でIS学園には嫌われちゃったわ。私たち」

「俺、そのIS学園に通うんですが…あまり波風立てないようにしてくださいよ」

「専用機が欲しいって言ったのはあなたじゃない」

「それはそうなんだけどさ……」

「かなり尖った機体みたいよ。詳しくはまだ私も知らないけど、状況次第ではかなり強いって」

「へぇ、それは楽しみだ」

「あ、そうそう。そのカスタム機の開発を主導した子を三津村重工にスカウトしたわ。あなたの機体の整備担当と新専用機の開発チームの一員として働いてもらうことになるわ。整備課の主席らしいわよ」

「エリートですね、そりゃ凄い。」

「これでこの話は終わりね。他に何か聞きたいことはある?」

「今は無いです」

 

早い、俺がISを動かして二十四時間経ってないのにもうこれだ。もう三津村の早さにツッコむのやめようかな。

 

榛名山が左に見える。試験場は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく来たな、待ちくたびれたぜ」

 

俺達が三津村重工業IS兵器試験場に着いた時、一人の女性が俺達を出迎えてくれた。

 

「久しぶりね有希子、元気にしてた?」

「おお、元気だぜ!そうだ怜子、あのジジイはもう死んだか?」

「生きてるわよ、あなたも昨日の会見見たんでしょう?」

「いや、今日死んでるかも知れないってのに一抹の望みを託してみたんだが」

「あなたどれだけ社長のことが嫌いなのよ……」

「当たり前だ。あのジジイアタシをこんな山奥に押し込めやがって自分は都会で料亭三昧、ノーパンしゃぶしゃぶ三昧だぞ。こんな理不尽があってたまるか」

「ノーパンしゃぶしゃぶって……いつの時代よ……」

 

このご時勢にノーパンしゃぶしゃぶは流石に無いんじゃないかな?女性団体が黙ってなさそうだ。

有希子と呼ばれた彼女の見た目はいかにも田舎ヤンキーという感じだ。極細の眉毛とプリン髪がその印象を加速させる。

彼女が俺に声を掛ける。

 

「お前が噂の二人目か。アタシが今日からお前を教える野村有希子だ。アタシのことは有希子様…いや女王様と呼べ」

「わかりました女王様。訓練頑張ったらご褒美に鞭を頂けますか?」

「うわなにコイツ気持ち悪い」

 

乗ってあげたら引かれた。これこそ理不尽だ。

 

「馬鹿やってないで中に入るわよ、有希子も大人なんだからちゃんとしなさい。藤木君、彼女のことは有希子って呼んでいいわ」

 

楢崎さんが試験場にあるビルに入っていく。俺と有希子さんはその後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、今から授業を始める」

 

ビル五階の会議室、その中には楢崎さんと有希子さんと俺が居た。ヤクザは会議室前の廊下に立ち護衛をしてくれている。

 

「オッスお願いしまーす!」

「アタシの持論ではISは習うより慣れろだ! ということでガンバレ!以上!」

 

有希子さんはダッシュで扉まで行き、扉を開け会議室から出て行った。

 

「ええええええええ!?」

「ちょっと有希子待ちなさい!!」

 

楢崎さんがダッシュで有希子さんを追いかける。俺は一人会議室に取り残された。

扉からヤクザが顔を出し、心配そうに俺を見ていた。開け放たれた扉のほうから何か声が聞こえる。

 

「何よ!! さっきのは!! 藤木君ポカンとしてたわよ!!」

「アタシには授業なんて無理だもん! 午後の訓練から頑張るからそれで許して!!」

「許すわけ無いでしょう! 部屋に戻りなさい!」

「嫌だああああああ!! 授業怖いいいい!!」

「人事部に報告して減給させるわよ!」

「お給料が減るのはもっと嫌だああああああ!!」

 

楢崎さんが有希子さんの首根っこを掴んで戻ってきた。心なしか有希子さんが小さく見えた。

 

有希子さんは、渋々俺にISに乗る際の注意事項や心構え、ISの基本動作について説明した。十二時きっかりに授業は終了し、有希子さんは逃げるように会議室から出て行った。

 

昼食後有希子さんと再会する。有希子さんはさっきより元気そうだった。

 

「よーし! これからが本番だ!!」

「よろしくお願いします。」

「まずは運動能力測定だな! まずは握力!」

 

有希子さんから握力計を渡される。俺は全力で握力計を握り締めた。

 

「うおおおおおおおおおっ!」

 

自己ベストタイだ。今日は中々調子がいい。張り切っていこう!

 

俺は運動能力測定のメニューを次々消化していった。

 

「次、上体起こし!」

「フン!フン!フン!フン!」

 

「次、長座体前屈!」

「うにゃ~あ」

 

「次、反復横とび!」

「ズババババババババ」

 

「次、持久走!」

「えっほ、えっほ、」

 

「次、50メートル走!」

「ドドドドドドドドドド」

 

「次、立ち幅跳び!」

「ダンッ!」

 

「最後!ハンドボール投げ!」

「どりゃー!!」

 

 

運動能力測定のメニューが終了した。

 

「お前すげえな。本当に中学生かよ」

「俺が何でこんなに出来るか知りたいですか?」

「ん? 何でだ?」

「何でかって? それは鍛えてるからだああああああああああっ!」

 

俺は叫ぶ。有希子さんは引いていた。俺は構わず有希子さんに聞いた。

 

「うわぁ」

「さあ! 次は何ですか!?」

 

有希子さんが考える素振りをする。

 

「う~ん、何しよう?」

「そろそろISに乗ってみたいですね」

「そうか? じゃあそれでいいや。」

 

うわこの人適当。

 

「では、これから三十分の休憩だ、私はそれまでにISの準備をしておく。お前はそれまでにISスーツに着替えて来い」

「ISスーツ? 持ってませんよ?」

「あれ? そうか、仕方ない。ならジャージのままでいいか。まぁ、準備に時間が掛かるからそれまで待ってろ」

 

俺がISを動かして約二十五時間。そんな物あるわけが無い。

 

「ISスーツ、あるわよ」

 

楢崎が言う。そんな物、あった。

 

「あるの!?」

「三津村繊維が一晩でやってくれました」

「三津村スゲエ!!」

 

うん、やっぱり早い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか妙にぴっちりする部分とごわごわする部分があって着心地が良くない。あと臍出しって……俺のギャランドゥが丸見えじゃないですか」

「一晩で作ったものだからしょうがないわ。今後試作を重ねていくから今はそれで我慢して頂戴」

「IS学園に入学するまでにはまともな物付作ってくださいよ。あと臍出し禁止ね」

 

ISスーツに関しては今後に期待だ。

ビルの隣の格納庫から有希子さんの呼ぶ声が聞こえる。準備ができたようだ。

俺は楢崎さんと共に格納庫に向かった。

 

格納庫の中には二つのISが並んでいた。一つは打鉄、もう一つは見たことあるけど名前が解らない機体だ。

 

「もう一つのISはラファール・リヴァイヴよ。フランスの機体よ」

「ほうほう、おフランス製ですか」

 

俺の意図を察してくれたのか、楢崎さんが解説してくれる。

有希子さんがもったいぶったように口を開く。

 

「ここに二つのISがあるじゃろ」

「打鉄でお願いします」

「早いな、もっと乗って来いよ」

「乗ってきたら引かれたんでやめときます」

「つまんねぇの」

「もう乗っていいんですか? 打鉄」

「ああ、好きにしろ」

 

俺は打鉄に背中を預ける。打鉄が動きだし、俺に装着されていった。

以前のような感覚はない。しかし体が軽くなるような感覚。この浮遊感にまだ慣れない。

 

「おおー」

「何かおかしいとこでもあります?」

「男がISに乗ってること自体がおかしいんだよ」

「確かに」

 

格納庫のシャッターが開き俺は外に出る。有希子さんが俺に言う。

 

「よし、とりあえず好きに動かしてみろ。ISを動かす感覚を体で覚えるんだ」

「了解」

 

好きに動かしてみろといわれても何をすればいいのか、とりあえず踊ってみるか。

 

「~♪~~~~♪~~♪~~~」

「何やってんだ」

 

鼻歌を歌いながら適当に踊っていると有希子さんが言った。俺はそれにボックスを踏みながら答える。

 

「好きに動かしてみろって言うから、踊ってみたんですけど」

「アホ」

 

やっぱり有希子さんは理不尽だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、基本の動作は今日のところはこのくらいでいいだろう」

「うーっす! あざーっす!」

 

あれから俺は、有希子さんの指示の元、ISの基本動作の訓錬を行っていた。

なんか必殺技的なものは無いんですか。と有希子さんに聞くと有希子さんは瞬時加速(イグニッションブースト)というものを見せてくれた。よし、あれ覚えよう。

 

「よし、次の段階に行くぞ」

「次は何するんですか?」

「次は……試験勉強だ」

 

試験勉強?ああ、模擬戦のか。しかし有希子さんが試験勉強って言うと……

 

「有希子さんから試験勉強って言葉を聞くとすげえ違和感ありますね」

「言うな、アタシだって解ってんだ」

「まぁ、その見た目じゃあ。」

「だから言うなって。ほら、始めるぞ」

 

有希子さんのラファール・リヴァイヴが飛び俺の打鉄から距離を取る。

 

「じゃあ、始めるぞ」

「ちょっとタンマ!武装チェックさせて!」

「おう、あくしろよ」

 

さっきまでの訓錬で武装を使って訓錬していなかったので今初めて打鉄の武装を確認する。

どうやら刀とアサルトライフルしかないらしい。初心者にはこれで十分ということか。あれ?これどうすりゃ呼び出せるんだ?

 

「有希子さーーーーん! 武装ってどうやって取り出すのーーーーーー?」

 

有希子さんがずっこけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は刀を装備して有希子さんと向かい合う。有希子さんも刀を装備していた。

 

「いつでも掛かってきていいぞ」

「うーん、戦いなんて初めてだからどう攻めたらいいのかさっぱりで、有希子さんどう攻めたらいいと思います?」

「アタシに聞くなよ……」

「おっ、大きく飛び上がってそのまま落下しながら唐竹割りとかいいと思いませんか?なんか格好良さそう、特撮ヒーローみたいで」

「アタシに言うなよ……」

「じゃあ、行きますね。唐竹割りの後は適当に刀振ってみますんで、上手く合わせてくださいね」

「わかったよ……」

「よし、どりゃーーー!!」

 

俺は宣言どおり二十メートルほど飛び上がり、重力に従い落下していく。正直怖いが、打鉄が俺を守ってくれる。それを信じて有希子さんに向かって行く。

俺の唐竹割りを有希子さんが受け止める、俺は少し後ろに飛んで距離を取る。

その後距離を詰め、袈裟切り、胴薙ぎ、その後一回転してまた袈裟切りを繰り出す。そして少し下がって突き!

 

しかし有希子さんはそれを全ていなしていく、片手で。やっぱり武道習っておくんだった。

近接戦では全く勝ち目はなさそうだ。仕方ない、射撃だ!

 

俺は後ろにカカッとダッシュし、距離を開ける。そして刀を捨てアサルトライフルを展開する。

有希子さんは全く動いていない。蜂の巣にしてやる!

俺はアサルトライフルをフルオートで発射する。有希子さんはラファール・リヴァイヴに装備されている盾でそれを防いでいる。

 

しかしフルオートで撃つと気持ちがいいな。テンションが上がってくる。あっ、折角だしあの台詞言っておこう。

 

「ボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラ」

ボラーレ・ヴィーア(飛んでいきな)!」

「グワーッ」

 

一瞬の出来事だった。調子にのってアサルトライフルを撃っていた俺に有希子さんは瞬時加速(イグニッション・ブースト)で近づいた。そして盾をキャストオフさせ、隠されたとっつきで俺をとっついた。

とっつかれて俺は飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「有希子! あんた何やってんのよ!!」

「いや、あいつが余りにも調子に乗ってたからさ……」

「当たり前でしょう! 彼は昨日IS操縦者になったばっかりで今日初めてISに乗ったのよ! それも含めてあなたが指導しなきゃならなかったんじゃないの?!」

「だって……ムカついたんだもん…」

「あなたはムカついたらからって初心者にパイルバンカー打ち込むの!?」

「うっ……それは……」

「とにかく藤木君に何かあったらあなたに責任を取ってもらうから!」

「何かって……何?」

「後遺症とかあった場合とかね」

「藤木、大丈夫かな……」

「知らないわ」

 

気づいたら俺はベッドの上に居た。模擬戦の途中からの記憶が無い。

部屋の全部が白で統一されており思わずカズトさんを思い出してしまう。部屋の外から楢崎さんと有希子さんの声が聞こえる、何があったのだろうか。

 

しばらくして二人の話が終わったようで部屋に入ってきた。二人とも驚きベッドに駆け寄ってくる。

 

「藤木君! 大丈夫!?」

「記憶が無いんだ……」

「いやあああああああああああああ!!!」

 

有希子さんが叫んだ。楢崎さんは俺がとっつきを食らって気絶したことを教えてくれた。それが原因か。

こうして俺の群馬生活一日目は終わった。

その後、模擬戦途中以降の記憶しか忘れてないことを楢崎さんと有希子さんに伝えた。有希子さんはそれを知り、心底安心したような表情を浮かべていた。そしてまた楢崎さんに怒られていた。

 

ホテルに帰り、風呂に入るのも忘れ泥のように眠った。翌日になり朝食を食べまた試験場に行く、朝食に出された豆腐がやけにうまかった。そして試験場に行くまでの道路にやたらタイヤの跡が目立つ、ここには走り屋が多いのか。

 

二日目から有希子さんは妙に丁寧に俺に指導してくれるようになった。訓錬はきつかったが、有希子さんがよく俺を気遣ってくれる。その甲斐もあってかなり成長できたと思う。空を飛び回るのも、もう全然怖く無いし戦いに対する心構えや技術も少しは上達してきた。有希子さんも三日でここまで出来るようになるなんて、中々筋がいいと褒めてくれる。そして、ついに三月五日の昼を迎えた。

 

「ということで訓錬はここで一旦終了だ」

「うーっす、あざーっす」

「そうだ、さっき怜子から聞いたんだけど、お前の入学試験の内容はやはり模擬戦らしい。あと相手が決まったそうだ」

「へぇ、誰なんですか?って言ってもブリュンヒルデ以外、俺IS学園の教師知りませんけど」

「まぁ、お前はそうだろうな」

「もしかして業界的には有名人って感じの人?」

「正解だ。名前は山田真耶、元代表候補生だ」

「やまだまや…中々お洒落な名前ですね」

「アタシは直接やりあったわけじゃないが……かなり強いらしい。少なくともアタシよりは」

「ご謙遜を、有希子さんも中々強いですよ。少なくとも俺よりは」

「当たり前だ。15のガキが何人来ようが負けるつもりは無い、しかしアタシより強い奴は沢山居る。そしてそのアタシより強い山田真耶より強い奴も沢山居る。お前が行くIS業界はそんなところだ」

「へぇ、そりゃ不安になるな」

「まぁ、相手も手加減してくれるだろ。ああ、これが三津村が作った山田真耶のプロフィールだ。何かの足しになるかも知れん、一応読んでおけ」

 

有希子さんから数枚の書類とクリップに付けられた写真が渡される。おお、おっぱいすげえデカいな。もはや凶器だ。

書類をめくり、内容を確認する。元代表候補生だけあって輝かしい経歴だ。そして最後に書かれた特記事項に目が留まる。

……なんだこれは、ふざけてるのか? ……いや、これは勝利の鍵になるか知れん!考えろ、考えろ俺!KOOLになれ!

オリ主頭脳が高速回転をはじめる。

 

……答えは決まった。

 

大きな賭けに二つ勝たないといけないが、これに成功すれば勝利を収めることが出来るかもしれない。可能性はゼロではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺と楢崎さんとヤクザは有希子さんに一時の別れを告げ、車に乗り試験場を後にした。三時間か四時間もすれば俺は自宅に帰ることが出来るだろう。

明日は卒業式で明後日は運命のIS学園入学試験だ。IS学園は試験に失敗しても入れるだろうが、出来ることなら勝ちたい。

待っていてください有希子さん、あなたに山田真耶の倒し方を教えてあげますよ。

試験管である彼女に男の戦いを見せ、華麗に勝利を手にしよう。

 

俺の手には山田真耶のプロフィールが握られている。特記事項にはこう書かれていた。

 

特記事項:たぶん処女

    :たぶんムッツリ




模擬戦の対戦相手が判明するまで書こうと思って書いたらいつも以上に長くなってしまいました。

プロローグの書き溜めが終了しました。オリ主のヒロインって誰にすればいいんですかね?(申し訳ないがホモはNG)



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プロローグ 第12話 初陣!オリ主VSデリバリー女教師!

初陣です。


自宅に帰ると、母さんだけではなく父さんも既に居た。二人ともいつものように接してくれる。護衛の都合上、俺の両親は卒業式に出ることは出来ない。そして卒業時式が終われば、俺は東京に戻り入学試験を終えたらまた群馬に戻る。そしてそのままIS学園行きだ。今日が終われば次に会えるのは早くても夏休みだ。

 

その日は両親と夜遅くまで話した。その後自室に戻り、ベッドで寝た。この家を離れたのは四日だけだったが、ベットの感触がやけに懐かしく感じた。

 

翌日、いつも通りの朝食を食べ学校に向かおうとすると急に母さんが俺を抱きしめた。いつの間にか俺より小さくなってしまった母さんに少しだけ寂しさを覚える。

 

「ノリ君…」

「俺、正直ISに乗れることが解ってすげえ浮かれてた。自分が特別だって思って周りに優越感を感じていたんだ。その時俺は父さんや母さんのことを何も考えてなかった。そんな時友達から重要人物保護プログラムの話を聞いたんだ。そしてその時初めて二人のことを考えたんだ、すげえ焦った。」

「ううん、いいの。そんなことは…私たちは大丈夫だから。」

「本当に…ごめん。」

 

母さんは…泣いていた。続いて父さんが声を掛ける。

 

「紀春、お前に親父として言っておかなければならないことがある。」

「ん…何?」

「自分の人生が常に自分の思い通りに行くとは限らない。いや、自分の思い通りに行くことなんてほとんど無い。」

「思い通りに行くことはないって…それでも父さんはカチグミサラリマンじゃないか…」

「父さんな、本当は野球選手になりたかったんだよ。怪我で野球をやめてしまったがな。」

「えっ…そんなの初めて聞いた。」

「初めて言ったからな。とにかく父さんが言いたいのは、自分の人生を自分以外の人間や、自分ではどうにも出来ない事が決めてしまうこともある。でもな、それでも自分の人生は自分だけの物だ。結果に後悔をするな、結果の先で最善ではなくても最良の道を見つけろ。」

「うん…なんとなくだけど解った気がするよ。」

「なんとなくでも十分だ。今はそれでいい。」

「うん。」

「別に今生の別れでも無いんだ。また帰って来い。この場所じゃないだろうが。」

「わかった。父さん、母さん。行ってきます。」

 

父さんはああ言っていたがこれは俺が望んだ人生だ。後悔だけはしてはいけない。

俺は玄関の扉をに手を掛ける「行ってらっしゃい。」と母さんが言った。それはその言葉に小さく頷いて玄関を開けた。

 

玄関先にはヤクザが居た。しかも十人も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

卒業式は特に混乱も無く終わった。俺は卒業生の列に並ぶことは無く。会場の隅で十人のヤクザに囲まれて立っているだけだった。

 

卒業式も終わり、卒業生の集団がいろいろ会話をしているらしいのを遠目に見ながら車に乗り込もうとする。そこに篠ノ之さんが駆け寄ってきた。

 

「藤木!」

 

ヤクザたちが警戒する。それを俺は制し、篠ノ之さんに答える。

 

「やあ、篠ノ之さん。元気?」

「お前今まで何処に行ってたんだ?」

「う~ん、強いて言えば温泉旅行かな?」

「温泉?お前またふざけてるのか?」

「言えないんだよ、口止めされてる。」

 

篠ノ之さんがヤクザを見る。

 

「お前、もしかして…」

「いや、それについては大丈夫。三津村がなんとかしてくれる。この人たちは三津村の護衛。」

「そうなのか、良かったな。」

「篠ノ之さんのお陰だよ。感謝している。」

「友達だからな私達は。お前の役に立てたようで嬉しいよ。」

「そうだ、これ。」

 

俺は篠ノ之さんに二つのチ○ルチョコを投げ渡す。

 

「ん?なんだこれは?」

「知らないの?チ○ルチョコ。」

「いや、今お前がこれを渡す意味が解らないんだが。」

「ホワイトデーには会えないからね。前倒し。」

「そういうことか。」

「ひとつは花沢さんに渡してくれ。つまり、倍返しだっ!!」

「…そうか。」

「じゃあ、そういう事で。IS学園で会おう!」

「ああ、IS学園で会おう。」

 

俺はそう言うと、車に乗り込んだ。車は東京の三津村商事に向かう。

初陣は明日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三津村重工業本社地下二十階にそれはあった。

コンクリート製の半球型ドームのあちこちに強化ガラスだろうか、窓がついている。

窓には多くの白衣を着た研究者や、スーツを着たサラリマンが見える。その中に楢崎さんと有希子さんが居た。手を振ってみると楢崎さんは笑顔で手を振り返してくれた。有希子さんは目を逸らした。

俺は今、打鉄を装着して三津村重工業の特殊実験場に居る。ここが俺のIS学園入学試験会場だ。

 

俺から見て半球型ドームの向かい側の扉が開く。来たようだ。

 

「お待たせしました、藤木君。私が試験官を勤めます山田真耶です。」

「よろしくお願いします、山田先生。あ、そうそう。カスタム機の件はすいませんでした。」

「そのことなら気にしなくていいですよ。織斑君に対しては専用機がIS学園から送られる予定があるんですが、藤木君に関しては時間が無いというのもあったんですが何も出来そうになかったんです。そのことを考えたら私はそれで良かったんじゃないかと思いますよ。」

「『私は』ねぇ…」

 

『私』以外はどうなんだろうね。

山田先生が苦笑する。しかしながらおっぱいデカいな。

 

「えー、では試験の内容を説明しますね。試験内容は模擬戦。藤木君のシールドエネルギーがゼロになるか私に有効打が与えられた時点で試験終了です。藤木君の勝利条件は言わなくても解りますよね?」

「有効打を与えるって事ですね。」

「はい、そういうことです。早速ですが試験を開始してもいいですか?」

「はい。よろしくお願いします。」

 

有効打一発でいいのか…これは、以前考えた必勝の策が決まれば確実に勝利することが出来るな。

 

山田先生が大きく後ろに跳ぶ。ちなみに山田先生が装着しているのも打鉄だ。

山田先生は動かない。あの日の有希子さんを思い出す。途中から思い出せないけど。

よし、攻めるか。今の俺はあの日有希子さんに戦い方を相談しながら戦った俺とは違う。途中から思い出せないけど。

俺はまっすぐ突進し、山田先生に近接ブレードを振り下ろす。

山田先生はそれを近接ブレードで受け止める。もちろん片手で。もう山田先生が有希子さんに見えてきた。

振り下ろしからの連続攻撃も全て弾かれてしまう。ついには俺と山田先生は鍔迫り合いをはじめた。

 

「ぐっ…」

 

少しづつ押されている。生身の筋力なら山田先生に負ける気はしないが、ISを装着するとその力関係は逆転してしまう。

力任せに近接ブレードを弾き距離を取る。山田先生は微笑んでいる。

圧倒的な実力の差があるのはわかるが、明らかに手加減されている。少し悔しい。

 

あの必勝の策は今はまだ使う時ではない。あ、ちょっとした奇策を思いついた。とりあえず試してみよう。

 

両手で持っていた近接ブレードを左手だけでで持つ。俺は大きく振りかぶりながら山田先生に突進し、近接ブレードを右斜め上から左下へ袈裟切りに振るう。山田先生はバックステップでそれを避ける。その瞬間小さな隙が生まれる。俺は袈裟切りの勢いそのままに空いていた右手で正拳突きを繰り出す。

 

「こっちが本命だ!―がっ!?」

 

俺の正拳突きは山田先生の乗る打鉄の盾に阻まれ、お返しとばかりに近接ブレードの突きを受けた。腹部に衝撃が走る。

俺は大きく後退した。それに追随するかのように山田先生が迫る。

 

「さっきのは少し驚きました。ではそろそろ、こちらからも攻めますよ。」

 

山田先生が大きく振りかぶって近接ブレードを振り下ろす。隙だらけの動きだ、もう手加減されっぱなしだ。

俺はそれを右サイドステップで回避し、右手にアサルトライフルを展開。山田先生に弾丸を浴びせる。

しかし、それも山田先生は盾で防ぐ。

俺はその隙に大きく距離を取る。

 

山田先生は俺の射撃の隙を突き、ジグザクに移動しながら俺に近づく。おれの射撃ではこの動きを捉えきれない。山田先生は距離を詰め俺のアサルトライフルに近接ブレードを打ちつける。アサルトライフルが俺の手から吹っ飛んだ。

そこから山田先生は怒涛の連続攻撃(俺にとっては)を始める。近接ブレードや盾でいくらかは防ぐことは出来たが、それでも俺のシールドエネルギーはゴリゴリ削られていく。

やられっぱなしだが、それでも山田先生は手加減しているのだろう。山田先生の表情は余裕が見える。

 

そうだ、これでいい。この状況を耐え抜け。そしてさっき避けた大振りの振り下ろしを待て。その瞬間が勝負だ。

 

トドメを刺すつもりなのだろうか、山田先生が大きく振りかぶった。コノシュンカンヲマッテイタンダー!

 

「これで、終わりで「今だッ!」――えっ!?」

 

俺は、近接ブレードを振りかぶる山田先生を、”抱きしめた”。

 

よし、最初の賭けは成功だ!山田先生を抱きしめることが出来た!

さて、次の賭けを始めよう。

 

「山田先生……いい匂いしますね…俺…ドキドキしますよ……」

「えっ、えっ?藤木君!?こんな所で……ダメですよ……」

 

俺はオリ主ボイスをお耽美な感じにして、山田先生に語りかける。山田先生の顔は真っ赤だ。

山田先生の気を引くことも出来た。二つの目の賭けにも成功した。つまりこの瞬間俺の勝利が確定した。

 

「山田先生…」

「藤木君…」

「俺の…勝ちだ。」

 

俺は左手に持っていた近接ブレードを逆手に持ち替えて更に刃の真ん中あたりを握る。それを抱きしめていた山田先生の背中に突き刺した。

その瞬間ガンッというという音が特殊実験場に響き渡る。その後、ブザーが鳴った。

 

『試験終了、勝者、藤木紀春』

「いよっしゃああ!」

「えっ?えっ?」

 

俺は山田先生から腕を解き、山田先生に背中を向け叫ぶ。山田先生はまだ混乱しているようだった。

俺は背中越しに山田先生に語りかける。

 

「山田先生、一つ覚えていてほしいことがあります。」

「はっ、はい。何でしょうか?」

「これが男の戦いだ。(ドヤ顔)」

「アッハイ。」

 

俺は背中に王者の風格を漂わせ、山田先生を残し特殊実験場からクールに去る。

山田先生が俺の背中を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は打鉄を外し、控え室に居た。そこには楢崎さんと有希子さんが来た。

有希子さんが嬉しそうに俺に喋りかける。

 

 

「ぎゃははははは何だよお前あの戦い方。」

「面白かったでしょう?」

「ああ、面白かったよ。山田真耶のあんな顔初めて見たわ。」

「真面目に考えるとですね、さっきの模擬戦って実は世界で初めて男と女がISで戦った試合なんですよ。いや、織斑一夏が先にやってるかも知れないな。」

「ああ、それなんだが織斑一夏が先にやってるな。相手は同じ山田真耶。山田真耶がテンパって勝手に自滅して織斑一夏の勝ちになったらしい。そして、その間織斑一夏は何もしていない。」

「はぁ!?何それズルイ!俺はコテンパンにされながら何とか勝てたのに、織斑一夏は楽して勝ったのかよ!?そもそも本当に山田先生って有希子さんより強いの!?」

「いや、本当は強いんだよ…」

 

これが主人公とオリ主の差か…織斑一夏がうらやましい。

まぁ、差を嘆いても仕方ない。明日から群馬に逆戻りだ、ホテルに帰って寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あああああ、やっちゃったやっちゃったやっちゃったよーーーーーー。何やってんだよーーーーーー。

 

俺は今三津村商事本社ビルに近い高級ホテルの中のスイートルームのベッドの上で、枕に顔を埋め足をバタバタさせている。

何が「これが男の戦いだ。(ドヤ顔)」だ、きっと山田先生も心の中でで爆笑し、今頃俺のことをブリュンヒルデと一緒に馬鹿にしているに違いない。

 

あれ?これなんてデジャヴ?

 

とりあえず自殺を試みた。やっぱり死ねなかった。




強くないオリ主がやまやに勝つためには、そんなこと考えた結果がこれだよ。

次回でプロローグ最終回です。超短いです。プロローグ第二話くらいの短さです。


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プロローグ 最終話 オリ主、IS学園に立つ

始まりの終わり的な感じ。

短いです。


入学試験も終わり、俺達は群馬の試験場に戻った。

有希子さんの訓錬は苛烈を極めた。しかし、その中で俺も成長していった。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)も形だけは覚えたし、とっつきを食らっても気絶しなくなった。

 

有希子さんが嫌いな座学の時間は試験場の開発担当の人がやってくれる。有希子さんより解りやすい説明をしてくれるので、俺のISに対するオリ主知識も格段にレベルアップした。

 

そして俺がIS学園に入学する前日、俺の訓錬が終了した。

いつものように三津村商事に行き、IS学園に行く際の諸々の説明を受けた。

そしていつものホテルに泊まった。明日からIS学園だ。待ってろ、未来の彼女。

 

 

 

 

 

 

 

 

用意されたIS学園の制服に着替えて、ヤクザと共にホテルの裏口に行く。そこで車が待っているということだそうだ。

 

ホテルの裏口に黒い車が停まっている。俺はそれに迷うことなく乗り込んだ。車の中には先客が居た。

 

「あれ?篠ノ之さん、何でここに居るの?」

「昨日IS学園行きの準備をしていたら、急に政府に呼び出されてな。そのまま官邸に夜まで缶詰だったよ。事情聴取とか後はIS学園に行くための説明とか色々だ。」

「それでこのホテルにお泊り?言ってくれれば飯ぐらいはご一緒できたかも知れなかったのに。」

「いや、そもそもお前が何時何処に泊まってるのか知らないし私はここに泊まってなかったから無理だったろうな。」

「あれ、そうなんだ。どこに泊まってたの?」

 

ここは、日本の政治の中枢霞ヶ関に近い。世界のVIPを迎え入れるためのホテルがそこかしこに建っている。篠ノ之さんはどこに泊まっていたのだろうか。

 

「官邸近くの東○インだ。」

「あっ…(絶句)」

 

俺が泊まった帝○ホテル東京のスイートルームと篠ノ之さんが泊まった東○イン溜池山王駅官邸南のシングルルーム、そのお値段の差は約13倍。織斑一夏と俺に格差があるように、俺と篠ノ之さんにも格差があった。

 

政府がケチなせいで俺と篠ノ之さんの間に気まずい空気が流れる。謝罪と賠償を要求したかった。篠ノ之さんだって常に周りにヤクザが付き纏うほどのVIPだろ?もう少しいい待遇にしてもらいたいものだ。

 

「……」

「あっ、あのさ。それなら何でわざわざ一緒に登校なんだろうね?」

「知るか。警備代の節約か何かじゃないのか?」

 

篠ノ之さんも俺との格差を実感しているようだった。言葉が刺々しいのはそのせいだろう。

 

「高級ホテルのスイートルームに泊まってすいませんでした。」

「イヤミか?」

「とりあえず謝ってみたんだけど、やっぱり違ったか。しかしこの空気なんとかならないかな?俺が悪いわけじゃないのに…」

「……そうだな、確かにお前が悪いわけじゃないな。悪いのは全部政府だ。」

「そうだね。その通りだと思うよ。」

 

その後、篠ノ之さんは車の中で政府批判、役人批判を繰り返していた。あのヤクザ達によっぽど辛い目に遭わされてきたのだろう。私に友達が出来なかったのも全部政府のせいだとも言っていた。そこは否定しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして車はIS学園の校門の前に到着した。俺と篠ノ之さんは車から降りる。ドアを閉めると車はどこかへ行ってしまった。

 

「ついに来たな、IS学園。」

「ああ、私たちの新しい生活の始まりだ。」

「さて、行きますか。篠ノ之さんの想い人の顔を直接拝みに行こう。」

「お、おおお想い人だと!?藤木!貴様何故それを知っている!?」

 

篠ノ之さんが焦る。それを見て俺は笑う。

 

「さぁーねー、何でだろうねー?」

「何故知った!?教えろ!」

「嫌なこった、さぁ!行こう!初日から遅刻したらマズイ。」

「あっ、待て!」

 

俺は駆け出す。篠ノ之さんが俺を追いかけてきた。俺はまた笑う。

 

俺達のIS学園での生活はまだ始まったばかりだ!(完)




もちろん終わらない。
これでプロローグ終了です。
本編開始は一週間以内を予定してます。
既に本編を書き始めてはいるのですが、原作を見ながら書いていると細々としたことをかなり忘れているようなので一度復習しようと思います。


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第1話 クラスメイトはオリ主以外全員女

いつの間にかすさまじい量のお気に入りが、が。

本編がキリのいいとこまで完成しました。今日から六日間かけて本編五話と番外編一話を投稿します。当面はこの形態で行こうと思います。
よろしくおねがいします。


篠ノ之さんを撒いて、入学式の会場に行き入学式を済ませる。クラスメイト全員揃って教室に行くらしいのだが、トイレに行きたかったのでクラスメイトの集団から抜け出しトイレに行った。

 

その後教室まで俺は一人でやってきた。ドアに手をかける。

 

「おいーっす!」

 

俺は教室のドアを開けて笑顔で元気よく言う。教室に居た人全てが俺に視線を向ける。その中には織斑一夏も居た。そして、誰も返事を返してくれない。

 

俺はそんなクラスの空気をものともせず自分の席に座る。右隣の席には織斑一夏が居た。ちなみに篠ノ之さんは左隣の席だった。篠ノ之さんが俺を睨みつけてくるが俺はそれを華麗に無視し、織斑一夏の方に向く。最初が肝心だ、元気良く挨拶してみよう。

 

「織斑くんオッスオッス!」

「君が…藤木君?記者会見の時とはずいぶん様子が違うね。」

「あー、あの時のことは忘れてくれないかな?正直あれは俺の黒歴史なんだ。」

 

いきなり古傷をえぐられるような感覚に陥るが、それでも強気に攻める。クラスメイトも俺達の話を固唾を飲んで聞いているようだ。この会話で今後の俺のこのクラスにおける立ち位置が決まる気がする。強い自分を演出していこう。

 

「あの会見の質問ほとんどヤラセだからね。ガチだったらあんな回答できないよ。『IS学園で君と会うのを楽しみに待ってます。(キリッ』なんて本当に恥ずかしくて…会見が終わった後死にたくなったよ。」

「そうなのか、俺は凄く嬉しかったけど。」

 

あれ?そうなの?じゃあ、その流れで会話してみるか。嘘つきまくってばれたら恥ずかしいし、普通な感じでいくか。

 

「あれ、そうなの?まぁ、俺達はこの学園で二人しか居ない男なわけだし仲良くしたいってのは嘘じゃない。ということで織斑君、俺と友達になってくれ。」

「ああ、こちらからもお願いするよ。よろしく藤木君、俺のことは一夏って呼んでくれ。」

「だったら俺のことは藤木様でいいぞ。」

「はっ?」

「冗談冗談。紀春でいい。」

 

俺と一夏はがっちりとした握手を交わす。

 

「ユウジョウ!」

「ゆうじょう?」

 

そんな感じに俺と一夏のファーストコンタクトは終わった。一部のクラスメイトから「なんでこんなとこにホモがいるんですかねぇ(歓喜)」とか「紀春×一夏、今年の夏はこれで行くわよ」とか聞こえる。握手しただけでこれかよ…

そんな時教室の扉が開かれる。

 

約一ヶ月前、入学試験の相手だった山田先生が教室に入ってきた。今日も山田先生のおっぱいはでかかった。

 

「全員揃ってますねー。それじゃあSHR(ショートホームルーム)はじめますよー。」

 

山田先生が言う。

最初にクラスメイトの自己紹介をしろとのことだ。次々とクラスメイトが自己紹介をしていく。

おっ、次は我らが主人公の番のようだ。しかし一夏は真っ青な顔をしている。緊張してるのだろうか?

 

一夏は真っ青な顔をこちらに向けてくる。何かあるのかと思い、左を向くがそこのは篠ノ之さんしか居なかった。篠ノ之さんも左を向く。

 

「織斑くん。織斑一夏くんっ」

「は、はいっ!?」

 

山田先生がおろおろとしながら一夏に自己紹介をしてほしいと伝える。

一夏は立ち上がり、自己紹介を始めた。

 

「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

「…………」

「…………」

 

クラスの誰もが一夏を見ていた。

 

「以上です。」

 

女子の数名がずっこけた。

お前らここに何しに来たんだ?お笑いやりたいならNSCにでも行けよ。

俺はそんなことを思う。しかしこの自己紹介は何だ?一夏のトークスキルは俺のオリ主トークスキルよりもかなり低いらしい。

 

その時、パアンッ!と音がする。そこにはブリュンヒルデが居た。

 

「げえっ、関羽!?」

「ジャーンジャー――だわば。」

「煩い。」

 

とりあえず口で効果音を足しておいた。ブリュンヒルデから出席簿で頭を叩かれた。もちろん気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!?また寝ていただと!?」

「今回は何処まで忘れたんだ?」

 

起きると、篠ノ之さんが話しかけてきた。

 

「一夏がブリュンヒルデに叩かれたとこまで。」

「今回は記憶喪失無かったのか。珍しい。」

「あのー藤木君。もう藤木君以外の自己紹介終わっちゃったんですけど。自己紹介いいですか?」

 

山田先生が言う。ああ、自己紹介か。一夏が不甲斐なかった分俺が頑張らないとな。しかし、奇をてらうのはやめておこう。失笑されたら死にたくなってしまう。

 

俺は席を立ち、後ろを振り返る。クラスを見渡すと一人目立つ奴がいた。

金髪ドリル…居るところには居るんだな。

 

目が合うと、金髪ドリルが俺を睨む。俺は目を逸らし、自己紹介を始めた。

 

「俺の名前は藤木紀春、俗に言う二人目の男だ。特技は野球で、嫌いなものはレモン。彼女募集中なんでそこんことヨロシクゥ!」

 

笑顔でサムズアップすると、ははは、と小さな笑いが起こる。まずまずの結果だ。金髪ドリルは相変わらず俺を睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の一時間目のIS基礎理論授業ははつつがなく終わった。一夏はうんうんと唸っていたが俺は授業の内容についていけている。群馬での経験が早速生きているようだ。行ってて良かった、群馬。

休憩時間中、クラスメイトが遠巻きに俺達二人を見ている中、授業について一夏に話しかけようとした時篠ノ之さんがそれに割って入った。

 

「……ちょっといいか」

「え?……箒?」

「藤木、ちょっと借りるぞ。」

「どうぞどうぞ。行ってらっしゃいませ。」

 

篠ノ之さんと一夏はどこかに行ってしまった。ひとりぼっちになってしまった、どうしよう。

手持ち無沙汰だし、久しぶりにモ○ハンでもやるか。花沢さんに付き合わされて始めたこのゲーム、好きでも嫌いでもないんだが、今の状況では助かる。

 

「あれ、藤木君モ○ハンやるんだ?」

 

三人のクラスメイトが話しかけてきた。

 

「ああ、ちょっと手持ち無沙汰だしね。」

「だったら私達と一緒にやらない?」

「OK、それでいいよ。」

「よし、やろうやろう。」

 

俺達四人は向かい合って3DSを操作する。クエストが決まった。10分しかないので短いものを選んだ。

 

「じゃあ、一狩りいこうぜ!」

「「「おーっ!」」」

 

モ○ハンのお陰でクラスメイトとも打ち解けられそうだ。ありがとう花沢さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の授業もつつがなく進んだ。入学前の参考書を一夏が読んでなかったということでブリュンヒルデ、いや織斑先生に出席簿で殴られていたが。それぐらいしかなかった。

そしてその次の休憩時間、金髪ドリルが俺達に話しかけてきた。

 

「ちょっと、よろしくて?」

「へ?」

 

一夏が返す。金髪ドリルはお嬢様口調だ。せっかくだし俺もお嬢様口調で返そう。

 

「ええ、よくってよ。」

「………」

 

金髪ドリルが睨む。俺は目を逸らす。

 

「で、何の用?」

 

一夏が金髪ドリルに聞いた。

 

「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

 

相応の態度ってどんな態度だろう?

 

「悪いな。俺、君が誰だか知らないし。紀春、知ってる?」

「知らなくってよ。」

 

俺はお嬢様口調を続ける。また金髪ドリルが睨む。

 

「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリスの代表候補生にして、入学主席のこのわたくしを!?」

「代表候補生って、何?」

 

一夏がそれに返す。お前知らないのかよ…

 

「まぁ!一夏さん、代表候補生のことも知らないんですの!?お勉強が足りていないようですわね!」

 

俺が言う。金髪ドリル、いやセシリア・オルコットが睨む。

そろそろ口調を戻そう。ちょっと疲れてきた。

俺は一夏に代表候補生がなんであるかを大雑把に説明する。

 

「へぇ、エリートってわけね。そりゃすごい。」

「……馬鹿にしていますの?」

「俺がな。」

 

そう言うと、また睨まれた。

 

「ま、まぁ、わたくしは優秀で寛大ですから、あなた達のような人間にも優しくしてあげますわよ。」

 

うわあ、この人優しい(大嘘)

 

「ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから。」

「あれ?俺も倒したぞ、教官。紀春、お前は?」

「えっ?ああ、俺も倒したよ。女子の中では君だけだった。そんなオチじゃないの?」

「では…二人ともですって!?」

「そういうことになるな。」

 

その時チャイムが鳴った。セシリア・オルコットは俺達に捨て台詞を吐いて、自分の席に戻って行った。

 

「あの人めんどくさそう…」

 

俺の独り言に誰も答えてはくれなかった。




今回は一夏とセシリアさんの紹介で終わってしまいました。
次はもう少しなんとかなるはず。


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第2話 オリ主と女王様と特別室

オリ主VSドリル前哨戦のお話


セシリア・オルコットが席に戻りすぐに授業が始まった。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないとな。」

 

織斑先生がクラス代表の仕事について説明する。つまり学級委員長+クラス別バトル代表って所か。

今更だが俺は闘争を求めてここに来ている。両親のことを思うと、ちょっとアレだが。

バトル代表は別にいいが、学級委員長は勘弁してもらいたい。これはやめておこう。

 

「はいっ。織斑君を推薦します!」

 

誰かが言った。

 

「だったら私は藤木君で!」

 

織斑先生によると自薦他薦は問わないらしい。ヤバイ、俺と一夏しか推薦されて無い。ここは一夏になってもらわないと。

 

「じゃ~あ~、アタイも~織斑君がいいと思いま~す」

 

女の子っぽく言うと一夏がすかさず切り返す。

 

「俺は藤木君を推薦します!」

 

俺と一夏の小競り合いが始まる。そんな時だった。

 

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 

金髪ドリルことセシリア・オルコットが机を叩き立ち上がる。

 

「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!」

 

男がクラス代表だなんていい恥さらしか…しかしやる気があるのだから彼女にクラス代表になって貰いたい。合いの手でも入れて応援してみるか。

 

「実力から行けば私がクラス代表になるのは必然「そうだ!」それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!「そうだそうだ!」わたくしはこのような島国までIS技術の修練にきているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!「全くだ!」いいですか!?「よくってよ。」クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!「その通りだ!」大体、文化として後進的な国で暮らさなければいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で「そうだぞ!苦痛なんだぞ!」ええい、うるさい!」

 

怒られた。彼女のためにやったことなのに、俺の厚意は正しく受け止めてもらえなかったらしい。

今度は一夏が立ち上がり声を荒げる。

 

「イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で―うわっ、紀春何すんだよ!?」

 

俺は一夏にひざかっくんをした。一夏のあまりにも的外れな返し方にちょっとイラッとしたからだ。ここは俺のオリ主トークスキルでフォローしよう。これはもうバトルの流れだ、そうオリ主嗅覚が察知した。祭りに遅れてはならない。

 

「一夏、ここは俺に任せろ。」

「えっ?」

「お前じゃこの口喧嘩、力不足だ。」

 

セシリア・オルコットが俺を睨む。もう睨まれっ放しなので耐性がついた。もう怖くない。

俺は彼女に微笑みかける。さぁ、始めよう。

 

「出ましたわね、藤木紀春!さっきから見てましたがいつもヘラヘラして、自分で情けないとは思わない―「感動した!!」ええっ!?」

「感動したよ!オルコットさん!君は実に素晴らしい勇気の持ち主だ!」

 

クラスメイト達は「何言ってんだコイツ」って感じで俺を見る。

 

「何を…言って…」

 

セシリア・オルコットがたじろぐ、俺は強気に攻めた。

 

「素晴らしい勇気だ!このクラスに居る人間のほとんどは君が言うところの極東の猿だ!しかし君はそれに臆することなく自分の意見を言った!それだけじゃない、君は極東の猿が作ったISに乗るためにこの極東の猿が多く生息する日本にやってきて、極東の猿に教えを請おうとしている。その屈辱は俺には計り知れないがそれに耐え抜こうと頑張っているんだね!猿に囲まれて三年間も暮らすなんて俺には耐えられないよ!素晴らしい!さあ、人間としての尊厳を見せてやろう!あそこに強い極東の猿がいるぞ!あの猿に打ち勝ち自分がここの支配者であることを示してやるんだ!大丈夫!強いと言っても所詮猿だ!君なら出来る!」

 

俺は織斑先生を指差しながら告げる。織斑先生の額には血管が浮いており、セシリア・オルコットは青ざめていた。また勝ったな。これで篠ノ之さんに続き二連勝だ。

 

「決闘ですわ!藤木紀春!織斑一夏!あなた方に決闘を申し込みます!」

 

あっ、露骨に話題変えられた。まぁいいか、完全にバトルの流れだし。ここで水差し野郎にもなりたくない。

 

「よかろう。一夏、それでいいか?」

「ああ、構わないぜ!」

 

一夏も乗り乗りだ。やる気が出てきた。

 

「わたくしが勝ったらあなた達二人共、わたくしの小間使い――いえ、奴隷にしますわよ。」

「何っ!奴隷だと!?」

 

奴隷…なんとも魅惑的な言葉だ。

 

「あら、今更怖気付いてももう遅いですわよ。」

「奴隷……つまり…」

「―つまり?」

「つまり鞭で叩いて頂けるのですね!?」

「えっ?―ひぃっ!」

 

おれはケツを向けながらセシリア・オルコット―いや女王様に迫る。女王様はおびえてるようだった。

 

「さぁ!好きなだけ叩いてください!この藤木紀春、女王様の責めなら幾らでも耐え抜いて見せましょうぞ!そして後にご褒美もください!」

「ひいぃぃぃぃぃぃっ!」

「いい加減にしろ。」

 

バシィーン!と音がした。俺はオルコット女王様の鞭を受ける前に織斑女王様の出席簿を頭に受け気絶した。一日二回は初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ、また記憶を失ってしまった!」

「だ、大丈夫か紀春。」

 

一夏が声を掛けてくる。主人公は俺を心配してくれているようだ。

待てよ…主人公……記憶喪失……っ!今まで散々記憶喪失になっていたのになぜ気づかなかったんだ!?俺は記憶喪失系オリ主だったのか!?

俺は偉大なる二人の記憶喪失系オリ主のことを思い出す。

銀髪のギアス使いとリビドー満載の銀河美少年…俺は彼らと同じ系譜に立っていたのか!?

こうしちゃ居られない!早く彼らのようにフラグを建築しないと死亡フラグが建ってしまう。

女…女はどこだ?あ、周りにいっぱい居る。とりあえず篠ノ之さんでいいか、席隣だし。

 

「ねぇ、篠ノ之さん。」

「今は授業中だ、静かにしろ。」

「俺と付き合ってくれない?」

「はぁ!?」

 

「「「「な、なんだってー!」」」」

 

クラスメイトたちが驚いている。

 

「あ、やっぱ無理?ならいいや。じゃあ、鏡さん俺と付きあっ――うわらば」

 

その瞬間今度は拳骨が落ちてきた。

 

「藤木、授業中にナンパとはいい度胸だな。」

 

当然のように俺は気絶した。一日三回も初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううっ、また記憶喪失になるなんて…」

「あっ、紀春。やっと起きたのか。」

「あれ、一夏。今何時だ?」

「もう放課後だぞ、そうだ紀春。なんでいきなり箒に告白したんだよ。」

「箒って、篠ノ之さん?いやあり得ねぇだろ、篠ノ之さんはお前の――っ。」

「そこまでだ。」

 

篠ノ之さんがかつてない眼力で俺を睨んできた。多分言ったら殺される。

 

「告白の件は許してやる。しかしそれ以上言ったら……解ってるな?」

「アッハイ。(恐怖)」

「しかし何であんなことしたんだ?」

「いやーそれがですね。その時の記憶がすっぽり抜け落ちていまして。」

「またか。」

「オルコットさんにケツ振って迫った所までは覚えているのですが…」

「ちょ、ちょっと待て箒。またかって何だよ?っていうか二人は知り合いなのか?」

「まず最初の質問からだな。コイツは気絶すると大体記憶喪失になっている。よくあることだから心配するな。そして二つ目の質問だが、コイツと私は中学校の同級生だ。」

「三年の三学期からだけどね。ちなみにそれまでは篠ノ之さんって、ぼっ「おい。」ハイ、スイマセン。」

 

ぼっちは篠ノ之さんの黒歴史だもんね。この話はやめておきましょうね。

 

「よくあることって……本当に大丈夫か?」

「一月もすれば慣れる。私はそうだった。」

「そうなのか…」

 

そんなことを話していると山田先生がやってきた。

 

「ああ、織斑くんに藤木くん。まだ教室にいたんですね。よかったです。」

「あれ?どうしました?」

「えっとですね、寮の部屋が決まりました。」

 

ああ、ここは全寮制だったか。一夏が喚いている。どうやら寮に入るのを通達されていなかったらしい。

 

「ということで、織斑君の部屋は1025室です。藤木君の部屋は…ちょっと事情がありまして、特別室を一人で使ってもらいます。」

「うわ、ズルイ!紀春、部屋変わってくれよ。」

「お断りだ。一人で自家発電をする権利は全ての男性が持つ権利だ!お前以外はな!それをみすみす渡してたまるか!」

「えっ?自家発電?どういう意味ですか?」

「山田先生、人間知らないほうが幸せな事だってあるんですよ」

「はぁ、そうですか。」

 

山田先生はピュアだった。

しかし特別室か、三津村が用意するように仕向けたのだろうか。だとしたらありがたい。

 

「藤木君は私が直接案内します。付いて来てください。」

 

俺は教室から出る山田先生の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

俺と山田先生は寮の廊下を歩いていた。

気まずい…思い返してみれば、あの入学試験のとき以来初めて山田先生と二人きりの状況になるのだ。

何か話して場を持たさないと。

 

「あの、入学試験のときは本当にすいませんでした。」

「あっ、あの…」

「いやあ、アレしか勝ち筋が思い浮かばなくて…」

「……」

「……」

 

また沈黙に逆戻りだ。

 

「あの、私は大丈夫ですから。だって私は先生ですし。」

「そう言って頂けると気が楽になりますよ。」

 

山田先生の言葉に安堵する。特別室は寮の一番端にあるらしい、もうすぐ到着する。どんな部屋だろう?今から楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃこりゃあ!」

「やっぱり…怒ってますよね?」

 

特別室は、確かに特別だった。しかし悪い意味で。

 

板張りの床に布団が一つ敷かれてあり、天井からはビニール紐につなげられた懐中電灯がぶら下がっていた。それ以外には三津村が俺のために用意したであろう生活必需品が入ったダンボールが三つ。それだけだった。

俺は学園にここまで嫌われていたのか。

 

「なんなんですか!?この待遇は!俺は囚人になった覚えはありませんよ!」

「ひぃっ!ごめんなさい!今寮の増築工事をやっていますんでそれまで我慢してくださいっ。」

「…その増築工事はいつまで?」

「最低でも一ヶ月は掛かるかと…」

「マジかよ。」

「これでも頑張ったんですよ。教職員を集めて、この物置部屋を掃除するのに一週間掛かりましたし。」

「やっぱり物置部屋だったのか。しかし俺は頑張りが足りなかったと思いますよ。」

「やっぱりそう思いますよね。」

「そもそもシャワーはどうするんですか?大浴場も使えないんじゃ俺はこの学園で序々に臭くなるしかないんですが。それとも海で洗って来いと?」

「シャワーは織斑君と篠ノ之さんの部屋に借りてくださいとのことです。」

「はぁ、そうですか…っていうかあの二人相部屋なんですか。」

「ええ、そういうことでお願いします。改装は自由に行って良いそうなので頑張ってください。では私は会議があるので…」

 

山田先生は逃げるように特別室から出て行った。あっ、この部屋コンセントも無いや。携帯の充電どうしよう。

三津村にお願いするか、いやここはIS学園の学生寮だ。簡単に入ることは出来ないし、三津村の業者が来るにも申請に時間が掛かるだろう。自分でなんとかするしかなさそうだ。

 

俺は携帯電話を取り出し、着信履歴から楢崎さんの電話番号を呼び出す。

 

「……あっ、楢崎さん?明日までに揃えてほしい物があるんだけど。…うん。寮の部屋が悪い意味で特殊でね。改装しようかと…うんお願い。えーっと欲しい物は、テレビと冷蔵庫、あとノートパソコンとそれを置くための机と椅子。それと簡単に移動できるベッドも。それと小さめの箪笥。今日送られてきた服が入るくらいでいいや。あと物置用の棚に電動ドリルと金槌と電動ドライバー。あと工事とかに使うホッチキス、…鋲打機?ああ多分それ。うんそれも電動のやつで。あと穴を埋めるため使うのに…樹脂を注入する注射器みたいのがあるよね?それと延長コードを十個。あと忘れてた、照明器具もお願い。それで以上かな?…いやある意味一番大事なものを忘れてた。山吹色のお菓子も持ってきてくれるかな?うん、こんどこそそれで終わり。じゃよろしくね。」

 

よし、準備は終わった。早速だが一夏の部屋に行こう。1025室だったっけ?シャワーを借りに行かないと臭くなってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃこりゃ?」

 

1025室の扉は穴だらけだった。恐る恐るドアをノックすると、篠ノ之さんが顔を出す。

 

「藤木か、何の用だ?」

 

篠ノ之さんは不機嫌そうな顔をしている。一夏と同室になって大喜びしていると思っていたが何があったのだろうか?

 

「ああ、俺の部屋シャワーが無くてね。山田先生がここで借りて来いって。」

「シャワーが無い?一夏からお前の部屋は特別室だと聞いたぞ。」

「悪い意味で特別なんだよ。一度見に来るか?ってとりあえず部屋に入れてくれないかな?ずっとここに立ってると目立ってしょうがない。」

「解った、入れ。」

 

篠ノ之さんと共に部屋に入る。そこには一夏の死体があった。

 

「死んでる!?篠ノ之さん、君がやったのか!?」

「やったのは私だが一夏は死んでないぞ。」

「なんだ、ならいいや。シャワー借りるね。」

「ああ、いいぞ。」

 

俺はシャワールームに入る。充分に湯を堪能した後着替えてシャワールームを出る。

一夏はまだ死んだままだった。

 

「ああ、篠ノ之さん、携帯の充電させてもらえないかな?俺の部屋コンセントなくて。」

「むしろお前の部屋には何があるんだ?」

「布団と懐中電灯…それだけ。」

「それは……すまない、今お前になんて言えばいいか解らない。」

「笑えよ篠ノ之さん。」

「………」

「すまん、もう帰るわ。」

 

妙に寂しい気持ちになりながら1025室を出る。そんな中、俺は懐中電灯の明かりしかない特別室に帰っていった。




数多のSSでセシリアのあの一連の台詞に多くのオリ主が様々な反論をしてきましたがウチのオリ主はこんな感じでした。

全てのSSを見てるわけでは無いのでアレですが、傾向として珍しい部類に入っていると信じたい!



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第3話 匠 オリ主のビフォーアフター

更新についてのお知らせです。

本編五話投稿後、番外編一話を投稿するとしていましたが番外編の内容が本編を大きく引き摺っています。そのため番外編を本編六話に変更します、それにより本編五話終了後はまた書き溜めをすることになりました。ごめんなさい。



「体のあちこちが痛い…疲れも全然取れなかったな…」

 

食堂までの道のりでそんなことを言ってみる。すると周りの女子達はそれに反応し、あることないことを騒いでくる。IS学園は脳みその腐った乙女の巣窟だった。

 

特別室の寝心地は最悪だった。板張りの上に直接敷かれた敷布団は妙に薄いのだ。今日の放課後には家電や工具が到着するので、帰ったら改装がんばろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、朝食バイキングってなんかテンション上がるよね。たくさん取っちゃったよ。」

「すごいね…藤木君。」

「ん?そうか?ちょっとハッスルしちゃった気はするけど別に食えないって程じゃないだろ。」

 

食堂に行くと一夏と篠ノ之さんが飯を食っていたので、席を確保してもらいその間に食べ物を取ってきた。

席に戻ると二人の他に谷本さん、鏡さん、布仏さんが居た。ちなみに谷本さんと鏡さんは初日に一緒に狩りをやった狩友だ。ついでに言うと最後の一人は岸原さんという。一度狩ったら友達なのだ。毎日狩ったら兄弟だ。

 

「でも、それは多いんじゃない?織斑君の二倍はあるよ。」

「一夏の二倍でも食えなくは無いよ。一夏だってこのくらい食えるだろ?」

「まぁ、食えないことは無いな。多いけど。」

「私は先に行くぞ。藤木、携帯返すぞ。」

「おっ、さんきゅー。今日はもう大丈夫だと思うから。」

「そうか、じゃあな。」

 

篠ノ之さんは食事を終えてどこかに行ってしまった。

なんか不機嫌な感じだな。昨日部屋に行ったときもそんな感じだった。まぁ痴話喧嘩に介入してもいいことは無い、生暖かい目で見守ろう。

 

「なんで篠ノ之さんが藤木君の携帯持ってるの?」

「それには聞くも涙、語るも涙な悲しい事情があるんだよ。」

 

谷本さんの質問に俺は曖昧に返す。

 

「いつまで食べている!食事は迅速に効率よく取れ!遅刻したらグラウンド十周させるぞ!」

 

織斑先生の声だ。みんなが急いで食事を再開する、今日もがんばろう、特に改装を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏は相変わらず青い顔をしているが、本日も授業がつつがなく進行する。休み時間になって織斑先生が俺達二人に声を掛けてきた。

 

「織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる。」

「へ?」

「予備機がない。だから少し待て。学園で専用機を用意するそうだ。」

 

また周りが騒ぐ。

さすが主人公だ。何もしなくても専用機を頂けるようだ。俺とは大違いだ、俺は専用機を手にするためにあの暗い部屋の薄い布団で寝なきゃならなかったのに。それでも自分が恵まれてる人間だって解ってんだけどさ。まぁ、主人公だもんな、当然だよね。

 

「そして藤木、お前の専用機の調整が完了した。放課後IS開発室まで行ってこい。」

「うっし!」

「お前、何をした?」

「季節外れのサンタクロースに頼んだんですよ。」

「やはり三津村の差し金か。」

「世界中に通用する、俺史上最高のコネですからね。出し惜しみはしませんよ。」

 

織斑先生の目つきが怖い。織斑先生は俺のことを良く思ってなさそうだ。まぁ、三津村がIS学園に対して行った仕打ちを考えるとそれも止む無しか。ISの強奪に整備課主席の強奪。多分俺の存在がすぐに公表されたのもIS学園にとっては面白くないはずだ。

 

その後、篠ノ之さんが篠ノ之束の妹であることが織斑先生によって告げられる。篠ノ之さんはチヤホヤされたのが気に入らなかったのか、急に怒り出した。

もうちょっと愛想よくしろよ、またぼっちに逆戻りだゾ。(クレしん)

 

また授業を挟み、昼休みになると今度はセシリア・オルコットがやってきた。

 

「安心しましたわ。まさか訓錬機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど。」

「対戦?誰が誰とするんだ?」

「あなた、やっぱりわたくしを馬鹿にしていますの?」

「そうわよ。」

 

セシリア・オルコットが俺を睨む。しかし、対戦なんていつ決まったんだ?この口ぶりからすると俺がセシリア・オルコットとするみたいだが、俺が気絶してる間に決まってしまったのだろうか?

 

「一夏、対戦ってどういうこと?」

「お前が気絶してる間に決まったんだよ。俺達三人で対戦して勝ったらクラス代表だってさ。」

 

やっぱりか。

 

「クラス代表ねぇ…俺やりたくないんだけど。」

「やっぱり怖気づきましたの?」

「俺を煽るなよ。アンタの話に付き合うのは面倒なんだ。」

「あなたがわたくしを煽ってるのでは!?」

「もういい、この話おしまい。で何の用?さっきの口ぶりからすると自分が専用機持ちだって自慢しに来たのか?」

「やっぱり、あなたという人は…」

「もう勘弁してくれよ…一夏飯いこうぜ。」

 

俺は一夏の返答を待たずに教室を出た。

その後、一夏は少し遅れて篠ノ之さんと食堂にやってきた。篠ノ之さんは相変わらず不機嫌そうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、俺はIS開発室に来ていた。俺の専用機を受け取るためだ。

IS開発室に入ると白衣の女と一機のISがあった。彼女が例のスカウト(強奪とも言う)された人か。

 

「やぁやぁやぁ君がわが社の希望の星、藤木紀春君か。」

「はい、ではあなたが昨年度の主席さん?」

「そういうことになるね。私の名前は不動奈緒 、これからよろしくね。」

「よろしくお願いします。で、不動さん。早速なんですが。」

「あ、やっぱり気になる?」

「こんなもの目の前に置かれて無視できるわけ無いじゃないですか。」

 

目の前の機体を見る。カスタム機と聞いていたが、どの量産機にも似つかない外見だった。

 

「そうだね。じゃ、早速紹介しよう。この機体こそが私達昨年度三年整備課の血と汗と涙と青春の結晶。その名も、打鉄・改よ。」

「名前普通!そして打鉄の面影一切無いですね!」

「名前は先生に勝手に付けられたんだよ。そして打鉄の面影あるじゃない。この盾とか。」

「片方しか付いてないじゃないですか。しかも大きさとか形とかが明らかに違うじゃないですか。」

 

その機体は、打鉄・改と呼ばれていたが打鉄の要素を感じることは出来なかった。

打鉄の一番の特徴である二つの盾は左側に一つだけになり、あの特徴的なスカートも無くなっていた。その代わりに体のほとんどが装甲に覆われる構造で、露出する部分は頭と二の腕くらいだった。

そして背部についた四つの楕円形の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が目立つ。

 

「まぁ、半分趣味みたいな感じで作った物だからツッコミだすとキリがなくなるよ。」

「キリが無くなるほどツッコミ所があるんですか、この機体。」

「まぁね、さてそろそろ機体の説明に移ろうか。」

「お願いします。」

 

打鉄・改。この機体のコンセプトは単純だった。

攻撃力、防御力、スピード、この三つを同時に備える機体。一見すると完璧な機体に思えるが、しかしそれには大きな犠牲を伴っている。それは…

 

「曲がらない。」

「曲がらない?」

「ええ、旋回性能がほぼ無いわ。一応曲がる方法はあるんだけど、かなり難しいわ。」

「PICがあるでしょ。それはどうなってるんですか?」

「姿勢制御や減速に使えるくらいね。当てにはならないわ。」

「へぇ、つまりそれを覚えないとこの機体を扱えないってことか。」

「そういうこと。そうそう、そういえば君、イギリスの代表候補生と戦うんだって?」

「お耳が早いですね。不動さん、もう三津村が板についてますね。」

「よせやい。照れるぜ。」

「褒めてるわけじゃ…なくも無いのかな?」

「結局どっちなのさ?」

「どっちなんだろう?」

「もう訳解らなくなってきた。まぁいいや、話を戻そう。イギリスの代表候補生、確かセシリア・オルコットだったっけ?君が戦う相手。」

「そうですね、俺が気絶している間に戦うことが決まっていたんでよく解りませんが。」

「まあ、いいわ。その相手に勝つ方法、考えてきたわよ。しかも曲がらずに。」

「曲がらずに!?」

「まぁ、一次移行(ファースト・シフト)してから教えるわ。明日アリーナを抑えておいたから適当に動かして来なさい。話はそれからよ、武装の説明もね。」

「明日からですか、まぁこっちのほうが都合いいのかな?今日は部屋の改装しないといけないし。」

「改装?」

「ええ、俺の部屋、布団と懐中電灯しか用意されてなくて…」

「なにそれひどい。」

「でしょ。ということで今日は帰ります。また明日来ますんでよろしくお願いします。」

「ええ、じゃまた明日。」

 

その言葉を聞き、俺はIS開発室を出た。さて改装ガンバルゾー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏を部屋に入れる。今日の改装の手伝いをしてもらうためだ。

 

「何だよ、この部屋。」

「それは俺が聞きたいんだがな。」

 

楢原さんが届けてくれた荷物が入っているので多少賑やかになってはいるが、この特別室は相変わらず殺風景だった。

さて、改装を始めよう。

 

「一夏、とりあえずお前にはテレビや冷蔵庫とかのダンボールを外してもらいたい。俺は隣の部屋でやることがあるんで、ここは任せた。」

「隣の部屋って、普通の部屋だろ?何しに行くんだ?」

「交渉さ。」

 

俺は荷物の中からある物を取り出した。そして特別室を出て、隣の部屋をノックする。部屋から女生徒が出てきた。

 

「あれ?君は藤木君!?私達の部屋に何か用なの?もしかして…夜這い?」

「ははは…それはまたの機会に取っておくよ。今日はちょっと別の用事でね。」

「用事?何かしら?」

「俺、この部屋の隣に住んでんだけど、その部屋、コンセントが無くてね。ちょっと貸してもらおうかと。」

「コンセント?…でも隣の部屋って言ったって、この入り口から藤木君の部屋のドアまでケーブル渡すの?ちょっと遠いけど延長コードとか大丈夫?」

「いや、ちょっと言い方が悪かった。コンセントを俺が隣の部屋に住んでる間ずっと貸してほしいんだ。」

「ずっと!?それはちょっと、ドアが閉められなくなっちゃうし…」

「だから、ドリルでこの壁の一部をぶち抜く。ああ、心配ないよ改装の許可は取ってあるし、開けた穴は延長コードを通したあと埋めるから。」

「ええっ!?それちょっと無茶苦茶だよ!」

「やっぱりか…ああ、そうそう。このお菓子あげるから、なんとかならないかな?きっと気に入ると思う。」

 

俺はお菓子の入った箱を渡す。女生徒はそれを受け取るが、微妙な顔をしていた。

 

「いや…お菓子って…」

「一個食べてみてよ。絶対気に入るから。」

 

女生徒は渋々、箱を開け二十個入っている饅頭の一つにかぶりついた。

 

「これは…」

 

饅頭の具に違和感を感じたのだろうか、女生徒はその具を手でつまみ取り出した。

 

「美味しい?」

「…凄く美味しいわ。こんなの私初めて食べたわ。」

「コンセント二つ、頂けるかな?」

「ええ、好きにしてちょうだい。」

 

饅頭の具は、福沢諭吉先生が描かれた紙だった。俗に一万円札とも言う。

俺は特別室に戻り電動ドリルを持ち隣の部屋の中に入り、コンセント近くの壁に直径十センチほどの穴を開け、そこに延長コードのプラグを通しコンセントに刺した後樹脂で壁の穴を埋めた。

隣の部屋の二人は満足そうにしていた。

 

部屋に戻ると、一夏が呆れた顔をしていた。

 

「お前、無茶苦茶するなぁ。」

「必要なことなんだから仕方ないだろ。さぁ続けよう。あとで余った饅頭あげるから頑張れ。」

「いらねぇよ。」

「そうか?美味しいのに。」

 

そんな会話をしながら作業を続けた。

二時間ほどで作業は終了し、一夏は帰っていった。

余った饅頭は隣の部屋の二人にあげた。更に喜んでくれたようだった。

 

部屋に文明的な明かりが灯る。テレビはテレビ自体が電波を受信してくれるようで、すぐにテレビ番組を見ることが出来た。ベッドは移動式の安物だがもうこれで体の痛さを感じながら寝ることは無くなり、携帯の充電も不自由なく出来る。パソコンも使い放題だ。これで未成年は見てはいけないあんなサイトやこんなサイトも見ることが出来、自家発電し放題だ。

あっ、ドアに鍵つけるの忘れてた。今日は残念だが我慢しよう。自家発電を見られたら今度こそ自殺してしまう。

 

心地よい疲れを感じながらベッドに入る。

 

「……っ………でさー…………でしょー」

「………っさ!……………っ!ははは!…」

 

開けた穴は樹脂で塞いだはずなのにそこから妙に隣の声が聞こえる。

完璧に塞げてなかったのだろうか…

 

俺の自家発電ライフはまだ遠いようだった。




ビフォーアフターする話ではなく、賄賂を渡す話になってしまいました。

セシリアの会話部分でオリ主が面倒だと言ってましたが、面倒になったのは私です。
あの一連の会話は五回くらい書き直すことになりまして、もうこれでいいやと……

オリ主のISの本格的な話は次回で……


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第4話 オリ主のインフィニット・ストラトス

オリ主のIS説明回です。

打鉄ってそのまま書くと変換できないから『だてつ』って書いて変換してました。今は辞書登録してますけど。


その日も、セシリア・オルコットは不機嫌だった。

その原因はクラスに居る忌々しい二人の男にあった。

男がISを動かせる。そのことは確かに凄いことなのだろうが、それでも自分を差し置いてクラス代表に名乗りを上げたことが許せない。

自分はイギリス代表候補生で専用機持ちだ、その自覚とプライドがあの二人の男によって蔑ろにされている。自分はたゆまぬ努力の果てに代表候補生の座とあの専用機を手に入れた、しかしあの男達は何の努力も無しに専用機を手に入れている。

この差は何だ?一人は授業にもついていけず授業中はいつも青い顔をしているし、もう一人は授業についていけているようだが、いつもヘラヘラしていておまけに自分に対して小馬鹿にするような態度を取ってくる。

男なら男らしく自分の足元に跪いていればいいのだ。そんなことも出来ないあの二人が何より許せない。

ああ、今日も紅茶が不味い。IS学園に来てからいつもこうだ。

 

「やぁ、君がセシリア・オルコットさんかな?」

 

そんなことを考えていると白衣を着た女性が声を掛けてきた。

 

「あなたは?見たところ学園生徒ではなさそうですけど。教職員の方でしょうか?」

「いや、そのどちらでもないんだよ。あえて言うなら元・学園生徒かな?で、今は社会人をやってる。」

「はぁ、その方がわたくしに何か御用でしょうか?」

「おっと、自己紹介がまだだったね。私の名前は不動奈緒。三津村重工で開発をやってる。」

「三津村!?と言う事はあの藤木紀春の手先ですわね!?」

「手先って…言い方が酷いなぁ。多分間違ってないけど。」

「藤木紀春の手先に話す舌など持ちませんわ。帰っていただけないでしょうか?」

「まぁまぁまぁ、落ち着いて。これは君にも実のある話だよ。私は君にクラス代表決定戦を勝って貰いたいんだ。あいつ、どうも嫌いでね。男の癖に態度デカイし、いっつもヘラヘラしてる。あいつに一泡吹かせてやりたんだよ。」

「…話だけ聞きましょう。」

 

不動奈緒は、誰にも解らないくらいに小さく口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが一次移行(ファースト・シフト)か。」

 

俺がアリーナで打鉄・改を適当に動かしていると打鉄が一次移行(ファースト・シフト)した。灰色だった機体は、銀色に変わり空の色を美しく反射させている。

 

『無事に一次移行(ファースト・シフト)できたようね。とりあえずIS開発室まで戻ってきて頂戴。』

「イエス、マム。」

 

通信を切り、打鉄・改を解除する。いつの間にか左腕に銀色のブレスレットが付けられていた。

これが待機形態というやつなのだろうか?まぁ、普通に考えたらそうだよね。

俺はIS開発室へと足を進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS開発室に帰ってくると不動さんが出迎えてくれた。

 

「やぁ、お帰り。打鉄・改の乗り心地はどうだった?」

「別に悪く無かったですよ。あと普通に曲がりましたけど、曲がらないって話じゃなかったんですか?」

「ああ、それはね。君はまだ打鉄・改の本当の力を知らないからね。」

 

本当の力…なんか嫌な予感がする。

 

「背中の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)あったでしょ。あれって割れる仕組みになっててね、中からスラスターが出てくるわ。しかも一つにつき二つも。」

「つまり、背中に合計八つのスラスターが付いてるわけですか。ちょっと贅沢すぎじゃありません?」

「あら?私、贅沢は好きよ。それに速いほうがいいでしょ?」

「時と場合によりますけどね・・・で、このスラスターを吹かすと曲がらなくなるわけですか?」

「そういうこと、その代わりスピードは保障するわ。」

「どのくらい出るんですか?」

「それは体験してからのお楽しみ。さて、アリーナに戻るわよ。」

「えー、この話をするだけのためにここに呼び戻されたんですか?」

「文句言わない。さぁ!出発よ!」

 

俺達はIS開発室を出て、アリーナに戻る。

俺は打鉄・改を装着し、アリーナの中へ出た。

 

『早速始めるわよ。とりあえずスラスターを開いてみて。』

 

俺は、スラスターを展開させる。背中の楕円形の左右の装甲の一部が開き、二つのスラスターが顔を出す。

ハイパーセンサーから見たそれはまるで、トールギスのバックパックみたいでかっこいい。ちょっとこの機体が好きになってきた。

 

『じゃあ、スラスターを吹かせてみて。最初はゆっくりね。』

「了解。じゃ、いきます。」

 

スラスターに小さな火が灯る。それに伴い少しずつ俺の体が前に進む。

 

「おお。まだ大丈夫だな。」

『少しずつ出力を上げてみて。あくまでゆっくりと。』

 

スラスターの火が少しずつ大きくなる。機体の速度が徐々に速くなっていく。

 

「まだ大丈夫、まだ―おわっ!?」

 

ある程度吹かしていくと、急にスピードが早くなる。アリーナの壁が目の前だ!

俺はアリーナの壁に激突する直前に盾を構えそのまま壁にぶつかった。

 

『はっはっは!これが打鉄・改の真の性能さ!驚いたか!?』

「とんだじゃじゃ馬だ。これちゃんと戦えるんですか?」

『戦うために作ったものなんだから当然さ。ちゃんと扱えるようになれればこの機体は強いよ。』

 

コンクリートの破片を払いながら土煙の中から出る。アリーナの壁には網目状の亀裂が入っており、この機体の速さを実感する。

 

『さて、次はクラス代表決定戦のための特訓だね。武装から突突(とっつき)を展開して。』

 

とっつき…今度は嫌な思い出が蘇る。名前からしてパイルバンカーだろうか?

そんなことを思いながら突突を展開させる。出てきた武装は大型のランスだった。

 

「ランス?なんか変な機能ついて無いですよね?」

『いや全く。見た目通りの普通のランスだよ。』

「で?このランスでどうやって勝つんですか?」

『まぁ、先にこの話を聞いて欲しい。昼にセシリア・オルコットと交渉してきたんだけど、試合開始の条件をちょっと変更させてもらったよ。』

 

彼女と交渉出来たのか?それは頑張ったな。

 

「へぇー、よくで出来ましたね。」

『適当に君の悪口言ったら、すぐに信用してもらえたよ。』

「そりゃ凄い。俺、そんなに嫌われてたのか。いや、当たり前か。で、その変更内容は?」

『君がカタパルトから出たら、その瞬間戦闘開始。セシリア・オルコットにはそれまでアリーナ上空で待機してもらうよ。』

「で、その戦闘開始直後から弾丸の雨が降ってくると。」

『正解。』

「どうやって勝つんですか?」

『簡単さ。カタパルトから出た瞬間、君は瞬時加速(イグニッション・ブースト)で接近してその勢いを利用してそのランスで突く。それだけ。』

「大雑把すぎやしませんかね?その作戦。」

『せシリア・オルコットの専用機、ああ、名前はブルーティアーズって言うんだけどね。計算してみたら多分その一撃でシールドエネルギーを削りきれるはずだよ。』

 

多分って…それはどうよ?削りきれなかったらどうすりゃいいんだ。今の俺の技術じゃこの機体にまともな戦闘行動を期待することは出来ない。弾丸の雨で機体がぶれて突突が当たらない可能性もある。

 

「攻撃が外れたらどうするんですか?」

『そんな時のためのプランBがあるよ。』

「プランB?つまり無いってわけですね?」

『いや、本当にあるんだよ。っていうかこっちの方が本命だよ。右腕を見て。』

 

俺は打鉄・改の右腕を見る。実は右腕は左腕と違って大きな手甲がついている。

 

『それがプランBの要。打鉄・改の切り札さ。』

 

不動さんが切り札について説明する。これは中々洒落の利いた装備だ。

 

「これは…面白いですね。」

『でしょ。褒めてもいいのよ。』

「わー、奈緒ちゃんすごーい!」

『はっはっは!もっと褒めたまえ!』

 

俺と不動さんはその後ボケっ放しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて、そろそろ瞬時加速(イグニッション・ブースト)の練習を始めましょうか。』

「この機体の最高速度もまだ体験してないのにいきなりそれですか。」

『男は度胸よ!とりあえずやってみなさい。』

「…そうですね。やってみましょうか。」

 

俺は恐怖心を押さえ込み瞬時加速(イグニッション・ブースト)をやってみた。

 

あれ?予想以上に速いぞ?ってヤベェ!壁が――

 

俺は衝撃波を撒き散らしながらアリーナの壁に頭から激突した。…気絶した。




オリジナルIS設定

打鉄・改(うちがね・かい)

第二世代のカスタム機
昨年度IS学園整備課三年生が卒業制作に作った機体。血と汗と涙と青春の結晶。
三年生卒業後にコアに戻される予定だったが、専用機が欲しいと言ったオリ主のために三津村がIS学園から半ば強引に借りた。
そのためにオリ主はIS学園教師陣の一部から嫌われるようになった。

一番の特徴はその加速力と最高速度であり、それは現行のほとんどのISを凌駕する。
しかしそのために旋回性能が犠牲になっており、まともに動かすには特殊な技術が必要になる。

防御のために機体左側に大型の盾が装備されており、不動奈緒はこれが打鉄の面影と言い張っているが実際には外見から打鉄の面影は一切無い。

特徴のもう一つに攻撃力があるが武装に関しては下記参照。



武装


サタデーナイトスペシャル:大型拳銃、装弾数は六発。威力を重視しており六発の弾丸を連射すると衝撃で銃身が歪む。そのため一発目と六発目では大きく命中率が変わってくる。基本的に使い捨てであるため、拡張領域に十個装備されている。ちなみに不動奈緒の主な仕事はオリ主のデータ取りとこの銃の修理である。

名前の元ネタはサタデーナイトスペシャル、及びアジアンパンクTRPG「サタスペ」


レインメーカー:ショットガン、装弾数は二十発。この銃専用の弾薬筒が使われており、至近距離で直撃すると量産機クラスのISでは一撃でシールドエネルギーを削り切ることができる程の威力を持つ。しかし銃身自体が大型化しており両手持ちで撃たないと反動で大きく命中率が下がり、取り回しが悪い。

名前の元ネタは原作三巻第一話、及び新日本プロレス、オカダ・カズチカ選手


ヒロイズム:レーザーライフル、汎用性は高いが不動奈緒はパンチが無いつまらない銃と評している。

名前の元ネタはアンティック-珈琲店-、覚醒ヒロイズム


突突(とっつき):大型のランス。特別な機能はない。

名前の元ネタはアーマドコアシリーズの射突ブレードの俗称、とっつき


霧雨(きりさめ):打撃用のロッド。見た目は鉄の棒だがインパクトの瞬間に相手に電流でダメージを与える機能を持っている。

名前の元ネタは東方Project、霧雨魔理沙。


大型盾:打鉄・改の左側に装着されている盾。取っ手がついており手持ちも出来る。イメージ的にはサザビーとかシナンジュの盾みたいな感じ。

名前の元ネタはなし


以上がオリジナル機体の設定になります。以後武装については説明無く本編に出てきますのでそのつもりで……

なんか設定を書くのって恥ずかしいですね。ぼくのかんがえたさいきょうISせっていみたいな感じで。


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第5話 激闘!オリ主VS金髪ドリル!

金髪ドリルと戦うんやで。


『試合終了。勝者――セシリア・オルコット』

 

一夏の試合が終わった。一次移行(ファースト・シフト)終了後、ビームサーベルみたいな剣でセシリア・オルコットに切りかかる寸前に試合が終わってしまった。

一夏が戻って来て、織斑先生から説教を受けていた。あのビームサーベルは『零落白夜』という一夏のISの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)らしい。

そしてその『零落白夜』はシールドエネルギーを消費してシールドエネルギーを無効化する攻撃らしい。おいそれ危なくねぇか?

俺の群馬で学んだISオリ主知識では単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)は通常二次移行(セカンド・シフト)後に発現するはずだ。一夏は相変わらず主人公だった。

 

「負け犬」

 

帰ってきた一夏に、そう篠ノ之さんが言った。一夏は織斑先生と篠ノ之さんに責められっぱなしだ。山田先生は織斑先生に意見できなさそうだし、俺がフォローしてやろうか。

 

「いやいや、俺はよくやったと思うよ。」

「紀春……そう言ってくれるのはお前だけだよ…」

「一夏、お前IS稼働時間、何時間ぐらいだ?」

「今の戦い込みで、一時間くらいかな?」

「一時間であそこまで動ければ大したもんだよ。織斑先生や篠ノ之さんはお気に召さないようだけど。」

 

織斑先生と篠ノ之さんの視線が痛い。それを気にせず一夏が俺に質問してきた。

 

「そういえばお前のIS稼働時間って何時間なんだ?口ぶりからして俺より多いのはわかるけど。」

「俺か?俺は二百時間くらいだな。」

 

その場にいた全員が驚いているようだった。まぁ当然だろう。俺がISを動かしてまだ一ヶ月と一週間ぐらいしか経ってない。

驚いてくれるかなって期待していたのでこの反応は嬉しい。

 

「お前がISを動かしてまだ一ヶ月と少ししか経っていないはずだぞ。いつの間に?」

 

篠ノ之さんが俺に聞いてきた。

 

「んー、じゃあ篠ノ之さんだけに解るヒントをあげよう。」

「何だ、そのヒントは?」

「ヒントは『温泉旅行』群馬にいい温泉があったのさ。卒業式の後も行っちゃたよ。じゃ、俺そろそろ試合なんでさよーならー。」

 

俺は四人の下からカタパルトへ移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カタパルトに出て打鉄・改を呼び出すと、早速不動さんから通信が入ってきた。

 

『よーし、今からが私達の戦いだよ。』

「…よし、行こうか。」

『はいはい、戦闘中は通信できないからもう切るね。』

「わかりました。では、また後で。」

 

そう言うと通信が切断された。

 

さあ、俺の望んだ闘争の始まりだ。無様な真似は許されない、全力で戦い勝利しよう。

 

突突を展開し盾を構える。カタパルトに乗り数秒後、カタパルトが動き出す。

最初の一撃が肝心だ、集中しよう。

 

「藤木紀春、打鉄・改、行くぜ!!」

 

カタパルトから飛び出した瞬間、俺は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおお!!」

「沈みなさい!!」

 

その声と同時にレーザーライフルとミサイルの雨が俺を襲う。それを俺は盾で防ぎながらまっすぐにセシリア・オルコットの居る場所を目指す。

 

「速い!?でも!」

 

セシリア・オルコットに迫ろうとした時、追加でミサイルが飛んできた。それは盾で防げたものの、爆炎で前が全く見えない。俺は狙いも定めることが出来ないまま突突を突き出した。

爆炎を通りすぎた後、目の前にはセシリア・オルコットが居た。突突は空しくも彼女の脇腹を通り過ぎ、俺はそのままの勢いで彼女の腹部に激突した。

 

「きゃああ!!」

「ちいっ!」

 

俺達は絡まりながら地面に激突した。

最初の作戦…プランAは失敗だ、しかし諦めてはいけない、プランBが残っている。

俺は突突を捨て、左手で彼女を逃がさないようにがっちりホールドし、切り札を使用した。

 

「この!どきなさい!」

「うわっ!?」

 

セシリア・オルコットが強烈な膝蹴りで俺の鳩尾を抉る。さらにそれに合わせてビットで攻撃をしてきた。おれはその衝撃で彼女を離してしまい、その間に彼女は十メートルほど距離を開ける。

 

「全く、忌々しい。やはり不動さんもわたくしを嵌めようとしていたようですが、そうはいきませんわ。あなたの策は破りました、わたくしの勝ちですわね。」

 

不敵な笑みでセシリア・オルコットが笑う。彼女はは気づいていないようだった、もう一つの策に。

 

「それはどうかな?」

「虚勢を張っても無駄ですわ――きゃあっ!?」

 

俺はそれを全力で引っ張った。それに合わせて彼女が転倒した。

 

「レッドライン…コイツの名前だ……女王様、拘束プレイのお時間ですわよ。」

 

彼女の左腕に手錠が付けられていた。それは赤い糸(レッドライン)を通して俺の右腕に繋がっている。

 

「この赤い糸は特別製でね、生半可な攻撃じゃ切れないぞ。」

 

実際は糸ではない、直径二センチのワイヤーだ。でも赤い糸って言ったほうがお洒落だろ?

 

「くっ、このっ!」

 

彼女がライフルを構えるが、その瞬間俺は赤い糸を引く。照準が大きく外れレーザーは明後日の方角へ飛んでいった。

 

「無駄だ。両手持ちでその銃を撃っても当たりはしない。片手で撃て。」

「―っ!」

 

今度は片手で撃とうとする、素直な奴だ。俺は赤い糸を強く引く。照準が外れレーザーは俺の二メートル左上を通り過ぎていった。

 

「そもそも、銃は使わないほうがいいんじゃないのかな?」

「くっ、ブルーティアーズ!!」

 

今度はビットが飛んできた。俺はビットから繰り出される攻撃をあえて受けた。

 

「おお、痛い痛い。でも隙だらけなんだよ!」

「きゃあああっ!!」

 

俺はスラスターを吹かし、セシリア・オルコットにボディーブローを食らわせた。彼女が吹っ飛ぶが赤い糸が張り詰め、十メートル飛んだところで地面に倒れた。

 

「何か他に無いのか?」

「………」

 

彼女は無言で立ち上がる。長い金髪は土埃で見る影もないが、俺を睨みつけてくるその瞳には確かに闘志の炎が宿っていた。彼女はまだやる気だ。

 

「インターセプター!」

 

彼女がショートソードを展開した。

すなわちこれから行われるのは近接戦闘、これからハンドカフマッチが行われるということだ。

手錠にワイヤーがついてるため行動範囲はハンドカフマッチの割りに結構大きいが。

 

「そうだ、多分それが正解だ。」

「藤木紀春、貴方を倒します!」

「望む所だ、やってみろ。」

 

俺は霧雨を展開し、彼女を迎え撃った。

 

彼女の攻撃をいなし、自分の攻撃を当てる。彼女は代表候補生の専用機持ちではあるが、近接戦闘での技量は俺に大きく劣っていた。

ここでも群馬の経験が生きてくる。彼女は射撃型のISで戦っているためか、近接戦闘の技量は低いわけではないがそれでも射撃より得意ではなさそうだ。

それに対し俺が群馬で主に乗っていたISは打鉄、主武装は近接ブレードだ。

俺と彼女の技量差は決定的だった。そろそろ終わらせよう。

 

「これで、終わりだ。」

「……っ!」

 

霧雨の突きがセシリア・オルコットの鳩尾を突き刺す。その瞬間試合終了のブザーが鳴った。

 

『試合終了。勝者――藤木紀春』

 

俺が望んだ最初の闘争はこうして幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、俺は特別室で寛いでいると訪問者がやってきた。

 

「お邪魔いたします。」

「邪魔するんなら帰って。」

「いえ、本当に邪魔しに来たわけではないのですが。」

 

彼女、セシリア・オルコットにこのノリは通用しないらしい。

 

「いや、冗談だから。で、何の用?」

「いえ…今までの非礼をお詫びしようかと…」

 

非礼!?お詫び!?彼女の口から俺に対してこんな言葉が発せられるとは、何か悪いものでも食べたのだろうか?

しかし、この状況を茶化してはいけない気がする。ちょっと真面目に対応しよう。

 

「いや、非礼なんて…どっちかって言うと俺の方が非礼な態度を取っていたわけだし。」

「それでも、わたくしがあなた方に礼を失した言動を取っていたことには変わりませんわ。」

 

なんかしおらしいな。俺に殴られすぎて頭がおかしくなってしまったのだろうか?ヤバイ、お詫びでは済まない問題になってしまいそうだ。

 

「こんなことを聞くのはマナー違反なんだろうけど聞かせて欲しい、どういう心境の変化だ?」

「それは…」

「いや、言いたくないんならそれでいいんだ。ただの好奇心で聞いただけだし、別に答えなくていい。」

 

室内が沈黙と少々の緊張に包まれる。少しして彼女がまた口を開いた。

 

「わたくしの父は、弱い人でした。会社を幾つも経営していて強かった母にいつも媚びて生きている。わたくしにはそんな印象しかありませんでした。」

 

弱い人『でした』、『強かった』母、そんな印象しか『ありませんでした』。…そういうことですか。

 

「で、それを男全体の印象と勘違いしてしまったと?」

「大まかに言えば、そういうことですわ。」

「そうか。じゃあさ、俺や一夏と戦ってみてどう思ったんだ?印象は変わった?」

 

変わっていないわけが無い。そうでなければ彼女が俺の部屋に来るなんてありえない。

 

「はい。わたくしに向かってくる一夏さんは……なんでしょう、上手く表現できないのですが、瞳に強さを感じました。それに貴方は本当の意味で強くて…」

 

一夏さん…ですか。オルコットさんは心なしか恋する乙女の目をしているような気がする。この手の読みを俺は外したことが無いので自信がある。さすが主人公、やるね。

 

「ははは、ごめんね。アレしか勝ち目が思いつかなくてさ。考えたのは不動さんだけど。」

「やはり、あの策は二段構えだったのですね。」

「そういうこと、一つ目は不動さんから聞いたでしょ、それを迎え撃ってもらう必要があった。二つ目を成功させるためにはオルコットさんに動いてもらっては困るからね。」

「オルコットだなんて、わたくしのことはセシリアと呼んでいただいて結構ですわ。周りの方はそう呼んでいますし。」

「そう?ならセシリアさんって呼ぶね。俺のことは好きに呼んでくれて構わないよ。」

「でしたらわたくしは紀春さんと呼ばせていただきますわ。」

「それでいいよ。ところでセシリアさん、一つ質問があるんだけどいいかな?」

 

せっかくだし、あの質問いってみよう。

 

「はい、わたくしに答えられることでしたら何でも。」

「イギリスのIS関連の機密とかでも?」

「それは流石に…」

 

セシリアさんが困ったような顔をする。まぁこれは枕詞みたいなもんだ。あまり本気にしないでいただきたい。

 

「冗談だよ。俺はいつでもこんな感じだ。適当に流してくれ。」

「そうですか、努力しますわ。」

「努力するようなことでもないんだがなぁ。まぁいいや、今度こそ質問するぞ。」

「はい、答えられるとは限りませんが。」

 

ちょっと警戒されてしまった。

 

「一夏のどこが好きになったんだ?」

「一夏さんって………なっ、なななんでその事を知っているのでしょしょうか!?」

「俺、この手の事に関しては敏感なんだよ。」

 

俺は最上の笑顔でそれに答えた。セシリアさんは混乱しているようだ。

 

「えっと……一夏さんはですね……」

「いや、やっぱり答えなくていいや。実はそんなに興味ないし。」

「それは酷くありませんか?」

「好意的に捉えてくれよ、乙女の秘密を根掘り葉掘り聞いてはいけないってね。」

「そうですか。」

 

そうだ、セシリアさんと話さなくてはいけないことがある。クラス代表の件だ、俺とセシリアさんが戦った後アリーナの使用時間が過ぎたとかで俺と一夏の試合が行われないままクラス代表決定戦は終わってしまった。織斑先生が話し合って決めろと言っていたので、彼女と決めてしまおう。

 

「話は変わるけど、クラス代表の件どうしようか?」

「順当に行けば、紀春さんが代表になるのがふさわしいのではないですか?一夏さんはわたくしに負けてしまいましたし、そのわたくしは紀春さんに負けてしまったわけですから。」

「前も言ったと思うけど、俺クラス代表やりたくないんだよね。正直面倒だ。」

「そうなるとわたくしですか…わたくしも負けてしまった以上クラス代表になるのには少し抵抗が…」

「…だったら、答えは一つしか無いようだな。」

「一夏さんですわね。」

「敗者に拒否権は無い。それでいいだろう。」

「賛成ですわ。」

 

俺達は黒い笑みを浮かべる。彼女とは仲良くなれそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、一年一組代表は織斑一夏君に決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

朝のSHRで山田先生がそう言った。一夏は仔馬のようにプルプル震えていた。

 

「一夏、おめでとう!頑張れよ!」

 

爽やかな笑顔で俺は一夏に言う。一夏はまだ震えていた。

 

「どうしてこうなった。」

「どうしてって、結局織斑先生が話し合いで決めろって言っただろ。だから話し合いをして決めたわけだ。」

「誰が、誰と?」

「俺がセシリアさんと。」

「俺は?当事者なのに…」

「あっ、そういえばお前居なかったな。ほら、アレだよ。お前疲れてただろうし俺達なりの優しさってやつ?」

「全然優しくねぇよ!」

 

一夏が立ち上がり俺にまくし立てる。そこにセシリアさんが現れる。

 

「まぁまぁ、そんなに怒らなくても。これはわたくしと紀春さんが一夏さんのためを思ってやったことですわ。」

「ん?なんか二人の距離感縮まってないか?」

 

一夏がそんなことを言う。この主人公、そういう所は目聡いのな。

 

「いやぁ、昨日話して解ったんだけどさ。セシリアさん結構いい人だったよ、人間言葉が通じれば解り合えるもんだね。」

「そういうことですわ。その話し合いの中で一夏さんをクラス代表にと…」

「だからどうしてそうなる。」

 

一夏がうなだれる。ここは親切に説明してあげないとダメなようだ。

 

「仕方ない。どうしてこうなったか解りやすく説明してやろう。」

「おう、頼む。」

「俺、めんどくさい。セシリアさん、いまいちやる気出ない。そうしたらお前しかいないだろう。」

「何で俺になるんだと。」

「敗北者に拒否権など無いのだよ、負け犬。」

「ぐっ!!」

 

一夏は心の傷に塩を塗られたようで、苦しそうにしている。

 

「まぁ、さっきもセシリアさんが言ったようにこれはお前の為でもあるんだよ。」

「どこに俺の為になる要素があるんだよ。」

「クラス代表になれば戦う機会も増える。そうすればお前も戦いの中でレベルアップすることが出来るわけだ。俺とお前はこの学園に二人しか居ない男だ、弱いままだと要らぬ恥をかくことになるぞ。俺はお前に強くなって欲しいんだ。」

 

ちなみに、この話は今適当にでっち上げたものだ。以外にしっかりした内容に自分でも驚いてる。

 

「学園に二人しか居ない男って事ならお前でもいいじゃないか。」

 

まだゴネるか、こいつは。

 

「私のIS稼働時間は二百時間です。君とは天と地ほどの実力の差があるのですよ。」

「あっ、それがあったか。」

「納得してもらえたようだな。ということでクラス代表頑張ってね。」

「結局逃げられないのか…」

 

 

そんな感じで一夏がクラス代表に決まった。めでたしめでたし。




武装設定

レッドライン:打鉄・改の右腕に装着された手甲。手甲の先端が変形し、手錠の輪になる。手錠の輪は赤いケーブルで手甲に繋がっており手甲内部のウインチでケーブルの長さを調整できる。ケーブルの耐久性は高く、生半可な攻撃で切ることは出来ない。

名前の元ネタは赤い糸、及びワンピース、レッドライン


最初からやることが決まっているため戦闘シーンが短いのが悩みの種です。
次戦う時はもっと長いのが書けたらいいなと思います。

以前アナウンスしましたが、番外編は本編に組み込まれてしまったのでまた書き溜めを開始します。一週間以内には再開できるように頑張りますのでお待ちください。






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第6話 ハートブレイク・ナイト

書き溜めおわた。
今回は、六話から十一話の計六話と番外編一話を一日ずつ投稿していきます。
よろしくお願いします。

今回の話からR-15のタグをつけさせてもらいます。そして元は番外編となる話なので短めです。


いつだったか、織斑先生が俺と一夏に言っていた。「ハニートラップがお前達を狙っているかもしれない、気をつけろ。」と。

俺達は世界で二人の男性IS操縦者だ、確かに俺達の遺伝子情報を欲しがる奴なんて沢山いるだろう。そしてそれが悪用されるかも知れないことは、俺だって充分承知している。

 

俺も気をつけていたんだ、でもしょうがないじゃないか。だってボク、男の子だもん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベッドに座り彼女を後ろから抱きしめ、首筋に鼻を当て鼻から息を吸い込んだ。女性特有の芳しい香りが俺の脳を痺れさせる。もう俺のリトルボーイはファットマンになっており今にも爆発しそうだ。それが彼女の柔らかい尻に押し当てられている。

 

「藤木君……今まで辛かったんだね。」

「うん…もう辛くて辛くて……俺もうダメなんだ……」

「私が受け止めてあげるから……心配しないで。」

 

俺は彼女の胸を制服の上から揉みしだく。決して大きいわけでもなかったが、揉み応えのある胸だった。

 

「ああっ、制服……皺になっちゃう。」

「あっ、ごめん……俺、もう余裕無くなっちゃってるな。」

「ううん、いいんだよ。……脱ぐから、ちょっと待っててね。」

 

彼女は立ち上がり、制服を脱いでいく。制服の下から現れた薄紫色の上下お揃いの下着は彼女に似合っていると思う。

 

「……どう……かな?」

「すごく、綺麗だ。」

「そう、よかった……きゃっ」

 

少し顔が赤く染まった彼女を抱きしめ、その胸に顔を埋める。一呼吸置いた後、俺はそのまま彼女を抱き、ベッドに押し倒した。

 

「虎子さん……俺もう我慢できない。」

「いいよ、藤木君。来て……」

 

俺は彼女の下着を剥ぎ取ろうと、手を伸ばす。

俺はついに念願の素人童貞卒業をしようとしていた。その時――

 

「おーい。紀春、居るか?」

 

突然ドアが開けられ、我等が主人公織斑一夏が部屋に乱入してきた。

 

「……………」

「……………」

「……………」

 

時が、止まった。

 

その止まった時からいち早く脱出したのは彼女、虎子さんだった。

虎子さんは俺を押しのけ、制服を手にすると一夏の横をすり抜け廊下に出た。

 

「ああっ、虎子さん!」

 

俺の制止も空しく、虎子さんはどこかへ行ってしまった。

そして部屋に残されたのは俺と一夏の二人。俺の一夏に対する怒りは有頂天だった。

 

「えっ?何?今の?」

 

俺は怒りに震え一夏に答えることが出来なかった。

 

「もしかして、俺…」

「ザッケンナコラー!スッゾコラー!」

「ひいっ!」

 

俺の口汚いヤクザスラングに一夏が怯える。しかしどんなに怯えようと、俺の素人童貞卒業のチャンスを潰した彼には死を持って償ってもらわないといけないのだ。

 

「てめぇ!よくも俺の童貞卒業チャンスを潰してくれたな!?」

「ああっ、やっぱりそうだったか。」

「死ぬ覚悟は出来てるんだろうな?」

「し、死ぬ覚悟はちょっとやりすぎじゃないでしょうか?」

「うるせえ!死ね!」

 

俺は打鉄・改の右腕を部分展開する、更に霧雨も展開し一夏に霧雨で殴りかかる。

それに対して一夏も白式の右腕を部分展開し、雪片弐型で俺の攻撃を受け止めた。

 

ガキィン!と平和な寮の部屋に似つかわしくない音が響く。俺達は鍔迫り合いを始めた。

 

「死ね、死ね、死ねぇ!」

「紀春!顔が怖いぞ!」

「うおおおおお!」

 

そんな感じで数分の膠着状態が続いた。ちょっと疲れてきたので雪片弐型を弾いて少し距離を取った。

俺達は肩で息をしているが、戦闘態勢は崩さない。一夏も雪片弐型を中段で構えている。

 

「フーッ、フーッ、フーッ」

「ちょっと落ち着けよ紀春。冷静になって話し合おう。」

「こっちは一週間以上我慢してたんだぞ!セシリアさんと戦うまで夜遅くまで訓錬漬けで部屋に帰ればすぐ眠れたけど、それが終わってから限界が来てんだよ!」

「我慢してるのは俺だって一緒だ!っていうか自家発電はどうした?」

「塞いでいても壁の穴からやけに隣の部屋の物音が聞こえるんだよ。摩擦音を聞かれたりでもしたら、死にたくなるだろうが!」

「行為音ならいいのかよ!」

「摩擦音聞かれるのに比べたら百倍マシじゃー!」

 

そんなことを話していると、壁の穴から声が聞こえた。

 

「藤木君!私達は気にしてないから!存分にやっちゃっていいのよ!」

 

その言葉で俺の心は冷めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏、さっきはごめん。」

「いや、いいんだ。多分俺の方が悪かったわけだし。」

 

俺達は部分展開を解除し、話し合いを始めた。

 

「で、さっきの人は誰だったんだよ。」

「彼女か……彼女の名前は羽庭虎子さん。三組の子で今日知り合ったんだ。」

「一日であそこまで行ったのかよ。お前すげえな。」

「彼女、話を聞くのが上手くて……いろいろ相談していて、気づいたらあんなことになってた。」

「ん?羽庭虎子?はにわ……とらこ……、はに……とら……ハニトラ!?」

「それに気づいた時にはもう後戻りできない状態になってたんだ、特に息子が。」

 

俺が記者会見をした日にはIS学園の入学試験は終わっていた。つまり彼女は本来一夏へのハニートラップだったのだろう。しかし、一夏は篠ノ之さんと同室であり彼女のお陰でかなりガードが固い。

虎子さんはそんな一夏より特別室に独りで居る俺を狙ったのだろう。そして俺は彼女の罠にホイホイ捕まってしまったわけだ。それについては後悔してないけど。

 

一夏としばらく雑談をした後、消灯時間になったので一夏は帰っていった。

俺もすることが無いのでベッドに潜る。その時壁の穴から声が聞こえた。

 

「藤木君、私達に夜這いしてもいいのよ?」

 

俺はそれに返す。

 

「やめてくれよ……(絶望)」

 

それから俺はずっとムラムラしっぱなしで中々眠れなかったが、いつの間にか眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガンガンガンガンガン!!

 

そんな音で目が覚めた。ドアの方を見ると、ジャージ姿の織斑先生が金槌でドアとそれに繋がる壁に何かを打ち付けていた。

 

「おはようございます、織斑先生。何やってるんですか?」

「ああ、起きたか。少し待っていろ、もうすぐ作業が終わる。」

 

しばらくすると、織斑先生は打ち付けていた物に木の棒を通しドアを開けようとする。しかしそれは木の棒に阻まれドアは動かない。織斑先生は一仕事終えたかのような爽やかな笑顔でこちらに振り返った。織斑先生の笑顔を初めて見たので正直違和感が拭えなかった。

 

「ふっ、とりあえずこれで大丈夫だろう。」

「なんなんですかこれ?」

 

いや、見れば解る。ドアに閂が取り付けられていた。

 

「藤木、お前のプライバシーに関して配慮が足りなかったようだ。すまなかったな。ということでこれを取り付けてみた。我ながらいい出来だと思うのだが。」

 

それで閂ですか。この時代に閂って……どうよ?

 

「いいんじゃないですかねぇ。」

「そうか、良かった。何か困ったことがあれば私か山田先生に遠慮なく相談しろ。出来るだけ力になってやる。」

 

そう言うと織斑先生は閂を外し部屋から出て行った。

 

学園に行くと、虎子さんの姿をどこにも見ることは出来なくなっていた。三組の子に話を聞くと、家の事情とかで急に学園を辞めてしまったようだ。俺の人生初の恋は無残に終わりを迎え、素人童貞卒業の日はまだ先へと行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、気づいていたのにみすみす逃がすなんて。」

「申し訳ありませんでしたお嬢様。」

「いえ、いいのよ虚、これも全部私の責任だから。この失態はいつか必ず取り返してみせるわ。」

 

そんな会話がどこかであった。




今回はハニートラップの話でした。

ウチのオリ主は見事に引っかかってしまったわけです。
しかし、こういう描写って書くの恥ずかしいですね。


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第7話 パーティー、逃げ出した後

サブタイトルはエヴァのパクリです。



おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい。

大きいおっぱい、小さいおっぱい、普通なおっぱい。その空間はおっぱいがいっぱいだった。

今はISの実技の時間だ。ISの制御を学ぶ場であるが、俺は息子の制御で精一杯だった。

ISスーツを着たクラスメイトの肢体が艶かしい、しかし織斑先生が非情にも授業の開始を告げる。

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、藤木、オルコット。試しに飛んでみせろ」

 

ご指名がかかったようだ。しかし、俺はまだ打鉄・改の操縦を完璧に行える技術を体得してはいない。

断りたいところだが、織斑先生にそんなことを言っても出席簿によって気絶&記憶喪失させられるだけだ。この人に逆らってはいけない。

 

俺は打鉄・改を展開する。一夏やセシリアさんも展開を終わらせていて、織斑先生が言う。

 

「よし、飛べ」

 

まずセシリアさんが急上昇を始める。それに続き俺が飛び、続いて一夏が飛ぶ。俺は一気に一夏に追い越された。

 

「何をやっている織斑、スペック上の出力では白式の方が上だぞ。そして藤木、お前は真面目にやらんか」

 

通信越しに織斑先生に怒られる。俺はまだスラスターを吹かさず、PICの力のみで飛行をしている。

 

「本気でやったら制御できないんですよ、この機体」

 

織斑先生にそう返すが、織斑先生は冷たい。

 

「そのための授業だろう、全力でやれ」

「……解りましたよ、どうなっても知りませんからね」

 

俺はスラスターを展開し、全力で吹かす。俺は一夏やセシリアさんを一気に追い抜いて空を飛ぶ。景色が歪み、気づいた時にはIS学園のある島が豆粒ほどの大きさに見えるところまで飛んでしまった。

 

『何をやってる藤木! さっさと戻って来い!』

 

また怒られた。言われた通りにやったのに……

 

「だから言ったじゃないですか、どうなっても知らないって。」

 

その言葉に織斑先生は答えてくれない。俺は重力を利用し学園に帰っていった。

ハイパーセンサー越しに訓錬してるアリーナを見ると地面に大きなクレーターが出来ていた。その中心に一夏が見える、ああはなりたくない。

 

地上に帰還すると、クレーターの中心で篠ノ之さんとセシリアさんが小競り合いをしていた。

早速ですか……ラブトライアングルですね。

 

そんな感じで授業は続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけでっ! 織斑君クラス代表決定おめでとう!」

「おめでと~!」

 

乱射されるクラッカー、その紙テープを頭に乗せる一夏はまだ不満そうな顔をしていた。

 

「では、まずはこのパーティーの主催である藤木君からの挨拶です!」

 

実はこのパーティーに掛かる費用は全て俺が持っている。こんな時のために三津村から貰った年俸だ、存分に使わせてもらおう。

 

「今日は、我が友である一夏のために集まってくれてありがとう!今日は俺の奢りだ!好きなだけ飲んで食って騒いで風流せい!」

「あざーーーす!」

 

俺の挨拶の終了と共にクラスのみんなが騒ぎ出す。どうやら一組以外の子も居るようだがまぁいいか。

一夏の方を見ると一夏はまだ不満そうな顔をしているし、その隣の篠ノ之さんもまだ不機嫌そうな顔をしている。

あれか、一夏が取られると思って心配なのか。最近ライバル増えたしな。

そんなことを考えながら、俺は篠ノ之さんと一夏を挟んで逆隣に座っているセシリアさんを見る。こちらは機嫌が良さそうだった。

そんな時俺達に向かってフラッシュが焚かれる。

 

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君と藤木紀春君に特別インタビューをしに来ました~!」

 

クラスメイト達が盛り上がる。新聞部か……人気者は辛いね。

まずは一夏のインタビューから開始される。クラス代表になった感想を聞かれ、頑張りますとか気の抜けた答えを返す。新聞部の人、彼女は黛さんというらしいがその答えに不満だったようで、追加のコメントを要求する。それに返す一夏の台詞はこうだった。

 

「自分、不器用ですから。」

 

一夏はかの名優、健さんの顔真似をしながら言う。けっこう似てた。

次は俺のインタビューらしい。地獄の記者会見を乗り越えた俺には他愛のないことだ。トレンディな回答をしよう。

 

「藤木君は、クラスの自己紹介で彼女欲しいって言ってたらしいけどもう彼女はできた?」

 

普通の質問であったはずだ。しかし今の俺は虎子さんの件で失恋状態なのだ、最新の心の傷が疼く。

 

「えっと……それは……」

「あれ?最近聞いた話では、藤木君が自分の部屋に女の子を連れ込んでいったって聞いたけど。」

「な、なんだってー!」

 

クラスメイト達がそれを聞いて驚く。

それは虎子さんの話だった。俺のガラスのハートは黛さんの豪速球を受け粉々に砕け散った。

 

「すいません!」

 

俺はそう言うと、パーティー会場である食堂から逃げ出した。走る俺の頬に一筋の涙が伝い、どこかへ飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も居ない夜の屋外、俺は一人そこで失恋を噛み締めていた。

 

「ううっ、初めて好きになった人なのに…」

「彼女がハニートラップだって知っている今でも?」

「あの感情が恋だったのか性欲だったのかそんなことは解らないけど、それでも彼女は俺を受け入れてくれたんだ。って誰!?」

 

振り返ると、水色の髪の女が立っていた。首元のリボンから推察するに多分二年生だ。

 

「初めまして、私の名前は更識楯無。この学園の生徒会長よ。気軽にたっちゃんって呼んでくれていいわ。」

「解ったよ、たっちゃん。俺のことは気軽にノリ君って呼んでね」

「うっ、私に流れを掴ませないなんて……やるわね」

 

たっちゃんが一歩後ずさる。

 

「たっちゃんが言い出したことじゃないか、俺はそれに従ってるだけだよ。で、何の用かな?たっちゃん」

「慰めに来てあげたって言ったら、どうする?」

「最終的にはルパンダイブするよ。一度やってみたかったんだ、あれ」

 

俺の心は失恋を再確認したお陰でかなりの虚脱感に侵されていて、多少の言葉では動揺しない。

たっちゃんはそのせいで、会話を自分のペースに持ってこられないようだ。

 

「そう……だったらやらせてあげましょうか?」

「本当にやらせる気なんてさらさら無いくせに……」

「やっぱり解る?」

「で、本当は何しに来たんだよ?何も無いならとっとと帰ってくれよ」

「彼女、羽庭虎子さんの話よ」

「今はその話はしたくないなぁ」

 

羽庭虎子……対織斑一夏のハニートラップで俺の初めての人になりそうだった人だ。

 

「私の苗字、更識って知ってる?その筋では有名なんだけど。」

「その筋ってどの筋だよ?もしかしてヤクザか?」

「まぁ、似たようなものね。対暗部用暗部って言われてるわ」

 

暗部、語感からすると裏組織とかヤクザ的なものと大差ないように感じる。そして対暗部用暗部、つまり更識とはヤクザスレイヤーなのか。

 

「つまり、たっちゃんは虎子さんを追っていたってこと?」

「そういうこと、でも逃げられてしまったわ」

「そうなのか……良かった……のかな?」

 

更識に捕まってしまったら虎子さんはどうなってしまうのだろうかと考える、多分いい扱いは受けられそうになさそうだ。

 

「つまり私が言いたいのは彼女はもう諦めなさいってことよ。男ならいつまでもくよくよしてないで次の恋に向かって頑張りなさい」

「出たよ、女尊男卑の世界の癖に男らしさを求める発言」

「何?どういうこと?」

「俺は前々から思ってた事があるんだ。ISが出来てからというもの強さの象徴はIS……つまり女性の物に成り代わったはずなのに、その割りに世界は男にも強さとか逞しさとかを求めているんだよ」

 

好きな男に強さや逞しさを求めている女……篠ノ之さんやセシリアさんがいい例だ。

篠ノ之さんは一夏と再会した後、剣道で試合をしたらしい。一夏は再会する前より弱くなっていたらしく篠ノ之さんは酷く怒ったそうだ。そんな話を以前一夏から聞いた。

セシリアさんだってそうだ。一夏に惚れた理由が強い目をしていたからという訳解らん理由だ。

結局そんなもんだ。男に求められる役割は全く変わらない。

 

「何だこの矛盾は、時代は変わって女の方が強くなったのに未だに大多数の女達は守られたいとかそんなことを言っている。せいぜいやる事といえばそこら辺の男をパシリに使うことぐらいだ。結局頭のおかしい女の態度がデカくなったくらいで世界は何も変わっていないのさ。男なら……とか、男の癖に……とかそんなんばっかりだ。何なんだよ、これは」

「藤木君……キミ結構考えてたんだね」

「俺を頭の中まで精子が詰まってる変態だとでも思ってたのか?」

「いや……流石にそこまで考えては……」

 

たっちゃんが引く。俺は失恋とたっちゃんの男らしさを求める発言で非常にイライラしていた。

 

「だったらどこまで考えてたんだよ! あれか? 万年フル勃起している変態か!? それともIS学園の全員とヤっちまおうって考えてるクズ野郎か!? 答えろよ!」

「……」

 

たっちゃんは答えない。しかし、たっちゃんが何を言っても俺は悪く取ってしまうだろう。そろそろ潮時だ、部屋に帰ろう。

俺はたっちゃんに何も告げず寮への道を歩く。

 

「ちょっと! 藤木君!」

「部屋に帰る。じゃあね、たっちゃん。さっきは怒鳴って悪かったよ」

 

たっちゃんは追ってこなかった。俺はやるせない気持ちで寮への道を歩く、たっちゃんには初対面なのに悪いことをしてしまった。

部屋に帰って早く寝てしまおう、シャワーを浴びてないが今日は面倒だ。明日の朝に借りよう、今は誰とも会いたく無い。

 

パーティーの夜は俺にとって後味の悪いものになってしまった。それでも俺はここで生きていかなければならない、きっとクラスメイト達は明日虎子さんを連れ込んだ話を俺に振ってくるに違いない。それを考えると今から憂鬱だ。

 

ああ、明日が来なければいいのに……




今回はオリ主が失恋にかこつけて、たっちゃんに八つ当たりする話でした。

序盤の話はおっぱいがいっぱいって書きたかっただけの話なので、アレに文字数稼ぎ以外の意味はありません。


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第8話 ドロップアウトチャイニーズ

教室に入り、席に着く。しかし誰も俺に話しかけては来ない。

てっきり昨日の晩のことを聞かれると思っていたので肩透かしを食らう。

しかし、それは間違いだった。優しくしてあげようだとか、そんな感じの生暖かい視線が教室中から俺に注がれる。

針の筵に座るような気持ちだ、正直逃げ出したい。

 

「そういえば藤木君は知ってる? 二組に転校生が来るって」

 

俺の気持ちを知ってか知らずか谷本さんがそんな話題を振る。しかし今の状況から逃げ出せるのならありがたい、この話に乗っかろう。

 

「いや、知らないな。しかし今の時期に転校生ってどうなんだ?まだ四月だぞ、いきなり転校ってちょっと訳ありな感じがするな」

「なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

「へぇ」

 

あれかな?中国の訓錬施設で馴染めなくて問題起こしてIS学園に飛ばされたのかな?こんな時期に転校させられるなんて相当な問題児に違いない。

 

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

「それはどうだろう」

 

俺はイギリスの代表候補生であるセシリアさんに言葉を返す。

 

「あら、どういうことかしら?」

「これは俺の推理……いや、全く根拠が無いから妄想になるな、しかし聞いて欲しい。今の時期に転校するなんてセシリアさんのことを危惧してやったにしてもやっぱりおかしいよ。それなら初めから普通に入学すればいい、セシリアさんのIS学園行きも急に決まったことではないわけでしょ?」

「ええ、そうですわね」

「だからさ、俺はこう思うんだ。その代表候補生はきっと本国で問題を起こしてこのIS学園に飛ばされたんじゃないかと。本国に居させるのは厄介だけど、多分優秀で国としても手放したくはない。だからIS学園に面倒事を押し付けてやろうって。そんな感じかな、一応筋は通ってると思うんだけど」

「確かに、それもありえますわね」

 

セシリアさんが納得したような顔をする。

 

「同じ代表候補生なんだからセシリアさんもその中国の子に優しくしてあげないとダメだよ。きっと彼女だって辛い思いをしてここにやってきてるんだから」

「確かに……そうですわね。代表候補生にしか解らない苦労やしがらみというものというのもあるでしょうし、わたくしが彼女を導いてあげなければいけませんわね」

「頑張って!」

 

この一連の俺とセシリアさんの会話で、このクラスの中に新しくやってくる中国の代表候補生はかわいそうな問題児というイメージが定着した。

そのお陰で俺に対する生暖かい視線も幾分か解消された。もし間違ってたらごめん、名も知らぬ中国の代表候補生よ。

 

「しかし、このクラスに転入してくるわけでもないのだろう? 騒ぐほどのことでもあるまい」

 

篠ノ之さんがそう言う。まぁ、二組に在籍するわけだから彼女のことは二組の人たちがなんとかするべきだ。頑張れ、二組。

 

「どんなやつなんだろうな」

 

一夏がそう言うと篠ノ之さんは急に不機嫌そうな顔をする、彼女は随分と嫉妬深い人間のようだ。

 

「今のお前に女子を気にしている余裕があるのか? 来月にはクラス対抗戦があるというのに」

「そう! そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦に向けて、より実践的な訓錬をしましょう。ああ、相手ならこのわたくし、セシリア・オルコットが務めさせていただきますわ。なにせ、専用機を持っているのはまだクラスでわたくしと一夏さんと紀春さんだけなのですから」

 

そう言われた一夏は不満そうな顔をして返事をする。

 

「えー、いいよ。訓錬なら紀春にやってもらうし」

 

そう言われたセシリアさんはキッと俺を睨む。セシリアさんの睨みは以前散々受けて耐性が付いていたつもりだったが、今回のは以前に比べて眼力が桁違いだ。以前、篠ノ之さんが花沢さんに反逆したように、恋の力はセシリアさんも強くしていた。

 

「ごめん、俺は付き合えないわ」

 

俺がそう言うと、とたんにセシリアさんの視線が優しいものへと変わる。むしろ俺に微笑んでいた。

 

「何でだよ。お前、セシリアより強いだろ?」

「打鉄・改の習熟訓錬が終わってないんだよ。俺はお前のことより打鉄・改のことで精一杯なんだ。それにセシリアさんに勝ったのは、あくまで奇策が通用したからだ。次やったら多分負けるよ」

 

その言葉を聞いたセシリアさんは上機嫌だ。

 

「そういうことですわ!というわけで訓錬はわたくしにお任せください」

「まあ、やれるだけやってみるか」

「やれるだけでは困りますわ!一夏さんには勝っていただきませんと!」

「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」

 

男たるものか……篠ノ之さんのその発言で、俺はたっちゃんのことを思い出す。冷静になって考えるとあれはただの八つ当たりだった。たっちゃんには本当に申し訳なく思っている、今度会ったらもう一回謝ろう。

 

「織斑君、頑張ってね!」

「フリーパスのためにもね!」

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

 

俺の気も知らないクラスメイト達がそんな感じで楽しそうに騒いでる。その時聞きなれない声が聞こえた。

 

「―――その情報、古いよ」

 

教室の入り口を見ると、見慣れない小さいツインテールが立っていた。

 

「鈴……お前、鈴か?」

 

一夏が席から立ち上がりそう言う。どうやらその鈴とやらは一夏の知り合いらしい。

 

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

ビシッという音を立てながら凰鈴音は一夏を指差す。

中国代表候補生。そうか、彼女があのかわいそうな問題児か。

俺は凰鈴音の指先を眺める、そして指先からすっと肩のほうへ視線を移す。

肩と脇が露出していた。IS学園は制服の改造が認められているが、脇露出は初めて見た。

あれかな? 臭いのかな? もしかしたら本国での問題ってワキガなのかな?

彼女はワキガを気にして蒸れるのを防ぐためにあんな脇露出制服を着ているのだろうか?

そうだとしたら涙ぐましい努力だ。今は四月だが冬になったら寒さで大変だろうに。

頑張れ凰鈴音、俺は君を応援するぞ。

 

一夏と凰鈴音が二、三言会話をしていると、鳳鈴音の後ろに織斑先生が現れた。

 

「おい」

「なによ!?」

 

その瞬間、凰鈴音は織斑先生の拳骨を食らった。

 

「もうSHRの時間だ」

 

その後、凰鈴音と織斑先生が二、三言言葉を交わし、凰鈴音は一夏に捨て台詞を吐き二組の教室に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、視線が痛い。

いや、SHR前の生暖かい視線ではない。篠ノ之さんとセシリアさんの突き刺すような視線が俺の隣の一夏を襲う。

一夏の隣に居る俺はそのとばっちりをもろに受けていた。そして一夏はこの視線に気づかない。

一夏とやたらと仲の良さそうにしてた鳳鈴音のことで怒ってるのだろうが、二人は授業をまともに聞いていないらしく織斑先生から出席簿を頭に食らう。

その度に一夏への視線は強くなる。誰か助けてくれ。

 

「藤木、この問題に答えろ」

「ああ、誰か……」

「…………」

 

俺も出席簿を食らった。気絶?もちろんしたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前のせいだ!」

「あなたのせいですわ!」

「そうだよ」

 

昼休みにいきなりあの二人が一夏に文句を言っていたのですかさず便乗する。ちなみに今回は記憶喪失はなかった。

 

「なんでだよ……」

 

そんな昼休みの始まりだった、そして俺達は食堂へ向かった。他にもクラスメイト達が数人ついてくる、ってか谷本さんと鷹月さんと布仏さんだ。

 

今日は凰鈴音を見たせいかなんとなく中華の気分だった。俺はラーメンを選ぶ。

そんな時その鳳鈴音が現れた。どうやら一夏を待っていたらしい、そして一緒に食堂のおばちゃんが待ち構える列に並んだ。

 

凰鈴音がおばちゃんからラーメンを受け取る。なんか嫌なバッティングだ、一夏が日替わりランチを受け取ると、俺もおばちゃんからラーメンを受け取る。

 

「お前もラーメンか、なんか運命的なものを感じるな」

「ねぇよ」

 

一夏がそんなことを言う、その声に反応してか凰鈴音がこちらを見る。

 

「あっ、二人目も居たんだ。って真似しないでよ」

 

二人目って、お前……自分が二人目って言うのはいいが、人に言われるとイラッとする。

確かに俺がラーメンを選んだのは彼女の影響だが、そこまで言われる覚えはない。

ワキガでも頑張ってる彼女を応援したいって気持ちはあったが、その気持ちはどこかに行ってしまった。

 

「ああ? 何お前、喧嘩売ってんの?」

 

俺のやさぐれハートに火が灯る、失恋のせいか最近の俺は短気なのだ。

そして、その時既に彼女に対し手に持っているラーメンをぶちまける準備は完了していた。

 

「喧嘩売ってるのはそっちでしょ?」

「ちょっと、やめろって。鈴、お前も突っかかるな」

 

すかさず一夏が仲裁に入る。どうやらラーメンをぶちまけるのは中止させられたようだ。

 

「一夏、行くわよ」

「おい、待てって!」

 

凰鈴音が空いてる席を目指し歩いていく、それを一夏が追っていく。

俺は二人の背中に中指を付き立て、それを見送った。

不意に篠ノ之さんが俺に声を掛ける。

 

「藤木、私達はこっちに行くぞ」

 

俺は篠ノ之さんに導かれ一夏と凰鈴音とは別のテーブルに行く。って言っても隣のテーブルだ。

そこから二人を監視するつもりか。

 

周りは二人の様子が気になって仕方ないようだが、俺には関係ない。俺は黙ってラーメンを啜る。

俺が一通り食べ終えた頃、篠ノ之さんとセシリアさんが隣の席に移動し一夏に詰め寄る。痴話喧嘩が始まるらしい。

 

テーブルには俺と谷本さんと鷹月さんと布仏さんが残される。今のうちにあの話を聞いておこう、人数も少なくなって幾分話しやすくなった。

 

「あのさ……」

「ん?何?藤木君」

 

谷本さんが受け答えをする。

 

「朝から俺を取り巻く空気がおかしいんだけど……」

「ああ、それは……」

「みんな俺に昨日のことを聞きたいんじゃないのか? 俺の自意識過剰だったらそれでいいけど」

「私が止めたんだよ、のりりん」

「のりりん?」

 

布仏さんがそう言った。しかしのりりんと呼ばれるのは初めてだ。俺のあだ名はいつもかみやんだったから違和感がある。

ってか、何で布仏さんが止めたんだ?聞いてみよう。

 

「なんで止めたんだ?」

「かいちょーが羽庭さんのことに関しては触れないであげて欲しいって言ってたから~」

「かいちょーって、たっちゃんか。ってかなんで布仏さんが羽庭さんのことまで知ってるんだ?」

 

布仏さんがたっちゃんと交流があるのは別にいい、しかし羽庭さんのことまで知っているとなるとその意味合いは変わってくる。もしかして彼女は更識の一味ではないのか?

 

「私は生徒会に入ってるんだよ」

「生徒会って、選挙か何かやってたっけ?」

「ううん、完全スカウト制だよ。ちなみにかいちょーは前のかいちょーを倒すとなれるんだよ」

 

何だその世紀末的な思想は、しかし完全スカウト制ならやはり布仏さんは更識の一味なのだろう。一応確認しておこう。

 

「完全スカウト制ってことは、そう考えていいのかな?」

「うん、そう考えてもらっていいよ」

 

このあやふやな質問に淀みなく答えることができるのはもう確定でいいだろう。布仏さんは更識の一味だ。このおっとりした外見からは想像できないが。

 

「なんか話が私達には訳がわからないんだけど」

「ああ、ごめんごめん。話を戻すよ」

 

谷本さんが疑問符を浮かべながらそう言う。ここは多くの人が集まる食堂だ、更識の話を気軽にしていい場所じゃない。

 

「まあ、布仏さんが止めたことは解った。でもこのままじゃ俺は針の筵から解放されない。だからあの日何があったか言うよ」

 

谷本さんと鷹月さんが喉を鳴らす。

 

「あの日俺は、確かに女の子を部屋に連れ込んだ。でも結局振られてしまったんだ、主に一夏のせいで」

「なんでそこに織斑君が?」

「それは言えない。あえて言うなれば、俺と一夏は殺し合いに発展しそうなくらい喧嘩したってことかな」

 

ISで殴ったんだから殺し合いって言ってもおかしくないだろう。

 

「その割には仲良いね」

「まぁ、すぐに解決したからな」

「もしかして……」

「何を想像してるのは知らんが、ホモ要素はないからな」

「ちっ」

 

谷本さんが舌打ちをする。彼女もそうなのか。

 

「というわけでこの話は終わり、これはクラスのみんなに話しておいてくれて構わない。俺は先に教室に戻ってるから」

 

そう言い、俺は一人で教室に帰る。みんなで帰って凰鈴音に何か言われたら面倒だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

打鉄・改の習熟訓錬を終え、一人で寮まで戻る。外は暗く、俺のほかに人は全くいない。

そんな時だった。

 

「あれ、一夏。アンタ寮に帰ったんじゃないの?」

 

一夏と呼ばれることと、この声……マズイ、凰鈴音だ。暗がりで解りにくかったのだろうが、凰鈴音は俺と一夏を間違えていた。まぁ、背格好も結構似てるし仕方ないか。

 

「何無視してんのよ、こっちを向きなさい」

 

観念しよう。俺は凰鈴音に向かって振り向く。

 

「残念、一夏じゃなくて紀春君でした~」

「げっ」

「げっ、とは何だ?今度こそ喧嘩がしたいのか?と言いたい所だが……」

「……何よ」

「正直スマンカッタ。あの時はイライラしていて思わずお前に当たってしまった」

 

俺は凰鈴音に頭を下げる。この事といい、たっちゃんの事といい最近の俺は謝ることがいっぱいだ。

謝ることいっぱい。そんな芸人が居たのを思い出す、あいつつまらなかったな。

 

頭を下げてじっと待つ、凰鈴音は何も喋らない。早くなんとかしてくれ。

 

「解った、許す!」

「あれ?お前結構サバサバしてるのな。もうちょっと粘着されると思ってたんだけど」

「あと、お前はやめなさい。鈴でいいわよ。一夏もそう呼んでるし。って誰が粘着質ですって?」

「粘着質とは言ってねぇだろ。まぁ俺のことは好きに呼んでくれて構わないよ」

「好きに呼べって、そういうのが一番困らない?」

「ああ、確かに。じゃあ、俺のことは紀春でいい。一夏もそう呼んでるし」

 

ちょっとした意趣返しをしてみると鈴が笑う。

 

「なにそれ、私の真似をしたみたいだけど少しも面白く無いわよ」

「その割りには笑ってたような気がするがな」

「そういえばラーメンも真似したわよね 」

「あの時は、鈴を見たらなんとなく中華の気分になっただけだよ。別に深い意味は無い」

「なんだ、そんなことか」

「ああ、そんなことだ」

 

なんとか鈴と和解できたようでよかった。あっ、鈴のためにアレを用意していたのを忘れるところだった。せっかく楢崎さんに頼んで今日持ってきてもらったのに、忘れてしまっては楢崎さんに申し訳ない。

 

「そうだ、これやるよ」

 

そう言って俺は小さい茶色の紙袋を渡す。

 

「ん? 何これ? チューブ?」

 

鈴は紙袋を開け中にあるものを取り出した。中には軟膏を入れたチューブが出てきた。

 

「まあ、お詫びの印みたいなもんだ。是非受け取ってくれ」

「軟膏みたいだけど、これ何よ?」

「ワキガ用の軟膏だ。ワキガ、気にしているんだろう?」

「はぁ!? アンタ何言ってんのよ!」

「えっ?違うのか? 肩と脇丸出しにしてるから、俺はてっきり脇が蒸れて臭くなってしまうのを気にしていると思ってたんだが」

「ファッションよ! ファッション!」

「はぁ!? ファッション!? その脇丸出しが!? ありえねー――あべし」

 

その瞬間俺の顔面に鈴のドロップキックが炸裂した。

ああ、この感じ。威力もキレも足りないが花沢さんを思い出させる感触だ、懐かしいなぁ。

しかし俺を気絶させるのには充分だ!

 

俺は今、気絶しようとしている。しかし完全に意識が落ちる前に記しておかなければならないことがある。

ピンクだった。



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第9話 チャイナアドバイス

また繋ぎ回です


今日も今日とて打鉄・改の習熟訓錬が終わり、俺は夜道を寮に向かって歩く。

打鉄・改を操る上での特殊技術である空中ドリフトは未だに完成していない。

空中ドリフト……高速移動中にPICで姿勢制御し強引に行きたい方向へ体を向ける。

言葉にすれば簡単だ、実際体を行きたい方向へ向けること自体は難しくない。

しかし問題はその後だ、方向転換後機体は慣性と推力の力が別方向に働き機体が安定しない。打鉄・改のPICは高速移動の慣性を打ち消すことが出来ないのだ。

安定しない機体はそのまま上空高く飛んでいくか、地面に激突するかの二択を迫られる。そして運悪く地面に激突してしまったら俺は気絶してそのまま訓錬終了となる。唯一の救いは最近記憶喪失の頻度が落ちてきたという位だ。

操縦者保護と姿勢制御と減速にしかPICを使えないという不動さんの言葉に嘘は無かった。嘘であって欲しかった。

 

そんな事を考えながら歩いていると最近ようやく見慣れた人間の姿をみつけた。鈴だ。

彼女はベンチに座り俯いていて、その姿がやたらと哀愁を誘う。何かあったのだろうか?

 

「おう、何してんだ?」

「あっ……なんだ紀春か」

「一夏じゃなくて悪かったな。ああ、そういえばクラス対抗戦の初戦ってお前と一夏だったよな。どう? 訓錬とか順調?」

「…………」

 

なにか地雷を踏んでしまったのだろうか。鈴は全く喋らないし、この場の空気が重い。

原因は……多分一夏だ。我らが主人公様はまた何かやらかしてしまったのだろうか?

 

「それどころじゃない、って感じだな」

「なんでアンタには解るのよ……一夏は全然解らなかったのに……」

「男全員が一夏みたいなのだったら大変なことになるぞ」

「……確かにそうね」

 

織斑一夏、我らが主人公様は相当なフラグ体質だ。しかし建設したフラグをそのまま放置する癖は何とかしてもらいたい。俺がとばっちりで酷い目に遭ったことも数知れない、本当に何とかして欲しい。

 

「その口ぶりからするに、一夏と何かあったのか? いや、話したくないなら別に話さなくてもいいけど」

「…………」

「…………」

 

重い、空気が重いよー。誰か助けてー。なんか俺も逃げられない雰囲気だしー。

 

「昔、一夏にね……」

 

来た! この状況を鈴自身が打破してくれた! よーし、ここはご相談に乗ってこの重い空気から脱却しよう!

 

「料理が上達したら毎日酢豚を食べてくれる? って約束したの」

 

なんで酢豚なんだ? しかも毎日? そりゃきつい約束させられたもんだな。

 

「でも一夏は約束を間違えて覚えててさ、料理が上達したら毎日酢豚をおごってくれる。って事になってた」

 

一夏……お前毎日酢豚を食う気でいたのか。ある意味漢だな。

しかし一夏も一夏だが、俺は鈴にも問題が無いようには思えない。

 

「一応確認なんだけどさ、その毎日酢豚発言は毎日味噌汁を。ってな感じのニュアンスで言ったってことでいいのかな?」

「うん……それで合ってる」

 

やっぱり鈴にも問題があった。どうしよう、優しく慰めることも出来るがそれではコイツは進歩しないだろう。厳しく俺が思うことを言えばいいのか、どう言おう。

いやここはいっそ鈴に選んでもらおうか。

 

「なぁ、鈴」

「……何よ」

「今俺はお前にどう言うべきか悩んでる。お前に中身は無いけど優しい言葉を掛けるべきか、厳しいけど本当に言いたい言葉を言うのか。どっちがいいと思う?」

「明らかに選択肢が一つしか無いんだけど」

「まぁそうだな、さっきのは枕詞みたいなもんだ。という事で今からお前に厳しい事を言う。怒らずに聞けよ」

「解った、聞くわ」

 

あんまり人に説教するのは好きではないけど、やらないといけない時が来たようだ。心に残るSEKKYOUをしよう。

 

「仮に俺が一夏で、お前に毎日酢豚を食べてくれるかって聞かれたとしよう。その時俺は多分こう言う。『毎日酢豚なんて食えるか』ってね」

「え?酢豚ダメなの?」

「お前さぁ、毎日酢豚ってどうよ?幾ら酢豚が好きでも毎日酢豚食わされてたら流石に嫌いになるぞ」

「酢豚じゃダメだったんだ……」

「なにを勘違いしてるか知らんが、麻婆豆腐でも青椒肉絲でも回鍋肉でもダメだからな」

「だったら何だったらいいのよ。」

「そもそも主菜が毎日同じってのが駄目なんだよ」

「え!? それが駄目だったの!?」

 

コイツ馬鹿だ。

 

「まだ他にもあるぞ、酢豚を食べてくれる?って言ったせいで毎日味噌汁的なニュアンスがかなり解りにくくなってる」

「やっぱり酢豚のせいか……」

「そして最後だ、そもそもそんな遠まわしの告白が一夏に通用すると思っていたのか?」

「うっ」

「総合的に判断すると、最初から最後までお前の告白は駄目駄目だ! そんなんじゃ一夏は落とせないぞ!」

「…………」

 

鈴に指をビシッと突き立てて言う。鈴はまた俯いていた。

 

「一夏に告白したいんならもっと直接的に行け! あいつはお前の予想以上に鈍感だぞ! 少しでも遠まわしに言ったら完全に意図を履き違えられるぞ!」

「た、確かに……」

「現在一夏の周りにはお前を含めて三人の女が鎬を削っている。そしてそれはこれから多くなる可能性が大いにある。ぐずぐずしていると取られるぞ。……いやそれは無いな、一夏だし」

「確かにそれは無いわね」

 

さて、すっかり目的の重い空気からの脱却を忘れて語ってしまったが。もういい感じだろう。

 

「と、いうことで俺からのアドバイスは終了だ。なにか質問はあるか?」

「……仲直りの切欠が思いつかないのよ、どうしたらいいと思う?」

「そんなこと俺の知ったことか。と言いたいとこだが、切欠ならあるだろうが。お前と一夏二人だけの特別イベントが」

「……クラス対抗戦ね」

「と、いうことで今度こそアドバイスは終了だ、俺は帰るから」

「ん、ありがと。紀春、アンタ思ってたよりいい奴だったのね」

「当たり前だ。俺は地元では、仏のノリ君と呼ばれた男だぞ?」

 

もちろん嘘だ。俺は仏のノリ君ではなく紙一重のかみやんだ。そして最近はのりりんだ。

 

「何それ、かっこ悪い」

「うるせー、俺はもう帰るからな」

 

そんな事を言い、俺は今度こそ寮に帰る。これで少しは過ごしやすくなればいいんだが……



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第10話 ダブルランサー

暗い部屋にはモニターから発せられる明かりしかなく、そのモニターに前に座っている人物はせわしなくキーボードを打ち続けている。

モニターの前に座っている人物は女だ。その女の頭からはウサギの耳が生えていた。

 

「♪♪♪~~~~♪♪♪~~~~♪~~~~~♪~~~~~」

 

彼女は鼻歌を歌いながらキーボードを叩く。そのメロディーは某ヤクザ映画のメインテーマだった。

 

「いや~、さすがいっくん。仕上がってきてるね~束さんの予想よりも少し早いや」

 

彼女は笑みを浮かべる。しばらく作業を続けていたが、その顔が一瞬曇った。

 

「藤木……紀春? 誰だコイツ?」

 

モニターにはオリ主こと藤木紀春の顔が映る。そのモニターを見る彼女の顔が少しずつ怒りに染まる。

 

「何だ、何なんだよコイツは。束さんはこんなこと知らないよ、どうしてこんな奴がISを動かしてるんだよ」

 

その時彼女は決めた。不純物は早めに除外しておかないと後々大変なことになる、自分の計画をこの不純物が台無しにするかもしれない。

彼女は不純物の駆除を決意した。

 

「ん~、でもどうしようか? 面倒だしいっくんと同じでいいか」

 

彼女はキーボードをさらに高速に叩く、彼女の顔には少しの笑みがこぼれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~~アリーナアリーナ」

 

今アリーナで行われるクラス対抗戦の観戦に遅刻して全力疾走している僕はIS学園に通うごく一般的な男子生徒

 

強いて違うところをあげるとすればオリ主であり男なのにISを動かせるっとことかナ――名前は藤木紀春

 

そんなわけでアリーナまでの道にあるアリーナへ続く道にやってきたのだ

 

ふと見るとベンチに黒いISが座っていた

 

ウホッ!いいIS…

 

そう思っていると突然そのISは僕の見ている目の前で腕からピンクのレーザーを発射してきた、ってヤベェ! 死ぬ!

っていうかピンクのレーザーを撃つ前にISを展開しておいてよかった。あのままだと確実に死んでたよ。

 

「いきなり攻撃とはいい度胸だな! テメェ何モンだ!?」

「…………」

 

黒いISは何も答えようとはしない。

 

「無視って訳ね。正当防衛させてもらうからな」

 

左手に盾を構え、右手にサタデーナイトスペシャルを展開する。その瞬間黒いISがまたレーザーを放ってきた。

 

「くそっ、これでも食らえや!」

 

サタデーナイトスペシャルを連射し、また新しいサタデーナイトスペシャルを展開する。もう一度射撃を試みるがその前に黒いISが俺に近づき、俺をぶん殴った。

俺はそのまま吹っ飛ばされ、建物の壁に背面から激突する。ヤバイ、こいつは強い。

 

「くっ……俺一人で勝てそうな相手じゃないな……」

 

空中ドリフトを完成させることが出来ていない今、俺は戦闘に関してあまり自信があるわけではない。

以前一夏に、自分と一夏の実力差は天と地ほどの差があるといったがあれは嘘だ。実際今の俺は一夏にすら勝てることは出来ないだろう。このISを未だまともに動かせることが出来ないのだから。

 

「とにかく誰かに助けを呼ばないと……織斑先生!聞こえますか!?」

 

俺は織斑先生に通信を繋げる。すると声が返ってきた。

 

『何だ藤木、今忙しいんだ。正直お前に構ってる暇が無い』

「そりゃ悪かったですね、でもこっちも緊急事態なんですよ。正体不明のISに襲われてる―ってうわっ!」

 

俺が話している間も黒いISからの攻撃は続く。俺は何とか盾で凌ぎながら織斑先生と話を続ける。

 

『何だと!? お前の所にも来ているのか!?』

「お前の所にも……ってことはそっちにも居るんですか?」

『そういうことだ、今学園に増援を要請した。増援が来るまで何とか耐えろ』

「簡単に言ってくれる……あまり長くは持ちませんよ!!」

 

そう言い通信を切断した、俺は黒いISから放たれるビームを凌ぎ続ける。

牽制に撃っていたサタデーナイトスペシャルはもう十個全てを使い切ってしまった。あの拳銃威力が高いって触れ込みだったけど、あの黒いISにはあまり効果がなかったようだ。そして命中率も悪い、黒いISに当たった弾丸は五、六発といったところだろうか。元々当たりにくい銃な上に、俺の射撃技術が未熟なのと、あの黒いISも弾丸を避けてくる。ってこれは当たり前か。

 

「ヤバイ、このままじゃ徐々に不利だ」

 

増援はいつ来るのだろうか、そもそも織斑先生に連絡してからどれくらいっただろうか。緊張と焦りで時間の流れが遅く感じる。

とにかくだ、現状を打開しなければ多分俺の命は無い。あの黒いISだって俺のシールドエネルギーを削りきって、ハイさようならとは行かないだろう。

 

「一か八かだ! やってやるぜ!」

 

俺は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動させ、上空高く舞い上がり反転した。そして俺を追って黒いISが飛んできた。ハイパーセンサーに映し出される視界には黒いIS以外にも、今一夏たちがいるであろうアリーナも映し出されていた、そこからもピンクの光が見える。あいつらも頑張っているようだ、俺も負けてはいられない。

 

俺は突突を展開し、もう一度瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動させる。追ってくる黒いISに対して突撃してダメージを与えようと考えてのことだった。いつ来るか解らない増援に期待して待っていては俺は負けてしまうだろう。

守ったら負ける、攻めろ!

そう心の中でつぶやき黒いISに向かって飛んでいった。

 

「いくぜええええっ!」

 

しかし現実は非情だった。俺の突撃を黒いISはひらりと回避し、俺はそのまま地面に激突した。

奇跡的に気絶はしていないようだが、状況は相変わらず悪い。

体勢を立て直し振り向くと、黒いISは余裕をみせているのだろうかゆっくり地上に降りてきて着地した。

 

「余裕綽綽だな、お前」

 

虚勢を張ってみるが、黒いISに反応は無い。黒いISはゆっくりと両手を掲げ、レーザーを発射する態勢に移る。

今度こそと思い、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動させ黒いISに突撃したがの突突が当たる前に俺はピンクの光に包み込まれ吹っ飛んだ。

 

「がっ……はっ……」

 

衝撃が全身を襲う。シールドエネルギーも底をつきそうだ、今度こそ俺は負けてしまうのだろうか。

トドメだと言わんばかりに、黒いISはまた両手を掲げレーザーを発射しようとしている。俺はそれに何もすることが出来なくなってしまった。

ああ、俺のオリ主ロードはここで終了してしまうのだろうか。

そうして黒いISからレーザーが発射される。発射されたレーザーががやけにゆっくりと見える、ここで今更ゾーンかよ。やるならもっと早くしろってんだ、畜生が。

 

ゆっくりと迫るレーザーを見つめる、俺の心は完全に折れていた。

そんな時だった。

 

「やっほー、ノリ君。生きてる?」

 

誰かがレーザーの前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンクの光が消えた。そして、俺の前にはISを纏った誰かが立っていた。

 

「あれ?ノリ君、本当に大丈夫?」

 

ノリ君?俺をノリ君って呼ぶ人は母さんしかいないぞ?なんだ、母さんはISを使えるのか……って違うだろ、母さんはあんな髪の色をしていない。

 

「……誰だ?」

「酷いなぁ、もう忘れちゃったの?」

 

彼女が振り向く、それは以前俺が八つ当たりした相手。たっちゃんだった。

 

「たっちゃん……」

「ボサっとしない、今は戦闘中よ。立ちなさい」

 

たっちゃんにそう言われて突突を杖代わりにして立ち上がる、待ち望んでいた増援はたっちゃんだったのだ。

 

「何でノリ君なんだよ」

「ノリ君が言ったことでしょ、私はそれに従っているだけよ」

 

いつか俺が言ったような台詞をたっちゃんが返した。

 

「そうか、それなら仕方ないな。で、あれどうしたらいいと思う?」

 

俺達の視線の先には黒いISが立っている、黒いISは何もしてこない。

 

「どうしよっか?」

「頼むよ生徒会長。強いんだろ?」

 

たっちゃんが笑う。

 

「そうね、たまには頼れる生徒会長ってのもやらないとみんなが付いて来ないし私が頑張らないとね」

 

たっちゃんの握る獲物を見る。どうやらたっちゃんもランスを使う人らしい。

 

「あれ? たっちゃんもランス使うんだ。奇遇だね」

「そうね、ということで今日はキミと私ででダブルランサーね」

 

たっちゃんがどこかで聞いたような台詞を言う。

 

「へぇ、つまり普段はランスを使う相方がいるんだ?」

「……居ないけど」

「なんだよ、居ないのかよ。だったら俺はむしろ力の二号ってとこかな?」

 

今から力と技のV3の登場が待ち望まれるところだ。

 

「さて、あのISが何故待っていてくれるのは知らないけどそろそろやってしまいましょうか」

 

黒いISは棒立ちのままだった、いつまでも待たせているのは忍びない。反撃開始の時間だ。

 

「OK、たっちゃん。期待してるよ」

 

俺達は同時にランスを構えた。その時、黒いISも動き出す。両手を俺達に向けると、またレーザーを撃ってきた。

俺達はその場から左右に散開し、そのレーザーを避けた。

 

大きく右に飛び、着地した瞬間俺は左手にヒロイズムを展開し黒いISに対して射撃を行う。

黒いISはそれを受け止め、俺に攻撃しようとするがたっちゃんが後ろから黒いISに蹴りを放ち黒いISは前方に倒れる。

 

たっちゃんは蹴りの反動を利用し、後方一回転の宙返りを決め着地する。着地した時のポーズがマトリックスに出てくるトリニティみたいでかっこいい。

 

そんな事を考えながら俺は前方に移動しながらヒロイズムを連射する。たっちゃんが戦闘に参加したお陰で戦いは一気に優勢に傾いた。

俺に攻撃がされようとしている時はたっちゃんが黒いISに攻撃し体勢を崩し攻撃を中断させるし、たっちゃんに攻撃が向かったときは俺が攻撃……するまでもなくたっちゃんが自分で対処した。

 

たっちゃんが黒いISをランスで殴り、黒いISが膝を折り地面に付ける。たっちゃん、ランスは殴るものじゃないよ。

しかし、これはチャンスだ。たっちゃんは大きく後ろに飛び着地する。

ハイパーセンサー越しに見えたたっちゃんの表情から俺は次にすべき行動を理解する。

俺達に言葉は要らなかった。

 

俺は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動し黒いISに突撃する。たっちゃんも反対側からランスを構え突撃してきた。俺達は左右から黒いISに迫る。

しかし、そこでトラブルが発生した。たっちゃんが俺より早く黒いISにランスを突き刺してしまった。

バランスを崩した黒いISは結果的に俺のランスを避ける。俺はそのまま通り過ぎてしまう。

 

ハイパーセンサーの視界に今まさに反撃を受けようとしているたっちゃんの姿が見える。

アレをやらなければならない場面が来た。一回も成功させることが出来なかった空中ドリフトを!

 

俺は失敗するかもしれないという弱気な心を打ち消し、全力で姿勢制御をする。

機体が慣性の力を受け大きくぶれる、それを俺は細心の注意を払い制御した。

これは絶対に成功させなければならない。何故か? なぜなら俺は”男だから”そしてオリ主だからだ!

俺がトドメを刺すことができなくてもきっとたっちゃんがどうにかしてくれるだろう。

しかしそれでいいのか!? 一夏と出会ってから自分がオリ主であることを忘れていないか? 

俺は一夏の回りに居る大勢の登場人物の一人であってはいけない。俺はオリ主だ、主役の座を一夏から奪い取れ。それが俺に与えられた役目だ。

 

男には、そして何より主人公ならばやらなければならない時がある、それはきっと今だ。

俺の気合と欲望に呼応するように打鉄・改が空中を滑りながらカーブを描く。

俺は黒いISの正面まで回りこんだ。俺はついに空中ドリフトに成功したのだ。

 

そして休む間もなく瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動、黒いISは攻撃をたっちゃんから俺に変更しようと腕を向ける。しかしもう止まれない、このまま突撃だ!

 

「コイツで、終わりだああああああっ!」

 

俺は以前と同じようにピンクの光に包み込まれる、しかし以前とは違うことがあった。

俺は突突の先端から確かに何かを貫くような感触を感じた。

 

俺は勝利を確信すると共に意識を失っていった。



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第11話 Aブレイク・ナイト

目を覚ますと目の前には割りと知ってる天井が見えた。

俺はどうやら気絶するたびにお世話になる保健室に居るらしい。

 

枕元に置いてあったスマホからもう夕方だということが解る。

そして、カーテンを隔てた隣からなにやら音が聞こえる。なんだろう?

 

カーテンの隙間から隣を覗くと、鈴が今まさに寝ている一夏にキスをしようとしていた。

俺はスマホからカメラを起動しその姿を激写した。

 

「へっ?」

 

シャッター音に気づいたのか鈴がこちらを振り向く。

 

「鈴ちゃん……仲直りはバッチリみたいやね」

「あああ、あんた……」

「いやー、なかなかいい物が撮れましたなぁ。これからカメラを趣味にしていこうかな?」

「けっ、消しなさいよ!」

「そんなケチケチすんなって、モデル料なら払ってやるから。100円でいいか?」

「いいわけないでしょ!」

 

鈴が俺につっかかる、彼女の顔は保健室に差す夕焼けの日差しより赤かった。

その時、寝ていた一夏が身じろぎをする。そろそろお目覚めの時間のようだ。

 

「おっと、王子様はお目覚めのようですな。ではごゆっくりー」

 

そう言ってカーテンを閉じ、再びベッドに潜り込む。

一夏と鈴がカーテン越しに話しているのを聞く。色々と話を聞いているうちに、酢豚の話題に変わる。

どうやら、一夏にも毎日味噌汁的なニュアンスを感じていたらしく、そのことについて言っていたがそれを鈴が否定した。

 

俺は唐突にカーテンを開け、鈴に言った。

 

「鈴よ! お前はそれでいいのか!?」

 

一夏と鈴が俺に驚愕の表情を向ける。

 

「紀春!? なんでここにお前が居るんだよ!?」

「そんな事は後回しだ! それより鈴! お前はそれでいいのかと聞いてるんだ!」

「えっ……ちょっ……」

 

おお、慌てておるわ。今までは篠ノ之さんを中心に弄ってきたが、中々期待の持てるニューフェイスが登場したようで俺も嬉しい。とりあえず今後コイツはあの写真のネタで弄くってやろう。

 

俺はスマホを操作し、さっき撮影した画像を鈴に突きつける。

 

「これは本気じゃなかったってことかよ!」

 

鈴の顔がまたしても赤く染まる。

 

「えっ?何の画像だ?俺にも見せてくれよ」

 

一夏が興味ありそうな顔をして俺達に言う。

 

「いやああああああ!」

「ゴギァ!!」

 

俺は鈴の右フックを顎に受けそのまま自分のベッドに倒れる。そのまま眠るように意識を失っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと目の前には割りと知ってる天井が見えた。

俺はどうやら気絶するたびにお世話になる保健室に居るらしい。ってまた気絶してたのか。

記憶の方は問題ない、鈴に殴られた瞬間までちゃんと覚えている。

鈴のあのパンチからまた花沢さんを思い出す、顔も体も似てないがアイツには何か花沢さんに通じるものがある。なんでだろう?

ふと横を見ると彼女が椅子に座って俺の方を見ていた。

 

「たっちゃん……」

「あっ、気がついた?こんな夜中まで寝てるなんて、最近寝不足?」

 

俺は起き上がり、たっちゃんの話に答える。

 

「いや、むしろ寝てばっかりだよ。寝すぎて頭が痛いぐらいだ。」

「あら、そうなの」

「うん……」

「……」

 

会話が続かない……やはりまだたっちゃんとの間にわだかまりがあるからだろうか。

謝るのは今を置いて他になさそうだ、チャンスを逃してはならない。

頑張れ、俺。

”男なら”潔くだ。

 

「たっちゃん。」

「ん? 何かな?」

「最初に会ったとき、怒鳴ったりして本当にゴメン。後になって思い返してみると、あれはただの八つ当たりだった。その後も色々配慮してくれてたようだし、最後には俺の命まで助けてくれた。でも俺はたっちゃんに何も返せてない、本当に自分が情けなく思うよ……」

 

俺はたっちゃんに頭を下げて謝る、そしてたっちゃんが口を開くのを待った。

 

「絶対に許さない」

「ええっ!?」

 

俺は思わず頭を上げてたっちゃんを見る。

いやさ、俺が悪いのは百も承知だけど許してくれないのかよ。たっちゃんの心狭くない?

 

「……なんてね」

「へっ?」

「いやー、さっきの顔結構面白かったよ。ちょっと笑いそうになったわ」

 

たっちゃんも中々お茶目な人のようだ。

 

「あんまりからかわないでくれよ、ちょっとびびった」

「あはは……ごめんね?」

「絶対に許さない!」

 

俺がそう言うと、二人で笑う。たっちゃんとのわだかまりも解消できたようで嬉しい。

 

「まぁ、与太話はこれくらいにしてちょっと真面目な話をするわよ」

 

一通り笑った後、たっちゃんの顔つきが変わる。俺のオリ主シックスセンスがこの話は茶化してはいけないと警告する。

 

「何かな?って大体予想はついてるけど」

 

多分俺を襲った黒いISの事だろう。

 

「あの黒いIS、どうやら無人機みたいね」

「無人機!?」

「今学園が調べてる最中なんだけど、中に人間が入っていないらしいわ」

「それっておかしくない?ISは女しか動かせないって事が前提条件なのに、そもそも人間が入ってないって」

「まぁ、最近は男でも動かせるようになったけどね」

「その話をしだすときっとややこしくなるからやめておこう。しかし、無人機か……これヤバくね?」

「そうね、かなりヤバいわね」

 

無人機が登場したってことは、ISを動かせる前提条件が変わるってことだ。そしてあの無人機はかなり強かった、たっちゃんレベルの人間なら足元にも及ばないだろうが俺のような普通の技量しかない操縦者ではまともに太刀打ちできない。

ISを動かす上で一番高価な部品は操縦者だ、それにある程度の強さになるまでの育成の時間もかかる。

その問題をクリアできる無人機の存在は、世界を変えるような大事件だ。

 

「まだあるわよ、あの無人機に使われていたコアは現存する467個のコアの中に存在しないものらしいわ」

「うえっ!?」

 

ISのコアは完全にブラックボックスになっており、それは篠ノ之束にしか作ることが出来ないと言われている。

つまり篠ノ之束があの無人機を作ったか、他の誰かがISのコアを作り出してしまったか。

可能性が高いのは前者だろう。

ここで俺に一つの疑問が浮かぶ。

 

「たっちゃん、何でこんな話を俺にするのかな?これって簡単に人に漏らしていい話じゃないでしょ」

「そうね……ノリ君があのISに襲われたからってのもあるけど、その事でお願いがあるの」

 

お願いか、嫌な予感がする。

 

「何? もしかして更識の一味になれって事?」

「似たようなものよ。お願いって言うのは私達更識と三津村を繋ぐパイプになってほしいの」

「三津村? 何でまた?」

「私達は裏の世界では大きな力を持ってるけど、表の世界じゃそうもいかないわ。一応表としての顔も持ってるけどそれほど大きな力を振るえることは出来ないの」

「そこで俺の登場ってわけですか」

「そういうこと、無人機の登場で世界は今後一気にキナ臭さを増してくるわ。その時力不足で何も出来ませんでした、って訳にはいかないの」

「解った、たっちゃんは悪い人じゃなさそうだし協力したいと思うけど、それを決めるのは俺じゃない。とりあえず三津村に連絡はしてみるけど、その後はたっちゃんにお任せするよ」

「解ったわ、それで充分よ」

 

そういえば、更識の親玉って誰なんだろう? 三津村の親玉はあのジジイだが対暗部用暗部の親玉という位だからやっぱり似たようなジジイなのかな?

 

「たっちゃん、更識の親玉ってどんな人なの?」

「親玉? ああ、それ私」

「ええええええええ!」

 

たっちゃんがドヤ顔で答える。えっ?たっちゃんってまだ16、7でしょ?何でヤクザの親玉なんだよ、おかしくない?

 

「え? マジ? 嘘だろ?」

「マジマジ、これでも結構偉いんだから」

 

更識楯無、IS学園最強にして生徒会長、そしてロシアの国家代表(これは布仏さんに聞いた)さらに極めつけは更識の親玉。

 

「すげえ役職掛け持ちしてるね。忙しくない?」

「うん、超忙しい。そのせいで睡眠時間が足りなくて」

 

たっちゃんの顔に影が差す、その表情から疲れの色が見えた。

 

「今日の戦闘中も何回か寝オチしそうになって、正直死ぬかと思ったわ」

 

今日の戦闘、たっちゃんは余裕そうにこなしていたが実際はたっちゃんもピンチだったのか。

 

「やばすぎるよたっちゃん、いつか本当に死ぬよ?」

「大丈夫!今日は三時間も寝れる予定だから!」

「三時間もって、全然大丈夫じゃないね……」

 

たっちゃんはどうやら組織の奴隷で、その奴隷根性が心根まで染み渡っているようだ。

多分たっちゃんが死ぬ時の死因は過労死になるだろう。正直その奴隷根性に引いた。

 

「わかった、俺との話はもういいから早く帰って寝たほうがいいよ」

「うん、そうさせて貰うわ」

 

そう言いたっちゃんは席を立ち保健室から出て行った。

 

たっちゃんが出て行った後、俺は楢崎さんに電話し更識が三津村に接触したがってるという事を伝え、IS学園の生徒会室に強○打破1ケースを差し入れするようにお願いした。

ついでにさっき撮影した鈴の画像を探してみたが、どうやら鈴に削除されてしまったようだ。

鈴、お前がその気ならこっちにも考えがある。絶対にお前を追い込んでやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特別室に帰りパソコンとスマホをUSBで繋げる。パソコンで画像修復ソフトをダウンロードし、スマホの削除画像を修復した。すかさず鈴にその画像を添付したメールを送る、とりあえず反応が楽しみだ。

 

「すいませーん、お邪魔します」

 

おずおずとした感じで山田先生が特別室に入ってきた。

 

「邪魔するんなら帰って」

「はい、すいませんでした」

 

山田先生は特別室から出て行った。何だったんだろう?

 

「ちょっと! 藤木君!」

 

山田先生が戻ってきた。

 

「何なんですか、山田先生。出て行ったり入ってきたりして忙しい」

「藤木君が追い出したんじゃないですか」

「はて? ……そうだったっけ?」

「え? そうですよね?」

「山田先生の勘違いじゃないですか? で、何の用です?」

 

山田先生が不満そうな顔をするが、俺には落ち度は無いはずだ。

 

「ええとですね、とりあえず付いてきてもらえますか。向こうで説明しますので……」

 

と言うと、山田先生が特別室を出て行った。俺もその後を追う。

しばらく歩くと1025室に到着する、一体何があるのだろうか?

 

「あのー、篠ノ之さんと織斑君、いますかー?」

 

山田先生がそう言い、1025室に入っていった。俺もそれに続く。

 

「紀春に山田先生? どうしたんですか?」

 

一夏の問いに俺が答える。

 

「いや、俺も何がなんだかサッパリでさ。山田先生にとにかく付いて来いって言われてさ。山田先生、そろそろ説明してもらえますか?」

「あ、はい。お引越しです」

 

引越し? 誰がだ? っていうか俺はそれの手伝いか? 今日は戦闘で疲れてるのに、山田先生も案外容赦ないな。

 

「えっと、お引越しをするのは篠ノ之さんです。部屋の調整が付いたので、今日から同居しなくてすみますよ。それに伴い藤木君にこの部屋に入ってもらいます」

「ま、ま、待ってください。それは、今すぐでないといけませんか?」

 

篠ノ之さんが反論をする、しかし山田先生はその言葉が以外だったようで驚いている。

 

「それは、まぁ、そうです。いつまでも年頃の男女が同室で生活をするというのは問題がありますし、藤木君をいつまでも特別室に押し込めておくわけにもいけませんし」

「うっ、それは」

 

山田先生の反論に篠ノ之さんが口ごもる。すまんな篠ノ之さん、俺も毎回シャワーを借りに行くのが面倒なんだ。俺の快適生活のためにも出て行ってもらいたい。

 

「ということで今日からここは織斑君と藤木君の部屋です! 篠ノ之さんは引越しの準備をしてください!」

「うわーい、やったあ!」

 

山田先生が珍しく強気で言う、ビシッと指した指先に力強さを感じる。

俺はその山田先生の号令と共にベッドにフライングクロスボディの要領で飛び込んだ。

ベッドはふかふかで特別室のベッドとは大違いだ。

 

「おい!それは私のベッドだぞ!」

「たった今から俺のベッドだ。というわけでさようなら篠ノ之さん、別の部屋に行ってもお元気で」

「くっ!」

 

篠ノ之さんが悔しそうに俺を見つめる。おれはその間もベッドを堪能していた。

 

「ああ、あったけぇし柔らけぇなぁ。そしてそこはかとなく篠ノ之さんのの匂いがするよう」

 

軽いセクハラをしてみたら案の定篠ノ之さんが怒る。俺が篠ノ之さんを見ると彼女は木刀を振り上げ俺に向かって振り下ろしてきた。

 

「この変態が!」

「おっと!」

 

その振り下ろしを俺はオリ主回避力でひらりと避ける、しかし俺はまだベッドの上だ。その後繰り出される怒涛の突きの連打も体をクネクネさせながらかわし続ける。

 

「くっ、何故当たらん!」

「ふぉっふぉっふぉっ篠ノ之さんよ、怒りで剣が鈍っておるぞよ。それでワシに当てようとは笑止千万じゃ」

 

舞い上がる羽毛布団の羽の中、俺はまだ余裕だ。オリ主回避力は伊達ではないのだ。

俺は突きを避け続ける中でうつ伏せになった。

 

後々考えるとこの体勢になったのがいけなかったんだと思う。

 

「食らえっ!」

「え?」

 

俺はその突きを避けることが出来なかった。うつ伏せになったせいで篠ノ之さんがよく見えなかったからだ。

 

そして、ブスッという音を立てて木刀が刺さった。

 

「アッー!」

「えっ?」

 

刺さってしまった、俺のア○ルに。

篠ノ之さんの木刀が。

 

「ほっ、箒! お前なんて事を!!」

 

一夏が叫ぶ、俺の目の前は真っ白に染まる。こんな感覚は初めてだった。

俺の意識が白く染まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? ここはどこだ?」

「やっと起きたか、紀春。もう朝だぞ」

「あれ? 一夏? 何で俺ここでで寝てるんだ?」

 

何気ない質問をしたつもりだが、一夏は気まずそうな笑みを浮かべる。

 

「紀春、昨日の事どこまで覚えてる?」

「えーっと、山田先生が俺の部屋に来たところまで」

 

そう言いながら、俺はベッドから出る。その瞬間、ケツに突き刺すような痛みを覚えた。

 

「ぐっ、痛てぇ。何があったんだ?何故かケツが痛いんだが。」

 

一夏が焦ったような顔をする。

 

「紀春、昨日あったことは無理に思い出そうとするな。忘れたほうがいい」

「??? 何だよ? 余計に気になるんだが」

「いいから、忘れろ。その方がお前も幸せになれるはずだ」

「はぁ、そうか……」

 

凄く気になるが、一夏は頑なに答えようとしなかった。一体昨日の夜に何があったんだろうか。

 

教室に行くと、篠ノ之さんが木刀をくれた。これで剣術の訓錬をしろってことなのかな?

そして篠ノ之さんの態度が妙に優しい、このIS学園に入ってからというもの一夏のことで常に不機嫌そうな態度ばっかり取っていたから違和感を感じる。一応篠ノ之さんに昨日の夜何があったかを聞いてみたのだが、篠ノ之さんも焦った表情をした後話をはぐらかした。

 

昨日の夜何があったというんだ……凄く気になる。



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番外編 ソフトボール部の支配者

オリ主が俺TUEEEEEする話です。


部活、それはここIS学園にも存在していた。

篠ノ之さんは剣道部に入っていたし、セシリアさんはテニス部、鈴はたしかラクロス部だったかな?

俺はセシリアさんとの対戦のための訓錬や打鉄・改の習熟訓錬でそんな事をやっている暇はなかったのだが、無人機との戦いで空中ドリフトを体得した今習熟訓錬も一段落を迎え少し時間に余裕が出来てきた。

 

そんなわけで俺も部活をやってみようと考えたわけである。

しかし、俺の得意な野球はチーム競技であり俺一人では出来ない。

やっぱり部活をやめようと思っていたが、このIS学園にはソフトボール部があるらしい。

というわけで、一度見学させてもらおうと今俺はソフトボール部のグラウンドに向かっている。

もしも良さそうだったら、彼女達の手伝いでもさせてもらおうと思っている。どんな感じなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいませーん、見学させてもらっていいですか?」

 

ソフトボール部のグラウンドに到着し、ソフトボール部の皆さんに声を掛ける。俺の声を聞いた彼女達は急に騒ぎ出す。

 

「ええっ!? キミは藤木君!?何でこんな所に?」

「ちょっと興味があって、見学させてもらえますか?」

 

俺が爽やかな笑顔を浮かべ、そう言うと途端に黄色い歓声が飛ぶ。

 

「きゃー、藤木君が私達のために来てくれるなんて!」

「私、ソフトボールやっててよかった……」

「ねぇねぇ藤木君、彼女とか欲しくない?」

 

以前言ったかも知れないが、俺は一夏に劣るとはいえかなり整っているオリ主フェイスの持ち主だ。

この程度の歓声には慣れっこなのだ。

 

「ああ、ごめんね。見学は大歓迎よ。ちょっとこっちに来てもらえる?」

 

最初に俺に話しかけてきた人がそう言う。……どうやら彼女が部長らしい。

俺は彼女に近づいた。どうやら彼女は日本人ではないらしい。

 

「私は部長のディアナ・ウォーカー、よろしくね」

「ディアナさんですか。失礼ですがどこの国の人ですか?」

「アメリカよ」

「アメリカ……たしかソフトボールの発祥の地もアメリカでしたよね。俺野球専門なんでたいした事は知りませんけど」

「それだけでも十分よ。えっと見学だったわね、そこのベンチで見学してもらえるかな?」

「はい、解りました。では練習頑張ってください」

 

彼女グラウンドの隅にあるベンチを指差す。俺はベンチに座った。

そして俺は彼女達の練習風景を見学した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十分位経っただろうか、俺はもう限界だった。

何が限界なのか?彼女達の練習風景だ、正直見てられない位にレベルが低すぎる。

ここはIS学園でISの操作技術を学ぶために彼女達はここに居るのは解ってる、もちろんソフトボールの練習がISより優先順位が低いのも仕方の無いことだろう。

しかし、彼女らのあの練習は何だ?高い身体能力を持っているはずなのに全くそれを活かせてはいない。

彼女達はソフトボールの練習をしているのではない、ソフトボールで遊んでいるだけにしか見えなかった。

俺はベンチから立ち上がり、グラウンドを出ようとする。

その時、ディアナさんが俺に声を掛けてきた。

 

「あれ?藤木君、もう帰っちゃうの?」

 

その言葉を聞いた部員たちが不満そうな顔を見せる。

 

「はい、もう帰ります。砂遊びを見に来たわけではないので」

「……どういう事かな?」

 

ディアナさんは笑顔を俺に向けるが、背中から怒りのオーラを全開にしている。

ここははっきりと言ってやらねばなるまい。

 

「見てられないんですよ。はっきり言って貴方達のレベルが低すぎる。ISのために部活は二の次かもしれませんがそれを考慮しても酷い」

「何? 喧嘩売ってるの?」

 

ディアナさんの顔が険しくなる、しかしそんなものでは俺は止められない。

 

「正直な感想を述べたまでですよ。もしかして当たってましたか?」

「そこまで言えるってことは、ソフトボールに関してさぞかし自信があるんでしょうね?」

「自惚れるなよ、ディアナ・ウォーカー。お前なぞ俺の足元にも及ばんわ」

 

ソフトボールをやったことはない、しかし彼女らの練習風景を見るに確実に俺より実力は低い。

 

「打席を空けて頂戴、今から藤木君と勝負するから」

 

ディアナさんが振り返りそう言う、こういう展開は俺も望むところだ。

金属バットを借りて打席に立つ、太郎に初めて会ったときを思い出した。

ああ、アイツともこんな感じで勝負したな。

 

「球審くらいは公平にやってくれよ」

「ええ、そこは心配しないでいいわ」

 

ディアナさんが投球モーションに入った、ウインドミル投法というソフトボール独特の投げ方をする。

ボールは真っ直ぐ飛び、キャッチャーのミットに突き刺さった。

 

「ストライク!」

 

球審が声高らかにストライクを宣告する。ディアナさんの表情が綻ぶ。

 

「あら、強気に言った割には手も出してこないのね」

「悪いが、アンタのボールは今ので充分見切った。次ストライクを投げた時にはもう俺の勝ちだ」

 

決して自惚れで発言したわけではない、これは単なる事実だ。

カズトさんが俺に勝手に付与した野球チートはまだまだ健在だ、そしてそれはソフトボールにも適用されているらしい。

 

「その自信、打ち砕いてあげるわ」

「さっさと投げろ、時間の無駄だ」

 

ディアナさんが次の投球モーションに入った。

投げられた球は俺から見て右方向に変化する、どうやらスライダーのようだ。

ソフトボールでスライダーを投げるのはかなり難しいと聞いたことがある。しかし、俺には充分見切ることが出来た。

俺はバットをスイングする。

 

カキーン! という音を響かせながらボールは外野の頭上の遥か上を飛んでいく。このグラウンドにはスタンドはないが誰から見てもホームランだった。

 

「これで気は済みましたか? 俺は帰らせてもらいますよ」

 

ディアナさんは信じられないと言わんばかりの表情で俺を見る。

キャッチャーにバット渡し、帰ろうとするとまたディアナさんが声を掛けてきた。

 

「藤木君! いえ藤木さん! 私達に練習を教えてもらえませんか?」

 

俺は振り返りディアナさんを見つめる。彼女の瞳に闘志の炎が宿っていることを俺は確かに感じた。

俺は彼女の瞳を見て心変わりしてしまった。

 

「俺の練習は死ぬほど厳しいぞ、これは比喩なんかじゃない。それでもやるか?」

「はい! お願いします藤木さん!」

「お願いします!」

 

周りを見るとソフトボール部の全員が俺に頭を下げていた。

俺は笑う、そこまで言うのなら仕方が無い。彼女達には地獄を体験してもらおう。

 

これが今から一週間前の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紀春、クラスの子から聞いたんだけどソフトボール部に入ったんだって?」

 

食堂で俺と一夏、そして一夏にイカれた女達、つまり篠ノ之さんとセシリアさんと鈴と飯を食っていると一夏がそんな話題を振ってきた。

ちなみに今日の俺の昼食はカレーだ、ソフトボールの事を考えていたらそのまま野球の事を考えるようになり、昼食に日本が世界に誇る野球選手である一郎を真似したくなったからだ。

 

「うん、まあね。彼女達を鍛えてやろうかと」

「鍛える?何でそんな事を?」

「それにお前は野球だろ?何でソフトボールなんだ?」

 

一夏の質問に更に篠ノ之さんが質問を加える。

 

「ああ、質問に質問を重ねるな。ややこしくなるだろうが。まず篠ノ之さんから、IS学園に女子野球部がなかったんだ。だからソフトボールで妥協した。次に一夏、ソフトボール部の練習見てたら余りにレベルが低かったもんでクソミソに言ったら勝負を挑まれてね。コテンパンにしてやったらコーチを頼まれたってわけ」

「へぇ、そうなんだ。ソフトボールか、俺もちょっとやってみたいな」

 

一夏がそう言うと篠ノ之さんの表情が変わる。

 

「一夏、やめておけ」

「何でだよ? 毎日ISの訓錬があるわけじゃないしたまにはいいじゃないか」

「一夏、私はお前のためを思って言ってるんだ。この言葉に何の含みも無い、あれはやめておけ」

「どうしたんだよ箒、急に真剣な顔になって……」

 

篠ノ之さんの言葉に一夏、セシリアさん、鈴の頭の上に疑問符が浮いている。

 

「まぁまぁ、とりあえず今日入部テストがあるからそれを見に来ないか?それから決めればいい」

「入部テスト?」

「ああ、俺がソフトボール部に入ることになって入部希望者が続出してね。流石に多すぎるんで振るいに掛けさせてもらおうかと思ってるんだ」

「へぇ、流石は男性IS操縦者だな」

「お前もだろ」

「ははっ、そうだな。とにかく放課後は楽しみにさせてもらうよ」

 

一夏の言葉にセシリアさんと鈴も反応した。

 

「わたくしもご一緒させていだだきますわ!」

「だったらあたしも!」

 

同時に言葉を発した二人が睨み合う、二人の間に火花が散る。

そんな二人を他所に一夏が篠ノ之さんに話を振った。

 

「箒も一緒にどうだ?」

 

話を振られた篠ノ之さんは考え込むような表情をする。

 

「いや、私は遠慮しておく。あれは何度も見たいものじゃない」

「そうか、なら仕方ないな。俺達だけで行ってくるよ」

「ああ、そうしろ」

 

そんな会話をしているうちに昼休みが終わっていった。

放課後は頑張ろう、一夏達に俺の晴れ姿を見せてやるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後のグラウンドには多くの生徒が集まっていた。

その中に一夏達も居て、余計に騒ぎが大きくなる。

 

「えー、これからソフトボール部の入部テストを始めます」

 

俺が言うと、生徒の中の誰かが言った。

 

「テストって何をやればいいんですか?」

「テストは自体は簡単です、今から行われる練習を見学して下さい。それだけで結構です」

 

入部希望者の子達が騒ぎ始める。確かに入部テストが見学だけとは前代未聞だろう。

しかしこれで充分だ、身体能力なんてものは二の次だ。

この練習に耐えうる強い心さえ持っていれば今はそれでいいのだ。

 

俺は部員達の方向へ振り返り、声を上げる。

 

「いよおおおし! 準備運動は終わったかああ!!」

「おおおおおっ!」

 

部員たちが大声で叫ぶ、彼女達もこの一週間で大分マシになった。

元々彼女達の身体能力は高い、俺がやったことは彼女達に砂遊びを辞めさせ戦う集団に変えたことだけだ。

心なんて変えようと思えば一瞬で変えられる。そして彼女達は変わった。

正直、この一週間で一人も退部者が出てきていないのが不思議な位だ。

 

「今日は入部希望者もみとるけぇの! 恥ずかしい練習すんじゃねえぞ!!」

「はい!よろしくお願いします!!」

 

野球をするときって何故か広島弁になっちゃう、何でだろう?今からするのは野球じゃないけど。

 

「いよっしゃあああ! 最初は定番の千本ノックじゃ!! 死ぬ気で取れよ!!」

 

部員の一人が守備に就く、俺はそこ目掛けてノックを打った。

ズドォン!という爆撃音と共に守備に就いた部員が土煙に包まれる。

土煙が晴れたとき、その場に部員が倒れていた。

 

「チッ、情けない。ありゃあ練習するまで起きんの。おい!次行くぞ!」

 

倒れていた部員は他の部員に引きずられてどこかへ行ってしまった。

代わりの部員が守備に就く。

 

「お前達! 情けない姿見せんなや!! 次こそは取れよ!」

「はい! お願いします!!」

 

その後の練習の光景はジゴクめいたものだった。

舞い上がる土煙と累々と積みあがる部員達の死体、いや実際は死んでないけど。

 

そしてついに部員達のストックはディアナさんを残して全てなくなってしまった。

 

「ふぅ、これじゃもう練習にならんの。ディアナさん、後は頼みます」

 

ちなみにディアナさんは、ソフトボール部で唯一千本ノックに耐え切れる人間だ。実際凄い。

 

「はい、藤木さん。ありがとうございました」

 

入部希望者の待っている所へ行く俺をディアナさんが頭を下げて見送る。

俺が入部希望者の前に立ったとき、俺は恐怖の視線に晒される。

 

「えー、入部テストは以上です。入部したい人居ますか?」

「…………」

 

誰も言葉を発しなかった、やっぱりダメだったか。

その時一夏と目が合った、一夏はどうだろう?

 

「一夏、ソフトボールやらないか」

「スイマセン俺が調子に乗ってました。入部は勘弁してください」

 

一夏の態度が余所余所しいものになってしまった、そんなつもりじゃなかったのに。

 

こうしてソフトボール部入部テストは全員不合格のまま終了してしまった。

 

後日、俺は一部の生徒からこう呼ばれるようになる。

『ソフトボール部の支配者』と……




この話で私が言いたいことは唯一つ、オリ主がソフトボール部に入部したよってことです。

これからまた書き溜めを始めます、再開は一週間以内を目処に頑張ります。


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第12話 リメンバー

くぅ疲。
一週間は無理だったよ……風邪引いたり、パソコンの更新に5時間くらい掛かったりして大変でした。
今回は12話から22話まで一日ずつ投稿します。まだ22話完成してないけど。



「くらえ! 俺の必殺技を!」

「ふっ、間合いが甘い!」

「ちぃっ!」

「隙だらけだぞ! 紀春!」

「ぐはぁ! くそっ、やるな……」

「次は俺から攻めさせてもらうぞ!」

「フン! しかし一夏、俺の防御を破れるかな?」

「行ける! 俺のラファールなら!」

「うおおおお! 耐えろ!打鉄!」

「お前らさっきからうるせえよ! 黙ってやれ!!」

 

画面に2P WIN と表示される、俺は1Pなので一夏に負けてしまったということだ。

本日は一夏が実家に帰るついでに遊びに行くというので、暇な俺もついてきたというわけだ。

そして今は一夏の友人である五反田弾の家でゲームをしている。

 

「なぁ、弾。飯まだか?」

「お前も馴染んでんじゃねぇよ、初対面だぞ俺達」

「えー、いいじゃん。固いこと言うなよ、固いのはナニだけで充分だって」

「唐突に下ネタ入れてくるんじゃねぇよ」

「固いこと言うなって、固いの「言わせねえよ!」チッ」

「しかも同じネタじゃねーか、ボキャブラリー少ねぇなオイ」

「仕方ないだろ、IS学園じゃ気軽に下ネタも言えやしねぇ。結構辛いんだぞ、俺達」

 

ほんとそう、下の話題なんてクラスメイトには言えないし、もし一夏とそんな話をしているところを聞かれたりでもしたら奴らは確実にホモネタにしてくる。

IS学園は魔窟なのである。

 

「どうだか。そう言いながら陰ではヤリまくってんじゃねえの?」

「……」

「おいなんか言えよ」

「……ヤれそうな女は居たんだけどな。そいつハニートラップでさ、お陰で俺のピュアハートはハニトラの裏切りのせいでボロボロなわけよ」

「別にいいじゃねーか、ヤっちまえよ」

「俺もヤっちまいたかったんだが、コイツのせいで台無しだよ」

 

俺は隣でゲームをする一夏を顎で指す。

 

 

「それについてはもう謝っただろ」

「話の種にするぐらいいいじゃねーか」

「え?何があったんだ?」

 

弾が興味ありそうに聞いてくる。

こんなガッツリとしたシモの話はIS学園じゃ出来ないので、この話に興味を持ってもらえるのがちょっと嬉しい。

 

「いやさ、俺がそのハニトラとヤろうとしてさ、ついに下着に手を掛けた瞬間にコイツが部屋に乱入してきたんだよ」

「うわっ、一夏、お前鬼だな」

「だからアレは気づかなかったんだって、紀春の部屋鍵付いてないし」

 

一夏がうんざりしたような顔で反論する。

 

「鍵が付いてない?」

「ああ、俺の部屋って元々は物置部屋だったんだよ、そこを改装して使ってたってわけ。今は一夏と一緒に普通の部屋に入ってるがな」

「だったら最初から一緒の部屋に住めばよかったんじゃないのか?」

「いやそれがさ、なんの陰謀だか知らんが一夏ってそれまで女の子と一緒に住んでたんだよ。そのせいで部屋を空けてもらえなかったんだ」

「「な、なんだってー!」」

 

ん?声がもう一つ重ならなかったか?

そう思いながら誰かの気配を感じ、ドアの方向を見ると弾と同じく赤い髪をした女の子が立っていた。

 

「い、一夏さん! それってどういうことですか!?」

 

女の子が部屋に入り一夏に詰め寄る。

 

「俺が好きでやったわけじゃないよ、俺だって出来れば男同士の部屋が良かったんだ」

「男同士がいいって、もしかして一夏さんって……ホモなんですか!?」

「なんでそうなる」

 

いつもこんな感じだ、男同士のほうが気を使わないからいいって言うといつもホモ扱いされる。

脳が腐っているのはIS学園の女だけじゃなかったのか。

 

「で、この子誰よ?」

 

俺が疑問を口にすると、弾が答えてくれた。

 

「蘭って言うんだ、俺の妹」

「へぇ、そうなんだ」

 

その言葉を聞いた蘭は今度は俺に詰め寄る。

 

「あなたが一夏さんを狙ってるホモですか?」

 

もうホモネタはうんざりだ、初対面だが……いや初対面だからこそビシッと言ってやらないといけないだろう。

 

「お前調子に乗ってんじゃねぇぞ、こちとらホモネタにはうんざりしてんだよ」

「あっ、はい。調子に乗ってすいませんでした」

 

蘭は俺に気圧されたのか素直に謝ってきた。

 

「で、何の用?まさかホモネタやりに来たんじゃないだろ?」

「お前、初対面に人間に対してすげぇ態度でけえな」

「しかもここオレん家でこいつは俺の妹だぞ」

 

一夏と弾が突っ込みを入れてくる。

 

「何言ってんだ、この位図太くなけりゃIS学園でやってけないぞ」

「俺、そんなに図太いつもりはないんだけど」

「一夏はいいんだよ、お前はある意味特別だから」

「何が特別なんだよ」

「一夏が特別……ああ、そういうことね」

 

一夏は何が何だか分からないようだが、弾は納得してくれたようだ。

IS学園で男は俺のように図太いか、一夏のように超鈍感じゃないと生きるのは大変だろう。

 

「また蚊帳の外かよ。紀春、お前ってよく俺の前で俺の解らない話題を人に振るよな。俺はいつも置いてけぼりにされるんだが……この前の保健室の時だってそうだったろ」

「保健室? ああ、鈴のことか。すまないがアレを一夏に知られるのはマズいんだ、鈴に殺されてしまう」

「殺されるって、お前鈴にどんだけヤバいことしたんだよ」

「だから教えてやれないって言っただろ。あ、でも弾だけならいいや」

「何で弾ならいいんだよ」

「適度に部外者だからかな」

 

俺は弾を呼び寄せ、例の鈴が一夏にキスしようとしている画像を見せる。

 

「……マジかよ」

「すげえだろ、でも未遂なんだよな。俺が気づかれてしまった」

「いや、中々いいんじゃないか?」

「コピーしてやろうか?」

「え、マジ? いいのか?」

「友情の印と思ってくれればいい。但し、他人に見せるなよ。まだ死にたくない」

「わかった、俺は友達は裏切らないさ」

 

俺と弾はがっちりと握手を交わす。

一方、盛り上がってる所俺達を余所に、一夏は蘭と話をしている。

 

「おい、お前達。席が空いたから飯食いに来いだってさ」

「ああ、蘭はそのためにここに来たのか、結構話込んでしまったな」

「よし、飯行くぞ!」

「何で紀春が仕切るんだよ」

 

そんな事を話しながら俺たちは食堂へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂に着き、案内された椅子に座る。

 

「おススメって何かあるのか?」

 

弾に話を振る。

 

「ウチだったらやっぱり業火野菜炒め定食だな」

「へぇ、そうなんだ。じゃ焼肉定食大盛で」

「おい」

「野菜炒めって、育ち盛りの十五歳には物足りなくね?俺いま腹減ってんだけど」

 

その言葉を聞いたからか知らないが、厨房からジイさんが出てきた。

 

「おいガキ、俺の飯にケチつけようってのか?」

 

怖い、怖すぎるぞこのジジイ! 俺のオリ主シックスセンスが警戒警報をかき鳴らす、このジジイには逆らってはいけない!

 

「いえいえいえいえ、とんでもありません!僕野菜炒め大好きだなぁ!」

「素直にそう言えばいいんだよ。」

 

そう言うとジジイは去って行った。何だこの食堂は、好きにメニューも選べないのかよ。

 

「怖かった……」

「厳さんは確かに怖いな、千冬姉と同じくらい拳骨も痛いし」

「はあ!? そんなん食らったら俺確実に気絶するじゃん!」

「そうだな、気をつけろよ」

 

そんな事を聞き、しばらく待つと業火野菜炒め定食が来た。俺は震える手でそれを受け取る。

 

「どうした、何かあったのか?」

 

ジジイ、いや厳さんがにこやかに俺に話しかける。しかしその笑顔でさえ今の俺にとっては恐怖の対象だ。

 

「い、いいいいえ、なななにもありませんよ。うわぁ、美味しそうだなぁ」

「? まあいいか、とっとと食え」

 

厳さんが厨房へ戻る、姿が見えなくなって少しは恐怖心が薄らいできた。

 

「お前ら凄いな、俺こんな所で生活してたらすぐにハゲるわ」

「慣れだよ、慣れ。たまに怖い時もあるけどな」

「慣れか……そんなもんかね? そういえば一夏も元々は織斑先生と暮らしてたわけだよな、そう考えると一夏も凄いな。俺なら胃に穴が開くわ。いや胃が全部溶けるわ」

「慣れだよ、慣れ。たまに殴られることがあるけど」

 

一夏が弾の台詞をパクったような言い方をする。

それを聞いて俺は思う、俺って親に殴られたことあったっけ?

俺の父親、藤木健二はカチグミサラリマンでありそのお陰で俺は何かに不自由した生活を送ったことはなかった。

わがままは全て許されていた気がする。まぁ、精神年齢大人だから大したわがままを言った覚えはないんだけど。

基本的に親の言うことは聞いてきたし、親も俺の言うことを聞いてくれた。

それだけを見れば平和なご家庭なのだろうが、そのせいで親と衝突することもなかった。

初めて人に殴られたのって何時だろう、……思い出した、花沢さんだ。

実は俺と花沢さんは幼稚園から中学生までずっと同じ学校だった。まあ、エスカレーター式で幼稚園から中学まで一緒だった奴は他にも居るが一番仲良かったのは花沢さんだった気がする。

俺にとって花沢さんは一夏にとっての篠ノ之さんや鈴みたいなもんなのか。しかし、違うのはその関係に恋愛感情が絡んでないことか。

彼女は結構な恋愛体質で、色々な男をとっかえひっかえしていた。

現在も新しい彼氏がいるらしい、そんなメールを以前貰った。

平均して半年位で別れるので、新しい彼氏がどれだけ持つか少し楽しみだ。

 

そんなことを考えながら飯を食い終わる、結構うまかったな野菜炒め。

一夏が遊びに行こうと言うので、ゲーセンに向うことにする。俺たちゲームしてばっかだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せいっ!」

「そいやっ!」

「まだまだっ!」

「見切った!」

「うわっ!?」

 

俺と一夏でエアホッケーをしているが、今度は俺が勝つことが出来た。

一夏は弾より強いので、この中では俺が最強だ。

 

「ふっ、弱いな一夏」

「お前がここまでやるとは思わなかったよ、自信あったんだけどな」

「俺は地元では、エアホッケーの絶対皇帝と言われた男だぞ。お前如きが勝てる相手では無いのだよ」

 

これは嘘だ、俺は地元でエアホッケーの絶対皇帝なんて呼ばれてない。そう呼ばれてるのは花沢さんだ。あの人が負けるところを本当に見たことがない。

俺は地元ではエアホッケーの絶対皇帝の下っ端とよばれている。それなりに強くはあるんだが花沢さんとは天と地ほどの差がある。

 

「全くつまらんな、俺を倒したければ二人掛かりでかかってこい」

 

そう言って挑発してみる。

 

「わかった。弾! こっちに来てくれ」

 

弾が一夏の隣に来ると、何やら耳打ちをしていた。何か策でも思いついたのだろうか?

