我、魔法科高校ニテ教鞭ヲ執ル (HBata)
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原初の運命
変更点は年齢くらいです。
運命。
それは避けられない宿命であり決まり切った既定事項。
訪れた者の人生を左右する重要なファクター。
オルタナティブ・ゼロといった替えの効かない事態。
そんな風に超自然的な存在によって降りかかる災害の様なモノ。災害ゆえに避けられず、またその被害は致命的だ。
2089年の夏、沖縄。ここに一人の少女の運命が決められようとしていた。
幼くも愛らしく美しい少女に降りかかった災害と言う名の運命、それは”死”だ。万物生きとし生けるものにとって絶対に避けられない死と言う名の運命が、構えられた銃口という形を持って少女に向けられた。
幼い少女は死を悟った。生きることを諦めた。運命を、受け入れた。
諦観の瞳は銃口と同じように深く、暗く、黒く。
駆けつける彼女の兄では間に合わない。彼女の兄は事態に気付いたばかりで、焦燥感を胸に最愛の妹の居場所まで駆けていた。
引き金が、引かれた。
銃弾が、死が、運命が穿たれた。
そして少女の運命はここで——救われた。
音の速さで放たれた銃弾と少女の間に割り込んだ朱い槍。高速回転する朱い槍が、マシンガンから放たれた幾多の銃弾を弾き飛ばし少女を守る鉄壁となる。
「な、何だ!?」
「魔法師だ! アンティ・ナイトを使え!」
「もう使ってる! 何で倒れないんだッ!?」
悲鳴のような喚き声が屈強な男たちの口から発せられる。男たちは軍人だ。
マガジンが使い切られるまで銃口から撃たれた銃弾。薬莢が地面に落ちて乾いた音を鳴らす。火薬の匂いが少女の鼻についた。
助かった。
そう思う以上に、少女の意識は朱い槍を持つ男の背中に向けられていた。
細いが逞しい。ひ弱さなど感じさせない鋼の肉体。そして、安否を確認するように肩越しに振り返った顔から覗く瞳に、少女は穿たれた。
「ッ、今だ! 制圧しろ!」
反旗を翻した
尚も暴れ、足掻く反逆者だが取り抑える軍人たちもまた屈強な兵士。拘束の訓練など毎日のように、繰り返し叩き込まれている。
「深雪!」
「お兄様……!」
駆けつける兄と名を呼ぶ妹。運命が正しいままなら、少女はここで倒れ兄は間に合わなかった。だが兄が持つ奇跡によって少女は息を吹き返しただろう。
しかし運命は変わってしまった。
兄は最愛の妹の無事を確認し、安堵もつかの間その側に控える黒装束の朱い槍を持つ男に鋭い視線を向けた。
銃の形をとった右腕が突き出されるが、瞳にあるのは敵意と迷い。
「お前は……どっちだ……」
敵か、それ以外か。
「どちらでも無いさ少年。私は師に言われて、この少女に訪れる運命を覆しに来ただけだ」
『!?』
兄妹の驚愕を他所に、男は背を向ける。沖縄駐留軍の軍人から警戒と銃口を向けられてもなんのその。柳に風のどこ吹く風だ。
「あぁ、少年。オレと同じで一人しか愛せない君に助言だ」
「何……?」
「守るというなら、心は常に守るべきモノのそばに置いて行け。己の中にいつもそれを思い浮かべ、そして戦え。たとえ血を浴びたとしても、そうすれば胸を張って帰れる」
「ま、待てっ!!」
兄は呼びかけるが既に男は居らず。だが遠く無いうちにまた再会する。
兄、司波達也は破壊と再生を持って摩醯首羅と呼ばれるようになり、この沖縄海戦における功労者となる。
そして黒装束の男、
「ほう。どうやら降りかかった死は振り払ったようだな」
「全く……他人の運命を覆せなんて無茶難題言わないでくださいよ。しかもまだ十やそこらの女の子なんですよ? あと一歩遅かったら死んでましたよホント」
「今のお前なら間違いなくこなせると踏んだまで。そら——敵の兵が上陸したぞ」
「あぁ……休む時間は無しですかそうですか」
海岸から揚陸艇をもって沖縄に上陸した謎の軍隊。所属を示す目星はない。
海岸から50メートル離れた地点から黒衣の戦装束に身を包んだ女と男が会話をしていた。これから血と硝煙の臭いが撒き散らされ、戦火が一般市民のいる街にも及ぶというのに二人は呑気なもので、だからこそ異常であった。
「一途よ、あれらを押し留めよ。お前の全力を、このスカサハに示してみよ」
「分かりました師匠。じゃあ早速……
それが、彼自身が編み出した宝具。神秘が失われ、魔法が当たり前となった現代に復活させた彼自身のファンタズマ。
それは、彼が願うほどに彼自身を新生し続ける求道一途を対象にした対人宝具。
師、スカサハから授かった呪いの朱槍を片手に彼は戦場へと駆ける。
「じゃあ……派手にいくか。なぁオイ!!」
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第一話
2092年四月、魔法科大学付属第一高校の入学式が執り行われていた。
新入生総代、司波深雪。
入試実技試験において2位以上に圧倒的差をつけての堂々の1位。その上、筆記試験も文句なしの2位とまさに才色兼備とは彼女のための言葉と言ってもおかしくない。
老若男女問わずに多くの人間が彼女に注目していた。その言葉に、その美しさに、見とれてしまっていた。
しかし彼女の視線はとある存在に釘付けだ。それは彼女の兄、司波達也である。
彼女と違い左胸と肩に八枚花弁のエンブレムは施されていない。それが彼女が心をざわめかせる。
アルカイック・スマイルの裏で兄の境遇に声なく泣いていたがそれは誰にも気づけない。彼女が最も敬愛し信頼する司波達也であっても気付けないのだ。
それは不幸中の幸いか、それとも完璧すぎて人間味の欠ける司波達也に与えられた数少ない人間性か。
「皆等しく一丸となって勉学に励み、魔法以外でも共に学びこの学び舎で成長する事を誓います」
そう言い切った司波深雪。その言葉に遠くから見ていた司波達也は体をわずかに強張らせあたりを冷静に伺うも彼の危惧することは起きなかった。
第一高校には優等生の一科生と劣等生の二科生がいる。
花開いた才能を讃えて一科生をブルームと、誰にも目を向けられない存在として嘲られ二科生をウィードと。
陰ながらそんな差別が広まっているこの第一高校で、深雪の言葉に込められた真意に気づいた生徒は、特に自らを優れていると見なしている一科生にはムッとしてしまう内容だろう。
だが彼女の神秘的な容姿に見惚れた者が大半で、誰も彼女の言葉を聞いていなかった。
達也は肩を竦める。深雪はやはりと肩を落とす。
達也は妹が害されないことに安堵して、深雪は自分の内側などどうでも良いと外面だけを見る者たちに落胆して。
『新入生答辞を終わります――続いて、新規の教員を紹介致します。壇上にお上りください』
アナウンスが講堂に響き、その促しに従って深雪は一礼をして壇上から降りようとして壇上に上がろうと舞台袖に待機していた男と目があった。
パッとしない顔立ちに伏し目がちの目には前髪がかかっている。黒縁の眼鏡によってさらに目元がわかりづらい。スーツを着ている所からかろうじて教員と分かるような、そんな特徴のない容姿をしている男だったが、深雪は見間違えることも見落とすこともなかった。
自分が得意とする振動系減速魔法にかかってしまったかのように、深雪の動きが固まってしまう。遠目から見ることしかできない達也だが彼の異能を駆使して妹の異常を素早く察知し、そしてスーツの男を読み取って――納得した。
何故なら達也にとって、男は戦友だったからだ。
『? 司波深雪さん? 壇上から降りてください』
「は、はいっ!」
その緊張と反応はまるで年頃の少女のようだ。彼女の美しさが可愛らしさに変化したことに会場はもはや彼女のステージとなった。
新たな教員の事などほとんどが気にしていない。それどころか邪魔とさえ思っていた。各自、入学式の終わりに備えて体勢を整え、彼女に声をかけようとスタートのカウントダウンに入っていた。
「え~……求道一途です。専攻はルーン魔術。とは言っても皆さんに教えるのは四種8系統魔法の基礎くらいです。それでは、挨拶を終わります」
なんの特徴もない、強いて言えば短すぎる挨拶。
それが司波兄妹の心に強烈な印象を残していったのだった。
入学式直後で早速友人に恵まれた司波兄妹は二人の少女、千葉エリカと柴田美月とカフェでケーキを食べて仲を深めていたのだが深雪が何を思ったのか達也に一途について切り出した。
「お兄様、求道先生はやはり……」
「あぁ、深雪の思う通りだよ。あの時の人で間違いない」
「やっぱりそうだったのですね! やっと、お礼を言う事が出来ます」
安心するように穏やかな笑みを浮かべる深雪。その笑顔を見て美月とエリカの二人は何事かとそう思って求道という名を記憶から引き当てて、入学式で見たあまりパッとしない新しい教員の姿をようやっと思い浮かべた。
「何々深雪? あの先生とどういう関係なの? どうする司波くん、妹が取られちゃうよ〜?」
「エ、エリカちゃん! そんな言い方は……!」
「まぁ格好よさで言えば司波くんの方が断然いいと思うんだけど深雪としてはどうなのよ!」
やはり女子高生、腐っても女子高生。他人の色恋沙汰には敏感でなおかつかき回したくなるのがサガと言うもの。
エリカはニヤニヤと笑みを浮かべて深雪の顔を見ておちょくった。
「あの人は……私の命の恩人なのよ」
「うぇ? ……それってホント?」
「えぇ、私の言葉に間違いはないし、あの人が私を助けてくれたことにも間違いはないわ」
どうやら問題はややこしいらしいと、エリカはそこで踏み込むのをやめケーキにフォークを伸ばす。美月もまたここは聞き手に徹するのが吉と判断して司波兄妹の様子を窺った。
「まさか魔法科高校に教員としてくるなんて……これも偶然なのかはたまた、また運命でも覆しに来たのか……」
「あの人ならきっと、どのような運命でも覆せるでしょう」
そう言って深雪は微笑み、窓の外から差し込む暖かな夕日に視線を移し微笑んだのであった。
「あぁ〜、師匠の膝枕至高すぎる。これ以上の幸福はない。もう、オレダメになってもいい」
「なるほど、師として弟子が堕落するのは見ておれん。故に膝枕はもう辞めだ」
「あぁ! そんなご無体な! ギブミープリーズ師匠のお膝!」
「ふふふ。愛い奴め……ほら、夕餉の準備の邪魔だ。お前は槍でも振って鍛錬しているがいい」
「はい、師匠!」
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第二話
魔法科第一高校入学式翌日、求道一途は慣れ親しんだ戦装束ではなく堅苦しいスーツを着込み、先輩教員である中年の男性の
「どうですか求道先生。この第一高校は?」
「総じて良いんじゃないでしょうか? 1-Aのクラスしか見ていませんが皆、向上心が高いようですし学生として意欲が高いのは良い事でしょう」
「成る程、確かに意欲が高いのは学生として望ましい。求道先生は目の付け所が良いですね」
「それはどうも」
先輩教員と新参の教員の会話ならこのようなものだろう。
廊下を歩く二人の教員は時間を気にしながら目的地に向かう。この後、教員同伴の解説付き授業見学を目当てとする一科生の新入生が来るはずだ。その手筈を整えておかねばならない。
「ただ、どうにも足元がお留守なのは気になりますね」
「足元がお留守? それは一体どう言う事でしょうか?」
「それは百舌谷先生も気づいているんじゃないですか? 彼らの自信は最早過信です。そうなれば容易く足元から瓦解する」
目的地である実験棟一階ロビーで立ち止まった二人。百舌谷は興味深そうに一途へと視線を向けるがそれに気づいているのかいないのか彼はじっと廊下の先に視線を向けたままだ。
一途の姿勢は伏し目がちで黒ぶちの眼鏡でその視線はひどく分かりづらい。だが百舌谷はその態度を失礼なものとは取らずに彼の言葉に感じ入ったように顎に手を当てて何かを考え込む。
