目覚めたらそこはシシ神の森でした (もふもふケモノ大臣)
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ここはどこ私はだれ

ある日目が覚めるとそこは森だった。

 

「うわー綺麗な森だなー」

 

違うそうじゃない。

いや、確かにとんでもなく綺麗なんだけど…。

なんか、こう…原始林って感じだ。

人の手が全く入ってない森…

きっと古代は地球上の色んな所にこんな森や林があったのだろう。

苔の生えた超大樹がそころにゴロゴロしている。

あれなんかも現代に残ってたらきっと天然記念物ものだろう。

樹齢千年の屋久杉クラスなんじゃなかろうか。

いや、だからそうじゃない。

大自然に感嘆してる場合じゃないぞ。

ここはどこだよ!

森ってのはわかってるよ!

なんで俺が急にこんな所にいるんだ…。

思い出せ……思い出せ…。

 

…。

 

………。

 

………………。

 

だめだ。

どうでもいいことばっかスラスラ出てくるのに

大事なことは何も思い出せないよママン!

ママ……あれ?

母の顔が思い出せないぞ?

あれ?

俺の両親って……誰だっけ?

ん?

俺の名前って……。

な、なんとまさか…、

こ、これは……!

 

「き、きおくそうしつだ!物語ではポピュラーだけど現実ではあんまない奴だ!」

 

雄大な自然の中で俺は独り叫びしていた。

あぁ、木々の間に俺の声が木霊していく…自然の中だなぁ。

アルファルファでてますねコレは。癒やされる。

 

…。

 

……。

 

アルファ波だろ!

そんなツッコミを挿れてくれるのも誰もいない。

おお…もう…。

これは確定ですね間違いない。

俺は記憶喪失で遭難しているんだ!

そうなんだ!

 

…。

 

……。

 

仕方ない。これは仕方ないぞ…!

思い出せ…まずは…遭難した時は…。

幸いここは超自然豊かでしかも寒くもない。

食べ物になりそうな……。

うん、キノコみたいのもいっぱい木の根元にあるし…。

野生キノコは素人が食ったらほぼ死ねるって誰かが言ってた気もするけど。

まぁこの際しょうがないよな。

腹減ったらなるべく派手じゃないの食ってみよう。

食えるか…?

いや、でも…いざとなったらやるしかない。今は止めておこう!

それよりも問題は水だ。

飲水を確保せねば3日で死ぬってベア・グリルスさんは言っていた気がする。

あぁ、くそ、枝を自由に飛んで行き来してる鳥が羨ましい。

空から見ればあっという間に川とか湖発見できるのに…。

こんなとき人間は不便だ。

大自然の中じゃ、人間なんてちっぽけだよなぁ…空飛びたいなぁ。

…くそー、人間様なめんなよ……水見つけて生き延びちゃるぞ。

えーと…。

 

…。

 

……。

 

水ってどうやって見つけるんだ…。

ベアさんが何て言ってたか思い出せ…。

エド・スタフォードでもいいぞ…。

脳内ベアさんにエドさん…俺のゴーストに語りかけてくれ…。

 

…。

 

………。

 

………………。

 

ダメだ!奴らが虫食ってるシーンしか思い出せない!

どうしよう…現代日本で生きるもやしっ子な俺には

こんなサバイバルな状況下で的確に生き残るスキルは0だ!

もう死ぬしかないじゃない!

 

…。

 

……。

 

あれ?

俯いて絶望に耽っていた俺の耳にサラサラと何か液体が流れる清らかな音が。

水…ですよね?

水じゃね?これ。

水だこれ!

川だー!

そう思った俺は走った!

いやここまでの独白の間に結構歩いたんだよ。

喉乾いてたんだー!

あ。

なんか俺超速い。

お、おお!

ほんと速いぞ!

俺こんなに速く走れたっけ?

すごいなぁ俺。

大木だらけの森の中、

映画とかゲームの主観視点での高速移動みたいな感じで

ビュンビュン風景が後ろに流れていく。

イヤーハーッ!!ハッハー!!

はやっ!俺はやっ!!

しかも全然疲れない!

森の中すいすいと木の根っこにも躓かず走りまくれる!

ある日突然『おれ…目覚めちまったよ…!』って展開かこれ!

水の音がどんどん近づく。

ああ分かるぞ。

音で分かる。

水の匂いもプンプンする。

五感が覚醒しちゃったよ~これ~、いやー参ったな。

これはもう選ばれし者なのでは?

は~、捨て去ったはずの中二病がビンビンに刺激されますね。

男は何歳になっても中二病だし、仕方ないね。

 

藪を飛び出てみれば………。

ああ…なんて…綺麗な水なんだ…しゅごい。キラキラしてるし全然濁ってない。

おお、自然の美…こんなのN◯Kのハイビジョン特集でしか見たことない。

おいしそうだ……喉乾いたー!いただきま―――

 

 

 

――身をかがめてグッと首を川に伸ばした俺は衝撃の光景を目にするのであった――

 

 

 

 

――あれ?

こ、この水面に映る獣は……。

あれ?

この視界って俺の視界…だよな?

ん?は?

俺は口を開けてみる。

水面に映る獣も、大きく裂けた大口を開けた。

口の中には太く尖った、立派な牙が生え揃っていた。

ベロをだしてみる。

水面の獣も長い舌を出した。

笑ってみる。

水面の獣も裂けた口の両端を釣り上げて笑った。

こえーよ。

 

…。

 

……。

 

ま、まさか…この白いもふもふは。

 

「…俺?」

 

フーッ、大きく息を吐き、頭の片隅で確信めいた予感を覚悟しながら

一気に視線を自分の手足やら胸元やらに移すと…。

 

「うわっ、もふもふじゃん」

 

ええ…(ドン引き)

自分でも引くんだよなぁこの鈍さ。

普通気づくだろ俺…。

でも…だってだって…余りにも体が自然に動いて全く違和感無かったんだよ…。

今思い返すとそれってどうなのよ~って思うけどさ…。

お日様もぽっかぽかで適度に暖かくて

服装の確認とかする必要なかったし…しなかったよねぇ~っ。

服と持ち物の確認は普通する?

そうだよね。まず第一にするよね?

俺、ばかなの?おっちょこちょいなの?あわてんぼうのサンタクロースなの?

 

うーん(めまい)

 

だって!

俺、四つん這い移動してるのに目線の高さが人間の目線と一緒なんだもん!

うわぁ、俺デカイ!

デカくて白い獣だ!

なんだ俺!

なんの動物だ!

デカすぎるオオカミか!

デカすぎィ!

間違いないこれはモンスター的な何かに転生したんだ!

 

うわマジか。

せめてウェアウルフとかがよかったよ!

俺、完全にザ・獣!って感じじゃないか。

えぇ…。

これ、変身とか出来る系?

出来る系でしょー?これー、えーマジで?

出来ないと困るよコレ。大分困るよ。

俺、完全にワンコだからお手手使えないじゃん!

人間としての記憶と経験が全く活かせないじゃん!

 

どうすっか…。

 

とりあえず水飲むか。(現実逃避)

 

「ゴクゴクゴクゴク………………う、うまい」

 

凄まじくうまい。

こんなうまい水、ボルビッ○だってエビア○だって六甲のおいしい○だって敵わない。

人生で初めて飲んだ水だ。

きっとトニオさんのレストランの水を飲んだ仗助と億泰はこんな水を飲んだに違いない!

そう思わせる凄味がこの水にはある!

あぁ~うまいんじゃ~。

俺は時間も忘れて水を飲みまくったのだった。

 

 

 

 

喉が潤えば、次の欲求がムクムクと頭をもたげてくるのは当然だ。

性欲…?違うよ食欲だよ。

 

「腹が減った…」

 

しこたま水を飲みまくった俺は、木々の隙間から空を見た。

太陽はまだ高い。

 

(あったけぇ…)

 

お昼寝なんて良いかもしれない。

すごく昼寝したい。

なんだろうこの感覚。

これも狼になってしまったせいだろうか。

というか俺、順応速度すごいな。

自然と受け入れている。

これはあれか。

人間から狼になったんじゃなくて、

狼の俺が人間の記憶を植え付けられたパターン…?

どっちでもいいか…結果(今の状況)が変わるわけじゃなし…。

 

「グルルルル…」

 

あぁ…それにしても腹が減った。

大きな口からは自然と俺の空腹からくる不快そうな唸り声が漏れていた。

お腹の音じゃないよ。

一瞬、デカイ腹の虫が鳴いたのかと思ったけどね、俺も。

 

鼻を鳴らす。

スンスンと二度三度。

 

そして俺の鼻に飛び込んでくる獣の臭い。

食べ物の匂いだ。

こう…肉っぽいというか…きっと人間だった時は獣臭いとか生臭いとか血臭いとか…

そういう風に思って「気持ち悪っ」ってなる臭いがなんかもう良い香りに感じれる。

すごくお腹減る。空腹を刺激してくる。

俺様お腹ペコペコ。

 

気付けば俺はまたまた臭いを辿って走っていた。

やっぱり速い。驚くほど速い。

スイスイ木々を避けて苔むす地面にも脚をとられず走れてとっても爽快だ。

走ってるだけで楽しい気分になれるなんて…

俺ってひょっとして前世は体育会系だったのか…?

いや絶対違う。

浮かんでは消える前世ビジョンがゲームとアニメのことばっかりだし

間違いなく俺はオタクだろう。

 

数分走って、俺の意識は少し遠のいていた。

別に走りすぎて疲れて意識もうろう状態なわけではない。

お腹減りすぎちゃったの。

何か獣ボディになってから理性消えやすい気がするんですけどぉ?

これもケモノの悲しさか。所詮ケモノか俺は。

 

「グルルルルル…!」

 

そしてそんな理性消失お腹ペコペコ状態なケモノな僕の前には――

おっきな鹿みたいな動物がいるのですよ。

とんでもなく綺麗な小さい湖の真ん中…

苔生えまくりの離れ小島みたいなとこにソイツはいた。

 

はえー角おっきい。

なぁにあれぇ?

角、枝分かれし過ぎィ!

あれ絶対絡まるだろ…なんか樹形図みたいになってるよ…。

しかも顔キモいじゃないですかーやだー。

あの猿顔絶対食べても美味しくないよー。

体は鹿っぽいし顔は猿っぽいし角多すぎるし何だあいつ。

金色の後光まで見えるし。

合成獣(キメラ)かオマエは。ここは軍の試験場とかそういうオチか。

 

…でもどっかで見たことあるような。

――この間僅か0.2秒――

まっ、いっか!食べれればいいさ!(ケモノ脳)

 

そして俺は空腹に負けて眼の前の珍獣の喉元目掛けて飛びかかったのだ。

オレサマ オマエ マルカジリ。

 

 

大口開けていざ噛みつかん!としたその瞬間だった。

俺と猿面鹿の目がバッチリ交差する。

 

うわ、目、でっか。

 

赤くて横割れした瞳孔。

それに見つめられた時、俺の背筋に冷やりとするものが走って。

一瞬だけ力が抜けた気がした。力だけじゃなくて何かもう全部抜けた気がした。

膀胱とかケツ穴の力まで抜けて脱糞したらどうすんだこのブサイク鹿。

 

だけど気がしただけで

俺は問題なく猿面鹿の首にがぶりんちょ出来たのであった、まる。

うははー血がしたたるお肉の味ぃーー!

新鮮な肉だーー!

………。

全然味しねぇーー。なんだこの獲物まっず!血の巡り悪いのか。

 

勝手に少しキレたケモノ脳の俺は、

そのまま猿面鹿の首に噛み付いたままブンブン振って地面に何度も打ち付ける。

こうすればお肉が柔らかくなって美味しくなるかなと思ったが、

そんなのはただの幻想だったようだ。

変わらずちょーマズイ。

しかも血が滴るどころか、噛み付いた首筋からは

ヘンテコな半透明状の綺麗な黄緑っぽいドロドロ液体がぶわっと飛び出てきた。

きったな。

なにこれ!

いや、見た目はちょっと綺麗なんだけど

ネバネバしてドロドロしてるので

ファーストコンタクトでつい汚物かと思っちゃったよ俺。

新手のオサレ下痢うんこが首から吹き出したと思ってごめんねブサイク鹿。

全部オマエがキモくてブサイクな猿面鹿なのがいけないんやで。

 

この半透明ネバネバおもっくそ口の中入ったんだから

これぐらい悪口言っても許されるだろう。

口いっぱいに広がるドロドロ…あぁ、なんかこれ…こう…不思議な味する…。

思ったよりマズくないわ。肉は旨味成分0なカッスカス系でマズイけど。

はーー…染み渡る。ドロドロ染み渡る。体にすっごい良い気がする。

アンチエイジングできてる気がする。でも喉越しわっる!

ごくんっと喉に絡みつくネバネバを何とか飲み干す。

 

(普通なら吐き出すとこだけど…なんか飲めてしまった。

 それほど不愉快じゃないドロドロというか…、

 不思議な味と喉越しだったなあ。癖になるなぁ。もっと飲もうかな)

 

肉はとんでもなくマズイけどね。

 

「……奇妙な獲物だ」

 

首元の肉を噛み千切られ、

デッカイ目を見開いたまま瞳孔全開でぶっ倒れた猿面鹿を見下ろしてると、

不機嫌ボイスが思わず俺のに口から漏れる。

思ったことがつい口に出る俺の畜生ブレイン何とかなりませんかね…。

ただの畜生に話しかけても返事何かあるはず無いのにねー。

(なお自分は喋る畜生であることは棚に上げる模様)

 

奇妙奇天烈な珍獣を見下ろしていた、その時だ。

俺の目に受け入れがたい光景が飛び込んできた。

 

「………なんだ?」

 

イケ犬でカッコいい重低音エコーボイスな今の俺。

バカな思考も口に出すとちょっとカッコよくそれっぽくなっている。

ああ、見たことあるある!脳内セリフチェンジャー機能ね。俺にもついてるんだ!

いやそれよりもちょっと見てよアレ。

猿面鹿の抉られた首の肉が段々と元に戻っているってどゆこと?

白いもふもふ巨獣になってオレツエーな心持ちだった俺の脚が勝手に後ずさる。

 

とろとろと血のように流れ出ていた淡い緑のネバネバも少しずつ、

その珍獣の首元へ戻っていき…やがて猿面鹿の傷は完全に元通り。

そして何事もなかったようにすっくと立ち上がった。

 

ヒェ…再生した…。

あいつ普通のケモノじゃないですよ…リジェネ持ちモンスターですよ…。

ひゃーオラとんでもねぇ奴にケンカ売っちまったのかぁ?

うわ…俺のことガン見してるよ…。

しかもなんか薄ら笑いしてません?なに?なんなの?

自分の首噛まれて嬉しいの?サイコパスなの?

俺に傷をつける奴がいるとはな…!的な笑みなの?戦闘民族なの?

やめろォ!その不気味で大きい赤い目で俺のこと見るなァ!

コワイ!

夢に出そう!

 

猿面鹿の大きな赤いお目々がさらにクワッと見開かれる。

ぼくはおもわずちびりそうになるのだった。

俺の膀胱はその恐怖に耐えきったけどね。

 

赤い大きい目。

ずっと俺を見つめる大きな目。

なんだか……クラクラしてくる。

さっきもそうだ。

あの目に見つめられた時、体の力が急に抜けて…

凄まじい眠気が襲ってきた気がした。

あの時はすぐにその感覚も消え失せて、

きっと少し疲れが出たせいだと思ったけど。

…そうか…あの目だ。

アイツだ…。

あの珍獣…ポケモンかなんかか!

これ催眠系か!おまえミルホッグの親戚かなんかだろ!

ここはズバリ、ポケモン世界だ!

 

「っ!?ぐわぁぁぁ!」

 

その時、俺の体中から突然何かが吹き出した。

これはさっきのドロドロ!?

さっき飲んだドロドロが…どっから出てんのこれ!

毛穴から出てるとかそんな感じじゃないぞ!

なんかオーラとか気みたいな感じでブワッとでて――

 

―あら…

 

なんか…

 

あぁ~

 

意識がまたもうろうとするんじゃあ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

俺はがばっと上半身を起こして布団を跳ね上げた。

 

 

いや、跳ね上げる布団…なかったわ…。

夢オチかと思ったけど俺白いもふもふのままだわ…。

嘘言ってごめん…。

 

のそのそと身を起こして、当たりを見回す。

ここは当然、さっきの原生林の中。

神秘的な小さい湖。

真ん中の苔だらけの小島。

 

あ~~~~…分かってしまった。

ケモノ的な思考が、今は幾分クリアになって考えと記憶がすっきりしている。

心が落ち着いている。

 

さっきのポケモンもどきが教えてくれた。

いや…うーん…教えてくれたというか……。

喋りかけてくれたわけじゃないし、心に語りかけたとかそういうんじゃなくて…。

心が直結したというか…命が直結したというか…。

事実を、文字と映像にしてドバンッと精神そのものに焼印するみたいな感じで教えてくれた。

さすが神様だ!

 

まぁ、はい。あれです。

あいつシシ神だ!

なんでポケモンとかディスカバリーチャンネルとか思い出しておいて

もののけ姫思い出さないんだ俺!

あれか。記憶にセーフティかかってシシ神が解除してくれたのか。

それとも自分で「まっさか~」とか思って鍵かけたか。記憶に。

 

 

…冷静になってちょっと今日一日をまとめてみるか。

俺は山犬の一族に今流行りの転生?した。ひょっとして憑依かもだけど知らん。

俺の命は最初から、前世の人間の分と今生の山犬の分の2つあった。

シシ神様は命を吸い取ったが、俺が2つの命を持ってて一瞬では俺を殺しきれなかった。

その結果、俺の魂…というか命は人0.5狼0.5で合わせて1って感じになった。

んでもってシシ神様に、腹減ってとはいえ文字通り噛み付いちゃって…

 

とにかく…えー、わたくし大変なことをしてしまいました。

シシ神様が内包してる命の奔流ゴクゴクと飲んじゃったわけだな(白目)

シシ神様が不思議パワーでデイダラボッチ成分は取り戻したらしいが、

俺はシシ神様の神様パワーと命の流れの一部を身に取り込んでしまったようだ。

 

つまり…今や俺こと若き山犬は……

シシ神よりちょっと下くらいの土着神にクラスチェンジしたらしい。

もともと今の時代…というかこの世界…、

まだ俺のような大柄なケモノは神の端くれだったはず。

確かもののけ姫の世界観はそうだった。

それがシシ神パワー食ったからこうなったわけだ。

 

以上のことをさっきのドロドロぶわっ!事件でシシ神の意識が教えてくれました。

 

あ。ホントだ。神様パワーすっげ。良く見たら…俺の尻尾しゅごい。

8本あるぅ…。すっごいモフれそう。

九尾の狐ならぬ八尾の狼だ!かっけー!俺カッケー!尾獣も名乗れそう!

でもモフモフすぎて邪魔ー!

()の尻尾がいっぱいあってもふもふな分には一向に構わんッ!な感じだけど

いざ自分がもふもふ尻尾になると邪魔極まりない。

そういえばモロの尻尾は2本だったような…。

じゃあ俺はモロの4倍強いんだな。(単純計算ケモノ脳)

 

 

 

うーん…。

 

どうしよう…。

 

と、とりあえず……。

 

そうだ…。

毛づくろいをしよう…。

俺はシシ神の泉のほとりにぺたんと座って白い毛をはむはむし始める。

 

ペロペロペロぺろぺろぺろぺろ…。

 

 

「……面倒なことになった…」

 

どこぞのプロジェクト・ファンタズマなセリフを呟いてしまった。

あぁ、そうだよ…ホント面倒は嫌だ…。

 

……。

 

………。

 

毛づくろいだ。毛づくろいをしよう…8本の尻尾のモフモフは保たねばならない。

これはもうモフモフ属性持ちの義務なんだよ…!

ぺろぺろぺろぺろはむはむはむはむ…。

 

 

というか…今って、もののけ姫的にいつの時代…?

モロはどこ…ここ?

いや…「俺がモロだ!」な展開になるとは思わないが…

だって俺チ◯コついてるしな…。

俺がモロだったら尻尾の数がもはや原作ブレイクしてるしな。

 

現状把握の為にはとりあえずケモノ達だけじゃ話にならないわけで…。

ここはシシ神の森だろうから、ちょっと出てみて人間と話してみたい。

大まかに今がいつの時代かわかればシシ神死亡までの猶予がわかるだろう。

え?なんで原作の事件(それ)を知りたいか?

だってその時までシシ神の森にいたら俺にも約束された死が迫り来るじゃない?

石火矢になんか撃たれたくないし。

エボシ御前の襲来がもう目の前に迫ってる時だったら

急いでこの森から逃げないとだからね(ニッコリ

(自分のことだけを考えるケダモノ)

 

鉄砲伝来してもどんどん東に逃げてきゃ細々生きていけるでしょ…多分。

あれだよ。北へ逃げるよ。

俺は北海道で生きる…然るべき時が来たら…。

北に定住してアイヌの人達に大神教えてオキクルミとシラヌイごっこやるから。

おっ…いいじゃん。妄想したらかなり楽しそうな気がしてきた。

そうだ。東北に大神伝来させちゃおう。

 

 

…。

 

……。

 

我ながらくだらん妄想ばっかしてんな。

寝よ。

 

夕日が沈みつつあるのを見て、

俺は明日の俺に全部任せてぐーすかぴーするのだった。

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

「み、皆の衆ぅ!や、や、山犬だ!デっけぇ山犬が森の際まで来てる!」

 

ある日、猟師がそんなことを言いながら大慌てで集落に帰ってきた。

彼は村でも一二を争う凄腕の猟師で、大きな猪を狩ったこともある。

猟師の話を聞いたばあさまがギョッと目ん玉を丸くした。

 

「おめぇ山犬様が山からでてくるなんてぇ只事じぇねっぞ。

 きちんと森に入る前にシシ神様にお祈りしたかぁ?」

 

「ああ、ああ、したともさ。こんどの狩りだってぜったい獲りすぎちゃいねぇ!

 シシ神様の縄張りに、近寄ってすらいねぇ!

 山犬様怒らすようなことぁ…オラしてねぇ」

 

村一番の長寿で知恵者のばあさまがウンウンと頭を捻る。

老婆の経験…彼女が今まで先達に聞いてきた口頭伝承の伝説では、

シシ神の森に住む山犬はシシ神を守護し、

そして時に森の怒りをその身で顕す神の使いだった。

 

「……じゃあ、おめぇ以外の奴が森さ入ったか?

 誰ぞ知っとるかぁ?」

 

ばあさまが皆の顔を見回すが、誰も首を横に振って知らないと言う。

それはそうだ。村一番のあくたれだってシシ神様の森を汚すようなバカはいない。

シシ神の森は森そのものだけでなく、その周りの土地にまで生命の恵みをもたらす。

この村に住む者達は皆そのことを知っていた。

 

「な、なぁおばば様よ。オラの見間違いかもしんねぇのだがよ」

 

あわあわとしている猟師がさらに顔を青くして言い淀み、

一呼吸置いてからようやく言葉を紡いだ。

 

「山犬の尻尾がすんげぇ数だったんだ。ありゃさぞ名のある犬神様じゃと思う」

 

ばあさまはまた頭を捻る。

そんなに多尾の神がこの土地にいたとは初耳だった。

彼女が幼い頃に色んな話しをしてくれた村の古老達も

そのような土地神がいるとは一言もいっていない。

 

「すんげぇ数っておめぇ…何本じゃ?」

 

「ありゃ…そうだな…ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、むつ…」

 

猟師が指を一本一本折って数えていると、今度は別の大声が遠くから聞こえてきた。

だんだんとその声は村に近づいてくる。

 

「おぉ~い!おお~い!おれだ!()()()()だ!

 た、たたたた、大変じゃ!!」

 

血相を変えて村に帰ってきたのは村一番の木こりの男だ。

ばあさまも村人達も嫌な予感を抱いたのは当然だ。

 

「なんじゃどうした!」

 

「や、や、やや、山犬様が…こ、こっち来とる!!」

 

その瞬間、村中が凍りついた。

()()と静まり返り、徐々に驚いたり怯えたりの声があがりだすと、

村の主だった衆は全員ばあさまに泣いてすがった。

 

「ばあさま…オラ達は何で山の神の怒りさ買っただか」

「どうすりゃいいだババ様」

「こ、こうなりゃよ…もう人身御供をお供えして…お怒りを鎮めてもらうしかねぇ」

「人身御供か……」

「…………そういや、一月前に()()()のとこにヤヤコ生まれたな」

「…………」

 

だが、すがられようが村で最年長かつ知恵袋のばあさまにも

何も良い知恵は浮かんでこない。

それこそ今すぐおせんの所から乳飲み子を引っ掴んで来て

山犬に献上するぐらいしか万が一の打開策は無い。

どれだけ話し合っても話し合っても、結局行き着く答えは人身御供であった。

村人らの目が怪しくどんよりとして来たその時である。

 

「あっ!ひ、ひぃっ!」

 

村の中年女が叫んで尻もちをついた。

村の外へ続く小さな獣道のずっと向こうに、

陽の光を浴びて白く艶々と輝く大きな大きな狼の姿があった。

 

野盗の類なら弓矢と薙刀、鍬に鎌を持ち寄って立ち向かうが…

相手が神の使いの大山犬ならば、これはもう話にならない。

 

村に直接、狼が来る時点でそれは神威による天罰。

雨風台風地震雷と同じなのだ。受け入れなければならない。

 

都の人間達ならば今少し違った見方をするかもしれないが、

少なくともシシ神の森に寄り添って生きる彼らは神に挑み追い払おうとは思わない。

 

青い顔で震えながら、やがて村人達は全員伏して山犬を出迎えるのであった。

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

なぁにこれぇ。

第一村人発見と喜び勇んでストーキングして行ったら村人に土下座された。

うわ。

やっぱりこの時代、すっげー昔なんだって確信しました。

皆さんの格好が時代劇だよ。

うーん…でも、思ったより普通の時代劇っぽさ。

もののけ姫の時代は、少なくとも室町時代で戦国よりも前だったはず。

でも服装は結構変わんないんだね。普遍的ジャパニーズ服!

ほへぇー。

着物ってすげー。

 

「シシ神の森に住まう山犬の主よ……我らが里にお出でになりし事誠に人の誉なれど、

 急の来訪にて我ら饗しの用意出来ず、平に、平に…ご容赦のほど」

 

ノシノシと土下座中の人間達に近づけば、こんなこと言われちゃう。

俺ってすげー。わはは、すっげー偉大な気分。

神様扱い気分いーわー。最高。

 

「…今すぐに赤子と乙女を用意しますれば…今少しどうぞお待ちを…。

 おい、はよぉ連れて込んか…」

 

はぇ?

今なんかこのばあさん凄いこと言わなかった?

なんか…すごく勘違いされてます?

あっ、やっぱりそう?まぁ村人総土下座という壮観な眺めを見た時から、

ひょっとしたらあんなことやこんなことを思われてるカナー?って思ったけどね。

 

「……老婆よ。俺に一体何を差し出そうというのか」

 

山犬らしくちょっとワイルドで偉大そうな感じで聞いてみました。

 

「へ、へぇ…生まれたての赤子と…村一番の器量良しの未通娘でございますだ。

 山犬様のお口に合うと思いますだで」

 

ほー。ふーん。

童貞の俺にいきなり赤ん坊と処女を物理的に食えと申すか。

いきなりそんな高度過ぎるプレイを要求するとはやりますねぇババア。

 

「ああ…おっかぁ!」

「すまねぇ…すまねぇなぁ…山犬様をお鎮めして村を守るにゃ…仕方ないんじゃ」

「いいだよ…オラ、村のみんな守れんなら、山犬様のとこ行ってくる。怖かねぇだよ」

 

「う、うう…」

「おせんも、許せ」

「泣くなおせん…赤子はまた生みゃええでな…」

「見ろ、おせん。もう山犬様が直々にお見えなんじゃ…

 神様のお怒りを買ってしもうたら、わしらの一族はみんな祟られちまう」

「わかっとる…わかっとるよ…も、もう一度だけ…この子を抱かせておくれ」

 

ひょー!

何か…すっごい俺悪役(ヒール)な気分!

眼の前でお涙頂戴物語が繰り広げられてるんですけどぉ!

え、なに…俺が今からあの娘達掻っ攫ってくの?

確定事項なの?

待て待て待て待て待て待てぇい。

あいや暫く!

 

「待て」

 

一言俺がそう言うと、村人達がキョトンとこっち見てくる。

 

俺、カニバリズムの趣味ないし。

いや確かに今は山犬だから食人って普通の捕食行為なんだろうけど。

多分、食えちゃうと思うよ。

いや食うね。お腹へってたら。

オゲェッてならずに食える自信あるよ。

今だってあの可愛い女の子と赤ん坊から良い匂いプンプン漂ってくるからな。

でも今お腹へってないし!いらないし!

眼の前であんな迫真のお別れ会開催されたら誰だって食う気なくすわ。

生粋のケモノ神ならかまうこたぁねーよ!って食うのかもだけど、

こちとら元人間の現獣神なんじゃ。

 

「何か勘違いをさせてしまったようだな」

 

「山犬様は…荒ぶり山を降りてきたのでは…?」

 

そうか。

そう受け取られるのか。

やっぱり互いに領土不可侵を守るって大事なんだな。

神様は腰が重くてなんぼ…それぐらいが安心される、と。

テリトリーは大事。オレ ドッグ オボエタ。

 

「……人間共よ。森を汚さぬ限り俺に贄など送る必要はない。

 自然と共に生き、シシ神を恐れ敬え。

 お前達が森と共に在る限り、俺はお前達をも守ってやる」

 

「お…おお…!」

「山犬様…!」

「あ、ありがたやありがたや、まことシシ神様の御使いは寛大じゃ!」

「ああ…まさか山犬様より直々に、これ程温かい御言葉を頂けるなんて」

 

「ああ!おせん!おせん、良かったのう!俺達の子は助かる!」

「あんた…!ああ…私の子…ぼうや…!」

「う…お、おっかぁ!あだじ…あ゛だじ…!」

「ああ、おしず…えかったのお!えがっだのお!」

 

…。

 

……。

 

ちょっとやめないか。

皆さん泣き止んで?

いつまで俺待ってればいいんだ。もう聞いていいかな。

 

「…俺が里まで降りてきたのは、お前達…人に聞きたいことがあったからだ」

 

「は、はい!何でもお聞きくだしゃれ!」

 

目を輝かした興奮気味の老婆が元気よく返事しすぎて

歯抜けの口がフガフガでサシスセソが変になっとる。

うわぁキラキラお目々から凄い信仰心を感じる。

悪い気分じゃないけど興奮したババアは勘弁。

誰かさっきの可愛い処女ちゃん呼んで!

ババアと交代だ!(憤慨)

 

「…まぁいい。

 今日の日付を――」

 

俺ははたと口をつぐんだ。

うーん…教えてって懇願して良いのかな?神様の威厳的にそれはOKなのか?

神様先輩がそういう…神様ハウトゥー集とか教えてくれないから困る。

 

「へ、へぇ、今日の日付を…?」

 

「うむ…言ってみろ」

 

わかる。わかるぞ。

ババア…今オマエの脳内には疑問符がぐーるぐる回ってるだろう。

何いってんだこいつって思ってるだろう。

でも教えて下さいプリーズ。

 

「えー…のう、今日は何日じゃった?」

「ばあさましっかりしとくれよ。貞観(じょうがん)一三年(とおとせあまりみとせ)弥生の二十五日(はつかあまりいつか)巳の刻(みのこく)じゃろ」

(西暦871年3月25日10時頃)

「おおそうじゃったそうじゃった。ということでごぜえますだ山犬様」

 

にこにこ笑顔で答えるばあちゃん。

 

「?????」

 

ぼくのあたまのなかはハテナマークがぐるぐるしているゾ?

じょーがんとーとせあまり……なに?

なんだって?

ヤヨイとミノコクってのは何となく分かったよ。

ヤヨイって弥生だしょ?4月だろ。知ってるよ(違う)

…。

巳の刻ッてのは、ねーうしとらうーたつみーふんふんふんふんのアレだろ。

ウシノコクマイリって言うくらいだから…。

牛だから…あれは呪いで夜だから…麦わら人形釘で打つんだ…。

牛が夜だから………………ミってどこ……………。

 

…。

 

……。

 

 

もういいよ。(憤慨)

 

今は4月20日のお昼ちょっと前なんだろ。

太陽の位置でだいたい分かるからもういらないそんな情報。(ケモノ脳)

 

「うむ…そうか。人間の暦はそういうことになっておるのだな。

 人は面白いことを考える……。

 人よ…また面白い話を聞かせてくれ」

 

「へへぇー、もちろんですだ。いつでもお越しくだせぇ犬神様」

「まことまこと。八つの尾っぽの犬神様ならいつでも歓迎じゃ」

「我らの守り神じゃのう」

「贄もいらんと、我らをお護りくださる」

「村人一同、シシ神様と山犬様を敬い、森と共に生きますだ」

「贄はいらんと思し召しでしたが、せめてこちらをお持ちくだせぇ犬神様」

 

今の時代がさっぱり分からなかった俺は

気を落としたりプリプリ怒ったりして帰ろうと思ったが、

何かくれるっていうのでニコニコになった。やだ、私って現金。

 

「ほう何かな」

 

村人が中腰で小走りに近寄ってきて、

頭も上げずに両手で差し出したる両手には…。

なんだろう…。

穀物っぽい…。

米…ですかね…そしてこっちは…ビーフジャーキーみたいな…。

あと痩せてて小汚い野菜……。

 

これって…こんな時代のこんな田舎じゃ…山海珍味の御馳走レベルなのでは…?

米がクッソ高級品って聞いたことあるような。

いや分からないけど…室町時代の食事事情詳しくないし。

たしかアシタカとジコ坊はお粥食ってたよな…。

サンは、それこそビーフジャーキーみたいな干し肉をアシタカと食ってた。

 

…。

 

くそー!

羨ましいぞコンチクショー!あんな美少女の口移しでお食事ですか!

イケメンがっ!死ねっ!

 

く…つい思い出したら嫉妬心が……いかんいかん。

あんま嫉妬の炎爆発させるとタタリ神になっちゃうかもしれん。気をつけよう。

 

それにしても…うむ……。

断るほうが村人の心を蔑ろにする行為かもしれない。

 

「……お前達の汗水の賜物…心より喜んで贈られよう。

 ではな、人の子らよ」

 

下敷きになってた風呂敷に包んで口に咥える。

メガテンシリーズっぽい捨て台詞を吐いて俺はそのままクールに立ち去るのだった。

 

チラッと後ろを見ると村人はずっと土下座していた。

この時代の信仰心すげぇ!

 

でも時代が下るにつれて八百万の神々(俺達)は人間に侮られるようになって駆逐されんでしょ?

うわー引くわーー。

人間の進化速度こぇーわー。

 

まーでも今はまだ山切り拓いて鉄じゃ!って感じの人間いなかったし、

まだ大丈夫なのかな?(まだ原作開始まで最低でも約500年はある模様)

 

よーし、今日は久々に米食って寝るぞー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―その夜。

 

お米…炊けない……どうやって食べるの…生?生食い?

生米…バリバリ…オレ、カナシイ。

 

俺は孤独に悲しみながら固い米を噛んで寝た。

 



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群れ

予想外の高評価を頂き戦々恐々としています。
これもジブリの凄さ…そしてもののけ姫の偉大さ…。

まだ始まってもいないという的確過ぎる感想があったので取り敢えずスタートラインまでは頑張ってみます。

私は感想返しをし始めるとそちらにパワーが注がれて本編が全く進まなくなってしまうと思うので、すみませんが感想返しは遠慮させて頂きます。ごめんなさい。
でもありがたく読んでいます。ありがとうございます。


今日も平日昼間からーごろごろーごろごろー…

あーあ。犬繋がりでアマ公みたいに筆しらべ使えないかな。

 

いや、そんな馬鹿なことを朝から妄想してる場合じゃない。

 

なんで俺朝っぱらから………

 

 

 

囲まれてるんだっ!!!

 

 

 

おいおいおい…死んだわオレ。

俺にそっくりな白山犬達に囲まれてるんだけど。

カサカサ近寄ってくる大量の足音で目覚めるって嫌な気分だったよ?

もう耳の裏がなんかゾワゾワしてすごく嫌。もうすっごく嫌だった(語彙貧弱)

 

困りますよそういうの、君たち!

アポイントとったの?

事務所通した?

わんわん界のアイドルこと俺の寝起き攻めとかやめてよーちょっとーノーメイクよー?

えーやだー?

急いで俺は毛づくろいを開始したのであった!はむはむぺろぺろぺろ!

現実逃避ばかりしていつまで経ってもノーリアクションの俺に腹を立てたのか、

 

「貴様、我らの群れに囲まれておきながらそのトボけた態度…胆力は見上げたものよ。

 だが、ココを何処と心得る!シシ神の森と知っての無礼か!

 我ら森の護り手の山犬の一族に紛れ目を盗み、

 ぬけぬけとようもシシ神の住処で寝こけおったな!名乗れい!」

 

俺を囲む…1、2、3、4、5、6匹…10匹以上の山犬の中でも、

一番体格の立派な2本の尻尾の山犬が

今にも俺に噛み付こうかという勢いで怒声を上げている。

 

……。

 

だって…シシ神の住処寝心地いいし…。

苔の天然ベッドふかふかだし…。

気温丁度いいし…。

うーんソウダナー…問題点といえば同居人(シシ神)が夜中になるたんびに

デイダラボッチになるからちょっとウルサイくらいかナー?

いえね、足音とか変身音とかは別にしないんだけどね…

ちょっと見た目がうるさいっていうのかな…。

デイダラボッチは巨人の割に無音歩行するから騒音対策もバッチリだ。

だけどちょっと視界がね…?

今朝も、時間的にはこいつらに囲まれるちょっと前…

デイダラボッチからキモ鹿に戻る時にさー。

俺の頭上に巨人形態の頭から突っ込んでくるからかなり怖かったです。

あれ絶対わざとやってるよー。

この前うっかり喉笛噛み千切ったこと(大罪)まだ根に持ってるに違いないよー。

 

あっそうだ(唐突)

聞きたいことあったんだ。聞いてみよう!

 

「聞きたいことがある…」

 

「我らをコケにしているのか?

 オマエの質問に答える義理はない…!

 マズは我らの質問に答えろ…

 それによっては我が牙がオマエの素っ首を噛み切るだろう…!

 オマエ、名は?…何処から流れてきた山犬だ」

 

えぇ…やっぱり質問に質問で返したらダメだったか。

困った。困りましたねぇ。

俺はアドリブがきかない性格なんだ。頭の回転が鈍いんだ!

こういう時とっさに正直に言っちゃうタイプなんだよお~!

そして真実味が在る嘘を言おうとするとながーい沈黙が流れちゃうんだ。

そして場の空気の悪さは加速する…!

これが俺の会話術だよ(クソ駄目ワンコ)

 

「……」

 

「答えられぬと見える!」

 

グルルルルって超威嚇してるじゃないっすか。

ほらぁ~~!

だから言ったじゃない!

慌てさせないでよ!(逆ギレ)

今なんて答えようか考えてんの!

 

「……我が名は……八房。

 東の果てよりシシ神に呼ばれて参った」

 

見ろよホラ。焦らすからよくわかんないこと言い出しましたよ自分。

つい南総里見八犬伝からパクっちゃったよ。(1OUT)

なんとなくアシタカっぽいセリフまでパクっちゃったよ。(2OUT)

シシ神に呼ばれたって嘘まで言っちゃったよ。(3OUT・チェンジ)

 

だが俺の嘘にシシ神の森在来山犬達は段々目を大きくして驚きを滲ませ始める。

お?嘘効いてる?

なんだよ~騙されちゃってるの?

所詮ケモノ脳のようだな。(同類)

 

「シシ神が貴様を呼んだだと!?」

「嘘をつくな!」

「我ら一族がいながら何故貴様のような余所者が呼ばれるのだ!」

「オレたちが頼りにならんと言うのか!シシ神は何を考えている!」

 

…?ざわざわと騒いで勝手に討論し始めたんだけど?

 

(おさ)ッ!シシ神にコヤツの正体を聞こう!」

「シシ神を騙して我らにとって代わるつもりか!」

「シシ神め!長年森を守ってきた我らに代わり…

 こんな流れ者を新たな護り手にしようというのか!」

 

…それぞれの山犬が

勝手気ままに人語混じりにワンワン吠えまくるから、なんかもう凄い賑やか。

しかも何だか「シシ神に呼ばれた」って嘘で、

山犬さん達のシシ神への好感度が勝手に下がり初めていとをかし。

そうだよワンワン共!