 

「何か策でも思いついたのか? しかし俺の実力でそんなモノは全て打ち砕いてくれるわ」

「言ったな? 先に言っておくが結構エグイことをやらせてもらうぞ」

「フン! 何が来ようともそれを受け止めるのが王者の役目、精々この俺を滾らせてくれよ」

「これ本当に俺がやらなきゃダメなのか? 一夏がやってくれよ」

 

弾は策が気に入らないようだが、それに一夏が答えた。

 

「弾、悪いがお前じゃ紀春の猛攻を受け止めることが出来ない。勝つためにはお前にやってもらうしかないんだよ」

「仕方ない。紀春! 先に言っておくが俺が悪いんじゃないからな、恨むなら一夏を恨んでくれ」

「何が来ても恨みはしないさ、なぜなら俺は王者だから!」

 

そんな感じでこのハンディキャップマッチが始まった。

 

俺の猛攻を二人が受け止める、しかし二人掛かりでも俺は優勢に立っていた。

 

「何だ? そのザマは、俺はまだまだ余力を残しているぞ!」

「くっ、弾! アレをやってくれ!」

「仕方ないな。紀春、全て一夏が悪いんだからな。そこ忘れるなよ」

 

弾がエアホッケーのテーブルから離れ俺の後ろに回りこむ、くすぐりでもするつもりだろうか?

しかし、そんなモノで俺を止められると思うなよ?

 

「さあ、何でもいいから掛かってこい! 弾! ――グハァ!?」

「これが俺の策だ。紀春、悪いな」

 

刺さっていた、俺のア○ルに弾の指が。つまりカンチョーを食らっていた。

俺はエアホッケーのテーブルに突っ伏す。豪快に頭を叩きつけ、意識を失った。

 

意識を失った俺は夢を見ていた、セピア色の世界の中で俺と篠ノ之さんが居た。

篠ノ之さんは怒っていて俺に木刀の突きの雨を降らせる。俺は何故かベッドに寝転んでおりその突きをクネクネとした動きで避けていた。

 

俺が突きを避ける過程でうつ伏せになった時、事件が起こった。

俺のアナ○に篠ノ之さんが木刀を突き刺したのである。

俺は涙しながら悶絶し、そのまま動かなくなった。

 

なんて夢だ……いや、夢か?………………篠ノ之箒……許さん!

 

あれは夢ではなかった、いや今思い出した。

あれは現実に起こったことだ、俺が篠ノ之さんにセクハラした後、確かにあんなことが起こった。

確かにセクハラしたことは認めよう、悪かったと思っている。しかし彼女はあろうことか報復に俺の純ケツを奪った。

これを許しては置けない。彼女には償って頂かないとならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「許さんぞおおおおお!! 篠ノ之箒いいいいいい!!!」

「あっ、目を覚ました。ってなんで箒?」

 

俺は覚醒し絶叫する、今からIS学園に戻ろう。

そして彼女に地獄を見てもらわなければならない。俺の純ケツを奪った罪は安くない、それ相応の罰を受けてもらわねば。

 

俺は心配そうに見つめている一夏と弾を跳ね除けゲームセンターの出口を目指す。

二人が俺を追い、一夏が話しかけてきた。

 

「悪かった、紀春! あんなことになるなんて思わなかったんだ」

「お前のことなどどうでもいい! 今は復讐の方が先だ!」

「復讐って、何の?」

「俺の純ケツを奪った張本人、篠ノ之箒にだ!」

「お前……もしかして思い出したのか?」

「ああ、あの忌々しい記憶を思い出したさ。アイツだけは許してはならない……ヘイタクシー!」

 

俺はゲームセンター前に偶然停まっていたタクシーに乗り込む、一夏も入ろうとしていたがそれを追い出しタクシーを発進させた。

 

待ってろよ、篠ノ之箒。お前に地獄を見せてやる。



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第13話 復讐者のエントリー

アリーナで共に訓錬していたセシリア達と別れた後も、私は訓錬を続けていた。

私は一夏の周りの人間と明らかにISに関して劣っている、専用機などもっていないからそれは当然のことなのだろうがそれでも不安なのだ。

一夏が私から離れていってしまう、そんな気がしてならない。

専用機持ちの彼女達はそれについて行くことが出来るのだろうが、私ではそうはいかない。

専用機を持っていないのであればせめて腕でそれをカバーしよう、そう思い私は訓錬を続けていた。

 

しかし、もう夕方か……アリーナの使用期限が迫っている。そろそろ寮に帰ろうか。

そんな事を思っていた時だった。

 

「篠ノ之おおおおお! 箒いいいいい!!」

 

その声と共に私の体が大きく蹴り飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土煙が晴れ、打鉄を装着した篠ノ之箒が立ち上がる。

 

「貴様何者だ!? ……藤木!? どうして……」

「どうしてだと? お前が俺に行った仕打ち、俺は思い出したぞ」

「思い出した? ――ッ!」

「木刀のプレゼントありがとう、しかしアレにそんな意味が込められていたとはな!」

 

あの木刀、多分俺のアナ○を突き刺したものだろう。

彼女はその処分に困り俺に渡したというわけだ。

完全に舐められてる、奴を許してはおけない。

 

「お返しにこれをやるよ、取っておけ!」

 

俺はレインメーカーを展開し、彼女に向け発射する。

発射される直前に彼女は横に飛び、それを回避する。狙っていた場所に大きな土煙が残る。

俺は回避した彼女を睨む。

 

「あれは事故だったんだ、そもそもお前が私にセクハラするからだろう!」

「事故だったら許されるのか!? セクハラされたから許されるのか!? 俺の純ケツを強引に奪っておいてお返しが俺のケツに刺さった木刀一本か!?」

「悪かったと思っている、すまなかった」

「罪の意識があるならその報いを受けろや!」

 

その言葉の終わりにまたレインメーカーを発射した。

しかし、彼女はまたそれを回避する。

レインメーカーは反動が大きく、連射できるように出来ていない。不動さんは大口径の浪漫を追求したといっていたが、この銃は正直言って欠陥品だ。そして俺は彼女のように浪漫を理解できる人間ではない。

しかし、相手は打鉄。多分射撃系の武器は積んでないだろうし、彼女の戦闘スタイルから射撃をしてくることはないだろう。

俺は霧雨を展開し、構えた。

 

「何を言っても聞いてもらえそうにないようだな」

「誠意ってのを言葉で表すのは限界があるだろ?」

「……そうだろうな」

 

彼女も近接ブレードを構える、やってやる。

 

周りを静寂が包む、飛び出してしまいたいが彼女は剣道の達人。

ISで戦うことに関しては勝っているとは思うが、下手に攻撃するとむしろこちらがやられてしまうだろう。

 

長いような、一瞬の出来事のような時間が過ぎ去る。彼女が俺に突撃してきた。

素早い上段の打ち下ろしを受け止めると鍔迫り合いに移行する。

鍔迫り合いを長く続けていてはいつか邪魔が入ってくるだろう、そう思い彼女の剣を弾き横薙ぎの胴打ちを放つが彼女はサイドステップで避けた。

 

やはり強い、ISで戦ってることで俺に有利だと思っていたが、彼女はそれを腕でカバーしている。

射撃武器や機動力で圧倒しても俺の心は晴れないだろう。故に俺は今霧雨を使っている。

 

今度は俺から突撃する、俺の振り下ろしは彼女が横へ体を逸らすだけで回避しお返しの振り下ろしを受ける。

しかしそれは俺の狙っていたことだ、肩に受けた近接ブレードを抱き、レッドラインを彼女の左腕に装着した。

ワイヤーを伸ばしながら、五メートルほど後ろへ後退する。

 

「悪いね、これが俺のやり方だ」

「……」

 

彼女はワイヤーを切ろうと近接ブレードをワイヤーに振り下ろすがそれをワイヤーが弾く。

彼女の斬撃にも耐えるとは……このワイヤー凄いな。

 

しかし、ここで大問題が発生した。

俺が冷静になってしまったのだ。

この私闘の落とし所が全く見えなくなっており、どうすればいいか解らない。

このまま篠ノ之さんをボコボコにして終わりにするべきか?いやそれは駄目だろう、そんな事出来ない。

ならこの戦闘の空気を無視して謝ろうか?いやむしろ篠ノ之さんがやる気マンマンのようだ。

 

しかし、そこへ救世主が現れた。もちろん我らが主人公織斑一夏だ!

一夏はワイヤーを零落白夜で切り裂き、俺に相対する。

後ろの篠ノ之さんの頬が染まる、こんな時でもそれかよ。

 

「もうやめるんだ! 紀春!」

 

どう答えよう? ここでハイ止めますなんて言ってもカッコがつかない。

ここは強気に出て、一度反応を見るべきか。

 

「止めるな一夏! 今更やめられるかよ!」

 

さぁ一夏、どう出る?

 

「そうか……だったら仕方が無い」

 

一夏が構える。

えっ? いきなり戦うの? もうちょっと粘れよ、俺も頑張って落とし所見つけるからさ!

 

「どうした紀春、構えろよ」

 

ええい! ここで考えても仕方ない、ここはある程度粘ったらカッコ良く負けよう!

そして記憶喪失のフリでもして全部水に流すか!

よし! 決まった! なるべく悪役っぽく台詞を返そう。

 

「お前如きが俺に敵うとでも思っているのか?」

 

そう言い、霧雨を構える。

一夏とは何度か模擬戦をしているが、空中ドリフトを習得したからか今のところ俺の全戦全勝だ。

いい感じの台詞を言えて、心の中でガッツポーズをする。

さあ一夏! 掛かって来い! お前に勝利をプレゼントしよう!

 

「……そうだな、俺だけじゃお前には敵わないだろうな」

 

え? 一夏だけじゃ敵わない?

ってことはもしかして……

 

その瞬間、俺の足元にレーザーが着弾した。

 

「紀春さん! わたくしには深い事情は解りませんがおやめになってください!」

 

げえっ! セシリアさん!

 

ハイパーセンサーの視界で確認すると、後ろの上空でセシリアさんがライフルを構えていた。

ヤバイ、ヤバイぞこれ。セシリアさんが来てるってことはアイツも多分居る。

 

「紀春、もうやめたほうがいいんじゃない? 流石にアンタでもあたし達全員を倒すのは無理よ」

 

ああ、やっぱり居るよ。

 

鈴がゆっくり一夏の隣に降り立つ、それを見たセシリアさんの顔がちょっと不機嫌な感じになる。

こいつら何か勘違いしてないか?ここはお前らの恋愛イベントの場じゃないんだぞ。

 

しかし、状況が更に悪くなったぞ……これで勝つのは絶対に無理だ、しかし未だに落とし所が見つからない。

一夏……お前が篠ノ之さんを謝らせてくれないかな? そうすれば状況を打開するチャンスが出来ると思うんだが……

 

「止めるな一夏! これは私と藤木の戦いだ!」

 

うぎゃああああああ! お前何言ってんだよ! レッドライン外れて強気になった&一夏にかっこいい所見せたいのは解るが自重してくれ!

 

どうしよう、このまま篠ノ之さんと戦ったら俺が勝っちゃうぞ。

流石にみんなの見てる前で量産機にボコボコにされるのは恥ずかしいし、流石に霧雨だけで戦ってたらやる気が無いのがばれちゃうから射撃も使わないといけないし。

 

優勢になって篠ノ之さんをボコボコにしたらまた一夏達が止めに入るだろう。

そうすればまたこの状況がやってくる。

 

「藤木……すまなかったな、お前の気が晴れるまでとことんやり合おう。もちろん一対一だ」

 

その言葉を聞いた瞬間天啓が来た、俺が恥をかかずに負ける方法は一つしかない。

むしろ全員を巻き込んで戦おう、もうそれしか方法は無い。

よし、カッコイイ悪役的な台詞は……

 

「何を付け上がってる? お前が俺に一対一で勝てるわけないだろう。全員で掛かって来い」

 

一夏達の表情が強張る、もう俺が出来ることは全力で戦うことだけだ。

出来るだけ粘ろう、集団でボコボコにされてそのまま負けましたじゃかっこ悪い。

 

「紀春……あんた……」

「何だ? 怖気づいたか鈴、全員で掛かって来いと言ったんだぞ。俺は別に構わん」

「解ったわよ、やってやるわよ! あんたの目、覚まさせてあげる」

「やれるもんならやってみろ!」

 

その言葉が試合開始のゴングとなった。

俺と鈴が激突する、一合打ち合った後鈴がもう一度剣を振り下ろすが俺はそれを上空に飛翔し回避する。

その瞬間、鈴にレーザーが襲い掛かった。

 

「ぐっ! あんた! 何してんのよ!」

 

どうやら俺の背中を狙ったセシリアさんが鈴に誤射してしまったらしい、俺は戸惑っているであろうセシリアさんに突撃し盾の先端で突いた。

その衝撃でセシリアさんが吹っ飛ぶ。

 

「紀春! やめてくれ!」

 

そう言い一夏が雪片弐型で俺に切りかかる、俺はすぐさま体勢を立て直しその攻撃を霧雨で防いだ。

 

「さっきも言っただろ! 今更やめられるか!」

 

そのまま競り合っていると、嫌な予感がして霧雨を引き後退する。

俺と一夏の間に不可視の衝撃が走る。

 

「嘘!? 龍砲を避けるなんて」

 

こんな日に限ってオリ主シックスセンスが冴え渡る。どうせなら今日ではなく、篠ノ之さんにア○ルを刺された日に冴え渡って欲しかった。

そして警告して欲しかった、セクハラ発言はやめなさいと。

 

真下から撃った鈴が驚愕する中、俺は鈴に向かって突撃を掛ける。

姿勢制御をして鈴を踏みつけそのまま地面まで降りる。踏みつけられた鈴は苦しそうな表情をする。

 

「あんた、ここまでやるなんて。意外だったわ」

 

俺も意外に思う、なんでここまで出来るんだろう?

おっと、ここでカッコイイ悪役台詞でも言って場を盛り上げないと。

 

「そうか、お褒めに預かり光栄だよ」

「そこだ!」

 

今度は篠ノ之さんの斬撃が俺を襲う、びっくりして右手を出したらまたしても予想外な事が起きた。

 

「何……だと……」

 

俺の右手は篠ノ之さんの近接ブレードを右手だけで受け止める。正確には親指と人差し指でつまむ様に受け止めた。

どういうことだろう、こんな時に限って俺の強さが有頂天だ。四人に囲まれ集団リンチを受ける予定だったのだがむしろ圧倒している。自分でも怖くなってきた。

 

「余所見すんじゃないわよ!」

 

その瞬間真下から衝撃が走る、多分鈴が龍砲とやらを撃ってきたのだろう。

俺は上空へ吹っ飛ばされた。

よし、チャンスだ! この攻撃を機にとことんやられてしまおう!

しかしそんな考えが許されるほど甘くはなかった。

 

「ぐはぁっ!!」

 

龍砲にに吹き飛ばされた俺を待っていたのは一夏だった。

一夏が俺と衝突し、今度は一夏が吹き飛ばされる。

空中で静止しているとまたレーザーが襲ってきたので盾で防御した。

 

「紀春さん、以前もう一度わたくしと戦ったら絶対に勝てないとおっしゃっていましたがあれは嘘のようですね」

 

復活したセシリアさんが俺を見据える、しかし俺だってここまでやれるとは思ってなかったんだ。

 

「悪かったな」

 

余裕の笑みでそう答える、今は俺が悪役だ。もうそう答えるしかなかった。

 

「全力でお相手いたしますわ。覚悟してください」

 

セシリアさんがライフルを構える。気づくと、俺の周りの四方を囲まれていた。

 

「さて、仕切り直しだ。そろそろ終わらせてやる」

 

今の絶好調すぎる俺が言うと強ち不可能じゃないから困る。

とにかくこれから何としてでも敗北への活路を見出さなければ、もし勝ってしまったら俺には事態の収拾は不可能だ。

 

俺が言ったが先か、一夏、篠ノ之さん、鈴が突撃してきた。俺はそれを更に高く飛び上がることで回避する、流石にこれは向こう側のミスだ。戦術選択が甘すぎる。

激突した三人は一瞬動きを止める。

そしてそれを見逃す俺ではない、セシリアさんの放つライフルの弾を避けながら三人が集まっている所に突入し、三人に至近距離からレインメーカーを放つ。

そのままの勢いで三人にタックルすると三人が三方向に吹っ飛んで行った。

 

その瞬間、今度はセシリアさんがビットの攻撃を放つ最初の二、三発は食らうが、その後の攻撃は空中ドリフトを駆使し全部避けた。ちなみにだが普段はこんな芸当出来はしない。

 

ついでに回避しながらサタデーナイトスペシャルでビットを全て打ち落としておいた、もちろん普段はこんなこと出来ない。

っていうか今日のサタデーナイトスペシャルは百発百中だった。何かがおかしい、いやこの戦闘を始めてから全ておかしいか。

 

「オモチャは全て片付けておいたぞ、次はお前だ」

 

ビットの操作に付きっ切りだったセシリアさんにサタデーナイトスペシャルを突きつける。

しかし、俺はその時確信していた。今度こそ負けることが出来ると。

一夏のISが復活したからである、そんな表示が俺の視界に現れる。

もう終わりにしよう、このがら空きの背中に零落白夜を叩き込め。それで終わりだ。

 

「紀春うううううううっ!」

 

一夏が怒りの形相で俺に襲い掛かる、俺はセシリアさんに銃を突きつけながらハイパーセンサーの視界でそれを見つめていた。

 

しかし幸運の女神はまたしても俺の味方をしてしまう。

 

「えっ? ――ぐわあっ!!」

 

俺、一夏、セシリアさんの三人がまとめて吹っ飛んだ。俺達は三人まとめて放物線を描きアリーナの壁に激突した。

 

俺は今起こった事の原因を探す、アリーナの反対側に鈴の姿が見えた。どうやら龍砲で味方ごと砲撃されたようだ。

これで戦える奴は俺とセシリアさんと鈴だけになった。

 

篠ノ之さんはレインメーカーを受けてリタイヤしたし、一夏は俺に斬りかかる直前に零落白夜が消えてしまった。つまり龍砲を受ける前にリタイヤしてしまったわけだ。

 

俺は突突を展開し鈴の居る方向に突撃した。

その時、ついに俺に幸運の女神が舞い降りる。

 

「させませんわ!」

 

その言葉と共に背中にセシリアさんの放つレーザーが着弾したからだ、俺が体勢を崩すと今度は龍砲が襲い掛かってきた。

 

「これで……終わりよっ!」

 

俺は弾丸の雨を前後から受ける、衝撃で意識を失いそうになる。

ついに俺の敗北の時間がやってきたと思うと嬉しくて仕方ない。

ゴリゴリ減るシールドエネルギーを見つめる。それがゼロになった瞬間俺は歓喜と共に今度こそ意識を失っていった。



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第14話 友情に関係ないもの

月曜日の朝、教室に入ると暮らすの女子達がISスーツ談義で盛り上がっていた。

椅子に座ると、一夏も話に加わってるらしく俺にその話を振ってきた。

昨日、ISを使った大喧嘩を繰り広げた俺達だったが、その後のことはもう大丈夫だ。

絶対防御を発動させ気絶した状態からから復活した後、記憶喪失になったフリをして全て凌いだ。

普段の記憶喪失の実績があるため俺は簡単に信用されたし、あの大激戦は多対一の戦闘訓練ということで口裏が合わされたらしい。

しかし、また一つ問題が持ち上がってしまった。

アリーナでの戦闘をたまたま見ていた人が居たらしく、俺がIS学園一年生最強ということになってしまったのだ。

確かにあの時は俺の恐怖を感じるほどの調子の良さと、これ以上無いほどの剛運であの四人を圧倒してしまった。

しかし、現在の俺は普通のオリ主である。最強にはまだ遠いのである。

 

「紀春はどこのISスーツを使ってるんだ?お前のも見たことない型だよな」

「俺か? 俺のは三津村のオーダーメイドだよ。その名もORsNr-Mk-14だ」

 

略さずに言うと、ORiginal-suit-Noriharu-Mark-14だが、俺はこの略称はオリ主紀春と読むようにしか思えない。

 

「何だその名前は? 工業製品のロットナンバーみたいだな」

「実際そんなもんだよ、俺のためだけに作られてるやつだからな。しかも名前にある通り、これに行き着くまで十三回の試作を重ねている。最初のは最悪だったなぁ」

 

三津村が一晩で作った最初の試作品を思い出す、あれは酷かったな。

 

しばらく雑談を続けると、山田先生が入ってきた。

そして、その口から転校生が来ると告げられる。

 

転校生か、しかもこの一組にだ。

俺は確信する、この転校生は確実に厄介事をこのクラス……いや、一夏を中心とする俺達に厄介事を持ち込んでくるに違いないと……

 

二組の鈴がそうであったからだ、しかも一組に来るのだから尚更だ。

 

そんな事を考えていると、教室のドアが開かれた。

俺達、クラスの全員の視線がそこに注がれる。

どうやら転校生のようだ、しかし俺はそいつに違和感を覚える。何でズボン履いてるんだ?

 

ズボンが教壇の横に立ち自己紹介を始めた。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。みなさんよろしくお願いします」

 

シャルル? その割りにはコイツ、アナゴさんボイスじゃないな。

いや、世界が違うから当然か。フランス人って自己紹介してたし。

 

「お、男……?」

 

誰かがそうつぶやいた。

 

「は。こちらに僕と同じ境遇の方が居ると聞いて本国より転入を――」

 

これはマズイ、男と言う事はこのシャルル君を交えたホモネタが今後展開されるぞ。

クラスメイトも三人目の男が来たということで大騒ぎだ。

 

「IS学園で平和に暮らしていた一夏と紀春に迫る第三の男シャルル・デュノア! 彼の登場は一夏と紀春に何をもたらすのか!? ……これは妄想が捗りますわ」

 

歓声の中、俺は確かにそんな声を聞いた。もう始まってたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SHRも終わり、シャルル・デュノアが俺達に近づいてきた。

 

「織斑君と藤木君だね、はじめまして。僕は――」

「すまないが自己紹介はまた後にしてくれ、先に更衣室に移動しないと」

 

俺は席から立ちそう言う、一夏も立ち上がる。

 

「えっ?」

「ダッシュだデュノア君! 女子の生着替え鑑賞会をしたいなら話は別だが」

 

シャルル・デュノアが固まる。

 

「ではさらばだ!」

「ちょっ、ちょっと待ってよ!」

 

廊下を走る俺達をシャルル・デュノア追う、そして俺達の目の前には女子のバリケードが展開されている。

 

「きゃー、三人目の男よ!」

「かわいい……守ってあげたくなる感じね」

 

彼女達は口々にそう呟く、俺達は走りながら彼女達に突撃していた。

 

「あれ、どうすればいいの?」

 

シャルル・デュノアがそう呟く。

 

「幾らでもやりようがあるさ、一夏! 手本を見せてやってくれ!」

「了解! 任せろ!」

 

一夏は俺達より更に早く走り、壁走りを始める。そして女子の集団を飛び越えていった。

そして一夏はそのまま走り抜ける。

 

「えっ? アレやるの? もしかして織斑君ってニンジャ?」

「ニンジャじゃなくてもアレくらいは誰でも出来るさ。IS学園男子たるものあの程度出来なくては生きていけないぞ」

「僕、出来そうにないんだけど……」

「男は度胸、実際やってみると意外に簡単だぞ」

 

今度は俺の番だ、俺もオリ主脚力をフルに使い加速し、一夏と同じように壁走りからのジャンプで女子の集団を飛び越え走り抜けた。

 

「ぼっ、僕は男だ!……やってやるっ!」

 

後ろを振り返るとシャルル・デュノアがもつれそうになりながらも着地し、俺達を追ってきた。

 

「でっ、出来ちゃった……」

「ナイスだ! 初めてであそこまで出来るとは……デュノア君、キミは俺や一夏を超える逸材のようだな」

「もしかして、出来ないと思ってたとか?」

「……いやそんなことないよー」

「……」

 

怪訝な顔をするシャルル・デュノアと共に俺達は廊下を駆け抜けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、着るときに裸っていうのがなんか着づらいんだよなぁ。引っかかって」

「引っかかって!?」

 

更衣室で着替えていると、ふと一夏がそんな事を言う。シャルル・デュノアはそれを聞いて赤面してるようだ。

 

「確かに着づらいよな、特に俺のはコルト・アナコンダだからな」

「アナコンダ!?」

 

シャルル・デュノアは俺達のさりげない下ネタにいちいち反応してくる。

 

「嘘言え、お前のはニューナンブだろ」

「デリンジャーの癖によく言うわ」

「デリンジャーはねえよ」

 

ふと見ると、シャルル・デュノアは赤面してもじもじしている。

 

「デュノア君、早く着替えないと遅刻するぞ、織斑先生は遅刻者に容赦ないからな」

「あっ、うん。そうだね。そうだ、僕のことはシャルルって呼んでよ。二人とも名前で呼び合ってるみたいだし」

「おう、そうだな。よろしくなシャルル、俺のことは一夏でいいぞ」

「だったら俺のことは紀春様と呼べ」

 

いつか言ったような台詞を言うと、シャルルが困惑する。

 

「またそのネタかよ、コイツのことは呼び捨てでいいから」

 

俺の小ネタが一夏によってさらりと流される。

 

「あっ、うん……」

「……」

「……」

「どうした?早く脱げよ」

 

シャルルを見ていたが制服を着たままなにもしようとしない。

 

「えっ?脱ぐって……」

「着替えるんだろ?」

「いや、そうなんだけどさ」

 

シャルルは赤面して動かない、対するは半裸の俺と一夏。

もしかしてコイツホモか!?

 

「はっ、恥ずかしいからこっち見ないでもらえるかな?」

「恥ずかしいって、俺達男同士だろ?」

 

一夏がそう言うが、俺は彼の言いたいことを理解した。

こいつは多分ホモじゃない。

 

「一夏、やめてやれ」

「紀春? どうしたんだ?」

 

そう、俺は彼の言いたいことを完全に理解した。

俺達のチ○コのサイズに関しての下ネタに戸惑う様、そして着替えを見ないで欲しいというシャルル。

なによりISスーツは全裸にならないと着替えられない。

 

そこから導き出した答えはこうだ。

 

「シャルルはな……チン○小さいんだよ」

「○ンコ!?」

 

シャルルが驚く。

 

「すまんなシャルル、知らぬこととはいえお前を傷つけてしまっていたようだ」

「待てよ紀春、シャルルはフランス人だぞ! チ○コ小さいわけがあるか」

 

以前ネットで調べたことがある、本当かどうかは解らないがそのネットの記事では各国の平均チン長が載っており、フランス人が堂々の一位だった。

一夏はその事を言っているのであろう。

 

「フランス人でも個体差はあるだろうが! シャルルのチン○は小さいんだよ! でも安心しろシャルル! 女性を満足させるには大きさが肝心じゃないんだ! テクニックだ!」

「……へぇ、そうなんだ」

 

これもネットの記事で見た、本当かどうかは解らないけど。

 

「そうか、シャルルのチン○コは小さいのか……」

「そうだ、シャルルのチ○ンコは小さいのだ……」

 

一夏がかわいそうな人を見るような目でシャルルを見る。

俺達はさっきまでチンコ○と連呼された部屋で静寂に包まれた。

 

「シャルル」

「えっ、なに?」

「確かにお前のチ○コは小さい、でもな、これだけは忘れないでくれ。」

 

俺はシャルルの両肩に手を乗せ、優しく語り掛ける。ちなみに俺は半裸だ、下半身はISスーツを纏ってはいるが。

 

「……なんでしょう」

「俺とお前は友達だ、たとえお前がどんなにチン○が小さかろうとその友情にヒビが入ることは無い。友情ってのに○ンコの大きさは関係ないだろ?」

「そうだな、紀春の言うとおりだ。俺達の友情に○ンコの大きさなんて関係ない」

 

そうだ、世の中の半分はチ○コ無い奴で、俺にはチン○付いてない友達も多く居る。

友情に○ンコは関係ないのだ。

 

俺達はシャルルに笑顔を向ける、シャルルはそれを苦笑いしながら見ていた。

まだ俺達のわだかまりは解けていないようだ。

だったら仕方が無い、強制的にでもやらせよう。

 

「友情にチン○は関係ない!」

「そうだ! 友情にチ○コは関係ない!」

 

俺の叫びに一夏も呼応する。

 

「さあ! シャルルも叫ぶんだ! 友情に○ンコは関係ない!」

「……ぅ……ぁ」

「さあ!」

「……友情に……ちっ、チンコは……関係ない」

 

意を決したように、シャルルが言う。

俺達はこの瞬間に真の友達になったのだ。

まだシャルルは戸惑いを隠せないのだろうが、それは時間が解決してくれるだろう。

俺も友達が増えて嬉しい。今後彼と仲良くやっていこう。

 

その後俺達は着替えを終え、シャルルの着替えが終わるまで更衣室の外で待った。

彼のチ○コの小ささに配慮したためだ。

更衣室から出てきたシャルルを見る、というか股間を見る。

まるでもっこりしてなかった、やはり俺の予想したシャルル粗チン疑惑は正しかったのだ。

俺達は意気揚々とアリーナへ向かう、大切なことを忘れているとも知らずに……




嘘吐きには罰を、そう思って書いた結果がこれだよ。


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第15話 簒奪者の野望

山のような金塊が欲しい……解る人だけには解れ


「ぐわっ!」

「うっ!」

「うぼぁ!」

 

俺達は織斑先生から一撃を食らう、チ○コ談義で盛り上がっていたら完全に遅刻してしまったためだ。

今回は気絶はしなかった、しかし当然だ。俺だけは拳骨ではなく、ボディーブローを食らったからだ。

そのことを織斑先生に聞いてみると、どうやら織斑先生なりの配慮らしい。

織斑先生の優しさに俺はこみ上げるものが抑えきれない、しかしそこは何とか我慢した。

そんなオープニングが終わり、授業が始まった。

 

「本日から実習を始める。藤木、前に出ろ。お前に戦闘の実演をしてもらう」

 

早速のご指名だ、そういえば以前も指名されたな。そろそろ指名料を頂きたいところだ。

そんな事を考えながら、俺は織斑先生の下へ向かった。

 

「何で俺なんですか?」

「IS学園一年生最強なんだろう?」

「その話には迷惑してるんですけどね……誰ですか? そんな事言い出した人は」

「実際に織斑、篠ノ之、オルコット、凰の四人を相手に圧倒したそうじゃないか」

 

周りの生徒達が騒ぐ、ああ……また話が広がっていく……

 

「運が良かっただけですよ、それに最後は負けましたし」

「運も実力の内と言うだろう、それに四人相手にして二人倒せるなんて普通は出来ないぞ」

「運も実力の内ですか……正直その言葉嫌いなんですけどね。ところで俺は誰と戦えばいいんですか? 流石に四対一をもう一回なんて言わないでくださいよ? 公開私刑にしかなりませんからね」

「ああ、一対一で構わない。しかし、四対一より厳しいかもしれんぞ?」

 

その時だった、キィィィンと甲高い音が響き渡り、その後轟音と共に土煙が上がった。

土煙が晴れると、そこには一夏と山田先生が居て一夏が山田先生を押し倒している状態になっていた。って言うか一夏が山田先生のおっぱいを揉んでいた。

一夏が羨ましい、俺も揉みたいなぁ。

 

その後、いつもの痴話喧嘩が起こる。レーザーとか剣とかが飛び交うがただの喧嘩だ、IS学園での喧嘩は他より少々物騒だがいつものことだ。

そして模擬戦の開始が告げられる。

 

対戦相手は山田先生、俺の初陣の相手だ。

きっと山田先生はあの時のように手加減をしてはくれないだろうし、きっとあの時山田先生に使用した必勝の策、コンバットパターン・ロミオ(今名前を考えた、それにコンバットパターンじゃないだろうと言う突っ込みは禁止ね)は通用しないだろう。

もしかしたら通用するかもしれないが先生をもう一回抱きしめることは出来ないだろう。

しかし、俺もあの時より格段に強くなったはずだ。どれだけ強くなったかは山田先生に後で聞こう。

 

さぁ、俺が望んだ闘争の始まりだ。全力で戦い、山田先生に再び男を見せよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぜ行くぜ行くぜええええっ!」

 

いつものように突突と盾を構え、山田先生に突撃する。

そしていつものように突撃を回避される。しかしそれは折込み済みだ、その勢いのまま俺は天空高く舞い上がる。

模擬戦の開始地点は地上であり打鉄・改の性能を活かす為には地上ではでは狭すぎる、全速力で飛べばあっという間にグラウンドの壁が迫るからだ。

 

上空で山田先生を待っていると、弾丸と共に山田先生のラファール・リヴァイヴが突撃してきた。

その姿に懐かしさを覚える、初めて俺が打鉄に乗った時訓錬の相手をしてくれたのも有希子さんが乗っているラファール・リヴァイヴだった。

 

弾丸を盾で防ぎ後ろに大きく後退する、そして俺はサタデーナイトスペシャルを両手に展開し山田先生に向けて乱射した。

それをうねる様な機動で避け続ける山田先生、もちろんこの銃が当たるなんて期待していない。

必要なのは山田先生の機動を読むこと、先生の機動の癖を少しでも理解できれば勝機が見えるかもしれない。

 

が……駄目っ……! 山田先生の機動を初見で読みきるなんて不可能だった。そしてそんな考えをした俺が浅はかだった。

 

空中ドリフトを駆使しながらヒロイズムを展開し山田先生に撃ってみるがこちらも全く当たる気がしない。

それに対して山田先生はアサルトライフルによる正確な射撃をドリフトの切れ目に打ち込んでくる、少しづつではあるが俺のシールドエネルギーが削れていく。

 

マズイ、このままでは確実に負ける。実力差は圧倒的だし、負けるのも致し方ないとは思う。

しかし、このまま何も出来ないで負けるのだけは嫌だ。このままだと俺は一年生最強(笑)と呼ばれてしまうだろう。

何とかして状況を打開せねば……

そんな事を考えている間にも俺のシールドエネルギーは削れていく。

 

しかし簡単に状況を打開できるものでもない。意を決し、弾丸の雨を受けながら接近してもすぐに距離を取られる。

山田先生は徹底的に射撃戦の間合いを取り続けていた。やはりコンバットパターン・ロミオを警戒しているのだろうか……

 

しかし、唐突にチャンスは訪れた。俺が動きを止めた瞬間アサルトライフルの連射に襲われ大きくバランスを崩す、それを見た山田先生はグレネードランチャーを展開した。

だがその瞬間に確かに隙が生じたのだ、山田先生が展開したグレネードランチャーを振り回して構えようとするその瞬間に。

 

以前もそうだった、入学試験で山田先生は俺にトドメを刺す為に近接ブレードの大振りを繰り出した。

どうやら山田先生にはトドメをさす時格好付けちゃう癖があるようだった。

きっと先生が格闘ゲームをやるとしたらトドメはゲージ消費技で決めるのだろう。

そしてその隙を見逃す俺ではない、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で俺は山田先生に、いや山田先生のおっぱい目掛けて特攻した。

 

「その隙、貰ったっ!」

「えっ?」

 

激突する二体のISから凄まじい衝撃音が聞こえる、俺達は瞬時加速(イグニッション・ブースト)の勢いそのままグラウンド目掛けて落下していく。

俺の戦いはまだ終わらない、先のことを見据えて俺はレッドラインを山田先生に装着しようとする。

しかし、山田先生の抵抗に遭いそれを行うことが出来ない。

 

「このままやらせはしませんよ!」

 

山田先生は体勢を入れ替えようと必死でもがく、このまま俺を下敷きにして落下し勝負を決めようという算段なのだろう。

一か八かの賭けに出るしかないようだ、下敷きにされては負けてしまう。

しかし、このまま行けば負けるのだ、失うものは何も無い。

 

さて、アレ、やるか。

 

「山田先生! 好きだああああああっ!」

「ええっ!?」

 

俺の言葉を聞き驚愕した山田先生の抵抗が緩む、そして顔は赤い。

その瞬間俺はスラスターを全力で吹かし、山田先生を下敷きに地面に激突した。

 

コンバットパターン・ロミオはまたしても成功した。

俺は土煙から脱出し、約十メートル後退した。そして山田先生の登場を待つ。

 

土煙が晴れ、山田先生の姿が見える。

山田先生の表情は心なしか怒っているように見えた。

 

「藤木君! 卑怯ですよ! 女の子の純情を弄ぶなんて!」

 

そんな山田先生に俺はヤンキーっぽい笑みを浮かべてこう返す。

 

「卑怯? ハッほめ言葉だぜ! 俺は藤木君だぞ?」

 

外道高校の生徒っぽく言ってみたがどうだろうか?

そして山田先生、流石に女の子ってどうだろう?俺的に拡大解釈しても女の子って成人までが限界だ。

巷では女は死ぬまで女の子って言う人も居るらしいが……

 

さて、そんな事より緊急事態だ。山田先生が完全に怒っていらっしゃる。

 

「藤木君……もう許しませんよ……」

「俺が思うに教師に最も必要なのは寛容さだと思うんですよ、だから怒らないで。ねっ☆」

 

その俺の理論からすれば、最も教師失格なのは織斑先生だろう。あの人の辞書に寛容という言葉があるように思えない。

 

「私は教師である前に女です! その言動や行為、もう許しておけません!」

「行為?」

 

俺は前傾姿勢になり腰をカクカクさせながらそう返す。

 

「もういいです、決着をつけてあげます」

「へぇ、そうですか。でも気付いてますか? この赤い糸に」

「えっ?」

 

俺と山田先生の間にレッドラインのケーブルがある、もちろん山田先生には手錠をプレゼントしておいた。

 

「いつの間に!?」

「地面に激突した直後ですよ、隙だらけだったもんでついやっちゃいました」

 

俺は霧雨を展開し山田先生に突きつける。

 

「山田先生、格闘用の武装は積んでますか?」

「いえ、持ってませんね」

「なら俺の勝ちだ」

「どうでしょう?」

 

その瞬間、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で山田先生が迫り、俺は先生の膝蹴りを顔面で受けた。俺は完全に勝った気でいたのでその行動に驚いた。

意識が遠のきそうになるが山田先生の連撃が止まらない、のけぞった俺の顔面に容赦なく拳が浴びせられる。

山田先生は格闘でも強かった、射撃戦ばかりしていたから勘違いしちゃったよ。

 

そんなこんなで俺は意識を失っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇっ!?」

 

意識を取り戻すと目の前には青空があった、どうやら俺はグラウンドの隅に持ち込まれたベンチに寝かされているようだった。

 

「あっ、気がつきましたか」

 

そこには山田先生が居た。ヤバイ、戦闘中のこととはいえ大変な無礼を働いてしまった。

俺は山田先生の足元で高速土下座をし、許しを請った。

 

「先ほどは大変な無礼を働きまして、申し訳ありませんでした!」

「藤木君……私、怒ってるんですからね」

「ごもっともでございます! しかし、一つ言い訳をさせていただけないでしょうか!?」

「……」

 

沈黙は肯定、確かそうだったはずだ。つまり山田先生は俺の話を聞いてくれるらしい。

 

「あの戦い方が俺のやり方なんです! 足りない実力を補うのであれば俺はなんだってします! その結果がこれだよ!」

「はぁ……藤木君っていつもそうですよね」

 

そうだ、俺はいつだってそうなのだ。でも仕方ないじゃないか、山田先生には効くんだもん、ロミオ。

 

「勝つためだったら何だってってしますよ、俺は」

「はぁ、解りました。とりあえずもう土下座はやめてもらえませんか?」

 

そう言われ、俺は土下座をやめベンチに座る。グラウンドではまだ授業が行われており、一夏がクラスメイト達とイチャイチャしていた。

俺と山田先生はそれを眺めていた。

 

「さっき、勝つためなら何でもするって言ってましたけど……何故そんなことを?」

 

何気なく山田先生が聞いた。

 

「……」

 

俺はその問いに何も返せない、勝つために何でもすると言ったが何故俺はそんなにも勝利にこだわるのだろう? いや、勝利にこだわってるのか? 少なくとも四対一の戦いの時考えていたことは格好良く負けることだった。

そうか……俺はただ格好付けたいだけなのか。しかし何故格好付けたいのか?そんなもの決まっている、俺がオリ主だからだ。

 

俺はオリ主としてこの世界に転生した、しかし現在の俺はそのオリ主としての役割を果たしているのだろうか?

以前の無人機戦中に思った事、俺は主人公の周りの登場人物であってはならない。一夏から主役の座を奪い取れ。

その思いを俺は持ち続けることが出来るのだろうか? 奴らの周りで生きていると居心地が良過ぎてそんな事を忘れてしまいそうになる。

 

ならば今一度心に刻もう、俺は一夏から主役の座を奪い取る。

一夏は大切な友達だが、同時に俺にとって最大の敵でもある。

せっかくだ、山田先生にもこの思いを聞いてもらおう。もし俺が忘れてしまっても誰かがそれを覚えていてくれれば思い出させてくれるかもしれない。

 

「山田先生、俺は主人公になりたいんですよ」

「主人公? どういうことですか?」

「自分で言うのも恥ずかしいですけど、俺は特別な人間だ。世界で二人しか居ない男性IS操縦者だ、いや今は三人目か……」

「そうですね」

「俺は自分の特殊性を認識した時、ある思いが沸きあがりました。自分だけの栄光を掴み取りたいと」

「自分だけの栄光?」

「俺は特別だ、ならばその特別な力で何かを成し遂げたい。ヒーローになりたい、世界を自分色に染め上げたい、世界で一つだけの自分だけが持つ価値を手に入れたい、そう思ってるんですよ。どうですか? 俺って欲深いでしょう?」

「それで、主人公になりたいですか……でもよく言うじゃないですか、自分だけが自分の人生の主人公だって」

「俺は欲深い人間ですからね、もうそれだけじゃ満足できなくなってしまったんですよ。俺は大衆に対しての主人公でありたいんです、多くの人に夢を見せる存在でありたいんです」

「それは、大きな野望ですね」

「ええ、自分でもそう思います。だからそのために強くなりたい、何者にも負けない強い力を持ちたいんです。先は長そうですけど……」

 

以前有希子さんが言っていた言葉を思い出す。

自分より強い人間はたくさん居て、そのたくさんの人間より強い人間もたくさん居ると。

俺は今、どの位置に居るのだろうか?

 

「山田先生、俺はあの時より強くなれましたか?」

「ええ、藤木君はあの時より格段に強くなりましたよ」

 

そうか、良かった。俺の努力はちゃんと報われているようだ。

 

「そうですか……ということで俺、寝ますんで授業が終わったら起こしてください。あと、この話は誰にも話さないでくださいよ。恥ずかしいんで」

 

そう言い、ベンチに寝転がる。

 

「駄目ですよ! 起きたんだから授業に参加してください」

「うおぉっ! 今になって山田先生に殴られた顔面が痛い! 痛くて授業に参加できないぞ!」

「それについてはやりすぎたと思ってますからっ」

 

そんな山田先生の言葉を無視し、俺は目を閉じる。

 

「パトラッシュ、僕はもう疲れたよ……」

「藤木君! 死ぬ気ですか!?」

 

そんな言葉を聞きながら俺はまた眠り始めた。



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第16話 オリ主の帰還

うわああああ!カミーラ可愛いよおおおっ!


「帰りたい……」

「頼むよ、居てくれよ」

 

昼休みの屋上、そこでは女の戦いが繰り広げられていた。

一夏にイカれた女達の弁当勝負だ。

 

そんなものに参加したくはなかったが、一夏に強引に引っ張られて連れてこられた。

 

「何であんた達も居るのよ……」

 

鈴がボソッと言った言葉が耳に入る、だから俺だって居たくないんだってば。

あんた達ということは鈴にとっての邪魔者は俺だけではないわけで、そこにはシャルルも居た。

 

「ええと、本当に僕が同席してもよかったのかな?」

 

シャルルは遠慮がちに言う、しつこい様だが僕は同席したくないです。

しかし、一夏に強引に連れてこられた俺は購買で何も買うことが出来ず今日の俺の昼食はこの三人娘の弁当のお裾分けしかない。

ちなみにシャルルはちゃっかりと購買で売っているパンを確保しているようだった。

 

「ほら、あんたも食べなさい。何も持ってきてないんでしょ?」

 

さりげなく鈴が俺にそう言う、しかし俺が思うにこれは一夏への間接的なアタックだと思う。

一夏の友達である俺に優しくしてさりげなく自分をアピールする算段なのだろう。

 

でもボク、それに食いついちゃう。だっておなか空いてるもん。

 

それを察した残りの二人も俺の懐柔作戦に乗り出す。

 

「藤木、私のも食べろ」

「紀春さんも、お一ついかがですか?」

 

一夏のために作られたであろう弁当が俺の前に並ぶ、うわあうれしいな。

そんな感じで全員のお弁当交換会が始まった。

 

彼女達の作る弁当はうまかった、多分愛だね。

しかし、その最中事件は起こったのだった。

 

「サンドイッチか、そういえば最近全然食ってないな」

「あら、紀春さん。どうぞお食べになってください」

 

そう言ってセシリアさんがサンドイッチの入ったバスケットを差し出す。

見た目は凄くうまそうだ、メシマズの国の生まれのセシリアさんが作ったとはとは思えないその出来栄えが俺の食欲をそそる。

 

「では、失礼します」

 

と言い、サンドイッチを一口齧る。

 

……甘い! そして何だこの匂いは!

見た目とは完全にかけ離れた味が俺の舌を襲う、多分これはバニラエッセンスだ!

 

「うげえええっ、誰かっ水を……」

 

俺の突然の豹変に皆の動きが一瞬止まり、俺の水を求める声に反応できなかった。

俺はとっさにシャルルが飲もうとしていたペットボトルを奪い取った。

 

「あっ、それ僕の……」

「すまん! 後で同じものを買ってやるから」

 

そう言いながら俺はペットボトルに口をつけ飲み始める。

何が入ってるかラベルを確認する余裕なんてなかったのが今回の敗因なのだろう。

 

「ゴホァ!」

 

その味を知ってしまった瞬間、俺は頭痛に襲われる。そしてそのまま意識を失ってしまった。

 

ペットボトルには黄色いラベルが貼られており、そこに『午○の紅茶』と書かれていた。

レモンティー、俺の嫌いなレモンが入ってる紅茶だ、俺はレモンが気絶するほど大嫌いなのだ。

それは生まれる前から……カズトさんとアイスティーを飲もうとした時からこうだった。

理由は、謎だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷い目に遭った……」

「災難だったな、しかしあんなにもレモンが嫌いだったとは」

「俺にも理由が解らないんだが、レモンを見ただけで頭痛がするんだ。口に入れたのなんて初めてだよ」

 

学校も終わり、俺は一夏と今日あったことを駄弁りながら寮で休んでいる。

その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 

「どうぞー」

 

俺がそう声を発すると、ドアが開かれ山田先生が入ってきた。

 

「お邪魔します」

「邪魔すんなら帰って」

「藤木君、もうその手には乗りませんよ」

「ちっ!」

 

このネタはもう山田先生に通用しないのか……

 

「で、今回は何の用です?」

「藤木君! またお引越しです!」

「え?」

 

その疑問に答えるようにシャルルが現れる。

 

「ごめん、僕のせいで……」

「もしかして……」

 

俺はこの部屋から追い出されるのか。

 

「はい、そのもしかしてです!」

「俺、特別室に逆戻り?」

「はい、お願いできますか?」

 

ちょっとイラッとした、毎度毎度この人は俺のことを怒らせる。

何だ? 山田先生はドMなのか?

 

「なんなんですか! また特別室ですか!? いや特別室に行くのは構わないさ! あそこにシャルルを住まわせるのは何か違う気がしますし! でももっと早く言ってくれてもいいんじゃないですか!? 何で当日に言うかなぁ!?」

「すっ、すみません! デュノア君の受け入れでバタバタしてまして、すっかり忘れてたんです!」

「本当にここの教師は努力が足りないなあ!」

「おっしゃる通りです、でも決まってしまったことなので」

「……はぁ、解りましたよ。ここで山田先生を怒鳴っても何も解決しませんし」

 

ここでの生活ももう終わりか、さようならフカフカベッド。こんにちわ、特別室。

あれ?そういえば……

 

「そういえば寮の増設の件はどうなったんです?あれからもう二ヶ月ほど経ちますけど」

「ええと、それがですね……」

「それが?」

「明日、新しい転校生が来る予定でして、彼女の部屋になる予定なんですよ」

 

転校生……まだ居るのかよ。多すぎやしないか?

 

「ではお聞きしますが、なんでその転校生の部屋が確保されててシャルルの部屋、いや俺の部屋が確保されてないんですか?」

「それはこちらの不徳の致すところでして……」

「もういいですよ、どうせ俺は特別室から逃げ出せないんだ……お前達はいいよなぁ」

 

そう言いながら一夏とシャルルを見る、二人とも苦笑いしていた。

このままやさぐれて兄弟でもつくろうかと思いたくなってくる。

 

「すみません、お引越しのお手伝いしますから」

「別にしなくていいですよ、私物のほとんどは特別室に置きっ放しにしてますから」

「そうですか、ということで引越しお願いします」

 

そう言い山田先生はまた逃げるように出て行った。

 

「なんか、ゴメン。僕のせいで……」

「いや、お前に罪は無い。気にするな」

 

見送るシャルルを尻目に、俺は普段使っている衣類と私物を持って部屋から出た。

目指すは特別室、あの部屋が俺を待っている。

 

廊下を歩き、特別室のドアを開ける。

特別室は俺が出て行ったあの日と変わらない姿で俺を出迎えてくれた。

 

「ただいま……」

「おかえり藤木君!」

 

壁の穴から声がした、お隣さんも元気なようだ。

 

「藤木君、1025室から追い出されたんだって?」

「何で知ってるんだよ」

「私達って結構な事情通なのよ、IS学園で知らないことは無いってくらいにね」

 

お隣さんとは初めて会ったとき以来顔を合わせてないし実は名前も知らない、しかしこの関係が心地よく感じる。

特別室だって悪い事だらけでは無いのかもしれない。

 

「へぇ、そうなんだ。だったら教えてくれないか?明日転校生が来るらしいんだがどんな奴か知ってるか?」

「転校生、ああ多分彼女ね。」

 

マジで知ってるのかよ、彼女らが事情通であってもまだ転入してもない転校生のことまで知ってるとは。

 

「あんたらすげえな、知ってるとは思わなかった」

「ええと、名前はラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツ出身ね。もちろん代表候補生よ」

「転入できる奴っていったらそれ位しか思い浮かばないもんな、他には何かあるか?」

「どうやら軍人らしいわよ、しかも少佐だって」

「少佐!?そのラウラ・ボーデヴィッヒって何歳だ?」

「藤木君と同じよ。そんな歳で少佐なんて凄いわね」

「いやいやいやいや、15で少佐なんて凄いどころかおかしいだろ。そもそも15で軍人ってのがおかしいだろ」

 

かの赤い彗星でさえ少佐になったのは20歳であったはずだ、しかも大きな戦いがあるわけでもないのに15歳で少佐って絶対に何かあるに決まってるじゃないか。まるでチートだ。

 

「確かにそうよね、何かワケありなのかしら」

「ワケあり転校生は勘弁して欲しいんだがな……」

 

今日来た転校生であるシャルルだってそうだ。

俺は彼の存在によって特別室に逆戻りだし、レモンティーを飲まされた。

しかも彼自身に悪いところが無いのが性質が悪い。

 

「と、いうわけで今私達が解ってることはこれくらいね」

「ありがとう、恩に着るよ」

「報酬は夜這いでいいわよ」

「だからそれはやめてくれって」

「先っぽだけでいいから!!」

「それって、普通男の台詞だろ」

 

そんなこんなで夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして朝になりSHRが始まる。

転校生が来た、確かに来た。

お隣さんから聞いた情報は正しく、彼女の名前はラウラ・ボーデヴィッヒである。

 

「でも何でまたこのクラスなんだよ?」

「俺に聞くなよ……」

 

山田先生より彼女の紹介がされる中、一夏と小声で話す。

他のクラスメイトもざわざわと騒いでいる。

 

「挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

 

その短い会話で、俺は違和感を覚える。

織斑先生は基本的に生徒を苗字で呼ぶ、織斑、藤木、篠ノ之、オルコット、凰、デュノア。

俺達は確かにそう呼ばれてきた。しかし彼女はラウラと呼ばれる。ボーデヴィッヒではない。

そして、それに返したラウラ・ボーデヴィッヒだってそうだ。彼女は織斑先生を先生と呼ばずに教官と呼んだ。

この二人、過去に何かあったに違いない。

 

そして、彼女を見て俺はある懸念を浮かべた。

いや、まだそうと断定するには早すぎる、少し様子を見てからでもいいだろう。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「あの、以上ですか」

「以上だ」

 

以前の一夏と似たような自己紹介をする。しかし誰もズッコケないのは彼女が放つある種の威圧感が茶化してはいけない雰囲気を醸し出しているからなのであろう。

 

自己紹介を終え、ラウラ・ボーデヴィッヒが俺と一夏の間に立つ。

 

「どっちが織斑一夏だ?」

 

あれ? この子知らないんだ、だったら少し遊んであげよう。

 

「ふっ、俺が織斑一夏だ。サインでも欲しいのか――あぷぱ!」

 

思いっきり殴られた、そして俺は痛みを感じるよりも早く意識を失った。



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第17話 誰が為の暗躍

私のガチャ運がマッハである。


「あっ、楢崎さん? またまたお願いがあるんだけどいいですか? はい、すいませんね。いつもいつも。ええとですね、ちょっと調べてもらいたいことがありまして……ググれって、それで解ることなら電話しませんよ。はい、ちょっと気になることがありまして。ドイツ軍のラウラ・ボーデヴィッヒについて出来るだけ詳細なプロフィールをお願いします。ええ、今日彼女が転校してきましてちょっと気になることが……はぁ!? 惚れてませんよ。俺は奴にいきなりブン殴られたんですよ! お陰で最近は女性不信気味ですよ。女には苦労させられるばかりで……ええ、とにかくお願いしますね。遅くても明日中には……はい、期待してますよ。では……」

 

そんな会話をし、電話を切る。さて、そろそろシャワーでも借りにいこうか。

シャルルが一夏の部屋に入ってから、好きな時間にシャワーを浴びれるようになって気が楽だ。

篠ノ之さんが部屋にいたころは、シャワーの使用時間に厳格なルールが求められていた。

なんでも、寮に入った初日に一夏はバスタオル一枚の姿で現れた篠ノ之さんとご対面してしまい、木刀で殴られたらしい。

さすが主人公だ、ラッキースケベも完備されているとは。俺もラッキースケベがしてみたい。

そういえば先日も山田先生相手にラッキースケベしてたな、本当に一夏が羨ましい。

 

そんな事を考えながら廊下を歩き、1025室に到着する。

ドアを捻るとドアが開いた。俺は部屋の中に入る。

 

部屋を見渡すが誰も居ない。無用心な奴らだ、まぁ俺の特別室はもっと無用心なので人に言えた義理ではないか……

まぁ、居ないのなら仕方ない。勝手にシャワーを借りてしまおう。

 

そう思いながらシャワールームへ続くドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

「……」

 

脱衣所には金髪の女が居た。

しかも全裸だった。

 

とりあえずドアを閉める。

ヤバイ、部屋間違えたのかな?

そう思いながら、廊下に出てルームプレートを確認する。

1025、間違いない。ここは一夏とシャルルの部屋だ。

つまり俺は悪くない、悪いのはあの金髪の女だ。

 

俺は強気なる、また部屋に入り脱衣所のドアを開けた。

 

「テメェ、何モンだコラァ!」

「うわああああっ!?」

 

もしも、ハニトラがまた現れて一夏やシャルルの毛を拾いにでも来てたとしたら一大事だ。

俺の行動にはそんな理由があったのだ。決してまた全裸を拝みに来たわけではない。

 

しかし、この金髪の女が誰であるか俺は知ってしまった。

やっぱり転校生は厄介事を運んで来るらしい……

 

「シャルル……なのか?」

「……」

 

シャルルはバスタオルで体を隠して俯いており、その表情は読めない。

まぁ、この状況でずっと居るのもいたたまれない。

 

「着替えたら出て来い、話をしよう」

 

そう言い、俺はドアを閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うおおおっ!!ヤバイよヤバイよヤバイよ!まさかシャルルが女だったとは!本当にヤバイ!なんで性別を偽ってIS学園に入学して来たんだ?いやそれよりこの事実を知ってしまった俺の方がヤバイ!何かを偽ってここに来ているということは後ろ暗いことがあるからに違いないそんな事を知ってしまった俺はどうなってしまうのか!?ヤバイ!今度こそセプクか!?もしかしたらネギトロめいた死体にされるかもしれない!僕の隠し事を知ったな!?死ね!って感じにになりそうだ!そういえばシャルルってフランスの代表候補生だよな?ってことはこの一連の事件にフランス政府がガッツリ絡んでるってことじゃんうわああああヤバイよヤバイよヤバイよ!つまりシャルルのバックには国家がついてるわけで三津村がどんなに絶大な権力を持ってたとしても太刀打ちできる気がしない!これはマジで俺死んでしまうかもわからんね父さん母さん先立つ不幸をお許しくださいって駄目えええええええっ!僕まだ死にたくないよおおおおおっ!

 

「紀春……なんでベッドの上で悶えてんだ?」

「一夏ああああっ、助けてええええっ」

 

気がつくと一夏も部屋に帰って来ていた。

しかし、一夏ではなく俺にラッキースケベが発動してしまうとは……俺もオリ主として成長したな。

 

「紀春……」

「あっ……」

 

シャルルが脱衣所から顔を出す、彼、いや彼女は暗い顔をしている。

自分の運命は今俺が握ってると思っているのだろうか……

そうだ、今俺は彼女の弱みを握ってるのだ。これを利用してあんなことやこんなことを……グヘヘヘヘってアホか。

そんな事したらマジで殺される、落ち着けKOOLになれ俺。それでも今の状態のシャルル相手なら会話の主導権を握るのは容易なはずだ。

彼女の裏に居る人々はおっかないが、彼女自身とは話し合いの余地がありそうだ。気を引き締めていこう。

 

「シャルル、ここで話してもらいたい」

「えっ、一夏も居るのに?」

「俺にばれたんだ、いずれ一夏にもばれる」

 

俺のオリ主ラッケースケベ力でばれたんだ、主人公のラッキースケベ力ではシャルルの正体がばれるのは時間の問題だろう。むしろ俺が先にシャルルの正体を知ったこと自体が奇跡的なのだ。

 

「……確かに、そうだね」

「お前達何の話をしてるんだ?」

 

わけがわからない、そういった様子で一夏が聞いてくる。

 

「シャルル、俺から話そうか?」

「……ううん、自分から話すよ。一夏、僕ね……実は男じゃないんだ」

 

その後シャルル、自分の事を語っていった。

自分が愛人の子であり母が死んでから父出会ったこと、調査の一環でISの適性が高いことが解りデュノア社でテストパイロットをしていること、父の本妻から疎まれていること、デュノア社の第三世代IS開発が停滞しており、イグニッション・プランの選考に外されそうなこと。

そしてその選考から漏れれば、会社は決定的な打撃を受けるらしい。それから脱却するため、デュノア社はシャルルを男性IS搭乗者として俺と一夏の元に送り込んできたというわけだ。

そうすれば、男性IS搭乗者のデータと一夏のISのデータを簡単に入手できるかも、ということらしい。

 

「あれ? 紀春のISのデータは必要ないのか?」

「俺のISのデータは既に公開されているようなもんなんだよ。あれ、前年度の整備課の卒業制作ってこと忘れてるな?」

 

つまり俺のISのデータは前年度整備課全員が共有しているってことだ、俺の搭乗データまでは公開されてはいないが別段特別なものでない。

 

「ああ、そういうことか」

「それに比べて白式は謎だらけだからな。一次移行でワンオフ発動しちゃう位だし」

「確かに、そう言われれば納得できるな」

「とまあ、こんなところかな。でも二人にばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まぁ……潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな」

 

シャルルは諦めたような顔で笑いながら話す、それを聞いた一夏は憤っているようだった。

 

「いいのか、それで」

 

一夏が口を開く、親から捨てられた一夏は織斑先生と共に二人だけで生きてきたと言う。

親を持たない二人には相当な苦労という物があり、故に親をもつ者の心情を理解できないのだろう。

シャルルもそうだ、片親で生きてきてその後死に別れ、父親にあそこまでの扱いを受けたのなら親に対する思いが薄いのも当然に思える。

 

故に俺は二人の心情を完全に理解することができない、俺は最高の両親の下に生まれたと思う。

俺の両親は親の務めというものを完璧に果たしてきた、俺も転生オリ主であるが故に両親に逆らって生きては来なかった。分別の解らないガキの時代や、反抗期などは前世に置き去りにしてしまったのだ。

強くなるために奇行に走ったりもしたが、それでも俺の両親は俺を全て受け入れてくれた。

つまり何が言いたいかというと、俺にとって両親は何よりも重い存在だということだ。

 

これがオリ主と物語の登場人物との差だとでもいうのか。

この差は俺にとって果てしなく大きいものに感じたのだ。

 

そして一夏の話は進み、シャルルの今後についての話になった。

 

「シャルルは、これからどうするんだよ」

「どうって……時間の問題じゃないかな。フランス政府もこのことの真相を知ったら黙っていないだろうし、僕は代表候補生をおろされて、よくても牢屋とかじゃないかな」

 

あれ? さっきの言葉、ちょっとおかしいぞ?

 

「シャルル、さっきフランス政府も真相を知ったら黙っていないって言ったか?」

「うん、そうだけど……」

「つまり、フランス政府はデュノア社に騙されたってことか?」

「そういうことになるね」

 

これは使える! つまりフランス政府は第三の男が出現したと言うデュノア社の言うことを鵜呑みにし、騙されたたってことだ。

 

「これは、もしかしたらいい材料になるかもしれんぞ」

「えっ? どういう事かな?」

「しかし、この問題を解決するには時間が少し足りないな。一夏、特記事項で何かなかったっけ? 確か、在学中の学生はどこの組織の介入も受けないとかいうのがあったように思うんだが」

「ああ、あるな。特記事項21だ、本学園における生徒はその在学中においてあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。って奴だ。つまりこの学園に居れば、少なくとも三年間は大丈夫ってことだ」

 

よし、これで時間稼ぎができる。そしてこの問題を解決するのに三年なんて必要ない、長くても一年で解決出来る。早さが売りの三津村ならもっと早く解決出来るかもしれない。

 

しかし、これは飽くまで三津村が動いてくれたらの話だ。

俺の考えてる事は、三津村を使って世の中に波風を立てることとなる。

三津村はあくまで俺の雇い主であり、俺が三津村を動かすことは出来ない。

俺に三津村を動かすことが出来る材料なんて全く無い、しかし言うだけなら無料だ。

友人のためだしやれるだけやってみるか。

 

「三年間は大丈夫か……でもそれって根本的な解決にはなりませんよね?」

「いや、そうなんだけどさ……」

 

一夏が俺を怪訝な表情で見る、流石に今の発言は空気読めてなかったか。

 

「しかし解決策があるかもしれない!」

「えっ!? 紀春……そんなものあるの!?」

「ある、と言いたい所だが実はこの解決策、問題もある」

「どういうことかな?」

 

シャルルが俺の話に耳を傾ける。

 

「すまないが出来ると決まってるわけでも無いんだ。故に詳細は話せない、出来るかも解らない事を言うのは少し気後れするからな。そして一つ質問だ、そしてこれが問題点だ。シャルル、自分のために親を切り捨てる事は出来るか?」

 

シャルルは少し考えるような素振りをして、答えた。

 

「……うん、出来るよ」

 

……やはりそうか、俺達との間で親に対する考え方に根本的な違いがあるのを再確認する。

しかし、シャルルがそう決めたのなら仕方が無い、俺は友人のために全力を尽くすだけだ。

実際に全力を尽くすのは俺ではないが……

 

「解った、お前はそれでいいんだな?」

「うん……それでいいよ」

「なら俺のほうでも動いてみる、期待しないで待っててくれ。とりあえずシャルルは今までどおり女であることは隠して生活してくれ、それだけでも十分時間稼ぎになる」

「うん」

 

そう言い、俺は1025室から出て行った。もちろん目指すは特別室、俺は三津村を説得できるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特別室に入り、まず壁の穴に耳をすませる。

何も聞こえない、お隣さんは部屋にいないようだ。しかし、これは好都合。俺はスマホを取り出し楢崎さんに電話を掛ける。

 

「楢崎さん……お願いがあるんだ」

「何かしら?ラウラ・ボーデヴィッヒの情報ならもう少し掛かるわよ、後一時間は待って頂戴」

 

俺が前に楢崎さんに電話してから一時間も経ってはいない、三津村の早さは相変わらずだった。

 

「それじゃないんだ、もう一つお願いがあって」

「何かしら?」

「デュノア社、買ってくれないかな?」

 

本来こんな話を電話ですること事体非常識だろう、しかし返ってきた答えはもっと非常識だった。

 

「ええ、いいわよ」

「はぁ!? いいんですか!?」

 

俺の考えたシャルルの問題を解決する策はこうだ。

シャルルがデュノア社によって男性IS操縦者であることを正式に公表される前にデュノア社の口を封じる。

実はデュノア社はシャルルが男性IS操縦者であることを現在公表していない、っていうか公表していたらシャルルがここに来る前に俺はシャルルの存在を三津村から教えられていたはずだ。三津村も、シャルルの存在を知ったのはIS学園転入後のことだ。

さて、話を戻そう。手は色々あるだろうが最初に考えたのがデュノア社の買収だった。

フランス政府に対しては問題ないはずだ、フランス政府はデュノア社の言うことを鵜呑みにしてシャルルが男性IS操縦者であるということを信じてしまった。

これは政府の失態だ、そしてシャルルが男性IS操縦者であることが公表された後に女性であるということがばれたらフランスの国としての信用は落ちる。

何故落ちるか、それは自分が間抜けだと宣伝しているようなものだからだ。

それはなんとしても避けないといけないところだろう、国家のメンツ的に考えて。

そしてこのことは俺の考えたデュノア社の買収にも繋がる、企業とは国に対して雇用を生み出す存在だ、デュノア社はフランスでのIS製造において最大手で多くの従業員を抱えている。

さらにそこから支払われる法人税も莫大なものになり、それがフランスを支えているものの一つになるのだ。

つまりデュノア社を抑えればフランス政府に対して大きい発言権を持つことができ、シャルルの処遇を何とかすることは比較的容易になると俺は考えたわけだ。

しかしこうも簡単に事が進むとは予想だにしなかった。

 

「何でそんなに簡単にOKが出るんですか?」

「三津村によるデュノア社買収の計画が以前から決まっていたのよ」

「どういうことでしょう?」

「それにはね藤木君、キミが大きく関わってくるのよ」

「さらに意味が解りませんね、詳しく教えてもらえますか?」

「デュノア社のIS、ラファール・リヴァイヴは世界中で生産されてるのは知ってるわよね? 実はこのIS日本でも生産されてて、ライセンスを持ってるのは三津村重工なの。開発中の藤木君の新専用機はこのラファール・リヴァイヴの設計をちょっとパクった第三世代のISで今のところかなり順調に開発が進んでいるわ」

「俺の新専用機がラファール・リヴァイヴの設計をちょっとパクったのは解りましたけど、それとデュノア社買収に何の関係があるんですか?」

「この専用機、かなり出来がいいのよ。思わずイグニッション・プランに参加したくなるくらいにね」

 

つまり、楢崎さんが言いたいのはこういうことだ。

俺の専用機の設計が想像以上にいいものになったから、思わずスケベ心が出てイグニッション・プランに参加したくなった。

しかし、イグニッション・プランに参加するには欧州の国家の後押しが必要になる。

そこで考えたのがデュノア社買収ということか、あの位の大企業を乗っ取り三津村謹製の第三世代をフランス政府に突きつければイグニッション・プランに参加するのは可能だと三津村は考えたわけだ。

その影で多数の交渉や説得、または脅迫などがあり三津村の支払う金も莫大なものになるだろうがそれでも三津村は利益を得ることができると考えてるというわけか……

 

「というわけで、キミにも色々やってもらうわよ。私達三津村は男性IS操縦者藤木紀春及びシャルル・デュノアとイグニッション・プランでIS業界の覇権を取りにいくわ」

 

いつの間にかシャルルの三津村入りが決定している!? これは止めないと!

 

「ええと、そのシャルル・デュノアのことで少しお話が……」

「……何の話かしら?」

「シャルル・デュノアって実は女なんですよ」

 

楢崎さんの反応が無い、約一分くらいでようやく反応が返ってきた。

三津村なのに遅い、そんな風に思った。

電話の向こうで楢崎さんはどんな顔をしているのだろう?

 

「マジ?」

「うん、マジ。彼女の全裸を目撃してしまったんですよ」

「藤木君、ちょっと電話切らせてもらえるかしら。急に仕事が入ったの」

 

楢崎さんは俺が返答するより先に電話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、楢崎さんから電話が返ってきた。

シャルルが男性IS操縦者である確証が全く掴めなかったということ、その情報をもたらしてくれた俺に対する礼として俺のもう一つの願い、フランス政府を脅迫しシャルルの扱いに対しては最大限配慮するということが叶った。

 

再度確認したがデュノア社はシャルルが男性IS操縦者であることは公式に発表してないらしく、何とか揉み消すことは可能だと伝えてくれた。

政府に関してはシャルルの正体を見破れなかった件で脅迫しておくということで落ち着いた。そして三津村がデュノア社を手に入れることが出来れば、もうフランス政府としてはシャルルに対して大きく出ることは出来なくなるだろうとのことだ。

 

 

それともう一つ、ラウラ・ボーデヴィッヒに関する資料が送られてきた。

期限は明日までと言っていたがそこは三津村、相変わらず早かった。

 

とりあえず今シャルルに対して俺が出来ることはない、もう一つの懸念であるラウラ・ボーデヴィッヒに集中しよう。

 

俺は資料を読み進めていく、その中で俺の気を引く事柄があった。

遺伝子強化試験体として生み出された試験管ベイビーであるということということだ。

 

なるほど、いかにも”らしい”じゃないか。

 

俺はラウラ・ボーデヴィッヒに対する懸念を益々強める、しかし未だ確証に至ることが出来ない。

コイツに関しては間違ってはいけない、篠ノ之さんのヤクザ疑惑や、鈴のワキガ疑惑、シャルルの粗チン疑惑とは訳が違うのだ。慎重にいこう。

 

資料を読み終わった所で一息つく、気がつくともう消灯時間を過ぎていた。

明日も早いし、シャルルのことやラウラ・ボーデヴィッヒの懸念のこともあるし忙しくなるはずだ。

早く寝てしまおう。

 

「おやすみ……」

「おやすみ藤木君! 自家発電はしないの?」

「うるせえよ」

 

お隣さんはいつの間にか帰ってきていたようだ。




オリ主がラウラに感じている懸念、これがこの一連の話の主題になります。
予想禁止ね。ただでさえ面白く無い話がもっと面白くなくなるから。


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第18話 彼女は……

最近忙しくて書き溜めが出来ない……
師走だし仕方ないのか……


現在、IS学園ではとある噂のせいで大変浮き足立っていた。

 

『月末の学年別トーナメントに優勝した者は織斑一夏と交際できる』

 

そんな何処から出たのかも知れない噂で女子連中は盛り上がっていた。

まあ、彼女達も所詮は高校生なので色恋沙汰の噂の一つや二つで盛り上がっているのも仕方ないことかもしれない。

 

俺はそんな噂の渦中にある一夏、そしてシャルル、篠ノ之さんと共に第三アリーナに向かっていた。

第三アリーナに近づくにつれてあたりの様子が慌しくなる、なにかの騒ぎが起きているらしいと誰かが言うのを聞く。

 

「騒ぎって、なんだろうな?」

「とりあえず見に行く? 観客席からの方が早く見に行けるけど」

「そうだな、まずは様子だけでも見に行くか」

 

俺達はシャルルの提案に従い、とりあえず先にアリーナ内の様子を確かめるために観客席に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、やってるね」

 

アリーナの中では激戦が繰り広げられていた、セシリアさんと鈴がラウラ・ボーデヴィッヒ相手に二対一の戦いを仕掛けているのだが、二人の方が押されているようだった。

 

まあ、当然だろう。俺の懸念が正しいのであれば奴が強いのは当たり前だ。

 

しかし、二人の攻撃はほとんどラウラ・ボーデヴィッヒに当たっていない。

よく見ると、機体の前方で攻撃が止まっているようだった。

第三世代特有の不思議兵装なのだろうか、奴は余裕そうにしている。

 

今度はラウラ・ボーデヴィッヒが攻撃を開始した。機体から触手のようなものが伸び、セシリアさんと鈴が拘束された。

奴は俺より高度な触手プレイが可能なようだ、その技術に俺は少し嫉妬した。

 

ラウラ・ボーデヴィッヒは二人を拘束したことをいいことにボコボコにしている。あれはどう考えてもやりすぎだ。

そんな時、一夏が俺に声を掛ける。

 

「紀春、援護頼む」

 

一夏は奴の暴挙を止めようというのだろう、それには俺も賛成だ、それに友人が傷つけられて何もしないほど俺は薄情者ではない。

 

「任せろ」

 

俺と一夏は同時にISを展開する。

 

一夏が零落白夜でアリーナのシールドを切り裂き、アリーナに突入する。

俺も後に続きヒロイズムを展開、ラウラ・ボーデヴィッヒが操る触手を撃ち抜こうと射撃をする。

あれ? 普通に触手撃ち抜けちゃった、俺の実力も上がってきたということか。

 

その隙に一夏がラウラ・ボーデヴィッヒに突撃するが、一夏は奴の目の前で停止する。

やはり第三世代の不思議兵装か、どういう機能なのかは解らないが厄介そうだ。

しかし、奴が一夏に集中している今がチャンスだ。俺からドギツイ一撃をお見舞いしてやろう。

 

俺は両手にサタデーナイトスペシャルを展開し、奴に向けて構える。

当たりにくさは接近してカバーする、そう思って撃とうとするとシャルルもISを展開し俺の動きに追従してアサルトライフルを撃つ。

 

「ちっ……。雑魚が群れたところで……」

 

一夏の拘束は解けたようでそこから離脱するが、今度は俺とシャルルの弾丸が奴の目の前で停止する。

奴の不思議兵装は見えないシールドなのだろうか? そう思っていると奴の肩についてる大型カノンがシャルルの方向へ向く。

 

俺はとっさに盾を構え、シャルルの前に立つ。大型カノンの弾丸が盾に着弾し俺は大きく吹き飛ばされる。

 

「紀春っ!!」

 

シャルルの声が聞こえたような気がしたが、俺は吹き飛ばされた先の壁に激突し意識を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと目の前には割りと知ってる天井が見えた。

俺はどうやら気絶するたびにお世話になる保健室に居るらしい、ってまたか。

 

薄く目を開けると、保健室は大賑わいのようで大勢の女子が一夏とシャルルに詰め寄っていた。

何か嫌な予感がする、俺はとりあえず寝たフリを続けておいた。

 

女子達の話を聞くに、月末の学年別トーナメントはタッグでの試合形式になるらしい。

つまり彼女らは男子と組みたいがために二人に詰め寄っているということか。

 

しかし彼女達の現実は非情なものだった、シャルルが女だとバレるのを危惧したであろう一夏はシャルルと組むと言い出したのだ。

いい判断だ、俺が一夏の立場でもそうしただろう。

断られた女子達は不満そうにしているが、他の人と組まれるよりマシだと思ったのか諦めたみたいだ。

 

寝たフリをしていてよかった……俺が起きてたら女子の次の標的は俺になってしまうだろう。

そう考えながら寝たフリを続けていると、本当に眠くなってしまい俺はまた眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紀春、起きてる?」

 

そんな声とドアの開けられる音で俺は目を覚ました。

声の主はシャルルだ、俺はベッドから起き上がった。

 

「また寝すぎて頭が痛い……」

「大丈夫? 水持ってきたけど」

「ありがとう、貰うよ」

 

そう言い、シャルルからペットボトルを受け取る。

窓の外は暗くなっており、あれからかなりの時間が経ったことが予想される。

飲み込んだペットボトルの水は冷たく体に染み入るような感覚を覚えた。

 

「さんきゅ、結構のど乾いてたみたいだ」

「大丈夫?」

「ああ、大丈夫。気絶なんて俺にとっては日常茶飯事だから」

「日常茶飯事な時点で大丈夫じゃないね……」

「よせやい、照れるぜ」

「僕、別に紀春のこと褒めてないからね? それにカノン砲を受け止めるなんて無茶すぎるよ」

 

シャルルが呆れた様子で俺に話す、確かに無茶をしたと思う。

でも体が勝手に動いちゃったんだもん仕方ないじゃないか。

 

「正直言って、あの時は無我夢中でね。俺も無茶したとは思ってるよ」

「本当に、もう少し考えてよ」

 

シャルルは不満を言うが、その割には嬉しそうな態度を見せる。

何か良いことでもあったのだろうか?

さて、今この場には俺とシャルルしか居ない。

早速だが、好都合なので今のうちにシャルルの未来について話しておこう。

 

「唐突だがシャルル、お前にとって悪いニュースと多分良いニュースがあるんだがどっちから聞きたい?」

「本当に唐突だね、何かあったの?」

「前に独自に動いてみるって言ったろ? その結果が出たので報告しようかと」

 

その言葉にシャルルは顔色を変える、幾分真剣な表情で俺に言葉を返した。

 

「だったら、悪いニュースからにしようかな?」

「おっ、先にそっちから行くか。さてはお前、好きなものは最後に残しておくタイプか?」

 

もしそうだとしたら奇遇だ、俺もそのタイプなのだ。

 

「前置きはいいから、話してもらえるかな?」

 

場を和ませようとして言ったことだが、少し悪い空気にさせた。

どうやらふざけてる場合ではないようだ。

 

「……じゃ、悪いニュースからね。近々発表があると思うんだけど、デュノア社は存続の危機を迎える」

「そんなの今更じゃないか、それがどうしたの?」

「今までとは桁外れに存続の危機なんだよ、三津村によるデュノア社買収の計画が進行しているんだ」

「三津村って、紀春の居る会社だよね。なんでまた落ち目のデュノア社なんかを……」

 

落ち目って……一応お前の親父の会社だろうに。

どうやらシャルルには自分の会社に対する忠誠心は欠片ほども無い様だ。

 

「どうやら三津村はデュノア社を足掛かりにイグニッション・プラン参入を画策しているようなんだ。あっ、今からデュノア社とか三津村の株とか買うなよ。インサイダー取引になるから」

「そこまではしないよ。で、次の良いニュースは?」

 

シャルルも話が早いな、彼女はいい三津村になれそうだ。スカウトしてみようかな?

 

「じゃ、次のニュースね。シャルル、お前の牢屋行きを免れることができるかもしれん」

「えっ? どういう事?」

「お前が男性IS操縦者であることは正式に公表されてるわけじゃないだろ? 三津村がデュノア社の口を塞ぐことが出来ればお前のことは何とかなるはずだ」

「でも政府が黙ってないはずだよ」

「それが黙らせることが出来るんだよ、フランス政府はお前の男装を見破れなかった。つまりこれはフランス政府の失態でもあるわけだ。そこを突けば人一人の身柄ぐらいどうにでも出来る」

「そんなに上手くいくかなぁ?」

「足りない力は金で補えばいい、三津村はそれが可能だ」

「でも、僕自身に三津村がそこまでする義理は無いはずだよ。どうして?」

「俺が交渉したからに決まってんだろ」

「紀春が? 何でそんな事を?」

「俺とお前が友達だからに決まってんだろ。友達が困ってる時には助けてあげなさいってお母さんに教わらなかったのか?」

「あっ……」

 

シャルルは困惑しているようだ、死んだお母さんを引き合いに出したのは不味かったか。

場の空気が重くなるのを感じる、何か良い話題でこの空気を一掃したいところだ。

そうだ、シャルルに三津村入りを持ちかけるのを忘れてた。

 

「シャルル、一つ提案なんだが」

「何かな?」

「三津村に入ってみる気はないか? デュノア社が無くなればお前の生活も安定しなくなるだろう、三津村で糊口を凌ぐってのは悪い手じゃないと思うんだが」

「えっ、でも……」

「いや、今すぐ返答が欲しいわけじゃないから追々考えてくれればいいよ。決心したら何時でも言ってくれ、俺にだって人一人会社に捻じ込むぐらいの権力はある」

「うん、ありがとう。考えておくよ」

「よし、じゃあこの話終わり! そろそろ帰ろうかな」

 

そう言い、ベッドから降りる。

するとシャルルが紙袋を差し出してきた。

 

「着替えもって来たよ、いつまでもISスーツ着たままじゃ気持ち悪いだろうからって」

「おっ、気が利くね。さんきゅー」

 

俺はシャルルから紙袋を受け取る。

 

「……」

「……」

 

シャルルはそのまま保健室に留まっている。

 

「紀春、どうしたの? そんなに僕を見つめて、流石に照れるよ」

「いや、出てけよ。それとも俺の生着替えでも見たいのか? 見たいって言うんなら見せてやってもいいぞ」

「あっ、そうだったね。ゴメン、僕もう帰るから」

 

シャルルは赤面し、保健室から出て行った。

あいつ意外とスケベだな。いや、別に見せるぐらいなら良いんだけどね。

そう考えながら俺は着替えを始める。さて、タッグパートナーを探さないとな……




フラグ? こんくらいやってとけば充分だろ(適当)

大台突破が現実的な感じになってきました、正直嬉しい。


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第19話 ラウラ・ボーデヴィッヒの正体

タッグパートナーを探している俺だったが、それは難航していた。

以前から持ち上がっている、俺が一年生最強であるという噂が俺に簡単にパートナーを決めさせてくれないのだ。

一年生最強であるとされている俺は無様な負けは許されない、つまりパートナーにする人間にもかなりの実力を求めるとなるとその選定は難航した。

 

しかし、学年名簿を見ると中々の実力者の名前を発見した。

俺はたまたまその人と交流を持っている人物と交流があるので、その人に仲介を頼もうととある所に訪れていた。

 

「たっちゃん! 妹さんを紹介してください!」

「えっ? 何でいきなり?」

「強いタッグパートナーが欲しいんや!」

 

そう、俺が訪れたのは生徒会室だ。

そして今俺が狙っている人物、それはたっちゃんの妹である更識簪だ。

更識簪……日本代表候補生であり、たっちゃんの妹。実力は代表候補生ということで高いものが期待されるし、たっちゃんの妹と言うことで仲介もしてもらいやすい。

俺的には言うこと無しだった、彼女の意見を聞いてはいないがもし良ければタッグパートナーになってもらいたいと思う。俺も一年生最強と大手を振って歩けるような自信や実力を身につけてる訳ではないが、それでも一年生の中では上位の実力を持っているとは思う。

彼女が優勝を狙うのであれば俺は悪い物件では無いと思うのだが……

 

「ゴメン無理」

「ええっ!? 何でさ?」

「私、簪ちゃんに露骨に避けられてるのよね……理由はなんとなく解るんだけど、解っている分余計に私からは近づきづらいっていうか……」

 

簪ちゃん? 更識簪のことでいいのだろうか? 

しかし、俺には兄弟姉妹は居ないがなんとなく解る。多分更識簪はいつも姉と比較され続けていたのではないだろうか? 

確かにたっちゃんは凄い人だと思う、更識のトップとロシア国家代表とIS学園生徒会長を兼任している人だ。

他人なら凄い人という評価でいいのだろうが、それが身内となるとあまり心地良いものでも無いのかもしれない。

 

「なんだか、デリケートな話っぽいね。深くは聞かないでおくよ」

「そうしてくれると助かるわ」

「しかし、困ったぞ。だったら誰に仲介を頼めばいいのだろうか……」

「本音ちゃんに頼んでみたら?」

「本音ちゃん? ああ、布仏さんのことか。布仏さん、どう?」

 

そう言って横を見る。

布仏さんは、俺の横でクッキーを貪っていた。

 

「かんちゃんとのりりんがタッグを組むのは無理じゃないかなぁ?」

 

かんちゃん? 出会ってもいない更識簪の呼び方のバリエーションばかり知ってしまうなと思う。

 

「あれ? 何でだ?」

「かんちゃんはもうタッグ組むひと決めてたはずだよ」

「それ先に言えよ」

「え~、だって聞かれなかったし~」

 

お目当ての更識簪に出会う前から振られてしまった。

更識簪が駄目となると、他に居る実力者は……篠ノ之さんか?

 

しかし、ア○ルの一件以来どうも篠ノ之さんと距離感を感じるし近接戦闘では役立つが射撃を含む戦闘となると正直力不足な感が拭えない。

セシリアさんと鈴はトーナメントに出れないし、残る実力者となると……奴か。

 

正直気乗りしないが、奴のことを見極められるチャンスかもしれない。

嫌なことから逃げ続けても俺は進歩しないだろう、それに俺の懸念が正しければ奴は俺にとって一生付いて回る問題になるはずだ。

 

「解った、他の人に当たってみるよ」

「誰か当てでも居るの?」

「多分今一年生で一番強い奴に会いに行くよ」

「一年生最強ってノリ君じゃないの?」

 

たっちゃんがニヤニヤしながら言う、こいつ解ってるのにそんな事言うのか。

 

「あれはたまたまだよ、ラウラ・ボーデヴィッヒに話を持ちかけてみるよ」

「そうね、性格には難がありそうだけど彼女の実力は本物よ。勝ちたいのなら彼女と組むのが一番でしょうね」

「性格に難がありすぎるような気もするけどね。では、お邪魔しました」

 

そう言い生徒会室から出た。

さて、ラウラ・ボーデヴィッヒは何処に居るだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラウラ・ボーデヴィッヒは簡単に見つかった。

たまたま廊下を歩いているところに出くわしたのだ。

 

「何の用だ? 藤木紀春」

「あれ? 一夏以外の男は眼中に無いと思っていたが俺のことも知っていたとはね」

「……」

 

ラウラ。ボーデヴィッヒは俺を睨みつけ、そこから去ろうとする。

 

「おい、待てよ。お前に話がある」

「……手短に言え」

「俺とタッグを組め。一夏と戦うのが何時になるかは解らんが俺とお前が組めば確実に上まで上がれる」

「興味ないな、タッグパートナーなど誰でも良い。私一人で充分だ」

「やっぱりそう言うと思ったよ。なら俺と勝負しろ、俺が勝ったら俺とタッグを組め」

 

ラウラ・ボーデヴィッヒは呆れた顔で言葉を返す。

 

「益々興味ないな、第一私とお前が勝負して私に何の利益がある?」

 

奴はそう言い捨てまたそこから去ろうとした。

 

「逃げるのか少佐殿? 敵前逃亡は銃殺刑じゃなかったか? それともドイツ軍は腰抜けの集まりか?」

「貴様っ!!」

 

その言葉に怒ったラウラ・ボーデヴィッヒは俺に詰め寄る。

 

「おお、怖い怖い。でもそう言われても仕方ないだろ? お前は腰抜けの臆病者なんだから」

「貴様……どうやら死にたいようだな?」

 

奴は俺の挑発に思いっきり乗ってくれている、結構単純な奴で俺も扱い易い。

このまま俺のペースで交渉を進めてしまおう。

 

「悪いがまだ死にたくはないんだ、死ぬ時は腹上死って決めてるんでね。それに俺を殺したら愛しの織斑教官に嫌われちゃうよ? 俺は貴重な男性IS操縦者なもんでね」

「……くっ!」

 

奴の目からは殺意が発せられるが、本気じゃないこと位俺にもお見通しだ。

 

「で、勝負するのか? しないのか?」

「いいだろう、その話乗ってやる。ISでの勝負でいいか? 死なない程度にいたぶってやるぞ?」

「お前、織斑先生の話聞いてなかったの? ISでの私闘はトーナメント終了まで厳禁だって」

 

俺が気絶している間に決められた話だが、一夏からそんな話を聞いた。

 

「……だったら何をする気だ?」

「もっと平和にいこうぜ? そうだ、スポーツなんてどうだ?」

「いいだろう、私とお前の差を教えてやろう」

「よし、決まりだ。明日の放課後ソフトボール部のグラウンドまで来い。そこで野球で勝負だ、ルール知ってるか?」

「大丈夫だ、知っている」

「そうか。じゃ、明日の放課後待ってるからよろしくねー」

 

そう言い俺はその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、時は過ぎ翌日の放課後となった。

 

「来たようだな……」

「ああ、始めようか」

 

俺はマウンドに立ち、ラウラ・ボーデヴィッヒを見つめる。

ソフトボールのマウンドは野球のマウンドよりホームベースに近く作ってあるため、昨日ソフトボール部にお願いして特別にマウンドを作ってもらっておいた。

ソフトボール部の支配者である俺に逆らえる部員は居ない、そのため彼女達は嫌な顔一つすることなく俺に協力してくれた。

塁はそのまま使用している。俺が奴と行うのは一打席勝負であり、塁間の短さはあまり関係ない。

 

「さて、ルールを説明しよう。今から俺と一打席の勝負をしてもらう、このままのルールだと俺に有利すぎるので守備に就く人間は俺とキャッチャーとファーストのみだ。守備に参加できる人間は俺のみ、キャッチャーとファーストは球を俺の投げた球を取ることしかさせない。多分これでお前の不利はあまりなくなったと思うのだが質問や要望はあるか?」

「いや、このままのルールでいい」

 

このルール、別に公平になるように決めたわけではない。ただラウラ・ボーデヴィッヒに不公平感を感じさせなければそれで充分だ。

別に守備要員なんて最初から必要ない、奴のバットに俺のボールが当たることなんてありえない。

なぜなら俺は野球のチートの持ち主なのだから。

 

「じゃ、行くぞ……」

 

俺はマウンドの上で投球モーションに入り全力のストレートをド真ん中に投げた。

 

バチィィィン! という音と共にボールがキャッチャーミットに収まる。

 

「ス、ストライク!」

 

球審が大声でストライクを宣告する。

 

「何……あれ……」

「160キロ出てる……あんなの高校生が投げれる球じゃないでしょ……」

 

俺とラウラ・ボーデヴィッヒの勝負を観戦していたソフトボール部員達がざわめく、スピードガンも用意していたらしくその球速に更に驚いているようだった。

 

「どうした、振らないと打てないぞ」

「……」

 

ラウラ・ボーデヴィッヒは俺の挑発を無視する、さてもう一球いってみるか。

そうして俺は立て続けにストレートを投げた、今度は球速を少し抑え目に投げてみたがその効果は覿面だった。

奴はタイミングを外し、またストライクとなった。

 

「もう追い込まれてるじゃないか、本気出せよ」

 

俺は相変わらず挑発を続ける、言葉で奴の心を掻き乱し少しでも自分に有利な状況を作るためだ。

 

「……ああ、そうだな。藤木紀春、私は正直貴様を侮っていた。そして貴様の実力は高い、それも認めよう。しかし勝つのは私だ、私の本気を見せてやる」

 

そう言い、ラウラ・ボーデヴィッヒは眼帯を取った。

眼帯の下からは金色の瞳が輝いていた。

 

「へぇ、オッドアイか……結構お洒落さんなんだな」

 

あの眼帯を取った瞬間からラウラ・ボーデヴィッヒの纏う空気が一変した気がする、そして俺の懸念は確信に変わる。奴は――いや、今はこの勝負に集中しよう。

追い込んではいるがきっと勝負はここからだ、むしろ追い詰められた感覚さえ覚える。

 

「……」

 

無言のまま投球モーションに入る、今度の球はフォークだ。

素人にこの球が捉えられるはずがない、俺は渾身の力を込めて投球した。

 

しかし、奴のバットがボールに当たる。

打球はファールゾーンに入り、俺は胸を撫で下ろすが追い込まれてるのが自分だと再確認させられたような気分で焦る。

ヤバイ、昔次郎さんと俺が戦った時と同じような展開になってる。このままあの時の展開をなぞるような事になったら俺の負けは確実だ。

俺は奴に負けるわけにはいかない、俺には野球のチートを持つものとしてのプライドがあるし、何よりオリ主としてコイツだけには負ける訳にはいかないのだ。

 

「変化球か、詳しいことは解らないがあれだけ曲がるものだとは思わなかったぞ」

「随分余裕そうだな、相変わらず追い込まれてるのに」

「言っただろう、勝つのは私だと」

「……」

 

決めた、次で絶対にアウトをもぎ取ってやる。このままファールを打ち続けられていては俺が徐々に不利になるだけだ。

俺はオリ主パワーと野球チートの全てを込め、ボールを投げる。

投げる球種はスプリット、某マークンのシーズン24連勝を支えた決め球だ。

 

「くうっ!」

 

そんな声と打球音が同時に聞こえた、その時世界がゆっくりと動き出す。

放たれた打球はセカンド方向にライナー気味に飛んでいく、俺は左方向に飛んでいくその打球を俺は見逃さなかった。

まだ勝負はついてない、これを捕ることが出来れば俺の勝ちだ。

俺はオリ主跳躍力を全開にしボールに飛び掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

腹が痛い、ボールに飛びついてそのまま地面にうつ伏せの状態で落ちたからだ。

グローブを見ると、そこにはラウラ・ボーデヴィッヒが打った打球が確かに存在した。

俺はこの勝負に勝つことが出来たのだ。

 

「はぁ、勝てたのか。俺」

 

立ち上がり、ラウラ・ボーデヴィッヒを見ると奴は目を丸くしていた。

 

「あんなのが……取れるのか」

「悪いな、俺は野球の天才なんだ。そして俺の勝ちだ、俺と組んでもらうぞ」

「……ああ、いいだろう。素直に負けを認めよう」

 

俺は手を差し出す

 

「何だ?」

「馴れ合うつもりは無い、しかし最低限のコミュニケーションぐらい取ってくれよ? 少佐殿」

「解った、私のことはラウラでいい。少なくともお前に対して軍人ぶるつもりはない」

「了解。じゃ、よろしくなラウラ。俺のことは藤木でいい」

「ああ、しかしお前の指図も受ける気は無い。そこを忘れるな」

「別に構わないさ、俺がお前に求めてるのは強さだけだ。それ以外は俺の迷惑にならなければ何も言うつもりはない」

「それでいい、ではよろしく頼む」

 

そう言い、ラウラは俺の手を握り返した。

この瞬間、一年生タッグトーナメント最有力の優勝候補チームが誕生した。

そして俺は手を解きソフトボール部員の方へ向いた。

 

「お前達! 俺とラウラがチームを組んだことを絶対に口外するなよ! もしこの話が漏れたら全員に地獄を見せてやるからな!」

「はい! 解りました!」

 

口止めはこれ位でいいだろう、俺が求めるのは勝利だ。勝利の可能性を少しでも大きくするためなら俺は手段を選ばない。これもその一環だ。

 

俺はラウラと別れ、ソフトボール部のグラウンドに設置された野球用のマウンドを部員と共に撤去し寮へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特別室に帰り、ラウラ・ボーデヴィッヒについて考える。

今まで彼女を見てきて、俺の懸念は完璧なものとなっていた。やはりあいつがそうなのだろう。

銀髪、15で少佐というありえない階級、試験官ベイビーなのは親の存在を邪魔だと思ったからなのだろう。そして極めつけは今日見たオッドアイ。

 

もうこれは確定でいいだろう、奴は俺と対を成す存在だ。

 

そう、ラウラ・ボーデヴィッヒは踏み台転生者に違いない。




この話を書くためにオリ主に散々勘違いをさせてきたり、野球チートを付与させたりしてきました。長い前置きだった……

そして、大台突破。皆様ありがとうございます。


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第20話 不信のタッグトーナメント

「そういえばさ、紀春ってタッグパートナー決めたの?」

「ああ、決めたよ。結構強い奴が居たんで、そいつにお願いした」

「へぇ、誰なの?」

「教えるわけないだろ、俺達はお互い敵同士なんだぞ。敵に情報はくれてやらないのさ」

「ズルイな、俺達はバレてるってのにお前は隠してるなんて」

「勝手にそっちがばらしたんだろ。まあ、あえて言うならウチのチームは強いぜ、俺は本気で優勝狙ってるからな。もちろんお前達にも負けるつもりはない」

「そうか、それは楽しみだ。でも俺達だって専用機持ち二人で組んでるんだ、俺達だって負けるつもりはさいさ」

 

現在俺と一夏とシャルルは更衣室でトーナメントの開始まで待機している、更衣室に設置されたモニターからは観客席の様子が映し出されており、そこには各国の政府関係者や、研究所員、企業のエージェントたちの姿が映し出されている。

その中に俺の良く知る人も居た。

 

「楢崎さんと不動さんも観客席に居るのか、こりゃ恥ずかしい所は見せられないな」

「知り合いでも居たのか?」

「ああ、三津村の秘書と俺の機体の開発担当だ。授業参観に来られたみたいでやりにくいな」

「ふーん、会社勤めは辛いねぇ」

 

一夏はまるで興味なさそうに言う、多分コイツの頭の中はラウラのことでいっぱいなのだろう。

セシリアさんや鈴のことで思うことがあるようだ。まぁ、ラウラのやった仕打ちは褒められたものではないと思う。

そんな奴とタッグを組む俺も大概だと思うが。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒのことが気になるのか?」

「まぁ、な……自分の力を試せもしないってのは、正直辛いだろ」

 

一夏の顔が歪む、それを見たシャルルが一夏を宥める。

 

「感情的にならないでね。彼女は、おそらく一年の中では現時点での最強だと思う」

「そうなのか? 俺はてっきり紀春が最強だと思っていたが」

「またその話かよ、何度も言うが俺は最強じゃないって。あれは運が良かっただけだ」

 

以前ラウラを襲撃した時だって俺は全く役に立たなかった、現在一年生最強なのはラウラに間違いないだろう。

 

そんな時更衣室のモニターが切り替わる、トーナメントの対戦表が映し出された。

 

「あっ、対戦相手が決まったみたいだね」

「俺達はAブロックの第一試合か、相手は――っ!」

 

一夏とシャルルの顔が驚愕に染まる、そして二人は振り返り俺を見る。

トーナメントの対戦表によると第一試合は俺とラウラのペアと一夏とシャルルのペアが戦うことになっていた。

 

「紀春、お前どういうつもりだよ!」

 

一夏が怒鳴る、俺と奴が組むなんて一夏としても予想外だったのだろう

 

「……言ったろ? 俺は本気で優勝を狙ってるって」

「だからって……なんでラウラ・ボーデヴィッヒなんかと!」

「奴が強いからさ、それ以外に理由は無い」

 

もう一つの目的である奴が踏み台転生者であるかという確認もあった、しかしそんな事を一夏達に喋るわけにはいかない。

 

「じゃあな、急がないと試合開始時刻に間に合わなくなる」

 

そう言い、俺は更衣室を後にした。

一夏、怒ってるだろうな……しかし俺もオリ主としての役目を果たさないといけないのだ。

 

一夏から主役の座を奪い取る、そのために必要なのはきっと勝利だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑一夏は私がやる、お前は手を出すな」

 

ピットで試合開始までの準備をしていると、ラウラがそう言った。

 

「ああ、別にお前の邪魔をするつもりは無い。しかし気をつけろ、一夏は土壇場には強いぞ」

 

一夏は主人公だ、主人公ってのはピンチになれば強くなるものだ。

そしてラウラは踏み台転生者だ、普段は強いがいざとなれば役に立たなくなるだろう。

つまり、この戦いに勝利するためには俺の動きが重要になるはずだ。

 

「私が織斑一夏に負けると?」

「一夏のワンオフは脅威だ、あれを食らえば一撃で勝負を決められる。俺達が絶対的に有利ってわけでもないんだよ」

「貴様……何が言いたい?」

「敵を舐めるな。それだけだ」

「私は軍人だ! ISをスポーツか何かと勘違いしている奴に負けるわけがない!」

 

ラウラは急に怒り出す、自分の実力に自信があるのだろうが、そんな奴は大概足元を掬われるものだ。

コイツとタッグを組んだのは間違いだったかな?

 

「……解ったよ、好きにしろ」

 

俺達のチームの実力は一番だろうが、コンビネーションの訓錬なんて全くしてない、不安は尽きることはないのだ。

しかし時間は待ってくれない。

さぁ、俺が望んだ闘争の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」

「そりゃあなによりだ。こっちも同じ気持ちだぜ」

 

俺達はISを装備したままアリーナに降り立つ。

ラウラと一夏はやる気マンマンだ。

ふとシャルルを見ると、彼女も真剣な面持ちで俺を見る。

 

張り詰めた空気の中、俺達の試合開始が告げられた。

 

一夏が瞬時加速(イグニッション・ブースト)でラウラに迫る、それに対してラウラは右手を突き出し、ラウラのISの不思議兵装であるAICで一夏は動きを封じられた。

ラウラが、レールカノンで一夏に射撃を試みようとするがそこにシャルルが迫る。

しかし、俺だって黙って見ているわけではない。ヒロイズムを展開し、シャルルの居る方向に移動しながら三発連射する。

二発は外れるが、一発がシャルルに着弾する。しかし着弾の衝撃をシャルルは無視しラウラを襲う。

 

ラウラはシャルルに横槍を入れられ一夏を開放してしまい、一夏はその隙にラウラから距離を取る。

 

「おい! 邪魔者はちゃんと抑えておけ!」

「はいはい、悪うございましたね。なにぶん射撃は苦手なもんでね」

 

ラウラが通信を繋げ俺を罵倒する、コイツの本性が見えた気がする。

まあ、俺達にコンビネーションなんて無いのだから分断するのは悪い手じゃない。

俺はサタデーナイトスペシャルを両手に展開し、牽制に撃ちながらシャルルを追いかけまわした。

 

「紀春は僕を狙ってるのかな?」

「カワイイ子のケツを追い掛け回すのは嫌いじゃないんでね」

「可愛いって……今は戦闘中だよ!?」

 

軽く口説いてみると、シャルルの顔が心なしか赤く染まる。

コンバットパターン・ロミオ、口説いて相手をかく乱する戦闘法は俺の基本戦術だ。

どうやら、シャルルにも効いているようだ。

 

「どうだ? 俺と付き合ってみないか?」

「それ、他の子にも言ってるでしょ」

「いや、お前だけだよ。マジで好きなんだ」

「山田先生に聞いたよ、紀春は戦闘中に口説いてくるから気をつけろって!」

「……マジで山田先生がそんな事言ったの?」

「そうだ……よっ!」

 

山田先生……何でバラすんですか、しかも男とされているシャルルにそんな事言うなんてホモ展開でも期待してるんですか?

ホント、IS学園の女には碌な奴が居ないな。

 

そんな会話と弾丸の応酬からシャルルは急旋回で抜け出し、一夏の元へ飛ぶ。

俺もドリフトで後を追うが、旋回性能が天と地ほどの差があるので大きくシャルルと差を開けられる。

 

一夏は苦戦しているようでラウラから逃げ回っていた。

AICを持つラウラに対して近接装備しかない一夏は圧倒的に分が悪い、シャルルもその事が解っているようでショットガンでラウラに射撃を行う。

 

俺は突突を展開し瞬時加速(イグニッション・ブースト)でシャルルを追いかける。

シャルルは俺の突撃を回避するために射撃を中止し大きくバランスを崩す、とりあえず俺の目論見は成功した。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)の勢いで壁が迫るが、姿勢制御して壁を踏みつけ頭からの激突を避ける。

 

「藤木! 抑えていろと言っただろう!」

「完全には無理だって、向こうは二人で一緒に戦いたいみたいだし」

「この役立たずが!」

 

またラウラに怒られる、しかし俺にだって出来ない事だってあるんだ。

そして、一夏達はその隙に大きく距離を開けた。

俺もラウラから距離を取る、近づいて邪魔したらまた怒られるからね。

 

さて、仕切りなおしだ。

そんな事を考えていると一夏は俺に、シャルルはラウラに向かって突撃する。

いい選択だと思う、一夏ではラウラ対して勝ち目は薄いだろう。

それに一夏の零落白夜は俺にだって脅威だ、この組み合わせが一番あいつらにとって有利に進むだろう。

 

「紀春うううっ!!」

「そんなに熱くなるなって、クールな奴のほうがモテると思うぞ。俺は」

 

俺は右手に霧雨を展開し、一夏と切り結ぶ。

零落白夜の影響か、霧雨から火花が散り少しずつ削れていく。

やはり、一夏相手に近接戦闘は危険か。

 

「セシリアや鈴がアイツに何をされたのか解っているのか!? どうしてアイツと組んだ!?」

「だから言ったろ? 俺は勝つためにラウラと組んだって。本当だったらお前かシャルルと組みたかったんだが先を越されちゃ仕方ないだろ?」

「いや、それだけじゃないはずだ。のほほんさんに聞いたぞ、元々は四組に居る代表候補生と組みたがっていたって」

「振られたんだよ。言わせんな恥ずかしい。それに布仏さんは俺がラウラと組もうとしてることは知っていたはずだ。お前、最初から俺が誰と組むのか知ってたんじゃないか」

「いや、そこまでは聞いてない」

「そうか。それより一夏……」

「……何だ?」

「ボディが甘いぜ!」

 

俺は空いてる左手で盾を掴み、盾の先端で一夏の腹を突いた。

一夏が一瞬よろめく、その隙に俺は大きく後ろに後退し突突を展開し、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で再度一夏に迫った。

 

「そんなの、見え見えなんだよ!」

 

その言葉と共に一夏は俺の突撃を回避する、この突撃当たったことがあったっけ?

あ、無人機と戦った時に一回だけ当たったな。でもアレはたっちゃんのアシストがあったから成功したようなもんだ。

まあ、俺の狙いは一夏じゃないので落ち込む必要は無い。

 

俺はドリフトで方向を変え、ラウラに攻撃を加えているシャルルの下を目指す。

シャルルはラウラに対し中距離で射撃を繰り返しており、ラウラもAICがあるためダメージを負っているわけではないようだがそれでも攻めあぐねているようだった。

俺はそんなシャルルの背中に突突を突き刺すため加速をつける。

 

「させるかっ!」

 

また、旋回性能の低さが仇になった。シャルルの背中を突き刺そうとしている直前に横から一夏のタックルを食らい、俺は吹き飛ばされる。

 

二、三回地面をバウンドし、なんとか停止する。

そしてそこに迫る一夏、俺はなんとか体勢を立て直し膝立ちで零落白夜の振り下ろしを盾で防御するがこちらの盾も霧雨同様、火花を散らせながら削れていく。

ヤバイ、ピンチだ。

 

「ラウラ! ヘルプ!」

「自分で何とかしろ!」

 

やっぱりラウラは助けてくれない、こいつに少しでも期待した俺が馬鹿だったとでもいうのか。

とにかく自分の事は自分で何とかしないといけないようだ。

 

ふと思いついて、右手で地面の土を抉る。そしてそれを一夏に投げつけた。

 

「うわっ!?」

 

一夏は突然現れた目潰しに驚いたの振り下ろす力が弱まる。

更に俺は一夏に持っていた盾を押し付け、その場から離脱した。

 

「卑怯なっ!」

「卑怯で結構!」

 

サタデーナイトスペシャルで弾幕を張り、一夏から逃れる。一夏は俺に追撃を試みるがそれをラウラのワイヤーブレードが阻む。

 

「お前の相手はこの私だ!」

 

さっきまで俺に一夏を押し付けて助けもしてくれなかったのによく言う。

しかし、今の状況ではありがたい。盾を失ってしまった俺は大幅に防御力がダウンしているし零落白夜を防ぐにも霧雨はもう使い物にならない。

突突を盾代わりに使うのはいささか無理があるだろう。

 

「盾を失ったなら、もう紀春は怖くないね!」

 

そんな俺に現実はまたしても非情だ。ラウラの相手から解放されたシャルルが俺に迫ってくる。

 

「ちいっ!」

 

俺はシャルルから逃れながら、牽制にサタデーナイトスペシャルを撃つ。

試合開始直後と立場が逆転する。シャルルとしては俺をさっさと倒して一夏の救援に向かいたいところなのだろう。

やはりここでも旋回性能の差がネックになってくる。

直線でどれだけ引き離そうと、アリーナは俺の全力で飛べるほど広くはないしドリフトで旋回するとスピードが落ちる。

そのドリフトの合間にシャルルは正確な射撃で俺のシールドを少しずつ削っていく。以前の山田先生と同じ戦法を取られていた。

一難去ってまた一難。サタデーナイトスペシャルの残弾も残り12発、レインメーカーは役立たずだし、ヒロイズムは狙って撃つ武器だ。この状況は俺にとってあまりにも危ない。

何とかして状況を打開しないと……

 

とにかく距離を離して迎え撃つ体勢を整えないと俺としてはどうにもならない。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用しアリーナの端から端まで一気に移動する。

また壁を足で踏みつけ激突を回避し、追って来るシャルルをヒロイズムを展開し待つ。

その先で俺を待っていたのは驚愕だった。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)だと!? お前使えたのかよ!?」

「今初めて使ったからね!」

 

シャルルが弾幕と共に俺に迫る、俺は今度こそやられてしまうのだろうか?

 

あれ? この動きどこかで見たことがあるぞ?

えーっと……そうだ! 群馬で有希子さんが散々俺に食らわせてきたとっつきを使ったコンバットパターンに良く似てる動きだ!

 

有希子さんは弾幕と共にとっついてきたわけじゃないけど、俺を倒す時に有希子さんはいつも瞬時加速(イグニッション・ブースト)から盾をキャストオフさせとっつきを俺に食らわせてた。

これ、もしかしたら逆転できるかも知れないな。

 

俺の予想通りにシャルルが俺をとっつきで倒そうと考えてるのなら、狙われるのは腹だ。

それを防ぐにはどうすればいい? いや、ここはライフで受ける! そして守ったら負ける! 攻めろ!

 

俺は壁を背にシャルルを待ち構え、左腕を背中で隠す。シャルルより先に銃弾が俺に襲い掛かるが気合で耐え抜く。

 

「これで、終わりにさせてもらうよ!」

 

案の定シャルルは盾をキャストオフさせとっつきを俺の腹に向かって放つ。

俺はこれをまたしても気合で耐え抜いた。

 

「ぐぅっ!!」

「まだまだっ!」

 

シャルルは俺にトドメを刺すつもりだろうが、全ては俺の目論見通りだ。

俺はシャルルがとっつきを放つ前に左手に展開していたレインメーカーを両手で構える。

俺とシャルルの距離はゼロだ。

 

「えっ!?」

「待ってたよ、この瞬間を」

 

左手でトリガーを引く、シャルルは至近距離から放たれたレインメーカーの散弾を全て受け吹っ飛んでいった。

 

吹き飛ばされたシャルルが立ち上がろうとするがシャルルの乗るISは煙を吹き、動かなくなった。

 

「くぅっ、もう少しだったのにな……」

「さっきの動きは知っていたんでな、お前がパイルバンカーを出してくるだろうと予想していたがうまくいったよ」

「僕の動きが読まれてたっていうの!?」

「俺の先生が同じような動きをしていたのを覚えていただけだ。シャルル、運が無かったな」

「紀春の先生って?」

「三津村のテストパイロットだよ、彼女もラファール・リヴァイヴを使っていた」

「そうだったんだ……必死でやってたんだけど、紀春に読まれてたなんて何か悔しいな」

「悪いな、俺ってまぁまぁ強いんだ」

 

そう言い残し、俺はラウラと一夏の居る方向へ向かう。

勝利は目の前だが、あの踏み台が余計なことをしないとは限らない。気を引き締めていこう。




タッグ戦闘回前編終了、明日は後編です。

しかし、年末は本当に忙しい……騎士様としての勤めもあるし、地球防衛も難航しているし、年が明けて一月の後半になると大統領として活動しないといけないもんだから大変です。


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第21話 オリ主が誘うヘルロード

オルフェーヴルに感動した!


「織斑一夏アァァァァ!!」

「ラウラ・ボーデヴィッヒイィィィィ!」

 

ラウラと一夏が激突する、一夏の獲物は零落白夜を展開した雪片弐型、ラウラの獲物は二つのプラズマ手刀だ。

ラウラの獲物結構カッコイイな。不動さんにお願いして新専用機につけてもらいたいな。

二人は激しく剣を打ち鳴らし、一進一退の攻防を繰り広げている。

俺の射撃技術では援護するにも不安がある、かと言って霧雨であの格闘戦に参加するわけにもいかない。一夏の攻撃で霧雨はボロボロなのだ。

まあ、いいタイミングで援護に入ろう。

 

そのタイミングがすぐに訪れた、一夏の振り下ろしをラウラがAICで止める。

俺はそれを見て瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動、一夏の脇腹に強烈な蹴りをお見舞いする。蹴りを選択したのは、当たらないジンクスがある突突では不安に思ったからではない、ないったらない。

ラウラのAICが切れ、一夏が吹っ飛び壁に激突する。

 

「貴様! 邪魔をするな!」

「こっちはもう始末しておいた、あまりに暇だったもんでついやっちゃったよ」

「織斑一夏は私の獲物だと言っているだろう!」

「仕留めるのが遅すぎるんだよ、これは遊びじゃないんだぞ少佐殿」

 

ラウラが本気を出せば一夏をAICに磔にして瞬殺することだって可能なはずだ。

しかしラウラはプラズマ手刀での斬り合いを選択した。これは怠慢以外の何物でもない。

 

「ぐ……っ」

 

一夏が土煙の中から姿を現す。

 

「紀春……お前……」

「シャルルはもう倒した。二対一のこの状況、お前に勝ち目は無いぞ」

 

一夏に勝ち目はあるのだろうか、主人公の本領はピンチになってから現れるものだ。

そして、俺だってオリ主だ。シャルルにとっつきを食らおうかというピンチの状況で逆転してみせた。

つまり、主人公である一夏に闘志がある限り油断は出来ない。

 

俺は突突を展開し構える、この武器に不安が無いとは言い切れないが今の俺に一夏に対抗できる武装もこれ位しかない。霧雨……もう一本あればよかったのにな。今度不動さんに言ってみよう。

 

「じゃ、これで終わりだ」

 

一夏が構える所に、俺は突撃を決める……はずだった。

ラウラのワイヤーブレードが足に絡みつき俺は突撃の勢いで転倒する。

そして俺を飛び越え、ラウラが一夏に突撃していった。

 

「テメェ!! 何しやがる!?」

「邪魔をするな……次邪魔したら、殺すぞ」

 

ラウラは相変わらず踏み台だった、飽くまで自分本位に物事を進めたいらしい。

流石に俺もイライラしてくる、タッグパートナーでなければブン殴っているところだ。いや、この試合が終わったら絶対ブン殴ってやる。

女だからって知ったことではない、以前も篠ノ之さんを襲ったことだってあるんだ。

俺はその辺は男女平等主義だからね。

 

ラウラはああ言ったが、今更アイツの言うことなんて聞くわけが無い。

殺す? 上等だ、織斑先生に言いつけてやるからな。

 

二人は近接戦闘でまた一進一退の攻防を繰り広げており、目まぐるしく体勢が入れ替わる。

そんな中俺が倒れている場所からちょうど一夏が背を向け立つような格好になる。

 

これはチャンスだ、勝利をモノにすることとラウラに嫌がらせをすることを同時にこなすには、俺が一夏を倒せばいいのだ。

俺はヒロイズムを展開し、一夏の背中を狙う。

そしてトリガーに指を掛けようかという瞬間、ラウラの怒号が響く。

 

「いい加減にしろおおおっ!! 藤木紀春うううっ!!」

 

ラウラの肩に装備されているレールカノンが俺に向かって火を噴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ぁ……っ……」

「紀春! 大丈夫!?」

 

少しの間気絶していたようで、俺はシャルルの居る所まで吹き飛ばされていた。

 

「俺は……」

「紀春はラウラ・ボーデヴィッヒのフレンドリーファイアを受けてここまで飛ばされてきたんだ」

 

その言葉を受け、混乱していた頭が整理されていく。

そうだ、俺はラウラの砲撃を食らってここまで吹っ飛ばされたのか。

 

目線を前に遣ると、ラウラと一夏が剣戟の応酬を繰り広げている。

それを見ると沸々と怒りがこみ上げてくる、何だアイツは。

 

許せない、ラウラ・ボーデヴィッヒが許せない。

奴はこの戦闘で自分勝手な振る舞いばかりをしてきて、あろうことか俺に砲撃まで食らわせてきた。

許せない、許せない、許せない、許さない!

踏み台の分際でオリ主たる俺に歯向かおうとは許しておけない! 貴様に自分の立ち位置をしっかり教え込んでやる! 貴様はおとなしく俺の踏み台になっていればいいんだよ!

 

「ふざけんなよ!! クソ餓鬼がああああああっ!!」

 

怒り込めて瞬時加速(イグニッション・ブースト)をすると打鉄・改が俺に呼応するかのようにスラスターを真っ赤に燃やす。俺はその間にレインメーカーを展開した。

俺は怒りのままに飛び、鍔迫り合いをしている一夏の背後からラウラに照準を合わせる。

 

「何っ!?」

「死ねや糞があっ!」

 

俺は躊躇することなくトリガーを引き、レインメーカーの直撃を受けたラウラが吹き飛ぶ。

 

「紀春、お前どうして……」

 

呆気に取られた一夏が戦闘中にも関わらず俺を気遣うような素振りを見せる。

 

「一夏、手を出すな。邪魔したら殺すぞ」

「――っ!」

 

一夏は俺の殺気に気圧されたようで一歩後ずさる、俺は四つんばいで咳き込んでいるラウラに向かって悠然と歩き出す。

 

「貴様……どういう事だ」

「うるせえ、死ね」

 

俺はラウラに急加速で接近しその腹にトゥーキックを食らわせ、ラウラは宙に浮く。

更に追撃として放つパンチは宙に浮いたラウラの顔面を捉え、ラウラはそのまま遠くに吹き飛んで行った。

 

「ぐっ……はっ……」

 

もうこの戦いは対戦の体など微塵も残してはいなかった。

そう、この場はオリ主たる俺が踏み台であるラウラに制裁を加える場に変貌したのだ。

 

そんな時だった、ラウラの様子がおかしくなったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああっ!!!!」

 

突然、ラウラが絶叫する。その雄叫びに呼応するようにラウラのISが紫電を帯び、俺はそれに激しい圧力を感じた。

そうしてラウラのISが変形していく、いや変形とは違う。

ラウラのISはぐちゃぐちゃに溶け、それがそのままラウラの体を覆っていく。その真っ黒な姿はまるで粘土で作った出来のいい人形のようだった。

 

「なんだよ、あれ……」

 

一夏が慄く、しかしそれに引き換え俺の心は高揚していた。

 

「第二形態ってわけか……面白れえじゃねーか!」

 

踏み台にしては粋なことをしてくれると、今更ながらにラウラを褒めたくなってきた。

 

「良いよ! 来いよ! 今度こそぶち殺してやる!」

 

レインメーカーを再び構える、残り装弾数は17発。奴を仕留めるには充分すぎるほど弾は残っている。

ヒロイズムもエネルギーの心配はない。大丈夫だ。

サタデーナイトスペシャルはあと二丁残ってる、でもこれは多分使わないな。

霧雨はボロボロだが後一発位の打撃なら充分使えるはずだ。

突突は……いいや。

 

俺の気合に当てられたのか、ラウラ第二形態が刀を振り上げ突撃してくる。

俺は足を止めレインメーカーを二発発射したが、ラウラ第二形態はそれを無視するように猛然と突っ込む。

俺に袈裟切りが迫る、俺はそれをレインメーカー本体でとっさに防ぐ。

ラウラ第二形態はレインメーカーをまるでキュウリでも切るかのようにいとも容易く切り裂き、返す刀で俺を切り上げようとするが俺は突突を展開しそれを防ぐ。

しかしここで俺はまた驚愕する。

 

「零落白夜だと!?」

 

一夏の零落白夜を受けた時と同じように突突は火花を散らしながらじりじりと切り裂かれていく。

そしてそれに気を取られていた俺はいつの間にかラウラ第二形態の空いていた右腕で強烈なボディーブローを食らい、大きく吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちきしょう! あのクソ餓鬼がああっ! 絶対にぶっ殺してやる!」

 

俺は体勢を立て直し、ラウラ第二形態に向き直る。

シールドエネルギーは底を突きそうだし、打鉄・改のあちこちから火花が散っている。

しかしまだ殺れるはずだ、根拠はないけどそんな気がする。

 

しかし、歩を進めようとすると肩をつかまれ強引に動きを止められる。

俺の後ろには一夏とシャルルが居た。

 

「一夏、邪魔すると殺すって言ったはずだが」

「いい加減にしろ! 今のお前じゃ死にに行くようなもんだ!」

「煩せえっ! アイツは俺が殺らなきゃいけないんだ!」

「いい加減にしろって言ってんだよ!」

 

そんな言葉と共に一夏の右ストレートが俺の左頬に炸裂する。今ので地味にシールドエネルギーが削れる。ついに残量は一桁にまでなってしまった。

 

「紀春、お前どうしちまったんだよ。いつものお前とは大違いだ、普段のお前ならどんな時でも余裕ぶっていたはずだ。何があったんだよ」

 

一夏の言葉にマグマの様に沸騰していた心が少しばかり冷めてくる。

確かにそうだ、俺は踏み台に心を囚われていていつの間にか自分を見失っていた気がする。

深呼吸を一回、二回、三回と続ける。俺の熱い吐息と共に心の熱が徐々に収まってくるような感覚があった。

 

「……すまない、熱くなりすぎていたようだ」

「で、何があったんだ?」

 

どう説明したらいいのだろう? オリ主としてあの踏み台の暴虐が許せなかったとでも言うか? いや、これは俺が墓場まで持っていくべき秘密だ。

しかし、今はいい答えが見つからない。

 

「……それは言えない」

 

結局言えない事を正直に話した。

 

「そうか……それならそれでいい。でもアイツを倒したいんだろう? 何か良い案とかないかな?」

 

何も聞こうとはしない一夏の優しさが身に染みる。

 

「どうした? 俺を諌めた割にはやけに好戦的だな」

「お前とラウラの戦いを見て確信した。あれは千冬姉の動きだ」

「解るのか?」

「ああ、姉弟だからな。あれは千冬姉のデータが使われている、それは千冬姉だけのものだ。そんなのを使うアレを俺だって許せはしない」

「お前の性格から言って、そうなったら俺より先に飛び込んでいくもんだと思っていたが、なぜそこまで冷静なんだよ?」

「荒れているお前をみて逆に冷静になっちまったんだよ」

「そうか、そりゃ悪かったな」

 

俺達は笑いあう、ついさっきまで命のやりとりをしていたはずなのに心は晴れやかだ。

これが主人公の魅力とでもいうのか……いやこのまま引き摺られていけばホモルート一直線だ。気を引き締めないと。

 

『非常事態発令! トーナメントの全試合は中止! 状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む! 来賓、生徒はすぐに非難すること! 繰り返す!』

 

「だそうだ、紀春。俺達がやらなくても何とかなりそうだぞ」

「そりゃ良かった。じゃ、さっさと奴をぶっ飛ばしますか」

 

心に心地よい闘志の火が灯る。そうだ、俺はアイツを乗り越えなければならない。一夏だって気持ちは同じはずだ。

 

「どうすればいい? 俺にはさっぱり奴を倒す方法が思い浮かばないが」

「一夏、やっぱりお前が決めるのが良いと思う。俺はレインメーカーも壊されちまったし、ここで一番攻撃力があるのはお前だ。シールドはどれ位残ってる?」

「零落白夜一回分ってところだな、お前は?」

「一桁」

「そりゃやばいな、お前は引いておくか?」

「少々心もとないが大丈夫だ」

「あの、紀春。僕のエネルギーを使ってよ」

 

俺と一夏の掛け合いの中、妙に影が薄かったシャルルが言う。

 

「お前のエネルギーってもう無いだろ」

「紀春に倒されてから結構時間が経ったからね、少し位なら回復してるよ。こうやって動けるのが何よりの証拠だと思うけど。僕のリヴァイヴならコア・バイパスでエネルギーを移せると思う」

「マジか、なら頼む」

「けど!」

「けど?」

「けど、約束して。絶対に負けないって」

「おっけー、もしも負けたら鼻からスパゲッティ食ってやるよ」

 

俺はシャルルに笑顔でサムズアップして答える。

 

「あっ、それはいいね。ついでに目でピーナッツを噛んでくれないかな?」

「お前俺に勝ってほしいんじゃないのかよ?」

 

軽いジョークトジャイアニズムの応酬で場が和む。

シャルルがISからコードを取り出し、俺の右腕に装着する。

すると、一桁だったシールドエネルギーが50くらいまで回復していき、シャルルのISが消失した。

 

「50か、一桁よりは随分マシか」

「で、作戦はどうする?」

「そうだな……」

 

俺は両手に最後のサタデーナイトスペシャルを展開し、一夏に使用権限を渡す。

 

「まずはお前がコイツでラウラの気を引いてくれ」

「俺がトドメを刺すんじゃないのか?」

「まぁ、聞けよ。お前が気を引いた後、俺が攻撃してデカイ隙を作ってやる。最後にお前が零落白夜でドカッと決めれば作戦成功だ」

「なんとも大雑把な……」

「シンプルと言ってくれ、複雑すぎる作戦はちょっとしたことで破綻するもんだ。これ位で丁度いいんだよ」

「そんなもんか……」

「そんなもんだ、あとお前が撃ったら奴はお前の方に向かってくるが絶対にその場から離れるな。俺が何とかするから」

「解った。紀春、お前を信じてるからな」

「おう、俺を信じろ。じゃ、俺は配置に付くから俺が合図したら作戦開始な」

「紀春、一夏、頑張ってね!」

 

シャルルが応援してくれている、かっこ悪い所は見せられないな。

 

「おう、危ないからお前は出来るだけ遠くに行ってろ」

「うん、解った」

 

シャルルがその場から走り出す。

その間、ラウラは俺達の様子を棒立ちで窺っているだけだった。

以前戦った無人機のことを思い出す、ラウラの変貌はあれと何か関係があるとでもいうのだろうか……

 

俺はラウラの廻りを大きく迂回し、ラウラの後方に着地した。

 

「一夏、作戦開始だ。その銃は当たりにくいからよく狙って撃てよ」

「了解!」

 

一夏の放つ発砲音と共に俺達の作戦は開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏の射撃によって気を引かれたラウラ第二形態は真っ直ぐに一夏を目指す、そしてそれを俺は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動し追った。

 

射撃を続ける一夏にラウラ第二形態が迫る、そしてラウラ第二形態が一夏に刀を振り下ろそうとした瞬間、俺はラウラ第二形態の真後ろに到着し、後ろから抱きしめる。

 

「ラウラ、教えてくれ。お前はこの技の外し方を知ってるか?」

 

俺はラウラを持ち上げそのまま後ろにブリッジをする。

そう、俺がラウラに仕掛けた技はプロレスにおいて基本とされ故に至高とされる技であるジャーマンスープレックスホールドだ。

ドイツ人(German)にジャーマンスープレックスホールド、一度やってみたかったんだよね。

 

俺は見事な人間橋、いやIS橋を描き、ラウラ第二形態の頭を地面に突き刺す。

しかし、まだラウラ第二形態は元気なようでホールドされた状態でもがく。

 

「ちっ、まだ威力が足りないか!」

 

やはりこれだけでは仕留められないか、仕方ない。

ではISであるが故に使える大技で決めてやろうか、本邦初公開である俺のオリジナル技だ!

 

俺はブリッジした首を基点に、PICで姿勢制御しラウラ第二形態の上で一回転しもう一度ラウラ第二形態を後ろから抱く体勢になる。

 

「一夏、後は頼んだ」

 

そう言い、俺は瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一気に上空まで飛んでいく。

もちろんラウラ第二形態も一緒だ。

ラウラ第二形態はもがき、俺の頭に肘打ちで攻撃してくる。古典的なジャーマンスープレックスに対する防御法だが、その程度では俺のシールドエネルギーは削りきれない。

しかし、一桁だったら危なかったな。シャルルに感謝だ。

 

そんな事を考えながら俺は空中で回転し地面に頭を向ける。

これでこのままラウラ第二形態と共に地面に落ちれば俺のオリジナル技の完成だ。

折角なのでこの技に名前を付けよう。

そうだな……ここはシンプルに、オリ主ドライバーっていうのはどうだろう?

 

俺はオリ主ドライバーを食らわせるため再度瞬時加速(イグニッション・ブースト)で地面を目指す。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)は発動し世界が歪んで見える。

そんな歪んだ視界から見た俺達が目指す地面は、まるで地獄の入り口に見えた。

 

「ラウラ、俺と一緒に地獄に堕ちよう」

 

そんな台詞が自然と口から出る、ちょっとやさぐれ過ぎただろうか?

そんな事を考えながら俺とラウラは地面に激突し、俺は意識を失っていった。

 

一夏、後は頼んだ……マジで……



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第22話 Twister

毎度お馴染みの保健室の天井は今日も白かった。

俺がこうして五体満足で生きてるってことは、一夏はうまくやれたのだろう。

いや、強ち五体満足とは言い切れないな。体中が痛くてうまく動かないし、体のあちこちに包帯が巻かれている。

さながらミイラにでもなった気分だ。前世で厨二病を発症した時だってこんなに包帯を巻いたことはなかった。

 

そんな中カーテンを隔てた隣のベッドから話し声が聞こえた。

どうやら織斑先生とラウラが隣には居るようだ。

正直今の状態でラウラに会うのはきまずい、俺は息を潜めて二人の話を聞いた。

 

二人の会話を盗み聞きしていると色々なことが解った。

あのラウラ第二形態ってのは、ヴァルキリー・トレース・システムというもので過去のモンド・グロッソのヴァルキリーの動きを再現するシステムらしく、御禁制の品だったらしい。

 

それはラウラの状態やダメージや意思によって発動するものらしく、ラウラが望んだからあの姿になったというわけだ……

 

「力が欲しいか? 力が欲しいなら……くれてやるっ!」ってか、まるでARMSだな。少し憧れちゃうね。

 

しかし、この話はどうやら機密らしいのだがいきなり俺に漏れてしまったのはどうなんだろう? 織斑先生、もう少し気を配ったほうがいいですよ。

そんな事を考えていると織斑先生が保健室から出て行った。

 

保健室に静寂が訪れる……どうしよう、このままもう一回寝てしまおうか。

いや、こいつと一緒の空間なんて耐えられない。見つからないように俺も出て行こう。

全身は相変わらず痛いが、俺は気合でベッドから抜け出す。

 

そろりそろりと忍び足で歩いていると声を掛けられる。

 

「おい」

 

ああ、見つかってしまった。俺のオリ主スニーキングセンスはコイツに通用しなかったらしい。

とりあえず無視するわけにもいかないだろう。

 

「……何だ?」

「あの時は……すまなかった」

 

何だ? この態度の変化は、まあ今はどうでもいいや。早くこの部屋から抜け出すのが先決だ。

 

「おう、そうか。こっちも悪かったな」

 

そう言って俺は保健室から抜け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、その体で大丈夫なのかよ?」

「あいつと一緒の部屋に押し込まれてる状態の方が悪影響だよ」

「そういうものなの? あ、一夏、七味取って」

「はいよ」

「ありがと」

「病は気からって言うだろ、シャルル、七味俺にもくれ」

「はい、でも紀春のは病じゃなくて怪我でしょ?」

「さんきゅ、でも心の状態ってのは体に影響してくるもんだよ」

「そういうものかなぁ?」

「そういうもんだ、多分」

 

保健室から抜け出すと、食堂終了ギリギリの時間になっていたので慌てて食堂に行くと丁度一夏とシャルルに出くわし、俺達は三人で食事を摂ることになった。

ちなみに俺が今食べてるのはきつねうどん。今の状態であまりガッツリしたものは胃が受け付けないのでこれを選択した。

 

テレビからはトーナメントは中止するという旨が発表されており、それを聞いた女子達が酷く落胆している。

それを見た一夏は戦艦大和のような沈みっぷりだなと評していた。

 

「一夏! 大和ちゃんを馬鹿にするな!」

「えっ!? どうしたんだいきなり?」

 

大和ちゃんを侮辱した一夏を怒鳴る。おれは大和ちゃんが好きすぎて広島県呉市まで行った男だ。

そして大和ミュージアムでたっぷり大和ちゃんを堪能し、締めは大和温泉物語で大和ちゃんが居た海を温泉に入りながら堪能したのだ。ヤマトギャラリー零はスルーしたけど。

そんな大和ちゃんを侮辱する行為は俺を侮辱する行為と同じだ。

 

「なんかよく解らないけどごめん」

「最初からそう言えばいいんだよ、もう二度と大和ちゃんを馬鹿にするなよ」

「はぁ、解った……」

 

女子達は俺達の会話が聞こえてなかったらしく、泣きながらどこかへ行ってしまった。

そういえばトーナメント優勝者には一夏と付き合えるってのがあったな、あれって一夏はどう思ってるんだろうか?

女子が去った後、一人呆然と立ち尽くしている篠ノ之さんが居た。

それを見かねた一夏が篠ノ之さんに近づき声を掛ける。

 

「そう言えば箒。先月の約束だが、付き合ってもいいぞ」

 

え? 付き合う? 付き合うってあの付き合うってことでいいんだよね?

放課後+夕焼け+屋上 の付き合うってことだよね?

うおおおおお、マジか!? 一夏と篠ノ之さん付き合うのか!?

しかし、一夏は漢だな。俺達の目の前で告白の返事をするとは……

あれか、箒は俺の女だから手を出すんじゃねぇぞってことか。

もちろんだ一夏! 俺は篠ノ之さんに手なんて出さないぞ! 以前足なら出したことあったけどな!

おめでとう一夏! 篠ノ之さんのおっぱいはお前だけのものだ! いやあ、羨ましいなぁ!

 

「おめでとう篠ノ之さん! 俺も自分の事のように嬉しいよ!」

 

俺は痛む体を無視し、篠ノ之さんの手を取りブンブンと振り回す。

 

「ありがとう藤木、私絶対に幸せになるからな!」

「ああ! これからも応援してるよ!」

 

篠ノ之さんが笑顔で俺に言葉を返す。その時一夏が言葉を発する。

 

「大袈裟だなぁ、高が買い物に付き合うくらいでそこまで喜ばなくても……紀春も一緒に行くか? 買い物」

 

その瞬間、俺達の世界が凍りついた。

 

「……え?」

 

その時俺は確かに感じた、握り締めていた篠ノ之さんの手から体温が失われていくのを……

 

「藤木、手を離せ……」

「駄目だ! 今この手を離したら篠ノ之さんが犯罪者になってしまう!」

 

俺は篠ノ之さんに手を離さないように力を込める。

俺は、この人の手を離さない。一夏の魂ごと離してしまう気がするから。

 

「邪魔を……するなぁ!」

「ぐぉふっ!?」

 

俺は篠ノ之さんの膝蹴りを鳩尾に食らい悶絶し、その手を離してしまう。

俺は倒れ、今まさに一夏に襲いかかろうとする篠ノ之さんを見上げる。今日は白か。

 

「紀春! 大丈夫!?」

 

シャルルが走り寄り、倒れた俺を抱える。

 

「銀……兄さん……僕が、まちがってたよ」

「紀春っ! それ死ぬ人のセリフだよ!」

 

鳩尾はシャルルにとっつきを食らったり、ヴァルキリー・トレース・システムにボディブローを食らった所なので痣が出来ており想像以上にダメージがでかい。

俺はシャルルに抱えられたままガクッと気を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷い目にあった……」

「お前のせいだからな、何で俺までとばっちりを受けなきゃならないんだよ」

「何で俺のせいなんだよ、箒のせいだろ。俺はちゃんと買い物に付き合うって言ったのに何で殴られなきゃならないんだ? 意味わかんねぇよ」

「お前一回病院行ったほうがいいよ、アスペか?」

「紀春、お前俺のことを何だと思ってるんだよ」

「アスペ。シャルルさん、コイツのことどう思います?」

「一夏、流石にさっきのは酷すぎるよ。いい加減にしないと刺されるよ」

「お前ら……俺が悪いのか?」

「うん」

「うん」

「あー、訳解んねー」

「マジで病院行って来い、精神科な」

「俺の精神はおかしくないっての!」

 

気絶した状態から復活した俺は一夏とシャルルとテーブルを囲む。

一夏が鈍感だとは思っていたが、ここまでひどいとは思わなかった。ってかこんな性格なのに一夏は何でここまでモテるのだろう? 一夏と俺の差に、俺の女性不信がまた加速しそうだ。

そんな時、山田先生が現れた。

 

「あ、織斑君にデュノア君。此処にいましたか。……えっ? 何で藤木君までここに居るんですか?」

「俺は自由を求める戦士、つまりフリーダムファイター・ガンボーイなんですよ、保健室のベットにいつまでも俺を縛り付けておけると思ったら大間違いですよ。山田先生」

「いやいやいやいや、二、三日は居てくださいよ!」

「お断りだ! 二、三日もラウラと一緒に居たら、俺達はまた殺し合いを始めるぞ!」

「そこは我慢してもらえませんかね……」

「我慢しませんよ、で何の用です?」

「何で藤木君が仕切るんですか……」

 

しかし、山田先生の話はいつも前置きが長いな。どうにかしてもらいたいものだ。

 

「ええとですね、今日から男子の大浴場使用が解禁です!」

「おお! そうなんですか!? いやー楽しみだな!」

「へぇ」

「へぇ」

「あれ? お前達テンション低いな」

 

山田先生の言葉に喜んだのは一夏だけだった。

それに対して俺とシャルルの反応は冷ややかだ。

 

「いや、俺怪我してるから今日入る気出ないし」

「僕、湯船に入るお国柄の人じゃないから別にいいや」

 

そんな感じで俺とシャルルは入浴を拒否する。

 

「そうですか、一応消灯時間までお風呂場の鍵を掛けないでおきますので、気が向いたら入りに来てくださいね」

 

そう言って山田先生は去っていった。

 

「さて、俺も疲れたし部屋に帰るかね。相変わらず体痛いし早く寝よう」

「そうか、なら俺は一人で大浴場を堪能してくるよ」

 

一夏が不満そうに言う、こいつ本当にホモにでもなってしまったのか?

 

「仕方ないだろ? 俺の都合も考えてくれ」

「そうだよ一夏、無理言っちゃ駄目だよ」

 

不満そうな一夏を他所に俺は自分の部屋まで帰る。今日は本当に疲れた、こんなに忙しい日は俺が初めてISを動かした日以来だ。

そんな事を考えながら特別室のドアを開ける。

 

「ただいま……」

「お帰り藤木君! 今日は大活躍だったね!」

「お陰様で体中が痛いよ、今日はもう寝るからあまりうるさくしないでね」

「うん、解った。おやすみ~」

「うん、おやすみ……」

 

そう言い、俺はベッドに潜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「うおおおおっ! やっぱり気持ち悪い!」

「うわっ、いきなり大声出さないでよ! びっくりしたー」

「ああ、ゴメン。やっぱり風呂入らないで寝ると気持ち悪いな。特に今日はIS乗ってすげえ汗掻いてるわけだし……今から風呂入ってくるわ」

「そう言えば今日は男子が大浴場使っていいって言われてたね、ここの大浴場は結構いい所だよ」

「へぇ~、そうなんだ。ちょっと期待しちゃうな。ということで、行ってきます」

「いってらっしゃい」

 

俺はいつも一夏の部屋に持っていくお風呂セットを持って大浴場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いーい湯ーだな♪ハハハン♪いーい湯だーな↓ハハハン♪」

 

ここは北国登別の湯ではないが本当にいい湯だった、デカイ湯船にジェットとバブルがついた湯船に檜風呂にサウナに全方位シャワーに打たせ湯までついている。まるでスーパー銭湯だ。

しかもこれを独り占めにしているわけだから俺の機嫌も上々だ。

もちろん湯船に入る前にちゃんと体は洗っておいた、体はすげえ痛かったけど……

ちなみに俺は固形石鹸派だ、あの匂いが俺を風呂に入っているって感じを更に加速させる。髪がバリバリになるのが嫌な為、洗髪にはシャンプーを使ってはいるが。

いやぁ、本当にいい風呂だ。こんなにいい風呂なら一夏の誘いを断るんじゃなかったな、いや一人でこの風呂を堪能するのも乙なものだ、これでもいいか。

 

そんな時、脱衣所の扉が開く音が聞こえた。

噂をすれば影、一夏の登場だろうか? 

しかし、現実は俺の予想を遥かに高く飛び超え空中で後方伸身宙返り4回ひねり、つまりシライをして俺の前に降り立った。いや本当は歩いてきたんだけど……

 

「えっ……紀……春?」

 

湯気の向こうから現れたのはシャルルだった。

俺は女の子と風呂場で遭遇するというF難度のラッキースケベを犯してしまったのである。

 

「あ? ……え? ……うえぇ!?」

 

俺はあまりの混乱に言葉にならない言葉を発していた。

 

「あんまりじろじろ見ないでよ……えっち」

「あ、ああすまん――あいでででっ!」

 

シャルルに言われて体の向きを変えるが、ちょっと捻るだけで俺の体は悲鳴を上げる。

 

「だっ、大丈夫!?」

 

シャルルは心配そうに俺に駆け寄り、湯船の中まで進入してくる。

 

「だっ……だいじょうぶだぁ」

 

俺はうろたえ過ぎて志村けんのモノマネみたいな返答をしてしまう、もちろん意図してやったわけではない。

 

「なにそれ、全然似てないよ。でもそんな事出来る元気があるなら大丈夫だね」

 

そう言いながらシャルルは湯船に浸かる、えっ? これって混浴じゃん!? 混浴なんて前世でお店のお姉さんとしかしたことないぞ!? あ、母さんはノーカンね。

 

「じゃ、そろそろ俺上がるから……ごゆっくりー」

 

正直、お店のお姉さんでもない人と混浴なんて耐えられない、主に息子が。

お店だと耐える必要もなかったんだが……

 

「もう少し……いいかな? 紀春に話しておきたいことがあるんだ」

「うぇっ!?」

 

シャルルの誘いに戸惑う、コイツ何考えてるのだろうか? ここは風呂場で俺達は全裸だ、話しておきたいことがあるにしてもこの状況は非常識すぎるだろう。常識的に考えて。

 

「明日ね、デュノア社がなくなるって三津村の秘書さんが教えてくれたんだ……」

 

シャルルは俺の心を無視するかの様に話を進める、これは腹を括るしかないのか……

ガンバレ、息子☆

 

「そうか。で、お前はどうするんだ?」

「だから、僕は三津村に入ることを決めたよ。このままじゃどうしようもないし、紀春だって居るしね」

「俺が居るからって……些か短略的すぎやしないか? これはお前の人生を決める選択なんだぞ? 誘った俺が言うのもなんだけどさ」

「……短絡的なんかじゃないよ、これでも考えて決めたことなんだけどな」

 

背中に何かが当たる、何かって何だろうとは考えはしない。考えればそれだけ息子に悪影響を及ぼすからだ。

……やっぱ無理、考えないようにすればするほど考えてしまう。そんなジレンマに俺は陥る。

 

「……」

「僕ね、紀春にすごく感謝してるんだ。こんな僕を助けようと頑張ってくれたし」

「別に頑張ったわけじゃないさ、俺がやったのは電話一本掛けたことぐらいだ」

「それでも、結果的に僕を助けてくれた。それだけで充分だよ」

 

なんでこんな話をこの状況でしなくてはならないんだろう? 俺はそんな事ばかり考える。

 

「そういえば、なんでまた風呂に? 別に入りたがっていたわけじゃないだろ?」

「一夏が推してきてね、あの風呂には絶対入るべきだって。一夏と一緒に入るわけじゃないから別にいいかなって思ってきたんだけど……」

「そこには思わぬ先客が居たということか」

「うん、そういうこと」

「……」

「……」

 

会話が続かない、気まずいのにも程があるのでそろそろ出ようか。

息子もよく耐えてくれたと思う、これ以上息子に負担を掛けるのは親としても忍びない。

 

「さっきさ、紀春は自分が居るからって三津村に入るのが短略的って言ってたけど」

 

シャルルの話が突如再開され、俺はまたしても風呂から出るタイミングを外してしまう。

息子よ、情け無い父ちゃんでゴメンな。もう少し頑張ってくれ。

 

「僕にとっては大きな意味を持つんだ……だって……僕は」

 

シャルルが急に口ごもる、耐えろ! 耐えるんだ! 息子よ!

しかし、どうしたことだろう。背中越しにシャルルの緊張感が伝わるような気がする。

 

「僕は……紀春のことが好きだから……」

「……えっ?」

 

……俺がシャルルに好意を向けられているだと!? 既に沸騰気味の頭が益々加熱させられる。

俺の頭脳ははもうぐちゃぐちゃになってしまい、自分でも何を考えているのか解らなくなってしまう。

そんな俺のことをシャルルはお構い無しと言った感じで、俺を後ろから抱きしめた。

 

「紀春が僕を助けてくれた時、本当に嬉しかった。紀春は僕のためにデュノア社だけじゃなくフランス政府だって相手にして戦おうとしてくれた。普通の人じゃこんなこと出来ない、でも紀春は違ったんだ」

「俺の力じゃない、あれは三津村が全部やったことだ」

「でも、秘書さんから聞いたよ。紀春が僕を守るためにでフランス政府を脅迫しようとか考えていたこと、それにタッグトーナメントで戦っていた紀春、格好よかった。それで僕が紀春を好きになったらおかしいかな?」

 

シャルルが言葉を続ける、俺の頭脳はマグマのように煮え滾っていた。

しかし、何故かそれとは裏腹に心が徐々に冷えていくのを感じていた。

 

人から好意を向けられるのは嬉しい、シャルルは可愛いもんだから尚更だ。

しかし、この状況が俺の心を冷ましていく。

なんで告白するのに裸で迫る必要があるんだよ、俺は今のシャルルに虎子さんの姿を重ねてしまっていた。

 

「シャルル……」

「シャルルじゃないよ、僕の本当の名前はシャルロット。それが、お母さんがくれた本当の名前」

「そうか、シャルロット。一つお願いがある」

 

冷え切った俺の心はこの状況を打開するのに、一つの外道な選択を提示した。

そして、熱くなりすぎてまったく機能していない頭脳はその選択を何も考えることなく受け入れた。

 

「俺に触れるな」

 

そう言い、俺はシャルロットを跳ね除ける。シャルロットの顔は驚愕に染まり、俺を見つめる。

そんなシャルロットを無視し、俺は湯船から脱出した。そして頭に乗っけたタオルは腰に装着され息子を守る。

 

「……えっ……僕……」

「ふざけんなよ、なんでこの状況でこんなこと言うんだよ」

「……違う、違うんだ」

「うるせえ黙れ。お前が俺を好きなのは解った、でもこんな状況で言われて嬉しいとでも思ったのかよ。以前似たような状況があった、でもその女はハニートラップだったんだよ! はっきり言おう、裸で迫られてそんな事言われても俺はお前のことを信用できない」

 

シャルロットが湯船の中で俯く、我ながら酷いことを言ったと思う。

多分俺はシャルロットのことが好きだったんだと思う、故にこの状況で告白されているのが不快だ。

恋愛経験がなさ過ぎて童貞を拗らせている、自分でもそう思う。でも、好意と性欲は俺の中で別物なのだ。そんな童貞理論をどうか理解してもらいたい。

 

「まあ、お前のことは嫌いじゃなかった。でも今の俺じゃどうやったって無理がある、だからさシャルロット、もう一回頑張ってほしい」

「えっ?」

 

そう言い、シャルロットは顔を上げる。その頬には水滴が付いている、それが涙か湯か、それは謎だ。

 

「俺はこれを忘れる、次はうまくやってくれよ。もちろん俺のことを諦めてくれても構わない、どうするかはお前に任せる」

「紀春……何を?」

 

俺はお風呂セットから固形石鹸を取り出し、床に放る。石鹸は濡れた床を滑るがそれを俺は右足で止める。

童貞を拗らせたクズが怖くて逃げ出す、これから行うのはそんなことだ。

 

「じゃあな、一夏を呼んできてくれ。お前じゃ俺を運べないだろう」

「のっ――」

 

シャルロットの言葉を聞く前に俺は石鹸を強く踏みつけ、滑った勢いで後頭部を床に打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぁ? ここは……」

 

目の前にあるのは見知らぬ天井、そんな俺に反応したのか一夏が俺に声を掛ける。

 

「おお、気がついたのか紀春。大丈夫か?」

「一夏か? 俺は……」

「風呂場で倒れてる所をシャルルが見つけたんだ。床に石鹸が落ちてたからそれを踏んで滑ったんだろう」

「なんとも間抜けな……お恥ずかしい所を見せてしまったようだな」

「シャルルに礼を言っておけよ、あのまま気絶しっぱなしだと風邪をひいてたかもな」

「あれ? シャルルは風呂に入らないんじゃなかったのか?」

「俺が勧めたんだよ、まあ結果的には勧めてよかったよ」

「そうだな……」

 

俺は起き上がりその場に居たシャルルの方を向く。

 

「シャルル、ありがとう。助かったよ」

「う、うん。紀春が無事な様で僕も安心したよ」

 

そういうシャルルは笑顔を作る、しかし俺にはどこかシャルルが悲しげに見えたんだ。

 

「紀春、記憶とかは問題ない?」

「いや、やられてるな。風呂場に入ってからの記憶が全く無い」

「……そうなんだ」

「まあ、その位なら何の問題もないだろ」

「俺は記憶喪失すること事態に問題があると思うんだがな……」

「その問題は考えないようにしてるんだ、配慮してくれ」

 

俺は起き上がり、俺達は脱衣所を後にする。

 

「今日は踏んだり蹴ったりだよ、最悪な一日だよ全く」

「そうだな、タッグトーナメントも荒れたし、今日は大変だったな。な、シャルル」

「うん、そうだね……」

 

そんな会話をしながら俺達は部屋に帰っていった。




オリ主は童貞拗らせて超理論を語った末自爆しました、本当にクズです。チンカスです。ウンコマンです。
だって恋愛描写苦手なんだもん、仕方ないじゃないか。

以前、二十二話で終わるといったな。あれは嘘だ。
次回がこのタッグトーナメント編の最終回です。そして番外編も出来ました。

明日はクリスマスイブです、私はリア充のフリをしたいので明日明後日の投稿はお休みさせていただきます。


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第23話 Sister

翌日、朝のニュースを食堂で眺めていると三津村グループがデュノア社を買収することが発表された。

俺はいつものメンバーと食事を摂っており、皆一様に驚きのコメントを寄せる。

デュノア社は三津村グループの傘下に入ることとなり、社名をMitsumura Industry Euro 通称MIEとして再始動し、役員は全員更迭されその椅子には三津村の人間が座ることになるという。

 

「紀春、これ知っていたのか?」

「一応ね、シャルルはMIEの所属になるらしいよ。昨日三津村の秘書から聞いた」

「へぇ、もしかしてアレがうまくいったってことか?」

「おう、多分うまくいったんじゃないかな?」

 

アレっていうのはシャルルの身柄についての懸念だろう。

 

「アレってどういうことですの? 教えて頂けますか?」

 

一夏の言葉にセシリアさんが疑問符を飛ばす。

 

「おっと、これは企業秘密だ! 悪いが教えることは出来ないな!」

「一夏だって企業の人間じゃないでしょうに」

「一夏は仕方ないんだよ、色々事情があってな」

「何それ、訳わかんない」

 

そんな鈴の言葉をスルーし、食事を続ける。

ちなみにこの場にシャルルは居ない、なにやら用事があるとかでどこかへ行ってしまった。

そして、食事を終えた俺達は教室に向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藤木君! 織斑君からデュノア君に乗り換えるつもり!?」

 

俺が教室に入ると、まずそんな声を掛けられた。

 

「早速ホモ談義かよ……勘弁してくれ」

 

教室でも三津村がデュノア社を買収したニュースで盛り上がっており、どうやら俺が金にモノを言わせてシャルルを強引にホモの道に引き摺りこもうとしている設定で話が進んでいるようだった。

 

「もうやだ、この学園……」

「俺だってやだよ……」

「今回は俺が当事者なんだぞ、お前はいいよなぁ」

 

また俺はやさぐれる、本当に兄弟を作ってしまいそうだ。

あ、よく考えたらこの学園で俺以外の男っていったら一夏だけじゃん。これで兄弟なんて言い出したら本当にホモになってしまう。

俺と一夏が机に突っ伏す、男は本当につらいですね。寅さん。

 

俺が往年の映画スターに想いを馳せているとそこに山田先生が現れた、山田先生はこの空気をなんとかしてくれるだろうか。

 

「み、みなさん、おはようございます……」

 

教室に入ってきた山田先生はふらふらとした足取りで教壇に立つ。多分駄目だ、山田先生には期待できそうにない。

 

「今日は、ですね……みなさんに転校生を紹介します。転校生といいますか、すでに紹介は済んでいるといいますか、ええと……」

 

山田先生はなにやら歯切れの悪そうな口調でそう言う、しかしまた転校生か、ここまでくると多すぎるどころか非常識だ。しかもまた一組かよ、他のクラスはそんなにも椅子が足りていないのだろうか……

 

「じゃあ、入ってください」

「失礼します」

 

そこに入ってきたのは今日から俺と共に話題の渦中にいる人物だった。

 

「MIE所属のシャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

クラスメイトが騒ぎだす、そんなクラスメイトにスカート姿のシャルル、いやシャルロットがぺこりとお辞儀をした。

 

「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。ということです」

 

山田先生は乾いた笑いを溢しながらそう言う、多分山田先生はこれから部屋割りとかについて頭を悩ませなければいけないのだろう。

クラスメイトたちはそんな山田先生の苦悩を他所に騒ぎ続ける。

 

「え? デュノア君って女……?」

「と言う事は……あぁ^~紀春がノンケになる^~」

「でも織斑君が同室なわけだし……」

「なんだよそれ! 普通の三角関係じゃん! つまんねーなオイ」

「いや、ここは真実を知った紀春が一夏の下に戻るということも……」

「私達の希望はもうそれしか残されてないのか……」

 

乙女たちはあることないことを妄想し続けている、胃が痛くなってきた……

そんな時、教室の壁が破壊されISを纏った鈴が一組に乱入してきた。

 

「一夏ああああああっ!!!! あたしはホモも他の女も許さないわよ!!!」

 

ヤバイ、多分鈴は衝撃砲を放ってくる気だ! 現在俺のISは不動さんによって本体と武装の修理に出されたいる為、待機形態のブレスレットは所持していないので防ぎようがない!

しかも、角度的に鈴が衝撃砲を放ってくると俺も巻き添えを確実に食らうわけで……

ざんねん!!わたしの ぼうけんは これで おわってしまった!! ということになってしまうのだ!

嫌だ! まだ死にたくない! 俺はまだ童貞卒業してないんだぞ! 一発やるまで死ねるか!!!

 

俺が童貞ソー・ヤングを心の中で熱唱しているその間にも鈴の衝撃砲が俺達に迫る。

しかし、俺達は死ぬことはなかった。

そう、俺達の前に救世主が現れたのだ、その名は踏み台転生者、ラウラ・ボーデヴィッヒ!

 

「助かったぜ、サンキュ。……っていうかお前のISもう直ったのか? すげえな」

「……コアはかろうじて無事だったからな。予備パーツで組みなおした」

「へー。そうなん――むぐっ!?」

 

一夏はラウラに胸倉を掴まれ、強引に唇を奪った。

俺の心の中では、ズキュウゥゥンという効果音が鳴る。

はっ、いかんいかん。ここは小粋なBGMでも流して場を盛り上げないと……

 

「At last at last ohh……」

 

そんな俺の小粋なBGMをバックに踏み台は語る。

 

「お、お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」

「……嫁? 婿じゃなくて?」

 

たしかにそうだ、一夏は男なので婿のほうが正しいはずなのだが……

いや、ラウラは踏み台転生者。

確かに踏み台転生者たる者、主人公を嫁呼ばわりするのは当然か。

なのはの世界ではなのはを嫁呼ばわりする踏み台が多く居たもんだ、となるとオリ主である俺の役目はそんなラウラを嗜めることだ。

いや、ちょっと待てよ……これは……マズイ。

俺はこの先起こることを想像する、今から俺の想像の内容を説明させていただくが面倒なので台本形式を採らせて頂きたい。

 

ラウラ「うおおおおおっ! 嫁えええええっ! 肉壷ワッショイ!!」

一夏「いやああっ! 誰か助けてええっ!」

俺「やめなよ、一夏が嫌がっているでしょ」

ラウラ「うるせーよ! ダボ! タヒねよ! オリ主」

俺「オリ主パンチ!」(ドコォ!!

ラウラ「うわー! オリ主強い! 覚えてろよ~~~!」

俺「フッ、悪は去った……一夏、大丈夫か?」

一夏「オリ主素敵! 抱いて!」

俺「よかろうもん」

 

そこでなんやかんやあって、二人は幸せなキスをして終了。

 

駄目だ、ここでオリ主の役目を果たせばホモ一直線だ。

あれ? 俺って別に一夏狙ってるわけじゃないしホモじゃないよな?

なんだ、ならこのままでいいじゃないか。

 

俺がそんな事を考えている間に教室の状況は進む、一夏とラウラの事に俺が関与してもたぶん良いことはないだろう。

故に俺は衝撃砲が飛んでこようと、レーザーが飛んでこようと無視を続ける。

現在ISを持っていない俺は彼女達に対してあまりにも無力だ、弱者は強者の暴虐に身を屈め耐え抜くしかないのだ。

 

「紀春! 助けてくれ!」

 

一夏は迫り来る攻撃をラウラに守られながらなんとか凌いでるがその顔に余裕は全く無い。

 

「俺今ISもってないんだ、俺にあいつらと生身で戦えと?」

「そこを何とか!」

 

そう言い、一夏は俺を突き飛ばす。突き飛ばされた先には篠ノ之さんが居た。

 

「藤木……お前も私の邪魔をする気か?」

「えっ? 篠ノ之さん何で真剣なんて持ってるんですか? 銃刀法違反ですよ」

 

目の前の篠ノ之さんは薄ら笑いを浮かべ、俺に真剣を突きつける。

 

「IS学園内は治外法権だ、帯刀も許されているんだ」

「へぇ、そうなんだ。僕知らなかったよ」

「ああ、という事で私の邪魔をするのなら死んでもらわなければならない。許せ、藤木。痛みは一瞬だ」

「痛みは一瞬でも、その後永遠に眠らなきゃならないのが嫌だなぁ」

 

そう言い、俺は以前篠ノ之さんに貰った木刀、通称尻穴丸を構える。

この尻穴丸、部屋に置いておくのも邪魔なので教室に置きっぱなしにしているものだ。

そして尻穴丸の本来の持ち主である篠ノ之さんには多分何を言っても通用しないだろう、ならば実力行使でこのピンチを切り抜ける必要がある。

 

「ふっ!」

 

篠ノ之さんの掛け声と共に一陣の風が吹き、尻穴丸が真っ二つにされる。

やはり剣術の達人にこんな棒切れて戦いを挑むというのがそもそもの間違いだったのか……

 

「藤木、さよならだ。お前のことは忘れない」

「ひぃっ!?」

 

篠ノ之さんの刃が俺に迫る直前、篠ノ之さんが動きを止めた。

剣先は俺の眉間の数センチ前で止まり、眉間がじりじりとした不快感に襲われる。

 

「嫁だけではなく兄にまで手を出そうとは……全く持って許し難い女共だ」

「くっ、これは……」

 

篠ノ之さんはラウラのAICにより拘束されてしまったようだ。

ん? 今コイツ変なこと言わなかったか?

 

「……とにかく、俺は助かったのか。ありがとう、ラウラ」

 

コイツは踏み台だ、しかし礼を失するようなことはしてはいけないと両親から教えられてきた俺は素直にラウラに感謝の意を述べる。

 

「いや、兄の為だ。これ位どうということもない」

「は? 兄ぃ!?」

 

ラウラの兄発言によって荒れ模様だった教室が静まる。

 

「私がVTシステムに囚われている時、兄が言ったことを私は確かに聞いたんだ。『俺と一緒に地獄に落ちよう』、確かに兄はそう言った筈だ」

「ああ、確かにそんな事も言ったが……」

 

アレはなんとなくノリで言っただけで深い意味はない。なんでそれが兄に繋がるのだろうか。

 

「私はあの言葉の意味が全く解らなかった、だから部下のクラリッサに聞いてみたんだ。クラリッサはあの言葉の本当の意味を教えてくれた、『あの言葉は兄弟になってほしいと言っているようなものだ』と……思い返せば思い当たる節が多かった、孤立していた私をタッグパートナーに誘ったり、怒りのあまり暴走した私に対して兄は鉄拳制裁を食らわせた。女の顔をISで殴るなんて普通の人間には出来ない、しかし兄は私のために心を鬼にして私を殴った、今思えばあれは愛ゆえの行動だったんだな」

「……えっ?」

 

ラウラの超理論に俺は全くついていけない、ラウラをタッグに誘ったのは単にラウラが強かったからであり、ラウラを殴ったのはただ単にムカついたからである。そして『地獄に落ちよう』発言は確かに矢車兄貴の台詞をパクったものだが、そんな意図は全くなかった。

しかしラウラは俺の行った行動全てをポジティブに捉える。

ヤバイ、あの時殴った衝撃でこいつの頭は本格的にイカレたのかもしれない。俺はドイツに謝罪と賠償をしなければならないのだろうか?

そしてマズイ、このままじゃ俺がラウラの兄ということになってしまう。踏み台の兄なんて御免被る。

 

「さぁ、兄よ! 兄が私を妹だと認めてくれればこの話はハッピーエンドで終わる! 兄弟盃を交わそうではないか! もちろん対等に五分の盃でいいな? 兄が不満なら、六:四までなら私も妥協しよう!」

「ファッ!?」

 

話が飛躍しすぎて訳のわからない事になっており、何故か兄弟盃を交わすことまで強要されている。

何でカタギの俺が兄弟盃なんて交わさなきゃならんのだ?

 

「ちょ、ちょっとおかしいよ!」

「黙っていろ男女! これは私と兄、家族の問題なのだ!」

「いや黙らないね! カタギの紀春が兄弟盃なんて交わせるわけないでしょ! それに矢車兄貴に妹なんて居ないんだ!」

 

シャルル、いやシャルロットがラウラに反論するがシャルロットも混乱しているのか反論が滅茶苦茶だ。

 

「時代は変わったんだ、それに私はどう足掻いたって女にしかなれない。故に弟にはなれないが妹だっていいじゃないか! クラリッサもそのほうが萌えると言っていたぞ! さぁ! 兄よ! 兄弟盃だ!」

 

一夏のことは嫁呼ばわりする癖に、自分のこととなると常識的なんだね。

そんな事を考えているとラウラが俺に笑顔を向け、俺はその顔を見てしまった。

後々に思えばこれが敗因なのだろう。

 

しつこいようだがラウラ・ボーデヴィッヒは踏み台転生者である。そして踏み台転生者というものは数々のチートを与えられているもので、その代表格と言えば王の財宝だったりUBWだったりするわけだが、もっと大切なものを忘れているのではないだろうか?

そう、踏み台チートの真の代表格、それはニコポ・ナデポである。

 

そして俺は現在そのニコポを一身に受けていた、これがニコポか! ラウラの眩しい笑顔に俺のオリ主ハートが折れそうになる。

そうだ俺はオリ主だ! オリ主が踏み台にニコポされたらかっこ悪いだろうが! 耐えろ! 耐えるんだ俺!

 

「兄よ! 私が妹であると言うことを認めてくれ!」

「うん、いいよ」

 

ニコポには勝てなかったよ……

 

「紀春! それでいいの!?」

 

シャルロットが驚いた様子で俺に聞いた。

 

「ニコポされたんだから仕方ないじゃん……」

「にこぽ? なんだそりゃ?」

 

一夏の疑問を俺は華麗にスルーした。

そんな感じで俺とラウラは織斑先生を媒酌人に義兄弟の盃を交わし、IS学園に地獄兄妹が誕生したのであった。




イ、インスパイアされただけだから全く問題ない(震え声)


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番外編 大人たちのお仕事

「シャルル・デュノアって実は女なんですよ」

 

藤木君と電話している時、私はそんな事を言われた。

いやおかしいだろう、公式発表はされていないもののシャルル・デュノアはフランス政府お墨付きの男性IS操縦者で代表候補生だ。

いや、私の聞き間違えということもあるかもしれない。最近はデュノア社買収の仕事で忙しいし、藤木君に頼まれたラウラ・ボーデヴィッヒに関するレポートもまだ作成中だ。

ここのところ睡眠時間が明らかに足りていないのか、些細なミスが目立つようになってきた。

とにかく聞き間違えの可能性がある。もう一回聞いてみよう。

 

「えっ? もう一回言ってもらえるかな?」

「シャルル・デュノアは女です」

 

聞き間違えじゃなかった……いや、藤木君が勘違いしている可能性もある。

私はそれに一抹の望みを掛けた、シャルル・デュノアが本当に女ならば私の仕事は確実に増える。

それだけは避けたい。

 

「マジ?」

「うん、マジ。彼女の全裸を目撃してしまったんですよ」

 

マジだった……今日は久々に残業が八時までの予定で明日は休みを取れるはずだった。

有希子が東京まで来ているので、今日は久しぶりに二人で飲み明かす約束をしていた。

しかし、この男性IS操縦者様は私のささやかな願いを粉々に打ち砕いてくれたのだ。

残業延長、この四文字が私の心に重くのしかかる。

 

「藤木君、ちょっと電話切らせてもらえるかしら。急に仕事が入ったの」

 

私はとりあえずそう言い、電話を切り再度電話を掛ける。

数回のコール音の後彼女は電話に出た。

 

「ん? どうした怜子? 待ち合わせまであと二時間はあるだろ?」

 

電話の相手は有希子だ、群馬からはるばるやってきた友人に私は残酷な事実を告げた。

 

「ええ、悪いんだけど今日の飲み会中止ね」

「はぁ!? こっちはわざわざあのクソ田舎から出てきたっていうのにそりゃないぜ!」

「こっちだって飲み会行きたいわよ、でも急に仕事が入ったの」

「仕事って言ったって、お前の今の仕事は藤木の子守だろ?」

「人をベビーシッターみたいに言わないでくれるかしら? 一応他の仕事だってあるわよ」

「ああ、デュノア社買収のプロジェクトってお前も一枚噛んでたっけ」

「あなた、今何処に居るの? そういうことを外で話しちゃいけないって言われなかったかしら?」

「ごめんごめん、今東京駅だ。で急な仕事って何なんだ? 藤木がおっぱい欲しいって泣き出したのか?」

「あなた、ウチの広告塔に何言ってるの? いい加減にしないと重工の人事部に報告するわよ」

「すいませんでした、減給だけはご勘弁を」

 

有希子には人事部の話をするのが一番効果的だ、そんな事を私は入社以来の付き合いで学んだ。

 

「とにかく、私は飲み会には行けないわ。代わりに瀬戸君に頼んでおくからそれで我慢しなさい」

 

瀬戸君とは私と藤木君が一緒に群馬まで行った時同行した運転手だ、彼は警備課のエースであり私達の同期でありながら既に警備二課の主任の座が内定しているという超エリートだ。

警備二課は、幹部クラスの護衛を専門にしている部署で体力だけではなく高い教養も求められている、三津村商事の中では国際営業部、秘書課に次いでのエリートの集まりだ。

実際には国内営業部や人事部のトップクラスの人間の方が能力的に優れているとは言われているが、部署全体の能力を平均するとやはり際立つのがこの三つの部署だ。

 

話を戻そう、実は群馬に行った時、有希子と瀬戸君がいい雰囲気になっているところを目撃したことがある。

私としてはこれを機に二人に急接近してもらって、有希子にもう少し落ち着きを持ってもらいたいと思う。

彼は超エリートであるだけではなく、ハードボイルド小説から飛び出してきたようないい意味で渋い顔と、寡黙な性格から女子社員の人気も高い、わが社で非公式に行われているお婿さんにしたい男ランキングでトップ10に入っている強豪だ。

有希子もなんだかんだ言って、三津村重工のISテストパイロットでグループの中でもトップクラスのエリートだ。釣り合いは取れていると思う。

 

「ええっ!? 瀬戸だって!?」

「ええ、瀬戸君。あなた、以前いい感じになってたことあったじゃない」

「いい感じって……なんでお前がそれ知ってるんだよ……」

「いい感じだったことは否定しないのね、とにかく瀬戸君に今から頼むから」

「いや、その」

 

有希子の反論が終わる前に私は電話を切った。

次は瀬戸君に電話を掛ける。

 

瀬戸君は一回目のコールが止む前に電話に出た。

 

「楢崎さんですか? 何か御用でしょうか?」

「緊急の案件が入ったわ、お願いできるかしら?」

「解りました、で、内容は?」

「東京駅で待っている対象の護衛をお願いします。対象の名前は野村有希子、三津村重工開発部のテストパイロットよ」

「了解しました、では部下を向かわせます」

 

拙い、そんなことされたら私の計画が台無しだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってもらえるかしら。この案件は瀬戸君一人にお願いしたいんだけど……」

「訳ありですね、では私が向かいます。時間の指定はありますか?」

 

彼がエリートで助かる、一流の護衛たるもの依頼の趣旨に興味など示さないものらしい。

 

「二十時ちょうどね、詳細な場所は彼女から聞いてもらえるかしら?」

「了解しました、では」

 

そう言い瀬戸君は電話を切った。

さて、私は新しいお仕事に専念しないと、今日は終電までに帰ることが出来るかしら?

私は直属の五人の部下、通称藤木係に命令を下しシャルル・デュノアが男性である確証を探るように命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楯無さん、これじゃお話にならないわ。藤木君の頼みだからこうして会っているわけだけど、こんな条件じゃ到底無理ね」

「いやー、やっぱりそうですよねー」

 

ノリ君に仲介してもらった三津村との交渉は難航を極めていた。

私達が得ることの出来る情報そして人員と三津村が使える権力や人員や技術、それらの交換が交渉の中心になっているわけだが確かに私達に有利すぎる内容を提示してると思う。

しかし、これからが交渉の本番だ。それは相手の楢崎さんも承知のはずだろう。

 

「では、本格的な交渉を始めましょうか?」

 

楢崎さんが微笑む、その笑顔に何故か私は寒気を覚える。

この人、只者じゃない。気を抜いていると尻の毛まで毟り取られてしまいそうだ、生えてないけど!

 

「ええ、お願いしますよ。楢崎さん」

 

ああ、今日の交渉は長くなりそうだ。そして、今日は眠れるだろうか? そればかりが心配だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、不動奈緒はとても暇だった。

普段はIS学園から貸し出された開発室の一角で藤木君のデータを取ったり、やたら壊れるサタデーナイトスペシャルの修理をして過ごしているのだが最近とても暇なのだ。

私は三津村重工に入社後すぐにIS学園に派遣されここで藤木君のサポートとして働くよう命令された、藤木君も最初のうちはこの開発室にちょくちょく顔を出してはいたのだが、最近は他のことで忙しいのかこの開発室に来るのも週に一回くらいなものだ。しかもやることといえば生徒会室からお菓子を盗んできて二人で食べるといったこと位だ。

 

藤木君が空中ドリフトを完全にマスターした今、私はやることがほとんどなくなっていた。

しかし、仕事をほとんどしないでお給料がもらえる現状はとても美味しい。私はこの現実を満喫していた。

 

いつもの放課後、私は散歩がてらに整備室を訪れていた。

約半年前までは私もここで打鉄・改の製作に没頭していたもので懐かしさを感じると共に、一抹の寂しさを感じていた。

私と共に汗を流した同期もこの学園にはもう居ない、相変わらず此処に留まっている私はこのままで良いのだろうか? そんなことを感じる。

 

そんな時、一人の少女を見つける。彼女は両手でキーボードをせわしなく叩き続けている、モニターを見るとかなり複雑なプログラムを書いているらしいということが解る。

 

「キミ、ちょっといいかな?」

「え? 私ですか?」

「うん、こことここ。間違えてるんじゃいの?」

 

私はモニターを指差し、問題のあるコードを指摘する。

 

「あっ、確かに間違えてますね……」

「えーっと、もしかしてキミ一年生? 見たことない顔だけど」

 

私の特技の一つに一度覚えた顔と名前は絶対に忘れないというのがある。

彼女の顔は記憶に無いのでまだ覚えていない一年生だと思うのだが……

 

「え、はい。四組の更識簪です」

 

それが私と彼女の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、ここのエネルギーバイパスでなんやかんやあってだね」

「質問でーす、なんやかんやって何ですか?」

「なんやかんやは、なんやかんやです!」

「へー、そうなんだー」

 

更識簪さん、通称かんちゃんに色々教えていくうちに周りで整備している子が集まってきていつの間にか放課後の整備室で私が授業を行うようになってしまった。

この授業には通称が付けられており、不動塾と呼ばれるまでになってしまった。

私としても暇を潰せるし、後輩たちの成長を感じることができて結構なやりがいがある。もし三津村を退社することがあればIS学園で教師をやってみたいとも思う。いや、辞めるつもりはないけどね。三津村ってお給料いいし。

 

「おい不動、お前何やってるんだ?」

 

そんな時だ、恐怖の大魔王が表れたのは……

 

「これは織斑先生、何の用でしょうか?」

「質問しているのは私だ、お前は何をやっている」

「えっと……塾? いやいや、お金とか貰ってないですからね。あくまでこれはボランティアでして……」

 

織斑先生は苦手だ、在学中彼女の拳骨や出席簿を食らったのは一度や二度ではない。

藤木君もよくそのお世話になっており、よく愚痴をこぼしていた。

 

「そうか、しかしお前は三津村の人間だ。普段の行動にあまり制限を掛けるつもりはないが、そこの所は自覚しておけよ」

「はいはい、解ってますって。機密とかには触れるなってことでしょ?」

「私に対して随分大きな態度に出るようになったんだな」

「もう私はIS学園の生徒じゃないんで、一応三津村の一員として自覚を持って行動しろとの会社からのお達しでしてね。と言うことで今まで通り出席簿とかは勘弁してくださいよ、面倒なことになりますから」

「ふん、好きにしろ」

 

そう言い恐怖の大魔王は去って行った。

 

「……怖かったよ~かんちゃ~ん」

 

私は恐怖から解放され、かんちゃんに抱きつく。かんちゃんは私の最初の教え子で塾生の中で最も飲み込みが早い私のお気に入りだ。

 

「え、えーと。よしよし」

 

そんな感じで私の日常は続く、しかし平和な日々はそう長くは続かなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、お話になりませんね」

「しかし、我々にも面子と言うものがありまして」

「我々はその面子を守ってやろうと言っているのですよ! 間抜けな貴方達のね! それにデュノア社がMIEに変わった今フランスのIS産業を担っているのは我々だ、その事を貴方達は理解しているのか!?」

 

現在私はフランス・パリにあるブリエンヌ館で交渉を行っている、交渉の目的はシャルロット・デュノアの未来に関してだ、政府を騙したシャルロット嬢に対して何らかの制裁を行いたい政府と、それを防ぎたい我々三津村。

しかし、この役人どもは頭が固いようだった。

 

「しかし、このままデュノアに対してお咎めなしと言うのも些か問題が……」

「何か言ってくる奴には金でも握らせておけばいい、貴方達ならば出来るはずだが」

「いえ、そんな事を言い出したらキリがないですよ」

「それでもやるんだ、我々はイグニッション・プラン参入を目論んでいる、これに成功すれば貴方達の利益も莫大なものになるはずだ。悪いことだけではないはずだが」

「しかし、なぜそこまでしてシャルロット・デュノアを?」

「藤木紀春が望んだからですよ」

「藤木……もしかして……」

 

そう、私の息子は藤木紀春だ。

紀春、父さんが頑張ってお前の友達を守ってやるからな。

 

「とにかく、我々の望みが叶えられなければ三津村は他国からイグニッション・プラン参入を画策します。この意味よく考えてくださいよ」

 

そう言い、私は部屋から出る。もちろん現在フランス以外でイグニッション・プランに参入する金など三津村に出せるわけがない、今回のデュノア社買収や政府の根回しに金を使いすぎた。

今回の一連のプロジェクトは三津村の未来が掛かっている、これに失敗すれば首が飛ぶ人間は千や二千では済まないだろうしプロジェクトの中心に居る私に関しては物理的に首が飛ぶかもしれない。それほどの大事業なのだ。

 

部屋から出ると、部屋の前に居た護衛の瀬戸君が私に話しかける。

 

「終わりましたか?」

「まだまだ終わらないだろうね、息子も厄介なことを言い出したものだ。兎に角今日はホテルに帰ろう、待つのも戦略の内さ」

「解りました、しかし藤木さんがわざわざフランスまで来る必要があったのでしょうか?」

「あれ? 今日はやけに饒舌だね、瀬戸君」

「いえ、失礼しました……さっきのは忘れてください」

「いや、いいよ。フランスに行くのを私が志願したんだ」

「どういうことでしょう? 藤木さんは紀春君の父で三津村全体でも屈指のVIPです、狙われる可能性が非常に高いのに何故フランス行きに志願を?」

「あえて言うなら、息子にかっこいい所を見せたかった。かな?」

 

私と瀬戸君はブリエンヌ館の廊下を歩く、私の戦いはまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわあああああ! 忙しいよおおおお!」

「不動さん、手伝いましょうか?」

「流石に手伝ってもらうのはまずいね、一応これって三津村の機密でもあるわけだし」

 

平和な日々はタッグトーナメント終了と共に崩れ去った、藤木君はタッグトーナメントでラウラ・ボーデヴィッヒが変化したVTシステムと戦い、打鉄・改を半壊させ、その武装のほとんどを破壊してくれたのである。

 

「ああ、レインメーカーが……これって私が作ったんじゃないのに、ここまで破壊されてたら最初から作る方が簡単だよ……」

「ええと、最初から作る方が簡単なら最初から作り直せばいいんじゃないんですか?」

「私、レインメーカーにはほとんどノータッチだったんだよね、コンセプトを考えたくらいしかこれには関わってないし……設計図ももう無いんだよね……」

「そうなんですか……だったら諦めるしか……」

 

諦める? そうか! 諦めればいいんだ!

 

「そうだ! 諦めよう! もうこの際壊れた武装は全部汎用武装にチェンジだ!」

「でもそれって打鉄・改の特性の攻撃力を大きく損なうことになりませんか?」

「大丈夫! 藤木君お気に入りの近接武装なら簡単に作れるから、汎用武装に替えるのはサタデーナイトスペシャルとレインメーカーだけでいいや! ヒロイズムは壊れてないし!」

「不動さんがそう言うのなら私は別にいいんですけど……」

「かんちゃん! 悪いんだけどIS武装系のメーカーのカタログ取り寄せてくれないかな? 私打鉄・改の修理で忙しいし」

「まあ、その位ならやってもいいですけど……」

 

私は打鉄・改の修理に取りかかる、私の仕事はまだまだ終わりそうない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やらかしてくれたわね、藤木君……」

「誠に、誠に申し訳ありませんでした!」

 

例のタッグトーナメント終了二日後、俺は楢崎さんに面会した。俺は楢崎さんに会った途端、高速土下座をして謝った。

タッグトーナメントの俺は本当に酷かった、ラウラからフレンドリーファイアを受けた後俺は怒りのままにラウラを攻撃し、最終的にはVTシステムと戦いあんな感じだ。

VTシステムとの戦いで有耶無耶になっていると思っていたが、そうでもなかったようだ。

 

そして有耶無耶にしてくれなかったのはIS学園も同様だった。

タッグトーナメントの翌日、つまり昨日俺はラウラと兄弟盃を交わした後織斑先生に生徒指導室に呼び出され、二時間にも及ぶお説教を食らった後反省文原稿用紙十枚を書くように言われた。

もちろんこの反省文、本当の事を書くことなど出来ない。そんなことすれば俺は即刻黄色い救急車に乗せられ鉄格子の付いた病院に連れて行かれるだろう。

そして全ての責任をラウラに押し付けるような反省文を書くことも出来ない、だってニコポされたんだもん。

 

「謝るのは私じゃないでしょう? 日本政府とドイツ政府から抗議が来てるわよ」

「日本だけじゃなくドイツもっすか、あんなことやらかしておきながら大きく出たもんだ」

「それはそれ、これはこれよ。あなたがドイツ代表候補生に手を出したのは周知の事実よ、一応関係者各位に金を握らせて事態の沈静化を図っているけど今回の一件で各国からの三津村のイメージはまた悪くなったわ。私達は利益を求める集団よ、貴方のために必要以上にお金を使うようなことがあれば貴方をクビにすることもあるかもしれないわ、貴方に幾らのお金が掛かってるのか解ってるの?」

 

クビはマズイ、俺の両親を守っているのは三津村で俺が三津村からクビにされるようなことがあれば三津村は俺の両親を守る義理もなくなってしまう。

しかし、俺に幾らの金が掛かっているのだろう? 俺が三津村に求めた金は契約金と年俸くらいだが……

 

「ええと、二億?」

 

契約金+年俸+両親の護衛代+諸々で計算してみたがこれくらいじゃないだろうか?

 

「はぁ!? 貴方馬鹿じゃないの!? 少なくともその十倍は掛かっているわよ! 新専用機の開発費用まで加えるとその二千倍は軽く超えるわよ!」

「高っ! ISってそんなに高いんですか!?」

「安い量産機でも二百億は超えるのよ、専用機を開発から始めるんだからもっとするに決まっているでしょう? これでもラファール・リヴァイヴをパクったお陰で結構開発コストが下がっているんだからね」

 

新型の開発に最低四千億か……そりゃデュノア社も傾くわけだ。

しかし、たまに横綱相撲気分で模擬戦している量産機ですら二百億オーバーか、もちろん普段戦っている専用機はそれ以上のお値段だろう、今後模擬戦するのが怖くなってくるな。

そして、俺にも既に二十億も掛かっているのも驚きだ、もっと自分を大事にしよう。

 

「とにかく! 今後あんな真似はしないこと! あと以前撮影したCMあるわよね、あのギャラ全部没収だから」

 

実は、休日に時々俺は三津村電機と三津村自動車のCMを撮影をしていた。拘束時間半日で一千万という破格のギャラでウハウハだったのだが、こんなことになるとは。

 

「はぁ!? 確かあのCM二本で二千万のギャラですよ! それ全部取るんですが!?」

「今回の一件で使ったお金に比べれば微々たるものよ、それとも会社辞める?」

 

つまり楢崎さんはこれで納得しろと言ってるようだ、納得しなければ俺は会社をクビになり両親は護衛を外されすぐさまテロリストに拉致されることとなるだろう。

そう言われれば俺に逆らうことは出来ない。

 

「……解りました、納得しますよ。クビをつらつかされれば俺に逆らう術はありませんからね」

「そう、解ればいいのよ」

 

そう言う楢崎さんは悪魔の笑みで俺に微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チキショー!!」

 

私は怒りのあまり眺めていたモニターを殴る、しかしその結果は私の拳を痛めただけだった。

 

「ううっ、なんなんだよあのクソガキ。最後はいっくんが決めたけど、それ以外のおいしいところ全部持ってきやがって……」

 

モニターにはあのクソガキ、藤木紀春がVTシステムにジャーマンスープレックスホールドを仕掛けている場面で止まっていた。

 

「かくなる上は、束さん直々にあのクソガキを成敗しなければならないようだね……」

 

次の計画は既に考えてある、それに少し手を加えればあのクソガキを捻り潰すことが出来るはずだ。

 

「ふふふっ、待ってろよクソガキ。いつだって正義は束さんの下にあることを思い知らせてやる。それに箒ちゃんを襲ったお仕置きもしないといけないしね」

 

私は笑いながらキーボードを叩く、そんな時だった。愛しの妹から電話が掛かってきたのは……




これからまた書き溜め期間に入ります。
年末年始は尋常じゃないほど忙しいので次回投稿は一月以内としか言えません。


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第24話 全裸の朝に

おひさ

今回は33話まで書きました。


「俺に触れるな」

 

そう言われ、僕は拒絶された。

でも紀春は僕のことを嫌いではないとも言ってくれた。

そうして紀春は自分から記憶を失っていったんだ。

その後、紀春はいつものように僕に接してくれている。僕も何もなかったような態度で紀春に接するように気をつけた。

そんな時、ラウラが一夏に対する嫁宣言をし、更に紀春に対して兄になって欲しいと言った。

そんな無茶苦茶な話を紀春はすんなりと受け入れた。

紀春はにこぽがどうとかと訳のわからないことを言っていたが、僕の方が訳がわからなかった。

僕とラウラ、どこが違うのだろう。少なくとも紀春はラウラの事を仇敵のように忌み嫌っていたはずだ。

でも今じゃ紀春はラウラにデレデレしている。

 

「紀春……僕、紀春のことが解らないよ……」

 

解らない、本当に解らない。紀春のことだけではなく自分の事でさえも……

 

「僕……これからどうすればいいんだろう」

 

それに答えてくれる人は居ない、ルームメイトはこんな朝早くからどこかへ行ってしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新しい朝が来た、しかしそれは希望の朝というわけでもなかった。

 

「おい、お前ら何やってる?」

「のっ、紀春! 助けてくれ」

「おっ、兄も起きたのか。おはよう」

 

俺の隣のベットでは一夏とラウラがいちゃついていた。しかもラウラは全裸である、ちょっと目の毒。

 

「ラウラ、何故全裸なんだ?」

「日本ではこういう起こし方が一般的だと聞いたぞ。将来結ばれる者同士の定番だと」

 

どこが一般的なのだろうか? 親の顔が見てみたい。あっ、コイツ親居なかったな。

 

「ラウラ、そういうことは俺の居ないところでやってくれ。疎外感がハンパない」

「そうか、兄は寂しかったのだな。よし、今日の夜は三人で川の字になって寝よう、私達は家族だからな」

「だから何でそうなる……」

 

シャルロットが女だと判明し引越しして、俺はまた1025室に呼び戻された。

それから一週間位経ったが一夏は早速イベントを起こし、こんな状態だ。

 

「兄よ、遠慮しなくてもいいんだぞ。私の体は嫁のものだが、私の心は嫁と兄二人のものだ」

「へぇ、うれしいなー」

「そうか! 兄も嬉しいのなら私も嬉しいぞ!」

 

今日もラウラのニコポは絶好調だ、そしてラウラのニコポのお陰で俺はラウラに強い態度を取れなくなってしまったのである。

 

「紀春……」

「一夏ゴメン、俺はニコポにはどうやっても勝てないんだ」

「だからにこぽってなんなんだよ……」

 

その時、またしても事件が起こる。

 

「一夏、藤木。折角だし朝食を一緒にしようと思うのだが」

 

そんな事を言いながら篠ノ之さんが部屋に入ってきた。

 

「あっ……」

 

部屋には全裸のラウラと一緒にベッドに潜っている一夏、時々俺。

俺は、察した。

 

「篠ノ之さん、俺は部屋から出て行くから。ごゆっくり」

 

そう言い俺は部屋から逃げ出した。

一夏と同室になるとこういうイベントに事欠かない、故に俺の私物はとばっちりを回避するため特別室に置きっぱなしだ。あの部屋に俺の私物なんて服くらいしかない。

確か、特別室に制服の予備があるはずだ、それに着替えて飯を食いに行こう。

俺は特別室に歩を進める、1025室からはドッタンバッタンと物音が聞こえている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、幾らなんでも全裸はやりすぎだぞラウラ」

「仕方ないではないか、私はここの制服と軍服以外服を持ってないのだ。故に寝るときはいつも全裸だぞ」

「ってことは俺達の部屋まで全裸で来たって事か!?」

「そういうことになるな」

 

放課後の教室でラウラと語り合う、全裸を注意しようとしたら衝撃的な事実に驚かされる。

コイツ、服を買いにいく服すら持っていないとは……

 

「仕方ない、次の休みの日に服買いに行くぞ」

「おっ!? ということはデートか!?」

「デート!?」

 

ラウラの言葉に反応したのはシャルロットだ、シャルロットは俺達に詰め寄る。

 

「デートなんて駄目だよ!」

「何故だ? 私と兄は家族なのだから別にいいだろう。お前はいつもいつも家族の問題に口出ししてきて、何様のつもりだ?」

「そう怒るなラウラ、そうだシャルロット、付き合ってくれないか?」

「付き合う!? ええと、その……」

 

やたらもてる一夏にあやかって言葉をぼやかしてみたのだがやはり意味を勘違いされシャルロットが戸惑う、やっぱり駄目だな。俺は一夏のようにいかない様だ。

 

「ああ、買い物にな。流石に俺は女物の服まではよく解らんし」

 

ちなみに、制服と軍服しか持っていないラウラにはファッションセンスなんて最初から期待していない。

 

「ああ、うん、そうだよね、やっぱりそうなるよね」

「すまんな、一夏みたいな真似して。俺もちょっとやってみたかったんだ」

「やめてよ、心臓に悪い……」

 

シャルロットがジト目でこっちを見てくる、今ので確実に俺に対するシャルロットの好感度が下がった気がする。

これは良くない、シャルロットは同じ三津村に所属する仲間だ。世話になったり世話したりもするだろうから、出来るだけ仲良くやっていきたいのだ。

 

「すまんすまん、お詫びに何か買ってやるから一緒に来てくれないか?」

 

シャルロットを誘うのにはちゃんと理由がある、それはクラスの中の勢力図が関係していた。

 

現在クラスの中は大きく分かれて三つのグループが存在している。

谷本さん、鏡さんを中心とした腐女子連合。

布仏さんを中心とした中道派。

そして専用機持ちと篠ノ之さんを中心としたホモ否定派。

 

別に普段仲が悪いと言うわけではないのだがホモの話題を出された時の反応の違いから俺の中でこんな感じのグループ分けがされている。

ちなみにこのクラスでは腐女子連合が多数を占めている。対抗するホモ否定派は数も少ないし、一夏のことで対立することも多いのでグループとしての力も弱い。

 

そして俺は男であり、腐女子連合の標的の一人だ。そんな人と街に出ようものなら確実に色々話を聞かれてネタを提供することとなってしまう。

中道派も中々問題だ、中道派で仲がいいのが布仏さんしか居ない。

普段着ている着ぐるみを見れば彼女のファッションセンスはお察しだ、他のメンバーに夜竹さんや四十院さんが居るが、いきなり買い物に誘うほどの仲でもない。

故にホモ否定派の一人であるシャルロットにお願いしているというわけだ。

そして、一夏にイカレてる女達を誘うのもなんだか気が引けるしね。

 

「買ってくれるって、プレゼント?」

「そういうことになるな、まぁお前とは同じ三津村なわけだし今後とも仲良くやっていきたい。金なら心配するな、これでもカチグミサラリマン並の給料を貰っているからな」

「そうか、プレゼントか……」

「おお、兄よ太っ腹だな。やはり男は甲斐性なのか」

「もちろんお前の服も俺の奢りだ。そうだ、臨海学校の水着も買わないとな」

「おおっ! すごいのを買って嫁にアピールせねば!」

「ということで、シャルロット。頼む」

「うん、僕に任せて!」

 

シャルロットは上機嫌に俺に言う。

レディは贈り物が好きだと相場は決まっている、それはこの世界でも宇宙世紀でも一緒のようだった。

ありがとう、ワイアット大将。貴方は無能だったけど、その教訓は俺に生かされていますよ。

 

「あっ、そうだ。アリーナ行かないと……」

「えっ? 今日って紀春の訓錬の日だったっけ?」

「不動さんに呼び出されてるのすっかり忘れてた、シャルロットも来て欲しいってさ」

「不動さん? ああ三津村の整備の人ね」

「長い付き合いになる人だからちゃんと覚えておけよ。さて、ではラウラここでお別れだ」

「ああ、週末楽しみにしているぞ」

 

ラウラと別れの挨拶をした後、俺とシャルロットは呼び出されたアリーナへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このショットガンすごいよ! 片手で撃てるよ! 両手で一丁ずつ持てるし!」

「ISの装備って大体そういうものなんだけどね……」

「アサルトライフルも凄い! 弾がいっぱい出てくるしよく当たる!」

「アサルトライフルって普通はそういうものなんだよ」

 

不動さんにアリーナに呼び出された理由、それは破損して使い物にならなくなったサタデーナイトスペシャルとレインメーカーに代わる武装を選ぶ手伝いだった。

 

アリーナに到着した時、不動さんは大きなコンテナと共に俺達を待ち構えており、俺はそのコンテナにある武装の試し撃ちをさせられていた。

この中で俺の気に入った武装が、今後サタデーナイトスペシャルとレインメーカーの代わりに打鉄・改の拡張領域に入ることになるらしい。

しかし、困った。今試している武装のほとんどが癖の無いもので、俺的には満足いくものばかりだ。

 

「紀春! このとっつきなんてどうかな!?」

「却下、大体火薬使って杭を打ち出すって発想がわけ解らん」

「紀春……とっつき嫌いなの?」

「ああ、嫌いだね。どうせなら杭飛ばせよ、何でわざわざ近接に用途を限定するのかが全く解らん」

「ええと……ロマンだから?」

「ロマンで勝てるなら俺は今頃ロケットパンチを飛ばしとるわ」

 

困ったことにシャルロットはとっつきを始め数々のロマン武装を押してくる、しかし俺はロマンを理解できる人間ではない。

ちなみにプロレスがロマンだと思った奴は出て来い、一番スゲェのはプロレスなんだよ。

前世でリンクスをやっていた時だって俺の獲物は両手のライフルと両肩の少佐砲だった。

雑魚はライフルで削り、大物は少佐砲で焼き払ってきた。それが俺のスタイルだ。

そこにロマンなんて言葉は無かった。ああ、ランドクラブとかと戦う時はとっつき解禁するけどね。

 

結局俺は六一口径アサルトカノン、ガルムと大口径バズーカを二丁ずつ選択する。

 

「ガルムは僕とお揃いだね」

 

シャルロットが嬉しそうにそう言った。

 

「ああ。どうせこの機体は繋ぎの専用機だし、武器特性を知ってるシャルロットに教えてもらえれば習熟も早いだろうしな」

「繋ぎの専用機?」

「以前言ったろ? 三津村がイグニッション・プラン参入を画策してるって、それが俺の専用機になるらしい」

「ああ、そんな事言ってたね」

「そういういうことだ。さて、もう遅いし帰ろうか。ああ、今後武装習熟訓錬に付き合ってくれよ。暇な時だけでいいから」

「うん、解ったよ」

 

そんなこんなで俺達は武装の片付けを終え、寮に帰っていった。




毎回一回目はこんな感じで全く盛り上がりません、明日から本気出す。

セインツロウ4買ったり、lowのバレンタインイベントのせいで財布が一気に寂しくなりました。


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第25話 JUST A RESONANCE

「嫁よ、兄はまだ来ないのか?」

「いや、一緒に行こうとしたんだけどさ。準備があるって特別室に篭っちまったんだ、紀春は先に行けって言ってたから俺一人でここまで来たけど」

「でも、もう三十分も遅刻だよ。大丈夫かなぁ」

 

週末、僕とラウラは駅前の商業ショッピングモール『レゾナンス』に居た、一夏も買い物がしたかったらしく先日一緒に行くとこに決まりここに居るのだが、それに誘った紀春はもう約束の時刻から三十分も遅刻していた。

 

その時、ある人が僕たちに声を掛けてきた。

 

「おう兄ちゃん、可愛い子連れとるやんけ。二人も居るんやからワイに一人くらい分けてくれんか?」

 

その人の身なりは、大きめのサングラスを付け頭に派手なワークキャップを被りそのワークキャップからは明るめの茶髪が飛び出していた。その割りにシンプルなTシャツとジーンズを着ていて頭だけ重装備なちぐはぐな印象を感じた。

 

「何だ? ナンパか?」

 

一夏が警戒をし、更にラウラが続ける。

 

「お前、何者だ? ナンパをするなら他所でやれ、お前では嫁や兄の足元にも及ばん」

「ひどいな、ラウラ。まあ、お前達がその反応なら一応成功ってことでいいか」

 

茶髪の男は、ラウラに馴れ馴れしそうな反応をする。あれ? 何でこの人はラウラの名前まで知ってるのだろう?