「……では、求道先生はそんな彼らの過信をどのように正すおつもりですか?」
「別に何もしませんよ。次第に彼ら自身自覚するでしょう。仮に自分が何かを言ったところで所詮は他人の言葉でしかない。彼ら自身が自覚しなければ意味が無いし実にならない」
「ふむ。どうやら求道先生は実践的な思考のお持ちのようだ」
「百舌谷先生。それよりも一科生の生徒が集まってき始めたようですよ」
「あぁ、では集まり次第演習室に入りましょうか」
「分かりました」
1-Aの生徒が数多く集まって来た中で、一途はその集団の中から自身に向けられる視線を自覚した。
視線の主は司波深雪であった。
一瞬だけ向けた一途の視線であったが、彼女は目敏く気づいたようで小さく、だが確かに頭を下げて黙礼をする。それに対して一途は黙礼を返した。
「おや? 司波さんとはお知り合いですか?」
「顔見知り、程度の関係です。えこ贔屓などしませんのでご安心を」
「それは結構。しかし彼女は贔屓しなくとも優秀なので、ある意味贔屓しがいの無い生徒かもしれませんね」
「それは……確かにそうですね。彼女は、新入生総代ですから」
百舌谷はそれ以上とやかく問わなかった。それ以上に授業見学の時間は察し迫っており、解説をしなければならない。彼自身次の授業を担当しなければならないので彼ら新入生にばかりかまけている余裕はないのだ。
一途が開けた扉に従って百舌谷と一科生たちが続く。
広いスペースの向かいの壁にガラス張りで階下の光景が見える。
そこからは端末型のCADを手にとって、放射系統の魔法を駆使し空中放電をしている三年生の姿が見える。
基礎的な魔法とはいえその規模と事象の改変力を魔法師の感覚として感じ取り、興奮の声を上げる一科生の新入生たちであったが百舌谷のジェスチャーによってすぐさま静かになる。
魔法を使用している最中は、使用者の集中を乱さぬように大きな声を出さない、と言うのが既に彼らの中に叩き込まれているからである。
「ここでは放出系統の魔法の基礎を学ぶ授業をしています」
そう言って百舌谷と解説に入ると、一科生たちは真剣な顔つきとなって耳を澄ます。
「摩擦によらずに静電気を発生させて、空中放電で帯電状態を解消すると言う実験です。例えば……冬場の鉄製のドアノブなど静電気が溜まっていますよね? 手で触れればそこから静電気が流れ込んでしまいます。それを魔法で解消していると考えれば身近に考えやすいでしょうね」
その説明は確かに彼らに身近なものであったようで微笑みさえ浮かべている者さえいたが、気をぬくには早い。百舌谷は集団を見渡しながら口を開いた。
「それでは理解も深まったようで、皆さんの中で放出系統の魔法について説明できる人はいますか?」
ざわめく集団。それは彼らが質問をされるとはとんと頭に無かったようでその焦りようが容易く見てとれるほどだ。
百舌谷はその心構えに苦笑いを浮かべつつも、その認識の甘さを正すべくこうして質問を投げかけることで新入生の気を引き締めようとしたのだ。
「求道先生、説明をお願いできますか?」
「放射線に作用する魔法で、正確にはこれ以上分けられない物である素粒子と、素粒子の複合体である複合粒子の運動と相互作用に干渉・作用し操作する魔法です」
「さすがに担当科目の分野ですしこれくらいはお手の物の様ですね。皆さん、求道先生の説明を聞いていましたか? 求道先生の授業で扱うことになる内容ですのでしっかりと復習しておいてください。それでは次の実験を見ていきましょう」
「それでは次の授業で私は席を外しますので、求道先生が解説をして下さいます。午後からの見学は13時40分から行われますので希望者は校庭側の実技棟入り口に集合するように。それでは求道先生、午後からよろしくお願いします」
「分かりました。それでは解散して下さい」
『ありがとうございました』
授業見学は終わり、百舌谷から簡易的な説明を受け終わった一途が昼食をとろうと実技棟から出ようとして足を踏み出した時、側に深雪の姿があった。
「求道先生、お疲れ様でした。この後のご予定をお聞きしてもよろしいですか?」
微笑みかける深雪はかくも美しく、彼女の動向に気を配っていた一科生は皆その笑顔に心を射止められてしまったが、その笑顔を向けられている存在が冴えない男性教員と言うのが立腹の原因となり男子生徒から厳しい視線が一途に向けられた。
「昼食をとった後に午後からの見学の打ち合わせに行こうかと」
「そうですか……もしご都合がよろしければ一緒に昼食は如何ですか?」
新入生総代、司波深雪からの直接のアプローチ。
それがまた授業時とは別種の興奮を生徒に与えた。
「兄も、求道先生にお会いしたいと……どうでしょうか?」
「兄? あぁ、少年か……確かに会っておくのがいいか……分かりました。昼食を職員室に取りにいくので先にお兄さんを呼んでいてくれますか?」
「はい! 兄は食堂にいると思いますので私も食堂の方でお待ちしております!」
「分かりました。それでは後ほど」
多くの冷ややかな視線を集めながら一途は実技棟から退室する。その背を、ニコニコと深雪が見守っていた。
第一高校内にある教員・生徒が食事をとることができる食堂で三年ぶりに二人の男は再会した。
一人は幼い少年から精悍な少年に変化していた。
「お久しぶりです、求道先生……」
男は、瞳に鋭さと力強さが増していた。
「あぁ。久しぶりだな少年。どうやら——心の置き場所はしっかりと意識できているようだ」
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第三話
「心の置き場を、しっかりと自覚できているようだな。結構」
「えぇ。それより、座られてはどうですか?」
「あぁ……そうさせてもらおうか」
司波みゆきと複数の二科生が座っていた場所の空いている席に、求道一途が座る。教員も利用することの多い食堂とはいえど滅多なことで生徒と同席することは無い。
客観的に見て彼と話す二科生の少年と一途の様子からは知り合いという関係性が窺える。それを興味津々に見る者たちと、不倶戴天の敵を見るように睨む一年生の男子たち。
「どうやら友人にも恵まれているようだな。コミュニュケーションは苦手な部類だと思っていたが?」
「それはもう苦手な部類ですよ。ただ、そこは友人に恵まれたとしか言えないですね」
「そうか。オレも見習いたいものだ。これもひとえに少年の人徳の高さだろうな」
「その言い方はどうにかならないんですか? 少年って言われるほど子供じゃ無いつもりですよ」
「失礼、だが俺から見たらまだまだ甘ちゃんだよ少年は」
「それは……言い返せませんね」
「とは言っても、オレなんぞ師匠に比べたらペーペーのヒヨッコでしかないがな」
そう言って区切り、一途は包みに包まれた弁当箱を取り出した。成人男性が食べるには少し物足りないような大きさだが一途は特に何かを言うことなく、手を合わせて食前の挨拶を口にして弁当箱を開く。
その中身に、二科生の男女がアッと驚いていた中、司波深雪の兄である司波達也はからかう材料を手に入れた為か、意地の悪い笑みを浮かべて揶揄するように一途に声をかける。
「恋人ですか?」
「年上をからかうのも偶には良いが相手は選べよ少年。藪から呪いの朱槍はもらいたくないだろう?」
「肝に命じておきます」
弁当に手をつける前の一途から鋭い眼差しを受けた達也は降参というかのように肩を落とし、一度同じ二科生の顔をぐるりと回りを見て、
「みんな知ってると思うが求道先生だ。俺と深雪は昔世話になってな。まぁ……知り合い、だろうな」
「お、おう。いや何となく知り合いだってのは分かったけどさ……達也が少年って変な感じだな」
「そうね。達也くん落ち着いてるし、少年っていうか青年?」
「で、ですけど司波さんはまだまだ若いですよっ」
「美月、フォローしたいのは分かるけどなんか違うからそれ……」
達也と同じクラスである西城レオンハルト、千葉エリカ、柴田美月は各々の感想を口にするが、やはりまだ距離を測りかねていた。
つい先日知り合ったばかりの知り合いの知古。しかも大人で教員となればどうにも距離を測り損ねるのは当然と言えよう。
故に、ここは年長である一途から歩み寄るのが大人な対応と言える。
「それで、君らはこの後どこを見学するのか決まっているのかい?」
「あ、えっと……さっき工房は見てきたんで、えっとどうするよ達也? 柴田?」
「ちょっと! なんであたしは無視してんのよ!」
「うるせー! お前みたいな奴に聞いても意味ねぇって分かってんだよこちとら!」
一途の問いかけを発端として出来上がった竜虎の図。ただ今回の場合はエリカの方に軍配が上がっている。
「あぁ、分かった。食事中くらいは落ち着こうか二人とも。私見だが、十師族の七草のご令嬢が遠隔魔法の披露をするそうだ。遠隔魔法実習室で行われるそうだから後学のために見ておくと良い」
「十師族……七草さんは生徒会長の方ですね。あともう一人いたと思うですがその方は?」
「あぁ、十文字部活連会頭だね。彼はまた別のクラスのようだ。だから今回の授業見学で彼の魔法を見ることは出来ないだろうが日本の頂点に立つ魔法師の腕前を見ておくのは君ら魔法師の卵には良い刺激になるだろうね。自分も学ぶべきところがあると思っているよ」
「求道先生も、ですか? 失礼ですが求道先生には既に十分な実力が備わっていると思いますが……?」
深雪の問いかけに一途はお茶を濁すように苦笑いを浮かべる。各々が箸を進めながら一途の言葉を待っていたため、彼は仕方ないというかのように頬を指でかくと口を開いた。
「自分が現代魔法について本格的に学び始めたのはごく最近だからね。ここの教員として入る事が出来たのも後押しが強かったからだよ。まぁ悪い言い方をするならコネだよ」
「へぇ? コネで採用するなんてここの学長も随分と偉いもんね。で、先生、その後押ししたのって誰なんですか?」
「十師族だよ。これ以上は色々と事情が絡んでくるから君たちのためにも言えない。すまないね」
「え〜、残念」
コネという言葉にエリカは何かしら思うところがあったようだが、二科生は教員からの直接の指導を受けないためあまり関係ないとしてそれ以上踏み込むことはしなかった。彼女自身興味はあったが”何故か踏み込もうという意識が逸れて”しまっていた。
「あぁ、もうそろそろ時間だ。授業見学の打ち合わせがあるからこれで失礼するよ。君らも少年と彼女と仲良くしてやってくれ。一科と二科というしがらみ関係なく。君たちは魔法師である前に同じ人なのだからね」
「ふ〜ん。一科と二科というしがらみ関係無く……ね」
エリカは一途が口にした言葉を繰り返す。その言葉に込められた意味を考えて、そして自身の八枚花弁の無い胸元と深雪の八枚花弁が咲き誇る胸元を見比べた。
「案外食わせ者なのかもねあの先生?」
「だろうな。俺もよく分からないというのが本音だよ千葉さん」
「? どう言うことエリカちゃん」
「ん〜……美月もすぐに分かると思うよ? それよりも次いこ次! 求道先生が言うには十師族が魔法を披露するって言うじゃん? きっとすごいのが見れるよ!」
「ふふふ、はしゃぎすぎよエリカ。でも七草会長は遠隔魔法の天才と言われているし確かに楽しみね」
「うるせーなぁ。んなはしゃがなくても良いだろうが」
「アンタには言ってないわよ! ほらみんな行こっ!」
食事も終わり彼らも動き出す。この第一高校に希望と向上心を胸に入学した彼・彼女らだが、魔法主義社会の縮図といっても良い第一高校の洗礼に早速巻き込まれるのであった。
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第四話
参考程度に見てやってください。
それではどうぞ!