シシ神って実は何も考えてない神様だからあんま奉んないでいいゾ。

というかガチ神だから俺達地上の生命体じゃ思考が理解できない。

もうシシ神のことなんか放っておいて一緒に北国行こう?なっ!

って今言いだしたら俺殺されるかな?

 

「鎮まらぬか!!」

 

ひぇ…。

しゅごい迫力…

俺に一番最初に話しかけてきた、

俺と同じくらい大きな山犬の一喝でその他の山犬達は皆口を噤んでしまった。

言われたのは周りのワンコ共なのに、

なんか俺の毛も耳も尻尾もシュンとなっちゃった。

そういうことない?

自分が怒られてるわけじゃないのにその場にいるだけで

自分が意気消沈ゴリラになっちゃうこと。

 

「…コヤツが只者でないことは一目見て分かる。

 我ら一族では、年を経て強くなろうとも二つの尾がせいぜいよ。

 古には三つ四つの尾を持ち更に大きな獣もいたと聞く。

 それを思えば、なるほどコヤツは並の山犬ではない」

 

オサ…多分リーダーって意味の「(おさ)」だろう。

確かに体格もいいし…あっ…そういえばコイツ…

おケツに尻尾2本あんじゃーん。

ってことは…?

じゃあ…こいつがモロ?

 

…。

 

なんか…声が微妙に違うような…。

でもミワさんの威厳アンド母性を感じさせるあのステッキーボイスに…近いかな?

微妙に違うって程度に聞こえるなら……ひょっとしてモロの親戚とか?

 

「オマエの体の、その巌の如き逞しさ……。

 何よりも八つの尾がオマエの神威の高貴なるを物語っている…。

 私としては――」

 

「――なぁ、お前はメスか?いまいち性別が分からぬのだ」

 

「………」

 

あらヤダ。オサさんの目が何いってんだこいつって言ってる。

 

「キサマ!我らが母に無礼であるぞ!」

「どう見てもメスだろうメス!母者は我ら一族一番の美人じゃ!」

「長を男と見紛うなどオマエの目は節穴か!」

「匂いを嗅げば一発でわかるのにな」

 

「お前達お黙りっ!!」

 

…。

すごい迫力だ…。

あのキャンキャン喚いていた山犬達が

みんな耳をたたんで尻尾たらしてシュンとしてる…。

もちろん、俺もそのうちの一匹だ。

 

「……私の息子と一族達がうるさくて悪かった。

 だが、オマエも少し黙って私の話を聞くがいい」

 

はい。ごめんなさい聞きます。

黙ってジッとオサさんの目を見ていかにも真面目アピールするぜ。

オサ…長…長さんって書くといかりや長介か…それとも…

 

っ!

 

長さん…俺達は山犬…犬…ワンちゃん…ワンワン……な、なんてこった!

ワンワンの中の人じゃないか…!このまちだいすき!

はぇー、こんな共通点あるんだね。(すぐに思考がブレる真のケモノ脳)

 

「フム……オマエ、良い眼をしているね。

 シシ神が東方より呼び寄せた物の怪…ヤツフサよ。

 私としては、オマエの命が無事でシシ神の住処に寝ておった時点で、

 既にシシ神様はオマエを受け入れているというのは解っていた」

 

おお。俺の眼、良い眼だってさ!(節穴)

キリッとした顔を意識してたのが良かったかな?

いや、それとも奥底からの性格イケメンっぷりが滲みでた可能性が?

 

「見た所…図体はデカイがまだまだ若造のようだな

 ……毛艶が若造そのものだ…フフフ。

 あの子らの小さい頃を思い出すな…もっとも、オマエみたいにデカくなかったがね。

 群れに、若く…そして新しい血が加わるのは喜ばしいことよ」

「待て母者。コイツを群れに迎えるというのか?」

「こんな強力なオスが大人しく我らの一族に収まると思うか、伯母上?」

「ヌゥ…長がそう言うのならば従うまでよ」

 

なぬ?

なんか口をへの字にしてキチンと黙ってたら話があれよあれよと…。

どゆこと?

え?俺、今日からこの群れの仲間なんですか?

 

皆から母とかオバちゃんとかオサとか呼ばれてたリーダー山犬が、

デカくて裂けた口の端っこを釣り上げて笑う。

うーん…コワイ。

 

「よし…皆反対はないようだな…ヤツフサ。

 我々一族はオマエを受け入れよう。

 今日からはシシ神の住処で寝るんじゃないよ…全く恐れ多い奴だ。

 若さゆえに恐れ知らずの無鉄砲なのか?

 ワッハッハッハッ!」

 

…。

コワイだけじゃなくて、なんと言いますか…豪傑だな。このオバちゃん山犬。

モロをより「てやんでぃ」的にした感じ?

肝っ玉母さんだなー。好きだよこういうオバちゃん。

いきなりオマエを仲間にしちゃるって言い出して、

俺も、そして多分周りの山犬も困惑気味だけど…

それでもソレを押し通して納得させる女傑のようだ。

モロというよりラピュタのドーラタイプかな。

 

よし。仲間やってみっかー。

そして気が合わなければ夜逃げして北へ行こう。(即断)

 

…。

 

おっそうだ。

俺ケモノだし…折角仲間になったし…

このタイミングでしか言えない、あの往年のゲームの名台詞…

言ってみたかったんだよ俺。

 

「ワレハ 聖獣 ヤツフサ コンゴトモ ヨロシク」

 

新入り的に頭をぺこりと下げて、

その後ドヤってみる。

だってあの名台詞が凄いマッチするシチュエーションなんだもん!

自己満足がすげー!

俺の心の中は満足感とやりきった感で満ちてるよ。ミチミチだよ!

ムフー!って鼻息でちゃった!

胸元のもふもふ毛も気持ち逆だって膨張しちゃった!

 

「……」

「…かわった奴ダナ…」

「うむ…こ、今後とも…よろしく?」

 

俺にのってくれた若い山犬がいるぞ。

お前すごく良いやつだな!

 

あとの犬っころは冷たい目で見てくるけど。

冷めた目のお前ら、後で24時間耐久毛づくろいしてやる!

俺様の絶技に喘ぎ散らすがいい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―本日からの寝床―

あっ!

ここ!

映画で見た石の洞窟みたいなとこだ!

 

「ヌオー!ここ!俺ここで寝る!」

 

俺はサンが劇中で寝てたと思われる場所で寝ると主張した。

必死に前足で「ここ!ここですよ!」とパンパンと石の床を叩いた。

だが現実は非情である。

 

「新入りの兄弟は端っこだ!もっと入り口の方イケ!」

「図々しいぞヤツフサ!」

「オマエ、ただでさえ図体デカイ。尻尾八本もあって更に邪魔」

「だからコイツを仲間にするのは嫌だったンダ…寝床が狭くなル…」

 

「……クゥーン」

 

いきなり10頭くらいできた山犬の兄弟の図体に

グイグイ押されて隅に追いやられた。

ションボリだよ。俺様ションボリだよ!

花瓶倒して怒られたチワワみたいな声でちゃったよ!

新入りはどこの業界も世知辛い。

 

…。

 

くっさ。

 

ケモノくっさ!

 

この石の洞窟…いや部屋か…?

ワイルドな犬の匂いが濃厚だよ!

あ?

俺もこの臭いなのか!?

あれか。

自分では気付けないけど他人だと気付く的な。

 

明日から水浴びしよう。

 

…。

 

……。

 

あれ…。

そういえば…。

俺、なんか大切なこと聞き忘れてるような…。(年代とかモロのこととか諸々忘却ワンコ)

―この間僅か0.1秒―

まっいいや!(ケモノ脳)

兄弟共で暖かくてもふもふでウトウトしてきたし寝よう。

明日のことは明日の俺が何とかするさ!

何かもう臭いも慣れたな!

目を閉じると、人間時代は劣悪に感じた環境でも、

俺はいつものようにぐっすり安眠できるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして明くる日。

俺は陽が昇る前から叩き起こされて、今こうしてボーッと突っ立てる。

何をしてるかって?

さぁ…?

とりあえず長さんに

 

「オマエはそこに立ってるんだ。私の息子達が追い込むからな」

 

って言われただけでしてね。

立ってろって言われたから立ってるだけですよ、はい。

 

…。

 

……。

 

あぁ…。

朝早かったし……陽がちょっとだけ高くなってきて…。

今日も良い天気だし………。

 

…。

 

うとうと…。

 

スヤァ。

 

 

 

 

「追い込め!」

「逃がすナ…!」

「ヤツフサ!そっちへ行ったぞ!!」

 

 

 

スヤァ。

 

「ヤツフサ!そいつを仕留めろ!」

 

んあ?

なに?

ソイフォンにめろめろ?(難聴系主人公)

 

…。

 

ほげぇ~!?

親方!うたた寝から目覚めたら俺に向かって一直線に走ってくるデケェ猪が!!

 

「プゴオオオオオオオオッ!!!」

 

なになに!どうすんのあれ!

えっ

ちょっ

止まって!俺に激突するぞブタ野郎!

オマエ俺とぶつかったらそのまま2匹とも美味しい肉塊になるぞこの野郎オマエ!

ヒェッ止まっちくり~、あっ(察し)ダメみたいですね。

 

『八房、迫リ来ル巨猪ニモ 些カモ怯エ震エルコト非ズ 微動ダニセズ。

 彼ハ僅カニ体ヲズラシ 巨猪トスレ違イザマニ喉笛ヲ牙デ裂キ 一撃デ死ニ至ラシ給ウ』

―狩りを目撃したショウジョウの述懐―

 

 

大きな猪は首から血を噴き出しながら10数m程走り、

段々とフラフラしてからドスンッと横倒れ。

 

うわあああ怖かった怖かった怖かった!

 

「グルルルル…」

 

ハァハァハァハァ…

すごいぞ俺…追い込まれてからの気迫…

過緊張で鼻っ面が痙攣して唸ってるみたいになっとる。

抑えに向いてるな…(確信)

もう追い込まれすぎて自分でもどうやって体動かした良くわかんない…。

 

「よくやった!」

「見事なりヤツフサ!」

「さすがは長が見込んだだけはある」

「勇ましい面構えダ…さすがはシシ神が呼びし犬神ヨ」

 

わらわらと四方八方から山犬達が俺に寄ってくる。

うひゃひゃ、やめて、くすぐったい。

首甘噛しないで!耳元スンスンすんなやコラァ!

おい脇の下に顔突っ込むんじゃねぇ!

ぬわーやめろォ!オス共の熱烈なハグなんざうれしくないんだよなぁ!

いやわかってるよ?

多分これって山犬業界の親愛の情の証みたいなやつだしょ?

でもちょっ熱烈過ぎませんかね…。

 

俺が義兄弟にもみくちゃにされてると、

長がノッシノッシと歩いてくる。

その顔はちょっと笑ってるように見えた。

 

「見事な狩りじゃないか…猪を仕留める直前まで気配を殺すとはね…。

 オマエが見た目だけ立派な見掛け倒しじゃなくて私としても嬉しい。

 オマエが役立たずだったら、

 オマエを群れに入れた私の立つ瀬もないカラね…ふふっ」

 

長も義兄弟らと同じように2本の尻尾を振りながら俺の首に鼻先を擦り付けた。

う~んくすぐったい。

 

「今日の獲物は大物だ。

 暫くはたらふく食えるな……皆、少しここで食っていこう。

 こんな大物を運ぶのは手間だからね…少し軽くしていこう」

 

長がそういうと皆、いの一番に猪の死骸へ食らいつく。

お腹のでっぷりとした所には誰も食いつかない。

妙なスペースが空いているんだが…なんであそこ誰も行かないの?

一番食べやすそうだし肉も多そうなのに。

 

「ほら、行くよヤツフサ。

 あそこは私とオマエの為に、あの子達が空けてくれているんだ」

「…新参の俺が、あんな良いポジションで食って良いものか」

「ぽじしょん?変わった言葉を使うな…それは東方の言葉か?

 ……いいのさ。新参だろうが群れを率いる私の横で食えるのは、

 常に狩りで大手柄をあげた者と決まっている。

 さぁおいで」

「…あぁ」

 

うっかり使っちゃったポジションはスルーしてくれて良かったぁ。

今後も変な言葉使っちゃったら東方の言語とか、

神様の世界の言葉とか言っとこ。

俺の言葉が変なのも全部シシ神って奴のせいなんだ。(なすりつけ)

 

俺とおばちゃんは猪の脂ののったジューシーでっぷりお腹を堪能したのだった。

すごくおいしかったです。

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

ぬわぁぁぁん疲れたもおおおおん。

もう狩りやめたくなりますよぉー。

何日目だと思う?この狩りの繰り返し生活。

70年間続けてるんだゾ。

有り得ないんだよなぁ、特にイベントもないまま70年間とか。

さすがの聖獣(自称)ヤツフサ様も飽き飽きしてきた…。

イベント…なにかイベント…ちょうだい…。

仲良くなったさ…ああ、確かにコイツらとは仲良くなったさ!

群れにもすっかり馴染み、

狩りの連携も以心伝心だし

寝床だってもう遠慮しないで早い者勝ちしても許されるようになったさ。

 

だって70年目選手だからな。大ベテランだよ人間的には。

むしろ狩り一筋70年ってもう人間国宝レベルじゃない?

でもね…俺達みんな半分神の領域に足突っ込んでるから、

まだまだ70年目なんて神業界じゃペーペーどころかまだオムツもとれてない。

立川の2人組は数千年選手でしょ?

頭下がるわー。さすが2大宗教の首領(ドン)

無理だ…俺には無理だよ…千年、二千年と同じことするなんて…。

教えてくれシシ神…俺は一体あと何年…このサイクルを繰り返せばいい。

 

…。

 

……。

 

ああああああああああああ!(暇すぎて暴れるケモノ)

 

いつまでもシシ神の森なんて守ってられるか!

俺は人界に降りるぞ!

そもそも何十年も森で山犬の一匹として馴染みすぎたわ!

住心地いいし狩り楽しいわぁ~と思っちゃってついうっかり70年過ごしちゃったけど、

そういえばいつシシ神の森に終わりが来るのか全然わかってないよ俺。

 

そうだよ。

そもそも俺、最初は年代特定しようとか考えてましたよね?

なんで思いっきり放り投げて狩り生活に勤しんでるの?

バカなの?ケモノなの?

 

今がいつの時代か特定作業をするのが一番大事って!

あなた言ってたじゃない!(70年間完全に忘れていた模様)

うん、ちょっとだけ人界におりよう。今おりよう。

1人じゃ寂しいからアイツも連れて行こう。

アイツってあれね…

初対面の挨拶でメガテン挨拶に乗ってくれたノリの軽い義兄弟ね。

 

「義兄弟よ」

「…?どうしたヤツフサ」

「今ヒマか?」

「…見て分からぬか?」

 

俺はチラッと義兄弟の足元を見る。

そこにはずっと前に仕留めた大猪の大腿骨が転がっている。

ずっとハムハムして遊んでただけのようにしか見えませんが。

 

「分かったぞ。ヒマなようだな」

「そのとおり!」

「俺と一緒に人界に行こうではないか。顔見知りの村があるのだ」

 

俺の言葉に義兄弟はエッ?って顔になった。

まぁ無理もない。

いつの間に人間の知り合いなんざ作ったんだって感じだろう。

 

「シシ神の森を守る犬神が人間と触れ合っていると汚れるぞ」

「固いことを言うな。それにあの村の人間は森への尊敬を忘れていない」

「…………ああ、というとアノ村の人間達か。確かに人間の中ではマシだ。

 あの人間達はオマエの知り合いだったか…なるほどなるほど。

 よし行こう…面白そうではナイカ」

 

結構あっさり食いついたな…やっぱ若いと脳が柔軟。はっきりわかんだね。

こうして義兄弟は簡単にホイホイ俺についてきちゃったのだ。

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

「おばば様!」

 

村の子供が息を切らしながら村で一番大きな藁葺き屋根の家へ駆け込んできた。

この家は、本来は集会などに使われるものであったが

今は足腰が弱った村一番の知恵袋である老婆が、

世話役の少女と共に寝起きしていた。

 

「なんだいアンタか、ババ様は今日はお具合が悪いんだ。

 静かに入っておいでね。アンタももうすぐ年頃なんだから」

「あ…ご、ごめんなさい、おネエ!でもそれどころじゃないだよ!」

「これ!声が大きい!」

 

娘が煮込んだ薬草粥をかき混ぜながら元気な少女を窘める。

両者の会話を耳にしてか、奥で寝ていた老婆がヨボヨボと上半身を持ち上げ、

 

「ええんじゃよぉ…どうひたどうひた、しょんなに慌ててぇ」

 

フガフガいいながら少女を優しく出迎えてやった。

この老婆、今年で御年70歳。

この時代、田舎に住む卑賎の女としてはとても長寿でお達者だ。

 

老婆は「これも全てシシ神様と犬神様のご加護なのだ」と常々口にする。

この集落の人間は昔からシシ神の森と共に在った。

今の時代はまだまだ人は自然や霊威を畏れていると言える時代ではあるが、

その中でも彼らは(みやこ)の人間達と比べて

森と獣に寄り添い共栄する道に対してずっと理解があり、

70年前に犬神が降臨してからはそれに拍車がかかった。

 

特にこの老婆は赤子の時分、犬神への供物に捧げられる所を

犬神自身によって慈悲をかけられ生き長らえた女性だ。

神に気に入られ、神に人としての生を全うすることを直々に許された者。

その事実から彼女はちょっとした現人神のように祀られ、

彼女がいるだけで村は安泰かのように村人からは看做されていた。

また彼女自身その性格は控え目。

村中から絶大な信頼と尊敬を集める深き知恵持つ賢女へと成長していた。

その頼れる賢女に少女が一大事を告げた。

 

「い、いいい犬神様がお越しです!!」

「っ!?ぶへぁっ!?な、なななんな、んな、んなんじゃとおおお!?」

 

深き知恵持つ重厚なる賢女、盛大に吹き散らす。(悲報)

 

普通の人間なら生涯に1度でも神と巡り会えたら、

それはもう人生全ての運を使い切ったと言っても過言ではない幸運だろう。

その一度が、言葉まで交わして「守ってやる」等と言われては、

それはもう尋常ではない強運だろう。

 

それが、この老女は老境に入って二度目の邂逅となる。

この運の強さをなんと言い表わせば良いのか、老婆は分からなかった。

 

曲がってヨボヨボの腰はピンシャンとして、

布団から飛び起きると直ぐ様身なりを整える。

白髪頭を結い上げ、翡翠を削った耳飾りをつけ、八百万の神々を称える紅化粧をさし…

屈強で若々とした男衆も真っ青な身軽さと速度で走りだした。

韋駄天も白旗をあげそうな健脚で犬神の待つ集落の入り口まで爆走である。

 

そしていた。

まだ赤子だった老婆自身、覚えちゃいなかったが…

それでもその輝くような神聖で厳かな白毛の巨狼を、確かに彼女は知っていた。

 

「お、おおおお…!おおおお!!い、犬神様…!!!ふ、二柱も!!?」

 

既に村中の人々が伏せて白き犬神を迎えている。

老婆も猛然とその土下座の輪の中に割って入り、

 

「シシ神の森よりいでし八尾の白狼よ…そしてもう一柱の犬の神よ…

 今一度、貴方様がお越しになって下さること、過分な僥倖でございます。

 我ら一同かしこみかしこみお迎え致す」

 

何とか声だけでも落ち着けて迎え文句を言い切った。

 

「ウム…久しいな。この村に来るのも70年ぶりか?

 ニオイでわかるぞ……赤子よ随分老いたなぁ…時が経つのは早いものだ」

 

あの時差し出された赤ん坊が、もうこんな皺くちゃのお婆ちゃんになっている。

それを見ると時の無常というか…感慨深さをも感じる八房であった。

それと同時に犬神になった自分が時間の流れに対して鈍感になっているのを実感する。

あぁ自分はもう完全に物の怪だ、と八房は思った。

 

「へ、へへぇ~~!わ、私のことを覚えていて下さったのでごぜぇますか!?」

「…んん…ごほん。無論だ…俺は下らぬ記憶力だけは良いのだ。

 今日は、またあの日のように俺に話を聞かせてくれ。

 最近、人間達の間で何が起きたか…。

 ……そしてな、いい加減に皆頭を上げろ。

 それでは話も出来ぬ。今日は俺の義兄弟もいるのだ。

 皆、コイツにも色々と話してやってくれ」

 

言われて、村人は暫く無言で伏せ続け、互いに困り顔を突き合わせてから、

徐々に徐々に頭を上げて大きな山犬と視線を合わせ始めた。

 

「えぇ、そ、そうですなぁ…わしら下界の俗事でよぉございましたら…」

「……おい、おめぇ…何かねぇか?」

「……………オラはちょっと…」

「じゃ、じゃあオラが……、ごほん…

 なんでも瀬戸内じゃ藤原(なにがし)が海賊率いて大暴れしとるって話でさぁ。

 この前港町まで皮売りに行ったらんなこと言っとりました。

 瀬戸内じゃ碌に商売も出来んそうな」

「あぁそういうんならオラも知っとるで!

 関東の方じゃ(たいら)の…なんじゃったかな…えぇと、(つわもの)が反乱なすったとか」

 

山深い村に住む彼らだが、

定期的に狩り獲った肉や皮、僅かな木材などを売りに大きな人里へ降りていく為、

このように意外と広範囲の出来事を耳にしている。

何よりこの時代、噂話は最も楽しい娯楽の一つ。故に民衆は耳聡い。

 

「…関東で起きた…タイラノツワモノの反乱…?

 タイラノツワモノ…タイラノツワモノ………むぅ」

 

八房は、初めて…とても重要そうな歴史的情報を得た気がしたが、

彼はかつて人だった頃、座学はからっきしだった。

ウンウン唸って歴史の教科書を必死に脳内でめくっていたが、

 

「…うわぁ~~~、いぬがみ様おっきぃ!」

「こ、これっ!やめなっ!」

 

犬神の優しい雰囲気に安心したのか、

初めてまじまじと見る山犬への感動が理性を上回った

村の幼子が走り寄ってきたので、教科書は霧散した。

急いでそれを母親が窘めたのは当然だろう。

犬神の気分を害せば噛み砕かれるどころか、村全体を祟られかねないと思ったからだ。

だが、

 

「ん?はっはっはっ!そうだろう…俺は大きいのだ。

 小娘…俺の背に乗るか?」

 

八房はかんらかんらと笑って悪童めいた笑みを浮かべそう言った。

母親は「滅相もない!」とただ慌てるばかりである。

 

「…乗ってみろ小娘。オレの義兄弟は図体だけは良い。

 さぞ眺めはイイだろうヨ……どれ、オレが乗せてやる」

 

義兄弟が八房の悪ノリに付き合いだした。

大慌ての母親を尻目に、

義兄弟は少女の服をパクリとしてそのまま八房の背に放ってやる。

 

「あぁ!犬神様!お許し下さい!あぁ、あぁ、この娘はそのような無礼を!!」

「きゃー!おっかぁ!すごいよすごいよ!

 もふもふ~!あったかぁい!ながめいい~~!」

 

少女が八房の背の豊かな白毛に顔を埋めてグリグリ押し付ける。

 

「フフン…ちゃんと沐浴を済ませてきたからな…。

 小娘…どうだ、俺様は良い匂いだろう」

「いぬがみ様はお日様のにおいだ!」

 

大きな山犬のその()()()()に、

他の子供らも我も我もと犬神へと殺到していったのは当然の成り行き。

 

「オイよせ…オレはヤツフサのように物好きではないぞ。

 よじ登るな……尻尾に乗るな!よせと言うに。乗るのは一度に三人までにせい」

 

八房の義兄弟山犬も子供の群れに沈んでいった。

少々荒い口調で色々言っているが、彼も満更でもなさそうだ。

 

最後まで大人達は畏れ多いと言って憚り、

子供達を必死に止めようとしていたのだが…

陽が暮れる頃には大人も山犬も、

子供の天井知らずの元気に振り回されて疲れ果てていた。

子供が疲れて寝てしまうまでそのどんちゃん騒ぎは続いたのだ。

 

 

 

 

「ヤツフサ…オレはもうクタクタだ……人間の凄さを初めて味わった気がスル…」

 

帰り際、義兄弟は疲れた顔で長いベロを出しながらそんなことを呟いた。

八房も全くの同感であった。

 

「あぁ…今日は俺も疲れ切った…。

 子供ってのはあんなパワフルなのか…」

()()()()ってなんダ?」

「あっ……………ぱ、ぱわふるってゆーのはな……えぇと、そのぉ」

 

2頭の山犬は疲れた顔をしながらも満足気に山に帰っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

2頭の背には山海珍味の風呂敷が巻きつけられていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

田舎に泊まろうwith義兄弟から早くも……何年だ?何年経った?

あの日、ベイビーがババアになっちゃった事件を境にして

俺の時間感覚に著しい乱調が見られる。一大事ですぞ!

というか、前までが俺ちょっと凄かったよね。

時計もカレンダーもないのに70年間分カウントしてたって凄くない?凄い。(確信)

 

でももう数えるのも飽きたからいいんです。

年月数えてたって時代特定イベント起きないから意味ないなって…、

俺…わかっちゃったし。(平将門フラグ取得を幼女キャンセルしたワンコ)

 

 

 

とにかく何年か何十年か経って…

俺はその日の朝、

ウトウトしながら「あ~まだ起きたくない…長…あと10分寝かせて」と訴えていたのに

無慈悲にも長であるオバちゃん狼は

 

「さっさと起きな。お前達、狩りに行くよ!」

 

な~んて張り切ってるからもう参っちゃうね…ハハッ!(夢のネズミ風)

これには義兄弟達もしぶしぶ従って早朝から皆でお出かけ準備に勤しむのであった、まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして危な気なく狩りは終了。

俺もうまくなったもんだぜ!

狩りをし、シシ神の森に異常はないか見回って…、

ショウジョウを見つけたら面白い話ないか聞いて…、

コダマを追っかけてみたり、

蝶々を前足だけでどっちが多く捕まえられるかの勝負を義兄弟達としたり…、

 

…。

 

……。

 

ぬわぁぁぁん疲れたもおおおおん!!

森暮らしやめたくなりますよ~。

 

俺は若者特有のアレを発症して都会に行ってみたいと思うようになった。

 

「長っ、オレ都に行きたい」

「…熱でもあるのか?今日は大人しく寝てていいよ」

 

長に直訴したら一刀両断だよ。バッサリだよ。

確かに森の護り手たる山犬一族には湧いてくる筈もない発想なんだろう…。

でも俺行ってみたいの…今の時代の人間の生活水準知りたいの…。

俺も長年親しんだこの群れを蔑ろにする気はないし…

だからちゃんと事前許可貰おうと思ったのに!

もうバカ!長なんて知らない!

 

いいよ。もう今日は大人しく寝てやる!もう今日は狩り手伝わないからな!

俺は寝床の隅っこで

「あぁ、ここにいつかサンが寝るんだ。今から良い匂いしないかな」

なんて思いつつ床をクンカクンカして

義兄弟達のケモノ臭しかしないことに絶望しながらゴロゴロしていた。

 

…。

 

……。

 

おっそうだ。(閃き)

瞑想しよう!(唐突)

そういえば俺は、自分でも忘れていたが

シシ神から神様パワーを物理的に摂取した(スーパー)山犬だったゾ。

頑張って修行すれば筆しらべみたいなのが

いつの日か出来るようになっちゃったりする可能性が

在ったりなかったりスルかも知れない。

 

目を閉じて…

まずは思い出すことから始めないとな。

だってもう大神やったの体感的に何十年も前のことだし…

 

筆しらべ…。

 

どんなだっけ…。

 

…。

 

むーん…。

 

…。

 

……。

 

 

 

スヤァ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああああああああああああああ!!(熟睡からの目覚め)

一日過ぎてる!

そんなバカな!

これは…スタンド攻撃か!!

目を閉じて瞑想しようと思ったら時が飛ぶなんて!!

わかってるよ畜生!俺寝たんだよ!

だってポカポカ陽気だったから!

だからシシ神の森ってヤなんですよねぇ…。

人が…じゃなかった、犬が何かしようとするとすぐにコノ…

良好な環境が俺を惰眠に誘うんですよぉ。

 

ま、いっか。

俺、山犬だし。

超長寿だし。

瞑想する時間はたーんとあるさ。

 

…。

 

……。

 

あれ…?

俺、山犬になった当初、時間ばっか気にしてたような…。

なんでだっけ?(理由を忘却する駄犬)

 

…。

 

えーと。

 

何かを忘れてる気がする。

 

うーん?

 

「おい、ヤツフサ」

「何ダ…俺は今考えごとをしているンダ…後にしろ」

「オマエ、海見たことあるか?ちょっと行ってみないか?」

「オッ、行こう!」

 

俺と一番良くつるむ義兄弟が俺を遊びに誘いに来た。

これはもう行くしかないな。

海…海かぁ。

何十年ぶりだな。

山犬になってから海なんて見てないなぁ。

 

「他の奴も誘わないカ?」

「あまり全員で出かけるとシシ神の森が無防備になるからナ」

「…仕方ないか…ではまずは俺達だけで行こう。

 他の兄弟はまた次の時ダナ…」

「アア、そうしよう。母者に言ってから出発ダ」

 

俺と義兄弟はウッキウキで長の所に行ったのだが…

 

「………海を見てみたい…だって?」

「ウン!」

「俺達、海見たことナイ!」

 

ジロリと凄く威圧的な目で俺達2頭を睨む!コワイ!

 

「…はぁー、まさかオマエと出会った時は……、

 オマエがこんな馬鹿な子だとは思わなかったがねぇ」

 

んん?俺がバカ?

いや、違うきっと義兄弟の方だな。今のは。

ハハハハ、バカって言われてるぞブラザー!

 

「……………………いいよ。行っておいで」

 

たっぷり間を置いてから、

なんだか疲れたような?投げやりな感じを匂わすような?

そんな口調で許可がでた。

どうした長っ!疲れが溜まってるのか!もう年か!?

寄る年波には勝てないか、さすがの山犬の一族でも!

 

ギロリっ

 

ヒェッ…。

そんなこと思ってたら長が睨んできた。コワイ。

 

「…いいかい?二人共はぐれないようにしっかりくっついて行くんだよ。

 後、人の目に触れないように街道からはたっぷり離れること。

 後は、空腹になっても落ちてるものは食ってはいけない。

 ちゃんと狩りをして食うんだ。いいね」

 

後は後は、とドンドン言い足していく長に俺と義兄弟はウンザリだ!

俺達は幼稚園児じゃないっつーの!(それ以下の疑い有り)

大丈夫だって!

 

「長っ!お土産持って帰るからナ!」

「母者、行ってくる」

 

こうして俺達2頭は群れの仲間に見送られ、シシ神の森を旅立った。

羨ましそうなブラザー達の視線を背に受けての出立…。

中々心地良いゾ~、これ。

 

俺達2頭は長の忠告をちゃんと守って、人目を憚り夜になるのを待って…

しかもちゃーんと街道からすっごく離れて走った。エライだろう?

目指すはココから近い日本海側…じゃないぞ!

風光明媚で有名な瀬戸内の海だ!

ずっと前、村人から聞いた瀬戸内の海賊ってのも見てみたいし、

観光にはやっぱ瀬戸内がちょうどいいって感じ?Foo!テンションあがるぅー!

 

「ヤツフサ!どちらが速くあの峰の向こうまで行けるか勝負せぬか?」

「フンッ!俺に勝てると思うか…いいぞ、その勝負受けた!」

 

俺と義兄弟は高まったテンションのままに野山を走り、

崖を飛び越え、川を飛沫を上げて割って駆ける。

 

一夜走り、二夜駆けて、三夜跳ぶ。

シシ神の森とは全く違う空気と風に俺達2頭の頭は完全にお花畑だったと言わざるを得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここって瀬戸内か?」

「どうであろうな…だがどうでもイイ!広いナ!コレが海か!!」

 

俺達の目の前には荒波がザッパーンしている。

そして海を初めて見た義兄弟は凄く嬉しそうに、小高い崖から海原を見渡していた。

俺だって嬉しい。海を見たのはウン十年ぶり…下手したら百年以上ぶりだ。

もう正確な年月は忘れてしまったが、感動モノなのに変わりはない。

 

「この匂い…!これが潮風というヤツだ義兄弟!」

「なんとも初めて香る匂いダ!素晴ラシイ…!波の動きは見ていて飽きんな…」

 

おっ?

フとあちらを見れば、あんなとこに神社が!

ちょっとお参りしてみるか。(自分が神の一柱なのは忘れているワンコ)

 

「…?どこ行くんだ?」

「あれだ。あの社…ちょっと行ってみよう」

 

チャッチャッチャッと荒々しい岸壁を蹴る俺達の爪音が小気味いい。

そしてその岸壁に打ち付ける荒波の寄せては返す水音…。

イイ…。

すごくイイ…。

 

「……フム?和布刈神社……?」

「なんと読むのだ」

「そんなの…ソノママ読めばイイだろう…ワフカリジンジャだな」

「ワフカリ…」

「誰を祀っているンダ?まさかシシ神じゃあるまいな。

 どれどれ………オッ、猿田彦の岩があるゾ」

「猿田彦か…知っているぞ。母者から聞いたことがある」

 

2頭で真夜中の神社を散策していると、遠くから人の気配。

むむ。

まさか、この時代のこんな夜中に人が来ることもあるんだなぁ。

ひょっとして神主とかかもな。

俺達は一応犬神だし、簡単に人目につかない方がイイというのは分かっている。

何より長に言われたし…スタコラサッサだぜ!

 

その後、俺達は夜の荒海へ飛び込んで思う存分泳ぎまくったのだ。

 

「う、うおおお!これが波か!凄いな!流されるぅー!ガボボボボ」

「ヤツフサー!おいしっかりしろ!オレの尻尾に掴まれ!」

 

ガボボボボ…!

アババババ!

まずい沈んでしまった。

思ったより潮流すごかったです。

こんな時は……そうだ、ベア・グリルスさんの教えを……。

 

って思い出せるか!

もう100年くらい前だっつーの!

あの人の顔すら薄らぼんやりしとる段階だわ!

 

くそー…どうにか自力で陸に……。

ん?

 

お?

 

なにあれー?

 

なんか光ってんじゃーん!

お宝発見?(歓喜)

やっぱ神様は違うなー、リアルラック持ってんよ~!

 

俺はススイノスイ~と華麗に犬かきして

海底の岩に引っかかっている光り物へ近づいた。

 

はぇ~かっけぇー。

これ剣じゃね?

のほぉー海底から剣拾うとかマジ オレサマ スゴイ!アオーン!

むへへへ…

コイツは今日から俺様の愛剣となるガオボボボっ!!(呼吸が限界に達した模様)

 

…!

 

……!!

 

………!!!

 

「グハァッ!!!」

 

ヒューヒューヒュー…

 

「おおっ!浮いてきた!大丈夫だったか兄弟!」

「あひゅなきゃっはへ!(危なかったぜ)」

「…?何を咥えているんだ?…剣、か?」

 

俺は今あまり喋れないのでコクコクうなずく。

取り敢えず陸に上がろう!

やっぱ犬は水適性Dだ!

俺達は陸でこそ輝く陸上ユニットだ!

2頭の犬神(笑)は必死に犬かきをし、岸目掛けて一目散だ。

 

 

 

 

 

 

「で、この剣が海底にあったのカ」

「うむ……形からしてかなり古そうだな。

 刀ではないようだ…古代の剣か?」

「こんなもの拾ってドウスル?我らには牙と爪がある。人の武器などいらぬだろう」

「分からぬか?これを口に咥えて振り回すのだ」

「…?」

「これを蛇狗剃(ダークソウル)の型というのだ。

 高天ヶ原の大狼シフが使う神代の闘技だ」(嘘八百)

「ホオ!高天ヶ原の犬神の技か!

 さすがは東方の物の怪…最近はすっかり忘れていたが、

 やはり一番神に近き山犬ダナ!義兄弟たるオレも鼻が高イゾ!」

 

この義兄弟…チョロい。(確信)

とにかくも、こうして俺達は観光を終えて無事帰還…

 

しようと思ったらまた面倒なことががががががが!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「山犬め!こんな場所で何をしている!」

「貴様ら、何故海を渡って来たのだ!」

「コレより先は我ら猪の領地ぞ!」

「去れ!山犬め!」

 

本州から渡ってしまったのが良くなかったようだ。

知恵ある猪共のテリトリーに入ってしまったらしい。

俺達はいっぱぁぁいの猪に囲まれていた。

 

「…言われずとも去る。そう()()()たて――」

 

穏便にさっさと去ろうとした俺達だったが…

 

「――その4本牙……その灰色の毛皮……まさか…!」

 

俺は看過できない猪の姿を、群れの中に見てしまった。

えぇ…。

ひょっとしてひょっとしたら…。

 

「オ、オマエ…名はなんという!」

「…まずはそちらから名乗るのが筋というものじゃないか?山犬よ」

 

むむ…この理知的な対応…やはり…!

いや、でもバカな…俺達は瀬戸内諸島にいるはずなんだ。

 

「そうだったな…。俺の名はヤツフサ。シシ神の森より来た」

「わざわざそんな遠い所からご苦労なことだ。

 ……俺の名は乙事主。

 この鎮西の一角…今、貴様らが荒らしている土地の主だ」

 

…。

 

……。

 

若ぇえええええええええええ!!!

乙事主様、若ぇぇぇぇええええええ!!!

 

ようやくシシ神以来の原作キャラきたああああああああ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というか、俺達瀬戸内諸島方面に来てなかったぁぁぁぁぁぁ!

 

ここ関門海峡じゃないっすかぁぁぁ!

 

俺達九州の端っこ上陸してるじゃないっすかぁぁぁ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どういうことだよ。(憤慨)

 



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九州満喫!2000泊2001日の旅

ねんがんの 乙事主に 会ったぞ!

 ①そう 関係ないね。

→②殺してでも 鎮西を乗っ取る。

 ③(九州を)譲ってくれ 頼む!!

 

のっけから何なんだコノ物騒な選択肢は!

ろくな選択肢がないじゃないか!

やっぱ人生ってクソゲー。

 

いかん。

またまたフザケて妄想に浸かってる場合じゃありませんことよ。

いや、まぁ妄想にも浸かるわ。

だっていきなり乙事主なんだもん。

水泳だけして帰ろうって油断バリバリのところにいきなり映画の主要キャラが、

しかも若くて漲ってる感じでリデザインな風で出てくるんだもん。

 

まず目がね。黒々として鋭くてバッチリ焦点距離合わせて来やがるよこの白猪。

目ヤニも溜まってなくて綺麗な目だぞ!

かっこいい!ヒューヒュー!

映画の老練で老将な感じで仙人な感じで、

だけども熱い血潮を秘めた猪神の長!な乙事主も当然かっこいいけど、

今、目の前にいるどっからどうみてもギラギラしてるザ・猛将の乙事主もかっこいい。

4本の突き出た牙もツヤツヤでどこも欠けてないし、

もう体中の脂肪と筋肉がパンパンに詰まってるよ!

まるで筋肉の鎧!

ホワイトマッスルの爆走戦車!

キレてる!

もうデカイ!

そこまで絞るには眠れない夜もあっただろ!

 

そのヤング乙事主が俺のことをジッと見ている。

やだ熱い視線。惚れそう。

 

「…何だ?」

 

ずっと見てきちゃって何さ!

 

「それはこちらの言葉だ…山犬。

 何故オマエ達が鎮西に乗り込んできたのか…理由をまだ聞いておらん。

 事と次第によってはここで貴様らを八つ裂きにしてやる」

 

うお…。

気迫がスゴイ。

乙事主の毛が逆立ち、漲る筋肉が更に膨張していくのが見て取れる。

ヤベーよヤベーよ。

何だあの筋肉。

あの体でタックル食らったら俺ゼッタイ爆発四散するよ。

 

よし。

 

ここは終始、低頭平身に徹してだな……

 

「八つ裂きだと?やってみるがいい!

 オレとヤツフサが猪風情に遅れを取ると思うてか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…。(白目)

 

いとをかし。

 

草はゑる。

 

え?なに?今、義兄弟ちゃん何言ったの?

 

「ほほう…言いおったな山犬め。

 我が一族に囲まれていながら度胸があるではないか!」

 

…?

ちょ、待って。

義兄弟ちゃん!やめて!これ以上乙事主様にケンカ売らないで!

 

「突進するしか能のない猪如き…我らの敵ではないわ!

 なぁヤツフサ!」

 

ほわああああ、俺に話し振ってきたぁぁぁ!

どうしようどうしようどうしよう。

何て言おう。何て行ったら場を収められるだろうか。

 

「…いや、落ち着こ――」

 

「よう言うたわ!犬め!

 我ら鎮西の猪を侮るとは!!