 

そんな事を考えていると、その茶髪の男はサングラスを外した。

 

「あっ、兄ぃ!?」

 

ラウラが素っ頓狂な声を上げる、ラウラとはまだ短い付き合いだがこんなにもうろたえたラウラを見るのは初めてだ。

 

「どうだ、中々違った印象になるもんだろ?」

 

その茶髪の男は紀春だった、そう言えば確かに聞き覚えのある声だったように思えたがサングラスと帽子でここまで印象が変わるとは……

 

「お前、その髪どうしたんだよ。染めたのか?」

「いや、これはカツラだ。お陰様で頭が蒸れて蒸れて、いつか本当にカツラが必要になる日が来ないことを祈るよ」

 

そう言い、紀春はサングラスを付け直す。

 

「でも、紀春。なんでそんな格好なんかを?」

「俺って結構有名人じゃん? 大勢の人が居るところではこれくらいするよ。しかし、一夏。お前はいつも通りだな、少しは気を使った方がいいぞ」

「た、確かに……」

「自覚しろよ、世界初の男性IS操縦者織斑一夏君」

 

確かに紀春は有名人だ、ISが操縦できることを知られ三津村はいきなりあんなド派手な記者会見を打ち出し紀春は世界に名前を轟かせた。僕の居るフランスでもその様子はニュースで流されており、僕も紀春に会う前から紀春の顔と名前は知っていた。ラウラはそうでもなかったみたいだけど……

 

それに、ここ日本での紀春の知名度は更に高い。

昨日何気なくテレビを見ていると、テレビに紀春が映り刺身を食べている様子が流れていた。

どうやらそれは三津村電機の冷蔵庫のCMで、他にも三津村自動車のCMでトラックを運転していたりする。トラックのCMでの紀春はやたらガテン系だった。

正直言って、何で紀春が冷蔵庫のCMとかトラックのCMに出ているんだろうと思う。男性IS操縦者の要素がそのCMからは全く感じられなかった。

 

対する一夏だが、紀春に比べられるとその知名度は落ちる。

紀春が言ったように一夏は世界初の男性IS操縦者である、しかしテレビCMに出ているわけではないし代表候補生とかがよくやる雑誌の取材を受けることもしていない。

その影にはどうやら織斑先生の暗躍があるとか無いとか噂されているが、真偽の程は謎だ。

 

しかし、それでも有名人であることには変わり無い。メディアにやたら出てる紀春の対比で一夏はミステリアスな魅力があるとかで、ネット上の人気はかなり高い。

一夏はIS操縦者になる前は一般人だったわけで、その頃の写真とかがネットにはいくつもあることをラウラが教えてくれた。

 

「と言うわけでこれやるよ」

 

そう言って紀春は、自分の被っていたワークキャップを一夏の頭に乗せる。

 

「さらに、コイツもプレゼントだ」

 

今度はカバンから黒縁の伊達メガネを取り出して、一夏に渡した。

一夏は紀春に言われるがまま、帽子を被り、メガネを付けた。

 

「うーん、こんなモンでいいのか?」

「おお、普段と違って知的な印象だぞ。こんな嫁もアリだな」

「普段と違って知的って……まあ頭いいつもりはないけどさ」

 

メガネをつけると知的に見える、なんて事はないとは思うがそれでも一夏の印象はがらりと変わった。

これなら悪くない変装だと僕も思う。

 

「よし、こんなモンで大丈夫だな。まずはラウラの服だな、行こうか」

 

ラウラが現在着ている服は僕が貸したものだ、ラウラは本当に軍服と制服以外の服を持っていなかったのだ。

 

僕達は紀春の号令に従って歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄よ! これはどうだ!」

「可愛いな! 買おう!」

 

「これもいい感じだな!」

「セクシーだな! 買おう!」

 

「これは私に最高に似合う服だ!」

「そうか? でもラウラがそう言うなら買おう!」

 

ラウラは試着室から出たり入ったりを繰り返し、俺はその服を全て買っていった。

その度にラウラは俺にニコポを繰り出し、俺はもうラウラにメロメロだ。

ラウラが踏み台転生者である事実はもうどうでもよくなっていた、俺の現在の使命はこの笑顔を絶やさないようにすることだ。

もうラウラのためなら死ねる気がしてきた。

 

「紀春、お前金は大丈夫なのか?」

「余裕余裕! ラウラのためならこれくらいどうってことないぜ!」

 

すでにラウラの服で二十万は使っているが、普段金を使う機会が購買くらいしかないので俺の財布は常に暖かい。

たまに自分の趣味の物とか服とかを買ったりはしているが、ゲームソフトはは一回買ったら長く遊べるし、別にブランド志向でもないのでそんなに俺自体に金を使っているわけでもなかった。

つまり、俺の財布は現在無尽蔵だ。

 

「しかし、いい加減持ち運ぶには嵩張る量になってきたな。この辺で切り上げるか」

 

最初にラウラの服を買ったのは失敗だったと思う、三十着以上を買ってしまいこれでは移動するのも大変だ。ということで、ラウラの服は宅急便でIS学園寮まで送ってもらうことにした。

 

「さて身軽になったしもう一回ラウラの服を買いに行くか」

「兄よ、有難いのだがもう充分だ。これ以上増えると、クローゼットに収まらなくなってしまう」

「そうか、なら仕方ないな。ええと次は……」

「水着、買いに行ってもいいかな?」

 

シャルロットが提案する、確かにここに来た目的の一つに水着の購入がある。

 

「そうだな、男と女は売り場違うし一旦ここで別れるか。シャルロット、ラウラを頼むな」

「兄よ、私はもう子供ではないぞ」

「愛しの妹の心配をするのは当然のことじゃないか」

「兄……私はそこまで愛されていたのだな」

「当たり前だろ? 俺達は家族なんだ」

「あっ、兄いいいいっ!」

「ラウラあああっ!」

 

俺とラウラは固く抱き合う。守りたい、この笑顔。

充分にラウラを堪能した後、俺はラウラを解放した。

 

「さて、いつまでもこうしていては日が暮れてしまう。水着買いに行くか」

「そうだね……」

 

シャルロットは何故か不満そうにしている、俺とラウラの兄妹愛に嫉妬しているのだろうか?

しかし、仕方ないじゃないか。俺は既にニコポの奴隷なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺のマッスルボディに映えるのは、やはりこの水着か」

「お前そんな水着を着るのかよ、ホモっぽいぞ」

 

俺と一夏はシャルロットとラウラと別れ二人で水着を物色していた、俺は真っ赤なブーメランパンツを見つけてみたが一夏には不評のようだ。

 

「確かに、ホモっぽいのは駄目だな。特にIS学園ではヤバイ」

「ああ、ヤバイな。彼女達は俺達で何処までの妄想をしてるんだろう?」

「一夏、考えすぎると精神が汚染されるぞ。程々にしておけ」

「そうだな……」

 

俺達はホモの影を振り払い、各々に水着を選んだ。

俺の水着はダークグリーンのサーフパンツだ、地味だと思われるかも知れないが男の水着なんてこんなもんでいいだろう。

 

「さて、約束の時間までかなり時間があるな。女性用水着売り場ま行って待ってるか?」

「いや、せっかく時間があるならちょっと付き合って欲しいところがあるんだが」

「ん? 何処に付き合えばいいんだ?」

「家電売り場にね」

 

俺はそう言い、家電売り場に向かって歩き出した。

そう、これから始まる臨海学校。アレを入手せねば、俺的にはお話にならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何でカメラなんだ?」

「お前、頭沸いてるのか? 臨海学校だぞ、我々のクラスメイト達はその日に向かってすんごい水着を用意しているに違いないわけだ。そんな姿を激写しないなんて失礼だろう?」

「お前……最近俺に対して酷くないか?」

 

確かに俺の一夏に対する評価は篠ノ之さんの付き合う事件以来駄々下がりだ、そして俺は一夏の言葉を華麗にスルーする。

 

「織斑先生の水着姿もしっかり激写してやるから期待しておけよ、まあ着てたらの話だけど」

「なっ!? 何でそこに千冬姉が出て来るんだよ」

 

一夏が驚きと共に顔を染める。

えっ? もしかして一夏はあんなにもてていながら実姉狙いだとでもいうのか!?

流石主人公、俺とは恋愛の格も違ったようだ。

 

そして俺はデジタルカメラを購入した、店員に「一番いいやつを頼む」と言ったら店員は苦笑いしながら最新のデジタルカメラを進めてくれた。

少々お値段もいい感じだったが、大切な思い出を記録するためだ。そこに出費は惜しまなかった。

 

「さて、そろそろ合流しようか」

「そうだな、もういい時間だろう」

 

そう言いながら歩き、女性水着売り場に到着する。

そこにシャルロットとラウラは居なかった、試着室にでも入っているのだろうか?

あたりを見渡してみるとある人を見つけた。

 

「あれ? あの人山田先生じゃね?」

「そうだな、山田先生も買い物か」

 

山田先生も水着を買おうとしているようでやたらカップの大きい水着をしげしげと眺めている。

そんな会話をしていると、ちょっとした悪戯心が湧き出す。

ちょっと山田先生で遊んでみよう、多分山田先生なら許してくれるだろう。

 

「ちょっとナンパしてみるか、面白そうだし」

 

現在俺は変装してしており、普段と違う自分になっていることで気が大きくなっているのだと思う。

 

「おいおい、止めておけよ。教師をナンパなんて」

「大丈夫、大丈夫。変装してんだからバレないって」

「俺はやらないからな」

「チッ、ヘタレめ。いいさ、俺一人でやってやる」

 

俺は買ったカメラを一夏に押し付け、山田先生の下へ歩いていく。

 

「よう姉ちゃん、ええ乳しとるやんけ。ワイと一緒に遊ばへんか?」

「ええっ!? ど、どちら様ですか?」

「そんなんどうでもええねん、ワイと遊ば――ぐえええっ!?」

「藤木、教師をナンパとは中々度胸あるじゃないか」

 

俺は突如現れた織斑先生にアイアンクローを受け悶絶する。

 

「ギブ! ギブアップ! ってなんで俺だって解るんですか!?」

「声で解った、ちなみにこれはアイクイット・マッチだ。ギブアップでは試合は終了しないぞ」

 

アイクイット・マッチとは基本的にシングルマッチで行われる試合に採用される形式で、3カウントやタップアウトで決着せず、対戦相手の関節技や大技を食らって肉体的、精神的に限界に達して"I Quit!"(=「まいった」「降参だ」)と叫んだ時点でそのレスラーの負けとなる試合形式だ。(ウィキペディアほぼ丸コピペ)

 

そしてその間も俺は織斑先生のアイアンクローを受け続けていた。

しかし、織斑先生はこんなマニアックな試合形式を知っているとはね。プオタなのだろうか?

 

「I Quit! I Quit!」

「ちっ、仕方ない」

 

●藤木紀春 vs 織斑千冬○

 

0分18秒 織斑千冬のアイアンクローにより藤木紀春が降参。

 

「酷い目にあった……」

「自業自得だろう。それより、お前達も買い物か? 遠くに織斑も居るが」

 

織斑先生がそう言う、確かに一夏が遠くで俺達の様子を窺っている。

しかし、一夏も簡単にとはいえ変装しているわけで。しかも、遠くに居るもんだからここから見て普通は誰か解らないだろう。

やはりこれは愛の成せる技なのだろうか?

そんな事を考えているとまた俺はアイアンクローに襲われる。

 

「ぎゃあああっ!? 何でまた!?」

「お前、今失礼なこと考えていただろう?」

「何で解るんですか? エスパーですか!? 学園の教師するよりテレビに出た方が儲かるんじゃないですか? って早く外してえええっ!」

「兄を虐める奴は誰だ!? 私が許さんぞ! ――教官っ!?」

 

俺の叫びを聞いたのかラウラが試着室から飛び出す、しかしラウラの格好は凄まじいものだった。

 

「……」

「……」

「……」

 

俺と織斑先生と山田先生は絶句して何も出来なかった、歴戦の勇士織斑先生もこの状況には驚いているのか口をポカンと開けていて馬鹿っぽかった。

 

「ボーデヴィッヒ……」

「はい、何でしょう教官?」

「……いや、藤木。頼む、何か言ってやってくれ」

 

織斑先生も困り果てていて俺に助けを求める、こんなこと初めてだったが織斑先生がうろたえるのも仕方ないように思える。

 

だってラウラの着ているものはスリングショット、俗称ブラジル水着と呼ばれるものだったからだ。

 

「ラウラ……」

「何だ兄よ」

「その水着は止めときなさい、正直引く」

「兄好みではなかったのか、しかし今回は嫁のための水着だ。幾ら兄の言うことでも聞いてやれないこともある」

「織斑先生。俺、駄目でした」

「諦めるの早すぎじゃないか?」

 

確か、ラウラは一夏のためにすんごい水着を買うとは言っていた。

しかし、スリングショットはないだろう。セクシーを飛び越えてド淫乱だ。

 

そんな時、奴が現れる。もちろん我らが主人公織斑一夏だ。

 

「ラウラ……」

「おっ、嫁か。どうだこの水着、中々いいと思うのだが」

「その水着は止めときなさい、正直引く」

「……そうか、嫁が言うのなら仕方ないな。ではスク水にするか」

 

ラウラの中では俺より一夏の言葉の方が重い様で、俺と同じ台詞を言ったにも関わらずラウラの態度は正反対に変わる。

いや、ラウラは一夏に惚れているわけだし別に構わないんだけどね。

でもお兄ちゃんちょっと寂しい……

 

しかし、スリングショットの代わりにスク水というのもおかしすぎるだろう。

 

「ラウラ、スク水もやめときなさい。ネタにしかならんぞ」

「しかし、クラリッサが個性を出していけと!」

 

謎の人クラリッサ、何者なんだ? 少なくとも我が妹ラウラに悪影響しか与えてないと思う。

いや、そのクラリッサのお陰で俺とラウラは兄妹になったわけだし全て悪いと言うわけではないか。

 

「クラリッサって誰なんだよ……」

「私の部下だ、色々相談に乗ってもらっていて感謝している」

「部下? ってことは織斑先生の教え子でもあるわけか?」

「そうだな」

 

ラウラの受け答えを聞き、俺は織斑先生をじっと見つめる。

 

「何だ? 藤木」

「ISとか教える前にもっと重要なことを教えるべきじゃなかったんですかね? 一般常識とか」

「確かにな……でも仕方ないじゃないか、私だって初めて人に教えるということで張り切っていて、そんな事は忘れていたんだ。誰にだってミスはあるものだろう?」

 

織斑先生の視線が泳ぐ、もう織斑先生のライフは限界ギリギリのようだ。

 

「とにかく、スリングショットもスク水も禁止だ。シャルロットに選んでもらいなさい」

「しかし、シャルロットの選ぶ水着は普通のビキニとかワンピースとかだぞ。それではあまりにも個性が……」

 

俺的にはラウラの個性は踏み台と妹であるだけで充分だと思う、しかしコイツはまだ個性を追求するのか。正直言って欲張りすぎだと思う。

 

俺とラウラの議論が平行線を辿っていると、織斑先生が鶴の一声を発した。

 

「ラウラ、言うことを聞け」

「……はい」

 

ラウラも織斑先生の言うことには逆らえなかったらしく、がっくりとうな垂れる。

ラウラは残念そうに試着室へと戻り、比較的普通なビキニを購入していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうことがあったのさ」

「へぇ、僕が別の試着室に篭っている間にそんなことが……」

 

現在、俺はレゾナンスのフードコートでハンバーガーを食べながら女性水着売り場での騒ぎの顛末をシャルロットに語っていた。

あの騒ぎがあった時、シャルロットはまた別の水着売り場にいたらしく故に参加できなかったというわけだ。

 

ちなみに現在俺と同じテーブルに居るのはシャルロット、ラウラ、山田先生の三人である。

織斑姉弟は山田先生が気を利かせて二人きりで行動中だ、ってかデート中だ。

 

「さて、これからどうしよう。買い物は大体終わったし……」

「ええと……」

 

シャルロットが何か言いたそうな感じであるが中々言おうとしない。

多分プレゼントのことだろう、それを解っていてあえて言わない俺も中々性格が悪いと思う。

まあ、アホな考えばっかりしていると話が先に進まないので俺から切り出そう。

 

「そうだ、プレゼント買ってなかったな。食い終わったら買いに行くか」

「うん!」

 

その言葉でシャルロットの表情は明るくなる。

俺は結構なおごりたがりであるので素直に喜んでもらえることは嬉しい。

 

そして、俺とシャルロットを他所にラウラと山田先生はなにやらヒソヒソと話をしている。

 

「何やってんですか?」

「あっ、いえ。私とボーデヴィッヒさんはちょっと用事があるので食事の後は別行動させてもらえませんか?」

「ん? 何かあるんですか? 折角だしご一緒しますよ。そうだ、山田先生もプレゼント要りませんか? 結構お世話になってますし何か贈らせてもらいたいんですが」

 

俺は結構山田先生に迷惑をかけていると思う、口説いたり、口説いたり、口説いたりしているので先生には大変だろうと思う。

その反面、特別室に入れられたり、特別室に入れられたり、特別室に入れられたりしているわけど、それはそれ、これはこれだ。

 

「いえいえいえいえ、そんなの気にしなくていいんですよ。それに教師が生徒から物を貰ったりしたらそれはそれで問題ですから」

「……確かにそうですね、考えが足りてませんでした。すいません」

「別に謝るほどのことじゃないですよ、教師としてはとしてはお勉強を頑張ってくれるのが一番のプレゼントですから」

「お勉強ですか……山田先生、俺の中学時代の成績知ってるでしょ? はっきり言って俺滅茶苦茶頭いいですよ」

 

ちなみに俺は転生知識+群馬知識のお陰でIS学園一年生の中でもかなりのインテリだ。

IS学園には中間試験はないので未だに俺の実力は測られてはいないのだが、期末試験には結構いい成績を残せると思う。

しかし、俺の通知表はIS学園にも渡っているはずだ。副担任である山田先生が俺の中学時代の成績を知らないはずはないのだが……

 

「ああ、そうでしたね。ではISの方を……」

「言いたくないですけど、かなり強いほうだと思いますよ。俺」

 

強くてお勉強の出来る問題児、それが俺だ。

改めて思うと凄まじい踏み台臭がしてくるが、踏み台転生者はラウラであり、俺は歴としたオリ主だ。神がそう言っていた、神はホモでうそつきだけど。

 

「だったら……生活態度の方を……」

「山田先生には解らないかもしれませんけど、自分と一夏以外全員女の中で生活するのって結構なストレスなんですよ。多少のヤンチャは大目に見てくださいよ」

「ううっ……デュノアさん、藤木君に何か言ってあげてください……」

「ええっ!? ええと……」

 

山田先生はシャルロットに助けを求めるが、急に振られたシャルロットも戸惑って何も言うことが出来ない。

 

「まあ、そんな与太話は置いといて買い物の続きでもしますか。山田先生、ラウラをお願いしますよ」

 

そう言いながら残ったフライドポテトを口に流し込み、さらにコーラでそれも流し込む。

 

「ええ、任せてください。あ、今更ですけど今は職務中ではありませんから無理に先生って呼ばなくてもい大丈夫ですよ」

「おう、そうか。じゃ、ラウラを頼んだぞ山田」

「何で急に上から目線で呼び捨てなんですか!?」

 

山田の言うことを聞いて、先生と呼ばないようにした途端にこれだ。

山田も理不尽だった。

 

そんな山田の言葉を俺は華麗にスルーし、シャルロットと共にプレゼントの買い物に出かけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、プレゼントか……何か欲しい物あるか? こんなこと初めてだから勝手が解らん」

「へぇ、初めてなんだ」

 

シャルロットは上機嫌そうに俺に言う、まあプレゼントってのは誰だって嬉しいものだ。俺だってそうだ。

 

「悪かったな、彼女居ない歴=年齢なんだよ」

 

実際はそれプラス21なわけだけど、それは内緒だ。

 

「紀春って彼女できたことないんだ、結構ガツガツしてるって思ってたけど」

「ガツガツって、失礼な。確かにIS学園来る前は彼女作るぞーって意気込んでたんだけど、現実は結構厳しいもんだよ。言い寄ってきた奴なんてハニートラップしか居やしねえ」

「……へぇ」

 

シャルロットが何故か遠い目をする、何かあったのだろうか?

 

「まぁ、ハニトラなんてどうでもいいんだよ。何が欲しい?」

「急に言われると、ちょっと悩むね。紀春は何かないの?」

「何も思い浮かばなかったから聞いてるんだろ?」

「確かにそうだね」

 

悩みながら歩いていると、アクセサリーショップが目に付いた。

女の子に送るプレゼントの定番だが、何も思いつかないのでこれでいいだろうか?

 

「おっ、アクセサリーはどうだ? たまたま目についただけだけど」

「でもここ、高そうだよ?」

 

目の前にあるアクセサリーショップは、中々綺麗目の外観でいかにも高いですよってオーラを撒き散らしている。

しかし、問題ない。何故なら俺はカチグミサラリマン並の給料を貰っているのだ。

 

「金のことは気にするなって、ここにするぞ」

 

そう言い、俺は店内へ入る。

店内にあるアクセサリーは外観どおりお値段で、一番安いのですら五桁はいくようなものばかりで、高いものは八桁まで行くものもある。

 

「いや~、中々いいお値段ですな~」

 

貴金属の価値なんて俺には解らない、たかが綺麗な石ころがなんでこんなに値段がするのだろうと思う。

いや、希少性とかそんなものもあるのだろうけど。

 

「紀春、別に無理しなくてもいいんだよ?」

「無理してねぇって、流石に七桁からは厳しいけどね」

 

財布の中にはまだ福沢先生が大勢いらしゃる、まだまだ俺はやれるはずだ。

 

「で、どれがいいんだ? 金のことはマジで気にしなくていいから」

「うーん、どれにしよう?」

 

そう言いながらシャルロットは店内にあるショーケースを物色していく、色々なアクセサリーを眺める彼女に俺は黙ってついて行った。

 

「じゃあ、これにしようかな?」

 

五分くらい経っただろうか、シャルロットは銀色のブレスレットを指差した。

 

「これでいいのか? やっぱり金のこと気にしてるだろ?」

 

彼女が選んだブレスレットはお値段的にも手頃な物で、この高級そうなアクセサリーショップのアクセサリーの中でもそのお値段は底辺に位置するものだ。

 

「ううん、気にしてないよ。僕はこれが欲しいんだ」

「まあ、そこまで言うんならそれでいいけど」

 

俺は渋々店員を呼び、ブレスレットを購入する旨を伝え会計を済ませた。

店員がブレスレットの入った箱を包装しようとするが、シャルロットはそれを止めその場でブレスレットを付け、箱だけ貰って俺達はアクセサリーショップを出た。

 

その後俺達は一夏達と合流し、IS学園へと帰って行った。

ブレスレットを付けたシャルロットはいつになく上機嫌だった、俺的にはお値段に不満がない訳では無いのだが、彼女が喜んでくれることが一番だろう。

そう思い自分を納得させる。

 

さぁ、明日は臨海学校だ。荷物の準備もしないと。

主にカメラとかカメラとかカメラとか……



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第26話 under the 殺意

「夏だねぇ」

「夏だなぁ」

 

海沿いの国道を走るバスの窓からは潮風も流れ込んでおり、もういかにも夏って感じだ。

海が見えてから騒ぎ出したクラスメイトたちも今は幾分落ち着きを取り戻しており、思い思いに雑談をしている。

 

バスの席決めは事前に決まってはいなかったので、一夏の隣の席を巡って激しい対立が起こるものかと思っていたが、一夏がすんなりと俺の隣に座ったためその争いは有耶無耶のまま終わってしまった。

 

「しっかし、暇だ。もうトランプも飽きたよ。一夏、他に何かないのか?」

「じゃ、UNOでもやるか?」

「またカードかよ、もっと他のはないのか?」

「あとは人生ゲームかクトゥルフ神話TRPGしかないな、ちなみに昨日買って来たものだ」

「クトゥルフ!? お前そんなもの買ってきたのかよ!?」

「いやー、こういうの久しぶりだから張り切っちゃって。ちなみにシナリオはオリジナルを考えてきたからな」

「初心者が一晩で考えたシナリオなんぞ絶対に面白くないだろ、そもそも張り切りすぎだろお前」

「いやいや、中々面白いのが出来たぞ。自分で言うのもアレだけど名作だぞ。それに俺は初心者じゃないからな、昔は弾たちとよくやってたなぁ」

 

そう言えばレゾナンスから帰ってきてから一夏は机でなにやら分厚い本を二冊広げてうんうんと唸っていたが、勉強じゃなくてシナリオ書いていたとは……

 

「お前さぁ、その頑張りをもっと別のところに生かせよ。勉強とか」

「つまらないこと言うなよ、学生の本分は勉強だけじゃなないだろ」

「少なくとも夜通しクトゥルフのシナリオ書くことじゃないとは思うけどな……」

「固いこと言うなって、今夜はお前のSAN値を削りきってやるからな」

「俺、参加する流れなのか……」

 

学生が臨海学校の夜にクトゥルフ神話TRPGなんて不健康すぎると思う。しかもこんなに女の子に囲まれているというのに……

 

そんな俺達を尻目にバス内ではカラオケ大会が開催されていた、ついさっき谷本さんが天城越えを熱唱し終わり次のターゲットが探されていた。

天城越え、喘ぎ声……

 

「藤木君、次歌ってよ」

「俺か? いいだろう。久々に俺の美声を響かせてみるか」

 

そう谷本さんに言われ、俺はバスの前まで移動する。

 

カラオケの機械が置いてある所には布仏さんが座っており、彼女に頼めば曲を入力してくれるという寸法だ。

布仏さんは何故か黒い帽子を被っており、その帽子には小文字の『h』のマークの刺繍が入っている。

なるほど、そういうことか。

しかし、この年齢の女子がdj hondaの帽子持ってるとは……やはり布仏さんのファッションセンスは理解不能だった。

 

俺は布仏さんに歌いたい曲をそっと耳打ちし、マイクを持つ。

 

「さて、夏なんだし夏っぽい曲歌いますよ~ dj honne! ミュージックスタート!」

「よ~! ちぇけら~」

「では歌わせていただきます。タイトルは『パチンコやってる間に産まれて間もない娘を車の中で死なせた…夏』!」

 

そうして俺の熱唱が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお! 海だ! 砂浜だ!」

 

眩い太陽は俺を照らしつい踊りたくなってしまう、左手には扱いにくいじゃじゃ馬こと打鉄・改の待機形態である銀色のブレスレット。

もうクラウドブレイカーにでも乗りたくなってくる気分だ。叢もX・BOXも持っていないけど。

 

ちなみに俺の熱唱の後のバスの空気はいい感じに冷めていて、少し静かになったのは言うまでも無い。

 

「藤木、静かにしろ」

 

織斑先生が俺を睨む、俺としてもまたアイクイット・マッチを挑まれたくはないのでそこは素直に言うことを聞いておく。

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

「よとしくおねがいしまーす」

 

織斑先生の言葉の後、全員で挨拶する。

それに対応する女将さんは結構な美人さんだ。

 

「あら、こちらが噂の……?」

「藤木紀春です。女将さん、結構な美人ですね。今夜僕と一緒に――ほげええっ!?」

 

とりあえず女将さんの手を取り口説こうとしてみたのだが、織斑先生にまたしてもアイアンクローを食らう。

 

「プロレスごっこなら私が付き合ってやるぞ、但しシュートでな」

 

シュートとはいわばプロレスにおける真剣勝負、ガチンコということだ。

織斑先生相手にシュートを仕掛けられたら体がいくらあっても足りない、ここは丁重にお断りしたいところだ。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 女将さんはもう口説きませんから許してえええっ!」

「ちっ……」

 

俺は織斑先生のアイアンクローから解放され、地面に膝をつける。

 

「すいません、この馬鹿のせいで……」

「あらあら、元気があっていいじゃありませんか。そちらの子もしっかりしてそうな感じを受けますよ」

「両方とも何も考えてない馬鹿なだけですよ。おい、挨拶しろ、馬鹿者共」

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

「藤木紀春です、先程は申し訳ありませんでした」

 

俺達馬鹿者共は女将さんに頭を下げる、それを見た女将さんは微笑んで俺達に挨拶を返した。

 

「うふふ、ご丁寧にどうも。清洲景子です」

 

女将さんは俺達に丁寧なお辞儀をし、俺達を旅館の中に案内する。

ぞろぞろと俺達IS学園御一行は旅館の中に入っていく、その時誰かが俺達に声を掛けた。

 

「ね、ね、ねー。おりむ~、のりりん」

 

この声は布仏さんだ、どうやら布仏さんによる一夏のあだ名は『おりむ~』らしい、おりむ~とオリ主は振り返る。

 

「二人の部屋ってどこ~? 一覧に書いてなかったー。 遊びに行くから教えて~」

 

遊びに行きたいか……しかし俺達の部屋に遊びに来た場合十中八九一夏のクトゥルフ神話TRPGに巻き込まれることになるだろう、果たして布仏さんはSAN値を守りきれることができるだろうか?

 

「いや、俺も知らない。廊下にでも寝るんじゃねえの?」

 

一夏がそう返した、俺に対するIS学園の仕打ちを考えれば強ち嘘にも思えない。

ちなみに俺は外でテントでも張らされてキャンプさせられると思っている。

 

「織斑、藤木、お前達の部屋はこっちだ。ついてこい」

 

織斑先生が俺達を呼ぶ、アイアンクローもボディブローも勘弁してもらいたいので俺達は素直に従う。

どうやら俺達の部屋も確保されてるらしい、廊下で寝るのは真っ平御免なのでありがたい。

それに板張りの床の上で布団を敷いて寝るのはもう嫌なのだ。

 

「織斑先生、俺達の部屋って何処なんですか?」

「喜べ、お前達には特別室が用意されている」

「とっ、特別室!?」

 

特別室、嫌な予感しかしない……

一夏も俺と同じことを想像したのだろうか、若干嫌そうな顔をしていた。

しかし、織斑先生に逆らうほどの度胸を俺達は持ち合わせていないためそれに従う以外に何も出来る訳がなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお! これはすごいな!」

 

特別室は、確かに特別だった。しかもいい意味で。

 

「おい紀春、この部屋露天風呂まで付いてるぞ!」

「マジで!? 至れり尽くせりだな!」

 

織斑先生に案内された特別室は豪勢なものでとても俺達馬鹿二人に用意されたものとは思えない、この部屋からは以前三津村に用意された帝○ホテルとおなじような気品とでも言うのだろうか? そんな物を感じる。

 

「織斑先生、なんでまた俺達にこんな部屋を? 一夏は廊下で寝るつもりだったらしいし、俺は外でキャンプでもやらされるのかと思ってましたよ?」

「お前達、そんな事まで考えていたのか……あり得ないだろう、常識的に考えて」

 

IS学園の特別室を見る限り強ちありえないと思うのは俺だけだろうか、そんな感じのツッコミを俺は心の中で織斑先生に入れる。

 

「空いている部屋がこのクラスの部屋しか無いんだ、というわけでお前達はここに泊まってもらう。ちなみに大浴場は女子専用なので行かないように」

「いや、こんな部屋を用意されたんじゃ文句なんて言えませんよ。な、一夏」

「大浴場か……俺、入りたかったな……」

 

俺は思う、一夏が大浴場に行けば絶対ラッキースケベなイベントが起こるに違いないと、そんな事を織斑先生も思っているようで頭に手をやりやれやれといった感じで溜息をつく。

 

「ここの風呂で我慢しろ。さて、今日一日は自由時間だ。荷物も置いたし、好きにしろ」

「えっと、織斑先生は?」

 

一夏がそう聞く、俺達がレゾナンスに行った時山田先生によって一夏と織斑先生は二人っきりにさせられ、一夏は織斑先生の水着を選んだらしい。一緒に海にでも行きたいのだろうか?

以前も思った事に関連することだが、織斑先生が一夏を愛してるように一夏も織斑先生を愛しているのだろう。しかし近親相姦ダメ、ゼッタイ。

そう思ったとき、またまた織斑先生のアイアンクローが俺に炸裂する。

 

「アイエエエエ! アイアンクロー!? アイアンクローナンデ!?」

「お前また失礼なこと考えていただろう?」

「相変わらずエスパーですね織斑先生」

 

この暴力教師のエスパー振りも相変わらずだ、早くテレビに出てもらいたいものだ。

床に膝をつく俺を尻目に織斑先生は一夏に告げる。

 

「私は他の先生との連絡なり確認なり色々とある。しかしまぁ――軽く泳ぐくらいはするとしよう。どこかの弟がわざわざ選んでくれたものだしな」

「そうですか」

 

部屋の中がなんだか甘い雰囲気に包まれる、この姉弟はこの俺を差し置いてイチャイチャしようというのか。流石にこれは嗜めなくてはなるまい。

 

「あの、織斑先生……」

「何だ? 藤木」

「姉弟でイチャイチャするんなら他所でやってくれませんかね、疎外感しか感じないんで――ぐぼぁ!?」

 

俺が話し終わる前に織斑先生のボディブローが炸裂する、昨日といい今日といい俺は織斑先生にやられっぱなしだ。

そして以前そうだったように、相変わらずこみ上げるものが抑えきれない。あっ、今回は我慢できないや。

俺はトイレへ駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、昨日に続き今日も災難ばっかりだ」

「自業自得だろ、千冬姉にあんなこと言えば怒るに決まってるだろうに」

 

紀春は更衣室に向かう途中で愚痴を溢す、紀春が俺達をイジることはよくあることだが今回は流石に相手が悪すぎた。しかしそれでも果敢に千冬姉に向かっていく紀春はある意味漢なのかもしれない。

 

「あっ、篠ノ之さん。ちーす」

 

紀春が箒を見つけたようだ、紀春が居る方に目をやると箒が旅館の庭で立ち尽くしていた。

紀春が声を掛けたにも関わらず箒はそれに気付かないようで、ある一点を見つめている。

俺達が箒の傍まで近づくと、俺達も箒が見つめているものに目を奪われた。

 

「…………」

「…………」

「なんだこりゃ?」

 

紀春の問いに俺は心の中で答える、ウサミミだ。

地面にはウサミミが生えており、『引っ張ってください』という張り紙がしたある。

 

「なぁ、これって――」

「知らん。私に聞くな。関係ない」

 

ああ、そういうことか。『アレ』に間違いない。

俺と箒の問答を他所に紀春がウサミミに近づく。

 

「『引っ張ってください』? これ、抜いていいのかな?」

「好きにしろ。私は関係ない」

 

そう言い箒はすたすたと歩き去ってしまう。

 

「? 篠ノ之さん何か心当たりがあるのか? まぁ、いいか。これ抜くぞ」

「ああ、いいんじゃないかな?」

 

俺の言葉を受け、紀春がウサミミを引っ張る。

 

「何だ? 何も無いじゃないか。何かお宝でも出てくるのかと思って期待したのに……」

 

紀春が残念そうに言う、その時セシリアがやってきた。

 

「あら? 一夏さんに紀春さん。何をやってますの?」

「ああ、セシリアさんか。何をやってるかって聞かれると返答に困るな」

 

紀春がウサミミを掲げセシリアに返答する、その時俺は不吉な音を聞いた。

甲高い、何かが高速で接近してくるような音を……

その音源を捜そうと俺は空を見上げる――って、ヤバイ!

 

「紀春! 上!」

 

あまりに時間がなさ過ぎて俺は紀春に声を掛けることしか出来なかった。

 

「上? なに――」

 

紀春が上を見上げた瞬間に轟音が響き渡り、紀春の姿は土煙にかき消されてしまった。

土煙が晴れたとき、そこには直径三メートル位の機械で出来たにんじんが刺さっていた。

そして、紀春の姿はどこにもなかった。

 

「のり……はる?」

「…………」

 

俺の隣に居るセシリアは口に手を当てて青ざめている、そして機械のニンジンの一部が割れ地面に向かってタラップのようなものが伸びる。

その機械のニンジンのタラップの上に立つ出つ人は俺のよく知る人だった。

 

「おいーっす、いっくん! 元気にしてた? 私は元気だよ! あのムカつくクソガキも始末できたことだしね!」

 

ISを開発した稀代の天才、篠ノ之束さんがそこには居た。



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第27話 GET わいるど

「束さん、どうして……?」

「どうして? そんな事決まってるじゃないか、あのクソガキが邪魔だったからこうしただけだよ」

「邪魔? 邪魔ってどういう事だよ!?」

「うーん、どう説明したものかね? まぁ、大人の事情ってやつかな? ――うわっ!?」

 

束さんが考え込む仕草をしていると、束さんが立っている巨大ニンジンが大きく揺れる。

巨大ニンジンは徐々に浮き上がり、その下の地面から銀色の腕が巨大ニンジンを支えるように生えてきた。

 

「グオォォォォォォォォォォ……」

 

銀色の腕の正体は紀春の打鉄・改だった、言葉になら無い声を上げながら地面からせり上がってくる。

そして顔がいつになく怖い、ラウラと試合中に喧嘩した時より怖い顔をしていた。

 

「ちっ! やっぱり生きてたか!」

 

巨大ニンジンの上で束さんが焦ったような顔をする、束さんは何故ここまで紀春に殺意を持っているのだろうか?

 

「死に晒せコラァ!」

 

その掛け声と共に後春は巨大ニンジンを空へ向かって放り投げる。

流石は天才野球選手、こんな時でも投げるフォームは綺麗だった。

 

「コイツでトドメじゃあ!」

 

紀春はその声と共にバズーカを展開、巨大ニンジンに向かって砲弾を撃ち込んだ。

大空で爆炎が上がり、それと共に轟音が周りを揺らす。

これでは巨大ニンジンに乗っていた束さんはひとたまりもないだろう、しかし何故か無事な気がする。何でだろう?

 

「おい! 何があった!?」

 

しばらく何も出来ないでいると千冬姉が俺達の下へ血相を変えて駆け寄ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めてだった、人に殺されそうになるのは。

篠ノ之束は俺のことをムカつくクソガキと評した、そして奴にとって俺は邪魔な存在であるらしい。

俺が目指すものは一夏から主役の座を奪い取るということ、褒められたことじゃないのは承知しているがそれはあくまでメタ的な視点での話だ。

奴がどんなに強大な力を持っていようともこの神にも等しい視点を持っている人物はこの世界で俺しか居ない、いや、ラウラも居るか……

 

つまり、何故俺が篠ノ之束に邪魔者扱いされているのかが解らない、原作を知っていれば解ることでもあるのだろうか? しかし無いものねだりは出来ない、ここは思い切ってラウラに相談するべきなのだろうか?

ラウラとはこれまで転生の話などは一切してこなかった、こういう話を振るのは踏み台の役目だと思っているので切り出すのを待っているのだが、ラウラはそんな素振りを一切見せてこなかった。

 

もしかしてラウラは踏み台転生者じゃない? いや、それはありえない。ラウラがニコポの使い手であることが何よりの証明だ。

 

相談するべきか、しないべきか、それが問題だ。

 

「おい! 藤木! 聞いているのか!?」

「ふぇ?」

 

気がつくと織斑先生がすごい剣幕で俺を怒鳴りつけていた。

 

「……その様子だと聞いていないようだな」

「えっと……多分そうです」

「織斑達にも聞いたが一応お前にも聞くぞ、何があった?」

 

一夏に言われて上を見上げるとそこにはオレンジ色の物体が迫っていた、正直それ以後のことは無我夢中で何も覚えては居ない。

気がつくと俺は打鉄・改を装着してぼーっとしているだけだった。そんな感じの事を俺は織斑先生に話した。

 

「あの馬鹿が……今度は何をやろうというのだ?」

「俺、何で篠ノ之束にあんな目に遭わされなければならないんでしょうか……」

「私にも解らん。ところでお前はこれからどうする? 一応自由時間だが」

「もう泳ぐ気にもなりませんよ、部屋で寝ています」

 

そう言い、俺は部屋に戻ろうとする。

 

「紀春……」

「あ、一夏。写真撮影頼むな、俺寝てるから」

 

そう言い、一夏にカメラを放り投げ、俺は今度こそ部屋に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紀春、起きてる?」

「寝てるよ」

「なんだ、起きてるじゃん」

 

そんなやり取りをしながらシャルロットが部屋に入ってきた。

シャルロットは旅館の浴衣を着ている。俺アレ好きじゃないんだよね、着たまま寝て朝起きると思いっきりはだけて結局パンツ一丁になってるし。

 

「もう夕食の時間だよ、いつまで不貞腐れてるの?」

「お前なぁ! 俺は殺されかけたんだぞ!?」

「ゴメンゴメン、でも何も食べないままでいいの? 朝から何も食べてないでしょ」

 

そんな事を言われ、急に腹の虫が鳴り出す。

こんな時でも腹が減るのは変わらないらしい、俺にシリアスは許されないのか。

シリアス……尻ass。

いかん、こんな考えをしていたらシリアスが訪れないのも当然だ。

 

「でも、飯食うところ食堂だろ? 今あまり会いたくない人とか居るんだが、主に篠ノ之さんとか……」

 

彼女は篠ノ之束の妹だ、今その人にどういう顔をして会っていいか解らない。

 

「紀春って普段は豪快な感じなのに、そういう所はヘタレだよね」

「完全に貶されてる……欝だ死のう」

「わーっ、謝るから」

「絶対に許さない」

「もう、そんなにわがまま言ってるとご飯あげないよ? せっかく持ってきたのに」

「飯、あるのか?」

「うん、紀春の性格的に食堂行きたがらないと思って」

 

そう言いながらシャルロットは部屋から出て、様々な料理が載ったお膳を運んできた。

しかし、用意がいいな。俺ってそんなに読まれやすい性格してるのか?

 

「あれ? 何で二つもあるんだ? 食おうと思えば食えるけど」

「もう一つのは僕のだよ、僕もここで食べようと思って」

「何で?」

「紀春、ぼっちは寂しいよ?」

 

ぼっち、その言葉で篠ノ之さんのことを思い出す。

うん、ぼっちは寂しいな。シャルロットの言うとおりだ、そしてそこまで俺のことを配慮してくれるシャルロットに感謝だ。

 

「シャルロットさん……アンタ天使や……」

「ふふっ、もっと褒めてくれてもいいんだよ?」

 

俺の天使シャルロットが微笑む。

天使……一般には神の使いである羽の生えた人。

あっ、そういえば神ってカズトさんの事じゃん。っていうかホモじゃん。

急にシャルロットが汚らわしいものに見えてきた。

 

「やっぱり天使はナシで」

「何でさ!?」

「いただきます」

「無視しないでよ!」

 

俺は元天使を無視し箸を進める、うまい。海が近いせいだろうか、刺身も新鮮だ。

刺身といえば冷蔵庫のCMを思い出す、あのCMで食った刺身はあんまり旨くなかったな。

 

「いやー、うまいねこれ。ホント感謝してるよ」

「そう? そう思ってくれるんなら僕もここまで運んできた甲斐があったよ」

「しっかし、お前箸の使い方ヘタクソだなー」

「仕方ないでしょ、まだ練習してる途中なんだから」

 

シャルロットは小鉢に入った豆に悪戦苦闘している、箸で掴むたび豆が滑っていく。

 

「あー、もう限界!」

 

そう言い、シャルロットは豆の入った小鉢を俺のお膳に置いた。

 

「なんだよ? 俺が食べればいいのか?」

「ううん」

「だったら何だよ?」

「あーん」

 

シャルロットが口を広げる。

正直、見ていて馬鹿っぽく感じる。

 

「アホか、自分で食え」

 

俺は豆の入った小鉢をシャルロットのお膳に戻す。

 

「えー、天使に対して優しくないなぁ」

 

シャルロットが豆の入った小鉢を俺のお膳に戻す。

 

「誰が天使だ」

 

俺は豆の入った小鉢をシャルロットのお膳に戻す。

 

「僕がだよ」

 

シャルロットが豆の入った小鉢を俺のお膳に戻す。

 

「自分で言ってて恥ずかしくないのか?」

 

俺は豆の入った小鉢をシャルロットのお膳に戻す。

 

「恥ずかしくないね!」

 

シャルロットが豆の入った小鉢を俺のお膳に戻す。

 

そんな言い合いをしながら小鉢が行ったり戻ったりする、とうとう何も話すことがなくなり無言の部屋で小鉢だけが移動する。

 

「がーっ! 解ったよ! 食わせばいいんだろ食わせば!」

「最初から素直に食べさせてくれればいいのに」

「うるせえ、一々文句言うな。ほら、口開けろよ」

 

俺がそう言うとシャルロットが口を開ける、その顔を見る俺にちょっとした悪戯心が湧き出した。

 

「あーん……ちょ……まっ……」

 

シャルロットの口に矢継ぎ早に豆を放り込む、シャルロットが戸惑い口を閉じようとするが俺の高速の箸捌きがそれを許さない。

 

「食ってる途中に喋るなよ、行儀が悪いぞ」

 

そう言う間も俺の箸は止まらない、俺はとうとう小鉢に入っていた全ての豆をシャルロットの口の中に捻じ込んだ。

 

「……モゴ…………」

 

シャルロットは両頬を膨らませて豆を咀嚼している、少しずつ頬の膨らみは減っていき、湯飲みに入っていたお茶を一気飲みした後怒ったような表情をする。

 

「優しくない!」

「お前の言うとおりにやったつもりなのに、気に入らないと申すか。なんと我侭な」

 

そんな会話を続けながら俺も豆を食う、これも中々うまいな。

そんな俺を見つめるシャルロットは、考えるような仕草をした後何故か頬を染める。

 

「あっ……」

「何だ?」

「そう言えば、間接キスだなーって……」

「そんなモンで照れるのは小学生までだ」

 

そう言いながら刺身を食う。あんなことを言ってみたが、実際に言われるとちょっと意識してしまう。

 

「……」

「……」

 

また無言、飯を食ってるので口数が少なくなるのは解るのだがこの無言空間のせいでさらに意識してしまう。誰か助けて欲しい。

結局俺達は飯を食い終わるまで無言のままだった。

 

「ふぅ、食った食った。ごちそうさん」

「あっ、そうだ。一夏からカメラ預かってきたよ」

「おっ、そうだった。すっかり忘れてたよ」

 

シャルロットが俺にカメラを手渡す、こちとらこれが楽しみで臨海学校まで来たんだ。

あの無職兎のせいで台無しにされたが、せめてこの思い出だけでも堪能せねばなるまい。

 

俺はカメラを操作し、画像を見る。

 

「えーと、シャルロットに、シャルロット……うわぁ、シャルロットまで居るよ! ってこれ全部お前の画像じゃねーか!」

「あれ? ラウラも居るでしょ?」

「何処にだよ……ん? この銀髪は……」

「それがラウラ」

「何だ? この全身バスタオルの変態は……」

 

我が愛しの妹ラウラが、全身にバスタオルを巻きつけている画像が表示される。

バスタオルの隙間から飛び出した銀髪と眼帯以外にラウラ要素は一切なくいきなりこれを見せられてもラウラと解る人はほとんど居ないだろう。

 

「しっかし、他の奴も撮れよ……」

「誰を?」

「篠ノ之さんとか布仏さんとか山田先生とか!」

「紀春……チョイスがあからさまだね。やっぱり大きいほうがいいのかな?」

「でかけりゃいいってもんじゃないが、ないよりあったほうがいいだろ」

 

カメラを置き、寝転がる。

俺の臨海学校はあの無職兎のお陰で滅茶苦茶だ、それを思い出すだけで憂鬱になる。

 

「そう言えばさ、俺が殺されかけた話ってどこまで広まってんだ?」

「当事者の一夏とセシリア以外は僕と先生達だけだよ。余計な混乱は招きたくないって」

「……まぁ、あまり広められてはないと思ってたよ。少なくともラウラがこの話を知ってたら飛んで来そうだしな。お前は何で知ってんだ?」

「紀春と同じ三津村ってことで教えてもらったよ、篠ノ之博士が何で紀春を狙ってるのかは解らないけどこの話を三津村に通しておかないってのはマズイからね」

「俺の保護者だからな、それも当然か。三津村からは何か指示があったか?」

「とりあえずはここに居ろって、ここには織斑先生も居るからね。篠ノ之博士に対抗できるのは織斑先生しか居ないからここが一番安全だって言ってたよ」

 

俺の命をを狙っているのは神出鬼没の無職兎こと篠ノ之束。確かに世界最強の称号を持つ織斑先生位じゃないと対抗できる人物は居ないだろう。

三津村最強は田舎ヤンキーの称号を持つ有希子さんだしね……正直言って格が違いすぎる。

 

「そうか……あっ、食器をかたづけないとな」

「そうだね、食器は廊下のワゴンに置いておいてくれたら持っていくって仲居さんが言ってたから――う゛っ!?」

 

シャルロットがテーブルに手をつけて立ち上がろうとするところで、凍りついたように動かなくなる。

 

「……痺れたのか」

「……うん」

 

シャルロットが動かないので仕方なく俺一人で食器を片付ける、結局俺が最後の食器を片付けるまでシャルロットはずっと同じ体勢のまま固まっていた。

 

「大丈夫か?」

「だっ、大丈夫……っ」

 

そう言いながらシャルロットは立ち上がる、表情を見る限りまだ痺れは取れていないようだ。

痺れる足に顔を顰めながらシャルロットが歩く、そんな時またしても災難が降りかかった。

 

「い゛っ!? うわっ!?」

「うおっ!?」

 

シャルロットがテーブルの足に小指をぶつけた。痺れと痛みにシャルロットは悶絶し、俺を巻き込んで倒れた。

 

「あっ…………」

 

気がつくと俺はシャルロットに押し倒されたような感じで寝転がっていた、シャルロットの顔はもう真っ赤っ赤で今にも蒸気が噴出しそうだ。

対する俺の心臓もすんごい音を立てて鳴り続ける、女の子に押し倒されるのは現世では初めてのことだ。前世では結構あったけどね、お店とかで……

しかしそれだけじゃない、一番俺をドキドキさせているのは今のシャルロットの姿だ。

倒れたシャルロットの着ている浴衣がいい感じにはだけており、今にもさくらんぼが見えそうなのである。

IS学園はほぼ女子高ということもあり、パンチラ程度なら日常茶飯事のように拝んできたがナマチチは今までで一回も拝んだことはなかった。俺は現世で女性のナマチチを拝んだことなど一度も無いのだ。前世では結構あったけどね、お店とかで……

あと、母さんはノーカンね。

 

「えーと、大丈夫か?」

「足が痺れてうまく動けない……」

 

どうやらこの状況はしばらく続くらしい。ありがとうございます、マイエンジェル!

 

しかし、俺のラッキースケベ力も相当なものだな。いまなら一夏にも互角に戦えるかもしれない。

だが、俺の幸せも長くは続かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旅館に到着してから私はすぐにシャルロットに連れられ海に出た、嫁のために用意した水着であるがいざ嫁に披露するとなると些か恥ずかしいものがある。

無駄な抵抗だと知ってはいるがバスタオルを全身に巻いてみたのだが、シャルロットには不評なようだ。

しかし、恥ずかしいものは仕方が無いじゃないか。

ここは一度兄に見せておかしなところがないか意見を聞いておこう、そうすれば嫁に披露する自信もつくというものだ。

 

しかし、待てど暮らせど兄が来ない。

昨日クラスメイトの水着姿を撮影するためにわざわざ新しいカメラを購入したと聞いていたので、兄は息巻いて海岸にやってくると思っていたのだが私の見当違いだったとでもいうのだろうか?

もしかして先ほどの爆発音に関係して兄が危ない目に遭っているのかもしれない、これは緊急事態だ。

私は判断の甘さを悔やんだ、IS学園で爆発など日常茶飯事であるため軽く考えていたのだ。

 

私が旅館に戻ろうとするその時、旅館から嫁とセシリアがやってきた。

二人の表情が冴えない、もしかして本当に兄になにかあったのだろうか?

 

「あれ? 紀春は? 真っ先に来てそうだと思ったのに」

 

一緒に居た鈴が口を開く。

 

「ああ、紀春は旅館に着いてから体調を崩したらしくて今は部屋で寝てるよ、本当に気分が悪いから誰も来ないでくれってさ」

 

嫁がそう返す。その歯切れが悪い様子に少し不信感を感じるが私が嫁を信じなくて誰が嫁のことを信じるというのだ、とりあえずその言葉を信じることにした。

しかし旅館に到着した途端に体調不良か、兄もつくづく運が無いな。

 

「そんなわけで紀春からカメラ渡されたんだけど……」

 

そう言いながら嫁が私を見る、早速嫁の視線を釘付けに出来たようで私としても満足だ。

 

「何コレ?」

 

コレ扱いされてしまった……私の何がいけなかったというのか。あっ、バスタオル巻いたままだった。

 

「コレはラウラだよ」

 

シャルロットも私の事をコレ扱いする、もうどうでも良くなってきた。

そんな私に向かって嫁はカメラを向ける。

 

「なにをするつもりだ、嫁よ」

「ラウラだったら紀春も喜ぶかなって思ってさ」

 

そう言い嫁がシャッターを切る、兄の水着コレクション一枚目は私になるらしい。水着なんて微塵も見えてはいないが。

 

その後、シャルロットにバスタオルを剥ぎ取られ私達は海を楽しんだ。

兄のことが気にならないかと言えば嘘になるが、ここは嫁の言葉を信じて兄のことはそっとしておくことにした。

 

海にいる間シャルロットが嫁にやたら自分の写真ばかりを撮らせていた。どういうことだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は流れ、夕食の時間になる。

嫁と共に食事を摂ろうと思っていたが、嫁の隣の席を手に入れるのに熾烈な争奪戦が繰り広げられていた。

いつもなら兄が大体隣に座ることになり丸く収まる場合が多いのだが、今兄はいない。体調不良がよほど深刻なのだろうか、一度様子を見に行った方がいいのかもしれない。

 

ふと目をやるとシャルロットと山田先生がなにやら深刻な様子で話をしているのが見える。

シャルロットは兄と同じ三津村に所属している、もしかしたら私達の知らない兄の事情を知っているのかもしれない。

私はシャルロットに話を聞こうとした。

 

「おい、シャルロット。さっきのは兄の話か?」

「あっ、ええと……」

 

シャルロットも歯切れが悪い、明らかに何かを隠している。

嫁もシャルロットも一体兄の何を隠しているというのだろうか? 私の心配は尽きることは無い。

 

「ゴメン、言えないんだ」

「しかし、私は兄の妹だ。私にだって知る権利はあるだろう」

「ゴメン、それでも言えない。じゃ、僕は紀春にご飯もって行ってあげないといけないから……」

 

そうシャルロットが言い、お膳の載ったワゴンを押して廊下を歩く。

 

「待ってくれ、私も行く」

「社外秘のことを話さないといけないからちょっと遠慮してもらえないかな?」

 

社外秘、三津村の機密に関する話でもするのだろうか。

そう言われると流石に私の立場も弱くなる。私にだって嫁や兄には話せない機密が山ほどあるし、それは程度の差があるとはいえ誰にだってあることだろう。

 

「そうか……それなら仕方ないな……」

 

私は兄に会うのを諦めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし神は私を見放してはいなかったようだ、兄に会いたい私にチャンスが巡ってきた。

嫁が兄を誘って一緒に遊ぼうと言ってきたのだ。

嫁の部屋は兄の部屋でもある、その嫁について行けば私も兄の部屋にいく大義名分が出来る。

 

嫁に惚れた女達も一緒だが、現在の私の優先順位は嫁より兄の方が上だ。大した問題ではない。

私達は嫁に連れられてぞろそろと廊下を歩き、嫁と兄の部屋に到着した。

 

「おーい、紀春。セッションやろうぜ……!?」

 

嫁はノックもすることなく扉を開いた、機密の話をしているかもしれないと思ったがそれは嫁には関係のない事だ。

 

扉を開いた嫁の顔が驚愕に染まる、私も気になり嫁の背中から顔を出し部屋を窺った。

 

「…………」

「…………」

 

部屋の中では、兄がシャルロットに押し倒されていた。

たしかにこれは機密事項だ、しかしこのような行為に及ぶのであれば部屋の鍵くらい閉めておけばよかったものを……

 

「兄……そういうことか。これはシャルロットを義姉と呼ぶ日も近いのかもしれんな」

「いや、ラウラ! これは事故で……」

 

シャルロットが反論する、いまから行為に及ぼうとするところを目撃されたのだから恥ずかしいのだろう。

 

「いや、気にするな。嫁は私の部屋で寝てもらうからお前は朝まで帰ってこなくていいぞ」

 

ちなみに私の部屋はシャルロットとの二人部屋だ。

しかしこうなると私も嫁と朝まで二人きりか……

 

うん、すごくいい。シャルロットに感謝だ。

 

私はシャルロットがまた何か言う前に部屋のドアを閉めた。

 

今夜は赤い米を炊かなくてはな、以前クラリッサがそう言っていた。日本では何か祝い事があると赤い米を炊くらしいと。

しかし、赤い米……何処で売ってるのだろうか? いや赤い米を炊いていたら嫁と二人きりの時間がなくなってしまう、非常に悩ましい問題だ。



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第28話 Sky High

「ヒャッホオオオオオオオゥ!」

「紀春さん! ちょっと早すぎますわよ!」

「早い? 当たり前さ! それにコイツの全力はこんなもんじゃないさ!」

「まだ余力を!? わたくしはこれで全速力だというのに……」

 

翌日、オレとセシリアさんは海の上を飛行していた。

今日はISの各種装備試験運用の日、俺も三津村から送られてきた高機動用パッケージを装備し試験飛行を行っていた。

セシリアさんも高機動用パッケージを持っているため俺と同じく飛行訓錬を行ってるというわけだ。

 

水面スレスレを水しぶきを上げて飛ぶ俺とセシリアさん、俺の気分は上々だ。

最初コイツの見た目には不安を感じていたが打鉄・改と違ってPICもよく効く、流石に超音速までスピードを上げるとロールでの旋回が必要になるがそれでもこのスピードは魅力的だ。

 

俺達は水面から急上昇し、天高く舞い上がる。

 

「ああ、いい感じだ。このまま宇宙まで飛んでいけそうな気がする」

「流石に宇宙まで行くのは無茶じゃないですか?」

「言葉の綾だよ、でも成層圏まで行って地球の丸さを感じることぐらいは出来そうだ」

「紀春さんのパッケージの最高速度ってどの位ですの?」

「マッハ4。ちなみに巡航速度はマッハ0.9らしい」

「三津村って、変態企業でしたのね……」

「巡航速度は普通のと変わらないらしいけどね」

 

最高速度マッハ4は打鉄・改の三倍以上の速度だ、速さの桁は一緒だが俺の爽快感は桁違いだ。

そんな俺は笑いながら空を飛ぶ、俺は急加速を掛けセシリアさんを引き離していった。

 

セシリアさんのISが俺を追う、追われる俺のISは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紀春、大丈夫なのか?」

「いつまでも部屋に篭ってるわけにもいかないだろ、それに今日は三津村から装備が届いてるはずだしな。流石にそれを無視したら怒られるだろうし」

 

昨日は色々な事があって大丈夫とは言い難かった、しかしそれでも俺は大丈夫な振りをして一夏に返す。無職兎に殺されかけたし、シャルロットから特大のラッキースケベを受けたりしたが……

ちなみに部屋に一夏達が来た後、シャルロットは部屋に帰らせた。しばらくすると一夏も俺の部屋に帰ってきた。

 

俺は三津村から今日使う追加装備を受け取るために海岸へとやってきた、海岸には様々な大きさのコンテナが置いてある。

その中に一際デカイコンテナが置いてあった、しかもそれには三津村重工のロゴマークが描かれている。非常に嫌な予感がする。

不動さんが臨海学校に行く前に言っていた、格好いいパッケージを用意しておいたと。

格好いいって言っても何でも限度がある、主に大きさとか……

 

コンテナの前に到着するとISスーツをきたシャルロットが待っていた。

 

「これ、もしかして俺の?」

「うん、紀春のだよ。僕のはこっち」

 

俺のコンテナの隣にも三津村重工のロゴマークが描かれたコンテナがあるがこちらは他のと比べても大差ない大きさだった。

 

「僕のはラファール・リヴァイヴ用の砲戦パッケージだね。紀春のは高機動用パッケージって聞いてたけど、ここまで大きいのは予想外だよ」

「高機動用? 打鉄・改でも充分高機動だろうにまだ速さが足りないのか」

 

シャルロットのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡも様々な射撃系武装が積んであるし、俺の打鉄・改だって充分に速い。

しかし三津村的にはまだお気に召さないとでも言うのだろうか? 贅沢な話だと思う。

 

「まあ、ここで管巻いてても仕方ない。俺の装備とご対面しましょうか」

 

俺はそう言ってコンテナの扉を開けた。どんな格好いいパッケージなのだろうか?

 

「マジかよ……」

 

格好いい、マジで格好良かった。格好いいんだけどこれは……

俺もコイツは好きだ、前世や現世でもゲームの中で非常にお世話になっていた機体が目の前にあった。

 

「何でF-15なんだよ……」

 

コンテナの中には名機F-15が一機収められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、パッケージ名『ストーム・ブレイカー』。高機動戦用パッケージだね。わぁ、イメージインターフェースで直感的な操縦だって! 紀春のISもこれで第三世代の仲間入りだね!」

「へぇ、そうなんだ」

 

ストーム・ブレイカーと共にコンテナに入っている説明書をシャルロットが読む。正直あまり嬉しくない、言い方は悪いが戦闘機なんて今じゃ過去の遺物だ。

ISが登場してからというもの今まで戦場の主役だった戦闘機や戦車は数を減らし戦いの舞台の隅に追いやられている。ISの数は現在467機、数が少ないのでそれらの居場所は完全になくなったわけではないのだが、それでもISには絶対に勝てない。

三津村はこれで俺に何をさせようというのか、戦闘機の復権でも狙っているのだろうか?

 

「はーい、みなさん。試験用装備の確認は済みましたか? 装備の装着後に指示されたテストメニューに沿って行動してくださいね」

 

山田先生が俺達に声を掛ける、織斑先生は何処に行ったんだろう? 引き篭もっていた俺が言うのは何だが俺が殺されかけて以来全く姿を見ていない。

 

「あれ? 織斑先生はどうしたんです?」

「織斑先生は……徹夜で書類整理をしてまして、今は寝ているはずです」

 

明らかに無職兎と俺の一悶着の事後処理だろう、でも俺は悪くないはずだ。悪いのは全てあの無職兎だ。

 

「へぇ、そうですか。ええと、俺はセシリアさんと一緒に試験飛行か。イメージインタフェースってどう使えばいいのか解らないし教えてもらう」

「僕は鈴とラウラと一緒に射撃武装の試験だね、そう言えば一夏は?」

「俺か? 俺は……何も届いてないからな……どうすればいいんだろう?」

「そう言えば、白式の拡張領域って埋まってたんだっけか。打鉄と一緒に剣でも振ってればいいんじゃねーの?」

「そうするしかないのか……」

「悪いな一夏、俺のパッケージ一人乗りだからお前は留守番していてくれ」

 

実際は二人乗りも出来るらしい、そう説明書に書いてあった。

 

「スネ夫みたいなこと言うなよ……」

 

というわけで俺はそんな感じでセシリアさんと空へ飛び立ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、空はいいもんですな。嫌なことも全て忘れられる」

「ええ、わたくしもそう思いますわ。しかしそろそろ試験終了時間の10時ですわね、一度海岸まで戻りましょうか」

「ああ、もうそんな時間か。楽しくて時間のことなんて忘れてたよ」

 

そんな会話をしながら俺達は海岸を目指す、ちなみに成層圏までは一人で行ってきた。

地球と宇宙の両方を見ることができ、結構感動的な光景だった。彼女ができたら二人で行ってみたいものだ、あそこで口説いたらどんな女でもイチコロな気がする。

 

そんな俺達が海岸まであと10キロという所まで差し掛かった時、ハイパーセンサーの視界から爆発が起きるのを確認した。

爆発したのは海岸の岩場付近、射撃試験はあそこで行われているはずじゃなかったんだが。

 

「爆発? セシリアさん、射撃試験場はあの岩場じゃなかったよね?」

「ええ、そことは逆側のはずですわ。私達にはそう知らされていますし」

 

俺達飛行試験組は流れ弾に当たらないよう射撃試験組とは真反対の空域で飛行していた、つまりあそこで爆発が起こるなんてありえないのだ。

 

「ちょっと待て……何だあのISは?」

 

爆発地点に視界をズームさせると見たこともない赤いISが居た、しかもそれに乗ってるのは……

 

「箒さん!?」

 

セシリアさんが俺の思っていたことを口にする、赤いISに乗っていたのは篠ノ之さんだった。

 

「ちょっと嫌な予感がするな……セシリアさん、急ごう」

「了解しました」

 

俺達は全速力で海岸を目指す、全速力といってもセシリアさんの全速力でだけどね。

 

嫌な予感は止むことはない、突如現れた新しいIS、しかも乗ってるのは篠ノ之さん。

多分あそこには奴が居る……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスだね! 箒ちゃん!」

「ええ、ありがとうございます」

 

俺と箒、いくらかのクラスメイト達が山田先生の監督の下で岩場で剣を振るっていると空から束さんがやってきた。表現的におかしいところがあるとは思うが実際そうなのだから仕方が無い。

そんな騒ぎを聞きつけて鈴やシャルロット、ラウラもこの場にやってきた。

束さんは箒に専用機を作ってきたと言った途端、空から菱形の物体が落ちてくる。

そしてその中から出てくる赤いIS。

 

山田先生が色々言いたそうな顔をしているのだが、束さんはそれを完全に無視し箒にISを装備させ起動させる。

ものの数秒でフィッティングを済ませ、現在は試運転ということで箒が飛行したり、束さんの放つミサイルを撃墜したりしていた。

 

次の瞬間、俺達の頭上を大きな黒い影が通り過ぎる。見上げると岩場の崖の上にF-15とセシリアが居た。

 

「おい、どういうことだ? 何でここにコイツが居る?」

 

崖の上から跳び降りて華麗に着地を決めた紀春の声は背筋が凍るくらい冷たいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、どういうことだ? 何でここにコイツが居る?」

 

やはり嫌な予感は当たっていた、やっぱり無職兎が居た。

 

「そうだ、箒ちゃん。おなか空かない? 束さんが愛を込めて箒ちゃんにおにぎりを作ってきたんだよ!」

 

無職兎は俺を無視し、どこからともなくおにぎりを取り出す。

 

「いや、姉さん……」

 

篠ノ之さんにしてみれば全く訳の解らない状況だろう。

知り合っても居ないはずの俺と無職兎が対面した途端俺が激怒しているわけなのだから。

 

「はい、味わって食べてね。そうだ、いっくんのも用意したんだよ」

 

そう言い無職兎は篠ノ之さんと一夏におにぎりを渡す。

 

「おい、クソガキ。お前の分も用意してやったから食べろよ」

 

今度は俺におにぎりを放り投げる、受け取ったおにぎりは何の変哲も無い普通のおにぎりだが絶対に食べたらマズイ物が入ってるに違いない。

おにぎりを眺めていると内部から赤い光が点滅している、食べたらマズイもの所か食べられない具材が入ってるようだ。

 

俺はオーバースローのフォームでおにぎりを天高く放り投げる、放り投げられたおにぎりは空中で爆発した。やはり無職兎は俺を殺したいようだ。

 

「死ね」

 

俺はガルムを展開し無職兎にフルオートで弾薬が尽きるまで放つ、俺は二度も殺されかけているのでこれくらいは正当防衛の範疇だろう。まぁ罪になるようなことであっても全く構わないわけだが……

 

無職兎が煙に包まれる、煙が晴れたとき無職兎は余裕そうな表情でこちらを見ていた。

 

「そんなんじゃ私には傷一つ付けられないよ」

「そうか、篠ノ之さん。危ないから下がってた方がいいよ」

 

ISを装備している篠ノ之さんが別に危ないというわけではないのだが、一応無職兎の後ろに居たので警告しておく。

俺は左手にバズーカを取り出し、もう一度無職兎に向かって撃つ。しかし無職兎の前に篠ノ之さんが立ちはだかりバズーカの砲弾を切り裂いた。

 

「姉さんがやったことは褒められたことではないだろう、しかしこんなのでも一応自分の姉なのでな」

「わー! 箒ちゃん格好いい!」

 

無職兎は篠ノ之さんの後ろで目を輝かせて拍手をしている、その時ついに織斑先生がやってきた。

 

「お前達! 何をしている!?」

 

織斑先生の目に映るのは、ISを装備して対峙している俺と篠ノ之さん。そしてその後ろで拍手している無職兎。

ぱっと見意味不明な状況だろう。

 

「あっ、ちーちゃん。このクソガキ酷いんだよ! いきなり束さんに銃撃ってくるんだもん!」

「どうせお前が何かしたのだろう、それに藤木はお前に殺されかけたと言っていたしな」

「ついさっきもう一度殺されかけましたよ。織斑先生、こいつ殺していいですよね? っていうか友達なら責任もって殺しておいてくれません?」

「もう一度殺されかけた? 藤木、どういうことだ?」

 

篠ノ之さんが疑問を口にする、俺が最初に殺されかけたことは教員以外では一夏とセシリアさんとシャルロットしか知らない。

 

「もしかして兄が昨日海岸に来なかったのは」

「殺されかけた直後に遊んでいられるほど図太くはねーよ、俺は」

「やはり、あの爆発はそういうことだったのか……」

 

視線が無職兎に集中する、たぶんこの場に無職兎の味方をするものは居なくなったはずだろう。

 

「姉さん、どういうことだ。何故藤木を狙う?」

「箒ちゃん、邪魔なクソガキを始末しようとして何が悪いのさ」

 

そう、一番の疑問は何故無職兎が俺を邪魔だと思うかということだ。この疑問が解消されない限り俺に安寧はない。

 

「束、とにかくお前を拘束させてもらう。藤木は問題児だが、お前がそういう態度な以上危険な存在であることは間違いない」

「あ、別に拘束しなくてもいいですよ。どうせその無職ならすぐに逃げ出しそうですし、それに俺もう帰りますんで」

「帰る? 何処にだ?」

「学園にですよ、こんな所に居たら命が幾つあっても足りやしない」

 

俺は大きくジャンプし、ストーム・ブレイカーの上へ降り立つ。

 

「おい、逃げるのかクソガキ」

「ああ、逃げるんだよ。それともアレか? もう次の俺を殺す算段でも用意してあるのか? ってか俺に喋りかけんな、無職が移る。ってか死ね」

 

そう言い俺はストーム・ブレイカーを起動させ、その背中に乗って空へ飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、僕も帰らせてもらいます。あの状態の紀春を一人きりにさせるのは危ない気がしますし……」

 

そう言い、シャルロットはお辞儀をした後、紀春の後を追って空へ飛んで行った。

その後この場は少しの間沈黙にに包まれるが、それを千冬姉が破る。

 

「兎に角、束。お前が危険な存在であるのは変わりない、それに以前の殺人未遂の件で警察を呼んである。おとなしくお縄につけ」

「えー、ちーちゃんだけは最後まで束さんの味方だと思ってたのに……でもそれなら仕方ないね。私も忙しいからここで帰らせてもらうね。シュワッチ!」

 

そう言った束さんはウルトラマンのような姿勢でどこかへ飛んで行った。



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第29話 Danger Zoneへの招待状

昨日、設定を貼るの忘れてた


「では、現状を説明する」

 

旅館の宴会用の大座敷、風花の間に集められた紀春とシャルロットを除く一年生専用機持ちと教員は千冬姉の言葉に耳を傾ける。

 

なぜこんな状況になっているのだろう、それは紀春達と束さんが俺達の元を去ってからすぐに山田先生の持っていた小型端末に表示されたアラートサインが原因だった。

それを見た千冬姉と山田先生は手話のようなもので会話をはじめ、俺達専用機持ちはこの部屋へと連行されたわけだ。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼動にあったアメリカ・イスラエルの共同開発の第三世代型軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

その言葉を聞き周囲の顔つきが真剣なものに変わる、特にラウラの眼差しは他の人より一層真剣さを帯びたものだった。やはり軍人として何か思うことがあるのだろう。

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから2キロ先の空域を通過することがわかった。時間にして五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」

 

千冬姉が淡々と続ける、その次に発せられた言葉はかなり非常識なものだった。

 

「教員は学園の訓錬機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」

 

急に頭が痛くなってきた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議は進む、その中でとりあえず一つのことが決まった。

 

俺が銀の福音を落とす。

 

超音速飛行を続けている銀の福音に仕掛けることができるのは一回が限界、つまり一撃必殺の攻撃力を持った俺の零落白夜しかないということになる。

 

千冬姉が辞退しても構わないと言ってくれるが、ここで退いては男が廃るってもんだ。いや、廃るような名誉やプライドなんて持っているかは疑問だけど、これは言葉の綾だ。そういうもんだ。

 

次に決めないといけないことは、誰が俺を福音の居る場所まで運ぶかということだ。

俺は零落白夜の一撃に全てを賭けるために余計なエネルギーを消費してはいけない、ということで運搬役が必要になってくるわけである。

 

「それなら、わたくしのブルー。ティアーズが。ちょうどイギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られて来ていますし、超高感度ハイパーセンサーもついています」

「ふむ、それなら適任か……他に意見の有る者はいるか?」

 

千冬姉が周りを見渡す、その時一人手を上げた人物がいる。それは誰か? 俺だ。

 

「何だ織斑? 何か意見があるのか?」

「はい、セシリアには悪いんだけど俺はもっと適任な人物を知っています」

 

千冬姉が眉をピクリと動かす、ちょっと緊張してきた。

 

「誰だ? 言ってみろ。意見が多いに越したことはない」

「……紀春です」

 

周囲がざわつく、その中で山田先生が三津村のロゴマークが書かれた紙をめくりながら声を上げた。

 

「確かに! 藤木君の高機動戦用パッケージ『ストーム・ブレイカー』なら超音速どころか銀の福音よりも速いスピードを出すことが出来ます! これならチャンスが一回どころか追撃も可能なはずです」

 

それを聞いた回りが更にざわつく、しかしその中で鈴が発した言葉が俺達を静寂に引き戻した。

 

「でも、一つ問題があるわね。あれだけの啖呵を切って出て行った紀春がそう簡単に戻ってくるかしら? それにこの作戦の参加は任意なんでしょ?」

「しかし、要請してみる価値はあるだろう。山田先生、藤木に連絡を取ってみてもらえませんか?」

「解りました、では藤木君に話してきます」

 

そう言い、山田先生は風花の間を退出した。

紀春……今お前はどこでで何をしているんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わわっ、藤木さん。肩が……」

「ミカちゃん、せっかくなんだしこれくらいいいでしょ? これも記念さ」

「紀春~、撮るよ」

 

シャルロットがジト目でカメラを構える。俺は右手でミカちゃんの肩を抱き左手でピースサインをする。

隣にいるミカちゃんの顔は真っ赤だ、でもせっかくの記念なんだからこれくらいしてあげたほうがいい思い出になるはずだ。

 

俺が何をしてるのかって? 記念撮影に決まってるだろ?

こちらが迷惑を掛けているのだからこれ位のサービスをして当然だ、それにミカちゃんは俺のファンだって言うもんだから俺としても気合が入る。シャルロットの後ろに居る社長さんも笑顔で俺のことを見ている。

社長さんも優しそうな人でよかったなぁ、本当に感謝だ。

 

あ、そうそう。此処がどこかって? ここは石井鉄工所っていう三津村自動車の孫請け企業の本社兼工場だ。

俺達が何故ここにいるかは、俺達があの岩場から飛び立ったすぐ後にまで話を遡る必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紀春……」

「なんだよ、お前もついてきたのか。別に気を使わなくってもいいのに」

 

あの岩場から飛び立ち、とりあえず学園のある方角へと飛んでいるとシャルロットが追いついてきた。

シャルロットが岩場を飛び立ったのを確認した後、飛行する速度を緩めて飛んでいたので彼女でも俺に追いつくことができたというわけだ。

 

「昨日も言ったでしょ、ぼっちは寂しいって」

「それ言われると何も言えねぇな」

「で、これからどうするの? まさか本気で帰るわけないよね?」

「いや本気で帰るつもりだけど、何でそんな事を聞くんだ?」

 

シャルロットが『何も解ってねぇな、コイツ』とでも言いたそうな顔で俺を見る、あれ? 俺何か間違ってるか?

 

「紀春、その戦闘機ごと学園まで行くつもり?」

「あっ、」

 

冷静に考えると非常にマズイな。なんだかんだ言って学園に繋がってる本土は人工密集地だ。そこにやってくる戦闘機、どんなにうまくやろうとも明日の三面記事には載ることは避けられない。

そうなればまた楢崎さんが怒るに決まってる、それだけは避けねばなるまい。

 

「どうしよう、コレ……」

「不動さんに聞いてみようよ、確か今日から臨海学校の監視っていうことでこっちに来てるはずだし」

「不動さん、怒ってるかな?」

「どうだろうね?」

 

軽い不安を抱えながら不動さんに通信を繋げる、不動さんは今何を思っているだろう?

 

「藤木君……やってくれたね……」

「怒ってますよね、不動さん」

「怒ってる、怒ってるよ私は……でもそれ以上に悲しいんだ……」

「悲しい? 何かあったんですか?」

「私ね、すっごく楽しみにしていたことがあったの。私の仕事は今日からの装備試験の監視ってことは知ってる?」

「ええ、さっきシャルロットから聞きました」

「それでね、監視のために三津村からすっごくいいお宿を用意されてたのさ。そのお宿はキミ達が泊まっていた花月荘よりももっとグレードの高い所なんだよ」

「そこに泊まれなかったことが悲しいというわけですか」

「そんなんじゃない! いい部屋に泊まりたけりゃ自分で金払って帝○ホテルのスイートでも取れるんだよ! お金なら充分貰ってるし! でも……でもね……」

「でも?」

「今日の晩御飯は伊勢海老食べられる予定だったんだよおおおおおお!」

「そんなことかあああああああい!」

 

伊勢海老が食べられなくて落ち込んでいるとは、なんとも情けない話だ。

 

「伊勢海老なんていつでも食えるでしょう、金持ってるんでしょう?」

「解ってないなあ! あの旅館の雰囲気の中で食べるからいいんじゃないか! それに伊勢海老だけじゃないよ、鮑も出てくるはずだったのに……そして旅館の朝食も楽しみだったのに!」

「あー、それは解る。なんだか旅館の朝食ってテンション上がりますよね、別に特別なものが出てくるわけじゃないけど」

「それをキミはぶち壊しにしてくれたんだ!」

 

どうしよう、この状況を解決するにはなんとかして不動さんを説得しなければならない。

不動さんを説得できなければ俺は戦闘機のままIS学園に帰ることとなり、明日の三面記事の見出しに『藤木紀春、市街地を戦闘機で駆け抜ける』と書かれてしまう。

しかし、何も思いつかないぞ……

いや、ワイアット大将の言葉を思いだせ。レディは贈り物が好きだと相場は決まっている!

 

「不動さん、旅行なら俺がプレゼントしますよ。俺が掛け合って休暇も確保しましょう。そうだ、ペアで温泉旅行とかどうです? 彼氏とか誘ってさ」

「彼氏とかいるわけねーだろおおおおおおお! この野郎!! アレか? 私をディスってるのか? 今まで女だらけのIS学園で暮らしてきてやっと社会に出ていい男でも捕まえるぞーって意気込んでたのに入社した途端IS学園に逆戻りだよ! 男なんてお前と織斑一夏とチンコまで皺くちゃなジジイしか居ねーじゃねーか! 私に織斑一夏のハニトラになれってか!? あの脳内お花畑の専用機持ち達に殺されんぞ! この気持ち男のお前に解るか!?」

 

うわああああ! 地雷を全力で踏み抜いたああああああ! ってか俺と一夏以外にも男って居たんだ、知らなかったよ。

 

不動さんの気を引こうとしたら逆にめっちゃ怒られた、もう俺にはどうしようもない。

ここはマイエンジェル、シャルロットにどうにかしてもらおう。不動さんはもう俺の話なんて聞いてくれないだろうし。

 

「シャルえも~ん、助けて~」

「しょうがないなぁ、のりはる君は。って僕は22世紀から来た猫型ロボットじゃないからね!?」

「頼むよ、後で可愛い猫紹介してあげるからさ。それともドラ焼きがいいか? うまい店知ってるから通販してあげよう」

「だーかーらー!」

 

そんなこんなでシャルロットはなんとか不動さんを説得し、俺達は臨海学校が行われている花月荘から10キロほど離れた石井鉄工所にストーム・ブレイカーを置かせてもらったというわけである。

 

俺達が石井鉄工所に到着した時にはもう話がついていたらしく、社長さんと事務員のユキちゃんが歓迎してくれた。

さすが三津村、相変わらず早い。俺達が不動さんとの通信を終えて5分も経っていないのにもう話をつけてきた。まあ、孫請けの零財企業が親の親に逆らえるわけもないか……でも早すぎ。

 

そしてこの鉄工所、海辺に隣接しており潮の匂いが強いが作業機械とかは大丈夫なのだろうか?

まあ、眺めは結構いいし俺には関係ないことか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上が俺がこの石井鉄工所に来るまでの顛末である。

ちなみに俺達の今後の予定は、とりあえず不動さんが来るまでこの鉄工所で待機だ。

その後、不動さんから指示が出るだろう。

 

その時、俺のISに通信がつなげられる。発信者は山田先生だ、俺を連れ戻そうとでもいうのだろうか?

俺は一人工場の敷地を出て、海に隣接する桟橋の先端で山田先生に応答する。

 

「なんすか?」

「あのー、ちょっとお願いがありまして。花月荘まで戻っていただけないでしょうか?」

「お断りします。じゃ、通信切りますね」

 

そう言い、俺は通信を切ろうとするが山田先生が慌てた声でそれを制止する。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! いま大変なことが起きていまして、どうしても藤木君の力が必要なんです!」

「大変なこと?」

 

どうしても俺の力が必要とな、ちょっとだけ俺の興味が引かれる。話を聞くぐらいはしてもいいだろう。

 

「はい、約二時間前のことなんですがハワイ沖で試験稼動をしていた第三世代型軍用ISの銀の福音が暴走し監視空域から離脱しちゃったんですよ。どうやらここの近くを通ることらしいとのことなので私達が対処をするという事になったんです」

「へぇ、それで?」

「それでですね、超音速で飛行する銀の福音を追いかけるのに藤木君のストーム・ブレイカーが適任だということになりまして、どうでしょう? 協力していただけませんか? ストーム・ブレイカーなら銀の福音より高速で飛べるので藤木君に作戦に参加してもらえれば作戦成功の確率はグッと上がるということなんですが」

「IS乗って半年くらいの俺一人で最新型の軍用ISを落として来いと?」

「いえ、攻撃役は織斑君にお願いしてあります。私達教師陣が周辺の封鎖を行っている間、藤木君はそこまで織斑君の白式を運搬するのと福音攻撃の援護をしていただければ……」

「へぇ、そうですか……いいですよ、協力しましょう」

「本当ですか!? お願いします!」

 

山田先生の声が明るくなる、しかしこれは真っ赤な嘘だ。俺と一夏のペーペー二人組で軍用ISを落として来いだと? 冗談じゃない、こんなの死んで来いって言ってるようなものだ。

 

「ただし、条件がいくつかあります」

「なんでしょう?」

「まず、三津村商事と三津村重工の許可を取ってきてください。俺の身柄は三津村商事のものだしストーム・ブレイカーは三津村重工のものだ。これは必要なことなのでお願いします。それと報酬の用意ですね、三津村重工が日本政府と交わした緊急時特戦契約に基いて一回の交戦につき最低10億円からの報酬を要求します、もちろん任務の難易度によっては報酬額上昇の可能性が大いにありますのでそこのところは覚えていてくださいね。あとパッケージ使用のオプション代としてさらに10億円の加算、もちろん弾薬費と修理費はぜんぶそちら持ちなのでそこのところもお願いしますね。さらに俺個人の危険戦闘手当てとして2億円を俺個人に対して要求します。普段なら俺が本物の戦闘に参加することなんてありえないんですが、打鉄・改はIS学園からのレンタル品ですし、何より山田先生の頼みとあれば仕方ないですね。これでどうです?」

「……え?」

「ああ、さらにもう一つ俺に対してオプションの報酬をお願いします。篠ノ之束の首を取ってきてください。これは前払いでお願いしますね」

「そんなの無理に決まってるじゃないですか!」

「当たり前だ! 暗に断ってるのが解んねぇのか!? 大体おかしいと思わないのか!? 何でIS乗って半年しか経ってない俺と一夏が軍用ISとドンパチやらなきゃならんのだ!? 俺達に死んで来いってか!? 大体そういう危ない仕事は子供の俺達よりあんたら教師がやるべきじゃないのか!? 山田先生、アンタだって元とはいえ代表候補生のエリートでしかも教師だろう? 自分の教え子を戦場に向かわせようなんて教師として恥ずかしいとは思わないのか!? 大体、IS学園はいつから士官学校になったんだ? 俺は聞いてねぇぞ!」

「で、でも……適当な装備を持っているのが専用機持ちしか居なくて……」

「だったら織斑先生にでもやらせてろよ! ブリュンヒルデの称号は飾りじゃないんだろ!? ってかこういう時こそ世界最強の出番じゃないのか!? それをあんたらと来たら、やれ装備がないだの周辺の封鎖が忙しいだの文句ばっかり言いやがって全く使えない、挙句の果てには殺人未遂の無職だって捕まえられやしねぇ。それでも大人か!?」

「ううっ、解りました……では藤木君は不参加ということで……」

「そういうことですね。まぁ、精々頑張ってください。応援だけならしてあげますよ」

 

そう言って、俺は山田先生との通信を切断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑先生~」

 

山田先生が泣きそうな顔で風花の間に入ってきた、どういうやり取りをされたのかは解らないがその表情から紀春の説得がうまくいかなかったということだけは解る。

 

「どうしました山田先生、藤木の説得はうまくいきましたか?」

「22億円と弾薬費と篠ノ之博士の首を要求されました……あと凄く怒られました……」

「……そうでしょうね」

 

やはり鈴の予想通りになったか……しかし、そうなるとやはり俺はセシリアと行くことになるのだろうか。

 

「仕方ない、オルコット。頼むぞ」

「解りました」

 

セシリアが答える、その時天井から声がした。

 

「ちょーーーと待ったああああ!」

 

天井を見上げるとついさっき紀春に首を要求されたその人、束さんが居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後俺は座ってずっと海を眺めていた、しばらくぼーっとしていると遠くで二つの光が海面スレスレを飛んでいるのが見えた。

ISの頭部だけを部分展開しハイパーセンサーで確認すると、一夏と篠ノ之さんが飛んでいるのが解る。

そして一夏が篠ノ之さんのISの上に乗る、一夏の運搬役は篠ノ之さんに決まったのか。

 

まあ、一夏はなんだかんだ言って主人公だし篠ノ之さんも専用機を手に入れたわけだ。

しかも今回は篠ノ之さんが専用機を手に入れてからの初戦闘だ、メタ的な言い方をすれば今回の戦闘は篠ノ之さんの乗り換え回というわけだし大丈夫だろう。大抵こういう時ってのは新機体が大活躍するもんだ。

 

「結局、箒が一夏と行くことになったんだね」

 

振り向くとそこにはシャルロットが居た、シャルロットも頭部だけを部分展開しており一夏達を眺めている。

 

「大丈夫だろ、あの二人なら」

「何でそう思うの?」

 

俺は桟橋に寝転がる、青空には所々雲が浮かんでいるがいい天気だ。まるであの二人の栄光を祝福しているようにも思える。

 

「さぁね、なんとなくそう思うのさ」

 

遠くで車が停止する音が聞こえる、どうやら不動さんもここに到着したようだ。

 

さて、怒られるぞ。気が重いなぁ……




オリジナルIS設定

ストーム・ブレイカー:超高機動戦用パッケージ。

コクピットの部分以外の外見はまんまF-15であり、ISが登場してその意義を大きく損なった三津村重工の戦闘機工場跡地で埃を被っていたF-15DJを再利用したもの。
しかし、その中身は最新技術の塊であり強力なPICと機体後部の強化されたスラスターによりカタログ上の最高速度はマッハ4を超える。
巡航速度は通常のF-15と同じマッハ0.9である、これを装備した打鉄・改は現行最速のISと言える。

さらに、機体制御にはイメージインターフェースが使用されており航空機の操縦経験が無くても直感的に機体の操縦が可能である、そしてこれを装備した打鉄・改は実質的な第三世代機と言える。そして、この技術はオリ主の新専用機にも受け継がれている。
PICは機体とパイロットの保護の他、機体の制御にも効力を発揮しており、戦闘機の見た目らしからぬ動きをすることも出来るが、超音速で運用するとその効力は発揮できない。

ちなみにコクピットに乗らなくても機体背面のIS用脚部固定装置に乗ることでも操縦可能だが、操縦戦用ソフトウェアをインストールされた打鉄・改しか操縦することは出来ない。

武装は翼下に装備されたマイクロミサイルユニット×4と機体前部に付けられた二門の機関砲のみである。

ちなみにコクピットに搭乗する際、ISを全身に展開すると狭すぎて入らないため頭部と腕部のみを展開して搭乗する。

名前の元ネタ:クラウドブレイカー(叢 -MURAKUMO-:フロムソフトウェア)、及びストームブレイカー(女王陛下の少年スパイ!アレックスシリーズ)


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第30話 黒色アサイラント

「……痛いよぉ、熱いよぉ」

「仕方ないでしょ、不動さん怒らせちゃったんだから」

 

不動さんがやってきた後、俺は正座で不動さんからのお説教を受けた。アスファルトの地面の上で。

アスファルトは太陽の光を受けてとても熱くなっていて、火傷するかと思った。

一応石井鉄工所から借りた作業服をISスーツの上から着ているのでアスファルトの上に直接座るということは避けられたが、それでも熱いことには変わりなかった。

唯一の救いは不動さんも説教をするのに慣れてないのか、説教が五分くらいで終わったということだろうか。

 

そして、俺達はまだここに居なければいけないということが不動さんから通達された。

ストーム・ブレイカーを運搬するのには専用の設備を持った船が必要で、それが来るまではまだ時間がかかるということだ。

 

「しっかし、いつまで待ってればいいんだ? いい加減暇になってきた……」

 

俺は桟橋の先端に腰掛けて脚をブラブラさせながら聞いた。

 

「船が来るのは三時頃って不動さんが言ってたね」

「遅いな、三津村なのに……」

 

今の時刻は十二時丁度だ、そろそろお昼時だがこの鉄工所の周りには何もない。少なくとも歩いていける範囲にはコンビニどころか民家すらなかった。お昼ごはんどうしよう……

 

「あの~、お昼に出前取ろうと思うんですが」

 

地獄に仏、鉄工所にミカちゃんとはこのことか、ミカちゃんが丁度いいタイミングで俺達に声を掛けてくる。

どうやら昼飯の心配は要らないようだ、ミカちゃんから手渡されたメニューは蕎麦屋のものだ。

蕎麦を食べるのなんて久しぶりだな、メニューを見るだけでもワクワクしてくる。

 

「じゃ、俺はカツ丼とざる蕎麦お願いします。あっ、ざる蕎麦は大盛で」

「僕は天丼で」

 

案外あっさりとメニューが決まり、俺はまた寝転がる。

 

「結構食べるんだね、やっぱり男の子は食べる量も違うなぁ」

「ああ、俺は男の子だからな。お前みたいに天丼一つで満たされる胃じゃないのだよ」

 

さて、出前が来るまで一眠りしよう。今日は朝から色々な事が立て続けに起きたもんだから疲れてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

一夏が落とされた、全ては私の判断ミスによるものだろう。

あの時の篠ノ之は明らかに浮かれていた、しかしそれでも私は作戦を篠ノ之に託した。

何故か? それは私が心の中でなんだかんだ言ったって束の言うことなら間違いは無いと信じていたからではないだろうか? 

篠ノ之束……ISの開発者にして私の友人、少々、いやかなりエキセントリックな所があるとはいえ私達はうまく友人関係を築いてきた。

その友人を殺人未遂のお尋ね者に仕立て上げるため警察に協力したのも私だがそこの所は話が違う。

 

現在私がIS学園の教師をやって一夏を養っていけているのも大本を辿れば束のお陰だ、モンド・グロッソでブリュンヒルデになり栄光を掴むことが出来たのだってやはり束のお陰だ。

だから束を信じた。いや、これでは責任の全てを束に押し付けているようなものだ。

そう、全ての責任は私にある。何も出来なくて束にすがり付いてしまった弱い私の責任だ。

 

ISがなければ私はどういう暮らしをしていたのだろう、そして一夏はどうなっていたのだろう?

しかし、ISがあるお陰で一夏が散々危ない目に遭っているのも事実だ。今回の一件がそれを如実に物語っている。

私は、どうすればいいのだろう? どうすればよかったのだろう?

 

「いやー、やっちまいましたなぁ」

 

一夏のことなどまるで意に介さないように束が言う、ここ風花の間に居るのは現在私と束だけだ。

 

「お前はこんなことがあってもまるで気にも留めていないんだな」

「うん? いっくんのこと? まぁあれくらいなら大丈夫でしょ、別に死んじゃったわけでもないのにみんな気にしすぎだよ」

「束、お前……」

「大丈夫大丈夫、なんてたっていっくんはヒーローなんだから。そんなことよりあのクソガキだよね、どう始末してやろうか」

 

その言葉を聞いた私は束の胸倉を掴み、壁に叩きつけた。

 

「束……お前何を考えている? お前なぜ警察に突き出されずにここに居るのか解ってないのか?」

 

もしかしたら役に立つかもしれない、そんな理由で私は束がここに居ることを許している。

しかし束がこういう態度を改めないのなら仕方ない、コイツを警察に突き出そう。

 

「ちょ、ちょっとちーちゃん。訳がわからないよ、束さんが何か悪いことでも言った?」

「何がヒーローだ、何が始末だ。あいつらは普通の人間だ、何故そこまで固執する?」

「普通じゃなんかないよ、あの二人は男なのにISを動かせるんだよ。いや、あのクソガキだけはありえないんだよ」

「ありえない? どういう意味だ?」

「いっくんがISに乗れるのは別にいいんだよ、そういうものだからね。でもあのクソガキまで乗れるのが全く解らないんだ。」

「一夏がそういうもの? どういうことだ?」

 

束が薄ら笑いを浮かべる、その笑みに私は底知れないものを感じた。

 

「んー、本当はいっちゃマズイんだけどちーちゃんだけには特別に教えてあげようかな? 他の人には言っちゃダメだよ」

「…………」

「ISを動かせる条件ってなんだと思う?」

 

ISを動かせる条件? そんなの決まっている。

 

「女であることだ」

「ブブー、ざんねーん。正解は男でないことでした~。いっくんは例外ってことだけどね」

「男ではない?」

「そうそう、今じゃ無人機ってのが出来ているんだよ。知ってた?」

「そんなモノは知っている、アレはお前が作ったものじゃないのか?」

「んー、そこに関してはノーコメント。とりあえず話を進めるね、なぜ男がISを動かせないか。それはちーちゃんのためなんだよ」

「私のためだと?」

「うん、ISは世界最強の兵器、もちろん最初は宇宙開発用のパワードスーツってことで開発してたんだけどそれが軍事転用されることなんて最初から解ってた。ロケットなんてのがいい例でしょ、宇宙へ行くぞーなんてお題目を掲げていたけど現実にはミサイルとか軍事衛星のために作られたものだし。ちょっと話が逸れたね、兎に角兵器として運用するにあたって私は思ったわけさ。せっかくだから大好きなちーちゃんに活躍の場をあげたいってね」

「もしかして……」

「あっ、解っちゃった?」

 

理解してしまった……ISが女しか乗れない、いや男では乗れない理由を……

だから束はISが男には乗れないように作った、私は世界最強などではなかったのだ。

私は束の掌の上で踊っていただけに過ぎなかったのか……

 

「ならいっくんがISに乗れる理由も解ったかな? そしてあのクソガキが邪魔な理由も」

「もしかして、藤木は……」

「うん、あのクソガキは完全なイレギュラーだよ。邪魔なんだよね、知ってる? あのクソガキ、おっぱい星人にヒーローになりたいとか言ってたんだよ。これはもう死んでもらうしかないでしょ、なんてったってヒーローはいっくんの役目なんだから」

 

私の栄光は束に作り上げられたものだった、そしてそれは一夏にもあてはまる。これから一夏は栄光への道を束によって歩まされる、いや一夏がISを動かした時から栄光への道は始まっている。

その反面、藤木には栄光の影が牙を剥こうとしている。

 

「まあ、任せてよ。今回の脚本は物凄いよ、世界を巻き込んだ一大スペクタクル! アカデミー賞総なめは確定的! 全米が涙に溺れること間違いなしだね!」

「頼む! 藤木まで巻き込まないでやってくれ!」

「あれ? ちーちゃんだってあのクソガキ嫌いでしょ? だったら別にいいじゃん」

「確かに藤木は問題児だ、しかし私の生徒なんだ、私には自分の生徒を守る義務がある」

「んー、それはちーちゃんのお願いでも聞けないなー ……ってヤバイ! もうすぐミスター味○子の再放送の時間だ! ということで束さんは帰るからね!」

 

そう言うと束は窓を突き破りどこかへ飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い!」

「遅いね」

 

遅い、遅すぎる。

昼飯も終わり、夕方もも過ぎ空も段々黒くなり始めているが迎えの船が来ない。

鉄工所の従業員も定時が過ぎ、社長と事務員のミカちゃんを除いてすべて帰ってしまった。

俺達が帰れないものだからあの二人も帰れない、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

「不動さん、どうなってるんですか? 幾らなんでも遅すぎますよ」

「ちょっと連絡取ってみるね」

 

そう言って不動さんが携帯電話で誰かと話をはじめる。

 

「おいーす、不動でーす。えっ、あ、はい。……マジっすか。……うわぁ」

 

携帯電話で話す不動さんの顔色が優れない、嫌な話を聞かされているのは確実だ。

1、2分の会話の後不動さんが通話を終了させる。

 

「藤木君……」

「なんすか?」

「今日はここでお泊り!」

「マジかよ……」

 

不動さんによると、IS学園により周辺の海域が封鎖されており花月荘から直線距離にして10キロしか離れていないここもばっちり封鎖されていているとのことだ。

だから三津村の船も封鎖海域の手前でばっちり足止めを食らっているという。

ストーム・ブレイカーで船まで直接出向くという案もあったが、封鎖海域から出ることも禁止されているらしく俺達にはもうどうしようもなかった。

 

「IS学園……どこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ……」

 

俺は誰も居ない海を睨みつける、その瞬間俺はピンクの光がこちらに向かってくるのを目撃した。

次の瞬間、ピンクの光が俺に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紀春っ!?」

 

シャルロットの声が聞こえる、しかし俺は

 

「大丈夫だ、ヤバイと感じたらとりあえずISを展開する癖ができててよかったよ」

 

ピンクの光を俺は打鉄・改のシールドで受け止めた、ハイパーセンサーの視界からあの黒い無人機の姿が確認される。

状況から言って確定的だった、この無人機はあの無職兎からの刺客に違いない。

 

「俺がアイツを落とす、シャルロット、不動さんと社長とミカちゃんを守ってくれ」

「でも!」

「大丈夫だ、アイツは一度落としたことがある」

 

今回はたっちゃんの増援が来ることもないだろう、しかし俺もあの時から格段に成長した。

いまさらあんな奴に遅れを取るほど弱くはない。

 

そして何より無職兎への怒りをぶつけるには丁度いい相手だ、無人機なんだから手加減は一切必要ない。

 

俺は大きくジャンプし、ストーム・ブレイカーの背に着地する、ストーム・ブレイカーの背部IS脚部固定装置を作動させ俺は黒く染まりつつある空に飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハハハハハハハッ、遅い、遅いぞポンコツ! そんなんで俺に勝とうだなんて100年早いわ!」

 

そう言いながらヒロイズムを連射する、ストーム・ブレイカーの上に居るので俺はきちんとした姿勢を保つことが出来、この飛行しながらの戦闘でも的確に射撃を当てることができる。

 

ストーム・ブレイカーに搭載されたイメージインタフェースもいい感じだ、考えがそのままダイレクトに機動に反映され、射撃しながらでも複雑な戦闘機動を描くことができる。

 

そして何よりの強みはこの速度、この圧倒的な速さに無人機は全くついてけてない。

そのため俺は、適正な距離、射撃を一番叩き込みやすい角度を常にキープし続けていられる。

 

時たま奴から反撃が行われるが、その度俺は無人機をぶっ千切って安全圏まで退避する。

 

戦闘開始から五分程しか経ってないが、誰から見ても俺の勝利は確定的だった。

 

「さて、早速で悪いがもう終わりにさせてもらうぞ」

 

俺はストーム・ブレイカーの脚部固定装置を外し、ストーム・ブレイカーから大きく飛び立つ。

無人機は満身創痍でまともに動くことも出来そうにない、最後は格好よく決めてやろう。

 

無人機の頭上50メートルくらいの位置から俺は霧雨を展開し、急降下する。

今回も折角なので格好いい技名を付けてやろう。

 

「必殺! 霧雨ストライク!」

 

その掛け声と共に無人機の頭部に全力で霧雨を叩きつける、霧雨を叩きつけられた無人機の頭部は潰れ完全に動きを停止した。

 

落下していく無人機を海面スレスレでなんとかキャッチ、この無人機の残骸は不動さんのお土産にしよう。

これで少しは不動さんの機嫌も良くなるはずだ。

 

俺はストーム・ブレイカーと共に鉄工所へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不動さーん、お土産ー」

 

そう言いながら俺は無人機を地面に置いた。

 

「おおっ! マジかね!? これが噂の無人機か……たっちゃんからデータは貰っていたけど実物を見るのは初めてだよ!」

「これで機嫌直してもらえますかね?」

「うん! 直った! いやーデータと実物とでは全く違いますなぁ。そうそう、これってISコア付いてるんだよね? ちょっと取り出してみてくれない?」

「うーん、それってマズくないですか? 一応IS学園にも報告しないといけないでしょ」

 

そう言うと不動さんが考えるような仕草をする。

 

「いや、黙っておこう。そしてコレも三津村まで持って帰ろう」

「……それってばれたらやばくないですか?」

「ばれたらね、でもばれなきゃいいんだよ」

「いやいや、この海域は封鎖されているんですよ。流石に学園側のISが気づいてるんじゃないですかね?」

「それはないね、もし気付いてたら学園のISがここまで殺到してるはずだよ。気付いて無視したんならその事をネタにIS学園を強請ってやろうじゃないか。生徒のピンチにお前達は何をやってるんだってね」

「そこまでうまくいくかなぁ」

「うまくいかなかったときは、金でなんとかすればいいさ。それが三津村だ」

 

不動さんが黒い笑みを浮かべる、この人も完全に三津村に染まってきたな。

 

「だったら責任は全て不動さんが取ってくださいよ、それなら俺は何も言いませんよ」

「任せておきなさい! これで臨時ボーナス確定だね!」

 

やっぱり不動さんも金目当てか、確かに未登録のISコアを手に入れたんだからボーナス位は出るだろう。

ISコアの価値は計り知れない、なんせ世界に467個しかなくてこれ以上は増えないものなのだから。

そんなモノが転がり込んできたんだからコレは凄いことだ。

 

その時、俺のISに緊急通信が入った。

発信者はラウラ、俺を心配してるのだろうか? でも緊急通信ってちょっとやりすぎだ。

兎に角俺は通信を繋げる。

 

「どうしたラウラ、寂しくて眠れないのか?」

「兄……助けてくれ……」

 

ラウラの声の直後通信機越しに衝撃音が聞こえ、通信は切断された。

 

「どうしたの? 紀春」

 

シャルロットの呑気な声が聞こえた。

 

「ラウラが危ない、ちょっと行ってくる」

 

俺はストーム・ブレイカーのコクピットに乗り込みISを起動させた。

 

「ちょっと! どういうこと!?」

「俺にも解らん! シャルロット! ついてきてくれないか? どうやら戦闘をやってるらしい」

「……解った、僕も行くよ」

 

そう言ってシャルロットはISを展開し、ストーム・ブレイカーの背に乗った。

 

「それがお前のパッケージか」

「うん、パッケージ名『フルブラスト』この状態じゃあまり速く飛べないから乗せていってね」

「OK、全力で飛ばすから舌噛むなよ!」

「大丈夫!」

 

俺達は漆黒の空へと飛びだした。






フルブラスト:ラファール・リヴァイヴ用砲戦パッケージ

三津村重工がライセンス生産しているラファール・リヴァイヴの砲戦用パッケージ。
全身にストーム・ブレイカーと同種のマイクロミサイルを装備していてその瞬間火力は絶大、ミサイル発射後のパッケージはデッドウエイトにしかならないのでパージが可能。
しかし、非常に重くコレを装備したラファール・リヴァイヴの重量は一気に倍増する。
そのため飛行能力は絶望的。

不動さんが洒落でピエロの仮面をつけようとしたが邪魔なので却下された。

名前の元ネタ:デカレンジャーロボ フルブラストカスタム(特捜戦隊デカレンジャー THE MOVIE フルブラスト・アクション)


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第31話 雷速ワルツの中心で

「ぐ……っ……」

 

銀の福音が第二形態移行(セカンド・シフト)してからというもの私達は劣勢に追い込まれた。

最初にラウラが落とされ、指揮を失った私達は福音のなすがままになっている。

その最たるものが私だ、現在銀の福音に首を掴まれ呼吸することもままならない。

 

何のための力だったんだろう、紅椿を手に入れた後一夏の足を引っ張り続け今ではこのザマだ。

もう死んでしまいたかった。

 

私の脳裏に一人の男が浮かぶ。

私の不甲斐なさのために傷ついた愛しい人。

 

会いたい、一夏に会いたい……

 

「いち、か……」

 

そんなか細い声にだれも返す者は居なかった……わけではなかったようだ。

 

「まぁ、聞きました? シャルロットさん『いち、か……』ですって、私達が必死こいて助けに来ようと頑張ってるのにあの子は惚れた男の名前呼んでますわよ。テンション下がるわ~」

「茶化さないの、戦闘中なんだよ?」

「仕方ないだろ、怖くてこうでもしないと自分を保てないんだ」

「へぇ、怖いんだ?」

「ああ、怖いね。しかしここで頑張らなきゃヒーローじゃないだろ。ということで篠ノ之さん、助けに来たよ。一夏じゃなくて残念だったな。さてシャルロット、射程距離に入ったら一斉攻撃するから準備よろしくね」

「箒を巻き添えにするつもり!?」

「仕方ないだろ、出し惜しみして勝てる相手じゃなさそうだ。ということで篠ノ之さん、巻き添えにされたくなかったら誰かに助けてもらうか自力でなんとかしてね。っと射程距離まで後十秒だ!」

 

その言葉の終わろうかという時、銀の福音が射撃を受け大きくバランスを崩す。

誰が撃ったかは解らないがこれは好機だ、私は銀の福音を蹴り上げその場を離脱した。

 

次の瞬間、銀の福音にミサイルが殺到し大きな爆炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藤木! 聞こえるか!?」

 

ラウラを助けるために戦闘区域に移動している途中、織斑先生から通信が掛かってきた。

 

「うっす、何か用ですか」

「お前、戦闘区域へ行くつもりか? それは罠だ、今すぐ逃げろ」

「罠? ああ、無職のですか? そりゃ危なそうですね、でもお断りします」

「どういうつもりだ」

「織斑先生、以前山田先生にも言ったことがあるんですが、俺ヒーローになりたいんですよ。ヒーローってのはそういう罠に飛び込んでいって華麗に勝利を収めるものなんですよ。それにラウラが俺に助けてくれって言ったんです、あのラウラがですよ? あの子は強い子だ、少なくとも俺に弱さを見せたことなんてなかった。そのラウラが俺に助けを求めているんだ、こりゃ行かないと兄の沽券に関わりますよ」

「しかし!」

「織斑先生、理屈じゃないんだ。あなただって一夏がピンチの時真っ先に助けに行ったじゃありませんか」

 

第二回モンドグロッソの決勝戦直前、一夏は謎の集団に攫われた。織斑先生は一夏を助けるために決勝戦を諦め一夏を助けに行ったそうだ。

そんな事が以前三津村から貰ったラウラに関する資料に書いてあった、ちなみにその際ドイツ軍に協力してもらったとかの理由で織斑先生はドイツで教官をしていたというわけだ。

 

「お前……知っていたのか」

「三津村の情報力舐めないでください、これでも日本の経済界を引っ張ってる企業グループですよ?」

「そうか、理屈じゃないのは解った。しかし私は教師だ、それでも行くのならお前から打鉄・改を剥奪しなくてはならない」

「うっ、マジっすか? そりゃ厳しいなぁ……ん? 待てよ……」

 

ISコアは貴重品で取引することも出来ない、故に専用機などというものは贅沢の極みな訳だ。

しかも俺は、その贅沢に慣れきっているわけだからそれを剥奪されるのは滅茶苦茶痛い。

ああ、どこかからコアが出てこないかなぁ……

 

あ、そういえば今日三津村の保有するコアが増えたじゃん。あれでとりあえずシャルロットの機体の予備パーツか何かで機体を組んでもらえれば俺の繋ぎの専用機二号機の完成じゃん。

なんだ、全く問題ないな。ってかラッキーだ! この動かしづらい打鉄・改ともおさらばだ! さようなら打鉄・改! こんにちは繋ぎ専用機二号! そして早く来い! 俺の新専用機! いつまで待たせるつもりだ!?

 

「どうした? 何か言え」

「仕方ないですね。と言いたいところなんですが、今更そう言われてやっぱり逃げますなんて言ったら格好悪いでしょ。ということで戦闘に参加します、ごめんなさい織斑先生」

 

一応それらしい嘘をついておく、こんなこと話せる訳がない。ってか無人機撃破はIS学園には秘密だからね。

 

「そういうことで、後で煮るなり焼くなりしてください。ラウラが待ってますんで」

 

そう言い、織斑先生との通信を切断した。

さて、俺には明るい未来が待っている。とりあえずは格好よく彼女達を助けに行こう!

あっ、そうだ。シャルロットにも話を聞いておこう。一応この先向かう戦場には罠が張られているらしいし。

 

「シャルロット、さっきの話つい勢いで突っぱねたんだけどお前が嫌なら降りてもらっても構わないぞ」

「いや、一緒に行くよ。さっき台詞中々格好良かったしね。なんだかヒーローみたいだったよ」

「ははは! そうかシャルえもん! 俺に惚れてもいいんだぜ!?」

「ははは……考えておくよ」

 

俺はシャルロットの乾いた笑いを聞きながら更に加速をする、戦闘区域までもうすぐだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと射程距離まで後十秒だ!」

「本当に撃つの!?」

「当たり前だ! 俺のマイクロミサイルの操作権限もお前に渡す! しっかり狙って撃てよ! 後五秒!」

「解った! 箒……ちゃんと避けてね……」

「3」

「2」

「1」

「feu!」

 

その掛け声と共に俺とシャルロットの機体からミサイルが発射された、ミサイルの白い排気煙が黒い空に良く映える。まるで板野サーカスのようだ。

板野サーカスは間違ってるか……あれはミサイルが沢山発射される様子を表しているのではなく、カメラワークによる演出方法だ。前世でテレビで見た板野がそう言っていた。だから板野サーカスはミサイル一本でも出来るし、ミサイルじゃなくても出来るんだってさ。

 

そんな事はさておき、ミサイル群は銀の福音に命中し銀の福音は爆炎に包まれる。

俺とシャルロットは爆炎の真横を通り過ぎ、仲間たちの居るところで俺はシャルロットをパージした。

 

その時、福音が爆炎の中から現れ俺に突撃してくる。

 

『第一目標発見、警戒度B。排除する』

「ちっ! やっぱり俺狙いか! 罠ってのは本当みたいだな!」

 

俺はストーム・ブレイカーのスラスターに火を入れその場から急速離脱する。

 

「おい! 俺が囮になってる間に態勢を立て直せ!」

 

こうして、俺と福音の追いかけっこが始まった。

 

「二次形態移行してるって話だったか……スピードも段違いだね。しかしお嬢さん、俺も結構速いんだぜ。なんてたって俺は三津村だからな!」

 

福音は光の翼をはためかせ俺を追いかける、対する俺は戦闘機の翼、つまり銀翼を駆使しそれから逃げる。

このストーム・ブレイカーに操縦桿なんてものはついてない、機動は全てイメージインターフェースを通して行われる。気分はマクロスプラスだ、機体はYF-21ではないがそんな感じだ。

現在の脳内BGMはもちろんINFORMATION HIGHシャロン・アップルの声が心地よく脳内に響いてくる。

 

「ハハッ、このまま宇宙まで行きますかお嬢さん? それとも雷速のワルツがお好みかな?」

 

福音はそれに答えるようにエネルギー弾を発射する、どうやら福音はワルツを御所望のようだ。

 

「いいねいいね! 俺もアンタと踊りたいのさ! 罠だろうが何だろうが食い破ってやろうじゃないか!」

 

俺と福音の速度は他の誰にも追いかけられない域、超音速を迎えた。

 

「さて、やられっ放しってのは性に合わない。そろそろ俺も反撃させてもらいますよ!」

 

俺はさらに加速を掛け、福音をぶっ千切る。そしてそのままインメルマン旋回をし、福音と相対した。

その瞬間福音にロックオンするがロックオンされたのは俺も同じのようだ。

 

「リスクなんて気にしない! 全弾発射!」

 

俺の声と共にマイクロミサイルと機首の機関銃が発射される、マイクロミサイルを撃った後そのままバレルロールでエネルギー弾を回避する。

いい感じだ、前世で培った飛行スキルをイメージインターフェースにより存分に生かすことが出来る。

俺は前世ではメビウス1って呼ばれてたんだ、主に画面の中で。

これでもエースだったんだぜ? あくまで画面の中での話だけど……

 

「さてと、そろそろ向こうの準備もいい感じかな? 現場のデュノアさーん」

「もうちょっと緊張感持とうよ、お陰で態勢はなんとか立て直せたけど」

「スマンがこのノリはやめられないな、本当は怖くておしっこ漏れそうなんだ」

「そうなんだ……格好悪い……」

「そう褒めるなって、照れるじゃないか」

「もういいよ……とにかくこっちの準備は大丈夫だからそろそろ帰ってきてもいいよ。紀春を追いかけた福音に一斉射撃を仕掛けてみる」

「こいつ、結構タフだけどそれで大丈夫か? 俺とお前の一斉射撃を耐え切った奴だぞ」

「解らない、でもやれることはやらないと」

「せやな。俺も結構ギリギリだし、やれるだけやるってのは賛成だ――うぉっ!?」

「紀春っ!?」

 

やられた、見切ってたつもりだったがエネルギー弾を右主翼に受け右主翼が木っ端微塵だ。

PICがあるため落ちることは無いが、それでもこれで大胆な機動を行うことは出来なくなっただろう。

片羽の妖精……俺はどうやらメビウス1からピクシーになってしまったようだ。

奇しくも彼と同じF-15に乗っている、こりゃ最終的にはモルガンに乗れるかもね。

 

「ヤバイ、ギリギリどころか超ピンチだ。なんとかそっちまで行ってみるから後は頼む」

「解った、なんとかこっちまで来て!」

「ガッチャ!」

 

とにかく、現在の俺ではもう福音に敵わない。俺は急いで仲間達の居る所を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、紀春が帰ってきたら一斉射撃。ボロボロで辛いだろうけど頑張って」

 

ストーム・ブレイカーからパージされた僕は全員に声を掛け態勢を立て直させる。

この場で一番余力を残しているのは僕だ、フルブラストの一斉射撃もあと一回分の弾薬が残っている。僕が頑張らないとね。

 

この場に居るのは箒、セシリア、鈴と僕だけだ。

 

「ラウラはどうしたの? ここに居ないようだけど」

「福音が二次形態移行した後真っ先に落とされたわ」

 

僕の声に鈴が答える、このことは紀春に伝えない方がいいだろう。

ラウラを大切に思っている紀春がそれを聞いたらどうなるか解らない。

現在、一人で福音と戦っている紀春の精神は相当消耗している。あのふざけた調子は自分を鼓舞するためにやっているようだし、戦闘中の独り言も多い。多分そうでもしないとやっていられないのだろう。

故にラウラの状態を紀春に伝えるのは危険だ。

 

その時紀春から通信が掛かる、やはり紀春の限界は近いらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イッヤッホオオオオオッ!!」

 

片羽のストーム・ブレイカーはなんとか福音の攻撃をかわしながら仲間達が待っている地点に向かって飛ぶ。

このカラ元気もそろそろ限界が近い、長い間戦っていたわけではないが本物の戦闘の空気にに俺は完全に酔っている。それに福音が圧倒的な格上ということも俺の精神を磨耗させる。

初めての無人機戦もそうだったって? あの時は増援来るまで粘ればなんとかなるって思ってたし、来た増援もたっちゃんでたっちゃんが来た後は楽勝だったからね。

しかし、今回は違う。この強大な軍用IS『銀の福音』を俺達だけで倒さないといけない、俺達の中で唯一の軍務経験を持っているラウラが今の俺の心の支えだ。ラウラならなんとかしてくれる。そんな気がするが、あいつ踏み台だからなぁ……大丈夫かな?

イカンイカン、思考がネガティブになってる。自分を鼓舞しろ、ガンバレ俺☆

 

そんな事を考えながら俺は彼女達の元へ舞い戻り、そのまま通り過ぎて行った。

 

「後はヨロシクゥ!」

 

ハイパーセンサーの視界で後方を確認する味方のISは……4機しか居なかった。

ラウラが居ない! 俺は早速心の拠り所を失いパニックになりそうになるがなんとかこらえる。

落ち着け、冷静になれ俺。ここでパニックになったら勝てるものも勝てない。現在味方の最大戦力は無傷な俺とシャルロットだ、ここで取り乱してはいけない。ISには絶対防御があるんだ、戦闘不能になろうとも死んではいないはずだ。

 

味方ISが一斉射撃を敢行し、福音はまたしても爆炎に包まれる。

しかし、福音はそれを気にも留めないように爆炎から飛び出し俺を追いかけてきた。

もうなんなの? タフ過ぎるだろ……

 

「ハッ! もてる男は辛いねぇ! 一夏の気持ちが少しだけ解ったよ!」

 

もうマイクロミサイルの残弾は尽きた、機関銃の残弾は残っているが福音からすればこんなもの豆鉄砲みたいなものだろう。

そうなると俺が現在持っている最大火力は……コレしかないか……

 

俺は旋回し、再度福音と相対する。

右主翼を失ってるため普通の戦闘機ではこんな事出来ないのだがPICのお陰でそれも実現できた。

そのまま全速力で福音に向かって突撃する。俺の現在の最大火力、それはこのストーム・ブレイカーそのものだ。このまま体当たりすればあのタフな福音も倒せることが出来るだろうか? マクロスプラス的に考えて。

福音のエネルギー弾がストーム・ブレイカーを襲い、機体のあちこちから火が噴き出す。しかしもう止まらない、止められない。

 

「お前はコイツとキスでもしてな!」

 

激突の寸前、俺はコクピットを脱出しISを全身に展開する。直後に襲ってきた爆炎を盾で防ぎ、爆風に乗って大きく後退した。

 

「やったか!?」

 

その言葉を言った直後に後悔した、脳内でフラグの立った音が聞こえたのだ。

今回立ったフラグの名前……それは生存フラグ!

 

当然のように爆炎から飛び出す福音、その飛び出した勢いそのままに俺に膝蹴りを決める。

吹っ飛びそうになるが福音は俺の腕を掴んで放さない、そのまま俺は福音の光の翼に包み込まれ、翼の中で全方位からのエネルギー弾の攻撃を受け、海中へと落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大丈夫、まだ俺は生きている。少しの間気を失っていたがそれでも俺は生きていた。うん、生きてる。大事なことなので3回言いました。

 

海底に落ちた俺の視界の隅にラウラの姿が映る、俺の打鉄・改も相当ボロボロだがまだなんとか動くようだ。

海の中を移動し、ラウラを抱きかかえる。近くに丁度いい岩礁を発見したので俺はラウラを抱えたままそこまで移動した。

 

空を見上げると仲間達が戦っているのが解る、しかしながら劣勢は変わらないようだ。

ラウラはちゃんと呼吸しているようでとりあえず一安心だ。

さて、俺も戦列に復帰せねば。そして、空を再度見上げた瞬間福音と目が合った。

目が合ったというのは語弊ががるだろう、銀の福音の頭部はすべて装甲に覆われているのだから。

 

俺が生きている事を確認した福音は射撃体勢に入る。マズイ、これじゃラウラもろとも木っ端微塵にされてしまう。

ラウラだけでも守らないといけないと思いラウラに覆いかぶさる。しかし、福音の射撃は俺を襲うことはなかった。

俺はまた空を見上げる。

 

「遅かったじゃないか……一夏」

「ああ、悪かったな。遅れた分は取り戻す」

 

主役は遅れてやって来る、主人公織斑一夏の登場だ。



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第32話 栄光の影で眠れ

ラウラの無事を再度確認し、俺は一夏の下へと飛び上がる。一夏はなにやら篠ノ之さんと話しているようだ。

 

「ラブコメ中に悪いが失礼するよ。一応今は戦闘中なもんでね」

「なっ!?」

 

俺に言われた二人の顔が赤くなる、図星だったようだ。

一夏を見ると、白式の見た目が変わっている。多分二次形態移行でもしたのだろう。

つまり今回はメタ的に言うと一夏のパワーアップ回、今回は主役を譲らないといけないようだ。

 

「セカンドシフトか? 格好いいね」

「それほどでもない、早速だがアイツを倒すぞ。援護を頼む」

「いいだろう、みんなボロボロだし頑張ってくれよ」

「ああ!」

 

そう言った一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動させ福音と激突した。

さて、俺も援護に加わろう……と言いたい所だが、隣で赤くなってる紅い奴に一喝してからにしよう。

 

「おい! 何を呆けている!? 一夏が来たとはいえ福音が強いのは変わらないんだぞ!?」

「なっ!? 私は!」

「一夏を中心に態勢を立てなおす! 全員一夏の援護に回れ! 一夏! お前は好きなように戦え!」

「いいのか?」

「俺達に合わせて戦ってくれるのか? ってかそんな事お前に出来るのか?」

「いや、無理だな」

「だろうな、そういうことだみんな! 誤射には気をつけろよ!」

「了解!」

 

俺を除いた全員の声がシンクロする。あれ? 俺を除いた? ラウラは?

 

「待たせたな、私も戦列に復帰する」

「ラウラ! もう大丈夫なのか!?」

「ああ、いつまでも寝ているわけにはいかないからな」

「良かった……本当に……」

「兄よ、心配かけてすまない。私が不甲斐ないばかりに」

「いや、もういいんだ。悪いが指揮を頼む、さっきは勢いであんな感じに言ったけど指揮官役はお前が適任だ」

「解った。しかし、作戦はそのままでいいだろう」

「そうか、じゃ行こうか」

 

いやぁ、やっぱり主人公は違いますなぁ。場の空気が一気に変わっちゃったし、ラウラも復活した。憧れちゃうね。

そんな事を思いながら俺もバズーカを両手に展開する。

 

「さて、俺も頑張りましょう!」

 

俺達は漆黒に染まった空に飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄い、凄い、一夏が凄い。特に左腕が凄い。

一夏のパワーアップ回というのは伊達じゃなかった。

あの左腕の新武装、荷電粒子砲は撃てるわシールドにもなるわ、さっきは爪に変形して福音を襲っていた。

しかしあの全ての攻撃と防御に零落白夜が使用されてるようだ、強力なのはいいんだけど燃費のほうがちょっと心配……いやかなり心配だ。

攻撃の要である一夏を失えば俺達の敗北は必至、だからこうして射撃で援護をしているのだがそれもことごとく回避される。まぁ、一夏の攻撃のチャンスを増やすための援護射撃だ。今はコレでいいだろう。

 

「おーい、一夏。そんなにワンオフ使って大丈夫か?」

「……大丈夫じゃない、問題だ」

 

一夏大ピンチである。

しかし、こういう時は都合のいいことが起こるもんだ。

 

「一夏、これを受け取れ!」

 

そう言って篠ノ之さんが一夏に手を差し出す、繋がった手に光が灯る。

 

「な、なんだ……? エネルギーが回復!? 箒、これは――」

「一夏、奴を倒すんだ」

「ああ、行くぞ!」

 

なんだかイケそうな気がする。いやぁ、ご都合主義っていいもんですね。

さて、俺は援護に集中しよう。一夏が福音を落とすために決定的な隙を作らねばならない。ならば俺が選択するのは射撃武器ではない。

霧雨を右手にに展開する。

 

さて、打鉄・改よ。お前の最後の花道だ、存分に魅せてくれ。

戦闘前に言われたとおりになれば俺が打鉄・改を操縦するのはコレで最後だ。悔いの残らない戦いをしよう。

 

俺は瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一夏を追い越した。

 

「先に行って隙を作ってやる! 後は任せた!」

「ああ! 頼む!」

 

俺は福音に打鉄・改の全速力で突撃して行った、福音がエネルギー弾を乱射するがそれを壊れかけの盾で防ぐ、思えばこの盾にも何度も命を救ってもらった。そう思うと感慨深いものがある。

右手に握る霧雨はヒロイズムと並ぶ俺の武器の優等生だ。それを福音の腹部に横薙ぎで撃ちつけそのまま福音を通り過ぎる。インパクトの衝撃で霧雨は吹っ飛んでしまった。

福音は振り向き俺に射撃をしようと試みるが仲間達の援護射撃でそれを中止させられる。

空中ドリフトで福音と再度相対する、空中ドリフトももう使うことはないだろう、コレはこの機体専用の操縦技術だ。これを習得するのも結構大変だったな。

俺は突突を展開、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で福音に最後の突撃を行う。こいつには散々苦労させてこられた、これが当たった回数なんて少なすぎて覚えてない。しかし劣等生ほどかわいいものだ。だからこんな時にも俺は突突を使うのだろう。

 

さようなら、打鉄・改。この突撃が当たろうと当たらなかろうと福音は一夏によって倒されるだろう、ハイパーセンサーがそれを教えてくれる。打鉄・改、ありがとう。

 

そんなセンチメンタルを抱いて突撃し、あと数十センチで福音に突突の先端が当たろうかというところで声が聞こえた。

 

「クソガキ、お前は死ね」

 

その瞬間、消えてしまった。俺の打鉄・改が……

 

俺は突撃の勢いそのままに福音に激突する、ISがないもんだからその衝撃は俺の全身にダイレクトに伝わった。そして、銃弾からも身を守れるISスーツは衝撃を和らげてくれることはない。

 

「ごはぁっ!?」

 

血の味が口の中に満たされる、目の前が真っ赤に染まる、胸が痛くて呼吸がうまく出来ない。

そうか、罠ってこういうことだったんだ……

一夏が零落白夜を纏った剣を振りかぶる、その顔は驚いているように見えた。

そんな光景を見ながら俺は意識を失っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は零落白夜で福音を切り裂こうかという直前、紀春のISが解除され紀春は生身のまま福音に衝突した。

しかし勢いづいた俺はもう自分を止めることが出来ず、そのまま福音を切り裂いた。紀春ごと……

福音が盾になったお陰で紀春に零落白夜はほとんど当たってない、しかしその脇腹から鮮血が吹き出すのを俺は見た。

 

「えっ?」

 

ISが解除され落下していく福音のパイロットと紀春、俺は動揺し何も出来ないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮血を撒き散らしながら落下していく紀春、このまま海面まで落下してしまえば紀春はもう死んでしまうかもしれない。

そう思ったが先か、僕は全速力で紀春に近づきその体をキャッチした。

 

「がっ……ごぽっ」

 

僕の腕の中に居る紀春は血を吐き出し痙攣している。その口から再度血飛沫が飛び出し、僕の頬を赤く染めた。

その後のことは僕も良く覚えてはいない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動揺し一歩出遅れた俺であったが紀春はシャルロットが受け止めたし、福音のパイロットは鈴が受け止めた。

俺は急いで紀春の所へ向かった。

 

「シャルロット!」

「あ……あっ、一夏? どっ、どどうしよう? 紀春が……」

 

紀春を抱きかかえたシャルロットがカタカタと震えている、その顔には血が付着しておりどう見てもパニックに陥っている。

その時俺達に通信が入る。

 

「病院に連れて行くに決まってるだろう! 織斑一夏、今はお前が一番速く飛べるはずだ! 藤木君を連れてココまで行け!」

 

その聞き覚えのない声と共に、地図が転送される。多分この地点ががここから一番近い病院なのだろう。

 

「えと、誰ですか?」

「三津村重工の不動だ! もう病院には連絡してある。早くしろ、間に合わなくなっても知らんぞ!」

 

三津村重工、紀春のサポートの人だろうか? しかし、今はそんな事を考えている場合じゃなかった。

早く行かないと紀春の命に関わる、こうしている間にも紀春の脇腹から血がドクドクと流れ出しているのだ。

 

「シャルロット、紀春を渡してくれ」

「えと、ええと……?」

「シャルロット!」

 

シャルロットを怒鳴りつける、シャルロットはその言葉に驚いたのか大きく体を震わせた。

 

「え? あ、はい……」

 

差し出された紀春を受け取り、俺は示されたガイドビーコンに従いこの空域を離脱した。

血まみれの口から吐き出される呼吸は浅い、急がなければ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、ここで待っていてください」

「はい、解りました」

 

病院に到着するとそこには数名の医師が待ち構えており、紀春はストレッチャーに乗せられ処置室へと消えて行った。

俺は他のスタッフに案内されて、個室に案内された。個室にはホワイトボードや長机、パイプ椅子が置かれている。

とりあえず俺はパイプ椅子に座りただひたすら紀春の回復を待った。

 

長いようで短いような時間が過ぎ、誰かが個室に入ってくる。

俺の知らない人だ、格好からして医者ではないようだ。

 

「織斑一夏君だね、私は三津村重工の不動奈緒だ。さっきは怒鳴ったりして悪かったね」

 

そう言い、不動さんは俺の向かいにあるパイプ椅子に腰掛けた。

 

「いえ、緊急事態でしたし別に構いません」

「早速で悪いけど聞きたいことがあるんだ、藤木君はなんでああなった? 私もモニタリングしていたけど、さっぱり理解できないんだ」

「俺だって理解できませんよ、紀春が福音に突撃を仕掛けたところで急に紀春のISが消えたんです」

「そうか……やはり、打鉄・改を調べないと原因は解らないか……時間、足りるかなぁ」

「時間?」

「うん、打鉄・改は今回の戦闘をもってIS学園に返却される予定だったんだ。明日には打鉄・改は学園に返すように言われてる」

「返却? どうしてです?」

「正確に言えば剥奪だね、藤木君は織斑先生に戦闘参加を禁止されていたんだ。あの戦いには罠があるって事でね」

「罠? ……もしかして」

「篠ノ之博士は藤木君に殺意を持っている、そして篠ノ之博士はISコアの製作者だ。コアはブラックボックスになっていて私達もその詳しい内容を知ることは出来ない。仮に、仮にだよ? ISの操作を外部から行うようなことが出来るとしたら、出来る人は限られてくる。銀の福音だってそうだ、まだ確定じゃないけど銀の福音の暴走の原因は外部からの不正アクセスが原因らしいんだ。それに君が来るまで銀の福音は執拗に藤木君を狙っていた。証拠なんて何一つ無い、でもそう考えるのが自然に思えるんだけど」

 

束さんは紀春のことを殺したいほどに嫌っている。その理由、全てはそこに繋がる。

 

「なぜ、篠ノ之博士は藤木君を殺したいんだろうね? 織斑君、君は解るかな?」

「いえ、全く」

「やっぱり解らないよね、私もさっぱり解らない。そうなると聞くしかないよね……」

「束さんにですか?」

「いや……」

 

その時、個室のドアが開かれる。

 

「この人にだよ」

 

不動さんがドアを開けた人物を顎で指す、そこには千冬姉が居た。



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第33話 生きてる生きてく

「織斑先生、貴方は藤木君にあの戦いが罠だと仰いました。あなたの言うとおり藤木君は罠にかかり今は治療を受けている真っ最中です。では、貴方はなぜあの戦いに罠があると思ったのですか? その根拠を教えてください。……いや、私が聞きたいのはそんなことじゃない。篠ノ之博士はなぜ藤木君を狙っているのですか?」

 

前置きなんてまどろっこしいことをしている余裕は私にはなかった、私は本当に聞きたいことを織斑先生にぶつける。

 

「…………」

 

しかし、織斑先生何も言わない。その態度が私をイラつかせる、私は織斑先生の胸倉を掴み壁に叩きつけた。織斑先生は世界最強の肩書きを持つ人だ、本当なら私なんて一捻りだろう。しかし織斑先生は抵抗の意思すら見せない。

 

「答えろ! なんでウチの藤木があんな目に遭わなければいけないんだ!? どうして子供だけであんなのと戦わせたんだ!? アイツは何を考えてるんだよ……」

 

沈黙があたりを包む、その後織斑先生が口を開いた。

 

「一夏、悪いが部屋から出て行ってくれ。お前に聞かせていい話じゃない」

「……解った」

 

織斑君が個室から出て行く、私はそれを見送った後。織斑先生から手を離す。

 

「すみません、取り乱しました」

「いや、構わない」

 

私と織斑先生はパイプ椅子に座り、話を始める。その内容はなんともふざけたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不動との話を終え、私は花月荘へと帰ってきた。今日はもう出来ることはないので気分転換がてら海岸を歩き岩場にやってきた。

そういえばここは藤木と束が一悶着起こした所だ、あれからまだ半日も経ってはいないが藤木は病院送りにされ束は行方知れず。しかも今回の藤木の一件は束の仕組んだことなのだろう、奴は一夏をヒーローにするために藤木を殺そうとしているのだ。

 

気に入らない、束は自分の恩人だが弟や教え子に手を出そうとする奴を許すわけにはいかない。

 

「やっほーちーちゃん、元気なさそうだね? 何かあったの?」

 

噂をすれば影、とでも言うのだろうか? 束が空から舞い降りてきた。

 

「今回の藤木の一件、やはりお前か」

「藤木?……ああ、あのクソガキのことね。さてどうだろうね?」

 

懐に仕舞っていたサイレンサー付きの小型拳銃を取り出し、束に向かって一発放つ。

しかし、その弾丸は束に到達する前に空中で静止する。

 

「わわっ!? ちーちゃん、危ないよ!」

「ふざけるな、あんな事をされて私が何も感じていないとでも思ったのか?」

 

私の考えは決まった、もうコイツとは決別するべきなのだろう。コイツがいる限り一夏や藤木に安寧は訪れない、そして私の仕事はあの二人を含め教え子を守ることだ。

 

「安心しろ、一夏や篠ノ之には黙っておくしマスコミも抑えておいてやる。だからおとなしくお縄につけ、これが最後通告だ」

「酷い、酷いよちーちゃん! 束さんはちーちゃんやいっくんのために一生懸命やってきてるのになんでそんな事言うのさ!?」

「一番酷いのはお前だ! 私がお前にそんな事頼んだのか!? お前は何故私達を放っておいてくれないんだ!? もう充分だろう、これで終わりにしてくれ」

 

その言葉を聞いた束が俯く、しかしコイツに説得など意味はないのだろう。

 

「そうか……そうなんだねちーちゃん、あのクソガキがちーちゃんを誑かしたんだね」

「違う、お前のこれまでやってきた結果だ。藤木は関係ない」

「だったら!」

「もう終わりだ、やはりお前は私達とは相容れない」

 

その瞬間、私と束の関係は一つの終わりを迎えた。

束は震えていて涙を流している、しかしもう終わったことだ。

 

「……そう、やっぱりちーちゃんも私の味方じゃなかったんだね……」

「お前の自業自得だ」

 

束が振り返り背中を見せる。

 

「あーあ、やっぱり天才ってのは理解されないものなんだね。辛いなぁ……」

 

束の声が震えている、そしてその体は宙に浮かんだ。

 

「ちーちゃんがそう言うのなら仕方ないね、でも束さんは諦めてないからね」

「…………」

 

その言葉と共に束は漆黒の空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らない天井のバリエーションがまた一つ増えた。今回は淡い緑の天井だ。パステルカラーってやつだろうか?

周りを見渡すといくつか気になるものがある。とりあえずは俺の右手を握り締めて座りながら眠っているシャルロットだろうか? どうやらかなり心配をかけたようだ、目尻には涙の跡がうっすらと見える。

 

さて、ココで問題が発生した。久々の記憶喪失でなんでこの状況になっているのかが全くわからない。

いや、予想は出来る。今の俺の記憶は福音と戦う直前までのものは残っている。

多分福音にこっぴどくやられたのだろう。しかし、俺が生きてるってことは多分勝利を収めることができたのではないだろうか? みたところシャルロットに外傷の類はなさそうだし、そこのところも安心できる要素だったりする。

 

時計を見ると現在は7月8日の午前4時、確か福音と戦う直前の時刻が昨日の6時くらいで多分一時間くらいは戦ったのだろうか? だから大体9時間寝たって事か。うん、結構普通だ。

 

さて、寝るか! こんな時間に起きてても何もやることがない。そんな感じで俺は優雅に二度寝を決め込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぁ、よく寝た……」

「紀春!? 大丈夫!?」

 

部屋の中を見回すと三人の人物、シャルロットと楢崎さんと不動さんが居た。

 

「いや、全然大丈夫じゃない。体中が痛いよ」

「とにかく医者を呼んでくるわ、貴方はそこで寝てなさい」

 

そう言って楢崎さんが部屋から退出した。

 

「本当に心配したんだよ。僕、紀春が死んじゃうんじゃないかって思って……」

「死ぬ? 俺はそんなに深刻な事態になってたのか」

「紀春……もしかして……」

「うん、さっぱり覚えてない。よければ教えてくれないか?」

 

壁にもたれ掛かった不動さんが溜息をつく、しかしこればっかりは仕方ないじゃないか。体質だもの。

 

その後、シャルロットから昨日何があったのかの説明を受けた後、医者が到着し俺は検査を受けた。

医者は、高速でISに生身で衝突してこんなに元気なんて信じられないと言っていた。

普段から鍛えてるお陰だろうと返したのだが、医者は苦笑いを返すだけだった。

 

俺の怪我は口内の裂傷、肋骨の骨折、脇腹の切り傷、全身打撲だそうだ。

昼になり昼食が出されたのだが、俺の超デリケートな口内環境に配慮されてか出されたものは流動食ばかり、主食は重湯。ってわしゃ友子じゃないぞクソ森。

 

「全くもって味気ない、食う気も失せるな」

「わがまま言わないの、はい、あーん」

「あーん」

 

しかもシャルロットに食べさせられている、後ろで不動さんがクスクスと笑っている。もうすっごく恥ずかしい、自分で食べるといったのだがシャルロットがそれを許してくれない。

しかもふーふーのおまけつきだ、いや熱いと食べられたモンじゃないから仕方ないのかな?

 

そんな感じでシャルロットと不動さんに見られながらの昼食タイムも終わろうかという時、病室のドアが乱暴に開かれる。

 

「紀春!」

「兄っ!」

 

ラウラと一夏を先頭にした専用機持ちご一行が部屋へとなだれ込んできた。そんなご一行を部屋出待ち構えているのはスプーンを口にくわえてる俺とそのスプーンをもつシャルロット、そして壁を背にして笑う不動さん。

 

「あっ……」

「……」

「……」

 

沈黙が部屋を包み込む、前もこんな状況があったな。

 

「ええと、また後で来るよ」

 

一夏が気まずそうな顔で話す。

 

「やるなシャルロット。頑張れ、その調子だ」

 

ラウラがシャルロットに微笑む。

 

専用機持ち達はなんだか気持ち悪い笑顔を浮かべながら部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな所にお呼び立てしてすみません、こちらもバタバタしてまして」

「いえ、生徒達を送るついででしたので」

「そうですか、彼らは藤木君の病室に?」

「ええ、今頃は病室で騒いでいるのではないでしょうか、静かにしろとは言っているのですが」

 

藤木君が運ばれた病院の屋上、私はそこに織斑先生を呼び出した。

屋上には私と織斑先生以外は誰も居ない。

 

私はバッグから銀色のブレスレットを取り出し、織斑先生に手渡した。

 

「これは……」

「修復は完了しています、どうぞお受け取りください」

「早いですね、あれから一晩しか経っていないのに」

「それが私達の取り柄ですので」

「ですがこれは受け取れません、今の藤木にはこれが必要なはずです」

「それを剥奪しようとしたのは貴方じゃないですか、織斑先生」

 

ここぞとばかりに営業スマイルを決め、織斑先生に向ける。笑うという行為は本来攻撃的なものであり 獣が牙をむく行為が原点である。そんなことを何かの本で読んだ。

 

「アレはただの脅しです、全く効果はありませんでしたが」

 

織斑先生が溜息をつく、どうやら織斑先生も藤木君に苦労させられているのだろう。

 

「ということでこれは受け取れません、彼にはこれがまだ必要なはずだ」

「いいえ、私達が彼を守りますのでもうそれは必要ありません」

「しかしっ!」

「要らないと言っているのです、戦闘中に突然解除されるISなんて怖くて使えるわけないじゃないですか」

「――っ!」

 

織斑先生が言葉を詰まらせる、もう彼女は私に何かを言い返すことは出来ないだろう。

 

「藤木君のことなら安心してください。彼の専用機完成にはまだ時間が掛かりますが、今回のようなことは二度と起きないでしょう」

「その根拠は?」

「企業秘密です、では私はここで失礼しますね」

 

私は屋上を後にする、織斑先生はそんな私を無言で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紀春、あーん」

 

鈴がパイナップルをフォークに刺し俺の口の近くに持ってくる。

 

「紀春さん、あーん」

 

セシリアさんがグレープフルーツをフォークに刺し俺の口の近くに持ってくる。

 

「藤木、あーん」

 

篠ノ之さんがキウイをフォークに刺し俺の口の近くに持ってくる。

 

「兄、あーん」

 

ラウラがイチゴをフォークに刺し俺の口の近くに持ってくる。

 

「紀春、あーん」

 

一夏がバナナを剥いて俺の口の近くに持ってくる。

 

全員が気持ち悪い笑みを浮かべて果物片手に俺に迫る、シャルロットは部屋の隅で椅子に座って目を伏せる。

 

「てめえらいい加減にしろよ」

「なによ紀春、気に入らないって言うの? こんな大勢の女の子に食べさせてもらうなんてあんたの人生で最初で最後よ。精々楽しみなさい、私達の優しさよ」

「その割には果物のチョイスに悪意しか感じられないんだが、絶対沁みるだろそれ。そして一夏、お前のチョイスは最悪だな。お前、やっぱりホモだったのか」

「なっ!? 俺はただ鈴に言われただけで……」

 

一夏がバナナに込められた意味に気付いたようでうろたえる、そしてそれを見た鈴がクスクスと笑った。

 

「とにかくそんなモン食えるか! おまえら俺にもう少し優しくしろ――ぶへっ!?」

 

大声を出した俺の口の傷が開き、また血を吐き出してしまった。

 

「きゃぁっ!? 汚い!」

「オバエクダナイドゥヴァナディゴドゥダ!?(お前汚いとは何事だ!?)」

「血を吐きながら喋らないでよ! 飛び散るでしょう!」

 

そんなやり取りをする間も俺の血は止まらない。

 

「と、とにかくナースコールを!」

 

一夏がナースコールのボタンを押す、生死の狭間をさまよった翌日なのだが俺の回りは相変わらず騒がしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、足りなかったか……」

 

モニターに囲まれた空間で稀代の天才篠ノ之束は一人呟く。

 

足りなかった、自分には覚悟が足りなかった。人一人を死に至らしめる覚悟が。

自分の計画を存在しているだけで邪魔する者、藤木紀春を殺そうという決意は確かにあった。

しかし、思うだけと実際にやるのとでは大きな隔たりがある。

自分でも今回の一連の殺害計画は杜撰だと思う、杜撰さを招いたのは自分の覚悟の無さだ。

結局、藤木紀春は生きながらえている。そして自分は親友を失うという大きな代償を払った。

 

「何で殺せなかったんだろう? やっぱり怖いのかな?」

 

駄目だ、こんな事では自分の計画を遂行することすら出来はしない。これから始まる計画は多くの人を死に至らしめる。こんなことで迷ってるのでは計画の実現は夢のまた夢だ。

 

「うーん……駄目だ、考えがまとまらない」

 

そんな事を呟きながらとあるスイッチを押す。

正面のモニターに明かりが灯り、それを見た束はコントローラーを握る。

 

こういう時は気分転換だ、自分の好きなゲームでもやろう。

 

そのゲームは古いRPGだった、よく言えば王道、悪く言えばありきたり。そんなゲームだった。

ストーリーは単純明快、魔王に攫われた姫をたった一人の勇者が助けに行く物語。

このゲームはもう何回もクリアしたのだが、それでも飽きない。その位好きだった。

 

「まぁ、充分痛めつけたしあのクソガキも少しはおとなしくなるだろ……」

 

結局問題を先送りにするという結論に至った、問題が解決するのはいつになるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「福音戦の途中からのログが完全に消去されてるね、やはりハッキングを受けたと考えるのが妥当だろう」

「やはり、篠ノ之束ですか?」

「さぁ、それはどうだろう? 命令の送信元は完璧に秘匿されてるからボクにも解らないや」

「しっかりしてくださいよ、三津村最高の頭脳を持つ貴方が解らないって言ったらもう私達は何も出来ませんよ」

 

藤木君が病院に運ばれて数時間、私達新専用機開発チームは打鉄・改の修理に勤しんでいた。

今日は、装備試験の監視や無人機の運搬、藤木君の戦闘のモニタリングなどしてきたが私の仕事はまだ終わらないようだ。

 

「大体、ボクの頭脳はこんな事をするためにあるんじゃないんだ。なんでこんなつまらない事を……審判の日は刻一刻と近づいてるというのに……」

「会社命令です、従ってください。大体審判の日ってのはなんなんですか?」

「世界の真実を知らない者が知っても意味のない事だよ」

「また厨二病を発症したんですか? 程々にしてくださいよ」

「コレだから凡人は……ああこの気持ち、神の刻印を受けし者なら理解してくれるのだろうか……」

「神の刻印? なんだそりゃ?」

「キミには関係のない事さ、因果律の破れか世界線を越えてきた者でないとこの世界の真実に気付くことは出来ない」

「はぁ……そうですか……」

 

この厨二病患者、かなり厄介な存在だが頭脳は本物だ。伊達に三津村最高の頭脳とは呼ばれていない。しかし、直属の部下である私は非常に苦労させられている。

 

さぁ、作業の続きを始めよう。今日は色々な事があったが私の一日はまだ終わらない、この仕事が終わったら休暇申請でも出してみようかな?

 

「あっ、無人機のコアの方はどうなりました?」

「あちらも結構な細工がされていたからクリーニングしておいたよ。これであのコアは完全にボク達のものだ」

「ハッキング対策とかは出来てるんですか?」

「一応それらしいことはやってみやけど、相手が篠ノ之束クラスになると時間稼ぎにしかならないだろうね」

「時間稼ぎ? どれくらいのですか?」

「おおよそ二ヶ月」

「……」

 

どうやらハッキング対策は出来ているということでいいのだろう、無人機のコアを手に入れてから6時間くらいしか経っていないのに無人機のコアはこの人に掌握されたということらしい。やはりこの人は天才だ。

IS学園整備科主席として鳴り物入りで三津村に入社した私だったが、社会に出てから上には上が居ることを散々思い知らされた。その最たる人がこの厨二病患者だ。

この人の背中に追いつくまで私はどれほどの時間がかかるのだろうか? いや、そもそも追いつくことが出来るのだろうか……

 

そんな感じで私達の夜は過ぎていく。




次回から夏休み、もうめっちゃオリ展開です。
一週間くらいで投稿再開したいです。


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第34話 ああ、夏休み

今回は夏休み前編ということで40話までやります。
オリ展開です。


あれから一週間、紀春は病院を無事退院しIS学園に戻ってきた。まだ肋骨の骨折は直ってないようだが脇腹の抜糸も済んだし、期末テストも近いということで退院を早めてもらったらしい。

紀春の復帰後すぐに期末テストが行われ、それも終わりもうすぐ夏休みというビックイベントを控えたIS学園の様子はどこか浮き足立っているように思える、それは僕も例外ではなかった。

 

現在、紀春との関係性はいい感じだ。出来ればこの夏に一気に距離を縮めておきたいところだ。

一夏の影に隠れがちだが、紀春もなんだかんだ言ってもてる。この時期になると色々な子から夏の予定を聞かれていて、色々なお誘いを受けているらしい。

 

しかし、彼女らの現実は厳しい。お誘いを受ける紀春は毎回このような言葉を返す。

 

「夏休み? 俺には無いよ、仕事があるからね」

 

そう、紀春は夏休み中ずっと仕事の予定が入っているのだ。

テレビ取材やら雑誌取材、それに新専用機の開発とテスト。紀春の夏の予定はほぼ埋まっていた。

 

しかし、運のいいことに僕も紀春と同じ三津村だ。紀春の仕事についていくことが出来れば一緒に過ごすことが出来そうだ。それからなら充分に時間がある、焦ってはいけない。

以前焦った僕は紀春に拒絶されてしまった、あんなのは二度とゴメンだ。

兎に角、時間はたっぷりある。

 

ああ、夏休みが楽しみだ。早く来ないかなぁ? そんな事を思っていると楢崎さんから電話が掛かってきた。

 

「デュノアさん、今時間いいかしら?」

「はい、別にいいですけど……」

「夏休みのことで言いたい事があってね」

「はい、なんでしょう?」

 

夏休みの事で言いたいこと? 何だろう?

 

「デュノアさん、夏休みが始まったらあなたにはフランスに戻ってもらうわ」

「……え?」

「イグニッション・プランの選考会が八月の序盤にあるのよ、あなたはそれまで提出機体の模擬戦の相手をやってもらうわ」

「ちょ、ちょっと待ってください! 僕にも予定が……」

 

僕の夏の計画がいきなり崩れ去ろうとしている、コレはなんとしても断りたいところだ。

 

「予定? そんなものはあなたが決めることじゃないの、あなたも三津村から給料貰ってるんだから働きなさい」

「いや……しかしですね!」

「デュノアさん、わがまま言ってるとクビにするわよ? 碌な仕事もしないで給料貰おうだなんて許されると思っているの?」

「うっ!?」

 

僕は三津村に入社して以来碌な仕事をした覚えが無い、精々臨海学校でフルブラストの試射をしたくらいだろうか? 

三津村からクビにされれば給料はなくなり、最悪IS学園を退学することになるかもしれない。

それに三津村は僕と紀春の最大の繋がりだ、それを失うことはとても怖い。

クビをちらつかされれば、僕は楢崎さんに逆らうことは出来ないのだ。

 

「……解りました」

「そう、それならいいのよ。夏休みが始まったら早速迎えを寄越すから荷物の準備をしておいてね」

「……はい」

 

その言葉を聞いた楢崎さんは電話を切った。さようなら、僕のなつやすみ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛行機ってのはあまり好きじゃない、気圧の変化で耳をやられる感覚が嫌いだ。

ISに乗っていればそういう人体に不都合なことはIS自体が遮断してくれるのだが、現在俺はISを持っていない。

現在、8月2日の早朝。太平洋から昇る朝日は今までの何より美しく見えた。

 

「楢崎さん、目的地はどこでしたっけ? ええと、メガ……メガなんたら……」

「メガフロート」

「そうそう、メガフロート。俺は何しに行くんです?」

「一応、名目は視察ということになってるわ。新型のね」

「新型!? もしかして……」

 

もしや、俺の新専用機が完成したのだろうか? 一ヶ月前はまだ時間が掛かると言われていたがもう完成していたのか!? さすが三津村、早い。

 

「さて、どうでしょうね?」

「何ですか楢崎さ~ん、焦らさないで教えてくださいよ~」

「それは着いてからのお楽しみよ、待ってなさい」

 

なんということだ、新専用機と早速ご対面とは……もうワクワクが止まらない。

 

『まもなく当機は着陸態勢に入ります、シートベルトをお締めください』

 

キャビンアテンダントの声がスピーカー越しに聞こえる、待ってろよ俺の新専用機!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メガフロート、それは技術系企業が共同して作った公海上に浮かぶ巨大な構造物だ。

管理はメガフロートに居を構える企業の各代表から構成されたメガフロート管理委員会によって管理されているという。

各企業の研究所やそこに住む人たちのための居住エリアや大きな公園、果てはショッピングモールや繁華街や空港などここに居ることに関してのストレスを一切感じられない作りになっている。

それらを収容するためにその大きさも破格だ。楕円形のこの人工島は長半径約10キロ、短半径約五キロ。

 

空港から迎えの車に乗せられ、そんな事が書いてあるパンフレットを読みながら考える。

 

これを作るには考えるだけでも気が遠くなりそうな莫大な金が掛かっているのだろう。

しかし、ここで疑問が生まれる。

 

「なんで、こんなにも金を掛けてこんな人工島を作ってるんですか?」

「それはね……」

「国家に縛られない研究をするためだよ」

 

助手席に乗っている女性が楢崎さんを遮り俺の質問に答える。

彼女の名前は水無瀬成美(ミナセナルミ)、三津村重工の研究員で不動さんの上司に当たる人だ。しかも俺の新専用機の開発チームの副リーダー、ちなみに人妻だ。

 

「国家に縛られない研究?」

「うん、本来のメガフロートは倫理的に危ない研究をするために生まれた場所なんだよ。クローンとかそういう研究はキリスト教圏とかでは禁止されていたり忌避されたりするからね。最初はそんな感じだったんだけど、今じゃ技術交流の場になっているね。研究所同士が近いと結構便利がいいからね。さらにそうなるとココに住む人が増えてきて居住エリアが整備されたり。南の人工島ってことで観光用の設備まで整備されてきて今じゃ科学と観光の島になってるんだよ。結構儲かってるらしいよ」

「へぇ、それでこんなパンフレットも作られたって事ですか」

「そういうこと」

 

現在、俺達を乗せた車はメガフロート内を走る高速道路を走っている。三津村の研究所は島内でも中央付近に位置しており、こんな所でも三津村は結構な発言力をもっているんだなと感じさせる。

 

しばらくすると、車が高速道路を下りる。その後一般道を二、三分走ったところに三津村総合研究所という看板が立っている建物に到着し車は停車した。

 

車から降りると、3人の男性が俺の事を迎えてくれる。2人はスーツ、1人は白衣を着ている。

 

「やぁ、君が藤木紀春君だね? 私は三津村重工社長の安田仁だ」

「社長直々にお出迎えですか、恐れ入ります」

 

安田社長が差し伸べた手を握る、この社長見た目は結構若い。50歳位だろうか? その歳で三津村重工の社長にまで上り詰めるのだから結構有能な人物なのだろう、そんな感じのオーラを漂わせていた。

反面、三津村商事の社長であるジジイは見た目からして80は超えている。その差にもびっくりだ。

 

「いや、私は丁度ここから出る所でね。早速で悪いのだが失礼するよ」

「あっ、はい。お気をつけて」

 

その言葉を背に安田社長はもう一人のスーツの男を引き連れて俺達が乗ってきた車に乗り込もうとする。しかし、何かに気付いたような仕草をした後俺の下に戻ってきた。

 

「ああ、忘れてた。娘に君のサインをねだられててね、一枚書いてくれないか?」

 

安田社長は苦笑し、もう一人のスーツの男がカバンから色紙とペンを取り出し俺に渡す。多分この人は安田社長の秘書なのだろう。

俺も苦笑いしながら色紙にサインを書く。サインの練習は群馬でやっていたので俺のサインも結構それらしい雰囲気が出てると思う。しかし、普通じゃこれ読めないよね? なんでこんな感じで書かないといけないのだろう? かのラーメン王は思いっきり読めるサインを書いてたぞ。

安田社長に色紙を渡す、「ありがとう」の一言の後今度こそ社長は車に乗り込み、車は動き出した。

 

「ああ、もう一人の紹介するね。水無瀬清次(ミナセセイジ)博士、君の新専用機開発のリーダーだよ」

 

成美さんがそう言い、白衣の男を紹介する。水無瀬……もしかしてこの人が成美さんの旦那か!?

 

「やぁ、君が神の刻印を受けし者だね?」

「神の刻印? 何ですかそれは?」

 

『神の刻印』そのキーワードにぞくっとする、拡大解釈をすれば確かにこの人の言うとおり俺は『神の刻印』を受けし者だろう。この人はもしかして俺の本質を知っているのだろうか? もしかしたらラウラに続く新たな転生者かもしれない。

 

「ああ、気にしないで。せっちゃんは厨二病なんだよ、ちなみに私の旦那さんだよ」

 

成美さんがフォローを入れてくれる、彼はせっちゃんと呼ばれているのか。俺的にたっちゃんと被るな……

しかし、厨二病ならば問題ないか……いや本当のところはどうか解らない。しばらくの間警戒が必要だ。

そして、やはり成美さんの旦那か……成美さん趣味悪いな。

 

「ええと、水無瀬博士……」

「そんなダサい名前で呼ばないでくれたまえ、僕の本当の名前は朱雀院羅刹(スザクインラセツ)、または混沌を従えし者とでも呼んでくれ」

「うわぁ……」

 

思いっきり邪鬼眼系だ、そしてむしろそっちの名前の方がダサい。つーか元々の名前は結構格好いいと思うぞ?

水無瀬博士の容姿はいい感じでお耽美な感じで結構もてそうなのだが、これでは台無しだ。

しかし、こんな人とよく結婚する気になったな。成美さんは。

 

「二人っきりの時は結構カワイイ所もあるんだよ、この人のことはせっちゃんって呼んでもいいから」

「女神よ、恥ずかしいことを言わないでくれたまえ」

 

成美さんの笑顔が眩しい、なんだかんだでこの二人は愛し合っているのだろう。そしてせっちゃん的には成美さんは女神なのか……もうわけがわかんねぇな。

 

「さて、研究所に入りましょう。せっちゃんもお仕事の続きがあるんだからね」

 

そう言い成美さんがせっちゃんの襟首を掴み引き摺っていく。

 

「また僕に人殺しの道具を作らせるつもりなのかい?」

「なに言ってんの? また囚われの天才博士ごっこ? この部署には希望して入ったんだから文句言わないの」

 

文句をいうせっちゃんを成美さんは気にも留めない、なんだかんだであの二人はお似合いなのだろう。

 

「お~い、藤木君。はやくついておいで~」

 

成美さんが振り向き俺に声を掛ける、俺と楢崎さんはその言葉に従い研究所に入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが……」

「ええ、これが我が三津村が総力を結集して製作したISよ」

「おお……かっこいい」

 

三津村重工メガフロート研究所、そこには真っ赤なISが鎮座していた。

全体的にスマートでヒロイックなその外見はやたらゴテゴテした打鉄・改とは大違いだ、これが俺の新専用機になるのだろうか……

 

「機体名、ヴァーミリオン君の新専用機の……」

「新専用機!?」

「……量産型よ。しかも二号機」

「へっ?」

「君の新専用機がガンダムだとしたらこっちはジムね」

 

成美さんが説明をしてくれる、これは俺の新専用機じゃないのか……

 

「へぇ、そうですか。だったら俺の新専用機を見せてくださいよ」

 

その言葉を聞いた成美さんが目を伏せる、もしかして……

 

「君の新専用機、まだ出来てないの……」

「はぁ!?」

 

出来てない!? えっ!? 何で!?

 

「いやいや、おかしいですよカテジナさん! なんでガンダムが出来てないのにジムが出来上がってるんですか!?」

「私もおかしいとは思うんだけどね……せっちゃんが気合入れすぎちゃって開発期間が思いっきり延びちゃったの。このヴァーミリオンは基礎以外はせっちゃんの手が入ってないし、基礎は君の新専用機によって完成していたから結構早くに出来たんだよ」

 

せっちゃん、諸悪の根源は奴だったのか!? しかし、こちらとしては我が儘で専用機を作ってもらってる身だ、あまり強いことは言えない。

 

「はぁ、俺の人生はいつだってこうだ……期待してたものに裏切られてきたことなんて数え切れない……もういいよ……新専用機なんていらないよ……」

「まぁ、あと少しの辛抱だから。あと二ヶ月くらい」

「二ヶ月も掛かるんですか……」

「とにかく、今から機体テストをお願いね。君の新専用機と基礎部分は一緒だから君が頑張れば頑張るほど君の新専用機の開発が短くなるはずだし、フランスで調整中の一号機のクォリティアップにも繋がるんだからね」

「はぁ、そう言われれば頑張るしかないですね」

 

現在、シャルロットはフランスでヴァーミリオンの模擬戦相手をさせられ早速イグニッション・プラン提出用の機体、つまりはヴァーミリオン一号機にコテンパンにされたらしい。昨日そんなメールを貰った。

シャルロットが今の待遇を得ているのはひとえにイグニッション・プランがあるからだ、彼女のためにも頑張らないとな。

 

ISスーツに着替えヴァーミリオンを装着する、打鉄・改とは違いこの機体の挙動は素直だ。イメージインターフェースのお陰だろうか?

 

「さて、お仕事頑張りましょうか」

 

その言葉と共にメガフロート共用のIS試験場のアリーナへと飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、ありがとね~次に合う時はイグニッション・プラン選考会の会場かしら?」

「ええ、確かドイツでしたね。またその時に」

 

翌日になり、俺のメガフロート訪問は今終わろうとしている。

前日のテストの後は、乗ってみてからの体感のレポートを書き夕食の海鮮ジョンゴル鍋を食べた後そのままホテルだった。

現在は成美さんとせっちゃんに見送られ楢崎さんと共に空港に居る。一応観光施設もあるんだから一日くらいオフが欲しいものだが俺の夏の予定は三津村に完全に決められている。

そしてイグニッション・プラン選考会が終わるまで休みの予定は全くない。俺まだ15歳なんだけど……

 

「では、これで失礼します」

「ええ、またね。そうそう、忘れるところだった。これお土産」

 

成美さんが紙袋を渡す。

 

「何ですか、これは?」

「お土産のお饅頭、これもメガフロート名物なんだよ」

 

紙袋から箱を取り出す、箱の包装紙にはでかでかと『メガフロート饅頭』と書かれている。

名前からして不味そうだ。

 

「あの、これ……」

「名物メガフロート饅頭、おいしいよ」

「はぁ、そうですか……ありがとうございます」

 

本当に美味しいのだろうか? かなり疑問が残るところだ。

 

「刻印よ……」

 

こんどはせっちゃんが話しかけてくる。

 

「? 何ですか」

「ラ・ヨダソウ・スティアーナ」

 

やっぱりせっちゃんは完全な厨二病だ、今の言葉で理解した。

 

「はぁ、ラ・ヨダソウ・スティアーナ」

 

そんな言葉を返すとせっちゃんは満足そうに頷いた。そんなこんなで俺はメガフロートを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楢崎さん、俺のこれからの予定はどうなってるんです?」

 

飛行機の機内で楢崎さんに話を振る。

 

「ええと、これから藤木君にはフランスに行ってもらうわ」

「フランス? 何をするんですか、模擬戦の相手はシャルロットで充分でしょう?」

「主に取材ね、そしてそのままドイツ行きね」

「イグニッション・プランの選考会ですか」

「ええ、君には各国のお偉方と合ってもらうわ。君の力で選考を有利に進めるの」

「うわぁ、めんどくさそう……」

「これも仕事よ、頑張ってね」

 

藤木紀春15歳、俺の夏はお仕事まみれでいいことはなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うまいなこれ! メガフロート饅頭、侮ってた……」

 

ちなみにメガフロート饅頭はすごく美味しかった。



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第35話 美しきフランスの人間破壊

今回短め


「そうそう、出待ちのファンが居るから対応よろしくね」

 

メガフロートから飛行機に乗りフランスへと到着寸前に楢崎さんがそう言った。

 

「はい?」

「君は世界的な有名人なの、当然でしょう? それにテレビで到着の様子も撮影されるから精々格好つけなさいよ」

「誰がそんな情報流したんですか……」

「君の公式ツイッターからよ」

 

公式ツイッター? そんなことやった覚えは無い、前世では昔流行ったmixiとかはやっていたが結局ソーシャル疲れを起こしてしまい半年くらいで退会してしまった。それ以来SNSの類は一切やってはいないのだが……

 

「公式ツイッター? 俺そんなのやってませんよ」

「三津村が勝手にやってるわ、君にツイッターなんてやらせたら『う○こ』『ち○こ』『ま○こ』とか書くでしょうから」

「マジかよ……」

 

俺は俺の知らないうちに世界中に呟きを発しているらしい、はっきり言って迷惑以外の何物でもないが三津村に逆らえる訳がないので何も言えない。

 

「もちろん認証マークも付いてるわ」

「へぇ、そりゃすごい」

 

まあ、世界に名を轟かせている以上この手のものが付いて回るのは仕方ない。代表候補生や国家代表は半分芸能人みたいなもんだしそういうしがらみからは逃れられないのだろう。

身近に居る代表候補生の事を思う、セシリアさんに鈴にラウラはどうやってこんな仕事を乗り切っているのだろう。

セシリアさんは外見もいいしその手の仕事は慣れていそうで問題ないと思う。鈴も外見だけはいいほうだし、結構社交的な性格なので問題はなさそうだ。しかし、問題はラウラだ。あいつがにこやかに取材に応じている場面が全く想像できない、あいつはどうやってこの手の仕事をこなしているのだろうか……

 

ちなみにシャルロットはデュノア社がお取り潰しになった際に代表候補生の座を剥奪されたらしい、その事をシャルロットに聞いたら別に気にしてはいないようだった。むしろ、面倒な仕事をしないで済むと喜んでいた。

そんなシャルロットとは違い俺はこの面倒な仕事をしなくてはならない。

 

いつの間にか飛行機は空港に着陸していた。よし、今日もお仕事頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポンジュース!」

 

空港のロビーに出たと同時に大きな声を張り上げ群衆に向かって挨拶をする、ガイドポールで仕切られた通路の向こうにはカメラを構える報道陣がフラッシュを焚き続け、それの隣には多数のファンが黄色い歓声を上げ、俺を歓迎してくれた。

 

俺はまるで海外からやってきたスーパースターのように報道陣やファンに笑顔を向け、ファンから握手責めをされたりサインを書いたり写真を撮ったりした。

 

結局空港を出るのに要した時間は1時間、正直これだけで疲れてきた。俺は空港からMIE本社ビル(旧デュノア社本社ビル)までに乗っているリムジンで愚痴を零す。

 

「疲れた……」

「たった一時間でしょ、そんなので疲れてどうするの? 体鍛えてるんでしょう?」

「いやいやいやいや、こういう疲れは体の疲れとは別物ですよ。言うなれば精神的な?」

「精神修行がまだまだのようね、一回滝行でもやってみたら?」

「滝行なら中学生の時にもうやりましたよ、しかも真冬に」

「本当に? だとしたらアホね。あなたは」

「アホで悪かったですね、あの頃はあれで強くなれるって勘違いしてたんですよ」

 

楢崎さんが溜息をつく、ふと窓から空を見上げると今にも雨が降りそうな曇天模様だ。シャルロットもこの灰色のフランスの空の下でヴァーミリオン一号機にボコボコにされていると思うと俺も頑張らなきゃいけないと思わされる。

俺のフランスでのお仕事はまだ始まったばかりだ。

 

「そういえば藤木君、何で最初の一言がポンジュースだったの?」

「洒落ですよ、洒落」

 

俺の潤いは仕事途中にいかにふざけるしかない、一夏からメールがあったのだが一夏は明日鈴とプールに行くのだとか。

正直羨ましい、別に鈴とどこかに行きたいというわけではない。しかし、俺もどこかで優雅にオフを過ごしたいものだ。

閑静なリゾート地で誰にも知られずのんびり過ごしたい、そんな爺臭い願いですら今の俺には叶えられないのだろう。

ああ、一夏が羨ましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうおしごといやぁ」

 

俺はフランスはパリにある高級ホテルのベッドに倒れ伏しながらそう言った。

 

「取材の類はこれで終わりよ、よく頑張ったわね」

 

3日間俺は働き通しだった、雑誌取材にテレビ取材、トークショーがあったかと思えばサイン会。

しかもサイン会は俺が書いてもいない自伝のサイン会だ。俺のプロフィールを斜め読みしたゴーストライターがこれを書いたらしい。

俺の野球の活躍やIS学園での苦労をおもいっきり誇張して書いてあるそれは読んでるだけでも恥ずかしくなる、そして本の中で書かれている一夏や代表候補生の踏み台っぷりが哀れすぎて涙を誘う。

これ、織斑先生あたりに読まれたら確実に殺されそうな気がするんだけど……

俺が世界に発信している情報は俺が一切関与していないものだらけでなんだか嫌になる。

 

「ああ、自由が欲しい……誰にも縛られない自由を……」

「そんなものあなたにある訳ないじゃない、でも明日からはドイツ入りだから少しは楽になるかもね」

「もうドイツ行きですか……仕事の量は減るんですか?」

「ええ、ドイツに行く移動時間は全く働かなくていいわよ。ただし明日は全部移動に費やすことになるけど」

 

全部移動? 飛行機ならそんなに時間は掛からないはずだ。なにせお隣の国だし。

 

「何で全部移動なんですか? 飛行機だったら丸一日掛からないでしょう?」

「ええ、そうなんだけど郊外にあるMIE兵器試験場でイグニッション・プランの提出機体を受け取ってからトラックで移動することになるから時間が掛かるの。ISを操縦者なしに運ぶなんて危ないでしょう?」

「MIEにパイロットは居ないんですか? シャルロット位しかMIEのパイロット知りませんけど……」

「居ないことはないんだけど、正直言ってとある一人を除いて技量は低いわね。旧デュノア社のパイロットはデュノアさんを除いたらIS乗って半年の君の方が技量高いわよ」

「何やってんだデュノア社は、そんなんだから潰れるんだよ」

 

もう存在しないデュノア社に愚痴る、しかし愚痴っても空しさが募るばかり。

 

「とにかく、明日は車に乗ってるだけでいいんですね?」

「ええ、車の中だけどゆっくりして英気を養っておきなさい。選考会の会場に到着したらまた忙しいから」

 

そんな事を言う楢崎さんは笑顔だ、しかしその笑顔が俺にとっては鬼の形相に見える。

 

明日は移動だ、思いっきり寝よう。

そんなこんなで俺のフランスでの最後の夜は過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「燃えたよ……まっ白に……燃えつきた……まっ白な灰に……」

「シャルロット……大丈夫か? いや、全然大丈夫じゃなさそうだな」

 

翌日の朝、パリ郊外のMIE兵器試験場で俺と楢崎さんを待っていたのは大きなトラック数台と元気そうな有希子さん、そして真っ白なシャルロットだった。

 

「あっ、有希子さんお久しぶりです。何でこんな所に有希子さんが居るんですか?」

「んぁ? ああ、そうか。お前には言ってなかったな。あたし、MIEに移籍することになったんだ。そういうわけでヴァーミリオンのテストパイロットやってるってわけだ」

「へぇ、そうなんですか? で、なんでシャルロットは真っ白になってるんですか?」

「いやー、あたしも初めての専用機ってことで気合が入っちゃってさ。ノリノリで戦ってたらいつの間にかあんなことに……」

 

シャルロットがふらふらとトラックの方向へ歩いている、まるでゾンビだ。あっ、こけた。

 

「シャルロット、本当に大丈夫か?」

 

俺はシャルロットを助け起こそうとする、顔を覗き込むと目から光が失われていた。いわゆるレイプ目ってやつだ。

シャルロットは俺が居ない間有希子さんに陵辱の限りを尽くされたのだろう、見ていてかわいそうになってくる。

 

「えっ、あっ……はい……」

 

声も虚ろだし反応がおかしい。ヤバイ、お医者さんを呼ばないといけないかもしれない。

 

「あの……どちら様ですか?」

「有希子さん、あなた何やったんですか?」

「ごめん、反省している」

 

シャルロットの精神はボロボロだ、俺のことすら忘れてしまう位に擦り切れている。もう洒落にならないようだ。

 

「仕方ない、医者はドイツに到着したら呼ぼう。時間も無いし早速出発するぞ」

「有希子さん、アンタ鬼ですね」

「よせやい、照れるぜ」

「褒めてねぇよ」

 

俺達はそんな感じでドイツへ向けて出発するのであった。

 

シャルロットは道中俺の素人カウンセリングでまともな会話をすることが出来るくらいに回復したが、再び有希子さんを見ると怯えてもとの常態に戻ってしまう。

後々、この件で有希子さんは楢崎さんから始末書と減給を言い渡され絶望することになる。




次回も短め



ヴィーグリーズ始まりますね。


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第36話 シスターオリンセス

予約投稿が面倒になってきた


パリ郊外から離れ、一度ベルギーを通過しながら俺達はケルン近郊の空軍基地ネルフェニッヒ航空基地に到着した。約五時間の旅路のほとんどはシャルロットのカウンセリングに費やされ俺はもうクタクタだ。

シャルロットを用意されていた宿舎に送り届け、俺は一人基地の司令部に招かれた。

ドイツの選考会の代表がぜひとも挨拶がしたいということだ、どんな人だろう。そんな事を思う俺を黒い軍服の集団が迎え入れる。

 

「兄よ、ドイツにようこそ。歓迎するぞ」

 

その先頭には愛する我が妹、ラウラが立っていた。

 

「ああ、歓迎ご苦労。もしかして選考会の代表ってのは……」

「いや、私ではない。イグニッション・プランの選考会にはこちらのクラリッサ大尉が出ることになる。クラリッサ、挨拶を」

 

クラリッサ……ラウラに色々と悪影響を与えているという諸悪の根源、早速で悪いが成敗しなければならない。

と、思ったが現在ISのない俺ではどうやったって勝ち目が無い。俺はそんな悔しさを営業スマイルで隠し敬礼するクラリッサ大尉に向き合う。

 

「お初にお目にかかります、兄上。クラリッサ・ハルフォーフです。以後お見知りおきを」

「おいちょっと待て」

「何でしょう? 兄上」

「その兄上ってのは何だ? 俺の妹は一人しか居ないぞ」

 

そんな疑問を口にすると、クラリッサ大尉はしたり顔で答える。

 

「兄上、私達黒ウサギ隊は部隊全員が家族のようなものです。故に隊長が兄上の妹であらせられるというのなら我々全員が兄上の妹なのです」

「はぁ!?」

 

クラリッサ大尉が超理論を口にする、ドイツ人ってのは全員がこんなのなのだろうか?

 

「ということでご紹介します、黒ウサギ隊です。もちろん全員兄上の妹です、可愛がってやってください」

「ファッ!?」

 

クラリッサに紹介される十人の眼帯ドイツ軍人、その全員がにこやかに挨拶する。

 

「初めまして兄様!」

「よろしくな! あんちゃん!」

「写真で見るより格好いいですね、お兄さん」

「この人が……私のあにぃ……」

「お兄ちゃん! お兄ちゃんの本買ったよ! サインちょうだい!」

「おにいたま、ゆっくりしていってくださいね」

「やぁ! 兄貴!」

「兄や……いえ、なんでもありません……」

「兄チャマ、だっこー」

「にぃに! 大好きだよ!」

 

急に増えた合計12人の妹。これの状態は……アレだ……シスタープリンセスみたいな状況だ。しかし全員眼帯ドイツ軍人、キャラ被りすぎでとても売れそうにないな。

 

父さん、母さん。妹が12人に増えました、彼女達を受け入れてもらえますか? 俺は無理です。

 

「…………」

「ふっふっふっ……感動して言葉も出ませんか? 兄上」

「クラリッサ大尉……」

「クラリッサ大尉などど呼ばないでください。私はあなたの妹なのですから呼び捨てで結構ですよ」

「そうか、ではクラリッサよ……」

 

決めた、久しぶりだがSEKKYOUしよう。こいつの暴走を止めなければいずれラウラはとんでもないことになってしまう。

 

「なんでしょう?」

 

クラリッサが俺に微笑む、しかし彼女にニコポは存在しないので俺の決意は変わらない。

 

「正座」

「えっ?」

「とりあえず正座しろ、クラリッサ」

「え? どうして?」

「正座しろってのが聞こえねーのかボケェ!! スッゾコラー!!」

「ひぃっ!?」

 

久しぶりに飛び出したヤクザスラングに百戦錬磨の眼帯ドイツ軍人たち(妹)も慄く、クラリッサもそんなヤクザスラングに怯え、固いコンクリートの上に正座をした。

 

「お前さぁ、何やってくれてんの? 勝手に人の妹増やしてくれやがって……俺の都合とか完全無視なわけ?」

「いっ、いえ。隊長から兄上が妹が出来て喜んでると聞いたものでつい嬉しくなって……」

「大体、おかしいだろ。アンタ歳いくつよ? 少なくとも俺より年上だよね、何で妹なんだ? 一夏の時だってそうだよ、あいつ男だぞ? 何で嫁なんだよ?」

「私の愛読している少女マンガにそう書いてあったものですから……」

「マンガの世界の話が現実でも通用すると思ってんのかよ? そんなん出来れば俺は今頃かめはめ波撃っとるわ」

「えっ? かめはめ波って撃てないんですか!? 毎晩練習してたのに……」

「馬鹿野郎! 気が現実にあったらISなんていらねーんだよ!」

「うっ、確かに……」

「全く、お前は常識ってのを知らないのか?」

「滅相もございません」

「滅相とかそんな言葉覚える前にもっと覚えなきゃいけないことがあるだろ!?」

「アッハイ」

「さりげなく忍殺語使ってんじゃねーよ!」

「アイエエエ!! 兄上がヤクザスラング使ってたからつい!」

 

その後俺の魂のSEKKYOUは一時間にも及んだ、SEKKYOUから開放されたクラリッサは正座のせいで足が全く動かなくなっており数人の妹に運ばれどこかへと消えて行った。

しかし、彼女も俺のSEKKYOUのお陰で欠片ほどの常識をわきまえただろう。妹と名乗るからには恥ずかしいことをさせるわけにはいかない、言わばこれは俺から彼女に対する愛情なのだ。

なぜ彼女達を妹と認めるかって? SEKKYOUの最中にラウラからニコポされながらお願いされたからだよ。仕方ないだろ。

 

「兄……申し訳ない」

「それもこれもお前達に常識を教えてなかった織斑先生のせいだ、IS学園に帰ったら織斑先生にもSEKKYOUしてやる」

「本気か? 織斑先生に説教などと……」

 

想像してみる、正座している織斑先生の前に仁王立ちでSEKKYOUする俺。

どう考えても無理があった。

 

「やっぱ無理」

「そうだろうな……」

 

そうだ、クラリッサへのSEKKYOUで完全に流れていたがもう一つ気になることがあった。

 

「おい、俺をにぃにって呼んだ奴出てこい」

「あっ、はい。私です……」

 

俺をにぃにと呼んだ妹が出てくる、クラリッサへのSEKKYOUが効いたのか彼女も怯えている。

 

「にぃには禁止だ。他の名前を考えて来い」

「えっ、何でですか?」

 

にぃにはアカン……そんな呼ばれ方をされたらだいじっこランドが開園してしまう。それだけは避けたいところだ。

 

「理由をお前に言う必要はない、とにかく禁止だ」

「酷いよにぃに! 私だって一生懸命考えたんだよ!?」

「もっと他にもあるだろうが!」

「他の呼び方は全部使われてるんだ」

「お前の兄の呼び方のバリエーションはたった12しかないのか?」

「いや……私達の基地に残ってる仲間が大勢居るから……」

「えっ? 黒ウサギ隊って12人じゃないの?」

「もっと居るよ」

 

俺の妹は12人じゃなかったらしい、家族が増えるよ! やったねノリちゃん! ってこれは駄目だ。

 

「仕方ない、お前がそこまで頑なならばお前のことを今日から新井と呼ぶことにする」

「えっ、新井?」

「お前がにぃにと俺のことを呼ぶのならば俺もお前のことを新井と呼ぶって言ってんだ。文句あっか?」

 

だいじっこランド開園はもう避けられない、ならば俺も新井のためににぃにを演じるしかなさそうだ。

 

「いや、僕にはアリー「黙れ新井! お前の本名など聞きたくもないわ!」ひぇぇ……」

「とうわけでお前は今日から新井貴浩だ。いや女だから貴子にしておこうか」

「よかったな新井、私だって兄にあだ名をつけてもらったことがないのに……軽く嫉妬してしまうぞ」

「隊長~代わって下さい~」

「だが断る」

「ううっ……」

 

そんな感じで俺の黒ウサギ隊へのSEKKYOUは終わった。

 

その後、黒ウサギ隊の面々が食事を用意してくれているということなのでご相伴に預かる。しかも俺が来ることの歓迎の印として和食を用意してくれているとのことだ。

妹達の俺に対する想いが身に染みる、外国人が作ったということでちょっと変なものが出てくるかもしれないと予想するがここまで頑張ってくれるのだ。多少の違いは笑って許そうと思う。

 

「はいにぃに! 残さず食べてね!」

「…………」

 

とりあえず一口食べてみる、多少どころの違いじゃなかった、まず米が赤い。そして、おかずかまんが肉だ。そして出汁のない味噌汁……

 

「おい、これは何だ?」

「これ? 赤い米だよ。日本ではお祝い事がある時は赤い米を炊くんでしょ?」

「ああ……間違ってはいないのだが……。まぁいい、次だ。この肉は?」

「これは黒ウサギ隊の定番の晩御飯のおかずのマンガ肉だよ。豪快にかぶりついてね!」

「そうかそうか、じゃ最後にこの味噌汁だ。出汁が入ってないように思えるんだが……」

「だし? なにそれおいしいの?」

 

俺の中から沸々と怒りが湧き上がる、ここに来てからこんなんばっかりだ。

 

「おい、これは誰が作ったんだ?」

「ええと、副隊長が……」

「クラリッサか……呼んで来い」

「アッハイ」

 

新井がクラリッサを呼んでくる間、俺は赤い米でボール状のおにぎりを作る。俺の怒りのオーラに気付いているのか妹達は誰一人として喋らない。

おにぎりが出来上がった直後、クラリッサが食堂にやってきた。

 

「兄上! お呼びですか」

「このアホンダラァ!!」

 

俺は赤いおにぎりをクラリッサの顔面に全力投球し、再度SEKKYOUを始めることにした。

 

そんなこんなでドイツでの最初の夜が過ぎていった。



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第37話 戦いのために

いわゆる繋ぎ回


「さて、調整はこの位でいいだろう。ボクは帰ってラグナロクに向けての準備を進めなければ……」

「そうっすね、じゃ俺はこれで宿舎に帰ります」

「そうはいかないわ藤木君、あなたにはこれからイグニッション・プランの運営委員会のお偉方と懇談会よ」

「マジっすか……」

 

翌日、せっちゃんがやっているヴァーミリオンの調整の手伝いも終わり宿舎でのんびり過ごそうとしていたら楢崎さんからお仕事の指令が舞い込む。

 

明日から3日間イグニッション・プランの選考会が始まる。その一環で模擬戦が組まれているため、俺はこうしてヴァーミリオンの調整を手伝っていたわけだ。

 

今回の選考会で全てが決まるわけでもないし、模擬戦に勝ったからといってそのままイグニッション・プランとしての主力機が決まるわけではない。

しかし、今回の結果は大きなウェイトを占めているのも事実だ。気を抜いていいわけでもない。

 

「お偉いさんだけじゃなくて、その後来場者との記念撮影会やサイン会も予定してるからそのつもりでね」

「またサイン会ですか……」

 

そしてこの選考会、単にイグニッション・プランの選考機体を決めるだけではない。

ISに関わる各部品メーカーや武装メーカーの関係者や欧州以外の軍関係者も多く来場しており、その人々に自分達のISを売り込むことも重要な要素になる。

 

彼らにアピールしてISの強化パーツや新武装を作ってもらうってのも選考会にプラスになるのだ。

そんなわけでその人々に対するアピールの一環も兼ねて俺の記念撮影会やサイン会が行われるわけだ。しかも俺の自伝まで販売するという……もうやめて……

 

そんなこんなで俺は楢崎さんに連れられお偉方との懇談会に出席することとなった。

ちなみにシャルロットだが、徐々に普段の調子を取り戻している。有希子さんを見ると怯えるのは変わらないんだがそれでも大きな進歩だ、いい精神科医を紹介してくれたクラリッサに感謝……しねぇよ馬鹿が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懇談会はジジババ共の話に適当に相槌打ってるだけで終わったので、まあ楽な仕事だった。

しかし、続く写真撮影会がきつい。整理券が配られ1000人までってことになったのだがその1000人を俺一人で捌かなくてはならないのだ。しかもこの後にはサイン会が控えている、腱鞘炎になったらどうしよう……

 

そんなこんなで始まりましたサイン会、今現在約300人を捌き終えたところだがもう手首が痛い。

しかし、そんな痛みは慣れきってしまった営業スマイルで隠す。おっ、次のお客さんだ。

 

「わぁ、私ノリ君のファンなんです。嬉しいな~」

「…………」

「あれ? ノリ君大丈夫?」

「何でここに居るんだよ……たっちゃん……」

 

次のお客さんはIS学園最強の更識楯無会長だったのである。

 

「私はロシアの国家代表だからね。視察ってことで来てるの」

「そんなことより俺のサインなんか欲しくないだろうに……」

「そう? ノリ君のサインって結構いい値段で売れるのよ?」

「そんなしょうもない小遣い稼ぎするんじゃねーよ国家代表、給料いいんだろ?」

「そんな事より早くサイン書いてよ、後がつまってるんだから」

 

その言葉を聞いてたっちゃんの後ろに続く行列を見る。

そうだ、こんなことで時間を食っていたらいつまでもこのサイン会は終わらない。

 

俺はたっちゃんが差し出す色紙に『たっちゃんへ』と名前入りでサインを書いてやった。これで売るのも面倒になるだろう。

 

「あーっ、名前入りで書かないでよ」

「うるさい。ほら、書いてやったんだから場所空けてくれ」

「うーっ、この恨みは学園に帰った後に晴らしてやる……」

「はいはい、そうですか」

 

その言葉を背にたっちゃんはどこかへ行ってしまった、それでも俺のお仕事は終わらないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっとサイン会も終わり基地に集まった関係者は各々基地から帰っていき、基地内もなんだか静かな雰囲気に包まれる。

現在基地に居るのはイグニッション・プラン選考に直接関係している関係者と基地関係者だけであり、その数は500人くらいしか居ないということだそうだ。

 

そんな夜の基地を散歩しているとまたまた見知った人物が俯いて屋外のベンチに座っているのを見つける。

 

「あれ? セシリアさん。日本に居るんじゃなかったの?」

「ああ、紀春さん……こんばんわ……」

 

なんだかセシリアさんのテンションが低い、こういう見知らぬ異国の地で偶然知り合いに出会えると嬉しく感じるものだがセシリアさんはそうではなかったようだ。

 

そもそも、セシリアさんは現在日本に居るはずだ。イグニッション・プランの選考会代表はセシリアさんではなく別の人がなっていたはずなのだ。

それに、夏休みは一夏と過ごすとか言ってたはずだ。何があったんだろう?