放課後。四月のためまだ明るい。
1日の授業は終わり、部活動や居残り練習をする者以外は下校で賑わう廊下と校門付近。
一途は明日の授業についての打ち合わせを職員室で終え、教員にしては早い帰宅に着こうとしていた。そもそも一途はある十師族からの後押しがあったとは言えその身分は正規の職員のものでは無い。
非常勤の職員ともまた違う。あえて言うのなら古参教員のアシスタントのようなものだ。
これは学校側が一途についてまだ信頼していない証とも取れるが、彼自身そこまでこの学校に頓着していないためこの宙ぶらりんの立場で良いと考えていた。
そもそも正規の職員であれば長く学校に、生徒に拘束されてしまう。それはスカサハとの蜜月を望む一途にとって望むものでは無い。
「ん?」
廊下を歩き、正面玄関で靴を履き替えて外に出た時を見計らったかのようにマナーモードの携帯端末が震えて電話の着信を一途に知らせた。
メールアドレスはそれなりに登録されてはいるが、彼のプライベートの携帯端末が電話の着信を伝えるとなれば相手は一人しかいない。
無表情であった一途の表情は打って変わり喜びに満ちたものへと変化した。周りに見られていないのが幸いだろう。
何故なら、彼のあまりの幸せそうな笑顔を見たなら辟易してしまうのは目に見えて分かる。
「もしもし、どうかしましたか師匠?」
『なんて事はない。実は迎えに来てやったのだが入り口付近で諍いが起きているようでな』
「えっ? いや、師匠迎えに来てくれたんですか!?」
『おいおい、お主は今は教鞭を執る者であろう? そのはしゃぎようは儂の前だけにしておけよ。では、すぐに会おう』
通話は一方的に掛かってきて、そして一方的に切られたが一途は有頂天になり早足で校門へと向かう。それなりの人間とすれ違ったが一途には彼らのことなど眼中になかった。
校門に近ずくにつれてざわめきが聞こえてくる。そこには深雪や達也を中心とした二科生の集団と1-Aの集団が睨み合っていた形跡がある。しかしその場は二人の上級生が既に鎮圧していたようであとはボヤの鎮火のみだ。
「! 求道先生」
「あぁ、七草生徒会長に渡辺風紀委員長。お疲れ様です」
大した事はなく、済むはずだがここで教員である一途がやってきた事によって問題がややこしくなる——はずであった。
「それではさようなら。寄り道せずに帰るんですよ」
「え? あ、はいそれでは……さようなら」
目の前で起きていたであろう小競り合い。良識ある大人ならその出来事について尋ねただろう。そして苦言を口にするはずだ。
だが狂化のスキルを”生れながら”備え持っている一途には、スカサハに関するすべてについて狂っている一途は、スカサハに関する事を目の前にすればそれ以外の全てが塵とかす。
今の彼にとって、知り合いである深雪や達也さえも塵であった。今現在、彼の視界に映っているのは校門から少し離れた場所に居る美しき影の国の女王スカサハただ一人。
「ん? あぁそう言えばそうだ。オレは今、教員だったそうだった」
何を思ったのか一途は足を止めて振り返った。先程まで誰も彼も眼中になかった態度が嘘のようで鋭い気配を伴って一科生の男子に視線を向けて一言、告げた。
「おいたも程々にして下さい。次は警察を呼びますから」
「!? え、そんな大事に——」
「魔法を他人に向けておいて大事ではないと? 知っているとは思いますが、無許可の対人魔法使用は最低でも懲役5年又は罰金100万円ですからね」
一途の告げた言葉に冷や汗を流しながら固まった男子生徒の名前は森崎駿。今回の小競り合いにおいて魔法を他人に向け、発動一歩手前まで行った張本人であった。
だがそれは見ていなければ気づけない事だ。
「見ていたんですか、求道先生」
「いえ、見ていませんよ」
「それなら何故——」
「魔法師ならエイドスに刻まれた魔法の痕跡で分かる。私の専攻はルーン魔術ですので失せ物探しは得意なだけですよ」
七草生徒会長と渡辺風紀委員長が見ていたのか、それなら何故止めなかったのかと言外に視線で咎めていたが一途はどこ吹く風といった感じである。
一途が発する独特の雰囲気。それは彼女たちにそれ以上に踏み込ませることをさせなかった。
パッとしない冴えない容貌の教員であるはずだった。だが、彼の雰囲気は独特で、どこか人間味を感じさせずにズレている。
それを見て達也は思わずため息をついてしまった。
三年前と変わらない。その狂いようはどこか自分にも通ずるものがあるとして、だからこそため息をつかざるを得なかった。
そんな男が、最愛の妹である深雪が恋した男であると言うのが信じたくなかったのだ。
真名:求道一途(キュウドウイチズ)
身長:183cm
体重:75kg
出典:--
出身:極東・日本
属性:秩序・善(狂)
イメージカラー:青みがかった黒
ステータス
筋力:C +
耐久:D
俊敏:C
魔力:F -
幸運:A +
宝具:B +
保有スキル
心眼(真):D
原初のルーン:C
戦闘続行:EX
狂化:EX
宝具
求道一途・克己賛歌(ヴォルスングサガ)
ランク:D ++
種別:対人(自分)宝具
レンジ:1
己が諦めない限り、常に己に力を与え続けかつての自分を踏破し続ける対人宝具。
要するに求道一途の心が折れない限り、彼の傷を癒しステータスを上昇させ続ける宝具。
スカサハと共に在るために限界を超える彼の心を具現化した宝具である。
失墜し穿つ死呪の槍(ロッズ・フロム・ゴッド)
ランク:B +
種別:対国・粛清宝具
レンジ:100〜1000
スカサハから授かった呪いの朱槍・ゲイボルグを成層圏に召喚・分裂させて対象に目掛けて落下させると言う技。
必中必殺の呪いによる自動追尾のゲイボルグを分裂させればさせるほど威力は減衰するが効果範囲は増え、一本に力を集約すればするほど必殺性が増す。
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第五話
ソファーに座る美しき女性。
彼女の美しさはこの世のものとは思えないほどに神秘的で幽玄であった。
真実彼女の美しさは傾国に値する。いくら司波深雪が青少年の理想の具現だとしたら赤紫色の長い髪を持つ彼女は全人類の理想といってもいい。
「師匠……」
「なんだ?」
だがその美しさは、今や一人の男と共にあった。
異境・魔境の影の国。その深淵を治める女王スカサハは自身の膝元に頭を乗せて顔を見上げる男の髪を優しげに撫でた。
「オレ、師匠のそばに居たいです……」
「……そうか」
「昨日と今日、師匠からほんの少しだけですが離れて……その想いが強くなったのが分かりました」
一途はまるで子供のようにスカサハの胴体に抱きついて、脂肪のほとんどない鍛え上げられた薄い腹に顔を埋めた。それに対してスカサハはくすぐったそうに身をよじるだけだ。一途の無遠慮な行動を本気で拒んではないない。
その顔に浮かぶ微笑みには慈しみが浮かんでいる。
「なんで……オレをあそこにやったんですか?」
「さて……どうしてだと思う? 当ててみるがいい」
「師匠も意地悪ですね……」
膝枕の状態のまま一途はスカサハに甘え、またスカサハも彼を受け入れる。二人は長い付き合いであった。それこそスカサハは一途が赤子の時から知っている。
一体どういった経緯で彼が自身を求めているかを。その愛がどれほどに重く、また暗く純粋で狂っているかを。
それでもスカサハはその愛を受け入れていた。
彼女は笑う。
慈母のように慈しみながら、悪女のように一途の愛を己の手の中で転がすように悪どく、また獣のように原始的で純粋に一心に求道一途という男を求めていた。
「オレが、社会的におかしいから……狂っているからですか?」
「正解だ我が弟子よ。だが最たるものではない」
「じゃあ分かりません。教えてください師匠」
「断る。私の弟子を自負すると言うのなら、己の頭で考えよ」
口調は厳しいが一途の頭を撫でる手つきは相変わらず穏やかだった。
やはり彼女のことが好きだと、一途はそう思い直しスカサハの体から一度離れる。そして向かい合うように顔を見合わせた二人。
「師匠……好きです」
「あぁ。私もだよ」
そう言って二人の顔が近づき、キスをして、ゆっくりと抱き合いソファーの上になだれ込んだ。
己の体の上を這う節張った硬い手の感触を感じながらスカサハは一途の頭を抱え込むように抱きしめる。
彼女が求道一途と言う男を魔法科高校に送り出したのは理由がある。
それはただ単に、己の男を見せびらかせたいという、そんなくだらない理由であった。
朱交われば赤くなるというが、一途の狂気にあてられてスカサハ自身も狂っているのかもしれない。
東京の郊外に存在するスカサハの所有する邸宅から、一途は通勤していた。公共施設であるコミューターに乗り込み満員電車という概念から脱却した交通機関で第一高校最寄りの駅まで移動する。
窓に映る移り変わる光景を見て一途は気だるさを感じながらその意識を教員としてのモノに切り替えていく。今日から早速授業で教鞭を執らなければならないからだ。
教える分野は現代魔法の根幹である四系統8種の魔法の基礎部分について。応用的な分野は他の教員が教えるが、一途の教える部分が生徒に備わっていなければ色々と問題が発生する。
そのため、一途としても生徒個人の安全のために手を抜くわけにはいかないのだ。
コミューターから降りて駅を出る。この時間帯生徒の姿もチラホラと見えてスーツ姿の一途に視線が集まるが彼は挨拶を口にしながら歩くだけだ。
コツコツと歩いていて、一途は見知った後姿を発見した。気づいたのはあちらも同じだったのか、一人の少年が後ろを振り返る。それに続けて少年のそばに寄り添うような近すぎる距離感であった少女もまた振り返った。
「おはよう少年。皆さんもおはようございます」
「求道先生、おはようございます」
「おはようございます求道先生。今日もいい天気ですね」
いち早く一途に気づいた少年は達也であった。挨拶を口にし、続けて頭を深々と下げながら挨拶を口にしたのは深雪である。もはやこの兄妹はセットと考えたほうがいいのではと一途は考えながらその側にいる二科生の少年少女、そして生徒会長の姿を視界に収めた。
「仲が良いようで大変よろしいですね。一科、二科の垣根を越えて仲を深めるのは学力向上という面でも競争心を高めるという意味でも効果的だ」
「あら? その口ぶりから察すると求道先生は今の第一高校の現状を憂いているのですね」
「それについてはノーコメントで。自分は教員ですし、第一高校の自治は生徒会に委ねられています。それでも言わせてもらうとするならば——憂いている、というのには語弊があります」
「そうなんですか? では求道先生はどういったお考えなのでしょうか? 生徒会長として是非興味があります」
一途は現生徒会長、
「貴女の考えていること、それは第一高校にとって、生徒自身の成長を促すのに良い点火剤となるでしょう。ですが多くの反対と軋轢があるはずです。それで折れるようならその志はその程度だと諦めなさい。要するに、貴女次第でどのような結果が生まれるか、ということです七草生徒会長」
「……貴重なご意見ありがとうございます、求道先生」
「いえ、所詮は外野からの意見です。貴女は多くを考えるでしょう。多くの人からの意見を聞かねばならないでしょう。迷い、踏み出すことを恐れるかもしれない。ですが勇気を持って踏み出せばきっと貴女の志に賛成する人が集まってくるはずだ……と言ってもこれは自分が師から教わったものを自分なりに解釈しての言葉です。大したことが言えずに申し訳ない」
「いえ、非常にためになりました」
そう言って当初は悪戯っ子のような笑顔で一途に問いかけた真由美であったが、今の彼女は真剣な表情となり改めて一途に頭を下げたのであった。
「話をするのはここまでですね。皆さん遅刻しないように」
そう言い残して一途は一足早く、校舎の門を潜ったのであった。
第一高校、授業は一旦終わり昼休憩。一途は1-Aでの午前の授業を終えて教室から退散しようとしたが、そこで深雪が遠慮がちながらも声をかけてくる。
その雰囲気から察してどうやら個人的な要件ではないと感じた一途は足を止めて向き直る。クラスの人間はまた司波深雪が冴えない男性教員に声をかけたと興味津々だ。一部彼女の熱狂的なファンは憎々しげに一途を睨んでいたがそれは割愛しておく。
「どうかしましたか司波深雪さん」
「実は朝、生徒会長から生徒会役員についてのお話があると言われまして私と兄がこの後生徒会室に向かうことになっています」
「あぁ、貴女は新入生総代ですからね。その話も納得です。それで、自分にはどのような話が?」
「はい。生徒会長は求道先生も同席してくださらないかと、私にそう伝えてくれないかと頼まれたものでして……如何しますか?」
「あぁ。分かりました。一度職員室によるので先に向かっていてください」
「分かりました。生徒会室前でお待ちしております」
深く一礼する深雪。一途は少し過剰な反応なのではと内心苦笑いを浮かべながらも取り繕った表情のままこの教室を後にした。