 もとよりキサマらは猪を狩り食らう…!

 平素なればそれもまた摂理と見逃しもしてやるが、

 事ここに至っては貴様らに食われた同胞の無念もついでに晴らすとしようか!」

 

ア…。

 

ア゛……。

 

ア……ア……。

 

見て。今の俺、カオナシみたいになってない?

コイツら若いからか!?

戦いの血潮がギラギラ滾ってるの?ウォーボーイズなの?

俺の頭の回転よりも早く、義兄弟と乙事主の煽り合戦は発展していくじゃあねぇの。

ヤッタネ。(遠い目)

 

「ブオオオオオオオオオッ!!!」

 

くっそビビたぁぁ!

空気がもうビンッビンッに震えてるよ!

大地が揺れてんじゃないの!ってくらいの乙事主の雄叫びが響いて、

それと同時に取り巻きの猪達が俺達目掛けて爆走してきたんだが?

圧死しそうなんだが?

うばあああああ!!

このバカ犬!

バカ義兄弟!

うんち!

オマエの母ちゃんでべそ!

ごめん、やっぱ最後のだけ取り消し。

とにかくこのお馬鹿さん!

お兄ちゃん悲しい!

 

「えぇい!囲まれておきながら挑発するとは、愚かだぞ義兄弟!」

「だがオレとオマエならば負けはせぬだろうて!」

 

もおこの子は!ほんとにもう!

俺とオマエだけで数十頭のデカ猪と乙事主どう処理すんだよ!

俺達2頭はその場で跳躍し、空中で身を翻すと猪共の頭を踏み台に更に跳んだ。

眼下で頭同士ごっつんこして昏倒する猪が何頭かいる。

ばっかでwwww

 

「プギッ!?」

 

猪の頭を踏み台に!

 

「ぐごっ!!」

 

更にジャンプ!

 

一頭一頭相手にしてらんない。

目指すは大将よ!

乙事主への道が宙に開け―――

 

「げぼッ!?」

 

え?

 

なに?

 

俺すんごい変な声出た。あら?世界がスローモゥー!

ジャンプしたよりもすっごい高く俺…飛んでるぅー!

なに俺って二段ジャンプできたの?

これもシシ神パワー………あっ、違いますねコレ。

猪が俺のお腹にめり込んでるぅー!すごく痛い!

ははーん、なるほど。

仲間猪を突進で宙に打ち上げたわけね?

ロケットみたいに!

タイミングばっちりだし仲間を弾頭に見立てちゃう戦闘バカっぷり素敵!

もう許せるぞオイ!

でも俺のぽんぽんを物理的にイタイイタイしてきたことはちょっと頭きちゃうカナ?

もう許さねぇからなぁ?(豹変)

 

だがしかし。

 

許したくなくても残念ながら撃墜された俺は落下するしかなくてですね。

 

ドスンっと地に落下した俺目掛けて怒涛のごとく迫り来る肉の波!

まさにドドドドドドッ!って表現がぴったり。

まっずいよねアレ。

アレに轢かれたらオレサマ ゼッタイ 圧死!

脳内麻薬どっぱどっぱな現状、

動きだけは見えてるし思考が超高速フル回転で

圧縮された時の中ですごい量の1人会話できてるけどね!

腹にヘビーな一撃貰ったせいで…

立ち上がるのに…

ぬっ…うぅ…。

ちょっと…時間が…足りないかも…。

あ~視界がスローモーションなのに体が追いつきませんぞ~。

義兄弟ちゃん今何してんの!?

俺のこと助ける余裕ある!?

 

チラッと見たらアイツは乙事主タックル受けて数十mぶっ飛んでた。

オイ!

大丈夫かアイツ!一応、体捻って直撃は回避してるっぽいけど…。

あれはもう肋骨粉砕コースの大惨事でしょう!?

やめて!乙事主のタックルが直撃したら

シシ神のドロドロを飲んでいない義兄弟の体はバッキバキに砕けちゃう!

お願い死なないで義兄弟!

あんたが今ここで倒れたら、俺は一体どうなっちゃうの!?

気力はまだ残ってる!ここを耐えれば乙事主に勝てるんだから!

次回、俺死す!デュエルスタンバぎゃあああああああああ!!

(※猪の大群にたった今轢かれました)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チーン(笑)

 

大丈夫?俺ぺったんこになってない?

内蔵でてないかな?汚いもの皆に見せちゃってない?

自慢のモフモフ毛皮が……泥と砂でカスカスに…ぐふっ。

あぁ…折角拾った最高にイカしてた剣も粉々に…ウゥっ。

 

…。

 

……。

 

あぁ…ダメだ…意識が遠のく…。

絶対、コレ…全身の骨バキバキだよぉ…。

クリティカルで致死ダメージだよぉ…。

ふぇぇ…。

もう立てないよぉ…。

指一本…動かせねぇや…へへ…俺、こんなとこで…死ぬ、のかな…。

 

…。

 

……。

 

指一本…?

犬の俺が、指一本動かせない……なんかコノ表現違う気がしない?

いや元々動かせないじゃん!俺、犬だし!

指一本動かせないって、犬的にはダメージ表現としてどうなんです?

 

うーん…チョット待って。もう一度やらせて。

 

く……もう…指一本…動かせねぇや…へへっ…ドジ、踏んじまったな…。

 

 

 

 

…。

 

……。

 

ン~~~なんかなぁ…やっぱそれってワンコ的にどうなの?

なんか俺自身納得イカンよなぁ~。

そうだなー。

肉球一個…動かせない…。

ンッン~~…。

まぁ…犬の俺が言うなら指一本よりは肉球一個の方がいいかな?

それとも尻尾一本動かせない…か?

いやいや耳一個動かせない…。

ンン~~~~~!悩むね。実に悩ましいね。

 

…。

 

ん?

 

あれ?そういえば意識遠のかねぇな…。

ちょっと何時まで待たせるの?まだ意識がフェードアウトしないよ?

こちとらデッド待ちしてんでやんすよねぇ…。

何時まで全身痛い状況で死なせてくれないんだよ。(半ギレ)

あくしろよ。

 

…。

 

ん?

 

お?

 

動いたよ!足が!

でかした!俺!

 

え…ウッソだろ俺…余裕で立てたんだけど…。

 

全身痛いって自己申告は嘘だった…?

 

俺は自分の痛みすら間違う残念なワンコだった…?

 

ウソ…私の痛覚、適当すぎ…。

あっ、わかったーアレでしょー、幻肢痛ってやつでしょ。

ファントムペインっていう何とも厨二心をくすぐられるアレ。

え?アレは手足を失った人が感じる手足の痛みだって?

うるさいよ。りろんは一緒だろ多分。俺は詳しいんだ。

ウソじゃないよ!本当だって!さっきは確かに痛かっ…

もういいや、めんどくさい。(思考放棄)

あれだ。

治った。

 

おお、おお。猪共が俺を見てめちゃくちゃ驚いとる。

乙事主もすっごく驚いてるっぽい。

わはは、なんかあの視線快感!

そりゃ驚くよな!俺が一番驚いてるんだけどな!

 

「バ、バカな…キサマは不死身か!」

 

えぇえぇ…すみませんでしたね。骨も折れてないし肉も潰れてないよ。

 

「ありえぬ!我らにアレだけ踏まれて無事だとォ!?」

「形すら残らず潰れていてもオカシクないのだぞ!?」

「そんなバカなっ!なぜ傷一つ負っていないのダ!!」

 

まだ言うか。

いや、傷負った気がしたんだよ俺も。でもなんか無くなってるんだもの…。

死ぬ死ぬ詐欺してすみませんでした…チッ、っせーな…反省してまーす。

しょうがないじゃん…俺だって好きで無傷なわけじゃないんですよ。許して。

 

…ん?

あっ!義兄弟!

吹っ飛んでった義兄弟じゃないか!

生きとったんかワレ!

フラフラだけどこっち向かって走ってきてる!

良かった良かった。生きてたか…。

さすが鉛弾くらっても即死はしない半神のケモノだ!

でも大分辛そうに見える。

あれ、もう一発くらったら確実に死にますね。

幸い、乙事主も部下猪も全員俺を見ているので

まだアイツが向かってきてるのに気付いてない。

 

えぇい…!仕方ない…。

義兄弟は俺と違ってラッキーのあまり無傷で済むような感じじゃないし、

ここは真のラッキードッグたるこのオレサマが!

八尾の力見せちゃるからな。

見てろよ見てろよ~。

 

意を決し、大きな白猪を思い切り睨みつける。

 

「どんな小細工を弄したか知らぬが、

 今度こそ擦り潰して黄泉返らぬようにしてくれるッ!」

 

青筋浮かべて大きな4本の牙を振り回しながら、

白い巨猪は俺目掛けて突進してきた。

控えめに言っても最高にコワイ。

だが、ぶっ飛ばして義兄弟の溜飲を下げてやらぁ!

 

幸い、その他の猪は俺の異能生存体っぷりに怖気づいてるらしい。

遠巻きに見ているだけだ。

それとも群れの長の戦いっぷりを見聞するつもりか…。

どっちでも構わない。

とにかく好都合だ。

やったらぁ!

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に息巻いて突っ込んでいった俺は、

今思うと中々熱血漢で若いなぁって…。

義兄弟の為!なんて言って猪相手に突撃合戦挑むとかバカの極みでした…。

 

乙事主と義兄弟のこと、若いねぇ!バカだねぇ!

なんて言ってたけどやっぱり俺も若くて…

そして…えぇえぇ、バカでしたよ。俺はバカですよ。(ようやく自覚するバカ)

 

過程を飛ばして結果を言おう…。

無我夢中で戦ってたら勝った。

オレスゲー…。

 

いや、分かるよ。言いたいことは良く分かる。

説明になってないって言うんでしょ?

キング・クリムゾンになってるって言うんでしょ?

思い返すのが面倒なだけだろうって?

誰だそんなこと言う脳内話し相手(オマエラ)は!

 

仕方ないんだ!

だって、俺もよく分かってないからね。仕方ないね。

頭に血が昇り過ぎて闘争本能刺激されすぎて、

もう人語忘れて唸って吠えて戦ってたから。

 

俺が理性を取り戻した時には、俺以外みんな倒れてたんだ!

暗かった空も明るんできてて、

俺は血だらけでボーッとしながら剣を咥えてて、

そこら中血溜まりがスゴくて、

義兄弟と乙事主までぶっ倒れてて動かないという…。

そんなショッキングな場面が目に飛び込んできて俺は思わず泣いてしまった。

涙ちょちょぎれさせて「ワォーン、ワォーン」って。

 

状況判断的にどうみても俺が主犯じゃねーか!って絶望して

とうとう俺も身内殺しの前科犬かよぉ!と嘆き悲しみ、

ついでに死んだ義兄弟と乙事主を思って泣いたよ!

その他の猪は…まぁしょうがない!食べたこともあるぐらいだし!

まぁ生きてたんですけどね。二人とも。

更に言うと誰も死んでなかったんだけどね。部下猪さん達も。

全員重傷負ったけど結果オーライ。

死人でなくてよかった。

ああ、死人じゃなくて死獣か。

 

今は一匹だけ元気な俺が、

倒れた皆を一生懸命介抱していた。

と言ってもただ傷口をペロペロしてあげるだけだけど…。

モブ猪さん達は軽く、乙事主さんには割としっかり、

そして義兄弟には丹念に一生懸命ペロペロした。

クゥーン…義兄弟…ガンバッテ…。

 

でもまぁ、俺のそんな頑張りを無碍にするくらいあっさりとね!

お天道様が一番高く輝く頃には全員ピンシャン回復したけどね!

なんなんだオマエラ!丈夫だなオイ!

放置してても問題無く回復したろオマエラ!

さすが神獣共…心配して損した!

 

海泳いで溺れかけて囲まれて戦って全員をprprするとか、もうすんごくハード。

もう舐め疲れたから俺は寝る。

今日はもう熟睡するからな!

絶対明日の昼まで起こさないでよ!

まったくどいつもこいつも……

俺は観光したかっただけなのに……

一体全体なぜこんなスヤァ…。(急速睡眠)

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

その日、和布刈(めかり)神社(速戸社)の神官は所用があって山向こうの村まで出ていた。

既に創建から800年以上を経た由緒正しき神社の神官は暇ではない。

ワカメの豊穣を祈るだけが和布刈の神職の役目ではない。

様々な権力者から海峡守護の祈祷を頼まれることも多く、

それが地元権力者であり多額の寄進をしてくれる者ならば尚更だった。

供を連れて神官が和布刈神社に帰ったのはもう夜も遅く…。

子の刻を回ろうかという真夜中であった。

時はまだ中世前期…ついこの間まで源平が栄華を巡って争っていた時代だ。

森や山に神なる獣が跋扈しているのが当たり前で、

こうも夜遅くになれば街道や人里近くにも様々な(あやかし)の類が出没する。

 

(…無理をすれば間に合うと思ったが…すっかり遅くなってしまったのう)

 

供の者にゆっくり休むよう言うと、神官は暫く留守にしていた境内を見て廻った。

 

(ふぅ…こうも暗いと、蝋燭の火でも頼りない。

 ……神職にある者が言うのも何だが…夜は出そうじゃのう…)

 

源平争乱の世。

それの終焉が打たれた地が()()だ。

おびただしい数の平家の武者の水死体を引き揚げ、そして弔った内の一人が彼だった。

あの合戦の前夜、平氏がこの地で

最後の宴をひらいた際にも彼は色々と準備を手伝ってやった。

その縁もあったが、あれ程の凄惨を目の当たりにしては神仏宗派は関係無いだろう。

そう思い、僧侶も神官も一緒になって飲まず食わずで弔った。

名もなき武士に混じり、平家に縁在る女子供の死体も多くあり、

気の毒に思った地元の漁師達が供養塚も建ててやった。

 

(それでも…今も、平家の無念が怨念となってこの地を彷徨っておるやもしれんなぁ。

 まこと、人心乱れること麻の如くよ…むごいことじゃ、むごいことじゃ…)

 

「っ!?」

 

神官は一瞬背筋が冷たくなって見廻りの足を止めた。

何かが暗闇の向こうで蠢いた気がしたからだ。

気のせいか、ヒュウと風切る音も聞こえた。

 

(まさか…本当に迷ってでたか…?)

 

急いで本殿に戻り、祭事で使う松明と鎌を手に握り、

影が飛び立ったと思われる方へとこっそり小走りでいく。

霊が苦しみ彷徨うならば払ってやろうという神官の義務感がそうさせた。

 

砂利道を慎重に歩き、小さな林を抜けると直ぐにゴツゴツとした岩肌に出る。

その向こうはもう切り立った崖だ。

地元の者でも月明かりだけで歩くのは覚束ない。

 

今宵も風は強く、波は荒れている。

壇ノ浦のこの強く乱れる潮流がまた平家の者の命を多く奪った。

その荒海から、何とも恐ろしい声が聞こえた。

 

「…!まこと、で、でたのか…」

 

波と風の音を聞き間違えたのかもしれぬ。

神官は自分にそう言い聞かせてゆっくりと身を低くして崖の上から頭を出した。

 

(あっ!)

 

神官は見た。

月明かりに照らされてキラキラ輝く銀色。

 

「う、美しい…」

 

神官は我を忘れて呟いた。

二匹の大きな狼が戯れるようにして波間を泳いでいる。

濡れて光った白毛が月光を反射し、

二匹がじゃれ合う度に跳ねる水の雫が宝石のようだ。

 

(この世の光景じゃない…見ちゃいかん…目が潰れる…)

 

神々の威光を直接目にすると瞳が潰れると信じられているが、

それでも神官はうっとりと見惚れていた。

きっとあの白狼は壇ノ浦で散っていった御魂を慰めに

天から舞い降りた御使いだ。

神官はそう思い何時までも波間で戯れる二匹の神獣から目を離せなかった。

 

やがて二匹は、御魂を鎮め終わったのか、

人語を交わしながら陸へと軽やかに飛び移る。

水の重みをまといながら、

たったの一飛びで十間(約18m)以上ある崖の上に飛び乗ってしまった。

 

そして、更に驚愕する光景を彼は目にすることになる。

 

(ありゃ…お、乙事主じゃ!

 ここらを治める山の主がこんな人里近くまで降りてきおった!)

 

雲ひとつ無い夜空の月の明かりが、

恐ろしい数の猪と二匹の犬神に注ぐ。

 

乙事主が天を震わす雄叫びを轟かすと、

今度は無数の猪が大地を揺るがしながら一斉に犬神目掛け突き進んでいく。

犬神はひらりひらりと舞うように猪らを躱していたが、

怒涛のように押し寄せる猪の波にあっという間に飲み込まれて消えた。

 

「あぁ!」

 

神官は思わず声を上げた。

一応姿は隠しているつもりだが、

とっくに犬神も乙事主達も自分の存在には気付いていることは神官も解っていた。

速戸社の主祭神…比賣大神(ひめおおかみ)がきっと自分にこれを見届けよ、と言っているのだ。

眼の前の神々が自分を無視して戦っているのはそういうことだと、

神官は懐中から紙と筆を取り出し、事の一部始終を書きつけだした。

 

(うん?……な、なんと!無事なのか!?しかも…尾がや、や、八つ!!)

 

轢き潰されたと思われた犬神は、

何事もなかったかのように横たわっていた身体をゆっくりと持ち上げると、

その美しい尾を天へ向かって伸ばし威風を示す。

白銀に輝く八つの尾が夜風に揺らめき、瞳は金色に光っていた。

 

その圧倒的な神威に圧されたのか、乙事主が猛り狂って八尾の白狼へと突っ込むと、

白狼は荒々しき形相となってそれを真正面から受け止めた。

山のような乙事主の体当たりにも微動だにしない。

 

 

 

体中の血が沸き立ち血眼になって書き殴った神官の書にはこうある。

 

『その圧倒なる神威に圧されきや、乙事主が猛り狂ひて八尾の白狼へと突き進めば、

 白狼は荒々しき形相となりてそれを真正面より受け止め、

 山のごとき乙事主の体がふわりと宙を飛びて地に叩きつけらる。

 群れたる猪らが主の身を慮り一気呵成に犬神へとなだれ込まば、

 犬神、木の葉のごとく身を翻すと光の渦より鈍色の剣取り出したる。

 鈍色の剣をその猛々しき口に咥えば、

 その剣とみに輝き出し畏きばかりの天衝く剣へと化身し、

 犬神の頭上には叢雲が集ありて渦巻き天地を震はす。

 獣剣一体となりて枯れ枝のごとく軽々振るひ猪を蹴散らして其の者らを屈服至らしめる。

 乙事主は犬神の余りの威光にいよいよ身を屈し頭を垂れてひれ伏しき。

 其はされば何者ありなりと乙事主問はば、

 犬神は己をしし神より血を分けられき果てより参りし八尾の聖獣に名を八房と名乗りき。

 かの者は真に天より降臨せし大神の化身なり。

 八頭八尾の八岐大蛇は人王八十代の帝と成り

 八歳の時に天叢雲剣を取り返しその御魂を美しき神犬へと帰りゆきき。

 神剣は真の主のがりと帰り心の底より喜び畏れ多く気高きその名をあはれがりき』

 

興奮しきっていた神官が書き記したものであるから、

全てを鵜呑みには出来ないが…これ程に神懸かった戦いが在ったと後世に伝わる。

 

この後、この神官は境内に白狼像を建てたり白狼伝説を語り広めたりと

すっかり白い犬神に魅了されてしまったという。

有る事無い事、伝え広まったのも大体彼のせいである。

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

「寝たか…」

 

「そのようだ」

 

傷だらけの乙事主が、

先の戦いで突き飛ばし重傷を与えた山犬を相手にゆったり話し込んでいる。

傷つけあったのが嘘のような雰囲気だ。

猪も山犬も暖かな日差しの林で体を休めていて、

八房は今、義兄弟の横でだらしなく寝こけている。

 

「…コイツは…ヤツフサと言ったか…何者だ。

 どう見ても只の山犬ではない。

 アレ程の力、我ら地上の神々を遥かに超えている。

 オレ達の傷もあっという間に癒してしまった」

 

「フフフ…オレの義兄弟は凄かろう。

 シシ神の森でもヤツフサに敵う者はいない」

 

「如何に傷つけようとも立ち所に自らを癒やし、

 砕けた剣をもみるみる直し、

 剣自らがヤツフサの元へと飛んでいったかのようだった…。

 口に携えれば大剣へと変容させ…八尾を逆立てる姿…。

 思い返すに見惚れる程の威容よ…!」

 

トボけた面でぐーすか寝るヤツフサを見ながら、

乙事主は豪快に笑った。

幸いなことに彼の群れに死者はいない。

いや、おそらくこのヤツフサがそういう風に加減してくれたのだろう。

 

(やれやれ…こんな強いヤツがいるとはなァ…俺もまだまだよ)

 

心地よい敗北感が乙事主の胸中にあった。

 

「……そういえばオマエ達…なぜ鎮西に来たかをまだ聞いていなかったな。

 良ければ理由を聞かせて貰いたい。

 この土地をオレから奪いに来たというなら、

 コヤツにならば喜んで差し出そう」

 

コヤツとはヤツフサのことだ。

乙事主の視線がそう語っている。

 

「……オレとヤツフサは……物見遊山だ」

 

ちょっとだけ間を置いて、どこか恥ずかしそうに山犬が答えた。

乙事主は耳を疑う。

 

「物見遊山!?

 ナラバ、なぜ我らと事を構えた!?」

 

義兄弟は目をそらす。

奇妙な沈黙が場を支配したが、何時までも黙ってるわけにもいかず

観念した山犬が正直に吐露しだす。

 

「……スマヌ。オレが喧嘩っ早いせいだ。

 売り言葉に買い言葉だ…」

 

これには流石の乙事主もあんぐりと口を空けて呆れたが、

 

「まぁ良く良く考えれば我ら猪も、ちとイケなかった。

 オレ達も最初から喧嘩腰であったしな…ここは喧嘩両成敗ということでドウダ」

 

出会った当初とは違い、すっかり理知的になった瞳でジッと山犬達を見た。

 

「ソレは助かる」

 

猪と山犬はニヤリと笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはよう!

もう夜じゃねーか!

誰か起こしてくれよ!

なんで起こしてくれなかったの義兄弟。

なにしてるの君。

なんで猪と和気あいあいと酒飲んでんの。

それ…その大皿になみなみ注がれた液体酒でしょ?

わかるよ!匂いでわかるの!

酒クセー。

デカイ狼と猪が同じ皿つっついて酒飲んでるよぉ…えぇ…ナニこの光景。

 

なに。

何があったの。

俺が寝てる間に何があったのさ!

 

さっきまでバトってたじゃん!

 

「おい義兄弟」

「おおヤツフサ!起きたか!この水ウマいぞ!

 おい乙事主!主役が起きたゾ!!」

 

あっ(察し)もう酔っ払ってる…。

 

「きおったな!まぁ呑め呑め!

 コレはな…人間達より捧げられた神酒よ!

 人間は気に食わんことをする事が多いがコレだけは格別だ!

 この時ばかりは人間も可愛いヤツらよ!ワッハッハ!」

 

ドスドス歩いてきたドスファンゴもダメみたいですね。

もうただの酔っ払いオヤジじゃない…。

 

「おいヤツフサ!聞いたぞ!ただの物見遊山で鎮西に来たらしいな!

 そのついでに我が一族にケンカを売った挙げ句、

 勝ってしまうとは気に入ったぞ!」

 

痛い。やめて。

その4本牙でバンバン俺の肩叩くのやめて。

折れそう。

 

「オレと真正面から組み合うあの勇姿!

 山犬にしとくにゃ惜しいヤツだ!

 ヤツフサ!オマエ我が一族にならんか!猪になれ!ワハハハ!」

 

だからやめて。

俺の肩の骨粉々になりそうなんだが。

今の俺、チベットスナギツネみたいな顔になってると思うわ。

 

「おいおい乙事主、我が一族の次代の長を持っていくナ!」

「そうか!長になるのか!そりゃそうじゃ!オマエなら当然よ!」

「「わははは!」」

 

誰かー!(堤真一)

ちょっとこの酔っ払い共どうにかしてよぉ!

義兄弟も乙事主も、とーぜん周りのモブ猪さん達もみんな酔ってるよぉ!

いいのかよコノ神話生物ども!

こんな醜態さらしていいのかよ!

もうオタンコナス達!

俺より先に出来上がられちゃうと寂しいじゃない!

 

「俺も酒飲むぞ!」

 

こういう疎外感を消すためには自分も酔っ払いになるのが一番!

 

「おお!呑め呑め!我が一族の奢りじゃ!たらふく呑めい!」

「山犬の誇りにかきぇて呑み負けるにゃよキョウダイ!」

 

俺も飲めって?かしこまり!

でもとりあえず義兄弟。オマエもう飲まないで?

ゲハゲハ笑ってお顔に締まり無くなってるし呂律怪しくなってるゾ。

だいたいさぁ…義兄弟なさけないぞ。

昔のお酒って弱いんでしょ?アルコール度数。俺は詳しいんだ。

大皿一杯くらいじゃ足りませんことよ?

こんなん水だよ水!これしきでそんな酔っ払うなよ義兄弟!(フラグ)

 

「フフン…もっとなみなみ注いでくれ乙事主!」

「よう言うたわ!おい、ナゴの守!もっとデカイ皿を持ってこい!」

 

群れのリーダーに言われて乙事主さんの次くらいにデカイなんとかカミさんが、

朱塗りの大皿を口に咥えてえっちらおっちらやって来た。

というか乙事主さん…

あなたのさっきの口調、まんま現代の酔っ払いオヤジ…。

 

…。

 

っていうか、デカァイ!!説明不要!

 

なにこの皿…ちょ、ちょっと大きすぎない?大きいよね。

 

おおぅ…とぷとぷとぷってスゴくいい音させながら注ぎよる…。

うまそう…。

この量、大丈夫かな?

大丈夫でしょ。

大丈夫だろ。

イケルイケル。

あぁ百年以上ぶりのお酒だぁー!

 

…。

 

……。

 

俺って人間だった時お酒は飲んでいたのだろうか。

忘れちゃった。

 

…。

 

じゃあ初お酒だぁー!

Foo!俺アルコール解禁!

 

お、ようやく注ぎ終わった。注ぎすぎじゃない?

でも乙事主さんの次にデカイなんとかカミさんおつかれ!ありがとナス!

じゃあいっちゃおうか。

 

「卍解~」

 

俺はグビグビグビっと大皿を器用に前足で持って

犬芸のチンチンのポーズで一気に呷ったのだった。

 

ングング。

 

ングングングング。

 

ゴクリ!プハー!

 

周りから、

イイゾイイゾ

ノメノメ!

ヤンヤヤンヤ!

プギィー!

モットノメ、キョウダイ!

こんな感じで囃し立てるケモノ共の声が聞こえてくる。

 

…。

 

……。

 

 

「……ンマァーイ!もっと飲むゾ!俺は!酒、酒、アォーン!」

 

いいゾ~これ。

酒というものは全て美味いのか、それとも乙事主印のこの酒が美味いのか!

 

「おお、いいなお主!やはりオマエとは気が合いそうダ!」

 

乙事主が目をランランと輝かせて嬉しそうだ。

不思議なことにそれから暫く、俺の記憶は消えてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、今ここはドコなの?

ねぇ乙事主さん。

 

「ここか。ここはな…桜島ダ」

 

Q.なぜ俺様ワンコはここにいるの?

 

「なんじゃ覚えとらんのか。まぁずっと酒かっ喰らってたからな、オマエは。

 毎晩毎晩あれだけ呑めば記憶も飛ぶというものダ。ハッハッハッ」

 

Q.どれぐらい俺の記憶は飛んでいましたか?

 

「んん?本当に何も覚えとらんのか?呆れたやつダ。

 だが剛毅でオレはそういうヤツは好きだがな!グワッハッハッ!」

 

Q.もう一度お聞きします。どれぐらい俺の記憶は飛んでいましたか?

 

「そうさな…あの日、我らが初めて会ってから半年くらいか」

 

Q.なぜ俺達は桜島に?

 

「一からオレが説明せにゃいかんのか。

 薄っすらとぐらいは覚えとるダロウ?」

 

Q.乙事主ちゃんの口から教えて下さい。

 

「オレの鎮西統一に協力してくれると息巻いて、

 オマエさんが率先して他の山の主を蹴散らしてたんじゃないか。

 で、ここは最後の山の主がいたとこじゃ。ほれ、あっちで伸びとるヤツがそうダ。

 いやぁさすがの強さだったのう。ヤツフサよ」

 

 

 

 

 

 

 

ああああああああああああ!

うっ。オェエエエエエエエエエエ(重度の二日酔い)

はぁ、はぁ、はぁ。

一体何故こんなことになってしまったんだ…。

オレは…オレは、ちょっと酒に感動して飲みすぎただけなんだ…。

 

まさか、半年も酔から醒めないとは思わなんだ!

酒ってこわい!

お酒の失敗談は本当にあったんだ!

もうオレは酒断ちする!

禁酒だ禁酒!

禁酒法施行するぞオラ!

半年も犬から理性を奪うたぁとんでもねぇ毒薬だ!

 

「お主ら山犬のお陰でオレの鎮西統一の夢もあっさり叶ったナァ!

 ほら、コレは礼だヤツフサよ!

 人間から贈られた極上の神酒ぞ!

 この樽全部、オマエにやろう!」

 

「お前は真の友だ!乙事主!」

 

禁酒は明日からやろう。(意志薄弱)

ナァニ、俺は普通の犬じゃない。

飲みすぎたってヘーキヘーキ。

九州って楽しいな!

お酒も美味いし乙事主も良いやつだし!

 

「山犬ども!

 物見遊山で鎮西まで来たのだ。どうせ急ぎの旅でもないのだろう?

 暫く鎮西でゆっくりしていけ!

 もはや鎮西はオレの領地だ。自分の庭だと思って好きなだけ滞在していけ。

 何なら、オレと義兄弟の盃でも交わさぬか、ヤツフサ!」

 

え?

いいんですかぁ?

さすが乙事主は太っ腹ダナぁ!

おい義兄弟!

しばらくココで遊んでいこうぜ!

 

「そうしよう!そうしよう!」

 

やったぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼくたちワンコ2匹がシシ神の森に帰ったのは、それから5年後のことでしたとさ。

 

「五年もの間、全く音沙汰なしで…!

 呆れた子達だ!まったく呆れた!!言葉も出ないよ!!」

 

その後めちゃくちゃ(おさ)に怒られた。

 

 

 

あと、長が新しい犬を生んでました。女の子だって。

えぇ!単独生殖!?分裂!?クローン!?

あっそうですか。旦那様がいらっしゃった。

ほぉー。

 

どこに!?

旦那様どこに存在したの!?

 

いたらしいよ。

何でも日の本中を旅してて定住しない山犬なんだって。へぇー。

久しぶりにその旦那狼が帰ってきてイチャイチャしてたら

妊娠して出産まで終わったそうな。

オレ達が九州で飲んだくれてたせいで色々なイベントを見逃してしまった!

なんだよー旦那さんにご挨拶したかったなぁ。

長の旦那ってこたぁ、オレの義理のパパみたいなものなのに!

 

あぁこれも全部酒のせいだ。

オレは酒は飲まないゾ!

シシ神に誓います。アーメン(異教徒)

義兄弟と一緒にえんやこらと持ち帰ったこの樽6つで最後にする。

ホントホント。

なに、その目。

疑ってんの?

よくないよ、そうやって犬のこと疑うの。

 

樽以外にもちゃんとお土産持ち帰ったんだから!

酒で頭一杯だったわけじゃない証拠だよコレは!

ね?

ほら、貝殻でしょ。

あとはオレ良く覚えてないんだけど、

でっかくなったり光ったり壊れても勝手に直ったりする海で拾った剣でしょ。

後、乙事主のヒゲでしょ。

あ、そうそう。

あとこの猪さん。

 

「誰だいコイツは!

 なんで鎮西から猪なんか連れてきた!」

 

「えー、ほら自己紹介するんだ」

 

「鎮西の乙事主の一族…ナゴの守ダ。

 ヤツフサ殿の強さに感銘を受ケ、

 マタ…我が一族の長、乙事主ガその友誼の証トシテ、

 ヤツフサ殿とシシ神の森をお守りスル手助けをスル為参った」

 

「そういうわけダ。なっ!義兄弟」

「そうそう。母者、このナゴの守は乙事主に次ぐ実力者デナ!」

 

 

 

 

あるるぇ?

長がなんかすっごく呆れ感だしてる。

ナニあの空気。

長の顔が前にオレがした顔そっくり!チベットスナギツネに!

そんな目でオレと義兄弟を見つめるなよ。

よせやい、照れるぜ。

 

「………もういいさ…はぁ。まぁ無事で戻ってきて良かった。

 土産は…ありがとう。受け取っておこう」

 

「ナゴの守も!?受け取ってくれる!?」

 

「…仕方ないだろう。来てしまったんだから。

 乙事主とやらの想いも無碍に出来ないしね。

 …隣山の森にはコレと言った主はいない。

 アンタ、そこにお行き…いいね」

 

長が言うと若いデカ猪はうんうんと頷く。

 

「ありがたい。乙事主の一族に恥じぬ働きをしてみせよう!」

 

喜び勇んでナゴちゃんは隣山に去っていくのだった。

いやぁ良かった良かった!めでてぇ。

 

はぁーチカレタ。

長旅だったなぁ。

よぉし、明日にでもシシ神にこの剣でも見せびらかしに行こうかな。

オレがいなくて寂しかっただろうし。

 

 

 

 

 

 

あっそういえば。

 

「長。オレの妹の名前は何だ?もう決めたカ?」

 

「モロだ」

 

ほーん。

モロね。良い名前なんじゃないかな?

画数とか大丈夫?

人間に聞いてきてやろうか?

まぁいっか。

もうすぐ日も暮れるし…寝よ。

 

はぁ~、この匂いに包まれて寝るのも久しぶりィ!

やっぱ心休まりますねぇ。

実家最高。

 

…。

 

……。

 

モロ?

 

なんか…すっごく聞いたことあるんだけど。

あれ…なんか……あっ出てこない。

喉につっかえてる!

ここまで出てんだけど。

 

く…。

 

やっぱ酒呑みすぎて脳みそがトロけた可能性が!?

思い出せない。

あぁモヤモヤする。

 

うーん。

 

うむむ…。

 

…。

 

……。

 

 

 

 

スヤァ…。

 

 

 

むにゃ…実家さいこー…。

 



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モロモロ姫にメロメロなの

約半年ぶりにこっそり投下…いやぁ時が経つのは早いですね


きゃっきゃっ、きゃっきゃっ!

待て~待て~。

 

「うわぅッ!あにさま、ノロマー!」

「ハハハ、言ったなこやつ!」

 

オレは今、天国にいる。

いやぁどう見ても天国だよ。

豊かな森…木々の枝々で笑うコダマ…。

良い匂いの苔。ポカポカお天道様。

美味しい天然水。

そして…。

 

「ほら、捕まえたぞ!」

「きゃうん!はなして!まだ わたし つかまってない!しっぽだけじゃダメ!」

 

白いもふもふの小さな子犬…。

おぉ我が妹。

少なくとも天使。

普通にみて女神。

過分に言えば…いやどれだけ讃えようが言い過ぎなんてことは有り得ないノダ。

 

1000シシ神(単位)くらいの価値がある。(断言)

 

おお我が妹…。

超可愛い。

あぁ我が妹…。

可愛いさは罪。

 

オレの前足に尻尾を抑えられ、抜け出そうとパタパタ暴れている。

 

「はなしてぇ!あにさま まだ鬼ごっこは おわってないからね!」

「仕方ない…。もう一回付き合うてやるガ、

 もうじき狩りの時間ダ。これを終えたら長の所に戻るぞ」(デレデレ顔)

「わんっ!ありがとう あにさま だいすき!」

 

あぁ…モロが俺の首にじゃれついてくる。

なんて柔らかい肉球なんだ…。

なんてふわふわなモフモフなんだ…。

なんて愛らしい瞳なんだ…。

尊い…。

 

「じゃあつぎの鬼ごっこ、いくからね…!あにさまがまた鬼!」

「何秒数えるのだ?10秒じゃ足りるまい」(デレデレ顔)

「わふ……じゃあ二十かぞえて!

 わたしのすがたが みえなくなってから かぞえてね!」

 

とてとて走っていく白いモフモフ。尊い。

ああああああああああ!可愛い!

まさに生きたぬいぐるみ!

人間だった時ネットで見た…

長沢なんとかの日本画の、牛の前にだらけて座ってる白子犬みたいな?

日本画の犬って可愛いよね…。

んはあぁっぁああ~~(溜息)俺の妹可愛すぎィ…。

 

はぁ~匂いを嗅ぎたい。

もうモロの諸々(モロモロ)をね!(審議中)

首筋!

腹!

脇の下!

太もも付け根のやっこいとこ!

尻尾の付け根!

耳の付け根!

もう全部だ!

全部に鼻をグリグリ押し付けたい。

鼻突っ込んで深呼吸する。(真顔)

 

「…じゅ~く、に~じゅ!よーし…追いかけるぞ、モロ!」

 

ぬっふっふ…。

わかる…わかるぞ…。

モロの匂いは十里(40km)離れていようと間違わずに嗅ぎ分けられる

このお兄ちゃんから逃げられると思うなよ。(変態)

(※東京からだと千葉市やや越えて、大阪からだと京都市やや手前まで)

 

とててててて、と前方を頑張って走るワンコ発見。

 

…。

 

……。

 

はぁぁぁ~。(クソデカ溜息)

あぁこのままモロの後をずっと追っかけていたい。

 

「わぅ?あっ!あにさま もうきた!?」

 

モロが俺の姿を見て更に頑張って速度をあげる。

短い足が必死に高速回転してる。

なんか走るたびにパタパタ足音してる。

 

ぱたぱたもふもふとてとてとてててててって走るんだよあの義妹。

 

…。

 

……。

 

もう…死んでもいい。

モロの為なら死ねる。

 

「わぅ!わぅ!どうだ あにさま!わたしは はやいだろ!」

 

うわぁ…本犬は超速いつもりなんだよアレ。

たまんねぇ。

可愛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああああああああああああ!可愛いいいいいいいいい!!

俺の理性と視野は限りなく狭くなりモロだけしか目に入らない!

 

待て~待て~!モロ待て~!

モロ目掛けて一直線だぁー。

わーい!(バカ犬化)

 

俺はモロとの手加減アリアリな鬼ごっこというのを忘れてモロ一直線で全速力で走る。

これもモロフェロモンがいけないんだよ。

 

わー!まてー!

 

まてまてー。

 

おっ、急カーブしたな!良い急カーブだ!

そんな制動かけれるなんて峠攻められるぞモロ!さすが俺のモロ!

 

でもすぐ追いついちゃうもんねー。

 

まてー。

 

「ゥガフッッ!!!?」

 

尻尾ふりふり走るモロの急カーブに追いつこうと俺まで急カーブした瞬間、

どっかの誰かと俺は頭ごっつんこしてしまった。

頭がクワーンとなって

振動が頭から耳、首、胸、前足、腹、後ろ足、ケツ、尻尾x8へとビリビリィ!

この激突現象、遠い昔に外国のアニメで見たことあるぞ…。

ネズミと猫が仲良くけんかするヤツだ…。

頭がものすごく痛い。

 

ちょっとドコの誰だ!

俺とモロのランデブーを邪魔するバカは!

というか大丈夫デスカ!

俺のガタイと石頭で激突したら結構な確率で相手は死ぬ!

 

「…?あにさま?だいじょうぶ?なにかあったの?」

 

結構な激突音がしたらしく、先行していたモロが戻ってきてくれた。

あぁ、モロ。俺を心配して戻ってきてくれたのかい。

モロ。おお、モロ。なんて兄思いの優しい子なんだ。

見て下さい、この子うちの妹なんです。美犬でしょ。

 

「ウム…ちょっとぶつかってしまった…相手は大丈―――」

「だれとぶつかったの?おっちょこちょいの あにさま!

 ……さるのおかおの しか?

 だいじょうぶか?いきてるのか?あにさまにふまれてるぞ おぬし。

 あにさま!しんでたら コイツたべていい?」

 

妹がぶっ倒れてる猿顔鹿をつんつんしてる。

 

…。

 

……。

 

………。

 

「――シ、シシ神…」

 

えぇ、はい。生と死を司る真の神が瞳孔開きっぱで倒れてます。

おでこにタンコブできてるよ?

頭蓋骨…無事…?