 

「で、なんでこんな所にいるのさ?」

「わたくしだってこんな所に居たくはなかったのですが……急遽予備のパイロットが必要になりまして……」

「なにがあったのさ?」

「選考会の代表が急に風邪に掛かったらしくわたくしにお呼びが掛かったんですの……」

「はぁ、それはご愁傷様」

 

この夏真っ盛りに風邪とはなんとも情けない人だ、そんな人のとばっちりを受けたセシリアさんは確かに可愛そうだ。

 

「ということはセシリアさんが模擬戦出るってこと?」

「ええ、そういうことになりますわね。しかし、わたくしも国家に忠誠を誓っている身。やるときはやりますわよ」

「はぁ、そうなんだ……益々ご愁傷様」

「どういうことですの?」

 

俺はシャルロットの身に何があったか、そして現在どういう状態であるかを話した。

それを聞いたセシリアさんの顔が青くなる。

 

「そんなわけでシャルロットは心にトラウマを抱えて現在療養中だ。セシリアさん、頑張ってね」

「…………マジですの?」

「うん、マジだよ。折角だから見舞いに来てやってよ、シャルロットも喜ぶだろうから」

「もう嫌ぁ……」

 

セシリアさんのテンションは俺と会う前よりもっと下がっていったようだ。余計なことをしてしまったかな?

 

そんな感じでドイツでの二日目の夜が過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、ノリ君。こっちこっち」

「そこに居たのか。しかし、流石は国家代表だね。模擬戦観戦するのにもVIP席か」

 

今日からイグニッション・プランの選考会の模擬戦が始まる。模擬戦は総当たり戦になっており一日二回行われそれが三日続くのだ。

今日はたっちゃんにアリーナのVIP席に招かれ俺もVIP席で観戦することとなった。

たっちゃんの居るVIP席は個室になっており、そこに用意された椅子は三つ。一つは俺が座り、もう一つはたっちゃんが座っている。だとしたらもう一つは誰が座るのだろうかと考えていると個室のドアが開くいた。

 

「お邪魔するわね」

「ああ、ようこそいらっしゃいました。席へどうぞ」

 

やってきたのは金髪の軍人さん、多分制服から見てアメリカ軍の人だ。

たっちゃんはその人の応対をし、席に座らせる。軍人さんは俺に会釈をした後を眺めている、なんだか落ち着かない。

とりあえず、話を振ってみよう。

 

「ええと、どちら様でしょうか?」

「紹介するわね。こちら、ナターシャ・ファイルスさん。見ての通りアメリカの軍人さんよ」

「初めまして、ナターシャ・ファイルスです。以前はお世話になったわね」

 

そう言って手を差し出してきたのでとりあえず握っておく、ナターシャさんは美人だしもういかにも大人って感じの色気やら何やらがムンムンでちょっとドキッとしてしまう。

しかし、以前お世話になったとはどういうことだろう? こんな美人さんをお世話したのなら確実に覚えているはずなんだが……もしかしてやられた記憶の中にナターシャさんの記憶もあるのだろうか? だとしたら非常にマズイ、思い出すためにももう一回お世話させてもらえないだろうか、主にアッチ系のお世話を。

 

「ええと、お世話ですか……正直覚えてないんですけど何かありましたっけ? 俺記憶喪失体質で忘れっぽいんですよ」

「記憶喪失? 大丈夫なの?」

「まぁ、よくあることなんで気にしないでください」

「気にするわよ、もしかしたら私のせいでそうなったかもしれないんだし……」

 

そんな事を言うナターシャさんの顔が曇る、俺この人と何かあったんだろうか?

 

「ナターシャさんは銀の福音のパイロットなの、覚えてる?」

 

たっちゃんが俺に説明をしてくれる、そういう事だったのか……そりゃ覚えてないはずだわ。

 

「ああ、あの福音のパイロットさんですか。結構派手なドンパチだったらしいですね、俺は全く覚えてませんが」

「なんだか他人事みたいに言うのね、お陰で入院する羽目になったっていうのに」

「覚えてなけりゃそんなもんですよ、それに俺が怪我したのはあなたのせいじゃないんですから気にしないで下さい」

「そう言ってもらえると気持ちが楽になるわ」

 

ナターシャさんの顔も明るくなる、美人には笑顔でいてほしいものだ。そんな事を思っているとたっちゃんが俺達の会話を遮った。

 

「そろそろ一回戦が始まるみたいよ」

 

その言葉に釣られ俺はナターシャさんからアリーナ内部へと視線を移す、VIP席はアリーナの最上部に位置するため内部に居るISが小さく見える。

しかし、たっちゃんが手元の端末をいじると空中に立体スクリーンが飛び出す。これならISの姿どころか操縦者の表情も見える。一回戦第一試合はセシリアさんとイタリアの人らしい、ということは二回戦は有希子さんとクラリッサか。どちらを応援すればいいのだろう? 

 

一方は俺のISの先生だし、もう一方は俺の年上の妹なわけだ。

いやいや、今回の俺はフランス陣営の人間だ。流石に今回は有希子さんを応援しよう。もしドイツの代表がラウラだったら多分違っていただろうけど……

 

そんな事を考えながら悩んでいるといつの間にか戦いの火蓋は切られていた。

 

「ねぇノリ君、このイグニッション・プランどこが選考に選ばれると思う?」

 

一進一退の攻防を繰り広げているセシリアさん達を尻目にたっちゃんが聞いてくる。

俺の立場的にはフランスと即答すべきなのだろうが、ちょっと考えてしまう。しかし、ここは身内ばかりのVIP席だ。余計な気遣いは必要ないのだろう。

 

「うーん、どうでしょう?」

「フランスって即答するもんだと思ってたけど違うのね」

「ヴァーミリオンのことを知り尽くしているわけでもないからね、しかし一つだけ言えることがある」

「へぇ、なに?」

「セシリアさんには悪いけどイギリスは選考に残らないだろうね」

 

その言葉を聞いたたっちゃん、ナターシャさんは眉を動かすこともない。多分二人ともそう思っているのだろう。

 

「やっぱりイギリスはないわね、一応聞いておくけどその根拠は?」

「この戦いは欧州の次世代主力機を決めるためのものだ、いくら開発が進んでるとはいえティアーズは主力機にするには特殊すぎる。っと、こんなところでいいかな?」

「うん、解ってるようで安心したわ」

 

主力機、それに求められるものとは一にも二にも汎用性である。その点、ティアーズ型の売りであるBT兵器はまるで汎用性があるように思えない。

そしてある意味問題のBT兵器、それはブルー・ティアーズの搭乗者であるセシリアさんでもまだ使いこなすことが出来ていない。

現在、BT兵器搭載型のISは二機しか作られておらずその一機を専用機に持つセシリアさんはBT兵器を使う能力に関しては世界でもトップクラスの人間だ。

しかし、そのセシリアさんの実力は俺達IS学園一年生専用機持ちの中でも中堅レベル、っていうか俺とどっこいどっこいだ。これは正直マズイ、セシリアさんが俺達の中でもトップの強さを持つラウラと同レベルの強さを持っているのならば話は違うのだが現実はそんなもんだ。

 

まるで汎用性のない扱いにくい武装に、強いとは言いがたいパイロット。イギリスの未来は昔のロンドンと同じように霧に包まれている。

 

「まぁ、あえて言うならフランスかイタリアかな? でも、レーゲンのAICは強力だから少数生産はされるだろうね」

「そんな所でしょうね」

 

そんな会話の最中も戦闘は続く、戦闘はどうやらセシリアさんが優勢のようだ。

俺の予想は勝敗じゃなくて選考の結果の話だからね、仕方ないね。

散々こき下ろしてきたがセシリアさんだって代表候補生だ、世界中のISパイロットの中でもトップクラスの腕前を持っているのだ。そして、そのセシリアさんとどっこいどっこいな強さを持つ俺も世界でトップクラスな訳だ。両隣の女性二人はそれを更に上を行く存在なわけだけど……

 

その時、勝負は決した。セシリアさんが勝ったようだ。

 

「あらら。藤木君、予想が外れたみたいだけど」

「ナターシャさん、あれは飽くまで選考の結果の予想ですからこの勝敗は別に関係ないですよ」

「そうね、テンペスタ二型の敗因はなんだと思う?」

「見る限りですけど、機動力を重視しすぎて防御がおざなりになってるってところでしょうか。銀の福音とは大違いですね、あれは恐ろしいくらいにタフでしたから。それに、速過ぎる機体はアリーナの中では本領を発揮できませんからね」

 

その言葉を聞いたナターシャさんの顔つきが真剣なものへと変わる、なにか変なことでも言っただろうか?

 

「藤木君、実はその事で君にお願いがあるの」

「その事? どの事ですか?」

「あの子……銀の福音についてよ」

 

今回ナターシャさんが俺に会いに来た本当の狙いはこれだったのだろう、そのお願いとは……まぁ、俺にしてはよくある話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は流れて翌日の夜、模擬戦二日目も順調に終わり、基地は相変わらず静寂に包まれている。

現在我々フランス勢の戦績は一勝一敗、初日にクラリッサに負け今日はセシリアさんに勝つことが出来た。

明日はイタリアとの対戦だ。イタリアは今回二戦二敗なので勝てるんじゃないかと思ってしまう。

二連勝のドイツに並ぶためには、明日どうしてもセシリアさんに勝ってもらわなければならない。

俺はそんなセシリアさんの下を訪れるため、イギリス勢の宿舎へと向かっていた。

 

人っ子一人居ない基地の廊下を歩く、ここの警備は大丈夫なのだろうかと疑いたくなってしまうがいたる所に監視カメラが設置されておりそれを通して警備されているのだろう。

 

そんな時一人のちびっ子に出くわした。

 

「こら、ここは関係者以外は立ち入り禁止だぞ。早くおうちに帰りなさい」

 

そんな声を掛けると、ちびっ子が黒髪をなびかせ振り向く。

 

「のっ!?」

 

驚いた、そのちびっ子は織斑先生に瓜二つだったのだ。

 

「私は関係者だ、邪魔をするな」

 

チビッ子は首からぶら下げている関係者用のパスを俺に見せつけ、踵を返す。

 

「アッハイ、スイマセンでした」

 

その言葉にちびっ子はまるで反応せずそのまま歩き出し、やがて姿を消した。

多分関係者の家族か何かなのだろう、しかし怖かった……あのちびっ子織斑先生と同じ顔して睨みつけてくるんだもん、おしっこちびるかと思った。いや、ちょっとちびった。

 

しかし、あのちびっ子も大変なんだろうな。あんなにそっくりだったら友達とかにさぞからかわれたりするのだろう。きっとあの顔のせいで苦労してるのだろう、だから態度が刺々しいのも頷ける。

 

「はぁ……」

 

俺も歩き出す、三津村から送ってもらった織斑一夏非公式写真集、『織斑一夏の軌跡』をセシリアさんに届けてやる気を出してもらわねば。

この写真集、一夏がIS学園に入るまでの写真をとある出版社が集めたもので幼い一夏が成長していく様子を見ることが出来る。しかも流通は裏ルートのみという犯罪スレスレというか完全アウトなファン垂涎の一品だ。

 

しかし、小学一年生より以前の写真が全く無い。これはどういう事なのだろう?

 

まぁいい、俺が気にしているのは一夏の過去ではなくセシリアさんの明日だ。

そんな感じで俺はセシリアさんの個室のドアをノックする、しばらくしてセシリアさんがドアを開けた。

 

「あら、紀春さん。こんな夜に何か御用ですか?」

「ああ、ちょっとセシリアさんに渡したい物があってね」

 

俺は写真集を取り出しセシリアさんに渡す、写真集を手にしたセシリアさんはページをぱらぱらと捲りその度に目を輝かせる。

 

「明日、絶対に勝ってくれ。これは俺からの気持ちだ」

「ええ、こんな贈り物をされたからには負けられませんわね」

 

俺は笑う、セシリアさんも写真集を抱きしめ笑う。

 

そんな感じでドイツ四日目の夜は過ぎて行った。明日はドイツでの最後の日だ、俺は応援することしか出来ないけど頑張ろう。



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第38話 イグニッション・ファイア

「いよぉっし! これでドイツも一敗だ!」

 

選考会三日目第一試合、セシリアさんとクラリッサの対戦は序盤から圧倒的な猛攻を見せたセシリアさんがクラリッサを下し、イギリスとドイツはそれぞれ二勝一敗で選考会を終えた。

やはり昨日の贈り物が効いたのであろう、勝利したセシリアさんの顔は晴れやかだ。

 

「さて、次は俺達の出番ですね。頑張ってくださいよ有希子さん」

「ああ、任せろ。ドイツには後れを取ったが今回の相手は負けっぱなしのイタリアだ、絶対に勝つ」

 

我々フランス陣営は初戦にドイツと戦いAICの前に黒星を取ってしまったが、続く二日目にはセシリアさんを圧倒して現在運命の最終戦の直前だ。勝利が選考の基準ではないことは百も承知だが、出来る事なら勝ちたい。それは俺達フランス陣営の共通の認識だ。

 

「有希子さん、そろそろピットの方へ移動してくださいとの事です」

 

フランス陣営のブースにシャルロットが入ってくる、シャルロットも心の傷が癒えた様でいつも通りな感じに戻っているし有希子さんを前にしても怯えるようなことはなくなった。

 

そんなこんなでやってきましたフランス陣営のピット、フランス陣営だがそこに居る人物の大半は日本人でなんだか奇妙な光景だ。

このアリーナはIS学園にあるものと同型のアリーナで、内部に通じる四つのカタパルトの傍にピットが設置されておりそれを各陣営に振り分けられている。

 

我々のピットの隣にはイギリス、向かい側にはドイツ、対角線上にはイタリアのピットがある。

おっと、そろそろ戦闘開始の時間のようだ。

 

無言の有希子さんがカタパルトに移動する、その表情は真剣そのもので普段とは大違いだ。

俺達もピットにあるモニタールームへと移動し、有希子さんの姿を見守る。

 

カタパルトが動き出す、俺達の最後の戦いが今始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘイヘイヘイ! びびってんのか!?」

「くっ……」

 

有希子さんはアサルトライフルを両手に持ちテンペスタ二型に対し弾幕を張り、有利な状況を作り出す。

テンペスタ二型の持ち味である機動力は狭いアリーナでは封じられたも同然で牽制にライフルを撃つことしかできない。

 

俺達のヴァーミリオンの売りは汎用性であり、近中遠の各武装を切り替えながら常に有利な状況を作り出すことを目的に作られている。ラファール・リヴァイヴの後継というのは伊達ではないし、イメージインターフェースは武装展開にも効果を発揮していてシャルロット程とはいかないものの高速で武器の切り替えが出来るのも強みだ。

 

相手は今回いいとこなしのイタリア陣営、パイロットも挽回しようとして気負っているのか戦術選択で焦りが見える。

そんな様を有希子さんは見透かしているようで、飽くまで自分のペースを保ち急ぐことなく試合を進めている。なんだかんだで彼女も一流のパイロットなのだ。

 

その時、一か八かとでも思ったのだろうか、テンペスタ二型が有希子さんに向かって突撃を決める。

しかし、その突撃を迎え撃つ有希子さんの表情からは余裕が見える。とっつきを高速展開し、襲い掛かるテンペスタ二型に対しカウンター気味に一撃を決める。

 

カウンターとっつきを食らったテンペスタ二型は吹っ飛び、アリーナの壁に激突した。

 

「悪い機体じゃないはずなんだがな。お前、焦りすぎだよ」

「……」

 

激突の衝撃で起こった粉塵が晴れテンペスタ二型が姿を現す、その機体は各所から火花が散っておりまともな戦闘が出来そうにないことは素人目にも解る。俺はもう素人じゃないんだけどね。

 

有希子さんが展開領域から大型のバズーカを取り出す、どうやらこれでトドメを刺すらしい。

 

「すまんな、これで終わりだ」

 

その時だった。

 

耳を引き裂くような爆音と衝撃が俺達の居るピットを襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃぁっ!? 何があったの!?」

「女神! 大丈夫か!?」

 

成美さんとせっちゃんの声が聞こえる、爆音と衝撃があったものの俺達のピットには被害はない。

フランス陣営のピットでは状況確認のために不動さん成美さんせっちゃんたち開発の人間がせわしなく動く。

 

俺は何があったのか調べるために、モニターを眺めアリーナに設置されているカメラから各所の様子を探った。

 

「これは……イギリスのピットで何かあったのか?」

 

イギリス陣営のカタパルトから黒煙が漏れ出している、その時カタパルトから二機のISが飛び出した。

 

「あれは、セシリアさんともう一人は……誰だ?」

 

二機のISが激しい攻防を繰り広げている、その時ピットの通信機から通信が入る。

 

「兄よ! 大丈夫か!?」

「ああ、しかしこれはどういうことだ?」

「いや、私にも全く解らん」

 

通信の相手はラウラだ、状況が混乱しているので俺にはどうすることも出来ない。その通信にクラリッサが割り込む。

 

「今確認したところ、イギリス陣営にテロリストが紛れ込んだようです。テロリストはイギリスの予備機である『サイレント・ゼフィルス』奪取、現在は同じイギリスの『ブルー・ティアーズ』と交戦中とのことです」

「テロリストだと!? 有希子さん、聞きましたか?」

「ああ、とにかくあの蝶々をぶっ飛ばせばいいわけだな?」

 

その通信は有希子さんにも繋がっており、有希子さんが意気込む。それにラウラが反応した。

 

「そんな! 危険です!」

「テロリストを放っておく方が危険だろうが! 大丈夫、アタシにはまだ余力がある」

「今の状況なら仕方ないか……野村殿、お願いします。私もすぐに応援に駆けつけますので」

「ははっ、もたもたしてたらお前の分がなくなるかもな!」

 

有希子さんは通信を切断し、セシリアさんと謎のテロリストとの戦いに割り込みを掛けていった。

 

「そういうことで私も行ってくる。クラリッサ、黒ウサギ隊を率いてアリーナに居る関係者の避難誘導を頼む。以後は基地の司令部の命令に従うように」

「了解しました隊長、御武運を」

「ああ」

 

ラウラも通信を切る、その直後ドイツ軍のカタパルトからラウラが飛び出すのをモニター越しに確認した。

 

さて、多分これで大丈夫なはずだ。幾らあのテロリストが手練でも三対一の状況に持ち込まれたならば勝ち目はないだろう、俺は俺の出来ることをやらないと。

 

「シャルロット、イギリスのピットに行くぞ。あの爆発で怪我人も多いはずだ」

「うん、解った」

 

俺達はイギリスのピットへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄絵図とはこのことか、イギリスのピットは凄惨を極めていた。

鼻に付く血と何かが焼けるような匂い、耳障りなうめき声、そして視界に広がる赤と黒。

正直一般人である俺にこの状況はきついものがある。

 

救助隊も到着して怪我人の搬送も始まっているが瓦礫やらなんやらでまだ助けられない人も居る。

シャルロットが瓦礫の除去をやっているのだが、この空気に呑まれ青い顔をしていた。

結構デリケートなシャルロットの精神面は心配だがこの状況では俺が彼女に出来ることはない。

俺も救助隊と協力して怪我人の搬送を手伝っていた。

 

「兄上!」

 

その時クラリッサがやってきた。

 

「ああ、クラリッサか。早速だが瓦礫の除去の手伝いを頼む、瓦礫のせいでまだ助けられない人が居るしシャルロットがこの状況にやられている。出来るだけ早く済ませたい」

「了解しました」

 

クラリッサがISを展開し、シャルロットの下へ歩いていく。彼女らは二、三言葉を交わした後また作業を再開した。

出来ることなら変わってやりたいと思う、しかし現在の俺にはISがなく彼女らの力になってやることが出来ない。自分が情けなると同時に、自分の強さというものがISによって確立されてるのを再確認する。

世界で二人目のISを動かせる男、藤木紀春。そこからISの要素を差し引くと、普通の人より少々鍛えてるだけの野球好きだ。本当に情けない……

 

それでも俺は動くことをやめない、俺の働きによって人の命が救うことが出来るかもしれないのだ。

うん、大丈夫。これも立派なヒーローの仕事じゃないか。格好いいぞ、俺。

 

俺は自分を鼓舞し、作業に没頭していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

救助活動も一段落し、俺達はフランスのピットへと戻ってきた。

 

「……うぷっ」

 

シャルロットは限界を迎えたようでトイレに駆け込む、今回の欧州での出来事はシャルロットにとっては災難続きだ。心から同情したいと思う。

 

アリーナ内部の状況は有利に進んでいる、即席の連携ではあるが司令塔のラウラを中心にテロリストを徐々に追い詰めている。むしろテロリストは頑張っている方だろう、そこいらのパイロットではあの三人相手に瞬殺されてもおかしくないのだ。

 

「……ぐっ」

「三人相手に頑張ってはいるが、そろそろ終わりのようだな。テロリストにならなければもう少し長生きできただろうに」

 

そう言って有希子さんが、バズーカを構える。

 

「終わりだ、さようなら」

 

バズーカから砲弾が発射され、サイレント・ゼフィルスに着弾した。

スピーカー越しから断末魔が聞こえるのをバックに俺はせっちゃんに話しかける。

 

「終わったようですね」

「ああ、そうだな。全く、迷惑な奴だ」

 

せっちゃんには戦いの行方は興味の対象外のようでノートパソコンキーボードをせわしなく打ち続けている。

今度こそ、俺達の欧州の日々は終わろうとしていた。



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第39話 GO-ON

現在ヘル=ロキサークル61位、欲張りたくなっちゃうよ。


さっき、今度こそ俺達の欧州の日々は終わろうとしていると言ったな。アレは嘘だ。

 

サイレント・ゼフィルスの居るはずの爆炎の中から聞こえてくる断末魔が笑い声に変わる、奴はまだ戦いを続ける気らしい。

爆炎の中から六本のレーザーが飛んでくる、セシリアさん、ラウラ、有希子さんはそのレーザーを二本ずつ受け態勢を崩した。

 

その後爆炎が晴れる、そこには五体満足のサイレント・ゼフィルスが立っていた。

 

「やっとファースト・シフトが終わったか、随分と時間が掛かる……」

 

なんと、奴はファーストシフトも終わらないままに戦闘をしていたとは。

そんな状態であの三人相手にそこそこ戦えていたのだから奴の本当の実力とは如何なるものだろうか?

 

その期待というか危惧に、サイレント・ゼフィルスすぐさま答える。やられっぱなしだったお返しと言わんばかりに三人を圧倒する。

無謀ともいえるテロリストによるIS奪取計画はコイツの強さによって完遂されようとしている、これでは欧州全体の面汚しだ。その時、オープンチャンネルで通信が入る。

 

「黒ウサギ隊、クラリッサ・ハルフォーフ。これより援護に向かいます!」

 

ドイツのカタパルトからクラリッサが飛び出す、更に今度は別の通信が開く。

 

「MIE開発部のシャルロット・デュノアです。僕も援護に向かいます!」

 

トイレに消えていたシャルロットも戦闘に参加しようとしている、正直今のシャルロットに戦闘を行わせるのはかなり不安だ。

 

「シャルロット、無茶をするな! 今のお前がどれほど戦えるって言うんだ!?」

「紀春……でも僕は」

「お前は代表候補生でも軍人でもないんだ、この戦闘に参加しなくちゃいけない義務だってない」

「うん、そうだね。でも僕は行くよ、セシリアやラウラは大切な仲間なんだ。代表候補生とか軍人とか、そんなの関係ないんだ」

「関係あるに決まってんだろ!」

「ゴメン紀春……僕、行くね」

 

通信が切断された。

モニターのカメラがカタパルトを映し出している、そこからシャルロットのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが飛び出していく様を俺はただ見ていることしか出来なかった。

 

アリーナ内部では戦闘が再開される、しかし二人の増援がやってきても戦闘の優劣はまるで変わらない。奴は化け物か。

 

考えろ、この状況を打開するために俺が出来ることは何だ?

高速回転する俺のオリ主頭脳はある答えを提示する、まだ俺に出来ることはあるらしい。

 

携帯電話の着信履歴からとある人の番号をコールする、電話の相手はすぐに電話に出た。

 

「状況は悪いようね」

「ああ、増援を頼めないか?」

「……無理ね」

「何でだよ!? こんな時のためにアンタが居るんじゃないのか!?」

「そもそも、今私ISをもって来てないの」

「はぁ!? どういうことだよ!?」

「ISを他国に持ち込むって事がどれだけ大変なことか知ってて聞くの? 日本やこの選考会は特例中の特例なのよ」

 

ISとは世界最強の兵器である。それを自国に易々と持ち込ませるわけにはいかないよう、他国のISの持込には厳重な規制がかけられている。電話の相手、ロシア国家代表のたっちゃんですらそれを認めさせることは出来ないようだ。

むしろ国家代表だから認められないのだろう。ISの能力はそのパイロットによって天と地ほどの差が出来る、強いパイロットであればあるほど自由に自分の力を振るうことは出来ないのだ。

 

現在たった一機のISが今の混乱を引き起こしている、それをさせないためのIS持込の規制なのだが今回はそれが裏目に出ている。そんな感じだ。

 

「……そうか、ゴメン……」

「悪いわね、力になれなくて」

「いや、悪いのは俺のほうだ。また怒鳴ったりしてすまない」

「いえ、いいのよ」

「じゃあ、切るね」

 

俺は通話終了のボタンを押した。

俺が電話している間にも戦況は悪くなる一方で、サイレント・ゼフィルスはまるで遊んででもいるかのように五人を蹂躙している。

見ていることしか出来ない俺のイライラも最高潮に達していた。

 

「畜生っ!」

 

持っていたスマホを床に叩きつける、スマホの画面は見事に砕け散りどこかへと飛んでいった。

そんな様子を見ていた成美さんと不動さんが驚くのだが、せっちゃんは俺のイライラなんて意に介さないように言葉を発する。

 

「刻印よ、冷静になりたまえ。女神が怖がっているじゃないか」

「アンタはこんな状況で随分冷静なようですね」

「あの野蛮人の目的はイギリスのISの奪取なのだろう? もう取られたも同然なのだからおとなしく渡してやればいいものを……」

「そんな事が出来るわけないだろう!?」

 

そんなやり取りをしながらもせっちゃんはノートパソコンのキーボードを打ち続ける、この人はこんな状況に何も感じていないのだろうか。そんな態度が俺を益々イライラさせる。

 

「アンタさ、いまの状況を解ってるのか!?」

「あー、うるさい。どうせ君には何も出来ないんだから黙っていたまえ、気が散る」

「せっちゃん! 言い過ぎでしょ、謝りなさい」

 

せっちゃんの態度に成美さんが怒った、怒られたせっちゃんはばつが悪そうな顔をする。

 

「すみませんでした……」

「うん、それでいいの。それに藤木君が何も出来ないってわけじゃないでしょ?」

「いや、しかしアレはまるで役に立たないぞ……」

「何かあるんですか?」

「ええ、一応ね」

 

成美さんがにやりと笑う、一体何があると言うのだろう?

俺は成美さんに連れられカタパルトへと移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今はこれしかないけど、何も無いよりもマシだとは思うよ」

「これは……」

 

俺の目の前には赤いIS、有希子さんが装着しているものと同じものが目の前にあった。

 

「ヴァーミリオン……」

「メガフロートで君がテストしたものと同じ機体、いわゆる二号機だね。予備機体として持ってきたから武装なんて何もついてない、それでもこれに乗る?」

「ええ、ただ見ているだけなんて嫌なんです」

 

シャルロットが参戦しようとした時、俺はシャルロットを叱った。無茶だと思ったからだ。

しかし、それだけではない。俺はあの時シャルロットに嫉妬していたのだ。

あの時、あの戦場に飛び出していけるだけの力を持ったシャルロットが羨ましかった。そして何の力もない自分が情けなかった。

何故自分は戦うことが出来ないのだろう? 俺は特別じゃなかったのか? 

そんな思いが渦巻き、それでもなんとか自分の力を示そうとたっちゃんにすがり付いてみたがあっさり断られ物に当たりせっちゃんに怒鳴り散らした。

 

俺は凄く格好悪かった。

 

「そう、今からISスーツに着替えてる時間なんてないからそのまま行ってもらうけどそれで構わないわね?」

「はい、行って来ます」

 

靴を脱ぎ捨て、ヴァーミリオンに背中を預ける。そして、ヴァーミリオンが俺の体に装着されていった。

 

「…………」

 

無言でカタパルトに搭乗し、無駄だと思いながら武装をチェックする。

成美さんの言ったとおり武装は全く付いていない。しかし構わない、武装ならちゃんとある。

そう、ヴァーミリオンにはこんなにも立派な手と足が付いてるじゃないか。これで充分だ。

 

そうだ、ちょっとした策を思いついた。俺はとある人に通信を繋げる。

 

「おい、生きてるか?」

 

俺は通信の相手と二、三言言葉を交わす。

 

「じゃ、そういう事でヨロシクね」

 

通信を切り、赤い、いや朱い背中の羽を広げ深呼吸する。

 

「藤木紀春、ヴァーミリオン二号機。……行きます」

 

その言葉と共に背中のスラスターに火を灯す、俺は全速力でカタパルトから飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

状況は絶望的だった、敵性ISであるサイレント・ゼフィルスがここまで強いとは予想だにしなかった。

いや、強いのはISだけじゃない。それに乗っているパイロットの技量は私達のそれを圧倒的に上回っていたのだ。

自慢ではないが現在、サイレント・ゼフィルスと戦っている私達五人は世界でもトップクラスの腕前を持つ猛者のはずだ。

代表候補生である私とセシリア、それに劣らない実力を持つシャルロットに専用機を持つにふさわしい腕前であるクラリッサ。兄の師である野村殿に至っては私達よりも頭一つ抜けている強さを持っている。

 

しかし、それでもこのテロリストに敵わない。しかも奴はファースト・シフトを終えたばかり、その現実が私を更に絶望させる。

しかし、退くことは出来ない。私は軍人だ、そしてここは私達の国だ。

アリーナの避難はまだ終わっていない、せめて足止めだけでもしないと多くの関係者に被害が及ぶ。

それだけはさせるわけにはいかない、私の命に代えてもだ。

 

そんな思いとは裏腹に、私の体は動かない。相次ぐダメージの連続で体が言う事を聞かないのだ。

倒れている私の頭をテロリストが踏みつけた、悔しさで涙が出そうだ。

 

「専用機持ちの軍人なら少しは骨があると思ったのだがな……所詮はガキか」

 

ガキはお前も同じだろうと心の中で反論する、顔はバイザーで隠れて見えないがこのテロリストの歳は私と変わらないように思える。

 

その時だった、耳が壊れるかと思うくらいの凄まじい激突音と共に私の頭にあった重みが取り払われる。

ハイパーセンサーからの視界を確認すると、赤い羽根を生やしたISが私に背を向けていた。

あれは多分ヴァーミリオンだろう、野村殿も動けなかったはずなのだが復活することが出来たのだろうか?

 

「俺の妹に手を出そうなんていい度胸してるじゃねーか、覚悟は出来てるんだろうな?」

 

私の推測は違っていた。私を助けてくれたのは世界で最も私を愛してくれている人、そして嫁に並んで世界で最も私が好きな男、藤木紀春。私の兄だった。

 

「ラウラ、もう大丈夫だ。お前は俺が守る」

 

ああ、もしも私に嫁が居なかったら今の言葉で惚れているところだったな。そんな事を思いながら私の意識は途絶えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、ショータイムだ。地獄を見せてやる」

 

先に戦った五人は全員が満身創痍でまともに戦えるのは俺しか居ない、相手はこの惨状を引き起こしたテロリスト。

普通にやっても勝ち目は無い、しかし俺には秘策がある。だが策謀の種が芽を結ぶまでまだ少々の時間が掛かる、今の俺がすることは時間稼ぎだ。

 

サイレント・ゼフィルスが立ち上がる、俺はそれを仁王立ちで見つめていた。

 

「懲りもせずまた増援か」

 

今まで奴の戦いを見ていたが、あいつは射撃戦を主に用いている。接近戦が弱いって事ではないのだが、そちらの方が活路を見出せそうな気がする。

 

俺は、サイレント・ゼフィルスに突撃を敢行する。

 

「おぅるあっ!」

 

渾身の右ストレート、そしてそこからのコンビネーションを連続して放つが奴は俺の動きを見透かしているかのように華麗に回避を続ける。

 

「どうした? 武器を持っていないのか?」

「ご名答っ!」

 

その言葉を発した瞬間、俺の右ストーレートにカウンターの喧嘩キックを合わせられ俺はサイレント・ゼフィルスと距離を開けてしまう。

そこに殺到するビットからのレーザーの雨、回避しようとランダムな機動で対応するが奴の射撃は正確でその多くをその身に受ける。

しかも、セシリアさんと違ってビットを動かしている時ですら奴は動けるようでライフルの射撃も容赦なく襲い掛かる。

 

早速だが非常にマズイ、射撃戦の間合いを取られていては俺はただの的にしかならない。

一か八かの賭けをしなくてはならないようだ。

 

襲い掛かるレーザーの雨に果敢に特攻し近距離戦の間合いに飛び出す。

まさか自分からレーザーの雨に飛び掛ってくると思っていなかったのだろうか、相手は一瞬驚いたように身構えるが俺が武器を持ってないことを知っているので冷静にガードの構えを見せる。

しかし、そこが盲点だ。俺はサイレント・ゼフィルスを真正面から抱きかかえ、フロントスープレックスで投げ飛ばす。

 

こんな時にプロレス技を仕掛けられるとは思ってもいなかったのだろう、サイレント・ゼフィルスは受身も取れず頭部から地面に激突する。

膝をつき起き上がるサイレント・ゼフィルス、そんな絶好の機会を見逃す俺ではない。

サイレント・ゼフィルスに俺は全速力で駆け寄り、シャイニングウィザードを決める。

 

「イーーーヤァッ」

 

そのまま俺は受身を取り片膝でプロレスLOVEのポーズをバッチリ決めた。

おっといかん、流石にこれをやるのはふざけ過ぎだ。

 

慌てて振り返ると、そこにはまたしてもレーザーの雨。いや、雨なんてもんじゃない。暴風雨が吹き荒れていた。

 

「グワーッ」

 

その暴風雨に一人晒された俺は吹き飛ばされる。本格的にヤバイ、シールドエネルギーが洒落にならんことになっているし、どこか頭をぶつけたのだろうか額から血を吹き出し左目の視界が血で塞がれてしまった。

 

「くっ、やべぇな……」

 

血まみれで尻餅をついてる俺に仁王立ちで向かい合うサイレント・ゼフィルス。俺の登場時と立場が逆転していた。

 

「よくもこんなにふざけていられるものだ。しかし、一対六で多少は梃子摺ると思っていたのだがな。情けない奴等だ」

 

その言葉を聞いた時、俺の策が嵌ったのを確信した。しかし、策の実行にはまだ時間が掛かる。

俺の華麗なトークスキルでこの場を持たせないといけないようだ。

 

「はぁ、はぁ……」

「どうした、もう終わりか?」

「なぁ、あんたさ……」

「……」

「ゴーオンジャーって知ってるか?」

「はぁ?」

 

この場には明らかにそぐわない話題にテロリストも面食らっているようだ、命のやり取りをしている最中に特撮ヒーローの話題なんてものを振られているなんてありえないもんね。

 

「知るか、これで終わりにさせてもらうぞ」

 

そう言って、ライフルを構える。しかし俺はそんな事を気にも留めないように言葉を続ける。

 

「まぁ、聞けよ。お前にだって実のある話になるはずだ」

「…………」

 

テロリストはライフルを構えたまま微動だにしない、どうやら話を聞いてくれるようだ。案外こいつ優しいやつなのかもな。

 

「炎神戦隊ゴーオンジャー、スーパ戦隊シリーズの32作目だ。まぁ、細かい話は置いておいて本題に入ろうか。ゴーオンジャーってのは最初三人だけの戦隊なんだ、でも途中から二人加入してきて五人の戦隊になるんだ。今回の戦いってそれに似てると思わないか? 最初の三人が有希子さんとセシリアさんとラウラ、有希子さんがレッドでセシリアさんがブルー、ラウラは色が違うけどイエローってことにしておこうか。そして途中から加わったグリーンとブラック、これはシャルロットとクラリッサだな。シャルロットは緑色じゃないけど……」

 

色々注釈をつけながら時間を掛け話す。まだだ、もっと時間を稼がないと……

 

「もちろん、恒例として六人目の追加戦士が出てくる。ゴーオンゴールドって言ってね、矢車兄貴の俳優の人がやってるんだ。これが俺ってことになるな」

 

ゴーオンジャーを知ってる人ならもうお気づきであろう、この話には一つ間違いがあることに。

 

「ゴーオンゴールドは厳密にはゴーオンウイングスって言ってな、実は別のユニットなんだ。まるでハリケンジャーにに出てくるゴウライジャーみたいだろ? ユニットって言うくらいだからもちろんゴーオンウイングスにはもう一人いるんだ、その名もゴーオンシルバー。役柄の中ではゴーオンゴールドの妹ってことになるな」

「だからどうした、さっきから聞いていればつまらん事をペラペラと……」

 

テロリストがライフルを構えなおす。もう少し、もう少しなんだ……

 

「ちょ、ちょっと待てって! もうすぐ話終わるからさ! まぁ、この状況をゴーオンジャーに例えるならもう一人必要だなーって思ってさ……」

「そんな奴は居ない、今度こそ終わりだ」

 

テロリストがライフルのトリガーに指を掛ける、その時俺に通信が入った。

 

『チャージ、完了しました』

 

俺はその通信に小声で答える。

 

『遅ぇよ、馬鹿』

 

俺はテロリストに微笑みかける。

 

「悪かったな、話に付き合わせて。最後に一言だけ言わせてくれ、ゴーオンシルバーの登場だ!」

「なっ!?」

 

その瞬間、超高速の弾丸がサイレント・ゼフィルスの側頭部を捉える。

それと同時に俺は瞬時加速(イグニッション・ブースト)でサイレント・ゼフィルスとの距離を一気に詰めた。

 

「イグニッション・ブーストナッコォ!」

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)の勢いを乗せた渾身の右ストレートがサイレント・ゼフィルスの顔面に叩き込まれる。俺の現在の最大火力だ!

 

二つの強力な攻撃を食らい、サイレント・ゼフィルスが吹っ飛びアリーナの壁面に叩きつけられる。

 

「紹介しよう、ゴーオンシルバーことイタリアのテンペスタ二型の人だ」

「テンペスタ二型の人って、私にはちゃんと名前があるんですが……」

 

この場にいた全員が忘れていたのではないだろうか、ゴーオンシルバーはゴーオンレッドと共に誰よりも早くこの戦場に居たことを。

 

「すまんが自己紹介はこの戦いが終わってからにしてくれ、まだ戦いは終わってない」

「そのようですね、アニ」

「アニィ!? 何でそうなるんだよ!?」

「私がゴーオンシルバーならゴーオンゴールドである貴方は私のアニなんでしょう?」

「また妹が増えた……」

「兄のことを兄(アニ)と呼んでいいのは私だけだ! その言葉、今すぐ取り消せ!」

 

俺とテンペスタ二型の人の会話にラウラが割り込む、周りを見るとボロボロのゴーオンジャー達が立ち上がっていた。

 

「大丈夫かゴーオンジャー!?」

「ゴーオンジャーじゃねーよ。まぁお前の時間稼ぎのお陰で少しは回復した、ありがとよ」

 

有希子さん、いやゴーオンレッドが俺に答える。この状況、負ける気がしない!

そして、土煙の中からサイレント・ゼフィルスが姿を現す。

 

「観念しろガイアーク! 俺達ゴーオンウイングスとゴーオンジャーが居る限りお前達にこの地球は汚させはしない!」

「だから私達はゴーオンジャーじゃねえし、アイツはガイアークじゃねぇって。いや、害悪って意味なら間違ってないのか?」

 

俺はレッドの突込みやなんやかんやらをを華麗に無視し、言葉を続ける。

 

「正義のロードを突き進む! 炎神戦隊ゴーオンジャー!」

「もうどうにでもなぁれ」

 

レッドは俺に突っ込むのを諦めたようだ。

 

「成程、私はお前の姑息な手にまんまと引っかかってしまったというわけだ。しかし遅かったな、もう終わりだ」

「終わり? 終わりなのはお前の方だガイアーク! アキラメロン!」

「ソフトウェアのダウンロードとインストールが完了した、もうここに居る意味は無い」

「ソフトウェア? 何のことを言ってるんだ?」

 

その時、成美さんから通信が入った。

 

『四時の方向から高速の熱源体! 一機だけど……速い! あれ? 熱源体が増えた! 数は約50!』

 

次の瞬間、甲高い音と共に俺達は爆撃に晒された。

 

爆撃を耐え忍んだ俺達の前にはサイレント・ゼフィルスともう一機……それは俺のよく知るものだった。

 

「何で……それがここにあるんだよ……」

 

サイレント・ゼフィルスがある物の上に立っていた。そのある物とは……

 

「ストーム・ブレイカー……」

「脱出手段も持たずにこんなに派手な戦いをするわけないだろう、ではな」

 

その言葉と共にストーム・ブレイカーは飛翔する、追いかけようと思い羽を広げるがそれをシャルロットに止められた。

 

「紀春っ! 無茶しないで!」

「アレは俺のだぞ! 黙って見ているわけにはいかないだろ!」

「そんな機体でアレに追いつけるわけないでしょう!? ストーム・ブレイカーの速度は紀春が一番知ってるはずだよ!?」

 

その言葉で思い出す、ストーム・ブレイカーは最速のISだ。シャルロットの言葉の通りそれは俺が誰よりも知っていることだった。

 

「畜生っ!」

 

拳を地面に叩きつける、俺の秘策のための時間稼ぎはあのテロリストにとっても時間稼ぎだったのだ。

だからアイツは俺の話を素直に聞いていた訳だ、それが悔しい。

 

基地の混乱は徐々に収まりつつある、こうしてこの選考会は幕を下ろしたのであった。



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第40話 ワンサマー・イズ・ノットエンド

「ああ、ストーム・ブレイカーの事か。女神、説明してやってくれ」

 

翌日、基地の医務室から開放された俺はフランスのピットへと戻りせっちゃんに詰め寄る。

なぜあのテロリストがストームブレイカーを所有しているのかということだ。

 

「あのストームブレイカーは君が乗っていたものの二号機だね、打鉄・改の戦闘ログを見た政府から試作品の製作の要請があってメガフロートで作られていたものなんだよ」

「で、何でテロリストがそれを持ってるんですか?」

「盗まれたんだ、3日前に……」

 

今回のイグニッション・プランの選考会、参加した各国はそれぞれ醜態を晒した。

場所を提供したドイツはテロリストに基地の潜入を許し、イギリスはBT二号機を盗まれた。イタリアは選考会の対戦で負け続けたし、俺達フランスはストーム・ブレイカーを盗まれそれがテロリスト逃走の手助けになったわけだ。

 

「メガフロートの警備でなんとかならなかったんですか?」

「ストーム・ブレイカーは世界最速のISになるためのパッケージだよ、盗まれたって事に気付いた時にはもう空を飛んでたよ。メガフロート管理委員会直属のISが追撃に出たんだけど誰も追いつけなかったね」

「もしかして、三津村内部にテロリストのスパイが紛れ込んでいたって可能性があるんじゃないんですか?」

「その可能性は大いにありうるけど、メガフロートの研究所にいる職員全員に事情聴取が行われた結果怪しい人は居なかったって。盗まれた後に姿を消した職員も居なかったようだよ」

「結局真相は闇の中ですか……」

「まぁ、専門家が捜査を続けている事だし私達はこの件に関しては何も出来ないね」

 

メガフロートからストーム・ブレイカーを盗み出し、さらにはこの基地からサイレント・ゼフィルスを盗み出すなんてことは並大抵のテロリストでは出来る事じゃない。

奴らは何者なのだろう?

 

「あのテロリストに心当たりはありませんか? 俺はその手の事情に詳しいわけじゃないんで教えてもらえませんかね?」

「ボクだって知らないよ、しかしISを使うテログループとなればボクが知ってるのは一つしかないね」

 

せっちゃんが俺の問いに答える、ISを使うテログループとは……世も末だな。

 

亡国企業(ファントム・タスク)それが奴らの名前さ」

「ファントム……タスク……」

 

それが世界の歪みか、ヒーローを目指す俺にとって避けては通れない相手なのだろう。

ISを作った無職とクッソ強いテロリスト、この二つが俺の現在の敵だ。いつか奴らに落とし前をつけてやる。

 

「そうですか、ありがとうございました」

 

俺はフランスのピットを後にした、今日は色々な人に話を聞かなければならない。

次に目指すのはイギリスのピットだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいっす、どんな感じ?」

「あっ、紀春さんですか……」

 

ピット近くにある廊下のベンチに座っているセシリアさんに声を掛ける。

イギリスのピットは一日経った後とはいえ相変わらずの荒れ模様だ、そして黄色いテープに遮られ中に入る事は出来ない。

 

「あのテロリスト……絶対に許しませんわ」

 

セシリアさんの瞳に闘志の炎が宿る、今回の一件で最も被害を受けたのはイギリスだ。彼女の怒りも最もだろう。

 

「だろうね、しかし被害の状況はどうなんだ?」

「奇跡的に死者は居ませんでした、しかし重傷者は数え切れない程に……」

「死者が居なかったってのは不幸中の幸いだな、あの被害で誰も死んでいなかったってのは確かに奇跡的だ」

 

俺も救助活動をした甲斐があったってもんだ、自分の働きが結果に現れたという事は素直に嬉しかった。

まぁ、喜べる状況じゃないんだけどさ。

 

「サイレント・ゼフィルスを盗み出したテロリストについての情報はない?」

「そう言えば……顔は解らなかったらしいのですが体格の小さい黒髪の人だったらしいですわ」

「ふぅん……」

 

体格の小さい……黒髪……まさかねぇ?

 

「何かお気づきの点でも?」

「いや、一昨日そんな感じの奴を目撃したんだけど」

「もしかして!?」

「いや、ないな。基地内の廊下を堂々と歩いてたし、流石にISを盗み出そうっていうテロリストならもうちょっとコソコソするんじゃないかなぁ? しかも黒髪のちびっ子なんてざらに居るし」

「そうですか……」

 

セシリアさんが落胆したような表情を見せる、そろそろ切り上げるか。

 

「じゃ、俺は行くよ。色々大変だろうけど頑張ってね」

「ええ、ごきげんよう」

 

その言葉を背に廊下を歩く、今度はラウラの所でも行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、にぃに!」

「おっす、ラウラ居るか?」

 

新井が声を掛けてきたのでラウラの居場所を聞いてみる。

しかし、新井はばつが悪そうな顔で俺に返した。

 

「隊長と副隊長は……今は基地司令部に出頭してる……」

「ああ、あいつらも大変だろうな」

 

あいつらは軍人であり今回の一件に関して全く責任が無いわけではないようだ、現在は司令部で今後の対応を協議している真っ最中らしい。

 

「責任ある立場ってのは大変だねぇ……民間人で良かったよ」

「私もそう思うよ、平隊員で良かった……」

「そう言えばさ、俺達はいつまでこの基地に居なけりゃならんのだ?」

 

今回の一件以降基地内の関係者は全員基地から出る事を許されていない、テロリストを手引きしている奴がまだ基地内に残っている可能性が高く全員に事情聴取が行われるらしい。

 

「二、三日は掛かるって。本当、嫌になるね……」

「全くだ、お前らの事情聴取は終わったのか? 俺はまだだけど」

「うん、終わった。基地の混乱がとりあえず収まった後にすぐだったからもうヘトヘトで……しかも聴取担当の奴がもう嫌らしい位にねちっこく話を聞いてきてさ、あれは結構キツイよ」

 

その時のことを思い出したのか、新井の顔に影が差す。俺もなんだかいやな予感がしてきた。

 

「うへぇ……それは嫌だなぁ……」

「まぁ、私と同じ奴と当たるとは限らないんだしそこまで悲観的になる必要はないんじゃない?」

「なんだが悪い予感がするんだよ、俺のこういう時の勘ってのは中々鋭いからな……」

「へぇ、そうなんだ……頑張ってね、にぃに」

 

さて、ラウラが居ないんじゃもう新井と話すこともないな。

 

「じゃ、俺も帰るわ。ラウラによろしく言っといてくれ」

「うん、じゃーね」

「おう、じゃーな」

 

新井と別れの言葉を交わす、そろそろ帰ろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう面倒くさいなぁ、だから言ってるでしょ! アイツとは二、三言話しただけで何も無いって!」

「いや、しかしな。関係者の中にあの黒髪の子供と一致する人物が居ないのだよ」

「例え奴がテロリストだったとしてもあの時の俺には解るわけないでしょう! それともアレか? 俺がテロリストの仲間だって言う決定的な証拠でもあるのかよ!?」

「いや、そういうわけではないのだが……」

 

フランスのピットに帰ってきた俺を待っていたのは事情聴取に訪れた基地の軍人だった。

今俺が話している内容とは、あの織斑先生似のちびっ子についてだ。奴は基地内のどこの関係者でもなかったらしく、俺とちびっ子が話している場面がばっちりと監視カメラに写っていたいたのでその事を重点的に聞かれている。

しかし、同じような話の連続に流石に俺もまいってきた。もう面倒で仕方がない。

 

「こんな事言いたくないが、俺は今回の混乱を収めた功労者の一人だぞ!? もうちょっと丁寧な扱いをして欲しいもんだなぁ!」

「しかし、あのテロリストは君たちのストーム・ブレイカーでこの基地を脱出したのだ。今は君たち三津村全員が最有力の容疑者なのだよ」

「そんな事俺の知った事か! ストーム・ブレイカーについて聞きたいんなら他の奴に聞け!」

 

こんなにも頑張っていたのに容疑者扱いだ、俺はもう激おこぷんぷん丸である。

 

「こちとらアイツの相手にIS三機も出したんだぞ!? 三機だぞ三機! これがどれだけの事か解って言ってるのか!?」

 

IS三機、これは小国の軍事力を軽く凌駕する戦力だ。そして今回の一件で我々フランス陣営は最も多くの戦力を提供している。

 

「しかし、幾ら相手が強いとはいえ七対一で逃げられるというのは些か不自然じゃないか?」

「うるせー! ISに乗れない奴がたらたら文句いってんじゃねーよ! あんたはさっきから『いや』とか『しかし』とかそんなんばっかりじゃねーか!? そんなに俺達をテロリストにしたいのか!? そっちがその気なら俺にだって考えがあるぞ、今からでも三津村の全てを使ってドイツのネガティブキャンペーンでもやってやろうか? あんたらの脛は傷だらけなんだ、ウチの力舐めんなよ?」

 

ラウラのVTシステムの件や、この基地がテロリストに潜入された事、黒ウサギ隊は元々遺伝子強化試験体であることなどドイツには叩けば埃が出てくることがごまんとある。

それは世界中に知れ渡ってることだが、あくまで業界内での話だ。マスコミ各社も圧力をかけられていてそんな事は一般の人々に知れ渡っているわけではないのだ。

 

「そ、それは……」

 

勝った、思いっきり逆切れと脅迫でゴリ押ししたが俺はこの嫌らしいオッサンとの舌戦に勝利する事が出来た。あたいったら最強ね!

 

あれ? これって何の勝負だったっけ?

 

「とにかく憶測でモノを語る前にやるべき事があるでしょう? 俺達をテロリストにしたいんなら言い逃れできない証拠でも用意してくださいよ、そんなもの最初から無いですけどね」

「…………」

 

おっさんが俺を悔しそうに見つめる、しかし勝者の俺にはその視線は心地よいものでしかなかった。

 

「じゃ、そういう事でもう事情聴取は終わりでいいですね?」

「……ああ、いいだろう」

 

俺は余裕の笑みを浮かべ部屋から退出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからきっかり3日後、俺達は基地から解放された。

基地に篭ってた3日間は主に新井やテンペスタ二型の人と一緒に野球をして過ごした、テンペスタ二型の人はネットゥーノという所の出身でそこでは野球が盛んだという事を聞いた。

そういうわけか筋がいい、黒ウサギ隊とその他寄せ集めチームで試合を行ったのだがそこでも俺と共に寄せ集めチームを牽引し、寄せ集めチームを勝利へと導いた。

ちなみにスコアは33-4、俺はチームのエース兼四番として奈々得点を上げた。なんだかんだで圧勝したわけだ。

さらに余談だが、新井は黒ウサギ隊で三番サードを任され毎回ツラゲを行う大活躍を見せ試合に華を添えた。

 

そんなこんなで帰ってきました祖国日本、今回の欧州の旅は災難続きであった。

あの後のテロリストのについてだが、余計な事を喋られないように色々誓約書を書かされた。

しかし、あの大人数の前で起こった騒ぎはいずれどこからか漏れる事になるだろう。

 

現在、8月14日の夕方。12時間近くのフライトでバッキバキの体を車はIS学園まで運ぶ、しかしこれからお盆が終了するまでオフが貰える。

お盆の予定は一夏に誘われての神社での夏祭りしかない、それまでは体を休めよう。

 

「ああ、藤木君。明日の予定なんだけど……」

 

明日の予定? そんなものは俺には無いはずだ。

 

「明日、三津村重工の本社に来てもらえるかしら?」

「え? 明日は寝て過ごす予定があるんですが……」

「君の専用機にしばらくヴァーミリオンを使っていいって許可が出たから一次移行だけでも終わらせてもらいたいの、いいかしら?」

 

マジかよ……

 

「俺に休みは無いんですか?」

「無いわ」

「即答かよ!?」

 

そんなこんなで俺の明日の予定も埋まったわけだ、勤労少年藤木紀春の15才の夏はまだまだ終わりそうになかったのである。



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第41話 仮面男と巫女の夏祭り

俺の優先順位がやきう→kssm→ウイングダイバー&エアレイダー育成→これを書くなので遅れるのはしゃーない。

ここまで遅れるとは思ってなかったけど……今後はもう少しペース上げないとね。

ということで今回は47話までやります。


「ここが篠ノ之神社か」

「ああ、中々いい所だろ」

「しかしあの無職が居た所か、俺としては微妙な気分にしかならんな」

「そんな事言うなって、箒だって祭りに向けて準備してきたんだ。楽しんでいけよ」

「そうっすか……」

 

IS学園から三津村の車でやってきました篠ノ之神社、今日は夏祭りで神社の境内には様々な屋台が軒を連ねている。そして屋台の店員は大多数が強面だ、多分ヤクザか何かなんだろうな。

 

「しかし、篠ノ之さんの実家が神社だったとは……全く知らなかった」

「中学時代にそんな話はしなかったのか?」

「全然、そのあたりのプライベートというか突っ込んだ話は俺がIS動かせるようになってから聞いたし、IS動かした後は学園に行くまで一回しか会ってなかったからな。実家の話なんて全く聞いた事もなかった」

「ああ、群馬か……お前も結構大変な生活してるよな、昨日まで仕事だったんだろ」

「まぁ、そのお陰でこれがあるんだから文句は言えないさ」

 

そう言って左手の赤い時計を一夏に見せる。

 

「おっ、格好いい時計じゃないか。高いのか?」

「ああ、超高いぜ。そのお値段なんと約600億円だ」

「はっ!? ああ、そういうことか。良かったじゃないか」

 

一夏も察してくれたようだ、この赤い腕時計はヴァーミリオンの待機形態だ。

ちなみに、600億というのは国家に販売する際のおおよその金額で開発費は含まれていない。

しかしこの俺の左腕に巻き付いている600億、その金額を知らされたときは軽く震えた。今でもちょっと落ち着かないのだ。

 

「まぁ、これも俺の新専用機が出来るまでの繋ぎなんだがな」

「マジかよ。贅沢な話だな、専用機を二回も乗り換えるなんて前代未聞だぞ?」

「俺もそう思うよ」

 

しかもこの600億は飽くまで次の専用機の繋ぎだというのだから恐ろしい話だ。

 

「さて、そろそろ神楽舞の時間だし行こうぜ」

「ああ、ちょっと待て。恒例の変装道具を持ってきたんだ」

「またかよ」

「仕方ないだろ、俺とお前が揃ってこんな人の多い所に来れば大パニックになるぞ。ということでこれつけて、どうぞ」

 

そう言って一夏にお面を手渡す、この夏祭りというシュチュエーションにはぴったりの変装道具だ。これなら俺達が世界で二人の男性IS操縦者だと知られることはないだろう。

 

「お面か……まぁ仕方ないか、ってこれ!?」

「格好良いだろう?」

「いや、これは目立つんじゃないか?」

「多少目立ったところでお前が織斑一夏だと周囲の人間にばれなきゃそれでいいんだよ」

「いやしかしこのデザインは、ちょっと……」

 

一夏がごねる、俺的には超格好いいものをチョイスしたつもりだったがコイツは気に入らないようだ。

 

「うるせえ、兎に角お前はそのお面を付ければいいんだよ。そして人間やめてしまえ!」

「あっ、ちょ……アッー!!」

 

一夏に強引にお面を装着する、一夏はビクンビクンと痙攣し動かなくなった。

その間に俺も自分のお面を装着する、俺のお面は不動さんお手製の特別なものだ。というか一夏のお面も不動さんのお手製だ。彼女も結構いい趣味していると思う。しかしこのお面は重いな、リアルさを追求したらしいのでそれも仕方ないことなのだろうが実際被ると辛いものがある。

 

「うっし、装着完了。一夏そろそろ行くぞ」

「あっ……ああ」

 

俺と一夏は送ってきてもらった車から出る、目の前には篠ノ之神社の鳥居。さて行きましょうか。

 

「このお面重い……」

「仕方ないだろ、俺も重いのは我慢しているんだ」

 

そうして俺達は歩き出す、目指すは神楽殿だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奉納の神楽舞を行っている最中、私の視界に奇妙なものが映る。

奇妙なものというのは語弊があるだろう、それは私を見つめる二人の男だった。

 

観客は大勢居るが、その二人はどの観客より目立っていた。

その二人の珍妙な姿に私の心は大きく揺さぶられる、多分あれは一夏と藤木だ。

 

「…………」

「…………」

 

二人のまるで睨みつけているような視線が正直怖い、いや一夏の視線はお面に隠されてよく解らないが藤木のつけているそれは口元しか隠していないのでよく解る。

 

二人のお面は珍妙なものだった。というか藤木が忍殺メンポで一夏が石仮面だった。

 

石仮面……いしかめん……いちかめん……

なんてつまらない駄洒落だ。いや落ち着け私、今は神楽舞の真っ最中だ。そんなつまらない事を考えている場合じゃないだろう。

 

そんなこんなで、私の晴れ舞台は妙な緊張と二人の奇妙な視線にさらされたまま続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、篠ノ之さんのコスプレ姿というのも中々新鮮でいいもんでしたなぁ」

「解ってて言ってるとは思うが、一応箒は本職だからな?」

「しかし、巫女のコスプレってのは中々いいもんですなぁ。ちょっと萌えましたわ」

「だから箒のはコスプレじゃねぇって」

 

忍殺メンポをつけた俺の気分は上々だ、しかし本職と聞くとヤクザが連想されるのは中学で篠ノ之さんと過ごした日々の賜物だろうと思う。

しかし、現在の俺はニンジャスレイヤー。ヤクザなんて怖くないのである。

その時、誰かとぶつかる。

 

「おい兄ちゃん、どこ見て歩いとんねん!? スッゾコラー!」

 

噂をすれば影、屋台の店員だろうか本職のヤクザが俺に因縁をつける。

年季の入ったヤクザスラングは俺の使うそれとは一味違う、そのヤクザスラングとヤクザの着ているTシャツからはみ出た刺青が俺の原始的な恐怖を刺激する。

 

「ひぃっ!? ごめんなさい!」

「……謝るんなら許してやるよ、次からは気をつけろよ」

 

やっぱりヤクザは怖い、多少オーバーに謝ってみたらあっさりと許してくれたので本当に良かった。

 

俺達はヤクザの背中を無言で見送る。調子こいた結果がこれだよ、笑いたければ笑うがいいさ。

 

「やっぱりヤクザには勝てなかったよ」

「ちゃんと前見て歩かないからだ」

 

そんな会話をしながら俺達は歩き出す、なんとなく一夏に先導されているのだが俺はいまどこへ向かっているのだろうか?

 

「なぁ、一夏。どこへ行くんだ?」

「箒の所にだよ、折角だし挨拶ぐらいしないとな」

「ああ、そうか。俺達お面被ってるし、篠ノ之さんも俺達が来たって事知らないだろうからな」

「そういう事、行くぞ」

 

そんな感じで、俺達はヤクザ娘こと篠ノ之さんの居る場所へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たな変態共!」

「おろ? さっそく正体ばれてる感じ?」

「当たり前だ、そんなお面つけてる奴がお前以外に居るとは思えないからな」

 

篠ノ之さんに会いに社務所へ向かった途端、早速正体を見破られちょっとがっかり。

そんな俺の横で石仮面が口を開く、と言っても石仮面自体が口をひらくわけじゃないんだけどさ。

 

「それにしても、すごいな。様になってて驚いた。それに、なんていうか……キレイだった」

「っ――!?」

 

さっそ口説きやがりますかこの天然ジゴロは。しかし、石仮面付けててる奴に口説かれて顔を赤くしている篠ノ之さんも少々問題があると思う。

 

「夢だ!」

「な、なに?」

 

しかもいきなり現実逃避はじめちゃったよ、しっかりしろ篠ノ之箒。今お前を口説いている男は石仮面なんだぞ?

 

「これは夢だ。夢に違いない。早く覚めろ!」

 

なんだか篠ノ之さんが挙動不審になっていて見ている分にはおもしろい、その時篠ノ之さんの後ろから中々美人な人がやってきた。

 

「まあまあ、箒ちゃん。大きな声を出してどうしたの? ……あら?」

 

美人さんが俺と一夏を見比べる、そして篠ノ之さんに向かってこう言った。

 

「箒ちゃん、どっちなの?」

「えっ!? どっちって……」

 

石仮面と忍殺メンポの間で視線を泳がせる篠ノ之さん、ここは俺が助け舟を出してやらなければなるまい。

 

「俺やで!」

「まぁ♪」

 

美人さんの顔が綻ぶ、篠ノ之さんが混乱する、一夏はこの会話に置いてけぼり。そんな状況だった。

しかし、このまま美人さんに嘘をつき続けていたら後で篠ノ之さんに殺される。早速だが訂正しておこう。

 

「すみません嘘つきました、実際は両方です……」

「あらあら、箒ちゃんも隅に置けないわねぇ」

「ちっ、ちがっ……」

 

篠ノ之さんが俺を睨みつける、そろそろいじるのはやめておこうか。

 

「すみませんまた嘘つきました、本当はコイツだけです」

 

俺は一夏を指差しそう言った、指を指された一夏はキョトンとしている。

 

「さっきから話の内容が全く見えないんだが…… どっちって、何がどっちなんだよ? そして俺がなんなんだ?」

 

やっぱりコイツは解ってなかった、まぁそれを見越して俺はそんな会話をしていたわけなんだが。

 

「箒ちゃん、あとは私がやるから、夏祭りにいってきなさいな」

 

ほうほう、美人さんはどうやら篠ノ之さんと一夏を二人っきりにさせたいようだ。それならば乗るしかない、このビックウェーブに!

 

「でしたらお姉さん、俺とデートしませんか?」

「あら、それはいいわね。でも少し待っててもらえないかしら。箒ちゃんの浴衣を用意しないといけないから」

「ええ、いいですよ。お姉さんのためなら幾らでも待ちます」

 

そんな会話をしている一方、篠ノ之さんの心は現実から遠ざかっていた。

 

「……くっ、さすがは夢だ。あり得ないことばかり起きる。ならば……」

 

にやにやと笑いながら、ぶつぶつと何かを呟いている篠ノ之さんは見ていてちょっと気持ち悪い。

こんな顔じゃ彼女に対する一夏の好感度もダダ下がりに違いない、ここは俺が彼女を現実に戻してあげなければなるまい。

 

俺は懐からオリガミ・スリケンを取り出し、篠ノ之さんに向かって投擲した。

 

「イヤーッ!」

「あいたっ!?」

「シノノノ=サン、現実に戻って来い」

「あっ、ああ……」

 

ちょうどオリガミ・スリケンの角が篠ノ之さんの額に突き刺さり、篠ノ之さんは額を押さえている。しかし、そのお陰で篠ノ之さんも現実に帰ってくる事ができたようだ。

 

「ほらほら、急いで。まずはシャワーで汗を流してきてね。その間に叔母さん、浴衣を出しておくから」

 

そう言いながら美人さんは篠ノ之さんの背中を押し奥へと行く、そして去り際に振り向いて一言。

 

「ちょっとだけ待っててね。彼女を待つのも彼氏の役目よ」

「え?」

 

ぽかんとしている一夏を尻目に姿を消す篠ノ之さんと美人さん。

そして一夏は俺にこう言った。

 

「彼氏? 何で?」

「あの美人さんにはお前がそう映ったんだろうよ」

「??? 何でだ?」

 

この手の話に鈍感な一夏はいつも通りの反応だった、だから俺もいつも通りに一夏をディスる。

 

「相変わらずお前はこの手の話の理解力が無いな、まぁはなから期待してはいないが」

「俺も相変わらずお前らが何話してるのか全く理解できない、やっぱり俺が悪いのか」

「ああ、お前が悪い。いつだって悪いのはお前なんだ」

「腑に落ちない……」

 

いつも通りの光景がそこにはあった、いつもの場所ではないがそんな感じだった。

俺達、石仮面と忍殺メンポはそんな感じで篠ノ之さんを待つ事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なかなかに……似合ってる……と、思いたい。少なくともおかしくはないはずだ。

雪子叔母さんに着付けの手伝いをしてもらいなんとか準備は完了した、風呂に入っている時間が長すぎかれこれ1時間以上一夏を待たせてしまっている。急がなければ……

 

そんな事を考えながら玄関に行こうとすると、私は居間に居る一人の男を見つける。

 

「おせーよ、待たせるにしても限度があるだろ」

「ああ、すまない。ところで一夏は?」

 

居間にいたのは藤木だった、奴は居間にある卓袱台に祭りで買ってきたのであろう焼きそばやたこ焼きやリンゴ飴を並べテレビを見ながら一人で食べていた。

初めて入った人の家でこの寛ぎよう、中々図々しい奴だと思う。

 

「一夏は外で待たせている、俺は別にお前の彼氏じゃないから待たなくてもいいのだ」

「かっ、彼氏だと!?」

 

藤木のその言葉に少し動揺してしまう。落ち着け私、落ち着け…………やっぱり落ち着かない!

 

「ちっ、違う! 一夏は私の彼氏などでは!」

「んー、相変わらずな反応……正直めんどくさーい」

「だからっ!」

 

顔が熱い、胸がモヤモヤする。それもこれも全部藤木のせいだ、そして一夏のせいだ。

 

「なぁ、篠ノ之さん」

「……何だ?」

 

急に藤木が真剣な顔をする、その視線を受けた私は少し緊張してしまった。

 

「もう少し素直になれよ、一夏が天然ジゴロなのは今に始まった事じゃないだろ? そんなのにいつまでも動揺していたらアイツに本当の気持ちなんて絶対に伝えられない、それとももしかして一夏に自分の気持ちに気付いてもらおうとでも思っているのか?」

「だから一夏はっ!」

「そういうのが良くないってのを言ってるんだよ、俺は。つまらない事でいちいち動揺するな、というか突っ掛かるな。面倒なんだよ。しかもなにが『これは夢だ』だよ、馬鹿じゃねぇの? 俺がどれだけ笑いを堪えるのに必死だったか解るか?」

「くっ……」

 

藤木が言わんとしていることはなんとなく理解が出来る、しかしこうもぼろ糞に言われるのも心外だ。

 

「まぁ……なんていうかさ、俺も一夏には早く落ち着いてもらいたいんだよ。そして今一番一夏に近いのはお前なんだと思う」

「そ、そうか?」

「ああ、ということで頑張ってきてくれ。俺はここで寝てるから帰ってきたら起こしてくれ」

 

そう言って藤木は寝転ぶ。この男、私の家を自分の家と勘違いしているのではないだろうか?

しかし、藤木も言葉は多少乱暴だが私を応援してくれているようだ。こいつはこう見えて結構言い奴なのだろう。

 

「解った、ありがとう」

 

藤木に礼を言い、その場から歩き出そうとする。

その時また藤木から声が掛かる。

 

「あっ、忘れてた」

「何をだ?」

「盛り上がるのはいいんだが、屋外でのセ○クスはやめたほうがいいぞ。この時期は蚊が多いから行為後に悲惨な事態になる可能性が高いし、盗撮の危険もあるからな。お前らの青姦なんて世間様から見れば超絶スキャンダルなんだからな、そこの所はちゃんと自覚しろよ。それでもやりたいんならコンドームはちゃんと持っていっておけよ、持ってるか? 無いんなら俺のをプレゼントしよう、学生の妊娠なんて大抵悲惨な「てぃっ!」――ぱしろぺんたす!」

 

私は持っていた巾着を藤木に投げつけ藤木を眠らせた。前言撤回、こいつ最悪だ!

 

さて、藤木との会話で時間を食ってしまった。早く一夏の所へと向かわなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここはどこ? 私は藤木紀春」

 

さっそくだが緊急事態である、目を覚ますと俺はどこか知らない所に居た。

畳敷きの部屋には卓袱台とテレビとその他諸々が置いてあり、どこかの民家に居るという事は理解できたのだが何でこんな所に居るのかが見当がつかない。

いままで何度も記憶喪失にはなってきたがこんな厄介な状況になるのは中々無い、俺が目を覚ます時大抵介抱してくれる人が居るのだが今回はそんな人は居ない。

 

ええと、確か俺は一夏に誘われえてどこかの夏祭りに行っていたはずだ。卓袱台の上にある食べかけの焼きそばやたこ焼きから見てもそれは間違いないだろう。

 

しかしここは本当にどこだ? 俺はどうしてここに居る?

 

そんな俺の混乱はここに一夏と篠ノ之さんが来るまで続いたのであった。



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第42話 ラヴ・インフィニティ

最近贔屓の試合を見るのが辛いです


「デカイ!」

「マジでデカイ!!」

「本当にここが紀春の家?」

「ほう、凄いな。やはり男は甲斐性か」

 

あれから一週間、働き詰めだった俺に久々の休みがやってきた。

当分会えていない父さんと母さんに会うため実家へとやってきた俺だったが、一夏、シャルロット、ラウラの三人が俺の実家を見てみたいということでついてきた。

実家と言っても俺が中学生卒業まで住んでいた一軒家ではなく、三津村から用意されたVIP専用マンションである。

 

しかし、その立地や大きさは凄まじい。

東京駅からここまでタクシーでやってきたのだがここは東京駅から皇居を挟んでちょうど反対側に位置する所だ、ここら辺のマンションなんて家賃が凄いことになりそうだ、しかもざっと見る限りこのマンション20階は軽く越えているだろう。

 

しかも聞いた話では父さんと母さんはこのマンションの最上階に住んでいるらしい、家賃も凄い額になっていそうだ。

いくら父さんがカチグミサラリマンでもここに住み続ける家賃を賄う給料はもらっていないだろう、そんな事を簡単に想像させられるほどの風格と言うものをこのマンションは放っていた。

 

「よし、行こうか」

「き、緊張してきた」

「ああ、俺もドキドキする。しかしここが俺の実家になるんだ、いつまでも気後れしているわけにもいかない」

 

俺達は意を決し、エントランスへと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、凄かったな。ロビーがホテルみたいだし受付の人まで居るし。あれなんて名前だったっけ?」

「コンシェルジュじゃない? ちなみにコンシェルジュって言うのはフランス語でアパートの管理人って意味だよ」

「へぇ、そうなんだ。フランス語にするとオシャレ感が大幅にアップするな」

 

エレベーターに入り、そんな会話をシャルロットと交わす。

このエレベーターも清掃が行き届きモーターの駆動音もほとんど聞こえない、やはり高級なんだなと感じさせる。

 

そんな感想を抱いていると音もなくエレベーターが停止する、目的地である最上階に到着したようだ。

 

最上階には二部屋しかなくエレベーターホールから左右に延びる廊下の左側が我が家に繋がる廊下らしい、俺達はぞろぞろと歩き部屋の前に到着した。

 

「何だか落ち着かない感じ~、と言うわけでポチっとな」

 

意を決して玄関チャイムを押す、するとインターホンから懐かしい声が聞こえてきた。

 

『はい、あっノリ君お帰り~』

「ただいま、鍵開けてくれないかな」

『うん、ちょっと待ってね』

 

そんな会話の後、少し待つドアからガチャっと鍵が開く聞こえる。さて、全く懐かしくはないが久しぶりの我が家だ。

俺達は玄関扉を開け部屋へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

「お邪魔します」

「ええと……お邪魔します」

「ふむ、私は兄の妹な訳だからここはただいまでいいのだろうか?」

 

俺の第一声の後、連れの三人が口々に言葉を放つ。

一夏とラウラは普通な感じで挨拶をするが残るシャルロットはガッチガチに緊張している、そこまで緊張する必要もないと思うのだがきっとシャルロットは人の親と会うときは緊張しちゃうタイプなんだろう。

 

「あら、いらっしゃい。そしてお帰り、ノリ君」

「うん、ただいま」

 

多分リビングルームにつづくであろう扉から母さんが出てくる、約半年振りの再会であるが母さんはいつも通りだし俺もいつも通りだった。別れる時は母さんは泣いていたと記憶しているが再会に関しては別に感動的な要素は一切なくちょっと寂しい。

 

「あら、この子達がノリ君のお友達?」

「ああ、紹介するよ」

「でも玄関で立ち話もなんだからとりあえずリビングへどうぞ」

 

そう言って母さんはリビングへと引き返す、俺達も靴を脱ぎリビングへと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑一夏です、紀春君とは仲良くさせてもらっています」

「あら、君が噂の織斑君ね。ウチのノリ君が迷惑掛けてない?」

「いえ、そんなことは……」

 

その瞬間一夏の表情に影が差す。何て奴だ、そんないかにもな表情じゃ俺が一夏に迷惑かけっぱなしみたいじゃないか。

 

「やっぱりそうよね、ノリ君って親の目から見ても変な子だから織斑君には苦労かけてるでしょう? ごめんなさいね」

「いっ、いやいや別にそんなことないですよ」

 

一夏は焦ったような表情で切り返すが母さんの俺に対する印象はもう決まってしまったようだ。

 

「ノリ君、あんまり織斑君に迷惑かけちゃ駄目よ。二人っきりの男の子なんだからもっと支えあわないと」

「いや、別に一夏に迷惑掛けてないから! どっちかっていうとこっちが迷惑掛けられてるから!」

 

一夏の唐変木のせいで俺は散々な目に合わされてきた、大体一夏のとばっちりで織斑先生から出席簿を食らったり篠ノ之さんに蹴られたりセシリアさんに毒殺されそうになったり鈴に衝撃砲食らいそうになったりラウラに殴られたりしている。

反面俺が一夏に迷惑掛けた記憶なんて全く無い! 忘れているだけかもしれないけど!

 

「俺がいつ迷惑掛けたよ?」

「ああ、お前はいっつもそうだよな。そうだよ、お前のせいでいっつも俺が悪者にされるんだ。もう慣れたよ」

 

俺はそんな感じでやさぐれる、IS学園に入ってからやさぐれる機会が増えた気がする。それもこれもこの大正義織斑一夏のせいだ。万年Bクラスの俺はこの大正義に勝てる訳がないのである。

 

「で、こっちの女の子二人は?」

「えと、シャルロット・デュノアです! これ手土産でxhU%!?」

「大丈夫?」

「あい、だいじょうぶでふ……」

 

母さんがシャルロットとラウラの方に視線をやると、やたら張り切っていたシャルロットはいきなり舌を噛み悶絶している。

そのシャルロットを尻目に今度はラウラが自己紹介を始める。

 

「初めまして母よ、兄の妹をやってるラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「あら可愛い、でも兄の妹というのはどういうことかしら?」

 

母さんの素朴な疑問にラウラはドヤ顔で答える。

 

「私と兄は兄弟盃を交わした身、故に血より濃い絆で結ばれているのです。そして貴方が兄の母であるのなら私も貴方の娘なのです。どうか私を貴方の娘である事を認めてはいただけないでしょうか?」

 

ドイツ人お得意の超理論が飛び出す、俺達はもう慣れっこだが母さんは驚いてる様子だった。

しかし流石は我が母、一瞬驚きはしたもののすぐに表情を元の笑顔に戻す。

 

「あら、それはいいわね。私実は娘が欲しかったの」

「では、私は貴方の娘でいていいのですか!?」

「もちろんよラウラちゃん、あと敬語は禁止よ。だって私達は親子なんですもの」

「母っ!」

 

その言葉と共にラウラは母さんの胸に飛び込む、母さんはラウラをしっかりと受け止めた。

母の愛は無限大、母さんはその無限の愛でラウラを包み込む。そして俺達三人はなんだかおいてけぼりだった。

 

「どうでもいいんだけど母さん、父さんは居ないのか?」

「ああ、健二さんならフランスに行ってるわ。MIEの幹部になっちゃったから単身赴任してるの。それと、私も今年の年末にはフランスに移住するから一応頭の中に入れておいてね」

 

ラウラを抱いた母さんが微笑みながらそんな事を言う、今の発言は何気に重大なはずなのになんかさらっと言われた気がする。

 

「そうか、それは寂しく……別に寂しくならないな、そもそも普段会わないし」

「だからお正月にはフランスに来てね」

「はいはい」

 

というわけで父さんはフランスに居るようだ、まるで二号が出てきたときの一号だ。そんな感じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食を食べ、母さんとシャルロットとラウラは三人で買い物に行くと言って部屋から出て行った。

普段母さんが買い物に行く時は二人以上の護衛が付くらしい、しかし今回の同行者はいずれも専用機持ちなわけで更にはラウラは現役の軍人だ。

現在母さんの護衛はIS二機と言う世界トップクラスの戦力なわけで俺は特に心配する事もなく三人を送り出した。

暇を持て余した俺と一夏はベランダで焼いたり、アイスティーに白い粉(砂糖)を入れて飲んだりしてみたのだが相変わらず暇だった。

 

「そうそう、そう言えば今日が甲子園の決勝戦だったな」

 

不意に一夏がそんな事を呟く、野球少年だった俺だったが普段の忙しさにかまけて甲子園の決勝戦の日程すら忘れていた。

 

「マジで!? それは見逃せないな」

 

甲子園と言えば我が母校になる予定だった織朱大学付属高校が決勝に進んでいる事は火を見るより明らかであり、テレビを点けると当然と言わんばかりに次郎さんが投球練習をしている姿が映し出される。

 

「おおっ、次郎さんは相変わらずキレッキレだな」

「知り合いか? それにしてもこの人すごいデカいな」

 

確か今の次郎さんの身長は2メートルを越えているはずだ、小学生の時ですら現在の俺達より背が高かったし、それでも成長期を迎えていなかったのだから次郎さんが2メートルを超える身長になるのはある意味当然とも言える。

 

「ああ、俺の小学校からの野球の先輩だよ。そして野球において俺の全てを上回ってる人だ、あの人からヒットを打てた事なんてまぐれでの一回しかない」

「お前が野球で敵わない人が居るなんてな、世の中はやっぱり広いな」

 

そんな一夏の感想を聞きながらテレビを見続ける、スターティングオーダーの発表に入りレギュラーの名前が表示されていく。そのほとんどが中学校時代の先輩方の名前であったが一人だけ一年生、つまり俺と同学年の人物の名前があった。

 

「太郎……お前、レギュラーになれたのか」

「太郎? この人も知り合いか?」

「ああ、俺にとってお前で言う弾に当たるポジションの人間で俺は小学校の頃からずっとアイツと野球やってたんだ」

「親友ってことか、野球はよく知らないけど一年でレギュラーって相当凄いな」

 

田口太郎、次郎さんの弟で俺の一番の親友と言っても過言ない男だ。

太郎はメールを打つのが苦手らしく俺がIS学園に行ってからというもの交流がほとんどない、たまに送られてくる花沢さんからのメールで相変わらず野球を頑張っているということは知っているがレギュラーになれるまで実力をつけているとは知らなかった。

 

その時花沢さんからメールが入ってきた。

 

件名:驚いた?

 

本文:まさか太郎が一年でレギュラーになれるなんて思ってなかったでしょ?

    あいつかみやんに負けられないって相当頑張ってたからね。

   

    それにしても甲子園は本当にアツゥイ!ヾ(;´▽`A``

 

『ああ、驚いた。あいつも頑張ってるんだな。クーラーガンガン掛かってる部屋から応援してるよ、涼しくてンギモッチイイ!』と返信しておく。

そして俺はスマホをソファーに放り投げ再度テレビに見入る、その時一夏が声を掛けてきた。

 

「なぁ、紀春。IS学園に来て後悔したことは無いか?」

「どうした、急にそんな事聞いて」

「こう言うのもなんだけどさ、俺がISを動かしたからお前もIS学園に来ることになったんだろ。本当だったらお前だってあの人たちに混じって野球をしていたはずなんだ、でも俺のせいでその機会は失われてしまった。俺を恨んだ事は無かったのか?」

 

一夏の言葉に少し考え込んでしまう。

しかし、俺はオリ主でありこの世界に転生したときから闘争に巻き込まれるのは決まっていた事だ。

つまり俺が一夏を恨むなんてことは筋違いであるのだ。

 

「後悔か……確かにIS学園に入ってみれば学園は腐女子の巣窟だし、織斑先生は殴ってくるし、自由に自家発電出来ないし、アイドル活動略してアイカツのせいで休日なんてほとんどないし、戦闘訓練は痛いし、命懸けの戦いをさせられたり後悔する事を挙げればキリがないだろうな」

「やっぱりか……」

 

途端に一夏が暗い顔をする、俺の人生を大きく変えてしまったことでこいつにも思う事があるのだろう。

 

「でもな一夏、お前を恨んだ事なんて一度だって無い。IS学園に入って辛かったことは確かにある、でも良かったことだっていっぱいあるんだ」

「そうか?」

「ああ、そうさ。ほとんどは脳味噌腐ってるが学園の女の子はみんなカワイイし、ソフトボール部員は俺を慕ってくれている、友達だって沢山できたし、ラウラに出会う事が出来た」

「お前って本当にラウラ好きだよな」

「好きなんじゃない、愛しているんだ。しかも今は親公認だし。そうそう、妹と言えば最近妹がまた増えたんだ」

「増えた? どういうことだ?」

「ラウラの所属部隊の黒ウサギ隊11人とイタリアのテンペスタの人、ドイツに居る間にいつの間にかそうなった」

「なんだそりゃ? 訳がわからん」

「訳がわからんのは俺もだよ。まあ兎に角さ、All or Nothingなんてあり得ないのさ。何かを失えばその代わりの何かを得られる、得られるものが良い物か悪い物かは解らないけど少なくとも今の状況は悪くない。そうだ、IS学園に入って良かった事と言えばまだあったな」

「ん? まだあるのか?」

「ああ。一夏、お前と出会う事ができた」

 

そう言って一夏に爽やかオリ主スマイルを投げかける、今この場面はきっと俺と一夏の友情を確かめ合う場面なのだろう。俺の言った台詞は多少臭い感じもするがこの状況では中々いい感じに聞こえると思う。

そんな台詞を言う俺を一夏はキョトンとして見つめていた。

 

「紀春……」

「何だ? 一夏」

「さっきの台詞と表情がすげぇホモっぽい――ぐふぉっ!?」

 

俺の渾身の台詞を台無しにしてくれた一夏のボディーにストレートをお見舞いした、この朴念仁は恋愛関係だけでなく俺との関係にすらこんな感じだったのか。

今ならやたら一夏を殴る篠ノ之さんや鈴の気持ちが解る気がする。

 

「な……なんで……」

「お前が悪い、反省しろ」

 

うめき声を上げる一夏を尻目に俺はテレビに集中する。太郎頑張れよ、やっぱり俺の一番の親友はお前だ。断じてこの隣にで呻いている大正義主人公様ではない。

試合開始を告げるサイレンが鳴る、それと一夏のうめき声を聞きながら俺は親友の晴れ舞台を見守るのであった。



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第43話 夏の終わりの風物詩

ふくせんまきまき


「畜生っ……やはり間に合わないのか……っ」

「諦めたまえ刻印よ、そもそもこれは自業自得だろう」

「自業自得だと? 俺をこんな状況に追い込んだのはお前達三津村の責任でもあるだろう!」

「それは楢崎君に言ってくれたまえ、少なくともこの件に関してはボクに責任は無い。むしろこうして君を手伝ってやっているんだから感謝して欲しいものだがな?」

「ぐっ……確かに……」

「しかし手伝ってやるのはいいのだがこれほどとは……ボク達二人で現状を打開するには少々厳しいな」

「でもなんとかしないといけないんだ、この問題を解決できないとなれば俺に待っているのは死の未来だけだ」

「……遺書の用意をした方が手っ取り早くないか?」

「童貞のまま死ぬわけにはいかない、そして一応策はある」

「お得意の増援かい?」

「それしかない、俺がこの先生きのこるためには……」

 

今このピンチを切り抜けるには仲間の力が必要だ。仲間に頼るという事、それは決して恥ずかしい事ではないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みも終わりを迎えようかという今日この頃、僕は紀春から呼び出しを受けていた。

もしかしてデートのお誘いかと思ったのだが、呼び出しのメールの文面はやたら悲壮感を感じるものだったし、待ち合わせ場所も三津村商事の本社ビルだった。

 

受付で名前と紀春から呼び出しを受けた事を言うとすぐさま案内されビル中層に位置する小さな会議室に案内された。

多分ここで紀春が待っているのだろう、ちょっと緊張しながらドア開けると僕を迎え入れてくれたのは紀春ではなく一夏と箒だった。

 

「あれ? 二人とももしかして」

「ああ、俺達も紀春に呼び出されたんだ」

 

とりあえず椅子に座り待っていると、遅れて鈴、セシリア、ラウラが入ってきた。

 

「で、どういう事なのよ? みんななんで呼び出されたのか解らないの?」

 

そんな鈴の疑問に答える人は誰も居ない、みんな呼び出しの理由を聞かされてないようだった。

 

10分くらいみんなで待っていると、部屋に紀春が入ってくる。

その容貌は悲壮感丸出しであり、髪はボサボサで目の下には濃い隈が出来ている。

 

「紀春、どうしちゃっ「助けてください!!」……えっ?」

 

紀春は部屋に入るなり土下座をしてそんな事を言う、早速だが訳がわからない。

 

「このままだと殺されてしまう、俺はまだ死にたくないんだっ!」

「どっ、どうしたんだ兄よ!? 訳がわからんぞ!?」

 

震えながら土下座の体勢を崩さない紀春にラウラが駆け寄る、そんなラウラに紀春は縋り付く。

 

「ラウラっ、助けて……」

「話の内容が全く理解出来ないが、妹が兄を助けるなんて当たり前の事だろう。兄よ、何があったんだ」

「それは……」

 

話の内容を聞かれて紀春が口ごもる。僕達は紀春の何を助けて欲しいのかまだ聞いてない、そんな状況では助けるも何もあったものではないのだ。

しかし、そんな僕の思いとは裏腹にセシリアが口火を切る。

 

「話しづらいのならそれでも構いませんわ、わたくしとしてもドイツでもプレゼントのお返しをしていませんでしたし協力させて頂きますわよ」

「セシリアさん……」

 

紀春は顔を上げてセシリアを見つめる、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。ってプレゼント? 

 

「何だかよく解らないが紀春が助けて欲しいって言うなら助けるに決まってるだろ、俺達友達じゃないか」

「ああ、そうだな。藤木、私達は友達だ。何でも言ってくれ」

「一夏……篠ノ之さん……」

 

紀春の目から涙が零れる。会議室が徐々におかしな雰囲気に包まれていく。

 

「仕方ないわねぇ、これであたしだけ帰りますじゃ悪者にされちゃうじゃない。紀春、あたしも協力するわよ。一向に内容が見えてこないけど」

「鈴……ありがとう……」

 

紀春は俯いて体を震わせている。あっ、そういえばこの流れに完全に乗り遅れてしまった。とりあえず便乗しておこう。

 

「もちろん僕も協力させてもらうよ、僕達は仲間でしょ?」

「ありがとうシャルロット。ああ、俺はこんなにいい友達に囲まれて幸せ者だなぁ……」

 

そんな事を言ってるが僕達に紀春が何について助けて欲しいのかは一向に教えてはくれない、僕はそんな紀春に不信感を抱き始めていたのだが、このおかしな空気の中でそんな事を言い出せば確実に『空気読めない』のレッテルを貼られてしまう。

兎に角、紀春が抱えている問題はなんなのか。それが気になるところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、何について助けて欲しいって話だったな」

 

俺は会議室の前方にあるホワイトボードの前でみんなを見据える、俺を見返す全員の視線は真剣さを帯びていて俺としては頼もしい。

 

「ああ、最初に死ぬとか殺されるとか言っていたな。何かヤバイ事件にでも巻き込まれたのか?」

「でも安心しなさい紀春、ここに居るのは全員専用機持ちよ。あんたも合わせれば専用機持ち七人も居るわけだかあんたに幾ら命の危機が迫っていようと絶対に守り抜いてみせるわ」

 

代表して一夏と鈴が口を開く、改めて俺はいい友達にめぐり合えたと思う。

 

「ありがとう、でも誰かと戦うとかそういうのじゃないんだ。お前らにはある事を手伝ってもらいたい」

「あれ、そうなの? 紀春の口ぶりからして何らかの荒事かと思ってたけど」

「それでも俺の命が危険というのには変わり無い、そしてお前達に手伝ってもらいたいことなんだが……」

 

全員が唾を飲み俺に視線を集中させる、俺もそんな視線を受けちょっと緊張してきた。

 

「それは……」

「それは?」

 

全員が俺の言葉を繰り返し俺の緊張を煽る、俺の心臓も高鳴りやけにうるさく感じる。

 

「な……」

「な?」

「夏休みの宿題だッッッ!!」

「……………………え?」

 

全員の顔が真剣なものから急激に変わり、会議室内部の時が止まった。

 

「だから夏休みの宿題だって! 俺の夏のスケジュールが過密すぎて全く出来てないんだ」

 

会議室の面々はまだ固まっている、その中で最初に鈴が動き出した。

 

「あほくさ、あたし帰るから」

 

すたすたと入り口のドアを目指す鈴、しかし俺はドアの前に立ちその行く手を阻む。

 

「どきなさいよ」

「酷いじゃないか鈴! さっきは助けてくれるって言ったじゃないか!?」

「こんなしょうもない事だとは思ってなかったかったからよ! そんなの自業自得じゃない」

「しょうもないって……俺の命が懸かってるんだぞ!?」

「なんで宿題やってないくらいで命懸けの状態になってんのよ!?」

「いや待て鈴、紀春の命が懸かってるってのは強ち間違いじゃないんだよ」

 

言い争う俺と鈴の後ろから一夏が声を掛ける。そう、俺が命懸けなのは一組ならではの事情があるのだ。

 

「一夏……どういうことよ?」

「お前は二組だから知らないのは当然なんだが、俺達一組は千冬姉から夏休みが始まる前にこう言われてるんだ。『夏休みの宿題を忘れたら殺す』って」

「はぁ? 常識的に考えなさいよ、幾ら千冬さんだって殺すとかありえないでしょ? そんなのただの脅しよ」

「いや、そうでもないな。あの台詞を言った時の教官の顔は本気だった、それに兄は特に念押しされていたからな」

「ああ、あの時はめっちゃびびったわ。っていうか少し漏らした、確かに殺すとかは無いにしろ精神的に殺される可能性は捨てきれないな。少なくとも確実にSAN値を削ってくるはずだ」

「そんな事言われてもねぇ……夏休みの宿題って……」

 

やはり鈴は不満なようだ、確かに俺の命が懸かってるとはいえやることが夏休みの宿題と言われればテンションが下がるのは否めないだろう。

しかし、こんな時のために用意しているものがある。

 

「しかし、鈴のいう事も最もだ。俺が命懸けだろうとやる事が夏休みの宿題ではテンションが下がるのは否めないだろう。ということで今回一番頑張ってくれた人には景品を用意してある」

「景品っ!? そういう事は早めに言いなさいよ!」

 

途端に鈴の顔が輝きだす、こいつが金や物に弱いのはリサーチ済みだ。

しかし、この態度の変わりよう。現金な奴だ。

 

「というわけで景品カモン!」

 

俺がそう言うと会議室入り口のドアが開かれ大きなパネルを持ったせっちゃんが部屋に入ってくる、そしてせっちゃんがパネルを会議室の面々に見えるように掲げた。

 

「景品は明日の東京デスティニーランドのペア特別招待券&宿泊券だ!」

「えーっ」

「あれ? 不満か?」

「当たり前でしょ、夏休みのデスティニーランドなんて人でごった返して碌にアトラクションにも乗れないじゃない。それにそれ位であたしを釣れると思ったら大間違いよ、あたしだって軍から給料出てるんだからね。ペアチケットを買うお金なんて幾らでも持ってるわ」

 

確かに鈴の不満も最もだ、しかし明日のデスティニーランドは一味違うのだ。

 

「ふっ、甘いな鈴。確かに普段のデスティニーランドなら人だらけだろう、しかし明日のデスティニーランドはちょっと違うのだ」

「? 何よ?」

 

俺は会議室の中を歩き出す、会議室の面々は俺の一挙手一投足に釘付けだ。

 

「明日、東京デスティニーランドは三津村グループの福利厚生として全館貸切される! 事前にチケットの予約が行われているのだが予約者は約2500人! 予約チケットは一枚で4人まで連れて行けるから明日のデスティニーランドの来場者数は1万人を超える事はない! デスティニーランドは一番暇な時期の平日ですら一万五千人を超える来場者数があるから明日のデスティニーランドは滅茶苦茶空いてるということになるぞ!」

「なっ、なんですって!?」

「アトラクションは乗り放題! レストランに並ぶ必要はないし、パレードだっていい場所で見る事が出来る!」

「それは……中々……」

 

そして俺はそっと鈴に耳打ちする。

 

「ああ、どうでもいい事だけど明日の一夏の予定はフリーらしいぞ」

 

その言葉を聞いた鈴の目が輝く。

 

「更に更に! 忘れないで貰いたいのはこの宿泊券! デスティニーランド近郊の三津村系列のホテルの最上級スイートルームを押さえております! しかもデスティニーランドからハイヤーでお出迎えしてくれますよ! 疲れた体を存分に癒しちゃえばいいじゃない!」

 

そこで俺はもう一回鈴に耳打ちをする。

 

「もちろんもっと疲れる事してもええんやで。っていうか、YOUひと夏の思い出作っちゃいなよ」

 

その言葉を聞いた鈴の顔が赤く染まる。

 

「紀春……」

「なんだい?」

「あたしはどれをやればいいの?」

「ありがとう鈴、とりあえず漢文お願いしようか」

 

そう言って漢文の問題集と筆記用具を渡す、それを受け取った鈴は席に着き猛スピードでペンを動かしていった。

 

「おお、早速やる気を出してくれているようで俺も嬉しいよ。このままだったら鈴が圧倒的な差で景品ゲットですかな? 頑張れよ鈴、ひと夏の思い出が君を待っているぞ!」

「ひと夏の思い出……そういう事ですか!? 紀春さん! わたくしには英語の問題集を!」

「あいよっ! 英語一丁!」

 

そう言ってセシリアさんに英語の問題集を渡す、その後篠ノ之さんとラウラも後に続いた。

 

「さて、そこの二人。君達は協力してくれないのかな?」

 

そう言って一夏とシャルロットに視線を移す、二人はこの流れにいまいち乗り切れてないようだった。

 

「いや、協力するのは別に構わないんだが景品にいまいち魅力を感じないと言うか。しかし、なんでこいつらはこんなにチケットに夢中なんだ?」

「僕は大体想像がつくけど……」

「そうなのか? どういう事か教えてくれよ、あいつら全員デスティニーランド大好きっ子だとか?」

「いや、言うのはやめておくよ」

「なんだよ」

 

何だか二人のやる気がイマイチらしい、一夏には地理歴史をシャルロットには科学をそれぞれ担当してもらいたいのでこのままじゃよろしくない。

ちなみに現代文は俺が担当する予定だ、最初は一夏にやってもらおうとおもったのだが朴念仁のあいつでは恋心はおろか作者の気持ちも理解できないだろう。

 

「仕方ない。というかお前がそんな感じになるのは俺だってお見通しだ、一夏の景品は他に用意してある」

「おっ、気が利くな。それで俺の景品ってなんだんだ?」

「見て驚け、というわけで景品二号カモン!」

 

俺がそう言うと、またしても会議室の扉が開き不動さんがワゴンを押して入ってくる。

ワゴンには布がかかっており、ワゴンに何が乗っているのかは見る事が出来ない。

 

「お前に用意した景品はこれだ!」

 

俺が布を取り払う、そこには大小さまざまなビンが並んでいた。

 

「こっ、これは!?」

「お前に用意したのは、世界のスパイス&ハーブコンプリートセットだ! 中華からイタリアン、果てはアフリカンまで主に使われている香辛料の類はほとんど揃っているぞ!」

「素晴らしい!」

「更に更に、今回は特別に新鮮謎野菜の詰め合わせもお付けしよう! これでM○C○'Sキッチンを完全再現可能だ! 一夏、お前も今日からモコニキだ!」

「これは……欲しい……」

「ちなみに塩、胡椒は大目に用意しているからな。思いっきりファサーってやってくれ」

「紀春、俺やる気出てきたぜ!」

「そうだろうそうだろう、しかし最後にもう一つあるぞ。オリーブオイル4リットルもつけさせてもらおう! これでオリーブオイルの量を気にせず存分に使えるな、もちろん揚げ油に使ったり直飲みしてもらっても構わないぞ!」

「至れり尽くせりだな。紀春、俺にも問題集をくれよ」

「ああ。一夏、頑張ってくれ。少々出遅れはしたものの、挽回のチャンスは充分にあるからな」

「任せろ、期待していてくれ」

 

そう言って、一夏はペンを動かしていく。

さて残るはシャルロットだけか。

 

「シャルロット、頼む。協力してくれないか?」

 

俺が切れるカードはデスティニーランドとM○C○'Sキッチンだけだ。それでも説得が出来ないならもう頭を下げるしかない。

 

「はぁ、まあいいよ。協力するよ」

 

以外にすんなりと協力してくれるシャルロットにちょっとびっくり。

 

「そうか、ではシャルロットはデスティニーランドとM○C○'Sキッチンどっちがいいんだ?」

「どっちも要らないよ、僕達は仲間でしょ? 助け合うのは当然じゃない、本当なら物で釣る必要だってないんじゃないの?」

 

その言葉にペンを動かす仲間達が一瞬ギクッっと動きを止める、自分達は物で釣られている事を自覚しているのか苦笑いをしている。

 

「シャルえもん……やっぱりアンタいい人や……」

「シャルえもんはやめてよ、それで僕は何をすればいいのかな?」

「では、科学を頼む」

「了解」

 

俺は生物の問題集をシャルロットに手渡す。さて、俺も宿題の続きをしようか。

 

「あ、せっちゃんと不動さんは帰っていいよ。ご苦労様」

 

その言葉を聞いた二人は会議室から出て行く、二人を見送った後一夏が不意に口を開く。

 

「俺、不動さんは知ってるけどもう一人の男の人は……せっちゃんさんだったか、あの人は誰なんだ?」

「俺の新専用機の開発リーダーの人、俺もよく知らないけど三津村一の天才なんだってさ」

「三津村一の天才ってこと相当頭良いんだろうな、そんな人をパシリに使うなよ」

「俺の命には代えられん、ついでにせっちゃんには自由研究もお願いしてある」

「益々扱いが酷いな、高が高校生の自由研究にそんな人使うなんて」

「しかし、高校生になって自由研究やらされるなんて思わなかったよ。一夏、お前自由研究何やった?」

「おいしい家庭料理の作り方」

「うわっ!? 所帯染みてて内容もショボイ!」

「高1の自由研究なんてそんなもんでいいんだよ、みんなはなにやったんだ?」

 

その声にまず篠ノ之さんが答えた。もちろんこんな会話をしている最中も俺達のペンを動かす手は止まっていない。

 

「私は実家の歴史をまとめてみた、資料だけなら充分にあるからな」

「実家に歴史があるとそういう所で迷わなくていいよなぁ」

「それでも結構大変だったぞ。古いものばかりだから書物を読むのにも気を使うし、字が達筆すぎて解読する必要があるしな」

「ああ、それがあったか。良い事ばかりとは限らないと」

「そういうものだ」

「そういうものか、セシリアさんはなにやったの?」

 

折角だから全員に聞いてみようと思いセシリアさんに話を振る。

 

「イギリス料理は何故不味いのかについてですわ」

「あ、マズイって自覚はあるんだね。自覚があるんなら自分の料理も……」

「? わたくしの料理は不味くはありませんわよ? 一夏さんも美味しいって言って食べてくださいましたし」

「一夏、何でもかんでも優しくするのは本当の優しさじゃないと思うんだが?」

「……俺もそう思うよ」

 

この話を必要以上に引っ張り続けるとピストル・オルコットにお見舞いされる可能性がある、さっさと次の人に話を振ろう。

 

「じゃあ次行くか、鈴はなにやったんだ?」

「あたし? あたしは火力の神様ヨン・タウロンについてのレポートね」

「ヨン・タウロン? だれだそりゃ?」

「火力の神様か、どこかの武器職人か何かか?」

 

一夏とラウラがそれに答える、他のみんなもピンと来ていないようだ。

 

「お前ら知らないの? 中華料理のシェフなら誰でも知ってる人だぞ」

「俺中華料理のシェフじゃ無いし、お前も中華料理のシェフじゃないだろ」

 

すかさず一夏の突っ込みが入る、しかし鈴は元々中華料理屋の娘なんだから知っていたとしても不思議はないな。

俺は、あまり料理はしないがチャーハン作りには一言ある男なので知っている。オリ主といえばチャーハン、そういうものだろう? いや違うか。

 

「しかし意外と料理ネタが多いな、次は……シャルロット行ってみようか」

「僕? 僕は……」

 

シャルロットに振ると彼女はなにやら言葉を詰まらせる。

 

「何だ? 秘密にする事でも無いだろ、教えてくれよ」

「ええと、僕の自由研究は……」

「自由研究は?」

「デュノア社の凋落」

「重いっ! なんでそんなモノ選んだんだよ?」

「たまたま手近に資料があったから……」

 

たまたま手近に資料があったからという理由で実家が凋落していく様を自由研究にしてしまうのはどうかと思う、しかも俺もその凋落に一枚噛んでいるものだからどう突っ込んでいいものか解らない。

 

この話題は危険だ、次のラウラで最後だしとっとと終わらせてしまおう。

 

「でだ、ラウラは何やったんだ?」

「私か? 私は伝説の傭兵についてのレポートだな」

「伝説の傭兵? ゲームの話か?」

「知らないのか? 約20年前に活躍した実在する人物だぞ」

「へぇ、伝説ねぇ。どんな事やったんだ?」

 

俺がそう聞くと、ラウラが伝説の傭兵の偉業を説明していく。

その内容はにわかには信じられないものであった。要約するとこんな感じになる。

 

全盛期の伝説の傭兵の伝説

 

・ライフル3連射で5人殺害は当たり前、3連射8殺も

・敵の投げたグレネードでホームランを頻発

・彼我戦力差100対1、味方全員負傷の状況から1人で逆転

・戦場に立つだけで相手投手が泣いて謝った、心臓発作を起こす敵兵も

・敵兵を一睨みしただけで敵兵の首がどこかに飛んでいく

・戦闘の無い日でも敵が死ぬ(ストレスで)

・武器を使わずに素手で殺したことも

・敵兵の韓国人のヤジに流暢な韓国語で反論しながら殺害

・グッとガッツポーズしただけで5人ぐらい死んだ

・湾岸戦争が始まったきっかけは伝説の傭兵の仕業

・自陣の深い位置から狙撃で敵の指揮官を仕留める

・敵兵の頭をボーリングの球代わりにして楽しんだ

・グレネード投擲のスイングによる衝撃波で体が真っ二つになった敵兵がいた

・生身でレーザービームを放つらしい

・戦場の伝説の傭兵と目が合った敵兵は死と同等のショックを受けた。廃人になった者も

・その無双振りに全米が泣いた

・伝説の傭兵の居る都市は犯罪率が下がる

・実はノドンを一度打ち落としてる

・いつも店先のトランペットを 物欲しそうに眺める少年にシカゴタイプライターを買ってあげたことがある

 

…………どう考えてもありえない、特に生身でレーザービームを放つってもう人間じゃないだろ。

 

「いや嘘だろ」

「嘘みたいだが本当の話だ」

「いやいやいやいや、信じられないって」

「そうでもありませんわよ、伝説の傭兵の存在は我が国イギリスを始めEU各国やアメリカでも公式に認められていますわよ」

「えっ?」

 

俺とラウラの話にセシリアさんが割り込む、どうやらこの話は国家のお墨付きらしい。

 

「マジなのか」

「マジですわ」

「だから何度も本当の事だといっているだろう」

「悪い、あまりにファンタジーな出来事過ぎで中々信じ切れなかったんだ」

「私達が乗っているISも中々ファンタジーな代物だと思うぞ」

「確かに、そう言われればそうだな」

 

生身に装着するだけで自由に空を飛ぶ事が出来、どこからともなく武装を取り出したり収納したり。第三世代の特殊兵装も中々ファンタジックだ。

 

翌々考えてみれば、俺達の住む世界は想像以上にファンタジーだ。

織斑先生や次郎さんは明らかに人間の限界を超えているし、オリ主である俺や踏み台転生者であるラウラも神からこの世界に遣わされたファンタジックな存在である。

 

「うーん、ファンタジー……」

 

俺はファンタジックな空想に思いを馳せ、その間も中間達は俺の夏休みの宿題を消化していく。

仲間達の協力もあり、俺の宿題はその日に終わらせる事が出来た。

 

そして一番頑張ってくれた人への景品だが、面倒だったのでジャンケンであげる人を決めたところ一夏が圧勝しスパイス&ハーブと謎野菜セットを持ち帰っていった。

 

こうして俺の夏は終わって行った。

 

しかし夏休みが終わり新学期が始まったった時、俺は改めて実感する事になる。

この世界が想像以上にファンタジックだという事を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園も夏休みという事で普段の業務も幾らかは軽減され私も家に帰ってくる機会が多い、そういう時は決まって一夏も家に帰ってきており夕食を共にするのが我が家の慣例だった。そして今日もそんな日だった。

 

一夏は今日の夕方まで藤木と遊んでいたようで、夕方六時頃に家に帰ってきてその後夕食の準備を始める。藤木という存在に思うところが無いわけではないのだが、それでも奴は学園内ではただ一人の一夏の同姓の友人だ、仲良くするのは悪い事では無いと思いたい。奴の腹の中やその後ろに付く人間達が真っ黒であるということを考慮してもだ。

 

一夏に家事を押し付けてしまっているのは正直申し訳なくも思う、しかし私に炊事洗濯の才能は全く無いし手伝おうとするとあからさまに邪険にされる。もうこの手の事は諦めた、悲しくなんてない。

 

そしてテーブルに出される夕食の数々、しかし今日の食事はいつものとは少し毛色が違っていた。

 

「なぁ一夏」

「なに? 千冬姉」

「これは……何だ?」

 

私は最初に出できたサラダボウルを指差す。

 

「それはリガトーニとルッコラのサラダと数種のオリーブのポテトサラダだよ。あっ、そうそう」

 

一夏はそう言うとキッチンに戻りボトルを手に戻ってくる、そして今私の目の前に置いているサラダにおもむろにボトルの中身をぶちまけた。

 

「なっ、なにをするんだ一夏!」

「なにをって……追いオリーブに決まってるじゃないか」

「なん……だと……!?」

 

さも当然のように言い放つ一夏、しかし料理素人の私からしてみればサラダに直接オリーブオイルをかけるなんて狂気の沙汰にしか思えない。一般のご家庭ではこれが普通なのだろうか?

 

「メインは大豆のコロッケだよ~」

 

いつの間にかキッチンに戻っていた一夏がまたやってくる。大豆のコロッケか、悪くない。コロッケといえば通常ポテトコロッケだが夜に炭水化物を多く摂取するのは避けたいところだ。しかも今日はポテトサラダがあるので尚更だ、見た目はポテトサラダというよりオリーブサラダだが……

それに大豆というのは低カロリーで高タンパク、体にいい栄養素が多く含まれている。栄養の面から見てもいい。

 

「そしてオリーブオイルだば~」

「なにぃ!?」

 

そしてまたしてもかけられるオリーブオイル、いくらオリーブオイルが体に良いからってかけすぎだろう。

 

「お次はこれ」

「なっ!?」

「で、次は」

「はっ!?」

「…………」

「……!」

「……」

「……」

 

そんなこんなで私の夜は更けていく、出される食事は見たことない野菜とオリーブオイルのオンパレード。正直脂っこくて仕方が無い、しかし一夏の腕も流石なものでどれもこれも美味しいものばかりだった。

 

食後に一夏に聞いてみた、なぜこんな料理を作ったのかと。

……やはり原因は藤木だった。



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第44話 告白事件再び

「おい、藤木」

「なんでしょう?」

「痛くないのか?」

「痛いです」

「そうか……」

 

新学期が始まった初日、早速授業も再開されたのだがなにやら紀春の様子がおかしい。

なんだか目がうつろで反応も薄い、千冬姉に問題に答えるように指名されても虚ろに返事をするだけで何も答えようとしない。そんな態度が千冬姉の怒りを買うのは当然でアイアンクローを食らうのだが、そんな状態でも紀春の反応が薄い。千冬姉も根負けしたのかアイアンクローを解く、そんな異様な光景はクラスの視線を釘付けにしていた。

 

「保健室に行った方がいいんじゃないのか?」

「いや、大丈夫……」

「そうか、辛くなったらいつでも言えよ」

「ああ……」

 

俺も話しかけてみるが虚ろな反応は相変わらずのまま、そんな状態で授業は終わり休憩の時間になった。

 

休憩時間になった途端紀春は突然そわそわしだす、観察していると箒の方にちらちらと視線を移しているのが解る。箒もその視線に気付いているのか怪訝な様子で紀春を見返すのだがその度に紀春は視線を逸らした。

 

「どうした藤木、私に何か用があるのか?」

「いや、ええと……」

 

視線に耐え切れなくなった箒が声を掛ける、紀春はわざとらしく驚いたような態度を取る。

 

「一体なんなんだ? 用が無いようには見えないが」

「まぁあるといえばあるんだけど……」

「どうしたんだ? 用があるんなら話してくれ」

「いや、あまり他の人に聞かれたくない内容でさ。今日の放課後とか時間ないかな?」

「放課後か? 今日は特に用事はないな」

「だったら放課後に屋上に来てもらえないかな? ちょっと込み入った話があるんだ」

「解った、放課後に屋上だな」

「じゃ、よろしくね」

 

そう言って紀春は席を立つ、教室の入り口を目指す紀春の背中に少し元気が戻ったようにも見える。

 

「あれ? どこへ行くんだ?」

「ちょっとトイレ」

「そうか」

 

そう言うと、今度は箒も席を立つ。

 

「箒はどこに?」

「私も同じだ」

「そうか、悪かったな」

「別に構わない」

 

箒は紀春の後を追うように教室を出る、クラスメイトの何名かが教室の入り口から箒の背中を見送る。箒の姿が見えなくなった時、教室の中は爆弾が爆発したかのような歓声に包まれた。

 

「きゃあああああああああっ! 告白よ告白!」

「放課後! 屋上! 夕焼け! もうそれしか考えられないわね!」

「告白しようって言うんならあの藤木君の緊張振りも納得できるわね!」

「はぁ!? ふざけんなよ! 一夏が居るのに何で女に告白するんだよ!?」

「畜生っ、畜生っ、畜生っ! 紀春も私達を裏切るつもりかよ……」

「織斑君! このままでいいの!? 藤木君が取られちゃうわよ!? それも女に! 悔しくないの!?」

「いや……別に……」

「うわあああっ! 一夏も私達を裏切ったあああ!」

 

その時である、俺の右隣からバキッと何かを粉砕するような音が聞こえる。

右に視線を移すと、板書を書き写していたシャルロットがシャープペンシルを握り潰していた。

 

「あれ? 壊れちゃった。このペン結構古かったし寿命だったのかな?」

 

シャーペンの寿命なんて聞いたことがない、仮に寿命があったとしても砕け散らないだろう。と心の中で突っ込みを入れる、しかしそれを言葉に出す事は出来なかった。

何故なら壊れたシャーペンを持つシャルロットの笑顔から黒いオーラが発っせられそれがプレッシャーとなって俺を襲うからだ、俺はその笑顔に恐怖しか感じる事が出来なくなっていた。

 

そんな大騒ぎの教室で異彩を放つ人物を俺は発見した。それは一人静かに考えごとをしている谷本さんだった。

 

「谷本さん、何かあったのか?」

 

このホモ的空気崩壊の危機(?)に腐女子の最右翼である谷本さんが騒いでいないなんておかしい、何か悪い物でも食べたのだろうか。

 

「いえ、ちょっとね……」

 

あからさまにお茶を濁す谷本さん、しかしこの胸がモヤッっとする感覚はなんだろう。俺は今まで初めて感じる感覚に居心地の悪さを感じながら次の授業が始まるのを待ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「紀春が箒に告白ですって!?」

「声が大きいって!」

「ごめんごめん、でもあの二人が……意外ね」

「そうでしょうか? 紀春さんと箒さんはココに来るまでは同じ学校で過ごしていたのでしょう? もしかしたらその時にわたくし達の知らない何かがあったとしてもおかしくはないのでは?」

「む、確かに言われてみればその通りね」

 

昼休みになり食堂で昼食を摂りながら教室であった事件を鈴に報告する、ちなみに事件の当事者である二人はこの集団には参加していない。紀春は一人になりたいと言ってどこかへと行ってしまったし、箒は剣道部の部員と昼食を摂る約束をしていたらしくそちらに行ってしまった。

 

ちなみにシャルロットの様子は相変わらず暗い、そして時たま聞こえる破壊音が俺の心を恐怖に染める。食堂に来てからシャルロットはもう十本も割り箸を握りつぶしていた。

 

「なんでなんでどうしてこうなったなんでほうきなののりはるはへたれだからつつましやかにあたっくしてきたつもりだったのに……」

 

さっきから何かぶつぶつと言っているのも怖い、しかし教室では隣の席だしこうして一緒に食卓を囲んでいる関係上俺はこの謎のプレッシャーから逃れる事は出来ないでいた。

 

「でも何で箒なんでしょうね。一夏、何か心当たりとか無いの?」

 

こんなプレッシャーの中、鈴が俺に聞いてくる、心当たりか……今の俺に思いつくのはあの夏祭りで紀春が言っていた事くらいしか思いつかない。

 

「心当たりねぇ……あえて言うなら紀春はどうやら巫女萌えらしいってことくらいか?」

「巫女萌え? 何でそうなるのよ?」

「以前俺と紀春で箒の実家の夏祭りに行った時に紀春が『巫女のコスプレは萌える』って言ってたんだ」

「ふぅん……あっ、そういうことか」

「何か解ったのか?」

「飽くまで推測だけどね。一夏の証言から紀春は巫女萌えであることが解ったわ、そして紀春は無類の巨乳好きよ。そこから導き出される答えは……」

 

みんなの視線が鈴に集中する、鈴が溜めてくるので思わず唾を飲んでしまう。

 

「答えは?」

「箒が紀春の好みにドストライクってことよ!」

「な、なんだってーーー!!!」

 

確かに紀春は巨乳好きだ、鈴の推測強ち間違いではないのかもしれない。

 

「そう言えば紀春さんって前に箒さんに告白してませんでしたか?」

「あっ、確かにそんな事あったな。もしかして……」

「えっ、どういうこと?」

 

ぶつぶつ言っていたシャルロットが我に返り俺に質問してくる。その質問にセシリアが答えた。

 

「確かアレは……入学式の当日でしたか、わたくしの若気の至りで一夏さんと紀春さんと決闘する事になったのですがその時軽いセクハラを受けまして」

「セクハラって……まぁ、アレは確かにセクハラか」

「紀春さんは織斑先生に殴られ気絶したのですが、気絶から復活するといきなり箒さんに告白、教室が大騒ぎになりましたわね」

「しかも授業中にだからな、その結果また千冬姉に殴られて気絶。記憶喪失で何で告白したかも忘れてしまったというわけだ」

「もしかして今になって思い出したのでしょうか」

「もしかしたらそうかもしれないな」

「そんな……僕は勝負する前から負けていたなんて……」

「そうか……箒が兄嫁になるのか、今後の事も考えてもう少し仲良くしておくべきか。残念だったなシャルロット、義姉の話は無かった事にしてくれ」

 

ラウラの空気を読まない言葉がシャルロットを襲う、その言葉を受けたシャルロットはがくっと崩れ落ちる。そのまま彼女は昼休みが終わるまで動く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たわね」

「来ましたわね」

「来たな」

「なんでどうして……」

 

そして時は流れ運命の放課後になった、俺達は学園の中心にそびえ立つやたらねじれた塔の上に来ておりそこから屋上を眺めていた。この塔の耐震性はこの地震大国日本でも大丈夫なのかという疑問が浮かび上がってくるか今重要なのはそれじゃない、紀春の告白の行方だ。

塔から屋上の距離は大分離れているが俺達は全員専用機持ちだ、ハイパーセンサーのお陰でこの距離でも屋上の光景が手に取るように解る。

 

そして数分の時が経ち、屋上で一人佇んでいる紀春の下に箒がやってきたのだった。

 

「ハイパーセンサーのお陰で見る事は出来るけど声まで聞こえないってのは残念ね」

「まぁ贅沢言っても仕方ありませんわ。紀春さん、頑張ってくださいね……」

「しかしライバルが減るのはいい事だ。兄よ、私達には見守る事しか出来ないが応援しているからな」

「そうだ、グレネードでも打ち込めばこの状況を有耶無耶に出来るかも……」

「ラウラ! シャルロットが危ないわ! 急いで確保を!」

「任せろっ!」

 

なにやらぶつぶつと言いながらグレネードランチャーを展開するシャルロットを鈴の指示を受けたラウラがAICで拘束する。

 

「ちょっと! 邪魔しないでよっ!」

「悪いなシャルロット、兄の一世一代の告白を邪魔させるわけにはいかない」

「本当はライバルを減らしたいだけでしょう!?」

「それもある」

 

ぎゃあぎゃあとシャルロットが喚いているのを尻目に紀春の方を見る、あの二人を見ているとなんだか胸の辺りがもやもやとしてくる。どうしてしまったんだ、俺は。

 

「一夏、幾らあんたでも邪魔するのは許さないわよ」

「そうですわ、紀春さんの門出は誰にも邪魔させませんわ」

「いや、邪魔するつもりはないんだけど……」

 

そう言いながらも俺の胸のもやもやは一向に収まる気配が見えない、それでも俺はなんとか堪え紀春の行く末を見届けることにした。

 

そしてその時、紀春がアクションを起こした。

 

「えっ? 土下座?」

「土下座で告白ですか、はっきり言っていい告白方法とは思えませんわね」

「箒も困ってるわね、正直あたし的にも無いわね」

 

土下座をしている紀春に対して明らかに困ってる態度をとる箒、しかし土下座しながら喋っている紀春の話を聞いているうちにその表情が徐々に固くなる。

 

「一体何を喋っているんだ」

「聞こえないってのは本当にもどかしいわね」

 

俺達が見守っている中紀春が土下座を解く、どうやら箒がやめさせたらしい。しかしまたしても俺達の予想を超える出来事が起こる、紀春が自分の懐から財布を取り出しその中から大量の紙幣を箒に差し出したのだ。

 

「凄い量ね、帯封が付いてる福沢先生ってことは……」

「百万円ですか……しかし何で箒さんにあのような大金を渡す必要があるのでしょう?」

「もしかして……今月の友達料の徴収!? あたしなんて一銭も貰ってないのに!」

「流石にそれはないだろ」

「だったらなんだって言うのよ?」

「そこまでは解らないけど……」

 

箒が紀春から百万円を受け取る、一体あそこではどんな会話が繰り広げられているのだろう?

 

その後、紀春と箒はいくらか言葉を交わした後屋上から去って行った。

 

「なんとなく告白っぽくないってのは解ったけど……」

「突然の土下座に差し出された百万円……」

「謎が謎を呼ぶな、もう訳がわからない」

「しかし良かったなシャルロット、どうやら兄は箒に靡いたわけではないようだぞ」

「ん゛ーっ!」

 

そう言えば屋上の様子を覗き見していた時シャルロットとラウラの声が聞こえなかったな、そう思いながら俺は振り返る。

 

そこにはワイヤーブレードでラウラに縛り上げられたシャルロットの姿があった。

 

「一夏、ジロジロ見ちゃ駄目よ」

「そ、そうだな」

 

じっと見ていると鈴に窘められてしまった、縛り上げられたシャルロットはなんだか艶かしくちょっとドキッとしてしまったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は流れ二日後、九月三日。

一組と二組の合同実践訓錬で俺は鈴にボコボコにされてしまった、俺の白式はセカンドシフトして以来大幅にパワーアップしているはずだがその弊害として燃費もさらに悪くなってしまった。新たに装備された雪羅によって射撃の訓錬もしなくてはいけないし基礎戦略も組みなおさなければならない、しかしそんな俺より問題を抱えている人物が居る。紀春だ。

 

あいつも新しい専用機を手にし大幅にパワーアップしているはずだが、模擬戦相手のシャルロットに手も足も出ていない。紀春の専用機であるヴァーミリオンはラファール・リヴァイヴの後継機であり、シャルロットのISよりも全ての面で勝っている機体らしい。しかしその機体の有利は全く生かす事が出来ていない、はっきり言って今の紀春であれば俺はもちろん量産機を纏うクラスメイト達でも圧倒する事が出来るだろう。

 

「何だ今のザマは、それでも専用機持ちか!?」

「すみません……」

 

そんな紀春は相変わらず千冬姉に怒鳴られている、一通りお説教を受けると気分が悪いと言ってアリーナから出て行ってしまった。

 

「すみません織斑先生、私も保健室に……」

「どうした篠ノ之、お前も気分が悪いのか?」

「ええ、少し」

「そうか、無理するなよ」

 

箒がそう言って紀春の後を追うようにアリーナから出ていく、その姿を見るとまたしても胸の辺りがもやもやしてしまう。

 

「もしかして……」

「ぱっやり藤木君の告白って成功したのかしら?」

「つまり保健室でしっぽりやったろうってか? ムカツクわね」

「やっぱり紀春はノンケだったのか……」

 

クラスメイト達が口々に感想を述べる、あの二人の行方が凄く気になる。

 

「織斑先生、ちょっとトイレに」

「……早く行って来い」

 

千冬姉にそんな嘘を吐いて俺もアリーナを抜け出す。何やっているんだろう、俺は。

 

箒を追いかけるとアリーナ内部の廊下でベンチに座っている紀春と箒を発見する、疚しい気持ちなどないはずなのだが身を隠して二人の話を盗み聞きするような格好になってしまう。

 

「全然…………夜……出来ない」

「……か、しかし……」

「もう…………なって……山田」

「……だ、……今日の放課後……」

「……か!? ……しても……!?」

「ああ…………放課後…………よう」

 

箒と話している紀春の顔が明るくなる、話は途切れ途切れにしか聞こえないが今日の放課後何かがあるらしい。

 

あっ、箒がこっちに来る! 逃げなければ!

 

俺はその場から足早に去る、今日の放課後何かが起こる。それだけは確かだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その情報、確かななのね?」

「ああ、話は途切れ途切れにしか聞こえなかったけどな」

「しかし一体、何が起こるのでしょうか?」

「今は兄は特別室に居るのだろう? もしかして大人の階段を上るつもりか?」

「ん゛ーーーっ! ん゛ーーーっ!」

 

俺達は息を潜め隠れて特別室の前の廊下に居る紀春の様子を窺っていた、紀春は真剣な面持ちで立って入るが何故かその両手にはファ○リーズ、一体これから何が行われるというのだろうか。

ちなみにシャルロットはまたブツブツ言っていたので鈴に危険だと判断され縛り上げられ猿轡を噛まされている。

 

しばらく待っていると箒がやってきた、しかしその格好はいつもの制服とは違っていた。

 

「巫女服? どういう事だ?」

「もしかして……」

 

鈴が考え込むような仕草をする、何か気付いたことでもあるのだろうか?

 

「どうした?」

「謎の百万円、箒の巫女服、そして紀春は巫女萌え。ここから導きだされる答えはひとつしか無いわね」

「答え? 一体何なんだ?」

「つまり、これは……」

「これは?」

 

思わず唾をごくりと飲んでしまう、以前紀春が夏休みの宿題を俺達に頼んだかのように鈴が俺達の緊張を煽る。

 

「コスプレ援交、もうこれしか考えられないわ」

「はあっ? いやいやいや、幾らなんでもそれは無いだろ」

「だったら何だって言うのよ?」

「いやそれは解らないけど」

「やっぱり解らないんじゃない、だったらコスプレ援交しかないわね」

 

幾らなんでもそれは暴論だと思う、そんな事を考えている間に箒は特別室に到着し特別室の前に立っていた紀春がそれに応対する。

 

「あれ? 特別室でするんじゃないのかしら?」

 

そんな鈴の考えを他所に箒と紀春は特別室の隣の部屋の前に立つ。

箒は一度深呼吸をし、隣の部屋のドアを開ける。その後二人は部屋の中へ入って行った。

 

「隣の部屋? 確かあそこって今は……」

 

なんだか鈴も何かをブツブツと呟いている、そんな中俺の胸のもやもやも再発していく。

 

「やっぱり何かおかしい、俺行ってくる!」

 

胸のもやもやが何を意味するのか俺には解らない、しかし二人をあのままにしておくのはいけない。そんな思いに駆られて俺は走り出す。

 

「ちょっと! 待ちなさいよ!」

 

そんな鈴の言葉を無視し俺は特別室の隣の部屋のドアを開ける。

 

「ちょ、ちょっと待ったああああ!」

 

そんな叫びと共に俺は部屋へと突入して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後になって思う、後先考えずに行動するって事はとても良くない事だと。俺はこの一件でその事を嫌と言うほど思い知らされるのである。



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第45話 事件の裏側

明日通販してた忍殺靴下が届きます。


もう駄目だ、俺は。

こんな事を相談できる相手なんて居やしない、下手な相手に相談すれば俺はたちまち黄色い救急車に乗せられ鉄格子付きの病院に入れられることになるだろう。

しかし、今俺の身に起こっている事は紛れも無い事実だ。

夏休みの終わり、この世界が想像以上にファンタジックであることは理解していたつもりだったが実際にそのある意味ファンタジックな現象を体験してしまった俺の心は憔悴しきってしまっていたのだった。

 

「おい、藤木」

「なんでしょう?」

「痛くないのか?」

「痛いです」

「そうか……」

 

新学期が始まった初日、早速授業も再開された。織斑先生に問題を答えるように指名されたのだが今の俺はそれどころではなかった、お仕置きのアイアンクローを食らっても俺の心は別のことでいっぱいで痛みを感じることはあっても心がその痛みについてこない。

織斑先生が溜息を吐きアイアンクローを解く、なんだかちょっと勝った気分になるがそれは気のせいだろう。

 

「保健室に行った方がいいんじゃないのか?」

「いや、大丈夫……」

「そうか、辛くなったらいつでも言えよ」

「ああ……」

 

一夏が心配そうに声を掛ける、しかし俺はそれに虚ろに返事する事しか出来ない。

自分ではどうにもならない事を誰かに助けてもらうのは決して恥ではない、俺はそうやって夏休みの宿題を乗り越えてきた。

しかし今度ばかりはどうなんだろう? 俺を助けてくれる人は……あっ、居た。

 

篠ノ之箒、俺の隣の席に座っている彼女の実家は神社だ。もしかしたら彼女は俺の力になってくれるかもしれない。可能性は低いがゼロではない、しかしどう切り出したものだろう。

 

休憩時間になるとそんな俺を察してか篠ノ之さんのほうから声を掛けてくる。

 

「どうした藤木、私に何か用があるのか?」

「いや、ええと……」

 

彼女は俺の心でも見透かしているのだろうか、もしかしてエスパーか? いや、それは無いな。エスパーは織斑先生だけで充分だ。

 

「一体なんなんだ? 用が無いようには見えないが」

「まぁあるといえばあるんだけど……」

「どうしたんだ? 用があるんなら話してくれ」

 

話してもいいのだが今の俺のファンタジックな状況を人が大勢居る教室で話すわけにはいかない、この話は出来れば二人きりの時にしておきたい。

二人きりになれる状況をIS学園で作るには難しい、どうしたものだろう?

そうだ、放課後の屋上なんてあまり人が居ないな。そこで相談してみよう。

 

「いや、あまり他の人に聞かれたくない内容でさ。今日の放課後とか時間ないかな?」

「放課後か? 今日は特に用事はないな」

「だったら放課後に屋上に来てもらえないかな? ちょっと込み入った話があるんだ」

「解った、放課後に屋上だな」

「じゃ、よろしくね」

 

よし、一歩前進だ。少し気が軽くなったのか思い出したように尿意が俺を襲う、もちろん漏らすわけにはいかないので俺はトイレに行くことにした。

 

「あれ? どこへ行くんだ?」

 

一夏が声を掛ける、その間にも尿意は俺を襲い続ける。

 

「ちょっとトイレ」

「そうか」

 

俺は足早に教室を後にする。ヤバイ、想像以上に尿意が強い、急がないと本当に漏らしてしまう。

俺は駆け足になりながらトイレを目指すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いね、急に呼び出して」

「いや、別に構わないが。しかし、一体何があったんだ?」

 

放課後の屋上、俺は呼び出した篠ノ之さんと対峙していた。

いつぞやの冬のように夕焼けが眩しく、その光が篠ノ之さんの顔を赤く染める。あの時は酷い勘違いをしたもんだなと心の中で苦笑する。

しかし俺はあの時と同じような、いやそれ以上緊張感に包まれていた。

このある意味重大な告白を彼女は受け止めてくれるだろうか、俺の当てが外れれば明日から俺は学園中の笑いものにされてしまう。

 

ええい、もう彼女を呼び出してしまったんだ。男らしく腹を括れ、俺。

 

「助けてください!」

 

その言葉と共に高速土下座を行う、彼女はそんな俺の姿に困惑しているようだ。

 

「どっ、どうした!? 急に土下座なんかして」

「もう俺にはどうにもならないんだ、あんな事が起きるなんて……」

「あんな事? 一体何があったんだ?」

「それは……」

 

俺は言葉を詰まらせながら俺の身に起きたファンタジックな事件を語っていく、彼女も真剣な面持ちでそれを聞いてくれていた。

 

そう、事件起こったのは昨日……夏休み最終日の暑さが残る夕方の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、手土産としてはこんなもんで充分か」

 

現在俺は一人夕方の寮の廊下を歩いている、目的地は特別室の隣の部屋だ。

現在俺は1025室で生活をしているが、いまだ俺の荷物の多くは特別室に置いてあるばかりかたまに一人でのんびり過ごしたい時や一人でゲームをしていたい時にはよく利用しており、ちょっとした別荘気分な感じで特別室を便利に使っている。

 

そんなわけで隣の部屋から拝借しているコンセントの類は未だに占領状態になっていて、隣の部屋の彼女らにもいまだ迷惑を掛けているわけだった。

流石に自分の娯楽のために彼女らに迷惑を掛け続けているのは忍びない、しかし俺の便利生活にとってもう特別室はなくてはならない存在だ。っていうか特別室の荷物を1025室に持っていこうものなら1025室は物で溢れかえってしまうだろう。

 

という事で二学期以降も彼女らの部屋のコンセントを貸してもらう約束を取り付けるついでに彼女らの機嫌を取る為に今回も諭吉入り饅頭を持参し特別室の隣の部屋に訪問しようとしているわけである。

明日は二学期も始まるし流石に彼女らも部屋に居る事だろう。

 

そんな事を考えながら歩いているといつの間にか部屋の前に到着していた。

 

「こんちわー、居ますかー?」

 

コンコンとノックをし、ドア越しに声を掛けてみる。しかし、部屋の中からは全く反応が無い。

もしかしてまだ学園に帰って来ていないのだろうか? 夏休み最終日だからどこかでパーッっと遊んでいるのかもしれない。

開くかどうかも解らずになんとなくドアノブを捻ると簡単にドアが開く。

 

「あれ? 開いてる」

 

部屋の鍵が開いているが中からは反応が無いって事は学園内のどこかにいるのだろう、いつ帰ってくるかも解らないし今日のところは手土産と置手紙を置いて帰ろう。そんな事を考えてドアを大きく開けた。

 

「…………えっ? これどういう事だよ」

 

ドアが開け放たれた部屋は薄暗く、その中には何も存在していなかった。備え付けのベッドや机も無くがらんとしている、いや何も無いというのは間違いだ。実際には部屋の床に腐った饅頭入りの箱と壁の穴から伸びるコンセントのケーブルしかなかった。

 

「ちょっと藤木君! 何やってるんですか!?」

「えっ?」

 

後ろを振り向くと山田先生が焦ったような顔をしてこちらに走り寄ってきた。

 

「兎に角、ドアを閉めてください!」

 

山田先生に怒られたのは初めてで面食らっていた俺は腕を掴まれ強引に後ろに引き戻される、そして山田先生はドアを閉めこちらに振り向く。

 

「ここの部屋は鍵が掛かっていたはずなんですけど、藤木君が開けたんですか?」

「いえ、最初から開いてましたよ。しかし一体何なんですか? あの部屋何もありませんでしたよ」

「あの部屋はいわくつきで一年以上前から閉鎖されているんです、しかし藤木君はあの部屋に何か用があったんですか?」

 

一年以上前から閉鎖? いやそれはありえないだろう、お隣さんとは当分会ってはいないが特別室をリフォームした日には俺はあの部屋に入っているし、タッグトーナメントが終了するまでは俺は特別室で暮らしていてお隣さんとは壁越しによく話をしていたのだ。そんな疑問を山田先生にぶつける。

 

「えっ? 藤木君、嘘はいけませんよ。そんなのでは流石に私も騙されませんよ」

「いや嘘なんかじゃないですって、特別室の電力はあの部屋から引いてるんですよ。その時にお隣さんにも会いましたし」

「…………本当なんですか?」

「はい、本当です」

 

山田先生が唸る、いくらか考え込むような仕草をした後。再度俺に声を掛けた。

 

「藤木君、ちょっとお話があります。特別室に行きませんか?」

「ええ、別に構いませんけど」

 

そう言うと山田先生は特別室のドアを開け中に入っていく、俺もその後を追った。

 

「そこの椅子使ってください、何か飲み物でも要ります?」

 

特別室に入り冷蔵庫を開ける、そこには沢山のペットボトルが並んでいる。

 

「ええと、午○の紅茶に○リンレモンにトロ○カーナに……」

「見事に○リンの商品しかありませんね」

「○リンって三津村グループなんですよ、知ってました? お陰で無料で貰ってます」

「へぇ、それは知りませんでした。あっ、お茶貰えますか?」

「はい、無糖でいいですか?」

「ええ、それでお願いします」

 

山田先生に午○の紅茶無糖を渡し、俺は○リンレモンと冷凍庫からガリガ○君を取り出す。そして、ガリガ○君をコップに入れそこに○リンレモンを注いだ。

 

「変な飲み方をするんですね」

「某球場でこれが売ってたんですよ、結構うまいですよ」

「そうなんですか、今度試してみます」

 

その言葉を聞きながら○リンレモンを飲む、ガリガ○君のソーダ味がいい具合にミックスされ相変わらずうまい。

 

「で、お話とは」

「お隣の部屋の事についてです」

 

ペットボトルを握り締めている山田先生の表情はいつになく真剣だ、山田先生はただたどしくも言葉を紡ぎだす。

 

「藤木君が隣にいる人に会ったと言っていましたがやはりそれはありえません、……何故なら隣に住んでいた二人の生徒は昨年両方とも亡くなっているんです」

「えっ?」

 

部屋の空気が一気に重くなったのを感じる、だったら俺が今までこの部屋で会話をしていた彼女らは一体何だって言うんだ。

 

「一体何があったんですか?」

「私も詳しく知っているわけではありません、この件に関しては他の教師の方々もあまり話そうとはしませんし。ただ彼女らの死後彼女達の声を聞いたとか、彼女達を目撃したとかいう噂があちこちで発生していたようです。まぁ、これは思春期特有の妄想だとかいう事で片付けられてしまいしたが」

「どうしてあの二人は死んでしまったんでしょう?」

「一人目はIS稼動の実習中に事故で亡くなり、その事故を引き起こしてしまったルームメイトががそれを苦に自殺してしまったと聞いてます。そのせいで当時の学園もかなり荒れてしまいましたね」

「うわぁ、想像以上に重い話ですね」

「その後自殺者が出た隣の部屋は閉鎖、荒れ模様だった学園も何とか落ち着きを取り戻し今に至るというわけです」

「しかし今までそんな話は聞いたことは無かったのは何故なんでしょう? IS学園で事故による死者が出たり自殺者が出れば世間は大騒ぎになっているはずでしょう?」

「そこに関連してくるのが、その、三津村グループなんです」

 

三津村? 何故一年前の事故に三津村が関わってくるんだ?

 

「事故の原因がその時使用されていたIS、打鉄に使用されていた三津村重工製の部品にあるらしいという調査結果が出たんです、再度の調査の結果それは否定されたのですがその間に三津村重工によってマスコミの囲い込みが行われたらしく」

「事故の報道は握りつぶされたと」

「はい、実際は証拠がないのであくまで噂程度の話ですけど。事故で亡くなった人、天野さんっていう人なんですが彼女は専用機こそ持っていないものの日本代表候補生で、織斑先生が国家代表を辞した後の次期国家代表候補筆頭と言われてる人でしてかなりのニュースであったはずなんですが一切報道されませんでしたしそういう噂が出てくるのも致し方ないかと」

「うわぁ、俺のご主人様すげぇ悪役じゃん」

「天野さんの実家はあまり裕福ではなかったと聞いているのですが、事故後妙に羽振りが良くなったというのもその噂に信憑性を持たせているんです」

「証拠は無いけど三津村は限りなく黒に近いグレーってわけか……」

「はい、そうなります」

 

なんてこったい、三津村が正義の味方なんてのはこれっぽっちも思ってはいないがここまで黒い存在だとも思っていなかった。つうか俺がIS学園の教師陣から嫌われてるのってこれが原因じゃないのか? 特別室だってその被害者の隣の部屋で暮らさせてやろうって意味で宛がわれたんじゃないのか? むしろ隣の部屋を宛がわれなくて良かったよ。

 

「その当時の話を詳しく知っている人は他には居ないんですか?」

「教師や事故を目撃した二年生の一部の人は沢山居ますけど、流石に話を聞くのは難しいんじゃないでしょうか。話していて気持ちの良い話ではないですし」

「そうですか……しかし、俺は隣の部屋の彼女たちと何度も会話をしてきたんですけどあの人達は一体誰なんだろう」

「……幽霊、なんですかね?」

「今真剣な話をしてるんですよ、茶化さないでくださいよ!」

「すっ、すいません! 先にも言った通り彼女達の死後幽霊騒ぎがあったものですからつい」

 

俺は幽霊とか妖怪とかそんなのは信じないタイプだ、神の存在は信じてるけど。つまり死んだ隣の女生徒のフリをして俺をからかっている奴が居るという事だ。死んだ人間を担ぎ上げてこんな真似をしている奴が居るなんてもう悪戯の域を超えている、そんな奴はオリ主である俺が直々に成敗してやる。

 

そんなこんなで俺は山田先生と別れ特別室に残る、今日その悪戯者が俺と接触するとは限らないが奴と接触するのはいつだってここ特別室だ。

待っていてください隣の部屋の天野さんと名も知らぬ自殺者よ、貴方達の名を騙る悪党は俺が成敗し貴方達の墓前にその首を捧げましょう。

 

飲み掛けの午○の紅茶無糖一気にあおる、いつもよりちょっと美味しい気がした。よし、気合入った。ガンバルゾー。

 

しかし、後になって思う。この決意は全く意味の無いものだという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

寮も消灯時刻を過ぎたが俺は1025室に帰ることなく特別室に留まっていた。今晩はこの部屋で夜を明かす予定だ、むしろ悪党と遭遇するまで毎晩ここに泊まってやる。

今の俺はそんな気持ちだ、人の死を愚弄する奴を許しておくわけにはいかないのだ。その時だった。

 

「ふ~じ~き~くん」

 

壁の穴から声が聞こえてきたのだ、この時を待っていた!

 

「出てきやがったな悪党め! 人の死を愚弄するお前らは俺が成敗してやる!」

 

そう言い俺はヴァーミリオンを展開、特別室と隣の部屋を繋ぐ壁に正義の鉄拳を叩きつけた!

壁は無残にも砕け散りIS一機が入れる程の大きな穴が開いた。

 

「おらぁ! 出て来いや!」

 

隣の部屋には誰も居ない、一体どこに隠れたというのだ。

 

「姿を現せ悪党、お前たちがやってる事は到底許される事ではないぞ!」

「ふふふっ、姿を現せって言われてもねぇ」

「どこだ、どこに居る!?」

「ここに居るよ。藤木君、遊びましょ?」

 

悪党の声はどこからともなく聞こえてくる、まるで頭の中に直接話しかけているようだ。

 

「ああ、遊んでやろうじゃないか。テメエらの首でお手玉でもしてやろうか?」

「あら怖い、でもそれは無理ね。私達の首はもうないから」

「ああ? 幽霊気取りかテメーら、出て来いよ」

「だから無理だって、私達の首でお手玉は無理だけど……そうだ、キャッチボールでもしましょうか」

 

背中のほうからガタガタと音がする、ハイパーセンサーの視界で確認すると俺の野球道具の硬球がその音を出していた。

 

「なにっ!?」

 

振り返ると硬球が凄まじいスピードで俺を襲う、俺はとっさに腕でそれを防ぐ。

 

「何なんだ、一体……」

 

さっきの一撃でシールドエネルギーが微量に削れる。おかしい、ISのシールドを削る方法はISで攻撃する以外には存在しない。一夏の零落白夜はあくまで例外中の例外だ。

 

「キャッチボールなんだからちゃんとキャッチしてよね! じゃあ次行くよ!」

 

その言葉と共に硬球約十個が俺を襲う、避けたいのだがISで動くには部屋は狭すぎて全く避けられない。

 

「痛い痛い痛いっ、しかしこれってもしかして……」

「そっ、俗に言うポルターガイストってやつよ」

「ってことはもしかして」

「ようやく気付いたようね、私の名前は天野幽貴(アマノユウキ)、元日本代表候補生の幽霊よ」

「ひいっ、マジで幽霊だとはっ!?」

「という事でもっと遊びましょう?」

「嫌ああああっ!」

 

その間も硬球は俺のシールドエネルギーを削り続け、とうとうその残量はゼロとなり俺は意識を手放してしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……はっ!?」

 

目を覚ますと特別室の窓からは光が差し既に朝だという事を教えてくれる、俺はあの元日本代表候補生の幽霊に無残に負けてしまったというのか……

 

ISの歴史は浅く10年しか経ってはいないが幽霊と戦い敗北するというのは前代未聞の出来事だろう、そんな事を考えながら俺はふと天井を見上げた。いや、見上げてしまった。

 

「ひいいいっ!? もう嫌ああああっ! 誰か助けてええええっ!」

 

俺は全速力で特別室から走り去った。

 

ちなみに天井には血のような赤い文字でこう書かれていた。

 

『フジキ君ダイスキ、マタ遊ビマショウ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなこんなで今に至るというわけだ、信じてもらえないと思うが全部本当の話だ」

「そうか、そんな事があったのか……さっきの話だが信じよう、私としても幾らか心当たりがある」

「信じてくれんの!? ってか心当たりってどういうこと?」

「まあ、私の実家は神社だからな。そういう霊的な事に関しての知識も持っているし、所謂霊感というのも無いわけではないしな」

「神社生まれスゲェ!」

 

やはり篠ノ之さんに相談してみて正解だったようだ、彼女なら俺の今の緊急事態を解決してくれるかもしれない。

 

「というわけで、今の俺の事態の解決方法を知らないだろうか」

「ふむ……やはりここは除霊というのが一般的な解決方法なのだが……」

 

いきなり言葉を濁す篠ノ之さん、しかし彼女は除霊も出来るのだろうか? だとしたらマジでスゲェな。

 

「除霊出来るのか?」

「いや、残念ながら私では力不足だ。しかし、他の方法が無いわけでは無いが……」

「何か問題があるって感じだな」

「ああ、そういう除霊を専門としている職業でGS(ゴーストスイーパー)というのが居るのだが……」

「ゴーストスイーパー? ゴーストバスターズの親戚みたいなもんか?」

「そういうものだ。しかしGSを学園に入れるというのは許可を取るのに時間が掛かるし、なにより奴らはボッタクリだ」

「多少ぼったくられるのは構わないんだが、時間が掛かるってのはなぁ……」

「となると、私が除霊するしかないか」

「でも出来ないんでしょ?」

「GSから除霊用のお札を買えば私でもなんとかなるかもしれない、ぼったくられるのには変わりないがな」

「RPG的に言うと、自分の攻撃じゃダメージが与えられないから強力な攻撃用アイテムで戦うって感じか。しかし金なら心配しないでくれ、俺が望むのは一にも二にも事態の早期解決だ」

「そうか、それならいいんだが」

「しかし、どれ位掛かるんだ? ボッタクリって言うくらいだからこんくらいあれば足りるかな?」

 

俺はそう言って自分の懐から財布を取り出す、その中に帯封付きの福沢先生がいらっしゃったのでそれを篠ノ之さんに渡す。

 

「学生がポンと渡す金額じゃないと思うのだがな」

「学生兼アイドルですから、しかも使う機会が少ないから結構溜まってんだよ」

「まあいい、これだけあれば多分大丈夫なはずだ」

 

そう言いながら篠ノ之さんは百万円を懐に仕舞う、この場面を誰かに見られていたら絶対に勘違いされる気がするが屋上には誰も居ないので多分安心だ。

 

「余ったら小遣いにでもしてくれ、それがお礼ってことで」

「いや、余ったら返す。友人の危機に付け込んで金や物をせびるつもりはない」

「夏休みの宿題の時には思いっきり物に釣られていた気がするが、あれは俺の気のせいだったか」

「…………ああ、きっと気のせいだ」

 

いい感じにオチもついたので俺達は会話を切り上げ屋上から帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーじーきーくーん! あーそーぼー!」

「あーそーぼー!」

「何か幽霊増えてない?」

「あっ、初めまして。ゆうちゃんのルームメイトで自殺した聖沢霊華(ヒジリサワレイカ)です、これからよろしくお願いしますね」

「アンタも幽霊になってたのかよ……」

「はい、ゆうちゃんがいい遊び相手が居るって教えてくれたので遊びに来ちゃいました」

 

その日の夜、1025室で寝ているとまたしても幽霊の天野さんから声が掛かる。しかももう一人も幽霊となって出てくるとは……これで俺の負担も二倍となったわけだ。

 

「嫌ああっ、もうやめてえええっ」

 

隣のベットで寝ている一夏は完全に熟睡していて俺の悲痛な叫びは彼の耳には届かない、こうして俺は眠れぬ夜を過ごす羽目になったのだった。



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第46話 裏の裏の更に裏は結局裏

そして朝が過ぎ、午前中の授業も終わり昼休み。俺はある場所を訪れていた。

そこは生徒会室だった、篠ノ之さんは早速GSに連絡を取りお札の準備を始めている。俺としても彼女に協力できるよう除霊する対象である天野幽貴と聖沢霊華の二人の情報を得るためここにやってきた。

たっちゃんは二人とは学年一緒だし生徒会長なのでもう少し込み入った事情も知っているはずだ、そんなわけで生徒会室の扉を開いた。

 

「たのもー!」

「あら、藤木君ですか。いらっしゃいませ、アイスティー作ったんですけど飲みますか?」

「いただきます、ところでたっちゃんは居ます?」

「お嬢様なら、あそこに」

 

生徒会役員で布仏さんの姉の虚さんが俺に応対してくれる、彼女の淹れてくれる紅茶は一級品でこれよりうまい紅茶を俺は一つしか知らない。そんな虚さんがたっちゃんの居場所を教えてくれる、たっちゃんはソファーで寝ていた。相変わらず彼女は寝不足なのだろう。

 

「相変わらずぐっすりと寝ていますな。これじゃ、俺…悪戯したくなっちまうよ…」

「それはやめておいたほうがいいんじゃないですか?」

「 いいや! 限界だするね! 今だッ!」

 

俺は懐からマジックを取り出し、額に『肉』と書いておいた。

 

「……怒られますよ」

「暗部組織の長の癖にこんなにも気が抜けているたっちゃんが悪いんだ、教えちゃ駄目だからね」

「いいですけど……後で絶対に酷い目に遭わされますよ」

「いいっていいって、水性だし致命傷にはならないだろ」

 

さて、寝ているたっちゃんには悪いが今日俺がここに来た目的を果たすためには起きてもらわないとならない。

俺は床に落ちていたスリッパを拾い、それでたっちゃんの頭を思いっきりはたいた。

 

「あいたっ!?」

「おはようたっちゃん、お邪魔してるよ」

「……今、何時?」

「昼休みの真っ最中だけど」

「何するのよ、放課後まで寝たかったのに……」

「いや、授業出ろよ」

「そんなの別にいいって、単位ならまだ大丈夫だから」

「典型的なダメ学生の発言だな、そんなんじゃ留年するぞ?」

「私は国家代表だからね、そのお陰で私にとって単位なんてあってないようなものよ。何もしなくても私の卒業までの道は確保されてるわ」

「うわぁ、どうでもいい事で権力使うなよ」

「で、私に何か用?」

 

そう言ってたっちゃんは起き上がりソファーに座る、俺も近くに用意されていた椅子に座る。その時虚さんがアイスティーを二つ持って来てくれた。

アイスティーを一口飲む、口から鼻にかけて広がる芳醇な香りと爽やかで繊細な渋みが俺の舌を唸らせる。一言で言うと超うまいってことだ。

 

「うーん、相変わらずうまいですな。ウチの午○の紅茶とは比べ物にならない」

「そうですか、ありがとうございます」

 

虚さんが微笑む、彼女も褒められてうれしそうだ。

 

「でも世界じゃ二番目だ」

「やっぱりそうですか」

 

虚さんががっくりと項垂れる、彼女には悪いが俺はこれよりうまい紅茶を知っている。転生時に飲んだカズトさんのアイスティーだ。あの味は未だに忘れる事ができない。

俺はアイスティーを一気に飲み干したっちゃんへと相対する。さて、前置きが長くなってしまったが本題に入ろう。

 

「天野幽貴と聖沢霊華について教えて欲しい」

 

そう言うと、たっちゃんの顔色が変わる。ビンゴだ、たっちゃんはあの二人について何かを知っている。

 

「それ、言わないと駄目かしら?」

「ああ、今俺はあの二人に関してちょっとしたトラブルを抱えているんだ。教えてくれないか?」

「トラブル? 何かあったの?」

「悪いがその内容は教えるわけにはいかない」

「自分は話せないけど私には話せって、都合のいい話だとは思わない?」

「全くもってその通りだと思う、でも頼む」

 

俺は椅子から立ち上がり頭を下げる。世の中は大体ギブアンドテイクで成り立っている、それを無視して事を進めようとするならばせめて誠意は見せなくてはならないのだ。

 

しばらく頭を下げて待っているとたっちゃんが溜息をつく。

 

「ふぅ、解ったわ。今回はそれに免じて話してあげるわ」

 

なんだかんだでたっちゃんは優しい人だ、今になって彼女の額に『肉』と書いたのを後悔してきた。

しかし、彼女は額の『肉』に気付くわけもなく俺に過去にあった事故の話を話していく。

 

「あれは……私達がIS学園に入学してから一ヶ月も経っていない頃の話よ。今の二年生は特に不作の年と言われててね、代表候補生も少なかったわ。そんな中で一番の友達と言えたのが幽貴、天野幽貴だったわ。その時私は既にロシアに国籍変更してたけど、まぁ元々は日本人だし彼女は私の肩書きの苦労もよく知っていたから学園に入って知り合ったけどすぐに仲良くなれたわ。そして幽貴と仲良くしているうちに、幽貴のルームメイトの聖沢霊華とも仲良くなったってわけ」

「へぇ、友達だったんだ」

「でも私達の友情も長くは続かなかった、あの事故のせいでね」

 

あの事故、つまり天野幽貴が死亡した事故ってことだ。

 

「一年生の序盤ということでその時の授業はISの基礎訓錬だったわ、私と幽貴は指導役となってクラスメイトの訓錬の補助をさせられていたわね。訓錬も中盤に差し掛かっていた頃事故は起こったの。幽貴が霊華を打鉄に乗せた瞬間、打鉄のパーツの一部が破損、初心者だった霊華は破損した打鉄をうまく操作できずに幽貴を下敷きにしてそのまま倒れてしまったの」

「それは……なんと言うか……」

「倒れた打鉄は私が何とか元に戻して急いで保健室まで連れて行ったけど……その時にはもうね」

「死亡確認ってやつですか」

「私の腕の中で徐々に冷たくなっていく幽貴の事は一生忘れられないでしょうね、正直言ってトラウマ物よ」

 

そんなトラウマ話を俺にしてくれる彼女には感謝しかない、しかしまだ聖沢霊華の話が残っている。たっちゃんには悪いけどもう少し話を続けてもらおう。

 

「で、その、聖沢霊華のことなんだけど」

「まぁ、その後霊華は事故の責任を感じてか塞ぎ込んで寮の部屋に引きこもるようになっちゃって友達ってことで私がご飯を部屋に運ぶようになったの。部屋には入れなかったけど部屋の前に食べた後の食器が置いてあったから食べてはいたんだろうけど、ある日部屋に行くと部屋の前の食事に手をつけられてないのを発見したわ」

「つまり……」

「慌てて部屋の扉を開けてシャワー室に行くとそこには手首を切った霊華が居たわ、遺書には『幽貴を殺した自分はもう生きていけない』って。というわけで私のトラウマ話はこれで終わりよ、もういいかしら?」

「ああ、もう充分だ。本当にありがとう」

 

あの幽霊二人の情報を少しでも得るため俺はココに訪れたわけだが出てきた話はたっちゃんの暗い過去というかドス黒いトラウマだった。

これだけの話をしてくれたたっちゃんに報いるためには頭下げるだけではとても足りないと思う、後で強強打破でも差し入れしておこう。そして額に『肉』って書いてマジでゴメン、本当に悪かったと思ってる。こんなに重い話になるなんて思わなかったし、しかもあの幽霊二人と友達とは全然予想してなかったんだ。

 

ふと時計を見る、もう昼休みも終わろうとする時間だった。

 

「さて、そろそろ行かないと。たっちゃん、ありがとうね。そして本当にすまなかった」

「ん? 別にいいのよ、私とノリ君の仲じゃない」

「そう言ってもらえると助かるよ、じゃ昼休みも終わるから……」

「そう、私もすっかり目が覚めちゃった。授業でも受けようかしら」

「そ、そう。でも基本的に寝不足なんだから寝てた方が良いんじゃないかな?」

「そういうわけにもいかないわ、学生の本分は勉強よ」

「起きた時の発言とはすっかり正反対だね」

「人間の心理とは時と場合によって簡単に変わるものよ」

「そ、そうだね」

 

そう言って俺は生徒会室を後にする、というか扉を閉めた後全力ダッシュでそこから逃げ出した。

 

たっちゃん、心の中で何度も言ってるけど本当にゴメン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やほー」

 

ノリ君のせいですっかり目が覚めてしまった私は自分の教室に戻ってきた、そんな私をクラスメイトたちが迎えてくれる。

 

「あら楯無、教室に来るなんて珍しいわね……って、それギャグでやってんの?」

「ギャグ? 一体何のこと?」

 

クラスメイトが手鏡を差し出す、手鏡の中の私の額にはペンで『肉』と書かれている。

少なくとも生徒会室に入った時にこんなものは書かれていなかったし、寝ている間に虚がこんなものを書く訳がない。

だとしたら誰か、思い当たる犯人は一人しかいない。

 

「あのクソガキ……ッ!」

「ど、どうしたの? あっ、取れた。水性だったのね」

 

そう言いながらクラスメイトはウエットティッシュで私の額を拭いている、もう一度手鏡で自分の顔を見ると『肉』の文字はきれいに拭い取られていた。

 

しかし、水性だろうとなんだろうと乙女の額に落書きをするとは許しておけない。私は密かにノリ君に復讐を決意するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の放課後、俺は自室で電話を掛けていた。相手は俺の秘書の楢崎さんだ。

今一夏は部屋には居ない、多分また色々振り回されているのだろう。

しかし流石の一夏でも今回の俺の振り回されっぷりには敵わないだろう、なんてったって俺の相手は幽霊なんだし。

 

数回のコールの後、楢崎さんが電話に出る。幽霊対策のための情報は多くて困る事はないのだ。

 

「あら藤木君、二学期が始まったばかりだけど早速何か用かしら?」

「単刀直入に言います、天野幽貴死亡事故の際に三津村は何をやったんですか?」

 

楢崎さんは俺の身内だ、たっちゃんの時の様な余計な前置きは要らないのだ。

 

「いきなりね、何かあったの?」

「ええ、ありましたよ。詳しい内容は教える事は出来ないけど」

「ふぅん、まあいいわ。天野幽貴死亡事故ね、ちょっと調べてみるから待ってなさい。1時間以内には連絡するわ」

「相変わらず早いね」

「それが私達の売りよ、貴方も三津村の一員なんだからそこのところは自覚しておきなさい」

「解りました、じゃ後はよろしくお願いします」

 

そう言って俺は電話を切った。

 

約一時間後、再度楢崎さんから電話が掛かってくる。

 

「おいっす、どうなりました?」

「調べてみたけど、大したことは解らなかったわよ」

「それでもいいです、教えてください」

「まず天野幽貴死亡事故の件だけど原因は三津村には無いわ、初心者が使用したせいで想定外の負荷が掛った他社の部品が原因だそうよ。そのせいでこっちの部品も壊れて一時期事故の原因が三津村だって噂が流れたそうね」

「らしいですね、俺も聞きました。ちなみに初心者が使用して想定外の負荷が掛ったって件なんですけど、対策はされてるんですか?」

「ええ、IS学園のISは全機初心者に配慮したカスタム仕様に更新されたわ。性能は少し落ちてるけど機体の剛性は飛躍的に増大してるわ、お陰でウチも結構儲けたみたいよ」

 

事故に便乗してでも仕事を取ってくる、俺のご主人様は根っからの商売人のようだ。

 

「しかし、事故の原因になった想定外の負荷ってどうなんですかね? IS学園は言うなれば初心者の集まりだ、想定外を想定する必要があったんじゃないんですか?」

「藤木君、貴方は忘れているかもしれないけどISは発表されて10年しか経ってないのよ。今もISは一ヶ月、一日毎に進化し続けている分野なの、言うなればISに対して世界全体が未だに初心者なのよ」

「ふむ、確かにそうですね。故に想定外は常に起こり続けるということですか」

「そういうことね」

 

そう、忘れていた。ISはまだ十年の歴史しか持っていない分野なのだ、しかしその十年でISの世代は第四世代にまで到達している。

そしてISの進化のスピードは留まるところを知らない、楢崎さんが言った一ヶ月、一日毎に進化し続けているというのは間違いではないのだ。

 

「そうですか、では次に聞きたい事なんですが天野幽貴の事故後に三津村が取った対応はどんな感じだってんですか?」

「三津村重工製の部品に問題があるという最初の調査結果が出た後、三津村重工はマスコミ及び天野家に対する口封じを行ったわ。主にお金でね、幸いマスコミに対しては元から太いパイプがあったし天野家は裕福ではなかったから簡単に口封じを行う事が出来たらしいわ」

「結局、事故の原因は三津村には無かったんでしょう? どうしてそんな事を」

「風評被害って言葉を知ってるかしら? それにその時は三津村が最も疑われていたんだからそれも仕方のない事なのかもしれないわね。 間接的にとはいえ三津村が代表候補生を殺害した原因になったと知られれば日本中、いや世界中からバッシングを受ける事になるわ。私達には敵が多いからね」

「そういうスタンスが敵を作ってるんじゃないでしょうか?」

「私にそう言われてもね、この風潮は三津村全体に蔓延してるから今更変えるのも無理な話よ。それに、そういうスタンスが三津村を大きくしてきたわけ。それに異を唱える人もそう居ないでしょうね」

「うわぁ、大人ってきったなーい」

「貴方も大人になれば嫌でも理解する事になるわよ」

「大人になりたくないなぁ……」

「モラトリアムはいつか終わるわ、精々今を楽しみなさい」

「アイドル紛いの事やらされてる今がモラトリアムではないような気がするんですけど、それは俺の気のせいですかね?」

「気のせいよ」

 

絶対に嘘だ、大人って本当に汚い。そんな事を考えている俺は前世も合わせて三十年以上生きているがまだ大人ではない、ないったらない。俺はナウでヤングな十五歳なのだ。

 

「まあ、一時間で調べられた情報はこんなものよ。他に知りたいことはあるかしら?」

「いえ、もう充分です。ありがとうございました」

「何やってるのかは知らないけどあまり危ない事はしないで頂戴、貴方の体はもう貴方だけのものではないのだから」

「へいへい、俺の心も体も全部三津村の物ですよ。それに危ない事って今更でしょう?」

「それもそうね、とにかく気をつけなさい」

「りょーかい」

 

そう言って電話を切った、いつの間にか外は薄暗くなっていた。

 

そして今日も夜が来る、怖くて怖い夜が来る……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局俺は一睡も出来ずに朝を迎えた、幽霊二人組みの猛攻は俺の精神を削り続け俺のSAN値は限界ギリギリだ。

もちろん隣のベットで寝ている一夏はそんな俺の状況に全く気づく事はない、少々怨めしくも感じるが流石にこの一件に一夏まで巻き込むわけにはいかない。巻き込むのは霊感少女でもある篠ノ之さんだけで充分だ。

 

午前の授業はISの実習で久々の模擬戦をシャルロットと行う事になった、寝不足のせいで俺のコンディションは最悪だしシャルロットから感じる謎の威圧感のお陰で俺は無様に敗北する。っていうかシャルロットの猛攻が凄い、仮に今の俺が万全の状態だったとしても勝てる気がしなかった。

 

「何だ今のザマは、それでも専用機持ちか!?」

「すみません……」

 

そんな俺を織斑先生が叱る、仮にも教師なら生徒の状態にも気を配って欲しいと思うのは俺のわがままだろうか? とにかく今の状態では模擬戦どころかまともに授業を受ける事も出来ない、幽霊二人組みも何故か昼はおとなしいので今のうちに保健室で仮眠を取っておこう。 

 

織斑先生に断りを入れアリーナから抜け出す、アリーナ内部の廊下を一人で歩いてると篠ノ之さんが俺を追いかけてきた。

 

「随分やられてるようだな、大丈夫か?」

 

とりあえず俺はそばにあったベンチに座る、正直立っているのもつらいのだ。

 

「全然大丈夫じゃねえって、夜な夜な幽霊が遊びに来て一睡も出来ない」

「そうか、しかしもう少しの辛抱だ」

「もう少しってどれくらいだよ、精神が削られすぎて体調までおかしくなってる。はっきり言って今夜が山田」

「なら大丈夫だ、今日の放課後にはお札が届くはずだ」

「マジか!? 期待してもいいんだな!?」

「ああ、今日の放課後に早速除霊を始めよう」

 

どうやら俺は助かるらしい、ならば放課後に向けてしっかりと休んでおこう。決戦の際に体調不良で何も出来ないとなってはまずい。

 

俺は篠ノ之さんと別れ、以前よりちょっと高揚した気分で保健室へと向かう。

決戦は放課後、その時に俺の運命が決まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

携帯の目覚ましのアラームが鳴る、俺は眠い目を擦りながらそのアラームを止めた。

今俺の居る場所は保健室、以前のようにこの場所に来る頻度も減ったがそれでもココのベットは1025室と特別室の次に慣れ親しんだベットがありなんだかんだで落ち着ける場所だ。そのせいもあってか久々に快眠出来た気がする。

時刻はもうすぐ四時、ホームルームが終わって少し過ぎた位の時間だ。

俺がベットから起き上がろうとした瞬間、カーテンが開く。そこには谷本さんが居た。

 

「あれ、藤木君。もしかしてあの授業からずっと寝てたの?」

「ああ、最近寝不足気味でね。谷本さんこそなんで保健室に居るんだ?」

「私、保険委員なのよ。知ってた? って知ってたらこんな質問しないか」

「そうだな」

 

さて、決戦の時間はもうすぐだ。よく眠れたので体力のほうもばっちりだ、篠ノ之さんを待たせるわけには行かないし早速行こう。

 

「じゃあね谷本さん、俺行くよ」

「そう、でも大丈夫? ここ数日調子悪そうだったけど何かあったの?」

「何かあったといえばあったんだけど、もう大丈夫だよ。その何かももうすぐ解決するしね」

 

谷本さんの疑問に俺は背中で答える、そして保健室のドアを手にかけたとき谷本さんがもう一度声を発した。

 

「そうなの。頑張ってね藤木君」

「ああ、頑張る」

 

そう言って俺は保健室を出てドアを閉めた。

 

あれ? なんで谷本さんは『頑張って』なんて言ったんだ? まるで俺がこれから頑張らなきゃいけないのを知っているみたいじゃないか。

まぁいいか、気のせいだろう。それより急がないと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたな」

「ああ、48時間ほど待った。しかしその衣装は何事?」

 

放課後俺は篠ノ之さんと特別室の前で待ち合わせていた、そしてその篠ノ之さんは巫女服で俺の前へと現れたのだ。

 

「こういうのは形も重要なんだ、しかしお前こそそのファ○リーズは何だ?」

「ああ、これか。篠ノ之さんに全て任せっきりって訳にはいかないからな」

 

以前ネットの記事で見た事がある。ホラーゲームを開発していたゲームクリエイターが幽霊に襲われた際ファ○リーズで退治したらしいのだ、その話が本当であればこれは大きな武器になる。

 

「俺の二丁ファ○リーズが水を吹くぜ」

 

そう言って篠ノ之さんに両手のファ○リーズを構える、そんな俺を篠ノ之さんは微妙な顔で見つめる。

 

「ファ○リーズじゃなければ少しは様になってたかもしれないが、台無しだな」

「やっぱりそうか……」

 

どうやら篠ノ之さんのお気には召さないようだ、しかし今の俺に用意できる武器はこれしかない。

 

「しかし……あの段ボールはなんなんだ? ずいぶんと大きいが」

「ん、あれか? 俺もよくわかんね、誰かの荷物じゃないのか?」

 

実は俺達のいる場所の近くに巨大な段ボール箱が置いてある、その大きさは人が五人は余裕で入れる位の大きさで物凄く目立つ。しかし今の俺達には全く関係ない話だ。

 

「あと、すまないがあの百万円を全て使ってしまった」

「いや、別にいいさ。元よりあの百万円はあげるつもりだったしな、それよりこんな事に付き合せてすまない」

「そんな事今更だろう。さて、無駄話はここまでにしておこうか。行くぞ、藤木」

「そうだな。期待してるよ、篠ノ之さん」

「ああ、任せろ」

 

俺達は特別室の隣の部屋の前に立つ。篠ノ之さんは一回大きく深呼吸をした後、扉を開き部屋の中に入る。そしてそれに俺も続いた。

 

さぁ、決戦の始まりだ。




明日は多分更新できません


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第47話 GS篠ノ之極楽大作戦

「くっ、これは……」

「なんぞこれ!?」

 

篠ノ之さんと共に扉を潜る、その先で俺達を待ち構えていたのは異空間だった。

陰鬱さを感じる灰色の空の下には無数の墓標が雑然と並んでいる。まるでファンタジーRPGの墓地ダンジョンのようであり、いつその墓標の下から腐った死体が出てきてもおかしくないとさえ感じる。

 

警戒しながらあたりを見回すと、背中に位置していた扉がバタンと大きな音を立て閉じられる。どうやら俺達は歓迎されているようだ。

 

「やぁ! 藤木君の方から来てくれるなんてね。隣に居るのはお友達? それとも彼女?」

「え、えーと。こんにちわー」

 

その声と共に俺達の前にIS学園の制服を着た二人の女の子が現れる、一人は茶髪のショートカットでいかにも活動的な感じでもう一人は黒髪ロングでお淑やかな印象を受ける。ちなみにどちらも美人だ。

 

「彼女なわけないだろ、それよりあんたらが幽霊二人組みか。何故あんたらは俺に付き纏うんだ?」

「私達には未練があるの。藤木君、君なら私達の未練を解消してくれるかもしれないわ」

「未練だと?」

 

幽霊の言葉に篠ノ之さんが疑問を投げかける、戦う気マンマンでここへ来た俺達だったがその未練とやらを解消してやれば彼女達はおとなしく成仏してくれるかもしれない。

出来る事ならこの一件は穏便に済ませておきたい、幾ら準備していようとも人外と戦うのはどんなリスクがあるとも知れないし、一度ヴァーミリオンを倒した彼女に勝てる保障なんて一切無いのだ。

 

「そう、私達の未練それは……」

「それは?」

「いっぺんヤリたい!」

 

ヤリたい? えっ、やりたいってもしかして。

 

「処女のまま死にたくない! ということで藤木君、私達とヤリましょう!」

「死にたくないって、あんたらもう死んでるじゃん!」

「ちっちゃなことは気にしない!」

「それ! わかちこわかちこ~」

「お断りだ! 何が悲しくて幽霊で童貞喪失せにゃならんのだ!?」

 

あの二人と話している時、よく下ネタを振られたものだが彼女らが俺の貞操を狙っていたとは予想外だ。

 

「ヨイデハナイカ! 私達も知識だけなら凄いからきっと気持ち良いわよ?」

「うるせー! 知識だけで何とかなるんなら俺も童貞じゃねーんだよ!」

「藤木……お前童貞なのか、以前花沢さんに聞いたのだが童貞が許されるのは小学生らしいぞ」

「なんてヒデェ事教えてるんだよあのビッチは」

 

以前言ったこともあったが我が幼馴染一号は超恋愛体質である、あと喧嘩負けなしの格闘少女だ。言い換えれば格闘最強スーパービッチだ。そして一夏の幼馴染は篠ノ之さん、言い換えればぼっちヤクザ霊脳巨乳巫女である。これも主人公とオリ主の差なのであろうか……ちょっと悔しい。

 

「とっ、とにかく! あんたらの願いは叶える事が出来ない、というわけで除霊させてもらう!」

 

俺は両手のファブリーズを構える、篠ノ之さんも懐から数枚のお札を取り出した。

 

「そう……やはり力ずくで頂くしかないようね、藤木君の童貞は!」

「絶対に守りきってやる! 俺の童貞は幽霊にやれるほど安くはねーんだよ!」

「あなたと合体したい!」

「このオレの童貞! やらせはせん! やらせはせん!! やらせはせんぞぉー!!! 」

 

天野幽貴が俺に向かって突撃してくる、俺は躊躇なくファブリーズのトリガーを引く。

ここにIS学園史上初の人間VS幽霊のタッグマッチがはじまったのである。

 

「イヤーッ!」

「イヤーッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ンアーッ!」

 

以外や以外、この戦いの機先を制したのは俺だった。突撃してきた天野幽貴に俺のファブリーズがクリティカルヒットしたのだ。

効いてる! そう確信すると共に俺は天野幽貴に向かってファブリーズを連射する。しかし、その追撃を彼女は大きく飛び上がって回避した。

 

「くっ、思ったよりやるわね」

「無いよりマシだと思って持ってきたんだが、まさかファブリーズが効くなんて予想外だったよ」

 

彼女は空中に静止し、俺を睨みつける。俺も下から睨みつける、主にスカートの下から覗く純白のおパンツを。

 

「ちぃっ! ちょこまかと!」

「あらあら、そんな紙切れで私は倒せませんよ」

 

横を見ると篠ノ之さんの周りを聖沢霊華は縦横無尽に飛び回っており篠ノ之さんは苦戦しているようだ、彼女は百万円分のお札で武装しているが千円分の武装をしている俺より苦戦しているとはこれいかに。

 

「篠ノ之さん、ISを展開しろ! それなら五分に戦えるはずだ!」

「くっ、解った!」

 

俺と篠ノ之さんはISを展開し灰色の空へと飛翔する、そんな俺達を邪魔するかのように地面に生えてきた墓標が俺達に向かって飛んでくる。

 

「そんな物がISに通用するはず無いだろう!」

 

篠ノ之さんは墓標を気に留める事もなく聖沢霊華に接近する、しかし墓標の突撃を受け篠ノ之さんは吹っ飛んだ。

 

「ぐあっ!? ……ダメージを受けただと!?」

「スマン! そいつらの攻撃シールド削ってくるの言い忘れてた!」

「そういう事は先に言え! しかし、ISのシールドを削る攻撃とは一体どういう原理なんだ?」

「俺も全く解かんね」

「あちらの攻撃が通るという事は、もしかしたら私達の攻撃も通るかもしれない」

「そうなのか? 試した事も無いからどうなるんだろうか」

 

篠ノ之さんは持っていたお札を仕舞いこみ空裂を抜く、そして斬撃を幽霊二人組みに放った。幽霊二人はその斬撃をいとも簡単に回避する。

 

「ちっ、避けられたか」

「しかし、避けたという事は避けなきゃマズいってことか」

「ということはこちらの攻撃もあちらに通るという事だな」

「つまり俺の百万円は全くの無駄という事だな!」

「……ドンマイ、残ったお札返そうか?」

「いらねえよそんな紙切れ!」

 

俺は怒りや悔しさやなんやらを込めファブリーズを地面に叩きつける。畜生、この恨みはあの幽霊共に百倍にして返してやる。

俺は右手にガルムを、左手にレイン・オブ・サタディを展開、幽霊に向かって突撃していった。

 

「天野さんは俺がやる! 篠ノ之さんは聖沢さんを倒してくれ!」

「天野? 聖沢? どっちが天野でどっちが聖沢だ?」

「髪の長い方が聖沢さんだ!」

「そうか、戦い方はISと戦うのとあまり変わらないようだし全力で戦わせてもらう!」

 

さて第二ラウンドだ、今度こそあの二人を仕留めてやる!

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)で勢いをつけ天野さんに迫る、しかし俺を遮るように真正面から飛んでくる墓標。多少の邪魔は想定済みだ、俺はその石で出来た墓標にレイン・オブ・サタディを発射し墓標を破砕する。

 

「ぐぉっ!?」

 

しかしながら俺はダメージを受けてしまう、散弾で破砕された墓標の破片が俺に襲い掛かったのだ。散弾銃を放ったのは俺だというのに散弾を食らうのも俺だとは予想外だ。そして天野さんは散弾を受けて動きを止めてしまった俺の隙を見逃す事はなかった。

 

「セイヤーッ!」

「アババーッ!」

 

高速での突撃からのライダーキックが俺の胸を打ち抜く、その衝撃で肺の中の空気が全て吐き出されちょっとパニックになってしまう。そして、そこから容赦ない連撃が俺に襲い掛かる。

俺は天野さんより体格面で大きく勝っており更にISを装備しているのでその身長差は二倍近くある、しかしその差などまるで無いように俺はやられっぱなしになってしまう。

流石日本代表候補生、死んだとはいえその技に衰えは一切無い。ちなみにその連撃を受けまくってる最中はおパンツは丸見えだ、眼福眼福。

 

もちろん俺だってただ黙って連撃を受け続けているわけにもいかない、シールドだって無限じゃないのだ。

鋭い左ミドルキックを脇で抱え込み反時計回りに自分ごと一回転、いわゆるドラゴンスクリューを敢行する。ドラゴンスクリューでうまく反撃するとそのまま天野さんの左足を持ったまま俺は自分ごと回りだす、お次は片足のジャイアントスイングだ。そして相変わらずの純白のおパンツに目を奪われる、いい感じに遠心力もつき名残惜しさも感じながらも俺は地面に向けて天野さんをブン投げた。

 

物凄い轟音と共に土煙が上がる、天野さんはいくつかの墓標を巻き込んで転がっていく。しかしこれで勝った訳でもないようだ、天野さんは見事な跳ね起きを見せ俺に自分の穿いているおパンツと同じくらい白い歯を見せ付けるように笑い掛ける。

 

「へぇ、思ってたより強いのね」

「そりゃどうも、元代表候補生の御眼鏡に適ってるようで俺としても嬉しいよ」

「でもまだまだね、その程度の格闘センスじゃ私は倒せないわよ」

「だったら、コイツでっ!」

 

右手にガルムを左手にバズーカを展開し乱射する、その弾幕に天野さんは猛然と突っ込んで行った。

突っ込むと言っても俺の射撃はことごとくかわされ、地面に落ちたバズーカの砲弾が空しく爆発するばかり。俺は射撃を中止し、突突を展開。突撃してくる天野さんに突撃で対抗する。

 

天野さんは幽霊でパワーもスピードも技量もISを装備している俺に引けを取らない、ってかあっちの方が性能的には格段に上だ。しかし、俺が絶対的に勝ってる部分が一つだけある。それは近接戦におけるリーチの差だ、拳を突き出して飛んでくる天野さんとISを装備している事で伸長している俺の腕プラス突突の長さによってその差は歴然だ。このままぶつかれば天野さんの拳が俺を捉える前に突突が天野さんを突き刺すことになる、俺は勝利の予感をひしひしと感じながら天野さんに向かっていった。

 

「何ッ!?」

「ざーんねん」

 

突突は確かに天野さんの胸を貫いたはずだ、しかし手ごたえが感じられない。そして右を向くともう一人の天野さんが佇んでいた。

 

「残像だ」

「はっ?」

 

そんな謎現象が天野さんの言葉によって解決した瞬間に襲い掛かる肘撃、天野さんは踊るように身を回転させ更に延髄切りを繰り出す。

意識が飛びそうになるのを堪えるのに必死な俺は更にもう一発背中に蹴りを食らう、そして今度は俺が地面へと吹っ飛んで行く。そしてついさっきの彼女と同じように墓標をふっ飛ばしながら地面に叩きつけられた。

 

「なんて強さだ……」

「ありがと、でも代表候補生ならこれ位は当然でしょ」

「俺の友人に代表候補生が何人も居るんだが確実にアンタより弱いぞ」

 

その代表候補生とはもちろんセシリアさん、鈴、ラウラのことである。現在の俺の実力はセシリアさんと鈴とは五分五分位だ、ラウラには劣ってるがココまで圧倒的な差ではない。

 

「あれ、そうなの? 全く嘆かわしいわね、専用機持ちの癖にその程度ってのは。私だって専用機貰ってなかったってのに、というか専用機はあったんだけど開発中に私が死んじゃったんだけどね!」

「男だからって理由だけで専用機貰って悪うございましたね」

「何よそれ! イヤミか!?」

「イヤミだよ!」

 

こんな軽口を叩いているが今の俺は全く勝機を見出す事は出来なくなっていた。この戦いに負ければ俺の童貞は無残に散らされ、共に戦ってくれている篠ノ之さんの命もどうなるか解らないのだ。つうか実際俺の命もどうなるか解らない。

はっきり言ってマジヤバイ、しかしそんな時に限って俺達はご都合主義で生き延びてきた。今回もそうだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ったああああ!」

 

そんな言葉と共に俺は部屋の中に飛び込んだ、はずだった。

しかし部屋の中の後継は異様なものだった、というか最早部屋ですらない。灰色の空と所々焼け焦げだ地面、そしてそこにはISを纏ったボロボロの紀春が行きも絶え絶えに灰色の空をにらみつけていた。

 

「え? あれ、ここは……」

「キャー!! 霊華、織斑一夏よ! これで仲良く4P出来るわね!」

「えっ!? 本当!?」

 

その瞬間、俺からやや遠い地面から土煙か上がる。土煙が晴れるとIS学園の制服を着た女の子がISを纏った箒の腕を絞り上げているのが見える。

えっ? 何で箒はISを装備しているのに普通の女の子に良いようにやられてるんだ? ISを装備しているのなら生身の人間に負ける可能性はゼロだ。あっ、千冬姉は例外ね。

 

「があああっ!!」

「もう静かにしてくださいよ、今いいとこなんですから」

 

訳がわからない、もしかして今箒の腕を絞り上げてる女の子は千冬姉と同類である規格外の人間なのだろうか。

いやいかん、こんな事を考えている間にも箒は苦しみ続けているのだ。とにかく助けなければ。

俺は箒の元へと走り出した。

 

「危ねぇっ!」

「のわっ!?」

 

紀春が俺を抱えて横に飛ぶ。その一瞬後、俺が今までいた場所に大きな土煙が上がる。その土煙が晴れるとそこには先程のとは違う女の子が立っていた。しかし、いま箒を締め上げてる女の子もそこに立っている女の子もIS初めて見る子だ。

俺も学園に来て結構な時間が経つ、全員とは言わないが今まで見た事ない学園の人なんて数える位しかいないだろう。今日も新しい人に会ったけど。

 

「なっ、なんなんだよこれ」

 

この謎空間に来て一つ解った事があ。今目の前にいる子は少なくとも千冬姉と同類、いやそれ以上の存在だ。少なくとも普通の女の子はキックでクレーターなんて作らない。

 

「おい危ないだろ! 一夏を殺す気かよ!?」

「ごめんごめん、ちょっとハッスルしすぎたわ」

 

クレーターの中で女の子はばつが悪そうに頭を掻いている、しかしそろそろ今の状況の説明が欲しいところだ。

 

「紀春、俺にはこの事態がさっぱり飲み込めてないんだが」

「とりあえずあの二人は敵だ」

「OK、よく解った」

 

実際はよく解らないのだがそういう事にしておこう、これは勘だが多分今の事態は俺の想像の範疇を遥かに超えているんだと思う。そもそも廊下のドアを開けたら異空間に繋がっていること事態おかしいのだ。気にしたら負けだ。

 

「しかし見る限りかなり苦戦しているように見えるんだが、大丈夫か?」

「見ての通り大丈夫じゃない、何とかしてくれ」

 

俺は白式を展開する。箒も紀春もISを展開しているし、目の前にいるショートカットの女の子はキックでクレーターを作っちゃう位の超人だ。多分ISで戦うのが正しいんだと思う。

 

「あらあら、か弱い女の子に男が二人掛りだなんて卑怯だとは思わないの?」

「今更卑怯とか言ってられるか! 一夏、俺に併せろ!」

「了解っ!」

 

紀春が女の子に向かって飛び出す、それに俺も続く……ことは出来なかった。

 

「あれ?」

 

推進翼を吹かしてみても一向に飛ぼうとしない白式、右足が何かに引っかかっているようで俺は足元を見た。いや、見てしまった。

 

「な……っ!?」

「ゴメンね、織斑君はそこでこの子達と遊んでてくれるかしら?」

 

遠くで紀春と戦ってる女の子が余裕綽々の笑顔を浮かべながら俺に言う、そして俺の右足に絡みつく無数の手。俺は叫び声を上げるのを抑えるだけで精一杯だった。

 

俺の周りの地面から出てくる人、人、人。その人達は土気色の肌で体の一部がなくなっていたり奇妙なうめき声をあげながら俺に向かってゆっくりと迫ってくる。

このゾンビだらけの光景は正直SANチェックものだ、ってか確実に削れた。

 

「ぎゃああああああああああっ!!!!」

 

俺は零落白夜を発動させ手当たり次第にゾンビを切り刻む、後々考えるとこれが一時的発狂ってやつだったのだろうと思う。

そんな俺はシールドエネルギーが底を突くまでこの屍肉の軍団を刻み続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それっ!」

「ぐっ……ちぃっ!」

 

天野さんの拳が俺のボディーを抉る、なんとか距離を開けるが俺の体力は既に限界を超えていた。膝が笑い、もうまともに立つことすら出来ない。

助けに来てくれたはずの一夏はゾンビの群れに襲われ発狂しているし篠ノ之さんも腕を極められまともに動く事すらできない、俺達の敗北は決定的だった。

 

何故こんな事になってしまったのだろう。俺が何か悪い事でもしたのだろうか、強い者に挑むということは愚かであるとでもいうのか?

 

もういい、何をやっても勝ち目はないんだ。もう諦めよう。

 

「あら、もう終わり?」

「ああ、もう終わりだ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。でもあの二人の事は見逃してやってくれないか? あいつらは俺に巻き込まれただけなんだ」

「無理に決まってるでしょ、悪いけどあっちの女の子には死んでもらうし織斑君は藤木君と一緒に死ぬまで私達と遊んでもらうわ」

「だったらっ!」

 

最後の力を振り絞り右ストレートを放つ、しかしその攻撃もあっさり避けられ膝をボディーに食らう。そして俺は地面に仰向けに倒れた。

 

「…………」

「念願の童貞卒業チャンスだってのになんでココまで抵抗するのかしら、自分で言うのも何だけど私達結構顔は良いと思うんだけど?」

 

もう言葉を発する気力さえ無い、仰向けに寝ているため視界には天野さんのおパンツがバッチリ写るがそれに欲情する気力もない。

 

「本当に終わりみたいね、じゃまずはそのうっとおしい鎧を脱がせちゃいましょうか」

 

天野さんが俺に手を伸ばす、そして俺に触れようかとするその瞬間……

 

「待ちなさい!!」

 

誰かの声がこのバトルフィールドに響く、俺はその声の方に目をやった。

 

「……谷本さん?」

 

このバトルフィールドと外界を繋ぐドア、その前に立っていたのは少し前に保健室で俺と話していたクラスメイト谷本癒子その人だった。

 

「全く、素人が除霊なんて危ないことするんじゃないわよ。心配になって見に来てみて正解だったようね」

「あら、また新しいお客さん? 今日は大盛況ね、でも私達あなたに用はないの。ということでこの子達と遊んであげてね」

 

天野さんがまた新しいゾンビを呼び出す、そしてそれらが谷本さんに群がっていく。俺は虚ろな目でそれを見ることしか出来なかった。

遠くでは一夏が叫び声を上げながらゾンビと一進一退の攻防を繰り広げている、篠ノ之さんは未だ腕を極め続けられている、そして俺はこのザマだ。生身でこの戦場にやってきた谷本さんではこのゾンビ相手に勝ち目は無い、そう思っていた……

 

「破ぁ!!」

 

谷本さんはそんな声と共に青白い光を放つ、谷本さんに襲い掛かろうとしていたゾンビはその光に包まれ灰となり崩れ落ちていく。

 

「えっ?」

 

その場に居た全員の声がシンクロする、それはさっきまで叫び声を上げていた一夏も同様だった。

 

「えっ……なにそれ?」

「寺生まれだったらこれ位は誰でも出来るわよ。さて、次はあなたたちの番ね」

 

天野さんの疑問に谷本さんが答える、そして今度は谷本さんが天野さんとやりあうようだ。

 

「谷本さん、君は……いやあなたはもしかして……」

「ふふっ、やっぱり解っちゃった?」

 

谷本さんが微笑む。『寺生まれ』『破ぁ!』という二つのキーワードと彼女の苗字であるTANIMOTOを繋ぎ合せると彼女の正体は容易に想像できる。

 

「谷本さん、あなたが寺生まれのTさんだったのか」

「正解」

「男じゃなかったのか……」

「まぁ、ネットでの話だから多少はね? それにあれ私が書いたわけじゃないし」

 

コピペではTさんは男として扱われている、しかし今この現実ではそれは違っていた。

いや、それは今はどうでもいい話だ。兎に角谷本さんが本物のTさんであろうとなかろうとこの現状を打破する事が出来れば彼女は俺達にとって本物のTさんだ、それで充分だ。

 

「くっ、まさか寺生まれのTさんが相手とは……」

「どうするの? これ以上悪さしないって約束するのなら見逃してあげてもいいんだけど」

 

天野さんが一歩後ずさる、その顔は険しく額からは汗が滲んでいた。

 

「やってやろうじゃない! 私達だって伊達にあの世は見てないのよ!」

「破ぁっ!」

「ぎゃあああああああああっ!」

 

天野さんが戦意を見せた瞬間容赦なく襲い掛かる谷本さんの破、天野さんは消滅は免れたものの大きく吹っ飛んだ。どうやら谷本さん、いやTさんの実力は本物のようだ。

 

「むりむりむりむりかたつむり! 霊華! 逃げるわよ!」

「わっ、わかった!」

 

天野さんは空へと舞い上がりどこかに飛んでいく、聖沢さんも篠ノ之さんを解放してその後を追った。

そしてしばらくすると荒廃した墓地の景色は一変し壁に穴のあいた特別室の隣の部屋へと変わる、というか元に戻る。俺達はなんとか勝利する事が出来たようだ。

 

「はぁ……なんとかなったか……」

「しかし危ないとこだったわね、これに懲りたら素人だけで除霊なんて真似は二度としないように。解った?」

「はい、すみませんでした……」

 

俺はTさんに頭を下げる、確かに篠ノ之さんに多少の知識はあったとはいえ素人には変わりはない。それに除霊というものを軽く見ていたのも事実である、ココまで梃子摺るというかまさか命の危機にまで晒されるのは予想外だった。

 

「まぁ、次似たようなことがあったらちゃんと私に相談してね。毎回良いタイミングで助けに来てあげられるとは限らないんだからね」

「まぁ、こんな事二度とないとは思うけどね」

「それもそうね。じゃ、私はもう帰るから」

「Tさん、本当にありがとう。お陰で助かった」

「どういたしまして、じゃ~ね~」

 

そう言ってTさんは部屋から出て行く、そして取り残されたのは悲惨な目にあった専用機持ち三人組。

 

「……」

「……」

「なんか、ごめん……」

 

除霊するぞーって息巻いてあの二人に挑んでみたのはいいものの結果はこのザマだ、しかも一夏に至っては完全とばっちりだ。というか何でコイツはこの部屋までやってきたのだろう?