職員室によって、弁当箱を手に取った一途はすぐに生徒会室まで向かった。律儀で礼儀正しいあの少女のことだから本当に生徒会室前で待っているのではと思えたからだ。
案の定、深雪は達也同伴だが生徒会室前で待っていた。
「待たせて申し訳ない。では中に入りましょうか。ちなみに自分への要件について何か聞いていますか?」
「いえ、俺は何も聞いていません。その場には深雪も同席していたのですが何も」
「なるほど、まぁそれはすぐに分かるでしょう。それでは司波さん、お願いします」
「はい、任せてください。——1-A司波深雪と1-E司波達也、及び求道先生です」
『どうぞ』
インターフォンのスピーカー越しに七草生徒会長の声が三人の耳に届き、内側のロックが解除された。
そして達也が安全確認をするようにドアに手を掛け開いた。室内には既に生徒会役員が揃っていたようで、各々椅子に座り三人を待っていた。
「ようこそ。さぁ、遠慮せずに入って下さい。私たちはあなた達を歓迎します」
そう言ってニコニコと笑う真由美。その笑顔の裏には一体どんな魔物が潜んでいるのかと、達也はため息を吐きたい気分であった。
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第六話
「昼食を食べながらお話しましょう。ランチは
生徒会室に集まっていた四人の少女達。個性的な彼女達を見て、唯一の男子役員である服部副会長に一途は同情の念を禁じ得なかったが所詮は他人事だと判断を下し、優雅な一礼を披露し終わった深雪の後に続いて一途も入室する。
ニコニコと笑顔な七草生徒会長に、不敵な笑みを浮かべる渡辺風紀委員長。そして涼やかな表情の大人びた少女と小柄で愛玩動物のような愛らしさの少女が席に座っていた。
大人びた少女の名前は
「あら? 求道先生はお弁当ですか? 摩利と一緒ね」
「ほほう? 求道先生、その弁当は誰が作った物なのか大変興味がありますね」
「人がゴシップ好きなのはいつの世も変わりませんが、大人をからかうものではありませんよ。渡辺風紀委員長。七草生徒会長も人を唆さないように」
「だそうだぞ、真由美」
「質問したのは摩利じゃない。あ、深雪さんも達也くんも遠慮しないで座ってね。求道先生もどうぞ席について下さい」
上手側から深雪、達也と座り一つ離れた席に一途は座った。達也と深雪は複数あるメニューの中から精進料理を選ぶ。それを聞き届けて真由美はあずさにお願いして、そのお願いに従ってあずさはちょこちょこと愛らしく動きながら
この中で弁当であるのは風紀委員長の摩利と一途のみ。摩利が弁当であるのには見慣れているようだが、一途が弁当持参であることには真由美を筆頭にして興味深げな視線が向けられたままだ。
「では改めて生徒会側の紹介を。私は生徒会長の七草真由美。そして手前から会計の市原鈴音、通称リンちゃん」
「私をそう呼ぶのは会長だけです」
「もう、リンちゃんは恥ずかしがりさんね〜。続いて風紀委員長の渡辺摩利。深雪さんと達也くんは昨日以来ね」
「ま、私は生徒会じゃ無いんだがそこは割愛しておくとしよう」
「最後に中条あずさ、通称あーちゃんね! 引っ込み思案だけど彼女も深雪さんと同じ去年の新入生総代なのよ」
「会長! 下級生と先生の手前であーちゃんはやめて下さい!」
「さて、後は副会長のはんぞーくんを入れた四人で私たちは活動しています。そんなわけでここからが本題です——今年の新入生総代である司波深雪さん、生徒会に入っていただけないでしょうか?」
そこから真由美を中心にした生徒会役員の概要について深雪に話される。
ここまでは司波兄妹も、一途も予想していた。
第一高校では生徒会役員の新規役員に必ず新入生総代を役員入りさせている。これは第一高校の内情を少しでも知っているものなら容易に知れることだ。
深雪のことであるため達也は一字一句聞き漏らさないように耳を澄ますが、一途にとっては全く関係無いことであるため食事を進めていた。
そして話が進み、深雪が頷くだけで良いとなった時彼女は兄である達也の生徒会加入を進言する。それを滅多に見せない驚きを顔に浮かべた達也を尻目に彼女はさらに続けていく。
曰く、自分より兄の成績の方が優秀だ。
曰く、生徒会役員なら深い知識と優れた判断力が必要だ。
曰く、デスクワークなら兄の方が自分よりも何倍も優れている、と。
だが、鈴音の鶴の一声によって深雪の訴えは遮られてしまう。これは一科生である鈴音が二科生である達也の生徒会加入をただ嫌だからと断ったものではなく、第一高校ですでに決められた規則があるため不可能だと。
しょんぼりした深雪は何かわだかまりを抱えながらも真由美の提案にイエスと頷いたが、達也は気まずそうに深雪を観察するように視線を向け、そして安堵を覚えていた。
達也の考えはこうだ。過剰な身内びいきは不快感を呼ぶ。それが数人ならまだ抑えられようものだがここには何百人と一科生がいる。
そしてなぜ自分では無いのだと反感と不満を覚える二科生が出てもおかしくは無い。それらの反感が達也自身に向けばまだ対処のしようもあるのだが、妹に向けられることだけは達也としては何としても防ぎたかったのである。
妹に関してだけは達也としても加減などできそうもないからだ。
「そうだ! 求道先生はこの生徒会の現状に——」
「私は教員です。生徒間の自治行動に関して何ら言うことはありません」
ピシャリと一途は真由美の言葉を遮って箸を進めていく。前髪と眼鏡によって視線の先がどこに向いているのかひどくわかりづらい。
付け入る隙無しと、誰もが思ったが真由美は食い下がる。彼女はニコニコと笑顔のままで彼に問いかけるのだった。
「その物言いでしたら何かあると言っているようですが……それについてはどうでしょうか?」
「それについてもノーコメントです。そもそも私はここに居る意味がない。幸い次の授業は一コマ空いていますが暇ではありませんので」
「まぁ、そう仰らずに。生徒会としても新しい風を取り入れるのは重要なことですから」
「であるならば、司波深雪さんだけで事足りるでしょう。他にも必要であるならば新一年生の中から見繕えばいいでしょう」
「むむむ……」
いち早く食べ終えた一途は、むくれ顔の真由美を置いてけぼりにして空の弁当箱を包みに包んでいく。
「……求道先生も、兄の生徒会入りについてはどう思いますか?」
「能力的に見て、十分に活躍できるでしょう」
「で、では! 先生が教員の方々に働きかけて規約を——」
「無理です。正規ではない新人教員に何かできると変に期待しないように。それに彼は百人の一科生の成績に劣る二科生です。成績が全てではありませんがそれも人を測るモノ。新入生総代という誰でもわかるモノと比べて、諸人から見てただの二科生でしかない司波達也では不満や反感が出ます」
一途の反論に深雪はまたもやしょぼんとしてしまう。達也としては、自由気ままな立場こそが望むもの。そうでないと余計なしがらみに縛られていざという時に深雪を守れないし側にいられない。
だが、求道一途と言う人間を愛している妹の立場を考えれば素知らぬ顔の一途に何か言いたいことがないわけでもなかった。
達也の生徒会入りについて、落ち着きかけたがここで摩利が待ったをかけた。
曰く、二科生の風紀委員入りについては規定違反にならず問題ないと。
あっと驚く真由美に、ピクリと眉を動かす鈴音に目をまん丸にしたあずさ。深雪は期待の視線を達也に向け、我関せずと黙っていた達也は体を緊張によって強張らせた。
ここで相変わらずなのは一途だけと言っていい。
ワナワナと震える真由美はガバッと机から身を乗り出した。
「ナイスアイディアよ摩利! 確か、生徒会選任枠が空いてたわよね!?」
「その通りだよワトソンくん」
ヒゲをさするような仕草の摩利を見て、真由美はおかしそうに吹き出すと改まって達也をビシッと指差し大きく宣言した。
「生徒会は、司波達也くんを風紀委員に選任します!」
物議をかもす生徒会長の選択。正しいか間違いか、それ以前に本人の賛同がない。達也の反論から始まり、休憩時間の終わりをカードに切って話を放課後に持っていった摩利と真由美の二人。
撤退せざるを得なかった達也だが、反面深雪は兄の風紀位委員加入の可能性に喜びを隠せなかった。
彼女としては兄の評価が上昇し、正しく改まることに喜びを感じていたのだ。
「求道先生」
「なんでしょうか七草生徒会長」
皆が生徒会室から退散しようとした時、真由美は一途に声をかけた。
「例えばですが……二科生と一科生の垣根がなくなったら——その為に私が尽力するのなら求道先生は賛成してくれますか?」
どこか期待のこもった真由美の声色。身長差によって上目遣いとなった関係上、断るのには大きな意志力が必要だ。
この時ばかりは真由美も普段の計算高さを最大限に発揮しながらもどこかで本心で、彼の答えに期待していた。
「くだらん」
だが現実は非情なり。
「お前のその
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第七話
『お前のその
七草真由美、齢18年の歳月を生きてきてここまで真正面から己を否定され蔑まれたのは初めての経験であった。
その言葉を受けて、彼女の体に走ったのは怖気であり恐怖であり又微かで彼女自身も気づけないような自分自身を見られる、七草という名に縛られない自分を見られた事への喜びであった。
そもそも、昨日今日あったばかりである求道一途というパッとしない冴えない男に真由美がここまで気を掛けるのにはいくつかの理由があり、それは決して男女の情緒のような色事では決して無い。
まず前提として語らねばならないが七草真由美という女は日本の魔法科社会の頂点に座する十師族の名を冠することを許された七草という魔法師として優れた血統を受け継ぐ一族の生まれでありその生活は裕福で生活に困ったということは一度としてない。
だが彼女にはいささか普通の生活とは欠けているものがあり、それは友と語らう喜びであり、男に恋をする悦びであり、挫折という誰もが恐怖する事態の著しいまでの欠落である。
だからこそ彼女は、自身の生まれの良さに責任を感じ、この差別が陰で横行し許容される第一高校の現状に憤りと悲しみを感じていたからこそ、現状を打破すべき材料として求道一途という教員を生徒会側にあわよくば取り込もうと考えたのである。
しかし、彼女の打算は見透かされでもしたのか、いやそうでは無い。
それ以前に求道一途という男は七草真由美という人間を、その考えを否定したのだ。
昼休みの終わり、真由美を否定した一途はその場の誰もが驚きや義憤によって固まっている中ただ一人変わらぬ歩調でその場を去った。
結果として真由美の目論見は最初期の段階で破綻したのであった。
「会長のお考えを、施しと言い切った求道先生のお考えをお聞かせください」
「それで、市原会計は自分のところに来たということですか……」
「答えてくださらないのであれば、答えてくださるまで私はこの場に居座ります。このような暴挙に出るのは当然私も困りますが貴方のお立場としても困るのでは無いのでしょうか?」
「嘆願、とも違いますね。こう言っては何ですが、貴女と七草会長は他人です。何故そこまでする義理があるのでしょうか? 分かったのなら教室に帰りなさい。内申に響きますよ」
「ご心配どうも。ですが求道先生がお話しすれば万事解決です。求道先生が会長自身にお伝えするのが一番良いのですが、それが嫌だと言うのであれば私が伝えますのでご安心を」
「……」
「さぁ、如何しますか求道先生? 他の方々からの目が集まってきましたが?」
ノート型端末の前で空間投射型キーボードをタイピングしながら次の授業に向けての準備を進めていた一途であったが、昼休み終了のチャイムであると同時に午後の授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響くと同時に教員室に単身乗り込んできた市原鈴音に頭を悩ませていた。
多くの教員は授業や演習でこの場を離れているが、残った少ない教員が好奇心を目に宿して外野から二人の様子を眺め静観の面持ちで見守っていたが、一途にとってはこの事態は望外の事態である。
鉄面皮よろしく無表情の鈴音だが、その瞳には
それが一途にとって厄介だと思える事であり、同時にこの冷静で無表情の少女に好感を抱いてしまう悩ましい原因でもあった。
七草真由美という少女が鈴音にとって友であるからこそ、友である真由美に対して一途があのような言葉を発した事で彼女の義侠心に火が付きこのような事態を起こしてしまったのだ。
端的に言って、この事態は一途が巻き起こしたものである。そのため我関せずと素知らぬ顔で鈴音という少女を無視し続けるのは如何なものかと一途の心の中に疑問が浮かんでくるのであった。