 

「え…ししがみって……ははうえがいってた…あのししがみさま?」

 

前足でシシ神の顔をぽふぽふしてたモロがピタリと止まる。

さすが長…ちゃんとモロにシシ神のことを教えていたか。

 

「ししがみさま しんじゃったの?」

 

すごく不安げな表情で俺に尋ねてくるモロほんと可愛い。

 

「シシ神は死なないよ。命そのものだから(キリッ」

 

なんだろう…今、こう言わねばという不思議な義務感に襲われたんだが。

何故だ。

なんか…遠い昔に……俺自身がコレ言おう!って決意した気がしないでもない。

なんの言葉だ、これ。

誰かのセリフか?

 

…。

 

うーん。

 

ま、いいか。(ケモノ脳)

 

 

 

 

 

 

…ん?

 

ヴわぁ!!

足元見たらシシ神がこっちガン見してるぅ!

コワイ!

 

うわぁ…なぜ見てるだけなんです?

…目が覚めたなら起きればいいのに…。

 

…。

 

……?

 

あっ、そうか。

俺が踏んでるんだ。

ごめん。

 

ほら…どいたぞ。

好きな場所に行き、好きに生きな!

 

…。

 

案外、普通に立ち上がるんだね。

神様ムーブしないの?

もっと花咲かせて自分を持ち上げるとか。

ふーん…。

 

しないのか…。(しょんぼり)

 

せっかく歩く度に足元から草生えてカッコいいのに…。

それを応用してさぁ…こう…ブワッとさ。

 

そんなことを考えていたら、

何かまたまたシシ神が俺のことをジーッと見ていた。

見すぎでしょさっきから。

なに?なんなの?案件なの?通報するぞコラ!

 

…。

 

だからその段々赤い目を大きくして瞳孔を横長にするのやめて!

やーめーてー。

コワイの!その目!

やめろっつってんだろ!

 

「……」

 

目を見開いたまま段々と顔を近づけてくるシシ神。

ファ!?

なぜ顔を近づける!

近い!近っ!なんだオマエ!そういう趣味か!

それとも実はオマエ雌か!?

でもごめんなさい!俺にはモロという心に決めた妹がいるんです!

年の差200歳なんて気にしないから俺!

うぉい近づくなァ!?

ヒィッ!(幸せなキス2秒前)

 

俺が本気でシシ神殺しを決意したその瞬間だ!

シシ神がふぅ~っと俺の顔にかほそ~~い息を吹きかけた。

 

…。

 

……。

 

「……ン?」

 

息、臭くない。息リフレッシュ。

 

じゃなくてだね……何なのキミは。

何がしたかったのかね。

まさか、息吹きかけて終わり?

シシ神が「あれ?」みたいな風に首をかしげている。

 

いや、オマエより俺が首かしげたいよ。

 

数秒間首かしげて、シシ神はそのままクルッと回って

俺に意外とプリティーなおケツを見せて向こうへと歩き出したのだった。

えっ。それで去っていくの?

フーってしたかっただけ?用は済んだの…?

ええ…(困惑)

 

一体何なんだコイツ…マジゴッド。

ゴッド過ぎて理解できな―――

 

 

 

――その時俺に電流走る。――

 

 

 

―っ!

あっ!分かった!

今、俺の命吸おうとしたろ!!

絶対そうだ!

今の一連の動きなんか覚えてるぞ!ずっと昔見た気がスル!

命吸う時のやつじゃん!絶対そうじゃん!

何、()のこといきなり殺そうとしてんだ!

そんなに俺のこと嫌いだったの!

この前九州土産の剣を見せびらかしてあげたのに!

とっておきの俺の宝物見せてあげたのに!

ひどい!

友達だと思ってたのに!

ちょっと、喉噛み千切ったことあって

頭突きかまして昏倒させたり

その後踏んづけてただけじゃない!(大罪)

 

「なんてやつだ!」(おまいう)

 

俺はグルルルと唸って走り去るシシ神を追いかけようとした――

が。

 

「あにさま!ししがみさまを いじめちゃだめだ!

 やまいぬのいちぞくは ししがみさまを まもるんでしょ!」

 

ヌッ。

クゥーン…。

ごもっともです。

 

「で、でもな…モロ、アイツ俺の命吸おうとシたんダ…多分…」

 

神様だからってやっていいことと悪いことあんよー。

 

「たぶん!?たぶんで ししがみさまをいじめるの!?

 それに さいしょに ぜんぽーふちゅういで

 ししがみさまに ぶつかったの あにさまでしょ!

 なら、あにさまが まず ししがみさまにあやまらないとだろ!」

 

……。

そのとおりだわん…。

ぐうの音もでないわん…。

うわ。

やだ、何この妹。

 

超優しくて筋通ってること言ってて頭良くてしっかり者。

そして可愛い。天使だ。

 

「わかった…じゃあシシ神に謝ってくる。

 その後、勝手に命吸うなって注意してくる。

 それならイイ?」

「うーん…それなら まぁ…」

「…ヨシ、ちょっと兄ちゃん行ってくるカラな。モロ、先に帰れるカ?」

「わたしは あにさまより しっかりものだからだいじょうぶ。

 いってきていいよ あにさま」

 

妹の許可でたぞ!(ナチュラルに超年下に主導権を握られる義兄)

 

いってらっしゃいと見送ってくれる

モロのプリティオーラを背に受けて俺は超ダッシュしたのだった。

待ってろよシシ神~。

ごめんって言った後ならオマエのことぶって良いって

モロ(プリティドッグエンジェル)から許可でたかんな~。

 

苔むす大地を全力ダッシュすること十数秒、

あっという間に背後のモロは見えなくなる。

そして代わりに前方に見えるは猿面鹿が。

 

「あっ、おい待てぃ(江戸っ子)」

 

走りつつ怒鳴った俺を、シシ神はチラ見して無視して去っていく。

今度は妹じゃなくてオマエと鬼ごっこか。

よぅし。

手加減なしだかんな!

 

…。

 

……。

 

速い…。

 

結構速く走れんだね…。

 

10秒で追いつけると思ったら追いつけない。

おでれーたなぁ!アイツあんな速かったんかァ!

すっごい軽やかに岩場もぴょんぴょんしてる…。

あんな元気なシシ神初めて見たなぁ。

 

あっ。

また俺のことチラ見してる。

ぬぬ…そしてまた例の薄ら笑い浮かべてるよ。

あれがデフォ表情なの?

神の余裕の現れなのか…?

なんにせよ俺を挑発してますねアレは。

くそー今に目に物見せるからなぁ。

見とけよ見とけよ~。

 

ぬお?そっち崖じゃね?

崖だった気がするゾ?

結構な高さの崖だった記憶あるけどシシ神さん飛びおりれんの?

あっ。

跳んだァ~!!

一片の迷いもなく跳んだよアイツ。

やりますねぇ!

これは山犬の一族として負けられませんよ~。

あんなトボけた顔した鹿と猿のキメラに負けてちゃ

シシ神を守る山犬は務まんねぇんだよ!

 

あ、そーれ、ピョーン。

 

ヒュー!高ぁーい!

風切る快感気持ちイィーーーー!Foo!

 

ン?

あ!下、水だ!

これじゃ水上歩行スキル持ってるシシ神はゆうゆうと歩いてってオレサマは沈む!

図られた!

あ~図られたよー。

まさかシシ神にそんな知恵があるなんて!

くそー。

シシ神との鬼ごっこに負けるのか俺は!

いやダメだ!

山犬の一族の誇りにかけて鬼ごっこに負けんぞ!(安いプライド)

そうだ!こういうのは気持ちの問題だ!

俺も着地出来る!水の上にストンって着地出来る!

シシ神に出来るんだからシシ神ブラッド吸収した俺もきっと出来る!

出来る出来る出来る!思い込め!出来るって思い込め!俺!

ぬおー!着水!

頼む!頼むぞ!

着水させてくれー!

池ポチャしたくなーい!

 

 

 

 

 

 

 

出来たよ…。(震え声)

まさか出来るとは…!

うわっ、面白い!俺水の上歩いてる!

すごいすごい!

わー楽しい。

シシ神みたいにスッスッスッ…って綺麗に歩けないけど、

パチャパチャパチャって歩けてる!

ヒョー!

わーい、楽しい!

ワはー!

水の上、跳ねられる!ぱしゃんぱしゃん!

 

これって水の上歩きたくないって念じればズブズブ沈むのかな?

やってみよガボボボボボ……ガボ。

 

…ガボ。

 

……ぶくぶくぶく…。

 

ぶほぁ!プハーぁ!?

 

ものの見事に沈みました。

チラッとでも沈もうって思ったら瞬時に溺れていきましたよ?

はぁーん…なるほどね。

わかったわかった。

りろんは理解した!

歩きたいって思ったら歩けるんだ。沈みたいって思ったら沈むんだ!

(理論にすらなっていない模様)

やればできる子じゃない俺!

ファーすごい不思議な感覚ぅ。

水の上歩くってなんか…こう………イイ!

スゴくイイ!

足の裏の表面がフワッ、すそそそ~ってなる感じ…

ああ^~たまらねえぜ。

わふぅークセになるなぁ。

ずっとこの池の上でパシャパシャ歩いてたいなぁ。

モロに味わわせてあげたい感覚だなぁ。

 

…。

 

パシャパシャ。

 

……。

 

パシャパシャパシャパシャ。

 

 

 

 

―2時間経過―

 

 

 

 

パシャパシャ。

 

…。

 

ハッ!?

 

あれ…お、おかしい。

何故だ…?太陽の位置が大分下がってる!?

もうすぐ夕方の時間帯なのでは…?

 

あっ。

シシ神いない。

 

…。

 

まさか…これはシシ神の策略なのでは…?(名推理)

俺に追われたシシ神は切羽詰まり崖下の泉に俺を誘導…

そして俺に水上歩行を与えそれを目眩ましに逃亡した…。

もちろん…俺が水上歩行に夢中になると見越した上での知能的犯行…。

ウム…。

一分のスキもない推理……。

俺の灰色の脳細胞も錆びついていないな。

 

…。

 

あ…やばい。

 

まだ義兄弟に狩り代わってって言ってないじゃない。

俺の当番のままだ…!

長に殺される。(震え声)

急いで帰らなきゃ!

 

ワンワン!帰るワン!

あっ。この泉のこの魚…モロのお土産にしよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギリギリ狩りの時間に間に合って怒られませんでした。(にこにこ笑顔)

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

私がモロを生んでからもうニ十年の月日が経つ。

あの子を生んだ時には既に齢五百近くになっていた。

この神の端くれたる我が身を持ってしても老境での妊娠と出産であったが

無事にあの子を産み落とすことができた…。

それが出来たのも、全てはシシ神の意志故だろう。

シシ神がモロの誕生を望んだからこそ、私は無事に娘を授かったのだろうと思う。

そして、モロを産み落とした今、シシ神が私に望むことは無くなった…。

だからこそ、老境にあっても依然、若く強かった私に急激な衰えが見え始めたに違いない。

シシ神が私に与え続けてくれた命を返す時が近いようだ…。

せめて、もう少しモロとヤツフサを導き…

あわよくば孫の顔を見て死にたいというのは欲深いだろうか。

 

ヤツフサは老いない。

私の胎で産み落とした息子達は、皆緩やかに老いて今は立派に大人の山犬だ。

あの子らは成長し尾も二本となり、体も大きく逞しくなった。

出会った時…子の時からヤツフサは大きく、皆一様の体躯となったが…、

だがヤツフサは多少成長はしたようだが、老いぬ。

或いは、出来るやもしれぬがそれはとても緩やかだ…。

少なくとも、私達とヤツフサが家族になってから…

あの子にこれといった肉体的な老化の跡は見受けられない。

ヤツフサの毛艶は若い山犬そのもの。

牙も爪も、磨いたように白く若々しいまま。

身から溢れる神々しさは我らの古き先祖を思い起こさせる程だ。

それに以前の旅話を思い返すに、ヤツフサは己の傷をたちまち治してしまうという…。

私もちょっとやそっとの傷では死なぬ不死身に近い体をしているが、

やはりあの子は特別だろうと思える。

 

我らもまた、ある種の神ではあるが

世代を経て歳月を重ねるごとに神威は失せ、

体は矮小に…そして叡智は忘れ去られて来ている。

だがヤツフサは、我らの血の記憶にある古代の神そのものだ。

あの子がシシ神に呼ばれ地上に降臨した理由とは…

或いは人の世に飲まれつつある世に

再び神の血を蘇らせようというシシ神の意志なのかもしれぬな…。

 

人間が急速に力をつけ知恵を伸ばし数を増やしつつある昨今…、

森と獣が人に飲み込まれ消えゆくは摂理かとも思うたが、

私とて出来るのなら森と獣達を守りたいと思う気持ちはある。

 

モロとヤツフサが森を救い…そして、叶うならば人さえも

森に生きる一員としての自覚を思いださせ導いてくれれば言うことは無いのだが。

……軽快な足音が石山の下から聞こえてくる…来たか。

 

「母様…参りました」

 

山犬一族が寝座に使う石窟に身を横たえる私へと差し込んでいた陽光が遮られる。

 

「モロ…呼び立てて済まなかったね」

「お体の具合はどうです」

「私も老いた。…………山犬一族は役目を終える時、老い衰える。

 私の母…お前の祖母もそうだった…。

 一族を導く役目も、もう終いにして休んでいいというシシ神の意志さ」

「何を馬鹿なことを……母様は弱気になっておられる」

 

私の言葉は自嘲などではなく満足から出たものだったが、

若い娘には衰え故の弱気と受け止められたらしい。

優しげな声色で、励まそうという意志ある言葉を投げかけてくれる優しい娘だ。

 

「モロ…お聞き」

 

私が声をやや低く発したことで、

娘はこれから話すことがとても大切なものなのだと理解したようだ。

居住まいを正し、目の前に座ると黙って真摯な視線を私へと向けてくる。

私とモロの視線がまっすぐに交差した。

 

「私が次にシシ神と会う時…恐らくシシ神は私の命を奪うだろう。

 私が死んだら、一族の長となるのはヤツフサだ。

 …だが、あの子は少々…なんというか抜けている所がある。お前が支えてやって欲しい。

 (つがい)として、な」

「わ、私が兄様のつがい!?

 じょ、冗談はよしていただきたい、母様!

 いえ、そ、それよりも母様の命をシシ神が奪うはずが…!」

 

注ぐ愛情に変わりはないが、少々馬鹿な息子らと違い

出来すぎるくらい良く出来た娘、モロ。

だがその賢狼たる愛娘も流石に狼狽が隠せないようだ。

矢継ぎ早にモロの疑問が口に出されているが、

特にその中の一節を聞いて私はとても安堵した。

ヤツフサの存在はモロの中でも特別な…

兄妹以上の存在として受け止めているらしいと、モロの言葉から感じられる。

 

「安心したぞ…どうやら…ヤツフサのことはちゃんとオスとして見ていてくれたか。

 (つがい)となるのに障害はなさそうだ」

「な、なぜそういう話になるのです。血はつながっていなくとも兄様は兄様です。

 今は母様の命が問題で――」

「そのようなことこそ大した話でもない。

 生まれればいつかは死ぬというだけだ。例外は真の神だけさ」

 

モロは黙って母である私の言葉を聞いている。

本当にこの娘は賢い。私が何を言いたいかを察しつつある。

 

「……………この地上で老いぬは、シシ神と……兄様だけ」

「その通り…。

 それはつまり…シシ神とヤツフサが

 この地上に残された最後の(うつつ)の神だということ。

 私達のような血の薄まった紛い物ではない、まことの神だ」

 

古、地上を闊歩していた原始の神々。我が祖先達。

それぞれがそれぞれの理由で姿を消していった。

 

「シシ神は番も持たぬし、ましてや子も()さぬ。

 その意志すら無いだろう。だがヤツフサは違う…あの子は意志ある神なのだ。

 言葉を持ち、心を持ち、地上の命に対して同じ目線から向き合ってくれる最後の神だ。

 モロ…お前の役目はヤツフサと交合い神の血を授かることだよ。

 薄れゆく神の血を取り戻し強き子を産んでおくれ。地上から神を絶やしてはならない。

 森とシシ神を守るんだ……それが、いつかは人の為にもなるだろう」

 

伝えるべきことは伝えた。

そう思うと更にドッと体から力が抜ける。

これは私自身安心したからでもあるが、やはりシシ神が私に望む役目を果たしたからだろう。

遠くから、今もシシ神は私を見ている。

シシ神の意思も、ヤツフサの血を地上に繁栄させることなのだろう。

その真意は今は分からぬが、そもそもあの子(ヤツフサ)が神の血を濃く持っていようがいまいが、

あのバカ息子は私の子だ。その繁栄を願わぬ理由はない。

 

「母様、今の言葉…このモロ、心に刻み込みます」

「いい子だ。さぁ、少し休ませてくれ…もうお行き」

「ですが、あ、兄様とつがいになるかどうかは、その…兄様の心次第で…」

「いいからお行き!締まらないね…ヤツフサのとこ行って色仕掛でも仕掛けといで!」

「い、色…!?くぅーん…そんな方法、お、教わっていません…」

 

私はため息をつきながら、

きゅーんきゅーんと情けなくしょぼくれつつ慌てるモロを洞窟から追い出した。

頼りになる末娘だと思ったがこっち方面ではまだまだ修練が足りないようだ。

何だかまだまだ安心して死ねそうにない。

…孫の顔まで見てからじゃないと安心して逝けないね。やれやれ。

シシ神よ…願わくば神祖の子を見守る為…もう少し私に時間をくれ…。

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

なんかまた百年ぐらい無駄に時間を過ごした気がするゾ。

もう今が何年か誰か分かるか?オレは分からない。

 

「おさ!オレは旅に出る!」

 

そんなオレはある日、長の洞窟に突撃してそう宣言するのだった!

 

「またかい…」

 

あっ、このBBA心底うんざりそうな顔してら!

 

「なんで旅に出たいんだい?」

「この剣ダ!この剣呪われてるのではないかってオレ、気付いたノダ」

「…あぁ、鎮西の旅で拾ったっていう錆びたゴミか」

「ゴミって言わないでクレ!たまにキラキラ光ってすごくピカピカなんだ!

 ほら見てくれよオサ…コイツをどう思う?」

 

尻尾の中に隠していた剣をてぃ!って投げ出すと

ガシャコーン!クワーンクワーンクワーンと派手な音を立てて石の床の上で跳ねた。

…。

ヨカッター、折れたかと思った!

 

…。

 

改めてジックリ見るとさ…

錆びまくってる。超汚い。

よく今ので折れなかったナァ…。

 

「汚いねぇ…。で?旅に出てこの呪われたゴミをどうするって?」

「汚いごもっとも!

 もとあった場所に返してくる…。

 この剣持ってるとたまに意識失ってオレはイキリトになっちゃうんだ。

 突然イキリトになるなんて、これはもう立派な呪いだ!

 オレはもうイキリトになりとうない!だからまた海に捨ててくる」

「イキリトってなんなんだい…まぁいい、今に始まったことじゃないしね。行っといで」

「何と言われようとオレは行くぜ、長!オレの決意はそれはもう固く強く――」

「行っといで」

「――例えモロに引き止められようとこの呪われた剣を捨てるまではオレはもう絶対絶対…、

 えっ?行っていいの?」

「ただし、条件があるよ」

「条件!守る守る!オレサマ守る!」

 

ベロを出しながら後ろ足でジャンプしつつ前足でちょうだいちょうだいするオレ。

凄いジャンプ力だろ!

 

「前回は、バカ息子二人旅にしてしまって私は本当に反省している。

 鎮西の乙事主にも迷惑をかけたし、

 おまけにシシ神の森にナゴの守まで持って帰ってきおってからに…」

「メイワクかけてない!むしろオレ鎮西制覇手伝った!」

「だまれ小僧!」

「っ!!…………………クゥ~ン」

 

なんか今の言葉すっごい聞いたことあるんだけど…。ちょっと感動しかけた。

でも長の迫力にオレの耳はヘナヘナになって俯いちゃうんだ…だって怖いんだもん…。

 

「だから、今回のお前の旅の伴はモロだ。モロを連れてお行き。

 そして万事良くモロの言うことを聞くんだよ」

「ええ!?マイスゥイートエンジェルと旅を!?できらぁ!!」

 

もう反射反応的に咄嗟に満面の笑みでオレは答えていた。

だって(天使)なんだぜ…?

モロと二人旅で外泊でにゃんにゃんなワンコ旅なんてこのBBA太っ腹だぜ。

 

「…?まい…すいーと……?………お前は…もう少しまともな言葉を喋りなさい?

 まったく…狩りや戦い方だけじゃなく、もう少し勉強させるべきだったな…。

 出会った当初は…ほんのもう少し今より頭が良かった気がするんだが…。

 モロ、来なさい」

「はい、母様」

「いいね?ヤツフサのこと、くれぐれも頼んだよ。

 それと…あっちの方も……()()()?」

 

何やらオサと妹が真剣な顔で話し合ってる。

 

「アッチって?」

 

おいおい、このお兄ちゃんを差し置いて妹と秘密の話し合いなんて水臭いよオサ!

お兄ちゃんも仲間にいーれーてー!

 

「アッチってなにオサ!オレにも聞かせてクレ!」

「……ヤツフサ、お前…裏の洞窟から干し肉をとっておいで。

 奮発してやるよ…何枚でも持ってお行き」

 

俺は脱兎の如く駆け出した。おにくにく!

一番脂のった良い干し肉とってこよ!わおん!モロと食べるんだ~。

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

バカ息子は元気よく走り去った。

年月を経る毎に神の血が薄まり、低下している森の神々の知恵と体躯だが、

ヤツフサは……ま、まぁ知恵は置いておいて神の血は間違いなく濃い。

濃い筈だ。濃くあってくれ。

いやいや、息子から聞いた鎮西での働きっぷりや

ヤツフサの若々しく逞しい様を見ても神祖そのものの獣なのは間違いない。

だから…、

 

「いいねモロ。しっかりおやり」

「で、でも母様…」

 

ええい!この娘はここに来て何を人間の生娘みたいに!…生娘か。

だが獣なら本能のままにオスを迎え入れれば………、

そうか、モロは頭が良いからな…バカ息子共とは違って恥じらいが強いのか。

うむ…まるで私の若い頃みたいじゃないか。花も恥らう乙女だね。ふふ。

 

「いいから!毎夜毎夜ヤツフサの首筋なり尻尾の付け根なりに鼻突っ込んで刺激しておやり!

 オスなんてこの時期は隙あらば盛り出すんだ…そういう季節だ。時勢はお前の味方だよモロ。

 私ももう齢なんだ…早いとこ済ませて孫の顔を見せとくれ。

 私とあの良人…お前の父さんだが…それはもう早かったよ?

 出会って三日目には番になってたというのに!

 全くお前達の色恋と来たら何時まで経っても進展しやしない!

 人間の田畑を耕してる牛と馬より遅いよ!百年以上義兄妹の仲のままじゃないか!

 あぁ、お前達が心配でおっ死ねやしない…

 だが、ある意味感謝しなきゃならないね…

 お前達のお陰で私はまだまだ生きる活力が湧いてきたからな…ふっはっはっは…!」

「…そ、その…普段は兄様が…あまりにもほんわかしてるせいで…

 こ、今回はぜ、全力を…つ、尽くし…その…」

 

モロが白く美しい毛並みで覆われた端正な頬を

薄っすら桜色に染めて(繰り返すが私の若い頃そっくりで美人だ)

ややしどろもどろで答えた。あぁ大丈夫かね…若い二匹で上手く交尾やれるかね。

ここ数か月はそういう知識をモロに与えているが…。

 

「いいね…オスのを受け止める時はこう尻を高く上げて――」

「わかってます!わかってますからもう言わなくて結構です!」

 

本当に大丈夫か…あぁ老婆心が湧き上がってくる。私も旅に付いていこうか…。

シシ神の森には、今はナゴの守もバカ息子達もいるし……、

いやいや、ここは若い二匹に任せるが吉か。だが任せた結果、百年以上進展なしという…。

 

「おーい!モロ、お待たせだ!見ろ!オサがどんな肉でも持ってってイイと言うからな!

 オレが厳選した脂たっぷりの干し肉をたっぷりと……この風呂敷に包んできたノダ!」

 

ヤツフサが騒がしく戻ってきた。

…相変わらずの色気より食い気かこのバカ息子は。だがいよいよだ。

私はチラリとモロを見ると、娘は緊張した面持ちで…相変わらずの薄っすら紅色の頬で

 

「わ、私の準備は出来ている、イこう兄様っ」

 

いつもの冷静顔を取り繕っている風で思い切り目は泳いでいる。

声も震えておるわ…。

母は誤魔化せんぞモロ。

 

「ゴミは持ったか兄様」

「ゴミじゃない!このキラキラの剣はオレの宝物で…」

「でも捨てに行くのだろう?」

「う……ち、違う…元あった場所に返すんダ…。だってイキリトの呪いがな?」

 

おお、何だかこの調子ならモロも意識し過ぎて失敗…とはなりそうもないな!

その調子だモロ…まずは落ち着いていくのだぞ。

 

「あぁそうだな、呪いだな…では、行こうぞ兄様。

 い、いいい行って参ります、母様っ」(吃りプラス1オクターブ上昇声)

 

…ダメかもしれないねぇ。(遠い目)

見てくれだけは本当に神話時代の絵巻物のように立派な

大きな大きな体と八つの雄々しき尾を靡かせた山犬と、

その隣に並ぶとかなり小さく見える美しい毛並みの一尾の山犬。

 

ヤツフサとモロが、私とその他のバカ息子達に見送られ出立する。

私は二匹の子の背中を見送って何時までも視線を外せなかった。

山の稜線の向こうに、その白い背中が消えるまでずっとずっと見守っていた。

 

「シシ神よ…どうか子宝をっっ!!」

 

その夜、私は久々にそんな祈祷をシシ神に送っていた。

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

「ここだここだ!モロ、この海底に剣落ちてたんだよ!」

「…そうか」

 

何故か我がプリティ妹・モロはここ数日すっごくガッカリした顔しているんだ。

見るからにショボーンという顔で、お兄ちゃんまで心が沈むよ!

どうした!

お兄ちゃんに相談してごらんよ!

 

「モロ?海、キライか?ずっと元気ないな。シシ神の森に帰りたいか?」

 

オレは鼻っ面でモロの背中を掻くように擦る。

さすさすしていると互いの温もりが伝わって安心するんだ。

お兄ちゃんPOWERをモロに注入してやる。そらそらそら!伝搬しろ~。

 

「…んっ、わふ、ぁ…や、やめ…やめろ!くすぐったいだろう兄様!」

 

天使はズサっと飛び退いて数歩バックしてしまった。

お兄ちゃんは振られた。

 

…。

 

……。

 

鬱だ。死のう。

あ、いや待てィ。死んだらモロともふもふできなくなるじゃないか。

死ねない。(断固とした決意)

 

「モロ…シシ神の森を出てからずっと変ダナ。元気がない。

 病気かもしれないし――」

「病ではないっ!心配は無用だ……ぬぅ…」

「ん?」

 

モロがじーっとオレを見ている。

可愛いぜ…。

 

「なんだ?」

「そ、その…」

 

うんうん言ってごらん。

 

「…」

「…」

 

「……」

「……」

 

「………」

「………」

 

ずーっと待ってるんだけど。モロが何も言ってくれない。

何でなの…お兄ちゃん、ひょっとして本格的に嫌われてるの?

モロ反抗期なの…?

うぅ…反抗期なんてこの世から消えてしまえ。

 

「…オレといるのが嫌なら…お前だけでシシ神の森帰ってイイんだぞ?」

「そうじゃない!その…こ、今晩……私と………、

 私と……こ、こ、こう…こう…」

 

「???」

「こう…こう、こうして!私とこうして海を見るのもわ、悪くないな…兄様!」

 

「おお!そうか!お前も海が気に入ったか!

 そうだよな…シシ神の森に海は無いものナァ…海は広くていいナァ!

 潮風の匂いが中々癖になるノダ……なんだか、お腹が減ってくる」

「それは兄様だけだろう」

「そうかもしれないな。ハハハハハ!」

「ふふふ!…ふ、ふ…ふぅ……あぁ私はこうも意気地のない…」(ボソッ

 

わぁーい、モロが笑ったぞ。妹の笑顔は実に久しぶり!

シシ神の森を出てから初笑顔じゃないですか?

やだ、お兄ちゃん嬉しい。

 

「そうだ!モロ、オレの背中に乗れ!」

「え、な、何故だ?」

 

キョトンしている妹がまじでラブリー。

 

「ふっふっふっ…モロは未だ知るまい…!

 このヤツフサ…シシ神の競争相手を務めている内にあやつの技を盗んだのよ!」

「シシ神の技…?」

 

いいからいいから乗ってマイエンジェル。

オレはモロの股下にぐいっと頭を潜らせてから持ち上げ、無理やりモロを背中へ押し上げた。

 

「っ!な、なにを!くぅん、わふぅ…そ、そこ…触るな…」

「おぉ、すまん!くすぐったかったか?

 しっかり掴まってろよ…兄の首は丈夫だから噛んでてイイゾ!振り落とされるナヨ」

「う、うむ…わかった」

 

あふん。

モロの(オレから見れば)小さいお口で首の皮噛まれるの気持ち良いぃ~。(恍惚)

ふへへ、おら!モロ驚け!

秘技!

お兄ちゃん水走り!

 

「そぉれ!わっハッハッハッハッ!」

「な、なんと!?あ、兄様が海の上を…!」

 

オレはぴょいんと荒い海面目掛けて崖の上から飛び降りると、

そのまま思い切り海の上を駆け出したのだー。すごいぞー。

モロが驚いてるぞー!くぁわいいぞー!

 

パシャパシャパシャ波の上に水飛沫を立たせて思い切り走る。

モロが背中にいるからか、オレのテンションは天井知らずだ。

そしてテンションあがれば身体能力だって限界突破だ。

これぞモロPOWER!

妹パワー!

わはははは!

 

「何という疾さだ!誠に兄様は神の獣よ!」

 

大きくなってからはクール系妹になっていたモロが

オレの背中でキャッキャ笑ってて超可愛い。

お兄ちゃんもっと速度上げたげちゃうっ!

もうこのまま大陸まで駆け抜けられるレベルっ!

うぉぉおおおおおお兄ちゃんパぅワーッ!MAX!

 

「わははははは!」

「はははは、兄様は三国一の山犬だ!すごいっ!!」

 

オレの走る両脇を波が逆巻いてなんかすごいソニックブームみたいな?

伝わった?すごいのよ、なんか。

波がしゅばーって!(語彙貧弱)

 

わおーん!オレはまるで海上戦闘機だ!マッハで行くぜ!

 

 

 

 

 

 

正直、調子に乗ってしまった感はある。

だから、その…先に謝っておこうと思うんだ。

 

「っ!?兄様!ま、前!人間の船団がいるぞ!!」

「なに?む…誠か!?誠だ!!!止まれん!!し、しっかり掴まってろモロ!!」

 

wwwwゴメンwwwwwオレ止まれなかったwwwwww

そして見事にオレは人間の船団に突っ込んでいき、

そしてボーリングのピンを吹き飛ばすボーリング玉の如くそりゃあ見事にすっぽぽぽ~んとね。

人間の船を轢き飛ばしては粉砕し、轢き飛ばしては粉砕し…。

これはもうゴメンナサイしても許してもらえないかもしれませんねぇ。

 

…。

 

というか人間の船多すぎない?

滅茶苦茶おおいよ?

なんか、鎮西の西っかわの海を埋め尽くす勢いだよ。

なぁにしてんだ人間は?

こんないっぱいの船でなにするんだ?

 

「○△XXX□○○ッ!?X○X□X○○△Xッッ!!!」

 

ん?今飛んでった人間の言葉何語?

 

「倭人じゃない!?兄様、この大船団は大陸の者共のだ!」

「そうか!どっちにしろマズイな…ハッハッハッハッ!!」

 

もう笑うしかないよね。こういう場合。

ヤケクソっていうの?ハハッ(乾いた笑い)

 

「フフッ!人間をこうも簡単に蹴散らし高らかに笑う…!

 まるで王者のよう…いや、大王者だ!」

 

おっ?モロちゃんに好評だよ。

よぉしお兄ちゃんもっと笑っちゃうよぉー^^

 

いやまて、現実逃避しまくってる場合じゃない気がするな。

というか本格的にまずくない?

人間の大船団の被害尋常じゃないことになりそうなんだけど(震え声)

オレにタックル食らって船が粉砕されてるし、

オレが巻き起こしてた海面ソニックブームで船が木端微塵だし、

オレが巻き起こしてた海面ソニックブームの波で船が吹っ飛んでるし、

オレの急ブレーキ津波で船が飲み込まれてるし、

 

…。

 

……。

 

………。

 

イキリトの呪いどころじゃねぇ!

わし、人間を大量虐殺してもうたぞ!?

おいぃ訴訟!訴訟されたら敗ける!

え?倫理観?

いや、オレ犬だし。ドッグだし。

顔知ってる人間は可愛いペットぐらいに思うけど知らない人間は…

あ、ちょっとやっぱり可哀想かも。

そういえばオレは昔人間だった気がするし。

 

だが、もはやこれは何もかも手遅れな気がする!

オレは逃げる!

モロもいるしね!?妹にこんな凄惨な事故現場見せる訳にはいかない!(手遅れ)

うわー!止まれ止まれ止まってちょうだい!

おっそうだ(名案)

 

捨てようと思ってたピカピカ剣~(ドラ○もん)

 

オレは尻尾の中からあの剣を取り出して

それを何とアンカー代わりに海中へ投げ込む作戦を閃いたのだ。

今はゴミのように錆びていても…そこは腐っても鉄剣。錨代わりになるでしょう。

いやーオレってクレバーだなぁ。

 

てぃ!!アンカー元気いっぱいに投入っ!!

 

おわー!?勢いよく投げ入れ過ぎた!?

水柱ーーーーアッー!?

オレ打ち上げられるぅー!Foo↑気持ち良いー!

ワンちゃんロケットだゾ!

 

「うぉおおおおっ!モロぉ!?しっかり掴まってろよ!!」

 

「な、何をしたんだ兄様!!何故私達が飛んでいる!?これも兄様の神通力かっ!?」

 

前足と後ろ足、全てのお手手とあんよでお兄ちゃんにハッシと掴まってくる妹

すごくもふもふでやっこくて温かくてかわいい。尊い。

 

「ぬわー!?着水…じゃなくて着地するぞモロ!人間のでかい船が足元にぃ!!」

 

あっ、オレが着地する前にオレと一緒に落ちてきた水の塊が…。

でかい船を爆砕してしまった……ひぇ…ご、ごめん人間…。

 

…。

 

……。

 

………。

 

むっ(閃き)

 

水柱に打ち上げられたお陰でようやく止まることが出来たオレは、

ぷかぷか浮かぶ大量の木片やら、

その他のxxxっぽい大量のxxxに囲まれながら海の上にデデンと堂々と立つ。

もう責任転嫁するしかない。

そう。この惨劇は全てオレの意思ではないと人間たちに言い訳するんだ。

いや、言い訳じゃない。弁明するんだ。そうそう、正当な理由を説明するんだ。

 

全身の総毛を逆立たせて、

八本の尻尾も(無駄に)広げて(無駄に)立派に見えるようにしてっと…。

そしてオレは尻尾に巻き付けている剣を高々と掲げてこう言ってやったのだよ。

 

「貴様たちを裁いたは我に非ず…全てはこの剣の意思よ…」

 

ソウナンダ!全部この剣ってやつが悪いんだ!

ボクの意思ジャナイんだよー。これはイキリトの呪いでしてね?

たまにオレ、剣に意識乗っ取られるんだよー、つれぇわー、やっぱつれぇわー。

オレは永遠の厨二病患者なんだよー、許してくれよー人間たちー!

 

おっ?辛うじて残ってる船の人とか、遠くの岸にいる人間たちが騒いでいる。

皆、この剣見てるかな?見てるっぽいかな?

よし、全部剣が悪いってよく見せてもっとアピールだ。

ね?全部この剣の仕業でしょう?

 

…。

 

……。

 

じゃ、そういうことで…。

もう行っていいよね?

ぷかぷか浮いてる人間は食べないから、溺れ死ぬ前に回収してあげたほうがいいよ?

魚の餌になっちゃうからね(精一杯の優しい助言)

 

じゃあオレは逃げるぜ!

サラバダー人間!ちょっとだけゴメンね!!

お詫びにシシ神の近所の集落にオレの抜け落ちた冬毛送っとくから!

オレの毛で布団作ったら気持ち良いから!

許して!

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

その日、鎌倉幕府は日の本開闢以来の未曾有の侵攻を迎え撃つことになっていた。

九州武士を総動員し、錚々たる武家を肥前に結集し、

土塁防壁で九州の大陸玄関口を固めて、

海洋を渡って現れるであろう敵達の大侵攻を瀬戸際で食い止めるのだ。

相手はユーラシア大陸を今も尚飲み込み続ける大モンゴル帝国。

大モンゴル第5代ハーンにして元王朝初代皇帝フビライの命を受けて押し寄せるは

存分に誇大して兵員10万、軍船1000艘の大船団。

この時代、空前絶後の大兵力だった。

数年前の一度目の侵攻失敗を受けて、フビライは雪辱に燃えていた。

日本に対して豊かな国土だとか人的資源だとかを求めての侵攻ではない。

事前の調査で山多く野は少なく、人は獰猛で孝行を知らぬとは既知であった。

ただただ森羅万象を手に入れたいと願う大帝国の主君の業であった。

だが、純然たる支配欲の侵攻故に、「勝っても得るものは少なく、負ければ失うものが多い」

と古臣が諌めても効果は無くもはや誰にもフビライを止めることは出来なかった。

 

そして日の本側も、大帝国の侵略に怯えるだとか恐怖するだとかとは無縁だった。

血気盛んな荒くれ者が集まる鎌倉武士は、

日本を傘下に収めんという意思がありありと見えるモンゴル帝国からの書状を

検討の余地も無く握りつぶして使者も切って捨てた。

冷酷なまでの捨て駒戦法によってモンゴル側の戦略も戦力も見抜き、

「鴨が葱を背負って来る」とばかりに戦を楽しみにしていた。

 

肥後国御家人・竹崎季長はこの戦に正しく命を賭けていた。

同族菊池氏内での権力争いに敗れた竹崎氏は

雀の涙の所領しか持たぬ無足の御家人だった。

先だって行われた防衛戦での恩賞で海東郷の地頭にまで出世したが、

だからこそ弘安の今に押し寄せてきた二度目の蒙古襲来を待ち望んでいた。

更なる出世の機会だ。

 

「待ち遠しかのぉ…()()()()()()めの素っ首をまた叩き落としてやりたか…」

 

彼の上司・安達盛宗に進言して先駆け急襲でも仕掛けてやろうか。

季長がそんな事を考えながら、

息巻きつつどんどんと迫りくる海上の大船団を睨みつけていた時、それは起こった。

 

「あっ!?」

 

安達盛宗も思わず素っ頓狂な声をあげ床几から立ち上がり、

遠目に立ち上がる異常なものを目撃していた。

 

「す、水龍じゃ…!水神様じゃ!!!」

 

白い光の矢が海上を真っ直ぐに横切り徐々に押し寄せる蒙古軍へと突き刺さったかと思うと、

たちまちに静かな海が荒れ狂い…しかも海面から天へと昇っていくかのように

怒涛の如くの津波が立ち昇った。

 

「あぁ!儂の手柄首が…」

 

竹崎季長は一瞬そう叫んで落胆したが、直ぐに余りの常識外れの光景に息を呑む。

海がうねった。

蒙古の大軍団を次々に消し去るかのように粉砕していく海から沸き立つ竜巻。

海底から腕を伸ばし掴み沈むかのような大津波。

海の神(わたつみ)が猛り狂っている。

そうとしか思えない異常現象が鎌倉武士達の視界いっぱいで繰り広げられていた。

 

「おおおっ!わたつみの怒りじゃぞ!これはえれぇことになった!!」

「信じられん、信じられんっ!!なんじゃありゃ…!海が天に昇って…!!」

「……っ、ま、まこと神仏の為せる御業じゃ…!」

 

血と死に慣れよ、生首を絶やすことなかれと幼少より生きる武士達ですら戦慄してしまう光景。

その大水柱と大津波が荒れ狂う様は、

長門の西端、壱岐島、鷹島、博多らの武士団にも目撃されたという。

そして何より、

 

「あぁ!!見ろっ!!なんじゃあれは!!」

「犬ぅ!?ま、真白い…とんでもなくでけぇ犬が…!!」

「お、おら知ってるで…地元の神社に祀られとる!ありゃ、八尾の妖犬…いや神犬じゃ!!」

「あぁ、間違いねぇ…!見ろっ!!八尾のオオカミの尾の先を!!

 光った剣が……!!」

「じゃ、じゃああれが伝説の……草薙の剣…!!