 

「まぁ、結果としては無事に終わったしいいんじゃないか?」

 

篠ノ之さんが肩を気にしながら言う、どうやらISは関節技に対して有効な防御法を持っていないらしい。

 

「しかし過程としてはただボコボコにされただけだったし、というか一夏は何でこの部屋に来たんだ?」

「いや、それは……秘密ってことで」

 

一夏が苦笑いを浮かべながらそう言う。まぁ、別にいいか。もう終わった事だ。

 

「さて、俺達も帰ろうか。色々あったからもう疲れたよ」

「そうだな、癒子に会ったらまたお礼をしておこう」

 

そんな感じで俺達も部屋から出る、廊下の大きい段ボールは相変わらずその場所にあった。

帰ろう、そして今夜は誰にも邪魔されることなくぐっすりと寝よう。

 

やっぱり寺生まれはスゴイ、三人で廊下を歩きながら俺はふと思う。

 

「それに引き換えこの神社生まれは」

「それは……言うな」

 

あの日と同じような夕日に照らされている篠ノ之さんが言う、そして少し歩くと1025室が見えてきた。部屋に戻ったらとりあえずシャワーを浴びよう、あの戦いで汗を掻いたしまだ夏休みが終わって数日しか経ってないから気温も高いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……結局あの中で何が起こってたのかしらね?」

 

一夏、箒、紀春を見送るとあたしは段ボールから脱出した、四人がすし詰め状態の空間から解放されると九月前半の高い気温の中でも涼しさを感じる。

そしてセシリアとラウラも段ボールから出てきてあたしの疑問に口々に答える。

 

「全く解りませんでしたが、一夏さんの様子を見るにコスプレ援交の線はなさそうですわね。しかし、流石に暑かったですわ。ああ、汗が下着まで……」

「軟弱な、この程度の暑さなど昔行ったジャングルでのレンジャー訓錬に比べれば涼しいくらいだ」

「特殊部隊のあんたと一緒にしないでよ、こちとらあんたと比べたら一般人も同然よ」

 

制服のシャツをパタパタさせながら反論してみる、あれ? そういえばシャルロットはどうしたのだろう。最初はわーわーと騒がしかったけど途中からずっと黙っていたので存在を忘れていた。

 

「シャルロット、どうやらあんたの紀春は無事な様よ。良かったわね」

 

そう言いながら振り返る、するとそこには……

 

「…………」

「あっ、これヤバイわ」

「シャルロットさん! 大丈夫ですか!?」

 

縛り上げられていたシャルロットが倒れていた、セシリアがシャルロットの体を揺するが反応が無い。

どうやらあの段ボール内の暑さで熱中症に掛っているようである、今更ながら彼女には悪い事をしたなあと思う。

 

「全く、一番の軟弱者はシャルロットであったか。情け無い」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」

「と、とにかく保健室にっ!」

 

そんなこんなで私達はシャルロットの縄を解き保健室へと運んでいく、その後私達は意識を取り戻したシャルロットに無茶苦茶怒られたのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「畜生っ、Tさんが出てくるなんて予想外もいいとこだわ!」

「ゆうちゃーん、私達これからどうすればいいのかな~? っていうかここどこ?」

 

TさんにIS学園から追い出された私達は全力で夜の海上を飛行する、出来るだけ遠くへ行こうともう一週間近くも飛び回っていたが周りは海だけしかなく完全に迷子になっていた。

 

「私も解らないわよ、でも凄く暑いから赤道の近くまで来てるんじゃない?」

 

無責任にそんな事を言ってみる、肉体の無い私達には空腹も乾きも疲労も存在しないけれど流石に同じ光景ばかり見るのには飽きてきた。

今になって思う、何でIS学園から逃げ出す時に本土側に行かなかったのかと。あの時は恐怖で冷静で居られなかったが、それ位は考えて行動すべきだった。

そんな事を考えていた時だった。

 

「あっ、ゆうちゃん! あそこに光が見えるよ!」

 

霊華が指差す方向を見る、そこには小さな光が見えた。多分どこかの島なのだろう。

久々に遭遇する文明に心が躍る、私達は一直線にその光の下に飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっ、これは!?」

 

光を追って到着したのは巨大な人工島、日夜最先端の研究が行われている科学の殿堂とも呼ばれているメガフロートであった。

メガフロートの観光施設で数日を過ごし流石に暇になってきた私達は研究所巡りを始める。私としてはあまり面白いものではなかったが相方の霊華は整備課志望だったこともあり様々な研究の成果に目を輝かせている。

しかも私達が見ている物はいわゆる最高機密、トップシークレットと呼ばれているようなものである。もちろん厳重なセキュリティが敷かれているが私達幽霊にとってそんな物は有って無いようなものだ。

そんなこんなで研究所巡りをしていた私達はとあるものを見つけた。

 

「ねぇ霊華、これってもしかして」

「うん、ゆうちゃんの思っているもので間違いないはずだよ」

 

運命、そんなキーワードが心の中に浮かぶ。私達の隣の部屋に藤木君がやってきた事、私達の正体に気付かれ戦う事になってしまった事、そしてTさんにIS学園から追い出された先に『これ』とであった事。

いつも私達の行く先に藤木君との繋がりが存在している、これが運命でなかったら一体なんなんだというのだろう?

 

「霊華、私決めたわ」

「そう、ゆうちゃんもなんだね」

 

私達の思いは一つだった、ならば迷う事はない。

 

「行きましょう霊華、そして今度こそ藤木君と合体するのよ!」

「うんっ!」

 

『これ』に触れる、そうすると私達の魂が『これ』溶けていくのを感じる。

段々と意識が黒く染まっていく、それでも私の心は未来への希望に満ち溢れていた。

 

「藤木君、待っててね……」



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第48話 権力への挑戦

おひさ。



朝も早くからSHRと一限目の半分を使って全校集会が行われる、最近まで寝不足だった俺としては全校集会くらいはサボって寝ていたかったのだがその事を織斑先生に言うと一睨みされ眠気も吹き飛んだ。

そんなわけで全校生徒が集まっているわけだが、ここまで女子が集まると騒がしい。そしてそんな空気がまた俺の眠気を誘う。

 

「それでは、生徒会長から説明をさせていただきます」

 

そう生徒会役員の一人が告げる、というかその生徒会役員は布仏さんだった。布仏さんと言っても虚さんの方ではない、本音ちゃんの方だ。一夏的に言うとのほほんさんだ。

布仏さんが生徒会役員らしい事をしているのは初めて見るのでちょっとびっくり、というかこういう役割は虚さんの方が似合ってると思うのだが虚さんはどこへ行ったのだろう? それらしい人を探してみるが見当たらない。体調でも崩したのだろうか。

 

おっと生徒会長様のお出ましだ、静かにしよう。

 

「やあみんな。おはよう」

「っ!?」

 

隣に立っている一夏が驚いた表情を見せる。どうしたんだろう、もしかして一夏もたっちゃんと知り合いだったのか。だったらたっちゃんも言ってくれてもいいのに。

 

「ん? どうした?」

「いや、なんでもない」

 

一夏が話をはぐらかす、まぁ言いたくないことなら無理に聞く事もないだろう。そして視線をたっちゃんへと戻す。

 

「ふふっ」

 

一瞬だが目があったような気がする、実際は一夏に視線を送ったのかもしれないが……

しかしあの表情、絶対に碌でもないことを考えてる顔だ。たっちゃんとの付き合いは半年にも満たないがなんとなく解る、そして久々にオリ主シックスセンスがざわつく。なんだか嫌な感じだ。

 

「さてさて、今年は色々と立て込んでいてちゃんとした挨拶がまだだったね。私の名前は更識楯無。君たち生徒の長よ。以後、よろしく」

 

オリ主シックセンスが最大級の警報をかき鳴らす、こういう時は碌でもないことが起きるに決まってる。それが俺の経験則だった。

 

「では今月の一大イベント学園祭だけど、今回に限り特別ルールと特別イベントを導入するわ。その内容とは」

 

たっちゃんが懐から扇子を取り出す、その手つきが妙に小慣れているが俺はたっちゃんが扇子を持ってる所なんて見たことがない。その手つきに合わせて空間投影ディスプレイが浮かび上がる。

 

「まずは特別ルールの方ね。名付けて、『各部活対抗織斑一夏争奪戦』!」

 

小気味いい音と扇子が開かれそれと共にディスプレイに一夏の写真がでかでかと映る。ああ、嫌な予感は俺の勘違いだったか。

そんな俺の思いとは裏腹に周りの女子達は割れんばかりの歓声を上げる。

 

「静かに、学園祭では各部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票を行って、上位組は部費に特別助成金が出る仕組みでした。しかし、今回はそれではつまらないと思い――」

 

びしっ、と扇子で一夏を指すたっちゃん。その扇子の先に俺も居るような気がして俺は一歩一夏から距離を離す。

 

「織斑一夏を、一位の部活動に強制入部させましょう!」

 

その声に反応し再度雄叫びが上がる。

 

「いやー一夏君はもてるねぇ、うらやましいよ」

「どうして俺だけなんだ、男なら紀春だって居るのに……」

「ほら、俺ってソフトボール部じゃん。しゃーないな」

「というか俺の了承とか無いぞ……」

 

「静かにっ! まだ特別イベントの方を説明してないわよ。私達生徒会が用意する特別イベント、その名も『各部活対抗藤木紀春争奪バトルロイヤル』!」

 

え? 今何て言った? そんな俺の思いは一段と大きくなった歓声にかき消されていく。

 

「こちらのルールは至ってシンプルよ、各部活の代表一名がISでバトルロイヤルを行いその優勝者の部活には藤木紀春を強制入部させるわ」

 

その説明が終わった瞬間ホールの中で今までの歓声をかき消すような大声が上がる、それは誰のものか。もちろん俺だ。

 

「ちょっと待てぇいっ!!!」

 

俺の声で静かになったホールの中を一気に駆け抜ける、そしてオリ主跳躍力をフルに活かし俺は壇上までジャンプした。

そして俺はたっちゃんと対峙する、その距離ジャスト210cm。C○AGE and AS○Aの距離感と同じだったが今の俺達にあのデュオのようなまとまりはない。そして現在の彼らもきっとまとまっていない。

 

「色々おかしいだろ! 第一俺は既にソフトボール部に入部してるんだ、今更そんな事認められるか!」

 

『そうだそうだ』と野次が飛ぶ、多分ソフトボール部の部員が俺に援護射撃を行っているのだろう。

 

「これは会長権限よ。藤木君、おとなしく商品になりなさい」

 

そう返すたっちゃんの目は冷ややかだ、たっちゃんにこんな目で見つめられるのは初めてだ。

 

「一夏はともかく何で俺がこんな罰ゲームみたいな目にあわなきゃならんのだ!? 納得いく説明をしてもらおうじゃないか!」

「納得いく説明ですって? あんな事をしでかしておいてよくそんな事が言ってられるわね」

 

あんな事をしでかしておいて? ……あっ。

 

「あっ、いやもしかしてあれのこと?」

「そう、あれのことよ。うら若き乙女を傷物にしておいてよくもぬけぬけと私の前に立っていられるわね、私が寝ているのをいい事にあんな事をするなんて酷いわ!」

 

あれの事とは寝ているたっちゃんの額に『肉』と書いたことだろう、あれはほんの出来心だったんだ。

 

「うら若き乙女を傷物にって……もしかして……」

「えっ!? 藤木君がそんな事をするような人だったなんて……」

「所詮男は狼なのよ、野獣なのよ。織斑君だって人畜無害そうな顔して心の中では何考えてるか解らないんだし藤木君なら尚更でしょ」

「寝込みを襲ったんだな……ってことは夜這いか?」

「レイープ」

 

色々誤解を招きそうな発言が飛び交う。

 

「いや、あれは本当に悪かった。出来心だったんだ」

「出来心だからって許されるわけないでしょう? あの後凄く恥かいたんだから!」

「だからってこんな仕打ちはないだろう!」

「私が感じた屈辱に比べれば10倍マシよ!」

 

たっちゃんが音を立て扇子を広げるそこには『激おこぷんぷん丸』と書かれていた。今まで持っていた扇子には絵が描かれていたはずなのだがいつの間に取り替えたのだろう。

 

「大体なんだよその扇子芸! 今まで見たことがないぞ!」

「いままで練習してたのよ! 初めてなのにこんなのに使いたくなかったわよ!」

「だったらやらなくてもいいだろ!」

 

壇上で繰り返される言葉の応酬、それを見ている人々も相変わらずざわついてる。

 

「え? なにこれ痴話喧嘩?」

「藤木君と会長が? 藤木君って篠ノ之さんと付き合ってるんじゃなかったの?」

「なんで私が藤木と付き合ってることになっているんだ!?」

「え? 違うの? 放課後の屋上で告白したって聞いたんだけど」

「放課後の屋上? ああ、あれは違うぞ。ちょっとした人生相談みたいなものだ」

「なーんだ、期待して損した」

「紀春うううううううううっ!」

「かっ、確保ーーーっ!」

「私に任せろっ!」

「ん゛ーーーーーーーーーーっ!!!」

 

こんな感じで超騒がしい、まぁ話の内容は色々な人の声にかき消されてよく解らないんだけどさ。

 

「そう言えば虚さんはどこへ行った、見かけないけど」

「虚は窓の無い部屋でボレロ聴きっ放しの刑に処したわ」

「何てひどい事を……あの人は何もしていない!」

「何もしなかったのが罪なのだよ!」

「『窓の無い部屋でボレロ聴きっ放しの刑』とか『何もしなかったのが罪なのだよ!』とかどマイナーネタ放り込んでくんじゃねーよ! 誰も解らんぞ!」

「ノリ君が解ってるじゃない!」

「しまった! そうだった!」

 

なんだか話がおもいっきり逸れている気がする、そろそろ軌道修正をしなければ収拾がつかなくなる。

 

「とにかくこんな馬鹿な話はやめるんだ、人身御供として一夏はどうなってもいいから俺まで巻き込まないでくれ」

「あら、友達に対して随分冷たいのね。でもこれだけは譲れないわ、私の気がおさまらないもの」

「とうとう本音を出してきたな、なら仕方ない。こっちにだって考えがある」

「あれ、何かしら?」

 

俺は力強く人差し指をびしっとたっちゃんに突きつける、そしてこう言ってやった。

 

「更識楯無! 生徒会会長の座を賭けて俺と勝負しろ!」

 

生徒会長様の暴挙を止めるにはもう俺が生徒会長になるしかない、ならば戦うしかない。

 

「ふふっ、ノリ君が私に敵うのかしら?」

「さあな、でも可能性はゼロじゃない。自分を守るためには致し方ないだろう」

「そう、やるってのね」

「ああ! 俺が生徒会長になった暁には『各部活対抗藤木紀春争奪バトルロイヤル』は中止にさせてもらう! でも『各部活対抗織斑一夏争奪戦』は面白そうなので続行だ!」

 

俺の宣言にあちこちでブーイングが起こる、確かに彼女らからしてみれば面白い話ではないだろう。

 

「ブーブーうるせえなお前達、IS学園は何時から豚小屋になったんだ?」

 

メス豚達に対して中指をつき立てそう言う、そうするとブーイングの声は一段と大きなものになっていく。

 

「わかったわ! その挑戦を受けましょう! ノリ君は私に勝利出来るのかしらね?」

 

たっちゃんは一度扇子を閉じもう一度開く、そこには『喧嘩上等』と書かれていた。お気に入りなんだな、その扇子芸。

 

「できらぁ!」

「では明日アリーナでISでの模擬戦を行うわ」

「え!!  ISで模擬戦を!?」

「しょうもないネタぶっこんでくるんじゃないわよ」

「はははっ、悪かったな」

 

そう言って俺は壇上から飛び降りる、俺が歩を進めると人垣が割れ道が出来る。まるでモーゼにでもなった気分だ。

悠々とその道を進むと左右からブーイングの嵐、俺は人垣に両手の中指を立てながらホールから去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということでたっちゃんとの模擬戦が決まった、どうすれば俺は勝てる?」

「いや、勝てないでしょ」

「いや、そこをなんとか」

「無理に決まってるでしょ、相手はロシアの国家代表なのよ。藤木君の実力でどうにかできる相手じゃないの」

「だからその実力を埋めるための策をさ……」

「そんなものは無い」

「いやいやいやいや、前年度主席様なら秘策の一つや二つ」

「しつこい! 無理だって言ってんだよ!」

 

不動さんが怒鳴る。ここはIS学園から三津村に貸し出された開発室だ、ここでたっちゃんを倒すための策を練っているのだがこんな感じだ。多分無いとは思うが生徒会側のスパイ行為を防ぐため開発室の前でソフトボール部員が立っている、ちなみに今の時間は授業をやってる時間だ。つまり部員も含め全員授業をサボってるわけだ。そして授業をサボってる人間はもう一人居る。

 

「まぁ、それはそれとしてこちらの娘さんはどちら様かな?」

 

不動さんの隣に居る女の子を見やる、リボンの色からして俺と同じ一年生。そしてたっちゃんと同じ色の髪が印象的な気弱そうな女の子だ。

 

「この子は更識簪ちゃん。名前の通りたっちゃんの妹さんよ」

「ああ、たっちゃんと微妙な関係で俺を振った妹さんか」

「振った? どういうことですか?」

「気にしないでくれたまえ、もう終わったことだ。それに君に振られたお陰で結果的にはいい事もあった、君には感謝している」

 

いい事とはもちろんラウラとの関係を持つことができたということだ、彼女に振られたからこそ俺はラウラをタッグパートナーにする事が出来た。そして以後の事はお察しだ。

 

「あの、藤木さん。あの噂って本当なんですか?」

「あの噂? 何のことだ?」

「藤木さんがあの人を……その……」

 

簪ちゃんが口ごもる、それに助け舟を出すように不動さんが口を開く。

 

「今、学園内では藤木君がたっちゃんをレイプしたって噂が立ってるのよ」

「ファッ!? なんだよそれ!?」

 

っていうか実の姉をあの人呼ばわりか、更識姉妹の溝は俺が思っている以上に深刻らしい。

 

「全校集会でのやり取りが原因ね、あなたたちが意味深な事を言うからいけないのよ」

「いやいやいやいや、あり得ねえだろそんなん。仮に俺がたっちゃんをレイプしたんなら今頃俺殺されてるだろ」

「そうよね、私は信じてなかったんだけど……」

「嘘だな」

「ちっ、ばれたか」

「マジでその噂信じてたのかよ、っていうか噂広がるの早すぎるだろ。さすが女子高だな」

 

さて、誤解も解けたことだし本題に移ろう、しかし俺が鬼畜レイパーという噂が立っているのはヤバイな。今後学園内で面倒事が起きないよう噂の火消しを行っておかなければ。

 

「ということで明日の模擬戦なんだけど何かいい案ないかな? 簪ちゃん」

「いえ、私もいい案は……」

「だったらなんでここに居るんだよ」

「その……藤木さんにあの人話を聞きたくて……」

 

本題に入ろうという矢先にいきなり脱線するとはいかがなものか。しかし、簪ちゃんも手は無いというのならもう仕方ない。ここはあっさり負けるとして、簪ちゃんの話に付き合おう。

 

「そんなの自分で聞けばいいじゃないか、何故俺に聞く必要がある?」

「私達の関係を知っててそんな事を言うんですか」

「だったら布仏さんに聞けば良いだろう、君のお姉さんの事は俺よりよく知ってるはずだ」

「本音に聞いたらあの人にばれるに決まってるじゃないですか」

 

簪ちゃんが搾り出すように言う、ココまで話していて彼女はたっちゃんに相当なコンプレックスを抱えているように思える。まぁ、あんなのが実姉だったらコンプレックスの一つや二つは抱えそうなもんだが。

 

「そうか、なら何が聞きたいんだ?」

「えと……最近はどうしてるのかなって……」

「しょうもない扇子芸とイベントを考え出した挙句に俺と生徒会長の座を争う事になった」

 

もちろん全校集会の話である、もちろん簪ちゃんも知っている話だ。

 

「そ、そうですか……」

「なんなんだ、君が聞きたいのはそんなつまらない事じゃないだろう? というか別に聞きたいことなんてないんじゃないのか?」

「えっ?」

 

困惑する簪ちゃんを他所に俺はまくし立てる、正直この子の態度が気に入らない。

 

「大体何だよあの人って、仮にも自分のお姉ちゃんだろ、家族だろ。以前お姉ちゃん言ってたぞ『露骨に避けられてて寂しい』って、苦手でも嫌いでも家族だろ。もう少し大切にするべきなんじゃないのか?」

「そうかもしれません、でもあの人のせいで私はっ」

「私は、なんだよ?」

「何かうまくやれたらやっぱり更識楯無の妹だからとか、失敗をすれば更識楯無の妹なのにって、私が何かする度にあの人の名前が付いて回るんです。私は私なのに」

 

まぁ、優秀な家族をもつものとしてありがちな話だとは思う。しかし当の本人からしてみればやっぱり辛いものがあるのだろう。

 

「国家代表で更識家の当主で学園では生徒会長、その上ISまで一人で作って……私の居場所なんてどこにもないんです、あの人が何かする度に私は……」

 

たっちゃんのIS、つまりはミステリアス・レイディか。はっきり言ってその話は眉唾物にしか聞こえない。

 

「あのさ、簪ちゃん」

「なんですか……」

「君アレだよね、見た目と違って結構アホなんだね」

「っ!?」

 

簪ちゃんの目つきが一気に鋭くなった気がする、こうも直接的に悪意をぶつけられるとそうなるのも致し方無しか。

 

「あのね、俺も今自分のISを開発してもらってるから解るんだけど、ISを開発するっていうのは何十人、何百人という数のと君よりも遥かに頭のいい人が集まって膨大な時間とコストを掛けてやることなの。確かに君のお姉ちゃんはすごい人だよ、でも一人で作れるものじゃないんだよ。ちょっと話変わるけどこの問題に答えてくれ、法隆寺を建てた人って知ってるか?」

「……聖徳太子ですよね?」

「残念不正解、正解は大工さんだ。さて、この話で俺の言いたいことって解るよね? そもそもISをたっちゃん一人で作ったって誰から聞いたんだ? 本人から直接か?」

「いえ、人伝ですけど……」

「それは誰だ? 君にそう言った人は本人から聞いたのか?」

「人から聞いた話だって言ってました」

 

話というのは巡り巡って行く度に尾ひれが付きどんどん話の内容がでかくなるもんだ、ISを開発したって話もそういう類だろう。しかも彼女の姉こと更識楯無は何でも出来る、または出来そうなスーパーウーマンだ。それもその無責任な話に信憑性を帯びさせているのだろう。

 

「で、そんな無責任な噂をあっさり信じてしまった更識簪ちゃんは悔しいので自分も一人でISを作ろうとしたってわけだ」

 

開発室の机の隅に置かれた紙を取る、詳しいことは解らないが多分ISの設計図だ。その名前は打鉄弐式、ラファール・リヴァイヴの汎用性を参考にしていると紙に添えられたメモに書いてある。

 

「…………」

「難しいと思うんだけど色眼鏡を外して自分の姉を見ることは出来ないかな? あの人君が思う以上に駄目な一面もあるぞ」

「…………」

 

そんな事を言われた簪ちゃんは黙る、まぁ俺がどうこう言って二人の関係が修復されるとは思っていない。

 

「まぁ、すぐに出来る事じゃないよね。でも君のお姉さんをちゃんと見てやって欲しい、俺に言えるのはそれだけだ」

「そうですか……」

 

その後一通り簪ちゃんと雑談した後、解散となった。あれ? 俺って何を話しにきたんだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、もう無理。どうやっても勝ち目が思いつかない」

 

部屋へと入りドカッとソファーに腰を下ろし出されたお茶を口に含む。うん、相変わらず世界で二番目にうまい。

 

「ねぇ、どうすれば良いと思う? たっちゃん倒したいんだけど何か弱点とか知らない?」

「うーん、難しいわね。あっ、そうそう。彼女編み物が苦手らしいわよ」

「おお、そうか。なら戦闘中に編み物セット渡してそれに苦戦しているところをドカッとやれば勝てるな。楽勝じゃん、明日はその作戦で行こう」

「やったねノリ君! 君が明日から生徒会長よ!」

「よし、これで勝つる! 作戦を考えてくれたお礼に生徒会長権限でたっちゃんの単位はこちらで何とかしておこう!」

「わーい! やったあ!」

「あの、お嬢様……突っ込みを入れた方がいいですか?」

「あっ、お願い」

「では失礼して……なっ、なんでやねん! おかしいやろ!」

 

虚さんが喋りなれていない関西弁で突っ込みを入れる、それが恥ずかしかったのか彼女は顔を真っ赤にして俯いている。

 

「…………」

「…………」

「……ふぅ、ところでさたっちゃん」

「無視しないでくださいっ! っていうか今の私達敵同士なんですよ! なんで藤木君が生徒会室に居るんですか!?」

「敵味方を超えた友情って素晴らしいと思わない?」

「思いません! お嬢様も何か言ってください!」

「アアアスラアアアン!!」

「キラアアアアアアア!!」

「…………」

「あっ、虚さんも混ざる? 後はトール役しか残ってないけど。あっ、それともその戦いを見ていたロウ役の方がいい? あいつメカニックキャラだし虚さんにはそっちの方が似合うかもね」

「混ざりません!」

「じゃあ最初からやるね、えーと最初の台詞は……」

「ノリ君の『キラアアア!』からよ」

「そうだったか。ごほん、では。キラア「いい加減にしてください! 何時まで続けるつもりですか!?」……えー、虚さんノリ悪い」

「ノリが悪いんじゃありません!」

 

怒られた、そもそもたっちゃんが悪ノリしたからこんなやり取りが始まったわけであって俺が怒られるのは筋違いなはずだ。

 

「そもそも藤木君がここに居ること事体が筋違いですよね?」

「うぉっ! 心が読まれた!」

 

この学園のエスパーって織斑先生だけじゃなかったんだ。以後気をつけよう。

 

「で、何しに来たの?」

「だからたっちゃんを倒す方法を……」

「もうその話はいいです!」

 

たしかにこんな話を続けていると収拾がつかなくなる、っていうかついてない。虚さんの言うとおりこの話はこれ位で切り上げておこう。

 

「そうだな、というわけで話題を変えようか」

「もう帰ってくださいよ……何時まで居座るつもりですか」

「まぁまぁ、二つ話したい事を話し終わったら帰るからさ」

「一つだけじゃないんですね……」

「で、ノリ君は何を話したいの?」

「まず一つ目の話題だが……妹さんに会ってきた、っていうか妹さんが俺に会いに来た」

「…………マジで?」

 

生徒会室が静まりかえる、たっちゃんは微妙な顔をしている。

 

「彼女なりにたっちゃんのことを心配しているんだろう、なんせたっちゃんは俺にレイプされた被害者ってことになってるんだから」

「ああ、あの噂ね。流石にあれは困るわね」

「俺の方が困ってるよ、ここに来る途中に何者かに矢を撃たれて死ぬかと思った」

「当たったの!?」

「いや、外れたけど。しかしもう少しで膝に刺さるところだった、そうなったら流石の俺も引退だな」

「怖いわねぇ……」

「怖すぎるよ、生徒会権限で学園内の武器持込を禁止してくれないかな? 俺の周りにも普段から気に入らない事があれば刀を振り回したり銃をぶっ放す奴が大勢居て迷惑してんだ」

 

もちろん一夏の周りのあいつらだ、正直今まで生きているのが不思議でならない。

 

「うーん、でも専用機持ってるあの子達はある意味特別だからねぇ。普通の武器携帯を禁止できても流石に専用機まで取り上げるわけにはいかないし……」

「まぁ考えておいてくれ、俺が死ぬ前にどうにかしてくれたら文句言うつもりはないよ。というか噂をどうにかしてくれないか? 俺が何言っても信用されないだろうし」

「解った、そこら辺は早急に対処しておくわ」

 

俺達は明日戦う間柄である、しかも個人的な怨恨の果てにだ。しかしこの和気藹々とした雰囲気はなんだろう?

直感的に思う、この戦いはたっちゃんによって仕組まれていると。しかしそうだとしたら何故だ? 何故たっちゃんは俺を煽って戦わせようとしているのだろうか。確かに『肉』の報復というのもあるだろう、しかしそれだけではないはずだと俺のオリ主シックスセンスが告げている。

 

「なぁ、なんで俺達は戦わなきゃならないんだ?」

「ノリ君が挑戦してきたからでしょう?」

「いや、今思えばアレは俺がそう言う様に仕向けられていた気がする。俺が挑戦を自分から表明しなくても『自分を止めたいのなら生徒会長の座を奪うしかない』って言ってたんじゃないのか?」

 

俺がそう言うとたっちゃんは目を丸くする、多分この表情は当たりだ。

 

「……凄いわね、全部当たりよ。でもどうして解ったの?」

「ただの勘だよ、そもそもこうやって和気藹々と喋ってるのがおかしいんだよ。その状況がなんか引っかかった」

「和気藹々と喋りだしたのはノリ君が先なのに……」

「確かにね……で、実際の所はどうなん? この戦いの本当の狙いとは」

「まぁ、ぶっちゃけると今の一年生の実力を見てみたいのよ」

「それで何故俺なんだ?」

「一年生で一番強いから!」

「まだそのネタ引っ張るのかよ、今一年で一番強いのはラウラのはずだ」

 

俺が一年最強という話はシャルロットとラウラが転校してくる頃に持ち上がった話で大体三ヶ月位前の話だ、その後はラウラの登場もあり俺は一年最強の座から引き摺り下ろされたのである。

 

「ああ、ラウラちゃんはいいのよ。もう決まってるから」

「決まってる? どういうことだ?」

「おっと、口が滑ったようね。これ以上は秘密よ」

 

何が口が滑っただ、絶対わざとに決まってる。

しかし何が決まってるというのだ? そして予想するに俺は決まってないらしい、そしてそれを見定めるためにたっちゃんは俺と戦うことになる。そして、それで何が決まるのかは一切解らないが……

 

「色々企んでるようだね」

「そりゃ私の本来の仕事は暗部だもの、企みもするわよ」

「その割には俺に色々されてたようだがな」

「その事に関してはまだ許してないんだからね」

「おっと、薮蛇だったか」

 

そう言って二人で笑いあう。

今の会話ではっきり解った、俺は試されていると。いったいどんな企みがあるのかは解らない、しかしたっちゃんにはこれまで何度も助けられてきたし計り知れない程の義理と恩がある。出来る事なら彼女に酬いたい、そして今の俺に出来ることはそのたっちゃんと全力で戦う事だ。未だ勝機は見えないがなんとかするしかない。

 

そんな事を思いながら幾らか雑談をした後俺は生徒会室を後にする。

よし、頑張ろう。俺はどこからともなく飛んでくる矢を華麗に避けながら決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ……こりゃガチでやばいぞ、全く策が思い浮かばん」

「困りましたね、私も何も思いつきません」

 

場所は変わってソフトボール部の部室、俺は未だたっちゃんを倒す手立てを見出すことが出来ないでいた。

ここの環境は心地いい、冷暖房完備に簡易キッチンまでついており駄弁るには絶好の場所だろう。しかし俺がここに来ることは滅多にない、ここは部員たちが部活の時間に唯一安らげる場所だからだ。

そんな場所に俺が来ようものなら彼女らはたちまち緊張してしまいリラックスできないだろう、それにここは更衣室も兼ねているので入るタイミングを間違えると大変なことになる。

 

しかしながら今俺はこの場所にいる、関係者以外が気軽に立ち入ることが出来るような場所だと何時刺客たちが俺の命を狙ってくるか解らないのだ。

そんな事を考えていると部室の入り口が騒がしくなる、部室の入り口には部員の一部が立って部員以外に入らせないようにさせているが何かあるのだろうか。

 

「おっ、織斑さん!? 申し訳ありませんが藤木さんからこの部屋には部員以外は誰も入れるなと言われています、お引取りいただけないでしょうか?」

「すまない、こっちも緊急事態なんだ! 開けてくれ!」

「幾ら織斑さんの頼みでもそれは出来ません、お引取りください」

「ならば、強引にでも押し通らせてもらう!」

「こっ、困ります! 織斑さん!」

 

直後、大きな音と共に部室のドアが開かれる。そこから部員達を四肢を掴まれながらも一夏が強引にこの部室内へと入ってきた。それをディアナ・ウォーカー以下数名の部室内に居た部員たちが警戒するような面持ちで見つめる。

 

「お前達、離してやれ」

「しかし、いいのですか?」

「ああ、構わん」

 

俺がそう声を掛けると、一夏を捕まえていた部員がその手を解く。

 

「ディアナさん、茶を用意してくれるか? 折角の客に茶も出せないとなると俺の沽券に関わる」

「はい、少々お待ちください」

 

そう言ってディアナさんが席を立ち簡易キッチンへと向かう、一夏にも椅子を用意させそこに一夏を座らせた。

 

「お前凄いな、部活ではいつもこんな感じなのか?」

「俺の権力なんて高が知れてるよ、特に明日戦う生徒会長様に比べればな」

「あっ、そうそう。お前楯無さんと知り合いだったんだな、随分仲良さそうだったけど」

「まぁな、かれこれ半年位の付き合いになる」

「そんなにか、全然知らなかったよ」

「別に積極的に他人に話すような内容でもないだろ」

「なんかお前態度が刺々しくない?」

「そりゃ、あの全校集会直後から命狙われ続ければ刺々しくもなるさ。で、俺と話したい事ってのはそれだけか? 俺もそんなに暇じゃないんだが」

「ああ、すまない。忙しいのは承知の上なんだがちょっとお前の力を借りたいんだ」

 

その時、ディアナさんが茶を運んでくる。それは温かい紅茶だった、最近は冷たいものばかり飲んでいるからたまにはこういうのも良いだろう。それに一口口に含み一夏の話の続きを促す。

 

「助けてくれ、お前にクラスのみんなを止めてもらいたい」

「クラスのみんな? なにかあったのか?」

「ああ、あったさ。ついさっきの話なんだが俺達のクラスがやる文化祭の出し物が決まった」

「ほう、なんなんだ?」

「その内容が非常にヤバイ、その名も『ウホッ! 一夏と紀春のご奉仕喫茶』だよ!」

「…………」

「なっ、ヤバイだろ? 今お前が教室に帰ってきて俺の援護をしてくれればまだ間に合うはずだ、ということで助けてくれ!」

 

ふむ、一夏はともかく現在鬼畜レイパーの異名を持つ俺にそんな事をやらせるとは中々いい度胸だ。彼女らには怖いものがないのか。

 

「いいんじゃないかなぁ……」

「よくないだろ!」

「別にいいだろそれ位、というか話はそれだけか? 悪いがその程度の話で俺を煩わせないでくれ、ご奉仕喫茶が嫌なら自分でなんとかしてくれないか? そんな事より今俺はもっと大事な用事があるんだ」

「そ、そんな事ってお前……」

「お客様のお帰りだ、ちゃんとお見送りしろよ」

「まだ話は終わってないぞ!」

「いや、終わりだ。おい、つまみ出せ」

 

俺がそう言うと数名の部員が一夏を羽交い絞めにし部室から出て行く、その間も一夏はぎゃあぎゃあと喚いていた。

 

「はぁ、下らない事で時間を取らせやがって」

「全くです、こっちは私達の未来が懸かっているというのに」

 

ディアナさんが俺に同調する、そんな言葉を聞きながら俺は紅茶をもう一度口に含んだ。

紅茶はまだ温かく、その琥珀色の水面からは白い湯気がまだ出ている。

 

ん? これは……

 

「そうか……その手があったか!」

「もしかして何か良い案を思いついたのですか!?」

「ああ、勝利の可能性が見えてきた!」

 

その瞬間俺の策は決まった、可能性は相変わらず低いがもしかしたらたっちゃんに勝てるかもしれない。




今回から切りのいい所まで週一くらいで投稿してストックが尽きたらまた書き溜めという形式でいこうと思います。

やったねたかしくん、これで時間がめっちゃ稼げるよ!


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第49話 灼熱オンステージ

それから一夜明け放課後、とうとう戦いの日がやってきた。薄暗いピットの中には俺と不動さんの二人だけしか居なく少々寂しい感じがする。

しかし仕方あるまい。現在の俺は鬼畜レイパーであり、生徒会長更識楯無を敵に回した大悪党である。

昨日の全校集会から矢が飛んできたり、ベッドの下に爆発物が仕掛けられていたりと俺の命の危機を数はもう両手では数え切れない。しかしこんな時こそ冴え渡るオリ主シックスセンスは俺の危機を悉く救ってくれた。オリ主で良かったな俺、一般人なら確実に死んでたはずだ。

 

「で、昨日は結局勝ち筋を見出す事が出来なかったけど何か思いついたの?」

「策って訳じゃないけどそれらしい事は一応考えてきたよ」

「へぇ、どんなの?」

 

不動さんが俺に尋ねると俺は展開領域から二丁のグレネードランチャーを取り出した、それは回転式弾倉を持ち連続で発射できる仕組みになっている。

 

「グレネード? そんなモノで勝とうっての?」

「まぁね」

 

不動さんが不安そうな顔をする、確かに百戦錬磨のロシア国家代表を倒すために用意した武器がグレネードランチャーでは力不足もいいとこだろう。

しかし、俺のオリ主頭脳が提示した最良の勝ち筋はこれしかない。あの時はいい策だとは思っていたがいざ実行に移すという段階での不安を拭い去ることは出来ないでいた。

勝ち筋を得るための情報が足りない、その情報を基に策を練る時間が足りない、それを実行に移す準備も足りない、そもそもたっちゃんを倒す実力はもっと足りない。

しかし時間は有限である、結局は配られたカードをどうにかやりくりして勝負するしかないのだ。

おっといかん、今から負けたときの言い訳を考えてどうする。こんな弱気では万に一つの勝利の可能性すら取りこぼしてしまう。

今は勝つことだけを考えろ、厳しい戦いになるのは当然であるし俺の勝機は万に一つだ、しかしそれでも信じろ。お前を信じる俺を信じろ!!

 

……あれ? この『俺』は誰なんだ? 『お前』が俺だから『俺』に当たる人物は……

 

「不動さん、俺って勝てると思いますか?」

「いや、無理でしょ」

 

不動さんではなかったようだ、俺は『俺』を探すためスマホの電話帳を開く。とりあえず一夏に電話を掛けてみた、数回のコール音の後電話が繋がる。

 

「もしもーし」

『紀春か!? お前大丈夫なのかよ?』

「大丈夫大丈夫。ところで聞きたいんだけどさ、俺ってこの戦いに勝てると思う?」

『こういう事を言いたくはないが無理じゃないか? 楯無さんってIS学園で一番強いんだろ?』

 

一夏は『俺』ではなかったようだ。しかし他にも当てはある、彼女なら俺の勝利を信じてくれるはずだ。

 

「そう……ところでラウラは近くに居ないか? 電話代わってもらいたいんだけど」

『ああ、みんな観客席に居るから代わるな』

 

数秒の無音の後、ラウラの声が聞こえた。

 

『兄よ、戦闘直前に電話なんていいのか?』

「お前の声が聞きたかったんだよ、それだけで勇気が出てくる」

『兄っ……』

「愛してるぞ、ラウラ。ところで話は変わるんだが、俺って勝てるかな?」

『無理だろ』

 

さっきまでの声のトーンが一気に冷める、愛しの妹は案外ドライであった。ええい、次だ次!

 

「シャルロットに代わってくれ、お前の声を聞いてるとやる気がなくなってくる」

『どっ、どうした兄っ! 何か悪い事でも言ったか!?』

「うるさい、とっとと代われこの踏み台が」

『踏み台とはなんだ!? 意味が解らんぞ』

「今更しらばっくれるつもりか? 兎に角代われ、お前に用はない」

 

その後、電話はシャルロットに代わる。

 

『どうしたの? ラウラが凄く落ち込んでるんだけど』

「よくある意見の食い違いだ、大した問題じゃない」

『そう……で、僕に何の用?』

「俺はこの戦いに勝てるかな?」

『無理じゃない?』

「篠ノ之さんに代われええええ!」

『わっ、びっくりした! 急に大声出さないでよ!』

「良いから代われ! 早く(ハリー)! 早く(ハリー)早く(ハリー)!!早く(ハリー)早く(ハリー)早く(ハリー)!!!」

『わっ、解った!』

 

「篠ノ之さん! 俺勝てるかな!?」

『無理だろ』

 

「セシリアさん!」

『どう考えても無理ですわね』

 

「鈴!」

『無理に決まってるでしょ』

「Tさん!」

『Tさんって誰?』

「谷本さん!」

『はいはい、今代わるわね』

 

「Tさん! 俺勝てるよね!」

『絶対に無理!』

「……そう、もういいや。さよなら」

 

失意のままに通話を切る、誰も俺の事を信じてくれなかった。

……いやまだだ! 俺には最高のベストフレンドが居る! アイツなら俺のことを信じてくれるはずだ!

 

俺は再度電話を掛ける、長いコールの後電話が繋がった。

 

『久しぶりだねかみやん、急にどうしたの?』

「太郎! 俺勝てるよね!?」

『何言ってんの? あっ、練習の休み時間がもうすぐ終わるから切るね。相談事なら後でメールでもしてよ、今忙しいから』

 

太郎はそう言って通話を切った。結局誰も俺のことなんて信じてなかったのだ、そんな事実が俺のオリ主ハートはおろかオリ主ソウルも凍えさせていく。

 

「あはっ、あはははははははははは。よーしがんばるぞーみんなおうえんしてくれてるぞーきたいにこたえるんだー」

「大丈夫?」

 

大丈夫ではなかった、そんな中ついに試合開始の時刻になってしまった。

 

「と、兎に角っ! 試合開始だから頑張って! ね?」

「うん、ぼくがんばるー」

 

俺の心の中はもう空っぽだ、そんな精神を抱えた体はロボットのような動きでカタパルトを踏む。

 

「ふじきのりはる、ばーみりおんにごうきいきまーす」

 

そんな感じでカタパルトは動き出す、そしてカタパルトの勢いそのままに俺はアリーナへと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリーナ内では既にたっちゃんが待っていた、そこに降り立つと観衆はブーイングで俺を迎える。そして向かいに立つたっちゃんは微笑む。

 

「ふふっ、えらく嫌われたものね」

「うん、みんあおうえんがりがとー」

 

そんなブーイングに俺は笑顔で手を振る、するとそのブーイングはひときわ大きくなった。

 

「えっ、ノリ君大丈夫?」

「だいじょうぶだよーぼくはかつよー」

 

明らかに大丈夫ではない俺をたっちゃんが心配そうな表情で見つめる、そんな中試合開始が告げられた。

 

「よーしがんばるぞー、ということでぱーんち」

 

俺は隙だらけの素人丸出しテレフォンパンチをたっちゃんに繰り出す、力もスピードもないそれは小学生ですら簡単に避けられるようなものだった。当然のように暗部組織の長兼IS学園生徒会長兼ロシア国家代表であるたっちゃんはスウェーバックで避ける、そして俺はパンチの勢いで派手にすっころんだ。そして観客席からは失笑が漏れる。

 

「あいたたた、あれー? どうしてあたらないんだろう?」

「本当にどうしたの? もしかして私を陥れる策か何か?」

 

たっちゃんは見当違いな考えを口に出す、もちろん俺にそんな意図はない。戦いにおいての精神的な要素が完全に取り払われているだけなのだ。

 

「こんどこそはあてるぞー」

 

起き上がりまた素人丸出しのパンチの連打を放つ、その動きは緩慢すぎてISに初めて乗った群馬での訓錬時代の俺でも今の俺を簡単に倒せるような動きだった。

そんな俺の攻撃を避け続けるたっちゃん、そんな攻防を続けているうちにたっちゃんの顔色が見る見る変わっていく。

 

「くらえー」

「いい加減にしなさいっ!」

「ぐぼあぁっ!?」

 

俺の右ストレートにカウンター気味で合わせられたたっちゃんのスマッシュが俺の顎を正確に打ち抜く、そんな打撃を受けた俺は右に捻りを加えながら回転し地面に倒れた。

 

「何やってんのよ!? 何か策があると思って付き合ってあげたけど結局何も無いじゃない! そんなんで私に勝とうっての!?」

 

たっちゃんがまくし立てる、こんなに怒ってるたっちゃんを見るのは初めてだ。

しかし、もう大丈夫だ。さっきの一撃で完全に目が覚めた。

立ち上がり膝にこびりついた土を払う、今まで一体何やってたんだ。

 

一夏もラウラもシャルロットも以下略も俺のことは信じていなかった、しかしそれでも俺は俺を信じよう。俺が信じる俺を信じよう。何故なら俺はオリ主だからだ、根拠はそれだけで充分だ。

 

「悪いな、試合前にショッキングな事があって呆けていたようだ。でももう大丈夫、今から本気出す」

「やっぱりさっきのは何かあったのね、でもそういうことなら私ももう手加減はしないわよ」

「望むところだっ!」

 

その瞬間に推進翼に火を灯したっちゃんに再度右ストレートを繰り出す、ショートレンジでの加速からの右ストレートは並みのパイロットでは到底避けられるものではないだろう。しかしそれでもたっちゃんは紙一重で避ける、並みのパイロットではないことは重々承知だがあまりの反応速度の速さに舌を巻く。

避けられたストレートの勢いを地面を蹴って殺し反転し今度はレッグラリアートを放つもたっちゃんも反転しそれを腕でがっちりと防御する、しかしながらその衝撃を殺しきれるものではなく大きく後ろに後退した。

 

たっちゃんに笑顔が戻る、俺の気分もいい感じだ。

ヴァーミリオンのイメージインターフェースが俺の考えた動きを正確にアシストしてくれている、他のISならば俺はこれほどの技量を発揮できることはないだろう。

しかしながらこの動きにたっちゃんはついてくる、そこが今の俺とたっちゃんの技量の差なのだ。俺はイメージインターフェースの補助があってはじめて彼女と同じ土俵に立てている。いや、実際はまだ彼女の方が一歩も二歩も上を行っているはずだ。そう、たっちゃんのISであるミステリアス・レイデイの一番の武器は水だ。それをアクア・ナノマシンというものを使って操っているらしい。

それをどうにかしないと勝ち目が無い、しかし俺にはその対策をするための武器がある。試合前に不動さんに見せたグレネードランチャーだ。

 

後退したたっちゃんから更に距離を離す、ハイパーセンサーが彼我の距離を正確に測りそれが21メートルジャストだという事を教えてくれる。あの時の距離の丁度十倍だ。

 

俺はヒロイズムを取り出し構える、それに対応するようにたっちゃんはランスを取り出した。あのランスはたしかガトリングガンが内蔵してあるハイテク仕様のランスだ、俺の突突とかいうローテクランスというかゴミとはえらい違いである。でもいいもん、その分ランスの強度はこっちの方が上だから。

 

ヒロイズムのターゲットサイトがたっちゃんを捉える。たっちゃんは動こうとしない、多分こちらの射撃の瞬間と同時に仕掛けてくるのだろう。

上等だ、そっちがその気ならロシア国家代表の実力とやらを存分に見せてもらおうではないか。

俺はそんな気持ちのままヒロイズムのトリガーを引いた。

 

ヒロイズムから放たれる光速の弾丸に対しステップで避けるたっちゃん、お返しと言わんばかりに放たれるガトリングガンの弾幕が俺を襲う。しかしながら俺だって既に並のパイロットの域は超えている、牽制で放たれるような攻撃など掠りもしない。

放たれる弾丸の応酬を行っていくうちに俺達は自然と円状制御飛翔(サークル・ロンド)へと移行する。

これは射撃と高度なマニュアル機体制御を同時にこなさなくてはいけない射撃型の戦闘動作(バトル・スタンス)である、しかしここでもヴァーミリオンのイメージインタフェースによる動作補助が効いてくる。自身の考えを自然に機動に反映するそれはこの高度な戦闘動作を比較的容易なものへと変えてくれるのだ、比較的容易とはいえ結構難しくはあるんだけどさ。

 

円を描きながら飛翔する赤と青、その間を行き来する光の筋は傍から見るとある種幻想的な光景とも見えるだろう。しかし実際やっている俺としてはたまったもんじゃない、一瞬前に居た場所を通り過ぎる弾丸からは明確な害意が込められていて少しでも気を抜くとそれに蜂の巣にされてしまうのだ。

そしてその弾丸を放っている円の先に居る彼女は微笑んでいる、俺がこんなにも心を削っているのに彼女はまだ余裕なのだろう。

 

このまま行けばジリ貧だ、弾丸を避け続ける事は出来ているがいずれそれも叶わなくなるかもしれない。

この高速機動の中一発でも弾丸が命中すればそのままバランスを崩し地面に激突、そしてそのままサヨナラだ。

それは避けたい、たっちゃんのために用意した虎の子のグレネードランチャーは未だ展開してすらいないのだ。

 

俺は意を決し、この回転から直角にターンし弾丸の雨へと向かっていく。流石にこの機動変更にたっちゃんの動きが一瞬遅れる、いくら国家代表とはいえ彼女は人間の枠を超えた超人ではない。それ故に先に仕掛けられた場合に人間の反応速度分だけ遅れが生じてしまうのだ。

その一瞬の遅れは弾丸の雨から俺を外し、一人きりの円状制御飛翔を行う時間を作ってしまう。

俺はたっちゃんが移動してくるであろう場所を狙い偏差射撃を行う、そして光速の弾丸はついに彼女を捉えることに成功したのだ。

 

「きゃっ」

 

女の子らしくなんともも可愛らしい声が聞こえる、そんな声を発した彼女は射撃を受けながらもバランスを崩すことなく地面へと着地した。

今回の一連の攻防におけるダメージレースとしては彼女に軍配が上がるだろう、俺は数発の弾丸を受けてしまった。そして何より彼女はダメージを負っていないのだ。何故なら……

 

「そいつが噂のアクア・ナノマシンか」

「そういうこと、残念だったわね」

 

彼女は俺の攻撃をご自慢の『水』で防いでいたのだ。

一度彼女と共闘した時、俺を守るため彼女はこの『水』で無人機の攻撃を防いでいたことがある。この『水』が有る限り彼女に射撃は通らない、という事はあの円状制御飛翔の攻防は俺にとって全くの無意味だった。……というわけではない。

あの攻防を狙った俺の意図、それは彼女から『水』を引き出す事にあった。

何故かって? この虎の子を活かすためさ!

 

「グレネードランチャー?」

「その通り」

 

ヒロイズムを捨て両手にグレネードランチャーを展開する、今回たっちゃんのために用意した俺の切り札である。

 

「うーん、ビームはともかく流石にそんなのに当たらないわよ私」

「そうだろうね」

 

全くもってその通りである、あれだけの戦闘機動を見せた彼女なら低速で放たれるグレネードランチャーの弾など止まって見えるだろう。そして俺もこのグレネードを当てるつもりは一切なかったりする。

 

「という事でちゃんと避けてくれよ! 別に当たってくれてもいいけど!」

「避けられるのを期待してるなんておかしいんじゃない?」

 

その問いに俺はトリガーを引いて答える、グレネードランチャーから発射された弾は真っ直ぐにたっちゃんの居る方向へ向かう。

そしてそれを大きく横っ飛びで避けるたっちゃん、そのまま弾は地面に着弾し大きな爆炎を上げる。

 

「期待どうりに避けてあげたけど、これに何の意味があるのかしら。教えてくれない?」

「すぐに解るよ」

 

炎に照らされ若干顔が赤くなったたっちゃんに対し俺が言う、そしてそのたっちゃんを照らしている炎は消えることなく燃え続ける。

 

「そう……時間がない割りにはよく考えたわね」

 

燃え続ける炎を見る彼女はその炎の正体と俺の目的にに気付いたようだ。

 

「ありがと、ということで……骨まであっためてやるよぉ!!!!」

 

そうしてグレネードランチャのトリガーを今度は二丁同時に引く、その弾は彼女に当たることなく地面に着弾。そして炎の柱を作っていく。

俺が装備しているグレネードランチャーの弾は通常の榴弾ではなくナパーム弾であった。

 

俺の狙いはこのナパーム弾から発せられる熱でこのアリーナ内部を極限まで暖めることにある、まぁ最低でも500度くらいには。

そのためにグレネードランチャーを乱射する、適当に打ち出されたナパーム弾はアリーナ内部の各地に飛び散り炎の柱を作る。そしてとうとう計12発の弾は底を突き、俺はグレネードランチャーを投げ捨てた。

 

そして急上昇するアリーナ内部の気温、ナパームの炎のお陰で酸素も不足しISを装備していない人間がこの中に入ろうものなら一瞬で死んでしまうだろう。しかしISには操縦者保護機能がありこんな地獄の業火に晒されようと俺達は戦いを続ける事が出来る。

 

そして俺がアリーナ内部を暖めている理由だが、たっちゃんの武器である『水』を封じるためである。

いくらアクア・ナノマシンが水を制御できるといってもその水を蒸発させてしまえばそれは無用の長物に変わる、しかもこの超高温の環境ではそのナノマシンもまともに動く事はないだろう。

そしてこのアリーナで水の補給も不可能だ、つまりたっちゃんはもう『水』を使うことは出来ない。

 

「もっと! 熱くなれよおおおおおおっ!!」

 

その俺の言葉に応えるかのように燃え盛る炎、アリーナ内部の気温はもうすぐ400度に達しようとしていた。

 

「はぁ、やられたわ……」

 

諦めたように溜息をつくたっちゃん、しかしここから先は完全ノープランだ。つまり素の状態でたっちゃんと戦わなければならない、正直しんどい。

 

「さて、ここからが本番だ」

「その感じからするとこれ以上の策はなさそうね」

「…right。その通り。よく気付いたね」

 

たっちゃんが微笑む、俺も微笑む。この地獄めいた光景の中で清涼感すら感じる、そして彼女に合わせるように突突を展開し構えた。

ここから先、射撃武器はもう使えない。超高温環境の中でいつ火薬が爆発するかとか内部機構の誤作動が起こる可能性を考えると怖くてとても使えたもんじゃないからだ。

 

たっちゃんもそれをちゃんと理解しているようでガトリングガンを撃ってくる気配はなく静かにランスを構えているだけだ。

これから先はショートレンジの殴り合いだ、技量差を考えると勝ち目は薄い。しかしながらこれが俺の選んだ戦い方だ、もう後には引けない。

 

気合を入れてスラスターに火を入れたっちゃんに飛び掛る、スラスターがいつもより派手に燃え盛っているのは気のせいだろう。

俺の渾身の突きの軌道をたっちゃんはランスの先端で軽く弾き逸らす、そしてそのままランスの腹で俺を殴りつけた。

 

「ぐぉっ!?」

 

ランスが顔面にクリーンヒットし一歩後退する俺を追撃するかのような突きが腹に刺さり大きく吹っ飛ぶ、なんとか地面を削りながら着地をするが更に追撃のランスが俺の目の前に迫る。

俺は不恰好ながら体を捻り追撃の突きを避ける、しかし回避行動でバランスを崩し地面に倒れてしまう。

 

今の回避ははっきり言って偶然としか言い様がない、そんな事を思いながら立ち上がる。しかしそこには……

 

「あれ、なんだこれ?」

「ふふっ」

 

ランスを持つ右手に『水』が巻かれていた、そしてその先にはたっちゃんが握っているこの武器の柄。

どいうことだ? 『水』は既に攻略したはずなのに……

 

「これくらいの温度じゃ私の『水』は蒸発しないわよ」

 

騙された! 本当はたっちゃんは『水』を使えたのだ! 

彼女としてはさぞ面白い展開だろう、そして今になって隠していた『水』を使うということはきっと彼女はこの試合を終わらせようとしているということだ。

 

「ノリ君、これからキミがどうなるか解るかしら?」

「大体ね……」

 

『水』で右手を封じられ、目の前には『水』を纏ったランスを構えた我らが生徒会長様。

この状況、どう足掻いても勝てない。

 

「ということで……これで、終わりっ!」

「ぎゃああああああああああああっ!!」

 

突き、突き、突き、突き!

空いた左手で防御しようにもこの怒涛の突きの連続にそんなものは無意味だった、一発ごとにシールドが削れていき俺の敗北は時間の問題だ。

そして後一撃でシールドが削りきれるその時、たっちゃんのランスが俺の目の前で止まる。

 

「ノリ君、降参しなさい」

「……何でトドメを刺さないんだよ」

「この状況でそんな事言うの?」

 

この状況? ……あっ。

 

俺達の周囲には俺が作り出した12の火柱、こんな所でISが解除されてしまったら一瞬で俺のグリルが完成してしまう。

 

「そうだった……負けたときの事考えてなかった」

「危ないわねぇ、万が一私が負けたら死んじゃうところだったじゃない」

「本当危ないな、というわけで降参します」

 

その瞬間、俺の生徒会長への挑戦は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああー、負けたああああああー」

「負けちゃったわね、でも中々やれたんじゃない?」

「いや、完敗だよ」

 

ピットの椅子にどかっと腰を下ろしながら不動さんに言う。今回の戦い俺は手も足も出なかった、『水』を無力化させることも出来なかったしたっちゃんに有効打は一撃も与えることが出来なかったのだ。

 

二人で無人機を倒したあの日、俺はたっちゃんの守られながら戦った。あの日の自分より今の自分は格段に強くなっている、これは自惚れではなく事実である。しかし、あの背中に追いつくにはまだまだ実力が足りないのを嫌と言うほど思い知らされた。

 

「でも一撃入れられるくらいの実力はあると思ってたんだがなぁ……」

「そうなりたいんならもっと強くならないとね」

「そうだね……」

 

緊張の糸が解けたのか疲れがどっと押し寄せてきた。なんだかんだで灼熱地獄の中で戦っていたわけだし、幽霊騒ぎの解決からまだ二日しか経っていない、昨日も作戦を練ったりベットの下の爆弾解除に時間を費やしていたため寝てなかったからここ数日にまともに寝た回数は一回だけだ。いや昼寝はしていたのでそうでもないか。

 

しかしそんな事を意識しだすと更に疲れが押し寄せてくる、そうしてどんどん意識が闇の中に吸い込まれていく。

あっ、落ちる……

 

「あれ、藤木君大丈夫!?」

「大丈夫じゃ……ない……」

 

そうして俺の意識は完全に闇へと落ちて行ったのだった。




今日で一周年です、結構やってたんだなぁ。
書いてない期間が長すぎるのもあるんだけど。


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第50話 それぞれの思い

目を開けるといつもの天井が俺を迎えてくれる、そこは学園内の俺的ナンバーワンリラクゼーションスポットである保健室だった。

 

「藤木さん、お目覚めですか」

 

その声に目をやると、ベッドの側にはソフトボール部部長であるディアナ・バートンが座っていた。

 

「えっ、起きたの!?」

「藤木さん……」

 

その声に反応したのは他のソフトボール部員達、彼女らは仕切りのカーテンを開けベッドの側へと近寄る。

彼女らソフトボール部員は一部で俺の狂信者という不名誉な称号を与えられている、しかし俺からしてみればみんな素直でいい子達だ。そんな彼女らは一様に不安そうな表情をしている。

 

「すまない、お前達の期待に答えることが出来なかった」

 

俺の敗北、それが意味するところは俺がソフトボール部を離れるという事がほぼ確実になってしまったということである。

学園祭で行われるバトルロイヤルには多くの部活が参加することになるだろう、幾ら今の俺が多くの学園女子の不興を買っているとはいえそれでも男というブランドはこの学園の中において絶大なのだ。

そして確実にこのバトルロイヤルに参加してくる実力者を俺は知っている。ラウラ・ボーデヴィッヒ、踏み台転生者にして俺の妹である。彼女とまともに戦えるだけの人材は残念ながらこのソフトボール部には居ない、そもそもラウラは一年生最強にして学園内で五指に入る実力の持ち主だ、そんなのに勝てるだけの戦力を持つことの方が難しいのである。

 

「いえ、藤木さんは気になさらないでください。あなたは私達のために戦ってくれました、それだけで私達には充分なのです」

 

一撃も入れることが出来ず、そして最終的には降参させられるというなんとも屈辱的な負け方をしたのにディアナさんはそう言ってくれる。ソフトボール部に居て良かった、俺は改めてそう思った。

 

「しかし、負けたら何の意味も無いじゃないか……」

「いえ、そうでもありませんよ。少なくとも私はあの戦いに勇気を貰いました。私、バトルロワイヤルに出場します」

 

涼しげな顔でディアナさんが言う、しかし彼女がバトルロイヤルに出場して勝てる見込みがどれ位あるというのだろうか。

 

「心配には及びませんよ。私、これでもアメリカ代表候補生ですから」

「いつの間に、そんな事聴いたことないぞ」

「つい先日のことです、代表候補生になるという通達を受けたのは。私の歳で代表候補生入りというのも珍しい事ですね、これも藤木さんが私達を鍛えてくださったお陰です」

 

命の危険を伴いながら行う地獄千本ノックや、体力が尽きるまで走り続ける限界ランニング、世界のO氏もやっていたポン刀素振り、ヤニキ的精神修行の護摩行など数々の練習メニューを繰り広げてきたがそれはあくまで野球やソフトボールの練習である。

つまり基礎体力や筋力や俊敏性の向上は確かにあっただろうがISでの戦闘向上とは直接結びつかないのだ、それでも彼女は俺のお陰だという。

ならば今一度彼女に酬いなければならない、それが俺に出来る最大限の事だ。

 

「そうか、解った。ならば俺も出来るだけのことをしよう、これを受け取ってくれ」

 

俺は左腕の赤い腕時計を外し彼女に差し出す。

 

「そんな、これは流石に受け取れません」

「あげるわけじゃない、貸すだけだ。それに練習機で勝てるような戦いにはならないと思うぞ」

「しかし、私がこれを使えばフラグメントマップが……」

「そんなの大した事じゃない。頼む、俺はまだお前達の側から離れたくないんだ」

 

ディアナさんの手を取りヴァーミリオンの待機形態である腕時計を握らせる、ディアナさんはしばらく腕時計を見つめた後それを自分の左腕に巻いた。

 

「解りました。藤木さん、貴方の為に必ずや勝利を勝ち取ってみせます」

 

そう言ったディアナさんの表情は決意に満ちていた。

ああ、これなら大丈夫だ。きっと彼女は俺に勝利をもたらしてくれる。

 

「よーしみんな! 明日からバトルロイヤルに向けた特訓を開始する、俺達の未来のために頑張ろう!」

「はいっ!!」

 

部員全員の声が保健室に響き渡る、さっきまでのしんみりした空気が嘘だったかのようだ。

 

「そういえばさディアナさん、俺の噂ってどうなったんだ?」

「その事でしたら、試合終了後に更識会長が直々に誤解を解いてくださいましたよ」

「そうか……良かった」

 

俺達の未来は明るい、この調子ならこの大きな障害もきっと何とかなるはずだ。笑顔の花々が咲く保健室で俺はそう確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~~家庭科室家庭科室」

 

今料理部の部活動に遅刻してIS学園の廊下を全力疾走している僕はIS学園に通うごく一般的な女の子

 

強いて違うところをあげるとすれば元々は男子生徒として学園に潜入してたってことかナ――名前はシャルロット・デュノア

 

ってこのネタは危険な香りがする、このあたりでやめてこう。

 

そんなわけで料理部が活動している家庭科室までやって来たのだ

 

家庭科室のドアを開けふと見ると僕以外の料理部員は全員集まっていた

 

ウホッ! ってまだネタが続いてる、今度こそやめよう。

 

「遅い! 十分の遅刻よ!」

「すっ、すみません!」

 

入ってくるなり部長さんに怒られた、まぁ遅刻した僕が悪いのだから仕方ないと思う。

ここに来る前に保健室で紀春の様子を見ておこうと思って立ち寄ったはいいものの、中に入れてくれないソフトボール部員と一悶着があり遅れてしまったのだ。そして僕は結局紀春に会えていないし、部長さんには怒られるし散々だ。

 

「まぁいいわ、主役の機嫌を損ねるわけにもいかないしね」

「主役? 一体何のことですか?」

 

部長の口振りからして僕が主役らしいってことは理解できるけど、僕は一体何の主役をやらされるのだろうか。

 

「私達料理部もバトルロワイヤルに出場するわ、もちろん戦うのは……デュノアさん、貴女よ」

「えっ……」

 

僕が……バトルロワイヤルに出場!?

 

「男子達に全く縁のない私達にはこの状況は願ってもないチャンスなの、織斑君は料理できるようだけど料理部自体には興味なさそうだしね。それに……ねぇ?」

 

部長が薄ら笑いを浮かべて僕を見つめる、周りを見回すと部員全員がニヤニヤしながら僕を見ていた。

 

「気になるあの子と一緒に料理なんてのも中々乙なものじゃないかしら? それに出来上がった料理を、『あーん』ってね」

 

『あーん』で思い出す、以前病院で紀春にそうしていた所を一夏達に目撃された事を。あの時は死ぬほど恥ずかしかった。

 

「シャルロット、お前料理上手いんだな。いいお嫁さんになれるんじゃないか?」

「そっ、そんな……でもお嫁さんになれるのなら紀春のお嫁さんになりないな」

「シャルロット……」

「紀春……」

「デザートにお前が食べたい」

「うん、紀春なら……いいよ……」

「なんつってな!! がははははっ!」

 

何時の間にやら目の前では奇妙な寸劇が繰り広げられていた、それを見ている部員達は大笑いしている。しかし、そんな笑いのネタにされている僕としてはたまったものではない。

 

「とまぁ、これは大袈裟だけどそんな事もあるかもよ?」

「あ……ぅ……」

「昔から男をつかむなら胃袋をつかめって言うじゃない、今の貴女は彼の胃袋に触れることもできてないというのに。まあ実際に触れられたら恐ろしい事になるんだけども」

 

確かに実際に触れられる状況とはかなり猟奇的な状況だろう、しかしそんな事より一緒の部活になればもっと紀春に近づけるチャンスではある。あの寸劇のような状況を起こす気はさらさらないけれど切欠を掴む事は出来るかもしれない。

 

「別に嫌っていうのなら強制はしないけれど、それでいいの?」

「いえ……僕、やります」

「そう、解ったわ。ということで今日はデュノアさんの勝利を願ってとんかつを作りまーす! みんな、準備してね!」

「うわーい、肉じゃあ!」

「やったー! お肉だ!」

「わしゃうろんがええよ!」

 

今時とんかつで喜ぶなんてどこの欠食児童だろう、そんな事を考えながら僕も調理の準備に加わる。

僕は個人的事情のためにバトルロイヤルに参加する、それでもみんなこうして応援してくれている。

頑張ろう、この料理部のみんなに酬いるためにも。

 

「そうそう、もし負けたら特別講師にオルコットさん呼ぶから覚悟しておいてね」

「えっ?」

 

この戦い、絶対に負けられない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幽霊部員の篠ノ之くん、あなたにはバトルロイヤルに参加してもらうわ」

「バトルロイヤル? 何故ですか?」

 

剣道場での剣の稽古が終わり、帰ろうとしていたところを部長に呼び出されバトルロイヤルに参加させられる事を通達された。

 

「現在、織斑君は無所属ではあるけれどアリーナ使用の都合や剣の修練のため週に一度位ははこの剣道部にやって来るわ。つまり彼は実質剣道部に所属しているっていうわけなの、ここまではいい?」

「ええ、しかしそれと藤木が何の関係が?」

「藤木君は関係無いわ、ただ一つ問題がねぇ……」

「問題? 一体何の問題があるというのですか?」

「私達はほぼ確実に『織斑一夏争奪戦』を勝ち抜けないってことよ」

 

『織斑一夏争奪戦』簡単に言うと各部活の出し物の人気投票一位になった部活に一夏が入るというイベントだ、昨日急遽発表されたこのイベントは今のこの学園において最大級の関心事だろう。

ちなみに『藤木紀春争奪バトルロイヤル』もそこそこ話題にはなってはいるが、全校集会での出来事で藤木の学園内の人気は大きく下がったため一夏のに比べるとそれほどではない。

会長が藤木に関しての誤解を解いてくれたのは今から約二時間前、以前の状態から抜け出したとは言えあの過激な噂の余韻はまだ残り続けるだろう。

 

「私達が『織斑一夏争奪戦』を勝ち抜けない? 確かに厳しいとは思いますが可能性はゼロではないと思いますが」

 

ちなみに私達が学園祭でやるのは剣道体験コーナーだったはずだ。

かなり厳しいとは思うが、可能性はないわけではない。一体部長は何が不満なのだろうか?

 

「私達は絶対に勝つことは出来ないわ、何故なら学園祭で毎回多くの生徒の投票を掻っ攫って特別助成金を貰い続けた部活があるからよ。このまま行けば今回もあそこが一位になるんじゃないかしら」

「あそこ? 一体何部なんですか?」

「陸上部よ」

 

陸上部、走ったり飛んだり投げたりと正直地味なイメージしかない。しかしそんな部活が毎度学園祭で大人気だという、一体彼女らは何をするのだろうか?

 

「陸上部が学園祭でやる出し物は毎回同じよ、多分今回もあれをやってくるんでしょうね」

「あれとは一体?」

「競走よ」

「競走? なんでそんなモノが何で人気なのでしょうか?」

「もちろんただの競走じゃないわ、客はそのレースの中で誰が勝つかをお金を払って予想してレースの結果を的中できればその走者の人気に見合った配当金を貰えるシステムになっているわ。来賓のおじ様方から勝負師の生徒達からも人気の出し物よ」

「それおもいっきり賭博じゃないですか! 法的にアウトですよね!?」

「いいえ、セーフよ。だってここはIS学園、治外法権なんだからなんでもアリよ。例を挙げるなら煙草とか酒とか武器持込とかとか……あっ、殺人未遂までなら許されるわよここは」

「いや……殺人未遂は流石にまずいのでは……」

「へぇ、私知ってるのよ。篠ノ之くん、あなた以前刀を持って藤木君を襲ったそうね? そしてあなたのお友達はその間ISで生身の織斑君に向かって銃撃ってたとか、しかも教室で」

「あっ……」

 

確かにそんな事もあった、よくよく考えてみると私達はかなり酷いことをしている。確かに学園外でこんな事をやればすぐさま刑務所行きだ、ここが治外法権で良かった……

というかこう考えるとIS学園とは無法地帯なわけである、学園の治安は個々の生徒のモラルによって維持されているわけであり私はそのモラルを乱す愚か者だということだ。

 

「ということで今のあなたは世間様からみればとんでもない悪党なの、陸上部のことをとやかく言える立場じゃないの。という事でバトルロイヤル頑張って頂戴ね」

「……はい」

 

愚か者の私はもうそう言うしかなかった、ならばせめてこの戦いに勝ちそれに気付かせてくれた部長に恩返しをしよう。

 

「ところで部長、なぜ藤木が欲しいんですか?」

「剣道部から織斑君が離れてしまえば私達の男成分がなくなってしまうじゃない、いわゆる持てる者の悩みってわけね」

「はぁ、そうですか……」

 

……頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、これで今日の練習は終わりですわ。片付けをした後は解散してください」

「はい、ありがとうございましたー」

 

テニス部部長であるマダムバタフライの号令の後わたくしの所属しているテニス部の面々は片付けを始める、もちろん一部員に過ぎないわたくしもそれに加わろうと思ったのだがそこをマダムに呼び止められた。

 

「セシリア、少しよろしくて?」

「はい、いかがされましたか?」

 

マダムバタフライというのは我がテニス部の部長のあだ名であるが、その本名を知るものは居ない。そしてマダムの髪は私と同じ金髪縦ロール、しかも口調も似ている。キャラが被っているというレベルではない、テニス部に入った当初はわたくしは『マダム二号』と呼ばれていたのだ。

 

「ええ、お願いがあるのだけれどバトルロイヤルに出場していただけないかしら?」

「ばっ、バトルロイヤルですか!?」

「ええ、あたくしは藤木紀春が欲しいの」

 

紀春さんはマダムとは対極にいるような人間だ、マダムを一言で表すなら『優雅』、それに引き換え紀春さんを言葉で表すのなら『武骨』である。そんな対極にいるような紀春さんに何故マダムが興味を持っているのだろうか?

 

「一つお伺いします、何故紀春さんをテニス部に入れたいのでしょうか?」

「あら? 彼はとても良い素材よ。適切な指導を受ければテニスの道においてもきっと大成するわ」

「大成ですか……」

「ええ、彼以上の身体能力を持つ人間はこの学園では織斑先生以外には居ないでしょう」

「確かに紀春さんの身体能力は目を見張るものがあります、しかし紀春さんは先の戦いで敗北してしまいました。これは一体どういうことなんでしょうか?」

「ISにおける戦いにおいて身体能力はそれほど大きなウエイトを占めるものではないわ、確かに無いよりはあった方がいいのだけれど先の戦いではそれ以上の技術の差があった。というとことでしょうか。仮に生徒会長を徒競走や腕相撲で決めるのでしたら今頃はこのバトルロイヤルも開催していなかったでしょうね」

 

マダムの言うとおりだ、単純な身体能力でISでの戦闘に勝てるのならこの学園はゴリラだらけになっているのだろう。

 

「それに幸いなことにテニスは個人競技よ、団体競技とは違って男一人でも大会に出ることが出来るわ」

「そうですわね、しかし……」

「勝つ自信が無いと」

「そうしてそれを!?」

「一年の子から聞いたわ、最近あなたが行き詰っていると」

 

夏休み明けの最初の実習、そこで自分は一夏さんに負けてしまった。そしてそれは専用機持ちでは自分だけである。紀春さんもあの時は調子が悪くシャルロットさんに負けてはいたが、先の戦いでは負けはしたもののその実力の高さは手に取るように解った。自分の見立てでは今の紀春さんの実力はシャルロットさんより上、ラウラさんより下、といった所だろう。

 

「負けるのが怖いのです、負けていく度に自分が今まで積み上げてきたものが失われてゆくような気がして……」

「負けることを怖がるのはおよしなさい! たとえ負けてもあたくしはあなたに責任をおしつけたりしない。 それより力を出しきらない戦いをすることこそを恐れなさい!」

 

マダムが声を上げる、彼女は厳しい人だがこんな声を上げる人ではなかった。

そしてマダムは立ち上がりラケットを拾い上げ、それを見つめて言う。

 

「わたくしがラケットを握ったのは7歳、その時からくる日もくる日もテニスに明け暮れたわ。とても苦しかった。いいえ、今も苦しい。でも、その長い月日の苦しさが今のわたくしを支えているのです」

 

苦しい……それは自分も同じことだった。

 

「セシリア、あなたも存分に苦しみなさいな。その苦しみはいつか掛け替えのない財産になるはずよ。絶対に勝てるなんて無責任なことは言わないわ、でもこの戦いはあなたをもう少しだけ大きくしてくれるはずよ」

 

その言葉に心が震えた、こんな事は初めてだった。

きっとマダムは紀春さんが欲しいわけではないのだろう、自分を成長させるためにこの戦いへと参加させようとしているのだ。

 

「マダム……わたくし戦います。自分のために、そして貴女のためにも」

「ええ、期待してるわ。でもこれだけは言っておきます。勝っても負けても、自分自身に決して言い訳をしないように。一番恐いのは自分自身に甘えることだから」

 

もう何も怖くなかった。自分には支えてくれる人がいる、そしてそれを知ったとき自分の心が軽くなったのを感じた。

存分に苦しみ、自分らしく戦おう。それが今の自分に出来る精一杯の事だから。

 

しかしマダム、貴方の人生をテニスに賭けているのは素晴らしいとは思いますが一体何故IS学園に居るのですか? テニスがしたいならここよりもっといい学校があるでしょうに……

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから! そんなんじゃ織斑君は勝ち取れないわよ!」

「なら他に案が有るんですか!?」

「いや、その……そう言われると……」

 

あたし達ラクロス部の学園祭の出し物についての会議は完全に行き詰っていた、あーでもないこーでもないとかれこれ二時間近く会議が行われてるが一向に終わりが見えない。

生半可のものでは投票を勝ち取るのは難しいとも思う、かと言って代案も浮かんではこない。そんな状況はあたしの眠気を誘う、というか現在あたしの意識はほとんど夢の中だ。

 

「まぁ、一度織斑君の件は置いておいて藤木君についての話もしないとね」

「あ、そうですね。この部で荒事向きと言ったらやっぱり凰さんですかね」

「う、う~ん。いちかぁ……むにゃむにゃ……」

「どうかしら。鈴、バトルロイヤルに出てくれるかしら?」

「えっ……そんな……でもいちかにならいいよ……ぐぅ……」

「本当!? こっちの方はすんなりと決まってよかったわ!」

「だいじょうぶ……ぜんぶあたしにまかせて……ぐへっ、ぐへへへへへ……すぴー……」

「頑張ってね、応援してるから! というわけで出し物の話に戻りましょうか」

「そうですね、しかし何をやればいいのやら……」

「ああっ……いちかったらはやい…………えっ、にかいめ?……うん……zzz……」

 

あたしは完全に夢の世界に落ちていく、その間も会議は続いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「スゥーッ! ハァーッ!」

 

部長が息を吸い込み、それを吐き出す。部長の胸は実際豊満であり、呼吸に合わせてその胸が揺れる。

 

「スゥーッ! ハァーッ!」

 

自分も息を吸い込み、それを吐き出す。自分の胸は実際平坦であり、呼吸に合わせて胸が揺れる事はない。

 

「さて、これ位で良いでしょう、今日の所は終わりにします。ボーデヴィッヒ、あなたは残りなさい、話があります」

「はっ」

 

部の仲間たちは片付けを始める、そんな彼女らを尻目に私は部長の元へと赴いた。

 

「さて、話の内容は言わなくても解りますね」

「もちろんです、バトルロイヤルの件ですね」

 

このバトルロイヤルには商品として兄が賭けられている、その兄の窮地を救うのは妹の私以上にふさわしい人間は存在しないであろう。

そして兄をこの茶道部に入れ共に茶道を極めるのだ、これほど嬉しい事もそうないだろう。

 

「その通りです。一応聞いておきましょう、勝てますか?」

「当然です部長。私には兄との絆がある、その絆は誰にも阻む事は出来ません。今まではソフトボール部に兄を独占させられていましたが今回のチャンスでそれも終わりを迎えることになるでしょう」

 

私がこの学園に転入してきた時には兄は既にソフトボール部に入っており、私と兄がタッグを組む切欠となった場所もソフトボール部のグラウンドだ。

彼女らには私と兄を繋いでくれた恩はある、しかしそれでも兄を独占している現状を見過ごすわけにはいかない。そこに現れた今回のバトルロイヤルは正に渡りに船だ、ならばこの好機を利用しない手はない。

 

「期待していますよ、ボーデヴィッヒ」

「その期待、答えてみせましょう。まぁ、スポーツなどと軟弱な事をしている部活如きが我々茶道部に勝てるとは思えませんしね」

 

そう言いニヤリと笑ってみせる、それを見た部長もニヤリと笑う。

 

「ではお願いしますね。茶道の力、とくと見せてやりなさい!」

「Ja!」

 

そう言って部長に敬礼する、それを見た部長もご満悦のようだ。

 

茶道の力をもってすればこの戦いは楽勝だろう、私の未来には兄と共に茶道に励む自分の姿しか見えなかった。

 

そう、私の所属している部活は茶道(チャドー)部だ。

茶道(チャドー)部とは、とは古代より伝わる暗殺拳を修練する部活なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっくっくっ、織斑一夏に藤木紀春ッスか。面白いッス、学園の男二人はこの陸上部がまとめて頂くッスよ」

「へー、頑張ってねー」

「ちょっ、バトルロイヤルには先輩が参加するんッスよ! やる気出してくださいッス!」

「ええー、面倒くさいなぁ……フォルテ、お前がやれ」

「マジッスか……」

「マジッスよ、という事で頑張れー」

 

陸上部の部室ではそんな会話が繰り広げられていた。

 

陸上部……そこは専用機持ち二人を有する学園内最大の戦力を有する部活であった。




これ書いた後に原作読み直したんだけど、シャルとラウラってこの時点で部活に入ってないことに気付いてしまった。ということでそこらへんは独自設定です。あと残りの専用機持ちの事が全然わかんねぇ。


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第51話 チケットの行方

辛いさんが帰ってくるだと!?


藤木と生徒会長の戦いから二日後、私は一人放課後の教室で悩んでいた。

 

ここに一枚のチケットがある、言わずもがな学園祭の招待チケットである。

しかし私がそのチケットを渡す事が出来る相手なんて居ない。いや居ないわけではないのだがあの人をこの学園に招くとなると大混乱は必至だ、そして高確率で誰かの血を見る事態となるだろう。

『誰か』とは誰か、それは多分……

 

「おいっす、何やってんの?」

 

その『誰か』が私に声を掛けてきた。

 

「ああ、藤木か。これをどうしようかと考えているんだ」

 

そう言って藤木にチケットを見せる、それを見た藤木がにやりと笑う。なんだか嫌な予感がしてきた。

 

「ほうほう、友達居ないから渡す相手が居なくて困っていると」

「とっ、友達が居ないだと!?」

「え、居るのか?」

「居るだろ! ほら……クラスのみんな……とか?」

「なぜそこで疑問系なんだ? で、それ以外には?」

「それ以外……剣道部!」

「それ以外は?」

「それ以外……それ以外……それ以外…………」

「いきなりストック切らしてんじゃねーよ、そもそも学園内の友達にチケット渡せるわけねーだろ。学園外の友達居ないのかよ?」

 

藤木が意地の悪い質問をぶつけてくる、私に学園外の友人が居ないのを知っててそれを言うとは。

……あっ、居た。居たんだが……

 

「あっ、花沢さんが居た」

「良かったな、渡す相手が居て」

「いや、花沢さんは……」

「ん? 何かあったのか?」

 

花沢さん、藤木の幼馴染にして私の二人目の友人である。ちなみに下の名前は謎だ。

しかし、一つ問題がある。花沢さんはあくまで東雲箒の友人であり篠ノ之箒の友人ではない、つまり私が言いたいのは……

 

「結局私の正体黙ったまま中学校を卒業してしまった……今現在は連絡も取ってない」

「そういうのが友達出来ない原因なんだろうな、マメに連絡取り合うのって結構重要だぞ?」

「うぐっ……」

 

藤木から発せられる言葉のナイフが私を容赦なく切り裂く。しかしこんな奴でも私より友達が多い、しかもこいつは自前の狂信者まで抱えている。世の中は理不尽な事だらけだ。

 

「まぁ立場が立場だからな、言い出しにくいのも解る。よければ俺が連絡取ってやろうか?」

「……いいのか?」

「別に構わん、俺たち友達だろ。但し学園祭の時まで助けてはやらんぞ」

「のっ、ノリさん……」

「ノリさんはやめい」

 

藤木は口は悪いがなんだかんだで私を助けてくれる、悪い奴ではないとは思う、口が過ぎることもよくあるが。

 

「さて、私はもう行く。いつまでも二人きりでで喋っていたらまた要らぬ誤解をされてしまう」

「要らぬ誤解? なんだそりゃ」

「以前放課後の屋上にお前が私を呼び出したことがあっただろう、あの時クラスのみんなはお前が私に告白すると思っていたらしい」

「二人きりになれば即刻色恋沙汰かよ、そんなんだったら今頃俺はハーレム作っとるわ。……あー、なんで俺もてねぇんだろうな」

「そういう残念な所を見透かされてるからじゃないのか? まぁとにかくありがとう、礼は何時かする」

「別にいいって。あっ、でもどうしてもと言うんならその大きなおっぱいを一度もま「せいっ!」すぺらんかあ!」

 

セクハラしてきた藤木の顔面に正拳突きをお見舞いする、やはりこいつはこんな感じだったか。

気絶している藤木の顔面にチケットを貼り付け、私は教室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みの教室、そこで花沢さんは一人唸っていた。なんだかとても難しそうな顔をしていて一応友人である僕も心配になってくる、というわけで僕は花沢さんに声を掛けてみることにした。

 

「うーん……」

「どしたの花沢さん?」

「ああ、太郎か。はい、これあんたにもあげる」

「ん?」

 

そう言って花沢さんは二枚持っていた紙の一枚を僕に手渡す、その表を見てみると『IS学園学園祭招待券』と書かれている。

 

「これは……かみやんが送ってくれたの?」

「うん、そういうこと。でもおかしいのよ、このチケットって生徒一人につき一枚しか配られてないらしいんだって」

「ふーん、一枚はかみやんからのチケットだとしてもう一枚は誰のかってことが気になるってとこ?」

「うん、一応かみやんにメールで聞いてみたんだけど答えてくれなくて」

「留学生とかじゃない? 流石に学園祭のために友達とか親とかを日本まで呼びつけるのは気が引けるんじゃないのかな? 渡航費とか宿泊費とかで結構掛るでしょ」

「そうかなぁ、高が留学生と言ってもわざわざ日本までISの事を学びに来てるんだから渡航費とか宿泊費とか気にするレベルの家の子はそもそも日本に来ないような気がするんだよね。一応各国に訓練施設はあるわけだし」

「じゃ、そもそも親が居ないとか」

「そりゃ大変ね、親と死に別れて単身右も左も解らない外国に放り出されるとか考えただけでも恐ろしいわね」

「だねー、もしくは日本人だけど呼ぶ友達がそもそも居ないとか!」

「うわー、悲惨だわ。この思春期にぼっちとか辛すぎるわね、私だったら人生悲観して自殺してるかも」

「そりゃ流石にオーバーじゃない?」

 

そう言いながらもう一度チケットを眺める、よく見るとチケット配布者の名前が書いてありそこには『藤木紀春』と書いてある。となると今花沢さんが持っているチケットが二枚目であるぼっちさんまたは親無し留学生のチケットということになる。

 

「花沢さん、チケット配布者の名前が書いてあるよ」

「あれ、そうなの? 全然気付かなかったわ。えーと、私のチケットには……えーと、しののの……」

 

しののの? どこかで聞いたことある名前だ。

 

「って、篠ノ之箒!? 篠ノ之ってことは篠ノ之束の家族ってこと!? 流石IS学園、かみやん程度の人間でもこうも簡単に超VIPとお近づきになれるなんて……」

「一応言っておくけど、かみやんも超VIPだからね?」

「しかしその篠ノ之箒がぼっちとはねぇ、やっぱりみんな遠慮して近づきづらいのかしら? ん? ぼっち……しのののほうき……どこかで聞いたことがあるような……」

「まぁ別にいいんじゃない、学園祭に行けば多分会えるだろうし。その時にお礼もしておかなきゃね」

「それもそうね。さて、お昼ご飯食べないと昼休み終わっちゃうわ。太郎、行きましょう」

「そーだね」

 

僕達は席を立って学食へと向かう。篠ノ之箒、どんな人なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くしゅん!」

 

専用機持ちで集まって飯を食っている最中、女性陣がタイミングを合わせたかのように同時にくしゃみをする。

 

「飯食ってる最中にくしゃみなんてするなよ、きったねーな」

「いや」

「なんだか」

「急に」

「くしゃみが」

「ですわ」

 

と女性陣が返してくる。

 

「しかし一体何だったんだ。あれか、噂か?」

「噂ですか。まぁわたくし位になりますと噂の一つや二つ常にされているようなものですがね」

「確か一度目のくしゃみはいい噂で二度くしゃみをすると悪い噂をされているという話だったか」

「あら、ならいい噂ということですか。ふふっ、誰がわたくしの噂をしているのでしょ……くしゅん!」

 

セシリアさんがもう一度くしゃみをする、悪い噂のようだ。

 

「くっくっくっ、どうやら悪い噂をされてるようね。まぁ普段の行いが悪ければ仕方な……くしゅん!」

 

セシリアさんを笑っていた鈴も後を追うようにくしゃみをする、今度はそれを見たセシリアさんが笑う

 

「おーっほっほっほっほっ、どうやら悪い噂をされているのは鈴さんも同じのようですね」

「はっ、悪い噂? そんな迷信信じてるなんてあんたお子様ね!」

「なんですってえええええ!? 大体鈴さんが先に言い出したんじゃありませんか!?」

「あら、そうだっけ? あたし覚えてなーい」

「なにを都合の良いことを!」

「くしゅん」

「くしゅん」

「くしゅん」

 

鈴とセシリアさんが言い争っているのを尻目にしめやかにくしゃみをする残り三人、なんだかいつもの学園の雰囲気であった。

俺はその間に一気にチャーシューメン大盛りを啜り、奥ゆかしく席を立つ。そこに一夏が声を掛けてきた。

 

「あれ、もう行くのか?」

「ああ、とばっちりを受けたらかなわん」

「それもそうだな、俺も行くよ」

「私も行こう」

「あっ、僕も」

「兄よ、私も行くぞ」

 

そして一夏に追随するように早めに食事を終えた三人も席を立つ、そして俺達は逃げるように食堂を後にした。



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第52話 ロマンチストはエゴイスト

「ついに、ついに、ついにっ! 女の園、IS学園へと……来たぁぁぁぁあ!!」

 

赤髪の男が叫ぶ、それを私と太郎は遠巻きに見つめていた。叫ぶ男はそのあまりの不審振りに私達だけではなく他の人々の視線も集めていた。

 

「うわ……何あの人。人の往来の真っ只中で叫んでみっともないわね」

「近づいちゃ駄目だよ花沢さん。ああいう人は何するか解らないんだから」

「仮に何かしてきてもあれ位なら一撃でノックアウトする自信はあるわよ?」

「そんな事すれば少なからずかみやんにも迷惑掛るんだから出来るだけ大人しくしてようね」

「はいはーい」

 

太郎のこの対応、まるで子供を宥める親のようである。

まぁ、五年以上もかみやんと友達をやっている太郎なのだから大人の精神を持っていないとやってられないのだろう。

 

「あの、チケットの確認をさせてもらっていいかしら?」

 

そんな事を考えながら歩いているとある女性から声を掛けられる、その女性が身に纏っているのはIS学園の制服だ。

ああ、憧れのIS学園の制服。私もこれを着たかったなぁと思いながらチケットを差し出す、彼女は私と太郎からチケットを受け取り確認する。

 

「ええと、配布者は……あっ……」

 

チケットを受け取った女性の顔が一瞬強張る、この人はかみやんの知り合いなのだろうか?

 

「ふ、藤木君に篠ノ之さんですか……」

「知り合いなんですか?」

「ええ、まぁ……藤木君の方は……一応……」

 

妙に沈んだトーンで彼女はチケットを私達に返す、多分彼女はかみやんのせいで何か酷い目にあったのだろう。

 

「まぁ、なんというか……頑張ってくださいね」

「ええ……」

 

太郎がなんとなく彼女を励ましているが彼女のトーンは沈んだままだ、しかしいつまでも彼女と会話しているわけにはいかないので私と太郎は彼女との会話を早々に打ち切り学園の中へと入っていった。

 

「オープニングイベントの会場はこっちだよ~」

 

今度は妙にのほほんとした声が聞こえる、目をやると見た目ものほほんとした女の子が手持ちの看板を持っているのが見える。

 

「へぇ、オープニングイベントねぇ。行ってみましょうか」

「そーだね」

 

太郎の適当な相槌を聞きながらのほほんとした子の誘導に従い私達は歩き出す。

こんな感じで私達のIS学園学園祭訪問は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなー! こーんにちわー!」

「………………」

「あれあれ~? 元気がないぞ~、こーんにちわー!!」

「こーんにちわー」

 

既に超満員となったアリーナの観衆が渋々答える、ここは藤木紀春争奪バトルロイヤルの会場だった。

 

アリーナに設置された特設ステージでたっちゃんが司会を始める、しかしあの感じはまるでヒーローショーに出てくるお姉さんだ。

俺と虚さんと本音ちゃんはその様子をバックステージにあるモニターで窺っていた。

 

「なんなんすか、あれ」

「さ、さぁ……」

「あと本音ちゃん、飲み物を飲ませてくれないか」

「はいはーい」

 

そう言って本音ちゃんが俺の口にペットボトルを添えて飲ませてくれる。ちなみに虚さんが登場して以来布仏さんのことは本音ちゃんと呼ぶようにしている、実際どっちも布仏さんなので訳が解らなくなるからだ。

 

そして、なぜ人からわざわざ飲み物を飲ませてもらっているかというのも理由がある。現在俺は両手が使えないからだ、ついでに言うと足も動かせない。

 

「あっ、そろそろですね。行きますよ、藤木君」

「あいよー」

 

虚さんが俺を持ち上げる、しかし女の筋力で俺を持ち上げるのなんて不可能なはずだ。しかし今の虚さんはそれを可能にしている、なぜなら彼女は打鉄を纏っているからだ。

そんな虚さんに連れられてステージに出る俺、そして俺はというと十字架に磔にされていた。

 

「はいはーい、というわけで商品の藤木紀春君にインタビューしてみましょう。ノリ君、今の気持ちは?」

 

そう言ってたっちゃんが俺にマイクを差し出す。

 

「……辛いです」

 

実際辛い。両手両足を十字架に縛りつけられ、ステージ内の照明が俺を照りつける。そんなわけでステージ上は結構な高温だ、そんな中汗一つ見せないたっちゃんは流石プロと言った所か。まぁ、何のプロかと聞かれれば返答に困るところだが。

 

「さて、ただいまよりIS学園学園祭のオープニングイベント『藤木紀春争奪バトルロイヤル』を開始します! というわけで全選手入場!」

 

その言葉と共に流れるBGM、というか城島怒りのテーマ。その音楽と共に色とりどりのISがカタパルトから飛び出してきた。

 

「ん? 見覚えのないISが居ますね」

「ああ、あれはコールド・ブラッドね。二年の専用機持ち、フォルテ・サファイアのISよ」

「へぇー、勉強になるなぁ」

「というか学園に居る専用機持ちの事くらい覚えておきなさいよ」

「ほら、俺記憶喪失体質だから。きっと覚えてたんだけど忘れたんだよ」

「都合のいい話ね」

「全くだ」

「ところで、この戦いでディアナの専用機持ちとしてのキャリアは一番浅いけれど勝てる見込みはあるの?」

「ああ、そこら辺は大丈夫だ。ディアナさんのポテンシャルはめっちゃ高い、はっきり言って何故アメリカが彼女に専用機を渡さないのかと思えるくらいには強いよ。それに一応彼女のために仕込みをしておいた」

「ふふっ、それは楽しみね」

「ああ、楽しみだ」

 

しかし、一年専用機持ち全員がこのバトルロイヤルに出ているとは驚きだ。ラウラはともかく一夏に惚れている連中は俺のことなんて別に欲しくないだろうに、そしてシャルロットは……どうなんだろうね?

 

「試合開始に先立ちまして、商品の藤木紀春君から一言どうぞ」

 

もう一度たっちゃんが俺にマイクを向ける。よし、とりあえずここはぶっこんでおこう。

 

「あっ、アタイのために争わないでっ!!」

「というわけで試合開始!」

 

本音ちゃんが思いっきりゴングを鳴らす、こうして俺を商品にした戦いの幕が上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

バトルロイヤルの戦いにおいての正しい戦い方、それは周りからのヘイトを極力集めないようにするということである。

戦いの中で目立とうものなら周りから一気に集中砲火を浴び、戦わずに逃げ回っていても標的にされる。

つまり、目立ちすぎず逃げ過ぎず。そして最後の二人になった時に相手にどれだけのダメージを与えているか、それが勝利の鍵となる。

 

皆それを解っているが故に最初の一歩が踏み出せない。最初に何らかのアクションを起こした人が最初に脱落する、そんな空気が漂っていた。

 

「はっはっはっ、みんな臆病者ッスね。しかしそんなのは自分の実力に自信がない証拠ッス! 誰でもいいからかかって来るッス!」

 

しかし、そんな空気を読まない人物が一人。二年生専用機持ちのフォルテ・サファイアであった。

このバトルロイヤルに参加しているのは計七名、一年専用機持ちの女子全員と先程猛々しく声を上げたフォルテ・サファイア、それとソフトボール部部長であり藤木紀春から専用機を借り受けたディアナ・ウォーカーである。

 

ディアナはフォルテとは対称的に会場の隅で腕を組み静かに目を閉じていた、しかしその様子を気に留める者は居ない。何故なら絶好の獲物が目の前に居たからだ。

 

その獲物に対して口火を切る者が一人、それは中国代表候補生凰鈴音である。

 

「へぇー、流石先輩ッス、度胸があるッスね」

 

鈴はフォルテの口調を真似る、それがおかしかったのかどこからか笑い声が聞こえる。

そしてフォルテの表情が明らかに曇る。馬鹿にされている、彼女はそう感じたのだろう。

 

「そっちこそ流石は中国代表候補生ッス、人の真似はお手の物ッスか?」

「あら、優れた人物の模倣こそ成長の近道ではありませんか? ッス。わたくしたちは先輩をただ敬いそこに近づこうと一生懸命模倣しようとしているだけですわッス」

 

セシリアから鈴に言葉の援護射撃が入る、しかしセシリアの真似方は非常に下手であった。その事が更にフォルテの怒りを買う。

しかし、セシリアの顔は涼しい。何故ならこの時点で全員の視線がフォルテ一人に注がれているのを把握しているからだ。年上の代表候補生、自分達より少なくとも一年のキャリアを持つフォルテは強敵だ。しかし五人で掛れば楽勝だろう、たとえ同じ二年であるディアナ・ウォーカーがフォルテに加勢しようともその絶対的有利は微塵も揺らがない。

 

「ぐううっ、後輩の癖に先輩に対してリスペクトの意思が全然感じられないッス。生意気ッス! 許さんッス! 二人ともシメてやるッス!」

「ほう、二人とな? ッス」

「サファイア先輩、あなたは目立ちすぎたッス」

「悪いけど全員で行かせてもらうよッス!」

 

フォルテの啖呵に箒、ラウラ、シャルロットの順番で応える。もちろん全員が語尾を真似て。

 

「あっ……ッス」

 

一年全員がそれぞれの得物を手ににじり寄る、フォルテにとってそれは絶体絶命のピンチであった。

 

「さっ、流石に五人同時は卑怯ッスよ!」

「あら先輩、あたし達はルールに則って戦おうとしてるだけッスよ? ということで、撃てええええッス!」

 

鈴の号令の元、一斉に射撃が開始される。この射撃に身を晒していては一瞬でシールドは底を突いてしまう、しかし相手も手練の代表候補生。その一斉射撃のほとんどをかわしていく。

 

「ぎゃーーーーーッス! 痛いッス! このままだとジリープアーッス!!」

 

しかしその射撃の全てを避けているわけではなく、幾らかはその身に受けてしまう。このあたりが彼女の技術の限界なのだろう。

 

「ディアナ! 同じクラスのよしみで助けるッス! いや、助けてくださいッス!」

 

そう言いながらフォルテはディアナの下へと一直線に向かっていく、ディアナは未だ腕を組み目を閉じ立っていた。

そのディアナの下へと全力で飛ぶフォルテ。その距離がゼロになろうかとした瞬間、ディアナの目がカッと見開かれた。

 

「ディ、ディアナああああ「死ねぃ!」うぎゃーーーーーッス!!!!」

 

一瞬の出来事であった、ディアナは目を見開いたと同時に展開領域から特製の金属バットを取り出し、向かって来るフォルテを北の侍ばりのフルスイングで自分から見てセンター方向に打ち返しそのまま壁に激突させた。

 

「………………ッス」

 

場内のアナウンスで、フォルテ・サファイアの脱落が告げられる。一年生達の目論みは成功した、しかしながらこの終わり方は誰も予想してはいなかっただろう。

 

「すっ、凄い……」

「あれって、紀春さんより強くないですか?」

 

ディアナ・ウォーカー、彼女の纏っているヴァーミリオンはあくまで借り物である。しかしながら彼女の強さはヴァーミリオン本来の持ち主である藤木紀春より明らかに上である、そんな印象を彼女はバット一振りで一年生全員に植え付けた。

藤木紀春と更識楯無の決闘から今まで一週間と少々、ディアナは完全にヴァーミリオンをモノにしたのだ。

 

「くっ……」

 

箒がディアナに向け空裂を構える、しかしこれからどう動けばいいのかが全く解らない。解る事は唯一つ、少しでも隙を見せれば次は自分があのバットの餌食にされてしまうという事だけだ。

しかし、その瞬間はすぐに訪れる事になる。

 

「食らえっ!」

「なにっ!? ぐわああっ!」

 

鈴が箒の背中に衝撃砲を打ち込む、それを受けた箒はディアナの目の前まで吹っ飛ばされた。

そして息つく間もなく襲い掛かるバットの先端、箒はそれをまともに食らいフォルテと同様にセンター方向へと飛んでいきそのまま壁に激突した。

 

程なくして篠ノ之箒脱落のアナウンスが流れる、バトルロイヤル参加者は残りは五人となった。

 

「鈴っ、貴様どういうつもりだ!?」

 

ラウラが怒声を上げる、彼女の怒りは最もである。

現在この中で最大の戦力を持つのは明らかにディアナであり、ラウラ達の誰かが勝ちを得るためには彼女を全員で倒す事が最も合理的な戦術であったはずだ。

それを鈴が解っていないはずはない、しかし鈴は衝撃砲を箒に食らわせディアナの攻撃をアシストした。これは明らかに敗退行為である。

 

「悪いわね、でもあたしこっち側なの」

 

ラウラの怒声に悪びれもしない返事を返す鈴はゆっくりと飛び、ディアナの目の前に立ち彼女に背を向ける。

そして背を向ける鈴に対してディアナは攻撃を仕掛けようともしない。この様子を見た誰もが悟った、鈴は裏切ったのだと。

 

「鈴さん、あなた裏切ったのですね」

「裏切った? 人聞きの悪い事言わないでよ、あたしの目的は最初からソフトボール部をこのバトルロイヤルで勝たせることよ。そもそもこの戦いはバトルロイヤル、裏切りなんてあって当たり前だしあんたたちと同盟を組んだ覚えもないわよ」

 

鈴の言う事は全く以て正論だった、バトルロイヤルは裏切り裏切られが醍醐味の戦いであるし一年生の同盟もただなんとなく一緒に戦っているだけである。そこには契約はおろか口約束すら存在しない。

 

「でもどういうこと? 鈴はラクロス部に紀春を呼ぶために戦ってるんじゃないの? それなのになんでソフトボール部の味方なんて……」

「ラクロス部のため? 冗談じゃないわ、あたしは部のみんなに勝手にこの戦いに参加するように決められたのよ。そんなのに従うわけないじゃない」

「でもそれだけじゃソフトボール部の味方をする理由にはならないよね?」

「ああ、それね。少し前に紀春があたしに言ったのよ、ソフトボール部の味方をするならお小遣いあげるってね」

「つまり、紀春に買収されたってことだね?」

「その通り」

 

ステージ上に磔にされてる紀春に視線が集まる、その視線には様々な感情が含まれていたが紀春はそれに苦笑いを返すだけだった。

 

「さて、さっさと終わらせましょう。こんな茶番早く終わらせたいのよ、あたしは」

 

鈴が青竜刀を構える、それに答えるように皆それぞれの得物を構えた。

バトルロイヤルは二対三のハンディキャップマッチへと変貌した、しかし三の方の分は明らかに悪い。

おもむろに鈴が突撃を仕掛け、シャルロットはそれをブレッド・スライサーで受け止める。そして、そこから五機のISが入り乱れる乱戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでっ!」

「きゃあああああっ!」

 

僕のとっつきが鈴のお腹を抉り、鈴は大きく飛ばされ壁に激突する。流石に鈴のシールドも底を尽きたようでそのまま動かなくなる。

遅れて数秒、鈴が脱落する旨のアナウンスが流れた。ラウラもセシリアも既に脱落していてこのアリーナ内部で戦える者は僕ともう一人だけとなってしまった。

 

「あなたで最後ですか、デュノアさん」

 

後ろを振り返るとそこには最後の敵であり、紀春の狂信者の長であるディアナさんが立っていた。彼女の力は圧倒的であった、僕が鈴と一対一の攻防を繰り広げている間にラウラとセシリアの両方を一人で倒しているのだ。

以前、ヴァーミリオンは全てにおいて高いレベルでの戦闘行動を行えるがいま一つ何かが足りないと紀春は評していたのを思い出す。乗って一週間の彼女がここまでやれているというのに一体何が足りないと言うのか、正直紀春のこの機体に対する評価は的外れだと思う。

そして、ヴァーミリオンはラファール・リヴァイヴの後継でありそれに乗っている彼女も物凄く強い。正直勝てる見込みも無いし、紀春みたいに策があるわけでもない。

でも、それでも僕は諦めない。可能性はゼロではないのだから。

 

「…………」

 

ディアナさんの問いに僕はとっつきを構えて答える。今更言葉など不要だ、この戦いに勝った者が紀春を手に入れる、それだけで良かった。

そんな僕を見てディアナさんもバットを構える。今の彼女に有効打を与える方法はただ一つ、彼女が攻撃してきたところにとっつきでのカウンターを放つ、それしかないだろう。

ディアナさんの乗っているヴァーミリオンがその朱い翼を大きく広げる、まるで威嚇しているかのようで僕に緊張が走る。

 

「では……参ります」

 

律儀に言葉を発した次の瞬間、ディアナさん急接近しバットが僕を捉えようとする。そのスイングに対し僕は反射的にとっつきを放った。

 

金属同士がぶつかり合う激しい音が響く、僕のとっつきはディアナさんのバットに当たりそれを弾いたのだ。

突然やってきた好機に思わず頬が緩む、今の彼女はとっつきを受けたバットを放しはしていないものの隙だらけだ。次弾装填までの時間がやけに長く感じる、しかし次の一撃を決めれば僕の勝ちの可能性は一気に大きくなるはずだ。

 

しかしそんな淡い希望はすぐさま打ち砕かれた、ディアナさんはすぐさま体勢を立て直しバットを振り直す。そのバットは次弾装填の終わってない僕のとっつきをしめやかに叩き潰す。

得意の高速切替で次の武装を用意する暇もなく襲い掛かる三打目、敗北を覚悟した僕だったがそのバットは僕の目の前で静止した。

何があったのだろうと考える、その直後にディアナさんが口を開いた。

 

「一つ、聞きたいことがあります」

 

そう言う彼女の目はどこか冷めていてなんだか怖い、その雰囲気に気圧されながらも僕も口を開く。

 

「なんですか?」

「貴女は何のために戦っているのですか?」

「それは、紀春を料理部に入れるために……」

「……おかしいですね、貴女は藤木さんを好いているのではないのですか?」

 

ああ、ばれてる。クラスの中では紀春と一夏以外は大体知ってる話だし、料理部のみんなからも知られてる話だから別段隠そうってわけじゃないけど、いざそう言われるとなんだか恥ずかしい。流石に紀春にまでこれを知られるのは危ないので、この音声が中継されてなくて本当に助かった。

 

「そっ、そうですけど……」

「なら何でこの戦いに参加しているのです? あの人はソフトボール部に居続けることを望み、私はそれを叶える為に戦っているのです。しかしそれを本当に為すべきなのは貴女なのではないのですか?」

「そっ、それは……」

 

痛いところを突かれた、この戦いにおいて紀春の味方といえる存在は彼女と鈴だけである。鈴は少し事情が違うけど。

それに引き換え、僕達その他の人間はそれぞれのために戦っている。そして自分が本当に為すべきことを言われて初めて気がついた。

 

「確かに貴女はソフトボール部ではないので藤木さんの意向に沿うことは出来ません。しかし、それでもこの戦いの中で凰さんのように私に味方するという選択があった筈です。私は僅かながらにそれを期待していました。しかし貴女は藤木さんの事なんて何も考えてなかったのですね、自分さえ良ければそれでいいのでしょう」

「なっ!?」

「私は貴女とは違う、私は……いえ、私達はあの人のためなら死ねる。それが私達とあの人に対し恋などという性欲をオブラートに包んだような自分勝手な感情しか抱けない貴女との差です。というわけでさようなら、これを機会に少し頭を冷やしてみてはいかがですか?」

 

その言葉と共に再度バットの先端が僕に迫る。

そしてバットは僕のラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを打ち抜き、ついにこのバトルロイヤルの勝者が決定した。




なんだかフォルテがイトノコ刑事みたいになってる気がする。


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第53話 冥威怒クライシス

オープニングイベントも終わり、教室では慌しくメイド喫茶開店への準備が進められていた。

 

「なぁ、一夏」

「ん、何だ?」

「ああっ、動かないでください。折角のメイクが崩れてしまいますわ」

「……ああ、悪い」

「出来れば喋らないでください」

「……」

 

セシリアさんにそう言われたので黙る。開店の準備はほぼ終わっている、唯一終わっていないのは俺の準備だけだ。

現在俺は半裸で椅子に座り、その目の前にはセシリアさんが俺の顔にファンデーションやらアイシャドーやら口紅やらその他諸々を塗りたくっている。

 

「兄、そろそろ剥がすぞ」

「……」

 

セシリアさんに喋るのを禁止されているためアイコンタクトでラウラに返事をする、ラウラも俺の言いたいことを解ってくれているようで俺の脚に張られた紙に手をかけた。

 

「いくぞ……」

「っ!!!!」

「だから動かないでください!」

 

びりっ、という音と共にラウラが豪快に俺の足に張られた紙を剥がす。そして俺は声にならない声を上げ身悶えし、またセシリアさんに怒られる。

 

「おお、いっぱい取れた」

「うわ、こう見ると気持ち悪いな」

 

ラウラが手にしている紙には毛がびっしりとついておりそれを一夏が眺めている、そしてその毛は俺のすね毛である。

つまり俺はブラジリアンワックスによる脱毛をラウラから受けていたのである。

 

「衣装の手直し、終わったぞ」

 

今度は篠ノ之さんがメイド服を持ってくる。

 

「メイクも終了しましたわ。我ながら中々いい出来ですわね、言われなければ男性とは解らないんじゃないでしょうか?」

 

セシリアさんが手鏡を俺の方に向ける、そこには俺の知らない顔があった。

 

「ウイッグの準備、終わったよ~」

 

今度はやたらローテンションなシャルロットが声を掛けてくる、シャルロットからカツラを受け取りをそれを被り再度鏡を見る。

完全に女の顔が目の前にあった。

 

今度は用意されたメイド服を身に纏う、着替えが完了すると周囲から「おおー」と声が漏れる。

 

「ふむ、中々……」

「肩幅は如何ともし難いですが、やたら筋肉質な足はロングスカートでばっちり隠していますし。多分大丈夫ですわね」

「ロングスカート穿くんなら脱毛する必要はなかっただろうに」

「見えない所にこそ気を遣うのが江戸っ子の心意気だと聞きましたが?」

「俺もお前も江戸っ子じゃないだろ!」

 

笑顔で話しかけるセシリアさんに反論する。

そう、今俺は女装をしている。いや、させられている。

 

「おっ、お姉様っ!」

 

誰かがそう言った。

 

「お姉様はやめい!」

 

何故俺が女装させられているか。その経緯は約30分前、オープニングイベント終了直後のこの教室まで時間を遡る必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、バトルロイヤルが終わってからシャルロットの様子がおかしいんだが何かあったのか?」

「兄よ、女には色々あるのだ。そっとしておいてやれ」

「……そうか、ラウラがそう言うんならそうしておこうか。それにしてもラウラ、その衣装似合ってるぞ」

「そっ、そうか?」

「ああ、めっちゃ可愛い。流石俺の妹だ」

「ふふっ。そうか、可愛いか」

 

俺の言葉にラウラが微笑む、久々のニコポに俺の心もメロメロだ。

 

「それにしても俺の衣装はどうなってるんだ? まだ届いてないんだが」

 

そう言って燕尾服を身に纏いクラスの女子からキャーキャー言われている一夏の方に目をやる、俺もあんな服を着させられるのだろうか。そして、そんな疑問にセシリアさんが答える。

 

「紀春さんの衣装はこれですわ!」

 

ドヤ顔で言うセシリアさんの手にはメイド服。ああ、大体解った。

 

「……なんで?」

「お前、喫茶店の準備に全く参加してなかっただろう。ということでこういうことになった」

 

今度は篠ノ之さんが答える。確かにバトルロイヤルに向けての特訓やら鈴の買収やらで俺は学園祭の準備に一切関与していない、しかしこれはあんまりではなかろうか?

 

「マジで?」

「マジだ。しかし安心しろ、化粧やら着替えの手伝いやらは私達が手伝ってやる」

「何が安心なんだよ、太郎と花沢さんが来るんだぞ」

「あっ……」

 

あの二人に俺の女装姿を見られたとなれば正直自殺物である、そして俺の親友はIS学園で変わり果てた俺の姿を見て何を思うのだろうか。

 

「お前花沢さんが来る事忘れてたろ、そういう事なら一切フォローしてやんねえからな」

「どっ、どうしよう……」

「そんなの俺の知ったことか」

 

花沢さん襲来の話を聞いた篠ノ之さんが急に焦りだす。しかし時既に遅し、俺もそれ所ではないのだ。

 

「ご友人がいらっしゃると、しかし安心してください。わたくしのメイクで紀春さんを別人にして差し上げますわ!」

 

どうやら俺が女装する流れは止められないらしい、ならばセシリアさんのメイク術に全てを賭けるしかないようだ。

 

「……解った、まぁ俺としても準備に一切参加できなかった負い目も有るし女装は受け入れよう。但し、 完全に別人にしてくれよ」

「お任せください、わたくしセシリア・オルコットが全力を尽くして紀春さんを華麗に変身させてみせますわ!」

 

メイク道具を準備しているセシリアさんが自信満々に言う、そうして俺の華麗なる変身への幕が開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

「ひ、久しぶり……だな……」

 

メイド喫茶も無事開店し、早速お客さんが入ってきた。しかしよりにもよってそのお客さん第一号は太郎と花沢さんである、ジト目で篠ノ之さんを見つめる二人に篠ノ之さんは引き攣った笑顔で応対していた。

 

「ねぇ、紀春。あの二人って箒の知り合いか何か?」

「まぁそんな所だ。あと今の俺を紀春と呼ぶんじゃない、俺の……いや、今のアタイの名前は紀子ちゃんよ」

「そうなんだ……」

 

給仕に追われている合間にシャルロットが俺に話しかけてくる。そして俺の女装もいい感じなようで今のところあの二人に感づかれている様子はない、メイクを施してくれたセシリアさんには本当に感謝だ。

 

「まさか東雲さんが篠ノ之さんだったとはね」

「いや……本当にすまない、私にも色々あってだな……」

「ヤクザの娘じゃなかったとは……」

「ああ、その話は藤木にも言われたよ」

 

花沢さん達は懐かしのヤクザトークで盛り上がってるようだ、なんだかんだであのグループの行方は気になるので聞き耳を立てていると今度は一夏が俺に話しかけてきた。

 

「なぁ紀春、向こうの席で箒がヤクザとかどうとかで盛り上がってるけどどういう事なんだ? あと東雲さんって誰なんだ?」

「……聞くな、俺や篠ノ之さんにだって秘密にしたい過去の一つや二つはあるんだ。あと今のアタイの名前は紀子ちゃんよ、間違えないで頂戴」

「そうか……すまない」

 

そんな会話をしていると花沢さんと目が合ってしまう、話までは聞かれてはいないはずだか目が合った後は妙に視線を注がれてしまう。もしかしてばれてしまったのだろうか。

 

「ねぇねぇ東雲さん、もしかしてあれが織斑一夏?」

「まぁ、そうだが」

「やっぱりイケメンね、それに実物の方が何倍も格好いいわ。ちょっと呼んできてもらえない? あっ、ついでにその隣に居るデカイ子も。なんだが見覚えがある気がするのよねー」

 

どうやらターゲットにされてしまったらしい、ここで花沢さんの誘いを拒否るとますます怪しまれてしまう、ということで俺は一夏を伴って渋々花沢さんの所へと馳せ参じたのだった。

 

「こ、こんにちわー」

「うーん、やっぱりどこかで見たことあるような……」

 

訝るような目つきで俺を見る花沢さん、しかしここで俺の正体がばれれば俺は地元で良からぬ噂を立てられてしまう、それだけは避けたい所だ。

 

「そっ、そうですか? 初対面だと思いますけど……」

「うーん、やっぱりそうなのかな……まぁいいわ、それよりも織斑君よね。ねぇねぇ織斑君、記念撮影お願いしてもいいかしら?」

「あっ、はい。いいですよ」

 

そんなやり取りの後、太郎が一夏と花沢さんのツーショットを撮影する。その間篠ノ之さんは不機嫌そうな顔をしていたがまぁそれはよくあるのでどうでもいい事だ。

撮影終了後、今度は一夏が太郎に話しかける。

 

「あの、君が田口太郎君だよね」

「うん、そうだけど」

「紀春からよく話には聞いてるよ、一番の親友だって」

「そう言えばかみやんはどこに居るんですか?」

「かみやん?」

「藤木のあだ名だ」

 

一夏の疑問にすかさず篠ノ之さんが答えた、今の俺はそんな事口が裂けても言えないから助かる。

 

「ああ、そういうことか……ええと……」

 

泳ぐ一夏の視線は俺を捉える、どうやら一夏は助け舟を求めているようだがそんな事は自分でなんとかしてもらいたい。

しかし、俺の正体がばれる可能性は少しでも潰しておきたい。仕方が無いので俺が一夏の代わりに答える事にした。

 

「ああ、藤木君なら色々忙しいから今は居ないわよ。オープニングイベントの片付けでもしてるんじゃないかしら?」

「そうですか、久しぶりだから会っておきたかったのに……」

 

俺の限界ギリギリの裏声に太郎は残念そうに言葉を返す。すまない太郎、しかし親友であるお前にこの学園に汚された自分の姿を晒す勇気がないのだ。まぁ、実際晒してはいるんだが。

 

「そうだ、ところでお姉さんのお名前って何ていうんですか?」

「はい?」

 

今の俺の名前は紀子ちゃんだ、しかし苗字までは考えていないのでどうしたものかと考えてしまう。

しかし自分の名前を告げるのにタイムラグを発生させてしまうと怪しまれてしまう、そんな俺の口から一つのワードがこぼれだした。

 

「藤……」

「藤?」

 

なんで藤なんだ!? 藤木紀春だとでも言うつもりか俺! しかしもう藤の部分の取り消しは難しい、ならば……藤……藤…………

 

「ええと、アタイの名前は藤村紀子ちゃんで~す!」

「へぇ、藤村さんって言うんですか。藤村紀子……ん? どこかで聞いたような……」

「結構ありきたりな名前だから仕方ないわね」

 

なんだか考え込む太郎に軽くごまかしをかけておく、咄嗟に藤村と名乗ってしまったが俺はヒゲでもないしデブでもない、むしろ今の俺がヒゲを生やしていたら一大事である。

 

「あの、藤村さん。藤村さんって彼氏居るんですか」

「はぁ!?」

 

太郎のその言葉に教室がざわめき立つ、そして俺を見る太郎の視線に心なしか熱いものを感じるのは気のせいだろうか?

そしてそんな状況を腐女子達が見逃すはずもなかった。

 

「キマシタワー!!!」

「長年の友情が愛情に変わる瞬間がついに来たのね。頑張れ紀春、ここは男らしくその愛を受け止めて差し上げるのよ!」

「やったーーー! 男だらけの三角関係だーーーー!」

「わっ、私は紀春×一夏しか認めないからね!」

 

そんな事が教室のあちこちで囁かれている、しかし彼女らの声のボリュームは絶妙で俺には届いているようだが太郎や花沢さんには聞こえてはいないようだった。

 

一大事である、俺は一体どう返答すればいいのだろうか。

下手な回答をして俺の正体が露見したり太郎を傷つけるようなことはしたくない、ならば既に彼氏がいるという回答が無難か? だが彼氏って一体誰だよ。ここは女子高だぞ、男なんて……あっ、隣に居た。

いや、落ち着け俺。そんなことすれば腐女子共が大喜びするだけだ、彼女らに餌を投下するのは極力避けねばならぬ。しかし背に腹は代えられない、他に良さそうな案が浮かばないしこれで手を打つしかないのだろうか。

 

……覚悟完了。頑張れ、俺。

 

「うん、居るわよ。この人がアタイの彼氏なのー」

 

そう言い、満面の笑みで一夏の腕を抱きしめる。一夏と篠ノ之さんの顔は驚愕に歪み、太郎の目は落胆に染まったように見える。そして教室は更なる歓声に包まれた。

 

「なっ、なにぃ!?」

「ついに……ついに私達の努力が身を結んだのね」

「ひゃっほおおおおおお! 今晩は赤飯でお祝いだああああ!」

「赤飯? 赤い米か、ならば私に任せろ!」

「の、のりはるが……」

「きっ、貴様ああああああ! 殺す!」

「一夏と紀春の恋路は私達が守る! 取り押さえろおおおお!」

「おおおおおおおおっ!」

 

怒りの表情で刀を抜く篠ノ之さんが即座に取り押さえられる、そんな状況を背に俺と一夏は二人きりの会議を開いていた。

ちなみにこの期に及んで彼女らの声のボリュームは絶妙で太郎と花沢さんには聞こえていないようだった。

 

「紀春、お前どういうつもりだよ!」

「どうもこうもあるか! 俺の親友の心に一生物の傷を負わせるつもりか!?」

「でもこれはないだろ!」

「いい案が思いつかなかったんだよ!」

「お前自身の彼女ってことにすればよかっただろ!」

「あっ……」

 

そうだ、IS学園には一夏以外にもう一人男が居た。確かに俺自身が彼氏役なら誰も傷つくことなく事態を収める事ができたかもしれない、何て事をしてしまったんだ俺。

 

「す、すまん。後でう○い棒奢ってやるから許してくれ」

「たった10円かよ!」

「うま○棒……」

「一体どんな棒なんですかねぇ?」

 

俺達の秘密会議に聞き耳を立てている腐女子が妙な事を囁いてくる、やはり俺はホモの魔の手から逃れないのだろうか。

まあいい、今は一夏に渡す謝罪の品の選定より事態の収拾の方が先だ、俺は混乱の原因である太郎に向き直る。

 

「それで田口君こそ彼女は居るんですか?」

「ええ、居ますよ」

 

え? 太郎って彼女居るの?

 

「はい? だったらなんでアタイに彼氏が居るかなんて……」

「ただの社交辞令ですけど」

「……まじでぇ?」

 

世の理不尽、ここに極まれり。俺は太郎の心を傷つけないという一心で嫌々ながらも一夏とのホモ展開を受け入れ教室を混乱の渦中に陥れた、しかしそんな太郎は彼女持ちでさっきの話はただの社交辞令だと言う。

これは余りにも酷くないだろうか。女だらけのIS学園で彼女も出来ず一夏とのホモ展開を期待されている俺に対し、男女共学の織朱大学付属高校で彼女を手にしている太郎。

ああ、なんだかイライラしてきた。

 

「ふ、ふふふっ……」

「どうしたんですか、藤村さん」

「ふざけんなこの野郎おおおおおお!」

 

俺は怒りのままに太郎の襟首を掴み持ち上げる、それを支える俺の両腕は急速にバンプアップしメイド服の上半身がはち切れる。

 

「ふっ、藤村さん。苦しいって!」

「黙れこのクソ坊主! 俺がIS学園で一向にもてないのになんでテメェが彼女なんて作ってんだよ! それにお前が女装した俺に惚れてるかと思ってお前を傷つけないために一夏とのホモ展開までやってやったのにただの社交辞令だと!? 冗談も大概にしろやコラああああああ!」

「え? 女装!?」

「ああ、女装だよ! 俺だって本当はこんな服着たくねぇんだよ!」

 

太郎を放り投げると、奴は華麗に椅子に着地する。俺はカツラを放り投げ、詰め物が入っているブラジャーをむしり取った。

 

「俺は藤村紀子じゃねぇ! 藤木紀春だ!」

「ああ、だからどこかで見覚えあったのか」

 

俺の怒りを他所に花沢さんが冷静に納得する、しかしもう俺にとって女装がばれたとかそんなことはどうでもよかった。

 

「か、かみやんだったんだ……」

「ああ、そうだよ! お前の親友のかみやんだよ!」

 

俺の怒声に教室は一気に静まりかえる、そして皆は驚きの表情を浮かべている。しかしその中で花沢さんだけがにやにやとした表情を浮かべていた。

 

「じゃあかみやん、あんたにもう一つ面白い事を教えてあげましょう」

「面白い事だと?」

「ええ、太郎の彼女って一人だけじゃないのよ」

「はぁ?」

「その……非常に言いにくいんだけど僕って来るものは拒まずなスタイルだから……」

「今の太郎がどういう状況か知ってる? 一年から野球部のレギュラーの座を射止めおまけに甲子園優勝してるのよ、そりゃもてないはずないでしょ」

「いや、しかしそれでも限度があるだろ……」

「残念ながらそうでもないのよね、ちなみに今の太郎の彼女は五人。彼女同士も結構円満らしいわよ」

「……マジで?」

「嘘つくならもっと現実味のある嘘つくわよ」

 

完敗だった、自分と太郎の差を痛いほどに思い知らされ俺の心は完全に折れていた。

 

「た、太郎……」

「ごめんね、かみやん。自分で言うのもなんなんだけど僕って滅茶苦茶もてるんだ」

 

初めて太郎に会ったのが約六年前、その時俺達は野球で勝負をし俺は太郎に圧倒的な差をつけて勝利した。

今考えるとその時から俺は無意識に太郎を見下していたのではないのだろうか、しかし今ではその差は逆転しいつの間にか太郎は俺を見下ろす側になっていたのだ。

もう俺の心の中は惨めな気持ちでいっぱいだ。ああ、もう消えてしまいたい。

 

「うっ……」

「その……ごめんね?」

「うわああああああああああああっ!」

 

勝者からの哀れみほど惨めなものはない、俺はついに耐え切れなくなって泣きながら教室を飛び出していった。




なにこのクズ、こんなのに惚れれてるシャルロットさんも頭おかしい。


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第54話 プレイオンザルーフ

恋愛回は小っ恥ずかしいので苦手です。


「……」

 

誰も居ない校舎の屋上、そこで俺は一人敗北を噛み締めていた。半裸で。

学園は人でごった返しているがここには誰も居ない、それが妙に俺の寂しさを誘い俺の心は更に冷え込んでいる。

太郎には悪い事をしてしまった、いくらアイツがめちゃモテ委員長でヤリチンのハーレムキングになってしまったとはいえ流石にあの態度は良くなかった。

いや、やっぱり許せない。五人ってなんだよ五人って、今の一夏以上じゃないか。

そんな事を色々考えていると屋上へと続く扉が音を立てて開く、そして誰かが俺に声を掛けていた。

 

「のりはる~、居る?」

「居ないよ」

「居るじゃない」

 

この声はシャルロットか、俺を探しに来たのだろうか。

 

「ほら、いつまでもそのままじゃ風邪引くよ」

 

その声と共に差し出された紙袋、それを受け取り中身を見てみると俺の制服が入っていた。

あんな事をしでかしてしまった俺に対してシャルロットはいつものように振舞う、そんな優しさが俺の身に染みる。

 

「落ち込んでる時に優しくするなよ、好きになっちゃうだろ」

「そ、そうなんだ」

 

そう言いながらシャルロットが隣に座る、そして無言の時間が始まる。しばらくそんな時間が続き、なんだか耐えられないので俺から話を始めた。

 

「別に太郎に彼女が出来たからって落ち込んでるわけじゃないんだ」

「太郎って、紀春の友達の?」

「ああ、初めてあいつと会ったのは……もう六年近く前になるか。あいつが野球の練習をしているのをなんとなく見ていたらあいつと勝負する流れになってさ、おれはあいつをコテンパンに打ちのめしてやったんだ。もちろん野球でね」

「それはまた穏やかな出会いじゃないね」

「まぁ、その後色々あって今では一番の親友と呼べる間柄になったんだと思う。あいつがどう思ってるかは知らないけど」

「多分彼も同じように思ってるんじゃないかな、紀春が出て行った後に酷く落ち込んでたから」

「そうか……」

「それで彼に酷い事を言ってしまったから落ち込んでるってこと?」

「いや、全然違う。あいつはあの程度でどうにかなるタマじゃないよ」

「だったらどうして」

「……さっきも言ったけどさ、初めてあいつと会ったとき俺は奴をコテンパンにしてやったんだよ。それ以来ずっと野球に関してあいつに負けたことがない、頭のほうも俺の方が圧倒的に良かった。運動神経は言わずもがなだ。俺はあの時初めてあいつに負けたんだよ」

「彼女が五人も居るってのは逆に褒められるようなことでもない思うけど」

「まぁ、そうかもしれないな。でも、それでも俺は太郎に負けたと思った。悔しかった、惨めだった、それより一番嫌だったのが自分が太郎を無意識に見下していたという事に気付いてしまった事だ。そんなんであいつを一番の親友だと思っていたことが恥ずかしかった、俺は簡単に見下せるあいつの側に居るのが気持ちよかっただけだったんだ。一夏とだって同じことが言える。今の俺はあいつより強い、だからあいつが死ぬほどもててても自分のプライドを保つことが出来る。だから俺はあいつの側に居ることが出来る。もし一夏が俺より強くなってしまったらって考えるだけで怖くて仕方がない、多分俺は自分を保てなくなる。そして見下す相手が居ないと自分を保てない弱い自分が嫌にな――ってうわっ! なにするんだシャルロット!」

 

俺の話はシャルロットに強引に中断させられた、というか抱きしめられていた、それより何より俺のオリ主フェイスがシャルロットのおっぱいにぴったりとくっついてるというか埋もれているというかもう訳が解らない。

 

「大丈夫、紀春は充分強いよ」

「それよりこの状態をどうにかしろって! というか優しくするなって! 本当に好きになっちゃうぞ!」

「……なら好きになってよ、僕のこと」

「はい?」

「……あっ」

 

その言葉と共にシャルロットは抱擁を解き、俺に背中を向ける。その顔はうかがい知る事は出来ないが、後姿から見える耳が心なしか赤く染まっているのか解る、多分その顔はさぞかし赤いのだろう。

 

「あのー、シャルロット……さん?」

「そのっ! さっきのは忘れて!」

 

振り絞るような声からシャルロットが動揺しているのが解る、これはもしかして……そういう事なんでしょうか?

 

「……」

「……」

 

唐突に訪れた恋愛展開に俺の心も緊張してくる、どうすればいいどうすればいいいやなんだかすっげぇ緊張してきたけどKOOLになれ俺あまりにも唐突だがオリ主たる俺にやって来たビックチャンスだここを逃すと二度とチャンスは巡ってこないかもしれないとりあえず状況分析ださっきの言葉からして多分シャルロットは俺狙いだ俺が自惚れていなければの話だがまぁとりあえずシャルロットが俺狙いだということと仮定して話を進めようそうでもしないと話が進まないしとなると俺的にシャルロットはアリなのかという話になるよしよーく考えろシャルロットは俺にやさしいし三津村のメンバーとしていろいろ気を遣ってくれているそしてなによりかわいいおバストのほうもまぁまぁあるから問題ないまぁ欲を言えばもうちょっと大きい方がいいけどそんなことを言えばキリがなくなるのでそういう話は程々にしておこうつまり俺的に言うとシャルロットはめっちゃアリだまぁこの学園で俺的にナシって人もそんなに居ないんだけど学園内俺的好感度ランキングでいうと現在シャルロットは二位だついで言うと一位はラウラだまぁラウラは妹だし手を出すつもりは無いので結果的にシャルロットが一位になるついでに最下位は織斑先生だってあの人すぐに殴ってくるんだもんおっと話が思いっきり逸れている修正しなければ兎に角俺の問題はオールナッシングだしかしシャルロット的に俺はアリなんだろうかいやいやさっきの言葉を聞いた限りではアリだと思うというか思いたいがいかんせん自分に自信が無さ過ぎるついさっきだって太郎を締め上げた短気暴力野郎だぞ俺しかもシャルロットに太郎や一夏を見下していると告白してしまった仮に俺が女だったらこんな奴を好きになるなんてありえない正直見る目がないぞシャルロットいや待て恋は盲目って言うしもしかしたらあの言葉は本当なのかもしれんねよーしなんだかいける気がする!ということでバッチ来いシャルロット!というか俺の方から行くぞ!

 

という思考がオリ主頭脳を0.5秒で駆け巡り俺は結論に至る、ここは格好いい台詞で決めてやろう……と思ったが無理、そんなの考え付かないので無難に攻めてみよう。

 

「忘れていいのか?」

「うっ……うん……」

「本当に忘れていいのか?」

「えっと……その……」

「俺は忘れたくないぞ」

「えっ……」

 

俺に背を向けているシャルロットの両肩を持ち少々強引に俺の方に向き合わせる、驚いたような顔で俺を見つめるシャルロットの顔はやはり赤く染まっておりその表情が俺を更に緊張させる。

しかしこの場面は俺の一世一代の勝負所だ、鋼のオリ主精神力でその緊張をなんとか押さえ込み次の言葉を搾り出す。

 

「その、俺だってな……ああ、なんだか小っ恥ずかしいな。これ」

 

あああああっ! 次の言葉がどうしても出てこない! もうなんなんだ、そもそも恋愛展開に入るのが唐突過ぎなんだよ! 心の準備が出来てないもんだから口説き文句の一つも思い浮かばない! どうすりゃいんだよ、『す』とか『き』とか言えば丸く収まるのかこの状況!? いやいや待て待て、オリ主たるこの俺がそんな無難な言葉で愛を綴っていいものなのか!? そうだ、もっとクールかつオシャレでトレンディな告り方ってもんがあるだろう。こんな所で恋愛経験の無さが俺の足を引っ張るとは思ってもいなかった、なんて言えばいいんだ俺!?

 

「どうしよう、何て言えばいいんだ」

 

そしてそのまま心の内を声に出してしまう俺、なんて情け無いんだ。

 

「その……言葉にするのが難しいなら態度で示してくれても……いいよ?」

 

態度……ここで言う態度とはつまり……接吻か! 熱いベーゼか! ということは俺の初めてのチュウか! 

ん? 初めてのチュウ……うっ、急に頭が痛くなってきた! しかし我慢だ俺! 折角のシャルロットの助け舟を無駄にしてはいけない!

 

「その……いいんだな?」

「うん、いいよ……」 

 

俺達はゆっくりと顔を近づけていく、その途中でシャルロットは目を閉じた。

 

階下の喧騒、屋上に吹く風の音、そしてどこかから聞こえる甲高い音。しかし、そんなモノなどまるで気にならない。

あと数秒後には俺は初めてのチュウをすることになる、俺は更にゆっくりと、慎重にシャルロットとの距離を縮めていった。

 

そして、俺は……

 

「おごっ!?」

「痛っ!」

 

後頭部を襲う鈍痛と衝撃、その衝撃のまま俺の前頭部はシャルロットの鼻に直撃する。

そして俺は何が起こったのか理解できないまま意識を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やってしまった」

「部長、ドンマイです!」

 

部活の出し物である模擬店でたこ焼きを焼いている最中に嫌な予感がし私は学園の屋上へとやって来ていた、あたりを見渡すと別棟の屋上で藤木さんとあの忌まわしきシャルロット・デュノアを見つけた。

 

様子を窺っていると、あろうことか藤木さんがあの女の両肩に手を置きゆっくりと顔を近づけようとしている。多分あの女が藤木さんを誑かしているのだろう。

藤木さんに忠誠を誓ったあの日から私の思いは変わらない、そしてあんな自己中心的な女に藤木さんの相手を任せるのは言語道断である。

ならば私のすることはただ一つ、藤木さんを全力で守る事だけだ。

 

たまたま持って来ていた金属バットを握り締め、一緒に来ていた後輩にトスを上げさせる。

そのボールを狙い澄まして打ち抜く、それは真っ直ぐにあの女の方へと向かっていった。

 

しかしそこで予想外の突風が吹く、それは打球の方向をほんの少しだけずらし藤木さんの後頭部へと直撃してしまった。

 

「……どうしましょう」

「部長! 逃げましょう!」

「そっ、そうですね。結果オーライです、今までの傾向から言って藤木さんは記憶を失っているはずです」

「それは結果オーライと言えるのでしょうか?」

「解りません、しかしあの女に見つかる前に逃げた方が良さそうなのは同意します。さぁ、行きましょう」

 

私達は足早にその場から去る、これで一件落着のはずだ。多分……




4113文字が短く感じるなんてオリ主ロードを書き始めたときには思わなかったけど、今になるとかなり短く感じるね。


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第55話 激走×飛翔×ホームラン

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「居た、あそこよ!」

「ちっ、まだ追って来るか!」

 

走る、走る、走る、はしる……

現在俺は多数の女子生徒に追われている、たっちゃん企画の学園祭イベントで俺と一夏が被っている王冠の争奪戦が行われているのからだ。

しかもその王冠を外そうとすると電流が流れるおまけつき、一度外そうとしてその威力は体感済みだ。痛い、というか熱い。むしろいくらかの毛根が死んだ気がする、将来俺がハゲたらどう責任取ってくれるのだろうかあの女は。

まぁ、今はその話は置いておこう。とにかく俺はその長い友達を守るために逃げ続けているのだ。

 

自分で言うのもなんだが一流アスリートの身体能力を持っている俺にかけっこで敵う奴はこの学園に居ない、しかしながら逃げても逃げてもどこからか湧き出してくる女子達に俺の体力はまだ余裕を残しているもののこんな状況が続けばいつしか俺の長い友達は狩られてしまう。

 

状況を打開する策はないか、そんな事を考えているもののこうも追われて続けていてはそんなものを思いつく余裕もない。

そんな感じで逃げ続けていると、俺に並走する女子が一人現れる。息を切らせながら確認するとその子はソフトボール部の部員だった。

 

「藤木さん! 部長からの伝言です、今から屋上に来て欲しいと」

「今から!? それに屋上ってたってどこの屋上だよ! それに屋上で何するんだよ、俺今すげぇ忙しいんだけど」

「藤木さんを助けるための準備が出来たとの事です。ああ、あと屋上ってのは少し前にシャルロット・デュノアと一緒にいた場所だそうです」

「少し前? 全然記憶にないんだが、シャルロットと一緒にいたって記憶もないし……ああ、多分記憶失ってるな、俺」

「ええと、あそこです!」

 

部員が指差す方を見る、どうやら校舎の屋上のようだ。あそこは以前篠ノ之さんに土下座した場所だ。

 

「オーライ、あそこか」

「ああ、私は……もう……限界……みたいです……」

 

メッセンジャーを務めてくれた彼女が失速していく、いくら俺によって鍛えられていると言っても彼女にも限界というものがあるようだ。まぁ、彼女と話をするために少しはスピードを落としているとはいえ俺と会話をしながら並走し三十秒近く持たせた彼女も中々頑張っている。

 

「そうか。ご苦労、助かった」

「はい……藤木さんも頑張ってください!」

「ガッチャ!」

 

その言葉と共に再度加速を掛ける、俺は彼女とその他諸々をぶっちぎり屋上を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで言われた通りにやって来たわけだが……」

 

てっきり俺としてはディアナさんが待ち構えていると思っていたのだが屋上には人っ子一人居ない。しかしあの部員に嵌められたというのはない筈だ、ソフトボール部の部員である以上俺に逆らうことは無い。

とは言うものの少し不安になってくる、屋上は完全に袋小路なわけでいずれ俺を追って女子たちがここに詰め掛けてくるだろう。そうなれば流石の俺でもゲームオーバーだ。

 

その時、尻ポケットのスマホが振動し着信を知らせてくれる。取り出してそれを見るとディアナさんからの電話のようだ。

 

「もしもし、言われた通りに屋上にやってきたけどこれからどうすればいいんだ?」

『はい、それはこちらでも確認できています。それでは藤木さんには……』

「そこに居たのね、藤木君!」

 

その瞬間屋上の扉が開け放たれそこから多くの女子がなだれ込んでくる。ヤバイ、すげえピンチだ。

 

「ふっふっふっ、色々と梃子摺らせてくれたけどそろそろ年貢の納め時のようね!」

「すまんが長い友達のために俺も捕まってやるわけにはいかないんだ。で、ディアナさん俺はどうすればいいんだ?」

『飛んでください』

 

なんだが非常識な答えが返ってきた気がする。

 

「……飛ぶ? この屋上から?」

『はい、その屋上からです』

「おいおいおいおい、この状況でそんな冗談はよしてくれよ」

 

女子達を警戒しながら後ずさりし、屋上の端まで到達する。屋上の柵から下を見てみると……そういうことか。

 

「……そういうことか、でもこういうのは先に言ってくれてもいいんじゃないかな?」

『ちょっとしたサプライズです。女の子はサプライズが大好きなんですよ、覚えていて下さい』

「そうなのか、勉強になる。ついでに言っておくと俺はサプライズは大嫌いだ、覚えておけ」

『……すみませんでした』

「いや、さっきのは売り言葉に買い言葉というか……まぁ気にしないでくれ。とにかくありがとう、助かる」

『いえ、藤木さんのためになるのならなんだってしますよ』

「ん? ……まぁいいか。じゃ、切るな」

『はい、御武運を』

 

その言葉の後、俺は通話を切る。そして再度女子の群れと対峙する。

 

「さて、覚悟は出来たかしら?」

「ああ、ばっちり。辞世の句も考えた」

「へぇ、聞かせてくれない?」

「ああ、いいだろう」

 

俺は屋上の柵に腰掛ける、この柵は余り高さがなく俺の腰くらいの高さしかない。転落事故防止の観点から言って非常に危ない出来である、IS学園には他にもあのやたらねじれた塔とかはっきり言って危ない建築物のオンパレードだ。建築家は一体何を考えてあんなデザインにしたのだろうか。

まぁ、今はそんな事どうでもいいことだが……

 

「梅雨明けて……」

 

その言葉と共に俺は柵を乗り越える、ちなみに今梅雨明けじゃないだろという突っ込みは禁止しておく。

 

「スカッと爽やか……」

 

乗り越えた柵からもう一歩踏み出す、その先にはもう何も無い空間が広がっている。

 

「スーサイド」

 

そして振り返る、俺を追っている女子達は一様に不安そうな顔を浮かべていた。

 

「あの……藤木君、もしかしてそこから飛び降りようなんて考えてないわよね?」

「思いっきり考えているが何か?」

「王子様役はISの展開禁止なのよ、そんなことすると死んじゃうわよ」

「大丈夫だって、多分」

「後、さっきの辞世の句って思いっきりパクリじゃん!」

「正解! というわけで皆さんさようなら!」

 

俺はその身を空へと投げ出し真っ逆さまに地上へとダイブしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、生きてるな」

「いや、部長も無茶な作戦考えるとは思っていましたけどそれを実行する藤木さんも中々凄いですね」

「褒めるなよ、照れるじゃないか」

「褒めているわけではないのですが……」

 

屋上から飛び降りた俺はソフトボール部が用意した数十個のマットやクッションのある場所に落下、うまい具合に落ちる事が出来俺の体には傷一つ無い。

それでもそんな所に落ちるのなんて狂気の沙汰としか思われないだろう、しかし俺達の信頼はそんな狂気すら易々と超えていける。そもそも俺が怪我していないのだから全く問題は無い。

 

「さて、俺はこれからどうすればいいんだ?」

「ここから先はノープランです、私達も出来るだけの援護はしようと思っていますが」

「まぁ、仕方ないな。それよりディアナさんは?」

「何か準備があるとか言ってどこかへと行ってしまいました」

「そうか、ならば行こう。グズグズしているとまた追いかけられてしまう」

「そうですね、行きましょう」

 

そして俺達は駆け出す、しかしこのイベントはいつ終わるのだろうか。そこが気になるところだ。

 

「居たわ、こっちよ!」

「って早速見つかったあああああっ!」

「ここは私達が食い止めます! 藤木さんは逃げて下さい!」

「頼む!」

 

俺を追う女子集団に向かってソフトボール部員が駆け出す、しかしその数は歴然だ、多分いずれ彼女らも制圧されてしまうだろう。こんな状況で俺が出来るのはただ逃げることのみ、彼女らの努力を無駄にしないためにも頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てーーーーーーっ!」

「畜生っ! 結局振り出しに戻ってるじゃねーか!」

 

結局彼女らの努力の甲斐なく俺は追われ続けている、かれこれ三十分は走りっぱなしで俺の体力もそろそろヤバイ。

しかしながら相変わらず状況は打開できない、俺はこのまま走り続けいずれ漆黒の長い友に別れを告げる事になるのだろうか。

いや、そんな事は許されない。俺のために頑張ってくれた部員のためにも逃げきらなければ彼女らに示しがつかない。

とはいえ俺の体力にも限界がある、追いかけてくる女子との差は詰まっていく一方で彼女らはもうすぐ俺の王冠に手が届く所まで来ている。そんな時だった。

 

「きゃあああああああっ!!」

 

急に背後から爆発音、驚いて振り返ってみるとそこには土煙が立ち込めていた。

そして一陣の風が吹きその土煙が晴れる、そこには俺を追ってきていたはずの女子たちが倒れていた。

そしてまたしても俺のスマホのバイブレーションが着信を知らせる、そしてその相手も相変わらずディアナさんであった。

 

「なんとか間に合ったようですね」

「なんとかって……一体何やったんだよ」

「いつも藤木さんが私達にやっているやつですよ」

 

いつも俺がディアナさんにやっているやつって……千本ノックか。あたりを見渡すとそこにソフトボールが転がっているのが見える、ついに千本ノックまで習得するとは……バトルロイヤルの無双振りや今の打撃を見るにディアナさんは既に俺を超えているのではないのだろうか。

 

「いや、しかしあれは素人に対して気軽にやっていいもんじゃないだろうに」

「一応手加減はしておきました、気を失う程度までに力をセーブしましたので怪我はしていないはずですが」

 

倒れている女子を調べてみる、土で多少汚れているもののディアナさんの言う通り傷は一つも見当たらない。

 

「まぁ、そういうことならいいよ。俺もこのイベントにはリスクを負っているわけだし追いかける彼女らにもリスクはあって然るべきだよな、多分」

「おっしゃる通りです」

「ところでこのイベントに参加している女子の景品はあるのか? こんなになってまで追いかけてくるんだから何かあるんだろう?」

「はい、ご推察の通り景品は用意されていますよ」

「へぇ、なんなんだ?」

「王冠を奪い取った者には、その者と同室に住む権利が与えられています」

「なんと」

 

ということは俺を追いかけていた女子達は俺と一緒に住みたいと思っている子な訳で、ゆくゆくはあんなことやこんなことをしたいと思っているってことか。

 

「俺って結構もててたのか……」

「藤木さんはこの学園にたった二人しかいない男子生徒なんですよ、当たり前じゃないですか」

 

道理でイベントの序盤一年専用機持ちが俺を無視して一夏を追いかけていたわけだ。あの時は正直寂しかった、だってみんな俺のことを無視するんだもん。

その寂しさはシャルロットのトークで幾分は緩和されたもののそういう理由があったのか。

 

「いや、たっちゃんをレイプした噂が流れていた時に色々あったから不人気なんだと思ってた」

「そんなことありませんよ、藤木さんは織斑さんよりネームバリューもありますから」

「そうか、惜しい事をしたな」

「そうなんですか」

「だって俺だって彼女ほしいもん」

 

倒れている女の子達を見渡す、みんな可愛くて俺的には申し分ない子ばかりだ。

 

「だったら、その……私とかどうですか?」

「いや、俺とディアナさんはそういうのじゃないだろ」

「やっぱり、そうですよね」

「ディアナさんや部員のみんなが俺の事を好きで居てくれてるのは知ってる、でもそれがそういう好きじゃないのも知ってる。ありがとう、気を遣ってくれて。俺もみんなのことは大好きだ」

「はい、差し出がましい真似をして申し訳ありませんでした」

「いいさ。じゃ、もう行くよ。みんなの努力を無駄にしたくないし、女の子と同室になったら妊娠させてしまうかもしれないからな。とりあえず今はこのままでいいよ」

「そうですか。私達に出来るのはここまでです、頑張ってください」

「ああ、ありがとう」

 

通話を切り、俺は再度駆け出す。この王冠には多くの人の俺に対する信頼が込められている、なんとしても守り抜かねば




なんか投稿が凄く遅れたけど仕方ないじゃないか、年末は色々忙しいんだもの。
主にガンダムブレイカーとかガンダムブレイカーとかガンダムブレイカーとか……

そしてこれが今年最後です、来年もよろしくお願いします。学園祭後の話一文字も書いてないけど。


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第56話 再会

あけおめ


「あれ、ここどこだ?」

 

ディアナさんをはじめとした部員の援護の甲斐あって俺は女子の軍団から逃げ切る成功した、しかしその一方で現在迷子になっている。

そんなわけで歩いているわけなんだが、ここの景色は初めて見るものばかりで今俺はどこに居てどこに行けばここから脱出できるのか皆目見当がつかない。困った、非常に困った。

さっき通ってきた扉に『ここから先機密区画につき関係者以外立ち入り禁止』と書かれていたのも俺を困らせている要因の一つである、織斑先生あたりに見つかれば大目玉どころでは済まされないだろう。

しかし機密区画ならその扉に鍵の一つもついていて良さそうなものなのに普通に入る事が出来てしまったのは如何なものだろうか、扉の側には怪しげな機械がついておりそれが鍵の役割をしているものだとは思ったのだが残念ながらその機械はうんともすんとも言わないまま俺を通してくれたのだ。

そうだ、俺は悪くない。俺が機密区画に来てしまったのはあの職務怠慢な機械が仕事をしていないのが原因だ、そしてそれを管理しているこの学園のセキュリティ担当も悪いんだ。

よし、俺はむしろ被害者だ。全く悪くないな、うん。

 

妙に気が大きくなった俺は堂々と区画内を闊歩する、もう俺を阻むものはなく何も怖くない。

 

「動かないで下さい! 動くと撃ちますよ!」

「ぎゃあああああああっ!」

 

背後から急に声が聞こえて俺は驚き叫び声をあげてしまう、しかも動くと撃つって喋っている内容も穏やかでない。

 

「いいいいいいやですね、俺もどこを通ってここに来たのかさっぱりで……いや機密区画に無断で入ったのは悪いと思ってますよ、でもあの扉鍵も掛かってなかったしそこの所はどうなのかなーって思い今に至る次第でございましてね……」

「両手を上に上げてそのまま……ってこの声はもしかして……藤木君ですか?」

「はい?」

 

妙に聞き覚えのある声に振り返ると、そこには山田先生が立っている。

しかしその両手には拳銃が握られ、その照準は真っ直ぐに俺へと向けられていた。

 

「なっ、いくら機密区画に入ったからって拳銃向ける必要ないじゃないですか! そんな物騒なもの仕舞ってくださいよ」

「あっ、ああ。すみません」

 

山田先生は拳銃の銃口を下ろす、ちなみに俺はそんな銃よりもっと物騒な専用機を携帯しているわけだがそれはひとまず棚に上げておこう。

 

「ところで藤木君は何でこんな所に居るんですか? ご存知だとは思いますがここは機密区画ですよ」

「追いかけっこをしていたらここに迷い込んでしまって…… 山田先生こそなんでこんな所に?」

「……それなんですが、学園内にテロリストが侵入したという情報が入りまして」

「テロリスト? 随分物騒な話ですね」

「現在は織斑君と更識さんがテロリスト一名と交戦中だそうです」

「交戦中ってことは…… テロリストはISを持ち込んでるってことですか!?」

「その通りです、更識さんが居るので多分大丈夫だとは思いますが」

「ですね、一夏はともかくたっちゃんならテロリストの一人や二人位なら軽く捻れるでしょうね。……なんとなく話が見えてきたぞ、つまり山田先生はこの機密区画にテロリストの仲間が居ないかと調べに来たと」

「そういうことです、理解が早くて助かります」

 

状況を整理してみよう、現在学園はテロリストの襲撃に遭いそれに学園最強であるたっちゃんが対処している。そしてそのテロリストはISをこの学園に持ち込んでいる、以前せっちゃんから聞いた話ではISを使ってテロ活動しているテログループは亡国企業以外には居ない。

亡国企業……以前ドイツであった苦い思い出が蘇る。あの時俺達は奴らに手玉に取られ、サイレント・ゼフィルスとストーム・ブレイカーを持ち逃げされた。あの悔しさは未だに忘れる事が出来ない。

 

つまり現在学園は亡国企業に襲われていて、俺が考え付く奴らの目的とは……

 

「山田先生、この機密区画には何があるんですか?」

「あまり人に喋っていい話ではないのですが、今回は緊急事態ですし特別に教えてあげましょう。この機密区画にはISが4機保管されています、しかも全部いわく付きの」

「IS……やっぱりか」

「やっぱりとは?」

「十中八九この機密区画に居ますよ、テロリストが」

「その根拠は?」

「ISを使うテロリストは亡国企業というグループしか考えられません、更に以前亡国企業のメンバーとやりあった事があるんですがその際に奴らはISを盗んでいきました。つまり現在たっちゃんが戦っているISはただの囮で、本命は多分ここに侵入してまたISを奪うつもりじゃないんでしょうか? しかもご丁寧にここに来るためにセキュリティを解除してますしね」

 

テロリストがセキュリティを解除したから俺はここに来る事が出来た、論法としては結構自然に出来たと思う。何の証拠もないんだが。

 

「あり得ますね、なら急がないと……藤木君はここから離れてください、危険ですから」

「そう言われてはい帰りますなんて言うと思ってるんですか? 奴らに先にISを持ち出されたら生身の山田先生じゃ手も足も出ませんよ? でも俺は専用機持ちです、むしろ山田先生を守ってみせますよ」

「……そうですね、生徒を危険に晒すのは甚だ不本意ですが確かに今の私ではどうしようもありません。お願いできますか?」

「生徒を危険に晒すって今更な気もしますがね、ところでここに保管されているIS4機ってなんなんですか?」

「ええと、これも機密なのであまり言いたくはないんですが」

「機密って今更でしょ? 大丈夫、誰にも言いませんから」

「絶対に誰にも言わないでくださいよ? 最悪、私の首が物理的に飛ぶ可能性があるので」

「約束します、ということで続きを」

「まず、以前この学園を襲った無人機2機です。それと織斑先生の専用機の暮桜。無人機は破壊されてますし暮桜の方は凍結処理されていますので持ち運ぶのは実質不可能かと思います」

「無人機はともかく暮桜って……なんだか色々理由がありそうですね?」

「流石にこれ以上は言えませんよ?」

「わかってますって、話の文脈からすると4機目が盗まれる可能性が高いということですね。で、その4機目とはなんなんですか?」

「それは……その……」

 

山田先生が急に勿体振りだした、一体どんな機体なんだろう、オラワクワクしてきたぞ。

 

「4機目は、打鉄・改です」

「マジですか……」

 

つまり亡国企業が狙っているのは俺の元愛機。あれにはかなり苦労させられた、しかし苦労させられた分愛着もある。俺も元とはいえ打鉄スト(打鉄乗りを総称する造語、もちろん今考えた)の端くれとして打鉄がテロリストの手先に使用されるのは見過ごしておけない、これは何が何でも守り抜かねば。

そうして決意を新たにし、俺と山田先生は機密区画の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

遠くから聞こえる靴の音を俺と山田先生は息を殺し追っていく、本来ならここには俺と山田先生しか居ないはずなのでやはりこの靴の音の主はテロリストで俺の予想は当たったという事になる。

ヴァーミリオンを展開して一気に取り押さえるという案も出てはいたのだが、力加減を間違えればテロリストはミンチになってしまう。流石にそれは俺の精神衛生的にまずいので山田先生に却下され、出来るだけ生身のまま取り押さえるという結論に至った。

 

ちなみに山田先生が持っていた拳銃は今は俺が持っている、テロリストと相対した時にIS用の武装をぶっ放せばまたしてもテロリストのミンチが出来上がってしまう可能性があるからだ。そして俺が盾の役割を担っている以上、山田先生より前を歩く事になるので拳銃を貸してもらったというわけだ。

 

そして、機密区画内の廊下を曲がるとついにテロリストの後ろ姿を目撃する。

 

「長い黒髪……女ですか」

「気をつけてください藤木君、女性である以上ISを奪取しに来たと見て間違いないでしょうから」

「ですね……」

 

俺と山田先生は小声で話しながらその女を見つめる。その黒髪の女はとある部屋の前で立ち止まり、扉を開き中へと入って行った。横顔がちらっと見えたが俺との距離は遠く人相までは確認できなかった。

 

「まずいですよ、あの部屋は打鉄・改が保管してある部屋です」

「行きましょう、打鉄・改が奪われる前に!」

 

俺達は駆け出し、その部屋へと侵入する。それと同時に俺は拳銃を構え、黒髪の女の背中に向かって言い放った。

 

「動くな! 下手な真似すると打ち抜くぞ!」

 

その言葉に女の動きが止まる、そして俺はさらにまくし立てる。

 

「両手を上に上げて、そのまま……」

「その声……藤木君? 懐かしいわね、また会えるなんて」

 

俺の事を知ってる!? その女の様子に少しばかり動揺するが、それでも拳銃の狙いは外さない。

俺にテロリストの知り合いなんてドイツで会った黒髪のちびっこしかいない、今ここに居る女もあいつと同じ黒髪だが背格好が全く違う。だとしたらこの女は一体誰だ?

 

「と、とにかくっ! そのまま動くな!」

「酷いわね、もしかして私の事を忘れてしまったの?」

 

俺の警告をまるで無視するかのように女が言う、そして女が振り返った。

 

「――っ!!」

「あっ、あなたは……」

 

山田先生も俺と同様にその女の姿に驚きを隠せないようだ。まぁ無理も無い、俺達の追っていたテロリストの正体は……

 

「なんでこんな所に居るんだよ、虎子さん」

「久しぶりね藤木君、元気?」

 

学園に潜入していたハニートラップにして俺の初恋の相手、羽庭虎子だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

額からは嫌な汗が滲み出し動悸は激しさを増すばかり、そしてかたかたと震える手で持つ拳銃の先には虎子さん。

この状況は今の俺にとって滅茶苦茶きついものがある、しかしそれでも目の前の虎子さんから目を離すわけにはいかない。

そしてその虎子さんは拳銃を向けられているにも拘らず涼しげな笑顔を浮かべている、その笑顔はまるでニコポのようで俺の心がどんどん弱気になっていくのを感じる。

 

「どうして……」

「どうしてって言われてもねぇ……仕事だから仕方ないじゃない。私も転職したばかりだし、何か手柄を立てないと居づらいのよ」

「転職? 亡国企業に移籍したってことか?」

「その通り。いい所よ、亡国企業は。前のケチな職場とは大違い、競争は激しいけどそれだけやりがいもあるしね」

 

テロリストにやりがいもクソもあるのだろうか、そしてやはり虎子さんは亡国企業の一員らしい。つまりは俺の敵、ドイツで受けた屈辱を晴らすにはもってこいの相手なのだ。

 

「亡国企業……だったら俺は虎子さんを撃たないといけないわけか」

 

と、口では勇ましい事を言ってみたが実際は撃てる気がしない。

今俺が構えている拳銃は端的に言えば殺しの道具であり、そこから弾丸が発射されれば虎子さんが死んでしまうかもしれない。そんな事は俺には絶対に出来ない。

 

「大丈夫、撃てないわよ」

「え?」

「銃の安全装置、ついたままになってるけど」

「!?」

 

慌てて拳銃を確認すると、安全装置が解除されていた。そして、視線を虎子さんに戻すと彼女も拳銃を構えていた。

なんて安易なブラフに引っかかってしまったんだ、俺は。

そして拳銃を構えなおそうとすると、今度は虎子さんが俺と同じような事を言う。

 

「動かないで、動くと撃つわよ。まぁ、動かなくても撃つんだけどね」

 

その言葉と共に虎子さんはトリガーを引き、虎子さんの拳銃から発せられた大きな発砲音と共に俺の頬を弾が掠める。そして、ドサッという誰かが倒れたような音。勿論誰が倒れたのかは明白である。

 

「山田先生っ!」

 

振り返ると山田先生が倒れていた。

 

「安心して、即効性の麻酔弾よ」

 

虎子さんの声に俺はもう一度振り返る。俺が山田先生に気を取られている間に俺と虎子さんの距離は一気に詰められていて、彼女は俺の目の前に居た。

吸い込まれるような漆黒の瞳と清楚なつくりの薄化粧、そしてパールピンクの口紅を引いたみずみずしい唇が俺の目を引く。

そして虎子さんは目を閉じ……

 

「んっ……」

「むぐっ!?」

 

その唇を俺の唇に重ね合わせる、俺にとっての初めてのチュウである。

虎子さんから発せられるいい香りと柔らかな唇の感触が意識を支配し、ついさっき山田先生が撃たれた事実を忘れさせそうなほどに俺を混乱させる。

しかし虎子さんはそんな俺のことをお構いなしと言った感じにその唇や舌ででやや強引に俺の口を開かせる、そして俺の口内に侵入してきたのは……

 

「がほっ!?」

 

虎子さんの紅色の舌ではなく、それはとても苦い液体だった。

それにまた俺は驚き、その液体を反射的に嚥下してしまう。

そして次の瞬間から訪れる猛烈な倦怠感、余りの気分の悪さに俺は膝をつき拳銃を落としてしまう。

 

「ぐっ……がっ……」

「効くでしょう? それ」

「何を……盛った?」

「山田先生にお注射したものと似たようなものよ」

 

つまり麻酔薬を口移しで飲まされたわけか。しかしおかしい、口移しで俺に麻酔薬を飲ませたという事は虎子さんの口内にも麻酔薬の成分が充満しているわけで、飲み込んでしまった俺よりは被害は少ないだろうが多少あの薬にやられていてもおかしくはないはずだ。

 

「まぁ、私もそれなりの訓錬を受けているからね」

 

俺の考えを読み取っていたかのように虎子さんが答える、しかしこの薬は訓錬でどうにかなるものだろうか。必死で意識を繋ぎ止めている俺に対し、虎子さんの顔は相変わらず涼しそうだ。一体どんな訓錬を受ければこの薬に耐える事が出来るのだろう。

 

そんな事を考えてる間にも俺の意識は闇に向かって一直線に進んでいく、そして視線の先では虎子さんが打鉄・改に触れようとしていた。

 

「ま、待て……」

「お休みなさい、藤木君。また、会いましょう」

 

その彼女の言葉と共に俺の意識は完全に闇へと堕ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「報告通りだけど確かに動かし辛いわね、これ」

「そんなポンコツのどこがいいのやら」

「あら、貴女にはこの機体の良さが解らないの?」

「全く解らん」

 

倒れている藤木君と山田先生を尻目に打鉄・改を装着する、装着が完了した直後この部屋にエムが入ってきた。

 

「打鉄・改のコンセプトは攻撃・防御・スピードの三つを高いレベルで両立する機体、つまり最強のISと言っても過言じゃないわ」

「その反面、PICは碌に効かず専用のテクニックを習得する必要がありそれを用いても旋回能力はゴミだがな」

「旋回能力がゴミなのは同意するけど、そんなものは使いこなせない人間の良い訳よ」

「その使いこなせない人間がここに居るわけだが」

 

エムが藤木君を蹴飛ばし、うつ伏せの状態で倒れていた藤木君が仰向けになる。目を閉じ眠っているその姿はなんだか可愛く思えるが、そんな彼を邪険に扱うエムにすこし苛立ちを覚える。

 

「やめなさいよ、彼は私の大切な人なんだから」

「その大切な人に薬を盛った人間がそれを言うか」

「仕方ないじゃない、残念ながら今は敵同士なんだから」

「今は?」

 

エムは私の言葉尻を捉え聞き返してくる、どうやら自分は藤木君に再会できた嬉しさで舞い上がっているようだ。まだこの話はエムにして良い話ではない、気を引き締めないと。

 

「なんでもないわ、それより陽動役のオータムも限界が近そうだしそろそろ迎えにいってあげましょう」

「……そうだな」

 

エムもサイレント・ゼフィルスを展開し部屋の天井にライフルを放つ、そこに大きな穴が開きこの部屋から秋空が見える。

私は藤木君が被っている王冠を剥ぎ取り、エムと共に部屋から脱出した。

 

「ところで、なんでわざわざ麻酔薬を口移しで飲ませたんだ?」

「あら、気になる男の子とキスしたいって思うは当然でしょう?」

「当然なのか?」

「お子様な貴女には解らないわよ」

「そうなのか……そうだ、ところでその王冠はなんなんだ?」

「ちょっとしたお土産よ。さぁ、行きましょう」

 

そうして私達はIS学園の空を飛翔する、目的地はすぐそこだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またここか……」

 

いつもの保健室の天井、いつもの保健室のベッド、そしていつものようにそこに寝ている俺。

いつもと違うのは意識を失う直前の記憶が辛いものではなく甘いものだったというところか、実際に虎子さんからお見舞いされたのは苦い謎のおくすりだったわけだが。

 

「柔らかかったなぁ……」

 

虎子さんの唇の感触を思い出す、あれが俺の初めてのチュウである。

虎子さんは正真正銘のテロリストである亡国企業の一員だ、そしてそれは正義のオリ主である俺にとって敵であることを意味している。

しかし、そんな事はどうでもよくなってしまった。虎子さんの事を想うとなんだか胸の辺りが苦しくなる、もしかしてこれが恋というやつなんだろうか。

 

オリ主たる俺がこの世界に転生する際、神であるカズトさんから自分の頑張り次第だがバトルも彼女も思いのままの世界にに連れて行ってやると言われたことを思い出す。

しかし、その思い人が敵側に居るってのは中々ヘビーなお話だ。そしてバトルは正直やりすぎでお腹いっぱいだ、俺はこれからどうすればいいのだろう?

 

そんな思いがぐるぐると頭の中を駆け巡り、どんどん憂鬱になってくる。その時ベッドを仕切っているカーテンが開き一夏が顔を覗かせる。

 

「おっ、起きてるのか」

「……なんだ、一夏か」

「おいおい、なんだとはなんだよ?」

「ん? なんだとはなんだとはなんだ?」

「そう来るか……なんだとはなんだとはなんだとはなんだ?」

「なんだとはなんだとはなんだとはなんだとはなんだ!」

「なんだとはなんだとはなんだとはなんだとはなんだなんだ!」

「なんだとはなんだとはなんだとはなんだとはなんだなんだとはなんだとはなんだ!!」

「一つ多いぞ、俺の勝ちだな」

「マジでか、っていうかその様子だと元気そうだな」

「そうでもないんだけどねぇ……」

 

下らない勝負のせいで精神的疲労がどんどん溜まってくる、しかし悩んでみたところで事態が解決するでもなし。

 

「山田先生から色々聞いたよ。大変だっらしいな、お前も」

 

一夏が俺に語りかける、まぁ大変だったかと言われれば大変だった。

 

「まぁな。正直めっちゃ参ってる」

「お前があのハニトラさんに再会するなんてな……俺も話を聞いたときはびっくりしたよ」

 

ハニトラさんこと羽庭虎子、俺の初恋の相手にしてハニートラップかつペッティングまで済ませた仲であり初めての失恋の相手。そして失恋した俺はたっちゃんに八つ当たりしたり鈴に喧嘩売ったりとあの時期の思い出はあまり良いものではない。

しかし、裏を返せばそれだけ俺の心の中を占めている虎子さんの割合が中々大きいものだったという事だ。だが時間というものは残酷で、時を経るごとに俺の心の中を占める割合は減少していった。しかしその心の空洞はラウラとシャルロットの存在により埋められていった、というかほぼラウラによって埋められた。

だがそんな俺の前に再び現れた虎子さん、虎子さんの存在はほぼラウラによって埋められた心に入り込み一気にその存在を大きくしていく。これが今現在の俺の心模様である。

 

「なぁ一夏、話は変わるんだけどさ……」

「ん、どうした」

「お前、恋したことあるか?」

「……うーん、どうだろう。多分無いんじゃないかな?」

 

だそうだ、一夏に惚れている彼女らが少々可哀想だ。

そんな一夏と打って変わって俺はというと……

 

「俺、もしかしたら恋をしているかもしれない」

「マジでか!?」

 

ふと窓を見る、窓からは漆黒の夜空とそこに光る星々が見える。この空の下のどこかに虎子さんも居るのだろう。

そんなこんなで俺の波乱に満ちた学園祭の一日は終わりを迎えようとしていた。



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第57話 セクシャルバイオレンスシスターズ

おひさ~ 覚えてる?


「今更なんだけどさ、一夏と紀春ってなんとなく似てない?」

 

風邪をひいた時や、体調の悪い時に食べたいものといえばなんだろうか。お粥? それとも雑炊? はたまた参鶏湯? ……いや参鶏湯は良くないな、最悪炎上する。

 

「えー、全然似てないよ。性格とか全然違うじゃん」

 

まぁ、人それぞれいろんな意見があるだろう。ちなみに俺が風邪の時に食べたい食べ物ナンバーワンはうどんだ。

 

「いや性格とかじゃなくって、顔とか」

 

嗚呼、うどん。あの真っ白で滑らかな麺がするするっと口に入っていく喜びは筆舌に尽くしがたい。普段食べるのならコシのある讃岐うどんが好きだ。しかしこんなに体調の悪い日にはコシのないやわらかなうどんがいい。

 

「顔? ……うーん、そう言われれば目元とかがなんとなく似てなくもないような。一夏、どう思う?」

 

トッピングを一つだけ選ぶのならやっぱり海老の天ぷらがいい、出汁を吸った衣の軟らかさとその中から出てくる海老のうまみはまさにうどんのベストパートナーである。いやいや、うどんのベストパートナーといえばやっぱりきつねか? いや、ここは男らしく肉うどんというのもいい。あの甘辛い味付けも先の二つに全く劣るものではない。

 

「そりゃ、この学園には男は俺達二人だけなんだしその他大勢に比べれば似てる部分もあるんじゃないのか?」

 

ああ、最高のうどんのトッピングとは一体なんなんだろうか? いや、迷っているのなら豪勢に全部のせという手もある。あのそれぞれがそれぞれを引き立てる三位一体の黄金のハーモニーはまさにうどん界の王様だ。

しかしながら今の俺は体調が悪い、うどん界の王様を受け入れるにはちょっと胃が辛い。とはいえ、かけうどんを食べるのは少し味気ない気もする。ということで卵とじうどんが今日の俺の昼食となった。

 

「見も蓋もないわね。紀春、あんたはどう思う?」

「うどん」

「うどん!?」

 

目の前のうどんを一口啜る。柔らかな麺が口から喉へ駆け抜けていき、出汁の優しい味わいが口いっぱいに広がる。IS学園の食堂は何を食べてもうまいが今日のうどんは一段とうまく感じる、きっと俺の体がうどんを求めているからなのだろう。

 

「ああ、うどん美味しいようどん。愛してるようどん」

「こいつ全然話聞いてないわね」

 

もう一度うどんを啜る。ああ、美味しい。

 

「紀春? ねぇ、紀春ってば」

 

シャルロットが俺の肩を揺らして喋りかける。ふと気付くとテーブル内の全員の視線が俺に釘付けだ、どうやら俺がうどんワールドに引き込まれてる間に話を振られていたらしい。

 

「ん、なんだ?」

「さっきの話聞いてた?」

「いや、全然」

 

テーブル内の数人が溜息をこぼす。なんだろう、悪い事してないのに悪者にされてる気がする。

 

「あんたねぇ、話振られてるのに自分の世界に引き篭もるのやめなさいよ」

「すまん、うどんワールドが魅力的でつい」

「何よ、うどんワールドって」

「まぁ、それは別にいいじゃないか。で、何の話なんだ?」

「あんたと一夏の顔がなんとなく似てるって話なんだけど」

 

そう言われて一夏の顔を見る、そして一夏も俺の顔を見る。

 

「おお、言われてみれば」

「あんたもそう思うの?」

「おう、めっちゃ似てる。目が二つある所とか鼻の穴が二つある所とか口が一つある所とかそっくりだ」

「そういう話じゃないっ!」

「うおっ、危ねぇ!」

 

その言葉と共にレンゲが飛んでくる、俺はそれをオリ主動体視力で捉えオリ主反射神経を駆使し見事にキャッチした。

 

「何すんだよ!」

「あんたが阿呆な事いってるからでしょう?」

「それでもお前短気すぎだろ、俺体調悪いんだからもう少し優しくしてくれよ」

「どうしたの、風邪?」

「かもしれん、朝起きたときはいける気がしたんだが時間が経つにつれてどんどん体調が悪くなってる」

 

シャルロットの手が俺の額に触れる、触れられた手は冷たくて気持ちいい。

 

「うーん、結構熱いね」

「やっぱりそうか。なら飯食ったら早退するわ」

「帰るまで一人で大丈夫?」

「ガキじゃねーんだから大丈夫だよ。で、俺と一夏が似てる話だったか」

「うんうん」

 

もう一度一夏の顔を見る、シャルロットが手鏡を差し出してくれたのでそれを受け取り自分の顔と見比べてみる。

 

「似てるのか?」

「さぁ?」

 

一夏に質問してみても気の利いた返答は返って来ない。しかし、目元が似ているといわれればそんな気もしなくはないような気がする。

 

「うーん。似てるような、そうでもないような」

「似てると思うんだけどなー」

「まぁ、似てるとするならば心当たりがないわけでもないんだがな」

「えっ、何かあるの?」

「ああ、実はな……」

 

折角なので赤の扉を選ぶように変な話をしてみよう。

 

「実は俺と一夏は生き別れの兄弟だったんだよ!!」

「「「なっ、なんだってー!?」」」

「あれはかれこれ……もう十年以上前の話になる。生活に困窮していた我が織斑家というか姉さんは口減らしのために俺を銀貨五枚で売ったんだ! そして俺はその後なんやかんやあってエリートサラリマンの父さんとノーパン書道教室を営む母さんに拾われて現在に至るというわけだ」

「なんだか」

「どこかで」

「聞いたような話……」

「ですわ」

「俺はあの日の事は忘れていない、そもそもこのIS学園に来たのも俺を捨ててのうのうと暮らしている姉さんに復讐するためだったんだよ!」

「ちょ、ちょっと待て兄! 兄が一夏と兄弟ということはっ!」

「ラウラ、お前と一夏も兄妹だということだ。つまり、このまま行くとヨスガノソラだ。お兄ちゃんそんなの許しまへんで?」

「なんてことだ…なんてことだ…」

「ラウラ、そんな嘘に騙されちゃ駄目だよ?」

 

俺のホラ話を真に受け絶望するラウラはシャルロットの話に耳を貸そうとはしない、こんな純粋な所を見せられるともう少しからかってやりたくなる。

 

「という事で一夏、今日から俺の事はお兄ちゃんと呼びなさい。姉さんに恨みはあるが当時三歳だったお前まで恨んでるわけじゃないからな」

「俺、お前の弟でもあったのか……」

「お前の小さい頃の記憶が無いのは俺が居なくなったショックで一度精神崩壊していたからと、とある情報筋から聞いている。まぁ、俺もよく記憶喪失するからそこら辺は遺伝的なものもあるんだろう」

「は、はぁ……」

「さて、こうしちゃ居られない。鷹に攫われたもう一人の妹を探しに行かねば」

「まだ居るのか、俺の兄弟。それにお前の妹の数はとどまる所を知らないな」

「実際俺も何人居るのか正確に把握できてないからな。じゃ、そういうことでアディオそげぶっ!!」

 

別れの挨拶をしようとした所に、脳天を駆け抜ける激痛と衝撃が襲い掛かる。見上げるとそこには姉さん……じゃなくて織斑先生が立っていた。

 

「なっ、なにすんだ姉さん!?」

「なに、生き別れの姉弟に対するスキンシップに決まっているだろう」

「ワッザ!?」

「さて藤木、今まで会えなかった分今日からかわいがってやるからな。相撲的な意味で」

「アイエエエ……」

 

怒りのオーラを撒き散らす織斑先生とそれに対峙する小動物のように震える俺、しばらく震えていると織斑先生は俺を鼻で笑いどこかへと行ってしまった。

織斑先生の姿が見えなくなると同時にテーブルに居る全員が一斉に溜息をつく。

 

「あー、ただでさえ痛い頭が更に痛てぇ……」

「完全に自業自得だよ、紀春」

「ちょっと悪ノリしただけじゃん、あんなに怒らなくてもいいのに」

「悪ノリ? 黒ノリの親戚か?」

「うんにゃ、黒ノリの進化系」

「ほう、兄は物知りだな」

「紀春、ラウラを騙すのはやめようよ。ラウラは紀春の言う事は全部信じちゃうんだから」

「何を言っている、シャルロット。兄が私に嘘をつくはずないだろう」

「……もうどうにでもなぁれ」

 

どうやらシャルロットはラウラの教育を諦めたようだ。

 

「あー、なんだか本格的に体がだるくなってきた。じゃ、今度こそ俺帰るわ」

「ちょと待て紀春、一つ聞きたいことがある」

 

帰ろうとする俺を一夏が引き止める、聞きたいこととは一体なんだろう。

 

「なんだ?」

「お前の誕生日っていつなんだ?」

「11月3日だけど…… それがどうかしたか」

 

11月3日、それがこの世界のオリ主たる俺の誕生日だ。みんな覚えておこう。

 

「そうか、11月3日か。ちなみに俺の誕生日は9月27日だ」

「へぇ、もうすぐなんだな。ならプレゼントでも用意しておこう」

「ああ、期待してる。それはさておき、俺が言いたい事が解るか?」

「全く解らんな」

「俺の誕生日が9月27日でお前の誕生日が11月3日だ、つまり……」

「つまり?」

 

一夏はこの後一体何を言うのだろう、次の言葉が発せられるまでの時間がやけに長く感じるのは俺が一夏がこの後もの凄い事を言うような気がして期待しているからなのだろうか。

 

「俺はお前の弟ではなく、お前が俺の弟だってことだ!」

「その話まだ続けるんかい!! つーか、俺とお前に血縁関係なんてあるわけねーだろおおおお!」

「なにっ!? 千冬姉がお前の事姉弟だって言ってたじゃないか!」

「お前もさっきの作り話信じてたのかああああ!!」

 

大声出しすぎて喉が痛くなってくる、こうして俺達の昼飯の時間は俺の頭痛と喉の痛みを更に悪化させ過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー、頭がぐわんぐわんする…… 今日はもう寝てしまおう、ただいまー」

「あっ、おかえりー」

 

俺は学園を早退し、1025室の扉を開け誰も居ないはずの部屋へと入る。そして独り言のつもりで言った言葉に返事が返ってくる、一瞬驚きはするもののその声はいつも聞いている声だったので俺はすぐさま平静を取り戻した。

 

「そこ、俺のベッドなんだが」

「うん、知ってる」

 

そこには、俺のベッドの上で寝転がりファッション雑誌を読んでいる我らが生徒会長たっちゃんが居た。その姿はまさに寛いでいるという感じだ。

 

「ノリ君、このベッド凄く男臭いんだけど。ちゃんとシーツ替えてる? というかお布団干してる?」

「たまにな、まぁここはこの学園で一番男人口密度が高い部屋なんだから他の場所に比べりゃ男臭いだろうよ。つーか、ピンクいのが丸見えなんだがそれは俺に見せてくれてるのか?」

「うん、ノリ君が元気になるかなって」

「そりゃありがたいね」

 

そう言って俺はたっちゃんの臀部を覆うピンクの布切れに対して手を合わせて拝んでみる、相変わらず体調は悪いが心なしか元気になった気がした。マイサンも元気になりたそうだったがそこは俺の鋼のオリ主精神力で抑える。

この学園では性的誘惑は結構多い。スカートの中が不意に見えてしまう事も多々あるし、やピッチピチのISスーツを着た女子と組んず解れつする機会も日常茶飯事だ。そんな事で一々マイサンを反応させていてはムラハチにされてしまう。

俺でもこんなのだからIS学園のめちゃモテ委員長こと一夏はもっと多くの誘惑に晒されているのだろう、しかし奴は持ち前の鈍感力でその誘惑を全て切り抜けてきた。

三日に一度の紳士時間(ジェントルタイム)(○ナニーをするために設定された時間。その間、○ナニーをしない人間は入室を禁じられる)は活用しているはずなので女体に興味がない訳ではないのだろうが、普段のあいつは少なくとも表面上は常に平静を保っている。正直凄い、そして少々妬ましい。俺もあいつのようなダイヤモンド級の精神力が欲しかった。

 

「で?」

「で?」

「わざわざ部屋に来るってことはなんか用があるんだろ? というか俺のベッドから出てってくれよ、今体調が悪いんだ」

「えー、やだー」

「うるせぇ、やだじゃねーんだよ」

 

たっちゃんごとベットの掛け布団を剥ぎ取る、ベッドの上に寝転がっていたたっちゃんはごろごろと転がり床へと落下した。

そしてその隙に素早くベッドに潜り込む俺、ベッドはたっちゃんの体温で充分に温まっていた。

 

「うわぁ、あったかいナリ……」

「温めておきました!」

 

一体どこの藤吉郎だ。しかし、草履ならともかく他人の体温で温められたベッドというのはあまり心地良いものでもない。

 

「なんか不満そうな顔してるわね」

「潜水艦の乗組員もこんな気持ちだったんだろうと思うと色々思う所があるんだよ」

 

潜水艦の中では乗組員に対して常にベッドの数が足りていないらしく、常に交代制で使わなくてはいけなかったそうだ。つまり仕事を終えた乗組員はそれまで休んでいた別の乗組員のベットを使って寝なければならず、ベットは常に温かかったらしい。そんな知識を前世で遊んだ潜水艦モノのエロゲで知った。

 

「なにー! 私の使用済みベッドが不満とな!?」

「使用済みという言葉ってなんとなくセクシャルな感じがするけど、まぁ不満だな」

「世界中を探せば私の使用済みベッドを使いたいって人はごまんと居るんだからね!」

「その使用済みベッドで何をしたいんでしょうね?」

「そりゃ、ナニに決まってるじゃない」

「……うへぇ」

 

どうやらこの姉さんは自分から積極的にオナペットになっていきたいスタイルの人らしい。

オナペットのベッド………… うん、今のはナシだ!

 

「さて、そろそろ本題行こうかしら」

「姉さんがIS界のセックスシンボルを目指すって話だったっけ?」

「そうそう、やっぱりここは地道に水着着てグラビア撮影から始めればいいのかしら?」

「でも今時水着位で世の青少年は満足するかねぇ? ISスーツって結構露出度高いから目糞鼻糞みたいなもんだし、ネットを探せば無修正のすんごいのなんて幾らでも見れるわけだし」

「て……手ブラまでなら頑張るから!」

「えー、手ブラ? それって頑張った内に入るのか?」

「じゃあ、どうすればいいのよ」

「やっぱりここはヌードしかないっしょ。かの宮○りえは人気絶頂の時代にヌード写真集を出して社会現象を巻き起こしたんだ、姉さんも人気のある今のうちに出せばベストセラー間違いなしだぜ」

 

そうなりゃ世界の青少年はこのオナペット姉さんに釘付けだ、そして目指せ200万部。

 

「それって思いっきり児童ポルノじゃん! っていうかそんな事したら私ウチの大統領に殺されちゃうわ」

「ああ、ロシアの大統領めっちゃ怖そうだもんね。でも姉さんの実力なら殺されはしないだろ?」

「むりむりむりむりかたつむり。あの人に掛れば私なんて一瞬でサヨナラよ」

 

まぁ、あの大統領ならこの姉さんの一人や二人簡単に暗殺できてしまえそうな気もしなくはない。そして姉さんの怯えようからして多分出来るのだろう。

 

「という事で今の私に出来るのはこれ位が限界ね、やっぱり人間は身の丈に合った行動をしなくちゃ命が幾らあっても足りないわ」

 

そう言って姉さんはスカートの裾を摘んでスカートの中身をちらりと覗かせる。しかしたっちゃんの呼称がいつのまにか姉さんに変わってしまっているな。多分俺が千冬姉さんとのいざこざを引き摺っているからなのだろう。まぁ、実際俺に姉は居ないんだが。

 

「おお、たまらんね。オカズにしたいんで撮っていい?」

「いいわよ、でも一枚だけね」

「わーい、やったー」

 

すぐさまスマホを取り出し、俺は姉さんのあられもない姿を激写する。やはり日本人なら慎ましいチラリズムが似合っている。まぁ、実際姉さんはロシア人なのだが。

 

「……さて、結局姉さんは慎ましくセックスシンボルを目指すという事だな」

「そうね、ヌードは大人になってから考えるわ」

「じゃ、そろそろ帰って。俺寝るから」

「そんな事言って、本当はさっきの写真を早速使うつもりなんでしょう?」

 

体調不良が日頃の疲れを思い出させ、姉さんとの猥談&パンチラの相乗効果のお陰で実は掛け布団の下では疲れマラがギンギンであるのは姉さんには内緒だ。

しかし実際に姉さんの写真をオカズにする事はないだろう、そんな事したら今後姉さんの顔を直視出来なくなってしまう。

同様に今までこの学園で巻き起こしたラッキースケベというかシャルロットさんのあられもない姿をオカズに使った事は一度もない。そしてこれからもする事はないだろう、これは男の矜持なのだ。

 

「はいはい、もうそれでいいから早く帰ってね」

「あら、つれないわねぇ」

「その位疲れてるんだよ」

「そう、ならお休みなさい。 ……そうだ、体調が悪いならお粥でも作ってきてあげましょうか?」

「わしゃ、うろんがええよ」

「うどんね、晩御飯時に持って来てあげるわ」

「さんきゅー」

 

俺はそう言って、振り返り部屋から出て行くたっちゃんの背中を見送る。

たっちゃんはつくづく優しい人だと思う、そして俺はそんな優しさにいつも助けられてばかりだ。

俺はこの学園で多くの得難いものを得た、彼女との接点もその得難いものの一つであった。

そしてそんな事を考えている間にも彼女は歩を進め、ドアノブに手をかける。しかしどうしたことだろうか、たっちゃんはドアノブに手をかけたままドアを開こうともせず静止していた。

 

「違う……」

 

たっちゃんがそう言う、何が違うのだろうか。

 

「……どした?」

「違うのよ、ノリ君!」

 

そう言いながら振り返るたっちゃんの声には些か怒気が篭ってるような気がする、マジでなんなんだろうか。

たっちゃんはずかずかと足音を立てながらこちらへ戻って来て、どすんと音を立てそうなくらい勢いよく一夏のベッドに座った。

 

「そもそも私がノリ君に会いに来たのは、潜水艦がどうとかヘアヌードがどうとかうちの大統領が怖いとかそんな話をしに来たんじゃないのよ」

「全部自分が言い出した事だろうに」

「潜水艦とヘアヌードの件は違うもんね!」

「そうかい。で、本来の目的ってなんなのよ?」

「お説教よ、ノリ君」

「へっ?」

 

説教とはまた穏やかではない話だ、しかしたっちゃんが俺に一体何の説教をしようというのだ。確かに彼女には迷惑を掛け続けて来たし、額に肉の一件やらレイプ疑惑の一件やらで酷い事はをしてしまったという自覚はある。しかしながらそれらの件は全て解決済みの話だ。

 

「説教って一体なんだよ、少なくとも最近はたっちゃんを怒らせるような事をしたつもりはないんだが」

「確かにそうね」

「だったらなんなんだよ」

「ハニートラップについての話よ」

「……うわぁ」

 

ハニートラップことハニトラさんこと羽庭虎子さん、俺の初恋の相手にしてペッティングまで済ませた仲の人。確か、たっちゃんと出会って話をした時話題に上っていたのも虎子さんだったはずだ。

虎子さんがIS学園を退学して以来俺達に何かを仕掛けてくる事はなかった、しかしそれはつい最近までの話だ。虎子さんがこのIS学園に現れたということは俺との関係性も復活したという事になる、そして俺は……

 

「ノリ君、あなたこれからどうする気?」

「どう、とは……」

「一夏君から聞いたけどあのハニトラによからぬ感情を抱いてるそうじゃない」

 

一夏……口軽くないか? 