授業開始から10分が経過し、一途は、鈴音が自身の立場と境遇をわきまえているならばそろそろ諦める頃合いだろうとちらりと横目で伺ったのだが、彼女の鉄のように変わらぬ表情と燃えたぎる怒りを宿す瞳を見てしまったことを激しく後悔することになった。
いかに一途といえど人間である。スカサハという愛する女以外に愛の全てを捧げているとはいえそれでも人の機微がわからぬ男では無い。むしろ女であるスカサハの機微を察するために女心に関しては聡い節も見られるが、スカサハ限定であるためこの場合適応されているかは甚だ疑問ではあったが彼はため息をついて鈴音に降参の意を示したのであった。
「戻りなさい市原会計。放課後、必ず生徒会室に伺って七草会長に私自らお話しします。何故私が彼女の考えを施しだと、下らないと断じたのか。これは、ゲッシュです。故に破られることはないと思いなさい」
「……ゲッシュ……アイルランドにおける古い誓約、でしょうか?」
「よく勉強している。アイルランドの言葉で禁忌・タブーを意味する言葉です。師からルーンの教えを受けた自分が口にしたゲッシュという意味を、努忘れ侮らないようにお願いします市原会計」
「分かりました。それでは、放課後に生徒会室でお待ちしております」
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第八話
「それで生徒会室に来たは良いものの……何故こんな面倒ごとになっているのか。少年、君はまさに生まれながらにトラブルに愛されているらしいな」
「それは言わぬが花と言うものですよ求道先生。俺も喜んで首を突っ込んでいるわけじゃないんですから」
「喜んでいるわけじゃない、ね。だが自分から首を突っ込んだのは真実だ。違うか少年?」
「……ノーコメントで」
そう言って、達也はジェラルミンケースからロングバレルタイプの銃器型CADを取り出し、魔法が記録されているマガジンを取り出して目に見えない目標に向けて構えを取りCADの感触を確かめると、納得がいったように頷いた。
グリップを握る感触を二回確かめて、達也は再三の溜息をつき演習室の中央に向かう。
演習室の中央には先客がおり、その先客は大胆不敵な笑みを浮かべて余裕と自信からくる勝ち誇った笑みを既に浮かべて達也が中央に来るのを待ち構えていた。
先客の名前は服部刑部。戸籍名はもっと長いのだがこの場では割愛。
第一高校二年生、現生徒会副会長にして学園内にて五本の指に入るほどの魔法戦闘能力を持つ第一高校きっての優秀な魔法師である彼と、二科生の中でも特に実技の不得手な司波達也がここで模擬戦を行うことになっている。
魔法を用いた模擬戦等は基本的に魔法を高速で発動することに集中し、相手に当てることに重きを置かれている。
事実として魔法を当てられれば相手は集中力を乱されて、魔法発動中断を余儀無くされる。そうなれば勝利は先手を取った者の手に委ねられるのは火を見るよりも明らかだ。
小手先の小細工など不要。ただ優秀な者だけが勝利を収めると言う意味ではこれほど分かりやすい図式は無かった。
演習室中央で向かい合う二人の少年達だが、壁際ではそんな二人を様々な思惑で視線を送る少女達おり、その中一途の姿もあった。
「求道先生は……どう見られますか?」
「
壁際で兄を見守る深雪の問いと迷いなく口にされた一途の答え。
それが二人の兄妹を除く演習室にいた少年少女の心をざわめかせる。
「……私が……この二科生に負けると? では客観的事実として、その理由をお聞かせ願えますかね求道先生……!」
「模擬戦手前であると言うのに君は敵から目をそらして自分を見た。それだけで君の敗北を助長すると分からないのですか? それともそれは余裕だと? 違いますね。それは余裕ではなく油断であり過失であり過信である。前を見なさい。戦う者としての心構えで言うのなら、服部刑部よりも少年の方が優れているのだから」
この場合、服部の過失は確かに目を逸らした事にあった。だが九分九厘と言い切った一途の言葉は服部や生徒会の者達の意識を彼に引き寄せるものがあったのは確か。それを前にして視線を向けるなと言うのが無理と言うものだった。
「……」
しかし、司波達也に油断はない。彼に油断と言う感情は、戦いにおいて存在しない。
「それと、市原会計と約束したゲッシュがありましたね。市原会計、この場でお話しした方がいいですか?」
「……お願いします求道先生。貴方が何故、会長の想いを偽善だと、下らないと断じたのかを……」
「!? 市原先輩っ! それはどう言う事ですか!?」
「それを今から求道先生が説明してくださいます。服部くんは司波くんとの模擬戦に集中してください」
「っ……! はい……っ!」
服部は頷きはすれどその意識はもはや達也にではなく、一途と真由美に向けられていた。一途には怒りを、真由美には心配を。
随分と健気な男だと、一途は内心で笑いながら眼鏡を外してその視線を真由美に向けた。
一途が合流してさっきから借りて来た猫のように大人しかった真由美だが。一途の視線に射抜かれて、その瞳を見て固まってしまった。
その瞳の力強さは、パッとしない容貌からは信じられないほど強大な意志力を秘めていたからだ。
「オレが、七草真由美の考えを下らないと断じたとにはいくつか理由があるが……最たる理由はそれがカラッポだと分かったからだ」
本人が気づいていないのが滑稽でいささか憐れだがなと、続けて胸ポケットに眼鏡をしまい込む一途を尻目に、審判である摩利は今は待つべきだと静観の姿勢を保つ事にした。
この状況で事を急いてはけが人が出る恐れがあると正確に判断したからである。
「まるで清らかな聖者のような考えだ。恵まれない二科生に愛の施しを……この考えに付随する感情を論ずることは後の者にやらせておけば良い。だがな——七草真由美は偽善でも憐れみからでも嘲笑から二科生の境遇をどうこうしようとしたわけではない。ただ——それが正しいから行なっているだけだ」
「ただ正しいから……それは、一体……?」
「人間には感情が存在する。何かをするには何かしらの想いが、欲望が付随する。その欲が行動の原動力になっているのは誰しも見たくなくとも気づいている。だが、この施しに関して七草真由美はただ正しいからという機械にも似た強迫観念によって突き動かされているだけに過ぎない」
もはやこの場は一途の独壇場であった。
そして、真由美は自身の想いが丸裸にされているようで耳を塞いでうずくまりたい気分であった。だが、自身は聞かなければならないという使命感のようなものを感じていた。
その姿を見て、一途は下らないと断じたのだ。
「下らん下らん下らん。低脳な畜生にも劣る所業でしかない。ただ正しいから行う? はっ! そうまでしなければならん理由はなんだ! 人は正しくなければいけないのか否か! そうまでして正しさが恋しいかよ七草真由美。お前の根底……それはお前自身が何よりも気づいているはずだ。そうだろう?」
「……もう、良いですから……」
「それは七草として、十師族としてふさわしく在らねばならないというお前自身が産み出した下らん妄想だ」
妄想だと、一途は言い切った。
もはや魔眼と化した一途の眼力に見つめられた事によって真由美の虚飾はことごとくが剥がされていく。言葉で取り繕うことも、笑顔の仮面を被るという事も取れない真由美は胸を押さえて過呼吸寸前の呼吸を整えようと、ついにその場に蹲ってしまった。
「会長!?」
「会長、大丈夫ですか!?」
「おいおい服部刑部。敵に背中を向けて良いのか? オレなら貴様の頭蓋を踏み潰しているが今回は相手が優しくてよかったな。雑草と断じた相手に情けを掛けられる気分はどんな味だ?」
「っ! 教員だからと、調子に乗るのもそこまでにしろお前! さっきから何なんだ! 会長を苦しめるのがそんなに楽しいのか!? この二科生を使って俺を侮り嘲るのがそんなに楽しいのか!?」
「露ほどにも思っていない。だがオレはお前たちを”殴る”ぞ? なぜなら傷つけるということは触れる事だ。今のオレは教師だ。お前たちが惑っているというのなら、殴ってでも、教え、正しさを、導くのが道理で義務だ」
そう、一途は真由美を追い詰めていたがそれは悪意からではなかった。服部は凄んだのだがその眼を見て、一途の眼力に気圧されてしまって黙ってしまった、足を止めてしまった。躊躇ってしまった。
「良い加減に自分を見つめろよ七草真由美。お前を救ってやれるのは、お前の想いに真に気づいてやれるのは、お前自身に他ならない。惑うが良い。躓き転ぶが良い。ただ、立ち上がり再び歩けよ前を見て。それが生きとし生ける”人間”と言うものだ」
一途は結末を見る事なくこの場を去って行く。誰も止めることができなかった。真由美には、彼の言葉があまりに心に響いてしまって声をかけることができなかった。
「我も人、彼も人、ゆえ対等。なればこそお前も人だ七草真由美」
そう言って一途はこの場を去った。
後の模擬戦が一体どう言った結果を残したのか彼は知らないし知る気もない。
今日、彼が初めて全力でスカサハ以外の他人に向き合った日であった。それがわかるからこそ、今宵のスカサハの機嫌は悪く、そして誇らしいものであった。
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第九話
それ以降、一途の周りでは特に大きな問題はなかった。
時代錯誤の決闘まがいの模擬戦のような知らせはない。一科生と二科生による馬鹿馬鹿しい諍いもない。
ただ両者の間に壁があり、両者が互いに差別を行うだけのいつも通りの第一高校があった。
一週間ほど粛々と授業が行われた第一高校であったが、そんな彼らの鬱憤を晴らすかのようにお祭りのようなバカ騒ぎが始まったのであった。
各部活動・クラブによる新入部員の獲得及びデモンストレーションが行われる新入部員獲得期間。
多くの在校生が優秀な新入部員を獲得しようと躍起になる中、教員のする事はいつも通りだ。一科生の生徒に物を教えるだけだ。
その現状に一途は早速嫌気がさしていた。だがここに勤めろと言ったのはスカサハの指示の元である。彼にとってスカサハとは愛すべき女性であると同時に敬愛すべき師でもあり、そんな彼女がやれと言ったことには基本的に一途は一も二もなく従ってしまう。
惚れた弱みというものかもしれないがこの関係は客観的に見て奴隷と主人のようなものを感じさせるほど一方的に、そして盲目的に一途はスカサハを奉り愛していた。
第一高校で馬鹿騒ぎが行われている中、一途は一目散に帰宅していた。1日にやる事は終わった。ならばこんな所にいる必要はないと、最寄りの駅までの道を早足で移動しながら一途は自身を取り巻く現状をどうするのか頭を悩ませていた。
街並みはいつも通り活気に満ちているが、彼を尾行する数人が紛れ込んでいた。手練れだがスカサハに鍛え上げられた一途にとって自身に視線を向ける者や悪意を持つ者には敏感で容易く気づくことができる。
そしてその中に女がいるのが一途の頭を更に悩ませていた。
女だからと一途は侮るつもりは毛頭ない。それはスカサハを侮ることと同義であるからだ。現に女の隠形は素晴らしく、周囲に溶け込みその姿形は周りからは見えないほど。
だが、一途には女の技を賞賛している暇はない。なぜなら尾行している者たちの目的は一途の先、スカサハであるからだ。
東京の郊外にあるスカサハの館。
巷では”幽霊屋敷”などと言われる場所で、出入りする唯一の存在がスカサハ以外に一途だけの事から尾行しようとしている者は館の実態を探ろうとしているのが容易に分かる。
館の実状は建築された当時から不明。だからこそ知りたいのが人情というもの。
駅にたどり着いた一途はスカサハに電話をする。コールは三回、スカサハはすぐに出てきた。
『ど、どうした?!』
「すみません。今、忙しかったですか?」
『いや! ……なんでもない……それで、何の用だ?』
「? まぁ、少し厄介ごとに巻き込まれまして……端的に言って尾行されてます。十中八九オレではなく、館と師匠の実態を知ろうっていう魂胆かと……」
『なるほど……転移させたほうが良いか? 何なら亡霊を向かわせて刈り取るか……私が仕留めても良いが?』
「いえ、穏便に済ませましょう。もう一度電話するのでその時に転移で拾ってくだされば助かります」
『あぁ……だがしばし待て! いいな! 女に恥をかかせるでないぞ!? いいな!?』
「は、はぁ……分かりました」
なにやら電話越しからスカサハの激しい剣幕が一途の耳を打った。一体何事かと一途は思うも師の言いつけならばと、しばらく時間を潰そうと駅のホームの備え付けのベンチに座りタブレット型の端末を開きながらも足を小さく動かし床にルーンを描いた。
複数のルーンを並べ、そこに隠蔽という意味を持つルーンの加護を発生させ一途は姿をその場に溶け込ませ、尾行してきた者達から目を眩ませた。数人の男達が辺りを窺う中で、尾行の女がただ一人静かな動きで一途が姿をくらませた場所から視線をずらさなかった。
事実、女の読みは鋭く正確であった。