 八岐の大蛇の化身…安徳天皇の転生…八尾のオオカミ……伝説は本当だったんじゃ!!」

「日の本を…守ってくださっているんだ!!」

「おらぁ手柄首なんざいらん!!あぁ信じらねぇ!おっかぁ!神様を見ただ!!」

「お、おい聞いたか!今の、今の声はオオカミ様のものじゃねぇか!?」

「あぁ聞いた、おらも聞いた!!草薙の剣の意思で、わしらを守って戦ってくださると!!」

「オオカミ様じゃ…!日の本の守り神じゃ!!」

「蒙古を全部、水龍を操って食っちまった!ははは!」

「あの水龍…あれはきっと八岐の大蛇じゃぞ、おい!!すげぇの見ちまった!

 おら達、本当にまだ生きとるのか!?もうあの世にいんじゃねぇのか!?」

「ひ、ひぃぃ、とんでもねぇ!あんなの見たら目が潰れる!!」

 

拝み倒す者。

恐れ入る者。

ただただ唖然と突っ立つ者。

血と闘争に明け暮れたモノノフ達も、ただただその異様を畏怖するしかなかった。

 

後に、竹崎季長が描かせた絵巻として後世に伝わる

『蒙古襲来絵詞~草薙の神犬降臨八水龍暴れ図~』は御物として宮内庁が保管し、

また歴史の授業では元寇とセットで必ず神犬降臨は習うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軍団壊滅。その凶報を受け取ったフビライは最初、伝令を殺す勢いで怒り狂ったが、

敗戦の報の詳細を知るにつれて天を仰ぎ嘆息したという。

モンゴルの者は狼を霊的な、一種の神として信仰している。

その精霊たる狼(トーテム)に己の野望を完全に砕かれたのだ。

最初はこの大ハーンの意思に逆らうモノなどこの世にはないと激昂し、

また蒙古人の祖たる狼が草原の勇者である自分の野望を阻止する筈がないと確信していた。

しかし命からがら逃げ帰った部下らは口を揃えてこう言うのだ。

 

「眩いばかりに光り輝く白い巨狼が、八つの尾を怒らせて、

 巨大な水の悪霊を従えて船団を瞬く間に飲み込んだ」

「あれは草原に伝わる蒼き狼だ。蒼き狼が我らを裁いた」

「蒼き狼が怒っておられる」

 

敗戦の責を逃れようという苦し紛れの言い訳だ。

そんなわけがないとフビライはそれでも思っていた。

だが、勇者揃いの己の部下…

モンゴル部族の戦士達までがそう言って、いつまでも怯えているのを見て初めて信念が揺らいだ。

ようやく命を保って逃げ帰ってきた彼らは、海の藻屑に消えた南宋や高麗の弱兵ではない。

生粋の草原の勇者達なのだ。

 

「我が野望は…間違っているというのか、蒼き狼よ…」

 

老いた大ハーンは、ガックリと肩を落としてその日は早々に寝所へ籠もってしまったと伝わる。

大量の船員と船そのものを失った元王朝は、その後二度と海を越えることはなく、

そして方方への領土拡大戦争もキッパリと止めてしまったという。

彼の覇道はその時終わってしまったようだった。

 



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モロ・イズ・モースト・ビューティフル・ドッグ byヤツフサ

「ヤツフサぁーー!!」

 

「おお…懐かしいな乙事主――って!ごわーー!?」

 

「本当にヤツフサか!久しぶりだなァ…!百年超えてもオレに会いに来ぬとは薄情な奴め!

 もっと頻繁に鎮西に来い。お前の好きな酒もいつも用意しているのだぞ?」

 

出合い頭に乙事主が大好きタックルという名の殺犬ぶちかましをオレに直撃させて、

オレは全身イタイイタイなのであった。

いきなり過ぎて避けれなかったの。

 

「お、おごご…乙事主…もう少し…手加減覚トカ…ッ!

 オマエ手加減ってことばシッテルカ!?」

 

肺から全部空気抜けてカヒューカヒューしながら睨みつけてやるが、

 

「わははははは!すまぬすまぬ!許せ、なにせ猪突猛進はイノシシの誇りなのだ。

 だがお前ならオレの一撃にも耐えられるだろう?

 いやぁオレと同等の戦士が地上にいるとは嬉しいではないか…。

 どうだ?久々に一戦やるか?」

 

全然悪いと思ってないよこのイノシシ!

4本牙をぶんぶん振り回さないで!こわい!

しかも超ひさしぶりの再開を祝して久々に一戦ってなんなの?

お前は語り合うかわりに拳を交えたいバトル脳の戦闘民族なの?

このバトル脳豚!

せっかく西の方に来たから乙事主のとこ寄ってこーって思ったらこの様だよ。

 

「貴様…旧友だかなんだか知らぬがよくも兄様に…」

 

ほらモロちゃんも怒ってるよ。

(マイスゥイートラブリーエンジェル)を怒らせるとは…乙事主、愚かなやつ!

というかモロちゃんが怒るくらい傍から見たらヤバイタックルだったんだって。

あっ、ヤバイやつだ…ってオレも思ったもん。

普通に会話してると見せかけているけど、

オレ、まだ痛すぎて苦しすぎてペタンと座ってるからね?

今立ち上がったら足プルプルの醜態晒すよ?

 

「んん?ヤツフサよ、なんだこの犬っころは。前に来たお前の兄弟ではないな?」

「我が名はモロ。ヤツフサの………妹だ」

 

え?なに今の間は。

モロちゃん?

ひょっとしてオレの妹って名乗るのが嫌だったの?

うそ…お兄ちゃん、嫌われすぎ?

 

「ほぉ…モロか。よう来たな。ふぅむ」

 

てめぇこらイノシシ。

人の妹をジロジロ見るんじゃないやぃ!

うぷっ、さっきのタックルが胃に来てる…。

だめだ、吐くんじゃない…モロに無様晒すわけにはいかん…。

 

「こいつは驚いたな…大層美しい……」

 

むむっ?

 

「モロよ…お主、齢はいくつだ?」

「答える義理はあるまい」

「ほほぉ、気が強いな。このオレを前にして些かも鼻白むことがない。

 さすがはヤツフサの妹だ。素晴らしい…」

 

むむむ?

 

「どうだ、我が妻にならんか?

 鎮西のイノシシ一族と山陰・山陽の山犬一族がこの婚姻で血族となれば――」

 

むぁーーー!?

 

「やめい、乙事主!何を勝手に言っている…オレの妹に言い寄るな」

 

跳ねるように立ち上がってズザザっと両者の間に割って入るボク。

痛がってるばあいじゃないゾ、これは!

ブロックブロックっ!させねーぞイノシシ!

 

「なんじゃいヤツフサ。

 お前の妹とオレが結ばれればオレは晴れてお前の義弟ということになるのだぞ?

 めでたいではないか!なぜ邪魔をする」

 

お兄ちゃんは許しませんことよ…。

出会って3秒即合体なんて!

 

「オマエラは出会ったばかりだろう。おたがいをよく知りもせず夫婦になってもフコーを生ム」

「そんなものは交合ってからでも幾らでも間に合うだろうが。

 番になった後に互いを理解すれば良い!

 なっ、ヤツフサ!認めろ!そうすればお前とも真の義兄弟になれる!

 この乙事主を弟にできるぞ!いやぁ良いなぁ…義兄上!うむ!」

「あにうえと呼ぶなァ!!?お前みたいにデカくてムサい弟がいてタマルカ!」

「むぅ…?だがオレ以上のオノコはそうはおらんぞ。

 お前の妹とていつかは夫を迎えるのだから、オレでいいではないか。

 何処の馬の骨とも知れぬ獣に言い寄られるよりはオマエも気が楽だろう」

 

う。

うぅ…モロが…いつかはオレを置いて結婚を?

うぅ、そりゃそうだ…妹はいつか結婚してお兄ちゃんより旦那ラブになるんだ…。

はぐっ!

心臓が痛い。痛くなってきた。

あぁ、想像しただけでオレ死ねちゃう。

厳しい顔で乙事主とモロの間に立っていたオレだが、

だんだん耳がしょんぼり垂れてきてしまう…。うぅ…。

所詮、兄には妹の恋路を邪魔する権利はないのか…。

 

…。

 

……。

 

あへあへ(正気度低下)

 

「…まったく!男どもは勝手に話をすすめる!

 当事者を差し置いて私の婚姻云々を話し合うな……」

 

オレの背後から声までもプリティな妹のエンジェルボイスが聞こえてくる。

オレは正気を取り戻した!さすがだぜモロ。

 

…。

 

最近はモロの声質がちょっと低くなってきて威厳が滲み出てるというか…。

どことなくオサそっくりの声になってきたなぁ。

そのハスキーボイスもセクシーで可愛いぜ、モロ。あぁモロ、かわいい!

 

「乙事主よ、鎮西の総大将から言い寄られるのは悪い気はせぬが…、

 生憎と私は貴様と恋仲になる気はない。

 だいたい、山犬はイノシシを喰うのだ。

 我らが夫婦になれば、

 腹を空かせた私がいつかオマエを喰ってしまうぞ…はははは!」

「ふん!抜かしたな、小娘。オレを喰うだと!?

 まったく……本当に気の強い女だ!尚更気に入った!」

 

なにぃ!?

ハッキリとお祈りメールを送られたくせにまだお付き合いを諦めないのか!

ゲェー!化物かコイツ!

(※全員化物です)

図体から見て取れるタフさは心まで及んでいるのかー!?

こういうちょっとくらい鈍くて強引な男のほうがモテるって昔偉い人が言ってた!

はわわ…。

まずいぞ…!

それになんか……乙事主とモロはほっとくといろんなフラグ作りそうでこわい!

オレの遠い記憶というかゴーストというか、何かが囁いている!

おつきあい反対反対!はんた~い!だんこはんた~い!

お兄ちゃんみとめませんことよ!

 

「もう止めたほうがいいのではないか乙事主(震え声)」

「ふふっ!心配は無用ぞヤツフサ。いつかオマエを義兄と呼びたいものだ。

 だが、今日のところは引き下がろうヤツフサの妹よ。

 お?どうやら宴の準備も整うたようだな…ま、飲んでいけ!ヤツフサ!」

 

いつぞやのように大きなイノシシ達がこれまた大きな盃をズリズリと口に咥えて持ってきた。

何気に懐かしい面々だ。覚えてるゾ!

他にも見るからに美味しそうな肉も持ってきてくれている。

おお、乙事主……オマエ…イノシシなのに…

イノシシは雑食だけど主食は木の実とか草とか小さなネズミとかなのに…

こんなデカイ肉をわんさと用意してくれたなんてイノシシの流儀に反するのでは?

やっぱいいヤツだなぁキミ。(単細胞)

…。

ハッ!

いかんいかん…肉を釣りエサに使うとはやるな乙事主…ただの脳筋ではない!

だがだまされんぞ!

…。

…でも、まぁ…礼儀として?

出されたものは食べないと失礼だし?

まっ、多少はね?

 

ぱくり。

 

「っ!おお、コレだコレだ!この酒!ワォーーーンうまいッ!

 肉もウマいゾ!乙事主オマエいいやつ!」(食欲に敗ける駄犬)

「フハハハっ、気にするな。これらはな…オマエのお陰でもあるのだから」

「???なんで?」

「聞いたぞ、お主…海で大暴れしたそうだな?」

「…犬違いデス」

 

ばかな。

意図せずして人間エリミネートしてしまった、

早くもオレの黒歴史認定2号の認定を受けたアレがもう知れ渡っているなんて。

(黒歴史1号は乙事主一族とのイキリトバトル)

 

「いやいや、オマエに相違ない。

 地元の人間共がかつてのオレとオマエの鎮西制覇の伝説を、

 この前の渡来人撃退で大いに思い出したらしくてなァ…

 いつもよりも供え物が山となっていたのだ。

 八尾の神犬と四本牙の大猪といえばこの鎮西の人間では誰もが知る伝説となっていた。

 それを人間共は改めて思い返し、そして思い知ったのであろう!

 わっはっはっはっ!さすがだな、義兄弟!」

 

大笑いしながら乙事主がデカイ牙でオレの肩をばんばん叩いてくる。

懐かしいけど、それ黒歴史なの。ノスタルジーかんじないの。

しかもオレそのときずっと酔っ払ってたから記憶がおぼろげなの。

あと叩くのやめて。いたい。

肩が砕ける。肩に爆弾抱えちゃう。

 

「今回の渡来人の襲来はオレも噂で聞いていたからな…。

 大陸の馬賊共は木々を切り山野を焼き、野原にするを好むと聞いていたからなァ。

 此度の戦は我が一族も大和の人間の味方をしようかとも思っていた所に、

 オマエの大暴れを聞いたのだ。全く口惜しいことをしたぞ!

 何故オレにも声を掛けなかった!

 オレもオマエと大暴れをしたかった!!」

 

ぐわっはっはっはと笑いながら酒を樽ごと砕いてガバガバ飲んでる乙事主さん。

あらやだ豪快。男っぷりがイイじゃない!

…。

うん?

あっ。

モロが見ている!?

ま、まずい!

男のオレが見ても惚れ惚れする飲みっぷりに

モロの純で初心な乙女心がノックアウトされてしまうのでは!?

 

「おい、そこのイノシシ!もっと酒樽をもってコイ!」

「プギィー!」

 

元気よく返事してくれたイノシシがずりずり酒樽を引きずってくる。ありがとう豚!

負けねぇーゾっ乙事主!オレのほうが酒好きだもんね!

オレは負けじと酒樽をまるごと咥えて――

っ!!

あガガッ!顎外れそう!!

ぐぇーーー、外れる……外れない!かっこいいお兄ちゃんは顎はずれない!

砕く!噛み砕く!!

オラァ!樽の木片ごと飲んじゃるぞ!!

どうだモロちゃん!お兄ちゃんの豪快っぷり!!

 

「……はぁ~」

 

見ろ見ろぉ!モロちゃんが熱いため息をつくぐらいオレに見惚れているゾ!!(歓喜)

あぁモロがずーっとオレを見ているよ!

ほら、見ろよ見ろよ。

お兄ちゃんガンガン飲むからなァ~!

 

…。

 

……。

 

………。

 

 

―5時間後―

 

 

「うおぇっぷ!」

「ほら、兄様……しっかりしろ」

 

オレは今、両前足をスーパーマンのように投げ出し、

両後ろ足をウルトラマンのように投げ出し、

顎も地べたにピッタリくっつけてペタンコになって寝ていた。グロッキーだった。

 

「クゥ~ン…モロぉ…兄はダメな奴だ…酒に敗けてしまったァ…オェ」

「過ぎた酒は毒だ。…私が生まれる前の鎮西への旅で学んだのではなかったか、兄様」

 

前足で背中をさすってくれるモロ。本当に天使か。

 

「はぁ~~、モロはかぁいいなァ…」

「な、何を言う」

「…正直な所どうなんら?乙事主みたいな豪快な男がやっぴゃりいいのら?」

 

いかん。ろれつが回らない!

か、かっこよく頼れる兄の威厳が!

 

「…いや、私はもっと……ほんわかした男の方が…よ、良いと思う」

「ふぅーむ…ほんわかかァ~…じゃあこの兄とはまぎゃくだにゃ…。

 うぅ…なにせ…兄は乙事主にも張り合える大酒飲みの豪傑だきゃらナ…うぷ」

「……張り合っていたのか、やはり」

「張り合ってない!張り合ってナイぞ!なぜこのやつふしゃがおっきょとぬしと張り合うのら!

 モロの目線を独り占めされては敵わんと思って張り合ってなどおりゃん!」

 

うぃー…。

まだ酒が脳みそを巡っている。気持ち悪いが、脳みそはポカポカだ。

だが酔っているわけではない。脳みそが温かいだけだ。…ヒック。

 

「…ふ、ふぅん……そうかっ」

 

ぬ?モロめ…頬を染めて笑うとは!

乙事主のことを思い返してるのか!?

 

「うぅ…モロぉ~」

「はいはい…なんだ兄様」

「ゆるさんぞーおっきょとぬしと結婚はゆるさぬぞー」

「ほー、そうか…では……あ、兄様は……このモロに釣り合うオノコは誰と思う?」

「それはもちろんこのやつふしゃよ!

 オレのよめになりぇ!なってくらさい!」(ワンコスタイル土下座)

「そ、そうか…!うむ……そ、そう思うのだな…

 ま、まぁ兄様が…そこまで言うなら、このモロもやぶさかでない。

 確かに山犬一族で血縁ではない優れたオノコは兄様くらいだしなっ!

 し、ししし、仕方あるまいな!

 まぁ酒が入っていてそう言われるのは些か腹立たしくもあるが…!

 酔いが抜けてからまた改めて言ってもらうとして、だ!

 酒席の座興ではすまされぬからな!?いいな兄様!」

「おう!もちろんよォッ!このやつふしゃはモリョと結婚スルぞ!」

「よ、よし!では……酔っている時の口約束だけでは心許ない…。

 こ、このまま…その…夫婦の契りを結んで…だな」

「おぅ!まきゃせろ!兄のえろぱわーをおもいしらせてくれる!」

「うんうん…よ、よく分からぬが、では…あ、あちらの茂みに行こう兄様!」

「おぅ!よし、いきょう!きょうからオレとモリョはめおとでゃー……zzzz」

「起きろ!!」(迫真)

 

ぐわぁ!?なんだ!?モロがいきなりオレに噛み付いてきた!?

え?なんで?あれ?オレ一瞬寝てたな。

というか意識が途切れ途切れで…、あっ、ヤバイ…まだ世界は回っている。

んん?なんかモロが…言っている…。

くぁいい妹の声も何だか遠い…。

あぁ世界が遠いの。

回っているし。

世界はとおくてまわっているんだ!てんどうせつだ!

 

「で…なんだっけ?」

「あちらの茂みに行くのだったな?兄様」

「………しょうだっけ?……そうだったナ。そうだそうだ、行こう」

「うむ、行こう!」

 

オレはフラフラした超千鳥足であちゃらの暗ぁーい鬱蒼とした茂みへ向かっていく。

…?なんであんなとこいくの?

 

「なぁモロ?あんにゃとこで何すりゅんだっけ?」

「………い、行けば分かる。さぁ行こうっ!私が連れてってやる…!ほら行くぞっ」

 

うわー、妹に首根っこ噛まれてずりずりと引きずられるー。

モロもすっかり大きくなって…パワーついたなぁ。

お兄ちゃんうれしいぞー。

えへえへ(重度酔っぱらい)

 

「さ、さぁ…いいか兄様…いや、ヤツフサ…こ、これより…我らは夫婦ぞ」

「うんん?なんだモロ?なにを?

 ぬぉー!?な、なにをするー!?

 きゃぅーん!モロー!?

 アッー!」

 

 

…。

 

……。

 

………。

 

 

超頭痛い。

ガンガンする。

いやー、昨日は飲み過ぎてしまったね。

乙事主が肩をあまりにもバンバン叩いてくるから

お返しに尻尾ビンタした所までは覚えているんだけど…。

 

「ふぁ~~~~あ…どうやら吐き散らかす醜態は避けられたようダナ…。

 う~む、しかし何たる惨状…イノシシ共も皆、眠りこけている」

 

妙に心地良いダルさだけど、何か体がダル重だし何故か藪の中で寝ていたオレは、

首だけモソッと持ち上げて藪から出し辺りを見回す。

するとそこには腹丸出しで寝こける大量の豚!じゃなくてイノシシ!

うーん、ただの酔い潰れたオッサンどもにしか見えないゾ。

本当に神の獣なのかコイツら。

酔っぱらいおっさんズが酔い潰れて全滅してる年末の光景ダロこれ!

グーゴグゴーッグッゴーってイビキの大合唱すごいし。

はぁー、でもね。今オレはそんな下らないことで目くじら立てるほど心狭くないンダ。

なにせ…、

 

ふふっ^^

 

すっごい夢を見たんです。もうムフフでイチャイチャな夢をね。

いやぁ義理とはいえ妹とのあんなことやこんなことな夢を見ちゃうとか、

背徳感も手伝って最高のドリームでしたね。

なんなら二度寝してもう一度あの夢をみたいなー。

あんな淫夢いーいなーみーれたーら………うん?

 

…。

 

二度寝しようと藪の中に首を引っ込めたオレは、

自分のお腹側にくるんと畳んでいた八本の尻尾の中に包まれていたモロの姿を見た。

 

…。

 

あれ?

 

「ん……」

 

もぞもぞと動くモロがオレのもふもふ八尾に包まれて寝ている。

寝ている時にたまに出るあの深呼吸ため息なんなんだろうね。

それをやっているモロのため息呻き声というか、喘ぎ声というか、すごくセクシー。

そう、まるで昨夜のえっちぃ夢のように…。

 

むむ?

 

これは?

 

「モ、モロ?オマエ…いくら兄妹とはいえ、その…

 年頃の嫁入り前のメスがあまりオスと密着して寝ては…」

 

しどろもどろとは正にこのこと!

 

「…んん、ならば問題ないな。昨夜嫁入りした」

 

衝撃の妹の発言。

 

「はぇ?」

 

思わず間抜けな声が出てしまった!兄の威厳が!

 

「…ふふっ…兄様…いや、もう夫なのだし、ヤツフサと呼ばせてもらおうか。

 ヤツフサのせいで私は少し腰が痛い。まだ夫の尻尾に包ませて寝かせてもらう」

 

ニヤリと笑ってからモロちゃんはもぞりもぞりとオレの尻尾に埋もれていった。

 

…。

 

……。

 

はぅあっ!?

 

うおおおおおっ!!?

 

お、オレ…オレ、

またなにかやっちゃいましたか?(白目)

い、いや、オトボケてる場合ではない…ま、まさか、もしや、ひょっとして…。

ああああああ(ガクガクガク)

まさか昨夜の夢は夢ではなかった。そんな可能性が?

 

どうりで!

すごくリアルな夢だと思った!

見たことなかったxxxやxxxとかxxxの感触とか温かくてぎゅうぎゅうで…デヘヘ(スケベ顔)

いやそうじゃない。違うんだ。

 

違うんです。

 

ボクじゃないんです。

 

やめてポリスメン、オレ妹に手を出していない。

 

濡れ衣なんです。

 

ほんとです。

 

あぁっ!どう見てもオレです。妹に手を出しました。本当にありがとうございました。

これにてオレの犬生は終了です。

うわあああああ!!

でも…でも!

ヤバイと思う心以上に嬉しいんデス…!

罪の意識より達成感というか充足感がすごいぞ~~!

あれは夢じゃなかったんだ。

オレは本当にやってしまったんだ。

すごいぞ!妹ルートは本当にあったんだ!

行こう!数々の変態紳士の行った道だ!奴らは牢屋から帰ってきたよ!

 

…。

 

何も問題ないな。

だってオレとモロは血は繋がってないし!

いやぁ、よくよく考えればホント、なーんも問題ないじゃない。

うわへへっ!じゃあもっとひっついてラブラブしてイイんですね?やったー!

モーローちゃーん、イチャイチャしーよーおー。

 

「モロぉ~」

「んぅ?なんだヤツフサ…ふふっ、おいおい…くすぐったいな」

 

モロの首筋にすりすり~。

晴れて天下御免の夫婦になったからにはもう思い切りイチャラブしよう!

こうしてオレはスキンシップに性をだすノダッタ!

性じゃない、精を出すのであった。…やだ、どっちしろヒワイ。

 

 

 

 

 

 

オレは前回の旅同様、

結局また半年くらい鎮西の乙事主の山林でのんびりハネムーンを楽しんだ。

剣を捨てに来ただけのつもりだったのに、なぜだかまた色んな事が起きてしまったが、

まぁやっぱりこの旅の最大の成果はオレとモロが…、

ムフッ。結ばれてしまったことだろう。やったー。

 

帰り際、モロが乙事主にオレとのことを告げ夫婦になったとデッカイ声で宣言してた。

堂々とした男前っぷりを発揮する元義妹で現恋人…いや新妻❤(テヘペロ!)の後ろで

オレがもうテレテレでウヘヘって顔してグニャグニャしてたら乙事主は、

 

「なんだ、そういうことか!いやぁめでたいではないカ!

 羨ましい奴ダ、ヤツフサめ!こんな良いメスの心を射止めるとはナ!

 だが、お前とモロが晴れて結ばれたるは我がイノシシ一族の酒あればこそだ!

 忘れるなよヤツフサ!ワシが仲人のようなものだぞ!

 一生恩にきろ!ワハハハハハ!めでたいめでたい!

 こやつ嬉しそうな顔しおって!それならワシも振られた甲斐があったというものだ!」

 

とまぁ豪傑っぽくスッキリな人柄…いや獣柄でオレ達を祝福してくれた。

ホントにコイツも男前な性格してんな!

乙事主、オレのマジ友達!

今度来る時はシシ神の森の特産物をなにか作り出して持ってくからね!

…。

うーん、シシ神の森といったらやっぱりシシ神だよな。

じゃあシシ神の毛とか…。

尻尾の毛の数本、こっそりぶち抜いてもバレないだろ…今度やってみよ。

 

へへへ…まぁとにかくそんなこんなでオレとモロはラブラブ期に突入したのだよ~。

もうね、なんかね。

あの日から、クール系妹だったモロがクーデレ系妹になって

事あるごとにオレの首にほっぺたスリスリするようになったよ。

幸せ過ぎる。

 

「モロ」

「なんだヤツフサ」

 

意味もなく呼び合ったりしてぇ。えへへ。

モロも照れながら付き合ってくれるんだ。

オレ幸せだワン!

奥さん一生大事にするゾ!

 

「モロぉ~」

「えぇい、引っ付くな…歩き辛いだろう。ふふふ…困った夫だな」

 

あぁぁぁスリスリが止められない。

首勝手にモロへスリスリしてしまう。

すまねぇ妹。お兄ちゃん止められねぇ。

でも許してくれ…さっきまではオマエがオレにスリスリしまくってたんだから。

 

オレ達二匹は海峡を犬泳ぎで越えて、山陰方面の山中をゆっくり通って帰ったので、

シシ神の森(実家)に付いたのは年が明けて少しくらいの頃カナ?

 

帰ってそうそう、出迎えの第一声が

 

「その雰囲気…どうだい!?ヤッたのかい!?」

「兄弟!モロと交尾したか!?」

「とうとうオレ達も本当の兄弟か!ヤツフサ!」

「もちろん、ヤッたのだろうなモロ!ヤツフサを手込めにしたのダロウ!?」

「たっぷり1年近くも二匹だけだったんダ!当然盛っただロウッ!?」

 

この出迎えだよ!

どうなってんだシシ神の森!

頭の中はピンク色かよ!

デリカシーがなァい!

所詮ケモノ脳のオマエ(兄弟)達にデリカシーなぞ求めたオレがバカだったな!?

 

「ふっ、勿論だ兄上共、母様…!私の腹の中には既に子が宿っている」

 

!?

ちょっと!?

お兄ちゃん聞いてないよモロちゃん!?

いや確かに帰宅中もずっと暇さえあれば…えー、そのー、えーと…

その…愛し合ったけどもね?

うんうん、夫婦の特権というか…義務だからね?

まぁそりゃあんだけすれば確かにって感じですガ…。

家族のデリカシーの無さをさらっと流し臆することなく答えちゃうモロちゃん素敵!

精神的にタフになりすぎ!

ちょっと前までテレテレしてる乙女だったのに、なんかもうたくましい!

女は蝶とはこのことか!

変わるねぇ…でもモロの可愛さと美しさは変わらないけど!

 

「夫が間が抜けているからね…私がその分しっかりしないと」

 

うわっ、やだ。

この子たくましい。

かっこいい。

さすモロ!

 

「っっっ!!でかしたぞモロッ!!!さすが私の娘だ!!」

 

きゃわん!?

もうBBA声大きいよ。大きすぎるよ。ビックリしたよ。

長が年甲斐もなくぴょんぴょん跳ねるように喜んでいる。

年考えろよBBA。無理してポックリいったらどうするんだよ。

うわぁなんか大変なことになっちゃったぞ。

山犬一族に囲まれてもみくちゃにされてるぞ。

うおーーモフモフ天国だ!

おぐ、むぉ。

ぼほぅぁ。

 

「ウムウム、よくやったなぁヤツフサ!とうとうモロに手を出しおって!」

「これでオレたちは真の義兄弟ダナ!」

「コイツめ!オレたちの妹にようもヤッてくれたナ!責任を取レ!あっ、取ッタナ…」

「オレたちよりも早く嫁さん見つけて羨マシイ…オレも嫁欲シイ」

 

むへへ、羨ましかろう。

モロは最高に可愛いぜーーッ!

 

 

その日の夕飯は、モロにすっごいゴチソウがふるまわれた。

オレは普通だった。

何この扱いの差。

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

どうも。新婚のヤツフサです。

()()()!ヤツフサです。

ははっ、もうワタシも結婚しましたからね。

コレを期にちょっと落ち着こうと思いまして。

今日よりこのワタシ、ヤツフサは知的会話を志すのデスヨ?

子供も生マレたコトだし、

アッパッパーなパパだったら子供がホラあれでショウ?

学校の保護者参観とかにパパ来ちゃイヤだー!ってなるでしょう?

ソレは困りますからね。うフフッ。

そうそう、最近はワタシの実家の森で結構な頻度で

あの村の人間を見かけるようになってるんデスよ。

でも森に住む者は特に警戒していないデスヨ…ワタシも含めてナ…。

だってあの人達別に木を切ったり必要以上にケモノを殺すわけじゃないカラね。

必要最低限を殺し狩り、命に感謝し骨、皮、毛、排泄物含め、その全て…、

一片たりとも無駄にしないから見てて気持ち良い狩りっぷりナンダ。

んでな?

あいつら森に入る前にオレ達に聞こえてても聞こえて無くても森に祈って入ってくるンダ。

行儀いいデスゾなァ…。

コダマもあの村の人間見かけると首カタカタしながら追いかけっこしようとシたり、

あの悪口名人ショウジョウ共もあの村の奴らのことはある程度受け入れてルらしいゾです。

でも最近アイツラちょっと変わった面白いコトしたいってオレ達山犬にお願いしに来たノダ。

木の根を傷つけぬようにするし土中に暮らす生き物への迷惑も最低限にスルから、

モグラみたいに地中にいっぱい穴掘りたいってお願いしに来たンダ。

変わった願いダヨナァ。

なんでそんなコトしたいのって聞いたら、いつか森を汚す敵が来た時の為なんだって。

ふーん。

オレは良くわかんなかったから、

オサとモロに相談したらイイよって言うからイイよって人間に言ったげた。

人間はモグラのマネすると敵を倒せるんだなァ。

スゴイ!

 

―知的会話終了のお知らせ―

 

そんな感じで最近ちょっとだけ森の中が賑やかになってるけど相変わらず平和ダゾ。

ふぅ~~~、やっぱ実家ってイイなぁ。落ち着く!

子供も可愛いけど、それ以上にモロが可愛くてツライぜ。

旅を終えてモロと結婚しちゃって子供まで生まれちゃって、

なんか実感わかないままにオレお父さんダゾ!

しかも一匹生まれてもう十年後に第二子妊娠!

そして第二子出産の数年後に第三子妊娠!

その十数年後に第四子…!

あれよあれよという間に、子沢山ルート爆進ナノダ。

しょうがないね。

だってモロとオレはラブラブだからね。

普通のケモノと違ってオレ達神に近い獣は出生率低いってオサは言っていたけど、

ばんばん身籠もるぜ~、オレの奥さんはよ~。

む?

あれれ?

 

「オイ兄弟、ウチの三女は?オマエが抱っこシてくれてるんじゃなかったカ?」

 

のそのそ森を歩いてるデカイ山犬…兄弟に言う。

 

「あぁ、スンちゃんは兄貴が「面倒見ル」って言って奪ワレタ」

「なにぃ!オイ貴様、胸張って「オレが遊んでおいてヤルヨ」って言ってたジャナイカ!」

「オレだって渡したくなかったケド奪われたンダカラ仕方ナイダロウガ!」

「ヌゥ、クソ…じゃあちょっとウシワちゃんを見ててくれ…

 バカ兄貴からスンちゃん取り返してくる」

「ワォーーーン!まかせろ!オレサマ子守得意!ウシワちゃんにはオレ好かれてる!」

 

兄貴に奪われたくせに何いってんだコイツ。

本当に大丈夫か?

ふんとにもー!…もうすぐモロのおっぱいの時間なのに…!

スンちゃんはまだまだおっぱい離れでてきてないンダゾ!

三女と四女は甘えん坊ナノダ!

 

すんすんと鼻を鳴らせばあら不思議。すぐに我が娘スンちゃんの場所が発覚する。

パパ・ノーズは10里先の娘達の匂いまで嗅ぎ分けることが可能!

うぉー、いそげー。

おっぱいの時間に間に合わなくなっても知らんぞーっ!!

モロにどやされるのはオレと兄貴だぞ!

 

「いたっ!おい兄貴!」

「ほらな、ココを噛めば獲物は息が出来なくなって窒息死スルンダ」

「よせぇ!なに物騒なこと教えているンダ!まだ狩りは早い!」

「アッ、ヤツフサか。今な、スンに鹿の殺し方を――」

「まだいらないから!まだその子おっぱいの段階だから!」

「そんなことはない。我ら山犬の一族…獲物の仕留め方は早いウチから学ンダ方がイイ」

「教育方針はモロが決めるンダ。勝手なことヤッテ怒られるのは兄貴ダゾ」

「…」

「…」

「ヨシ、帰ろう」

「ソレガイイ」

 

父と伯父がくっちゃべっているのをキョトンと見ている我が娘スンちゃんマジ天使。

はわぁ~、可愛い。

モロに似て美人になるぞぉー。

オレはスンのやっこくて良く伸びる首の皮を甘噛して娘をモロの下まで輸送する。

後ろから兄貴も付いてくる。

こんな感じで赤ちゃん達の半分はオレとモロと兄弟達が、

そして残りの半分をオサが一手に引き受けて群れ全員で子育て中ダ。

核家族とは真逆だ。

楽っちゃ楽だ。

だけど各々が各々の正しいと思うことを教えようとするので大変っちゃ大変だ。

でも楽しいゾ!

みんなでワチャワチャ育児するのはイイゾ!

 

ちなみに今まで生まれた子はみぃんな女の子ナノダ。

もちろん全員可愛いけど、男の子生まれてくれた方がオレとブラザーズは好都合なのだ。

だって、なんか女性陣のオレたちオスを見る目がたまに凄く冷ややかでね?

あの視線、オレ耐えられない…ぅうっ。

だから兄弟と話し合ったんだ。

もっとオスの勢力を伸ばそうって。

なので今もオレとモロは頑張って子作り中だ。

次は男の子生まれるとイイなぁ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

女の子生まれただよ!うわあああああ!可愛いぃぃぃぃ!!

やっぱ可愛いなぁ、何度見ても可愛いなぁ。

やっぱモロそっくりだなぁ。

 

「頑張ったな、モロ!よくヤッタゾ!」

「あぁ、もう出産も手慣れたものだ。任せてくれヤツフサ」

 

ペロペロとモロを労うように毛繕いしてやる。

 

「お前が望む限りどれだけだって私がお前の子を生んでやるさ」

 

やだ、オレの奥さんイケケン…。

メスなのにすごく男前なこと言うんだからっ!

 

「…惚れ直すナァ、モロ…愛しているゾ」

「どうしたんだい急に…ふっ、そんなことわかっているさ。

 …だが、その…すまなかった……また、メスで――」

「何を言う!元気なオレ達の子が授かっただけでオレは嬉しい!

 最高ダゾ!また家族が増えたんダカラナ!

 全てモロのお陰だ!そしてオサと兄弟達っ!オレは最高に幸せ者ナノダ!」

 

モロちゃんマジ天使。

もう男の子とか女の子とかじゃなくて、ぶっちゃけモロとの子作り好きですハイ。

 

「モロぉ~」

「…まったく…どっちが赤ん坊だか知れないね…フフ…よしよしヤツフサ」

 

モロの胸に縋るように抱きつくと、オレの首の背中側を舐めてくれる。

あぁ^~たまらねぇぜ。

モロのベロが俺の背中をつ~っと滑ると毛並みも綺麗になるし

背中のお肉へマッサージ効果もあってもう気が狂う程気持ちええんじゃ。

 

あ~…。

 

ほんと気持ちいい~。

 

そう、そこそこ…あー丁度そこカユイとこ…。

 

はふぁ~…(恍惚)

 

 

…。

 

 

あぁ^~モロの舌使いで昇天する~~。

 

 

 

 

スヤァ…。

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

おはよう!

 

ぼーっと毎日を過ごしていたらまたすごいトシツキが経った気がする。

ここ数年…、いや数十年…?

たぶん数百年はいってないと思うけど、シシ神の森めちゃくちゃ平和なの。

とくに言うことも無いの。

 

うーん…。

まぁ強いて言うなら森の周りに集まる人間がめちゃめちゃ増えて

何だかソイツらのこと嫌いなチューオーの人間が

武器持っていっぱい攻めてきたコトくらいカナー?(大事件)

 

最初大した数じゃなかったんだよ?森の周りに住んでる人間。

でもソコに少しずつシシ神の森が好きな人間が集まってきたみたいでね。

気付いたら凄い数になってたの。

人間って繁殖力スゲー!

ゴキブリみたい!(スゴイシツレイ)

 

故郷だしシシ神の森が好かれるのはオレもうれしい!

でもきっとシシ神の森ラブな人間が増えたのは

オレの地道な活動のお陰なのだよ…きっとな…。ふふふ…。

 

その活動とは……聞いて驚いてクレ!

 

手品ダ!

 

たまーに人間の里に顔出して(捨て忘れてて結局持ち帰ってしまった)あのボロい剣を

ピカーって光らせたりしての手品がきっと人間にバカウケしたんだナァ!

種も仕掛けもない本当の手品なんだ!

なんか念じると光るんですアノ剣!

スゴイんだよー?

オレが「ひかれー」って思うと光ってくれるの。

オレは山犬だから夜目がきくけど、人間にはコレ懐中電灯代わりになるんじゃないかな!

この剣があれば夜もバッチリよ!

あぁようやくこのボロい剣にも価値がでた!

もうモロにもオサにもゴミ剣とは言わせないゾ!

やっぱり捨てないでヨカッタ…(しみじみ)

 

 

そうやって手品ラブな人間が集ってできたのがシシ神の森の近所の集落なんだ。

『まつろわぬたみのくに』っていう名前の村なんだって。

名前長くない?

マツロワ村とかの方が言いやすいし短いし、なんかゼルダの伝説にでも出てきそうで良くない?

いやいや人間のネーミングセンスに文句言うわけじゃないよーやだなー。

いやそれでそのマツロワ村移住者にね、

遠くからわざわざ来た人もいっぱいいてビックリする!

ずーっと北の方からコッチに移り住んで来た奴ら曰く…

なんでもココラ辺にヤマトチョーテーの支配を寄せ付けないオロチの化身がいて、

ヤマタノオロチを御神体にして昔敗けた借り返すぞコラー!って感じの引っ越し理由らしい。

遠くからご苦労様ダゾ。

 

…。

 

なんか全部「らしい」「らしい」って、オレの情報不確かスギィ!

でもしょうがないンダ…だって全部人間の行商人からフワッと聞いただけの又聞き情報だし!

 

ところでヤマトチョーテーって誰だ?(日に日に馬鹿が深刻化する駄犬)

春風亭ほにゃらら朝系カナ?噺家さん?

そんな腕っぷし強い落語家さんなんだね…ヤマトチョーテーさんは…。

しかも………ヤマタノオロチの化身ってのも誰なんだろう…?

そんな凄い神様レベルがシシ神以外にまだいるとか…しかもこの辺にいるの?

そマ?

昔の日本ってこえぇぇ…余裕で魑魅魍魎が跋扈してるじゃないですかー。

歴史の授業でそんなん聞いてないぞー。

完全にファンタジーじゃないですかーやだー。

オレはシシ神の森に引きこもってモロと幸せに暮らすからな!

そんな物騒なヤツと鉢合わせしたら大変だよ!

 

とまぁ最近はヤマトチョーテーという超強い噺家さんと、

オロチの化身って噂の神が日本をウロウロしてるくらいでシシ神の森は平和なのさ。

ふふふ…どう?

オレって結構色んな事を知ってて頭イイだろう…。

えっうん…ヤマトチョーテーは知らないけど………。

 

…なに、その目。

 

イイよ、わかった。

まだ教えてやるヨ!

 

人間界のホットニュースのストックはまだ持っているのだよ!フフッ。

オレがただのバカではない…

超情報通だということを見せてやろう!(なお、情報を知っているだけで活かせないもよう)

 

シシ神の森周辺に集まってきている人間の部族の名前も知っているンダゾ!

スゴイだろう!

母体になった集落の連中以外に精力的に頑張ってるグループが2つくらいあるんダ!