 

「そもそも、シャルロットちゃんの事はどうするつもり?」

「なんでここにシャルロットの話まで出て来るんだよ?」

「……はぁ。ノリ君は一夏君じゃないんだから鈍感な振りするのはやめた方がいいわよ、見ててムカつくし」

「一夏なら良くて俺だと駄目とはこれいかに」

「一夏君の鈍感は天然物だから許されてるの、養殖物のノリ君は許されないわ」

「…………」

 

まぁ、なんとなくなんだがシャルロットに好意を向けられているのではと思う時がある。いつも俺に対して優しくしてくれるし、兎とのいざこざがあった時も唯一俺を追いかけてきてくれた。まぁ、三津村の仲間という事もあるのかもしれないがいつも俺に寄り添ってくれていた気もする。

 

「そうやって彼女の好意に気付かない振りをして好き勝手に周りを振り回して楽しい? それが気にならない位ハニトラの事が好きなの?」

「…………」

「どうなの? 答えてよ」

「……わかんねーよ、そんな事」

「解らない?」

 

解らない、全てが解らない。虎子さんの事も、シャルロットの想いも、俺の心の中でさえも。

 

「俺と初めて会った時の事を覚えてるか?」

「ええ、ノリ君がパーティーから逃げ出した夜の事だったわね」

「ああ、でもあの頃の俺はあんなパーティーよりこの学園から逃げ出したかったんだ」

「この学園から?」

 

あの頃の事を思い出す、当時の俺の心模様はとても酷いものであった。

 

「そう、俺はこの学園から逃げ出したかった。確かあのパーティーは一夏のクラス代表就任を祝して行われたものだ、でもあいつは実力があるからクラス代表になったわけじゃない。俺がセシリアさんに勝ったからクラス代表になれたんだ」

「でも、それで良かったんでしょ?」

「ああ、良かった。良かったはずだったんだ。でも実際は全然良くなかった」

「良くなかった?」

「俺がセシリアさんに勝った次の日から周の連中の俺を見る目が明らかに変わった、誰もが俺を期待の眼差しで見るようになった。そして誰かが俺を持て囃してこう言った。『あのイギリス代表候補生セシリア・オルコットを破った天才、藤木紀春だ』って。何が天才なものか、あれは奇策がたまたま通ったから勝てただけだ。そもそも当時の俺はあの欠陥インフィニット・ストラトスをまともに操縦する事すら出来なかったんだ。でも世間はそんな事はお構いなしだ、どこに行っても俺は賞賛され期待の眼差しで俺を見る。そんな俺に三津村は世間が俺に抱くイメージを壊さぬようにと言ってくる、俺も三津村に捨てられないようにそれに全力で答えるよう努力したつもりだ。でも、そうしているうちに疲れちまった」

「その時に現れたのがあのハニトラだったってわけね」

「多少時間は前後するがな。まぁ、虎子さんは優しかったよ。俺の愚痴や不安を全て受け止めてくれた」

「でもそれはノリ君のために作られた偽物の優しさよ」

「虎子さんが俺に向けていた感情が本物か偽物かなんてどうでもいい事だよ、少なくとも俺は彼女に救われたんだ」

「で、ちょっと優しくされた位でホイホイとテロリストの軍門に下っちゃうわけね」

「それが出来るほど自由の身じゃないんだよなぁ」

 

俺の首には首輪がつけられている。いや、実際にはないんだがまぁ精神的だったり比喩的なアレだ。そしてその首輪には手綱がついており三津村というご主人様がそれを握っているのだ。

その首輪を外そうと思えば簡単に外す事が出来るのだ、実際に俺にはヴァーミリオンという大きな(IS)がある。

しかし、その首輪を外すという事は自分の今まで培ってきた全てを失う事と同義である。家族や友人、ラウラやシャルロットをはじめとしたこのIS学園で出会った様々な人々。俺はそれを全て捨てることが出来るのか? いや、出来ない。出来ないのだが……

 

「仮にね、ノリ君」

「……なんだい?」

 

ベッドに寝転がり、天井を見つめながら答える。おにんにんは…… もう萎んでいた。

 

「ノリ君がもしテロリストに下ろうとするんだったら」

「…………」

「私は貴方を殺す」

 

今まで聞いたこともないような冷たい声色で最後の一言が告げられた、多分これが暗部組織の長更識楯無の本領なのだろう。それを聞く俺は相変わらず天井を見つめ続ける、そして彼女の顔色を窺う気にはなれない。

 

「……それって逆に生存フラグっぽくね?」

「もーっ、茶化さないの!」

 

たっちゃんの声色が一気にいつものものへと戻る、その代わり振りがおかしく俺は笑ってしまった。

 

「はははっ、悪い悪い。しかし俺は殺されるかも知れないのか、そりゃ怖いな」

「ええ、死ぬのは怖いわよ」

 

『死』というキーワードで不意に天野さんと聖沢さんの事を思い出す、Tさんに退治されて以降彼女らと会うこともなくなった。彼女たちは今何をしてるのだろう、また誰かに迷惑でも掛けてないといいが。

 

「とにかく、私のお説教はこれで終わり」

「滅茶苦茶怖い説教だったぜ」

「そりゃ良かったわ。兎に角、これからの事ちゃんと考えておいてね」

「おーけい」

 

俺の答えに満足したのかたっちゃんは立ち上がって歩き出し部屋のドアノブを回す、そして一度振り向いて再度俺に声を掛けた。

 

「あっ、そうそう。うどんでよかったわよね」

「やっぱり、雑炊の方がいいかな。うどんはさっき食べたばっかだし」

「じゃ、晩御飯を楽しみにしててね。おねーさんがノリ君のために腕によりをかけて作ってあげるから」

「そりゃ楽しみだ」

 

そんな会話の後、おねーさんは部屋から出て行った。そして一人取り残された部屋で俺は溜息をつく。

 

「……本当にどうすりゃいいんだろうね」

 

俺の心は振り子のように揺れ続けている、きっと心のペンデュラムスケールに時読みと星読みが居るのだろう。

 

「揺れろ魂のペンデュラム、天空に描け光のアーク、ペンデュラム召喚、出でよ我が僕のモンスターたちよ。ってか」

 

そこから召喚されるのはいかななるモンスターなのだろうか、仮にレベル4モンスターが2体召喚されたらきっとそのままエクシーズ召喚だ。

 

「そうなりゃ、出てくるのはダベリオンか」

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン、反逆の名を冠するその名はテロリストを連想させる。実際はレジスタンスだが、今の俺の心模様的にダベリオンはテロリストだ。俺の心の中のナストラルもそう言っている。

 

「ダベリオンは、困るなぁ」

 

ナストラルが『デュエルで、笑顔を……』と言った所で俺が実際デュエルする際に使うのはデュエルディスクではなくISだ、ISでデュエルしたところで笑顔になれそうな要素は一切無い。相手が虎子さんなら尚更だ。

 

「まぁ、会ってみないと話は進みそうにないよな……」

 

きっとこの先虎子さんは俺に何らかの方法で仕掛けて来るだろう、そしてその時俺の心は決まるのだろう。この先虎子さんと出会えそうなイベントは……

 

「キャノンボール・ファストか……」

 

思い起こせばIS学園の行事には何らかのトラブルが毎回起こっている、兎さんしかり亡国企業しかりと物騒なことこの上ない。しかし、これはチャンスだ。仮に兎が出てくれば叩き潰せばいい話だ。

 

「もっと、強くならないと」

 

そうだ、強くなろう。虎子さんとまともに対峙できるような強さを持とう。

ならば今するべきことは眠る事だ。疲れを癒し、明日から強さを得るための訓錬を行う為の活力を取り戻すのだ。

 

そして俺は目を閉じ、心を落ち着かせるため何も考えないようにする。すると、日頃の疲れのお陰か意識はどんどん闇へと吸い込まれていく。

 

眠ろう、今は眠ろう。目覚めた時はきっと明日だ。時間は有限で再会の時は刻一刻と迫っている、それまでに少しでも強くなるのだ。そのために今は眠ろ…………

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノリくーん! 晩御飯だよー!」

 

結局、俺に来たのは明日ではなく雑炊だった。……おいしかった。



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第58話 社内政治はスピード勝負

「はい、じゃあ説明始めるね」

「オッスお願いしまーす」

 

三津村重工本社ビルの小会議室、そこに俺は招かれていた。その部屋に居る人数は俺含めて四人、俺と楢崎さんとせっちゃんと不動さんである。

会議の議題は勿論来週に控えたキャノンボール・ファストについてである、しかしその話をするのもいいが俺に一つの疑問が浮かび上がった。ついさっきまで俺と一緒に居たとある人物についてである。

 

「いきなり話の腰を折るようで悪いんだけどシャルロットはどこへ行ったんですか?」

 

最近何かと話題に上る彼女は俺と同じ車に乗ってIS学園からここに来て、何時の間にやら行方を眩ましてしまった。キャノンボール・ファストにはどうせ彼女も一緒に出るのだから話はまとめて行った方が都合がいいはずだ。

 

「ああ、デュノアさんなら別の会議室で私達と同じような話をしてるんじゃないかしら?」

「同じ話なら一緒にすればいいのに」

「そういうわけにもいかない事情があるんだよねぇ……」

 

俺の疑問に不動さんが答える、その答えに俺が更に疑問を重ねると不動さんが遠い目をしてまた答える。

 

「事情って、何か変な事でも起こったんですか?」

「変な事が起こったと言うよりか、変な事は最初から起こってたってとこかしら?」

「話の内容が抽象的過ぎでまるで理解できないんですが」

 

次の俺の質問には楢崎さんが答えた、遠い目をしている不動さんとは対照的にこちらは心なしかうきうきしているように感じる。

 

「それもそうね、じゃ藤木君には今この三津村で起こっているとある騒動についてを親切丁寧に教えてあげましょう」

「で、一体何があるんです?」

「まぁ、実際に騒動が起こってるのは三津村じゃなくてMIEなんだけどね」

 

MIE、正式名称ミツムラ・インダストリー・ユーロ。確か昔シャルロットが所属していたデュノア社を三津村が買収して出来た会社で、現在のシャルロットはそこの開発部に籍を置いているはずだ。ちなみに俺が使っているヴァーミリオンも名目上はMIEが開発した事になっている。

 

「MIE? それと今回の事態に何の関係が?」

「現在MIEは藤木君のお父さんが率いる三津村派と、旧デュノア派で泥沼の社内抗争を繰り広げてる真っ最中なの」

「父さんが!? 一体なにやってんだよ」

 

俺の父さんこと藤木健二、現在MIEの幹部として単身赴任中なのは聞いてたけど中々つまらない仕事をしているようだ。

 

「社内の改革を進めたい私達とそれに抵抗するあちらさん達で色々揉めてるみたいね」

「揉めてるって言ったって、どうせデュノア派の意見も聞かずに強引に話を進めようとしてるんでしょ。社内の改革ってのもこっちが好き放題やるための口実にしか聞こえないな」

「まぁ、改革には痛みも必要なのよ。そもそもデュノア社を救った私達に感謝されこそすれ恨まれる謂れはないはずよ」

「そういう三津村的なところがあちらさんは気に食わないんじゃないですか」

 

俺が想う三津村のイメージとしては、歯向かう奴マネーと権力で粉砕するって感じだ。多分MIEではそれが通用しないのだろう、ヨーロッパでは労働者の権利が強いって聞くし多分三津村的社畜イズムはむこうさんでは受け入れられなさそうだ。

 

「で、ここにシャルロットが居ないって話の結論ですけど」

「デュノアさんはデュノア派の犬になったわ、三津村派の犬である藤木君とは今回敵同士ってわけよ」

「はぁ、まぁそんな所だろうと思ってました、派閥って大変ですね」

「多分デュノアさんも好き好んで向こう側についてるわけじゃないでしょうけどね」

 

MIEが分裂している今、シャルロットがデュノア派につくのは止むを得ないと思う。なんかかんだでシャルロットは旧デュノア社の社長令嬢であったわけだし、旧デュノア派とすれば格好の旗印だろう。俺も父さんが向こうで三津村派の幹部として働いている以上三津村派につくしかない、所詮俺もシャルロットも権力の犬というわけだ。

 

「結局の所面倒な社内政治の結果、一回で済む会議が別の場所で同時進行してるって事ですか」

「それだけじゃないのよね」

「それだけじゃない?」

「ええ、今回の社内抗争の決着はキャノンボール・ファストでつけることに決定したわ」

「……はぁ」

 

大人たちは一体何をしているのだろうか、勝手に喧嘩をしてその結果を無関係な俺とシャルロットに委ねると言う。巻き込まれた方は堪ったもんじゃない、ご主人様の傲慢さは今までも散々実感してきたが子供に代理戦争までやらせるほど腐っていたとは。そしてその腐っているご主人様の一部には俺の父さんも組み込まれている、今度母さんに電話して何かお仕置きをしてもらおう。

 

「一応聞いておきますけど、拒否権は?」

「この期に及んであると思ってるの?」

 

楢崎さんが微笑みながら言葉を返す。まぁ、普通に考えれば無いよな。

 

「さぁ、前置きも終わった事だし本題行きましょうか」

「本題って、なんなんすか?」

「キャノンボール・ファストに向けての新装備についてよ」

「新装備!?」

 

新装備という言葉に沈みきっていた俺のテンションも急上昇する、まぁ俺も男の子だしこの手の話に弱いのは致し方あるまい。

 

「へぇー、新装備か。ちょっとわくわくしてきましたよ」

「それは良かったわね。では水無瀬博士、説明をお願いします」

「ああ、いいだろう」

 

それまで会議室の隅で椅子に座っていたせっちゃんが立ち上がる、いつも纏っているお耽美な雰囲気は今日も健在だ。

 

「さて、まず新装備一つ目だな。まずはこれだ」

 

せっちゃんが手元のタブレットを操作すると会議室前方に据え付けられていたモニターに電源が入り、そこにとある画像が映し出される。

 

「これは、ヴァーミリオンの追加装甲ですか?」

 

画面に映し出されていたのはヴァーミリオンに黒い装甲がつけられているものだった。しかし変だ、キャノンアボール・ファストは妨害ありのレースであり、言うなればリアルマリ○カートである。妨害に対して装甲を用意するのはいいが、肝心のスピードはその装甲のお陰で機体重量が増え減ってしまうはずだ。しかも俺は男であり女より圧倒的に体重も重い、更にそれに機体重量の増加が加わるのならばかなり不利になってしまいそうだ。

 

「そうだな。名前はヴァーミリオン・プロジェクト一号機、アサルトドレスだ」

「ヴァーミリオン・プロジェクト? アサルトドレス?」

 

とりあえずヴァーミリオン・プロジェクトなるものは置いておいて、確かにドレスっぽいかと言われればそう見えなくも無い。そして、腰周りのスカート状の追加装甲や両肩に取り付けられている盾のようなものが打鉄のような雰囲気を醸し出している。

 

「まずはヴァーミリオン・プロジェクトについて説明しようか。でも面倒臭いので……不動、説明してやれ」

「うっす、じゃあ説明するね。ヴァーミリオン・プロジェクトとは平たく言えばヴァーミリオンの追加装備の開発をするためのものなんだけど、これは三津村やMIEだけが行うものではなくサードパーティーにも広く募集を掛けてるんだよ」

「サードパーティー、三津村系列以外の会社もですか」

「そう、そうやって他社にも開発の一部を請け負ってもらう事により業界全体でヴァーミリオンを盛り上げてもらおうって事なの。ぶっちゃけて言えばイグニッションプランを勝ち残る戦略の一つだね、そして装備の開発費の一部を三津村が負担する事で他社との結びつきを強くして三津村が業界の盟主の立場に立つってのも考えられてるみたい」

「はえー、すっごい。これって滅茶苦茶金掛かるんじゃないんですか?」

「うん、そのお陰で三津村の家計は火の車だよ! 君の新専用機とヴァーミリオンの開発やデュノア社の買収、それに今回のヴァーミリオン・プロジェクトで借金とかもの凄いことになってるみたい。まぁどれもこれもウチに藤木君がいるせいで起こったものだから、君は今経理の人間から貧乏神って呼ばれてるらしいよ」

 

おお、もう……

 

「ウチ、潰れませんよね?」

「大丈夫大丈夫。借金って言っても系列の銀行からだし、いざとなったらお国が助けてくれるよ。ウチが潰れたら世界恐慌待ったなしだからね!」

「そして始まる第三次世界大戦って訳ですか」

「そしたら地球はきっと終わりだね!」

「マジかよ……」

「というわけで地球の未来のために頑張ってね!」

「もうおうちかえりたい……」

 

俺から始まる世界恐慌&地球滅亡の未来、もう話が大きすぎで背負う気にもなれない。

 

「さて、とりあえず藤木君に地球の未来が託された所で解説を続けようか」

「そう言えばさっきの話ってアサルトドレスには一言も触れられてませんでしたもんね」

「というわけで説明始めるよ。このアサルトドレスはさっきも説明したとおりヴァーミリオン・プロジェクトの一号機で、三津村重工が開発したものだよ」

「サードの開発じゃないんですね」

「一応こっちも開発している姿勢を見せないといけないからね。まぁ、他にも同時進行でいくつか開発は進めてるんだけどこれが最初に開発が終わったから一号機ってわけ。ちなみに開発担当者は私だよ」

「不動さん開発って、なんだか嫌な予感がするんですけど気のせいですかね?」

「藤木君、君って私にいつも失礼な事言ってるけど私だってIS学園整備課を主席で卒業した超エリートなのを忘れてないかな?」

「その超エリート様が開発した打鉄・改の事を想うとそう思わずにはいられないんですが」

 

打鉄・改。不動さんが卒業制作に開発した攻撃・防御・スピードの三つを併せ持った機体はカタログスペックのみを追い求めた結果、操作性や安定性をどこかに置き忘れた機体で初心者にはまともに扱う事すら出来ないものだった。そして展開領域に詰め込まれた武装のほとんどはロマンしか追い求めていないものばかりで、産廃と言っても差し支えないものばかりだ。特にサタスペとかレインメーカーとか。

 

「そう、打鉄・改なんだよ!」

「打鉄・改? 何が打鉄・改なんですか?」

「このアサルトドレスは私の打鉄・改のエッセンスを多量に加えた装備なんだよ!」

「ああ、嫌な予感が当たってしまった……」

 

どうやらこのアサルトドレスは打鉄・改の類似品らしい、こんな装備で俺はこの先生きのこれるのだろうか。

 

「まぁ、君が不安になるのも解る。しかし安心したまえ、アサルトドレスには一応ボクも設計の段階から開発に加わってるし操作性についても致命的な欠点はみられないはずだ」

「……まぁせっちゃんがそう言うんなら大丈夫っぽいんでいいですけど」

「私、信用無いなぁ」

 

とりあえずアサルトドレスはロマン重視の産廃ではなさそうだ。せっちゃんは人間的には怪しいが仕事はちゃんとする人なのでとりあえず一安心である。

 

「はぁ、とりあえず説明続けるね。このアサルトドレスの一番の特徴は背面に装備されたスラスターポッドだよ、出力は打鉄・改程じゃないけどかなりのスピードが出るようになってるよ。ついでに肩にとスカートの中にも小型のスラスターが仕込まれてるからそれも併用すればキャノンボール・ファストに出てくる機体の中じゃ一番早く飛べるはずだよ」

 

モニターの中の画像が切り替わる、どうやらアサルトドレスの背面を映しているようでヴァーミリオンの背部にある板状の推進翼を挟み込むように二つの大きなブースターが据え付けられている。

解りやすくロボットアニメで説明すると、ウイングガンダムの羽にVF-25のスーパーパックが取り付けられているような感じだろうか。

 

「で、肝心の操作性は?」

「最大出力で吹かせばかなり落ちるね。まぁ、基本的な飛行は背部スラスターのみで行うように想定されているから通常の飛行に関してはそこまで問題はないと思うよ。機体重量増加のせいもあってそれなりに落ちるとは思うんだけどさ」

「打鉄・改ほどではないと」

「そういう事。キャノンボール・ファストのコースはゴール直前のストレートがかなり長く設定されてるから、そこまでは後ろの方で攻撃をやり過ごして最後のストレートで一気に抜き去るってのが理想かな?」

「確かに、先行逃げ切りはドンパチの対象ににりやすいから最後に追い込みを掛けるってのは理想かもしれませんね」

「それにホームストレート直前には180度のヘアピンカーブがあるからそこで差を詰められたらもっといいかもね。ということでアサルトドレスの説明は終了! 次は新武装の説明行くよ!」

「新武装! いいっすねぇ!」

 

俺のワクワク度はかつてないほどに有頂天だ、やっぱり男の子なら武器でしょ!

 

「ということで新武装は、コレ!」

 

モニターの画像が切り替わる、そこには長い銀色の三角錐に取っ手がついたものが映し出される。

ああ、また嫌な予感がががが……

 

「これ、どう見てもランスですよね?」

「うん!」

 

不動さんが元気よく答える。彼女的にはいい出来なのかもしれないが、彼女的にいい出来のものが俺的にいい出来だった事は一度もない。しかもランスであるというのなら俺の感じる不安もひとしおというものである。

 

「藤木、先程に続き不安のなのはよく解る。確かにこれは不動が一人で作り上げたものだし何か言いたい気持ちは本当によく解る、しかしこれは本当にいい出来だぞ。正直ボクも不動がここまでの物を作るとは思ってなかった」

「つまりせっちゃんのお墨付きだと」

「ああ、これには期待してくれてもいい」

 

まぁ、不動さんが三津村に入社して半年近く経つ。学生時代にはロマンしか追い求めていなかった彼女も社会に入って現実が見えてきたという事なのだろうか、となると俺も不動さんの事をもう少し信頼していいのかもしれない。

 

「ということで説明続けるね。この武装の名前はアンカーアンブレラ、武器って言っても攻撃力に関してはほぼ無いと思ってくれていいよ」

「つまり補助系の武装ってことですか?」

「うん、その通り。まぁこれも打鉄・改から着想を得た装備なんだけど」

「せっちゃんのお墨付きなんだから今回は余計な口は挟みませんよ」

「ありがと。そしてこれは大雑把に言うとレッドラインをもっと使いやすく改良したものなんだよね」

 

レッドライン、その武装について思い出す戦いと言えばやはりセシリアさんと戦った時の事だろう。この武装を使って俺はセシリアさんとの戦いを強制的に近接戦闘に持ち込み、近接戦の苦手だったセシリアさんを圧倒する事ができた。山田先生と戦った時もこれを使って近接用の武装を積んでない山田先生に対して有利な展開に持ち込めたのだが、あの時は実力の差で負けてしまった。

しかし、レッドラインの特徴といえば自分の機体と相手の機体を繋ぐ強靭なワイヤーである。あのワイヤーが切られたのはたった一度のみ、しかもそれ切ったのは今ISで最大の攻撃力を持つであろう一夏の零落白夜のみだというのだからその強靭さがよく解る。

 

「このアンカーアンブレラは先端の部分がこんな感じに開いてだね……」

 

モニターに次の画像が映し出される、三角錐の頂点から中ほどまでがクローのような形になる、ガンダムで例えるならブリッツガンダムみたいだ。

 

「それが飛ぶんですか? ガンダム的に考えて」

「正解、先端が強力なバネの力で射出されて敵機体を捕縛するって感じだね。そして取っ手の部分とはレッドラインで使ったワイヤーと同じもので繋がるようになってるよ」

「うーん、せっちゃんがお墨付きって言った割りにはパンチに欠ける気がするんですが」

 

仮にアンカーが敵に当たって一時的に捕縛できたとしよう、しかし捕縛している先端のクローは所詮薄い鉄板で出来た板である。そんな物はISのパワーの前では一瞬で破壊されてしまいそうな気がする。

 

「甘いね、アンカーアンブレラの本領はここからだよ」

「おっ、まだこれだけじゃないと」

「そういう事、このアンカー部分には三津村謹製最新式超強力瞬間接着剤がたっぷりと塗ってあるんだよ」

「瞬間接着剤、そういうのもあるのか。してその強度はいかほどに?」

「溶接したのとほぼ変わらない程度にはなるよ、ISが全力でやれば剥がれなくはないかな? まあ、剥がれたとしてもくっついた部分に相当なダメージが出るだろうね」

「つまり、戦闘中に簡単に剥がせるものではないと」

「レース中に剥がそうものなら最下位は免れないだろうね、剥がす事を諦めてもいいけどその場合は」

「でっかいアンカーとワイヤーに繋がれた取っ手をつけたまま飛ばなくちゃならないって訳ですか」

「さぞかし邪魔だろうねー、邪魔すぎてうまく飛べないかもしれないねー。でもそんなのはまだ序の口なんだよねー」

「へぇ、まだ何かあるんですか?」

 

受け答えする不動さんはにやにやと笑う。この接着剤の効果を考えてみる限り確かに色々よからぬ事が出来そうだ。

 

「あくまでさっきのはアンカーが当たった時の被害で一番軽いものだよ、でも現実はもっと酷い事になる。例えば接着剤が機体の間接部分に染み込んでしまったらどうなるかな?」

 

間接に染み込む強力接着剤、そしてその強度は溶接並み。もう結果は明らかだ。

 

「間接に染み込めばもうそこは動かないんでしょうね、そうなれば最悪戦闘不能もありえる」

「うん、その通り。戦闘不能まで追い込めなくてもまともに戦うことなんてもう出来ないよ、特にレースなんて出来る訳がない。スキンバリアーがあるから体には直接触れる事はないんだけど、スキンバリアーって結構いい加減で軽微な被害だったら簡単に通っちゃうんだよね」

「つまり体も固まる可能性もあるって事ですか」

「髪に付着したら戦闘終了後はそのまま美容院行きだね」

「うわー、えげつなーい」

 

今回戦う相手は一夏を除いて全員髪が長い、故によくくっつきそうだ。

 

「しかし、人間関係的にそれは諸刃の剣ですね。流石に強制散髪は嫌われそうだ」

「まぁ、これはあくまで一例だよ。私が思いつかないだけで他の用途もあるかもしれないから色々考えてみてよ。ということで今回の説明はこれで全部終了! 何か質問はあるかな?」

「今は思いつかないっすね、疑問とかが出てくればその時に聞きますよ」

「じゃぁ、今日の会議はこれで終わりっ! レース、頑張ってね!」

「シャルロットと協力プレイで楽して勝ちたかったんですけどね。まぁ、パパのためにも頑張りますよ。迷惑ばかり掛けてるからたまには親孝行しないといけませんしね」

 

こんな感じで俺の会議は終わった。俺の背中にはパパの出世や三津村の未来、果ては世界の平和とかいうとんでもないものまで背負わされてしまった。しかし、俺の夢はスーパーヒーローになる事だ。きっとこれも乗り越えなければならない壁なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、紀春こっちだよ」

 

ビルのエントランスから抜け出すと黒塗りの車が一台停車していた、そして車の中にはヤクザ……確か瀬戸という護衛の人とシャルロットが乗っていた。多分このまま一緒にIS学園まで帰るのだろう、俺はシャルロットに招かれるままその車に乗り込んだ。

 

「お疲れ様」

「ああ、お疲れ」

 

俺が乗り込んだと同時に車は音もなく動き出す、この車にも結構な金が掛かっていることは簡単に予想できた。

 

「大変だな、お互い」

「……うん。まぁ、僕にだっていくらかしがらみがあるからね。紀春だってそうでしょう?」

「しがらみ程度で済めばよかったんだがな、地球の未来まで背負わされる羽目になるとは」

「ああ、ヴァーミリオン・プロジェクトの事?」

「日本が世界に誇る暗黒メガコーポもその内情は火の車だそうだ、不景気なのはどこも一緒ってことか」

「大きく考えすぎだよ、一人の力でこの会社を救うなんて出来る訳がないんだからさ。僕達は今自分が出来る事を精一杯やるだけだよ」

「そうだな、さしあたってはキャノンボール・ファストでシャルロットちゃんをフルボッコにすることかな」

「おっ、それに関しては譲れないよ」

 

俺の軽口でシャルロットが微笑む。

しかしこの娘さんが俺に好意を、か…… 確かに俺はシャルロットに嫌われてはいないとは思うのだが、だがなぁ……

 

今の自分には解決しなければならない事が多すぎる。虎子さんのこともそうだし、その同僚のちびっ子へのリベンジも終わってはいない。そして一番大きな問題はあの兎さんの事である。

 

出会い頭の印象が最悪すぎて奴に対してナーバスになっていたが、ここ最近その考えは大分薄れてきた。彼女に対する俺の感情も時が経ち少しずつ変化をしてきているのだ。

篠ノ之束、この世界にISをもたらし世界の在り方を変えた大天才。その世界最強の力を産み出した奴に俺はどう太刀打ちできると言うのだろうか、俺の力の源だって奴が作り上げてきたISだというのに。

はっきり言って今俺があの兎さんに勝てる要素が微塵もないのだ、臨海学校で出会った時俺は感情のまま奴に歯向かってみたものの奴から見ればとんだお笑い種だったであろう。そして未だに俺は奴の掌の上、未だ俺が奴に殺されていない事を考えるに見逃されているのだろう。俺の生命は奴の慈悲の心の上に成り立っていると思うと悔しい、しかし悔しいからといって何かが出来るわけでもない。

 

「…………」

「紀春?」

「……ああ、悪い。考え事してた」

「そう……」

 

シャルロットだって今俺が虎子さんの事で色々悩んでるのは知っているはずだ、しかし彼女はそれについて一切俺に何か聞こうとする事はなかった。多分彼女なりの優しさなんだと思う。

 

「何も、聞かないのか?」

「……うん」

「どうして?」

「だって僕、信じてるもん。紀春の事」

 

その言葉に心臓が大きく脈打ち痛いほどに締め付けられる、目に映る彼女の健気な笑顔が何より美しく思えた。

ああ、俺は何やってたんだ。

 

「……そうか、お前にも心配掛けてばっかだな」

「本当、紀春のそばにいると気苦労が絶えないよ」

「悪いな、俺結構駄目人間みたいでさ」

「そうだね、紀春は駄目人間だもんね」

「そこは否定してくれると嬉しかったなぁ……」

 

車の中に小さな笑いが起こる、なんだかいつもの感じに戻ってきた気がする。

 

「シャルロット、お前さえよければもう少し待っててほしいんだ」

「待つ? 何を?」

「その、俺とお前を取り巻く色々な……関係性というか、答えというか、そんな感じのをさ」

 

頑張った! 俺超頑張った! なんか答えを先延ばしにした感じは否めないけどこれが今の俺の全力だ。

 

「僕と紀春の関係性……って!?」

 

シャルロットも俺の意を正しく汲んでくれているようだ、真っ赤に染まった顔がそれを物語っている。

 

「色々片付けないといけない問題が多いからさ。それが終わったらちゃんと答えを出すから」

「う、うん……」

 

そしてシャルロットは俯いてしまった、時間が必要なのはどうやらお互い様のようだ。

 

「それにしても腹が減ったな」

「話題変更でいきなりそれ!? もうちょと格好つけてよ」

「だって朝飯から何も食べてないんだもん」

 

現在時刻は午後二時、会社で弁当の類は出なかった。

 

「瀬戸さん、ここら辺でうまい飯屋知りませんか?」

「この辺に、美味いラーメン屋の屋台が来てるらしいですよ」

「真昼間から屋台出てるんですか。まぁいいや、そこまでお願いします」

「えーっ、僕ラーメン屋の屋台よりおしゃれなレストランがいいなぁ」

「おしゃれなレストランなんて大抵不味いものしか置いてないので却下」

「それは偏見だよー!」

 

車は笑いに包まれながら一路、美味いラーメン屋の屋台を目指す。今の俺とシャルロットの関係性は多分こんな感じで良いんだろう。



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第59話 不思議な光と蒼い春

予約投稿って分数まで指定できるんだね。



「…………」

 

今俺がいる場所、第六アリーナは中央タワーと繋がっていて高速機動実習が可能である施設らしいというのは先週山田先生から聞いた話だ。

そこを駆け回る二機のIS、一夏の白式とセシリアさんのブルー・ティアーズだ。

二機のISが併走し、ネジネジ塔こと中央タワー外周からアリーナ地表へと戻ってくる。

 

「はいっ。お疲れ様でした! 二人ともすっごく優秀でしたよ~」

 

一夏とセシリアさんを褒める山田先生は嬉しそうだ、まぁ教師的に教え子の成長というのは嬉しいものなのだろう。

そんな一夏にラウラが突っかかりラブコメ展開が繰り広げられる、これもいつもの展開だ。

 

「紀春っ、助けてくれ!」

「嫌どす」

「何故に京都弁!?」

 

俺が一夏を華麗に無視している間にも授業は続き、訓練機が数機アリーナから飛び立っていく。専用機を持つ俺達は比較的自由に飛べるので体が暖まったら俺も出るとしよう。

そして準備運動をしている俺にシャルロットが話しかけてきた。

 

「なにやってるの?」

「見りゃ解るだろ」

「解らないから聞いてるんだよ」

「……マ○ケン体操」

「マエ○ン!?」

 

前傾姿勢になって肘で円を描くイメージでグルグルと回しその後胸をそらし両肘を上げる。この動作で肩や肩甲骨辺りの血流が良くなるらしい、ついでに肩こりも解消されるとか。

 

「素人が見よう見まねでやると肩痛めるから真似はしないほうがいいぞ」

「そんなの誰も真似しないよ……」

 

そんな会話をしていると俺達の所へ一夏がやって来た。

 

「いやぁ、酷い目にあった」

「お疲れさん」

「お疲れー」

 

一夏は首元をしきりに気にしているようだ、さっき織斑先生にチョップを食らってたのが原因だろう。

 

「しかしあれだな、スラスター調整程度であそこまでのスピードが出るとは」

「ん、俺の白式の事か? まぁ確かに早かったけど紀春の乗ってた打鉄・改程じゃないだろ」

「あれは元々そういう設定で作られてるしデメリットがでかすぎるんだよ、ゼロヨンやるわけじゃないんだから直線番長なんてレースじゃほとんど役に立たないぜ?」

「デメリットなら俺もあるぞ、あの状態だと雪片弐型使えないし」

「お前どうやって戦う気だ?」

「……体当たり」

 

なんと男らしい戦い方だろうか、男らしすぎてちょっと可哀想になってきた。

 

「そういうお前らこそどうなんだ? 協力プレイで狙われそうで俺的にはかなり怖いんだが」

「協力プレイか……」

「出来ればよかったんだけどね……」

「な、なんだ。喧嘩でもしたのか? その割りには仲良さそうだが」

「一般人の一夏君には解らないかもしれないが会社勤めには色々しがらみがあるんだよ」

「正確に言うと派閥争いなんだけどね」

「……よく解らないけど大変なんだな、お前らも」

「本当、大変だよ…… っと、そろそろ俺飛んでくるわ」

 

マエケ○体操を終え、ヴァーミリオンを展開する。アサルトドレスもインストール済みで赤い機体に黒いドレスが覆いかぶさる。

 

「おお、それがお前の新装備か」

「追加装甲と追加スラスターって所かな、というわけで行ってくる」

「気をつけてね」

「りょーかい」

 

そして俺は機動訓錬のスタート位置まで飛んでいく、そこには丁度モンハン三人娘ことTさんとかがみんとリコリンが居た。

 

「今からスタートか?」

「あっ、藤木君だ。こうやって四人集まるのも久しぶりだね」

「モンハン速攻で飽きたからな」

 

実はこの四人でモンハンをやった回数ってのは意外と少ない、俺にとってモンハンはコミュニケーションツール以上の価値はなかったためクラスに打ち解けて以降はモンハンの誘いを断っていたからだ。というか三津村のお仕事が忙しいので授業の合間の休み時間くらいしか時間が取れないのだ。

 

「まぁ、モンハンは置いといて。今からスタートなら混ぜてほしんだが、いいか?」

「えー、藤木君とやりあったら私達勝てないじゃん」

「そこをなんとか。そうだ、三対一ってのはどうだろう。俺に勝ったらなんか奢るぜ?」

「な、なんでも!?」

「俺が居る時限定のデザート無料券ってのはどうだ? 確かキャノンボール・ファストの優勝商品ってそんなだったよな?」

「つまり訓練機部門で負けても私達はデザート食べ放題ってこと?」

「俺に勝てたらの話だけどな」

 

三人娘の目が輝いている、どうやら交渉成立のようだ。

 

「やるやる! めっちゃやる!」

「よしっ、じゃお互い頑張ろうぜ!」

「「「おーっ!」」」

 

そういうわけで、俺と三人娘の戦いの火蓋は切って落とされたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では始めますね ……3・2・1・ゴー!」

「ヒャッハーーーーーーッ!!」

 

山田先生のフラッグが振り下ろされると同時に俺は瞬時加速(イグニッション・ブースト)でスタートダッシュに成功、そのまま背面スラスターを全開にして一気に三人娘との距離を引き離す。

 

「サラマンダーより、ずっとはやーい!」

「なに馬鹿な事言ってんのよ! 藤木君を倒さないと負けるのよ、私達も急がないと!」

「でも最新型のレース仕様の追加装備付きに追いつけるのかしら?」

「気合よ、気合! スイーツ食べ放題が掛ってるんだから何とか追いつくのよ!」

 

後方からそんな声が聞こえる、その声を聞きながら俺はヴァーミリオンのスピードを少し緩める。単純にぶっちぎるだけじゃ一人で訓錬するのと何も変わらない、俺が今したいのは高速機動中の乱戦に対応するための訓錬なのだ。

 

「っと、思ったより向こうも早いな」

 

三人娘が一気に俺との距離を詰めてくる、多分高速機動教習用にカスタムされているのだろうか。

三人娘の装備はTさんが打鉄、その他二人がラファール・リヴァイヴだ。純粋な機能の差なのかががみんとリコリンが先行して俺に追いつく、二人は示し合わせたかのように武装を展開、俺に弾丸の雨を叩きつけるつもりなのだろう。

 

「おりゃーーーーーーー!」

「ボラボラボラボラボラアッ!!」

 

予想通り俺に向かって弾丸が降り注いでくる、しかし俺だってそれなりの経験は積んできたつもりだ。高く飛び上がり全てを回避する。

ISが人間によって操作されている以上、通常なら弾丸を避けるような真似は出来ない。しかし俺に当たる弾は一つもない、相手の動きを観察し弾丸が発射されるタイミングよりも早くその射線から逃げれば弾は当たらないのだ。

 

「もらったああああっ!!」

 

二人の射撃から逃げ出した先にTさんが近接ブレードを振りかぶりながら突っ込んでくる、それに対して俺は霧雨を展開し近接ブレードを受け止めた。

 

「くっ……」

「パワーならこっちの方が上だぜ!」

 

徐々に押してきてる俺、しかし悠長に鍔迫り合いなんてやってられない。こうしている間にも二人が俺に迫ってきているのだ。

 

「そぉい!」

「きゃっ!」

 

近接ブレードを弾き、がら空きの腹にキックをお見舞いしTさんを吹き飛ばす。すぐさま逃げようとしたが二機のラファール・リヴァイヴはその時には俺の左右を取り囲んでいた。

 

「今度こそ!」

「つかまえたっ!!」

 

そのまま俺は二機に両腕を抱えられ拘束されてしまった、必死でもがくが流石に片腕でIS一機の全力の拘束には敵わないようだ。

 

「くっ……高機動カスタム、甘く見ていた」

「残念だったわね、これでデザート食べ放題はいただきよ」

「ところでおっぱいが思いっきり当たってるんですが、これはいいのでしょうか?」

「これからの事を思えば、多少はね?」

「おお、役得役得」

 

そんな会話をしている最中だが、Tさんが俺の目の前にやってきた。多分トドメを刺す役目は彼女になるのだろうか。

 

「癒子! やっちゃいなさい!」

「オーケイ、一撃で決めてやるわ」

 

その言葉と共にTさんは掌を俺に向かって突き出す、俺とTさんの距離は約五メートル位あるのだが彼女は一体何を…… あっ、Tさんの手から青白い光が……

 

「えっ、なにアレ?」

「さぁ?」

 

……これアカンやつや。

 

「はっ、放せ! あんなの食らったら三人まとめてお陀仏だぞ!」

「えー、いいじゃん。それで私達が勝てるわけだし」

「はぁぁぁぁぁぁっ……」

 

Tさんがいかにもエネルギーを溜めてますって感じで唸る。『破』だ、『破』を撃ってくる気だ。

 

「お前らと心中なんて御免被る! 俺は逃げさせてもらうからな!」

「わっ、藤木君暴れないで!」

 

俺は拘束された体を捻り、なんとか脱出しようと試みるが二人は中々放してはくれない。

 

「だったら、奥の手だっ!」

 

アサルトドレスの背面スラスター、ショルダーポッド、そしてスカート内部に仕込まれたブースターポッドの全てを吹かし二人から逃げようとする。徐々に二人の力が緩くなってきた。

 

「いっけえぇぇぇぇぇぇっ!」

「破ぁああああああああっ!!」

「うおおおおおおおぉぉっ!!」

 

二人の拘束を振り切った瞬間、目の前が白い光で満たされる。しかし俺はそれをなんとか回避、更に高く舞い上がった。

 

「「きゃあああああああああっ!」」

 

下では『破』の直撃を食らった二人の断末魔が聞こえる、しかしまだ戦いは終わってない。『破』の二発目を食らえば今度は俺があの二人と同じ末路を辿るのだ、ならばチャンスは今しかない。俺がTさんを仕留めるのだ。

 

「行くぜっ、旋風のヘルダイブスラッシャー!!」

 

俺は飛びあがった勢いそのままに大きく宙返りし、Tさんに突撃を仕掛ける。ヴァーミリオンの羽はクリアウィングでもないしシンクロした覚えもないけどこういうのは勢いが大事だ、そしてそんな事を思っている間にも俺とTさんの距離はどんどん縮まっていく。

 

「うおおおおおおおっ!!」

「二発目…… 間に合わないかっ……」

 

そして俺とTさんが交錯し、Tさんが吹っ飛ぶ。勝った、そう俺は確信した。

 

「って、かがみんとリコリンがっ!」

 

俺の真後ろで『破』を食らった二人が落下していくのが見える。

多分『破』でシールドを削りきられたのだろう、ってこんな事考えてる場合じゃない。この高さから落ちれば大怪我は免れない!

 

「間に合えええええっ!」

 

俺は落下している二人を一気に抜き去り、下から優しく二人を受け止めそのままアリーナへ着地する。危機一髪って感じだ。

 

「ふぅ、危なかった」

 

次の瞬間、頭部へ衝撃が走る。

 

「ぶへっ!?」

「誰が戦闘訓練しろと言った、馬鹿者が」

 

当然の如く織斑先生である、というかさっきのでシールドが削れたんですが一体どういう事だ?

 

「はぁ、すみません。ついハッスルしちゃって」

「今回は誰も怪我がなかったようだが、高所で絶対防御が発動すれば死の危険もあり得る。解ったのなら二度とこういう事はするな」

「すんません……」

「反省が足りないようだな、後で反省文を書いてこい。原稿用紙十枚分な」

「えー、仕掛けてきたのは向こう側ですよ。何で俺だけ」

「そう仕向けたのはお前だろうが、そんなに不満なら二十枚がいいか?」

「いや、マジ勘弁してください。ガチで反省しますんで」

「今日中に提出しろ、今回はそれで許してやる」

「はぁい」

 

そう言って織斑先生は踵を返す、とりあえず授業終わったら購買で原稿用紙買わなきゃ。

 

「災難だったわね」

 

今度はさっきまで戦ったTさんが声を掛けてきた、どうやら彼女は旋風のヘルダイブスラッシャーを食らったにも関わらずシールドは残っていたようだ。

 

「そもそもTさんが『破』を撃たなけりゃこんな事にはならなかったのに……」

「ごめんごめん、でも私の最大火力ってあれしかないから」

「しかし、ISに『破』って効くんだな」

「ノリでやってみたけど私も驚きよ。ああ、この事は誰にも言わないでね。色々面倒だから」

「おーけい、まぁ俺も『破』に一度救われた身だからとやかくは言わないよ」

「じゃ、私は行くね」

「そうだ、折角だからこの後の昼休みに四人で飯食わねぇか。デザート奢るぜ?」

「あれ、私達負けたのにどうして?」

「今回の危険手当ってことで、俺もいい経験になったし」

「それは嬉しいわね、じゃ昼休みを楽しみにしてるわ」

「おう、じゃあな」

 

そう言って俺とTさんは別れた。さてデザートの後は反省文か、これは中々に憂鬱だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

手を開き、もう一度握り返す。そしてその握り拳に全身の力を集めるようなイメージを描く、そうして……

 

「はっ」

 

その力を放出するかのように手を開く、そうすると掌から青白い光が漏れ出す。

 

「おっ、織斑先生! なんですかそれ!?」

 

見られた! いや、目撃者が私の予想通りならまだ誤魔化しは効く。私は椅子ごと振り返り目撃者相対する、案の定目撃者は真耶だった。

 

「ちょっとした手品だ、忘年会の余興にな」

「今から忘年会の準備ですか? まだ九月ですよ」

「……楽しみなんだよ」

「は、はぁ」

 

よし、中々苦しいが誤魔化せたはずだ。しかし私も気が抜けていた、誰に見られるかも解らない職員室でこんな事をしてしまうなんて。

 

「でもさっきの光、綺麗でしたね。どうやってやるんですか?」

「手に特殊な薬品を擦り込んで暖めれば誰にだって出来る」

「へぇ、どんな薬品なんですか? 私もやってみたいなぁ……」

 

墓穴を掘った気がする、勿論さっきの光は薬品なんかで出せる代物ではない。さて、どう誤魔化したものか……

 

「やめておけ、この薬品に慣れるのには特殊な訓錬が必要だ。素人がみだりに扱うと即死しかねん」

「忘年会の余興に命懸けですか! というかそれって毒物じゃないですか!?」

 

まずい、更に墓穴を掘った気がする。ええい、こうなればなるようになれ。

 

「実は、私は毒手の使い手なんだ」

「こ、怖い!」

「更に、モンドグロッソで優勝できたのもこの毒手のお陰だったりする」

「今明かされる衝撃の事実っ! というか流石にそれは嘘ですよね!」

「……ああ、嘘だ」

 

まくし立てる真耶におどけるように笑って見せる、多分完全に誤魔化せたはずだ。

 

「で、結局どうやってさっきの光を?」

「マジックのタネを教えるマジシャンが居るか、誰にも教える気はないぞ」

「そうですか……」

 

よし、完全に有耶無耶に出来た。もう安心だ。

 

「でもさっきの光ってアレに似てましたよね」

「アレ? アレとはなんだ?」

「さっきの授業で谷本さんが藤木君に撃ったビームみたいなやつですよ」

 

やっぱり有耶無耶に出来なかった! 谷本が藤木に放ったあの光、多分私か起こしたさっきの光と同じものだろう。

私も当分使っていなかったがまだ使えるようだ、しかし私はあれほどの規模で放つ事は出来ない。あの規模で撃てる人間は私の知る限りでは谷本を除けばたった一人しか居なかった、そのたった一人もとうの昔に死んだが。

 

…………はっ、いかんいかん。消し去りたい過去につい思いを馳せてしまった。そんな事より今はこの場を誤魔化さないと。

 

「……多分荷電粒子砲でもこっそり積んでたんだろうな」

「そ、それはいけません! 訓錬機に勝手に武装をインストールするなんて下手すれば退学モノですよ! とにかくそれよりお説教ですね、私今から谷本さんに会ってきます!」

 

また話が良くない方向に向かっている、流石に私の嘘に谷本まで巻き込むわけにはいかない。

 

「いや、谷本には私から話しをしておく」

「いえいえ、お忙しい織斑先生のお手を煩わせるわけには」

「私が話しておくと言ったんだ」

 

少々語気を強めて同じ事を言う、こうなると真耶もこれ以上突っかかってくることはないだろう。

 

「アッハイ」

「そうだ、それでいい。もう仕事に戻ってもらって構わんぞ」

「し、失礼しました……」

 

そう言って真耶がそそくさと立ち去る。ああ、なんで私はこんな気苦労の多い職場で働いているのだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後のアリーナはたまに空いている事がある、たまに訓錬機の一斉整備とかをするらしい。キャノンボール・ファストも近いし整備にはいつも以上に気を遣わなければならないのだろう、そして今日はそんな日だった。

そんな時こそ俺のような専用機持ちにとっては格好の機会となる、訓錬機が縦横無尽に飛び回る普段のアリーナではまともに訓錬なんて出来やしない。特に機動訓錬を行おうものなら尚更だ。

というわけで俺は意気揚々とアリーナの中へと飛び込んだ、が…… どうやら今日は先客が居るようだ。

 

渦を巻く金髪ドリルに映える蒼の機体、どこからどう見てもセシリアさんだった。

ハイパーセンサーのお陰で後ろに立つ俺は彼女の視界に入っているはずだ、しかしそんな俺に気付くような素振りもなくセシリアさんは遠くに離れたバルーン目掛けて射撃を繰り返している。

なんだか手持ち無沙汰なので彼女を観察してみる事にした俺はすぐにセシリアさんの異変に気付く、セシリアさんの放つ光の弾丸が一発もその的に命中しないのだ。

一発撃つ度に漏れる溜息、なんだかよく解らないが彼女が行き詰っているように感じた。良くない傾向だ、こういう時に闇雲に努力したところで結果なんて出る訳がない。

多分いま彼女に必要なのはリラックスする事だ、ならばわたくしことオリ主がお手伝いしましょうか。

 

「だーれだ♪」

「きゃああああああっ!!」

 

セシリアさんの背後に立ち、おもむろに目を塞ぐ。俺に全く気付いてなかったようで彼女は金切り声を上げ飛び上がる、そしてその勢いで突き出した肘が思いっきり俺の鳩尾に突き刺さった!

 

「ごふぅ!」

「の、紀春さん!? 大丈夫ですか!?」

 

鳩尾の痛みをオリ主ポーカーフェイスで全力で隠し、笑顔でサムズアップ。男には見栄を張らなければならない時がある、多分それは今だ。

 

「いや、セシリアさんが全然俺に気付いて切れないからちょっとしたサプライズをね」

「そ、そうですか……」

 

セシリアさんが落胆したような態度で答える。ああ、これはたぶんアレだ。

 

「今これが一夏だったら良かったのにって考えてたでしょ?」

「ぎくうっ! そ、そんなことありませんわよ」

 

まぁいい、別にセシリアさんにもてたいわけじゃないんだ。悔しくなんて……ない。

 

「ところでさっきまで見てたけど何してたんだ? 射撃練習の割りには随分なノーコンだったけど」

「ノーコンだなんて、はっきり言いますわね」

 

今俺達が居る場所から真反対のアリーナの壁付近には射撃用の的というかバルーンが浮かんでいる、バルーンが浮かんでいるという事は射撃が当たっていないという事だ。この距離ならセシリアさんの技術的に外す方が難しい位だし、俺だってちゃんと狙えばあの位の距離は楽勝だ。

 

「むしろ意図的に外してるのか?」

「ま、まぁそうなんですが……」

「なんでそんな意味のない事を?」

「そ、それは……」

 

セシリアさんが言い淀む、言いづらい事なんだろうか。

 

「ふぅ、まぁいいですわ。紀春さんには教えて差し上げましょう」

「おっ、なになに?」

「そもそもBT兵器が何を目的にして作られてるのかご存知ですか?」

「それはνガンダムさながらビットを飛ばしてオールレンジ攻撃で戦うことじゃないのか?」

「違います、ビットはあくまでBT兵器の副産物に過ぎません」

「違うのか、アレ結構格好いいのに」

「格好いいのには同意しますがそうではありません。BT兵器の本来の目的、それはビームを自在に操る偏向射撃(フレキシブル)ですわ」

 

フレキシブル? 語感からしてビームがぐにゃぐにゃと曲がるのだろうか、なんだかウイングダイバーっぽい感じだ。

 

「うーん、つまりビームを曲げて敵に当てるって事か」

「大雑把に言えばそんな感じです、弾速は落ちるのですが」

 

ビームを曲げる……ねぇ。

 

「うーん」

「何か不満でも?」

「正直な感想を言っていい?」

「ええ、どうぞ」

「それってすっごくナンセンスだな」

「ナンセンス!?」

「ああ、まるでなっちゃいない。ビームが曲がったからってなんだっていうんだ、曲げて当たるような敵なら直接狙った方が狙いやすいだろう」

「し、しかしですね! 奇襲が出来たり遮蔽物に隠れた敵を攻撃できたりと!」

「奇襲が出来るなんて最初の一発だけだ、遮蔽物に隠れた敵を狙い打てると言った所で遮蔽の先の敵がどこに居るかなんて誰にも解らないじゃないか。そもそも曲げるだけならミサイルでも何でも撃てば良い話だろ」

「そ、それは……」

「そもそも弾速が落ちるってのが致命的すぎやしないか? ビームの一番の利点って弾速だろ」

「……あっ」

 

全くもってナンセンス極まりない、セシリアさんではなくブルー・ティアーズの開発者がだ。

 

「仮にそれを極める事が出来るのなら俺も思いつかないような利点があるのかもしれない、でも実際はどうなんだ?」

「実際にとは?」

「そのフレキシブルというのを実戦レベルで使いこなせるような人間は居るのかって事だよ」

「それは、まだ居ませんわ。最もBT兵器に適正のある人間はわたくしですし……」

「はぁ、イギリスはやる気あんのか? イグニッション・プランはサーカス団員育成のための計画じゃないだろうに」

 

ビットも曲がるビームも見た目だけなら格好いいと思う、しかし格好よさだけで勝てるのなら誰も苦労しない。俺達三津村はイグニッション・プランに会社の未来を掛けている、しかしライバルがこれではせっちゃんも可哀想だ。

 

「昔言ってたよな、自分はこの島国にサーカスをやりに来たんじゃないって。でも今セシリアさんがやっているのはサーカスの練習にしか見えないよ」

「…………」

 

セシリアさんが俯き、黙る。多分自分としても思うことがあったのではないだろうか。

 

「ごめん、言い過ぎた。こんなつもりじゃなかったんだけど」

「いえ、いいんです。自分でも薄々は感づいてましたし……」

 

励ますつもりがついヒートアップして貶してしまった。俺の悪い癖だ、目先の事に囚われてすぐに本来の目的を忘れてしまう。……そうだ。

 

「セシリアさん、戦おう」

「戦う?」

「ああ、俺と戦おう。君はサーカス団員なんかじゃない、立派な戦士だ。その銃だって曲芸をするためにあるんじゃない、敵を打ち倒すためのものだ。だから戦おう、そのフレキシブルが戦いのために存在するのならきっと答えは戦いの中にあるはずだ」

 

俺の憧れの蟹頭のヒーローは自分が迷っていた時の答えをデュエルの中で見つけるしかないと言っていた、ならば俺もそれに倣おう。でも俺達は決闘者ではないのでISでガチンコバトルをしてみよう。

 

「ええ、そうですわ! 戦いましょう紀春さん、戦いの中でしか見つけられないものはきっとあるはずですから」

「いよっし! 手加減はしないからな!」

 

俺はヴァーミリオンを展開し飛翔する、アリーナの反対側で着地しセシリアさんと対峙した。

 

「行くぜ?」

「ええ、いつでも」

 

その声を聴いた瞬間俺は瞬時加速(イグニッション・ブースト)でセシリアさんの居る方向へ飛ぶ、そんな俺にセシリアさんが真っ直ぐにビームを放ち俺はそれを地面を削りながら紙一重で回避してみせた。

 

「うおおおおおおおおっ!」

「まだまだっ!」

 

またしても真っ直ぐ襲い掛かるビームを大きく跳躍する事で避け、霧雨を展開。一気に急降下してセシリアさんに振り下ろそうとするが着地地点にはもう彼女の姿はなく代わりに襲い掛かるビットからのビーム、その攻撃を俺は体を捻りながらなんとか回避した。

 

「ふっ、中々やるね」

「そう言う紀春さんこそ」

 

セシリアさんが微笑む、そんな彼女の笑みに俺も頬が緩む。

まだまた戦いはこれからだ。仕掛けたからには勝ちたい、それが男の子の意地ってもんだろう。

俺は再度セシリアさんに突撃していく。ああ、今俺達めっちゃ青春してる気がする。



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第60話 俺たちエンタメイト

轟音と思えるかの歓声が俺達の居るピットまで聞こえてくる、現在行われている二年生のレースは抜きつ抜かれつのデットヒートを繰り広げており誰が勝者になるのか未だ解らない。

そんな歓声の中、俺達はピットで待機していた。

 

「おお、盛り上がってるね」

「ああ、そうだな。それにしても、なんかごついな鈴のパッケージ」

「ふふん、いいでしょ。こいつの最高速度はセシリアにも引けをとらないわよ」

「まぁ、俺のパッケージの最高速度はその二歩先を行ってるんですがね」

「うっさい、精々スピードの出しすぎで壁に激突しないことね」

 

三津村自慢のアサルトドレスが漆黒の輝きを放つ、こいつも打鉄・改同様直線番長気味な所はあるけれど打鉄・改の操縦方法をマスターした俺にとってそれは大した問題ではなかった。そもそも操作性が段違いなのだ。

 

「そんな事より、なぁ?」

「なぁって何よ」

「鈴ちゃん、お前はなんて健気なんだ」

「健気?」

 

鈴が装備している高速機動パッケージ、『風』(フェン)は増設スラスターを四基積んでいるのだがそれ以上にめを引くのが大きく前面に突き出している胸部装甲だ。

 

「足りないおっぱいを装甲で補うなんて、そこまで思い詰めていたのか」

「はぁ!?」

「お兄ちゃんあんまり鈴ちゃんが不憫で涙がでてくらぁ、優勝は譲らないけど二位になるためなら多少のサポートはしてやるから頑張ろうな」

「誰がお兄ちゃんだ! そもそもあんたの助けなんてこっちから願い下げよ!」

 

一連のボケと突っ込みで場の空気が多少和む、試合前なんだから多少はリラックスしないとね。

 

「さて、鈴ちゃんのおっぱい問題は置いておくとして生粋のエンターテイナーである俺からお前達にありがたい言葉を贈ってやろう。というわけで心して聞くがいい」

「うわー、こいつ自分で自分の事エンターテイナーだとか言ってるわ」

「そこの中国、黙りたまえ」

「はいはい、黙ればいいんでしょう」

 

ピット内の視線が俺に集まる、しかし生粋のエンターテイナーオリ主たる俺はその程度の視線で緊張する訳がない。

 

「これから俺達が行うレースだが、それには世界中の人々が注目してる。一夏、何故だか解るか?」

「俺とお前が出るからだろう?」

「その通り、特にお前は今日初めて戦っている姿を世間様に晒すわけだ。クラス対抗戦やタッグトーナメントの時もそうだったかもしれないがアレは所詮関係者用の見世物だ、今回のとは規模がまるで違う。そして篠ノ之さん、それは君にも当てはまる」

「わ、私がか?」

「篠ノ之束の妹にして、最新のIS第四世代を賜った君にだって世界中が注目している」

「しかし、それは……」

「自分の実力で手にしたものじゃないってか? そんなの大衆には関係ないことだ。誰もが君に篠ノ之束の影を見出そうとするだろう、幾ら自分が否定しようともそんな事は観客達にはどうでもいいことだ」

「私に、道化を演じろと?」

「そうじゃない、とは言い切れないな。でも、そういうわけでもない」

「なんとも歯切れの悪い答えだ」

「まぁ、そこは俺のボキャブラリー不足が悪いって事で。とにかく、大衆ってのは時に暴力的だ。勝手に自分にそぐわないイメージを押し付けておいて、それから少しでも外れたような事をすれば一斉に叩きのめす。そこに俺達の意思なんてものはまるでない。お前達もそう思うところが無くはないだろ?」

 

俺は鈴、セシリアさん、シャルロット、ラウラに視線を移す。皆一様に真剣な眼差しを俺に返してきた。

 

「まぁそうね、あんたの言ってる事は解らなくもないわ」

「ですわね、代表候補生なんてものをやってますとそう思わずにはいられない事もありますわ」

「僕はそんなに露出が多いわけじゃないんだけど」

「悪いが私にはさっぱり解らんぞ、兄よ」

 

なんだかオチがついてしまった。まぁいい、この際ラウラの事は無視だ。

 

「とまぁ、ネガティブな事を言ってみたけど俺が真に言いたいのはそこじゃない。大衆は味方でいる限りはとてつもない力をくれるんだ、俺も色々あったから言えるんだが彼らの力はもの凄く大きい。彼らがくれる賞賛の声は凄く気持ちがいいぞ、慣れないうちは不快にしか感じられないけどな。でも俺はもう慣れた。今の俺には名前も知らぬ多くの応援してくれる人がいる、そう思うとすげえ頑張れるんだ、もっと賞賛を浴びたいって思えるんだ」

「それはあんたの性格的な問題じゃない?」

「いや、それはない。人っていうものは誰しもが大なり小なり自己顕示欲って物があるからな、誰だって褒められれば悪い気はしないだろ? 自分で言うのもなんだが俺はそれが大きいほうだと思うが」

「まぁ、紀春はそうだよね」

「そうだ、そしてそれは誰しもがそうなんだ。だからさ、世界中に俺達の活躍を魅せてやろう。観客が俺達を見ている、テレビカメラを通じて世界中の人が俺達を見ている。ハイビジョン放送で頭のてっぺんからつま先まで、果ては毛穴までな。だから恥ずかくない戦いにしよう、この戦いで世界中を魅了すれば俺達は明日からスーパースターになれるんだから。ということで、俺のありがたいお話は……終わりっ!」

 

ピット内が静寂へと戻る、その中で鈴が口を開いた。

 

「ふぅん、紀春の癖に少しはいい事言うじゃない」

「まぁ、俺は生粋のエンターテイナーだからな。この位の事は言えるさ」

「俺、別にスーパースターになりたいわけじゃないんだが」

 

中々いい感じの空気になったというのに一夏が水を差してきた、なんだこの水差し野郎は。まぁいい、一夏がそんな奴なのは承知している。

 

「駄目だ、他の奴は良いけど俺とお前だけはスーパースターにならなくちゃいけない。いや、それしか生きる道はないぞ」

「何でだ?」

「お前、この学園を卒業したらどうするつもりだ?」

「どうするつもりって……まだ考えてないけど、就職はしたいとは思ってる。千冬姉にこれ以上迷惑掛けるわけにはいかないし」

「なら益々道はないな、スーパースター以外だったら俺達に残されてる道はニートしかないし」

「ニートかよ、それは無いな。そもそも俺達の道がスーパースター以外無いってどういうことだよ?」

「俺達は世界で二人の男性IS操縦者だ、そんな奴が普通の会社に就職できると思ってるのか?」

「う、うーん……」

「はっきり言おう、絶対に無理だ。というか周囲がそれを許してくれるはずがない、俺達が金を稼ぐにはもう見世物になる以外に方法がないんだよ」

「うわぁ、マジかよ……」

「今度かっこいいサインの書き方をレクチャーしてやるから頑張れ。あっ、山田先生だ。せんせー、そろそろ時間ですか?」

「はい、準備はいいですかー? スタートポイントまで移動しますよ~」

 

山田先生ののんびりとした声が響く。ついに俺達の晴れ舞台が始まろうとしているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタート位置へと俺達が現れるとさっき聞いたものよりより大きな歓声が俺達を迎えてくれる、俺は観衆に爽やかな笑顔を返し手を上げて答えた。それに答えるかのように黄色い歓声が俺へと返ってきて観客のボルテージは最高潮に達する。どんなもんだい、俺だってこの位の人気はあるんだ。

 

「一夏、手ぐらい振ってやれ。ファンサービスだ」

「俺にファンなんて居るのか?」

「居るに決まってんだろ。ほら、客が待ってるぞ」

「あ、ああ……」

 

一夏がぎこちない笑顔で観客に向け恐る恐る手を振る、そうすると観客達は俺に送ったものと勝るとも劣らない位の歓声を上げだ。

 

「お、おお。これが俺の人気ってやつか」

「スーパースターの領域に足を踏み入れた気分はどうだ?」

「なんだかむず痒いというか怖いというか……」

「いずれそれも快感になる、今のうちに慣れておけよ」

「慣れるのかなぁ、これ」

 

一夏はこの歓声に些か緊張気味のようだ、しかしこれもあいつが乗り越えなければいけない障害だ。

 

『それではみなさん、一年生専用機持ち組のレースを開催します!』

 

大きなアナウンスが響く、俺は自分に設定されたスタートラインに着地する。

このキャノンボール・ファスト、他のレースと同じようにスタート位置が各員バラバラだ。言うなればマ○オカートと同じである。

スタートの位置はジャンケンで決められ、俺の位置は最後尾である。とはいえジャンケンで負けたから最後尾というわけではない。俺はジャンケンで最初に勝ち抜け、あえて最後尾を選んだのだ。

スタート位置は前からセシリアさん、篠ノ之さん、一夏、シャルロット、ラウラ、鈴という順番で最後に俺という具合だ。

 

「さて、皆の衆。魅せてやろうぜ」

「なんであんたが仕切るのよ」

「俺って、絶大なカリスマ性があるじゃん?」

「あるのか?」

「ありませんわね」

「わ、私はあると思うぞ。兄よ」

「ううっ、ラウラの優しさが今は痛い……」

「はい、おしゃべりはここまで。レースが始まるよ」

 

俺達の会話がシャルロットにより遮られる。さて、俺も集中集中っと……

 

観客が固唾を飲んで俺達を見守る、そんな中シグナルランプが点灯する。各々がスラスターに火を入れている中俺はただ一人、棒立ちでスタートラインに立っている。

これでいいんだ、勝利への策略はもう始まっている。

 

『3……2……1……ゴー!』

 

アナウンスと共に一斉に飛び出す六機のIS、そしてもう何を言っているのかすら解らない観客の大歓声。そしてスタートラインにただ一人残された俺。

観客が不安そうな声を口々に上げる中、俺は両足を大きく開いて片手を地面につきスタート体制を整える。

 

「さて、ここからが俺のスタートだ」

 

そしてアサルトドレスの背面スラスターに火を入れ、俺は他の六人より大きく遅れてスタートラインから飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先頭集団というか俺以外は過激なデットヒートを繰り広げその様相はまさに一進一退だ、抜きつ抜かれつの白熱したレース展開にきっと観客も大満足だろう。

 

「紀春っ! さっきまで随分大きな口叩いてたけど随分情けない展開になってるじゃない」

 

鈴から通信が入ってくる。安い挑発だ、しかしその手度で俺の心を揺さぶろうとは俺も舐められたものだ。

 

「これでいいんだよ、最終的には華麗な大逆転を見せてやるからそれまで前座は任せたぞ」

「なっ、生意気なっ」

「それにしてもここからの眺めは最高ナリな、お前らのケツが丸見えで中々楽しいぞ」

「なっ!?」

 

今度は俺が挑発を返す、そしてそれに大きく反応したのが三人程。篠ノ之さんとセシリアさんと鈴だ。

 

「今はレース中だぞ! どこ見てる!?」

「前、そして結果的にお前らのケツ」

「紀春さん! 真面目にやってくださいっ!」

「いやいや、俺は真面目だぞ。現に俺の挑発にお前らが引っかかってくれた」

「えっ? どういう……」

「今だ! 一夏にシャルロットにラウラ! 敵が隙だらけだぞ!」

 

挑発に乗ってしまった三人は俺にかまけて隙だらけだ、そして残りの三人がそれぞれに攻撃を仕掛け大きくコースアウトする。

 

「やーい、ばーかばーか」

 

三人を抜き去る瞬間にトドメの一言、もうあいつらはお顔を真っ赤にしているだろう。

 

「ゆ、許さん……」

「絶対に紀春さんだけは倒してみせますわ……」

「あ、あいつ……」

 

後ろから嵐のような砲火が襲ってるが、怒りのあまり狙いが甘い。そしてその程度では俺を捉える事など夢のまた夢だ。

 

「紀春、やる事が一々汚いよ……」

「でもこれで見た目は派手になった、きっと観客も大喜びだぜ」

「こんな時までお客さんの事考えなくてもいいでしょ」

「あー辛いわー、みんなエンターテイメントのなんたるかを解ってなくて辛いわー。お陰で俺だけ集中砲火だわー」

「余裕だね……」

「己のピンチを演出し、鮮やかな反撃を持って観客のカタルシスを掴む。俺の尊敬するエンターテイナーの言葉だ。さて、お次はお前らに反撃させてもらうぞ」

「えっ、どうやって……」

「今回はシンプルに、こうだっ!」

 

レースももう終盤に差し掛かっている、そしてもうすぐ最後の大逆転ポイントのホームストレート前のヘアピンカーブが待っている。俺はそこへ向けてアサルトドレスの全推力を開放した。そして俺は肩やスカートからも火を噴きながら一気に先頭集団を抜き去る。

 

「紀春っ、もうすぐヘアピンカーブだ! スピードを落とさないと壁に撃突するぞ!」

「ああ、そうだな。そしてきっと観客もそう思ってるだろうな」

「まだそんな事考えてるのかよ!」

「さっきも言ったろ。己のピンチを演出し、鮮やかな反撃を持って観客のカタルシスを掴むって。きっと観客達は俺の悲惨なクラッシュ現場を想像して肝を冷やしてるに違いない、でも残念ながらそうはいかない。今から奇跡の大逆転を見せてやろう」

「いい加減にしろ! どうやってこの状況を切り抜けるつもりだ!?」

「見てな、こうやるんだよ」

 

アサルトドレスを纏う俺は展開領域からアンカーアンブレラを展開、それを左手に持つ。そして俺はついにカーブへと侵入、それと同時にヘアピン内径の頂点に位置する壁にアンカーを射出した。

壁に刺さったアンカーは張り詰めたレッドラインで俺と繋がれ、強烈な遠心力が俺を襲う。しかし持ち手を放してはいけない、放せばクラッシュは確実だ。

 

「うぉおおおおおおっ! いっけええええええっ!」

 

俺はレッドラインに繋がれたまま高速でヘアピンカーブを曲がる。腕が千切れそうなくらい痛い、しかしここが見せ場だ。観客達の期待に答えるためならこんな痛みなど屁でもない!

 

長いようで短いカーブを一気に駆け抜け、そして俺はカーブから抜け出す。やった、俺はついにやったのだ。

 

「成し遂げたぜ! どうだ、これが俺の逆転劇だ!」

「まさか、あんな方法で……」

「強引過ぎるにも程があるぞ」

「流石だ、兄!」

「では諸君、先にゴールで待ってるぜ! 前座を盛り上げてくれてありがとう!」

 

目の前には俺を祝福するかのようにすら見える真っ直ぐな道。俺の前にも後ろにも誰も居ない、そしてこの花道を誰よりも速く駆け抜けていく。

 

「みんな、応援ありがとう!」

 

ホームストレートに位置する観客席からは凄まじい歓声が響く、そしてそれに手を振る余裕すら見せる俺。今俺は完全にスーパースターと化している、そして何時しか歓声は藤木コールへと変わっていった。

 

「ん? あれは……」

 

そんな時、突如上空から飛来する物体。それは俺に向かって何かを放ってくる。

 

「やべっ、避け……」

 

避けられない。上空から飛来する物体から放たれたビームが俺に直撃する、俺は機体のコントロールを失い地面に撃突、数度バウンドしながらやっと停止する。

 

「の、紀春っ!」

「っ、痛ってええ!」

「あれは……サイレント・ゼフィルス!!」

 

誰かが叫ぶ、痛みを堪えながら空を見ると約一ヶ月前にドイツで見た蝶が空を舞っていた。

 

「…………」

「ほう、中々ビッグなゲストの登場じゃないか」

 

襲撃者がにやりと笑う、俺もそれにつられて笑ってみせる。どうやらキャノンボール・ファストは延長戦に突入するらしい。ならば決めてやろうじゃないか、特大のサヨナラホームランを。



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第61話 俺と彼女の終わりと始まり

観客の歓声は叫び声に変わりあたりは大混乱。それもそのはず、俺達の目の前には正真正銘のテロリストが浮遊しているのだ。

 

「サイレント・ゼフィルス、あれだけはっ!」

 

俺達の集団からセシリアさんが一歩前に出る、その姿は今にも飛び出しそうで俺は反射的にセシリアさんの肩を掴んだ。

 

「紀春さん、放してくださいっ!」

「セシリアさん、解ってるだろう。あいつはセシリアさん一人で太刀打ちできるような相手じゃない」

 

ドイツで行われたイグニッション・プラン選考会、俺達は一次移行を終えたばかりのサイレント・ゼフィルスに翻弄され惨敗を喫した。しかも七対一という圧倒的有利なハンデを持っていながらだ。

 

「悔しいのは解る、俺だってあいつを許せない。でもな、自分には仲間がいることを忘れちゃ駄目だ。な、そうだろう?」

 

俺の目線の先にはシャルロットとラウラ、この二人だって俺と同じ気持ちのはずだ。そして俺に呼応するかのように二人は静かに頷いた。

そして俺はセシリアさんの一歩前に出てきて、サイレント・ゼフィルス……いや、ちびっ子に話しかける。

 

「よう、ちびっ子。久しぶりじゃねーか」

「…………」

「お前何の目的でここに来た? 戦いごっごをやるんだったら周りの人に迷惑を掛けないようにってお母さんから教わらなかったか?」

「…………」

 

ちびっ子は何も話そうとはしない、ここまで無視されると少し悲しくなってくる。

 

「はぁ、お前コミュ症かよ。親はどんな教育してんだ。こんにちわー! 聞こえますかー!」

 

そうすると足元にビームが着弾する、中々暴力的なコミュニケーションだ。マジでこいつの親の顔が見てみたい、二重の意味で。

 

「そう、そういうわけね。だったらこっちも遠慮しねーからな。おい、行くぞお前ら」

「ええ、行きましょう。ドイツでの借りは必ず返させていただきますわ」

「そうだな、我らがドイツ軍を虚仮にした報いを受けてもらわねば」

「おまけに僕達が容疑者候補にされた恨みも忘れてないよ」

「なんかみんなが俺の知らない話をしてる」

「安心しろ一夏、私もさっぱり解らん」

「文化祭の話をしてないってのは解るけどね」

 

テロリストが来たって割りに一部呑気な奴らがいるが構ってられない、俺は霧雨を展開しながら瞬時加速で突撃を仕掛ける。

 

「そぉい!」

「…………」

 

渾身の突きが紙一重で避けられる、そのまま薙ぎ払いを仕掛けるがそれもちびっ子は回避。やはり技量の差は歴然か、しかし今の俺には仲間が居る。

 

「当たれっ!」

「紀春っ!」

 

セシリアさんとシャルロットの援護射撃がちびっ子に向かって飛んでくる、ちびっ子はそれをなんなく回避するが俺との距離を一気に開ける。

 

「紀春さん、さっき自分が言った事もう忘れたのですか!」

「一人で飛び出すなんて無謀すぎるよ!」

「お前らを信じてるからな、助けてくれると思っていた」

 

距離を開けたちびっ子はラウラと鈴と篠ノ之さんに追いまわされている。が、そのバイザーに隠れていない口元からは相変わらず余裕が見える。

 

「あいつは俺達が乗り越えなければいけない障害だ、絶対に倒すぞ」

「ええ、あんな思いは二度としたくありませんから」

 

ドイツでサイレント・ゼフィルスが盗まれた時、サイレント・ゼフィルスが保管されていたイギリスのピットは火の海となり多数の重傷者を出した。そこに居た人間の多くは当然セシリアさんをサポートするためのスタッフであり、親しい人も多数居た事だろう。

 

「セシリアさん、解っていると思うけど冷静に」

「紀春さんだけには言われたくない台詞ですわね」

「それを言われると何も言えねぇ……」

「紀春さんの言いたいことは解っていますわ、私はもう曲芸師ではありませんから」

「オーケイ、それだけ解ってれば充分だ」

「セシリアが曲芸師?」

「機会があればお話しますわ。さぁ、わたくし達も参りましょう」

 

俺達は再度戦場へと飛び立つ。さぁ、反撃開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ! やっぱり一筋縄ではいかないか!」

 

ガルムの連射を軽々避けるちびっ子、味方の援護もありなんとか一進一体の攻防に持ち込めてはいるが逆に言えば決め手を欠いている状態とも言える。そんな中でもちびっ子は余裕綽々の表情を浮かべ底が知れない、奴はまだ本気を出していないとでも言うのか。

 

「てっぺん、貰ったっ!」

 

そんな中、鈴がサイレント・ゼフィルスの真上に躍り出る。レース用にカスタムされた拡散衝撃砲をこのポジションから撃てば流石に直撃は免れないはず、いい判断だ。……いや、全然良くない!

 

「鈴っ! 撃つな!」

「はえ?」

「…………ふっ」

 

サイレント・ゼフィルスの射撃を食らい鈴の動きが止まる、仲間がダメージを負った鈴を守るかのように援護射撃を行い追撃はどうやら免れたようだ。

 

「紀春っ! どういうつもりよ!」

「テメェこそどういうつもりだ! 下にはまだ客がわんさか居るんだぞ!」

「あっ……」

 

俺達の戦っている空の遥か下には未だ避難中の客がごった返している、そんな所に射撃を打ち込めば結果はお察しだ。今までの戦いで射撃が下に向くように撃っていなかったから良かったけどこれからはもう少し考えて撃たないと……

 

「むしろ近接戦を仕掛けた方がいいのかなぁ」

 

近接戦闘を仕掛けるのなら必然的に援護が少なくなる、圧倒的なちびっ子の技量を前にそれを行うのは少々怖い。しかし、この均衡を打ち破るためには行動を起こさなくてはならない。

この中で接近戦の駒といえばまず思い浮かぶのが一夏、そして篠ノ之さんと言った所か。俺とラウラと鈴はオールラウンダーに位置しているのでなんとかいけるはずだ、シャルロットは比較的射撃寄りなのであまり突っ込ませたくはない、そしてセシリアさんは論外だ。

 

そんな考え事をしていた時ちびっ子がおもむろに突撃を仕掛ける、向かっていく先はよりにもよってセシリアさん。ヤバい、今の状態で誰かを欠く事はこの戦力の均衡が崩れるという事であり、そうなれば俺達の敗北は必至だ。

今セシリアさんに一番近い味方は……俺か、なら行くしかない。

 

「させるかあああああっ!」

 

今まさにセシリアさんに銃剣を振り下ろさんとするちびっ子との間に割って入り、左手で持つ霧雨を銃剣に向かって振り抜いた。その瞬間、僅かな隙が生まれる。インパクトの衝撃が大きくてちびっ子が体勢を崩しているのだ、チャンスはここしかない、俺は右手にもう一本の霧雨を展開し渾身の突きをお見舞いしようとするが……

 

「後退の瞬時加速だと!?」

 

こんな動き初めて見た。そんな事より目の前にはライフルを構えるちびっ子とそれを取り巻くように浮遊するビット、大ピンチである。

そしてちびっ子の指がトリガーへと掛る。

 

「間に合ええええっ!」

 

ビームが発射された瞬間、俺とちびっ子に割って入る機体が一機。一夏の操る白式である。

一夏は雪羅で俺に向かってきたビームを全て防御、ちびっ子は真正面から白式と戦うのはは不利だと悟ったのか一時後退する。

 

「すまん、助かった」

「気にするなって、しかしあいつはなんなんだ」

「正体不明のテロリストだ、それ以上でも以下でもない」

「いや、お前ら如何にも因縁がありますって感じだったじゃないか」

「因縁か……まぁ、その通りだな」

「何があったんだ」

「悪いが話せない、そういう契約書にサイン書かされたし」

「そうか、話を断片的に聞く限りではドイツがどうとか容疑者がどうとか言ってたが……」

「欧州事情は複雑怪奇なんだよ。まぁ、欧州に限った話じゃないんだろうけど」

「お二方っ! 新しい敵の反応です!」

 

セシリアさんが俺達の話を遮る、それとほぼ同時に俺の右半身を襲う猛烈な衝撃、俺は何をされたのか解らないまま吹っ飛んだ。

 

「はぁい、お元気?」

 

地面に激突し、その衝撃で意識がどんどん薄れていく俺。しかし吹っ飛ばされている最中確かに見た、一夏とセシリアさんの間に割って入った打鉄・改を纏う虎子さんの姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたが居るから、紀春はっ!」

 

遠くから剣戟が鳴り響く、また意識を失っていたようだ。いい加減この特異体質もなんとかしたい、ちょっと衝撃を与えられるだけで使い物じゃなくなるこの体で俺はどこまで戦えるというのだろうか。

 

「いつまで経っても藤木君をモノに出来ないのは貴女がヘタレだからでしょう? 私のせいにしないで欲しいわ」

 

コンクリート片を払いのけながら戦場の様子を観察する。上空ではちびっ子が優勢、地上ではシャルロットと虎子さんが一騎打ちを繰り広げている。俺の離脱と虎子さんの参戦で戦力の均衡が完全に崩れている、このままじゃジリ貧で敗北を迎えるだけだ。

 

「援軍は……期待できそうにもないな」

 

我がIS学園側の切り札であるたっちゃんから今まで一度も通信が送られてこないって事は彼女も何らかの事情で手が塞がっていると考えた方がいい、教員達も避難している人たちの護衛などで手がいっぱいと見ていいだろう。流石に手が空いているのならいち早くこの戦闘に参戦しているはずだ。

 

「結局最前線で命を張っているのは俺達子供だけか、ままならんね」

 

愚痴を言っても状況が変わるわけでもない、段々と意識もはっきりしてきたし俺も戦いに戻らねば。

目の前の攻防でシャルロットのブレッド・スライサーが弾き飛ばされ俺の方に飛んでくる、俺はそれをキャッチすると即座に虎子さんに投げつけた。

 

「くっ!」

「そこだっ!」

 

飛んでくるブレッド・スライサーを弾いた虎子さんに出来る一瞬の隙、俺はそこ目掛けてアサルトドレスの全推力を持って虎子さんに体当たりをぶちかます。もちろんそれを受けた虎子さんは大きく吹っ飛んだ。

 

「紀春っ!」

「お前は上空の援護に回ってくれ、虎子さんは俺がなんとかする」

「なんとかするって言ったって!」

「頼む、こればっかりは俺が一人で解決しないといけない問題なんだ」

「でも……」

「俺を信じてくれるんじゃなかったのか?」

「……うん、ごめん。だったら僕は行くよ」

「ありがとう、気をつけて」

 

飛び立つシャルロットを見送り、虎子さんが居る方向に向き直る。どこかに激突でもしたのかその方向には砂煙が渦巻いている、そして数秒の後その砂煙は晴れた。

 

「中々手荒い歓迎をしてくれるじゃない」

「前会った時は何も出来なかったからね」

 

こんな軽口を言ってはみたものの、俺の心臓はバックバクだ。これから虎子さんと戦うというのに大丈夫なのだろうか、俺は。

 

「藤木君、私達の所へ来ない?」

「私達の所って……」

「亡国企業」

「……っ」

 

一体何を考えているんだ、虎子さんは。

 

「もし来てくれるなら私を自由に使ってくれてもいいわ」

「…………」

「私には貴方が必要なのよ」

「それって……」

「愛してるわ、藤木君」

 

なんと、なんという事だ。俺が人からこんな事を言われる日が来るとは。そして人から直接的に好意を伝えられるのがここまで心を乱されるものとは。

いや、落ち着け。虎子さんの本職はハニートラップ、こんなのただのリップサービスだ。

 

「へ、へぇ。それは嬉しいね」

「でしょう? 私の体も自由にしていいのよ、胸は藤木君好みじゃないかもしれないけどプロポーションにはそれなりに自信があるんだから」

 

もうポーカーフェイスもあったもんじゃない、俺の心はもう乱れっぱなしだ。

いや、駄目だ駄目だ駄目だ! KOOLになれ藤木紀春! 今ここで虎子さんを得て何になる! 

 

「……だ、駄目だ」

 

振り絞るように出した声は案の定震えている、でももう決めたんだ。

 

「?」

「駄目だよ虎子さん。確かにその提案は魅力的だけどもう駄目なんだ」

「…………」

「君は魅力的だし、俺も多分君に好意を抱いてるんだと思う。だけど駄目だ、全てを捨てて君についていくには俺は多くの物を抱えすぎてしまった。それを捨てる事なんて出来ない」

 

IS学園の仲間たち、特にラウラとシャルロットとソフトボール部の面々。それに三津村にも俺を支えてくれる人が居る、たまに鬼のような仕事をぶつけてくるけど…… そして何より俺の両親、あの二人はこんな俺にたくさんの愛情を注いでくれ、家族として十五年間過ごしてきた。そして前世を含めて俺の年齢約三十五年、さすがにこの歳になってくると親のありがたみというのが身に染みて解ってくる。まぁ、心はまだまだナウでヤングなつもりなのだが……

 

「そう、残念ね」

「君がこんな仕事をしてなければ靡いたのかもしれないけどな」

「…………」

「ありがとう、虎子さん。君と過ごした時間はほんの少しだったけど、あの時俺は君のお陰で救われた」

「あんなの、ただ仕事のためにやっただけよ」

 

虎子さんの顔に影が落ちる。こんな仕事をやっている位だ、虎子さんにも俺が想像できない位の壮絶な過去があるのは間違いない。

出会い方が違っていれば俺達はもっとより良い関係を築けたのかもしれない、こんな風に対峙する事なんてなかったのかもしれない。でもそれはあくまでifの話だ、そんな話にまで俺は責任を持てない。

 

「どうでもいいんだ、そんなこと。君が俺の心を救ってくれたのは事実なんだから。俺は、俺は……あなたの事が好きでした。でも、もうさよならだ」

 

一筋の涙を流しながら、俺は霧雨を展開する。それを見た虎子さんは大きく息をつき俺と同じ霧雨を展開する。

今、俺達の関係は一つの終わりを迎えた。そしてここから新しい関係が始まる、今から俺達の間柄の呼び方は宿敵だ。

 

おもむろに突撃を仕掛ける俺、それを受け止める虎子さん。霧雨がぶつかり合い激しく火花が散り紫電が飛び交う、それは俺達の新しい関係を体現するかのようだった。




最近書き溜めの調子がいいのでキャノンボール・ファスト終了後も週一更新できそうです。


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第62話 Sweet Shock Lazer

キャノンボール・ファスト会場上空、そこに二つの光が尾を引きながらうねる。それは時折くっついたり離れたりしながらそのスピードを増していく。そしてその光の正体とは俺と虎子さんである。

 

「くそっ、なんて腕だ」

「これが打鉄・改の真価よ、藤木君はこの子を活かしきれなかったようだけど」

 

苦し紛れに撃ちまくるガルムの弾丸は虎子さんに掠りもしない、仮に俺が打鉄・改の操者ならこの攻撃を避けきる事なんて出来ないだろう。それが俺と虎子さんのスキルの差だとでも言うのか。

 

俺のヴァーミリオン・アサルトドレスと虎子さんの打鉄・改、その性能ははほぼ同じ、むしろ操作性と安定性は俺の方が勝っている。そして武装に関してもほぼ同じだ。違いは俺が突突を捨てた代わりにガルムとアンカーアンブレラを手にしている位か。

 

そんな中俺達の進行方向にビルが現れる、俺達は右に、虎子さんは左に距離を離しそのビルを左右に避けた。

このビルを抜ければ仕切り直しだ、俺は得物をガルムからヒロイズムにチェンジする。

 

「そこだっ!」

 

ビルの横をすり抜け、左に向かって射撃体勢を取る。しかしそこに虎子さんの姿はなかった。

 

「……どこだ?」

 

ご丁寧にレーダーにジャミングが掛けられており、俺としては虎子さんを目視で探すしかない。俺はビルを背に全ての方向に意識を張り巡らせる、打鉄・改の武装ならば遠距離の狙撃というのはないはずだ。

背中のビルは全面ガラス張りでそこから反射する太陽が俺の集中を乱そうとする、この状況が長く続かない続かない事を祈るばかりだ。

 

次の瞬間、俺の後ろのガラスが盛大に割れ、そこから虎子さんが飛び出してくる。しかも突突装備のだ。

振り向きざまにヒロイズムを発射するがそれは盾で防がれ、突突の先端が俺の胸に直撃しそのまま俺は地面まで吹っ飛んだ。

 

「くっ、完璧に予想外だった」

「ひっ、ひええ……」

「ん?」

 

後ろを振り向くと、そこには驚いたような顔をしているおっさんとその息子らしき小さな男の子。まだこんな所に人がいるとは、避難誘導の奴らは何をやってるんだ!

 

「に、逃げろ」

 

痛む頭を抑えおっさんに向かって言う、今でも虎子さん相手に不利な状態が続いているのにこの人たちを守りながら戦うなんて出来る訳がない。

 

「に、逃げるって言ったってどこに……」

「そんなの知るか。って、来やがった!」

「来た?」

 

そんな中、虎子さんはお構いなしに俺に向かって飛び込んでくる。俺は突突を抱え込むようにしてそれを受け止めた。

 

「ぐぅうううっ!」

「随分余裕そうね。でもお喋りしている暇はないわよ」

「ひぃっ、ひいいいいいいいいっ!」

「兎に角逃げろ! あんただって人の親だろうが! だったら自分の子供くらい守ってみせろよ!」

 

俺がおっさんに向かって一喝する、するとおっさんは頷き男の子を抱えてどこかへ向かって走り出した。

おっさんの明日はどっちだ。まぁ、俺には考えてる暇なんてないので精々無事おっさんの無事を祈る事にしよう。

さて、反撃の時間だ。

 

「うぉおおおおおおおっ!」

「な、なにっ」

 

突突を抱える腕に力を込める、そうすると虎子さんが段々と浮き上がってきた。

 

「どっせい!」

 

抱え込んだ突突を振り回しビルの壁に叩きつけ手を放す、虎子さんはそのままビルの中へ吹っ飛んだ。

そこにすかさずガルムとヒロイズムを両手に再展開、ありったけの弾丸をそこへ向けて放つ。

しばらく撃ち続けると俺の目の前は硝煙や瓦礫から出てきた埃でほとんど何も見えなくなった。

 

「やったか。って、そんなわけないよな」

 

視界の悪いここで虎子さんを待つのは不利だ、俺は再度上空へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が上空に出てきて数秒後、虎子さんも俺の元へとやってきた。

 

「ダメージは、無いか」

「ええ、頼りがいのある盾があるから」

 

打鉄・改の大盾は俺の持っていた武装の中でも命を何度も救ってくれた影の功労者だ、これが無かったら俺は何度死んでいたか解らない。

味方だった時は頼りがいがあったがやはり敵にすると恐ろしい、だとすればどうにかしてあの盾を取り払う方法を考えなくては。

 

「…………」

「…………」

 

左手に霧雨を展開する、射撃武装はもう弾切れになってしまったのでもう俺の武器はこれしかない。アンカーアンブレラのスペアがあるにはあるがアレは切り札だ、今はまだ使いどころじゃないはず。霧雨を二刀流で使うというのも考えたが、やりなれてない二刀流なんて事故の素だ。

そして、虎子さんも俺と同じように霧雨を構える。

 

接近戦において重要な事、それはタイミングだと以前授業で習った。俺はそのタイミングを計っている、そしてきっと虎子さんも同様のはず。ここが正念場だ、盾がある分虎子さんが優位だがなんとかして優勢に事を進めないと敗北は必至だ。

 

そして次の瞬間、虎子さんが仕掛けてきた。

 

「ふっ!」

「ぐっ!」

 

霧雨が交錯しまたしても火花と紫電が飛び散る、続けざまに虎子さんはシールドチャージを仕掛けるがそれを俺は前蹴りで阻止。俺達の間にほんの少しの距離が生まれる。

そこへ俺が霧雨を振り下ろす。が、今度はそれを虎子さんが盾で防ぐ。ここにカウンターをもらえばひとたまりもない、俺は慌てて霧雨を引くがそこに袈裟切りが襲い掛かる!

 

「させるかよっ!」

「ちぃっ!」

 

右手にもう一本の霧雨を展開し、その袈裟切りを弾き飛ばす。お返しとばかりに今度は盾の尖がった部分で突きを放つ虎子さん、俺はそれに対して猛然と突っ込み虎子さんと密着する。

 

「もろたで!」

「なっ!」

 

霧雨を握ったままの右腕で強烈なボディーを三連打、さすがこれに堪りかねたのか虎子さんが距離を取る。来た、俺が望んでいた局面だ。

 

「こいつを、食らえっ!」

 

展開領域に霧雨を仕舞うと同時にアンカーアンブレラを展開し、すぐさま射出。それが盾を捉える。

 

「残念だったわね」

「いや、これでいいんだ!」

 

虎子さんの盾と俺のアンカーはもう完全にくっついている、俺は取っ手を握り締めアサルトドレスの全推力を開放した。

 

「くっ、ぐぅううううっ!」

「どうだ、腕が痛いんなら放してもいいんだぜ」

 

盾とアンカーが繋がれ俺と虎子さんが綱引きのような状態になる、腕が引っ張られすぎて痛みが走るがそれは虎子さんとて同じ事。だとすれば男の子の意地として負けるわけにはいかない。

 

「も、もう駄目……って、髪がっ!」

 

接着剤の一部が虎子さんの髪に付着したようで、その長い黒髪も盾と一緒に引っ張られる。敵ながら申し訳ない事をしたと思う、髪は女の命らしいから流石にちょっと気が引ける。

 

「切り札、頂いたっ! って、うわあああああああっ!」

 

虎子さんは数十秒粘ったがついに盾を手放す、それと同時に手持ちのナイフで自分の髪を切り裂いた。という事はアサルトドレスの推力がいきなり戻ってくるという事で俺はアンカーを掴んだまま吹っ飛んでいく。

 

「と、止めっ……」

 

車と同じようにISも急には止まれない、推力の大きいこのアサルトドレスなら尚更だ。そして俺の体は地面までもう少し、このまま落ちれば気絶はほぼ確実だ。

どうにかしないといけないが…… あ、あれは……

 

俺が今向かっている場所、その先には仲間たちがちびっ子と戦っている戦場のど真ん中だ。そして幸運な事に丁度俺の進路上にラウラが居る。

 

「ラウラ! 俺を止めてくれ!」

「兄っ!? わ、わかった!」

 

間一髪、ラウラに激突する寸前に俺はAICに絡め取られ動きが封じられる。

 

「あ、危なかった……」

「すまんがこっちも危ない、放すぞ!」 

「悪い、助かった! そしてシャルロット! 武器貸してくれ、出来れば銃で!」

 

虎子さんの盾を取り払った今、状況は俺に有利になってきたはずだ。ここに射撃武器があればなお心強い、でも俺はもう全部使ってしまったのでシャルロットを頼ろうというわけである。彼女の武器の量はISの中でもかなり多いのでまだ使える武装が残っているはずだ。

 

「だったら、これでっ!」

 

シャルロットが銃を投げてくる。おお、この銃は俺も一度使った事のある銃だ。

 

「レイン・オブ・サタデイか、いいセンスしている。ありがたく使わせてもらう」

「うん、頑張って!」

「おうよ! さて、仕上げに……一夏!」

「お、俺もか!?」

 

こいつらからすれば強敵と戦闘中で忙しいのに次々と呼びつけてくる俺はさぞ厄介な存在だろう、しかし俺とて必死なのだ。

 

「これ切って!」

「その、ワイヤーをか?」

「あくしろよ、お互い忙しいんだから!」

「お、おう……」

 

盾にくっついているアンカーの根元には昔よくお世話になったレッドライン、これを切れたのは唯一一夏の零落白夜だけだ。

 

「よし、切れたぞ」

「ふっ、これで俺は無敵だな。じゃあ、行ってくる」

「ああ、気をつけろよ」

「お互いにな」

 

俺は再度虎子さんの下へと飛ぶ。右手にはシャルロットに貸してもらった銃を、左手には一夏によって再度使えるようになった盾を持つ。

仲間によってもたらされた新たなる力、展開的に考えてもう俺は無敵だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕切り直しだああああああああっ!」

 

虎子さんの下へ真っ直ぐ一直線に飛びながら、レイン・オブ・サタデイを撃つ。しかしそれはいとも簡単に回避された。

 

「くっ、盾が……」

「俺以前打鉄・改を操縦してたからよーく知ってんだぜ、その機体は盾を失うと途端に頼りなくなるってなぁ!」

 

いくら虎子さんのスキルが高いとはいえ、機動がゴミな以上どうしても被弾率は高くなる。それをカバーするために盾を装備しているわけだが、それを失った今虎子さんはかなり不利な状況に追い込まれているはずだ。

そしてシャルロットから借りたレイン・オブ・サタデイはショットガンだ、連射は出来ないがある程度の範囲攻撃が可能でありこの状況ではとても便利だ。シャルロットがこの状況を見越してこの銃をくれたのならそれはとてもありがたい、今度何かプレゼントでもしてみよう。

そしてなによりこの盾。俺の命を何度も救ってくれた真の相棒、これさえあれば百人力だ。

 

「どしたどしたあああっ! 攻撃しないと俺を倒せないぞ!」

 

俺からの射撃を紙一重でかわし続けるものの、虎子さんは回避に精一杯なようで俺に攻撃してくるような素振りを見せない。よし、今が攻め時だ。このまま押し切って虎子さんを倒してしまおう。

 

調子に乗った俺はレイン・オブ・サタデイを撃ちまくる、そしてついに虎子さんの集中が乱れだしたのか散弾の一部が虎子さんに当たるようになってきた。

 

「よし、いけるっ!」

「ふふふっ、散弾が少し当たった位で随分強気じゃない。でもその位じゃ全然痛くないわよ!」

「はっ! 安い挑発だな。でもいいだろう、その挑発乗ってやる!」

 

俺は再度レイン・オブ・サタデイを撃ちまくる、虎子さんは直撃こそ避け続けるもののやはり少しずつダメージを負っていく。いい感じだ、このまま行けば俺の勝ちは揺ぎ無いものになる。

そしていくらかの攻防が終わった後、逃げ続けていた虎子さんが急停止する。

 

「どうした、降参か?」

「いえ、ちょっとした賭けをしようと思ってね」

「賭け?」

 

虎子さんが右手に霧雨を展開し俺と真正面に向き合う。おいおい、これじゃ撃ってくれって言ってるようなものじゃないか。

もちろん照準は外さない、というか真正面に立っているので外しようがない。

 

「さて、いくわよ」

 

虎子さんは弓を引くように体を捻る、この体勢から繰り出される攻撃なんて突きくらいしかない。そしてそれを繰り出したが最後、そうなれば俺のカウンターの射撃ををお見舞いされるだけだ。そうなれば虎子さんの負けは確実だろう。

 

「おいおい、自棄になるなって。幾らなんでもそんな終わり方俺は望んじゃいないぞ」

 

ここまで鎬を削ってきたんだ、たとえ虎子さんが倒すべきテロリストとはいえ自滅で終わられたんじゃ悲しすぎる。

とはいえ、虎子さんがこのまま向かって来るのなら仕方ない。甚だ不本意ではあるがこれで終わらせてしまおう。

 

「はあっ!」

 

予想通り虎子さんは真っ直ぐと俺へと向かってくる、そのスピードは今まで一番速いような感じもするが俺が反応出来ない程じゃない。右ストレートでぶっ飛ばす、真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす。的な展開も考慮していたのだがそれもないようだ。

ああ、物悲しい。最後がこんな情けない展開で終わるとは。虎子さん、恨むぜ。

俺は失意のままにレイン・オブ・サタデイのトリガーに力を込める、これでゲームエンドだ。

 

『カチッ』

 

そんな音がした。

 

「え?」

「貰ったっ!」

「がはあっ!!」

 

霧雨が俺の鳩尾に突き刺さる、その衝撃で俺の意識さえ一瞬白く染まる。そしてその一瞬の隙は虎子さんには充分な時間だったようで続けざまに右から首筋を狙った一撃が叩き込まれる、その勢いで体が左に傾く、そしてその左から打鉄・改のぶっとい足が迫る。俺が意識を取り戻した瞬間、目の前の足が俺の顔面へと直撃し、俺の体は力を失い地面へと落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっ、がはっ……ごほっ」

 

蜘蛛の巣を張ったように網目状にひび割れるコンクリートの上、俺はもう動けなくなっていた。

しかし奇跡だ、アレほどまでな強烈な攻撃を受けていながら意識を失っていないとは。

 

虎子さんが突っ込んできた時、俺は確かにレイン・オブ・サタデイのトリガーを引いた。しかし、その時弾は出なかった。考えられる要因はただ一つ。

 

「弾切れ……」

「そう、その通り」

 

少し離れたところで浮いている虎子さんが俺の答えに返答する。情けない、自分がちょっと有利になった位で弾切れに気付かなくなってしまうほど浮かれてしまうとは。

まぁ、それはいい。いや良くないけどとりあえず置いておく。となると一つ疑問が浮かんでくる。

 

「どうやって、レイン・オブ・サタデイの弾切れを知った?」

「ああ、それ? 数えたのよ」

「数えた!?」

「ええ、キャノンボール・ファストが始まってから誰がどの武器を何発撃ったのかを全部ね」

「う、嘘だろ……」

「所詮人間のやる事だから数え間違いがあるかも知れないけどね」

 

いや、幾らなんでも無理がある。多少の数え間違いがあるとはいえ撃たれた弾丸を全て数えるなんて狂気の沙汰にしか思えない。それに、だ。

 

「俺と戦ってる最中も数えてたっていうのかよ?」

「当然じゃない、戦場の全てを把握しておかないと正しい戦略が練れないでしょ?」

「なんつう目をしてやがる」

「目じゃないわよ、音。銃撃の発射音を聞き分けるの」

 

どっちにしろこの人はおかしい、そして今みんなが戦っているちびっ子より虎むしろ子さんの方が恐ろしい敵なのかもしれない。

 

「あっ、この音は…… へぇ、オルコットさんも中々無茶をするわね」

「まだ数えてんのかよ」

「どうやらビットから射撃をしたみたい、確か撃てないはずなんだけど一体どうやって撃ったのかしら?」

「知るか……」

 

網目状に割れたコンクリートの溝が赤く染まっていく、血液と共に命が流れ出しているような感覚を覚える。

 

「藤木君、死んじゃ駄目よ。貴方にはもっと強くなってもらわないといけないんだから」

「……なんだよ、それ」

「言ったでしょう、私には貴方が必要だって」

「虎子さんに靡く気はないって言ったよな」

「ええ、それでも貴方が必要なの。藤木君、もっと強くなって頂戴。私なんか簡単に倒せるくらいに」

「……何が目的だ」

「秘密、でも時期が来れば自ずと知る事になるはずよ。あっ、そろそろ私帰らなくちゃいけないから帰るね」

 

その言葉と共に、虎子さんが飛び立つ。動かない体から涙が溢れ、咄嗟に俺は顔を手で覆う。

ヴァーミリオンの冷たい両手が火照った顔を冷やすが、それでもなお俺の瞳からは熱いものが流れ続けていた。

 

「なんなんだよ、もう……」

 

訳が解らない戦いに、訳の解わからない虎子さんの言葉。

何もかもが解らないが、それらは俺の心に強烈な悔しさを刻んでいった。



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第63話 サルの木星

時は流れ、時刻は午後五時。そして場所は織斑家リビング、そこはもうパンク寸前だった。

 

「じ、人口密度が異様に高い! トイレ行くのも一苦労だ!」

 

この中に居る人数なんと十四人、そしてその中の女性率脅威の70パーセントオーバー。一夏のもてっぷりが遺憾なく発揮されている。

 

「しかし、お前大丈夫なのか? セシリアもそうだけど結構な怪我だったそうじゃないか」

「全然大丈夫じゃないが何か?」

「いや、だったらIS学園で寝てた方がいいんじゃないのか?」

「俺もそうしたかったんだけどね……」

「?」

「セシリアさんがどうしても誕生日パーティーに行くって言うもんだからさ」

「お前の怪我とセシリアがどう関係するんだ?」

「だってひとりぼっちで取り残されるなんて寂しいじゃん。セシリアさんと寂しさを分かち合うことすら出来ないじゃん、それって本当にやるせないじゃん」

「そ、そうか……」

「だから僕がついててあげるって言ったのに」

「駄目だ、こういう行事をおろそかにするとどこかの誰かさんみたいにぼっち一直線になるんだからな。どこかの誰かさんが誰かってのは本人の名誉のために伏せておくけど」

 

篠ノ之さんがびくっと反応した後、こちらを睨みつける。怖い。

 

「それはそうと戦いの後紀春を見つけたときは本当にびっくりしたよ、血達磨のまま泣きじゃくってるんだもん」

「へぇ、紀春が泣きじゃくってるって……ねぇ?」

 

その言葉に目ざとく反応した鈴がにやにやしながらこっちに生暖かい視線を送る。

 

「やーめーてー、その話はしないでー」

 

おどけて誤魔化してはみるが本当に悔しい、弾薬切れに気付かないとかいうルーキーみたいな負け方を今更してしまったのだから。

 

ふと一夏に視線を移すと、みんなが一夏にプレゼントを渡していた。各々中々気合のはいったプレゼントのようで、このパーティーに賭ける意気込みが伝わってくる。でもラウラ、ナイフは無いと思うんだが……

 

「一夏、こっち来い。プレゼントをやろう」

 

自分は結構おごりたがりな性格をしていると思う。誕生日や記念日ですらないのに人にプレゼントをあげたことはもう数え切れないし、この学園に来て以降収入が一気に増大したのもあってかものをあげまくっている。

ええと、ここに居る奴等で言うと……確か篠ノ之さんに百万円と○ロルチョコ、セシリアさんには非合法の一夏写真集、鈴にはワキガ用軟膏、シャルロットには銀のブレスレット、ラウラには普段用の服のセットか。結構使っている。ここに居ない面々だとソフトボール部の練習機材の一部は俺からの提供だったりする。

まぁ、兎に角俺は人に物を贈るのが好きなようだ。そして今回もそれなりに気合を入れてプレゼントを用意した。

 

「悪いな、気を遣ってもらって」

「気にすんなって、俺の誕生日に三倍返ししてくれればいいから」

「三倍返しか、あまり高いものじゃなければいいんだが」

「まぁ、俺のプレゼントもそんな高価なものじゃないから別に気負わなくたっていいぞ。ほい、これだ」

「ええと、服か。良かった、本当に高そうなものじゃない」

 

気にするところそこか。まぁ、気合を入れたといっても実際に値段的にはそんなにするものでもないからな。

 

「ええと、JPオブザモンキー? 聞いた事ないブランドだな」

「シブヤで若者に人気のブランドだ、実は俺も愛用している」

「へぇ、そうなのか」

「ちなみにお値段はヨンキュッパだ」

「これ4980円もするのか!? 今俺が着ていシャツなんて2980円だぞ」

「え? 違うぞ、49800円だぞ」

「ヒエッ…… つまり三倍返しで149400円!」

 

こいつ、計算速いな。

 

「こ、こんな布切れが49800円…… お前セレブだったのか」

「セレブって使い方間違えてるぞ、本来の意味ならお前も俺と同じくらいセレブだ」

「いや、そういう事言ってんじゃなくて……」

「まぁ、本当に気にするなって。別にお前から三倍返しなんて期待してないから」

「これは、仕舞っておこう。汚したらいけないし」

「仕舞うな、着ろ。服ってのはそういうためにあるんだから。ちなみにおススメのコーディネートはそれに音楽プレーヤーを首からかけて、更にヘッドホンをして短パンを穿き自分から世界を遮断するような雰囲気を醸し出す感じだな。あっ、髪は茶色に染めてバッチリ尖らせておけよ。そして超能力を使えるようになると最高だね」

「嫌だよそんなコーディネート! それに超能力ってどう使うんだよ」

「修行だ、修行。まずはスプーン曲げから挑戦してみよう」

「いーやーだー!」

 

いつしか俺達の漫才に周りが笑っていた、それに対し一夏は不満そうな顔を見せる。

それを見て俺も笑う。そうだ、笑えるのなら今のうちに笑っておこう、日常に戻れば辛い現実に目を背ける事が出来なくなるのだから。

虎子さんは俺にもっと強くなれと言った、その言葉の真意は未だ理解できないがこれからも亡国企業が俺達に何らかの仕掛けをしてくる事は確実だ。ならば虎子さんの言う通り強くなる事に越した事はない。

そして明日からたっちゃんにもっと強くなるための修行をお願いしている、だからせめて今だけは全てを忘れて笑い心を癒そう。明日からの辛い現実の始まりに心が折れないように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな、付き合わせて。まだ体痛いんだろう?」

 

両手にたくさんの飲み物を抱えた一夏が言う、誕生日パーティーで足りなくなったジュースの類やらを補充するために俺達は一夏の家の近くにある自動販売機までやってきて今はその帰りであった。

 

「まぁ、そうだけどちょっと涼んでいきたかったからな。お前んちのリビング人多すぎて熱気がすげぇのなんの」

「まぁ、あんな賑やかな誕生日は俺も初めてだったよ」

 

九月後半の夜風は今の俺には丁度いい涼しさをもたらしてくれる、体は相変わらず痛いが心はこの夜風のお陰か幾分と爽やかになった。

 

「さて、帰ろうか」

「おい、あれ……」

 

一夏に言われて指し示された方向を見ると人影が見える、しかしそれは丁度街灯の明かりが届かないギリギリのところに立っており顔はよく解らない。シルエットからして女の子みたいだが。

多分俺達が飲み物を買っている所に偶然居合わせたのだろう、そして飲み物を買っている男二人組みがよりにもよって俺と一夏なもんだから緊張してどうしたらいいのか解らなくなってると。

まぁ、これもファンサービスの一環だ。写真なり握手なりをして適当にあしらおう。

というわけで、俺は女の子の居る方向へと歩き出した。

 

「お、おい……」

「やぁ、お嬢さん。サインでも欲しいのかい?」

 

極めて爽やかな面持ちで女の子に笑いかける。これが俺の必殺技、オリ主営業スマイルである。この営業スマイルのお陰で俺の世間様から爽やかなスポーツマンというイメージを持たれている。

女の子に向かって二歩目を踏み出そうとすると、その女の子も一歩前に出てきた。

 

「…………」

 

……最悪だ、明日からやってくる辛い現実がいきなり今からに前倒しされるとは。

一夏は驚いたような表情のまま顔面を硬直させている、まぁそれは致し方ないだろう。

 

「よお、こうやって顔つき合わせるのはドイツ以来か?」

「お、おい。お前あの人と知り合いなのか!?」

「下がってろ一夏、多分危ない事になるぞ」

「そんな事より! なんであの人が千冬姉そっくりなんだよ!」

 

それを聞いた俺の口から溜息が漏れる、そして俺の真正面にいるちびっ子は薄ら笑いを浮かべていた。

 

「もう一度言う、一夏。下がってろ、というか帰れ。そしてたっちゃん呼んで来い」

 

ここで戦闘になるとかなり厳しい、むしろ負傷中の俺ではまず勝ち目がない。こちら側の最大戦力であるたっちゃんならなんとか出来るだろうか。

いや、今の状況はたっちゃんでも厳しいかもしれない。この住宅街のど真ん中で戦闘をおっぱじめようものなら被害がどれだけ出るか皆目検討がつかない。

 

「下がるのはお前だ、藤木紀春。貴様に用はない」

「テメェに用がなくても俺にはあるんだよ。ドイツの時と今日の落とし前、きっちりつけさせてもらうからな」

 

口では強気で言ってみるものの、この状況では手詰まり感は否めない。おとなしく帰ってもらう事も出来なさそうだ。

 

「今日の落とし前って……まさか」

「ああ、こいつがサイレント・ゼフィルスのパイロットだ」

「その通り、そして私の名前は……」

 

その時一陣の夜風が俺達の間を通り抜ける、そして、遠くで小さく聞こえる車のエンジン音がやけに気になった。

 

「織斑マドカ、だ」

 

まぁ、予想通り感は否めない。多分何らかの血縁関係もあるのだろう、流石に同姓のそっくりさんって事はなさそうだ。

 

「織斑一夏、私が私であるために……お前の命をもらう」

 

すっと差し出されたハンドガンが鈍く光る。しかし俺はそれと同時にヴァーミリオンの右手とガルムを展開し、ちびっ子に狙いを定める。

 

「撃つな、撃てば俺も撃つ。というか俺が先に撃つ」

「出来るのか? お前に」

「やってやるさ……」

 

もちろん出来る事なら撃ちたくはない、撃てばちびっ子は死んでしまうだろう。しかし撃たなければ後ろで硬直している一夏が殺される。

一夏の命とちびっ子の命、俺にとってその価値の差は歴然だ。しかしそれと同時に同族殺しに対する本能的な嫌悪感もこみ上げてくる。テロリストと言えど人間、虫や魚を殺すのとは訳が違う。

ああ、トリガーにかかる指が重い。しかし、やらねばならない。

 

そして次の瞬間、どんっ、という鈍い音が響き渡り、ちびっ子が前のめりに地面に倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「の、紀春。お前…………」

 

ヴァーミリオンの展開を解く、俺はついにやってしまった。

後ろの一夏が後ずさる、きっと顔も青ざめているだろう。

 

「や、やっちまった……」

「紀春っ……」

 

ああ、やってしまった。でも仕方なかったんだ、これしかこの場を収める方法がなかったんだ。

 

「やっちまった、これで俺は……傷害幇助だ……」

「え、傷害? お前撃ったんじゃないのか?」

「違うぞ、俺撃ってないぞ」

「はぁ!? だったらなんでこいつ倒れてんだよ!」

「それは私よ!」

 

暗がりから虎子さんが現れた、目を凝らすとその後ろには黒塗りのワゴン車が見える。

 

「ごめんね藤木君、今日ああいった事があった手前私としてもかなり心苦しかったんだけど」

「いや、こっちこそ今日の事は本当に悪かったと思ってる。接着剤が髪につくことは想定してたんだけどまさか虎子さんの髪に付くとはその時は考えてなくて……」

 

今の虎子さんの髪型は戦っていた時とは違い、ショートボブになっている。その髪型は何となくクールな印象を持たせており中々似合っている。

 

「いいのいいの、私もそろそろ切ろうかなって思ってたところだし気にしないでいいのよ」

「そうか、だったら俺としても気持ちが軽くなるよ。それに、俺達のピンチを救ってもらったわけだし虎子さんには頭が上がりそうもないな」

「いやいや、そもそもこんな事態を巻き起こしたのも結局は私の管理不行き届きが原因だし」

 

困ったような顔をする虎子さんがとてもかわいい、一度は袂を別ったもののまた靡いてしまいそうだ。

 

「あ、あのーーー」

 

一夏が困惑したような顔をして手を上げる、どうやらこの状況がまるで解っていないようだ。まぁそれも致し方なしか。

 

「ああ、お前の言いたいことは解ってるから一から説明してやろう」

「頼む」

「まず、このちびっ子だが勿論死んじゃいない。多分気絶してるだけだ」

「どうやって?」

「私が撥ねたわ、この車で」

「お、おう……撥ねたのか。で、何でここにハニトラさんが?」

「実はちびっ子と話をしている最中、虎子さんから通信があったんだ。『エムがこっちに来てないか』って、エムってのはこのちびっ子の事な」

「なんでハニトラさんがお前に通信掛けるんだよ、俺達敵同士だろ?」

「この子の管理は私がしているの、それが逃げ出されたのがばれたら一大事じゃない? 幸いこの子はちょっとした理由があって織斑君に執着しているから織斑君が居る所に現れるだろうと思って私もこの近くには居たんだけど中々見つけられなくてね」

「まぁ、そんな中俺達の利害が一致して共闘に至るというわけだ。まぁ、俺はここの位置情報を送ったのと時間稼ぎしかしてないんだが」

「そうだったのか……」

 

そんな中、ちびっ子がぴくりと動き出す。どうやら目が覚めたようだ。

 

「た、タイガー。貴様ぁ……っ」

 

流石に撥ね飛ばされた直後とあってか声が弱弱しい。というか虎子さんってタイガーって呼ばれてるのか、そのまんまだね。

 

「おはよう、エム。あんたのせいでこっちがどれだけ苦労したと思ってるのよ!」

 

急に虎子さんの声のトーンが激しくなり起き上がろうとしたちびっ子を蹴り飛ばす、そしてその表情も今までにないようなものになる。これが鬼の形相ってやつか、やっぱり女は怖い。

 

「がっ……かはっ」

 

ちびっ子はブロック塀に激突し、再度気絶する。そしてその体を虎子さんが担ぎ上げる。

 

「さて、もう用事もないからお暇するわ。本当にありがとうね」

「別にいいさ、でも次会ったら今度こそ敵同士だからな」

「ええ、それまで藤木君の成長を楽しみにしてるわ」

 

虎子さんはちびっ子を無造作にワゴン車の後部座席に放り投げ、運転席に乗り込む。その後車のエンジンが掛り虎子さんはそのまま俺達の横を通り過ぎていった。

 

「…………」

「……じゃ、俺達も帰ろうか」

「もう帰るのか!? 余韻も何もあったもんじゃねぇな!」

「別にいいじゃないか。一夏、今あった事は誰にも言うなよ。特に織斑マドカって名前はな」

「……ああ、解ってる」

 

俺達は今日で二度も世界の裏側に触れてしまった、そこから醸し出される闇は今後どんどんその色を濃くしていくだろう。ならば、その闇に打ち勝つ力一刻も早くを手に入れなければならない。

何故か、それは俺がオリ主だからだ。俺が行く道は栄光のオリ主ロード、その道のりにはこれからもきっと数々のドラマと研ぎ澄まされた敵の牙が待ち受けているのだろう。




第一部、完 的な?

それにしてもこいつ、いっつも死ぬ死ぬ詐欺してんな。

ついったーやってます、よければ見てください。


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第64話 ヨスガの妹

「がはぁっ!」

 

渾身の蹴りが脇腹にクリーンヒットし、俺の体はくの字に曲がる。だがしかし終わっちゃいない。

俺は矢継ぎ早に放たれる拳をいなし、放たれた右ストレートの手首を左手で取る。そしてそこからカウンターの掌底を相手の顔面に打ち込んだ。

 

「いよっし!」

「まだまだっ!」

 

俺の攻撃後に出来た一瞬の隙を相手は見逃さず、俺が取っていた左手首が逆に取り返され俺はそのまま投げ飛ばされる。

 

「かはっ……」

「はい、私の勝ちね」

 

見上げるととこにはIS学園生徒会長更識楯無ことたっちゃんの姿があった、そして彼女こそが俺が先程まで戦っていた相手である。

 

「はぁ、また負けた……」

「でも中々良かったわよ、最後のカウンターの掌底とかうまく決まったじゃない」

「でもまだまだ本気じゃないんだろ?」

「勿論! まだ私の本気の七割しか出してないわ」

「本気を出させる事が出来るのはいつになることやら……」

「案外近いと思うわよ、だって私のノリ君のフィジカルの差は圧倒的なんだもの」

「……そうなんだよなぁ、フィジカルじゃ圧倒的に勝ってるんだよな」

 

つまり、その差をテクニックで埋められているわけなのだ。俺とたっちゃん、その基礎体力では圧倒的に俺が勝っている。俺は彼女より足が速いし、より長く走り続ける事が出来る、そしてより重いウエイトを挙げられることも出来る。まぁ、これが男女の差ってやつだ。しかし、それでも俺とたっちゃんが戦うとこういう結果になってしまうのである。

 

「まぁまぁ、落ち込まないで。五割の力で戦ったらもう私勝てないから」

「でもこれ所詮生身の戦いでなんだよなぁ」

 

そう、今俺達はIS学園のアリーナではなく武道場に居る。そして今まで繰り広げられてきた戦いは全部生身で行ったものだ。多分、ISを装備されたら五割の力のたっちゃんにまだ敵わないだろう。

 

「うーん、ISだったら二割くらいの私になら勝てると思うわよ」

 

中々辛辣な事を言ってくれる、つまり俺とたっちゃんの戦力比は1:5である。どんな奇跡が起こればこれに勝てるっていうんだ。

 

「じゃ、これで終わりね」

「ありがと、色々勉強になった」

 

虎子さんとの一件が終わってから数日、俺とたっちゃんは連日修行を繰り返してきた。しかし今日からそれは一旦打ち切りとなる。

 

「そういえばタッグマッチどうするの? ノリ君的にラウラちゃんかシャルロットちゃん?」

 

全学年専用機持ちタッグマッチ。キャノンボール・ファストの翌日、たっちゃんがぶちあげたイベントである。お題目は色々あると思うのだが多分この人が楽しみたいからやっているだけなのだろう。あと、簪ちゃんとの関係改善。どうやら一夏がそのために色々動いているらしいが俺には関係ない話だ。

 

「ああ、それなんだが俺パス」

「ええっ、ちょっとそれ困るんだけど」

「むしろ喜ばれると思ってたんだが。どうせこのタッグマッチで簪ちゃんを専用機持ちとしてデビューさせる目算なんだろ、そうすればこの学園の専用機持ちは奇数になる。そしたら余る人が出るだろうが、そして可哀想だろうが」

 

確か三年に一人と、二年にはたっちゃんとバトルロイヤルに出てたやたらと語尾にッスをつけてた人、そして一年には簪ちゃんを含めて計八人。というかこう見ると本当に一年生の専用機持ちが多い。

 

「あっ、完全に忘れてた」

「体育の授業で二人組み作ってって言われて結局余って先生と組まされる人の気持ちも少しは考えたげてよぉ」

「ご、ごめん。で、ノリ君がそのぼっち役を買って出てくれると」

「いや、俺当分学校休むから。緊急の仕事の依頼が舞い込んできてね」

「へぇ、会社勤めも大変ね」

「どこぞの過労死直前の人に言われたくはないな」

「は、はははっ……」

 

武道場に乾いた笑いがこだまする、今日も今日とて俺達はこんな感じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故居る?」

「うーん、相変わらず男臭い」

「あっ、紀春おかえり」

 

部屋に帰ると俺を出迎えてくれたのは一夏だけはなく、そこにはさっきまで激闘を繰り広げたたっちゃんもいた。

 

「いやいや待て待て、俺さっきたっちゃんと別れたばかりだよな?」

「ええ、そうね」

「そして俺はたっちゃんより先に武道場を出たよな?」

「ええ、そうよ」

「何で俺より先にこの部屋に居るんだよ」

「なんでかしらね?」

「まぁ、いいや。で、今回は何の用だ?」

 

どうせ今回も碌でもない用事に決まっている、この人はいつもそうだ。

 

「実は一つ忘れてた事があってね」

「ほうほう、忘れ物?」

「いいえ、違うわ。ノリ君、この部屋から即刻出て行きなさい」

「……はい?」

 

出て行くってどういう事だ、まさか一夏とナニでもおっぱじめるつもりだろうか。

 

「以前、学園祭で王冠の争奪戦をやったのを覚えてる?」

「ああ、あれは酷い目にあった」

「で、王冠獲得者の特典は?」

「その王冠を被ってた奴と同室になるってやつだったか。俺のは多分虎子さんあたりに取られたんだと思うが」

「そう、そして一夏君の王冠は誰がゲットしたでしょうか?」

「そんなの知らん。一夏、どうなんだ?」

「実は……楯無さんなんだ」

 

……やっぱり碌でもないことだった。

 

「というわけで今日からここが私の部屋よ! ノリ君は出て行きなさい!」

「な、なんだよ横暴すぎるだろ! っていうか今更過ぎる、そんなの無効だ無効! 大体俺はこの部屋から追い出されてどこに行けばいいんだよ!」

「ノリ君には特別室があるじゃない!」

「なっ、いまさらあんな所に帰れるか! 大体あの部屋はなぁ!」

 

幽霊が出てくるって言葉を言いそうになるがそれを思いとどまる、天野さんと聖沢さんの一件はたっちゃんのトラウマだ。心身共に疲れ果てている彼女にそんな事は言えない。

 

「ん、何か?」

「いや、なんでもない…… しかしだ! やっぱりそんな事認められるか!」

「私に勝てたら譲ってあげてもいいわよ」

「今日あんたに負けまくった俺が勝てるわけないだろう!」

「なら無理ね。ノリ君、出て行きなさい。これは生徒会長命令よ」

「う……」

 

俺の心強い味方であった筈のたっちゃんですら一夏が絡むと平気で俺に牙を剥いてくるというのか、付き合いなら俺の方が断然長いのに。何だか一夏にたっちゃんを寝取られた気分だ、そして惨めだ。

 

「ううっ、たっちゃんは一夏より俺を選んでくれると思ってたのに」

「いや、そういうのじゃないからね?」

「うるさい! もうたっちゃんなんて大嫌いだ! うわああああああああん!」

 

俺は1025室のドアを開け放ち、俺は泣きながら廊下を走る。涙は流れていないけど俺の心は熱い涙を滝のように流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という事があったのさ」

「なんと、あの女やはり許し難いな。兄を部屋から追い出すだけではなく一夏とイチャコラしようとは」

 

所変わって今俺はシャルロットとラウラの部屋に居る、そして丁度今俺が部屋から追い出された経緯を説明し終えたところだ。

 

「というわけで一晩だけでいいからこの部屋に泊めてほしい」

「えっ、紀春がこの部屋に?」

「迷惑なのは重々承知の上だ、だがあの幽霊部屋が怖いんだよ」

 

そう言ってシャルロットとラウラに頭を下げる、ここを追い出されたら俺の行く場所はもうない。となると廊下で一夜を明かすしかないだろう。

 

「兄、頭を上げてくれ。そんなことしなくても私は最初から兄をこの部屋に泊めるつもりだったぞ」

「……いいのか?」

「なにを遠慮している、私達は兄弟だ。兄弟が同じ部屋で夜を明かすことなんて普通の事だろう、あの国民的家族的に考えて」

「ワ、ワカメっ!」

「お兄ちゃん!」

 

俺はラウラに熱い抱擁をする、ラウラも俺の腰に手を回しがっしりと俺を抱きしめる。

やはり持つべきものは愛しあう家族だ、ラウラのやさしさに俺の心がまた涙を流していた。

 

「いや、おかしいでしょ」

「なにぃ! お前は兄がここに泊まるのが不満だとでも言うのか!」

「そうだそうだ!」

「いや、不満とかそういうのじゃなくてね。紀春は男の子で僕達は女の子なんだよ?」

「だからそれに何の問題がある。シャルロット、お前いつからそんな冷たい女になったんだ!?」

「そうだ! 冷たいぞシャルロット!」

「冷たいって…… っていうか紀春は黙ってて」

「はい、すんません」

 

シャルロットとてこの部屋の主、機嫌を損ねるような真似はしてはいけない。

 

「大体お前、散々一夏と同室で暮らしてたのによくそんな事が言えるな」

「そ、それは…… あの時は仕方なく……」

「仕方ないだと!? 私だって一夏と同室になりたいのにそれを仕方ないの一言で片付けるのかお前は!」

「あの頃のラウラはそんなんじゃなかったでしょう!」

「なにぃ、ああ言えばこう言う!」

「やめてーあたしのために争わないでー」

 

二人は俺を無視するかのように口論をヒートアップさせていく、しばらくすると二人とも言いたいことを粗方言い終えたのか口論はなりを潜めた。

 

「途中から話が思いっきり脱線していた気がするが、兄をここに泊める。それでいいな」

「まぁ、一晩だけなら……」

「ほんとすまんなシャルロット、一晩だけだから我慢してくれ」

「もういいよ…… 僕にだって心の準備ってものがあるのに……」

 

後半部分はやたら小さい声だったが聞こえてしまった、だがそこは聞かない振りをしておく。

まだ俺には時間が必要なんだ、シャルロットの思いを受け止めるためにはまだまだこなさないといけない課題が多すぎる。

 

「ところで、本当に一晩だけでいいの? 明日から行く当ては?」

「実は、俺は当分この学園から離れる事になる」

「な、なんだと!? 何かあったのか!?」

「実は……」

 

ここから先は誰にも言わないように口止めされている、しかしシャルロットとラウラなら問題はないだろう。

 

「俺の専用機が完成したんだ」

「えっ、本当に!?」

「ん? 兄は既に専用機を持っているだろう?」

「いや、ヴァーミリオンはあくまで一時凌ぎのものだ。そもそもヴァーミリオンは俺の専用機のデータを元に作られた派生機体に過ぎない、そのヴァーミリオンのオリジナルが本来俺が乗るべき機体なんだ」

「つまり兄のためだけに開発された世界に一つだけの機体という事か」

「その通り」

「なんて豪勢な、そんな物を手に入れることが出来るなんて流石は兄だな」

「だろう? まぁお陰でタッグマッチは棄権することになったんだけどそこら辺はお前らが頑張ってくれ」

「ああ! だったら兄がその専用機を持って帰ったら私と戦ってくれ!」

「いいだろう、だけど俺は超強くなって戻ってくるぜ?」

「望むところだ! 私も負けないからな!」

 

とまぁ、俺の明日からの予定はこんな感じになるのだ。その後俺達はその専用機についてだったり他の事だったりの雑談をしながら消灯時間まで過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあそろそろ消灯時間だし寝ようか」

「兄は私のベッドを使ってくれ」

「悪い、この恩はいつか返す」

「悪いと思わなくていい、それに恩を返す必要もない。私達は兄弟だろう?」

「ああ、そうだな。ありがとうラウラ、シャルロット」

「うん、そろそろ照明切るね」

「ああ」

 

照明が切れる前にラウラのベッドに潜り込む、そこはラウラの匂いがしていた。

 

「じゃあラウラは僕のベッドで……ってなにやってんの?」

「いや、寝るのだが」

 

そう言うラウラは自分のベッドに潜り込もうとしている、つまりそこには俺が居るわけで。

 

「いやいやいやいや、ラウラは僕のベッドで寝ようよ」

「何でお前と同じベッドで寝る必要がある? 私にはちゃんと自分のベッドがあるぞ」

「だからそこには紀春が」

「それに何の問題があるんだ?」

「問題しかないよ!」

 

ついさっき繰り広げられた口論がまた再開されようとしている、ここまで来るとなんだか愉快になってきた。

 

「ほう、つまりお前は兄が妹に欲情するような変態男だとでも言いたいのか?」

「いや、流石にそこまでは」

「いいや、お前は兄がヨスガるような男だと思ってるんだ。何て侮辱だ! 謝れ! 兄に謝れ!」

「そうだ! 謝れ!」

「紀春は黙ってて! そもそも紀春とラウラじゃどう転んでもヨスガれないから! ラウラは実妹じゃないでしょ!?」

「へい、すんまそん……」

「え、ヨスガれないのか?」

「らしいな」

 

ヨスガるのに必要なもの、それは血縁関係だ。つまり血の繋がっていない俺とラウラではどうやってもヨスガる事は出来ない。

 

「なら一安心だな。さて、寝ようか」

「いやいや待って待って! そもそもこの話の本題はヨスガるとかそんな話じゃないから!」

「うるさい、いい加減にしろ! 一々家族の事に口出してきおって、お前は何様のつもりだ!」

「……ううっ、こんなの絶対おかしいよ」

 

ラウラが一喝するとシャルロットも根負けしたのか静かになる、そして今度こそラウラが俺の居るベッドに潜り込んできた。

 

「ふぅ、シャルロットは一体何を考えているんだ。私にはさっぱり理解できん」

「全くだ」

「ううっ、僕は悪くないのに……」

「うるさいぞ、もう眠るんだから喋るな」

「…………ぐすん」

 

そのままシャルロットは喋らなくなった。しかし腕枕というものは初めての体験だ、伸ばした腕にラウラの頭が置かれその重みはなんだか心地いい。

 

「やっぱりこう近くで見ると兄の体は大きいな」

「ああ、そうだな。ラウラの体はあったかいぞ」

「そうか、私の体はあったかいのか」

「ああ、お陰でよく眠れそうだ」

 

愛する妹のあたたかみを感じながら眠りにつくというのはこんなにも幸せであったのか、今なら俺を部屋から追い出したたっちゃんも少しは許せそうな気がしてきた。そんな思いの中俺の意識は段々と闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……ああ…… もう朝か」

「あっ、おはよう紀春」

「ん…… おはよう」

 

朝になり目が覚める、部屋には既に制服を着ているシャルロットが居た。そしてラウラはまだ眠っているようだ。

一晩中腕枕をしていたせいか腕が痺れている、しかしこの痺れすらもラウラからのものだと思うと心地よい。

 

「今何時だ?」

「今は朝の六時だけど」

 

もうそんな時間か、七時には三津村からの迎えが学園に来るはずなので早く準備しないと。

 

「あっ……」

 

その時気がついた。今は朝、というか俺は今起きたばっかりだ。つまり、その、男特有の朝の生理現象が今俺の体の中で起こってるわけで…… というかおち○ぽがフル勃起なわけで…… 

 

まずい、非常にまずい。男である一夏なら兎も角、女である二人にこれを見られるのは良くない。

特にラウラに見られるのは非常に誤解を招きそうだ、だって今もラウラは俺の腕の中なのだから。

 

「んっ……」

 

そんな中ラウラが目を覚ます、最悪のタイミングである。

 

「おはよう、兄。よく眠れたか」

「あ、ああ……」

 

どうする、どうすればいい。この危機的状況を打破するには。

 

「な、なんだこれは……」

 

しかし俺の思いも空しく、寝ぼけまなこのラウラが俺の股間のテントを発見してしまう。ああ、もう終わりだ。

 

「こ、これはもしや……」

「…………」

「兄、もしかして……」

「ち、違うんだ。誤解だ」

 

ラウラの顔が途端に厳しいものになる、俺は股間を押さえながらラウラのベッドから抜け出す。

 

「ヨスガったのか、私に対して」

「だ、だから違うんだ。これには深い訳が……」

「だったらその股間のイチモツはどう説明するつもりだ! 私が寝てるのをいいことにヨスガったんだろ、この変態がああっ!」

「ひぃっ!」

 

ラウラがどこからかナイフを取り出し、俺に向かって投げつける。間一髪、避ける事は出来たがナイフは俺の真横をすり抜け数本の髪を切り裂き壁に刺さった。

 

「ら、ラウラっ! 紀春はヨスガってないから!」

「シャルロット! 貴様もこの変態の味方をするというのか! もしやお前も変態か!?」

「とりあえず落ち着いてよ!」

「これが落ち着いてられるか! 私の体は知らない間にヨスガられてしまったのだぞ!」

「ううっ、だから違うのに」

「ここから出て行け変態! そして二度と私の前に姿を現すな!」

 

ラウラからの強烈な拒絶の言葉に俺の心はもう折れてしまった。

 

「違うんだ、違うんだあああああああっ!」

 

俺はこの部屋ののドアを開け放ち、俺は泣きながら廊下を走る。昨晩と同様俺の心からは熱い涙が滝のように流れ出していた。



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第65話 青春劇場、開幕

「そ、そうだったのか……」

「ああ、つまり全部ラウラの勘違いで紀春はヨスガってないんだよ。多分」

「なんてことだ…なんてことだ… それなのに私は兄にひどいことを言って傷つけてしまった」

「紀春が仕事から帰ってきたら謝ろうな」

「あ、ああ。でも兄は私を許してくれるだろうか……」

「大丈夫、多分ラウラなら許してもらえるって」

 

朝の教室。そこで僕は一夏に今朝あったことを相談し、ラウラに男性の生理現象について話をしてもらった。

それを聞いたラウラの顔はすっかりと青ざめ、今は頭を抱えて絶望に打ちひしがれている。

でもこれで大丈夫なはずだ。後は僕が紀春にラウラの誤解は解けたってメールでもして、少し時間を置けば二人の関係も修復される事になるだろう。

 

「はーい、みなさんSHRを始めますよ~席についてくださーい」

 

そんな中、山田先生が教室に入ってくる。僕も席に戻ろう。

 

「ええとですね、知ってる人も居るかも知れませんが今日から藤木君が当分お休みする事になりました」

「せんせー、なんで休んでるんですか?」

「それが私もよく解らないんです。デュノアさん、何か藤木君から聞いてませんか?」

「あ、はい。聞いてます。詳しくは話せないんですけど緊急の仕事が入ったみたいです」

「ほうほう、藤木君はお仕事と…… まだ若いのに大変ですね、みなさんも藤木君に負けないように頑張りましょうね」

 

山田先生の顔がいつもより明るい気がする、多分問題児の紀春から解放されて喜んでいるんだと思う。

そしてSHRは続いていく、次の話題は専用機持ちタッグマッチについてだ。僕もこれに出場するわけだし早くペアを決めないと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事があった日の翌日のIS学園整備室、本来ここは二年からはじまる整備課の城とも言える場所で関係者以外はあまり入ってこない。しかしそこに入り浸る一年女子が一人、更識簪であった。

 

「……各駆動部の反応が悪い。どうして……」

「それは単純にハードの問題だね、機体重量に対して間接部の部品の性能が追いついてないんだ。いくらソフトウェアをいじってエネルギーバランスを変えてみてもその問題からは永遠に解決されないよ」

 

簪が振り向く、そこには三津村重工所属でこの学園で紀春のサポートを仕事にしている不動奈緒の姿があった。そして彼女もこの整備室に入り浸る者の一人であった。

 

「不動さん……」

「となると考えられる解決策は大きく分けて三つ、一つ目は間接部の部品を更に性能の良いものに替える。二つ目は装甲を削る。ええと、この場合だと二十キロ位削ればなんとかなるかな? まぁそんな事をすれば機体バランスの計算を一からやり直す羽目になるし防御力の低下にも繋がるからおススメはしないけどね。そして最後の三つ目はおススメだよ、簪ちゃんがダイエットする! やっぱり女の子はいつも体重が気になっちゃう生き物だからね、でもこれをすれば簪ちゃんはもっと痩せて駆動部の不具合も解消と一石二鳥だよ!」

「……でも二十キロ痩せないといけないんですよね?」

「そうだね!」

「私死んじゃうじゃないですか……」

 

確かに太ってもいない簪が二十キロも痩せるとなると死の危険が伴う、しかしそれは不動の冗談だという事は簪にも解っていた。

 

「だとすると間接部の部品の交換しかないわけですか」

「そういう事になるね」

「ええと、倉式技研のパーツ類のカタログは……」

 

空中投影ディスプレイにカタログが映し出される、それをしばらく眺めていた二人であったがお眼鏡に適うものは見つけられなかった。

 

「こ、これじゃ私がダイエットするしかないじゃないですか……」

「ええと、確か……」

 

そんな簪の言葉を他所に不動は持っていたノートパソコンをいじる。

 

「おっ、これならいけるんじゃない?」

 

簪が不動の持っているノートパソコンのディスプレイを見る。そこにはとんでもない物が映っていた。

 

「これは、三津村重工のパーツじゃないですか。しかもこれってまだ正式に世に出てないヴァーミリオンの専用パーツですよね……」

「そうだね、まぁ専用って言っても多少の組み換えは効くように出来てるから多分簪ちゃんのISにも組み込めると思うよ?」

「でも、どうやってこれを入手するんですか?」

「私を誰だと思ってるんだい、これでも三津村重工開発部の正式な社員だよ?」

 

不動は胸を張りドヤ顔を決める、しかしそれでもなお簪は不安そうだった。

 

「でも、不動さんって所詮新入社員ですしそこまでの権限はないんじゃないんですか?」

「ああ、煩いなぁ。さっきからでもとかだってばっかりじゃないか! そんなに私に助けられるのが嫌か!?」

「そ、そうじゃなくて……」

「だったら簪ちゃんは、はい、お願いしますって言えばいいんだよ」

「…………」

 

簪が俯く、彼女は見た目に反して強情な所がある。しかし不動もそれをこれまでの付き合いでその事は充分承知していた。

不動は簪の両肩に手を置き、まるで諭すかのように話しかけた。

 

「簪ちゃん、君は今まで自分一人でこの機体を開発していると思ってるかもしれない。でもそれは間違いだよ。確かにこの機体は白式開発の煽りを受けて開発が途中で中止になったものだけど、それでも途中までは倉式技研の開発者たちが作ってくれたものだ。それにその後だって君は多くの人の手を借りている、もしかして気付いてないのかい?」

 

簪があたりを見回すと整備室の中に居る多くの人が自分を見ている事に気付いた。そしてもう一つの事にも気付いた、彼女たちが自分を支えてくれていた事を。それはほんのさり気ないものだった、簪が使う工作機械の整備をしてみたり、ソフトウェア用の教本を用意してくれていたり、喉が渇けばジュースを持って来てくれたりとその程度のものだ。しかし、そのさり気ない気配りに簪は今の今まで気付いていなかったのだ。

 

「簪ちゃんは気付いてなかったかもしれないけど彼女たちはずっと君の事を支えてくれいてくれたよ、だからこの機体を自分一人で開発してるなんて思っちゃ駄目だ」

「でも、何で私なんかのために……」

「みんな簪ちゃんの事が好きだからだよ、それに頑張ってる人って応援したくなるものじゃない? あと今ここに居る人だけじゃないよ、藤木君も織斑君も君の事を想ってる」

「えっ……」

 

一夏に対しては最近やたらと絡んでくるので思うところはあった、しかし紀春が自分を応援してるとは簪には信じられなかった。

 

「はい、これ。藤木君から簪ちゃんへのプレゼント。機会を見て渡してくれって頼まれたの」

 

不動はカバンから分厚い紙の束を差し出す。簪はその表紙に書いてある文字を読み、その内容がなんであるかを把握する。

 

「これは、ヴァーミリオンの基礎データ!? なんで藤木さんが……」

「打鉄弐式がラファール・リヴァイヴを参考にしているんならヴァーミリオンのデータは役にたつんじゃないかってさ。それに同じ打鉄ストなら助けないわけにはいかないって言ってた」

「そんな、藤木さんまで……」

 

簪は自分が多くの人たちに支えられてるという事を痛感した。それに目の前にいる不動にすら数々のアドバイスをもらっているのも思い出した。

 

「ごめんなさい、不動さん。私、こんなに恩知らずな人間だったなんて……」

「いーのいーの、みんな好きでやってる事なんだから。さて、簪ちゃん。最初の話の答えを聞かせてもらおうか、私達に君を助けさせてもらえるかな?」

 

もう簪の心は決まっていた、この人たちと共に打鉄弐式を完成させたいと。そして簪がその答えを言い始めた時、整備室の扉が乱暴に開かれる。

 

「はい、「簪さん! 俺とタッグを組んでくれ!」お願いします。……はい?」

 

整備室に一夏が入ってくる、そしてその表情は晴れやかだった。

 

「やったああ! 組むって言ったな! な!? よし! それじゃあダッシュで職員室だ! 不動さん! 簪さん借りてくから!」

「はいはい、いってら。開発の続きあるから早めに戻って来てね」

「了解です! いくぞ簪さん!」

 

一夏は簪を小脇に抱え上げ猛スピードで整備室から出て行く、その姿を残った面々が笑いながら見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、こんな事に……」

「いいじゃん、それに途中で拒否らなかったんでしょう? なら簪ちゃんの負けだよ」

「それは、そうなんですけど……」

 

簪は整備室に戻り、愚痴を吐いていた。一夏はというと問題しかない白式のエネルギー効率の調整を他の整備課の人々と共に再調整をしていた。

 

「とりあえず、間接部の問題は解決したも同然だね」

「まさかあんなに早くパーツが届けられるなんて」

 

簪がこの整備室に帰ってきた直後、S○G○W○がやってきてパーツが届けられたのだ。ちなみにパーツに損傷はなかった。

 

「S○G○W○、侮ってました。というかISのパーツって宅急便で届くんですね」

「流石に私もびっくりだよ。さて、他の問題も一気に片付けちゃおうか」

「ええと、後はマルチロックオンシステムによるミサイル誘導の問題と、荷電粒子砲の問題ですね」

 

どちらも圧倒的にデータが足りていない代物だ、荷電粒子砲については白式のデータを参考になんとかなりそうだという事になったがマルチロックオンシステムについてはどうにもうまくいかない。

 

「荷電粒子砲については織斑君に頼むとして……ミサイルについては私に任せてよ」

「何か当てでもあるんですか?」

「もちろん。ええと、これだね」

 

二人の目の前の空中投影ディスプレイに新しい映像が映る、そこには戦闘機が映し出されていた。

 

「……戦闘機? これが何の役に立つんですか?」

「違う違う、これは戦闘機じゃなくて立派なISのパッケージだよ」

「もしかして……ストームブレイカー……」

「正解、男性IS操縦者から世界を脅かすテロリストも愛用する世界最速のパッケージだよ」

「テロリスト?」

「あっ、やべっ。今の聞かなかったことにしといて」

「わ、解りました。しかしそんなモノが何の役に……あっ、そうか……」

「ミサイルベイに積まれてるマイクロミサイルは多重ロックシステムを使用してるからね。まぁマルチロックと多重ロックでは勝手が違うんだけど、軽くシステムをいじればそれっぽいものが出来上がるよ。そこからは簪ちゃんの腕の見せ所だね」

「こんな物まで…… 私、不動さんに何てお礼を言ったらいいか」

「だから気にしないでって言ったでしょう。それに、もう最後だからね」

「えっ……」

 

不動の言った言葉に簪の心がざわめく。最後という言葉が何を意味するか、そんな事が解らないような歳でもなかった。

 

「不動さん、最後ってどういう……」

「私、今日でこの学園を出て行くことになったんだ」

 

ざわめく簪を他所に不動はあっけらかんとした物言いで簪にとっては重大な事柄を告げる。

 

「もうここでする事がなくなっちゃったんだよねぇ、藤木君の新専用機も完成してしまったからデータを取る理由もなくなっちゃった」

 

不動の仕事とはあくまで紀春の新専用機開発のためのデータ収集とそのサポートである、故に新専用機が開発されれば彼女がここに居る理由もなくなる。

 

「そ、そんな……私、不動さんが居ないと……」

「簪ちゃんはもう大丈夫だよ、君にはもうたくさんの仲間がいるでしょ?」

「でも、嫌です……」

 

簪は不動の着ている白衣の裾をぎゅっと握り締め俯く、そしてその頬からは涙が流れていた。

 

「ああ、もう可愛いなぁ! そんな事されたら出て行きたくなくなっちゃうじゃないか!」

「だったら、行かないでください……」

 

無茶なお願いをしているのは自分でもよく解っているはずだ、しかしそんな言葉しか簪の口からは出てこなかった。

そんな時、簪の背中に不動の腕が回される。そして、自然と抱きしめるような形となった。

 

「簪ちゃん、君はもう大丈夫。初めて会ったときは危なっかしい子だなって思ってたけど、あの時と今の君じゃ違うだろう?」

「でも、でも……」

「でもでもだっては君の悪い癖だね、だから藤木君にも叱られるんだ。あんな説教もう嫌だろう」

「それでいいですからっ……」

「駄目だよ。簪ちゃんの専用機はもうすぐ完成する、そうすれば君も専用機持ちとして大きな責任を負うことになる。そうするともう逃げる場所はなくなるよ、時には自分一人の力で戦わなくてはいけない日だって来る。でもそんなんじゃ私は心配だよ」

「だったら、専用機なんて要りません……だからずっと一緒に……」

「いい加減にしろ更識簪っ!」

 

抱きしめていた腕を解くと同時に、不動の張り手が濡れている簪の頬を打つ。その衝撃はすさまじく、簪は座っていた椅子から転げ落ちた。

 

「ふ、不動……さん?」

「甘えるな、君がこれから行く世界はそんなものを許してくれるような場所じゃないんだぞ? 私だって藤木君を通して多少はその世界を見てきたから解る、あそこは一瞬の隙が命取りになる恐ろしい場所だ。藤木君も織斑君だってこの学園に来てもう何度も死ぬような目に遭ってきている、そんな場所に甘えなんて持ち込んだら死ぬんだよ!」

 

それを見ている一夏はこの状況を止めようともしない、不動が言っている事が正しいからだ。この学園に来て以来自分や仲間たちが死ぬような目に遭ってきた回数は両手では数え切れない、そしてその度に自分の中の甘さや弱さを少しづつ切り落としてきたつもりだ。

紀春だって普段は冗談や出鱈目ばかりを言っておちゃらけているが、彼だって戦いのために普段から自分を鍛え続けている。そして最近は特にその傾向が強い。

 

「簪ちゃん。もう戻れないよ、君がその力を望んだんだから。話が違うって喚いてもそんな事だれも気にしちゃくれない、それとも君のお姉ちゃんに泣きついてみるかい? あの人ならなんとかしてくれるかもしれないよ?」

「それは……嫌です……」

 

涙を流す簪が絞りだすように答える、それが彼女の精一杯の強がりだった。

 

「だったらもう泣くな。涙は視界を曇らせる、そしたら戦えなくなるよ。簪ちゃん、強くなってね。いつか私が君に色々教えてたと世界中に誇れる位に」

「はい、頑張りますっ」

 

不動はそれを聞いて満足そうな顔をして振り返る、そして整備室の出口に向かって歩き出した。

 

「不動さん! ありがとうございましたっ!」

「ありがとうございましたっ!!」

 

簪に続いて整備室の面々が声を揃えてそう言う。不動は簪がこんな大声を出すのかと少し驚きながらも背を向けたまま手を振り、満足そうな笑みを浮かべたまま整備室を後にした。

 

(せ、青春してるなぁ……)

 

そんな中、一夏は一人そんな事を思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九月も後半になってくると流石に日の入りも早くなってくる、まだ午後六時だというのに外は真っ暗だ。

さて、この後はどうしよう。帰るための荷物は昨日の時点で送ってるし、そもそも今日私は休日だ。それなのにまぁあんな小っ恥ずかしいことをしてしまうとはね。ああ、思い出すと背中が痒くなってくる。

 

「で、いつまで私をストーキングしてるんだい? 会長さん」

「あっ、ばれました?」

 

そう言いながら物陰からたっちゃんが姿を現す、この学園を卒業してもここに入り浸っていた私だったがこうやって直接会うのは卒業式以来の出来事で随分懐かしく感じる。

 

「どうせ知ってると思うけど私今日でここを出る事になってるから」

「はい、あのやり取りは全部見てました」

「はぁ、相変わらず趣味悪りぃね」

「趣味の悪い稼業をやってますから、仕方ないですね」

 

あんな青春劇場なんて私の柄じゃない、それを見られていたと思うと尚更恥ずかしい。ああ、やっぱりやりすぎたかなぁ、でもあれは全部簪ちゃんが可愛いのが悪いんだ。だから仕方ないね。

 

「あの、妹がお世話になりましたっ!」

 

そう言ってたっちゃんが頭を下げる。

 

「おいおい、やめろって。今のキミはそんな簡単に頭を下げていい立場じゃないだろう?」

 

ロシア国家代表にして暗部組織の長、更には現IS学園生徒会長。そんな肩書きを持つ彼女に頭を下げさせる事が出来る人間がこの世界にどれだけ居るだろうか。かたや私は一介の高卒平社員、頭を下げさせるどころか頭を下げっぱなしの毎日を送っている。主にあの厨二病患者に。

 

「いえ、不動先輩は特別ですから」

「先輩か……キミに先輩らしい事をした記憶があまりないんだけど」

「そうでもないですよ、私のISだって先輩のアドバイスがあったから完成したようなものですし。それに、あの時の事だって……」

「そんな事もう忘れたよ、それにキミを支えてくれたのは私だけじゃないだろう?」

 

たっちゃんのIS開発に対する私の貢献度なんて雀の涙ほどしかない、むしろその頃の私は打鉄・改開発や幽貴や霊華の死亡事故の後片付けに力を注いでいた。あの二人もつまらない事で死んだものだ、もしあの二人が生きていたならIS学園はもっと面白い所になっていただろうに。

 

「そして何より簪ちゃんをここまで育てていただきました」

「おねーちゃんが頼りないからね、代わりに私が頑張るしかないだろう」

「う、それは……」

「はははっ、まぁ気にするなって! 私も楽しかったから」

 

私はたっちゃんの背中をばしばしと叩きながら笑ってみせる、この姉妹の確執も随分前から知ってる事だった。でもそれから色々な事があった、きっと大丈夫なはずだ。

 

「じゃ、私はもう行くよ。いつまでもここに留まっていたら未練が出てくる」

「そうですか……」

「という事でIS学園の平和はキミに任せた。これからも忙しい事になると思うけど期待してるぜ、会長さん」

 

そう言って私は歩き出した、今度こそこの学園からおさらばだ。

 

「はい、任せてください。前会長」

 

そんな言葉を聞きながら私は歩き続ける。さぁ、明日からは群馬に出張だ。藤木君が新専用機に悪戦苦闘しているらしいからサポートをしてやらないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タッグマッチ当日のアリーナ、そこは地獄絵図と化していた。試合開始の直前に無人機の乱入があり、俺達は一方的な展開を強いられている。

 

「ほ、箒、簪。行けるか?」

「ここで行けないなんて言えないだろう?」

「う、うん……」

「……そうだよな」

 

その結果、楯無さんは戦闘不能に、そして簪は楯無さんを守るように後ろに立っている。

最大戦力の楯無さんが戦闘不能なのは痛すぎる、しかしやるしかない。エネルギーが心もとないがやるしかないのだ。

 

「ちっ、来るなっ!」

 

簪を襲おうとしている無人機に反射的に雪羅を放つ。しかしそれは避けられ、アリーナのカタパルト部分に命中する。

いや、これでいい。エネルギーは更に心許なくなってしまったが簪を一時的に守れたのだから万々歳だ。

 

「一夏っ、前だ!」

「えっ?」

 

簪に意識を取られているうちに目の前に無人機がブレードを振りかぶりながら踊り出る、そしてそれに対し俺は何の対抗手段も持ち合わせて居なかった。

 

「……っ!」

 

しかし俺にブレードが当たろうかとしたその瞬間、無人機は動きを止める。そしてその代わりに無人機はエメラルドのように輝く刃がついた剣を胸から生やしていた。

 

「乾く、乾くねぇ……こんなんじゃ全然滾らないじゃないか」

 

剣が抜かれると同時に今度はその胸から赤い腕が生える。そしてその腕はISコアを握り締めていた。

そしてその腕が引き抜かれると無人機は力を失い倒れる。そしてその後ろにはヴァーミリオンによく似た、しかし明らかに違う真っ赤なISが立っていた。

 

「だ、誰だ……」

 

誰かなんて最初に出した声で解りきっている、しかし俺はほぼ反射的にそう言ってしまった。

 

「俺か? 俺はオリ主だ」

「おり……しゅ?」

 

俺の目の前には新しいISを纏う紀春の姿があった。



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第66話 強靭無敵の翠玉剣

「…………」

 

俺を乗せた車は北関東自動車道を北へ進む、車窓に映る自分の顔は死んだ魚のような目をしていた。

 

「藤木君、なんで君はパジャマで裸足なの?」

「聞かんといてください、これには深い訳があるんです」

「それにしても元気ないわね、君の専用機ついにが完成したんだからもっと喜んでるかと思ったのに」

「専用機……か。そんなのどうでもいいや」

 

そんな事より今の俺はラウラに嫌われたショックで胸がいっぱいだ、というか今すぐ死んでしまいたい。

 

「行先って群馬でしたっけ?」

「ええ、そうよ。以前あそこに行ったのももう半年以上前の事になるのね」

「そんな所より東尋坊行きましょうよ、そしてそこで紐無しバンジーやりましょうよ」

「だ、大丈夫?」

「大丈夫だったらこんな事言いませんよ」

 

すると隣に座っている楢崎さんが電話をかける。まぁ、今の俺にとってそれもどうでもいいことだ。

 

「あっ、デュノアさん? ええ、藤木君なら居るけど。……メール? ……解ったわ、それでいいのね?」

 

通話の相手はシャルロットのようだ、メールがどうとか言ってたがそれもどうでもいいことである。

 

「藤木君、デュノアさんがメール見たかだって」

「メール? ……あっ、来てる」

 

自分のスマホを覗くとシャルロットからメールが来ていると表示されている、それを開くと『ラウラの誤解は解けたよ、だから心配しないで。ラウラも紀春に会ったら謝りたいって言ってるから、もう大丈夫だよ』と文章が表示された。

 

「あ、ああっ……そうか、良かった……」

「元気出たかしら?」

「はいっ。良かった、本当に良かった……」

 

自然と涙が溢れてくる、しかしそれは俺の心を清々しいものに変えてくれた。

目的地までもう少し、俺の未来は明るかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

三津村重工業IS兵器試験場、そこは六階建てのビルと大小さまざまな格納庫からなる施設である。そして俺が初めてISに乗った場所だ。

以前ここに訪れた時は有希子さんが俺を出迎えてくれたが.、彼女は今フランスにその拠点を移している。この田舎町を嫌っていた有希子さんもきっと喜んでいる事だろう。

 

「おはよう、藤木君」

「おはようございます、成実さん」

 

そして今回俺を出迎えてくれたのは俺の専用機開発チーム副リーダーにして開発チームリーダーせっちゃんこと水無瀬清次の妻、水無瀬成実さんであった。

 

「成美さんが居るってことは、せっちゃんも?」

「うん、今は格納庫で色々準備しているよ」

「で、その格納庫に俺の新専用機があるということですか」

「そうだよ。じゃ、早速行ってみる?」

「そうですね、早速ですけどお願いします」

 

格納庫は近いのでそのまま徒歩移動だ。俺達は二、三分歩き格納庫の前まで到着した。

 

「やぁ、おはよう。キミの到着を心待ちにしていたよ」

 

格納庫の前にはせっちゃんが立っている、そしてその後ろの扉を開ければ俺の専用機がお目見えするというわけだ。

 

「俺も待ってましたよ、長い間ね」

「君の新専用機の開発期間の事かい? むしろ半年で一から作り上げたんだ、褒めてもらいたい位だ。本来なら年単位で掛る代物だよ?」

「うっ、それはそうなんですけど……」

 

せっちゃんをたしなめるつもりが逆に反撃されてしまった、確かに兵器を一から作るのに要する時間として半年は脅威の短さだ。これも三津村のなせる技なのか。

 

「さて、挨拶も済んだ事だしそろそろ君の新専用機とご対面といこうか」

「そうですね、俺も早くご対面したいですし」

 

俺がそう言うとせっちゃんが格納庫の扉を開く。そこには赤い、それにしては黄みがかっているあえて言えば朱色の機体が鎮座していた。

 

「形式番号MX-01/s1、開発名称プロトタイプ・ヴァーミリオン・カスタム。第三世代のISで分類としては高機動強襲型、装甲材には三津村謹製の多重積層電磁装甲とラファール・リヴァイヴやヴァーミリオンにも使用されている衝撃吸収性サード・グリッド装甲のハイブリットだ」

「ふむふむ」

「第三世代の仕様としてはヴァーミリオンと同じ高性能運動性強化CPUとブルー・ティアーズのコピー品を積んでいる」

「ブルー・ティアーズ!?」

「この機体には牽制用の武器を積んでない、その代わりになるかと思って一応積んでみた」

「しかしビットを飛ばすには特殊な才能が必要になると聞いてますけど」

「最悪肩部ビーム砲としての役割をこなすだけでいい、別に君にそこまでの才能は期待してないよ」

「はぁ、そうっすか……」

「次に武装の説明に移るぞ」

「ほいほい」

 

新専用機の隣には三つの武器が置かれている、一つは以前使ったアンカーアンブレラ、そして残りの二つは剣と銃だった。

 

「アンカーアンブレラの説明は省くとして、まずこちらの剣だな」

 

剣は今ではむしろ珍しい両刃の剣だった、それは刃の色がエメラルドのように輝いておりダブルオーガンダムを思わせる。

 

「こちらの剣の名称はエムロード、フランス語でエメラルドを意味する名前だな」

「某スターソードみたいな名前っすね」

「スターソード?」

「いや、なんでもないです、続けてください」

 

せっちゃんが怪訝な顔をして俺を見る、つい口から出てしまっただけなので気にしないでもらいたい。

 

「まぁ気になっていると思うが、この剣の第一の特徴がこのエメラルド色の刃だ。これは刃の部分にある塗料を塗ってるからこんな色になっている」

「塗料? ただかっこいいからこんなもの塗ってると?」

「違う、確かにかっこいいのは認めるがかっこよさはあくまで副次的な意味しかない」

「ふーん」

「この塗料、名前はそのままエムロードという新型塗料なのだがかなり曰く付きの一品だ」

「その塗料の名前がそのまま剣の名前になってるんですね。で、その曰く付きというのは?」

「この塗料のせいでデュノア社は経営危機に陥った」

「ファッ!?」

 

え、たかがこんな塗料で経営危機!? それは俄かには信じられないような話だ。

 

「デュノア社が以前から第三世代の開発に難航していたのは知ってるな?」

「ええ、そしてそのまま三津村に吸収合併されたんですよね」

「その通りだ、そしてこの塗料はその第三世代の機体の装甲全てに塗られるため開発されたものだ」

「そりゃさぞかしド派手な機体になったでしょうね」

「ああ、しかし特筆すべきはその効果だ。このエムロード、エネルギー兵器の攻撃を一切受け付けないというある意味夢の塗料なんだ」

「う、うおお……まさに夢の塗料ですね」

 

そんなのを全身に塗ったISが登場すれば革命的な事態になっただろう、少なくともイグニッション・プランのライバル機のブルー・ティアーズやエネルギー兵器しか持っていない白式相手ならほぼ完封できる性能を持つ事になる。

 

「しかし、そんな夢の塗料にも一つ問題があった」

「問題? 一体何なんです?」

「コストが馬鹿みたいに高い」

 

確かにそんな夢の塗料の事だ。コストもかなりのものになるだろう、しかしそれが会社を傾けるまでに至るとは流石に無理があるんじゃないだろうか?

そんな事を考えていると、せっちゃんは白衣のポケットから小瓶を取り出した。そこにはエメラルド色の液体、多分それがエムロードなのだろう。

 

「さて、ここで問題だ。この小瓶の中にある塗料100mlのお値段は日本円で幾らだろう?」

「開発経費を込みで考えるとやはりべらぼうに高いんでしょうね。……1億円位ですか?」

「残念、正解は1000億だ」

 

1000億、それは一般的なISを遥かに凌ぐお値段だ。

 

「はああああああああっ!? 幾らなんでも高すぎでしょう!?」

「そしてこの剣、エムロードにはその塗料のエムロードが贅沢に200ml使用されている。剣の内部機構にも一応金が掛かっているんだがそんなのこの塗料の値段からすれば端金だろう。ちなみにこの武装群の中で一番安い武器はアンカーアンブレラだな、値段はたったの40万だ」

「そ、そりゃデュノア社も傾きますわ。っていうかそんなにまでしてこの塗料を作らなくてもよかっただろうに」

「しかし実用化されれば世界最強のISの一角に名乗りを上げるには十分だっただろう、デュノア社はそれに賭けていたのさ」

「無謀な賭けだ」

「会社は既に傾き始めていたんだ、無謀な賭けに挑戦せざるを得なかったのさ。というわけで、ボクたち開発チームはデュノア社がMIEになった後すぐにこの塗料の回収に向かったんだ。しかし回収できたのはたったの1000ml、その剣五本分だ。そして吸収合併のゴタゴタに巻き込まれて製法は既に失われている、まぁ仮に製法が残っていても作るわけにはいかないが。というわけで大事に使ってくれよ」

「でも、そんな貴重な塗料を何でわざわざ剣に? 盾でも作って塗ればもっと強力な装備になったんじゃないんですか?」

「そこは開発チームでも意見が割れた、しかしボクの独断で剣に塗らせてもらった」

「何故?」

「もったいなさ過ぎる、盾に塗れば入手したエムロードを全て失う事になってしまう。それが万が一盗まれてみろ、一兆の損失だぞ」

 

確かにそれは怖いものがある、俺だって以前の戦いで虎子さんの盾を盗んだわけだし決して他人事の話ではない。

 

「ま、まぁそうですね。でもそれって剣に塗る理由じゃないですよね? そんなに貴重な塗料なら剣にすら塗る必要すらなかったのでは?」

「確かにそうだ、しかし君の新専用機の仮想敵を考えたらそうはいかなくなった」

「仮想敵? サイレント・ゼフィルスとか打鉄・改ですか?」

「いや、違う。白式だよ」

 

白式か、なんだか話が穏やかじゃなくなってきた気がする。

 

「白式が仮想敵? その心は」

「白式はキミと同じ男性IS操縦者織斑一夏が乗るISだ。となればいずれ誰もが思うだろう、藤木紀春と織斑一夏どちらが強いのかってね」

「たった一人の比較対象ならそれとの争いは避けられないと」

「そういう事だ、キミが織斑一夏と本気で争う日がいつになるのかは解らない。しかしそう遠くない未来に確実に起こると思うよ、僕は。なら出来るだけの事はしてあげたいじゃないか。なんてたってキミは三津村の広告塔、キミにはボク達の未来も懸かっているんだから」

「そう言われちゃ、負けられないですね」

 

そうだ、俺だって多くの人に支えられているんだ。そして俺はオリ主、主人公たる一夏の栄光を奪い取るために生まれた男だ。ならば絶対に負けるわけにはいかない。

 

「とまぁ、話が逸れたが続けよう。白式はそのワンオフによって世界最強と言って差し支えない攻撃力を手にしている。特にエネルギー兵器は無効化するらしいな、そうなればその攻撃に耐えるには物理防御しかない」

「そうなりますね、零落白夜はISのシールドですら無効にする恐ろしい武器だ」

「そして近距離戦では無類の強さを誇る、キミと織斑一夏の模擬戦のデータがいくつかあるがその中でキミは勝つにしろ負けるにしろ射撃戦で戦っている」

「そりゃ、あのワンオフは怖いですもん。いくら物理防御と言った所で、盾や実体剣で防ぐには限度がある。だったら比較的安全な射撃戦に持ち込むしかない」

 

特徴がはっきりしている白式はある意味非常に戦いやすい相手だ、オールラウンダーであるヴァーミリオンなら一夏の苦手な距離を取っての戦いでもその力を発揮できる。

 

「そこで出てくるのがこのエムロードだ。最強のワンオフとも言える零落白夜とて所詮はエネルギー兵器だ、エネルギー兵器を受け付けないこの剣ならキミは近距離でも白式と対等に戦うことが出来る」

「エムロードで零落白夜を受け止めろって事ですね」

「そういう事だ。ちなみにエムロードが何故両刃の剣になっているかと言うと、万一片方の刃が刃こぼれしても裏返して使うためだ。刃こぼれした所を攻撃されると流石に無力だからな」

「へぇ、両刃の剣なんて今時珍しいと思ってましたけどそういう意図があったんですね」

 

そこまで白式対策が施されているのか、この剣は。となれば一夏と全力で戦う日は来るとせっちゃんは本気で思ってるのか。

 

「そして次はエムロード第二の機能だが」

「エネルギー兵器に強いだけじゃなくまだあるんですか」

「まぁ、それに比べれば大した機能じゃないんだが刀身を超音波振動させることにより切断力を強化してる。というわけで見た目以上に鋭い剣になっているぞ、これは。但し内部電源の関係で140秒しか使用出来ない、無闇に使わない方がいいだろう」

「ほうほう、必殺技みたいな感じですか」

「いや、必殺技はそれじゃない」

「え、別に必殺技があるんですか?」

 

なんだろう、急にロマンのかほりがしてきたでござる。

 

「ああ、ある。エムロード内部の配管を通して塗料を溶かす中和剤を流し込み、内部電源を使って刀身をオーバーヒートさせることにより塗料を気化させる事が出来る。そしてエムロードの内部電源が10パーセント以下の時は使用が出来ない、このモードは電力を食うからな」

「ん? でも塗料を気化させればいい事あるんですか?」

「気化した塗料は霧状となって機体の周りに残る、つまり短い間だがエネルギー攻撃に対する耐性を得ることが出来る」

「つまり塗料のエムロードが本来目指した最強モードを再現できるという事ですか」

「ああ、そうだ。ボクの想定としてはこのモードを発動させ、エネルギー攻撃の雨の中を突っ切り、そのまま敵を切り裂くという感じか。まぁ、他にも使い方はあるかもしれないがそれはキミ次第だ。ちなみにこのモードの事をエッケザックスと名付けてみた」

「なんだかエムロード一本で白式の武装群に対抗しようとする姿勢がひしひしと伝わってきますね」

「仮想敵だからな」

 

エムロードは零落白夜に耐え、エッケザックスは雪羅のシールドと同じような効果を持っている。白式が仮想敵であるのが嘘ではないというのがよく解ってくる。

 

「解っているとは思うが、エッケザックスを使えばエムロードの塗りなおしが必要になる。つまりエッケザックス使用には2000億のコストが掛るのを忘れるな、使うときは状況を見極めて使えよ?」

「強力な反面リスクは莫大か……うん、まさにロマンだな」

「しかし、エッケザックスは正しいロマンのあり方をしていると思うぞ」

「そうっすね、普段は使わなくてもいいんだし、まさに切り札って感じだ」

「まぁ、そう思っていてくれて構わない。後、これも解ってると思うが塗料のストックは四回分しかない。つまりエッケザックスを使用できるのは五回までだ。ということでエムロードの説明は終了だ、次に銃の説明をしようか」

「ほいほい」

 

エムロードの隣に置いてある銃に目を移す、銃はまぁまぁ大きいがこの大きさならなんとか片手で持てるだろう。しかし、取り回しは悪そうだった。

 

「名称は試製強粒子砲、こちらは一撃必殺を目的に開発された銃だ」

「一撃必殺ですか、あまり得意ではないですね」

 

一撃必殺、その言葉にはロマンしか感じない。そしてロマンと言えば不動さん、不動さんと言えば思い起こされるのが彼女が開発したロマン兵器という名の欠陥武装たち。

 

「なんだか急に悪い予感がしてきた……」

「……すまない、実は不動がまたやりやがった」

「やっぱり不動さんですか! というか止めてくださいよ、せっちゃん不動さんの上司でしょう?」

「ボクの知らない間に開発計画に捻じ込まれていて気付いたらこの有様だ、本当にすまない」

「だったらせめて新専用機の武装に組み込まないでくださいよ!」

「そういう訳にもいかない、一応これにも開発コストが掛っている。となれば一度運用して良いか悪いかをキミに判断してもらわないといけないんだ」

「使うまでもなく却下です。というかそういうのは三下テストパイロットにやらせてください、有希子さん以外にもウチにテストパイロット居ましたよね?」

「駄目だ。この試製強粒子砲、食うエネルギーの量が半端じゃない。キミの新専用機ならともかく、ヴァーミリオンでは運用すら不可能だ」

「だから嫌いなんだよ、ロマンは! というか今すぐ不動さんを処罰してくださいよ! 会社の金を使って勝手にこんな物作るなんてケジメ案件でしょう!?」

「残念だがそれも出来ない、今の新専用機開発チームはロマン派が多数を占めていて発言力も高い」

「あんたその開発チームのリーダーだろうに!」

「確かにそうだ、しかしリーダーだからこそ部下の成果は認めないといけないんだ。そして新専用機開発チームの中でもロマン派は高い技術力と発想を持っている、だから彼らを切り捨てる事は出来ない。ボクだって辛いんだ、だからキミも我慢してくれ」

「こっちも命賭けて戦ってるんだよう……」

 

不動さんはどこまで俺に迷惑を掛ければ機が済むのだろうか、もう本当に嫌になる。

 

「し、しかしボクなりに改良はしたんだぞ! 少なくとも最大出力で撃つと自壊するとか、急にベクターキャノンモードに移行するとか、一撃撃つ度に冷却に二分以上掛るとかいうのは無くなった!」

「それガチで産廃じゃないですか!」

 

お仕置きだ、もう一度不動さんに会ったらお仕置きしてやる。学級裁判で有罪になった時に行われる位すんごい奴を。

 

「ま、まぁ無理に使えとは言わない。そこはキミの技量でうまく戦ってみてくれたまえ」

「射撃武器はこれと空飛ばないビットしかないんですよ! 使わざるを得ないじゃないですか!」

「そ、そうだな。すまない……」

 

この状況に流石のせっちゃんも慌てたような表情をする、いつもクールな仮面を付けている彼にしては珍しい事であった。

 

「はぁ、もういいですよ。これで武装の説明は終わりですか?」

「あ、ああ。一応この機体の新機能についても説明して終わりだな」

「新機能? そもそも新型に新機能もクソもないでしょうに」

「いや、今までのISには装備されていない装備がある」

「また不安になってきた……」

 

もうロマンは嫌なのだ。

 

「これは完全にボク開発だから安心してくれ、実用性や安定性は充分に保障する」

「だったらいいですけど……」

 

俺がそう言うとせっちゃんが俺の新専用機の後ろに回りこみ、そしてそこから俺に手招きをする。

そして、俺は招かれるままに新専用機の後ろにやって来た。

 

「さて、この機体には普通のISには在るものが一切存在しない。何か解るか?」

 

そう言われて新専用機の背中を眺める、背部に装備された三枚の板状で銀色の羽がその根元で一まとめにされているものが一対あるだけで変な所は見当たらないはずなのだが……いや、違う。これは……

 

「ええと……あれ? 推進翼の噴出口が見当たらないですけど」

「その通り、この機体には通常の推進翼は存在しないんだ」

「だったらどう飛べって言うんですか、もしかしてPICのみで飛べって言うんじゃないでしょうね?」

「勿論違う、通常の推進翼の代わりにこの機体はプラズマ推進翼を採用している」

「プラズマ推進翼?」

 

プラズマ推進翼とはなんぞや、語感から言って超電磁的なものを感じる。

 

「プラズマ推進翼の原理などキミには理解できないだろうから説明は省くが、これにより今までに無い加速性能や運動性を獲得している。その気になれば全速力で飛びながら連続で方向転換も可能だ」

「よく解らないんですけど、兎に角めっちゃ凄いんですね?」

「そうだ、使いこなせば通常のISなど余裕で完封出来る代物だ」

「そして使いこなすのが非常に難しいと」

「超絶な反射神経と集中力が必要になる。しかし、キミなら使いこなせると信じているよ」

「俺に期待しすぎるとがっかりしますよ?」

「そう言ってくれるな、キミはこの三津村を背負って立つ人間だ。期待するなという方が無理がある」

 

だそうだ。まぁ、人に期待されるのは今までの生活で慣れっこだ。ならばその期待に答えるのが男気というものだ、そのためにも頑張ろう。

 

「水無瀬博士、この機体の説明は以上でよろしいですか?」

「ああ、待たせたね。次は楢崎君の番だ」

「楢崎さんの番? まだ何かあるんですか?」

 

その言葉に楢崎さんがにっこりと笑う、そして楢崎さんがこんな笑みを見せる時というのはいつも俺にとって碌でも無い時だ。

 

「ええ、そろそろこの機体の名前を発表するわよ」

「名前? この機体の名前はプロトタイプ・ヴァーミリオン・カスタム、略してPVCじゃないんですか?」

「もう略語を付けてるのね、でもそれはあくまで開発名称よ。そんなプラスチックっぽいダサい名前じゃないわよ?」

「ボクはあれも充分ダサい名前だと思うんだが……」

「そうでしょうか? 仮にダサいとしてもこれから藤木君の活躍で世間には格好いい名前と認識されますよ?」

「えっ、この機体の名前ってそんなにダサいんですか?」

「藤木、覚悟しておけ」

 

またまた急に雲行きが怪しくなる、一体どんな名前なんだ。

 

「では発表するわよ、この機体の名前は……」

「名前は?」

 

なんだか急に緊張してきて思わず俺は唾を飲み込む、そして楢崎さんが再度口を開くのを待った。

 

「オリ主よ」

「…………はい?」

 

…………なんてこったい。




……オリ主


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第67話 オリ主・ニュービギニング

「おり……しゅ?」

「ええ、オリ主。何か文句でもある?」

 

文句なら大有りだ、なんでよりにもよってそんな名前なんだと言ってやりたい。しかしそんな事言える訳が無い、俺が神様転生したオリ主だなんて言っても誰も信じちゃくれないからだ。

 

「…………い、いや別に……」

 

というわけで俺はこう言うしかない、しかし楢崎さんはどういう意図でこんな名前をつけたんだろうか?

 

「ええと、漢字で書くと織斑君の織に朱色の朱で織朱ね。私的にはそんなに格好悪い名前だとは思わないんだけど」

 

なんだ、オリ主ではないらしい。どうやらさっきのは俺の聞き間違いだったようだ。いや、ちょっと違うけど。

 

「なんだ、織朱か。俺はてっきりオリ主だと思って焦りましたよ」

「藤木君、自分で自分が言ってる事がおかしいと思わないのかしら?」

 

うん、確かにおかしい。楢崎さん達はオリ主というキーワードを知らないのだ、ならば俺が言っている言葉がおかしく感じるのも致し方なしか。ん、待てよ。織朱って……

 

「織朱……織朱か……どこかで聞いたことあるようなキーワードなんですが……」

「ええ、藤木君はこの名前をよく知ってるはずよ」

「ええと……ちょっと待ってください。昔聞いたような名前なんですよ……」

 

俺はオリ主頭脳をフル回転させ記憶を掘り起こす、そうするとその名前の正体が判明した。

 

「思い出した、その織朱って俺の昔の学校の名前じゃないですか!」

「はい正解! 自分の母校の割りに随分時間が掛かったわね」

「それはそうとして、なんでその俺の母校の名前が付いてるんですか?」

「それは……多分ボクのせいだ」

 

せっちゃんが後ろめたさを感じさせるような声で言う、それはいつものせっちゃんの自信ありそうな態度とは真反対のものだった。

 

「せっちゃんのせい?」

「結果的に見ればそうかもしれませんね。では、藤木君に何故この機体に織朱という名前が付けられたのか説明しましょう」

「はい、よろしくお願いします」

 

この機体の名前はよりにもよって織朱。それは実際には神の思し召しかもしれないが、それに至るには合理的な理由が必要だ。なにせこの機体は三津村の看板たる俺の専用機なのだから。

 

「この機体、織朱は本来ならもっと早くに開発終了しているはずの機体だったのはご存知かしら?」

「そうなんですか? ……いや、そうなんでしょうね。織朱の開発名称はプロトタイプ・ヴァーミリオン・カスタム、本来ならカスタムって名前は入るべきじゃなかった。それが開発の遅れの原因ですかね。そしてよりにもよって派生機体であるヴァーミリオンが先に開発終了してしまったことからそれは三津村にとっても予想外の出来事だったんでしょう」

「ええ、三津村の看板たる藤木君を乗せる機体として経営陣は世界最強のスペックを要求したわ。しかしそれにしても時間が掛かりすぎた、そして時間が掛かるという事は……」

「必然的にコストも掛る、ってところですか?」

「その通り、そして幾ら世界最強のスペックを要求するとは言ってもその予算には限りがある」

「しかも、開発チーム内部のロマン派は余計なものまで開発計画に組み込んだ。そうすれば限られた予算は更に圧迫される事になる」

 

俺達の話にせっちゃんが口を挟む、多分試製強粒子砲の事だろう。

 

「そして何度か予算の増額は行われたけどついに経営陣の堪忍袋の尾は切れてしまい、経営陣は開発チームにある要求をする事になったわ」

「ある要求?」

 

なんだろう、順当に行けば無駄な開発の削減か? いや、それは結果的にありえない。既に試製強粒子砲は完成しているのだから。

 

「経営陣は、開発チームに独自に資金を調達するように命令してきた。そしてそれが出来ないのなら新専用機の開発を打ち切りにすると」

「お、おお……」

 

今の三津村の経営は火の車、織朱の開発に加えデュノア社買収やヴァーミリオン・プロジェクトも発足してついに経営陣も音を上げたのだろう。

 

「そこでボク達は独自にスポンサー探しをする事になった」

「そこで手を上げたのが織朱大学、ひいてはその経営母体である学校法人織朱学園ですか」

「ええ、織朱学園は資金提供の見返りにあるものを要求してきたわ」

 

ああ、もうここまで来ればその見返りというのは一目瞭然だ。

 

「ネーミングライツ、いわゆる命名権ですね?」

「ええ、その通り。と言いたいところだけどネーミングライツってのは施設命名権って意味でちょっと違うわよ」

「そんな小さな間違いに突っ込まなくたってええやん」

 

やっぱりそうだった……しかしISの名前に命名権を導入するなんて前代未聞だ。

 

「やっぱそうかぁ……」

「嫌なら変えていいのよ?」

「えっ、いいの? 俺好みの名前付けちゃいますよ?」

「ええ、但し年間で2億払う事が出来ればの話だけど」

「そんなの俺には無理に決まってるじゃないですか……」

 

俺の希望は一瞬で打ち砕かれた、もうこの機体の名は織朱しかなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその日の午後、ようやく織朱の初搭乗の時間となった。そして、新専用機移行に伴い俺には新しいISスーツが用意されていた。スーツのあちこちに幾何学的なライン模様が入っているがこれは織朱を装備した時に映えるようにデザインされたものなんだとか、スーツ単体でもそこまで格好悪いものではなかったの俺的には特にいう事はなかった。

 

「さて、早速始めようか」

「了解っす」

 

せっちゃんに言われて俺は織朱の目の前に立つ。これが『オリ主』の名を冠する俺のために作られ、これからの生涯のパートナーとして俺の命を預けるISだ。

俺はこの機体を駆り、世界を脅かす悪と戦うのだ。そしてこれがファーストコンタクト、否が応にも緊張するというものだ。

 

「織朱、俺がお前のご主人様だ。これからお前は俺と共に多くの戦いに赴く事になる、だからその力を俺に貸せ」

 

誰に言うわけでもなく、そんな言葉が出てくる。些か感傷的になってるようだ。

そして俺は織朱に背中を預ける。そうすると織朱はひとりでに動き出し、俺の体に鋼の鎧を纏わせていった。

 

「これが、織朱か……」

 

装着した感想としてはあまりヴァーミリオンと変わらない気がした。しかし何故だろう、何かしっくりこないような感覚も覚える。いやいや、それはありえない。これは三津村の天才せっちゃんが俺のためだけに作ったISだ、多分俺が緊張しているせいだろう。

 

「よし、装着は問題なく行えたな。早速だが動作確認を始めよう、とりあえず歩いてみてくれ」

「了解……っ。お、重い」

「重いだと?」

 

重い、機体が重い。実際はパワーアシストがあるため動けないほどの重さではないし、パワーアシストを切って動いても俺の体力なら普通に動かす事は出来る。しかし、今はちゃんとPICもパワーアシストも入れているというのに普段感じるISの重さとは比較にならない位重かった。

 

「い、一旦外します。なんだかうまく動かなくて……」

「解った、一度機体のチェックを行う。それまで休憩してていいぞ」

 

そう言われて、織朱の装着を解除する。織朱から抜け出した俺とは正反対にせっちゃんと成美さんが織朱へと駆け寄り、機体のチェックを始める。

 

「大丈夫?」

「まぁ、大丈夫ですけど……一体何があったんだ。確かに重いって言っても動けない程じゃないんだけど、あんな重さじゃこれから戦う相手にはついていける訳がない」

「ここまで来るまでに何度もテストは重ねているはずなんだけど」

 

その間も織朱のチェックは続いている、今は成美さんが織朱を装着し基本的な動作を繰り返している。しかし、その動きは俺が装着した時と比べかなり軽快そうだ。

 

「……問題なさそうだな」

「……うん、問題ないね」

 

水無瀬夫妻はどうやらその結論に至ったらしい、だったらどういう事なんだ。

 

「問題ないんですか?」

「ああ、そうだ。成実が動かした限りでは問題なかったし、システムやハードにエラーは出ていない」

「成実? せっちゃん成実さんの事名前で呼ぶようになったんですね」

「ああ、最近三十歳の誕生日を迎えたからな。三十路にもなって厨二病なんて格好悪いだろう?」

「あっ、やっとその結論にたどり着いたんですね。でも十五年程遅かったと思いますよ」

「その話はやめてくれ、捨て去りたい過去の思い出なんだ」

「まぁ、いいですけど……結局問題はなかったわけですか」

「そうだな。しかし、そもそも男がISに乗る事自体がおかしい話なわけだしもしかしたら男が乗る事によって起こる不具合があるのかもしれない」

「いままではそれがたまたま起きなかっただけって可能性も考えられるって事ですね?」

「ああ、あくまで仮定の話だがな。それに問題となる可能性のものがもう一つ考えられる」

「もう一つの問題の可能性?」

「ああ、別に教えて何があるわけじゃないからあえて今まで言わなかったんだがこの機体のコアには以前篠ノ之束から頂戴した無人機の物が使用されている」

 

それは……中々問題がありそうな気がする。

 

「衝撃の事実をさらっと言いましたね」

「今、三津村の保有しているコアは全てヴァーミリオンに搭載されているからな」

「俺のためにコアを空けてたんじゃないんですか?」

「ヴァーミリオンの普及のためには致し方なかったんだ、それにキミがいきなりコアを持ってくるのがいけないんだ」

「俺のせいにしないでくださいよ」

 

臨海学校で兎が現れた日の夜、俺とシャルロットが海辺の工場で無人機に襲われたのを思い出す。無人機は俺の華麗な戦いにより難なく撃破されたが、その時に俺は無人機の残骸とコアを回収していた。まさか、あの時のコアが織朱に使われているとは……

 

「兎に角だ、機体の方に問題は一切見当たらない。キミには悪いがこのまま動かし続けてくれ、もしかしたら一次移行で何か進展があるかもしれない」

「もうそれしか無さそうですね、仮に一次移行で進展がなかった場合ですが」

「その時はヴァーミリオンを全力でカスタマイズするしかないようだな、そしてこの織朱は野村かデュノアにでも使わせよう」

「そうですか、そうならない事を祈りたいですね」

「全くだ」

 

俺の新専用機、織朱の未来にいきなりの暗雲が立ち込める。しかしこの機体の名は織朱、俺の名を冠する機体なので有希子さんはもちろんシャルロットにだって渡したくはない。

とはいえ、今出来る事はこの重い織朱を動かして一次移行を迎えることだけだ。だから頑張ろう、俺と織朱の未来のためにも。




次回も月曜更新の予定ですが、話の流れに何の関係もない上に酷い出来になってますので見なくていいです。


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第68話 オリ主と淫らな仲間たち

野獣の日記念作品



「ふぅ、ここか……」

 

群馬県立敷島公園、そこには各種スポーツ施設が充実しており高校生や社会人などアマチュアの

試合だけではなくプロも施設を利用する程の規模となっている。

 

今日は10月12日体育の日で、公園内にはいくらか人の姿も見える。今俺は織朱の一次移行に難航していて本来は休んでいる場合じゃない。しかし、成美さんが気分転換も必要だろうと半ば強制的に休みを取らされた。

 

織朱は今までにない不思議な機体だ。本来一次移行というのはISを動かして数十分で行えるものだ、しかしいくら動かしてみてもその気配すら無い。それに一次移行が済んでいないとはいえあんなに重くはない、しかも俺が重さを感じるというのに成美さんや不動さんが搭乗した時には全く重さを感じなかったという。一体あの機体に何があるって言うんだ。

 

いや、駄目だ。今は休養を取れと言われているんだ、織朱の事は忘れて遊ぼう。

と言ったところで、ここは俺の土地勘の全く無い群馬県。遊べる場所なんて一切知らないのである。

しかしこの場所でとある催しがあることを成美さんが教えてくれていた、なんと高校野球の強豪校がここで練習試合をするのだとか。IS学園に来てから野球は専ら中継を見るばかりで試合の生観戦なんて何ヶ月ぶりだろう。というわけで俺はウキウキしながら野球場へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、織朱……」

 

さっき織朱の事は忘れて楽しもうと決意したが、そんな決意に何の意味もなかった。何故なら練習試合を行う強豪校はよりにもよって織朱大学付属高校、今年の甲子園優勝を果たした強豪中の強豪だ。それと戦うのは地元の強豪校、何度か甲子園出場を果たしている高校で織朱大付の相手として不足はないだろう。そして次郎さんは既に引退しているはずなのでここには居ないはずだ、となれば我らが織朱大付は勝てるのだろうか。いや、それでもかなり有利なはず。次郎さんを欠いたとしても充分強いメンバーが残っているはずだ。

 

「おっ、あいつもしかして藤木か? そうですよね、三浦先輩」

「そうだよ」

 

三塁側の内野席に座っていると、グラウンドから聞き覚えのある甲高い声が聞こえた。有名人である俺がこんな所で野球観戦なんてしているのがばれたら混乱は必至だ、というわけで俺は俺を見つけた二人の下へ駆け寄る。

 

「やっぱりそうだったよ~、藤木! 元気にしてたか!?」

「田所先輩っ! 声が大きいですって!」

 

俺を見つけた二人のうち一人、田所先輩に話しかける。この田所先輩は中学校時代からの俺の先輩で、俺が次郎さんの次に尊敬している人物でもある。彼は水泳部、空手部を渡り歩きその全てで優秀な成績を収めてきており、そしてこの野球部でも活躍している逸材だ。

それにいつも俺達後輩に配慮してくれる優しさを持ち合わせている人間の鑑だ。その反面、一部で人間のクズという謂れのない噂を立てられていたりする。しかしそれは田所先輩に嫉妬している奴らが勝手に言っている事に違いない、俺も有名人になってから謂れのない批判に晒されたりするのは日常茶飯事なので田所先輩の気持ちはよく解っているつもりだ。

 

「お前さぁ、何でこんな所に居るの?」

「いや、仕事で来てるんですけど」

「へぇ~、こんな所まで来て仕事か~」

「こんな所に来てるのはお互い様じゃないですか」

 

織朱大学付属高校は都内にありここまで来るのにかなりの時間を費やしているはずだ、練習試合ならもっと近いところでやればいいのにと思わざるを得ない。

 

「でも何でここに大先輩まで居るんですか? 大先輩ってもう引退してるんじゃないんですか?」

 

何故俺が三浦先輩の事を大先輩と呼んでいるかには訳がある、この野球部には三浦が二人も居るのだ。しかも両方とも先輩、幸い学年は違うので二年の三浦先輩はそのまま呼び、三年の三浦先輩を大先輩と呼ぶようにしているのだ。

 

「ああ、それな。三浦先輩は引退した後も、卒業までマネージャーとして部に残ってくれてるんだ。そうですよね?」

「そうだよ」

 

だそうだ。引退してからも部を支えたいだなんて流石大先輩である、彼も後輩思いのいい奴なのだ。

そんな時、一人の野球部員が俺達の下へ駆け寄ってきた。

 

「せ、先輩大変です」

「おうどうした木村、何かあったのか?」

「おっ、木村じゃん! 元気か?」

 

その駆け寄ってきた部員の名は木村、彼も元々は空手部の部員で田所先輩達と共に野球部にやって来た逸材である。ちなみに俺とは同い年だ。

 

「あっ、藤木……久しぶり……」

「それより何があったんだよ、木村」

「あっ、はい。どうやらさっき食べた弁当のでいで食中毒が発生したらしくて、ほとんどの部員が下痢になってるらしいです」

「マジか~、そんなんで試合できるのかよ」

「そうだよ」

「それは、解らないです……」

 

なんという事だ、それでは試合を見に来た意味がなくなってしまうではないか。仮に試合が中止となれば俺はこの土地勘のない群馬でどう過ごせばいいのだろう。

 

「木村、食中毒になってないメンバーはどれだけ残ってるんだ?」

「ええと、俺と田口と秀と豪と久保先輩と遠野だけですね。お二人は大丈夫なんですか?」

 

ちなみに生き残っている部員の説明をすると、秀は朴秀という名前の在日朝鮮人、豪は神豪という名前のギャル男、久保先輩はいつもオサレなサングラスをしている先輩で、遠野は以前は田所先輩と共に水泳部で活躍していた逸材だ。

 

「おう、俺達は鍛えてるから多少はね?」

「しかしまずいっすね、大先輩合わせても八人しか居ませんよ」

「しかも今のエースの三浦が抜けたのが痛いなぁ、三浦先輩もそう思いますよね?」

「そうだよ」

 

しかし奇跡的に全員のポジションが被っていないのが救いか、太郎が捕手で、他は確か……大先輩がファースト、田所先輩がセカンドで木村がサード、ショートが遠野でレフト、センター、ライトが久保先輩、豪、朴だったはずだ。

 

「肝心のピッチャーは居ないのか、こりゃ痛いな~」

「そうだよ」

「ですね、しかしピッチャーが居ないのが本当に痛すぎますね。田所先輩ってピッチャー出来ましたっけ」

「そりゃ、無理だよ~」

「だとすると代わりのピッチャーが居ないと試合出来ませんね」

 

俺の目の前で悩む三人、ふと田所先輩が何かを思い出したように手を叩く。そして俺に対して野獣のような鋭い眼光を放ってきた。

 

「ピッチャー、居たゾ」

「えっ、誰なんですか?」

「こいつ」

 

田所先輩が指を差す、そしてその指先の方向には俺が居た。

 

「ちょ、それはマズイですって! 第一俺部外者だし!」

「気にすんなって~、許可なら俺達が取ってやるから」

「そうだよ」

「いやいやいやいや、無理だってそんなの」

「木村~、相手の監督のところ行って藤木を参加させる許可取って来い、相手も試合が出来ないよりマシだろうから多分OK貰えるはずだから」

「解りました、行ってきます」

 

木村が一塁側のベンチに向かって駆け出す、そして相手側の監督らしき人と二、三話をした後俺達の下へと戻ってきた。

 

「許可取れました!」

「おっ、いいゾ~。藤木、早く準備しろ~」

「は、はぁ……」

 

どうやら休養のつもりが野球の試合になってしまった。まぁいい、別に体は疲れているわけでもないし久々の野球だ。となれば全力で戦うだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、久しぶり……だな」

「う、うん……」

 

ピッチャーとして野球をするのならキャッチャーとのコミュニケーションは欠かせない、しかしそのキャッチャーは以前IS学園で喧嘩別れした太郎。その後は一切連絡を取っていないため気まずいにも程がある。

とはいえ、あの喧嘩は全面的に俺が悪かった。そういうわけで早速だが謝ってしまおう。

 

「その、以前はスマンカッタ!」

「えっ?」

「俺はお前に嫉妬してたんだ。いつの間にかお前が俺の二歩、三歩先を行ってるお前が羨ましかったんだよ」

 

中学時代の太郎と一度別れもう一度再会した時、太郎は彼女五人持ちのめちゃモテ委員長へと変貌していた。ちょっと甲子園で優勝した位で太郎に彼女が五人も出来た事実は、IS学園で生活していた俺には理不尽にしか感じなかったのだ。

 

「別にいいよ、そんな事」

「い、いいって……」

「だって僕達友達だろう?」

「た、太郎……」

 

なんという懐の深さだ、これなら彼女が五人も居るのも納得な気がする。……いや、やっぱり出来ない。けどそれは俺の心の奥に仕舞っておこう。

 

「そんな事よりさ、鈍ってない? 久しぶりの野球なんでしょ?」

「試してみるか?」

 

俺はそう言うと、太郎の下から離れる。太郎も俺の意図を察知したのか、しゃがんでミットを構えた。

俺はそこへ向かって全力でストレートを投げ込む、そしてその球を受け止めたミットが激しい音を鳴らした。

 

「どうだ?」

「まぁまぁだね、兄さん程じゃないけどいい球だよ」

「それは比較対象がおかしすぎんだろうよ」

 

織朱大付を甲子園を圧倒的力で優勝させた次郎さん、その力量は次のドラフトで12球団競合確実とまで言われてるとか。俺が野球チートを持っているといったところで未だにあの人に勝てる気はしなかった。

 

「藤木ー、準備できたかー?」

「あっはい、もう大丈夫です」

「だったら試合始めるぞー、早くしろよぉ」

 

遠くから田所先輩の声が聞こえる。さぁ、試合開始だ。懐かしい仲間と共に思う存分野球を楽しもう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉおおおおおおおおっ!」

 

俺は太郎のサインに従い全力で球を投げ込む、それは真っ直ぐにミットへと突き刺さりバッターは呆然としている。

 

「アアアアアアアアアアアアアアィ!!!」

 

そして審判がアウトの宣告をする。しかし高校野球の審判って凄いんだなと思う、少なくとも中学時代にはあんな気合の入った宣告は聞いたことがない。

 

「よっしゃ、これで八回終了だな」

「うん、いい感じだね」

 

小走りをしながらベンチに戻っている途中、太郎とそんな話をする。今の所、俺は八回終了までパーフェクトピッチングで迎えている。次を押さえれば完全試合達成だ。

 

「でも、これが公式戦だったら記録に残るのに。残念だね」

「公式戦だったらそもそも俺出れないだろ、だからこれでいいのさ」

「でもさ、あそこ見てよ」

「あそこ?」

 

太郎の視線の先に目をやると、一人の男が俺達に向かってカメラを構えているのが見える。

 

「……あれ、誰だ?」

「高校野球雑誌の記者さんだよ、あの人も驚いてるだろうね」

「ああ、そうか。俺が試合に出てるなんてありえないもんな」

「そういう事、これは今から雑誌の発売が楽しみだね」

「ほう、雑誌が発売されれば俺の人気は更に有頂天になるわけか」

「かみやん、いつもそんな事ばかり考えてるの?」

「当たり前だ、こちとら自分の人気で飯食ってんだから」

「人気稼業も辛いんだね」

「お前が仮にプロになるんならそうなる、覚悟しておいたほうがいいぞ」

 

そんな会話をしながら俺達はベンチへと引っ込む、ベンチからは俺達と入れ違いになるように田所先輩がバット片手に出てくる。彼こそ我が織朱大付の四番バッターだ。

 

「田所先輩、格好いい所みせてくださいよ」

「そうだよ」

 

俺の言葉にすかさず大先輩が便乗する、それに対して田所先輩はこう答える。

 

「おう、どでかいのぶち込んでやるから見とけよ見とけよ~」

 

バッターボックスに入る田所先輩は涅槃に達したかのような清らかな顔を浮かべる。ああ、あの表情の田所先輩なら絶対やれる気がする。そして涅槃顔からカッと目を見開き、野獣の眼光で相手投手を見つめる。そんな先輩を俺はベンチの中で見守っていた。

そんな田所先輩にびびったのか、相手投手は萎縮しあろうことかど真ん中のストレートを投げてくる。そしてそんな球を見逃す程田所先輩は優しくはなかった。

 

「ヌッ!」

 

そんな声と共に振り抜かれたバットは、相手の球を芯で捉えそのまま打球はセンター方向に飛翔する。打球はそのままフェンスを越え、ホームランとなった。

 

「流石っすね、田所先輩は」

「そうだよ」

 

田所先輩の勇姿に大先輩も大満足だ、そんな感じで俺達の試合は続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬああああああん疲れたもおおおおおおおん。キツかったすねー今日は」

 

遠くで田所先輩がそんな事を口にする、そして三浦先輩は木村となにやら雑談を始めた。ちなみに試合は俺達の快勝、俺も完全試合を果たし満足な結果となった。そして、俺と太郎はベンチの中で二人きりになっていた。

 

「なんだろう、ホモくさい」

「ホモ?」

「いや、すまん。IS学園に感化されすぎだな」

「よく解んないけど大変なんだね」

「まぁな、女の園での生活もあれはあれで辛いんだよ」

「世の男の人が聞いたら激怒しそうな台詞だ……」

 

田口太郎、田口次郎という偉大な兄を持ちながら一切腐ることなく一年から野球部レギュラーを務める強者。思い起こせばその境遇はなんとなく簪ちゃんに通ずるところがある。

だとしたら、太郎に聞かねばなるまい。以前した簪ちゃんとの話の答えをみつけるために。

 

「なぁ、太郎」

「ん?」

「お前は何でこんなに頑張れたんだ?」

「何でって?」

「こう言うと嫌味っぽいけど怒らないで聞いて欲しい。お前の周りには常にお前より強い選手が居た、具体例を挙げると次郎さんや俺という事になるが……。そんな中お前はいつも腐らずに努力をしてきた、何でそんなに頑張れたんだ? お前だって常に俺や次郎さんと比較されて辛かっただろうに」

 

自分で言ってて本当に嫌味にしか聞こえない。でも俺は知っている、仏のような心を持つ太郎はこの位で怒りはしない。

 

「うーん、別に辛くなかったけどね」

「は?」

「だって野球好きだもん、全然辛くなかったよ。それに兄さんやかみやんと僕の差なんて大したものじゃないよ、人より少し努力すれば埋められる差だ」

「俺はともかく次郎さんとの差なんて埋めようがないだろ、あの人がヒット打たれたところなんて一度も見たことがない」

 

甲子園三年連続優勝をし、その全ての試合でパーフェクトピッチングをしてきた次郎さんは既に野球界始まって以来の逸材と呼ばれる男だ。そして今後もその名を球界に轟かせ続けるのは誰もが予想している。

 

「ヒット? 僕兄さんからヒットどころかホームラン打った事あるんだけど」

「はい?」

 

あり得ない、そればかりはとても信じられる話じゃない。俺が次郎さんと出会って何年も経っているが、俺は最初に出会った時以外次郎さんが投げる球をバットに当てることすら出来なかった。

野球チートの俺ですらこうなのだから太郎が次郎さんから打てるなんて嘘にしか聞こえない。

 

「あれは……もう一ヶ月前の事か、なんだか無性に兄さんと勝負したくてお願いしてみたんだ」

「そんなの信じられるかよ」

「だったら試してみる? 悪いけど今のかみやんだったら余裕で打てるよ」

「いいだろう、望む所だ」

 

俺達はベンチから立ち上がりグラウンドを目指して歩き出した。

 

「おい、秀! お前キャッチャーやれ!」

 

ぼーっと立っている秀の襟首を掴み引き摺っていく、こいつは気が弱く頼みごとをするには絶好の相手だ。

 

「やだ! やだ! ねぇ小生やだ!」

「うるせぇ! やれっつてんだよ!」

「ライダー助けて!」

 

そんな事言われても誰も助けてはくれない、秀はそんな奴なのだ。

 

「ごめんね、秀。僕達のために犠牲になってよ」

「ああ逃れられない!」

 

仏の太郎ですらこの言い草、秀に味方は居なかった。そして俺は秀を強引にキャッチャースボックスに座らせ、ミットを渡す。

 

「逃げたら球当ててやるからな?」

「わかったわかったわかったよ、もう!」

 

半ギレの秀が渋々納得する。俺は秀とサインの確認をし、マウンドに登る。

試合でマウンドは踏み荒らされているしキャッチャーは素人だ、でもそんなの関係ない。今は太郎との勝負に集中しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全力だ、俺の全力をもって太郎を仕留める。今の俺にはそんな事しか考えられなかった。

見据える先、右バッターボックスにはバットを構える太郎。俺の意気込みとは裏腹にリラックスしているようにも見える。

 

最初に選ぶ球種はストレート、だがインハイのブラッシュバック・ピッチ。この球で奴の心を掻き乱す。

卑怯と言いたいのならば言えばいい、しかしこれが俺の戦い方だ。

 

「…………っ!」

「ああイッタイ、イッタイ、痛いいいぃぃぃぃぃ!ねぇ痛いちょっともう・・・痛いなもう・・・」

 

渾身のストレートはばっちりインハイに決まり、太郎は頭を仰け反らせる。しかし、その表情からは余裕は依然消えていなかった。

 

「中々危ない球を投げるじゃないか、IS学園に行ってから随分性格が悪くなったようだね」

「そりゃどうも、こちとら汚い手を使うのは大好きなんでね」

 

太郎の言うとおりIS学園に行ってから俺の性格は昔より悪くなった。しかし致し方あるまい、あそこを生き抜くためなのだ。それに、一夏みたいに純粋真っ直ぐな心で居られるほど俺は鈍感ではないのだ。

 

「次、行くぞ」

「危険球投げるのはいいけど、四球で僕の勝ちなんてつまらない事はしないでくれよ?」

「よく言うっ!」

 

その言葉と共に投げるのはスライダー、しかもボールコースからストライクゾーンに入る今流行のフロントドアだ。

 

「痛いよもおォォォォォう!」

「…………」

 

制球もバッチリ決まり、ストライクを取る。しかし太郎の表情は相変わらずだった。

 

「どうだ? 俺の本気は」

「ストライク一つ取った位でいい気にならないでね? まだまだ勝負はこれからだよ」

 

太郎の言葉が普段より荒い気がする、俺に挑発でもしているのだろうか。いや、そんな事考えるな。太郎の言うとおり勝負はこれからだ。

まだまだ俺には投げる球がある、第三球を投げるため俺は再度構えた。

 

「……っ!」

「ちっ!」

「痛いんだよォォォ!」

 

クイックモーションからの速球は太郎のタイミングを完全に外し、空振りを取る。これでツーストライクだ。

 

「へぇ、昔はそんな事しなかったのに。一応練習はしてるんだね」

「ああ、一応な」

「痛いんだよもう! ねぇもう嫌だもう! ねぇ痛いぃぃぃもう! 痛いよ!」

「次で終わらせてやるから黙ってろ!」

 

いちいちうるさい秀を黙らせ、この戦い最後の投球モーションに入る。次に投げるのは俺の決め球でラウラも仕留めたスプリット、この球で太郎も仕留めてやる。

 

「どっせい!」

「見切った!」

「イッ!?」

 

その瞬間、甲高い打球音がグラウンドに響く。外角低めに入った俺の決め球スプリットは太郎のスイングに捕らえられ、綺麗なアーチを描く。そしてそれはそのままフェンスを越え、ホームランとなった。

 

「えっ……」

「これが僕の今の実力、解ってくれたかな?」

 

俺の球は失投したわけでもなく完璧に狙い通りだった。しかしそれを打ち返した太郎、完敗だった。

 

「だから言ったでしょ、僕とかみやんの差なんてほとんどないって。試合中も思ってたんだけど、そもそも実戦への勘が鈍りすぎだよ。今回はたまたま勝てたけど明らかに配球ミスがあったよ、僕はちゃんとサインを出してたのに」

 

これが今の俺と太郎の差なのか、女だけではなく野球まで負けているとは……

 

「でも、あのスピードのスプリットを打ち返すなんて普通じゃ出来ないはずだ」

「もう僕は普通じゃないんだよ、もう数え切れない位兄さんの球を受けてきたんだ。スピード勝負で僕からアウトを取ろうなんて思うのが間違いなんだよ」

 

負けた……完全に負けた、太郎に全て負けた……

 

「でもね、このくらい努力すれば誰にだって出来るんだ。毎日のように兄さんの球を受けて、毎日のように兄さんに挑んで負け続けて、それでも諦めないで向かっていけば誰だってこの位にはなる」

「毎日って……」

「うん、解ってる。兄さんの球を毎日受ける事が出来るのは弟である僕の特権だ、確かに僕は恵まれてるよ。でも、だからって辛くない日なんて一日だってなかった。それでも僕は努力出来た、これって才能かもね? だって全然やめたいと思えないんだもの」

 

もしかしたら、太郎のような存在を努力の天才と言うのかもしれない。努力を続けるというのは大変な事だ、日々遠すぎる目標に向かって小さい一歩を刻み続ける事が出来るのは並大抵の精神力じゃ出来ない。そして俺だってそんな事は出来ない。俺にだって目標はあるが、たまには休みたくなってしまう。しかし、太郎は誘惑に負けることはない。

 

「お前、凄い奴だったんだな」

「おっ、天才藤木紀春からお褒めの言葉を頂いたぞ」

「茶化すなよ。今、俺はお前の事超尊敬してんだ」

「そう、なんだか照れるな」

 

その時、俺の簪ちゃんへの答えが見えてきた気がする。簪ちゃんとて一人でISを作ろうとしている努力家だ、そしてその努力を今まで続けている。

だとすると、きっと簪ちゃんはいつかたっちゃんに勝てる日が来る。何故なら簪ちゃんも太郎と同じように努力の天才なのだから。

 

「太郎、ありがとう。お前のお陰で俺の迷いも晴れた気がする」

「このくらいお安い御用だよ、僕達友達だろ?」

「いや、違う」

「ん?」

「お前は俺の一番の親友だ!」

 

夕焼けが俺達を照らす。夕焼け、屋上とくれば告白のように、夕焼け、グラウンドと来れば友情だろう。ついでに言うと夕焼け、川原なら喧嘩だ。

 

俺は多くの人々に支えられている、今目の前に居る太郎だってそうだ。だから頑張ろう、支えてくれる人々に少しでも酬いる事が出来るように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに……これ……」

「どうした、シャルロット」

 

紀春の居ない一年一組の教室、授業の合間の休憩時間にシャルロットは雑誌を広げていた。

その雑誌は高校野球専門の雑誌のようであり、明らかにシャルロットが普段読むようなものではない。

 

「これ、見てよ。楢崎さんが送ってくれたんだけど……」

 

シャルロットの手によって隠されていた表紙の全貌が露になる、そこでは紀春が表紙を飾っていた。

 

「はぁ? なんだこりゃ?」

 

表紙にはでかでかと『復活、友情のバッテリー』と書かれており、一ページ目から紀春の特集が組まれいた。

どうやら紀春がどこかで野球の試合に飛び入り参加したらしく、その活躍が華々しく紙面に掲載されていた。

 

「あいつ、一体なにやってんだよ」

「さぁ?」

 

あいつ、専用機の調整で忙しいって以前言ってたのに何でこんな事やっているんだろう?