一途のルーンの腕前はそれほどではない。スカサハであったなら高速で動いていても姿を隠蔽させられるほどのルーンの腕前だが、一途の場合動けばそれだけで効果が大きく減衰してしまう。その為一途は動くにも動けない現状であった。
幾らかの時間が経った中、一途は頃合いと判断し、スカサハへと再びコールする。その瞬間一途の張った隠蔽のルーンは効果を消失し、男たちは慌てて一途を確保しようと足早に詰め寄ってきたが時は既に遅し。原初のルーンを手繰るスカサハのルーン魔術が一途を包み込み、彼は駅構内から姿を消した。
転移魔術と高度な隠蔽は男達はおろか一途の姿を一瞬だけ世界から消失させるほどで、その結果一途は大胆不敵に追手から逃げおおせたのであった。
「手間を掛けさせてくれるな一途よ。全く……儂がいなければなにも出来ないではないか……ふふん」
「お手数をかけてしまって申し訳ありません師匠。ただ……一ついいですか?」
「む、なんだ? 儂の魅力に当てられたのか? 良いぞ。ケルトの男はそうでなくてはな」
「いや、オレはケルトの男ではないのだが……まぁいい。それで、何故、オレの服を着ているのか、説明してくれないか?」
「ぎくっ……こ、断るっ」
「はぁ。まさかとは思うがそれで——とは思うまいよ。ん?」
「女に恥をかかせるなと言うたばかりだと——きゃっ!? な、何をするこの馬鹿弟子めっ!」
「まぁ良いではないか。さて……月並みな台詞しか言えないが今夜は寝かせないとするよ。オレの
「……この、馬鹿弟子めが……格好つけよってからに」
「——はい……逃げられました」
『そうですか。では引き続き調査をお願いします小野特別捜査官。良いですか? 多少強引でもターゲットから情報を引き出してください。あのターゲットのみが唯一、あの建造物の主人に繋がっているのですから』
「……はい。——はぁ……とは言ってもどうすれば良いのよ……。相手が突如姿を消すなんてそんなデタラメ、どう対処すれば良いのよ……」
第一高校の総合カウンセラーであり公安組織の特別捜査官である小野遥はため息をついて、カフェでコーヒーを飲みながら頭を悩ませてその愛らしい顔に渋面を作っていた。
小野遥は公安の特別捜査官とはいえその立場は彼女が好き好んで得た立場ではない。ほんの出来心からの行動が彼女に不本意な立場に縛り付けてしまったのだ。
「隠蔽……はSB魔法と仮定してもそれはおかしいわね。だって彼の能力値は優秀な魔法演算能力を備えていると見て間違いはないし……それは資料から分かる。でも転移って……そんなデタラメほんとどうすれば良いのよ……」
コーヒーは甘めに作っていたはずだが小野遥にはとても苦く感じられた。ため息しか出ないこの厄介ごとだが、隠密の魔法が並み居る魔法師よりも歪なほどに特化している遥の隠密のSB魔法こそ尾行に最適なのもまた事実であった。
「でも……気づいてたわよねぇアレ」
思わず机の上に突っ伏してしまったアラサー手前の総合カウンセラー。前途多難な小野遥。ターゲットが恋人と甘い蜜月を送っているのも知らずに盛大に頭を悩ませ、知恵を捻っていたのであった。
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第十話
クラブ活動収入部員勧誘期間が過ぎ去った第一高校はお祭りのようなバカ騒ぎが過ぎ去り本来の静けさを取り戻していたが、一途を取り巻く現状は平穏とは言い難かった。
帰宅を狙い尾行してくる何人もの男たち。それは一途が逃げ果せれば逃げ果せるほどに人数は増え、包囲網は狭くなっていった。
スカサハに頼りっきりという現状。スカサハは一途に頼られるという事になんやかんや言いながらも気分を良くしていたが、流石に毎日これではいかんとして打開策を考えたが脳筋ケルト戦士が集まっても文殊の知恵とは行かず、こうなれば正面突破だという結論に至る。
「というわけで小野先生。尾行をやめて頂けませんか?」
「……えぇっとぉ、一体何のことですか求道先生? 私には一体なんのことだかさっぱりで——」
「しらばっくれるのも大概にして下さい小野先生。先生が自分をここ一週間に渡って尾行していることはバレバレです。どうやら先生は隠密に際して驚くほど高い魔法力をお持ちのようですが、技術が急造ですので気づいてくれと言わんばかりです」
「九重先生に教えを賜ったのに急造とは……いや確かにそんなに習ってはないけどこれはショック、ヨヨヨ……チラっ?」
「泣き落としなど自分には一切通じませんのでご安心を。これでも配慮しています。腕の一本や二本貰おうと思いましたが辞めていただけるのであればこれで手打ちといたします。手荒な真似はいたしません」
「またまたご冗談を、腕の一本や二本って……本気ですか?」
「本気です。私にとって倫理や道徳は確かに重視せねばならない物ですが、師との生活を脅かすのであれば誰であっても排除致します。こうして共に同じ職場についているので、出来れば自分も小野先生を殺したくはありません。如何しますか?」
真正面から殺すと言われ遥は一途の言葉を冗談とそう取りたかったが、あまりに変わらぬ表情で言われた事によって真顔でこんなことを言えるのかと戦慄を覚え、この案件は本気で退くべきなのではと考え込んでしまうほど。
遥にとって公安組織に従っているのは不本意極まりないことだがこれは彼女の過去の罪状をもみ消すための”協力”となっている。その為トカゲの尻尾切りのように遥を切り捨てる事も公安組織は可能なのだ。
フェアとは言い難いこの関係性。遥は目を回しながら必死になって考えて、ジッと一途の一挙手一投足を観察する。
「小野先生、ご決断を」
一途の表情に変化はない。驚くほどに変化はない。だがその目の輝きを見てしまって、遥は一途が本気だと否応無しに気付かされた。
「……私には手を出さないのね?」
「えぇ。これは約束です。師の教えの中に誇りあるアルスターの戦士は約束を違えないというものがあります。自分も師の教えを授かった者として、約束を違えませんし小野先生を傷つけるようなことは一切しません。その代わり、小野先生は自分の身辺調査から全面的に手を引いてください」
「求道先生にとって、よっぽど大切なお師匠様なんですね」
「えぇ、敬愛し奉るに相応しくいつまでもそばに居たいの思える愛しい人です」
「……そういう惚気はいりませんから……はぁ、上司になんて言ったらいいのかしら」
「私に脅迫されて仕方なくと言えばよろしいかと」
「いいの? こう言っては何だけど貴方の立場が更に悪くなるだけだと思うんだけど」
「構いません。そうすれば小野先生のお立場は守られるでしょう?」
容易く遥の殺害を口にする狂気と、遥の立場の安否を慮る善良さ。長く人を観察してきたカウンセラーとしての遥の直感としてどちらも正しく求道一途だと見抜いた彼女はため息を再びついた。
小野遥に対して脅迫もとい警告に来た一途であったがその後は少々残ることはあれどすぐさま帰宅する事にした。肩掛けカバンを手に取って今日も今日とて尾行されるのかと嫌気がさすのを感じていたが、後ろから早足で駆け寄ってくる気配がある事に気づく。
「求道先生、今お帰りですか?」
「えぇ、司波さんは生徒会の用事ですか?」
「はい。生徒会の備品を買ってくるお仕事があります。もしよろしければ途中までですがご一緒しませんか、求道先生」
「それは感心ですね。いいでしょう。自分でよければ途中まで付き添わせていただきますよ」
「はい! それではよろしくお願いしますね。ふふっ」
深雪の喜びから生まれた花のような笑顔は下校しようとした生徒が思わず惚けて立ち止まってしまうほどの破壊力であったが、一途にはとんと効果が無く、彼は薄く微笑むと深雪を先導するように半歩前に出て歩いていく。
少女である深雪に歩幅を合わせる気遣い。それが深雪の心を晴れやかにした。歩幅を合わせるという行動はなかなかできるようで出来ないもので、しかもそれはさりげなくごく自然な動きで行われた。
だからこそ深雪は嬉しく、それ以上にもどかしく悲しかった。
だってそれは、一途という男が女性のエスコートに慣れているという何よりの証拠であったからだ。
「司波さん、どうかしましたか」
「……いえ、ひどく個人的な事です。求道先生のお手を煩わせることはありません……」
「その物言いは何かあると言っているようなものですが……貴女が良いと言われるのであれば自分は聞いていない事にします」
「……ありがとう、ございます」
「おや? 自分は何も聞いていません。それなのに礼を言うのは筋違いですよ司波さん」
「ふふっ、そうですね」
そうしてたわいもない内容を話していく二人であったがそんな二人を尾行する男達。彼らは一途を尾行しているのだがその狙いは深雪にも及びかけていた。
東京郊外に存在する謎の館。それにつながる唯一の手がかりが求道一途であり、その彼の交友関係にまで手が及ぶのは確かに道理に適っている。
「求道先生、尾行されていますが……?」
「分かっています。彼らは私を、その先を狙っています。司波さんに迷惑を掛けたくはなかったのですが……こうなっては仕方がありませんね」
目的の店にたどり着いた深雪は一途の方に顔を向けることなく静かに尾行されていると告げ、一途は眉をしかめ面倒臭そうに背後へと意識を向けて振り返ることはない。尾行というものに随分と手慣れた二人は示し合せることはなく行動を開始する。
深雪は備品を買いに行動し、一途は小さなメモ用紙にルーンの文字を書き連ねていく。それは暗示の魔術で無意識を一途に向けさせる魔術だ。
「これは?」
「暗示の魔術です。それを持っていてください。あの男達の意識を自分に逸らしてくれます」
「魔術……魔法とは違うのですね?」
「良い所に気がついた。さすがですね」
そして外に出た二人に対して視線は全く別の場所を、二人を見失ったなかったかの様に、さも二人が見えないかの様に視線が彷徨った。魔術というもの未知に深雪は興奮を隠し切れそうになかったが、そこは何年も被ってきた淑女の仮面が勝り、深雪は無事に乗り切ることができた。
「!? 求道先生、キャストジャミングです!」
さぁ帰ろう時になって深雪は何事かに気づいたように顔を上げて暗い路地裏の方へと一目散に走っていく。一途の行動も早く、一足で深雪を追い越し二歩目で路地裏に侵入。第一高校の制服を着た三人の女子生徒にナイフを振りかぶろうとしていた男の腕を弾く。
「何者っ!?」
「こいつも魔法師だ! キャストジャミングを使え!」
一定の秩序をもって放たれる想子の波。それは全ての魔法師を苦しめ、魔法の発動を阻害する、わかりやすくいうと妨害電波の様なモノだが求道一途という男に、影の国の女王たるスカサハに鍛えら上げられた一途に非魔法師のキャストジャミングなど通用しない。
ナイフが路地裏の壁にぶつかり転げ落ちる。その刹那にも満たない時間の間に、一途の俊足は瞬く間に四人の男達を一撃のもとにダウンさせた。
「求道先生! この人たちに心当たりはありますか?」
「ないですね……おっと、君達は無事ですか? 怪我は?」
苦しげに頭を押さえていた三人の少女達に手を差し伸べた一途。だが少女達にとって直前まで謎の男達に襲われていたのがあり、大人の男である一途も恐怖の対象であった。
そのため彼女達の安堵を引き出したのは一途ではなく遅れて駆けつけてきた深雪である。
「さて……この暴漢達をどうしますか自分としては公安組織に連絡しても問題は……いえ問題だらけですね。あまり取りたくない手なのですが——司波さん。彼女たちを連れて先に戻っておいてください」
「!? 何を……なさるおつもりですか? 求道先生……」
「貴女が知らなくても良いことです」
「…………では、私の方の伝手で対処させていただきますがよろしいですか?」
意を決したように一途に対して譲らない意志を見せた深雪。
深雪は一途の言わんとしている事が理解できた。彼はこの者たちを秘密裏に処理という名目で殺害しようとしていると。それは単純に邪魔だという理由で、自身の生活と深雪たちの事情、そして第一高校の生徒たちの安全を図るという理由で。
「ふむ。その伝手は――あぁ、手を煩わせてしまうとはオレもまだまだ未熟か……」
一途は困ったように笑みを浮かべて深雪に問いかけて——そこで頭を掻いて普段は絶対に見せない素を深雪たちに見せた。
「何をやっている」
その声は冷たく、寒気がするほどに美しい。
深雪は思わず背中に氷柱を差し込まれてしまうようなものを感じてしまい、恐る恐る振り返る。
そこには死の女神がいた。
「一途よ。私が自ら迎えにきてやったぞ」
「……たく、オレが連絡しなかっただけで来ないでくださいよ師匠……」
「うるさい! この馬鹿弟子が! 女を侍らせおって……浮気かこの馬鹿者!」
「いや、違う! オレは浮気など——」
「黙れ黙れ! この馬鹿弟子が! どこかで知った必殺の、一夫多妻去勢拳!!!」
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第十一話
それでは、どうぞ!