まずは北からやってきたエミシノアビナガスネってグループ。

やっぱり名前なげぇ!

もう一つがヘーケノオチュードって人達。

こっちは名前がオサレ!

名前からして音楽活動に力入れてるんだと思う。(エチュードと勘違い)

2組ともなんか色々熱心なんだけど、

特にヘーケノオチュードって人達はオレを見る度に

 

「アントク様ーアントク様ー!」

 

ってわらわら寄ってくるから困る。

オレ、ヤツフサだし!アントクって誰よ!

犬違いも甚だしいよ!

 

他にも……ツチグモって奴らも挨拶に来たっしょー。

それに南の方からクマソのなんたら族…?

東の方からはモレヤの一族とか言ってた奴らとか…ヤトノ一族とか…

……あと、あとー…えーと…

とにかく何だかワンサカと来てるんだよ。

スゲーなシシ神の森。

愛されてるゥ!

いや愛されてるのはオレの手品かも!へへっ!

 

普通ならそんなにいっぱい人間が集まってきちゃうと

「いそのー森林伐採しようぜー」とか言うやつが出てくるもんだが、

その人達は「森愛してるぜ!」って人達らしくそんな問題起きないんだよ。

よかったー。

 

…。

 

あっ、そうだ(唐突)

あの人達の事も思い出した。

百ウン十年ぐらい後にコー族って奴も来たんだった。

チューオーで負けたコー族の……なんていったかな。

 

ほら、あの…。

 

首相の孫のデュエリストだか、メンタリストだかみたいな名前の…。

 

…。

 

そう!

DAIGO!

あっ、ちょっと違うな……あー…そうそう。

ゴ・DAIGO・テンノっていう…ロックな名前の人。

 

ゴ・ダイゴテンノ?

 

ゴダ・イゴテンノ?

 

ゴダイ・ゴテンノ?

 

ゴダイゴ・テンノ?

 

いやひょっとしてミドルネームいれるのかも。

 

ゴダ=イ・ゴテンノとか…?

…うーん…。

どこで名前区切るんだ?

ゴダイが名字かな?

宇宙戦艦でビームどーんって撃つアニメの主人公もコダイくんだったよな?

ゴダイくんだな。(確信)

なんでも色んな人にボロクソ言われて涙目になって西に逃げてきた苦労人なんだって。

チューオーって土地は悪口言う人が多いんだなァ…。

やっぱシシ神の森がナンバーワン!

だーれも悪口言わないゾ!

たまにショウジョウ達が人間の悪口言ってるけどね!

え?言ってるやついるじゃないかって?

 

……オレ、山犬 人間ノ言葉 ワカラナイ。

 

でね!そのゴダイくんは最初は南に行こうと思ったらしいけど

西にヤマタノオロチの化身がいるからコッチ来たんだって。(話題逸らし)

また出たよオロチの化身!

怖いなぁソイツ…。

 

お付きのクズの・キマシタケさん?だかクスクス・マスシケって人がそう言ってた。

かわいそうになァ。

ゴダイくんにもモロみたいな素敵な奥さんいれば慰めてもらえるのに。

あっ、モロはダメだよ?オレの奥さんだから。

 

でもゴダイくんはモロじゃなくてオレに会いたいって言い出したんだ。

ウッソだろお前、ホモかよ!

あんな美人犬差し置いて男のオレに会いたがるとか!

オレに会いたいってお手紙が

シシ神の森の端っこに一日も欠かすこと無く毎日届けられてオレは恐怖した。

ヘーケノオチュード達より熱心なんだもん。

 

面倒くさいし人間に会う暇あったらモロとイチャイチャしたいし、

何よりオレのケツの貞操が危ういと思ったので無視してたら、

ある日とうとう牛肉のお供えがあったから

「そこまで言うならしょーがないなー」ってオレも会うことにした。

 

いや、決して…決して食べ物に釣られたわけじゃないから。

ホント、ホント。

 

しかし今思うと牛肉に睡眠薬とかサーッ(迫真)されないでヨカッタ…。

今後は食べ物に釣られないよう気をつけないとな(戒め)

 

会ってみたらオレのケツを狙ってはいないと判明した。

ゴダイくんは無実だったんだ。悪いことしたなァ。

ゴダイくんはハッピーでロックな名前の割には普通のおじさんだった。

ちょっとだけクラウザーさんみたいな人を想像していたので残念だった。

 

そのおじさんは割とどうでもイイんだけど

隣りにいたクスクスさんが話が上手で面白いんだこれが。

あの人きっと頭イイ人だよ。

あんな話し上手なんだから間違いねェ!

でも、

 

「逆臣足利より守りたるこの三種の神器を、

 真の神器の持ち主たる御柱にかしこみお返したてまつりまする。

 神剣そのものたる御身がもとに残りの神器揃いし今…京に居座る逆賊へ天誅を――」

 

とか凄く難しそうな言葉を並べて色々言ってたが、

あっ多分コレ人間の戦争にオレを引っ張り出そうとしてるな!

とオレは鋭くクレバーに見抜いたノダ!

スゴイ!

だからオレは、子供も生まれたばっかりだし

モロとイチャイチャしたいし(ここ重要)でキッパリお断りさせてもらった。

でもこのおじさんはとても頭良さそうだったし口も達者だったのでオレは、

 

「…」

 

口を開かず秘技「チベットスナギツネの顔」を繰り出し、

「ごめん凄く興味ない」という意思を示したノダァ!

分からない時は無言に限るぜ。

でもそしたらものすごーくゴダイおじさんとクスクスおじさんがしょんぼりしてしまったので、

オレはさすがに可哀想になってしまい妥協案を出してあげた。

 

「…シシ神の森の中では誰もが皆同じ。

 森を敬い森の恵みに感謝し…

 日々を素朴な喜びの中で生きるならばオレはお前達を森の同胞と見ナソウ。

 同胞であるならば、お前達を追ってくる敵はオレの敵。オレがオマエ達を守ってやる」

 

フッ…我ながら威厳たっぷりに上手く言い包めたモノヨ…。

よくあるアレだ。

敵がきたら追い払ってやるけどオマエラ勝手に動くなよ!騒動起こすなよ!ってやつよ。

つまりオレなにもやる気ないからねってコトなのさ!

そんな感じで釘刺して住人として受け入れてコノ話終わり!

閉廷!解散!

シシ神の森で平和に嫁とイチャラブ生活してんだから、

オマエあんまオレを巻き込むなよオマエこの野郎!(半ギレ)

最後にはゴダイくんとクスクスくんがちょっと安心してくれたようで、そこは良かった。

 

 

 

 

で、これの後来ちゃったんだ…人間が武器持っていっぱいね…。

何故か怒りMAXな人間達がわんさかシシ神の森のすぐ側まで来て、

「ギテイが奪ったジンギ返せやあやかしもののけ共オラァン!!

 あと下賤な蛮族がココに巣食っているのは知ってるぞ好都合じゃ根切りじゃオリャー!」

的なこと言って森に攻め込もうとしてきて、

すわ!あわやケモノと人間の全面戦争かと思ったその時でした…。

わたしは世にも恐ろしいモノを見たのデス…。

 

なんかねー、アノネ~、

オレ達以上にブチ切れてる人間達が彼らにワ~って襲いかかって、

うわ何あの人間達…コワイって思ってよく見たら

シシ神の森の端っこで暮らしてるマツロワ村の人達だったの。

あの村の人達、殺意MAXで武士絶対殺すマンな感じになっててさ…

まさに武士レ○プ!野獣と化した村民!

もう一方的過ぎて見てるのも可愛そうになっちゃうワンサイドゲームだったワン…。

なんであんな殺意に満ちてたのか知らないけど、

とにかくなんか…むかーし戦争映画で見たようなえげつない戦争の仕方してたよマツロワ村人。

 

武士がワ~って走ってきたら地面がズボッてなって

その下にはうんことか腐った血肉が塗りたくってある尖った木の槍が敷き詰めてあったり。

武士がワ~って走ってきたら草の下とか木陰とかから

トゲトゲついた(汚物付き)木の棒がシュパーンッて飛び出してきて武士の顔面に刺さったり。

武士がワ~って走ってきたら

木の上にいつの間にか登ってて

エルフでレンジャーな感じにクラスチェンジしてたマツロワ村人が毒矢嵐降らせたり。

武士がワ~って走ってきたら

地面に溜まってた落ち葉の中からズザザってマツロワ人が飛び出てきて、

びっくりしてる武士の人の首をぽ~んって切り飛ばしたり。

武士がワ~って走ってきたら狙われてたマツロワ人が木の陰に隠れて、

数秒後に後ろに出てきて鎧の隙間から脇の下抉り切られたり。

 

オレとモロとオサと兄弟達(娘は留守番)は遠くからその戦っぷり見てたんだけど、

兄弟達は感心してたけど正直オレはガクブルだったよ!

あの人達の敵絶対殺すマンっぷり超コワイ。

完全無欠なバトル超人だよ!

もう武士が憎くて憎くてしょうがないッス!殺せて嬉しいッス!って滲み出てるんだもん。

武士かわいそうでした。

当然、敵のリーダーらしき人は涙目になって逃げ出したけど、

帰り道で見事にマツロワ人に首だけにされたらしい。

 

…。

 

な、なんかね。

後で戦闘民族マツロワ人に聞いたんだけど、

シシ神の森の周辺と樹海内の一部の地下に

ズオオオオって広大な洞窟網造ってあったんだって。

それがあの神出鬼没っぷりの理由らしい。

 

…。

 

……。

 

なんか…確かに、前…穴掘りたいって言ってた気が…。

 

はぇ~、こんな風に使うんだったんダ…人間スゲー…。

 

 

 

 

 

 

というね。人間コワイ事件があったの。

最近でシシ神の森に起きたちょっとした事はこんなものかな…。

 

あっ。

 

まだあったあった…すまんすまん。

 

それの後に、マツロワ村の中で酷い喧嘩が一回だけ起きちゃったの。

それもコー族のゴダイくんが原因だったんだよなー。

あいつトラブルメーカーか!

まったくもう!

 

先に住み着いていたエミシとかクマソとかツチグモの人達と超険悪でさ~。

しかもね、なんかいつもは寛大で優しいナガスネの人間達も

コー族にはやたら冷たくて「やろう、ぶっころしてやる」って槍もって追いかける有様よ!

しかも「ヘーケノオチュードのことも実は嫌いだった」とか衝撃のカミングアウトして、

もう全員でバトルロイヤル勃発よ。突如として。

 

バトルロイヤルがホント酷くてうるっさくて、

オマケにシシ神の森の端っこにまたも火が付いて大騒動になっちゃって…

森の動物も大慌てで騒ぎ出すし

コダマも全力で走り回るしショウジョウ共も全力で騒いでクッソうるせぇ!

そんな有様だからようやく寝付いた下のオチビが起きちゃって…

もう大泣きで大変だったんだ。

オレもその時は子守でちょうっと寝不足気味だったのでフラフラと巣を飛び出したら、

 

「…ヤツフサ。たまには私が行こう…

 いつも人間の調停をお前に押し付けてしまっていて申し訳なく思っていたからな。

 今回はまつろわぬ民どもの内輪もめ…大和の人間よりは我々神を敬っているからな…。

 森への付け火も、どうせ失火だろう。

 取りててオマエが出張ることもあるまい。寝ておいで」

 

モロがイケメンなこと言い出した。

もう相変わらずカッコ良すぎ!惚れる!

なのでオレは愛妻のお言葉に甘えてオチビと一緒にグースカ寝たのだった。

 

 

 

 

ちなみにモロが喧嘩仲裁?しに行ってからは

もう二度とマツロワ村の人間は喧嘩しなくなった。

 

…。

 

い、一体どんな仲裁をしたんだ…?

 

未だにオレは何故かそれを聞けないでいるンダ…でもきっと…根気よく話し合ったとか…

そんなんじゃないかな…そうだといいな…うん。そうに違いない。

 

しかしさすがだよなァ…シシ神の森。

人間も動物も色んな奴らが一箇所に暮らし出してて…。

まぁ日本最後の神様の森らしいからね。

アイツがいるお陰だなァ…。

さすがシシ神。

腐っても神。

 

ホント、シシ神目当てに色んなそういうよくわかんない部族が挨拶にくるんだよ。

でもアイツがフリーダムに森を駆け回っているせいで、

会いに来る人間とかに面会するんの主にオレなんだけど。

夜は夜で寝ないで巨人になってどっか歩いていっちゃうから文句言いたくても中々言えねぇ!

まったく…シシ神マジゴッド…。

 

いいなぁ。

いつかオレも変身したいなァ…シュバーって!

変身カッコいいナァ…。

巨人モードとまでは言わないケド…せめてこう…アマ公みたいに隈取しゅぴーんな感じで…。

 

あとオレは一体いつになったら筆しらべ使えるようになるんダロウ。

最近子育てばっかりで練習してなかったからなァ…また再開しようかな!

 

 

 

 

 

 

 

 

でもやっぱりモロと子供がナンバーワン!

子供達のことちゃーんと考えなきゃだワン!

丁度今、オサの洞窟で一族の話し合いの真っ最中なの。

今まではずーっとむずかしい話をモロとオサがしてたから長い長い回想モードしてたけど、

子供らの話題になった途端オレの真面目スイッチ入ったダヨ~。

ホラ、丁度オサがその話題の佳境にはいったぞ!

 

「……というわけでヤツフサとモロの長女・アマ、次女・シラヌイ、三女・スン、四女・ウシワ、

 皆良い齢となった。未だ独身の息子達の嫁に貰えぬか、モロ。少々年齢差はあるが…」

 

うーん…こうして我が娘達の名前を改めて聞いてみると…見事に大神(ゲーム)だな。

オレの趣味丸出し!

でもこの名前モロちゃんも許可してくれたからね!問題ない!

しかし一端の大人山犬(しかもみんな美犬)になってきた娘達だが……

実はね……

なんと後5匹ちっちゃい娘いるんだよ。

連続でみんな女の子だよ。よくがんばってくれた…モロ…!

へへっ、今年こそ男の子生まれるとイイなぁ~。(モロ、現在第10子妊娠中)

 

…。

 

って何ですと?我が娘達を兄弟の嫁に?

可愛い娘達をあんなオッサンどものお嫁さんに!?

(※300歳年下の義妹な犬を嫁にした犬がいるらしい)

いくらなんでもパパ、認めませんよ!

ほらモロも言ってやんなさい!

 

「構いませぬよ、母様。

 兄上達もいつまでも独り身では寂しいでしょうし、

 何より森を出ずに嫁を得れば我が一族は数を増し森を守りやすくなる。

 増えすぎても森の動物達に負担がかかるが…人間が力を増している昨今、

 一族は集い、数を増した方がいいでしょう」

 

許可でたーーーーーっ!!

で、でも本犬達の意思もちょっとはソンチョーして…

 

「あの娘達もにくからず兄上達を想っているようですし」

 

そーなの!?

パパ初耳よ!?

ブラザーズぅ!!!いつのまに娘たちとフラグ構築してやがったァ!!!

ちくしょーめっ!!

あぁ話が勝手に進んでいく!

なんてこった、旦那を差し置いて重要そうな話を進めるタァ!

くっ…しかし、まさかアマちゃん達が兄弟達のこと好きだったなんて…。

うわぁぁパパはどうすればいいんだワン!

ぐわはああああ!

 

…。

 

……。

 

―ヤツフサ、思考停止確認!―

 

モロにお任せしよー。(現かしこさ8(最高値255))

 

「ヤツフサも…それでよいかな?」

「勿論だ、モロ。構ワヌゾ!」(反射的無思考返事)

 

モロとオレの返事を聞いてオサもうんうん頷いて嬉しそうに笑っている。

 

「よかった…また一つ懸念が無くなった。

 森を守るためとはいえ、息子達には嫁探しにも行かせてやれず心苦しく思っていたからね。

 モロとヤツフサが結ばれてくれさえすれば…そう思っていたが、

 お前達が娘をこうも多く生んでくれて我が一族は大助かりだ」

 

オサとモロが真面目に話し合っているけど…

ふと疑問に思ったんだオレ。ちょっと聞いてイイ?

 

「なぁなぁモロ」

「どうした」

「オレ達の娘を兄弟に嫁がせるのは別にいい。

 よくわからん外の山犬よりも良く知ってるし、

 兄弟達なら娘を大切にしてくれるって分かっテテ安心だしナ!

 でも血が濃くなっちゃうけど大丈夫ナノカ?

 キンシンケッコンっての繰り返すとバカが生まれるって聞いたことアルゾ?」

「すでに全員バカだろう」

「そっか!」

 

オレは納得した。

 

「というのは冗談としてだ…ヤツフサの心配はもっともだが、

 私達の娘らはお前の神の血の方が濃そうだから大丈夫だろう。

 伯父、姪の間柄は親子、兄妹程血も濃くないしな…ぎりぎり許容できる。

 一族の衰退には繋がらんだろう。

 それに、我が一族において今最も大事なことはお前の神の血を一族に入れることなのだ。

 その為には娘らを兄上達の妻とするは都合が良いのさ」

 

冗談だったのかよさっきのは!

オレ納得しちゃったじゃない!(←バカ)

何だか、モロがとっても頭良さそうな事を言っているゾ。

さすがモロ!

頭良くてクールでかっこよくておまけに美人で可愛くて妹属性も持っているオレの最高の妻だ!

一生ついていくぞっ。

オレはただモロが言っていることに感心しながらウンウン元気よく首を縦に振るのみだ。

だけどまたまた疑問が湧いてきた。

新しいオチビが生まれておっきくなった時には

もう周りに家族意外のオスがいないんじゃない?

 

「娘らは良い伴侶も見繕えてこれで一安心だが、新しく娘が生まれたらドウスルンダ?

 大きくなった時に周りに適当な独身のオスがいないぞ」

「そうなるな…だが、もともと我ら山犬の一族は長とその子らだけで群れを作る。

 一族の当主とならなかった兄弟姉妹は

 大人になると同時に番と己の群れを求めて外界へ旅立つもの…。

 私達の母様と父の関係を覚えているか?

 父は妻を求めて各地を流離う定住しない流れ狼で、まさにそれをしていた。

 今、我らの世代が特殊なのだヤツフサよ。

 次期首領たるお前が在りながら兄上達がいる今がな。

 もし新しく娘らが生まれ大きくなった時には…

 本来の山犬一族の掟に従い外界へ婿探しへ行かせるしかあるまいな」

 

次期オサがオレっていうけどさ…

じっさいはモロだよね?

モロでいいんじゃない?

オレお飾りの実感スゴくあるんダケド!

まぁそれで一族がうまく回るなら文句一切ないし、

尻尾2本のモロより8本のオレの方が見た目確かに偉そうだしネ!

…。

いや、そんなことより…つまりオチビ達が大きくなったら外に男作ってお嫁にいっちゃうの?

えぇ!?

そんな!

そっちの方が重大事だワン…。

 

「娘出ていっちゃヤダ…」

「おいおい…ヤツフサよ、お前は一体何年後の心配をしているんだ。

 まだ生まれてもいない娘の心配もないだろうに…。

 今の所、娘の数と兄上達の数は同数…嫁の貰い手はいるということ。安心しろ。

 それに必ずしも外界へ行かせると決まったわけでもない。

 もし将来、兄上達と娘らの間に元気なオノコが生まれれば、

 そいつらの成長を待って婿にしても良いじゃないか」

「なるほど!それだったら安心……、

 ん…?でもそしたらまた血が濃くなっちゃうぞ。今度こそ頭ワルイのが生まれて…」

「大丈夫だ。お前の神の血がある」

「えぇ…オレの血にそんな効果あるノカ…?」

 

でぇじょうぶだ、仙豆がある。みたいに言われても…。

別にオレの血、万能薬でも何でも無いと思うんですけど。

本当に大丈夫なの?本当?

 

「大丈夫だ、私を信じろヤツフサ」

「ワン!わかった!」

 

モロが大丈夫って言うから大丈夫だな!

頼りになるぅ!(単純)

 

「…これで話し合い終わったカ?」

「ん?どうです母様、まだ何かありますか?」

「いや、話したいことは今の所もう無い…呼び立ててすまなかったね、お前達。

 もう帰って夫婦水入らずで過ごしておいで。

 ………あぁ、そうだ。孫たちは今日は私の洞窟で預かろう!

 夫婦で過ごしたいだろう?遠慮せず預けなさい」

「…オサが孫と過ごしたいだけでは……?」

 

オレの名推理が光る。

 

「…………何を言う。私はただ若夫婦の子育ての苦労を軽減してやろうとしているだけさ」

「母様、私達はもう十もの子らの親で子育てのイロハも心得ていますが」

「……十?孫は全員で九匹で……。っ!まさか!」

 

オサがギョッというお目々でモロとオレを見る。

はっはっはっはっ!

そのまさかだオサ!

 

「えぇ、お腹の中に十番目のヤヤコがいます」

「なんと…!さ、さすがだモロ!でかしたよ!

 すでにそっち方面でも私を越えたな…!

 あぁ、あぁ、子は何匹いても良い…!また孫が増えるか!賑やかになるねぇ。

 まだまだ私も死ねぬよ…また生きていたい理由ができた!」

 

…………このBBAまだまだ生きる気まんまんじゃん…。

だってこれから先、兄弟達のとこも子供生まれるだろうし…

うわぁベビーラッシュ始まるゾ、コレ…。

オサ1000年いけるのでは?

記録だな、そうなったら。

 

…。

 

そうなるといいなァ。

 

…でも山犬一族増え過ぎたら、餌になってくれる動物死滅しない?

ヤバ気な感じ?

 

……。

 

シシ神のケツ引っ叩いてもっと命生み出せオラァン!すればいいか!(不敬)

 

 

 

 

 

 

 

―あっという間に数年後―

 

 

ウーっわんわんっ!

今日も元気にナワバリの見回りに子守もスルわんっ!(背中に2匹の子犬がライドオン)

 

モロに言われて背中に子犬ちゃん達を括り付けてシシ神の森を闊歩しているオレサマなのだ!

いつも子育てに忙しいモロを少しでも手伝わなきゃな。

今、モロは上の子達への色々な教育に忙しいんだ。

 

え?

 

そうそう、

五女・スサノ、六女・クシナ、七女・ヒミ、八女・ツヅ、九女・ラオの合計5匹は

順調に成長して今じゃモロのお勉強を受けている。

子が大きくなるのはあっという間ダナぁ…。

あんなちっちゃなオチビちゃん達がもうあんなデカイなんて…。

オレも齢を取るわけだ……。

 

…。

 

齢とった?オレ。

 

なんかでも水面に映るオレの姿とか体の軽さとか、正直全然年取った感が無いんだけど?

いつまでも元気一杯なんだが?

自分で言うのもアレだけど、

年取ったらイゲンってもんが出ると思ってたけどイゲンあまり感じないノダガ…?

アイ・アム・アダルトチルドレン?

モロだっていつまでもお肌ツッヤツヤで

お肉も引き締まってて弛んでないし毛並みも綺麗だし…

元気一杯夫婦なんだが?

夫婦そろってウィー・アー・アダルトチルドレン?

 

…。

 

これは…。

 

あれか…!

 

あれなのか……!?

 

 

 

 

いつまでもオレとモロがラブラブだからかぁ!(デレデレ顔)

 

夫婦の夜の営みだってかかしていないし…

今もモロのお腹には12番めの赤ちゃんいるし…ヌッフッフッ。

他人(他犬)を愛しているといつまでも若々しいって説あるしね。

まさにオレとモロだね。

()()にオレとモロだね。フフッ^^

 

 

…。

 

 

なに?その目…ナニカ イイタイコト アルノ?

 

…。

 

じゃあ俺、獲物とって帰るから(棒読み)

 

うーん…スンスン…スンスン…。

 

おっ、あっちから獲物のニオイすんじゃーん。

見てろよ見てろよ~、父ちゃんバッチェ獲物取るかんな。

 

はー!それにしても…今日もポカポカ陽気過ぎるゾ。

シシ神の森は平和だ…平和過ぎる…コダマがアホ面して首ふってるし、

アッチではイノシシが走ってる…ナゴの守の一族だな?

なぁんだ…獲物のニオイってあいつらか…うーん、どうしようかな。

あの程度ならオレ一匹でも楽勝――

ヌッ!ウリ坊!?

…ひぃ、ふぅ、みぃ……

7匹の子持ちかよー。

 

 

…うちの方が子沢山だし!(勝ち誇り)

 

…。

 

どうすっかな~オレもな~。(子持ち同士のシンパシー)

ちぇ、しかたないなー。

まだちっちゃい子供に免じて狩らないでおいてやらぁ。

子供まで狩っちゃいけないのは狩りの鉄則ってそれ一番言われてるから!

決して可哀想とか可愛いなぁとかソンナ陳腐な心じゃないンダカラネ!

本当はオレ冷酷な狩人なんだぞ!ハンターなんだぞ!

オラエラ運がいいなイノシシども。

アバヨ!いい夢見ろよ!

 

しかたねぇ。独身の寂しそうなイノシシでも狙ウカー。

狩られても誰も泣かない独身獣なら許されるダロ。(偏見)

 

…。

 

うーん。

 

結構歩いてきたな。

独身っぽい獲物いないなー。

この季節はみんな奥さんと子供いるなー。

全員リア獣かよー爆発しろよー。

 

も~、歩き続けたらこんなとこまで来ちゃったじゃない。

ナゴの守のテリトリー山ももうすぐ終わり…シシ神の森の際ら辺か。

背中のオチビども熟睡してるなァ…。

 

…。

 

むぐぐ…寝顔見たいのに…丁度見にくい位置に…ふぬぁ!(グキッ)

 

あら~…寝顔くぁいい!でもオレの首がおかしい!

おかしくない?

完全に…寝違えた……!

ん?

おお、首が曲がった先の景色のイイこと…。

ここら辺からの景色は相変わらずイイなぁ。

人界もよく見える。

色んな人間が集まって出来たあの集落もバッチリ見える。

…何て言ったか……マツロイーヌ村…いやなんか違う。…マツロワ村?

そうそう、マツロワ村。

…人間の飯時に出る煙があそこらの森の隙間からニョキニョキ立ち昇ってる…。

村の人口は大分増えたみたい。

でもアイツラ、人口が増えたからって森を切り開くんじゃなくて

うまく森に住んでくれるんでコッチも嬉しい。

コー族が引っ越してきた時のマツロワ村での大喧嘩事件からこっち…

あそこは問題も起こすこと無くシシ神の森と共存できている。

パリピな名前のコー族のおじさんはとっくに寿命で死んじゃったけど、

あの村で新しいお嫁さん見つけて子供が生まれて、その子孫が今もあの村にいるんだよ。

ヨカッタなぁ~おじさん!マツロワ村の人とも仲直りできてたってことだな。

はぁーこういうのイイねぇ。

命が紡がれてるネェ…。

マツロワ村の前身の集落から見てきた身としては感慨深いよね!

なんかシムシティみたいで楽しいです。(どうでもいい記憶だけ覚えている駄犬)

その調子で頼むよ人間ども~。

ずっと森も人間も平和だといいなァ。(フラグ)

 



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赤ん坊拾った、男の子生まれた

ようやく原作キャラがぽつぽつ増えてきました。満足感ある!

今話も歴史・原作の捏造改変の嵐になってますのでご注意を…(今更ですが)

三連続更新で力使い果たしたので、またモフモフ成分補充しにいってきます。
次回の三連続更新ぐらいで終わらせられる…かも?


「なぁおい聞いたか。なんぞ、将軍様の軍が大負けしたそうじゃ。

 ほら…例の、あのお犬様に喧嘩売っちまったってよ。天罰くらったんだと」

「聞いた聞いた。随分えれぇ大将がわんさか死んだって聞いたぞ」

「おらも聞いた。もう京はヒデェ有様だってよ…まったく将軍様も余計なことしてくれるよなぁ。

 お犬様怒らせて祟りを国中に広げちまったって言うでねぇか!」

「おーい、おぬしら!くっちゃべってねぇで手ぇ動かせぇ」

 

長閑な農村にさえ京の噂は広がっていた。

実態は少々異なるが、将軍方の軍勢がシシ神の森に手を出して、

そして歴史的大敗を喫したという認識は衆目の一致するところだった。

 

実際には、シシ神の森の犬神は手を出していない。

将軍の軍勢を散々に打ち破り、

数万で京を出た軍勢が僅か数百騎にまで減って京に敗走してきたという結果を齎したのは、

西…シシ神の森へ逃げ込んだ宮方と…彼の地に先住していた古代の流浪の民だった。

 

極めて因縁深い確執はあったものの、同じ敗残の身として…、

また神域で生きる者としてまつろわぬ民は宮方を()()()()()受け入れた。

受け入れられた宮方…その中に後世ゲリラ戦術のプロと言われる

稀代の名将・楠木正成がいたことはまつろわぬ民達にとっても良いことだった。

まつろわぬ民達の得意とした戦法と楠木正成の戦術はピタリと符号したし、

また当初は彼らも後醍醐天皇という存在には強い不快を示したが、

楠木正成とは戦の思想も近しいのもあり、ある程度の親交を結びだし知識を交換しあった。

その交流を経て、僅かな期間で正成は、

個としては優れた戦士であるが軍団行動が不得手であった彼らまつろわぬ民達を

ある程度の軍として動けるまでに練兵してしまったのだ。

しかも中国山地を覆う広大なシシ神の森の周囲は、

彼の民らが長年に渡って張り巡らせ続けた土中の〝結界〟があった。

山と谷、鬱蒼とした樹海、そして土中の秘密道という天険にして要害堅固な地。

奇襲戦法に長け軍団として動ける戦士集団である現地民。

そして過去の確執を一時でも拭い去れる、シシ神の森へ迫りくる敵軍という目前の危難。

犬神の神域を汚す大敵を打ち破るために彼らは手を組み、

その結果が将軍方のほぼ全滅というものだった。

 

その後、後醍醐天皇とまつろわぬ民達が内在していた問題が表面化し大いに争ったが、

犬神モロの君が烈火の如く怒り、裁き、そして調停し両者を和解させた事で、

かつての歴史の敗残者達は本格的に一勢力として人々に見なされだした。

歴史の表舞台に古代民族達が帰ってきた瞬間だった。

またそれだけに留まらず西方皇家と合体したことで一気に強い正当性を持ち、

この出来事から後の百ウん十年は『東西朝時代』と後世呼ばれる。

 

愚かにも神に楯突き、挙げ句大方の予想通りに無残に敗北した室町幕府は、

その初めから既に権力の崩壊が始まっていたのだ。

各地の守護大名から侮られ、既に将軍家の命を忠実に守るものなどどこにもおらず、

自転車操業を続けた幕府が100年以上も持っただけでも評価出来ると、

後世の史家にもそこだけは評価されるのだった。

 

幕府が完全崩壊し東西朝時代が終了するのは、

応仁の年に勃発した騒動が直接の原因で『応仁の乱』としてつとに知られる。

一方的に抱き蓄積し続けた西方の神への恐れは、歴代将軍の持病となっていた。

人間が自ら作り出した幻影の祟りに将軍家は苦しみ続け、

そして応仁の年…時の将軍は祟りの解呪にとある凶行を実行し、

それこそが応仁の乱の引き金となった。

 

『時の帝の、三番目の皇女を西方の神への生贄に捧ぐ』

 

恐怖と狂気の体現とも言える宣言は、

守護大名達を始め多くの人々の心を完全に幕府から引き離した。

幕府の言い分としては

「三の皇女は帝の不義密通の子であり、贄にだしても別段、帝の御心は傷まない」

ということだったが、勿論そんなことは帝は言っていない。

将軍か或いはその知恵袋かの独断による凶行なのは明らかだった。

将軍家の凶行を止める為、

そしてあわよくば自らこそが新たな天下人にと望んだ守護大名達が一気に京へ攻め上り出し、

また生贄こそが本当に犬神の祟を鎮めると信じる勢力や…

いやシシ神の森の山犬は神を騙る妖犬であり退治すべしと言う者らも幕府の下へ結集し、

様々な思惑と欲望を持った人々の手によって近畿のそこら中で大きな戦が巻き起こった。

騒動の中枢…千年の都・京は紅蓮の炎に包まれ、

かつての栄華を忍び見ることも出来ぬ程に荒廃した。

 

 

誰が忠義者か野心家かも分からず、

誰がシシ神の森を守ろうとしているのか、

誰が犬神を祟り神として恐れているのかも分からず、

誰が敵か味方かも分からず、人々は壮絶に争い続けた。

 

 

そして、その大乱の中で生贄に選定された帝の娘…

三番目の皇女の行方が分からなくなり、

時の帝は己の無力を呪い、人心の荒廃を憂い、

先祖が作り上げた花の都を失墜させたことを悲しんだ。

もともと信心深く柔和な帝はとうとう病に伏せてその命を堕としたが、

荒れ果て権も財も失っていた朝廷は葬儀もできず、

また騒乱に夢中な幕府も大名も資金の援助を拒み

その遺体は数十日も禁裏に放置されたという。

 

帝が最後まで憂い、そして近侍の者も必死に捜索した三番目の皇女…、

三の姫はとうとう見つからなかった。

何者かが生贄とする為に密かに誘拐したか、

或いは生贄にはさせじと三の姫の命を守るためか、

三の姫は、とうとう見つかることはなかった…。

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

わおん!

今日もシシ神の森はめっちゃ平和だわん!

 

森はー広くてー苔だらけー♪

コダマはー頭揺れてるよー♪

ショウジョウはーうるせーよー♪

イノシシはー食べるとウマいー!

鹿もー食べるとウマいー!

シシ神とー鹿は似ているケドー食べると味違うー♪

 

どう?

シシ神の森の歌なんだけど。

作詞作曲オレだから問題ないね。

サビの部分はイノシシと鹿のとこダ。

あそこは魂込めて熱く歌うンダ。それがコツかな?

 

あー、日課の見回りも5、600年もやってると慣れたもんよ。

シシ神の森でオレに分からないことなんてもはや無いと言っても過言ではないダロウ!

さすが山犬一族の現当主!

ぜーんぶモロに仕切ってもらってるけど一応オレが当主らしいよ!

モロとオサがそう言ってたから!

 

おっ、気付いた?

 

そう。

 

そうなんだよ。

 

オサまだ生きてんだよ。

 

スゴイよねー。

ご長寿だよねー。

ご長寿早押しクイズ面白かったよねー。

オサ生き続ければあれに出てもらおう。

きっとボケきったオサの素敵な回答が見れルゾ!(なおコイツも600歳のもよう)

 

でもさー、こうしてシシ神の森の端っこの方走ってるとさー。

最近思うんだよ。

 

また周りうるさくね?

なんかしょっちゅう刀がキンキンでドカンドカンって音するんだよ。

いや、シシ神の森は平和なんだけどネ。

 

ふむぅ…。

 

何やら不穏な時代になってきたのかも知れヌナ…オレももっと身を引き締め…、

 

 

 

 

 

あっ、あれギシギシだ!

うわっ、シシ神の森にもあったんだ。

オレ知ってるぞ!

ギシギシの根を食べるとゲリになるんだゾ!

エド・スタッフォードさんが食ってゲリになってた。

みんなもギシギシ見つけたら根っこは食べちゃダメだからな。

オレ、人間とは違って今はもう体すごいジョーブだし大丈夫だろと思って興味あったので

ついパクっと食べたらその後猛烈なゲリピーで危うく死にかけたからな!

あの時のゲリはやばかった。

ほんと濁流ってのはあのことダ。

えっ?

なんで食べたのかって?

エド・スタッフォードの尊い犠牲を無視したのかって?

…。

いや何ていうかさ…。

知的好奇心?

みたいな?

あっ、あれ…オレならいけるかも…アノ人には無理だったけどオレなら…。

そう思ったこと、あるでしょ?

誰もが通る道でしょ?

あったよね?

あったに決まってラァ!

男の子にはな!

食べれるかどうか試したくなる時があるんだ!

 

へへっ。

 

モロに猛烈に怒られたのは言うまでもない(キリッ。

 

…。

 

あれ?

 

なんか真面目な話ししてたよね。

なんだっけ?

えぇーと…。

 

…。

 

……。

 

………。

 

おっ、もうすぐ樹海が途切れる。

 

ここらへん森の端っこだな。

 

完全に端っこまで来たら全力ダッシュで帰るわん!

だっておうちにはモロがいるもんね!

モロに会いたいよォ~。

もう一日だって離れたくない。

奥さんラブなの~。

何時まで経ってもホント可愛くてね…。

今ね…モロ…、

 

 

 

 

 

21匹目のご懐妊よ。(ニンマリ)

 

ごめんなさいねー?

そうなのーまだラブラブなのー。

いやオレもそろそろモロもいい年になってきたし

そろそろ控えようかなって自重しようとうっすら思ったんだけど…

モロの色気に勝てず…

じゃない、

モロが新婚だった時みたいにずっと若々しくて元気なんだもん。

成長してないってわけじゃないよ?

出るとこ出て締まるとこは締まってて…妹時代と違ってそりゃもうナイスバデーになって…

え?

…人間から見たら大して分からない…?

 

ウソでしょ…あんなナイスボディーなのに…?

セクシーさを感じないの?え?感じるやつもいる?

そうだろそうだろ。

そういうヤツ見る目あるよ。

そう、それでな?

まだまだ元気で若々しくて美犬なわけですよオレの奥様。

モロ本犬が

 

「まだまだ産める!」(確信)

 

って言うくらいに元気なの!

いやー、若いッスね、ボクら!(若者言葉)

もうすぐモロ400歳でオレ多分600歳ぐらいなハズなんだけどねぇ…。

 

早く帰って子作りスルぞー!

あっ、今ダメなんだった…。

お腹の子にさわるンダッタ…。

くそう…。

しょんぼりダナ…。

 

はぁ~~(クソデカため息)

 

 

ん?

 

 

おやおや?

 

 

なんか…、

 

森の隅っこに…、

 

捨ててあるぞ?

 

 

オイィ!誰だよここにこんなん捨てたの!

怒るよ!

 

まったくもー誰よー、こんなとこにコンナ籠捨てちゃって!

中身なによ?

 

…。

 

……。

 

………。

 

赤ん坊捨ててあるよ!?

ちょっと!?

奥さん!?

奥さんどこー!?

赤ん坊忘れてるヨー?

いいの?

ねぇ、コレいいの?

赤ん坊生きてるよ?

死んでないよ?

 

あっ。(発見)

 

…なんか…。

親らしき人…すぐ側で…ガリガリにやせて血だらけで倒れてる。

うーん…これはアーメン。(異教徒)

 

…。

 

……。

 

えぇ…。

子供遺して死んじゃったノカ…。

カナシス…。

 

「うぅ…」

 

うおっ!?

い、生きてる!!

まだ生きてるノカ!

 

「オイ、大丈夫か人間!シッカリシロ!」

「う…あ……――っ!!?ひ、ひぃぃぃ祟り神っ!!

 あ、あ゛…っあ゛っ!ど、どうか…こ、この生贄、を…がふっ!

 生贄を…!祟りをぉぉぉぉっ、お、お鎮め、くだざ、いぃ…!」

「ナヌ?た、たたりがみ?オイ、違うぞ。オレは犬神デダナ――」

「さ、さんの…さんの…ひ、め…生贄にぃ…人界を…お助けに……!

 さん…の…ひ!い………いけ…に…え……………ごふっ」

 

あっ…し、死んじゃった…。

うわぁ、鬼気迫るとはこういうこと?

スゴイ形相で祟りとかイケニエとかサンとか言ってたなぁ…このおじさん。

サンって…この子の名前か?

まさか…この赤ん坊が…祟りを鎮めるためのイケニエなの?

この…サンちゃんって赤ん坊が…?

…。

えぇ(ドン引き)

というか祟りってなんのこと?

ここ世界一平和と思われるシシ神の森デスヨ?

おじさん配達先間違ってない…?

完璧に誤配送ダヨ…。

 

…。

 

……。

 

えー?ねぇコレどうする?

ちょっとねぇどうすればイイ?

やだー↓どうすればイイのー↑!?

 

「アゥーーーーーーーーーーーン!!!」

 

困った時の遠吠えダ!

これで同胞から返事が返ってくるぞ…。

さぁ助言カモン…。

 

「ワォーーーーーーーン!!」

「ウォーーーーーーーーーーーーー!」

「アオーーーーーーーーーン!」

 

…。

うむ、返ってきたな…。

いや、わっかんねーナァ…何て言ってんだ?

違うよ!やめて石投げないで!?

いくら山犬同士でも遠吠えだけで細かい会話できるわけないじゃん!?

ちょっとお茶目しただけジャナイカ…。

ホントにもう、まったく…。

人間は冗談が通じないンダカラ…。

 

「…うぅ…ぐす…うっ…うーー!っ!おぎゃー!おぎゃー!おぎゃー!!」

「っ?!」

 

あ、赤ん坊が泣き出した!?