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第69話 覚醒式

「こうなれば仕方ない、荒療治だ」

 

翌日、群馬の三津村重工兵器試験場の会議室でせっちゃんがそう切り出した。

未だ一次移行に至らない織朱に対して色々な対処がなされていたがそのどれも効果がなかった、例えば延々と走ってみたり射撃をやってみたりエムロードを振り回したり延々とダンスを踊ってみたり。俺だって、十二時間耐久ユーロビートなどもうやりたくはない。

 

「荒療治ですか? Night of Fireや恋はスリル、ショック、サスペンスが荒療治ではないと? もう俺、世界一パラパラがうまいIS操縦者と自信を持って言える位にはなったのに」

「キミだって途中からノリノリで踊ってたじゃないか」

 

織朱を纏って延々とパラパラを踊り続ける俺、あれは本当に地獄だった。だけどなんだか楽しかった。もう少しで一次移行できそうな気もしていたんだが、それ以前に俺の体力が尽きてしまったのだ。

 

「で、本当の荒療治というのは」

「一度、戦ってみようと思う」

 

戦う、確かにその方法はありかもしれない。一夏だってセシリアさんとの戦いで一次移行を果たした、あのちびっ子だってそれは同じだ。ならば俺も一次移行出来るかもしれない。

 

「戦う……ですか、でも戦うには相手が必要ですよ? 有希子さんはフランスだし……もしかしてIS学園からシャルロットを呼びつけるんじゃないでしょうね? それは幾らなんでも可哀想ですよ、あいつだってタッグマッチで忙しいんだから」

「いや、キミの相手はもうここに来ている」

「来ている?」

 

会議室をぐるりと見渡す、今ここに居るのは俺とせっちゃんと不動さんに成実さんと開発担当の男性研究者二人だ。つまりここに女はたった二人、不動さんは整備課だったので実力はお察しだ。となると残りは……

 

「もしかして成実さん!?」

「いや、違うよ?」

「え、だったらもう居ないじゃないか」

 

いや、まだ可能性がある。かなり低いが。

 

「そこの白衣のおっさん二人! もしかしてお前ら女なのか!?」

「いや、我々は……」

「普通に男ですが」

「だったら誰なんだよ! せっちゃんか! 実はせっちゃんは女だったのか!? そして成美さんとはレズカップルだったのか!?」

 

女尊男卑のこの時代、実はこの国では同姓婚が認められたりしている。しかし実物を生で見ることが出来るとは。

 

「期待に添えない様で残念だが、ボクは男だ」

「だったら誰なんだよ! もう誰も居ないじゃないか!」

「おいコラそこのめくら、私が見えないのか?」

 

なんだか不動さんが怒っている、彼女は最初から候補にすら入っていなかった。

 

「えっ、もしかしてマジで不動さん?」

「そうだよ」

「いやいやいやいや、無理しなさんな。流石に整備課の不動さんじゃ話しになりませんよ、当分ISに乗ってないでしょ?」

「ところがどっこい、三年の初めくらいまでは普通に乗ってたんだよね」

「乗ってたって言っても整備のためでしょ? 俺はガチンコバトルの経験者を求めてるんですよ」

「それなら尚更好都合だね、だって私先代のIS学園生徒会長だもの」

「え?」

 

IS学園生徒会長、その称号はIS学園最強の生徒に贈られる称号である。その称号を手にするためには今の生徒会長となんらかの方法で戦い、勝利しなければならない。

以前俺も生徒会長の座を目指していた時期があったが、それはあっけなく阻まれた。その位生徒会長の座に至るのは厳しいのだ。

 

「まぁ、たっちゃんに挑戦させて速攻でその座を明け渡したけどね。その頃は打鉄・改の開発や、その他諸々で忙しかったし」

「まぁ、そうですよね。幾らなんでもたっちゃん相手に不動さんが敵うわけないですもんね」

 

となると、先々代の生徒会長ってさぞかし弱かったんだろう。

 

「ああ、ちなみに先々代の会長さんは今はどこぞの国で国家代表やってるとか。懐かしいなぁ、あの人めちゃ強かったもんなぁ」

「ワッザ!?」

「ちなみに、たっちゃんは私に勝つまでに二十連敗しました。しかも勝った時もやらせで勝ちました、あの子って本当に弱くって……」

「ちょ、ちょっと待て!」

 

俺はスマホを取り出し、たっちゃんに電話を掛ける。数回のコールの後、たっちゃんが電話に出た。

 

『もしもーし。ノリ君、おねーさんに何か用? そうだ、ノリ君が出た雑誌見たよ。格好良かったよ~』

「そんな事より! 不動さんが前代の生徒会長でたっちゃんが生徒会長になるまでに二十連敗したって本当の話か!?」

『あ、うん。一応そういう事になるね』

「マジかよ!」

 

そう言って電話を切る、どうやらさっきの話は不動さんのホラ話ではなかったらしい。

 

「いや、それでもおかしいだろ! 不動さんがそんなに実力者なら、代表候補生、いや国家代表にだってなれたはずだ!」

「ああ、そういうのは全部断った」

「なんで!?」

「私の初恋の人がアストナージさんだったから、私もあの人みたいになりたかったんだよね。主にスパロボのアストナージさんだけど」

「趣味悪っ!」

「趣味悪いとは何事だーっ!」

「あんなデカッ鼻のどこが良いんだよ!」

「なにーっ! 私の青春を馬鹿にする気か!?」

「煩いっ! いい加減にしろ!」

 

その瞬間、激しく机を叩く音が会議室の中に響く。その音の主はせっちゃんであった。

 

「兎に角、明日藤木と不動で模擬戦を行う! それまでに各々準備をしておけ!」

 

その声は明らかに怒気を孕んでおり、せっちゃんの大声を初めて聞いた俺は驚いてしまう。不動さんも同様のようで、背筋を伸ばしその声に聞き入っていた。

 

その後せっちゃんは無言で会議室から退室し、成美さんも後を追うように部屋から出た。

 

「以外と……怖い」

「うん、あんまり逆らわない方がよさそうだね」

 

白衣のオッサン二人も部屋から出て行き、会議室に取り残された俺達はそんな感想を口々に述べていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日、俺と不動さんの模擬戦が始まろうとしていた。

 

『さて、今回のルールを説明しておく。今回はこちらが用意した近接武装のみで戦ってもらう、ここにはアリーナ用のシールドなんて無いからな。あと、エムロードは使ってもらって構わないが超振動及びエッケザックスは発動するな、攻撃力が高すぎるからな。不動は打鉄用の近接ブレードのみ使用可だ。何か質問はあるか?』

 

俺の目の前には今までの俺の愛機、ヴァーミリオンを纏う不動さんが立っている。彼女は先代生徒会長にしてたっちゃんに二十連勝した猛者中の猛者、もしかしたら今までで最も強い相手かもしれない。

 

「織朱にビットがついたままになってるんですけど、それは使っていいんですか?」

『特別に許可しよう。但し、建物に当てるなよ』

「了解」

『不動は何かあるか?』

「いえ、私はありません」

 

不動さんの様子が今までとは明らかに違う、これが彼女の戦闘モードってやつだろうか。

 

『ならいい。では、試合開始だ。好きなように始めてくれ』

 

そう言ってせっちゃんは通信を切った。俺は展開領域からエムロードを取り出し、中段に構える。

 

「仕掛けてきてもいいよ」

「そっすか。では、行きますよ」

 

俺はおもむろにビットを繋げたまま射撃を行う、不動さんはそれをサイドステップで避ける。その動きには全く無駄が無い、この動き一つで彼女が強者だという事は簡単に解った。

 

「いきなり射撃? ちょっと卑怯じゃない?」

「こちとらそうも言ってられない事情がありましてね」

 

今の織朱は動きが重い、そんな状態で近接戦闘を挑めば軽く蹴散らされてしまうのが関の山だ。とはいえ、こんなビームを打ったところでまともに勝てるとも思わない。

経験、今の織朱に必要なのは経験だ。一次移行に至るまでの経験値を稼げればこの模擬戦は成功なのだ、だから勝つ必要は全く無い。無いのは解ってるんだが……

 

「攻めて来ないなら私から行くよ?」

「ちょ、ちょっと待って」

 

最初からこうも打つ手が無い戦いというのは初めてだ。近距離じゃ勝てない、かと言って射撃もかわされる。どうすればいい、どうすれば……

 

「じれったい、やっぱり攻めさせてもらうよ!」

 

その言葉と共に不動さんが俺に向かって突撃を仕掛ける、一気に俺に近づいた不動さんは上段からの唐竹割りを仕掛けてくる。なんとかそれをエムロードで防御するものの、不動さんのパワーは圧倒的で一気に俺は押し込まれる。

 

「くっ……」

「弱いっ!」

 

エムロードに対する重みが一瞬消えたかと思えば、その次の瞬間に腹部に大きな衝撃が走る。サイドキックを受けたと理解した時には俺は既に地面をバウンドしていた。

 

「っ、痛ってええっ」

「どうした? 織朱の実力はそんなものじゃないだろう?」

「そんなもんなんですけどねぇ……」

 

機体が重いとどうしても動作が緩慢になる、今の戦いが俺と織朱に出来る精一杯だ。

 

「立って、その位は待っててあげるから」

「くっ……そう……」

 

重い機体をなんとか立たせる、もうこれって公開イジメなんじゃないだろうか?

再度俺はエムロードを中段に構える、まだまだこの戦いは終わりそうにない。

 

「もうこうなりゃヤケだ! やれるところまでやってやる!」

 

大声を出して、自分を鼓舞する。もう勝ちとか負けとかどうでもいい、ぶっ倒れるまで戦い抜くだけだ。

 

「いいね、来いよ。藤木君が動けなくなるまで付き合ってあげるよ」

「だらあああああああっ!」

 

緩慢な動きならがらも不動さんに近づき、エムロードを振り下ろす。不動さんはそれを受け止めるがまだまだこれからだ、そのまま俺達は鍔迫り合いに移行する。

 

「うおぉぉぉぉぉっ! だぁあああああああああっ! はいだらああああああああああっ!」

 

意味の無い大声を上げながらエムロードに力を込める。周りから見ればさぞかし滑稽に見えるだろう、実際に相手をする不動さんもつまらなそうな表情だ。

 

「うーん、やっぱり模擬戦でも効果なさそうな気がしてきた。藤木君に織朱は無理みたいだね」

「それだけは嫌なんだよおおおおおおおおおおっ!!」

 

嫌だ、この織朱は俺だけのための機体だ。俺の名を冠するこの機体だけは誰にも譲れない、俺は織朱と共に栄光の道を歩むのだ。だから絶対に不動さんには負けられないんだ!

 

「そうは言ってもねぇ? キミにはやっぱりヴァーミリオンがお似合いだよ」

 

その言葉と共に俺のエムロードは弾かれ、流れるような斬撃が三度俺の身を切り裂く。動きを失った俺はそのままとどめの前蹴りを食らい、格納庫の壁に激突する。

 

「もう、終わりだね」

「嫌だ、嫌だ、嫌だあっ……」

 

こいつは俺の機体なんだ、俺の未来なんだ、俺の栄光なんだ。織朱と名付けられたのは偶然じゃない、きっと俺をこの世界に遣わした神、カズトさんの思し召しなんだ。だから、俺が…………っ!

 

「織朱! お前は俺だ! 俺の力だ! だから……だから動け! 動いてくれよおおおおおおおっ!」

 

思いの丈を全てぶちまける、以前授業でISには意志のようなものがあると習った事がある。だとしたらこの声が届いていてほしい、俺はそう願うしかなかった。

 

「駄目だよ。もう終わろう 、藤木君」

「織朱! 俺に答えてくれ!」

 

意味もあるかどうか解らない叫びがこだまする。不動さんが近づいてきて俺の真の前に立つ、そして俺の腕を握った。その瞬間だった。

 

『オーライ、貴方に力をあげましょう』

『だね、そして今こそ念願の合体の時!』

 

聞こえた、奇跡の声が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした!?」

「織朱が……一次移行を始めています!」

 

藤木と不動が戦っているのを見守っている僕らが居る部屋が急に慌しくなる。ついに藤木は成し遂げたのだ、そしてボクの提案した荒療治はどうやら意味のあるものになったらしい。

 

「観測を続けろ、何か変わったところはないか?」

「織朱のエネルギーが上昇を始めています! この量は……設定値の三倍!?」

「三倍だと!?」

 

研究員の声に部屋の中がざわめきに包まれる、無理もない事だ。

 

「落ち着け、キミ達は与えられた役割をこなすだけでいい」

 

そう言ってボクは再度藤木と不動の様子を観察する、これは面白い事になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理解した、この織朱の全てを。

理解した、俺の前から姿を消したあの人たちの行く末を。

理解した、この織朱が人智を超えたISであることを!

 

「だらあああああああああああっ!」

 

不動さんに掴まれた腕を掴み返し、力任せに放り投げる。投げられた不動さんは空中で姿勢制御をし、音も無く着地する。

 

「ちっ、まだ倒しきれてなかったか!」

 

不動さんの悔しそうな声が聞こえる、しかし俺的にはそんな事に構ってる場合じゃなかった。

 

「久しぶりだな」

『ええ、お久しぶり』

『私も居るからね!』

 

俺の脳内に響く二人の声。それは今となっては懐かしい俺の隣人、天野さんと聖沢さんのものだった。

 

「一体どういう事だ? もしかして俺に落とし前でも付けに来たのか?」

『いやいやいや、滅相もない』

『私達はただ、大好きな藤木君と合体したい一心で』

「合体したい一心で?」

『この機体に憑りついてみました!』

「なんてこったい」

 

天野さんと聖沢さんは一年以上前、IS学園で死亡した女子生徒である。俺の拠点であった特別室は彼女たちの住む部屋の隣で、俺は二人が死人だとは気付かぬまま薄い壁越しに交流を重ねてきた。

しかしそんな日々にも終わりが来た。夏休み最終日に二人は俺と合体したいという理由で俺を襲い、最終的にTさんに退治され、IS学園から姿を消したのだ。

 

『あの後、私達メガフロートまで逃げてきたんだけど』

『偶然そこで藤木君の新専用機を見つけて』

『これなら合法的に合体できるという事で……ね?』

「幽霊に合法もクソもないだろうに」

『合法というか穏便に? って感じよ』

『もうTさんは嫌なんですよ、あんなの食らったら魂が消滅しちゃうから』

「ま、まぁ……俺の力になってくれるんなら構わないが……」

『もっちろん! 元日本代表候補生の私の力、存分に使ってよ!』

『わ、私も整備課志望として色々アドバイスします!』

 

頼もしい仲間が出来た、人外のだが。しかしこれであの兎さんに対抗する術を身につけた気がする、奴とて幽霊と戦う事は想定していないだろう。

そしてその時、せっちゃんから通信が入った。

 

『どうやら一次移行は完了したようだな』

「あっ、はい。お陰様で」

『早速で悪いんだが、このまま模擬戦を続けてもらいたい。想定外の事態が起こったのでこちらとしても観察を続けたいんだ。不動、それでいいか?』

「うっす、こっちは無傷ですし構いませんよ?」

「想定外の事態っていうのは?」

『キミの織朱なのだが、エネルギーが想定値の三倍を記録している。それがどんな動きをするのか見てみたいんだ』

「さ、三倍っすか!?」

『ああ、多分私達のせいだね』

 

確かに今の織朱はある意味三人乗りだ、しかしそれが単純に三倍の性能を有する事になるとは驚きだ。

 

『ん……誰だ、通信に割り込んでるのは』

『天野でーす!』

『私は聖沢です。あの……水無瀬博士、私貴方のファンなんです。サインを頂けないでしょうか?』

『サイン位なら別に構わないが……って、そんな話をしているんじゃない、この回線は一般には秘匿されているはずだぞ。どうやって割り込んだ』

「あー、それなんですが……」

 

せっちゃんにどう説明したものか、この二人が織朱に憑りついている幽霊って言ったところで簡単に信じてもらえそうにはない。

 

『ういっす! 今はこの織朱に憑りついている幽霊やってます!』

『……なんの冗談だ? そういう非科学的な話嫌いだよ、ボクは』

『あっ、まぁ信じてもらえませんよね……』

 

そりゃ信じてもらえるわけがない、幽霊と言った所でその証拠なんて見せる事が出来なければそんな話に何の意味も無い。

 

『ふっ、仕方ないね。なら私達の実力をお見せしますか!』

『えっ、もしかして……ゆうちゃん、やるの?』

『やってやるぜ!』

『一体何をやるつもりだ? ……うわっ! や、やめろっ! うわああああああああああああああっ!』

 

通信越しにせっちゃんの叫び声と、モニタールーム内の喧騒が聞こえる。一体何が起こっているというのだ。

 

『わ、解った! 信じる、信じるからやめてくれ!』

『ふっ、どんなもんだい!』

『す、すみません。手っ取り早く信じてもらうにはこれしかなくて……』

『はぁ……酷い目に遭った……』

「一体何をやったんだ?」

『ポルターガイスト!』

『あと、モニタールームのディスプレイを全て精神的ブラクラに差し替えてみました』

「確かに酷ぇなそりゃ」

『よ、よし。とりあえず模擬戦を続行しよう、観測機器も復活したしこちらには何の問題もない』

 

そういうせっちゃんの声が震えている、しかしここは聞かなかったことにしよう。武士の情けだ。

 

「そ、そっすね。じゃ模擬戦再開しますね。不動さん、お待たせしました」

「いいっていいって、面白い事になってるからね」

『不動せんぱーい、お久しぶりっす!』

「はいはい、お久しぶり。こんな再会になるとは私も予想外だよ。さて、かかって来な。お前達の新しい力、見極めてやるよ」

「先に言っときますけど……今の織朱、めちゃ強いですよ」

「望むところさ」

 

単にこの機体を纏っているだけでも織朱は今までのISとは全く違うというのがよく解る。今までISを装着している時、自分の体に機械を装着しているという感覚があった。しかし織朱は違う、このISが自分の体の一部だというような感覚を覚える。その装甲は俺の皮膚であり、その機械のアームは俺の腕であり手であった。本来人間に存在しない翼すらそんな感覚になる、きっと天使や悪魔もこんな感覚なのだろう。

 

『あっ、いい場所発見。今日からここを私のおうちにしましょう』

『じゃあ私はこっち側にしますね』

 

脳内で二人が会話をしている、おうちってどういう事だろう。

 

「おうち?」

『はい、とりあえず私達はビットの中に居ますので必要とあれば呼んでください』

「ビット……おっ、いい事思いついた」

『ん、なになに?』

「そのビット、二人にあげるよ。だから戦闘中は基本的にはそれで援護してほしい、出来るだろ?」

 

ポルターガイストすら出来る二人だ、この位は簡単だろう。

 

『おっ、いいねいいね。私達も直接戦闘に参加できるって事だね』

「そういう事、俺そのビット全く使えないから丁度いいし」

『うんうん、それに私達が直接動かせるんならブルー・ティアーズよりいい動きが出来ると思うよ。セシリアちゃんはあの全てを一人で運用しないといけないからどうしても精度がね』

『簡単に言えば、ビット一つに割ける人的リソースの割合が私達とは圧倒的に違いますからね。まぁ、私は元々戦闘向きじゃないのであまりお役に立てないかと思いますが』

「あの時、篠ノ之さんの腕を絞り上げていた人の台詞じゃない気がするんだが」

『それでもゆうちゃんに比べればまだまだですよ』

 

あれで天野さんと比べればまだまだだっていうのか、だったら天野さんの実力はいかほどのものなのだろうか。確か織斑先生の後継の役割を期待されてたって言われてたんだったか、それって滅茶苦茶強いじゃん。

 

「おーい、そろそろ模擬戦再開しようよー」

「あっ、すいません。ついつい話し込じゃって。さて天野さん、聖沢さん。俺に力を貸してくれ」

『そんな呼び方じゃ駄目よ、私達は一心同体なんだからもっとフランクに行きましょう』

「だったらどう呼べばいいんだよ?」

『私の事はゆうちゃんって呼んでね』

『私は……あだ名がないので名前で呼んでくれて構わないです』

「そうかい。では、ゆうちゃん、霊華さん。準備はいいかい?」

『『yeah!』』

 

なんだか急にノリがアメリカンだが気にしないでおこう、俺はエムロードを構えなおし超振動を発動させた。

 

「ちょ、超振動は使用禁止だってば!」

「あっ、そうだった。ついついノリで出しちゃった」

『いや、構わない。超振動を使ってみろ』

「いいんすか?」

『ああ、織朱の武装の使用データが不足しているからな。不動、構わないか?』

「あなたにそう言われて拒否出来るほど私は偉くないんだよなぁ」

『だそうだ。藤木、全力を以って不動を倒せ』

「了解っす」

 

超振動のせいで唸りを上げるエムロード、それを見た不動さんもさっきと同じように近接ブレードを構えた。

 

「さて、行こうか。なんかアドバイスとかあるか?」

『はい、インストラクション・ワンです』

 

俺の問いに霊華さんが答える。インストラクション・ワン……一体何を教えてくれるというのか。

 

「百発のスリケンで倒せぬ相手だからといって、一発の力に頼ってはならぬ。ってやつか?」

『いえ、この日のためにオリジナルマニューバを考えてきました』

「ほう、準備がいい」

『その名も迅雷跳躍(ライトニング・ステップ)です。プラズマ推進翼を装備する事で可能になる技で、これを使えば瞬時に前後左右の移動が出来るようになります』

「ほうほう、奇襲とかに使用できそうだな」

『奇襲後にもそのまま再度迅雷跳躍を行う事によって追撃も可能になるはずです、テレパシーでイメージを伝えますのでちょっと待って下さい』

「テレパシーか、もうなんでもアリだな」

 

次の瞬間、霊華さんから迅雷跳躍に関するイメージめいたものが頭の中に直接流れてくる。一瞬ズキリと頭が痛むが、それもすぐに治まり俺は迅雷跳躍のやり方をマスターする。

 

「お、おおっ。これってもしかしてすっげえ便利じゃね?」

『迅雷跳躍がですか?』

「いや、テレパシー。迅雷跳躍を一瞬でマスターできるとは」

『でも、脳に対する負荷が大きいんで何度も使えませんけどね』

「仮に使いすぎるとどうなるんだ?」

『悪くて脳死、良くて廃人になります』

「怖っ、まさに切り札って感じだな」

『まぁ、今回はお試しという事で。さぁ、不動さんが待っていますよ』

「そだな、いつまでも待たせたら悪いもんな。ところで援護はしてくれるのか?」

『あっ、今回はパス。今は織朱に慣れるのが優先って事で』

「オーケイ、今回は一人で戦ってみる」

『頑張ってね~』

 

ゆうちゃんのゆるい応援を受けながら俺は再度不動さんを見据える、散々待たされた不動さんは退屈そうにしていた。

 

「お待たせしました、今度こそ行きますよ?」

「いつでもどうぞ」

 

不動さんが話し終えた瞬間、俺は迅雷跳躍を発動。一瞬で不動さんの目の前に躍り出る。

 

「速っ!」

「うわっ!」

 

俺は迅雷跳躍を止めるタイミングを間違いそのまま不動さんに撃突、不動さんは俺の体当たりを食らって吹っ飛んだ。

前言撤回、まだ迅雷跳躍をマスターし切れてないようだ。

 

『止めるタイミングは自分の体で覚えるしかありません、練習と集中力の鍛錬が必要なようですね』

「そういうのは先に言ってくれればいいのに……」

 

霊華さんには悪いが今回は迅雷跳躍を使うのはやめにしておこう、これはもうちょっと練習してからじゃないと相手どころか自分も危ない。

 

「あ痛たたたっ。完全に不意を突かれたわ」

「すんません、本当はもう少しうまく出来るはずだったんですけど」

「いいって、これも仕事の内だから」

 

土煙から不動さんが出てくる、まだまだ戦いは終わりそうになかった。

 

「仕切り直し、行くぜ?」

「今度はさっきのようにはいかないよ?」

「上等っ!」

 

プラズマ推進翼のエネルギーを開放し、今度は不動さんの真横に移動する。そこからエムロードを両手に持ち、俺は袈裟切りを放つ。

 

「その位じゃ、私を倒せないよ!」

 

俺の斬撃を不動さんは近接ブレードで弾く、しかしパワーの差があるのか不動さんが仰け反る。

 

「もろたで工藤!」

「私は不動だっ! それにさんをつけろよデコ助野郎!」

 

仰け反りながらも再度近接ブレードを振り下ろす不動さん、俺は今まさに振り下ろされている腕の手首に狙いを定めた。

手というのはISの中でも最も間接が密集している場所で、必然的に一番脆くなってしまう場所だ。しかもヴァーミリオンは固定武装がなく、腕を失うという事は攻撃手段を失うという事になる。

ならばここを切り落とせば勝利は確定したも同然、俺は超振動の威力を最大にして手首目掛けてそれを斬り上げる。

 

「……っ!」

 

熱いナイフでバターを切るかのように抵抗もなく手首が斬られ宙を舞う、次の瞬間には俺はエムロードを不動さんの首筋に当てていた。

 

「……ま、まいった」

 

宙を舞う手首がついた近接ブレードが地面に突き刺さる。俺は勝った、スイーツ(笑)

 

「やったぜ」

「やられちまったぜ」

 

エムロードを展開領域に収納する。しかし不動さんをここまで圧倒できるとは、この織朱の力は凄まじい。

 

『よし、これで模擬戦は終了だ。二人とも、片付けが終わり次第レポートを提出しろ』

「うへぇ、まだ仕事っすか」

『文句を言うな。後、天野と聖沢の件はこの場に居る者だけの秘密だ。口外しないように』

「え、それでいいんですか?」

『上層部に対して織朱に幽霊が憑りついたのでとても強くなりましたと報告しろと?』

「あ、いや……まぁそうですよね」

『とにかく、これで終了だ。それと不動、お前はヴァーミリオンの修理をしておけ。出来るだけ早くな』

「手首、吹っ飛んじゃいましたもんね」

『早く仕事を終わらせればそれだけ早くIS学園に帰れる。藤木、キミも早く帰って織朱を自慢したいんだろう? だったら不動の手伝いでもしてみるか?』

「ば、ばれてる!」

 

そうだ、早くIS学園に帰りたい。そしてラウラと和解し、織朱の力を見せ付けてやるのだ。




お盆、そりゃ幽霊も帰ってきます


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第70話 ハンティングゲームは突然に

マナプリズム集めが辛いです……


「…………」

「…………遅い」

「すみません、どうやら事故渋滞があったらしいですね」

 

運転手のヤクザこと瀬戸さんが俺に謝る。10月18日の国道1号線、そこは渋滞で激混みしていた。そして、俺達の乗る車はもう三十分位のろのろ運転を繰り返してようやく国道467号線と交差する場所まで来た。ここまで来ればIS学園までは一直線だ。

 

「しかし参りましたよ、織朱の一次移行が終わったらすぐ帰れるものだと思ってましたからね」

「キミのスケジュールなどボクの感知するところではない、文句なら楢崎君に言いたまえ」

 

織朱が一次移行した後、俺はその日のうちにレポートを書き上げ不動さんのヴァーミリオンの修理を手伝った。俺の頑張りのお陰かヴァーミリオンもその日のうちに修復が完了し、翌日にはIS学園に帰れると思っていた。

しかしそう思っていたのは俺だけだったようだ。

 

翌日からは俺は三津村の幹部連中を前にした織朱のデモンストレーションや、織朱大学理事長への表敬訪問、さらにインフィニット・ストライプスからの雑誌取材やその他諸々に追われIS学園に帰ってくるまで3日の時間を費やす事になった。

そうそう、インフィニット・ストライプスといえば最近一夏と篠ノ之さんもその取材を受けたとか。そして今回の表紙は二人が飾る事になるらしいと聞いた。こっちとしてもセンセーショナルなニュースを引っさげてやってきたというのに表紙になれないのは結構悔しかったりする。まぁ仕方ない、今回あの二人はインフィニット・ストライプスに初登場するんだ。それくらいは譲らないといけないか。……まぁそれに俺があの雑誌の表紙になったのは既に二回あるからね、まだまだ俺は一夏達には負けていないのだ。

 

「ふぅ、やっとまともに走れるようになったか」

 

車窓は一気に移り変わり、IS学園がその姿を現す。確か今日はたっちゃん主催のタッグマッチの日だ、もう10日以上ここから離れていた計算になるのでなんだか懐かしさすら感じる。

 

「危ないっ!」

「うぉっ!」

 

その時、車は急ハンドルを切りそのまま路肩に突っ込む。歩道には偶然にも人が居なかったので被害は出ていないようだが一体なにがあったというんだ。

 

「ど、どうしました?」

「…………」

 

運転手のヤクザこと瀬戸さんは俺の問いに答えず、ただ空を見ている。何があるのかと思い俺も窓から頭を出して空を見上げる、そしてそこには……

 

「成程、どうやら俺の出番のようですね」

 

赤いISが空を舞っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空に浮かぶ赤いIS、俺達の車の前には焼けて溶けたアスファルト、状況証拠としては充分だ。

 

「藤木、戦うのはいいが速攻で片付けろ。周りに余計な被害を出したくない」

「OKボス、瞬殺してやりますよ」

 

相手がどんな奴かは解らないが、俺を狙ってきたのは間違いないようだ。ならば容赦はしない。

 

「行くぜ、お嬢さん。死ぬほど痛い目に遭ってもらうからな?」

 

俺はその言葉と共に織朱を展開、空へと舞う。

 

『おっ、いきなり戦いかい』

『そんな事よりここ、市街地ですよ。まずいんじゃないですか?』

「相手はこの場所で俺を襲ってきたISだ、被害を出さないためにも速攻で片付けるぞ」

『りょーかい、援護は必要かな?』

「いや、今回はいい。ビットの射撃が外れれば大惨事は免れない、近接武装のみで戦う」

『そう、だったら応援してあげるから頑張ってね』

「そりゃ心強いねぇ、勇気が湧いてきたよ」

 

一気に迅雷跳躍(ライトニング・ステップ)で敵ISと距離を詰める、そして距離を詰めながら俺はエムロードを展開し、居合いのような格好で敵に切りかかる。

敵も俺に合わせてブレードを振りかぶりカウンターを決めようとするが俺は刃が当たる直前、右へと方向転換する。これが迅雷跳躍の本当の力だ、瞬時加速と違って移動中に方向転換できたり非線形の軌道を描いたりと自由自在だ。

 

「グッバイ、お嬢さん」

 

俺は超振動を発動し敵の首を刎ねるような剣筋を描く、そしてエムロードが敵の首筋に当たる、そして敵の首は刎ねられた。えっ、刎ねられた!?

力を失い、地面に叩きつけられる敵IS。最初の殺人はあっけないものだった。

 

「や、やっちまったのか。俺……」

『あー、大丈夫大丈夫。こいつ無人機だわ』

「解るのか?」

『うん、このISからは魂の気配を感じなかったからね。それに、ほら』

 

撥ね飛ばされた首が俺の前に落ちてきて、俺はその首を掴む。断面を見ると、それは人間のものではなかった。

 

「はぁ、良かった。悪い意味で童貞卒業したのかと思った」

『だったらいい意味で卒業してみる?』

「二人が生きてたらそれもアリだったんだがな」

 

そんな事を言いながら俺は地面に降り立つ、そこでは早速せっちゃんが無人機を調べていた。

 

「早速ですか、研究熱心ですね」

「……藤木、この機体に見覚えがあるか?」

「いや、ないですけど。誰が作ったのかは一目瞭然ですけどね」

 

この機体が無人機であること、以前戦った無人機とデザイン的な共通点が多々あることからこれはあの兎さんが製作したものに違いない。しかし以前と違い、勝負は一瞬でついてしまった。それも織朱のお陰であり、ひいてはせっちゃんのお陰というものだ。

 

「まぁ、そうだな。ふむ、とりあえずこれは我々で回収しておくか」

「そういえば以前も無人機を回収したことがありましたけど、あれってどうなったんですか?」

「研究のために解体した、色々と新しい発見があって有意義だったよ」

「ふーん」

「藤木、早速で悪いんだがIS学園に急行してくれ。もしかしたら学園も襲われているかもしれない」

「あっ、そう言えばそうだ」

 

IS学園、そこはイベント事があると何らかの勢力に襲撃される我が国屈指の危険地帯である。そして今日もタッグマッチというイベントが開催されているわけで。

 

「やっばい、もしかしたらラウラとシャルロットが危ないかも」

「ああ、そして織朱の力を見せつけてやれ。それと学園に着いたら頼みたい仕事があるんだが」

「頼みたい仕事?」

「そうだ、無人機が何機居るかは検討はつかないがそのコアを回収してきてくれ。出来るだけ多くな」

「家に火がついていれば、泥棒してもバレにくいって事ですか。そしてそのコアでヴァーミリオンを量産すると」

「その通り。それにISコアは世界屈指の貴重品だ、色々と役に立つ」

 

ISコアの製法はあの兎さんしか知らない、そして現在世界に正式に登録されているコアはたったの467個。新しいコアを1個でも多く発見できればそれだけその所持者は大きな力を持つことになる。そして今三津村が保有しているコアはグループ合わせてたったの五個、そのうち三個は俺とシャルロットと有希子さんに振り分けられており、自由に使えるコアはたったの二個しかない。

 

「OKボス、それじゃ行ってくるぜ」

「くれぐれも怪我をしないようにな」

「大丈夫、今の俺は最強ですから」

 

そう言った後、俺はIS学園に向けて飛び立つ。しばらく飛ぶと、IS学園の方向から大きな爆発音が聞こえる。どうやら急いだ方が良さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「山田先生! 聞こえますか!?」

『ふ、藤木君!? 一体今どこに』

「IS学園に急行中です! そちらはどんな状況ですか?」

『どうもなにも……現在五体の無人機に襲撃されています、各タッグチームがアリーナに閉じ込められたままで……』

「アリーナに閉じ込められた、か……アリーナ内部に侵入する方法はあるんでしょうか?」

『いえ、今の所は私では手の打ちようがありません……アリーナには最高レベルのロックが仕掛けられているようですし』

 

無人機の襲来、閉じ込められた専用機否が応でもクラス代表戦の出来事を思い出させられる。

 

「ロックの解除は不可能と」

『はい、今専門のスタッフが対処していますが時間が掛かりそうです』

「そりゃやばいな……」

 

無人機ならどうとでもなるがアリーナのロックは俺でも手出しが出来ない。

そんな事を考えている間でも俺は飛び続け、IS学園に近づく。今話している山田先生もようやく目視できる距離までやって来た。そして俺はISを装備した山田先生を中心とした教師陣の輪の中に着陸した。

 

「何か効果的な対処法は……あったらやってるよなぁ」

「そうですね……」

「敵の配置はどうなってるんですか?」

「はい、各タッグチームに一機割り当てられているようになっています。そして更識さん姉妹と織斑君、篠ノ之さんが同じアリーナに居ますのでそこには二機居るという事に」

「まぁ、そこは問題ないでしょう。たっちゃんが居ますからね、あれそんなに強くなかったし」

「強くなかった、とは?」

「ついさっき一機斬ってきました。まぁ、こいつの力なら楽勝ですよ」

 

そう言って胸を張ってみる、そして山田先生は今になってようやく俺がいつもと違うISに乗っている事に気付いたようだ。

 

「あっ、藤木君また専用機替えたんですね」

「はい、また替えちゃいました。今回のはすっごい強いですよ」

「へぇ、すごーい……って、そんな事じゃなくてですね!」

「ああ、俺も襲われたって事ですよ」

「そういうのは先に言ってもらわないと」

「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ、と言っても打つ手なしか……」

『藤木君、ちょっといい?』

「ん?」

 

俺の脳内からゆうちゃんが語りかける、俺は山田先生に怪しまれないように何もないような素振りをしながらそれに耳を傾けた。

 

『ああ、今は私達に話しかけないようにね。気付かれると色々面倒だから』

『実は今デュノアさんとボーデヴィッヒさんがいるアリーナですが進入方法があります』

 

俺は山田先生から離れて背を向ける、山田先生も状況把握が忙しいのか俺に構うような事はなかった。

よし、ここなら子声で話せば気付かれないだろう。

 

「どういう事だ?」

『昔言ったこと憶えてる? 私達がIS学園の事情通だってこと』

「幽霊だから学園内の見たいもの見放題てことだろ?」

『はい、それで実は今二人がいるアリーナの真下には廃棄された工事用の通路が通ってるんです。そこからならアリーナ内部に侵入出来るかと……』

「ほう、中々いい情報だ」

『そしてそこを経由すれば今度はオルコットさんと凰さんのいる場所まで行くことが出来ます』

「なんというご都合主義だ、そしてそこから今度はどこへ行けるんだ?」

『いえ、そこからはもう何処へも……』

「まぁ、いいか。あとは二年のイトノコ先輩と三年のばいんばいん先輩ペアとたっちゃん率いる四人組みだ、多分大丈夫だろう」

『酷いあだ名つけてるんですね』

「一応、両者公認のあだ名だぞ。以前一回会った事があるからな。さて、行こうか」

 

というわけで早速行こう、俺は山田先生に見つからないように静かにその場を離れていく。

 

『先生方と一緒に行かないんですか?』

「俺の任務はISコアを回収することでもある、先生達に見つかるとヤバい。ということで一人で行くぞ」

『まぁ、私達がついてるから問題ないか』

「そういう事、頼りにしてるからな」

 

先生達から十分離れたところで俺は静かに飛び立つ。さて、ミッション開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「砕け散れぇぇぇぇ!」

 

ラウラの大口径リボルバーカノンが連続で火を噴く、爆音と轟音を響かせながらその弾丸は無人機の方に向かっていくが無人機はそれを予測していたかのように回避する。

 

「ラウラ、ダメ! 下がって!」

 

僕の叫びも空しく無人機は一気にラウラとの距離を詰める、そしてラウラを切り裂くためのブレードは既に振りかぶられていた。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)!? しかも、この出力は――」

 

ラウラは驚愕し、防御体勢すら取れていない。そして僕がラウラを守るにはその距離は遠すぎた。

 

「ラウラぁぁぁぁっ!!」

 

数瞬後にはラウラはあのブレードに切り裂かれる事になるはずだ。しかし、そんな時無人機の真下の地面が爆発したかのように弾け飛んだ。

 

「大丈夫か、ラウラ」

 

数秒後、爆発が巻き起こした土煙が晴れる。そこには見たこともないような、しかしながらどこか見覚えのあるデザインのISを纏った紀春が立っていた。

 

「あ、兄?」

「おう、お前を助けるために最強のお兄ちゃんが帰ってきたぞ」

「紀春、後ろっ!」

「ああ、それなら大丈夫だ」

 

紀春の真後ろに立つ無人機が紀春を撃とうと両腕を突き出す、しかし紀春はそんな事に動じることなはなく背を向けたままだ。ビームが発射されようとするその瞬間、無人機の両腕は二本のビームによって射抜かれる。

そして紀春は怯んだ無人機に対し振り向きざまに正拳突きを放つ、無人機は細かなパーツを撒き散らしながら吹っ飛んだ。

 

「しかし、相変わらず脆弱だな。この無人機は。俺を満足させてくれる敵はいないものか」

「その無人機に僕達相当梃子摺ってたんだけど……」

「まぁ、今の俺はマジで最強だからな。そうなるのも致し方無しか」

 

そんな事を言ってると不意に紀春とラウラの目が合う、その視線にラウラはびくっと体を震わせた。

 

「あ、兄……私は……」

 

ラウラが俯く、ラウラと紀春があんな事になってから二人は初めて再会するわけでその気まずさは僕が推し量れるようなものじゃなかった。

 

「よう、ラウラ。元気だったか?」

「ま、まぁそれなりに……」

 

まるで何もなかったかのように微笑む紀春に対し、未だ俯いたままのラウラ。ラウラの手助けをしてあげたい気持ちもあるけどこれはラウラ一人で乗り越えなければならない問題だと思う。

 

「あ、兄っ! 本当にすまなかった! 私が無知なばかりに兄を傷つけてしまった」

「ああ、そんな事気にするな。俺はお前の誤解が解けたんならそれで充分だ」

「し、しかしだな……」

「ラウラ、俺達は家族だ。でもな、家族だからってその人となりを全て知ることなんて出来ない。今回はそのせいで不幸な行き違いがあっただけだ、お前が気にするような事じゃない」

「…………」

「だからさ、今後はお互いのことをもっと知るように努力しよう。家族として暮らす以上これからも似たような事が起こるだろう、だからもっとお互いを知ってこういう事が起こるのを少なくしていこう。そして互いにより多くの事を許しあえるようにしていくんだ」

「あ、ああ……」

「ほら、問題は解決したんだからそんな辛気臭い顔するな。俺はラウラの笑った顔が一番好きだぞ」

 

そう言われてラウラはぎこちない笑みを浮かべる。ラウラとしても何かしらの罰を受けるつもりでいたのだろう、あまり納得はしていないようだったが紀春がもう許すと言ったのだからもう僕達には何もすることが出来ない。

そんな事を言ってる紀春の両肩に新しい装備が飛んできて装着される、あれが無人機を止めたビームを放ったとすると……

 

「紀春、それってもしかして……」

「ああ、ビット。俺の心強い味方だ」

「兄はビットまで軽々扱えるのか、益々凄いな」

 

いや、凄いなんてものじゃない。ビットは本来セシリアの専売特許みたいなもので、それを扱えるようになるには元々備わっている特殊な才能と気が遠くなるほどの訓錬を経て初めて使えるようになるものらしい。そんなセシリアの努力の結果を今の紀春は軽々と扱えるようになっている、凄いどころかむしろおかしい位だ。

 

「でも、ビットって……」

「まぁ、ちょっとした裏技を使って動かしてる。今は話せないけどいずれお前達にも教えてやれるはずだ」

「それを使えば私達もビットを扱えるようになるのか!?」

「いや、これもかなり特殊な物でね。多分俺以外じゃ扱うの無理なんじゃないかな?」

「ふぅむ、それは残念だ……」

 

ラウラは残念そうにしているけど、仮に今ここにセシリアが居たのなら彼女はほっとしているに違いない。なにせ彼女の努力の結晶が今後誰にも簡単に扱えるようになったとするなら可哀想すぎる。

 

そんな会話をしている僕達の遠く後ろでなにやら動く物体を僕は発見する。あの無人機だ、どうやらまだ倒しきれてはいなかったらしい。

 

「紀春、また無人機が」

「ああ、把握している。お前達は下がってろ、俺が片付けてやるから」

「しかし、私達も……」

「妹ならお兄ちゃんのいう事は聞きなさい、そもそもお前ら怪我してんだろ」

「ぐっ、まぁそうだが……」

 

紀春が振り返ると同時にブレードを構え突撃してくる無人機、そのスピードは今まで見てきたISの比ではない。しかしそれに対する紀春はさも余裕と言った表情だ。

 

「遅いっ!」

 

一瞬の交錯の後、無人機の両腕が吹っ飛ぶ。紀春はいつの間にか緑色の刃を持つ剣を握り締めていた。

 

「そして、サヨナラ!」

 

振り向きざまにもう一度剣が振るわれる。一瞬の静寂の後、今度は無人機の首と下半身が切り裂かれる。えっ、一度剣を振っただけなのに二箇所切り裂かれるってどういう事?

 

「最後に、ゲットだぜ!」

 

そして残っている胴体が剣を持っていないほうの腕で貫かれる、オーバーキルもいい所だった。

 

「おおっ、まさに瞬殺だな」

「最後の一撃は余計だった気もするけど」

「おいおい、一々いちゃもんつけてくんなよ。一応こっちはお前らを助けてやってる身だぜ?」

「ご、ごめん……」

「まぁいいって。というわけでお前らは帰れ、俺が来た所から外に出られるはずだ」

「紀春はどうするの?」

「俺は別の隠し通路を通ってセシリアさんと鈴を助けに行かなきゃならん、というわけで一旦ここでお別れだ」

「ついていく、と言っても断られるんだろうな」

「当たり前だ、今は俺一人で充分だから早く帰って怪我治してこい」

「うん、だったら気をつけてね」

「気をつける事が出来る程度の敵が出てくればいいんだけどな」

「そんな事言ってると本当に怪我するよ?」

「ほいほい、気をつけまーす」

 

そんな紀春の軽口を背に僕とラウラは紀春が作った大穴に潜り込む、そこは一面真っ暗だった。

 

「うわ、なんだか怖い」

「それにかなりカビ臭いな、かなり長い間使われてなかったんだろう」

 

そんな言葉を背にしながら僕達は暗闇を進んでいく、しばらく歩くと光が見えてきた。きっとそこが出口なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~これで一仕事終わりか」

「わ、わたくしの専売特許が……」

「いいじゃん、セシリアさんも新しい専売特許の曲芸ビームがあるんだから。今後はそれで頑張って」

「そ、そうですわね……」

「しっかし、あの通路どうにかならなかったのかしら? お陰で髪の毛が埃だらけよ」

「そんなのどうとでもなるだろ。さて、先生達の所へ行ってこい。俺は学園内をパトロールしてるから」

「解った、あんたも気をつけなさいよ」

 

そう言った鈴はセシリアさんを引き連れ飛んでいく、これでミッションコンプリートだ。

俺はシャルロット達と別れた後、また別の工事用地下通路を通りセシリアさん達を華麗に救出し、ここまで戻ってきた。もちろん肝心要のISコアはドサクサに紛れて回収済みだ。

 

『藤木君、あまり良くないお知らせがあります』

「どしたの霊華さん、俺は全然大丈夫だが」

『藤木君は大丈夫でも楯無さんはそうでもないみたいです。今楯無さん達がいるアリーナ、かなり劣勢に追い込まれてるみたいです』

「なにっ?」

 

IS学園生徒会長更識楯無、その力は学園最強に相応しく俺は幾度となくその力を目の当たりにしている。幾ら織朱が強いといったところで、実際今の力でたっちゃんに勝てるかといわれれば少々疑問が残るところだ。そんなたっちゃんが劣勢に追い込まれているとは俄かには信じ難い話だった。

 

「……兎に角、そこまで行ってみよう」

『そうですね、何か出来る事があるかもしれません』

 

その言葉を聞きながら俺は飛び立つ、何か出来る事があればいいが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ、劣勢どころじゃねーじゃねーか」

 

俺はアリーナ内のいくつかの隔壁を破壊しながらカタパルトまで移動してきた。しかしここから先は通行止めだ、アリーナのシールドが行方を塞いでいるのだ。

 

アリーナの内部を眺めるとたっちゃんが倒れているのを見つける。一夏、篠ノ之さん、簪ちゃんが無人機からたっちゃんを守るように陣形を組んでいるがこれがいつまで持つのだろうか。

とはいえ、今は俺も手の出しようがない。一夏に頼んで零落白夜でアリーナのシールドを破壊してもらえればいいのだが、ご丁寧にジャミングによって通信をすることも出来なかった。

 

「どうしよう……」

『地面を掘ってアリーナの下から侵入することなら可能だけど』

「そんな事やってたら日が暮れちまう、もっと現実的な案をだな……」

『はっきり言ってないです、もしくは織斑君にジェスチャーで意思疎通を図ってみますか?』

「あいつ、一つのに付きっ切りになると周りが見えなくなるからな……あれ、これって詰んでね?」

『詰んでますね……』

 

そのときだった、無人機を狙った一夏の雪羅があろうことか俺達の目の前のシールドを焼き尽くす。

つまり、今俺達はアリーナへの侵入が可能になったわけである。

 

「おお、なんというご都合主義」

『ぼやっとしてないで、早く行かないと!』

「はいはい、行きましょ行きましょ」

 

アリーナ内部に侵入成功したはいいものの早速一夏がピンチだ、無人機が一夏の正面に迫りブレードを振りかぶっている。

 

「やばいね、という事でお助けしましょうか」

 

迅雷跳躍を使い、一瞬にして無人機の背後を取る。そして俺はその勢いそのままに超振動を発動させ無人機の背中にエムロードを突き刺した。

なんだ、たっちゃんを倒したというからこっちの無人機は特別製だと思っていたのにこんなもんか。今の俺には失望しかない、俺を滾らせる事が出来る相手なんて今後出てくるのだろうかという気持ちにもさせられる。

 

「乾く、乾くねぇ……こんなんじゃ全然滾らないじゃないか」

 

そんな言葉が口から出ると同時にエムロードを引き抜き無人機の背中の切れ目から腕を差し込む、いままでの経験上ISコアのある位置は大体把握しているので簡単にISコアを掴むことが出来た。四個目、ゲットだぜ。

ISコアを引き抜くと無人機は糸の切れた人形のように力なく倒れる、そしてその向こうには目を丸くした一夏が膝をついていた。

 

「だ、誰だ……」

 

誰だとは失礼な、自分の友人の顔を忘れるなんて一夏も冷たい奴だ。しかし、誰だ……か。どう答えたものだろう、ここは『俺、参上』とか『通りすがりの男性IS操縦者だ』とか言ってみようか。いやいや、それはやめとこう。パクってるのがばれたら恥ずかしい。うん、ここは普通に自己紹介が無難だな。

 

「俺か? 俺はオリ主だ」

 

なんだか変なことを言ってしまった気がする、オリ主って一夏に言っても解らないだろう。いや、幸いにも今の俺のISは織朱だ、後で『俺がガンダムだ』的なノリだったと釈明すれば全く問題はないな。結局パクリには変わりないけど。

 

「おり……しゅ?」

 

一夏はまだ目を丸くしている、それに対して俺は一夏に微笑んでみせた。



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第71話 スーパーヒーローの光と影

「おり……しゅ?」

『藤木君後ろっ!』

「ほいほい、解ってますよ」

 

俺の背に迫る無人機が首を刎ねるような軌道を描いてブレードを振るう。しかし俺はそれを若干前に屈むことで避け、振り向きざまに裏拳を叩きつける。

 

「マジで弱ぇな、たっちゃんもどうやったらこいつに負けるんだ?」

 

そしてそのまま腕を取り、背負い投げで無人機を地面に叩きつける。しかし無人機は投げられた衝撃を利用しバウンド、その勢いで体勢を立て直し俺に向かってブレードで突きを放ってくる。

 

「ほぃっと! まだまだ甘いね」

 

その突き出された腕を掴み突きの軌道を逸らす、無人機は空いている片腕からビームを撃とうとするがそれも腕を掴み上げ射線から自分の体を逸らす。そして天空に発射されるビーム、非常に空しい感じだ。

 

「な、なんて強さだ……」

「おう一夏! どうだ俺の新しいISは。かっこいいだろう、そして何より強いだろう!」

「お前、余裕だな」

「まぁね、実際余裕だからどうしてもそうなるよな」

 

そう言いながら無人機の腕を捻り上げ捻じ切る、両腕を失った無人機は火花を散らしながら二、三歩下がった。

 

「全然もの足りんが、これで終わりだっ!」

 

展開領域から再度エムロードを取り出し、超振動を発動。無人機の股を裂くように切り上げる、これで一丁上がりだ。コアは後で回収しよう、一夏達に見られると面倒な事になりそうだし。

 

「ふっ、俺ってやっぱ最強だわ」

「私達があんなに苦労して倒せなかった相手をこうも簡単に倒してしまうのか……」

「おっ、いいね篠ノ之さん。もっと褒めてくれてもいいのよ?」

「しかし態度がそれでは褒める気も失せるな」

「おい」

 

やっぱり俺はこんな感じがお似合いなのか、もっとクールかつスタイリッシュに行きたいのだが。

 

「悪いな紀春、でも助かったよ」

「そりゃどういたしまして、ところでたっちゃんは大丈夫か?」

「あっ、はい。怪我はしていますけど命に別状はないようです」

 

簪ちゃんがそう答える。多分今簪ちゃんが装備しているのが簪ちゃんが開発したIS、打鉄弐式なのだろう。どうやら完成したようで俺としても嬉しい、そして俺が提供したヴァーミリオンのデータが役に立ったのならなお嬉しい。

 

「そうか、だったら早く保健室まで運んでやりな。俺は後片付けがあるから暫くここに残ってるから」

「片付けって?」

「会社勤めは色々面倒な事があるんだよ、そんな事より早く行け」

 

そう言いながら俺は無人機の残骸へと振り返る、みんなが脱出した後にこのコアを回収せねばならないのだ。

 

その時、空から謎の飛行物体がアリーナに落着しあたりが土埃に包まれる。

 

「ん? これは……」

 

土埃が晴れた瞬間姿を現したのはついさっき倒した無人機と同じものだった。しかし三機であるが。

 

「ほう、エクストラステージか。みんなはたっちゃんを守ってやってくれ、こいつは俺が全て片付ける」

「エクストラステージって、お前……」

「しかし、思い返せば俺の新専用機のデビュー戦なのに地味な事この上ないな。観客もたった三人だけだしこいつら弱すぎて盛り上がりに欠けるんだよなぁ……」

「そんな事言ってる場合じゃないだろ!」

「俺にとってはそんな事なんだよ。まぁいい、多少地味ではあるが俺のデビュー戦の延長戦だ。みんな、精々楽しんでいけよ」

「楽しんでいけって……」

 

呆然としている一夏を背にエムロードを構える、無人機達は俺の強さが解っているのか一定の距離を開けて攻撃をためらっているようだ。しかしどんなに無人機が考えようと所詮こいつらの立場は雑魚の戦闘員みたいなものだ、精々俺のデビュー戦を盛り上げて華々しく散ってもらいたいところだ。

 

『藤木く~ん、私達もお手伝いしようか?』

「そうだな、三対三で丁度いいだろう」

『しかし、私達は根本的に火力が足りないのでトドメはお願いしますよ』

「オーケイ、任せてくれ。それじゃ、俺達の完璧なコンビネーションで奴らを蹴散らしてやろう」

『イエス、○須クリニック!』

 

その言葉と共に俺の肩からビットが射出される、それを見た一夏がまた声を上げた。

 

「お前、ビットまで使えるのかよ!?」

「まぁな、っていうかそのリアクション飽きた~」

 

いままで助けた四人は皆同じようなリアクションをとっている、もうかれこれこんな反応も三回目だ。

 

「さて、行くぜ? 超振動は後どれ位使える??」

『エムロードの残りエネルギー8パーセント、約11秒使えます』

「ちょっと使いすぎたな、それにエッケザックスは既に使用不能と。今後は節約も意識していかないと」

『そうでうね、では行きましょうか』

 

俺達三人は呼吸を合わせ、全く同じタイミングで飛び出す。さぁ、ヒーローショーの始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒャッハアアアアアッ!」

 

無人機に向かって放ったアンカーアンブレラは見事命中し、拘束に成功した。俺はそれを振り回し、無人機は壁や地面などに激突を繰り返す。

 

「弱い、弱い、弱いっ! もっと気合入れろよ!」

 

無人機に気合も何もあったもんじゃないとは思うが、俺はそう思わずにはいられない。

残った無人機が俺に突撃を仕掛けるが幽霊二人組みがそれを牽制し、中々近づけずにいる。もうこんなのヒーローショーじゃない、たんなる虐殺タイムだ。

 

『余裕だね、そっちに一機回すよ!』

「来い来い! 捻り潰してやるぜ!」

 

ゆうちゃんから開放された無人機が俺の方へと迫ってくる、しかし俺はアンカーアンブレラを振り回し、くっついている無人機にそれを激突させる。そして大質量の攻撃を受けた無人機はそのまま吹っ飛び、アリーナのシールドに激突した。

 

『ワザマエ!』

『アブハチトラズ!』

「インガオホー! やったねパパ! 明日はホームランだ!」

 

そのままアンカーをジャイアントスイングの要領で振り回し続け、拘束されている無人機も放り投げる。そちらも壁に激突し、動きを止めた。

 

「折角だからこいつも使っておこうか!」

 

そう言いながら俺は強粒子砲を取り出す。狙って狙って……

 

「『『ファイヤー!』』」

 

俺達三人の声が一つに重なり、白い粒子が動けない無人機を襲う。無人機はアンカーごと強粒子砲の餌食となりその胴体に大きな風穴を開けた。

 

「さて、三機目いってみようか!」

『まだ二機目が残ってるよ!』

「ちっ、あの程度の攻撃じゃ倒せないか!」

 

アンカーの一撃で吹っ飛ばされた無人機が空を舞い、俺へビームを撃とうと狙いを定めてくる。そんな無人機に俺も強粒子砲で狙いを定める。

 

「もいっちょ、ファイヤー!」

 

激突する二つの光、しかしそれはどんどん向こうの方に押されていく。サイヤ人ならこの状況三十分位持たせる事が出来そうだが残念ながら俺はオリ主、そこまで待ってられるほど気は長くない。

そして無人機を包む強粒子砲の光、ほどなくして無人機が地面へと落下する。

 

「よし! 今度こそ三機目だ!」

『あの、藤木君。それなんですが……』

「うおおおおおおっ!!」

 

振り返ると、一夏が三機目の無人機を切り裂いていた。さらにその後ろではたっちゃんが立っていてなにやら一夏を援護しているように見える。そして次の瞬間、最後の無人機が爆発四散。

 

「いえーい……」

 

何がいえーいだ、俺の見せ場は完全に奴らに奪われていた。

 

「おい」

「おっ、紀春。こっちも何とか片付けたぜ」

「おい」

「ん、どうした?」

「ザッケンナコラー!!! お前らは見てろって言っただろうが!!」

「いや、お前の戦う姿見てたらさ、俺達も一応頑張らないとなって」

「そういうのはいいの! 今日は俺が主役でお前らは脇役なの! なのに、なのによう……」

 

一番美味しいところを持っていかれた、そしてこの様子じゃコアの回収は難しいだろう。結果収穫は4個、俺が倒したのは合計7機だから半分近くの成果が水の泡だ。

 

「あっ、もうダメかも」

「お、お姉ちゃん!?」

 

どさっという音と共にたっちゃんがまた倒れる、なんとも都合のいい復活具合だ。

 

「はぁ、もういいや。疲れたし帰ろうぜ」

「お、おう……」

 

俺と一夏でたっちゃんを担ぎ上げそのまま保健室へと向かう、こうしてタッグマッチの動乱は俺的にかなりつまらない感じで幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、洗いざらい喋ってもらうぞ?」

「洗いざらい? 一体何のことですかね?」

 

それから数時間経ったIS学園地下特別区画の一室、そこは暗く薄気味悪い場所だった。

 

「無人機のコアを何処へやった?」

 

机を挟んで向かい側に座っている織斑先生が俺に詰め寄る。なんだ、これは取調べか何かか?

 

「無人機のコア? はてさて、皆目検討がつきませんが」

「お前がこの学園で倒した無人機六機中三機のコアが行方不明だ、知らないとは言わせないぞ?」

「残念、全く知りませんね」

 

大袈裟なジェスチャーでとぼけてみる、確かに無人機のコアは回収したがそれは既に学園に潜入した三津村の護衛ヤクザこと瀬戸さんに渡してある。つまり織斑先生は俺が無人機のコアを盗んだという証拠を持ってない。

 

「貴様っ……」

「そもそも教師たるもの簡単に生徒を疑っていいんですか? もうちょっと自分の生徒を信頼しましょうよ」

「そう言うお前が一番信用ならないんだよ!」

 

織斑先生が机に拳を叩きつけ、そこに置いてあったコーヒー入りのカップが倒れる。

 

「ああ、もったいない。まぁ、そのコーヒー糞まずいんで別にいいんですけど」

「コアを何処へやった! 吐け!」

 

頭を掴まれ、俺は机に叩きつけられる。マジで洒落にならない状況になってきた気がする。

 

「お、織斑先生! やめてください!」

 

山田先生が仲裁に入る、織斑先生はそう言われて俺から手を放した。

 

「痛ってぇ、それが仮にも教師が生徒に取る態度ですか? 体罰なんて今日日流行りませんよ?」

「ちっ……」

「織斑先生、落ち着いてください……」

 

よし、いい感じだ。このまま織斑先生を煽りまくってこの場を滅茶苦茶にしてやる。

 

「そもそもですね、今の俺は学園を救ったスーパーヒーローですよ? その俺に対してこの態度はないんじゃないかなぁ?」

 

あくまで嫌らしく、ねっとりとした、まるでどこかのドラマに出てくる小悪党のような感じを心掛けてそんな台詞を言ってみる。そして織斑先生をどんどんいらつかせてやろう。

 

「藤木君も、もう少しおとなしくしてもらえませんかね?」

「嫌ですね、俺がこんなにも頑張ったのにこの仕打ちは耐えられませんよ」

「ひよっ子の癖に口だけは一人前か」

「そのひよっ子に戦うだけ戦わせておいてあんたらは何やってたんだ? 無人機を一機でも仕留めて来たのかよ!?」

 

これは向こう側にとってかなり痛い言葉のはずだ、なにせ教師陣はこの戦いで一切活躍していないのだから。

 

「くっ……」

「あんたらはいつもそうだ、初めてここに無人機が来た時、銀の福音の一件、そしてキャノンボール・ファスト! 何より今回の事! その時あんたは俺に何をしてくれたんだ? 椅子にふんぞり返って考えてる振りしてるだけだろうが!」

「…………」

 

織斑先生が俺を睨みつける、その視線には殺意すら感じる。本当なら殴り飛ばしてやりたいんだろう、しかし山田先生が居る手前そんな事も出来ないはずだ。

きっと今の織斑先生の堪忍袋は破裂寸前だ。さて、場も暖まってきた事だしトドメと参りましょうか。

 

「まぁ、俺にも解らない大人の事情ってもんがあるんでしょう。だとしたら仕方ないと思いますよ、俺もそこら辺の事情は解っているつもりです。すいませんでした、さっきの暴言は謝ります」

「藤木君……」

「でもあんたはその大人の事情ってやつで自分の弟すら見捨てたんだ!」

「きっ、貴様ああああああっ!!」

 

俺は胸倉を掴まれ、渾身の右ストレートをその頬に受ける。ついに織斑先生の堪忍袋の尾が切れたようで俺としても嬉しい、これで何もかもが有耶無耶に出来る。

 

「そうだろう! あんたはいつだって俺どころか一夏すら助けに来なかった! あんたは自分の弟より仕事が大事なんだ! まぁ、仕方ないですよね。一夏は先生に一銭たりとも利益をもたらしてくれませんもんね! ……そうか、あんたは自分の弟より金の方が大事か。あははははっ! こりゃ傑作だ! いいね先生、急に親近感が沸いてきたよ! ブリュンヒルデも金がなきゃ生きられないもんなぁ! そりゃ仕方ないですよね!」

「貴様に私と一夏の何が解る!?」

 

倒れた俺に、織斑先生が馬乗りになって拳を振り上げる。しかしその振り上げられた拳に山田先生が抱きつきその拳が止められる。

 

「織斑先生、いい加減にしてください! 藤木君も!」

「解るわけねぇだろ! 俺は家族のためだったら何だって出来る、そして現にやってきた! 一夏を見捨てたあんたとは違うんだよ! さぁ殴れよ! 俺がムカつくんだろう!? もう一方の拳が空いてるぞ、それを俺に叩きつければ気持ちよくなるぞ! さぁ殴れ殴れ! 早く俺を殴れよ!」

「黙れええええっ!」

 

そして織斑先生は俺の言うとおりに空いている腕を振り上げる。それが振り下ろされもうすぐ俺は殴られる、そんな瞬間だった。

 

「もうやめてええええええええええっ!」

 

薄暗い部屋に山田先生の叫び声が響き渡る、その後この部屋は静寂へと包まれた。

 

「……真耶?」

「もうやめましょうよ、こんな事したってお互いが傷つくだけです」

「しかしだな……」

「いいじゃないですか、仮に藤木君をどうこうしたところでコアはもう戻ってこないわけですし。ですよね?」

「そもそも俺はコアを盗んでいませんからね、何も言えませんよ」

 

ここは念には念を入れてとぼけておく。山田先生とて所詮はIS学園教師、罠の可能性は否定できない。

 

「もうそれでいいです。藤木君、帰っていいですよ」

「そりゃありがたい話ですね、俺も何度も戦ってきて疲れてますし」

 

そう言いながら俺は織斑先生の下から抜け出す、織斑先生はもう何もしてこなかった。

そして、俺は部屋のドアに手を掛けながらこう言った。

 

「織斑先生、先生と俺は多分似てるよ。でもね、俺は誰にも屈しませんよ。それだけの力を手に入れましたからね」

 

左手の中指につけている指輪がきらりと光る、これが織朱の待機形態であった。

 

「…………」

 

織斑先生は、ブリュンヒルデという称号とそれに付随する栄光を手に入れるためにあるものを失った。その答えは簡単、自身の自由だ。

俺に首輪がついているのなら、織斑先生の全身には鎖が巻き付いている。でも俺は諦めたりしない、いずれこの世界の俺に対する全て不都合を取り払い真の自由を手に入れてやる。そしてこの織朱と共に居るのならそれは不可能ではないはずだ。

 

俺に背を向ける織斑先生は何も喋ろうとはしない、何らかの返答を期待してたのだがそれもないのならこの部屋に居る意味はなかった。

 

「そうだ、俺を殴ったことは誰にも言わないから安心してください。あなたの事、嫌いじゃないですから」

 

そう言って俺はこの部屋から抜け出し、ドアを閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、簪ちゃんじゃん」

「あっ、藤木さん……」

 

たっちゃんの見舞いに行こうと保健室を訪れた俺は、丁度今保健室から出てきた簪ちゃんに鉢合わせする。

こうして簪ちゃんと直接顔を合わせるのは今回で二回目、そして一回目はあまりいい別れ方をしていないのですこし気まずかったりもする。

 

「たっちゃん起きてるか」

「はい、起きてますけど……あの、その傷って」

 

その傷っていうのはついさっき織斑先生に殴られて出来た傷だ、血は出てないが内出血を起こしているらしい。

 

「ああ、これか。圧勝したつもりだったけどいつの間にか殴られてたみたいだ」

「いつの間にかって、藤木さん無人機の攻撃を受けてましたっけ」

「俺も戦いの最中は興奮して気付かなかったみたいなんだけど、どうやら食らっちまってたみたいだ」

 

そういう事にしておこう、俺と織斑先生の不仲は気軽に他人に話していいものじゃない。

 

「そうなんですか……あっ、そうだ。藤木さん、ありがとうございました」

「ああ、無人機の事か? だったら気にすんなよ、弱者を守るのが強者の務めだ。俺は当然のことをしたまでだ」

「いえ、それもありますけどヴァーミリオンのデータの事です。あのお陰で打鉄弐式も完成したわけですし」

「ああ、あれね。それも気にすんなって、俺が好きでやったことだから。君は打鉄ストの希望の星なんだ、俺も同じ打鉄ストとしてほっとけないだろ」

「打鉄スト? それって一体……」

 

打鉄スト、それは打鉄好きや打鉄乗りを表す造語だったのだが、最近その意味合いが変わってきた。とある人物が『全国打鉄愛好会』という団体を立ち上げ、その会員の通称となっているのだ。もちろん俺も会員だ、ちなみに入会金二万円、年会費は五千円である。会員特典として、一年に四回届けられる会報と会員証、そして入会特典に1/8打鉄フィギュアが贈られる事になっている。さらには全国打鉄愛好会の会員専用ページにアクセスすることが可能で、そこでは日夜打鉄に関する熱い議論が繰り広げられている。

そんな感じの事を簪ちゃんに説明してみた。

 

「そ、そんな団体が……」

「紹介状書くから入会してみるといい、君なら楽しめるはずだ。そして打鉄ストの中で今一番熱い話題になってるのが簪ちゃんの事だ」

「わ、私ですか?」

「ああ、簪ちゃんは打鉄弐式を作る事によって打鉄の新しい可能性を見せたんだ。そりゃ話題にならない訳がない」

「でも、打鉄弐式はまだ世間に公表していないISですよ?」

「整備課の約二割は打鉄ストだ、整備室で開発してたんだから嫌でも情報は漏れるぞ?」

「そ、そんな……」

「まぁ、そんなに気落ちするなよ。別にいつかは知られる事だ、それに今は1/8打鉄弐式with簪ちゃんフィギュアの開発も進んでるらしい。やったね、これで簪ちゃんもみんなのアイドルだぜ」

 

ちなみに三津村公認1/8打鉄・改with俺フィギュアは好評発売中だ。そのお値段19,800円、もちろん全身可動しブンドドもやり放題だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。私はともかく打鉄弐式は倉式技研のものですよ、勝手に作ったらまずいんじゃ……」

 

自分のフィギュア化は構わないのか、俺でも結構ゴネたのに素直な子だ。

 

「もちろん倉式技研も納得済みだ、これでもう障害は無いな」

「はぁ、だったらいいですけど」

 

いいのか、きっとフィギュア化した簪ちゃんはウ○ディあたりに揉みしだかれる事になると思うけどそれは黙っておこう。自分のフィギュアがアレに組み伏せられているのを見るのは俺だけで充分だ。

 

「とまぁ、簪ちゃんフィギュア化計画はおいて置いて。専用機完成おめでとう、でもその力を持ったからには掛る責任は重いぞ」

「はい、解ってます。その事は不動さんにも言われました」

「そうか……そうそう、不動さんと言えば昨日まで一緒に過ごしてたんだけど相当簪ちゃんに入れ込んでるみたいだな。ちょっと雑談すれば簪ちゃんの話ばっかりしてたよ」

「そんな、不動さんが……」

「簪ちゃん、君は多くの人の期待を背負っている。不動さんは勿論全国100万を越える俺達打鉄ストも君に期待している。だから期待に答えられるように頑張れよ、ここからの道のりは今まで以上に辛いぞ?」

「はいっ!」

 

簪ちゃんから覇気のようなものを感じる、初めて会ったときとはその印象は大分変わっていた。あの時の簪ちゃんはどことなく卑屈で、見ているだけでイライラするような子だった。でも彼女にも色々あったのだ、あの時の簪ちゃんとはもう違う。

 

「そうだ、簪ちゃんって部活に入ってたっけ?」

「いえ、打鉄弐式の完成のためにそういうのには……」

「それは良くないな、今からでもどこかに入った方がいい」

 

簪ちゃんは見るからに体力無さそうな体つきをしている。良くない、これは本当に良くない。ISを動かすのに最も必要なのはやっぱりテクニックだ、しかしそれは最低限の体力があった上での話だ。それが無いと戦ってもすぐに息切れを起こしてしまうし、疲れは自己の感覚を鈍らせる。そうなればもうテクニック以前の話になってしまう。

 

「どこか体を鍛えてくれる場所を探した方がいい、ゴリラみたいな体になれとは言わないがそれでも今の簪ちゃんの体は戦うのには適していない」

「で、でも今更入れる部活ってあるんでしょうか?」

「だったら俺の所へ来い、一から鍛え上げてやるぞ?」

 

ソフトボール部、そこはIS学園のフィジカルエリートが集う場所だ。そしてそれを鍛え上げてきたのがこの俺である。簪ちゃんも一ヶ月位耐えればそこそこの仲間と遜色ない肉体を持つことが出来るだろう、それまでは地獄だけど。

 

「藤木さんの所ってもしかして……」

「ああ、ソフトボール部だ。どうだ、俺と一緒に白球を追いかけてみないか?」

 

そんな事を言ったとき、不意に一夏が姿を現す。

 

「おっ、紀春に簪か。一体何を話してるんだ?」

「えっと、藤木さんが私にソフトボール部に来ないかって……」

「はっ?」

 

一夏の顔が急に青ざめる、今ならこいつの考えてる事が手に取るように解る気がする。

 

「簪ちゃん、見るからに体力不足っぽいだろ。というわけで少々鍛えてやろうかと。で、簪ちゃん。返答を聞かせてもらおうか」

「そうですね……お願いします、私が体力不足なのは事実ですし」

「や、やめろ簪!」

 

俺達の話に一夏が割り込む。まぁ、あの練習に簪ちゃんが耐えられるかと言われれば微妙な所だ。一夏はそれを心配しているのだろう。

 

「え、駄目なの?」

「おいおい、これは俺と簪ちゃんの話だぜ。部外者のお前が口を挟むなよ」

「駄目だ駄目だ駄目だ! 考え直せ簪、ソフトボール部に行けば狂信者にされてしまうぞ!」

 

狂信者、ソフトボール部が一部でそんな風な不名誉な呼び方をされているのは俺も知っている。確かにソフトボール部の練習は他の部活に比べてかなり厳しい、そんな練習に愚痴の一つもこぼさずついてきてくれる部員達は他のぬるい部活をやっている奴らからの目からは多少おかしく映るのかもしれない。しかし、それはあくまでやる気のない他の部活がおかしいのであって俺達がおかしいなんてことは一切ありえないのだ。

 

「おいコラ、それは俺に喧嘩売ってんのか? ソフトボール部は怪しげな宗教団体じゃないんだぞ?」

「怪しげな宗教団体だろ! ソフトボール部の人たちってどこか目つきがおかしいんだよ!」

「ほうほう、テメェはマジで俺に喧嘩を売ってるわけね。よかろう、だったら相手になってやろうじゃないか」

「……仕方ない、簪を狂信者にさせるわけにはいかないんでな」

 

俺と一夏はほぼ同時にファイティングポーズを取る、そんな俺達を赤い夕日が照らしていた。

 

「やめてー、私のために争わないでー」

 

簪ちゃんの棒読みの台詞をバックに俺と一夏の拳が交錯する。一人の女の子を賭けて男同士で殴りあう、これもまた青春だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ISLANDERSに藤木君を推薦しようと思っています」

「……更識、お前正気か?」

 

翌日、私は更識から保健室に呼び出されていた。あんな事があった翌日だというのに更識はもう仕事を始めているらしく、そのベットの上には多数の書類が乱雑に置かれていた。

 

「はい、現在世界は亡国企業の台頭もあり予断を許さない状況にあります。それISLANDERSは質のいい戦力を求めています、だとすれば藤木君はうってつけの存在かと。それに、彼は一夏君ほど潔癖症ではないですからあの薄汚れた環境でも充分やっていけるはずです」

 

藤木の戦力、それはこの学園内において最強に最も近いと言って過言はないだろう。それは昨日の事が証明している。それに、陰謀渦巻くあの場所なら一夏より藤木の方が適任なのも頷ける。

 

「しかしだな、あいつは……」

「人格面で問題があると?」

「そうだ。今のあいつはかなり危うい、このまま増長を続ければ何が起こるか解らんぞ? いや、近いうちあいつは必ず暴走する。その時、場合によっては私達にも危害が及ぶかもしれない」

「それは解っています、それでも今の藤木君の戦力は魅力的です」

「…………」

「藤木君が暴走する可能性があるのなら、そうならないように私達でフォローすればいいじゃないですか。それに、織斑先生が持っている世界最強の称号は伊達じゃないんですから」

「私は……藤木を押さえつけておける自信が無い」

 

昨日の一件では完璧に藤木にしてやられた。あいつは人を煽る天性の才能を持っている、少なくとも私は口喧嘩であいつに勝てる気がしない。

 

「だったらその役割は私がやります、それでいいですか?」

 

私がどうこう言ったところで藤木のISLANDERS参加の流れは止められないらしい、だったら私に出来ることはあいつがおかしな事をしないか見守る位しかない。

 

「好きにしろ、一応言っておくが私は藤木に関して責任を持てないからな」

「はい、藤木君の事は私が責任を持って面倒を見るつもりです」

「そうか、では私は帰るぞ」

 

そう言って席を立ち、私は保健室から退室した。

窓のから見える空は雲ひとつない快晴である、しかしそんな空とは対照的に私の心は灰色の雲に包まれていた。

 

「はぁ、憂鬱だ……」

 

そんな気持ちでも私にはまだまだこなさなくてはならない仕事が山ほどある、どこかにこんな気分を打ち消してくれる明るいニュースはないのだろうか。




次回72話からオリ主ロードはオリジナル編に突入し、最終話までほぼオリジナル展開を迎える事になります。一応多少は原作に沿う場合がありますが大体そんな感じです。
それとオリ設定と捏造設定が一気に増えます、ご注意ください。

あと、次回更新はちょっと間が空きます。一ヶ月以内には再開したいと思いますので、しばらくお待ちください。


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第72話 ISLANDERS

「あひゃひゃひゃっ! 俺ってマジで強えー!」

「くっ、くそっ……」

 

一夏の雪片弐型が振り下ろされようとした瞬間、藤木のエムロードがそれを手首ごと刎ね飛ばす。次の瞬間には一夏が雪羅からの荷電粒子砲で藤木を攻撃しようとするがそれも藤木によって掴み上げられ荷電粒子砲は天空へと空しく発射された。

 

「…………」

「…………」

 

そんな光景を眺める私と鈴、実はこの戦いは藤木対一夏、鈴、私の三対一の戦いであるのだが私達はこの戦いから早々に離脱させられる事になった。

 

「ねぇ箒」

「……なんだ?」

「私達、いつまでこうしていればいいのかな」

「戦いが終わって、藤木かシャルロットが接着剤の中和剤を塗ってくれるまでだ」

 

私達は藤木のアンカーアンブレラによって壁に打ち付けられていた、しかもそこから染み出す接着剤によって体を動かす事も出来ない。動けないと意識しだすとなんとなく顔が痒くなってきた、しかし今の私は全く動けないのでその痒みに耐えることしか出来ないのだ。

 

「それより鈴、接着剤が髪についてるが大丈夫か?」

「あっ、本当だ……これって中和剤で取れるのかしら?」

「確か髪についたら切るしかないらしいぞ」

「あ、あの野郎……」

 

鈴のツインテールの毛先三センチほどが接着剤で固められている、鈴は怒っているが私の髪には接着剤はついてないみたいだ。良かった、本当に良かった。

 

「こいつで、終わりだっ!」

 

雪片弐型を失った一夏は片腕でなんとか粘ってはいたが、ついに藤木に押し負ける。どうやら勝敗は決したようだ。

 

「はい、お疲れ。今から中和剤塗るからじっとしててね」

 

模擬戦も終了し、大きい缶を持ったシャルロットが私達に近づいてくる。

 

「お前も藤木のフォローで大変だな」

「まぁね、でもこれも仕事のうちだから」

 

そう言いながらシャルロットは手始めに鈴に中和剤を塗りこんでいく、すると鈴の体が徐々に動き出した。

 

「こんなもんかな、ISの洗浄とかは自分でやってね」

「よしっ。紀春ううううっ! よくもやってくれたわねえええっ!」

 

アンカーから開放された鈴は叫びながら藤木の下へ飛んでいく、髪の毛の恨みは何よりも怖いのだ。

 

「さて、次は箒の番だね」

「止めなくていいのか? あれ」

 

視線の先では鈴と藤木が乱闘を繰り広げている、しかしそれをシャルロットは気にするような素振りも見せない。

 

「いいよいいよ、紀春だから」

「それで片付くのが藤木の恐ろしい所だな」

 

藤木の最大の武器、それは口である。その戯言に聞き入ってしまうと最後、戦いのペースは藤木に握られてしまう。今までがそうだったし、あいつはこれからもそうやって戦っていくのだろう。

そんな戦いを続けていく中であいつは独自のキャラクターを手にしている、いう事のほとんどが冗談なので大概の発言や行動は許されてしまうのだ。

 

鈴の青竜刀を余裕の表情でかわし続ける藤木、あいつは専用機を新しくしてから更に強くなった。もしかしたら本当に一年生最強になってしまったのかもしれない。

 

「そう言えば藤木のIS、名前はなんだったか」

「織朱、箒も聞き覚えがあるんじゃない?」

 

織朱……私が中学校の最後に過ごした学校で、藤木や花沢さんと出会った場所だ。そして私はあの二人にぼっちだという事が見破られ、未だにそのことでいじられる毎日を送っている。多分あの二人には一生勝てないような気がする。

 

「ま、まぁあるが。何でそんな名前を?」

「開発のお金が足りなくて命名権を売ったらしいよ、こんな事前代未聞だよ」

「確かにな……」

 

遠くでは鈴が接着剤で固まった毛先を手に藤木を突き刺している、あれはあれで中々痛そうだ。

気付けば私の体も中和剤のお陰か動くようになってきた、そして私の髪に被害はなかったようで一安心である。そんな感じで私達の訓錬の時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、呼び出されるのは構わないんだが。この組み合わせは意外だな」

 

そう言いながら俺は出された紅茶を啜る、相変わらず世界で二番目にうまいこの紅茶は俺にとってこの学園での数少ない癒しである。

 

「そうだな、そもそも私はここに来るのは初めてだからな」

 

俺の隣に座るラウラがそう答える。ここはIS学園生徒会室、そして俺達の前にはこの部屋の主であるたっちゃんが座っていた。

 

「でだ、わざわざラウラも一緒に呼び出したってのはなんか理由があるんだろ?」

「ええ、勿論。二人にお願いしたいことがあってね」

「お願い? 一体何なんだよ?」

 

そういう俺にたっちゃんは横に置いてある鞄から封筒を取り出す、そしてそれをラウラの前に置いた。

 

「……なんだこれは?」

「読んでみて、それで解るわ」

 

ラウラが怪訝な表情で封筒を取り、中の書類を見る。俺もそれを覗いてみたのだが書類は全てドイツ語で書かれているらしくさっぱり内容が理解出来なかった。

 

「なになに…………っ! おい、どうしてこれを貴様が持っている?」

「だってそれ、私が渡すように頼まれたんだもん」

 

まるで睨みつけるような目でラウラがたっちゃんを見る、なんだか急に緊迫してきた気がする。

 

「どうしたんだラウラ、それに何が書かれてるんだ?」

「一言で言えば首相が私に宛てた信書だ」

 

ドイツ首相の書いた手紙がロシア国家代表であるたっちゃんを経由してラウラに渡される、確かにおかしい話だ。

 

「で、何でそれをたっちゃんが持ってるかって事なんだけど」

「それも中身を見れば解るわ」

 

そんな会話をしている最中もラウラは手紙を黙々と読み続けている、その時だった。

 

「……っ! ISLANDERSだと!? 眉唾物だと思っていたが本当にやるのか!?」

「あいらんだーず?」

「そう、そしてラウラちゃんにはISLANDERSに参加してもらうわ。勿論私もね」

 

あいらんだーずってなんだろう? 二人の話の内容が全然理解出来なかった。

 

「あの、そろそろ俺に説明をお願いできませんかね? さっきから話に全くついていけてないんですが」

「そうね、その前に質問なんだけど今このIS業界はどんな感じでしょう?」

「もちろん大混乱の最中にあるってのが正解なんだろ? 最近じゃテロリストが我が物顔でやりたい放題やってるし、先の無人機襲来の件はこの学園だけじゃなく世界にもダメージを与えた。なんたって量産可能な無人機がロシアの国家代表を倒しちまったんだ、今回の一件は世界的にかなりヤバいニュースになったはずだ」

「本当、ロシアの国家代表は困るわよね。もうちょっとしっかりしてもらわないと」

 

そんな事をロシアの国家代表が言う。絶対突っ込まないぞ、俺は。

 

「で、ノリ君の言うとおり今世界は混乱の最中にあるわ。増長を続けるテロリスト、ロシアの国家代表より強い無人機、そんな状況を打開するため国際IS委員会はある組織の設置を決定したわ」

「それが今話題になっているISLANDERSか」

「ええ、遊戯王的に言うとランサーズみたいなものよ」

「説明一気に端折ったな。まぁ、ニュアンスは充分伝わったが」

 

つまり亡国企業に対抗するために戦う正義の軍団って所か、とりあえずシンクロ次元でも目指せばいいのだろうか。あと裏切り者が居ないか心配である。

 

「で、話の流れ的に俺にISLANDERSに来いってところか?」

「ええ、そういう事。日本も国際IS委員会から戦力の供出を求められてるんだけど、専守防衛を旨とする自衛隊をテロリストとの戦いに参加させるわけにはいかないのよね。となると民間から戦力を持ってくるしかないんだけど」

「それで俺に白羽の矢が立ったわけか」

「うん、ノリ君強くなったでしょう? だったらいいかなって」

「たっちゃんの頼みなら二つ返事で引き受けてもいいんだが、俺のご主人様ななんて言うか」

「ああ、その話ならとっくにつけてるわよ。ほら、私達と三津村って業務提携してるじゃない」

「あったなぁ、そんな話」

 

随分昔の話で完全に忘れてたがそんな事もあった気がする、あれは確かこの学園に初めて無人機が来た時の事だったか。

 

「だったら別にいいけど、って言うか三津村が納得済みなら俺としては逆らえねぇからな」

「悪いわね、ノリ君の意見も聞かずに話を進めて」

「たっちゃんには世話になってんだ、これくらいの迷惑なんて気にしないよ」

「そう言ってもらえると助かるわ。ああ、近いうちに国際IS委員会からISLANDERS結成の発表がされるはずだからとりあえず私達はそれと同時に参加を表明するつもりよ」

「それで、俺はどうすればいいんだ?」

「誘っておいてなんだけどノリ君には実績作りをしてもらう必要があるわ、幾らあの無人機相手に無双したところで世間はそれを知らないから。それ以前のノリ君の成績は……はっきり言って微妙だし」

 

確かに織朱を手に入れるまでの俺の成績は微妙だ、打鉄・改で戦って勝った相手ってセシリアさんだけでその他の戦績って言えばたっちゃんにおんぶにだっこの無人機戦、ラウラとやりあい全部有耶無耶になったタッグトーナメント、銀の福音の時は聞いた話によると勝利直前に戦線離脱してしまったらしい。

そして専用機をヴァーミリオンに移行させた後はもっと酷い、ちびっ子こと織斑マドカ相手に七対一でやりあったドイツでの戦い、いまでこそ協力関係にあるが当時敵対関係にあったゆうちゃんと霊華さんとの超霊脳バトル、そしてたっちゃんに挑んだ生徒会長決定戦、最後に虎子さん相手にヘマをしたキャノンボール・ファスト、全部負けである。ヴァーミリオン自体は弱くないはずなのだが俺との相性が悪かったのだろうか。

 

「実績か……でもどうすりゃいいんだ? ここら辺で実績を積める様な場所ってあったか?」

「あるわよ、目の前に」

 

目の前、そこに居るのはIS学園生徒会長更識楯無。そしてIS学園生徒会長という称号はこの学園で最強って事を示している。

 

「もしかして……」

「多分ノリ君の予想はあってると思うわ。ノリ君、もう一度私に挑戦しなさい。これは生徒会長命令よ」

 

いつの間にかたっちゃんが持っていた扇子が開かれ、そこには『世代交代』と書かれている。まさかたっちゃんから挑戦を薦められるとは思っていなかった。

 

「つまり、もう一度俺と生徒会長の座を賭けて勝負しろって事だな。あと一年しか歳違わないから世代交代ってのはちょっと違う気がすると思うんだが」

「そういう細かい所に突っ込まないの。兎に角、私に勝ったらノリ君はISLANDERS入り決定よ」

「負けたときは?」

「その時は私の小間使いとしてISLANDERSに入ってもらうわ。勝っても負けてもISLANDERS入りは確定だけど、負けたときは凄い恥ずかしい思いをしてもらうわよ?」

「ああ、それでいいだろう。でも今回は俺も負けねぇぞ?」

 

初めてたっちゃんと一緒に戦った日、自分とは圧倒的に違う力量を見せ付けられ俺は衝撃を受けた。そしていつからか俺はたっちゃんの強さに憧れるようになっていた。

そんな憧れと俺は直接対決を行い、一撃も与えることなく敗れ去った。その時からだ、いつかこの憧れの強さを越えたいと思うようになったのは。

たっちゃんを倒せば俺は自分の事を堂々と強者だと言う事が出来る、俺にとってたっちゃんこそが強者の基準となっているのだ。

 

「ええ、それでいいわ。戦いの中で何をやっても構わない、だからノリ君の本当の力を見せて頂戴」

「ん、何をやっていいのか? だったら相当エグイ事するぞ俺は」

「ええ、いいわよ。じゃ、私達の戦いは……そうね、10月31日の土曜日にしましょうか」

「いいだろう。それに俺の誕生日も近いし、俺が勝ったら誕生日兼IS学園生徒会長就任パーティーでも開かせてもらおうか」

「それはいいわね、勿論私も呼んでくれるんでしょう?」

「当たり前だ、前生徒会長として思いっきり道化を演じてもらうぞ?」

 

俺とたっちゃんはほぼ同時に不敵な笑みを浮かべる。初めてたっちゃんと戦った時、俺にはたっちゃんを倒すための全ての要素が無かった。しかし今は違う、あの時からずっと俺は心のどこかでたっちゃんを倒す方法を考え続けていたのだ。そして織朱を手に入れた今、その答えを見つけることが出来た。

 

「さて、私達が戦うのも決定したわけだし早速放送部の部室に行きましょう」

「放送部がこの戦いに何の関係があるんだ?」

「煽りVを撮影するように頼んでるのよ、折角のイベントなんだし盛り上げなくちゃ」

「気合入ってんな、まぁ俺もそういうのは嫌いじゃないぜ? ラウラ、お前はどうする?」

「ああ、私は部屋に戻らせてもらおう。色々整理しておきたいことがある」

「そうか、気をつけて帰れよ」

 

そう言いながら俺達は生徒会室を出て二手に別れる。

今度こそ勝ちたい、そして俺の勝利をもってたっちゃんに恩返しをするのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ……か」

 

今私はIS学園学生寮特別室の前に立っている、以前ここで酷い目に遭った私としてはあまり良い思い出のある場所ではない。

しかしながら私はここに居る、何故かと言えば藤木にここに来るように呼び出されているからだ。

 

「あれ、箒も呼び出されたの?」

「……癒子か、もしかしてお前も?」

 

私に話しかけたのは寺生まれのTさんこと谷本癒子、ここでの戦いで私達を救い出した霊能力者である。

 

「ええ、そうよ。藤木君にここに来て欲しいって」

「癒子と私と藤木……このメンバーで連想させられるのはもうアレしかないか……」

 

この三人の共通点、それはあの日特別室横の部屋で戦ったメンバーであるという事だ。最後のメンバーである一夏が欠けているのも気になるが、大体そんな感じだろう。

 

「さて、行きましょうか」

「ああ、そうだな……」

 

癒子がドアを開ける、そこには藤木の姿と共に異様な光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、いらしゃい。来てくれてありがとう」

 

開け放たれたドアから篠ノ之さんとTさんの姿が見える、そして二人の顔は驚愕に染まっていた。まぁ無理もない、この光景は一般人から見れば失神物だろう。二人は一般人というわけではないが。

 

「こ、これは……大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫、他の人にはあまり見られたくないから早く入って来い」

 

そう言うと二人は渋々部屋の中に入ってくる、しかしそれでも二人はこの部屋をきょろきょろと見回していた。

こんな反応も無理はないと思う。この部屋の中では掃除機が唸りを上げて床のゴミを吸い取り、左官道具が壊れた壁の見栄えを整えるため壁にセメントを塗りたくり、ベットに敷いてあった布団が窓にかけられ叩かれている。但し全部無人のという注釈が付くのだが。

そしてなにより目立つのがこの特別室の天井でぐるぐる回っている二機のビット、言うまでもなくゆうちゃんと霊華さんである。

 

「霊華さーん、お茶持ってきて」

 

俺がそう言うと隣の部屋の簡易キッチンからお茶の入った急須と湯呑みがゆっくりと飛んできて俺の座っている目の前のテーブルに置かれる、そして急須からお茶が注がれる。勿論俺はその間何もしていない。

 

「まぁ、座って。色々話したい事があるから」

「藤木君、もしかして……」

 

警戒心を強めるTさんの体から青白い光が漏れ出す、その光を見たであろうビット二機が慌てて俺の後ろに隠れた。

 

「ちょ、ちょっと待ってTさん! 大丈夫だから!」

「大丈夫? これのどこが大丈夫なのよ! あなたたち、私と戦って懲りたと思ってたんだけどまだ諦めてなかったのね?」

『ひぃいいいいっ!』

『お、お助けええええっ!』

「Tさん、話を聞いてくれ! もうこの二人は敵じゃないんだ!」

「敵じゃない?」

「ああ、そうだ……あれは、確か……」

 

依然警戒を続けるTさんに以前あった織朱の一次移行の話をする、するとTさんの警戒心も解けてきたようだ。

 

「そう、つまりこの二人は藤木君の協力者ってわけね?」

「ああ、そしてこの二人こそが俺の強さの秘密だ。今除霊しようってんなら俺が相手になるぞ?」

「専用機を織朱に移行してから不自然なほど藤木が強くなったっていうのはそういう秘密があったのか」

「そうだ、そして出来ればこの秘密は誰にも話さないでほしい」

「自分から話しておいてばらさないでほしいとは不自然だな、だったら最初から話さなければよかったじゃないか」

「この二人によると、どうやらお前達にはゆうちゃんと霊華さんの存在に気付く可能性があるそうだ。特にTさんにいきなり除霊されるとかなりマズイからな、というわけで先に告白したというわけだ」

「そう、それで話は終わり?」

「いや、これからが本題だ」

 

今の俺はたっちゃんを倒すために色々と準備している、そのためにはどうしてもこの二人がネックになってくる。

 

「今俺がもう一度生徒会長の座に挑戦してるのは知ってるな?」

「ああ、勿論だ。あの煽りVTRなら何度も見させられたしな」

 

今、食堂のテレビモニターや学園内のいたるところで俺とたっちゃん出演のVTRが流されている。この学園の生徒なら知らないやつは居ないだろう。

 

「それでだ、今からこの二人が起こす現象を見逃してほしいんだ」

「藤木、お前一体何をするつもりだ?」

「たっちゃんは俺に何でもしていいって言った、だから何でもしてやるのさ。そう言った事を後悔させるような事をね」

「つまりこの学園で不思議現象を巻き起こすからそれを見逃せという事ね」

「そうだ、頼む。とりあえずTさんにはこれをあげよう」

 

そう言って俺はTさんに一枚の紙を差し出す、そこには『IS学園学生食堂デザート食べ放題チケット』と書かれている。ついでに期間は一ヶ月、その間デザート食べ放題である。

 

「ふっ、そんな……」

 

Tさんがチケットを手に取る。

 

「安い手で……」

 

Tさんがチケットを眺める。

 

「私を買収しようなんて……」

 

Tさんの目が輝く。

 

「安く見られたものね、私も!」

 

Tさんはチケットをポケットに仕舞いこんだ。俺の完全勝利である。

 

「ああ、悪かったな」

「藤木君、突然なんだけど今私の能力が消えたわ。多分11月1日まで力が戻らないからこっくりさんとかしちゃだめよ。じゃ、私急用が出来たから帰るわね」

 

そう言ってTさんは部屋から出て行く、多分食堂に直行するんだろう。

 

「癒子……あいつ、随分安い女だったんだな」

「おにゃのこはデザートに目がないからな、というわけで今回の一件は黙っていてほしい。もうデザートチケットが無いから何も渡せないんだが」

「構わないさ、友人の頼みなら断れないだろ」

「ふむふむ、篠ノ之さんはデザートすら要らない安いどころか無料の女だと」

「全部バラすぞ?」

「すみませんでした」

 

とりあえず頭を下げる。しかしこれで俺の策は決まった、今度こそたっちゃんには文字通りの悪夢を見せてやる。

とある格闘家が言っていた、試合をする前には肉体的なものだけではなく精神的なものの準備が必要であると。ならば試合前に肉体と精神の両方に深刻なダメージを与えてやる。たっちゃんは何でもしていいと言っているんだ、だったら彼女が想像もつかない酷い目に遭ってもらおうじゃないか。



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第73話 彼女達の栄光

一陣の風が吹きすさぶ、その風は土埃を払い目の前の相手の姿を露にした。

 

「ふうぅぅぅぅぅっ」

 

目の前の相手が纏う打鉄には傷一つ無い、さっきガトリングガンの連射を受けているはずなのだが……

 

「へぇ、やるぅ」

「まぁね、この位出来ないと代表候補生は務まらないわよ」

 

相手は一切ダメージを負っていないようだ、多分ガトリングガンの弾丸全てをその近接ブレードで斬ったり弾いたりしたのだろう。

 

相手はおもむろに近接ブレードを両手に持ち、瞳を閉じ前に掲げる。その光景は今まで何度も見てきた。あれは彼女なりの精神集中の儀式で、これが終わるときっと彼女は猛攻を仕掛けてくる。そうなれば最後、私達のどちらかが倒れる事になる。私が倒れるか、彼女が倒れるかは五分五分だがいつもそうだった。

 

「……行くよ?」

「……いつでも」

 

彼女は近接ブレードで二度空を切り、下段に構える。これもいつもの動きだった。そして私もランスを構える、緊張で喉が渇いてきた。

 

「……ふっ!」

 

その声と共に相手が突撃する、そしてそれに合わせるようにランスを突き出す私。そしてその先端は彼女を捉えた、はずだった。

 

「やっぱりか!」

 

反射的に右を見るとそこには近接ブレードを上段で構えて突撃してくる相手の姿、さっき私がランスで突いたのは残像だったのだ。

 

「はああああっ!」

「まだまだっ!」

 

相手の振り下ろしをランスで受け止めるとそこに火花が散る。彼女は一撃で仕留められないと見るとすぐさま後退し、姿を消す。

彼女の武器はこの機動にある、その残像すら出てくるスピードはもう打鉄が出せるようなものではない。しかしそれを彼女はその技量で成し遂げている、本当に怖い相手だ。

そこから矢継ぎ早に繰り出される攻撃と残像のフェイントを私はなんとかいなしていく、しかしそれに対応する度に集中力は削れていった。しかしそれは相手とて同じこと、この高速戦闘が彼女の負担になっていないわけがないのだ。

となるとどちらの集中が途切れる時勝負は決まる。だから彼女と戦いたくないんだ、勝っても負けても死ぬほど疲れるから。

 

「そこっ!」

 

突如目の前に躍り出る相手、急に見えたそれは今まさに私を突き刺そうとしている。しかし、それは多分残像だ。今までの経験則から言って相手は左右どちらかから仕掛けて来る、こうなると実力差とか集中力なんてあったもんじゃない、私達の勝敗は私の選ぶ二択で決定するのだから。

 

「こっち!」

 

そんな考えの中私は左にランスを突き出す。ああ、どうか当たってますように。

 

「がはっ!」

 

ランスからは確かな手応えを感じる、そしてランスを受けた相手は大きく吹っ飛んだ。どうやら今回は私の勝ちのようだった。

 

「だ、大丈夫!?」

「ああ、うん……でも疲れた~もう駄目だ~」

 

吹っ飛んだ相手は土の上で大の字になって寝転ぶ、その姿はさっきまでのと打って変わってだらしなかった。

 

「ええと、これで何勝何敗だっけ?」

「8勝7敗2引き分けであんたの勝ちよ、刀奈」

 

刀奈というのは私の名前だ、他の人達には別の名前を名乗ってるけど彼女には本名を教えていた。

 

「いよっし! 一歩リードっ!」

「あーあ、私にもあんたみたいに専用機があればな~。専用機さえあれば私の圧勝なのにな~」

「幽貴、あなたもロシアに来る? あなたの実力だったらグストーイ・トゥマン・モスクヴェなら用意できるわよ?」

「えー、それはやだ。だってあれってだたのポンコツだもん」

「そのポンコツに乗ってる私にあなたは負けたんだけど」

 

確かにこのIS、グストーイ・トゥマン・モスクヴェは動きが鈍いし故障も多い。いずれ改良をほどこさなくては私は本当に幽貴に勝てなくなってしまうだろう。

 

「あーあ、専用機欲しいな~。出来れば今話題の第三世代ってやつが」

「グストーイ・トゥマン・モスクヴェも第三世代なんだけど……」

「やだやだ、ロシア製のすぐ壊れるISなんてやだ! 私は国産の最新型が欲しいの!」

 

幽貴は駄々っ子のように手足をじたばたさせる、こうなった幽貴は何を言っても聞かない。もうどうしようもないので、私は幽貴の気が晴れるまで待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふっ、うふふふふっ」

「なにあれ、気持ち悪い」

「さぁ……」

 

それから数日後の教室、幽貴は教室で気持ち悪い笑みを浮かべていた。その原因はたぶん幽貴が持っている書類にあるのだろう、幽貴はそれを見ながらずっとにやにやしているのだから。

 

「ゆうちゃん、一体なにがあったの?」

 

そんな幽貴に霊華が質問を投げかける、そんな霊華に幽貴は待ってましたと言わんばかりに振り返る。そして笑顔が気持ち悪い。

 

「ふっ、よく聞いてくれました! なんと私に専用機が作られるんだよ!」

「ええっ! 本当!?」

「うん、その名も白式! 倉式技研開発の最新鋭近接機だよ!」

 

そう言いながら幽貴は書類の束から白式のデザインイラストを私達に見せ付ける、それは白い翼が印象的なデザインだった。

 

「これで私は連勝街道まっしぐらだぜ、もうロシアのポンコツには負けないもんね!」

「ああ、それなんだけど……」

「ん、なに?」

「私もグストーイ・トゥマン・モスクヴェをベースに新しい機体を作る事にしたわ、確かにあれがポンコツなのは否めないし幽貴が専用機を持ったら負けちゃうかもしれないしね」

「なん……だと……?」

 

そういうわけで、私も新機体完成に向けて邁進中である。今は構想の段階だけどきっと幽貴の白式にも負けない性能を持つはずだ。

 

「ええええっ、そりゃないよ!」

「ごめんね?」

「いや、新機体を作るのはいいさ! でもね、そういうのって一回私にコテンパンにされてから今のままじゃ勝てないって感じになって作るもんだろうに! と、兎に角作るの禁止! せめて私に負けてからにしてよ! そうじゃないと盛り上がらべしっ!!」

 

その瞬間、幽貴の頭に拳骨が落ちる。それを落とした主は言うまでもなく我らが担任である織斑先生だった。

 

「天野、チャイムが鳴ったのが聞こえなかったのか? お前達も席につけ、ホームルームを始めるぞ」

「し、舌噛んだ……お、織斑先生! 可愛い後輩にこの仕打ちはないんじゃないんですか!?」

「誰が可愛い後輩だ、私の目の前にはムカつく生徒しか居ないが」

「仮にも教師の発言とは思えない酷い言い草だ! ああ、前任者がこれじゃ日本のIS業界もお先真っ暗だ……」

「お前まだ国家代表になっていないだろう、有力候補とはいえそういう態度ではなれるものもなれないぞ?」

「ええ……偉大なる前任者も人格面ではどっこいどっこいだと思うのに……」

「ほう、偉大なる前任者とは誰の事だ?」

「さ、さぁ……」

 

幽貴があからさまに目をそらす、その顔からは冷や汗が滲んでいた。

 

「そ、それより織斑先生。私にもついに専用機が出来るんですよ! これは私に国が期待してるって事でよろしいんじゃないでしょうか!?」

「ふむ、それは良かったな。だったら今後お前には死ぬほど厳しく指導してやろう。なに、気にするな。偉大なる前任者からのエールだと思ってくれていい、私もお前には期待しているからな」

 

織斑先生が意地の悪い笑みを浮かべ、幽貴の顔が更に青くなる。そんな感じでこの時間は過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しま~す」

 

そう言いながら私は生徒会室のドアを開ける、何故この部屋に来たのかというと生徒会長に呼び出されたからだ。

 

「あっ、お嬢様。ご足労いただきありがとうございます」

「ううん、いいのよ虚。そもそも私を呼び出したのは生徒会長さんなんだから」

 

そう言いながら私は虚に指示された椅子に座る。布仏虚、私の従者でありこの学園の先輩でもある彼女は生徒会役員でもある。

そして私を呼び出した生徒会長はというと……

 

「ぐが~……すぴ~……」

 

生徒会室の隅においてあるソファーでお昼寝の真っ最中だった。

 

「不動先輩、お客さんがいらっしゃいましたよ」

「ん、んん。……もうそんな時間?」

 

そんな生徒会長を虚は優しく揺り起こす、不動と呼ばれた生徒会長は眠そうに目を擦りながら体を起こした。

 

「虚ちゃん、お茶」

「はいはい、ちょっと待ってくださいね」

 

不動生徒会長は呼び出した私を気にすることなく差し出されたお茶を一気飲みする、そしてその後大きな溜息をついて私に視線を向けた。

 

「……おはよう」

「お、おはようございます」

 

そう挨拶した不動生徒会長は相変わらず眠そうだ。そしてこの生徒会長、何の理由で私を呼び出したのだろうか。

 

「ふぁぁ……眠い……」

「あの、早速なんですが私を呼び出した理由を教えてもらえませんか?」

「……ああ、そうだったね。そう言えば君は私が呼び出したんだった」

「あの、大丈夫ですか?」

「それが大丈夫じゃないんんだよね、卒業制作とか生徒会の仕事で睡眠時間が足りなくてね。というわけで更識楯無さん、君に生徒会長をやってもらいたいんだけど」

「はい?」

 

この人本当に大丈夫なんだろうか、私は入学してからまだ一ヶ月も経ってない。それなのに生徒会長とは些か非常識だ。

 

「え、それは……」

「ああ、言っておくけど拒否権はないからね。IS学園生徒会長とはこの学園最強と同義だ、そしてその称号と同時にこの学園内で絶大な権力を持つ事になるんだよ。ついでに面倒な仕事も山ほどついてくるんだけど」

「で、でも学園最強って事はISを使って勝負しないといけないんですよね?」

「いや、別に。とりあえず生徒会長はなんらかの勝負をして負ければ交代になるわけだから、勝負と名のつくものならなんでもいいよ。ということでジャンケンで勝負しようか」

「えっ、そんな勝負でいいんですか?」

「いいのいいの、というわけでじゃんけんぽん」

 

とっさにそう言われて私は反射的にパーを出した、そして不動生徒会長が出した手はチョキ。とりあえず私の生徒会長挑戦の勝負はあっさりと敗北が決まってしまった。

 

「はははっ、まぁこういう事もあるか。という事で二回戦行くよ。それとこの勝負、君が勝つまで続けるから」

「それって出来レースじゃないですか」

「私に目をつけられた不幸を呪うといい、まぁ虚ちゃんの推薦があったからなんだけどね」

「う、虚……」

「す、すみません……」

 

どう転んでも私が生徒会長になるのはもう決まってしまった事らしい。仕方ない、今でも充分忙しいんだけど腹を括るしかないようだ。

 

「じゃーんけーんぽん」

 

そして二回戦が始まる。私の手はグー、不動生徒会長の手はパーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃーんけーんぽん!!」

 

二十回目の勝負、私の手はチョキ、不動生徒会長の手はグーだった。

 

「ま、また負けた……」

「なぁ、お前わざとか? なんか凄い反射神経とか使ってわざと負けてるのか?」

「いや、そんなつもりはないんですけど……」

 

本当にそんなつもりは無かった、しかしこんなにじゃんけんで負けまくるとは自分至上でも初のことだった。

 

「もういいや。更識さん、次パー出してね」

「本当に出来レースになってきましたね」

「それもこれも君がクソ弱いのがいけないんだ、ここまでじゃんけんが弱い奴も初めて見たよ。っていうかじゃんけんで二十連戦するのが初めてだよ」

「すみません……」

「もういいって、というわけで最後の勝負をはじめようか」

「そうですね」

「行くよ、じゃーんけーんぽん!」

 

二十一回目の勝負、私は言われた通りにパーを出す。そして不動生徒会長はグーを出していた。

 

「いよっし! これで面倒な仕事とはおさらばだ! というわけで新生徒会長、頑張ってね!」

 

そう言った不動前生徒会長改め不動先輩はダッシュで生徒会室を後にする、そんなに忙しいのだろうか、生徒会というのは。

 

「……生徒会長に、なっちゃった」

「おめでとうございますお嬢様、早速で悪いんですがこの書類をお願いしますね」

 

にこやかに笑う虚が差し出したのは山と言えるほどの書類の束。あれ、これって……

 

「え、もしかして早速お仕事?」

「はい、不動先輩って仕事を溜め込む癖があるので……」

「あの、引継ぎとかは?」

「あっ、そう言えばやってませんよね」

「っ! そういう事か!」

 

私はその言葉と共に生徒会室を飛び出す。多分私はハメられたんだ、不動先輩の仕事を肩代わりさせられるために!

 

「待てええええええっ!」

「ちっ、もうばれたか!?」

 

私を見つけた不動先輩が走り出す、しかしスピードの差があるのかその距離は徐々に縮まっていく。

 

「っ、捕まえたあっ!」

「は、放せっ! 私はもう生徒会とは関係ないんだ!」

「そうはいきませんよ。生徒会長命令です、不動先輩、あなたを生徒会副会長に任命します!」

「おっ、横暴だ! それにもうあの仕事は嫌なんだ!」

「横暴なのはどっちですか! それとも人を騙すのは横暴じゃないんですか!?」

「いーやーだー! 戻りたくなーい!」

 

そう言う不動先輩の襟を掴んで私は生徒会室まで引き摺っていく、こうして私のIS学園生徒会長ライフは幕を開けることとなったのである。

その時の私は思ってもいなかった、こんな日の翌日に人生最悪の悲劇が始まる事なんて。




捏造&独自設定もーりもり


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第74話 命儚き

「では、本日より格闘及び射撃を含む実戦訓錬を開始する」

「はいっ!」

 

一組と二組の合同実習というわけで人数はいつもの倍、ということで返ってくる声量も倍、いつもより気合が入っているように見えるのは気のせいだろう。

 

「とりあえず戦闘の実演をしてもらおうか。天野、前に出ろ」

「うげっ、私ですか?」

 

早速の指名になんだか嫌なものしか感じない、そして戦闘の実演だというのに呼び出されたのは私一人だけというのが不安感を加速させる。

 

「な、なんなんでしょうか?」

「戦闘の実演と言っているだろうが、お前に戦ってもらうぞ?」

「だ、誰と?」

「勿論私に決まっているだろう。なに、可愛い後輩へのちょっとした依怙贔屓だ。嬉しいだろう?」

「全然嬉しくない……」

 

どう考えても公開処刑にしか見えないこの状況、私の心には絶望の二文字しかなかった。

 

「一応ハンデとして近接武器だけで戦ってやる、これならお前もそれなりに持つだろ」

「私も近接型なんですが、それは……」

 

射撃が苦手ってわけじゃないけど、私は近接戦闘の方が得意だ。勝ち目は無いけど無様な姿を友人達に晒すのは恥ずかしい、だったら頑張ってくらいついていくしかない。

 

「ゆうちゃん、ふぁいと~!」

「うるさいやい!」

 

霊華の呑気な応援を背に、私は打鉄を装着する。ああ、せめて白式があったらもうすこしマシな戦いができるのだが……

 

「さて、掛って来い」

「はぁ、腹を括るしかないか……」

 

私と織斑先生は見守るクラスメイトの集団から離れて対峙する、織斑先生も打鉄を装備し近接ブレードを構えている。

それに倣うように私も近接ブレードを構え……

 

「だりゃあああああああああっ!」

 

一気に迅雷跳躍(ライトニング・ステップ)で織斑先生の前に踊り出る、迅雷跳躍というのは私のオリジナルマニューバで私の最大の武器だ。その速度は瞬時加速(イグニッション・ブースト)とは比べものにならない位に早く、残像が出るほどである。しかしその反面、機体へ掛る負荷も凄まじく打鉄なら数分で内部機構が損傷してしまう。

とはいえこの事は織斑先生も知らないはず、ということで打鉄が動かなくなる前に私の全てを出しつくすしかない。

 

「ふっ、代表候補生は伊達じゃないという事か。だがしかしっ」

「なっ!?」

 

私の超高速の斬撃を織斑先生はいとも容易く受け止める、迅雷跳躍を初見で受けられたのは初めてだ。というか初見じゃこれで負けたことがない、それは刀奈だって同様だ。

すぐさま私は織斑先生から離れ、二撃目を打ち込む。そしてまた受け止められる。

動こうとしない織斑先生を捕らえるのは簡単なんだけど、それをこうも簡単に弾かれると私の今までの努力が否定されているようで少し物悲しくなる。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

少し疲れてきたので織斑先生から離れて私は動きを止め、呼吸を整える。疲れというのは良くない、判断力と動きを鈍らせるから。

 

「どうした、もう終わりか?」

「無茶言わんといてくださいよ、これでも全力でやってるんですよ」

 

やはり織斑先生という壁は高い、仮に白式を装備してたら私はどれだけやれていただろう。いや、そんな事は考えるな。単純に私のスキルが織斑先生に追いついてないだけ、白式を持ってきたとしてもこの状況は変わらないだろう。

 

「さて、私からも攻めさせてもらおうか」

「ヒエッ……」

 

近接ブレードを構え、真っ直ぐ突撃してくる織斑先生。そこから繰り出される振り下ろしは私の目から見ても緩慢に見える、多分手加減されているのだろう。

そして私はその緩慢な動きから繰り出される刃を手持ちの近接ブレードで受け止めた。

 

「ぐぅううううううっ!」

「どうした、お前の実力はこの程度じゃないだろう?」

 

重い! ゆっくり振り下ろされたはずのその攻撃が果てしなく重い。その力の差はまるで大人と子供のそれであり、たった一撃で自分と織斑先生の力量差をはっきりと感じさせる。

 

「があああああっ!」

 

打鉄が軋みを上げ、私の心を焦らせる。何か、何かこの状況を打開する方法は……あった、あったけどこれでいいのだろうか。多分これをやったら織斑先生は凄く怒る、そして私はボコボコにされる。でもこの状況で一矢酬いるにはこれしかなさそうだ。

 

「どうした、これで終わりか?」

「いや、一応打開策はあるんですけど、あまりに非常識な方法で怒られるかなって……」

「別に構わん、お前の全てを出し切ってみろ」

「いいんですね、怒らないでくださいよ?」

「さっさとやれ」

 

許可は下りた、だったらやるしかない。後のことは野となれ山となれだ。

 

「……ぺっ」

「っ!?」

 

私は織斑先生の顔目掛けて唾を吐く、それは織斑先生の頬に当たりその顔は驚愕に染まる。

そして出来た一瞬の隙、ブリュンヒルデといえども人の子、予想外の事態にはどうしてもこうなるのは致し方なしか。

 

私はその隙を見逃さず、近接ブレードを手放し織斑先生の頬目掛けて右ストレートを放つ。

しかし、それすらも受け止められてしまった。

 

「……天野」

「は、はい……」

 

織斑先生の額に血管が浮かび上がる、怒ってる、やっぱり怒ってらっしゃる。

渾身の策は織斑先生の超絶的な反射神経の前に灰燼に帰した、後は処刑の瞬間を待つのみである。

 

「覚悟はいいな?」

「おお、もう……」

 

その直後、強烈なアッパーカットが私の脳を揺らす。そして、その衝撃は私を空中で二回転させながら地面に叩きつけた。

薄れゆく意識、私はもう全体的になんか駄目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天野、早くしろ」

 

私の意識が復活した直後、授業は再開された。今回は霊華たち一般の生徒をISに乗せる授業ということで私と刀奈、他数人が補助に回されている。

 

「なんか織斑先生の私に対する扱いが全体的に雑だ……」

「それだけ期待されてるんでしょ?」

「織斑先生はツンデレだったのか、レズのツンデレとか気持ち悪っべら!」

「お前、まだ懲りてないようだな?」

 

すぐさま落ちる織斑先生からの拳骨、今日はやけに頭部へのダメージが激しい、お陰で私の只でさえ少ない脳細胞は更に減少している。

 

「ゆうちゃ~ん、手伝ってよ~」

 

遠くから霊華の声が聞こえる、これ以上怒られないためにもちゃんとやらないと。ということで私は霊華の所へ向かった。

 

「ん~なになに~」

「これ一人じゃ乗れないよ……」

「え~、こことそこに足を掛けてガッと登れば大丈夫だよ」

 

霊華は打鉄装着に四苦八苦している、私は一人で大丈夫なんだけど霊華はそうもいかなかったみたいだ。

 

それにしてもこの打鉄、私がついさっき乗ったやつだ。迅雷跳躍の影響で内部の部品の歪みが心配だけど、多分大丈夫だよね? うん、報告するのも面倒だし霊華を乗せてしまおう。だってこれISだもん、世界最強の兵器だから多少はね?

 

ということで私は自分の膝に霊華の足を掛けさせ打鉄を装着させる。うん、さっきのは杞憂だったみたいだ。

 

「ほいっと。どう、霊華?」

「あっ、うん。ありがとう。それにしてもこれ、なんだかミシミシ言ってる気がするんだけど大丈夫かな?」

「え、みしみし?」

 

その瞬間だった、打鉄からパキッと小さな音が響き、霊華がバランスを崩した。そしてそのバランスを崩した先、そこには丁度私が居たわけで……

 

「きゃあああああああっ!」

「うっ、うわああああっ!」

 

同時に響く私と霊華の声、いつの間にか私は霊華の纏う打鉄に倒される。そして……

 

「どっ、どうしたっ!?」

「がっ……かはっ……ごぼっ……」

 

目の前には霊華の驚愕に満ちた顔、そして声にならない声を上げる私。

痛い。いや、熱い。そして焼け付くような痛みを発する左胸から熱い液体が食道を通り口から噴出される、その液体はぬめりを帯び鉄のような味がして気持ち悪い。

ああ、これってもしかして……

 

「霊華っ、どいて!」

「ゆ、ゆうちゃん?」

「仕方ないっ!」

 

鉄と鉄がぶつかる衝撃音の後に私に掛る重みが取り払われる、目の前の景色が一気に変わり、今度は目の前に刀奈の顔が映し出された。

 

「ゆ、幽貴……」

「がぼっ……かひゅー…………」

 

息をするたびに走る痛みと相変わらず変な音を出す喉のせいでまともな会話も出来ない、そして遠くから聞こえる織斑先生の声。

 

「更識っ! 兎に角保健室へ連れて行くんだ!」

「わっ、解りましたっ!」

 

IS学園には大学病院並みの設備があり、そこで治療を受ければ大抵の怪我ならなんとかなる。でもこの怪我は治療してなんとかなるものなのだろうか。と、やけに冷静に考えてみる。

 

「幽貴、もう少し待っててね。すぐに保健室に連れて行くから」

 

刀奈は私の体を軽々と持ち上げる、その時霊華と目が合った。彼女の表情は驚愕と恐怖と不安と混乱が複雑に入り混じっていた。

無理もない、霊華は責任感の強い子だから今回の事で気を病んでしまうかもしれない。私は霊華の心を少しでも軽くするために笑ってみせる、気にするなと言ってあげたいけど声も出せない今の状況ではどうすることも出来なかった。

 

刀奈が私を抱えて飛び立つ、しかし保健室まで後半分と言った所でまたしても事件が起こる。

 

「え、嘘っ!?」

 

グストーイ・トゥマン・モスクヴェの推進翼が破裂したのだ。だからロシア製は嫌いなんだ、すぐ壊れるから。

 

「幽貴、ごめん。もう少し待ってて」

「……がふっ」

「喋らないで、絶対に助けるから」

 

それでも刀奈はPICでの飛行を続ける、走っていくより早いと判断したんだろう。しかしその間も私の胸と口からは血が流れる、それはまるで私の体の中から血と一緒に命まで流れ出しているようだった。

 

「幽貴、もう少しだから頑張って……」

 

そして気付く体の異変。寒いのだ、四月後半の暖かい気温の中でも私の体は凍るように寒く、その反面左胸は焼けるように熱い。そして大量出血の影響からか目の前の景色が急速に暗くなっていく……

 

ああ、

 

わたし、

 

死ぬんだ。

 

死を意識しだすととてつもない恐怖が襲ってくる、自分の人生の終わりがこんなにもリアルに感じられるのは初めてだ。

ああ、死にたくない。まだ本物の白式をこの目で拝んでないし、刀奈にだって勝ち越してない。それにあの貧乏家族を養っていかないといけないし、そして何より恋だってしていない。

 

「がはっ、ごぼっ……」

「あっ、暴れないで!」

 

私はほぼ無意識に手を伸ばす、それは刀奈の頬に当たった。そして刀奈の頬に出来る黒い染み。ああ、私の世界は既に色すら失っていたのか。

 

「がっ、が……だな……」

「だから……喋らないでよ……」

 

刀奈の声が弱弱しい、きっと彼女も私がもうすぐ死んでしまうことに気付いているんだろう。

 

「ご……ごほっ……れ、れい……か、を……」

「解ってる、解ってるからっ!」

 

一番の心残りは霊華の事だ、もうすぐ死んでしまう私に彼女はきっと必要以上の罪悪感を抱いてしまう。だとすれば彼女を支える人間が必要だ、そしてこの学園で一番頼りに出来るのは刀奈だ。

 

「あ゛、あ゛り……が……と……」

「…………っ!」

 

頬を温かい物が濡らす。それが自分のものであるか刀奈のものであるか、既に自身の感覚をほとんど失った私にはもう解らない。

これが彼女のものだったら嬉しい、私が死んで悲しんでくれる人が居るという事になるんだから。

 

そして私の腕は力を失い、意識が黒く染まっていく。ああ、死ぬのってやっぱり怖いなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「事故調査委員会の調査結果によりますと、やはり内部の部品の破損が原因という事で結論が出たようです」

「その破損した部品を作っていたメーカーは?」

「三津村重工です」

「それまた大きい所が釣れたわね。そうか……三津村か……」

 

三津村グループ、日本が世界に誇る暗黒メガコーポは黒い噂が後を絶たない。その権力は政界財界に通じており、簡単に御せる相手ではないだろう。

 

「それに、天野さんの実家に三津村の社員が訪問しているという情報もあります」

「早速口封じとは流石ね、あそこの方針的に考えてやっぱりお金かしら?」

「そうそう、口封じと言えば三津村グループによるマスコミの囲い込みが行われているようです。ですので事件は一部ネットでしか知られていないという有様で……」

「…………幾ら何でも動きが早すぎるわね、もしかして三津村は事件の可能性を予期していたってこと?」

 

となればこれは大きなスキャンダルになる、もしかしたら本当に幽貴の仇を討てるかもしれない。

 

「ざーんねん、そういう事じゃないみたいよ?」

 

その声と共に不動先輩が生徒会室に入ってきた、この前生徒会長はどんな情報を持ってきたというのだろうか?

 

「どういう事ですか? 不動先輩」

「ええと、事故調査委員会の追加調査によると事故を起こした打鉄は駆動系を中心に全体的に部品の歪みが見られたみたいなんだよね。そして三津村重工製の部品は他の部品の破損の煽りを受けて壊れたみたいだよ」

「え、そんな情報私聞いてませんよ?」

 

不動先輩に虚が反論する、私としても不動先輩が虚の情報収集能力を超えているとは思えない。だとしたら不動先輩はどこからこんな情報を持ってきたというのだろう。

 

「はい、これ。事故調査委員会の最新の報告書、二十分前に作成された出来立てほやほやだよ」

「そ、そんな物どうやって……」

「コネだよ、コネ。前生徒会長舐めんなよ?」

 

虚が最新の報告書を見ながらぷるぷる震えている、一般人の不動先輩に先を越されたのが余程悔しいのだろう。

 

「し、しかし三津村が天野さんの実家に行った事や、マスコミの囲い込みを行った事はどう説明するんですか? やはり後ろ暗い事があったんじゃないんでしょうか?」

「そりゃあるだろう、あの規模の会社なんだから。でもそれは今回の事とは無関係だ、多分三津村は風評被害を恐れているだけだよ。だから天野の実家やマスコミが何か騒ぎだす前に口封じを行ったんじゃないかな? それにあの会社ってあの規模の癖してやたらフットワークが軽いからね。どうだい、虚ちゃん。何か反論はあるかい?」

「ううっ、もういいです。私の負けです……」

 

一般人の不動先輩に敗北宣言をする虚、そこには暗部組織の一員である面影は一切なかった。

 

「で、何でこんな所にいるんだい。たっちゃん」

「……え?」

「君の今やるべき事はこんな所でふんぞり返って事故調査の結果を聞くことかって聞いてるんだよ、そんな事よりやるべきことがあるだろう」

「あっ……」

 

そうだった、幽貴の遺言で私は霊華のフォローを頼まれているんだ。霊華は今部屋に閉じこもり、誰とも話そうとしてくれない。

彼女は何も悪い事をしていないのにこの事故の責任を感じている、そして幽貴を助けられなかった私に出来る事と言えば霊華を支える事だけだ。

 

「ほら、行けよ。君を必要としてくれる人物はまだ居るんだから」

「はいっ、行ってきます」

 

不動先輩に言われて私は生徒会室から出る、そして霊華の元へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊華、居る?」

 

幽貴と霊華の部屋はこの学生寮の一番端の物置部屋の隣で、入り口から最も遠い。私は毎日三食分の食事を持ってここまで通ってきた、そして何度も話をしようと試みたけどそれは全て失敗している。

そして食事を持ってきた時には廊下にその前の食器が置かれている、しかもちゃんと洗ってある状態で。こんな時にも霊華は几帳面な性格は変わらなかったようだ。

 

しかし、今回異変が起きた。今日の昼に持ってきた食事が一切手を付けられていないのだ。というわけでノックをしてしつこく呼びかけてみるものの相変わらず返答は無し、痺れを切らした私はあの事故があった後初めてこの部屋のドアノブを回した。

 

そして簡単に開かれるドア、部屋の中を覗いてみるがそこには霊華の姿はなかった。

 

「……あれ?」

 

トイレにでも行ったのだろうか、人間である以上食べれば出さなくてはならないのでそれもあり得るのだけど何だか違和感を感じる。

 

「ん、この音は……」

 

シャワー室から音が聞こえる。ああ、そういう事か。なら返事をしてくれないのも納得だ。

 

「霊華?」

 

シャワー室前の脱衣所のドアを開け、霊華に呼びかけてみる。しかし、シャワー室からは相変わらず水が流れる音だけが流れる。

 

「ねぇ、霊華ってば」

 

少し声量を大きくして再度霊華に語りかける、しかし相変わらずシャワーの音が響くだけで、それ以外の音はしなかった。

 

「霊華、いい加減にしてよ。貴女が辛いのは解るけど、このまま閉じこもっていたって何の解決にもならないわよ」

 

何も話してくれない霊華に私はイラッとし乱暴にシャワー室のドアに手を掛ける、これを開けた時きっと私は霊華のフルヌードを拝む事になると思うがそんな事はもうどうでもよかった。

という事で私はシャワー室のドアを開ける、そして私の目の前に現れた光景は……

 

「れ、れい……か?」

 

シャワーから勢いよく流れる水、それを座ったまま浴びている服を着たまま霊華、そして壁に赤い斑点、そしてなにより目立つのが床。そこは真っ赤に染まっていた。

 

「霊華っ!」

 

慌てて霊華を抱き起こす、しかしその首が力なく曲がる。そして気付いた、霊華が既に体温を失っていることを。

ふと手を見れば左腕に大きな傷、そして右手にはカッターナイフが握られていた。

 

「……う、嘘でしょ?」

 

後のことはよく憶えていない、しかしその日が私にとって最高に最悪な気分で私は人生最悪の日々の終わりだった。

 

後日霊華の部屋から遺書が発見された、その内容は事故を起こしてしまった事の後悔、幽貴への謝罪、そして最後にはこう綴られていた。

 

『ゆうちゃんを殺した私はもう生きていくことが出来ません。みなさん、ごめんなさい。天国でゆうちゃんに謝ってきます、私は地獄行きかもしれないけど』

 

私は幽貴どころか霊華も助けられなかった。遺書を見た日、私の涙はついに枯れてしまったのである。



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第75話 悪夢のリターンマッチ

10月31日午前9時、30分後に迫った俺とたっちゃんの決闘に備えて俺はウォーミングアップのためIS学園の中をジョギングしていた。

すると、決闘前だというのにベンチで舟を漕いでいる対戦相手、たっちゃんを発見した。

 

「おい」

「…………すぴー」

 

寝てる、このお方完全に寝ていらっしゃる。30分後には俺との決闘を控えているのにこの状態で大丈夫なのだろうかという気もするし、11月を翌日に控えたこの寒空の下で寝ていては風邪をひいてしまうかもしれないので、とりあえず起こしておこう。

というわけで何故か持っているスリッパでたっちゃんの頭を思いっきり叩いてみた。

 

「いたっ!?」

「おはよう、よく眠れたか?」

「……あ、ノリ君」

 

たっちゃんの顔には深い隈が出来ている、いつも寝不足で過労死寸前の彼女だがここまで症状が酷いのは初めて見る。

 

「おいおい、どうしたんだよその顔。寝不足ってレベルじゃねーぞ?」

「あ、うん。ちょっと色々あって……」

「そんなんで今日の戦い大丈夫なのか? 寝不足を敗北の言い訳にされたらこっちとしては堪ったもんじゃねぇぞ?」

「あー、大丈夫。戦いはちゃんとやるから」

 

そういうたっちゃんの声は大丈夫な感じは全くしない、というわけでこれまた何故か持っている強○打破を俺はたっちゃんに差し出した。

 

「これは?」

「敵に塩を送るって訳じゃないけど、これ飲めば少しは良くなるだろ。こっちだって今日のために色々仕掛けを用意してるんだ、全部出し切るまで倒れてくれるなよ?」

「そうだったわね。じゃ、お言葉に甘えて……」

 

たっちゃんは強○打破を受け取り、一気飲みする。そしてその後、いかにもまずそうな顔を見せた。

 

「ああ、この胃がやられる感覚嫌いだわ」

「そこに文句を付けるか、折角持ってきてやったのに」

「ごめんごめん。じゃ、私行くね。色々準備しないといけないから」

「ああ、今日は華々しく散ってくれよ」

「もう勝つ気でいるのね、でもそう簡単にいくかしら」

「まぁ、勝つ気で準備してるからな。今回はマジで本気だぜ?」

「そう、だったら頑張ってね。おねーさんも応援してるから」

 

そう言ってたっちゃんは立ち上がり、強○打破のビンを近くのゴミ箱に投げ捨て去っていく。俺はそれを見送り、その姿が見えなくなった後ゴミ箱からさっきまでたっちゃんが飲んでいたビンを回収した。

 

「今回ばかりは負けるわけねーよ、俺の作戦は完璧だからな」

 

そんな独り言を言ってみる。さて、全ての準備は整った。後は戦いの時を待つだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後、IS学園第一アリーナは熱狂の渦に包まれていた。放送部作成の煽りVのお陰かアリーナは超満員御礼、陸上部がブックメーカーとなり俺とたっちゃんのどちらが勝つかを予想させる。ちなみに俺の所にも来たので、俺は財布の中の全ての紙幣を俺が勝つほうに投入しておいた。

 

寒風吹き荒れるアリーナ、そして目の前には対戦相手のたっちゃん。その表情は30分前よりは幾分マシに見える。

実況が客を煽る、そしてけたたましく俺達の試合開始を告げた。

 

ゴングと共に俺はアンカーアンブレラを展開、それ呼応するようにたっちゃんもランスを展開した。しかし俺は一歩も動かない、そしてたっちゃんも何かを待っているかのように動きを止めていた。

 

「ところでたっちゃん、昨日の金曜○ードショー見たか?」

「いいえ、見てないけどそれがどうしたの?」

 

昨日の金曜○ードショーでは、平民が馬上槍試合で立身出世を果たす映画が放送されていた。中世を舞台にしながら現代の音楽が取り入れられたその作品は中々面白く、俺は最後まで見てしまった。という事をたっちゃんに説明する。

 

「というわけでそれっぽい事したいんだがどうだ?」

「それがノリ君の策略?」

「まぁ、そんなもんかな。よければ付き合ってほしんだが」

「そうね、簡単に言えば交差する瞬間にお互いを突き合えばいいんでしょう?」

「ああ、という事でやってみよう」

 

その言葉と共に俺とたっちゃんは大きく距離を離す。そしてその時、霊華さんが話しかけてきた。

 

『藤木君、それは予定にはないはずなのですが』

「いーのいーの、戦いなんてのは結局はその場のノリが重要なの」

『そいういうものなんですか……』

「そういうもの!」

 

俺はアンカーアンブレラを構えて迅雷跳躍(ライトニング・ステップ)で一気にたっちゃんの居る場所を目指す、それに対するたっちゃんも瞬時加速(イグニッション・ブースト)で俺の元へと真っ直ぐ向かってきた。

 

交差する直前、俺は進路を変えて右に曲がる。それと同時に強粒子砲でたっちゃんの居るであろう場所へ狙いをつける、が、そこにはたっちゃんの姿はなかった。

 

「おい、真っ直ぐ来いよ!」

「それはお互い様でしょう!?」

 

たっちゃんも俺が曲がると同時に進路を替え、俺達の距離は大きく離れる。そしてたっちゃんは俺目掛けてガトリングガンを放ってきた。

 

「ちっ、そっちがその気ならこっちもやらせてもらう。早速だが切り札を切らせてもらう!」

 

その声と同時に二機のビットが織朱から射出される、もちろんゆうちゃんと霊華さんだ。

 

「一応聞いていたけど本当にビットを使えるようになるとはね」

「悪りぃな、俺は特別なんだ」

 

ガトリングガンの弾丸を避けながらたっちゃんに迫る二人、それを見るたっちゃんは少し驚いた表情をする。

 

「くっ、中々の精度ね」

「こいつらは強いぞ? ロシアの国家代表を倒した無人機を一対一で押さえられるからな」

「そりゃ、凄いわねっ!」

 

二人から放たれるビームを事も無げに避けるたっちゃん、中々やりおる。

 

「よし、一対三だ! 卑怯なんて言ってくれるなよ」

「一対三……つまりこのビットはノリ君が動かしてない……?」

「正解っ! そして、俺に勝ったらこのカラクリも教えてやろう!」

 

そう言いながら俺も強粒子砲を放つ、しかしそれはたっちゃんの水のヴェールで防がれた。

いい感じだ、以前戦った時よりかなり早い状況でたっちゃんに一撃当てることが出来た。俺はあの時より確実に進歩しているんだという事が実感出来た、正直嬉しい。

 

「エネルギー兵器なんて私には効かないわよ?」

「射撃武器がエネルギー兵器しかないんだ、仕方ないね」

 

たっちゃんにエネルギー兵器が効かないのは百も承知だ、だがあくまでこれはコース料理で言うところの前菜、俺はまだ本気を出しちゃいない。

 

「さて、フェイズ2に参ろうか!」

 

俺は強粒子砲とアンカーアンブレラを収納しエムロードを展開、ここからはこいつ一本で戦い抜くつもりだ。

 

「だったらっ!」

 

たっちゃんは二人の攻撃をかわしながら水の蛇腹剣を展開、それを俺へと伸ばしてくる。

 

「効かぬっ!」

 

伸びてきた触手のような水を切り裂くと、切り裂かれた先端は力なく地面へ落ちる。俺はそのままたっちゃんを切り裂こうと、一気に近づいていく。

 

「だらあああっ!」

「くっ……」

 

エムロードをランスで受けるたっちゃん、俺は超振動を発動する。そうすると俺とたっちゃんの間で火花が散り、エムロードは徐々にランスに埋まっていく。

 

「どうした、メインウェポンが壊れちまうぞ?」

「うん、でもこれでいいの」

「はい?」

 

たっちゃんはこの体勢のままガトリングガンを発射、勿論至近距離に居る俺はその弾丸のほとんどを体に受けてしまう。

 

「があああああっ!」

「やっぱり状況判断が甘いわね、誘われている事に気付かなかった?」

 

俺はやむなくたっちゃんと距離を取る、やはり根本的な部分ではたっちゃんにはまだ敵わないようだ。

 

『藤木君、大丈夫?』

「なんとかな、フェイズ2は失敗だ。フェイズ3に移行するぞ」

『了解! ついに私達の本領が発揮出来るわね!』

 

そう言う二人が織朱にドッキングする、未だたっちゃんにダメージを与えられていないがここから本気を出させてもらおうか。

 

「ビットはもういいの?」

「仮に当てられても効かなきゃ意味ないだろ。でもまだこれからだ」

 

俺はだらりと両手の力を抜く、俗に言うノーガード戦法ってやつだ。

 

「誘ってる?」

「うん、来いよ。刀奈ちゃん」

「…………その名前、何処で知ったの?」

 

更識刀奈、たっちゃんの本当の名前である。この名前、通常では伏せられているらしく。多分この学園の中では簪ちゃんと虚さんと本音ちゃん位しか知らないだろう、しかしそれにも例外がある。いや、あった。

 

「天野幽貴、って言ったらどうする?」

「また厄介な名前出してきたわね。でも、その冗談面白くないわよ?」

 

天野幽貴、彼女はたっちゃんがここに来て初めてできた親友。そして本名すら預けられる相手であった。

 

「まぁ、ノリ君が私を挑発しようとしているのは解るわ。その名前も三津村が調べたのかしら?」

「実は俺、イタコだったんだ」

「本当……つまらない冗談」

 

一際厳しくなった表情のたっちゃんがランスを構える、それには水が渦巻いており殺傷力も強化されていそうだ。

 

「行くわよ?」

「いつでも」

 

その直後、突撃してくるたっちゃん。そして俺は未だにノーガード、だからと言って何もしないというわけじゃない。

 

「――っ!?」

 

たっちゃんは驚き大きく目を見開く、そしてその動きが止まる。それもそのはず、俺とたっちゃんの間にはゆうちゃんの幻影が姿を現したのだから。

 

「その隙、貰ったナリいぃぃぃぃぃっ!!」

 

俺はエムロードを構え、ゆうちゃんの幻影ごとたっちゃんを突く。混乱している所に予想外の一撃、流石のたっちゃんと言えどそれを避けるのは出来なかったようだ。

俺の一撃を受けたたっちゃんは大きく後退する。やったぜ、ついに念願のダメージを与える事に成功した。

 

「あぎゃぎゃぎゃっ! どうした、悪い夢でも見たか!?」

 

あの幻影、俺とたっちゃんしか見えない特殊なものだ。というかゆうちゃんが作り出したものだ。観客は俺に攻撃するたっちゃんが急に動きを止め、反撃を食らうという場面に驚きを隠せないようでざわざわしている。

 

「どういう事、これは……」

「だから俺はイタコって言っただろう、死人を召喚するなんてお手の物さ」

 

さて、ここから一気にクライマックスへ突入だ。今日まで散々仕込んできたんだ、全部受け止めてくれよ? たっちゃん。

 

「さて、ここからフェイズ4だ」

「さっきからフェイズがどうとか訳の解らないことを……」

「気にすんなって、残すはファイナルフェイズだけだ。そしてその時、俺は勝つ」

「本当に勝つ気でいるのね」

「当たり前だろ、ここ最近まともに寝てない奴に負けるわけがない。寝ようとしてもあの悪夢のせいですぐ起こされちまうもんな?」

「何でそこまで知ってるのよ?」

 

寝不足のたっちゃんの顔が更に厳しくなる。それも致し方なし、自分が悪夢を見ている事を俺に知られているなんてありえないのだから。

 

「俺は全部知ってるぜ? たっちゃんが最近寝ていないこと、見ている悪夢の内容、そして天野幽貴が死んだ事故の本当の原因もな!」

「本当の原因ですって? あれは単なる事故だったはず……」

 

深刻な寝不足のたっちゃんの脳はもうまともに機能していない、だからこんな俺の戯言にも耳を貸してしまう。そして俺はそこにつけ込む、これから行うのは外道の戦法だ。

 

「そう、あの事故は最初から予期されていたんだよ」

「そんな事ありえない、三津村の部品は正常に機能していたわ。だったら誰も事故が起こるなんて予想できなかったはず」

「ところがどっこい! それでも事故を予期できる人物がたった一人だけ居たんだ!」

 

大仰な身振りで、そして芝居ががって居るかのように俺は喋りだす。ここから衝撃の事実をお伝えしたいと思う、そうすればたっちゃんの心更に掻き乱すことが出来るはずだ。

 

「その名は天野幽貴! その事故で死んだ張本人だ!」

「――っ!」

「憶えてるか? 天野幽貴は授業の最初に織斑先生と模擬戦で戦った、そしてその時天野幽貴が取った戦法は?」

「……あの残像を産み出す特殊な機動」

「はい正解! その名も迅雷跳躍(ライトニング・ステップ)! 実は俺もこれと同じ名前の技を使っている。まぁ、効果は全く違うんだがな。それは置いといて話を戻そう、天野幽貴が使う迅雷跳躍は残像を作るほどに早く初見でそれを見切る奴は一人も居なかった。まぁ、織斑先生を除いての話になるんだが。そしてこの迅雷跳躍、これには二つのデメリットが存在した。一つは超絶な難易度のため開発した天野幽貴にしか使えないこと、そしてここで問題です! 迅雷跳躍のもう一つのデメリットとはなんでしょう!?」

 

唐突に始まるクイズショーに観客も更にざわつく、それにさっきから俺達は戦いをやめて喋ってばっかりで普段の模擬戦とは違うのもこのざわつきの一因だろう。

 

「……そんなの知らないわ」

「ざーんねーん、正解は搭乗しているISの駆動系を中心にに非常に重い負荷が掛ることでした~」

「ISに掛る負荷……もしかして!?」

「そう、天野幽貴が乗っていた打鉄の内部は織斑先生との模擬戦を終えた時点でボロボロだったんだ。そしてそれに聖沢霊華が乗った瞬間、どーんってね」

「そ、そんな……」

「つまりあの事故は天野幽貴の自業自得だったんだよ、ISが壊れかけていたことに気付いていたにも関わらず彼女はそれを報告するのを怠ったんだ。事故調査委員会の最終報告である初心者が乗ったことにより掛った想定外の負荷なんていうのは最初から存在しなかったんだ、負荷は既に彼女自身が掛けていたんだから」

「う、嘘よそんな事」

「死んだ彼女が俺に囁くのさ、信じられないのは構わないけど今俺が言ったことは全て事実だ。そして天野幽貴は……たっちゃん、あんたを死してなお恨み続けている」

『いや、別に恨んでないけど』

「だまらっしゃい」

 

いきなり突っ込みが入る、でもそんなのは無視だ無視。

 

「恨み? そんなものを買った覚えはないけど……」

「どの口が言うか、あんたは天野幽貴が言った死に際の願いを叶えられなかっただろうが! 結局聖沢霊華は死んじまった、どれもこれもあんたのせいだ!」

『あー、うん。そんな事も言ってたなぁ』

「なんで、そんな事まで……」

 

たっちゃんの顔が絶望に染まる、自分しか知りえない事実を俺に知られあまつさえ霊華さんの自殺の責任を擦り付けられている。もう彼女の心は俺の掌の上だ。

 

「更識楯無、お前の罪は俺が罰する。地獄の底で二人に謝ってくるといい。」

『私達、地獄に居ませんが……』

『つーか殺す気? 流石にそれは私らが許さんよ?』

「だから黙ってろって、今いいところなんだから」

 

その時、たっちゃんの纏う空気が変わる。それは明らかに怒気を孕んでいた。

 

「ふふふっ、何よそれ。今言ってる事って全部出任せじゃない、ちょっと私の個人情報を知ったくらいでいい気にならないでよね」

「自分の罪が認められぬか、愚かな。……仕方ない、死ぬほど痛い目に遭ってもらうぞ?」

「それはノリ君のほうよ」

 

次の瞬間、たっちゃんのISであるミステリアス・レイディが新しい装備を展開する。赤い翼を広げたユニットが背中に接続され、たっちゃんが纏う水のヴェールさえも赤く染めた。

 

「ああ、赤い。お揃いだね」

「これが私のオートクチュール、『麗しきクリースナヤ』。本来ならこれを使う位なら負けてあげてもよかったんだけど」

 

オートクチュール、専用機専用パッケージであるそれはまさに贅沢の極みといえる。そしてその類のものを俺は持っていない。一応ヴァーミリオンプロジェクトという似たようなものはあるが、あれはあくまで量産機であるヴァーミリオンのためのものだ。織朱とも互換性はあるがそれではもうオートクチュールと呼べないだろう。

 

「だったらおとなしく負けてくれよ」

「ノリ君、貴方は越えてはいけないラインを超えてしまった。もう許さないわ」

「そうかい、だがたっちゃんがどんなに怒ろうと俺の勝利は揺るがない。さて、ファイナルフェイズだ」

 

エムロードを構え、超振動を発動させる。そしてたっちゃんに突撃しようとした矢先……

 

「なんだ……これ……」

 

沈む、俺の織朱が地面に沈んでいく。そして沈んだ先から動かなくなっていく。

 

「これが私のワンオフ・アビリティー、セックヴァベック。いわゆる超範囲指定型空間拘束結界よ」

 

拘束結界といえば思いだすのはラウラのAIC、しかしこれはそれ以上に厄介そうだ。

 

「さて、終わりにしましょう。ノリ君、反省してね」

 

目の前ではたっちゃんがランスに水を渦巻かせている、話にしか聞いてないがあれは多分たっちゃんの必殺技ともいえるミストルテインの槍だろう。そしてそこはかとなくARMS臭がするのはきっと気のせいだ。

 

「やべっ、これは予想外だ。打開策が一切思いつかない」

 

こんな事を言ってる最中もどんどん沈む俺、この状況でワンオフ一発で逆転されるとは思っていなかった。

 

『打開策、あるわよ』

「マジか!? 早速頼む!」

『でも、この戦いが終わったら刀奈に謝ってね。あの子、相当傷ついてるから』

「ああ、そりゃ当然だな」

『よし、始めようか。霊華、力を合わせて』

『了解っ、頑張ろう!』

 

次の瞬間、俺を拘束する地面が揺れだした。

 

「……地震? こんな時に」

「いや、違う。これが俺の打開策だ」

「打開策!? セックヴァベックにそんなものなんてないはず」

「それがあるんだよ!」

 

直後、地震は更に大きくなり俺を拘束する地面一帯が破裂し、俺は宙へと舞い上がる。破壊された土はまるで竜巻でも起こっているかのように俺の周りをぐるぐると回っていた。

 

「空間拘束結界、つまりそれから脱出するにはその空間を破壊してしまえばいい。そしてこれが俺の切り札二枚目だ」

 

つまり幽霊の二人はこの場所でポルターガイストを起こしたのだ、本当にこの二人便利すぎる。

 

「さて、これで状況はイーブンだ」

「もしかして……ワンオフ!?」

「ちがいまーす、ぼくワンオフ使えましぇーん。……でもな、この織朱は特別なんだ。さて、折角だし最後の切り札も使っちまおうか」

『最後の切り札って……』

『駄目です藤木君! エッケザックスは模擬戦で使っていいものなんかじゃ』

「いや、いいんだ。たっちゃんは最強の武器で俺を倒そうとしている、だったら俺も最強の武器で迎え撃つしかないだろう」

『しかし、エッケザックスは生涯に五度しか使えないんですよ!?』

「それでもだ。俺はたっちゃんを尊敬している、初めて一緒に戦った時からあの人は俺の憧れだ。そんな人を超えるのに手加減なんて出来る訳がないだろう? というわけで行くぜ。エッケザックス!」

 

超振動するエムロードが煙を吹き、その刀身を赤く染める。更に中和剤も流れ出しそれに伴い塗料が少しづつ溶けていく。エッケザックス、北欧神話に登場するその剣は最初の所有者である巨人エッケの剣という意味の名を持つ。

それはどんな丈夫な鎧や楯も貫通する威力をもっているのだとか、となればこれ以上に目の前の”楯”を貫くのに適した武器はないはずだ。

 

「へぇ、それがノリ君の切り札三枚目?」

「ああ、そうだ。でも本当ならさ、こんな事しなくても俺は勝てるんだ」

「随分余裕なのね?」

「そりゃそうさ。試合前に渡した強○打破、あれには遅効性の睡眠薬がブレンドしてあるからな。時間が経てば俺は自動的に勝てるんだよ。そんなのにも気付けないなんて気を抜きすぎだぜ?」

「……っ、卑怯な」

「暗部組織の親玉さんが卑怯? 笑わせんなよ。まぁいい、とにかく気が変わったんであんたを全力で倒す。覚悟はいいな?」

「上等っ!!」

 

そして俺達は、どちらが先というわけでもなく互いに向かって突撃していった。

 

「はあああっ!」

「だらあああああっ!」

 

ぶつかる水の槍と灼熱の剣、一瞬剣の熱が水を蒸発させるもののエッケザックスは徐々に目の前の水に飲み込まれていく。

 

「ふふっ、真正面から飛び込んできた勇気は認めてあげるけどどうやら駄目みたいね」

「ふっ、それはどうかな?」

 

そう言った直後、水の槍を形成する水がどんどんと零れ落ちていく。これは俺の狙ったとおりの展開だった。

 

「えっ、これは……」

「これがエッケザックスの力だ。色々調べさせてもらったがその水はアクア・ナノマシンっていうの物質の塊らしいな。しかしそれは所詮ナノマシン、派手に動かそうとすればエネルギーを消費してすぐに使い物にならなくなる。そしてそのエネルギー補給は常に行わなければならない、ここまでは合ってるか?」

「ええ、そうね」

「そしてこのエムロード、エネルギー兵器を受け付けなくする塗料がたっぷりと塗ってある。そしてエッケザックスはその塗料を気化させて一時的にエネルギー兵器から完全な耐性を持つ技なのさ」

「つまり、その塗料がアクア・ナノマシンのエネルギー伝達を阻害している!?」

「そういう事だああああっ!!」

 

そう言いながら俺はエムロードを切り上げる、既にたっちゃんを覆う水のヴェールは跡形もなく姿を消していた。

 

「私の……水が……」

「これで終わりだ、グッバイ」

 

振りかぶったエムロードをまっすぐたっちゃんに向かって振り下ろす、しかし……

 

「本当に状況判断が甘いわね、だからあなたは負けるのよ」

 

俺の腹には水が突き刺さっていた、そしてその水の先にはたっちゃんが握る蛇腹剣があった。

 

「でも全部ノリ君が悪いのよ、ここまで怒ったのは何年ぶりかしら?」

 

そうたっちゃんが語る、そして水が突き刺さった俺は微動だにしない。

 

「……ノリ君?」

 

相変わらず動かない俺をたっちゃんが不審な表情で見る、そしてたっちゃんは気付いた。

自分の真後ろにもう一人の俺が居ることに。

 

「迅雷跳躍、これがその真の力だ!!」

 

その瞬間、俺は真後ろからたっちゃんを切り裂く。たっちゃんが突き刺したのは俺の残像、つまり俺は刺される直前になってゆうちゃんが本来使っていた真の迅雷跳躍を発動させたのだ。

 

「う、うそ……」

 

そしてたっちゃんは倒れる。その瞬間、場内のアナウンスが俺の勝利を宣告しアリーナは大歓声に包まれたのだった。



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第76話 愛するあなたへ

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「……はい、これで契約手続きは完了です。藤木さん、これからよろしくお願いします」

「ご期待に沿えるよう精進します、これからお世話になります」

「はい、私どもも期待していますよ」

 

そうして俺は差し出された右手を握り返す、今俺の目の前で会話をしているこの人は国際IS委員会から派遣された役人で、たったいま俺はこの人を介して国際IS委員会と傭兵契約を結んだところだ。

 

「この後、時間はありますか? 折角ですので親睦も兼ねてどこかお食事でも」

「すみません、仕事のスケジュールが立て込んでいまして……」

「そうですか、まだお若いのに大変そうですね」

「いえ、それほどでも。会社の方々が僕を支えてくれていますから」

「そうですか、では私はこれで失礼します」

 

そう言って国際IS委員会の役人は部屋から出て行く。ドアが閉まった瞬間、俺の力は一気に抜けた。

 

「あー、マジで堅苦しい。こういうのは苦手だ」

「それでも少しは様になってきたじゃない、昔に比べたら進歩してるのね。藤木君も」

 

隣に座っている楢崎さんが言う、彼女は相変わらず涼しげな態度で俺をディスってくる。

 

「大体なんだよ傭兵契約って、しかも俺個人が直接契約ってことは今後は三津村はケツ持ちをしてくれないって事ですか?」

「そうでもないわよ、水無瀬夫妻がスポンサー代表としてISLANDERSに出向することになってるから今後も私達のサポートは続くわよ」

 

三津村がISLANDERSのスポンサー? 聞いたことない話だ。

 

「どういう事です? スポンサーって」

「ISLANDERSのスポンサーに三津村、いえ、メガフロートが名乗りを上げたわ。それに伴い本日水無瀬夫妻はメガフロート管理委員会に移籍、そして即日ISLANDERSに出向という事になったわ」

「メガフロートっすか、予想外の名前が出てきましたね。しかし相変わらず忙しいこって、でも三津村が直接スポンサーに名乗りを上げないのはどうしてですか?」

「この国は戦争アレルギーに掛ってるから直接スポンサーになると色々まずいのよ」

「ああ、素晴らしきかな平和国家日本。お陰でせっちゃんは転勤で俺は傭兵だ」

「そうね、ということで名目上は藤木君個人が自分の意思でISLANDERS入りするのが最も波風が立たない方法なのよ」

「ここまで俺が自分の意思を発揮できた場面がどれだけあっただろうか……」

 

断言できる、そんなモノは一切ない。俺がISを動かしてきてから半年以上、俺は三津村の意のままに動き続けてきた。

 

「ところで次の仕事まであとどれ位ありますか?」

「あと三十分ね、そろそろ支度しないと」

「本当に早い、もう嫌になりますよ」

「今回は時間もないことだしほとんど藤木君のアドリブでいって貰うわ、頑張ってね」

「前回だってほぼアドリブだったでしょうに」

「それは言ってはいけない約束よ」

「そんな約束した覚えがないですね。でも、今回は安心ですよ。一応仕込みをしてますから」

 

そう言いながら俺は席を立つ。現在時刻は午後一時、たっちゃんを倒してから三時間、そして三十分後には俺は記者会見を行う事になっている。

そして、今回の話題はもちろんISLANDERS加入についてだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシャバシャバシャバシャッ

 

俺がここに入ってきたとき最初に聞いた音はそんな音だった。

ここは三津村商事本社ビルにある会見場、目の前にあるのは目が眩みそうになる光の嵐。この光を放つ人々は今日俺のために集まった人々だ。

以前はジジイに連れられて俺はこのひな壇の中央に座った。しかしジジイは居ない、今日ここは俺一人だけの舞台だ。

 

「本日は急な発表にも関わらずお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。三津村商事広報課所属の藤木紀春です。早速ですが発表させていただきます」

 

ということで俺もジジイスタイルで会見を始める。さて、世界中を驚かせてやろう。

 

「本日、ロシア連邦IS国家代表更識楯無様から推薦を受け、私、藤木紀春がISLANDERSに加入する運びとなりましたことを報告させていただきます。それに先立ちまして、更識楯無様よりIS学園生徒会会長の座をお譲り頂いたことも重ねて報告させていただきます」

 

早速記者たちがさわつく、彼らとてIS学園生徒会会長がどうなればなれるのかを知らないはずがない。

 

「すみません、早速質問よろしいですか?」

「はい、結構ですよ」

 

血気盛んそうな記者が手を上げる、あの記者は有名な左翼系マスコミの記者だ。そして、彼は俺に仕込みを受けている。つまり彼は俺の答えたい質問をしてくれる、そしてこの俺の舞台の大事な共演者であるのだ。

 

「まず、一つ目。ISLANDERSに加入する今のお気持ちをお聞かせください」

「はい、まず大前提で話しておきたいのがここ最近のIS学園に関する数々の事件の事です。IS学園ではイベントを開催するたびなんらかのトラブルが頻発しています。最近ではキャノンボール・ファストでの亡国機業の襲撃、そして先日あった専用機持ちのタッグマッチでの無人機の襲撃です。その数々の事件は僕の仲間を心身共に傷つけました、もちろん僕もですけど。もう彼らの傷つく姿を見たくはないんです、そしてそんな事を思ってる時に更識先輩から今回の話を持ちかけられた。という所です。正直この話は渡りに船でした。それに新しい環境に身を置けば更に僕は強くなれるはずです、今度こそ僕は仲間の誰も傷つけさせる事の出来ないような強い力を身につけたいんです」

 

記者達が関心したような声を上げる。よし、反応は上々だ。次はもっと盛り上げてやろう。

 

「それでは二つ目、日本人である藤木さんがISLANDERSに加入するにあたり政府とはどのような協議を重ねられたのでしょうか?」

「いえ、政府とは何も話をしていません。僕個人がISLANDERSと直接傭兵契約を結ばさせて頂きました」

 

記者たちがざわつく、きっと彼らはこう思っているに違いない。

 

「それはおかしくないですか? 藤木さんの所有しているISには日本政府から研究用に特例で貸与されているISコアが使われているはずでは? つまり貴方はこの日本のコアを勝手に使い、戦争に加担するつもりですか!? そんなの許されるんでしょうか」

 

記者はまるで怒ったような態度を取ってまくし立てる、そして実際に周りからは怒っているように見えるだろう。しかしこんな態度ですら俺の仕込みだ。

そして記者も言った通り政府から寄越されたコアを無断で使うのは明らかに許されない事である。しかし彼らは知らない、このコアが特別なコアであることを。

 

「はい、許されます。そもそもこの織朱に搭載されているコアは世界にある467個のコアの中には全く含まれない別のコアです。つまりこのコアは国家の縛りを受けないということになりますね」

 

記者達のざわめきが一層大きくなる、予想してたとはいえこの反応は嬉しすぎる。そして俺に質問している記者も他の記者と同じように驚いている、彼はこの返しも知っているはずなのにまるで初めて聞いたかのような反応だ。どうやら俺の共演者は中々の演技派らしい、なら俺も負けられない。

 

「そ、それは……一体何処から!?」

 

演技派の彼がまくし立てる。さぁ、ここからがこの舞台の見所だ。

 

「決まっているでしょう? 僕は篠ノ之束博士から直接このコアを賜りました」

 

次々に起こる驚愕の声、この会見場は興奮の坩堝と化していた。

 

「し、篠ノ之博士から直接!? 一体どういう事ですか!?」

「ええ、あれは……確か七月の始めでした、臨海学校の授業中に篠ノ之博士とお会いしましてその時にこのコアを受け取ってくれと」

「しかし、藤木さんに篠ノ之博士がどういった理由でコアを?」

 

ここからはあの兎さんにも見てもらいたい、これは俺からの彼女に対する戦線布告なのだから。

 

「篠ノ之博士はこの世界の現状を憂いています。人類の更なる発展のために作られたISは今や戦争の道具となり下がり、それを使ったテロがそこかしこで起こっている。そんな状況を打破するための力になってほしいと僕に直接コアを……というわけです」

「篠ノ之博士が……そんな……」

「篠ノ之博士は心優しい人です、そして世界中から狙われ逃げ続ける生活の中で心を痛めています。僕はそんな彼女の力になりたいんです、ISを悪い事に使う人々を打ち倒しそして彼女が安心して生活できる世界を、という所でしょうか?」

 

ここぞとばかりにカメラに優しげな笑みを浮かべる、しかしこの言葉と笑顔の意味は本当の俺を知る人と知らない人では意味合いが大きく変わってくるだろう。

 

「もしかして……藤木さんは?」

 

よし、トドメだ。ばっちり決めてやる。

 

「そっ、そんな事あるわけないじゃないですか! 確かに篠ノ之博士は魅力的ですが、僕なんかじゃとても……あっ……」

 

失言をした振りをして顔を真っ赤に染める、しかしこんなのは演技だ。というかIS学園に来てからというもの俺の演技力はうなぎ登りだ、もしもISで食っていけなくなったら俳優にでもなろうかと思う。

 

「ああ、そういう事ですか」

 

にやにやと笑う記者がそう言う。この人も本当に演技派だ、彼も俳優になったらきっと大成するだろう。

 

「あ、あの……カットとかって、出来ます?」

「生放送なので無理ですね」

「そう……ですか……」

 

記者たちが笑う、そして俺も誤魔化すかのように笑う。更に心の中では黒い笑みを浮かべる。この後記者会見はつつがなく進行し終了した。さて、明日のスポーツ紙が楽しみだ。きっと愉快な事になっているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やってくれたわね、藤木君」

「そりゃどうも。で、世間様の反応はいかがでしたか?」

 

記者会見の翌日、仕事の関係で未だIS学園に帰れない俺はホテルで楢崎さんと会う。そして、『やってくれた』と言った割りには楢崎さんはなんだか嬉しそうだった。

 

「ええ、会社には抗議の電話が鳴りっぱなし、主に左巻きの方々からね。それとネットも大荒れよ、藤木君の行く末について右と左が壮絶な議論を交わしているわ」

「まぁ、どんだけネットが荒れようと関係ないっすね。っていうか俺、右も左も嫌いだし」

「あら意外ね、IS操縦者っていうのは基本的に右寄りの人間が多いんだけど」

「そりゃ好き好んでISに乗ってる連中はそうでしょうよ。でも俺はそういうのじゃありませんし、政治には興味がないですから」

「折角だから靖国にでも参拝させようかって思ったんだけど」

「やめてくださいよ、さっきも言いましたが俺は特定の思想に肩入れするつもりはないですからね」

「そう、残念」

 

この人絶対右寄りの人間だ、しかも戦争を賛美する性質悪い方のやつだ。

正直こうい政治の話は得意ではないし、今後も極力関わりたくはない。しかしISLANDERS加入を表明した以上そうもいっていられないのかもしれない。

 

「そうそう、それと藤木君当てにファンレターが沢山届いているわよ」

 

急に話を切り替えた楢崎さんは持っている大きなバッグから大量の封筒を取り出した、そして俺はそれを受け取る。

 

「ほうほう、俺のファンからの激励の手紙ですか。ありがたい、こういうのはマジで励みになりますよ」

「なに寝ぼけた事言ってるのよ? その封筒の中身、9割方カミソリ入りだからね」

「ファッ!?」

 

受け取った封筒は全て開封済みのようで、簡単に中身を窺うことが出来る。俺は封筒の中から無作為に一つ選び出し中身を見てみる、確かにカミソリが入ってた。というか検閲済みならカミソリは抜いていて欲しかった。しかも中身は新聞の切抜きで作った古風な怪文書である。

 

「篠ノ之博士に愛の告白をしたのが悪かったようね、全国の篠ノ之博士の信奉者が激おこよ?」

「あー、そこまで考えてなかった……」

 

俺にファンが居るようにあの兎さんにだってファンが居る、あの会見は確かに兎さんのファンからすれば激おこものだろう。

 

「はぁ、ちょっとしたお茶目なのに。全く、愚民共はユーモアというものを解っていないようだ」

 

これだからバカは嫌いだ、俺に必要なのは俺に賞賛を贈る人たちだけでいい。俺を嫌う奴は俺にとっては全て不要な存在である。

 

「しかし、社会というのはその愚民共が支えているのも事実か。まぁ仕方ない、奴らを退屈させないようにするのが俺の仕事ですからね。そろそろ行きましょうよ、次も取材ですか?」

「ええ、今日中にISLANDERS絡みの仕事は全て片付けるわよ」

 

そう言いながら俺と楢崎さんはホテルを出て迎えの車に乗り込む。さて、今日もお仕事頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんじゃこりゃー!!」

 

彼女は思わず持っていた新聞を引き裂く、そこには『藤木紀春、篠ノ之束に大胆告白!!』と表紙にでかでかと書かれていた。記事の内容は先日、藤木紀春がISLANDERSに加入した際に行われた記者会見の内容を簡潔にまとめているものなのだが、その見出しは客をひきつける為にキャッチーな仕上がりとなっている。

 

「た、束さま?」

「くーちゃん、電話っ!」

 

そう言われてくーちゃんと言われた少女、クロエ・クロニクルはおずおずと電話を差し出す、束はそれを乱暴に受け取り着信履歴を表示させる。そこには延々と『doctor』という名前と電話番号が記されていた。彼女が電話する相手なんてこのドクターしか居ないのである。

 

そして数回のコールの後、目的の人物の声が届けられる。

 

「……なんだ?」

 

電話越しでも解る気だるそうな声、電話の相手であるドクターはいつもこんな感じだった。

 

「なんだじゃないよ! あいつ殺せ! 今すぐ殺せ! 束さん激おこぷんぷん丸だよ!」

「ああ、あの記者会見の事か。別にいいじゃないか、何か被害を被ったわけでもないんだから」

「束さんは充分に精神的苦痛を味わってるよ! 勝手に自分の意見を捏造されて、挙句の果てには愛の告白なんて気持ち悪くてゲロ吐きそうだよ!」

「我慢しろ、君に協力するとは言ったが精神的な苦痛のフォローまですると言った覚えはない」

「へぇ、そんな事言うんだ。だったらお前らはおしまいだね、束さんが直々に成敗してやってもいいんだよ?」

「好きにしろ、そうしたらお前もどうなるか解ってるんだろうな?」

「えっ?」

「そうだな、君の所に直接藤木紀春を差し向けよう。きっと彼もキミに会いたいだろうからな」

「な、なんだ。そんな脅しに屈すると思ったか。むしろ好都合だよ、あんな奴返り討ちにしてやる」

「そうか。一応言っておくが彼のISにハッキングを仕掛けない方がいいぞ、あれはもう僕の手にすら負えないバケモノになってしまったからな」

「……自慢か?」

「好きに取ってくれていい。まぁ、無駄だとは思うが精々頑張ってくれ」

 

そう言って彼は電話を切った。

藤木紀春のふざけた会見、ドクターのそっけない態度。そのせいで束の心には怒りの炎が渦巻いている、そして彼女は電話を放り投げディスプレイの前に座る。

 

「くそっ、どいつもこいつも束さんを馬鹿にしやがって。思い知らせてやる」

 

と言いながらいつも使うハッキングツールを開く、束は目と指先を目まぐるしく動かしながらハッキングする目標を探した。

 

「ええと、これはいつぞやに使ったゴーレムのコアか……だったら楽勝だね」

 

そしてそのゴーレムのコアにハッキングを仕掛ける。数分後には藤木紀春のISは勝手に起動し、ドクターの現在の居場所を焦土にするために動き出すだろう。そして最後は成層圏まで行ってISを強制解除させるという風に設定した。

 

「ふふふっ、あのクソガキが最後に見る景色はとっても綺麗なんだろうなぁ。やっぱり束さんは優しいね。くーちゃんもそう思うでしょ?」

「はい、勿論」

 

クロエが束に微笑む、それを見た束もクロエに微笑み返す。

ハッキングツールは順調に稼動している、今の所ドクターの言った脅しの心配もない。全てが順調だった、はずだった……

 

「あれ、止まった」

 

あと少しといった所でハッキングツールが動きを止める、そして止まったのはそれだけではなかった。

 

「あれ、停電? まいったなぁ、電気工事は苦手なのに」

 

束の居る部屋の明かりが全て消える、と言ってもその部屋の光源なんて目の前で煌々と光るディスプレイとさっきまで新聞を読むのに使っていたデスクライトしかないのだが。しかし、その停電はすぐに復旧した。

 

「なんだ、大した事なかったのか。くーちゃん、大丈夫?」

「た、束様……あれ……」

 

クロエ恐る恐る束の後ろを指差す、そして束はそれにつられるようにその先を見る。いや、見てしまった。

 

「ぎ、ぎゃああああああああっ!」

 

その先に映し出されたのは無数の精神的ブラクラ、しかもかなりグロいやつである。束は反射的にディスプレイを殴りつけ、それを物理的に沈黙させた。

 

「…………」

「…………」

 

そして部屋を包む静寂、この短い間で束の心は疲れ切っていた。

 

「……もう寝る」

「そ、そうですか……」

 

束はまたしても藤木紀春抹殺計画に失敗した、彼女は部屋から出て行き寝室へと向かう。そしてこの部屋の中ではコンピュータが煙を上げる音が空しく響いていた。



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第77話 real

「はぁ、やっと帰ってこれた」

 

あの記者会見から二日後の11月2日、俺はついにIS学園に戻ってきた。会見後に仕事が一気に増えるとは聞いていたがまさか翌日も丸ごと取材に追われるとは思っていなかった。

 

『しかし、あのハッキングは一体なんだったのでしょう?』

「さぁな、しかし二人が居てくれて心強いよ。これで今度こそ奴を倒すことが出来る」

 

昨日あった織朱へのハッキング攻撃は幽霊の二人のお陰で被害を受けることはなかった、状況的に考えて記者会見の報復に兎さんが仕掛けたものだと思うが今となってはどうでもいいことだ。

 

「で、ここか……」

 

そんな事より今俺を一番悩ませている問題がある、それはもちろんたっちゃんの事だ。作戦上仕方ないとはいえ彼女には相当酷いことをした、今後も彼女とはISLANDERSで一緒にやっていくわけだし関係改善は急務である。

 

『ほら、いつまでもウジウジ悩んでないで』

「だよな、もうこうなりゃ出たとこ勝負だ」

 

意を決して保健室の扉を開く。そしてその先で俺を待っていた光景とは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおっ、危ねぇ!!」

 

保健室の扉が開いた瞬間、そこに入ろうとしているのがノリ君だと解り私は反射的に手元のドスをノリ君に向かって投げつける。しかしノリ君はそれをいとも簡単にキャッチしてみせた。

 

「ふむ、どうやら元生徒会長はまだ怒っていらっしゃるようだ」

「そうね、あんな事されて怒らない方がどうかしてるわ」

 

余裕綽々な態度を取るノリ君が気に入らない、私に対してあんな事をしでかしたのにまるで悪びれる様子もないのだから。

 

「まぁ、俺としても悪かったと思っている。しかし何でもしていいって言ったのはたっちゃんのほうだ、ここまでの扱いを受ける謂れはないと思うが」

「それにだって限度ってものがあるでしょう!? 私の過去を晒して不必要に傷つけてノリ君は一体何をしたかったのよ!?」

 

ノリ君が解らない。以前幽貴と霊華の話をしたのは憶えてるけど、まさかこんな風な手を取られるとは思っていなかった。

 

「あんたを越えたかった、あんたは俺の目標だったから」

「…………えっ?」

 

私を……越える?

 

「初めて一緒に戦った時、俺は衝撃を受けたよ。自分ひとりじゃ全く歯が立たない無人機をあんたは華麗に倒してみせるどころか、トドメを俺に譲る余裕さえ持っていた。こんなに強い奴が居るのかって思った。そしてそれからだ、あんたに憧れるようになったのは」

 

今まで散々駄目な所を見られたにも関わらず、ノリ君がそんな風に私を見ていたなんて思いもしなかった。いつの間に私の目も寝不足でくすんでいたのだろうか……

 

「あんたは俺の欲しいものを全て持っていた。絶大なカリスマ、強靭な武力、学園を動かす事の出来る権力。どうすればそれを手に入れられるんだろうっていつも考えてた、その答えは簡単だったがな」

「それが、生徒会長の座……」

「それを使って何をしようってわけじゃないんだ。でも憧れてそれを越えようっていうんなら、それに見合う証が欲しかった。あの更識楯無を倒したという証をな」

「そんなものの、ために……」

 

こんな言葉をストレートに言われるのは得意ではない、でも嬉しくないわけでもない。ああ、彼はずっと私のことを追いかけてくれていたのか。なんだか気恥ずかしい。

 

「ああ、そんなもののためにだ。さて、ここからは世にも奇妙なノンフィクションの話をしよう」

「……なに?」

「天野幽貴と聖沢霊華は生きている」

 

…………なんだか頭が痛くなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノリ君、まだ私を怒らせたいの?」

「勿論簡単に信じられる話じゃないのは解ってる、でもマジな話だ」

 

さっきまで少し軟らかくなったたっちゃんの表情がまたしても険しくなる、霊能力者でもないたっちゃんにこの話をするのは多少酷であるのは重々承知だ。でもこの人だけには真実を伝えなくてはいけない、それがたっちゃんを傷つけた俺が払うべき代償なのだ。

 

「そんな法螺話聞き飽きたわよ! 私は二人が死んだところを全部見てるの! ノリ君、あなたどれだけ私を馬鹿にすれば気が済むのよ!」

「そう思うのは解ってる! でもな、これだけは本当の話なんだ。今から証拠を出す」

 

そう言って、俺は織朱のビットを部分展開する。これこそが今の二人の肉体だ。

 

「ビット? だからどうしたのよ、これがあの二人だとでも言いたいわけ?」

『正解っ! ハワイにご招待するよ!』

「え、この声は……」

 

ゆうちゃんの声を聞いたたっちゃんの顔が驚きに染まる。まぁ、これはビットから音声が出ているのではなくて話したい相手に直接念話を送っているのだが。

 

「聞いたろう? あのビットの中にはゆうちゃんと霊華さんの魂が入っている、二人は肉体を失ってはいるがその魂まで消えたわけじゃない」

「そ、そんなの信じられるわけないでしょう!? きっと合成音声か何かで……」

 

まだ信じられぬか。まぁ、俺もあの真夏の恐怖体験があったからこそこの二人を信じれるのだ。ならばたっちゃんにもこの二人の力の片鱗を味わってもらおう。

 

「ええい、面倒臭い。霊華さん、やっておしまい」

『ラジャー! 楯無さん、少し痛いけど我慢してね』

「えっ? ……うっ!?」

 

霊華さんがたっちゃんにテレパシーを仕掛ける、その内容は二人が死んでから今までの事だ。多少脳に負荷が掛るがこれが一番手っ取り早い。

 

「うっ、ううっ……」

「大丈夫か?」

「な、なんとか……でもこれを見せられたら信じるしかないわね……」

 

頭を押さえてるたっちゃんが苦しそうに言う。しかし、この超常現象を信じてもらえたようだ。多少洗脳した感があるけど、そんな事は些細な問題だろう。

 

『あ、あの……ごめんね? 今までの事色々……』

「幽貴、本当に幽貴なのね?」

『うん、久しぶり……』

『私も居るよ!』

「ああっ、霊華……私のせいであなたは……」

『ううん、あれは楯無さんが悪いんじゃないの。弱い私が悪かっただけだから……』

 

たっちゃんの目には涙が滲んでいる、すれ違っていた三人がついに解り合えた光景に俺も思わずうるっとくる。

 

そして俺は気付かれないように静かに保健室のドアを開ける。この展開では俺はお邪魔虫だ、後は三人で仲良く旧交を温めてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そしてよくもまぁ私の前に顔を出せたな?」

「そりゃ、もうすぐIS学園を出て行くんだから愛しの織斑先生に挨拶を……と思ったんですがね?」

 

そう言いながら俺は鞄からある雑誌を取り出す、それがこの薄暗い部屋の唯一の光源が照らした。

ここはIS学園地下特別区画の一室、以前織斑先生とひと悶着起こした場所だ。

 

「どういう事ですか? 織斑先生がISLANDERSに加わるなんて聞いてませんよ?」

 

俺は雑誌を広げながら言う、雑誌のタイトルは『インフィニット・ストライプス ISLANDERS緊急特別号』。

そこにはISLANDERS加入者の顔写真やプロフィールが並べられており、その中には錚々たるメンバーが名前を連ねている。そして、その中で一番最初に名簿に記載されているのが織斑先生だった。

 

「言っていないからな。ちなみに私はお前より早くメンバー入りしていたぞ?」

「そりゃそうでしょうよ、俺がISLANDERSに入ったのは一昨日の事ですから」

 

正直俺としてはあまり嬉しくない。織斑先生が嫌いなのではなく、俺が勝手に思っているISLANDERS加入の目的の一つに環境を変えるという事があるのだ。そして、今のIS学園では多分俺は進歩しないと思っている。

ISLANDERSには世界のトップクラスの戦士が集っている、あのラウラですら贔屓目に見てもISLANDERSの中では中堅レベルだ。そこに身を置けば俺はもっと質の高い訓錬を行うことが出来る、もっと強くなるためにはあそこは好都合な環境なのだ。しかしそこに織斑先生が居るのであればIS学園とさほど変わらないのではないだろうか。

 

「そんな事よりだ、あの記者会見見たぞ。やはりお前がコアを盗んでいたんだな?」

「いえ、違いますよ。あれは愛しの篠ノ之博士から直接貰ったもので……」

「つまらん冗談はいい、もう怒らないから正直に話せ。あと、お前が愛しの篠ノ之博士などと言うな。気持ち悪い」

 

だそうだ、俺がぶち上げた渾身のジョークは織斑先生のお気に召さなかったらしい。

 

「いえ、あれは本当の話ですよ。臨海学校から帰ってる時に無人機に襲われまして、その時に奪ったコアを使用しています」

「なん、だと!? そんな事私は知らんぞ!?」

「そりゃそうですね、結構派手にドンパチしたんですけど学園のISは助けに来ませんでしたし。まぁ、そこらへんは俺を助けに来なかった慰謝料ということで」

「ちっ……しかし今となってはどうする事も出来ないか」

「ええ、全ての責任は兎さんに丸投げです。あの人って本当に便利」

 

そしてその兎さんこそが俺が本当に倒すべき敵、しかしその居場所すら俺は知らない。ISLANDERSなら彼女の居場所を見つけることが出来るだろうか?