「うごごご……?! 師匠……オレが一体何をしたって言うんだ。マジでタマ取りに来てましたよね!?」
「ふんっ! お前の様な唐変木にはこれくらいキツイ灸を据えてやらねば効果がないのだ。全く、儂と言う女がいながら年若い女子を侍らせるなど……全く、全く!」
「だから誤解ですってば!」
「お前は向こうで茶でも入れてこい!」
「あひん!?」
そんな漫才の様なやり取りの元、リビングからキッチンの方へと蹴り飛ばされゴロゴロと転がっていった一途を呆けたように口を開けて見守っていた美しい少女・司波深雪であったが黒塗り木造の机ルを挟んで向かいに座った死の女神を前にして否が応にでも気を引き締めるしかなかった。
ソファーに優雅に座るスカサハの姿はそれなりに場数をくぐってきている深雪であっても感嘆の溜息しか出ないほどに美しく、また背中に怖気が走るほどに死の香りを振りまいている。
「ふん……それなりに気丈なようだ。ただ恐れおののくわけでもない」
「…………初めまして。司波深雪と申します」
「”四葉”深雪だろう? 私を謀れるとでも思ったか娘」
深雪にとって、敬愛する兄との安寧を守るのなら絶対に隠し通さなければならない死の忌み名、”四葉”をスカサハが当然のように口にしたが、深雪は動揺も恐怖も感じることなく認識することができた。
浮かんだ思いはただ一つ。
目の前にいる死の神なら当然のように知っているだろうと。
「お主のような脆弱な娘が名乗ったからには私も名乗らねばならぬのが礼儀というものであろうが……娘、ここに招き入れたが私にとってお前は招かれざる客だ。今、この場に在るだけでありがたく思え」
尊大な態度だと深雪は思ったが、目の前にいる女はそれが当然として許される高貴な雰囲気があり深雪は一切の反感を抱くことなく受け入れることができた。
カリスマ、とでもいうべきか。
王者の風格、彼女にはそれがあった。
深雪の脳裏に自信や兄を縛り付ける鎖と首輪をつけた妙齢の叔母が浮かんだが、深雪の叔母である四葉家現当主四葉真夜でさえ霞む風格を備える女の正体は何なのかと、深雪の好奇心が沸き立つと同時にそれ以上に知ってはならないという生物として根源的な恐怖も湧き上がる。
「司波さん。紅茶ですけどミルクや砂糖はつけますか?」
「お気遣いありがとうございます、求道先生」
「わかりました」
痛いくらいの静けさの中で、深雪にとって救いの声ともいうべき一途の声によって彼女はようやくスカサハから視線をそらすことができた。
一途の声を聞いて、そちらを向いて微笑を浮かべる。
その動作によって彼女の体からこれ以上ないほどの緊張がかすかに薄れたと同時に自覚できた。
今、自分が生きていられるのは求道一途という存在がいるからであり、仮に彼が深雪を認識していなければとっくの前に死んでいただろう事実を。
それほどまでに深雪の対面に座る女は深雪を見ていなかった。
「……おい一途。何故儂には聞かない。ん?」
「いや、師匠の好みは知ってますから」
「……! そうか」
キッチンから戻ってきた一途の手にはトレーがあり、その上には白い陶器のカップが三つ。この場に漂う緊張感は一途が来たことでなくなっておりスカサハは一途の返答に表情を変えないまでも喜びの含まれた声で対応しているところから機嫌がいいことが深雪にも分かった。
「はいどうぞ、司波さん」
「ありがとうございます」
一途はスカサハの隣に座り、間に存在する机へとカップを置いた。
「師匠はブランデーティーです」
「ふふん。まぁ、お主が赤子の頃からの付き合いであるしな。お主が儂の好みを知っていても不思議ではない」
「いや、何を当然のことを言ってるんですか」
一途は何を言っているのかと当然と言った表情でスカサハの言葉に対応したが、深雪はスカサハが何を言いたいのか、誰に言っているのか理解できた。
自分に言っていると、深雪は理解できた。
こいつは私の男だと、そう言っているのだと。
「あぁ、司波さん。少年に迎えに来るように伝えておきましたから……まぁ安心してください。何もとって食おうとは思ってませんので」
「そうですか。兄は何と?」
「直ぐに来るそうです。先ほどの悪漢たちについても説明しておこうと思ったんですが……切られまして。あの男たちについては司波さんから伝えておいてください」
「わかりました。重ね重ねありがとうございます」
「いえ、お礼を言うほどではありませんよ。実際、私はほとんど何もしていませんから。で、師匠あの悪漢たちはどうなったんですか?」
「魔術で記憶を操作した。それはあの場にいた娘たちも同様だ」
「そうですか。幾ら魔法師の卵とは言っても年頃の少女が男に襲われたなんて記憶、ない方がいいでしょうしね」
深雪にとって友人と言っていいかわからないが親しくさせてもらっている雫やほのか、そして彼女らの知り合いと思しき赤毛の少女の処遇が分かって安堵の念が生まれ小さく息を吐いてしまったが、今は己の身を守らねばならないとその想いに蓋をした。
巷で幽霊屋敷と呼ばれるここに、何故自分が居るのかと言う意味。
もしかしたら死ぬかもしれないと言う恐怖が深雪の中で生まれているが彼女は気丈に振舞うしかなかった。
いつでも殺せるから、どうでもいいものとして見なされている恐怖など深雪は今の今まで味わった事などなかったのだから。
「一途、お主は少しばかり席を外しておけ」
「ん~……一応聞いておきますけど何もしないですよね師匠?」
「何もせぬよ。事実、何かする価値もない」
紅茶を飲みながら横目でスカサハへと視線を送る一途。
対してスカサハも素知らぬ顔でブランデーティーを飲んでいた。
数秒ほど時間が経って、スカサハの言葉と態度に嘘がないと判断できた一途はソファーから立ち上がって深雪たちに背を向け歩き出す。
ドアが閉められ、この場から一途の姿が消えた。
「……私に何か用があるのでしょうか」
何もする価値がないと言ったのはスカサハであり、ならば用などあるはずもないと、言外に伝えた深雪であったがスカサハの動きに変化など生まれず彼女はカップを手に持ったまま色付きの湖面を見つめていた。
「うん。やはり――殺すか」
殺すと言う言葉を、深雪が正しく認識する前にスカサハの手には呪いの朱槍が握られていた。
切っ先が、神さえ殺すその魔技が、迫り来る死が放たれた。
「思ったより早かったな少年」
つい先ほど、深雪が一途とその師が住んでいる幽霊屋敷にいると連絡を受けた達也は一も二もなく学校から飛び出して郊外に存在する誰も近づかない屋敷の門へとたどり着くとそこには感心したように賞賛を口にする一途の姿があった。
「……深雪は何処に」
「中に居る。師匠と一緒だ」
その言葉に従って達也は己の異能である
屋敷は確かに存在する。
ならば全ての情報が記載されるイデアに屋敷の情報が記載されることは道理だ。
そこにあるはずなのに、そこにない。
なるほど確かに幽霊屋敷だと、達也は内心で歯噛みしながら息を整える時間さえ惜しいのか一途が佇む門へと近づいていったが、達也の手が門へと触れ開けようとした時、その足が止まった。
達也の首元には朱槍の切っ先。
「この館の主人は師匠だ。幾ら少年とはいえ家主の許可なく入れる訳にはいかんな」
「なるほど。ですが俺にとっては深雪の安全こそ最も優先すべきものだ。幾ら貴方といえどコレに関して口出しされるいわれはありませんよ」
「ははは! それもそうか。なら、どうする?」
横目で見る達也の視線の先で一途が笑ったがそんな事は達也にとってはどうでもいい。
互いに譲れぬ物があるのなら、押し通るだけ。
古式、現代と区分はあれど魔法にとって物理的な距離は関係ない。それと同時に発動に際して銃口を相手に向けなければならない融通の利かなさなど存在しない。
達也にとって最も発動速度が速い”分解”の魔法が、一途に向けて放たれる。
その魔法に捕えられたなら屈強な人間だろうと塵と化す。
それは、一途であっても例外ではない。
「おっと」
瞬きにも満たない時間で紡ぎあげられた達也の分解に熟練の魔法師といえど対応できるはずもない。
だが一途はその分解に捕えられてはおらずその五体は未だ健在だ。
気付いた時には達也の視界は空に向けられていた。そして続くように体の裏側に伝わってくる地面の感触と痛みや熱。
「加減はしたが……無事か少年?」
いつの間にか足元を刈られたのだと痛みによって認識した達也だが、視界に入り込んできた一途へと達也は間髪入れずに分解を放った。
完全に不意を打ったと達也は思ったが、分解が成功という感触はなく、精霊の目に映ったイデアの情景に一途の残りカスも無い。
「元気で結構。だが、少しばかりおいたが過ぎるな」
地面に寝ている達也から見て一途の姿は左側にあった。
先程は右側にあったというのにいつの間に、という達也の驚愕や何をしたのかという疑問が生まれるよりも速く再び達也の首に朱槍の切っ先が突きつけられた。
「次動けば喉元を突くぞ。情報通りならそれでも少年は死なんだろうが……殺し続ければ流石に死ぬか。あぁ、それについては少し興味があるな」
人死について淡白な自分も大概だがこの人もどうかしてると、達也は思考したがそんな事ごときで止まる彼では無い。
自分が数度致命傷を負ったとしても、それでこの馬鹿げた身体能力を誇る存在を倒し深雪の無事を確保できるなら瑣末な事だと、達也は痛みを恐れる事なく分解を再び放とうと魔法式構築に意識を向けた時、彼の目に突如として情報が映る。
深雪の存在だった。
こちらに近づいてくる妹の情報を視て、その体に不備がないことを確かめて、ようやく達也は一途に向けていた敵意を収めることにした。
「あぁ、お姫様か。さて……立てるか? 手を貸すぞ少年」
「……俺が言うのも何ですが、殺そうとした相手に手を伸ばすなんてどうかしてますよ求道先生」
「ただ死ぬかもしれない攻撃程度、師匠の扱きに比べれば大したものでは無い」
一途の手を借りて立ち上がった達也がそう言ったが帰ってきた答えはどうにもデタラメなものだった為ため息をつくしかなかった達也はチラリと一途を一瞥する。
その態度に嘘はなく、本当に達也の魔法を何とも思っていない風であった。
門が一途の手によって開けられる。
「大丈夫か深雪?」
「大丈夫ですよお兄様。少し、求道先生のお師匠様とお話をしただけですから」
「そうか……無事で良かったよ」
屋敷の敷地から出てきた深雪のいつも通りの姿を目で見て達也は本当の意味で安堵の息をつくことができた。