あ、赤ん坊が泣き出した!?

いや同じこと二回言っちゃった!

今までスヤスヤ寝てたのに一体どうしていきなりこんなギャン泣きを…。

 

…。

 

あっ、そうか。

オレがすぐ横で遠吠えしたからだ。(名回答)

なんてお利口なんだオレって…。

というか赤ちゃんに泣く元気あってちょっと安心!

 

「おぎゃー!おぎゃー!あんぎゃー!あんぎゃー!!」

「アァァ…すまぬ、すまぬ…、おおヨシヨシ…

 ほらほら、怖くないゾ…オマエを食べたりするものか。

 イケニエなんかにも出さぬカラ安心シロ!」

 

見せてやる…!

オレの300年に渡る育児力を今見せてやるぞ!

伊達に20匹育ててないぜ!

ふははっ!すぐにこのベイビーは泣き止むぞ!

ベイビーが10分で泣き止むにオマエラの魂を賭ける!グッド!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モロー!この子泣き止まないの!ドウシヨウ!!?」

 

オレはあの赤ん坊を優しく咥えてダッシュで巣に帰ってきていた。

 

「…」

 

洞窟で横になっていたモロがもっそりと頭を持ち上げてオレを見る。

…。

ちょっと気怠げでアンニュイなその表情!

くぁいい!

 

「人間の赤子?一体どうしたと……あぁ、そんなに泣いて…やれやれ、うるさいことだ。

 ほら、それじゃダメだヤツフサ。どれ、私に貸してごらん」

 

オレは赤ん坊を包むすべすべの絹の布を上手いこと咥えて運んできたが、

そんな運び方じゃ人間の赤ん坊がギャーギャー泣くわけだとモロに呆れられてしまった。

だって人間の赤ん坊なんて初めてなんだからしかたないじゃない…。

首が座ってるかどうかはちゃんと考慮して運んできただけオレサマえらいと思うンダ!

 

「…どうやらこの子はお腹が空いているようだな。

 さてどうするか…今は私のお乳も出るには出るが…」

 

あうあう、オレサマどうすればイイんだ。

オレが右往左往していると、

 

「…ヤツフサ。お前、温かい湯を汲んできてくれ」

 

との御命令がくだったぞ!

かしこまり!

命令がなきゃ動けない指示待ち犬が、命令を受けた時の俊敏さと有能さをご堪能あれ!

わんわんお!しゅたたたたたっ!

オレは元気よく走り出し巣の洞窟から飛び出した!

 

「ゆーたーん!」

 

そして直ぐ様オレは洞窟へ引き返した!

 

「モロ!オレの手じゃ火は起こせない!ドウシヨウ!」

「バカだね。この前私と浸かった天然の湯があっただろう?」

「オォ!あれか!ずっと北に行った所だったな!?そういえばあった!汲んでくる!」

「やれやれ…ふふっ」

 

即座に、そして今度こそオレは脱兎の如く駆け出した。

 

走るー走るー!ワンワワン!

 

疾いぞ疾いぞヤツフサ号!

この河を辿って行けば北の温泉ダ!

超ダッシュすれば日が高くなる前に汲んで帰ってこれるダロウ!

なにせオレはあれだからな!超速いからな!

 

あの温泉は大きな湖の側でシシ神の森の北堺ギリギリなんだ。

あそこら辺もいいとこだぞ~!

ちょっと長雨になると河がすぐに洪水起こしてあの辺の人間は大変そうだけど、

でもそんなに人住んでないしね。

まつろわぬたみ村はアノ大きな湖らへんのもっと西側…山の方だからな。

やっぱり河の洪水が嫌だから山らへんを中心の住居にしたみたいよ。

 

温泉に入りたいけど、今はあの赤ん坊の為に急がないとだし!

そもそもオレ一匹じゃつまらないし!

モロと一緒に入るし!

 

いそげーいそげーワンワン~。

もうすぐ見えてくるぞー……

 

 

 

 

 

 

 

――って、ほげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!(ブッチッパ)

はわわ!危うく脱糞するところだった!

出てないよ!ホントだよ!今の音はガスだけだ!

え!?

いや、ちょっと待って!

なにアレ!

 

この辺はもうシシ神の森ではなくてもともと平原ではあったよ?

でも…

 

あれ…?

 

緑の平原が……?

 

…。

 

……。

 

???

 

wwwww??????Wwwwwwwっw???Wwwwwww

 

土剥き出しの茶色い大地に変わっとるやないかーい。

そしてあの辺りにあった小高い丘には閑散ながらも林が生えたハズですが……、

アレレェ?おかしいぞ~?

丘が禿げ上がって砦みたいもんが建築中で変な色の煙がもうもうで…?

 

うわっ、あの煙クッサ!!

おくっさ!!

飯の煙じゃねぇ!

なんか…毒っぽい!!

なに燃やしたらあんな臭いになるんだヨ。

 

…。

 

も、ものには節度というものがアルでしょ?

80年位前に温泉にモロと来た時はその丘…まだまだ木もいっぱい生えてて、

動物だって鳥だって虫だって…

たった80年で丘を禿げ上がらせちゃって…!

毛根が死滅したらもう生えてくるもんも生えてこないんですよ!?

アデラ○スだってもう取り戻せないンダ…!

そのスピードと規模で伐採と拡張とそのクッサイ毒垂れ流しされたら

100年もすりゃココ荒野になっちゃうヨ!?キャピタルウェイストランドだよ!?

あ、あわわわわ(ガクガクガク)

 

…。

 

明らかにヤリ過ぎだしょォオ"オ"オ"オ"オ"オ"オ!?

まさかほんとに山犬が山から降りて来るとは思ってないってわけか…そうだろゥ…

逮捕してやるぅウウウウウウンスゥー、

う゛う゛にぃ~…コラぁアアアアアア!!

 

「ぎゃあああああ!!!?」

「や、山犬だぁぁあ!!!!」

「南のシシ神の森からわざわざ降りてきやがったのか!!」

「ちくしょう!舟に詰めるだけ鉄鉱石を詰め!山犬にやられたら稼ぎがパーだ!」

「見ろ、やっぱ派手にやり過ぎたんだ!森の民より先に犬神に見つかっちまった!」

 

なにやってだ~~~~~~~~!!なにやってだ~~!

(ここで砦の中に一気にジャンプして移動、煙出す建造物をぶっ潰しながら)

なにやってだ~wwなにやってだあああwwwほげええええええええwwwwww

 

「ああああ!?タタラ場がっ!」

「くそっ!折角建てたタタラ場を!もののけめ!」

「運び出せー!しくじったらアノ連中に何されるか分かんねぇぞ!」

「だから俺ァこんなとこで食い扶持稼ぐのヤメようって言ったんだ!」

「唐傘連はなにやっとる!おら達を守ってくれるんじゃなかったのか!」

 

伐採じゃなくて植林しろ!伐採中止ィ~!毒煙中止ィ~!(尻尾を振り回しながら)

 

「く、くそ…!このままじゃ全部ぶっ壊されちまうぞ!」

「あっ、き、来た!唐傘連だ!」

「た、助けてくれぇ!!」

 

あん?

なんじゃあいつら!

白と赤でなかなか見栄えするいい衣装じゃないの!

 

「愚かな人間共メ…今直ぐに尻尾を巻いてどこにでも逃げ帰るがイイ…。

 オレはこの毒を吐くモノを壊せればソレでよい」

 

脅す意味も込めてイゲンたっぷり怖さたっぷりな重低音でしゃべるぞ、こういう時は!

これで逃げてくれればいいだけど…。

いきなりエリミネートしようとは思わないよボクァね…。

くにへ かえるんだな。おまえらにも かぞくがいるだろう…。

 

「構え!撃てーー!」

 

ファ!?

ちょっ、えっ、なに?

アイエエエ!ナンデ!?吹き矢ナンデ!?

いきなり赤い傘スポッてして口に構えて唐突に吹き矢の嵐!

針の嵐がオレを襲う!

オレはこんなところで死んでしまうというのかーっ!

 

「………」(棒立ち)

 

カスが効かねえんだよ(無敵)

オレのふかふかな毛皮は綺麗なだけじゃないんだなこれが。

防御力もピカイチなんダゾ!

ムッハハハハ!

 

「そんなオモチャでオレを傷つけようなど片腹大激痛ダ!」

 

オレサマ偉大な感じ!オレつぇーな感じ!

 

「吹き矢が皮膚を通らぬぞ!こやつ!」

「…っ!もののけめ!これでは毒矢も意味がない!」

「彼奴めを殺すには大弓が何十と要るぞ!」

「備えが足りぬ!えぇい、退け!退け!!」

 

赤いちゃんちゃんこ着た連中がスサササッて走り去る。

うわ。

素早い。

というか…、

 

なんか…。

 

 

 

 

 

忍者みたいでかっこいい…。(羨望の眼差し)

 

何あいつら。

悪の組織の特殊忍者部隊!な感じでイイ!

すごくイイ!

絶対あいつら「散ッ」シュバッて消えるタイプだろ!

うおおおおおおお。

 

「待て貴様ラ!待テェェェイっ!!!」

 

サインください!

ファンなんです!

ずっと前(数秒前)からファンでした!

 

「追ってくるぞ!疾い!」

「くそ…煙幕の結界を!」

 

紅白忍者が懐からボールを取り出して地面に投げつけるとボフンっとスゴイ煙と…、

くっさ!

またくっさ!

この臭い強烈ぅ!?

鼻が曲がるんじゃーーーー!!

ついでに目にもしみるー!

なにこれ!

臭いし目に染みるし!

うんことおならと胡椒と七味と山椒とタバスコとハバネロとわさび混ぜたみたいな!?

なんてもの作ってくれやがったんだコノ野郎!

今後、香辛料とか食べた時に自然とうんこ連想しちゃうじゃないか!

激烈うんこ玉と名付けてやるゾこの野郎!

 

「おのれィ!激烈うんこ玉トハ卑怯ナリ!!」

「なっ!?ち、ちがう!これは――」

 

紅白忍者の一人がオレのナイスネーミングに不満を持っているようだ。

怒った感じの口調で声を上げたけど…。

 

「ぷっ!」

「げ、激烈うんこ…!」

「ありゃあそんな名前じゃったのか!」

「ぶはははははっ!!」

「唐傘連もなかなか良い道具持っとるのぉ!ぷーくすくす!」

「それも大陸の技術か!?あははは!」

 

おお、遠巻きに見ていた他の人間から好評じゃぞ。

よかったな紅白忍者軍団。

今日からそのボールは激烈うんこ玉だ。

定着させたろ。

 

「激烈うんこ玉なぞせっせとこさえて!

 あまつさえ逃げる時にバフンッ!とうんこ臭を撒き散らす…

 まこと貴様ら紅白人間の激烈うんこ玉は強烈ダ!おお、たまらぬわ」

 

今のはバフンッ!という擬音と馬糞をかけた高度なギャグなのだぞ。

実際ハイセンスな。

 

「――っ!!!」

 

あっ、紅白忍者軍団がぷるぷる震えてる。

 

「ぎゃーはははははっ!」

「わっはっはっはっは!」

「ひー!ひ、ひー!もののけも…なかなか面白ぇ奴なんじゃな!」

「うっくくくく!あ、あの臭い玉…いや激烈うんこ玉か!

 ありゃ唐傘連のうんこで作っとんかな?クスクスクスッ!」

「お、おいあんま笑うな!か、唐傘連に聞こえちまうぞ…!ブフッ!」

 

ふふ…やっぱり古今東西、男達ってのァ…何時まで経ってもウンコが好きなんだな。

オレ、確信したよ。

 

「っっっ!!お、おのれ、もののけ!!こ、この屈辱は忘れんぞ!!」

「ぶははははっ、あっ!?い、いけねぇ!おら達も逃げろ!」

「ひー、命あっての物種じゃ!唐傘連が逃げたぞ!みんな逃げ――ぷふふっ!」

「もののけの鼻が唐傘連の()()()()()()できかねぇうちに逃げるぞ!」

「おお!唐傘連の()()()()()()のおかげじゃな!」

「「「わはははは!」」」

 

丘の砦でギコギコバッタンしていた人間達は一目散に丘を駆け下りて、

何艘かの舟に飛び乗ると全員が北に向かって漕ぎ出してった。

多分、北の方から海通ってどっかに帰るんだな。

 

…。

 

そうだろーなー。

あんな人間達今までこの辺じゃ見たこともなかったし。

それにこんな森の壊し方したらマツロワ村の人間がブチギレる筈だもんね。

アイツラは海上ルートからマツロワのテリトリー避けて、

もちろんシシ神の森も避けて北の沿岸から来るしかない。

じゃないとココに辿り着く前に37564だもん。

 

…あとは北の岸を通っていけば東からもこの辺にはこれるか。

うーん、どっから来た人間かなぁ。

 

…。

 

……。

 

むむむぅ…今なら全員ぶっ飛ばせるけど…

まぁ見逃してやろうではないか…初犯で皆殺し判決はちょっと心苦しいし…。

でも次また来たら○すからねー!

もう戻ってくるんじゃないぞー!

 

「もう来るでナイゾーーーー!!!」

 

バーカバーカ!

まったく…。

 

はぁ…。

 

酷い有様じゃよー…この丘が元に戻るまで、一体何年かかることやら。

自然は壊れるのは一瞬だけど戻るのはスッゴク時間かかるんだゾー?

もー…。

これだから人間はさー。

…とりあえず、この毒吐く建物は…3分で真っ平らにしてくれるわー。

犬神の力みせちゃるぞ~。

そらー!大暴れー!!

 

 

 

 

 

―5分後―

 

 

 

「うむぅ…ちょっと時間足リナカッタ…」

 

でも本当に跡形もなく真っ平らにしてやったゾ!

最初にぶっ壊した一番デッカクて一番煙モクモクだしてた建物…あれにトドメくらわしたら、

めちゃくちゃ熱いのがダラーって出てきてさすがのオレの毛皮もちょっと火傷しちゃった。

でも犬もやればできるもんだ!

わっはっは。

 

…。

 

うーん、でも毒出す建物も他の建物もとりあえずぶっ壊したけど…、

この辺りの自然まで壊れちゃってるんだよなぁ…。

…。

むむっ(閃き)

 

今度、ここにシシ神連れてこよう!

一緒に温泉に行ーこーおー!って誘う作戦でいこう。

ここまで来てこの荒れ地見たらあのゴッドも林と野原再生してくれるかも。

 

はわー、名案だワン!

 

あぁたまにオレは自分のリロンハな所が怖くなっちゃうナー。

 

じゃあ、戻ったらシシ神を誘拐するか。(作戦崩壊)

 

…。

 

……。

 

あっ!

そうそう、大事なことを思い出したぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

暖かいお湯を早く汲んで帰んないと!

赤ちゃんがきっと寒がってるぞー!

ダッシュだオレ!

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ…はぁ…!さすがに疲れた!

でも最速記録樹立ダ!

まだまだ余裕で陽が高い内に往復できた!

いやーオレの身体能力もだんだん化物じみてきましたね。(※八尾の化物です)

 

「モロ…た、ただいま…ゼェゼェ…お湯持ってきたぞ!」

「ほぉ、随分と早い……む?ヤツフサ…お前、一体どうした?妙なニオイがこびりついている」

「あぁ、これはちょっと人間達に毒矢吹かれたり毒煙掛けられてりシテナ!でも全然大丈――」

「―…何?」

 

ヒェ。

なに?

なんか巣の中の温度が下がった気がするんですけどォ…?

モロの顔も怖くなった…。

うぅ…。

コワイ!

 

…。

 

でもやっぱ可愛い!美人!美犬!天使!

クールビューティーとはまさにモロの為にあるような――

 

「すぐに横になれ!どこだ…!どこをやられた!見せよ!

 っ!こ、この爛れた傷は何だっ!!火か!?火傷を負わされたのか!!」

 

キャー!

モロさんのえっちー!

モロがいきなりオレに襲いかかり上にガバっと覆い被さってきた。

あら大胆!

人間の赤ん坊もいるのに!

まだお昼なのに!

 

「わっふふふ!くすぐったい!」

「ジャレ付いているのではないぞ…!ふざけるでない!何をされた!」

 

キャー!

首元も脇も後ろ足の付け根もスンスンペロペロされるー!

火傷ペロペロちょっとしみるー!

…ふぅ(恍惚)

 

「だから大丈夫ダ、モロ!あんな人間共の武器ではオレに致命傷など与えラレヌサ」

「毒も吸ったのだろう!?吐き出せ!ほらっ!」

「ゲフッ、ちょ、待て!叩くナ!」

 

モロがオレの背中に全力の前足テシテシをしてくる!

痛い。結構痛い。

普段のクールビューティーはどこいったの!?

お、落ち着いてちょうだい!

 

「だから大丈がふっ夫だ!お、落ち着…ごふっ、もう叩かないでゲフッ」

「ほ、本当に大丈夫なのだな?」

「ダイジョーブだ。火傷もどんどん治っているしナ!」

「………よかった…兄様…」

「ん?久々にアニと呼ばれタナ…ははは、懐カシイ!」

「う、うるさいね。まったく…心配をかける奴だ!」

「うぅ…ふぇぇ…!おぎゃー!おぎゃー!」

 

あぁ、赤ん坊が泣き出しちゃった!

今まではモロのお腹の天然もふもふ毛布に包まれて暖かグースカしてたのに

モロがすごい勢いで立ち上がってオレのことボスボス叩いてたから当然の結果なのです!

 

「オォ…元気いっぱいダナ!モロは人間の赤子に一体何を食べさせたんダ?」

「私のお乳だ」

「えっ、大丈夫ナノカ?人間に山犬のおっぱいあげちゃって…」

「普通の野良犬や狼ではダメだろう。最悪、赤子が死ぬ危険もある。 

 …だけど、まぁ私も神の端くれだし…それに最近な、感じるのだ」

「何ヲ?」

「……お前に愛され続けて、

 お前の神の血が多分に混じった精を受け続けたからか…私もかなり若々しいままだ。

 力も一向に衰えぬのだ。お前の子をまだまだ産めると確信しているのはその為だよ。

 神力が強まった私の肉体は、種を越えた授乳が出来ると分かるんだ。

 我が血に眠っていた古代の神々の記憶が大丈夫と教えてくれているようだ」

 

へぇー…。

それはつまり……、

 

…。

 

愛し合う二匹はいつまでも若いってことダナ!

はぇ~、スっゴイ…。

モロって若作り上手なんだ…。

…。

でも齢とってもモロは絶対可愛いまんまだよ!

絶対美人のおばあさんになると思う。

ふむ~。

それにしても…、やっぱ夫婦の営みって若々しさを保つのネェ奥様!

メイク・ラブ万歳。やっぱ愛するお方と愛し合う生活ってお肌潤うのね!

恋は犬生の起爆剤なのか!

何歳になってもモロへフォーリンラブはつまりセイブツガク的に大正義と証明された…?

やったぜ。

…。

 

でもさ…。

 

いつまでも私は若いぞって今言ってたけど…

最近声がまたまたちょっと低くなってきたよね?

いやいや素敵な声だよ?

でもオサに似てきたっていうか…。

300年くらい前のオサと瓜二つボイスっていうか…。

超イゲンあるっていうか…。

ナイスでハスキーな美しき声…。

そう、何故かその声を聞いてると金髪ロン毛の太陽光を背にしたオバサマの姿が…。

神々しい…。

 

…。

 

……。

 

………。

 

ハッ!?なんか今、オレまぼろし見てた?

まぁそんなことはどうでもいいんダ。

とにかくモロは可愛い。QED。

モロは泣き出した赤ちゃんをペロペロ舐めてまた温かい自分の体で包んであげている。

オレだっていっぱいベビーシットしてきたベビーシッターだ!手伝えらァ!

まずはお湯を取り出しまして。

あの人間の砦で拾った木桶に注ぎまして。

ざばぁー。

完成しましたので。

 

「モロ、お湯張った」

「よし、洗ってみよう…」

 

モロは大人しくなってきた赤ん坊を器用に咥えてそーっとお湯へ入れてちゃぷちゃぷ洗う。

おー、赤ん坊気持ちよさそ――

 

「むぁ!?」

 

ピューーーっと赤ん坊から弧を描くお水が発射!オレの顔に!

親方!赤ちゃんからおしっこが!

キャー!

 

「ほう、山犬も人間も赤ん坊は一緒だな。

 気持ち良くなって気が抜けると漏らすらしい。はっはっはっはっ」

「ヌー…まさかオレの面体に小便かける人間がいるとはナ」

「大物だな。シシ神の森第二位の現神に……大した子だよ!ふっ」

「オレはそんな大それたモノじゃない。

 デモ掛けられるナラ毒矢よりオシッコのほうがマシだな!ははは!」

 

モロのお腹の中の子が生まれるよりも一足早く、

オレとモロは人間の子育てをすることになってしまったのだ。

どうなるかなー、この子。

いつまで育てるつもりなんだろう、モロは。

 

…。

 

まぁ上の子達もちょっと大きくなって手がかからなくなってきたし!

お腹の子が生まれるまでくらいなら面倒見てやるか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―6ヶ月後―

 

 

 

 

「わああああああ!!」

 

オレはちょっとしたパニックになっていた。

 

「お、男の子ダ!モロ、こいつ男の子ダ!シカモ双子だ!!」

「…やれやれ…生んだばかりで疲れているというのに…騒がしい夫だ。

 まぁ、ようやくのオノコだ。存分に歓び騒ぐがいいさ。ふふふ…」

 

エライコッチャエライコッチャ!

もうすっかり女の子が生まれるのが当たり前な空気だったから油断していた!

ど、どうすればいいんだ?

オトコノコって女の子と同じ扱いでいいの?

まずペロペロしてあげていいの?

 

「ペロペロしてイイ?」

「存分にしてやれ」

「わぅ!ペロペロペロペロペロペロペロペロッ!」

 

妻の許しが出たのでやるよ!心ゆくまでやるよ!

うわーーーー!

これでようやく全お父さんの夢、息子とキャッチボールができる!

やったぜ!今はちょっと離れた洞窟にオレの娘達と独立して結婚生活満喫中の兄弟ドモ!

男勢力がようやく!しかもいっぺんに二匹増えたゾ!

オレはやったぞ!

いや、オレはやってなかった。

そう!全てはモロのおかげ!

はぁ~、モロありがとう。

もうモロなしの犬生は考えられない。モロ・イズ・至高。

あのキリリとした横顔。シュッとした目。長いまつげ。白くてツヤツヤでふかふかの毛。

うぉー、モロぉー、可愛いぜ。

そして男の子ありがとう。オレ、キャッチボールするんだ!

 

「アォーーーーーーーンッ!!オトコ、オトコ!アォーーーーーーーン!!」

 

これはもう家族全員に報告せねばな、とオレは遠吠えしてみた。

するとシシ神の森のどっかから「アォーーーーーーーン」と遠吠えが返ってくる。

む!あの声は長女のアマと結婚した一番上の兄弟!

元気なようでなによりだ。

 

「アォーーーーーーーン」

「ワォーーーーーー」

「ワゥーーーーーーー」

 

兄貴の遠吠えに続いてどんどんシシ神の森のあちゃらこちゃらから遠吠えの返事が返ってくる。

おう、よしよし…皆元気そうでよかったよかった。

よし!これで親戚一同に長男誕生の報告は済んだな。

山犬って便利。(なお、遠吠えだけでは詳細は伝わらんもよう)

 

ん?

 

…。

 

なにか…、

 

ダダダダダッって…走ってくる音が…

 

「ヤツフサ!今の遠吠えは!!モロっ!生まれたんだね!」

 

おわっオサ!来るの速いよ!?

あなた今年で幾つよ!?健脚すぎな!?

見た目的にはそうは見えないけど、もうかなりのお歳ですよね…?

 

「母様…えぇ無事生まれました。元気なオノコです」

「あああ」(ガクガクガク)

 

お、オサっ!痙攣起こしていらっしゃるゾ!?

とうとう死ぬのか妖怪長寿BBAドッグ!死因は嬉死か!?

 

「オサー!?死ぬな!ここまで来たら目指せ1000歳!乗り切ルンダ!」

「誰が死ぬか!ちょっと驚いただけだよ」

「ホッ…」

 

一安心ダ…。よかったよかった。

 

「ホラ、オサ…モロが生んでくれた初の男の子ダ!抱っこしてやってクレ!」

「山犬がどうやって抱っこするんだ…人間に()()()おって…。

 そういえばショウジョウ共が噂しておったぞ?人間の赤ん坊を育てているらしいじゃないか。

 そのせいか?その()()()は…」

「じゃあペロペロしてやってクレ」

「………しょうがないねぇ」(デレデレ顔)

 

…。

こうなっては山犬一族の古老もただの孫バカよのう。

ふふふ…もはやオサ、恐るるに足らず…。

今後は孫のペロペロ権をチラつかせればこの群れはオレサマの思うがままよ…。

そうだなーまず手始めにオチビどもの世話をたっぷりしてもらおうか!

フハハハ。遊びたい盛りのオチビ達と駆け回るのはツラかろう…!

…。

しまった、もうオサやってるよ。しかも日常的に。

クソぅ…タフだなこのBBA…!

 

うん?

 

また音が聞こえる。また走る音だ。

今度のはダダダダダッというか

タタタタタタッてのとパタパパタパタってのとトテテテテテって感じ。

 

「わうわう! ととさま! おとうとうまれたの!」

「おとうと!? おとこのこ!?」

「うまれたのかー! おとうとかー!」

 

十八女ピリカちゃん!十九女サクヤちゃん!そして二十女ミカンちゃんの登場(エントリー)だ!!

 

「おお!生まれたゾ!オマエたちの弟だ!」

「かわいいー!」

「ちっちゃーい!」

「あたし いもうとがほしかったのだ! しまいのなかで あたしだけいもうといない!」

 

ミカンちゃん…そりゃそうだよ!

だってキミ一番下の女の子だし…。

おとうとで我慢してちょーだい?

 

…。

 

あっ、ちがうちがう。いや、うっかり。

いるじゃない、妹!

 

「おいおい、ミカンよ…オマエにも妹はいるぞ!この赤ん坊は女の子ダ」

「むー?あっそうか。このにんげん おんなのこダ!よーし あたし おねえさんだ~」

 

人間の赤ちゃんのほっぺをふわふわの前足でテシテシするミカン。

はぅあ…まじプリティー…。

ちゃんと爪たててないあたり、この娘もいい子やでぇ…。

もうみんなモロ似で可愛くて優しいンダカラ!

パパしあわせ。

 

「おう兄弟!モロ!生マレたノカ!」

「あの遠吠えはソウイウコトか!ヨカッタデハナイカ!」

「オオ!オレたち兄弟で一番早くオトコ生んだな!スゴイぞ、モロ!さすが我らの妹」

 

うわぁ、懐かしのブラザーズ。

オマエラ、いつの間に!

ほめろほめろ!モット我が妻をほめろ!

 

「…ほー、オトコか…本当だ。こいつチンチンついてるゾ」

「ドレドレ…うむ、確かに。ダガ小さいナ。我が足元にも及ばぬワ!」

 

馬鹿なのブラザーズ?

当たり前でしょ?

生後数時間なんだよ!

まだプリティーおちんちんだよ!

 

「なんだ馬鹿息子共…来たのかい。ほら、あまり寄るな。狭いだろう」

「母者!何時までもオレの甥独り占め!ズルい!」

「オレ達も甥、舐メタイ」

「オサ、最近孫バカ。ヤツフサと似テキタ。さっさと引退スルベキ」

「…言うようになったね、若造共…まだまだ私は若い者に負ける気はないよ。

 それに、正式には既に一族の長はヤツフサとモロだ。私は引退している」

 

よして?

人の巣で親子ケンカはよしなさいね?

 

「弟たち、若造。デモ、オレ違う…もうオレも親ダ。一人前ダゾ母者」

 

…。

 

え?

 

い、いまこの兄貴なんつった?

 

「兄貴が親…つまり…兄貴の妻でありオレの長女・アマちゃんが子を生ンダッテコトカ…?」

「ウン」

 

このバカ兄貴ィィィィィィィ!?

えっ、ちょ…なんでそういう大切なコト言わないの!?

なんで今まで黙ってたの!?

 

「なんで今まで黙ッテイタノダ!?」

「忘レテタゾ。そういえばアマが、伝えろって…今伝エタカラナ。一昨日にメスが生マレタ」

 

こぉのやろっ!

やっぱオレたち兄弟だな!お互い忘れっぽくてこまるぜ。はははは。

いやそうじゃないでしょ?

違うでしょ?

モロ!

何か言ってやんなさい!

このバカ、キミの実のお兄さんだぞ!

 

「やれやれ、いつの間にかヤツフサと私にも孫が出来ていたか。

 クァッハッハッハッ!こいつはおかしい!まったく、めでたいことよ…」

 

吹き出して笑ってるー!

やだ、モロったら心広い。(※夫がバカなので鍛えられたようです)

…。

うーん、でも本当にめでたいなぁ。

初息子と初孫をいっぺんに授かっちゃうナンテ…。

盆と正月が一緒に来たようデスネ!

やったなオサ!

アマちゃんの子だからオサの初ひ孫ダゾ!

 

…。

 

 

オサ…?

 

はっ!?

 

し、死んでる…。

幸せそうな顔でピクリとも動かない!

 

「オサー!?今度こそ死ンダノカ!?」

「生きてる!勝手に殺すんじゃないよ!」

 

なんだー。

犬騒がせな婆さんダナー、もー。

 

「ふ、ふふふ…ふはははは…そうか…初ひ孫か…長生きはするものだ…ふふふ…」

 

オサが喜びにあまりケタケタ笑ってる。

コワイ。

そしてオレとモロの愛の巣にいつの間にか兄弟全員集合してる。

超せまい。

あっ、あれに見えるは四番目の兄弟に嫁いだ四女のウシワちゃん。

里帰り、オカエリ!

ウシワちゃんはまだ赤ちゃん生まれない?

あっ、そう。

ヨカッタ…。

知らずに生まれてたとかじゃなくてヨカッタ…。

生まれそうになったら知らせてね?ウシワちゃん。

というか妊娠した段階でシラセテね?ウシワちゃん。

 

「さて、ではヤツフサ。このオノコの名を決めてやってくれ」

 

アッハイ。

そういえばそうだった。

でもどうしよう。

女の子の名前しか考えてなかった。

 

「…そういえば、この人間の赤子…この子もまだ名前が無かったな。

 ついでだ、この子の名前もヤツフサが決めておやり。

 いずれ…この子が人界に帰るとしても、それが何時になるかは分からない。

 その時まで呼び名も無しでは不便だからな」

「ム…そうだった…まさか人間の名付け親にナルトハ思ワナカッタガ…」

 

むーん…名前名前…。

オトコの名前…。

どうしよう。

人間の女の子の名前も考え…、

…。

あっ、

そういえば…。

 

「この赤ん坊…オレに差し出した人間が事切れる寸前…サンノヒメと呼んでいた」

「…なんだ、名があったのか?そういう大事なことはもっと早くお言い、ヤツフサ。

 まったく…兄上と似ているな…そういう所は」

 

えっ、うそだー。

オレあの兄貴程バカじゃないっすよ~!やだなー!

ちょっと忘れっぽい所は似てると思うケドナ!へへっ!

 

「サンノヒメ…は長い。ソウダナ…うむ、ソウダ!この子は、『サン』!

 サンだ!サンとしか思エヌ!

 何故か…この子はサンという名がピッタリな気がスルノダ」

「…サン。あぁ良い名だと思う」

「サン…!」

 

オレとモロが人間の赤ん坊をサンと呼ぶと、この子も「だぁだぁ」と笑ってオレ達に手を伸ばす。

かわいい。

ま、まぁオレとモロが生んだ子ほどじゃないけど…、

人間の赤ん坊も…ちょっとは可愛いジャナイカ…そ、そこは認めてヤロウ…。

 

「…で、サンの弟…この双子の名も頼むよ、ヤツフサ」

「……ウーム、ウーム…サンの弟……むっ!」

「おお、閃いたか?」

「サンときたらニィとイチ!」

「……」

「(∪^ω^) 」ニッコリ

 

完璧ダロ。

だって順番的にはサンの弟になるわけだし。

…。

……。

あっ!

し、しまった。

違う。そうじゃない!

 

「スマヌ…違った!オレは間違ってイタ!」

「おお、そうか。よく自分で気付いてくれた」

「シとゴだな!ウム!」

「……」

 

あれ?

どうしたのモロ。

オレの得意技『チベットスナギツネの顔』をいつの間に習得シタンダ?

うまいうまい!似てるゾ!さすがモロ!

 

「…ヤツフサ、その…初めてのオノコだし、この子達の名は私が考えて良いか?」

「オォ、それはモチロン!ソウダナ!たまにはモロも名付けたいよなァ…当然ノコトダ」

 

結局、この日はサンの名前しか決まらなかった。

まぁしばらく名前無くても困らないか。

サンも半年間名前なかったし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―6ヶ月後―

 

 

 

 

「…やめろ、サン」

 

サンちゃんがオレの毛を引っ掴んでよじよじ登っていくの。

すごい握力ダナァ。

ちょっと前までつかまり立ちしてたと思ったら、

もうオレを登って頭の上にちょこんと座って「うぉーん!」とか言ってる。

遠吠えのマネかな?

かわいいなぁ。

 

「とーたん、とーさん!」

 

…。

狼のオレのこと、完全にお父さんだと思ってるンダなぁ…。

 

…。

 

かわいいなァ。(デレデレ顔)

 

 

 

あっ。

ちなみに息子二匹の名前はタロウダチ、ジロウダチになったよ。

なんかね、シシ神の森のずっと南に剣作りがんばってる人達がいて…、

その人達が神様へのお供え物って言ってがんばって作った剣をオレ達にくれたんだ。

超デケェ剣でさ!

なんか2mぐらいありそうな2本セットの兄弟刀なんだって!

超かっこいい。

デカくて兄弟刀で男の子心くすぐるの。

わかってるじゃないか、人間!

こういうのでいいんだよ!

貰ったのがちょうど名前の悩んだアノ日の数日後だったから、

モロが、

 

「兄弟刀の太郎太刀と次郎太刀か…なるほど。

 これほど勇ましい大太刀ならばこの子らに相応しいかもしれぬ。

 ……それに太郎、次郎はイチとニの意味もある。

 これなら最初のヤツフサの案にも沿うな。

 よし、今日からこの子らはタロウダチとジロウダチだ」

 

って感じで結構あっさり適当気味に決まった。

モロ…あんだけ悩んでたのにこんな理由で決めるとは…。

まぁでもそういうタイミングとかも大事だし、いいんじゃないかな。

なによりモロが決めたことだし!

それにタロー、ジロー…実に犬っぽくてイイ!

呼びやすい!

由緒正しき伝統的ジャパニーズ・ドッグ・ネーム!わんダフル!

それにイチとニって意見もモロがソンチョーしてくれて嬉しい!ワォーン!

 

ちなみに人間がくれた太郎太刀と次郎太刀は、

いつも尻尾に隠してる剣よりもドッシリ安定感あってサイズ的にも咥えやすいので

オレがメインウェポンにすることにしたのだ!

タローとジローが大きくなったらちゃんと譲ることを条件にモロが許可してくれたの!

 

これで…!

 

これで……!

 

本格的に蛇狗剃(ダークソウル)の型が活躍するぞーー!(こういうことは忘れない)

うぉー!

本格的に練習するのが楽しみだなー!

はー、全犬憧れの的…大狼シフさんを目指すんだワン!