 

「藤木、お前に一つ忠告がある」

「おっ、なんか急に教師らしいですね。一体なんです?」

「ISLANDERSなどというものにに結束はない、気を抜くと足元を掬われるぞ?」

「ん? どういう事です?」

 

ISLANDERS設立の理念は昨今勢いを増すテロリストに対抗するために世界中から精鋭を集めそれを討伐するという事だ、確かにバラバラな国で急にチームワーク取れというのも酷な話ではないかとは思うがISLANDERSに結束はないと言うのもいかがなものだろうか?

 

「ISLANDERSの参加者は各々国家から密命を受けているはずだ、それがそういうものかは解らないが注意しろ。もしかしたらお前に危害を与えようとする奴も居るかもしれん、例えラウラ相手でも油断はするなよ?」

 

ラウラまで俺に牙を剥いてくる可能性があるというのは流石に信じられない。あいつは可愛い妹だ、例え織斑先生が何を言おうともそれだけは聞くことは出来ない。

 

「マジっすか、流石にラウラだけは信じてあげたいんだけどな。しかし思いの他ラウラに厳しいっすね、俺と違ってマジで可愛い教え子でしょ?」

「まぁな。しかし私やお前がどう思おうとあいつとて所詮は軍人だ、国家の命令に逆らう事は出来んさ」

 

以前俺には首輪がついており織斑先生は前身に鎖を巻きつけられていると評した事がある、しかしどうやら首輪がついてるのはみんな一緒らしい。

 

「なんだか急にISLANDERSが茶番劇の舞台に思えてきましたよ」

「舞台か、それは良い得て妙だな。但し人形劇という注釈が入るが」

「それか猿回しですね」

 

ISLANDERSという舞台に登場する俺や織斑先生を始めとする沢山の首輪付きの役者達、そこに俺達の自由はなく書かれた脚本通りに役割を演じるだけ。自由を得るためには首輪を外せばいい、しかし首輪を外せ即刻舞台から下ろされるという結末が待っている。

 

「なんだか、踊らされてますね。俺達」

「ああ、社会というのはそういうものだ。嫌でも道化を演じなくてはいけない時がある」

「でも、それでいいんじゃないんですか? 守るべきもののためなら俺は喜んで演じてやりますよ、それにスポットライトを浴びる事が出来るのは演者の特権だ」

 

幾ら俺達が脚本通りに動いても観客の喝采をその身に受けることが出来るのはその舞台に立っている役者のみだ、脚本家たちが何を考えていようとそれは変わらない事実である。

そうだ、俺はISLANDERSという舞台を使って絶対に成り上がってやる。そしていつか俺が主役の物語を始めるんだ、この世界の主人公である一夏すら霞むような壮大な物語を。

 

「そうだ、ISLANDERSで信頼できる人間というならもう一人居ますよ」

「更識か? しかし、あいつも何を考えてるか解らんからな。一応日本の味方ではあるが……」

「いえ、違いますよ。この人です」

 

机に置いてある雑誌をぺらぺらと捲り、目的のページを開く。そこにはISLANDERSのメンバーが掲載されており、見れば見るほど豪華なメンバーの顔写真やプロフィールが書かれている。

 

ここで一つ整理しておこう。ISLANDERSに所属するIS操縦者がどれだけ居るのかについてである。

まず俺、そしてたっちゃんとラウラ。さらにはドイツ以来の再会になるであろうクラリッサにテンペスタ二型の人とナターシャさんが居る。

直接会った事のない人ではアメリカ国家代表イーリス・コーリング、更に大物の二代目ブリュンヒルデことアリーシャ・ジョセスターフ。つくづく豪華なメンバーである。そして今のところ8名だ。

色々居るが俺が信頼できる人物はこの人達ではない、そして俺はとある顔写真を指差した。

 

「こいつは……」

「ええ、俺のお師匠様です」

 

そこには俺のお師匠様こと野村有希子の名前があった。彼女こそがISLANDERS9人目のIS操縦者である。

以前とは違い、いかにもなヤンキー顔はなりを潜めメイクによってお洒落で爽やかな印象を感じる。そして何よりも目を引くのがその役職だ、そこにはフランス国家代表と書かれている。

 

「お師匠様、俺が知らないうちに大出世してたみたいっすね。しかもいつの間にかフランス人になってやがる、まさか一緒に働く事になるとは」

「藤木の師か、それはそれで興味あるな」

「やめてくださいよ、嫌な予感しかしないっすよ」

 

織斑先生と有希子さん、この二人が出会った時一体どんな科学変化が起こるだろう? 何にしろ俺にとって良さそうではなかった。

 

そんな話を適当にした後、俺は織斑先生と別れる。あの人とは立場上対立せざるを得ない事もあるが、本来なら同じ国の仲間なのだ。だからもっと強くなろう、有希子さんや織斑先生から真の信頼を得る位になれるまでは。



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第78話 オリ主fes

「今更だけど紀春の髪、かなり伸びてるよね」

「ん、確かにな。この学園に来て取材を受ける時とかのメイクの時に毛先を切る位しかしてないからなぁ」

 

織斑先生と別れてから寮へ帰ろうとする途中、偶然シャルロットと会いそのまま一緒に帰っている時にそんな事を言われた。

俺は前髪をいじりながらシャルロットの問いにそう答える、確かに今の俺の髪は結構長くなってきている。

 

「そろそろ切った方がいいんじゃない?」

「いや、実は今の髪型結構気に入ってるんだ。だから当分切るつもりはないかな」

「ふーん、僕としては短い方がかっこいいと思うけど」

 

そんな平和な会話をしながら俺達歩き続ける、そして俺がこんな平和を享受できるのももうすぐ終わってしまう。明後日から俺はIS学園を旅立ち、ISLANDERSという戦場に向かうことになるのだから。

 

「……明日紀春の誕生日だよね」

 

そうだ、明日11月3日は俺の誕生日なのだ。もちろんパーティーの準備は抜かりない、今の俺の全財産のほとんどを使って行われるパーティーはきっとド派手なものになるのだろう。そしてそれは俺の生徒会長就任とISLANDERS行きの壮行会も兼ねている。更に言うとお陰で今の俺の貯金はほとんど無い。

 

「ああ、そうだな。パーティーやるからお前も来いよ?」

「パーティー? どこでやるの?」

「ここの食堂、生徒会長命令で学園生徒全員呼ぶつもりだ」

「うわぁ、相変わらず派手だね……」

 

確かに派手だ、そして派手だという事は必然的に金が掛かる。少し前にたっちゃんがパーティー代半分持つと言ってくれなかったら破産してたかもしれない。

この学園に来て金を持つようになってきてから俺の金銭感覚もかなりヤバイ感じになっている、今後はもう少し節約していかないと生きていけないかもしれない。

 

「そうだ、誕生日プレゼントなんだけど……」

「処女の陰毛が欲しい」

「…………」

 

処女の陰毛、それは男のタマに当たった事がないということで弾除けのお守りになるという話をどこかで聞いた。ISLANDERSでバトルを続ける俺にとってこれ以上のものはないだろう。

というかシャルロットの顔が険しい、軌道修正しないと。

 

「……冗談だ」

「だよね」

「ああ、でもプレゼントは要らんぞ。今回のパーティーはマジで規模がでかいから一々お返ししてたら大変な事になるからな」

「……えっ?」

 

やべぇ、失言だ。シャルロットの顔が不安そうになっている、もしかしたら既に用意されているのかもしれない。

 

「いや、やっぱ欲しいわ。なんかくれるのか?」

「うん、一応……ね?」

 

よし、多分切り抜けた。……気がする。

俺達は多少きまずい雰囲気を残しながらも寮へ向かう。ああ、明日は俺至上最高のフェスティバルが始まる。客を満足させるようなおもてなしをしてやるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではっ、藤木君誕生日おめでとーーーーっ!!」

「センキュウウウウウッ!!」

 

割れるくす球、飛び散る紙吹雪、乱射されるクラッカー、ついに紀春の誕生日パーティー兼、生徒会長就任祝い兼、紀春とラウラと更識元会長さんのISLANDERS壮行会が始まった。

 

「ではっ、まず主役の藤木君からひとことお願いします!」

 

司会のの女の子からマイクを受け取る紀春の服装もこの会場と同じように派手だ。スパンコールがびっしりとついた赤いジャケットを身に纏い、『本日の主役』と書かれた襷をかけ、アメリカンな雰囲気を漂わせるこれまた派手なスパンコールをびっしりとつけた帽子に、明らかにパーティーにしか使えないようなサングラスをつけている。明らかに普段使えなさそうなそれらの衣装からも紀春がこのパーティーにかけている意気込みを感じることが出来た。

 

「しっかし、凄いな。ここまでの規模でやるか普通?」

 

一夏を中心とした僕達一年生専用機持ちは一つのテーブルにひとまとめにされている、そんな中で一夏が独り言のようにそう呟いた。

 

「紀春は普通じゃないからね……」

「……そうだよな、紀春だもんな」

 

なんだか最近、紀春だからで物事が片付けられているのは気のせいだろうか。そんな感想を抱いてるうちに紀春が最初の一言を喋りだした。

 

「まず、俺の誕生日パーティーに集まってくれてありがとう。こんなに派手にやるのは初めてだから正直緊張してる。まぁ、みんなに満足してもらえるように色々用意したつもりだ。是非楽しんでいってくれ、以上だ!」

 

その言葉と共にパーティーは開始された、今夜が終われば紀春達はIS学園から出て行く。だからその前に……

 

「はーい、みんな飲み物は持ったかな? もうすぐ乾杯だよ?」

 

僕の思考はその声によって途切れた、ふと目をやるとそこには飲み物のグラスを載せたお盆を持った元会長とつい最近専用機持ちの仲間入りを果たした簪が立っていた。そしてその服装は二人とも何故かメイド服である。

 

「あれ、楯無さんに簪。なんでまたそんな服を?」

 

一夏がもっともな疑問を口にする、しかし周囲に目をやると僕の疑問はすぐに解決した。

 

「ノリ君のいいつけで給仕係をやらされてるの、今の私はノリ君に逆らえないから」

 

やらされてる、と言った割りには元会長の顔はにこやかだ。なにか嬉しい事でもあったのだろうか?

 

「私は、ソフトボール部に入った以上藤木さんの命令は絶対ですから……」

 

そういう簪の話を聞いて一夏の顔が少し曇った、そして一夏は少し申し訳なさそうに口を開く。

 

「すまない簪。俺、お前を守ってやることが出来なかった……」

「そ、そんな…… そもそもあれは守るとかどうとかいう話じゃなくて……」

 

聞いた話によると、簪のソフトボール部入部に関して紀春と一夏の間で小競り合いがあったらしい。その結果は一目瞭然である。周りではメイド服を着たソフトボール部員が忙しなく給仕に追われている、そして簪もその一員になってしまったのだ。

正直心配だ、しかし僕としては簪が狂信者にならないよう祈るだけしか出来そうもない。

 

「よし、乾杯やろうか! みんなグラスを持ってくれ」

 

遠くで紀春の声が聞こえる、そしてパーティー会場の視線が紀春へと集まった。

 

「えーと、何て言えばいいかな……まぁ別にいいか。という事で乾杯!」

「かんぱーい!!」

 

みんなが紀春に続いてグラスを掲げる、その光景は紀春の栄光を示しているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおっ、これはこれはイトノコ先輩ではありませんか」

 

パーティー会場の隅、俺はそこでケータリングに舌鼓を打つイトノコ先輩ことフォルテ・サファイアを発見した。彼女との出会いは学園祭の頃でそれから数度顔を合わせてはいる、しかし俺は彼女から苦手意識を持たれているようだ。

 

「うぐっ、見つかったッス。というかそのあだ名やめるッス! 先輩に対するリスペクトがないんすか!?」

 

そう、彼女は俺が言うイトノコ先輩というあだ名を非常に嫌っている。しかしそれに反応するイトノコ先輩が面白いので俺は彼女をこう呼び続けていた。

 

「いやいや、リスペクトはしてるッスよ? だからついつい真似たくなるッス」

「それもやめるッス! あんた達一年のせいで私がどれだけディスられてると思ってんすか?」

「まぁまぁ落ち着いて、ほんのりカツオ風味のコートあげますから」

「そんなもの要らんッス!」

 

この人以上に俺のイジリにうまく返してくれる人がいるだろうか? いや、居ない。というわけでイトノコ先輩は俺のお気に入りなのだ。

 

「おう、クソガキ。フォルテになにやってんだ?」

 

そんな声が俺の背後から聞こえる、振り返るとそこにはばいんばいん先輩ことダリル・ケイシーの姿があった。

 

「ああ、お疲れ様ッス。ちょっと彼女さんをお借りしてましたよ」

「またフォルテのモノマネか、程々にしてやれよ……」

 

そう、この二人はこの学園では有名なレズカップルである。しかし、勿体無い。この大きな乳をイトノコ先輩は好き放題出来るとかマジ羨ましすぎる。

 

「それどころじゃないッス! イトノコとかいう酷いあだ名まで!!」

「いいじゃねーか、オレなんてばいんばいんだぜ? というかお前どこ見てる?」

「ナイスおっぱい!」

 

ばいんばいん先輩の制服はかなり扇情的なカスタムをしており、青少年には中々目の毒だ。意識せずともついつい見てしまうのは致し方ないのではなかろうか?

 

「アホか、触らせてやんねーからな?」

「見るのはOKなんですか!?」

「見るのも駄目ッス!!」

 

らしい、だったらこんな服着ないでもらいたいものだ。

 

「藤木さん、シャンパンタワーの準備が整いました」

 

そんな時、俺の背後から声が掛る。振り返るとそこにはソフトボール部部長のディアナさん、信頼できる俺の右腕だ。

 

「おっ、もう準備出来たのか」

「ひいっ! いじめっ子まで来たッス!!」

 

そんな彼女に怯えるイトノコ先輩、学園祭の時にこっ酷くやられて以来彼女の事も苦手にしているらしい。

 

「なに、ディアナさんいじめやってんの? 流石にそれはいかんでしょ」

「いえ、虐めてるつもりはないのですが……」

 

困惑するディアナさんとは対照的にばいんばいん先輩の影に隠れて震えるイトノコ先輩、それはなんだか奇妙な光景だった。

 

「という事で俺達は行きます、まだまだパーティーは続きますんで楽しんでいってくださいね?」

「こ、こんな状況で楽しめるわけないッス!!」

「らしいぜ、困ったな……」

「だったらベットインでもして慰めてあげたらどうです?」

「……そうだな、そうするか。行こうぜ、フォルテ」

 

そう言って二人の先輩は俺達から離れて行き、食堂を後にする。そんな光景を俺とディアナさんは何も言えずに見送った。

 

「マジで行くとは思わんかった……」

「女同士でとは、汚らわしい上に非生産的にも程があります」

「駄目よ、ディアナさん。世の中には色んな人がいるんだから、少数派も許容しないといざ自分がそういう側に回った時に嫌な思いをすることになるぞ?」

「私はレズではないのですが……」

「性的嗜好に限らず全体的な意味でって事。多数派に属する人間ってのは基本的に少数派に厳しいからね、故に多数派に属する人間は少数派の人間にもっと配慮を行うべきだと思うよ。だからって少数派の奴隷になれとも思わんがな」

「そういうものですか」

「ああ、俺はこの学園で最も少数派に属する人間だからな」

 

もちろん男であるという点でだ。俺がここを去った後一夏は一人で大丈夫なのだろうか、少し心配ではある。

 

「まぁ、どうにもならん事を議論してもしょうがないな。俺達が何を言おうとあの二人はレズカップルだし、この学園で男は二人だけだ。さて、俺達も行こうぜディアナさん」

「そうですね、行きましょう」

 

というわけで、俺達は部員が用意してくれたシャンパンタワーの元へ赴く。さて、ゲストは減ったがまだまだ盛り上げていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、飲めー! 今日は無礼講じゃー!!」

 

シャンパンタワーも完成し、それが会場に行き渡る。未成年の飲酒がどうとか言われそうだがここはIS学園、そういう事は特に禁止されてはいない。そして、そのシャンパンは俺達の居るテーブルにも行き渡っている。

 

「ほう、これは中々……」

「うん、これかなり高いよ」

 

最初にそれに口を付けたのはセシリア、そしてシャルロット。俺達の中でも特にハイソサエティに属するセシリアとシャンパンの本場で生まれたシャルロットがそう言うのならこのシャンパンもかなりのものなのだろう。というか二人はこういうのを飲み慣れてるのか、未成年なのに……

 

俺はというとそうでもなかったりする。千冬姉の飲みに付き合わされたりはするけど、千冬姉は未成年の飲酒には結構厳しい。そしてその千冬姉はというと……

 

「藤木ぃ~、もっと持ってこ~い」

「あいよ~!!」

 

既に紀春に潰されていた、それでいいのか千冬姉。

 

「…………」

「ふむ、シャンパンとはあまり飲んだことがないが中々飲みやすいな」

「そうね……って一夏、飲まないの?」

「…………」

 

でも、俺にはそんな事より心を渦巻くある思いがあった。

 

「ねぇ、一夏ってば!」

「……へっ?」

「あんた何呆けてんのよ、何か悩み事でもあるの?」

 

気付くとテーブルの視線は俺に釘付けになっていた、それに気付かないとはなんだか気恥ずかしい。

 

「いや、悩んでるわけじゃないんだが……」

「悩んでないという風には見えないな、よければ話してみないか?」

 

鈴に続き箒にまでそう言われる。そんな風な顔をしてたのだろうか、俺。

 

「…………紀春が、遠いなって」

「遠い? どういう事ですか?」

 

遠い、それは物理的な距離ではなく精神的なあれだ。

 

「俺と紀春の最初のスタートラインは同じ場所だったはずなのに、いつの間にかあいつは俺の手の届かないところに行こうとしてる。正直言って嫉妬してるよ、何であいつはISLANDERSに行って俺はこの学園に取り残されてるのかってね」

 

こういう汚い感情をあまり持ちたくはない、人に話すなんて持っての外だ。しかしつい口に出てしまった、俺もこのパーティー会場の雰囲気に酔っているのだろうか。

 

「あいつが羨ましいよ。専用機を何度も取替え、その度に強くなって戻ってくる。そしてその度にあいつの背中が遠くなる。紀春に追いつくためにに全力で走ってるつもりなんだけど、あいつは俺以上の速さで遠ざかっていくんだ。俺だって努力してるつもりなのに……」

 

口にする度に自分にこんな卑屈な感情が渦巻いてるのに気付く、それが段々嫌になってくる。ああ、俺にも三津村のような存在があれば、こんなリスクの高いワンオフじゃなければ。そんな考えがとめどなく溢れてくる。

 

「まぁ、確かにな。藤木は一夏と比べると圧倒的に要領がいいからな」

「そうね、だからあいつはあそこまで行けるんでしょうね」

「……そうだよな」

 

天才、なんだかんだで紀春にはその言葉が似合う。あいつの基本戦術は口八丁による撹乱だが、その裏には確固たる実力がある。だから楯無さんも倒すことが出来る。もしかしたら俺は一生あいつに追いつけないのだろうか?

 

「ですが一夏さん、そんな理由で努力することを諦めてしまうおつもりですか?」

「えっ……」

「そうだよ。確かに今の紀春と僕達には圧倒的な力の差がある、でも追うことをやめたら僕達と紀春の距離は一生縮まらないままなんだよ?」

「諦めたら試合終了だぞ、一夏」

 

仲間たちの言葉にはっとする、なに考えてるんだ俺は。そうだ、俺にもまだまだ成長できる余地はある。だったらそれを地道に歩いていくしかない。

 

「そうだよな。ごめん、みんな」

「強くなりたいのなら私が相手をしてやろう、明日の放課後から毎日特訓だな」

「ちょ、ちょっと箒さん! 抜け駆けは許しませんわよ!!」

「そうよ、そもそもあんたの実力でじゃ特訓にならないでしょ」

「な、なにぃ! 私を馬鹿にする気か!?」

「くっ、ISLANDERSに行く身としてはこのイベントをスルーせざるを得ないのかっ」

「まぁまぁ。ラウラ、それより紀春をお願いね。最近どうも無理をしてるみたいだから」

「……確かにな、最近の兄は特に力への渇望が強い。見ていて危なっかしい事もあるな」

 

そんな感じで俺達が囲むテーブルが騒がしくなる、紀春が主役のはずのパーティーも俺達にとってはいつもの騒がしさで塗りつぶされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

星が、綺麗だ。

 

11月4日のIS学園から見る星空は今まで以上に輝いていた、手元を照らすスマホは今の温度が7度を示していることを教えてくれる。寒けりゃ空気も澄む、道理で綺麗に見えるわけだ。

パーティーの後片付けも昨日のうちに終わり、今頃パーティーの参加者のほとんどは寝ているだろう。しかし俺はこの夜空の下に佇んでいる、なんだか寝付けないのだ。

 

「ここに居たんだね」

 

俺の背後から聞き覚えのある声、というかシャルロットの声。しかし俺は振り向くことなくこう答える。

 

「どうした、消灯時間はとっくに過ぎてるぞ」

「うん、トイレに行こうとしたら偶然紀春の姿が見えたから」

 

だそうだ。

 

「そうか……」

「うん……」

 

なんだか会話が弾まない。多分、真夜中の星空の下という少々ロマンチックな状況、朝になれば戦場に向かう俺、そして彼女とのある意味微妙な関係性という様々な要素が交じり合ったせいでのせいで緊張しているのせいなのかもしれない。

 

「あの、さ」

「ん?」

 

俺が振り向くと同時に紙袋を押し付けられた、どうやらこれが以前言ったプレゼントなのだろう。

 

「一応、手作りだから……あんまり上手じゃないかもしれないけど」

 

紙袋の中からは黒いマフラーが一本、冬のプレゼントの定番だ。

 

「あっ、あのね。紀春なら赤がいいかなって思ったんだけど、そもそも他の服に合わせるのに赤いマフラーってのもどうかと……でも、頑張って作ったんだよ」

 

シャルロットが早口でまくし立てる、その様子はいかにも緊張していると言う感じだった。

 

「いや、嬉しい。大切にするよ」

 

彼女を冷静に分析してみたものの俺だって緊張してる、だからこんな気の利かない台詞しか出てこない。俺は自身の恋愛偏差値の低さを嘆くしかなかった。

 

「そ、そう……ならいいんだ……」

 

なんだかこれ以上彼女と相対するのも恥ずかしい。俺はまるで逃げるように振り返り、また夜空を見上げた。

 

「ねぇ、紀春」

「……どうした?」

「最近無理してない?」

 

無理してないか、か……まぁ、最近というか虎子さんとの別れの後から俺は休みなく訓錬に没頭してきた。自分より強くなって欲しいという彼女の言葉の真意は未だよく解らないが、俺は彼女の願いを叶えるために、それ以上に自分の願いを叶えるために強くありたいと思っている。

その結果たっちゃんを倒すことが出来たが、あれは俺が彼女を罠に嵌めた結果収めた勝利だ。いずれは正々堂々とした勝負で彼女に勝ちたい。

というわけで最初の話の答えに戻るが、無理をしてないとは言い切れないと思う。

 

「……そうかもな、でも仕方ないじゃないか。俺はもっと強くならないといけない」

「それは誰のために? もしかして……」

「違う、確かに切欠は虎子さんだ。でもそれだけじゃない、俺は俺のために強くなりたいんだ」

 

以前山田先生に語った夢を思い出す、自分がこの世界の主人公になると。そしてISLANDERSは俺のキャリアを上げるのに絶好の舞台だ、そこで俺はもっと強い敵と味方に出会う事になるだろう、そしてそのまま俺は真のヒーローになるのだ。

 

「大丈夫だって、無理なのも辛いのも今までの事で慣れてる。だから心配するなって」

「そんな事言ったって……」

「シャルロット、お前には悪いかもしれないがお前がどうこう言ったところで俺はISLANDERSに行くし、それを俺は止めようとも思わない。だからさ、解ってくれよ。男の子には意地張りたい時があるんだよ」

「……うん、余計な事言ってごめん」

「まぁ、お前が素直に心配してくれるのは嬉しい。ありがとう、こんな俺を心配してくれて」

 

今の俺はお世辞にも褒められた人間ではないのはよく解ってる、そしてこれからはもっと汚い人間になっていくだろう。それがヒーローの在り方かと言われれば少し違うかもしれないが、その時はダークヒーローにでもなってやろう。多少斜に構えてる方が今の流行だろうし。

 

「だから、俺は必ずここに帰ってくる。きっと色々な問題の答えも一緒にな」

「えっ、それって……」

 

この時俺は決心した、ISLANDERSでの戦いが終わりこの学園に戻ってきた時にシャルロットに告ろうと。

だから、その前に虎子さんと決着をつけよう。あの人を超えない限り俺は前には進めないから。

 

「それ以上は言わないでくれ、これでも滅茶苦茶緊張してんだ」

 

今俺はどんな顔をしてるだろう。まぁシャルロットに背を向けていてよかった、きっと人には見せられないような顔をしていると思うから。

 

「さて、もう帰ろうぜ。マフラーはあったかいけどこれだけじゃ風邪をひいてしまう」

「うん、そうだね」

 

こうして俺とシャルロットの深夜の密会は終わる、今夜はよく眠れなそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな夜が明け、時は11月4日の朝。僕は自室でシャワーを浴びていた。ルームメイトのラウラはまだ寝ている、昨日のパーティーで疲れているのだろう。

 

「…………」

 

一昨日の夕方紀春に言われた事を思い出す。その後ネットで調べたが処女の陰毛というのは、戦地に赴く男にとって弾除けのお守りになるとか。

勿論そんな事迷信だという事は承知している、でもそんなものに頼りたくなる位に僕は紀春の事が心配でもある。

 

「まぁ、無いよりはマシだよね……」

 

そう言って僕は股間に手を伸ばす…………

 

「……痛っ」

 

そして少々の痛みと共にそれは千切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついにこの学園からもおさらばか」

「そうだな、名残惜しいがそうも言ってられないだろう」

 

というわけで翌朝のIS学園校門、そこには俺とラウラとたっちゃんと織斑先生だけではなく多数の生徒が見送りに来ている。

俺としてもここまでの大人数が見送ってくれるのは嬉しい、そんな中俺の前にディアナさんを初めとするソフトボール部の面々が現れた。

 

「藤木さん」

「ああ、ディアナさん。ソフトボール部の事は任せたぜ、あと簪ちゃんの事もな」

 

簪ちゃんは現在ソフトボール部に所属しており何度か俺の特訓を受けてもらった、きっと彼女もフィジカル面でより強くなれるはずだろう。そしてディアナさんなら俺の特訓を再現できるはずだ、もう一度学園に帰った時彼女がどれだけ成長しているのかが今から楽しみだ。

 

「はい、お任せください。藤木さんの期待に必ず答えてみせます」

「ああ、頼むぜ」

「そうそう。あと、姉にも宜しく言っておいてください」

「姉? ISLANDERSにウォーカーさんは居なかったと思うけど」

 

少なくとも例の雑誌にそういう人の名前は見当たらなかった、アメリカの整備要員か何かだろうか。

 

「向こうに行けば解るはずですよ、楽しみにしていてください」

 

だそうだ、ディアナさんの姉的存在というのは誰だろうか。誰だったにしてもきっとその人は俺の心強い味方になってくれるだろう、というか接点があるだけでもありがたい。

そんなこんなで何度か会話した後俺達はがっちりと握手を交わし、別れた。すると次はシャルロットが俺の下へとやってくる。

 

「紀春、これ」

 

何故か顔を赤くしているシャルロットが俺に黒い小袋を押し付ける、いつもと明らかに違う彼女の態度に俺としても少々困惑してしまう。

 

「お、おう。なんだこれは?」

「開けないで、そして中身は絶対に見ないで」

「そ、そうか。よく解らんけどありがとう」

 

それを聞いたシャルロットはそそくさと俺の前から立ち去る。なんだろう、いつものあいつらしくない。

 

「ノリ君、そろそろ行くわよ」

 

その声に振り返るとたっちゃんとラウラが迎えの車に乗り込もうそしていた、ちなみに織斑先生は既に車の中だ。

 

「そうか。みんな、行ってくる! 俺はヒーローになって戻ってくるから楽しみにしてろよ!」

 

その声に大きな歓声が返ってくる、そんな様子に満足しながら俺は車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「唐突だが兄よ、シャルロットから何か受け取っていたようだが」

「だな。藤木、お前もなんだかんだで青春してるじゃないか」

「えっ、なになに?」

 

車に入るなり早速色めきたつ女性陣、正直標的にされているような気分であまり嬉しくない。

 

「やめてくださいよ。そもそもこの袋、開けるなって言われてるんですから」

「ノリ君、君ってそんな事律儀に守るようなキャラじゃないでしょ。何が入ってるのか教えてくれないしら?」

「まぁ、そうっすね。確かに中身は気になる、なら開けるしかあるまい」

 

というわけで俺は早速小袋を開けてみる、その中には更に小さいジップ付きのビニール袋が入っており……

 

「あっ、これあかんやつや」

「どうしたのだ、まさか毒でも!?」

「いやいや、毒なんかじゃないけど」

「ならなんなのよ、おねーさんにも見せて頂戴」

「いや、これ無理。マジで無理」

 

誰にも見えないように開けてよかった、そのビニール袋にはある種の猛毒が入っていたのだ。主に俺の精神にとってだが。

 

「シャルロット、マジでくれるとは思わんかったわ……」

「そうやって思わせぶりな事を言われると益々気になるのだが」

「ふっ、若いな……」

「きーにーなーるー!」

 

そんな喧騒の中、車は走り続ける。シャルロットのくれた小袋の中身、それは紛れもなく彼女自身の陰毛であった。




次回更新は来年になります。話数のストックがヤバイんや……


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第79話 最高で最悪な旅を

114514


メガフロート、それは技術系企業が共同して作った公海上に浮かぶ巨大な構造物であり、イリーガルな科学者集団が禁忌の研究に没頭するために乗り込んだ船がその歴史の始まりらしい。

その後マッドサイテンティスト達は仲間を増やし、船の増設を繰り返し、いつの間にやらこんな大きさになってしまったというわけだ。そしてなし崩し的に『行政特区メガフロート』として世界に認められ今に至るというわけである。

 

「つまり、時代によってはここも亡国機業みたいなテロリストみたいなものだったと」

「そういう事、そして今はISLANDERSの本拠地というわけね」

 

パンフレットを読む俺の感想にたっちゃんがそう答える。ISLANDERS、直訳すれば『島人』と言われる所以はそこにある。俺達はIS学園を離れ、メガフロートに来ていた。

 

「あっ、にぃにーっ!」

 

空港のロビーにやってくるとそこには数人の迎えが来ていた。そしてその中の一人で、黒ウサギの一人にして俺の妹である新井がこちらに駆け寄ってくる。

 

「にぃに! 会いたかったよ!」

 

そう言いながら新井は、俺の腰を中心にしてフラフープみたいに回りだす。正直周りからしてみればいい迷惑だろう。

 

「おっ、お前もISLANDERSに来てたのか」

「うん! 整備要員としてね!」

「ほう、ではクラリッサもここに?」

 

ラウラが新井に疑問を投げかける、ラウラも久しぶりに仲間の隊員と会えたからか少し嬉しそうな表情をしていた。

 

「あっ、お疲れ様です隊長! もちろんですよ! ほら、あそこに……」

 

未だぐるんぐるん回る新井から視線をやると、そこには三名の女性が。右から有希子さん、クラリッサ、テンペスタ二型の人である。

 

「おっ、お師匠! お久しぶりっす!」

 

腰に掴まる新井を放り投げ、俺は有希子さんの所まで歩いていく。やはり以前雑誌で見た時と同じく、その印象は様変わりしていた。髪はヤンキー御用達のプリンヘアから燃えるようなオレンジに変わり、あの極細の眉毛もちゃんとメイクで綺麗に整えられている。

 

「おう、久しぶりだな。アタシが居ない間に随分強くなったらしいじゃないか」

「うっす、でもそれは有希子さんも一緒でしょ? 暫く見ない間に随分出世したようで」

「まぁな、お前が使いこなせなかったヴァーミリオンのお陰さ」

「そっすか、でもこっちはばっちり使いこなしてますよ?」

 

そう言って俺は左手中指の指輪を見せつける、これが世界最強のISの待機形態だ。

 

「ほう、彼女がお前の師か?」

 

そんな中織斑先生が、俺達の会話に割って入る。俺のお師匠に興味深々なのだろう。

 

「おっと、ブリュンヒルデも一緒か」

「ああ、織斑千冬だ。宜しく頼む」

「おう、あんたの事はよく知ってるし尊敬もしてる。でもアタシにも立場があるんでね、敬語は使えないがこちらこそ宜しく頼む」

「いや、それでいいさ」

 

そう言って織斑先生は有希子さんが差し出した手をがっちりと掴む、なんだか急に二人の間に友情が芽生えたような気がする。

 

「で、ウチの馬鹿はどんな感じだ? 多分色々やらかしてるとは思うんだが」

「まぁ、色々苦労させられているよ。……色々な」

 

確かに俺が織斑先生に苦労を掛けている事は否めない、というわけでこの場面位はおとなしくしておこう。

 

「それにしてもお前達も久しぶりだな、ドイツの時以来か」

「ええ、この日が来るのをお待ちしておりました。兄上」

「勿論私もですよ、アニ」

 

クラリッサとテンペスタ二型の人は俺の妹の中で屈指の美人の二人だ、そんな二人に慕われるのは正直悪い気もしない。まぁ、妹である以上手は出さないと心に誓っているのだが。ちなみにラウラはかわいい方に属しているのでこの選定からは外れる事になる。

 

「で、これから俺達は何処に行くんだ?」

「メガフロート管理委員会のビルに行くことになってます、そこが私達の本拠地になるらしいと」

「ほう、では早速行ってみましょうか。そこに二代目も居るんだろ?」

 

二代目ブリュンヒルデことアリーシャ・ジョセスターフ、今俺の中で一番気になるISLANDERSメンバーの一人だ。そして有希子さんと並んで一度お手合わせ願いたい人物でもある。

 

「ええ、そうです。気になりますか?」

「勿論さ、世界最強の織斑先生は俺と戦ってくれないからね。自分の実力がどこまで通用するのか試してみたいのさ」

「それは難しいかもしれませんね、彼女が訓錬というものをしている所を見たことがありませんから」

「おお、まさかの花山薫スタイル」

 

そんな事を言いながら俺達は空港から外に出る、そして当然のようにそこでは迎えの車が待っている。

さぁ、行こう。俺達の新しい舞台が待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、皆さん。遠いところから集まってくれてありがとう。ボクの名前は水無瀬清次、メガフロート管理委員会から出向してきた者で、このISLANDERSの司令を務める事になった。不慣れな業務故に迷惑を掛けてしまうかもしれないがよろしく頼む」

「な、なんですと……」

 

俺達はメガフロート管理委員会のビルの中の会議場に来ていた。そこは中々広く、会議場というよりかは大学とかにある講堂のような感じだ。そして200人位収容できそうなそこは大体半分ぐらい埋まっている。

ISLANDERSのIS操縦者は9人なので、その他は整備要員や他の仕事を受け持っているのだろう。遠くには新井の姿も見えるし。

そしてせっちゃんがまさかのISLANDERSの司令とは、出世したのは有希子さんだけじゃなかったのか。

 

「ええと、あれ? アメリカ組が居ませんね」

「喋んなって、会議中だぞ」

 

隣に座ってる有希子さんが俺を肘で小突く、しかし気になってしまったのは仕方ないじゃないか。

 

「ええと、他の人たちはちゃんと居るんですけどね」

 

というか、ここで初めて見つけた人なんて二代目のアリーシャ・ジョセスターフ位しか居ない。しかしすっげぇファッションだ。それにこんな所で煙管吸ってる、見るからに非常識人だ。

 

「なんだあの人、花魁かよ。っていうか会議室で堂々と煙草吸いすぎでしょ。っていうか隻腕隻眼? あれでまともに戦えるのか?」

「だから黙れって、気になるなら後で会わせてやるから」

「ゆ、有希子さんがいつの間にか常識人になってる。少し前まで田舎ヤンキーだったのに」

「うるさいぞ藤木、ここはIS学園じゃないんだ。次に騒いだら拳骨で済むとは思うなよ」

「はい、すいません……」

 

そして壇上のせっちゃんに怒られた、そして会議場の視線が注がれいくらかの笑いが漏れる。そして二代目も俺を見てにやにやと笑う、ちょっと恥ずかしい。

 

「そしてジョセスターフ。ここは禁煙だ、吸いたいのなら今すぐ出て行け」

「おっと、これは薮蛇だったのサ」

 

二代目が誤魔化すように笑いながら煙草の火を消す。よし、なんか知らんがまだ二代目に負けてない気がする。

 

「さて、ここに居ないアメリカ組の話をしておこう。彼女らはいまアメリカ国内にあるエドワーズ空軍基地に居を構えている、そしてISLANDERSの実働部隊として動いてもらうつもりだ」

 

エドワーズ空軍基地、なんだかガンダムに襲われそうな名前をしてるのは気のせいだろうか。

 

「それに伴いISLANDERSを二つの部隊に分ける事となった。一つはメガフロートに残り亡国機業の目をひきつけておく囮部隊、もう一つはニューエドワーズに駐留し亡国企業の拠点を発見次第襲撃を掛ける実働部隊だ。そして、基本的に戦力はそちらに集中させるつもりだ」

 

という事らしい、戦力を二つに分けることについて思うことがないわけではないが総責任者であるせっちゃんがそう決めたのなら俺としては口を挟むわけにはいかない。それにあのこの大規模部隊を指揮するのにせっちゃん一人で作戦を決めるなんてありえない、彼の後ろにはその道のプロフェッショナルがついているはずだ。

 

「というわけでボクからの話は以上だ、この後午後7時からISLANDERS結成記念のパーティーを行うことになっている。パーティーと言っても亡国機業、そして世界の目をメガフロートにひきつける重要なミッションだ。遅刻した者には厳罰を与えるつもりでいるから遅れないようにしろ。では解散」

 

せっちゃんがそう言うと、みなそれぞれ席を立ち思い思いに散っていく。さて、俺も用意されたホテルに戻ろう。パーティー用の衣装に着替えないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初のミッションがよりにもよってパーティーだとは中々にふざけているとしか思えない、しかし今の奴は私にとって上司である。そしてISLANDERSは曲りなりにも国際IS委員会直属の戦闘部隊、拒否することは私でも許されないだろう。

 

しかし、メガフロートか。あの小船がよくここまで成長したものだ、そして恐らく……

 

「やぁ、久しぶりじゃないか」

 

考え事をしていたらその『奴』が現れた。水無瀬清次、奴は私の過去を知る数少ない人物だ。

 

「…………」

 

奴は嫌いだ、というわけで私は奴の言葉を無視しその脇を無言で通り抜けようとする。

 

「無視か? 感動の再会だというのに」

「何が感動の再会だ、もしかして私をここに呼び寄せたのはお前か?」

 

メガフロート、目の前の男、そして亡国機業。少し考えれば簡単に解る事だった、つまりISLANDERSは……

 

「ああ、そうだ。不確定要素は潰しておきたいのでね。まぁ、世界最強を潰せる奴などいないから監視に留めておくつもりだが」

「キヨツグ、……貴様あの時から変わってないようだな?」

 

キヨツグ、昔私は奴の事をそう呼んでいた。なんだかセイジと呼ぶのが気に入らなかったからだ、そして周りの人間も私と同じように奴の事をキヨツグと呼んでいた。しかしそんな事は今はどうでもいい事だ。

 

「いや、そうでもないさ。もう15年近くになるんだ、ボクだって変わるさ。キミだってそうだろう? 小生意気なメスガキだったのに今じゃブリュンヒルデなんて大層な肩書きまで手にしてるじゃないか」

「くっ……」

 

環境を変え、ISLANDERSに入った私は相変わらず鎖に繋がれたままらしい。やはり道化を演じなければならないのは変わらない様だ。

 

「一つ、聞かせてくれ」

「どうした? 昔からの誼みだ。何でも答えてやろう」

「何故一夏ではなく藤木をここに呼んだ? あいつはこの島とは無関係だろう」

 

直後、キヨツグが腹を抱えて笑い出す。奴のこんな表情は初めて見た、どうやら奴の言う通りしばらく会わないうちに奴も変わったらしい。

 

「ははははっ! 藤木がこの島と無関係だと!? なんだそれは、面白すぎるぞ!」

 

奴の笑い声が私を嫌な気分にさせる、そしてその言葉から藤木はこの島の関係者だという事が解った。

 

「はーっ、はーっ。……失礼、キミをからかうつもりはなかったんだ。しかしいきなりそんな事を言われるとは思わなくてね」

「もしかして、藤木は……」

「プロジェクト・ヴァーミリオンブラッド、キミだってよく知ってるだろう? 彼こそがこのメガフロート、いや希望の船の申し子さ。そしてあの伝説を正しく受け継ぐ者の一人だよ、キミと同様にね」

「……やはりか」

 

希望の船、私が最も捨て去りたい過去である。そしてその希望の船の成れの果てがこのメガフロートだ。

 

「貴様、これから何をするつもりだ?」

「決まってるだろう? 亡国機業を打倒する、それがISLANDERSの理念だ」

「ふざけているのか?」

「いいや、ボクは真剣にそう願ってるよ。だから余計な事はしないように頼むよ、キミの出番はまだ先なんだ。全て台本通りに動いてもらわないとボクとしても困るんだ」

 

そう言ってキヨツグは私の横を通り過ぎ、私の元から去っていく。

 

理解してしまった、これから何が起こるのかを。

理解してしまった、藤木が何者であるのかを。

理解してしまった、私が如何に無力であるのかを。

しかし私にはこの流れを止めることは出来ない、止めようとすれば私は一夏と共に破滅の道を歩むことになる。それだけは出来ない、あの秘密だけは何があっても守り通さなくてはならないのだ。

 

ああ、せめて藤木がこの戦いを五体満足で生き残るのを願うばかりだ。何故ならあいつは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「さぁ、アーリィさん。早速織斑先生に決闘の申し込みをしましょう!」

「い、いや。あれどう考えてもヤバいのサ、というか目が死んでるのサね」

 

俺達ISLANDERSの最初のミッションであるパーティーはある程度の盛り上がりを見せ、パーティーにやって来たお偉方や報道陣の対応もある程度すませ宴もたけなわな感じで俺達にも自由行動が認められるようになった。

とりあえず俺は新顔であるアーリィさんに早々に挨拶を済ませ、いつぞやのモンド・グロッソで実現できなかった決勝戦の続きをしたいという彼女と織斑先生を仲介するために二人で織斑先生の居るバーカウンター近くのテーブルまでやってきたのだが……

 

「確かに目が死んでる……そして何故か視認できるほどの黒いオーラが渦巻いてますね」

「ちょっとタイミングが悪そうなのサ、今日はやめとくのサね」

 

そう言ってそそくさと逃げるアーリィさん、二代目ブリュンヒルデと言われてる割りに中々ヘタレな人だと思う。というのは思うだけにしておこう、口に出した瞬間俺の死刑がほぼ確定するからだ。

 

「藤木、ちょっと来い」

 

そんな時織斑先生からご指名が入る。やばい、俺もアーリィさんと一緒に逃げておけばよかった。

 

「な、なんすか?」

「いいから来い、ちょっと話がある」

 

この後の展開がひどい感じになるのは目に見えてる、しかし織斑先生から発せられる強烈な威圧感のせいで逃げるに逃げられない。そしてそんな俺を助けてくれそうな有希子さんやラウラ達は遠くで談笑に興じている。

……駄目だ、どう考えてもこの状況を打開できない。なら腹を括るしかなさそうだ。

 

「う、うっす」

 

そうして俺は織斑先生の近くまでやってくる。次の瞬間、織斑先生は俺の首に腕を回し強烈な力で一気に俺を自分の方へと引き寄せた。

 

「なっ!?」

 

織斑先生の顔が一気に近づき、一瞬ドキリとする。そしてその呼気から漏れる強いアルコール臭のお陰でこっちも酔ってしまいそうだ。どうやら大分飲んでいるようだ、ならばこれから始まるのは酔っ払いの愚痴だろうか。

 

「藤木、一度しか言わないからよく聞け。やはりこのISLANDERSは碌な所じゃないらしい」

 

織斑先生の声色は今まで発していた酔ったような声ではなく、明らかに真剣そのものだ。そしてその声が発した内容に俺の緊張も否応がなく高まる。

 

「……どういう事です?」

「悪いが詳しい事情は話せない。しかしキヨ……水無瀬には注意しろ、奴はお前に何か仕掛けてくるつもりだ」

「水無瀬って……せっちゃんがですか!?」

 

水無瀬清次ことせっちゃん、織朱の開発者にして今まで最も俺を支えてきた人物だ。たしかに人格的に怪しい所だらけの彼であるが、それでも俺がこのISLANDERSで最も信頼すべき人物だ。織斑先生に注意しろと言われてもはいそうですかと言えるような相手じゃない。

 

「な、なんですか急に。そもそもせっ……水無瀬司令は俺達の上司ですよ? 注意しろといわれた所であの人の命令に逆らえるわけないじゃないですか。そもそも三津村時代から俺の上司ですし……」

「ああ、それは解ってる。しかし心構えだけはしておけ、それと先に謝っておく。すまない、どうやら私はお前を守れそうにない」

「ん? 話の流れがよく見えないんですが……」

 

ここで一旦話を整理してみよう。どうやらせっちゃんと織斑先生は敵対関係にあるらしく、せっちゃんは俺に対して何かを仕掛けてくるらしい。しかし織斑先生も立場上かなんなのかは解らないがそのせっちゃんの俺に対する仕掛けに気づいていてもそれから俺を守ることが出来ないと。

 

うん、やっぱりよく理解出来ない。そもそもさっき織斑先生に言った通り俺はせっちゃんからの命令を拒むことは出来ない、故にその仕掛けとやらも回避することが出来ない。なら俺もどうしようもないじゃないか。

そもそも織斑先生とせっちゃん、この二人の信用度という点でもどうしてもせっちゃんに軍配が上がってしまう。

 

「先に言っておく、今後お前に私のISに関する経験を全てやる。お前には少しでも強くなってもらわないとならないからな」

「え、それって……」

「藤木、強くなれ。自分の身は自分で守るんだ」

 

話がどんどんキナ臭くなってきた気がする、ISLANDERSはキナ臭い場所だがそういう意味ではなく陰謀の香りがという意味でだ。

 

「話はこれで終わりだ、もう行け。それと休息は充分にとっておけ、明日から大変だからな」

「う、うっす。頑張ります」

「ああ、頼むぞ」

 

そうして俺は織斑先生の居るところから離れる。『頼むぞ』か……どうやら俺を取り巻く事態がのっぴきならない状況になったのは解った気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、早速だけど報告をお願い」

『はい、まずこのISLANDERSにおいて最後まで素性が掴めなかったのが二人。織斑先生と水無瀬司令ですね』

「へぇ、織斑先生の素性が不明なのは前々から知ってたけど水無瀬司令もなのね。正確にはどこから解らないのかしら?」

 

パーティーも終了し、私は宛がわれたホテルの一室で虚と電話をしていた。このISLANDERS、何かが怪しい。というわけで虚に主要メンバーの調査をお願いしていたのだが、どうやら当たりを引いたらしい。

 

『はい、大学入学以前の経歴なんですがどうやら改竄されてる跡がみつかったらしいです』

「ええと、今の水無瀬司令が30歳で大学入学時が18歳だとするともう12年前の話ね」

『そういう事になりますね』

「ふぅん、色々気になるけど一旦置いておいて本題に入りましょうか。準備は出来てる?」

『はい、藤木君に関する精神分析のレポートですね?』

「ええ、私達の旗印が実際どういう性格をしてるかをしっかりと把握しないといけないからね」

 

実はISLANDERS加入の折りに藤木君には精神分析のテストを行ってもらっていた、私が彼を守らなくてはならない都合上不測の事態は避けておきたいのだ。

 

『ところでお嬢様、お嬢様が見る限りで藤木君の性格ってどういうものだと思いますか?』

「おっと、これは私が外しまくって恥をかく流れね。仕方ない、では私が思う限りの藤木君の性格は……」

 

藤木紀春、その性格は表と裏がある。まず世間様に見せる表の顔、それは清く正しく美しくと言った所だろうが。少なくともテレビや雑誌で見る彼の姿はそう映ってる。しかしこれはあくまで表の顔、IS学園で暮らす彼はそうではない。

そして裏の顔、実際に私達が目にしている性格は強欲で傲慢、最初に出てくるのはどうしてもこうなる。

 

世界でたった二人の男性IS操縦者という肩書きは彼の自尊心を大いに満たしたのだろう、そして要領のいい彼はISに触れてから半年と少しでこの世界最高峰の舞台であるISLANDERSに上り詰めた。

しかし、それでも彼は満たされなかった。この期に及んでまだ力を求め続けている、彼はここで更に強くなりたいと望んでいるらしい。

 

そしてもう一つのキーワードである傲慢、それはIS学園での普段の性格が物語っている。友人たる専用機持ちに取る態度もその一環なのだろう。

先も語った通り彼は要領がよく、一時期は一年生最強の名を欲しいままにしていた。しかしそれはある意味悲劇の始まりだったのかもしれない。

彼は瞬く間にソフトボール部を支配し狂信者達を味方につけ、そこで彼はまるで王のように振る舞い狂信者達を熱狂させたのだ。そしてそれは彼の傲慢を更に加速させていく事になる。

 

そうすると彼は自分より上の立場の人間に牙を剥くようになる、そしてその最も大きな標的が私と織斑先生だった。織斑先生には反抗するような態度を取り続け、殴られる。そんな事を何度も繰り返した。

私にもそれは同じだ。最初の出会いから喧嘩腰な態度を取り続け、和解をした後でも自身が私と同格であるような態度を取ってきた。まぁ、それは私自身がそんな事を気にせずに接してきたので私にも原因がないとは言えないかも知れないが。

 

そしてその傲慢が爆発した瞬間がある、タッグマッチでの動乱の後の織斑先生による取調べでの事だ。

彼は教師陣の弱みを徹底的に突き、自身の罪を有耶無耶にしようと試みたのだ。その結果織斑先生による制裁を受ける事になり織斑先生とは決裂する。

しかしISLANDERS加入後、織斑先生の藤木君への態度が急に柔らかくなった。

多分私の知らないうちに和解をしたのだろうけど何故和解できたのかは謎だ。

 

「多少横道に逸れた感はあるけど大体こんな感じでいいかしら?」

『そうですね、しかし足りない部分がいくつかあるので補足させていただきますよ』

「やっぱ正解じゃなかったか……まぁ、人の目なんて所詮その人の表面的な部分しか見れないからね。仕方ないね」

『そうなのかもしれません、では補足させていただきます。まず藤木君の大まかな性格に関しては先ほどお嬢様がおっしゃられていた通りです。しかし、心の深い部分では少し違うようですね』

「ふむふむ、で?」

『藤木君はその傲慢さの裏で酷く臆病な性格を隠しています、主に彼の主人である三津村に対してですが』

「……そうね、彼は三津村に見捨てられるのを極度に恐れてる節があるわ。まぁ、両親が人質に取られてるようなものだから仕方ないのかもしれないわね」

『はい、その通りです。故に彼は三津村に対し絶対的な忠誠心を持っています、そして今の彼の実質的な主人と言えるのが』

「水無瀬司令ね、つまりノリ君は水無瀬司令の手駒だと……ちょっと嫌な感じね」

 

水無瀬司令の素性は不明、そしてその下につくノリ君。その更に下には幽貴と霊華が控えてるわけでノリ君が何かしらの怪しい動きをしたとするならかなり厄介な事になるだろう。それに幽貴と霊華の二人は人智を超えた力の持ち主だ、ノリ君を含め三人がかりで来られると流石に私一人ではどうすることも出来ない。

そして幽貴と霊華は余程の事がない限りはノリ君の味方だ。先の私との対戦でもそれを物語っている。

 

『まぁ、水無瀬司令の素性は不明ですがそこまで気にするような事ではないのでは?』

「そうもいかないのよね……第一水無瀬司令ってあからさまに怪しいのよ、そもそも何で三津村からISLANDERSに出向するんじゃなくてメガフロート管理委員会を経由してるのかしら?」

『一応表向きでは日本の企業が戦争行為に加担するというのが聞こえが悪いからという風になっていますけど……』

「そもそもメガフロート管理委員会ってのが怪しすぎるのよ、元々メガフロートって非合法の研究をするために生まれた場所でしょ? だったら怪しむなって方が無理じゃない」

『確かに……あからさま過ぎて逆に怪しくないような気までしますね』

「虚、悪いんだけどメガフロートの事についてもう少し調べて頂戴。無駄働きになる可能性もあるけど、寧ろそれは大歓迎よ」

『了解しました、それより話がまた大きく逸れましたね。軌道修正しましょう』

「そうだった、今はノリ君の精神分析の話だったわね」

『はい、では続けさせてもらいます。先ほども話した通り真の彼は酷く臆病です、さらに軽度の自己愛性パーソナリティ障害を抱えてるような節も見受けられます』

「ええと、自己愛性パーソナリティ障害っと……」

 

近くに置いてあった自分の端末からその言葉を検索してみる。とりあえずウィ○ペディアが一番上に表示されたのでそのページを眺めてみた。

 

「うわ、これ大体あってるわね……」

『まぁ、そこまで専門的な分析をしたわけではないので一概に言えないですけど……』

「いや、これノリ君の性格そのままだわ。引くわー、流石にこれは引くわー」

『お嬢様、そんな事は藤木君の前では口が裂けても言わないでくださいね』

「ええ、解ってるわよ。でもこれかぁ……」

『そもそも彼がこうなってしまった原因であるIS学園という環境は彼にとってかなり辛かったようです、特にIS学園に来た当初は』

「……そうね、確かに以前そんな事を言われたわ」

 

確かアレは学園祭が終わってキャノンボール・ファストが始まる前の頃だ、あの時ノリ君は私に自分自身の思いの丈をぶちまけた。あれがノリ君が私に見せた初めての弱さだったのかもしれない。

 

『そういう点ではお嬢様はかなり藤木君に信頼されているようですね、彼が弱さを見せる事が出来る相手なんてほぼ居ないでしょうし』

 

彼が弱さを見せることの出来る人物がIS学園にどれだけ居ただろう。ソフトボール部では支配者としての顔があるためそんな事は出来ない、専用機持ちの仲間に対しても自分が一番強いと思わせたいがために弱みなんて見せられない、一番信頼しているラウラちゃんにも兄としての顔があるためにそういう部分は見せられない。

多分私以外でそんな事を言えるのはシャルロットちゃん位だろう、これは確かに辛い状況だったのかもしれない。

 

『そして彼はISLANDERSという更に辛い状況に身を置くことになりました、そこは汚い大人たちの陰謀渦巻く場所ですからね』

「そうよね……つまりノリ君の精神は私が思ってる以上にピンチだと」

『そしてそれをサポート出来る人物はお嬢様しか居ません、頑張ってください』

「ですよねー……」

『そいう事です。お嬢様、御武運を。ISLANDERSの成功の鍵はどうやらお嬢様に託されているようですから』

「よしてよ、そう言われると緊張しちゃうわ。でも、出来るだけ頑張ってみるつもりよ。という事でもう切るわね、細かな資料はあとでメールして頂戴」

『はい、了解しました。では』

 

そう言って虚は電話を切った、そして私も電話をテーブルの上に置き溜息をつく。

 

「はぁ……人選ミスったかな? でも水無瀬司令の命令には逆らえないものね……」

 

実は私がノリ君をISLANDERSに推薦したのは水無瀬司令に頼まれたからなのだ、当時私達と三津村は業務提携をしておりこの推薦もその一環だった。

 

「でも、ノリ君がこんなにナイーブだったなんてちょっと予想外ね……」

 

ISLANDERSのメンバーには各々国から密命を受けているというのは公然の秘密であり、もちろんそれは私も受けていた。そして私にとってのそれはISLANDERSの正常な運営である。しかしこれはかなり厄介な仕事のようだ。

 

「そのためにもノリ君はしっかり私が守らないとね……」

 

正直貧乏クジを引かされたと思っている、しかし任務は任務だ。何があろうとこれだけはやり遂げなくてはならない。

 

直後、虚からメールが送られてくる。私はすぐさまそれに添付されてるファイルを開けた。

そこにはノリ君の詳細なプロフィールや先ほどの精神分析テストの結果を簡単に纏めたもの、果ては家族の情報までよりどりみどりだ。そしてその中で気になる部分が少々あった。

 

「あら、ノリ君のパパってかなりかっこいいわね」

 

画面に映し出される中年男性である藤木健二、ノリ君の父親でありMIE幹部の一人である。

彼は元々三津村の中でも屈指のエリートであり、行く行くは三津村商事か系列会社の幹部の椅子が約束されていた人物だ。しかし、その出世はノリ君の台頭で急速に早まることとなる。

ノリ君の父親であるというアドバンテージを得た彼はデュノア社買収の陣頭指揮を取り、フランス政府との交渉の結果、イグニッション・プラン参入をもぎ取るという大金星を挙げた。

そして彼はそのままMIEの幹部という椅子に座ることとなる、そしてこのまま行けばMIEの社長の座も手に入れるとか。

 

「ノリ君の事もあるかもしれないけどかなりやり手なのね」

 

そんな中、特記事項の欄に目が留まる。そこには一言『種無し』と書かれていた。

 

「……は? なにこれ」

 

ノリ君の資料から写真を取り出し、ノリ君パパとノリ君の写真を見比べてみる。すると確かに似ていない。ノリ君のママである冬子夫人の写真も見てみるがこっちはちょっと似ている気がした。

 

「だとすると……浮気? そして托卵?」

 

いや、それはないだろう。私達が調べて解る事だ、ノリ君のパパだって自分が種無しなのは知っているはず。だとすると……

 

「精子バンクとかかしら? まぁこっちも少し調べてみましょうか」

 

少し嫌な予感がしながらも虚に追加調査の依頼のメールを送っておく、面倒な事にならないといいけど……



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第80話 We All Soldiers

「ノ、ノベンタ元帥はいらっしゃいませんか!? このままだとガンダムに殺されてしまう!」

「何を言ってるんだ、兄よ」

「隊長にはあまり関係のない話ですよ」

「むぅ、なんだか隠し事をされてるようでつまらんな」

「申し訳ありません、話せば長くなるのです」

 

というわけで俺達ISLANDERS一行はアメリカ組が待つエドワーズ空軍基地にやってきたのだ、ちなみに俺達というのは俺、ラウラ、たっちゃん、クラリッサ、新井、テンペスタの人、そして織斑先生と水無瀬夫妻だ。勿論その他大勢のスタッフも居るのだろうが主に絡むメンバーはその位だろう。

 

「しかし、一面砂漠っすな。なんでまたこんな所に」

「どうやらISでの軍事演習に備えての事らしいです、ここなら周りを気にせず射撃演習や飛行訓錬が出来そうですね。それにここの周りは砂漠ですが車で二時間程でロサンゼルスに行けますし、三時間もあればラスベガスにも行けますよ」

「ロサンゼルスはともかく、ラスベガスねぇ。カジノに興味がないわけじゃないけど俺未成年だからなぁ。というかそんな所に行けるような休みがあるのか?」

「ありますよ、ISLANDERSは土日は休みですから。緊急の任務がない時に限ってですが」

「ISLANDERSって天国だったんだな」

 

IS学園に居た頃、俺の休みは週休半日がデフォだった。というか二週間に一日しか休みがなかった。

それが一気に四倍に増えるとは、どうやらここに来て正解だったようだ。

 

「しかし、出迎えはないのだろうか。というかナターシャさんに会いたいんだが」

 

以前ドイツで会ったナターシャさんは魅惑のばいんばいんボディの持ち主であり物腰柔らかい常識人である、となれば非常識人だらけのISLANDESできっと俺の癒しになってくれる存在になるだろう。

 

「ナターシャ? はて、聞いたことのあるような名前だが……」

「以前戦った銀の福音のパイロットの人だよ。以前一度話したことがあるんだ」

「ほう、兄はアメリカ軍にも知り合いが居たんだな。流石の人脈だ」

「まぁ、その時のナターシャさんの目当ては俺じゃなかったんだけどね」

「藤木、ちょっとこっちに来い」

 

そんな会話をしていると、物資搬入を指揮しているせっちゃんから声が掛る。俺はラウラとクラリッサと別れせっちゃんの下へと向かった。

 

「お前に依頼されてた装備が届いた、確認してみろ」

「おっ、もう完成したんですね。さてさて」

 

そう言いながら俺はせっちゃんの足元に置かれている木箱を開ける、やたら邪魔臭い梱包材を当たりに放り投げるとそこにはエメラルドに輝く刃を持った剣がお目見えした。

 

「うん、ばっちりですね。これなら大丈夫そうだ」

 

これは見た目はエムロードとほぼ一緒の剣だが実はちょっとした細工が施されている剣であり、エムロードとは全く異なる機能を持っている。つまりこの剣があるからと言って今までのエムロードがお役御免になるような事はない、ということでこれは今後エムロードⅡと呼称されることになる。そしてこれが俺の新しい切り札となることだろう。

 

「ふむ、しかしよく考えたものだな。まさかエムロードの……」

「ストップだせっちゃん、これ以上は言ってはいけない」

「……そうか、確かに誰が聞いてるか解らないからな。藤木、お前もISLANDERSらしくなってきたじゃないか」

「そりゃどうも、最近は周り全員が怪しく見えてきますからね。警戒は怠れませんよ」

 

織斑先生の言葉から端を発したISLANDERSへの不信感は未だ止まることを知らない、そしてこの組織で一番怪しい人物が目の前に居るせっちゃんだ。今は味方に見えているが俺のオリ主アイではせっちゃんの心の奥底など見ることは出来ない、なら俺はこの中で誰を信じればいいのだろうか。

 

「ふっ、そうだな。だったら精々頑張ってくれたまえ」

「ええ、もちろんですよ」

 

不敵な笑みを見せるせっちゃんがその場から去る、そんなせっちゃんの態度に俺の疑念は益々深まるばかりなのであった。

 

「あら、藤木君じゃない」

 

そうするとまた俺に掛けられる声、振り向くと俺の癒しになってくれるであろう存在であるナターシャさんが立っていた。

 

「ナ、ナターシャさん! 会いたかったですよ」

「ええ、私もよ。これから一緒に頑張りましょうね」

 

にこやかな笑みと共に差し出される右手、俺はそれを力強く握り返す。ああ、俺が求めていたのはこういうのなんだよ。

 

「それにしてもうまくいったようですね、銀の福音の件は」

「ええ、それもあなたと水無瀬司令のお陰よ。本当にありがとう」

 

銀の福音の件、それについては説明が必要だろう。俺とナターシャさんが初めて会ったその日、俺はせっちゃんとの仲介をナターシャさんに頼まれていたのだ。

銀の福音は俺達の臨海学校での暴走の件で凍結を予定されていたのだが、それを阻止したいナターシャさんは暴走の原因究明とそれの対策を求めて色々な科学者の下を訪れていたのだ。

しかし、多くの科学者は匙を投げた。そもそもアメリカの管理下にある銀の福音を調べるだけでも一苦労であるし、その原因を探るのは誰にも出来なかったのだ。

そこで現れたのが三津村最高の頭脳の持ち主と言われるせっちゃんとそれに連なる俺だった、ナターシャさんは俺を介しせっちゃんと交渉をし銀の福音の調査を依頼した。そしてせっちゃんは銀の福音の暴走は外部からのハッキングが原因であることを特定しその対処を行ったというわけだ。

 

「いえいえ、俺は水無瀬司令を紹介しただけですよ」

「それでも感謝してるわ、水無瀬司令が居なかったら今頃あの子は凍結されていただろうから……」

 

ナターシャさんの銀の福音のこだわりは半端ない。まぁ、自分の専用機となっているわけだしある意味当然なのかもしれない。それに、俺だって今織朱を失ってしまえば世界が真っ暗になること請け合いだろうから人のことは言えないし。

 

「おーい、ナタル。何処に居るんだ?」

 

そんな事を考えているとどこからかそんな声が聞こえる。ナタルさんとな、一応非戦闘員を含めた名簿は確認してるがそんな人は知らない。多分アメリカの基地の人だろうか、という疑問をナターシャさんぶつけてみた。

 

「ナタルってのは私の事ね、よくある渾名よ」

「ふむふむ、今話題のレベッカさんがベッキーって呼ばれたり謙二郎さんがケニーって呼ばれたりするようなもんですか」

「ケンジロー? 藤木君のお友達かしら?」

「いえ、ただのメイショウです」

「メイショウ? 知らない単語ね、やっぱり日本語は難しいわね」

 

翌々考えてみると、日本人以外のIS操縦者ってのは基本バイリンガルだ。俺も英語が出来ないわけではないが日常会話レベルのものをすらすらと言うとなるとちょっと難しい、やはりこういう点においてもIS操縦者ってのはエリートなんだなと感じさせられた。

 

「なんだ、こんな所にいたのか。居るなら返事ぐらい……って、お前は……」

 

そう言えばナターシャさんを呼ぶ声を完全に無視していた、そんなわけでその声の主がこちらにやってきた。

 

「ごめんねイーリ、ちょっと話し込んじゃって。とりあえず紹介するわ、男性IS操縦者の藤木紀春君よ」

 

そう言われた声の主は眉間に皺を寄せいかにも不機嫌そうな態度を取る、というか彼女の顔は俺のよく知るものだった。

 

「……イーリス・コーリングだ」

 

なんなんだこの態度は、確かに彼女はアメリカ国家代表であるから俺よりも圧倒的な格上ではある。しかし初対面の相手にこんな態度を取るようなのはちょっといただけない。

 

「藤木紀春です、宜しくお願いします」

 

しかし俺はいつもの爽やか営業スマイルで彼女を見据える。一応仲間なんだ、相手がちょっと不機嫌だからと言ってこっちまで態度の悪い対応をするわけにはいかないだろう。

そして俺は手を差し出す、しかしそれはイーリスさんの手によって弾かれた。

 

「なっ!?」

「いいか、一度だけしか言わないからよく聞いておけ。アタシはテメェだけとは馴れ合うつもりはないからな」

 

『テメェだけとは馴れ合うつもりはない』ということは俺を狙い撃ちってことか、知らぬ間に恨みでも買ったのだろうか。いや、それは考えにくい。なにせ俺達は初対面なんだから。

 

呆気に取られてる俺を尻目にイーリスさんは俺達から離れていく、するとナターシャさんがイーリスさんの背中に声を掛ける。

 

「ちょっとイーリ! どういうつもり!?」

「うるせぇ、アタシはそいつだけは許せねぇんだよ」

「ごめんね藤木君、彼女には後で言って聞かせておくから」

 

そう言いながらイーリスさんの背中を追いかけるナターシャさん。謎は深まるばかりだが一つだけ解ったことがある、『そいつだけは許せねぇ』という台詞だ。

つまり男性操縦者だから俺を嫌ってるというわけではなく、やはり彼女は俺個人に恨みを持っているという事になる。

 

「ちっ、なんだよ。たかが国家代表風情がいい気になりやがって」

 

そしてもう一つ確かな事は、俺自身も彼女にいい印象を持てなくなってしまったということだ。

アメリカ到着直後から起こったこのちょっとした事件はまるでISLANDERSの未来をしめしているかのようだ、俺は心にもやっとしたものを抱えながら搬入作業の手伝いを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「さて、早速だがミーティングだ。用意した資料を開いてくれ」

「……いや、ミーティングはいいんですけどね織斑先生」

「どうした、何か不満でもあるのか?」

「不満と言うか疑問と言うか……兎に角ですね、なんでこの部屋には俺と織斑先生しかいないんですかね?」

「それはそうだろう、ここは私の部屋なんだから」

 

というわけで俺は現在アメリカはエドワーズ空軍基地にあるISLANDRS用の宿舎の中の織斑先生の部屋に来ている、到着初日のその部屋は雑然に段ボールが置かれているだけで何の片付けもしてないのがよく解る。というか俺もまだ荷解きが終わってない。

 

「で、ミーティングの内容ってなんなんですか?」

「明日から行う訓錬についてだ、という事で資料を開け」

「ほいほい」

 

俺は織斑先生から渡された紙束を捲る、するとそこにはISLANDERSメンバーの基礎的なデータが書いてあった。

 

「とりあえずISLANDSERSは亡国企業の動きをキャッチするまで訓錬を続ける事になっているんだが、お前にとっては現状の把握が一番大切だ。まずお前の基礎データの欄を見てみろ」

 

言われるがままに自分のデータを見てみる、そこには中々辛辣なコメントが書かれていた。

 

「うわなにこれひどい」

「そこにある通り、お前のIS操縦者としての技量はISLANDERSの中でも最低だ。現在なんとか戦えているのは織朱の性能のお陰と言っても過言ではない」

「でも俺たっちゃんに勝ちましたよ?」

「それはお前が卑怯な手を使ったからだろう。種は知らんが連日にわたる睡眠妨害に過去の事での言いがかりによる撹乱、挙句の果てには睡眠薬。正直あの状態の更識ならちょっと腕がよければ誰でも勝てるだろう」

「いや、そうなんですけど……」

「不満か? なら言い方を変えてやろう。お前は今後も戦う相手の過去を調べ上げ、その度に仕掛けを施し、戦う前に毒を盛るような戦術を取るつもりか?」

「うっ……」

「出来る訳がない、亡国機業なら尚更な」

「そ、そうですよね……」

 

確かにそうだ、あの時俺がたっちゃんに勝てたのはひとえに織朱の性能と幽霊二人から得た情報を基にしたかなり卑怯な作戦のお陰である。

 

「……なんだか俺の未来に暗雲が立ち込めてきた気がする」

「それをどうにかするのが私の役目だ、とりあえずこの訓錬期間は私がみっちりとお前を鍛え上げてやるからな?」

「出来れば優しくお願いしたいのですが……」

「まぁ、それでお前が強くなれるのならそれもいいかもしれないな」

「……なんだか織斑先生、キャラ変わってません?」

「お前今まで私をどんな風に見てきたつもりだ?」

「鬼軍曹」

「……即答だな。しかしここはIS学園ではない、よってお前の教育方針も少し変えていきたいとは思ってる」

「教育方針を変える? 一体どういう事ですか?」

「IS学園は飽くまで教育の場だ、よってISの操作技術を学ぶ過程においての人間的成長を主眼とした教育プログラムが組まれている。しかしここはそうではない、ということで私はお前の技量を伸ばす事に主眼をおいたプログラムを組んでみた」

「ふむ、つまり俺の人間的成長とかいうのは一切無視して兎に角強くなれるようにということですね?」

「そういう事だ、そもそもお前がIS学園で人間的に成長出来たとは思えないしな」

「ハハッ! ゲイリー!」

 

俺の技量を兎に角伸ばすか……これはいいかもしれない、以前ドイツに居た織斑先生は落ちこぼれのラウラを黒ウサギ隊の隊長まで育て上げた名伯楽でもある。そして俺もそういう風になれるのならISLANDRSに来た意味もあるのかもしれない。

 

「とりあえず、明日から訓錬を開始する。私は部屋の片付けをするからお前も部屋に帰れ」

「了解っす、という事で明日からよろしくお願いしますね」

「ああ」

 

そんな織斑先生の台詞を背に俺は部屋から出て行く、明日から忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

私の目の前には一機のIS、打鉄が鎮座している。そしてこれは私が水無瀬に用意させたものだ。

怖い、あの日天野の死を目の当たりにして以来ISに搭乗するのは初めてでまた悲劇が起こってしまうのではないかと錯覚してしまう。

天野が死んだ原因、それは天野の乗った打鉄に掛った過負荷だ。そしてその過負荷が掛った原因というのは私にある。つまり私が天野を殺したようなものだ。

 

「……天野、許せとは言わない」

 

しかし藤木を今以上に強くしなければ今度は藤木の命が危険に晒されてしまう、もう教え子が死ぬのはたくさんだ。

 

「しかし、こうするしかないんだ。悪いな」

 

私は打鉄に背を預ける、約一年半ぶりのISに異常は全くないようでスムーズに私の体に鋼鉄の鎧が装着されていく。

そして久々の浮遊感、私は少し浮ついた気分のままにアリーナの扉を開ける。その先には私の最も新しい教え子が待っているはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぬわああああん暇だもおおおおん!』

 

織斑先生とのミーティングから一夜明け、俺はエドワーズ空軍基地内のIS用アリーナに来ていた。そこはIS学園とは違い、観客席もかなり狭くいかにも訓練用という感じだ。そしてそこではISLANDERSのメンバーが思い思いに訓錬をしていた。

 

「どした、ゆうちゃん?」

『なんかここ最近私の出番がない気がするのよね、だから暇で暇で』

「仕方ないだろ、人前でゆうちゃんと話すわけにはいかないんだから。喋り相手なら霊華さんにやってもらえよ」

『それが最近霊華って付き合い悪いのよね、趣味に忙しいとかなんとかで』

「へぇ、趣味ってそのビットの中で何か出来るのか?」

『あっ、はい。最近はお絵書きというか漫画を描いてるんです』

「漫画? そのビットの中で漫画とか書けるのか?」

『はい、実は私intel入ってますから』

「えぇ……」

『水無瀬博士に入れてもらったんです、ついてにOSとフォトショとかその他諸々も』

「はぇー、すっごい便利。で、どんな漫画を書いてんの?」

『ホモです』

「え?」

『ホモ漫画です、BLです』

「…………そう」

『え、私そんなの入ってないんだけど……』

『水無瀬博士にお願いしたらどう? ネットとか出来るよになるよ?』

『あー、いいっすねー』

「っと、時間だ。織斑先生が来るぞ」

 

そんな事を言った直後、アリーナのカタパルトから織斑先生が姿を現す。そして彼女は打鉄を纏っていた。

そんな姿に皆がざわめく。無理もない、俺も織斑先生がISを纏うのを生で見るのは初めてだ。

 

「き、教官!?」

 

そんな中で一際大きな声を上げたのがラウラだ。

 

「ふむ、久しぶりだが思ったより違和感はないようだ」

「もしかして教官が私達に直接稽古を!?」

「いや、そうではない。当面私は藤木の指導に当たることになる、今はお前に構ってやる時間はないんだ。悪いな」

「えっ、ええ……」

 

織斑先生にあっさりあしらわれたラウラは少し複雑な表情を浮かべ、織斑先生の背中を見送る。そして俺の前に立った。

 

「さて、早速だが訓錬を始めよう。近接用の武装を展開しろ」

「うぃっす」

 

俺は新武器であるエムロードⅡを展開し、構える。そんな俺の姿を織斑先生は厳しい眼差しで見つめていた。

 

「展開速度はまぁまぁか、しかし実戦では一瞬の差が勝敗を分ける事になる。武装展開の練習はちゃんと続けておけ」

「うぃっす。で、次はどうすれば?」

「まぁ待て。まず、お前の今までの戦闘傾向から言うと遠距離で牽制をした後近接戦でトドメを刺すという流れが非常に多い。つまりお前は近距離寄りのオールラウンダーだ、というか只の器用貧乏だ。そもそも真のオールラウンダーというのは飽くまで全てが一流の奴の事を言う、しかし今お前を真のオールラウンダーに育てる時間はない。だからこれからの訓錬でお前の長所を伸ばす、異存はないか?」

「ええ、全く。そして俺の長所ってのが近距離戦ですか」

「本当は口八丁だがな、今後それが通用するとは思えん」

「ありゃ、それは厳しいこって」

「とりあえずお前の動きを見てやる、好きに掛って来い」

「ああ、そういう感じですか。まぁそういうの嫌いじゃないです……よっと!」

 

その瞬間、俺は迅雷跳躍を使い一気に織斑先生との距離を詰め、袈裟切りに切りかかる。しかし織斑先生はそれを予期していたようで俺の斬撃はあっさりと受け止められる。

 

「これは……あいつとよく似ている」

「天野さんの事ですかい?」

 

鍔迫り合いを始める俺と織斑先生、しかし流石ブリュンヒルデだ、これ位じゃ全く動じないか。

 

「何故そいつを知っている、というかどこでこんな動きを憶えた?」

「そりゃ秘密ですよ、いい男には秘密が多いもんでね!」

 

鍔迫り合いをする剣を弾き、距離を取る。そして織斑先生の表情が更に険しくなった気がする。

 

「まぁいいだろう。この訓錬でお前の秘密、暴いてやろうじゃないか」

「それはちょっと勘弁願いたいですね、まぁ無理でしょうけどね!」

 

俺と織斑先生は再度激突し、刃は火花を散らす。ブリュンヒルデからの直接指導、こんな機会はめったにない。だとすれば少しでも多くの技を盗んでやろう、織斑先生の期待に答えるため、そしてなによりも俺自身の未来のために。



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第81話 高慢なる精神

二話同時投稿です、こっちが先です。


それから数日、俺は未だに織斑先生による直接指導を受けていた。

 

「もっと素早く剣を振れ! 動きと動きの間に隙を作るな!」

「って言ってもですね! 次どうすればいいか考えないと」

「そんなもの考えるな、兎に角流れに乗ることだけに集中しろ! 直感でベストな動きを導き出せ!」

「ちっ、教官は無茶をおっしゃる!」

 

俺の連続攻撃に織斑先生は防戦一方だが実際に追い込まれているのは俺の方だ、この剣戟を数十分も続けているのだからそれも致し方ないだろう。

 

「だらあああああっ!」

「甘いっ!」

 

俺の振り下ろしに下段から合わせる織斑先生の剣先がエムロードⅡの柄に激突する、そして俺の腕の痺れと共にエムロードⅡは天高く舞い上がった。

そして次の瞬間には近接ブレードの剣先が俺の目の前でピタリと止まる。やはり俺はまだこの人の足元にも及ばないと実感させられる。

 

「あっ……」

「不用意に大技を狙いすぎだ、それに先も言った通り動きと動きの間に隙が多すぎる」

「……流れに乗るですか、言わんとすることはなんとなく解るんですがどうしても思考が先行してしまいがちで」

「お前の悪い癖だ。今までの策を持っての戦いでそれなりに成果を挙げてきたからそれに執着してしまうのだろう、しかしお前はその策を破られた時がとてつもなく弱い。思考が真っ白になってしまうから途端に何も出来なくなるんだ」

 

今までの俺のスタイルは事前に策を用意しその流れに相手を乗せるような感じだ。つまり戦いにおいてやることが最初から決まっていて、それに沿った動きをしているだけだった。

しかしそれも今後通用しなくなる、今後は直感を重視したスタイルを磨いていかなければならないのだ。

 

「斉藤一という人物を知っているか?」

「確か……新選組でしたっけ?」

「ああ、彼が語っていたことを書物で呼んだのだが真剣での斬り合いというものは、敵がこう来たらこう払ってこう切り返すとかいう予め考えている動きをするのではなくただ夢中に切り合うものらしい。勿論それはISにだって同じことが言える。それにスポーツの世界でも芸術的なトリックプレーを成功させた選手もただ自然に体が動いただけと語っている。つまりそういう世界で最も求められるのは直感だ、そしてその直感を磨くために必要なのは経験なんだ」

「つまりこの訓錬を延々とこなしていけばいずれ俺もその世界に辿り着けると?」

「さぁな、しかしお前の動きも少しづつだが良くなってきている。精進しろよ」

 

そう言った織斑先生は俺に背を向け格納庫の方へと歩き出していく、どうやら今日の訓錬はこれで終わりらしい。そう思った瞬間、疲れがどっと押し寄せ俺はへたりこんだ。

 

「あ゛ー、きっつ」

「大丈夫か? 兄よ」

「大丈夫じゃねーよ、何十分か解らんが剣振りっぱなしなんだぜ?」

「まぁ、確かにそうだな」

 

俺を心配そうに覗き込んできたラウラから笑顔が零れる、それは俺にとってここでの数少ない癒しであった。

 

「でも悪いな、ラウラ。織斑先生独占しちまって」

「いや、いいさ。不満がないわけではないが確かに兄の成長は重要な事だ、なにせISLANDERSの看板なのだからな」

「どこへ行っても看板役ってのは嫌なもんだ、気が抜けないからな」

「しかしそれこそが兄に求められている役割だ、頑張ってくれ。……そうだ、この後予定はあるか?」

「予定……」

「よければ付き合ってほしいことがあるんだが」

「予定は……ああ、あるわ。確か新井とデートの約束があったんだ」

「あっ、新井だと!?」

「近くの街まで生活必需品を買いに行くだけだよ。まぁ、あいつに構ってやれてないからたまにはそういうのもいいだろう」

「そ、そうか……」

「ということでお前とのデートは次の機会にってことで……よっと!」

 

そう言いながらネックスプリングをして俺は立ち上がる。新井との待ち合わせの時間も近い、俺も行かねば。

 

「さて、たまには家族サービスでもいたしましょうかね」

「言ってる事がまるで休日の父親だな」

「ははっ、その通りだ」

 

そんな会話をしながらも俺達は格納庫を目指す。さて、新井のためににぃにとしての勤めを果たすとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし沢山買ったな」

「うん! 隊長や副隊長の日用品もあるからどうしてもね」

「だからこの量ってわけか」

「それにあの二人は何かと忙しいからこの位は手伝わないとね」

 

そんなわけで新井との買い物も終わり俺達は基地に戻ってきた、やたら多い荷物を持たされてはいるがこれも愛する妹達のためだと思えばあまり苦にはならない。しかし生理用品は俺が居ない時に買ってほしかった。こんなの持たされても困惑するだけだ。

しかし新井の笑顔もラウラに負けず劣らず眩しく、そんな顔を見ると俺の心も暖かくなる。俺はいい妹を持ったようだ。

 

「邪魔だ、ガキ」

「うわっ!?」

 

そんな感じで俺達が歩いていると前方にアメリカ軍の軍服を着た集団に出くわす、そして俺達はその横をすり抜けようとした時その軍人の一人が新井を突き飛ばしたのだ。

 

「あ痛たたたっ」

「大丈夫か新井! ……テメェら何しやがる!?」

 

転んだ新井を助け起こすと同時に俺は突き飛ばした軍人にメンチを切る、さっきの行動は明らかに故意にやったものだ。だとすれば簡単に許してはおけない。

 

「俺達の基地にお前らみたいなションベン臭せぇガキが居ると迷惑なんだよ、だとすればささやかなストレス発散位は勘弁して欲しいもんだ」

 

そう言ったゴリマッチョな軍人の取り巻きが馬鹿みたいに大笑いする、しかしこっちは笑う気にはなれない。

 

「あぁ? ストレス発散ならもっといい方法があるぜ? 試してみるか?」

 

そう言って俺は半身に構える、戦闘準備完了だ。

 

「にぃに! 私の事はいいから!」

「うるせぇ! 俺だって自分がロクデナシである自覚はあるが目の前で妹虐められて黙って見てるほど腐っちゃいねーんだよ!」

「妹? なんだそれ、新手のギャグか?」

 

そしてまた取り巻きが大笑いをする、それが益々俺をイラつかせる。

 

「ちょっと貴方達なにやってるの!?」

 

その直後、聞き覚えがある声が響き渡る。その声の方へ目をやるとたっちゃんがが立っていた。

 

「おお、これはこれはロシアの国家代表様じゃありませんか。いや、我々はただ躾がなってないガキ共を教育してやろうと思いましてね」

「はっ、どうだか。躾がなってないのはお前らの方じゃないのか? 馬鹿みたいに体だけデカくなりやがって脳味噌はガキのままじゃねーか」

「ンだとコラァ!?」

「そんなみっともない脅しに屈するとでも思ったか? 俺とお前らじゃ潜ってきた修羅場の数が違うんだよ、ナメんなコラァ!!」

 

そんな俺達を尻目にたっちゃんはなにやら新井と話をしている、多分この言い争いの原因を問い質しているのだろう。

 

「……話は聞きましたがどうやら貴方達の方に非があるみたいですね」

「おいおいちょっと待ってくれよ、俺達の意見も聞かずに悪者扱いかよ」

「戦闘員でもないこんな子を突き飛ばしておいてよくそんな事が言えますね、お話はもう結構です。ノリ君、やっちゃいなさい」

「え?」

「え?」

 

俺とゴリマッチョがほぼ同時にそんな反応を返す、てっきりたっちゃんが仲裁してくれるのかと思っていたがこの場面を更に煽るとは予想外だ。

 

「え? ここは一発やりあってどっちが正しいか決める場面じゃないの?」

 

違う、絶対に違う。しかしながら俺としてもここまで言ってしまった以上引っ込みがつかないのも事実、ここはこいつをコテンパンにして場を収めるのもいいかもしれない。

 

「ああ、それもいいかもな。おいゴリラ、掛って来いよ」

「上等じゃねーか、テメェみたいなロン毛のヒョロガキじゃモノ足りねーが妥協してやろうじゃねーか」

 

次の瞬間、ゴリラが俺に大振りのフックを顔面目掛けて放つ。そしてそれを俺は華麗なスウェイで避けきってみせた。

見えてる、俺にも敵の攻撃がちゃんと見えるようになった。だとすれば今までのたっちゃんや織斑先生から受けた指導も無駄ではなかったということか。

 

「なにぃ!?」

「あ、アニキのパンチを避けただと!?」

 

ゴリラとその取り巻きが驚愕の表情を浮かべる、しかしこの位ISLANDERSなら余裕だろう。だとすればこいつの筋肉はほぼ見せかけで多分こいつ自身も大したことない。

 

「どうした? この程度で終わりじゃないよな?」

「うるせえっ!!」

 

そんな言葉と共に放たれる連続攻撃も今の俺からすれば蚊が止まるようなスピードにしか見えない。やはり俺は以前よりかなり強くなっている、そんな確信を持てただけでもこのゴリラとやりあう意味があったのかもしれない。

 

「はぁ、はぁ……」

「おいおい、これで終わりか? 弱いな、あんた」

「黙れええええっ!」

 

そしてゴリラは渾身の力で右ストレートを放ってくる、俺は体をやや左にずらしながらカウンターの右ストレートをゴリラの顎目掛けて放つ。いわゆるクロスカウンターってやつだ。

 

「がぼっ!?」

 

拳がゴリラの顎を捉えた瞬間、ゴリラの口から声にならない声が響き、膝から崩れ落ちる。

 

「あ、アニキが……」

「ワンパンKOだと!?」

「こいつを持ってどっか行け、それともう二度と俺の前にツラ見せんじゃねーぞ」

「ひぃぃいっ!」

「す、すいませんでしたー!!」

 

そう言いながら取り巻きはゴリラを抱えて俺達から離れていく、というわけで一件落着だ。

 

「けっ、マジで大した事なかったな」

「へぇ、チンピラ殴ってご満悦か。武闘派エロゲヒロインかよ」

「ん?」

 

急に意識外の方向から声が掛る、慌ててその方に目を向けるとイーリスさんが立っていた。

 

「なんだよ?」

「いや、別に? 流石は男性IS操縦者、お強うございますねってだけさ」

「なんだよ、アンタまで喧嘩売りに来たのか。国家代表ってのは随分暇な職業なんだな」

「ノリ君!? さっきのチンピラはともかく彼女にまで喧嘩売るのはマズイわよ!」

 

外野のたっちゃんがそう言うが、そんな言葉は俺の耳にはもう入らない。そしてそれはイーリスさんも同じだろう。

 

「んだと?」

「そもそも最初からアンタの事は気に入らなかったんだよ、折角俺が手を差し伸べてやったのになんだあの態度は。アンタと俺の立場の差、解ってんのか?」

「その台詞、そっくりそのまま返させてもらうぜ。立場の差を理解してないのはお前の方だろう?」

「はぁ? 一山幾らの国家代表がナンボのもんじゃい! 俺は世界に二人しか居ない男性IS操縦者だぞ! レア度が圧倒的に違うんだよ!」

 

背後から溜息が聞こえる、多分たっちゃんのものだろう。

 

「ははっ、流石日本のギャグってのは面白いな。だがギャグで済ませてやるほどアタシはお人好しじゃねーんだ」

「ギャグで言ったつもりはねーよ、アメリカ人は笑いのレベルが低すぎてそんな事も解らないんだな」

「どうやら死にたいみてーだな、自殺幇助は趣味じゃねーがテメェも後に引く気はなさそうだし仕方ないか」

 

そう言ってイーリスさんが戦闘態勢を取る、それに呼応するかのように俺もファイティングポーズを取ってみせた。

 

「はいストーップ!」

 

しかし次の瞬間に俺達の間に割って入る人影、それはたっちゃんのものだった。

 

「ん?」

「なんだよ、更識。そう言えばお前もこいつの味方だったか、だったら二人掛りでも別にいいんだぜ?」

「いやいや、滅相もない。しかしですね、ISLANDERS同士に天下の往来で喧嘩されるのは色々マズイんですよ。ほら」

 

そう言われて周りを見渡すと、俺達を囲むようにギャラリーが出来ていた。話に夢中でそんな事にも気付かないとはちょっと恥ずかしい。

 

「だったらどうしろってんだよ、もう両方とも収まりがつかねぇぜ?」

「ええ、そうですね。ということで模擬戦しましょう!」

「え?」

「だから模擬戦ですよ、これだったら合法的にやりあえるでしょう?」

「いいっすねぇ、それ。模擬戦だったら邪魔が入らなそうだし」

「まぁ、いいだろう。アタシ達の本分はISだからな。藤木、てめぇ覚悟しとけよ」

「そりゃこっちの台詞だ、存分に恥かかせてやるからな?」

「はいもう一回ストーップ! ということで後の事は模擬戦でお願いしまーす!」

「チッ」

 

イーリスさんはそんな捨て台詞を吐き捨て俺達の元から去る。俺達の戦いはたっちゃんにより模擬戦に決まった、なら戦いに向けて準備をしないと……

そんな事を思っていると俺の肩に手が置かれる、それは明らかにたっちゃんのものである。

 

「ノリ君」

「なんだい、姉さん?」

「これからお説教ね」

「オーライ、任せてくれ」

 

そして俺はたっちゃんに襟首を掴まれずるずると引きづられていく、そうして俺の戦いへの意欲は一気に萎えた。



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第82話 ダイアナコンプレックス

二話同時投稿です、先に前の話を読んでください。


「藤木、お前やってくれたな?」

「全くですよ、こんなの一歩間違えば営倉入りですよ」

「……すみません」

 

イーリスさんとやりあった直後、俺の部屋には織斑先生、たっちゃん、そしてラウラとクラリッサと新井が集合していた。

勿論、議題はついさっきの件についてだ。俺は固い床に正座させられそれを女性陣が囲むように椅子やベッドに座っている。

 

「で、そもそも今回の諍いの原因はなんなんだ?」

「ええと、新井。説明してくれ」

「うん……」

 

俺に指名された新井は織斑先生達に俺とイーリスさんが喧嘩になってしまった原因を話す、それを皆静かに聞いていた。

 

「……そうか。いや、納得してどうする。チンピラといざこざを起こしたまではいい、実際これも良くないが。しかしコーリングに喧嘩売る流れが意味不明すぎるだろ、どうしてそうなる?」

「なんか解らないんですけど俺あの人に嫌われてるんですよ、それで売り言葉に買い言葉というかテンション上がっちゃっていつの間にかあんな風に……」

「テンション上がったから喧嘩吹っかけられる方もたまったもんじゃないな」

 

確かにそうかもしれない、しかし嫌ってる同士そう簡単に済む話でも無いと思うがこれは黙っておこう。

 

「そう言えば新井、お前俺がチンピラとやり合おうとした時俺を止めたよな。一体なんでだ? お前だってムカついてただろうに」

「こら、話の流れを変えようとするんじゃない。新井はお前と違って無駄な諍いを起こしたくなかっただけだ、そうだろう?」

 

今気付いたが織斑先生が新井の事をナチュラルに新井って言ってる、確か新井にもちゃんとした本名があるはずで黒ウサギの一員だから織斑先生も名前くらいは知っているはずだ。

……もしかして忘れちゃったのかな? まぁ、にぃにである俺も新井の本名知らないからそんな事言えた義理じゃないけど。

 

「いや、そうじゃないんです……」

「ん?」

 

不思議そうな顔をする織斑先生と俯いて悔しそうな顔をする新井、そしてそれを見るドイツ軍の面々もなんだか苦々しい表情を浮かべる。

 

「どういう事だ、新井?」

「……新井は辛いようだからここからは私が話そう。実は今、ドイツは国際的な窮地に立たされているんだ」

「国際的窮地? どういうことだ?」

「今までドイツは色々な不祥事を起こしてきた、VTシステムの一件やイグニッション・プランでの失態。それが国際的にかなり糾弾の的になっていて、その汚名を雪ぐために私達はISLANDERSに参加したんだ」

「しかしそれはどこだって同じだろう、アメリカだって銀の福音の一件では似たような事があったしフランスやイギリスだってイグニッション・プランで失態を犯している」

「だからアメリカもフランスもISLANDERSに多くの戦力を供給しているんだ、自国の防衛戦力を減らしてまでもな」

 

ISLANDERSに戦力を供給している国はアメリカ、ドイツ、イタリア、フランス、ロシア、日本の六カ国、そのうちアメリカ、ドイツ、イタリアはISを2機供給している。確かドイツのISは全てで10機、そしてISLANDERSに送り込んだISが2機。つまり自国戦力の2割を供給しているわけで中々気合が入っているように思える。

 

「しかしどこもかしこも脛に傷を持つもの同士なんだ、だったらアメリカに遜る必要はないんじゃないか?」

「そうもいかない、アメリカはIS以外にも多くの戦力をISLANDERSに供給している。そこに睨まれたら私達が動く辛くなる。新井はそこまで考えて事を穏便に済ませようとしていたのさ。悪かった、新井。私達が不甲斐ないばかりにお前にも辛い思いをさせてしまった」

「いえ、いいんです。隊長のためなら……」

 

新井がどういう思いで俺を止めようとしたのかを知って俺も心がすこしばかり痛くなる、しかしそういう状況ならこの模擬戦はむしろ好都合なような気がしてきた。

 

「うん、ならむしろ良かったんじゃないかな? 今の状況は」

「ん、どういう事?」

「ああ、今ラウラ達が辛い目に遭ってるのはひとえにラウラ達がドイツの軍人で国家の縛りを受けているからって事だよな。そしてそれは誰もが一緒だ、それぞれの国がアメリカに文句を言えないからみんなが息苦しい思いをしてるんだ」

「そうね、ロシアとしてもアメリカと正面切ってやり合うのは避けたいから私としてもここでは思うように動けないし」

「だが、俺は違う。俺はISLANDERSから直接傭兵契約を請け負い、ISのコアも何処の国も縛りを受けない拾い物だ。一応名目上は俺は日本からの戦力供給という事になってるが政府から何を言われたわけじゃない。だからさ、俺がこの模擬戦で勝ってアメリカに一泡吹かせてやろうじゃないか」

「し、しかし……そんな事をすれば兄はアメリカから狙い撃ちにされるぞ!?」

「結構結構、それに俺のバックには水無瀬司令がついてる。下手に仕掛けてくるもんなら返り討ちだぜ」

 

俺の戦いには思っていたより多くの人の思いが乗っかっている、だとすればこの戦いは絶対に負けられない。

 

「ふむ、状況が変わってきたな。だとすれば私からは何もいう事はない。藤木、やるからには思いっきりやってやれ」

「……あれ、織斑先生ってそんなにノリ君と仲良しでしたっけ? も、もしかしてツンデレ!?」

「……マジかよ。流石にその歳は俺としてもちょっとキツイですよ」

「うわー引くわー、いい歳してツンデレはなひぐっ!!」

 

その瞬間俺とたっちゃんの頭に拳骨が落ちる、その懐かしい感触はIS学園を思い起こさせる。そしてすげぇ痛い。

 

「貴様ら……どうやら再教育が必要なようだな?」

「い、いえ。滅相もない。ほら、たっちゃんも謝って!」

「す、すみませんでした……」

 

そして俺達は痛む頭を押さえながらやがて来る模擬戦についての作戦を色々話し合う。

多分相手は今まで戦って来た中でもきっと最強の存在だ、だとしたら今まで暖めてきた最高の作戦を披露するしかなさそうだ、そんな決意を胸にしながら俺は頼もしい仲間たちと語り合うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………薄い」

 

時と場所は変わって基地の食堂、イーリスさんに対する作戦はほぼ決まったものの後一押しが足りない。そしてそもそもこの戦いに至る原因、何故イーリスさんが俺を嫌っているのかという事を知りたくなりここにとある人を呼び出している。

この食堂では一般兵士用と士官用で席が別れており士官用の席はIS学園の食堂の席よりゴージャスだ、そして俺もISLANDERSという事で士官用の席に陣取っている。

そしてこの食堂のメニュー、IS学園に比べてレベルが低い。基本的にアメリカ料理しか出さない上に、コーヒーが薄い。IS学園よりいい所といえば量が多いということ位だろうか、IS学園ならもっとうまいものが飲み食いできたのだが文句を言っても仕方がないのだろう。

 

「お待たせ、ちょっと仕事が立て込んでて」

「いえ、呼び出したのはこちらです。すみません急に」

 

そんな中俺の待ち人であるナターシャさんが俺の向かいの席に座った、相変わらず美しい彼女に目が奪われそうになるが今回はそうも言っていられない。イーリスさんとの模擬戦に向けての情報収集をせねばならないのだ。

 

「いえ、いいのよ。ね、聞きたい事っていうのは」

「はい、すばりイーリスさんが俺を嫌っている原因です。正直どうやっても思いつかないし、そもそも彼女に会うのは俺がここに来た時が初めてです。だったら嫌われようがないと思うんですが……もしかして彼女って極端な女性至上主義者だったりします?」

「ああ、やっぱりそういう話よね……」

 

俺がその話をした直後、ナターシャさんが遠い目をする。この反応からすると彼女は俺がイーリスさんに嫌われている原因を知っている、そしてその原因はかなり碌でもないような事と見た。

 

「なんだか、すっげぇ下らない理由だったりします?」

「ええ、正直言って下らなさ過ぎて話したくなくなる位の理由よ」

「まぁ、そこをなんとかお願いします。模擬戦の相手の情報は出来るだけ知っておきたいんですよ」

「そう言えばそんな事もあったわね、まぁいいでしょう。私の立場上イーリの味方をしなきゃいけないのは解ってるんだけど、藤木君には恩があるしね」

「わーい、やったー」

 

ナターシャさんから聞かされるイーリスさんが俺を嫌っている理由、それはどんなのだろう。聞く前からワクワクしてきた。

 

「まず、ディアナ・ウォーカーっていう子を知ってるかしら?」

「知ってるも何も、俺がIS学園に居る人間で彼女ほど信頼できる人間もそう居ませんよ」

 

ディアナ・ウォーカー、ソフトボール部部長にして俺の右腕。そして最近アメリカ代表候補生になったこれからのIS業界を担う逸材の一人だ。

 

「そうよね、キミは彼女と仲がいいようだから当たり前か。でも、この話は知ってる? 彼女がイーリの従姉妹に当たるって事を」

「ディアナさんがイーリスさんの従姉妹!? それは初耳です」

 

そう言えば俺がIS学園を出て行く際、ディアナさんから姉に宜しく言っておいてくれって言われてたか、そしてその姉に当たる人物がイーリスさんだということか。

 

「イーリは彼女を溺愛していたらしいわ、IS学園に入学が決まった時はそれはもう自分の事のように喜んでたみたい。でもIS学園入学後の彼女の道はあまりにも険しかった」

「…………」

 

IS学園、それはISに関する教育を受けるために世界中からエリートが集まっている場所だ。つまりそこでは何もかもが出来て当たり前の世界、優秀であるという事はそこでは何のアドバンテージにもならない。

何故なら周りもエリートなのだから、そしてそこから更にエリートと言われる存在が代表候補生であったり専用機持ちだったりするのだ。

 

「彼女はすぐさま挫折を味わった、というより埋もれていったって感じね。それをなんとかしようとイーリも彼女が長期休暇で帰って来る度に付きっ切りで訓錬に付き合ってたらしいわ。でも、彼女の芽はそれでも出なかった」

「へぇ、ディアナさんも中々苦労してたのか……」

「今年の夏もイーリは訓錬に付き合わせるつもりだったらしいわ、しかしそれは結果的に出来なかった」

「今年っていうと、もしかして……」

「そう、彼女の前にキミが現れたのよ」

 

あ、なんだか話が読めてきたでござるよ。

 

「今年の夏、アメリカに帰ってきた彼女はイーリとの訓錬の予定を全てキャンセルし国内の代表候補生選考の戦いに挑んだわ。そしてそこで連戦連勝、すぐさま代表候補生入りが決定、コアの都合上専用機は手に入れられなかったけどそれに準ずる立場を手に入れた。最初はイーリも喜んでいたのよ、やっと芽が出たって。しかしイーリにとっての現実は非情だったわ」

「俺の存在か……」

「ええ、彼女はイーリに言ったわ。この功績は全て藤木さんのお陰であると、そして彼女が口を開くたび出てくるワードが藤木さん。イーリは今までの自分が全て否定された気分だったって言ってたわ」

「わぁお」

「まぁ、端的に言えば信じてIS学園に送り出した従姉妹が男性IS操縦者の調教ドハマリして代表候補生になって帰ってくるなんて……に所かしら?」

「ち、違うんや! 俺にそんなつもりはなかったんや! 俺はただ、彼女が少しでも強くなれるようにサポートしてたっていうか一緒にソフトボールしてただけなんや!」

「そうかも知れないわね、でもイーリはそう受け取れなかった」

「だから従姉妹を寝取った俺に復讐しようってわけですか……」

「え、寝取ったの!?」

「寝取ってませんよ!!」

 

代表候補生になるために頑張ったディアナさん、そしてそれをサポートしたイーリスさんに俺。全ての登場人物が善意で行った行動は悲しいすれ違いを生み、結果イーリスさんは俺に恨みを抱くようになった。しかし俺は完全に悪くないというかこんなの単なる逆恨みだ。

 

「とにかく、すっげえ下らない話でしたね」

「だから言いたくなかったのよ……」

「すみません、でもいい話が聞けましたよ。これは役に立ちそうだ」

「そう? 私としては大っぴらに応援できるわけじゃないけど役にたったのならそれでよかったわ」

「でも、俺の味方してくれてよかったんですか?」

「ええ、いいのよ。流石に今回の諍いの理由は下らなすぎだしベテランより新兵(ルーキー)を応援したくなるってのが心情でしょ?」

「そりゃありがたいですね。だったら勝ってみせますよ、この試合」

 

ナターシャさんの心境も複雑だろうがとりあえず俺を応援してくれているようだ、そして勝つための戦略は徐々に整ってきている。相手は多分今までで最強の相手、正直言ってどんな策を用いようと俺の不利は変わらないだろう。

だが、きっと勝てる。少なくともそう信じていなければ勝てるものも勝てない。

俺はそんな決意を胸に席を立ち、ナターシャさんと別れる。さて、最後の情報収集と参ろうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

そして時は流れ午後二時、ナターシャさんと話をしていたのが大体昼頃だったのでそれから一時間以上時が流れている事になる。

そして俺はとある所に電話を掛けている、相手は海の向こうなので時差の事も気遣わなくてはならないが多分大丈夫だろう。

 

「もっ、もしもし! 藤木さんですか!?」

「ああ、久しぶり……ってわけでもないか。まだ俺がそこを出てから一週間位しか経ってないし」

「はい、そうですね。しかし藤木さんから電話を掛けてくるなんて珍しいですね、何かあったんですか?」

「いや、そっちの様子が気になってね。どうだ、部活はうまくやれてるか? ディアナさん」

 

俺の電話の相手、それはソフトボール部部長のディアナさんである。彼女こそ俺がIS学園で最も信頼をおく人間の一人であり、それは彼女も同じだろう。そしてなにより今回の諍いの中心人物でもある。まぁ、彼女はそんな事全然知らないだろうが……

 

「ええ、藤木さんに頼まれた簪さんの育成は順調です。流石は専用機持ちですね、飲み込みが他の人と比べると圧倒的に早いですよ」

「そうか、そりゃよかった。そうそう、世間話ついでなんだがディアナさんの姉さんにも会ったよ。いや、正確には従姉妹か」

「そうですか、姉さんの様子はどうです? 彼女は面倒見がいいから藤木さんにもよくしてくれているんじゃないですか?」

「ああ、全く問題ないよ。ちょっと喧嘩を吹っかけられて模擬戦で決着をつけることになったけど全く問題ない」

 

大事な事なので二度言ってみた、そして電話口からははっと息を呑むような音がする。どうやらディアナさんも今俺が置かれている状況が解ったようだ。

 

「す、すみません! 姉さんには後で言って聞かせておきますからっ!」

「いや、それだけはやめてくれ。そもそもこの電話を掛けた理由はディアナさんにイーリスさんの愚痴を言うためじゃないんだ」

「えっ、どういう……」

「まぁ、とりあえず何故俺がイーリスさんと争う事になったのかの説明をしておこうか。ちょっと長くなるぞ」

「……はい」

 

そして俺はディアナさんに俺がアメリカに来て起こった出来事、ナターシャさんに聞いた話の事を説明する。最初はうんうんと相槌を返すディアナさんだったが後半になるにつれそれは溜息に変わっていった、そしてその溜息がやけにセクシーだった。

 

「これ、もしかして全部私が悪いんじゃ……」

「いや、そんな事はないよ。俺、ディアナさん、イーリスさんの誰一人として悪くはない。ただ、悲しいすれ違いが起こっただけさ」

「しかし、これからどうするんですか? あまり藤木さんを萎えさせる事は言いたくありませんがまともにやっても藤木さんが姉さんに勝てるとは……」

「ああ、そうだろうな。でもいつも通りに行けばきっと大丈夫さ」

「いつも通りですか、やはり何か作戦を考えているんですね?」

「もちろん、しかし先に聞かせて欲しい。ディアナさん、君はどっちの味方だ?」

「えっ、それは……」

 

俺とディアナさんの間には固い絆がある、しかしそれは血の結束よりも固いとは限らない。ディアナさんとしても辛い決断になるだろう、そしてそれを試している俺としても心苦しさなないわけではない。

そして長い沈黙の後、電話口から息を吸い込む音が聞こえる。どうやら彼女の意思は決まったようだ。

 

「……それは勿論藤木さんに決まってるじゃないですか」

「……そうか、信じてたぜ」

「ええ、藤木さんには私をここまで育てていただいた恩があります。そしてなにより私はソフトボール部部長です、これまでも周りに何を言われようと貴方についてきました。そしてそれはこれからも一緒です。貴方の願いは私の願い、貴方の幸せは私の幸せです。ですから私に出来ることは何でも言ってください」

「ふっ、俺もいい部下を持てて幸せだよ。では二、三聞きたいことがある、いいか?」

「ええ、何でも答えますよ」

 

何でも答えるか、だったらこの恥ずかしい質問にも答えてくれそうだ。いや、何が何でも答えさせてやる。

 

「そうか、じゃあ聞くぞ。……ディアナさんって処女?」

「……えっ?」

 

馬鹿げた質問だと思っているだろう。しかしこれこそが俺の勝利のための、そして今までの集大成とも言える戦術への布石なのだ。




こいつらくだらなさすぎるよ……


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第83話 不協和音

「いっちに……さんし……」

 

そして運命の模擬戦当日、俺は用意されたピットでストレッチを行っていた。

 

「呑気なものだな」

「いやいや、何をおっしゃる。試合前のストレッチはちゃんとやっておかないと。いざって時に体が動かなくなりますからね」

「そうか。まぁ、その手の部分はボクの専門外だからな。悪かった、余計な口出しをして」

 

このピットには俺とせっちゃんの二人だけ、本来なら成実さんも居るはずなのだが今日は体調が悪いようで宿舎で寝ているらしい。……生理かな?

しかしせっちゃんと二人きりというのは都合がいい、前々から切り出そうと思っていたあの話題をするべきなのかもしれない。

 

「しかしISLANDERSってのも碌な奴が居ないっすね、お陰様でこんな事になるなんて」

「その碌でもない奴というのにお前も含まれてるから安心しろ」

「いやいや、俺はそんな事はないっすよ。しかし本当に大丈夫なんですか? この部隊は。上は素人、下は内ゲバ。俺は不安しか感じませんよ」

「素人っていうのはボクの事を言ってるのか?」

「まぁ、そうなりますよね。せっちゃん、ISの部隊運用の経験とかないでしょ?」

「それは誰だって一緒だ、この規模の部隊が結成させること自体が前代見聞なんだ。だから誰もが素人なんだ」

「そうですか……ところでせっちゃん」

「……なんだ?」

「せっちゃんは俺を裏切ったりしないよね?」

「どうした、急に?」

「織斑先生から色々聞いたよ、せっちゃんは危険な奴だって」

「……そうか」

「…………なぁ、そんな事ないよな? 俺達は短い期間ながらこれまで一緒にやってきた、俺はアンタを信頼している。だからさ……」

「……不安か?」

「……ああ、不安だ。ISLANDERSに来てから誰を信じればいいのか解らなくなってきている。織斑先生は不穏な事しか言わないし、ラウラ達は自分の事で手一杯そうだから頼るわけにもいかない、たっちゃんとテンペスタの人は最近あまり姿を見せないからなんだか怖い、そしてアメリカ組は言わずもがなだ」

「…………」

「頼むよ、何か言ってくれ。なんだか……寂しいんだ」

 

ISLANDERSに来てからというもの、俺の日常は陰謀めいた色に染まってきている。なんだかんだでハチャメチャなIS学園ではこんな気持ちになることはなかった。しかし今はどうだろう、各々が重いものを抱え、全員が仮面を被り、何かを演じている。それがとてつもなく寂しく感じる。

 

「ふっ、だから男のボクにキミを慰めろと?」

「茶化すなよ、いま真剣な話をしてんだ」

「そうか……でもボクが言えるのは一つだけだ。ボクを信じろ、ボクは今までキミのために尽くしてきた。そしてこれからもそうだ。今後も辛い思いをさせることは多々あると思う、しかし何がなんでもキミを悪いようにはさせない。だからボクを信じてついてきてくれ」

「……その言葉、信じてもいいんだな?」

「信じるかどうかはキミ次第だ、だが信じられないなら信じられるようになるまで疑ってみろ」

「だったら一つ質問に答えてくれ、織斑先生が言ってた事は本当なのか?」

「ボクが危険人物かってことか? さてどうだろう?」

「……信じさせてくれるんじゃなかったのかよ」

「そんな事を言った覚えはないぞ、しかし織斑とも古い付き合いの上にかなり嫌われているからな。そういう風に言われるのも致し方ないか……」

「織斑先生と古い付き合いって?」

「ギャルゲ臭がするからあまり言いたくはなかったんだが、俗に言う幼馴染だ」

「ファッ!?」

 

今更明かされる衝撃の事実、なんだかせっちゃんを信じるとか信じないとかどうでもよくなってきた。

 

「ええー? ほんとにござるかぁ?」

「どうした、急に竜殺しみたいな口調になって。本当だよ、嘘だと思うなら織斑に聞いてみるといい」

 

その直後、俺はスマホを取り出し、織斑先生に電話を掛ける。数回のコールの後、織斑先生が電話に出た。

 

『……どうした、試合前だろ? ウォーミングアップとかはしなくていいのか?』

「そんな事より! 織斑先生が水無瀬司令と幼馴染っていうのは本当の話なんですか!?」

『……ん、そうだな。まぁアイツとは腐れ縁だがそう呼べなくもないか』

「マジかよ!!」

 

そう言って電話を切る、どうやらさっきの話はせっちゃんのホラ話ではなかったらしい。

 

「マジだったのかよ……」

「そんな下らない嘘をついてどうする」

「……もしかして、織斑先生がISLANDERSに居る理由って、せっちゃんが織斑先生と会いたいがために!? 会えない時間が二人の想いをより強固なものにした? そして禁断の恋? まさかの不倫? 成実さんはどうするつもりですか!? 事と次第によっちゃ去勢しますよ!?」

「アホか、アイツには戦術アドバイザー兼トレーナーとして呼んだだけだ。それ以上の役割は期待してない」

「ええー? ほんとにござるかぁ?」

「その台詞、気に入ってるんだな」

 

なんだか話の内容がゴリゴリに逸れた、軌道修正したいと思ったがそろそろ時間だ。

この戦い如何によって今後の俺の立ち位置が決まってくる、そして負けるような事があれば他の仲間たちにも迷惑が掛る。

だから絶対に負けられない、しかし俺と相手の技量の差は歴然。そしてそれを埋めるための策は果たしてイーリスさんに効くだろうか? いや、弱気になるな。あれは今までの集大成だ、絶対に成功する。いや、性交してみせる。

 

「じゃ、行ってくる」

「ああ、キミのISは紛れもなく世界最強だ。……勝てよ」

「オーケイ、ボス」

 

そして俺は織朱を展開し、カタパルトに移動する。

 

『いよいよね……』

「ああ、勝つぞ」

『大丈夫ですよ、あの策なら必ず……』

「そこまで言われるとなんか失敗しそうな気が……」

『はいはい、弱気になっちゃ駄目よ。行きましょう』

「……そうだな。藤木紀春。織朱、行くぜっ!」

 

その声と共にカタパルトが作動し、俺は一気にアリーナ内部の空に踊り出る。そしてそこには今までで最強の敵、イーリスさんが纏うファング・クエイクが待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、随分遅い登場だな? 怖気づいたのかと思ったぜ」

「そういきり立つなよ、早いのはいろんな意味で嫌われるんだぜ?」

 

相手の挑発をいなし、言葉のカウンターを入れる。イーリスさんとて俺相手に口喧嘩で勝つのは不可能だ、こちとら踏んできた場数が違うんだから。

さて、早速だがもっと挑発してやろう。そして俺のペースを作り出す、それが俺の集大成の戦術完成への第一歩だ。

 

「しっかし、色々聞いて来たんだが情けない話っすなぁ? まさか従姉妹取られた位で怒ってるだなんて随分ケツの穴が小さい事で。……いや、待てよ。その方が締りがよくて気持ち良さそうだ」

「テメェ、その話誰から聞いた?」

 

そしてここで両手を挙げてのオーバーアクション、相手を挑発するためには言葉だけでは足りない。心底馬鹿にしたかのような態度、それこそが相手の感情を怒りにシフトさせるための重要なファクターとなる。

そして怒りは冷静さを打ち消す、そしてその感情は戦闘行動を雑にさせ更に俺の優位な状況を作り出す。これまでもよくやってきた事だ。

 

「勿論ナターシャさんに決まってるだろ、彼女も心底呆れてたぜ? まさか自分の友人の器がこんなに小さいなんて思ってもみなかったってさ」

「そんなわけあるか! ナタルはそんな事言わない!」

「まぁ、信じるかどうかはアンタ次第だよ。そうそう、話題は変わるがここはつまらん場所だよな。一面砂漠で乾いた景色、量だけしかとりえのない食事、そして抱ける女すら居やしねぇ。お陰で溜まっちまってさ」

「だったらマスでも掻いてりゃいいだろ、童貞の新兵(ルーキー)にはそれがお似合いだぜ?」

「俺が童貞? こりゃ異な事をおっしゃる、そりゃ俺もIS学園に帰れば凄いんだぜ? っていうか絞られっぱなしで辛いのなんの」

 

ごめんなさい嘘つきました。俺、童貞です。

 

「溜まり過ぎて脳味噌がおかしくなっちまったようだな。仕方ない、アタシがぶん殴って治してやるよ!」

 

次の瞬間、イーリスさんが急接近し俺に向かって右ストレートを放つ。

しかし、やっぱりその動きはよく見える。これも織斑先生との戦いの成果か。

俺は織斑先生に感謝しながら体勢を低く取り、その拳をかわす。そしてすぐさま元の体勢に戻るとイーリスさんの顔は目の前、すぐにでもキスが出来そうな距離だった。

しかし俺の話は終わっちゃいない、両手でイーリスさんを突き飛ばし距離を取るとまた語り始めた。

 

「そう焦んなって、まだ前戯が終わってねーだろうが」

「何が前戯だ、一々嫌らしい言い方しやがって」

「おっと、イーリスちゃんはピュアなんでちゅねー。従姉妹とはえらい違いだ」

「ああ? 従姉妹だと?」

「そうだよ、お前の可愛い従姉妹は既に俺の肉便器だよ」

 

ごめんなさいまた嘘つきました。ディアナさんは肉便器なんかじゃないです。

 

「て、テメェ……」

「いやー、なんか誘ってる雰囲気があったもんで一発レイプしたらすっかりおとなしくなっちまってね。ああ、懐かしいなぁ。最初の時はめっちゃきつくてすぐにイかされたわ」

「な、なんだと……」

「そこからはもうしっちゃかめっちゃかよ、俺も何回イったか憶えてないわ。抜か八位はしたかな? まぁ、あれだけやりゃ妊娠したかもな」

 

そしてそこで大笑いをして更に煽る、イーリスさんは小鹿のようにプルプルと震えていた。

 

「ああー辛いわー、IS学園に帰りたいわー。あそこだったら朝フェラで起こしてもらえるのに環境が違いすぎて辛いわー」

 

そんな事を言っている間にイーリスさんはゆっくりと歩を進め、俺へとにじり寄ってくる。そして俺との距離がほぼゼロになり、その額が俺の額とくっつく。というかファング・クェイクのバイザーが額にぶつかってちょっと痛い、そしてそれはまるでヤンキーの喧嘩を思い起こさせるようだった。

 

「テメェ、殺す」

「は? やれるもんならやってみろよ」

 

そう言った後、俺はイーリスさんの唇に自身の唇を軽く重ね合わせた。そして次の瞬間……

 

「死ねコラぁ!」

 

その言葉と共に放たれる拳を大きく後退しながらかわし、展開領域から強粒子砲を取り出し構える俺。

 

「どうした? もしかしてファーストキスだったか?」

「絶対に許さねぇ……」

 

俺は薄ら笑いを浮かべながら強粒子砲を発射する。よしよし、いい感じにスタートが切れた。策もいい感じに決まってるし後はこのまま押し切るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんですか……これ」

「アレが藤木の普段通りのやり方だ、知らなかったか?」

「はい、全く……」

 

一進一退の攻防がアリーナで行われている最中、ナターシャのそんな声が狭い観客席でこだまする。そしてその疑問に千冬が答えた。

現在、この観客席にはアメリカに居るISLANDERSの戦闘員全員と一部の非戦闘員が居る。そしてその中でナターシャ一人が青い顔をしていた。

 

「し、しかし藤木君ってこんな酷い戦い方をするんですか? 普段の彼からは想像も出来ませんよ」

「ふっ、甘いな。その普段の兄というものは世間のために作られた仮面に過ぎない、あれが本当の兄だ」

 

今度はラウラがドヤ顔で答える、ラウラはナターシャが知らない藤木の顔を知っているということでナターシャに対してちょっとした優越感を抱いていた。

 

「協力するんじゃなかったかなぁ……」

「ナターシャさん、藤木君に完全に騙されましたね。まぁ、彼の演技力は中々のものですから仕方ないのかもしれませんね」

 

ナターシャの藤木像は完全に崩壊していた、そしてそんな彼女を周りは可哀想な人を見るような目で見ていた。

 

「彼は決して清廉潔白な人間じゃありません、むしろそれを真逆に行くような存在です。汚い手を使うことに躊躇しないどころか積極的に使っていくような……ね」

「まさにISLANDERSにうってつけの人材ってわけね……」

 

ISLANDERSは仲良しこよしの正義の軍団では決してない。お題目はあれど各々が裏で自分のために動き、隙あれば仲間とて追い落とす。そんな場所だ。

それはこの場に居る誰もが理解していた、そしてそんな不協和音がこんな事態を招いているのだ。

 

「ああ、しかし誤解はしないでもらいたい。兄とて必死なのだ、自分を守るためにな……」

 

ラウラがぼそりと呟く、彼女そんな彼女の表情は明らかに曇っていた。

家族として自身の兄を守る、ISLANDERSに入った時そんな決意を胸にしていたのだがそれは不可能になってしまった。自身の国家のために動くことに手を取られ、兄にこんな戦いをさせてしまっているのだから。

そもそも事の発端である新井も本来なら自分が守るべきだったのだ、しかしそれを出来ないどころか兄に新井を守らせてしまった。それがたまらなく悔しかったのだ。

 

「……大変ね。誰も彼も」

「ああ、そうだな……」

 

ヒートアップしていく戦いと反比例するかのように観客席は静まりかえっていく。そんな中、藤木とイーリスの拳が交錯し両方が吹っ飛ぶ。

しかし、二人ともがすぐさま起き上がり突撃していく。この戦いはまだまだ終わりそうになかった。



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第84話 ゴールドフィンガー

「おらあああああああっ!」

「だらあああああああっ!」

 

俺とイーリスさんの拳が交錯し、それが両方の頬を抉る。そして俺達両方が豪快に吹っ飛んだ。

 

「ああー、効くねぇ! 気を抜くと意識が飛んじまいそうだ!」

『だ、大丈夫?』

「大丈夫、大丈夫! さて、体も温まったしそろそろ仕掛けようか!」

 

そして俺は再度突撃を仕掛ける、そしてそこにカウンターパンチを放ってくるイーリスさん。

しかし俺はそれを前かがみで避け、更にカウンターのアッパーカットを放つ。だがそれもイーリスさんに避けられ、そこから怒涛の連続攻撃が俺に向かって放たれた。

 

「ちっ、ちょこまかと!」

「見えるっ! やっぱり今までやってきたことは無駄じゃなかったんだ!」

 

その連続攻撃を俺はかわし続ける、本当に織斑先生には感謝だ。そして俺達は攻撃の流れで首相撲へと移行する。

 

「うっ、うおおおおおっ!」

「はっ、力比べじゃ勝てないか?」

 

強い! 織朱の全力を出しているはずなのに徐々に押されていくのが解る、この機体がパワー負けするなんてありえないはずなのに……

 

「貰ったっ!」

「がっ」

 

首相撲に押し負けた俺はそれから一瞬開放された後、頭部を脇に抱えられヘッドロックの体勢に移行させられる。これがまた痛い、ISのパワーをもってしたその攻撃はプロレスごっこで受けるような攻撃とは格段に違う威力を持っていた。

 

「どうした、ギブアップなら早めにした方がいいぞ? お前の頭が砕けちまう前になぁ!」

「ぐっ、まだまだっ!」

 

ちょっと痛いからってギブアップは情けない、それに俺の策はまだ始まっちゃいない。そしてこの体勢は俺の策を始めるのに非常にいいポジションでもあるのだから。

そして、俺はその策を実行するためにゆっくりと手を伸ばしていった。

 

「なっ!?」

「ほう、いい乳してまんなぁ?」

 

俺は左手をイーリスさんの腰から左胸へと伸ばし、その乳房をがっつりと掴む。そしてそれに対し当然のように困惑するイーリスさん。今回の策、それは相手の身体への直接的なセクハラである。

 

「な、なにやってんだテメェ!?」

「あー、やわらけー。しかも揉み甲斐があるいい大きさだ」

 

そんなやり取りをしている間も俺は乳を揉み続ける。実はこの策俺にとってもダメージが激しい諸刃の剣だったりする、特に息子に対して大ダメージだ。そしてダメージを受け腫れ上がった息子を見られようものなら今度は俺の精神がダメージを受けてしまう。

しかしそこはIS学園で培った鋼の精神力で耐える。今まで俺はあそこであらゆる性的魅力と戦い続け紳士であるかのように振舞ってきた。

 

紳士であるかのように振舞ってきた。

 

紳士であるかのように振舞ってきたつもりだ。

 

紳士であるかのように振舞ってきたのかな?

 

紳士であるかのように振舞ってきたと思う。

 

紳士であるかのように振舞ってきたのかもしれない。

 

……どうなんだろう? なんか違う気がする。

 

まぁいいや、話の腰が折れたが紳士であるかのように振舞ってきたという事にしておこう。

 

そしてその中で鍛えられたその手のものに対する耐性のお陰でなんとか息子を自在にコントロールする術を身につけたのだ。

あっ、でもちょっとヤバイ。

 

「どうだい、俺のテクは?」

「ふっ、ふざけんなあああああああっ!」

 

その言葉と共にヘッドロックは解除され今度は俺の腰に手が掛る、そしてそのままイーリスさんは俺を持ち上げた。今度はバックドロップを仕掛けようというのか。

 

しかし俺はその後ろに投げる力を利用して一回転しながら腰のロックを外し着地、尻餅をついている所にパズソーキックをお見舞いしようとするがイーリスさんはそのまま寝そべりこれを回避、俺の蹴りを外した隙に大きく後退した。

 

「……ちっ」

「テメェどういうつもりだ!?」

「別に、ただロックを外そうとしてたらたまたまそこに乳があっただけさ」

 

登山家が山を登る理由がそこに山があるからだと語るように、おっぱいマイスターの俺が乳を揉む理由もそこに乳があるからに決まっている。

うん、我ながらいい考えだ。

ところでイーリスさんはかなりいらついているようだ、ならばこの策をどんどん進めていけばいずれ決定的な隙が生じるはず。あとはエムロードでどかっとやれば試合終了というところだろうか。

 

「さて、続きをしようぜ。楽しませてくれよ?」

「くそっ、面倒臭せぇ奴だ……」

 

イーリスさんは戦闘態勢を取るものの一向に俺に向かってこようとはしない、多分警戒しているのだろう。しかしそっちがその気ならこちらから攻め込むまで、という事で俺は再度迅雷跳躍でイーリスさんの前へと躍り出た。

 

「おらぁ、どうしたどうした!! 攻めなきゃ勝てねぇぞ!?」

「ちっ……」

 

俺の連続攻撃に防戦一方のイーリスさん、俺からのセクハラ攻撃を警戒しているんだろうが流石に攻めに対して消極的過ぎる。このまま押し切れば本当に勝てるかもしれない。

主に上半身に向けたラッシュはほとんど防がれているが時たまいいところに当たる、これも織斑先生から教わった流れに乗るというのを意識してやった結果だ。先生には本当に感謝しかない。しかしそれだけじゃつまらない、ここで俺のオリジナリティってのを出していくのも重要なはずだ。

 

「足元がお留守ですよっと」

「うわっ!?」

 

上半身に意識を集中させておいてからの水面蹴りは面白い位に見事に決まり、イーリスさんが転ぶ。そして俺はマウントポジションを取るためにイーリスさんへと一気に飛び掛った。

 

「そいつを……待っていたっ!」

「はえっ? ……ぐっ、ぐわあああああああっ!」

 

俺が飛び掛った瞬間、イーリスさんは脚部装甲の展開を解除し飛びかかる俺の腕を取り、さらにその両脚が俺の首と腋の下に絡みつく。いわゆる三角絞めというやつである。

 

「がっ、がはっ……」

「おいおい、もがくともっと苦しくなるぜ? まぁ、このままお前が眠るまで面倒みてやるよ」

「がっ、ぎっ……」

 

俺はフリーになっている掌でイーリスさんの乳を再度揉もうと試み、鷲掴みにする。しかしイーリスさんの表情はまるで変わらなかった。

 

「おう、好きなだけ揉んでいいぞ。その代わり死ぬほど苦しんでもらうがなぁ!」

「があああああっ!!」

 

頚動脈が絞められ、俺の視界が少しずつ暗くなっていくこれはマジでやばい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「決まった! あれを食らったら流石の藤木君も終わりね」

 

またしても狭い観客席の中、ナターシャの声が響く。その声は少し嬉しそうでもあった。

 

「終わり? どういう事だ?」

 

そんなナターシャに対し、ラウラが不満気に返す。今見せ付けられている展開が面白くないのだろう。

 

「ええ、ファング・クェイクの特性上イーリはストライキングが得意と思われがちだけど実際はそうじゃないわ。彼女が本当に得意なのはグラップリング、そしてあの三角絞めは今だ誰も抜け出せた事がない必殺技とも言える技。それにイーリにもうセクハラ攻撃は通用しないわ、ならもう無理じゃないかしら?」

 

饒舌に喋るナターシャを冷ややかな目で見るラウラ、しかしそこに楯無が割って入った。

 

「……そうでしょうか?」

「えっ?」

「藤木君はこんな所で終わるような男じゃありませんよ、それに彼の隠し玉はこれだけじゃありません。だからまだ終わりませんよ」

「それは……どういう」

 

困惑するナターシャにドヤ顔の楯無、ナターシャには楯無が何を考えているのか一切理解ができなかった。

 

「まぁ、見ててください。あえて言うなら……そう。このポジションは諸刃の剣であるという事に気付いていないんですよ、彼女は」

 

そう言いながら楯無は紀春へと視線を送る、その表情は少し笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

閃いた! この技を脱出する方法を! そしてまだまだ俺の策は通用するという事実を!

 

「どうした!? 抵抗が弱くなってんぞ!」

 

しかし、どうして気付かなかったんだ。いやそんな事はどうでもいい、閃いた所で俺が不利なのは事実。早く策を実行に移そう。

 

「……ふっ」

「……なんだよ?」

 

俺はイーリスさんに向け笑顔を向け、それを見たイーリスさんは一瞬困惑の表情を浮かべる。さて、第二章スタートだ。

 

「くんくんくんくんくんくんくんくんっ!!!!」

 

俺は顔面をイーリスさんの股間に押し付け、音を鳴らしながらその匂いを全力で嗅ぐ。これが俺の策その2である。

 

「なっ、やめろおおおおおおおっ!!」

「うーん、ほんのりチーズのかほり」

「死ねコラアアアアアッ!!」

 

そんな言葉と同時に三角絞めは解かれ、至近距離からのドロップキックが放たれ俺は大きく吹っ飛ぶ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……テメェ……」

 

息を荒くするイーリスさんに対し、さも余裕であるかのように立ち上がる俺。少々のダメージを受けてはしまったものの三角絞めから脱出する事が出来た、やはりイーリスさんのセクハラ耐性は完璧なものじゃなかったようだ。

 

「おいおい、どうしたんだ? あと少し我慢すれば勝てたものをみすみす逃すなんて随分余裕なんだな」

「お前があんなことするからだろ!」

「いかんのか?」

「いかんだろ!」

「何言ってんだ、ISの競技規則に相手の股間の匂いを嗅いじゃいけないなんて書いてなかったはずだぜ? それに俺達はISLANDERSなんだ、甘い事言ってんじゃねーよ」

「くっ……」

 

正論、圧倒的正論! もちろん競技規則に相手の乳を揉んじゃいけないとも書いてないし、俺達は今後ルール無用の戦場に降り立つのだ。故にイーリスさんの言っている事は甘すぎる。

まぁ、こんな経験初めてだろうから動揺してしまうのも致し方ないだろうが。

 

「さて、二度目の仕切り直しだ。今度は全力でいかせてもらおうか?」

「はっ、今更強がりかよ。情けねーな」

「そう言っていられるのも今の内さ。さて、この織朱の真の力を見せてやろうじゃないか!」

『という事は私達の出番ね!』

『待ちくたびれましたよ……そもそもさっきの三角絞めだって、私達を使えば簡単に抜け出せたはずなのに……』

「そんな事すっかり忘れてた! さて、行くぞおおおおおおっ!」

 

俺の言葉と共に左右のビットが切り離され、それぞれが独自の機動でイーリスさんへと向かっていく。そして俺はエムロードⅡを展開、二人の後を追うようにイーリスさんへと向かっていった。

 

「話には聞いていたが……これはっ……」

「どうした、そっちも本気出してこいよ!」

 

俺達の連携攻撃によってイーリスさんがまたもや防戦になる。しかしそれも致し方あるまい、本来ビットは一人の人間の意志の元に操られている関係上どうしてもその動きにパターンや統一性というものが出てくる。しかし俺のビットは個々が俺の意思とは関係なく自由に動かされその動きにいい意味でのムラが出来る。それゆえビットの動きを予想するのは困難になるのだ。

 

「……っ、見えたっ!」

「遅いっ!……あれっ?」

 

次の瞬間、イーリスさんが瞬時加速(イグニッション・ブースト)で俺の方に迫る。

俺はそれを回避していせたものの、イーリスさんは再度瞬時加速(イグニッション・ブースト)を掛け、俺の真横をすり抜けて行った。

 

「連続で瞬時加速だと!?」

『もしかしてあれが個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)かしら?』

「はえー、すっごい。どうやったら出来るんだろ」

『うーん、私達じゃ無理ね。プラズマ推進翼は仕様上瞬時加速は出来ないから』

「つまり俺達は迅雷跳躍(ライトニング・ステップ)で頑張ろうって事ね」

『そんな話はいいから助けてくださーい!!』

「ん?」

 

イーリスさんは三発目の瞬時加速を発動し天高く舞い上がる、そしてその先には霊華さんが居た。

 

「さっきから観察していたが片方のビットの動きが鈍いようだな! まずはこっちから破壊させてもらう!」

「れっ、霊華さん逃げてー!!」

 

ゆうちゃんより技量の劣る霊華さんは確かに比較的ビットの制御が下手だ、しかしそれはあくまでゆうちゃんと比べてという事であるのだが……

 

『ひいいいいいいいっ!』

「逃げんなコラァ!!」

 

イーリスさんが四発目の瞬時加速で一気に霊華さんへと迫る、俺も迅雷跳躍で霊華さんを助けようとそこへ急行するが間一髪の差でイーリスさんが霊華さんを捕まえる。そしてそのまま地面へと急降下していく。

 

「これでタッチダウンだ!!」

『きゃあああああっ、やめてえええええっ!! 私のIntelがっ!!』

 

心配するところはそこなんだろうか? まぁ、霊華さんが何を喚こうとその声はイーリスさんに届くことはない。

そして霊華さんとイーリスさんは地面に激突し、そこに大きな土煙を作る。

 

そして数秒後、その土煙が晴れるとクレーターの中心に佇むイーリスさんと粉々になった霊華さんが居た。

 

「だ、大丈夫なのか?」

『ビットが壊れても霊華の命がどうこうなるわけじゃないから大丈夫だとは思うんだけど……』

 

問題は彼女に搭載されているIntelとその他諸々である、あそこには霊華さんが趣味で書いているホモ漫画が保存されているはず。そして見る限りそれも粉々にされたっぽい。

 

「さてと、まずは一機だな。もう一機も頂いちまおうか」

『…………』

 

俺達を得意気に見上げるイーリスさんとは対照的に何も喋らない霊華さん、本当に心配である。

 

『……殺す』

「ん?」

『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。藤木君、今すぐあの腐れヤンキーを殺してやりましょう。私の命より大切な努力の結晶を粉々にした奴は万死に値する罪を負いました、しかし私は優しいので殺すのは一回で勘弁してあげます。だから殺しましょう。さぁ、今すぐ。ハリー! ハリー! ハリー!!!!』

「お、おう……」

『ぶち切れてるわね、霊華』

 

息巻く霊華さんに対してやけに冷静なゆうちゃんの突込みが入る、そしてその勢いは俺も圧倒する。しかし霊華さんがこんなに取り乱しているところを見るのは初めてだ。

まぁ、その位怒っているんだろう。

 

『藤木君、まず私の残骸を回収してください。そうしないと何も始まりませんから』

「お、おう。しかし霊華さんの残骸はイーリスさんの足の下だぜ? どうやって回収すれば……」

『ゆうちゃんに隙を作らせます、出来るわね?』

『う、うん。短時間なら囮は出来るけど……』

『ではそういう作戦で行きましょう、散開っ!』

 

俺とゆうちゃんは霊華さんに言われるがまま、距離を開ける。そしてエムロードⅡを一時収納しなおし、強粒子砲を展開する。

 

「霊華さんに何か秘策があるのだろうか?」

『わかんないけどなんだか今の霊華には逆らわない方が良さそうね、とりあえず従っておきましょう』

『そこっ、無駄話しない!!』

「……はい」

 

俺とゆうちゃんは二手に別れ、各々がイーリスさんへと射撃を行う。しかし流石に読まれているようでそれはいとも簡単にかわされる。

そしてイーリスさんは二つ目のビットを破壊するため、ゆうちゃんの元へと接近した。

 

「二つ目もいただきだっ!」

『うおおおおっ、気合の迅雷跳躍っ!!』

「なにっ!?」

 

イーリスさんのパンチがゆうちゃんに直撃する、と思った瞬間。イーリスさんが前のめりにバランスを崩し、その隙にゆうちゃんはその場から離れる。

 

「残像だと……ビットの癖に生意気なっ……」

『うぇーい、残像は私の専売特許だもんねー!!』

 

そしてそんなやりとりが二人の間でされている最中、俺は粉々になっていた霊華さんを回収ていた。

 

「よし、回収完了。で、次はどうすれば?」

『とりあえず私を織朱に取り付けてください、もう私は自律行動も出来ませんから』

「ほいほい」

 

というわけで俺は粉々になっている霊華さんの一部である織朱とビットのジョイントパーツの部分を手動で織朱の右肩に取り付ける。そこが霊華さんのいつもの位置である。

 

「よし、それで次は……」

『ゆうちゃん! 至急戻って来て!!』

『あいさー!!』

 

霊華さんの呼びかけに、イーリスさんの攻撃を凌いだゆうちゃんも戻ってくる。そして今度は俺の左肩にゆうちゃんが停まる。

 

「もうビットは終わりか?」

「らしいね、これからどうなるんだろ?」

「はぁ? なんか考えてたんじゃないのか?」

「いや、そうでもないんだよね」

「お前アホか?」

「……かもしれない」

 

しかしここからの作戦は全部霊華さん任せなんだ、もう俺ではどうしようもないのも事実である。

 

「霊華さん、これからどうすんの?」

『決まっているでしょう? 力押しです。ゆうちゃん! 力を合わせて!』

『おっ、PK? PKなの!?』

『うん、PK!!』

「PKってなんですか?」

『PKファイヤー的なアレです!』

「おお、解りやすい」

『というわけでいきます! あの腐れヤンキーに天罰を!!』

『おっけーい!』

「あっ、俺やる事なさそうだわ……」

 

次の瞬間、アリーナに地響きが起こる。そしてそれにイーリスさんも驚いているようだ。

 

「なっ……地震か?」

「いや、地震じゃないぜ?」

「もしかして……お前……」

「ほう、ちゃんと予習してたんだな。その通り、これが俺の全力全開だあああああっ!」

 

俺のその言葉と同時に地面が割れ、無数の土塊(つちくれ)が俺の周りを浮遊する。これも全て二人の力だ、故に俺の全力全開というわけではないのだがそんなことどうでもいいや。

 

『射出します!』

「いっけーーーーーーーーーっ!」

 

俺の号令と共に土塊がイーリスさんの下へと殺到する。所詮土と言えどこれには二人の力が篭っている、当たれば大ダメージは必至だ。

 

「ちっ、そんなモノでっ!」

「避けきれるかい?」

「避ける必要なんて……ねぇっ!」

 

イーリスさんは土塊に向かって拳を突き出す、そしてイーリスさんに向かって飛ぶ一番最初の土塊は粉々に砕け散った。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ!」

 

そして殺到する土塊も全てその拳が粉砕していく、俺の視点では土煙でイーリスさんの姿は完全にかき消されていた。

 

「おいおい、大丈夫か?」

『まだまだ弾は充分に残っています、むしろこれからですよ』

「それも、無駄だっ!」

 

次の瞬間、土煙と土塊の雨嵐の中から土塊を砕きながら姿を現すイーリスさん。そのスピードは凄まじく、俺は一気に距離を詰められてしまった。

 

「こいつを、食らえっ!」

 

イーリスさんは、土塊の一部を握り締め俺へと拳を突き出す。突然の事態に驚いた俺はそのパンチを顔面で受け止め、大きく吹っ飛んでしまった。

 

「がああっ、目が……目がああああっ!」

 

土が直接目に入り悶絶する俺、そしてお陰様で視界は土と涙で何も見えなくなってしまった。この状況で視界が奪われるのは敗北と同義、それでもなんとかならないかと手足を振り回してみるがイーリスさんに当たった感触は一切感じられなかった。

 

「さて、これで終わりだ。お祈りは済ませたか?」

「があああああああああっ!!」

 

最後の一撃を決めようとするイーリスさんに対し、俺は必至でもがく。すると右手が何か柔らかいものを掴んだ。

 

「はぁ、またそれかよ……」

 

気配からして目の前に居るイーリスさんが溜息をつく、そしてこの感触は明らかにおっぱいだ。

 

「もう充分堪能しただろ、というわけで今度こそ終わりだ」

「まだだ、まだだああっ!」

 

まだと言った所で俺に出来ることは何もなかった、傍から見れば見苦しい光景なのかもしれない。

そして俺は空いた左手で必死の抵抗を試みる、するとまた何かを掴んだ。しかし今度はおっぱいではなく、なにか別のものだった。

 

「何っ!?」

「だらあああああっ!!」

 

イーリスさんの反応からイーリスさんにとって何かまずいものを掴んだのではないかと直感的に思った俺はそれを力任せに引っ張る、するとそれは少しの抵抗の後、ビリッという音と共にその抵抗を失った。

 

「あ、あ、あああ……」

「ん?」

「死ねコラァ!!!」

「はうっ!?」

 

直後、俺の股間に史上最大の痛みが走る。その痛みのせいで膝をついた瞬間、待ってましたと言わんばかりに側頭部に衝撃と痛みが走り、俺は吹っ飛ばされた。

多分このまま俺は負けてしまうのだろう、そんな事をやけに冷静に考えながら俺の意識は黒く染まっていった。




オリ主が最後に何をやったのかは察してほしい。


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第85話 織朱式戦闘理論

「…………」

「……おめでとう、と言うべきかしら?」

 

イーリと藤木君の模擬戦が終わった直後、私はイーリが居るピットを訪れていた。

しかし勝ったはずのイーリはまるで敗北者のようにうなだれている、まぁそれも無理のない話だろう。

 

「……全然めでたくなんかねぇよ、アメリカ国家代表があのザマだぞ」

「そうね、あなた終始藤木君のペースに乗せられっ放しだったものね」

 

藤木君の最後の一撃、それはイーリの喉元部分にあるスーツの一部を掴みスーツは無残にも引き裂かれた。

その後イーリが藤木君にトドメを刺し模擬戦はイーリの勝利として幕を閉じたものの周りの反応は些か冷ややかであった。これが俗に言う「試合に勝って勝負に負けた」というやつなのだろうか。

 

「でも、大丈夫? あんな目に遭って」

「大丈夫なわけねぇだろ……」

 

この戦い、一番の被害を被ったのは紛れもなくイーリだ。藤木君にいいように弄ばれ、最後にはほぼ全裸を晒されるという屈辱を味わう事になったのだから。

 

「……なぁ」

「なに?」

「あいつってさ、IS乗ってどれ位になるんだっけ?」

「あいつって……藤木君の事? 確か……男性操縦者適正試験があったのが3月で今が11月だから約8ヵ月って所かしら?」

「8ヵ月かぁ……」

 

8ヵ月、それだけの時間で藤木君はここまでやってきた。環境などの違いはあるだろうが彼こそ天才と呼ぶに相応しい存在なのかもしれない。

 

「なぁ、ナタル。IS乗って8ヵ月経った頃のアタシ達だったらあいつに勝ててたと思うか?」

「無理ね、今のあなたですらギリギリなのにあの頃の私達じゃ敵いっこないわ」

「だよなぁ……」

 

あの高速機動に反則技の数々、なによりも最後に彼が繰り出した土塊(つちくれ)のラッシュ。新兵の頃の私達がそれらを相手するのはどう考えても荷が重い話だった。

 

「……あいつも色々頑張ってやっとここまで来たんだよな」

「……えっ?」

「いや、あそこまでやらないと勝てないとでも思ってたのかなってさ」

 

まずい、なんだかイーリの精神がおかしな方向に向かってる気がする。

 

「だ、駄目よイーリ! ちょっと藤木君に調教されたからって即落ちなんて恥ずかしくないの!?」

「はぁ? 何言ってんだよナタル。そういうんじゃないって」

「だったら何だっていうのよ!?」

「ISLANDERSは色々問題を抱えてる部隊ではあるんだけどさ、やっぱり世界最高の精鋭が集う舞台なわけだよ。もちろん私達だってそれに値する実力を持ってるって確信してる。でも、あいつはISに触れてからたった8ヵ月でここまで来たんだ」

「それはさっきも聞いたわ」

「8ヵ月ってのは長いようで短い、そしてISLANDERSは世界最強の部隊だ。そしてその中にはたったの9人しか操縦者は居ない、つまりあいつは世界のトップナインにたった8ヵ月で上り詰めたんだ」

 

実はISLANDERSへの戦力供給という点において多くの国がそれを拒んでいるという噂を聞いたことがある、故にISLANDERSが世界最強の9人であるというのは大いに疑問の残る所である。

まぁ、話がこじれるだけなのでこの事はイーリには伝えないでおこう。

 

「確かに環境という点においてあいつは優遇されている、でもその環境を手に入れるためにあいつは何を失ったんだろうな?」

「藤木君が失ったもの?」

 

私の目からは彼は自由に生きてるとしか思えない、イーリは藤木君に何を見たのだろうか。

 

「あいつの目、死んだ奴と同じような目をしていた。それに戦闘中もぶつぶつと独り言言ってなんだかおかしかった」

「それが、藤木君の失ったもの?」

「ああ、あいつは既にまともな精神を失ってるよ。たかが16のガキだぞあいつは、どうやったらあんな目が出来るようになるんだよ」

「でも、私には普通に話しかけてくれたけど……」

「そんなもの演技だ、実際に拳を交わしたアタシになら解る。あいつは薄ら笑いの仮面の下にタールみたいにドス黒くて粘ついた何かを抱えてる」

 

イーリはあの戦いで藤木君の何を知ったのだろうか、しかしイーリは今までの自分の考えを捨ててしまう位の何かを藤木君の中に見出してしまったようだ。

 

「近いうち、あいつの心は確実に砕ける。となると、大人としては放っておけないだろ」

「へぇ、あんな事されたのに随分彼の事を気にするのね?」

「どういう意味だよ?」

「さっきも言ったけど調教されたんじゃないかって……」

「うっさい!」

 

雨降って地固まるとはいかなそうであったが、この戦いでイーリと藤木君の関係もよくなるのかもしれない。いや、これはただの願望だ。

でも私はそう思わずには居られなかった、私達の試練はまだ始まってもいないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

その日の深夜、アタシはまだ寝付けずにいた。

無理もない、戦いの余韻は未だ残っているし。明日から藤木にどうやって接すればいいのかも考えていないのだから。

 

「……あぁ、どうっすかな」

 

初対面の時あれだけの啖呵を切り、今日の戦いも酷かった。

しかし、藤木との戦いであいつの歪みを知ってしまった以上大人としてなにかしてやらなければいけないとも思う。

そしてついさっき来たディアナからのメールで藤木の事について色々釘をさされてしまった。

もう後戻りは出来なさそうだ。

 

「しかしなぁ……」

 

腹を割って話そうって言ったってそんな機会も簡単に訪れるものじゃないし、なにか切欠を掴めればいいのだが……

 

「腹を割って話す……か……」

「腹を割って話そう!」

 

その瞬間、そんな大声と共に私の部屋のドアが蹴破られるような音がした。

アタシは咄嗟に枕元に置いてある拳銃を握り締め侵入者の居る方向に狙いを定めた。

 

「だっ、誰だ!?」

「イーリスさん、腹を割って話そう」

「はぁ!?」

 

侵入者の正体は藤木だった、アタシは少し安堵した後拳銃を下ろした。

 

「お前さぁ、今何時なのか解ってんのか? そもそも女の部屋に押し入るなんて非常識にも程があるぞ」

「だからその辺も含めて腹を割って話そう」

「だから帰れよ! おめーと腹を割って話す事なんて何もねーよ!」

 

ついさっき思ってた事はどこかに吹き飛んでしまった。それに明日も早いんだ、ただでさえ眠れないのにこんな奴が居たら益々眠れなくなる。

 

「いや、腹を割って話そう。お互い色々話すべき事があるだろう」

「あるけど! 明日にしてくれ!」

 

すると藤木が急に自分の腕時計を眺める、ちょっと嫌な予感がしてきた。

 

「……ええと、今が11時59分……あっ、0時になった。というわけで腹を割って話そう」

「明日になったー!!」

 

こうして私達の夜は更けていく、結局その後も藤木はアタシの部屋に居座り続け、アタシ朝までその話に付き合わされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、何故あんな事をやったのか全て話してもらうぞ」

「ええ、勿論。と言いたい所なんですがその前に……」

 

模擬戦があった翌日、基地の会議室でのミーティングが開かれていた。議題は勿論昨日の模擬戦について、そして何故俺があのような策を取ったかという事についてでである。

 

「つかぬことをお伺いしますがみなさん、この中で男性と交際した経験がない方は挙手をお願いします」

「は?」

「重要な事なんだ、というわけで挙手!」

 

元気な俺の声とは裏腹に会議室の中は静まり返っている、そして手を挙げたのはただ一人、ラウラだけだった。

 

「わ、私だけか?」

「そんなわけないだろ。はい、まずそこのロシア。見栄を張らない」

「そ、そんな事ないもん! 幼稚園の頃同じクラスのマサ君と将来結婚しようねって約束したもん!」

「で、そのマサ君とやらは今どうなってんだ?」

「彼女が出来たってさ! 畜生っ!」

 

たっちゃんが悔し涙をにじませながら手を挙げる、彼女も色々大変そうだ。

 

「そしてそこの寝てるのヤンキー、起きたまえ」

「……ぐぅ」

 

俺に名指しで呼ばれたイーリスさんはこのミーティングが始まる前から机に突っ伏していた、そしてそんなイーリスさんをナターシャさんがゆすり起こす。

そして、イーリスさんは目を擦りながら俺を恨めしそうな顔で見上げた。

 

「……なんだよ」

「大事なミーティングの最中に寝るなよ」

「お前が寝かせてくれなかったからだろうが、朝まで付き合わされたこっちの身にもなれよ……」

 

その瞬間、会議室の空気が一変した。

 

「い、イーリ! やっぱり調教されてたのね!?」

「ノリ君……ハッスルするのはいいんだけど程々にね?」

「流石は兄だ、女一人落とすのに一晩もあれば充分ということか」

「ほう、兄上は中々のプレイボーイのようですね」

「やりますね、アニ」

 

やはり若い女というのはこういう色事話が大好きなようだ。しかし俺はイーリスさんと朝まで腹を割って話したりトランプしたりしただけなので別段そういう事をやったわけじゃない。

 

「なんでそんな話になってんだよ……」

「あなたが調教されたからに決まってるじゃない!」

「だから調教されてねぇって! というかナタル、お前最近おかしいぞ!」

「まぁまぁ、俺とイーリスさんは何もありませんから。というわけで話の続きなんだけど、イーリスさん彼氏とか居る?」

「……居ねぇけど」

「だよね!」

「やっぱりお前なんかむかつく」

「で、他の人は嘘ついてない? クラリッサあたりが正直怪しいんだが」

「失敬な、これでも一応……」

「居るのか? クラリッサ」

 

俺の問いをラウラが代弁する、部隊長という建前上部下の事を知っておきたいのだろう。

 

「その……今は別れてるんですけど、二年ほど前に……」

「なん……だと……!? 私が教官の下で血反吐を吐いてる間にクラリッサは男とねんごろになってたとは……」

「その……すみません……」

 

ラウラが見るからに落胆している、今度慰めてあげよう。

 

「ところでテンペスタ二型の人は……」

「あの、それより私の名前……」

 

ごめん、何度か自己紹介してもらった気もするけど覚えてない。たしがすっげぇ長い名前だった気がするんだが。

 

「あ、そう。居るのか。別にいいんだぜ、お兄ちゃん妹に欲情するような変態じゃないから」

「いや、それよりも私の名前……」

 

ここは誤魔化しの一手で行くしかない、というわけで他の人に話題を振ろう。

 

「ナターシャさんはどうだったんですか!?」

「もしかして……忘れてるとか?」

 

独り言のようにか細い声を俺は聞き逃さなかったがあえて無視する、無視するったら無視する。

 

「勿論居たわよ、これでもハイスクールの頃はチアリーダーやってたんだから」

「もしかして……俗に言うクイーンビー? ということはジョックと?」

「まぁ、そういう事になるわね。でも彼って乱暴だったから卒業してすぐに別れたわ」

「はぇー」

 

人に歴史ありという所だろうか、まさかナターシャさんがクイーンビーだったとは。

 

「でもイーリスさんは絶対バットガールですよね?」

「そうだよ、悪かったな!」

「いえ、別に悪いって事はないんやで。そして最後は……」

 

俺は織斑先生の方へと視線を向ける。

 

「あ゛?」

 

妙にドスの効いた声と共に鬼のような形相の織斑先生が俺を睨み返す、もう怖すぎて俺は織斑先生から視線を外した。

 

「え、えーと。織斑先生は乾く暇ない位にもてもてみたいですね。やっぱブリュンヒルデって凄いね、死が二人を分断つまで(ブリュンヒルデ・ロマンシア)だね」

「兄、声が震えてるぞ」

「というより兄上の恋愛遍歴の方が気になりますが、どうなんですか?」

「おっ、そうだよ。お前さっきから人の話ばかり聞きやがって、自分はどうなんだよ?」

 

ここに来て予想外の反撃がクラリッサとイーリスさんから飛んでくる。正直、自分の色恋沙汰はあまり言いたくはないのだが……

 

「ええ、そんなの全然ないですよー」

「今、あからさまな嘘ついたわねノリ君。シャルロットちゃんとはどうするのよ?」

「やっぱり居るのか! お前も隅に置けねぇじゃねーか新兵(ルーキー)!」

「あっ、いやその……」

 

額から脂汗がにじみ出るような嫌な感覚が俺を襲う、というか出てきてるのかもしれない。

 

「いや、まぁ……その……」

「どうした、はっきりしろよ。それでも男か?」

「まぁ、あいつとはまだ微妙な関係でして……」

「そんな事ないでしょ、ノリ君から迫れば一気に落ちると思うわよ。彼女」

「えっ、マジですか!?」

「そうだな、次会った時にでも告ってみればどうだろう。兄よ」

「お、おう……いやいや、そんな事じゃなくって。この話は何故俺があんなセクハラまがいの戦術を取ったかって話だろ、なんでこんなに話がずれてしまったんだ!?」

「明らかにお前のせいだろ」

 

そうだ、俺が悪かったんだ。というわけで話を戻そう、これ以上は聞かれたくない話を色々聞かれてしまいそうだ。

 

「というわけで話を戻そう、現在みんなは現在進行形で付き合っている男はいないという認識で間違いないだろうか? 織斑先生を除いて」

 

そう言うと、また織斑先生が睨みつけてくる。もうこの話はやめよう。

 

「兎に角だ、IS操縦者全員にアンケートを取ったわけじゃないんだか俺の知る限りIS操縦者ってのは男慣れしてない奴が非常に多いらしいんだ」

「ん、そうなのか?」

「ああ、そうだ。そもそもこの業界は始まった時から女社会、しかも一部の操縦者の間では『IS乗りに男は禁物』という言葉があるらしいってのも聞いたことがある」

「IS乗りに男は禁物? どうしてだ?」

「あー、そんな話を昔聞いたことがあるわ」

 

いまいちピンときてないラウラとは裏腹にイーリスさんは納得したように頷く、多分イーリスさんはこの言葉を聞いた事があるんだろう。

 

「IS乗りに男は禁物、それは何故か。由来は様々あるんだろう、男にかまけて訓練をおろそかにするとかな。しかしIS乗りにとって一番の危険、それは……」

「それはなんなんだ、兄よ?」

「妊娠だ」

「はっ?」

「ところで織斑先生、一般的に言われるIS乗りの旬ってのは何歳から何歳まででしたっけ?」

「個人差はあるが一般的には15から30までの間と言われてるな」

 

まぁ、そんな事は俺も知ってる。というかそれは授業で織斑先生から直接教わった話だ、15以前はまだ体が出来上がっていないのでIS操縦に不向きであるし30を超えれば若い操縦者とまともに張り合えなくなっていくらしい。

 

「そう、つまりIS操縦者の実質的な稼動年数はたったの15年。そしてそんな貴重な15年の間に妊娠するってのはどういうことだろう?」

「ガキを孕めばどんなに早くても1年、長ければ3年以上は時間を取られる事になるな」

「そう、最短でも1年。その時間、ISと離れて生活するってのはどれだけのブランクなんだろうな?」

「実際にどうだって言うんだよ?」

「あくまで個人的な意見だけど、1年って時間はかなり長いと思う。環境と才能にもよるが一年あればISに触ったことがないペーペーでも世界のトップに踊りだす事が出来る、まぁそれは俺の事なんだがな」

「うわ、自慢かよ」

 

そうだ、自慢だ。俺はたった8ヶ月でここまでやってきた。そしてそのために自身を三津村に売り、その犬として生きてきた。

しかしその成果は確実に出ている、精神すら削れそうな訓練の日々と命がけの戦いの先にはISLANDERSという輝かしい舞台が待っていたのだ。そしてそのISLANDERSすら俺にとっては栄光への踏み台に過ぎない。

まだだ、まだ俺は成り上がっちゃいない。もっと強くなり、目指すは世界最強。その時こそ、俺はオリ主の本懐を遂げる事が出来るのだろう。

 

「まぁ、そんな所ですかね。兎に角ここで言いたかったのは、IS操縦者は男慣れしてない人が多いって事です。という事は俺が男であるという事はかなり強力な武器であるってことって事でしょうか」

「そうだな、強力かどうかはさておき男であるという事はかなり珍しい武器になるだろう」

「ええ、なにせこの特性を持ったIS操縦者は世界にたった二人しか居ませんからね。そこで俺は考えた、この武器をフルに生かす方法を」

「それがセクハラってわけかよ」

「はい、ふざけているようにしか聞こえませんけどこれは実際にかなり強力なんですよ。少なくとも俺はこれで初めてのISでの戦いを乗り切りました」

「……真耶との戦いか」

 

そう、俺が初めて戦った相手である山田先生に対して行った作戦、それは見事に効果を発揮しその後もこの特性による戦いを仕掛けてきた。そしてその結果もお察しだ、我ながら今までうまくやれたと思う。

 

「そしてこれは今後の戦いにも役立つ、そりゃ相手は亡国機業なわけだしここよりもすれた奴も多いだろう。でも、それでも効果はあるはずだ」

「いや、実際効くのか?」

「断言しよう、確実に効く。戦士の神経というのは繊細だ、鎬を削るような真剣勝負ほどちょっとした違和感が戦いの邪魔をする」

 

少し前、バスケの試合中継を見ていたとき解説が言っていた事を思い出す。シュートを打つ時というのはちょっとした差によりその成否が分かれるらしいと。例えば指を少し怪我するだけ、もっと細かいことを言えば爪を切った事が原因でシュートを外すことすらあるらしい。たった少しの感触の違いがそこまでの影響を及ぼすのだ、ならば俺の戦術はそれ以上の効果を出すことになるだろう。

 

「ふーん、お前も色々考えてるのか」

「考えなしにセクハラをやってるわけじゃないんですよ、という事で俺の話は終わり! といいたい所なんですが最後にひとつだけ言わせてください」

 

そう言いながら俺は周りを見渡す、するとこの小さなミーティングルームの全ての視線が集まった。

 

「もう政治とかつまらないことでお互いに諍いを起こすのはやめませんか?」

「ちょ、ちょっと藤木君。それは……」

 

俺の言葉にナターシャさんが焦りだす、多分他のメンバーも内心いい気分ではないだろう。そもそもISLANDERSにいまいち結束がないのはお互いの国が信用しあってないからなのだ、そしてその国家の思想の違いが個人に伝播しこの部隊の空気を悪くしているのだ。

 

 

「ええ、解ってますよ。俺達ISLANDERSにとって政治は気っても切れない存在だって事は。ですがね、そんなつまらん事で一々いざこざを起こすのはもう沢山なんですよ! 俺達はこれから轡を並べてテロリストと戦わなきゃならんのです。でもね、その時横に並んでいる人間が信用出来ないとなれば俺は怖くて戦えませんよ。それは誰だって同じはずでしょう?」

 

吐き出すような俺の言葉にミーティングルームは静まり返る、そしてその中でたっちゃんが口を開いた。

 

「……そうね、私もそう思うわ。みなさん、確かに私たちは国家からお互い言えないような指示を受けこの部隊に参加しています。しかし、それは飽くまで国家間での事。少なくとも個人的にはもっと信頼しあうべきなんかじゃないかと思います」

「……そうだな、それに私たちドイツに関しては別に隠し立てするような事ではない。折角だからここで言ってしまおうか」

「駄目だラウラ、それだけは」

「えっ?」

「それはフェアじゃない、今お前がそれを言ってしまうと国からの密命を言えない人間に対して不公平感が出てしまう。俺たちは互いにフェアじゃないといけない、いい部分も悪い部分も含めてな」

「むぅ……そうか、兄がそう言うのなら……」

「悪いな、責めるつもりはないんだが我慢してくれ」

 

ばつがわるそうなラウラとは裏腹にミーティングルームの空気が少しだけ軽くなる、きっと俺の言葉にほっとした人間も居るのだろう。

 

「さて、これでミーティングは終わりですね。つかぬ事を聞きますが、みなさんこの後ご予定は?」

「いや、私達はねーけど。だよな、ナタル」

「ええ、今日はこの後は自由時間ね」

「えっ、ノリ君なにかやるの?」

「ああ、折角だから親睦を兼ねてバーベキューしよう。アメリカっぽくね」

「おっ、いいな。バーベキューの本場のアタシ達が一からレクチャーしてやろうか?」

「やめときなさいよイーリ、あなた食材を9割方炭にするじゃない」

「な、なにぃ! ウチの部下はいつもうまいって喜んで食ってるぜ!?」

「嫌々ながらね、正直あの時の彼らは見ててかわいそうだったわよ」

「なん……だと……!?」

 

そんなわけでミーティングルームはISLANDERS始まって以来の和やかな雰囲気に包まれる、きっとこれからはこの部隊もより良くなっていくだろう。

そう、俺達の戦いはまだ始まったばかりなのだ。だから頑張ろう、これから訪れる様々な試練に負けないように。



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第86話 伝説を殺した男

「お邪魔しまーす」

 

そう言いながら俺はドアを開ける。ここはISLANDERSアメリカ出張所の司令室、つまり我らが司令であるせっちゃんの城と言える場所だ。

何故俺がここに来たかと言うと、織斑先生からせっちゃんに宛てた書類を届けるように言われたからなのだが、どうやら織斑先生はせっちゃんにあまり会いたくないらしく俺が届ける事になってしまったのだ。

しかし仮にも幼馴染というならもう少し仲良くして欲しいと思うところではある。しかし人と人の関係は十人十色、あの二人にとってはこの関係に落ち着いてしまったのだろう。まぁ、別に喧嘩をしているわけじゃないしISLANDERSの運営に支障をきたしてるわけでもない。ならこのままでいいのだろう、多分。

 

「どうした?」

「織斑先生からラブレターでーす」

「そんなわけがあるか」

 

俺の小粋なジョークにため息をつきながらせっちゃんは書類を受け取る。しかしこの司令室に入るのは初めてだ、何か面白い物がないかとこの部屋をぐるりと見回してみるが、そこにあるのは雑然と積まれた書類の山ばかり。ちょっと掃除とかしたらいいのにと思う。

 

「しっかし、天下のISLANDERSの司令室の割にはきったないですね。掃除とかしてるんですか?」

「いや、別にそういうのはしてないな。そもそもボクは掃除とか苦手だからな」

「だったら成美さんにお願いすればいいのに……」

「いや、これでもどこに何があるのかちゃんと把握してるんだぞ? 成美に掃除されるとそれが解らなくなってしまう、だったらこのままでもいいじゃないか」

「ああ、典型的な駄目人間の発想だ……」

 

そんな会話をしてる間もせっちゃんは織斑先生からの書類を読んでいる、どういう内容なのだろうか。

 

「で、そのラブレターの中身ってなんなんですか?」

「只の物資補給に関する陳情書だ、面白いものじゃないぞ」

「へぇ……」

 

書類を粗方読み終わったせっちゃんは、それを積まれている書類の山の一番上に置いた。しかし次の瞬間そのバランスを失った書類の山が崩れ落ち、書類が床に散乱する。

 

「ああ、言わんこっちゃない。やっぱりちゃんと整理とかしたほうがいいですよ」

 

そう言いながら俺はその書類を拾い上げる、ふとそれに目をやると見知った人物の名前が書かれていた。

 

「ええと……Laura Bodewig。ってラウラの名前か……これ、報告書かなんかですか?」

「ん? ああ、これはボクの趣味で取り寄せたものだ。学生のお遊びにしては出来がよかったのでな」

「学生のお遊び?」

 

そんな言葉が気に掛かりながらも俺はその書類をめくってみた、しかしそれは俺が思っていたよりもつまらないものだった。

 

「これ……ラウラの夏休みの自由研究ですやん。なんでこんなものを?」

「だから言っただろう、趣味だって」

 

それは今から20年以上前に活躍したと言われる伝説の傭兵のレポートだった。彼は戦場では鬼神の如き強さを発揮し多くの敵兵を殺害し、その力は世界の軍関係者を震え上がらせたそうだ。

その逸話は多岐に及ぶが、正直俺から見れば眉唾物だ。なんだよ生身でビームを撃つって、もう人間じゃないだろ……

 

「いや、待てよ……」

 

そこで急に思い出した、俺は生身でビームを撃つ人間を知っている。

そう、その名は寺生まれのTさん。彼女の撃つ『破』は見る人からすればビームにも見えるかもしれない、だとするならこの伝説の傭兵はTさんと同じ霊能力者であるかもしれないのだ。

 

「ふむ……そう考えれば辻褄は合うのか……」

「どうした?」

「いや、ちょっと考え事です。ところでこの伝説の傭兵ってのはどんな人物だったんですか?」

 

この伝説の傭兵と薄くはあるが俺と関係があると思うとちょっと興味が出てきた、そしてせっちゃんは趣味とはいえ確実に俺より彼について詳しい。なら聞いてみない手はない。

 

「なんだ、気になるのか?」

「ええ、少し」

「ふっ、なら仕方ない。少し長くなるぞ」

 

その時のせっちゃんは明らかに目の色を変えていた。あっ、これは長くなるパターンや……

 

「伝説の傭兵、彼の出自は未だはっきりしていない。少なくとも彼の存在が確認されたのは1970年代終盤のアフリカでの事だ、彼はその国の内戦で反政府軍の傭兵として活躍し、政府軍を震え上がられたと言う。結局のその内戦では反政府軍の内部崩壊で敗北を喫したものの、その後も彼は世界中様々な場所で戦いを続ける事になった」

「へぇ、やっぱり強かったんですね」

「そりゃそうだ、そのレポートに書いてあることは全て真実だからな。それに彼は兵士だけでなく工作員としても超一流だった。ある時、彼が居る拠点を爆撃し始末する計画が持ち上がったのだが、彼はそれを事前に察知し、敵基地は潜入後、離陸した爆撃機をジャックしそのまま基地を爆撃し100名以上の死者出しそのまま爆撃機を持ち逃げしたという逸話もある」

「スネークとルパンとゴルゴを足して3で割らないって感じだ……」

 

つまり超強いって事だ、現在の俺にとって強さの象徴とも言える織斑先生と戦ったらどうなるんだろうか? 織斑先生もなんだかんだ超人なのでいい戦いが出来そうな気がする。

 

「まぁ、大体そんな感じだ。そうそう、まぁその位の存在になればもちろん彼にも仲間と言われる人間が出てくるようになる。そんな仲間を引き連れて彼はPMCを興す事になったんだ」

「カリスマってわけですね」

「ああ、ここまで言えば解ると思うが彼は当時世界最強の人間だった。そんな世界最強の人間が率いるPMCは数々の紛争で活躍したわけだが……ある時事件が起こる」

「ん、事件?」

「ああ、彼はついに戦闘中に重傷を負ってしまった。その場はなんとか始末出来たらしいが、世界最強といえ所詮は人間、彼は前線から退き少数の手勢と共にとある任務を請け負うことになった」

「ほうほう、それは……」

「希望の船の護衛任務さ」

「希望の船? なんですかそれは?」

「メガフロートと言えば解り易いか? キミも知ってるだろう、メガフロートの前身がイリーガルな科学者が禁忌の研究を行うために乗り込んだ船だという事は」

「おお、意外な接点が……」

 

メガフロートが昔は非合法集団だということは俺も知っている。そうか、俺は彼と同じ海を見たことがあるのか。なんとなくだけど嬉しい。

 

「確か伝説の傭兵が希望の船の警備任務を請け負ったのが1993年の夏だったか」

「しかも俺が生まれた年ですか、なんか運命感じちゃいますね」

「運命……そうかもな。何せ彼はそこで死ぬことになるのだから」

「おっ、ついに年貢の納め時だったんですね」

「ああ、当時世界の鼻つまみ者であった希望の船は様々な組織に狙われていた、国家団体を問わずな。そしてジョージ・マッケンジー大尉率いる米国特殊部隊により殺害された、というわけだ」

「ジョージ・マッケンジー……聞いたことない名前ですね、でもなんだか名前から親しみを感じるような……」

 

というか玄界灘で魚釣ってそうな名前だ。

 

「だったら知っておいたほうがいい、彼はアメリカの英雄の一人でこのISLANDERS設立にも深く関わっている。知らないと恥をかくことになるぞ」

「へぇ、そうなんですか。しかし思った以上に伝説の傭兵との接点があってびっくりですよ。そうか……伝説の傭兵はメガフロートで死んでそれを殺したのがISLANDERSの設立者の一人か……」

「ふっ、資料ならいくらでもやるぞ? なにせボクは彼の大ファンだからな!」

「あっ、やっぱりいいです……でもせっちゃん。そのジョージ・マッケンジーって人の事はどう思ってんのさ? せっちゃんの大好きな伝説の傭兵を殺した人なんでしょ?」

「いや、別に彼を嫌ってるわけじゃないぞ? むしろ尊敬してるぞ」

「へぇ、どうして?」

「どうしても何も、ボクはISLANDERS作戦部の人間として彼に指導を受ける立場だし、そもそも彼は人間的魅力に溢れてる人だ。それにボクにとって伝説の傭兵は歴史上の人物みたいなもので、それを殺したからってそこに思うことは何もない」

「ふーん、そういうものですか」

 

せんちゃんやそのジョージ・マッケンジーさんが所属している作戦部とは言うなればISLANDERSの頭脳と言える場所で、そこにはもちろん織斑先生も所属している。そしてその作戦部が決めた作戦を実行するのが俺達ISLANDERS戦闘部隊なのだ。人間に例えると作戦部が頭脳、戦闘部隊が手足といったところか、そしてその他の人々は……臓器?

 

「まぁ、伝説の傭兵の話は後々ということで……そろそろ俺は帰らせてもらいますよ」

「なにっ? ボクはまだ語り足りないぞ!?」

「いや、そういうのいいです。ということでさよなら!!」

 

そう言いながら俺は司令室の扉に手を掛けようとした瞬間、その扉が勢いよく開かれる。そしてその扉は俺の顔に直撃した。

 

「ぐわっ、痛ってぇ!!」

「おおっと! これは失礼、大丈夫かね?」

 

床に倒れ悶絶する俺に太い腕が差し出される、その腕を掴むとこれまた勢いよく俺は引き上げられた。

 

「大丈夫かい? 見たところ怪我はしてなさそうだが」

「え、ええ。大丈夫です……」

 

ちょっとくらっとした頭で前を見ると、金髪碧眼の異様に恰幅がいい中年男性が立っていた。胴回りは俺の倍はあるんじゃないだろうかと思わせるし腕も太い、しかしその分厚い脂肪の下には俺以上の筋肉があるのは容易に想像できた、俺を片腕で軽々と引きあげる位なのだから。

 

「そうそう、キヨツグ君。ビックニュースだよ」

「どうしたんですか大佐、また近所にうまいピザ屋でもみつけましたか?」

 

キヨツグ君、聞きなれない名だがたぶんせっちゃんのあだ名なのだろう。キヨツグを漢字で書けば清次、つまりせっちゃんの名前だ。実に解りやすい。

 

「というかこの人を紹介してくださいよせっちゃん。ええと、大佐さん? で、いいんですかね?」

「ああ、すまない。自己紹介が遅れたね。私はISLANDERS作戦部所属、ジョージ・マッケンジーだ。一応出向元のアメリカ軍では大佐という事になってる、よろしく頼むよ。藤木紀春君」

「なっ!?」

 

早速のご本人登場に流石の俺もビビる、年齢のせいか多少たるんではいるが道理で強そうなわけだ。

 

「驚いたか?」

「当然ですよ、ついさっき話題にしてたひとじゃないですか……おっと、ご存知かと思われますが藤木紀春です。お会いできて光栄です、マッケンジー大佐」

 

そう言って俺はマッケンジー大佐に手を差し出す、そしてマッケンジー大佐は強く俺の手を握り返した。

 

「こちらこそ光栄だ、君は全世界の男の希望なのだからね」

「よしてください、ここでは僕はただの新兵(ルーキー)ですよ」

「いやいや、それにしてはウチの跳ね返りに一泡吹かせたようじゃないか。ただのルーキーじゃあそこまでは出来んよ」

「……恐縮です」

 

マッケンジー大佐の言っている跳ね返りというのはイーリスさんの事なんだろう、そして大佐の口ぶりから多分大佐もイーリスさん手を焼かされているのだろうか。

 

「それより、今度はどうしたんですか?」

「ああ、ついさっき情報部がいいものを持ってきてくれた。見たまえ」

 

そう言いながら大佐はせっちゃんに書類を手渡す、最初は退屈そうにそれを眺めていたせっちゃんだったがとあるページを開いた瞬間目を見開いた。

 

「ほう、これはこれは……」

「なんかあったんすか?」

「ああ。藤木、喜べ」

「……だからなんなんすか?」

「亡国機業の拠点が発見された。つまりお前の初陣が決まったということだ」

「マジですか!?」

 

せっちゃんが俺に書類を見せる、そこには亡国機業の拠点らしき場所の所在が書かれていた。しかも四つも。

 

「……お、おお。つまりこの退屈な訓練漬けの日々もついにおさらばというわけですね!」

「藤木、織斑を呼んで来い。これから情報の精査と作戦会議を行わなければならんのでな」

「かしこまり! 行ってきます!!」

 

そう言うと俺は司令室を飛び出し、全速力で織斑先生の私室を目指す。

 

ああ、ついに待ちに待った実戦だ。そしてそれは俺の念願でもある虎子さんとの戦いに一歩近づくということでもある。

 

俺は期待に胸を膨らませて走り続ける、そんな中ある事に気づいた。

 

「あれ、俺が行くよりも織斑先生を電話で呼ぶほうが早いんじゃね?」

 

そんな疑問を抱きながらも俺は走る、きっとその先には明るい未来が待ってるはずだ。



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第87話 結束なきチーム

「腰をこんな感じで……くぃっと」

「こう……くいっと」

「違う違う、もっと全身を使って」

「……くいっと!」

「うん、いい感じだ。今の感じを忘れずに本番いってみようか」

「よし、行くぞ……」

 

そう言ったラウラは二歩後ろに下がり、プラズマ手刀を発動させる。しかしそれは普段のものと比べてかなり短い、これはプラズマ手刀を収束させて威力を増しているからだ。

 

「ベルリンの赤い雨っ!!」

 

その言葉と共にラウラはその手を振り上げる。そのフォームは完璧、つまり俺とラウラの新必殺技の開発もついに完了したのだ。

 

「ふっ、ついにモノにしたようだな」

「ああ、これで私は更に強くなれる。礼を言うぞ、兄よ」

「いや、お前ら何やってんだよ」

 

振り返るとイーリスさんがあきれ顔でこっちを見ている。しかし何をやっているのかと問われれば必殺技の開発に勤しんでいるわけで、何もおかしい所はないはずなのだが。

 

「見れば解るだろう、必殺技の開発だ」

「アホかお前ら、実戦で必殺技なんて通用するわけないだろう」

「そんな訳あるか、威力は十分にあるのだぞ?」

「威力があっても当たらなきゃ意味ないんだよ。いや別にプラズマ手刀を収束させて威力を上げるのはいいと思うんだが、その無駄に大仰なモーションはなんだよ。それじゃ当たるものも当たらないだろう?」

「しかし元気が出る!」

「あ、お前らマジでアホなんだな」

 

そう言ったイーリスさんはげんなりしている、そしてそれとは対照的にラウラは元気そうだった。

 

 

「しかしお前らこんな時間まで呑気に訓練なんてしてていいのか? 明日の準備は出来てるんだろうな?」

「あっ……」

 

実は俺達は明日、来たる実戦に向けたブリーフィングのため一時メガフロートに帰る事になっている。せっちゃんからもすぐには帰れないからそれなりの準備をしておけと言われていたがすっかり忘れてしまっていた。

 

「全然やってねぇわ、ラウラは?」

「もちろん何もやってない」

「おいアホ共、さっさと帰って準備してこい。当日は遅刻なんて許されないんだからな」

「イエッサー! 藤木紀春、直ちに帰投するであります!」

「うるせえよ、それにサーじゃなくてマムだ」

「イエス、マム!」

 

そんな小ネタを挟みつつも俺達は宿舎へと帰っていった。さぁ、明日からマジもののバトルが始まる。気合を入れていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、というわけで今回皆さんには亡国機業の拠点を襲撃していただくわけなんですが……」

 

時も所も変わって翌日のメガフロート、俺達ISLANDERSは本拠地であるメガフロート管理委員会のビルの会議室に居た。

いつもの戦闘部隊の他には作戦部からせっちゃん、織斑先生、マッケンジー大佐が来ており、三人の放つ独特の空気が否が応にも緊張を煽っていた。

その中でにこやかに喋っているのはたっちゃんであり、今回の会議の進行はどうやら彼女任せになっているらしい。

 

「で、どこにカチコミをかければいいのサね?」

「ええと、今回判明した拠点は合わせて四つです。一つ目が中東、そしてドイツ、オーストラリア、日本ですね」

「ド、ドイツだと!?」

 

ドイツという言葉に反応したのはラウラだった。まぁ致し方あるまい、母国にテロリストの巣があるとなれば気が気じゃないだろう。

それに引き換え自国に拠点を持たれている俺はそんなに驚きはしなかった。今まで何度か襲撃を食らっているし、虎子さんとも何度も会ったこともあるわけだからある意味当然と言えば当然だった。

しかし、日本の何処に拠点はあるのだろう? 何度も襲撃を受けたIS学園の場所と地理的な可能性から見ると東京か横浜、もしくは横須賀あたりが妥当だろうか。

 

「ええ、イグニッション・プラン選考会での襲撃があった時にストーム・ブレイカーが来たでしょう? いくらストーム・ブレイカーが速いからって長距離を移動して会場まで来るのは無理があるって事で色々調べてみたんだけど、どうやらドイツには複数の拠点が点在してたらしいわ」

「くっ、私達は自国にテロリストが巣食っているのをみすみす見逃してたというわけか……」

「まぁ、それはいいんだけどさ。各拠点の詳細な位置ってのはどうなってんだ?」

 

そう、肝心なのは場所だ。ドイツは多分ケルン近郊で間違いないと思うが他がどの位置にあるのかが気になる。

 

「まず知ってるとは思うけどドイツはケルン近郊の農場ね、ストーム・ブレイカーの発進位置はもうもぬけの殻らしいけどその近くに拠点があるらしいわ。そして中東はシリアのダマスカス北部、レバノンとの国境付近に拠点があるって情報よ。オーストラリアは首都キャンベラ郊外の廃工場が拠点になっていて、最後に日本は……京都よ」

「京都か……」

 

どうやら俺の予想は外れてしまったらしい。しかし京都か、また厄介な所に拠点があったもんだ。

 

「で、この四つの拠点を同時に攻めようってのが今回の作戦なんだけど……」

「明らかに戦力に不安があるな。ISLANDERSの戦力はIS9機、それを四分割するとなると拠点ひとつ当たりに割けるISは基本的に2機だけか。ところで亡国機業の戦力ってどれ位あるんだ?」

「現在確認されているだけで少なくともIS4機を保有しているわ」

「仮に一つの拠点にISを集中配備してたとなると勝つとか負けるとかのレベルじゃねーな、最悪ISを盗られて向こうの戦力増強もありうるぞ」

「そう、そこで現地の戦力に協力を仰ぐ事になったわ。まずドイツは残存するIS8機全て投入して援護に、シリアでは治安維持に展開しているアメリカ軍の地上部隊とIS2機が戦力に加わるわ」

「……となると人選は決まってるも同然か」

「ええ、ドイツにはドイツ組が、シリアにはアメリカ組がそれぞれ行くことになったわ。向こうからのご指名でね」

「ISLANDERSの存在意義、薄くなってない? でだ、残るオーストラリアと日本なんだけど……」

 

この状況から言えば日本に行くのは俺とたっちゃんあたりが妥当だろう、そして残りのオーストラリアにイタリア組と。有希子さんは日本かドイツって所だろうか。

 

「オーストラリアも国防軍からISとパイロットを供出してくれるそうよ、そして残りの日本なんだけど」

 

まぁ、ここは自衛隊の出番になるのだろう。しかし、たっちゃんがおかしな事を言わないかちょっと不安でもある。

 

「IS学園から戦力を引っ張ってくるわ」

「……っ!?」

 

俺の不安はすぐさま的中した。いや、してしまった。俺はたっちゃんに反論すべく立ち上がり口を開いた。

 

「……ちょっと待て、それはどういう事だ?」

「不満? 彼らとて世界最高峰の戦力、きっと力になってくれるはずよ」

「ああ、不満だ。何が世界最高峰の戦力だ、確かに実力ならそうかもしれない、しかしあいつらは素人だぞ? それをいきなり実戦投入なんておかしくないか?」

 

俺だってISLANDERSに入って織斑先生やイーリスさんの指導を受け、それなりに仕上がっているという自負がある。しかしその自負がある以上共に戦う仲間にも同じような水準を求めたい、戦力的なものではなく精神的なアレで。

その点から言うとIS学園の仲間を実戦投入させるというたっちゃんの物言いは俺には到底受け入れられないものだった、彼らを信頼していないわけじゃない、しかしそれとこれとは全く話が違う。

 

「言いたいことは解るわ、でも自衛隊は気軽に戦力を振るえるような組織じゃないの。今回の作戦はフットワークの軽さが求められる以上これも仕方ない事なのよ」

「仕方ない? そもそも襲撃場所が京都のど真ん中じゃないか、100万オーバーの人間が住む真上でドンパチやれってのか!? 何人の一般人を巻き添えにするつもりだよ!!」

 

市街地でのドンパチといえば思い起こされるのがキャノンボール・ファストの一件だ。あの時は奇跡的に死者が出てなかったらしいが、避難する人間の中には怪我人も出たと言う。しかし、それでも運がよかったのだ。俺達も気をつけて戦っていたとは言え、流れ弾が避難中の一般市民に当たらないなんて保障は一切なかったのだから。

 

「……」

「おい、なんかおかしくないか? 確かに京都のど真ん中に敵拠点があるのは由々しき問題だ、でも一般人を俺達の戦いの巻き添えにするのは許される事じゃないはずだ」

「確かにな、アタシは藤木の意見に賛成だ。京都襲撃は見送るべきだと思うぜ」

「イーリスさん……」

「最初はびびってるだけかと思ったが色々お前も考えてるんだな、ちょっと見直したぜ」

 

イーリスさんが俺の味方をしてくれるとは予想外だ、そしてこれでたっちゃんの立場は一層悪くなる。別に苛めたいわけではないのだが。

 

「さて、この当たりでいいだろう。更識君を苛めるのは」

 

そんな時、マッケンジー大佐が口を開く。彼は緊迫するこの会議室の中でも未だ柔和な笑みを浮かべていた。

 

「いやとっつあん、アタシ達は別に苛めてるわけじゃ……」

「ああ、解ってる。というか京都襲撃の件は作戦部でも意見が割れていてな、実働部隊の意見も聞いてみたいという事で更識君にはあえて悪者になってもらったんだ。というわけで彼女をあまり責めないでやってくれ」

「なんでまたそんな回りくどい事を」

「君達にも色々考えてもらいたかったからさ。我々ISLANDERSにとって政治は切っても切れない問題だ、そんな中戦ってもらう君達に求められるのは単純な強さだけではないって事さ」

「まるで誰かに対する当て付けみたいなのサね」

「ははは、さてどうだろうね」

 

アーリィさんが発した言葉にお茶を濁すかのようなマッケンジー大佐、メガフロート組の事はよく解らないが何か問題でもあるのだろうか。

 

「と、いうわけで襲撃から京都は外そう。となると残りの三箇所に誰を割り振るかなんだが……」

「どうせアタシとナタルは中東行きだろ?」

「まぁ、そうなるな。そしてドイツにはボーデヴィッヒ少佐とハルフォーフ大尉に行ってもらう事になる、異論はないかね?」

「当然だ、自国を守るのは私達の義務でもあるからな」

「で、だ。戦闘員が9人という事はやはり三人づつ割り振るのが妥当だろう、となると残りのメンバーでオーストラリア行きの人間と中東、ドイツの襲撃に参加するメンバーを決めるわけなんだが……」

「ちょっといいのサね?」

「どうした、戦闘に関する意見はいつ何時でも大歓迎だよ」

「だったら私とコイツは別のチームしてもらいたいのサね」

 

アーリィさんが左腕でテンペスタ二型の人を指差す。そして指を指されたテンペスタ二型の人は、不快感を隠そうともせずに顔を歪めた。

 

「ほう、理由を聞いていいかね?」

「単純に戦力として期待できないからなのサね、ISLANDERS最弱のコイツのお守り役なんて御免被るのサ」

「それはあなたがっ!」

 

アーリィさんの侮辱に対し、怒りを隠そうともせず立ち上がり怒鳴るテンペスタ二型の人。この二人にとてつもない溝があるのは簡単に見て取れた。

 

「あなたが……なんなのサ? 自分が弱いのは私のせいとでも言いたいのサね? まぁ、確かにそれは間違ってないのかもしれないのサ。私がテンペスタ二型の起動試験で起こした事故のせいでそんなリミッター盛り盛りでそこらの量産機以下の性能しかない情けない機体に乗る羽目になったんだから」

「そうだ、全部あなたのせいだ」

「でも、それとこれとは話が別なのサ。信頼できない機体に乗る信頼できない人間に背中を預けられるほど私も愚かじゃないのサ」

「くっ……」

 

確かにアーリィさんの言うとおり現在のテンペスタ二型は弱い。俺もアメリカで何度か手合わせをしたが一度も負けたことがなかったし、ドイツでの戦いではセシリアさんにも負けているのだから。

しかしそんな事より場の空気が最悪だ、メガフロート組で普段アーリィさんと一緒に行動しているはずの有希子さんに目で合図を送ってみるものの諦めたような視線を返されるだけだった。

どうにかして欲しいと思い、今度はせっちゃんに視線を送るものの何か作業をしているようでこの空気を気にするような素振りすら見せなかった。

 

「せっちゃん、何してんの? ここは司令らしくびしっと場の空気を引き締めてほしいんだけど」

「ああ、悪い。鉛筆を転がすので忙しくてだな……」

 

重要な会議の真っ最中に何してるのだろう、この元中二病は。

 

「よし、これで決まりだな。お前達! よく聞け」

 

司令であるせっちゃんの言葉に、口論を続ける二人も流石に黙る。そして会議場の視線がせっちゃんに集中する。

 

「どうせ中々決まらないだろうと思って人員の割り振りは鉛筆転がしで決めさせてもらった」

「それでいいのかよ……」

「この状況じゃどう組んだって何か不満が出るんだ、だったら決め方は何でもいいだろう。ちなみに現場指揮官として中東にはマッケンジー大佐、ドイツには織斑、オーストラリアにはボクが行くことになるから留意しておくように」

 

だそうだ。まぁ、確かにどう割り振っても不満が出そうなのは言うとおりなので一理あると思う。

 

「まず更識、キミは中東行きだ」

「うわ、周りアメリカ人だらけでうまくやってけるかしら?」

「大丈夫大丈夫、もし何かあったら私に言ってくれたまえ。できるだけの配慮はしよう」

 

不安そうなたっちゃんにやさしく語りかけるマッケンジー大佐。しかしこの二人の人となりを知らない人から見るとこの光景はなんだかヤバイ、なんたって女子高生と太った中年のおっさんなわけなのだから。

 

「そしてドイツ行きは野村、お前だ」

「よっし!」

「嬉しそうだな?」

「まぁ……色々な?」

 

フランス人になり常識人へと変貌した有希子さんが喜ぶ、きっとアーリィさんと別になったのが嬉しいのだろう。だってこの中でアーリィさんが一番常識なさそうなのだから。

 

「となると……」

「ちっ、外れクジを引いたのサね」

 

そしてオーストラリア組は犬猿の仲であるイタリア二人組みと俺という事になる。俺的には考えうる最悪の組み合わせだった。

 

「はぁ、もうやる気でないのサね。私はもう帰らせてもらうのサ」

 

そう言いながらアーリィさんは会議室から出て行く、もうマイペース過ぎて呆れるばかりであった。

 

「くっ……」

 

テンペスタ二型の人は相変わらず苦々しい顔をしている。そして会議の方は注意事項を確認した後にすぐに解散になった。

しかし、これで本当に大丈夫なのだろうか。初の実戦だというのに俺の心には不安しかなかった。



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