「帰り道に気をつけて。ではな二人共」
そう言って肩に朱槍を担いだ一途の姿が門の向こうへと入り、それを確認して独りでに門が閉められていく。
格子のついた鉄の門。
重々しく、寒気のする門の向こうに一途の姿は消え、もはや兄妹に見える事はない。
「帰りましょうお兄様」
「あぁ、そうだな」
「あら? 背中側が汚れていますよお兄様。どうかしたのですか?」
「いや、何でもないよ。俺も求道先生と少し話をしてね」
「少しお待ちください。魔法で……はい、これで綺麗になりましたわ」
「すまない深雪。それにしても……世界は広いな」
そう言って力なくため息をついた達也を見て笑みを浮かべた深雪だったが、振り返って幽霊屋敷と呼ばれる建物を再び視界に収めた。
殺す、そう言って逃れられない切っ先を首筋スレスレで寸止めされて、暗い昏い瞳のまま深雪に放たれた言葉が、深雪の耳元にこべりついたかのように離れない。
『アレは、儂のモノだ。奪うと言うのなら儂はアレを殺すぞ』
夕焼けの光が地平線に沈みゆく中、その言葉が、深雪の耳元から離れなかった。
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第十二話
『全校生徒の皆さん! 僕たちは、学内に蔓延する差別意識の撤廃のために集まった有志同盟です!』
1-Aでの魔法理論の基礎の授業を終えて、教員として教壇に立っていた一途が教室から出ようとした又は、授業を終えて生徒たちの意識が緩んだ絶好のタイミングでスピーカーから声が響く。
しかし事前の音量調節がうまくいっていなかった為かスピーカーから発せられた音は離れていても耳に響くほどの大音量で気が緩んでいた生徒たちは咄嗟に耳を手で覆ったり、間に合わずに顔を盛大に歪める者が学年問わずに多数のクラスで続出した。
ドアに手を掛けていた一途はスピーカーに近く耳を抑えることもせずに大音量をモロに食らったのだが、スカサハの薫陶を受けている身として、たかが大音量程度などで身を強張らせ手を離すことなどできないのは痛みと経験によって呆れる程に味わっているためだ。
目の前の脅威から目をそらして手を緩めてしまえば、その瞬間に朱槍が首元や心臓に突きつけられているので大きな音ごときで手を緩める事などとてもでは無いができる筈もない。しかしそんなスパルタ修行を経験していない魔法師の卵達に語ったとしても冗談半分にしかならない事は一途が一番分かっていた。人は、自分が知らず理解できないものは正しく認識できないのだから。
「何が差別よ!」
「うるさいぞ! こんな事に時間を使わせるな!」
いや差別あるだろ、と心の中で思わずツッコミを入れてしまった一途だがこの放送は放送室の無断使用だろうとあたりをつけ、とりあえず放送室を無断使用している連中の話を聞いてみるべきだと判断し扉を開けて教室から出た。頭の中に第一高校の見取り図を思い浮かべ、学内に響く感情のこめられた声を聞きながら放送室に向けて歩いていく。
慌ただしくなる校内の雰囲気を目敏く感じ取りながらも迷う事なく一途は目的地の放送室前にたどり着き、扉を開けようとドアノブに手を掛けたが施錠されているのか開かない。
ノブに手を掛け何度か前後してみるが一向に開く様子がないために内側から施錠されているのは確実であり、そうなれば放送室を使用している者達は鍵を手にしているの筈と自然と思い至った一途は随分と手の込んだ行動だと感心しながら鍵を求めて引き返すことにした。
「求道先生? どうして此処に居るのですか?」
「あぁ……渡辺風紀委員長ですか。恐らくは放送室の不正使用ですが、此処まで行動を起こす者が居るのですから話を聞こうと思いまして」
「なるほど。他の風紀委員から連絡が来たのですが放送室のキーとマスターキーを無断で使用しているようです……教員側では何か連絡がありましたか?」
風紀委員同士の迅速な行動力に一途は感心しつつも摩利の質問に答えるべく携帯端末を取り出し、何か連絡がないか確認してみるがそこにあったメッセージの内容は要約すると静観であった。
近年は生徒の自主性の尊重と成長を考えて、生徒会を筆頭とした自治を推奨・実践しているが此処まで行動を起こした生徒に対しても教員が何もせず、黙って静観というのは如何なものかと一途は携帯端末の画面を半眼で見つめてしまった。教員側の見解を摩利へとぼかしながら伝えた一途は次第に生徒会役員や風紀委員が集まり始めていることに気付き、これ以上の干渉は無理と判断し顛末を見届けるべく遠目から見ることにした。
「求道先生。何故此方に」
「いらぬお節介という奴だ少年。渡辺風紀委員長の話だとマスターキーを無断使用して立てこもっているらしい」
「はぁ、それだけの行動力があっても犯罪行為をとれば心象が悪くなる事くらいわかる筈だと思うんですが……魔法科高校の生徒といえどまだまだ子供という事ですか」
「そう言うな少年。惑わされるのは大人も子供も同様だ」
風紀委員の一員である達也が呼び出しに従って放送室前に着き一途の姿に気づき話しかけてきた為、一途は何故此処にいるのかという訳を話し、そして二人しか分からない言葉を交わす。
二人の会話が聞こえている者もいたが最後の内容が理解できるのは一途と達也だけで、二人にとってはそれだけで十分であった。
「さて、七草真由美がどうするのか……見物ではあるか」
放送室前に集まった生徒会役員や風紀委員、部活連メンバーの前で各組織のトップや補佐が現状を説明する中、一途は何も口出しせずに黙ってそれを見守っていた。委員会の者達のまばらな視線が一途に向けられたが一途は努めて無視をした。服部刑部から敵愾心の視線が向けられたが一途はそれさえも無視をする。重要なのは放送室を無断使用してまで行動を起こした者達の考えと思いなのだから。
強行突入か、穏便な交渉か。風紀委員会側と生徒会側で意見が分かれしばらくの間膠着気味であったが達也の機転のきいた動きによって放送室を無断使用している連中を外におびき出すことに成功した。身の安全を保障するのは連絡が取れた二科生の壬生と言う女生徒だけ、と言う見事な方便によって誘い出された連中は風紀委員の迅速な働きによって確保される。呆気なさすぎる程の終わりに一途は肩透かしを食らったとこの場は彼らに任せ、後は傍観しようと背を向けた時にその悲鳴のよう嘆きによって背を向けた意識を再び戻すことになった。
「私たちを騙したの!?」
壬生の叫び声の場合、達也の手腕を言っているのだろう。しかしペーペーの半人前ながら魔術という、魔法とは違う視点に立つことができる一途は壬生の目を見てその言葉を口にする真の相手は違うだろうと言いたくはあった。だが達也が彼女を騙したのも真実ではある。そもそも達也の現状は、彼の真の力を知れば、いや、達也の核心から溢れた片鱗でさえも騙していたのかと言いたくなる程魔法師として革命を起こせる程だ。
一途から見て、壬生の瞳には自身が正しいという確信にも似た思いが秘められているのが分かる。思春期特有の自身が正しいという、自身への不安から自身の考えを信じる思い上がりの類ではない。揺れていない、ブレていない。だからこそおかしいと一途は感じれた。正しいと、自身を絶対に信じられる人間はそうそういないのだから。一途自身、かつては自分の狂気に惑っていた時があったのだから。
言わなくていい。この場は彼らに任せればいい。それが最善である。
遅れて登場したが、裏で教員と交渉していた生徒会長七草真由美の登場によって場は終息に向かいつつある。教員という立場に収まっている自分が口を出し、いたずらに場をかき乱す必要はない。
「馬鹿かお前。騙されているに決まっているだろう」
「え?」
一途は口を出してしまった。スカサハから原初のルーンが施された眼鏡を外し、スカサハから隠せと言われていた人を見透かす鋭い視線を壬生に向けてしまっていた。呆けたような声が壬生の口から出て、一途の顔を、目を見て恐怖に顔が歪んだが一途にとってはどうでも良い事である。
「まさかとは思うまいが自分が正しいと本当に思っているのか? 何を見て、何を信じてそう思う」
「う、ぁ……」
「何を躊躇う。自分が正しいと、信じているからこそ行動に移したのだろうが。言ってみせろよ。なぁ? 俺が教員だからと言って躊躇う必要などどこにもないぞ。お前の考えを言ってみせろ」
「ひっ……!?」
一途は壬生に尋ねた。しかし未だ返答はない。
「求道先生」
「邪魔をするな司波深雪。俺は今、彼女と話をしている」
「いえ、彼女の様子をよく見てください」
一途は壬生と視線を合わせ続けたが待てど待てどもうんともすんとも言わない。一途としては壬生口から確かな思いと考えが口に出されるまで待つつもりであったが、今まで放送室の連中を捕縛する際にも影に徹していた深雪が一途の右手を取り口を挟んだことに苛立ちを感じながらも壬生の様子をよく観察し、なぜ深雪が制してきたのかと彼も気づくことができた。
「怯えています。それも……いえ、壬生先輩だけではありませんがどうかお控えください求道先生。貴方のお力は世人には毒です」
「……それは師匠にも言われたな。では、邪魔者は去るとしよう」
「それがよろしいかと。お疲れ様でした求道先生」
一途はその場に背を向け去ることにした。どうにも加減が難しいと思いながら。
「ほう? 一部の学徒による反乱と」
「いや、師匠。反乱ってほど大げさなものじゃありませんから。抗議デモ程度で終わりと思いますよ。魔法科高校の生徒を一般的と区分していいのか分かりませんが……あの生徒たちを見る限りデモさえ満足にできるかどうか」
「そうか。ならば儂が特に言及することもないな」
本革のソファーに並んで腰を下ろすスカサハと一途。スカサハは紅茶の入ったカップを煽りながら一途の会話に時折相槌を挟むも、その視線は一途の体の向こう側ただ一点に向けられていた。一途の右手が紅茶の入ったカップに伸びる間もじっとその右手を見つめて離さないスカサハ。
「どうしました師匠?」
「いや……お主が気にする事でもない」
「そうですか」
カップに入った紅茶を啜る音が静かな部屋で鳴った。その時、スカサハの視線が一途の右手ではなく左胸に向けられる。ワイシャツとインナーを着た一途の左胸が微かに光を帯びた。そこに宿るものはスカサハが刻んだルーンの文字群。意味は親愛、支配、そして死。
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