 

 

でも今は…

 

「とーたん!わぉーん!」

「…はいはい、遠吠えスルンダナ?ワォーーーーーーン!」

「うぁー!とーたん、すごい!」

 

とりあえず育児が優先ナノ…。

 

「ふふっ、微笑ましいが…ヤツフサよ。もう少し小さく吠えてくれ。

 タロウとジロウが起きてしまうよ」

 

サンに乗り回されているオレを見ながらモロが優しそーに笑ってる。

はぁー、モロ…超美人…。

オレ幸せー。(にっこにこ)

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

―約1年前…タタラ砦陥落の後…若狭・港近くの廃寺にて―

 

 

 

「何?」

「も、申し訳ありませぬ!」

 

赤みがかって、丸い、潰れたような大きな鼻を持つ背の小さな青年が、

必死に頭を下げる男を鋭く睨みつけた。

両者ともに真っ白い着物を着ており、その上から赤い袖無し羽織りを羽織っている。

頭に巻く赤い頭巾まで同じ。そして肩に背負う赤い唐傘までも同じ。

 

「…おぬし、師匠連があそこへ掛けた金子の量を知っとるか?」

「…」

 

頭を下げている男は顔までも白い布で覆い隠しているが、

それから覗く目の周りは皺深く、彼を叱責する青年よりも明らかに年上だ。

だがその皺深い目には明確な怯えが走っていた。

 

「も、申し訳――」

「あそこの開拓は()()()()()()お方々が熱望しておるものじゃ。

 いくら謝ろうとも済まされるものではない。

 例え相手が、単身で一軍を蹴散らし、タタラ砦も破壊し尽くす()()()()()だとしても、だ。

 …将軍の牙が折れ、東西南北…守護どもは己の懐を肥やすために血を流す。

 だがその牙折れた将軍家に何もかもを奪われた天子様は更に哀れと思わんか?ん?」

 

頭を垂れている男はただ黙って青年の言葉を聞くしかなかった。

 

「己が息女まで将軍家に奪われ、そして姫は戦乱の中で神隠しに合われ…おぉ実に哀れ。

 もはや権威もへったくれもないわな。はっはっはっ…。

 故に、利用できるものは全て利用し、そして我らは怖い怖い神殺しをせにゃならん。

 シシ神の森が一番偉いと、そういう勘違いが世に浸透しつつある。

 そんな勘違いが広まったら困る方々がいる…。

 勘違いは正さねば…。

 わかるかな?ん?」

 

青年はずっと柔らかい薄ら笑いを浮かべているが、目は笑っておらず、

飄々とした態度であるのも、頭を垂れている男が抱く恐怖心をより煽った。

 

「次はない。しっかりな」

「は、ははっ」

 

ずっと頭を下げていた男は力強く返事をすると、

笑う小男を最後まで見ること無く暗闇に姿を消していった。

 

「…いやぁ~、まいったまいった。

 堕ちた権威を神殺しによって取り戻そうなどという乾坤一擲の大博打…

 尊きお方達の考えることは俺にはよぅ分からんわ。…分かりたくもない。

 嫌な仕事を押し付けられたものよ」

 

一人きりになった廃寺で、青年は途方もない大仕事を押し付けてくれた老人達へ毒づく。

腕を組んでどうしたものかと思案を巡らすも、すぐに妙案など出てきはしない。

 

「矢も通じず一匹で砦を平らげる八尾の犬神…いや妖犬か。

 さてどうする……………。

 我らだけでは如何ともし難いが、

 タタラで溶けた鉄で犬神の皮が焼けたというのが本当なら…

 明国が作ったという火竜槍でも使ってみるかの……倭寇に渡りをつけにゃあな。

 やれやれ…時間と金が湯水のように飛んでくわ…。

 俺が生きている内に終わるか?この仕事……いやいや…かなわんなぁ」

 

散々愚痴ると、

赤い羽織を毛布代わりにして己を包み、そのまま丸まった猫のように寝るのだった。

 



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アシタカとサン

前回更新が…ほぼ2年前…!?
2年ならアウトでしたが、でもまだ2年には5日ばかり早いからセーフという理論を展開してセーフです。よかった。

ランキングに他の方のもののけ姫SSがあって嬉しくなってちょっと復活できました。
もっともののけ姫ふえろー。






前に投稿した時は次回3連続更新をすると言ったな?あれは嘘だ。(シュワ)

申し訳ありませんが次回更新は未定です。
またのんびりお待ち下さい。


アシタカヒコは年若くして優れた狩人であり戦士だった。

彼の血筋は、京の公家や世間一般の人々が持つ〝高貴〟のイメージとは少し違うが紛れもなく由緒正しき血統だった。

彼の一族は大和一族との勢力争いに敗れ、日ノ本を段々と東へ北へ追いやられた者達であった。

東北に追い詰められた後に大戦士アテルイが決起し、大和国へ痛打を食らわせたものの偉大なる戦士は武運拙く敗れ死んだ。

そのアテルイこそが彼の祖先であり、アシタカヒコはその直系唯一の男子だった。

 

今、そのアテルイの子孫達は東北ではなく、なんとかつて追われた本州は西方…宿敵大和の本拠を通り越して、中国山地を包む日ノ本最後の真なる聖域・シシ神の森に住処を移していたのだから驚きだ。

他の流浪の民らもそうであったが、彼らエミシの一族がこの地に来た理由は今より200年程前、シシ神の森の大犬神が大陸の侵略者を打ち破ったことに起因する。

 

古代、大和一族に敗れ、各地に散り散りになり、潜み、歴史の表舞台から姿を消し、人々の記憶から消え果て、そして血も力も衰えて滅ぶ運命にあった彼らは、ヤマタノオロチの化身が再び世に現れた事実に挫けつつあった意気が刺激され奮起した。

大和一族の主神に滅ぼされた筈の古代の自然神が犬の姿となって黄泉より還り、現代日ノ本を牛耳る大和の民をてんやわんやさせているのだという。

零落したまつろわぬ民達からすれば、何とも痛快でこれ程愉快な事はない。

それでいて、大陸からの外敵も退けていて大和の民からさえ信奉を受けるようになってきているとのこと。

今もなお霊威と神威を高め成長しているオロチの化身たる犬神は、諸外国からもその姿を消しつつある、真の実行力と介入力のある古き御代の最後の一柱として大陸でもその名を知られ始めているのだと、シルクロードを通ってやってきた異国の行商人が言っているとかなんとか…そういう話を明国で聞いた倭寇がいるらしい。

 

曰く、

「遥かなる東方、黄金の如く輝く毛色をした犬神が治める島国ジパング。

人間が台頭し、神々を蔑ろにし排除している時代にあって、ただ一柱、絶大な神通力と武力で驕れる人間に神と自然の〝畏れ〟を教える肉体持ちし現神(うつつがみ)

彼の柱の毛皮を傷つけることは人間の〝科学力〟をもってしても不可能で、科学の結晶たる鉄砲(石火矢)も火薬も跳ね除け毒も喰らってしまうというのだ」

そう呼ばれている。

 

これは余談だが…

そういう話がシルクロードを伝い、西方にも伝わると、その事実の不都合っぷりに困り怒ってしまう人々がヨーロッパと中東には多くいて、そういう事が遠因で一悶着起きまくって、歴史に名を刻む英雄ティムールがチンギス・ハンと蒼き神狼の子孫を自称して東方の神の為とか称して本来の歴史よりハッスルして西方諸国を粉砕しちゃって大変な事になったり、東ローマ帝国がその余波でわちゃわちゃとなったり、オスマン帝国も巻き添え食っててんやわんやしたりらしいが極東の犬神には関係ないので置いておく。

 

 

 

そんな西方諸国が大いに荒れティムールらが活躍した100年程後…日ノ本に生まれたアシタカヒコにはアテルイの…エミシ一族の首領の血だけでなく、彼の父祖達がこの地で行った婚姻同化政略によって他族の首長の血も流れていた。

しかもアシタカヒコの母は、まつろわぬ民同様シシ神の森へ逃げてきた歴史の敗残者…南朝宮方一行の中にいた名将の血を引いていた。

即ち、楠木正成である。

まつろわぬ民の連合勢力の若き首領は、英雄アテルイと各一族の歴史に隠れた戦士達…そして楠木正成の血を引くサラブレッドが爆誕していたのであった。

後世の歴史家が満場一致で「盛るのもたいがいにしろ!」と叫びたくなる程の、国民的少年漫画もまっつぁおの血統主義マンがアシタカだった。

祖先の家系に変更点があったらアシタカが生まれないとお思いの賢明なる読者諸兄諸姉もいるだろうが、それはセワシくん理論で解決できるのは偉大なる青狸が22世紀で証明するので問題はない。

 

そんなアシタカの家系図を辿っていくとそれはもう愉快な事になる。

歴史書が30冊ぐらい書けそうなぐらいだ。

そんな先祖達の血が彼の優れた天賦を刺激し更に覚醒させたようで、彼が秘めたポテンシャルはキュロスやアッティラ達大陸の歴史的英雄にも負けず劣らず。

そんな和製バイバルスか光武帝かアレキサンダーかという(スーパー)アシタカヒコと化した彼がシシ神の森近辺に住み着き守護をしだしたものだから、本来辿るべきシシ神の森の…『もののけ姫』たるサンとそれを取り巻く運命は大きく捩れることになるのだった…。

というより既に、世捨て人的なシシ神とは別に、バリバリに地上に介入してくる(本犬にその気があろうとなかろうと)ガチ神が森に住み着いている時点で運命は大いに捻れまくるのだった。

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

その日、アシタカヒコは一族最年長である巫女のヒイ様に召喚されて、巨大な樹木の中に自然と出来た空洞(樹洞)と、巨大な枝を利用して造られた樹上の祈祷宮殿へとやってきていた。

血統のサラブレッドであり、エミシ一族の未来の族長であるアシタカヒコといえども、ヒイ様の前では畏まる。

 

「お呼びでしょうか、ヒイ様」

 

老婆は皺深いとはいえ、凛とした佇まいと澄んだ空気を纏う美しさを持っていた。

気高い老女の美しさは玉のようでさえあり、加齢という名の研磨でより強く美しく輝いて見えた。

 

「アシタカヒコや」

 

「はい」

 

「最近、森に近づく不吉な影があるのを、お前は気付いているだろうか」

 

「はい。存じております」

 

ヒイの気高さに負けぬぐらいに気品溢れる若者、アシタカヒコは静かながら力強く頷いた。

ヒイも頷き、そして手にする石や玉を無造作に紋様刻まれし呪布の上に優しく投げれば、石と玉はデタラメにぶつかりあう。

石の軌跡をヒイはじっと視た。

そのデタラメさの一つ一つが、ヒイの目には万事に繋がる予知に他ならぬ。

 

「東と西より災いが来る。不吉な予兆だ」

 

ヒイのこうした(まじな)いは、神域に永く住む一族の中で特段、巫女として選ばれ永く生きた彼女なだけあって真に強く呪力を持つ。

玉が不気味に光ってヒイの言葉に反応していた。

アシタカヒコにもまた不可思議な力が宿っているが、彼はそういった霊的な力よりも手下(てか)の者を使っての情報収集によって東西の災いに当たりをつけていた。

 

「心当たりはございます。東の大和一族の長…ミカドが永楽長寿を望み、シシ神の森に目をつけたという噂は私も耳にしました」

 

東方からの災いはそれであるとして、だがアシタカヒコには西方よりの災いにはまだ合点がいかない。

これより西といえば当然、筑紫洲(九州)と海である。

(海より災いが来る…ということか)

ヒイと言葉を交わしつつも、アシタカヒコは回転の早い思考を鋭く巡らせる。

 

「愚かなことよ。人には過ぎた望みじゃ」

 

「まことに」

 

ヒイは柔和な顔を少し悪童じみたものに変えてクスクス笑う。

 

「それに可笑しい話だ。永楽長寿を望むなら、都と権勢を捨ててこの森に住めば良いのだ。

シシ神の森で、シシ神とヤツ神に仕えていればその望み…直ぐにでも叶うというのにな」

 

アシタカヒコもヒイと似た笑顔を浮かべて頷きながら笑った。

 

神の力が溢れるシシ神の森は、その周辺に住まうエミシ一族にも恩恵を与えてくれている。

この森と、そして近場に住む者はどのような疫病にもかかった試しがない。

疱瘡も労咳も、赤斑瘡、消渇、はしか、はやり病、血の道、中風、癩病…一切の病から解き放たれるのだ。

長寿とて、犬神の長たる『ヤツ神の大君(やつがみのおおきみ)』に幸運にも面会叶い、そして更なる幸運でもってその吐息を浴びる事叶えば成就する事。

自然の摂理のままに命を与えも奪いもする絶対の死の神・シシ神と比べると、ヤツ神は人間への深い理解と慈悲を持った柱といえた。

だが、それ故に一度怒れば荒々しさも凄まじい。

シシ神は怒る事も無く、〝敵〟を見定める事も無いし、むこうから襲ってくるという事もない。

だがヤツ神の怒りをひとたび買ってしまったが最後、執念深く積極的に破壊と殺戮を求めて必ず〝敵〟を追い詰め滅ぼす。

それは数百年前の元寇を見れば一目瞭然だろう。

エミシ一族の使命は、もちろんシシ神の森の守護ではあるが、実はシシ神の森の真の守護者たるヤツ神の怒りを、無闇に外界の人間が買わぬようにというものもあるのだ。

シシ神の森を人間から護ると同時に、外の人間達を神々から護る自然と人類の調停役…それがエミシ一族であった。

樹木に住み、神々と精霊と共に生き、神気を浴びて生きている為に長い寿命と健康…そして強い肉体を持ち、自然と心通わし不可思議な力も持つ………………まんまエルフであった。

極東の島国にジャパニーズエルフが誕生していたのも、これも全部ヤツフサって犬が悪いのである。

 

アシタカは神妙な顔になってヒイに問う。

 

「ならば、いつものように森の境で脅しをかけてきましょう」

 

人間が不穏な動きを見せるたび、アシタカは年長の森の戦士達を部下として率いて矢をいかけたり、不気味な森の声を演出して姿を見せずに警告をしたりして人間達が森を切り開こうと等と思わぬよう仕向けていた。

今回もそうすれば解決できると思っていたが、しかしヒイは首をゆっくり横に振った。

 

「今回はそううまくゆくまいよ。都のミカドは病と老いに苦しんでいると聞く。

故にシシ神の首を求め、そして同時に地侍を取り込むための恩賞…領土を得ようという算段なのだ」

 

「ミヤコビト特有の争いでございますね」

 

「そして、まだ一つ…ミヤコビト達の懸念がこの森にはある…そなたは知っていような」

 

「サン…もののけ姫の事」

 

「そう。誰よりも神々の側で生きる、現人神たるもののけ姫…その血筋が今のミカドにとって看過できぬものであると、どこでどうしてか…奴らは知ったようなのだ」

 

アシタカの顔つきが変わった。

幼馴染たる森の聖姫(サン)の命が、ミヤコビトに狙われるという事だ。

当然、サンの父であるヤツ神も娘を護るために生半可ではない抵抗をするだろうから上方の軍はヤツ神の命も狙うだろうし、ミカドが長寿を望んでいるならシシ神の首すらも狙っているということだろう。

エミシ一族にとって、そのどれもが()()()()()()()()()()()許し難い所業だった。

そしてアシタカ個人としてもサンを狙う者は許せない。

 

 

 

 

 

―――

 

――

 

 

 

 

 

 

アシタカが子供の頃…エミシの長の血を引く唯一の男子として、アシタカは親の手に引かれて森の主へと挨拶に出向いた事がある。

シシ神の座所に向かったものの、シシ神とは自由奔放な神でありその姿を見ることすら通常、叶わないと父からも祖父からも曽祖父からも聞かされていた。

だからシシ神の森の主に面会を望むものは皆、代理の神…つまりシシ神と極めて親しい神である〝八尾の大山犬〟ヤツ神…ヤツフサの大君へと挨拶をする事になるのは自然な流れであり、今では一種の習わしとなっている。

シシ神へ目通り願うという名目で、実質は皆、ヤツ神に面会する事を望み彼の神に供物を捧げ言葉を交わし約定を定めるのだ。

 

「お、おはつめおめにかかりまする…わがなはアシタカ、ヒコ。その…こにょたびは…あぅ」

 

緊張する年少のおのこに両親は落ち着くよう促すが、目の前にどっしりと座る大きな大きな白い山犬の威厳を目前にすれば、子供に慌てるなという方が難しいだろう。

未来の完璧超人といえど、今は未だ童子であるから仕方がないことだ。

あどけない少年…アシタカヒコは深呼吸して落ち着きを取り戻そうとしたが、それでも動悸は激しくなるばかりで肺の中の酸素が足りなくなってくる。

小さき少年の眼前で山のようにそびえていた白い犬が、無表情な顔を破顔させた。

 

「フッ、ハハハ。ソウ怯エルナ…小僧。別にオマエをとって喰イハシナイ」

 

しかし歯を剥き出して笑うドデカイ犬は怖い。

しかも最近のヤツフサは青白い霊験あらたかなオーラがふわふわと毛皮に纏っているから余計に威厳があった。(見た目だけ)

今のように一言二言しか喋らぬ時は、充分に神の威厳があるのだからまだ幼稚園前後の年齢のアシタカヒコには怖い存在だ。

ちなみに妻であるモロからは三節以上は連続して喋らぬように言われている。

 

「あ、あの…その…」

 

本犬は優しげに笑ったつもりだったが、アシタカはやはりまだ落ち着けぬでいた。

そんな時、ひょこっと可愛らしい少女がヤツフサのもふもふな尻尾から這い出てきたのだった。

 

「え」

 

アシタカは目を点にする。

同伴していた両親もだ。

ヤツフサは「こらこら」などと言いながら八つの尾を堪能する幼い少女を鼻先で尻尾のもふもふの中に押し返そうとしていた。

 

「サン、父さんは大事な話ガアルノダ。出てきちゃメッ、ダゾ」

 

「とーさまー サンは おなかがへったし ひまです」

 

「…ヌ」

 

幼い少女は人でありながら偉大なるヤツフサの君を父と呼ぶ。

呆気にとられてアシタカも、アシタカの両親もその様子を見守る。

 

「ムゥ…オレサマちょっと困ッタ…ここには息子達もモロもイナイ……………………おっ、ソウダ!!(閃き)

アシタカと言ったナ…じゃアまず年齢を教えてくレるカナ?(野獣インタビュー)」

 

「え…ぇえと… いつつ です」

 

アシタカはとっさに答えたが、何やら妙な流れに乗せられた気がした。

良くわからないがさすがは神様だな、と幼い少年は思った。

脳味噌の深淵まで獣神に染まって人語もちょっとたどたどしくなっているくせに変な所で遠い昔に二本足生物だった頃の唾棄した方がいいどうでもよすぎるメモリーを記憶の棚から引っ張り出してくるケモノ。

ひょっとしたら汚いメモリアルが魂にでもこびりついているのかもしれない。

 

「モウ(森の護手として)働イテルんダ、じゃあ」

 

「みならいです」

 

「アッ…(察し)ふーん(納得)」

 

ジャア娘ト遊ベンジャーン、という良くわかんない神の国方言?だろうか。

とにかく独特なイントネーションの言葉を続けて発したヤツフサの君は娘をアシタカへと押し付けた。

そんな言葉を神の国語と思われたらたまらん、とどこか遠くでシシ神が憤慨しそうだがそんな事はヤツフサの知ったことではないのだ。

長く喋るとヤツフサはいつもこんな感じになってしまい、ヘンテコな昔の記憶に汚染された言葉をぽろぽろ吐き出すからモロに「三節以上の長文会話はよしておけ」と禁止されるのは当然であった。

神威が薄れるからしょうがない。

 

 

子供二人がキャッキャと遊ぶ中での未来の族長の顔見せが進行し、そんな事は無礼なのではないかと凄まじく心配するアシタカの両親の杞憂も何のそのでヤツフサは生暖かい目で童子二人を見守っていたのでなんだから知らんがヨシッ!という事になった。

二歳差の二人の相性は中々よろしくて、その日だけに留まらずそれ以後も二人は元気よく森で遊ぶ仲になっていく。

片や族長の一粒種。

片や現役の神様の義娘。

そんな両者の生まれと立場もあって、他の同世代の子らに距離を置かれていたアシタカとサンはめきめき仲良くなったのだ。

 

 

サンは、ヤツフサとモロの娘であり、確かな愛情を受けて育ってはいたものの、その立場はと言えば微妙であると言わざるを得ない。

シシ神の森で大勢力を誇るヤマイヌの一族…その親兄弟から愛をもって接されてはいるが…。

親犬、兄弟犬らが側におらぬ時…たとえば賢き故に真実をズバリ言うショウジョウ達からは辛辣な言葉を浴びせられることもあった。

 

「山犬ノ姫。オマエ 変。ニンゲンノクセニ ナゼ 山犬ノ娘 ヤッテイル」

 

「なんだと!?ショウジョウたち!もりのけんじゃであろうとも ヤツフサとモロのむすめの このあたしに そのぶれいはゆるさぬぞ!」

 

「サン ヤツフサ ト モロの娘 違ウ。オマエ ニンゲン。森 壊ス ニンゲンノ娘」

 

「まだいうか!」

 

「毛皮 ナイ。尻尾 ナイ。オマエ 2本ノ足デ歩ク。山犬 違ウ。オマエ ニンゲン」

 

「へんなことゆーな!とーさまだってたまに2本の足であるいてるぞ!!」

 

「ヤツフサ 特別。普通 山犬 2本ノ足 歩カナイ。オマエ 特別違ウ。オマエ ニンゲン ダカラ」

 

「やまいぬのいちぞくは その気になれば2本の足であるけるんだ!!だからあたしもやまいぬのいちぞくなんだ!!!」

 

「毛皮ナイ」

 

「…こ、これからもっと けぶかくなるんだ!」

 

「尻尾ガナイ」

 

「これからはえる!かーさまだって わかいころは シッポが 1本だって!そういってた!!」

 

「サン ニンゲン。オマエ イルト ニンゲン デ シシ神ノ森 汚レル」

「ニンゲン 帰レ。森カラ出テイケ。森ニ ニンゲン イラナイ」

「森 護ル ニンゲン。エミシノ一族ダケデイイ。オマエ エミシ違ウ。エミシ違ウ ニンゲン 汚レテイル」

「汚レタ血。汚レタ ニンゲン 去レ!出テイケ!」

 

口論は、やがて高い木々に集い出し増えたショウジョウ達によって多勢に無勢となる。

言い返す暇もなくなって、たまりかねた幼いサンは涙を堪えて真っ赤な顔で怒った。

そして怒りつつ、野生育ちの身体能力で、木の幹を少々覚束ない足取りで駆け上がると、手にした棒きれを槍代わりにショウジョウを追いかけ回すのだ。

しかし、木々の移動が本分の賢猿ショウジョウからすれば、たとえ天賦があり鍛えられているとはいえ、まだまだ未熟極まる幼いサンなど正しく赤子同然。

するすると避けて散って、周囲から石つぶてや木々の切れ端を投げつけた。

 

「つっ!…っ!こ、この…!」

 

「ニンゲン 凶暴!ニンゲン 去レ!」

「オマエ 汚レタ ニンゲン!シシ神ノ森 汚ス!」

「ヤマイヌ ナレナイ!オマエ ニンゲンダカラ!」

 

「だ、だまれ!だまれぇ!」

 

堪えていた涙が幼い少女の頬を伝う。

投げつけられる様々な投擲物を、サンは涙ながらに必死に棒の槍で切払っていくが、幾つかの小粒な投擲が少女の柔い肌を傷つけていく。

 

「っ!あっ!」

 

大きめな石がサンの手を強かに打って、身を守る(棒きれ)を失ったサンに次々に礫が投げられた。

モロの乳で育っただけあって、並の人間より既に強い肉体の少女であるから致命傷とならないものの、それでも肌は打ち身と擦り傷で痛々しい。

涙は既に一筋漏れてしまった。

だから、これ以上はどんなに痛くなって泣くものかと少女は誓って歯を食いしばった。

 

そして、そんな時だ。

 

「我ガ娘ニ何ヲスルカ!!!無礼ナ猿ドモメ!!!ソノ腐レタ頭ヲ噛ミ砕イテヤル!!!!」

 

大音声がシシ神の森に響く。

風のように現れた白い巨体。

ぬぅっとサンと礫の間に割って入った巨体は、サンを八つの尾で絡め取り抱きしめると、そのまま猛って木々を猛然と登る。

 

「ワァァァ…!?」

「ヤツフサダァ!」

「オレ 違ウ!オレ 山犬ノ姫 イジメテナイ!」

 

蜘蛛の子を散らすように逃げていくショウジョウ達。

それを巨大な山犬…ヤツフサは、逃がすこと無く一匹また一匹と痛めつけていく。

頭を噛み砕く、とは言ったものの流石に本当に殺しはしない。

彼らショウジョウとて本来は尊き森の賢者だとヤツフサは知っている。

最近は、シシ神の森の外…日ノ本各地で森が失われはじめている事に気付き人間に対して警戒を強めている事から、このようにサンを排斥しようという個体がでたらしかった。

賢いが故に外の様子に気付き、そして賢い故に元凶を知っている…故あっての排斥行為であった。

 

「許シテ!ヤツフサ オレ 違ウ!ウワァァァァ、ワァァ!」

「ギャアアアア!」

「痛イ、痛イ!ヤメテクレ!」

 

ショウジョウ達は砕けぬ程度に噛まれ、千切れぬ程度に大きく鋭い爪を振り下ろされて、サンをいたぶっていた一派は為す術もなく泣き叫ぶ。

十数匹のタカ派のショウジョウ達は、全員があっという間に叩きのめされた。

そして、ボロボロの体を引きずって這々の体で逃げていくショウジョウ達に向かってヤツフサは言う。

 

「愚カナ考エに走ルナ、猿ドモメ!!次ニ愚カナ行為に走れば、今度コソ我ガ牙は貴様ラノ首ニ届くぞ!」

 

それは警告だった。

どんな者にもまずは警告を与える。それが山犬の一族であった。

森の仲間であろうと、外界のモノであろうと、まずは対話を試みるは人語を操る神の本能とも似たものだった。

地上唯一の積極的神であるヤツフサだから、こうした調停者としての役割も周囲から期待され、そしていつの間にか彼も周囲の期待に自然と応えた。

とぼけた犬神だが、こういった時には()()()()()()のだった。

 

フン!と鼻息荒く、逃げ去るショウジョウ達を見送ったヤツフサは、このまま娘を尻尾に包んだままにモロの待つ巣穴へと帰る。

そして、ようやく尻尾に隠した愛娘を尻尾の帳から解放してやるのだった。

サンの体中の傷は、ヤツフサが慈愛をもって神気豊かな尻尾で包みこんだ事で、もはや大半が癒えている。

擦り傷と打ち身程度の軽傷だからこそ、こうも短時間で癒えたのだが、それにしても恐るべき神通力である。これが現役神の神威であった。

 

「お帰りヤツフサ。…サンの匂いもする。その丸めた八つ尾の中かい?」

「オ帰リ父様、サン」

「今日ノ肉、オレガ仕留メタ。父様、褒メテ褒メテ」

 

出迎えるモロと、そしてタロウとジロウ。

仕留めた獲物を娘が食べやすいように細かく千切っているのは母山犬のモロである。

母の声が聞こえたせいか、父の尻尾の中で涙を堪えて鼻をすすっていた幼いサンは、勢いよく尻尾から飛び出して母の首元へと飛んでいった。

 

「おやおや、どうしたんだいこの娘は」

 

涙を必死に我慢していた娘は、温かに出迎えてくれた親兄弟の温もりを受けて、とうとう涙の堰が切れた。

 

「う、うぅぅぅ、ひっく、ぐす…えーん!かーさまぁ、とーさまー、タロ、ジロ!!」

 

泣きながら母のふかふかな首元に飛び込み、そしてもこもこ毛皮にしがみつく。

 

「ド、ドウシタ、サン!?まだドコカ痛むか!?クソっあの猿ドモ!ヤッパ全員噛み殺してクルカ!?」

 

泣き叫ぶ娘をゆったり受け止めるモロと違い、慌てて娘に鼻を寄せるヤツフサ。

どうやら威厳ある犬神モードは終わって、いつものとぼけたデカイ犬に戻ってしまったらしい。

慌てるヤツフサが漏らした言葉と、そして珍しく泣き叫ぶ娘を見てモロはどうやら察する事ができたのは、さすが何十匹もの子を生んだグレートマザーである。

あわあわする父の問いかけに、娘はぶんぶんと首を横に振る。

 

「ショウジョウが あたしに けがわ が ないっていったの!」

 

「エ?」

 

予想と大分違う娘からの返答に、ヤツフサはすっとぼけた顔となっていた。

娘はなおも必死に言う。

 

「しっぽもないって!!」

 

ヤツフサは首を傾げた。

 

「……(アタリマエジャン)」

 

「…ねぇとーさま!あたしも…やまいぬのむすめだから けがわ も しっぽ も とんがったみみも!はえてくるよね?」

 

「……(生エナイけど…アデラ○スでもスーパーミリ○ンヘアーでもアートネイチ○ーでも無理ダケド…)」

 

とぼけた夫の表情を見て、口を開きかけたヤツフサの口を前足で押さえ込んでモロが代弁。

 

「おやおや…そんなことか、サン。

おかしな事を聞くものだ。お前は人間だ。だから毛皮は生えてはこないよ」

 

「っ!!!」

 

ショックのあまり固まったサン。

そんな娘にモロは優しく、しかししっかりと言い聞かせた。

 

「馬鹿な子だねぇ。そんな事ぐらいで泣くのはおよし。それに、私達が山犬で、お前が人間であろうと私達が親子である事に変わりはない」

 

「…あ、あたし…や、やまいぬじゃ、ない、の…?」

 

「お前は山犬の子だよ、サン。でもお前は山犬ではない…人間だ。

それはお前もわかっていただろう」

 

突きつけられた現実。

だがサンとて、モロの指摘通りそんなことは頭の片隅で分かっていた事だ。

自分と親兄弟の姿は似ても似つかぬ。そして、時たま森の中で見かける森の守護者(エミシ)達の姿は、自分と全く同じ構造で猿ともショウジョウとも違うスムーススキン(毛無し族)なのだから。

だが、それでもサンは家族と同じ種族であると思い込みたかった。

 

「いやーー!あたし、とーさまとかーさまと同じ やまいぬがいい!

タロ、ジロと同じやまいぬがいいの!!ニンゲンなんて やっ!」

 

「おやおや…困った子だね」

 

モロの言葉と表情はどこまでも優しい。

泣く我が子の涙を優しくベロで舐め取り、毛繕いをするように愛情を示す。

ちなみに…動物の口の中は御存知の通りとっても臭いが、モロの口は臭くない。

気を使ってケアをしているのかもしれない。

ヤツフサは口臭い。

将来、「パパ口臭いっ!」と娘に言われる日が来るかもしれない。

 

「…ド、ドドドドウスルンダ、こんな泣カセちゃっテ…あわわ、あわわわ」

 

妻の前足に封印されていた口を、身をよじよじして解放したヤツフサが軽くパニクりながら言った。

 

「ヤツフサ、いったい何匹子育てをしてきたんだ、お前は。

童が泣いたぐらいで動揺するでないよ」

 

「デモ、サンはたった一人のニンゲンの娘で体弱いシ(ヤツフサの個犬的見解)…今までの子とは全然違ウシ………アッ!ソウダ!(閃き)」

 

「…(また余計なこと思いついたね、この夫は…)」

 

「サン、泣キヤムノダ」

 

「うわーん!」

 

「泣キヤンダラ毛皮アゲルゾ!」

 

「うわーん!うぅ、うう…ぐすっ、……ほんと?」

 

「ホントダトモ!よーしパパがんばっちゃうゾっ。ふんぬっ!うグッ!?アイテテテテッヤベッコレ思ッタ以上ニメッチャいたぁい!?」バリバリバリバリ(自分の生毛皮剥ぎ)

 

「ぎゃーーーーー!!!!??とーさま!!!?」

「父様ッ!!?ゲェ!?」

「ナニシテイル父様!?」

「ヤツフサ!!!!?」

 

「オレサマの最高の毛皮ヤルゾ!」血ダラダラ

 

突然の凶行!

自宅で父が自分の生皮を剥ぎだしたら誰だって驚く。

モロも、そして事態を見守っていた末の息子二匹(タロウ、ジロウ)も目玉が飛び出そうな程驚いたのは当然。

タロウとジロウは飛び上がって「キャイン!!!???!?!」なんてつい普通の可愛いワンコが如く叫んでしまったのはご愛嬌だ。

勇敢なタロウとジロウでさえこうだから、末娘はギャン泣きである。

どんなホラー映画でも聞けないぐらいのギャン泣き叫び。

ヤツフサの犬生初の大ダメージは自分の爪と牙による自傷というこの結果(ザマ)

神の無敵の毛皮の鎧を貫くのは、神の無双の爪牙であった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!!とーさまごめんなさいぃぃぃぃ!やだ、やだやだ死んじゃいやだー!!わがまま言ってごめんなさいぃぃぃぃ!」

 

「エェェェ!?モット泣イチャッタ…!神の生皮はメッチャ喜ばれるってハーシーン(デイドラロード)も言ッテタノニ!ド、ドドドドド、ドウシヨウ、モロ!オレ、何失敗シタ!?」

 

「全てが失敗だ、この馬鹿!なんて奴だよお前は!お前にそんなこと教えたその馬鹿(ハーシーン)は誰だ!!?早く止血をしろ!!タロウ、ジロウ、薬草をもっておいで!!」

 

「「ワウ!」」

 

「ハーシーンって言ウのは、えーット、確か…ざ・えるだーすくろーるずシリーズの…12柱の神様で…?あれ?13人ダッケ?何セ昔ノ事で…ちょっと待ッテ、今思い出スカラ」

 

「また高天原の神か!?お前の昔の友人はろくな奴がいない!」

 

「イヤ、唯ノげぇむデ…」

 

「いいから安静にしているんだよ!!」

 

「わぁーーーんっ!!!とーさまーーーっ!!ごめんなさいぃぃぃ!!」

 

こうしてサンは犬神の毛皮をゲットしたのだ。

ヤツフサの折檻と、そして神の毛皮を身にまとうサンを見て、以後ショウジョウ達もサンを汚れたニンゲンと言うことは無くなり八方丸く収まった(?)のだった。

わがままを言うとろくな事ないと教えつつ(壮絶なトラウマをサンに残しつつ)も、同時に極上の肌触りと防御力を誇る毛皮をプレゼントとしてショウジョウからのイジメを癒やすという高等教育(?)にヤツフサは自画自賛したという。

 

と、まぁこんな幼少期を過ごしている中で、サンは運命の人と出会うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

♥~~――二人の甘酸っぱいファーストコンタクト編――~~♥

 

「わがなはアシタカ。ひがしのはて(子供の体感)の村よりこの地にきた。そなたはシシ神のもりにすむときく古い女神か?…女神でございますか?」

 

同世代の少女だから思わずタメ口が出てしまった少年は平静を装いつつも急いで言葉使いを直す。

 

「…され!」

 

アシタカ少年の目をジーッと見た後に、サンはササッと親犬の白ふかふかの陰に隠れる。

だが、隠れた少女は親犬の鼻先にやわやわ押されて、ちっちゃい体をコテンッと白い巨体からまろびださせてアシタカの前へと再度戻ってくるのだ。

 

「小僧、娘は照れてオルノダ。そう悲シイ顔ヲセズニ娘と遊んデヤッテクレ。俺ハ忙シイ」

 

親犬(ヤツフサ)はそう言うとアシタカの両親の方へ向き直って、それきりずっとアシタカの父と母の奉納神楽やら儀式やらをボーッと鑑賞しており、ボーッとしているがこれも立派に神の役目だった。

傍から見れば真面目な顔でそれら儀式を見つめ、受け入れているように見えるヤツフサだがその実あくびを噛み殺すのに必死である。

それはそれとしてサンとアシタカだ。

少年は、主たる神様犬に言われたので引き下がる事無く少女にまた声をかけた。

 

「そなたは…美しい――ですね」

 

「っ!?」

 

アシタカが内心で「よし、今度はちゃんと丁寧に言えたぞ」と鼻息荒く自画自賛している。

サンはもちもちほっぺを赤くしている。

 

「う、うつくしいって おまえ いみ わかって言っているのか!?」

 

「それぐらいわかっている」

 

「はじめて あったばかりで いきなりそんなこと言うやつは おんなったらしだって 母さまは言っていたぞ!おまえ おんなったらし だな!?」

 

「…おんなったらし?って…どういういみなのだ?…ですか?」

 

「そんなことも知らないのか おまえ!ふふん バカなんだな おまえ!」

 

「む」

 

「おんなったらし っていうのはな…メスにだらしないオスのことだ」

 

「…?メスに…だらしない?」

 

「そうだ」

 

「だらしないっていうのは なまけたり みなりがきたなかったり…よるおそくまでおきていたり、あさねぼうしたり…そういうことであろう?」

 

「ふん。あたりまえだ。そういういみだ」

 

「じゃあ…メスにだらしないっていうのは メスにあうとだらだらしてしまう… そういう人のことか?」

 

「…そ、そーいうことだ」

 

あれそうだったっけ、と幼い少女は思ったが意地っ張りで誇り高い彼女は勢いのまま突っ走るきらいがある。

変な所で父に似ていた。

 

「じゃあ わたしはちがうぞ。わたしは おんなのひとにあったって なまけたりしない。

むしろ 母さまの前とかカヤの前だと いつもよりも いっしょうけんめいになる」

 

「…わたしがまちがってるって言うのか!?おまえ ぶれいだぞ!ニンゲンのくせに!」

 

「そなたもにんげんだろう?」

 

「わたしはヤマイヌだ!」

 

サンの言葉にアシタカは思い切り怪訝な顔となり、そしてその直後ににこりと笑った。

 

「ええ?あははは そなたはにんげんだよ。わたしとおなじ にんげんだ」

 

少年の朗らかな笑顔にサンは幼い乙女心をドキリとさせたが、ポッと赤くなりかけた顔をぶんぶん振って霧散させて、そして大きな声でアシタカに言い返す。

 

「わたしを ぐろうするな!この毛皮をみろ!ヤマイヌのあかしだ!父さまが すごく痛いおもいをして わたしにくれたんだ!だから わたしはこの毛皮にちかって ヤマイヌなんだ!」

 

サンは自分の体をすっぽり覆い尽くす真白い毛皮を、小さな手で握りしめながら叫ぶように言った。

一瞬、サンはとっさに父の胸元を見る。

よく見ればそこの毛皮の色艶が少し違う事に気付くだろう。

不死身かと思える程の生命力で回復し、再生したヤツフサの毛皮であるが、しかし左胸の毛皮は生まれて日の浅い〝若い〟毛皮。

その若い毛皮が、裂けた胸元を覆うように生えていた。

並の人が見れば気にもならぬそれであるが、モロやサンからすれば見るからに痛々しい、何とも生々しい傷跡であった。

 

サンが大きな声を出したことに、あちらの方でヤツフサに神楽やらを披露していたアシタカの両親もぎょっとする。

「息子が非礼を!」とか叫びつつ飛ぶように駆け出し、息子に近寄ろうとして…そしてヤツフサに制止される。

ヤツフサは親バカ駄犬ではあるが、娘の成長を願う一個の親でもある。

たとえ血が繋がっておらずとも、もはやヤツフサとモロにとってサンは紛うことなき娘。

またモロからすれば己が乳を与えたのだし、ヤツフサからすれば己が皮を引き剥がし与えたのだから、間違いなく血肉を分け与えた仲だ。

腹を痛めて生んだ以上の、種族を超えた確かな絆が既にそこにはあるから、ヤツフサは何も心配していない。

むしろ同世代の、同じニンゲン同士の交流は娘を成長させるだろうとすら思う。

 

少女の言葉と表情に真剣なものが強く宿るのを見て、アシタカ少年は笑うのを止めた。

べつにバカにする笑いではない。とても爽やかで優しい笑みであったが、それを受け取った相手がどう思うかは別問題だと、少年は既に理解していた。

 

「…ごめん。わたしは…そなたを ぐろうする気はなかった。ゆるしておくれ」

 

気持ち昂ぶるサンの目にはうっすら涙すら溜まる。

この少女は少し短気で癇癪を起こす気質らしいと、幼いながらも帝王学じみた教育を受けている未来の族長である王子は見抜いたが、素直に頭を下げたのは神の娘である少女を怒らせてはいけないなどという打算ではない。

アシタカヒコの真っ直ぐで優しい心根が、少年の頭を躊躇なく下げさせていた。

そして、頭を下げられてはサンとてモロの薫陶を受けた神の娘だ。

少々短気ではあるが、大器の持ち主であった。素直にその謝罪を受け入れる。

決して、アシタカヒコという少年だから許してやるわけじゃない…神が守護ってやらねばならぬか弱き人間だから許してやるのだとサンは自分に言い聞かせた。

 

「ふ、ふん!気をつけろよニンゲン!わたしは やさしいから ゆるしてやる。けど!こんかいだけだぞ!」

 

やわらかほっぺを膨らませてプイッとそっぽを向くサン。

ヤツフサは、視界の端で娘の愛くるしい姿を見て頬を緩めて儀式鑑賞の眠気を退散させるのだが、そんな事はこの際どうでもいい。

とにかくサンとアシタカである。

 

「はい。いご 気をつけます」

 

居住まいを正し、改めて口調も正して平身低頭で礼儀にかなった謝罪をするアシタカだが、今度はその謝り方がサンは気に食わない。

気に食わないというより、丁寧すぎて逆にサンの方が居心地が悪いのだ。

最初こそ()()があってツッケンドンであったし、今もこうしてツッケンドンだが…誠意あるごめんなさいを受け取って何も思わぬサンではない。

しっかりモロから躾られていた。

だからサンは、少し照れながらも「自分の器を見せつけてやる」という名目で寛大な心を示してやるのだ。

 

「…あと、その…わたしにはそんな です とか ます って…言わないでいいぞ!ともだちになるんだろ?」

 

「しかし…ヤツフサのおおきみの娘たる女神に…」

 

「いいったらいい!それに、さっき おまえだって ですます わすれてたじゃないか!」

 

それを言われると、アシタカも己の未熟を指摘された事に少し頬を染めて恥じ入る。

そして、少し頬を指で一掻きして視線をサンと両親、そしてヤツフサの間をいったりきたり。

そこでヤツフサが助け舟をだしてやった。

 

「別ニ、サンが良イト言ッテイルノダ。友達は…タメ口で良イノダ」

 

俺だって乙事主とはタメ口だワハハハと笑う犬神の様子を見て、アシタカもようやく首を縦に振った。

タメ口が何のことかは分からなかったアシタカヒコだが、ようは砕けた口調で親しき友のように振る舞って良いというお墨付きが出たのだとは理解できる。

 

「じゃあ、あらためて…わがなはアシタカヒコ。よろしく、サン」

 

「うん!ともだちになってやってもいいぞ アシタカ!」

 

こうして二人の関係は始まった。

以後も、お互いの愛犬(愛兄弟?)と愛鹿の足の速さを競争させたり、どちらが多く木霊を籠に入れられるか、とか、遠くの枝になった木の実にどっちが遠当てで先に当てるか、とかをしつつ仲を深めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ちなみに、さっき言ってたカヤってだれだ?メスだな?」

 

「メスじゃなくて おんなのひとって言ったほうがいいよ、サン。そう。カヤはおんなのこだ」

 

「……で、カヤってだれだ?」

 

「カヤはわたしの いいなずけ だ」

 

「………いいなずけ…」

(よくわからないけど、なんかとてもイヤな きぶんだ。あとでかぁさまにきいてみよう)

 

そして、許嫁の意味を知り、結婚というものの意味を知り、サンはカヤという人間の少女に並々ならぬ対抗心を抱くようになっていく。

カヤは会ったこともない神の娘にいきなりライバル視されて気の毒なことになりそうだが、それはまだ誰も分からぬ事だ。

 

 

 

 

 

 

――

 

―――

 

 

 

 

 

とまぁそんなこんなでサンとアシタカは幼い頃から一緒に遊ぶ仲となっていた。

幼馴染というやつだ。

今でも交流は続いていて、思春期に突入したのもあってアシタカとサンは友達以上恋人未満な甘酸っぱい感じになってて、だけどエミシの里には村の掟で定められたカヤという婚約者がアシタカにはいて…!?というここだけ何ていうラブコメ?な状況になっているが、それもまた別のお話である。

 

アシタカはヒイにとある提案をする。

 

「ヒイ様。私が森を出ることをお許しください」

 

「ふむ…」

 

ヒイは、石を皺だらけ手のひらで弄びながらアシタカの言葉に耳を傾けた。

アシタカは言う。

 

「外の様子を詳しく見、そして外界人の実情を曇りなき眼で見定めたく思います」

 

「まだお前の父も祖父も健在だ。

お前が里をいっとき離れたとしても、そう多くの問題はでまいが…」

 

ヒイは揺らめく焚き木の炎へ視線を滑らせ、そして暫し黙考し、そして口を開いた。

 

「…………よかろう、アシタカヒコや。

既に年月を経たお前の父と祖父では、見定める事の出来ぬ事柄はあろう。

今の…年若きお前にしか見えぬものは多い。

可愛い子には旅をさせよ…という事だ。行っておいでアシタカヒコ。

そして、シシ神の森を狙う暗雲を見定めるのだ」

 

一族の巫女・ヒイの宣託が下った。

こうしてアシタカヒコは、いっときの間だけではあるが唯のアシタカとなって髪を下ろし、赤シシのヤックルと共に俗世へと降りていく事となったのだ。

旅先で不思議な男・ジコ坊と出会い、また森を開き鉄を生業とする女達に出会ったのもこの時の事である。

 

運命の時は確実に近づいていた。

 



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